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[10395] 【処女作・習作】テイルズ・オブ・ドラクエ3(オリ主転生・DQ3+テイルズ設定)
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/01/28 23:58
 はじめましてtawasiともうします。

 今回はふと思いついたクロスオーバーを書かせていただきます。
 
 ドラクエ3とテイルズのクロスオーバーです。

 主人公は現代からの転生トリップです。

 わたしはドラクエ3は何回かプレイ済み(しかしもうゲームはないです)、
テイルズは、ファンタジア(TOP)・ディスティニー(TOD)・ディスティニー2(TOD2)、シンフォニア(TOS)がクリア済みです。

 リメイク版TODは途中で止まっています。
 アビス(TOA)は二次創作をいくつか見いるので、内容は大まかに知っています。
 (TOAに関して、二次創作しか知らないなら、書かないほうがいいとの指摘を以前受けました。ですので、TOAのものは出さないことにしました。申し訳ありません。)

 内容がうろ覚えなことが多いです。

 大まかな話は頭の中にありますが、細かいところは決まっていません。
 書きながら、少しずつやっていこうと思っています。

 今更ながら追記です。特定の人物、国などに対して、アンチ描写があります。かなりきついです。そういうのが嫌な方はご覧にならないほうがよろしいかと。
 実際に、気分がかなり悪くなられた方がおられますので。

 そんなの許せない! という方はお目汚しのないよう、引き返してください。

 では、失礼いたします。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第1話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/19 01:08
 唐突だが。
 トラックが突っ込んで来た。
 なす術もなくはねられた。
 堕ち行く意識の中、思ったことは。
 信号守れよコラ、だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「どうしてこの程度のこともできないの! それでも勇者の子供なの!?」
 うっせえ。
 頭では理解している。しかし、できるかどうかは別。

 アタシは今、魔法の特別講義を受けている。
 言っとくが、誰もやりたいなんて言っていない。
 無理やりだ。
 人権侵害だ。訴えるぞ。

 キイキイうるさい女の声なんて無視だ。耳障りにもほどがある。
「もういいわ! 今日はこれまで! 明日までには出来るようになっておきなさいよ!」
 無理に決まってんだろ。
 勝手に怒って勝手に消えた女のことなどすぐにデリートだ。

 妹を思い浮かべる。
 ……癒された。
 さあ、あの癒しのもとへ帰ろう。あそここそが、アタシの帰るべき場所。

 荷物を持って、さっさと魔法塾から出ていく。
 街を歩いていると、こちらを見て、大人たちがひそひそと言葉を交わす。
 はん。どうせ「出来損ない」だとか、「残りカス」だとか言ってんだろ。
 知らん知らん。どうでもいい。アタシには、ちゃんと見てくれる大事な人がいる。

 と、泥玉をぶつけられた。左の側頭部に。
 飛んできた方に目をやると、数人のガキどもが、こちらを見て馬鹿笑いしていた。
 無視。構うとつけあがるのだ、あの手の輩は。

 癒し以外に楽しいことも嬉しいこともない世界。
 せっかくの二度目の生なのに。

 そう、アタシは、一度死んだ。
 大学からの帰りだった。卒論も終わり、大学院の入学も決まって、順風満帆の人生を歩んでいると思っていたその時。
 赤信号であったにもかかわらず、トラックが突っ込んできやがったのだ。

 死んだ。間違いなく。
 呪った。色んなものを。

 だが死んだという事実はどうしようもなく。
アタシは、黙って死を受け入れた。

 はずだった。
 気が付いたら、狭い所にいた。
 そして、そこから押し出そうとする力を感じた。
 自分も、そこから出なければとなぜか感じた。
 どうすればいいかは解った。
 悪い感じはしなかった。ただ、ここから出ればいいとだけ思った。

 出ると、周りが騒がしくなった。
 訳が分からない。思わず、悲鳴を上げた。
 おぎゃー、と。
 また騒がしくなった。

 どうなっている? 
 死んだのではなかったか? 
 生きているのか?
 ここは、どこだ?

 あらゆる疑問が押し寄せてきた。質問したかった。それ以上に大声を出したかった。
 だが、いくら言葉を紡ごうとしても、赤ん坊のような声しか出せないのだ。

 いや、実際、赤ん坊だった。
 生まれたばかりの赤ん坊。
 理解した。よく理解できたものだと自分でも感心するが。
 つまり、自分は死んで、その時の意識のまま新たに生まれたのだ。

 この状況、知っている。二次創作などでよくつかわれる設定。
 転生だ。
 しかも原因がトラック事故とか王道過ぎて涙も出ない。

 せっかくなので、二度目の生を楽しむことにした。
 そんなことを頭の中で整理していると、歓声が上がった。
 
 二人目が生まれたらしい。
 おや、双子だったのか。しかも妹とな。
 アタシも女だし、姉妹ということになるわけだ。
 よきかな。生前は一人っ子だったので、妹が出来たのは嬉しい。

 新たな人生。新たな家族。よろしく、いろんな新しいもの達。
 そんなふうに期待を寄せていた時期がアタシにもありました。

 うふふ。一気に崩れ去りましたよ、アタシの希望。
 まず、ここはアタシの生前いた世界ではなかった。

 プレイしたことはないが、どんな感じかくらいは知っている、国民的RPG。
 ドラクエの世界だったのだ。

 ただの転生じゃなくて、転生トリップかよ!
 なぜ分かったかって? 魔法とかアイテムとかの名前聞いてたら、そこに行き当たりました。

 まあ、それはいい。どんな世界でも、平和に生きていければそれでよかったんですよ。

 問題は、親にあった。
 母の名前はマリア。父の名前はオルテガというのだが。

 このオルテガさん、このアタシが生まれた国、アリアハンが誇る、世界屈指の勇者だったらしい。

 いや、それだけならいい。

 なんか世界の危機な状況になり、それを打開すべく旅に出たオルテガさん。
 途中で死んでしまったそうな。

 いや、モンスターとか普通にいて、相手が魔王とかいう時点で、一人は無謀だと分かっていたはず。
 にもかかわらず、オルテガさんは一人で旅をつづけたそうな。

 そりゃ死ぬわ。

 無論、それを聞いた時は悲しかった。なんと言っても家族だ。
 同時に、無謀な馬鹿さ加減に脳味噌が沸騰した。

 国を頼れよ。世界の危機だぞ。世界を上げて立ち向かえよ。世界連合組めよ。その時だけでも。

 オルテガさんが死んでしまった時点で、一人では無理だと分かったのだ。当然、そうすべきだった。
 だが、頭が湧いた馬鹿がいた。

 母、マリアである。
 何をトチ狂ったのか、このお人は、
「オルテガが死んでも、まだこの子達がおりますわ! 勇者オルテガの血をひく、アデルとリデアが!」
 とおっしゃったのだ。

 いやいや、勇者の血をひくとか、関係ないし。子供になんて大役押し付けようとするんだよ。
 死ねってか?
 世界屈指の勇者が死んだんだぞ?
 それだけ危険なことなんだぞ?
 あんたら、いたいけな娘二人に任せて、自分達はのんびりしてるつもりか?

 なんだか、母の言葉にみんな気を良くして、すっかりその気になってしまった。
 それ以来、地獄のスパルタ特訓が始まった。
 そう、地獄が始まったのだ。

 アタシには、何の才能もなかったのだ。少なくとも、戦いに関する才能は皆無だった。
 お解かりいただけるだろうか?
 そう、勇者の子として期待されていたにもかかわらず、その子供は勇者たり得なかったのである。
 運動神経はゼロ。魔法も、メラやホイミ程度すら使えず。

 そしてアタシは、「出来損ない」の名を冠することとなった。

 それに対して妹は、勇者としての才能を遺憾なく発揮した。
 さすがはオルテガの子供だと、もてはやされた。

 国中の人間が私を見限り、妹に期待した。母と祖父すら、アタシを見捨てたのだ。

 衣食住の面倒は見てもらえる。だが、家族として扱ってもらえなかった。
 たまにこちらを見ても、底冷えするような冷たい視線がつらぬいた。
 たまに口を開いても、「出来損ない」、「それでも勇者の子供か」、はては「あんたなんか、私の子じゃない」とまで言われた。

 妹に嫉妬した。同じ親から生まれ、同じ血を持つはずなのに、なぜこうも違うのか。
 アタシは無意味になじられ、なぶられ、唾をかけられ、泥まみれにされているのに、妹は光輝く道を歩んでいる。

 二度目の人生、楽しく生きようと思ったのに、これはあんまりではないのか。
 
 嫌いだと思った。
 家族も、国も、何もかも。
 アタシが持てないものをすべて持っている妹は、殺意すら抱いた。

 みんな死ねばいいのにと思うようになった。
 魔王が、全てを殺しつくしてしまえばいいのにと思った。

 そんな時、使えもしない魔法を習いに行った帰り、同じ魔法塾のガキどもが、魔法の練習だとか言って、攻撃呪文をぶつけてきた。
 まだ子供、使える呪文は大したことはないが、それでも何人もの人間に、かわるがわる立て続けに攻撃呪文をぶつけられ続ければ、
当然死にいたる。

 事実、アタシは死の匂いを嗅いだ。

 ボロボロになっていく体。虚ろになっていく意識。
 二度目の死。
 もういいや。ここで生きてても何にもならない。なら、いっそ……。

 そう思って、意識を手放そうとしたそのとき。
 悲鳴がした。
 アタシじゃない。アタシは、悲鳴を上げる力も残っていなかったから。

 なら、誰が?
 最後の力を振り絞って、見た。
 そこには、アタシをかばうように立ち、背中から攻撃呪文によってできた傷から上がる煙を上げる、妹の姿。

「姉さん……」
 苦痛に耐えながら、妹はアタシをじっと見た。
 アタシも、妹を見た。

 意外だった。庇われるなんて思わなかった。妹にとって、アタシなんて取るに足りない存在だと思っていた。
 なのに、妹は身を呈して私を守る程度には、アタシのことを思っていてくれたらしい。

「ごめん、姉さん。こんなこと……。ごめんなさい!」
 妹は、なぜかアタシに謝った。
 なぜ謝られるのか、解らなかった。
 それ以上は、意識が持たなかった。

 目が覚めたのは、それから五日もたってから。
 最初に目に入ったのは、嬉しそうな妹の顔。
「よかった。姉さん、起きてくれた!」
 そう言って抱きついてきた。ボロボロに泣きながら。

 何泣いてるんだ。私が起きたくらいで。思ったままを言ってみた。
 すると妹は顔を凍りつかせ、
「姉さんが起きたから、嬉しいの。姉さん好きだから、起きてくれて、よかったって……。」
 先ほどとは違う、悲しみの涙を流しながら、鼻声でそう言った。
 好き? アタシなんかをか? 全てを持っている妹が、何も持たないカスを?
 声に出ていたらしく、妹は、
「姉さんはカスなんかじゃない!」
 と、力いっぱい言いきってくれた。

 父の訃報から始まった地獄で、初めてかけられた、優しい言葉だった。
 妹は、アタシなんか見ていないと思っていたのに。
 事実、話しかけられたことすらなかったのに。

 だが聞いたところによると、無能が移るかもしれないから、近寄るなと言われていたらしい。

 母から。

 待てや。それが母親の言葉か。

 妹はその言葉を無視して話しかけようとしていたらしいが、周りの大人が、アタシとの接触を決して許さなかったらしい。
 母に感化されたらしい。駄目大人どもめ。

「姉さんは、昔からすごかった。私の知らない話をいっぱい聞かせてくれて、いっつも私を守ろうとしてくれてた」

 ああ、そんな時もあったな、とぼんやり思う。
 この地獄が始まる前までは、いたって普通の家族だったのだ。
 そしてアタシは、この二度目の生を謳歌する気満々だった。

 始めて出来た妹は、とても可愛かった。
 前世知識を生かして、妹には色んな話を聞かせてあげた。いつも喜ばれたので、俄然力が入ったものだった。

 あの時までは、本当に楽しかったのだ。まさしく、二度目の生を謳歌していたのだ。
 忘れていた。あの楽しかった日々を。

 だが、変わってしまった。全てが、アタシにとって最悪の方向に転がっていった。
 変わらなかったのは、この妹の優しさだけだったわけだ。

 それ以来、妹は何とかごまかして、こっそりアタシと会うようになった。
 アタシが入れ知恵したのである。アタシから会いに行くこともある。

 妹は、この地獄における、唯一の癒しとなった。

 ちなみに、あの時アタシを殺しかけた連中は、勇者を傷つけたということで、こってり絞られたらしい。
 アタシを殺しかけたことじゃないのがポイント。
 つまり、アタシなんかは、死んでも構わないということだ。
 母も祖父も、妹に関してだけ抗議して、アタシのことには一切触れなかったらしいし。

 ま、もうそのことに関してはどうでもいいや。

 この事件のおかげで、アタシは吹っ切れた。この国の人間に対するアタシの評価は、ぶっちぎってマイナスだ。絶対零度だ。
 何の期待もしない。向こうがアタシを否定するなら、アタシもそっちを否定してやる。

 父の訃報が届いた七歳の誕生日から一年。アタシは、完全にこの国と決別した。

 無論、妹以外の家族とも。母はもう母と思わないし、祖父も祖父とは思わない。
 血を分けた、他人だ。

 それから半年、いつものように魔法塾に行っていた帰りだったわけであるが、この泥どうしてくれよう。
 このまま帰ればマリアさんは、
「家が汚れるじゃない」
 とか言って、冷たい視線をくれることだろう。アタシの心配は一切せずに。

 文句を言われるのは、アタシとしてもご免こうむる。

 ああ、マリアさんというのは、一応私の遺伝子提供者で、生みの親であるが、母とは思っていないので、こう呼んでいる。
 一応、衣食住に関しては世話になってるし。これがアタシの妥協点だ。

 それはさておき、泥である。気持ち悪いし。
 街はずれにある小さな湖にでも行こうか。あそこはめったに人が立ち寄らない、 私のリフレッシュ・スポットの一つである。
 人がめったに来ないということは、モンスターが来やすい、襲われやすいということであるが、このあたりのモンスターはそんなに強くないので、
逃げるくらいならできる。

 ちょっと面倒だが、その湖にいくか。泥を落とさないといけないし、リフレッシュも必要だ。
 まっすぐ家に向かっていた足の向きを変える。
 その際、街――いや、規模からすれば都市といった方がいいかもしれないが――を見回し、溜息一つ。

 自分を縛る国。自分を自分として扱ってくれないところ。
 それでも、自分はここでしか生きていけない。
 逃げることを誰も許してくれないから。
 もういいんだよ、と誰も言ってくれないから。
 ここしかないのに、ここは自分には厳しすぎる。

 それは妹にとっても同じで。
 何でもこなす妹だが、それがかえって期待を重くしている。
 私とは真逆。それでも、根底に抱えるモノは同じ。

 心の底では、アタシ達姉妹は、重い、辛い、逃げたいと思っている。
 誰も、この叫びに気付かない。親ですら。
 もしかしたら、分かっていて、無意識に無視しているのか。

 あ、考えてたら悲しくなってきた。
 もういいや。とにかく湖に行こう。

 アタシはアデル。勇者の娘の片割れ。
 勇者を望まれ、才能のかけらもないのに無理やり踊らされる、道化。
 何もできないこの身だが、せめて妹の心を軽くしてやれればと思う。




[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/19 02:45
 街はずれの湖。その向こうにはだだっ広い草原が広がっている。町から少し離れていて、しかも木々によって町からの視線はさえぎられる。
緑に囲まれた中で、澄んだ空色の水面がまぶしい。

 誰もいないことを確かめる。
 誰かがいたら、面倒なことになるのは解り切っている。
 まあ、基本的に誰も来ないところだからこその、リフレッシュ・ポイントなのだが。
 念には念を。確認を怠って痛い目を見るのはごめんなのだ。

「よし」
 意味もなく小声で言ってみる。
 この空間はアタシ一人しかいないのだから、何をしようと自由だ。

 湖に駆け寄り、ためらいなく頭を水に突っ込んだ。
 ガシガシと洗って泥を落とす。
「ぷはっ」
 泥で水が濁って姿が映らない。しかし少し待てば、すくに澄んだ水がアタシの姿を映した。
 ふむ、泥は落ちたか。
 髪が乾くまで、しばらくここにいようかね。

『なんとも乱暴なことだ。髪は女の命だという言葉があるにもかかわらず、それをあのように粗雑に扱うとは』

 一気に意識が張り詰めた。
 しまった、誰かいたのか!
 面倒事はごめんである。アタシはさっさと退散しようとして、
『待て。逃げることはなかろう? 久々の人の世なのでな。誰かと話がしたいと思っていたのだ。
 もしよければ、話し相手になってもらいたい』
 おかしなことを言って、それを止めた。

 久々の人の世? 何言ってんだこいつ。
 と言うか、私と話をしたいなど、奇特な人間もいたものである。そんなのは妹を除いてこの国には一人もいなかろうに。
 他国の人間か? それならアタシのことを知らないのも納得いくのだが。

『何を怪訝そうな顔をしている? そんなに勇者の娘の片割れと話がしたいといったのが不思議かね?』

 な!? こいつ、アタシのこと知ってる!
 馬鹿な。出来損ないの方と進んで話がしたいなどと。
 奇特を通り越してある意味ミラクルだ。

『何を考えているかは知らぬが、自分を扱う者のことを知っておきたいと思うのは、当然の心理だと思わんかね? マイマスター』
「は?」
 意味不明。何言ってんのこいつ。頭の可哀想な人?

「つうかさ、あんた誰さ」
 姿すら見せていないのだ、こいつ。
 こちらからは見えないのに、向こうからは丸見えとか、それは不公平だろう。
 とっとと出てきて、自己紹介でもしろと言うのだ。話したいなら。

『失礼した。私としたことが、少々浮かれていたようだ。
 名乗りもせず、あまつさえ人の目には見えぬままであった。
 下界したばかりでな、マナ粒子のままであったのを忘れていたようだ』
 はい? ゲカイ? マナリュウシ? 何それ?

『すぐに具現化する』
 こちらの疑問などお構いなしに、そいつは話を進める。

 すると突然、太陽を直視した時以上の光が、視界いっぱいに広がった。
「うあ!」
 何てことしやがる、この野郎!
 演出にも程があるだろう!
 ギュッと目をつむり、両手で目を覆う。
 くそっ、目が痛い。

『すまん。注意するのを忘れていた。失明するほどではないと思うが、大丈夫か?』
 大丈夫じゃねえよ! 大ダメージだよ!
 思わず罵倒したくなったが、弱みを見せてしまうような気がして、何となく癪だったので、ぐっとこらえた。

 しばらくすると、回復してきたようで、そろそろと目を開けてみた。
 その間あいつは黙って待っていた。罪悪感があったらしい。

 さて、その罪悪感でいっぱいの顔を拝んで……。
「て、どこにもいねえじゃねえか! 何だったんだよ、さっきの光!」
 そう、人っ子一人見当たらないのだ。目に見えるのは、相変わらずの草木と澄んだ水面。
 あとは……。
「て、刀?」
 そう、目の前に、一振りの刀が現れていた。

 黒塗りの鞘におさめられた、シンプルな刀だ。特に装飾もなく、長さもおそらく刀としては普通。それが、地面に突き刺さっている。

 この国は、前世いた世界で言うところの西洋の文化圏だ。当然、剣の類も西洋刀が使われる。こんな、日本刀などは、ここには存在しないはず。

 いやいや、その前に誰もいなかったはずなのに刀だけが現れるって、どんなイリュージョン?

 思わずマジマジと刀を見ていると、
『そうぶしつけに見つめないでほしいな。失礼とは思わんかね?』
 なぜかあいつが不機嫌そうな声で言った。
「誰がお前を見てるか! 姿も見せてない癖に何ぬかす!」
 姿を見せるみたいなこと言って、結局隠れたままではないか。
 馬鹿にしてやがる。

『見ているではないか。君にはこの鋭いボディラインが見えないのかね?』
「はあ?」
 何さ鋭いボディラインて?

『鈍いな君は。それとも頭が固いのか?
 君の目の前にある刀、それが私だと言っている』
「帰るか」
『こら! スルーするな! 信じがたいとは思うが、君に語りかけているのは正真正銘、目の前にある刀で、私だ!』

 無視。相手にするだけ無駄だ。
 びっくりイリュージョンの次は笑えないジョークだ。
 これほどまでにこけにされたのは初めてである。

『待ちたまえ! お願い待って! 私がここに来た意味がなくなる! 置いていかないでくれマスター!』
 ますたー?
 その単語が何となく気になって、立ち止まる。
 いや、本当に何となくなんだけど。

『分かってくれたかマイマスター! 
 私はシグルド。ソーディアン・シグルドだ』

 待てい。
「あんた、今ソーディアンって言った?」

 ソーディアン。知っている。
 テイルズ・オブ・ディスティニー。そのゲームに出てくる、主人公達の持つ剣。
 言ってしまえば、意思を持つ剣。それを扱えれば、晶術という、テイルズ・オブ・ディスティニーにおける魔法のような力が使える。
 ただ、それは使い手を選ぶ。そしてマスターの資格がなければ、晶術は使えないし、ソーディアンと会話することもできない。

 そのゲームはやったことがある。だが、ドラクエとは何の関係もない。
 ここはドラクエの世界だ。なぜ、テイルズのアイテムがここに出てくる?

 ちなみにこの世界には、テイルズシリーズのアイテムである各種グミなどは一切ない。見たことがなければ、聞いたこともない。
 つまり、テイルズを思わせる要素など、今まで一切なかったのだ。

 それがいきなり、ソーディアン? ディスティニーにおける超重要アイテム?
 ありえない!
 しかもこいつ、今私をマスターとか言ったぞ!
 私がソーディアンマスター? ディスティニーの主人公たちと同じ立場?
 天地が引っくり返ってもありえないから!

『そう、ソーディアン。神の祝福を受けた聖なる剣だ。自らの意思を持ち、マスターを助ける、世界で唯一の武器』
 あ、ゲームのとは違うや。
 ゲームでは科学者が作った決戦兵器って設定だった。つまり、人工物だ。科学の産物だ。
 名称が同じだけの、別物か。
 いやしかし、意思を持ち、話すってあたりは同じだなあ。

「あんたさ、アタシがマスターだって言った?」
『ああ。君が私のマスターだ。その証拠に君には私の声が聞こえているだろう? マスターたる人物にしか、私の声は聞こえない』
 そのあたりもディスティニーと一緒か。微妙に共通点が多い。

「アタシが、あんたを使うの?」
『そう。君がマスターであることは揺るぎのない事実。私を扱えるのは世界でただ一人、君だけであり、私が下界に降りて来た理由だ』
 ゲカイ。つまり下界か。神がどうとか言ってたし、天界から来たってことか?

 いやしかし、解せない。
「何でアタシ? 言っとくけどアタシ、刀なんか扱う才能ないよ? 宝の持ち腐れだって。
 むしろ妹の方があんたの力引き出してくれると思うけど」
 そう、何でわざわざ才能がない方を選ぶのか。勇者たる才能あふれる妹をマスターにすべきだと思う。
 いや、ヒガミとかそんなんじゃなく。純粋に、勇者として世界を救うとしたら、妹の方だと思うから。

『君は自分を過小評価しているようだが、単に才能の違いだろう? そこまで自分を下に見る必要はないはずだ。
 それに、私のマスターは君しかいないのだ。君には適正があり、君の妹君にはない。
 私は、君に使ってもらうために下界まで来た。君がマスターにならないのなら、ここにいる意味はなくなるのだよ』
 あくまでも、アタシにマスターになれと、そう言いたいのか。
 でもなあ。あたしなんかがソーディアンのマスターになってもなあ。

 ウジウジ悩む私にしびれを切らしたのか、シグルドは語気を強めた。
『ようは適正なのだ。君なら私の力を引き出せる。問題はない。
 それに、契約の証しとして、エクスフィアなる、能力を増強させる石を持ってきている。
それをつければ、君は妹君と同じだけの能力を手に入れられよう』
 エクスフィア? またテイルズか!?

 テイルズ・オブ・シンフォニア。それに、装備した者の能力を上げる不思議な石が出てきていた。それがエクスフィアだ。
 だがあれは、人の命を喰らって、初めてその力を発揮するという、極めてグロテスクでおぞましいものだ。

 正直、そんなもの使いたくはない。アタシには重すぎる。

 が、そんなアタシの心配を吹き飛ばすように、
『その石は天界の聖地で取れる希少なものでな、とある戦をつかさどる存在がその力を注ぎこんで、初めてエクスフィアとして機能する』
 と、丁寧に説明してくれた。
 つまり、人の命を食い潰して出来たものではないらしい。むしろ、かなりありがたいもののようだ。
 なるほど、それなら問題はないか。

 しかし、
「ならやっぱり、妹に渡してあげるべきのような気がするよ」
 妹がその力を授かれば、鬼に金棒だろう。

 だって、今以上の力が手に入るんだぞ? 今現在優秀な妹がそのエクスフィアを使えば、魔王だってきっと一発ノックアウトだ。
 才能皆無の私が妹と同じくらいになれるのだから、それぐらいはかたい。

「うん、妹にあげよう。ちょうだい」
 アタシは右手を刀に突き出し、手を広げてみせた。

 それをどう思ったのか、シグルドは刀のくせに溜息をついた。
『勘違いしてもらっては困る。私は君との契約の証しとしてそれを授けられたのだ。君以外の人間に使わせる気はない』
「うわケチ」
『ケチ言うな。だいたいだな、考えてみたまえ。君は妹君の負担を重くするつもりか?』
「へ?」

 むっちゃ意外なことを言われた。だって、妹のためを思ってのことなのに、それは妹のためにならないと言われたのだ。
 なんで?

『解らないか? なら言わせてもらうが、今現在優秀であるともてはやされている妹君が、より優秀になれば、周りはどうなる?』
「あ」
 そう言われて、やっと分かった。

 もしそうなれば、妹にかかるプレッシャーは、今の比ではなくなる。
今でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上重くなれば、妹は間違いなく潰されてしまう。

『だいたい、君は一人で巨大な存在に挑む馬鹿さ加減を知っているだろう? 国からの支援は期待できないだろうが、
少なくとも、一人より二人の方がいいと思わないか?』
 確かに。たった一人で行ったオルテガさんに対して、アタシは素直に馬鹿だと思った。無謀過ぎて涙も出ない。

 アタシは、妹にそれをさせようとしていた? 無意識のうちに、妹に全てを押し付けていたのではないだろうか。

 そうだ。簡単な話だ。分け合えばいいのだ。だって、双子、半身なんだから。分け合うのは当然だ。

「アタシは、あの子と戦えるようになるのか」
『そうだ。君は力を得る。この国の連中では、私の扱いは教えられまい。私が君を指導する。
 保障しよう。エクスフィアに加え、私の指導を受ければ、間違いなく君は最強だ』

 言うじゃないか。才能皆無の私を、エクスフィアの補助を与えられてとはいえ、最強にすると言うのだから。

 ぞくぞくしてきた。恐怖ではない。だからと言って、嬉しいわけでもない。言い表せない感情が、体中を駆け巡る。

『戦うのなら、誓いを。その証として、天界の石を授け、正式に君を私のマスターとする』
「誓う。妹を守るために。いや違う、一緒に戦うために。
 魔王と戦うためとか、人類のためなんかじゃない。イヤになったら、そんなの即やめてやる。
 でも、ここで受ける理不尽とは、断固として戦う」

 魔王を倒すことを期待されているにもかかわらず、イヤになったら即やめるというのはどういうことか、という感じではあるが、
そんなのは周りが勝手に押し付けてきたことだ。知ったこっちゃない。
 これがアタシにとっての戦いだ。それ以外は知ったことか。
 いや、大事な妹のためなら、相手が魔王だって戦うけどね。

『なら証を。契約のしるしを受け取れ』
 そう言うや否や、シグルドの柄から、光が現れた。
 手に握れる程度の大きさの、ひし形の石。
 シンフォニアのヒロインの、コレットがつけていた、クルシスの輝石に似ていると思った。

 エクスフィアの中でも特別なものだったはずだ、あれは。これは、どうなんだろうか?

 そんなことを考えていると、それはアタシの胸辺りに来て、一体化した。
 そう、体の一部になったような感覚なのだ。痛みも何もなく、それはその位置に収まった。

 あれ?エクスフィアって要の紋ってやつつけないと、人体に有害じゃなかったっけ?
「シグルド。これ、副作用とかあるの?」
『ない。まあ、体に直接つけるのだから心配になるのは分かるが、安心しろ』
 ほっとした。下手をすると、人間をやめなければいけなくなるところだった。

『さあ、私を手に取れ。そして天に掲げ、わが名を呼べ』
 ああ、リメイク版ディスティニーでは、そういう手順が必要だったっけ。

 なるほど、色々混じってるんだな。
 何でドラクエ世界でテイルズなんだと思わなくもないが、そんなことは些細なことだ。

 アタシは、シグルドを手に取った。手に吸いつくようだ。それでいておしつけがましくない。

 ゆっくりと、鞘から抜く。重さは、特に感じない。刀ってかなり重いはずなんだけど。
 これがソーディアンで、アタシがマスターだからか。それとも、神様の祝福のおかげか。

 何だっていい。アタシは力を得る。

 刀を掲げる。幼い体には余る大きさだが、気にしない。そのうち慣れるだろう。
 それに、子供の成長って早いし。
 さっ、契約だ!

「一緒に戦ってくれ、シグルド!」
 瞬間、刀身から光があふれた。さっきみたいな暴力的な光ではなく、心が温かくなるような光だった。
『ここに誓いはなされた。私は御身の剣として、共に在ろう』
 最強のタッグが組まれた瞬間だった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第3話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/22 01:42
「で? 具体的に、あんたのマスターになると、何があるのさ?」
 ソーディアン・シグルドと契約してから、アタシはシグルドに言われるままに素振りをしていた。

 シグルドは『わきが甘い。もっとしめるんだ』とか、『足をもっと踏ん張れ。刀に体を持っていかれているぞ』とか言って、しっかり指導してくれた。

『私を己の体の一部、究極的には、一体化するような感覚までもっていく。なに、君は私のマスターだ。ほんの数年修行すればいいさ』
 と言っていたが、それってつまり、一人前になるのには数年かかるということでは?
 その疑問を素直にぶつけてみたところ、
『何を言うのかねマイマスター。何十年修業しようとも、その極致にいたることができない者は多くいるのだぞ?
それを考えれば、数年など安いものだろう』
 ふむ、そう言われるとそうなのかも。
 正直、よく分からないけど。

 で、シグルドに次々と指導を受けながら、私は淡々と素振りをしていたのだが、ふと疑問に思ったので、自然に疑問が口から滑り出た。

 ディスティニーにおけるソーディアン最大の利点は、やはり晶術だろう。その威力はすさまじいと思う。この世界の魔法に劣るものでは決してない。
 無論、武器が意志を持っているというのもまた、ソーディアンならではの特徴なのだが。
 実際、こいつが喋れなかったら、私はこうして指導を受けることもできないのだから。

『ふむ。気になるのは当然。なんせ神の祝福を受けた武器だからな。
 まず、普通の武器に比べて頑丈だ。聖なる武器がそう壊れては示しもつかんしな』
 確かに。ポンポン壊れたら、ありがたみなんぞゼロである。
 聖なる武器? どこが? となる。

『最大の特徴として、天術を使えるようになる』
 うわ、それ聞いたことがある。
 テイルズ・オブ・イノセンス。プレイしたことがないので中身は全く知らないが、そこで使われる力は天術と呼ばれていた。
 なるほど。ソーディアンはディスティニーのものではあるが、力の名前はイノセンスらしい。

 まあ、どちらにしろテイルズシリーズだが。
 うん、大差ない。

「で? 天術って?」
 とりあえず聞いてみる。
『下界で言うところの魔法だ。天術も魔法も、世界に満ちるマナを使うのは同じだ。
 だが根本的な術形式が違う。天術は人間には使えない。
 だが、例外がある』
 なるほど。
「あんたの力を借りれば、人間でも天術を使えるってわけか」
『そう。それが唯一の例外だ。
 なかなかに便利だぞ。初級のものは大した威力を持たんが、上級ともなれば下界の魔法を大きく上回るものもある』
 なるほど。それはいい。

「で? 具体的にどうすればいいわけ?」
 素振りを続けたまま問う。
『ふむ。これはやってみた方が早かろう。素振りをやめたまえ』
 言われたとおり、やめる。

『私を構え、私に意識を集中しろ』
 集中しろと言われても。とりあえず、シグルドの刀身の先端に意識を向けてみる。
 じっと見る。先端のわずかな光を見続ける。
『いいぞ。その調子だ』
 しばらくすると、額あたりが熱いような気がしてきた。
 体の奥で、何かがあふれようとしているような、そんな感覚もする。
『そのままだ。そのまま……』
 体が熱い。何かが体の中で暴れだしそうだ。
 正直、辛い。
 意識が乱れそうになったところで、
『私に続け! ストーンブラスト!』
「ストーンブラスト!」
 その熱を、一気に開放する!
 ごごごっと、こぶし大ほどの大きさの石が、いくつか空から勢いよく降って来た。

 ストーンブラストか。テイルズの地属性の初級術。
 見た目こそ地味だが、今の術、人間相手に使ったら、そいつ死ぬんじゃなかろうか?
 ゲームで見た時はしょぼい術だなあ、とか思っていたが、実際かなり凶悪だ。

 まあ、魔法だってかなり凶悪なものだっていうのは体験しているので分かる。
 どっちにしろ、なめてかかれるものではないのだ。

『ほう? 思ったより威力があったな。
 マスターはソーディアンの扱いに関してはなかなかのものがあるようだ。
 発動まではかなりかかったが、慣れれば瞬時に発動できるようになるだろう。
 剣術だけでなく、こちらもしっかりやらねばな、マスター』

「……うん」
 魔法じゃないけど、術を使えた。
 そのことに対し、かなり感動してしまった。
 まあ、自力ではない。シグルドがいて初めてできることであり、言ってみれば借り物の力なのだが。
 それでも、手ごたえがあって、ちゃんと発動してくれたっていうのは、言い表せない感動を与えてくれた。

 大丈夫。アタシは、戦える。

「絶対誰もがあっと驚く戦士になってやる。
 刀も、天術も。
 だから、指導よろしく、シグルド」
『了解、マスター』
 その言葉に、アタシはめったに浮かべない満面の笑顔を浮かべた。

その後、アタシはシグルドを持って家路についていた。
こんな上機嫌で家に帰るのは久しぶりだ。
『うれしそうだな、マスター』
「まね。あんたのおかげ」
 最初に声かけられた時はどうなることかと思ったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。
 
いかにも西洋な、煉瓦と石で造られた家が立ち並ぶ。
アタシの家は、この街でもかなりはずれの方だ。
 世界屈指の勇者の家なら、もっと中央の、豪華なところにあってもいいと思うのだが。
 
 何といっても、ここはアリアハンの王都、アリアハンだ。
 国と都の名前が同じだが、別におかしいことではないのでそこはいい。
 中央に行けば道もこんなはずれとは比べ物にならないほどきちんと整備されてるし、王城まである。
 にもかかわらず、この国の勇者様は、道もあまり整備されていないはずれで、さほど豪華でもない家に暮らしているのだ。
 正確には、その家族が、だが。

 ま、いいけどね。中央なんて、きっとここ以上にうざったいことになっただろうし。

『しかし、大丈夫かマスター?』
「何が?」
『私のようなものを持って帰っては、家族に何か言われないかね?』
「言われるわけないじゃん」
 ゴミでも持って帰らない限り、何を持って帰ろうと、マリアさんも祖父だと昔思っていたテリーさんも、何も言いやしない。
 いや、犬猫あたりなら何か言うだろうが。

 その時のことを想像してみようか。
 マリアさんはアタシが拾って来た犬、(あるいは猫)を一瞥するや、
「捨ててらっしゃい」
 と言ってアタシを追い出すだろう。
 ちなみに、妹の場合は、
「可哀想だけど、あなたにはその子にかまってあげる暇なんてないでしょう?」
 とか言って、優しく家から送り出す。
 こんなところだ。

 ちなみに妹に対するセリフから、
「こんなのにかまっている暇があったら、勇者としての修業をしろ」
 と、言外に言っているのがお分かりになると思う。

 アタシ達双子に求められているのは、勇者であること。
 それ以外のことは、一切が無駄なのだ。
 アタシはそれができなかったから、見限られたんだけどさ。

 ま、そんなもんでもないなら、特にアタシが何を持って帰ろうが、関心なんて持たないだろう。
 モウマンタイだ。

「ま、あんたが気にすることじゃないよ」
『そうか。それなら、いいんだが……』

 そんなことをしている間に、家にたどり着いた。
 黙ってかぎを開け、中に入る。
 ただいまは言わない。意味がないから。

 台所から音がする。マリアさんが、夕食を作っているのだろう。
 アタシは一直線に二階にある自分の部屋に向かった。

『ふむ。女子の部屋らしくない、シンプルな部屋だな。飾っているものも特にないし、家具も少ない』
 部屋に入るとすぐ部屋をチェックしたらしく、シグルドは妙に感心した口調で言った。
 悪かったな、女の子らしくなくて。
 前世からこうだよ、アタシは。

 さて、夕食までまだ時間はあるし、話をしようかね。
「シグルド。あんた、これからどうやってアタシを強くしていくつもり?
 意思疎通はできても、あんた動けないから、手本見せるとかできないじゃん」
 そう、いくらなんでも、さっきやっていたような指導の仕方で、そんなに強くなれるとは思わない。
 やはり、ちゃんとした師というのは、大事だと思う。

『問題ない。眠っている間に鍛えるからな』
 ほわっつ?
 何それ? 睡眠学習?
「て、睡眠学習で強くなれるか!」
 そんなんで強くなれたら、誰も苦労せんわ!

『勘違いするな。眠っている間、私が君の魂のある部分に潜り、そこで君を直接鍛える』
「魂?」
『そう、魂だ。魂に技を直接教え込む。生身でやるよりはるかにみにつくぞ。
 体はちゃんと起きている間に鍛えなければならないし、眠っている間にやったことの復習も必要だがな』
 よう分からん。
 まあ、問題ないとこいつが言うのなら、そうなんだろう。信じよう。

『安心しろ。体はちゃんと休まる。どこに負担をかけることもない。
 が、魂に直接というのは、メリットは大きいが、それなりにデメリットもある。
 ま、私がちゃんと指導するから、心配はいらんが』
 なんか、かなり自信があるみたいだな、こいつ。
「ま、頼りにしてるよ」

 考えてみれば、起きている間と、眠っている間、両方で修業できるのだ。
 単純に人の二倍だ。それは身になるだろう。

「ふむ。シグルドに指導してもらうなら、今やってることは全部邪魔だな。
 シグルドとの修業に専念できるように、全部やめるか」
『待ちたまえ。いくらなんでもそれはまずいのではないか?』
「いんや? アタシに魔法の才能はないから、魔法塾に行く意味はない。刀の扱いに関しては、シグルドがここの奴らじゃ無理って言った。
 でも、天術はシグルドが補佐してくれれば使えるし、刀の扱いはあんたが指導してくれる。
 ほら、問題ない」
『そうではなく。周りが許さんだろう』
 ああ、そういう意味。
「問題なし。もともと、アタシは何の期待もされてない。自分一人で修業するとでも言って、後は行かなければいいだけ」
 そう、何の期待もしていないから、行かなくなっても、無理やり連れていかれるなんてことにはならないだろう。

 今までは、何かしらしていないと、自分自身落ち着かなかったのだ。そのあたり、この環境に毒されていると思う。
 それに何かしていないと、周りの目はこの上なく醜悪になっていく。正直、精神年齢が肉体年齢よりも高いアタシでも、あれは心が折れる。
 癒しの妹とは気軽に会えない。折れた心を直してくれる存在に癒しを求められる環境でもない。
 結果、折れた心にはより圧力がかかり、しまいには粉々に砕けてしまう。
 それは、イヤだった。

 だいたい、期待してない癖に、それでも何かをすることを求めるって矛盾してるだろうが。
 心の底では、勇者の娘だからという、無責任な期待があるのだろう。

 期待するだけ。押しつけるだけ。自分達は一切努力しない。
 なんて、汚い。

 そんな奴等の期待にこたえてやる必要はない。
 魔法塾も、剣術もやめれば、またあの視線がアタシを貫くだろう。
 だが、今のアタシは、一人じゃない。
 シグルドがいる。
 妹だって立派な癒しなのだが、いかんせん接触が難しい。しかも、会っている間も人に見つからないように気を使う。
 精神的にひどく疲れる側面もあるのだ。

 すまん妹よ。悪気はないんだ。
 悪いのは無責任なやつらだから。

 だが、シグルドとは誰にはばかることもなく、いつも一緒にいられる。
 あの視線にも、シグルドが一緒なら、きっと耐えられる。
 戦友なんだから。

『まあ、私はマスターに従うだけだ。
 本当に問題ないんだな?』
「おう! つうわけだから、今晩から指導のほど、よろしく!」

『やれやれ、世話の焼けるマスターだ』
 失礼な。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第4話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/22 01:40
 ご飯の時間です。
「んじゃ、ちょっくら食べてくるから」
『ああ、しっかり食べて来い、マスター』
 さすがにご飯時に刀抱えて行けるわけもないので、シグルドは部屋でお留守番である。

 いやあ、なんだかんだ言いつつも、衣食住の面倒を見てくれるのはありがたいと思っています。
 あれか? さすがに年端もいかない小娘放りだすのは忍びなかったのか?
 それとも、見限りつつも、まだ期待してるのか?

 なあんてね。知ってるもんね、マリアさんがどんなふうに言われてるか。
 曰く、
「あんな出来損ないでもちゃんと世話してあげるなんて偉いわねえ」
 である。
 他にも色々あるが、似たようなもんである。
 それを聞いた時のマリアさんは、まんざらでもない顔をしていた。
 けっ。

 それ以外に理由があるかどうかは知らん。
 が、親としての情が実は少し……、というのはないと思っていたり。
 だってねえ。はっきりと言われたし。「あんたなんか、私の子じゃない」って。

 ま、いいけどね別に。面倒見てもらえるのはありがたいし。
 この歳で放り出されたら、いくら前世の記憶持ちでも野たれ死ぬ。
 アタシを引き取ってくれるところなんかないだろうし。

 でもまあ、一人でも生きていけるくらいの年になったら、家追い出されるかもしれない。
 アタシの考えとしては、だいたい十二、三?
 ま、それくらいがリミットだろう。
 いいけどさ別に。それくらいになったら、一人の方が気楽かもしれないし。
 ……妹には会いにくくなるだろうけどさ。

 それに、生活費。働こうとしても、断られる可能性大。
 もしくは、タダ同然でこき使われるか。
 残るは、動物やモンスターの毛皮や角なんかを売るくらいか。
 意外と金になるが、危険なので、やってる人は少ない。
 以前のあたしなら、そんな危険なことは出来なかったらろうから、選択肢としてはタダ同然でこき使われる、しかなかった。
 今はシグルドがいるので、それぐらいの歳になれば、モンスター狩りもできるようになってると思う。
 安く買いたたかれる可能性が高いが。まあ、生活費くらいなら稼げるだろう。

 アタシがモンスター狩りなんかしたら、周りがどんな反応するか、ちょっぴり見ものである。
 だって弱い弱いと思ってた奴が、モンスター相手に危険なことしてるんだから。
 それを見るためには、強くならねばならないのだが。

 ま、先のことは置いといて、今はご飯である。
 せっかく食わせてもらえるんだから、ありがたく頂いておかねば。
 台所では、マリアさんが料理を皿に盛りつけ、妹がそれを手伝っていた。
 テリーさんは席について待っている。

 え? お前は手伝わないのかって?
 面倒見てもらってるんだから、あたしだってそれくらいはしようと思いました。
 だが、「邪魔」と、はっきり言われたのである。
 アタシに関わるのが、本当にイヤなご様子。
 衣食住は仕方ないが、それ以外は関わりたくないらしい。
 ……楽が出来ていいや、と考えることにしているので、問題ない。

 アタシも、黙って席に着く。
 一応、同じテーブルで食べている。
 さすがに、「違うテーブルで食え」とか、「一人で食え」とは、言わないらしい。
 初めからいないものだと思えば、同じテーブルでも向こう的には問題ないのかもしれない。
 実際、食事の時に話しかけられるどころか、気にされたこともない。
 ドレッシングを取ってほしかった時、それを頼んでも、誰も取ってくれなかった。
 妹は取ろうとしてくれたようだが、マリアさんからの無言の圧力に負けてしまったようだ。
 結局、一度席を立って自分で取った。
 他人の善意まで潰すなよ。それ、妹がかえって可哀想じゃないか。

 と、料理が運ばれてきた。
 今日はビーフシチュー、パン、サラダである。
 全員が席に着く。
「今日もまた、命の糧を口にできることに、神に感謝を」
 マリアさんかそう言って、祈る。
 妹も、テリーさんも、アタシも祈る。
 ここでの「いただきます」である。

 そして、食事開始。
 アタシは無言。マリアさんとテリーさんは、妹に今日の訓練のことを聞いている。
 アタシも内容はしっかり聞いておく。

 妹は、王宮の兵士さんに剣術や体術等の身体訓練を、宮廷魔道師さんに魔法を教わっている。
 英才教育ですな。
 武器は剣以外にも色々と筋がいいらしく、それぞれの分野で一番の使い手に教わっているらしい。
 今日は主に槍の訓練をしたようだ。魔法も着実に力をつけているらしく、宮廷魔道師さんに褒められたとか。

 うむ、今日も妹は頑張った様子。
 大人に交じってこんないたいけな子供がそんな物騒な訓練するとか、普通ありえないと思うが、それは言ったところで始まらない。
 とくに、出来なかった場合の手本がすぐ近くにいるのだから、妹としては頑張るしかあるまい。
 こちらとしては、妹が無事ならオッケーである。

 いや、その周囲の期待を妹はとても重くて辛いものとして背負っているが、周りが勝手に期待するため、どうしても辛いと言えないのである。
 言ったら、それこそアタシの二の舞だろうし。
 すまん妹よ。アタシにはどうすることもできないんだ。
 今は。

 いつか、妹の負担を軽減できるようになりたいと思う。
 だが、力をつけるまでは時間がかかるだろうし、最悪、その実力を見せる機会が訪れないまま、旅立ちの日を迎える可能性もあるのだが。
 モンスター狩りをすれば明らかになるとは思うが……。

 とにかく、アタシがやるべきことは、力をつけること。
 シグルドの指導をよく聞いて、効率よくやらねば。
 パンでシチューをなすりつつ、決意を新たにする。

「ごちそうさま」
 誰よりも早く食べ終える。
 あんまりここにいても気分が良くないので、いつの間にか早食いが癖になってしまった。
 胃によくないんだけどね。

 食器を運ぶ。洗うまではしない。
 食べ終わったなら、さっさと上に行けという、無言の圧力がかかるからである。
 ……楽できるので、問題はない。

 さっさと退散することにする。
 妹が上にある自分の部屋に行くのは、しばらくかかる。
 いつものことだけど。
 あの二人は、しきりに妹の優秀さを確認したいらしく、やたら話を聞きたがるのだ。
 妹は疲れてるんだから、その辺察して、休ませてやれよと言いたい。
 実際、言ったことはある。口調はもっと丁寧だったけど。
 返事は、「出来損ないが口を出すな」だった。
 ……アタシ、間違ったこと、言ってないんだけどな。
 言っても無駄なので、心の中で妹に謝る。ごめん。

 自分の部屋に入る。
『早かったな、マスター』
「早食いなもんでね」
 すぐにシグルドが声をかけてくれた。
 帰った時に声をかけてくれる存在はいないので、これは素直に嬉しい。
 妹は周りが邪魔して、アタシに声かけられないからね。

『む、それはいかんなマスター。しっかり噛んで飲み込まないと、胃の調子を悪くするぞ』
 こんな風に心配をちゃんと真正面から言ってくれる存在も貴重だ。
「いやあ、癖なんだよ。大丈夫だって、今まで胃の調子悪くしたことないし」
『むう。しかし……』
 シグルドは納得がいかないのか、ぶつぶつ言っている。
 すまん、諦めてくれ。
 そんなことを思いつつ、ベッドに腰掛ける。

『マスター』
「なに?」
 咎めるような口調に、先程の続きかと身構えるが、
『食べてすぐ寝るつもりか? いかんぞ、それは。体に悪い』
 違うことだった。

 うわあ、なんかお母さんみたいだよ、シグルド。
 早食いは~とか、食べてすぐ~とか、いちいち子供に注意するお母さんの如し。
 これからは密かに、オカンと呼ぼうか。

「寝ないって。座っただけ」
『椅子に座りたまえ。行儀の悪い』
 オカン!
 完璧にオカンだ!
「はいはいっと」
 オカンの機嫌を損ねそうだったので、おとなしく椅子に座る。
 いわゆる勉強机の椅子である。

「さて、何して時間つぶそうかね」
 勉強机に肘をつき、明後日の方を向いて呟く。
 本でも読んだらいいのかもしれないが、なんとなくそんな気になれない。
「いっそ筋トレでもしようかね」
『食べてすぐの運動は消化に悪い。やめたまえ』
 このオカンめ!

 結局、シグルドと世間話でもして時間を潰すことにした。
 こうやって誰かと思いっきり話すのは久しぶりであるため、かなり楽しい。

 ふと我にかえると、かなりの時間が過ぎていた。
「おおう、いっけね。そろそろいいかな」
『何がかね?』
「癒しタイム」
『なに?』
 シグルドはよく分からないらしく、困惑している雰囲気が伝わってきている。
 ソーディアンって、雰囲気察するとかできるんだな。ちょっと発見。

 アタシはポケットに入れていた小石を取り出し、窓を開けた。
 そして、小石を一個、隣の窓に投げる。
 こんっと、軽い音がした。

『何がしたいのかね、君は』
「すぐ分かるって」
 続けて、えいっえいっと、小石を投げる。
 周りに人はいない。もう夜なので、外にいる人などほとんどいないのだ。
 この時が狙い目なのである。

 やがて、今まで小石を当てていた窓が、ゆっくり開いた。
「ぐっどあふたぬ~ん」
「今晩は、姉さん」
 妹が、ひょっこりと顔を出す。

 そう、隣の窓は、妹の部屋の窓だったのだ!
 こうしてどちらかがタイミングを計って、合図をするのである。

『なるほど。こういうことか』
 納得したのか、シグルドは満足気だった。

 いやしかし、夜だと妹のプリティーフェイスが拝めんのが欠点だな。
 アタシに似ず可愛いのに。
 双子が見た目そっくりになるとは限らない。え? 双子? という人も結構いる。
 アタシ達がそれである。
 妹は絶対美人になる。遺伝子提供者も美人だし。
 艶やかな黒髪に、明るい茶の瞳。芸術家が丹精込めて作り上げた作品のごとく、整った顔立ち。美人にならないはずがない!
 アタシ? まあ、並? ということにしといてください。カラーリングは同じでも、パーツが違えば何ともならんとです。

 ふっ。天は二物も三物も与えすぎだぜ。
 見た目的にも癒されるからオッケーだけど。

「や、活躍目覚ましいようで、なりより」
「ありがとう」
 照れる妹が可愛い。ふふふっ。可愛さは凶器だぜ。

 しばらくは他愛もない世間話。
 無論、周囲には最大の注意を払う。邪魔されたらかなわん。
 この緊張感が、シグルドとの会話との最大の違いだ。
 妹には癒されるが、別方面で気疲れする。
 いつか、誰の目も気にせず話せるようになってやる。

「そうそう、重大なお知らせがあるのだよ」
「え? なに?」
 アタシは、一度引っ込み、素早くシグルドを手に取ると、再び窓から顔を出した。

「こいつ」
「剣? 変わった形だね」
 この国に刀なんかないからな。分からんのは無理もない。
「こいつはシグルド。今日から、アタシの相棒になった」
「相棒?」
「実はね~」
 
 アタシは、今日あったことを全て話した。
 普通なら、何を馬鹿なと鼻で笑うようなことだが、
「す、すごいよ姉さん!」
 妹は、ちゃんと信じてくれる。

「ねえ、私もシグルドさんとお話しできないかな?」
「ん? どうなのさ? オカ……シグルド」
『マスター、今、聞き捨てならないことを言われかけた気がするんだが』
 ちっ! 口が滑ったのをしっかり聞いてやがったか!
「やだねこのソーディアンったら。気のせい気のせい」
『むう。何を言いかけたのだ? マスター』
「気のせい!」

「あの……、気のせいって、何が?」
 あ。
「いやね、今シグルドと言いあいしてたんだけど……」
「そっか。やっぱり聞こえないんだね。残念だな。お話ししてみたかったのに」
 しゅんとする妹。
 くそっ、アタシとしたことが、妹を悲しませるなんて!
『だから言っただろう。君にしか、私の声は聞こえないと』
「お前ちょっと黙ってろ」
 折るぞコラ。今のアタシは機嫌が悪いんだっつうの。

「ふふっ」
 アタシとシグルドがにらみ合い(?)をしていると、妹がこらえきれないという感じで笑った。
「姉さん、楽しそう」
「え? マジで?」
 今の険悪な雰囲気のどこが?
「すごく生き生きしてる。私と話してる時の姉さんって、いつも張り詰めてたし」
 ぐっ! 周りに気付かれないように気を張ってたからな。
 それが妹に気を使わせる原因となっていたとは。不覚。
「シグルドさんがいるなら、姉さんは大丈夫だね」
 妹の声が弾んだ。暗くて顔がよく見れないが、きっと花のような笑顔を浮かべているはず。
 今だけでも光を!

「シグルドさん」
 妹が、真剣な口調で話しかける。
「姉さんを、お願いします」
 頭を、深々と下げた。
『無論だ』
 シグルドは、力強く言った。
『私は彼女の剣であり、共に歩む大切なパートナーだ。何があっても、守ってみせる』
 そう言うや、苦笑したような雰囲気が伝わってきて、
『もっとも、私は自分では何もできんが、な』
 自嘲気味に、そう呟いた。

 うわ。何これかなり感動した。
 ちょ、アタシにどうしろってのさ、この状況!

「姉さん」
 呆然としていたところに、いきなり呼ばれてかなり慌てた。
「え、な、なに?」
「シグルドさん、なんて?」
「……まかせろ、だってさ」
 なんか、非常にこっぱずかしいのだが。

「うん、まかせます、シグルドさん」
 妹は悲しそうな溜息を吐くと、
「私じゃ、姉さんにとって、重荷にしかならないから」
「え?」
 馬鹿な。あんたは、アタシにとってなくてはならない存在なのに!
「姉さん、私は、姉さんにとってはマイナスにしかならないよ」
 アタシの言いたいことが分かったのか、妹は、アタシが口を開こうとするのを制するように言った。
 アタシは、何も言えなかった。妹から伝わってくる雰囲気が、反論を許さなかったからだ。

「あ~。まあ、なんだ。つまりさ、これからはシグルドに指導してもらうから、明日からお城にはいかないから、兵士さん達に伝えといてくれる?」
 我ながら無理やりな話題転換だが、他に思い浮かばなかったんだから勘弁してほしい。

 今さらだが、一応、アタシも訓練受けてたんですよ。
 勇者の娘であることに変わりはないし。
 ……やっぱこの国の奴ら、見限りつつも、心のどこかで期待してんだろうな~。そうじゃなきゃ、なんだかんだ言いつつも、
訓練受けさせないだろうし。

「分かった。がんばってね」
「ん。がんばる」
『私が指導するのだ、半端な心構えで受けてもらっては困るからな』
 やかましいわオカン。せっかくの姉妹の感動場面の邪魔すな。

「じゃ、おやすみ~」
「おやすみなさい」
 アタシ達はほぼ同時に窓を閉めた。

 ……なんか、今日は妙な雰囲気になったなあ。
 今まで、あんなこと言わなかったのに。
『いい妹君ではないか』
「当然」
 脊椎反射で答える。
 あの子がいい子なのは当たり前だ!

「さて、寝るか。
 指導よろしく、相棒」
『まかせろ、マスター』
 アタシはシグルドをベッドの近くに立てかけると、明かりを消してベッドにもぐりこんだ。
 眠気はすぐに来た。
 アタシは、あっという間に眠ってしまった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第5話(誤字修正)
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/29 13:03
「誰だお前」
 イケメンがいました。

 ベッドで横になり、気が付いたら草原にいた。
 雲一つない青空、果ての見えない地平線、風は吹いていない。
 どこだここは? と思ったが、すぐにピンときた。
 魂のある場所。あるいは、魂そのもの。
 シグルドは、魂に直接教え込むと言った。
 それに違いない。
 眠ったらすぐにこうなるのか。

 ただの草原なのに、妙に安心できる空間だ。
 ここが、アタシの魂のある場所、あるいはそれそのものだからか。

「さあ、いつまでそうしているつもりかね? いい加減、こちらに気付いてもらいたいのだがね」
 いきなりだったが、特に驚かなかった。ここにこいつがいるのは当然だからだ。
 だって、指導するって言ってたし。

 アタシは、黙って声のした方を振り向いて、
「誰だお前」
 見知らぬイケメンを見た。

 まず目に入るのは真っ赤な髪。ツンツン立った癖毛で、短髪。
 目の色は空色。
 こちらから見て右、向こうにとっては左の眼のところに縦の傷があり、その目は閉じられたまま。
 目の傷が凄味を与えているが、顔のつくり自体はどちらかというと穏やかだ。
 で、もう一度言う。イケメン。

 服装はいかにも戦士然としたものだが、両腕に小手をつけているのみで、他に鎧などは着けていない。
 腰には、どう見ても先程まで話をしていた刀にしか見えないものがささっている。

「ふむ、分かり切ったことを聞くのだな、マスター? 答えなど一つしかあるまいに」
 そして、この口調。
 だいたい、アタシをマスターなどと呼ぶのは、あいつしかいない。

「シグルド」
 そう、ソーディアン・シグルド。
 さっきまで刀だった奴。

 アタシの言葉に満足したのか、うむうむと頷くイケメン。
 顔のつくりがいいからか、何気ないしぐさが非常に絵になる。
 なんでか、非常に憎らしい。

「分かってくれてうれしいぞマスター。いくら姿が違うとはいえ、契約を結び、パートナーとなった相手が分からないなど、傷つくからな」
 そんな繊細なたまかお前。

「その姿って、あんたの本来の姿?」
 ディスティニーでは、ソーディアンの人格はオリジナルとなった人物から投射されたものだったはず。
 こいつの場合はどうだか知らないが、少なくとも、人間としての姿がこれなのだろう。
「ああ、これは私の本来の姿だ。故あってな、下界では刀の姿を取ることになるが」
 ああ、もともとその姿で、なんかの事情があって刀になってるだけなのか。そこら辺はディスティニーと違うな。

「この姿ならば、存分に指導できよう」
 そう言ってニッと笑う。
 残念だが、絵になるとは思うが、ときめきはしない。そこら辺の感性は、前世からである。
 他の女の子たちが「あの人かっこいい!」などと言ってキャアキャア騒いでいても、アタシはそれを呆れて見ているだけだった。
 だって興味ないし。

「うん。よろしく」
 素直に頷く。
「素直なのは良いことだ。では、さっそく始めよう」
 シグルドのその言葉と同時に、アタシの目の前に光が集まり、刀となった。ソーディアン・シグルドと全く同じ形のものだ。しっかり鞘におさまっている。

 アタシはそれを取ると、鞘を腰のベルトを利用してさし、刀を抜いた。
「さ、準備はオーケー。時間がもったいないから、さっさとしよ」
 そんなアタシを見て、溜息を吐くイケメン。おい、腹立つぞなんか。
「君は急がば回れという言葉を知らんのかね。
 そう急がなくともいい。ここでの時間の流れ方は、下界とは違う。じっくりゆっくり修業できるから、焦るな。焦りは心の隙を生み、下手をすれば命にかかわる」
「さっそく始めようって言ったじゃん!」
「いきなり刀を抜くな。
 まずは、私の立ち回りを見てもらおう」
 そう言うと、シグルドは刀を抜いた。

「離れていたまえ」
 その言葉に、さっと距離を取る。
 刀は鞘におさめる。見ているだけなら、抜き身の刃など危ないだけだ。

「最初は何をしているか分からんだろう。それでいい。初めから分かる者などおらん。
 まずは、見ろ。分からずとも見ろ。ただひたすらに見ろ。
 それなりの時間がたてば、何かを感じるようになろう。何かまでは分からぬだろうが、感じた何かを逃がすな。感じ続けろ。
 またそのままでいれば、何かが見えてくるようになる。最初はおぼろげに、しかしいつしかはっきりと。
 つかんだと思ったなら言え。それが最初の修業だ」
 アタシは、無言で頷いた。
 これは、アタシが越えなくてはならない、最初の試練なのだ。

 シグルドが、ふっと力を抜いた。ように見えた。
 ざんっ、と空を斬った。疾い。
 それでは終わらず、さらに斬り込む。斬る、斬る、斬る。
 と思っていたら、素早く下がる。
 斬ったり、移動したり、下がる、踏み込むなどの動作を繰り返す。
 確かに、何をしているのかさっぱり分からない。
 だが鋭いその動きは、まるで抜き身の刀のごとき美しさを持っている。

 夢中で見る。分からないが見る。言われたとおりに見続ける。
 言われなくても、アタシはそれを見続けるだろう。だって、こんな鋭く、美しく、魅了されるものなど、見たことがない。

 ひたすらに動きを追い続ける。
 時を忘れる。時間など、この空間では意味をなさない。必要ない。
 必要なのは、刀を振るう剣士と、観客たるアタシのみ。他の物など、邪魔なだけだ。

 どれほどそうしていただろう。一瞬のような、永遠のような。
 確かにここにいて、見続けているはずなのに、まるでふわふわと浮いているような感覚。
 一時も目は離さず、そのために存在するがごとく。

 斬っている。ああ、斬っているのだ。
 感じる。斬撃の鋭さ。シグルドの呼気。剣士としての気配。
 他にも、言い表せない何かが、この空間にあふれている。

 逃すな。自身に命じる。この感覚を逃すな。手繰り寄せろ。一体化しろ。
 この空間に満ちる全てを、掌握しろ。

 空間に身を任せる。それは、言い表せないほど、甘美な時間だった。
 ずっと続いてほしい。そう感じるほどには。

 いつしか、シグルドが斬っている何かが見えるようになってきた。
 姿がはっきりしない。しかし、シグルドが斬っているのは、間違いなくそれだった。

 見る。観る。視る。そして感じ取る。
 いつしかそれは明確な人型を取った。
 シグルドと互角に打ち合っている。
 持っている武器は何だ? 残念ながら、分からない。知識の問題でなく、それを感じ取るまでには、アタシが至っていないということ。

 なら、そこまで自分を高めるのみ。
 もっと高く、もっと深く。極致に、至れ。

「あ……」
 見えた。相手の武器。
 槍のごとく長い柄に、鋭く巨大な斧がついている。ハルヴァードとかいう武器だったか。
 そして、相手の動きが明確に感じ取れるようになった。

 二人の戦いが見える。感じ取れる。
 互角の戦いをしているようだ。たがいに一歩も引かない。
 同時に、シグルドも、相手も、全く本気ではないことが分かった。
 これほど優美で、鋭く、激しいのに、これはあの二人にとっては児戯にも等しいのだ。

 たどり着きたい。唐突にそう思った。
 たどり着きたい、あの極致に。彼らがまだ見せていない深淵に。

 知らず、涙があふれていた。
 止まらない。止める必要もない。これはアタシの中にあった感情があふれたもの。この極限の中で感じた何かを、ただ涙を流すことで表現しているだけ。

 そして、シグルドが動きを止めた。
 ああ、なんてもったいないことを。もっと見ていたいのに。もっと感じたいのに。

「つかんだようだな」
 そう言うや、シグルドは刀をおさめた。顔は隠しきれない喜びでほころんでいる。
「素晴らしい、素晴らしいぞマスター。今夜いっぱいかかるか、最悪、次の日にもせねばならぬと思っていたのだが。
 予定のわずか半分だ。たったそれだけで、つかんだとは、恐れ入る。
 もしかすると、君は刀に対して親和性が高いのかもしれんな」
 刀に対する親和性。どうなのだろうか?
 もしかすると、前世が日本人だったことが関係あるのかもしれない。

 刀は、世界最高峰の斬撃武器と言われる。斬ることに関しては、トップクラスの武器なのだ。
 それは日本人しか持ち得なかったものであり、今もなお、その技術は受け継がれている。
 少なくとも、アタシが前世の世界にいた時は、その技術は生きていた。
 そして、アタシは日本人だった。刀と相性がいいのは、ある意味当然かもしれない。
 この世界は基本的に西洋文化であり、叩き斬る西洋刀が主流の世界だ。当然、刀の扱いなど、この世界の人間には難しいものと思われる。
 この世界全部を知っているわけではないから、一概にはそう言えないが、少なくとも、知っている範囲ではそうなのだ。

 重要なのは、そんなことではない。アタシが、刀を扱えるかということ。
 そして、シグルドは親和性が高いと言った。
 だからといってうまく扱えるとは言えないかもしれないが、少なくとも、刀はアタシに合った武器なのだ。

 うずうずする。体の内から、何かが飛び出そうとする。
 刀を手に取れと何かが叫ぶ。
 何かが? アタシだ。アタシ自身の、心の、魂の叫びだ。
 ああ、今のアタシは魂そのものか。

 知らず、刀を抜いていた。
 分かる。今のアタシは笑ってる。獰猛な、獣の笑みを浮かべてる。

「響いたようだな。思った以上だ。
 むき出しの魂そのものに、直接叩き込んだのだから無理もないが、君の場合は度を越しているな。
 ああ、本当に、君は刀と相性がいい。
 遠慮はいらん、来い。先程の私の剣技に触れ、今の君はそれを確実にものにしたはず。
先程の私程度の動きはできよう。君の魂の力、ここに示せ」
 シグルドの言葉が終わったのが、合図だった。

 奔る。そして斬る。
 だが、シグルドはアタシの斬撃を、あっさり流して見せた。
 先程の剣さばきを見ていたところ、シグルドは真っ向から攻撃を受けることよりも、そらし、受け流すことを得意としているようだった。
 まさしく、刀の戦い方。刀はそれなりに丈夫ではあるが、西洋刀や中国の青龍刀に比べれば、真っ向からの衝撃には弱い。構造上、それは仕方のないこと。
 なら、それらの武器と戦うなら、真っ向勝負ではだめなのだ。ましてや先程の相手の武器は戦斧。重量で相手を圧倒するもの。そんなもの相手に、真っ向勝負などしていては刀が持たない。
 だから、先程のシグルドの戦い方は、理に適ったものなのだ。

 そして、その戦い方は、アタシにも合っていたようだ。
 だって、自然に体が動く。シグルドの動きをトレースする。まるで、今までその戦い方で戦っていたかの如く。

 流されるのなんて、初めから分かっていた。
 だって、実力は向こうの方がはるかに上。比べることの方がおこがましい。
 だから、その後の体の動きはちゃんと頭にあった。
 流された勢いそのままに、くるりと体を回転させ、そのまま斬りかかる。
 だが、向こうもそれくらいはお見通しらしく、またもやあっさり流して見せた。
 こっちだって、それくらい分かっている。だから先程の要領で斬りかかる。

 シグルドがこちらの攻撃をそらし、流し、かわす。
 こちらはひたすらに追いかける。一時も止まらずに。

 何と楽しい時間なのだろう。生まれてこのかた、こんなに充実した時を過ごしたことがあっただろうか? 前世ですら、なかった。
 ただ動く。休まない、止まらない。ただ衝動に任せて、アタシは刀を振るう。

 永遠とも思える長い時間、そうしていた。
 だが、何事にも終わりはやってくる。

 シグルドが、アタシの刀をはじいた。
 その勢いを殺しきれずに、刀はアタシの手を離れ、宙を舞う。
 やがて、地に突き刺さった。

 何としたことか。刀から手を離すとは。
 頭では、実力から考えれば当然と受け止められるものの、感情が納得しない。
 こんな無様な終わり方があってたまるか。アタシはもっと続けたい。

 だが、そんなアタシの感情に待ったをかける声があった。
「今日はここまでだマスター。じき、夜が明ける」
 ああ、時間切れか。
 アタシは夢中になっていたから忘れていたが、タイムリミットがあったのだった。
 シグルドはアタシがあんまりにも我を忘れていたから、刀を手放させるという荒業で無理やり引き戻したのだ。

 今日はここまでというのがひどく残念で、同時にこの上ない充実感があった。

「初日でこれほどまで高まるとは思わなかった。エクスフィアの補助があるとはいえ、刀に対する親和性は間違いなく生来のもの。
 私は実力こそ押さえていたが、久々に楽しいひと時だった。
 誇れマスター。君は、希代の剣士を満足させたのだ」
 この上ない称賛だった。この人物から、あれほどの剣技を見せた剣士から、こんな言葉をもらえるなんて、光栄の極みだ。
 しかも、本心からの言葉だ。分かる。間違いなく、シグルドは本気で言っている。
 単純に、うれしかった。

「アタシは、強くなれる?」
 知らず口にしていた。偽りなき心からの言葉。強さを求める心が発した、単純な問い。
「もちろんだとも。今の下界で、刀をこれほどまでに扱えるものに出会えるとは思わなかった。君は必ず強くなる。
 私が保証する」
「そっか。あんたがそう言うなら、安心した」
 そう言うと、シグルドはいぶかしげな顔になり、
「どうしたマスター? やけに素直ではないか。少々気味が悪い」
 失礼なことをのたまいやがった。
 ……ちょっとでも尊敬したアタシが馬鹿だった。

「いたっ」
 頭に来たので、思いっきりすねを蹴ってやった。
 へんっ。無礼なことを言うからだ、イケメンめ。
「くっ! やはりマスターはマスターか。いやいや、君らしくていいとは思うがね」
 なに嬉しそうにしてるか。お前の方が気味が悪いわ。

「さあ、目覚めの時間だぞマスター。
 明日、いや今日か。とにかく、覚悟しておけ。起きている間も、しっかり指導してやる」
「はいはい。よろしく頼みますよっと」
 そうアタシが言うや否や、空間が一気に白くなった。一面真っ白だ。草原も空もない。
 そして、ここから意識が離れていくのが分かった。
 目覚めるのだ。

 目覚めれば、今までとは違う朝が待っている。
 周囲の環境は同じだろうが、それでも全く違う朝なのだ。
 それを楽しみに、アタシは覚醒へと向かった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第6話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/25 02:34
 目が覚めました。
「……お~……」
 朝には弱いです。意識がぼんやりしてます。

 むくりと体を起こす。ベッドから降りて、窓をあける。さわやかな太陽の光が降り注ぐ。
 が、依然として意識は半分眠ったまま。
 ここまでの行動は、ほとんど無意識のものである。

『おはようマスター。しかし、君、朝には弱かったのかね』
「ん~」
 誰かが話しかけてくる。誰だっけ?
『顔を洗って来たまえ。見ていて情けなくなるほどにだらしないぞ。
 ああ、あと髪もちゃんと整えてくるのだぞ』
「は~い。お母さん」
『誰がお母さんか! 寝ぼけていないで、さっさと目を覚まして来い!』
「は~い」
 よく分からないが、とにかく井戸まで行ってきます。

 階段を降りる。まだ誰も起きてきていないらしく、静かだ。
 そのまま家を出て、共同井戸に向かう。桶とタオルを持って。
 ここの井戸は、昔懐かし汲み取り式の井戸。水を汲むのは子供のアタシには一苦労だ。
 水を桶にためる。そして顔を洗う。
 バシャバシャ。バシャバシャ。
 水はキンと冷えていて、意識がようやく覚醒してきた。

 ああ、今日も朝には弱かった。これは前世からである。
 せっかく生まれ変わったんだから、これは治ってほしかった。神様のケチ。
 て言うか、アタシ、起きた時なんかとんでもないことした気がするんだが。
 記憶があいまいで、何したか覚えていない。
 タオルで顔を拭きつつ懸命に思いだそうとするも、どうしてもだめだった。
 まあいいか。後でシグルドに聞こう。

 朝が弱い割に、起きるのが早いのは理由がある。
 視線が痛いのだ。井戸は共同だから、多くの人が使う。当然、アタシは多くの人の目に触れることになるのだ。
 おまけに、悪ガキが井戸水を頭からぶっかけてきて、全身ずぶぬれになり、帰ったらマリアさんに文句を言われたこともある。
 なら、誰よりも早く起きて、一人で使えばいいのだ。意識せずとも、体は自然と起きてくれるようになった。
 おかげで、今はのんびりと朝を過ごすことができる。

 さて、部屋に戻るか。
 おそらく、アタシは来た時はフラフラしていて、帰りは見違えるほどしっかり歩いているものと思われる。
 家に入る。まだ誰も起きていない。桶を所定の位置に戻し、タオルを使い終わった奴を入れるところに放り込む。
 風呂場の脱衣所にある鏡で、髪を整える。バッチリ。
 あとは朝ごはんの時まで、適当に時間を潰すだけである。

「ただいま~」
 部屋に入る。すると、
『お帰りマスター。目は覚めたかね?』
 ちゃんと返事が返ってきた。うむ、返事があるのはやっぱりいいことだ。
「ん。目は覚めた。
 ねえシグルド。アタシ、起きた時なんか変なことしなかった?」
『……いや、何もしていない』
 微妙な間が怪しい。しかし、なんとなく追及しない方がいいような気がして、それ以上は聞かなかった。

「さて、朝ごはんまではそれなりに時間があるし、体を動かそうかと思うんだけど」
『うむ。健康的でいいな。朝の走り込みでもすればいいのではないか? かなり早いようだし、それなりに走り込めると思うが』
「よし、決定。行くかシグルド」
『了解マスター』
 その前に運動用の服に着替える。そしてシグルドをひもで背に固定する。腰にさしていると、走っている時には邪魔だ。

 家を出る。軽く体をほぐす。いきなり走ったら、かえって体に悪い。適度に体を温める。
『マスター。一気に全速力だ。そしてそのスピードをキープして走り続けたまえ』
「ヘビーだなおい。分かった。それも修業だな」
 言われたとおり、一気にトップスピードを出す。そしてそのまま走り続ける。
 なるべく広くて走りやすいところを走る。町から出るギリギリ位のところがベストだろう。そこに向かう。

 走っていて気がついたが、今までになく速い。そして体力も今まで以上にある気がする。
 エクスフィア効果か。
 だが、さすがに全力を出し続けていればあっという間に疲れが来る。
 スピードが落ちそうになるが、
『踏ん張りどころだマスター。スピードを落とすな。
 走る、というのはなかなかに効果的な修業だぞ。
 全力で走り続けることによって体力がつくだけでなく、足腰も鍛えられる。
 常人ならば心臓に負担がかかってしまい逆効果だが、君はエクスフィアをつけている。心臓などのことは気にしなくていい。
 走れ。体は鍛えれば鍛えるだけ応えてくれる』
 その言葉に、気力を振り絞る。
 強くなってやる。折角機会が与えられたのだ。それをふいにしてたまるか。

 結局、アタシはスピードを一度も緩めなかった。
 人間、気力を振り絞れば何とかなるものである。
 エクスフィアの補助が大きいと思うけどさ。

 家に帰る。徐々にスピードを落とす。トップスピードからいきなり急停止するのは体に良くないだろうという判断からである。
 エクスフィアつけてるから関係ないかもしれないが、そこら辺はきっちりしておいて方がいいと思う。

 家に到着。
 入ると、マリアさんが台所で朝食の準備をしていた。
 アタシはシグルドを自分の部屋に置いて、台所のテーブルに着く。
 妹が起きて来た。声を出さず、マリアさんに気付かれないようにそっと手を振る。向こうも、それに応えて手を振る。
 この些細なやり取りが、心の洗濯なのだよ。
 やがてテリーさんもやってきて、朝食も運ばれてきた。

 今日の朝食メニュー、パン、サラダ、ベーコンエッグ。ジャムはイチゴだ。
 いつものお祈りを済ませ、素早く食べ始める。
 ベーコンエッグは、半熟仕上げ。先に白身の部分だけ食べ、残った黄身の部分を一気にパクリ。トロ~ッとした触感が口の中に広がり、ベリーグッド。
 ほい完食。ごちそうさま。

 食器をさっさと運び、部屋に戻る。
『また早かったなマスター。胃に悪いから早食いはよくないと……』
「うるさいよ。さっさと出るからね」
『こら! 最後まで聞かんか!』
 いやじゃあ。付き合ってられるかっつうの。面倒臭い。
 シグルドを引っ掴んでさっさと家を後にする。

 まずは、魔法塾に向かう。もう行かないことを言うためだ。
 魔法塾の女教師は、もう来ない旨を伝えると、「そう」とだけ言って、今まで以上の蔑む視線を向けて来た。
 その反応は予想済みである。気にもならない。
「今までありがとうございました」
 心にもない言葉を言い、頭を下げる。女教師は、何も言わず塾の中に戻っていった。

 さて、これでいいだろう。お城の方は、妹に伝言を頼んでいるので行く必要はない。
 本格的に修業に取り掛かれるが、
『食べてまだ間がない。しばらく休みたまえ』
 と言われたので、いつもの湖に行って、座り込んでぼ~っと空を見上げていた。

『もういいだろう。始めよう、マスター』
「おっしゃ!」
 勢いよく立ちあがる。
『さて、まずは復習だ。夜のように、刀を振るってみたまえ』
「あいよ」
 刀を抜く。そしてふっと息を吐く。それでもう、精神状態は夜の時と同じになった。
 研ぎ澄ます。集中する。
 敵を想定する。もちろん、昨日のシグルドだ。
 斬りかかろうとして、
「……あれ?」
 体が、夜のように動いてくれなかった。

「ちょっ、これどういうことさ!」
『当然だ』
 こっちは焦りまくっているのに、シグルドは平然と言ってのけた。
『夜の時は、あくまでも魂の時のもの。一切の枷がない状態だった。
 だが、今は肉体という枷がある。魂のみの時のようにうまく動けるものか』
「昨日のは一切無駄ってか!」
『そんなわけあるまい。魂には、夜の剣技が刻み込まれている。体が追いついてこないだけだ。
 君は今でこそエクスフィアの補助があるが、もともと体を動かすのには適していなかった。下地が一切ないのだ、急に体が動いてくれるものか』
 がーん。ショックだ。確かに、運動オンチで、才能ゼロだけどさ。夜にあれだけ動けて、目が覚めたらできませんって。
 やばい。本気でへこむ。
『なに、そう気にすることはない。誰だって初めはできんものだ。
 今はエクスフィアの補助がある。運動能力自体は向上しているのだ。あとは、体を魂に追いつかせればいい』
 はあ。シグルドはあっさり言うが、そう簡単なことではないだろう。
 だが、こんなところでとどまっていられるか。
「やってやらあああああ!」
 アタシは、夢中で体を動かし続けた。

 お天道様が真上に来た。お昼です。
 あれから一切の休みなく動き続けたのだが、昨日の動きには程遠く。ちっとも近づいている気がしない。
 ちょっとむなしくなった。
 今のアタシでは、スライムの一匹も倒せないに違いない。
 イメージは明確にできるし、精神状態だって万全なのに、体はちっとも言うことを聞かない。
 さすがに、自信をなくす。夜のことで自信ができていただけに、余計に。

『そう気を落とすなマスター。千里の道も一歩からだ。そう簡単に成長できるほど、人間とは理想的なものではない。
 ようは、毎日の積み重ねだ』
 溜息を吐きまくるアタシに、シグルドは妙に優しげな口調でそう言った。
 やっぱり、エクスフィアで強化しても、もともとのスペックに影響されるんだろうな。
 くそう、これほど自分の体を恨めしく思ったことはないぜ。

「まあいいや。お昼食べに帰ろう」
 口調に覇気がないのは、勘弁してほしい。

 とぼとぼと家にたどり着いた。玄関を開けようとして、
「……ん?」
 話し声が聞こえた。
 マリアさんと、テリーさんだ。
 二人が話しているからなんだというのか。普通のことじゃないかと思うが、今は妙に気になった。

 家の外から、声の聞こえる方に行く。台所の窓から、二人の声がはっきりと聞こえた。
「やはり出来損ないじゃ。今までここに置いてやった恩をあだで返しおって」
「まったくですわ。残りカスとはいえ、勇者としての修業を怠らなかったからこそ置いてあげていたのに」
 はい? この二人、何だか不穏な話ししてないか?
「どんな出来損ないでも、勇者の子供。いつか、もしかしたら、と思っていましたけれど、もう駄目ですわね。魔法も剣ももうやらないなんて。
 義父様、だから言ったではありませんか。あれは出来損ない、勇者の力を受け取り損ねた残りカスだと」
「そうじゃな。わしがいかんかった。あれほどやってだめだったのじゃ、あれには何もない。
 初めから、リデア一人に集中してやるべきだったのじゃ」
 話が見えてきた。ようするに、アタシはついに追い出されるのだ。

 ばかばかしい。あんな目をしていたくせに、冷たい言葉を叩きつけてきたくせに、勇者としての力に、まだ期待していたのだ。
 それは分かっていた。だれしもがアタシを見捨てておきながら、勇者の子供であるという一点で、まだ期待していたことは。
 だが、それも今日で終わりだ。魔法も剣も、アタシは捨てた。シグルドがいるからそれは正確ではないが、はたから見ればそう見える。
 戦うことを拒否した時点で、アタシの末路は決まっていた。戦う意思を捨てたなら、勇者の子供であるという、最後の価値すらも消えるのだ。

『なんという……! 己の子を……!』
「いいよ、最初からわかってたことだし」
 シグルドは怒ってくれた。昨日会ったばかりの他人が、ここまで自分のために心を砕いてくれているというのは、涙が出るほどうれしかった。

 アタシは、静かにその場を離れた。
『マスター!? 何をしている!』
「消える。追い出されることは確定してるし、何言われるかも分かってる。
 きっと、この町から出て行けとか、妹に会うなとか、そんなところ。
 あの人達から言われるのは不愉快だから、自分から消える」
『何をばかな! それに、妹君に何も言わずに出ていくつもりか! 悲しむぞ!』
「だろうね。あの子は優しいからさ。でもね、きっと会えないよ。周りが会わせないから。
 そんなことになれば、余計にあの子は傷つくからさ。
 このまま黙って消えるのが、誰にとってもいいんだよ」
『そんなことがあってたまるか! ならせめて、今までの恨みの一つでも叩きつけろ! 泣き寝入りだぞ、それでは!』
「かもね。でもさ、なんか疲れたし。この町から離れて暮らすのも、ありだと思うんだ」
『……妹君と共に、戦うのではなかったのか?』
「戦うさ。場所が変わるだけ。妹に会えなくなるだけ。
 妹は、絶対に旅に出るから。その時、アタシは妹と一緒に行くから。
 どんな状況だろうと、諦めないよ、それだけは。だから、アタシは強くなる」
 そう、この国にいるなら、どこにいようとも同じ。ここに一人妹を残していくのはさみしいけど、辛いけど。アタシなんか、もしかしたら、
忘れられるかもしれないけど。
 会いに行くから。旅立ちの時は、一緒に行くから。
「シグルド、アタシは、絶対強くなる。
 だから、付き合ってよ、最後まで」
 シグルドは、しばらく黙っていたが、
『やれやれ、世話の焼けるマスターだ』
 いつもの口調で、そう言った。

 待っててね、その時が来たら、迎えに行くから。一緒に行くから。
 長い間一人にさせるけど、あんた一人に全部背負わせることになるけど、恨んでいいから。
 だから、今は、バイバイ。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第7話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/27 01:04
 死に物狂いで全力疾走してます。
『マスター! また増えたぞ!』
「アタシなんかほっとけよおおおおおお!」

 首都アリアハンから出ざるを得なくなり、とりあえず隣町まで行くことにした。
 このアリアハン大陸には大小様々な町や村がある。有名なのが、多くの宮廷魔道師を輩出している、レーベの村である。
 まあ、レーベの村まで行こうと思えば、徒歩で一カ月はかかる。そんなところまで行こうとは思わない。
 しかし、一番近い街でも、徒歩で半日はかかってしまう。まして十にもならない子供の足だ。どれだけかかることやら。

 隣町に行くこと自体にも問題はある。アタシのことを知っている人間は、首都に近ければ近いほど多い。
 そう言う意味では、最も離れたところにあるレーベの村に行くのが一番かもしれないが、そんな遠くまで行っていられない。
 第一、今のアタシは文なしだ。持っているのは、ソーディアン・シグルドのみ。
 そんな状況で、選べる道などあろうはずもない。隣町に行って、何とか生きつながなくてはならない。

 そう思って草原を歩いていたら、モンスターに出くわしてしまった。
 当たり前だよねえ。こういう世界なんだから。
 町を出た時は、そのことをすっかり失念していた。
 戦うなどという選択肢はない。かと言って引き返すという選択肢もない。
 結果、隣町まで全力疾走するはめになった。

 が、考えて見てほしい。成人が歩いて半日かかる道のりを、ちっちゃい子供が、走っているとはいえそうさっさとたどり着けるか。
 答え、無理。

 いったいどれほど走ったか。朝の走り込みなど問題にならないほどの全力疾走。
 おまけに、立ち止まったり、転んだりすれば、即死が待っている非常にデンジャラスな状況。いや、転ぶまで行かなくても、
バランスを崩す程度のことでも命取りである。

 後ろを確認する余裕はない。アタシが見れなくとも、シグルドが見てくれるので、状況は分かる。
 事態は、時がたつとともに悪化していく。
 モンスターが増えていくのだ。
 無力で捕食しやすいということで、次から次に目をつけられているようだ。子ども一人であるということも、モンスター的にポイントが高いに違いない。

 助けてくれる存在などいない。自力で何とかするしかない。
 体力が隣町までもってくれれば、何とかなると思うのだが。
 少なくとも、この直接的な生命の危機からは脱することが出来るのだから。

 せめて、天術をもっと素早く使えれば。
 今現在、発動に要する時間はかなり長い。しかも、集中するためには立ち止まらなければならない。走ったまま天術を発動させるスキルは、
今はないのだ。
 シグルドは、それなりに訓練すれば、動き回りながら瞬時に発動できるようになるだろうと言っていたが、それはあくまでも先の話。

 打つ手なし。大ピンチ。
 戦うと誓ったのだから、こんなところで死んでいられないのだ。
 命を削ってでも走り続けてやる!

 そう考えて、ひたすら走り続ける。走って走って走って。
 頭が真っ白で、足が痛くて、心臓が破けそうで。
 ふと、もう楽になりたいという弱音が頭をかすめる。
 それを必死に打ち消して、ただひたすらに足を動かす。

 エクスフィアで強化してなければ、今頃きっと死んでいた。
 偉大なり、天界の石。

 機械のように、何も考えずに走っていると、草原に何かが見えた。
 町ではない。
 人だった。一人の人間が、ぽつんと、何もせずにただ立っているのだ。
「あぶない! 逃げろおおおおお!」
 思わず叫んでいた。叫んだと言っても、疲れて声はからからで、相手に聞こえたかどうかは定かではないが。

 だが、その人物は逃げなかった。逃げるどかろか、そこにじっと立っている。
 この状況見て、何考えてんだ!
 しかもよく見ると、いい歳した爺ちゃんだった。頭はつるつるで、白いたっぷりとした髭。背格好はしゃんとしていて年を感じさせないが、
いかんせんシワだらけだ。
「おい! 爺さん、死ぬぞ!」
 やはりかすれてちゃんとした声にならないが、それでも思わず叫んでしまう。
 が、それでも逃げない。もうそこまで迫っている。
 もう駄目だ!

「お嬢ちゃん、よく走ったの」
 こちらが絶望感に包まれている中、いたくのんびりとした声が聞こえて来た。
 爺ちゃんの横を通り過ぎると同時だったので、思わず立ち止って、凝視してしまった。
 この状況で、何を言ってるんだこの爺ちゃんは?

 て、しまった! 立ち止まってしまった!
 もう駄目だ! アタシも駄目だ!
 この絶望的な状況の中爺ちゃんは、まるで親しい友人にあいさつするような口調で、
「イオ」
 魔法を唱えた。
 ……え?

