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[20025] 【ネタ】終末の聖杯戦争(Dies irae×Fate/Stay night )
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/08/01 15:45
この作品は100%ノリと電波によって作られています。


18禁ゲームが原作となっていますが、対象年齢は14歳となっています。


Fate/Stay night と Dies irae をやりこんでいなければ理解不能です。Dies iraeをPlay済みの方にお勧めします。


読む人を非常に選ぶ内容で、電波を受信して書いているため文体とかがめちゃくちゃです。


正田氏を崇拝している人が推奨されます。奈須氏を崇拝される方には少々不快な思いをされる内容があるかもしれません。


それでも読んでくださる方がいれば、お楽しみくだされば幸いです。

















[20025] Fate 第一話 神に仕える悪と邪なる聖人
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/01 15:35
第一話    神に仕える悪と邪なる聖人




 一千年

 今では世界共通の暦である西暦にして、十世紀もの昔。ある魔術師の一族が一つの奇蹟を求めた。



 『ラインの黄金』


 天の杯とも呼ばれるそれは魔術の域を超えた領域に位置する最高の神秘。

 現存する魔法のうちの三番目に位置する黄金の杯。アインツベルンから失われたとされる真の不老不死、魂の物質化。

 過去にいた魂から複製体を作るのではなく、精神体でありながら単体で物質界に干渉できる高次元の存在を作る神の業。魂そのものを生き物に変え生命体として次の段階に向かうものであるため魔術協会でも秘密にされてきた禁忌中の禁忌。


 これを再現するために、アインツベルンの血族は最早語ることすら敵わぬほどの歳月を重ねてきた。

 ありとあらゆる犠牲を費やし、ありとあらゆる願いを踏みにじり、ただひたすらに奇蹟の黄金を求め、彼らは走り続けてきた。

 しかし、800年も過ぎる頃、ついに自分達だけでは奇蹟の座に至ることは叶わぬことを悟り、他の家と協定を結び極東の地にてとある儀式を開始する。



聖杯戦争



 万物の奇跡を詰め込んだ聖なる杯を賭けて己が覇を競い合う魔術師同士の闘争。やがてそう銘打たれることになる儀式は、原初の時、純粋な願いのみを受けて成就するはずであった。

今より二百年前にあたるその時、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンと遠坂永人、マキリ・ゾォルケンによって創始された大聖杯の儀式。当時は魔術協会と教会は殺し合いをしていたため召喚の地には教会の眼が届かない極東の地が選ばれ、アインツベルンが聖杯の器を用意し、遠坂がサーヴァントを降霊し、マキリがサーヴァントを律する令呪を作り上げた。


 しかし、儀式は結局失敗に終わり、悲願は果たされることなく今も子孫に伝えられ続ける。


 現在においても未だに根源に至ろうとしているのは既に遠坂のみ、アインツベルンもマキリも聖杯の完成、つまり第三魔法の再現のみを望んでおり、再現した後に自分達がどこを目指すのかすら忘却の彼方にある。

 いや、そもそも彼らは狂っていたのだ。そうでもなければ一千年もの間同じものを求め続けることなど出来る筈もなく、その宿願の根源を疑いすらしない彼らは例外なく狂気に染まっている。

 あえて言うならば、遠坂のみが狂いきっておらず人間らしい思考の欠片を残していたというべきだろう。アインツベルンもマキリもまた正当に狂い続けており、その狂気を今もなお継承している。


 しかし、彼らは気付かない、彼らの宿願の根源にあるはずのそれに気付くことなはない。



 彼らの祖先はなぜ黄金を求めたのか?

 ラインの黄金を再現するというのならば、なぜそれは失われたのか?


 そしてそもそも、最初にラインの黄金を発見したのは一体誰か?

 物事には始まりがあるからこそ終わりがある。失われた奇蹟ならばかつてそれを作り出した者があって然り。

 少し考えれば子供でも疑問に思うようなそれらの事柄に一度も思いをはせることなく、聖杯戦争は繰り返され続けた。始まりの御三家の祈りは届かず、ただ屍のみが冬木の地に積み重なっていく。


 そして、いまよりおよそ61年前


 ちょうど世界大戦の末期であった1944年、第三次聖杯戦争が開始され、アインツベルンは呼んではならぬものを呼び出した。

 この世全ての悪とも呼ばれるそれをなぜアインツベルンは呼び出したのか、その真意を知る者はいない。


 しかし、真相を知ることはなくともそれを推察するものはいた。なぜならその男は実際にその目で監督役と共に第三次聖杯戦争を眺めていたのだから。

 そして、その時に監督役を務めた言峰璃正と僅かながら縁があったその男は今、当時とは全く異なる容貌にてその息子と語らっていた。



 「東方正教会双頭鷲(ドッペルアドラー)、ええ、かつては私もそれと関わっていたことがあります。まあ、その因縁も10年ほど前に無くなったようなものですが、奇妙なことに人の繋がりというものは容易には断ち切れない。人の命は、簡単に散るものだというのに」

 冬木市に存在する丘の上の教会、冬木に存在する霊地の中でも三番目の霊格を誇り、第三次聖杯戦争においては聖杯を降ろす場所ともなった屈指の霊脈を有する要地。

 元は始まりの御三家の一角たるマキリがおさえていたが、後に土地の霊気が一族の属性にそぐわないことが判明し、間桐邸は別の場所に移築され、土地は後から介入してきた聖堂教会が確保した。

 第三次聖杯戦争の監督役だった言峰璃正が教会から派遣され管理を行っていたが、第四次聖杯戦争の折に他界し、息子の言峰綺礼が引き継ぎ現在に至る。

 「そして第八秘蹟会。確かに、貴方の経歴から考えれば父と面識があったというのも頷ける。なるほど、このように当時の人間の話を聞く機会に恵まれるとは、私の運も存外捨てたものではないらしい」

 そう呟くのは僧衣に身を包んだ長身の男。ソファーに腰を埋めながらも相手を威圧するかのような雰囲気を滲ましている。

 そして、彼と対峙する男もまた僧衣に身を包み、こちらは対照的に温和な雰囲気を身に纏っている。


 だが、果たしてそうだろうか。常人が見るならば彼は普通極まりなく、人畜無害な好人物であるかのような印象を受けることだろう。

 しかし、この人物をよく知る人間による評価はそれとは真逆のものである。まあ、“邪なる聖人”という魔名を持つ時点でまともな人物であるはずがないのだが。


 「神は高みを在りて常に我等の行動を見ておられる。ここに我々が友誼を深める機会を得ることができたのも神の思し召しというものでしょう」


 「ほう、貴方は神を信じるか」


 「ええ、信じておりますとも」


 その言葉にどれほど意味が込められているのか、両者は語る必要もなく理解していた。


 片や、生まれつき人間の幸福というものを知らず、他人が苦しむことでしか己の幸福を感じることが出来なかった男。

片や、生まれつき他者と認識が共有できず、認識がずれた世界で独り飢えながら歩み続けた男。


似ているようで決定的に異なる両者は、同じような理由によって信仰の道に入った。


神は全てを許すという、神は全てを救うという。

ならば、罪深き自分をも神は救うのではないか?


その思いを胸に意味のない道を歩き続けた両者は、ある意味同じ結論にたどり着いた。


 この世に神はいない。だが、しかし……


 「私の信ずる神は今も高みにおられる。そして、私は神の代行者なのですよ」


 黄金の代行、クリストフ・ローエングリーン。


 ヴァレリア・トリファという男が持つ洗礼名であり、祝福であり、呪いであるその名。

 そして、彼の信じる神とは、その対極に位置する筈の愛すべからざる光(メフィストフェレス)に他ならない。


 「代行者か、ならば私はどうなのだろう」

 言峰綺礼という男もまた、神の代行者という立場にいたことがある。

 それはあくまで人間世界の最大派閥がもつ異端審問組織の一部に過ぎないものであったが、それを神の意志とするならば紛れもなく彼は代行者であったのだ。

 しかし今、彼は別の神に祈りを捧げている。


 この世全ての悪(アンリマユ)


 その泥を心臓として機能させている彼はその分身、一部といってもいい存在となり果てている。ならば、彼をして神の代行と呼ぶこともまた不可能ではないだろう。


 そうした背景などを考えても、やはりこの二人は似たもの同士ではあるといえた。共に聖杯戦争に浅からぬ因縁を持ち、余人は知る筈もなく、極一部の限られた人間しか知らない情報を互いに隠し持っている。



 「さてさて、その答えを得るためにかつて貴方は聖杯を求めた。違いますかな?」

 そして、聖餐杯は人を知る。俗人ならば見ただけでどのような人間かまで看破する彼ではあるが、その彼をしてこれほどまでに内面を読み取りにくい相手は数えるほどしかいない。

 もし、かつての自分、ヴァレリアン・トリファならばこの男の内面すら余さず読み取ったのであろうが、黄金の代行である今の自分はその能力を失っている。

 しかし、それは己の願いの結果であり当然の帰結、脆く歪んだ器を捨て去り、高次の白鳥へと変生することこそ彼の渇望なのだから。


 「確かに、否定は出来ぬ身。若い私は答えを知るために聖杯を求めた。だが、その答えは未だ出ていない」

 もし答えが出ていたのならばそもそも言峰綺礼は生きていない。この世全ての悪の泥によって偽りの心臓を機能させている彼は己の渇望に喰われているのと大差ないのだ。

 仇敵である衛宮切嗣の命を奪った聖杯の泥は彼に真逆の効果を及ぼした。それまで人類を救うという渇望に囚われていた衛宮切嗣はこの世全ての悪によってその渇望を否定され、生きる意味全てを失った。

 その果てに、彼が託すべき者を見出したことまでは言峰綺礼も知らぬことではあったが、衛宮切嗣は確かにこの世全ての悪によって死んだのだ。

 だが、本来は死んでいたはずの言峰綺礼は今も生きている。まともな人としての在り方とはかけ離れた存在となり、ただ、この世全ての悪の生誕を願うだけの渇望の具現と評した方が適当ではあるが、それでも生きている。


 10年前、溢れ出た泥によって生者と死者はその立場を入れ替えた。


 そして、その渇望が満たされた時こそ、言峰綺礼の肉体は活動を停止する。いかに聖杯の力の一部であるとはいえ、意思の力のみでそれを維持している言峰綺礼はいったい何者なのか。


 「ですから、そのお手伝いをして差し上げたい。もっとも、私にも打算はあり、望むものがある身ですがね」

 聖餐杯は笑う。彼には言峰綺礼の願いを理解することが出来た。具体的な内容までは分からずとも、それがどのような願いかは分かる。

 己の渇望を成就させるためにこの世全ての悪を受け入れ、なおも歩み続ける言峰綺礼。同じく、己の渇望を成就させるため、自己の器すら捨て去り黄金への変生を果たし、歪んだ聖道を歩み続けるヴァレリア・トリファ。

 そして、二人の道は今、この冬木の地にて交わろうとしている。


 「そうか、ならばいくつか質問があるのだが良いだろうか?」


 「なんなりと」


 「およそ60年前、私の父が監督役を務めた第三次聖杯戦争において、アインツベルンはこれを召喚した」

 そうして彼が指し示すのは己の心臓、それがなんであるかなどこの相手に説明する必要もない。


 「なぜ彼の家がそのような真似をしたのかについては知りようもないが、疑問が残る。そも、なぜその召喚は成功したのか?」

 それはつまり、卵が先か鶏が先かという議論。

 第三次聖杯戦争において、アインツベルンはこの世全ての悪(アンリマユ)召喚した。そして、それ以降、正統な英霊のみを呼ぶはずの大聖杯は狂い始め、第四次聖杯戦争においてはキャスターのクラスに反英雄が招かれている。

 だが、アヴェンジャーを呼び出すまでは確かに聖杯は正確に機能しており、正英雄以外は呼び出されるはずがなかった。

 アインツベルンは聖杯を作る家ゆえに抜け道を知っていたと考えればそれまでだが、それを独力で行えるのならばそもそも遠坂やマキリの協力などいらなかったのではないか、という疑問が残る。


 ならば。


 「第三次聖杯戦争が行われたのは今より61年ほど前の話、ちょうど世界が大戦の戦火に飲まれていた時代、我々が人として生きていた時代」

 そして、聖餐杯は静かに語り始める。


 「当時、ナチスドイツの高官であったハウスホーファーなる人物。その男が見定めたというシャンバラの候補地の中に冬木という土地が存在していたと記憶しております」

 当時は大戦中であり、大日本帝国とナチスドイツ第三帝国は同盟国であった。

 ならば、黒円卓と冬木になんらかの繋がりがあってもおかしくはない。そして、黒円卓はその名の通り闇を強く孕む、そう、清純なる聖杯を黒く染め上げる程に。


 そもそも、“円卓”という言葉自体が“聖杯”と強い因果を含む。ならば、あの副首領がそこに何の介入もしなかったなど、そちらの方があり得ない。


 「なるほど、つまり」


 「この冬木の地は我等、黒円卓の騎士にとっても約束の地。我らもまた聖杯を求める騎士なれば、この儀式を見過ごすことは叶わぬのですよ」



 聖槍十三騎士団


 わずか60年ほど前に出来た小さな組織であるはずが、国際連合という表の組織はおろか、聖堂教会、魔術教会の二大組織からも恐れられる超人の集まり。

 最早それは超人と呼ぶのもおこがましく、天災と表現する方が妥当といえる。

 特に、『白いSS』と呼ばれる吸血鬼は最悪の災害。聖堂教会が誇る異端審問組織『埋葬機関』、魔術教会が誇る封印指定執行者、その両者を幾人も返り討ちにし、死徒二十七祖をも仕留めたとされる戦争の怪物。


 そして、このヴァレリア・トリファこそが黒円卓の騎士を率いる首領代行。


 不思議なことに幹部に関する情報はほとんど外に伝わっていないが、現在も活動を続ける騎士団員の情報ならある程度は知れ渡っているのだ。

 “白いSS”、“最終魔女”、“戦乙女”、などは欧州の裏側を知る者ならば誰もが一度は聞いた名である。

 諜報活動に徹する“紅蜘蛛”と首領代行である“邪なる聖人”が表に姿を現さないのは当然ではあったが、残りの三人についての情報は裏側ですら知られていない。

 唯一知るのは10年前に崩壊した双頭鷲(ドッペルアドラー)くらいであっただろう。


 「それは矛盾するな。聖杯戦争が黒円卓の騎士の悲願ならば10年前の第四次聖杯戦争になぜ介入がなかったのか」

 そして、それを知りながら悠然と対峙するこの神父もまた只者ではない。むしろ、この状況を心の底から愉しむかのような笑みを浮かべている程だ。いや、恐怖という感情が擦り切れているだけなのか。


 「それは言わずともお分かりでしょう。当時、我々も色々と立て込んでおりまして、このような遊戯に参加する余裕がなかったのですよ」

 つい先程、黒円卓の騎士の悲願であると告げておきながら遊戯と断ずる。全く矛盾そのものであるが、矛盾なくして聖餐杯は成り立たない。


 「確か、諏訪原といったか、その土地にて黒円卓と双頭鷲がぶつかったと聞いた覚えがある。まあ、我々も色々と立て込んでいたためそのような遊戯に関わることもなかったが」

 双頭鷲は東方正教会に属する機関であり、ローマを本拠地とするカトリックの聖堂教会とは立場を異にする。

 表側の話だけでも幾度となく闘争を繰り返したローマ・カトリックと東方正教会の関係は最早名状しがたいものになっている。最大の仇であると同時に最愛の人であるかのように。人間社会における最大派閥の構成する組織であるためか、それらは人の矛盾を体現するかのように愛憎劇を繰り返している。


 「ええ、当然蹴散らしましたが。多少の傷を被ったのもまた事実なのですよ」

 それは紛れもない事実であり、怒りの日の前哨戦。

 ならばこの聖杯戦争は来るべき本番に向けた大規模な演習と呼ぶべきだろう。作戦が大規模になればなるほど事前の演習にも力を入れるもの。

 そして真に迫った演習ならば気を抜けば命を失うことにも繋がる。要はそういうことなのだ。


 「熟練兵を失ったからといって新兵を代わりに据えたところで容易に穴は塞がりません。ならば、実戦訓練こそが最も効率的な養成方法でしょう」


 「つまりは、それも目的であると」

 聖餐杯の言葉には必ず裏がある。表だけを受け取っているといつの間にか袋小路に入っていることになりかねない。


 「ええ、それも目的です。それを口実に口うるさい妻と優しい娘を騙してこのような戦場までやってきたわけでして」

 どの口がほざくのか、どこまでも飄々と口にする聖餐杯。


 「ほう、貴方に妻と娘がいるとは。これは驚くところなのか判断に苦しむな」


 「ははは、これは耳が痛い。ですが、貴方はどうなのです?」


 「さて、どうだったか」

 それは言峰綺礼にとって数少ない、考えてはいけないことだった。実際、家族という言葉は彼にとって鬼門といってよい。

 それを全く表面に出さない精神の頑強さは他の追随を許さないものではあるが、そういう部分を察することにかけてはヴァレリア・トリファに一日の長がある。


 しかし。


 「かつて私が零してしまったもの、それを恐れる心がある限り、私が家庭を持つとは思えんな。特に、私に子供を育てる資格などありはしない」

 それは言峰綺礼とて同じこと、他人の心の傷を開くことに関してならば他の追随を許さない。


 「く、くくくく、ははははは」

 「ふ、くくく、ははははは」

 そして両者は乾いた笑いを浮かべる。


 「愉快ですねえ、実に愉快だ。このように傷を抉られたなど、副首領閣下以来ですよ。ああ、実に懐かしい」


 「ああ、その心、誰よりも理解できるとも。十年前にあの日より、このような気分になったことなど一度もなかった」


 結局、この二人が言葉を発する以上、互いに傷つけ合う以外にあり得ない。互いにそのような業を生まれもった身であり、それを変える意思もない故に。


 「よかろう、貴方の協力を仰ぐとする」

 そして、言峰綺礼は決断した。いや、理解した。

 この聖杯戦争はこれまでとは全く違うものになるであろうことを、そして、この戦争の裏には自分も知らぬ途方もない悪意が蠢いているということを。


 「譲歩、感謝いたします」

 聖餐杯は静かに頭を下げる。その顔に仮面のような笑みが貼り付けたままで。


 「依頼しているのはこちらの方だ、感謝される云われはない。欲望もあれば打算もあってのこと」


 「それはお互いさまでしょう。私とて未だに隠し事は多い、全てを明かすことなど出来ませんし、する気もない」


 「ならばこそ、対等な立場の同盟、いや、協力関係というわけか。実に面白い」


 実際、彼らは愉しんでいた。この状況を。




 「それでは具体的な話に移るとして、まず、私が現在保有している戦力についてですが……」


 そして、神の家における彼らの密談は続く。


 神に仕える悪と邪なる聖人、この両者の奇妙な友誼が何を意味するのか、何をもたらすのか。





 『ああ、実に結構、実に至高。所詮は児戯に過ぎぬが、座興としては申し分ない、共に楽しむと致しましょう、獣殿』


 全てを見透かし、笑い続ける詐欺師のみが知っている。




[20025] Fate 第二章 運命の夜
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/04 14:50
 
Fate


第二話    運命の夜


 その日、衛宮士郎はあり得ない光景を目撃していた。


 「――――――な」


 何かよく分からないモノがいる。

 赤い男と青い男。時代錯誤どころか最早冗談じみた武装を振り回し、校庭で殺し合っている存在があった。



 「何だよ、アレ」

 あれは人間じゃない、人間と呼んでいい存在じゃない。

 理解できない、動きが視認出来ない、あまりに現実感がなさ過ぎる。

 そう、もし現代人がいきなり戦場に放り込まれたとしたら似たような心境になるだろう。

 あれは違う、化け物ですらない。吸血鬼だの、狼男だの、人知れず闇に潜み、人間社会の死角から人を襲い続ける怪物の話は古今東西にあるが、あれはそういうものらとは一線をかくしている。。


 「殺し―――合っている」

 怪物は人間を殺すもの、人間と殺し合うものではない。故に英雄に倒される。それらは強力な存在ではあるが、自分と対等の存在を打倒するような機能など持ち合わせてはいないのだ。

 だが、あいつらは殺し合っている。まるでそれが当然だと言わんばかりに、それこそが自分達の存在意義だと主張するかのように。



 ふと気付くと、音がやんでいた。


 二つの怪異は互いに距離をとりつつも睨み合っている。

 それで殺し合いが終わったのかと安堵した瞬間、凄まじい殺気がほとばしった。



 「う、うそだ――――なんだ、あいつ――――!?」


 魔力、それもとんでもない量が青い奴の槍に集中していく。

 まずい、あれはまずい、あんなものが解放されたら赤い男は―――


 そして、俺が息をのんだ瞬間。


 「誰だ――――!?」

 青い男が、隠れている俺に気付いた。


 「――――!」

 それだけで、奴の標的が自分に切り替わったのだと理解できる。

 逃げないと、逃げないと殺される。もうどうしようもない事態に陥っているのは分かりきっているが、それでも頭の中を占めているのはそれだけだ。

 今は余分なことを考えるな、逃げきることだけを考えろ。

 と、思うまでもなく、既に足は走り出していた。俺の生存本能という奴もかなり働き者らしい。



 「は―――は―――は―――」

 どこをどう走ったのか全く覚えちゃいないが、気付けば俺は校舎の中にいた。


 「ば、馬鹿か俺は」

 逃げるなら町中かもっと人がいるところだろう。こんな人気がない場所に逃げてどうしようってんだ。


 いや、それでいいのか?

 あいつらから逃げるのに、人がいるところへ。そんなことをしたら…


 俺が生き残る代わりに、誰かが●されるということになるんじゃ―――


 「ええ、馬鹿ね貴方」


 「――――!?」

 目の前に人間がいた。馬鹿な、ついさっきまで誰もいなかったはず。


 「人間なら自分の命を最優先にすべきでしょう。なのにこんな人気の無いところに逃げるなんて、何を考えているのかしら?」


 それは、黒い長髪をした女だった。何か妙な格好をしているが……日本人だ。


 「あんたは――」


 「死になさい」



 一瞬、何が起きたか分からなかった。



 「えっ」

 血、血が出てる、俺の胸から。でもなぜ?


 何で、何で血が出てる? 血が出てるってことは刃物がなきゃおかしいだろ。俺の身体は定期的に胸から出血する異常体質ってわけじゃないんだから。


 「これは“活動”だから見えもしないし痛みもそれほど感じないはず。熱は出さないように抑えてあげたから、焼け死ぬこともないと思うわ」


 何を―――何を言っているんだこの女は―――

 「ご、ごふっ」


 「まあ、それが貴方にとって良いことなのか悪いことなのかは知らないけど」


 視界が歪む、おかしい、何で歪まなきゃならない。

 何が、何が起きたんだ。


 「追いかけっこはもう終わり――――って、レオン、いたのか」


 「随分な言いようねランサー。貴方と猊下はパスが繋がっていないのだから偵察役が別に必要になるのは当然でしょう。貴方、説明するの下手そうだし」


 あれは――――さっきの青い男。



 「まあ、そりゃそうかもしれねえが、お前とあの野郎は念話出来んのか?」


 「最近の世の中には携帯電話という便利なものがあるの。それに限らず、決まった相手と遠距離通信を行う方法なんて溢れているわ。仲間の一人がそういうのにやたらと詳しいし、その辺は一通り習得したから」


 「あん、確か、蜘蛛男だったか?」


 「その認識で正しいと思うけど、諜報とかをやらせたら貴方より百倍優れてるわよ。もっとも、それしか取り柄がないのが問題なんだけど」


 意識が、意識が遠くなる―――――なんだこれ。


 「はっ、新兵のお前に言われてたら世話ねえな」


 「だからこそでしょうね、猊下はこの戦争は新兵訓練のための場所だとおっしゃっていた。まあ、それだけが理由とは思わないけど、理由の一つではあるんでしょう。なにせ、古参兵が来たら儀式そのものが滅茶苦茶になってしまうもの」


 「まあ何にせよだ、退くぜレオン。もう一人のエセ神父の方も引き返せなんて抜かしてやがる」


 「ええ、そうしましょう。彼の死体は?」


 死体? 死体ってなんだ?


 「ほっとけとよ、証拠隠滅や事後処理はあいつらの仕事だろうが、俺達の気にすることじゃない」


 「分かった」


 ああ、そうか……俺の………こと…………


 「アーチャーか、いつかケリはつけてやる。それまでくたばんじゃねえぞ」


 「あ、そうだ。ついでにコンビニ寄って夕飯買っていこっと」


 「………意外とマイペースだな手前」


 「兵糧の補給も軍人の務めよ」







 ■■―――――――――――■■









 「なるほど、赤い外套の騎士、アーチャー。これで六騎目が揃いましたか」


 丘の上の教会にて、ある意味時代どおりのものを片手に僧衣を纏った男が呟く。


 「カメラ付携帯、いや、映像をリアルタイムで送れるタイプか」

 感心するように呟くのはもう一人の男。こちらも拵えは違えど僧衣を纏っているという事実は変わらない。まあ、場所を考えれば違和感はないどころか、神父が教会にいなければどこにいるのだという話になるだろう。


 「市販はされていませんしそれなりに値も張りますが、機能性は折り紙つきです。流石はシュピーネ、このような電子部品を扱わせれば右に出るものはおりません」


 「わが師に聞かせてやりたい言葉だ。崇高なる魔術の結晶は今や電子製品で容易く代替がきく。習得する手間を考えればその効率は比較にもならんだろう」

 言峰綺礼にはマスターとしての知覚があり、心霊魔術を修めてもいるため己がサーヴァントであるランサーから情報を得ることが出来る。

 しかし、ヴァレリア・トリファはマスターではない。彼はあくまで協力者に過ぎず令呪も当然保有していない、念話などの魔術程度は修めているものの、肝心の偵察役であるレオンハルトにはその技能がない。

 彼女が魔道に傾倒したのは僅か10年前の話、それだけの期間で黒円卓の騎士になるためには戦闘技能に特化させて鍛えるより他はなく、その他の技能は近代技術に頼ったものにならざるを得ない。


 「ですが、戦争とは得てしてそういうもの、科学技術が最も飛躍的に発展したのは二つの世界大戦の最中であった、これは最早一般常識レベルの話です。我等は魔術師に非ず、戦争の具現たる黒円卓の騎士。ならばこそ、使えるものは何でも使う、科学であれ、魔術であれ、信仰であれ」


 「そして、その果てに聖杯を求めるか」


 「ええ、私は俗物なのですよ。やりたいことがあるし、叶えたい望みがある。ならば、立ち止まっている時間などありはしない。どこまでも歩み続けるのみ」

 ヴァレリア・トリファは聖杯を望んでいる。それは間違いないが、それだけではないことを言峰綺礼は当然のように見抜いていた。

 いや、見抜いていたからこそこの男と協定を結ぶなどという暴挙に出たのか。


 「だが、未だにサーヴァントは揃っていない。最後のマスターも未だ現れず、これでは開戦の狼煙すら上がらんだろう」


 「貴方がそれをおっしゃいますか、この地に眠る聖杯は所詮人が作り上げた名ばかりの願望器。要は魔術の素養を持った人間がいれさえすればよい、10年前にもその例はあったはずですが」

 雨生龍之介という男がいた。その男は魔術師の血を引いてこそいたが魔術を習ったことなどなく、純粋な快楽殺人者として10年前にこの冬木を訪れた。

 そして、反英雄であるジル・ド・レェを呼び出しキャスターのマスターとなった。あらゆる奇蹟を叶えるはずの聖杯とはそのような人物すらマスターに選ぶ俗物なのだ。


 「確かにそうだが、今思えば腑に落ちんこともある」

 だが、言峰綺礼もまた聖杯を知り尽くしている。今や聖杯そのものとなっている存在の一部を体内に宿しているがゆえに、漠然としたものではあるが聖杯の意思とやらを感じることも不可能ではない。


 「ほう、それは?」


 「あれは消去法によって選ばれたマスターではないということだ。わが師、遠坂時臣やアインツベルンのマスターであった衛宮切嗣には聖杯戦争の3年も前から令呪が宿っていた」

 それは事実、御三家に連なるマスターには時間という圧倒的なアドバンテージがあった。それが故に彼らは聖杯戦争に対して準備を万全に整え望むことが出来たのだから。


 「そして、それは貴方も同じであったと」


 「しかし、私はその頃聖杯という存在など知りもしなかった。確かに父が第三次聖杯戦争において監督役を務めていたという縁はあったが、私自身は聖杯との関わりは皆無であった。そして、魔術協会よりの参加者であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ウェイバー・ベルベット、始まりの御三家の一角たる間桐雁夜、このあたりは順当といえる」

 つまり、第四次聖杯戦争の人選には奇妙な偏りがあった。


 「遠坂、マキリ、アインツベルンの三家。協会よりの二名、ここまでは良いと、しかし貴方ともう一人には選ばれる必然性がなかった。にも拘らず、共に聖杯戦争において大きな役割を果たした」


 「本来ならばキャスターには別のサーヴァントが呼ばれていたはず、だが、雨生龍之介が呼び出したジル・ド・レェはセイバーに妄執を抱き、そればかりかバーサーカーすらも、かの騎士王に縁のものが呼び出された」

 それもまた奇妙な話しなのだ。間桐雁夜がサー・ランスロットに縁のある品を持っていたわけはなく、その精神の波長が一致していたとはいえ実力が決定的に不足していた。

 だが、間桐雁夜はアーサー王に縁にある湖の騎士を召喚した。それはまるで、何者かに脚本された愛憎劇であるかのように。


 「つまり、聖杯が己の意思によって持ち主となるべき者を見定めるためにマスターを選ぶ。御三家がマスターを招く為に作り上げた虚構が、今や真実となっている。そういうことですかな?」


 「確証はない、だが、そう考えれば辻褄が合うのも事実だ」

 言峰綺礼とてそれに納得しているわけではない、だが、ある種の確信があった。

 自分、いや、この世全ての悪すらも知らない何者かがこの聖杯戦争には関与している。そして、今目の前にいる男はその存在を知っているはずだ。


 「なるほど、であるならば、最後のサーヴァントが召喚される日もそう遠くはないでしょう。貴方のおっしゃる通りだとすれば、その愛憎劇を脚本した何者かは未だにこの地に潜んでいる。そういうことになるのですから」

 潜んでいるという表現が的確でないことを聖餐杯は熟知していた。そも、あの存在を表すのに的確な表現などこの世に存在すまい。


 「では、待つとしよう。我々もまた舞台の上を踊る道化に過ぎん」


 そして、礼拝堂を沈黙が支配する。

 両者ともに言葉を発することなく、それぞれの思いに沈んでいた。



 ≪この街はシャンバラの模造品、いや、試作品とでもいうべき存在に間違いない。カール・クラフトという人物の年齢を考えればあり得ない話ですが、副首領閣下ならば別段不思議な事でもない≫

 仮にカール・クラフトが数千年を生きた魔法使いだと言われたところで、黒円卓の中で驚愕するものなど皆無だろう。

 かつては魔術の多くは魔法と呼ばれていたが、科学が発展したこの時代において、魔法は五つを残すだけとなっている。

 そのうちの一つ、第三魔法、魂の物質化。それをあの副首領はこともなげに再現した。


 アインツベルンの千年かけて未だに成せぬ奇蹟の技をたった1日で彼は行ったのだ。


 1945年、5月1日。戦火に飲まれたベルリンにおいて、八つのスワスチカが開かれ、イザーク・アイン・ゾーネンキントを聖櫃とした黄金練成の儀式が行われ、魔城は異界へと飛ばされ、永久展開されている。


 そして、ラインハルト・ハイドリヒと三人の大隊長は、まさにアインツベルンが求める奇跡の黄金の体現者となった。
 

 ≪そして、この街にもまた八つの霊地が存在する。最も、聖杯を降臨させるに足るのはそのうち四つのみですが、そのうち一つは既にスワスチカとして機能している≫

 10年前、シャンバラにおいて黒円卓と双頭鷲がぶつかり、第五位と第二位が共に落ちるという結果をもたらした。

 そして、その時に不完全ながらも第一は開いたが、それと合わせ鏡であるかのように、冬木に存在する霊地の一つでこの世全ての悪が顕現し、500人近い命が捧げられた。


 冬木市民会館、元々は聖杯の降霊を行えるほどの霊格を備えてはいなかったが、一等の霊地である円蔵山、第二の霊地である遠坂邸、第三の霊格を誇る冬木教会、それぞれに魔術的な陣地が築かれたことで自然のマナの流れが狂い、魔力の吹きだまりとなった土地が第四の降霊地となった。


 ≪未だ魔術師は気付かないが、霊格を有するに至った土地はそこのみではない。元々は三箇所であった霊地も聖杯戦争のたびに数を増やし続けている≫

 スワスチカとは戦場跡に刻まれる方陣であり、大量の魂が散華することで開かれる。

 ならば、サーヴァントという極上の魂が散華すればそれだけでスワスチカを開くことも可能となる。ましてこの土地ではそんな戦争が繰り返されてきたのだ、元々は何も無かった土地であっても徐々に汚染は進み、ついに今回、八つの霊地が完成した。

 その基準は一般の魔術師のものとは違うため、他のマスターにとっては四箇所のみが重要地となるが、黒円卓の騎士にとってはスワスチカとなるべき箇所は八つである。


 ≪最初の聖杯が降臨した際に三から四へ、二度目の聖杯戦争では五、私がこの目で確認した第三次聖杯戦争では六、10年前のあの時には七、そして、今回はついに八、全ては布石通りというわけですか≫

 およそ60年周期で大聖杯に満ちるマナ。そして、それに呼応するようにスワスチカも完成していった。

 怒りの日は近い。ゾーネンキントは既に17歳となっており、今年のクリスマスが恐らくその時であろう。


 ≪さてさて、どうなることやら≫

 聖餐杯とて全てを見通しているわけではない、彼は全知全能とはほど遠く、用心深く策謀を巡らし、自分にとって好ましい状況を作り上げるのみ。


 ≪ともかく、ベイ中尉に嗅ぎつけられなかったのは僥倖というべきでしょう。シュピーネが上手くやってくれたようですが、もし彼が来ていればどうなっていたことか≫


 まず間違いなく、聖杯戦争は根底から崩壊していたことだろう。あの男には魔術師のルールも教会のルールも人としての道徳も一切関わりないのだ。


 始まりの時は近い、その瞬間を待ちわびながら、聖餐杯は神の祭壇の前で祈りを捧げている。


 そして、その隣では同じく僧衣に身を包んだ男が神か、はたまた何者かに十字を切る。


 運命の夜は未だ始まったばかり、この戦争がどのような結末に至るのか、それは誰にも分からない。










[20025] Fate 第三章 英雄と影
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/07/04 14:56
 
Fate


第三話    英雄と影




 家に帰る頃には、とうに日付が変わっていた。

 屋敷には誰もいない、桜はもとより藤ねえもとうに帰った後だ。


 「はあ…はあ…ふう」

 大きく息を吸い込むと同時に腰を下ろす。思いきり息を吸って吐くが、それだけで肺が悲鳴をあげている。


 「そりゃそうか、ついさっきまで壊れてたんだ」

 俺が殺されかけたのは間違いない、というか、実際に殺されたはずだ。

 にも関わらず生きているのは誰かに助けられたから、それが誰かは分からないが、確かに俺は助けられた。


 「でも、一体誰だったんだ?」









 ■■―――――――――――■■





 「誰かが助けたのは間違いない。だとしたら、アーチャーのマスターしか考えられない、か」


 衛宮邸から数百メートル離れたとある民家の屋上、黒い長髪を持った少女が人知れず呟いた。

 彼女は魔術師としての訓練はほとんど積んでいないため、人払いの結界などを張るには専用の礼装に頼る必要がある。幸い、仲間の魔女がそういうものを作るのを趣味にしていることもあり数は不足していないが、性格的なものが原因なのか節約しがちな傾向にある。


 そんな彼女は現在迷彩用の呪符を肩に張り付けて他者の視線による索敵を阻害している。それなりに高等な術式で組まれた品であるためこれを破るにはそれ相応の式が必要になる。

 だが、今の冬木にはそれを成せる存在が集結している。魔術に特化したキャスターは言うに及ばず、戦闘が専門であるランサーすら原初のルーンを修めたルーンマスターなのだ。

 そして、彼女の見たところアーチャーのマスターは相当優秀な魔術師であり、そのサーヴァントにも魔術的な知識はあるように見受けられる。


 「敵はかなり優秀、少なくとも愚物はいなさそうね。アーチャーのマスターがどういう意図があってあの男を助けたかは分からないけど、ランサーが再殺に向かった以上は徒労に終わる」


 そして、彼女は足もとに置かれた袋からあるものを取り出す。


 「はむ」


 つい先程コンビニで買って来た肉まんである。聖杯戦争の真っ最中とはいえど、コンビニは相変わらず24時間営業なのだった。


 「後でコインロッカーに取りに行かなきゃいけないけど、まあいいか」

 彼女には以前、SS服のままコンビニに入ってもの凄く気まずい思いをした経験がある。あの時に向けられた痛い子を見るような視線には流石の彼女も堪えるものがあった。


 「さて、監視を続けましょう」

 缶コーヒーと肉まんを片手に見張りを続ける姿は軍人というよりも張り込みをしている刑事を思わせたが、幸か不幸かそれを突っ込む人物はこの場にいなかった。









 ■■―――――――――――■■




 「飛べ」

 槍の男は弾かれた槍には目もくれず、回し蹴りを放ってきた。


 「ぐっ――――!」

 まさかピンボールのように人間の身体が宙に浮くなんて思いもしなかったが、俺の身体は骨が折れるような勢いで土蔵の壁に叩きつけられた。


 「はあ―――は」

 まずい、まともに呼吸が出来ない、このままじゃ。


 「そこ動くな!」


 青い男は20メートル近い距離を一直線に突っ込んでくる。ホントにこんな距離を飛ばされたのか俺は。


 「ぐ―――!」

 動かないと、逃げないと殺される。そんなことは分かりきっているというのに、足に力が入らない。


 「―――」

 迸る槍の穂先、それを見る暇もなく崩れ落ちる身体が槍を迎え――


 「ちい、男だったらシャンと立ってろ」


 悪運に救われた。膝を折った俺の頭上を槍は通過していき、逆に土蔵の扉を開いてくれた。

 チャンスは今しかない、土蔵に入れば何か武器になるものが。

 四つん這いになって土蔵に飛び込むが、その瞬間。


 「そら、これで終いだ!」

 避けようの無い、必殺の槍が放たれた。


 「このおおおおおおおおおおおお!」

 それを防いだ。棒状だったポスターを広げ一度きりの盾にする。

 薄くなったせいで強度はまるでなくなったが、それでも一回程度は奴の槍を防いでくれた。


 「ぬ……!?」


 こっちは衝撃だけで壁まで吹き飛ばされる。だが僅かながら距離は開いた、今のうちに何か武器になるものを――



 「終わりだ、今のは割と驚かされたぜ、坊主」

 男の槍が、俺の心臓目がけて突き出されていた。


 これで終わり、俺にはこの先の術などない。この状況に追いこまれた時点で衛宮士郎の生きる可能性は皆無になった。


 「しかし、分からねえな。機転はきくくせに魔術はからっきしときた。筋は悪くないようだがまだ若すぎたか」

 男の声なんか聞こえない。

 意識はただ目の前の凶器に注がれている。

 だってそうだろう、これが突き出されるだけで俺は死ぬ、だったら他のことなんか考える余裕がどこにあるという。



 「もしやとは思うが、お前が7人目だったのかもな。まあ、だとしてもここで終わりなんだが」

 男の腕が動いた。

 今までは閃光のように見えていたが、今はやけにスローモーションに見える。


 走る銀光。

 俺の心臓に吸い込まれるように進む穂先。

 一秒後には血が出るだろう。

 そう、俺は知っている。こんな死の具現のような槍ではなかったが、俺はつい先程似たような死を味わった。

 ……それをもう一度? 本当に?

 理解できない。なんでそんな目に遭わなくてはいけないのか。

 ……ふざけてる。そんなのは認められない。こんなところで意味もなく死ぬわけにはいかない。

 助けてもらったのだ。なら、助けられたからには簡単には死ねない。

 俺は生きて義務を果たさないといけないのに、死んでは義務を果たせない。


 「―――」

 頭に来た。

 そんな簡単に人を殺すなんてふざけてる。

 そんな簡単に俺が死ぬなんてふざけてる。

一日に二度も殺されるなんて、そんな馬鹿な話もふざけてる。

ああもう、本当に何もかもふざけていて、大人しく怯えてさえいられず、


 『では、どうするね。このままここで朽ち果てるかな?』

 そんな刹那に、声のようなものが響いた。


 『確かに君は一度死んだ。だが、死に切れもしなかった。君は今も生きており、生きているからには生き続けねばならない。ああ、その通りだとも、その認識に一片の間違いもありはしない』


 なんだ―――――これは――――


 『だがしかし、彼は君を殺すつもりだ。魔術師として半人前以下の君では逆立ちしようとも彼には敵わぬ。それこそ、奇跡でも起きぬ限りは。だが、その奇蹟は既に今日使いはたしてしまっていると思うが』


 なら――――俺はどうすれば――――


 『では問おう、君は生を望むかな?』


 何だって?


 『生きること、その流刑の如き生を歩み続けることを君は望むのかと尋ねている。君に自覚はないであろうが、今この瞬間は君の人生において最大の分岐点と言ってよい。いや、物事を正確に述べるのならば、人間として終われる存在のままであるかどうかの分岐点と言うべきか』


 それは、いったい何のこと。


 『その体を剣へと変生させ、正義の道を歩み続ける錬鉄の英霊。その根源となる時が今まさにやってくる。かの騎士王と出会わねば、君は人間として終わることも出来るだろう。この永劫に回帰するゲットーにおいて、君達英霊は、数少ない分岐点を持ち得る存在故に』


 それはつまり、俺がここで死ぬかどうかは俺次第だと?


 『然り然り、本来ならば召喚の言葉もなくサーヴァントが召喚されるなどあり得んのだ。いくら君の体内に彼女の鞘があり、この場所もまた彼女にゆかりがある場所であり、最高の絆によって結ばれているとはいえ、彼女がサーヴァントである以上、大聖杯のくびきからは逃れられん。この法則は容易には揺るがない』


 じゃあ、結局俺は死ぬってことか。


 『いいや、そうではない。私はしがない演出家に過ぎぬが、この劇場を作るにあたって少なからず手を貸している。故に、抜け道もいくらか存じている。それはほんのささやかな道筋に過ぎぬが、君が望むならば輝ける黄金の道に変えることも不可能ではない。もっとも、クリストフを排除できるかどうかはまた別の問題だが』


 なんだって?


 『いいや、今の君には関係のないことだ。それで、答えは聞かせてはくれぬかね、未だ生まれぬ英雄殿』


 俺の――――答え。


 『そう、実に簡単な二択だ。このままここで死ぬか、それともマスターとなって生き延びるか』


 そんなの、決まってるだろう。


 『ほう、ならば?』


 そして、俺の意識は元の世界に戻される。



 「ふざけるな、俺は――――」

 こんなところで意味もなく、お前みたいな奴に、殺されてなるものか―――!!!!!!



 『承諾した。ああ、素晴らしきかなその想い。やはり君はその選択をするのだね、わが親愛なる守護者よ。そう、何度繰り返そうと君はこの瞬間の選択だけは絶対に間違えない、君にとって至高の存在である彼女と出会わぬ可能性をそれほどまでに作りたくはないのか』



 それは本当に、魔法のように現われた。


 声が出なかった。

 突然のことに混乱していた訳でもない。ただ、目の前の少女の姿があまりにも綺麗すぎて、言葉を失った。


 「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 その少女は、凛とした声でそう言った。


 『これにて最後のサーヴァントは召喚され、役者はすべて出揃うこととなる』


 「え……マス……ター………?」

 そんな言葉しか返せない俺に、少女は何も言わず、静かに俺を見つめ返してくる。


 ――――その姿を、なんと表現すればいいのだろう。



 『開幕はここに、これより先は一切止まること無き修羅の道。存分に乱れ、狂うがよかろう』



 「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

 その言葉を聞いた瞬間、左手の手の甲に痛みが走る。


 「―――これより我が剣は貴方と共に在り、貴方の運命は私と共にある。ここに、契約は完了した」




 『では、今宵の、恐怖劇(グランギニョル)を始めよう』











―――あとがき―――

 どういうわけかFate屈指の名シーンが最悪のシーンになってしまいました。

 Fateファンの方、真に申し訳ありません。

 とりあえず、言うべきことは一つです。


 カール・クラフト死ね



 






[20025] Fate 第四話 白銀の騎士と青い槍兵、そして炎の獅子
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/07 20:42
Fate


第四話    白銀の騎士と青い槍兵、そして炎の獅子



 深山町の一角に存在する衛宮邸、その場所にて二人の騎士が戦っている。


 それは、マスターである少年と槍の英霊との間で行われていたものとは明らかに異なっていた。


 戦闘


 それは戦闘と呼ばれるものだ。


 戦闘とは互いを仕留めることができる能力者同士の争いであり、例えどれほどの実力差があろうとも、互いを仕留める手段を保有しているならば、それは戦闘と呼ばれてしかるべきだろう。

 そういった意味でも、二人が行っているものはまさに戦闘であった。


 「はあっ!」

 手にした“何か”でもって切り込む白銀の騎士。


 「ちいっ!」

 それは赤き魔槍で弾く青い槍兵。しかし、しのぎ切れていない。


 騎士の一撃には目視が可能なほどの膨大な魔力が込められている。それを受けるだけで彼を相当な衝撃が襲うのだ。さらに騎士の技巧自体も既に人外の領域に達しており、同じ存在である彼をもってしても捌くことは困難を極めた。

 槍兵の槍が正確無比な狙撃銃だとすれば、騎士の剣は火力にものをいわせた散弾銃、それだけでも両者の力の差は明白と言えた。

 そして何よりも。


 「卑怯者め、己が武器を隠すとは何事か!」
 

 「―――――」

 その言葉に、騎士は無言の剣戟でもって応じる。

 銃という近代兵器ではなく、互いに武器を持っての戦闘において、相手との間合いは生死に直結する要素である。

 目測をわずかに誤っただけで、容易く死にいたる修羅場に彼らはいる。その状況において、相手の武器が見えないという点は凄まじく不利に働く要素であった。



 そして、騎士はさらなる攻勢に出た。

 絶え間ない、豪雨じみた剣の舞。飛び散る火花は鍛冶場の錬鉄を思わせる。


 「調子に乗るな」

 だが、槍兵とて一筋縄ではいかぬ英雄である。


 騎士の攻撃速度が上がると同時に、槍兵もまた手数を増やす、いや、増やし続ける。


 「――――!」

 今度は驚愕するのは騎士の方であった。


 槍兵はサーヴァント内最速の英霊である。

 令呪の縛りも無い戦いにおいて、槍兵に速度で敵う英霊などそうそう存在するものではない。

 本来であれば、彼には令呪による制約が課されていたはずだが、幸か不幸か、聖餐杯の助力が加わったことにより、彼の立場は異なるものとなった。

 その結果、今の彼はその能力を十全に発揮できる状態にある。こうなった彼を速度で凌ぐのは至難を超えてほぼ不可能いっていい。

 それは、目の前の騎士においても例外ではない。

 繰り出される槍は、既に防御のためのものではなく攻撃に変化し、騎士の防御を徐々に崩していく。



 「おおおおお!」

 そして、白銀の騎士もまた己の力を解放する。

 最速の英霊が槍兵ならば、剣の騎士は最優の英霊、その持ち味は白兵戦においてこそ発揮される。

 騎士の全身から魔力が迸り、迎撃の一撃を必殺の一撃へと昇華させる。


 魔力と速力、それぞれが誇る英雄としての武器が火花を散らし激突する!





