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鳩山・小沢の再接近に菅が怯えた夜(1/2)

文藝春秋8月10日(火) 12時12分配信 / 国内 - 政治
「静かにしておれっていうから、そうしていたのになあ。菅は、わかっちゃあいない。長くはもたないんじゃないか」

 七月二十二日夜、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ内にある日本料理店「山茶花荘」。参院選後、首相・菅直人の面会要請を頑として受け入れず、沈黙を守ってきた民主党前幹事長・小沢一郎が重い口を開いた。小沢の菅への辛辣な言葉を聞いたのは、前首相・鳩山由紀夫と参院議員会長・輿石東だった。

 この日、輿石は無投票で民主党の参院議員会長四選を決めていた。鳩山が輿石の再選祝いを名目に呼びかけたこの三者会談は、鳩山・小沢ダブル辞任を決めた六月一日と同じ顔合わせだが、今回は全く様相を異にした。冒頭の小沢の台詞は、鳩山が参院選大敗の理由をこう述べたことに応じたものだった。

「消費税なんか持ち出したから、それがすべてですよね。私たちが辞めた意味がないじゃないですか。党内もすんなり菅続投を支持するのか、どうでしょうか」

 菅は鳩山と小沢の再接近に怯えた。そして、七月二十四日昼には、菅と鳩山が東京・虎ノ門のホテルオークラ内にある日本料理店「山里」で顔を合わせた。二十二日の三者会談で三人が自らに示したであろう距離感を測りきれなかった菅が鳩山に申し出て、実現したものだ。しかし三者会談から間を置かない鳩山への面会要請は露骨すぎると判断し、両者の夫人を同伴してのものとなった。その場で鳩山は最後まで、九月の代表選で菅を支持するという言質を与えなかった。

 その約二週間前の七月十一日、参院選投開票日の夕方近く。首相公邸に陣取る菅のもとに最新の選挙情勢を伝える数字が寄せられていた。携帯電話で菅に報告をあげる選対委員長・安住淳は、「自民党が上を行くかもしれないが、ほぼイーブンのところまでもっていけると思う」と最後まで強気の言葉を発していたが、結果は自民が十三議席増の五十一議席、民主が十議席減の四十四議席という想像以上の大敗だった。

 もっとも、選挙情勢を振り返れば、民主党がまだ鳩山・小沢体制の五月上旬に極秘に実施した調査では、民主三十六議席という衝撃的な数字が出ていた。

 そこから鳩山・小沢のダブル辞任で、情勢は驚異的なV字回復を見せ、菅政権発足直後の民主党の自前の調査では、最大の目標としていた単独過半数に必要な六十議席をうかがう五十八議席獲得まで、一気に情勢を好転させていた。菅側近からは「四十台の議席というのはもうありえない。ことによると、小泉ブームの再来があるかもしれません」などの声も出始めた。組閣・党役員人事での“小沢外し”が効を奏し、菅が浮かれていたこの頃、内閣官房長官・仙谷由人らは、衆院を解散して衆参同日選を断行するよう、菅に強く進言していた。安住が示したシミュレーションも「衆院は議席を減らすが、二百六十議席を維持。参院でも六十議席をクリアする公算が高い」というものだった。衆院で議席を減らしてでも、菅首相のもとでダブル選挙を戦い、小沢の影響力を排除して菅への求心力を高めようという作戦だった。

 菅は結果としてこの誘惑に乗らなかった。ひとえに菅の動物的、政局的カンが働いたからといってよい。だが、後から振り返れば、菅のこの絶頂期はほんの束の間のことにすぎなかった。

■菅発言に激怒した小沢

「消費税引き上げの論議を超党派で始めたい。その際には自民党が提起した一〇パーセントを参考にしたい」

 六月十七日、参院選のマニフェスト公表の会見で、突然切り出した自らの言葉が菅の運命を暗転させた。

 菅は、自民党と同じ主張をすれば、消費税は選挙の争点から消えると考えていた。これまで自民党政権ができなかった消費増税を実現すれば、増税を掲げて初めて選挙に勝った首相として、歴史に名を刻むことになる。側近官僚からのそうした助言が、菅の背中を押す形となった。菅にはもうひとつ計算があった。消費税が前面に出てくれば、鳩山政権の足を引っ張った「政治とカネ」や普天間問題の迷走も争点から消える。V字回復した支持率への過信が、菅にはあった。

 菅の消費増税発言を側近から聞いた小沢は激怒した。

「何をバカなことをいってるんだ。ムダの削減をやる、と繰り返しておけばいいことだ。戦術的になってない。第一、マニフェスト違反、国民にウソをついたっていわれるのは明白だ」

 小沢の指摘通り、菅内閣の支持率は右肩下がりで急降下した。鹿児島、山梨など最後まで自民党と激戦を展開した一人区では、自民党の顔となった小泉進次郎と菅が度々ニアミスした。菅は候補者名を言い間違えて失笑されることもしばしばで、二十分程度しかない演説の途中で聴衆が帰り始める光景も珍しくはなかった。一方、進次郎が「私は自民党が政権奪回を口にするのはまだ早いと思ってる。まず一流の野党にしなければならない」と声を張り上げると、大きな拍手が起こり、聴衆の握手攻めにも笑顔で応じていた。注目度でも動員力でも明らかに菅より進次郎が上回っていた。

 民主党に強い逆風が吹き始めていた。それでも幹事長・枝野幸男や安住ら党の選挙責任者は有効な手立てを何も打ち出せないでいた。投票日の二日前になって、マスコミ各社の世論調査で予想以上の劣勢を知った安住は、ようやく数人の県連代表らに電話して「おたくのところは、自民にひっくり返されている。ただ一、二ポイントの差にすぎないので、党本部から活動費を出しますからなんとか手を打ってください」などと必死にネジを巻いたが、後の祭りだった。

 菅は選挙結果が判明する前から、どんな大敗を喫しても首相を続投するという決意を胸に秘めていた。投票日の夜、仙谷と枝野にその決意を伝えると、すぐさま、鳩山と小沢にも電話した。

「必ずしも当初の期待に添えない結果かもしれないが、政権交代による改革の灯は自分が責任をもって受け継いでいく」

 焦りからか、いつになく上気した菅の声を鳩山は黙って聞いていた。一方、二日前からつかまらなかった小沢は、この日も菅の電話に出ようとしなかった。

――(2)に続く

(文藝春秋2010年9月特別号「赤坂太郎」より)
  • 最終更新:8月10日(火) 12時12分
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