ドン ドン と、ノックの音が聞こえたのは午後7時のことだった。
通いたくもない学校から帰り、やりたくもない宿題をしょうがなく終わらせ、やっと一息つけると思った矢先にこの雑音。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは苛々しながらもそれを無視していた。
本来なら従者の茶々丸が率先して動く所だが、今日はクラスメイトの葉加瀬のところで月に一度のメンテナンスを受けに行っているので不在。
茶々丸の姉のチャチャゼロも居るが魔力供給ができないので動けない、というか動けてもそんな命令を聞きそうにない。
かといって自ら動くつもりもない。
(どうせジジィかタカミチか……無視だ、無視)
そう考え、さきいかを肴にワインを飲んでいたのだが……
ドン ドン ドン ドン
(うるさい、いい加減帰れ)
ドン ドン ドン ドン
(えぇい!しつこい!!)
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
「うぅるぅさぁぁぁぁぁぁい!!!」
日々のストレスのせいか、それとも元々短気な性格なのか。エヴァンジェリンは意外と早くキレた。
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」
ワイン瓶を片手に雄たけびをあげつつ、ドカドカと足を踏み鳴らしながらエヴァンジェリンは玄関へ向かった。
(ジジィなら殴る!タカミチでも殴る!その他でも殴る!)
と握りこぶしに息を吹きかけ、玄関のドアを蹴破りながら怒鳴る。
「うるさい!!アレだけ無視すれば居留守を使っているのも分かるだろう!!そんなに殴られ…れ……?」
突然言葉が途切れる。
(なんだ?壁?こんなものあったか?)
エヴァンジェリンの目の前には壁があった。いや、それにしては布で覆われているし、迷彩柄だ。そんな趣味の悪いもの自分も従者も置くわけがない。
まさか、またどこぞの正義を掲げる魔法使いの嫌がらせか?と思いつつ、ふと上から視線を感じ視線を上げると
走馬灯を見た
死を覚悟した、という種類のものではない。後悔したのだ、視線を上に向けたことを。そう、それこそ『死ぬほど後悔した』
迷彩柄の壁は壁ではなかった。人間だった、とてつもなく大きな人間だった。
2m、いや、もしかしたら3mはあるかもしれない。上下ともに迷彩柄のジャージ
を着込み、ジャージを着ていてもハッキリと分かる膨大な筋肉の量。まさに『怪物』のような肉体。
しかし、こんなものでエヴァンジェリンは怯えない、こんな『もの』、600年生きてきて腐るほど見てきた。
問題は顔、そしてその後やっと気づいたその男の異様な雰囲気。
男はまるで友人家族が一斉に死んだように、いかにも悲しげに、今にも泣きそうな顔をしていた。
「こんばんわ」
と、男が泣き出しそうな顔を崩さず言葉を発した。
そのいかにも楽しげな、それでいて低い声色が、とてつもない違和感を発していた。
「な」
なんだ貴様は、と聞こうとしてエヴァンジェリンは自分が震えているのに気づいた。
声も、体も。
震える身体に渇を入れ、エヴァンジェリンはもう一度問うた。
「なんだ、貴様は」
その声はまだ少し震えてた。
「私の家に何のようだ」
ギロリと相手を睨みながらもエヴァンジェリンは理解しつつあった。
『これ』は会話をしてはいけないものだ、と。とんでもないことに巻き込まれるぞ、と。
すると
「ななななななななななななななななななななななななななななな」
と、まるで壊れたラジオのように男は怪音を発した。
「!?」
エヴァンジェリンが驚くのもかまわず、男はこぶしを振り上げ
「くっ!」
エヴァンジェリンが臨戦態勢に入ると同時に
ドカッと、男は自分自身の頭を殴った。
「……は?」
エヴァンジェリンはいけないと思いながらも呆然としてしまった。なんなのだこい
つは、先程からもうわけが分からない。
「んだと聞かれてどう答えれば良いのだろう。名前か?所属組織か?それとも二つ名か?」
ようやくまとも(?)に言葉を喋った事に安堵しつつ、エヴァンジェリンは臨戦態勢を解かない。
「…そうだな、三つとも答えてもらおうか」
男は少し考え
「まぁ、いいだろう」
と答えた。
「もしかしたら顧きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ」
またしても男はドカッと自分の頭を殴る。
「くになってもらえるかもしれんし、なにより『娘』を任せるかもしれないお方だ、礼は尽くそう」
といいつつ、男は二度ほど自分で殴った頭を下げ、その名を告げた。
「罪口商会第七地区統括――罪口積立だ。二つ名は『妊夫』
末永いおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ドカッ
「付き合いを。『闇の福音』殿」
※主人公の名前が他の罪口作品の作者様ともろ被りだったので変更(積木→積立)
※主人公の二つ名を変更(妊婦→妊夫)