 「――――ぐっ!」


 「――――!」


 そして、両者は共に弾かれ再び間合いは離れる。


 両者ともに表情は険しい、互いが必殺の一撃を繰り出し合い、結果として引き分けに終わったものの、そんなものには何の価値もありはしない。


 「どうしたランサー、止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら私が行くが」


 「……は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが一つ聞かせろ。貴様の宝具―――それは剣か?」


 槍兵の獰猛な猛犬のごとき視線に対し。


 「さあどうかな、戦斧かもしれぬし、槍剣かもしれぬ。いや、もしかしたら弓ということもあるかもしれぬぞ、ランサー?」

 騎士は静かに笑みを浮かべながら悠然と答える。


 「はっ、ぬかせ剣使い」

 そして、槍の男、ランサーは僅かに穂先を下げる。

 それは戦闘を止める意思表示のようであり、同時に必殺の一撃の前触れでもあった。


 「ついでにもう一つ訊くがな。お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」


 「―――――」


 「悪い話じゃないだろう?あそこで惚けているお前のマスターは使い物にならんし、俺のマスターも姿を見せない腰ぬけときた。ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが――――」


 「断る。貴方はここで倒れろ、ランサー」


 「そうかよ、まあ、当然といやあ当然の意見だが、あいにくこっちも色々と事情があるようでな。特に、どっかお前に似ている堅物優等生は、マスターの命が最優先なもんだからよ」


 「―――?」

 そして、彼がそう呟いた瞬間。


 炎が、彼らの周囲を包みこんだ。


 「な!」


 「来たか」

 それに対する彼らの対応は真逆のものとなった。

 ランサーは単身で敵地に切り込んだ身であり、守るのは自分だけでよい。また、この炎の使い手の存在を知っているため、これが自分達サーヴァントに致命傷を与え得るものではないことも理解していた。

 最も、それは対魔力を持つサーヴァントに限られる話であり、ランクにしてC以上が前提となるが、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士は元来強力な対魔力を備える傾向にある。


 「マスター!」

 しかし、いくらサーヴァントが耐えられたとしても、マスターはそうはいかない。セイバーは最優の英霊であり、Aランクに達する強大な対魔力を有するが、マスターを守る効果があるわけではないのだ。


 「な―――!?」


 故に、セイバーが取れる行動はマスターを抱えて全力で離脱するしか他はなく。



 「隙だらけよ」

 炎を纏った若い獅子がそれを見逃すことはあり得なかった。


 彼女の放つ斬撃は容赦なくマスターを抱えて跳躍するセイバーに迫り、セイバーは辛くも篭手で防ぐ。


 「く、ぐうう!」

 衝撃こそ防いだものの、刀身から凄まじい熱が伝わり、魔力で編まれたセイバーの鎧をじわじわと突破していく。

 熱が凝縮して形を成し、獅子の手に握られるそれはまさしく烈火の具現。

 周囲の酸素を根こそぎ喰らって燃え上がる緋色の剣。それはランサーの紅い槍に似ているようで有する属性に大きな違いがあった。


 すなわち。


 「が、がは!」

 セイバーに抱えられる士郎が呼吸困難の症状を見せる。


 「マスター!」


 ランサーの槍は殺意が凝縮したもの、それは怪物や英雄を殺すための聖遺物であり、相手に対して必殺の一撃を放ち、致命傷を与えるもの。



 「貴方は無事でしょうけど、マスターはただの人間。呼吸をしなければ死んでしまう」


 対して、彼女の聖遺物は優しくない。ランサーの槍ならば苦しまずに死ぬことが出来るであろうが、緋々色金(シャルラッハロート)は対象を焼き殺すことを主眼に置く。一度士郎を殺す際に“活動”に手を加えたのはそのためだ。

 本来であれば、あの場には惨殺死体ではなく焼死体が残るはずであった。もしそうであれば流石に遠坂凛といえど修復は困難であっただろう。


 「はああああ!」

 マスターの危機を察したセイバーは全身から魔力を迸らせ、その勢いで敵を振りほどく。そして、追撃者も深追いはせず、すぐさま退却に転じた。



 「おいレオン、こりゃあちとやり過ぎじゃねえのか?」

 そして、既に安全圏まで退避したランサーはぼやくように不満を述べていた。


 「効率的と言って欲しいわね。貴方、聖遺物を使うつもりだったでしょう」


 「聖遺物? ああ、宝具のことか」


 彼らは似ている存在ではあるが、その武器に関する呼び名は微妙に異なっていた。

 サーヴァントは己の象徴にして武力の要となる兵装を宝具と呼び、黒円卓の騎士は己そのものでもある分身を聖遺物と呼ぶ。

 両者の能力はさほど違いはないが、強いて言えば聖遺物の破壊が致命傷を意味する黒円卓の騎士のそれは、親和性においてサーヴァントの宝具を凌駕しているといえるだろう。

 だが、武装具現型である彼女と聖遺物の間には一心同体といえるほどの繋がりがあるわけでもない。現存する爪牙の中でも群を抜いた強さを誇る吸血鬼のそれは、黒円卓でも最上に近い親和性を有するが。


 「貴様―――何者だ!」

 そして、彼らの位置関係はかなり対称的な様相を見せていた。


 衛宮邸の庭には炎の壁が出現し、それを挟むように彼らは向かい合い、セイバーと士郎は屋根の上に、ランサーと炎の少女は門の上に位置している。


 「さあ、何と名乗るべきかしら?」

 セイバーの問いに対して彼女は悠然と答える。


 「まあ、そこの男が私達に関する知識を持っているとは思えないけど、人の縁というものは奇妙なものだから、どこから繋がりが出てくるかわかったものじゃないし、レオンハルトとだけ名乗っておこうかしら」


 「レオンハルト?」


 「サーヴァントじゃないし、マスターでもないわよ。まあ、人間かどうか問われると多少自身がなくなる部分はあるけれど」


 そして、レオンハルトと名乗った少女は踵を返す。それに応じるようにランサーもまた。


 「逃げる気か」


 「追ってくるなら構わんぞセイバー。ただし、その時は決死の覚悟を抱いてこい」


 そして、軽い跳躍と共にランサーとレオンハルトの二人は瞬く間に離れていく。


 「というか、追う前に消火しないとあの家が燃え尽きそうね」


 「いちいち俺の決め台詞を台無しにすんじゃねえよ」


 「ごめん、悪かったわ」

 軽口を叩きながらも、二つの閃光は夜を駆ける。此度の任務は終わった以上、ひとまず本拠地に帰還すべき。

 両者はともに戦人であり、それは口に出さずとも互いに理解し合っていた。




 ■■―――――――――――■■




 「揃いましたな言峰神父、いよいよ、開戦の時です」


 「随分急な展開ではあるが、これもまた予定調和か」


 そして、二名の戦闘者の主である人物もまた。開戦の合図を知覚していた。

 「レオンハルトの報告によれば、セイバーのマスターの家の表札には衛宮と書かれていたそうです。やはりこれも何かの縁なのでしょう。かの魔術師殺しに連なる者が騎士王を召喚することになろうとは」


 その言葉に、言峰綺礼は名状しがたい笑みを浮かべる。


 「ほう、騎士王か」


 「ええ、貴方から聞いた話通りでした。と、そういえば、ランサーと知覚の共有はなさっていなかったのですか?」


 「私の魔術の腕など褒められたものではない。常に感覚の共有を行っていれば、ただでさえ少ない魔術回路が悲鳴を上げることだろう。アーチャーと戦闘を行っていたあたりまではサーヴァントの特徴を知るために繋いでいたが、目撃者の始末といった些事にまではかかずらっていられん。それに、他にやることもあった」


 彼は聖杯戦争の監督役であり、この戦争で生じる犠牲者や、その家族に関する根回しは全て彼が行うのだ。


 「ああつまり、あの時点では彼はただの巻き込まれた一般人に過ぎなかった。ならば翌日の朝学校にて惨殺死体が発見されてしまう。それがために聖堂教会のスタッフを派遣なされたと」

 つまりは事後処理、ランサーとレオンハルトが衛宮士郎の死体を放置したのはそういうことである。


 「だが、スタッフたちはその場であるはずの死体を発見できず、逆にふらつきながらも帰宅する学生を発見した」


 「そして、再度ランサーを派遣した結果、見事当たり。なるほどなるほど、素晴らしい偶然ですね」

 そう、これはただの偶然、それぞれの思惑が重なりあい、たまたまこのような結果になっただけ。


 「そう、偶然だ。そこに何の意図もなくこの結果が生まれた。くくく、聖杯の意思というものを否定することはいよいよ難しくなったか」

 言峰綺礼は笑う。実際、彼の心は歓喜に震えていた。

 衛宮切嗣の関係者、おそらくは養子か何かが聖杯戦争のマスターに選ばれた。しかも、あのセイバーのマスターとして。

 もし、その息子の信念が父と同じものであるならば、聖杯戦争に参加せざるを得なくなる。なぜなら、正義の味方には滅ぼすべき悪が必要なのだから。


 「さて、ではどうなさいます? 彼がマスターになったといっても聖杯戦争に関する知識は恐らくないはず。もしあればとっくの昔にサーヴァントを召喚しているか、この教会に足を運んでいることでしょう」

 聖餐杯がそう推測したのも当然である。衛宮切嗣の息子であり、魔術師としての素養を持つならば、聖杯戦争について何も聞いていないというのは考えにくいことだ。しかし、彼の行動を見る限り何も知らないとしか思えない。

 仮に戦う意思がなかったとしても、この状況にあれば教会に赴き状況を把握する程度のことはするだろう。だが、この教会に届け出があったマスターは正統なランサーのマスターのみ。


 「その点は心配いらん。一度死にかけたであろう衛宮切嗣の関係者を治療した、モノ好きなマスターがいる」

 当然、言峰綺礼はその人物について知り尽くしている。あれならば、そのような行動に出るのもおかしくはない。

 そして、肝心な部分が抜け落ちるのは恐らく遺伝的な失陥か。あれの父も万全の準備を整えながらも肝心の部分が抜け落ちていた。

 せっかく治療したといっても、そのまま放置したのでは何の意味もない。本来死んでいるはずの者が生きているという事態はそれそのものが歪みであり、魔術師というものは歪みを察知することに長けている。


 そうして考えれば、まさにあり得ない程の偶然が重なって彼はセイバーを召喚したといえる。

 もし、少年を発見したサーヴァントが教会陣営に属する存在でなければ、その死体は放置されず、その場で処分されていたはず。

 もし、対峙していたサーヴァントのマスターが遠坂凛でなければ、治療されるようなことはなかったはず。

 また、遠坂凛が遠坂でなければ、治療したにも関わらずそのまま放置するなどといった状況はあり得ず、一般人の犠牲者を隠蔽するために聖堂教会のスタッフが派遣されていなければ、ランサーが再殺のために派遣されることもなかった。

 そして何よりも、ランサーに襲われたにも関わらずそのマスターはセイバーを召喚するまで生き延びた。それだけでも称賛に値することだろう。


 そういったあらゆる因果が重なって彼はセイバーのマスターとなった。まるで、神か悪魔にでも愛されているかのように。


 であるならば。


 「二度あることは三度ある。あれが己の失態に気付けば必ずや衛宮邸に姿を現すだろう。その時にどのような展開となるかまでは分からぬし興味もないが、結論は一つだろう」


 「つまり、彼が聖杯戦争に参加するか否かを決定するため、監督役である貴方のところへやってくる。そういうことですか」

 そして、聖餐杯も理解した。このような偶然、それがこうも続くということはその人物は最悪の存在に見染められてしまったということだ。


 ≪ここはシャンバラの前舞台、その演目は怒りの日とかなり似通ったものになるはず。であるならば、ツァラトゥストラの代わりもまた用意されていて然り≫

 それが10年前の第四次聖杯戦争と因縁がある人物であり、言峰綺礼と深いかかわりがあるならば尚更その可能性は高くなる。副首領はそういった複雑な人間関係を好む。


 ≪そして、見染められた者達は彼の脚本のままに動き、踊り、最後には負債だけが残される≫

 彼もまた、あの男によってその業を自覚させられた。

 ヴァレリアン・トリファはその業に耐えきることが出来ずに逃げ出し、あの楽園で追いつかれたのだ。


 ≪子供達の嘆きが聞こえる。この教会には子供達の声で満ちている。他ならぬ私だからこそそれが分かる。ならば、彼はゾーネンキントなのか?≫

 レーベンスボルンにて、太陽の御子を作り出すために犠牲にされた子供達、多少の違いはあるだろうが、セイバーのマスターが存在するためにここにある子供達が犠牲にされたのならば、その存在は……


 ≪いや、考え過ぎですね。そもそも、彼がどのような人物なのか分かってもしない状況で予想することに意味などない≫

 ならば、ここはまずその人物を見極めるために動くべきか。もし彼が冬木におけるツァラトゥストラならば、この聖杯戦争は彼を中心に展開するはずなのだ。


 「では、歓迎の準備を進めると致しましょう。私の立場は、聖堂教会スタッフの現場指揮官、ということでよろしいですかな?」


 「まあ、それが妥当だろう。私は監督役として総指揮を執る立場にある。その人物の隣にいるならばかえってその方が違和感はない」


 さて、となればアインツベルンのマスターがどう動くか。

 ことによれば、今宵の内に動くということも考えられる。もしその場所がスワスチカ以外の場所となってしまえばいささか困った事態になる。


 ヴァレリア・トリファは様々な事柄に思いを馳せながら、邂逅の時を待ち続ける。


 そして、言峰綺礼もまたそれ以上の期待を持って衛宮士郎を待つ。果たして彼の人物は父の意思を継いでいるのか否か。

 未だ答えが出ていない彼にとって、無駄と知りつつも問いかけねばならないことがある。



 さあ、開幕の合図はすぐそこに。

 






[20025] Fate 第五話 開幕
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4c237944
Date: 2010/07/08 20:33
Fate


第五話    開幕




 「うわ―――凄いなこれ」


 丘の上の教会にたどり着いたとき、真っ先に浮かんだ感情はそれだった。

 高台のほぼ全てを敷地にしているようで、上がりきった途端に広い庭が出迎えてきた。


 「シロウ、私はここに残ります」

 すると、セイバーがそんなこと言った。


 「なんでさ?」


 「私は教会に来たのではなく、シロウを守るためについてきたのです。貴方の目的地が教会であるのならこれ以上遠くにはいかないでしょう。ですから、ここで帰りを待つことにします」


 きっぱりというセイバー、どうもテコでも動きそうにないので、ここは彼女の意思を尊重しようとすると。


 「おや? このような時間に礼拝ですか?」

 教会の前に、僧衣に身を包んだ神父さんが立っていた。

 その声があまりにも普通というか日常的だったせいか。


 「あ、いえ、ちょっと用事があって」

 なんて、状況にあっていない間の抜けた返事を返してしまった。


 「貴方―――誰?」

 と、隣を見ると遠坂がさも胡散臭そうな目つきで神父さんを見ていた。


 「私ですか? これは申し遅れました。私はヴァレリア・トリファと申しまして、まあ、見ての通り聖職者のはしくれといったところです」


 「ふーん、なるほどね」

 何がどうなるほどなのかさっぱりなんだが。


 「おい遠坂、この人を知ってるのか?」


 「知らないわ。見たこともないし会ったこともない。けど、今この時にこの場所にいるってだけで大体のことは予想できる」

 えーと、ここは教会で、そこに神父さんがいる。


 「あれ? お前が言ってた監督役って顔見知りとかいってなかったか」


 「だからそういうことよ、監督役って言ってもこの広い街の監視をまさか一人で出来る筈もないでしょ」


 って、言われてみれば当たり前だ。冬木は相当広い、どう考えても一人で監視するなんて不可能だ。

 ということは、監督役というのは大量に配置されたスタッフのまとめ役というわけで、そうなるとこの人は。


 「ええ、お察しの通り、私は聖堂教会のスタッフの一人で、俗にいう現場指揮官というやつです。言峰神父の人使いの荒さには多少の苦情も言いたいところですが、まあそこは貴方達に愚痴っても仕方がありませんね」


 なんかこう、聖堂教会の人達も組織運営には苦労してるみたいだ。


 「そう、あんな奴に顎で使われるなんて貴方も災難だわ」

 苦笑気味にそう言う遠坂。そんな風に言われるよな人物が、聖職者なんてやってていいのだろうかと思ってしまう。


 「まあ、これも務めですから仕方がないといえばそうなのですが、空振りだけはやめて欲しいものですよ」

 空振り?


 「なあ神父さん、それってどういう」


 「ええ、つい数時間前の話なのですが、我々が穂群原学園に設置しておいた装置が作動したようでして、学校の生徒に被害者が出た可能性が高いと見て出動したのですが、ついてみれば何もなし。結局何もすることがないままこうして帰還する羽目になったという次第でして」

 えーと、それってつまり、俺の所為、いや俺たちの所為なんだろうか。


 「ああ、これは説明が足りませんでしたね。貴方も御存知の通り、遠坂家の現当主である彼女が穂群原学園に通っていることは周知の事実、ならば、人気がなく、場所も広い学校が戦場となる可能性は十分に考えられます。そのため、サーヴァントと思われる高い魔力反応が現れた場合は聖堂教会のスタッフが後始末に駆けつけやすいよう、警報を鳴らすような仕掛けを施してあるのです」


 なるほど、そんな装置があるのか。”戦争”なんて物騒な名前がつく儀式なだけに、管理する側も大変のようだ。


 「え? それ初めて知ったんだけど」


 「って、お前も知らなかったのかよ」


 「う、うるわいわね。私だって知らないことくらいあるわよ。ていうか教えてない綺礼が悪いわ、この場合」

 うわ、逆切れしたよこいつ。


 「とまあそういう次第でして、学校に限らず人気がなく戦場になりそうな広い場所にはそういった仕掛けが施されているわけですが、これがなかなか誤作動の多いのが悩みの種でして。その上、どこかのマスターが設置したものと勘違いされて、破壊されてしまうケースもあるのですよ」


 「あ」


 「おい遠坂、‘あ’ってなんだ‘あ’って」

 ひょっとしてこいつか、警報破壊者。


 「い、いいえ、あれは他のマスターが仕掛けたものに違いないわ。うん、間違いない」

 もの凄く挙動不審なんですが、遠坂さん。


 「あの、参考までにお聞きしたいことがあるのですが?」

 と、そこに間髪いれず神父さんから質問が出る。


 「な、何かしら?」


 「昨日の話なのですが、冬木センタービル、ああ、新都で一番高いビルのことですが、その屋上に設置してあった警報が壊されていたのです。何か御存知ないでしょうか?」


 「し、知らないわ。そんな鳥型の使い魔のような警報装置なんて見たことないし」


 「………」

 「………」

 うん、抜けてる、ていうか、うっかりスキルを持ってんだな遠坂は。神父さんは一度たりとも鳥型の使い魔なんて言ってない。


 「とまあ、そういうわけでして、我々の仕事も減ることがなく苦労の日々なのですよ」


 「何と言うか、御愁傷様です」

 そんな会話をしながら、俺達は礼拝堂に向かう。


 あ、そういや何だかんだでセイバーがいないけど、本当に一人で良かったんだろうか。









 ■■―――――――――――■■




 礼拝堂にマスターの二人を案内した後、聖杯戦争に関する説明は言峰綺礼に任せ、ヴァレリア・トリファはある部屋に向かった。


 「いかがでしたか、猊下」

 そこには、獅子心剣(レオンハルト・アウグスト)の魔名を持つ最も若い騎士がいた。


 「そうですね、予想外、というべきかもしれませんが。本音をそのまま言うならば予想通りといったところです」

 そして、聖餐杯、首領代行である彼は彼女の問いに静かに答えた。

 ちなみに、この部屋は礼拝堂での会話が全て筒抜けになる仕組みになっており、多少の会話は彼女、櫻井螢も知っている。


 「予想通り?」


 「ええ、あの副首領閣下がツァラトゥストラの代役として使うならば、それはありきたりなものではあり得ない。本来、魔術師とは異端であり普通に考えれば珍しい存在です。ですが、この聖杯戦争のマスターという観点から見れば、生粋の魔術師であることこそが当たり前」


 つまり、裏の裏は結局表になる。そういう円環をあの男は好む傾向にあった。まあ、それすらも虚像である可能性はあるし、あの存在を計ることが可能な者など、それこそ黄金の獣くらいだろう。


 「以前猊下はおっしゃいました。この街はシャンバラの模造品であると」


 「ええ、正確に言うならば、ここはシャンバラの試作品なのでしょう。シャンバラが作られ始めたのは60年ほど前であり、ここは200年、経てきた時代だけを鑑みればシャンバラを上回る」


 だが、そんなものはあの副首領にとっては何の意味もないことだろう。あの男に歴史を重んじるような価値観があるとは思えない。


 「ですが、数百年の月日を重ねた凡人よりも、持って生まれただけの超人が勝る。それがエイヴィヒカイトの基本です。副首領閣下の術式は底辺に基準を合わせない、ならばこそ、シャンバラもまた然り」

 あの土地は黒円卓の双首領に選ばれた、ただそれだけで別格なのだ。

 霊脈どう、霊格がどうということに意味などない。あの悪魔二人が認めるか認めないか、ただそれだけの話でしかない。


 「つまり、ここは彼らにとってどうでもよい土地であると?」


 「ここは、ではありません。ここも、です。いや、この世界そのものが彼らにとってはどうでもよい存在に過ぎないのでしょう。まあ、だからこそ、我等が代わりに気を使う必要もあるわけですが」

 あの二人の考え方を理解することほど無意味なことはない。それは、蟻が人間を理解しようと努力するようなもの。


 「ともあれ、来るべき怒りの日へ向けて我等も心せねばなりません。本番でしくじるわけにはいかない以上、演習にも本気で臨む必要があります、貴女にとっては良い機会となるでしょう」


 櫻井螢にとってはまさにそうであった。

 彼女は他の騎士団員と異なり、黒円卓の幹部を知らない。


 紅蓮の赤騎士、大隊長、エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ

 狂乱の白騎士、大隊長、ウォルフガング・シュライバー

 鋼の黒騎士、大隊長、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン

 魔人錬成の創始者であり、黒円卓全員の魔道の師、副首領カール・クラフト

 そして、愛すべからざる光にして黒円卓の首領、黄金の破壊公ラインハルト・ハイドリヒ



 それらの戦争の怪物を知らない彼女にとって、サーヴァントという自分たち以外の規格外の怪物と触れるのは初めてのことであり、確かに得難い経験となるだろう。


 「ですが猊下、別にサーヴァントでなくとも、我等と戦いうる存在はいるのではないですか?」

 それでも、僅かながらの疑問は残る。

 確かに、現代に存在する魔術師はカール・クラフトに比べれば塵でしかない。いや、神代の魔術師であっても届くかどうか。

 また、死徒に代表される吸血鬼や、幻想種、この日本では混血と呼ばれる鬼との混ざりものが数多くいる。


 櫻井の家もまた、退魔に連なる家系の一つ。超能力のみで魔を屠ることを目指した浅神、巫淨、両儀、七夜と異なり、多くの退魔の家系も祖先に人ならざる者を持つ。

 日本に伝わる有名な聖遺物、童子切安綱や天の叢雲などに代表されるそれらは、当然作り上げた者が存在する。それを行ったのが櫻井の祖先であり、この家は聖遺物の核となった特殊な金属の製法を代々伝えてきた。


 それ故に、彼女の曾祖父の代に黒円卓に招かれ、黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)を作り上げ、鍛冶師の始祖、トバルカインの魔名を賜る結果となった。


 彼女が持つ聖遺物、緋々色金の材料である特殊な金属にも幻想種の肉体が使われている。古来より日本にある鬼や妖怪、そのなかで陰陽五行の性質を持つ者の骨、または髪などを金属に溶かしこむという工程が存在し、その工程は混血である櫻井独自の技法でもってしか成せない。

 緋々色金は、螢が持つことによって、その中でも火の性質を持つ火車などの妖怪の特性が前面に出たものだ。
 

 つまり、黒円卓の騎士は並はずれた人外集団ではあるものの、世界で唯一のオカルトというわけではない。並ぶ存在は数少ないがそれでも一応はいるのだ。


 「ええ、確かにおります。千年クラスの歳月を誇る旧き死徒、二十七の祖や聖堂教会の埋葬機関、または協会の封印指定執行者など、我等と互角に戦える者らは存在してはいます。ですが、今急速に数を減らしている」


 彼らは旧い存在ではあるが、それ故に容易に代替が効かない。二十七の祖のうち、空席となっている座は半数近くに上る。


 「……ベイですか」


 「ええ、彼の活躍のおかげで我々の知名度は大きく上がってしまった。最早欧州において我等に喧嘩を売ろうとする輩はいないでしょう。どうも、長く生きた存在というものは守勢に回る傾向がありますから」

 数多存在する吸血種において、カズィクル・ベイが最も危険視される理由はそこにある。

 通常、力の強い存在ほど滅多に動かない傾向にある。彼らは人間や一般の魔術師などとは次元違いの力を有するが故に、人界の事象に関心がなく、自分達の世界に引き籠ることが多い。

 つまりは、幻想種と同じということだ。力の弱い幻想種は人間の勢力が増大するに従って滅びるか、人間と混ざったが、神話に登場するような者達は自らの世界を作り上げ、人間との干渉を絶った。



 だが、白いSSは別であった。ベトナム戦争、湾岸戦争に代表される各地の紛争地帯に出没しては、血と狂気と死をバラ撒く存在。それは聖堂教会の教義にも、魔術協会の規範にも背く行動であったため、両者から目の敵とされたが、その尽くを返り討ちにした。


 よって、今では白いSSは天災の一つのように扱われている。止めようとしてもそれは徒労にしかならず、それを考えること自体が無駄であると。ちょうど、千年の城に眠る真祖の姫君がそのような扱いを受けていたように。


 とはいえ、アカシャの蛇のみを狙う真祖の処刑人と異なり、自分の意思の赴くままに殺戮を繰り返す白いSSの厄介さは比較にならなかったが。


 「ですので、最早その他の戦場は新兵訓練に向きません。貴女が黒円卓の騎士として現れれば、各組織が最高の戦力を叩き込むことになるでしょう」


 戦争において弱いものから狙うのは常套手段、黒円卓を崩壊させるつもりならば最初に狙われるのは彼女になる。


 「もっとも、そのようなことを考えている組織は双頭鷲(ドッペル・アドラー)くらいのものでしたが」


 「………」


 その名は、彼女にとって因縁の深い名であった。

 聖槍十三騎士団第五位、戦乙女(ヴァルキュリア)。先代であった彼女が命を落としたのが10年前、蛇の眷族を仇と狙う猛禽との戦争により、螢の兄と共に散ったと聞いている。



 「ともかく、怒りの日は近い、ならばこそ冬木に聖杯が降臨する予兆が見られた。我等は黒円卓の騎士として本懐を果たすまで」


 それはつまり。


 「血と破壊をばらまくこと」


 「そう、貴女の願いを叶える為には相応の犠牲を必要とする。完璧なり得ぬこの世界において、誰かが何かを得るということは誰かが何かを失うということ。故に、己が幸福を求めたくば、他人を突き落とすしか他にない。至高の黄金が座する至高天(グラズヘイム)へと」


 それは儀式、それは定め。

 例え不完全とはいえここがスワスチカとして機能する以上は、捧げられた犠牲者の魂はグラズヘイムへと吸い上げられる。

 まあ、魔城や黄金練成に関する知識は、表のみしか彼女には伝えていないのだが。


 「まずは、第五までを開きます。この冬木において特に霊格が高いのは大聖杯の座する円蔵山、次いで遠坂邸、そしてこの教会の三つ、これらは最後に残さねばなりません。少なくとも、第三あたりが開くまでは解放は厳禁」

 ここはシャンバラ程スワスチカを開くのに適してはおらず、そもそもゾーネンキントが存在しない。

 初代の聖杯であるユスティーツアがその代替を果たしているはずだが、それ専用に造られた存在であるイザークに比べれば、その性能の差は大きい、そう無理もきくまい。


 「ですので、穂群原学園、冬木センタービル、海浜公園、大型遊戯場、この四箇所以外の場所でサーヴァントに散られては困ります」


大型遊戯場は、わくわくざぶーんとも呼ばれる新都に存在する冬木最大のレジャー施設。当然、観光客も多く訪れ常に千人以上の人間が存在する。


 穂群原学園も人間の数には困らない、既にいずれかのサーヴァントが結界を張っているようだが、その要領で生徒を皆殺しにするだけでもスワスチカは開く。


 ポイントなるのはセンタービルと海浜公園、どちらも人が集まりやすい場所ではあるがスワスチカを開くほどの人数が揃うことは滅多にない、つまり、ここはサーヴァントによって開くのが好ましい。


 「ですが、残りの三箇所を開く為にも生贄は確保しておきたいところです。サーヴァントが全てで7騎である以上替えは利きません。万全準備を整えて参るといたしましょう」


 「猊下、一つ質問が」


 「なんでしょう?」


 「海浜公園のスワスチカは大橋でも開くのですか?」

 新都と深山町と繋ぐ大橋は確かに海浜公園と近い、そもそも、海浜公園とは未遠川の両端に存在する公園のことを指す。


 「ええ、我等にとっては幸いにも。そこは10年前の聖杯戦争において、征服王の軍勢と英雄王の宝具がぶつかりあった冬木最大の古戦場。既に戦場跡としての資格を有しているがため、そこで散った魂ならば霧散することなく留まり続け、連鎖的に海浜公園のスワスチカが開くことになります」

 これは聖餐杯にとっても嬉しい誤算、まさかサーヴァントが副首領の術式を歪める程の戦いを行うとは思わなかったが、事実は厳然として存在していた。

 征服王イスカンダルと英雄王ギルガメッシュ、この二人の闘争はいくら余興であるとはいえ、副首領の儀式にすら罅を入れたのだ。


 「おや、どうやら彼は戦うことを決めた模様ですね」

 礼拝堂の声が流れてくる。櫻井螢もまたそれを聞いていた。


 「レオンハルト、貴女にはしばらく衛宮士郎を監視していただきます。私の読みが正しければ此度の聖杯戦争は彼を中心に展開する。他のサーヴァントに関しては私と言峰とで担当しますので、貴女にはそれのみに専念していただきたい」

 そして、首領代行は若き騎士に命を下す。


 「細かい裁量は貴女に任せます。何もかも指示していては新兵訓練になりませんしね」


 「了解しました。彼次第で後は臨機応変、そういうことですね」


 「ええ、お任せしましたよ」


 「必ずや、期待にこたえて見せます」


 軽く頷いた後若き獅子は身を翻し部屋を出ていく、律儀な性格ゆえに、早速監視を始めるつもりだろう。


 部屋に残った神父は瞑想するように眼を閉じる。



 「さあ、いよいよ開幕、アインツベルンのマスターはどう動くか―――――実に楽しみですねえ」



 そして邪なる聖人が神に祈りを捧げている頃。



 「それでは、君をマスターと認めよう。この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された。――――これよりマスターが残り一人になるまでこの街における魔術戦を許可する。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」


 神に仕える悪もまた、始まりの鐘を鳴らしていた。


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 あとがき

 この作品を読んでくださる方、感想を下さっている方、大変ありがたく思ってます。

 それにしても、カール・クラフトの人気っぷりはすごいですね。

 そこでFate/Zero3巻、11P~12Pにキャスター主従の会話より

 雨竜「それでも、神様はいるんだろ?」

 雨竜「だってこの世は退屈だらけな様でいて、だけど探せば探すほど、面白可笑しいことが多すぎる」

 雨竜「昔から思ってたよ、こんなにも至る所に愉快なことが仕込まれまくってる世界ってやつは、できすぎてるぐらいな代物だって。ちょっと見方を変えれば気づく、知恵を巡らせれば、探し出せる伏線が満載だ。いざ本気で楽しもうと思ったら、この世界に勝るエンターテイメントは他にねえよ。
 きっと誰かが書いてんだよ。脚本を。登場人物50億人の大河小説を書いてるエンターティナーがいるんだよ。・・・・・・そんなやつについて語ろうと思ったら、こりゃあもう、神様としか呼びようがねえ」

 ジル「では、リュウノスケ、果たして神は人間を愛してると思いますか?」

 雨竜「そりゃあもう、ゾッコンに。この世界のシナリオを、何千年だか何万年だか、ずっと休まずに書き続けてるんだとしたら、そりゃ愛がなきゃやってられねえでしょ。
 うん、きっともうノリノリで書いてんだと思うよ。自分で自分の作品を楽しみながら、愛とか勇気とかに感動してさ、愁嘆場にはボロボロ泣いて、んでもって恐怖とか絶望にはハアハア目ぇ剥いて、いきり勃ってる訳さ」

 雨竜「神様は勇気とか絶望とかいった人間賛歌が大好きだし、それと同じくらい血飛沫やら悲鳴やら絶望だって大好きなのさ。でなけりゃあ――生き物のハラワタがあんなにも色鮮やかな訳がない。
 だから旦那、きっとこの世界は、神様の愛に満ちてるよ」

 

・・・・・・・・・以上です。

 もう、何というか、カール・クラフト死ね




[20025] Fate 第六話 狂戦士と雪の少女
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/08 21:19
Fate


第六話    狂戦士と雪の少女


 遠坂邸と衛宮邸、それぞれの家へと道が分かれる交差点にて、彼らは怪異と出会った。


 「バーサーカー」

 そう呟いたのは誰だったか、しかし、その場にいた全員が理解していることがあった。
 

 アレは化け物である。


 視線など合わせずともあれがどういうものかなど理解できる。例え魔術師ならぬ身であってもそれが分からないものはいないだろう。


 「やば―――アイツ、桁違いだ」

 聖杯戦争に参加するマスターはサーヴァントの能力を数値化して把握する能力を持つ、そして、正統な魔術師であるが故に遠坂凛はバーサーカーの凄まじさを知ることとなった。


 「始めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」


 「アインツベルン―――」

 この時、この場でアインツベルンの名を知らないのは衛宮士郎のみであった。最も因縁が深いはずの彼のみが知らないというのもまた強烈な皮肉だろう。


 「じゃあ殺すね、やっちゃえバーサーカー」

 そして、戦闘という名の処刑が始まった。





 ■■―――――――――――■■





 「アレがバーサーカー、猊下は注意しろとおっしゃっていたけど、まさにその通りね」


 騎士と狂戦士の戦いの開始、その光景を眺める監視者が一人。

 櫻井螢――いや、今彼女はレオンハルトとして、黒円卓の騎士としてここにいる。櫻井螢としての己は今は全く必要ない。だからここに居るのはレオンハルトだ。

 ヴァレリア・トリファ―クリストフ・ローエングリーン―と共にレオンハルトが冬木にやってきたのは10日ほど前であり、それ以前の他のサーヴァントに関する情報は言峰綺礼とランサーより聞き知ったものとなる。

 クリストフはその時より聖堂教会のスタッフとしての業務も兼任しているため、この街の情報に精通している。だが、レオンハルトは地形の把握や戦場となる場所の選定を行い、スワスチカまでいかに誘導するかの戦術構築に当たっていため、情報はやや不足している。

 現状、彼女がその目で存在を確認したサーヴァントはセイバー、ランサー、アーチャー、そしてアサシンの4騎、そして今バーサーカーが加わったため、後はキャスターとライダーを残すのみ。

アサシンに関しては彼女自身が戦ったのではなくランサーが戦う姿を遠距離から見ていたもので、ランサーの強さを把握すると共に、サーヴァント同士の戦いというものを知る上でも重要な事柄であった。

 しかし、ライダーはともかく、キャスターはそう簡単に陣地から出ることはないだろうし、ライダーにしても広域的な機動力が特徴のサーヴァントであるため捕捉は困難となるかもしれない。


 「セイバー、ランサー、アーチャー、三騎士と呼ばれるクラスは流石の強さだったけれど、あれはさらにその上をいっている」

 レオンハルトは確信する。今の自分ではバーサーカーには敵わないと。

 この冬木にやってきて以来、彼女は自分の能力の限界をというものを思い知らされる日々であった。しかし、それ故に視野が広まったのも確かだった。


 眼下ではバーサーカーの猛攻をセイバーが必死に耐えしのいでいる。だが、出力不足は否めない。マスターが未熟なこともあるだろうが、バーサーカーの一撃を防ぐためにセイバーは魔力を相当量消費せねばならない。


 その上。


 「聖杯の器であるアインツベルンのマスター、あれの魔力量もまた規格外か」

 本来狂戦士とは、弱いサーヴァントを狂化させることで他のサーヴァントに対抗させるクラスと聞く。だが、あれはおそらくセイバーとして呼ばれていても最上級だろう。


 そして、そんな彼女の内心を証明するかのように。


 「あは、勝てるわけないじゃない。私のバーサーカーはギリシャ最大の英雄なんだから」

 という言葉が聞こえてくる。


 レオンハルトからイリヤスフィールまでは200メートル近く離れており、例によって迷彩符によって姿を隠している。

 黒円卓の騎士ならばこの程度の距離の声を拾うことは造作もなく、余計なものを聞きとらないように神経を集中させる術もまた、かなり前に学んだ。

 特にこういった肉体の性能に頼った力技が得意なのはベイだが、レオンハルトも魔術よりはこういった力技の方が得意ではあった。



 「遠坂のマスターの魔術を全て弾いている。防ぐのではなく弾く、これは大きいわね」

 防いでいるのならば重ねて攻撃を続けることで穿つことも出来る。おそらくあのバーサーカーの聖遺物はベイと似たタイプと見受けられるが、純粋な耐久力で弾かれてはどうにもならない。

 人器融合型は肉体の頑健さにおいて他を圧倒的に凌駕する。恐らく、バーサーカーもその類であり、武器そのものはただの岩塊であっても、自身の性能が飛び抜けているのならば穴はない。

 ベイの杭も似たようなものだ、一撃一撃が必殺になってしまうため、相手する方にとっては厄介極まりない。


 「おそらく、私の緋々色金で切りつけても効果は同じ、炎も当然効かないだろうし。酸素を奪っても霊体が基本のサーヴァントには効果が無い」

 となれば後は、創造位階の発動し純粋に火力で押すしか道はない。流石にそれならば倒せるだろうし、私の身体も炎に変わるからバーサーカーの攻撃も無効化できる。しかし、創造を発動しても肝心の緋々色金はそのままだから、下手をすると聖遺物が叩き折られる可能性がある。いやむしろその可能性のほうが高い。


 「創造は諸刃の刃、私の身体への攻撃を無力化できる代わりに、緋々色金の耐久力が低下してしまう」

 形成状態の緋々色金は日本で言う古剣の形状をとっており、日本刀に比べれば刀身が厚く、切るよりも叩きつけることを主眼に置いた構成になっている。つまり、耐久力が高い。

 だが、創造に移行することで緋々色金は日本刀の形状に変化し、攻撃力が爆発的に増加する代わりに耐久力が下がる。

 これは、彼女の渇望が大きく影響していた。自らの思いを一度も消すことなく高め続け、不滅の恒星となることを願った求道型の創造、しかしそれは剃刀のように自らを研ぎあげることを意味しており、渇望の解放と同時に脆さを露呈するのは当然の帰結と言えた。

 そして、身体は炎へと変生するためその脆さは聖遺物に現れる。それこそが、日本刀の如き鋭さと脆さを兼ね備えた櫻井螢の姿なのだから。


 「確かに、勉強になるわ。総合力で自分が劣る場合どうすればよいか、限られた力を如何に使うか、これまで考えたこともなかった」

 言ってみれば、これまでの彼女は実戦経験がなく延々と訓練のみを繰り返していたに過ぎない。

 それがどれほど苛酷な修練であっても殺し合いとでは経験値が比較にならない、そもそも、黒円卓の騎士になりエイヴィヒカイトを習得した時点で、自力だけでもほとんどの存在を圧倒できるようになるため、そういった発想が生まれにくい。


 だが、黒円卓の騎士は戦争の怪物、ベイ、ヴァルキュリア、シュライバー、ザミエル、マキナなどは人の身であった頃から戦場を渡り歩き、世界大戦を生き抜いた。その経験値はあらゆる局面を打破する最強の戦士へと彼らを変えていったのだ。


 「この戦争を潜り抜ければ、私も……」

 少しは、ベアトリスと同じ段階に至れるのだろうか…… レオンハルトの外面の下で、櫻井螢は懐かしく、狂おしいほど逢いたい人物を想った。




 「って、いけない、今はこっちに集中しないと」


 戦場は既に一方的な様相を見せている。セイバーがバーサーカーの攻撃を受け止め、その隙にアーチャーのマスターが魔術による攻撃を行っているが効果はない。


 「だけど、ここでセイバーに死んでもらうわけにはいかない。ここはスワスチカではないのだから」

 自分が監視役となった理由はそこにある、彼らが戦争の中心になるというのは正直理解できなかったが、一番無駄死にしそうなのがこの主従なのは間違いない。

 ランサーはこちらの陣営だし、遠坂の本拠地はスワスチカの一角ゆえにアーチャーは問題なし、バーサーカーは逆に敵を潰してしまわないかが心配になる。


 「アサシンは柳洞寺の山門に、そしてキャスターはその内部に神殿を築いている。ランサーの話だから実際に確かめたわけじゃないけど」

 そうなると、後はセイバーとライダー、学校に悪趣味な結界を張ったのはキャスターかライダーだが、あの雑さを考えるに魔術のエキスパートの技とは思えない。


 「あの結界もまた聖遺物、例えようもない感覚だったけど、間違いない」

 通常、結界とは境界を守るものであり、そこには機能があるだけで意思などない。

 だが、あの学校に張られた結界には意思が感じられた。そして、自分はあの気配に似たものを知っている。



 「ベイ、彼が聖遺物を形成した時に感じる圧迫感と似ていた。最も、禍々しさは圧倒的にアレの方が上だったけど」

 まあともかく、あの結界が“そういうもの”であるならば、既に学校はライダーの陣地となっていると言っていい。

 ランサーは教会、アーチャーは遠坂邸、ライダーは学校、キャスターとアサシンは柳洞寺。サーヴァントの内5騎がスワスチカに陣取っているというのが現在の状況。

 アインツベルンの主従には聖杯の担い手という役割があり少し別枠、そういった面で考えても、一番無駄死にとなる可能性が高いのはセイバーの主従だ。


 「というか、普通に考えて一番倒しやすそう」

 マスターは素人と来てるし、サーヴァントも権謀術策タイプではなく正々堂々。これなら、マスターを狙い続ければいつかは勝てるだろう。


 「となれば、そこをあえて狙うか……」

 レオンハルトは一旦その場を離れた。戦況は刻一刻とバーサーカーへと傾いていくが、なまじ戦闘形態が似通っているためか、やや膠着気味な印象もある。恐らく後数分はもつだろう。


 局面を変化させる小石を投じるべく、彼女は行動を開始する。








 ■■―――――――――――■■




 「ったく、呆れた怪物ね」


 そう悪態を付きながらも遠坂凛の頭脳は高速稼働を続けていた。


 現状、こちらが圧倒的な不利、バーサーカーの肉体はもはや鎧など目ではない程の頑健さを誇っている。これではまるで神話に登場するドラゴンのよう。


 「って、ヘラクレスったらその親玉を打倒してる英雄だったか」

 九つの首と鋼の鱗を持つ大蛇、ヒュドラ。百の首を持つなんて言われる冗談の塊のような怪物ラドン。

 さらには、地獄の番犬ケルベロスやネメアのライオンなど、とんでもない化け物ばかりを打倒したギリシャ最大の大英雄こそがヘラクレス。


 「確か、ネメアのライオンの皮を加工して作った鎧、後はヒュドラの毒を塗った強力な矢がヘラクレスの最も有名な武装だけど、あの身体はそれに由来するものかしら?」

 バーサーカーの肉体はこちらの魔術を完全に弾いている。セイバーの対魔力とは違う次元の防御、バーサーカーのそれはむしろキャンセル能力といった方が妥当かもしれない。

 少なくとも、Aランク相当の魔術でも叩き込まない限りはあの防壁は突破できない。こちらにはそれを成せる武装はあるけど、ここで使ってしまうのはどう考えても得策じゃない。


 「っても、ここで逃げるのはもっと癪だわ」

 そして、それこそが遠坂凛が遠坂凛たる由縁であった。

 状況を冷静に分析すれば、セイバーを囮にして逃走を図るのが最善である。別段協力関係にあるわけではなく、そもそも聖杯を巡る敵同士の間柄だ。

 だが、既に今日は彼らとは戦わないと遠坂凛は決定している。有言実行こそが彼女の持ち味であり、自分で決めたことは他者の意思を顧みず、ねじ伏せ、強引に突き進むのが彼女のスタンス。

 つまり、求道か覇道かで人間を分類するならば彼女は後者、その上、他者の追随を許さない程の圧倒的なまでの意思の強さを持つ。


 故に。


 「だったら、こうするのが一番手っ取り早い!」

 そう決意し、彼女は走り出す。この状況における予想外の一手を、最悪手を最善の手に変えるために。


 「あら、意外と勇敢なのね」

 その凛の行動を見たバーサーカーのマスターイリヤスフィールは、その意図に真っ先に気付いた。すなわち、遠坂凛の狙いはマスター同士の一騎打ちに持ち込むことにある。

 現状、イリヤにはバーサーカーがおり、凛にはアーチャーがいない。しかしこの局面において凛は無謀ともいえる突撃を敢行した。

 それはつまり、自らの背中をセイバーに任せたことを意味する。臆病者には決してかなわない決断。本来敵対する者同士が、たまたま共通の大敵に遭遇したことで共闘する羽目になったこの状況、その場でそれを成すのは生半可な精神力では不可能だ。


 だが、彼女は信頼していた。あのセイバーの高潔さを、そのマスターの馬鹿さ加減を、そして何より、己の決断を。

 その誇り高き在り方は、まさに英雄を従えるマスターに相応しい。そしてそれこそが、今回の聖杯戦争に参加するマスターにおいて最優と言峰綺礼が称した由縁である。

 彼女の父、遠坂時臣は現在の凛よりも魔術師としての実力は上であった。才能は圧倒的に凛の方が上ではあるが、積み重ねた年月というものはそう簡単に覆せるものではない。

 ではあるが、言峰綺礼は後1~2年で凛が父を凌ぐであろうとも推測していた。魔術は彼の専門ではないが、魔術師の実力を図ることに関してならば、実戦を潜り抜けた彼にとって造作もないことである。

