大英博物館の「エルギン・マーブル」は何かと話題の多い人気展示だ。19世紀にオスマントルコ支配下のギリシャのパルテノン神殿から英国大使エルギンがはぎ取ってきた大理石彫刻である。略奪ではないかと当時ですら物議をかもした▲70年代にギリシャから返還要求が起こり、これを機に過去の植民帝国が集めた文化財の現地への返還要求運動の象徴になる。「保存のため」と博物館は所蔵を正当化するが、当の博物館が彫刻を損なった失態も明るみに出た▲今年、エジプトやギリシャ、インドなど16カ国が開いた国際会議で、エルギン・マーブルなど著名文化財と共に返還要求リストに韓国が載せたのが「朝鮮王室儀軌」だった。日韓併合100年にあたり菅直人首相が発表した談話で韓国に引き渡しを表明した典籍である▲「地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く」。石川啄木が韓国併合を批判して、こう詠んでから100年の歳月が流れたことになる。注目された首相談話はかつての村山富市首相の談話を踏襲する形で植民地支配への「痛切な反省とおわび」を表明した▲その中で新たに目を引いたのが朝鮮王室儀軌などの図書譲渡だ。「返還」と呼ばないのは、文化財返還が日韓条約で解決済みとの建前ゆえだ。だが、韓国民が民族文化の象徴とみなす文化財の帰還が未来志向の日韓関係に寄与するのならば、それにこしたことはない▲日韓の100年を振り返れば、植民地支配の35年の後に戦後の65年がある。次の100年の日韓の繁栄に欠かせぬ両国民の友情もすでに歴史の貯水池に豊かにたくわえられていることを見逃したくない。
毎日新聞 2010年8月11日 0時05分