 刹那、追いかけてきていたモンスター全てが、爆発に巻き込まれた。
 ざっと見たところ二十はいたと思うのだが、それらすべてが、吹っ飛んでしまったのだ。
 あまりの威力に砂埃が舞い、モンスターの様子は見えない。
 まだ生き残りがいるかもしれないというのに、爺ちゃんはいたって平然としていた。
 視界が晴れると、モンスターはすべて絶命していた。爆発の威力が高かったのだろう、体がバラバラになっている奴もいる。
 驚くべきことに、この爺ちゃんはそれほどの威力を、下級の魔法でやってのけてしまったのだ。
 魔法塾の教師が同じイオを使っているのを見たことがあるが、明らかに段違いの威力だ。
 しかも先程の様子からして、全然本気じゃない。

 この爺ちゃん、唯者じゃない。
 何物かは知らないが、自分なんぞ、この爺ちゃんがその気になればすぐあの世行きだ。
 思わず、一歩後ずさった。

 だが、爺ちゃんはこちらの警戒に気付いているのかいないのか、
「危ない所じゃったのお、お嬢ちゃん。無事で何より」
 などと、にこやかに話しかけて来た。
 はきはきとした、しっかりした発音だった。

「……ありがとうございました」
 警戒しつつも、お礼は言う。この人がモンスターを蹴散らしてくれなかったら、今頃死んでいたかもしれない。

 だが、それほどの力を持っている相手に気を許すことはできない。
 この爺ちゃん、アタシがだれかは知らないのだろうが、知ったとたんに態度を豹変させるかもしれない。
 先程の魔法を、意味無く浴びせられるようなことに、なるかもしれないのだ。

 しかし、明らかに心からの礼じゃないにもかかわらず、爺ちゃんは気にした様子もなく、
「しかし危ないのお、こんなところをあんたみたいなちっこい嬢ちゃんが一人で。親御さんは? まさか、こんなところに一人で放り出したりはせんじゃろう? はぐれたのかの?」
 などと、のんびりした口調で話しかけてくる。
 思わず脱力しそうになるが、ぐっとこらえる。ここで緊張を解いたら、疲労がピークに達している今、地面に根を張って動けなくなる。
 逃げる準備はしておかなければならない。
 ……この爺ちゃん相手に、逃げられる気はしないが。

「もしかして、何か言えない事情でもあるのかの?」
 こちらが何も言わないからか、爺ちゃんは自分なりに事情を考えたようだ。
 確かに言えない。勇者の子供の片割れで、家を追い出されることが確定したから、自分から町を出ましたなんて。

「名前は言えるかの?」
 非常に困る質問だ。アタシの名前は有名だ。見た目の年齢とあわせて考えれば、アタシが何者かは一発で分かる。
 しかし、
「アデル」
 アタシは名乗った。ごまかしても、どうせばれるのだ。なら、今名乗っても変わりはない。
 声がかすれていたため、向こうがアタシの名前を正確に認識できたかどうかは不明だが。

「そうか。アデルちゃんか。いい名じゃの」
 しかし、しっかり聞きとれていたらしく、嬉しそうに笑みを浮かべた。
 シワだらけの外見とは裏腹に、耳はかなりいいらしい。

 それにしても、アタシの名前を聞いてもそんな反応とは。この爺ちゃん、アタシのこと知らないのか? 外国の人?
『マスター』
 アタシが状況を把握しようと頭を回転させていると、シグルドから声がかかった。
『このご老人は大丈夫だ。マスターに危害を加える人種ではない。
 緊張を解け。どの道ここから隣町とやらまで自力で行くのは不可能だ。保護してもらった方がいい』
 何を根拠にそう言うのかは知らないが、こちとらそう簡単に他人を信じられる身の上ではない。
 知らないふりをしているだけで、何を考えてるか分かったもんじゃないのだ。

 ソーディアンの声は、アタシにしか聞こえない。だから、この爺ちゃんに怪しまれないために返事はできないが、緊張を解かないアタシを見て、
シグルドはため息をついた。
『そう疑うものではない。私には分かる。この人物は大丈夫だ。
 マスター。私は、人を見る目はあるつもりだ。私を信じてくれ』
 目の前の人物は信じられなくても、自分を信じろとシグルドは言う。
 まあ、シグルドは信じていいと思う。だが、それとこれとは話が別だ。

「アデルちゃん。もしかして、行くところがないのかの?」
『頷けマスター。私を信じろ!』
 シグルドの声に後押しされるように、知らず、アタシは首を縦に振っていた。
「そうか。なら、このジジイのところに来んか? わしは一人暮らしじゃし、ちょっと寂しいと思っておったのじゃよ。アデルちゃんのような可愛い子なら、
大歓迎じゃ」
『これは何という幸運! マスター、このご老人についていけ!』
 シグルドはこの爺ちゃんと暮らすことを推奨しているようだが、アタシとしては何か裏がありそうで、そう簡単には頷けない話だ。
 しかし、
「よろしくお願いします」
 なぜか、アタシはそう言って頭を下げた。

「よしとくれ、そんな他人行儀なことは。これから一緒に暮らすんじゃぞ? なら、家族じゃないかの」
 そう言って爺ちゃんは、右手を差し出してきた。
「ほら、つかまるんじゃ。いっぱい走って、立ってるのもやっとじゃろ?」
 爺ちゃんの顔には、何の悪意もない。ただただ、人の良さそうな笑顔。
 その笑顔に惹かれるように、アタシは自然とその手をぎゅっと握った。
 その手は、シワだらけで、細くて、しかしこの上ない存在感があった。

 ……前にこうやって誰かと手をつないだのは、ずいぶん前のような気がする。
 人の手の温かさが、妙に懐かしい。

「さて、ルーラで一気に帰るからの。手を離してはならんぞ。落っこちてしまうからの」
 そう言って、爺ちゃんはお茶目にウインクした。
 なかなか茶目っ気のある爺ちゃんだ。

「おお、いかん! 大事なことを忘れておった」
 爺ちゃんは、ニコニコしながら、
「わしの名前はバシェッドじゃ。ま、好きに呼んでくれてかまわんよ」
 頭をなでてきた。
 頭をなでられるというのも、久しぶりな気がする。

 そもそも、こうして他人と、向こうから一方的とはいえ、フレンドリーに会話するということ自体が、久しぶりだ。妹とシグルドは除外する。この二人は特別だ。
 だからこそ、アタシは頷いたのかもしれない。
 この人となら、一緒に暮らしてもいいと思ったのかもしれない。

「さ、帰ろうかの。ルーラ!」
 びゅんっ、と一気に浮遊感。
 こうして、アタシとバシェッド爺ちゃんとの生活は始まった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第8話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/07/29 13:00
 爺ちゃんに助けられてから一カ月。
「お早うさん。今日も早起きじゃなあ」
「おはよう爺ちゃん」
 二人暮らしにも、あっさり慣れました。

 助けられ、ルーラで飛んだ先は、塔だった。
 アリアハン、ナジミの塔。
 このナジミの塔、もともとはアリアハン王家が所有していた。王族の避難場所、別荘地など、一般人が足を踏み入れられるような場所ではなかったのだ。
 だが、いつの間にかモンスターの巣窟になってしまい、王家はナジミの塔を放棄した。
 だが十年ほど前、アタシが生まれる二年前、この塔に住み始めた人物がいると、当時は噂になったそうな。
 放棄していてももとは王家のもの、ほいほいと一般人に明け渡せるものではない。しかしどう交渉したのか、その人物は塔の所有権を譲渡され、
一人で暮らしている。
 言わなくても分かるだろうが、その人物こそこの爺ちゃん、バシェッドである。

 塔の中はモンスターの巣窟のはずなのだが、んなもん一匹もいない。
 荒れた様子もなく、清潔に保たれていた。
 始めてここに来た時は、まるで神社や寺に入った時のような、神聖で清しい空気に圧倒された。

 この爺ちゃん、会った時のことから分かるように、かなりの魔法の使い手らしく、塔の中にいたモンスターは、一人で一掃したとのこと。
 その後、モンスターよけの呪文トヘロスの応用版を塔全体にかけ、さらにそれが永続するように色々と仕掛けをしたらしい。
 どんだけすごいんだ、この爺ちゃんは。

 魔法の永続の仕掛けに関しては、爺ちゃん曰く、「魔法の研究は日々おこなわれており、これはその成果の一つにすぎない」らしい。
 魔法使いはただ呪文を使う者から、呪文を使うことよりも学問として魔法の体系や理論や歴史、運用方法などを研究するものまで、幅広くいるらしい。
 もちろん、両方を実践している人もいるとか。

 爺ちゃんは、両方を実践しているタイプらしく、この塔は様々な仕掛けでいっぱいだった。
 たとえば水道。この国の首都ですら井戸だったのに、ここではどの階でも、蛇口をひねれば、水が出てくる。この塔はアリアハン大陸の内海に建っており、
それを利用して海から直接水を汲んでいるらしい。もちろん、ちゃんと飲めるようにして。
 どんな技術力だ。むしろ科学か。

 こんな言葉がある。「優れた科学は、魔法と同じである」。
 だがこの塔における魔法技術から見るに、「優れた魔法技術は、科学と同じである」だ。
 この爺ちゃん、間違いなく天才だ。

 ま、別に何でもいいんだけどさ。この爺ちゃん、悪人じゃないみたいだし。
 この魔法技術を他の所に提供する気がないのはどうかと思うが。
 爺ちゃん曰く、「あまりにも進み過ぎた技術は、毒にしかならない。ものには順序がある。まだ時期じゃない」らしいので、特に何も言う気はない。

 それはともかく、朝ごはんである。
 今日の朝ごはんは昨日作ったポトフのスープの残りに米をぶっこんで煮込んだ、ポトフリゾットである。
 これは前世でたまにしていた料理である。料理というにはお粗末か。
 好きなんです、リゾット。

「今日の朝ごはんも美味しそうじゃなあ」
「これは美味しいよー。さっさと食べよう」
 基本的に三食アタシが作っている。爺ちゃんも料理はできるが、世話になるのだからと、いくつかの家事はアタシがやることにした。
 料理に関しては、アタシの方が腕は上だし。鈍ってなくてよかった。

 向かい合ってテーブルに座る。目の前にはリゾットと、飲み物はコーヒーで。
 朝はコーヒーだ。前世からコーヒー党だったんだ。せっかく料理に関しては全権が握れるようになったんだから、これは譲れん。

「いただきます」
 手を合わせ、二人同時に「いただきます」。
 ここでは祈りなんじゃないかと思われるかもしれないが、爺ちゃんは、祈らない人なのだ。
 初めは疑問に思ったのでちょっと聞いてみたのだが、
「神には祈らんことにしておるのじゃ」
 と、さみしそうに笑って言った。
 それならと、この「いただきます」を提案してみた。
 「命をいただきます」だ。全ての者には生命が宿り、あたし達はそれをいただいている。
 そう言うと、爺ちゃんは嬉しそうにそうしようと言った。

 なぜ爺ちゃんが神に祈らないのか、などという質問はしない。人間、言いたくないことなど山ほどある。
 爺ちゃんも、アタシのことは特に何も聞いてこない。
 十年前からこの国にいるなら、アタシのことは知っているにもかかわらず、だ。

「うむ、美味いのお」
「昨日の残りに米ぶち込んだだけだけどね」
「いやいや、わしではこう上手くいかんわい。わしには料理の才能はないんじゃの」
 しゃべりながら食べるのは行儀が悪いと思われうかもしれないが、ここではそれが当たり前だ。
 こんな風にたわいもないおしゃべりを、食事の席でするなんてこと、一カ月前までは考えられなかった。なので、羽目を外すのも仕方ないと思う。
『まったく、せめて食べ終わるまで我慢しろというのだ』
 うるさいオカンがいるが。

 シグルドは基本的にいつでも持っているか、近くに置いてある。すぐに修業できるようにとか、アドバイスを受けられるようにとか、理由は色々あるが、
結局のところ、なるべく一緒にいたいんだろう。
 本人には言ってやらん。

「食べ終わってしばらくしたら、今日も勉強じゃぞ」
「はーい」
 爺ちゃんはさすがに研究者なだけあって、知識も豊富だ。
 父の訃報が届いたのが七歳の誕生日。それから爺ちゃんに助けられるまでの約一年六カ月、純粋な勉強はしてこなかった。身にならない修業ばっかで。
 勉強は嫌いではない。前世では大学院入る予定だったし。
 知識が増えるのは嬉しい。研究者って憧れる。平和な世の中になったら、学者になろうかな。

 爺ちゃんにしてみれば、アタシがろくに勉強してこなかったのは、驚きだったらしい。
 年齢的に始めてもいい頃だったらしいが、周りがその必要性を無視していていたからな。仕方がない。
 で、「わしがしっかり教えてやるわい!」と張り切った爺ちゃんは、すっかり先生である。

 とっとと食べ終わるが、爺ちゃんが食べ終わるのを待つ。人が食べているのに片付けるのは、失礼である。
 シグルドからはしきりに、「早食いをやめろ」と言われているが、癖はそう簡単には治らない。
『困ったものだ。どうやって治したものか』
 そんなことまで心配すんな、オカン。

 爺ちゃんも食べ終わり、食器を洗う。これもアタシの仕事だ。
 いや、爺ちゃん、なんか不器用で、よく皿を割りそうになるのだ。実際、一度皿を割っている。
 危ないので、食器洗いは任せてくれと頼み込んだ。
 他にも色々と問題はある。よく一人暮らしできたもんである。

 片付けも終わり、勉強の時間まで本でも読むことにする。
 爺ちゃんがくれた、魔法の本である。指南書ではなく、その効果や呪文体系、応用活用方法など、魔法に関する研究の成果の数々が載っている。
 こういうのは知っておいて損はない。旅をしている時に、敵が魔法を使ってくる時もあるだろうし、自分が使えなくても、妹が使う時などに、
この知識は役に立つだろう。

「アデルや。時間じゃぞ」
「ほいほい」
 読書タイム終了。しおりをはさんで、本を閉じる。

「さて、今日はエルフについてじゃ」
 紙とペンを用意し、耳を傾ける。
「エルフは天界とつながりを持つ種族でな、人間では使えん天術なる魔法のようなものが使える」
 え? エルフって天術使えるの? アタシはシグルドを介して使えるけど、エルフは自力で? 天界とつながりがあるなら、不思議じゃないか。
きっとエルフは、特別な種族なんだろう。
「エルフは寿命が人間よりもはるかに長い。千年以上は生きるとされておる」
 それから、爺ちゃんの講義は続いた。

 エルフはノアニール地方にある水鏡ユミルの森の奥、ヘイムダールとよばれる里で暮らしている。
 うわあ。テイルズ来た。ファンタジアとシンフォニアだ。
 ドラクエ世界なのに、エルフはテイルズなんだ。天術使えるわけだわ。
 ファンタジアおよびシンフォニアでは、魔術はエルフの血を引く者しか使えない設定だった。例外もあるにはあったが。
 ファンタジアおよびシンフォニアの魔術が、ここでは天術になるわけだ。
 まあここでは、人間は魔法を使えるわけだが。そこが違う点だな。

 またエルフは基本的に人間とは接点を持たずに暮らしている。水鏡ユミルの森には常に見張りがおり、人間を入らせないようにしている。
 しかし、中には人間社会で暮らしているエルフもいる。

 また、エルフはとても美しい。耳は尖っていてやや長い。それが外見的特徴。
 その他人間とエルフの歴史などを聞いた。
「ねえ爺ちゃん。エルフと人間のハーフっていないの?」
 これは気になるところだ。ファンタジアおよびシンフォニアでは、ハーフエルフと呼ばれていた。
 彼らはシンフォニアでは酷い差別を受け、ファンタジアではエルフの里に入れば殺されることになっていた。非常に危うい立場に置かれていたのが、
ハーフエルフである。

 爺ちゃんは視線を落とした。その顔は、明らかに悲しそうだ。
「ハーフエルフのことじゃな」
 ここでもそう呼ばれるのか。しかし、爺ちゃんにとって、ハーフエルフは何か悲しい思い出が付随する存在のようだ。
「彼らは立場が弱い。基本的に数が少ないが、それだけが理由ではないんじゃ。長い歴史の中で、それは確固たるものとなってしまった」
 ハーフエルフ差別まであるのか。しかも、それは相当根深いらしい。
「アデルや。もし彼らにあっても、そのような態度はとらんでくれ。彼らはただ、生きておるだけなのじゃから」
 爺ちゃんは、ハーフエルフに対する偏見はないようだ。むしろ、彼らをしっかりと受け入れている。
「分かった」
 アタシはしっかりと頷いた。
 それを見て、爺ちゃんは安心したようだ。

「今日はこれまでじゃな」
「わかった。じゃ、修行してくる」
 シグルドを持って部屋を出る。
 その時ちらっと爺ちゃんの顔を見たが、その顔は苦悩に満ちていた。

 爺ちゃんの過去には、ハーフエルフの存在が大きな比重を占めているのだろう。
 余計な詮索はしない。
 いつか話してくれるかもしれないし、ずっと話さないかもしれない。どっちでもいい。決めるのは爺ちゃんだ。

 修業は、まず軽いストレッチから。徐々に体をほぐして温めていき、万全の状態で修業に入る。
 塔の屋上から地下まで、全力で降りて登ってを繰り返す。それを一時間。
 終わったら、剣術の修業。夜の復習だ。この一カ月で、それなりに動けるようになった。
 はっきり言って、まだまだだが。
 これは昼近くまで続ける。

 夜の修業は、シグルドの立ち回りを見て、その後アタシとシグルドが実戦形式で戦りあうのが基本スタイルだ。
 シグルドは、立ち回りの相手を毎回変える。人間だったり、モンスターだったり、大勢だったり、一人だったり。接近戦を挑んでくる相手もいれば、
遠距離からの奴もいるし、臨機応変に使い分けてくる奴もいる。
 それらの戦闘は、全て魂に刻み込まれているが、肉体の方はそうそううまく動いてくれない。
 少しでも成長しているのが、救いか。

 さて、昼ご飯の用意をせねば。今日は何を作ろうか。
 オムライスにしようかな。トマトソースで米を炒め、かけるソースは……、ホワイトソースでいいか。スープはコンソメで。サラダもつけよう。
 そうと決まれば、さっそく料理開始。

「いい匂いじゃあ。何かの?」
「オムライス。もうちょっとでできるから、待ってて」
 料理の匂いに連れられて、爺ちゃんが台所に入ってきた。期待を隠そうともせず、アタシが作っている様子を見る。

「よし、完成」
 ホワイトソースオムライスに、コンソメスープ。サラダにはシーザードレッシングをかけてある。
 爺ちゃんに手伝ってもらいながら料理をテーブルまで運び、
「いただきます」
 さっそく一口。
 うむ、我ながら、なかなか。
「うむうむ、美味い!」
 照れるぜ。

 食べ終わった後、爺ちゃんはルーラで出かけて行った。買い物である。
 定期的に、爺ちゃんは買い物に出かけるが、アタシはついて行ったことがない。
 買い物をしているのが国外ならいいのだが、国内の場合、面倒だからである。
 言えば国外に行ってくれるだろう。もともと違う国の人らしいし。
 だが、そんなことで面倒をかけるのもどうかと思うし、別に出かけたいとも思っていない。
 荷物持つくらいはすればいいのかもしれないが、「子供がそんなに気を使うもんじゃないぞい」と言われたので、言葉に甘えることにする。

 しかし、爺ちゃん、金はどうしているのだろうか? 働いている様子もないし、貯えがかなりあるとみた。
 実は金持ちか、爺ちゃん。

 アタシは、天術の修業である。
 なかなかこっちも上達しない。やり方が悪いのだろうか?
 シグルドは術を使うよりも刀を振るう人らしく、天術に関する効果的なアドバイスは無理だった。
 仕方がないので、ひたすら術を使っている。
 塔の屋上で、術を使いまくる。しかし、ちっとも成長している感じがしない。

 どれくらいそうしていたか。爺ちゃんが帰ってきた。
 アタシが術の練習をしているのを見て、固まっている。
「爺ちゃん?」
「アデル、お主、ハーフエルフか?」
 震える声で、爺ちゃんはアタシを凝視しながら言った。

 ああ、天術使えるのはエルフの血を引く者だけだっけ。だから勘違いするのも無理はない。
 しかし、パッと見ただけで、天術って分かるもんなのか? この国で暮らしてて、天術なんて聞いたこともなかったけど。
 アタシが知らないだけで実はメジャーなのか、爺ちゃんが博識なのか。
 後者な気がする。

「違うよ。アタシが天術使えるのは、これのおかげ」
 そしてシグルドについて説明した。
 そうほいほい他人に話してもいいのかと思われるかもしれないが、この爺ちゃんなら大丈夫だろう。
 案外、ソーディアンについて知ってるかもしれないし。

「なんと! あの伝説の聖剣か!」
 やっぱり知ってた。
『ソーディアンは一般人が知りうることではないぞ? 天術についてもそうだが、よく見ただけでそうだと分かったものだ。
 この老人、よほど古の知識に精通していると見える』
 感心したように、シグルドが言う。
 やっぱ天術とか、メジャーじゃないんだな。まさに知る人ぞ知るって感じか。

「アデルや、そんな方法では天術は身につかんぞ」
 やっぱりか。他に思い浮かばなかったから、とにかく使いまくってたんだけど。
「でも、どうすればいいのか分からないし」
「ならわしが修業をつけてやろう」
「へ?」
 予想外。しかし、
「天術って人間は使えないんでしょ?」
 そこが問題だ。使えないものを教えられるのか。
「術形式は違うがの、どちらも世界に満ちるマナを使うのは一緒じゃよ。
 根本は同じなんじゃ。そもそも、天術を使えん人間が、自分達でも使える力を求めて生み出されたのが魔法じゃ。
 天術と魔法は、切っても切れぬものなんじゃよ」
 なるほど。なら、魔法の達人である爺ちゃんに教わるのは、確かにいいだろう。
「じゃ、頼もうかな」
「よし、なら明日からにしようかの。今日はもう術は使えんじゃろ」
 うん。使いまくって疲れた。

 こうしてアタシは、天術の師も得た。
 だが、アタシはまだ知らなかった。
 爺ちゃんが、実はすごいスパルタであるということを。
 師事したのを、ちょっと後悔するはめになることを。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第9話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/01 17:43
「これ! また見失っておるぞ!」
「ぎゃっ!」
 杖が肩に振り下ろされた。寺で座禅してる気分である。

 爺ちゃんに弟子入りした。
 とはいえ、生活が変わるかと言えばそうでもない。
 朝は体力作りと剣術の修業。昼からはいつも通りの勉強と、それが終われば爺ちゃんとの修業である。
 勉強を欠かさないあたり、爺ちゃんらしい。

 爺ちゃんとの修業だが、まずやるのは天術および魔法の基礎理論講座から。
 術の理論をしっかり把握するかしないかは、術を発動速度や、威力に大きく影響を与えるとか。
 エルフやハーフエルフは生まれつきそれを教えられることなく理解しているらしいが、アタシはそんなもんない。
 魔法においても同様のことが言えるらしいが、魔法の基礎理論に重きを置かず、ただ使えるように練習するだけなのが多いらしい。実際、アタシも魔法の理論なんぞ習ったことはない。
 「習うより慣れろ」精神なんだろうが、それでは真の魔法使いとは言えないと、爺ちゃんは嘆いていた。

 天術の理論なんて解るのかと思われるかもしれないが、使えないだけで、理論そのものはかなり研究されているらしい。
 天術は魔法の元のようなもの。研究されるのは当然だと言える。
 爺ちゃんもしっかり天術の理論は学んでいるらしく、教え方には隙がない。
 が、ついていくのは非常に大変だ。マンツーマンなので、遠慮なく解らないところは質問できるのだが。

 魔法に関しては、アタシには必要ないと思われるかもしれない。しかし、自分が使わないから必要ないわけではない。敵だって魔法を使うし、味方だって使う。理論の理解は、それらへの対処において、決して無駄にならないのだ。

 で、講義が終われば、次はマナへの干渉の修業に入る。
 天術も魔法もマナを利用して行使する。逆に言えば、マナがなければそれらは使えない。
マナに対する理解、感応力、干渉力は、術の発動時間、威力に直結する。
 で、何をするかというと、大気中のマナを感じ取り、そこに自分の意志を通すのである。
 マナを介して自分の精神力を世界に発現させるのが、天術であり魔法である。これらを通じて、自らの意志を具現化させるとも言う。
 そのためには、この修業は不可欠なんだそうな。
 やっぱりやってる人は少ないらしいが。エルフやハーフエルフは練習しなくてもできるらしいし。

 で、マナへの干渉に入る前に、そもそもマナを感じ取れなくてはならないのでそこからやっているのだが、これが難しい。
 いきなり大気のマナを感じ取るのはいくらなんでも無理らしいので、爺ちゃんがマナに干渉して、アタシの周りだけマナを濃くし、その中でも特に濃い所を当てるということをしている。
 が、ここだ! と思ったそばからすぐに見失ってしまうのである。
 で、爺ちゃんからばしばし叩かれることになるのだ。

 爺ちゃんに弟子入りしてから一週間、今だこんな失敗をしているアタシ。
 これが遅いのかそうでないのかは知らないが、ちっとも成長してる実感がわかないのはへこむ。
 爺ちゃん容赦ないしな。修業中は別人のように厳しい。
 自分が魔法使いだから、そういうものに対する妥協は一切しないのだろう。
 理論は頭で理解すればいいんだけど、感覚の問題はどうにもならん。

 ちなみに、この一週間、術は一切使用していない。半端な状態で術を使うのは危険であると、使用を禁止されたからである。
 これから考えると、シグルドは本当に術に関しては役に立ってなかったんだな。
 シグルドがないと使えないという問題があるが、術について教えられないのはどうだろう。
 爺ちゃんに会えてなかったら、天術はきちんと身につかず、結局使わない方がまし状態になったに違いない。
 せっかく使えるんだから、きちんと身につけたいし。
 ちなみに、シグルドにそのあたりのことを言うと、しばらく何も話さなかった。
 子供か、お前は。
 今は元に戻っているが。

「マナを感じ取ることはできるようになったんじゃから、あとはそれを持続できればいいんじゃがなあ」
 それがうまくいかないから苦労してます。
『意外に、術とは奥深いものなのだな。勉強になる』
 お前術の媒介になるソーディアンだろ。術の理論くらい理解してろ。
「じゃが、それさえできるようになれば、マナへの干渉は比較的早くできるようになるじゃろうて。ここが踏ん張りどころじゃな」
 そう言って、爺ちゃんはアタシの頭にポンと手を乗せた。
 不出来な弟子ですいません。

「今日はこれで終ろうかの。御苦労さんじゃ」
 お、終わったー! この修業疲れるんだよ。剣振ってる方がまだマシなくらいに。
「じゃ、ご飯の支度するから」
 よろよろと、やっとの思いで立ち上がる。
 爺ちゃんが支えてくれた。ホントすいません。

 いや、お腹すいたよ、本当に。
 今日はガッツリいきたい気分だ。いっそカツ丼にでもしようか。
 いや駄目だ。爺ちゃんは歳だし、そんなこってりしたもの食べさせちゃ駄目だ。
 しかし肉が食べたい。ガッツリと。
 そうだ! 冷しゃぶにしよう! すりおろした大根に、さっぱり風味のドレッシングをかければ、爺ちゃんでも食べられる!
 しゃぶしゃぶ鍋で熱いのを食べてもいいのだが、何となく冷しゃぶの方がさっぱりしてる気がする。

 で、夕ご飯が出来ました。
 冷しゃぶは薄くスライスした肉に、各種茹でた野菜。生のままで食べられるやつはそのままで。
 そしてふわふわのパン。残ったドレッシングはこれでさらえる。
 もちろん、アタシの分は肉多め。爺ちゃんは歳だから控えめ。

「ふむ。アデルはいい嫁さんになるんじゃないかの」
「ええー?ないない、それはない。アタシ、お嫁さんなんてガラじゃない」
『同感だ。旦那になる人物が哀れだ』
「ちょっとそこのソーディアン? 海水につけて錆びさせてやろうか?」
『悪かった』
「シグルドさんや。何言ったか知らんが、女の子に失礼なことは言っちゃいかんよ」
『こいつは女の子なんてタマじゃない』
「爺ちゃーん。塩持ってきて塩。すり込むから」
『悪かった私が悪かった! お願いだから塩を探さないでくれ!』

 修業を受けながらも、こんな感じでさらに一カ月たった。
 やっと、マナをしっかり感じ取れるようになった。
 長かった!
「ふう、やったのお。これで次の段階に進めるぞい」
 どうやら、かなり遅かったらしい。爺ちゃんは何も言わないが、見ていれば分かる。
『ふむ。一歩前進か。千里の道も一歩から、だ。とはいえ、なかなかに時間がかかったな、マスター』
「黙ってろ役立たず」
『うぐぅ……』
 とたん、静かになる。お前には、術に関しては、何も言われたくないわ!

 そんなアタシ達を見て、爺ちゃんはこほんと咳をした。
「何を言い合っとるかは知らんが、アデルや、そんなことを言ってはいかんぞい。
 シグルドさんも、いちいちアデルに突っかかっていくようではいかんぞい」
「はあい」
『め、面目ない』

「では、次の段階に行こうかの。
 アデルや、マナの流れに手を加えるんじゃ」
「いやいや、いきなりレベル上がりすぎだよ爺ちゃん!」
 ようやくマナを感じ取ることが出来るようになっただけで、いきなりそんなことやれと言われても!
「いや、できる。ともかくやってみるんじゃ」
 ぐう、やれと言われた以上、やるしかないわけで。
 仕方なく、アタシはマナに干渉することにした。

 今までは、爺ちゃんがアタシの周りのマナの濃度を上げてくれていたからやりやすかったが、今は普通の状態だ。
 そう、さっきと比べて、マナの濃度は格段に薄く……。
 待てい。何でアタシ、はっきりマナの濃度感じ取れてるんだ? さっきやっと、一段と濃い所を当てられるようになったのに……。
 一段と濃い所?
 待てよ、ただ単にマナの濃い部分を当てるだけなら、わざわざアタシの周りのマナの濃さを上げる必要はないのだ。濃くしたところに、また一段と濃くするなどという、二度手間をしなけらばならないのだから。
 アタシは今まで、修業中ずっと濃いマナの中にいた。そのことに意味があるのではないか?

 濃いマナの中にあって、その中からさらに濃いマナを探し出す。それは、マナの中に自分の意識を通すこと。だってそうだろう、感じるためにはつながらなくてはならないのだから。
 何かを見るとする。コップでもいい。それを見ているアタシと、見られているコップには、一見何のつながりもない。しかし、そこには確実に、自分の意識というラインがつながっている。このラインがつながらなくては、物を見るなど不可能なのだ。
 修業中、濃いマナの中、アタシは自分の意識をさらに濃いマナを見つけるために、常時張り巡らしていた。
 そして、さらに濃いマナと意識がつながった瞬間、アタシはその濃いマナと自分との間の意識のラインを、マナの中に通したのだ。さらに濃いマナに自分の意志を通すという、それはれっきとしたマナに対する干渉だった。
 知らない間に、マナというものに慣れさせられていたわけだ。

 恐れ入る。知らない間に、二つの修業を同時にしていたのだ。
 爺ちゃんは、明らかに意図的にこれを行った。

 できる。できないはずがない。だってアタシは、もうマナに干渉できるんだから。
 マナを感じ取る。鮮明に、マナの流れが感じ取れた。
 爺ちゃんが手を加えている様子はない。こんなことまで分かるようになっているとは。
 マナの流れに干渉する。それは、川の流れにちょっと手を加えるようなもの。流れる川に手を突っ込むとか、そんな感じだ。
 本流は変わらないが、そこにちょっとした違う流れが出来る。ついでなので、ぐるぐるかき回してみたり、他の支流とくっつけてみたりした。

「上出来じゃ! 一度理解してしまえば、お前さんはあっさりやれるじゃろうと思っておったぞい!」
 どうやら、アタシが修業の意味や、それによって行ってきた内容を悟ったことに気付いたんだろう。興奮した様子だ。
「もう少し意味が分かるには時間がかかるかと思ったんじゃが、お前さんは速かったのお」
『すまんが、話がさっぱり見えんのだが』
 理解しているのはアタシと爺ちゃんだけだ。おいてけぼりをくったシグルドは、困惑した様子で説明を求めてくる。
「後で説明するから」
『む。その言葉、忘れるな』
 すねるなよ。自分一人だけ解らないのが寂しいからって。

「術の基礎はあらかた説明したし、マナへの干渉もできるようになった。
 明日からは、かなりハードになるからの」
 今までもかなりハードでしたが。あなたからすればあんなのハードの域に入りませんかそうですか。

 うん、順調だ。剣術の方もそれなり? になってきたし、術もマナへの干渉という大台を超えた。
 まだまだひよっこだが、いける!

そして次の日の午後。
「メラ!」
「っぎゃああああ!」
 必死になって避ける。
 そう、魔法の乱舞を受ける羽目になったのだ。

 ハードすぎだろ!



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第10話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/05 01:17
 暗闇の中、九つの小さな火がともっている。それは、この闇の中ではあまりにも心もとない。しかし、アタシはそれを吹き消した。
 その瞬間、ぱっと、部屋が明るくなった。
「誕生日おめでとうアデル」
『おめでとうマスター』
「ありがとう」
 本日、この世界で生まれて九年経ちました。

 爺ちゃんに助けられて約半年、修業をつけてもらえるようになってから五カ月程。
 そして、超ハードコースに移行して四カ月弱。
 今日は、一切の修業も何もなしである!
 つらいんだよ! あの修業は! たまには休みたいと思ったって罰は当たらない!

 超ハードコースは、爺ちゃんが魔法を連発するというものだった。
 もちろん下級のうえ、当たってもちょっと痛い程度の威力に抑えられているが。
 なんでも、マナの流れや質を読み、放たれる魔法を予測すること。そして、向かってくる魔法のマナに干渉し、威力を落としたり、そらしたりすることが目標らしい。
 マナを感じることが出来るなら、それらはできるようになるとのこと。達人なら、相手が魔法を放つ意志をもった瞬間、それが何の魔法であるか理解し、軌道を読み、完全に方向を変えてしまったり、無効化してしまったり、場合によっては不発にさせることもできるとか。

 爺ちゃんや、それはいったいどれほどの大魔法使い様だ。
 まあ、アタシにはそんな達人レベルは求められていない。
 しかし、それらが少しでもできるようになれば、確かに魔法を使う相手に対して有利になれる。
 それに、この修業は天術の発動に関しても全く無駄ではないとか。
 術を放つとはどういうことか、マナを介して自らの意志を具現化するとはどういう作業なのか、しっかり感じ取れとのこと。

 はっきり言う。そんな余裕ない。
 次から次へと魔法が雨のごとく放たれるのだ。マナを感じ取るとか不可能。逃げるので精一杯だ。
 たぶん、魔法を使う相手に対する実践訓練も兼ねてるんだろうと思う。しかし、こちらからの反撃は一切禁止されている。出来るのは逃げるのみ。もしくは、さっさとマナに干渉して、攻撃をどうにかするしかないわけで。

 甘かった。魔法をなめていた。
 いや、爺ちゃんのスパルタぶりを、だろうか。最初の方なんか、本当に優しかったのだ。
 そして四カ月、魔法の雨を浴び続け、逃げる技術は格段に上がったが、求められていることは何一つ果たせず。
 怪我なんかほとんどしないし、したとしてもすぐ爺ちゃんが治してくれるのだが、逆に、だからこそ休息などないのである。

 修業前の天術、魔法の講義は楽であるが、鬱でもある。だって、その後で魔法のシャワーが待っているのだから。
 内容は楽しいんだけどね。素直に楽しめません。

 剣術の修業は、成果がそれなりに出てきた。さすがに半年間、一日も欠かさず体を動かし続けていれば、モノにもなるってもんです。
 魂には全く追いついていませんが。毎夜魂に剣術が刻み込まれていってるのに、肉体がそれに追いつかないのは若干むなしいです。
 シグルドは、そろそろ魂の修業は次の段階に入るって言ってたし。

 師匠に関してはどちらも一流なのに、いかんせん弟子のアタシがそれについていけてないっぽい。情けなや。

 ま、今日はせっかくの誕生日、そんなマイナス思考は忘れて、パーッといきますか!
 爺ちゃんがわざわざ、首都の有名なケーキ屋でケーキを買ってきてくれたのだ。大きいと食べきれないので、カットされた小さい奴。
 スポンジの間にはフルーツがふんだんに挟まれており、上にも輝く美しい宝石のようなフルーツがのり、たっぷりのベリーソースがかかっている。土台そのものはフワッとした生クリームで覆われており、きっとフルーツとの相性は抜群だろう。
 口の中がすごいことになってる。でも気にしない。ぐへへ。
『不気味なので、その顔をやめてはもらえないか?』
 黙れ。これを前にして顔がほころばん奴はあまりいない。
『なんで女子はそんな甘ったるいものが好きなんだ。理解に苦しむ』
 ふん。何言われたって気にしない。普段なら「やかましい」の一言くらい言っただろうが、今のアタシはそんな些細なことどうでもいいのだから。

「女の子はケーキが大好きじゃなあ。買ってきてよかったぞい。
 いやあ、何がいいか分からんかったからの、一番見た目がきれいなモノを買って来たんじゃ」
「爺ちゃんグッジョブ。
 でも、女の子全員がそうだとは限らないから、注意しといたほうがいいよ」
 実際、前世の友達で、甘いものが嫌いという子がいた。ケーキなんかもってのほかだそうで。
「そうなんかい。女の子じゃからみんなそうというわけではないんじゃの」
『だが、ああいうものを食うのはだいたい女子だと思うぞ』
「シグルドそれ偏見。甘いもの大好きな男子も結構います」
 前世の友達に、パフェが大好きな奴がいた。結構いい店知っていたから、たまに教えてもらっていた。
 え? 甘いもの好きですが、なにか?

「しっかし爺ちゃんもったいない。自分の分も買ってくればよかったのに。これを食べないのは、人生において多大なる損だよ」
「かまわんかまわん。そのかわり、美味そうなスパゲッティを買ってきたからの」
 そう言う爺ちゃんの前には、真っ黒なイカスミスパゲッティがある。あとパンとサラダ。
 爺ちゃんはイカスミスパゲッティをスパゲッティ・ネーロと言っていた。そんな名前とは知らなかった。
 爺ちゃんはスパゲッティが好きである。以前ボロネーゼを作ったら、ムチャクチャ喜んでいた。それ以来、ちょくちょくスパゲッティを作ることにしている。
 ま、確かにそんな爺ちゃんだから、ケーキよりはスパゲッティでいいんだろう。

 今日は家事から解放されている。誕生日くらいゆっくりしなさいということらしい。
 なので、爺ちゃんがご飯を買ってきた。
 爺ちゃんも料理はできるのだが、特別な日なんだからと高いものを買って、贅沢をしている。
 アタシもケーキを食べ終えたら、爺ちゃんが買って来た料理に手をつける予定。余ったら明日食べればいいや。

 シグルドは食べられない。当然である。刀がものを食べるわけがない。
 が、本人は全く気にしていないらしく、豪勢な料理を見て『これはすごいな』と言っただけだった。すねているとか、そんな様子は一切ない。
 なのに、何で甘いものには反応するか。そんなに嫌いか。

「さて、いい加減食べようかの。冷めてしまうわい」
「はーい。いただきます」
 さっそく、ケーキにフォークを刺す。程よい弾力のあるスポンジが、すうっと切れていく。
 そして一口。
 うわ、うめえ。感動のあまり、動きが止まってしまった。
 爺ちゃんに不味かったのかと勘違いされたが、慌てて違うと言った。これを不味いなんて、そんな暴言吐けるわけない!

 今日は一日楽しかった。
 爺ちゃんが魔法を応用した花火を見せてくれたりした。
 シグルドは口うるさくマナーについて言ったりしなかった。
 こんな騒がしい誕生日は、三年ぶりだ。まともに誕生日を祝ったのが、六歳までだったから。
 七歳の誕生日にオルテガさんの訃報が届き、七歳、八歳の時は祝ってもらえなかった。
 誕生日って、こんな日だったんだよな。

 誕生日会も終わり、片付けは爺ちゃんがやってくれるそうなので任せて、自分の部屋に戻った。
 もうすっかり夜だ。
 窓を開けて、夜空を見上げる。数え切れないほどの星が輝いていた。
「ハッピーバースデイ、リデア」
 呟いて、アタシは歌った。
「ハッピーバースデイ・トュー・ユー」
 アタシとリデアは双子だ。日をまたいで生まれたわけではないので誕生日は同じだ。
 アタシの誕生日は、妹の誕生日。祝わないわけがない。
 今頃、妹は家族に囲まれてケーキを食べているだろうか? いつも、誕生日はリデアも修業を免除されていたので、きっと楽しい一日を過ごしているだろう。

 今日、また一つ大きくなった。今日、また一歩旅立ちへと近づいた。
 勇者の道に、近づいた。
 その時が近づけば近づくほど、妹への期待は大きくなるだろう。そしてそれは、旅立ちの日に爆発する。
 あの子は繊細だ。それに耐えられるか。

『君の妹君は、君が思っているよりずっと強い。心配はいらんだろう』
 考えてることがなぜ分かった? じとりと睨みつけてやると、
『しっかり声に出ていたぞ。無意識とは、よほど心配と見える』
 悪びれもせずに、あっさり言った。
「心配だよ。アタシ、何も言わないで飛び出して来たんだから」
 追い出されるのは確定だったとはいえ、黙って出て行ったのは事実だ。
 心配されてるか、もしかしたら恨まれているか。
 あの重圧の中に一人置いて来てしまったんだから、恨まれている可能性は高い。
『妹君を信じたまえ。彼女は、きっと君を待っている』
「……だと、いいな」
 そうならいいと思うが、現実とは重いものだ。覚悟はしておくべきだろう。

 アタシは臆病だ。まだ一度も、ここから出て行っていない。
 知るのが怖い。自分の世間での扱いとか……そのせいで重くなったかもしれない妹の現状と、妹のアタシに対する感情を。
 アタシは最低だ。一人で逃げたから。押しつけたから。

 妹は旅に出る。これは決定事項だ。拒否はできないだろう。
 なら、一緒に行って、一緒に背負う。それがアタシにできること。
 だが、それまでは、妹は一人だ。少なくとも、アタシが出ていった時点で。
 理解者が一人でもいれば違うのに。
 願わくば、妹にアタシにとってのシグルドや、爺ちゃんが現れますように。

 その日、アタシは遅くまで起きていた。
 爺ちゃんが見に来て、早く寝なさいとベッドに入れられた。
 それでも、しばらくは寝られなかった。

 強くなろう。今できるのは、それしかないのだから。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第11話(誤字修正)
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/10/03 14:04
 走る。
 立ち並ぶ石造りの家々。教会などもあった。広い広場も駆け抜けた。
 相手との距離はかなり開いている。このまま逃げ切ることが出来るだろう。思わず笑みがこぼれる。
 終わりが見えてきた。相手の気配は後ろ。それなりの距離があるため、追いつけないだろう。
 その時、相手がスピードを上げた気配がした。ラストスパートのようだ。今までよりもはるかに速い。少しずつ距離が縮まる。
 だが、甘い。
 アタシもスピードを上げた。距離はもう縮まらない。相手の気配は後ろ。
 そしてアタシは、栄光という名の勝利のゴールテープを、切った。
「マイビクトリー!」
 マッハ称号、ゲットだぜ!

 九歳の誕生日から丸一年。つまり十歳の誕生日である今日、アタシは何と外国にいる。
 ポルトガである。
 造船技術は世界一と言われ、実際、王家の所有する船は豪華で、優美で、それでいて力強い。レプーブリカ・ポルトゥゲザ号というらしい。
 何でもいいけど、ポルトガって、ポルトガルだよねえ。造船技術が高いってのが、前世の世界で大航海時代の先駆者になったポルトガルを彷彿とさせる。
 しかも、首都の名前リスボンだし。ポルトガルの主都じゃねえか。

 で、なんでここにいるかというと、話は一週間ほど前にさかのぼる。
 爺ちゃんが、香辛料を買いに、この国に来たのである。
 ここは香辛料などをバハラタから輸入している。よって、この国ではスパイシーな料理が盛んらしい。
 その買い出しの時に、この国が今お祭り騒ぎなのを知ったらしい。

 お祭り騒ぎなのには理由がある。
 先代国王が、ロマリアのモンスター闘技場を見て、自分の国でもと闘技場を作ったのだとか。しかもそれは人間同士が戦うものである。
 無論、殺しはご法度。徹底したルールが定められており、見ている側も割と安心である。
 で、定期的に武闘大会が開かれているらしく、今がその時期だったらしい。
 しかも、その大会が始まるのが、アタシの誕生日からだという。
 爺ちゃんはいい機会だと思って、アタシを連れてきた。曰く、「他人の戦いを見るのも修業」だとか。
 大会に合わせて街も活気づき、自然とお祭り騒ぎになるのである。
 各地から腕自慢達が集まるのだから、当然といえば当然である。
 血の気の多い連中も多いため、喧嘩沙汰になることも多いらしいが。だから兵士さん達は、大会の時期になると大変のようだ。

 で、何をしていたかというと、マッハ少年とレースをしていたのである。
 これもお祭り騒ぎの一つである。名物なんだそうな。
 走りに関しては大人顔負けの実力をもつマッハ少年と勝負する。レースコースは街の中心部。レース中はロープなどで区切られ、一般人が邪魔することはない。走る者も、見る者も熱中する、今や大会並みの人気を誇るものだとか。
 しかも、今までこのマッハ少年に勝てたものはおらず、マッハ少年はまさに王者として君臨していたのである。なので、彼はかなり人気がある。
 ちなみに年齢はアタシより上の十二歳。二代目だそうな。
 そのあまりの速さからいつの間にか「マッハ少年」と呼ばれるようになり、それは称号となった。今のマッハ少年は、それを受け継ぐにふさわしい実力をもっていた。

 しかし! その栄光、アタシが破った!
 大人子供関係なく参加者を募っているのを見て、おもしろそうだと思って参加したのである。
 参加者はかなり多く、ざっと五十人ほど。しかも、ほとんどがいい歳した大人。ちっちゃい子供はアタシ一人で、正直、ちょっと居辛かった。
 だがレースが始まればそんなことは関係ない。猛烈なスタートダッシュで一気に飛びぬけ、マッハ少年との一騎打ちになった。
 で、激闘の末、アタシが勝利したわけである。

 勝ったからと言って、特別なモノは何もない。マッハ少年に勝ったという栄光が手に入るだけである。この国の人間にとっては、それは輝かしいもののようであるが。
 マッハの称号に誇りを持っていた彼は、負けた事実に打ちのめされ、地面に伏している。
 アタシは、「あの」マッハ少年に勝ったということで、いろんな人からもみくちゃにされていた。
 この反応で、マッハ少年がこの国においてどんな位置にいたかが分かる。

 打ちひしがれるマッハ少年を励ます人も大勢いて、彼は涙しながらも立ち上がった。
 彼はアタシのところまで来ると、
「負けたよ、完敗だ。負けたのは父ちゃんとやって以来だ」
 そういって、握手を求めてきた。
 アタシは黙ってその手を握る。
 激闘を繰り広げた間柄だ、言葉はいらない。向こうも同じだったらしく、それ以降は黙って手を握っていた。
 周りから称賛の拍手が巻き起こる。
 しばらくしてから、そこを去った。その時に、
「またやろうぜ」
 と、さわやかに声をかけられた。
 むう。負けをちゃんと認め、相手を素直に称え、もう一度勝負しようなどとは、なかなかにあっぱれな兄ちゃんである。

 何でもいいけど、「マッハ少年」ってさ、テイルズ思い出すよね。
 ていうか、まんまだよね。
 こんなところに、テイルズを彷彿とさせる者がいるとは思わなかった。不意打ちを食らった気分だ。

 アタシがマッハ少年に勝てたのは、エクスフィアと、今までの修業のおかげだろう。
 毎日の走り込み、剣術修行に、爺ちゃんとのスパルタ修業。イヤでも体力には自信がつきます。
 剣術修行ではそれなりの成果が出ている。
スパルタ修業でも、ある程度のマナによる魔法の先読みはできるようになった。込められたマナが少なければ、ちょっとした干渉もできる。
ある意味、それらの修業の成果が出たと言えるかもしれない。だって、あのマッハ少年に勝ったんだから。

「優勝おめでとうさん。いやはや、大したもんじゃのう」
「いやあ、日ごろの成果だよ」
『うむ。一日も欠かさずあれだけのハードな修業をこなしたのだ。当然だな』
 二人から手放しに誉められ、ちょっと鼻高々だ。

 実は、さっきのあの騒ぎで、アタシは「坊主」と呼ばれていた。
 その要因は、髪型にある。かなり短く切ってあるのだ。女としてギリギリの長さに。
 髪が長いと、修業中邪魔だったので、思い切ってバッサリ切った。そしたら、それが気に入って、以来それで通している。
 ちなみに、ナイフでザックザック切っている。爺ちゃんには嘆かれ、シグルドには「女としての慎みをもて!」とさんざん言われた。
 が、アタシとしてはこれが楽なので、聞いていない。
 ワイルドで何かかっこいいし。
 あと、服装が女の子っぽくないのもあるだろう。スカートはヒラヒラして嫌いなのだ。フリフリしたのも嫌い。ようするに、「カワイイ」ものは好きじゃないのだ。
 当然、着る物は男っぽいものになる。
 女性としての身体的特徴などまだないので、男の子と間違えられるのは当然なのだ。

「たくさん走ったから喉が渇いたじゃろ? オレンジジュース買っておいたぞい」
「ありがとう爺ちゃん!」
『こら! がっつくな! 女としての慎みをもてと言っているだろう! ただでさえそんな恰好をしているから、男と間違われるのに……』
 喉乾いてるんだから仕方ないじゃん。いちいち口出さないでよね。

 街はまさにお祭り騒ぎ。先程のマッハ少年とのレースもそうだが、様々な出し物や屋台などが並び、飽きない。
 爺ちゃんにせがんで、食べ歩きをしまくった。
 その時、あるポスターが目に入った。

『武闘大会、子供部門!
 対象年齢・十歳以上十五歳以下。
 腕に覚えのある子供たち、あつまれ!』

「爺ちゃん! あれ!」
「ん? どうしたんじゃ?」
『また何か食べたいのかマスター? 太るぞ』
「折るぞテメエ。そうじゃなくて、あのポスター! 大会の子供部門だって!」
「なるほどのお。出たいんじゃな?」
「出たい! おもしろそう!」
 せっかくのお祭り騒ぎだ。踊らないと損である。
『ふむ。マスターの実力を測る、いい機会になるかもしれんな』
「そうそう! 誰かと戦ったことないからさ、いい機会じゃん!」
 比べられる相手と言えば、魂の時のシグルドくらいしかいない。それでは、自分の実力を正確に把握できない。そう、まさに絶好のチャンスなのだ。
 それに、こういうのは参加してナンボだろう。

 そうと決まれば話は早い。さっそく申し込みに行った。
「すみませんが、この子を大会に参加させたいんじゃが」
 受付のお兄さんに、爺ちゃんが声をかける。
「はい、そこの男の子ですね?」
 にっこり笑って受付のお兄さんがそう言うや、爺ちゃんやシグルドから、「何事!?」と思うような殺気が漏れ出した。
「すみませんが、この子は女の子ですじゃ」
「はははは、はいいいいい! すいませんでしたあ!」
 爺ちゃん、押さえろよ。お兄さんビビってるから。
「気にしないでください。よく言われますので」
 ついさっき間違われまくったし。
「は、ははは。ごめんね、お嬢ちゃん」
 顔が引きつっている。なんか、すいませんでした。

 エントリーシートに名前と年齢、性別を記入。
 年齢を見たお兄さんが、
「おや、この歳で出場する子は珍しいですよ」
 と言っていた。出場資格的には問題ないが、あんまりちっちゃい子は基本的に出ないんだろうな。
 ここで爺ちゃんと別れることになった。保護者は入れないんだそうな。
 シグルドも爺ちゃんに預けた。武器を使う子供に関しては、大会側が用意するらしい。
 真剣とか、危ないもんな。
「気をつけるんじゃぞ」
『どうせなら優勝してこい、マスター』
「おう。じゃ、行ってきまーす」
 案内役のお兄さんについていく。

 闘技場は円形の建物。かなりの大きさで、いったいどれほどの人数を収容できるのだろうか。
 控室についたが、ここも広い。先代の王様が、闘技場にどれだけ力を注いでいたかが分かる。
 控室にいる子供は、ざっと三十人ほど。大人の参加者は二百人近いらしいので、それに比べれば少ないと言える。これからまだまだ参加者が来るんだろうけど。

 この大会、個人戦と団体戦に分かれており、最初に個人戦、その後に団体戦があるらしい。両方に出場することも可能で、実際、そうしている人もいるらしい。
 個人戦が終わってから団体戦の受付をするので、団体戦に出る予定のなかった人も、個人戦で戦った人と組んで出場するケースもよくあるらしい。
 団体戦の人数は二人から五人。補欠はなしらしい。
 子供部門も個人と団体に分かれており、システムは大人と同じ。
 ま、アタシは一緒に出るような人はいないから、団体戦には出られないけどね。

 子供部門は、ようするに前座だ。
 大人達は今日は予選だ。闘技場とは違う場所で戦い、ある程度数を絞るんだそうな。
 全部の人の試合してたら、何日かかるか分からないもんな。
 で、その間を子供の部で埋めるわけだ。

 さて、今のうちに武器を選んでおこう。ここにある武器なら、何を使ってもかまわないとか。
 武器と言っても、怪我を極力しないように作られた模造品だ。竹刀みたいな感じ。
 適当に手にとって確かめてみる。なかなかいいのがない。
 アタシが普段使っているのは刀。西洋刀が主流であるここでは、なかなかしっくりくるものがない。
 いくつも手に取る。そして素振りしてみる。
 最終的に、なんか違うなと思いつつも、刀身部分の長さが同じものを選んだ。これくらいしかなかったんだ。

 そんなことをしているうちに時間になった。
 参加人数は四十三人。うち、本戦に出られるのは半分。違う部屋に行き、そこで試験管の人に合格をもらわないといけないんだとか。
 子供同士で戦わせないらしい。戦うのは本戦からか。

 で、試験だが。
 試験官の人がアタシの構えを見てすぐに合格を出した。
 ちょっと拍子抜けした。それだけで合格とか、いいんだろうか?
 で、アタシ以外にもう一人、構えただけで合格した奴がいた。
 名前はエミリオ・カトレット・ジルクリスト。黒髪の美少年である。歳はアタシと一緒。
 こいつ、思わずテイルズのとあるキャラを想像してしまうのだが。名前とか、外見特徴とか、左利きの剣士とか。
 まさかね。んなわきゃないない。うん。
 アタシは自分の考えを即座に否定した。

 他の参加者は、試験官の人にいなされていた。と言うか、構えただけで失格になった子もいた。
 魔法を使う子もいた。

 そして、本戦メンバーが決まった。
 なんと、女はアタシ一人である。

 子供の部はポイント制。相手に三回先に攻撃を当てた方の勝ち。ただ当てるのではなく、決められたポイントに当てなければならない。
 魔法の場合も同じ。だが、攻撃魔法は下級のものしか使ってはいけないことになっている。補助魔法はあり。回復はこの場合意味はあまりない。

 アタシはシグルドがいないと術は使えないから、剣(模造品)で戦っていくことになる。
 魔法使い相手の場合、爺ちゃんとの修業がものを言うだろう。
 実践とは言えないが、まさに今までの成果が試されるわけだ。

「では、さっそく試合を始めます。トリント君、アデルちゃん、会場に移動してください」
 うわ、一試合目からか。ちょっと緊張。
 相手を見てみると、ごつい体をした剣士だった。
 トリントとやらは、アタシを見るとふんっと、鼻で笑った。
 コノヤロー。カチンときた。絶対泣かす。

 案内のお兄さんについていって、出た先は熱気あふれる闘技場中心部。
 観客の声が割れんばかりに響き、思わず足を止めてしまった。
 ここはオリンピック会場か!? どれだけの人間がいるんだ!
 見渡す限りの人人人。席は階段状になっていて、どこからでもよく見えるようになっている。
「けっ! ビビってんのかよ、チビ」
 ムカッ。
「余裕こいてると痛い目見るよ」
「お前がな」
 どこまでもムカつくヤローだな。いいだろう。目にもの見してくれる!

 おそらく、観客席のどこからか、爺ちゃんとシグルドが見ていてくれているはずである。
 あの二人の前で、無様な試合は見せられない。
 何より、こいつに負けるなんて許せない!
 勝つ!

 審判さんがいるところまで歩く。そして向かい合う。
 観客なんてもう気にならない。精神状態はすこぶる良好。
 いつでも行ける!

「第一試合、トリント君対アデルちゃん、始め!」
 風の魔法を応用しているのか、マイクを使ったかのような声が会場に響いた。

「おらあ!」
 力任せに、トリントは剣を振り下ろしてきた。
 遅い。体をくるりと回転させてよけ、その回転のまま相手に一発。
 はい、これでワンポイント。

「アデルちゃん、一点先取!」
 審判さんの声が響く。
 呆然としているトリントに、もう一撃入れてやる。剣道で言う胴だ。
「アデルちゃん、二点!」
 その声に我に返ったか、トリントが顔を真っ赤にして剣を横凪に振るった。
 だが、やはり遅い。後ろに軽く跳んでかわし、着地と同時に足に力を入れ、相手の懐に飛び込む。通り過ぎさま、相手の腹に一撃。
 はい、ラスト。

「アデルちゃん三点! アデルちゃんの勝ち!」
 あっさり勝ってしまった。実感がない。
 相手も負けたという実感がないらしく、呆然とした顔できょろきょろしている。
 観客がわあああ! と歓声を上げた。それでようやく、実感が持てた。
「んな、バカな! こんなヤツに!」
「はいはいご愁傷さま。とっとと失せろ」
「ざけんなこのクソチビい!」
 トリントは逆上して襲いかかってこようとしたが、
「はいそこまで」
 審判さんに首筋に一撃入れられ、あっさり気絶した。
 ダサッ。
 と言うか、審判さんやるな。今の一撃、かなり速かったぞ。

 トリントが担架に乗せられ、運ばれていく。
 アタシも、すぐに引っ込んだ。

 勝った。年下の子供にだって勝てなかったアタシが、あんなごつい相手に勝った。
 嘘みたいだ。
 少しは、強くなったんだ。その実感が、ようやく持てた。
 今までは、修行の成果は実感できても、強くなったっていう実感は持てなかったから。
 エクスフィアと、二人の修業のおかげだ。

 だが、これで慢心するようなことがあってはならない。
 アタシの目標はそんな低いものじゃない。
 妹と共に旅に出る。命をかけた旅だ。
 だから、こんなんで満足していてはいけないのだ。

 この大会、勝つ。それくらいの意気込みが必要なのだ。
 その程度出来なくて、妹と危険な旅になんて出られないのだから。
「優勝してやる」
 それが、今のアタシのやるべきことだった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第12話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/11 01:28
 一回戦、突破。だが、これからまだ戦わなくてはならない。呑気に構えていられない。
 なので、他の人の戦いもしっかり見ておくことにした。
 見ることも修業だし。

 槍状の武器やら、素手やら、魔法使いやら、実に様々。見ていて非常に面白い。
 一番目を引いたのは、何と言ってもエミリオだった。
 左利きの一刀流。体さばきは非常に優雅で、隙がない。あっという間に勝ってしまった。
 本当に、あっという間に。
 実力はケタ違いだった。相手は一周り以上も大きい槍使いだったのだが。
 槍と剣では、剣の方が不利だ。相手の方が体が大きいなら、なおさら。
 しかしエミリオは、そんな不利をモノともせず、そうなるのが当然と言わんばかりに勝ってしまった。
 歳、アタシと同じはずなんだけどね。ちなみに十歳は、アタシとエミリオだけだった。

 勝ち進んでいけば、エミリオと戦うことになるんだろう。その時、アタシはいったいあの剣士相手にどこまでやれるか。
 正直不安だった。

 試合は進み、残り十人になった。
 そして、再びアタシの番が回ってきた。
「準々決勝第一試合、トロン君、アデルちゃん、移動してください」
 言われて移動を開始しつつ、相手に目をやる。
 いかにも魔法使いだと言わんばかりの格好をした奴。歳は十三だとか。
 一回戦でも、魔法で戦っていたので、魔法が主力なのだろう。

 どんな試合だったかというと。
 トロンとやらの相手は素手だった。いわゆる武道家タイプ。体はそんなにごつくなく、シャープだった。スピードタイプだとあたりをつけた。
 トロンは、体つきは分からなかった。ゆったりとしたローブだったためだ。
 試合開始直後、トロンはいきなり相手にメラをぶち当てた。開始してすぐに魔法が飛んでくるとは思わなかったらしく、武道家はもろに喰らっていた。
 それでトロンの一点先取。
 トロンは素早く距離を取ると、魔法を喰らった痛みで体勢を崩していた相手にもう一発メラを喰らわせた。それで二点。
 武道家はまずいと思ったらしく、ジグザグに動いて魔法を当てにくくした。
 その間、トロンは動かなかった。じっとしていた。武道家の動きを目で追っていただけだった。
 武道家は魔法を使うために集中していると思ったらしく、好機と見て一気に襲い掛かった。だが、武道家がジグザグに動くのをやめた瞬間、トロンは武道家の足元にヒャドを放った。武道家は、足を地面に縫い付けられた。
 武道家はスピードを活かして相手を撹乱するタイプ。なので、足を封じられてしまえば、一気に攻撃力は下がる。
 動けなくなった武道家は、恰好の的だった。メラであっさりとどめを刺され、武道家は悔しそうだった。
 ちなみに、凍った足は大会側の魔法使いが来て溶かし、医務室に連れて行った。凍ってたんだもんな。凍傷とか危ないし。

 試合開始直後に魔法を放てたのは何でもない、審判さんが開始の合図を出すまでに、準備をしていたからである。
 別に反則でも何でもない。それを予想していなかった武道家のミスである。
 トロンは魔法の狙いはなかなかいい。正確に相手の足を地面に縫い付けるなんて、ちょっと難しいだろう。

 次もまた同じ手で来るかどうかは知らないが、マナの動きには注意しておいた方がいい。
 そればっかりに気を取られて、他がおろそかになったら、元も子もないが。

 会場の真ん中についた。
 同時に、トロンの周りのマナがトロンに集中し始めた。
 ほう? 同じ手で来るか。使う魔法は? ……なるほど。開始と同時に、一気に距離を取った方がよさそうだ。

「準々決勝第一試合、トロン君対アデルちゃん、始め!」
 アタシが後ろ跳びにトロンから素早く距離を取るのと、
「イオ!」
 トロンが魔法を使うのは、ほぼ同時だった。

 爆音がうるさい。砂煙が視界を妨げる。だが、アタシは無傷だった。
 アタシが離れる方が、速かったようである。
 これなら、向こうからアタシは見えない。攻撃しようにも、見えなければどうしようもできないだろう。
 相手の狙いは初撃による無力化だ。メラは一点集中型の攻撃だが、イオは広範囲に効果がある。威力そのものは抑えていたようだが、爆発によってアタシは行動不能になり、そこを魔法で滅多打ち、というのがあいつのシナリオだろう。
 しかし、なかなかやる。イオは初級といえど、扱いは難しい。と言うか、イオ系の魔法は全般的に難しい。他の魔法形態は扱えても、イオ系は使えないという魔法使いは結構いるらしい。それを子供が使うとは。しかも、狙いはかなり正確で、使い方もなかなかいい。
 だが、それは失敗である。アタシはこうして動けているのだから。

 気配を探る。一つは審判さんの、もう一つがトロンのものだ。観客の気配のせいで若干分かり辛いが、間違いない。
 アタシは、砂ぼこりに突っ込んだ。
 砂埃を抜けたすぐそこに、トロンがいた。
 アタシが現れるや否や、顔を驚愕に染める。その隙に一撃。
 狙いは、魔法を使う時にマナを集めていた左腕!

「アデルちゃん、一点!」
 審判さんの声と同時に、トロンが大きく舌打ちし、アタシから素早く距離を取った。
 どうやら、イオの効果がないとは思わなかったらしい。かなり油断していた。
 かなり強く叩いたため痛むのか、トロンは左腕を押さえている。
 しかし、アタシは斬り込まなかった。その構えに隙がなかったのだ。
 魔法を使うしか能のない奴の構えではない。あれは、武術を習っている者の構えだ。
 ふむ、腕が痛いようなそぶりはブラフの可能性が高いな。たかが魔法使いと油断して近づけば、拳、あるいは蹴りが飛んでくるということか。

 だが、近づかないでいると、
「ギラ!」
 魔法を使う隙を与えることになる。
 しかし、これがアタシの狙い!
 炎の帯が迫るが、それをマナで弱め、若干の方向修正をする。
 爺ちゃんの魔法に比べれば、込められたマナの量やら質、術の構成が甘い。この程度なら、アタシにだって少しくらいの干渉は出来る!

 ほとんど避けることもなく、まっすぐに突っ込む。
 魔法を使っている間は、どうしても無防備になる。一流の魔法使いは、そのあたりも考慮して魔法を使うそうだが、経験の浅いトロンでは、そこまではできまい。
 トロンは魔法に干渉されたことに驚き、すぐに魔法を止めなかった。それが致命的な隙である。
 アタシに干渉された時点で、魔法の発動を止め、距離を取るなり、武術で迎え撃つなりしなければならなかったのだ、トロンは。
 だが、トロンは魔法を放ち続けた。その間、こいつは動けない。アタシが一気に距離を縮める間、こいつは無防備だった。
 そして、先ほどとは反対の腕に二撃目を入れた。

「アデルちゃん、二点!」
「くそ!」
 自棄になったか、トロンはアタシの顔面に向かって拳を放って来た。ちなみに、子供の部では、顔面への攻撃は禁止である。
 しかし慌てない。シグルドとの修業では、もっと危ない場面は山ほどあった。
 首をかしげるようにして拳をよけ、その拳をつかむ。そして一気に、
「おりゃあ!」
 投げた。
投げももちろん大会のルール的にアリである。
トロンは、背中からきれいに地面に落ちた。

「アデルちゃん三点! アデルちゃんの勝ち!」
 歓声が上がる。正直、ちょっと気持ちいい。
 が、いかんいかん。気持ちを引き締めねば。

「ちぇっ。今回はいいとこまで行くと思ったのにな」
 トロンが立ち上がり、服を払いながら口を尖らせた。
「魔法だけだと心もとないから、武術まで習って今回の大会に来たのに。こんなチビに負けるなんて」
 恨めしい目でじいっとアタシを見る。
「一年前に出て、一回戦であっさり負けたからさ、一年後にリベンジしようと思って頑張ったんだ。その間、大会が開かれても出るのを我慢して、やっと今回の大会に出たのに」
 なるほど。よほど頑張ったと見える。今回の大会にかけていたんだろう、その意気込み。
「そう」
 アタシは、何も言えない。こいつの苦労なんか何一つ知らないし、知っていたとしても、しょせん他人だ。何も言われたくないに決まってる。
「なんだよ、あっさりしやがって。ま、いいか。
 魔法の方向変えられるなんて初めてだよ。あんなこと出来るんだな。
 オレに勝ったんだから、がんばって優勝しろよ」
 そう言うと、ポンと肩に手をのせて、そしてさっさと引っ込んでしまった。
 アタシも後に続く。

 ともあれ、これで準々決勝突破。次も頑張るぞ、と心の中で気合を入れていると、
「君、君」
 肩を叩かれた。
 なんか馴れ馴れしい。が、とりあえず声のした方を向く。
 そこには、いかにも育ちの良さそうな杖を持った優男がいた。
「君、すごいねえ。十歳でしょまだ。それなのにあんなに強いなんて、すごいなあ。どんな特訓したの?」
 何だこいつ? 本気で馴れ馴れしいんですけど。
 うっとうしいと思っていることが顔に出たらしく、優男は慌てて、
「ごめんごめん。悪気はないんだよ。ただ君があんまりにもすごかったから、感動して」
 などと言う。その顔が本気で困っているように見えたが、どこまで計算してやっているのか分かったもんじゃない。
 アタシは、無視して次の試合を見ようとするが、
「ああ、次の試合? やっぱ興味ある? 当然だよね。次の対戦相手が決まる試合だもんね」
 まだ話しかけてくる。何なんだこいつは? 邪魔!
「次の試合はしっかり見といたほうがいいよ。なんてったって、優勝候補、ディクルの試合だからね」
 へえ? 優勝候補ね。
 ディクル・ハインスト。十五歳。得物は剣。しかも、身の丈ほどもある大型だ。ディクル自身大きな体をしていて、一般的な成人男性よりも背が高いんじゃないかと思われる。その身の丈ほどもある剣だから、大きさは推して知るべし。
「ディクルは前々回、前回の優勝者なんだ。しかも、どの試合でも相手に一ポイントも取られてない。圧倒的なんだ。
 ハインスト家は、代々騎士の家系で、その家の後継ぎはこの大会に出場することになっているらしいんだ。当然、ついている師匠は一流さ。なんてったって、騎士の父親が直々に指導してるんだから」
 いろいろ教えてくれているのはいいんだが、そんな情報に興味はないし、こいつの意図がつかめない。本気で何したいんだか。

 この大会、この国の貴族やら兵士やらが多く参加するらしい。この大会で優秀な成績を収めるのは、一種のステータスなんだそうな。
 その関係で、貴族やら騎士やらの息子などが参加することも多いとか。ディクルもその一人だろう。
 ちなみにこの知識は、爺ちゃんとの勉強によるものである。

 さて、ディクルとやらの試合である。
 相手は二刀流の短剣使い。しかも左の短剣はソードブレイカーである。ソードブレイカーは、形は櫛のようになっており、そのギザギザ部分で相手の武器を受け止め、場合によっては折ったりする。
 しかし、ディクルの剣は身の丈ほどもある大剣。それをあんな短剣で受けたりすれば、短剣の方が折れる。
 この試合、ソードブレイカーは不利であると言わざるを得ない。

 念のために言っておくが、子供の部は、武器は全て大会側が用意した、怪我をしないように工夫された模造品である。本物ではないので、間違えないように。
 ま、ディクルのあの大剣で叩かれたら、いくらなんでもケガするような気がするが。

 そして、試合開始。
 先に攻めたのは短剣使い。機動力では、こちらに分があると思われる。
 ディクルの大型武器では、どうしても機動力が落ちる。武器の大きさはそれだけで武器となるが、逆にスピードは殺されるのだ。

 短剣使いがディクルの右腕を狙って斬りかかる。しかし、ディクルは剣の柄で素早く防いだ。
 ほう? あれだけの武器を、あれほど早く扱うとは、さすがは優勝候補。
 だが短剣使いも負けてはいない。防がれた瞬間、そこを起点に素早くディクルの右側から後ろに回り込み、その勢いのままに背中を狙う。
 ディクルも負けてはいない。相手が回り込んだ時点で体を回転させ、背中を狙っていた武器を蹴りあげた。
 しかし、相手は二刀流。もう片方の武器が残っている。残った武器でディクルの、武器を蹴りあげた脚を狙う。しかし、ディクルはかかと落としの要領で、その手もたたき落とした。
 ディクルとやら、迅い。蹴りあげたと同時に足を振り下ろした。これで相手は完全に無防備である。
 しかも、今の蹴りでディクルに一点入った。
 そして、無防備な相手の体に剣を持っていない方の拳でパンチを入れる。かなり勢いのいい、鋭いパンチだ。
 相手はそれで吹っ飛ぶ。ダメージが大きいのか、立ち上がれずせき込んでいる。
 これでディクルに二点。
 さらに相手の回復を待たずに素早く駆け寄ると、軽く相手の足を蹴った。
 勝負は決まった。ディクルの勝ちである。

 ふむ。剣はほとんど使わずに勝った。使うまでもないと判断したのか、使う暇がなかったのか。間違いなく前者である。
 これがアタシの次の対戦相手か。確かに強いな。
 だが、アタシはどうしてもエミリオが気になる。ディクルも間違いなく強いだろうが、エミリオはそれより強い。
 だが、エミリオばかりを気にしてもいられない。最初に立ちはだかる壁を超えない限り、その向こうにはたどり着けないのだ。

「やっぱりすごいなあ、ディクルは。どう? 怖くなった?」
「別に」
 怖くはない。毎晩超凄腕の剣士とやり合っているし、昼間は爺ちゃんのスパルタで鍛えられている。今更、この程度では恐怖は感じないのだ。

「そう? あれ見たら普通怖がるものだと思うけどね?
 そういえば君どこの子? この国の子じゃないよね? ディクルは有名なのに知らなかったし」
「アリアハン」
 うっとうしいが、無視したらしたで、この手のタイプはうっとうしい気がする。ので、一応答えておく。
「アリアハン! あの勇者オルテガの? なるほど、勇者の故郷だけあって、優秀な人材がいるんだね」
 その名を聞いた途端、剣を握る手に力がこもった。

 勇者オルテガ。世界屈指の戦士。
 アタシやリデアを縛るもの。
 いなければこの世界にアタシはいないのかもしれないが、それでも素直に父と慕える相手ではない。
 リデアはオルテガさんに会いたがっていたが、アタシは会いたくない。そもそもの原因はこの男なのだから。
 リデアは旅に出ればオルテガさんを探すだろうが、見つかった時アタシはどうするのか。
 何も言わないのか、罵倒するのか、それとも泣くのか。予想がつかない。
 まあ、リデアが探すつもりなのなら、文句などないが。

「勇者オルテガの武功は聞いてるよ。こんなに遠い国にも……」
「黙れ」
 聞きたくない。何をするか分からなくなる。
 思わず殺気まで出して、アタシは優男を睨みつけた。とたん、優男は静かになる。

 次の試合が始まっても、あたし達は無言だった。
 さっさとどっかにいけばいいのに、優男はここにいる。
 やがて、試合は終わった。

「あ、あのさ。君、この大会で気になってる人、いる?」
「エミリオ」
 何を思ったのか、また質問をぶつけてきた。さすがにオルテガ関連ではなかったが。
「エミリオ? なるほど、歳も同じだし、かなりの美少年だしね」
「は? 同い年はともかく、美少年が何の関係があるのさ?」
「へ? 気になってる子だろ? 君年頃の女の子だし、周りは男の子ばかりじゃないか。いいなあ、って思う子ぐらいいるだろ?」
 おい。それ、誰が強いと思うかって意味じゃなくて、「あの人良くない?」、「イケてる~!」みたいなノリか?
「バカバカしい」
 お子ちゃま恋愛ゴッコになんぞ興味はない。
「バカバカしいって、君くらいの女の子なら、興味あるだろうに……」
 そんなんにうつつぬかすぐらいなら修業する。
「まいったなあ。なんかのれんに腕押しって感じだし。
 せっかくこんなムサイ大会で女の子見つけたのに……」
 何かぶつぶつ言ってるが、気にしない。よく聞こえないし。

「アデルちゃんさあ、誰かと付き合ってみたらどう?」
「突き合う?」
 剣をか? 修業しろってこと?
「そ。男の人と付き合ってれば、自然と女の子らしくなれるよ。付き合うまで行かなくても、好きな男の子の一人くらいいてもいいと思うな。それだけでかなり違うと思うし」
 そっちかよ。
「うん。それがいいいよ。よかったら、僕が立候補するけど」
 ああ、こいつの目的はそれか。アタシ、今までナンパされてたのか?
「興味ない」
 言い放って、試合に集中する。
 付き合ってられるか。んなもんいらん。
「そんなこと言わずにさあ……!」
 優男の言葉が途中で途切れる。アタシが、喉元に剣を突きつけたからだ。
「失せろ」
 優男は顔を真っ青にして、慌てて離れていった。その時なんか言ってたような気がするが、気にしない。アタシにはどうでもいいことだ。

 今のアタシの目的は、大会での優勝。あんな奴に邪魔されるのは非常に遺憾である。
 つか、あんなのも参加者なのか。世も末だな。

 ちなみに、あの優男、準々決勝最終試合でエミリオと当たり、完膚なきまでに叩きのめされていた。
 ざまあみろ。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第13話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/15 15:27
 大剣が襲い掛かってくる。それも、恐ろしいほどのスピードで。
 アタシの力では受けきれない。流すのも容易ではない。避けるしかない。
 しかし避けたと思ったら、また大剣が襲い掛かってくる。
 よどみのない連続攻撃。下手な避け方をすれば、間違いなくその瞬間に戦闘不能だ。
 避け続ける。攻撃のチャンスが見えない。
 アタシは、ひたすらに避け続けた。

 大会準々決勝突破。残り五人。
 一人余るんじゃね? と思ったが、まず四人が試合、そして二戦目に戦った奴と時間をおいて最後の奴が試合。この場合、最後の奴はエミリオだ。不運なのは二戦目で勝った奴。時間をおくとはいえ、準決勝で二回戦わなくてはならないのだから。
 ま、運も実力の内である。

 そして、アタシの準決勝の相手は、優勝候補、大剣使いディクル。
 一回戦と準々決勝の試合を見て、決して油断できない相手であることは分かっている。
 まだ実力の片鱗すら見せていないんじゃないかと思う。エミリオといい、こいつといい、この大会、なかなかの粒ぞろいだ。

 そして今、アタシはディクルと向かい合っている。
 観客の声援も気にならないほどに神経を研ぎ澄ます。
 そしてディクルも剣を構える。その目は闘志で力強い光を放っている。

 あの、ディクルさん? かなり本気ですか? 今までの試合、全然本気だしてませんでしたよね?
 年下の、出場年齢ギリギリの女の子相手に、しょっぱなっから「ガンガンいこうぜ!」ですか?
 やべえええ! これマジで!? あんた優勝候補だろ! 本気出す相手間違ってませんか!

「始め!」
 合図が出た週間、アタシは思いっきり後ろに跳んだ。
 その刹那、今までいたところを大剣が通過する。
 危なかった! あんな大剣まともに受けてたら、一気に吹っ飛ばされてしばらく起き上がれないところだった。

 ディクルはよけられた直後に下がったアタシに合わせて一気に接近してきた。同時に、猛速で大剣が頭上から迫る。
 なりふり構わず思いっきり左横に跳んだ。振り下ろされた剣が地面をちょっとえぐる。
 待てい! これ模擬刀だろ! そんなんで地面がえぐれるとか、どんな力で剣振ってんだ! 殺す気か!

 剣を振り下ろした力をそのまま利用して、ディクルはまた一気に接近してきた。
 休む暇もない!
 まともに受けるなんて選択肢はない。もともとそういうスタイルではないし、何より、破壊力が半端ではないため、下手に受ければ大ダメージだ。
 じゃあ流すか? と言われれば、それも無理。力が強すぎてたぶん押し切られる。
 避けるしかないじゃん!

 で、まさしく流れるような、と言うにふさわしい連続攻撃をひたすら避け続けていたんだが、このままでは体力が尽きる。
 体力にはそれなりに自信はある。何といっても普段からの修業がその根拠なのだが、それが今揺らいでいる。
 ディクルは、間違いなくアタシより高いタフネスをもっている。あんなでっかい剣振りまわしながら、息切れ一つしていない。アタシは無理だ。
 次元が違いすぎる。シグルドとの修業が活かせない。シグルドの戦いには、自分より大きくて、パワーのある奴との戦いもあったのだが、今のアタシには、それを出来るだけの技術も能力もない。

 しかもこのディクル、わざと体力を消耗させるような避けさせ方をするように剣を振っている。
 体を傾けるとか、そういう最小限の動きでは避けられないような剣捌き。始めから、避けられることを前提にし、体力を奪うことを目的にしている。
 アタシのスタイルは、力よりもスピードと技。シグルドは力もかなりある方だが、アタシにはなかったので、他で補うしかなかったのだ。
 それを完全に封じられている。そして、時が経てば経つほど、アタシは不利になっていく。ならば速攻で攻めるしかないのだが、そんな暇はない。下手な動きをすれば、瞬く間に勝負がつく。
 完全に向こうのペースだ。試合開始した時点で、アタシが逃げに回った時点で、ペースは完璧に向こうのもの。おそらく、最初っから計算ずくだったのだ。
 チクショウ、まんまとハマった。

 そのまま十数分くらい経過しただろうか。
 試合は全く動かない。どちらにも一ポイントも入っていない。
 ディクルは剣をひたすら振り続け、アタシはひたすら逃げ回る。
 しかし、ディクルは焦った様子は見られない。始めから長期戦のつもりだったようだ。
 対して、こちらにはそんな余裕は一切ない。長期戦はこちらが不利なのだ。

 だが、あたしだってただ単に避けていただけではない。やれることはやっている。
 何をしていたかと言うと、ディクルの攻撃の癖や剣筋などを読んでいたのだ。タイミングなどが分かれば、それが反撃の糸口になるかもしれない。
 しかも、向こうは手加減一切なしの本気でやっている。その分、攻撃も読みやすいのだ。手加減されていると、本気を出された時にタイミングがずれるし。
 そして、割とディクルの剣捌きが読めてきた。
 一応、ちょっとした隙が見えてきた。どのタイミングで大ぶりになり攻撃が一瞬遅くなるかとか。
 このままではじり貧である。ここは一か八か、やってみるしかない。

 その時をじっと待つ。と言っても、激しく動きながらだが。
 タイミングを逃せばその分体力が削られる。見誤れば攻められる。失敗は敗北につながる。
 だが、ここでやらねば漢がすたる! お前女じゃんと言うツッコミはなし!

 ……ここだあ!
 大ぶりになり、一瞬動きが遅くなる瞬間。意志力で身体を瞬間的に高め、最高速度で相手の足を狙う!
 ぱあん! と派手な音がし、一撃入った!
 よし! と思った瞬間、
「ぐっ!」
 アタシが一撃入れたのとは反対の足が、アタシを思い切り蹴とばした。
 もろに腹に入った。しかも数メートルは吹っ飛ばされ、地面をずざざっ、と滑る。
 しまった! 油断した! シグルドから常々最高のチャンスは最大のピンチになるって教えられてたのに!

 こっちは思いっきり体勢を崩しているうえ、ダメージも大きいが、向こうは大したダメージもなく、体制も崩れていない。
 やばい! 一方的に攻められる!
 思ったとおり、ディクルはこの機を逃すまいと、飛ぶように駆けてくる。
「おおおおお!」
 やられてたまるかあ!
 気合いで痛みを無視し、勢いだけで向かって来た大剣の猛攻に突っ込む。
 思いっきり体制を低くし、剣から逃れる。頭上でぶうん! という空気がこすれる音がした。
 向こうの利点が体が大きく力が強いことなら、こっちの利点は体が小さく小回りが利くことだ!
 自分より小さな相手が、より小さくなれば攻撃しずらいに決まってる! 誰でも、足元は警戒しずらいものだ!
 空振りしたことでディクルには隙が生まれ、アタシはそれを逃さなかった。通り抜けざま、また足に一撃! 先ほどと全く同じところを叩く!
 ぱあん! と、先程以上に大きな音がした。
 その勢いを殺すことなく離れる。近くにいたままでは、さっきと同じことになれかねない。案の定、背中に剣がかすった。駆け抜けていなければ、間違いなく一撃入れられ、動けなくなっていただろう。

 十分な距離を取ってディクルの方を振り向く。
 ディクルは、立てなくなっていた。同じところに二回も攻撃をもらい、さすがにダメージが蓄積され、動かなくなったようだ。
 即座にディクルの後ろ側に回り込むが、ディクルも片脚が動かない中、巧みにこちらに方向を合わせてくる。
 さっさと決めないと、ディクルの足が回復する。そうなれば、さっきの繰り返しだ。もう一度ああなれば、負けるのは間違いなくこっち。
 すぐにカタをつける!

 アタシは後ろに回り込むのはやめて、真っ直ぐに突っ込んだ。
 そして相手の攻撃範囲に入るギリギリのところで、
「っらあ!」
 持っていた剣を投げた。
 さすがにこれは予想していなかったか、ディクルは慌てて剣を叩き落とす。アタシはその隙にディクルに近づき、
「っつお!」
 一撃入れようとしたところを、手刀をお見舞いされた。読まれていたか!
 だがここで攻撃を諦めたら、もう後がない。手元には武器もない、そして敵の懐のなか。
 踏ん張るしかないだろ!
 手刀を放って来た手を吹っ飛ばされる前に気合いでつかみ、そこを支点に体を回転させ、蹴りを肩に一撃!

「アデルちゃんの勝ち!」
 審判さんが、高らかに勝利を告げる。
 アタシは勝利に酔う暇もない。気が抜けて、気絶してしまった。

 で、気が付いたら、気持ちのいいベッドで横になっていた。
 医務室に運ばれたらしい。
「ん? 気がついた?」
 へ? 誰かいたのか。気がつかなかった。
 ベッドの横に座っていた人物。それは、さっきまで戦っていた人物、ディクルだった。

「水あるから、飲むといい」
「ん」
 起き上がり、差し出されたコップをぐいっと傾けた。
「おお、いい飲みっぷり」
 人を酒飲みみたいに言うな。前世でもそんなに飲んでなかったわ。
 つうか、何であんたがここにいる?

「いやあ、いい試合だった。あんなに充実した試合は今までになかった。負けたのも初めてだ。いい経験になった。ありがとう」
 そう言うや、ポンと頭に手をのせて、撫でてきた。
 うん、思いっきり年下なんだから、この扱いは正しい。しかし、その年下に負けたのに、やけにあっさりしているというか。
 勝手な想像だが、エリートということで、かなりプライドが高いと思い込んでいたのだが。どうやら勝手な思い込みだったらしく、自分を負かした相手に対する礼儀は心得ていたらしい。
 難しいだろ実際。五歳も年下相手にこのさっぱりした態度。結構大物か、この兄ちゃん。

「俺を負かすのはあのエミリオって奴だとばかり思ってたよ。
 いや、試合を見て君のこともかなり警戒してたけど」
「アタシを警戒?」
「するだろ? あれだけの試合見せられたら。もしかして、自分の実力知らなかったの?」
「うぐう……」
 だって、相手がシグルドと爺ちゃんしかいないんだもん。

「親に常々言われてた。「お前は負けを知らなすぎる。このまま騎士になれば、いつか死ぬだろう」って。そんなこと言われてもって思ってた。
 そこにエミリオと、君が現れた。もしかしたらって思った。
 もちろん、どっちにも負けるつもりなんかなかった。負けるつもりで戦うなんて御免だし。
 でも、もし俺を負かすとしたら、エミリオだろうと思ってたんだけど」
 ふむ。アタシのことも警戒はしていたものの、自分を負かすほどだとは思っていなかったってことか。あくまでも、エミリオが本命だったわけだ。

「本気で驚いた。いきなり思ってた以上の力を出すんだもんな。
 君、かなり負けず嫌いだな。筋金入りだ。火事場の馬鹿力だな」
「失礼な」
 女の子に火事場の馬鹿力はないだろ。

「ま、それは置いといて」
 置いとくな。
「君が警戒する必要があるのは、あくまでエミリオだ。君が次の決勝で戦う相手は、間違いなくエミリオだからな。
 今、二戦目が終わって休憩時間だけど、そろそろエミリオと二戦目の勝者の試合が始まる。見ておいた方がいい」
 確かに。戦う相手の情報は多い方がいい。
 アタシはベッドから降りて、
「よいしょ」
 なぜかディクルに背負われた。
「おいこら」
「まあまあ。ちょっとでも体力は回復しておいた方がいいし、そのためには節約しないと。
 俺に勝ったご褒美ってことで」
 勝者として扱うが、子供扱いもする。アンバランスな兄ちゃんだな。
「いらん! 降ろせ! なんの羞恥プレイだ!」
「ははは。そんなんじゃ、素敵な結婚はできないぞう」
「しなくていいわ! お~ろ~せ~!」
「しゅっぱーつ」
「聞けやコラ!」
 結局、試合が見れるところまでこのまま運ばれた。途中で人に何人も遭って、非常に恥ずかしかった。
「君が大人の部に出られるようになったら、真剣勝負してみたいもんだね」
 そんなことを言われたが、そんなこと言ったからって、この辱めは忘れんぞ!



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第14話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/18 00:57
 準決勝最終試合。
 左利きの剣士エミリオ。短剣と弓を使うマクル。
 エミリオは左手に剣をもち、半身に構える。少しフェンシングに似ていると思ったが、それ以上に優雅な構えだと思う。
 マクルは弓に矢をつがえ、いつでも射れるようにしている。腰には短剣がつるしてあり、近づいてこられても対応できるようにしてある。

「始め!」
 開始と同時に、マクルは距離をとりつつ、素早く一射。ひゅっと風を切って飛んでいく。
 エミリオはそれを最小限の動きでかわし、風のごとく接近する。
 マクルは素早く矢をつがえ、次々に放ちつつ、何とかエミリオと距離を取ろうとする。
 だが、それらの矢をことごとくかわし、剣で叩き落とし、あっという間にエミリオはマクルへと接近した。
 マクルは弓から短剣へと武器を変えようとするが、その瞬間、その短剣を叩き落とされた。
 さらに、エミリオが接近してきた勢いを利用して回し蹴り。それは見事にマクルの利き腕に決まり、さらにそのまま剣で肩を打った。最後にたたらを踏んだマクルの脇腹に一発。
 勝負は、あまりにあっけなく決まった。

「あれは本当にアタシと同い年か?」
 決勝戦までの休憩時間、アタシはあっついココアをちびちび飲んでいた。
 先程の決勝戦、あまりに圧倒的すぎて、あまり参考にならなかった気がする。
「つうか、この大会レベル異様に高いような?」
「そりゃそうさ。この大会のために鍛えてるような奴ばっかりが出てるんだから」
 そう言って、苦めのコーヒーを一口飲むディクル。コーヒーには砂糖もミルクも入っているが、元が苦いので、甘くはない。だがそれがいい。
 アタシもコーヒー頼もうとしたんだが、こいつが、
「子供らしいものを飲みなさい」
 などと言って、ココアにしやがったのだ。アタシはコーヒー党だ! 苦いのも酸味が効いてるのも甘味があるのも大好きだ! なのにココア! 嫌いじゃないが好きなの飲ませてくれたっていいじゃん!
 頭に来たので、ディクルから少しばかり強奪してやった。すぐに取り返されたが。

 そもそも、なぜディクルと一緒にいるのか、と思われるかもしれないが、
「一人じゃつまらないだろ? お兄さんと一緒にいなさい」
 と言われ、「いらん」と言ったにもかかわらず、めげることなく一緒にいるのである。
 もう諦めた。

「この大会はお偉いさん方のステータスだからな。子供の部にも同じことが言える。お偉いさんの子供はこの大会のためにみっちり鍛えられてくるわけだ」
「あんたも?」
「俺は純粋に騎士目指してだ。大会に出たのは、父から「自分だけの世界にこもっていては一人前の騎士にはなれん。世に出よ」って言われて」
 なるほど。他の同世代の子供と争わせることで、息子を鍛えようとしたわけか。切磋琢磨しあえるライバルでもいれば完璧だったんだろう。
 残念なのかそうでないのか、前々回、前回と、こいつはあっさり優勝し、ライバルなぞいなかったみたいだが。

「でもま、俺みたいなのばっかじゃない。お貴族様なんてのは、大会出場っていう肩書を、アクセサリーみたいに考えてるのが多いしな。順位が高ければ社交界でも大きな顔が出来る。
 結果として、優秀な家庭教師をつけられて、大会用に鍛えられるんだよ」
「なるほど」
 子供の部なら使う武器も安全設計だし、医療体制もしっかりしてるから傷なんてすぐ治るし。
 こういう国だから、大会の上位にでもなれば、それはもうちやほやされるだろう。負けた奴とか、そもそも大会出場資格なしとして失格になった奴からは恨まれそうだが。

「この国の軍事レベルは、この大会が開催されるようになってから、飛躍的に上昇した。大会のために、名誉のために、それぞれが今まで以上に訓練に精を出したってわけだ。
 騎士とかなら、優勝すれば昇進できるしな」
「それは知ってる」
 爺ちゃんの講義は伊達ではない。

「アデルは色々知ってるなあ。偉い偉い」
「いちいち頭をなでるな」
 こういう奴なんだろうと諦めてはいるが、やっぱりなんか腹立つ。

「強いし、知識もある。お前の親は、かなり熱心にお前を指導したんだな」
「……まあ」
 才能なかったから実の母親からは見捨てられて、それ以降育ててくれたのは他人の爺ちゃんで、剣の修業は伝説の剣ですとか言えない。

 そういや、爺ちゃんとシグルド、今何してんのかな? あの二人なら、いや、シグルドは自分から行動できないや。爺ちゃんなら何があっても平気だろうが、ちょっと気になってきた。
 シグルドから見て、アタシの試合どうだったんだろ? 会ったとたんにあーだこーだ言われるのは嫌である。かと言って、手放しに誉められるのも気味が悪い。
 爺ちゃんも強い魔法使いだからな。トロンとの戦いを、どう評価されるか、正直不安。

「もしかして、聞かない方がよかったか?」
「え? いや……」
 やば。気を遣わせてしまったらしい。
「いや、一緒にここに来た爺ちゃん、今何してるかと思って」
「お爺さんと一緒に来たのか。お爺さんの心配をするなんて、けっこうお爺ちゃん子か?」
 あっさりスルーしてくれた。おかしいことには気づいているだろうが、そこは触れないようにしてくれたようだ。
「さあ? そんなん、自分じゃ分からないし」
「それもそうだな。お爺さんは大事にしろよ」
 そう言って、また頭をなでる。
「やめんかい」
 その手をはたいてやった。だが、全然こたえていない。ニコニコしていて、実に楽しそうである。
 コノヤロー。年下からかうのがそんなに楽しいか。

「つうかさ、エミリオだよ、エミリオ。あの年であの強さはないでしょ。何者さ?」
「ああ、あいつな。前々から天才って評判だったな」
「ほう?」
 語ってくれそうな雰囲気である。このまま聞く体制に入る。

「エミリオの父親はヒューゴ・ジルクリスト。この国の宮廷魔道師の一人だ」
 エミリオの父親がヒューゴですか。ツッコメばいいのか? スルーすべきか。
「宮廷魔道師って言っても、魔法の実力よりも、古代の知識の深さを買われてらしいから、魔法使いとしてじゃなく、学者として国の研究機関に所属してるかたわら、知恵袋としての役割を果たしてる。
 研究してるのが、古代に存在した伝説の武器らしいけど」
 あ~。ディスティニーでは、ヒューゴは考古学者だったな。その関係でソーディアンを発見したんだっけ。
 まさか、ここのヒューゴが研究してる古代の伝説の武器って、ソーディアンじゃないだろうな。
「で、エミリオはヒューゴの第二子。第一子はルーティっていう女の子らしい。」
 ルーティまで出て来てしまった!?
「奥さんはクリス・カトレットっていう人だったな」
「だった?」
「エミリオを生んで間もなく死んでしまったとか。で、母親のことを忘れないために、カトレットの性も名乗ってるんだとさ」
 ああ、だから二つの苗字が並んでいたわけね。

「で、エミリオなんだが、物心ついた時から剣に対して天武の才を見せていたんだと。
 その話を聞いた陛下が直々にエミリオの剣舞をご覧になった。そしてエミリオの才能を伸ばすため、一人の騎士を指南役としてエミリオに付かせた。
 その指南役が、騎士の中でもかなりの実力をもっているとされている剣士、ピエール・ド・シャルティエ」
 シャルきたあああ! エミリオといえばシャルだよね確かに。ディスティニーじゃソーディアンとマスターっていう関係だったけど、ここでは師弟関係なのか。
「シャルティエさんとエミリオはかなり相性がよかったらしくってさ、メキメキ実力をつけて、今じゃ最年少の騎士候補だ」
 エミリオ、ディスティニー本編ではリオンだが、彼も若くしてセインガルド王国の客員剣士だった。七将軍の候補だったし。
 ……やっぱりエミリオって、テイルズのエミリオとリンクしてるのか? 同一人物ではないだろうが、何らかのつながりがあるのかもしれない。

「それにしても、あの強さは反則じゃない? 大人でも勝てないよあれ」
「確かに、あの強さは反則だよなあ。俺もあんな才能がほしかった」
「あんたも十分反則だっつの。何あの力? 本物の剣使ったらどうなるのさ」
「俺はぎりぎり十五歳。後三日で成人だ。正式に騎士団に所属する。
 この子供の部の出場も、今回が最後だ。これからは、出るなら大人の部になる。
 ま、正直俺が子供の部に出ること自体が反則だってことだな」
 そこは大会規定なんだから仕方がないと思う。後一日で十六歳になるんだろうが、現時点で十五歳ならそれは子供の部ということになるのだ。
 こいつ的には大人の部に出たかったんだろうな。体のでき具合とか、実力とかから考えても、大人の部に出るのがある意味妥当ではある。きっと、大人の部に出てもかなりいい線行くんじゃないだろうか。

「肝心なこと忘れてると思うけど、人に反則とか言うなら、そいつに勝った君も十分反則だってこと、分かってる?」
「アタシはかなり邪道な手を使って勝ったしね。実力的にはあんたにはアタシは届いてなかったさ。気合いと勢いだけで勝ったようなもんだし」
 しかも今回の試合では本物の武器は使っていない。真剣だったら、アタシ今頃死んでる。
「ずいぶん謙遜するなあ。勝ったんだから素直に喜んでおけばいいのに。天狗になるのはいけないけど」

 そんなことを話していると、
「アデルちゃん。そろそろ決勝戦です。来てください」
「はい」
 休憩時間終わり。ちょっと冷めたココアをぐいっと飲む。
 ディクルも、自分の出番でもないのにコーヒーを一気に飲み干した。
「いよいよだな。いけるか?」
「やってやろうじゃん」
 勝てる気は正直しないが、やらないうちに敗北を認めるなんてしたくはない。
「その意気だ。俺との試合の時みたいに、気合いと勢いで勝ってこい」
「言われなくても」
 能力そのものに大きな差があるのだから、気力でしか埋められないいのだ。どこまで通用するかは知らないが、やれるとこまでやってやる。

 ディクルはついて来れるギリギリまでついてきた。
 向かいから、同じくらいの背丈の剣士が歩いてくる。
 エミリオだ。ちらりとこちらに目をやると、そのまま歩いていってしまった。
 ほう? 眼中になしか。おもしろい。驚かせてやる。
「いってこい!」
「おう!」
 ディクルの激励にこたえ、アタシは、試合会場へと踏み出した。
 さあ、試合開始だ!



