電子書籍が日本文化を破壊する日
岸 博幸(慶應義塾大学教授)
(VOICE 2010年5月22日掲載) 2010年5月25日(火)配信
たしかに米国では紙の書籍は高い。ハードカバーの平均価格は26ドルである。日本と違って再販価格維持制度がないので、本屋の店頭ではディスカウントされているが、電子書籍の価格が新刊やベストセラーで約13〜15ドルであることを考えると、紙の書籍の割高感は否めない。かつ、米国の書籍は造りもよいとはいえない。かさばるし製本もイマイチである。私も留学時代、教科書や参考文献のあまりの高さと重さにびっくりしたことを覚えている。
これに対して日本では、ハードカバーの多くが1000円台だし、新書なら700円台と、米国と比べてかなり安価である。電子書籍でそれより格段に安い価格が実現できるかどうかは微妙ではないだろうか。かつ、日本の書籍の造りは非常によい。つまり、少なくとも米国で電子書籍のメリットといわれる点は、じつは日本ではそこまでのメリットにはならない可能性が高いのである。
加えていえば、これは日本のマスメディア全般に該当する問題ではあるが、日本の出版社も総じてインターネットに対して非常に保守的な対応をしている。それもあり、アマゾンのキンドルとアップルのiPadの双方とも、日本語版の電子書籍がいつから始まるか未定である。
これらの要因を勘案すると、近い将来、日本で電子書籍が急激に普及するとは考えづらい。“携帯電話で読む”のが普及しているので若者の電子書籍への親和性は高いだろうが、それでも今後の普及のスピードは米国と比べるとゆっくりとしたペースになるのではないだろうか。音楽を楽しむ手段としてCDとネット配信が併存しているように、紙と電子媒体が併存し、近い将来においても紙が優位を保つと考えるのが自然である。
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