 そういった要素を無視しても、マスターとしての適性において凛は父より遙か高みにある。己のサーヴァントを信頼せず、道具としか見なさないようでは聖杯戦争は勝ち抜けない。この戦争はそういう風に出来ているのだ。


 「消えなさい」

 そして、同じくサーヴァントと強い信頼関係で結ばれたアインツベルンのマスターがそれを迎撃する。彼女がバーサーカーを呼び出したのは2か月も前のことであり、結んだ絆の強さならば全マスター中最高であろう。


 「消えてたまるかっての!」

 しかし、イリヤが放った魔力の塊を凛は避ける。魔術師としての能力など一切関係ない純粋なフットワークによって。そして、避けると同時にフィンの一撃を叩き込むという、肉弾と魔術の合わせ技すら容易に実現して見せた。


 「無駄よ」

 だが、それを圧倒的な魔力を背景に構築した防壁によって防ぐイリヤスフィール。マスターとサーヴァントは似た属性を持つ傾向にあるといわれるが、なるほど、それも頷ける話だ。


 アーチャーというクラスでありながら双剣による接近戦を得意とし、常識に捉われない変則的な戦い方を行うサーヴァントのマスターは、魔術師でありながら肉弾戦を得意とし、さらに、宝石魔術や五大元素(アベレージ・ワン)という稀代の才能を生かした万能さを利用し、多彩な戦術を展開する。


 バーサーカーという狂化によってパラメータを引き上げるクラスに、ヘラクレスという最強の英雄を呼び寄せたマスターは、その膨大な魔力量に物を言わせ、敵を圧倒する戦法をとる。



 確かに、彼女等はマスターとしての適性は高かった。これが純粋な聖杯戦争であれば、彼女達はまさに最高のマスターであったはず。

 だが、今この地には異なる法則を持つ者達が存在している。魔術に頼らず、およそ戦闘に役立つものならば何であれ利用する戦争屋が。

 そして、それに気付いたのは優秀な魔術師である二名ではなく、この場において最も無力であるはずの人物だった。


 なぜ彼がそれに気付いたのか、それを知る人物はこの場にはいない。だが、もし言峰綺礼がこの場にいたとすれば、さもありなんと納得することだろう。

 彼は魔術師殺し衛宮切嗣の息子であり、銃火の下を潜り抜けた稀代の暗殺者の後継者、目指す存在は真逆ではあるがそれでもそこには何かしらの縁がある。

 理屈ではない法則を持ち、それを現実に反映させる者こそが英雄と呼ばれる資格を持つ。彼は未だその域には遠く及ばずとも、その芽は既に出ている。教会において彼がマスターとして戦うと誓ったということは、つまりそういうことなのだ。


 故に


 「危ない!」

 衛宮士郎は、飛来する凶弾からイリヤスフィールを守るため、白い少女の前に立つ。

 その行動理念は未熟どころか矛盾に満ち、現在自分を殺そうとしている少女を庇うなど、正気の沙汰ではない。

 だが、元来正義の味方とはそういうものだ。誰をも救う存在であるが故に人の条理を外れ、異端とみなされる超越者。それを愚直なまでに目指す彼の行動が、人間らしくないものとなるのは当然の帰結でしかなかった。


 「えっ?」


 「士郎!?」


 戦いに集中していた二人のマスターにとってそれは埒外の事態。卓越した魔術師の抱える欠陥の一つに魔術以外の殺害手段を甘く見るというものがあり、それに対して彼女等は無警戒であったのだ。


 「ぐ――!」

 そして、高速で飛来したその物体を衛宮士郎は背中で防ぐ、イリヤの額を狙った軌道を直進してきた弾丸と呼ばれる存在は、彼の肉体を通過こそしたもののそれによって軌道がそれ、イリヤの頬を掠めるにとどまった。


 「あ、あんた! なに考えてんの!」

 その光景に直面しながら、遠坂凛には未だ現状が把握できていない。銃声というものを聞いた経験がなく、ましてや狙撃手の放つライフルによる弾丸を見抜くことなど素人に出来る筈もない。

 殺し合いという観点では素人でなくとも、ライフルによる狙撃というものに対処する点にかけては、彼女は素人でしかなかった。


 「え? どうして?」

 そして、イリヤスフィールにとってそれは理解不可能な出来事だった。

 自分は彼を殺しに来たはず、なのになぜ、自分が彼に庇われているのか。

 この場で何が起こったのか彼女もまた完全に把握してはいなかったが、彼が自分を庇って倒れている。という状況だけは彼女にも理解できていた。いや、してしまった。


 「ダメ―――こ、こんなのヤダ――――」

 白い少女の精神に大きな動揺が走る。魔術師の戦いにおいて、精神の失調は致命的なものとなる。

 それがため、主と強い絆で結ばれているが故に、彼の大英雄は狂戦士と化した今もまだ、彼女のために行動するのだ。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
 
 バーサーカーは咆哮し、これまでにない剣戟でもってセイバーを弾き飛ばす。


 「――――がっ!?」

 突然の軌道の変化、ただの駄剣であったはずのバーサーカーの攻撃が、突如として剣技に変化したことに驚愕を隠せないセイバーに、その猛攻を凌ぐことは不可能であり。


 「って、ヤバ!」

 状況の更なる変化に困惑しつつも、状況の把握よりも脅威への対処を優先する遠坂凛の戦闘センスもまた並はずれたものであった。

 咄嗟に自らに軽量化の魔術をかけ、その場からの離脱を図る遠坂凛。魔術刻印に刻まれている術式を起動させるだけであるため、一工程で行うことが可能でありこの場では最善の方策である。


 そうして、バーサーカーは主を抱え、無言のままに戦場を後にした。










 ■■―――――――――――■■


 「予想外だったわね」


 狙撃を行った者にもまた、やや意表を突かれた感があった。

 彼女の予定ではバーサーカーのマスター、アーチャーのマスター、セイバーのマスターの順に狙撃を行い、悪意ある第三者が狙っていることを悟らせ、あの場での戦闘を諦めさせるつもりだった。

 そのためにはマスターが狙撃で死んでしまっては困るため、常時障壁を展開しているバーサーカーのマスターをまずは狙い、次に魔術による防御が可能であろうアーチャーのマスター、最後に対抗手段がないはずのセイバーのマスターのはずだった。


 「なのに、唯一狙撃に気付いたのはセイバーのマスター、これはとんだダークホースね」

 ともすれば、聖餐杯猊下の言っていたことも現実味を帯びてくる。あの彼には他のマスターにはない特異性があるのかもしれない。


 「なるほど、私が彼の監視を命令されたのは、つまりはそういうこと」

 予定から狙って外すのもまた予定調和、どこまでいっても事は円環にしかならず、終わってからでしか真贋を判断することは出来ない。


 「確かに、副首領は嫌味な性格をしているようだわ」

 未だ、他の騎士達が持つ業と、それがための水星への憎悪を実感することは叶わなかったが、その片鱗を若い獅子は感じ取っていた。







 ■■―――――――――――■■






 「素晴らしい」

 そして、その状況を更なる高みより俯瞰していた聖餐杯は一人呟く。


 「実に有意義、やはり彼は副首領閣下の術に招かれし者に相違ない。今日一日だけで彼は三度死にかけ、セイバーを召喚し、アーチャー、ランサー、バーサーカーと遭遇している。にも関わらず、生き延びた。正統な魔術師ですらなく、ほとんど一般人と大差ない彼が」

 その声は陶然としているようであり、同時に祝福しているようでもあった。


 「さてさて、これにて準備は整ったと見るべきでしょう。他のサーヴァントの出方によっては第二をただちに開放することになるやもしれませんが、果たしてどうなる事やら」


 僧衣に身を包んだ神父は笑う、笑い続ける。


 「今宵はここまで、さあ忙しくなります。面白くなります。前座はこれで終わりました。楽しみましょう。歌いましょう。踊りましょう。力の限り」

 胸の前で十字を切りつつ、彼は歩みだす。


 「血湧く血湧く、胸が高まる。では、一刻も早く次なる手を打たねばなりませんねえ」

 そうして、サーヴァントの戦闘によって崩壊した道路に関する後始末という作業を名目として、彼は戦場跡に向かう。


 笑いを抑えられないその背中は、来るべきその時の興奮を讃えるかのようであった。

==================

 あとがき

 聖餐杯の台詞は原作まんまです。レオンの創造の刀の形状うんぬんも独自解釈です。あと、レオンに銃器の扱いを仕込んだのは、形成(笑)さんです。こういう細かいことやらせたら、黒円卓で右に出るものは居ないのではないだろうか。

 後まったくの余談ですが、「処女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー」というゲームにおいて、舞台である学院の学校祭を『創造祭』といい、そこでやる劇は吸血鬼モノなようです。

 『創造』祭に『吸血鬼』モノ……

 薔薇の夜に覆われる学院しか想像できなかった自分は間違いなく重症の中二病、いやむしろ中尉病。









[20025] Fate 第七話 戻らぬ日常
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/09 17:19
Fate


第七話    戻らぬ日常



 翌日、俺は目を覚ましたわけだが、何かまあ色々とあった。


 あの後、セイバーと遠坂で銃弾をくらった俺を家まで運んでくれたらしいのだが。


 「なあ遠坂、弾痕って普通残るもんじゃないのか?」


 「ま、普通はそうよね。ということは貴方が普通じゃないってことよ」


 いやまあ、それ分かるんだけどさ、そうまでハッキリいわれるとこっちもなんか微妙な感情になる。


 「さっきも言ったけど、貴方の傷は自分で治した。というのも少し語弊があるかもしれないけど、とにかく自動的に治っていた。だったらそこには必ず原因があるはずよ、まあ、考えられるのはセイバーのマスターになったことくらいだけど」


 話をまとめると、セイバーと俺の関係は普通のマスターとサーヴァントと異なり、機能の逆流が起こっているとかなんとか。

 通常、サーヴァントが負傷した際にはその治療のためにマスターの魔力が消費される。それは遠坂のサーヴァントであるアーチャーも例外ではないらしく、昨日セイバーに負わされた傷を癒すためにかなりの魔力が持っていかれたとか。

 だが、俺とセイバーはその関係が逆転し、セイバーの持つ治癒能力が俺に流れ込んでいる可能性があるらしい。

 しかし、 遠坂は俺のことを非常識だの何だのと言うが、俺に言わせれば殴りかかる魔術師も相当に非常識だと思う。


 「魔力がなくても戦う術はあるけど、多いほど戦術の幅が広がるのは確かよ。だから、戦うなら万全の状態で臨む、これは魔術師に限らず世間一般に共通することだと思うけど」


 「そりゃまあ確かにそうだろうけど、だからって魔術師が肉弾戦を挑むか、普通?」


 「まあ、それともかく」

 すげえ、強引に話を切ったよこいつ。


 「これから貴方はどうするの、今後のためにも立ち位置は明確しておいて欲しいんだけど。人殺しをしないっていう衛宮くんは他のマスターが何をしようが傍観するんだっけ?」

 こいつ、絶対性格歪んでる。性根は間違いなくいじめっ子だ。


 「そうは言ってない。もしそうなったら戦うまでだ、サーヴァントさえ倒せばマスターだって大人しくなるんだろ」


 「呆れた。自分からマスターとは戦わない、なのに他のマスターが悪事を働いたら止めるって言うんだ。思いっきり矛盾してるけど、その辺分かってる?」


 それは分かってる。親父も言っていた、正義の味方ってのは矛盾の塊だって。


 「ああ、都合がいいのは分かってる。でも、あいにくと俺にはそれ以外の生き方は出来ないんだ」

 これでも、自分の性格くらいは把握してる。魔術師の戦いはまず己との戦い、それも出来ないようで他人と戦うなんて出来る筈もない。


 「ふーん、でも、問題点が一つあるけど、いいかしら?」


 「ああ、なんだ?」

 多分、この会話の流れからして思い当たるのは一つしかないが。


 「昨日のマスターを覚えてる? 私と衛宮くんを簡単に殺せって言ってた子だけど」

 覚えてる、というか忘れられるはずがない。


 「あの子は間違いなく私達を殺しに来る。聖杯戦争である以上それは当然だけど、あのバーサーカーは桁違いよ。マスターとして未熟な貴方じゃ絶対に生き残れないし、貴方はそもそも身を守ることすら満足にできない」


 そりゃそうだ、そんなことは分かりきってる。

 自分の身すら満足に守れない俺が他のマスターを止めるなんて、思いあがりも甚だしいというべきだろう。

 だからこそ。

 「だけど遠坂、それこそ今更だ。どっちにしろ俺が身を守れないなら引き籠ろうが打って出ようが変わらない。だったら、少しでも犠牲者を減らせるように動くべきじゃないのか」

 これが俺にとっては当然の結論であり、恥じる部分なんかこれっぽっちもないんだが。


 「はあ、そりゃまた随分な逆転の発想だけど、ものの見事に自分の安全が考慮に入ってない選択ね。つーか、そうでもなきゃ敵のマスターを庇うなんて暴挙に出るわけないか」

 ものの見事に呆れられましたよ、はい。


 「暴挙ってなんだよ。見知らぬ女の子が狙撃されてたら助けるのは当たり前だろ」


 「なんて言うか、仮定もあり得なければ、行動もあり得ないわよ、それ」

 さらに呆れられました。まあ確かに、狙撃されるって状況は滅多にない、つーかあってたまるかって感じだが。


 「そんなわけないだろ」

 それでも反論だけはしておきたい。ただの意地ってのは自覚してるが。


 「あるわよ、っていうか、何でそもそも貴方があの攻撃を察知できたの?」


 「?」

 なんだそれ。


 「遠坂、どういうことだそれ?」


 「だから! 何で私もあの子も察知できなかった攻撃を貴方が察知して、しかもそれを防ぐことが出来たんだって聞いてんの!」

 大魔神の怒りが炸裂した、つーか、首絞めるな、首。


 「んなこと言われても……」

 俺自身、あの時の感覚はよく分からない。

 強いて言えば、殺気というか、死の気配というか、ともかく悪意ある何者かがあの子、えーとたしかイリヤを狙っていることが何となく分かっただけで。



 まあ、そんな言い訳がこの大魔神に通じるわけもなく、落ち着いて話し合う状態になるまで軽く10分はかかりましたとも、ええ。


 それで、しばらく話しあった結果、俺はマスターとして半人前以下だし、セイバーも俺がマスターなせいで全力が出し切れていない。遠坂の方もマスターは一流だがサーヴァントがセイバーにやられて目下治療中、現状では偵察なんかの非戦闘行為でしか役に立ちそうにないらしい。

 そういった経緯もあり、対バーサーカー共同戦線ということになったんだが。不安要素はまだある。


 「遠坂、同盟を組むのはいいんだが、あの狙撃手は誰か分かるか?」


 あの狙撃手はイリヤを狙っていた。ということはバーサーカーに敵対してるってことは間違いないんだが。



 「御免、正直言って分からない。アーチャーがいれば捕捉することも可能だったでしょうけど、傷の治療のためにうちにある召喚陣の中に放り込んでおいたから」

 もう少しまともな表現は出来ないものかと思いながらも、話を続ける。


 「じゃあ、他のマスターの仕業ってことか」


 「そうなるわね、銃という近代兵器を使って来た以上サーヴァントなわけはない。でも、普通の魔術師だったら銃なんて使うはずもないわ」

 そう、一番奇怪な点はそこだ。

 この聖杯戦争は魔術師同士の戦争。魔術師ってのは神秘を秘匿するもので、戦うことは手段の一つであって目的じゃない。

 だが、狙撃銃なんて代物は戦うことを生業とするもの、早い話が傭兵とか軍人が使うものだ。どう考えても真っ当な魔術師が使うものじゃない。


 って、そういえば。


 「なあ遠坂、俺がセイバーを召喚してすぐ、セイバーはランサーと戦ったんだけど」


 「知ってるわよ、その後アーチャーとはち合わせることになったんだから」

 うん、それはそうなんだが。

 「ランサーと仲間みたいな女がいたんだ、確か、レオンハルトとか名乗ってたけど」

 正直、あの時は呼吸するだけで精いっぱいで、どんな奴だったかも分からないんだが。


 「女? そいつがランサーのマスターってこと?」


 「分からない、でも、一瞬で中庭を炎の海にするくらいだから相当の魔術師だと思う」

 セイバーが風を巻き起こして炎を吹き飛ばしてくれたから、その痕もほとんど残っていないが、もしセイバーがいなければ家は焼け落ちてたかもしれない。


 「炎ね、まあオーソドックスな魔術ではあるけど、一瞬でやるとしたら相当な腕ねそいつ、触媒らしいものを使ってた?」


 「悪い、そこまでは分からない」

 実に不甲斐無いが俺に分かるのはそれだけだ。セイバーなら分かるかもしれないが。


 って。そうだよ、セイバー。


 「遠坂、セイバーはどうしてるんだ?」


 「セイバー? ああ、道場の方で瞑想してたわよ。結局、特に怪我もしてないし、ランサー、アーチャー、バーサーカーと戦って無傷で切り抜けたことになるわね」

 そうか、凄いとは思ってたけど、本当にとんでもないな、セイバーは。


 「御免、ちょっと呼んでくる」


 「そうね、同盟を組むことになったんだし、話しておいた方がいいわ」





 それで、しばし後。





 「そうですね、あの女は燃えるような赤い剣を持っていました。ですが、ランサーの槍とはやや異なった印象を受けます」

 セイバーも交えての作戦会議、というか現状把握となった。


 「異なる印象?」


 「はい、表現は難しいのですが、炎の属性を帯びる魔剣は数多く存在します。そういったものの多くは魔術師ではなく、私のような騎士が振るいます。ですのでだいたい似た特性を秘めるのですが―――」

 そこで、セイバーは言い淀む。


 「セイバー、どうしたんだ?」


 「いえ、あの剣は前提が異なっていたような印象を受けました。炎を帯びた剣ではなく、剣の形をした炎というべきか」


 「ってことは、その剣は炎の魔術を発動させるための触媒じゃなくて、炎の魔術を固定して形を成したものってことかしら?」


 なるほど、実体が剣で炎を出すんじゃなくて、炎を固めて実体を持つ剣を作り上げたってことか。


 「はい。ですがそれは人間の魔術というよりもむしろ魔に属するもの、幻想種に近いものではないかと」


 「幻想種ってことは、あれか、竜の牙には毒があるとか、そういうの」


 「簡単な例えだけど、そうね、日本で言うなら雪女なんかがいい例かしら。あれは雪を操る妖怪というよりも、雪が妖怪の形になったものでしょう。つまりは、現実を侵食する幻想にほかならない」

 そう言えばそうだ。日本ではそういったものに意思や魔が宿るというのは古くからある考えだ、果ては長年使ったもの全般が妖怪化するという話もある。


 「つまり、そいつが操ってるのはそういった意思持つ炎。もしくは、意思が炎になったもの。それを何らかの魔術で加工して剣の形にしたってことか。武器を振るうというよりも、武器を使役するって概念の方が近そうね」


 となると。


 「あいつは、剣の形をしたサーヴァントを従えてるようなもんってことか?」


 って俺が言うと、二人とも何か微妙な表情を浮かべた。



 「そうね……その発想はなかったけど……言い得て妙、いや、逆に考えると……」

 何か、遠坂は考え込んでるし。


 「そう言えば……あの時篭手で受けた感覚、あれは……」

 セイバーもセイバーで何か悩んでるし。



 で、何だかんだでしばらく経って。



 「ともかく、その女がランサーのマスターである可能性が一番の大きいってことね」


 「そうなります。本人はマスターでもサーヴァントでもないと言ってましたが、少なくとも関係者ではあるはずです」


 「つまり、令呪はもってないけど、マスターの誰かに協力してるってことか」

 あり得ない話じゃない、これが戦争だというのなら、相手より戦力を揃えることが戦略の基本なんだから。


 「さて、そこで本拠地を私の家に置くか、こっちに置くかになるんだけど」

 で、陣地をどこに置くかという話になった。分かっている範囲の敵の分析は済んだから、今度は対処法を考える段階だ。


 「聖杯戦争はまだ序盤、サーヴァントこそ出揃ったけど、私達はライダー、キャスター、アサシンの主従に関しては何も知らない。つまりは情報戦の段階ね」

 お互いに相手の情報を探り合う段階、どんなに強力なサーヴァントでも敵の居場所が分からなければどうしようもない。


 「私の家は聖杯戦争の御三家だから当然場所が割れている。でもその代り最上級の霊地に位置しているから城塞といって構わない。守るに易く、攻めるに難い土地だから防衛戦には持ってこいなんだけど」


 「序盤においてはいささか不便ですね」

 そこにセイバーから指摘が入る。

 要塞ってことは同時に出入りがしにくいってことでもある。門を開け閉めしてたら要塞の意味がないし、かといって閉じこもっていたら情報が集まらない。


 「その通りよ。単独行動スキルを持つアーチャーなら私が陣地に構えている状態で情報収集にも出れるけど、今は負傷してるからそれにも限度があるし」


 「じゃあ、俺の家は?」


 「ここは守りの面では紙屑同然だけど、その代り魔術師の工房っぽくないから上手い目くらましにはなりそうね。ランサーにはもう知られてるけど、ランサーに知られてることを私達も知っているからその対処は出来る。それに、最低限の備えはあるし」


 親父が張った警報のことか。それにしても、紙屑はないだろ。


 「私はそうすべきと考えます。聖杯戦争は序盤において情報戦に終始し、中盤戦ではサーヴァント同士の削り合い、そして終盤戦は陣地取りの様相を見せてきます。遠坂の屋敷に拠点を置くのは少なくとも中盤に移行してからにすべきでしょう」

 と、セイバーが纏めてくれたけど、少し違和感がある。


 「セイバー、陣地取りってどういうことだ?」


 「ああ、士郎には言ってなかったわね。聖杯は霊体でサーヴァントにしか触れられず、降霊によって形を成すってのは説明したと思うけど」

 それは分かる。


 「だけど、どこでも出来るわけじゃないの。確かこの冬木には聖杯の儀式を行えるほどの場所は四箇所だったはず。私の家もその一つなんだけど、もしサーヴァントが残り二人になったとして、片方のマスターが全ての陣地を制圧していたら、もう片方は圧倒的に不利になるでしょ」


 「そうか、遠坂の家と同じってことは、守りやすくて攻めにくい。そんな場所を先に押さえられたら厄介だし、かといって聖杯の儀式を行う以上は攻め込むしか道はない」


 「はい、ですから聖杯戦争の終盤は陣地取りになります。序盤はまだ全てのサーヴァントが健在な状況であり、様々な思惑が入り乱れる情報戦ですから、こちらの方が都合が良いはずです」


 「で、サーヴァント同士が実際にぶつかり合って数を減らしていく段階が」


 「中盤戦ってことになるわね、正直、昨日みたいにサーヴァントが序盤でぶつかる方がまれよ。バーサーカーだってすぐに退いたし、それも私達以外のサーヴァントが全て健在だからこそ」

 そう、聖杯戦争はバトルロイヤル、最初に3人くらいを倒したところで残りのサーヴァントに弱点を知られて倒されたんじゃ大間抜けだ。

 だからこそ、序盤は腹の探り合い、情報戦になるということか。確実に勝てる状況、もしくは他のマスターの干渉が無い状況を作り出すために四苦八苦する羽目になる。


 「サーヴァントの数が減る中盤から終盤になれば、昨日のような事態は期待できません。相手を打倒するまで戦い続ける以外に選択肢はなくなるわけですから」


 戦局全体の変化、それも視野に入れて行動しないといけないってわけか。


 「それとシロウ、貴方に言っておくことがある」

 と、そこでセイバーがこっちを向いてきた。何か嫌な予感がするが、答えないわけにもいかない。



 「何だ?」


 「敵のマスターを庇うとは、一体何を考えているのですか。私は貴方を守ることを誓っておりますが、そこまで予想外の行動に出られては流石に守りきれる自信がありません」


 「う―――それは、御免」

 あれが間違いだったとは思わないけど、やっぱし、セイバーに迷惑をかけたのは間違いないんだよなあ。



 「ちょっと士郎、私の時と態度が違わない?」


 「だって、遠坂は遠坂だろ?」


 「どういう意味よ!」


 怒れる大魔神に盛大に怒鳴られました。


 まあ、そんなこんなで遠坂がこっちにひとまず移ることになったんだが。戦況によっては俺が向こうに移ることもあり得る。


 「気持ちは分からなくもありませんが、戦争中です。その時は疎開してるとでも思って諦めてください」

 などと、セイバーに諭されてしまった。ちなみに、サーヴァントは現代知識を聖杯から得ており、特に戦争関連の知識は豊富だとか。


 だけど、大型バイクやベンツのエンジンに関する知識までもっていたのはどういうことなんだろう?


===============

 あとがき

 こんにちわ、テレビで恋愛物のドラマや映画などで、互いを意識しだした男女が、初めて手と手を触れ合わせるシーンなどを見るたびに、中尉の
 「テメエは! 劣等の分際で! 何を馴れ馴れしく俺の身体に触れてやがるのかって聞いてんだよ!!」
 という台詞を思い出してしまう作者です。雰囲気すべてぶち壊し。さすが中尉

 今回は小休止的な話、こういうシーンは苦手です。

 それと、ここの版にリリカルなのはとDiesのクロスを書いている方がいらっしゃたので、それを拝見した時にD電波を受信したので、それを書いてみようと思います。

 母の愛を求めて、得られなかったフェイト嬢を救済する話をひとつ。

場面は、原作でのなのは嬢VSフェイト嬢

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 持っているジュエルシードを賭けて、高町なのはとフェイト・テスタロッサが争う姿を、その虚空、遥か高みから、影の女―プレシア・テスタロッサ―は得がたい幸福を見たとばかりに三日月に口を歪めて眺めていた。

 「素晴らしい、何という喜劇、なんという友情か。予想以上だ感激だよ、痺れがとまらぬ憧憬すらしよう。あれぞ友、純粋なる情愛の活劇。
 素晴らしい、その一言に尽きる。いや、それすら足らぬな。弁には自負があったのだが、言葉に出来ぬ、出来ていいものではない。したくない。
 識者の仮面を被り、あの葛藤を形にするのは神聖さに泥を塗る行為だ。見守っていたい、久々に思ったよ終わって欲しくないとさえ。
 ああ、君たちは本当に、どこまで私の瞳を焦がすのだ」

 哀感、好感、共感、情感その総てがただ麗しく美しい。
 想い合え――そしてぶつけ合え、さらけ出すのだ共鏡よ。
 未来はきっと明るいと、その愚かな言葉を真実とせよ!

 「友愛を抱き、互いを壊して形と成す愛の証明。同時にそれは、互いの心情を汲みながら、そのため憎悪で拒絶した絶縁の嘆きでもある。彼女らは今世界に2人きりなのだ、如何なるものにも縛られていない。総ての感情を瞬間に、永劫と等しく感じ取り、それすら流れ落ちる飛瀑の一滴。凄まじいな。素晴らしいな。止めることなど誰に出来よう!」

 想ったことと与える結果は何も縛られていず、それこそ理由なく溢れ出している。彼女たちに湧き上がっている感情は、今や自分たちすら制御不能の間欠泉。無限に吐き出されて止まらない。

 「彼女たちは今語り合っているのだ。かつてないほど激しく、凄絶に。もっと君を知りたい、もっと君を感じていたいと、事細かに叫んでいる。相手に分かってもらう為に、分かってやる為に、分からせる為に。そこに下らぬ虚飾は一切がない。総て剥ぎ取られ、裸の己を曝け出す。なんと素晴らしい――これぞ魂の決闘だ」

 だから、何よりも尊いのだと、目を輝かせ、自分の枠を離れたものに久しく心を躍らせていた。

「ああ、もどかしい。歌い上げたい、詩に書き留めたい、本へと綴り後世へ伝えたい、希うよ留めたかったほど。心から喝采しよう。
 君を創って本当に良かった!
 誇りに思うよ、君が娘で私も鼻が高いというもの。素晴らしい完成度だ。今こそ讃美歌を捧げよう。その出生を、誕生を認めよう」

※あの声、あの口調です
===================================

 これでフェイト嬢の心も救われること間違いないですね。

 しかし、この場合プレシアさんの名前の綴りのどこかのLがRになってたり(逆だったかな?)するかもしれませんが、もしくは「プレシア・テスタロッサ」は幾千幾万の名前のひとつか。


 ・・・・・・・・・・・・カッとなって書いた。今は反省してる。だから次回作が『魔法ニート リリカルくらふと』なんて事になったりはしません。




[20025] Fate 第八話 情報戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/11 01:39
Fate  (4日目)


第八話    情報戦



 「なーにやってんだ? お前」

 冬木市は新都、丘の上に存在する教会。

 聖杯戦争の監督役である言峰綺礼のサーヴァント、ランサーは現在共同戦線を張っている少女の下を訪れていた。早い話が暇つぶしである。


 「何って、情報を集めてるのよ」

 そんな闖入者に対して律儀に返答するのはやはり彼女が生真面目な性格だからであろう。生来的には大雑把な部分もあったが、その後の成長過程がいささか特殊だったためかこのような性格に落ち着いた。


 「なるほど、そりゃあ御苦労さまだ。ま、俺は手伝わねえけど」


 「そこまできっぱり宣言されると逆にすっきりするわね。まあ、文句はないけど」

 現在は聖杯戦争の序盤戦であり情報戦が展開されている。教会陣営においてこの両者の役割分担は完全に決まっており、それぞれが己の役割全うするだけという認識で彼らは動いている。

 すなわち、レオンハルトが偵察役として情報を収集し、聖餐杯がサーヴァントをスワスチカにおびき寄せるための策を練る。そして、ランサーが必中の槍にて心臓を穿つ。

 言峰綺礼はあくまで監督役に徹することが決まっており、彼自身、全ての指揮権を聖餐杯に移譲している状態だ。ただし、聖餐杯には聖堂教会スタッフの現場指揮官としての仕事もあるため、戦争にかかりきりというわけにもいかない。


 そうなれば必然、手足である彼女等が動く必要が出てくる。しかし、ランサーはサーヴァントであり、アサシンのように気配遮断スキルを持っていない。キャスターが柳洞寺に神殿を築き、霊脈を通して冬木全体に網を張っている状態で迂闊に動くのは危険が大きい。


 そこで、レオンハルトの出番となる。彼女は黒円卓の騎士であり、魔術師とは異なる条理に身を置いている。つまり、魔術師のサーヴァントであるキャスターの鼻にはかかりにくい。


 「ところで、柳洞寺に潜んでいるサーヴァントの目星はついたの?」


 「いいや、駄目だな。俺達はお互いの伝承についてはそれなりに知っているが、どうしても出身地の縛りが出てくる。俺はアルスター出身だから知ってんのはガリアくらいまでだ」


 「ってことは、アルスター神話、フィオナ神話、アーサー王伝説、それから北欧神話とローランの歌ってところかしら?」


 「ああ、その中に該当する奴はいねえ。だが、流石に東洋ってわけでもなさそうだぞ」


 「確かにそうね。もし日本出身の英霊だったら自分で結界を張り直す必要はない。柳洞寺に張られていた結界をそのまま活用するだけで十分、そこに手を加えている事実そのものが、西洋魔術師の手口であることを示している」


 レオンハルトにはそれほど神話に関する造詣はない。そんなことよりも殺人技巧や諜報技能を鍛えていたという悲しい事実はあるが、それはそれでもう割り切っている。



 「聖餐杯猊下なら何か分かるかもしれないけど、あいにく仕事で出ているし」


 「あのエセ神父二号か、どうして俺のマスターの周りにはあんなのばっかし集まるのだか」

 ランサーにとっては愚痴の一つも言いたい状況である。よりにもよって言峰綺礼をマスターに持ってしまったのは不運としか言いようがなかった。


 「でも、聖餐杯猊下に貴方は逆らえるのかしら?」

 ランサーのマスターは言峰綺礼であり、聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンは令呪を持っているわけでもなく、ランサーに魔力を提供しているわけでもない。あくまで言峰綺礼から彼の指示に従い、レオンハルトと行動を共にするように命令されているだけだ。

しかし、それとは別に彼には聖餐杯に逆らえない理由があった。


「ちっ、まあ、いけすかねえ野郎ではあるが、恩人は恩人だ。禁戒(ゲッシュ)は守るさ」

 ランサーの本来のマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツを治療した人物が他ならぬ聖餐杯であった。彼にとっては善意の欠片もなく、ランサーが叛意を持つことを禁じる為の処置ではあったが、それだけに効果は抜群であった。


 「しかし、あの傷をどうやって治したんだ?」

 それがランサーにとっては疑問であった。バゼットが言峰綺礼によって負わされた傷は相当の深手であり、いくら魔術師とはいえ、致命傷となるほどであった。

 しかし、魔術師にはそう簡単に死ぬことは許されない。彼女の身に刻まれた魔術刻印は仮死状態ながらも彼女を生かし続け、結果として彼女はフラガの血に助けられたともいえる。


 「魔女の妙薬、とおっしゃっていたわ。人体改造が趣味で、怪しげな薬を作るのが好きな魔女が仲間にいるから、間違いなくそれ経由で手に入れたんでしょうね。それに、猊下自身、心霊治療なんかは得意だったと思う」


 彼女以外の黒円卓の騎士は皆、大戦から60年余りの時を生きている。その間に彼らは遊んでいたわけではなく、来るべき怒りの日に向けて各々が得意分野を伸ばすか、もしくは足りないものを追求するかの違いはあれど、研鑽を積んできたのである。

 ベイはただひたすら戦いを求め、上質な魂を喰らい続けた。

 マレウスは自らの知識をさらに深めると共に、エイヴィヒカイトに自らの魔術を組み合わせるための式を組むのに数十年を費やした。その結果、彼女の創造『拷問城の食人影』は二つの特性を有するに至った。

 レオンハルトの憧れの人物であるヴァルキュリアとて例外ではなく、本人にとっては暇で暇で仕方なかった日々であったようだが、それは人間がやるものとは思えない鍛錬をこなすのが常識を化していたからであった。彼女は魂を収集しなかった代わりに己の剣技を極限まで鍛え上げ、かつての上官に接近戦で打ち勝つための訓練を愚直なまでに繰り返していた。

 当然、シュピーネこと形成(笑)は何もやっていない。やっていたら創造位階に至っていただろう。


 10年前には何も知らない普通の少女であった櫻井螢にはそれらを知る術はなく、全て聖餐杯から聞き知ったことではあったが、このことに関してならば彼は嘘を言わなかった。

 古来より、虚言が最大の効果を発揮するのはその中に事実や、本人が信じたい“真実”を組み込むものとされている。この場合、ベアトリス・キルヒアイゼンは櫻井螢の理想通りの人物であったため後は自分にとって都合の良い部分だけを教えるだけでよい。

 ベアトリスのものぐさな部分はこの際考えないでおく、小さい子供にあえて現実を教える必要もない。


 「はあ、お前の仲間は色ものばっかだな」


 「我ながらそう思うわ、まあ、そんな中で育った私がこんな性格になったのも無理ないってことよ」

 しかし、彼女がそういう認識を持つようになったのもここ最近、というかランサーと行動を共にするようになってからである。

 それまでの彼女の周囲にはまさに碌な人物がいなかったが、それらに比べればランサーは余程好感が持てた。そもそも比較するのが間違いのようにも思えるが。

 だが、彼と行動することで自分だけなく自分達、黒円卓そのものを客観的に見ることが出来るようになったのは彼女にとって大きな前進といえるだろう。これまで彼女の視野は極端に狭く、黒円卓以外の世界をほとんど知らないも同然だったのだから。


 「とはいえ、猊下が完全に治したわけじゃなくて、それを可能な人物のところに運んだだけ。あの人なら死人だろうが直せるから」


 「なんか、微妙に字が違った気がするんだが?」

 レオンハルトが言った“あの人”とはバビロン、リザ・ブレンナーのことである。人体の修復の専門家であるのは確かだが、本来の専門は死体だった。

 彼女が留守番をしているシャンバラまでバゼットを送り届けたのは他ならぬレオンハルトであり、ランサーにとっては黒円卓の主従にかなりの借りを作ったことになる。

 その身でありながら情報収集を行う彼女に“俺は手伝わん”と宣言できるランサーの神経もなかなかのものだが、黒円卓の面子はそういう陽性なもの言いはぜず、ねちねちねちねちと小言を続けるタイプが多い。

 現在のメンバーでは唯一異なるのはベイだが、彼は別の意味で論外であった。


 「それはともかく、そろそろ出来るわ」

 話しながらも手元の操作を続けていたレオンハルトだが、ここでようやく手を止める。


 「で、結局手前は何をやってたんだ」


 「盗聴器の設定よ。これが結構調整が難しくて、その代り傍受される危険はほぼゼロ」

 かなり困難な作業ではあったが、ここにシュピーネがいれば、などとは間違っても思わない。あの男の面を拝むことになるくらいなら食事を抜いて作業していた方が遙かにましというものだ。


 「なるほど、魔術や使い魔を使った盗聴は当然向こうも警戒している。だからこそ、それ以外の手法でいこうってわけか」

 ランサーは素直に感心している。彼は純粋な戦闘者であり、それが効率的であるならばどんなものでも採用する。だが、それが誇りを汚すものならば絶対に許すことはない、特に、主君への裏切りは鬼門である。


 「ええ、私の狙撃で倒れたセイバーのマスターを彼女等が衛宮邸に運ぶ前に、居間とかに盗聴器を仕掛けておいたの。あまり時間がなかったからそれほど多くは仕掛けられなかったけど、案の定誰も盗聴に関する知識はないみたいね」

 レオンハルトは知らないことだが、遠坂凛にいたってはエアコンの使い方すら分からなかった程である。盗聴器など未知との遭遇に等しいだろう。


 「ランサー、この線をそっちのスピーカに繋いで。それなら貴方も聞こえるでしょうし」


 「二人で仲良く盗聴タイムってのも、随分陰気な趣味だな」


 「燃やすわよ」


 「燃やせるかよ」

 そんな軽口を叩きながらも盗聴を開始する二人。





 『セイバー、遠坂は?』

 『先に風呂に入ると言っていました。勝手に沸かしたので気にするな、とのことです』

 『はあ、どこまで唯我独尊なんだあいつは』



 「ふうん、苦労人気質なのね、彼」

 「ははは、あのお嬢ちゃんらしいな」

 ランサーは学校にて凛と対峙したことがある。レオンハルトは士郎とは面識があるが、凛とはない。遠くから監視していただけである。



 『なあセイバー、ランサーのことなんだけど、アイツは何者なのか分かるか?』


 「あら、いきなりタイムリーな話題ね」

 「向こうにとっちゃ、盗聴されてるなんざ思わねえだろうからな」


 そして、しばしの前振りの後、セイバーが本題を切り出す。


 『そうですね。あの紅槍と全身に帯びたルーンの守り、加えて戦いではなく、“生き延びる”ことに特化した能力から考えると、かなり絞ることが可能かと思います』
 

 「ひょっとして、ばれてる?」


 「まあ、隠そうとも思ってなかったからな」

 この二人は知らないことだが、セイバーは第四次聖杯戦争において、アイルランドのフィオナ神話に登場するディルムッド・オディナと戦ったことがある。彼の宝具、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)とランサーの刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)はあまりにも似過ぎていた。

 その上、全身青タイツであるところまで似ていたのである。


 『断定は出来ませんが、彼の真名はクーフーリン。魔槍ゲイボルクを操るアイルランドの大英雄です』



 「大英雄だって」

 「人の口から言われると微妙に気恥ずかしいなおい」



 『で、強いのか、そのクーフーリンってやつは』

 『この国では知名度が低いですから存在が劣化していますが、それでも十分すぎる能力です。こと敏捷性に関してならば他の追随を許さないでしょう』



 「褒められてるわよ」

 「悪い気はしねえ」



 『問題は彼の宝具ですが、魔槍ゲイボルクの伝承は数多あり、その中で共通したものの中に“心臓を穿つ”というものがあります。ひょっとすれば、穿った傷は容易く治らない類の呪いを帯びているかもしれません』

 これもまた、ディルムッドの必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)から予想したものである。


 『つまり、あいつの槍は―――』

 『ええ。使えば必ず相手の心臓を穿つ魔槍、ということになるかと』



 「随分詳しいわね」

 「ここまで詳しいとなると、多分セイバーは同郷かお隣さんだな」

 ちなみに、言峰綺礼や聖餐杯は第四次聖杯戦争などに関する情報を二人に教えていない。というより、聖杯戦争の裏側を秘密にしているのであった。

 「つまり、アイルランド出身か、もしくはブリテン出身ってこと?」

 「そうなるな、だが少なくともアルスター神話、俺の時代の英雄じゃねえ。そりゃまあ、男勝りの女戦士はいくらでもいたが、あんな小柄な野郎はいなかった」

 「多分、それを直に言ったらはっ倒されるわよ」

 「そりゃまだましな方だ。俺の師匠なんざ、“年増”って言ったら槍投げて来たぜ、心臓目がけて」

 「凄まじいわね」



 『この仮定が事実であれば、一対一の戦闘においてこれほど効率的な武器もありません。何しろ全く無駄がない』

 『無駄がない?』

 『分かりませんか。ランサーの槍は城を破壊することはできませんが、人間を一人殺すだけなら十分です。宝具というものはその規模によって消費する魔力が変わります。Aランクの宝具を持つ者はその使用に大量の魔力を消費する。一度使ってしまえば、失った分の魔力補充に時間がかかるのです』



 「城壁を壊せないって」

 「舐められたもんだな」

 「確か、貴方の槍の最大顕現ならB+だったかしら?」

 「ああ、だがそれでも対軍レベルだ。だが、ルーンの魔力を全部バックアップに回しゃあもう一段階威力は上がる」

 「つまり、B++の対城宝具になるってことか」

 「どんな盾だろうが、鎧だろうが、城壁だろうが、ぶち抜いてやるさ」

 「頼もしいわね」



 『ですが、人を一人――――いえ、サーヴァントを倒すのにそれほど強大な破壊力は要りません。ランサーのように一撃で仕留められるのであれば、それ以上の戦果はないでしょう』



 「だって」

 「男にはな、退けねえ時ってのがあんだよ」

 「便利な言葉だわ」

 「うるせえ、そういうのは女の方が持ってるだろうが」

 「女は秘密が多い方が好かれるのよ」

 「ったく、俺の周囲の女はそんなタイプばっかだったな」

 「“女は信用するな”、名言よ」

 「妻帯者にとっては洒落にならねえ言葉だな」

 「そういえば貴方、結婚してたわね。しかも、奥さん以外の女と子供作ってるし」

 「それが男の甲斐性ってもんよ」

 「今の時代では最低男って呼ぶのよ」

 「はあ、難儀な時代になったもんだ」



 『つまり、大砲一発よりも弓矢一本の方がコストが低いってことか』

 『はい、ですがサーヴァントには弓矢など当たりません。結果としてサーヴァント同士の戦いは大砲のうち合いになるのですが―――』



 「アーチャーの存在を全否定する偉大なセリフね」

 「仲間に言っていい言葉じゃねえな」



 『ランサーのゲイボルクは、その弓矢を命中させられる槍ってことか。しかも掠り傷じゃなく、確実に命を奪う心臓に当ててくる』

 『そういうことです。ですから、彼の槍はこの戦いに適しているのです』



 「この戦争でなら、確かにそう」

 「俺が戦った化け物の中には心臓をぶち抜いても死なない奴や、首を切り落としても生きてた奴もいたがな」

 「まるでベイね」

 「お前の仲間は吸血鬼だっけか?」

 「ええ、それにしても貴方の能力は確かに汎用性が高い。絶対に命中する弓と、絶対に命中する大砲を両方使ってくるんじゃ対処は難しい」

 「相手からすりゃそうだろうな、これでも国一番と呼ばれた英雄だぜ、そう簡単に負けられねえよ」




 『んじゃあ、次はアーチャーに関してなんだけど』



 「ん、いよいよ真打が来たわ」

 「俺に関する話を聞いても意味がねえ、こっからが本番か」



 『アーチャーですか………いいえ、シロウが把握できている以上のことは何も。単純な戦闘能力では私が上回っているようですが、彼の宝具も戦闘技術も体験していません。一度勝利しているからといって、楽観していい相手ではないでしょう』



 「使えないわね」

 「つーか、セイバーの野郎、アーチャーを破ったのか」

 「そういえば、校庭で貴方と戦ったっけか」

 「ああ、よく分からない野郎だったが、あの防御はそう簡単に破れるもんじゃねえぞ」

 「じゃあ、セイバーがそれだけ優れていたってこと?」

 「いや、戦った感じじゃあそんなに戦闘技術が離れていたわけじゃねえ。そりゃまあ、剣の英霊が弓の英霊に剣技で負けてたら死んじまえって話だが、それでもかなり拮抗していたと思うが」



 『そうだな、あの時のあいつはなんかおかしかった。ひょっとしたらセイバーのこと知ってるんじゃないか。なんかこう、敵襲に驚いたっていうより、セイバー自体に驚いたからって感じるんだけど』



 「アーチャーが、セイバー縁の騎士?」

 「あり得ない話じゃねえけどよ、そもそもセイバーの真名がわかんねえんじゃ意味無いな」

 「聖餐杯猊下は何か知ってそうだったけど、教えてくれないのよね」

 「エセ神父一号もだ。あいつら、真面目に戦争する気あるんだか」

 「かなり疑わしいけど、多分真面目にやる気はないと思う」



 『なるほど、そう考えると納得が出来る。弓使いである以上、接近戦で私に劣るのは当然です。ですがそれにしても、あの時のアーチャーは脆すぎた』



 「実力を出せてなかったのは間違いないか」

 「しかし、傷を負ってんなら今倒してもつまんねえ」

 「まったく、弱っている相手を狙うのは戦の定石でしょう?」

 「俺は戦いに来たんだぜ、そりゃあ、戦場で出会っちまえば相手が弱っていようが容赦なくぶち殺すが、弱みにつけ込むような真似はしねえ。勝利ってのは盗むもんじゃなくて奪うもんだ」

 「なるほど、弱っているのに敵と遭遇するような無様を晒す敵は価値なしってことかしら?」

 「そういうこった」



 『結局、アーチャーに関しては収穫なしか』

 『まあ、今は共闘している間柄ですから、いずれ分かることもあるでしょう』



 「案外呑気」

 「英雄なんてこんなもんだ。四六時中気を張ってても意味ねえ」



 『じゃあ最後、バーサーカーについてだけど』



 「バーサーカーか」

 「俺も一回戦ったが、ありゃあとんでもなかったな」



 『バーサーカーですか……』

 『ああ、もしセイバーがもう一度あいつと戦ったらどうなる?』



 「一方的に押されていたからね」

 「つか、あれと互角に戦うのは無理があるだろ」



 『正直、勝利するのはかなり難しい、万全の状態であったとしてもです。……いえ、どのようなサーヴァントであってもあの巨人を追い詰めるのは不可能かもしれない』

 『それほどか……』



 「貴方だったら勝てる?」

 「当然よ、あん時は様子見だっただけだ」



 『シロウ、あの夜の戦いを覚えていますか? バーサーカーは凛の魔術を容易く弾きました。彼には私のような対魔力は備わっていない。あれはただ、肉体の強度のみで凛の魔術を無効化したのです』

