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虐待ママと「2人の父」

AERA8月 9日(月) 11時34分配信 / 国内 - 社会
──2年半前まで育児ブログで、毎日のように、子どもへの愛情を綴っていた母親が、
ゴミだらけの家にわが子を置き去りにし、衰弱死させた。彼女の転落の軌跡とは──。──

 滅多なことでは驚かない大阪府警の捜査員ですら、目をそむけたくなるような現場だった。
 7月30日未明。
「グリコ」や「かに道楽」の看板で有名な大阪・ミナミの道頓堀から西へ約1キロ。しゃれた店が立ち並ぶ若者の町・南堀江のマンションから「異臭がする」との通報が前日にあった。
 3階の一室へ大阪府警の捜査員らが踏み込むと、コンビニ弁当やおむつなどのゴミが、文字通り足の踏み場もなく散乱し、ハエがたかっていた。その中央の1畳足らずのゴミの隙間に、幼い子どもが2人、寄り添うように倒れていた。連日の猛暑で、死因の特定もできないほど変わり果てた姿だった。

■名門ラグビー部監督

 大阪府警は同日午後、この部屋に住む風俗店店員、下村早苗容疑者(23)を長女の羽木桜子ちゃん(3)と長男楓ちゃん(1)に対する死体遺棄容疑で逮捕した。
 日本中がサッカーW杯に釘付けになっていた6月下旬。
 早苗容疑者は2人の子どもたちを残して、マンションを出た。冷蔵庫には食べ物は何もなく、数日後に2人は餓死か衰弱死したとみられる。
「すべてから逃げたかった」
「死んでいると思うと怖くて帰れなかった」
 捜査関係者にそう話しているという早苗容疑者。
「夏は遊ぶぞ」
「ジェット(スキー)いこね」
 早苗容疑者はこの頃、ネット上の会員制サイトに日記や写真を投稿していたという。「母」から解放された23歳の女の子の楽しげな毎日。6月29日から30日は、日本代表のユニホームを着てパラグアイ戦を応援。
「今年初海なう〜」
 7月19日には、数人の男女で神戸の須磨海岸に出かけ、水着姿ではしゃいでいる写真がアップされていた。
 育児放棄が始まっていたとみられる5〜6月。実は、早苗容疑者は、ある男性との恋についてさかんに投稿していた。
「韓流スターに似てる」「仕事が終わった後、迎えにきてくれた」「若草山に行きました」「ずっと出張。さびしい」
 7月11日の「一旦休憩」を最後に男性についての記述はなくなる。
 逮捕の2日前、夜明けの空の写真とともに、誰に、ということもなく、こう綴っている。
「元気ですか」
 胸に浮かんだのはこの男性なのか。それとも……。
 早苗容疑者は大阪・難波から近鉄で2時間の三重県四日市市で生まれ育った。父(49)は、県立高校の体育教諭。早苗容疑者が生まれる3年前にラグビー部監督に就任。現在まで26年間在任し、ラグビー無名校を全国大会出場15回の強豪校に育てあげた。高校ラグビー界では有名な熱血監督で、教え子には全日本代表となった選手がいる。
 一方で、
「指導に熱心だったあまり、家庭のことは顧みていなかったようだ」(父の知人)
 早苗容疑者が幼いうちに両親は離婚。彼女は父に引き取られたが、父はのちに再婚する。
 同校ラグビー部のホームページには、2001年に東海地区の高校総体で優勝した際に父が書いた文章が掲載されている。
「可能性に気づかせることが我々教師の役目です。それには、親の子どもに対する愛情と信頼が不可欠です。私も含めて、日ごろ、思い通りにいかないことを子どもたちの能力がないかのように愚痴をこぼすことがあるかと思います。もう一度、それぞれの立場で考え直す機会になればと思います」

■娘同然に育てた

 早苗容疑者は当時14歳。地元では有名な不良少女になっていたという。父はどんな思いでこの言葉を書いたのだろうか。
 中学を卒業した早苗容疑者は、父の知り合いのラグビー部監督(40)の元に預けられ、東京郊外の専修学校に通った。
「初めてまっすぐな愛情を知った」「高校時代は自分を認めてくれる人たちにあった」
 と当時周囲に語っていたといい、この監督の親族宅から学校に通った3年間は、愛情に包まれた時期だったようだ。細かな洗濯物はネットにいれて洗うことなど、「生活上の常識」も知った。成績も学年で10位以内で、ラグビー部のマネジャーも務めた。
“東京の父”を訪ねると、こう話した。
「来た時は多少『やんちゃ』だったが、思春期にありがちなこと。普通の子だった。私たちは娘同然に育てました」
 卒業後は故郷に帰ることを希望したため、監督に付き添われて面談を受けた四日市市内の日本料理店で働き始めた。四日市に帰ってからの1年半は、彼女にとって一番幸せな時期だったかもしれない。07年に始めたブログ「さなのハッピーダイアリー」にはこう綴っている。
「妊娠したときは(彼は)大学生。大学をやめて働く、結婚しようといってくれた。うれしかった。でも大変そうな姿をみていると、これでよかったのかな、と思う日々」
 06年末、店でアルバイトをしていたこの大学生と入籍。20歳になって1週間後に桜子ちゃんを出産した。
「10カ月の妊娠期間は本当に本当につらいものでした。でもそれと同時にだんだん大きくなるおなか、私はひとりじゃないんだと、思わせてくれた小さな命。わが子に対面したときは、言葉にならないほど嬉しかった。大好きな旦那との子供、私の子供、こんなに可愛いものだと思ってもいませんでした」

