名古屋市千種区の派遣社員、磯谷利恵さん(当時31歳)が07年8月、闇サイトで集まった男3人に殺害された事件で強盗殺人などの罪に問われ、1審で死刑を言い渡された堀慶末(よしとも)(35)と無期懲役判決を受けた川岸健治(43)両被告の控訴審が9日、名古屋高裁(下山保男裁判長)で始まる。遺族と被告はそれぞれ、事件から3年の時の経過に思いをはせながら公判に臨もうとしている。【沢田勇】
利恵さんの母富美子さん(58)は09年8月、名古屋市内のマンションに引っ越した。利恵さんは1歳の時に亡くなった父に代わり、母のために家を買おうとコツコツと貯金していた。キャッシュカードの暗証番号を教えるよう被告らに脅された際はうその番号を言った。「娘の望みをかなえるために」。富美子さんは利恵さんが命がけで守った貯金をマンション購入に充てた。
被告らへの厳罰を求めて集めた署名は約32万人分となった。だが年を追って署名は少なくなり、署名活動を手伝う友人に「どんな事件だったっけ?」と尋ねた人もいた。今は「この事件にどういう判決が下ったかを記憶にとどめてほしい」との一心で、署名を呼びかけ続けている。
控訴審の第1回公判期日が決まった6月、サポートしてくれている弁護士を通じ、堀被告の親族や弁護人から面会の申し出があった。富美子さんはそれを断った上で、自分の思いを伝えた。「本当に反省しているなら刑を素直に受けてほしい」
あどけない子どものころ、浴衣姿で笑顔を見せた事件前……利恵さんの写真に囲まれて暮らす今の状態を富美子さんは「中ぶらりん」と語る。事件から3年、09年3月の1審判決から1年半。裁判になぜこれほど時間がかかるのか納得できない。「長い時間がたつとどこまでが現実か分からなくなる。娘が亡くなっていないのではと本気で思う。判決が早く確定し、それをけじめに前に進みたい」
1審で自首を評価され、死刑を回避された川岸被告は7月、名古屋拘置所で毎日新聞記者と面会した。落ち着いた様子だったが、質問には消え入りそうな声で答えた。
控訴審前の心境を「別にない」といい「もう(事件から)3年だけど終わらない」と疲労感をにじませた。控訴審で再び死刑の可否が焦点となることについて「死刑になっても構わないが、変わるかもしれない。人の心境は変化する」と揺れる思いをのぞかせ「(磯谷さんに対する気持ちが)自分でも分からない。(上告すれば)そういうのがずっとまた続く。よく分からない」と「分からない」を繰り返した。
堀被告も7月、名古屋拘置所で面会に応じ「死刑執行されれば僕の苦しみは一瞬で終わる。苦しみながら生きていくことも極刑と言えるのではないか」と訴えた。「死刑が維持されれば受け入れざるを得ない」と述べる一方、「自分が死刑執行されるというイメージがわかない」と明かした。
残る1人の神田司死刑囚(39)は1審で死刑が言い渡された。控訴したが、取り下げ死刑が確定。弁護士が控訴取り下げの無効を名古屋高裁に申し立てている。
毎日新聞 2010年8月8日 14時17分(最終更新 8月9日 8時03分)