人間不信の自分と重なった「孔子」の実像
一歩踏み出す勇気、力が湧く知恵:上司の裏切り
<最新8/30号からチョイ読み>「人事権は崩壊する」「正社員は部分品になる」「誰もが納得する志願制を」
西川修一=構成 吉川 譲=撮影
何を信じて生きていけばいいのかわからず、悩みに悩みました。藁にもすがる思いで本屋に飛び込み、宗教書・哲学書をまとめ買いしたんです。キリスト教や仏教の関連書に交じって、『論語』もありました。出版社は忘れましたが、大判で字も大きく読みやすいイラスト入りでした。
読んでみて、あ、孔子ってほんとに人間臭く生きているな、と思いました。当時の僕の気持ちとぴったり重なったんですよ。
孔子だって、出世はできなかった。2500年前、殺戮が日常茶飯事だった中国・春秋時代に、勝った者が財宝も女もすべてを奪うという当時としては当たり前のやり方を否定したんですから。恐らく他人に裏切られるような経験もしたでしょう。でも、あの人は名を残した。気持ちが重なったのはそういう部分です。その後も『論語』についての本を10冊以上読みました。わかりやすいとこだけ、じっくりと考えながら読む。読み終えた分は社員寮にあります。
本から学ぶ人には、その人の中に肚のすわった何かがあるはずです。でないと、何冊読んだって役に立たない。戦後の焼け跡から立ち上がった名経営者は、尊敬する松下幸之助をはじめ、皆『論語』を読んでいます。上に立つ者のすべきことや心構えが書いてある。例えば、「恕(じょ)」。「何か一つだけ守るべき教えは何ですか」と弟子から聞かれた孔子が返した言葉で、人に対する思いやりを意味します。自分が幸せになるには、他人のことを考えなければならない。
「恕」を知らないと、優秀な社員も、取引先も、ひいては顧客も集まりません。ちゃんと読んでいる初代は、自分のことより社員のほうを大事にし、待遇や給料など手厚く面倒を見たから会社は大きくなった。
でも、二代目以降のサラリーマン経営者は『論語』を読まないのでしょう。気がついたときには不合理なピラミッド型の組織と派閥の服従関係ができあがり、派閥同士がせめぎ合って下す決断も合理性とは程遠い代物。情報伝達も上から下への伝言ゲームみたいになってしまうから、組織の下のほうはバカになっていく。
「由らしむべし、知らしむべからず」という言葉は、昔の軍隊では「部下にはいろいろ教えるな、上が全部把握していればいい」と解釈されていました。今は違う解釈が一般的ですが、昔はそれでもよかった。
要は「知っている人」が一番強いわけですが、今は下にいる者のほうが情報に精通しています。ITというのは本当に凄くて、組織の下が上よりも「知る」ようになり、上が何も知らないバカだということを見抜いています。現場の情報を斟酌することに長けた偉いトップもいますが、経営トップの回転の遅いギアに、若手の高速回転のギアを繋げたって、ゆっくりとしか回れない……これがおおかたの大組織の現状でしょう。
ピラミッド型の組織は、内部にクローズされた情報を何でもオープンにしていくことで凄い合理化ができますよ。その意味で、不合理な制度の最たるものは、報奨金や退職金として経営幹部に支払われる給料の後払い。若い頃に死に物狂いで働いた年寄り連中がその分を今貰っています。21のやり方を他社が取り入れようとしたら、その分がチャラになる。若手以外から物凄い抵抗を受けるはずです。
しかし、ほんとの優秀な経営者だったら、会社をどこかでリセットすべき。それには会社を左前にするか、新会社をつくったほうが早い。でなければそれこそ「恕」の心で、経営幹部の何人かが自ら犠牲になればいい。不可能ではないと思います。
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