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第15話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/18 00:56
 ついに決勝戦。相手は無論、天才剣士エミリオ。
 体は半身。左手の剣は切っ先をこちらに向けており、足は軽く開く程度。
 アタシは正眼の構え。刀を扱うにはポピュラーかつ、最も動きやすい構え。
 アタシ達の間には、火花が散っている。いまにも爆発しそうな気迫だ。

「決勝戦、アデルちゃん対エミリオ君、始め!」
 開始の合図と同時に、地面を踏みこみ、ぶっ飛ぶ勢いで斬りかかった。
 先手必勝。後手に回れば負ける。
 エミリオは、動かずに迎え撃った。
 噛みあう模造刀。このままでは力比べである。
 アタシはさっさと引いた。力比べに意味はない。それに、引くのがもう少し遅ければ、アタシには隙が出来ていただろう。エミリオが、体を横にずらし、剣を引いたのだ。そのままであったら、アタシは体勢を崩し、あっさり一発もらっていただろう。

 鍔迫り合いにでもなれば、普通はそのまま押し通そうとしてしまうもの。下手に引けば命取りになる。しかし、エミリオはそれをあっさりやってのけようとした。アタシが引いてそれは失敗したが、その動きは完璧だった。
 完全にこちらの動きを読まれている。あたり前か。この試合以前で、アタシはかなり動いている。特にディクル戦。
 強者は、相手のちょっとした動きから、実力を見破ってしまうという。
 あれだけ派手に動き回ったのだ。アタシの動きを見切るには十分だったらしい。
 対して、アタシはエミリオの本気を知らない。今まで一度も本気で戦っていないのだ。
 何と底知れない。これでアタシと同じ十歳は詐欺だ。

 気を取り直し、もう一度仕掛ける。愚痴っている暇などない、ひたすら攻めるのみ。
 一気に迫り、下から斜めに斬りあげる!
 しかし、あっさりはじかれた。力ではじいたのではない。力などほとんど使わず、技ではじいた。
 そして、アタシは一瞬無防備になった。
 はじいた剣で左肩に突きを入れられた。とっさに利き腕はよけたものの、大ダメージだ。
 あっという間に相手に一点入ってしまった。

 転んで、タダで起きられるか!
 その場で体を回転させ、渾身の後ろ回し蹴りを放つ! 攻撃した直後は隙が出来るはず! あたれ!
 が、エミリオはそれを上体を反らすことであっさりかわして見せた。
 やばい! 後ろ回し蹴りは威力は大きいが隙も大きい。
 慌てて蹴りの勢いを利用し、その場から飛びずさる。案の定、今までいたところに剣が突き入れられた。
 後一秒遅かったら、あっという間に二点目を入れられていただろう。

 ここでビビって攻めるのをやめたら、その時点で負け!
 エミリオの剣が届くギリギリのところまで迫り、停止。そして、地面を蹴りあげた。
 ちょっとせこいが、砂の眼つぶしである。
 だが、そんなせこい手が通じる相手ではない。体を横にずらし、砂をよけ、一歩踏み込んで体をぐっと伸ばし、力強く突きがくる!
 それを体を横にして避けるが、そこに、一歩踏み出した足を支点にしての回し蹴りが迫る!
 それを一歩下がって避けるが、蹴りの直後に剣が同じく迫ってきた! 蹴りはブラフで本命はこっちか! 
 なんとかしゃがんでよけ、立ち上がる力を利用してそのまま突進。真一文字に斬りつける。
 しかし、軽く後ろに跳んであっさりかわして見せたエミリオは、また突きを放ってくる!
 ぐるっと体を回転させ、その勢いを使って右へ移動。突きをかわし、回転の力を手に集中させ、斜め下から斬りあげる! 狙いは剣を握っている左手!
 だが、そこにすでに左手はなく、代わりにこちらを狙って足が斜め上から振り下ろされる!
 がつん! と衝撃。右肩に直撃。思わず剣を落としそうになる。
 グッと堪えるが、これで両肩にダメージを負ってしまった。

 エミリオは、攻撃と攻撃の間の隙が少ない。かわした、と思ったら、すぐ次が来る。
 ディクルとはまた違ったタイプの強敵だ。非常にしなやかで、疾風のごとき攻撃。回避も最小限の動きで、こちらの攻撃を呼んですぐ攻撃に移れるように計算されつくしている。
 軽い気持ちで参加した大会だが、これは思わぬ強敵と二人も出会ってしまったようだ。

 だが、
「っけんなあ!」
 アタシは、上を目指さなければいけない。シグルドと同等の、いやそれ以上の境地へ。
 負けること自体はまだいいだろう。次につながる負けなら。
 だが、何もできずに無様に負けるのは許されない。そんなのは認めない。
 アタシは、達人の極致にいたる!

 どん。さほどの衝撃ではない。肩にダメージがあるため、それほどの威力が出なかった。
 それでも、一撃入れてやった。
 単純な突き。技も何もない、執念だけで突き出した剣。それが、エミリオの腹に入った。
「ごほっ」
 さすがに効いたらしく、エミリオは体を少しだけくの字に曲げた。右手で突かれたところを押さえている。

 だが、それまで。肩が動かない。剣は落としていないが、これ以上の攻撃は無理である。
「降参します」
 アタシは、自ら敗北を宣言した。

 優勝はエミリオ。会場でお偉いさんの言葉をもらっている。
 賞金も出る。三千Gである。子供には結構な金だろう。
 アタシは、回復魔法をかけてもらいながら、その様子を見ていた。

「よくやったな」
 そう言って、ディクルは頭をなでてきた。
 いつもなら「やめろ」と言うところだが、今はそんな気分じゃない。
 悔しい。驕っているわけじゃない。相手が自分より強いことくらい、始めから分かっていた。勝てないであろうことも分かっていた。
 それでも、悔しい。
 負けたという事実が、重くのしかかってくる。
 これが、敗北感なのか。

 シグルドとの修業で、勝てたことはなかった。だがそれはあくまで修業だった。相手があまりにも高い次元にいて、こちらに合わせて軽くあしらっているものだった。
 この大会は違う。模造刀とはいえ、これは試合だ。勝負だったのだ。

 初めて、アタシは負けたのだ。
 だが、無意味な負けだとは思わない。敗北を知らないまま、自分は強いのだと勘違いするくらいなら、一度コテンパンに負けて、どん底から這い上がってやろうじゃないか。
 今のアタシは敗者だ。そこから、また一からやり直す。それにはエネルギーがいるだろうが、そのエネルギーは、修業においていい方向に働いてくれるはずだ。

「今度は勝つ」
 今度戦うことがあるかは知らないが、もし仮に戦うことがあるのなら、その時は今の礼を込めて、全力で叩き潰すのだ。
 できないはずがない。アタシの師匠は、二人とも優秀なのだから。
 まあ、エクスフィアも忘れてはいけないんだが。アタシが戦えているのは、エクスフィアのおかげなのだ。これがなければ、アタシは弱っちいんだから。

「あ、復活したか」
「いきなりなんだ」
 ぽふぽふと人の頭を軽く叩きながら、ディクルが朗らかに笑った。
「いやあ、負けて落ち込んでたみたいだからさ。なんて言ったらいいか、いっそ黙ってた方がいいのか、悩んでたんだがな。
 自分でしっかり復活できるなんて、強いな」
 そう言ってまたぽふぽふ。
「いらん世話だっつうの」
「うん。それでこそだな」
 何で嬉そうなんだ、お前は。

「で? これからどうするんだ?」
「大会も終わったし、爺ちゃんと合流。本来の目的は大人の試合を見ることだし」
 なるほどと頷いて、ディクルは、
「特にこれといった予定がないならさ、一緒に子供の部の団体戦に出てみないか?」
 などと言った。
「は?」
 なんですと?
「いや、あの……」
「子供の部の個人戦が意外に試合が伸びてな、団体戦は明日やることになったんだ。
 どうせ大人の部の方は、出場者の休息のために一日あけるんだし、子供の部の団体戦が明日になっても何の問題もない」
 こちらのことなどお構いなしに、しゃべり続けるディクル。
「俺な、今まで団体戦に出たことなかったんだよ。組める奴いなくて」
 まあ、あんたの場合下手に組むと、そいつが足手まといだからね。
「でもま、君とだったら組める。優勝確実だぞ。
 ここで負けたうっぷん晴らしも兼ねて、一暴れしないか?」
 ううむ。面白そうではある。
 誰かと組んでたたかうという経験が、アタシにはない。将来、妹と一緒に旅をするなら、当然妹と協力して戦っていかなければならないだろう。そのいい練習になるかもしれない。
「わかった。爺ちゃんに頼んでみる」
 出場するのはタダだし、ダメとは言うまい。
 ディクルは嬉しそうに、
「それはよかった! 一度出てみたかったんだよ、団体戦!」
 と、アタシを高い高いするかのように持ち上げ、ぐるぐるまわった。
「やめーい!」

「おい」
 やっとこさ降ろしてもらった時、声をかけられた。
 二人してそちらを見ると、そこには何と、エミリオがいた。
「おい、聞こえていないのか」
 まさか声をかけられるとは思っていなかったので、二人して間抜け面をさらしていたらしい。いらいらした様子でエミリオが言った。
「くそっ。こんな奴に一撃入れられたのか、僕は」
「何か失礼なこと言ってない?」
「何が失礼だ。お前みたいな間抜け面に一撃入れられた僕の身にもなってみろ。情けなくなってくる」
「やっぱ失礼だな!」
「こらこら、二人とも落ち着け」
 一触即発の雰囲気になったアタシ達二人の間に、ディクルが入った。

「で? エミリオ。何の用だ?」
 ディクルが落ち着いた声で聞く。こういう所は年上なんだなあと思う。
 いや、アタシも前世の記憶持ちなんだから、精神年齢は高いはずなんだけど。自信、なくなってきた。
「特にこれといった用はない。ただ、僕に一撃入れた奴の顔を、しっかりと拝んでおこうと思っただけだ」
 と、イライラした様子で言うエミリオ。
 もしかしてこいつ、一撃入れられたのが相当悔しかったんじゃ? おそらくこの大会、一撃も入れられずに勝つ自信があったんだろう。
 それはあまりにもすごすぎる自信だが、こいつの実力からしたら、当然の自信か。

「あ、そうそう、ちょうどいいところに来たな。
 エミリオ、団体戦、俺たちと一緒に出ないか?」
「な!?」
 アタシとエミリオは同時に声を発した。
 そんなアタシ達をよそに、ディクルは一人で話を進めていく。
「いやあ、声をかけようとは思ってたんだが、どうしたもんかと思っててな。来てくれて助かった。わざわざ行く手間が省けたしな。
 俺達三人がそろえば、まさに無敵だ。子供の部団体戦優勝間違いなしだぞ」
 なんか嬉しそうだなあ。一緒に出られるやつが二人もいて、テンション上がってんのかな?
 でも確かに一理ある。アタシら三人は、それぞれ組める相手がお互いくらいしかいないと思う。それなら、いっそ三人で組んでしまえばいい。
「アタシさんせーい」
「ふざけるな! 何で僕がお前たちなんかと!」
「悪い話じゃないだろ? 腕試し感覚で出てるんだろお前。なら、団体戦に出てみるのも悪くないぞ。
 それに、将来騎士になるんなら団体行動は必須だ。慣れておくのもいいと思うぞ」
「そうそう。それに、出るなら優勝したいじゃん。あんたいれば優勝間違いなしだし。
 それにさ、個人的に、あんたと組んで戦うのも面白そう。
 あんたもさ、誰かと組むチャンスなんてないでしょ? これが最初で最後かもよ?」
 アタシとディクル、二人でエミリオを説得する。
「わかった! 出る! 出ればいいんだろう!」
 十分以上かけて説得した甲斐があったらしく、エミリオは根負けした様子でやけくそ気味に怒鳴った。

これにて、アタシ、ディクル、エミリオの三人のチームが結成された。
 戦いは明日からである。今から楽しみだ。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第16話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/08/23 01:03
 紆余曲折ありつつも、団体戦に参加することになったアタシ達三人は、とりあえず外に出ることにした。爺ちゃん達待ってるし、エミリオにも待っている人がいるらしいし。
 で、外に出た時、
「坊ちゃん」
 と、声がかかった。
 なんか、聞き覚えのある声でした。
 そちらを見てみると、金髪でサーベルを腰から下げた、やや女顔のハンサムがいた。

 そのハンサムは笑顔でこちらに寄って来て、
「優勝、おめでとうございます、坊ちゃん。そちらの二人は?」
 と、ニコニコしながらも、若干不思議そうにこちらを見た。
「シャルか。こいつらは気にしなくていい」
「駄目だろそれ。団体戦一緒に出るんだから、気にしようよ」
 思わずツッコミを入れてしまうが、エミリオの気になる単語。
 シャル。そう、シャル。この人やっぱり、シャルティエか。見た目はゲームの特徴と一致してるな。声も一緒だし。

「団体戦?」
 アタシの言葉に反応して、シャルティエさんが驚いた顔で、思わずって感じで言った。
「団体戦? 坊ちゃんが? 慣れ合う気はないとか言ってた坊ちゃんが?」
「本当ですよ」
 そう言って、ディクルがポンとエミリオの頭に手をのせる。エミリオはイヤそうだが、ディクルはお構いなしである。
「エミリオ君と、この子と、俺の三人で、団体戦に出ることになったんですよ」
 そう言いつつ、ポンポンエミリオの頭を叩くディクル。エミリオの顔がだんだん歪んでいく。
 もう怒鳴るかと思われた、その時、
「坊ちゃあああああん! よかった! お友達が出来たんですね!
 心配してたんですよ坊ちゃん! 坊ちゃんが本当はすごくいい子だってことは僕はちゃんと知ってます! でも坊ちゃんはそれを表に出そうとしないから、このままじゃ友達が出来ないんじゃないかと心配で心配で! その坊ちゃんに、友達! しかも二人も!
 よかったですね坊ちゃああああん!」
 と、周囲の目などお構いなしに、シャルティエさんが暴走した。

 何だこれ? シャルティエってこんなキャラだっけ? 違うよね? こんなんじゃなかったよね、ゲーム中は。
 何と言うか、過保護? 気分は弟が心配でならないお兄さんか?
 あ、エミリオがうっとうしそうにしてる。うん、分かる。アタシもあれはうっとうしい。

「はいはい、シャルティエさん、落ち着いてくださいねー」
 ディクルは何とも思っていない様子でシャルティエさんをなだめている。
 大者だなお前。あれ見て何とも思わないのか? よく落ち着いて対応できるな。
 あ、エミリオが視線でディクルに声援を送ってる。言葉はないけど分かる。アタシも同意する。頑張れディクル。

 そしてしばらく経ち、ようやくシャルティエさんが落ち着いた。
「ははは。ゴメンねディクル君。坊ちゃんのことになるとつい」
「いやあ、気にしないでくださいよ。申し訳ないと思うなら、今度特訓付き合ってください」
「いいよ~」
 妙にフレンドリーな二人。もしかして、お互いに知ってる?
「お前ら、知り合いか?」
 エミリオも同じことを思ったらしく、怪訝な顔をして尋ねた。
「はい、坊ちゃん。ディクル君は将来有望な騎士候補ですからね。ディクル君の父君にはお世話になっていますし、たまに会うんですよ」
「エミリオの話を会う度にしてくれてな。剣の特訓にも付き合ってくれるし」
 ああ、さっきの暴走時に落ち着いて対応できたのは、だからか。たぶん、話をしているうちに暴走状態になって、その度になだめてたんだな。御苦労さま、ディクル。

「そっちの子は坊ちゃんと決勝で戦った子ですよね。その前にはディクル君と試合してたよね?」
 向けられる視線には、純度百パーセントの好意。笑顔がまぶしい。
「すごいね、ディクル君に勝つなんて。決勝戦で坊ちゃんと戦うのは、ディクル君だとばかり思ってたよ。しかも、一撃坊ちゃんに入れちゃうし。これは将来有望だね。
 どこの子? 何歳? お師匠さんはどんな人?」
 おわわ。しゃがんで目線を合わせてくれるあたり、いい人なんだろうが、矢継ぎ早に質問してくるのはやめてほしい。
 ちょっと困っていると、
「シャル! そんな奴に構うな。僕を迎えに来たんじゃないのか」
 と、エミリオが不機嫌と顔に書いて言い放った。
 もしかして、エミリオ、シャルティエさんに一時的にとはいえ放っておかれてすねてる? しかも他人の子構ってるから余計?
 可愛いじゃないか。ツンデレ坊ちゃん。うふふ。
「何だその顔は? 腹が立つんだが」
 うおっといけねえ。心が顔に出ちまってたぜ。くくく。

「すいません坊ちゃん。坊ちゃんの友達ということで、やはり坊ちゃんの剣の師匠としては仲良くしておくべきかと。
 それに坊ちゃん、団体戦に出られるんでしょ? 団体戦への備えとして、連携の特訓なんかもしておくべきですよ。そのためにも、チームメイトの子のことは知っておかないと」
「それもそうだな。団体戦だからな。付け焼刃な連携じゃ、そこに付け込まれる可能性もあるしな。
 よし、連携の特訓だな」
 シャルティエさんの言葉に、ディクルが同意する。
 ま、確かにその通りである。団体戦は多数対多数だ。当然相手チームは連携をしてくるはず。こっちの連係が乱れていたら、いかにエミリオやディクルが強くても攻められるかもしれない。
 いや、こいつらそんなハンデ吹き飛ばしそうだけど。

 その時、
「おやおや。何やら面白そうな話をしておるのう」
「爺ちゃん!」
 アタシの待ち人が到着した。
 ゆっくり歩いてくる爺ちゃんに、急いで走り寄る。
「爺ちゃん! アタシ準優勝! 優勝できなかったのは残念だけど、いい経験になったよ!」
「そうか、そうか。それはよかった。
 所でアデルや。そこにおる子らや、剣士さんを紹介してくれんかね?」
 やべ、忘れてた。
『マスター。君のことだから、浮かれて忘れていたのだろうが、それではあまりにもその三人が哀れではないかね?
 だいたい、私のことは忘れていないだろうな?』
 忘れてないから安心しろ。こんな人がいるところであんたに声かけられないだけだから。すねるなよ、大人気ない。

「はじめまして、俺はディクル・ハインストっていいます。
 明日の団体戦に、一緒に出場することになりまして」
 ディクルは忘れられていたのにも気を悪くせず、にこやかに爺ちゃんにあいさつした。
『ふむ、マスターが苦戦した若者だな? なかなかに筋がいい。このままいけば、歴史に名を残すやもしれんな』
 ほう? あのシグルドにここまで言わせるとは。ディクル、やっぱりすごいな。
「これはこれは、ご丁寧に。わしはアデルの保護者のバシェッドですじゃ。
 アデルがお世話になるようで。よろしくお願いしますじゃ。
 そっちの子も、よろしくのお。剣士さんも」
 爺ちゃんは三人に、深々と頭を下げる。ディクルもシャルティエさんも、それを見て深く頭を下げた。エミリオは頭を下げはしなかったが、
「ふん。頼まれて仕方なくだ。だが、こいつは色々と危なっかしいからな、僕が面倒を見てやる」
 と、何ともひねくれた挨拶をした。
 普通の人なら怒るところだろうが、爺ちゃんはこの程度のことで怒るような人ではない。エミリオの言葉を聞くや、
「それは頼もしい限りじゃ。この子は突っ走ってしまうところがあるからの、誰かに見ていてもらえれば安心じゃ。よろしく頼みますぞ」
 と、気分を害した様子もなく、にこやかに答えた。

『この若者は天武の才の持ち主だな。見たところマスターと同じくらいのようだ。
 マスター。同年代でこれほどの使い手がいるのだ。マスターが目指すのは達人の境地。この壁、いつか越えねばならぬぞ』
 言われなくても。アタシは誰にも負けないくらいの剣士になるのだ。それくらいにならないと、アタシの目的は果たせないのだから。

「はじめまして、ピエール・ド・シャルティエです。坊ちゃん、エミリオ君の剣の指南役です。
 決勝戦を見て驚きました。坊ちゃんを相手にあれほど戦える子が、ディクル君以外にいるなんて思っていませんでしたから。
 いったいどんな修業をされているんです?」
「ほほほ。すみませんが、企業秘密ですじゃ」
 うん。剣の師匠はソーディアンとか、他人にそうそう言えることじゃないからね。
『ふふふ。師がいいからな』
 鼻高々か、シグルド。ちょっといい気になってるな、おい。まあ、師がいいのは認めるが。

「……エミリオ・カトレット・ジルクリスト」
 シャルティエさんに無言で促され、しぶしぶといった感じで自己紹介するエミリオ。
 たぶんこの世界ミクトランいないだろうに、何でこんなにツンツンしてるかね? もはや生来の性格なのか? まあ、ゲームの時ほど棘はないと思うけど。ツンケンしてるだけで。

 エミリオのあいさつににこやかに返したあと、爺ちゃんはこちらを向いた。
「で、アデルや。団体戦に出るらしいのう」
「そう! それ!」
 ちゃんと爺ちゃんに話して許しをもらわないと。勝手なことしちゃ駄目だ。
「アタシ達三人でチーム組んで出たいんだ。いいかなあ?」
「かまわんよ。これも経験じゃて」
『旅をしていれば、一対一などという状況よりも、多数を相手にしなければならないことが多いだろうからな。何事も経験だ、マスター』
 よっしゃ! 師匠二人の許しが出た! グッとガッツポーズをする。これで心おきなく団体戦に出場できる。

「よかったな、お爺さんからの許可が出て」
 ディクルの奴、人の頭ポンポンするのが癖なんだろうか? それともやりやすいのか?
 三人の中では最年長、というか、五歳以上も年上なので、当然と言えば当然なのか? それともこいつがこうなだけ?
 もういい加減慣れてきた。こいつはこういう奴だ。うん。

「だったら坊ちゃんの家に行きませんか? 三人の特訓をしましょう。
 坊ちゃんもそれでいいですか? 出場する以上、負けは認められないでしょう?」
「当然だ。僕が出るんだ、負けるものか。こいつらが足を引っ張らなければ、僕一人で十分だ」
「その考えはいけませんね坊ちゃん。団体戦をなめています。チームを組む以上、チームメイトは運命共同体です。ないがしろにしていては、勝てる勝負も勝てませんよ」
 おや? ちゃんといさめてる。やはり指南役、しめるところはちゃんとしめるか。

「いいんですか? ジルクリストのお屋敷にお邪魔しても」
 シャルティエさんの家じゃないもんね。勝手に決めていいのか? ということだろう。
ディクルは心配そうに尋ねるが、
「心配はいらないよ。大会に関しては一任されてるから。団体戦に出場するなら、相応の特訓は必要だよ。指導するのが僕なら、坊ちゃんの家に行くのが一番いい」
「そうですか。なら俺、親に許可もらってきますよ」
「それには及ばないよ。後で屋敷の人を使いに出すから。ディクル君はこのままついておいで。
 バシェッドさん、アデルちゃんも。ぜひ来てください。
 三人は、明日に備えて特訓だ」

 ははは。エミリオの家に行くことになってしまったねえ。
 いや、いいんだけどね、不満はないんだけど。
 エミリオが、ディスティニーのリオンとリンクしている可能性が高く、そのほかの人物もやはりそうだとすると、エミリオの家って、どれだけのテイルズキャラらしき人がいることやら。
 メイドのマリアンさん? 執事のレンブラントさん? ルーティがいるなら、アトワイトさんもいるかもしれん。
 心臓、もつといいけどね。

『ふむ、このシャルティエなる人物、相当の使い手とみた。マスター、しっかり教えを吸収することだ』
 ま、ゲームではソーディアンチームのメンバーに選ばれた人物だもんねえ。相当な使い手なのは確か。
 この国、まさかとは思うが、他のソーディアンメンバーとか、地上軍関係者とかいないだろうな? ……いそうだな。
 まあいいか、ここまできたら、誰がいても不思議じゃないや。

 そんなこんなで、アタシ達はジルクリスト邸に向かうことになったのだった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第17話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/09/29 13:00
「ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします」
 優雅な仕草でメイドさんがお辞儀をする。
 あまりにも違う世界に来たことを、強く実感した。

 エミリオの家に来た。
 屋敷を見ての第一印象、どこのお貴族様の御屋敷だ。
 間抜け面さらして、ぽかんと見上げてしまった。
 そんな反応したのはアタシ一人で、他の人は全員そんなことはなかった。
「そんな顔をしていると、本物の阿呆に見えるな」
 などと言われても、しばらく反応できなかった。言わなくてもお分かりだと思うが、これを言ったのはエミリオである。

 まず、エミリオとシャルティエさんが入る。アタシらは何の連絡も入れずにいきなりやってきた、見知らぬ客人である。屋敷側の客人を迎える体制を整える必要があるのだろう。
 で、屋敷に入った途端、美しいメイドさんからの、隙のないあいさつ。
 フリーズしてしまった。

 アタシは一体どこに来た? ここはどこ? この世? 世の中こんなところがあるのか。
前世も今も一般庶民。そんなアタシに、ここは刺激が強すぎる!
 そんな風にテンパッてるアタシに、メイドさんは嫌な顔もせず、
「まあ、お体の調子が悪いのですか? お休みになられるのでしたら、すぐに部屋を用意いたします」
 と、世話を焼いてくれた。
 いえいえ、結構ですから。むしろそんなことされたほうが具合が悪くなる気がする。

「マリアン、そんなバカにかまうことはない」
「まあ、駄目ですわエミリオ様。ご友人をそのように言われては」
 あれ? マリアンさんだったの、この人。見た目的には、啄木鳥しんき先生の漫画のマリアンさんっぽい。
 て言うか、マリアンさん、ゲームとか漫画とかじゃ、エミリオに対してこんなかたい口調じゃなかったような?
 いや、これが普通か。少なくとも他人がいるところで、主人、あるいはそれに準ずる人物に対してため口はいけないだろう。公私混同はよくない。
 きっと、二人だけの時とかにはこんなかたい口調じゃないはず。

「すいません、平気です。ちょっと、色々びっくりして……」
 このままだと連れて行かれると思ったら、何とか再起動できた。
 外も中も豪華なお屋敷で、メイドさんは一切の隙がない完璧な人で、そこで正気を保つのは神経をひどくすり減らす作業だが、気合を入れる。
 がんばれ自分。アリアハンのお城に行ったことがあるじゃないか。ここ以上に立派な、まさにロイヤルな空間に行ったことがあるじゃないか。
 あの時もフリーズしたけどさ。
 さすが宮廷魔道師の位を与えられているだけある。こんな天上の暮らしができるとは、恐るべし、ヒューゴ・ジルクリスト。

「お部屋をご用意してございます。剣の修業をなさるそうですが、まずは疲れを取ってくださいませ」
 いえ、この空間にいるだけで疲れます。とは、言えない。そんな失礼なこと。

 案内された部屋は、これまた豪華な客間。しかも、嫌味でなく、上品な感じのする部屋だ。
 この屋敷、一切の隙がない。
 うながされて、ソファに座る。うお! 体が沈む!
 それと同時に、別のメイドさんがティーセットを運んできた。
 ほのかに香る上品な香り。高級な紅茶のようである。さっぱりわかんないけどな!
 そして、パイ。のっているのは、多分リンゴ。すっげえうまそうなアップルパイだなあ。
 思わず凝視。しかし、他の誰もそんな事をしていないので、あわてて気を落ち着かせる。

 くそう。この状況にだれも動揺していない。アタフタしてるのはアタシ一人で、まるっきり道化である。恥ずかしい。
 爺ちゃんも涼しい顔してるし、もしかして爺ちゃん、こんな状況は慣れっこですか?
 爺ちゃんの謎、増えたな。

「さっきから何を百面相してる?」
 ふんっと、馬鹿にするように、いや実際に馬鹿にして、エミリオが落ち着いた動作で紅茶を飲む。
 悪かったなあ! こちとら一般庶民なんだよ! こんなんとは何の接点もない暮らししてるんだよ!
「エミリオ、そうアデルをいじめるなよ。始めてこんなところに来て、びっくりしてるんだから」
 ディクルがすかさずフォローしてくれた。ありがたい。雰囲気にのまれて、声が出ないのである。
 しかしディクルよ、いちいち頭をなでるのはやめい。

 しばらくしたら落ち着いてきた。始めは紅茶の味なんぞちっとも分らなかったが、次第に分かるようになった。その味にかなり感動した。
 パイはしっかり味あわせていただきました。ありがとう、コックさん。いや、この場合、パティシエさん?

「しばらくしたら、庭のほうで訓練を始めますからね」
 これまた優雅に紅茶を飲んでいたシャルティエさんが、にっこりとほほ笑みながら言った。非常に絵になる。
「団体戦は明日。短時間でどれほどできるかはわかりませんが、その分内容は濃くしていきますので、そのつもりで。
 ええ、付け焼刃なんて言わせないくらい鍛えてあげますよ」
 なんか楽しそうだな、この人。今まで指導してきたのがエミリオ一人だったのが、一気に二人増えたからテンションあがってるのかな?エミリオにそういう相手が出来たっていうのもうれしいのかもしれない。

『こういう空間は性に合わん。肩がこるような感覚になる』
 シグルドがここに来て、はじめて口を開いた。どうやら、この豪華な雰囲気がお気に召さない様子。
 まあ、確かに普段のシグルドの感じからして、こういう場所は苦手っぽいかもしれない。
 今まで口を開かなかったのは、こいつも雰囲気にのまれていたのかもしれない。伝説の聖剣なんだから、そんなこと気にしなくてもいいと思うのだが。

「もう十分休んだだろう。行くぞシャル。お前達もさっさと来い」
 エミリオはそう言うや、さっさと部屋を出て行ってしまった。
 ちょっ、待てい! アタシまだパイ食べてない!
 あわててパイを口に入れる。ディクルは、「そんなに慌てなくても」と言うが、ここに来て調子が狂い気味で、いつもなら流せることでもつい慌ててしまう。
『女らしさとは程遠いな、マスター。少しぐらい待たせたところで、罰など当たらんだろうに』
 うっさい。女らしさが皆無なことくらい自覚してるっつうの。いらんこと言うな。
「アデルや、口の周りがべたべたじゃぞい」
 口の周りを拭きながら、爺ちゃんが苦笑する。すんません。

 こんな感じでてんやわんやだったが、それでも何とか庭に来た。
 庭では、エミリオがイライラした様子を隠すことなく待っていた。
「おそい! 何をしていた。時間がないんだろうが」
 ああ、こいつはこいつなりに、明日に備えて頑張ろうとしてるんだなあ。
 根っからの負けず嫌いっぽいし、些細なミスも許せないんだろう。そのために、一秒でも長く訓練したいのだ。

「ごめんごめん。こういうところ慣れなくてさ、つい調子狂うんだよね」
 エミリオはふんっと鼻を鳴らし、
「言い訳は無用だ。さっさと始めるぞ! シャル!」
「はい、坊っちゃん」
 シャルティエさんは、にこやかな顔のまま、模造刀を渡してきた。
「僕が相手をします。三人でかかってきてください」
 ……いくらシャルティエさんが強いとはいえ、エミリオとディクルにおまけのアタシの三人相手はつらいような気がするが。二人とも、多分大人の部でも上位入賞間違いなしなんじゃないかと思うような実力だし。

「シャルティエさんや、ワシもお手伝いしようかの。こう見えて、魔法には自信がありましてな。
 相手チームに魔法使いがいる場合もあるじゃろうし、無駄にはならんと思うのじゃが」
「そうですね、お願いします。
 さ、二対三ですよ。僕たちから一本取ってくださいね」
 え? なんかあっさり爺ちゃんを訓練に入れてますが。
 アタシは爺ちゃんの実力知ってるから問題ないけどさ、シャルティエさん何の疑問もなく入れちゃったよ!
 ディクルとかエミリオとか思いっきり戸惑ってますけど!
 二人が戸惑うのも当然。この二人は爺ちゃんの実力を知らない。見た目シワだらけで細っこくて、非常に危なっかしい。
 が、この爺ちゃん、見た目に反して、魔法使いとしてはおそらく最高峰の使い手である。見た目で判断すると怪我をするでは済まない。
 たぶん、シャルティエさんは爺ちゃんの実力をキチンを見破ったうえで、その提案を飲んだのだろう。強者は強者を知る。そういう意味では、アタシ達三人は、まだまだなんかも知れない。

 そして訓練開始から一時間。
 結果として、アタシ達三人は、二人に一撃も入れられなかった。
 というか、近寄ることもほとんどできなかった。

 前衛シャルティエさん、後衛爺ちゃん。このタッグは凶悪だった。
 斬りかかってきたシャルティエさんの攻撃をよけようとしたり、受けようとした瞬間、魔法が飛んでくるのである。その魔法をよけようとするとシャルティエさんにやられるし、シャルティエさんに集中してると魔法が遠慮なく直撃してくる。
 魔法でこちらの体勢を崩したところにシャルティエさんの一撃。魔法と斬撃の波状攻撃。
 はっきり言って、この二人の連携は隙がない。始めて合わせたとは思えない息の合いっぷりである。

 対してこちらは悲惨だった。
 連携って何? という状態だったのである。
 一番の原因は、エミリオである。こいつ、アタシらに合わせようとすらしないでやんの。
 エミリオが一人で突っ走り、そこを一気に突かれるわけである。アタシとディクルは連携しようとしているが、エミリオはそんなん無視して突っ走る。そのせいでアタシとディクルの連携にも影響が出て、あっさり崩される。

 こんな感じで、一時間の間、アタシら三人は、一方的に攻められ続けたのだった。

「だめですよ坊っちゃん、そんな風に一人で突っ走ったら。チームは協力し合うからチームなんです。
 確かに坊っちゃんはお強いですが、だからといって何でも一人でできると思わないでください。それは思いあがりです。
 坊ちゃんのことですから、二人が自分に合わせるのが当たり前っていう認識なんでしょうが、そんなんじゃ絶対に合わせられません。二人に合わせろ、というのではなく、協力し合おう、力を合わせようとする精神が大事です。
 三人ともそれぞれ卓越した実力の持ち主なんだから、合わせようと思えばすぐできるはずです。それができなかったのは、ひとえに坊ちゃんの独断専行のせいです。反省してください。
 あと、これはディクル君にも言えることですが、バシェッドさんを甘く見ていましたね?
 確かにこの方はご高齢ですが、さっきのを見たでしょう。見た目で判断してはいけません。魔法がどのようなものか、さっきので痛感したと思います。それを忘れないように。
 それに坊っちゃん。アデルちゃんが魔法に対して警告していたのを無視していたでしょ。アデルちゃんが魔法に対して何らかの察知能力があるのは、今日の試合を見ていて知っていたはずです。それなのに無視するとは何事ですか。ディクル君はちゃんと反応していたのに。
 ええ、文句はたくさんありますよ。でも今はこれくらいにしておいてあげます」

 シャルティエさんきっつー。エミリオにしてみりゃ、これは精神的に大ダメージなんじゃないだろうか。
 て言うか、ほとんどエミリオに対する注意だし。そりゃ、足引っ張ってたのはエミリオだけどさ。
 やっぱ、シャルティエさんは指南役なんだなあ。普段は異常に可愛がっているようだけど、訓練にまでそれは持ち込まない。立派である。
 あ、エミリオが悔しそうな顔してる。
 アタシの視線に気がつくと、なんだか気まずそうに眼をそらした。シャルティエさんのお説教は、それなりに効いたようである。

それから夕食をいただいたのだが、どこの高級レストランだと思ったとだけ言っておく。
 上流階級の食事はわからん! マナーもよくわからん! それでもおいしかったです。

その後、またみんなで訓練したのだが、前に比べて格段に良くなった。
 エミリオが、アタシらの動きに注意するようになったのである。それだけで、アタシら三人の動きは見違えるようだった。
 おほめの言葉までいただいてしまいましたよ。
「これで明日は安心ですね」
 ええ、安心ですね。ちょっと前は不安でしたが。

 ご好意により、泊めていただけることになった。
 結局、この家の主人であるヒューゴ氏には会えなかった。仕事が忙しいんだそうな。
 ルーティにも会えなかった。彼女にもぜひ会いたかったのだが、残念である。なんで居なかったんだろ?

 フッカフカのベッドにダイブする。行儀悪いとか言うな。
『はしゃぐなマスター、みっともない。せっかくこういうところに来ているんだから、少しは女としてのたしなみを意識したまえ』
「余計なお世話。いいじゃん、気持ちいいんだから。
 あー、癒される。疲れたあ。このベッドは極楽だよ」
 肩がこる空間であるが、ベッドは別。気持ち良すぎてもう睡魔が。
「んじゃ、夜の修業、よろしく」
『わかった、わかった。さっさと寝てしまえ』
 さて、明日が楽しみである。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第18話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/10/03 14:03
 張り切って来たのはいいですが、
「なんか人少なくない?」
 団体戦の出場者って、こんなもんですか?

 目を覚ますと、異世界にいた。
 ああ、まだ夢を見ているんだなあ、とか思ってそのまま顔を洗いに行く。
 意識は寝ているのに、顔を洗ったりできるのは、もはや特技と言っていいかもしれない。

 部屋にある洗面所で顔を洗う。そこで、一気に意識が覚醒した。
 よかった、部屋に洗面所があって。あの状態で人に会っていたら、目も当てられない状態になっていた。

『ようやくお目覚めか、マスター』
「おはよう。ここどこだっけ? って、思っちゃったよ」
『無理もない。我々には、あまりに縁のないところだ』
「まったくだ」

 シグルドをひっつかんで、部屋を出る。朝早いせいか、あまり人は見かけないが、それでも働いている人達はいる。
 こんなお屋敷では、早朝から仕事がたくさんあるんだろう。ごくろうさまです。

 庭に向かう。勝手に人様の家をうろうろするのはどうかと思うが、起きたら運動がアタシの日課だ。これをしないと落ち着かない。
 途中で人に会って、あいさつされたり、どこに向かうのか聞かれたりしまくった。お客のことはちゃんと把握しておかないといけないわけですな。

 庭でシグルドを振るう。
 五人ほどの敵を想定し、斬る、よける。
 はたから見たら間抜けなんじゃないかと思うが、気にしない。そんなん気にするほど神経細くないのだ。

 どれくらいそうしていただろうか。
「アデル?」
「お? ディクル、おはよー」
 ディクルが、剣を担いでやってきた。
 剣を持ってじゃないのか、と思うかもしれないが、ディクルの剣はでかいので、担ぐことになるのである。

「特訓か。感心感心。しかし、朝早いな」
「早起きは三文の得。あんたこそ早いじゃんか」
「アデルほどじゃないな。しっかしその剣、変ってるな。そんなの見たの初めてだ」
 ディクルは興味深々といった様子で、シグルドをじっと見る。
「アタシとしちゃ、その大剣のほうがすごいわ。なにそれ? 一撃必殺じゃん」
 身の丈ほどもある剣を軽々と振り回すそのパワーに大いに呆れつつ、アタシはため息をつく。
 それに対してディクルは苦笑し、
「これが性に合ってるんだよな。いろいろ試してみたけど、これが一番いい」
 軽く剣を振った。

 さすがにお互い真剣でやりあえないので、それぞれ分かれて特訓することとなった。
 しかし、すごいなあいつ。重量武器をあんなに素早く、的確に扱えるとは。でかくて重いのって、その分小回りは効かないし、スピードは殺されるし、威力に反してデメリットも多いのだが。それを無視してもいいほどに、完璧に使いこなしている。
 それを見て、こちらもやる気が出てきた。負けていられるか! と、気合を入れる。
 メイドさんが呼びに来るまで、アタシらは剣を振っていた。

 朝食。剣を振りまくって汗をかいたままではあれなので、ちょっとお風呂に入れさせてもらった。
 服ももちろん変えてある。汗でぬれてたからね。
 で、それらが終わってから部屋に案内してもらったのだが、そこでは爺ちゃん、エミリオ、シャルティエさんが、席に座って待っていた。
「ごめんごめん、遅くなっちゃったよ」
「すいません、シャルティエさん、バシェッドさん、エミリオ」
 エミリオはふんっとそっぽを向く。
「朝食のことくらい考えていろ。朝から特訓するのは構わんが、それで時間が遅くなっては意味がない」
「すんません」
 素直に謝る。ディクルも頭を下げ、謝っていた。
 年下にこうも簡単に頭を下げられるって、すごいんじゃないか? とか思う。そこがこいつのいいところなんだろうが。

 シャルティエさんは「熱心ですね、いいことです」と言って微笑んでいたし、爺ちゃんは、「元気じゃのお」と、うれしそうだった。
 とがめる雰囲気はない。だが、これからは気をつけよう。
 こんな機会、二度と訪れないと思うけど。

 朝食は、大変おいしく頂きました。ごちそうさまです。
 その後しばらくして、またシャルティエさんと爺ちゃんに連携の特訓をしてもらった。
 最初とは比べ物にならないほどに、スムーズに動けた。お互い、昨日の個人戦で実力とか、動きとかはある程度知っているので、いったん合わさると、ジグソーパズルのピースのように、ぴったりとはまった。

「これで今日の団体戦はばっちりですね!」
 というシャルティエさんの言葉に、かなり気を良くするアタシ。
 しかしエミリオに、
「ふん。まだ勝てたわけでもないのに、気の早いことだ」
 と、くぎを刺された。
 うぐう。調子に乗ってすいません。
「でも実際、かなりいいチームワークになった。この調子で、勝ちにいくぞ」
 すかさず、ディクルのフォロー。三人では最年長なんで、自然とこういう役回りが行くらしい。精神年齢、アタシのほうが高いはずなのにな……。
 それはいいのだが、アタシとエミリオの頭を、ワシャワシャとなでるな。こいつ、年下に対して頭をなでる癖があるのか?
 あ、エミリオがかなりうっとうしそうにしてる。なでているディクルの手を思いっきり叩いた。
 「いってー」などと言いつつも、ディクルの顔はほころんでいて、実に楽しそうである。

『ふむ。ある意味、非常にお似合いの三人だな。これはこれで、いいチームワークだ』
 どういう意味だシグルド。いや、悪い意味で言ってるんじゃないってのはわかるんだけど、つまり何を言いたい?
「楽しそうじゃのお」
 いや、アタシとエミリオは、若干イライラしてるよ? エミリオは若干じゃないか、かなりだ。
 楽しそうなのは、一人だけのような気が。

 そんなこんなで、闘技場に向かうことになった。
 町は相変わらずのにぎわいだ。あ、向こうで大人の部の誰が勝つかで、トトカルチョしてる。その際に、「今回も優勝はディムロスだろ」とか、「今回勝つのはカーレルだ!」とか、「イクティノスも捨てがたいな」とか聞こえたんですが。
 この国、マジでソーディアンチーム勢ぞろいか? 話には出ていないクレメンテとかいるの? リトラー総司令は? カーレルがいるなら、ハロルドもいるよねえ。
 この国、ハンパねえ!

 受付に来た。係りの人は、昨日爺ちゃんとシグルドが殺気を当てたお兄さんである。
 昨日はすいませんでした、と心の中で謝る。
「すいません。子供の部団体戦のエントリーに来たのですが」
 シャルティエさんが受付の人に話しかける。受付の人は、「何人ですか?」とか、「そちらの子達ですね」とか言って確認していく。

「では最後に、チーム名をお願いします」
「ええ?」
 思わず声が出てしまった。だって、チーム名とか聞いてないし。
「そうですねえ。何にします?」
 シャルティエさん、そんなにこやかに言わないでくださいよ。そんなの言われても困りますから!
「そうだった。団体戦って、チーム名決めとかないといけないんだった。忘れてた」
 ディクル、てめえ! そんな大事なこと忘れるんじゃない!
「僕は知らないぞ、お前らで決めろ」
 エミリオ! 一人だけさっさと逃げるな!
『ソーディアン・チーム、などどうだ?』
 シグルド、それシャレにならないから! しかも自分のことを名前につけるって、それどういうことだ!
 爺ちゃんに助けを求めて目を向けるも、ニコニコしてるだけで何の助け船も出してくれない。
 ごっど! がっでむ! 味方はいない!

「チーム・エミリオ」
 やけくそで、アタシはそんなことを口走った。
「なに!?」
 反応したのは、エミリオである。
「チーム・エミリオ。いいじゃん別に。なんか文句ある? あるなら他の名前言ってよ。
 言っとくけど、誰かの名前はもうなしね。そんな安直なこと、エミリオはしないよねえ?」
 くけけけ。我ながら意地が悪いとは思うが、早々に自分は知らないとか言った報いである。

「いいんじゃないか? おれは賛成」
 他に思いつかないんだろう、ディクルはあっさりこちら側になった。
「僕もいいと思いますよ」
 シャルティエさんもゲット。爺ちゃんは黙ってニコニコしている。
 さあ、どうするエミリオ? 味方はいないぞ?
「ふざけるな! なんでぼくの名前を使われなきゃいけないんだ!」
「だってえ、他にいいの思いつかないしい。いいじゃん別に減るもんじゃなし。分かりやすいしさあ」
 わざと神経を逆なでする言い方をする。案の定、エミリオは顔を真っ赤にして、爆発寸前だ。
「つうわけで、決定! お兄さん! 『チーム・エミリオ』で登録よろしく!」
「まっ……!」
「分かりました。では、奥へどうぞ」
 はい決定。エミリオの声は一歩遅かった。ふはは、ざまあみろ。

 爺ちゃん、シャルティエさん、ついでにシグルドと別れ、闘技場の奥へ向かう。
 その間中、エミリオは不機嫌オーラを撒き散らしていた。

 で、控室に着いたのだが、あんまり人がいないのである。
 団体戦なんだから、もっと人がいてもよさそんなものだが。なんだか、ガランとしている。
 ぶっちゃけ寂しい。

「団体戦て、出場者少ないの?」
「いや? かなり多くのチームがエントリーするって聞いてる。本戦に出られるのは、そんなに多くないみたいだけど。
 それにしても、少ないなあ」
 ディクルが答えてくれたのだが、彼自身不思議そうにしている。
「これではつまらん」
 うっぷん晴らしをしたいんだろう、エミリオが舌打ちをした。

 はて、何故にこれほど少ないのか。
 三人して首をかしげていると、
「あの三人だよ」「あいつら、本当に三人で組んできやがった」「冗談じゃなかったのかよ」「こっちが冗談じゃねえよ。勝てるかっての」「この人数の少なさ、あいつらが組むって話が広がったかららしいぜ」「あの試合恐ろしかったもんなあ」「あんな奴らとやれるかって? 同感」「どうせその場限りの冗談だと思ってたのに」「試合、イヤになってきた」
 などという声が聞こえてきた。

 ええっと……。つまりこの人数の少なさの原因は、アタシらか?
 思わず三人で顔を見合わせる。ディクルの顔は若干引きつっていた。この話を持ってきたのはこいつだ。
 ディクルは声を抑えることなく、堂々と三人で組む話を持ちかけてきた。そこに他意はない。ないんだろうが……。
 結果として、アタシらが組むということを大っぴらにしたために、怖気づく参加予定者が続出。で、この寂しい控室、ということらしい。

「いって!」
 とりあえず、ディクルはスネ蹴りの刑である。
 楽しみにしていたのに、これではあんまり戦わないかもしれない。
 同じことを思ったのか、エミリオも同じことをした。またディクルが悲鳴を上げる。

 いや、ディクル一人のせいでないことは分かっている。だが、感情は納得しない。
 この程度のこと、予測しておけよ。あんたとエミリオが組む時点で、もはや鬼のタッグだろ。アタシは別としてさ。

 アタシとエミリオの視線に耐えられなくなったのか、ディクルは情けない顔で、
「屋台で好きなものいくらでも買ってやるから!」
 などと言った。
 お前はうだつの上がらないマイホームパパか。

 ともあれ、この団体戦、思ったより早く終わりそうである。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第19話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/10/03 14:02
「ディクルう! 今日こそは貴様を叩きのめし、一族の雪辱をとげてやる!」
 相手チームさんのリーダーは、血走った眼で剣の切っ先を向けていた。ディクルに。
 おまえ、なんかしたんか?

 結局、集まったチームは8チームのみ。いつもならもっと多く集まって、本戦前の予選をするそうなのだが、これでは予選なんぞできない。よって、このチーム全てが本戦出場決定である。
 なんだか、いろんな視線がこちらを向いていて、気分的には針のむしろである。
 いえ、ほんと、すみません。

 そんな時、
「ああ、本当に三人で来たんだな」
 昨日聞いた声がした。

 そちらを振り向いてみると、トロンがいた。ほかにも、トロンと戦った武道家の兄ちゃんと、ディクルと戦った二刀流短剣使いの兄ちゃんがいた。
「団体戦に興味はなかったけどな、お前らが出るって聞いて、あわてて仲間を募ったんだ。
 やられっぱなしはイヤだしな。
 俺達、結構連携うまくいってんだ。昨日みたいにゃならないからな」
 ほう? リベンジということか。
「アタシらだって負けないよ。かかってくる敵はなぎ倒す! ディクルが」
「俺一人か!」
「がんばれ」
「笑顔で押し付けるなよ!」
「ははは! 確かにいいチームだ」
 今まで黙っていた武道家が、心底おかしそうに笑った。短剣使いも笑いをこらえている様子。
「トロンの誘いに乗って正解だった。あんたら見たいのと戦えるなんて、楽しみでしかたないしな!」
「同感だ。戦えるのを楽しみにしている」
 そう言うや、三人は離れて行った。本番前の、ちょっとしたあいさつだったんだろう。

「ふん。マシなのもいるということか」
 三人を見ながら、エミリオはえらそうな口調で言った。
 こいつからしてみれば、ほとんどの人間が雑魚だろうよ。

 そして、本戦が開始された。アタシらの出番はまだである。
 とりあえず、試合を見ようかと思っていたのだが、
「つまらん試合を見たところで、何の肥しにもならん」
 とエミリオが拒否したので、結局三人でティータイムになった。
 いや、わかってますよ? 本当はちゃんと見ておかないといけないことぐらい。
 エミリオは、
「注意しないといけないのは、おそらくさっきの奴らくらいだ。他は雑魚だから、放っておいてかまわん」
 と言っていた。
 つまり、トロン達の試合は見るけど、他は見ないということらしい。必要ないんだとか。
 油断は禁物だと言ったのだが、
「見たところ大した奴らはいない。見ようが見まいが、結果は変わらん」
 と、自信満々に言い切った。
 いくら説得してもこれだったので、仕方なく付き合うことにしたのだ。
 エミリオだけ放っておくと拗ねるかもしれないというディクルの言葉で、アタシらだけでも試合を見るというのは却下になったのである。

 ちなみに、ディクルはコーヒー、エミリオは紅茶、アタシはまたココアである。
 だから、アタシはコーヒーが飲みたいんだってば! エミリオだって紅茶飲んでるじゃん! なんでアタシだけココア?
 差別だ。訴えるぞこのやろう。

 そして、トロン達の試合の時がきた。
 結果は、見事だった。

 トロン達は三人、相手は五人だった。
 試合が始まるや否や、トロンはいきなりイオを放った。個人戦の時と同じ戦法だが、これが結構効果がある。
 相手チームは全員が吹っ飛ばされ、立っている者はいない。
 そこに、武道家と短剣使いが飛び出す。二人は、起き上がろうとしている相手に攻撃を当て、一気に二人脱落させた。
 何とか立ち上がり、体勢を立て直そうとした者がいたが、イオのダメージで思うように動けず、そこにトロンのメラがぶち当たる。こいつもリタイア。
 残り二人は何とか体勢を立て直すと、トロンに向かって走り出した。どうやら、魔法が使えるトロンを先に何とかしようとしたらしい。
 しかし、それを他の二人が許すはずがない。四人がにらみ合っているところに、トロンからの魔法攻撃が炸裂。
 割とあっという間に、試合は終了した。

「トロン達すごかったじゃん」
「相手が弱すぎるだけだ」
 トロン達をほめると、エミリオはあっさり言い放った。
「あいつらは昨日の個人戦に出ていたんだ。その際、どんな戦い方をするのかは見ていたはず。団体戦に出ているんだから、昨日の試合を見ていないなんてことはまずない。
 あの魔法使いのとった戦法は、昨日の試合でもやっていたことだ。それなのに何の対策もとらず、結果があれだ。
 無様、としか言いようがない」
「お前もうちょっと声落とせ。それかオブラートに包め」
 すぐそこに負けたチームの方々がいらっしゃるんですが。ああ、エミリオの今の言葉で、ますます落ち込んじゃったよ。

「そこまでにしとけ。次は俺達だぞ」
 一回戦最終試合。ついにアタシらの番である。

 そして、ちょこっと気になることが。
 相手チームの一人が、こちらをめっさ睨んでるんですが。歯ぎしりしそうな勢いで。
 アタシには覚えがないので、エミリオかディクルのどちらかだろう。エミリオなんか、敵いっぱい作ってそうな気がするし。これは偏見か。

 ともあれ、アタシらと相手チームは闘技場の中央へ進む。
 そして向かい合った時、
「ディクルう! 今日こそは貴様を叩きのめし、一族の雪辱をとげてやる!」
 と、先程睨んでいたやつが言い放ったのである。

「あんたさ、何かしたわけ?」
 ディクルってそんなに敵作るタイプには見えないのだが。
 ディクルは「あ~」なんて投げやり気味な声を出しつつ、明後日のほうを見たりしていたが、やがて苦笑しつつ話し出した。
「俺個人じゃなくて、家っていうか、昔の話なんだけどな」

 それは一番最初に開かれた武闘大会の時にさかのぼる。
 ディクルの爺ちゃん、ディレイド・ハインストは、記念すべき第一回目の大会の、第一試合で戦うことになった。
 そして、相手はとある貴族で、名はボロイア・ディルムッド。伯爵の地位を賜る、由緒正しきお家柄とか。
 で、結果だけ言えば、この試合で勝ったのは、ディレイドだった。
 ボロイアはそれに納得できなかった。ただ負けただけならそうでもなかったんだろうが、そうではなかったらしい。
 一方的かつ、あっさりと負けたのである。試合開始してものの数秒。一切の反撃も、防御すらできず、誇り高きディルムッド家の当主は、あっさり退場することになってしまった。
 しかも、第一回目の大会の、第一試合という、この上なく重要なところで。
 それ以来、ディルムッドはハインストを目の敵としているらしい。

 が、闇討ちなどという卑劣な手は使わない。それではディルムッドの恥はそそげない。
 大会で、正々堂々、完膚なきまでに完全勝利を収めること。
 それは、今の代にまで受け継がれ、ディクルは今まで出場した大会でも、この兄ちゃんにやたらと突っかかられていたらしい。
 ハインストに勝つために、ディルムッドはかなりの厳しい修行を後継ぎに課しているようだが、今までその悲願がかなったことはない。
 かなっていたら、今のこの兄ちゃんの反応はないだろうし。

「ディルムッド伯爵家、アーデン・ディルムッドの名にかけて、今日こそ貴様を打ち取ってみせる!」
 威勢がいいなあ。ディクルの実力知ってるんだろうに。
 アーデンの後ろに、あと二人いるのだが、こちらは完全に腰が引けている。
 おそらく、あの二人はアーデンよりも地位は低いだろう。ディクルが団体戦に出るということが分かり、急いで集めたのかもしれない。たぶん、家に仕えている者とか、その子供とか。自分より低い地位の貴族ということもありうる。
 なんにせよ、あの二人は使い物にならないっぽい。

「ディクル、アーデンの相手はあんたがして。
 エミリオ、あとの二人はアタシらが片付けるよ」
「くだらん試合だ」
 反対意見が出ないのなら、オーケーということだろう。
 しかしこれでは、せっかく練習した連携の意味がない。仕方がないが。

「『ディルムッド騎士団』対『チーム・エミリオ』、始め!」
 開始の合図と同時に、アーデンはディクルに向かってまっしぐら。アタシやエミリオのことなんて、視界の隅にもないようだ。
 この隙を狙って攻撃すれば、あっさりリタイアしてくれそうだが、それだと後でアタシが恨まれる。ので、アーデンはディクルに任せ、アタシらは残りを何とかする。

 アーデンは飛び出していったが、残りの二人はその場を動いていない。むしろ、後ずさっている。
 チームワークという言葉はないのか、このチームは。団体戦の意味ないじゃん。

 アタシ達二人は一気に距離を詰め、
「ひいっ!」「いやだあ!」
 おびえる二人を、あっさりリタイアさせる。
 正直、あまりいい気分はしない。
 エミリオもそうらしく、仏頂面に拍車がかかっている。

 で、ディクルの方はと言うと、
「試合終了! 『チーム・エミリオ』の勝利!」
 こっちをやっている間に、あっさり終わってしまった。

「おのれ! 忌々しいハインストめ! 次こそは必ず!」
 アーデンは、言いたいことを言うと、さっさとお供の二人を連れて行ってしまった。
 最初から最後まで、ディクルしか目に入っていなかった様子。

 見てはいなかったから何とも言えないが、少なくとも何の策もなしに突っ込んで倒せるほど、ディクルは甘い敵ではない。アーデンがどの程度かは結局わからなかったが、これでは少なくともしばらくの間、ディルムッド家の悲願は達成されることはないだろう。

 がんばれ、アーデン・ディルムッド。君の未来は……どうなるかは知らんが、明るいといいね。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第20話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2009/10/14 21:50
 一回戦は終わり、残ったチームは4チーム。
 で、相手は、
「『チーム・リベンジャー』対『チーム・エミリオ』、始め!」
 トロン達である。

 アーデン達との戦いが終わり、ちょっと休憩をはさんで大会は再開。
 前のチームの戦いはほどほどで終わり、あっさり自分たちの出番が来る。
 ちなみに、やっぱり前のチームの戦いは見ていなかったりする。
 エミリオや、少しは他に興味を持て。

 で、トロン達との戦いになった。
 リベンジャー、というのは、個人戦でのリベンジをするからなのか?

 まあ、そのあたりのことはどうでもいいだろう。今は試合に集中である。
 トロン達は三人、アタシ達も三人。数は同じ。しかしトータルで見ると、エミリオやディクルのいるこちらに分がある。
 しかし、向こうはそんなこと承知の上だろう。そのうえで戦うと言ってきたのだから。

 試合開始と同時に、向こうはいきなり距離をとり、
「散れ!」
 アタシも、急いで指示を出した。

「イオ!」
 瞬間、トロンのイオがアタシ達三人の中心で炸裂した。
 魔法の気配を感じたアタシはすぐに指示を出し、それぞれが一気にそこから離れる。

 三人は離れた場所に散った。イオの爆発のせいで砂煙が舞い、視界が悪いが気配はわかる。二人ともダメージはなさそうだ。
 しかし、トロンは魔法での不意打ちは効かないとわかっていたはずなのに、なぜそれをあえて行ったのか。アタシの指示が遅れることを期待したのか、あるいは他の……?

 その瞬間。
「考え事してる暇はないぞ!」
 武道家が一気に迫ってきた! さすが! スピードを活かして一気に接近してきたか!
 その時、武道家の反対側から気配がして、あわてて横に跳ぶ!
「相手は一人ではないぞ!」
 短剣使い。武道家と同じように接近していたようだ。
 この状況、二対一か!

 その時、またもや魔法の気配を感じた。
「メラ!」
 火の玉が飛んでくる。だが、下手にかわすと二人がその隙を突いてくる!
 マナに干渉し、魔法の軌道を変える。その間も、二人への警戒は解かない。
 正直、マナに干渉しつつ二人の人間の警戒というのは、今のアタシにはかなりきつい。警戒を解かなかったためか二人は襲いかかってこなかったが、攻撃されていたらかなりヤバかった。

 その時、相手二人は、一斉にその場を離れた。
 その刹那、それぞれの味方二人の攻撃が空を切る。
 どうやら、あの二人に攻撃されてはかなわないと見てとったらしく、あっさり引いたようだ。
 
 バラバラのままではまずい。それは他の二人も思ったらしく、目配せして一か所に集まろうとした瞬間、
「イオ!?」
「イオ!」
 アタシの驚愕の声と、トロンの呪文が一秒差くらいで出た。
 アタシの声で魔法が来るとわかった二人は、その場から離れる。それと同時に、魔法がアタシ達の集まろうとしていたところで発動した。

 二人が離れたと同時に、また武道家と短剣使いが迫ってくる。
 さらに、魔法の補助が入った。

 なるほど。これは、アタシ達三人をバラバラにして、三対一に持ち込む作戦らしい。
 そして、三人の中では一番倒しやすいであろうアタシが、最初の目標だ。
 トロンは魔法で三人をバラ消させるために必要以上に魔法は使わないようにしている。
 魔法が効きづらい、というのも、アタシが最初の標的になった理由ではないかと思われる。魔法が感知できるのもマイナス。だから、最初に叩く。

 味方の二人が迫ってくれば、敵はすぐに引く。そして魔法でバラけさせる。
 三人一緒の方向へ移動できればいいのだろうが、最初にバラバラによけたのはまずかった。
 いや、向こうも、バラバラによけるしかないように魔法を使っている。
 かなり練られた作戦だ。それぞれの息が合っていないと、誤って味方を巻き込みかねない。
 もしかしてこいつら、アタシらの戦いを重点に置いて、連携を練習したか!

 くそう。シグルドとの特訓でもっと大勢の相手と戦うことだってあったのだから、数だけでいえば十分さばけるのだが、魔法対策にマナに干渉しなければならないのがネック。
 シグルドとの訓練中、マナに干渉しながら戦うというのはやったことがなかった。
 爺ちゃんとの特訓では、爺ちゃんは魔法しか使わないため、他の攻撃に気を遣わなくてもよかった。
 今までやったことがない、体験したことがない状況。基本的に才能がないアタシでは、これは対処が困難だった。

 味方の二人はすぐに駆けつけてくれるのだが、トロンの魔法がすぐ遠くに追いやってしまう。
 だが、二人が来てくれることによって、マナに干渉しながら二人の攻撃をさばくという困難な状況から、一時でも開放されるのはありがたい。
 逆に言うと、二人が来てくれないとアタシはあっという間にダウンしてしまうわけである。
 だから、二人はまず魔法を使うトロンを攻撃するということができないのだ。その時間で、アタシがやられるかもしれないから。

 ああ、アタシ、足引っ張ってるよ。これはマズイ。
 かなり疲れてきた。運動量的にはディクルと戦った時のほうがすごかったが、マナへの干渉という手間が増えているせいで、疲れは二倍どころか三倍四倍。

 そして。
 ガツンと衝撃。
 あ、やば……。

 気がついたら、医務室のベッドの中だった。
 あわてて起き上がるが、攻撃を食らったところが痛んで、思わず動きを止めた。
「まだ寝てろって。後頭部に一撃。回復魔法は掛けてもらったけど、ダメージはまだ残ってるだろ?」
 そう言って、アタシをベッドに戻したのは、ディクルである。エミリオもいる。
 エミリオは、かなり機嫌が悪かった。それもそうか。アタシは、情けない負け方をしてしまった。

「お? 起きたか?」
 そこに、トロン達がやってきた。
 武道家の兄ちゃんが、申し訳なさそうに、
「すまん。かなり思いっきりやっちまった。……大丈夫か?」
 と言って、頭を下げた。
「大丈夫、大丈夫。試合だったんだから、そんなに気にしないでよ」
「……いや、本当に、すまん」
 いいやつだな、この兄ちゃん。

「いやあ、考えに考えた戦法だけあって、効果あったな」
 嬉しそうに言ったのは、トロンだ。
「うん、効果ありまくり。きつかったー」
 マジで。あれは課題だ。これから改善していかないと。

 昨日、魔法使いと剣士のコンビ、爺ちゃんとシャルティエさんとの訓練。あの時には露見しなかった問題だ。
 あの二人は、問答無用で強かった。だからこそ、この問題が分からなかったと思われる。
 同レベルの人間とやって、やっと始めて気がつくこと、というのがあるものだ。勉強になった。
 そういう意味で、この大会に参加したのは、実に有意義だったと思われる。

「でさ、試合自体はそうなったのさ」
「僕たちが勝ったに決まってるだろ」
 ムスッとしたまま、エミリオは言い放つ。
 何でもいいけどな、負かした相手の前で、堂々とそういう言い方するなよ。

「何をやっているんだ、お前は。この僕に一撃入れたんだぞ。そのくせ、あの体たらくか」
「うっ。すいません」
 返す言葉もない。ここは素直に謝るが吉。

「そんなこと言うなよエミリオ。アデルのおかげで、魔法に対処できたじゃないか。
 正直、アデルがダウンしてからの魔法の対処はきつかった」
「ごめんなさい」
 苦労かけさせてしまったようである。

「アデルが謝ることじゃない。俺たちはチームなんだから、互いに補っていかないといけなかった。それが足りなかったんだな。だからアデル一人に大変な思いさせた。
 悪かった」
 そう言うや、深々と頭を下げるディクル。
「いやいや、この場合悪かったのはアタシだってば!」
「いやいや、フォローしきれなかったこっちにも責任がある」
「いやいや……」
「いい加減にしろ!」
 泥沼に終止符を打ったのは、エミリオの一喝だった。
「そんなことするくらいなら、自分の技量を高めろ! 至らないなら、至るようにすればいいんだ! 謝り倒して強くなれるものか!」
『すいません』
 二人して謝った。

 そこに、三人分の笑いが響いた。
「あのディクル・ハインストの、こんな姿が見れるとは。それだけでも、この団体戦に出た価値はあるかもな」
 そう言いながらまだ笑ってる、短剣使いの兄ちゃん。
「負けたけど、楽しかったぜ!」
 そう言って親指を立てる武道家の兄ちゃん。
「俺としては、リベンジできてそれなりに満足。でも、個人戦できっちり決着つけたいな、やっぱり」
 そう言って苦笑するのは、トロンだ。

 アタシ個人では負けた。でも、チームでは勝った。
 残念ながら、勝った気なんてちっともしない。これはシグルドの小言を覚悟しなければいけないかもしれない。

「じゃ、俺たちもう行くわ」
 武道家の兄ちゃんは、そう言うや出て行ってしまった。短剣使いの兄ちゃんも後に続く。
「またやろうな」
 トロンもそう言うと、出て行ってしまった。

「さて、次は決勝だ。もうちょっと寝とけ」
 そう言って、ちっちゃい子を寝かしつけるように、アタシの頭をなでるディクル。
「甘やかすな」
 それを見て、エミリオがイライラと言い放つが、
「いいじゃないか。アデルだって頑張ったんだし。
 だいたい、甘えるのが当たり前の年齢だろ? アデルも、お前も。ツンケンしてないで、お兄さんにドーンと甘えてこい」
 ディクルには効かず、逆に満面の笑顔で両腕を広げる。
「ふざけるな!」
 今までにない剣幕で怒るエミリオ。

 そんなのを聞きつつ、アタシは本当に眠くなってきてしまった。
 ディクルめ。アタシはどれだけちっちゃい子だ、と思いつつ、なでられるのが不覚にも気持ちいいと思った。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第1話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/06 09:39
 注意です。
 この話は、ポルトガ編が途中ですが、このままでは一年たっても二年たっても書けないと思い、ポルトガ編を強制終了し、いきなり数年後からはじまってます。
 ポルトガ編の続きを楽しみにしてくださっていた方々には申し訳ありませんが、ポルトガ編は打ち切りとさせていただきます。このままでは本編を始められないと思うが故の、苦渋の選択です。
 本当に申し訳ありません。どうか、ご了承ください。
 失礼いたしました。では、本文をお楽しみいただければ、幸いです。




アタシは15歳になった。
 シグルドと爺ちゃんとの修行、充実した毎日。
 こんな日が、ずっと続くと思っていた。少なくとも、旅立ちの時までは。

 終わりは、あまりにも唐突にやってきた。

 爺ちゃんが死んだ。
 15歳の誕生日の二日後、なかなか起きてこない爺ちゃんの様子を見に行ったら、ベッドに横になったまま、冷たくなっていた。

 しばらく、動けなかった。
 爺ちゃんが高齢であるということは分かっていた。こうなる可能性は、十分わかっていた。少なくとも、そのつもりだった。
 救いは、爺ちゃんに苦しんだ様子がないことか。老衰で、眠ったまま死んでいったようだ。

 シグルドは、しばらく黙っていたが、やがて机に封筒が置いてあると言った。
 その封筒には、『アデルへ』と書かれていた。アタシあての手紙のようだ。

 そこには、実にいろいろなことが書かれていた。
 まず、最初に会った時のこと。爺ちゃんは、アタシがあの日あの時、あそこでピンチになることを知っていたというのだ。夢で見たらしい。最初はただの夢であると思っていたらしいが、何度も同じ夢を見、神のお告げだと思ったそうな。そして実際に夢の通りになり、爺ちゃんはアタシを引き取ったそうだ。

 また、あたしを鍛えることも夢でちょくちょく見ていたらしいが、初めは躊躇していたそうだ。こんな子供にそんな事を教えなくてもよいだろうと。たとえオルテガの子供であろうとも。
 だが、毎日鍛錬をし、そして天術を使うアタシを見て、ついに爺ちゃんはアタシを鍛える決心をしたそうだ。
 子供であろうと、強くなろうとする決意と覚悟は本物。なら、それに応えてやるのが筋だろうと思ったとか。

 そして、本物の孫のように思っていたこと、そのおかげでとても充実した毎日を送れたこと、それに対する感謝が書かれていた。自分はもう、そんな幸福な日々を送れないだろうと思っていたから、その幸せな毎日をくれてありがとうと。

 爺ちゃんの過去については、一切書いていなかった。だが、それは別にいい。何もかも知る必要なんかないだろうし、爺ちゃんが書く必要がないと決めたことなんだから、それに対する文句などない。

 最後に、「お前は勇者の娘でなく、アデルである。魔王を倒すとか、世界の平和など考えなくてもよい。オルテガの影にとらわれることなく、自らの信じた道を行け。
 お前はオルテガではないのだ。妹もオルテガではないのだ。オルテガの生き様にとらわれることなく、自らの人生を生きよ」と書かれていた。
 言われなくても、と思うが、実際のところ、アタシの心の中には常に『勇者オルテガ』の影があったことは事実だろう。
 死んだ勇者。しかし、この後永遠に語り継がれるであろう英雄。故に、その影響力は計り知れず、その血をひくアタシや妹にのしかかる。この世にいないからこその影響力なのだ。
 この手紙を見て、改めて思い知った。自分の中で、オルテガがどれだけの比重を占めていたかを。慕って、ではなくだ。
 妹も、オルテガの呪縛のなかにいる。環境が環境なだけに、そこから抜け出せるのは不可能に近い。

 重いな、勇者って。
 そして、次の勇者は妹だ。少なくとも、周りはそう思っている。妹がどういうつもりなのかは分からないが。もう何年も会っていないから、今の妹が分からない。

 爺ちゃん、アタシ、街を飛び出してからは爺ちゃんとシグルドしかいなかったんだよ。
 爺ちゃん死んじゃったから、シグルドしかいなくなっちゃったよ。
「シグルド、シグルドは、いなくならないよね」
『当然だ。私はマスターの剣だ。いなくなったりするものか』
 そうだ。確認しなくても分かってる。そう、大切なパートナーなんだから。でも、確かめずにはいられなかったんだ。なんだか不安で。

『マスター。泣きたいといは泣けばいい。どうせ誰も見ていない』
「ううん。涙は出ないよ。泣きたくないとかじゃないんだ。
 ねえ、シグルド。アタシ、ダメな奴だねえ」
『まさか。泣くことだけが死者に対する弔いでもあるまい』
 そうだね。悲しくないとかじゃないんだ。死んで何とも思ってないわけじゃないんだ。
 ただ、お別れは涙しかいけないわけじゃない。

 アタシは、爺ちゃんの遺体を海に流した。手紙にそう書いてあったからだ。
 死期を悟っていた爺ちゃんは、ちゃんと言葉を残してくれていた。ほったらかしで逝くことはしなかった。それがうれしいんだ。

 これからどうしようか。妹に会いに行ってみようか。
 問題は会えるかどうかだけど。アタシが『オルテガの娘の片割れ』だとバレると、色々面倒くさそうなので、何者か隠したまま会えればいいんだけど。
 シグルドに意見を聞いてみたら、「マスターに任せる」としか言わなかった。ふむ、まあ、これはアタシの問題だし、シグルドに聞くほうがおかしいか。

 そうと決まれば行ってみよう。無理なら無理で、行ってみなければ始まらないし。
 しかし、この塔を出るには地下の洞窟を抜けないといけないんだよな。爺ちゃんのルーラがあったから、今まで一度も洞窟抜けたことなかったよ。
 外でモンスター相手に修行するときは、たいてい昼間の誰もいない草原か森だったからなあ。

 洞窟の中はモンスターがいた。さすがに爺ちゃんも洞窟の中まではモンスターの一掃をしなかったらしい。その必要もないしね。使わないんだから。
 基本的に楽だった。今までにない環境での戦闘ということはあったが、モンスター自体は大したことはない。
 洞窟は一日で抜けた。ここからアリアハン王都まで二週間はかかる。

「あーあ。ルーラが使えたらなあ」
 魔法の才能がないアタシでは、ルーラなんて使えない。よって、徒歩である。
 ちゃんと野営の道具一式は持ってますよ。何の準備もせずに飛び出したりはしない。
『ないものねだりはせんことだ、マスター。なに、ルーラが使えん人間など、山のようにいるのだし』
 そりゃあね。魔法なんか使わん、拳で勝負! なんて人、珍しくもなんともない。そんな人は自分の足で歩くか、馬なんかに乗って旅をする。
 でもさ、やっぱりテクテク歩くのと、ぱっと飛んで行くのとでは違うよ。
 アタシの不満が伝わったか、
『旅に出ればこんなのは日常茶飯事になるのだぞ。今のうちに慣れておけ』
 と、若干苛立った口調で言われた。

 で、それもそうかと納得し、テクテク歩いて二週間ほど。やっと王都に着いた。
 ちゃんと野営の知識身につけといてよかった。夜はモンスターが活発になると習ったが、本当だったよ。何の準備もしなかったら、寝てる時に襲われてた可能性大。
聖水で五芒星を描き、さらに魔術文字でそれの周りを囲む。それで結界の出来上がり。かなり強力で、大抵のモンスターはそれでもう入ってこれない。
 見張りはシグルドに頼んでおいた。ソーディアンって便利だ。こんな活躍のし方するなんて。

 さて、妹に会いに行きますか。
 適当にその辺の人に話しかける。さすがにあれから何年もたっているので、アタシのことを分かる人はそうそういまい。
 だが、残念なことに、妹には会えないようだ。
 勇者として着実に力をつけていっているらしい妹は、ぜひお会いしたいという輩が多くて困っていたらしく、国からの全面支援のもと、しっかりガードされているらしい。一般人が、そうホイホイと話しかけられる存在ではなくなってしまったようだ。
 ずいぶんと遠くに行ってしまったな、妹よ。
 そんなことを考えていると、ミーハーな勇者ファンが会えなくて落ち込んでいると思われたらしく、「元気だしなよ」と励まされてしまった。

 よろしくない。妹の負担は増え続けているようだ。これは異様だ。
 それでも、妹は頑張っているんだろう。誰に聞いても妹に関する悪いうわさはない。

 正直、アタシがあのままここに残っていたらどうなっただろうか。ちょっと想像したくない。やめておこう。精神衛生上、それが好ましい。

 声をかけることすら無理だろう。仕方なく、アタシは諦めた。下手なことしたら、かえって妹が迷惑するだろうし。

 旅立つまで、後一年弱。それまで、アタシはこのアリアハン大陸を歩きまわることにした。ポルトガにキメラの翼で行ってもいいんだが、そんな気分にはなれないし。この大陸にいれば、妹のうわさは聞けるだろうし。
 この一年を、旅立ちの準備に使うとしますか。

 それから、アタシは大陸中を歩き回った。シグルドからは「無茶ではないか?」と言われたほどである。
 いろんな町、村に行き、人が立ち寄らないようなところも行った。
 基本的に塔から出ることがなかったため、結構新鮮だったり。

 爺ちゃん、見てる? アタシ、爺ちゃんに恥じないように生きてるよ。もちろん、これからも。

 そしてついに一年たった。
 旅が、始まる。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第2話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/04 13:35
「バーンストライク!」
 街で暴れるモンスターを、炎の呪文で蹴散らす。それでも次から次へと出てきて、キリがない。
 アタシはすべてを倒すなどということはせず、シグルドの言葉に従い、親玉がいるであろう王城に急いだ。

 旅立ちの日。そう、運命の日だ。
 アタシは約一年間、アリアハン大陸を歩き回った。無論、修行も欠かさず。
 今の恰好は、上半身は丈夫な皮の上着を着ている。機動力を重視した。そして下半身は、同じ素材のズボンに、その上からスカート状に布を巻いている。腰からふくらはぎまでを隠せる長さの布を腰で止めている。こうすることで足の動きを隠すのだ。無論、材質も同じものを使っている。
 刀は腰に。背には大きなリュックを背負い、必要なものを詰められるだけ。
 お金はこの一年でためたものと、爺ちゃんが遺してくれたお金を。

 準備万端。いつでもオーケー。
 旅立ちの日であることから、昨日の夜はアリアハン王都の宿に泊まった。当たり前だが、アタシのことは気付かれていない。
 朝の新鮮な空気を吸い、ルイーダの酒場に行くことにした。
 ルイーダの酒場は冒険者ギルドの一つであり、ここに登録することで仕事を斡旋してもらえたり、仲間を募ったりできる。情報交換なども頻繁に行われており、あたしもちょくちょく足を運んでいた。
 で、何でそこに行くかというと、勇者は旅の仲間をここで募るという情報があったからだ。

 いや、問題は、妹がアタシを素直に仲間にしてくれるかということ。
 だって、アタシ黙って出てきたし。そうするしかないと思っていたとはいえ。手紙でも残せればよかったかもしれないが、妹以外に見つかったら、処分される恐れ大。結局、妹を捨てる形になってしまった。
 今更あっても、「私を捨てたくせに」とか言われそうだ。いや、確実にそう思っていると思う。
 嫌がられて、「一緒に旅なんかしたくない」とか言われたらそれで終わりだ。
 しかも、それに気付いたのごく最近だし。アタシはバカだ。

 だが、それでもぶち当たってみるしかない。だって、この日のために、そして一緒に旅をし、苦難を分かち合うために頑張って来たんだから。その考えが、アタシの傲慢なんだろうけどさ。

 そしてルイーダの酒場でレッド・マウンテンというコーヒーを飲みながら待っていると、街から轟音が聞こえてきた。建物が壊されたような音や、イオ系の魔法が炸裂しているかのような音。
『マスター! 街にいきなりモンスターが出現したぞ!』
 シグルドの声を聞くや、アタシは外へ飛び出した。そこにあったのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。
 スカイドラゴンが空から炎を吐き、人々が火だるまになる。ライオンヘッドが逃げ惑う人に襲いかかり、その肉を食らう。ガルーダが空から人をさらい、地面に叩きつける。
 他にも、目を覆いたくなるような光景がそこらじゅうで繰り広げられていた。
 だが、それはアタシにある種の悦びをもたらした。だって、アタシを出来そこない扱いしたやつらが、その報いを受けて苦しんでいる、そんな風に思ったから。

 昔思った。魔王が何もかも滅ぼしてくれればいい。それが今、現実になっている。
 アタシの今の顔は嗤っているかもしれない。きっと、そうに違いない。
 そうだ、もっとやってしまえ。これが因果応報というものなのだから。ここの奴らは、苦しんで然るべきなんだ!

『マスター!』
 シグルドの声で、思考にこもっていた意識が帰ってきた。同時に、こちらに襲いかかろうとしていたグリズリーの首を一刀両断した。
 血を噴き出して倒れるモンスター。思考に浸りすぎていたようだ。シグルドが教えてくれなかったら、今頃こいつの爪で致命傷を負っていただろう。あるいは、即死か?

『マスター! 死にたいのか!』
「ごめん。ちょっと、考え事」
 苦笑しながら言うと、シグルドはしばらく沈黙して、
『城に巨大な力がある。こいつらの親玉だろうが、どうするマスター?』
 何を考えていたのかを聞くことなく、次の行動を問うてきた。
 アタシが何を考えていたのか、シグルドには見当がついたのかもしれない。だから何も聞かない。
 城の親玉のこともそうだろう。親玉を倒せば、こいつらは多分引き上げる。だが、放っておくという選択肢もある。それを、シグルドは選ばせているのだ。
「行こう。妹は、王城にいる」
 有象無象どもがどうなろうと正直知ったこっちゃないが、妹の危機はそれに当てはまらない。

 妹が勇者として、アリアハン王に謁見する。その情報も、しっかり得ていた。つまり妹は、城にいる可能性が高い。
 しかも親玉がいるとなれば、妹の危険度は大幅にアップ。この数年でどれほどの腕前になったかは知らないが、見過ごせることではない。

 周りでは、ルイーダの酒場にいた冒険者たちが、モンスターを相手に奮闘していた。さすが常に危険に身を置いている連中である。こういう時の切り替えは早い。
 あたしにもモンスターが襲ってくるが、適当に切り捨てつつ、シグルドと会話する。

 そして、城に向かって走り出した。今のアタシなら、走って三十分くらいか。
 襲いかかってくるものや、進行方向状にいて邪魔なものを切り捨て、天術で薙ぎ払いながら、アタシは城を目指す。
『マスター! あまり飛ばすなよ。いざという時、魔力が切れていてはシャレにならん』
「大丈夫だって。このくらいで尽きる程度の魔力じゃないから」
 だてに爺ちゃんに鍛えられていたわけじゃない。かつての魔法塾の教師なんぞより、今のアタシの魔力は豊富だ。努力の成果である。

 そこらじゅうで人々が逃げ惑う。兵士がモンスター相手に戦い、傷つき、あるいは倒れ、あるいは倒す。冒険者が人々を誘導したりしながら、モンスターを牽制する。
 それをしり目に、ひたすら進む。

 やがて、城の門の前まで来た。
 そこでも、人が襲われている。女の人っぽいが、その人をお城の兵達が守っている。
 進行方向的に邪魔なので、モンスターにはご退場願うか。
 極楽鳥が一匹に、トロル二体。トロルにダメージを与えても、極楽鳥が回復してしまうようだ。

「フレイムランス!」
 まずは極楽鳥に一撃。炎の槍によって、あっという間に焼き鳥になった。
 それでこちらに気付いたか、トロルがこちらを向く。こちらのほうが脅威と見てとったか、今まで襲っていた連中には目もくれずこちらに向かってくる。
 が、遅い。トロルのパワーは恐るべきものである。よって、軽装のアタシでは一撃で致命傷になりかねないのだが、要は当たらなければいい話。
 二体のトロルに軽くライトニングを喰らわせ、動きを止める。それは一瞬でいい。アタシは一気に駆け寄り、二体ののどを切り裂いた。
 持っていた棍棒を落とし、喉をかきむしるトロル達。しかし、勢いよく噴き出す血をそれで止められるはずもなく、トロル達はその巨体を地面にめり込ませた。ちょっとした地震でも起きたのかという衝撃が、倒れた時に起きたが、それは問題ない。

「あ、ありがとうございました」
 腰が抜けてたてないのか、女の人が震える声でお礼を言ってきた。
「いえいえ。お礼など」
 助ける気持ちこれっぽっちもなかったし。結果的に助けることになっただけで。
 兵士たちも、しきりにお礼を言ってくるが、適当に返す。
 シグルドはさっきから沈黙したまま。ま、シグルドにはシグルドに気持ちがあるのだから、黙っているならそれでもいいけど。

 その時、女の人の顔に見覚えがあるなと思い、ちょっとじっと見てみた。
 マリアさんだった。
 妹の見送りにでも来ていたのだろう。テリーさんはいないが、家にいるだろう。案外、モンスターに襲われていて、もうこの世の人じゃない可能性もあるが。

 アタシはにっこり微笑んで「早く逃げてください」と言った。しかし、マリアさんは頷かなかった。娘が城の中にいるから、自分だけ逃げるなどできないと言うのだ。
 アタシは微笑んだまま言った。
「ここにいても、あなたは邪魔なだけですよ? お母さん」
 その瞬間、この空間だけ時間が止まったようになった。アタシは何ともないが、兵士たちは茫然とアタシを見、マリアさんに至っては身体を震わせている。親子の再会を喜んでのことではないだろう。
 だが、どんな感情で体を震わせているかなんて、あたしにはどうでもいいことだった。
「早く逃げてくださいね、お母さん?」
 言い捨てて、アタシは城の中に入って行った。

 城の中はムチャクチャだった。いたるところに兵士の遺体があるが、それはモンスターの仕業ではないようだった。
 モンスターには遭わない。殺されて兵士の体は、鋭い刃物で切られた跡。シグルドも、「邪悪な気配はするが、モンスターはいない」と言っている。
 その邪悪な気配が、親玉だろう。モンスターでないないなら、いったい何者かは知らないが、そいつが一人、あるいは一匹でこの城の惨状を起こしたのだ。
 太刀筋からして、めちゃくちゃな達人か。シグルドクラスの奴だ。

 そいつがどこに向かったかは、すぐに分かる。そいつの通って行ったあとに、死体が転がっているからだ。死体を道しるべに、アタシはそいつを追う。
 この分だと、向かっているのは謁見の間、だろうか? 王様が狙いか?

『この気配、まさか……!』
 シグルドはこの惨状の主に覚えでもあるのか、動揺している気配がする。
 だが、たとえ何者であろうとも、対峙しなければならないことに変わりはない。
 アタシは勢いよく、謁見の間に飛び込んだ。

「ぬるい、ぬるすぎる! この程度で勇者とは」
 飛び込むと同時に、そんな声が聞こえてきた。むかし、どこかで聞いた声だった。
 謁見の間の奥、階段を上り切ったところで豪華なイスに座っている国王は、顔を青くしてそいつを見ていた。
 その階段の手前に、倒れている人物が一人。青い服に、紫のマント。持っている剣はなかなかの業物ではないかと思う。死んではいない。まだ生きている。
 その周りでは、必死に戦ったのだろう、ピクリとも動かない兵士たち。
 そして、その中で一人、堂々と立つ者がいる。

 そいつは青いゆるくウェーブの入った長髪を背まで伸ばし、青を基調とした服に身を包んでいる。手に持つのは、重量武器のハルヴァード。本来両手で扱うそれを、そいつは片手で持っていた。

 そんなことはどうでもいい。アタシは、そいつに一気に迫り、
「リデアから離れろ! この全身タイツ筋肉!」
 背中を切り裂こうと、刀を一閃させた。
 しかし、そいつはあっさりアタシの一撃を止めて見せた。反撃されてはかなわんので、そいつの攻撃範囲から飛びずさる。
 だが、これであいつの注意はこちらに向いた。

「キュア!」
 回復天術を倒れている妹に放つ。柔らかな光が妹を包んだ。
 気を失っているらしく、起き上がる気配はないが、これでとりあえず安心だろう。

『あいつは、バルバトス・ゲーティア! ばかな!』
「シグルド! あいつ知ってるの?」
 あいつの姿形、そして先程のアナゴさんの声。間違いなく、テイルズ・オブ・ディスティニー2の敵、バルバトス・ゲーティアだ。
 しかし、なぜそれをシグルドが知っているのか。

 バルバトスは凶悪な笑みを浮かべ、こちらを見据えてきた。
「今の斬撃。覚えがあるぞ! あの忌々しい男と同じ剣術か!」
 そう言い放つそいつの顔は、悦びに満ちていた。

『くっ! おのれゲーティア! 魔の力を使い、生きながらえたか!』
 どうやら、シグルドとバルバトスは、何かしらの因縁があるようだ。
 バルバトスは嬉しげに高笑いした。そこには、憎悪も込められているように感じる。
「その刀、あの男の物と同じだな! 同じ武器で、同じ剣術を使う。腕前もなかなか。
 勇者を名乗る者がいると聞き、楽しみにしていたが結果は期待外れ。これでは我が飢えも満たされんと思っていたが、お前は楽しませてくれそうだ!」

 高らかにほえると、バルバトスは突進してきた。そのスピード、シグルド並みか!
 アタシはデルタレイを放った。三つの電撃の球がバルバトスを襲うが、そんなもの気にもかけず、そいつは一目散に向かってくる。それで隙でもできればと思ったのだが、甘かったようだ。
「術に頼るか、クズが!」
 ゲームと同じセリフ言い放ちながらハルヴァード振るうんじゃねえ!
 真っ向勝負は無理。パワーが違いすぎる。アタシはハルヴァードをかわし、流し、何とか隙を探る。向こうもこちらを切り捨てようと躍起になっているが、アタシだってそうそう隙なんか見せない。結果、激しく動き回っているにもかかわらず、勝負はこう着状態だった。
 だが、そんな中、バルバトスは嗤っていた。

『この戦闘快楽者めが! 魔の力に酔い、人間を捨て去るとは!』
 シグルドが忌々しげに言い放つ。シグルドは、確実にこいつを知ってる。今の反応もそうだが、何より、夜の修業の時の仮想敵に、このバルバトスは何度も登場していたのだ。最初の仮想敵も、ズバリこいつ。間違いない。
 しかも、シグルドが仮想敵としていた時より、こいつは強くなっている。今は全力を出していないようだ。
 シグルドとバルバトスは昔は敵同士だったのだろう。それも、ライバルとか言える存在だったのかもしれない。

 勝負はつかない。互いに一歩も譲らない。
 いや、バルバトスが全力を出せば、それで終わるだろうが、今はそんな気はないようだ。
 ゲームでも闘いを楽しむようなやつだったが、ここでもそうなのだろうか。
 こいつが全力を出さないうちに、何とか仕留めないと!

