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タレント候補・惨敗、国民の成熟度を問う/横田由美子(ルポライター)

Voice8月10日(火) 12時34分配信 / 国内 - 政治

◇政界でもうひと花咲かせる?◇

 昨夏の政権交代以降、初の国政選挙になる第22回参議院議員選挙が、2010年7月11日に行なわれた。121の改選定数(選挙区73、比例48)に対し、437人(選挙区251、比例186)が立候補した。結果は、民主党が改選前と比べて10議席も減らす惨敗を喫し、改選第一党には自民党が躍り出た。民主党は、連立相手の国民新党と合わせても、過半数にはとうてい及ばず、政権交代前とは立場が真逆の「ねじれ」を経験することとなった。

 この選挙については、すでにさまざまな観点から論じられているところではあるが、本稿では「タレント候補者」という側面からみていきたいと思う。民主党の敗因の一つにはタレント候補をお手軽に擁立しすぎてしまったことがある、と考えるからだ。民主党以外の政党でもタレント候補は数多くみられたが、そのほとんどが泡沫候補として終わっている。「タレント候補」がこれまでもっていたブランド価値は、確実に下がっている。その理由をタレント候補の質の低下にみる声は、決して少数ではない。

 いつの時代もタレント候補はいた。1970年代には、戦前、主に満州でその美貌と歌声で多くの人々を魅了した李香蘭こと山口淑子が、田中角栄の強い要請で参院選に立候補している。同時期には、元タカラジェンヌで参議院議長のポストまで上り詰めた扇千景も、福田赳夫に請われて出馬。彼女たちの政界への挑戦は当時大ニュースとして扱われ、当選は要請を「受けた」時点で確定していたようなものだった。つまり、かつてのタレント候補者は大物タレントであることが常だったし、政界に転身しようと考えるタレントの数も少なかった。

 政治系討論番組にも出演する現役タレントの一人は、次のように話す。

「今回の選挙では、懐かしい名前をずいぶんみたよ。本人は否定するだろうけれど、この世界で食えないから政治家ということだと自分たちはみな思った。周囲でも、儲かっているタレントはどんなに口説かれても乗らないよ。選挙はカネも時間も自由もなくなるし、スキャンダルは御法度というのがわかっているからね。基本的に芸能界にいる人間は、つねに他人から注目されていたい人種。政界でもうひと花咲かそうと夢をみたのではないか。落選したとしても、一瞬でも久々にメディアに追いかけられて嬉しかったはずだ」

 立候補者名簿をみると、タレント候補と呼ばれる新人は、約20人いた。「約」と付けたのは、「タレント候補者」という言葉の定義が明確ではなく、タレントの範疇に入れてよいかどうか迷った人がかなりいたからだ。実際、新聞報道でもタレント候補の数は、18〜25人とばらついていた。

 一般にタレント候補と聞けば、女優や歌手、元スポーツ選手、女子アナなどを想像する。主にテレビメディアを中心に活躍していて、全国的に顔と名前が売れている人たちだ。たとえば筆者が迷ったのは、アパレル企業の経営者という本業をもちながら、新聞などにもコラムをもつ藤巻幸夫氏(みんな)や、それほど知名度はないがそれなりにテレビで知られているジャーナリスト、全国的には知られていないが現地では絶大な人気を誇るローカル局のアナウンサーなどだ。

 本当に職業欄に「タレント」と明記していたのは、大阪選挙区(3人区)で出馬した岡部まり(民主)一人だった。岡部は、小沢一郎前幹事長の肝いりで、民主党の大阪での2議席獲得を期待されて選挙区で擁立された。当初は民主党への期待値がまだ残されていたことに加え、大阪での圧倒的な人気の高さで当選は確実とみられていた。

 追い風は、小鳩体制の崩壊と菅新総理の消費税をめぐる一連の発言で、逆風に変わった。激戦の末、岡部は落選している。

 選挙区で勝利したタレント候補は、元プロ野球選手でコメンテーターの石井浩郎(自民)だけだ。石井は初陣にもかかわらず、民主党の現職を抑えて一人区の秋田を制した。

 一方、俳優の原田大二郎(民主)は山口県の一人区で出馬するも、大差で敗退。原田の敗因は、保守的な地域情勢と安倍家、岸家のブランド力を甘くみたことに加えて、自身の賞味期限を過大評価したことだろう。原田の俳優としての最盛期は、おそらく70〜80年代だ。民主党が多数のタレント候補を立てた背景には、無党派層の取り込みがあったと指摘されている。二人区での二人擁立劇の裏には、組織内候補の多い現職に新人が無党派層を取り込むことで、議席を独占できるという思惑があったともいう。だが、若手が中心とみられる無党派層は、原田の代表作である「Gメン75」を観たことがない世代であった可能性のほうが高い。