 『それは見てたけど、そんなに驚くことなのか?』



 「当然よ」

 「いや、お前に聞いたわけじゃねえだろ」

 「頭悪いわねこいつ」

 「そこまで言うか」



 『違います。攻撃に耐えたのならばその箇所を狙い続ければ鎧はいつか砕ける。ですが弾いたのなら別、凛の魔術はそもそもバーサーカーに届いていなかった』

 『つまり、セイバーみたいに魔術を無効化したってことか?』

 『はい、ですが先程言ったようにバーサーカーには対魔力のスキルはない。となると、彼の宝具が魔術を防いだとしか思えない』



 「貴方は対魔力Cだったかしら」

 「セイバー程じゃねえな、もっとも、ルーンの守りを使えば一時的にだがAランクまで上げられる」

 「ホント、汎用性高いわね貴方」

 「おう、もっと褒めな」

 「浮気男」

 「褒めてねえだろ!」




 『……これは憶測ですが、バーサーカーの宝具は“鎧”です。それも単純な鎧ではなく、概念武装と呼ばれる魔術理論に近い。恐らく―――バーサーカーには一定水準に以下の攻撃を無力化する能力がある。私の剣や凛の魔術が通じなかったのはそのためでしょう』



 「憶測が多いけど、かなり的を射てそうね」

 「直感がいいんだろうな、こういうタイプは厄介だ、奇襲は通じにくい」

 「じゃあ、使うなら奇策のほうがいいってこと?」

 「そうなるな、手前みたいに脇が甘いのが、ああいう優等生の欠点だ」

 「悪かったわね」

 「そう思うなら直しな」

 「努力はしてるわ」

 「努力だけじゃ意味がねえ、戦場では結果が全てだ。殺し合いに敢闘賞はねえんだぜ」

 「覚えておく」



 『バーサーカーがギリシャの大英雄であるなら、その能力はほぼAランクです。彼に傷を負わせたいのなら、少なくとも彼と同じランクの攻撃数値を用いなければならないと思います』

 『同じランクの攻撃数値……つまりそれって』



 「そういえば、このランクって誰が決めてるの?」

 「さあな、聖杯じゃねえか?」

 「何か腑に落ちないのよ。これじゃあまるでサーヴァントを格付けして楽しんでるというか、むしろ……」

 「何だ?」

 「いえ、まるで脚本された歌劇、もしくは物語のようだと思っただけ」

 「物語ね、まあ、英雄譚なんざ得てしてそういうもんだが―――」

 「それでも、誰かが基準を定めたのは間違いないはずよ。聖杯だって結局は誰かが作ったんだから」

 「ってことは、その作り手とやらが自分勝手に決めたってのか?」

 「それしか考えられない。まさか、聖杯が自分の意思を持っているなんて与太話を信じるのでなければ」

 「けどよ、ランクなんざ糞くらえ、結局は強い奴が生き残る、それだけだ」

 「はあ、貴方は単純でいいわね」

 「世の中案外単純なんだよ、考え過ぎると人生を楽しめねえぞ」

 「人生を楽しむ、か――――そうね、あまり考えたことなかったかも」

 「そりゃあ随分と損してるぞ、酒も女も戦いも知らない人生なんざ意味ねえだろうが」

 「戦いならあるわよ、後、私男じゃないし」

 「自覚があるなら結構、後はいい女になれるようせいぜい磨くこった」

 「いい女か、ベアトリスならきっと――――」

 「あんだって?」

 「私の憧れの人、貴方なんかじゃ相手にされない程のいい女よ」

 「ほう、そりゃあ会ってみたいもんだ」

 「ええ、いつか会わせてあげるわ――――――――――絶対に」




 『だけどセイバー、宝具ってのは強力な武器なんだろ? だったら筋力に置き換えればAランクに届くんじゃないのか?』



 「いつの間にか会話が進んでたみたい」

 「だがまあ、あんまし進んでないな。多分セイバーのパラメータでも確認してたんだろ」



 『はい、宝具と通常攻撃は比べるべくもない。宝具のCランクは通常攻撃ならばA、ないしA+に該当します。……ですが、バーサーカーを守る“理”は物理的な法則外のもの』

 『ってことは、重要なのは威力よりも神秘ってことか?』

 『あれは、たとえ世界を滅ぼせる宝具であれ、それがAランクに届いていないならば無効化する、という概念です。バーサーカー、ヘラクレスは神性適性を持つ英霊だ。神の血を受けた英霊には、それと同等の神秘でなければ干渉出来ない』



 「つまり、核爆弾じゃ死なないってこと、あれには神秘の欠片もないし」

 「神性適性なら俺も持ってる。これでもルーの息子だからな」

 「そうだったわ、信じられないけど。でもまあ、そういった意味でもバーサーカーを相手にするなら貴方は結構相性がいいわけか」

 「手前、地味に貶しやがったろ」

 「それと、セイバーがそう言うってことは、彼女は神性適性を持っていないことになる。これは真名検索の条件の一つになるわ」

 「ようやく盗聴の意味が出てきたか」



 『ですが、どのような英霊であれ、必ず弱点は存在します。少なくともバーサーカーには対城レベルの攻撃手段がない。襲われたところで一撃で全滅する、という事態は避けられます。何らかの援護があれば勝算が見えてくるかもしれない』



 「貴方の弱点………服のセンスね」

 「死ぬかおい」

 「全身青タイツはどうかと思うわ、私」

 「よし分かった、表でな」

 「でも、そんな貴方が好きよ、私は」

 「ヤバい、吐きそう」

 「いい度胸ね」

 「お互い様だろ」



 『結局はまだ撤退が大前提か。それまでになんとかバーサーカー弱点を探さないといけないってことか。で、セイバー、対城レベルの攻撃方法ってのはなんなんだ?』



 「バーサーカーの弱点……ヒュドラの毒とかかしら」

 「んなもんどこにもねえな」

 「確かに、ヘラクレスがアーチャーとして召喚されてたら、自分の放つ矢こそが最大の弱点になっていたんでしょうけど」

 「怪物にありがちな弱点だな、最大の武器がそのまま跳ね返ってくる」

 「だけど、バーサーカーというのは厄介ね、手綱はマスターが握ってるから暴走もあり得ない」

 「マスターの膨大な魔力量があってこそだがな、本来なら弱点だ」

 「確かに、強大な力を誇るが故に制御が効かず、自滅する可能性が最も高いのがバーサーカーなんだけど」

 「厄介な組み合わせもあったもんだ」



 『宝具の攻撃力のことです。一騎打ちで真価を発揮する対人宝具、団体戦闘で真価を発揮する対軍宝具、そして、一撃で全てを決する対城宝具。宝具は大きくこの三つに分割されます』



 「私の緋々色金は対人と、創造位階なら対軍もいけるかしら?」

 「俺の槍は全部いける」

 「ベイの聖遺物は完全に対軍仕様だし、マレウスは――――微妙なとこね」

 「対軍っても、要はタイマンかそうじゃないかってことだ、二人以上なら対軍でいいんじゃねえのか?」

 「まあそんなとこかしら、あまりこだわっても意味ないし」

 「そう、戦術兵器には戦術兵器の、戦略兵器には戦略兵器の使い方ってもんがあるんだぜ」

 「携帯電話も使えないげんしじ……古代人に言われるのも変な気分だわ」

 「おい手前、今何言おうとした?」

 「中世においてはヨーロッパよりもイスラムの方が文化は進んでいた。だから、十字軍は蛮族の群れとか呼ばれていたらしいわ」

 「やっぱし表でろ手前」

 「さて、そろそろ情報をまとめて猊下に報告しなくちゃ」

 「絶対後で泣かせるからな」

 「嫌、怖い」

 「――――――うぷ」

 「殺すわよ?」

 「お互い様だ」





 聖杯戦争序盤戦、それは陰謀渦巻く情報戦である。


 どの陣営も有益な情報を引き出すために、ありとあらゆる手段を駆使していた。


 そのはず、多分、間違いなく。




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 あとがき

 型月中尉報

 我らがベイ中尉殿は死徒二十七祖の中でも最も厄介な集団が揃っている黒の姫君の陣営に喧嘩売ったことがあります。

 
 死徒二十七祖 第一位 “霊長の殺害者” プライミッツ・マーダー

 死徒二十七祖 第六位 “黒騎士” リィゾ=バール・シュトラウト

 死徒二十七祖 第八位 “白騎士” フィナ=ヴラド・スヴェルテン

 死徒二十七祖 第九位 “血と契約の支配者” アルトルージュ・ブリュンスタッド


 この化け物4体に無謀にも挑み、4人がかりでフルボッコにされました。マレウス曰く、『なんで生きているのか不思議で仕方なかった』とのことです。

 ですがまあ、フルボッコにされながらもこの4人に深手を与えたベイ中尉は恐ろしい限りです。


 ちなみに、なぜ彼がこのような暴挙に出たのか聖餐杯が後に聞いたところ


 『一人、気に入らない称号を持っている野郎がいた』という答えが返ってきたとかなんとか。

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[20025] Fate 第九話 聖餐杯の策謀
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:f2cc53be
Date: 2010/08/01 15:45
 
Fate (5日目)


第九話    聖餐杯の策謀



 深夜、日付が変わった頃、教会に帰還してきた聖餐杯は普段と全く表情を変えずに戦略室になっている部屋へと向かった。

 しかし、そこでかなり予想外のものを目撃することになる。



 「三光、私の勝ちみたいね」

 「ち、酒が来れば月見酒が揃ったんだが」



 「ふむ、一体何をしておられるのですか? 貴方達は」

 いやまあ、見れば分かるのだが、それでも問わずにはいられない状況だった。


 「戦術シミュレーションです。戦場においては運気をつかむことも重要であると、歴戦の英雄であるランサーから教わり、こうして特訓を行っておりました」

 「ああ、こいつの筋は悪くねえ、まさかこうも簡単に追いつかれるとはな」

 「………」

 突っ込みどころが多すぎて、何から突っ込むべきか迷う聖餐杯、というか、櫻井螢――レオンハルトのキャラが変わり過ぎだった。


 ≪おかしいですね、彼女はここまで柔軟性に富んでいなかった。むしろ、真逆の存在だったはずですが≫


 そう考える聖餐杯は、重要なことを失念していた。

 櫻井螢は6歳の頃より黒円卓の面子に育てられている、ぶっちゃけ、人生の教師にしたくない連中ばかりであったため、出会って間もないランサーの影響を受けるのは当然の帰結だった。

 つまり、彼女の人格形成は6歳の頃からほとんど進んでいないとも言える。外見だけは取り繕っているものの、芯が幼女と大差なかった。

 故に、ランサーと話すことは彼女にとって大きな変化を与えつつある。さらに、クーフーリンという人物の気性は、ベアトリス・キルヒアイゼンと近い部分が多いのだから尚更だ。



 「まあともかく、報告を聞きましょう。セイバー・アーチャー陣営の動きはどうですか?」


 そして、レオンハルトは得た情報を的確にまとめ、聖餐杯に伝えていく、ランサーは花札を片付けた後、酒を飲んでいた。



 「なるほど、しばらくは守勢に回り、情報の収集に努めるというわけですか、ならば、夜の巡回なども行うことはないでしょうね」


 「恐らくは。アーチャーが万全ならば単独行動に出る可能性は高いものの、現状ではほぼないと考えてよいかと」


 「では、これは都合が良い、どうやら今後の展開はほぼ決まったようです」

 聖餐杯は満面の笑みを浮かべる。とはいえ、その笑みも全て仮面に覆われ、その真意を測ることなど余人には不可能であったが。


 「どういうことですか?」


 「おお、これは説明が足りませんでした。私も遊んでいたわけではなく、情報収集の傍ら、幾つか状況を動かすための手を打っておいたのですよ。そうですね、まずは他のサーヴァントの情勢から教えると致しましょう」


 そして、聖餐杯は聖堂教会のスタッフを通じて得た情報を二人に語っていく。要約すれば、柳洞寺に籠るキャスター・アサシン陣営、アインツベルンの城を拠点とするバーサーカー陣営、この両者には動きは見られないとのこと。

 バーサーカーは既に一度市内における破壊行為を行っており、キャスターも霊脈を利用した魔力の蒐集行っている。どちらも一般市民に害を与える危険性が大きいサーヴァントだけに、聖堂教会のスタッフを張り付ける大義名分には事欠かなかった。



 「つまり、7騎のサーヴァント中、5騎は現段階では守勢に徹しているということです。我々にとっては動く機会、これを利用しない手はありません」


 「ほう、じゃあ俺も動けるってことか?」

 その言葉にいち早く反応したのはランサー、戦いを求める戦士の本能を抑えるのも容易ではないようだ。


 「まだ貴方が動くほどではありませんよ、ランサー。ですが、それもそう遠いことではない、長くとも三日の内にはサーヴァントを一騎消してもらうことになります。その時を楽しみにしていてください」


 「なるほど、三日か、文句はねえ」

 アルスターの英雄が標的を定めた。例えどんな相手であれ、戦うことが決定すれば容赦なく殺すのが彼の主義。

 故に、その相手を殺すことは既に彼にとって決定事項、ならばその時まで牙を磨ぐのみである。


 「猊下、そうなれば、動くのは残るライダーということですね」

 そして、それまでの前準備として動くことになるであろうレオンハルトも、己の役割を察していた。


 「ええ、察しが良くて助かる。既にライダーのマスターが動くように誘導は済んであります。セイバーとアーチャーのマスターが完全に引き籠ってしまうのが唯一の懸念でしたが、貴女の報告によりそれもなくなった。彼らが明日穂群原学園に登校するならば、後は成り行きに任せればよい」


 クリストフ・ローエングリーンは人を騙す。ありとあらゆる顔を使い分け、人間を陥れ、自分の手駒の如く操ることこそ彼の本領。

 特に、己の信念が薄い者ほど彼にとっては操りやすい。そういった点で、最もやりやすいマスターがこの冬木にはいるのだ。


 「ライダーのマスターが判明したのですか?」


 「ええ、問うまでもなく自分から教えてくれましたよ。ああいう手合いは実に我々にとって都合が良い」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 『失礼、少々お尋ねしたいのですが、間桐という家はどちらか御存知ありませんかな?』

 夕刻、道を歩く間桐慎二に対し、いかにも人畜無害そうな神父が声をかける。


 『はあ、あんた、間桐の家に何か用でもあるの?』

 間桐慎二はマスターとしての適性は皆無に等しいが、それでも聖杯戦争に関する知識はあった。

 聖堂教会が派遣する監督役によって聖杯戦争の取り決めはなされている。つまり、この男がそれなのかと疑問を持ったわけだが。


 『ええ、新都にある教会から足を運んできたのですが、どうにも川からこちら側の地理には疎いものでして』

 なるほど、監督役の使いぱしりということなのだろう、間桐慎二はそう判断する。


 『だったらあんたはそこに行く必要はないよ、僕が間桐慎二だ』


 『おお、これは何たる幸運、神も私をお見捨てならなかった。いやまあ、3時間も歩きまわった甲斐がありましたよ』


 『――――いや、それって神に見捨てられたんじゃないのかな?』

 こいつは余程とろいんだな、まあ、だから使いぱしりなんてやらされるんだろうけど。


 『ああ、それでは、私の主人から言付かった内容をお話ししたいのですが。どこか、喫茶店にでも入りますか?』


 『ここでいいよ、何が悲しくて男と喫茶店になんか入らなくちゃいけないんだい?』

 まったく、本当に気が効かない奴だ。



 間桐慎二は気付かない、相手を見下すことで優越感を覚え、いつの間にか会話のペースを握られていることを。

 そして、そのような感情を抱くように、クリストフ・ローエングリーンが顔を使い分けていることを。


 『分かりました。それでは、ええと、貴方の間桐と共に聖杯戦争を開始した遠坂のマスターより、学校に結界が張られており、一度に多くの被害者が出る可能性がある。との連絡があったのです』


 『へえ、そんなことがねえ』

 間桐慎二は内心笑う、あの遠坂凛が対応に四苦八苦しているところを想像するだけで優越感がこみ上げてくる。


 『はい、それで、もしものことがあった場合には私を始めとした現場チームが派遣されることになるのですが、どうにも規模が大きいようで、正直処理を上手く出来る自信がないのですよ』


 『なんだいそりゃあ、監督役の知らせというより、あんたの嘆願ってことじゃないか』


 『お恥ずかしいことながらその通りです。そこで、学校に通っている貴方ならば遠坂のマスターも知らない情報をご存じではないかと、藁にも縋る思いでやってきたわけでして』


 『なるほどね、確かに、遠坂は魔術師としては優秀かもしれないけど、こういった状況に対処する能力は魔術とは関係ないからねえ』


 ああ、実に分かりやすい方ですねえ。と感慨にふける聖餐杯に気付かず、間桐慎二は言葉を続ける。


 『学校の結界だったね、それだったら僕も知っている。それに、発動のタイミングがいつになるかも大体掴んでいる。それさえ分かれば、事後処理くらいはなんとかなるんじゃないかな?』


 『本当ですか!?』


 『嘘を言ってどうするんだい?』


 『い、いえ、これは驚きました。まさか、既に発動のタイミングまで把握しているマスターがおられるとは』


 『そうさ、間桐のマスターを侮らない方がいい。それで、こっちからはその情報を提供してやるんだ、相応の見返りがあってもいいんじゃないかな?』


 『見返り、私に用意できるものであれば……』


 『何、そう難しいものじゃない。遠坂のサーヴァントがどんな奴なのか、それだけで結構さ。あんたら、土地の管理者である遠坂家とは繋がりがあるんだろう?』


 『はあ、真に申し訳ないのですが、遠坂は魔術協会より正式にセカンド・オーナーとして認められた家系。そういった魔術協会と聖堂教会との折衝は全て監督役に一任されており、現場担当に過ぎない私には……』


 『はあ、使えないねあんた』


 『申し訳ありません。私に分かることと言えば、遠坂のサーヴァントがアーチャーであり、セイバーによって負傷させられたことくらいしか……』


 『なんだって! それは本当かい!』


 『え? は、はい。監督役がそうおっしゃっておられましたので、間違いないかと』


 『あははははは! なんだい、あいつはいきなりサーヴァントを負傷させられたのか! とんだ間抜けだな!』


 『あの、間桐さん。どうかなさいましたか?』


 『いやいや、すまないね、こっちの話さ。ああ、今の話だけで十分だ、役に立ってくれたよ、あんたは』


 『そうですか、お役に立てたようで幸いです』


 『それで、結界の発動タイミングだけど、後三日というところだろう。ひょっとしたら早まる可能性もあるが、状況を考えれば遅くなることはないと思うよ』


 『おお、して、その理由とは?』


 『その結界は間違いなく遠坂のマスターを狙って仕掛けられたものだろう。だったら、そのサーヴァントが負傷してる今が絶対の好機だ。結界を仕掛けたマスターがそれに気付くかはまた別問題だけど、聖杯戦争が始まったというのに遠坂が全く動かなければ、その結論に辿りつくのはせいぜいが三日ってことさ』


 『なるほど、いやいや、私などには考えもつきません。御慧眼、痛み入ります』


 『そういうわけで、あんたも後処理の準備を進めることだね。僕は自分のサーヴァントを使って漁夫の利でも狙うとしようか』


 『つまり、結界を張ったマスターと、遠坂のマスターの戦いを利用する。そういうことですか』


 『そのくらいは流石に分かるか、じゃあね、縁があればまた会おう』


 『ええ、それでは』




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 「とまあ、そういうことです。ここは彼の言葉通り、漁夫の利を狙うと致しましょう」


 話を聞き終え、レオンハルトは呆れていた。容易く情報を漏らす間桐慎二の馬鹿さ加減と、聖餐杯の悪辣さに。


 「なるほどな、それで三日以内ってわけか」

 ランサーもまた呆れつつも、自分の戦いに関係する事柄だけは残さず把握していた。


 「ええ、セイバーとアーチャーのマスターが共に学校に向かうのであれば、多少なりとも噂になりましょう。学園というものそういう噂を何よりも好む、であれば、昼休みごろまでに間桐慎二の下にその情報は入る」

 間桐慎二は間桐桜を通して衛宮士郎がマスターとなったことを知ることも出来る。そうなれば、彼らが同盟を結んだことを推察するのは容易。


 「そうなれば、彼が動くのは間違いない。遠坂のマスターが生き延びるために素人と手を結んでいる。そう判断するであろう彼は優越感に満たされ、格下を相手にするつもりで軽い遊びでも思いつくはず」


 「そして、衛宮士郎と遠坂凛の両名は間桐のマスターが結界を張った人物であることに気付く。というわけですね」


 「そこまでいけば、穂群原学園での決戦となるのは時間の問題。間桐慎二はアーチャーの負傷が癒える前に、一気に勝負をかけるでしょう、その時こそ、我等が出陣の時」

 クリストフ・ローエングリーンの策略は辛辣さを極めた。それぞれの性格、戦う理由を見極めた上で、戦わざるを得ないように誘導している。


 「ってことはだ、その結界ってのはサーヴァントの能力強化が可能ってことか?」


 「流石ですねランサー。ええ、決戦場にしようするのならばそのような属性であってしかるべきですが、それだけではない。すなわち、結界内に存在する人間の魂を吸い取り、己の強化にあてる攻防一体の陣」


 「なるほど、だが、何で手前はそこまで分かったんだ?」

 ランサーとしてはそこに疑問が残る。アーチャーのマスターは優秀な魔術師ではあったが、そこまでは見きれなかったはず。だが、それよりも魔術に疎いであろうこの男は結界の特性を正確に把握していた。


 「なに、至極簡単なことですよ。学園の敷地内に入れば即座に理解できました。私は“ああいうもの”とは縁がありまして、私が知るものの劣化版、といったものだったというだけの話です」

 レオンハルトにはその感触が理解できた。自分よりも付き合いが長い聖餐杯ならば、ベイの創造についてより深く理解しているのだろう。

 あの男の性格からして、そういったタイプの創造になることは十分に考えられることだ。


 「それで猊下、私の任務はその“遊び”を監視することでしょうか?」


 「そうなります。万が一にも、そこで衛宮士郎に倒れられては困りますから。まあ、あの程度の輩に彼が倒されるとは思えませんが、ここはシャンバラではない。副首領閣下の気まぐれ次第でどう転ぶかは分かったものではありません」

 そう、カール・クラフトにとって冬木はあくまで余興に過ぎない。聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンにとっては非常に大きな意味がある戦場だが、そんなことは悪魔にとっては些事ですらないのだ。


 「副首領? 誰だそいつは」

 そして、黒円卓の一員ではないランサーにとっては、全く意味不明の会話である。


 「私の上司といったところですか。とにかく恐ろしい、いえ、得体の知れない方でして」


 「私はまだ会ったことはないわ。もっとも、他のメンバーの話では会わない方が賢明らしいけど」


 「ふーん、まあ、俺には関係ない話か」


 ランサー、いや、クーフーリンは知る由もなかった。その存在は無関係どころか、彼とは因縁を超えた呪いで繋がっていることを。

 彼だけではない、英霊と呼ばれる存在の大半は、決してその存在とは無関係ではいられない。


 黒円卓の大隊長が冠する英霊(エインフェリア)という称号、それを作り上げたのはかの副首領に他ならない。


 そして、黄化(キトリキタス)の枠を受け持つ聖餐杯は、当然その類似点に気付いていた。



 本体は英霊の座にあり、分身体をサーヴァントという形で大聖杯の力によって現界させるアラヤの抑止力。

 本体はグラズヘイムにあり、分身体をスワスチカの力によって現界させる黒円卓の大隊長。


 そのシステムはあまりにも似通っていた。まるで、同じ人物が作り上げたとでも言わんばかりに。



 ≪だとすれば、この大聖杯もまた、カール・クラフトの手腕によるもの。ユスティーツアはイザークの代替ではなく、ゾーネンキントの試作品、ということになるのでしょう≫

 あり得る話だ。なにしろ、ユスティーツアという大聖杯を7つのサーヴァントの魂で起動させ、イリヤスフィールという小聖杯によって制御するシステム。

これは、イザーク・アイン・ゾーネンキントというグラズヘイムの心臓、聖櫃を八つのスワスチカによって起動させ、テレジアを鍵とするシステムと瓜二つだ。


聖杯と聖櫃、名前の違いなどただの言葉遊びのようなものだろう。


≪そして、どちらも得られる恩恵は黄金錬成、魂の物質化。魂のみで存在し、摩耗すること無き高次元の存在に変える黄金の奇蹟、大隊長らはその証明だ≫


 だが、聖餐杯が求める奇蹟は黄金ではなく、もう一つの奇蹟、死者の蘇生にある。だが、それならば。


 ≪この不完全な『ラインの黄金』でもそれは成せる。しかも、消費される小聖杯はホムンクルスでよい。私は、テレジアの血筋を利用しなくとも済むのだ≫

 彼が狂気に染まってまで求め続ける十の花。それらは既にグラズヘイムの一部であるため、シャンバラのスワスチカを用い、イザークと血縁関係にあるヨハンの血脈を聖櫃とせねば蘇生させることは叶わない。

 しかし、そこが彼の聖道の終着点ではない、彼は永劫に歩み続ける罪人。それこそがクリストフ・ローエングリーンの業なのだ。


 ≪この街程度の術式ならば、私の手でも成せる。アインツベルンには未だにこれの設計図も残されているでしょうし、小聖杯を鋳造する術もまた然り。我が聖道を歩み続けるに、これほど適したものはない≫

 彼が求めるは不完全な黄金、ならばこそシャンバラよりもこの冬木のそれが最適なのだ。

 世界に存在する霊地は冬木のみではなく、そういった土地は得てして大量の人口が集中する。ならば、そこに黄金練成の陣を敷くだけで彼の願いを叶え続けることが出来る


 彼は歩み続ける、どこまでも、殺して蘇らせ、殺して蘇らせ、それを永劫繰り返す道を。



 「では、そのような予定で動きます。後始末は私と言峰が担当しますので、貴方達は己の役割に集中してください」


 「了解しました」


 「任せな」




 未だ脱落者は0名、冬木の聖杯戦争はまだ序盤戦にある。


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 あとがき

 こんにちわ、ロートス×ルサルかのドラマCD。しかし一番の期待はミハエルとの絡みだったりする作者です。

 Fateはある意味聖餐杯無双になる予定。今回のBGMはCathedrateかな。

 さて、再びリリなのネタをひとつ。


 もし、フェイト嬢が中尉並にポジティブ思考の持ち主だったら。

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「ふふ、はは、あはははハハハハハハァァアアアッ……!」

 彼女が行った、完全なる人からの脱却。ひとつの起点ともなった親殺し。

 「フ――、はっ、おーおー、いい燃え具合じゃない。門出にしちゃあ中々♪。そうだ燃えろ燃えろ燃えてしまえ。私を縛っていたもの、出来損ないの証明、胸糞悪い作り物の情……ねあ、ここで諸共っ、総てっ、崩れ落ちてしまうがいい、そうでしょ!
 ゴメンネ母さん、鬱陶しいんだよリニス、私の居場所はそこじゃないの、あなたの子宮(お腹)は手狭でね。遊びばとしてはもの足りないの!」
 
 広がる光景は業火に焼かれる時の庭園と、中に転がってる2つの屍。いや、もともと屍だった自分の原型も含めれば3つだ。

 生みの親と育ての親、この2人はそれこそ原型を留めないほど、八つ裂きにされて転がっていた。バラバラになった個々の部位は壁や床に縫い付けられ、内臓や骨ごと、昆虫採集のように、磔られたまま炙られていく。

 彼女の少女時代が、血筋という象徴ごと根こそぎ、形と足跡を失っていく。

 火は不浄を焦がす。そのため私は嫌ってきた。だからこそ――我が始まりよ灰になれ。

 灰燼となり、この胸を焼く達成感の如く、我が生の糧になるがいい。

 「アハハハハハ、アハハハッハハッハハ!! クク、フフ、フフフフ、アーハハハっハハ!!!」


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 以上、超前向きなフェイト嬢でした。次は白アンナバージョンを……、いやそれは原作よりはるかに悲惨になるからやめよう。










[20025] Fate 第十話 絞首刑~VSライダー
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/12 11:50


 
Fate (5日目)


第十話    絞首刑~VSライダー



 「じゃあ遠坂、俺達で結界の基点を潰して回るってことになるんだな」

 昼休み、屋上で遠坂と話し合った結果、その結論に達した。


 「そうなるわ。このまま手をこまねいていても結界が完成に近づくだけ、こちらから何らかのモーションを示せば絶対に敵は反応する。そういう性格じゃなきゃこんな結界を仕掛けたりしない」

 確かに、純粋に結界の能力を考えるなら、もっと上手い方法があるだろう。

 これじゃあ自分が学校関係者だと知らせているようなもんだし、土地の管理者である遠坂に喧嘩売ってるだけだ。


 「つまり、このマスターは自己顕示欲が強い。だからこそ遠坂に正面から喧嘩売ってきた、ってことか」


 「売られた喧嘩は高値で買うわよ、私」

 だろうな、こいつの性格を考えるとそれしかあり得ない。


 「あんたに意外と空間把握の能力があるのは僥倖だったわ。これなら、今日か明日中に全部の基点を潰せると思う。まあ、妨害行為にしかならないんだけど」


 「でも、敵がサーヴァントをぶつけてきたらどうする?」


 「今の段階でそれはないと思う。仮にぶつけてきたとしても本番は結界を発動させてから、それまでは様子見に徹するはずよ」

 遠坂には自信があるようなんだが。


 「何よ」


 「いや、お前のことだから、肝心な部分が抜けているような気がして」


 「う―――」

 怒鳴られるかと思いきや、口を濁す遠坂。自覚はあったのか。


 「これは遺伝的呪い、遺伝的呪い、私のせいじゃない、私のせいじゃない、そうよ、そう思わないとやってらんないわ。それに、私が呪いを受け持ったなら、あの子には伝染していないはず――――」

 なんかヤバい表情でぶつぶつ言いだした遠坂は放っておいて、俺は基点探しに集中する。


 その瞬間――――


 「きゃあああああああああ!!!」


 悲鳴が聞こえた。











 ■■―――――――――――■■




 「動いた」


 『ようやくかよ』


 学校から少し離れた民家の上、例によって迷彩符を使用した少女がおにぎりとミネラルウォーターを片手に監視を行っていた。

 ちなみに、ランサーも霊体化して同行している。本人曰く、敵情視察とのことだ。


 「敵を知り、己を知らば百戦危うからず。まあ、理屈は分かるけど」

 『なんだ?』

 「貴方、ただ暇なだけでしょ」

 戦う時が決まっている戦士というものは、どうしてもそれまでの時間を持て余す。しかも、生前のように訓練などをして暴れることもできない、サーヴァントはマスターの魔力によって現界するのだから。


 『暇なもんは暇なんだよ』

 「開き直ったわね」

 『それよりいいのか、やっこさんは動いたぜ?』

 「そうね、そろそろ行きましょうか」


 衛宮士郎がどう動くか、いまいち判断しがたい部分が多い。遠坂凛のように生粋の魔術師ならばその行動パターンはある程度予測できるのだが。

 だからこそ、聖餐杯はレオンハルトを派遣している。それ以外のマスターは大体予測どおりに動いているのだ。







 ■■―――――――――――■■


 一階まで駆け降りる。廊下には誰もいない、ただ一人、女子生徒が非常口付近に倒れ伏しているだけだ。


 「――――!」

 一瞬、最悪の予想をしてしまうが。


 「……良かった。気を失ってるだけか」

 意識はないようだが、外傷も出血も見られない。


 「そんな訳ないでしょう―――!こんなに青ざめた顔してて、中身が空っぽだって気付かない!?」

 やや遅れてきた遠坂が鬼の形相で叫ぶ。

 「中身?」


 「魔力、もっと極端に言えば生命力よ。――――この子、放っておいたら死ぬわ」


 遠坂はすぐさま治療に入る。俺には治療する術なんてないから、ここは遠坂に任せるしかない。


 ならば、俺に出来ることは。


 「この子が倒れてたってことは、誰かに襲われたってことだ。マスターか、もしくはサーヴァントかは分からないけど、悲鳴が聞こえたのはついさっきのはず」

 小声で口に出しながら考えを纏めていると。


 「ああもう、気が散るっ……! 士郎、そこのドアを閉めて、風で髪が乱れるから」


 「え――――ああ、あの非常口だな」

 って、待てよ、非常口? 普通そんなもの閉まってるだろ。


 ってことは――――


 「遠坂、危ない!」

 あの時と同じような得体のしれない感覚があった。イリヤという女の子が狙撃銃で狙われていたときに感じた、悪意を持つ者による攻撃の予感。

 “それ”が非常口から飛んでくる気がして、咄嗟に腕を出していた。


 「ぐ――――!」

 腕に穴があいている。間違いない、何らかの攻撃があった。


 「え――――な、何よそれ……! 士郎、腕に穴―――」

 「っつ、気を付けろ、次弾が飛んでくるかもしれない」

 今回は銃弾じゃない、何か鋭利なものだ。全く見えないが、遠坂が無事である以上、突き抜けたわけではないはず。

 ものすげえ痛いが、痛すぎて逆に冷静になれる。


 「――――遠坂、その子任せた」


 「って、馬鹿! せめて何か武器でも持って行きなさい!」

 と、そんな遠坂の言葉で僅かに冷静さを取り戻す。そりゃそうだ、丸腰で言ってもなぶり殺しにされるだけだ。



 「だったら――――」

 幸い、非常口の近くに掃除用具をしまう箱がある。あれなら。


 「あった」

 ステンレス製の古いタイプのちりとりを“強化”する。

 つーかこれ、強化しなくても人間を刺せそうなデザインだ。ちりとりの反対側が異常に尖ってる。なに考えてこんなもん作ったんだか。

 そして、すぐさま床を蹴って走り出す。右手にはまるで力が入らないから左手一本で持つことになるが、こんなふざけた真似をする野郎をこのまま見逃すわけにはいかない。


 僅かに残る魔力の残滓を辿って追跡する。この先は――――



 「弓道場の裏―――雑木林か!」







 ■■―――――――――――■■




 「やるわね、彼。本番にやたら強いのかしら」

 『危機に対する予感っつうか、とにかく直感見てえのが鋭いのは確かだな』


 そして、隠れながら様子を窺う仲良し二人組。


 「直感が強い、か。やっぱりサーヴァントとマスターは似かよるものなのね」

 『ああ、セイバーの野郎も直感が鋭かったか。だが、あの小僧の方は戦術的な直感じゃないな』

 その違いはほんの僅かなものではあるが、歴戦の英雄であるランサーは的確に見抜いていた。


 「戦術的?」

 『簡単に言えば、セイバーの直感は勝つための方法を導き出すもの。対して小僧の直感は、己に迫った危険に対処する経験則ってとこだ。直感つうよりも心眼の方が近いかもな』

 「心眼か、私もそれを目指しているけど、まだまだ不完全ね」

 レオンハルトは武装具現型、爆発力があるタイプではないため、サーヴァントでいうならばアーチャーに近い戦い方となる。

 だが、このタイプは得て不得手がない代わりに、決定力が不足する傾向にある。そこを戦術理論で補う必要があるのだが、彼女にはその経験が不足していた。


 『自分より強い奴だけが教師じゃねえ、時には格下から学ぶこともある。特に、限られた戦力でどう立ちまわるかなんてのは、弱い奴ほど得意なもんだ』

 それは当然の理屈であった。バーサーカーのように自力で相手を圧倒しているのなら、そこに戦術が介在する余地はない。

 「なるほど、じゃあ彼はどうするのかしら?」

 『それは見てのお楽しみだな。危なくなるようだったら手前が行けよ』

 「まあそれが役目だけど、置いといた“あれ”も役に立ったみたいね」


 “あれ”とは士郎が疑問に思うほどやたらと尖った柄を持つちりとりである。

 不自然にならない程度に学校中の清掃用ロッカーにばら撒いておいたのだが、運よく引き当てた模様。


 「それに、相手の魔力の残滓を感知しながら追っている。魔術師として半人前のはずなのに」

 『狩人と出会った獲物は感覚が研ぎ澄まされる。そういうこったろうよ』

 衛宮士郎はサーヴァントにとって獲物に過ぎない。だが、草食獣であっても肉食獣に反撃することがあるように、常に狩人が優勢とも限らないのだ。


 「さあ、どうなるかしら」

 『楽しみだぜ』









 ■■―――――――――――■■



 頭上から放たれた一撃を弾き返す。

 ついで左、地面すれすれに着地したサーヴァントが放った回し蹴りを“武器”で受け止める。

 次に正面、立て続けに放たれた剣戟をことごとく弾き返す―――!


 「―――せい!」

 昨日の夜、セイバーに死体同然にされるまで痛めつけられたのは決して無駄じゃない。相手が自分より圧倒的に上ならばどうするべきか、生き残ることに必要なのは何か、僅かではあったがそれを学んだ。


 必要なのは勇気。何も、敵に突撃することだけが勇気じゃない。見たくないものから目を逸らさないこと、嫌な結末を想像しても、それを振り切る強い心、何をやっても無駄なんていう諦観をはねのける精神力、それこそが戦いの場で最も必要なものだ。


 自分は弱い、それを自覚しろ、そして、それを知った上で信じろ、自分は強い、自分は死なないと。


 戦う前から諦めているようで生き残れるわけがない。例え逃げる為の戦いだとしても、気概だけは相手を返り討ちにするくらいでなければ気力が折れる。


 「らああああああああああ!!」

 だから、ここでこんな奴に負けるわけにはいかない。俺がここで死んでも聖杯戦争は続く、犠牲者は増え続ける。

 それを止めると、被害は最小限にすると誓ったのだから、ここで死ぬことなど許されない。何より、俺が許さない。


 「――――く!」

 黒いサーヴァントが僅かに退いた。それはほんの些細な隙だが、この雑木林を抜けるには十分だ。



 「行ける――――!」

 あと数メートル、このまま――――




 「――――いいえ、そこまでです。貴方は、始めから私に捕らわれているのですから」


 瞬間、俺の身体は持ち上がっていた。










 ■■―――――――――――■■






 「ここまでかしら?」

 『いいや、まだだな』

 衛宮士郎はライダーによって宙吊りされており、どう見ても彼に成す術はない。


 「あの状態から、彼が逆転できると?」

 『逆転出来るかどうかは問題じゃねえ、あの小僧がまだ戦う意思を持っているかどうか、勝負を諦めていないかどうかだ』

 ランサーは不敵に笑っていた。


 『英雄ってのはな、こういうピンチでこそ真価を発揮する。諦める奴に奇蹟は起きねえ、奇蹟というものは来るのを待つもんじゃなくて、自分で掴むもんだからだ』

 つまり、まだ何かが起こり得る。槍の英霊はそれを見届けるつもりだった。


 「そう、その言葉、信じて見るわ」

 そして、炎の少女もまた、彼の直感を信じることにした。この槍の英雄に”彼女”を感じさせるものが在るが故に。






 ■■―――――――――――■■


 釘のような短剣が持ち上げられる。黒いサーヴァントは、ぬらり、とその先端に舌を這わせ、


 「そうですね、ますはその目をいただきます。残った手足はその後に」


 軽く地を蹴って地上三メートルに吊るされた俺の前に現われた。



 くそ、こんな程度で諦めていられるか。身体はまだ動く、俺に出来ることはある。令呪を使うのは俺に出来ることを全部やってからだ。


 だから―――この釘さえ引き抜けば、奴の攻撃をかわすことだって――――


 「勇敢ですね。常に痛みを伴う選択をするなんて」


 だが、それを嘲笑うかのように、奴は俺の左手に鎖で縛ろうとしてくる。

 こいつ、俺の動きを全部封じた上で嬲るつもりか。


 必死に身体を反らして避けようとするが、間に合わない。サーヴァントの鎖は俺の左手に、釘は俺の目へと突き出され――――




 横合いから放たれた、無数の光弾によって弾かれた。



 「士郎! 生きてる!?」


 「遠坂!――――痛っ!」

 鎖が切れたことで俺の身体はそのまま落下した。着地なんか出来る筈もなく、地面におもいきり叩きつけられる。


 「この!」

 反射的に持ってた“武器”をサーヴァント目がけて投げるが、そんなものが当たるはずもなく。



 即座に身を翻し、黒いサーヴァントは雑木林に消えていった。

 








 ■■―――――――――――■■



 『どうよ?』

 「予言的中ってとこかしら?」

 結果として、衛宮士郎はライダーを退けた。もしライダーが本気で殺すつもりだったならばこうはならなかっただろうが、それでも生き延びたのだ。


 「いよいよ、聖餐杯猊下が言っていたことが現実味を帯びてきたわね」

 『あの小僧がこの戦争の中心ってか。あながち与太話でもなさそうだが、そうなるように仕組んでる張本人はあのエセ神父二号じゃねえのかね』


 それも事実、衛宮士郎とライダーがぶつかるように舞台を整えたのは、他ならぬ聖餐杯なのだ。


 「それはともかく、衛宮士郎は雑木林でライダーのマスターを目撃した。こうなれば結界を張った人物が何者かは阿呆でも分かる」

 『だな、ワカメの方も小僧や嬢ちゃんがサーヴァントを使わなかった理由を錯覚しただろうしな』

 つまり、衛宮士郎と遠坂凛は学校に結界を張ったマスターを見つけ出し、間桐慎二は彼らのサーヴァントは恐るるに足らずと確信した。

 こうなれば、後は結界を発動させ、マスターもろともサーヴァントを始末すればよい、短絡的な間桐慎二ならばそう考えるであろう。


 『さて、俺は一旦帰る。そろそろライダーに気付かれそうだ』

 「分かった。私はライダーのマスターを監視しておく、必要もなさそうだけど、念のため」


 そして、霊体化したままランサーの気配が遠ざかる。最速の英霊の名は伊達ではないらしい。


 レオンハルトは気配を殺しながら雑木林に近づく、隠密行動は得意な方ではあるが、流石にアサシンには及ばない。最も、今回の聖杯戦争におけるアサシンは暗殺者ではなく侍であったが。





 「くくく、どうだったライダー」


 「彼は令呪を使用しませんでした、マスター」

 雑木林において、会話をしている二人の人物がいる。

 レオンハルトが間桐慎二を目撃したのはこれが最初となるが、彼女は意外な気持ちを抑えられなかった。


 ≪あれが、間桐……えーと、慎二。サーヴァントを従えている以上、マスターなのは間違いない、けど≫

 彼からは魔力が感じられない。素人に近い衛宮士郎ですら微弱ながら魔力を感じるというのに。


 ≪魔力殺しを身につけている? それとも、魔術回路がない?≫

 見たところ、前者の可能性は薄い、だが、後者はそれ以上にあり得ない。

 だがしかし


 ≪待てよ、遠坂凛がおかしなことを言っていたような―――≫

 盗聴を続けているうちに、遠坂凛についておかしな反応があった。

 それは必ず、衛宮士郎が間桐桜について話をした時だった、その時に限って彼女の反応は遅れていた上。


 『いい! 桜にちゃんと説明しなさいよ!』

 感情をむき出しにして、名前で呼んでいたのだ。間桐さん、ではなく、桜と。

 衛宮士郎ならともかく、遠坂凛には間桐桜と接点はないはず、魔術師は一子相伝であり、長男に継がれるのが基本である以上、妹である彼女とは――――


 ≪待て、逆に考えれば辻褄が合う――――ああもう、猊下も人が悪すぎる≫

 思考を纏めながらも聖餐杯に対する愚痴をこぼしてしまいそうになるレオンハルト、あの男は聖杯の御三家の背後関係を全て把握しているはずだが、新兵訓練と称して最小限の情報しか彼女に与えていなかった。


 ≪まあ、そうじゃなきゃ訓練にならないのは分かるけど≫

 そんなことを彼女が考えていると。


 「そうかい、やっぱりあいつらのサーヴァントはほとんど使えないってことだ。じゃなきゃ、自分の命が危ないってのに令呪を使わないわけがない」


 「―――――」

 そんな会話、というよりも一方的な台詞が聞こえてきた。


 ≪やれやれ、獅子の心は鼠に理解できないという典型例ね≫

 レオンハルトは内心で呟く。

 衛宮士郎の決断は愚かなようではあるが、並はずれた勇気があってこそのものだ。現に、ランサーは彼の行動を高く評価している。

 だが、間桐慎二にはそれがわからない。彼の価値観はかなり狭く、他者の心情を理解しようとする精神的傾向に欠けていた。



 これ以上、この人物を監視していても得るものはない、と判断したレオンハルトは踵を返して雑木林を離れる。

 向かう先は衛宮邸、おそらくセイバーが留守を守っているであろうから入ることは不可能だが、彼らがいつ帰宅するかは確認しておこう。


 ≪そうしないと、ずっとスピーカーの前で待つことになるし≫

 彼らが得た情報を纏めることは必要だが、盗聴というのもこれはこれで大変なのだった。









 ■■―――――――――――■■




 「なるほど、万事首尾よくいったと。ええ、そのまま監視を続行してください」


 そして、聖餐杯は己の策が想定通りに進んだことを受け、さらなる策謀を張り巡らせる。


 「やはりというべきか、流石はツァラトゥストラの役を演じる者、そう簡単に死にはしない」

 普通に考えれば、一人前の魔術師ですらないマスターがサーヴァントと交戦した時点でそれは死を意味する。

 だが、彼は死ななかった。そればかりか大した負傷もしていない。


 「傷が治るというその特性、それは言峰が推察したように聖剣の鞘の加護によるものと見るべき。あの副首領閣下に選ばれた人物ならば、その程度のものはあってしかるべし」

 つまり、衛宮士郎は生半可な負傷では死なないということ、これを祝福ととるか、呪いととるかは微妙なところだが。


 「彼は何度死にかけようとも戦い続けねばならない、肉を裂かれ、骨を砕かれ、腸が飛び出ようとも、それでも戦い続けるしか道が無い。まるでその姿はエインフェリアのようだ」

 戦う力は一般の魔術師にも劣るものであろうが、その存在は英雄の負の側面のみを背負っているかのごとく。



 「副首領閣下は相も変わらず狂しておられる。さあ、それでは選ばれた英雄(いけにえ)である彼に、相応しい舞台を整えると致しましょう。くくく、くくくく、はははははははははははははははははははははははははははは」





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 あとがき

 こんにちわ。基本Fateですが、この話はUBWの内容ですね。書けば書くほどなんかしっくり来る槍螢コンビ、自分でもちょっと意外です。
 さて、感想でも書いたような気もしますが、「金髪」で「黒い服」の「雷使い」の少女は、「魔砲使いの同姓」に惚れる決まりでもあるんでしょうか? あまりにもそっくりだ…

 そう考えると、なのは嬢と出会わずに、我らがザミエル卿に出会ったフェイト嬢は、間違いなく懐きますね。「誰にも渡さん、貴様は未来永劫私のモノだ」なんて、あの眼差しで言われた日には、一発KOでしょう。(ひょっとしたら空白期に、なのは嬢は表現がソフトなだけで、似たようなことを言っているかも)

 そしてベア子と正妻の座を巡ってバトル勃発。しかし、2人が争っている間はずっとリザのターンで、漁夫の利を得る、と。さすがは大淫婦。
 なのは嬢とベア子が出会った場合は……あまり百合の花が咲き乱れる結果にはならないかも。ですがいやいや、はやて嬢が煽って、やはり百合百合な展開に?