 その時、バルバトスが一瞬気をそらした。バルバトスの背に、攻撃呪文がさく裂したのだ。ダメージこそゼロだが、気が一瞬それただけで十分!
 気合一閃! バルバトスの左肩から右の腰まで、バッサリと切る!
 バルバトスはそれを見て一気に後退した。くそっ。もう一撃入れようと思ったのに。

 バルバトスは、しばし自分の傷を見ていたが、やがておかしくてたまらないという風に嗤いだした。
 だが、隙はない。下手に飛び込めば、あのハルヴァードの餌食だ。
 やがて満足したのか、バルバトスは笑みを浮かべ、こちらを見てきた。
「素晴らしい。この俺をここまで満足させるとは。貴様、名は?」
「アデル」
 素直にこたえた。隠す理由もない。なにより、こいつの強さは本物だった。それに敬意を表し、アタシは名乗ったのだ。
「わが名は、バルバトス・ゲーティア。アデル、その名、覚えておこう」
 そう言うや、バルバトスは黒い穴を出現させ、そこに飛び込んだ。そして黒い穴は消え、一気にこの空間は静かになった。

「あの……」
 妹が、おずおずという感じで、話しかけてきた。
 アタシは妹に向き直ると、「ありがとう」と礼を言った。
 妹はなぜ礼を言われてか分からず、「え?」と言って、ぽかんとしている。
「あの時、バルバトスにギラをあてて気をそらしてくれたでしょ? あれがなかったら、一撃入れられなかったよ」
 妹はそれで合点がいったのか、「ああ、あれか……」と呟いて、
「お礼を言われることじゃありません。無我夢中で、しかも全く効いていなかったみたいだし」
 と、首を横に振って、謙遜した。
 そして、何やらちらちらとこちらの顔を見て、視線を明後日に飛ばし、またこちらをちらちらを見る、という行動を繰り返す。

「そ、そなた……」
 そんなとき、王様が顔を青くしたまま、こちらに話しかけてきた。
「そなたのおかげで、助かった。礼を言う」
「もったいなきお言葉」
 アタシはすぐに跪き、模範的な返答をした。
「そなた、名をアデルといったか?」
「はい。その通りでございます」
「まさか、まさかそなた……。オルテガの娘、アデルか?」
「その通りでございます」
 隣で、息をのむ音がした。

 ちらりと隣を見ると、同じく跪いた妹が、こちらを凝視していた。
「そなたが、あのアデルだと? アデルは逃げ出したと聞いておったが……」
「言葉もございません」
 それは、事実だ。言い訳無用。
「そうか……」
 王様は、しばらく黙っていたが、
「そなたら、今日は帰るが良い。後日、使いをやろう。リデアは実家でよいか? アデルは……」
「私めは、宿屋『いこい』に」
 その言葉を聞き、王様と妹が、驚愕の表情でこちらを見てきた。
「そなた、実家に帰らぬのか?」
「あそこはもう、私の家ではございません。その権利も、私にはございませんゆえ」
 その言葉に、王様も妹も何か言いたげな顔をしたが、私は顔を下げたまま、無視した。

 そして王様の話は色々聞き、城から出た。
 シグルドの読み通り、親玉が引いたためか、モンスターはいなくなっていた。
 ここまで、妹との会話はなし。こちらからは話しかけにくいし、向こうはちらちら見て来るだけだ。
 結局、アタシ達は一言も話さぬまま、それぞれ分かれたのだった。

 シグルドは「よかったのか?」とだけ言い、アタシが何も答えないと、そのまま黙った。
 破壊された町並みが、今のアタシの心を反映しているような気がして、ひどく苛立った。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
*レッドマウンテンというコーヒーは実際あります。非常においしいので、お勧めです。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第3話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/06 09:40
 *ご都合主義に走ってます。これが私のせい一杯です。

 泊っていた宿は比較的都市の郊外に位置していたため、被害を免れていた。
 しかし、無事だったからこそ、その場を提供する義務があるようで、宿はぎゅうぎゅうだった。他の宿に泊まっていた客などが押し寄せているようだ。もともとこの国に住んでいる人もいるだろう。
 他のところも、宿に限らずこのような状態だろう。大震災が起きた状態を考えてみればいい。
 が、この世界と前世の世界で違うのは、魔法というものがあること。ルーラを使える者はここを出ていくことは容易だし、逆にすぐに援助にも来れるということ。すでに他国の援助部隊らしきものを目にしている。この国の上層部が、他国にルーラを使って救護要請をしたのだろう。

 アタシはぎゅうぎゅうの宿に泊まる気にはなれず、かといって他に行くところもないので、泊っていた宿の近くの広場で野宿することにした。食料の配給も近くで行われているので、食事の心配もいらないし。
 宿の人には、お城からの使いの人が来たら、この広場にいることを伝えてほしいと言ってある。使いをよこすって言ってたし。

「怒涛の一日だった」
 肉体的に出なく、精神的に疲れた。
『すまない、マスター』
 シグルドのせいじゃないのに、謝る。

シグルドは時々、「すまない」とか、「恨んでくれていい」とか言ってる。最初は何の事だかさっぱり分からなかったが、最近分かってきた。シグルドは、自分が原因で追い出されたと言っているのだ。
 確かに、シグルドとの修行を優先しようとして、結果的に勇者の義務を放棄したとみられた。だが、アタシは別にそうは思っていないのだが。
 そりゃ、親には完全に見捨てられたし、妹とは会えなくなるし、多分恨まれてるしで、そういう意味では恨んでしまうかもしれない。しかし、あの結果にならないと今のアタシはいないのだ。爺ちゃんと会えなかったし、天術をロクに使うこともできなかった。爺ちゃんやシグルドとの楽しい日々はなかったのだ。
 他にも色々してもらってるのだから、感謝こそすれ、恨みなどせん。

 後は、最初に会ったときになんだかんだで丸めこんだこととかもあるんだろうな。しかし、あの時はシグルドも必死だったんだろうし。だって、唯一の使い手に「いらん」と言われたら、誰だってさみしい。アタシだって、きっと同じような感じになるんじゃないだろうか。断言はできんが。

 今の「すまない」は、妹との距離を作ってしまったことに関してか。
 はっきり言って、妹とのことはアタシの落ち度であると思っている。シグルドがどうこうとは思っていない。
 なので、はっきり言ってやった。
「うぬぼれるなよ、シグルド。生まれた時から一緒にいたんだ。それを当時はぽっと出だったお前なんかが、ちょっと何かやったからってアタシらの絆を傷つけたなんて、思い上がりもはなはだしいぞ」
 これはあくまでもアタシ個人の見解。妹がシグルドに対してどんな感情を持っているかは不明。
 だが、今の言葉は掛け値なしに本音だ。勝手だとか傲慢だとか思われるだろうが、それでもアタシはそう思う。

 負い目とか、罪悪感とかは、あくまでもアタシが持つものであり、シグルドが持つものではない。
 アタシが出て行ったあとの妹がどんなだったか、噂程度では心理状態までは分からないので何とも言えない。しかし、幸せだったとはいえない気がする。
 アタシはシグルドや爺ちゃんと楽しく過ごせたが、妹にはそんな平穏があったかどうか。
 アタシは逃げ出して、その上一人ぬくぬくと過ごしていたが、妹は自由などない環境で『勇者』を押しつけられ、がんがらじめで過ごしていた。
 この違い。だが、ここで罪悪感を持つのも違うと思う。だって、それはあの日々を否定することになる。シグルドと、爺ちゃんを否定することになるのだ。爺ちゃんは最期まで精いっぱい、アタシを愛してくれた。それに罪悪感を持つなんて、失礼だと思うのだ。
 なので、胸を張って言う。幸せだったと。幸せな日々を送れなかったであろう妹は殺意すら抱くかもしれないが、私は幸せだったのだ。

 このことは以前、シグルドに言ってある。それ以来、シグルドはそういうことは言わなくなったのだが、今日のことで色々考えてしまったのだろう。そして、その言葉が滑り出てしまったようだ。
『そうだな。失言だった。忘れてくれ』
「うむ。忘れてやるよ」

 地面に転がる。もうすっかり夜だ。空には満天の星空。
 しばし、何も考えずにぼーっと過ごす。シグルドも黙っている。
 ちょっと行けばそこは被災者キャンプのようなありさまで、ここまで人の声が聞こえて来るが、周囲の騒音など気にならないほど、今のアタシは落ち着いていた。ちょっとした明鏡止水の心境だ。

 そうやってしばらく過ごしていると、「あの……」と、声をかけられた。
 誰かが近づいてきているのは分かっていたし、敵意なども特になかったので、放っておいたのだが、声をかけられるとは。
 ぼーっとしているのは気持ちよかったのだが、何か用があるのだろうから、仕方なく起き上がる。
 そしてようやく、ランプに照らされたその人物の顔を見た。

 妹だった。
 時間が止まった。いや実際はそんなこともなく、周囲は騒がしいし、救助隊も忙しく動いているようだが、アタシは時間が止まったと思うほどの衝撃を受けた。
 まさか妹がアタシに会いに来るなんて思ってもいなかった。
 声で気付けよ、アタシの間抜け!

「だ、大丈夫……です、か?」
 フリーズしていたのをどのように解釈したのか、妹は「何か悪いことしたんだろうか」といわんばかりの顔で、ぎこちなく声をかけてきた。
「あ、だ、ダイジョブ! 何でもない!」
 右手をパタパタ横に振り、顔も横に勢いよく振る。自分でも何してるんだかいまいちよくわからないが、必死だった。
「立ったままもなんだから、座って」
 深呼吸し、気を落ちつけ、いつも通りの自分になってから、ようやく座るように促した。こう言わないと、この子、いつまでも立ったままだったと思う。
 いついかなる時も冷静であれ。修行が足らんぞ、アタシ!

「あ、あの……!」
「ごめんなさい!」
 とにかくアタシは、地に額をこすりつけ、全力で謝った。その際、どうやら妹の言葉をさえぎってしまったようで、内心「やっちまった!」と思っていたが、とにかく頭は下げたままでいた。

 しばしの沈黙。それを破ったのは、妹だった。
「どうして、謝る……ん、です、か?」
「あんたを捨ててしまったから。あんた一人に『勇者』押しつけちゃったから。
 他にも色々あるけど、許してもらえるなんて思ってないけど、せめて謝らせてほしい」
 妹は何も言わない。怒りで声が出ないのかと思ったのだが、妹からは怒りの気配がしない。敵意も殺意もない。ただ、驚いているといった感情が感じられた。

「姉さん」
 ああ、アタシを姉と呼んでくれるのか。それとも、単に最後の慈悲か。
「頭をあげてよ。何で謝るの?」
「いや、それは」
「頭をあげてよ! せっかく姉さんがバシェッドさんのところで幸せに暮らせてるんだって思って安心してたのに、そんなことされたら、どうしていいかわかんないよ!」
 え? いま、爺ちゃんの名前が出た?

 アタシは、爺ちゃんの名前が出たことに驚いて、顔を即座にあげた。
「い、今……バシェッドって……」
「うん。バシェッドさんから、時々姉さんの様子、聞いてたから」
 衝撃の発言! そんなこと知らなかった!
 爺ちゃん、そんなことしてたの? 何でアタシに黙ってそんなことしてたんだ!
「私達の九歳の誕生日、バシェッドさんが声をかけてきてくれたの。姉さんの誕生日祝いに買ったケーキ持って、嬉しそうに。
 その時に、姉さんの様子、初めて分かった」
 すいません。黙って出ていったもんだから……。

 妹は、せきを切ったように話しだした。
 爺ちゃんにアタシの様子を聞くまで、ずっと心配していたこと。同時に、少し安堵したことも。
 妹にとって、アタシとの会話の時間は、唯一の幸せな時間だったらしい。同時に、自分といつも比べられ、理不尽な扱いを受けていたことで、罪悪感も感じていたと。自分と一緒にいても比べられ、出来そこないと言われ続けるアタシを見て、自分の存在は、アタシにとって枷にしかならないと常に感じていたと。
 常に『勇者』を求められ、周囲の言うがままに『勇者』としてふるまった。だが、それはとんでもなく重荷で、苦しかった。「お前が世界を救うんだ」と言われ続けた。自分に世界中の人々の命がかかっているんだと。そんな中、アタシとの時間は、本当に幸せだった。
 アタシには何とか幸せになってほしい。そんなとき、シグルドがやってきた。シグルドとのやり取りを見て、「姉さんにも、希望ができた」と安堵した。
 親に、姉が逃げたと言われた時、これで姉は『勇者』から自由なんだと嬉しく思った。親の言った「逃げた」なんて信じなかった。
 それでも、アタシがいなくなったことで、負荷が増えた。すべての期待が一身に集まり、唯一の幸せな時間もなくなって。
 アタシがいなくなったからだと思った。一緒にいてくれれば、こんなことにならなかったのに。アタシが自由になったのだという安堵は、アタシがいなくなったせいでに変わった。
 自分がこうして『勇者』として頑張っているのに、なんで姉さんは支えてくれないんだ。一人で『勇者』から解放されて、自由になって。同じはずなのに、自分ばかり『勇者』を求められて。

 そうやって、だんだんアタシに対する気持ちが憎悪に変わっていく最中、爺ちゃんと出会った。
 爺ちゃんは出会った時のことからその日のことまで、すべてを話した。
 街を出てモンスターに襲われたこと。それは妹にとっては衝撃だった。単純に、ここから出れば自由なんだと思っていた妹にとって、モンスターに襲われて絶体絶命というのは、青天の霹靂だったらしい。
 そして、自分と一緒に旅をするために、日夜努力しているアタシの姿勢を教えられ、姉さんは自分を見捨てていない! 一緒に戦おうとしてくれているんだ! と感動したとか。
 時々、こうして会いに来て、話をしてくれるらしいと聞いた時には内心飛びあがった。
 それ以来、今日来るか、明日来るかと楽しみにし、話を聞いて一喜一憂した。
 料理がうまいとか、天術の修業がうまくいかないとか、異国の大会に出て好成績を残したとか。
 聞いているうちに、爺ちゃんの嬉しそうな表情に気付いた。この人は、心の底から姉さんを愛してくれているんだと嬉しく思い、そんな人がいるなら、姉さんは大丈夫だろうと安心した。
 そして一年ほど前、「来れるのはこれで最後だろう」と言って、自分はもう長くない事や、アタシのことを頼むと言って、それっきりだそうだ。

「爺ちゃん」
 さまざまなものが込み上げて来て、涙ぐんでしまった。
 何で爺ちゃんがアタシに何も言わなかったのかは分からない。そんなこと、ちっとも感じさせなかったから、考えようがないのだ。
「きっとバシェッドさん、私に姉さんを取られたくなかったんだね」
「どういうこと?」
 鼻声で尋ねると、妹は苦笑した。
「話を聞いてると、姉さんが口にはしなくても私のことかなり考えてるの分かったみたい。実の孫みたいに可愛がってる子が自分以上に愛する存在がいるって言うのが、バシェッドさんからしてみれば、おもしろくなかったのかも」
 そ、そうかなあ? そんな爺ちゃんだろうか? 妹よ、それは違うと思うぞ。

『マスター。妹君に尋ねたいことが』
「リデア、シグルドが聞きたいことあるって」
「なんでしょう? シグルドさん」
 妹はにっこりほほ笑んで、先を促した。シグルドは何やら言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
『私がいたせいで妹君から姉を奪ってしまったようなものだ。恨んでいるか?』
 こいつ、まだ言うか。ため息が出る。妹はそれを見て、オロオロしだした。
「ど、どうしたの?」
 仕方がないので、妹に内容を伝える。妹はキョトンとしたが、やがてクスクス笑った。
「そうですね。一時期、恨みました。あなたがいなければ、姉はどこにも行かなかったって。でも、バシェッドさんに会ってからは、そんなこと思いませんでした。
 あなたが、姉の剣を見てくださったんでしょう? きっとそれだけでなく、心の支えにもなってくれていたはずです。
 それに、姉が剣術を頑張っていると聞いて、私は嬉しかったんです。姉は私のために頑張ってくれてる。それは、幸せなことでした」
 恥ずかしいんですが。
「そして、姉さんは強くなった。私が勝てなかった相手と互角に戦ったんでしょう? そこまで強くなったのは、シグルドさんのおかげ。感謝こそすれ、恨むなんて」
 シグルドは黙っている。何か言う気配もない。こいつはこいつなりに、感慨にふけっているのかも。

「姉さん」
 しばしの沈黙を破り、妹が切り出した。
「家には、帰らないよね?」
「帰るも何も、あそこはもう、アタシの家じゃないよ」
「うん、そうだね。ごめんね、変なこと聞いて。確認したかっただけだから」
 そう言うと、妹は立ち上がり、
「おやすみなさい姉さん、シグルドさん」
 満面の笑みで言うや、ゆっくりと帰って行った。

 見えなくなるまで見てから、また仰向けになった。
 満点の星空。一転の曇りもない夜空。アタシは晴れ晴れした気持ちで、それを見上げた。
「シグルド、よかったね」
『そうだな』
 いや、本当にきれいな星空だ。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 アデルとリデアの実力差について。
 アデルは闘いの才能はありません。リデアはかなりあります。しかし、この二人、現時点でかなりの差が出ています。
 環境の違いです。心理的なものも大きいですし、師匠の性能に差がありすぎます。
 『史上最強の弟子』というマンガみたいなものです。この話では、主人公の兼一は才能がありませんが、師匠陣が一流ばかりなので、いやでも強くなっていきます。とあるキャラは、「ただの土くれが、匠の手によって芸術品になる」みたいなことを言っています。アデルはこれです。
 リデアは間違いなくダイアモンドですが、カットしだいで台無しになります。リデアの場合、教える側にそれほど突出した人物がいなかったため(少なくとも、シグルドやバシェッド爺ちゃんクラスの人間はいなかった)、思うように伸びてない状態と言っていいでしょう。

 爺ちゃんが、実は妹に会っていたことについて。
 感想で以前書かれていたことを使わせていただきました。これで丸くおさまらないでしょうか?
 これが精一杯です。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第4話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/04 13:37
 襲撃から三日後、アタシはお城に呼ばれた。
 あの襲撃から王様、そして勇者を救った者に対する褒美、ではないだろう。
 おそらく、アタシにも勇者として旅立てと言うつもりに違いない。
 旅立つことに異論はないが、『勇者として』というのは、本心を言えばイヤである。しかし、妹は勇者として旅立つことになるのだから、ここでだけでも勇者としてふるまうのが、波風立てなくていいだろう。
 王様に口答えなどできようはずもなし、「勇者として旅立て」と言われれば、「仰せのままに」と返すしかない。
 妹と半分ずつと考えれば、そんなにイヤじゃないし。

 しかしわずか三日で王宮に呼び出すとはね。王族たるもの、自身だけでなく、その権威を象徴する全てにおいて完璧でなくてはならない。にもかかわらず、まだ城の修繕も完全ではないのに呼び出し。
 よほど追い詰められている。当然か。いきなりあの襲撃だもんな。しかも親玉はめちゃくちゃ強かった。早く勇者に旅立ってもらって、諸悪の根源を叩いてもらいたいのだろう。

『国王の前で粗相をするなよ、マスター』
「努力はするよ」
 王様なんて雲の上の存在。そんな人の前に行ったことなんて、三日前以外ないんだから、かなり不安だ。
 まあ、アタシも大事な魔王討伐の戦力として数えられているはずだから、いきなり首を斬られるとかはない……と、思いたい。
 出来る限り礼儀正しく振舞おう。あくまでも自分平民、相手は王様。身分は月とスッポンだ。あくまでも王様を立てる形で。

 城の門の前に着いた。そこにはまたしてもマリアさんが。城のほうを向いて、こちらに背を向けて立っている。
 アタシは声をかけなかった。今更かける言葉もない。
 横を通り過ぎた時、マリアさんはアタシにようやく気がついたのか、顔をこちらに向けたようだが、アタシは前を向いていたので、それしか見えなかった。
 マリアさんがどんな気持ちでいるのか、正直どうでもいい。どんな表情だったのかは見えなかったし、見たいとも思わない。アタシ達はきっと、この先交わることもないんだろう。

 城の中に入る。何とか取り繕ってはいるが、所々に粗が見える。三日じゃやっぱり城の完全修復とはいかなかったか。街はいまだに大震災後みたいな有様だもんな。

 そして謁見の間。国王が高い位置にある王座に座り、こちらを見下ろしている。
 そして王座のある階段の前には、すでに妹が跪いていた。
「アデル殿を連れてまいりました」
「ご苦労、下がれ」
 アタシを案内してきて人は、深く頭を下げてから出ていった。
 アタシは入って来たところで、膝をつき頭を下げて待つ。
「アデルよ、近づくことを許す」
 アタシはすぐに返事をして、ゆっくり妹の隣まで来て、跪いた。

「よく来てくれた、勇者たちよ」
 あ、やっぱりあたしも勇者にされてる。
「先日の襲撃から、人間に残された時間は少なく、道もない」
 顔をあげていいといわれていないので下を向いたままだが、この口上をこの姿勢で聞き続けないといけないんだろうか?
 その後、王様の口上はゆうに一時間にも及んだ。その間、微動だにせずこの姿勢。疲れるんですが。

「勇者リデア、そして勇者アデル。そなたたちに勅命を下す。
 魔王を倒し、この世に平穏をもたらせ」
「御意」
 アタシと妹はそろって答えた。
 勇者といわれるのは抵抗がある。正直、「ふざけんなこら」だが、この場では答えは是しかない。

 そしてようやっと解放され、城の外に出た。
 外に出てやるのはまず伸び。ガチガチに固まった全身をほぐす。
『さすがに国王との謁見は疲れるようだな』
 人目があるので言葉は返さない。変な奴だと思われるから。刀に向かって独り言とか、危ない人だよな。この世界は刀は基本的にないけどさ。

 近くでは、妹をマリアさんが出迎えている。
 アタシとしてはこれからの方針を妹と話し合いたいのだが、マリアさんがいる限り無理っぽい。
 今日中に出るのか、今日は休むのか。仲間はどうするのか、どのようなルートで行くのか。

 個人的には、今日だろうが明日だろうが構わない。仲間は……しばらく、二人で旅をしたいなあ。というか、多分、下手な仲間は足手まといだ。
 ルイーダの酒場にいる冒険者たちは、現在みな怪我をしており、ちょっと無理そう。この間の襲撃のせいで、かなりやられてしまっているのだ。城の兵士、論外。実力不足アンド、個人的にイヤ。それなりに実力のある人は、きっと国を守らないといけないんだろうし。この間の襲撃で、猫の手も借りたい状態だろうし。そんなわけで、今現在、パーティーはアタシと妹の二人、というのがアタシの希望。
 ルートに関しては選択肢は豊富だ。救助隊の人に頼めば、大抵のところに行けるだろうから、ルーラで。また、面倒だがこの大陸にある『いざないの洞窟』の旅の扉。あれはロマリア地方に行けるらしい。が、わざわざ旅の扉を使う必要もないしなあ。
 面倒はイヤ。ならやっぱりルーラかな?

「姉さん」
 考えに没頭していたところに、声を変えられた。「ん?」とそちらを向くと、何やら複雑そうな顔をした妹が。
「えと、これからどうしようか? すぐに行く?」 
「まあ、待て待て。とりあえず今後の方針を話し合おう」
 そう言いつつ、ちらりと妹の後ろに目をやる。そこには、こわばった表情のマリアさん。
 妹はすぐにでも出発したがっている。それは、マリアさんの存在があるからだろう。

 妹がマリアさんに対してどんな感情を抱いているかは知らない。だが、この反応を見ていると、少なくとも好意的ではない。
 それは当たり前かもしれないし、そうでないかもしれない。アタシはもう親子の縁をこちらから一方的に断ち切っているが、妹はずっと一緒にいたのだ。しかも、妹はすごく可愛がられていた。うぬぼれた解釈をするなら、アタシに対する扱いから、好意など持っていないとか。
 なんにせよ、妹は早くマリアさんから離れたがっており、そのためにさっさと出発したいらしい。

「り、リデア。そんなに急がないでもいいでしょう? 王様との謁見で疲れているんだから、家でゆっくり休んで行きなさい。ね?」
 マリアさんが、引きつった表情で妹を促すが、妹はそちらを向きもしない。妹の目は必死に、「早く行こう」と訴えている。
 もしかして、マリアさんとの会話を途中で切り上げて、こっちに話しかけてきたのか、妹よ。そりゃ、マリアさんも顔を引きつらせるよ。

 マリアさんは、妹に話しかけつつも、しきりにこちらに目を向けて来る。何かを訴えて来る目ではない。気になってしょうがない、そんな目だ。
 出来そこないで、しかも逃げ出した『勇者の娘』。それが目の前にいて、しかもそれなりに強くなってるんだから、心境は複雑なんだろうが、そのチラチラ向けて来る視線が、かなり不愉快。
 妹とアタシを一緒にいさせたくないような感じもするし。

『マリア殿の感情も、相当複雑だな。
 せっかく育てた『勇者』をマスターに取られたくないのか。マスターが自分を恨んでいると考えて、それに妹君が触発されるのを恐れているのか。
 いくらでも考えられるが、どれも推測の域を出んな』
 ふむ、シグルドの推測は、当たっていそうな気もする。が、気がするだけ。確かめる術もないし、必要もない。マリアさんがこちらに対して明らかな害意を持たない限りは、放っておいてかまわない。
 マリアさんがどうなろうと、アタシとしてはどうでもいいからなあ。

『しかし、これ以上マリア殿に出張られても、少々困る。妹君も迷惑がっているようだし。
 マスター』
 その通りだ。ここはアタシがやらないとね。
「マリアさん」
 一瞬体が跳ねるように動き、マリアさんはこちらを見た。その顔には、明らかなおびえの表情。しかし、アタシはそれを無視する。
「アタシ達は王様から直々に魔王討伐の勅命を受けました。リデアはそのために一刻も早く旅に出ようとしているのです。あなたは以前からそれを望んでいたじゃありませんか。喜びこそすれ、引きとめる理由はないように思いますが」
 我ながらイヤな言い方。案の定、マリアさんの顔がこわばった。
「これからリデアと話し合いをしなければなりません。これは世界のかかった大切な旅のためのもの。
 失礼ですが、あなたは邪魔です。お引き取りを」
 マリアさんは絶句している。それを横目に、アタシは妹の手を引いて歩きだした。

 その時、マリアさんが何か言ったような気がした。しかし、構うのも面倒なので、そのまま歩く。
「なによ……! 逃げ出したくせに、勇者気取りなの!」
 何の反応も返さないことに腹を立てたのか、マリアさんは大音量でわめいた。
「出来そこないのくせに! 逃げ出したくせに! 『勇者の子供』の責任を果たしてこなかったくせに!
 今更出てきて、いい気にならないで!」
 いや、先に捨てたのそっちだから。逃げたのは確かだが、あんたとテリーさんにだけは言われたくないぞ。
 それに『勇者の子供』の責任って。そんなんないよ。そっちが勝手にそれを押しつけてきただけだから。

 色々と突っ込みどころがあるが、アタシは黙殺した。だってどうでもいいし。それが気に入らないのか、マリアさんはもっとわめく。
 その時、妹が立ち止った。
「ふざけないで!」
 妹はマリアさんに振りかえると、明らかな怒気をまとって叫んだ。
「姉さんは出来そこないなんかじゃないし、逃げてもいない! 姉さんはずっと、一生懸命頑張って来た! 死ぬほどつらい目に遭っても、必死に生きてきた!
 それを否定したのは、あなた達でしょう!
 だいたい私たちの価値は『勇者』しかないの? 『勇者』になれなかったら、私たちは価値がないの? 勝手に『勇者』を押しつけてきたくせに、私たちの責任にしないで!
 私がどんな気持ちで『勇者』をやって来たと思ってるの? 『勇者』なんてつらいだけで、なのに誰も私のこと気遣ってくれなかった! 私が『勇者』なのは当たり前で、私一人に全部押し付けて、自分たちは『勇者』に助けてもらえばいいって思ってて!
 なんで私だけこんな目に遭うの! 他の子達は遊んでるのに、私は剣とか魔法とかの訓練ばっかりで! イヤだって言わせてもくれない!
 遊びたかった! 他の子みたいに普通に暮らしたかったのに!
 姉さんだけが私の味方だったの! あなた達に追い出されて、それでも私のために何年も頑張ってくれてた! あなた達に姉さんと同じことができるの? 一緒に戦ってくれるの?
 『勇者』に任せきりだったあなた達に、姉さんを罵る資格なんかない!」

 静かだった。マリアさんだけじゃない。近くにいた全員の視線が、こちらを向いていた。
 妹の叫びは、悲痛だった。一人で何もかも抱えて、それでもみんなの期待にこたえようと努力して。その時に支えられなかったのは、やはり胸が痛い。それでも、アタシは自分にできることをやるしかないんだ。
 近くにいたこの国の連中、そして他国からの救助部隊の人たちも、今の慟哭を聞いて何を思ったか。後悔か、それとも不満か。
 マリアさんにいたっては、身体をガタガタ震わせて、必死に何か言おうとしているが、声が出ないようだった。

「さようなら、お母さん。あなたはずっと、私たちのことを分かってくれなかった」
 そう言うと、アタシの手を引いて歩きだした。その手が、震えているのが良く分かる。
 今まで、このように反抗したことなど一度もなかったのだろう。言われるがままに『勇者』であり続け、そして今、それをきっぱり否定したのだ。
 今の騒ぎ、下手したら王様の耳に入るかもしれん。そうなったら、ちょっと面倒なことになりかねない。
 なら、面倒事が起こる前に、とっとと出ていってしまえばいい。

 アタシは妹の手を握って、駈け出した。目指すはロマリアの救助隊の駐屯地。ここでの騒ぎが伝わっていなくて、それでいて近いところ。
 ルーラでさっさとここから出ていってしまおう。話し合いなど、ロマリアに着いてからでよし。

「姉さん」
 「ん?」と振り返ると、妹は晴れ晴れとした表情で、
「一緒に頑張ろうね!」
 魔王討伐の旅に出るのだということを感じさせないほど明るい声で、言ってくれた。
「おう! 一緒に頑張ろう!」

 ロマリア救助隊の駐屯地に着くと、適当に事情を説明し、ルーラを使える人を呼んでもらった。事情といっても、魔王討伐の旅のことであり、先程のことなど一ミリも出していないが。
 そして、ルーラで一気にロマリアへ飛ぶことになった。
 さあ、これからが本番だ! 魔王でも全身タイツ筋肉でも、いくらでもかかってこい!



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第5話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/06 09:39
 ロマリアの首都、フィレンツェ。
 明らかに前世のイタリアを彷彿とさせる名である。ロマリアは『ローマ』、『イタリア』だし。安直ながらフィレンツェといえば、ルネッサンスであろうか。地図の位置的にも、ロマリアはまさにイタリアである。

 アリアハンからルーラでここまで運んでもらい、運んでくれた人に礼を言って別れた。
 そして最初にしたことは、お昼を食べるためのレストラン探しである。お昼まだだったし、お腹すいたし。
 旅立ちの景気づけとして、豪勢に行きたいところだが、個人的に肩がこる店は勘弁願いたい。おいしくて、見た目もそれなりなら文句言わないということで、適当にウロウロと歩き回った。
 が、フィレンツェの中心部だったらしく、どこもかしこも豪華で敷居の高そうな所ばかりだった。建物はいかにも金かけてますといわんばかりのものばかりだし、さすが「フィレンツェ」だけあって、そこかしこに匠の技が光る。

 妹はアリアハンを出たのは生まれて初めてだ。アリアハンとは明らかに違う街並みに目を白黒させ、随所にある知性と人並み外れた感性のあふれた意匠を見て歓声を上げた。
 最初に訪れた国が、このように芸術が盛んだったことは、妹にとっては非常に良かったと思う。問題は、他の国もこうなんだと思ってしまうことか。

 シグルドはシグルドで、「ほう! あの細工は見事だな」とか、「マスター! あの天使像がある建物に行ってくれ! もっとよく見たい!」などと言っていた。
 シグルドにとっても、ここは興味深いところのようだ。

 このロマリア、前世でのルネサンスと同様、メディチ家によって学問と芸術が盛んに後押しされているのである。
この世界にもメディチ家があるのを知った時は驚いた。しかも、この世界では伯爵の位をもらいうけており、ロマリア王家とも親交があるとか。前世世界では伯爵位をもらいうけるのを辞退していたらしいので、何とも面白い。

 着ている服もアリアハンとは異なっており、妹が危うく「あの服、変」と言うのを口を手でふさいで防いだ。「地方によって衣装とかは異なるものなんだよ」、と妹に教え、「変だと思っても、口に出してはいけない」と強く言い聞かせた。
 服が変などと、失礼なことを言うような子だったか? 初めての異国で、舞い上がって他に意識が回らないんだろう。言い聞かせてる時も、どことなく上の空で、視線は明らかにアタシじゃなく、街を向いていた。
『無駄ではないか? マスター』
 うん。そんな気がする。

 アリアハンの服がダサいとか、建物の細工が凝っていないとかではない。洗練されているかいないかや、芸術に対する意識の違いだろう。
 アリアハンは位置関係からして、他の文化が入ってきにくい。昔は世界の覇権を握ったらしいが、あくまで昔。現在のアリアハンは、わりと田舎である。ロマリアとは友好国であるが、その文化までもが入ってきてくれるわけではない。ロマリアで活躍している学者や芸術家は、メディチ家の庇護のもとだからこそそれぞれの分野を極めることができるのだから、そこから離れたいとは思わないだろう。よって、進んでアリアハンに行こうとする文化人はいないのだ。で、アリアハンにはロマリアの洗練された文化が入ってこないわけである。

 妹が何かを見てははしゃぎ、それを私が抑えるを繰り返しながら偶然発見した乗合馬車に乗り込み、街の中心部から離れることにした。
 アタシ達以外の乗客は、いかにも職人というおっちゃんと、その奥さんらしい人。それ以外にはおらず、結構空間が空いている。
 妹は馬車から身を乗り出して外の景色に見入っている。落ちるんじゃないかと思うほど身を乗り出すので、必死で中に引っ張っていた。「行儀が悪いから!」と言っても、「うん」と心ここにあらずな返事しか返ってこない。最終的には、落ちないように支えることに専念した。
 シグルドは「ご苦労なことだな、マスター」と、かなりからかいの色を含んだ声で言ってきた。こいつ海水につけてやろうかと思いつつ、それは表に出さない。
 職人のご夫婦に何度も頭を下げたが、
「あなた達、フィレンツェは初めてかしら?」
 と、気を悪くした様子もなく、フィレンツェについて色々教えてくれた。

 その時、職人のおっちゃんが、
「モンスター闘技場は行ったか?」
 と、奥さんの話をさえぎって、いきなり切り出した。行ってないと言うと、モンスター闘技場について熱く語り出した。
 いかにモンスター同士の戦いが白熱するかとか、歴史が古いとか。
「だってのに、「あんなもの、今のフィレンツェには合わない。壊してしまえ」なんて言いやがる輩もいやがる。
 ふざけんな! 庶民の楽しみを奪うんじゃねえ!」

 モンスター闘技場は、昔は上流階級のたしなむものだった。古代ローマのコロッセオで、人々が戦いに熱狂したようなものだろうか。
 今では庶民の娯楽になっているようである。場所も、王城がある中央からは離れた場所にあるし。
 だが、上流階級の者が全てモンスター闘技場にそっぽを向いているわけでもないらしい。実際、モンスター闘技場を運営しているのは国だし、お忍びで来る貴族も多いとか。
 おっちゃんの話によると、王様もお忍びでたまに来ているらしいが、ホントかそれ?
『眉唾ではないのか?』
 シグルドの意見に一票。

 そんなことを話していると、すっかり町の中心部は遠くなっていた。町並みはあの豪華絢爛なものでなく、わりと落ち着いたものになっている。決して簡素なつくりはしていない。さすがは大国ロマリアの首都、中央でなくても、それなりのレベルを保持しているようだ。
 妹もようやく落ち着いたか、おとなしく座った。今になって、自分がいかにハイテンションになっていたかが理解できたらしく、顔を若干染めてうつむいている。それでも、目の輝きは依然失われておらず、今だにちょっとした興奮状態か。

 奥さんにいい宿と飯屋を教えてもらい、礼を言って降りた。ご夫婦はまだ乗り続けるらしく、奥さんが「また会いましょうね」と言って微笑み、おっちゃんが「モンスター闘技場には行けよ!」と念押しして、馬車は去って行った。

 教えてもらった飯屋に行くと、わりとこじんまりした店構えで、色使いは暖かな、感じのいい店だった。
 中が若干ぼやけて見えるガラスのはめられたドアを開けると、涼やかな鈴の音がした。同時に、「いらっしゃいませ」と、これまた感じのいい店員さんが迎えてくれた。
 すると、妹はアタシの後ろに隠れてしまった。そう言えばさっきも、あのご夫婦とは目を合わせようとしなかったなと思い出す。初めての異国で、今まで限られた空間にいたものだから、急に広まった世界に戸惑っている部分もあるのかもしれない。
 そんな妹の態度など気にした風もなく、「お二人様ですね? こちらにどうぞ」と気持ちよく席に案内してくれた。

 アタシ達の他には客はいない。窓際の席に座ると、そこから王城が見えた。ここからでも王城の荘厳さは伝わってくる。この店での一等席のようだ。
 店員さんがメニューを置きつつ、「お客さん、フィレンツェは初めてですか?」と尋ねてきた。
 さっき、職人の奥さんにも聞かれたんだけど、アタシら、そんなに『おのぼりさん』なんだろうか?
「はい、今日初めて来ました」
 内心の不満などおくびにも出さず、アタシはにこやかにこたえる。田舎者なのは事実だが、バカにされたくはない。
 だが、妹はそんなアタシの心の内など知りようもなく、興奮状態で、
「わ、私、初めてアリアハンから出たんです!」
 と、『おのぼりさん』丸出しで言った。頬は上気し、目はキラキラと輝いている。
「この街に着いた時はびっくりしました。まるで別世界!」
 妹よ、気づいているか? その言葉、アリアハンをまるっきり『田舎』扱いしてるってことに。

 店員さんはバカにする様子もなく、むしろほほえましく思っているようで、
「ありがとうございます。どんなところが一番気に入られましたか?」
 と、まるでちっちゃい子に「何が一番好き?」と聞く感じで尋ねる。
「え、えっと、名前は分からないけど、女神さまが光の精霊アスカに守られている像が、すごく素敵でした! 通りの中央にあって、周りの建物はその像を引き立てるみたいにそれぞれ女神さまが彫られていたり、描かれたりしていました」
 そう、あれを見た時は正直心臓を持っていかれるかと思った。それほどの感動だったのだ。
アスカの翼にくるまれた女神は、自らを守るアスカを愛おしそうに撫でつつも、慈愛を感じさせる目で人々を見下ろしている。周りの建物の作品は、それぞれ別の人物の作品だろうが、あの像には及ばない。引き立て役でしかないのだ。
「まあ、お目が高い! あの像はこのフィレンツェで知らぬ者なしと謳われたアンジェロ・ダ・カノッサの作品ですよ。
 アンジェロは国王陛下の肖像画も手掛けた、一流の芸術家です」
 店員さんは、犬だったらしっぽを盛大に振っているだろう様子の妹を見て、さらに笑みを深くした。
「あの像に名はないんですよ。あえて名付けなかったとか。名をつけることで見る者に先入観を与えないためらしいですよ」
 なるほど。アンジェロ氏がどのような意図を込めて作ったのかは分からないが、見る者は勝手にそれを想像する。名前があるとどうしてもその名前に引きずられがちだが、それは製作者の伝えたいこと、感じていたことだ。伝えたいなら、名をつけるほうがいいと思うのだが、あえてそれをせずに、見る者に任せる。見る者が見る者なりの解釈をすることで、初めてあの像は完成するのだ。
 そう、見る者の数だけ、あの像の完成形がある。それもまた、あの像の魅力の一つだろう。

 ちなみに、アスカはファンタジアおよびシンフォニアに出て来る、あの光の精霊アスカと考えていいようだ。女神像もなあ。

『あの像は、私も感銘を受けた。まさに鬼才だぞ。素晴らしい芸術家がいるのだな、ここには』
 シグルドはかなりご満悦だ。かなりこの街が気に入ったらしい。
 妹もまた、今の説明に感動したのか、「また今度見に行こう!」と幼児のようなはしゃぎっぷりだ。

「まあまあ、とにかく、何か食べようよ」
 止まらない妹をなんとかなだめつつ、豚肉のトロトロシチュー仕立てをメインに、Aランチを頼んだ。
 ここはAランチとBランチがあり、Aランチは前菜、スープ、サラダ、メインディッシュ、そしてデザートと食後のドリンク。ドリンクはお好みらしい。ので、コーヒーを頼んだ。
 妹が頼んだのはBランチ。メインは白魚のカリカリ焼き、野菜ソテー添え。スープ、サラダ、メイン、Aよりも少量のデザートに、お好みのドリンク。何の飲み物がいいか分からなかったらしく、アタシと同じコーヒーをチョイスした。
 A、Bともに、パンはおかわり自由。メインもある程度決まったメニューから任意で選ぶシステムだ。聞くと、その日何を仕入れられたかによって、メニューは変わるらしい。スープも同じく。
 AよりもBの方が安く、量も少なめだとか。
『妹君は少食だな。それともマスターが大食らいなのかな?
 マスターはしっかり肉を食べるようだし、それに対して妹君は魚か』
 何が言いたい、シグルド。思い切り睨みつけてやると、鼻で笑いやがった。いや、ソーディアンに鼻ないけど。確かに聞いたぞ、「ふっ」って。
 やっぱり海水につけて一日放置してやろうか。

 注文を聞いてから調理を始めるらしいので、しばらくかかるらしい。
 店員さんが奥に行くと、アタシ達は今後の話し合いを始めた。
 妹の意見としては、魔王討伐を果たしたいとのこと。
「『勇者』はイヤだけど、これは果たしたいんだ。だって、そのために育てられて来たようなものだから」
 妹の今までの人生は、そのためにあった。少なくとも、周りの人間にとっては。その中にいて、他に望みの持ちようもなかったのだろう。他の子供が遊んでいるのは見れても、他の世界でどんなことがあるか、何ができるかなど分からない。闘いの技術こそが価値であり、押しつけられたものであろうとそうして生きてきた以上、急には変えられないのだろう。
 まあ、それもありだろう。言いたいこと、思うことは多々あれど、それをいちいち気にしていたのでは先に進めない。そんな簡単にできることじゃないのは確かなので、世界を見て回りながら、ゆっくりやっていけばいいと思う。
 まずは妹の視野を広げること。そのためには、いろんなものを見て、聞いて、感じてみないといけない。世界を回っていれば魔王討伐の旅っぽく見えるだろうし、その辺は問題なし。

「それに、否が応でも、戦わないといけなくなると思う。
 ほら、あの、バルバトスって人」
 ああ、あれね。あの全身タイツ筋肉。
 確かに、あいつアタシのことロック・オンしたみたいだし。どこにいようと、あいつが襲ってくるのは間違いない。
 それなら、こちらから出向いてきっちり白黒つけてしまった方がいいだろう。
『あいつは油断ならん奴だ。それに、アリアハン城から去る際のあの力から考えて、いついかなる時でも襲撃の可能性はある』
 そう、ディスティニー2みたいに、空間転移の術がある。ゲームみたいな感じで現れたりしてくるんだろう。

 とりあえず、魔王討伐を念頭に置きつつも、適当に旅してまわることになった。だって、魔王のところに行く方法とか知らないし。どこにいるかは知ってるけどさ。
 イシスの南、かつてのサブサハラ王国。それなりに栄えた王国だったらしいが、魔王が瞬く間にその国を滅ぼし、『魔王の国ネクロゴンド』と新たに名乗ったのである。しかも、どんな力を使ったのか、地形すら変えてしまった。かつてはイシスから南下して向かうことができたのに、今現在、険しい山々に遮られてとてもじゃないが行けそうもない。海を渡り、ネクロゴンドの南から北上するルートも遮られた。
 ルーラがあるじゃないかと思うが、どんな結界を張ったのか、ルーラでもいけなくなってしまったのである。
 まさに難攻不落。魔王は人間が攻めてくる心配をせず、のんびりやっていればいいのである。

 というか、本当にのんびりだ。サブサハラはさっさと滅ぼしたのに、そのほかの国は基本放置。アリアハンを襲ったのは、バルバトスの発言からして『勇者』狙い。国を狙ったわけじゃないし、あっさり引いている。多分街のモンスターはついでだったのではないだろうか。
 あれか? まわたで首を絞める感じで、じわじわなぶるのが好きとか?
 さすが魔王を名乗るだけあって、悪趣味。

 そんなことを話していたら、食事が運ばれてきた。
 とにかく食事。腹が減っては戦は出来ぬ。
 このスープ、かぼちゃの冷製スープか。濃厚で美味し。豚肉本当にトロトロ、野菜もいい具合にホコホコ。
 あっという間にデザート突入。
 いや、妹が食べ終わるまで、ちゃんと待ったけどね。目の前で食べてるのに、アタシは食べ終わってるとか、ちょっとむなしい。
『だから早食いの癖を直せと言ったのだ』
 やかましい。

「この後どうする? 宿行く?」
 とりあえず、目先の予定が決まっていない。街を見てもいいし、さっさと休んでもいい。
「私、闘技場行きたいな。おじさんが面白いって言ってたから」
 ふむ。それもありか。ギャンブルらしいが、ただ見物してるだけだからって追い出されるわけじゃないみたいだし。というか、賭けずに見ている人も大勢いるとか言ってたな、おっちゃん。

 ふむ、デザートは甘味の効いたショコラか。さらにキンキンに冷えたバジルのアイス。こちらもかなり甘め。妹はショコラのみ。
 コーヒーは、エスプレッソだった。イタリアでコーヒーといえばこれらしいが、これがかなり濃い。が、だからこそ、甘いデザートに合うわけである。
 しかし、ロマリアでもこのコーヒーが主流なんだろうか。こうやって普通に出してくるあたり、そうなんだろうけど。なんとなく、前世とのつながりが強く感じられる。
 妹はコーヒーの苦みが嫌なのか、カップを持ったまま顔をしかめている。小声で「苦い……」と呟いていたので、間違いない。あ~あ、砂糖とミルクあんなに入れて、コーヒーの風味損なうよ?

 腹も膨れたし、非常に満足したので、妹の希望通り、モンスター闘技場に行くことにした。
 再び乗合馬車に乗る。目的地はちゃんと確認した。終点はまさにモンスター闘技場だ。
 妹も今度はさすがに身を乗り出して外を見るようなことはなかった。人目があるっていうのもあるんだろうけど。
 馬車ぎゅうぎゅうなんですが。しかもどんどん増えてくし。みんな闘技場行くのか。

 最終的に蒸し風呂一歩手前までいった馬車は、無事、目的地に到着した。馬達可哀想に、さぞ重かったろうよ。

 気を取り直して、
「いくぞ!」
「はい!」
 そんなに気合を入れなくてもいい、というシグルドの小言は無視して、いざ!

 中に入ると、意外に子供がいるのが分かった。ギャンブルだというから大人の世界を予想していたのだが、意外に家族で来る人気スポットだったり?
 真ん中の闘技場では、モンスター同士が熾烈な戦いを繰り広げていた。こんなん子供に見せていいんか?
 試合が終わると、試合結果と配当が放送される。落胆する人、大喜びする人、笑い合っている家族など、実に様々な人がいる。試合より、こっちの方が面白かったり?

「姉さん、次の試合、賭けてみようよ」
 妹の意外な発言に、「へ?」と間抜けな返事を返してしまった。
 意外とはっちゃけるタイプ? こういうのが好きだなんて、思わなかったよ。
 妹はすでにどれに賭けるか選んでいる。ま、いいか別に。10Gくらいなら負けても懐は寒くならないし。
 「賭け事などするとは何事だ!」とシグルドがうるさいけど、無視無視。うるさいオカンだよ、まったく。
 なになに? スライム、大ガラス、フロッガー、バブルスライム。配当は、スライムが一番高いな。低いのはフロッガーか。次点でバブルスライム。
 じゃ、バブルスライムでいいや。

「姉さん、決まった?」
「ん。バブルで」
「私はスライム」
 賭けたな、妹よ。しかも千G! 当たったら十万Gだぞ。……実はギャンブラーだったのか?

 そして始まった試合。
 仕掛けたのは大ガラス。しかし、こいつあっさりフロッガーにやられた。そしてフロッガーはスライムを狙うが、スライムは逃げまくる。追いかけるフロッガー、逃げるスライム。その時、フロッガーがバブルスライムをふんずけて転んだ。バブルスライムはそれでキレたか、フロッガーに集中攻撃。毒を噴き出しながら周りを回るが、フロッガーも負けてはいない。踏んで踏んで踏みまくる。
 結果、共倒れとなった。残ったのはスライム。
 ……スライム!

「やった! 姉さんやったよ!」
 こやつ! 元手千で十万ゲットしやがった! 実はギャンブル強いのか?
 意外と手に汗握る試合だったが、そんなものは吹き飛んだ。
 もらってくるね! とか言ってスキップでもしそうな上機嫌で換金所に行く妹。
 なんだか、あれだ、諸行無常。違うわバカ。自分で自分に突っ込んでしまった。

 そんなアホなことを考えていると、隣で紙を破る音が聞こえてきた。
 見てみると、それなりに身なりのきれいなおじさまが、つまらなそうに券を細かくちぎっていた。
 そしてそれをぽいっと捨て、紙吹雪みたいに舞うそれらを見ながら、ああ、とアンニュイな声を漏らすと、
「絶対に大ガラスが来ると思ったのにな。一万Gも賭けたのに、大損だ」
 盛大にため息をついた。
 大ガラス最初にやられてたね。しかも一万も賭けたの?
 見ると、結構な美丈夫だ。軽くカールしたつややかな黒髪に、威厳あるアゴヒゲ。着ている物もかなり上等。実は貴族とか? 一万なんてはした金?

 相手が貴族ということなら、いつまでもぼーっと突っ立っていては失礼である。姿勢をただし、頭を下げようとして、
「ああ、いらんいらん。私は今はただの負け犬だ。そんな仰々しくしないでくれ」
 そのアタシを、この人は肩を掴んで止めた。
「お忍びでね。騒がれたくないんだ」
 まあ、貴族のお忍びって、気づいても気づいてないふりするものかもしれないけど。
「わかりました」
「敬語」
 いたずら小僧のような声で、その人はチャーミングにウィンクしながら言った。
 アタシはため息をつきつつ、「……わかった」と、諦めた。

「おお、名乗っていなかったな。レディ相手に、失礼した」
 この人絶対モテるだろ。今の声と仕草、そこいらの女性なら一発で落ちるぞ。
 おいシグルド。「れでぃ?」とかいかにもこいつがそんなタマか? みたいなニュアンスで言うな! 自分が一番分かってるわ!
「私はジョバンニ。遊び人のジョバンニだ」
 ウソつけ遊び人のわけないだろ! ツッコミは、誰に聞かれるでもなく消えていった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第6話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/10 22:15
 ちょっとオシャレなカフェテラスで優雅なひと時。洗練された優雅な仕草でギャルソンが差し出したカプチーノのシナモンの香りが、何とも言えない幸福感を醸し出す。
 そっとカップを手にとって一口、エスプレッソのコクとまろやかなミルクの口当たりが、体の芯までほぐしてくれる。

 はい、現実逃避終了。
 アタシの横には、コーヒーをかたくなに拒み、ハチミツ入りのホットミルクを飲む妹。
 妹よ、そんなにコーヒーイヤか? カフェ・ラテならミルクの風味も効いてて、飲みやすいって言って勧めまくったのに、「コーヒーなんて嫌い!」はないだろ。コーヒー好きのアタシとしては非常に悲しいぞ。そんなに昼飯の時のエスプレッソがトラウマか?

 で、アタシの目の前に座る一人の男。自称遊び人、名をジョバンニ・パッツィ。
 モンスター闘技場で出会ったこの男は、言葉づかいこそ丁寧かつ穏やかに、しかしその実かなり強引にアタシ達をこのカフェに連れてきた。

 さて、そもそも何でこんなことになったのか。
 まず、妹がギャンブルで十万Gをゲットした。お昼に食べたAランチが千五百G。Bランチが千二百G。安宿に泊まるのに食事抜きで数百G。それなりの宿で数千G。ちょっとした武器で数千G。それなりの武器で数万。かなりいいもので十数万。かなりの業物だと、数百万から、下手すると数千万。さて、妹のゲットした十万という金がいかほどのものか、ちょっと分かっていただけたと思う。
 しばらく生活に困らない。装備なんかは、アタシはシグルドがいるし、妹もアリアハンの王様からかなりの業物を以前から賜っていたらしい。今では愛剣だとか。

 そこから考えると、十万は大きい。いや、一年でためた金はかなりになるし、爺ちゃんの遺産はそれこそ頭がショートするほどの額だった。なので、爺ちゃんの遺産は全部を持っているわけではないが。いざという時は、キメラの翼を使って塔まで戻り、金を補充できるのである。
 が、あまりそれはしたくない。なんとなく、申し訳ない気持ちになるのである。なんとか自力でやっていきたい。しかし、無理ならば躊躇はしない。いざという時、金に糸目はつけてはいけないのだ。
 とりあえず、金の問題は基本的にないのだ。

 というか、この世界、基本的に全世界共通通貨なのである。前世世界では円だのドルだの元だの、国や地域によって通貨は変わり、貨幣価値も変わっていたのだが、ここではそういうことがほとんどない。
 お金も、一G、五G、十Gは硬貨で、百、五百、千、五千、一万は紙幣である。分かりやすい。

 話がずれたが、その時にジョバンニと出会った。明らかに貴族だが、お忍びだからと敬語などは一切禁止され、しかも自身を遊び人などと称す。
 こちとら気が気でない。貴族は気位が高いのだ。お忍びだから気を使うなと言われても、機嫌を損ねられでもしたら危険なのはこちらなのだ。言葉づかいはいつも通りにしても、細心の注意は払う。
 だって犯罪者になりたくないし。こちとらこれから世界中を旅するのだから、札付きになんぞなりたくないのだ。

 そんなことをこちらが考えているのを知ってか知らずか、ジョバンニは機嫌よくこのモンスター闘技場について語っている。自分はここであまり勝てたためしがないとか、ひどい時は百万以上スッたとか。
 「それはまた随分スッたねー」などと相槌をうちながらも、心臓はいつも以上に必死に働いている。正直、アタシなんかほっといて、さっさとどっかいてくれというのが本音。そう、妹が帰ってくる前に。
 盛大に損をしたこの男が、大儲けした妹を見たらどう出るか。逆切れされたらたまったもんじゃない。

 どっか行け。早くどっか行け! お前みたいな色男、それこそ女なんて選び放題だろ。ほら、向こうで明らかにお前を意識してる女性の二人連れがいるぞ。他にも色目を使っているマダムとか、アタシに嫉妬の視線を投げつけて来る奴まで。
 アタシだって望んでこいつといるわけじゃねえ! こいつに気があるんなら、さっさとこいつ連れて行ってくれ! アタシはもううんざりだ!
 お前もお前だ、このエセ遊び人。お前分かってるんじゃないだろうな? アタシが神経すり減らしてるの分かってて、ワザと気がつかないふりしてるんじゃないだろうな? 何でアタシなんかに構うんだ! 容姿も年齢も、その他の何もかもがお前みたいのからしたら相手になんてしない人種だろうが! こんな貧相なガキほっといてくれ!

「姉さーん! 見て!」
 妹帰ってきちゃったああああ! ジョバンニさん、「ん?」とか言ってそっち見ないで! その仕草だけでまた多くの女性たちがノック・アウトされてますよ!
 違う! そうじゃなくて、今の妹に興味持たないで!

 アタシの内心の葛藤などその辺の雑草のごとく踏みつけて、妹は上機嫌で換金所でもらった金を見せてきた。
「すごいよ! こんなに沢山!」
「うんわかった。とりあえず、そのお金は仕舞おうね」
 こんな人が大勢いるところで、そういう話はマズイ。
 そして、アタシの隣にいる人物がヤバイ。

 恐る恐る隣を見てみると、ジョバンニは妹が鞄に仕舞っている金額を見て呆けていた。
 貴族からすればはした金でも、いつも負けているらしい彼からすれば、これは間違いなく大金だ。
 キレるか? キレるか? アタシは戦々恐々としながら、ジョバンニの様子をうかがった。
 その時になって、妹は初めてジョバンニに関心を持ったらしく、不思議そうに見ている。ついでに、内心ビビりまくっているアタシの様子がおかしいのに気づいたらしく、これまた不思議そうに「姉さん、どうしたの?」と心配してくれる。
 妹よ、心配してくれるのはありがたいんだが、空気読んでくれ。アタシの隣にいる人、明らかに貴族だから。

 そして、アタシの精神が崩壊しかけた時、その均衡を破った人物がいた。
 ジョバンニである。彼は逆切れするでもなく、腹を抱えて大笑いし始めたのである。
 突然の出来事に、限界だったアタシは小さく「ひっ!」と悲鳴をあげて一歩下がった。妹も突然笑い出した見知らぬ人物に戸惑っている。そんなことには構わず、ジョバンニはしばらく笑い続けた。笑いすぎて涙が出るほどに。
 いっそ、そのまま笑い死にしてしまえ、と思ったのは、ここだけの話である。

 そうしてようやく笑いの発作が治まったらしく、ジョバンニは涙を拭きながらまだ残っている笑いの余韻を抑えつけ、
「いや、申し訳ない。そちらのレディが得た金額を見ると、自分がバカみたいに思えてきてな」
 と、謝罪する気あるのかないのか分からない態度で、とりあえず謝った。

『さて、なかなか上手く道化を演じるな。笑いの発作こそ本物のようだが、それを上手く利用してのこの語り。
 マスター、油断するな。この男、とんだ曲者だぞ』
 それは解るよ。さっきの笑いは確かに本物だったけど、それをやるタイミングとか、その時の仕草とか、笑い終わったときの謝罪の時の表情とか、こいつ全部計算してやってる。
 この野郎、アタシがイッパイイッパイなの、しっかり分かっていやがった……!

 妹はこの男をどう思っているのか分からないが、見た感じでは普通に接している。
「初めましてレディ。ジョバンニ・パッツィと申します」
「あ、こちらこそ初めまして。リデア、です」
 あ、こいつキザに上流階級の礼をやりやがった。言葉使いも、明らかにアタシの時とは違うし。

 何この差? 女としての差? そりゃ、アタシと妹なら、明らかに妹のほうが『女』である。アタシは相変わらず髪はナイフでざっくりだし、服装だって機動力とか機能性重視だし。体型も貧相だし、女としての魅力なんてねえよ。それに引き換え、妹は着ている服装こそ機能性重視のものだが、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでるし、顔のつくりは一流だし、女としての魅力にあふれてるわな。
 ……普段は基本的にそんなこと気にしてないんだけど、なんかこいつの態度見てると、そういったものの差が出ているような気がして仕方ないんだが。
 いいさ。別に結婚する気なんかないし。魔王討伐の旅が終わったら、世界中の頭脳が集まるとか言われてるダーマに行って、魔法学の研究でもしよう。むしろ、学問と結婚してやる。

 そんなことを考えていると、妹が上機嫌で、
「姉さん。この人がおいしい飲み物おごってくれるって」
 爆弾発言をしてしまった。
 妹よ、知らない人についてっちゃいけませんって言ったでしょ!
 アタシは、何とか断ろうと苦心した。
 その結果が、このカフェテラスである。
 なんだろう、この敗北感。おいしいコーヒーが、そのむなしさをさらに助長してくれる。
『まあ、相手が悪かったな』
 シグルドも、こいつが相手では分が悪かったと分かっているらしく、責めるような発言はしてこなかった。むしろ、同情するような響きがあった。

 テラスで飲むのって、かなり金がかかるはずではなかったか? にもかかわらず、むしろVIP待遇だった。店に入った途端、このテラスへと案内されたのである。
 常連。しかも上客。
 このテラス、席はそれぞれかなりの間があいていて、他の席の話が気になりにくい。レンガの塀で外からは見えないようになっているが、太陽の恩恵にはしっかりあずかれる設計である。しかも、雨の日にはちゃんと屋根がかかるらしい。
 明らかに高級そうな店で、この扱い。こやつ、ただ者じゃねえ!

 はっきり言って、今すぐ逃げたい。相手が貴族ということ以上に、胡散臭い。厄介事のにおいがする。
 アタシ達みたいな子娘二人、こんなところに誘って何を企んでる?
 警戒しつつコーヒーについてきたクッキーを一口。あ、めちゃくちゃ美味い。さすが高級店のクッキー、一味も二味も違う。
「満足してもらえたようでなによりだ」
 クッキーの幸福感に浸っていると、いきなり冷水を浴びせられた。目の前には、いかにも何か企んでますという笑顔のジョバンニ。
 い、いかん! あまりの美味しさに、今の状況を忘れてしまった。くそう、まずは味覚から懐柔するつもりか。そうはいかんぞ!

 とりあえず、コーヒーを飲んで心を落ち着かせよう。
「姉さん、どうしてそんな苦いもの平気で飲めるの?」
 ミルクをちびちび飲みながら、妹は明らかに不満そうに聞いてきた。ちらっとジョバンニのほうを見てみるが、何も言わずに、相も変わらず胡散臭い笑顔を浮かべてアタシ達を眺めている。
 まあ、妹との会話はオーケーらしいので、妹の疑問に答えようか。
「アタシは基本的にコーヒーは好きだからね。苦いのもコーヒーの味わいの一つ。
 ま、今飲んでるのは二種類のミルクが入ってて、かなりまったりした口当たりになってるけど」
 今の答えは納得いかなかったか、妹は相変わらず不満げに「ふうん」と呟くと、ポリポリとクッキーを食べた。妹にしてみれば、「あんな苦いもの」を好きだと言い、平気で飲む行為は信じられないのだろう。
「うわあ、美味しい」
 そのクッキーの味がいたくお気に召したらしく、妹は今までの不満などどこ吹く風で、満面の笑顔をうかべた。

 さて、肝心のジョバンニだが、頼んだのはカフェ・マキアート。エスプレッソに少量のミルクを入れたものだが、その飲む姿が絵になること。一緒に頼んだスコーンはドライフルーツの入ったもの。スコーンって、紅茶のイメージがあるんだけど。イギリスのティータイムだ。それを口に運ぶ動作も優雅。
 ああ、腹立つ。こいつの仕草一つ一つが腹立つ。見目麗しく、洗練された一挙手一投足がいちいち癇に障る。
 何考えてるのかわからないが、絶対ロクなものじゃない。にもかかわらず、見た目にはそんなこと微塵も感じさせない。貴族お得意の腹芸か。アタシが怪しんでること、こいつは絶対わかっている。が、表面上は「ただのお茶会」を演出し、アタシの苛立ちにも気がつかないふり。

『さて、何かあるなら、そろそろだろうが……。明らかにタイミングを計っているな。
 まったく、旅立ち早々、厄介事に巻き込まれたものだ』
 シグルドもジョバンニには辟易しているらしく、口調が若干苛立っていた。
 まったくもってシグルドに同意。なんでこれからって時に、いきなりけっつまづくかな。

 そして、妹のクッキーに対する評価を「それはよかった」と笑顔で受け、しばし考える仕草をして、
「よし、君たちになら頼んでもよさそうだ」
 ようやく、本題を切り出した。
 なにが「君たちになら」だ。始めからアタシ達をロック・オンしてたくせに。先程の考える仕草も、この切り出し方のためのただの前ふりのようなものだ。
 しかし分かっているからこそわざとらしく思えるが、そうでないならごく自然の動作である。大した役者だな、こいつ。
 シグルドも「何を白々しい」と言って憤りをあらわにしている。

「実は、かなり困ったことが起きていてね」
 アタシの内心など分かっているだろうに、それでもあくまで「自然に」進めていくジョバンニ。困っている感を出すためか、その笑顔はやや苦い。
「陛下の王冠が盗まれたんだ」
 そんなこといきなり知り合った小娘に話すことじゃねええええ!

 王冠、権威の象徴の一つともいえるそれが盗まれるなど、国家規模の大事件である。他国はもちろんのこと、自国の者にだって知られてはいけない。王の権威が失墜する危険がある。それを知る立場にあるのは、国の上層部のごく一部。場合によっては、国王すらそれを知らず、国王に知られる前に周りが走り回るかもしれない。
 そんなこと、明らかに他国の、見知らずのそこいらの平民に話すことじゃない。

「それは大変じゃないですか!」
 妹よ! 今の話本気にしたの? 今にも立ちあがりそうになって、ジョバンニに制され、おとなしく座ったが、それでも顔からは焦りの表情が消えていない。
 これが演技なら、妹はかなりの切れ者だということになる。アタシとしては、そうであってほしい。

 妹の反応に内心気を良くしたであろうジョバンニは、
「そう、大変なんだよ。国の一大事だ」
 今までの笑顔を消して、いきなり真面目な顔になった。

 その国の一大事を、何でアタシ達なんぞに話すかね? しかもお前、遊び人設定はどうした? そんな奴がそんな大事、知ってるはずないぞ。

「リデア嬢、隠していてすまなかったが、私は貴族なんだ」
 「アデル譲にはもう話していたがね」と、心底すまないという表情で妹に詫びる。妹は「そうだったんですか」と、知っていたのかそうでないのかいまいち判別できない返事。
 妹はアリアハンの王宮に出入りしていた身だ。貴族と接点はなくとも、近くで見たことは何度もあるはず。その妹が、ジョバンニが明らかに貴族であることを見抜けていないとは思わないのだが。

 話は続く。ジョバンニは懐から一枚の紙を取り出した。
「これは陛下からの勅命状でね。私が王冠奪取の任を仰せつかった」
 ジョバンニはその「勅命状」とやらを広げて見せた。そこには「王冠の奪還をジョバンニ・パッツィ伯爵に命ずる」ということが書かれており、ロマリア国王のサインと王家の印が押されている。

 ウソくさ! あからさまにウソ臭い。こんなものを持ち出してくる時点で、この話がでっち上げの可能性が高い。
 国王から賜ったものを、こんなところでアタシ達なんかに見せるわけがない。アタシ達がこの話を信用するための布石の一つだろう。それっぽいものがあると、人間信じてしまいがちである。

『ただ者ではないと思ったのだがな。こんなものを見せるとは、詰めが甘い。あるいは、それすらも計算のうちか?』
 そう、シグルドの言う通り、この『勅命状』、はっきり言って不必要だ。さっきまで完璧に演じ切っていたジョバンニだが、この紙を出したことで、一気にその演技を台無しにしている。
 さて、ここぞというところで詰めが甘いのか、あるいはアタシ達がそれによって怪しむのも計算のうちか。

 そもそも、アタシ達をはめようとする理由は? アタシはロマリアの貴族なんかと接点はない。妹に関しては、アリアハンの王宮で会ったかもしれないが、せいぜいすれ違った程度だろう。それに妹の反応からして、見たこともないようだし。こいつと接点のある貴族に関しては分からないが。
 おそらく、こいつの狙いはアタシ達なんかではなく、もっと別の何か。もしかしたら、敵対している貴族を陥れるための策略の一部だったりして。そのためには、他国の人間が都合がいいから、偶然見つけたアタシ達に目をつけたとか。
 この『勅命状』、その策略の小道具の一つだったりして。
 冗談ではない。こいつが何する気かわからないが、下手するとアタシ達は牢屋行き、なんてことになりかねない。ちょっとした捨て駒である。そんなのはごめんだ。

 だが、妹は見た感じ、すっかり今の話を信じ切っている顔をしている。表情は神妙になり、声をひそめて、
「犯人が誰か、分かってるんですか?」
 と、こいつの話を聞く気満々のようだった。
 アタシとしては冗談じゃないが、こいつ、アタシが席を立とうとするのを絶妙のタイミングで話しだして邪魔をする。
「ああ、シャンパーニュの塔を根城にしているカンダタという盗賊だ。すでに二度ほど我が騎士団を送り込んだのだが、こちらの兵は太刀打ちできなかった。
 調べによると、かなりの腕きき揃いの大きな盗賊団のようでな」

 そうかい、ならアタシ達なんかに構ってる暇ないだろ。さっさと屋敷に帰って対策を練れよ。
 ツッコミたいのだが、さすがにそれを声に出して言うことはできない。必死に妹に視線を投げかけているが、妹はもうジョバンニの術中にはまった状態っぽい。
『マスター。妹君は、この話をすっかり信用してしまっているみたいなのだが……』
 言ってくれるなシグルド! アタシ、そのことで頭痛い。妹のこの状態、確実に演技じゃなくて素だ。本気でジョバンニの話を信じているし、それを何とかしてあげたいと思っている!
 イヤだ! 貴族のもめごとなんかに関わりたくない! お願い気付いて妹よ!
 ジョバンニをじっと見てると、「悪意なんかありません」という笑顔で、ウィンクされた。
 こいつアタシがイヤがってるの見て面白がってる! しかし、相手は貴族。それは間違いない。下手こいて「平民風情が、何と無礼な!」とかなったら、一生追われる可能性が高い。そう考えて必死で耐えているアタシを見て、この野郎内心大笑いだよ!

「分かりました! 私達、腕には覚えがあります。その王冠、何としても取り戻します」
 言質取られた。はっきりと宣言してしまった以上、ジョバンニの勝ちである。もう後には引けない。
『妹君は、純粋なのだな……』
 茫然としたシグルドの言葉に、アタシはがっくりと肩を落とした。
 過酷な環境の中、まっすぐに育ってくれてお姉ちゃんうれしいよ。でもね、今はそれがすっごく憂鬱だよ。

「ありがとう! 君たちならそう言ってくれると思ったよ。信じて話してみた価値があった」
 ジョバンニの笑顔には一片の曇りもなく、だがアタシの精神状態はどんよりとした曇り空。
 この野郎、内心得物が引っかかったことを腹を抱えて喜んでいるだろう。
 あと、さりげに「君たち」言うな。アタシは何も言ってない!

 こうして、旅はのっけからつまづいた。助けてマジで。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第7話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/18 22:25
 ジョバンニはフィレンツェで最高級のホテルを手配してくれた。
 妹は「お城みたい!」と大はしゃぎだ。アタシは上流階級の屋敷などには免疫があるので、もう動揺したりしない。
 晩飯のレストランの料金も、明日の朝食の料金も、ジョバンニが受け持ってくれるという。しっかり確認したが、すでに払いは済んでおり、自分たちで払わなければいけないという事態はなさそうだ。
 夕食はフルコースだった。以前エミリオのところでこういうのは頂いているので、マナーも一応わかる。問題は妹だった。食器をどれから使えばいいかわからない、どう食べていいかわからない。アタシは自分がまず食べて見せながら、ゆっくりと教えていった。
 内心、「マナーくらい教えてろよ」と思ったのは、言うまでもないだろう。平民であるため、基本的にこういう食事をする機会はないが、『勇者』として教育するなら、こういうこともしておけというのだ。

 今日の反省点。相手が貴族だからと遠慮しすぎたこと。言い方、やり方によっては、今回の厄介事は回避できたはずである。
 しかし問題は、ジョバンニの風格であった。なにかこう、そこにいるだけで圧倒されるような威厳すらあったように思える。しかも、それを故意に出したり抑えたりできるようだった。何か言おうとするのをためらうというか、躊躇するというか、そもそもあいつに意見するというのが不可能な雰囲気を、アタシに向けていたように思える。言い訳にしかならないだろうが。
 おそらく、ジョバンニは貴族としては一流だろう。それだけに、粗いところが目立つのか気にかかるのだが……。

 実は、ばっくれようと思ったりもしたのだが、しっかり見張りがいて、逃げられないようにされている。
 このホテルに連れてこられる間も、何度も何とか断ろうと努力した。しかし、あいつはそれをさえぎり、あるいはかわしてみせた。
 驚いたのが、そんなアタシの様子を察したらしい妹が、アタシが断ろうとするのを止めるように手を引いたことだろうか。何度目かに口を開こうとした時、妹がそれをさえぎるタイミングで手を引き、眼で制したのだ。

 そして夕食も終わり、部屋に帰ってきて部屋中を調べ、異常がなさそうだと判断してから、妹にその行動の真意を尋ねた。
「だって姉さん、あの人の頼み、断ろうとしてたでしょ? それはダメだって思ったから」
「いや、断るでしょ。怪しすぎるし」
 「なんでそんなこと聞くの?」という顔で、当たり前のことしただけだという妹に、アタシはあいつに感じたことをきっちり説明した。明らかに悪口にしかならない事は除いて。

 アタシの話を聞き終わった妹の反応は、非常に淡泊なものだった。「ふうん」と、それがどうしたのだと言わんばかりの態度で、驚きも怒りもしなかった。
 個人的に、この話を聞いた時の妹の反応を予想していたのだが、きっと「そんな!」とか言って盛大に驚くか、「人をだますなんて許せない」と言って怒るとか、そんな風にそれなりのリアクションがあるだろうと思っていたのだ。だが実際は、かなり冷静だった。
「どうかしたの?」
 妹の反応に、逆にこちらが驚いて言葉をなくしていると、妹が心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。それでようやくわれに帰それでようやく我に返り、
「今の話聞いて、何とも思わないの?」
 逆に、こちらから尋ねた。

 妹はアタシの言葉に何を思ったのか、苦笑した。
「姉さんの言うことはもっともだと思う。私は、そんなこと考えてなかったから」
 なら、アタシの話を聞いてその反応は何なんだろうか? そんな思いが顔に出ていたのか、妹は「うーん」と小さく唸り、言葉を探しながらといった感じで考え込んだ。
「私さ、ジョバンニさんが何考えてるかなんて知らない。姉さんの言うことはきっと普通に考えたら、当たり前のことだと思う」
 妹はアタシの考えを言葉では肯定しつつも、言葉の外では明らかに否定していた。
 アタシは自分の考えが完全に正解だとは思っていない。だが、完全に不正解だとも思っていない。だが妹は、現状に一切の危機感を持っていない。
 なぜ? アタシは自分のダメさ加減に内心のたうちまわり、現状を悲観しているというのに。なぜ妹は、こうもまっすぐな目ができるんだろう。

「これは勘だけど、ジョバンニさんは悪人じゃないよ」
 この言葉は、アタシの考えを否定することだった。だって、アタシの考えからすると、ジョバンニはアタシ達を利用して何かやらかそうとしていることになる。そのやり方からして、ロクなことじゃないと思うのだが、妹はそれをはっきり「違う」と言った。
「根拠は?」
「ないよ」
 アタシの考えをそこまできっぱり否定するなら、それなりの根拠があるのだろうと思ったが、それすらあっさり否定された。つまり妹は、本当に全くの勘だけで言っているのだ。
 少し腹が立った。アタシはそれなりに考えているのに、たったそれだけでこちらの考えを否定するのか。アタシは自分だけのために言ってるんじゃない、妹のためを思ってなのに。

「姉さんが怒るのは、当然だと思う」
 アタシの怒りを感じたか、それでも妹は落ち着いた声で話す。
「でも、間違いないよ。断言してもいい。いい人じゃないだろうけど、悪人でもない」
 そのまっすぐな視線は、アタシの心を貫いた。妹の言葉には、明らかな『力』があった。アタシの考えなんて矮小で、取るに足りない事なんだといわれているような気さえしてくる。アタシの考えなど小賢しいと、まるで責められている感覚になる。
 妹にはそんな意図はないだろう。妹の目はひたすらまっすぐだ。そこには邪念は見られない。アタシの感じたことなんて、妹は考えていない。

 急に、泣きたくなった。あんな目見たことない。今まで一度も見たことない。これ程まっすぐな目を出来る人間なんて知らない。
 ああ、確かにアタシは小賢しい。あれこれつまらないことを考えて、過去にとらわれ、ちっちゃいことを気にしてのたうちまわり、見た目だけは取り繕う。
 アタシみたいな人間には、妹の目はつらい。太陽を直視すると目がつぶれてしまうように、強すぎる光はもはや毒だ。アタシみたいな汚い人間が直視していい存在じゃないんだ。

 アタシはうつむいた。妹の目を見ていられないし、妹の言葉も重い。
 ジョバンニは怪しい。妹がいくら言おうと、その考えは捨てられない。しかし、妹の言葉を聞いていると、妹のほうが正しいのだと、そんな考えは捨ててしまえと、自分の中の何かがささやく。

「それにね」
 妹は、さらに言葉を紡ぐ。その言葉には、迷いがない。
「ジョバンニさんの話が本当とかウソとかはどうでもいいんだ。でもね、感じたの。
 ジョバンニさんの頼もうとしていることは、引き受けなくちゃいけないって」
 恐る恐る、顔を上げる。妹が、いたわる様な目で、アタシを見ている。
 アタシの考えを否定しても、アタシ自身は否定しないでくれている。ちゃんとアタシを見てくれている。
「ごめんね、姉さん。姉さんは引き受けたくなんてなかったんだろうけど、私は、これはやらなくちゃいけないことだって思ったの」
 アタシに近寄り、アタシの手を取って、幼子をあやすように語りかけて来る。その手に障るのが恐ろしいことのように思えて、アタシは手を引っ込みかけたが、妹は強く手を握ってそれをさせなかった。
「私のこと怒っていいよ。姉さんには、その権利がある。私のせいで泣いてるんだよね」
 いつの間にか、アタシは涙を流していた。

 違うよ、アタシが勝手に泣いてるんだよ。リデアのせいじゃないよ。アタシ自身のせいなんだ。自分の汚さを見るのが嫌でふたをして、リデアを見てるとそんな自分があまりに身勝手で、矮小で、どうしようもない人間だと気づかされるから。リデアのせいじゃない。アタシが勝手に泣いてるんだ。

「り、リデアは、ジョバンニの仕事を受けたいんだよね」
 涙で顔がぐずぐずで、声も震えているが、それでもしっかりと確認する。
「受けたいっていうか、受けなきゃいけない気がする。これは必要なことだって、私の中の何かが言ってる」
 妹の中では、それは決定事項だ。
 ジョバンニ個人のことなんか、妹の中にはない。ただ、自分の直感を信じている。

 理解不能だ。アタシみたいな人間には、それこそ一生かかっても無理だろう。
 だが、妹は自分の道を信じ、疑っていない。仮にその直感が外れていても、妹は誰もきっと恨まない。後悔もしない。ただ、受け入れるんだろう。
 アタシは、妹の邪魔をしてはいけない気がした。ジョバンニに対する個人的な思いは捨てて、妹の直感を信じる。それが、正しいことのように思える。

「本当にごめんなさい、姉さん。姉さんを無視して、勝手に引き受けちゃって」
 アタシはただ、首を横に振った。声を出すと、本当に泣きわめきそうだったから。
「確かに、姉さんの言う通り、何かあると思う。でもそれはきっと、姉さんが考えてるようなことじゃないよ。絶対」
 アタシはただただ、頷いた。
 もう、ジョバンニのことなんてどうでもよかった。信じるのは妹だ。ジョバンニを信じるんじゃなく、妹を信じる。根拠がないのがなんだ。そんなちっぽけなもの捨てておけ。
 妹の言葉と目には、それだけの価値がある。

「ごめんなざい」
 ぐちゃぐちゃの顔で、汚い声で謝る。ひたすら謝る。
「ごめんなざ……! ごめんなさ、い!」
 妹は狼狽し、背中をさすってくれた。「何で謝るの?」と、無言で訴えて来る。
 ごめんなさい。アタシは無意識にあんたを見下してた。バカにしてたんだ。リデアがなんも考えてないと思ったんだ。まともな判断なんかできてないと思ったんだ!
 こんなこと考えてたなんて言えない。言えるはずがない。自分がこんな人間なんだと、妹に知られたくない。だから言わない。
 でも、謝る。ひたすら謝る。謝って謝って、それでも妹はずっとそばにいてくれた。

 ごめんさない。ありがとう。
 これからもこんなこといっぱいあるだろうけど、それでもアタシはあんたといたいから。

 ようやく泣きやみ、妹に「もう大丈夫だから」と、先に風呂に入ってもらった。
 洗面所で顔を洗い、目をタオルで冷やす。明日、腫れなきゃいいんだけど。

「シグルド、アタシ、最低だ」
『妹君が出たら、さっさと風呂に入って寝てしまえ』
 余計なことは考えるな、か。
 シグルドは答えを返さない。今のアタシには、何を言っても逆効果だと分かっているからだろう。
 アタシは、誰かに罰してほしいのだ。妹は無理だから、シグルドに頼んだ。だが、シグルドからも拒否されてしまった。
 「寝てしまえ」か。それがいいかもしれない。風呂はさっさと済ませて、寝てしまおう。
 ジョバンニの依頼。どんな結果になるかなんてわからないが、もう気にしないでおこう。

 お風呂はさっさと済ませた。妹が心配してくれたが、これでは明日に差し支える。
「アタシ、もう寝るから。あんたもさっさと寝ちゃいな」
 強引に妹をベッドに入れ、部屋の明かりを消した。
 明日、どうなるか。そんなことをちょっと考えたが、泣いたせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。

 さあ、最初の冒険だ。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第8話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/18 22:25
 朝起きたら、とくに目は腫れていなかった。
 いつもの通りふらふらと顔を洗って、やっと目を完全に覚ます。
「おはよう、シグルド」
『おはようマスター。相変わらず、朝に弱くて何よりだ』
 皮肉を言ってくるが、おそらく昨日のことを引きずっている様子がないことに安心したと言っているのだろう。
 昨日は醜態さらしたからな。今日はしゃきっとするさ!

 妹はまだ寝ている。起こすには、まだ時間が早い。
 外に行って走りこみをしたいが、状況的に諦めることにする。
 部屋は広いので、妹の睡眠所邪魔をしないように、物に当たらないように注意しつつ、素振り。

 さて、ジョバンニの依頼のことは、昨日一応決定した。不安だけど。
 妹の意思を尊重しつつも、アタシはしっかりと相手を、そして状況を見極めていかないといけないだろう。そういうのは、妹は苦手そうだ。
 妹は、それこそ日々大変な訓練を受けつつも、実に大切に育てられて来たんだろうな、と思う。周りが、妹に世間一般的に言われる『悪』とは触れさせなかったんだろう。それこそ、蝶よ花よと育てられた、箱入りお嬢様状態?
 昨日みたいな失態はせん。アタシがしっかりせねば!
 そして妹も、この旅を通じて、そういうものとイヤでも関わっていくんだろう。その時、それを否定し、拒否し、逃げるようではいけない。人間イヤでも生きてたらそういうものと関わるんだから、耐性をつけておかないと。
 考えると、ジョバンニの相手は、アリアハンを出たばかりの妹には、最初の関門としては高すぎたかもしれない。
 人生、山あり谷あり。階段みたいに均等に段々になって、段階を踏んでいくというのはあり得ない。それこそ、子供のころにある程度、そういうものに対して慣れておくのが人間社会ってもんだけど、妹はそれをさせてもらえなかった状態。
 今回のことが、吉と出るか凶と出るか。
 ええい、うだうだ考えてても仕方がない! やるって決めたんだから、覚悟を決めろ、アタシ!

『余計なことを考えて剣を振るな! 乱れているぞ!』
「はい!」
 今は剣をひたすら振ることだ。

「姉さん、おはよう」
「おはよー」
 素振りをしていたら時間がたっていたらしく、妹が起きてきた。
 妹は朝には強いんだろう、顔も洗っていないのに顔がしっかりしている。
「姉さん、朝から精が出るね」
 アタシが朝早くから素振りをしていることに感心しているらしく、妹は尊敬の眼差しを向けてきた。
 その視線の中に、明らかな心配の色が見えたが、そのことには気づかないふりをしつつ、いつも通りに。
「身体を動かすことはいいことさ。使わないと、シグルド拗ねるし」
 「誰が拗ねるか!」とご立腹のようだが、無視。
 妹は、「あ、そうだった」と言って、
「シグルドさん、おはようございます」
 わざわざシグルドにもあいさつした。いやあ、意志疎通ができない相手にも、ちゃんと挨拶するのはえらいね。意思疎通できないというか、シグルドの声はアタシにしか聞こえないってだけだけど。
『ああ、おはよう、リデア殿』
「おはようだってさ」

 こんなやり取りをしつつ、支度をして部屋を出る。
 いざ朝食。腹が減っては戦は出来ぬ。しかもせっかくの高級ホテルの朝食、堪能せねば。
 どうせ、支払いは他人だし。

 朝食が終わり、ホテルのロビーで待つ。
 いやあ、美味かった。本当に美味い食事だった。
「姉さん、よっぽど朝食がおいしかったんだね」
 食後の幸福な余韻に浸っているのが顔に出ていたか、妹は可笑しそうに笑う。そこにはもう心配そうな雰囲気はない。
「食事は生きていく上での、大切な行為だからね。美味しく頂かないと」
『単に食い意地が張ってるだけではないか?』
 ちょっと顔が引きつった。他の誰にも聞こえない声で、シグルドだけに言う。
「後でちょっと話がある」
 返事はなかった。というか、答えは沈黙だった、と言うべきか。なんだか「う……!」と、怯えたようなうめきが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 そして、妹に「世の中にはいろんな人がいて」と、世の厳しさなんかをレクチャーしていると、
「アデル様とリデア様ですね」
 見知らぬおっちゃんが、声をかけてきた。尋ねるような口調だが、声のトーンは断定形。「違います」とは言わせない雰囲気を漂わせていた。
 かなりほっそりした人だ。それなりに立派なひげの、結構いい身なりをした人。しかし、なんだかひ弱そうな感じ。

 相手が無言で答えを要求してくるが、アタシはそれを無視してにっこり笑い、
「失礼ですが、どちらさまでしょう?」
 逆に、こちらから尋ねた。だって名乗りもせずにいきなり話しかけて来るし、しかも人の名前勝手に呼んでるし。答える必要なしと判断。これくらいなら問題あるまい。
「失礼いたしました」
 おっちゃんはすぐに頭を深く下げた。機械的で、感情が一切わからない。
「私はニッコロと申します。ジョバンニ・パッツィ様から、お二方の案内と、サポートを命じられました」
 にこりともせず、淡々と話すニッコロ。こんな子娘二人の相手を任された心境はどうなんだろうと思うが、そんなもの一切分からない。だが、ジョバンニにとっては「出来る部下」なんだろう。アタシ達にこうしてつけて来るということは、そういうことだ。

「そうですか、ジョバンニ様の。
 自己紹介の必要はなさそうですが、一応名乗らせてもらいます。私めがアデル、横にいるのがリデアです」
 向こうの無表情に対して、こちらは笑顔で応戦する。経験からして、向こうのほうが上手だと思うが、負けてたまるか。
 なんだか妹が怯えているが、なんでだろう?

 ニッコロの話によると、ルーラで一気にシャンパーニュの塔へ連れて行ってくれるらしい。テクテク歩いていこうものなら、二か月以上、下手をすると三カ月はかかるとか。
 そんなん冗談じゃない。が、ルーラでどこに連れていかれるのかというのは、かなり不安。シャンパーニュの塔に行くふりをして、違うところだったりして。
「失礼ですが、シャンパーニュの塔には行かれたことがあるのですか?」
 ルーラは使用者の経験によって決まる。行ったことがないところは、いくら知識で知っていても行けない。なので、「本当にそこに行くのか?」と聞いたのだが、
「無論でございます。私は過去二度の派遣に従軍しておりましたゆえ」
 アタシの言いたいことが分かったのか分かっていないのか、相変わらずの無表情で、淡々と答える。
「間違って違うところに行ってしまうということは?」
「そのようなことは女神に誓って、ございません。確実に、あなた方をシャンパーニュの塔へお連れいたします」
 むっつり、にこにこ。無表情対、笑顔。勝負はつかない。
 妹よ、何でアタシを見て泣きそうになっているのかね?

 結局、一時間にも及ぶ静かな戦いは、引き分けに終わった。
 アタシは向こうからこれといった事を引き出せなかったし、向こうもアタシをちゃんと信じさせられていない。とは言え、結局行くのだから、一応は向こうの勝ちか。なんか悔しいが。
 話が終わったと見るや、妹は勢いよく水を飲んでいるが、のど乾いたの? 話してる間でも、気にせず水飲めばいいのに。
『妹君が、若干哀れだな……』
 なにが?

「では、まいります」
 ホテルから出て、通行人の邪魔にならないところに行く。
 ニッコロはアタシ達に確認をとり、アタシ達二人が頷いたのを見てルーラを唱えた。

 まるでジェットコースターのような浮遊感。そして、最初の下り坂のような圧迫感を感じながら、飛び続ける。
 やがて、ふわりと地面に降り立つと、そこは巨大な塔の前だった。

「ここが賊のアジト、シャンパーニュの塔です」
 正直、いきなり目の前に飛ばされるとは思わなかった。ある程度の距離をとり、隠れながら近付くと思うのだが、いいのかこれ?
 見張りなどはいない。ここに来たことはばれていないっぽい。表面的には。

「私はここで待機しております。どうか、お願いいたします」
 あんた、アタシ達のサポートじゃないんかい。アタシ達だけで行けってか。
 文句を言ってもいいのだが、動じやしないだろうし、それこそ体力の無駄。溜息をついて、顔を両手で勢いよく叩き、気合を入れた。

「行くぞ!」
 ここまで来たら進むのみ。鬼でも蛇でも出てこいやあ!
「あ、姉さん待って」
 ずんずん進むアタシに、妹は小走りで追い付いてきた。
『気合を入れるのは結構だが、空回りせんようにな』
 分かってるっつの。いちいちうるさいよ。

 塔の中へ突入。と言っても、勢いよく塔の入り口に突っ込んだりはしない。なるべく音をたてないように、慎重に扉を開け、全身のセンサーを全開にし、ちょっとずつ進む。
 妹もアタシにならい、同じようにしてついてくるが、気配を殺し切れていない。そういう訓練はしてこなかったのだろうか。

 迷わないようにマッピングしながら進む。一階部分はすべて回ったが、何もなかった。
 ちょっと拍子抜け。
「姉さん。何で誰もいないの?」
「人の出入りがないってことはないんだけどなあ。なんでだろ?」
 明らかに、ごくごく最近人の手が入った跡がある。無人の場所独特のにおいが一切ない。通路にちゃんと明かりついてるし。
 なんとなく、上の方から人の気配がする。気配の薄さから、それなりに気配を殺しているのか、いる場所が高いので気配が伝わってこないだけか。
「上だな。人がいる」
 アタシは目で妹に上に行くかを聞くと、妹は頷いた。
『虎穴に入らずんば、か? もしくは、毒を食らわばか』
 さてね。どっちでもいいんじゃない?

 階段を上がり、一回ずつマッピングして、上の階へを繰り返す。いい加減飽きてきたが、気配は確実に近くなっている。
 そして、何もないまま、最後の部屋までやって来た。最上階らしく、もう階段はない。そして気配のするところをわざとよけて最上階を回り、最後に残った場所がここ。
 描いた塔の図からして、この部屋の広さはかなりのものだと思われる。それこそ、剣を振り回しても支障がない、大立ち回りできる広さだ。
 気配は二つ。たった二つ。

 ジョバンニの話の嘘は証明されたわけだ。明らかに「待ち構えてます」と言わんばかり。他の賊はいないし、「二回派遣して失敗した」というのは、この状況からしてあり得ない。
 しかし、これ、狙いはアタシ達二人? アタシは、アタシ達二人を利用しようとしているのかと思ったけど、これは状況的に、アタシ達をはめようとしているようにしか思えないんだけど。
 アタシ達にこんなことして、向こうに何か得があるのだろうか?

 ま、いいや。気配からして、向こうは臨戦態勢。アタシ達と戦おうとしている。
 ふふん。向こうがそのつもりなら、やってやろうじゃないか。ストレス溜まって胃が痛みそうだったんだ。大暴れして発散させてもらおう。
 アタシは向こう側に聞こえないように、妹と話す。向こうに気付いているか、向こう側の戦力をどう考えるか。
 アタシの見立てでは、おそらく向こうには魔法使い、それもかなり高レベルの奴がいる。さすがに爺ちゃんクラスの使い手ではないが、油断できないと思う。もう一人からも、なんとなく魔法の気配がするが、大したことはない。たぶん、こいつは戦士タイプだろう。
 妹は二人いることは分かったようだが、それ以上のことは分からなかったっぽい。

 妹にアタシの考えを話し、魔法使いはアタシが、戦士は妹が担当することになった。
 そして、
「突入!」
 ドアをけり開け、
「ベキラマ!」
 妹が先制攻撃を仕掛けた。
 だが、妹のベキラマは向こうの魔法使いが放った魔法でかき消された。何の魔法を使ったかは分からなかったが。
 その時、いきなりの攻撃で驚いたのか、「うお!」と野太い驚きの声が聞こえてきたが、こっちは戦士の声だろう。術を使ってる奴がこんなことになるはずがない。
 上等。こんなことになるのは、初めから分かった上でのこと。ようは相手の目くらまし。
 それぞれの気配に従い、アタシは魔法使いに、妹は戦士に突撃する。

 ベギラマと相手の魔法が相互干渉を起こし、部屋が霧で覆われ視界が悪い。だが、アタシには相手の居場所がちゃんと分かっている。
 その時、
「ストーム!」
 その言葉が放たれるや、強風が吹き荒れ、部屋の霧を一気に吹き飛ばしてしまった。
 さらに予期せぬ術だったため、対応できずにたたらを踏み、後退する。爺ちゃんの修業を受けたアタシが、どんな術か感知するより早く術を使うとは! やはりただ者じゃない!

 視界が一気に開け、見えた二人の人物は、実にデコボコだった。
 一人は十歳くらいの少年。自分で適当に切ったのらしい赤毛で、生意気そうな眼をしている。で、驚くべきことに、何とほうきにまたがって浮いている。
 何これ魔女の宅急便?
 もう一人、全身タイツ筋肉以上にムキムキの、ごつい大男。ぼさぼさの黒髪に無精ひげのオヤジだ。片手持ちの戦斧を右手に持ち、こちらを睨んでいる。
 いや、生意気そうだけど年端もいかぬ少年と、むさ苦しいオヤジってどんな組み合わせ?

「ストーム? そんな魔法聞いたことない!」
 妹が、多分少年が使った術に驚いている。
 妹が知らないのも無理はない。今のは魔法じゃなく、天術だ。エルフの血を引く者にしか使えない術。
実はメディチ家の支援により様々な学問が隆盛を極めるロマリアや、五年ほど前新たに即位したダーマ教皇の後押しにより、天術の存在自体は広く知れ渡るようになっていた。だが、アリアハンは以前説明したことに起因して、天術の存在は知られていない。よって、アリアハンしか知らない妹にしてみれば、天術など未知の力だろう。
 実際のところ、天術が広く知れ渡っているといっても、そういうものがあるんだということが認知されただけで、その内容に関しては、専門家しか知らないのだが。

「あんた、ハーフエルフだね?」
 見たところ、この少年はエルフではない。耳がとがっていないのだ。だが天術を使える以上、エルフの血を引いている。なら、ハーフエルフだろう。
 アタシの答えに少年は「へえ?」と、おもしろいものを見つけたような、それでいて生意気な笑顔を浮かべた。
「今のだけでそこまで分かるなんてな、それなりに物知ってんだな、貧相な体形の姉ちゃん」
 お前、今、余計なこと、言ったよな?
 自分の体形が貧相なことくらい自覚してるし、特になんとも思っていないが、明らかにバカにされたらいくらなんでも腹が立つ。
 少年……あんなやつ、ガキでいい。ガキはほうきで天井近くまで上がると、「貧乳、貧乳」と意地の悪い顔で楽しそうに連呼している。
 あのガキ、殺す!
『マスター! 落ちつけマスター! 子供の言ってることだ!』
 やかましい。子供だからって、何でも許されると思うなよ!

