2010年05月25日 (火)時論公論 「政権公約と消費税論議」
今晩は。民主党が参議院選挙に向けて進めているマニフェスト、政権公約の見直し作業が大詰めを迎えています。焦点は、消費税を含む財政健全化の道筋をどこまで示せるかです。税金の無駄使いを無くせば財源は賄えるとして来た民主党政権の軸足が変わるのでしょうか。今夜は、この問題について考えて見たいと思います。
たたき台になる案は先週ほぼ固まっています。衆議院選挙の公約と一番違うのは、柱の1つに財政の健全化が加わったことです。具体的には、消費税の引き上げも念頭に置いて、次の衆議院選挙の後、税制の抜本改革を行うことが明記される方向になっています。また、来年度以降の国債発行額は今年度予算の44兆3千億円以内に抑えるべきだとして、マニフェストに掲げる政策についても現実的な対応を行うことが確認されています。
このため、焦点の子ども手当については、来年度から満額の月2万6千円支給するという約束を見直して、財源が足りなければ減額することや、一部は保育の充実などの現物サービスに切り替えることを検討しています。子ども手当を含めた主要な政策の実施時期や必要な財源の額を示した公約達成に向けた工程表も削除される方向になっています。
このように、参議院選挙向けた民主党の政権公約は、総額で16兆8千億円としていた衆議院選挙の時の政権公約の規模を大幅に圧縮し、将来の消費税の引き上げに道を開くものになりそうです。予算の無駄遣いをなくせば公約実現に必要な財源は調達可能だとして来た民主党の基本的な立場を軌道修正するものだと言ってもいいでしょう。
背景にあるとされるのは厳しい財政事情です。今年度予算では財源不足で暫定税率の廃止断念に追い込まれました。現実的な対応が出来るようにして置かないと来年度予算でも巨額の国債発行が避けられないでしょう。直近に起きたギリシャの財政破綻も背中を押しました。今の段階で財政再建に舵を切らなければ日本も大変なことになる。そういう危機感の広がりが政権公約の修正につながったと民主党の幹部は話しています。
確かに財政状況は深刻です。今年度の国の予算。一般の家庭に例えると、給料は37万円しかないのに出費は92万円。へそくりを取り崩しても足りずに、新たに44万円借金をして何とかしのいでいるという極めて異常な状態です。こんなことを繰り返して来た結果、積もり積もった国の借金は今年度末で973兆円。国情が違うので一概には言えませんが、ギリシャの財政破綻が他人事でないのは確かです。
そうした中で、鳩山政権は来月「財政の中期フレーム」を決めることになっています。そこでしっかりした財政再建の道筋を示せなければ、市場の信用を失って国債が暴落することを懸念する関係者も少なくありません。そうした事態を回避するためには、消費税の引き上げを視野に入れた財政再建の長期目標を示す必要があるし、民主党の政権公約はそれと矛盾しない内容にして置く必要がある。政権公約をめぐる軌道修正には、菅財務大臣や仙谷国家戦略担当大臣のそういう考え方が反映されています。
参議院選挙に向けた各党の公約作りはいま大詰めを迎えています。財政の現状をどう見るか。選挙ではそれが大きな争点に浮上しそうです。民主党には政権担当能力がないと批判して来た自民党と公明党は、消費税から逃げない姿勢をアピールすることにしていて、自民党は年次目標を定めた財政健全化法案をすでに国会に提出しています。他方、社民党や共産党は消費税の引き上げには反対。増税より景気対策という国民新党や、公務員給与の削減が先だとするみんなの党など、与野党の枠組みを超えた論戦が予想されます。
しかし、一番の焦点はやはり民主党の公約でしょう。出し直した公約は今度こそ実行可能なのか。衆議院選挙の時とは比べ物にならない厳しい視線が注がれるはずだからです。
