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■自著を語る

2010/08/10
寮美千子さん編著

空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集

寮美千子さん編著

(詩人、作家)

りょう・みちこ 1955年東京生まれ、千葉育ち。外務省、広告制作会社勤務を経て、86年、毎日童話新人賞。2005年、『楽園の鳥』で泉鏡花文学賞。古都にあこがれ奈良市に転居。童話、絵本、小説と幅広く活躍中。


■詩が開く 受刑者の心の扉

 二〇〇七年から始まった奈良少年刑務所の「社会性涵養(かんよう)プログラム」の講師をしている。本作は授業から生まれた受刑者の詩をまとめたもの。

 「空が青いから白をえらんだのです」は薬物中毒の後遺症のある子の一行詩「くも」。彼は普段ろれつが回らず、早口の上に小声なので、聞き取るのさえ困難だった。

 その子が、みんなの前で勇気を出して作品を朗読したとたん、奇跡が起きた。はっきりした声で堰(せき)を切ったように思いの丈を語りだしたのだ。

 「今年で、お母さんの七回忌になります。お母さんは体が弱かった。それなのに、お父さんは、いつもお母さんを殴っていた。ぼくは小さいので守ってあげられませんでした。お母さんは、亡くなる前に『つらくなったら空を見て。そこにわたしはいるから』といいました。お母さんを思って、この詩を書きました」

 詩が心の扉を開いた瞬間だった。教室の全員が息を呑(の)んだ。すると受講生が「はいっ」「はい」と次々に手を挙げた。

 「ぼくはAくんは、この詩を書いただけで親孝行やったと思います」

 「Aくんのお母さんは雲のようにまっ白で汚れのない人だと思いました」「ぼくはお母さんを知りません。けれどこの詩を読んで空を見たら、お母さんに会えるような気がしました」。そう言った子は、わっと泣きだしてしまった。詩は、聞く者の心の扉も開いたのだ。

 なんて、やさしい子たち。この子たちが、なぜ刑務所に来ることに?

 刑務所は鏡。社会の歪(ゆが)みを映しだす。受刑者の多くは、加害者である前に被害者だった。家庭では育児放棄され、地域社会は機能せず、学校では落ちこぼれた子が多い。彼らは「狂暴・凶悪」というイメージとはかけ離れた、弱々しい存在だ。この詩集は、その事実を突きつけてくる。

 荒(すさ)んだ心に感受性が芽生えて、受刑者は初めて被害者の心の痛みを実感し、自身の罪と向きあうことができる。罰だけが再犯を防ぐ道ではない。裁判員制度の始まったいまだからこそ、一人でも多くの人に、彼らの詩を受けとめてほしい。

( 長崎出版 ・ 一五七五円 )

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