「フレイムドライブ!」
 三つの火球が、ガキめがけて飛んでいくが、ガキはほうきを巧みに動かし、ひょいひょいよける。ふん。かかったな!
「フォトンブレイズ!」
 三つの火球が一気にはじけ、火を撒き散らす。ガキは「あちっ! あちちっ!」と空中で右往左往。ははは、いい気味だ。

「ね、姉さん……。ちょっと可哀想だよ」
 妹がガキが子供ゆえか、同情したらしく引きつった声で言ってくるが、甘い!
「何を言うか! ああいう生意気なガキンチョには、あれくらいきついお灸をすえてやるのが世のため人のため自分のため!」
「自分のためかよ」
はっきりと自分の主張をしたところ、敵のはずのオヤジからツッコミが入った。
 あ、シグルドの奴ため息なんてつきやがった。なんだよ、その疲れ切った雰囲気。

 オヤジは「あー……」と何やら言いにくそうにしていたが、斧を一振り、今の雰囲気を変えたいらしく、無理やり叫んだ。
「へっ! さっきのベギラマ、なかなかだったぜ。さすがは勇者様だな」
 まてや。
「お前、何でそのこと知ってるのかな?」
 こっちは名乗ってなんかいない。いきなり攻撃を仕掛けたのだから、当然なのだが。
 向こうがこちらを知る機会なんかなかった。だが、こいつは明らかにアタシ達を、少なくとも『勇者リデア』を知っている。
 オヤジの失態に気付いたのか、ガキが、「このバカ!」とストーンブラストをぶつけている。オヤジは分からないのか、降ってくる石を防ぎながら「何怒ってんだよ!」と文句を言っていた。
「んなことも分からねえのか! この筋肉バカ!」
「んな! てめえ、この素晴らしき肉体美をバカにすんじゃねえぞ!」

 双方ともに怒りが頂点に達したらしく、低レベルな言い合いを始めてしまった。
 アタシ達そっちのけで。
 「おーい」とちょっと呼び掛けてみても無視されるか、「黙ってろ!」と怒鳴られ、また元の言い合いに戻る。
 あー、アタシら、何しにここに来たんだっけ?
「姉さん、どうしよう?」
「帰ろう」
 即答した。待つ義理も義務もない。色々気になることはあるが、ニッコロあたりにでも聞けばいい。最悪ここに引っ張ってくれば、さすがに口を割るだろう。
 だが、こいつらがあまりに低レベルすぎて、正直そこまでする気力もない。
『マスター。本当に帰るのか? いいのかそれで?』
 いいの。だってなんか色々面倒くさい。
 ニッコロ口割るかなあ? この惨状言えばさすがに話すよなあ。話してほしいなあ、またここまで来るのイヤだし。

 ジョバンニの奴、人選間違えたんじゃないの? 何狙ってたのか知らないけどさ、もうちょっと何とかならなかったんだろうか。
 曲者のくせに、変なとこ抜けてるな、あいつ。

 妹の手を引いて、出口へ向かう。デコボココンビは相変わらず口げんか……のレベルじゃないな。ガキが低級とはいえ、天術でオヤジを小突きまくってる。
 ま、あんなのは放っておけばいい。
 妹は手を引かれているためか、ついては来るものの、後ろを見て、アタシを見て、オロオロしている。ホントに帰っていいのだろうか? と思いつつも、向こうはこっちに気付かない。そのジレンマか。呼びかけても怒鳴られるし。

 その時、外にいたはずのニッコロが、血相を変えて飛び込んできた。
「大変ですぞカンダタ殿! フィーノ殿! フィレンツェが襲撃されている!」
 それは、アリアハンの再来だった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第9話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/18 22:26
 氷結の嵐が巻き起こり、敵を凍らせる。怪力オヤジが、敵を叩きのめしていく。
 ハーフエルフのガキ、フィーノと、カンダタである。こいつらかなり強い。フィーノは粗削りだが術の構成、マナの扱いは熟練者レベル。若いのに大したもんであるが、やはりハーフエルフだからだろうか? カンダタは戦士としては一流だった。敵が下手な攻撃を仕掛けてきても、そんなもの知るかと言わんばかりに手にした斧で叩き斬る。
 正直、こいつらに任せておけばいいんじゃね? と、思わなくもないが、とりあえずやれることはやることにする。

 シャンパーニュの塔にて、ニッコロはフィレンツェが襲われていると叫んだ。それを聞くや否や、今までくだらない言い争いをしていた二人はニッコロに詰め寄った。
「どういうこった!」
「説明しろよ! おっさん!」
 デコボココンビはフィレンツェにそれなりに思い入れでもあるのか、ひどくあわてているようだ。
「申し上げた通りです」
 そう言うニッコロも、落ち着いているように見えて、動揺しているのが分かる。視線がなんとなく泳いでるし、アタシとやり合っていた時の余裕が一切感じられない。

 アタシは溜息を吐くと、妹の手を引いて出ていこうとした。
 今度はなんだ? それでこっちを動揺させようと?
 次々と起こる事態に、こちとら不快感マックスだ。あんなこと言ってるが、どうせまたアタシ達をだますための寸劇の可能性は高い。

 そう思ってとっとと出ていこうとしたのだが、妹は立ち止り、困惑気味にこちらを見てきた。
「どうしたの? 行くよ?」
「でも、姉さん。フィレンツェが襲われてるって……」
 ふむ。人がいい妹としては、それはかなり気になることらしい。この前のアリアハン襲撃のこともあるし、他人事ではないんだろう。この前の襲撃の目的は『勇者』だったし。

「お二方! 少しでも戦力がほしい! どうか、ご助力願いたい」
 ニッコロが、アタシの行く手をふさぐように回り込んで来た。
「お前、街が襲われてんだぞ? 見捨てんのかよ?」
 ガキが、責めるように、いや、実際に責めて来る。
「お前ら勇者様御一行だろ? こういう時こそ出番だろうが」
 オヤジが、勝手なことをほざく。

「ふざけんな!」
 アタシは、目の前にいたニッコロを突き飛ばした。手加減はしてあるから、怪我はしないだろう。こんな精神状態になってもそんな気遣いができるなんて、自分でも驚いた。
 妹は、倒れたニッコロを助け起こしている。こちらを見る目には、明らかな非難の色。
 だが、もう勘弁ならん。
「いい加減にしろ! だましてこんなところまで連れてきたと思ったら、今度は手伝え?
 今度は何企んでる! これだけやらかしといて、今更信用できると思ってんのか!」
 貴族がどうとか、今のアタシの頭にはない。本当ならそのあたりはちゃんと考えないといけないんだろうが、堪忍袋の緒はぷっつりと切れている。
 アタシの言葉に何を思ったか、ニッコロは気まずそうに眼をそらした。
 ガキとオヤジを睨んでやると、ガキもニッコロと同じように気まずげに顔をそらしているが、オヤジは納得がいかないのか、逆にこちらを睨んで来た。
「なに? あんたら、文句言えると思ってんの?」
 アタシの言葉に、オヤジは拳を震わせた。
「んだと、てめえ! ニッコロのあの態度が演技だとでも言うつもりかよ!」
 アタシはその言葉を鼻で笑ってやった。だって、そのまさかなのだ。
「バカか。さっきも言っただろうが。信用できん。今のが演技じゃないと言えるだけの信用が、あんた達にはないんだよ!」
 はっきり言ってやると、さすがにオヤジは黙った。信用できないという言葉がこたえたのか、愕然とした表情だ。

 そう、こいつらは信用できない。する材料はゼロどころかマイナスなのだ。
 さらに、アタシには言いたいことがある。
「仮にニッコロが言ったことが本当だったとしよう。で、こいつアタシらになんて言った?
 「ご助力願いたい」だっけ? 厚顔無恥もはなはだしいわ! 今までいいようにだましてくれたくせに、自分たちの都合で助けろって? それこそふざけんな!
 言っとくけどな、アタシらにはそんな義理も義務もない!」
 さらに言うなら、フィレンツェが襲われたからどうした? と言いたい。だって関係ない。アタシ達はロマリア国民じゃない。この国を守る義務はない。『勇者』目当てで来たんじゃないのかと言われそうだが、モンスターが、魔王が人間を襲うものであることは、すでに分かり切っていたこと。その備えをしていないほうが悪い。サブサハラは実際滅ぼされているのだから、その備えは必要不可欠だったはずだ。覚悟も。
 それにこのオヤジ、「勇者だから」と勝手な義務を押しつけようとしてきた。『勇者』だから? そんなの、周りが勝手に言ってるだけの、屁理屈だ!

「ねえ、さん……」
 妹は、泣きそうな顔でうつむいた。妹としては、こいつらが困っているなら助けてあげたいという心境なのだろうが、アタシとしては放っておきたい。
 さっきはああ言ったが、フィレンツェが襲われているというのは、こいつら全員の反応からして、本当だろう。あのオヤジ、演技は下手そうだし、アドリブもできそうにない。そのオヤジがあの反応。つまり、予定にないことだった。ニッコロもウソをついている様子はない。さっきの失言も、普段のこいつならあり得ない事だったはずだ。よほどあわてていて、うっかり口を滑らしたのだろう。
 まあ、それらがまた計算されている可能性もあるのだが、いくらなんでも回りくどすぎる。ないと思う。

「酷いよ、姉さん」
 妹が、今にも泣きそうな顔で非難してきた。
「私、今のは演技じゃないと思う。それに、街が襲われてたら、襲われた人たちみんな死んじゃうかもしれないんだよ? アリアハンみたいになっちゃうかもしれないんだよ?」
 そこまで言うと、本格的に泣き出してしまった。だが、アタシは自分が間違っているとは思わない。
「そうだ、アタシは薄情の人でなしだ」
 開き直ったわけじゃない。ただ、妹には、世の中ってものを分からせる必要がある。
「見知らぬ他人がいくら死んだって、知ったもんか。アタシは、アタシの世界にいる人たちさえ無事ならいいんだ」
 それはポルトガにいる友人たちだったり、口うるさいオカンだったり、そして妹であったりする。
「それ以外がどうなろうと、心は痛まないね」
 妹は、アタシの言葉があまりにショックだったのか、涙をぼろぼろ流しながら、絶句していた。
 妹が、アタシをどれほど美化していたか、ちょっと分かったかも。環境が環境だけに、思い出にすがるのは必然だったろう。爺ちゃんから、アタシの様子を聞いていたことが大きいと思う。だが、それ故に、生身のアタシからかけ離れていってしまった。理想的な人物となってしまったアタシは、今ここで、アタシ自身によって破壊された。
 さて、ここで妹がどう出るか。アタシを見限るか?

 世界は冷酷だ。アタシみたいな考えを持つ人間は多数いる。もっとひどい考えを持つ人間だって多い。
 これで妹は、世界の厳しさを知っただろう。これでアタシが嫌われることになったとしても、それは仕方のないことだ。
 世の中、知らないほうがいいことは多いかもしれない。純粋培養の妹にとって、アタシのような考えは、それだけで「悪意」のはずだ。知りたくなかったことだろう。知らなければ、幸せだったかもしれない。だが、知らなければいけない。
 これで妹に嫌われれば、アタシはきっとショックを受けるだろう。だが、後悔はしない。妹は「知りたくなかった」とアタシを恨むかもしれない。だが、いずれは知ることだ。
 嫌われたくはない。だが、だからと言って妹の思い描く「理想の姉」のままでいるわけにはいかない。そんな人間はいない。だがら、アタシは妹の理想を容赦なく砕く。

「それが普通の反応でしょうな」
 考えに没頭していると、ニッコロが、先程よりは落ち着いた様子で話しかけてきた。
「あなたは、非常に人間らしい人間なのですな」
 そう語るニッコロは、無表情ながらも、どこか満足げだった。そして、次の瞬間、体を沈め、両手を地について、額を床につける勢いで下げた。そう、土下座したのだ。
「先程は申し訳ありませんでした。心から謝罪させていただきます」
 ふん? なるほど、ちゃんとした対応はできるのか。もう、助けてくれとは言わない。そんな資格がないことくらい、こいつはちゃんと分かってる。
 それは見せかけのものでない、本当に心からの謝罪だった。
 いいだろう。
「襲われてるのはフィレンツェだっけ?」
 アタシの言葉に、ニッコロは顔を上げた。その顔には「助けてくれるのか?」と書いてある。
「謝罪は受け取った。それに免じて、助力してやる」
 ニッコロは無言で立ちあがり、ハンカチで手を丁寧に拭いてから、しっかりと握手してきた。
「ありがとうございます」
 ニッコロの言葉に触発されてか、ガキとオヤジも「ありがとよ!」「恩にきる!」と言ってきた。

 妹は、アタシが「助力する」と言ったことは嬉しいが、さっきのことが引っかかっていて、複雑な心境なのだろう、それがまともに顔に出ている。
「言いたいことは色々あるだろうが」
 妹に話しかけると、妹は視線をあからさまにさまよわせた。心の整理がついていない? だが、妹の心理状態をおもんばかっている場合ではない。
「今は行くぞ。話は後で」
 妹に対しての言葉でもあるが、こいつら全員に対しての言葉でもある。それが分かったのか、ニッコロは神妙な顔でうなずいた。

 そして、いちいち階段を下りていくなど面倒なので、ニッコロがリレミトを唱え、塔を脱出。塔の外には、フィレンツェが襲われていることを知らせに来たらしい人物がいた。ルーラでここに来たのだろう。そして、全員まとめてルーラで移動した。
 その際、ガキとオヤジの自己紹介があった。フィーノとカンダタだそうだ。ジョバンニとの関係はまた後で、ということになった。

 そして、移動先は王城の真ん前。
 そして驚くべきことに、街で暴れているのはモンスターでなく、明らかに人だった。
「な、なんでえ、こりゃあ! どこの奴らだ?」
 カンダタが驚きの声を上げる。それもそうだ。戦争でもしているならともかく、魔王という人類共通の敵がいる現在、どの国も他国に対して戦争など仕掛けようなどしていなかった。だが、こいつらの動きは、明らかに訓練を受けたもの。
 だが、アタシには、こいつらの恰好に見おぼえがあった。前世の、とあるゲームで。
 こいつらは「劣悪種に死を!」と叫びながら、人々をなぶっていく。この言葉にも覚えがある。

「あいつら、ハーフエルフだ!」
 フィーノが愕然とした声で叫んだ。同じハーフエルフだから分かるのかもしれない。
 そう、街を襲っている連中は、シンフォニアのディザイアンだった。恰好はそのまま、「劣悪種」というのも、ゲーム中にディザイアンが人間を指していた言葉だ。
 この世界、ディザイアンがいたのか? 少なくとも、人間牧場はない。

 数人のディザイアンが、こちらに気付いて襲ってきた。ディザイアンと呼んでいいのか分からないがこう呼んでおくことにする。
 襲ってくるなら敵だ。アタシは驚愕で動けないらしい他の連中をほっといて、襲いかかってくるディザイアン共を斬った。
 モンスターを斬るのとは違う感触。初めて、モンスター以外を殺めた。だが、自分でも驚くほどに冷静で、取り乱すことはない。ただ、「人を斬った」ことを受け入れた。

「姉さん! なんてことを!」
 明らかな「ヒトゴロシ」に、妹が過剰とも思える反応をする。いや、過剰と感じるのは自分が冷静すぎるだけで、実際はこれくらいが普通の反応かもしれない。
「この人たちは、人間……!」
「甘ったれるな!」
 「ヒト」を斬ったことを非難してくるのを一喝し、またもや襲いかかってくるディザイアンを斬った。血が噴き出し、それがアタシにかかり、妹にも少しかかりかけるが、妹はそれをよけた。恐ろしいものであるかのように。
 数人のディザイアンの血に濡れたアタシは、すでにいたるところが紅かった。それを見て、妹は恐怖するかのように後ずさる。
「モンスターだろうが「ヒト」だろうが、襲いかかってくるなら敵だ!
 だいたい、モンスターも人間も『命』ってことじゃあ同等だろうが! 『魔王討伐』をするつもりなら、命を奪う覚悟をしろ! 命を軽んじるようなやつが、簡単に「討伐」なんて言葉を使うな!」

 妹は口を開けたり閉めたりしながら、何か言おうとしているようだったが、言葉が出てこないらしかった。
 その姿は隙だらけ、この戦場において「襲ってください」と言っているようなもの。
 だが、戦うように強制はしない。ここで戦うことをやめるならそれまで。『魔王討伐の旅』はこれで終わりだ。

 新手が来た。そいつは妹に向かう。させるかと天術を放とうとしたら、
「なめんな!」
 カンダタが、そいつを脳天からたたき割った。見るも無残な姿になっているが、それをやった当人は、
「そりゃそうだ! どこのどいつだろうが、敵は敵だ! それだけじゃねえか!」
 そう言いながらさらに斧を振るい、瞬く間に何人もの敵をほふっていく。その姿は圧巻だった。まさに鬼神のごとし。
 少し離れたところでは、フィーノがほうきに乗って飛びまわり、敵をかく乱しながら術で確実に仕留めていっていた。同族であるはずだが、そこに容赦は一切ない。全ての術が必殺だった。
 ニッコロは闘いは苦手なのか、魔法で援護しつつ、カンダタに守ってもらっている。

「ここは戦場だ! 戦うのが怖いなら、戦わなくていい。アタシから離れるな!」
 今だ剣を抜かない妹に、指示を出す。
 しかし、この様子だと、バルバトスが襲ってきた時に戦えなかったのではないだろうか。バルバトスは明らかに人間。この様子からして、戦えたとは思えない。剣は抜いていたようだが、躊躇している間にやられたのかもしれない。
 妹は、柄にかけていた手をのろのろと離し、アタシの隣に来た。

「シグルド! 敵の親玉は?」
『もっとも強力なエネルギーは城の中だ。だが、魔の者特有の力は感じん。こいつもハーフエルフではないか?』
 それだけ分かれば上等。
「敵の親玉は中だ!」
 言い放ち、妹を伴って城へ突入。妹はちゃんと付いてくる。

 城の中は、街とは違っていた。街には戦えない民衆が多いが、城の中には訓練された兵が配備されている。彼らはディザイアンとまともにやり合っていた。城の地形を活かし、柱の影を利用したり、階段を利用したり。普段からきちんと訓練されているのが良く分かる。
 ほとんどのディザイアンは、兵士たちが相手しているため、こちらにはほとんど来ない。来たらアタシがやる前に、カンダタやフィーノが片付けてくれる。微力ながら、ニッコロも支援してくれている。
 無論、アタシだって何もしていないわけじゃない。城を破壊しない術を選んで、ディザイアンを狙い撃ちしている。

 妹は、しっかりついては来ているものの、その顔色はひどい。敵味方問わず、死体などを見かけると目をそむけている。
 だが、これは避けて通れない道だ。『魔王討伐』を果たすつもりなら、この程度で心が折れるようではいけない。魔王と戦う時、アタシが死ぬかもしれない。その時、ただ悲しみにくれていては死ぬ。
 これでもう無理だというのなら、少なくとも『魔王討伐』はやめだ。これは妹のためなのだ。

 シグルドの指示に従い、アタシを先頭に駆ける。体力的に無理があったのか、ニッコロはカンダタに荷物のごとく運ばれているが、ここで置いていくわけにもいかないので仕方がない。

『マスター! あの部屋だ!』
「ニッコロ! あの部屋何?」
「謁見の間の前に広がる広間です。まさか、狙いは陛下か!」
 どれだけ広いか聞く暇はない。城の中だし、かなりの広さだろうことを予想して、一気に突入!

「勇者を出せ。ここの奴が勇者と接触したのは分かってる」
 そう言うのは、深紅のドレッドヘアーをポニーテール状に結んだ男。手には巨大な戦斧。後ろ向きなので、顔は分からない。
「勇者などここにはいない!」
 ここの兵士の偉いさんらしき人が、果敢にも斬りかかるが、
「無駄だ、このブタが」
 深紅の髪の男に到達する前に、深紅の髪の男が引きつれていたディザイアンの術で一気に炎上した。
 その兵士が燃えながら倒れ行くのを見て、その男は鼻で笑った。
「劣悪種ごときが、このマグニス様に勝てると思ったか」

 マグニス! シンフォニアのボス、ディザイアン五聖刃の一人だ。
 こいつ、ゲームでは結構傍若無人な印象を受けた。人間に対して一切の容赦がなく、なぶって楽しんでいた。

 どういうことだ? ハーフエルフの一部が、魔王と手を組んだ? ハーフエルフのフィーノはこいつらの仲間じゃないのだから、全てのハーフエルフがそうではないのだろうが、結構厄介なことになってないか?

「やめて! どうしてこんなひどいこと出来るの!」
 マグニス達の凶行に耐えられなかったか、今までアタシの後ろにいた妹が前に出てきた。
「同じ人間でしょう!」
 妹の言葉に、マグニス達はこちらを向き、完全にバカにした様子で大笑いした。
「同じだあ? 同じなわけねえだろ? こんな劣悪種のブタどもと、崇高なるハーフエルフの俺様達が!」
「アクアスパイク!」
 マグニスの言葉にあわせるように放たれたファイアーボールを、水の術で相殺する。

「まあいい。お前が勇者か。バルバトスの野郎は大したことないって言ってやがったが……」
 マグニスが戦斧を構えると、その部下らしきディザイアンたちも構える。それにあわせ、こちらも構える。ニッコロは他の兵士に連れられ、離れていった。ニッコロでは足手まといなので、それは問題ない。
 むしろ、問題はこの状況になっても剣を抜かない妹だ。マグニスの狙いは、完全に妹だ。このままでは妹は、あっという間にやられる。
「実際はどうかなあ!」
「させるか!」
 妹を突き飛ばし、突進してきたマグニスを迎え撃つ。

 マグニスが動いたのをきっかけに、それぞれの戦闘が始まっていた。カンダタはいかにもパワータイプのディザイアンと戦闘しており、それを他のディザイアンが援護、フィーノもまたカンダタの援護だ。ほうきに乗って飛んでいるため物理攻撃が届かず、機動力もあるためディザイアンはかく乱されている。

 アタシはマグニスと一騎打ち。力任せに振るわれる戦斧をいなしながら、隙を窺う。
「お前はアデルか! バルバトスの野郎が言ってたなあ。勇者なぞよりも、よっぽど楽しめたってよ!」
 バルバトスからアタシの特徴は聞いていたらしく、楽しげに戦斧を振るうマグニス。
「そいつはどうも!」
 こちらも負けじと剣でさばき、よける。そして、隙を見て、一気に斬りかかった。
 マグニスの戦斧はかなりの大物、隙がどうしても大きくなるため、こちらとしては攻撃しやすい。戦斧を振りぬいたところに飛び込んで、のどを真一文字に斬り裂いた。

 喉から噴水のように血を撒き散らしながら倒れるマグニス。恨みのこもった眼でこちらを睨みつけ、何か言おうとしているらしいが、空気が漏れて声は出ない。
 これ以上は無用の苦しみだろう、アタシはマグニスの首を、斬った。

 他のディザイアン達は、自分たちの大将がやられたのを見て動揺し、そこをカンダタやフィーノに突かれて、瞬く間にやられていった。

 大将の首は取ったが、闘いはまだ終わっていない。外には多くのディザイアンがいる。
 アタシは自分は斬り落としたマグニスの首を持ち上げ、
「これを敵に見せて、撤退させられないかな?」
 と、提案したら、ニッコロが「やってみましょう」と兵達に持って行かせた。

 妹は、突き飛ばされた時の体勢で、茫然と座り込んでいた。
「大丈夫?」
 手を差し出したら、「ひっ!」と恐怖の悲鳴を上げ、座ったまま後ずさった。
 ああ、マグニスを斬った時に、血が大量にかかったから、全身真っ赤だったな。手も、血で濡れている。
 これがモンスターだったら違ったんだろう。でもこれは、自分と同じように話し、自分と同じく意志を持つ『ヒト』だ。『ヒト』の死と他のモノの死は、人間の中においては明確に区別される。それはどうしようもない本能的なものだ。
 妹の反応は至極まっとう。最初から割り切れてるあたしの方が異常なんだろう。

 それから、偉いさんがマグニスの首を良く見えるところで掲げ、他のディザイアン達に降伏を呼び掛けた。降伏する者、逃げ出す者、最後まで戦おうとする者、様々だった。
 抵抗する者は捕縛され、あるいはその場で殺された。マグニスという大将挌がやられたことによって、目に見えて士気は落ちており、それらは簡単になされた。アタシも、それに参加した。カンダタやフィーノも参加していた。

 ハーフエルフは長い迫害にあって来た。それに対するツケが、来たのだろうか。
 マグニスの言葉からして、彼らは魔王に与しているのは間違いない。人間を見限り、滅ぼす方へと走ったのだ。それを同じハーフエルフのフィーノが何を考えているのかは分からない。だが、あいつは攻撃を躊躇しなかった。殺すことをためらわなかった。それだけは事実だ。

 妹は、それらには参加しなかった。出来なかったのだろう。
 モンスター退治でなく、ヒト対ヒトの戦争は、人間性の衝突だ。双方に主張があり、単純に「害になるから」「食べるため」などで殺すのではなく、むき出しの殺意が互いに激突する。そこにあるのは、直視できない『ヒト』の赤裸々な一面だ。
 それらを見て、妹はどんな感情を抱いたか。人間に対する絶望か、人間というものに対する愚かさを認識したか。
 今まで、妹は人間はもっときれいなものだと思っていたんだろう。アリアハンでの境遇があっても、それでも人間を信じていたに違いない。
 だが、今回のこともまた人間の一面だ。

 人間を見限らないでほしい。だって、きれいなだけの人間なんていないのだから。そんなのは人間としてあり得ない。汚い部分、野蛮な部分、何もかも含めて『ヒト』のはずだから。アタシは、そう思っている。
 だから妹にも、人間をちゃんと見てほしい。目をそらすのは仕方ないとしても、それでも勇気も持ってほしい。
 旅を止めるならそれでもいいだろう。だが、人とのかかわりを避けて一人で生きるなどとは思わないでほしい。
 最終的に決めるのは妹だが、一緒に考えることはできると思う。だが、今の妹が、はたしてアタシに相談してくるか。「アタシ」の汚いところ、「ヒト」の汚いところ、いっぺんに目にした妹が、誰かに話そうとするか。
 それが心配だった。

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 最初の予定では、リデアはもっと積極的に戦ってたはずなのに、気がついたらこうなってました。
 話が思っていたのとは、かなり違う方向に……。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第10話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/02/26 22:39
 ロマリア国王と謁見することになった。
 何でアタシなんかが国王と謁見? と思ったが、敵の大将核を倒したことに対する褒美だとか。正直、いらない褒美である。王様と会うとか緊張するし、遠慮したいのだが、国王直々の命らしく、断れるはずもない。

 ちなみに、アタシ達はお城に泊まっていたりする。
 先日の襲撃において、敵は城を落とすのに力を注いだらしく、街の被害はそれほど甚大ではなかった。フィレンツェの中央部、つまり王宮がある区画が最も被害を受けており、それ以外は大したことはなかったとか。
 以前職人の奥さんに教えてもらった宿も無事っぽいので、そこに行こうとしたのだが、ニッコロに引きとめられた。
「今回のことで敵の大将を打ち取るという武勲を果たしたアデル殿に対し、このまま放りだしてはロマリアの名は地に落ちると言われまして」
 とのことだったたが、ニッコロはジョバンニの部下なんじゃないのか? と思った。そういうことなら城仕えの人が来ればいいのに、貴族の部下が来るって、どういうことだろうと思ったもんだ。おそらく、主だった人たちが何らかの理由で動けないか、手の離せない状況だからなんだろうが。

 その時、ニッコロにだましていたことについて聞いたのだが、
「近いうちに、ご本人から説明がございますゆえ」
 と言うだけで、話してはもらえなかった。カンダタやフィーノにも口止めしてあるから、ということらしく、しばらくは説明なしにされるらしい。
 まさか逃げないだろうな? ジョバンニの野郎。

 カンダタやフィーノも城に泊まっていて、それぞれ思い思いに過ごしているようだった。カンダタは怪力を利用して力仕事を進んでやったり、フィーノはしょっちゅうアタシ達姉妹の部屋にやって来た。
 フィーノなりに気を使っているんだろうな。アタシ、今かなり憂鬱。

 そして、アタシ以上に重傷なのが、妹である。この前から口が重くなっており、表情も暗いし、話しかけてもロクな返事が返ってこない。食事ものどを通らないみたいだし。
 部屋は魔力のランプでしっかり照らされているはずなのに、薄暗く感じてしまう。フィーノとくだらないどつきあいをして、ワザと気分を盛り上げようとしても、かえって逆効果。

 そんなこんなで数日過ぎたところで、王様との謁見の話。
 ちなみに、そこには妹も呼ばれている。言い方は悪いが、正直言って、妹はあの時何もしていない。むしろ、足手まといだったと言わざるを得ない。それなのに、どうして呼ばれたんだろうか?
 カンダタやフィーノも呼ばれたらしく、アタシ達と一緒に謁見の間へ移動中。

 カンダタやフィーノはいいとして、何で案内役がニッコロ? 城もかなり落ち着いてきたし、もうニッコロがやることないと思うんだけど。

 それに、こいつらの態度が変。
 ニッコロはいつもの無表情だから分からないが、カンダタとフィーノ。フィーノは目を合わせようとしない上に、謁見のことが決まった途端、あからさまにアタシとの会話を避けていた。カンダタは、明らかに目が泳いでいるし、冷汗かきまくり。
 どうしたんだお前ら。そろいもそろって。

 そして謁見の間。ニッコロが命じて、扉を開けさせる。
 え? ニッコロのほうが偉いの? なんで?
 そんな疑問を抱きつつも、開かれた扉の奥へ、案内されるままに入って、
「よくぞ来た。歓迎しよう、アデルとリデア」
 思わず立ち止りそうになった。が、根性で足を進め、案内された場所まで行き、跪いて首を垂れる。
 なんで立ち止りかけたかって? そりゃあ、あれだ。ここよりも数段高い位置の玉座に、足を組んで肘をついて座っていらっしゃる御仁が目に入ったからだ。

「さて、話したこともあると思うが、正式な自己紹介はまだだったな」
 ロマリア国王陛下は、楽しげに、実に楽しげに言葉を発する。こっちが頭ぐるぐるなのを見越してのことだと思うが、ああ、なんて人の悪い。そんなこと、以前から分かっていたが、それだからこそ、こいつ、じゃなかった、陛下の底意地の悪さが見て取れる。
「改めて名乗ろう。ジョバンニ・パッツィ改め、ロマリア国王、チェーザレ・ボルジアである」
 やっぱりか! 目の錯覚でも何でもなく、ご本人でいらっしゃったか!
 そう、あの玉座におわす方は、あの時さんざんいい様にしてくれたムカツク貴族、ジョバンニであったのだ!

 なんで王様がアタシ達をあんな回りくどい方法でだます? 必要ないじゃん。
 遊びか? 遊びなのか? ちょっと退屈だったから、平民で遊んでみたとでも?

「さて、そうしているのも疲れるであろう。面を上げることを許す」
 混乱している頭で、何とか言葉の意味を理解して顔を上げる。見えたのは、カフェでの胡散臭い笑顔そのままの陛下と、その横に立つこれまた精悍なおじさま。そして、陛下に近い場所に立つニッコロと、その他大勢の兵士たち。
「ご苦労だった、ニッコロ」
「いえ、陛下のご命令とあらば」
 この言葉は、アタシ達をこの場に案内したことじゃなくて、一連のお芝居のことを指していると思われる。

 チェーザレ・ボルジア。ロマリア国王であるが、前世世界において、同名の歴史的人物がいたため、結構すんなりと頭に入った人物である。
 前世世界においては通称ヴァレンティーノ公。この世界での父はロドリーゴ・ボルジア。前世世界において、ローマ教皇アレクサンデル六世だった人物とこれまた同名である。
 前世世界での歴史では、チェーザレ・ボルジアは容姿端麗、頭脳明晰の上、武芸にも通じていたとか。この世界での評判も同じようなものであり、他国の人間に「ロマリアを、チェーザレ・ボルジアを敵に回すな」と言われるほどの人物である。
 こんな人だったとは思いもよらなかったけどな!つうか、知りたくなかった!

「さて、混乱のほどは収まったかな、アデル?」
 この人キライだー! ピンポイントかよ! 読心術でも使えるのか!
 ここにシグルドがいれば、思いっきり皮肉を言ってくれただろうが、あいにく国王との謁見に武器を持ち込むわけにもいかないので、部屋に置いてきた。ちくしょう、代弁してくれる奴がいないとストレスたまるんですけど。

 アタシは表情は取り繕って、いかにも「何のことですか?」と言わんばかりだが、実際心の中はハリケーンである。口を開く許しが出ていないので無言だが、その許しが出ていれば動揺などおくびも出さずそう言う自信がある。
 この人には、絶対通じないだろうけど。

 そんなアタシの内面を見てとったらしく、あの野郎は、失礼、陛下はのどを鳴らして笑っていた。それを横に立っているおじさまはとがめるように視線を向ける。
「ああ、すまないな。思い当ることはそちらにも色々あるだろうが」
 ええ、ありまくりますよ。
「誤解しないでほしいのは、決して遊びでしたわけではないことだ」
 だろうね。遊びであんなことをやるほど、国王と言うのは暇じゃないはず。そんな暇があるなら、仕事をさっさと片付けて、ティータイムでもした方がいいに決まってる。

 そんなことを考えていると、「ああ、発言することを許す」と、陛下から言われたので、
「恐れながら申し上げます。なら、何故あのようなことを?」
 遠慮なく尋ねてみることにした。
 すると、陛下は感心したように「ほう?」と息を吐かれると、
「ずいぶんとストレートに聞いてくるじゃないか?」
 アタシの明らかな無作法をとがめることもなく、興味深そうに尋ねてきた。相手は王様、ワンクッションどころかツークッションもスリークッションも置いて話さねばならないだろうが、
「以前お話しさせていただいた時のことから踏まえて、回りくどいことはお嫌いかと存じまして」
 そう、この王様、おそらくストレートな表現を好むタイプだ。周りが回りくどいタイプばかりで飽き飽きしているのか、元からそういう性格なのかは知らないが。そしてこのお人、自分がストレートなほうが好きだからといって、政治にストレートを盛り込むことはないと思われる。直球でいっては他の国に付け込まれるかもしれないのなら、いくらでも変化球を投げるだろう。公私はきっちり分けるはずである。

 アタシの言葉に満足したのか、陛下は鷹揚に頷いた。
「よろしい。では、こちらも正直に話すとしよう。
 私はな、アデル、そしてリデアよ、お前たちを試させてもらったのだ」
 本当にストレートだな。オブラートのオの字もない。
「試す、とはいかなることでございますか?」
「言葉通りだ。『アリアハンの勇者』がいかほどのものか、この目で見たくてな」
 つまり、会った時すでに、こちらのことは把握済みだったということか。

「はて、不思議そうな顔をしているな、リデア。何をそう不思議がることがある? なぜアリアハンから出たことのない自分を知っているのか、ということかな?
 さて、アデルは大方分かっているようだが、まだ分かっておらぬリデアのために答えよう」
 この人、「分かってないのはお前だけだ」って、わざわざ言わなくてもいいだろうが。
 陛下は妹を見据え、立て板に水のごとく話し始めた。

「わが父の代にて、勇者オルテガは没した。そしてその後を継ぐ者としてアリアハンが、リデアの名を正式に発表した。興味を抱くのは当然と思わぬか? かの『勇者オルテガ』の後を継ぎ、魔王と戦うというのだぞ? 年端もいかぬ子娘が。オルテガですら果たせなかった偉業を果たしてみせると、国が宣言したのだぞ?
 当然のごとく、私はあらゆる調査をさせた。その宣言は本当か、その娘とはどのような者か、そう、あらゆる調査をな。
 不快に思うかもしれぬが、こちらとしては当然のことと思え。『勇者』とは、何か偉業を果たした者にこそ送られる称号。それを何も果たしておらぬ子娘に名乗らせるなど、アリアハンはいかがしたと思うてな。
 その勇者とやらがどの程度使えるか、それは我が国だけでなく、世界的に見ても重要ゆえ、手は抜かなかったぞ。リデア、お前がどのような訓練を受け、どのような環境で育ったか、手に取るように分かっている。それはすべて、先に言った通り、どこまで勇者とやらが使えるかを知りたかったからだ。
 利用できるならそれでよし、利用できぬのなら捨て置くまで。アリアハンがどれだけ勇者に期待をかけているか、これもまた大いに理解しているが、所詮か弱い人間よ。実際のところ、魔王を倒す、などという期待はかけておらなんだ」

 本当に正直に全部話したよこの人! 本人目の前にして、「お前なんかに期待してねえよ」ってはっきり言った! それでも利用価値があるなら利用しようと思ってたよ、て言った!
 ポイントは、あくまで利用というところか。『勇者』を利用して士気を上げようとしたか、先行させて斥候にするつもりだったか、なんにせよ、陛下はあくまでも『人間』の力で魔王と戦おうとしていたようである。そのために、利用できるモノはなんでも利用する。そこに、老若男女の区別はない。
 ここまでストレートに来るなんて、思ってもみなかったよ。当の妹にしてみれば、いきなり先制のアッパーカットを食らった気分かもしれない。だって、アリアハンでは『勇者』だと持ち上げられ、自分を殺してきたのに、ここではそれをきっぱり否定されたのだから。
 この人多分、『オルテガ』に対しても大して期待なんかかけていなかったんだろう。父のロドリーゴはどうだったかは知らないが、この人はオルテガが死んだ時も、「当然」と受け止めたのかもしれない。「所詮か弱い人間」などという言い方をする人が、『勇者』などというものに期待をかけるとは思わない。
 恐ろしく冷静で、冷徹な目を持つ人だ。当時世間では恐ろしいほどに『勇者オルテガ』に期待をかけていたのに、この人はそんなものに惑わされず、冷めた目で見ていたのだろう。たった一人の『人間』に何ができるのかと。

「だが、事情が変わった」
 今までの笑みから打って変わって、陛下は表情をなくした。
「アリアハン、そして今回の我が国への襲撃。どちらも『勇者』を狙ってのもの。
 これすなわち、何を意味するかわかるか?」
 視線は妹へ向かっているが、妹は「分かりません」と、蚊の鳴くような声で答えただけだった。そして、視線はこちらへ。
「魔王は、『勇者』を恐れている、ということでございますか」
 この答えは陛下の期待に沿えたらしく、消えていた表情が戻り、挑発的な笑みが浮かんだ。
「さよう。この事実は非常に貴重なものである。
 かの魔王がたかが一人の人間を恐れるなど、本来なら一笑しうるところよ。だが、二回にわたる襲撃が、それを裏付けている。
 が、『勇者』の何を恐れる? 人間一人の武力など痛くもかゆくもあるまいよ。だが、恐れる以上は、何かがあるのだ。さて、アデルよ、何か分かるかな?」

 もはや妹に振らないところをみると、聞いても無駄だと思ったのだろうか。それとも、アタシがそれだけ期待されているということ?
 なんにせよ、答えねばなるまい。間違えているかどうかは関係ない。陛下が求めているのは『アタシ個人』の意見なのだろうから。
「神聖魔法。おそらく、これかと思われます」
 そのことを聞くや、陛下は感嘆の声を上げた。
「神聖魔法を知っているか。さすがはかのバシェッド老の教えを請うていただけのことはある」
 ほう? どうやら、アタシのこともきっちり調べてあるようである。別にイヤな気はしない。『勇者オルテガ』の娘であり、『勇者リデア』の双子の姉、当然調べて来るだろう。
 それにこの人、世界中に調査員を放ってるんだろうし。世界の情勢はきっちり抑えているはず。おそらく、アタシがポルトガで大会に出たこともしっかり知っているだろう。と言うか、その大会上位入賞者は、魔王との戦いにて使える可能性があるとして、全員チェック済みかもしれない。

「おや、驚かぬか。ちいとつまらぬな」
 「つまらない」とか言っておきながら、この人全然つまらない感じしない。むしろ、楽しんでいるようである。アタシとしては、これっぽっちも楽しくない。この人とのやり取りは胃に穴が空きそうでイヤである。

 「まあよかろう」と言って、陛下は話を進めていく。
 妹が置いてけぼりな気がするが、陛下は多分、「分かる奴だけ分かってろ」という性分である。また、妹の現在の心理状態をおもんばかるようなこともしない。この人には関係ないことだからである。
 妹は今傷心なのだから、そこらへん考慮してほしいのだが、言ってもおそらく無駄。むしろ、それを口にすることこそが傷をえぐるだろう。
 相手が「ヒト」だと戦えず、陛下には今までの価値観をすべて否定され、おそらく妹は今どん底だ。『勇者』として育てられ、その生き方しかできないと思っている妹にしてみれば、これらのことは人生を揺るがす大事であるはずだ。
 陛下もその辺のことは重々承知のはず。そのことを分かってワザと追い詰めている。『魔王が勇者を恐れている』というのも、かなり重い事実だ。とくに、今の妹には。それを分かっていて、あえてその話を持ってくる。
 試している。陛下は妹を試しているのだ。これから利用価値があるのかどうか、どん底から這い上がる力を持っているのか。這い上がれればよし、無理なら陛下はさっさと見切りをつけて、谷底へ蹴り落とすだろう。邪魔になるなら、おそらく殺すこともいとわない。
 そんなことはさせない。大事な妹には手を出させない。この人にとっては『駒』の一つに過ぎないのだろうが、アタシにとっては大事な家族なのだから。

「神聖魔法、古代において神の加護を得た者のみが扱えたといわれる、伝説の魔法だ。だが、実際に扱えた者は確認されておらず、せいぜい物語に出て来るのみ。
 だが、可能性があるとすればそれであろうな。この魔法は、「あらゆる魔を退ける」らしいからな」
 そこまで話すと、陛下はつまらないものを見る目で妹を眺め、ひじ掛けを指でこつこつと軽く叩くと、
「その勇者も大したことがないものだ。アリアハンにおいては襲撃者にあっさりと敗れ、このロマリアにおいては戦いすらもしなかった。
 はて、アリアハンにおいて、己がどれほど自らの境遇にあえいでいたかと啖呵を切ったわりには、情けなきことよ」
「恐れながら」
 これ以上言わせるものか。陛下にしてみれば、こうして言葉で攻め立てることで妹の器を図っているのだろうが、それによって妹がどれだけ傷つくことか。
 そんなことは許されない。相手が王様だろうが、これは譲れない。
「これ以上の妹に対する侮辱、たとえロマリア国王であったとしても、赦しませぬ」
 アタシの言葉に、周りの兵士が殺気立つ。「何と無礼な」「陛下に向かって」と言う声が聞こえるが、無視する。

 視線はまっすぐに陛下を貫く。陛下もこちらを目で射抜く。互いに譲らぬ視線での攻防、それに終止符を打ったのは、
「まいった、まいった。これが『出来そこないの勇者』と言われる者の目か?」
 陛下の笑い声と、その後に続いた言葉だった。
「ポルトガにおいてはかのハインスト家の騎士見習いに勝利したと聞くが、なるほど、『勇者』の姉は『英雄』であるかな」
 そう言うや、また腹を抱えて笑いだす。兵士たちは困惑し、陛下の隣に立つおじさまは陛下を睨みつけ、ニッコロは相変わらずの無表情。

 そんな時、
「いい加減にしろよ、チェーザレ。悪ふざけが過ぎるんじゃねえの?」
 フィーノが、不機嫌丸出しの声で言い放った。
 おいおい。相手はロマリア国王だってのに、なんて口のきき方? 普通なら胴体と頭がさようならしてるぞ! アタシは無理!
 むろん、こいつだって馬鹿じゃない。こういう口のきき方をしても大丈夫だと思っているんだろう。他の国の人間はアタシ達姉妹のみで、他の人たちはおそらく何らかの事情を知っているのだろうから。
「だいたい、オレは気が進まなかったんだ! お前がさせた調査で十分だってのに、俺達を使ってさらに試すたあ、根性が悪いにもほどがあるんだよ!」
 お前、勇気あるな、ガキンチョ。アタシ、あの人にそこまで言う勇気ないよ。無理だよ。

「ふむ、いい加減、いじめるのはやめにしようか」
 いじめてる自覚はあったんですか。本当に根性悪いな。この人に仕えないといけない人たちに同情する。ニッコロも、今回のことで相当気をもんだだろう。過労で倒れなきゃいいけど。
 以前はあれほど激高したのに、今はもうそれはない。むしろ今あるのは、陛下の思惑に巻き込まれた人たちに対する憐みだ。一番の被害者はアタシ達だが、彼らも負けないくらい被害を被っている気がする。

「さて、魔王は『勇者』を恐れている。しかしリデアよ、お前はもう戦いたくないか?」
 妹は、このまま沈黙しているわけにもいかず、「分かりません……」と、小さな声で答えた。
 先日の出来事、今の陛下の言葉の数々、今までの境遇。ありとあらゆるものが精神をぐちゃぐちゃにかき乱しているんだろう。戦わないなら自らの生き方を否定しなければならず、戦うなら、また「ヒト」と戦わなくてはならない。どちらも、妹にとっては苦痛のはずだ。

「ふむ、確かに、すぐには決められぬことであろうな。
 そこでだ、一つまたテストを与えようと思う」
 はい? また何かあるんですか? はっきりこうやって宣言しているんだから、以前のようなだましはないと思うが、この人のテストって、無理難題っぽくてイヤ。
 そもそも、何でこの人にテストされなきゃならんのだ。だが、
「このテスト、決してお前たちにとって無駄にはなるまいよ。
 特に、リデアにとってはな。
 第一、このまま何もせず悩んでいて、答えが出るものか。なら、だまされたと思って、気晴らしに受けてみよ。期限は特に定めんし、結果も求めん。
 ただ、遠出をしてもらうことになる。様々な人間とも、そうでないものとも出会うであろう。今のリデアには、人と接することこそが必要ではないか?」
 なんだかもっともらしいことを言われてしまった。確かにこのまま悶々としていても無意味。陛下は要するに、「気晴らしに旅行がてら、ちょっとお使いに行って来て」と言っているわけだ。

 妹を見ると、明らかに困った顔。そして、怯えの感情。
 陛下の言葉は、確実に妹の心をえぐった。陛下は、それを承知でやった。妹は、そんな陛下を恐れている。
 だが、このままでいいはずもなく、それなら無理やりにでも動かざるを得ないようにするのも一つの手。
「お話を、お聞かせ願えますか?」
 アタシは、陛下の手を取った。それは間違いなく劇薬だが、荒行事も時には必要だろうから。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 歴史上の人物について。
 ジパングで卑弥呼出てるから、いいよねって感じで出しました。
 チェーザレ・ボルジアに関しては、まったく調べていません。
 なんでチェーザレがロマリアの国王なんだ、ボルジアはスペインだろ、と言う突っ込みもあると思われますが、わざとです。
 漫画『チェーザレ 破壊の創造者』に影響されてます。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第11話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/03/27 00:50
 徒歩。のんびり徒歩。馬で行けば楽なのにもかかわらず徒歩。
 目的地はノアニールという村。ロマリア支配圏の最北である。それより先の土地は、エルフの領地となっている。
 さて、陛下の「お使い」は、ノアニールについての調査である。十年ほど前、エルフによって村の人間の時間が止まってしまったのだとか。その村そのものの時間が止まったわけではなく、あくまでのその村の人間の時間が止まったらしい。いつまでたっても微動だにせず、年もとらず、死にもしない。
 原因は分かっているらしい。ロマリアとしては統治下にある村を放置できず、調査団を派遣し、エルフの仕業であることを突き止めると、正式な使者を立てて、エルフに異議を申し立てた。だが、エルフは「エルフの王女が人間にたぶらかされた」と言い、ノアニールの呪いを解くことを拒否したのだとか。
 そこまで分かってて、何でアタシ達がまた調査しないといけないのかという話だが、ロマリアは定期的にノアニールに調査団を送り、経過を観察しているとか。つまり、アタシ達に経過報告をしろと言っているわけである。
 その際、ノアニールに行くまでにある村や町などの調査も兼ねているとか。

 で、そのためにアタシ達姉妹に加え、ロマリアからの正式な人員が加わったのだが、
「サンダーブレード!」
 その人員は、襲いかかってくるモンスターに、容赦なく電撃の術を見舞っている。
 徒歩なので、どうしてもモンスターとの遭遇率が高くなる。馬でもいれば、逃げることも容易なのだろうが、「歩いていけ」という陛下の言葉もあり、仕方なく徒歩。
 まあ、襲いかかってくる頻度こそ高いものの、国を挙げてモンスターを定期的に討伐しているらしく、大した奴はいないので苦戦はしない。

 問題なのは、妹である。戦おうとしないのだ。
 無理強いなどできないので、妹に襲いかかって来る奴をアタシが優先的に斬りながら、もう一人が術で一網打尽がスタイルである。

「弱っちい奴が突っかかって来るんじゃねえよ」
 つまらなそうに言うのは、ハーフエルフのガキ、フィーノ。こいつが、ロマリアから派遣された人員である。
 このフィーノ、ロマリア国王直属秘密部隊の隊員の一人で、しかも結構な地位にあるらしい。その秘密部隊は、ハーフエルフによって構成された部隊だとか。
 驚くことに、あのカンダタもその部隊の一員で、その実力から隊長格らしい。何が驚いたって、あのおっさんがハーフエルフだってことに。エルフの血はどこに行った? て言う外見だし。天術苦手で、ファイアーボール使っても、マッチの火程度の火をおこせれば奇跡という具合だし。実際に見せてとせがんで、渋るカンダタに実際に使わせてみれば、ぷすんと音を立てて「燃えたの?」って感じしか火が出なかった。本当に苦手らしいことが分かり、しかも本人かなりのコンプレックスのようで、その時は本気で同情した。
 ハーフエルフって、無条件で全員が術を使えるとばかり思っていたのだが、そうでもないらしいことに驚き、「そういうこともあるのか」と何か発見した気分になってちょっと気分もよくなったり。カンダタにしてみれば、冗談じゃないのだろうが。

 さて、話はさかのぼるが、実はアタシ、あの謁見の後、一人陛下に呼ばれたのである。
 謁見の間から応接室のような場所に案内され、部屋にいるのはアタシと陛下、それに謁見の間で陛下の横にいたおじさま、この国の大臣、ミケロットである。
 陛下は上座に座られ、アタシは下座、大臣はその中間という具合。部屋の外に兵士はいるが、ここは防音がしっかりしており、中の音は聞こえないとか。危ないじゃないかと思い、
「私めが陛下に危害を加えたら、どうなさるおつもりですか?」
 と、このあり得ない状況に疑問を投げかけてみると、
「お前は馬鹿ではあるまい。この状況でこそ、私には手を出すまいよ」
 と、余裕の表情で返された。
 そりゃあね、この状況で陛下を害するなんてことしたら、言い逃れ不可、逃亡も難しく、よくて第一級のお尋ね者。地獄のような拷問を経て、死罪、というイヤなコース一直線である。分かってるさ、でも、だからっていいのか王族。

「そんなことはどうでもいい。
 私としては、お前ともっと話したくて招待したのだからな」
 それはありがたいのだろうか? 国王が、一介の平民と話をしたいと言われるのは、こちらとしてはきっと名誉なことなんだろうけど。
「ありがとうございます」
 なので、とりあえず頭を下げておくことにする。

「さて、アデルよ、お前は私に聞きたいことがあるのではないか?」
 つまり、質問受け付けるよってことか。謁見の間では、他の人物の目もあるし、聞きにくいこともある。それに、陛下も話しにくいことがあるのかもしれない。
 あれ? アタシ、陛下と共犯チックな関係になってないか?

「では、お言葉に甘えて、率直にお尋ねいたします。
 陛下は、我々を、リデアを、いったいどうなさるおつもりで?」
「どうもせん」
 はい? どうもしないって、そんなバカな。『勇者』を利用する気満々だったじゃないか。それこそ、『勇者』を祭りあげて指揮を取らせるとか、少数精鋭で特攻させるとか、そんなことを考えていたのに。
 今の質問、かなり勇気がいったんですけど?

「あの、どうもしないって……」
 あまりの事態に、素の口調になってしまうが、陛下は気にした様子もなく、
「言葉通りだ。お前が危惧しているような、裏から操るようなこともせん」
 真顔で、しらっと言ってのけた。
 いや、だまされるな自分。この人は笑いながら相手の心臓にナイフを突き刺せる人だ。それも、果物を切るくらいの感覚でできてしまう人だ。嘘八百は標準装備、一と言えば八な人なのだ。
 アタシの表情で、陛下はアタシが考えているおおよそのことは見当がついたらしく、「ふむ」とあごをさすった。
「信じておらんな? まあそれも当然。懐疑とは人間の持つ崇高な技能、それを最大限働かせることは、決して悪いことでもあるまいよ」
 「さて、どうやって納得させたものか」とか呟きながら、陛下は大臣に目配せする。大臣は頷くと、
「アデルよ。アルド・チッコリーニの説を知っておるか?」
 何の脈絡もなく、関係ない話を持ち出してきた。
アタシは「少々お待ちを」といって、自分の記憶を探った。

 アルド・チッコリーニ。知っている。見たことがある。何かの本の著者。そう、古代神話の研究をしてる人だ。『天魔戦争における人間』という本で見た!
 天魔戦争。天界と魔界の争いで、その舞台はこの地上だったという。神々と魔界の魔族たちが直接戦うのでなく、人間界における両者のバランスをいかに崩すかという戦いだった。大方の天魔戦争の研究者の見解は、「神々は人間を兵とし、魔族は神の兵たる人間を殺していった」と見ているが、アルド・チッコリーニは全く違う説を提唱した。
 地上、すなわち人間界は、天界にも魔界にも属さぬ、中間の場である。そこにいる人間の性質によって地上の性質も変化し、闇に染まった人間が多くなれば魔界へ、神々への信仰が高まれば天界へ傾くという。だが、どちらかに傾きすぎると中間位であるはずの人間界の位相がずれ、天魔の線引きすらも危うくなってしまうという。そのことから、普段は天魔両者の間で、人間界は中間位にしておくことが取り決められていた。
 だが、天魔戦争が起きた際、その線引きをなくし相手の世界に攻め入るため、なおかつ自らの陣地を多く持つために、両者は人間達に様々な方法で働きかけたという。神々は加護を与えた人間を介して奇跡を起こし、魔族たちは人々を殺すのではなく、絶望と憎悪、怨念を抱かせ、闇に傾けようとしたとか。
 この説の斬新なところは、人間こそが戦争のカギであること。人間がいてこそ、人間界は性質を持ち、どちらかに傾くが、人間がいなければ、完全なる中庸になり、天魔両者の壁は不滅のものとなるという。つまり、戦争するためには、人間がいなければ成立せず、魔族も人間を根絶やしにはできないのだということ。

「そういうことか!」
 アルド・チッコリーニの説を思い出したら、陛下たちの言いたいことが分かった。
「今まさに、この地上で『天魔戦争』が起こっている、陛下はそうおっしゃりたいのですね?」
 今まで何でこのことに気がつかなかった自分! 考えてみれば、思い当ることは目白押しじゃないか。
 サブサハラを滅ぼしたのは、地形を変え、魔王の力を見せつけることで、人間を闇側に傾けるため。だが、サブサハラを滅ぼしておいて、それ以降目立った侵攻がない。これは、人間を完全に滅ぼさないため。
 勇者を今まで放置した点。恐れているなら、力を持たないうちに殺してしまえばいい。だが、それをせず、いざ旅立ちという時に襲ってきた。これもまた、人間に絶望を抱かせるため。
 そう、魔王はのんびりしていたわけではなく、天魔戦争の準備を着々と進めていたのだ。

 神々も何もしていないわけではないだろう。妹が『そういう存在』なのは、先の襲撃で明らかだ。つまり、妹を介し、人々に希望を与え、『勇者』の力でもって、人々の信仰を集める。
アタシにシグルドが与えられたのは、そんな妹のアシストのためだろう。妹を介して奇跡を顕現させるためには、妹の生存は必要不可欠。魔王側の妨害も考えられ、守護役がどうしても必要になる。また、『勇者の姉』が強い力を持って魔王勢を倒していけば、『勇者』への期待は高まり、神々の信仰も高まる。
 『勇者』を介してというのは、意識を操るとかいうのでなく、勇者に与えられた力、『神聖魔法』だろう。その一つとされているのが、『ライデイン』。雷の魔法である。「雷」とは「神鳴り」。まさしく、神の力を振るうことになるわけである。雷は神の声として、どこの地方でも神聖視されているものであるから、信仰を高めるものとしては効果抜群だと思われる。ただ、過去それを使えた者がいたことを知る者は今現在少ない。専門家や、それなりの教養をもつものくらいだろう。一般には知られていないものである。
 案外、神は『勇者』という存在を介することで、この地上において勇者の行動から奇跡を引き出すことができるのかもしれない。もっとも、『勇者』にやる気がないと話にならないのかもしれないが。

「そして、陛下は『勇者』の自発的な行動によってのみ、神々はその力を、奇跡を起こすことができるとお考えですか。裏から操るなどというのは、神々に対する冒涜であると」
「まあ、そんなところだ」
 陛下は「よくできました」と言わんばかりに、軽く拍手をしている。正直言って、嬉しくないなあ。子供扱いされてる気分だ。まだ十六の小娘だから、間違ってはいないんだけど。
「『勇者』とは一種の巫女のようなものなのだろう。神の奇跡を体現する存在なのだ。おそらく、勇者の行く先に道は開ける。
 神々は積極的に地上に介入できないが、それを媒介するものがあれば相応のことはできるのだろう。
 なら『勇者』に当面は任せておくことにする。丸投げはせんがな。オルテガのことで懲りている。しばらくは後方支援に努めよう。
 時が来れば、『勇者』を筆頭に、攻撃を仕掛ける。その道を切り開けるのも、おそらくは『勇者』だ」
 そこまで話すと、陛下は憂鬱そうにため息をついた。
「だが、肝心の『勇者』があれではどうしようもない。つくづく、アリアハンの教育体制を疑う。
 今回のテストは、リハビリだ」

 まあつまり、基本的には『勇者』の自主的な旅に任せ、『勇者』が突破口を見つけた時、一挙に攻撃を仕掛けようということか。この人のことだから、世界中の国々を説得し、同盟を組むのだろう。後方支援とはおそらくそれだ。ロマリアによる完全バックアップ。それも世界規模の。
 つまり、どうあがいても逃げられない状況にあるわけだ。

 無理っぽいなら旅止めて気楽に暮らそうと思ってたのになあ。出来なくなってしまった。
 ちくしょう、何で妹なんだよ、神様のバカヤロー。

 その後、フィーノやカンダタの話を聞き驚いたり、本人たちに確かめてみてさらに驚いたり、フィーノが正式に『勇者』一行に同行し、『勇者』一行を支援しつつ、その行動を定期的にロマリアに報告することを命令されたとのことだ。
 カンダタも一緒にと主張したのだが、カンダタはあれでも部隊の要、おいそれと国を開けられないそうだ。フィーノも要中の要らしいが、だからこそアタシ達につけられたのだとか。それだけの実力があるということか。

 で、現在、えっちらおっちら歩いているわけだが、フィーノの奴、自分一人ほうきに乗って楽しやがって。
 ノアニールの村まで、約三カ月。現在、ざっと二カ月は経っているのだが、遠いなあ。
 もうすぐ、カザーブの村に到着すると思うんだけど。

 で、この旅行でちょっと驚いたことがあった。
 夜、野営の準備の時、聖水で魔法陣を描いたのだが、
「お前、何やってんの?」
 と、フィーノにムチャクチャ不審な目で見られたのだ。妹も、不思議そうに見ていた。
「何って、結界。こやって聖水で魔法陣描いたら、モンスターよってこないし」
「聖水にモンスターよけの効果があるのは知ってるけどよ、長続きしねえし、そんな大層な効果ねえだろ?」
 あれ? おかしいなあ。アタシこれやってずっと無事だけど。
「これ、知らないの?」
「知らねえ」
 妹も首を横に振る。
 これ、爺ちゃんから教わったんだけど、実は全然一般に普及してない方法だったのか!
 爺ちゃん、知らない間に、専門知識叩き込んでくれてたんだな。
 ちょっと、自分の常識と世間の常識のギャップを思い知った瞬間。

 目的地は、まだ遠い。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 今回の話、かなり不安です。内容が。




[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第12話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/04 23:05
「姉さん、命って何? どうして殺すの? 殺しちゃいけないの?」
 何という哲学的な問い。妹よ、それは偉大な学者たちが常に考え続け、それでもなお完全な答えがない問いだよ。




 カザーブの村に着いた。だいたい昼をちょっとすぎたくらい。本当に小さな村で、フィレンツェと比べて同じロマリアとは思えない。いや、都市と地方の差って、かなり激しくて当たり前なんだけども。あのフィレンツェの雅な街並みを見てると、そこから離れるに従ってアリアハンの田舎と変わらないようになっていくのを見るのは、ある種の感動をもたらした。
 基本的に、田舎ってどこも変わらないよね。

「おれ、チェーザレに報告書書いてくるから」
 フィーノはそう言うや、ほうきに乗って飛んでいてしまった。おそらく、この村の村長さんのところに行ったんだろう。この国は、その村や町に定期的に城の人間がやってきて定期報告を受ける。その定期報告の際に、自分の書いた報告書を渡してもらうらしい。今までの村でもそうしていた。
 そんなシステムあるなら、わざわざ行く必要がないように思われるが、素人の報告と、訓練されたプロが見るのとではまた違う。城からきちんとした調査隊が派遣されるのは基本的に年に一回か、それ以下。それでは心もとないから、村や町の責任者から報告を受けて、その報告から怪しいと思われた場合、ちゃんとした調査団が送られる。それでもプロが実際にきちんと見たほうが、報告を受けてから動く以上に分かるんだろう。
 しかし、村に着いたばかりで行かなくてもいいような気がするが、気を使ったんだろう。

 妹は、相変わらず戦闘に参加しない。ロマリア襲撃のショックは、今でも続いていた。このまま放っておいても改善される可能性はないだろう。時間が何とかしてくれる類のものじゃないだろうし、ちゃんと話を聞かないと。
 この二カ月の間、何とか話をしようと試みたが、妹のほうがそれを避けていたのである。無理にやって傷を広げたら本末転倒と、今まで様子を見ていたのだが、いい加減ちゃんと話をしろ、ということらしい。
 あんなガキンチョにあんな気の使われ方をするとは、アタシもまだまだだなあ。

「さて、ちょっと散歩でもしよっか」
 村に着いてまず初めにすることが散歩って、と自分でも思うが、「話をしよう」というサインである。妹はそれにためらいながらも頷いた。
 さて、適当に話をしながら歩きつつ、人が来そうにないところっと。
 あ、墓場発見。話し合いの場としては最悪だが、人が滅多に来そうにないところで、民家も近くにない。いいかも。

「さて、ちょっときゅうけーい」
 それなりに大きい木の幹に背を預け、座る。そして、すぐ横の地面を軽く叩いた。
 妹は、「ここに座れ」と言ったのが分かったらしく、おとなしくその場に座る。墓場を気にして、ちらちらそっちを見てるけど。

「さて、こんなところで回りくどいことはしません。ストレートに行きます」
 じっと、妹の目を見る。妹は目を泳がせ、最終的にそらしてしまった。アタシが何を言いたいのか、ちゃんと分かっているんだろう。今の妹にこうして直球でぶつかるのがいいのか悪いのか、アタシには判断できない。だが、だからと言っていつまでも腫れものを扱うみたいに接していくわけにはいかない。なので、迷いなんてすっ飛ばし、いきます。
「なんで戦わないの?」
「なんで戦えるの?」
 あり? 質問に質問で返されたよ。しかも、目をそらしながらも返事代わりの質問は即座だったよ。
 なんで戦えるのか? これは、どういう心理から出た言葉だ? 何故戦わないかに対して、何故戦えるのか、だ。判断材料が少ないなあ。

 考え込んで何も言わずにいたら、妹が今までそらしていた目をこちらに向け、怒りを感じさせる口調で言った。
「なんで戦えるの? 姉さん言ったよね? モンスターも人も、命っていう意味じゃ同じだって。なのになんで戦えるの、殺せるの?
 私は怖い! 人殺しが怖くて何もできなかったけど、敵だからって殺していく人たちも、それを平然と殺せる姉さんも、みんな怖い!」
 今まで、アタシは妹にこんな風に感情をぶつけられたことがない。なので、口がはさめず、妹を凝視した。
 そんなアタシに何を思ったか、妹はますます怒気を強める。
「確かに、モンスターも人も生きてる。みんな同じだ。でも私は、訓練でたくさんモンスターを殺してきた。モンスターは人間を襲うけど、それでも生きてるんだって、姉さんは言った」
 感情が高ぶりずぎたのか、涙があふれて流れそうになっている。それでも妹は、言葉を緩めない。
「モンスターは殺せたけど、人は殺せない。そんな自分はなんてひどい人間なんだろうって、そう思うと、何かを殺すなんてできない! 殺すのは怖いよ! 命を消すのはイヤだよ!
 姉さん、どうして殺せるの? 人はなんで、何かを殺せるの?」
言い終わると、今までの怒気がウソのように消えうせた。妹は地面にへたり込み、涙をぼろぼろと流す。

 しばらくそっとしておいたフィレンツェから今まで、妹は一度も泣かなかった。泣きたくても泣けなかったのか、泣きたくなかったのか。だが、涙には浄化作用がある。一度大泣きすれば、自分の中にあるもやもやがはっきりするかもしれない。
 そして、ひとり言のように、ぽつりとこぼした。
「姉さん、命って何? どうして殺すの? 殺しちゃいけないの?」
 それに対する答えを、アタシは持っていない。自分に対する答えは持っている。アタシはそんな高潔な人間じゃない。割り切って、殺すモノは殺すし、戦う時だと判断すれば情けは掛けない。
 妹は、割り切れていない。モンスターを殺すのなんて、妹にとって今まで当たり前だった。だってそういう風に育てられたのだろうし。そこにアタシの「モンスターもヒトも同じ『命』」発言があった。そもそも、あの時は自分と同じヒトを相手にしなくてはいけない場面で、でも妹にとってヒトは守るべきもので、そこで矛盾が生じた。
 あの時、妹の中で、今まで持っていた価値観、倫理観にひびが入った。そして、最終的に、あの戦いの中で壊れてしまったのだろうか。壊れるまでいかなくでも、それらを信じられずにどうしていいかわからない状態、といったところか?

「アタシは、自分のために戦う」
 妹に対する答えとしては不適切だろうが、アタシ自身の考えを言わないと、妹は納得できないし、今言った問いの答え素自分で出すことはできず、その問いに潰される。
「アタシが戦うのは、結局のところ何もかもが自分のためだ。リデアのためになりたいと思ったのも自分の心を守るため、フィレンツェで戦ったのは死なないため。死んだら、リデアのために戦えなくなる、自分が守れなくなる」
 涙を流しながらも、妹はアタシの顔をじっと見て、静かに耳を傾ける。アタシは、ウソ偽りのない本心を語る。
「リデアのために強くなった。一緒に戦うために強くなった。リデアが大好きだから。でも、それは結局自分がそうしたいからっていう自分の意思。そして、そのためなら、アタシは人殺しだってするし、見知らずの人間も見捨てる。
 殺した命を振り返ったりしない。アタシは、アタシのために突き進む」
「それが、姉さんの意思?」
「そ。軽蔑した?」
 顔がぐしゃぐしゃの妹に、アタシは軽い口調かつ、笑顔で言った。妹は、激しく首を横に振り、乱暴に涙をぬぐった。
「姉さんは、覚悟してる。命を消す覚悟も、見捨てて進む覚悟も持ってる」
 そう言って、妹はうつむいて「ごめんなさい」と、弱弱しい声で謝った。
「私は、まだその覚悟はできない。まだ、戦えない」
 そんなこと、アタシにとってはなんてことない。この子は大事な妹だ。戦えるとか、戦えないとか、そんなことで評価したりなんかしない。そこんとこ、分かってほしいなあ。今までいた環境のせいかね?
 妹の頭をぐりぐりとなでる。

「無理して戦おうとしないこと。戦うのが無理ならそれでよし。そんなもん、アタシが全部引き受ける」
 そう、妹の力になるため、今まで頑張って来たのだ。爺ちゃんのスパルタ魔法特訓とか、自分の才能のなさ加減に落ち込みながらの刀の修業とか。
 あ、思い出したら目頭が熱くなってきた。ここで泣くな自分。今までのことが全部台無しだぞ自分!
「さっきの問いの答えは、自分自身で見つけなさい。自分だけの答えを。誰かから聞いた答えで分かった気になっていいことじゃない」
 命は命。それだけで価値があるもの。本来、何者にも侵す権利のないもの。絶対的な価値をもつもの。しかし、世界はそれぞれが命を奪いあって初めて成り立つようになっている。食物連鎖とか、いい例だよね。
 妹は、不安そうにしながらも、しっかり頷いた。
 ま、どうしても無理ってんなら、何としてでもエスケープするけどね。勇者だからって、何が何でもやらなくちゃいけないとか、理不尽だと思うし。世界の危機なんだから、世界中の人間が何とかすればいいんだい。妹は今まで頑張ったので、ドロップアウトしても文句言われる筋合いないよね。

「うおおおん! いい話だなあ!」
 いきなり聞こえてきた第三者の声に、アタシはとっさにシグルドを抜いた。
 バカな。足音どころか、気配すら一切しなかった! 今も、気配が感じられない。何者?
「ね、ねえ、さん」
 妹が、アタシの背後を見て青ざめながら指さした。それに従い、後ろを振り向くと、
「素晴らしい! 素晴らしいじゃあないか! 美しい愛情! 泣ける!」
 向こう側が透けて見える、ガタイのいいおっさんがいた。

「だれ? あんた」
 泣き続けているおっさんに、アタシは呆れつつも尋ねた。いつまで泣いてんだ、このおっさんは。しかも盗み聞き、いい趣味してるじゃんか。
「おれか? おれは武道家のガイル。熊を素手で倒したっていう伝説が残ってるんだけど、知らない?」
「知らない」
 なれなれしいな、このおっさん。シグルド抜いたのはいいけど、所在ないよ。これ、どうしろっていうのさ。

 この手の奴は苦手なんだけど、おっさん、もといガイルは、アタシがあからさまにイヤそうにしているにもかかわらず、ニコニコと話しかけて来る。
「知らないのかあ。まあ、あれ実は鉄の爪つけてたから、素手じゃないんだよね~」
 適当に「ああ、そう」と相槌を打つ。あんたの伝説の真実とかどうでもいいっつうの。
 空気読めよ。シリアスな会話してるとこに割り込んできやがって。今までの会話の余韻ゼロだよ。

「帰れ」
「それはないよ~。せっかくなんだから、もっと話そうよ」
「なれなれしいわ! 鬱陶しい、か、え、れ!」
「いやいや姉さん! 帰れとかいう問題じゃないよ! その人明らかに幽霊だよ!」
 正気になってよ! と、がくがく揺さぶられる。ちょ、妹よ、あんたしっかり鍛えられてて力それなりにあるっていう自覚ないのか? 苦しい……。
「まあまあ、それ以上やったら、その人死んじゃうよ」
 ガイルが話しかけるや、妹は悲鳴をあげてアタシの後ろに隠れた。
「あれ? 嫌われちゃったなあ」
 ポリポリと頭をかいて、困った風に笑うガイル。どうしよっか? とか言いながらこっちを見るな。知らんわ。
「あんた女の子から好かれる外見じゃないし。鬱陶しいし」
「ひどいなあ」

「だから! 外見とかじゃないってば! 何で姉さん普通に会話してるの?」
 妹の声は絶叫だった。後ろから耳元に向かってなもんだから、耳がキーンと痛い。
「まあ、透けてるなあ、とは思ったけど」
「それだけ?」
「昼間でも幽霊出るんだなあとか」
「そんな程度の認識?」
「ここ墓場の近くだからあり得なくもないよね」
「軽すぎるよ!」
 妹はアタシの回答がことごとく気にらないらしく、それでも律義にツッコンでくる。ふっ、妹よ、なかなかいいツッコミを持っているじゃないか。

「ちょっとちょっと。おれ置いて二人だけの世界に入らないでよ。寂しいじゃないか」
「知るか」
 何でアタシがお前の存在に対していちいち対処せねばならん。面倒。
「だいたい、勝手に人の重要なプライベートの会話聞いといて、なんの謝罪もなしか」
「あ、そうだった。申し訳ありませんでした」
 ちゃんと頭を深々と下げて謝罪するあたり、さほど無神経でもないらしい。
「まったく。幽霊ならさ、おれ何も聞いてません知りませんを貫けばいいものを。何で出て来たのさ」
「いや、感動して、いてもたってもいられなくなって、つい」
 つい、でアタシ達のあの空間は壊されたのかよ。ふざけんなよ、こら。
「斬れたら斬ってる」
「うおおお! 待って、ストップ! シャレにならない! その刀仕舞って! それ、天界からの特別性でしょ? それで斬られたら、おれ消滅する!」
 あ、この世界のソーディアンって、幽霊も斬れるのか。そりゃあいい。アタシはシグルドの切っ先をガイルに向けた。面白いくらい狼狽している。
「ごめんなさい! もうしません! だからそれ向けないで! 斬らないで!」

 こんな感じで、ガイルをからかっていると、
「もうイヤ! お化けいやー!」
 妹が、民家のある方へ猛ダッシュ。あの走り方は、かなり必死だ。
「何でこんなの怖いの?」
「さあ?」
 ガイルと顔を向き合わせて首をかしげていると、
『マスター。自分がかなり変わった人種だということを、理解しておいた方が……』
 何でか、愛刀に変人扱いされた。なんでさ。

 その後、ガイルと別れ、フィーノがいるであろう村長さんの家に向かった。別れる際に、
「よかったら夜にまたおいでよ。友達紹介するからさ」
 と言われたが、「いらん」と切って捨ててきた。その際のガイルの落ち込みようはすさまじかった。「せっかく生きた人間の友達ができっと思ったのに」とか言ってたが、アタシはあんたの友達になった覚えはない。
 だいたい、旅してて疲れてるんだから、夜に出ていくなんてことするか。夜はぐっすりお休みタイムだ。ついでに、貴重な修行時間でもある。

 そして、村長さんの家に行ったのだが、
「何があったんだよ? あいつ、部屋の端っこに行って震えてんだけど」
 フィーノが苦虫をかみつぶしたような顔で指さした先にいた妹は、顔を真っ青にして、膝を抱えていた。
 ええ? あんなんなるもんなの?
 そこで、フィーノに事の顛末を話したのだが、
「お前、変ってるって、言われねえか?」
 こいつにまで変人扱いされる羽目になった。なんでだよ。

 世の理不尽さを感じた、ある日の一コマ。青空が、目に痛かった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第13話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/04 23:04
 えっちらおっちら歩いて歩いて、たまにフィーノに「ほうき使わずに自分の足で歩けよ!」と八つ当たりしてみたり、フィーノに「もう疲れたのかよ、おばさん」と言われてぶち切れかけ妹に抑えられたりと、実にほほえましい道のりが、ようやく一段落。
 つまり、目的地ノアニールに着いたのである。

 ごく小規模の、本当に小さな村。それはいい。
 だが、今にも走り出しそうな子供とか、水を運んでいるポーズのまま動かない男の人とか、まきを切るために斧を振り上げたまま静止している人とか、本当に何これ? 見た瞬間、開いた口がふさがらなかった。
 今にも動き出しそうなほど生き生きしているのに、触るとなんだか冷たい。生命活動が停止しているっぽいように思えるが、時間が止められているということで、体の代謝なども一切がストップしているのだろう。そりゃ冷たいわ。
 妹も、止まっている人をまじまじと見て、顔の前で手を振ったり、パンと両手を叩いて音をたてたりしているが、無反応。やがて、諦めて戻って来た。

 フィーノは不機嫌に鼻を鳴らし、
「いつ見てもムカツク光景だぜ」
 と、ムチャクチャ不機嫌だった。
 この村が近づいてくるに従って、その不機嫌指数は上昇して言ったのだが、今はマックスのようだ。そもそも、何で不機嫌なんだろうと思う。いったい、この光景の何に対して「ムカツク」のか。エルフがやったことだからハーフエルフとしては複雑とか、そういうのとはなんだか違う気がするし。

 フィーノの不機嫌に関してはどうしようもないし、そもそも個人的なことに首突っ込むのもどうかと思うので、何も言わずに村を見て回る。
 なんだか不気味だ。時間をコマで区切ってその一つを切り取れば、こんな風になるんだろうか。ここにいると、今までいた世界から切り離されて、時間においてけぼりにされたような気分になる。
 エルフすげえな、と思うと同時に、恐ろしくもなる。王女をたぶらかされたそうだが、その報復がこれとは。いっそ、村焼き払うとか、皆殺しとかのほうがましだと思えてくる。

「特に変わりはないみたいだな。終わりだ、終わり! とっとと帰るぞ」
 不機嫌さを隠そうともしていないフィーノは、さっさとここから出ていきたいらしく、村から出ようと歩き出した。
 妹が、「待ってよ!」と慌てて止める。アタシも止めようとしたのだが、妹に先を越されてしまったので、黙っていることにした。
「ロクに休んでないのに、そのまま帰るのは危険だよ。いやでも、今日はここに泊まらないと」
 妹もちゃんとフィーノの異常は気付いているようである。まあ、あれだけあからさまだったら、誰だって気付くだろうが。

「うるせえな! もうここに用事はねえだろ!」
 フィーノとしては、一秒でもここにいたくないらしい。妹の手を払いのけ、村から出ようとしている。
 陛下、何でこいつにこの任務与えたんですか? このイヤがりよう、ただ事じゃないんですけど。
 このままだと本当に村から出ていってしまいそうなので、アタシも止めに入ろうかと思った時、
「もう帰られるのですか?」
 動くのはアタシ達くらいだったはずの村に、アタシ達以外の声が静かに響いた。

「誰だ!」
 フィーノがいつでも術を撃てるように構えると、
「ご安心を、敵ではありません」
 手を広げ、敵意がないことをアピールしつつ、一人の男が近づいてきた。
 教会で神父さんが着ている服によく似ているが、それとはまた簿妙に違う。ゆったりとしたローブ、手に持った簡素だがいいものだと分かる杖。優男風で、大した力なんてなさそうだが、その代わり魔力はそこそこ感じられる。

 実は、こいつが近づいてきているのは気付いていたのだが、敵意はなさそうだったので、放っておいたのだ。フィーノも、相手が本当に危険かどうかくらい、普段なら分かりそうなもんだが、頭に血が上っている今では、それも分からないらしい。

「ど、どちら様ですか?」
 妹に尋ねられると、優男は「失礼しました」と優雅に一礼した。
「名乗りもあげない無作法、まことに申し訳ありません。
 私、ダーマより教皇の命により派遣されました、クレシェッド・ボルネンと申します」
 ああ、あの服、ダーマの神官とかが着る服なのかな?

「で? そのダーマの人が、ここに何の用?」
 敵意はなさそうだが、だからと言って完全に信用するのもまだ早い。そもそも、何でここにダーマの人間がいる?
 アタシの疑問に、クレシェッドはにこりと微笑むと、一つの筒を取り出した。その筒は厳重に封印されていた。その封印にはダーマの紋章が描かれており、勝手に中身を見ていいものではない、要人に渡すためのものだとわかる。
「これをエルフの女王陛下へ渡すためです」
 こいつ……。
「そ、なら、さっさと行けば?」
「そうは言われましても、私は何分非力な一神官でして、ロクに攻撃呪文も使えず、使えるのはせいぜいちょっとした回復呪文と風の呪文を中級まで。それではユミルの森までは、とてもたどりつけません」
 笑顔。あくまでも笑顔。うわ、腹立つ。
 こいつ、最初から、アタシ達に自分をユミルの森まで護衛させる気満々だ。いや、おそらくそれを決めたのはこいつじゃない。ダーマの上層部であり、ここにアタシ達が行くことを知らせた人物。
 ロマリア国王、チェーザレ・ボルジア。

 へ、い、かあああああ! アタシらに何させようとしてるんですか? ノアニールまで行って帰ってくるお使いじゃ、あんた何か不満か!
 陛下め、最初からアタシらにユミルの森まで行かせる気だったな! ユミルの森に入れないフィーノをなんでつけたのか、そこらへんかなり謎なのだが。
 フィーノ、もしかして……。いや、まだ推測の域を出ないし。だが、陛下がハーフエルフが入れないってことを忘れるような凡ミスするわけがないし。
 ま、クレシェッドがここにいるのは陛下の差し金と思って間違いないのは確実。ダーマ教皇と陛下って、同じピサ大学で学び、主席を争ったライバル同士で、良き友人だったって聞くし。なので、こいつ個人には責任はないのだ。だってこいつは、ただの下っ端。上司からやれと言われたことをするしかないのだから。

 フィーノがアタシと同じ決論にたどり着いたらしく、忌々しげに「チェーザレの野郎!」と吐き捨てている。その顔が、今までにない憤怒に彩られているが、なんか、アタシの中でこいつに関して一つの仮説が浮かんでいる今、そういう感情の一つ一つが自分の仮説の証明になっていってしまっているような気がする。
 そんなフィーノを見て、妹がどうすればいいのかわからないらしく、オロオロとしている。あの様子じゃあ、妹は陛下の差し金とか、そのあたり気付いてないなあ。

 アタシはため息をついた。疲れたのだ、精神的に。
 陛下め、結局自分のしたいようにするんじゃないか。まあ、ならそれはそれで、仕方がないと諦めるしかない。
「お互い腹割って話そうよ。建て前とか、そういうの抜きにしてさ。
 あんたは、ロマリア国王の要請によってダーマからここに来た。アタシらをユミルの森に連れていくために」
 妹が「え?」と声を上げる。アタシとクレシェッドを交互に見て、明らかに混乱した様子だ。

 クレシェッドは、ふふっ、とちょっとキザに笑うと、
「腹の探り合いなどは苦手です。私としても、ストレートに行く方が好ましい。
 はい、その通りです。ロマリア国王陛下から、ダーマに要請が来ました。
 ですが、ダーマとしては、神に近いとされるエルフの方々に、人間と軋轢を生んでほしくないという思いがあり、このノアニールの解決を望んでいるのも事実です」
 ツッコミを入れたくなることを、すらすらと答えた。
 つまり何かい。アタシらにノアニールを何とかしろと、そう言ってるんかい。ロマリアが長年やってきて不可能だったことを、ぽっと出のアタシらに何とかしろと?
 何考えてんだ! 陛下も、ダーマも!
 そしてやっぱりつまりは、そういうことか。フィーノがこのお使いにつけられたのは、そういう理由なのか。

「冗談じゃねえ! おれはハーフエルフだ! ユミルの森に入れるわけねえだろうが!」
「でしたら、森の外でお待ちいただければ。入りさえしなければ、問題はありませんから」
 烈火のごとき怒りを見せるフィーノに、クレシェッドはしれっと言ってのける。なら帰れ、と言わず、あくまでユミルの森までこいと言っている。陛下がフィーノをつけたことといい、クレシェッドの態度といい、アタシの推測を裏付けるものばかり。
 今回のカギは、勇者ではない。フィーノだ。

「姉さん。どうして、ハーフエルフは入れないの? それに、ユミルの森って何?」
 空気を壊さないように、静かにアタシのところまで来て、小さい声で聞く妹。妹よ、やっぱり知らなかったか。
 後で説明するからと言って、アタシはクレシェッドとフィーノに意識を向ける。妹もそれに異論はないらしく、二人を見た。
 それにしても、妹は基本的に戦闘訓練ばっかで、一般教養的なことあんまり教わってないっぽいなあ。そこらへん、教えていかないといけないなあ。

 二人の睨み合い、と言っても、フィーノが一方的に睨みつけて、クレシェッドがそれを受け流しているから、睨み合いとは言えないかもしれないが、とりあえずそれは続き、先に折れたのは、フィーノだった。
「これを仕組んだのはチェーザレだろ? なら、行くしかねえじゃねえか」
 陛下には逆らえないということなのか、それとも個人的な事情から陛下には逆らいたくないのか、今までの反発からは信じられないほどあっさりと、フィーノは降参した。
 「ご理解いただけて何よりです」と、クレシェッドは笑顔のまま言った。この笑顔の仮面、なかなか強固である。正直気に入らない。

「あなた方もよろしいですか?」
「アタシは異論はないよ。って言うか、オーケーの返事しか受け入れないように、色々と裏があるんでしょ? なら、余計な労力は払いたくないね」
 妹も、「私も、いいです」と控えめに言うが、心配そうな眼をフィーノに向けていた。フィーノの事情を察してなのか、単に心配なだけか。どちらにせよ、私は何も言わない。フィーノに余計な気も使わない。そんなこと、あいつは望んでいないだろうし、神経を逆なでするだけだろうし。

結局、アタシ達はユミルの森に行くことになってしまった。陛下がこれを解決させるように仕組んだのなら、ちゃんと解決できると思うけどさ。勝算のないことは基本的にしないだろうし。ギャンブルは負けてたけど。
 あ、もしかして、今まで国を挙げて解決できなかったことを、『勇者』に解決させることで、勇者への人々の信頼を高めようって腹か? 天魔戦争に勝つ布石を、陛下は確実に積んでいくつもりなんだろうか。解決したのが『勇者』なら、国のメンツもさほどつぶれないだろうし、陛下としてはマイナス要素はないというわけか。

「今日はここに泊まらせていただきましょう。出発は明日ということで」
 クレシェッドはそう言うや、適当な民家に入って行った。いいんか神官、勝手に人の家使って。この村、場所が場所なだけに宿屋がないので、民家に泊まるしかないんだけどさ。自分もそうしようと思ってたし、今からする気満々だから強くは言えないが、神官がそれをするのはどうだろうと思うんだ。

「えっと、いいのかな? 勝手に使って」
「断りいれる相手が動かないんじゃ、勝手に使うしかないでしょ」
「『勇者』のやることじゃねえな」
 フィーノはとりあえず今は吹っ切ったのか、いつもの調子に戻っている。いや、目を見ると、なんか、覚悟を決めたって感じに見えるけど。

「『勇者』とか関係ないし。アタシらは、やりたいようにやるだけさ」
「そうかよ」
「だからさ、あんたもやりたいようにやんな。過去に決着つけられる、絶好の機会だと思って」
 アタシの言葉に、フィーノは目を見開いて、驚愕の表情で凝視してきた。そんなフィーノを、アタシは力任せにぐりぐりとなでる。
 ほんの三カ月やそこらの付き合いでしかないし、ムカツクことを言ってくるクソガキではあるが、アタシはこいつが嫌いではない。わずか十歳でロマリア国王直属秘密部隊の隊長格の一人で、陛下の信頼も厚く、それ故にいつでも気を張っていたであろうこいつが年相応になれる場所って、少ないと思うんだ。アタシをからかっている時のこいつの顔は、まさしく「いたずら小僧」で、子供だった。
 そして、こいつ自身には何の責任もない過去に、陛下は決着をつけて来いといったのだ。だから、こいつを送り出し、ダーマに根回しさえした。陛下も、こいつのことは可愛がってるんだろうな。それを普段表に出しているかどうかは知らないけど。

「アタシらがついてるさ。仲間だろ?」
 フィーノは手荒に頭をなでていたアタシの手を払うと、「バカじゃねえの!」と言い捨てて、クレシェッドが入ったのとは違う家に入って行った。
 あ~あ、素直じゃないねえ。顔真っ赤にして、少しは可愛いとこあんじゃん?
「姉さん、フィーノ君のこと、からかっちゃだめだよ」
「いや、楽しくて。それに」
 一人じゃないって、ちゃんと分かってもらわないとねえ。

 そしてフィーノが入った家にアタシらも入り、そこで一泊することにした。
 普通に生活していたであろう人たちが、家の中にいて動き出しそうな感じで止まっているところに入るのは、ちょっと度胸がいるが。
 台所なんかはちゃんと使えるので、久しぶりにちゃんとしたものを作ることにした。
 リゾット。野営してた時にも作っていたが、台所で作るようにはいかない。やっぱ台所っていいわあ。他にも、オリジナルドレッシングチーズ風味をかけたサラダ。玉ねぎの甘味を活かしたソースをかけたお肉とか。

 「先に食べといて」と妹とフィーノに言うと、アタシは家を出た。作った一人分の夕食を持って。
 クレシェッドにも作ってあげたのだ。自分で作っているかもしれないが、そこはまあ、気は心、というやつで。一応これから道中を共にするわけだから、関係が悪化するよりは良好なほうがいいし。それに、久しぶりに気合入れて料理できたし。

 そして、クレシェッドが入って行った民家のまえで、クレシェッドを呼ぶ。クレシェッドは、すぐに出てきた。
「何かご用ですか?」
「夕食。あんたの分も作ったから、良かったら食べてよ」
 そう言って差し出したご飯を見て、クレシェッドは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり、「ありがとうございます」と受け取った。ふむ、今の笑顔は仮面の笑顔でなく、こいつ本来の笑顔だった。ちゃんとそういう風に笑えんじゃん。
「まさか、夕食を作っていただけるなんて」
「思ってなかった? 自分であんな風にしといて、印象最悪だろうなあって、ちょっと沈んでたとか?」
 黙り込んだ。苦笑して、頷く。図星かい。
 こいつは基本的にお人よしなんだろう。昼間のあれは、仕方なくとか、そんなとこか。
「今のあんたの方が好印象。明日からそのままのあんたでね」
 クレシェッドは、一瞬目を泳がせたが、やがて観念したようで、静かに、しかしはっきりと「はい」と返事した。よろしい。

「じゃあ、また明日ね」
「あの、聞きたいことがあるんですが」
 戻ろうとしたら、緊張した声で呼びとめられた。振り返ると、クレシェッドは目をさまよわせ、口を真一文字に結び、アタシをじっと見た。
「なに?」
 何も言わないので、仕方なく促してやると、ようやっと口を開き、
「あなたが、アリアハンを出てから、世話をしていたという人物の、名は?」
 何を聞くんだ、こいつ? おそらく、そのあたりのことも陛下から情報が行ってるんだろうが、どうしてこいつかそれを気にする?
「バシェッド」
 とりあえず答えてやると、クレシェッドは何かを言いかけて口を閉じ、しばらく黙ったままでいたが、やがて小さな声で尋ねてきた。
「今、その方は……?」
 それは、アタシも口にしたくない。だが、こいつの様子を見るとただ事じゃなく、ごまかすのはいけないような気がしたから、はっきり言った。
「死んだよ。アタシが旅立つ一年前に」
 その瞬間、クレシェッドはうつむいた。どんな顔をしているかは分からないが、雰囲気からして、悲しんでいるように見える。
 これ以上ここにいても何もできないだろうし、一人にしてほしそうにしていたので、アタシは何も言わずにその場を去った。

 帰ると、妹もフィーノも何も食べていなかった。
 あれ? 食べといてって言ったのに。
 妹は笑顔でお帰りと言ってくれたし、フィーノはアタシが座るまで待ってから食べ始めた。このガキンチョめ、本当に素直じゃないな。
 フィーノは食べ終わるとすぐに席を立ったが、かすかに耳に「うまかったよ」と聞こえた。今までも「うまかった」とは言っていたが、今の言葉は同じでも重みが違う。
 うむ。フィーノの奴、こちらに歩み寄ろうとしてる感じだ。
 妹が、「よかったね」と言って、上機嫌でリゾットを口にはこぶ。この三人の中で、一番食べるのが遅いのは妹だ。シグルドいわく、『マスターとフィーノ殿の食べるスピードが速すぎるだけだ』とのことだが。

「みんな仲がいい方がいいもんね! クレシェッドさんも!」
 アタシは「そうだね」と返す。
 フィーノは素直じゃないし可愛げもあまりないが、それでも可愛いクソガキだし、クレシェッドはああ見えてお人よしっぽくて、結構繊細な感じだ。
 さて、この即席パーティー、どう転ぶかな?
 ちょっと、明日からが楽しみだと思った。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第14話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/05 15:44
注意!
 この話は、自分で書いておいてどうかと思う内容なので、「この話の内容はよろしくないかも?」ということを念頭に置いて、お読みください。(しょっぱなからこんな注意ですいません)



 ユミルの森まで歩くのイヤだー、と思っていたのだが、クレシェッドは馬を用意してくれていた。
 乗馬? 出来るよ、ポルトガでエミリオの家にいた時に教えてもらったから。出来ないと鼻で笑われるから、必死になって覚えたさ!
 妹は、アリアハンでの『勇者育成カリキュラム』に乗馬はちゃんとあったらしく、しっかり乗りこなしている。
 歩いていけば一ヵ月半以上はかかるらしいが、このお馬ちゃんたちがいれば一週間もかからずに着ける。素晴らしいぞ、馬。
 フィーノは今まで通りほうき。馬が全力疾走しても余裕らしい。

 フィーノとクレシェッドだが、最初は印象が悪かったのか、フィーノがクレシェッドを睨みまくっていたのだが、今ではそうでもない。クレシェッドは基本的に「いい人」なので、付き合っていればちゃんと良好な関係が築ける。
 それに、妹の「みんな仲良くしようよ」という言葉と態度に、フィーノが折れたというのもあるだろう。
「天然には勝てねえ」と、心底疲れ切った様子でいうフィーノが若干哀れ。だが、「アタシの妹は、最高でしょ」というアタシの言葉を否定せず、それでも「ふんっ」とそっぽをむいた。この天邪鬼め。

 途中で出てくるモンスターたちの相手は、必要ならするが、そうでなければ馬の速さで一気に駆け抜ける、が基本方針だ。余計な戦闘をして疲れる必要はない。
 馬に乗っていると、刀ではうまく戦えないので、基本的に天術で戦っていたら、クレシェッドに驚かれた。
「エルフの血を引いてらっしゃるのですか?」という問いに、アタシはノーと答えた。
それにしても、さすがにダーマの神官だけあって、知識はあるようだ。ちょっと見ただけで天術が分かるとは。
ソーディアンの話をしたら、「これが?」と、天術を使った時以上に驚かれた。話すかどうか迷ったのだが、こいつなら話しても大丈夫だろうと思ったのだ。

 ユミルの森に行く以上、エルフの知識は最低限持っている必要があるだろうと、妹には必死に覚えてもらった。妹がかなり涙目で、フィーノからは「それくらいにしてやれよ」とか言われたり、クレシェッドが妹を慰めたりという光景が日常化していたりする。
 あれ? アタシ、悪役ポジション? シンデレラの継母的な? 考えて、かなり落ち込んだ。
 おかしいなあ。爺ちゃんにしてもらったのと同じようにしてるはずなのに、何でこんな風に言われないといけないんだよ。
 ブツブツ言ってると、クレシェッドの耳に入ったらしく、「なんというスパルタ」とか、「あのお方は……」とか、何やら葛藤していた。

 で、そのクレシェッドだが、戦力的な面からすると、フィーノと比べてかなり見劣りする。基本的に非力で、持っている杖で殴るなんてことはできず、呪文に頼ることになる。しかし、その呪文もバギ、バギマくらいしか使えず、威力も平均。回復呪文はホイミとベホイミ、キアリーだ。
 回復呪文が使えるのはありがたいので、回復してほしい時は頼もうと思う。今は回復してもらう必要がないので、クレシェッドの出番はないに等しいのだが。

 そして、ついに来てしまったユミルの森。
 アタシ達は馬から降り、クレシェッドを先頭に森の入口に近づいた。
「待て、ここからはエルフの女王陛下が納める土地。ここに入る許可は?」
 見張りらしきエルフ二人が、互いの槍を交差させて通せんぼ。だが、クレシェッドは焦らず、例の筒を取り出した。
「ダーマからまいりました、クレシェッド・ボルネンと申します。ダーマ教皇より、エルフの女王陛下への書簡をお持ちいたしました」
 見張りの二人はその筒のダーマの印を見ると、「失礼した」と交叉させていた槍を収めた。
「通られよ、ダーマの使者殿。ただし、そこのハーフエルフはここにて待っていてもらう」
 妹がそれに何か言おうとしたようだが、アタシが肩を引いて黙らせた。ここは口を出していいところじゃない。妹はなおも不満そうだが、ここは我慢してもらうしかない。
 アタシだって、いい気はしない。むしろ不快だ。だが、個人感情で事を荒立てれば、あおりを食うのはハーフエルフたちなのだ。
 我慢しろ! 視線で強く訴え、妹はやっと矛を収めた。

「フィーノ、行ってくる」
「ごめんね、フィーノ君」
「あなた方、このフィーノ君に無礼を働くことは許しません。もしもの場合、ダーマからの正式な使者として、正当な権利を持って抗議させていただく」
 アタシと妹はフィーノに話しかけ、クレシェッドは見張り二人にくぎを刺している。
 見張りたちはその光景に目を丸くしていたかと思うと、今までの硬い表情から一変、柔らかい笑顔で応じてくれたのである。
「女王に会われよ、今ならきっと、あなた方の希望は女王陛下に届く」
 なにか、ものすごく意味深なこと言われましたけど。
 なに、エルフってハーフエルフのこと迫害してなかったっけ? それがこの態度。ハーフエルフのこと頼んで、嫌な顔一つせず、むしろ当たり前、みたいな雰囲気あるのはなんで?
 エルフに、何か変化があったのか?