そうした観点から改めて民主党の軌道修正をどう見ればいいのでしょうか。現実に合わせて政権公約を見直すこと、それ自体は非難されるべきことではありません。しかし、民主党の動きを見ていると2つ大きな問題があるように思います。第1に、衆議院選挙の政権公約のどこに問題があったのか。その総括がきちんと行われていないことです。
政権公約の修正が避けられなくなったのは、税収の落ち込みだけが理由ではありません。予算の組み替えが当初の目論見通り進んでいないこと、政権公約の見通しが甘かったことに大きな原因があります。切り札とされた事業仕分け。第1弾では目標の3兆円に対して、実際に削れたのは1兆円にとどまりました。国家公務員の人件費の1兆円削減という約束に至ってはいまだに道筋も示せていません。民主党の財源案のどこに問題があったのか。そもそも実行可能な案だったのか。そこをきちんと総括しないまま、いきなり「財政の健全化に舵を切る。だから公約は圧縮だ」と言われても説得力がありません。
政策の理念についても同じです。民主党は家計を直接温める政策に切り替えると言って来ました。しかし、今回の公約では子ども手当を一部現物サービスに置き換える方向が示されそうです。国が直接おカネを配ることを重視するという基本政策を維持しながら、財政の健全化に舵を切れるのか。きちんと整理し直して示す必要があると思います。
もう1つの問題は、党内に温度差があることです。実際、財政規律を重視する仙谷大臣らと、選挙が最優先という小沢幹事長らの間には依然大きな考え方の開きがあります。
小沢幹事長は先週の記者会見で「税金の無駄遣いを減らすことができれば当面の政策は十分実行できる」と述べ、消費税にあえて踏み込もうとする菅大臣や仙谷大臣の動きをけん制しました。公約のたたき台作りにあたって来た実務者協議の場でも、消費税の引き上げに直接言及した文言がいったん盛り込まれ、選挙を最優先に考える勢力の巻き返しで、翌日には削られるという出来事がありました。
その一方で、今度の公約には、選挙を重視する立場から、農家に対する戸別所得補償については来年度から本格実施を目指すことが明記される方向です。衆議院選挙の時の公約にはなかった新たな政策も盛り込むことになっていて、そういうものも入れると財源がさらに1兆円近く膨らむという、財政の健全化とは逆の議論も並行して行われているのが実態です。
このように、民主党内は必ずしも一枚岩ではありません。政権公約は、この後、鳩山総理大臣や小沢幹事長も加わった首脳会議の場で最終調整が図られます。しかし、小沢幹事長の出方次第で、財政再建に関わる項目がたたき台より大幅に弱められる可能性もあります。これに対して、民主党内の、小沢氏とは距離を置く議員が中心になって、消費税を正面から議論しようという議員グループがあす発足するという動きも出て来ました。財政再建をめぐる対立は、小沢幹事長を支持する勢力と小沢氏に距離を置く勢力の間の、参議院選挙後の政局をにらんだ党内対立に発展する可能性も秘めています。
しかし、財政の現状はそうした党内の対立劇が許されるほど甘くはありません。いま検討されている、国債発行額を今年度以下に抑えるという財政健全化の大目標。目標にしては低すぎると思われるかも知れませんが、これさえも、子ども手当を一部減額するくらいではとても実現は困難だと見られています。民主党に求められているのは、そうした財政の現状や、衆議院選挙の政権公約のどこに見通しの甘さがあったのか。それを正直に説明して、国民の理解を党が一丸になって求めて行くという姿勢ではないでしょうか。
「民主党はバラまきだ」と批判している自民党も、消費税の引き上げ幅を政権公約に盛り込むかどうかでは中で意見が分かれています。痛みを伴う政策を国民に訴えて行くのであれば、党内論議を尽くして足元を1つにまとめるのが先でしょう。それができるのはどの政党、どの政治勢力か。私たちもそういう観点から公約作りの行方を見て行く必要があると思います。
投稿者:影山 日出夫 | 投稿時間:23:59