 あまりリリなののネタを書いてると、Fateからそれて、このSS(武装親衛隊にあらず)の方向性を見失ってしまいそうなので、このくらいで自重します。じゃないと、ほんとうに「魔法ニート リリカルくらふと」や、「魔砲少佐 ザミエルえれお」が始まってしまいそうで……
 誰か書いてくれないかな



[20025] Fate 第十一話 柳洞寺侵攻戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/13 12:43
Fate (6日目)


第十一話    




 「ランサー、そっちはどう?」


 「うんともすんともいわねえ、やっぱ壊されたんじゃねえか?」

 螢とランサーは機械類を相手に格闘していたが、結果は芳しいものではなかった。


 「受信側の機材に問題がない以上、そうとしか考えられないけど、どうやって見抜いたのかしら?」


 「んなこと俺に分かるか。ともかく誰が盗聴してたかまでは分かんねえだろうが、これからは用心深くいくべきだな」


 盗聴器が作動していない、そのことから得られる結論はそれしかなかったが、問題は誰がそれを行ったということである。


 「遠坂凛は機械音痴みたいだったから、そうなるとやはり衛宮士郎か」


 「そういや、あいつがセイバーを召喚した土蔵にはガラクタが大量に転がってたな、その中にはえー、なんだ、ビデオデッキだったか、そんなのも転がってたと思うが」

 意外と記憶力のあるランサーである。

 「ふーん、電子製品を魔術師が解体するというのも変な話だけど、衛宮士郎が変なのは今に始まったことじゃないか」

 そもそもまっとうな魔術師だったらあんな行動をとりはしない。衛宮士郎を常識で測るのはあまり得策ではないだろう。


 「ひでえ評価だな」


 「ともかく、こうなった以上は自分の目に頼るしかなさそうね。私は偵察に出てくるけど、貴方は?」


 「こっちはアインツベルン担当だ、相変わらず人使いの荒いエセ神父二号だこと」

 ランサーの聖餐杯に対する呼び方は既に“エセ神父二号”で固定された模様。


 「そう、じゃあ夜にでもまた会いましょう」


 「そっちもしくじんなよ」


 螢は最早御馴染となった迷彩符を持って外に向かう。今はまだ日が昇っており、戦闘が予想されるわけでもないのでSS服ではなく通常の格好だった。もっとも、それも通常のセンスとは一線を画していたが、パートナーが全身青タイツの彼女がそれに気づくことはなかった。










 ■■―――――――――――■■


 「それじゃあ、行ってくる。留守番よろしくな、セイバー」


 「はい、シロウも気をつけて。凛の助力があるとはいえ無茶はしないように」


 「分かってる。敵を追いかける時にはセイバーの力を借りるよ」


 そして、俺は家を出る。遠坂はちょっと調べたいことがあるとかで朝早くに登校していった。






 授業を受けて昼休み、例の如く遠坂と合流。


 「で、何か分かったのか?」


 「うーん、前にこの学校には第三のマスターがいるって言ったと思うけど」


 「ああ、だけど慎二もマスターだったからこれで4人になったってことだろ」

 しかし、これも随分妙な話だと思う。いくらなんでも学校に4人ものマスターが揃うなんてあり得ることだろうか?


 「そう、それで慎二のサーヴァントはあの黒い女で、おそらくはライダー。キャスターだったら釘なんて使わず魔術で攻撃してるはず」

 まあ、そりゃあそうだ、じゃなきゃキャスターのクラスに選ばれるわけがない。


 「となると、学校のマスターのサーヴァントはキャスターかアサシンになる。ランサーは私達を知ってるから、もし学校のマスターのサーヴァントがランサーだったらとっくの昔に狙って来てるはず」


 「だな、向こうからすりゃ一方的に攻撃出来る。こっちは敵の正体すら分かってないんだから」

 聖杯戦争はバトルロイヤル。だからこそ序盤は情報戦になるわけだが、同じ学校にいて、なおかつ向こうだけがこっちの素性を知っているような状況だったら、流石に静観することはないだろう。


 「だけど、こうなると厄介よ。アサシンは隠密行動に特化したサーヴァントだからまず尻尾を掴ませないでしょうし、キャスターにしたって魔術戦に特化したサーヴァントである以上、正面決戦よりも搦め手から来る」

 つまり、敵が姿を現さない限り、こっちが探し出すのは不可能に近いということか。


 「だからまずはライダーを始末すべきだと私は考える。今日朝早くに来たのは慎二が来るかどうかを早い段階で見極めたかったからだけど、どうやら今日は来てないみたいね」


 なるほど、遠坂はそこまで考えてたのか、だけど。


 「なあ、それなら家で言えばよかったんじゃないか?」


 「それはそうなんだけど、もし慎二が今日やる気だったら、私一人の方があいつも油断するでしょ。あんたが学校に来るのは間違いないんだから、時間さえ稼いでいれば途中から二対一の戦いに持ち込める。いくらアーチャーが万全でないとはいっても、既に六割方は回復してるし」


 ってことは。


 「今日はアーチャーが来てるのか?」


 「ええ、霊体化してね。今は周囲の見張りをしてるけど」

 確か、アーチャーは単独行動のスキルをもっているんだったか。

 遠坂とアーチャーは魔術で会話できるようだが、俺とセイバーはそんなこと出来ないから連絡は携帯を使うことになる。霊体化出来ないセイバーだからこそ携帯を常に持つことが出来るから、弱点も見方を変えれば長所になる。


 「まあそういうことだから、学校に潜んでるマスターについては、マスターよりもむしろその根城を探した方が効率的じゃないかと思う」


 「根城? それって、魔術師の工房ってことか?」


 「ええ、闇雲に探し回っても仕方ないけど、これが聖杯戦争である以上、陣地にすべき土地は自ずと限られる」


 それはつまり、聖杯を降臨させる霊地のことか。


 「けど、お前の家は論外だし、教会は中立地帯。10年前の場所は今は何も無い公園だ。そうなると後は一箇所くらいしかないぞ」


 「柳洞寺ね、アーチャーにも円蔵山を中心に見張りを頼んでるけど、効果はあまり期待できない。けど、最近新都で起こってるガス漏れ事故は多分サーヴァントの仕業、そう考えるとかなり柳洞寺は怪しくなる」


 「霊脈を使って魔力を集めてるってことか」

 その辺は以前遠坂とセイバーに教えてもらった。セカンドオーナーである遠坂は当然として、前回の聖杯戦争に参加していたセイバーも地理的条件についてかなり詳しい。


 「学校の結界も無視できない存在だけど、一人の敵に集中しすぎたら後ろから襲われるのが聖杯戦争。それに、バーサーカーなんていう最大の脅威もあるし、狙撃なんて方法をとってくる奴もいる。それらに比べれば慎二は戦いやすい方よ、いざとなれば間桐の屋敷をぶっ潰すのもありだし」


 「っておい、桜の家だぞ」


 「その時はあんたの家に避難させればいいだけでしょ。大義名分はあんたの妾にするとかなんとかでwww」


 「おいこら!」


 「あははははは」

 この野郎、いつかシメる。

 そんなこんなで作戦会議は一旦終了。残りは家に帰ってからセイバーとアーチャーも交えてのことになる。








 ■■―――――――――――■■





 「それでレオンハルト、衛宮邸の動きはどうです?」


 夜の8時頃、一旦教会に帰還したレオンハルトは聖餐杯に報告を行っていた。



 「はい、彼らは柳洞寺にマスターが潜んでいるとあたりをつけたようで、今夜にも襲撃をかけるようです」

 その報告に聖餐杯はやや眉をしかめる。


 「ふむ、随分急な話ですね。少なくともアーチャーが万全となるまでは攻勢に出ることはないと考えてましたが」


 「どうやら方針を変えたようです。学校の結界を張ったのはキャスターであると考えていたようですが、間桐のサーヴァント、ライダーであったため予定が狂ったのでしょう」


 聖杯戦争はバトルロイヤル、状況が変化せずとも新たな情報が加われば方針を変えることもある。


 「なるほど、ランサー、そちらはどうでした?」


 「こっちは動きなしだ。あまりにも動きがねえんで逆に不気味なほどだがな」


 「ふむ、ですが、それほど気にすることもないでしょう。アインツベルンのマスターであるならば必ず衛宮を目の敵にすることでしょうから、彼を餌にすることでおびき出すことも可能です」

 自信を滲ませる聖餐杯であったが、レオンハルトにとってみればなぜそこまで確信できるのかが分からない。

 だが、聞いたところで答えが返ってくると思えない。時間の無駄にしかならないだろう。


 「なので、方針はこれまで通りです。レオンハルト、貴方は引き続き衛宮邸の監視を。ランサー柳洞寺の監視に当たってください」


 「了解しました」


 「了解」

 そして、ランサーは霊体化し退出していく。レオンハルトもまた踵を返して退出しようとするが。

 
 「レオンハルト、理解していますね?」

 念を押すかのような聖餐杯の声によって足を止めた。


 「はい、未だ開いたスワスチカは一つのみ、この状況で柳洞寺をスワスチカとするわけにはいきません」

 つまり、セイバーにもアサシンにもキャスターにも死なれては困るということ。スワスチカを完成させることを目的として彼らは暗躍しているのだから、ここは最後にせねばならない。


 「よろしい、ランサーには念話でもって今夜は貴女の指揮下に入るように伝えておきます。判断は貴女に一任しますので、よろしく頼みますよ」


 「了解しました」

 そして、今度こそレオンハルトは退出していく。その後ろ姿を見守りながら、聖餐杯は黙考していた。



 ≪ふむ、この段階で柳洞寺を攻める、やはり違和感が拭えませんね。彼の地がサーヴァントにとって鬼門であることは騎士王ならば理解しているはず、セカンドオーナーである遠坂のマスターもしかり≫

 聖餐杯は思考を纏めながらも遠隔通信のための魔術式を構築していく、生来、凡人でしかない彼は特化している部分を除けば一般の魔術師以下でしかない。それを補うのは60年という経験である。


 『ランサー、聞こえますか。いきなりで少々心苦しいのですが―――――』

 彼は指揮官であり、戦局全体を見渡し部下を配置することこそが務めである。

 そして、あの世界大戦を知るクリストフ・ローエングリーンにとって、聖杯戦争を勝ち抜くことはそれほど困難なことでもなかった。

 そもそも、彼は黄金の獣を謀ろうとしている逆臣である。その心理的な疲労に比べれば、この戦争はまだ軽いものであった。








 ■■―――――――――――■■



 深夜零時、俺達は柳洞寺目指して家を出る。


 「そろそろ零時、頃合いですね」


 「ああ、遠坂の方も上手くやってくれればいいんだが」

 あいつの立てた作戦なんだから間違いはないと思うが、それでも不安は拭えない。


 「凛とアーチャーならば心配はいらないでしょう。それよりも、私達は私達の役割に専念すべきです。あの柳洞寺に攻めいる以上、生半可な覚悟ではいけません」


 それは、セイバーの言う通りだ。そもそも、俺の方がよっぽど未熟で足を引っ張りかねない立場にいる。

 俺の背中には既に“強化”をかけてある木刀が二本、サーヴァントと戦うつもりなら心もとない武装だが、うまくいけば一撃くらいは耐えきってくれる。


 「よし、行こう」


 「道は私も存じています。周囲の警戒を最大限にしながらも迅速に参りましょう」


 「それ、かなり矛盾してるぞ」


 「困難ですが、騎士たるものこれも必須技能の一つです。我々は常に守るための戦うのですから」


 そうだ、セイバーは騎士、その対象が人か、国か、それとも誇りかの違いはあれ、常に守るために戦っていたのだ。

 その高潔な意思、絶対に信念を曲げない心、それこそがセイバーの英雄たる矜持なのだろう。





 長い階段。冬木でも一際高い山の中腹へ続く道は、不吉な闇に包まれている。


 「セイバー、サーヴァントの気配、感知出来るか?」


 「はい、間違いありません。どこにいるかまでは感知できませんが、必ずどこかに潜んでいます」

 柳洞寺に張られた結界の影響か、セイバーの感知能力も低下しているようだ。

 
 「よくない風です。以前もこの土地は鬼門でしたが、今回は更に上を行く。―――シロウ、片時も私の傍を離れぬように」


 「………」

 頷きだけで答えて階段を昇り始める。


 張りつめた空気。


 夜に沈んだ林がギチギチと音をたてるように軋んでいる。



 山門が見えてきた。


 ここまでは何の気配もない。だが、それが逆に不気味だった。


 そして、山門に至る直前。


 「シロウ、止まって」


 「敵か、セイバー」


 「はい、ですが…………これは――――」


 その答えは、山門に現れていた。



 さらり、という音さえするほどの自然体。

 颯爽と現れた男の姿はあまりに敵意が無く、信じ難いほど隙がなかった。



 「貴様―――――」

 セイバーが声をかけるが、動揺を隠し切れていない。俺も同じだ、まさか、


 「侍だって―――?」

 でも、こいつは何かが違う。サーヴァント特有の魔力というか、圧迫感というか、そういうものが微塵も感じられない。


 「……訊こう。その身はいかなるサーヴァントか」


 そして、セイバーが放った問いに対し。



 「――――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」


 歌うように、そのサーヴァントは口にした。








 ■■―――――――――――■■




 同時刻、柳洞寺の林の中にて。



 「どうしたよライダー! 動きが鈍いぜ!」


 「くっ――――!」


 黒衣を纏ったサーヴァント、ライダーは予期せぬ強敵との戦いを強いられていた。


 元々、ここで彼女はセイバーの主従を始末する予定であった。


 この柳洞寺には魔女が巣食う、ならば、攻め込む敵を捕食するための罠が存在して然り。

 だが、セイバーもまたサーヴァント、危機に対する経験は数多あろうし、そう簡単に罠にかかるとも思えない。

 故に、そこにライダーが介入する。ほんの僅かの奇襲であれ、それでセイバーに気が逸れれば魔女は間違いなく無防備となったマスターを狙うはず。

 そう考え、彼女はこの地へとやってきたのだが。



 『よお、ライダー。エセ神父二号の読みはまたしても当たりか、まったく、そいうとこだけは恐ろしい野郎だ』

 飄々と軽口をかける。青い槍兵とはち合わせることになってしまった。



 周囲は林、立体的な動きと機動力を売りにするライダーにとって、この地形は悪くない。むしろ、蜘蛛の如き不規則な動作が可能になるここは彼女にとって独壇場といえた。


 しかし



 「遅いんだよ!」


 相手が悪すぎた、ランサーは7騎のサーヴァントの中で最速の英霊、唯一、機動力という土俵でライダーを上回る存在なのだ。

 機動力で上をいかれている以上、逃げきることも難しく、攻め勝つことはより不可能に近くなる。


 加えて、今の彼女は万全ではない。本来のマスターである間桐桜ではなく、“偽臣の書”によってマスター権が間桐慎二に移譲されている状態である。

 十分な魔力供給が行われていない以上、彼女は本来の力を発揮することが叶わず、そういった条件ではセイバーと対等であるともいえた。


 ≪だが、負けるわけにはいかない。ここで倒れることなどできないのだから≫

 彼女にも守りたいものがあり、そのためにこの戦争に参加している。

 あの少女を、被害者のまま加害者になる可能性を強く持つ悲運の子を、間桐桜を何としても守ること、それこそがサーヴァント・ライダーの戦う理由。

 そのためならば、学校の生徒を残らず生贄に捧げようが、街中の人間を喰いつくすことになろうが戸惑いはしない。



 だが、彼女は気付いていない。



 その祈りこそが、かつて彼女の最も大切だったものを奪ってしまった原因であることを。


 大切なものが少ない彼女だからこそ、それを守るために戦い続けた結果が、嘆きでしかなかったことを。



 そして




 『そう、その通り。君の願いは実に素晴らしい。ああそうとも、“哀哭の歌姫”よ。君はその純粋なる願いにより、姉たちを喰い殺したのだから。くくくくくくくく、ははははははははははははははは』



 かつて、彼女に語りかけ、その業を自覚させた、ある詐欺師がいたことを。




 彼女は、決して思いだすことはなかった。











―――あとがき―――


ライダーファンの方、真に申し訳ありません。

銀河最強ニート、永遠のストーカーこと水星さん再登場です。

Hollowの“not”や、“その過去は既に”、“桃源の夢”を見るたびにあのクソ野郎の高笑いが聞こえてくる今日この頃です。

 “王の記憶”や“ある話”を読んでいても、どうしても闇の水星が頭にチラつく私はそろそろ末期症状に入っている気がします。

 やはり、言うべきことは一つです。


 カール・クラフト死ね。

 さて、リリなのネタは自重すると言った、舌の根も乾かぬウチですが、思いついたネタを投下。

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 ・もしも、ライトニング分隊のカップルが、破天荒な性格だったら

 エリオ「やるこた分かってるな」
 
 キャロ「すっごい嫌だけど、今私ら以心伝心♪ ねえ、なんかカッコイイこと言ってよ」

 エリオ「おまえのケツがやっべぇ柔らかでオレがやっべぇ」

 キャロ「あんた――」

 エリオ「こういうとき、カッコつけるのは死にフラグなんだよ」
 
 キャロ「そうだね」

 エリオ「行くぜェッ!」

 
 8年後くらいの2人がこうなってたら、嫌ですね。



 ・戦闘機人が全員マキナだったら
 
 ナンバーズ「「「「「「「「「「「「俺は、お前たちを殺さぬ限り終われない」」」」」」」」」」」」

 六課「「「「「「「「何その無理ゲーーー!!!???」」」」」」」」

 ちなみに、違いは軍服の色です(全員違う色)



 ・いったいこの2人に何があった

 アリサ「くたばれ吸血鬼(ヴァンビー)! 地獄でジークハイル謳ってろ」

 すずか「やるじゃ、ねえ、かよ……くそが」


 2人のファンの方々、大変申し訳ありません。





[20025] Fate 第十二話 アーチャーの智略
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/14 09:49
Fate (6日目)


第十二話    アーチャーの智略



 時は少し遡る。


 衛宮士郎とセイバーの主従が柳洞寺に続く道路へと進路をとるのを、見届けていた少女がいる。


 言わずと知れた、レオンハルトである。


 「猊下、セイバーの主従は柳洞寺に向かいました」

 彼女は己の主に簡潔に報告する。今夜は彼女とランサーは別に動いているため、意思疎通のための連絡手段が必要となった。

 しかし、彼女にはほとんど魔術が使えず、ランサーは霊体化した際に携帯電話が使えないという欠点があり、ちょうど噛み合わない関係となってしまった。

 そこで、聖餐杯が中継を行うことでその問題は解決した。レオンハルトから電子機器による連絡を受けた聖餐杯が、魔術によって霊体であるランサーの連絡を取るのである。

 こうした連絡網などの構築などの面から考えると、最も“戦争”に徹しているのは間違いなく教会陣営であった。他の陣営はどうしても魔術師の闘争、という側面に引きずられ、純粋な戦争に徹し切れていないきらいがある。


 元々魔術師とは戦闘に特化したものではなく、サーヴァントは過去の英雄、まだ指揮官一人の強さが軍全体に影響を与えた時代の者達である。

 それに比べ、黒円卓の騎士は第二次世界大戦を戦い抜いた者達。彼らはまさに一騎当千であったが、当時の軍隊の規模は過去とは比較にならず、また、兵器の性能も比べものにならなかった。

 一騎で数千人を屠れる怪物が数人いたところで、数百万の軍隊を相手に勝利をおさめることはできない。例え彼らが局地的に勝とうとも、味方が大局的に敗れれば意味はなく、彼らには食糧や弾薬を補給することも出来ない。

 所詮彼らは軍人であり、生みだすものではない。殺す術と死なぬ術には長けているが、国家そのものが敗北へ向けて転落していけば、それを変えることなど出来ないのだ。



 「私も柳洞寺に向かいます。ランサーとは林の中で合流するように伝えてください」

 そして、若いとはいえレオンハルトもその怪物たちの教えを受けてきた身、魔術師よりは戦争というものを熟知しているという自負はあった。


 だが、油断があったのは事実であろう。サーヴァントは過去の英霊ではあるが、中には例外もいるということを経験が浅い彼女は考慮にいれていなかった。


 故に



 突如として降り注いだ流星雨を予期することなど彼女には不可能であり、咄嗟に急所を庇うのが精一杯であった。




 「ようやく尻尾を見せたな、女」

 電柱の上に立ち、撃ち落とした彼女を見降ろすは赤い外套を身に纏った弓の騎士。


 遠坂凛がサーヴァント、アーチャーであった。




 「アーチャー………なぜ?」

 レオンハルトは驚きを隠せない。なぜ彼がここにいる? いやそもそも、どうやってこの迷彩符を看破した?




 「なぜと問うかね? 私も随分と見くびられたものだ。“これ”を仕掛けたのは貴様だろう?」

 そして、アーチャーの手に握られているものを見て、レオンハルトは理解した。

 彼女にも疑問はあった、あれを看破可能な存在は衛宮邸には存在しなかったはず、にもかかわらず、破壊されていたという事実が。


 「貴方が―――」


 「サーヴァントは現代の電子機器に弱い、そんな法則などありはしない。いや、あるのかもしれんが、どんなものにも例外はあるということだ」


 だが、それこそあり得ない。

 サーヴァントが活躍した時代はどれほど近くとも精々が近世のはず、第一次世界大戦以降も英雄と呼ばれる存在は数多くいたものの、それは現実の英雄達であって、彼らのように幻想の世界の住人ではない。

 だからこそ、黒円卓の騎士は最大の脅威足り得る。エイヴィヒカイトという幻想の狂気に染まりながらも、人間の現実が生みだした兵器を操る戦争の怪物。これを打倒するのはサーヴァントを屠ること以上に困難なのだ。


 しかし、ここに唯一の例外があった。未来の英霊に縁の品をこの時代の人間が持っているはずもなく、召喚は不可能であるはずが、それを可能にする縁が存在したのだ。


 「そして、問おう。貴様は何だ?」

 故に、アーチャーは問わずにはいられなかった。この魔術師の戦争に介入した異分子はいったい何者なのか。


 何よりも―――


 「私は貴様の存在に全く覚えがない。なぜ、貴様はここにいる?」


 「――――?」

 その問いはレオンハルトはおろか、アーチャー以外の人物にとって意味不明なものであったが、本人にとっては何よりも重い意味を持っていた。


 遠坂凛をマスターに持ったことにより、徐々に蘇る記憶。既に摩耗したはずのそれらは再生するにつれ、彼の心に名状しがたい衝撃を与えていく。

 藤村大河、間桐桜、柳洞一成、かつての彼の日常の象徴であった人々。

 遠坂凛、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、聖杯戦争によって出会い、かけがえのない存在となった少女たち。


 そして、高潔なる騎士王。



 だが、そこにあり得ない存在があった。

 学校で衛宮士郎を殺したのはランサーであったはず、また、イリヤスフィールを狙撃するような存在などこの聖杯戦争には存在していなかった。

 そして、衛宮邸に仕掛けられた盗聴器。他のサーヴァントならばいざ知らず、この時代の後の戦争を潜り抜けたアーチャーにとって、それらを発見、解析することは容易であった。


 それらの事柄から判断される事象は一つ、この女は完全な異分子である。故にアーチャーにとっては真っ先に排除すべき対象である。



 「つまり、私はおびき寄せられた。セイバー達はそのための囮だった、というわけね」



 「凛があの家に残った時点で私も残るものと判断した貴様のミスだ。最も、ここまで上手くいくとは思っていなかったぞ」

 痛烈な皮肉である。彼女はまだまだ未熟であることは自覚していたが、それを見抜いたかのように容赦なく傷を抉ってくる。


 「これを発見した時点で、絵図は簡単に浮かんだ。このような真似をする貴様ならば恐らく学校においても監視は続行するものと見た」

 つまり、屋上における衛宮士郎と遠坂凛の会話も全てこのための布石であった。裏で立ちまわる厄介な鼠をあぶり出すための。


 アーチャーの両手に陽と陰の属性を表す双剣が具現化される。

 干将・莫耶、春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が作り上げた。創造理念などなく、ただ作りたいという純粋な念を元に作り上げられた夫婦剣。



 「殺す前にもう一度問う、貴様は何者だ?」

 未来の英雄であるエミヤには彼女の服から素性を察することは出来ない。

 軍人であるということまでは分かるが、21世紀に生きた人間である彼にとって、SSなどは既に過去の遺物でしかない。

 第五次聖杯戦争は2006年の2月、怒りの日は近い。そのため衛宮士郎という存在が錬鉄の英雄となる頃にはシャンバラの儀式は遙か昔に終結している。

 その結末がどのようなものであれ、彼が生きている頃はちょうど黒円卓の地上における戦力が存在しない空白期であった。

 彼が生き抜いた聖杯戦争においては黒円卓の騎士の介入は存在しなかった。今回の聖杯戦争も所詮は座興に過ぎぬものであり、彼らは舞台を踊る役者なのだ。


 故に、エミヤは気付かない。否、気付けない。


 『契約しよう、我が死後を預ける。その力、ここにもらい受けたい』

 そう願った彼に、応えた者があったことを。


 『承諾した。君の願い、叶えよう。当然、その代償はいただくことになるがね』


 なぜ、英霊の座というものは存在するのか、誰が、そのようなものを定義したのか。

 守護者とは、一体何者の意思によって具現化されるのか。それは本当に人類の総意なのか?

 尊き願いをもって英霊となったエミヤが、なぜ擦り切れたのか、なぜ、人々を殺し続けたという記録だけは痛みを伴いながら蓄積されるのか。



 神秘学の語るところによれば、この世界の外側には次元論の頂点にある“力”があるという。

 あらゆる出来事の発端とされる座標。それが、すべての魔術師の悲願たる『根源の渦』……万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという“神の座”である。



 この聖杯戦争も、200年前にその世界の外側へと到ろうとした者達が考案したものであり、サーヴァントはそのために英霊の座より召喚される。

 だが、その方式を編み出した者は何者なのか?

 英霊の座に干渉しうる方法を知る者は、より上位の座に君臨するものしかあり得ないのではないか?



 その矛盾に誰も気付かぬまま、聖杯戦争は続く。

 いや、感づいている者はいる。教会に座する二人の神父は、それぞれ差異はあれども、聖杯戦争の裏に潜む悪意に気付いている。



 「さあな、わざわざ名乗るいわれもない」

 そして、レオンハルト・アウグストはその手駒である。それ故に、彼女とアーチャーは決して相容れない立場にあった。



 「そうか、ならばここで散るがいい」


 陰陽の双剣と緋色の神剣が衝突する。


 ここに、本来あり得ぬ戦い、サーヴァントと黒円卓の騎士の戦いが開始された。











 ■■―――――――――――■■



 『ランサー、聞こえますか?』


 柳洞寺中腹の林にて、ライダーと戦うランサーに対し、聖餐杯より連絡が入る。


 「ち、なんだエセ神父二号」

 舌打ちしながらも応じるランサー。戦闘中ではあるが、敵に意識を割いたまま会話をすることも彼ならば不可能ではない。

 恐らく、レオンハルトにはまだ難しいことであろう。戦闘技能は低くはないが、他のことと並行させることを彼女は苦手としている。


 『どうやら、レオンハルトは罠に嵌められた模様です。アーチャーと彼女が交戦状態に入りました。アーチャーも万全ではないでしょうが、不意をつかれた彼女もダメージを負ったようでして、やや分が悪いかと』


 「あの馬鹿、油断すんなって散々注意したんだが」


 『まあ、新兵ですから仕方がありません。こうした失敗から学ぶことも必要なれば、これは僥倖ともとれます』


 「とことんプラス思考だな手前は」


 『ははは、そこで、貴方には彼女の救援に向かっていただきたい。ライダーも今宵は退くでしょうし、柳洞寺内部に戦いが移るならば彼女の方が向いています』

 確かに、サーヴァントであるランサーには柳洞寺内部に潜入することは難しいが、生身であるレオンハルトはマスターと同じく制限なしに潜入可能だ。

 山門にはアサシンがおり、あれを突破することは容易ではなく、その他の侵入路ではかなりの制限を受けることになる。

 ならば、ここは立場を入れ替えるのが最善手、アーチャーをランサーが迎撃し、レオンハルトは柳洞寺の情勢を掴む。


 「分かった。ちっ、もうちょいでライダーの野郎を仕留めれたんだが」


 『そこは申し訳ありませんが、そう気にすることもないでしょう。おそらく此度のライダーの行動はマスターの意思ではない独断行動と見ます、ならば決戦は延期されることなく行われましょう』

 ランサーの舌打ちはむしろ聖餐杯に向けられたものであった。彼はこうなることを全て見越した上で、あえてレオンハルトの思うように行動させたとしか思えない。


 「ったく、腹黒い野郎だよ手前は」

 そう言いつつ、ランサーはアンサスのルーンを発動させ、即興の煙幕を作り出す。



 「――――!?」

 突然の行動に驚愕するライダーではあったが、視界が効かなくなったことを好機と判断し撤退していく。


 「よし、取って返すか、アーチャーの野郎、待ってやがれ」


 青い閃光と化したランサーは木々の間を駆ける。ライダーの速度をなお上回る神速でもって戦場へ一直線に疾走を開始した。



 混戦の趨勢は未だ明らかにならず、今宵の戦いにおいてどの陣営が勝利を得るか、天秤は危うく揺れている。










 ■■―――――――――――■■


 切っ先が交差する。

 幾度にも振るわれる剣線。

 幾重もの太刀筋。

 弾け、火花を散らし合う剣と刀。



 数十合を超える立ち会いは、しかし、一向に両者の立場を変動させない。


 上段に位置したアサシンは一歩も引くことなく、石段を駆けあがろうとするセイバーは一歩も詰め寄ることが出来ないまま、時間と気力を削っている。



 俺は――――そんな光景をただ見つめている。否、それ以外に考えられなかった。



 「凄い――――」

 ただ、その念しか浮かばない。

 セイバーの剣は速く、重い、冗談のような魔力の籠った一撃はバーサーカーの一撃すら耐えることを可能にする。

 だが、アサシンはあの長刀でそれらを全て捌いていた。

 防ぐのではなく、捌く、まさに、柳に風、暖簾に腕押しという状況だ。


 「どうやったら、あんなに――――」

 アサシンは魔術なんて使っていない、ただ純粋な剣技のみでサーヴァントと対等に渡り合っている。

 俺には、あれは不可能だ。

 どんなに修練を重ねたとしても、絶対にあの域には到達できない。

 ならば、ならばどうすればいい。

 俺にはセイバーやアサシンのような才能や天賦のものはない。

 サーヴァントの戦いは人智を超えた領域で行われる、ただの人間に過ぎない俺にはその域に上ることなんて出来はしない。

 そう、最初に目撃した青い槍兵と赤い騎士の戦いも―――――



 「―――?」


 それを思い出した瞬間、奇妙な感覚があった。

 確かに、ランサーの槍は神業だった。あれが英雄の技であり、神に選ばれた者達の力だ。

 だが、対峙する赤い騎士の剣技はどうだっただろう?

 それもやはり俺なんかじゃ到底及ばないものだが、理解できないものではなかったような―――




 「――――よかろう、ならばここまでだ。おまえが出し惜しみをするというのなら、先に我が秘剣をお見せしよう」


 気付けば、アサシンはセイバーと同じ高さまで降りていた。


 何だ? 何を考えている?

 アサシンの技量は達人を通り越して魔人といっていい領域にあるのは分かる。正直、俺なんかじゃ理解することも出来やしない。

 だが、それでもあの長刀だ。同じ足場で相対すれば、絶対にセイバーの剣の方が速いに決まっている。


 しかし


 「構えよ、でなければ死ぬぞ、セイバー」

 そう呟いて、アサシンが始めて構えを見せる。


 「秘剣――――――」


 そして、アサシンが必殺の太刀を繰り出す前にセイバーは地を駆け。



 「――――――燕返し」


 あり得ない太刀筋によって、その前進を止められていた。



 「セイ―――――」

 叫ぼうとしても、声が出ない。

 何だ? 何だこれは?


 セイバーの姿が歪んでいく。まるで蜃気楼のように。

 いや、違う、セイバーじゃない、俺が歪んでるんだ。


 いつだったか、親父が言っていた固有時制御、その上位に君臨する魔術を確か――――


 「空間転移!」

 そう叫んだ瞬間、俺の存在は三次元から引き上げられ、多次元を経由して、もとの次元に落とされた。





 「あ―――う、げ」


 まるで内臓が全部裏返ったかのような嘔吐感だけが全身を支配する。


 「あら。龍を釣ろうと思ったのに、網にかかったのは雑魚だけなんて」

 そこに、背後から声と気配を感じた。


 「っ、ぐ―――!」

 咄嗟に前転して大地を這う。こんなことが出来る時点で敵はキャスターしかあり得ない。俺なんかが立ち向かったところで殺されるだけだ。

 他のサーヴァントならいざしらず、まともな対魔力が無い俺はキャスターを相手にしても出来ることが無い、呼吸一つで消し飛ばされるしかあり得ない。


 「馬鹿な子。そんな紙屑みたいな魔術抵抗で私の神殿にやってくるなんて、セイバーもマスターに恵まれなかったようね」

 そして、姿を表すキャスター。アサシンと違って、いかにもキャスターって感じの姿だ。

 むう、紙屑か、遠坂にも似たようなことを言われたな。


 「セイバーが気になる……? 安心なさい、彼女は私が貰ってあげる。バーサーカーを倒すには彼女の宝具が必要ですからね。貴方はここで死に絶えるけれど、彼女は私の奴隷として生き続けるわ」

 なるほど、こいつはバーサーカーに敵わない、それは理解できた。

 だけどお前、俺がここで死ぬって勝手に決め付けるな。


 「さようなら坊や。そんな低能では奴隷にする価値もないけど――――貴方の令呪は、私が有効に使ってあげる」


 身体が動かない、何らかの魔術に既にかかってしまったのか、指一本動かせない。


 だが――――


 「は、お前なんかに、俺の令呪は渡せないな」

 言ってやった。思いきり。


 「あはははははははは、まな板の上でわめく鯉というものも面白いわね!」


 知ったことか。それに、これは聖杯戦争、そんな笑ってる暇があればとっととやるべきことをやるべきだろう。

 いくら魔術師として一流でも、それを忘れているお前は戦闘者として三流だ。ランサーやあの謎の女だったら、とうに俺は死んでいる。



 だから――――



 「来い、セイバー!」

 俺は、俺のやれることをやるだけだ!


 令呪の一画が消滅する。それと同時に出現する空間のうねり。

 文字通り、それは魔法だ。空間に現われた波紋をぶち破るように、銀の甲冑に身を包んだセイバーが飛び出してきたのだから。


 「!」

 キャスターが驚愕するが、そう驚くことでもない、戦術的なミスをしたのはこいつだ。



 『いい、士郎。柳洞時は鉄壁の守りを備えているけど、一度中に入ってしまえば、逆に敵は逃げにくいってことになる。有利な陣地を手放したくないという心理も働くから、なかなか撤退の踏ん切りがつかなくなる可能性も高い』


 遠坂はそう言っていた。だが、サーヴァントは柳洞寺に山門以外から入ることは出来ず、入ったとしても能力を大幅に制限される。

 だが、マスターは別だ。一度マスターが中に入ってしまえば、令呪でサーヴァントを柳洞寺内に召喚することが出来る。そうなればサーヴァントは結界の縛りを一切受けずに、かつ、相手の喉元に剣を突き付けることが可能になる。


 「はああああああああああああ!」

 そして、数多の戦場を駆け抜けた英雄であるセイバーが、この好機を逃すはずもない。


 セイバーの首が一閃し、キャスターの首が飛ぶ。


 「倒したか!」

 俺の身体も束縛から解き放たれる、そこから判断すればそう解釈も出来るが。


 「まだです! 今のは影絵、魔術で作り出した分身体に過ぎません! 本体はどこかに潜んでいるはず!」


 そして、辺りを見回した瞬間。


 空に、蛾のようにマントを広げたキャスターの姿があった。




=====================
 
 あとがき

 以前感想板にも書きましたが、若干時系列をずらしています。Fate側の時系列を2年ほど。

 さて、大事なことなので、もう一度言います。

 【神秘学の語るところによれば、この世界の外側には次元論の頂点にある“力”があるという。

 あらゆる出来事の発端とされる座標。それが、すべての魔術師の悲願たる『根源の渦』……万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという“神の座”である。】

 “Fate/Zero 1巻 16ページより抜粋”

 神の座である

 神の”座”である

 ”座”である

 魔術師が目指す果てにあるのはつまり……… なるほど、ズェピア・エルトナム・オベローンをはじめとする、アトラスのトップたちがが発狂するわけだ。

 リリなのネタは無しで、マジで方向性がおかしくなってしまう前に…



[20025] Fate 第十三話 混戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/15 08:08
Fate (6日目)


第十三話    混戦




 ■■―――――――――――■■




 「はあ―――!」


 「ふ――――!」


 陰陽の双剣と緋々色金がぶつかり合う。

 両者の剣戟は火花を散らす、まるで流星がぶつかり合うかのように。

 戦闘が始まると同時にレオンハルトは聖遺物を形成し、アーチャーに対して接近戦を挑んだ。対サーヴァント戦において活動位階で相手できるはずもなく、その判断は至極当然のものであった。


 この戦いにおいて、常に攻め手となってるのはレオンハルト、元よりアーチャーの剣は守勢であり、攻勢に出るのは勝機をつかむタイミングのみであろう。

 ならば、レオンハルトとしては手段は一つ、このまま連撃の速度を上げ続け、アーチャーの防御が間に合わなくなるまで攻め続ける。


 一度判断すれば彼女は迷わない、元来一つの事柄に集中するタイプであり、集中力ならば古参兵にも引けを取りはしない。


 剣戟の速度は上がり続ける、彼女の属性は炎であり、猛れば猛るほどその攻撃が激しくなるのも当然の理である。


 だが―――


 それでも――――


 当たらない、躱し、逸らし、防ぎ続ける。


 「くっ―――!」


 「はっ―――!」


 アーチャーの防御を突破できない。それは最早、盾はおろか城壁を相手にしている気分すら起こさせる。

 そも、アーチャーは最速の英霊であるランサーの槍を防ぎきったという実績を持つ。たとえあの時のランサーの任務が偵察であり、完全な本気ではなかったとしても、それでもレオンハルトより速度は上であった。


 加え――――


 「トレース・オン」

 彼はアーチャーであり、無数の攻撃手段を持っているという事実を彼女は失念していた。その辺りが新兵の実戦経験のなさを示すものであろう。



 「な!」

 突如として顕現した無数の矢、それが悉くレオンハルトの心臓目がけて飛来する。


 「ぐうう!」

 緋々色金で咄嗟に防ぐが、凌ぎきれず幾つか被弾する。アーチャーは相手の防御速度を見抜いた上で、あえて攻撃力を度外視し、手数で攻めたのだ。


 その効果は物理的なダメージではなく、精神的なダメージを狙ったものであったがそれだけではない。レオンハルトは黒円卓の騎士であり、サーヴァントと同じく生半可な攻撃を無効化する術理に身を置いている。

 ならば、それはどの程度の衝撃ならば貫通しうるか、もしくは、神秘の高さが問題となるのか。それを正確に測るため、アーチャーは数重視の矢による攻撃を仕掛けた。


 その徹底的なまでの現実主義、誇りなどを一切度外視した無駄のなさ、それこそが英霊エミヤの戦闘スタイルであり、彼の人生そのものでもある。

 心眼という彼が唯一持つスキル。それはまさに鉄の心で鍛え上げられた戦闘理論の極致。武装具現型であるレオンハルトにとってはまさに理想の具現がそこにある。



 故に――――


 「I am the bone of my sword 我が骨子は捻れ狂う」


 レオンハルトがアーチャーを打倒することは現段階においては不可能といえた。


 アーチャーの手には弓があり、そこには歪に捻れた剣がある。

 それが内包する魔力はまさに宝具そのものであり、今まさに敵目がけて放たれようとしていた。


 「!」

 撃たせては駄目だ。あれを喰らえばただでは済まない!

 そう直感し、レオンハルトは一気に間合いを詰め、切りかかるも――――


 「中断、凍結」

 その一言により、螺旋を模した一角剣は消滅し、代わりに陰陽の夫婦剣がアーチャーの手に握られる。

 レオンハルトはアーチャーの矢がブラフであったことを察するも、既に勢いのつきすぎた身体を止めることも出来ず―――


 「おおおおおおおおおおおおお!!」

 ならば、敵の迎撃を上回る攻勢をもって突破するしか道はなく―――


 「帰れ、干将・莫耶」

 そうなるように誘導したアーチャーは、当然のごとくそれを利用する。

 現在アーチャーが持つ夫婦剣は、矢を消した後に投影したもの。ならば、それ以前に彼が持っていた双剣はどこへ消えたのか?