「フィーノ様のことは任されよ」
「この方のことは、我々が守る」
 様付け。あ~あ、つまり、エルフの女王はフィーノのことをちゃんと知ってるわけね。『ハーフエルフ』を守るんでなくて、こいつだから守るんだろうか。だとしたら複雑だな。
 一番複雑なのはフィーノだろうけど。アタシが思っている通りの理由なら、むしろフィーノとしてはお断りだろう。フィーノも、苦虫をかみつぶしたみたいな顔してる。それでもイヤだといわないのは、意地か。ロマリアから正式に派遣された者としての面目のためか。

 アタシは黒いどろどろした感情がたまるのを自覚しながら、森の中に足を踏み入れた。

 うわ、森の中ゲームの景色とよく似てる。ちっちゃい島があちこちにあり、それをいくつもの橋がつないでいる。ゲームと違うのは、案内板がちゃんとあって、迷わないってところか。
 モンスターもいない。エルフたちがモンスターを入れないようにしているんだろう。この森、結界が張られているようだし。マナの膜で森全体が覆われているのだ。そのおかげか、森の中は外と空気が違う。

「すごい」
 妹が、感動の声を出す。
「見事な森です」
 クレシェッドも、同じく感嘆の言葉を漏らす。
「さっさと行こ」
 そんな気分にはなれず、アタシはさっさと歩きだした。
 確かにここは聖域だろう。他者を完全に拒み、異物を一切入れない無菌室のような。故に、他のものを認めない。それが、自分たちの血を引いていても、いや、自分たちの血を引いた異物だからこそ、エルフは認めないのだ。
 それが、変化した。フィーノの存在によって。それがフィーノ一人だけなのか、それ以外にも及んでいるのかはわからないが。変化はいいことだろう。エルフは寿命が長く、それ故考えが停滞する。そこに変化の風が起こることは、歓迎すべきことだ。
 だが、自分たちが今までやって来たことを棚に上げて、いきなり手のひらを返すような行為は吐き気がする。ハーフエルフはこの森に通さない、その掟はまだ生きているようだが、先程のことを見るに、それがとかれるのも時間の問題のような気がする。
 ふざけるな。今まで理不尽に迫害されてきたハーフエルフのことを、なんだと思っている。フィーノという存在が現れるまで、見向きもしなかったくせに。

 黒い感情が表に出ていたか、妹が怯えた声で呼びかけて来る。
 ああ、しまった。妹におびえられるなんて、アタシは何をしているんだか。
「あなたの気持が、分からないわけではありませんが」
 クレシェッドが、柔らかい声でなだめて来る。
「ここはこらえるところです。きっかけが何であれ、変わろうとしているのは事実。そこに水をかけるような真似はしてはいけません」
 立ち止った。
 アタシは、ハーフエルフを自分と重ねているのだ。だから、ここまで感情が高ぶってしまった。
 抑えろ。一番はらわた煮えくり返ってる奴が我慢してるのに、アタシがそれを壊してどうする。アタシはハーフエルフじゃないし、それに関わったこともない。勝手に自分と重ね合わせて怒りを抱くなんて、彼らに失礼だ。
 自分に嫌気がさす。ハーフエルフの苦しみは、アタシなんかとは比べ物にならないものだ。それを、同じように考えるなんて。

 両手で顔を叩いた。かなりいい音がした。
 よし、目が覚めたぞ。
「ごめん」
「分かっていただけたのでしたら、何も言うことはありません。
 ホイミをかけておきましょう。腫れてしまってはいけませんからね」
 黙ってホイミを受ける。回復魔法の温かさが、なんとなく泣きたい気持ちにさせた。

 ホイミのおかげで顔がはれることもなく、エルフの集落ヘイムダールに着いた。
 アタシ達が集落の入り口に着くと、そこで待っていたらしい人物が声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。女王陛下がお会いになられるとのこと。どうぞこちらへ」
 外の見張りから、すでに情報が行っているらしい。あっという間に女王と謁見できるようだ。

 ファンタジアやシンフォニアと同じように、木でできた家々が目に入る。だが、それに感動できる精神状態ではない。
 人間が珍しいのか、エルフたちがこちらをじろじろと見て来るが、その視線が鬱陶しいし、腹立たしい。いっそにらみ返してやりたいが、ここはこらえる。

 やがて、造り自体は簡素だが、他の建物と比べて豪華な建物が見えてきた。あれが、エルフの女王の城か。
 だが、豪華絢爛なロマリアや、田舎でもそれなりの規模を誇るアリアハンと比べると、見劣りする。エルフの文化を考えると、比べるのは無意味なのだが。
 エルフは自然と共に生きる種族。自然を自分たちの都合のいい様にしてしまう人間と、同じようなもののはずがない。

 そして、あっという間に、アタシ達はエルフの女王の前にやって来た。
 跪く。顔を下げる。これはちょうどいい。今のアタシだと、睨んでしまいそうだから。
「よく来られました、ダーマの使者殿。そして、勇者どの」
 ほう? 名乗りもあげていないのに、よく分かったもんである。天界に近い種族だから、そのあたりのことは分かるんだろうか。
 頭を下げる前に見たエルフの女王は、赤い髪の美女だった。まだ若々しく、孫を持つようには見えないのだが。

「ダーマより参りました、クレシェッド・ボルネンと申します。ダーマ教皇より、書簡を預かってまいりました」
 クレシェッドが筒を差し出すと、女王の臣下がその筒を受け取り、女王に渡す。女王は封印を丁寧に破ると、その場でそれを読んだ。
 頭は下げたままなので、気配でしか状況は分からないが、だいたいのことは分かる。
「ダーマ教皇の御意志、よく分かりました」
 読み終わったのか、女王はよく通る声で語る。
「お恥ずかしい限りです。十年前は娘を奪われたという怒りに我を忘れ、あのような暴挙に出てしまいました。
 しかし、今は反省しております」

 目の前が真っ暗になった気がした。
 今は反省? 何を? 娘さんが人間の人と結ばれることを反対したこと? ノアニールに呪いをかけたこと?
 その反省に、今まで犠牲になったハーフエルフたちのことは含まれているのか!
 第一、なら今まで何で行動を起こさなかった? こうして書簡が届くまで何もせず、ただ嘆いただけだったとでも?
 フィーノのこともそうだ。知っていたなら、何で話そうという行動を起こそうとしなかった? 民が「様」づけをするということは、女王の意思がちゃんと民に伝わっているということ。なのになんで、こうしてやって来るまで何のアプローチもしなかったんだ!
 腹が立つ。精神が黒い泥で塗りつぶされる。

 エルフの矜持が許さなかったのか? 今まで蔑んでいた存在を、自ら受け入れることはできないとでも? 外からの働き掛けで、仕方なくそうしてやったという形にしたかったとでも?
 人間を下等だなんだと言ってるわりに、自分たちがやっていることだって、十分下種じゃないか!
 こんな言葉じゃ足りない。頭が精神についていかない。

「本来なら、そう自覚した時に行動を起こすべきでしたが、ノアニールの呪いを解くためのものが、何者かに盗まれてしまったのです。今まで探していたのですが見つからず、まことに申し訳ありません」
 だったら、ロマリアに協力を要請すればいいじゃないか。自らの領土に関わる問題だし、エルフとの関係が良好になる機会だということで、断ることはないだろう。なぜ、自分たちだけで問題を片付けようとする?

 否定される痛みを知っているか? フィーノは、ハーフエルフたちは、ノアニールの悲劇を、どんなふうに思っていたのだろう。それを、この女王は、エルフたちは、少しでも考えたことがあるのか?

 話は進んでいく。呪いをかけた時に使ったアイテムは『夢見るルビー』といわれるもので、その呪いを解くには、その『夢見るルビー』を使って作る『目覚めの粉』が必要。それがなくば、呪いは解けず、ノアニールはずっとあのまま。

 エルフの王女は、確かに軽率だったかもしれない。相手の男も、また軽率だったんだろう。エルフの長の娘でなければ、問題はここまで大きくならず、ノアニールの悲劇は生まれなかったかもしれない。不幸な子供が、一人減ったかもしれない。
 だが、王女という立場は重かった。
 だが同時に、だからこそ、女王は心動かされ、心境に変化が生じた。
 それはいいことなのか、悪いことなのか。

 クレシェッドが、エルフのみで不可能なら、ロマリアの力を借りるべきだと進言した。必要なら、ダーマも力を貸すと。だが、女王は頷かない。エルフの問題はエルフで解決すると言いやがったのだ。

「ふざけるな!」
 気がついたら、立ちあがって声をあげていた。
「エルフの問題だと? 違うだろ! エルフだけの問題なわけねえだろうが! エルフ、人間、そしてハーフエルフ、全ての問題だ!
 何悲劇の主人公ぶってやがる! 一番の被害者は誰だ? 悲しい思いをしたのは? お前らエルフじゃないだろ!」
 そこらじゅうから「無礼な!」とか、「人間の分際で!」という声が上がり、アタシを取り押さえようとエルフが飛びかかってくるが、アタシはシグルドを抜き放ち、プリズムフラッシャを唱えた。ごくごく弱い、直撃してもちょっとの間気絶するだけのようなもの。
 アタシを取り押さえようとした奴らが倒れる中、恐れおののき取り乱すやつや、「天術?」と驚きの声を上げる奴なんかは無視して、女王を見る。
 女王は、目を見開いて、茫然とアタシを見た。

「フィーノが大切か?」
 答えはない。かわりに、小さな悲鳴が聞こえる。
「自分の孫が、大切か?」
 女王の体が震えた。恐怖か、別の感情からか。関係ない。アタシは言葉を続ける。
「何が大切で、何が重要だ! 何が必要か考えろ! あんたの孫は、今までどんな思いでいたんだろうな? アタシには想像もつかないよ。だけど、ハーフエルフは差別される」
 クレシェッドが、妹が、アタシを止めようとする。アタシはそれを振り払った。クレシェッドは非力だし、妹は動揺していて容易かった。
 ああ、さっきは妹が何か言いかけてアタシが止めたんだよな。まるっきり逆になっちゃったよ。アタシも、救いようのない人間だ。自分のエゴを前面に押し出して、感情をむき出しにして暴れる。醜い人間だ。
 でも、こいつらは許せない!

「今までハーフエルフがどんだけ苦しんだか、少しでも考えたことあるのか? 今までの態度から手のひら返されたフィーノの気持ちはどこに行ったらいい?
 守りたいものがあるなら、エルフのプライドなんて捨てちまえ! それができないなら、フィーノに手を中途半端に差し出すような真似するな!」
 女王は、アタシの言葉に何を思ったのか、その場で手で顔を覆って泣き始めた。
 静まり返る。女王の鳴き声だけが響く。

 やがて、女王は涙を流しながら、口を開いた。
「今までは、ハーフエルフなど、混ざりモノ、と、思って、いました」
 誰も口を開かない。女王の声だけが、場を支配する。
「娘が人間と駆け落ちして、村を、あんな風にして、それでも怒りは収まらない」
 女王の威厳がまるでない。
「そんな時、ロマリア国王から、ある絵を受け取りました。そこには、娘の子供が、いたのです」
 その時のことでも思い出したのか、女王の涙は次々と流れ落ちていく。
「ハーフエルフでした。でも、娘の愛した男との、子供でした。
 この子の話を聞いて、そして、娘と、その相手の男の話を聞いて、自分が取り返しのつかないことを、したことを、思い知りました。
 この子は、私の娘の子。私の、孫。でも、私は女王。そう簡単に、全てを捨てて、会いになんていけない。
 ちょっとずつ民を説得していって、ようやく孫を受け入れられるようになって来たのです」
 女王は、「ごめんなさい」とこぼす。何に対して謝っているのか、アタシには分からない。
「ハーフエルフのことを調べていって、現状が分かって、後悔しました。今まで何とも思っていなかったものが、孫にも及んでいるのだと思うと、胸が痛みました」
 涙は収まってきたようだ。声も普通になって来た。
「エルフの女王として、出来ることをやりたい。でも、エルフは混ざり物など認めない。人間のような下等な血を認めない。
 でも、そこには私の血もあるのだと訴えました。そうして時間をかけて、ようやく、民はあの子のことは受け入れてくれたのです。
 でも、ハーフエルフそのものを受け入れるのは時間がかかるでしょう。そう簡単に、今までの溝は埋まらない。あの子だけでもと思ったのですが、それがかえって、傷つけることになるのですね」

「女王陛下、あなたは、ちゃんと分かってらしたのですね?」
 アタシは後悔した。女王としての立場から、ああいう言葉を言うしかなかったのであって、彼女自身はアタシの言いたいことを、全て分かっていたのだ。
 自分の娘がきっかけでそれを悟るなんて、なんて皮肉なんだろう。

「あなたの言葉は、胸にきました。その言葉、心に刻んでおきましょう」
 アタシはその場に両手をつき、額を地にこすりつけた。
「申し訳ありませんでした、女王陛下」
「よいのです。言われてやっと、自分の愚かさが身にしみました。エルフは高潔な一族だと自負していますが、実際は違う。そのことが良く分かりました。礼を言います」

 女王はそう言うが、周りのエルフたちはそうはいかなかった。処刑にしろとか言っているが、殺されてやる気はない。もしそういう方向に話が行ったら、問答無用で逃げる。
 エルフは天術にすぐれてはいるが、戦闘においてはそれほどでもない。天術自体が強力で勘違いされているが、戦闘という分野において、エルフは弱いのだ。だから、その気になれば、アタシはここにいるエルフたちを一網打尽にすることは十分できる。

「おだまりなさい! 私たちは、今までの傲慢を改めなければならないのです! そうだと気づけた時にやらなくては、また同じ悲劇を繰り返します! それを教えてくれた恩人に対して、何という言い草ですか!」
 女王の一喝で、今まで騒いでいた連中は静まった。かなり不満そうにしてこちらを睨みつけている奴が結構いるが、まあこれは仕方がない。自分の使える主にあんな口きかれて怒らない奴って、臣下として問題あるし。

「今日は泊まっていってください」
「いえ、フィーノが外で待っています。明日にまた話があるのなら、アタシ達は森の外で野宿します」
「あの子も……」
「女王陛下、今の状態でフィーノをここに入れるのは、フィーノにとって苦行でしかないのです」
 何とか説得して、アタシ達は森の外へ向かった。エルフたちから怒りの視線をもらいまくったが、それは全部無視した。

 そして、ユミルの森の橋を渡りながら、クレシェッドはため息をついた。
「一時はどうなる事かと思いましたよ」
「ごめん。感情が先走った」
「姉さん! 私の時は止めたのに、姉さんがそれじゃあ意味がないよ」
「反省してます」
 妹にまで攻められ、アタシはちっちゃくなった。本当に、今は申し訳ない気持ちでいっぱいである。
 この調子で二人からずっと責められ続け、森から出るまでの時間はまさしく苦行だった。

「フィーノ」
「お、帰って来たか」
 フィーノは、不機嫌でも何でもなく、いつもの調子でアタシ達を迎えてくれた。
「無礼はしなかったかよ」
 それに対しては苦笑いで答えた。フィーノが「おい」とツッコミを入れてくるが、笑ってごまかした。

 前途が明るいのか暗いのか、アタシにはさっぱりだが、この愛すべきガキンチョが笑って暮らせる社会になればいいと思う。
 妹がフィーノと笑いあっている。それを見て、クレシェッドが微笑んでいる。ついでに、見張り二人も、その光景をまぶしそうに見ている。
 この見張り二人、見張りなだけに人間なんかと接する機会は多いんじゃないだろうか。だから、比較的に人間なんかへの意識が他のエルフと違う部分があるのかも。だから、ハーフエルフに対しても、中にいるエルフたちよりましなのかもしれない。
 こいつらみたいなエルフが、少しでも増えたらいいなと思う。

 ちなみに、野宿した際、見張り二人にご飯をおすそわけしたら、えらく喜ばれた。人間などのものはいらんとは言わず、むしろ一緒に座って食べたほどである。
 やっぱこいつら、中にいるエルフとは違うようである。もしかして、だから見張りなんかしてるのだろうか?

 それぞれの共存の道の可能性は、こんなところに転がっていたりするものらしいとしみじみ思いつつ、アタシは明日どんな顔して女王陛下に会えばいいんだろうと悩んだ。
 いっそここで待ってようかと思うんだが。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第15話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/09 23:43
 真夜中、ユミルの森の前で野宿していて、飛び起きた。
 森の奥で何かが起こっている! それも、ただ事じゃない何か。そう、アリアハンや、ロマリア襲撃の時と同じ感じ!
『マスター!』
「分かってる!」
 シグルドが感知するのと、アタシが飛び起きるのはほぼ同時だったようだ。
 アタシは、全員を叩き起こした。
 見張り二人はいない。すでに森の異常を感じ取り、森の奥へと行ったようだ。二人分の新しい足跡が残っている。アタシ達は基本的に部外者、エルフのみで解決しようとする意識が働いたのかもしれないし、単純に巻き込みたくなかったのかもしれない。

 暗闇を照らすために出した火がこの場にいる全員を照らす。ちょっとした火なら、マナの扱いに長けた者なら簡単に出せる。
「フィーノ」
「行くさ。余計な気遣い無用だぜ」
「クレシェッド」
「薬草代わりくらいにならなれます」
「リデア、今現在戦えないあんたには酷だけど、置いていくわけにはいかない。
 これから向かうのは血で血を洗う戦場。悪いけど、ついてきて」
 妹は無言でうなずく。

 森に突入する。先頭はアタシ、そのすぐ後ろに妹、そしてクレシェッド。フィーノはほうきでアタシ達の真ん中あたりを飛んでいる。
 昼間感じたマナの結界が弱まっている。神社の境内に入った時のような清浄な空気が、外と変わらなくなってしまっていた。
 そして、モンスター。

「ユミルの森にモンスターが?」
 クレシェッドが声を上げるが、アタシは無言でそれを斬り捨てた。
 やはり異常。本来ならモンスターが入り込めないはずの森の中に、当たり前のようにいるモンスター。エルフの結界の力がどれだけ落ちているか、分かろうもんである。

「やっぱ、ロマリアを襲撃してきたやつらと同じ奴らか?」
「魔王軍かって? その可能性は、高いんじゃない!」
 話しつつ、襲いかかってくるモンスターを斬って斬って斬りまくる。フィーノも、適度に呪文で敵を減らしていく。エルフの里にいる奴がどれだけ強いかわからないから魔力を節約しているが、それでもクレシェッドから見れば驚異的なのだろう、「すごい」と、感嘆の声を漏らしていた。

 クレシェッドの出番は今のところない。クレシェッドに攻撃させるより、いざという時のために魔力を温存してもらい、回復してもらった方がいいからだ。
 妹も、攻撃はできなくても回復はできるので、回復要員である。

 襲い来るモンスターを斬り捨て、進む。
 やがて、火の手が上がるエルフの里に着いた。
 逃げ回るエルフ、血まみれで倒れ伏すエルフ、泣きじゃくる子供のエルフ。燃え盛る炎が、それらを鮮明に照らした。赤々と照らされ、世界が血で染まったよう。
 泣きじゃくる子供を手にかけようと、一人の敵が剣を振り上げる!
 させるか! アタシは一気にそいつのところまで飛ぶように移動し、無防備な腹を斬り裂いた。血を撒き散らして倒れるそいつは、ロマリアを襲ったのと同じ、ディザイアンの恰好をしていた。

「こいつ、あの時と同じ!」
 ディザイアンを見て、ロマリアのことを思い出したか、フィーノは怒りに燃える瞳で死体を睨みつける。
「この者は?」
「魔王と手を組んだハーフエルフだ」
 クレシェッドは知らないので、簡単に説明する。「魔王と手を組んだハーフエルフ」という内容に、クレシェッドは息をのんだ。

『マスター! 一番強いエネルギーは城からだ!』
「城へ! 親玉から潰す!」
 駆けながらディザイアンを斬り捨てる。フィーノも飛びながらディザイアンを容赦なく殺していく。クレシェッドと妹は、黙ってついて来るのみ。クレシェッドがどの程度戦いの覚悟ができているかは知らないが、この光景を見て取り乱さなかったところをみると、心配はいらないだろう。妹は、胸中穏やかではないだろうが、黙ってついてくる。

 城の前には、城に入らせまいと必死に戦ったのだろう、エルフたちの死骸が壊れたおもちゃの残骸のごとく転がっていた。
『マスター! 生命反応がある。生きている者がいるぞ!』
「生きてる? シグルド、それ誰?」
 生きているのなら助ける。それは人として間違ってはいないと思う。殺した手で、別の命を救う。考えれば考えるほど、矛盾していて、皮肉だ。
 アタシはシグルドの声に従い、生きているエルフを探し出した。シグルドの探知能力は鋭く、ものの数秒で見つかった。
「じょ……へ……か」
 だが、もう手遅れ。そのエルフは、「女王陛下」と、最後まで仕えるべき主を案じて逝った。

 妹が、そのエルフの手を取った。悲しそうに死体を見つめ、強くその手を握る。
「突入するぞ」
 妹がなにを思ったのか、それは分からない。非情だが、その感傷につきあう時間はない。

 一気に突入。同時に、
「レイ!」
 フィーノの術で、ディザイアンを一気に殲滅する!
 さすがと言うべきか、ちゃんと敵のみに攻撃をあてていた。
 だが、この術に耐えうる奴もいた。

「なかなか強力な術を扱うではありませんか」
 何のダメージもないらしく、余裕の表情で答えるのは、他のディザイアンとは違った姿をした男。手にはロッドを持ち、灰色の髪をしたハーフエルフ。この姿は、見たことがある。シンフォニアに出て来る敵、ロマリアを襲ったマグニスと同じ、ディザイアン五聖刃の一人。
 そいつの後ろには、一人の女性が倒れている。エルフの女王だ。

「女王陛下から離れな」
「ああ、これですか」
 厭味ったらしい口調で言うや、そいつは女王を蹴り飛ばした。
 「なっ!」と声を上げる妹、「てめえ!」と術を放つ態勢に入るフィーノ。クレシェッドは、あわてた様子で女王に駆け寄ると、回復呪文をかけ始めた。
「何かご不満でも? 私から離したかったのでしょう?」
 この野郎! やることがいちいち外道じゃねえか!

 アタシが飛びかかろうとした時、
「させない!」
 なんと、妹が剣を抜いてそいつに斬りかかった!
 がむしゃらの攻撃は、しかしそいつには通じなかった。あっさりとロッドで防がれ、
「ライトニング」
 反撃の術まで使われる。しかし妹はロッドで防がれた瞬間、相手と自分との衝突エネルギーを利用して、相手を飛び越え、後ろを取った! うまい!
「これ以上、殺させない!」
 術が空ぶったそいつは今無防備。その背に妹が斬りかかるも、
「アクアエッジ!」
 他に生き残っていたディザイアンが妹に術を放つ。だが、そのくらいアタシはお見通し!
「フレイムドライブ!」
 水の術を炎の術で相殺、術を放ったディザイアンに斬りかかる。
「ロックブレイク!」
 悪あがきの術を放ってくるが、盛り上がる地面から一足飛びで離れ、
「エアプレッシャー!」
 強力な重力で押しつぶす。これでそいつは終わりだ。全身の骨はバラバラだろう。

 術に気を取られた妹は、その隙を突かれてロッドで反撃されるも、あっさりとその攻撃をはじいた。相手の親玉は一旦後ろに飛んで距離をとる。
「お前が勇者か」
 妹は答えない。それをどう取ったのか、そいつは凶悪な笑顔を浮かべた。
「ふふっ。私はディザイアン五聖刃の一人、クヴァル。その首、いただきますよ」
「負けない!」
 突撃してくる妹を、クヴァルが術で迎え撃つ。
 あいつのことは、妹に任せることにした。今まで戦うことを恐れていた妹に、どんな心境の変化があったのか、想像がつかないが、あの様子を見ていると、悪い方に転がったわけではないようだ。なら、ここで壁を乗り越えさせるためにも、一人で戦わせるべきだ。
 よほどのことがない限り、手助けはしない。それでは、乗り越えたことにならないからだ。

「女王陛下は?」
 血まみれで倒れている女王は、今にも消えてしまいそうだ。それを必死に食い止めようとクレシェッドが回復呪文をかけているが、
「ダメです。私なんかの力では……!」
 傷が深すぎて、クレシェッドの魔法では癒せないようだ。
「どうにかしろよ! お前神官だろ! こいつには、こいつには……!」
 フィーノが、クレシェッドの肩を持って揺さぶる。
 フィーノの母方の祖母。その人物にフィーノがどんな感情を抱いているのかはわからないが、このまま何の会話も交わさず、終わっていいわけがない。
「どいて、アタシがやる」
 アタシならクレシェッドより魔力も高く、レベルの高い回復術が使えるから、助けられるかもしれない。
「お願いします」
 悔しそうに顔をゆがめながら、クレシェッドはその場から退き。
 どこからか飛来した数本の矢が、女王に突き刺さった。

「な! しまった!」
 この場にいるディザイアンはクヴァルを除いてすべて片付いたはず。なのに、だれが?
 矢は額、のど、左胸に刺さっており、これはもう確実に死んだ。
 次の瞬間、響き渡るのはあざけりを含んだ高笑い。
「ざまあみろ! ハーフエルフなんぞ、崇高なエルフには不要! それを、バカなまねをするから!」
「おまえ!」
 そいつは、昼間女王のそばで控えていた臣下の一人。生粋のエルフだ。
「なんということを! 自らの使えるべき主を!」
 クレシェッドが、怒りの声をあげ、バギマを放つ。しかし、そのエルフはストーンウォールを唱え、大地の壁で風の刃を防いだ。
「ハーフエルフを王子として認めろと、そんなことを言いだした時点で、そいつは女王失格だ!」
 言い捨てるや、放って来た術はアイストーネード。冷気がアタシ達の周囲に渦巻き、空気中の水分が人の頭ほどの氷の塊になって襲ってくる! 冷気と氷の二重攻撃の術。だが、
「バーンストライク!」
 アタシが発動させた術で、人一人飲み込める炎の塊が降ってくる。それは氷を溶かし切り、冷やされた空気を暖めた。
「食らいやがれ! サンダーブレード!」
 自分の術を防がれておたついている隙に、フィーノがとどめを刺した。
「ぐっがああああ!」
 絶叫をあげて倒れるエルフ。アタシは急いで近づくと、死んでいるかどうか確かめた。
 どうやら、死んでいないようだ。エルフは魔力が高く、術に対する耐性も強い。それでも雷撃で神経が焼き切れて、もう動かせないだろう。

 さて、こいつにはこのままおねんねしてもらっているわけにはいかない。色々と聞きたいことがある。
 話すことができる程度には回復してやって、往復ビンタで叩き起こす。
「それでは逆に気を失いますよ!」
 どうやら力を入れすぎたらしい。感情が手にこもってしまったようだ。
 じゃ、気を取り直して。
「起きろ! 寝てんじゃねえ! 起きろ!」
 「あんまり変わってない!」というクレシェッドの悲鳴が聞こえるが、知ったこっちゃない。

「ぐっ」
「寝んじゃねえぞ、てめえ」
 フィーノがドスの効いた声で脅しをかける。エルフはみっともなく「ひぃ!」と小さく悲鳴をあげ、おびえた表情でアタシ達を見た。
「さて、今回の襲撃、まさかあんたが関わってんじゃないだろうね?」
「そんなわけあるか!」
 そしてまあ、しゃべるわしゃべるわ。
 今回の襲撃は、女王のせいだという。ユミルの森の結界は女王によって保たれている。だが、女王が心を乱したせいで結界がほつれ、結界の穴から敵が入り込んで来たんだそうだ。
 女王が心を乱したのは、アタシの言葉とか、何よりもフィーノの存在だろう。
 この森を狙っている連中がいるのは前から知っていたらしいが、入り込んで来たのはそいつらだろうとのことらしい。
「女王がいけないんだ! 何もかも! ハーフエルフなどという混じり物を受け入れろというだけでなく、使命であるこの森の守護も果たせなかった! 死んで当然だ!」
「黙れえ!」
 フィーノが、エルフの頭を思いっきり蹴りあげた。それで、首の骨が折れたらしく、そのエルフはあっさりと死んだ。

「冗談じゃねえ! 冗談じゃねえぞ! なんだよこれ! どうしてこうなるんだよ!」
 フィーノが地面に拳を叩きつける。
「いけません! 手が動かせなくなりますよ!」
 クレシェッドが止めるも、フィーノはそれを振り払ってわめく。
「何がいけないんだよ! 生まれただけだろ? 両方の血をひいてるだけじゃねえか! それだけで、何でこんな扱い受けなきゃいけねえんだよお!」
 フィーノの目から涙が次々と流れ落ちる。手を打ち付けるたびに、その手は壊れていく。
「生まれてこなきゃよかったのか? 生まれたことが、いけなかったってのか!」
 あ、だめだこれ。我慢できんわ。

 アタシはあろうことか、フィーノを抱きしめてしまったのである。ぎゅうっと、力を込めて、でも苦しくないように。
 衝動に抗えなかったとはいえ、何キモイことしてんの自分? こんなキャラじゃないよね?
 フィーノが言葉を止め、息をのんだのが分かる。そりゃそうだよな、アタシなんかがこんなことしたら、そりゃ驚くよな。
 ついでに、傷ついた手を術で癒していく。
 何も言わない。言うべき言葉がない。本当なら、こんなことされたって鬱陶しいだけなんだろうなあと思う。何よりもキモイ。
 アタシだったらこんなことされたら、「余計なお世話」とか「構うな」とか思う。こういうことをされると、かえって逆効果なことってあるんだよ。
 まあ、やってしまったことは仕方がないので、しばらくこうしていることにする。幸い、フィーノからは拒絶がないし。

 話もできなかった祖母。今まで存在すら認めてもらえなかったと思っていたら、自分のために努力していてくれた人。それでも、自分がこんな境遇なのは、こいつのせいだって思いがある。
 フィーノの感情とかを考えてみたが、どうだろう? もう頭の中がぐちゃぐちゃで、感情が制御できなくて、でも責められる相手もいなくて自分を傷つけるしかない。それは悲しいと思うんだ。
 思うだけで、アタシはこいつのことなんてちっとも分かっていないんだろうけど。

 妹を見る。妹は、クヴァルを追い詰めていたようだ。クヴァルが忌々しげに妹を見る。
「スパークウェブ!」
 大の男が数人ゆうに入れる球状の電撃の力場が、妹を覆うが、妹はその包囲網が完全になる前に素早く飛び出し、
「メラ!」
 拳程度の火をクヴァルに放った。あの程度なら大したダメージにはならないだろうが、牽制には使える。妹はメラを連発しながら、クヴァルに迫る。
クヴァルは妹と距離を取りたいようだ。接近戦では妹に利があるのだろう、離れて術で倒したいようだが、メラがそれを邪魔する。
 そして、
「やあ!」
 気合とともに振り下ろされた一撃が、クヴァルの左肩から右の腰にかけてを、深く斬り裂いた。
 クヴァルはよろめきながら数歩後退すると、
「劣悪種……ごときに……」
 憎悪の込められた視線を妹に向け、倒れた。

「命は、命。私は、戦う」
 自分が殺した死体を見下ろして、妹ははっきりとそう言った。

 まだ外ではディザイアンが暴れているだろう。生き残っているエルフもきっといる。
 でも、そんなことは、今この空間では関係がなかった。この中の誰も、まだ動けない。

 ここだけ、まるで別世界だった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第16話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/11 20:43
 このまま城の中でじっとしているわけにもいかない。
 アタシはフィーノの背中をあやすようにポンポンと軽く叩いてから立ち上がり、クレシェッドにフィーノのことを任せて、外の敵をどうにかすることにした。
 城の外に出ようとすると、妹がアタシの隣に並んだ。

 ちょっとびっくり。何かを吹っ切ったようだが、外に出て行うのはまごうことなき大量殺人。今まで殺すことを怖がっていた妹が、臆することなく横に並んだのは、さすがに驚いた。
「リデア」
「外の人たちを何とかするんでしょ?」
 最終確認の意味を込めて言葉をかけようと思ったら、心配無用と言いたげな妹とバッチリ目があった。
「殺すことは怖いこと。命を奪うのは、間違いなく罪だ。でもだからって、そこから逃げてばかりじゃいけない」
 カザーブで泣きながら怖いのだといったその口で、妹は真剣な顔で言葉を紡ぐ。
「殺して殺されて、その中にいて自分一人が「怖い」って、そんなこと言ってたらいけないんだよ。外で死んでたエルフさんは、命をかけて、大切なものを守るために戦った」
 その目には、まだ迷いがある。今にも泣き出しそうな顔で、それでも妹は続ける。
「姉さんも戦った。自分の大切なもののために。じゃあ、自分は? 大切なもののために戦ったことなんて、きっと今まで一度もなかった。そのまま何の覚悟もなくて、でもできるんだってうぬぼれて、それで現実を見せられて身動きが取れなくなった」
 剣を持つ手力を込める。アタシは、それがひどく痛々しく見えた。
「アタシは卑怯だったんだよ。綺麗事言って、きれいなままでいたかった。何も知らなければ、きっときれいなままでいられたんだと思う。表面だけは。
 でもそれは逃げだ。そんなの、今まで死ぬ思いでいた姉さんに対して、それでも強くなろうって努力した姉さんに対して失礼だ。姉さんだけじゃなくて、覚悟を持って戦ってる人たちすべてに対する侮辱なんだ」
 目を外に向ける。妹は覚悟を決めた。命を奪うことに対する迷いはある。だが、それでいい。命を奪うことに関して、そう簡単に割り切っていいわけでもないだろう。
命は命。それでも戦う。命を奪った罪を背負って、それでも戦う。アタシみたいに何も感じなかった人間より、ずっといい。
「傲慢でいい! 助けるために殺すのは矛盾でも、私は、私の守りたいモノのために剣をとる!」

 成長したなあ。人間の汚さを自覚しながらも、それでもつき進める強さを持てるようになるなんて。
 最初にヒト対ヒトの血みどろで泥沼の戦いを見せつけられて、それで戦うっていうことの怖さを知った。そして今回、ほぼ同じ状況において、自らの答えをちゃんと出した。
 それは、この子が強いからだ。ぶち当たった壁に真正面から向かい合って、その場しのぎなんかせずに戦ったからだ。アタシには無理かも。適当に壁の回避方法を考えて、直視しないだろう。でも、この子はちゃんとできるんだ。それは、非常に誇らしい。
 そして、そこまで心が決まってるんなら、アタシは言うべき言葉は何もない。ただ、やるべきことを行うのみ!

「いくぞ!」
「はい!」
 勢い勇んで飛び出す!
 が、予想したのとは違う風景が広がっていた。

 ロマリアの紋章をつけた服装の集団が、ディザイアンと戦っているのだ。
 ええ? ちょ、これ、どういうこと?
 勢いが一気にそがれた。妹も、目をまんまるにして動きを止めている。

「お前ら! いたんだな!」
「え? カンダタ!」
 混乱してる所に声をかけてきたのはカンダタ。他の人たちとは若干違う服装だが、それでもロマリアの紋章がちゃんと付いている。
「どういうこと?」
「説明は後だ。敵をぶっ倒す! 手伝ってくれ!」
 カンダタに言われるまま、アタシ達はディザイアンを倒していった。

 ディザイアン掃討後、アタシはカンダタに説明を要求した。
 当然だよね? 陛下がどういうつもりだったのかって気になるし。まさか、この襲撃を予想していたとでも? だが、なら何でこうなる前に止めなかったのだ。
 陛下、エルフを見殺しにするつもりだったのか?

「最近、ユミルの森の近くで怪しい奴らが何かしてるって情報があってな」
 カンダタの説明によると、見殺しにするつもりなんかなかったようだ。
 その怪しい奴ら、つまりディザイアンだが、そいつらがエルフの里を襲う前に叩くつもりだったらしい。どこにいるかもしっかりと調べ上げ、準備万端で突入したところ、すでにもぬけの殻だったとか。
 時すでに遅しで、ディザイアンはエルフの里を襲撃してしまった。それに気付いたカンダタ達は急いでここまで来たらしい。

 ちなみにこのロマリア兵、全員ハーフエルフだ。カンダタが所属している国王直属秘密部隊らしい。カンダタが違う服装だったのは、隊長服だったからのようだ。

「もっと早くこれてればな」
「あんたのせいじゃないよ」
 カンダタは被害が大きくなってしまったことを悔やんでいるが、どうしようもないことだ。敵のほうも、カンダタ達の動きに気がついて、その前に行動を起こしたのかもしれない。
 いくら言っても堂々巡りだ。言い方はかなり悪いが、仕方がなかったのだ。

 かつての美しい里が、今は見る影もなかった。

 そして翌朝。
 生き残ったエルフたちが、城に集められた。
 女王の死体に泣きつく者、茫然とする者、不満げにロマリア兵やカンダタ、アタシ達を見る者と、実に様々だ。

「こんなことになったのは、ハーフエルフなんてもののせいだ!」
 一人が、耐えきれないといわんばかりに叫ぶ。その声を聞いた途端、目に殺気を込めてそいつを睨みつけた。
 こいつ、誰が助けたと思ってる? 襲ってきたのは確かにハーフエルフだが、助けたのだってハーフエルフだろうに!
「なんということを言うのです!」
 クレシェッドが非難の声を上げる。フィーノを抱きしめながら。フィーノは殺気をおさめることもなく、そのエルフを睨みつける。

「違うって言うのか! ハーフエルフなんてものがいなければ、こんなことにはならなかった!」
「そうだ! 女王様だって死ななかった!」
 そいつに便乗するかのように、次々と非難の声が上がる。

 なんてやつら! 都合の悪いことを、全部ハーフエルフに押しつけて!
「女王を殺したのは、お前らと同じエルフじゃねえか!」
 フィーノが声を上げると、一瞬、ほんの一瞬だけ静まるが、また反論してきた。

「そもそも、女王が乱心なされたのだって、お前のせいだろう! この混じり物!」
 その言葉に、フィーノは言葉を詰まらせる。クレシェッドが抱く腕に力を込め、
「何と無礼な! 女王の意思を侮辱なさるのですか!」
 負けじと言い返した。いいぞ、もっと言え! いや、アタシだって!
「責任転嫁も大概にしな! 女王陛下を殺したのはエルフだ! 乱心したってんなら、そいつだろうが!」
「黙れ! ハーフエルフなんぞがいたせいで、何もかもが狂ったんだ!」
「そうだ! ハーフエルフがいなければ、この里はずっと平穏でいられたんだ!」
「出ていけ、疫病神!」

 こいつらあ! 秘密部隊の連中は、自分たちを差別してるからってエルフを見捨てたりしなかったのに! 人の善意をなんだと思ってるんだ! この人たちがいなかったら、今頃この里はもっとひどい状態になってただろうに!
 怒りが頂点に達し、シグルドを抜きかけた時。

「そうやってなんでもハーフエルフのせいにしていれば、何か解決するんですか?」
 エルフの怒号が飛び交うなか発せられた一つの言葉が、この空間を一気に沈黙させた。
「仮にここからこの人たちが出ていって、何か解決するんですか?」
 その言葉は、ひどく静かだ。怒りもなく、悲しみもない。静かな水面に波紋が広がるように、その言葉は広がり、浸透していく。
「ハーフエルフがこの里を襲ったのは事実です。
 でも、ハーフエルフが助けてくれたのも事実です。
 あなた達は、何で素直に「ありがとう」が言えないんですか? 生きていることに感謝できないんですか?」
 エルフも、秘密部隊の面々も、アタシ達も、全員がその人物を見る。
「このハーフエルフの人たちは、歩み寄ろうとしています。善意を押し付けたりせず、自然に。
 気づいてますか? この人たち、一言も反論してないんですよ?」

 先程のエルフたちの剣幕が、ウソのようだ。美しい顔を般若のように恐ろしい形相に変え、口汚く罵っていた姿は今はない。
 言っている言葉はありふれたものかもしれない。だが、確かに力があった。エルフたちも、その力を感じ取り、反論できないようだ。

「誰かのせいにするのって、すごく楽なんです。だって、自分は責任なんて取らなくていいから。逃げられるから。
 でも、いつまでも逃げられなんかしないんです。いつか、逃げていた問題に追いつかれるんです。
 今回のことみたいに」
 それからしばらく、静寂が支配した。誰も声を発しない。今まで言葉を紡いでいた人物は、もう語ることはないという風に、ただみなを見るばかり。
 なんだこれは? これが、妹? アタシの妹?
 守らなきゃって思っていた妹が、こんなに大きいなんて。力にものを言わせようとしていたアタシとは違う。

 顔がゆるむのを感じる。これがアタシの妹。自慢の妹。
 アタシみたいにドギタナイ人間じゃない。汚い部分を見ても、そこを歩いていって、その中で泥にまみれて、それでもその輝きが薄れることのない人間。
 ただまっすぐに、前を向いて歩ける人間。

「これはツケだね」
 静寂に、アタシは石を投げた。それによって、全員の目が、アタシを向く。
「汚いものに蓋、みたいな感じだったんでしょ? ハーフエルフが入れないようにするとか、さ。でもさ、そんなことしたって、無駄なんだよ。誰も逃げられないんだ。
 あんた達さ、本当は、分かってるんじゃないの?」
 エルフたちが、気まずげに視線をそらす。

「その通りですな」
 そんな中、肯定の言葉を返したのは、老人のエルフ。昨日の謁見の間で、女王に一番近い位置にいたエルフだ。
「本当は、みな分かっているのですよ、きっと。ハーフエルフの存在そのものに、何の罪のないことを」
 トイルネン様! と、不満げな声が飛ぶ。だが、その老エルフ、トイルネンは続ける。
「女王陛下は、きっと分かっていたのです。以前おっしゃっておられました。
 この咎は、いつか自分たちに返る、と」
 そして、決意に満ちた目で、はっきりと口にした。
「この森を捨て、外に出ましょう。自分たちだけの世界に閉じこもり、なにも見ない聞かないでは、同じことを繰り返すだけなのですから」
 その瞬間、エルフたちが騒ぎだした。不満を漏らす者、決定を下したトイルネンを罵る者、泣きだす者、実に様々。

 だが、トイルネンは持っていた杖を思いっきり地面に叩きつけた。ガツン! と固い音が鳴り、また静まり返る。
「女王陛下亡き今、決定権はワシにある。だが、不満があるなら残るがいい、何も言わん。
 来たい者だけ来るがいい」
 エルフたちの中で、何かが終わった瞬間だったかもしれない。今まで自分たちを守っていたモノがなくなり、無菌室から出ていかなくてはならない。外はバイキンだらけ。今までの安全で独りよがりな平和は、もうないのだ。

 結局、ほとんどのエルフたちがトイルンネンについていくことになった。残るのは、ごくわずか。結界ももうなく、彼らはもはや繁栄はできないだろう。それを分かっていても、残るのだ。
 ばかばかしいが、口は出さない。滅びたきゃ勝手に滅べばいい。自業自得だろう。

「フィーノ様」
 トイルネンが、フィーノに跪き、頭を垂れる。フィーノは何も言わない。ただ、トイルネンをじっと見つめる。
「あなたのおばあ様は、あなたを、愛してらっしゃいました」
 やはり何も言わない。クレシェッドが腕に力を込めたが、それに対しても何も言わない。
 無表情で、エルフたちを見るのみだった。

フィーノから離れた時を見計らい、アタシはトイルネンに話しかけた。
「あのさ、ノアニール、何とかならない?」
 一応、陛下からノアニールを何とかするよう、間接的にではあるが命令されているのだ。このまま放っとくわけにもいかない。
 トイルネンは、困ったように眉をひそめ、
「申し訳ありませんが、『夢見るルビー』がないと」
 と、頭を下げた。あの、プライドの高いエルフが、人間の小娘に。
 この爺ちゃんエルフ、女王の思いに気付き、ちゃんと補佐してたんだろう。このエルフたちの中で、女王の意思を尊重するのは難しかったと思うが。
 苦労人なんだろうなあ。ちょっと見なおしたかも。

「おい」
 そんな時、カンダタが話しかけてきた。
「あるぞ、それ」
 そういって、懐から取り出したのは結構大きい宝石。
 ちょいまて。何であんたが持っている?
「それを、どこで?」
 トイルネンにしてもこれは寝耳に水のようで、全身を震わせながらカンダタを凝視した。

「この近くに洞窟あるだろ? あそこの湖の底だよ」
「なんと! そのようなところに?」
「何でそんなとこに? 第一、何でそんなこと分かったのさ?」
 カンダタ曰く、偵察に行った部隊員の話によると、数人のエルフが夜中にこそこそと森を出て、その洞窟に向かったらしい。その手にはこのルビーが握られ、洞窟の最下層につくと、何のためらいもなく捨てたのだとか。
 会話の内容を聞くと、女王が混じり物を受け入れようとしているとか、薄汚い人間などあのままでいいとか、これがなければどうしようもあるまいとか、そんな事を言っていたとか。
 つまり何か? 女王の方針に反対して、女王が呪いを解かないようにするために、わざわざ大切なルビー盗みだしたのか?
 それが気高いエルフのすることか? あんたら、どこのごろつきだ。
 軽蔑の意思が露骨に目に出ていたらしく、トイルネンがうろたえている。

「それを返そうにも、見つけたのがおれら秘密部隊だろ? ハーフエルフが盗んだんじゃないかとかって言われる可能性が高いし、エルフが盗んだって言っても、下手すりゃロマリアとの関係悪化だろ?
 チェーザレはエルフとの全面戦争なんざごめんみたいだったからな。返すタイミングを計ってたんだ」
 あー。なんか分かる。見つけたからって素直に返せばいいわけじゃない。場合によっちゃ、交渉を有利に進めることも可能だし、その逆もあり得る。見つけたはいいが、扱いに困ったんじゃないだろうか?
 フィーノに言わなかったのは、フィーノのためを思ってか? フィーノはまさに当事者、その感情をおもんばかって?
 それでも、決着つけて来いって送りだしたりもするんだね、陛下。

「まことに、まことに申し訳ない!」
 必死に頭を下げるトイルネンが哀れ。だが、ここはアタシが口出しするとこじゃないと思うので黙っとく。
「で? ノアニールは何とか出来んのか?」
「もちろん! 十分ほどあれば!」
「じゃ、頼むわ」
 トイルネンは、その場に座り込んでルビーを持ってブツブツ言い始めた。
 こりゃほっといてもいよね。妹たちのところに戻るか。

 フィーノは部隊の人たちに頭をなでられたり、何か言われたりしていた。それにいちいち反応を返し、それを面白がって部隊の人たちがまたちょっかいを出す。その繰り返し。
 こっちは私がどうこうする問題じゃないね。

 クレシェッドが、移動の準備をするエルフたちを見て、悲しそうにしていた。
 これは話しかけるべき? スルーすべき?
「どうして、こんな風になってしまうんだ? ここも……ダーマも」
 ただの独りごとだ。アタシが聞いてるなんて思っていないだろう。
 ダーマでも、何かあったんだろうか? こんなふうって、どんな?
 ふむ、このままだと、クレシェッドの奴、負の思考スパイラルに陥りそうだな。

「クレシェッド」
 仕方ないので、声をかけることにした。何も聞いてないのを装って、何食わぬ顔で横に並ぶ。
「アデルさん」
「なーに辛気臭い顔してんの?」
 アタシの言葉に苦笑し、今までの悲しそうな表情を引っ込める。
「辛気臭いですか?」
「かなり」
「これからのことを考えていたんです。このエルフの方々、どこに行くんでしょうか?」
「さあ? 行くあてがあるとも思えないし」
 「でしょうね」といって、クレシェッドは拳を握り、エルフたちを見回すと、「決めました」と言い放つ。
「なにを?」
「この方々に、ダーマに来ていただくのです」
 は? いやいや、あんた、そんなこと決めていいの?
 アタシの疑問が顔に出ていたのか、クレシェッドは笑った。
「ダーマに一人、変わり者のエルフがいましてね。彼がいるのですから、今更増えても大したことはありません。ダーマとしては、エルフの高いマナ技術に興味を持っていますし」
 そして、にっこり笑って、
「それに僕、こう見えても発言権大きいんですよ?」
 茶目っ気たっぷりにそう言った。

 ま、こいつがそう言うなら何も言うまい。行くところがないエルフにしてみれば、受け入れてくれるところがあるのはありがたいだろうし。
 なんだかエルフに好感が持てない身としては、いっそ野垂れ死ねとか思うけど。

 後味の悪い任務だった。ちょっとしたお使いが、何でこんなことになるんかね?
 陛下のせいだと思う。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第17話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/04/12 23:54
 ノアニールのことは、一応解決した。
 トイルネンはすぐに『目覚めの粉』を作ってくれたので、キメラの翼を使って一気に移動、すぐに粉を村中にまいたのだ。すると、今まで時間を切り取ったかのような光景がウソのように生き生きと動き出した。
 たぶん、この村の人たち自分たちが十年も時間を止められてたとか、思いもしないんだろうな。
 浦島太郎のようだが、これは考えるとぞっとする。自分の知らない間に周りが一気に時間を進めているのだ。自分が置いて行かれたなんて思わない。周りが勝手にいつの間にか、ほんの一瞬で一気に時間を経過させているのだ。
 この村の人たちにこの事を話すか否か、これは国が決めることだ。アタシは何も言わない。

 クレシェッドだが、一度キメラの翼でダーマに帰り、事の顛末を報告してからダーマ代表としてフィレンツェに赴くことになるだろうとのことだった。
 エルフたちも一緒に連れていくとのこと。何の事前報告もなしにいいのだろうか?
 この疑問をぶつけたら、
「ダーマの市民が新しく増えるだけのことです」
 と、いい笑顔で返してくれた。エルフのことは任せていいだろう。

 クレシェッドと別れ、アタシ達は秘密部隊の面々とともに、キメラの翼で一気にフィレンツェへ飛んだ。

 で、すぐに陛下と謁見することになったのだが、
「ごくろうだった」
 この自信満々な陛下を見ると、ひどく腹が立つんですが。

「ずいぶんと人が悪いですね、陛下」
 謁見の間、他の貴族やらなんやらがいるが、アタシは遠慮なく言い放った。だが、何のおとがめもなし。
 陛下め、初めからアタシが何か言っても手出し無用とか言っておいたんだろうな。この人、格式ばった態度嫌うし。
 あ、横で大臣さんがちょっと申し訳なさそうな目をしてる。いいんですよ別に、悪いの全部陛下だから。

「ふむ? 何を指しているのかな?」
 陛下は実に楽しそうだ。アタシは全く楽しくない。
「何といわれると、限定できませんが」
 アタシの言葉にのどを鳴らして笑い、イヤな笑顔を浮かべた。
「ほう? つまり、かなりの数があって絞りきれんとな? ははは、これは愉快。
 我は王である。人の良い王族などおらんよ。いたとしても、それは無能だ」
 話がなんだか変な方向へ行きそうだな。この人、最初からこうやって今からする話に持っていこうとしていたな。
「王は国である。国は王である。故に王である我は国と一蓮托生であり、その繁栄のためなら人もだまそう。他者を陥れよう。そして、千の国民を差し出して国の繁栄が約束されるなら、喜んで差し出そう。
 王とは、そのために存在するのだ」

 陛下の今の言葉、アタシの最初の言葉に対する答えか。この言葉に、すべてが集約されている。
 あ、だめだ。何言っても無駄だ。この人、国の繁栄のためなら世界が滅んでも、自国が無事ならオッケーって人なんだ。
 そして、そのためなら、いくらでも泥をかぶることをいとわない人でもある。他者に何を言われようと、恨まれようと、恐れられようと、国を第一に考え、そのために生き、そのために死ぬ。自分を国の歯車として見、必要なら自らの命も平気で天秤にかけるだろう。
 千の国民を差し出して、と言うが、その中にお前も入れと言われれば、陛下は平気な顔してきっと入る。最後までその余裕の顔を崩さず、「ロマリア国王、チェーザレ・ボルジア」として死ぬのだ。

 勝てるわけねえ。在り方が違いすぎる。存在の次元そのものが違い、アタシと陛下の次元では、常に陛下に勝利のベクトルが傾くような配置になっているのだ。

 やーめた。この人に勝負挑んでも、遊ばれるのがおち。
「さすがは、ロマリア国王陛下でございます」
 この言葉に、アタシが勝負の土俵から降りたことを悟ったか、陛下はつまらなそうに鼻を鳴らした。
 おい。やっぱり遊ぶ気だったんかい。早々にやめてよかった。陛下にいじられるのはごめんである。

 ノアニールのことでおほめの言葉をいただいたり、エルフの里襲撃に関して遺憾の言葉を述べられたりした。この辺は本当に形式と言うか、感情が感じられない。
 陛下らしいと言ったららしいか。いちいち、何か事件があるたびに感情を動かしているなど、この人にとっちゃ無駄なんだろう。冷血とか、冷静とか、そんな次元の問題ではない。これが「チェーザレ・ボルジア」であるだけの話だ。

「さて、お前達には褒美を用意した」
 その言葉とともに、アタシ達の前に運ばれてきたのは長い箱。豪華な装飾が施された箱だが、それだけである。
 「開けてみよ」と言われ、そっと開けてみたら、中に入っていたのは一本の槍だった。
 装飾的なものはなく、実用一点張りの槍。だが、見たところめちゃくちゃな業物である。
「我が国の国宝の一つだ。一説には神が用いた槍とあるが」
 そんな大層な物、いいんだろうか? 何か偉業を成し遂げたわけでもない者に与えるのは、ちょっとこれはすごすぎるのでは?

「遠慮はいらん。どうせ宝物庫でほこりをかぶっていたものだ。ふさわしい使い手の譲るのが当然であろう?」
 断らせてくれないんだよなあ。
 仕方ない、もらっとこう。アタシは槍なんか使えないし、妹に使ってもらうかね。槍も使えたはずだし。

 ありがたく頂戴いたしますと受け取る意を示すと、陛下は機嫌よく頷いた。
「神が用いた槍を勇者が使う。どうなるか、見ものであるな」
 あんた、自分がこの槍に興味があったから引っ張り出してきただけなんか?

 で、これで話は終わらなかった。なんと、フィーノを正式にアタシ達のパーティに加えると言ったのだ。
 強力な天術の使い手であり、今回のことで互いを知れただろうということで、「連れていけ」と命令された。
 フィーノって、秘密部隊の要だよね? それが国を空けることになってもいいんだろうか?
 いや、個人的には非常にうれしいよ。フィーノは仲間だと思ってるし、これからも旅ができるのは嬉しい。妹も、喜びを隠し切れていない。

 謁見が終わると、城の門のところでフィーノとカンダタが待っていた。
 アタシ達を見つけると、カンダタが機嫌よく手を振って来た。
「お前らなら安心だ!」
 そう言って、背中をバンバン叩いてきた。痛い。お前、このバカ力。しかも妹にはしないし。何この扱いの違い。

「色々と大変だと思うけど、これからもよろしくねフィーノ君!」
「お前危なっかしいからな。ちゃんと見ててやるよ」
 お互いに「これからもよろしく」なんてやってる。非常にほほえましい眺めである。
 ま、フィーノが国からつけられたってことは、完全に逃げ道ふさがれたってことだけど。
 相手がフィーノだと、エスケープしづらいよ。むしろできん。陛下め、狙ったな。

 そんな事を思っていると、カンダタが「ちょっと向こうで話がある」と、アタシだけに声をかけてきた。
 アタシは二人にカンダタとちょっと話をしてくることを告げると、カンダタについていく。
 そして、二人が完全に視界から消え、声も届かないところに連れてこられた。

「お前には、話しておいた方がいいと思うんだよな」
 そう言って語られたのは、フィーノの過去。
 エルフの母と、人間の父。彼らは、ハーフエルフを子に持つがゆえに、ロクに仕事に就けなかった。働けなくば食い扶持も稼げない。いつも貧しい思いをし、それでも必死に生きてきた。
 だが、フィーノの両親は病にかかり、医者にかかる金もなく、あっさり死んでしまった。
 そして、当時五歳だったフィーノは一人で生きていかねばならなかった。そんな時、カンダタと出会ったという。
 その時はまだ秘密部隊は存在しなかったらしいが、それでもカンダタは陛下と個人的に付き合いがあったそうだ。

 一国の王と個人的な付き合いって。お前何者だ。
 そこらへんの出会いとか、どうつながりを持っていくかとか、非常に気になるのだが、今はフィーノの話。この話の腰を折ってはまずいと、好奇心を抑えた。

 カンダタはハーフエルフを集めて、陛下に仕事を回してもらいながら彼らを養っていたという。これって、今の秘密部隊の前身だよね。多分この時すでに、いやもっと前から、陛下にはハーフエルフ部隊の構想があったに違いない。存在を公にできないから、国王直属の秘密部隊にしたのか。
 そして、フィーノはたぐいまれなる天術の才能をいかんなく発揮し、一気に中心メンバーになったという。
 それから陛下が今の秘密部隊を作り、その時のメンバーまるまる部隊に入れ、現在その時よりもちょっとだけ数が増えているという。

「あいつさ、いっつも張りつめてて、気ぃ抜いてるとこ見たことほとんどなくてよ。
 でもよ、お前らには、特にお前には気を許してるみたいだし」
「ああ、わかった。フィーノのことは任せな。思いっきり甘やかすし、叱るし、ケンカするし、遊ぶさ」
 アタシの言葉にカンダタは嬉しそうにアタシの手を取り、
「ありがとよ! 頼む! 頼んだ!」
 ぶんぶん動かした。いやだから痛いって! 握られてる手が痛い! 腕がもげる!
「はーなーせー!」
「あ、わり」
 痛がってることを察したか、カンダタは慌てて手を離した。
「あんた、モテないでしょ」
「何で分かった?」
 驚愕! てな顔で冷汗なんぞ流してるが、分かるわい。一連の行動とか見てたら。

 そして妹たちのもとへ戻ったが、
「お前らこれからどうするつもりだ?」
 と、カンダタか尋ねてきた。純粋に個人的な問いなのか、国として勇者の動向を把握しておきたいからなのかは謎。こいつだと前者っぽいが。
「私は、どこに行きたいとかはないですけど」
「おれはこいつらについていくだけだ」
 二人には特に意見はないらしい。まあ、妹は世界を知らないから選択のしようがないのだろうし、フィーノは国の方針として勇者を立てるつもりなんだろう。
「アタシ、クレシェッドを待って、ダーマに行きたい」
 しばらくしたら来るだろうし、大した時間ロスじゃないと思うんだよね。

 ダーマには世界最高学府と言われる『アカデメイア』があるのだ。そして、その付属施設に、世界一の蔵書を誇る大図書館があるという。
 行きたい! それをぜひ見てみたい! さぞ壮観な眺めだろう!
 それだけ本があれば、妹の勉強もみっちりできるし。アタシも勉強できるし。

 そして、クレシェッドが言っていた「変わり者のエルフ」とやらにぜひ会ってみたい。クレシェッドの言い方だと知り合いっぽいから、紹介してもらえるかもしれないし。

 くふふ、と笑っていると、妹が怯えたように一歩下がった。フィーノも嫌そうな目で見て来るし。お前ら失礼だな。カンダタを見習え、実に堂々と立っているじゃないか。

 特に反対意見も出なかったので、アタシの意見はすんなり通った。
 そしてクレシェッドが来るまで適当な宿に泊まってフィレンツェを堪能することにした。
 カンダタには、クレシェッドが来たら伝えてくれるように頼んどいた。場所もちゃんと指定している。以前職人の奥さんか教えてくれた宿屋である。

 そしてクレシェッドが来るまでの間、アタシ達は街中を見て回った。フィレンツェでゆっくりできたのはこれが初めてなので、実に充実していた。
 ただ、気になる美術品なんかがあるとシグルドが、
『もっと近寄ってくれ!』
『あの角度からみたい!』
『マスター、この彫刻、買わないか?』
 など、実にやかましかった。
 彫刻とか買わないから。邪魔だから。

 そんなこんなで、クレシェッドが来たという知らせが来るまで、アタシ達は存分に楽しんだのだった。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第18話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/05/28 22:59
 やってきました憧れのダーマ。正式にはダーマ教皇直轄領。
 雰囲気はロマリアに似てる。と言うのも、ここダーマを総本山にしている宗教の創始者が、ロマリア出身とのことらしい。詳しいことははっきりとは分からないようだが、そういうこともあって、ロマリアとダーマの関係は非常に密である。
 現在のダーマ教皇レオ十世も、ロマリア出身。かのメディチ家の御子息、ジョバンニ・デ・メディチである。
 この教皇、芸術などの雅な文化を愛し、そのためには湯水のごとく教会の財産を使っていく悪癖があり、今ダーマは財政難だという話だが、そのおかげで学問も後押しされ、『アカデメイア』も色々と充実しているとのこと。

 クレシェッドがフィレンツェにやって来たのは、アタシ達が陛下に謁見してから一週間後だった。キメラの翼でやって来たらしく、陛下とどんな話があったのかなどは一切知らない。
 クレシェッドはアタシ達と会えたことを非常に喜び、ダーマに行きたい旨を告げると快く頷いてくれた。
 そして一気に、キメラの翼でここ、ダーマにやって来たのである。

 アカデメイアどこ? 図書館どこ? 聞きまくるアタシに、クレシェッドはなぜか引き気味で、妹には「姉さん落ち着いて!」と押さえられ、フィーノは「ガキかお前は!」と呆れたように言われてしまった。シグルドはなぜか諦めたかのように溜息こぼしていたが。
 いかん。我を忘れてしまったようである。
 クレシェッドは教会に一度帰らなければならないらしく、案内はまた今度ということになった。
 ならせめてと、「変わり者のエルフ」について尋ねてみたのだが、
「ああ、彼ならすぐにでも会いに行ってもいいと思います。今は仕事も落ち着いている時期だから、すぐに会えますよ」
 そう言って、その人物の家の地図を描いてくれた。
 え? 何の約束もなくいきなり会いに行くのは失礼なのでは?
「彼はそんな事は気にしませんよ。むしろ、歓迎してくれるでしょう。アデル、あなたとは気が合うかもしれませんね」
 アタシの不安もなんのその、クレシェッドは何が楽しいのか、「ふふっ」と笑っている。

 お勧めの宿を教えてもらい、案内する時はそこに行くとのことだったが、別れ際に、
「今日は宿に行かずに、直接彼の家に行くといいですよ。きっと泊めてくれますから」
 そんな言葉を残して、楽しそうに去って行った。
 ええ? いきなり行った客を泊めるとか、それどんな人だよ?

「どうしよう?」
「いいんじゃねえの? あいつがそう言ってんなら、その通りにすりゃ」
 フィーノはあっさりと言うし、妹もそれでいいんじゃないかと言うし。クレシェッドがいい加減なことを言うとも思えないので、素直にその言葉に従うことにした。

 ダーマも中心部は大聖堂なんかがあり、上流階級が住む世界だが、今アタシ達がいるのは庶民の住む、下町と言っていいところ。
 「変わり者のエルフ」の家は、そこの一角に、こじんまりした感じであった。

 至って普通。変わったところはない。エルフが住んでると言われても、そんな感じは全然しない。
 あ、ちょっと緊張してきた。どんな人だろ、「変わり者のエルフ」って。どう「変わっている」のか。なにが「変わっている」のか。

 玄関の前で躊躇していると、
「何グダグダしてんだよ。お前が来たいって言ったんだろ!」
 アタシの態度に業を煮やしたフィーノが、呼び鈴を鳴らしてしまった。
『ぐずぐずしているからだ。マスターらしくもない』
 やかましいっての。軽くシグルドを小突いておく。文句を言ってきたが無視。

 ちょっとすると、家の中の気配が玄関に向かって動いてきて、
「おやおや、お客様だね?」
 見た目ダンディな初老のエルフが、微笑みながらドアを開けた。
 なんか、エルフっぽくないな。何というか、雰囲気がかなり人間臭い。エルフと実際に会っているから分かるのだが、この人、エルフと言うより人間に近い感じがするのだ。

「初めまして。クレシェッド・ボルネン氏の紹介で参りました、アデルと申します」
「は、初めまして。リデアです」
「フィーノ」
 三者三様のあいさつをするが、それぞれが戸惑いを含んだ声。妹もフィーノも、この人のエルフらしからぬ雰囲気に驚いたのかもしれない。

 ぎこちないうえに、フィーノの失礼なあいさつにもなっていない言葉に怒ることもなく、彼は満面の笑みを浮かべた。それはまさに人好きの笑みで、ますますエルフのイメージから遠ざかる。
「彼の紹介で! よく来てくれましたね! さあ、上がって! 久しぶりのお客さまだ!」
 初老のエルフは上機嫌でアタシ達を促し、何のためらいもなく中に招き入れた。

 中はわりと雑然としていた。本や紙、その他何かの機材らしきものが散乱し、お世辞にもきれいとはいえない。
「いや、お恥ずかしい。掃除が苦手でしてね」
 笑顔でそう言いながら、チェスとクルミが置かれたままの机にアタシ達に座るように言った。
 妹は置かれている物を見回し、フィーノは興味がないのかチェスの駒をいじっている。

「蘇生魔法の研究なさっているのですか?」
 アタシの問いに、初老のエルフは驚いたのか、目をまんまるにしたが、すぐに笑顔になった。その笑顔は楽しい遊びを見つけた子供のように輝いている。
「なぜそう思われますか?」
「この紙に書かれている式」
 机に無造作に置かれていた一枚のメモを取る。そこには、乱雑にいくつもの式が書き込まれていた。
「今は失われたと言われている蘇生呪文ザオラルの術式考察ですね? 回復呪文を基盤に、それをより強力にした術式が書かれており、また、かつて魂を数式で表そうとしたツォイム・ロドライデムの考案したいくつかの公式が書かれています」
 アタシの言葉が終わるや、初老のエルフは「すばらしい!」と目を輝かせ、惜しみない拍手をしてくれた。

「その通りです! よくお分かりになりましたね!」
「いや、そんなに言われることもないです。それよりもこの術式は素晴らしいですね。
 問題は、回復呪文の術式と、魂の公式の間に矛盾が生じることですか」
「そうなのです。ツォイム・ロドライデムの公式はよくできてはいますが、正解ではない。故に術式に矛盾が起こります。この問題を解決するためには、魂の数式を完璧に仕上げなくてはならないのです」
「少し疑問がありますが、この術式では回復呪文をより強力にすることで蘇生呪文にしようとしていますが、そもそも回復呪文と蘇生呪文は同系列なのでしょうか?」
「と、申されますと?」
「蘇生とは命を呼び戻すもの。ケガを回復させるのとはまた違うでしょう。ケガを回復させる場合対象は生きていますが、蘇生の場合は死んでいる状態、魂がかい離しており肉体は空っぽの状態です。いかに回復の力を強くしても、それでは意味がないのでは?」
「ふむ、そうかもしれませんな。魂を呼び戻す過程が必要なわけですか。肉体から離れてしまった魂に呼び掛ける術式、今までにない術式だ」
「回復魔法とは、術者の魔力を生命エネルギーに変換して、対象に与えることによって回復を促しますが、死者にそれは通用しない。
 この公式が矛盾するのは、魂の数式だけでなく、そもそもそれをあてはめる術式が違うからなのでは?」
「その通りだ! 何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう! 一から術式の考察のやり直しをしなくては!」

 初老のエルフは興奮してそう叫ぶと、席を立とうとして、
「いやいや、私は何をしているんだ。お客様をほったらかしにして」
 我に返ったらしく、ごまかすように頭をかいた。
 人のこと言えないんだけどね。アタシもつい、「お手伝いします!」って言っちゃうとこだった。この人が我に返るのがもう一秒遅かったら、そうなっていたに違いない。
 危なかった。気をつけねば。
「いえいえ、こちらが勝手に研究資料を見てしまったものだから」
「そんな事はありませんよ。おかげではかどりそうです」

 そんなやり取りをしていたら、
『マスター。盛り上がるのはいいかもしれんが、少しは周りに目を向けろ』
 シグルドが疲れたような口調でおかしなことを言ってきた。
 何のこと? と思って周りを見てみると、こちらを凝視して固まっている妹とフィーノの姿が。
 なにしてんの?

「おーい。戻ってこーい」
「どうなさったんでしょう? 具合が悪いのですか?」
 アタシ達の言葉に、先に再起動したのはフィーノだった。我に返るや、かなり怒気を込めた目で睨んで来た。
「お前らふざけんなよ! なに訳の分かんねえ話してやがる!」
「はい?」
 アタシと初老のエルフ、二人揃って首をかしげる。
何かおかしなことしました? さあ? なんて感じでアイコンタクト。フィーノの怒りが分からない。何か悪いことしたっけ?
「あ、もしかして、話に参加したかったの?」
「それは申し訳ないことを」
「参加できるか! お前らワザとか!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るフィーノに、どうしたものやらと、二人して顔を見合わせ、
「とりあえず、ごめん」
「申し訳ありませんでした」
 謝るというアクションを取ることにした。しかしフィーノの怒りは収まらないようで、エルフさんとアイコンタクトしつつ、どうしようか真剣に悩んでいると、
「えっと、難しい話は終わったの?」
 妹が、遠慮がちに声をかけてきた。

「え? 難しい?」
 何のこと?
「エルフさんと難しい話し始めちゃって、全然意味が分からなかったから。聞いてたら頭がこんがらがってきちゃって」
 ああ、妹は基本的な勉強してないもんなあ。訓練ばっかで。よく分からない話をされてつまらなかったんだろう。
「ごめんごめん。置いてけぼりはよくないよね」
『マスター。二人の反応の意味を、まったく理解していないだろう』
 なにがさ。つまらないし、アタシとエルフさんの二人だけで話をしててほったらかしにしたから、おもしろくなかったんでしょ?
 そう思いながらシグルドを見てると、あからさまな溜息をつきやがった。
 なんだその態度! アタシがなんだっていうんだ!

「エルフさん、ですか? もしかして、クレシェッドから、私のことを聞いていないのですか?」
「え、ええ。実はそうなんです」
 クレシェッドの奴、「変わり者のエルフ」という情報しかくれなかったのだ。これから尋ねる相手の名前くらい教えてくれと言っても、意味ありげな笑みを浮かべるだけで教えてくれなかった。
「ははは、彼も面白いことをしますね」
 エルフさんは気分を害した様子もなく、むしろ面白がっているようだ。
「それでは自己紹介をしなくてはいけませんね。
 私の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。『アカデメイア』で教鞭をとっている物です」

 その瞬間、アタシは目の前の人物を凝視した。
 なんて言った? レオナルド・ダ・ヴィンチ? 『アカデメイア』の? あの?
「ええええ! レオナルド・ダ・ヴィンチぃいいいいい?」
 世界トップレベルの魔法学の権威じゃないか! 魔法学だけでなく、芸術にも秀で、あらゆる分野でその才能をいかんなく発揮しまくっている通称「万能人」。
 ダ・ヴィンチの魔法学の数々の著作はアタシが最も好んで読んだものであり、現代における最高の頭脳であると信じている。爺ちゃんの集めたらしい蔵書には、ダ・ヴィンチのものが多くあった。
 エルフだなんて知らなかった! てっきり人間だと思っていたのに!

「ほ、本当に、レオナルド・ダ・ヴィンチさんなんですか? あの『魔法学の根本問題』の?」
「ほお! あれを読まれたのですか? いやあ、こんな形で読者と会えるとは」
「あなたの著作には非常に感銘を受けました!」
 がっし! と手を握る。レオナルドさんはてれたように笑い、だが嬉しそうに、
「うれしいですな。こんな非常に有望な人に本を褒めてもらえるんて」
「もったいないお言葉です!」

「おーい」
「姉さーん。置いてかないでー」
『いい加減にしろ、マスター!』
 シグルドのやたらでっかい声に、「は!」と我に返った。レオナルドさんの手を握ったままだったのを見て、「すいませんでした!」と慌てて離した。
 何やってんだ自分! そもそも魔法学の権威に術式の疑問とかいきなりぶつけるとか! 失礼だろ!
 あああ。穴があったら入りたい。何度もすいませんと頭を下げまくる。

「いえいえ。非常に楽しいですよ。今は『アカデメイア』も休みで、他の仕事も何も入っていなかったのですが、思いのほかいい刺激になりました」
 そう言っていただけるとありがたいですと、ひたすら恐縮する。
 クレシェッドめ。アタシが前に「レオナルド・ダ・ヴィンチを尊敬している」と言ったのを覚えていたらしい。ちょっと話しただけだったのだが、クレシェッドはえらいサプライズをしてくれたもんである。

「クレシェッドも面白いことをしてくれましたね」
 そうですねー、なんて言葉を返しつつも、今度会ったら締めてやると固く心に誓う。

「おい、こいつそんなにすごいやつなのかよ」
「無礼者!」
 フィーノの頭にチョップを食らわせる。「いってー!」と頭を押さえるが、自業自得だ。
「えっと、ごめん姉さん。私も知らない」
「リデアは仕方ないよね」
 ちゃんと勉強させてもらえなかったんだもんね。
 そんなアタシを見て、「ひいきだ」などと呟くフィーノ。

「大したことはないですよ。ただの変わり者のエルフです」
 説明しようかと思ったが、ご本人がそれで終わらせてしまった。ま、説明すると長いし、今はいいか。

「確かに変わってるよな。エルフが魔法の研究だ?」
 それは確かに。エルフは天術がある。生まれついての術者であり、いちいち理論を研究する必要もない。実際、エルフが術の研究してたなんて聞いたことがない。
 それに、魔法は天術の劣化した模倣、というのがエルフの基本的見解のはず。それをわざわざこんなところで研究し、しかも教鞭をとっているというのは前代未聞だろう。
 これは確かに「変わり者のエルフ」だ。

「私は人間が好きなのですよ。魔法は人間の可能性の一つ。だから研究しているのです」
「芸術活動をなさっているのも?」
 エルフは芸術活動なんてしない。自然の中で自然のままに生きる彼らにとって、そんなものは無駄でしかないからだ。芸術活動をし、その作品を愛でるのは知る限りでは人間だけだ。
 これもまた「変わり者のエルフ」と言えわれる所以か。
「ええ、芸術は素晴らしい。人間の可能性を強く感じられます。それに、これは一度はまると抜け出せません。人間が芸術を愛するのが、よく理解できます」

 レオナルドさんは「ふふっ」と笑うと、
「どうでしょう? ちょっとした遊びをしてみませんか?」
 そう言って、机の上に置かれていたチェス盤を指した。
「遊び、ですか?」
 妹は不思議そうだ。何の脈絡もなく、いきなりそんな事を言われたら、確かにそうなる。アタシも「へ?」っと思った。口には出さなかったが。

 チェス盤上にある駒を机の上に移動させる。
「この駒は一つ一つが兵です」
 その駒はそれなりに固まって置かれているが、それぞれ他の駒とは数センチ離れている。
 そして、大量のクルミが入った皿から一つクルミを出し、それをアタシ達に見せた。
「このクルミが、メラゾーマとでもしましょうか。一回の攻撃で、この兵を全滅させてください」
「え? それは……」
 妹が戸惑いの声を上げる。フィーノも難しい顔で駒を睨む。
 この駒がボーリングのピンのようにある程度固まっていて、クルミもボーリングのボールのようにそれなりに大きかったら出来なくもないだろうが、どう考えても一つしか倒せないように思うんだけど。運が良くて二つ三つ。とても全滅はさせられない。
 立ちあがっていろんな角度から見る。配置に意味があるのかもしれない。しかし、どうしても無理、という結果しか出てこない。

「降参です」
 結局、どう考えても不可能としか思えなかった。二人を見ると、妹は残念そうに首を振り、フィーノは「どう考えても無理に決まってるだろ」と文句を言っているし、シグルドも悔しそうに唸っている。
 レオナルドさんはアタシ達を満足そうに見ると、
「では、実演してみせましょう」
 言うや否や、クルミの大量に入った皿を取り、駒の上で勢いよくひっくり返した。
 大量のクルミは大きな音を立てて落ち、あっさり駒を全部倒してしまった。

 うそお……。茫然とレオナルドさんを見ると、彼はいたずらが成功した子供のような顔で言った。
「私はクルミを一つしか使わないで、とは言っていません。一回で、と言ったのです」
 やられた。それは確かにそうだ。一回と一個は全く違う。
 心理誘導だ。レオナルドさんはクルミを一つ手にとって見せた。それによって、「これ一つを使うんだな」と思い込んでしまったのだ。

「卑怯じゃねえか!」
「言葉の綾ですよ」
フィーノがかみつくが、レオナルドさんはどこ吹く風。
「はい、やめー」
 アタシはフィーノの頭に手を乗せ、ポンポンと軽く叩いた。

「面白い遊びでした。ですが、やられっぱなしはシャクですので、こちらからも一つ」
 そう言いつつ取り出したのは、一つのゆで卵である。殻はむいていない。
「この卵を立ててください。あのチェス盤の上に」
 実はこの卵、ここに来る前にドーナツを買い食いした際、初めてダーマに来たんだという話を店のおばちゃんとして、「お祝いだ!」ともらったものだ。何でドーナツ屋でゆで卵をおまけでくれるのかは分からないが、これを考えるとちょうどよかった。

 妹は不思議そうに卵を見るし、フィーノも「何言ってんだこいつ?」と言いたげな目でこちらを見る。二人とも、「無理だ」と顔に書いてある。
 レオナルドさんは笑顔で卵を受け取ると、そっとチェス盤の上に立ててみた。当然、立つわけがない。
 何度も挑戦するが、やがてレオナルドさんは卵をアタシに返しながら、「参りました」と言った。その顔には悔しそうなどと言った感情は見られず、どうするのかという期待に満ちていた。

 アタシは卵の底を机で割り、チェス盤の上に立てて見せた。
 それを見た途端、レオナルドさんは大笑い。腹を抱えて、涙まで流して笑った。
「それは思いつかなかった! してやられましたな!」

 妹はぽかんとした表情で卵を見てるし、フィーノは「こいつら似た者同士だ」と呆れた口調で言いながら、足元のクルミを蹴った。シグルドは『マスターが二人……』などと言っているが、何でアタシが二人?

「今日は素晴らしい客人が来た! ぜひ泊まっていってください! あなた方とはもっと話がしたい!」
 アタシは喜んでそれを受けた。だって、あのダ・ヴィンチと話ができるんだぞ。こんないい話蹴られるか!
 妹は「姉さんが、姉さんが……」とうわ言の様に呟くし、フィーノは「勝手にしてろ」となんか不機嫌。シグルドにこっそり何でか聞いたら、
『暴走するからだ』
 と突き放すように言われた。

 アタシが何したって言うんだ。理不尽だ。
 でもいいんだ。今日は素晴らしい日だ。ありがとうクレシェッド! でも今度会ったら覚悟しとけよ。

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 クルミの話は漫画『チェーザレ―破壊の創造者』から。まるまる同じ話です。
 卵は『コロンブスの卵』。これは有名ですね。

 まだレオナルド・ダ・ヴィンチのターンは続きます。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第19話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/06/22 00:42
 久々更新です。約二カ月?
 どうぞ、お楽しみいただければ幸いです。
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レオナルドさんと意気投合し、夕御飯をごちそうになっていた時だった。
「フィーノ君はハーフエルフなんですね」
 ニコニコと笑いながらそう言うレオナルドさんに、フィーノは複雑そうにうなずいた。

 まあ、フィーノにしてみれば、自分がハーフエルフであるというのは、複雑な感情が混じり合う非常にデリケートな問題だろう。そうそう、他人にそのあたりのことを突っ込まれたくはないはず。
 それでも睨みつけたりしなかったのは、レオナルドさんの言葉に一切の悪意がなかったからだろう。
 いや、悪意がないどころか、めちゃくちゃ好意的な響きだった。
 レオナルドさんは生粋のエルフ。そして、エルフがハーフエルフにどんな感情を抱いているかは、つい最近見たばかり。
 そのことを考えると、レオナルドさんのあの好意的というか、非常にフレンドリーな言葉は、フィーノにしてみれば意外だったはず。

 アタシだってびっくりした。ハーフエルフに好意的なエルフっているんだねえ。
 このあたりも、この人が「変わり者のエルフ」と呼ばれる所以だろうか。

「それが、なんだよ」
 自分を攻撃せず、好意的に接してくるエルフにどう接すればいいか分からないのか、フィーノの言葉はぎこちない。
「いえ、言い方が悪かったようですね。申し訳ない」
 フィーノの様子に気がついてか、頭を下げるレオナルドさん。
 エルフなのに、こうも簡単に謝罪して、頭を下げられるって、この人本当にエルフとしては規格外なんじゃないだろうか。
 いや、非常に好ましい規格外だけどさ。こんな「変わり者」なら大歓迎だ。

「私はね、ハーフエルフこそが、この世界の未来を担う重要な役割を果たすと考えているのです」
「は?」
 肉を切っていた手を止め、レオナルドさんを凝視するフィーノ。
 妹も、ぽかんとした表情でレオナルドさんを見ている。
 アタシも、今の言葉には興味を覚えた。

 基本、迫害されているのがハーフエルフだ。人間からも、エルフからも。
 それを、未来を担う、などと言うとは。一体どういう考えからそういうことになるのだろうか。

「詳しくお聞かせ願えますか?」
「ええ、もちろんです」
 レオナルドさんは嬉しそうに話し始めた。

「ハーフエルフは、人間とエルフ、両方の血を受け継いでいる存在です。それは、両種族の素晴らしい可能性を二つとも秘めていることに他ならない。
 エルフは天術を呼ばれる力を有し、マナへの干渉能力も高く、その力は強力です。
 しかし、それを理論立てて改良したり、新たに生み出したりといったことはしません。
 いや、できないのです。それはエルフの特性、エルフという種族の越えられない壁とも言えるでしょう」
 そう語るレオナルドさんは、なんだか残念そうに見えた。
 確かにエルフの能力は素晴らしと思う。だが、レオナルドさんの言う通り、それらの応用力はないのだ。必要ないと言えばそれまでだが、きっとレオナルドさんはそれを残念に思っているのだろう。

「他にも、森で暮らしているエルフには、それに合わせた素晴らしい技術があります。
 それらはもはや、血に備わった天性の力なのです」
 そこまで言うと、レオナルドさんは水を一口飲んだ。やや興奮気味で、のどが渇いたのかもしれない。
 アタシ達は誰一人として声を出さず、黙って続きを待つ。

「そして人間です。私は、人間と言う種族に素晴らしい可能性を感じずにはいられない!
 天術を有しておらず、それでもなお力を求め、自分達でも扱える『魔法』を編み出してしまった。驚嘆の事実です!
 今でこそ当たり前の技術ですが、当時はそれはそれは大騒ぎだったそうです。
 理論を一つ一つ丁寧にほぐしていき、論理を駆使し、思考を最大限に働かせたまさに人間の力の結晶と言うべきモノ! 中には、今は失われたモノも多いですが、オリジナルと言っていい天術すら不可能だった事象を引き起こすことも可能だったとか。
 魔法こそ人間のロジックの集大成、私が魔法に惹かれるのはそこです」

そこまで言うと、レオナルドさんは恥ずかしそうに頭をかきつつ、
「失礼しました。話がずれてしまいましたな」
「お気になさらず。あなたが人間をどのように感じておられるかが分かる、貴重なお話だと思います」
 アタシの言葉は本心だ。いやほんと、これほどまでに人間スキーだったとは。
 にぎりしめた拳、言葉に込められた力、ほとばしる情熱。正直、人間として嬉しいと思う。

「話を戻しましょう。
 人間は他にも、エルフが持ちえない高度な文明を築きあげました。その結果、エルフと反目することも多かったようですが、些細なことです。
 確かに人間の文明は恐ろしい。だが、それと同じくらいに魅力的です。
 人間の生み出した技術の数々。それはひとえに、よりよい暮らしを求めてのもの。
 人間の最大の力は、それらを探求していく意思と思考です。魔法も芸術も、何もかもがすべてここに収れんするのです」

 そこまで話すと、フィーノを見て優しげな笑みをうかべた。
 本当に優しい笑みで、見ていて非常に心が温まる。こんな笑みを浮かべられる人って、世界にどれくらいいるのだろうか。

「ハーフエルフは、そんな二つの種族の力を受け継いでいるのですよ。これは素晴らしいことです。
 世間では彼らを迫害する風潮がありますがとんでもない! 彼らこそが、我々の未来なのです。
 エルフにしか持ち得ぬ力と、人間にしか持ち得ぬ力、それらを併せ持つハーフエルフこそ、次代を担うにふさわしい存在なのですよ!」

 こんな風に考えられる人がいたなんて。かなり感動した。
 ユミルの森のエルフたちを見ていたから、特に。
 こんな人が増えていけば、きっと世界はいい方に向いていくんだろうな。

「アカデメイアでも、生徒にしょっちゅうこの話をしていますよ。最近では、卒業論文に『ハーフエルフの可能性』といった題材を選ぶ生徒も増えているほどです。
 ハーフエルフの存在の重要性が徐々にみんなに伝わっていっているようで、嬉しく思います」
 よく受け入れられたなその話。正直、反発があると思うんだけど。
 と言うか、絶対最初は反発あった。今でもそれなりにあるのかもしれない。それでもこの人は、めげずに話していったのだろう。
 おそろしくガッツのある人である。大抵の人が、途中で挫折するだろうに。

 この人、人間が本当に好きなんだなあ。だから、自分達エルフと、大好きな人間を結ぶハーフエルフの存在が放っておけないんだろう。
 何がきっかけで、純粋なエルフであるこの人がこれほどまでに人間を愛するようになったのかは分からないが、その愛は本物だ。
 エルフは長寿。その長い生で、人間の醜悪さなどイヤというほど見てきただろうに、それでも人間を愛し続けられるその精神力。
ユミルの森のエルフたちと、レオナルドさんは本当に同じ種族なのかと疑問を抱いてしまう。ユミルの森のエルフたちは、何と言うか、もろさがあった。閉じた世界にこもり、そこにないものをすべて拒絶し、自分達だけの世界を築いていたエルフと、そこから飛び出して人間の中で精力的に活動するレオナルドさん。

 ユミルの森のエルフたちは、今このダーマにいるはずだが、レオナルドさんや、彼の教え子たちに会うことで、狭い世界から飛び出せればいいと思う。
 場所が変わっても、精神はそうそう変わらない。閉じこもったままだろう。だが、大勢の人とふれあい、一歩踏み出すことができればいいと思う。
 それは人間も同じだ。ハーフエルフを一方的に迫害視するのをやめて、一歩前へ。それだけで、世界は変わる。

 レオナルドさんと会えたことは、本当にいいことだった。アタシにとってもそうだが、特にフィーノにとって。
 フィーノにしてみれば、レオナルドさんの話は、衝撃的だったはずだ。そんな風に思ったことなんて、一度もなかったはずだから。環境が、そういう考えを持つことを許してくれなかっただろうから。
 こんな風に考えている人がいる、それが分かっただけでも、フィーノにとってはプラスじゃないだろうか。

 妹にとってもだ。エルフの考えを一端とはいえ見てしまった妹にとって、同じエルフのレオナルドさんの話はいい刺激になったはずだ。
 世界にはいろんな人がいる。一概に良い悪いとは言えないが、いろんな人が。
 陛下との対面なんて衝撃的だっただろうし、その後も衝撃的な出来事のオンパレード。かなり精神的に負担があっただろう。
 だが、レオナルドさんの話は、今までに見せつけられた衝撃的なものと同じくらいのインパクトがあったと思う。心に負担がかかる様なものでなく、むしろ温かくなる意味で。

「ごちそうさま」
 フィーノはまだ食べかけの夕ご飯を残し、二階に上がっていってしまった。
 声が少し震えていたのは気のせいじゃない。

 今は一人にしてやろう。だが、後でちょっかいをかけにいってやる。
 そして、あいつがさんざん貧乳だと言ってくれたこの胸を貸してやろうじゃないか。
 それくらいするさ。だって、仲間だし。

「貴重なお話、ありがとうございました」
 深々と頭を下げると、レオナルドさんは「頭をあげてください!」と慌てた様子で言った。
「私は自分の考えを話しただけです。そんな風にされることなんて、ありません」
「あの、私からも、ありがとうございます!」
 妹も、興奮した様子で、立ちあがって頭を下げた。
 そんなアタシ達を見て、レオナルドさんは「まいったなあ」と困った様子で言うと、
「あの子は苦労したのでしょうね。そしてあなた達は、それを知っている」
 愛おしげな眼で、アタシ達を見て、二階を見上げた。
「あの子にとって、あなた達の存在はきっと、救いになるでしょう。一緒にいてあげてくださいね」
「当り前です」
「も、もちろんです!」
 アタシ達の力強い言葉に、レオナルドさんは嬉しそうにうなずいた。

「明日はアカデメイアをご案内しますよ。紹介したい人もいますし」
 そのことばに興奮しつつも、夕飯の片付けをしながら、フィーノにどうちょっかいをかけちゃろうかと考えていた。

 なんでもいいが、レオナルドさん基本家事だめなんだね。夕飯作ったのアタシだし、片付けだけでもってやったら皿割るし。
 なんか爺ちゃんを思い出し、懐かしい気分になった。
 ついでに、レオナルドさんはエルフなので、肉類一切なしだった。人間臭くても、やっぱりエルフなんだと実感した瞬間だった。

 さて、甘やかしてやりますか!
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 アデルとフィーノのやり取りを書くのは蛇足な気がしてやめました。こういうのは想像のほうがいい様な気がしまして。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第20話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/06/24 17:26
 さわやかな朝。いつものように早起きして鍛錬。その後朝食の準備。
 レオナルドさんに泊めてもらったのだが、勝手に人様の家の食料を使っていいのかと言われそうなことをする。昨日のうちに許可もらったからオッケー。

 たま~に、白米に味噌汁のご飯が無性に食べたくなることがあるのだが、前世の記憶って奴のせいだと思う。
 残念なことに、その手のご飯はこの世界には基本、ない。あるならジパングではないだろうか。
 ジパングって、昔の日本みたいなところらしいし。鎖国してるらしく、他国との交流はないみたいだけれど。
 何でもいいが、ジパングって『東方見聞録』かと、知った時に内心ツッコミを入れた。この世界にはマルコ・ポーロがいるのかと。
 残念だなあ。本当に。いつか行ってみたいもんである。

 で、結局パンなのである。サラダにスクランブルエッグ。ついでに温かいスープとヨーグルト。
 好きだけどさ。この手の食事も。

 そんなこんなで食事の用意をしていると、二階から誰かが降りてくる音がした。
「おはよー」
「……おはよう」
 降りてきたのはフィーノである。足音で分かってはいたのだが。
 昨日のことがあってなんとなく顔をあわせずらいのか、明後日の方向を向いて、見た目ややむっつりしている。
 ふふふ、愛い奴め。
「昨日はよく眠れた?」
 自分でもなんというか、意地の悪い質問と言うか。だって、あいつが寝るまで、手を握ってあげてて、寝てからもしばらくそのままそうしていたのだから。
「……ああ」
 答えるまでに時間がややかかっているが、やはりこちらを見ない。
 いや、何と言うか、弟みたいでかわいいなあ。
 思いっきり抱きしめてやろうかという衝動を抑えつつ、
「顔、洗ってきな」
 フィーノはそれに言葉は返さず、無言のまま行ってしまった。

 さて、ちょっと間をおいて降りてきたのは妹である。
「姉さん、おはよう!」
「おはよう」
 朝から元気である。非常によろしい。
 と言うか、機嫌がかなりいい。今にも踊りだしそうな上機嫌である。
「姉さん!」
 洗面所に行こうとして足を止め、妹はアタシを特上の笑顔で見た。天使の笑顔である。
「みんな一緒に頑張ろうね!」
 言うや否や、行ってしまった。
 すまん妹よ。唐突過ぎて意味が分からない。昨日のこととかが関係あるんだろうけど。
 妹なりに、色々と考えた言葉なんだろうから、グダグダ考えるのはよそうか。

 最後に降りてきたのはレオナルドさんだが、すごい寝癖。恥ずかしそうに、慌てて洗面所にかけ込んでいった。
 偉人の意外な一面を見た。戻ってき時にはもう治ってたけど。

 ご飯を食べたら、すぐにアカデメイアに行くことになった。
「ぜひ紹介したい人物がいるんです! 私の教え子の一人なんですが、現在アカデメイアで教鞭をとっている人物です」
 よほど自慢の教え子なのか、レオナルドさんはとてもいい笑顔だった。
 この人がそれほど言うんだから、よほど優秀な人なんだろう。今から会うのが楽しみだ。

 そしてレオナルドさんの家を出て、アカデメイアへ向かう途中、レオナルドさんは何度も声をかけられていた。
「おはよう、レオナルドさん!」
「レオナルドさん、欲しがってたもんが手に入ったから、今度よって行ってくれよ!」
「おはようございます! マエストロ・レオナルド!」
「レオナルド先生! おはようございます!」
 老若男女いろんな人から好意的に声をかけられる。レオナルドさんはそれに丁寧に頭を下げたり手を振ったり言葉を返したり。
 ここではかなり人気のある人物らしい。アカデメイアの巨匠、さすがです。

 アカデメイアはダーマの中心からずれた所に在った。てっきり中心にあると思っていたのだが。
 何でも創始者が、「誰もが気兼ねなく来れる開かれた学問の場」を目指し、あえて中心に創らなかったそうな。中心地だとどうしても下町なんかの身分が低かったりする人が来にくかったりすると考えたからだそうな。
 だからアカデメイアがあるのは、そういう上流階級が住む所からは離れたところにあるそうである。

 で、あっさりアカデメイアに到着した。
 感動。
 ついてそうそうなんだと思われそうだが、アカデメイアの入り口である門をくぐり抜け、広い敷地に様々な建物があり、多くの人々が行きかう光景は、「アタシはアカデメイアに来たんだ!」というこの上ない感動をもたらしたのだ。
 行きかう人々は本を手に持つ人、談笑する人たち、アカデメイアの教師だと思われる年配の方々など、実にバラエティに富んでいた。
 この人たちみんな、ここで学んだり教えたりしてるんだ! 本当に感動!