 比例のタレント候補はより惨憺たる有様だ。当選したのは、三原じゅん子(自民)と、ヤワラちゃんこと谷亮子(民主)のみ。小さなころから才能を高く評価され、つねに結果を出してきた谷は、スポーツ界という枠を超えた国民的スターだ。オリンピックで二度も金メダルを手にしたことで、その地位は盤石なものとなっている。

 タレント候補としての格も知名度も他の候補とは一線を画していた。出馬会見で、育児と選手としての現役続行と国政挑戦の3つを表明した谷は、「三足の草鞋を実現しようなど国政を舐めている」と厳しい批判に晒されたが、開票直後に数分で「当確」を得た。そういう意味では、政治的資質はなくとも、昔ながらのタレント候補の王道的存在ともいえよう。

 しかし、その谷の票が35万程度にとどまったことに私は、有権者の感覚が少しずつ成熟に向かっているという希望をみることができる気がする。

◇訴えるのは「スポーツ振興」のみ◇

 有権者の意識変革の前に、全般的にタレント候補のブランド力が低下している背景について、説明しておく。

 近年、とくに参議院選挙では、タレント候補の擁立が確実に増えており、タレントと政治家という職業とのあいだの垣根があまりにも低くなったということが第一にある。そのため、猫も杓子も永田町をめざすという今回のような状況が生じて、タレント候補に有権者が新鮮味を感じなくなってしまった。とはいえ、政党の側も苦しいのは、知名度がないよりは少しでもあったほうがいいことも事実であるからだ。

 突き詰めれば、問題の所在は参院選挙のあり方そのものにある。全国比例の投票用紙には「党名」か「候補者名」を書かなくてはいけない。党名と個人名の合計得票数でその政党の議席数が決まり、議席は個人名での得票を多く得た人から順に決まっていくので、無名の候補者よりも、ある程度知られた候補者のほうが党全体にとってプラスに働く。

 それに、どんな世界でも何か成し遂げた人間には、他人を引きつける引力のようなものも運もある。それがヤワラちゃんのようにカリスマの域にまで達していればよいが、それこそごく少数の選ばれし者しかもつことは許されない。たいていは、一時的に爆発的な人気を得たとしても、いつのまにか下降線をたどるのが芸能人の宿命だろう。そのヤワラちゃん人気も危ういものだ。

 やはり70年代に「飛んでイスタンブール」を大ヒットさせた庄野真代(民主)は、4万3405票と、下から数えたほうが早いのではという順位だった。その庄野よりさらに票を集められなかったのが、これまた70年代に「奥さまは18歳」などのドラマで大人気となった元祖アイドルの岡崎友紀(民主)だ。彼女たちが旬だった当時の人気と熱狂を記憶しているのは、シニア層ぐらいだ。

 若者が選挙に興味を失っていることが社会問題化して久しい。それに比べてシニアは、確実に投票所に足を運ぶ。ここまで大昔のアイドルや俳優が乱立した背景には、無党派層以外にシニア層の取り込みも図ったのではないかと穿った見方もしたくなる。

 おばあちゃんの原宿こと巣鴨の「地蔵通り商店街」。選挙期間中、ここには連日、比例の候補者が訪れ、さながら「比例候補者のメッカ」という様相を呈していた。商店街の店主は、

「一昨日は三原じゅん子が来たよ。きれいだったね。昨日は岡崎友紀。今日も誰か有名な人が来るみたいだよ。まあ、一瞬は賑わっていいんだけどさ、売上げに直結するわけじゃないし」

 と、事もなげにいった。

 しかし、本当にシニア層目当ての擁立という側面があったとしたら、それこそが政治が有権者を見誤ったということだろう。ほとんどのタレント候補は、語るべき政策もなければ、政界における将来の展望も永田町の現実も知らない。

 投票日の一週間ほど前に、岡崎友紀に話を聞いた。岡崎は動物愛護の活動を40年間続けている。立候補を決意したのは、環境問題に真剣に取り組みたいという思いからだと話した。

「年金や福祉、医療のほうが生活に近い気がするので、そちらの分野を強く主張したほうが政治家らしいと見なされる。しかし、国民の生活や暮らしがよくなるために政治家が取り組まなくてはいけないのは当たり前です」

 と、環境は票に直結しないが自分が率先してリーディングしていきたい、と意気込みをみせた。しかし、環境分野での具体的な政策論はこれといって聞けなかった。ただ、動物の命が他国と比較して軽んじられているので、動物の命を守りたいという思いは伝わってきた。その姿勢を否定するわけではない。民間でNPOやNGOとして運動を続けていても、行政の壁にぶつかることばかりだ。悔しさも味わっただろう。しかし、動物愛護政策しかできないのなら、べつに国政に挑戦する必要はないのではというのが率直な印象だった。国政を担おうという気概があれば、候補者であっても経済や外交政策も含めて、この国全体のかたちを提示できなくては難しいのではないか。

