★★★★☆(評者)池田信夫

日本の幸福度  格差・労働・家族日本の幸福度  格差・労働・家族
販売元:日本評論社
発売日:2010-07-16
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幸福とは何だろうか。経済学では幸福度が効用(utility)という形で計測可能で、効用を最大化することが個人の目的だと仮定する。効用は財やサービスの消費量の増加関数と仮定するので、ここから導かれる結論は、所得が増えれば幸福度が上がるということである。

これは検証可能な命題だが、これまでに行なわれた実証研究はほぼ一致して、そのような因果関係がみられないことを示している。所得が急速に伸びる発展途上国では、所得とともに幸福度が上がるが、年収1万ドルを超えると相関関係が弱くなり、家庭や職場など所得以外の要因の影響が大きくなる。これは逆にいうと、所得が上がらなくても幸福になることが可能だということで、成長率の落ちた日本では大事な問題だろう。

特に本書でくわしく調べているのは、労働との関係である。労働が「不効用」をもたらすという新古典派経済学の想定は実証的には否定され、同じ所得を得ていても働いている人の幸福度は失業者より高い。したがって失業者に所得を再分配するバラマキ福祉より、新しい職を与えたほうがいいということになる。労働が幸福度に及ぼす影響は日本で特に強く、失業率と自殺率には強い相関がある。

他方、所得格差や地域格差が幸福度に影響するかどうかについては、ほとんど有意な差は見出せない。幸福に最大の影響を与えるのは、実は離婚・就職・死別などの個人的な「ニュース」であり、所得は幸福の要因の中ではマイナーなものだ。したがって成長率を上げることは不幸を減らす役には立つだろうが、幸福度を上げるとは限らない。

日本人の所得は、相対的には下がったといっても、まだ絶対的には高い。その自殺率が主要国で最悪なのは、所得とは別の深刻な問題があると考えざるをえない。それは大ざっぱにいうと「意味の喪失」ではないだろうか。かつては会社のために働き、それが出世や社会的地位という形で報われることが生きがいだったが、そういう価値が失われ、かといって欧米的な個人主義にもうまく順応できない。日本人がこの変化に適応するには、まだまだ長い時間がかかるだろう。