最良にして最も聡明?(臨床政治学)=伊藤惇夫中央公論8月10日(火) 10時35分配信 / 国内 - 政治『ニューヨーク・タイムズ』の記者としてベトナム戦争を巡る報道で「ピューリッツァー賞」を受賞したのち、日米の自動車産業の興亡を描いた『覇者の驕り』や、メディアの内実を鋭く抉った『メディアの権力』など数々の傑作を著したアメリカの名ジャーナリストであるデイヴィッド・ハルバースタム。その彼の名声を不動にしたのが『ベスト&ブライテスト』だった。 同書は当時のアメリカの「ベスト=最良」にして「ブライテスト=もっとも聡明」な人々を結集したケネディ、ジョンソン両政権が、なぜ、あれほど愚かなベトナム戦争の泥沼に嵌まり込んでいったのかを中心に、アメリカの政治エリートたちの実態を活写した作品だ。ふと思いついて、最近、何十年ぶりかで読み返してみた。理由は昨年誕生した民主党政権を眺めているうちに、なぜか、この本の中身とオーバーラップする部分が多い気がしたからである。「何かが変わる」という漠然とした、しかし大きな期待の中で誕生した民主党政権。だが、現実の政権運営は迷走に次ぐ迷走の結果、たった八ヵ月で鳩山政権から菅政権に交代、参議院選挙では改選議席を一〇も下回る惨敗を喫した。九月に行われる代表選挙では菅執行部と小沢一郎前幹事長のグループが激突する可能性も囁かれている。新政権に寄せた大きな期待は、失望に変わりつつある。 なぜ、こんなことになってしまったのか。鳩山、菅というトップ二人は別として、両政権の主要幹部の顔ぶれを思い浮かべると、「ベスト&ブライテスト」といっては褒めすぎだが、かなり優秀な人材がそろっていることは間違いない。前原誠司国交相、仙谷由人官房長官、枝野幸男幹事長、岡田克也外相、野田佳彦財務相……。みんな、頭脳も明晰で政策立案能力も高い。一部を除けば弁舌もさわやかで、議論となれば、相手を論破する力を持っている連中ばかりだ。「確かに人材の面では自民党は民主党にとてもかなわない」と自民党のあるベテラン議員が悔しがるのもうなずける。 では、これだけ優秀な人材がそろっていながら、なぜ民主党政権は期待を裏切り続けるのだろう。もちろん、一つには「若さ」がある。経験不足からくる勇み足も少なくない。野党時代に掲げていた「理想」が、与党になってみると「現実の壁」に行く手を阻まれることしばしばで、戸惑いばかりが広がっているかに見える。 だが、これら以外に、実は政権運営が迷走する、より大きな要因として、彼らの多くが色濃く身につけている「サークル体質」があるのではないか。前原、枝野両氏や玄葉光一郎政調会長ら菅政権の主要閣僚、党幹部の多くは旧新党さきがけ出身者である。小沢一郎前幹事長が乗り込んできて実権を握った段階での民主党は上下関係に厳しく、集団意識が強い「体育会体質」を強めたが、旧新党さきがけ系のメンバーたちはこれに反発し続けた。理由は彼らが「そこそこ優秀」ゆえに、規律を嫌い、「個」を重視するサークル的文化を信奉しているからだ。 鳩山政権下では内閣が「サークル」で党は小沢幹事長の下で「体育会」だった。クルマの両輪であるはずの内閣と党がバラバラな方向に動こうとすれば、迷走するのは当然だろう。おまけに、「サークル的」な閣内は、それぞれが勝手に動くことで調整機能が働かない組織となってしまった。 菅政権となって内閣も党も「サークル」化が格段に強まった。となれば、「そこそこ優秀」な閣僚、党幹部たちは、鳩山政権以上によくいえば自由闊達に、言い方を換えれば勝手気ままに自己主張を展開することになっても不思議はない。参院選中、菅首相の消費税発言を批判した小沢氏に対し、長幼の序や選挙後の展開も考えず「大衆迎合だ」と遠慮のない批判を加えた枝野発言などは、その“サークル”的体質がいかんなく発揮された事例かも。 どれほど良質で、聡明な人たちであっても、個人の能力には限界がある。政権という最も強力で重要な組織の運営に当たって、なにより必要なのは結束であり結集である。個々がバラバラに考え、動いている限り、どんなに優秀な人材を集めても、何のパワーも発揮できない。もっとも、これは「小沢流体育会」がいいという意味ではない。「個」は持ちながらも全体を支える「部分」になれることが、大切なのだ。このままだと民主党政権、「ワースト(最低)&ダルエスト(もっとも鈍い)」になりかねないかも。 (了) いとうあつお=政治アナリスト
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