 日本の経済や雇用を取り巻く環境は、非常に厳しいものがある。それと比例するかのように、有権者がタレント候補に要求するハードルは明らかに高くなっている。

 ヤワラちゃんほどのスター選手でなくとも、スポーツ界で素晴らしい実績を積んだ人も候補者にはかなりいた。元読売ジャイアンツ監督の堀内恒夫(自民)、元プロ野球選手の中畑清(たちあがれ)、プロレスラーの西村修(国民新)らだ。彼らが口を揃えたように訴えるのは、スポーツ振興だった。それ以外の質問をすると、途端にしどろもどろになる。そのため、運よく当選したところで、せいぜい一期で消えていくのが現実だろう。

 元プロレスラーの神取忍は前回も繰り上げ当選だったが、結果は3万2793票で現職にもかかわらず、下位で落選した。厳しい言い方になるが、彼女が参議院議員としてどんな仕事をしたのか、有権者にまったく伝わらなかったという証左ではないか。

 二度のオリンピック出場経験をもち、いずれも銅メダルを獲得。個人種目では銀メダルも手にしている元体操選手の池谷幸雄(民主)。全国を駆け抜け支持を訴えた。週刊誌のグラビアでは「この男は(国会議員になって)何がしたいのか?」とまで書かれたが、街宣車の上で倒立までした。池谷は、タレント候補としての自分のポジションを承知したうえでの行動だったと、民放のインタビューでは匂わせていた。

「そこ(週刊誌)の記者がやれといったんですよ。それでこの男は何をしたいのかと書かれた。それでも、普通は雑誌にこうやって名前が出ることは100%ないわけですから」

 票のために倒立した池谷も善戦したほうではあったが、投じてもらった票数は5万5000程度で、あっけなく落選の憂き目をみた。

◇もともとは蓮舫氏も……◇

 否定的な意見ばかり述べたが、ここで見方を変えたい。もしタレント候補が政策を論じることができたら、最強の候補者となれる可能性を秘めていると私は思う。

 改選組の一人だった蓮舫行政刷新担当相は、事業仕分けの現場での厳しい追及が評価され、激戦の東京選挙区で170万票を超える過去最高の得票数を得てトップ当選を飾った。その彼女も6年前の初出馬時には、元クラリオンガールでキャスターのタレント候補だった。

 しかし、蓮舫の場合は、政策論を戦わせることができる強みがあった。出馬会見時には、二児の母。だが、マニフェストならぬ「ママフェスト」をひっさげての登場だった。蓮舫には野党時代、当時の与党・自民党から出馬したかったのではないかという質問をしたことがある。

「バブルとバブル崩壊の狭間で生まれ育ったわれわれ世代は、政治がよかったから生活がよくなった、と感じたことはありません。政権交代できる土壌として二大政党制をつくり、変化をもたらさないことには、政治が筋肉疲労を起こしたまま。選択肢のない国民は不幸です」

 と、歯切れよく話したあとに、日本に女性首相が誕生しない理由についても的確な分析を披露した。

「自民党という政党が半世紀近くにもわたり、一党独裁を行なってきたことと無関係ではない。変わってきてはいますが、当選回数を重ね、派閥の領袖になって、初めて総裁選に挑戦できる切符を手にすることができた。これからは違います。党を問わずに、能力のある女性議員は、軟弱な男性議員が増えてきているのと同じぐらい増えています。永田町が適材適所、能力主義の世界になれば、女性が総理になるのになんの障害もなくなる」

 蓮舫にとって政界への転身は、いつからかはわからないが周到に準備されたうえでの帰結だったのではないか。彼女の終着点は「大臣」などであるはずはない。クラリオンガールになったことをきっかけに、歌番組やワイドショーの司会者に抜擢され、報道系のキャスターへと階段を上っていく。仕事の中身が変化していく過程では、政財界に人脈が築かれていったはずだ。そうした人たちと話す機会が多いほど、永田町の仕組みや掟を肌感覚で学ぶことができる。長年、報道に近い世界に身を置いたことで、メディア対応も心得ている。

 蓮舫の事務所を訪ねると、部屋にはいつも資料が山積していたのを思い出す。「ここにくるといろいろな情報があるから、いつでも寄って」と、気さくに記者である私に声をかけてきた姿からは、自分はたんなるタレント議員ではないのだという強い自負がにじみ出ていた。

 実際彼女は、すでにタレント議員の枠は楽々と飛び越えてしまっている。もう誰も彼女をタレント議員とは呼ばないだろうし、それすら忘れているだろう。

 今回、いわゆる「タレント議員」が多数誕生しなかったという意味では、有権者は成熟したといえる。だが、説明責任を果たすことなく迷走を続ける民主党政権でよいのか。もう一度考える時期にきている。〈文中・敬称略〉

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  • 最終更新:8月10日(火) 12時34分
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