■父と出した離婚届

 幸せの絶頂は子連れで挙げた結婚式。
「先週の結婚式。あげさせてくれたお父さん、だんなの両親に感謝でいっぱい。本当にありがとう。本当に濃い一年。私は少し成長できたかなと心配になる一面、まわりや環境が私を少しは大人にしてくれた気がする」
 まもなく第2子を妊娠するものの、幸せな生活は長くは続かない。ブログには翌年3月ごろから、不安定な精神状態が吐露され始める。
「しょうもない人間の早苗です。どうにもならない人間、早苗です。なかなか人に泣きつくなんてできましぇん。自分の中で壁をつくって、壁がとれるのにかなりの時間がかかってしまいます。人に弱い自分なんて、見せたくありません。3年前の、去年の、自分よりは少し大人になれたなんて、毎日考えている私はおかしいんでしょうか」
「ブログ友達に公表するのってほんとに怖かった。きもいんだもん。私。とってもとっても根暗。きもい人間だと嫌われたりするんが、むちゃこわい」
 そして4月で「ハッピーダイアリー」は途絶える。ブログが綴られたのは2年半の結婚生活のうち、5カ月間にすぎなかった。
 関係者は言う。
「夫も、夫の両親も育児に協力してくれたのに、早苗容疑者は次第に子どもたちを夫の両親に任せきりにし、夜も遊び歩くようになっていきました」
 楓ちゃんの誕生から半年後の昨年5月に離婚。早苗容疑者の異性関係が原因だったという。
 離婚届は父と市役所に出しに行った。その際、早苗容疑者はこう話したという。
「私がしたことだから、私ががんばる」
“東京の父”にも、電話で離婚を報告した。
「東京の先生のところで仕事を探せ」
 と言うと、こう答えたという。
「ひとりでがんばってみます」
 子どもたちを引き取った早苗容疑者は、名古屋の繁華街・栄のキャバクラで働き始める。この店の求人広告にはこうある。
「未経験者向き、日払いOK、寮・託児所有。時給3000円から6000円プラス能力給。または月給27万円以上」
 源氏名は「あかね」。売れっ子で店のホームページに動画が紹介されていた。だが、客の歓心を奪い合う世界は甘くなかった。店の評判が書かれた掲示板では、真偽入り乱れた「あかね」への誹謗中傷がくり返された。
「営業メールがしつこい」「枕営業している」「二人の子持ち。旦那と離婚している」

■一度だけかけた電話

 この頃から前述の会員制サイトで投稿を始めている。子どもの成長ぶりを綴っていたブログとは一変、ここでは子どもがいることすら明かしていない。代わりに登場するのが彼氏だ。
「最近だありんに振り回される自分がだいっきらい、今日で、もー最後と思いながらいつもいくのに、やっぱり好きーってなかなか離れられないです」
 今年初め、名古屋から大阪へ。風俗店で働き始め、店が借り上げた単身者向けのマンションで桜子ちゃんと楓ちゃんと暮らし始めた。
 マンション近くの公園では、冬空の下、彼女が2人の幼い子どもを遊ばせているのを、近所の人たちが見かけていた。母親はベンチにうつむきがちに座ってタバコをふかし、「ママ、ママ」とまとわりつく子どもたちに目をやる様子もなかった。「お子さんのお名前は?」と声をかけられると、あまり話しかけられたくなさそうに、「サクラコ」とだけ答えたという。
 関係者によると、大阪に移る前後に、早苗容疑者は一度だけ、父に連絡をしてきたという。
「子どもがインフルエンザかもしれないので、面倒をみてほしい」
 父が都合がつかないと答えると、いったん切った後、
「やはりインフルエンザじゃなかった」
 と再度電話してきたという。
 4月になると、水道の使用量がゼロに近くなった。このころから、マンションの早苗容疑者の部屋から子どもの泣き叫ぶ異様な声が響き渡るようになる。近所からは通報が相次いだ。
「インターホンからママー、ママーと叫ぶ声がした」「子どもの泣き声がやまない。夜、置いていかれているのでは」

■大好きなものは家族

 マンション住人から最初に児童相談所に連絡が入った3日後の4月2日。早苗容疑者は会員制サイトの日記にこう記した。
「子ども扱いされないけど、大人にもまだ見られないそんな年頃。子どもじゃないから責任もった行動とるのが当たり前。もっとしっかり。頑張るしかない」
 サイトのプロフィルでは、「泣き虫」「さびしがり」「わがまま」「先のことも考えるけど今を楽しく生きたい」と自己紹介。でも大好きなものは、「家族」。
“東京の父”である監督はこう話す。
「お父さんが、本当に大好きだった。それでラグビー部のマネジャーになったくらいですから」
 早苗容疑者は今年5月に父に電話をし「元気でちゃんとやっている」と告げている。
 だが、住所と仕事については最後まで明かさなかった。
編集部 三橋麻子、野村昌二
(8月16日号)
  • 最終更新:8月 9日(月) 11時34分
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