 それはつまり、先の矢の雨こそがこの挟撃の布石となっていたことを意味しており、彼はその隙に干将・莫耶をレオンハルトの背後へと投擲していた。


 「く、ああああああ!」

 背中から突然の衝撃を受け驚愕するレオンハルトだが、何とか体勢を立て直し、地面スレスレを駆け抜ける。



 「ふむ、存外にしぶとい」

 アーチャーは鷹の目で観察を続け、獲物がどれほどの力を残しているかを注意深く観察する。


 一見、アーチャーが圧倒的優勢であるかのように見えるが、実はそうでもない。

 先程の矢も、放たなかったのではなく、まだ万全ではない身では躱される可能性があったがため。宝具というものは一撃必殺が前提であり、例え無数の宝具を所有するに等しい彼であっても、無駄に消費することはない。


 だからこそ、アーチャーは心理戦に打って出た。あえて自分の姿を晒し、敵の失態をわざわざ教えるような真似をしたのだ。

 ここで彼女を排除できれば理想的ではあるが、焦って手の内を晒し、逃げられることにでもなれば笑うのはランサーのマスターのみ、未だ聖杯戦争は序盤であり、そのような博打に出るのは時期尚早であることをアーチャーは理解していた。


 戦力を客観的に分析するならば、形成位階にあるレオンハルトと現在のアーチャーの戦力はほぼ互角である。共に剣技を得意とするが、天性の才能を持つ身ではなく、セイバーのような接近戦における優位を保つことは出来はしない。


 また、それぞれが独自の切り札を持つ身である。レオンハルトには創造位階があり、アーチャーには固有結界、求道と覇道の違いはあれ、まさに必殺の名を冠するに値するものを両者共に隠し持っている。


 とはいえ、この段階で切り札を解放することはどちらにとっても不可能であるため、後は如何に上手く戦術構築を行うかが勝敗の境目になる。


 「はあ、はあ」

 そして、戦術を競い合うことになれば、レオンハルトがアーチャーに勝てる道理は存在しない。

 千の戦場、万の殺し合いを潜り抜けた錬鉄の英霊と、未だ実戦経験の少ない若き獅子の間には超えようの無い絶対的な壁が存在していた。



 故に、この心眼の使い手を打倒するならば―――



 「よう、苦戦してんじゃねえか」

 彼と同じく、万の殺し合いを超えてきた英雄が必要となるのも、また当然の道理である。


 「ランサー!」

 突然のランサーの登場に驚いたのはアーチャーではなくレオンハルト、ここにも、両者の経験の差が現れる。


 アーチャーはこの二人が協力関係にあることをセイバーの話によって存じていた。ならば、彼女の危機に彼が救援に現れる可能性もあることを当然考慮に入れていた。

 そして、彼女の危機にランサーが即座に駆けつけたということは、彼らを動かす指揮官は別にいるということを意味している。恐らくはランサーのマスターであろうが、その手腕からは抜け目ない戦略家であろうことがうかがえる。やはりあの男か、という考えがアーチャーの頭をよぎる。



 「こいつの相手は俺に任せて、お前は柳洞寺に向かいな。今のお前ではこいつには勝てん」

 それは、たった今思い知らされたばかりの残酷な事実であった。

 仮に、創造を解放したとしても、レオンハルトにはアーチャーを打倒している自分をイメージすることが出来なかった。戦うものにとって、勝利する自分をイメージできない以上、それは絶対に勝てないことを意味している。


 「………分かった」


 「素直で結構、アーチャー、そう言うわけで選手交代だ。手前の相手は俺がしてやる」

 青き槍兵は獲物を構える。紅の槍が敵の血を求めるかの如く牙をむく。


 「まったく、厄介なことだ」

 ぼやくように呟きながらも、アーチャーもまた双剣を構える。奇しくも、状況は前回と逆の様相を見せている。

 以前はランサーが単独であり、アーチャーには守るべき主人がいた。

 そして今回は、アーチャーが単独であり、ランサーは若き獅子を庇うように対峙している。



 「はあ―――!」

 レオンハルトがアーチャーに向けて火炎を放ち、同時に撤退を開始する。


 それを合図とすることが互いの了解を得ていたかのように―――


 「おらあ!」


 「おおお!」

 青の槍兵と赤の弓兵は再度の激突を開始した。











 ■■―――――――――――■■



 柳洞寺境内、こちらの闘争も青の槍兵と赤の弓兵の戦いに劣らず、激戦の様相を見せていた。


 「はあああああ!」


 「くっ!」

 だが、状況はキャスターに不利であった。セイバーに殺された分身体にはかなりの魔力を費やしており、それを破壊された時点で彼女の魔力は半分以下となっていたのだ。


 加え――――


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 セイバーはこの好機を逃す気は微塵もなかった。マスターが令呪を消費してまで作り上げた絶対の好機、これを逃して何が剣の英霊か。

 彼女は竜の因子を持つブリテンの竜王。風王結界が放つ風は既にそれ自体が霊的な力を備えており、吹きすさむだけでキャスターの張った魔術の罠を破壊していく。


 ちょうど、これと同じ効力を半神の大英雄ヘラクレスの咆哮も備えている。故に、神代の魔女メディアにとってヘラクレスは天敵なのだ。


 「散りなさい!」

 しかし、彼女とて稀代の魔女と恐れられた存在である。このような存在を相手にする術も当然備えている。

 間接的な呪いなどを発動させる罠ではなく、直接的なダメージを与えるための無数の光弾を顕現させ、迫りくる白銀の騎士を迎撃するも―――


 「甘いぞキャスター!!」

 だがそれも、セイバーというクラスがAランクという規格外の対魔力を備えていなければの話であった。柳洞寺の結界によって能力が落ちているならばまだしも、令呪により境内に召喚されたため万全である今の彼女を魔術によって防ぐことは、天災を人の力で防ごうとすることと同義であった。


 ならばと、竜牙兵を起動させ、無防備であるはずのマスターの抹殺を試みるも――――


 「うりゃあああ!」

 影絵が殺されたことで自由の身となった衛宮士郎は、二本の木刀を構え、竜牙兵を破壊していく。

 いや、二本の木刀というよりも、二本の小太刀と呼ぶべきか。ライダーとの林での戦いを経て、片手で武器を扱うことも戦術の一つであることを学んだ衛宮士郎は、その日の夜のセイバーとの特訓で二刀流の手ほどきを受けた。

 そして、セイバーとアサシンの神業といえる立ち会いをその目で見た彼は、あの赤い騎士の戦う姿を思い出し、自分でもよく分からない衝動に突き動かされるまま剣を振るっていたが、その剣技が数段優れたものになっていることに気付いていない。



 「どこを見ている! キャスター!」

 状況は刻一刻とキャスターを不利にしていく。

 自動で発動する罠は全てセイバーに破壊され、マスターを狙えるものは竜牙兵くらいしか残っておらず、それも逆に破壊されるありさまである。

 こうなると、分身体を殺されたことは致命的であった。神殿の結界の維持、セイバーへの迎撃、マスターへの攻撃、全てをキャスター自身が成さねばならず、本来補助に当たるはずの魔術陣はセイバーによって完膚無きまでに破壊されている。


 そして、山門を守るアサシンは既に境内に入られた時点で無意味な存在と化している。彼はマスターが霊体であるサーヴァントなため、彼は土地に縛られる。つまり、キャスターは八方塞がりの状況に追い詰められつつあった。


 「この―――!」

 だが、それは彼女が戦闘者ではなく、魔女に過ぎないことに起因している。

 聖杯戦争はバトルロイヤルであり、未だ序盤戦に過ぎない。ならば、この段階で柳洞寺を失ったところでそれほど痛手にはならず、いくらでもやりようはあったのだ。

 しかし彼女は柳洞寺の防備を固め過ぎた。ルールを破り、アサシンという門番すら召喚してしまったが故に、かえって自ら戦略の幅を狭めることになったという事実に気付いていない。


 アーチャーが洞察し、遠坂凛が衛宮士郎に伝えたことはつまりそういうことである。柳洞寺を要塞化したがために、そのハードウェアに固執し、機動戦力を用いて立ちまわるという戦略の基本を完全に放棄してしまった。


 それに比べ、アーチャーが厄介な戦略家と評した聖餐杯は異なる戦略をとっている。

 共に陰謀を巡らすタイプではあれど、教会という有利な場所に陣を置きながらもそれに固執せず、ランサーとレオンハルトの機動力を最大限に利用して立ち回り、自らも情報収集に動いている。

 遠坂凛が自らの家ではなく、衛宮邸に拠点を移したのも陣地に固執せず、より柔軟な戦略で聖杯戦争に臨むためという理由が大きい。



 つまり、神代の魔女メディアのとった戦略は、魔術師としては常道であるが、戦争を行うものとしては下策だったのだ。

 ちょうど、第四次聖杯戦争においても生粋の魔術師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトがホテルの最上階を借り切り、その階を魔術により異界化させたこともあったが、衛宮切嗣の爆弾テロによってあっけなく崩壊している。

 逆に、一般人の家に間借りし、征服王イスカンダルの神威の車輪に同乗しながら神出鬼没に戦場を駆け巡ったウェイバー・ベルベットこそが、聖杯戦争においては正しい戦略をとっていたのだ。


 そして、聖餐杯にとっても柳洞寺の防御など所詮その程度のものであった。白昼に堂々とレオンハルトが山門から参拝客として入り、柳洞寺を燃やすだけでキャスターは陣地を失う羽目になる。魔術戦においてはこの上なく強固な柳洞寺だが、戦争というものはハードウェアだけで勝てるほど甘いものではない。



 「はああああああああああああ!!」


 そうして、稀代の魔女は今セイバーによって追い詰められており――――



 「そこまでよ」

 生身であるが故に結界の束縛を受けない黒円卓の騎士は、一瞬で竜牙兵を悉く焼き尽くしていた。





 「なに―――!」


 「え――――?」


 「お前は―――!」


 驚きは三者三様。だが、セイバーはこの状況の深刻さをいち早く察していた。


 「シロウ――!」

 主の危機を察知し、目前の首級などに目もくれず主の下へ疾走する白銀の騎士。


 それに対し、黒いSS服に身を包んだ少女は――――


 山門を炎で包むという暴挙に出た。



 「く―――、このままでは結界内に閉じ込められる! シロウ、退避します! 殿軍は私が!」


 「―――! 分かった!」


 柳洞寺全域にはサーヴァントなどの霊を阻む結界が張られており、さらにその内側にキャスターの張った結界が二重に張られている。

 しかし、どんなに優れた霊地であっても流れがなくては澱んでしまい、意味をなさなくなる。そのために唯一山門だけはその結界が存在しない。これは、山門自体が”結界の穴”の媒介になっている、魔術的な建物であることを示す。だからこそ、アサシンの依代になりえたのだ。

 だがそれ故に、そこさえ燃え落ちれば結界は柳洞寺を丸ごと覆ってしまう。霊気や魔力が流れなくなると結界は澱み、効果が強まる。つまり、サーヴァントは内部に閉じ込められることになるのだ。

 外側にはアサシンがおり、山門に続く道には魔術の行使などを妨害する結界に満ちているため、外からこれを実行することは不可能に近い。

 だが、外壁がいくら強固であっても一度内部に潜入されれば要塞というものはその脆さを露呈する。レオンハルトが突いたのはまさにその一点であり、当然、聖餐杯の指示によるものであった。



 そして、セイバーの主従はキャスターの首を目前にしながらも撤退を余儀なくされ―――


 「それじゃあね」


 キャスターに対して挨拶代わりのように炎を放った後、任務を終えたレオンハルトも撤退していった。








 ■■―――――――――――■■



 『ランサー、柳洞寺の片はつきました。貴方も撤退して下さい』


 そして、夜の街を駆けながら交錯する青い槍兵と赤い弓兵の戦闘も、収束に向かう時がきた。


 この二人の戦いはその意義がかなり微妙なものであった。

 ランサーにとってはここでアーチャーを倒すことが目的ではなく、あくまでレオンハルトが柳洞寺での任務を果たすまでの足止めに過ぎない。

 アーチャーにとっても、今の状態でランサーを突破は不可能であると判断しており、かといってここで自分が退けばランサーまでも柳洞寺に向かってしまう。


 彼にとっては遺憾ではあるが、自分の知らない要素が聖杯戦争に絡んできている現状、セイバーとそのマスターをこの段階でを失うわけにもいかず、彼らが無事に帰還するまではランサーを引きつける必要があった。


 つまり、ランサーはレオンハルトのためにアーチャーを抑え、アーチャーはセイバーのためにランサーを抑えるという、奇妙な膠着状態が続くことになってしまったのである。


 柳洞寺の戦いが終息した以上、彼らの戦いもまた意味を失った。そして、両者共に戦略的意義の無い戦闘を続けるような愚物ではなかった。



 「今回はここまでだ、アーチャー」

 そうして、槍をおさめるランサーに対し。


 「そうか、不毛な戦いは早々に切り上げるとしよう」

 アーチャーもまた、双剣をおさめたのだった。


 両者はそのまましばし睨み合っていたが、やがてランサーが踵を返す。


 「じゃあなアーチャー、手前は俺が仕留める。間違ってもくたばるんじゃねえぞ」

 去り際、再戦の言葉を残すランサー、それは実に彼らしい台詞であり、


 「その言葉、そのまま返す。とでも答えておこうか」

 アーチャーの返事もまた、実に彼らしいものであった。











 ■■―――――――――――■■


 こうして、期せずして発生した6騎ものサーヴァントによる混戦は、ひとまずの決着を見た。


 セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン。

 バーサーカーを除く全てのサーヴァントがこの夜、いずれかのサーヴァントと矛を交えることとなったのだ。


 だが、セイバーはアーチャーの戦いを一切知らず、ライダーも自分とランサーとの戦い以外は関与せず、その他のサーヴァントも自分の戦場以外のことを熟知しているものはいない。


 いるとすれば、それはただ一人。


 「これにて、今宵は終幕。なかなかに心躍る展開でしたが、スワスチカが開くにはまだ早い」

 ランサーとレオンハルト、その両者から逐次的に報告を受け、指示を出していた聖餐杯のみであろう。


 「アーチャーはある程度回復しており、ライダーは無傷で帰還。アサシンは山門から離れられず、キャスターも陣地こそ無事であれど、かなりの魔力を消費した。そして、セイバーの主従はより戦闘経験を積み、絆を深めつつある。実に結構、実に有意義」

 クリストフ・ローエングリーンは笑う。レオンハルトの行動はこのような結果を生むことを予測しながらもあえてそれを行い、この状況を作り出したのは他ならぬ彼である。


 「さて、これにてサーヴァントの情報もかなり集まった。初めにランサー、次にアーチャー、そこにバーサーカー、ライダーと続き、今夜にアサシンとキャスター、セイバーの主従は全てのサーヴァントと矛を交えたこととなる。これにて、序盤戦は終結と見て良いでしょう」


 サーヴァントが全て健在であり、情報戦に終始する序盤はこれまで。逆説的にいえば、序盤戦であったからこそ、6騎のサーヴァントが戦ったにも関わらず、特に負傷者が出るわけでもなく終結したのだ。



 「さあ、ここより先は中盤戦。サーヴァントにも脱落者が出始め、聖杯戦争は熾烈を極める。素晴らしい歌劇となるよう、気を引き締めて参りましょう。くくくく、はははは、はははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 誰もいない部屋で聖餐杯は嗤い続ける。いよいよスワスチカを開放する時がきた、彼の聖道を叶える鍵はすぐそこまで来ている。



 そして――――




 「いよいよ中盤戦に入るか。お前はどう動くのだ、英雄王?」

 同じく、誰もいない礼拝堂にて、神に仕える悪は呟いていた。

 誰もいないが故に、その呟きを拾うものは当然皆無だが、ことによれば“それ”は聞いていたのかもしれない。


 10年前に英雄王を飲み、逆に飲み尽される危険を察知したがために言峰綺礼の体内へと逃げたそれは、大聖杯にある本体と共鳴しながら、ただ時を待っている。






 『いやいや、クリストフもなかなかのものを見せてくれる。これは期待以上のものが見れるやもしれませぬな、獣殿。だが悲しいかな、私達はこれを既に見たことがある。この先、我等の望む未知はあるのか否か―――楽しみにいたしましょう』













―――あとがき―――

 今回の混戦模様は、オール電波を受けて書きました。

 実際、マリィルートの最終決戦を自動再生にして、その音楽と効果音とを聞きながら書いたものです。

 そのため、表現がもう訳分かんないことになってますが、その辺は14歳の力で補完をお願いします。


 聖杯戦争もこれより中盤戦、サーヴァントの脱落者も出始め、スワスチカが開かれていきます。


 それでは最後に一言



 カール・クラフト死ね

 とか言いながら、再び舌の根も(ry

 以前のネタでプレシアさんは、散々水銀に弄られたので、今回は救済措置を頼みましょう。獣殿に

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 ・アルハザードにいっても無理だったプレシアさんが、獣殿に会いました

 獣殿「なるほど、卿が狂気に蝕まれたのは無理もない。そして、そのような心情を抱えたまま生きていても、苦痛でしかあるまい。我が愛を受け、私と一つとなるがいい。案ずる事はない。卿の娘もまた、我が内に渦巻いている。私の中でならば、卿は娘と再会することが叶おう」

 プレシア「そうね…そうしようかしら…それが本当だったら、どんなに良いか…」

 獣殿「私は嘘偽りは言わん。卿を娘の居る場所へ送ろう、そこで、永遠の安らぎを得るが良い」

 そして奔る黄金の光。それに包まれたプレシアの意識は真っ白になり――

 アリシア「…さん、お母さん、起きて」

 プレシア「アリ、シア?」

 ――薄桃色の楽園で、愛する娘と再会を果たした。

 >アレ? なんか本当に救済された? さすが獣殿、愛が違う。愛が足りんよカール。

 

 ・純粋に電波を受けて書きました

 苦戦の末、機動六課を倒したナンバーズたち。その方法は少々エグい、基本お人よしで、根が単純な彼らなので、姑息で卑劣な手段を駆使して倒したのだ。
 そして、最後に指揮官たる八神はやてを倒しにかかったのだが―

 はやて「ふむ、すでに調査済みとは思うが、私の「夜天の書」は魔力を蒐集できる。故に、だ、私は私の部下が倒れた時、そのリンカーコアがこの書の中に溶けるよう、祝福を与えておいたのだ」

 その言葉に訝るナンバーズに、夜天の書のから放たれた雷光が襲う!

 はやて「機動六課、ライトニング分隊!」
 
 2筋の雷光、そして竜がナンバーズたちを襲う。あまりにも予想外の攻撃に、彼女たちは次々と雷光と竜の餌食となっていく、そこへ―

 はやて「防衛プログラム、ヴォルケンリッター!」

 空間を割りながら現われた剣戟が、鉄槌が、爪牙が彼女たちに追い討ちを掛ける。それをなんとか捌き、態勢を立て直そうとするナンバーズだが―

 はやて「機動六課、スターズ分隊!」

 満を持して放たれた桜色の閃光が、彼女たちのすべてをなぎ払った。


 >以上「黄金のはやて殿」をお送りしました。




 ・共通点は「兄」、「ツンデレ」だけです。それ以外はどういう状況なのかサッパリ



 スカ「…ほぅ」

 なのは「これは…」

 スターズ分隊に向けられた戦闘機人の総攻撃――それが急激に薄れていく。

 今、唐突に第三者――現われた赤銅の防壁が自分たちと敵を隔てていたから。

 スカ「なるほど、そういえば一人、試作の出来損ないが居たな」

 ティアナ「兄さん……?」

 ティーダ「お初に目にかかります、スカリエッティ博士。どうかこのまま、彼らを行かせてあげてはくれませんか」

 スカ「否だ、認めん。君に進言する資格は無い。それとも君が、彼女たちに代わって相手をすると?」

 ティーダ「ご要望なら」

 スカ「かかれ」

 なのは「何を…」

 ティアナ「やめて、やめて兄さん、お願いだから!」

 スカ「万死に砕けろ、廃棄品ごときに用は無い」

 ティアナ「いやああああァァ――」

 叫ぶティアナを嘲笑うかのように、ナンバーズの総攻撃が炸裂する。轟音とともに爆発が起こり、その中心に居た彼を呑み込んでいく。

 だが

 ティアナ「え――」

 その姿は、まだ消えていない。その身体は砕かれていない。いかに自分たちとの戦いで消耗しているとはいえ、ナンバーズの総攻撃を受け止め耐える。そんなことが、まさか出来るとは夢にも想像できなくて…

 ティーダ「失敗作とはいえ、この身体も戦闘機人…今のあなた方なら、僕でもそう不足は無いと思いますが」

 その後姿から顔は見えない。妹に声も掛けず、顔も晒さず、しかし百万の言葉より雄弁な態度をもって示している。

 死なせはしない、護りきると。

 ヴィータ「行くぞなのは――、ぼさっとすんな!」

 ティアナ「え? あ、きゃあ!? やだ、放してください――まだ私はッ」
 
 なのは「黙ってッ」

 ティアナ「…ッ」

 なのは「だけど、耐えて…ッ でも、生きていれば……ッ、負けじゃないよ!」

 ティアナ「……っ 分かりましたッ。兄さん……待ってて、絶対助けに行くから」

 その今生最後になるだろう妹の呼びかけに。

 ティーダ「ああ、大きくなったね、ティア」

 来いとも行けとも応えず、彼は優しく返しただけだった。

 ティーダ「さようなら。君にはいっぱい謝らなくてはいけないけど……ごめんよ、そして幸せに」

 ティアナ「う、うぅ、あああああ――― 兄さん! 兄さん、兄さん! ああああああぁぁぁぁ―――!」

 なのは「いくよ、ティアナ」


 >長くなったのに中身が無いなあ、でも原作でもランスター兄妹絡みの話がもっと欲しかった。しかもティーダの口調が分からなかったので、戒兄さんまんま。



[20025] Fate 第十四話 鮮血神殿
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/16 07:32
Fate (7日目)


第十四話    鮮血神殿



 「申し訳ありません猊下、私の判断ミスです」

 冬木は新都、丘の上に教会に存在する一室にて、櫻井螢は聖餐杯に対し膝を折り、自分の失態を詫びていた。


 「いいえ、構いません。結果として、我々にとって好ましい展開となりました。これは貴女の功績といってよい」

 しかし、聖餐杯は常の態度を崩さぬまま笑うののみ。


 「おいおい、手前はこうなることを見越してたんだろ。だったら全部手前のせいだろうが」

 皮肉を述べるのはランサー、彼もまた昨日の夜、というよりも今日の黎明に散々働かされた身である。


 「ははは、まあその通りですが、終わりよければ全てよし、ということにしておきましょう」


 「はあ、手前に文句を言うことほど無駄はねえな、エセ神父二号」


 「ようやく悟ったようね、ランサー」

 螢早くも復活。側にいる人物の影響か、精神的な頑丈さは冬木に来る前とは既に別人だった。


 「その意気ですよレオンハルト、人間である以上、失敗はあります。それは古参兵とはいえ例外ではない。ならば、その最大の違いどこに出るか。失態を犯す頻度? いいえ、そんなものではありません」


 かつての彼女ならば意味不明な問いであったかもしれないが、今の彼女にはその答えを予測することが可能であった。


 「つまり、失態を犯した際、いかに早く体勢を立て直すための手を打つことに全力を尽くせるか、そういうことですね」


 「そのとおり。いつまでも悔やんでいても何も始まりは致しません。それよりまずは、自分の成すべきことを成す。当然、反省は必要ですが、特に戦争というものは反省より先にやらねばならないことが多い」

 昨夜の出来事でいうのならば、螢が即座に柳洞寺に向かい山門を燃やしたことがそれにあたる。

 彼女にとってはアーチャーに後れを取った理由を考察し、反省する必要があったが、そんなものは後回し。そもそも、死んでしまえば反省すら出来ないのだ。



 「だな、それより、今日は学校での決戦だろ。俺達には他にやることがある」


 「例の“アレ”ね、まだ不完全だし、本番までに完璧に仕上げないといけないからね」

 本日の作戦行動については以前より決めてあり、彼らの行動については完全にそれぞれの判断に任せることになっている。

 聖餐杯はあくまで聖堂教会の現場指揮官としてのみ動き、言峰綺礼は監督役として動く。求める結果は決まっているものの、その過程は完全に彼らに任せられているのであった。








■■―――――――――――■■



 結局、昨日は令呪を使ったにも関わらず、キャスターを取り逃がしてしまった。というより、俺達が撤退せざるを得ない状況に追い込まれた。


 家に帰ると、まだ起きてた遠坂から昨日の行動の裏の作戦の結果を聞かされたが、ランサーのマスターが油断ならない相手であるということは嫌になるほど理解できた。

 そいつは俺達だけじゃなく、キャスターも手玉にとって削り合いをさせたってことだ。正直、慎二とライダーの組み合わせよりは百倍厄介だろう。

 柳洞寺のキャスターも厄介な相手ではあるが、セイバーがキャスターの魔術陣をかなり破壊したらしく、これまで通りの状態に戻すには少なくとも三日はかかるだろうとのことだ。

 それだけの時間があればアーチャーも本調子に戻るらしく、あいつが復活し次第、柳洞寺攻略を本格的に開始する。

 で、それまでの時間をどうするかで議論になり、遠坂は朝早くから新都に出かけた。何でも痛手を負ったキャスターが新都での魔力収集を強化する可能性があるから先手を取って網を張っておくとか。

 仮にかからなくてもキャスターの動きを牽制することが出来るし、キャスターが引き籠ってくれればアーチャーの準備も万全になる。


 問題はバーサーカーとランサー、バーサーカーはセイバーとアーチャーの二人がかりでも勝つのは至難だろうし、ランサーに至っては謎の協力者、例の黒髪の女がいる。

 昨晩、アーチャーがあの女と戦ったらしいが、少なくともライダーと同じくらいの実力を持っているそうだ。


 「で、俺達の狙いはライダーに絞られるってことか」


 「はい、現状、最も相手にしやすそうなのはライダーです。また、結界がある以上、長引かせるのは得策ではありません」

 確かに、戦力が多そうで様々な戦略を実行してくるランサー組、圧倒的な力を誇るバーサーカー組に比べれば、慎二には魔術が使えない分ライダーにさえ注意すればいい分戦いやすい。

 ただ問題は、下手を打つと学校の生徒が危険に晒されるってことなんだが。


 「だからこそ、早期決着か」

 結界が危険なものである以上、取り除くのは早い方がいい。時間が経てば経つほど危険なものに成長していくんだから、ここは躊躇せずに行動すべきだろう。


 「凛の提案でしたが、私も同じことを考えてしました。正直、そろそろバーサーカーが動くのではないか、ということも気がかりですから」


 「本当にバトルロイヤルだな、気を抜くことなんか出来やしない」

 キャスターとアサシンは籠城を決め込んでるようだし、今は遠坂が抑えてくれてる。

 ならば、ランサーとバーサーカーが動かないうちに俺達でライダーを倒す。確かにこれが一番だろう。


 「しかし、シロウが囮になる。というのは正直賛成しかねるのですが―――」

 それが今日の作戦だ。

 遠坂は登校せず、俺はセイバーをつけずに一人で登校する。まあ、慎二にはセイバーが霊体になれないなんて分からないだろうが、ライダーがいれば俺がサーヴァントを連れていないことは一発で分かる。

 そうなれば、多分慎二は勝負をかけてくるか、もしくは結界を発動させる。最善は結界発動前に倒すことだが、次善の策は被害が大きくなる前に倒すことだ。


 「いや、これは俺が望んだことだから、セイバーは気にしないでくれ。それに、トリファ神父も事情を話したら救護体制を整えてくれるって言ってたから」

 監督役はあの言峰だが、実際に動く現場指揮官はトリファ神父らしい。

 言峰に言ったところで何か文句を言われそうだから、以前携帯の番号を教えてくれた彼に連絡を取ったところ、全力でフォローに回ると快諾してくれた。

 ちなみに、遠坂は携帯電話なんていう近代兵器を持っておらず、言峰とは常に家の電話でやり取りしてたとか。お前は昭和の時代の人間か。


 「じゃあ行ってくる。そっちも気をつけてくれ、セイバー」


 「分かりました。シロウも気をつけて」


 セイバーと挨拶した後、俺は学校に登校する。

 セイバーはとりあえず自宅待機ということになった。隠れながら俺を尾行するという案もあったが、例のレオンハルトとかいう女がどこに潜んでいるか分からないためこうなった。



 さあ、ここからはもう本番だ、気合いを入れていこう。










■■―――――――――――■■



 「おいライダー、分かったか」

 昼休み、誰もいない弓道場にて、間桐慎二は呟く。


 「はい、セイバーのマスターはサーヴァントを連れていません」

 しかし、誰もいなかったはずの弓道場に、背の高い女性が突如として現れた。


 「そうかそうか、今日は遠坂も来ていない。衛宮の奴を始末するのは絶好の機会ってわけだ」


 「………」

 ライダーは内心で敵の行動に疑問を持っていた。

 昨夜の彼女の行動は独断であったため、間桐慎二は知らない。本来のマスターではない慎二は魔力のパスによってサーヴァントの行動を把握することは出来ないのだ。

 つまり、慎二が寝ている間ならライダーは自由に動くことが可能になる。それ故、昨夜は絶好の機会かと思ったのだが。


 ≪ランサーの思わぬ邪魔が入ってしまった。結局、セイバーがどうなったかは分からずじまい≫

 そのマスターが今日、サーヴァントも連れずに学校に来ている。しかも、同盟者である遠坂のマスターは欠席している。

 あまりにも虫が良い話であった、かえって不安に感じる程に。


 だが―――


 「よし、僕が合図し次第、結界を起動させろ。衛宮がどんな顔をするか見物だぞ」
 

 ライダーが知る由もないが、遠坂凛曰く、『馬鹿を相手にするなら程度の低い罠で十分、むしろ、高度な罠は馬鹿には効かない』であり、その格言は成就しているようであった。








■■―――――――――――■■



 「もしもし、セイバーか――――――ああ、こっちに動きはまだない。多分遠坂が本当に欠席なのか確認してたんだろう」

 昼休み、俺は自宅待機中のセイバーと連絡を取っていた。

 霊体化が出来ないセイバーだからこそ、携帯電話というものは重宝する。既に携帯ショップに赴いて、セイバーの分の携帯電話も購入は済んである。

 それなりに出費はあったが、金を惜しんで命を失ったんじゃただの大馬鹿だ。命は金じゃ買えないんだから優先順位を間違えるべきじゃない。


 それを遠坂に言ったところ。


 『うん、うん、そうよね。惜しんじゃいけないわよね』

 などと、妙に感慨の籠った答えを返された。



 「分かった、注意する。三番のコールがあったらすぐに来てくれ、間に合わないようだったら令呪を使う」


 セイバーとの通話を一旦切り、今度はトリファ神父に繋ぐ。


 「あ、もしもし、俺です、衛宮です」


 『衛宮さんですね。はい、こちらの準備は整いました。病院や診療所などの手配も一応整っておりますので、救急車を即座に回すことも可能です』


 「あ、ありがとうございます」

 本当に助かる。俺はただの一般市民だからそんな医療機関への根回しなんて出来るはずもない。

 遠坂なら怪我人の治療も出来るだろうが、何百人という生徒が相手になると圧倒的に手が足りなくなる。


 『いえいえ、これも仕事ですから。ですが、我々はあくまで中立な立場なので、聖杯戦争そのものには関与できません。なので、我々が動けるのは戦いが終わった後となります』


 「いえ、後処理をお願いできるだけで十分です。戦うのは俺達マスターの役目ですから」

 確かにそこに疑問や怒りがないわけじゃない。

 人が危険に晒されているというのに、聖堂教会だの魔術教会だのの対立のせいで、助けられるはずの人が助けられないなんて馬鹿げてる。


 だが、それをトリファ神父に言っても仕方ない、文句を言っても現実は動かないんだから、俺は出来ることを成すだけだろう。


 『申し訳ありませんがお願いします。聖職者のはしくれと致しましては、無辜な市民が犠牲になるのはなんとしても防ぎたいところですし、私個人としましても、貴方か遠坂さんが勝ち残っていただけることを願っております。まあ、応援するわけにもいかない立場ではありますが』


 「その言葉だけで十分です。絶対、被害者は出させません」

 決意を新たに、俺は電話を切る。

 そうだ、戦ってるのは俺だけじゃない。一般人を襲うようなマスターを制することも戦いなら、怪我人を助けることも戦いだろう。


 「俺はまだ何も知らない。けど、やれることはある」

 正義の味方、どうやればそれになれるのか、どうあれば人々を助けられるのか。

 未だに道筋すら見えていないが、それでも俺は――――



 「!?」


 そして、学校は異界と化した。






■■―――――――――――■■



 「結界の発動を確認、衛宮士郎は屋上にいる」

 同時刻、雑木林の端に作られた即興の監視所にて、SS服を身に纏った少女が通信機に向けて声を発する。

 今は昼間ではあるが、戦闘することを前提に動いているためSS服の格好である。これはエイヴィヒカイトと同調し、保有する魂の量に応じた強靭さを発揮するという、大戦時に作られた副首領特製の逸品である。

 もっとも、製法を確立したのが彼であるだけで、実際の製作担当はバビロンとマレウスであり、マレウスが魔術を用いて製造した布をバビロンとシュライバーが手縫いで仕上げるというオーダーメイドだった。


 女性ではあるがヴァルキュリアやザミエルは当然のごとく手伝っていない。彼女等が手縫いでSS服を仕立てている情景を想像することは何びと足りとも不可能であった。

 いや、ベアトリスがエレオノーレの制服を縫おうと決心し、リザに教えを乞い―――見事に挫折したという経緯があったが、そこは触れないでおこう。

 余談だが、櫻井戒が着ていたSS服は彼の手縫いである。ベアトリスが戒との訓練中にSS服を破いた際に繕っていたのも彼であり、主夫ぶりはかなり板についていたようであった。

 これまた余談だが、エレオノーレがラインハルトの予備の制服を縫っていたなどという話も、噂の域をでないが存在している。噂の発信源が誰かは永遠の謎であるが。


 『よっしゃ、すぐ行くぜ』

 教会で待機中のランサーから即座に応答がくる。彼の速度ならば到着に5分もあれば十分だろう。


 通信器を切って、レオンハルトは学校の監視を再開する。


 まだ結界は発動したばかりであり、生徒達が倒れていくがせいぜいが眩暈程度、この感じでは……



 「10分、いえ、15分くらいがボーダーライン。それまでに結界を解除できなければ深刻なレベルの被害者が出始める」

 重症か、後遺症が残るか、それとも死か。

 死は既に彼女にとっては身近な事柄ではあるが、最近ではそれを少しは誇りに思える部分もある。

 歪んでいるのは自覚している、だがそれでも、彼女と同じ目線となれるのは螢にとっては喜ばしいことなのであった。


 「戦争、軍人、私はまだまだだけど、少しは貴女のことを理解できているかな、ベアトリス」

 そして、兄のことを想う。

 彼は現代社会に生まれた人だけど、私と同じように黒円卓と関わっていたはず。

 幼い私はそれに気付くことはなかった。だが、しかし。


 「嫌なことだけじゃなかったはずだよね、だって、そのおかげでベアトリスに会えたんだもの」

 安全な場所で安楽に過ごすことだけが幸せじゃない。ランサーを見ていると、強くそう思えてくる。

 彼が生きた時代は現代に比べれば余程死の危険が大きく、医療なんかも発達していなかったはず。


 だけど、彼らは見事なまでの生き様でその時代を生き抜いた。それが彼らの誇りであり、閃光のような輝きなのだろう。


 「レオンハルト・アウグスト―――輝き続ける恒星となることこそ、我が渇望」

 戦場は近い、今度こそ失敗はしない。

 衛宮士郎は戦っている。ほんの数日前まで一般人と大差なかった彼は、マスターとして戦いの場にいる。


 「私はまだ新兵だけど、それでも一等兵くらいではあるはず。二等兵に負けるわけにはいかないわね」

 ベイが中尉で、マレウスが准尉なら、私はまだそんなものだろう。

 この戦いで戦功を挙げれば、上等兵に昇格できるかしら?








■■―――――――――――■■


 校舎は、赤い天蓋に覆われた祭壇と化していた。


 結界が発動した瞬間には猛烈な眩暈に襲われたが、遠坂の魔術講義によって作られたスイッチを発動させ、即座に身体中に魔力を行き渡らせる。


 即座に携帯をコールし、セイバーに緊急連絡を入れる。ついさっき連絡したばかりだったのは不幸中の幸いか。ほんの僅かの時間差もこの状況では重宝される。


 階段を降りる。駆け降りた先で一番近い教室に入り、状況を把握する。



「大丈夫、死んではいない―――」

 机に座っている生徒は一人もいない、生徒はみな床に倒れ、教壇にいたであろう教師も床に伏している。


 状況は悪いが最悪じゃない。遠坂の妨害のそれなりに功を奏したようで、魔術的抵抗力がない生徒達も未だに致命的な症状は出ていない。

 だが、それも時間の問題だ。今はまだ結界の吸収力が弱いとはいえ、このまま続けば生命力は減る一方だ。



 「だったら―――」

 ここで俺がやるべきことは一つ、マスターである慎二を探し出し、セイバーが俺の下に駆けつけると同時にライダーと戦える状況を整えておくこと。


 そう決断し、廊下に出た刹那――



 「いよう衛宮。思ったより元気そうで何よりだ。どう、気に入ったかいこの趣向は」


 廊下の先。C組の教室の前に、間桐慎二は立っていた。

 令呪が疼く、あそこにいる男がこの元凶なのだと、マスターとしての感覚が告げている。


 「―――これはお前の仕業か、慎二」

 あえて満足に呼吸もできない風を装い、立ち止まって離れた慎二を睨む。

 今はそれが最善。慎二は小者だ、と遠坂は言っていた。ならきっと、こっちが弱っていると見れば、自分から時間を浪費してくれることだろう。


 そして、案の定。


 「そうだとも、お前がのこのこ一人で登校してきたのは分かっていたからね。馬鹿だなお前は、サーヴァントも連れずに学校にやってくるなんていったい何を考えているんだい?」


 慎二は優越感に満ちた表情で語りだした。

 ……友人だった存在をこんな風に分析することは、あまりやりたいことじゃないが、関係ない生徒を巻き込んだこいつを許すつもりはない。考えたくないが、最悪、殺すことも覚悟するべきだろう。しなきゃならない。でないとここが10年前のように――


 「お前に―――話がある」


 「奇遇だね、僕もだよ。まあ、お前の話なんて後回しだ、僕とお前、どちらが優れているか遠坂に思い知らせないといけないし。衛宮には黙っていたけど、この結界を張ったのは僕なんだよ」


 そんなことは分かっている。状況を見れば一目瞭然だ。


 「慎二、何でこんなものを仕掛けた?」


 「いや、僕だってこんなものを発動させる気はなかったんだ。これはあくまで交渉材料だったんだよ。爆弾を仕掛けておけば、遠坂だっておいそれと僕を襲えなくなるし、万が一のための切り札にもなるからね」


 時間は―――2分、セイバーの足なら、後1分くらいか。



 「慎二、結界を止めろ」

 それまでの間は、俺が時間を稼ぐ必要がある。


 「止めろ? 何をだい? まさかこの結界を止めろ、だなんて言ってるんじゃないだろうな? 一度起こしたものを止めるなんて、そんな勿体ないこと出来ないな、僕は」


 「止めろ、お前、自分が何をしているか分かってるのか?」


 「……イラつくな。おまえ、なに僕に命令してるわけ? だいたいさ、これは僕の力じゃないか。止めるかどうかを決められるのは僕だけだし、止めて欲しかったら土下座くらいするのが筋ってもんじゃないの? 自分の立場ってもんが分かってないな」


 ……酔っている。こいつは、自分の力―――と思っているものに酔っている。


 『シロウ、貴方はほとんど偶然のような形でマスターとなりました。ですが、サーヴァントという強大な力に貴方は振り回されていない。それだけでも十分称賛すべきことと思います』

 以前、セイバーがそんなことを言ってくれた。


 『力とは、何かを代償に得るものです。それが鍛錬に費やす時間であったり、自らの肉体への負荷であったりと形は様々ですが、相応の代償を支払うからこそ、人は己の力に責任を持てる。何の代償も払わずに得る力など、そのものを破滅させるのみでしょう』


 そう、だから慎二は今こうなっている。サーヴァントの力を自分の力と錯覚し、力に溺れている。


 だが慎二、それは思い上がりってもんだろう。俺達は遠坂みたいに魔術師として厳しい訓練を積んできたわけじゃない。サーヴァントだって俺達みたいな未熟者に使役されるのは不幸なんだから。


 「――――最後だ。結界を止めろ、慎二」

 あと30秒もない、頃合いはよし。


 「分からない奴だね。お前に頼まれれば頼まれるほど止める気なんてなくなる。そんなに気にくわないんなら力づくでやってみろよ、衛宮」


 「―――そうか。なら、話は簡単だ」


 身体が弾けた。

 身体は火のように熱い。

 慎二までの距離は20メートルもない。

 今の自分ならそれこそ一瞬で到達できる。


 「ハッ、本当に馬鹿だねお前――――!」

 影が蠢く。

 廊下の隅に沈澱していた影が、形をもって蠢きだす。

 黒一色で出来た刃。

 慎二へと近づく者を斬り伏せる、断頭台のようなもの。


 「そんなもの―――!」

 止まる必要などない。昨日の夜見たキャスターの光弾に比べればこんなもの花火ですらない。

 セイバーを自動で追尾していたあの魔力の塊と違いこれはただ直進してくるだけ、セイバーの一撃に比べれば速度も遅い、簡単に躱し切れる―――!


 「馬鹿はお前だ! 慎二!」


 「な―――!」

 驚愕する慎二、ああ、本当に馬鹿だよお前は、こんな程度で動揺するようで、聖杯戦争に参加しようだなんて思うなよ。だから、今は眠ってろ。そうしてまた、以前のちょっとキザっぽいお前に戻ってくれ。



 「慎二――――!」

 踏み込む、

 慎二を守る影はない。あと数メートルも踏み込めばそれで―――


 「っ、やめろ、来るな……!」

 逃げる慎二、その背中に腕を伸ばした刹那。


 「――――!」

 全身に悪寒を感じて、筋肉の悲鳴を無視して咄嗟に後退し、警戒態勢をとる。



 空を切る軌跡、さっきまで俺がいた空間を通過する黒い刃物、これには見覚えがある。


 「ライダー!」


 黒い衣服に身を包んだサーヴァント、ライダーがそこにいた。



 「い、いいぞライダー、いいタイミングだ……! 遠慮するな、そいつはお前の好きにしていい……!」

 救援を得て安心したのか、慎二が叫ぶ。だが、いいタイミングなのはこっちも同じだ。


 ポケットの中の携帯が振動している。さっきまでは走っていたから気付かなかったが、立ち止まったことで気付くことが出来た。


 これが意味するのはすなわち――――



 「シロウ――――!」


 俺が最も信頼する、白銀の騎士の到着だった。

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あとがき

 螢と兄貴が何をしているかは、次回を楽しみにしてください。次回あたりからFate本編から本格的に乖離していきます。

 SS服については完全オリジナルです。実はアレには続きがあり、一度は挫折したベアトリスですが、それでもやる気を絞り出し、何とか完成。しかしリザのと比べるとかなり不恰好なソレを、彼女の上官は特別な時に着る勝負服として大事にしてます。一度その姿を見て「なんだ、お前らしくもねえな、そんなボロ服。いつもの完璧主義は何処行ったよ」と暴言を吐き、魔王の狩場に連れて行かれた者が約1名。
 ついでに、ハイドリヒ卿のはシュライバー製。「奴にできて私に出来ないはずが無い」といって予備用を作り始めた者も約1名。
 





[20025] Fate 第十五話 第二開放
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9c94e4c9
Date: 2010/07/17 07:30
Fate (7日目)


第十五話    第二開放



 セイバーの到着に遅れること1分弱、ランサーがレオンハルトの待機する雑木林の端に到着していた。彼女の予想よりもなお早い。



 「どうだ、戦況は?」


 「セイバーとライダーが交戦中、流石に白兵戦ではセイバーが有利ね。あの結界もサーヴァントが相手では効果はないし、強力な対魔力を持つセイバーなら尚更のこと」


 レオンハルトは状況を細かく伝えていく、今回の作戦はタイミングが命であり、僅かのしくじりも許されない。


 「マスターの方は」


 「衛宮士郎が間桐………ワカメを追っていったわ」


 「おい、名前くらい覚えとけよ」


 「いや、だって、覚える価値を見出せなくて。それに最初にワカメっていったの貴方よ」


 「まあ確かに、俺だって覚えちゃいねえが」


 何気に酷い二人である。


 「それで、やっぱり予定どおりに?」


 「ああ、横槍を入れるなら相応のタイミングってもんがある。あの結界があるうちは学校はライダーの腹の中も同然だ、あれが解除されるまでは動くべきじゃねえ」


 「でも、やっぱり時間は厳しそう。それはつまりワカメが追い詰められたことを意味するから」


 「だからこそ効果がある。奇襲ってのはな、相手が予測しないからこそ意味があるんだぜ」

 どこまでも飄々と答えるランサー、彼は自分達の作戦の成功を微塵も疑っていなかった。

 いや、英雄たる者、常にそうあることが求められる。どんな絶望的な状況であれ仲間に希望を与え、勝利を導くこと、それこそが英雄の仕事である。


 「じゃあ準備を始めるとしましょう。しくじらないようにね」


 「そりゃあこっちのセリフだ」










■■―――――――――――■■




 火花が散る。

 頭上から奇襲を仕掛けてきたライダーの攻撃をセイバーが捉え、反撃に転じた。


 「シロウ、ライダーはここで倒します。貴方はライダーのマスターを……!」


 言われるまでもない。セイバーならライダーに後れを取ることはない。それはライダーと戦って、奴の力量を僅かながらに感じ取った故の確信だ。

 そもそも、白兵戦でセイバーを圧倒できる存在なんかバーサーカーだけだ。ランサーもアサシンもとんでもない技量の持ち主だが、剣の英霊であるセイバーを圧倒出来ているわけじゃない。



 「任せた……! だが深追いはするな、慎二を止めればそれで終わる……!」

 結界が発動してから現在でおよそ4分~5分、今止めれば大した被害は出ない。


 だからここで絶対に止める。ここでライダーをなんとか出来れば聖杯戦争全体で考えても有利な状況にすることができる。逆に、ここで逃がせば再び混戦模様に戻ってしまう。


 セイバーの隣をすり抜けて走る。

 すかさず俺を仕留めに来るライダーの短刀と、それをライダーごと弾き返すセイバーの一撃―――!



 廊下を走る。

 視線の先にはうろたえる慎二の姿。


 「―――同調、開始(トレース・オン)」

 走りながら武器に魔力を通す。いくら俺だって戦うつもりで学校に来たというのに丸腰で来るほど馬鹿じゃない。

 校則違反丸出しだが、ナイフを腰に隠して持ってきておいた。


 さらに、ロッカーからモップを取り出しこっちも強化、これで長柄の武器と接近戦用の武器が揃った。


 迎撃のための影が出てくる。それらはこちら目がけて直進してくるが―――


 「はあっ!」

 今度は躱す必要すらない、強化したモップで影を叩き斬り、折れた柄を慎二に投げつける。


 慎二は何とか躱すものの、そのせいで逃げる速度が遅れた。これなら追いつける―――!



 「慎二―――!」

 「ひっ―――!」

 問答無用で慎二の腹を右手で殴りつけ、そのまま壁に押し付ける。



 「く、この……!」

 俺の腕を振りほどこうと手を伸ばす慎二。

 だが、それより早く、左手に持ったナイフで慎二の足を浅く突き刺した。



 「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああああ!!」


 「黙ってろ」

 この状況で情けは無用、一刻も早く結界を解除しなければ学校の生徒が犠牲になる。



 「―――悲鳴は後だ。いますぐ結界を止めろ慎二、さもないと、このままの喉を掻き切る」

 慎二の首にナイフを当ててそう告げる。拒否したらこのまま切り裂くまで、と、慎二にそう思わせる為には、俺自身がそう思わなきゃならない。だから慎二、頼むから首を縦に振ってくれ。


 「ひ、ひいい」


 「早くしろ、結界の前にお前の息の根を止めてやってもいいぞ」


 「わわわ、分かった。すぐに止める。……おいライダー! ブラッドフォートを止めろ! マスターの命が危ないんだぞ……!」



 そして、学校を覆っていた赤い天蓋は元から存在しなかったように、その姿を消した。


 だが、これで終わりではない。ここでライダーのサーヴァントを脱落させてこそ意味がある。また同じことをされたのでは元も子もない。



 「慎二、令呪を捨てろ。そうすれば二度と争うこともない」


 「ふ、ふざけるな、そんな真似ができるもんか!」


 「そうか、令呪を捨てないのならこのまま腕を切り落とす。それでマスターの資格はなくなる」

 どっちの腕かまでは分からないが、いざとなれば両方切り落とすまでだ。


 「は……腕を切り落とす……?」

 だが、その言葉に対する慎二の反応は意外なものだった。


 その瞬間―――


 「シロウ、離れて……!」

 道場で散々叩き込まれた成果か、セイバーの叱咤に脳より先に身体が反応した。



 慎二から手を放して後ろに跳ぶ。

 同時に、俺がいた場所にライダーの短剣が振るわれ、咄嗟に強化したナイフで弾く。


 「下がりなさいマスター、この場から離脱します」


 「シロウ、下がって……! ライダーは結界維持に使っていた魔力を解放するつもりです……!」


 ライダーの様子がおかしい。

 セイバーと対峙していた筈の彼女が突如ここに現われたことといい、全身から放たれる冷気といい、今までのライダーとは威圧感が段違いだ。


 「ら、ライダー……!? なに考えてんだよお前、衛宮のサーヴァントにさえ勝てないくせに勝手なことしてんじゃない……!」


 「はい、確かに私ではセイバーに及びません。ですがご安心を。我が宝具は他のサーヴァントを凌駕しています。例え何者であろうと、わが疾走を妨げることは出来ない」


 それは確かに事実ではあった。

 彼女の宝具のランクはA+、その疾走を止められる存在など皆無といってよい。


 だが一つ、彼女には失念していることがあった。


 それはあくまで、幻獣たるペガサスの召喚に成功したときの話であり、サーヴァント同士の戦いであれば、最速の英霊の名は彼女のものではないのである。







■■―――――――――――■■



 「結界が解除されたわ」


 「流石はセイバーってとこか、あの坊主も短期間で成長したもんだ」


 時至れり、作戦決行の瞬間は今ここに。


 絶対の好機、鮮血神殿の崩壊からライダーが次なる手に打って出るまでの僅かな空白。


 そこに全神経を集中させ、最速のコンビネーションを発揮する!


 「ランサー、構えて!」


 「応よ!―――乗れ!」


 青き槍兵が魔槍ゲイボルクを構える。普段は白兵戦の用いられる武装ではあるが、ゲイボルクの真の使用方法は投擲にある。

 こと、槍投げに関してクーフーリンを上回る英霊など皆無に近い、唯一互角と言えるのは彼の父であり、“轟く五星(ブリューナグ)”を持つ光の神ルーくらいであろう。


 そして、投擲体勢に入ったランサーのゲイボルクに軽業師の如く“騎乗”する少女が一人、まさに馬鹿げたことではあるが、奇襲というものは相手が予想しないからこそ意味がある。



 「おらあああああああああああああ!!!」

 気合いと共に解き放たれる魔槍、そして、片手で槍につかまりながら炎の少女は聖遺物をもう片方の手に具現していた。







■■―――――――――――■■



 そして、ライダーの短刀が持ち上がり、自身の首を裂こうとした瞬間。


 「シロウ―――!」

 宝具発動の気配を察知し、主に危険を促そうとした白銀の騎士は―――


 猛スピードで壁を突き破りながら飛来した槍と、それにつかまりながらもバランスをとり、もう片方の手に燃える炎の剣を構えた少女という、訳のわからないものを見ることになった。



 え?――何コレ?――ええっ!?