「姉さん? 姉さん!」
「おいこら! 意識飛ばすな戻って来い!」
 妹に揺さぶられ、フィーノに手を引っ張られて、アタシは夢から覚めたような心地になった。
 あ、シグルドの奴ため息ついてやがる。いいじゃないか、アタシは今、憧れの地にいるのだから。

「お前いい加減にしろよ! 何でそんなんなるんだよ!」
「アカデメイアにいるから」
 そうとしか言いようがない。
 アタシの答えに、フィーノは一瞬言葉に詰まり、深々とため息をついた。なんか失礼な。
 まあ、元気でいいか。いつものフィーノのようだし。変に気を使うのはかえって失礼。アタシは自分の思うようにやる!
「ここがどれだけ偉大な場所か分かってるのか? 世界の頭脳の集結するところだぞ!」
「黙れ! この学問バカ!」
「何とでも言え!」
 むしろ誇らしいわ!

 なんやかんやありつつも、レオナルドさんの案内で、アタシ達は今、レオナルドさんが紹介したいと言っていた人物のところに向かっている。
 そんな時、
「あれがこのアカデメイアが誇る大図書館ですよ」
 レオナルドさんが指さした先、ひときわ大きな建物が目に入った。
「行くな!」
 がしっと、フィーノに手を掴まれ、アタシはふらふらと図書館へ向かおうとしていたことに気付いた。
 しまった! 無意識のうちに体が動いたか!
「恐るべき、図書館の魅力……!」
「お前だけだよ」
 フィーノのツッコミが胸に痛いぜ。

「姉さん、楽しそうだね」
「心の底から」
 何でか若干体を引いている妹が、何でか乾いた笑みをうかべて何故か疲れた口調で言った。
「疲れてる? どっか体悪いの?」
「大丈夫」
 妹は笑顔でそういうが、小さな声で「疲れてるけど」と付け足した。聞こえないように言ったようだが、バッチリ聞こえている。
 何で疲れてるんだろう? 何かしたっけ? 歩いたくらいで疲れるような、やわな体力してないはずだけど。

「ははは、気持ちは分かりますよ、アデルさん。
 すぐそこに知識の宝庫があり、それを思う存分読み漁りたいという想い。私も、寝食忘れて何日も図書館にこもり、死にそうになっていたところを学生に助けられたことがあります」
 あそこ司書さんもめったに来ないところなんですよねえ。学生が来てくれてなかったら今頃死んでますよと、笑顔で話すレオナルドさんに、妹とフィーノは変な生き物を見るような目を向ける。シグルドにいたっては、「気をつけないと……!」などと言ってるんだが、シグルドよ、何を気をつけるんだ。

 アタシも爺ちゃんによく怒られた。夜遅くまで本を読み、寝ているかどうかを見に来た爺ちゃんに本を取り上げられ、枕をぬらしたことが何度あったか。
 きっとアタシとこの人、同類なんだろうな。
 無言でお互い見つめ合い、ただ熱く握手を交わした。お互いを同類だと認識し、心から認めあった瞬間だった。

「変な目で見られてるよ!」
「さっさと行くぞ!」
 妹がレオナルドさんを、フィーノがアタシを引っ張りアタシ達を引き離した後、アタシ達は再び歩き始めた。

 やがてある建物に入る。煉瓦造りの、年季の入った建物だった。
 中もそれなりにくすんでおり、建てられてからそれなりの年月がたっていることが分かる。
「ここの二階に彼がいるんですよ」
 案内板を見たら、ここは教授、助教授、講師などの部屋がある建物らしい。レオナルドさんの名前も、二階のところに会ったから、この人のここの部屋も二階にあるんだろう。
 扉の間隔からして、一部屋がそれなりの広さを持っているようだ。

 二階に上がり、それなりに歩いて、レオナルドさんは一つの部屋の前で止まった。
 そこのネームプレートを見て、アタシは固まった。
 そんなアタシに気付いていないのか、レオナルドさんはドアをノックしている。妹やフィーノにいぶかしげな眼で見られ、シグルドに「どうかしたのか?」と聞かれても、この驚愕の前にはなんの力もないだろう。

 落ちつけ、落ち着くんだ自分! あれはただ、同じ名前なだけだ! 同姓同名の別人だ! 別に珍しい名前でもないだろう!
 そんなアタシの心の声に反応するように、ドアが開く。

「やあ、クラース。今日はお客様を連れて来たよ。ぜひ君に会ってもらいたくて」
 クラース、と呼ばれた人物は、ふうんと興味深そうに声を出し、
「あなたがそう言われるのなら、よほどの人物とお見受けする」
 その声は、以前聞いたことのあるものだった。
 どこで? ゲームで。

 レオナルドさんがアタシ達を中へ入るように促す。
 入った部屋は本がびっしりあって、何かのメモが散らかっていた。
「初めまして」
 間違いなくハンサムと言っていい顔立ち。これなら、間違いなく女性が引く手あまただろう。だが体中にペイントを施し、手首足首そして腰に鳴子を結わえた奇妙ないで立ちが、それを台無しにしている。

 何この特徴的すぎる特徴! こんな人そうそういない! と言うか、この人間違いなくとあるゲームで見たことあるんですが!
 アタシの心の声などお構いなしに、彼は名乗った。

「私の名はクラース・F・レスター。アカデメイアで助教授の立場にあるものだ」

 テイルズ・オブ・ファンタジア。テイルズシリーズの第一作目の傑作。
 その主要登場人物でパーティメンバーの一人が、目の前にいた。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 驚いたこと。
 このssが、これで四十話になったこと。
 もうすぐ書き始めて一年になること。

 みなさんのおかげです! 読んでくださった方、意見を下さった方、応援してくださった方、そして管理人様に、心から感謝を。
 ありがとうございます。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第21話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/18 00:11
 注意!
 この話には、何やら考察っぽいものが書いてありますが、あくまでも「ぽいもの」であり、根拠のまったくない勝手なねつ造です。
 また、その考察っぽいものに大げさな表現をしていますが、話の流れってことで勘弁してください。
 お気を悪くなさらないで、「こんなこと書いてら~」って感じで流してください。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 この世界はドラクエの世界であると思う。少なくとも、その要素が強い世界である。
 だが、天術はテイルズシリーズのものであり、テイルズのキャラにそっくりな人物とも知り合いである。
 つまり、クラース・F・レスターがいたとしても、別に不思議ではないのである。
 クラースさんが入れてくれた紅茶を飲みつつ、そんな事を考えていた。

「ずいぶんと若い娘さん達じゃないか」
「そうだろう? でも、だからと言って甘く見てはいけないよ?
 彼女のおかげで行き詰っていたザオラルの術式考察が進みそうなんだ。
 それに、知恵比べをしてみたんだけどね、見事にしてやられてしまったよ」
「あの術の研究が? あなたでも数年間考えてなかなか進まなかったのに?
 それに知恵比べであなたにそこまで言わせるとは」

 レオナルドさんとクラースさんは、茶を飲みつつそんな話をしている。
 自己紹介はさっさと終わらせたのだが、自分達の世界に入り込んでしまって、アタシ達は現在カヤの外である。

「本がいっぱいだね」
 二人の会話の邪魔にならないようにか、妹が声を落として言った。
 妹にしてみれば、一つの部屋の壁が本で埋まっていて、さらに床にも積まれている光景というのは奇妙な光景なのだろう。
「学者だからね」
「学者って、分かんねえ」
 フィーノの呆れた声が妙に耳に入ってくる。
「そんなもんでしょ。他の職業の人だって、色々あるだろうし」
 学者だけが変な人、みたいに思われるのは心外である。学者は変人ではない。探究者だ。
 偏屈と言われている頑固一徹の職人さんだって、自分の仕事に真摯なだけだろうし。
 ……偏見って、恐ろしい。

「あの」
 二人の会話が途切れた時、妹が声をかけた。
「いや、申し訳ない」
 クラースさんが頭を下げる。レオナルドさんも、申し訳なさそうに頭を下げた。
「つい先生に会って舞い上がってしまって。ないがしろにしてしまったようだ」
「いえいえ、お気になさらず」
 実際、アタシは気にしていない。妹とフィーノは分からないが。

「質問、よろしいですか?」
「ああ、答えられることなら答えよう」
「クラースさんは、何を研究してらっしゃるんですか?」

 テイルズ・オブ・ファンタジアにおいて、クラース・F・レスターはエルフ、ハーフエルフしか魔術が使えない現状を打破しようと、精霊召喚の理論を独自に研究していた。しかもそれがしっかり実用化できていたことから、彼の才能と努力がうかがえた。
 しかし、ここのクラースさんとゲームの中の彼とでは無論違う。世界も違う。この世界では人間には魔法があり、天術とは形態が違えどそれなりの力を努力すれば得られる世界だ。
 では、ここでいったいクラースさんが何を研究しているのか、非常に気になるのである。
 しかも、レオナルドさんのお墨付き。先程の説明では、アカデメイアを首席で卒業し、そのままアカデメイアに残り研究を続け、その実績が認められて若くして助教授になったのだとか。

「ああ、私の研究対象か」
「はい。レオナルド・ダ・ヴィンチお墨付きの学者の研究です。当然、気になるでしょう?」
 アタシの言葉に、クラースさんはのどを鳴らしてくっくっく、と笑った。
「よほどの学問バカだな。気に入った」
 そう言うと、紅茶を一口、気を落ち着かせるように飲むと、
「そう言うなら、お前の魔法考察か何かを聞かせてみろ」
「え? アタシはそこまでは……」
「何かあるだろう? 魔法に対する疑問でも構わん。
 お前が何か言わないなら、私も何も言わんぞ」
 そう言ってシニカルな笑みをうかべた。
 試されてるよ。よほどこの人の興味をひいてしまったらしい。
 まいったなあ。理論を教えてもらってはいるけども、自分で研究するには至っていないのだ。いつかしたいとは思っていたが、刀の修業から旅に出るための準備まで、色々することがあったため、そこにまでいっていない。
 とは言え、ここで黙っているわけにもいかないようだ。何でもいいというならと、アタシは口を開いた。

「『ラナルータ』という魔法がありますが」
「ああ、昼夜逆転魔法だな。今は失われた古代呪文らしいが、本当にそんなモノがあったかどうか、今でも論争が絶えないな」
「疑問に思ったことがあります。
 例えば、昼にラナルータを使ったとして、当然夜になるわけですが、洗濯物を干していていきなり夜になってしまったりするということでしょうか? 夜寝ている時にラナルータを使われると、いきなり昼になっていると?」
「呪文の性質上、そうなるかもしれん」
「それだと時間の概念、季節の移り変わりなどといったことが問題になってきそうなものですが。夜がわずか一時間で終わり、昼はその分長くなるとでも? それとも、昼の長さはそのままですか? それだと草花の成長、野生動物の生態のみならず、人間の生活そのものが壊れますよ」
「ふむ? そうかな?」
「人間は呪文を使われたことを察知してそれなりの対応をとればいい、と思われそうですが、他はそうもいきません。
 植物に影響が出るということはそれを口にするすべてのものにも影響し、動物もまたしかり。人間の生活はどうしてもそれらに頼っているのですから、自分達が呪文に合わせても、立ち行かなくなります。
 こう考えると、ある種の自滅呪文ですよ」
「なるほど、確かに」

 アタシの話を聞いているクラースさんは、非常に楽しそうである。レオナルドさんもしかり。
 妹は必死に考えているらしく頭に手をやって目をさまよわせているし、フィーノは考えるのを放棄したらしくつまらなそうに片肘をついて退屈そうだ。

「でもそれ以前に、ラナルータを使えば昼夜が逆転するということは、太陽の動きにもかかわってくるはずです。
 いかに魔法とは言え、天体の運行を変えられるものでしょうか? それはもはや魔法ではなく、奇跡では?」
「さて、どうかな?」
「太陽は東から昇り西に沈む。これは昔から変わりのない事実。ラナルータを使うことによってその動きを早くするということでしょうか?
 考えたのは、ラナルータが時間を操作しているのではないかということです」
「それこそ奇跡だろう?」
「無論、その通りです。ですが、天体の運行速度を変えるのと、時間を操作すること、困難なのはどちらも同じ。なら、時間操作のほうが可能性があると思ったんです。
 昼から夜に、夜から昼に、時間を動かして昼夜を逆転させているのでは? ラナルータとは一定の時間を動かす時間操作呪文なのではと考えました」

 アタシの言葉に、考え込むクラースさんとレオナルドさん。そして必死に考えているがちょっと分からないのか唸る妹に、「もうやめとけよ」と声をかけるフィーノ。

「時間操作なら、太陽の動き、時間概念の矛盾、動植物への影響は特にないでしょう。この呪文、おそらく術者以外のすべての時間を動かすんです。
いや、逆ですね。術者を時間の流れからいったん外に出して、一定の時間が過ぎてから元に戻す。これなら、術者以外に問題は起きない、世界に矛盾が起こらないでしょう。
 時間に関しては、ロマリアのノアニールの例があります。人間の時間を止めてしまう呪い。エルフがそれを可能とするならば、エルフの術の模倣である魔法がそれを可能としていても不思議ではないはず」
「確かに」
「これでもまだ疑問は残ります。
 時間の流れから出して一定時間が過ぎてから元に戻すということは、その術者はその間、時間から取り残されるということ。世界が半日の時間を経過させている間、その術者の半日分の時間はどうなるのか? 時間の流れに戻ってきた時に一気に半日分の時間が体の中で流れるのか、それともその分の時間経過は術者にはないのか。
 どちらもはっきり言っておかしい現象です。ありえない。特に前者。一瞬で半日分の時間が流れるなんてことはあり得ないし、それはおそらく人間の体も精神も耐えられない。
 あり得ないことであろうとも、可能性があるなら後者の半日分の時間経過はなかったことにされる、でしょうか。
 ですがその場合、その術者は半日分時間が経っていない、老化していないということになります。寿命が延びてしまうのです。一日に満たないとはいえ。
 仮にラナルータを連続で使っていたら? その術者は人間の寿命をはるかに超える時間を生きることすら可能となるでしょう。
 もしかしたら、ラナルータとは本来そのような使い方をされていた可能性もあります」

 一気に話して疲れたアタシは、紅茶を飲んで一息ついて、
「えっと、こんなもんでいいでしょうか?」
 恐る恐る、窺うように尋ねた。だって怖いもん。向こうはどっぷり魔法学に浸った魔法学のプロ。アタシのこの考えは素人考え、嘲笑されても仕方がない。
 笑われるのもバカにされるのも仕方がないとは思うのだが、それでもそんなことになったらショック受けるぞ。泣くぞ。

 沈黙。ひたすらに沈黙。クラースさんとレオナルドさんは顔を見合わせ、一言も発しない。二人とも無表情。
 やがて、クラースさんの肩が震えた。
 ああ、笑っているのだと理解するのにしばらくかかった。
 やっぱり笑われるのか、そう思った瞬間。
 クラースさんが大笑いしだした。それにつられるように、レオナルドさんも大笑い。
 まさに爆笑。

 やっぱりこうなるんだああああああ!
 言わなきゃよかった! いらない恥さらした! 穴があったら入りたい!

 妹に抱きつきたい衝動にかられつつも、アタシは黙って二人を見ていた。
 すると、
「なんなんですか! あなた達は!
 姉さんは一生懸命話したんですよ! それを笑うなんて最低です!」
 妹が顔を真っ赤に染め、机をダンッと拳で叩いた。

 すると、二人は笑いをピタリと止め、
「違う違う! バカにしているわけじゃない!」
 クラースさんが笑顔でそう言うや、
「あまりにも斬新な理論だったので、嬉しくて笑わずにはいられなかったんだ!」
 レオナルドさんもそう言ってまた笑いの発作を止めるように口元に手をやった。

 えっと……。
「アタシ、あの考え……」
 あの考えがプロに受け入れられるものだったのかと聞きたかったのだが、それを言う前に、
「あれは素晴らしい考えだと思うよ! ぜひ研究してきちんとした形にして、学会に発表しなさい! いくらでも手伝うから!」
「久しぶりにいい話を聞いた。研究が行き詰っていてな、ちょっと最近イライラしていたんだ。だが、おかげでまた頑張れそうだ」
 二人して笑顔でそう言ってきた。

 ええー? ちょ、なんて言うか、めっちゃ嬉しい。
 プロに絶賛されてしまった。素人考えなのに。
 いやいや、舞い上がるな。アタシはきちんと研究の訓練をしたわけじゃない。アカデメイアのようなところで、理論の訓練はしていないのだ。素人にしては上出来、程度の感覚で言ってるんだ。

「ああ、姉さんがバカにされたわけじゃないんだ」
 ほっとしたようにそう言うや、怒鳴ってすいませんでしたと謝る妹。二人は悪かったのはこっちだった、いきなり笑って申し訳なかったと、本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
「いいんです。ありがとうございます」
 笑われた時はショックだったが、さっきの言葉でそんなモノは吹き飛んだ。
 将来は思う存分研究するんだと決めているアタシにとって、いい励みになった。

「分かんねえ」
 拗ねたように言うフィーノに、
「私もだよ」
 フィーノを慰めるように言う妹。
 二人はしばし見つめ合うと、力強く握手を交わした。
 なんだか知らないが、妹とフィーノの間に、ある種の絆が結ばれたようである。

 なんだかんだ言って、自分の考えを人に言うのは楽しいし。さっきも結構楽しかった。
 まあ、とりあえずノルマはクリアしたと考えていいだろう。
 アタシは、クラースさんの話を楽しみに待つことにした。

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 最初の注意で書いてあった通り、この話の考察っぽいものはあくまでも勝手な自己解釈的なこじつけです。穴はいくらでもあります。
 こいつ馬鹿だなあ、という感じで、生ぬるい目で見てやってください。

 クラースさんは以前「出してほしい」と感想で書かれていたのと、作者がアデルと会わせて魔法談義させてみたいという願望からゲスト出演です。
 次回はクラースさんのターン。(おそらく)



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第22話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/18 00:10
 注意!
 今回も理論っぽいものを書いていますが、もどきですのでご了承ください。
 勝手なねつ造ですので。
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「さて、私の研究対象だが」
 ノルマを無事(?)終え、今度こそクラースさんの話になった。
 長かったように感じるが、実際そんな事もなく。
 どんなことを聞けるのかと、アタシはワクワクしていた。

「人間が天術を使えるようになる方法だ」
 ほう?
「何言ってんだ? 人間は天術が使えねえから魔法があるんじゃねえか」
「もっともだフィーノ君。君の言うことは正しい。
 だがね、人間の探求心をなめてはいけない。不可能と誰が決めた? 天術を求めて生まれたのが魔法であり、それは人間の可能性を証明した。
 だが、それが人間の限界か? そこまでしかいけないと誰が決めた? 天術を人間が求めるのか無謀かね?
 私はそうは思わない。可能性があるなら突き進むまでだ。なぜなら、それが人間だからだ」
 そう語るクラースさんの目は真剣そのもの。世界の一端の探求者たる己に誇りを持つ者の目だった。

 おお、かっこいいぜクラースさん! 愚直だが、それ故にこそ光る意思がある。

「出来そうなんですか?」
 ストレートだな妹よ。
 妹にしてみれば、さほど魔法に苦労したこともなく、天術の必要性も特に感じてなどいないだろう。魔法があり、それで基本的に世間は満足しているのだから、クラースさんの研究はピンとこないのかもしれない。
 実際、妹は最近まで天術の存在すら知らなかったのだし。

 だが、探究心というものは、そんなものでは時に計り切れないものがある。
 世間の実情、要請にこたえて学問が生まれる場合もあれば、純粋に好奇心で生まれる場合もある。そんなモノが何の役に立つの? というような学問というのは、結構あったりするものだ。
 それでも学問がすたれないのは、それに心惹かれる人間がいるからである。人間とは求める生き物、それが物であれ知識であれ何であれ。
 そもそも、生きていく上で必要のない学問などこの世にあふれているのだ。数学とかもそれの一つかもしれない。円周率の計算を延々とやって、だれが得をするかということである。それでもそこに行こうとする人はいるのだから、人間って不思議である。

「何とも言えないな」
「不可能とも、可能とも言えないと?」
「ある程度の可能性は見えてはいるものの、行き詰っていてな。
 ふむ、順を追って説明しなければな」
 そういうや、紅茶を一口飲み、一息入れて、クラースさんは語り始めた。

「そもそも、何故魔法が使えると思うかね?」
「え? 何故って……」
 妹が言葉に詰まった。そりゃそうだろう、今までそんなこと考えたこともないだろうし。
 妹にとって魔法は手段、道具でしかなく、それを改めて考える必要などなかった。使えればよかったのだ。何故使えるかなど関係ない。

「天術も魔法も、マナを介して引き起こされるんだろ? 世界にマナがあるから、じゃねえの?」
 何を当たり前なことを、という口調で言うフィーノ。ハーフエルフであるフィーノにしてみれば、この程度のことは当たり前、ということか。
 だが、甘いなフィーノよ。世界にマナがあるだけでは魔法が使える理由にはならん。

「世界に在るマナに介入するシステムが、魔法や天術を使える者に備わっているからですか」
「その通り」
 アタシの答えに満足したか、クラースさんはにやりと笑いながら続ける。

「フィーノ君の言葉は正しい、しかし足りない。アデル君の言う通り、それに介入する力がなければ、いかに世界にマナが満ちていようとどうしようもない」
「エルフも、人間も、世界のマナに介入する能力があるから魔法等が使える、ということですね。モンスターにも、魔法が使える奴はいますから、多分そいつらにも。
 逆に、魔法が使えない人とかには、それが備わっていないということですか」
「いいところをついているが、少し違う」
 そう言うクラースさんは非常に楽しそうだ。

「人間には基本的にその力が備わっている。仮にそれを魔法を使うための装置としておこうか。
 装置は誰もが持っていて、それがちゃんと機能しているかどうかの違いだよ。装置が万全で、性能がいいほど魔法の威力などが上がる。
 逆に何らかの不備があると、魔法は使えない。マナに介入する回路、魔法を起動する回路、人によって不備のある場所は違う。まあ、魔法が使えない人間にとってはどこの不備であろうと同じなんだろうがね」
「魔法の得意不得意というのは、その装置の性能の差ですか?」
 アタシの質問に、クラースさんは深く頷いて「その通り」と言った。
「回路にも色々ある。ホイミ系の回路、メラ系の回路。何が機能しているかによって、その人物がどんな魔法が使えて、またどんな魔法が得意かが違ってくる」
「魔法のランクなどは? ホイミ系にも、ホイミ、ベホイミ、ベホマなどといった同系統内でのランクがあるわけですが。
 ホイミ系の中でさらに回路が分かれているということですか?」
「その通りだ! いいところに気がついたな。
 仮にホイミ系の回路が機能していても、ホイミ系のすべての魔法が使えるわけではない。装置は複雑でな。ベホイミまでしか使えない人間は、それ以上のランクの魔法の回路がない、あるいは何らかの不備があると考えていい」
「でも、ホイミで標準的なベホイミレベルの回復力を誇る人もいると聞きますが?」
「ホイミの回路が高性能だということだ。ベホイミの回路までしかなくても、存在する回路が高性能ならその性能に合わせた威力を発揮できる」
「なるほど」
 クラースさんの話だと、魔法がてんでダメだったアタシはその装置とやらがポンコツだったんだろう。マナに介入する機能は生きていたようだが。

「わかる?」
「無理だ」

「エルフも同じだ。装置を持ち、それによって使える天術も異なってくる。エルフとて、全てのエルフが全ての天術を使いこなせるわけではないからな」
「エルフの装置と人間の装置は、基本的に別物なんですね? だから基本的に人間は天術が使えない。天術の回路がその装置にはないから」
「そうなる。基本的に、天術を使えるのはエルフだけだ。天術の装置を持つのはエルフだけだからな。
 例外はいるが」
「ハーフエルフですか」
「そう、ハーフエルフは天術の装置を持っている。だが、ハーフエルフの中にも天術が使えない者もいる。全てのハーフエルフが天術の装置を持っているわけではない」
カンダタだな。あいつ、天術苦手だったし。
「魔法を使うハーフエルフもいる。その場合、動いているのは魔法の装置であるということだ。
 だが昔、天術と魔法、両方を使いこなしたハーフエルフもいたという」
「両方の装置を持っていたわけですか」
「両種族の特性を見事に併せ持った結果だな。滅多にないことだが。基本的にハーフエルフは天術を使える者のほうが多い」
「ハーフエルフは両種族の血を引いているため、基本的に装置は両方持っている、と。でも、その装置が二つとも働いていることは滅多になく、そして二つが合わさった時動くのは基本的に天術の装置であるということですか」
「そうだ。このことから、天術を使えるのはエルフの血をひいている者にしか無理だと言われてきた」
 まあ、アタシはエルフの血なんか引いていないにもかかわらず天術を使える稀有な例である。シグルドという反則で。

「このクッキーおいしいね」
「紅茶も美味えよ」

「そこで考えたのが、その天術の装置を人工的に作れないかということだ」
「天術の装置の外付け、ですか」
「そうだ、持っていないなら持てばいい。
 だが、言うは易しというやつでな、そもそも装置と一言で言っても、実際はかなり複雑な仕組みとなっている。魔法を使う器官が人間に見える形であるわけではないからな、これの完全な解明が必要だ。
 まあ、9割方理論は完成しているのでな、あと一息だ」
「もしかして、その体のペイントとかって」
「人工的な装置がどのような形になるか、色々と試している。これはその一環だ」
 もしかして、ソーディアンって、その装置の外付けになるんじゃ。ソーディアンに天術の装置が組み込まれていて、それによって使い手は天術を使える。マスターに選ばれないといけないっていうのは、その装置との相性なんかもあるのかも。
『言っておくがマスター。私はサンプルになるつもりはないぞ』
 ちいっ、気づかれたか。

「実はな、この件に関して、ポルトガの王立研究所のヒューゴ・ジルクリスト氏に協力を要請している」
「え? ポルトガの宮廷魔道師の?」
「そう、位こそ宮廷魔道師だが、彼は基本学者だからな。彼の研究している古代の武器というのが、私の研究において役に立つかもしれないんだ」
「ソーディアンですか」
 以前、本人から直接聞いたのである。古代の武器と聞いて、まさかとは思っていたのだが、本当にソーディアンだった時は「やっぱりか!」と内心ツッコミを入れた。
 アタシがソーディアンを知っていることが意外だったのか、クラースさんは驚いた顔をした。
「知っていたのか」
「知り合いでして」
 その息子の天才剣士を介して。
「それはいい。ヒューゴ氏にいい土産話ができた」
 機嫌良くそう言うや、クラースさんは紅茶を飲みほした。

「君はアカデメイアに入る気があるのか? 君のような優秀な人材なら大歓迎だが」
「アタシは今旅をしていまして。でも、しばらくここにとどまろうと思っています。
 妹に勉強を教えたいし」
 横からかなりイヤそうな声で「え?」って聞こえた気がしたんだが、気のせいだろうか?
 横を見ると、妹が泣きそうな顔をしていて、それをフィーノが「元気出せよ。オレはお前の味方だよ」とか言ってクッキーを渡している。
 何この二人の反応?
「フィーノもね」
 アタシの言葉に、フィーノまでもが嫌そうな顔をした。
 なんなんだこの反応。二人して失礼な。
「勉強は大事です。しっかり教えるからね」
 だから、二人して抗議の視線を飛ばしてくるな。何でそんなにイヤなんだ。

「まあ、勉強できる間にしておいた方がいいぞ。後から悔いても遅いんだからな。
 君たちは若いんだから、チャンスだと思ってしっかりやりたまえ」
「ははは、クラースの言う通りさ。知識というものはあっても損はしないからね。
 だまされたと思って」
「こいつのスパルタを知らねえから」
 何やらフィーノがブツブツ言っているようだが、何か文句があるのか? めっちゃ睨みつけてきてるんですが。

 その後ちょろっと話をして、その場を後にした。
 クラースさんが妙にやる気を出して、今から研究の続きをしたいと言ったので、邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
 レオナルドさんはしばらく中を回ってから、最後に図書館も案内してくれるという。

 いい話を聞いたし、充実した時間だった。
 スキップでもしたい気分だったのだが、
「逃げらんねえかな」
「諦めも肝心だよ、フィーノ君」
 後ろの二人の雰囲気がめちゃくちゃ暗い。
 そんなに勉強がイヤか?

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 こういうの考えるのが妙に好きです。
 時間について母親とちょっと話をしてみたりしたことがありますが、以前その母親に言われたことがあります。
「あんたの話は難しい」
 小学生のころから、
「宇宙ってどうなっているんだろう? その外側には何があるんだろう?」
 とか考えていた人に言われたくないですな。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第23話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/19 21:01
 いよいよ、アカデメイアが誇る大図書館に行くことになった。
 いやあ、ワクワクするなあ。心が踊るというか。
 あそこの司書さん達は優秀でとか、熱心な学生は毎日通ってるとかの話をレオナルドさんから聞きつつ、アタシ達はゆっくり歩く。
 なぜか妹とフィーノが会話に参加しないんだけれども。基本的に勉強からは縁遠かったから、この手の話には興味がないんだろう。

 そして、ある建物の前で、レオナルドさんが足をとめた。アタシ達もそれに合わせて止まる。
「ここが大図書館です」
 指差す先、石造りのしっかりした重厚な建物が、アタシ達の目の前にあった。
「ここがですか!」
 興奮を抑えきれず、今すぐ中に入りたいのをこらえ、それでも体は中に入ろうとする。
 抑えろ我が体よ! もうすぐだから!

「思ったよりデケエな」
 フィーノが呆れた口調で言う。表情はげんなりというのがしっくり来る。
「この中に本がたくさんあるんですか? 読み切れない……」
 妹が唖然とした様子で、建物を見やる。
「読み切れないのは当然。人生において読める本など、この世に存在する本の千分の一も、いや万分の一もないものです。本との出会いは一期一会。だからこそ、本と出会えるのはとても素敵なことなのですよ」
 温かな微笑みをうかべながら言うレオナルドさんの言葉に、アタシは納得した。
 人間の一生など大した長さじゃない。その中で何を読み、何を読まないか。それを決めるのは自分ではあるが、中には意図せずして出会う本というのもある。それが人生にものすごく影響を与えたりすることすらあったり、あるいはそれだけで終わってしまったり。
 レオナルドさんはエルフだから人間より多くの本と出会えるだろうが、アタシはそうはいかない。だからこそ、本をきちんと選びたいし、飛び込んで来てくれる本とは仲良くしたいと思うものだ。

「大袈裟じゃねえ?」
「そうかもしれませんね」
 フィーノの言葉にレオナルドさんは穏やかに返した。
 まあ、本好きの人と、そうでない人の認識の違いなどあって当然。本でなくても、骨董品だったり、あるいはアイドルグループの熱狂的なファンだったり。人それぞれ。そんなもんだ。

「でも、そういうのって、素敵ですね。私、今まであんまり本とか読んでなかったから、ちょっと分からないですけど」
「分からなくていいんですよ。分かっているから偉いのではありません。でも、そうですね。分かるにこしたことはないのかもしれません。
 知識というのはね、普段は役に立たないことも往々にしてあるんですよ。でも、知っていること自体は無駄じゃないし、もしかしたら役立つかもしれない。知識を蓄えるということを、あまり難しく考えてはいけません。自然体でいいんです」
 レオナルドさんの言葉は、アタシの心にストライクをどんどん叩きだす。いいこと言いますね、さすがです。

 さて、いよいよ図書館に突入だー! という時。
「あれえ? レオナルド先生じゃないですか!」
 なんだかナンパな感じのする男の声が聞こえた。
 誰だ! せっかくの突入を邪魔した曲者は! 叩っ切るぞこの野郎!

「おや、ゼロス。来ていたのですか」
「うん、まあねー。俺様、課題がまだ終わってなくてさー」
 レオナルドさんと親しげに話していることや、内容から察するに、アカデメイアの学生なんだろうけど。

 赤い長髪で、ちょっと露出が多くて、でも着ている物はかなり高価で、おまけに女性を数人侍らせている男。しかも名前がゼロス。
 もしかしなくても、テイルズ・オブ・シンフォニアのパーティーキャラ、ゼロス・ワイルダーっぽい人だったりしますか?

 ゼロスが侍らせている女性の何人かが、アタシを見て勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。うわ腹立つ。
 上流階級のお嬢様方らしく、身のこなしは上品で、身につけている物も一級品ばかり。
 アタシは旅をする際の機能性や戦いの際の機動性を重視した服。決して貧相な恰好などではない、むしろ旅のためにわりと上等なものを買ってはいるが、それでもあの華やかさに立ち向かえるわけではない。
 いや、別に劣等感を感じたりしているわけではない。住む世界がもともと違うし、アタシはあくまでも旅と戦闘を重視しているのだから、同じ目線でという方が無理なのだ。
 が、向こうは明らかな悪意を持って、こちらをバカにしているのである。かなり気分が悪い。

 こういう人種は相手するだけ無駄である。アタシは気付かぬふりでレオナルドさんの話が終わるのを待つ。
 フィーノは明らかに暇そうにあくびなんかするし、妹はあのお嬢様達からの視線に戸惑っている。フィーノは国王直属の部隊に所属していて、場合によっては貴族を相手にすることもあっただろうから慣れているのかもしれない。だが妹にとって上流階級の人種自体は接触したことがあっても、あのような対応をされたことはないはず。
 アタシとしては、貴族の位こそ持ってはいないものの、宮廷魔道師の位にある人物の息子やら、上位の騎士の息子なんぞと知り合っているもんだから、ひるみはしない。

 ゼロスはレオナルドさんとの会話が終わったのか、今度はこちらを向いて笑顔で、
「初めまして~。俺様、ゼロス・ワイルダーっていうの。よろしく~」
 訂正、妹の方を向いて、右手を差し出した。
 こういうのって、無意識で出るからね。アタシと妹、比べればどっちを取るかということ。
「えっと、よ、よろしくお願いします」
 戸惑いながらもしっかり握手する妹。それに満足したか、ゼロスは満面の笑みで手を下した。
「よろしく~」
 こちらにもしっかり愛想は振りまいてくる。アタシは「どうも」とだけ返しておいた。

「神子様ぁ、そんな貧乏人なんか放っておいて、早く行きましょう?」
「そうですよう。レオナルド先生にはあいさつしたんだから、もういいじゃないですか」
 口々にお嬢様方はゼロスに自分達をアピールする。
 そんな中、気になる言葉があった。神子。そうか、ゼロスが神子なのか。シンフォニアと同じだ。

「姉さん、ミコッて何?」
 こっそりと聞いてくる妹。だが、あいにくお嬢様方には聞こえてしまったようで、彼女らは優雅に、しかし馬鹿にしきった笑いを発した。
「まあ、聞きまして? 神子様を知らないなんて、どこの田舎者かしら?」
「無教養にもほどがありますわ」
「近寄らないで下さる? 貧乏が移りますわ」
 このやろ、言いたい放題。これが上流階級の人間かよ、下品にもほどがあるだろ。

「申し訳ありません。浅学ゆえ、無礼をいたしました」
 余計ないざこざは勘弁である。ということで、とりあえず無難な選択をしてみる。
 が、甘く見るなかれ。左利きツンデレ坊ちゃんに、いざという時のために上流階級のマナーは仕込まれている! 今アタシは、この上なく完璧な仕草で頭を下げたのである。
 分かる人には分かるちょっとしたこと。実際、今までうるさかったお嬢様方が黙った。
 今までバカにしていた人間が、この上なく優雅で完璧な礼をとったというのは、自分達が上流階級であるということにプライドを持っている彼女らにはさぞ効いたことだろう。

「まあまあ、そんなにお互いトゲトゲしないでさ~。
 どこから来たの?」
「アリアハンです」
 にこやかに尋ねて来るゼロスに、アタシも同じくにこやかにこたえる。ここで不愛想な対応をしたら、お嬢様方がうるさいだろうし。
「アリアハンかあ。あそこはマーテル教はあんまり浸透してないんだっけ」
 納得したようにうなずくゼロスと、アリアハンと聞き、田舎だとバカにするような目を向けて来るお嬢様方。

 さて、気になった言葉が出てきたと思われるが、そう、ここには何とマーテル教があるのだ。
 本当にシンフォニアかと、ツッコミを入れたいところだが、事実なので仕方がない。
「マーテル教、ですか?」
「王都の隅っこに、ちっちゃい教会あったでしょ?」
 マーテル教になじみのない妹はピンとこなかったようだが、アタシの言葉に「そういえば……」と思い出したらしく、納得した顔をした。

「本当にアリアハンでのマーテル教の地位って低いんだね~」
 特に怒った様子も、呆れた様子も、バカにした様子もなく自然体でいうゼロス。お嬢様方は呆れ切って声も出ない、という演出をしてこちらをバカにしてくる。
 妹はお嬢様方の視線におびえて縮こまってしまっている。誰だってあの視線は不愉快だし、こういうことに免疫のない妹にはさぞこたえるだろう。
「アリアハンは主神ミトラ信仰ですから」
 マーテル教より古い信仰である。もともとはこちらの信仰が、この大陸でも広まっていた。それが今では、この大陸全土にマーテル教が広まっているのである。
 言ってしまえば、風土の違いというやつである。マーテル教を知らないからと言って田舎者扱いされるいわれはない。むしろ、こちらがアリアハン出身だと言った時点でそういうことには気づいて然るべきである。
 そんなことも分からないのか、という思いを乗せてお嬢様方を見やる。
 バカにされている、ということは分かるらしく、お嬢様方は悔しそうな顔でこちらを睨んでくる。ゼロスには見えないように。
 はん! 人をバカにするからこういう目に遭うのである。

「んじゃ、俺様はこれで失礼するぜ。またね~、ハニー達」
 若干きざな身振りで去っていくゼロスと、それを追うお嬢様方。悔しそうにこちらを睨みつけて来るが、自業自得である。

「姉さん、マーテル教って?」
「ん~? 簡単に言えば、世界樹ユグドラシルをつかさどる精霊を信仰する宗教だね」
「アリアハンはなんでマーテル教が浸透してないんだ?」
「基本的に、発祥の地であるこの大陸から遠く離れた大陸にあるからじゃない?」
 まあ、アリアハンにマーテル教の信者がいないわけではない。布教活動もそれなりにしているようだが、あくまでもあそこは主神ミトラ信仰なのだ。
 基本的にマーテル教圏で育ったフィーノからしてみれば、ミトラ信仰のほうが異質だろう。自分の住んでいるところで当たり前のモノが、他のところでは違うと言われれば驚こうというものである。

「せかいじゅ? 何それ」
「この世界のマナの源とか、天界に通じる道だとか、生命の源だとか、色々言われてるね。
 世界樹の雫は不治の病に冒された人間を完治させたとか、葉っぱにいたっては死者をも生き返らせるとかいう伝説があるけど」
 シンフォニア的には、やっぱりマナの源だろうか? マナがないと世界がヤバイってことを考えると、世界の要石的な感じとも言えなくもない。

「せかいじゅってすごいんだね!」
「あくまでも伝説だからね? 本当かどうか分からないよ?」
「偽物が売りだされて、売ってたやつが詐欺で捕まったことがあるけどな」
「ああ、やっぱりいるんだそういうやつ」

「じゃあ、せかいじゅってどこにあるの?」
「ん~、それは……」
「それは、まだ分かっていないのですよ」
 アタシが言葉を濁すと、レオナルドさんが素早くこたえた。
 いや、アタシだってこの答えは知ってたよ?でもさ、目を輝かせている妹を見ると、まだ分かってないよ~ん、なんて言えないよ。

「エルフの連中なら知ってるだろうけどな。なあ、レオナルドさんよ」
 レオナルドさんもまたエルフ。エルフが知っているというなら、彼だって知っていて当然ということか。
「エルフにとっては、世界樹のある場所は聖域なので。よほどのことがないかぎり、教えることはできないのですよ」
 それは仕方がない。人間の中で暮らしていようとも、レオナルドさんはエルフだ。
 だが、
「世界樹の葉って、死者蘇生の力があると言われてますよね? もしかして、ザオラルの研究に役立ちませんか?」
 ちょっとした好奇心で言ってみたのだが、レオナルドさんは困ったように、というか実際困って苦笑した。
「聖域を汚すような真似はできません。エルフですら、立ち入ることは禁忌の地であるのです。
 それに、葉の力は奇跡の力と言っていいでしょう。天術や魔法とはまるで別の力です。調べたところで何の成果も得られないでしょう」
 どうやら、アタシはタブーを口にしてしまったようだ。もうこの話はしないでおこう。

 そんな時、
「おや、これから図書館か」
「あ、クラースさん」
 研究室で研究中だったはずのクラースさんが通りかかった。
 妹の声に軽く手を挙げて答え、アタシ達の前で止まる。
 あれだけのやる気を見せていたクラースさんが、こんなところで何をしているのだろうか? 図書館に用事? しばらく部屋から出てこないだろうと思っていたから、意外だ。
「クラースさん、研究はよろしいんですか?」
「ちょっと調べたいことがあってね」
 アタシの問いに答えるや、
「つかぬことを聞くが」
 クラースさんは真剣な表情でアタシを見てきた。
 なんだ? 今クラースさんの頭の中は研究一色のはずだが、それを押しのけて聞きたいことが?
「なんでしょう?」
「君は誰から魔法理論を教わったんだ? よほど優秀な人物だとお見受けするが」
 実はちょっと気になっていたんだ、研究のほうに気を取られて聞くのを忘れてしまったと、頬を掻きながら言うクラースさん。
 研究思考を一時仕舞ってでも聞きたいと思ってくれているということは、それだけアタシのことを認めてくれているということだろう。かなり嬉しい。
「バシェッドっていう人ですが」

 アタシの言葉に、クラースさんはこの上ない驚愕の表情をうかべた。レオナルドさんも「まさか……!」と絶句している。
「バシェッドだと? かの天才、バシェッド・ボルネンか!」
「彼が君の師匠か! どおりで!」
 クラースさんとレオナルドさん、両者が同時に声を発した。
 え? ちょっと、どゆこと? もしかしてじいちゃん、有名人だったりしますか?
 しかもボルネンて、クレシェッドと同じ? そう言えばバシェッドとクレシェッドって、なんとなく名前似てるよね。いや、問題はそこじゃない。

「知ってるんですか?」
「知っているとも! 天才の名をほしいままにしたアカデメイアの歴代主席の中でもトップクラスの人物だ」
「私の教え子の中でも、最も優れた人物だったよ」
 うわ、爺ちゃん相当すごい人だったんだな。そんな人に教えてもらっていたのかアタシ。ちょっと、いやかなり感動。

「姉さん、なんだかすごそうな人に教えてもらってたんだね」
 妹が尊敬のまなざしを向けて来る。やめてくれ妹よ、すごいのはアタシじゃなく爺ちゃんだから。
「お前が学問バカになった原因はそいつかよ」
 フィーノ、お前心底「やだやだ」って顔すんなよ。傷つくぞ。

「もしかして、彼は君に自分のことを話さなかったのかい?」
「はい、何も聞いていません」
 爺ちゃんは自分のことは一切語らなかった。こちらも聞かなかった。暗黙の了解の中で、アタシ達は暮らしていたのだ。
「なら、彼が何者かも知らないというわけだな?」
 なんだか意味深なことを言うクラースさん。爺ちゃんが何者って。もしかして、爺ちゃん相当すごい人物だったりしますか?
 クレシェッドは発言権がかなりある、みたいなことを以前言っていたが、もしかして家柄? ものすごい名家とか?

「彼が何も語らなかったのなら、私は何も言わないでおこう。
 知りたいのなら、クレシェッドから聞きなさい。もっとも、話すかどうかは彼次第だけどね」
 ううむ。爺ちゃん、何か重い過去がありそうな雰囲気持ってたんだよね。しかもハーフエルフ関連で。クレシェッドの以前の言葉なんかからも、その可能性は高い。

 その後、図書館を見て回ったのだが、どうにも気乗りしなかった。
 爺ちゃんのことが気になってしょうがない。本は好きなのに、楽しめないのだ。
 妹やフィーノもしきりに心配してくれた。ありがたいと思うが、これはやはり、聞くしかないだろう。
 クレシェッド。あいつは話すことを拒否するだろうか? それならば仕方がないだろうが、出来れば聞いておきたい。
 今までは爺ちゃんの過去のことは気にしないようにしてきた。でも、いつまでもそれではいけないだろう。爺ちゃんを知る人が大勢いるところに来て、爺ちゃんが何者かということに疑問を抱いた時点で、アタシのとるべき道は決まった。

 クレシェッドの言っていた宿に行く。ここにいれば、クレシェッドは来るだろう。案内をすると言っていたのだから、間違いない。約束をたがえるようなやつじゃないし。

「姉さん、バシェッドさんって、どういう人だったの?」
 宿でもう寝るだけとなった時、妹が控えめに聞いてきた。フィーノも興味があるらしく、身を乗り出している。
「厳しくて、お茶目で、家事が苦手で、魔法が天才的で……」
 色々ある。爺ちゃんと過ごした数年間、色々あった。それが頭をよぎる。
「優しい人だった」
 なんとなく、宿の窓から夜の空を見上げる。
 爺ちゃんが、笑いかけてくれているような気がした。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 ダーマの宗教はマーテル教。初めから決まっていたことでした。
 そしてこのss、転職がありません。マーテル教で転職はおかしいと考えたので。
 すいません。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第24話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/19 21:01
 アタシと妹、フィーノの三人は今、ダーマの最深部ともいえる場所、ダーマ大聖堂に来ていた。
 案内するのはクレシェッド。他、数人の神官たち。この神官たちは、アタシ達が聖堂内でおかしなことをしないようにという見張りだろうが。

 何故こんなところにいるか、答えはわりと簡単である。
 『ダーマ教皇がアリアハンの勇者に会いたいとおっしゃられた』
 ダーマ教皇はあのロマリア国王、チェーザレ・ボルジアの学友であり、メディチ家出身ということからボルジア家ともつながりは深い。
 要するに、油断は禁物ということである。
 だってあの陛下の学友だぞ? ピサ大学時代陛下と主席を争ったっていう秀才だぞ? しかもあのメディチ家の出身なんだぞ!
 あなどっていい相手であるわけがない!
 願うなら、陛下経由でまた難題を持ってこられたりしませんように、である。

 石造りの大聖堂内には、豪華かつ繊細で荘厳な装飾が多くなされている。何げなく置かれている石像に、そういうことに詳しいらしいシグルドが興奮していた。と言うか、シグルドは興奮しっぱなしだ。
 シグルドいわく、「一つ一つが素晴らしく、またバランス良く配置され、嫌味が全くない」らしい。
 ごめん、アタシよく分からない。芸術とか基本的にあんま興味ないんだよね。
 フィーノはさすがにロマリア出身、かつ芸術の都フィレンツェにいただけあって、目は肥えており、しきりに感心していた。こいつならたぶんシグルドとも話が合うんだろうなー。
 妹もそういう知識なんかはないようだが、興味はあるらしく目を輝かせて見まわしている。楽しそうにしている姿を見るに、妹も芸術関係は好きなのかもしれない。
 あれ? そうなると芸術とかまったく興味がなかったり、分からなかったりするのってアタシだけですか? 一人置いてけぼりですか? ちょっとさみしいかも。

 妹やフィーノの反応を見て、神官たちは上機嫌である。この大聖堂はマーテル教の総本山。それにこのような反応をしてもらえれば、まあ嬉しいのかもしれない。
 さすがに声を出してはしゃぐような真似はしないが。こういう場所では沈黙こそが礼儀である。

 宿で朝食をとり終わり、ちょっと一服していたら、クレシェッドがやって来たのだが、その時にダーマ教皇がお会いしたいとおっしゃられていると聞いたのである。
 さすがにダーマ教皇の誘いを断るわけにもいかないだろうし、こうしてやってきた。
 本心はイヤなんだけど。上流階級の空気ってなじまないし。妹がますます勇者として逃げ道が無くなっていくような気がするし。
 それにダーマ教皇には陛下から何らかの話が行ってる可能性大だからなあ。陛下からのものでなくても、ダーマ教皇が何か言ってくる可能性もあるし。
 勇者に会うというのは、ダーマ教皇自身が勇者を見定めておきたいからなんだろうし。
 ああ、いやだ。

 クレシェッドに爺ちゃんについて聞きたかったのだが、そういう暇がちょっとなかった。まあ、焦る必要もないだろう。時間ができたら聞くことにしよう。

 そうして、美しい装飾のなされた大きな扉の前に来て、クレシェッドが足を止めた。アタシ達もそれに合わせて止まる。
 クレシェッドが、その扉の前に立っていた兵士に話しかけ、一人が中に入っていき、一人が残りアタシ達を品定めするように見て来る。
 気分がよくないなあ、この視線。

 やがて中に入っていった兵士が戻ってきて、入るように言って来た。
 うわ、緊張するな。しかし、気圧されるわけにはいかない。
 アタシは気合を入れた。大丈夫、大丈夫。陛下の相手するよりはるかにましなはず!

 王城の謁見の間のような場所だった。高い場所に教皇が座っているのが見える。
 教皇の前まで来て、アタシ達はその場に跪き頭を垂れる。

 ダーマ教皇レオ十世。本名、ジョバンニ・デ・メディチ。
 何というか、頭を下げる前に見た教皇は、ぶっちゃけデ……、失礼、丸い体格の人だった。顔もハンサムという感じでもない。身につけている物は豪華なものばかりだが、こう言うのもなんだが、陛下に比べると見た目とか、何より威厳が見劣りする。

「よく来てくれたな、アリアハンの勇者リデア、その姉、英雄アデル。そしてチェーザレから話は聞いているぞ、フィーノ。
 余が今代のダーマ教皇、レオ十世である」
 声も普通。陛下は美声と言うべきものだったが、教皇はそうでもない。
 いや、比べるのは失礼だと分かってはいるんだけども。どうしても比べてしまうのだ。
 よっぽどアタシにとってチェーザレ・ボルジアという男はショッキングで、心に刻み込まれまくっているらしい。
 と言うか、英雄て。アタシいつの間に英雄になった? 陛下か? 陛下が何か言ったのか?
 陛下! あんた何してくれてんだ! あの人、とことんこちらの逃げ道ふさいでかかってやがる!

 顔を上げよ、という言葉に従い、アタシ達は下げていた頭を上げた。
 若干陛下に殺意を覚えつつも、アタシはそれを表に出さないように努める。

「さて、いきなりだが本題に入らせてもらおう。
 勇者たちよ、魔王はどこにいるか知っているな?」
 発言を許す、という言葉を得、アタシは口を開く。ロマリアの時のようなプレッシャーは感じていない。
「ネクロゴンドに」
 アタシの言葉に「さよう」と満足気にうなずく教皇。多分本人威厳たっぷりにやってるつもりなんだろうが、あいにく贅肉が若干揺れてむしろ恰好悪い。台無しである。
 この人、まず痩せるべきじゃなかろうか。

「では、ネクロゴンドへはどう向かう?」
「向かおうにも、手段がありません」
「そう、魔王討伐のためにはネクロゴンドへ乗り込まなくてはならないが、魔王の力により道は阻まれ、もはやあそこへ向かうことはできん。
 余がそなたらを呼んだのは、ネクロゴンドへ行く方法を教えるためだ」
 いきなり核心に迫っちゃった! それ切り出されたらもう逃げ道ないじゃん。その方法でネクロゴンド行けって言ってるんだから。

 やめてー、言わないでー、と思いつつも、教皇の話をさえぎるなんざできないし、「行きたくないから教えないでください」とか言えないし!
 一応、勇者は魔王討伐の旅に出ていることになっているだろうし、それを否定することもできない。アリアハンが国としてしっかり発表してしまっている以上、それを否定するようなことは不敬罪、反逆罪になりかねない。
 で、そんな状況で、「行き方教えるよ」って言われたら、教えないでほしいなんてこと言えるわけないのである。

「不死鳥ラーミアについて知っているか?」
 え? それって、古代の神々のしもべとか、六色の力の結晶体とか言われてる伝説の存在だよね?
「はい、存じております」
「ネクロゴンドに行くには普通の方法などでは不可能だ。故に、伝説の神鳥の力をお借りするのだ」

 教皇の話はこうだ。
 不死鳥ラーミアは聖なる存在であるがゆえに、魔王の結界を超えることもできるのではないかということ。
 だが、不死鳥ラーミアは現在、レイアムランドにて長きにわたる眠りについているという。その眠りからラーミアを目覚めさせるには、六つのオーブと呼ばれるものが必要だという。そのオーブはそれぞれが六つある力の象徴とされており、その六つの力がそろうことによってラーミアは目覚めるのとのこと。
 が、話はまだ終わらない。ラーミアが眠る神殿は、いかなるものも進入できぬように特殊な結界が張られている。その結界は「月光の結界」と呼ばれるものらしい。それを解くためには六つのオーブとは別の二つの力を得ることが必要だとのこと。
 神殿の結界を解き、六つのオーブを集めなければ、ラーミアにたどり着き、助力を得ることなどできない。

 いや、なんと言うか、ほっとした。
 だって、今すぐ行ってこーい、てわけじゃないっぽいし。出来なくてもいいわけ立ちそうじゃない?
 教皇の話だと、オーブのありかがはっきりしているのは一個のみで、後は分からない。月光の結界に関しては、その一つが何とダーマにあるらしいが、そのためには光の精霊アスカを見つけ出さなくてはならないとのこと。だが、アスカの居場所は分からないらしい。
 途中でエスケープしても文句言われないよねこれ? だってかなり無謀だよ?
 世界中探しまわって五個のオーブ見つけるとか、居場所の分からないアスカ見つけるとか。
 普通に考えて無理がある。どうしろと?

 教皇は勅命を出し、オーブや結界のヒントになる物を探させているようだが、そう簡単に見つかるようなら苦労はないだろう。
 おっしゃ。言い訳できた。いざという時はオーブ見つかりませんでしたとか、結界が解けませんとか言えばいいんだ。

「こちらも全力を尽くす。頼りにしているぞ」
「ありがたき幸せ」
「必ずや魔王を討ちましょう」
「おまかせを」
 三者三様の言葉で教皇に意気込みを伝える。アタシは嘘だけど。
 フィーノあたりも怪しいかも。あいつ国王直属なんだから、ある程度本音と建前は使い分けられるだろうし。妹はどうだろう? 上流階級の人間相手自体は慣れていても、腹芸ができるタイプじゃないし。

 ようやく解放され、部屋の外へ。扉が閉まり、兵士たちが再び扉の前に立つ。
 クレシェッドが無言でアタシ達を呼ぶと、そのまま歩き始めた。
 もう見張りの神官たちはいない。不要と判断されたのだろう。

 そのまましばらく歩き、アタシ達はとある部屋に入った。
 わりと質素な部屋だが、それでも置いてあるものは一級品だ。
 ここって、かなり別世界だよね。

「お疲れさまでした」
 クレシェッドは笑顔でそう言いながら、椅子をすすめてくれた。見た目はシンプルだが、かなり上等なものだと思う。
 アタシは勢いよく椅子に腰かけ、「疲れたー!」と小さめに叫んだ。

「んだよ、だらしねえな」
「そうは言うけどね、アタシはあんたと違って、ああいう雰囲気は慣れないの!」
 フィーノはそういう雰囲気の中で生きてきたんだろうが、こちとら一般庶民でい!
「私も、ちょっと疲れたかな」
「だよね。ああいうのは疲れる。もう勘弁してほしいよね」

 他愛もないことを話していたら、ドアが静かにノックされた。
 クレシェッドが入るように言うと、ワゴンを押して女性が入ってくる。多分メイド的な感じの人なんだろうな。メイドっぽい服は着ていない、むしろ聖職っぽい服装だけど。

 ワゴンに乗ったものを素早く机の上に並べると、女性は去っていった。
「さあ、お腹もすいたのではありませんか? どうぞ食べてください」
 机の上には、スコーンと紅茶が並べられている。美味しそうなにおいがして、正直たまらない。
 慣れないことしてお腹すいてたんだよね。遠慮なく頂こう。

「でも、不死鳥ラーミアって、その鳥に乗っていくの?」
「たぶんね。かなり巨大な鳥だって話だから。その背に乗ってひとっ飛び、てところじゃない?」
「しっかしまあ、オーブだの結界だの、面倒くせえな。何でいちいちそんなことしなきゃなんねえんだよ」
 フィーノがぶーたれるのは分かる。ホッとしてる半面、まじめにしようと思えばこの上なく厄介なことだ。正直イヤである。

「ところでみなさん、ダーマにはいつまで滞在されますか?」
「いつまで?」
 うーん。明確には考えてなかったなあ。
 妹やフィーノに勉強教えて、妹の魔法、剣術も特訓しときたい。
 世界を回るなら、バッチリ強くなっとかないと。それに一応は魔王討伐が目的なのだから、相応の強さがないと話にならないだろう。相手は地形すら変える化け物なのだから。

 そういや、陛下からもらった槍、まだ使ってなかったよな。ちゃんと馴染ませておかないと。いざという時使い慣れなくて負けましたとかイヤすぎる。
 それなりに良い槍のようなので、妹が使いこなせるようになればかなりの戦力になるだろう。

 やべ、思考がずれた。クレシェッドに答えてなかったよ。
「特に決めてないけど、そんなに短くはないと思うよ。したいことそれなりにあるし」
「そうですか。実は私、みなさんに同行するように命じられまして。旅を再開する際には声をかけてください」
 クレシェッドの言葉に、妹は「え?」と声をあげ、フィーノは「こいつもか」と若干憐れむような眼差しを向けた。
 つまり、ロマリアからフィーノが来たように、ダーマからはこいつというわけだ。別に驚きはしない。

 さて、そろそろ、いきますか。
「クレシェッド、聞きたいことがあるんだけど」
 なんでしょう? と穏やかに聞き返してくるクレシェッドに、アタシは言った。
「バシェッド・ボルネンについて知りたいんだけど」
 瞬間。空気が変わった。
 クレシェッドの顔から笑顔が消える。能面のようになり、じっとアタシを見つめて来る。
 アタシは目をそらさない。じっとクレシェッドを睨むように見る。

 いつまで続いたのか。やがてそのにらみ合いは、クレシェッドがふうっと、息をついて終わりを告げた。
「いつかその質問が来るだろうと思っていました」
「なら」
「はい、お話いたします」
 そう言うや、クレシェッドは立ち上がり、
「ついてきてください」
 紅茶もスコーンももうない。アタシ達は黙って立ちあがった。

「リデア、フィーノ、あんた達は帰っていいよ。この問題には、あんた達は関係ないと思うから」
 アタシの言葉に、妹は首を横に振った。
「確かに、姉さんのことにアタシが関わるのはどうかと思う。でも、姉さんを育ててくれた人のこと、アタシも知りたい。
 それに、アタシにとっても恩人なんだよ? 姉さんのこと教えてくれてたんだから」
「お前らが行くんならおれも行くからな。拒否権はないぜ?」
 フィーノはロマリアから勇者を監視するために派遣されたのだ。表向きは協力だが。だから、目をそうそう離すわけにもいかないというわけだ。

 アタシは二人に頷いて、クレシェッドについていくことにした。
 クレシェッドは黙って歩く。アタシも黙ってついていく。妹もフィーノも、静かについてきていた。

 やがて、広い部屋に着く。そしてクレシェッドはその部屋に飾られている一枚の絵に近づき、
「これをご覧ください」
 その絵のタイトルは、『ダーマ教皇クレメンス六世』。
 その絵に描かれていたのは、アタシが知っているよりもはるかに若い、爺ちゃんだった。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 ダーマで転職しないと魔法はどうするのかという話ですが、ようは生まれついての才能みたいなものです。回路が生まれつきあるかどうか。装置がちゃんと機能するかしないか。
 使えない人は一生使えません。
 ですが、才能がない、つまり回路がなかったり、装置が使い物にならなかったりすると思われていた人でも、何かのきっかけで才能が開花して、一気に魔法が使えるようになったりもします。

 以下、ちょっとしたつぶやき。
 色々妄想するんです。
 ダイの大冒険のネタとか、この話じゃない別のドラクエ3のネタとか。
 ついつい、そういうこと考えて、考え付いたことメモしちゃったり。
 そんなことしてるなら連載書けって話ですよね。すいません。
 でも、妄想している間は楽しいんですよね。困った。




[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第25話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/19 21:00
「説明してくれる?」
 爺ちゃんが過去のダーマ教皇、まさかそれほどの大物だとは思わなかった。
 だがそんな人物が、何故遠く離れたアリアハンで、隠者のような生活をしていたのか。アリアハンのナジミの塔に住めていたのは、元ダーマ教皇だったからであろうが、それにしても解せない。
 一体過去に何があった?

「お話いたします。あなたには知る権利がありますし、それに、私はあなたに知ってもらいたい」
「お願い」

 クレシェッドは悲しそうに絵を見ると、意を決してという表情で話し始めた。
「ボルネン家は、過去に何人もの高位の聖職者を生みだした一族です。教皇の位についた者も少なくない。
 あの方、バシェッドは、そのあふれんばかりの才能で一気に高位の聖職者になり、若いながら枢機卿の座を得ました。
 そしてその時、エルフの女性と結婚なさったのです」
 フィーノが驚愕の声を上げた。アタシだって驚いた。
 エルフと結婚する。それは、生まれて来る子供が必ずハーフエルフになるということ。ボルネン家はかなり高位の家柄、そんな事は許されないだろう。
 そもそも、人間でなく、エルフと結婚するというのは、家柄から考えてまずない。おそらく、名家のお嬢様と政略結婚でもするのが普通ではなからろうか。エルフは基本的に人間社会の中ではあまり暮らしておらず、後ろ盾などない状態だ。そんな人と結婚するとは。

「そのエルフの女性の名はリファナ。そして、二人の間に生まれた子供の名は、ルシェッド」
「ダーマ教皇まで上り詰めた奴が、ハーフエルフの父親だと?
 んなバカなことがあるか! 不可能だろ!」
「ええ、普通は」
 自らがハーフエルフであるがゆえに、フィーノの心境は複雑そうだ。
 自分がハーフエルフで迫害されて、両親もハーフエルフの親だからと差別されて。そうして生きてきたフィーノにとって、この話は信じられないことなのだろう。
 アタシだって信じられない。だが、
「爺ちゃんは、迫害の声を全部自分の実力を示すことで押しのけてきたんだね」
「そうです。あの方はまさに鬼才でした。陥れようとしてきた輩は多かったようですが、それらをすべてかわし、ついにはダーマ教皇にまでなられたのです」
 それがいかに難しいことか。アタシには想像することしかできないが、かなり困難な道のりだっただろう。あるいは、暗殺の危機などもあったかもしれない。
 だが爺ちゃんは、それをすべて乗り切った。自分だけでなく、家族も守りながら。
 ハーフエルフの父親というレッテルをはられながら、しかしそれを上回る実力を示して上り詰めた。
 普通の人間にできることじゃない。

「そしてダーマ教皇在任中に、一人のハーフエルフの孤児を引き取り、養子となさいました」
「イカレてるんじゃねえのか? そいつは!」
 鬼のような形相で、でも泣きそうな目で、フィーノは叫ぶ。そんなフィーノを、妹は優しく抱きしめていた。
 クレシェッドも複雑そうな顔をしている。クレシェッドにとって、爺ちゃんは身内だ。偉大な地位につきつつも、一方で迫害されるハーフエルの父親になったり、養子にしたり。
 世話になったとはいえ、あくまでもほとんどつながりのない他人であるアタシでも複雑な心境になるのだ、クレシェッドの心境はいかばかりか。

「そして、息子のルシェッドが聖職に着いてすぐ、教皇の座を降りられ、教会からも身を引かれ、完全に隠居なされました」
 フィーノが絶句する。何か言おうとしているようだが、言葉にならないようだった。
 ハーフエルフが聖職に就けたのは父親の存在があったからだろうが、後ろ盾となってくれるはずの父親は隠居してしまった。そのルシェッドとやらの立場はかなり危ういものだっただろう。
 だが、爺ちゃんがそのままで、しかも口を出したりしたら、もともと迫害されているハーフエルフ、心象がどんどん悪くなるだろう。おそらく、だから爺ちゃんは隠居したのだ。自身の実力で息子が居場所を作れるように。自分の存在が余計に息子の立場を危うくすると考えたからこそ、そして息子を信じたからこそ、自ら身を引いた。

「ルシェッドもまた、天才でした。魔法と天術の両方を操り、勉学においてもその才能をいかんなく発揮し、周りにその実力を示していったのです」
 爺ちゃんが歩んだよりも、さらに険しい道。ハーフエルフであるというハンデを抱えて、それでも歩きつつける。生半可な精神力ではない。
 しかも、元ダーマ教皇である父の援助は期待できないのだ。いや、してはならないのだ。そうでなければ、ルシェッドは決して進むことができなかっただろうから。

「そして枢機卿となり、ついにはダーマ教皇の地位も確実かと言われるほどになったのです」
 うそ……。ありえない、勝手に口が動いた。
 大陸中に広がるマーテル教の威光がいかばかりか、想像もできぬほどのものであろう。その頂点に、ハーフエルフが立つ。それはまるで、おとぎ話のようだった。
 フィーノはもはや茫然としてしまっている。現実とは思えない、もはや何の冗談かというような話だ。ハーフエルフであるフィーノにとっては、あまりにも衝撃的な話だったに違いない。

 だが、そして彼はダーマ教皇になりました、めでたしめでたし、で終わるほど、世の中甘くない。現に、ハーフエルフのダーマ教皇など聞いたことがない。それが実現していれば、ハーフエルフ差別はもっと変わってるだろうし、人々の話題に上がるはずなのだ。
 つまり、ルシェッドは結局教皇になれなかったのだ。
 教皇に選ばれるには、枢機卿の3分の2以上の票が必要とされる。教皇の地位が確実だったということは、その時は3分の2以上の票が確実だったのだろうが、コンクラーヴェという教皇選定の儀式が実施された際、票をそこまで得ることができなかった、あるいは一票も得られなかったということか。
 それでも、ハーフエルフでありながら教皇に次ぐ地位である枢機卿にまで上り詰めたのはすごいとしか言いようがない。

 そう言えば、先程謁見したレオ十世のフィーノを見る目に、差別的なものは含まれていなかった。陛下から話が行っているのなら、フィーノがハーフエルフであることも知っていそうなものだが。それとも陛下は、フィーノがハーフエルフであることを隠してレオ十世に話したのか。だが、いざ天術を使えば、ハーフエルフであることは一発で分かるだろうが。
 やはり、レオ十世はフィーノがハーフエルフであることを知っていた可能性は高い。
 ここダーマは、おそらくハーフエルフの父でありながら教皇になった人物と、ハーフエルフでありながら枢機卿にまでなった人物によって、少しずつ意識改革がおこなわれていったのかもしれない。
 レオナルドさんは学生がハーフエルフに対して友好的になったみたいなことを言っていたが、おそらくこういう事情があったからではないだろうか。爺ちゃんとレオナルドさん、ハーフエルフに対する考えについては、互いに影響されていたりするのかもしれない。
 ダーマでは、ハーフエルフはかなり認知されるに至っていると考えていいだろう。

「ルシェッドさんは、教皇になったんですか?」
 世情にはやや疎い妹が尋ねると、クレシェッドは沈痛な面持ちで首を横に振った。それに「そんな……」と言葉を詰まらせる妹。
 フィーノは、「当然だよな……」と険しい表情でこぼした。フィーノだって分かっていたはずだ。ハーフエルフの教皇など存在しないのだから。

「コンクラーヴェで選ばれなかったってこと?」
 アタシの問いに、クレシェッドは拳を見ていていたくなるほどに握りしめ、「違います……!」と、血を吐くように言い放った。
「それならどんなに良かったでしょう。しかし、現実はもっと過酷でした」

 クレシェッドは言葉を詰まらせ、それでも、口を何とか開いた。
「ルシェッドは殺されたのです! コンクラーヴェの場で、ハーフエルフである彼が教皇になることを疎ましく思った輩によって!」
 ハンマーで頭を殴られたような衝撃がはしった。
 ルシェッドは選ばれたのだろう。だが、それを良く思わない奴がいた。ハーフエルフなんぞを教皇にしてたまるかと思った奴が、凶行に走ったということか。
 フィーノはうつむいて、「ハーフエルフなんざ、そんなもんだよな」と自嘲的な言葉を吐いている。妹は「そんなことないよ! そんなこと、ないよ!」とフィーノの手をぎゅっと握りながら、何度も繰り返した。

 偉大なハーフエルフと言っていい。ハンデを背負って、ぶっちぎりのマイナスからのスタートで、ダーマ教皇まであと一歩のところまで行った。ハーフエルフでありながら、教皇にふさわしいと、枢機卿の3分の2以上を納得させたのだ。
 彼がハーフエルフ差別に対して与えた影響はきっと大きい。もちろん、いい意味で。

「ルシェッドだけでなく、リファナ様や養子にしていたハーフエルフにまで魔の手が及び、ダーマは大混乱に陥りました。
 リファナ様達の遺体は発見されず、ルシェッドの遺体は他の枢機卿たちが止める間もなく灰にされ、捨てられたそうです。
 そして、バシェッド様は最愛の家族を失った悲しみから行方をくらまし、そして現在に至ります」
 フィーノは泣きそうな顔をしている。涙を懸命にこらえ、それでも震える体が悲しみを物語っていた。
 ハーフエルフだから。ただそれだけの理由。教皇に選ばれるほど人に認められても、やはりそれを快く思わない者がいる。だって、ハーフエルフだから。

「アデルさん、あなたを見て、幼いころに遊び、勉強を教えてくださったバシェッド様を思い出しました。さすがあの方に教わっただけのことはある」
 絶望した爺ちゃんはマーテル教の威光が届かぬ所へ行き、死人同然に暮らしていたんだろう。だが、アタシの知ってる爺ちゃんは、たまに暗い過去を臭わせることがあっても、それでもお茶目で家事下手でスパルタな、生き生きした人だった。
 アタシの存在は、爺ちゃんにとってどうだったのか。爺ちゃんの手紙には、幸せだったと書かれていた。アタシは、爺ちゃんを幸せにできていたのか。ちゃんと、恩を返せていたのか。
 そうだったら嬉しい。アタシも、爺ちゃんに助けられて、幸せに生きてこれたから。

 しかし、クレシェッドの心中は複雑だろう。爺ちゃんはダーマを捨てたのだ。ダーマにいた人たちとのつながりも捨てた。クレシェッドは可愛がられていたようだから、爺ちゃんがいなくなって当時かなりショックを受けただろう。彼も、捨てられた一人なのだから。
 アタシをうらやましく思っているかもしれないし、もしかしたら、疎ましく思っているかもしれない。あるいは、憎んでいるかも。
 人の心は複雑だ。表面的に、クレシェッドは親しげに接してきていたが、実際はどうなのか。
 アタシは、クレシェッドをじっと見た。

「私はね、アデルさん。感謝しているのですよ」
 何の話かと思ったが、声は出さない。アタシは黙って聞くことにした。
「あの方を、ポルトガで見かけたという話を聞きました。情報はロマリアからですが、その時のバシェッド様は少女を連れて、非常に楽しそうにしていたと。
 家族を奪われ、故郷を捨てるにいたったにもかかわらず、あの方は幸せだった。あなたのおかげだと思います。
 ありがとうございます」
 何と返していのか。謝るのは確実に違うし、ありがとうと返すのも違う。
 いや、クレシェッドは返事など期待していない。言いたかったから言った。アタシの返事など、むしろ不要だろう。
 アタシは、黙ったままうなずいた。

「何でそんなバカやらかしたんだよ、そのバシェッドってやつは! 分かり切ってたことじゃねえか!」
 あふれる涙をぬぐうこともせず、フィーノは感情のままに言い放った。抱きしめていた妹を振り払い、クレシェッドに詰め寄る。
「ハーフエルフはハーフエルフだ! どうしようもねえんだよ! それなのに!」
 違う。フィーノは感情があふれて、暴走してしまっているが、分かっているはずだ。クレシェッドにこんなこと言ったってしょうがないことくらい。
 そもそも、誰が悪いとかいう話でも、きっとない。もちろん、ハーフエルフだからとルシェッドを殺した輩は許せない。だが、ハーフエルフに対する認識は、そういうものなのだ。それが仕方がないなんて言わない。仕方がなくなんてない。
 でも、爺ちゃんもルシェッドも、それに真っ向から対峙したのだ。逃げることもなく、まっすぐに生きてきた。
 爺ちゃんも、リファナさんも、ルシェッドも、養子になったらしいハーフエルフの人も、誰も悪くない。結婚も、子供を作るのも、きっとちゃんと考えてのことだろう。軽はずみなことをする人じゃないことは知っている。それだけリファナさんを愛していたし、リファナさんも爺ちゃんを愛していた。その間に生まれたルシェッドだって、生きていて色んなことがあったはず。

 フィーノはエルフの女王の孫。エルフにおける高貴な血をひく者。だが、ハーフエルフというだけで受け入れられることはなかった。受け入れてくれていた人はちゃんといたが、それでも大多数の人が受け入れようとしなかった。
 何の後ろ盾もなく、それでも教皇になる一歩手前までいって殺されたルシェッドと、女王が手を尽くしていたのにもかかわらず、受け入れられなかったフィーノ。
 両者はちょっと似ているようで違う。それでも、フィーノにこの話はショックが強すぎた。

 振り払われて茫然としている妹の肩を軽く叩く。驚いた顔でこちらを凝視してくる妹に、アタシは軽くウィンクした。
 そして、後ろから思いっきりフィーノに抱きつき、乱暴に頭をなでてやる。
「何しやがる! やめろ!」
「いやだね」
 フィーノは必死にもがくが、あいにくそう簡単に解放してやるつもりはない。鍛えてるんだ、甘く見るなよ?
「アタシがこうしたいんですー。あんたは大人しくなでられてりゃいいの」
 くそったれ、と悪態はつくものの、フィーノは暴れることをやめた。
 意識的にか無意識にか、体重をアタシにかけて来る。甘えているようだ。素直ではないが、甘えられるのはいいことだ。アタシは盛大に「いい子いい子」してやった。

 爺ちゃんの衝撃的な過去。最期まで、語ることのなかった過去。
 だが、思う。知れてよかったと。爺ちゃんとて、アタシが旅に出ようとしていることは知っていたのだから、いつかアタシが知ることになるということくらい分かっていたはず。
 自分の口から語るには辛すぎて、それでも最後までちゃんと生きてくれていた。それでいいと思う。

 やがて泣きやんだフィーノはアタシを睨みつけてきたが、それが照れ隠しであることくらい分かる。素直じゃないガキンチョめ。

 それからしばらくして、アタシ達は大聖堂を後にした。
 クレシェッドはまた明日来るらしい。これからの旅をどうするかとか、話し合うことはいくらでもある。
 だが、今日くらいはそんなことは考えなくていいじゃないか。

 泣いたことで疲れてしまったのか、フィーノは早くに寝てしまった。
「フィーノ君、いい夢見れてるといいね」
「そうだね」
 現実は過酷で、でも救いがないわけじゃない。それでも、夢の中でいい思いをするのはいいことだろう。

 この日の夜は雲ひとつない満天の星空。腹が立つほどに美しい、幾千幾万もの輝きがちりばめられていた。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第26話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/20 23:08
 対峙する。
 明鏡止水の境地にて、刀を我が身の一部と化す。頭のてっぺんからつま先、手の先、刀の先まで集中する。一点の乱れもなく、心には一切の波紋もない。
 対峙する相手は両手で槍を構え、こちらを睨みつけている。だが見たところ、若干の乱れあり。焦りが見える。汗が頬を滑っている。
 こちらが優勢。だが油断は禁物。自らが優位に立っている時こそが、負けを誘発しやすい時。

 相手が動いた。裂帛の気合とともに、一気に間合いを詰めつつ槍を突き出してくる。
 アタシは回転しつつ刀の腹で相手の槍を流す。攻撃を流された相手はその勢いのまま前へ。何とか踏ん張ろうとしているようだが運動エネルギーには逆らえない。
 回転した勢いを殺さず、そのまま無防備に向かってくる相手の側頭部に蹴りを入れようとして。

「またアタシの勝ち」
 寸止めした。
 相手はたたらを踏み、ようやく止まり、
「また、負けたあ~」
 その場に崩れ落ちたのだった。

 何してるのかって? 妹と組み手。いや、この場合組み手であってるっけ? まあいいや。とにかく、実戦形式で妹と修業中である。
 今のところ154戦負けなし。基本的に、実戦形式においては、アタシの方が強い様である。
 一応、それなりに状況設定なんかもしている。お互いに魔法天術ありとか、どちらか一方しか使えないとか、あるいは両方使えないとか。だがそのことごとくを、アタシが制しているのである。
 いや、正直、最初の頃はかなり驚いたもんだ。アタシが妹に勝てるとは、と。
 シグルドからしてみれば、実力差がかなりあるとのこと。実は、アタシも戦っていてそう思った。
 アタシの場合、シグルドというある意味最終兵器と、クルシスの輝石という反則なんかもしているので、純粋な実力というわけじゃないと思うけど。クルシスの輝石がなかったら、アタシそんなに戦えないだろうし。

 で、戦っていて分かったのだが、妹の戦い方は、ものすごくまっすぐで正直だ。剣筋、魔法の使い方にそれが見事に表れている。太刀筋は読みやすいし、魔法のマナの練り方、術の構成もひねりがない。剣だの槍だのはどこからどのようにして、それからどうするつもりだというのが一発で分かるのでこちらとしては対処しやすいし、魔法に関してはこちらから干渉し放題である。
 以前、イオラをしょっぱなからぶちかまされたのだが、妹の魔法の術式にマナを介して干渉、爆発の方向性と威力を調整し、そのまま突っ込んでノーダメージで妹ののど元に刀をあててその勝負は終了した。最初から何の魔法がどのように来るか分かっていれば、対処のしようもあるというものである。

 剣筋に関しては、こうやって実戦形式で鍛えていけば問題ないだろうが、魔法はそうはいかない。やみくもに魔法を使って上達する、というものではない。きちんと理論を学ばなくてはならない。
 アタシが魔法理論を高等教育分理解しているとして、妹の場合初等教育と言ったところである。これは妹の責任ではない。基本的に、そこまで理論を学ばずとも、教科書通りの魔法を使えれば、それでありなのが世の中である。というか、魔法にそこまで高度な理論があるということを認識していない魔法使いもいたりする。教科書通りにやってできてしまえば、それでもうできたと思って満足してしまう。
 爺ちゃんはそのあたりのことを嘆いていた。魔法とは奥深いもの、もっと理論を学んでほしいと。だが、理論をきちんと学ばず、魔法を使っている者の方が世の中多かったりする。

 まあ、妹は基本スペックが高いから、教えればわりとすぐできる。マナの干渉の修業をやった時、アタシはかなりかかったのに、妹はあっという間にコツをつかんでしまった。
 ちなみに、爺ちゃんにやってもらったのと同じことをやったのである。
 正直ショックだった。やっぱり、天武の才とでも言うのか、こういうところでは妹に勝てないのである。
 だが、座学は苦手のようで、アタシが色々と工夫して理論を教えてはいるものの、なかなか理解しがたい様である。
 と言うか、アタシが教えるの下手なんだろうか? 最初に魔法理論の勉強教えてたら、「ぜんぜん分かんない!」って、悲鳴あげられたし。正直へこむ。爺ちゃんは教えるのうまかったのに。

 まあ、そんな事は置いといて、地面に座り込んで肩で息をしている妹に手を貸して立ちあがらせる。
 ちなみにここ、アカデメイアの修練所だったりする。基本的に学問の場ではあるが、体を動かすことをしないわけではない。ちゃんとこういう設備もあったりする。魔法使いを目指している者やら、剣士を目指す者まで、幅広く使われている。人の修練を見学できるようにもなっており、自分が体を動かさない人でも利用者は多い。
 また、自らの理論を実践、証明するために、ここが使われたりもする。

「次はこの天術を使ってくれ!」
「そんな術知らねえよ!」
「なら今から教える!」
「いい加減にしやがれ! 頭がおかしくなるっての! おい! 笑ってないで助けろよ!」
 向こうで騒いでいるのはクラースさんとフィーノである。
 クラースさん、天術を実際にちゃんと目で見て、その理論構成を確かめたいと、ハーフエルフであるフィーノに協力を求めてきたのである。
 エルフのレオナルドさんがいるじゃないかと思われるかもしれないが、あの人は何かと忙しいし、クラースさんとしては自分の研究のためにレオナルドさんを一定時間拘束するというのは気が引けるらしい。そこで、フィーノに白羽の矢が立ったわけだ。
 しばらくの間ダーマにいるつもりだし、その間特にすることもないので、好きにしてくださいと快く差し出した。
フィーノの意見なんぞ知らん。偉大な研究のためだ、我慢しろ。

ついでに言うと、フィーノが知らない、使えない天術もあるのだが、クラースさん直々のレッスンにより、素養がある天術はきっちり使えるようになっていっている。
 魔法天術の基礎理論なども、しっかりフィーノに叩き込んでくれたので、アタシとしては大助かりである。クラースさんいわく、「この程度のこともしらなけらば話にならん!」そうである。
 生まれつきマナというものを感覚で理解しているエルフ、ハーフエルフにしてみれば、理論なんぞ知らなくてもいいじゃないかということらしいが、やはりきちんと理解しているのとしていないのとでは全く違う。それは、エルフであるレオナルドさんがきっちり証明してくれた。
 で、結果としてフィーノはクラースさんにしっかり理論を叩きこまれ、知らない天術まで研究のためという大義のもと、しっかり使いこなせるようになっていっているわけである。
 フィーノに関してはもうクラースさんに任せておけばいいやと、完全にクラースさんにバトンを渡している。フィーノの勉強について頭を悩ませなくていいので、アタシとしてはかなり楽だったり。
 ただクラースさん、フィーノの様子を見る限りかなりのスパルタらしく、フィーノとしては勘弁してもらいたいところのようだ。

 え? アタシだって天術使えるじゃないかって? もちろん協力しているさ。妹との修行中に天術を使うので、クラースさんはそれを見ている。場合によっては、使う天術を指定されたり、使い方を指定されたり。
 シグルドのことも一応話してある。話した時のクラースさんは大興奮で、
「頼む! これをくれ!」
 と言われてしまった。
『待て待て! 私はごめんだぞマスター! 頼むから見捨てないでくれ!』というシグルドの必死の懇願で、アタシはシグルドをクラースさんに預けるのは諦めた。まあ、大事な相棒だし、いなくなられたらアタシだって困るし。
 まあ、基本ハーフエルフのフィーノがいるので、天術に関してはそれでオーケーということらしい。
 かなり残念がられはしたが、そこは必死に説得した。下手したらシグルドに末代までたたられそうだし。何と言っても天界の武器、甘く見ていいものじゃないだろうし。

「もうイヤだー! 脳みそが溶ける! 破裂する!」
「何をグダグダ言っている! ほら、この構成式にシノワクラフトの定理をあてはめて……!」
「学者なんて大っきらいだー!」
 今も絶賛しごかれ中のフィーノを微笑ましく見守りながら、アタシ達は修練場の休憩室に入る。
 まあ、なんだかんだ言っても、フィーノの奴しっかりとついていけているので、問題はなさそうだが。文句言いつつも、しっかり術構成式とか、定理とか理解していってるんだよ。頭は悪くないんだろう。むしろ、いいんじゃないか?
 よきかな、よきかな。

「フィーノ君、可哀想に……」
「なんか言った?」
「な、なんでも!」
 はて、妹が何やらつぶやいたように思ったのだが、気のせいか?

「それにしても、二ヶ月間、ずっと姉さんに負けっぱなしだと、自信なくすなあ」
 そう、アタシ達はもう二カ月ほど、ダーマに滞在しているのである。
 ちなみに、宿に泊まっているのではなく、レオナルドさんの家に泊めてもらっていたりする。
 いや、長い滞在だと宿代がかさむなあと、頭を悩ませていた時、レオナルドさんが声をかけてきて、事情を話したら「ぜひうちを使ってください」と言われたのである。最初はそこまで甘えるわけにはいかないと断っていたのだが、押し切られてしまった。
 ちなみに、アカデメイアの施設が使えているのも、レオナルドさんのおかげである。あの人が紹介状を書いてくれて、アカデメイアの偉いさんに交渉してくれたのだ。
 ちなみにあたしたちの立場は、準学生である。正式な学生ではないが、それに準ずる立場にある。施設は学生として使えるし、本を借りる時でも学生扱いだから面倒な手続きはいらない。だが、講義は受けられない。
 アカデメイアの講義は興味あったのだが、講義に出ていたら他のことをする時間が無くなるので、ちょうどよかったと思う。アカデメイアの正式な学生になるのは、まだ後でいい。

「アタシの場合、反則してるからね。それがなきゃ、アタシが負けてるさ」
 これは本音である。だが、妹は首を横に振る。
「姉さんが今までどれだけ頑張って来たか、よく分かるよ。私なんか、足元にも及ばない」
「そんなことないと思うけど」
 まあ、周りから恐ろしいほどのプレッシャーがあったせいで、成長しづらかったというのはあるかもしれない。

 その時、妹がまったく別のほうを向き、キョロキョロと辺りを見回した。
「どうかした?」
「女の人の声がして」
「女の声?」
 アタシには聞こえていない。
「空耳じゃない?」
「でも、はっきり聞こえたよ」
 ならなんだというのか。
「なんて言ってたの、その声?」
「えっと、「そこの剣士、分不相応なものを持つものではないぞ」って」

 待てや。その言葉、ものすごく覚えがあるんですが。
 今妹が使っていた槍は、陛下から頂いたもの。陛下いわく、「神が用いた槍」。
 その神って、オーディーンか! しかもファンタジアの! なんちゅう物をくださるんだ、陛下は!

 遠い目になっていると、妹が心配して「姉さん、大丈夫?」と声をかけてくれた。
 ありがとう妹よ。そしてごめん妹よ。

「もう、帰ろっか」
 一気に疲れてしまった。
 今日の夜ごはん何にしよかなー? なんか疲れたから、簡単なのがいいなー。
「姉さん、具合悪いなら、今日のご飯私が作ろうか?」
 ぴしっと、一瞬にしてアタシの体が石と化した。だが根性でアタシは石化を解くと、
「大丈夫大丈夫! 平気だから! だからアタシが作るよ夜ごはん!」
 はははは! 自分は元気なんだとアピールして、何とかご飯を自分で作れるように持っていく。
 妹にご飯を作らせてはいけない。なぜなら、一口で地獄へ行けるからである。

 何を隠そう妹は、料理音痴だった。どうすればそのような味を出せるのか、もはや理解不能の域に達している。
 一度、妹が作ってみたいと言ったので、アタシは妹にその日の夕食を任せてみたことがある。出来あがったのは、見た目おいしそうな見事なご飯だった。
 アタシ、フィーノ、レオナルドさんは、喜んでそれを口に運び……。
 そこで、意識が途絶えた。
 何と表現すればいいのか。肉料理は極限までそのうまみが殺され、かかっているソースの苦みとえぐみが一気に襲いかかって来た。その味はいつまでも口に残り、延々と口の中でそのまずさを主張する。
 一言で言えば、あれは料理というものに対する冒涜そのものだった。
 しかも妹、うっかり量を間違え、自分の分を作り忘れたという。そう、妹は自分の料理を食べていないのだ。
 味見を忘れていないか妹よ。だが、それが良かったのか悪かったのか。
 アタシ達は何とか蘇生すると、材料が悪かったと言ってその料理を廃棄し、妹に二度と料理をさせないと誓ったのだ。

 フィーノは真実を伝えるべきだと主張する。妹があれ以来、何かと料理したがるのである。アタシ達何とかそれを阻止してきたが、そのたびにフィーノに真実を伝えろと言われる。
 だが、真実とは、時に過酷なものである。それを知ることが必ずしも幸福になるとは限らない。
 むしろ、あれを伝えるのはむごすぎる。

 妹はアタシの元気アピールに、「そっか、ならいいんだけど」と、料理をすることをやめてくれた。
 ありがとう神よ! 滅多に祈らないけど、今はあなたに感謝する!

「でも、調子が悪くなったらいつでも言ってね」
 料理したそうな顔で言う妹に、「大丈夫! 平気!」と慌ててもう一度元気アピール。
 大丈夫だから、料理をするなんて言わないで妹よ! 心臓に悪いから!

 クラースさんに、今日はもう帰るからとフィーノを返してもらい、そのフィーノに鬼のような形相でにらまれながら、アタシ達は帰路についた。

 今日も平和だった。多分。

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 ギャグってこれでいいんでしょうか?



