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広島―甲子園―長崎。二つの原爆忌に挟まれて、白球の宴が幕を開けた。高校野球は日本の夏を刻み、次へと回す暦の歯車に思える。開会式には入道雲、決勝戦には刷毛(はけ)ではいたような空がいい。〈八月の雲みな白し甲子園〉城山白河▼いつもは六甲おろしがうなるスタンドも、しばらくは聖地の風情だ。それぞれに声援を送るアルプス席を除けば、いわば全員が双方の応援団。うちわ片手に、渾身(こんしん)の一投一打を待ち望む。ヤジは消え、拍手は温かい▼開幕試合に、初出場の松本工が登場した。大差はつけられたけれど、後半は悪くなかった。初安打に初得点、守りの好プレーもたくさん。夢から現実に戻る最初のチームとなったが、すべての経験が明日への宝物となろう。どの強豪校も「初」から始まった▼高野連の奥島孝康会長が開会式後のインタビューで、知性と野性のバランスに触れていた。知に偏れば、えてして力強さを損なう。草いきれ、土のにおいまでがルールであるかのようなこのスポーツが、育ちの均衡に悪いはずはない。野球とはよく言ったものだ▼4年前の優勝校、早稲田実のエースだった斎藤佑樹さん(早大)は、甲子園を実家に例える。「球場に入った瞬間、天然芝だと思うんですけど、青臭いような独特のにおいがして、ああ、帰ってきたなあって」(週刊朝日「甲子園増刊号」)▼夏に帰るべきところ。そんな意味で、8月の甲子園はすべての野球好きの実家なのかもしれない。「ただいま」と戸を開け、しばし懐かしいそのにおいに甘えるとするか。