 流石の彼女もそんな感想しか抱けない程、それは荒唐無稽な光景だった。



 だが、廊下を一直線に進んできた謎の存在は炎の剣でもってライダーを弾き飛ばし――


 「え?」


 状況が何もつかめてないライダーのマスターをかっ攫っていった。しかも、ライダーを弾いた瞬間に形成を解除し、空いた手で慎二の首を掴むという超荒技であった。



 「………マスター!」

 一瞬呆然としていたものの、我に帰ったライダーは必死で後を追う。

 後には、未だ呆然としている剣の主従だけが残された。




  何アレ?――何?――何ナノ???


 呆然とするセイバーは思わず口に出してしまいそうなくらいに動揺しており、


 「シロウ、何でしょう、アレは」

 というか、実際口に出していた。



 「―――桃白白(タオパイパイ)だ」

 士郎も混乱している模様、先程の光景はどうしてもある存在をイメージさせずにはいられなかった。


 彼らが完全に復帰するのは、これより30秒後のこととなる。










■■―――――――――――■■



 穂群原学園屋上、そこは既に決戦場と化していた。


 槍の軌跡と釘剣の軌跡が幾度も交差し、その度に火花が飛び散る。

 同時に足を絡めようと蛇の如く迫りくる鎖を常人ばなれどころではない足さばきで躱すばかりか、逆にそれを足場に敵目がけて前進するランサー。


 「なっ!」

 驚愕するライダーは咄嗟にもう一つの釘を投擲するも。


 ガキン!


 歯でそれを受けとめるという常識破れによって容易く突破された。


 信じられない面持ちで後退するライダーだが、クランの猛犬と讃えられたアイルランドの大英雄はバーサーカーの適正すら持つ存在である、このような蛮行も彼にとっては日常茶飯事でしかない。


 令呪の縛りもなく、全ての制約から解き放たれた槍兵とその魔槍は己の存在意義を主張するかのように戦場を疾駆し、対峙する黒いサーヴァントを確実に追い詰めていく。

 同じく、鮮血神殿から吸い上げた魔力によって、一時的とはいえ本来のマスターがいる状況と同等の魔力を得たライダー。こちらも立体的な高速起動を駆使し、戦場を縦横無尽に駆け抜けるものの―――


 状況はライダーにとって圧倒的に不利であった。そも、彼女には後退することすら許されないのである。


 本来、ライダーにとって間桐慎二はどうでもよい相手であったが、今は“偽臣の書”により仮のマスターとなっている。つまり、炎の少女が間桐慎二を脅し、戦闘行為を停止するように命令させれば、それに従わざるを得ないのだ。


 それを封じるためには先程のように、マスターの下に一刻も早く駆けつける必要があるのだが――


 彼女の速度をなおも上回る青い閃光がそれを阻む、それは壁であると同時に死をもたらす自然の猛威、竜巻を思わせる死の具現であった。


 「―――くっ!」


 「シッ――!」


 彼らにとっては昨夜に続く二度目の対決となるこの戦い、戦況は前回と同じ様相を見せ、ランサーがライダーの機動力を上回り、終始攻勢に回っている。


 先程ライダーはセイバーと対峙しながらもマスターを奪還し、後一歩で戦場を離脱するところまでこぎつけた。

 しかしそれはライダーの機動力がセイバーを上回っていたという事実があればこそであった、ランサーは純粋な速度でライダーを上回る唯一の存在であり、これだけでも目標達成の困難さは一気に跳ね上がる。


 加え―――


 ライダーのマスターの腰を抱え、人外の速度で屋上を駆ける若き獅子の存在が、ライダーを追い詰める最大の要因となっていた。


 レオンハルトは動き続ける。その速度はランサーやライダーに比べれば遅いものではあるが、それでもアーチャーと互角なほどの速度で動き続けている。彼女もまたサーヴァント同じく術理の外に身を置く存在、人外の戦闘に介入する資格と牙を持った狩人である。


 当然の話だが、停止している物体と高速で動いている物体、捉えにくいのは後者であり、自身も高速で動いていればその難度はさらに跳ね上がる。


 つまりこの状況は、豹がチーターと戦いながら全速力で駆ける草食獣を追っているようなものだ。豹の力では純粋に草食獣を追うだけでも狩りの成功率は高くないというのに、チーターという自分の速度をはるかに上回る敵と戦いながらでは不可能と同義であった。


 しかし、全力で動き続けているため、既に間桐慎二は気を失っている。これではライダーに命令させることなど不可能だろう。


 ならばこれはレオンハルトの失策なのか―――いいや、そうではない。



 「仕留めるか」


 「――――!?」


 彼女の目的は、この学校でライダーの魂によってスワスチカを開くことにある。そして、ランサーが必殺の槍を持つ以上、ライダーの撤退さえ封じればそれでよいのだ。


 赤き魔槍に魔力が集中していく、それはライダーの持つ切り札、“騎英の手綱(ベルレフォーン)”に比べれば規模は小さいものであったが、孕む必殺の気配はむしろそれを凌駕している。


 それも当然の話、“騎英の手綱”は最高級の神秘ではあるが、戦うため、殺すために存在するものではない。使役するライダー本人にしても本来は戦闘とはほど遠い女神であり、平和と静けさを好む女性なのだ。


 だが、赤枝の騎士団はそれとは真逆の存在。戦を好み、昨日の友と殺し合い、明日の敵と酒を酌み交わす。彼らはそういう存在であり、流血で結んだ友誼こそが彼らを繋ぐ絆、その手に握られる宝具は英雄の血を求める。


 「いくぞ―――その心臓―――もらい受ける!」


 速度、戦意、経験、そして何よりも闘争への渇望。戦闘者としての素養において、ライダーがランサーに勝るものは何一つとしてなく―――


 「刺し穿つ(ゲイ)―――」

 赤き魔の槍の穂先は、狙い違わず彼女の心臓に向けられ―――


 「あああああああああああ!!」

 呪いの槍を防ぐために必要な幸運という要素。女神としての神格を失い、反英雄とされたゴルゴンの三女は7騎のサーヴァント中、最もそれに見放された存在であった。




 故に―――


 「死棘の槍(ボルク)―――!」


 全精力を注ぎこんだ彼女の回避行動には一片の意味もなく、呪いの槍はその因果を逆転させ、回避したはずの彼女の心臓を貫いていた。


 噴き出す鮮血、砕け散る霊核。


 魔の槍対象を貫くと同時に千の棘となり彼女の身体を蹂躙し、サーヴァントをサーヴァント足らしめる要素をこの世界の理から引き剥がしていく。


 「―――桜、――――――申し訳ありません」


 そして、最後の最後で本当の主に対する謝罪の言葉を口にした彼女は―――



 抑えきれぬ無念の思いと共に、第二のスワスチカへと溶けていった。










■■―――――――――――■■



 「くく、はははははは」


 そして、第二の開放を感じ取った存在は、歓喜の笑いに貌を歪めていた。いや、それは果たして歓喜であったのか。


 「第二のスワスチカはここになり、黄金練成への階梯はまた一つ近づいた。くくくく、刻印が疼く、これもまたハイドリヒ卿の祝福なのでしょう」

 シャンバラではないため血こそ流れていないが、黒円卓の騎士に刻まれた聖痕が軋んでいる。まるで、スワスチカの開放によって産声を上げるかのように。


 「10年前、キルヒアイゼン卿が身罷られた時はこの程度ではなかった。まあ、こことシャンバラでは比較になりませんが、それでも痛みは痛み。これが存在するということそのものに意味はあるのでしょう」


 聖餐杯の両手、両足、脇腹に存在する服従の証、黄金の獣によって刻まれたそれは、まさに黄金練成の象徴でもある。



 「さあ、第一の生贄が捧げられました。ツァラトゥストラの代役は死せず未だ冬木にあり。全ての観客は御覧あれ、これこそ、副首領閣下の祝福なのか、いやいや、あの方の祝福など、この世にこれほど悪質なものがありましょうか。くくく、くくくくく、ははははははははははははははははははははははははははははははははははは」


 聖餐杯は嗤う、嗤い続ける。


 だが―――


 「さて、狂するのもここまで、今は彼との約束を果たさねばなりません。一応聖堂教会の現場指揮官であるのですから、役割は果たさねば」

 まるで何事もなかったかのようにその狂気は去り、ヴァレリア・トリファは迅速に指示を出していく。



 「はい、私です――――ええ、彼が上手くやってくれたようで、予想よりも少ない被害で済みました。そちらは予定どおりに――」

 携帯電話を片手に神父は歩きだす。その目は一体何を捉えているのだろうか。



 第二の開放がなった冬木、聖杯戦争はいよいよ本格化し、混迷の度合いを深めていく。


=====================================
あとがき

 いくつか感想板でご指摘があったので、私の考えのひとつを。

 ・カール・クラフトについて

 そもそも、”座”にいる蛇は存在規模が大きすぎて、この世界の器に入らないから、世界の中を動き回れる端末として、あの影絵の存在があるわけですよね。逆に言えば、『世界の中で動き回れる範囲の力』しか使えないわけで、そこには『上限』があると考えます。
 ちょうど、ガイアと真祖の関係と同じです、大本が座か、星かの違いで。カールクラフトは言わばアルクェイド、その上限いっぱいまで使える存在というわけですね、つまりクラフトは『性格を1000倍悪くした強化アルクェイド』。
 つまり、カール・クラフトは、ある程度は何でもできるが、獣殿を一瞬で流出位階にしたり、速攻でマリィを開放したりは出来ないわけで、だからこそ、獣殿を流出位階にし、マリィを開放するために、60年も時間が掛ける必要があったのだと思います。つまり、カール・クラフトの状態ではあれが限界と、そうとも言えます。
 それに、『千度繰り返して勝てなければ、万度繰り返して勝てばよい。永劫に、勝つために』って言ってるあのセリフ、そのまま自身に帰ってくるんですよね、先輩√まで、一度も望む結果になってなかったんですから。ラストバトルで獣殿が、『狂おしいその渇望の根源は目の前だ』って言ってますけど、「勝利が一度も無い」ベイ、「周囲と生の瞬間が異なる」マレウス、「価値観が共有できない」トリファ、「誰にも愛されない」シュライバーなど、クラフト自身に通じるところが多いんですね。全部自業自得ですが。
 ついでに「私の逆身」である獣殿は、超狭い心のクラフトの逆で、超心が広いんですね。

 しかし、そう思うと、”座”にいる蛇って、ニートって言うより、『オートロックなのを忘れ鍵をもたずに外に出て、中に入れなくなった人』みたいですね。


 この聖杯戦争にも意味はあります。クラフトはたかが座興、といっていますが、彼は自分の渇望が何なのかすら忘れている存在ですから、そこがネックになります。さらに、”座”にいる蛇は『詐欺師』です。
 
 今の段階では、型月好きの人にとっては嫌な展開だとは思いますが、一応、最後の大どんでん返しを用意するつもりです。
 最後に、このSS(武装(ry)は勢いと電波で出来てますので、広い心を持って読んで下さると、大変ありがたいです。




[20025] Fate 第十六話 冬の娘~イリヤ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:4b25edac
Date: 2010/07/18 16:34
 
Fate (7日目)


第十六話    冬の娘~イリヤ



 「あ、トリファ神父、皆の容体はどうですか?」


 『少なくとも重傷者はおりません、大体は栄養失調で片がつくと思いますし、そちらは特に問題はないのですが……』


 「他に何か問題が?」


 『ええ、結界の後遺症、のようなものでしょうか、学校全体が魔術的に汚染されているのです。ちょうど、10年前の大火災の跡地のように』


 「………それは、治るものなんですか?」


 『確信はありませんが、現在の冬木にはサーヴァントの召喚が可能なほどに魔力が満ちています。なので聖杯が降臨し、蓄積された魔力が消費されれば自然と回復するものと見ております。いってみれば、現在の冬木は魔力のダム、底が淀んでしまうのは避けられないことなのかもしれません』


 そうか、言われてみればその通りだ。

 サーヴァントなんていう規格外の存在を召喚するほどの儀式だ、いくら冬木が霊的に優れているとはいえ、影響を受けないですむわけがない。


 「じゃあ、学校は再開されないんですか?」


 『そこは微妙なところですが、再開したところでおそらくまともな授業にならないでしょう。常に精神的ストレスを受け続けているような状況ですから、病院から帰った生徒達が再び体調を崩してしまう可能性が高い。ですから、学校は一時的にでも閉鎖されたほうが安全といえるかもしれません』


 「……確かに、そうかもしれません」

 俺や遠坂はいい、魔術的な汚染があるといっても多分遠坂の家なんかはそれ並に魔術的な加工がしてあるくらいだろうし、体内にオドを通して汚染を押し流すことも出来る。

 だけど、一般の生徒にしたらずっと汚染され続けることになる、最初は大丈夫でも徐々に体力も精神力も擦り減っていく、結果的には病院に逆戻りということになるだろう。


 『まあとにかく、結界による直接的な被害は最小限に抑えられた、それだけでも僥倖です。貴方の協力に感謝します、衛宮さん』


 「い、いえ、俺は……」


 『感謝すべきことがあれば礼を言う、これは当然のことです。実に簡単なことですが、大人になるにつれそんな簡単なことも守れなくなるというのは悲しいことです。だからこそ、私達のような職業も成り立つ。まあ、職業病だとでも思っておいて下さい、それでは』


 そして、トリファ神父との電話は終わった。多分彼にはこれからも様々な仕事があるのだろう。


 「どうでしたか、シロウ」

 隣にいたセイバーが話しかけてくる。現在の彼女は騎士の甲冑を身に纏っているので、白昼を歩くわけにもいかず雑木林に身を潜めている。


 「ああ、皆は大丈夫みたいだ」


 「そうですか、それは何よりです」

 安堵の声をあげるセイバーだが、どことなく元気がない、というよりは考え込んでいるようだ。


 「セイバー、どうした?」


 「はい、ランサー、というよりも、そのマスターについてなのですが―――」


 ―――やはり、そのことになるか。


 「ランサーの横入りのタイミングはまさに絶妙と言っていいものでした。結界が解除され、結界によって吸収した魔力をライダーが解き放つまでの僅かな間隙、そこを確実に突き、ゲイボルクによって仕留める。敵ながら見事な戦術としか言えません」

 あの後俺達も屋上に向かったが、先行したセイバーが見たのはランサーの槍に心臓を貫かれ、消滅するライダーであったらしい。

 俺が屋上についた時には既に彼らの姿はなく、セイバーしかいなかった。


 「慎二は、あの女に殺されたんだな」


 「―――ソウデスヨ」

 あれ? なんか変な反応。


 「セイバー、慎二は殺されたんじゃないのか?」


 「ハイ、イイエ。シンジハ、アノオンナニコロサレマシタ」




―――――――――回想―――――――――



 ランサーのゲイボルクによってライダーが消滅した瞬間、セイバーは屋上に駆け付けた。


 「僅かに遅かったわねセイバー、ライダーはもう死んだわ。―――そして、これにもう用はない」


 学校を覆っていた結界は既になく、サーヴァントも死んだ。つまり、間桐慎二には既に存在価値がない。


 「でもまあ、何かに使えるかもしれないし、持って帰るくらいは―――」


 「逃がさん!」


 屋上から跳躍し、離脱を図るレオンハルト、そして、それを追わんとするセイバー。



 しかし、


 「おおおおおおお!」


 「甘いわ!」


 白銀の騎士が振るった不可視の剣は、瞬時に形成された炎の剣によって防がれていた。


 レオンハルトは緋々色金を両手構えている。そう、両手で。


 今、学校の屋上から跳躍し、空中でセイバーと剣を交える彼女は、両手で緋々色金を構えていた。


 「あ」


 「え」


 そして、そのことに彼女等が気付いてからおよそ数秒後―――




 グチャリ




 なんかこう、トマトが潰れるような音が響いた。



 「………」


 「………」


 沈黙しながら着地する二人。

サーヴァントであるセイバーと、黒円卓の騎士であるレオンハルトならば学校の屋上から飛び降りたくらいでは傷一つ負わない、跳躍によってさらに数階分の高さを駆けていたとしても。


だが、普通の人間にとってはそうはいかず、運の悪いことに間桐慎二は魔術師ではなくただの人間だった。



「おのれ! 何と卑劣な!」


「え、今の私のせいなの!?」

混乱すると同時に罪を擦り付けるセイバーと、思わぬ事態に混乱するレオンハルト。



「如何にこのような凶悪な結界を発動させた悪漢とはいえ、既に武器も戦う意思も失くした相手を容赦なく殺すとは」


「こ、殺すつもりじゃなかったわよ」


ある意味お決まりの台詞である。


 「殺すつもりじゃなかった、で済めば騎士などいらん!」


 「何か使い方違わないそれ! てゆーか、貴女も共犯でしょ!」


 最早完全にてんぱってる二人は意味不明な口論に突入しようとしていた。


 そこに―――



 「アホか手前等は」

 至極もっともな意見と共に、青い槍兵のドロップキックがセイバーに炸裂した。あまりにも見事に決まったせいか、彼女は校舎まで吹っ飛んでいく。


 「ら、ランサー、私はやってない! 犯人じゃない!」


 「手前も落ち着け」

 未だ混乱中のレオンハルトをゲイボルクの柄で叩くランサー。



 「あ、あれ?」


 「ようやく落ち着いたか、ったく、お前らは似たもの同士だな。もう少し周りを見ろっつーかなんつーか」


 「う、面目ないわ」

 うなだれるレオンハルト、というよりもあ螢。


 「さて、やることはやったし、帰るぜ」

 そして、今度こそ撤退しようとする二人だが。


 「待て、ランサー!」

 そこに何とか追いつくセイバー。



 「あ、被害者が息を吹き返した」


 「何!」

 「何ですって!」

 揃って振り向く二人、やはり罪の意識は共にある模様。


 「あばよ」

 その隙に螢を抱え、すたこらさっさと逃走するランサー。



 「………」

 そして、校庭には重要参考人、いやむしろ被告となりそうな勢いのセイバーと、ワカメだったものが残された。

 
 何もなかったことにして彼女が士郎を迎えるために屋上へジャンプしたのはその数秒後のことである。




―――――――――回想終了―――――――――




 「―――そうか」

 悼む気持ちが無いわけじゃないが、そもそも俺もあの場で慎二を殺す覚悟はしていた。

 マスターとして聖杯戦争に臨む以上は死ぬ覚悟はしていて然るべき、そうでなければ教会に駆けこんで保護を頼むしかない。

 問題は桜だ。桜にとってはたった一人の兄なんだから、彼女がどういう心境になるか。

 だが、今はまだ戦争中だ。聖杯戦争が終わってから考えるしかないだろう。


 「でも、今回も俺達はあいつらにしてやられたわけか」


 「…………確かにランサー達の連携は見事でしたが、それより恐ろしいのはそのマスターです。かの存在は私達が今日ライダーに対して勝負をかけることを完全に読んでいた、その上で確実にライダーを仕留めている」

 つまり、戦略で完全に上をいかれた、俺達の行動はランサーのマスターに筒抜けで、逆に利用されたってことだ。


 「―――恐ろしい相手だな」

 素直にそう思う、警戒すべき相手を警戒するのは恥じゃない。


 「はい、正直私達だけで勝利を納めるのは困難であると考えています。凛とアーチャーと共同して当たれば勝機も見えてくる、やはり現在の同盟は維持すべきでしょう」


 「それについては全面的に賛成だ。バーサーカーのこともあるし、最後には聖杯を巡って争うことになるかもしれないけど、多分そうはならないと思う。遠坂が求めているのは聖杯よりも、むしろ勝利そのものな感じがする」


 「確かに、それは言えてるかもしれません。アーチャーが何を考えているかはいまいち分かりませんが、それでも他のサーヴァントよりは信頼に値します」

 と言いつつ、セイバーは雑木林に隠してあったコートを身に纏う。

 ぶかぶかなコートに身を包んだ金髪の少女という怪しさ爆発な格好だが、騎士姿よりは幾分ましだろう。



 「さて、それじゃあ帰るか」


 「そうですね、これ以上ここに留まっても得る者はありません」


 と、そうだ。


 「なあセイバー、そろそろ買い置きの食糧がなくなるから、買いに行こうと思ってたんだけど」

 戦いの後だが、俺にしては珍しく怪我してないし、特に疲労があるわけでもない。


 「むう、同行したいのはやまやまですが、この格好では―――」

 確かに、その格好で商店街を歩きまわれば下手すれば警察に通報されるだろう。


 「今は昼間だし、人通りの多い商店街で仕掛けてくることもないだろ、能力的に可能なキャスターとアサシンは柳洞寺から出られないわけだし」

 現状、自由に活動できるサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカーの4騎。

 ランサーはつい先程撤退したばかりだし、バーサーカーが商店街に現れるのは流石に無理がある。

 そうなると注意すべきはマスターになるが―――



 「そうですね、私が参加した前回の聖杯戦争において、暗殺を得意とするマスターがおりました。例のレオンハルトのように狙撃銃によるマスターの暗殺などを容赦なく実行するほど残忍な人物でしたが、彼ですら白昼にことを起こすことはなかった。監督役からの制約を課されることを恐れたのかもしれませんが」

 それもセイバーから聞いた。前回の聖杯戦争においてあまりにも非道を繰り返したマスターとサーヴァントが監督役から処罰を受け、彼らを討ち取ったマスターには令呪が一つ与えられるという懸賞がかかったという。


 「だろ、だから大丈夫だよ。それに、買い物を終えたらすぐに戻るから、セイバーは家で休んでいてくれ」


 「分かりました。ですがシロウ、くれぐれも気をつけてください」


 そうして、俺はセイバーと一旦別れて商店街へ向かう。


 断じて、謎のコートの金髪少女と一緒に歩きたくなかったわけではない、ええ、違いますとも。












 坂道を下っていく。

 平日の昼間に商店街に行くなんて、子供の頃のお使い以来かもしれない。

 現在は2時を過ぎたくらいだが、まだ昼間と言える時間帯、かな?




 マウント深山商店街にて一通りの買い物を済ませる。

 とりあえずは今日の夜と明日の朝、昼に必要な分くらいだけ買って、その他は明日買うことにする。

 それから、軽い和菓子なんかも買っていく。


 しかし―――


 「パンも買わないとな、本来うちは和食派なんだが」

 我が家に巣食う恐怖の大王は朝食にパンを欲しがる傾向にある。あの悪魔の機嫌を損ねるくらいなら妥協したほうが百倍得と判断し、購入することにしたのだが。


 「くそ、ひどい出費だ。なんだってこんな甘ったるいモンのために千円も払わなきゃいけないんだ」


 安いジャムでは物議をかもしそうだったのでそれなりに値の張るものを買ったらこうなってしまった。小市民の自分が憎い。


 なんて思っていると、後ろから服を引っ張られる感じがした。



 「?」

 何かと思って振り返ると。


 そこには


 「よかった。生きてたんだね、お兄ちゃん」

 絵本から飛び出して来たかのような、銀の髪を持つ冬の妖精がそこにいた。









■■―――――――――――■■



 聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンがそれを見かけたのはただの偶然である。


 穂群原学園での後始末を終え、ただ新都の教会へと帰路を取った。その帰り道にその公園は存在していたに過ぎない。


 故に、そこでセイバーのマスターとアインツベルンの聖杯の器を見かけたのは聖餐杯にとって完全なる予定外、まさか、ここで見かけることになろうとは―――


 「―――いや、そういうことですか」

 だが、聖餐杯はその瞬間ある確信を持った。

 そう、これはただの偶然、たまたま自分がここを通りかかり、衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを見かけただけ。

 衛宮切嗣の実子であり、アインツベルンの悲願を背負う少女と、衛宮切嗣の養子であり、正義の味方という意思を継ぐ少年。

 この二人の確執を恐らく冬木で唯一知るであろう言峰綺礼。彼からその情報を譲り受けたただ一人の存在がこの男である。


 「そんな私が、第二が開放されたこの日、彼らを偶然見かける。なるほどなるほど、このような偶然があるとは」

 この冬木において偶然などありはしない。

 いや、ある程度のことまでは偶然もあり得るだろう。だが、あまりにも都合が良すぎる偶然は最早必然と見るべき。

 人には縁というものがあり、それは中々に切れぬ。まして、この街にはその縁、もしくは宿業と呼ぶべきものを嘲笑う道化師の影が色濃い土地なのだ。


 「流石は副首領閣下というべきですか。これが一体何を意味するのか、さあ、私のような凡夫には分かりかねますが――――――もし、そういうことであるならば、私も期待に沿えるよう、全力で踊るより他ありません」


 聖餐杯の視界では、赤髪の少年と銀の髪を持つ少女が楽しそうに話している。その風景だけを見れば、誰が聖杯戦争のマスター同士だと思うだろうか。


 少女は無邪気に笑っている。もし、第四次聖杯戦争の流れが僅かにでも異なれば、彼と姉弟として過ごしていたかもしれない。そんなもしもの世界を想うからこそ、輝くまでの笑顔を見せるのか。


 その笑顔を摘み取る権利など、いったい誰にあるだろうか―――



 「―――いいえ、私が考えても意味がないこと。私はただ償い続けるのみ、そのためにはラインの黄金は何としても我が手に納めねば」


 そう、どんなに幸せな光景があり、どれほど尊い願いがあったとしても、守る力がなければそれらは簡単に崩れ去っていく。

 弱く、脆い器では何も救えない。自分が救われることだけを考える男には何者も救えはしないのだ。


 「私は聖餐杯、黄金の代行、クリストフ・ローエングリーン。そう、ただそれだけ」


 そして、彼は公園を去る。別に声をかけようとも思わないし、かける必要もない。



 だが、それでもどこかに、その光景を眩いと思う心があった。


 もし過去の自分がテレジアと共に公園にいたならば、他人からはあのような光景に見えていたであろうか?


 黄金の器であるこの聖餐杯、果たして、幼子を抱くことはこの手に叶うのか?


 それは決して答えが出ない問いであり、だからこそ問わずに入られない呪いめいた螺旋。




 自らの本当の願いを未だ見失ったままの男は、歪んだ聖道を歩み続ける。




 彼の最後の愛し子が、真の道を照らすその時まで―――




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あとがき

 さて、今まで続けてきたリリなのネタですが… 不快に思う方もいらっしゃるようなので、ここらで中断。というか、何よりも

 ネ タ が 尽 き ま し た

 いや、私は各シリーズ一回ずつしか見てない上、それも随分前だから、結構なシーンを忘れてるんですよ。思い出すためにDVD借りて視直すと、凄い時間かかりますから、ネタのために本編更新停止ってあまりにも笑えないですよね。だからしばらくはもう無いかな? また思いついたら書くかもですが。ではネタ投下。
 



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 ・どういう状況なのかは察してください
 
 エリオ「オレは隊長たちが好きだ、実にイジリ甲斐があって、萌える」

 その言葉に、なのはとフェイトは揃って枕を投げつける。それをアクロバティックな動きで避けるエリオ。

 エリオ「お、ナイスコンビネーションwww」

 ヴィヴィオ「おお~~」

 なのは「いや、ヴィヴィオ、感心しないで…」

 キャロ「ちなみに、隊長方のゆうべのアハン♡ウフン♡も、ろ・く・が・ず・み♪」

 なのは&フェイト「!? それ消して! 今すぐ消して!」

 キャロ「えー、勿体なーい。じゃあせめて、私の待ち受けにするのは駄目ですかー?」

 なのは&フェイト「ダメ!!」

 キャロ「ちぇー」

 >この2人にはやて嬢が加わったら、もはや隙はない。哀れ六課のメンバー、特にティアナは絶好の獲物。


・ギン姉の不覚

 スカ「私なりの慈悲だよ。今、君の存在は酷く危うい。君の正体を世間に公表すれば、連座で君の父上もどうなるか。私はどちらでも構わんよ、なにせ、No13になる素体はもう一人いる」

 ギンガ「――待って下さい」

 それで、もはや完全に詰まされた。私に選択の余地はなくなった。だけど一つ、いいや2つ、この下種極まりない命を受けることで、儚い希望を抱いた事が…

 ギンガ「ここに誓ってください、Drスカリエッティ」

 ジェイル・スカリエッティを信用するな、そう思いながらもこの鬼畜に縋りついたという、許されざる無様さ。

 ギンガ「私が機動六課の一人を制したら、父は無関係だと手を回しなさい」

 助けるためには、できることはそれしかないと思ったから。

 ギンガ「今夜私がNo13になる。スバルを代わりになんかさせやしません」

 愛していた、守りたかった。この世の何よりも大事だった。
――にも関わらず
 その選択が、愛する妹の心に、何より苦痛を与える選択をさせてしまったのは、つまり私がそういう女だからだろう。
 私は屑だ。

 
 >前回に続き、戒兄さんネタです。今回は似合うなスカリエッティ。


 ・なのはの本質(作者的にはそうは思いませんが)

 ヴィータ「本当に強い奴は、何もしなくたって強いんだよ――」

 ユーノ「……」

 ヴィータ「最初から強い奴には、訓練もリハも必要ない。武道やら模擬戦やらは弱い奴が強くなろうとする手段で、だから精神論が幅を利かすのさ。礼に始まり礼に終われって――そんな具合に。もとが弱いから、力に耐性ないんだろうな。自分を律するのが最優先で、それが出来なきゃ破綻する…哀れすぎるぜ。まあ、仕方ないとは思うけど。つまり、なのははそっち系だ。背伸びしてるあたり可愛いけど、生まれつきじゃないから無理してる」

 ユーノ「…そうかも知れない」

 ヴィータ「お前、責任取ってやれよ、そもそもお前が―――」


 >仲人ヴィータの巻です。


・死せる鋼鉄のアリシア
 
 アリシア「蘇る死者は醜い? 同感だね、私もそう思う。私は2度と死から目覚めたくない。姉妹(きょうだい)、私に唯一無二の終わりをちょうだい」

 フェイト「!! 貴女は…いったい…」

 >これでのプレシアさんは、以前書いたプレシア・クラフトに違いない。



[20025] Fate 第十七話 第四次聖杯戦争の残滓
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/19 18:12
 
Fate (8日目)


第十七話    第四次聖杯戦争の残滓





 「レオンハルト、衛宮邸の動きはどうです?」


 第二のスワスチカが開放された次の日、聖餐杯はその後の動向について櫻井螢に質問していた。


 「特に動きはありません。結界内での戦闘はセイバーに負担を強いるものではありませんでしたし、マスターである衛宮士郎にもこれといった負傷はありませんでした」

 問われたことに関して明快に答える螢、情報収集任務も大分板についてきた今日この頃である。


 「なるほど、ランサー、遠坂のマスターは?」


 「新都の方で色々やってたようだが、全部キャスター対策だな。駅前のビル群なんかには大体網を張り終えたようだ」

 こちらは答えつつも不満そうなランサー、昨夜、新都中を走り回らされたのだから当然ともいえる。

 というか、昼にライダーを仕留めた彼を夜中もずっとこき使う聖餐杯が非道過ぎるのだ。

 衛宮士郎は魔術師として未熟なため、その行動は一般人のそれと大差ない。しかし、遠坂凛は生粋の魔術師であり、その行動には魔術的な意義があるケースが多い。

 よって、凛の監視というか足跡をたどるのはランサーの役割となる。影の国にてクーフーリンが学んだ技術は魔槍のみではなく、ルーンの魔術を代表とした魔術全般の知識も含まれる。


 「そういうことならば、アーチャーが回復し次第、柳洞寺を攻略するという方針は間違いなさそうですね」

 キャスターは柳洞寺に陣を置き、アサシンという護衛を備えている。

 陣地作成というスキルを持つキャスターは全サーヴァント中最も防衛戦に長けた存在であり、能力の相性が最も良いセイバーでさえ無策で挑むのは自殺行為だ。

 だが、それ故に自ら動くことがなく、戦略の幅は狭い。加え、前回のように令呪を使った空間転移といった奇策によって裏をかかれると途端に脆さを露呈する羽目になった。つまり、このまま聖杯戦争が終盤になだれ込めば、キャスターは自然と辛い立場に立たされることになる。


 しかし、キャスターには“破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)”というルール破りの宝具がある。それを有効に使えればサーヴァントの大半を支配下に置くことすら不可能ではないのだが、


 「はい、確かに彼の地は要害ですが、それも魔術戦に限っての話。バーサーカーが本気で攻め込めば容易く陥落するでしょうし、私とランサーだけでも十分です」

 黒円卓の騎士にとっては問題なしと判断できる存在でしかなかった。サーヴァントでない彼らには“破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)”は何の効果もありはしない。エイヴィヒカイトは魔術とは異なる術理によってなり、その存在は最早魔法に近く、魔術師にとっては研究対象というよりも災厄でしかない。

そうなればキャスターには神殿を利用した魔術戦しか術はなく、黒円卓の騎士はその神殿をパンツァーファウストで破壊するような真似すら平然と行う。


 「しかも、2日前のセイバーとの戦いで陣地の大半を破壊されているときた。その上遠坂の嬢ちゃんに供給源まで絶たれちゃあ、かなりまずいことになってるだろうな」

 ランサーもまた、戦争に関しては一流である。その状況判断力は紛れもなく英雄に相応しいものであり、現在の戦況を説明されるまでもなく理解していた。


 「であるならば、多少は強引な手に出てくる可能性も考慮に入れる必要がありますね」

 そうして、聖餐杯は冬木市の地図を指し示す。

 駅前を中心に対キャスターの網が張られており、深山町にはセイバーとアーチャーがいる。となれば、狙える箇所は自ずと限られてくる。


 「駅前からはかなり離れた場所に位置し、広大な敷地面積を誇る大型遊戯施設。ここならば魔力を集める為の生贄には不自由せず、遠坂邸からも遠く離れている。最も、柳洞時からも離れているため地脈を使った方法では限界はありますが」

 そこはスワスチカの一角でもあり、聖餐杯が第三開放の場と定めている地点であった。

 彼の次の標的は既に決定しており、ならば後はそこに至るまでの筋道の掃除役にキャスターを利用するのみである。


 「ということは、キャスターが自ら打って出る。ということですか?」

 聖餐杯の言葉に問いを投げかける螢の顔には疑問の色が強く浮かんでいた。


 「それはねえだろ、積極的に動く野郎だったらそもそも籠城戦なんて方策をとったりはしない。僅かでも危険があるならあの魔女が出てくることはない」

 これまでのキャスターの動きと、柳洞寺で螢が確認したその容貌などから、彼らはキャスターの真名が魔女メディアであるとあたりをつけていた。その宝具の予想もだいたいついている。

 完全な確信があるわけでもないが、そもそも実力でぶつかれば打倒できる相手である以上、搦め手で来られさえしなければ特に危険もない相手だ。


 「ええ、ならば、彼女が出てきやすい状況を整えるまででしょう」

 しかし、聖餐杯はなおも笑う。その頭脳にはいったいどれほどの策謀が渦巻いているのであろうか。


 「エセ神父二号、今度は何を企んでやがる?」


 「企むとは人聞きが悪い、私はただ、キャスターが魔力を回復するためのお手伝いができればと、そう考えているだけですよ」

 ここまで善意が無く“手伝う”などとのたまう存在も稀有であろう。


 「つまり、我々でセイバーとアーチャーを封じる。そういうわけですね」


 「大きく見ればそういうことになりますが、別段彼らを標的にする必要もありません。ただ、深山町でそれらしい行動をとればそれでよし。何しろ、彼らが決して無視することが出来ない存在が、この地には存在しているのですから」

 そして、聖餐杯はある土地を指さすが、その地点は螢にとってもランサーにとっても予想外であった。


 「おいエセ神父二号、そこを俺達が襲撃するってのか?」

 ランサーの問いも無理はなかった。そこは既に何の戦略的価値も存在しない土地なのだから。


 「そうです。確かに聖杯戦争という枠内で考えればこれは全く意味の無い行為。ですが、キャスターが新都で活動しやすくなる、という一点で考えれば意味がありますし、邪魔になるかも知れない存在を排除することにもなります」

 だが、神父は微笑みながら言葉を続けた。

 「我々がそこを襲撃すれば、衛宮士郎と遠坂凛は動かざるを得ない。そうなれば、遠坂凛が新都に張った網も一時的に意味を失い、その隙をついてキャスターは魔力蒐集に動く、いえ、動くように仕向ける。そういうことですか」

 そして、螢は聖餐杯が示した土地を確認する。

 深山町は遠坂邸とそれほど遠くない場所に位置する、間桐邸、そこが襲撃目標であった。


 「いざとなれば間桐邸を焼き払っても構いません。魔術協会に属する魔術師であれば躊躇する行為かもしれませんが、我々にとってはどうでもよい。言峰の話によればこの屋敷には小賢しい虫けらが巣食っているようでして、儀式の終盤に邪魔をされてはかないません。ここは、先んじて害虫駆除を行うと致しましょう」


 聖餐杯にとって、始まりの御三家などその程度の存在でしかない。

 いや、アインツベルンだけは意義がある存在であったが、聖餐杯にとって必要なのは聖杯ではなく“ラインの黄金”なのだ。故に、器さえあれば十分であり、土地は世界中にいくらでもあり遠坂の必要はなく、令呪など彼の目的には意味がなく、間桐もまた必要ない。


 「決行は夜中、間桐桜は学校の結界の影響を多少なりとも受けているでしょうから、今日は自宅にいるでしょう。そこを貴方達が襲撃すれば確実に衛宮士郎と遠坂凛は動きます」


 そして、指揮官であるクリストフ・ローエングリーンが命を下す。


 「了解しました」


 「了解」

 そして、一度命令が下ればそれを確実に執行するのが軍人というもの、ランサーは過去の英雄ではあるが、本質的な部分はさして変わるものでもない。


 こうして、キャスターに大型遊戯場を襲わせることで人気のない存在と変え、彼の地をサーヴァントの決戦場として機能させるためだけに、マキリ・ゾォルケンは黒円卓の騎士と槍の英霊に狙われることとなった。


 これは戦争、そこに魔術師の妄念も悲願も関係なく、利用できるものは何でも利用する。

 黄金の代行である彼にとっては至極当たり前の手であり、それ故に聖杯戦争に参加する者達にとっては全く予想が出来ない埒外の一手であった。










■■―――――――――――■■



 その日の昼過ぎ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは待ち人との邂逅を果たしていた。

 とはいっても、彼女は逢えたらいいなと思っていた程度であり、逢えなくとも仕方ないとも考えていたのだが、これも運命というものか、期せずして冬の少女は正義の味方の意思を継ぐ少年との再会を果たした。


 そして、影に潜みながらその光景を眺める者がいる。


 ヴァレリア・トリファ、“邪なる聖人”という魔名を持つ黒円卓の首領代行。

 この男がこの場に存在しているのは決して偶然ではなく、彼は彼の意図を持ってこの場にいる。


 だが


 「私は彼と彼女が出会うようには仕組んでいない、やはりこれも“運命(Fate)”の成せるものなのでしょうか?」


 聖餐杯は聖杯の少女に用があり、彼女に会うためにその存在を追ってきたに過ぎない。

 本来、彼は探知術をそれほど得意としているわけではないが、この地においては彼の眼は一つではない。聖堂教会の現場責任者という肩書は非常に便利で使い勝手のよいものであった。


 「まあ、仲良く会話する少年少女の間に割ってはいるのも野暮というもの、ここはしばらく待つと致しましょうか」

 聖餐杯は性急なタイプではなく、時期が来るまでじっと待つタイプである。故に、いつ終わるともしれぬ会話の終焉を待ち続けることも、彼にとってはいささかも苦痛にはならない。






 どれほどの時間がたったか、赤い髪の少年と銀の髪の少女はそれこそ姉弟であるかのように手を振りながら帰路に就く。


 そして、アインツベルンのマスターである少女は迷いなくある一点に向かって足を進め―――


 「こんにちは、貴方は一体誰なのかな?」

 ヴァレリア・トリファに対し、無垢な―しかし目は笑っていない―笑顔で問いを投げかけた。


 「これはこれは、気付かれておりましたか」

 それに対し聖餐杯は表情を崩さず、柔和な笑顔を浮かべたまま応えた。まるで、公園で遊ぶ幼子を眺めていただけであるかのように。


 「まあ、気付いたのはついさっきなんだけど、貴方、いつからいたの?」


 「貴女がおっしゃる通り、つい先程ですよ。貴女が話しておられた衛宮さんとは多少の交流がありまして、たまたま見かけたのも何かの縁と考え、声をかけようかと思った次第です」

 自然と答えるヴァレリア・トリファを眺めながら、その服装によってイリヤスフィールは彼の正体に見当をつける。


 「貴方、教会の人間ね」


 「はい、監督役の言峰綺礼神父の下で、現場責任者を務めさせていただいております、ヴァレリア・トリファと申します」

 それは事実、全てを語ってはいないが事実ではある。


 「現場担当ね………じゃあ、私のバーサーカーが街を破壊したら貴方が後始末をするのかしら?」


 「ええ、というより、既に行ったことがあります。苦情を言うようで心苦しいのですが、もう少し穏便に済ませていただければ我々の残業も少なくなるのですがね」

 これは彼以外の聖堂教会スタッフも共通して持つ感想であった。監督役の言峰綺礼は別として。


 「無理ね、教会の人間ならこの儀式にかけるアインツベルンの意気込みを知らないわけじゃないでしょう。遠慮なんてすると思う?」

 そう言う彼女の表情と雰囲気は、衛宮士郎と話していた頃とはまるで別人と化していた。

 これもまた彼女の側面、衛宮切嗣の娘であると同時に、1000年の宿願を背負ったアインツベルンのマスターでもあるのだ。


 「そうですね、それは確かに。10年前もそうでした、貴方達アインツベルンの妄執は凄まじい、何せ、マスターを殺すためのビルそのものを爆破する程ですから」


 「え―――?」

 ここで驚愕するのはイリヤスフィール、彼女にとっては予想外であり、決して無視できない単語が出てきたのだから。


 「おや、御存知ありませんでしたか?」


 「え、ええ―――それより、なぜ貴方は知ってるの?」


 「それはまあ、私も10年前この冬木におりましたから。当時の現監督役は言峰綺礼神父の父親である言峰璃正神父でして、彼の下で聖堂教会のスタッフとして働いておりました。まあ、当時は現場指揮官ではなく、末端でしかありませんでしたが」

 クリストフ・ローエングリーンは虚言を呈する。これを見抜くことは何人にも出来はしない。

 もしそれが可能であるとすれば、彼と同じく条理の外に身を置く怪物のみであろう。そして、雪の少女はけっしてそんなモノなどではない。


 「じゃあ、貴方は、10年前の聖杯戦争を―――知っている?」


 「全てを理解しているわけではありませんし、あの戦争は特に悲惨を極めました。猟奇殺人事件に始まり、ビルの爆破に代表される繰り返される都市テロ事件、酸鼻を極めた連続幼児誘拐事件、謎の巨大生物の襲撃に至っては自衛隊の戦闘機すら出動した程です。そして極めつけがあの大火災、まさに、戦争と言って過言ではなかった」

 これもまた事実である。彼は虚言を弄するものの、そのほとんどが事実の一部を語るものであり、そこからどのような“真実”を得るかは聞く者次第である。


 「それで、10年前のアインツベルンのマスターについて、貴方は何か知っている?」

 そして、雪の少女にとって最も意味があるその問いに対し―――


 「ええ、私が知る範囲でよければ、お話しましょう。ですが、あくまで私は情報を聞いた程度に過ぎないことは予めご容赦ください」


 彼は、彼が知る限りの情報を紡いでいく。そこに当然意図した流れが存在したが、そこに気付けるほどイリヤスフィールの人生経験は豊富ではなかった。


 彼が語る事柄の大半はイリヤスフィールが知らないことであり、自分の両親の戦いを客観的に捉えていた人間から聞くというのは初めての体験である。


 その中で、特に彼女の中に強く印象付けられた言葉は―――


 「ええ、確かにアインツベルンの戦力は優秀でした。遠坂の陣営もまたそれに劣るものではありませんでしたが、マスターとサーヴァントの総合力で競うならばほぼ互角であったと聞いております」

 キャスター組は論外、アサシンと言峰綺礼は真っ先に脱落、バーサーカーとライダーは強力なサーヴァントであったが、もしマスターが衛宮切嗣と対峙するようなことになれば瞬殺されるのがおちであった。

 そうなると、マスターとして衛宮切嗣と戦える存在はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと遠坂時臣だけとなる。前者は衛宮切嗣に敗れており、まさに衛宮切嗣は最強のマスターと言えた。


 だが――


 「その彼を持ってしても、聖杯戦争を勝ち抜くことは叶わなかったと聞いております。最も、終盤は我々も忙しいどころの話ではなく、生き残った言峰綺礼神父から聞いた話でしかないのですが―――」


 そして、聖餐杯は語る、アインツベルン勢の敗因を。


 「結局、衛宮切嗣とそのサーヴァントは常に別行動であったと、敗因があるとすればそこでしょう。聖杯戦争はマスターとサーヴァントの絆こそが試されます。マスターを信頼せぬサーヴァントと、サーヴァントを道具としか見なかったマスター、聖杯が自らの持ち主にそのような存在を選ぶとは思えません」

 聖杯の担い手であるアインツベルンのマスターに、聖杯の意思を語ることほど愚かなことはない。聖杯は聖なる盃などではなく、第三魔法を再現するために、アインツベルンが作り上げた魔術装置に過ぎないのだから。


 「じゃあ、キリツグは自分のサーヴァント信じなかったのね」


 「はい、そのサーヴァントこそ、現在衛宮さんのサーヴァントであるセイバーなのです。かの騎士王の力を持ってしても、遠坂が召喚したサーヴァントを破ることはかなわなかったと」


 「遠坂の、サーヴァント」

 これも事実、英雄王ギルガメッシュはまぎれもなく遠坂時臣が召喚したサーヴァントである。


 「そして、当時のアインツベルンが保有していた聖杯をセイバーは守り切ることが出来ず、遠坂の召喚したサーヴァント、英雄王ギルガメッシュのマスターの手に落ちた。そして、やむを得ず聖杯を破壊したのではないかと、そう言峰綺礼神父は推察しておられました」


 アインツベルンが保有していた聖杯、それすなわちイリヤスフィールの母、アイリスフィールに他ならない。

 騎士王がアイリスフィールを守りきれなかったのは厳然たる事実であり、その点に関してならば聖餐杯は真実を語っていた。

 だが、遠坂の召喚したサーヴァントのマスターが、その時点で遠坂時臣であったかどうかは別の話である。



 「そう、セイバーは負けて、キリツグは聖杯を破壊した。じゃあ、勝ち残ったのはその英雄王ギルガメッシュになるのかしら?」


 「どうでしょうかね、聖杯が消滅した時点で勝者なし、というのが最も的確な気もします。それに、英雄王ほどの魂を聖杯の補助もなく現世に留めるのは困難を極めるでしょうし、そもそも、例の大火災に飲まれてしまった可能性が高い」


 「結局、全ては業火に消えて、後には何も残らなかった、か」

 そう呟くイリヤスフィールの顔は、ある意味年相応のものであった。彼女は、衛宮士郎よりも年長なのである。
 

 「はい、結局全ては無駄に終わり、冬木には死者の山のみが残された。私の個人的な意見を言わせてもらえば、一体何度あのような無駄な儀式を繰り返すのか、といったところですよ。無意味に殺された者達にとってはたまったものではないでしょう」