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第27話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/07/28 22:28
 例えば火炎魔法メラの構成式。
 まず、発火しなくてはならない。何もないところで、マナの力のみで火を発生させる式。
 だが、発火しただけではいけない。持続しなければ意味がない。そのための式。
 持続している火がその場から動かなくては意味がない。だから、火を移動させる式。
 変な方向に行ったら、下手したら自分に向かってくるので、ちゃんと方向を定める式。
 その火が飛んでいくスピードの式。
 だがその火も、マッチ程度の火でいいのか、あるいはもっと大きな火がいいのか。それを定める式。
 火の熱さはどの程度なのか、それを決定する式。

 ざっと挙げただけでもこれだけある。無論、この他にも細かい式がいくつもあって、それらが組み合わさって一つの魔法術式となる。この式のバランスが崩れれば、当然魔法は不発か、あるいは暴走する可能性がある。
 基本的に、世の中の多くの魔法使いはこの術構成式の奥深さを知らない。基本的に教科書通りの魔法さえ使えていれば、それで十分だと考えているからである。
 だが、そのため術式をしっかり勉強し、身につけている実践派魔法使いは、教科書通りの魔法使いよりも数段上を行く。
 例えば、メラの火球に回転を加える式がある。普通のメラはただ飛んでいくだけだが、そこに回転が加わることで威力が上がるわけである。

「はい! このメラに回転を加える式はどこにどのような形で組み込まれますか?」
「分かりません!」
「じゃあ、この本の123ページから読み直し!」
「また!?」
「グダグダ言わない! さっさとやる! それとも読む本増やそうか?」
「読みます!」

 この式はグラウシュラーの回転方程式。
 結構この式のことは教えてるんだけど、なかなか覚えないなあ。

「と言うか、このメラの構成式複雑すぎるよ!」
「何言ってんの! これは一番オーソドックスなメラの式だぞ!
 定理とかをやる前に、きっちりそれぞれの魔法の基礎術式をやり直した方がいいね」
「うえ!?」
「その本読まなくていいから、これとこれとこれと……!」
「やめて! 本積まないで! そんなに読めないよー!」
「大丈夫! これ全部初心者用だから!」
「十分難しいよー! もうイヤー!」

 現在、理論の授業中である。
 今妹に読むように言ったのは、『始めよう、楽しい魔法理論』『初めての魔法理論』『基礎魔法理論・初級編』『覚えよう! 基礎魔法理論』『図で分かる魔法理論』『初心者必見! 魔法講座』である。
 全部超初心者用。難しい表現なんかも極力抑えられていて、初めて魔法理論に触れる人にも優しいもの。字も大きくて読みやすいし、ページもそんなに多くない。むしろ少ない。

 妹に魔法理論を教えるにあたって、どの程度分かるのかを見るために、初心者用から、上級者用までの本をそれぞれ数冊ずつピックアップして、読ませてみた。
 結果、超初心者クラスであるということが分かった。

 ちなみに、「これ読んで」と選んだ本を持っていったら、
「姉さん、これ全部読むの?」
 と、かなりひきつった顔で言われた。
 何冊持っていったかというと、十冊程度なのだが。確かにちょっと多めだが、時間をかければ読めなくもない。妹は基本的に勉強とは縁遠かったわけだから、そんなにすらすら読めるとは思っていない。上級者用も、あくまでも一応のつもりだった。
 だが、妹の疑問に当然のごとく頷くと、妹は「そんなに読めないよ!」と悲鳴を上げた。
 まあそう言わずに、ちょっと目を通すだけでも、と言ってみたが、妹はイヤだイヤだの一点張りで、どうしようもなかった。とりあえず、これを読んでみてくれと、持ってきた中で一番簡単な超初心者用の本を渡してみたら、渋々受け取ってくれた。

 ちなみに、アカデメイアの図書館で本を借りている。図書館には生徒同士が共同で勉強するための部屋があったり、休憩室があったり。たいてい図書館の部屋を借りて勉強会をやっている。ここなら多少大声出しても迷惑にならないんだよね。後はレオナルドさんの家に本を持って帰ってやったりもする。
 今は図書館の一室だ。

 で、受け取った本を読み始めた妹だが、ちょっと目を離したすきに、爆睡していた。本を手に持った状態で、机に突っ伏して眠っていたのである。
 多分、妹なりに頑張ったんだろう。だが、これでは話にならない。
 アタシは心を鬼にして妹を起こし、何とかその本を読んでもらった。
 読んだ感想。「さっぱり分からない」。

 で、一からしっかりとやっていっているわけだが、なかなかこれが進まない。いつまでも超初心者から抜け出せないのである。

「この式。火の勢いを持続させないといけないわけだけど、そのバランスをとるためにはこの発火させる式がまず重要なわけ。あと、火が移動している間に消えてしまったりしないようにするために、この持続の構成式にドラハムの定理が当てはまる。でも、ここばっかりに目がいってると全体のバランスが崩れて結果として魔法が発動しないことになっちゃうから、ここばかりに目を向けないで式を全体として捉えなければならない。一つ一つの式が独立して存在するわけじゃなくて、それぞれが相互に関連して初めて一つの術式になるわけだから……」

 妹は静かに聞いている。集中しているんだろうと、アタシはさらに本と照らし合わせながら説明していく。
 いやあ、こういうのって楽しいわ。なんだか爺ちゃんとの授業を思い出すなあ。
 まあ、アタシの場合、あんまり静かに聞くってことはなかったけれど。疑問があったらその場で聞くし、分からなかったらその時言うし。

「よし、今日はここまでにしよっか」
 アタシがそう言うや否や、妹は机に突っ伏した。「やっと終わった~」と疲れ切った声で言う。
 そんなに疲れたかアタシの授業? 何で? アタシの教え方が悪いのか?
 アタシは爺ちゃんとの授業で疲れたことなんかないし、妹の気持ちがよく分からない。

「あ、さっき渡した本、明日までに読んどいてね。明日メラの構成式中のそれぞれの式の関連性とバランスなんかについてテストするから」
 アタシの言葉に、妹が椅子から転げ落ちた。アタシが手を貸すよりも早く立ち上がり、
「さっきの本、今日中に全部読まないといけないの?」
 ほとんど絶叫と言っていい声を上げた。
「当たり前じゃん。しっかり読んでね」
 アタシの言葉に、妹はその場に崩れ落ちた。
 何がそんなにイヤなの? 勉強そんなに苦痛? 妹よ、アタシはあんたの気持がよく分からないよ。

 フィーノはクラースさんと修練場にいるから、迎えにいかないと。
 肩を落として、よたよたと歩く妹。溜息なんかもついて、かなりグロッキーである。
 ふうむ、散々フィーノからスパルタだなんだと言われてきたが、この妹の疲れようはそういうことなんだろうか? アタシとしては普通にしてるつもりなんだけど。
 だが、だからといってここで手を抜いてはいけない。ここが正念場だと考えている。
 今までのことからして、妹は勉強を苦手としているようだ。むしろ、苦手意識を持ってしまっている。
 だが、ちゃんと頑張れば結果は出るのである。結果さえ出れば、妹もやる気を出すはず!

 修練場では、フィーノがアイストーネードを使っていた。
 フィーノとクラースさんが使っている一角には学生が集まり、興味深々といった様子で見ている。
 学生の間から、
「あの子ハーフエルフらしいよ」
「すごい。あんな子供なのに、あんな術使いこないしてるぜ」
「クラース先生にかなりしごかれてるの見た」
「わたしも見たわ! ちょっと可哀想だったわよ」
「でもすごいなあ。僕も天術使えないかな?」
「クラース先生の研究が完成すれば、使えるようになるんじゃない?」
「じゃ、あの坊主には頑張ってもらわないとな」
「そうそう、そのためにやってるんだから」
「がんばってー! ハーフエルフくーん!」
 などという声が聞こえてきた。

 ダーマって、かなりハーフエルフに対してフレンドリーな人多い。アカデメイアでも、露骨に嫌悪感を向けて来る人もいるが、こうして温かく接してくれる人も多くいる。
 ここにいるのは、ハーフエルフに対して好意的な学生達のようだ。
 こうしてハーフエルフだとかいうのにこだわらずに接してくれる人たちがいるのは嬉しい。ユミルの森ひどかったからね。あれ思い出すと、ここが天国のように思えてくる。
 ハーフエルフに対して差別意識を持っている人も、ここではそれをあまり表に出せないのか、露骨に悪意を向けては来ても、ユミルの森の時のようにはならない。
 やっぱり、爺ちゃんとルシェッド、レオナルドさんの努力のたまものなのかもしれない。
この調子で、意識改革が進めばいいけど。

「クラースさん、フィーノを迎えに来ました」
「おお、もうそんな時間か」
 紙に何かをメモしていたらしいクラースさんに話しかけると、クラースさんは上機嫌で答えてくれた。様子を見る限り、時間を忘れていたようである。

 クラースさんが書いていたメモを見ると、そこにはアイストーネードの術式が書いてあった。
「クラースさん、アイストーネードの効果範囲を広げたいんですか?」
 メモを見ると、それらしい術式考察の後が見られたのだ。
 クラースさんは難しい顔をしてうなずくと、
「現在のフィーノ君の魔力で、効果範囲は約半径2メートル。それを半径三メートル程にしたいのだが……」
 クラースさんが言葉を詰まらせた。考えは分かる。
「効果範囲を安易に広げようとしてしまえば、術の威力と持続時間が半減してしまうんですね?」
「そうなんだ。それでは意味がない。先程から術式の構成を色々いじっているんだが……」
「それなら、これはどうです? 冷気を発生させる術式と、エネルギーを回転させる術式を……」
「いや、それはもうやってみたんだ。だが、持続時間がかなり削られた」
「なら、効果範囲の術式と持続の術式、回転の術式に相互に干渉する術式をここに置いて……」
「ふむ? それはいいかもしれんな。いや、だがそれではエネルギー回転の式が矛盾してしまう。術が発動しないぞ」
「むう。それなら冷気発生の術式のところにパウラーの定理を置いて、持続時間の術式のここに効果範囲の術式と連動する術式を……」

「だれ? あの子」
「レオナルド先生のところに泊まってる客人だって」
「ナニモンだよ? クラース先生とまともに魔法理論の話してるぜ」
「聞いた話だと、レオナルド先生も知恵比べでしてやられたって……」
「ウソだろ? ここの学生じゃないのか?」
「違うよ。でも、ここの施設利用していいことになってるって」
「ただもんじゃねえ……」

 何やら向こうが騒がしいのだが、いったい何? そっちを見てみると、集まっている学生たちにめちゃくちゃ見られていた。
 恐ろしいほど真剣にこっちを見ているものだから、ちょっとびびってしまった。
 横を見ると、妹が何やら誇らしげにしている。今までの疲れた様子はどこに行った妹よ? 何かうれしいことでもあったんだろうか?
「どうかしたの?」
 尋ねると、妹は満面の笑みで、
「姉さんは、やっぱり凄いんだよね!」
 妹よ、いきなり意味が分からない。私の何がすごいって? そして、それで妹の気分が良くなるのもよく分からない。私が何かすごいと、妹にいいことがあるんだろうか?

「いい加減にしとけよ、この学問バカども! オレはもう疲れたんだよ!」
 しまった忘れていた。フィーノを迎えに来たんだった。クラースさんとの話に夢中になりすぎた。
「ごめんごめん。じゃ、帰ろっか」
「オレがどんなに大変か、お前全然分かってねえだろ!」
「いや、分かってるけど」
「ウソつけえ!」
 むう、何を熱くなっているんだフィーノよ。反抗期か?

「いやいや、今日もありがとうフィーノ君。また明日頼む」
「ホントはイヤなんだけどな! 何でオレがこんな大変な目に会わなきゃなんねえんだよ!」
「まあまあフィーノ。これも偉大な研究のためだから」
「それですべてが許されると思うなああああああ!」
 ますますヒートアップするフィーノ。絶叫といっていいほどの音量で、かなり怒っている様子。

「まあまあ、今日の夜ごはんはフィーノの好きなチーズハンバーグだからさ」
 アタシの言葉にフィーノは言葉をピタリと止め、
「けっ、しょうがねえから、勘弁してやるよ」
 ふっ、ちょろい。ハンバーグにつられるあたり、まだまだお子様である。
 横で妹が「フィーノ君、それでいいの……?」と呟いているが、いいんじゃない? 本人それで納得してるし。

「さて、私も帰るかな」
 何やら笑いをこらえている様子のクラースさん。今のフィーノの反応がツボだったのかもしれない。
 それを見てフィーノが何やら言いたそうにしているが、
「じゃあ、帰るよ」
 アタシはフィーノの手をとり、クラースさんにさようならとあいさつしてその場を後にした。
 クラースさんもさようならと返事を返してくれて、それから帰り支度を始めたようだった。

 集まった学生さんたちにも頭を下げ、帰路につく。
 学生さんたちの視線を背中に感じながら、何でこんなにも注目されているのか不思議に思う。
 妹に聞いてみると、
「姉さんがすごいからだよ」
 と、やはり満面の笑みでそうとだけ言った。
 だから、何がすごいんだってば。
 フィーノに聞いても、
「さて、知らねえなあ?」
 と、明らかに知っていて黙っていますという雰囲気。
 結局、なんなのさ?

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 感想で、「人間は魔法を作る前から“魔法回路”が身体に備わっていたという事にならないか」という疑問がありました。
 確かに、そういうことになりますね。
 シンフォニアやファンタジアでは、魔術を使えるのはエルフの血を引く者のみ(例外あり)でしたが、ドラクエの場合、種族に関係なく魔法が使えます。シリーズによっては、転職などによってどんなキャラやモンスターでも、全ての魔法を使えるようにできます。
 このssの世界ではマナが存在していて、それで魔法や天術を使っています。この世界のすべての生き物は、マナにアクセスする能力を基本的に持っているということでいいですか? それが「装置」という表現になっているということで。
 魔法天術が使えない存在も、一応持ってはいるということで。

 こんな感じでどうでしょう?



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第28話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/08/05 15:32
 天気もいいある日の午後。ポカポカ陽気で気持ちのいい中、サンドイッチなんぞでピクニック気分。
 何のことはない、アカデメイアの中庭である。天気もいいしということで、たまには勉強とかはなしにして、まったりしようじゃないかと思ったわけである。
 ちなみに今ここにいるのはアタシ、妹、フィーノ、ついでにクレシェッドである。クレシェッドはたまたま今日アタシ達の様子を見に来たので、一緒にいかが? と誘ってみたのである。
 そしたら、クレシェッドがアカデメイアでいいところがあると、この中庭に案内してくれたのだが、ここがまたいい。しっかりと手入れがされた花畑が一面に広がり、その周りに濃い緑の葉をつけたおっきい木が植えられている。学生や教師達の憩いの場であるらしく、ちらほらとここでアタシ達のようにまったりしている人がいる。

「いやー、クレシェッド感謝。こんないいとこ教えてくれるなんて」
「本当です! とてもきれいで、いい所ですね」
 アタシの言葉に妹が続き、それにクレシェッドが照れる。フィーノは特に景観を楽しんでいる様子はなく、黙々とサンドイッチをぱくついている。
 子供は花より団子ですかそうですか。いや、人それぞれなので、別にいいのだが。

「いえいえ、喜んでいただいて何よりです。それより、僕がお邪魔してしまってもよかったんですか?」
 なんだか遠慮がちなことを言う奴である。こっちから誘ったんだからそんなこと気にしなくていいのに。さらに言うなら、
「一緒に旅する仲間じゃん、当然でしょ」
 アタシの言葉が意外だったか、クレシェッドは目を丸くし、やがて嬉しそうにほほ笑んだ。
 うむ、こうして改めて見ると、結構二枚目の兄ちゃんである。家柄もいいし、さぞモテるんじゃなかろうか。

「旅の仲間、か。なんだか照れくさいですね」
「へん、そんなんで勇者パーティーの仲間が務まるのかよ?」
 意地の悪いことを言いつつ、フィーノはまた一口ぱくり。フィーノとしてはちょっとからかってやろう、程度のことだったんだろうが、フィーノのその言葉に、クレシェッドは一気に表情を暗くさせた。
「そう、なんですよね。僕なんかに、そんな大役が務まるのかどうか……」
 おいおい。何をナーバスになってるんだ。務まると思われたから任されたんじゃないのか?
 そう考えて、ふと逆のことを思った。どうでもいいと思われているから、危険な勇者の旅に同行させるのでは、と。

 勇者の旅には多くの危険が伴う。強力な敵から狙われているのは分かり切っているし、勇者の最終目的は魔王討伐。だが、魔王がそう簡単に倒せる存在なわけもない。実際、世界最高の勇者として知られていたオルテガは、それを果たせなかった。
 魔王の居城へ乗り込むにはオーブを集めるとか、結界の封印を解くとか、色々と面倒な手順を踏まないといけないし、それらがどこにあるのかも不明。はっきり言って、どうしろっていうんだという話。
 そんな旅に同行しろということは、つまりは捨て駒ということなのではないか。

 クレシェッドの家は結構な名家だ。自分で、発言力も強いといっている。これは家の力だろう。
 だが、クレシェッドは家の跡継ぎとか、そんなポジションではないのかもしれない。ボルネン一族の出ではあるものの、一族にとってはわりとどうでもいい存在なのかもしれない。
 クレシェッドはここ、アカデメイアで学んでいたという。だから魔法理論もそれなりに修めているらしいが、使える魔法は回復の魔法が中級までと、風の魔法が中級まで。後はちょっとした補助魔法と、浄化魔法。これらの魔法の威力がそれほど強いわけではなく、だからといって白兵戦に強いというわけでもない。
 爺ちゃんみたいな天才は規格外だとしても、クレシェッドは一族にとってさほど優秀な人間じゃないのではなかろうか。
 いや、クレシェッドの魔法の力は一応平均以上ではあるが、強力な天術を使いこなすフィーノと比べると見劣りしてしまう。回復にしても、妹も回復も魔法は使えるし、アタシも回復の天術が使える。
 言っちゃあ悪いが、クレシェッドがついてくるメリットが、こちらにはないのである。そしてそれは、ダーマの方も同じなのではないだろうか。

 クレシェッドがアタシ達につけられたのは、おそらく監視の意味合いが強い。だが、ダーマとしては優秀な人材をみすみす危険な旅に同行させて、死なせたくない。なら、死んでもいい人材をつければいいじゃないか。だが、勇者の旅に同行させるのに、死んでもいい人材だからとボンクラをつけるわけにもいかない。だが、クレシェッドは家柄もいいし、うってつけではないか。
 こんなところではないだろうか。

 同じようにロマリアから同行しているフィーノの場合、これは確実に陛下が、フィーノになら務まると考えて、信頼しての采配だと思うのだが。部隊の中でもなかなかの実力者のようだし、『勇者』を試す要員として選ばれているのだから、どうでもいいような存在じゃないだろうし。

 自分で考えといてなんだが、結構エグイ。『勇者』というものに、ダーマがどんな考えを持っているかは知らないが、クレシェッドの立ち位置がアタシの考えた通りだったら、エグイ。ドロドロした背景なんかが、ダーマ上層部とか、ボルネン家とかにあったりして。
 なんだか、クレシェッドが可哀想な気がする。ようするに、「お前は死んでもいいよ」って、ダーマ上層部、ボルネン家、あるいは両方から思われていることになるのだから。
 仲間として一緒に旅をする以上、見捨てたり、みすみす死なせたりはしないけど。

「ま、しんみりしてないで、食え」
 考えたことなどおくびも出さず、アタシはサンドイッチを差し出した。結局、誰が何考えていようと、一緒に旅をする仲間には違いないし、態度を変える必要もないのである。
 と言うか、せっかくのピクニック気分が台無しになるのはごめんである。せっかくいい天気で、みんな気分いいのに。
 クレシェッドは「そうですね」と苦笑すると、いただきますとアタシの手からサンドイッチをとって、一口。
「おいしいですね」
「でしょ? はさんでるチキンのタレ、自信作」

 そんなこんなで、クレシェッドもしんみり状態から脱し、和気あいあいとピクニック気分を楽しんでいた時。
「君かい? 最近調子に乗ってる部外者は」
 台無しにする、気分の悪いバカにした声が聞こえてきた。
 ちらりと見てみると、こちらを完全に見下した男が一人と、それの後ろにくっついている男が二人。
 こんなんの相手をする必要なしと考え、アタシは無視した。フィーノも無視しているが、妹はその男達を見ながらオロオロしている。
 妹よ、こんなんは無視するに限るんだよ? 下手に相手をするとつけ上がるし。ほら見ろ、フィーノだけでなく、クレシェッドもしっかり無視してるじゃないか。

「おい、無視するなよ」
 若干いらついた声で、男はさらに詰めよってくる。
 うるさい、あっち行け。アタシ達は今、まったりしているのだ。邪魔するな。

「タッドさん、こいつ、クレシェッド・ボルネンですよ」
 後ろにいた一人が、無礼にも指差して、見下し切った口調で言った。
「へえ? あの、ボルネン家の劣等生か」
 その言葉に、クレシェッドが一瞬震えた。そんな事には構わずに、男たちは続ける。
「あのレオナルド先生や、クラース先生にくっついてる部外者が、あの劣等生の連れとはね。ま、劣等生には、この薄汚い連中はお似合いだね」
「まったくですね!」
「その通りです、タッドさん!」

「ちょっと、何なんですか、あなた達!」
 仲間をバカにされたことで頭にきたか、妹が立ちあがって抗議するが、男たちは嘲笑を浮かべ、
「何って? 僕を知らないのかい? これだから低能な連中は困るんだよ。
 僕はサンツィー家のタッド様さ。ダーマでは知らない人間はいない名家だよ」
「あっそ。それで?」
 何やら自慢げにお家自慢をしていた男が、アタシの言葉に一瞬ぽかんとした表情をうかべ、そして顔を真っ赤にした。
 アタシはちらりと見るだけで、そちらに顔を向けたりはしない。すぐにサンドイッチに意識を向けた。
「それで? だと? よそ者の分際で、いい気になるなよ!」
 よほど家が自慢なのか、タッドとやらはそれが無視されたことに腹を立てたようだ。
 アタシは鼻で笑って、言ってやった。
「ダーマの名家の人間のわりに、ずいぶんと下品じゃないか。あんたのとこでは、初対面の人間に対して、バカにした態度をとるのが礼儀なわけ? それが礼儀なら、こっちもそれなりの態度とらせてもらうけど」

「な? 無礼だぞ!」
「タッドさんはダーマで一、二を争う名家の出だぞ!」
 どうやら、後ろの二人は取り巻きのようで、自分達のリーダーをバカにされたことが怒りにふれたらしく、こちらを射殺さんばかりに睨みつけて来る。
 怖くなんてないけどね。こちとら極限の状態で命のやり取りをしているのである。ぬるま湯に浸ったボンボンの視線なんぞ、蚊に刺された以下である。

 ま、よく分かった。
 ようするに、ボルネン家とサンツィー家はお互いにライバル視しているということだろう。互いに自分の一族こそがダーマ一だと考え、相手を疎ましく思っている。
 で、こいつらのリーダー格であるお坊ちゃんはサンツィー家の人間で、ボルネン家の人間であるクレシェッドはいわば敵にあたり、そしてボルネン家の中でもおそらく地位が低いであろうクレシェッドは、格好の的なのだ。
 ふん、相手の立場が弱く、自分に逆らえないのを知っていていたぶるとは、なかなかいい趣味をしている。が、それでは人としての程度が知れようもんである。

「はいはい、分かった、分かった。
 で? もともと、アタシに用があったんでしょ? 何の用?」
 相手にしてません、というのを前面に出して対応してやれば、こいつらは見下していた相手に逆に見下されたと感じたか、怒りを隠さず言い放った。
「君、最近調子に乗っているそうじゃないか? レオナルド先生やクラース先生の手を煩わせて。あの人たちは君なんかとは次元の違う存在なんだ。ちょっとは身の程をわきまえろよ」
 つまり、レオナルドさんやクラースさんに気に入られているらしいアタシに嫉妬していると。自分のようなエリートがなかなか構ってもらえないのに、アタシみたいな部外者があの人たちと接しているのが許せない、といったところか。
 子供か。あんた何歳児だ。

「で?」
 促すと、得意げに笑みを浮かべ、
「ここから出ていって、二度と関わらないでもらおうか。どうせ大した学もない田舎者だろ? こんなところにいることが場違いなんだよ」
 お坊ちゃんから視線を離して周りを見ると、妹が怒りに燃えた目でお坊ちゃんを見ていて、クレシェッドが申し訳なさそうにしていて、フィーノは関心がないのかあくびなんぞしている。

 そして、「やだね」と言葉を発しようとした時、
「姉さんは学がないなんてことはありません! レオナルドさんやクラースさんだって、姉さんのことを認めてくれてます!」
 妹が、怒りに燃えた瞳で言い放った。
 その言葉に、お坊っちゃんたちはしばらく黙っていたかと思うと、大笑いし始めた。
「傑作だね! こんな貧相ななりの奴が、あの人たちに認められてるって? あの人たちはいい人だからね、勘違いしてるんじゃないのかい?」
「ちょっといいこと言われて、勘違いしてるんじゃないか?」
「可哀想な奴だな! 頭がさ!」
 それぞれが言いたい放題。妹は、怒りのためか、目に涙をうかべている。

「なら、試してみたらいいじゃねえか」
 そんな中、冷静なフィーノの声が耳に入って来た。
「なに?」
 いぶかしげな様子のお坊ちゃんに、フィーノは挑発的な笑みをうかべた。
「こいつが本当に学がないかどうか、実際に確かめればいいじゃねえか」
 フィーノの言葉に、お坊ちゃんは「ふむ」と機嫌良く頷くと、
「いいだろう。エリートと凡人の違いを見せてあげよう」
 簡単に乗って来た。

 いや、嬉しいもんだね。何がって、フィーノの信頼が。フィーノがこんなことを持ち出したのは、アタシがこんな奴らより下のわけがないと思ってくれているからだ。
 あの挑発的な笑みが、全てを物語っている。「お前らなんかが、こいつに勝てるものか」と。
 そこまで信頼を寄せられて、裏切れるはずもない。さっくりやってやりましょう。

 お坊っちゃんたちは紙を取り出すと、おもむろに術式を書き始めた。そして、
「この式が何か分かるかな?」
 小手調べということか、ニヤニヤした嫌な笑いをうかべながら言ってきた。
「ヒャドの術式でしょ」
 すぐさま答えてやると、お坊ちゃんは思惑が外れたのか、一瞬固まった。
 どうやら、答えられない、あるいは、答えられても時間がかかると思われていたのかもしれない。
 だが、すぐに気を取り直して、
「なら、この式にロウザナの定理を足したら、どうなる?」
「氷塊がらせんを描いて飛ぶ」
 またまた固まるお坊ちゃん。
「どこに、どのようにその定理を足したらいい?」
「まず氷塊を発生させる術式とのバランスをとるためにここに連動式を、そしてその連動式とバランスをとって、ここに置く」
 紙とペンを相手から取って、書き足しながら言う。
 完全に固まってしまった。アタシは、かなり舐められていたようだ。

 お坊ちゃんは怒りか悔しさか、体を震わせ怒鳴るように言い放った。
「なら! ルーラの術式を書いてみろ! 完璧に!」
 瞬間移動魔法ルーラ。一度行った場所のイメージを浮かべることによって、そこが現在地から何カ月もかかる場所であろうとほぼ一瞬で移動する呪文である。
 場所を指定する式。
 移動する際に空を経由するので、まずは飛ぶ式。
 そこから移動する式。
 着地する式。
 忘れてはいけないのが、移動する際に、超高速での移動に体が耐えきれないため、それを防ぐためのいわばバリアーを張る式である。これを忘れたら、空中でミンチになる。
 さらに、着地の際、勢いを殺す式を入れておかないと、落下の衝撃でやっぱりミンチになってしまう。
 遠く離れた場所でも一瞬で移動するための、超高速を出す式も忘れてはならない。
 実はこのルーラの式から、空中を好きなように移動できる魔法もできるんじゃないかと思われるかもしれないが、これができないのである。ルーラ術式は絶妙なバランスによって成り立っており、それから一部を抽出する形になる空中移動の式はどうしてもバランスが悪くなり、発動しないのである。
 空中移動の式は、長年にわたり研究され続けている。アタシも術式考察をしてみたのだが、何度やってもバランスがとれず、発動しない結果となってしまった。何度悔しい思いをしたか。
 話がずれたが、ルーラの術式はなかなかに複雑なのである。それぞれの術式が長く、それらの連動式も複雑になっており、気を抜くと術式を間違えてしまうのである。

 そんな事を考えつつも、アタシは手を動かす。その様子を見て、ボンボン達が色めきたった。
「ほい、完成」
 出来あがった式を見せると、明らかに動揺した様子で、
「バカな、ルーラの術式を、なにも見ずに?」
「こんなに早く書き上げるなんて……」
「学者でも、ある程度本を見ながらじゃないと書けない人もいるのに……」
 ぼそぼそと、狼狽しながら口にした。残念ながら、小声すぎて内容までは聞き取れないのだが。

 ボンボン達の腰が完全に引けている。それを見て、フィーノは底意地の悪い笑みを浮かべる。思惑どおりになって、しめしめ、とでも思っているのだろうか。
 クレシェッドは驚いた様子でアタシを見ていた。妹はというと、得意げにボンボン達を見ている。

「で、でたらめだ! こんな奴が、完璧なルーラの式を書けるものか!」
「ふうん? あんたはこれがでたらめだって思うんだ? いいよ、なら本見るなり、そこいらの学生やら教師の人たちに聞くといいさ。
 でも、エリートって、これが正しいかどうかの判断もできないの?」
 取り巻きその一が言い放った言葉に、アタシは即座に言い返した。案の定、言葉をなくして、顔を真っ赤にして黙りこむ。

 お坊ちゃんはしばらく黙ってルーラの術式を眺めて、
「……僕の負けだ」
 静かに、敗北を認めた。
「無礼をした。これは、レオナルド先生や、クラース先生も認めるはずだ」
 今までの傲慢さはどこへやら、いきなり殊勝な態度になって、正直気持ち悪い。
 そんなことはおくびにも出さず、アタシはただ静かに聞く。
「あの人たちが構っているのが、ぽっと出の小娘なんて、僕のプライドが許さなかった。だって、僕はエリートなんだから。
 でも、今ので分かったよ。君は大した人だ」
 相手を素直に認めることはできるようである。この手のタイプって、追いつめられると逆切れする奴が多い様な気がするんだけど。

「そんな、タッドさん!」
「こんな奴に!」
「黙れ! 彼女は大物だよ。間違いなくね」
 不満を漏らす取り巻きに一喝し、何気にほめて来るお坊ちゃん。
 ちょっとやめてよね、照れる。

「クレシェッド」
「何でしょう?」
 今までのとげとげしさが抜けたお坊ちゃんは、ライバルの家の人間であるはずのクレシェッドに対しても、今までにない柔らかな態度で呼びかけた。
「さっきはすまなかったね。嫉妬してたんだ。
 君、『勇者』に同行するように命じられたんだって? そんな名誉な事を、ボルネン家の人間に取られたのが悔しくて」
「いいんですよ」
 内心は複雑だろうに、クレシェッドは笑顔で許した。あんまりこのことを引っ張ったら、家同士で厄介なことになるからかもしれない。

「お前ら間抜けにも程があるぜ。誰が『勇者』か知らねえのかよ?」
「は?」
 フィーノの乱暴な言葉に、三人は間抜けな顔をさらした。それを見てフィーノはけたけた笑い、
「こいつ、『アリアハンの勇者』」
「え?」
「で、こいつがその姉の『英雄』」
「はい?」
 三人はしばらくアタシ達を見て、
「なんだってえええええ?」
 絶叫を上げた。

 それからが大変だった。「無礼をいたしました」「どうかお赦しを」などと、大袈裟なことをするもんだから、こっちとしてはどうしていいものやら。
 周りからも「何事だ?」と注目され、「勘弁してくれ!」と何度も言ったのだが、なかなかやめてくれず、むしろこっちが「もう許してください」と言いたくなる状況。
 ピクニックもそこそこに、「じゃ! そうゆうことで!」と適当な言葉でその場を去った。

 ダーマにおける『勇者』の在り方がちょっと分かった。
 先程のお坊ちゃん、名家の出ではあれど、アカデメイアの学生らしいから、まだ何かの役職についている様子はない。つまり、一般市民と大差ない。
 その彼があの様子だということは、つまりダーマの一般人にとっては、『勇者』とは先程のような態度をとる対象であるということだ。
 ダーマ上層部はまた全く違うだろうけどね。教皇の態度から、魔王討伐に期待はしているようだけれど。そうじゃなきゃ、オーブだのなんだの教えないと思う。しかも封印解除のためのモノが、このダーマにあるとなればなおさら。

 おのれフィーノめ。余計なことを。これじゃあ、いざという時エスケープできないじゃないか。
 むしろそれが狙いか。

 なんだか疲れた、ある日の午後だった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 感想で、色々とダーマ編のネタを提供していただいているのですが、そろそろダーマ編終わりにしようかな、と思ってます。
 ダーマ編は非常に楽しいですし、いいネタもたくさんいただいているのですが、そろそろ進んだ方がいいかなと。
 どうでしょう?

 追記
 浄化魔法はニフラムです。書きなおす前は昇天魔法と書いてありましたが、昇天はザキと感想で教えていただいたので。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第29話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/08/03 21:56
 雨なんぞが降り、なんとなくアンニュイな気分になるある日の昼食時。アカデメイアにいくつかある食堂の一つで、アタシは大盛りランチを食べつつ悩んでいた。
「姉さん、どうしたの?」
 さすがに見かねてか、量少なめのレディースランチを食べていた妹が聞いてくる。
「どうせまた、なんかの魔法の術式かなんかだろ?」
 ほっとけよ、と言うのは海老フライ定食を食べているフィーノ。お子様ランチはさすがに頼まなかった。

 いつもはアタシがレオナルドさんのところで作ったお弁当なのだが、たまにはということで、学食の味を味わっているのである。
 自分以外の人が作ってくれたご飯っていうのも、なかなかいい。

 などということはどうでもいい。アタシが悩んでいるのは、フィーノの言ったことではない。
「いやね、そろそろダーマに滞在して三カ月たつな、と思って」
 アタシの言葉に、妹とフィーノは納得した顔で口に含んだ物を飲み込んだ。
「そっか、もうそんなになるんだね」
「オレがお前らの実験台にされ始めてからそんなに立つわけかよ」
 何やら感慨深げな妹と、不満げな顔で睨みつけて来るフィーノと。
 フィーノの視線を受け流しつつから揚げを咀嚼し、飲み込む。それにフィーノが顔をひくつかせるが、知らんぷり。
 アタシじゃないもーん。クラースさんだもーん。

 アタシを睨みつけても意味がないと悟ったか、フィーノは不満げな顔はそのままに、
「つまり何か? そろそろどっか行こうって話か?」
「いつまでもダーマにいるわけにもいかないと思うんだよね。でさ、どっか行きたいとこない?」
 アタシの言葉に、二人は眉をひそめ、
「って、言われてもなあ。オレはお前らについていくだけだぜ?」
「私も、特に行きたいところはないかなあ」
 むう、特にアタシも行きたいところはないし、これでは動きようがないじゃないか。

 いや、別に無理して動かなくてもいいとは思うんだけど、一応『勇者パーティー』だからね、アタシ達。魔王討伐のための旅をしているということになってるし、ロマリアからもダーマからも、圧力かかってるし。このまま動かないわけにはいかないのである。
 あんまりのんびりしてると、陛下あたりが何かしらしてきそうな気がしなくもない。

 知り合いがいる国なら、ポルトガなんだけど。
 実は、爺ちゃんが死んでから、アタシはポルトガ方面と一切連絡を取っていないのである。爺ちゃんが死んだことも教えていない。
 いや、ただ単に、向こうに連絡するのアタシが忘れてただけなんだけど。爺ちゃんが死んだショック、旅のこと、妹のことなどで頭がいっぱいで、ポルトガ方面のことがスポーンと頭から抜け落ちていたのだ。
 ツンデレ坊ちゃんなんかは、会ったら即文句を言ってきそうな気がする。大剣使いの騎士のほうは大丈夫だろうけど。
 正直、ポルトガには行きたくないなあ。坊ちゃんに「忘れてました」なんて言ったら斬りかかられそうだし。
 よし、ポルトガは行かない方向で。

 三人が三人とも、特にどこに行きたいという意見がないので、話が進まない。
 食事も終わり、そのままどこに行こうかー、なんて言ってたら、
「おー! 見つけたー!」
 いつか聞いた、陽気な男の声がした。

 その気配はアタシ達に向かって真っすぐ来る。どうやら、アタシ達に用があるようだが。
 そちらを向くと、なんとゼロス・ワイルダーがいた。
 何やら楽しげな顔で、こちらに向かって来て、
「探したよー! たいてい図書館にいるって聞いたのに、いないしさー」
 開口一番そう言った。

 いったい何? この男が、アタシ達に何の用があるというのか。
 この男、マーテル教の象徴とも言うべき神子である。ダーマの中でも別格の存在で、ある意味教皇と並ぶ力を持っているといえる。
 そんな奴に探されるって、いったいなんだ? ダーマ上層部から何かあるというのか?

 そんなアタシの心情など知るはずもなく、ゼロスはニコニコと笑ったまま、
「実はちょーっと、助けてほしいんだよねー」
「何を?」
 厄介なことじゃないだろうな? 警戒しつつも、それを表に出さずに聞き返す。すると、ゼロスはとんでもない事をのたまった。
「次の魔法理論の講義担当の人が病気でダウンしちゃってさー。代わりに講師やってくれない?」

「出来るかああああああああ!」
 相手がダーマにおいて絶対的な存在である神子であることも忘れ、アタシはたまたま机に置いてあった『メラ系魔法の方程式』という本で、べしこん! と頭をはたいた。
 そんなに分厚い本ではないので、ダメージはほぼないはず。実際、ゼロスは「痛いなー」などと言いながらも、まったく痛くなさそうである。
 その姿に、アタシは一瞬「角で殴っときゃよかった」と思うが、それで怪我でもされたら「神子様になんてことを!」ということになりかねないので、自分の理性に感謝する。

「出来るってー。次の講義でやるのはグラウシュラーの回転方程式だから」
「それはどういう根拠だ? アタシはただの準学生!」
「だって、クラース先生と回転方程式について熱く語り合ってたって聞いたしさー」
「理由になるか!」
「いやいや、あの人と魔法理論の話をまともにできる人、そうそういないからねー。いけるって!」
「どこから湧いてくるんだその自信! アタシがちゃんとした講師の人の代わりになるかあああああああ!」

「姉さん」
 ヒートアップしていると、横から声をかけられた。くはー、くはー、と息を整えクールダウン。妹に顔を向けた。
「何?」
「出来るよねえさんなら! いつも私に教えてくれてるじゃない!」
「いやそうだけど! それとこれとは話が別で!」
「いいじゃねえか。面白そうじゃねえの? 何事も挑戦だろ?」
「フィーノお前もか! ふざけるな他人事だと思って!」
「他人事だしな」
「確信犯かあああああああ!」

「ちなみに」
 せっかくのクールダウンが台無しになった時、ゼロスが、何が楽しいのか殺意すら湧く笑顔で、
「推薦者はクラース先生とレオナルド先生。担当の人がダウンしてじゃあ今日の講義はなしかってなった時に、クラース先生が「それなら彼女に頼むといい。彼女ならやれるだろう」って言って、レオナルド先生がそれ聞いて上と掛け合ってオーケー出たの」
 何してくれてんだあの人たちはああああ! アタシをなんだと思ってるんだ!

 そして、
「初めまして。今日だけマイケル先生の代わりを務めさせていただきます、アデルです。よろしくお願いします」
 結局やらないといけなくなった。
 比較的広い教室で、席はほとんど埋まっていた。
 ゼロスが、一番前の席から笑顔で手を振ってくる。その横に、妹とフィーノが座っていた。妹は何やら輝いた瞳で見て来るし、フィーノはアタシが緊張している様がおかしいのか意地の悪い笑みを浮かべている。
 アタシが臨時講師をするからということで、妹とフィーノも特別に講義を受けられるのである。

 教室内は、多少ざわついてはいるものの、それだけだった。てっきり「ふざけるな!」というヤジが飛んでくると思っていたのだが。
 むしろ、こちらを見ている目には好奇心のようなものが見える。悪感情のこもった視線はない。
「あの子、レオナルド先生のお客様ですって」
「あの、噂の?」
「クラース先生とまともに魔法理論の話してたって」
「知ってる。この前見た」
「あの二人の会話聞いて、マイケル先生ショック受けたんですって」
「え? じゃあ、病気ってそれ?」
「さあ? でもさ、楽しみだよな」
「そうだな。なんてったって、あの二人のお墨付きだもんな」
「どんな講義になるんでしょうね」

 あの、すいませんみなさん。ぽっと出の小娘に何を期待してらっしゃいますか? 何でそんなに期待に満ちた目で見て来るのですか? アタシは特に何かなした研究者じゃないですよ?

「えっと、じゃあ……、始めます」
 アタシの言葉に、ざわつきがぴたりと治まった。みんながみんな、真剣な顔でこちらを凝視してくる。その多くの視線にビビりつつも、アタシは講義を進めるため、口を開いた。
「今日のテーマはグラウシュラーの回転方程式です」
 そう言いつつ、アタシは黒板にその式を書いていく。後ろから、その式を書き写しているのだろう、いくつもカリカリと音が聞こえる。
「この式がグラウシュラーの回転方程式です。まず、この式をメラに組み込んでみましょう」
 そして、普通のメラの式と、方程式を組み込んだ式を書く。
「見比べてみてください。こちらがオーソドックスなメラの式。こちらが回転方程式を組み込んだ式です」
 そして、棒で指しつつ説明していく。ちなみに現在、めちゃくちゃ緊張していて、口の中がカラカラです。誰か助けて。

「大事なのは、ここと、ここのバランス。だからといって他をないがしろにしていいわけじゃありません。例えばここ、ここを間違うと火がついた瞬間消えます。何故かというと……」
 講義は順調に進む。時折ざわついたり、誰かの話声がしたりするが、大声で騒いだりなどといったことはないので許容範囲である。
「あの子、さっきからなにも見ないで授業進めてるよ」
「式書く時も何も見てないもんな」
「考察が見事だな。何でそこのバランスが大事かとか、間違ったらどうなって、それは何故かとか」
「マイケル先生より説明上手くないか?」

 講義は進む。
「メラ、メラミ、メラゾーマ、それぞれの術式が全く違うということは、皆さん知っていると思います」
 そう、同じ系統の魔法でも、式の内容は違うのである。似てはいるが。発火の式でも、それぞれの魔法によって式が違うのである。魔法の威力、規模などが違うと、式がどうしても違ってくる。メラがこうだからメラミもこうだろう、などということをやると、魔法は失敗する。不発か暴走かは、どのように間違ったかによるが。
「メラミの場合、回転方程式を組み込んだ式はこうなります。メラゾーマはこれです」
 黒板に書いた式を、カリカリとみなさん書き込んでいく。

 ちなみに、妹はちゃんと授業を受けているが、フィーノは寝ている。フィーノにしてみれば、自分が使うのは天術だから、魔法の話はどうでもいいのだろう。と言うか、講義をまともに受けるつもりなんか、さらさらないんだろうし。
 妹は講義を受けれると聞いて喜んでいたのだが、フィーノは面倒くさそうにあくびなんぞしていた。
 そして意外にも、ゼロスがきちんと講義を受けている。ちゃんとノートを取っているし、寝たりしていない。ゲームでは女の子達にノートを見せてもらっていたとか言っていたが、やはりゲームとここで実際に存在している人物とでは違いがあるということか。

「はい! 質問です」
「どうぞ」
「はい。前に行っていいですか?」
「いいですよ」
「では、失礼します。えーっと、メラに方程式を組み込んだ場合……、ここと、ここに気をつけるように言われましたが、メラミの場合は……、ここですか?」
「はい、その通りです。でも、実はそこより重要なのが……、ここ。ここをこうすると……、ほら、術が発動しなくなります。それはこの式の影響を受けて、この連動式とのバランスが崩れるからです。
 あなたが言ったところの場合、ここを間違うと、こっちの持続の式とその連動式に影響が出ます。……こうですね。分かりますか? これでは暴走しますね」
「はい、よく分かりました。ありがとうございます」

 時折質問なんかが飛び出すが、ちゃんと説明できたのでセーフ。しかし、心臓がバクバクいって、正直気が遠くなりそうです。

 そしてついに、
「それでは、今日の講義はここまでとさせていただきます。ありがとうございました」
 終わった。達成感が心に満ちる。と同時に、学生のみなさんが一斉に拍手しだした。
 び、びっくりした! あまりにもびっくりしたもんだから、黒板に背中をぶつけてしまった。
 皆さんいい笑顔で拍手している。あまりにも恥ずかしかったもんだから、頭を下げて、フィーノを叩き起こすと、妹とフィーノの手を引いて急いで教室から出ていった。

「あー、疲れた」
 そしてアカデメイアのカフェでカプチーノを頼むと、力尽きてテーブルに突っ伏した。
「姉さん、お疲れ様!」
「おつかれー」
「フィーノ君や、心がこもっていないんですが」
「んー? いやいや、込めてるぜ」
「もういいや。本当に疲れた」
 そして運ばれてきたカプチーノで癒されていると、
「お疲れさーん!」
 ムカツク陽気な男の声。

 その男、ゼロスは断りもなくアタシの横に腰かけると、「お姉さーん! 俺様、カフェオレー!」と勝手に注文した。
 じろりと睨みつけていると、
「まあ、いいじゃん? ここは俺様がおごるからさー」
 怒らない、怒らない、と言って、笑った。
 まあ、別にゼロスが悪いわけではない。言ってきたのはゼロスだが、実際に話を進めたのはレオナルドさんとクラースさんだ。ゼロスを睨んだのは、ただの八つ当たりなのだ。
「まあ、いいけどね。何の用?」
「いや、疲れただろうから、ねぎらいに」
「あ、そう。それで?」
「姉さん、その言い方は失礼だよ」
 妹がアタシの言葉使いをいさめるが、アタシとしてはただねぎらいに来ただけいは思えない。じーっと、ゼロスを見ていると、
「や、まいったなあ」
 と、全然まいってない様子で頭をかいた。

「『勇者』と『英雄』がどんなもんか、見せてもらおうかなって思ってさ」
「なるほどね」
 カフェオレが運ばれてくる。それを優雅な仕草で一口飲むと、
「いやあ、噂には聞いてたけど、かなり優秀だねえ」
「ありがとう」
 社交辞令として受け取っておく。妹なんかは嬉しそうだが。
「『勇者』と『英雄』の見定めかよ。そりゃ、お前個人の判断か?」
 フィーノの言葉に、ゼロスは「個人の」と返した。
「戦うばかりが能じゃないでしょうよ。『英雄』の一端、確かに見せてもらったぜ」
 そう言うや、ゼロスは妹を見た。
「ダーマ上層部は『勇者』の方を重要視してるが、俺様としては『英雄』の方がこのパーティーにおいては重要だと思ったね。
 普段の訓練もたまに見せてもらってるけど、あれから考えて、戦力的にも精神的にも、このパーティの柱はあんただろ?」
 今度はアタシを見る。アタシは、「さて、どうかな」とだけ答えて、カプチーノを一口。
 ゼロスの口調は疑問形ではあったが、実際は断定している。自分の中で確固たる答えを持っているのだから、アタシがどう答えようと同じことだ。

「なかなかいいパーティだな。クレシェッドも、あんたなら安心だな」
「へえ? クレシェッド知ってるの?」
「ま、ね。俺様もさ、バシェッドさんには世話になったからさ」
「ああ」
 ゼロスは神子だ。過去にダーマ教皇だった爺ちゃんと接点があってもおかしくはない。クレシェッドは爺ちゃんに世話になっていたらしいから、もしかしたら二人は、一緒に遊んだ仲だったのかも。

「それにさ、あんたら、ランシールに行くだろ?」
「行くけど」
 そこにはオーブが一つあるという。なら、遅かれ早かれ行くことになる。だが、他のオーブもどこにあるか分かっていないし、急ぐ必要もないしで、ランシールは後回しでいいと思っていた。
「ランシールにはさ、もう一人の神子がいるんだわ」
 ランシールはマーテル教ではない。ランシールでは『戦天使クルシス』とやらが信仰対象となっているとか。その『戦天使クルシス』はマーテルの兄弟で、それを信仰しているランシールは、ダーマとも良好な関係を築いているという。

 クルシスとか、マーテルの兄弟とか、このキーワードから、一人の人物が思い浮かぶのだが。しかも天使だし。
 まさか、ねえ?
 しかももう一人の神子ってことは、思い浮かぶのはとあるドジっ娘なのだが。

「その神子になにか?」
「いや、俺様さあ、立場が立場なだけに、そうそうダーマから動けないんだよねえ。もし会ったら、俺様は元気だって伝えてくれない?」
「わかった。伝えとくよ」
 それくらいならお安いご用である。

「あの」
 妹が、フルーツジュースを両手で持ちながら、遠慮がちに声をかけた。それにゼロスは笑顔で答える。
「なあに?」
「もう一人の神子の方って、どんな人ですか?」
「あ、オレも気になるわ」
「いい子だよー。美人だし。かなりドジだけど」
 それは、やっぱりもう一人の神子って、シンフォニアのあのキャラっぽい人なんだろうか。なんにもないところでこけたり、壁に穴開けたり。
 話を聞いてると、手先が器用で、でも頭があまりよろしくない幼馴染がいるとか、頭のいいハーフエルフの美人教師とか、その弟の生意気なガキンチョとか。
 聞けば聞くほど、シンフォニアが浮かび上がってくる。
「勇者ちゃんはその幼馴染の奴と気が合いそうだし、お前さんはガキンチョ同士上手くやれるんじゃなーい?」
「へえー。会ってみたいなあ」
「誰がガキンチョだてめえ。ファイアーボールぶっ放すぞ」
 フィーノが天術を撃とうと構えると、ゼロスは大袈裟な身振りで「おお、怖!」と言う。

 ゼロスは言葉通りおごってくれた。「もし会ったら、くれぐれもよろしくー!」と手を振って去っていく。
 妹は「いい人だったね」といい、フィーノは「ムカツク野郎だ」と言いながら、イライラした様子で睨んでいた。
 まあ、悪い奴ではないよな。軟派な感じなのは仮面だろうし。神子という立場上、あまり自分の本音を出せないのだろう。道化を演じながら、無難に事を運んでいるのかもしれない。

 レオナルドさんの家に帰り、夕飯の支度をしていると、レオナルドさんが帰って来た。
 文句を言うと、
「君ならできると思ったんだよ。評判は聞いてる。大成功だったそうじゃないか」
 と、悪びれた様子もなく言った。
 くそう、クラースさんにも明日文句を言ってやろうと思っていたのだが、なんだかんだでかわされそうである。

 妙に疲れた、雨の日の午後。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第30話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/08/03 21:55
 旅立ちの日の朝。空は快晴、風は心地よく、
「もう行ってしまうのか、残念だ」
「また来てくださいね、待ってますから」
 別れを惜しむ言葉に、ここ三ヶ月間お世話になった感謝をこめて、頭を下げる。
 妹がアカデメイアの学生に、「旅先でも頑張って」「魔王なんかに負けないでくださいね」と声をかけられている。妹は『勇者』。ダーマの人たちの期待も大きいようで、人だかりができている。
 フィーノのところにも学生たちが集まり、「今度来たら天術見せてくれよ」「『勇者』様と『英雄』をよろしく頼むぜ」と、好意的な声をかけられていた。
 クレシェッドのところには聖職者たちがおり、クレシェッドは神妙な顔で彼らの話を聞いている。どうやら「『勇者』様に粗相のない様に」とか言われているようだ。

「本当に残念だ。また講師をしてみてほしかったのだが」
「はっはっは。また唐辛子入りの紅茶を飲みたいですか?」
「遠慮しよう」
 臨時講師の件に関して、アタシはクラースさんに文句を言った。「あんた、何してくれてんだああああああ!」と。だが、
「はっはっは! 上手くいくだろうと思っていたが、評判を聞く限り、思った以上の大成功だったそうじゃないか!」
とか言って笑って流すだけだったので、報復として唐辛子入り激辛紅茶を飲ませたのである。
 相当からかったらしく、クラースさんはその時のことを思い出してか冷汗なんかを流しつつ、引きつった顔で答えた。

 ちなみにレオナルドさんに対しては、これまた唐辛子入りのご飯を食べさせようとしたのだが、妹とフィーノに気付かれ、阻止された。あれは残念だった。
 だが、あやうく激辛料理を食べさせられるところだったレオナルドさんは、さすがに顔を引きつらせていた。ちょっと満足した。

 行先は砂漠の国イシス。すぐ南に魔王の国ネクロゴンドがあるという、最悪の立地条件の国である。実際、何度か魔王勢と小競り合いが起きているようである。
 だが、逆に言うと小競り合い程度しか起きておらず、結構平和な国である。モンスターが大挙して国を潰さんと押し寄せて来る、などという事態にはなっていないらしい。

 そこに行きたいと言ったのは、妹である。
 なかなか行き先が決まらず、やって来たクレシェッドも交えて四人で話をしていたら、おもむろに妹が口を開いたのだ。「イシスに行ってみたい」と。
 イシスはかつてオルテガが長期滞在したという。ネクロゴンドと近いということもあってか、オルテガはそこで何度か小競り合いに参加しつつ、ネクロゴンドへの抜け道を探していたらしい。
 結果的に、ネクロゴンドへの道は見つからず、オルテガはイシスから旅立ったという。
 この話、割と有名な話である。オルテガは基本的に同じところには長く滞在しなかったという。だが、イシスだけは結構長い間いたらしい。
 妹としては、父たるオルテガが長い間いたという国に興味を持ったのだろう。

 妹は、父が生きていると信じている。だが、オルテガは死んだというのが通説であり、アタシもオルテガは多分死んでるだろうなー、とは思っている。仮に生きていたら……、どうするかよく分からんが。仮に生きていて、仮に会うことがあったら、顔面に一撃くらい入れても罰は当たらんよね。
 いや、生きてたら、そういう話がちゃんと出てきそうなものだが。だからきっと死んでる。
 だが、妹はオルテガが生きていると信じているのである。たぶん、これといった根拠はないんだろうが。生きていてほしいという希望から、そう思っているんだろうけど。

 そんなわけで、行先はイシスに決定。だが、ちょっと遠い。いや、めちゃくちゃ遠い。えっちらおっちら歩いてなんか行けないし、馬を使ってもやはり遠い。
 だがクレシェッドが、イシスにルーラで行ける人を知っているということで、その人のルーラでイシスまで送ってもらうことにした。
 それなら長期の旅のための支度も特に必要ないしで、さっさと出発ということになった。

 いや、実は、さっさと出発するのには、アタシの個人的な理由もある。
 臨時講師をして以来、アカデメイアでやたらと注目されるのである。ただ歩いているだけでいろんな人がこっちを見てきて、ひそひそと話し始めたり、見知らぬ男から「今度、ルーラの術式考察の話をしませんか?」と誘われたり。明らかに教師な人から、講義を一緒にしてほしいとか、この考察を読んでみてほしいと論文を渡されたりもした。
 あの人たちは、アタシをなんだと思ってるんだ!
 そんな生活をしていれば、出ていきたくもなろうというもんである。息をつく暇もない。図書館で妹に教えている時だって、この術式について教えてほしい、このレポートを見てほしい、などと学生がやってくるのである。
 本当に、あなた達は何を考えているのですか? めちゃくちゃ過大評価を受けてしまっているようである。
 いや、いい評価をされて嬉しいのだが、ちょっと大げさというか。居心地が悪いのである。

 妹も『勇者』として注目を集めているが、アタシの方が正直注目度は高い。『勇者』である妹を押しのけて、アタシに話しかけて来る人もいるくらいだ。
 だが、妹はそんな事をされても怒りもせずに、むしろ楽しそうにしている。
「姉さんがすごいって、みんな分かってくれたんだね!」
 嬉しそうに言う妹がまぶしい。
 妹よ、アタシはそんなに大した人間じゃないんだよ。周りが大袈裟なんだ。だから、その輝かんばかりの尊敬の眼差しはやめてくれ。なんだか心が痛い。

 ちなみにフィーノは、「よかったじゃねえか! モテモテだな!」とか言って茶化してきたので、両手で顔をぎゅうぎゅうする「おにぎりの刑」を執行した。
 以後、フィーノは沈黙した。だが、顔はしっかり笑っているのである。やっぱり腹が立ったので、「おにぎりの刑」である。「理不尽だ」と文句を言われたが、気にしない。

 クレシェッドは一連のことを知ると、「大変でしたね」と言ってくれた。
 あんただけだよ、そうやって労わってくれるのは。
 クレシェッドはよほどアタシが哀れに思えたのか、元気を出してくださいと、ドーナツをおごってくれた。せっかくなので、五個ほど頼んでみたら、顔を引きつらせていたが。
 シグルドいわく、「大食いに呆れている」そうである。アタシはそんなに大食いなのか?
 ちなみに、ドーナツ五個はちゃんとその場でいただいた。出来たてのドーナツサイコー。五個くらいぺロリである。
 ……これは大食いなんだろうか?

 ともあれ、イシスに向けて出発である。
「そろそろ行くよ!」
 いつまでもこうしていても仕方がない。別れの挨拶はもうすませた。なら、出発するのみである。
 アタシの声に三人が集まってきて、クレシェッドが言っていたルーラでイシスに行ける人もアタシ達の所に来た。
 この人、クレシェッドの同僚の神官らしいが、詳しいことは知らない。ルーラで連れていってもらった後、そのまま別れる予定である。つまり、この人はアタシ達をルーラで送った後、自分はルーラで即帰るのである。
 その程度の付き合いでしかない人のことをよく知る必要もないしということで、特に何も聞いていないのだ。

「それではみなさん、お元気で!」
「三ヶ月間、ありがとうございました!」
「クラースてめえ! 覚えてろよ!」
「それでは、行ってまいります」
 それぞれが言葉を発し、アタシは「お願いします」と神官さんに言う。
 みんなが口々に別れの言葉を投げてくれる中、神官さんはルーラを唱えた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 番外編『学者の茶会にて』

 アカデメイアの一室にて、二人の人物が向かい合って紅茶を飲んでいた。
 一人は部屋の主であるクラース・F・レスター。もう一人は、アカデメイア最高峰の頭脳、レオナルド・ダ・ヴィンチ。

「三ヶ月ですか。思いのほか、早かったですね」
 クラースの言葉に、レオナルドはにっこりと笑った。
「それだけ満たされた時間だったということだよ」
 違いない、とクラースも笑う。

 アデル達がダーマに滞在したのはおよそ三カ月。その間、二人は非常に充実した時間を過ごしていた。
「彼女の作ってくれたご飯は美味しかったからね。もうあれが食べられないというのは、少々寂しいよ」
「ああ、確かに美味しかったですね。
 私としても、フィーノ君が天術を披露してくれたのはいい刺激になりましたし」
「彼ら三人がダーマに来てくれたおかげで、楽しい思いをたくさんしたよ」

 レオナルドにとって、彼らとの出会いは非常に印象深いものだった。
 ザオラルの今までにない考え方、知恵比べ。すぐに気に入った。
「レオナルド先生が知恵比べでしてやられたというのは、学生たちにとってショックが大きかったようですよ」
 レオナルドは、学生たちに自分が知恵比べでしてやられたことを学生たちに話していた。とても楽しそうに。それを聞いた学生たちは、いったいどんな人物なのかと、興味深々で聞いてきた。
 「そんなにすごい人がいるのか?」と、学生たちの間で瞬く間に話題になった。知らぬは本人ばかりである。
「君と魔法理論考察をしていた時も、学生たちは目を丸くしていたね」
 楽しげに言うレオナルド。その時の様子を思い出すと、自然と笑みが浮かぶのである。
 クラースは優秀な魔法学者である。だがそれ故に、彼の話にまともについて来れる人物がなかなかいないのだ。アカデメイアで教鞭をとっている者でも、クラースとまともに魔法談義できない者が多い。
 そんな中、まだ年若い少女が、クラースとまともに魔法理論をぶつけ合っている光景というのは、なかなかにインパクトがあった。
 アカデメイアに入学してくるのは、だいたい18歳くらいからの者が多い。それより下の者は滅多にいないのだ。クラースは、その数少ない例、16歳だった。そしてアデルも16歳。言うなれば、神童と謳われたクラースの再来だった。

「バシェッドが彼女の師だというのには、驚いたね」
「ええ、かの天才、バシェッド・ボルネン。彼だからこそ、彼女の才能を引き出せたのではないでしょうか?」
「だろうね。彼女自身の努力もさることながら、彼女の成長を促したのは、間違いなくバシェッドの手腕だろうね」
「私も、あなたに会ったおかげで魔法理論に出会うことができましたからね。彼女にとっては、それがバシェッド・ボルネンだったと」
 いかに才能があろうと、その分野に出会うことがなければどうしようもない。バシェッドに出会ったことで、アデルは魔法理論とも必然的に出会えたのである。それを考えれば、アデルに対してバシェッドがもたらした影響は大きいだろう。

「彼女が臨時講師をした時の反応はすごかったね」
「ええ、噂の『天才』が講義をするということで、学生たちが大騒ぎしていましたからね」
 アデルはレオナルドやクラースとまともに魔法談義ができる存在として、学生たちに一目置かれていたのである。中にはそうでない者もいたようだが、アカデメイアの学生にとって、噂の『天才』は雲の上の存在だった。
 そんな人物が臨時とはいえ講師をする。元からその科目を取っていた学生たちはお互いに幸運だったと大騒ぎ。取っていなかった者もあいている席に我先にと座り、座れなかったものは席を譲ってくれと言う。
 アデルの知らないところで、臨時講師の騒ぎは大きかったのである。
 しかも、その講義が学生達に本格的に火をつけた。噂の『天才』の実力が本格的に発揮され、学生たちはその『天才』とぜひお近づきになりたいと考え始めたのである。

「中には、デートの誘いのようなものまであったようですね」
「本人は、それがデートのお誘いだと気づいていなかったようだけどね」
「と言いますか、彼女は自分のことを過小評価しすぎる所がありますね」
「そうだね。何と言うか、自分がそんなに評価されるはずがないと思い込んでるんだ。何でだろうね?」
「それが残念で仕方がないです。彼女の実力は本物だ。今すぐここで教鞭をとってもいいぐらいなのに」
「そうそう、彼女のラナルータの考察は非常に興味深かった。ぜひここで研究してほしかったよ」
「立場上、不可能だったんでしょうね。彼女の妹はかのアリアハンの『勇者』。魔王討伐というプレッシャーがかかっているため、研究に打ち込める状況でもありませんからね」
「魔王討伐か。あんな少女達が。世の中、ままならないものだね」
「ですが、ダーマ上層部も、あのロマリアの国王も、『勇者』には期待をかけているようですよ? いや、ロマリアの国王が気にかけているのは姉のアデル君のようですが」
「聞いたよ、知り合いの神官から。彼女はとてもロマリアの国王陛下に気に入られているようだね」
「あの曲者に好かれるとは、可哀想に」

 そこで、レオナルドは紅茶が無くなっていることに気がついた。
「おや? 話に夢中になりすぎたようだ」
「すぐにお淹れしますよ」
「せっかくだ、紅茶では恰好がつかないが、彼らの旅に乾杯しようじゃないか」
「それはいい。では、彼らの旅の前途を祝して」
『乾杯』
 二人は紅茶を一口飲むと、次の話に移っていった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 なかなか今回は難産でした。何度も書いては消し、書いては消し。
 この話もなんだか短いですね。皆様の嗜好に合えばいいんですが。

 そして、今回の話でついに50話!
 これも皆様のおかげ、管理人様のおかげでございます。
 ありがとうございます。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第31話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/08/05 15:34
 砂漠の国イシス、王都アレクサンドリア。
 容赦なく照りつける太陽、砂混じりの熱風。そんなものにも負けずめげず、生きている人々はたくましい。
 ロマリアの様に洗練された都ではないが、あちこちで客の呼び込みやら、威勢のいい声やらが聞こえ、活気づいている。まさに熱い国である。
 だが建物内は結構ひんやり、過ごしやすい。冷気魔法で氷をいたるところに置き、風の魔法で冷えた空気を循環させる、そんなシステムの様である。それを店員さんに尋ねてみると、よく分かったなと驚かれた。

 そんな街の一角で、アタシは今戦っていた。
「いいぞ姉ちゃーん!」
「もう少しだ! いっちまえー!」
 観衆の見守る中、アタシはナイフとフォークを巧みに操り、肉を切り分け、口に放り込み、咀嚼する。
 そんな事を延々と繰り返し、テーブルには、いくつもの皿が積み上げられていた。
「バカな! このスピードでこれほどのラクダステーキを!」
 悲鳴のように声を上げる店主。
 何をかくそう、大食いチャレンジ中である。
ラクダステーキ2キログラム、時間内に食べたら一万ゴールド贈呈。
 そんな看板を見つけ、アタシは一も二もなく飛びついた。妹、フィーノ、クレシェッドは止めたが、アタシはそんな事は気にせずに席に座り、大食いチャレンジを店員に告げたのである。
 そして、時間を十分に残し、アタシはステーキを見事に完食した。

 ちなみに現在イシス滞在二日目。ルーラで送ってくれた神官さんとはここに来てすぐに別れた。
 適当に街を見て回り、その辺の宿で一泊。そして今日、また適当にぶらぶらしていて、この大食いチャレンジを見つけたのである。

『なぜこんなことを続けて太らんのだろうな』
 やかましいわシグルド。
『早食いに大食い、嫁の貰い手が無くなるぞ』
 だから、やかましいってば。刀に話しかけたりなんかしたら、変人扱い確定なので何も言えないのがもどかしい。
 実は、アリアハンであちこち回っていた時に、大食いチャレンジがあったらすぐさま飛びついて挑戦していたのである。結果は、全て成功。タダになったり、お金をもらったりと、結構得してきているのである。
 最終的にはやりすぎたか、アタシが大食いチャレンジするのを拒まれるまでになってしまった。
『ほら見ろ! 妹君たちが完全に引いているぞ!』
 シグルドに言われ、妹達の方を見ると、何故か彼らは顔を引きつらせ、青くなっていた。フィーノにいたっては胃のあたりを押さえ、「うえ」って感じになっている。
 うーむ。だが、タダで食べれたり、今回のようにお金をもらえたりと、結構お得な大食いチャレンジ。やっぱり魅力的である。

 「バカなあああああ」と頭を抱えている店主をしり目に、アタシは店員から一万ゴールドを受け取る。
 けけけけ。もうけもうけ。いっぱい食べれてお金がもらえるなんて、夢のようである。欠点は、同じ味ばかりで飽きることか。だがそれさえ我慢すれば、腹も懐も満たされるのだから、やめられない。
 ちょっとしたフードファイター気分である。
 シグルドが「哀れな」とか言っているが、大食いチャレンジをやっていたのは向こうの方である。同情する余地はない。

「いやあ、お待たせー!」
 満面の笑顔で妹達のところに行くと、
「姉さん、お腹大丈夫?」
「うん、平気平気」
 心配してくれる妹に、腹を叩いてそう言う。
「お前いつかデブになるぞ」
「なりません」
 これで太るんなら、とっくの昔に丸くなっている。
 クレシェッドが、茫然と積み上がったステーキ皿を見ているが、いつまでも呆けさせておくわけにもいくまい。アタシはクレシェッドの顔の前で両手をぱん! と叩いた。
「え?」
「おはよう、クレシェッド」
 クレシェッドはしばらくアタシの顔を見た後、「おはようございます」と間をおいてから言った。

 観衆たちに見送られ、その場を後にするアタシ達。
『どんどん女らしさから遠ざかる……』
 シグルドがいらんことを言うので、刀の柄をこつんと叩いてやる。同時に、
「お前さ、女らしさとか、そういうのとは無縁だよな」
 フィーノが、まるでシグルドと同調したようなことを言う。シグルドが「もっと言ってやれ!」とか言うが、こっちは無視。
「悪かったね。別にいいし、そんなものなくても」
 何が困るというんだ。そんなものなくたって生きていけるぞ。
『もし仮にマスターと結婚することになる男がいたら、さぞ苦労するだろうな』
 黙れオカン。
「お前、男できねえな」
「失礼ですよ、フィーノ君」
 フィーノを叱るクレシェッド。だが、その程度でこたえるガキンチョではない。
「なんだよ、ホントのことだろー」
「そんなことないよフィーノ君! 姉さんは素敵な人なんだから、きっといい人が見つかるよ!」
『妹君の優しさには涙が出るなマスター』
 いちいちうるさいわ。妹が優しいのなんて知ってるわ。

「アタシの事なんてどうでもいいってば。結婚なんてする気ないし」
 アタシの言葉に、三人が一斉にアタシを見た。
「え? 姉さん、結婚しないの?」
「する気ないよ。そんな奇特な相手いないって」
「なんだ。自分の事はちゃんと分かってたのかよ」
「言われずとも」
「でも、結婚は、大抵の女性が憧れるものでしょう? 違うのですか?」
「一般的な女性がどうかなんて知らないよ。アタシは興味がないの」
『少しはそういうことに興味を持つべきだと思うが。いい年頃の娘が』
 ほっとけ。

「ま、お前よか、リデアの方は相手に困らないと思うけどよ」
「え? 私?」
 急に話を振られて、困惑する妹。だが、フィーノの言葉にはアタシも同意する。
「確かにねー。リデアにはきっといい人が見つかるね!」
「ええー? 何でそんな話になるの?」
 顔を真っ赤にして声を上げる妹は可愛い。うん、いい人がきっと見つかる! 見つからないはずがない!
「リデアは結婚とかに興味はないのかなー?」
 そう言うや、妹はますます顔を真っ赤にして、「うううう……!」とうなる。
 ふむ、興味がないわけではないらしい。
「クレシェッド。自分が結婚したい女性像って、ある?」
 いきなりの振りにクレシェッドは一瞬言葉を詰まらせ、顔を赤くしながら、
「そ、うですね……。その、家庭的な女性、でしょうか。料理が上手な方とか……」
『ふむ。料理が上手いということでは、マスターも当てはまるか。よかったな』
 何がだ。いらんこと言うな。

 クレシェッドの答えに、フィーノは意地の悪い笑みを浮かべ、
「お前もそういうこと考えんだなー。もしかして、好きな奴とかいたりすんのか?」
 フィーノの言葉に、クレシェッドは慌てて、「い、いや! そ、そんなことは!」とか言っている。実際どうなのだろうか?
 まあ、どうでもいいか。
「家庭的な女性、ねえ。男っていうのは、女にそういうことを求めるんだね、やっぱり」
「お前は家庭的って感じじゃないよな」
「家事はできるっつうの」
 フィーノにデコピン一つ。痛かったのかそうでないのか、フィーノは額を抑え、
「家事ができるのと、家庭的ってのは、別じゃねえか?」
「ふむ、どうだろうね」
『マスターは一見、家庭的には見えん事は確かだな』
 それは認める。腰に刀を下げた、戦士な見た目の女性が、家庭的に見えるはずもない。
「そう言えば、アデルさんは料理が得意でしたよね? リデアさんもですか?」
 瞬間。
 アタシとフィーノは一瞬妹に目をやり、
「そ、そうだねー」
「まあまあ、じゃ、ねえか?」
 空笑いを浮かべつつ、精一杯言葉を紡いだ。
 言えない。本当の事は。あんなムゴイこと。
 通じたのか、クレシェッドはしばし間をおいて、「よく分かりました」とだけ言った。その顔には、若干の恐怖。アタシ達の、笑顔の中に秘められた本当の感情に怯えているのだろう。
『いつまでも隠しておけるとは思わんが』
 そうかもしれんが、だからと言って本当のことをありのままに話せばいいってもんでもないでしょ。

「そうだ! また、私何か作るよ!」
 料理の話になり料理熱が上がったらしく、妹は恐ろしい事を口にした。
「い、いや! いいから! 料理は私の役割だからさ!」
「そうだぜ! いいじゃねえか、こいつの飯うまいし!」
 必死のアタシ達の言葉に、それでも妹はやりたそうな顔をして、
「でも、いつも姉さんにばっかりやってもらったら悪いよ」
「私は気にしてない! 料理楽しいからさ!」
 どうしてこんなに料理をやりたがるんだ! 頼むからあきらめてくれ!
「まあ、いいじゃりませんかリデアさん、アデルさんに任せておけば。あなたの手料理は、あなたが将来一緒になる人のためにとってきましょう」
 ナイスアシスト、クレシェッド!
 話を微妙に変えることで、妹の興味を他へ逸らす。それは成功し、リデアは「将来一緒になる人」とやらの事を考え始めたようだ。
 よかった。本当に良かった。
 将来妹と一緒になる人には同情するが、頑張ってくれ。まだ見ぬ誰かに、アタシは無言のエールを送った。

 そんな時、
「お? 面白いもんがあるぜ」
 フィーノの視線の先にはイシスの城。いつの間にか町の中央にまで来ていたようだが、フィーノが言ってるのは城の事ではない。
 城の入り口の横に、「志願兵受付所」と書かれた看板が立っており、テントが立てられ、そこに兵士らしき人が何人か立っている。
『やはり、モンスターと頻繁に争いが起こっているせいだろうな』
 本格的な侵攻はないものの、小競り合いはしょっちゅう起こる国である。人手はいくらでも欲しいんだろうな。

『どうするマスター? なんなら、志願してみるか?』
「面白そうじゃねえか、参加してみようぜ!」
 シグルドとフィーノ、ほぼ同時に話したため聞きとりにくかったが、何を言ったかは分かった。両者とも、内容的にはほぼ一緒。シグルドの方が表現は控え目だが、志願しようと言ってるのには変わりない。
「んー、でも、なあ」
 正直、ちょっとためらう。
 面倒というのも実はあるのだが、妹はアリアハンが国として正式に発表した『勇者』。そんな存在が、ほいほいこんなことに参加したら、ややこしいことにならないか不安なのである。
「何が気に入らねえんだよ? たまには暴れてもいいじゃねえか!」
 ダーマでフラストレーションがたまっていたのか、フィーノはやる気満々である。
「リデアさんのことを心配なさっているのですね?」
 こっそりと、クレシェッドが耳打ちしてきた。アタシはそれに無言でうなずく。
「いっそ参加なさってみては? いざ『勇者』のことが明るみになった時、志願兵の立場でいたほうがいいかもしれませんよ? 『勇者』なのに戦わないのかと言われなくて済みますし、明るみにならないならそれでおいておけばいい」
 むう、確かに。

 各国が『勇者』のことをどれほど調べているのかは分からないが、素知らぬ顔で一志願兵として戦えばいいだけの話。仮にすぐに『勇者』とばれても、悪い様にはされやしないだろう。ダーマから情報を得て、オーブを探していると言えばそれほど引きとめられはしないと思うし、もしかしたらオーブの事を知っているかも、
 そう、国の上層部がオーブの事を知っている可能性もある。それなら、志願兵という立場を利用して、オーブの事を聞けるかもしれない。
 そもそも、この国が『勇者』をどのようにとらえているかが問題なのだが。
 いや、だいたい、難しく考えてたら身動きが取れなくなる。『勇者』だのなんだの、関係なく自分のしたい様に動けばいいのだ。陛下もそれなりに手を出しては来ていたが、少なくともダーマにいる間、ロマリアからの働き掛けなんかはなかったし。ダーマも積極的に何かしてくるわけでもなかった。オーブの事を調べるとは言っていたが、アタシ達に丸投げなんてことはしないつもりのようだし。
 つまるところ、やりたいように動くのが一番だろうということだ。難しく考えすぎてかえって動けなくなったら本末転倒なのだから、ちょっとは軽い気持ちを持つことも必要だろう。軽すぎるのも問題だが。

「姉さん」
「ん? なに?」
「お父さんも、ここで戦ってたんだよね?」
「らしいね」
 そこで、妹は真剣な顔つきで、
「志願したい」
「オルテガが戦ってたから?」
「お父さんが、どんな戦いをしたのか、知りたい」
 なるほど、アタシが色々と考えるまでもなかったようである。
 妹の決意は固まっている。なら、答えは最初から決まっている。
「志願する、で、いい?」
 アタシの言葉に、全員が同意した。
 こうして、アタシ達四人はイシスの小競り合いに参加することになった。

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 政治的な云々は難しいです。アデルの考えが的外れだったとしても、気にしないでください。
 もちろん、ご意見などは大歓迎です。



[10395] テイルズ・オブ・ドラクエ3 第2章 第32話
Name: tawasi◆fef58b94 ID:6b95ad1b
Date: 2010/08/08 16:00
 志願したら、他の志願兵たちが集まっている区画に案内するといわれ、広い城の中を兵士さんについて歩く。
 志願した時、受付の兵士の反応は、微妙だった。
 じろじろと見られ、特にフィーノに視線が行くと顔を若干歪ませて凝視。
 年若い女二人、優男一人、おまけに十歳の子供。確かに、兵士の反応も納得がいく。気分がいいものではないが。
 本当に志願するのか、戦えるのかと何度も念を押され、そのたびに胸を張って大丈夫だと答える。クレシェッドに関してはちょっと胸を張れないところがあるのだが。

 いや、クレシェッドとちゃんとした訓練をしていないのである、実は。たまに様子を見に来るくらいで、時間が取れなかったのだ。
 クレシェッドには時間をとってそれなりに訓練したいと言ったのだが、神官の仕事から手を離せなかったらしい。
 ダーマ上層部も考えてほしいもんである。これからともに戦う仲間。死線をくぐりぬけていかないといけないのだから、もっと融通をきかせられなかったのか。
 ちょっと連携の訓練などはしたが、クレシェッドはさほど攻撃力のある方ではないので、基本は回復役である。普段は前に出たり攻撃呪文を使ったりせず、魔力を温存し、いざという時に回復する。それがクレシェッドの役目となった。
 できればベホマを使えればよかったのだが、あいにくクレシェッドはベホマを使えない。これから訓練である。

 それにしても先程の兵士の反応からして、イシスの、少なくとも下っ端は『勇者』がどんな人物なのかを認識していないようである。志願する時に名前をかいたのだが、無反応だった。アリアハンは国として『勇者』を発表しているのだから、国の上層部はその辺知っていそうなものだが。
 名前だけでは判断できないだろうが、年齢と性別などから、知っていたら「もしかして」と思うだろう。
 ワザと知らぬふりをしているという可能性もあるが、そうする必要性があるとは思えないので、多分知らないんだろう。
 いや、知っていても「勇者? 何それ美味しいの?」という考え方なら、おかしくはないかもしれないが。

ちょっと歩いたところで、
「ここが志願兵の待機場所だ。だが、常にここにいる必要はない。街の外の宿に泊まってもいい。必要な時には招集をかける」
 と、とある扉の前で説明する兵士。
 たぶん、ここで泊ろうと思ったら基本雑魚寝だ。誰とも知らん奴が大勢いる中でそれはイヤすぎる。宿に泊まろう。
 兵士の話だと、外の宿に泊まる場合、先程の受付で渡された紙を見せれば、タダで宿に泊まれるという。
 ちなみに、給金は平時で一日一万ゴールド。戦いが起きれば、その戦果によって褒美を決めるとのこと。

 兵士は言う事を言うと、とっとと行ってしまった。
『中から結構な数の気配を感じるな』
 シグルドの言う通り、中からは多くの気配を感じるが、ほとんどその辺の素人と変わらないような気配から、かなりの手練らしき気配まで、様々。が、そう言った手練は本当に少数だ。
「さっさと入ろうぜ」
 フィーノの言葉に、アタシの手が動く。
 扉を開けるとそこには。
 むさ苦しい世界が広がっていた。

 いたるところにマッチョの男男! むさっ苦しい! 本当に! ちょっと入るのためらうぞ。
「姉さん、どうしたの?」
「いや、ちょっと異次元に入るのをためらうというか」
「いいから入れって」
 フィーノに後ろから押され、渋々入る。

「これは、ある意味壮観ですね」
 フルプレートの戦士、筋肉モリモリな武闘家、ちょっと歳のいった魔法使い風な男、スキンヘッドの見た目に凄みのある男、いっそチンピラと言った方がいいような男、実に様々。
 そして女が見える範囲にはいない。無論、子供もいない。
 クレシェッドが感心したような、ちょっと呆れたような声を出したのもうなずける。これはなかなかの視覚的インパクトである。

 中に入った途端、突き刺さるいくつもの視線。非常に居心地が悪い。
「おいおい、こんなところに女が来てるぜ!」
「来るとこ間違ってんじゃねえのか? 女は大人しくウエイトレスでもやってな!」
「何だこのガキ? 何しに来たんでちゅか?」
「ママのおっぱいでも大人しく吸ってな!」
「ここは女子供の来るところじゃねえんだ! その可愛い顔に傷つけたくなかったら帰んな!」
 そして大爆笑の渦。
 アタシはため息をついた。志願兵って、結構レベル低いのな。
『気にすることはないぞマスター。こ奴らは相手の実力もロクに見切れん阿呆ばかりだ』
 同感である。こんなことでいちいち目くじら立ててられない。
 アリアハン大陸を一人で回っていた時、女の一人旅ということで、結構あなどられる場面があったが、全部無視してきた。いちいち相手にするのはアホらしいし、相手が調子に乗るだけである。

 が、短気な奴がこちらにはいたのである。
「んだとてめえら! あんまり舐めてっと燃やすぞ!」
 フィーノである。全身から怒気をみなぎらせ、今にも術を放ちそうだ。
 ロマリアでは国王直属の部隊にいたため、かなり上の立場だっただろうし、フィーノを侮るような奴もいなかっただろう。だが、ここではそんなもの意味はない。
 まあ、フィーノの人生経験不足である。
 アタシはやれやれ、と顔を振る。そんなアタシをよそに、クレシェッドが「フィーノ君! なんて事を!」とフィーノを叱りながらも、守るように肩に手を添える。妹がフィーノと爆笑していた連中を交互に見ながら「どうしよう」と呟いているが、
「おいおい、ガキがあんまり舐めたこと言うもんじゃないぜ?」
 フィーノの言葉が癇に障ったか、一人が前に出てきた。結構大柄な男で、腰にはカトラスを下げている。見た目かなりガラが悪く、そしてはっきり言って雑魚である。
 妹が「すいませんでした!」と頭を下げているが、
「あんな口きいといて、それで済むと思ってんのかよ? ちょっとお仕置きが必要だなあ」
 男は妹にとり合わず、フィーノに迫る。クレシェッドがフィーノを守るために前に出ようとするのをフィーノ自身が止め、
「子供にちょっと何か言われたくらいで目くじら立てるなんて、器の小さい男だねえ」
 アタシが鼻で笑いながら言った言葉に、男が立ち止り、ぎろりとこちらを睨んで来た。

『やれやれ、あんな低レベルな者の相手をせねばならんとは』
 シグルドがグチるが、仲間に危害を加えようとするなら止めねばなるまい。それはシグルドも分かっているはず。
「おい! オレの相手だ、邪魔すんな!」
「アタシは気にしないから」
「オレは気にするんだよ!」
 フィーノは自分の獲物を取られて気分が一気に悪くなったようだ。だが、
「こんなところで術使わないでよ。色々面倒じゃん」
 この言葉を聞いて黙った。さすがに、この大勢がひしめく中で術を使うのは危険だと気付いたらしい。
 特に気を使ってやる必要もないとは思うが、戦力を減らしたとか、城の中で争ったとか、色々文句を言われるのはごめんである。

「てめえら! 人を無視しやがって!」
「なに? まだいたの?」
 相手にされていないと分かったのか、男は見る見るうちに顔を赤くし、
「っけんなあ!」
 腰のカトラスを抜いた。こいつもずいぶん短気である。
 クレシェッドが「アデルさん! ケンカを売るような真似はやめてください!」とか言ってるが、ケンカを売ってるわけじゃない。無視してるだけである。こいつに、ケンカを売るだけの価値があるわけがない。
『ふん、相手の技量も分からぬ上、いとも簡単に武器を抜き放つか。随分と安い武器のようだ。持ち主がこれでは、道具も浮かばれぬ』
「ちょっと何か言われたぐらいで斬りかかろうとする? あんたの方が子供じゃないの?」
「うるせえ!」
「それにいいわけ? ここ、お城の中なんだけど? 騒ぎ起こして、兵士さんに怒られても知らないよ」
 さすがにこの言葉は効いたらしく、男がぴたりと動きを止めた。

「なら、外に出ようぜ!」
 誰かがそう言うや、次々に賛同の声が上がる。中には賛同せず、我関せずの奴もいるが。
 たぶん、こんな連中に関わりたくないのだろう。アタシだってこんな連中とは関わりたくない。どうやら、良識のある連中も、巻き込まれることを嫌ってか、助けてくれる気はなさそうだ。
 助けてくれる必要もないが。

「外か、そりゃいい。余計な邪魔も入らねえだろうしな!」
 カトラスを軽く振りながら、こちらを睨みつけて来る男。その目は、「まさか逃げやしないだろうな?」と言っている。
 ここでこの喧嘩を買わなかったら、のちのち面白くないことになりそうだ。勝っても面白くないことになりそうだが、ようは実力の差を見せつけて、二度と突っかかって来る気にならないようにすればいいのである。
「姉さん、ケンカはダメだよ!」
 良識ある妹は止めて来るが、今回は聞けない。アタシは首を横に振って答える。それに、妹が「そんな……!」と声を詰まらせた。
 妹としては、無用な争いと言うか、荒事は避けたいのだろう。怖いとかそういうのではなく、アタシと相手の男を気遣っての事だと思う。
 優しいのは美徳だと思う。妹にはこのままその優しさを維持してほしいものである。こういうことはアタシの領分だ。

「アデルさん! こんなことは無意味ですよ!」
「いんや、そうでもないよ」
 後々突っかかって来るバカを減らせる。それに、舐められたままというのは正直癇に障る。
「話は決まったな! 外に行くぞ!」
 男はそう言うや、部屋の外に出て、「ついて来い!」と言い放ってきた。アタシは無言でついていく。
 妹が「やめようよ、今からでも遅くないよ」と言ってくるが、それを首を横に振ることで答え、クレシェッドが何やらマーテルに祈りをささげており、フィーノは「面白いことになったな!」と小声で言ってきて、それが聞こえたらしい妹とクレシェッドにしかられる。
『面白くはないが、こういう時に遠慮はいるまい。叩きのめしてやれ』
 もとよりそのつもりである。

 その他大勢も後ろからついてきて、好き放題言っている。中には賭け事を始めている者もおり、「全員があいつじゃ賭けにならねえよ!」とゲラゲラ大笑い。
 通りかかった兵士が、こちらを見て露骨に顔をゆがめた。城の兵士としては、城の中でこんな騒ぎをする人種とともに戦いたくはないだろう。城の中にいる事も嫌なはずだ。だが、地理の関係上、モンスターとしょっちゅう争いがおこるので、国の兵士だけでは足りないのだ。ある程度は目をつむるしかない。
 と言うか、アタシ達もあのチンピラ連中と同じように見られているんだろうか? 見えてるんだろうなあ。

 ちょっぴりへこみつつ、城の外へ。
 大勢の志願兵たちが出てきたことで兵士が反応し、「何かあったのか?」と仏頂面で聞いてくる。それに男が「なあに、ちょっとリフレッシュするんですよ」と言い、他のギャラリーたちもそれに賛同する。
 兵士は「厄介事を起こすなよ」と言い捨て、仕事に戻った。

 そしてやって来たのは、町のはずれ、一歩外に出たら何もない砂漠というところ。
「ここなら思いっきり暴れられるだろ?」
「そうだね」
 男の言葉に、アタシは挑発的な笑みを浮かべて返す。
『砂に足を取られないようにしろ』
 それは十分承知の上。砂浜でモンスター相手に戦ったこともある。砂浜の砂は草原とはまた違い、下手をすると足を取られ、動けなくなる。水の中に膝まで浸かった状態で戦ったこともある。あれと似たようなものだと思う。

 男はカトラスを抜き放つと、そのまま斬りかかって来た。アタシから見て左から、剣を大きく振り上げて袈裟がけに斬ろうとしてくる。
 遅い。アタシは体を剣に合わせて並行にずらして難なくかわした。大上段からの攻撃をあっさりよけられ、男はバランスを崩しよろめく。
「いいなりご挨拶だね」
 開始の合図も特に決めていなかったし、アタシは別にかまわないのだが。本当の殺し合いの場でいちいち開始の合図なんぞ待っていることなどないし。
 だが、あの攻撃は本気で殺す気だったとしか思えない。まさかこいつら、気に入らない相手今までも殺してるんじゃないだろうな?
 さすがにそれはないと思うが。そんなことしたら雇っている国が放っておかないと思うし。それとも、志願兵同士の争いに関しては放っておいてるのだろうか? 見たところ志願兵は大部分がチンピラっぽい。そんな連中の事にいちいち関与していられないとか。
 そうでない事を祈りたい。

 ギャラリーが攻撃をよけられた男に対し、ヤジを飛ばす。
 男はよけられたことに腹を立てたか、顔を怒りに染めながら、もう一度剣を構える。
 実はよけた瞬間、攻撃しようと思えばできたのだが、あえてしなかった。しばらく遊んでやるつもりだ。
 油断は敗北のもとと言われるかもしれないが、別に油断しているわけじゃない。相手と自分の力量を冷静に判断したうえでのことだ。
『やれやれ、イノシシだな』
 イノシシの方がまだましだと思うが。相手が自分の敵う相手かどうか、しっかりと本能でかぎわけるだろうから。

「デクスター! そんなお嬢ちゃん相手に何やってやがる! さっさとやっちまえ!」
 ギャラリーの一人がそう言うや、他の連中もそうだそうだとはやし立てる。それに触発されてか、男はまた特攻してきた。
 基本、大振りで、技も何もない太刀筋。その辺のモンスターには通じるかもしれないが、あいにくアタシには通じない。ひょいひょいとよけまくる。
 ひたすらよけ続けて、こちらが攻撃する隙はいくらでもあるがそれもわざとせずに、ひたすら相手に攻撃させ続ける。
 それがどれだけ続いたか、男は肩で息をしており、アタシは涼しい顔。最小限の動きでよけているため疲れないし、それなりに鍛えてあるから体力にも自信はある。一方男には無駄な動きが多くて、そりゃあすぐに疲れて当然、といったところ。

 ギャラリーは静まり、代わりにフィーノが、声をかけて来る。
「いつまで遊んでんだ! いい加減終わらせろよ! もう飽きたぜ!」
 飽きたのはアタシも同じ。
『さて、フィーノ殿の要望に応えるとするか?』
 シグルドもいい加減飽きていたらしい。早く終わらせろと言ってくる。
 ま、こんな雑魚、シグルドを抜くまでもない。

「何でこんなことになるのー……」
 妹が力ない声で、肩を落としている。そこにクレシェッドが、
「結構好戦的だったんですね、あなたのお姉さんは」
「いいじゃねえか、面白いんだしよ」
「ちっとも面白くないよ!」「面白くありません!」
 妹とクレシェッドからのダブル突っ込みに、フィーノはただケラケラ笑うばかり。
 ちなみに一連のやり取りの間、男は突っ込んでこず、ただこちらを睨みつけている。体力の回復でもしてるんだろう。

「へっ、どうした? 仕掛けてこねえのか?」
「肩で息しながらじゃしまらないよねえ」
 アタシのバカにした口調にぶち切れた男が、咆哮しながら剣を振り上げた。
 その瞬間、アタシは男の目の前に移動、剣を握った手を蹴り上げ、剣を遠くへ蹴り飛ばす。手をけられた男は苦痛に顔をゆがめ、その顔面にさらに先程の蹴りの勢いを殺さず一撃。ほんのちょっぴり男が浮き、さらにジャンプし男の左肩にかかと落とし。ぼぎぃ! と鈍い、肩の砕ける音がした。悲鳴を上げる男。男の背後に着地し、今度は男の右腕に回し蹴りを入れようとして、
「ストップです! これ以上は意味がない!」
 クレシェッドが、アタシの肩に手を置いて制止した。
 倒れて来る男をよける。男が砂に倒れ込むや、クレシェッドは回復魔法をかけ始めた。

「姉さん、やりすぎだよ!」
「そうでもないよ」
 見るも無残な姿にして、ここにいる連中が、二度と余計なちょっかいをかけないようにするつもりだったのだから。最初にむごたらしく叩きのめしておけば、自分もああなるのではないかという心理が働くもんである。
「おまえ、つくづく甘ちゃんだよな。そんなんで旅なんてやっていけると思ってんのかよ?」
 呆れた口調のフィーノに、妹が絶句する。
「で、でもこれはひどいよ!」
「最初に突っかかって来たのはこいつ。殺す勢いで斬りかかって来たのもこいつ」
 殺そうとした相手に対して、アタシは特に殺すほどの攻撃はしていない。はっきり言って、アタシの対応は結構優しい部類に入る。

「これくらいやんねえと、後から恨みで斬りかかられたりするぜ。モンスターとの小競り合いが起きた時、味方の方に斬りかかられるなんて御免だからな」
 妹が「でも……!」と何とか反論しようとするが、それを聞かずにアタシは倒れた男のところに生き、耳元で囁いてやった。
「もしアタシやアタシの仲間になんかしたら、次はもっとぼろぼろにして殺すからね」
 殺気を放ちながらの言葉に、男は「ひぃっ!」と悲鳴をあげ、
「分かった! あんたらにはもう何もしねえ! だから、これ以上は……!」
 その言葉には答えず、ただ冷たい目で口元だけをうっすらと笑みの形にし、見下ろす。

「そんな、弱った者に追い打ちをかけなくても」
 クレシェッドが回復魔法をかけながら、責めて来る。だが、
「悪いのはこいつでしょ? アタシは悪くないよ」
 女子供のパーティーなど、舐められていいカモだと狙われる。クレシェッドは見るからに優男で、実際喧嘩は弱いのだから、抑止力にはならない。
 クレシェッドも妹も、いまいち旅というものを理解していないようだ。襲いかかってくるのはモンスターだけじゃない、人間もなのだ。旅人を襲ってその荷物を奪い取ってしまう者は多くいるし、旅人が他の旅人を襲う場合もある。
 世の中、結構からいのだ。

 妹も来て、クレシェッドと一緒に回復魔法をかける。だが回復魔法をかけながらも、二人はこちらに非難の目を向けてきた。
 フィーノが肩をすくめ、苦笑する。アタシもそれに答えて、フィーノの頭に手を置く。
 ギャラリーは、男を心配してよってくる、ということはしなかった。恐怖の視線が、アタシに向けられている。どうやら、思った通り効果はあったらしい。

『妹君もクレシェッド殿も、世界はきれいなものだと思っているようだな』
 世界はきれいじゃない。結構汚いものだ。
『いつか彼らも気づくのだろうな、世界の汚さに』
 それは仕方がないことだ。妹とクレシェッドのこういうところはいいところだと思うが、現実を知らないというのは少々旅をする身としてはつらいものがある。
『それまで、汚れ役は引き受けるつもりか? かなりつらいと思うがな』
 特につらくはない。これがアタシの役割だろう。

「あら? 面白い事やってるって聞いたのに、もう終わったの?」
 その声が聞こえた途端、今までこっちに注目していたギャラリーが違う方向を向いた。
 その視線の先を見てみると、そこにいるのは二人の女性。
 一人は黒髪のショートカットに、動きやすさを重視した軽装、腰に短剣を吊るした女性。
 もう一人は赤いポニーテール、がっしりした筋肉のついた腰の剣と片手斧を吊った女性。
「あら? あんた!」
 その黒髪の女性に、アタシは見おぼえがあった。向こうもアタシの顔を見て分かったのか、笑顔で走って来た。
「知り合いか?」
 赤い髪の女性が黒髪の女性に聞くが、彼女は答えず、
「久しぶりね! こんなとこで会うなんて思わなかったわ!」
 それにアタシは笑顔で、
「アタシもだよ、ルーティ」
 本当に、久しぶりだった。

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 割と王道な展開でしょうか? そうでもない?
 アデルがやりすぎ? そうかもしれませんが、彼女、かなり暴れてくれました。


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