iPad が発売されたのを皮切りに電子書籍が盛り上がってきている。ソニーやパナソニックなどがかなり以前から何度となく専用リーダーを発売しては失敗してきた分野である。そもそも、日本の出版業界の商慣習の影響で専用リーダーで読める書籍が限られていたことも大きいが、それは、iPad にしても同じことである。
今回は、出版社や取次、印刷会社などがこぞって電子書籍への参入を表明あるいは検討していることが報じられている。出版業界のビジネス構造への危機感がいよいよ極まってきたということがあるかもしれないが、それも随分前から指摘され続けてきたことだ。背景には、紙が電子化されるという観点だけでなく、ユーザの書籍の選び方の変化ということもあるように思える。逆に言えば、ユーザの書籍の選び方の変化に注目することで、単に紙を電子化して売るということだけでないビジネスチャンスが見えてくる。
この観点を、先日、サービスの開始が告知された「絶版堂」の目のつけどころをヒントに見ていく。「絶版堂」は、絶版になった書籍の著者から委託を受け、電子書籍として再販売しようというサービスであるが、その話の前にまず、ユーザの本の選び方に関してあらためて考えてみたい。
■一騎、絶版本の著者から委託受けデータ販売「絶版堂」。委託書籍の募集開始(Venture Now)
「一般的な書籍の選び方と潜在する課題」
みなさんは読みたい本をどのようにして知るだろうか?
大抵は書店の店頭でその存在を知るということが圧倒的に多いように思う。書店を訪れ、新刊をチェックし、あるいは目的のテーマの書棚を探索し、目的に適った書籍に出会い、購入する。出版社にとって、書店は非常に重要な販売チャネルであり、書棚を確保するということは、書籍の販売にとって重要な要素である。一方で、書店も売れる本を置くことが至上命題であり、売れる本を如何に確保し機会損失を減らすかが重要になる。この現象は、取次の影響も大きい。書店に対してどう書籍を配分するかは取次にまかされていることが多く、とにかく売れる本を書店に送り、売りさばいてもらうということになりがちだ。
そのため、ユーザからするとどの書店に行っても、結局同じような本しか置いておらず、人気の本を手に取る確率が高くなる。つまり、売れる本はものすごく売れるが、売れない本はユーザの目にすら止まらないという現象が起こる。また、出版社は、書棚を確保するために売りやすい本を定期的に発刊する必要がある。これが、新書の興隆の背景となる。新書という同じフォーマットの形で次々と新刊を出すことで、一定の書棚を確保することができるのである。いずれにせよ、書店で読みたい本を選ぶユーザにとっては、新刊を中心とした選択肢しか与えられないことになる。
これに対して一石を投じたのは、言わずと知れた Amazon だ。ロングテールというキーワードで言及し尽くされた感があるが、先の事情により書店では出会えないような書籍にもリーチできるのが、ネット通販の最大のメリットである。それでも、Amazonなどのネット通販が提供できるのは、リーチの可能性だけであり、どの本を選んだら良いのか?というヒントを与えてくれることは少ない。せいぜい協調フィルタリングによるリコメンデーションくらいであり、漠然とした要望を抱える人たちにとっては、結局、新刊で溢れる書店で探すことになってしまう。
「書籍選択におけるクチコミの影響力」
もともと書籍は、音楽 CD や映画の DVD と同様に、いやそれ以上に、購入前に中身の見えない商材である。ひととおり読んでみないとその価値は分からないが、読むためにはとりあえず購入する必要がある。つまり、ユーザは、目隠しで商品を選ぶのに近い。似たような商材に化粧品やクスリなどがあるが、そのような商材に有効なのはクチコミである。実際に読んだ人の意見を聞いて、あるいは自分と似たような趣味を持つ人の読書履歴を参考にして書籍を選ぶ。このこと自体は、Amazon 登場以前から脈々と実施されてきたことだろう。
ユーザの書籍の選び方への大きな影響の一つとして、このクチコミに関するハードルが著しく下がってきたということを指摘することが出来る。つまり、数々のソーシャルメディアの興隆である。以前は、身の回りにいる人たちの意見を参考にしかできなかったため、限られた情報量しか手に入りにくかったが、ソーシャルメディアの普及により、膨大な量の情報に触れることができるようになった。mixi や facebook などの SNS にしろ、twitter にしろ、ブクログや InBook などの書籍に特化したサービスにしろ、そういったソーシャルメディアで接することができるようになった書籍に関する情報量は著しいものがある。これが、ユーザが書籍を選ぶ際の有力な選択肢になっているであろうことは想像に難くない。
「ユーザ主導の書籍選択機会の創出」
ここに、「絶版堂」の目のつけどころがある。絶版になった書籍に書店で出会えることはまずない。さらに、自分の探している絶版書籍であれば、天文学的に低い確率になるだろう。従って、書店を見て回った結果、絶版書籍を欲することは考えにくく、クチコミや参考文献として提示された情報に限られてしまう。しかし、クチコミが、ソーシャルメディアを通じて増幅されることで、絶版書籍の存在に気付く機会が増える可能性がある。その機会を絶版堂は捉えられるかもしれない。
もちろん、これまでも同様なモデルはあった。「復刊ドットコム」がそうである。ただ、「復刊ドットコム」は、紙での復刊という前提があるため、印刷コストをヘッジできるだけの人数を集める必要があった。従って、要望を出してから実際に手に取れるまでのリードタイムが長くなってしまい、いつまでも復刊されずに要望のままで留まってしまうというリスクがあった。それに対して、「絶版堂」のモデルでは、電子書籍という形態を取っているため、印刷コストがかからない。スキャンするか、元の原稿データを流し込んでしまえば、かなりのローリスクで出版できてしまう。
「絶版堂」のようなモデルが登場することで、ユーザ主導の書籍選択は増えていくことが考えられる。そして、その背景にはソーシャルメディアの存在がある。これは、供給サイド主導だった古本業界に需要サイドをとりこんだブックオフに近い動きともいえる。
以上、見てきたように電子書籍のインパクトは、既存の紙の書籍が電子化されることに留まらない。むしろ、電子化されることによる、ユーザの書籍への接し方の変化にこそ注目すべきであり、そこに注目することで多様なビジネスチャンスが見えてくるのではないだろうか。
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