 「そうね、そんなことを考えられる知性が残っていれば、アインツベルンはとっくに滅んでいると思うけど」

 そして、イリヤスフィールの意思は徐々に定まっていく。正直、彼女には明確な戦う理由がなく、自分は何をしたいのか、いまいち掴みかねていた。

 だが、ヴァレリア・トリファとの会話により、彼女の中の意思は指向性を帯びていく、ならば後はそこ目がけて突き進むのみ。



 「最後に確認するわ、貴方の話は本当かしら?」

 彼女の眼が魔力の色に染まり、アインツベルンの黄金の杯そのものである彼女の意思が外界を侵食する。

 聖杯の器である彼女は結果をイメージするのみで過程を無視して現象を起こすことが出来る。その在り方は魔術師よりもむしろ真性悪魔のそれに近い。

 そして、偽りを許さぬ魔眼を向けられた教会の神父は。


 「――――ええ、私が知る限りにおいては」

 暗示にかかったかのような呆とした表情で、ただものをいう機械のようにそう口にしていた。


 彼が持つルーンは保護(エオロー)、クリストフ・ローエングリーンの聖遺物、黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)は物理的干渉のみではなく、対魔、対時間、対偶然、ありとあらゆる防御膜を極限まで強化し、薄れないように永久展開させている。

 ならば、イリヤスフィールの暗示を全て無効化した上で、暗示にかかったかのように振舞うことなど、まさに聖餐杯にとっては造作もないこと。


 「衛宮切嗣とセイバーは、絆がなかったが故に敗れた。もし、貴方とバーサーカーもそうであれば、父上と同じ結末にしかならないでしょう」


 その言葉に、イリヤスフィールはやはりこの男は自分の出生を知っていたかと確信する。

 だが、それを責めるつもりもない、この男は所詮ただの部外者であり、立ちはだかるようならばバーサーカーに破壊させるまで。


 「私は勝つ、私とバーサーカー以上に強い絆で結ばれた主従なんてあり得ない。それを、証明して見せる」

 それこそがイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの戦う理由となる。

 絆が無かったがために敗れた衛宮切嗣の娘として、アインツベルンのマスターとして、今敵として立ちはだかるセイバーの主従を真っ向から粉砕する。


 自らの進むべき方角を見定めた雪の少女は、これまでにない強い歩みで公園を後にする。強い意思の宿ったその背中は、奇妙なことに、赤い錬鉄の英霊を思わせるものであった。



 そして―――




 「さあ、仕込みは上々、舞台は八割方整ったと見るべきでしょう。恐らくこれが聖杯戦争中盤戦の最大の山場となる。観客の皆様方もご照覧あれ、決して退けぬ意思を胸に秘めた者同士がぶつかり合う英雄の闘争、先の学校のような亡霊の駆除とはわけが違う」


 聖餐杯は笑みを浮かべながら歩きだす。その歩みは常と変わらずとも、その雰囲気は明らかにこれまでとは異なっていた。



 僅かの幕間を経て、再び戦争の幕が上がる。願わくば、此度の闘争がより凄惨で苛烈なものにならんことを。




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 あとがき

 タイトルを修正しました。今までのは暫定的だったもので… それなりの意味があるタイトルのつもりです。

 余談ですが、司狼とベイ中尉って似たような言ってること多いんですよね。

 ベイ「普通に生きて、恋して遊んで、泣いて笑って、純愛感動青春万歳……低能な劣等どもが喜びそうな飴玉だらけの箱じゃねえか」

 司狼「ツレと駄弁って馬鹿やって、女作ったり部活やったり、悪くはないけど珍しくもない、そんなの日本中の同年代が、リアルタイムで経験してる」

 ベイ「練習などしない、修行などしない、仮想敵など百万殺しても所詮は仮想。実戦こそがすべてだ――」(地の分ですが)

 司郎「最初から強い奴には、リハも稽古も必要ない。武道は弱い奴が強くなろうとする手段で、だから精神論が幅を利かすのさ。礼に始まり礼に終われって――そんな具合に。もとが弱いから、力に耐性ないんだろうな。自分を律するのが最優先で、それが出来なきゃ破綻する…哀れすぎるぜ」

 似てるんですよね、さすがジューダスの系譜。




[20025] Fate 第十八話 戦火に潰える妄執の家
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/20 10:04
Fate (8日目)


第十八話    戦火に潰える妄執の家




 夜十時


 深夜といえるほど遅くはないが、既に一般の会社員などならば大半は帰宅しているであろう時間帯。

 新都のような開発区ではない深山町は既に眠りにつきかけている頃合いである。


 そんな中、夜を疾走する影が二つ。


 一人は、漆黒のSS服に身を包んだ若き獅子。

 一人は、青い戦衣に身を包みし古の英雄。

 武装こそ具現させていないものの、両者は既に臨戦態勢をとっており、いついかなる場所から奇襲を受けようとも対応できるよう神経を集中させている。


 「レオン、油断すんなよ。アーチャーの野郎は鷹の目を持つ、数キロ先から狙撃される可能性もあるってことを忘れるな」


 「分かっている。高い授業料を払った経験はそう簡単に忘れられるものじゃない」

 二人は新都から大橋を通り、この深山町まで夜を駆けてきた。

 あえてランサーが霊体化せず、螢もまた迷彩符を用いていないのは、今回の行動が目立つことを前提としているからに他ならない。索敵されなければ困るのだ。


 「まあ、アーチャーの野郎が俺達を見逃すってことはありえねえ。問題はいつ気付くか、そしていつ出てくるかってことだが―――」


 「そこは今考えても仕方がない、先入観を持って行動するよりはあらゆる可能性を等価に持っておくべき。そうよね?」


 「ほお、分かってきたじゃねえか」


 「経験を積んでも、そこから学ぶものがなかったら何の意味もないでしょう」


 「は、そりゃ確かに」


 軽口をたたき合いながらも二人は休むことなく駆け続ける。ランサーにとっては全速力ではないが、螢にとってはそれに近い速度である。


 そうして、深山町を進軍し続け、彼らは目標地点へと辿りつく。


 「見えた、間桐邸よ」


 「ようやくか」

 いったん止まると同時に、ランサーが結界探索のためのルーンを起動させる。

 螢もまた双眼鏡を取り出し、物理的手段による観測を開始する。



 そうして、僅かな時が過ぎ。


 「なるほどな、ここの結界は防御主体じゃねえ、どっちかつうと、中のものを外に出さないためのもんだ」

 ランサーがルーンマスターとしての本領を発揮し、結界の特性を突き止め、


 「その対象はおそらくアレね」

 螢は、その対象となるであろう少女の位置を把握していた。



 「となると、俺達は囚われの少女を救いだす英雄ってわけか?」


 「あり得ないわね。少なくとも彼女にとっての英雄はただ一人だと思うし」

 会話をしつつも、彼らは自分の成すべき事柄を把握し、そのための準備を進めていく。



 「ターゲットは妖怪爺と囚われの姫、どっちがどっちを担当する?」


 「私が妖怪で貴方が姫ね」

 もしこれが演劇の役割であったら、さぞとんでもない光景になりそうな台詞である。


 だが、この選択には当然のごとく相応の理由がある。すなわち、


 「ま、そうなるか、セイバーのマスターの小僧にとっても遠坂の嬢ちゃんにとっても、妖怪爺がどうなろうとしったこっちゃねえわけだからな」

 彼らが駆けつけて来た時、最優先事項は間桐桜の身柄の確保となる。そうなれば、桜を確保している方がサーヴァントと戦う可能性が高くなる。

 螢はサーヴァントと戦える程の実力を備えてはいるが、流石に二騎を同時に相手するのはきつい、だが、ランサーならばそれも可能であり、機動力で勝っている以上、撤退することも可能だ。その時に螢の援護があればそれはさらに容易になる。


 「ええ、そういうわけで、私が例の妖怪爺を切り伏せるから、貴方はお姫様を誘拐して頂戴、暴れられると困るから意識は飛ばしておいた方がいいかも」


 「そこは臨機応変だな、意識があった方が追手はやりにくいこともある。さて、方針はそれでいくとして、この結界をどう破る?」

 二人の役割分担は決定したものの、問題はそれをどう実行するかにある。

 だが、螢はその問いに言葉ではなく行動でもって答える。


 「形成」

 瞬時に形を成し、彼女の手に握られるは炎を固めて作られた緋色の神剣。ただそこにあるだけで凄まじい熱量を放っている。

 同時にそれは未だ形成位階であることを示してもいる。創造位階に入るとこの熱は外界への干渉を止め、全て彼女の内界へと収束するのだ。


 「おやおや、殺る気満々だなお前」


 「なんだかんだで隠密行動ばっかりだったし、結構ストレス溜まるのよ。妖怪が相手なら遠慮する必要はどこにもないし、ここの結界が内に向いたものならば、何をやっても外に漏れることはない」

 それは実に皮肉な事実。対象を収容するために作られた建物は、建物そのものが襲われた場合、その属性を反転させる。

 つまり、マキリの妖怪が少女を囚われの身とするために構築した結界は、狙われる立場となった今、自身に振りかかるのである。


 「妖怪爺はお前のストレス解消のために殺されるわけか、まあ、害虫の役割なんて得てしてそんなもんか」


 「人間だってイライラした時、蠅や蟻を潰すでしょう。要はそういうこと、ていうかね、ホントにそろそろ限界なの、人間だもん、ストレス溜まるのよ、私のせいじゃないわよ、理解してよ、構ってよ」

 マキリの妖怪がどれほど生き汚い存在であれ、所詮は自分より弱い者のみをいたぶることしか能がない腰ぬけであると彼女は断ずる。

 螢はシュピーネを殺すつもりでこの妖怪を退治する方針であった。

 とはいえ、今現在の彼女は若き獅子というより暴れる幼女だったが。



 「さあて、それじゃあ行くかい」


 「合図はいらないわね」

 そう言いつつ、彼女は己が聖遺物に意識を集中させる。緋々色金を中心として炎が渦を巻き、拡大すると同時に圧縮されるという矛盾の螺旋を作り出す。


 そして、拡大と圧縮を繰り返した炎が緋々色金によって抑えておける臨界点に到達すると同時に―――



 「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 気合一閃、ストレス解消。

 振り下ろされた緋々色金の剣先から極大の火炎が出現し、間桐邸を一瞬で火炎地獄に変える。


 最早第五次聖杯戦争との関わりを失くした家において、誰もが予想しえなかった戦争という名の憂さ晴らしが始まった。






■■―――――――――――■■



 それを、最も早くとらえたのはキャスターではなくアーチャーであった。


 間桐邸には強固な結界が張られており、その内部で何事が起ころうとも外部の存在が察知することは出来ない。

 元来、魔術師の工房とはそういうものであり、いくらキャスターのサーヴァントとはいえ、その内部を見通すことまでは不可能であった。衛宮邸ならばともかく、遠坂邸、間桐邸、アインツベルン城の結界は防諜機能にかけては凄まじかった。


 ならば、いかなる手段によって錬鉄の英霊はその襲撃を察知したか。

 それは戦場を嗅ぎつける戦士の嗅覚、幾度も体験した戦場の空気、五感の全てを超越した部分で感じる、戦闘者のみが持つ“虫の知らせ”。

 千の戦場、万の殺し合いを潜り抜けた経験の全てが、アーチャーの鷹の目に宿り、その襲撃を看破することを可能とした。


 無論、襲撃から幾分かの時間が経過すれば間桐邸の結界の力も弱まり、その事実を察することも出来るようになるだろう。

 だが、彼は間桐邸への襲撃の“直前”にそれを察知した。つまり、レオンハルトが放つ殺気に反応したと言ってもよい。



 ――――よって


 ≪凛、深山町で動きがあった。場所は間桐邸だ≫


 サーヴァントとマスターを繋ぐパスを通して、彼は己の主に肉親の危機を即座に告げていた。





 「!?」

 自室で宝石に魔力を込めていた遠坂凛はその報告を受け、文字通り跳ね上がった。


 ≪アーチャー、どういうこと!?≫


 ≪言葉通りだ。既にライダーは消滅したが、それを知らない何者か、もしくは知っている何者かがあえて間桐邸を襲撃している≫


 己のサーヴァントの変わらぬ態度に幾分冷静さを取り戻した凛は、魔術師としての思考回路を即座に起動させ、現状の把握に努める。


 現在、残るサーヴァントは六騎。


 セイバーは味方陣営、ランサーはライダーを消滅させた本人であり、間桐邸を襲う理由はない。レオンハルトとかいう女もランサーのマスターに従っていると思われるからその線は薄い。


 そしてバーサーカー、始まりの御三家の一角たるアインツベルンがマキリの拠点を知っているのは当然の話。だが、


 ≪アーチャー、間桐邸を襲っているのはバーサーカーかしら?≫


 ≪いや、あの巨体は確認できない。流石にあれの存在を隠せるほどの結界はないだろうし、あったとしても今頃破壊されている≫


 聖杯の器を司るアインツベルンは他のマスターにない優越を持つ。すなわち、敗れたサーヴァントが誰であるかを正確に把握することが出来るのだ。

 ライダーは消滅し、既に聖杯に捧げられている。現状、器を保有しているのはアインツベルンだろうから、ライダーの脱落を知らないわけがない。


 となると残るは……


 「キャスターしかいない」

 キャスターならば既にライダーが消滅したことを知っていてもおかしくはない。だが、いや、だからこそ、キャスターには間桐邸を襲う理由がある。


 「キャスターはセイバーによって神殿を半壊させられた。その上、魔力の供給源には私が網を張ったから、別の供給源が必要になるのは当然の話だった……」

 ならば、サーヴァントを失ったマスターはその格好の標的だ。一般人を百人喰らうよりも魔術師を一人捕らえた方が効率はいい。

 間桐慎二には魔術回路が存在していなかったから餌にもなりはしないが、サーヴァントの守護が無い間桐邸で、戦う手段を持っていない魔術師が一人いる。


 「桜が―――桜が狙われている!」

 そして、それを知ってなお冷静でいられるほど、遠坂凛は魔術師ではなかった。


 ≪落ち着け、というのも無理な話か。凛、冷静に怒れ。何が君を昂ぶらせているかは知らんが不届き者を抹殺したくば、その想いを全て殺意に変えて研ぎ澄ませることだ≫

 そんな彼女に向けられたサーヴァントの助言は、彼女の気質と知り尽くしているかのように的確なものであった。

 同時に、霊体化していたアーチャーが彼女の傍に顕現する。纏う空気は既に戦場に向かう戦士のものである。


 「アーチャー、今すぐに間桐邸に向かって。細かい判断は貴方に任せる。私は士郎とセイバーと共にすぐ向かう」


 「了解した。だがマスター、間桐邸の襲撃は我々をおびき出すための陽動という可能性も考えられる。背中の注意は怠るな」

 錬鉄の英霊は忠告を残すと同時に姿を消した。彼の能力ならば間桐邸に到達せずとも襲撃者を射抜くことはできる。

 そして、遠坂凛も即座に行動を開始し、未だ事態に気付いていない衛宮士郎をとりあえず殴る。これが彼女流の頭の冷やし方であった。



 役者は次々と舞台の上へ、誰もが予測しなかった夜の聖杯戦争は加速していく。








■■―――――――――――■■




 そして、全く自覚がないままに戦争の中心に据えられた少女は、事態を把握出来ずただ呆然としていた。

 彼女はただ自室にて日記を綴っていたに過ぎない。



 ジャプニカ暗殺帳



 超鈍感男、衛宮士郎が全然自分のアプローチに気付いてくれない、せっかく親密な関係になれてきたと思ったら、謎の金髪美女が登場、しかも、姉までもが包囲網に加わった。

 忌々しや忌々しや………


 とまあ、そのような記述が随所に見られる門外不出の禁書を綴っていたわけなのだが。


 突如として間桐邸の結界が破られ、家が燃えている。

 その事実に気付きはしても、荒事に慣れていない彼女の脳は、理解するまでに相当の時間を要した。


 そして、その隙を最速の英霊が見逃すはずもなく―――



 気がつけば、自分は誰かに抱えられて夜の街を舞っていた。


 「はい?」

 なんかもう、そんな言葉しか出てこない状況である。

 ついさっきまで家にいたはずなのに、急に家が燃えて、ふと気付けば大空を舞っている。


 あははは、私ったら変な夢を見てるなあ、と思いたくなるのも無理はなかった。



 「って、何処ここ! 貴方は誰ですか! 何者ですか!」

 しかし、やはり姉妹なのか、咄嗟の状況を判断する前にとにかく動く、という特性はやはり遠坂凛と似ていた。


 「正義の味方、全身青タイツだ」

 ランサーも悪ノリ爆発である。そもそも、今夜の襲撃そのものが茶番なのだ。


 「ぜ、全身青タイツ……?」

 確かに、見てみれば自分を抱えている人物は全身青タイツであった。

 だが、そんなことが分かってもなんの解決にもなっていない。


 「あ、貴方、サーヴァントですか……?」

 未だ状況を把握してはいないが、桜はかろうじてそう問うていた。


 「ほお、知ってたか。だがまあ、そろそろ口を閉じた方がいい、じゃなきゃ舌を噛むぜ」


 「え?」

 その答えは、すぐさま彼女の目の前に現れた。

 無数の光の矢が、さながら流星群の如く飛来する。その全ては威嚇であり、間桐桜に当たらないように配慮がなされていたが、戦闘の素人である彼女にそんなことが分かるはずもなく―――


 「きゃ、きゃああああああ! なんか、なんか飛んで来ました!?」


 「しゃべんな、つったろーが!」

 盛大に混乱した。大混乱である、なんかもう色々ぐだぐだである。


 「あれ! あれ! 赤い、赤い全身タイツが追って来ました! 青い全身タイツを赤い全身タイツが!?」

 別にアーチャーは全身タイツではないのだが、ランサーの青と対極であるという部分に気をとられ、そのまま全身タイツまで感染した模様。


 「だから黙ってろ! 耳元で大声出すんじゃねえ!」

 拉致っておきながら随分勝手な言い草ではあるが、ランサーも必死である。予想外にアーチャーの追跡が早かった。


 「そんなこと言われても!」


 「そんだけしゃべれる元気がありゃあ死にはしねえよ!」

 だが、その単語は逆効果だったようで。


 「死ぬ!? 死んじゃうんですか私!? まだ先輩に抱かれてないのに!?」

 桜の混乱はさらに加速していた。


 「知るか!? つーかそりゃあお前の願望か!? 願望なのか!?」

 高速のツッコミをいれながらも片手にゲイボルクを持ち、アーチャーの放つ矢を迎撃していくランサー。

 アーチャーの弓の技量は並大抵ではなく、桜に一切危害を加えず、ランサーの首から上だけを吹き飛ばせる全ての軌跡から同時に矢が飛んでくる。

 それを迎撃するランサーもまた只者ではないが、拉致した少女と意味不明の会話をしながらではいまいち締まらない。


 「うわわわわわわわわ!? 光りました! 弾けました! 何ですかアレ!」


 「手前は死にてえのかぁぁぁ!!」

 至極もっともな話である。


 「死にたくありません! 死んでも死にきれません! せっかく胸で姉さんを凌駕しているというのに、一度も揉まれないまま死んでたまるものですか! セイバーさんだって胸はないですから私の優位は揺るがないはず!」


 完全に錯乱している桜は全ての願望を解き放っていた。ここまで純粋に己の渇望を露呈する姿は、最早黒円卓の騎士にも匹敵する。


 「だったら、今は黙ってろ! 死んだら小僧に揉まれることも出来ねえぞ!」


 「ですが! もし先輩がガチロリだった場合はどうなりますか! 胸の薄い女の子にしか欲情できないタイプだったら! 身体を提供しようにも反応無しじゃ意味ありませんし、私はどんな先輩でも受け入れますけど、私の身体で欲情できないことは死活問題です!………こうなったら、姉さんだけ殺して私は死なない」


 「やかましい! 物騒なこと言ってんじゃねえ! 男ってのはどんな野郎だろうがでかい胸が好きだ! 俺が保証してやる!」

 もうやけくそなランサーだった。


 「本当ですか! 嘘だったら呪いますよ! 姉さんと一緒に!」


 「ああ! ゲイボルクに懸けて誓ってやる!」

 こんなしょうもないことを誓われたゲイボルクに幸あれ。



 そして、マスターの命を受け、間桐桜の身柄を確保すべく迫る追跡者は―――



 「………………………いったい何の話だ?」

 あまりにも予想外の展開に、首を傾げるしかなかった。










■■―――――――――――■■


 そして、ランサーと桜とアーチャーが追跡劇なのかコントなのか、微妙によく分からないいざこざを繰り広げている中。


 「消えなさい、妖怪」

 黒円卓の若き獅子、レオンハルト・アウグストは問答無用で間桐臓硯を切り殺し、いや、焼き殺しにかかっていた。

 彼女にとってこの戦いはストレス発散のための害虫駆除、要は憂さ晴らしである。聖餐杯の手足として動くのもこれでなかなかストレスが溜まるのだ。


 「そ、そのSS服、黒円卓か!」

 そして、間桐臓硯、いや、マキリ・ゾォルケンは自らが置かれた窮地を即座に悟っていた。

 彼は数百年を生きた魔術師であり、黒円卓が誕生する以前より魔道に傾注している身である。

 故に、第三次聖杯戦争と同じ時期に誕生したある異形の集団についても当然情報を持っていた。だがしかし、この聖杯戦争に奴らが関わってこようとは。


 だが、彼は思い出さない、いや、思い出せない。


 二百年前、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンと遠坂永人、マキリ・ゾォルケンによって創始された大聖杯の儀式、その儀式を行うための魔術式を提供したある人物がいたことを。

 本来、宝石の翁がいた場所には……

 「はあああああああ!」

 一片の慈悲もなく、レオンハルトの放つ剣戟はマキリ・ゾォルケンの肉体を焼き尽くす。

 マキリの魔術属性は水に由来し、間桐邸は水の属性を備えた魔術師の工房、一種の要塞である。

 だが、どのような神秘もより上位の神秘の前に敗退するのがこの世界の理、マキリ500年の魔術の技も、聖槍十三騎士団黒円卓第十三位、副首領、カール・クラフト、メルクリウスが編みあげたエイヴィヒカイトに比べれば神秘として劣る。

 加え、炎の属性は穢れを祓い、魔を清める。浄化と炎は強い繋がりを持ち、間桐邸を包み込む炎は屋敷中に潜んでいた蟲どもを余さず焼き尽くしていく。

 そもそも、櫻井の家そのものが神職であり退魔に連なる。その末裔である彼女の剣には“大祓”の概念が色濃く宿っている。


 この国における呪術の真髄、誰か一人の鬼を定め、全てそのものに被せつつ放逐するという“大祓”。

 現状、マキリの呪いを強く受けているのは間桐桜ではあるが、人を呪わば穴二つ。その呪いの発端であるマキリ・ゾォルケンにそれを被せるのはまさに造作もないこと。

 そして、全ての呪い、全ての業を一人に負わせ、その上で炎をもって焼き尽くし浄化する。古来より大和(日本)に伝わる魔の駆逐手段の王道である。



 マキリ・ゾォルケンも数百年を生き抜いた魔術師、生き延びる為の手段に関してならば相当の知識を有しており、そう簡単に追い詰められるなどあり得ない。

 だが、長い年月は人から柔軟性を奪い、思考を硬化させる。既にこの老人には聖杯戦争のことしか魂になく、その他の事柄に関心を寄せることはなかった。



 故に―――



 「お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 若き獅子の炎に対抗する手段を老人は持ち合わせておらず、ただ一方的に業火に蹂躙されるのみであった。

 古来より、戦争とはそういうものだ。歴戦の勇者も全く予想外の方向から飛来した矢によって容易く命を落とすことがある。戦うものにとって最も危険な攻撃とは、想定していない部分からの奇襲なのだ。

 そして、マキリ・ゾォルケンにとって黒円卓の騎士の襲撃とはまさに青天の霹靂であった。対魔術師、対代行者、裏側の二大組織からのあらゆる刺客に対する備えを持っていた老魔術師は、まったく無警戒の襲撃者によってあっけなくその命を散らそうとしている。

 その上、遙か昔に日本に移住してきたマキリを焼き打ちにしているのが、二大組織のどちらでもなく、日本の退魔に連なる者というのも皮肉な話である。


 加え―――


 「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba(かれその神避りたまひし伊耶那美は)」


 「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe(出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき)」


 レオンハルト・アウグストはここに至って基本に忠実であった。

 奇襲に成功し、相手に痛撃を与えることに成功したならば、立て直す隙を与えず最大火力をもって蹂躙すべし。

 戦場において圧倒的な優位を確保できるなどそうあることではない。一流の戦闘技能者ならば、一度その機会を得たならば敵の抹殺に全力を注ぐものである。


 「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,(ここに伊耶那岐)」


 「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten(御佩せる十拳剣を抜きて)」


 実際、柳洞寺の戦いにおいて、衛宮士郎の令呪によってキャスターに対して圧倒的な優位を築くことが出来たセイバーは、己の魔力の総量などは歯牙にもかけず、全力での速攻に出ている。

 よって、


 「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.(その子迦具土の頚を斬りたまひき)」


 今ここで、レオンハルト・アウグストの全力、すなわち創造位階をもってこの妖怪を灰燼に帰すことこそが、最良の選択である。


 「Briah―  創造」


 だが、それでもマキリ・ゾォルケンは数百年を生きた魔術師である。今ここにある肉体はあくまで蟲によって作り上げた擬態に過ぎず、彼の魂の器である脳蟲は他にある。


 つまり、肉体が完全に焼き尽くされる前に魂を本体、すなわち間桐桜の心臓へと避難させてしまえば、この程度の損壊など何ら問題ない。

 例え緋々色金が魂を焼き尽くす性質を持っていたとしても、既にここにない魂を焼くことなど何びと足りとて不可能である。


 ≪甘いわ、小娘めが≫


 そして、老魔術師が一時の敗北と大局的な勝利を確信した瞬間―――



 「残念だったわね」

 肉体から逃れ出た魂は、櫻井螢の腕によって掴まれていた。



 ≪な――!?≫

 老魔術師の驚愕も無理はない、例えいかなる存在であっても、魂を素手で掴むなど、そんな真似が可能なはずはない。

 だが、彼は知らない。なぜ黒円卓の騎士が聖堂教会からも魔術協会からも天災として扱われるか、それはひとえに、既存の概念で理解できない術理に身を置いているからに他ならない。


 「私を甘く見たわね。黒円卓の騎士は殺人鬼の域を超える人喰いの鬼(マン・イーター)、こと魂を奪い、喰らい、簒奪することに関してならば、私達を上回る存在などこの世界に存在しない」

 そう、黒円卓の騎士とはそういうものだ。人の魂を喰らい、聖遺物に捕らえ、自らの動力として利用する人外羅刹の集まり、ならばこそ、このような人に寄生する害虫にとっては天敵といえる。


 例えどれほどの生き汚さを誇ったところで、肉体を破壊し、魂を喰らう相手から逃れられる道理はない。副首領、カール・クラフトの術式に穴など存在しないのだ。


 ≪待っ―――≫


 「Auf Wiedersehen (さようなら)」


 そして、ここに最後の一撃が振り下ろされる。



 「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.(爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之)」


 彼女の渇望、それは決して消えない恒星となり、この胸に秘める想いを高め続け、願いを果たすその時まで孤高であり続けること。

 求道型の創造であり、それに切られることは灼熱の恒星に飲み込まれることと同義である。もっとも、同じ術理に身を置くさらに上位の存在、三人の大隊長にとってみれば、適温の湯船の中に放り込まれる程度の感覚で済むかもしれないが。


 ≪が、あああ、おああああああああああああああ!!≫

 だが、マキリ・ゾォルケンの魂はただの人間のものに過ぎず、ベルリンの聖櫃によって黄金化を果たしたエインフェリアとは比較にならない。この炎の浄化に耐えきれる道理もなかった。


 「せいぜい苦しむことね、貴方の魂はこの家を完全に焼き尽くすための燃料として使ってあげる」


 そして、彼女はどこまでも容赦なく、害虫の魂を己の力の一部に変える気など毛頭なかった。

 これまで彼女は大切な人を蘇らせるために大量の魂をかき集めてきたが、それでもゴミのような人間の魂は炎の燃料として使い捨てにしている。

 緋々色金に現在宿る大隊規模の魂、これは彼女が戦いによって集めてきた相手のものであり、流石にベイのように戦場を渡り歩いたわけではないが、裏の組織の人間の魂が大半であり、対等に殺し合う間柄の相手から奪ったものである。


 例え蘇らせるためには犠牲が必要であっても、せめてその手段は正々堂々としたものでありたい。ベアトリス・キルヒアイゼンを至高の目標とする彼女にとって、それは決して譲れぬ誇りであった。例え、誰からも理解されない概念であったとしても。


 だが、それ故に未だ彼女の保有する魂は大隊規模であり、連隊規模のマレウス、旅団規模のベイとは比較にならないが、エイヴィヒカイトの強度は量だけでなく質にもよる。魂の選り好みは決して愚かな選択というわけでもない。

 黒円卓において、最も選り好みをせず、見境なしに喰らい尽くすのはシュライバーで、魔城の蟲毒の壺にて戦い打倒した、自力で魂の形成が可能な勇者のみを機械の身体に宿すマキナはその対極にある。

 レオンハルトは未だに若い牙に過ぎなかったが、既に戦闘力ではシュピーネを上回っており、確かに黒円卓に名を連ねる実力を備えていた。



 そうして、マキリの家は黒円卓の戦鬼の侵攻によってあっけなく滅び、その蓄積された魔術の秘跡は他ならぬマキリ・ゾォルケンの魂によって焼き尽くされた。


 だが、それも珍しいことではない。欧州においては、既に数十を超える魔術師の家が“白いSS”によって滅ぼされている。


 たまたま、今回滅ぼされたのはマキリの家であった。これはただそれだけの話である。


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 あとがき

 桜がはっちゃけました。おかしいなあ、プロット段階ではこうじゃなかった筈なのに。
 螢いやむしろアホタルもはっちゃけました。おかしいな(ry

 今回の蟲爺のについてですが、HFで女性を襲って身体を作ってるとき、ハサンに”魂の設計図をもとに”と説明していたので、少なくとも身体を作ってる段階では、あの身体のほうに魂が在ったのでは、という解釈のもとに話を作りました。反論される方もいるかもしれませんが、どうかご容赦を。言峰の時は、詠唱の間に本体の方に逃げた、と思ってます。

魂を掴めるのか? といことですが… プロローグでシュライバーに殺された魂が視認できるようになっていたので、やれないことは無いのでは、と思います。蓮は偽槍から魂を選別する、ということをやろうとしてましたし。




[20025] Fate 第十九話 中盤戦の戦略
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/21 15:19
Fate (9日目)


第十九話    中盤戦の戦略



 間桐邸襲撃事件の次の日、衛宮家の居間において、今後の対策が検討されていた。

 ちなみに、結局ランサーは間桐桜を天高く放り投げて退散した。アーチャーがぎりぎりでキャッチしたことで事無きを得たが、一歩間違えれば桜は潰れたトマト(兄と同じ運命)となっていただろう。


 「で、どうするんだ遠坂?」


 「そうね―――って、結論は一つしかないんだけど」


 凛にとっては現在の状況はまさに複雑な心境である。まさか、間桐の家が一夜で滅びることになろうとは夢にも思っていなかったのだ。

 しかも、間桐の屋敷はいっそすがすがしい程に全焼していた。昨夜、間桐邸に駆けつけた凛、士郎、セイバーが見たものは凄まじい勢いで燃えながらも周囲には一切飛び火していない謎の炎であった。


 これこそが、求道型の創造の特性である。櫻井螢の放つ炎は形成位階においては延焼し燃え広がるが、創造位階になれば対象とするもの以外は何者をも燃やさず、その熱を一点に集中するという物理法則を無視した存在となる。

 創造位階はカール・クラフトの秘術エイヴィヒカイトの真髄である。現実を己の常識によって浸食する祈り、魔術で言えば固有結界に近いそれは黒円卓の騎士を生きた災害に変える最大の要因だった。


 「あの炎、一体何だったんだ? 世の中の常識を少しは考えろよ、って言いたくなったぞ俺は」

 士郎の感想も無理はなかった。その炎は屋敷を跡形もなく燃やしたにも関わらず、庭の草木は何一つ燃やしていなかったのだ。


 「さあね、私が問いたいわよ。で、結論は間桐の家は断絶、蓄えられた魔道の知識も屋敷と一緒に灰になりました。慎二もあの女に殺されたわけだから、桜一人が残されたわけね」


 「ソウデス、シンジハアノオンナニコロサレマシタ」

 セイバーの言葉が変だが、気にしないことにしておくとしよう。

 ちなみに、凛は士郎に自分が桜の姉であることを伝えていた。というより、こうなってしまっては伝えざるを得なかった。


 「法的に考えても、戸籍上の家族は全員死んだわけで、間桐の家は魔術師の家系だから他に縁もないわけだろ」

 魔術師の家は一子相伝。ならば、嫡子以外には家の後は継がせず、残りの子は養子に出されるのが常。つまり、間桐の家は血縁関係というものが皆無に等しい。間桐臓硯、間桐鶴野、間桐雁夜、間桐慎二、一家全滅である。

 ちなみに、間桐臓硯は戸籍上、間桐雁夜の父であり、間桐桜の祖父になっていた。


 「ええ、こうなると、桜の行き先は本来の実家になる……しかないわよね」

 つまり、頼れる縁故が生まれ育った遠坂の家しかない。桜は五歳頃までは名実共に遠坂時臣と遠坂葵の娘であり、肉親の縁というものは切っても切れない。

 戸籍上は間桐桜のままであっても、家が全焼した以上は誰か後見人を定めて住居を決める必要がある。そうなれば、本来の実家がすぐ近くにあり、実の姉がそこに住んでいる以上、どこに行くかなど考えるまでもない。表面上は遠坂と間桐は共に冬木の名家であり、親しい間柄であったからこそ、桜を養子に出した。ということになっているのだから。


 「遠坂は、嫌なのか?」


 「い、嫌じゃないんだけど、何と言えばいいか、今から急に一緒に暮らすと言われても心の準備が出来ていないというか」

 遠坂凛としては珍しく煮え切らない態度である。だがそれも無理はない、長年思い悩んでいたことがわけも分からぬままに解決してしまったのだ。


 「でもまあ、これで桜は魔術なんかと関わることはないわけだろ」

 「魔術なんかって言葉は私に喧嘩売ってるとしか思えないけど、確かにそうね。あの子に魔術は似合わないわ、最も、あんたの性奴隷ってのはそれなりに似合ってるかも」

 「手前こら!」

 「冗・談・よ」

 実際、冗談でも言ってないとやってられない心境だった。


 「とにかく、しばらく桜は禅城って家にいるんだな?」


 「私の母の実家だから、当分の身元引受先としては申し分ないわ。表側での地位はそれなりの家だし、そっち方面のことは任せようと思ってる。それに、間桐の家は消滅したけど、魔術以外の社会的な処遇は山ほど残ってるし」


 「うーん、俺もその辺は雷画の爺さんに任せっきりだったからな」


 「ったく、何で聖杯戦争の真っ最中にこんな世俗のことで悩まなきゃいけないのよ」

 凛は知る由もないが、そうなるようにクリストフ・ローエングリーンが仕向けたのである。こと嫌がらせに関してならば黒円卓でも一、二を争う。

 レオンハルトのストレス解消と共に、凛にはストレスを蓄積させるというまさに悪魔の手口である。


 「凛、それはともかく、問題は一体誰が間桐邸を襲撃したか、ということではないのですか?」

 そこへ議題を提出するのはセイバー、ここまでの会話は凛のストレス発散的な意味合いが強かったので、セイバーは静観していた。逃げを打ったとも言う。その結果、士郎は一人で愚痴を延々と聞かされる羽目になったのだが。

 「そうね、そろそろ現実逃避はやめて現実に目を向けないと」

 凛の切り替えの早さは正に神速、その速度たるや士郎が呆れかえる程である。


 「とはいっても、状況から考えたら一人しかいないわね」


 「だよな、桜を攫った? のがランサーで、アーチャーがそれを追った。となれば、間桐邸を焼き払ったのはあの女しかあり得ない」

 桜を攫った、の部分に?がつくのも無理はない。


 「レオンハルト、ですね。ですが腑に落ちません。彼らは一体何が目的だったのでしょう?」

 それこそが、彼らが頭を抱える部分だった。


 「アーチャーの話じゃ、桜は士郎に抱かれたいって言ってたとか」


 「げほっ、ごほごほ!」

 飲んでたお茶を噴きだす士郎、彼には気の毒なことだが、紛れもない事実なのだから恐ろしい。


 「……ランサーに誘拐されている状況でそれを述べたのですか、桜は」

 セイバーも桜をある意味で尊敬していた。鉄の心臓でもなければその状況でそんな発言は出来はしない。まあ、混乱してただけなのだが。


 「中々にあり得ないシチュエーションでの告白よね、しかもそれを告げた相手が誘拐犯、最早混沌だわ」

 実際、それに立ち会ったアーチャーの心の中が一番混沌であっただろう。


 「しかし、そうなると、ランサーの役割は炎上する間桐邸から桜を逃がすことだった。ということになってしまいます」


 「けど、学校でライダーを仕留めたのはランサーだし、慎二を殺したのはあの女だ。あいつらが何で間桐の家を焼かなくちゃいけないんだ?」

 士郎の疑問ももっともだった。どう考えてもランサー陣営に利益が無い行動なのだ。


 しかし、彼らは深山町に集中するあまり、新都の方面を見落としていた。彼らが間桐邸にかかずらっている間に、キャスターは大型遊戯施設にて魔力の蒐集を行っていたのだ。


 「うーん………ああもうやめ、ここで考えてても埒が明かないわ」

 凛は早々に結論付けた。確かに、分かりしない事柄を考えるのは時間と労力の無駄にしかならない。


 「問題はあくまでこれからどうするかよ。ぶっちゃけ、聖杯戦争にさえ勝てれば過程がどうだろうと、他のマスターが何を企んでいようが関係ない。まあ、そこのお人よしは被害を最小限にしないと意味無いんでしょうけど、無駄な被害をださせないという部分なら私も共感できるから」


 「それは確かにそうです」


 「つまり、次の標的をどのサーヴァント、もしくはマスターにするってことか」

 ようやく話が実際的な方向に向いてきた。


 「まず、アサシンのマスターはキャスターみたいだから、山門から動けない。そのキャスターのマスターは不明だけどこの際特に意味なし」


 「ですね、キャスターの方が魔術師として優秀である以上、魔術師としての存在に意味がありませんし、キャスターの神殿はマスターからの魔力提供程度で賄えるものではありません」


 「キャスターのマスターは、ただキャスターと現世を繋ぐ楔でしかないってことか」


 「恐らくね、ひょっとしたら柳洞寺の誰かを適当にマスターにしてるのかもしれないけど、藪をつついたところで蛇が出るだけでしょ」

 実際柳洞一成の体内には、特定の質問に反応するタイプの魔術式が埋め込まれていたりする。凛の懸念は的を射ていた。


 「だから、キャスター陣営に対しては方策は一つ、神殿の守りが完全に復活する前に全力で叩く。幸い、セイバーは相性がいいし、アーチャーの矢ならアサシンを突破するのもそれほど苦労しないはず、条件は整っているわ。アーチャーも明日くらいには万全になるから、そのつもりでいて」

 この同盟において司令塔は常に凛であった。作戦立案能力や状況把握能力に関してならアーチャーが上回っているかもしれなかったが、司令塔というものにはある種のカリスマが求められる。

 ことカリスマに関してならば、遠坂凛は全マスター中ぴか一である。英霊を従える器量としてこれ以上のものはない。


 「バーサーカーとの戦いは、その後になりそうですね」


 「―――どうだろうな」

 ここでやや言い淀む士郎、彼は内心イリヤスフィールとは戦いたくないと思っていた。とはいえ、この場でそれを口に出すことも出来はしなかった。


 「少なくともこっちからアインツベルンの拠点に攻め込むって選択肢はないわ。ただでさえ力量は向こうが上なのに、地の利まで抑えられたら流石に勝ち目はない。私達を潰しに出てきたところを迎え撃つって形にしかならないと思う」


 「こうなると、あの日の夜以来動きが無いのが不気味ですね。ランサー陣営はあれほど活発に動いているというのに」


 「というか、あいつら働きすぎだろ」

 士郎の指摘ももっともである。働きすぎというよりは、聖餐杯が働かせすぎるのだ。


 「バーサーカーとの戦いに横槍を入れたり、あの夜には柳洞時にも介入してきた。学校の戦いにも割り込んできてライダーを撃破、そして昨日の夜は間桐邸を焼き払った。神出鬼没どころじゃないわね」

 間違いなく、全サーヴァント中、皆勤賞はランサーである。


 「正直、彼らを放置したまま柳洞寺に攻め込むのは不安が残ります。漁夫の利をさらわれる結果になる可能性も捨てきれません」


 「まあそうなんだけど、中盤戦であいつらと戦うのは下策だと私は考える。まだサーヴァントが多数残っている状況では戦略の幅が広すぎて、あいつらの行動を予測できない。実際、昨日の夜の行動は想定外だったわけだし」

 それは事実、アーチャーですら間桐邸襲撃は完全な想定外であったのだ。


 「優れた戦略家と戦略を競うのは上手くないわ。中盤戦では戦略が弱いところから突くべき、つまり柳洞寺陣営ね。終盤戦になればサーヴァントが減るうえに陣地取り合戦になるから戦略の幅はおのずと狭くなるし、逆に陣地作成スキルを持つキャスターが有利になるから、それまでに叩いておきたい」

 機動力を最大限に利用して幅広い戦略を展開する相手と戦うならば、より大きな条件で行動に制約をかけ、戦術的な戦いに限定させることが上策である。

 この場合、聖杯を得るという条件がサーヴァントの打倒という戦略目標の上位に位置することになり、聖杯戦争が終盤戦に移行すれば、流石のランサー陣営もこれまでのように自由に動き回るわけにはいかなくなる。

 逆に、柳洞寺を要塞化しているキャスター陣営が生き残っていれば、終盤戦ではかなり厄介な存在になる。彼らにとって不利な戦場に嫌でも攻めこまざるを得ない状況になってしまうのだから。


 「バーサーカーはどうなんだ?」


 「あそこも別の理由で終盤戦までに倒したい相手ね。聖杯の器を保有するアインツベルンのマスターは決戦場を自分の意思で選ぶ権利を持つ。こっちも終盤戦において厄介な存在になる」

 要は、器と降霊の土地。その両方を揃えることが勝利条件なのだ。仮に全てのサーヴァントを打倒しても他のマスターにそれを抑えられていては何の意味もない。


 「じゃあ、俺達にとって理想的な形は――」


 「中盤戦でキャスターとバーサーカーを打倒する、ということになるかと。キャスターを滅ぼせばアサシンは自然と消滅しますから、そうなれば残るは三騎士のクラスのみとなる」


 「まさに終盤戦って様相になるわね。セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士だけが残り、聖杯を巡って覇を競う。私達は遠坂邸を確保出来るから、決戦は残りの三箇所のいずれかになる」


 「教会は中立地帯だから多分ないよな、あの公園は決戦上に向いているとは思えないし、そうなれば……」

 残りはただ一つ。


 「キャスターの消滅によって空白地帯となった柳洞寺、決戦場としてはこれ以上に相応しい土地はありません。そこでランサーを打倒出来れば、この聖杯戦争は終わります」

 それこそが、彼らにとって理想的な聖杯戦争の終結となる。


 「まあ、全部希望的観測なんだけど、キャスターはともかく、バーサーカーを打倒するのは並大抵の覚悟じゃ不可能よ」


 「そうだな、まずは明日、キャスターと決着をつけて、それからバーサーカーを打倒する」


 「連戦となるのは避けたいところですね。あの神殿を攻略するならばそれなりの消耗は覚悟せねば」


 「それ以前に、ランサー陣営が要注意よ。キャスターの消滅と同時に何をやってくるかわかったもんじゃないわ」

 聖杯戦争はバトルロイヤル。様々な思惑が入り乱れ、混戦模様を紡ぎだす。


 「ったく、前途多難だな」


 「でもまあ、ライダーが消えてるのは僥倖よ、ここでライダーまで残ってたらもう予測なんかつきやしないし」


 「そのためにランサーはライダーを始末したのでしょう。逆説的に考えれば、ランサー陣営にとっては今後の展開が予想しやすくなるわけですから」

 第四次聖杯戦争ではアインツベルン陣営であったセイバーは、他の視点から現状の自分達を見た場合、どのようになるか、ということを考えていた。

 あの夜、狙撃を行ったのは間違いなくレオンハルト、ならば、アインツベルンのマスターが自分達に執着しているのを知っている可能性が高い。


 そうなると、ライダーさえ始末すれば、自分達がバーサーカーとキャスターを打倒するために動くことを予想するのは、そう難しいことではない。ランサーのマスターにとってみれば労せず強敵を消せることになる。


 「敵の立場で考えれば、理想的な展開は私達がキャスターとバーサーカーを打倒し、消耗しているところをランサーが仕留める、といった形でしょう。既に他のサーヴァントが消滅しているので二対一となりますが、向こうにはあのレオンハルトがいますし、マスターの実力も未知数です」


 「最悪、レオンハルト以上ってことも考えられるか。万全の状態ならまだしも、バーサーカーとの戦いで消耗した時に襲われたらやばいわね」

 凛もその点に気付く。


 「ってことは、バーサーカーを倒す前に、ランサー陣営にある程度の痛撃を与える必要があるってことか?」

 意外と察しがいい士郎。いざ戦略論になるとかなりの冴えを見せる。


 「可能ならの話だけど……確かに、キャスターに挑むときはいいとしても、バーサーカーと戦うときにランサーが無傷で動けるってのは少しヤバいわ。少なくともレオンハルトの行動くらいは抑えておきたいところかしら」


 「そうなれば、適任はアーチャーですね。私がランサーを引きつけ、その隙に彼がレオンハルトを狙撃する」


 「そこにバーサーカーを利用できれば言うことなしなんだけど、そう甘くもないか」


 「けど遠坂、イリヤは多分俺を狙っている。だとしたら邪魔になりそうなランサーを先に排除するって判断もあり得るんじゃないか」

 これは士郎の心情でもあった。最悪イリヤとぶつかるのが避けられないとしたら、せめて横槍がない状況で真っ向から受けて立ちたいと彼は考えている。


 「なるほど、盲点だったわね。そうか、他のマスターの心理を読むのを忘れていた。戦争なんだから相手の心理を読むのも重要だったわ」

 そして、遠坂凛の頭脳は高速で回転を開始する。歴戦の英雄であるセイバーも同じく。


 「士郎、私達はしばらく長考するから、あんたは昼ごはんでも用意してて」

 現在の衛宮士郎はじっくり考えて結論を出すタイプではなく、与えられた情報から閃きを得る直感型である。

 あらゆる情報を集め、そこから理論的に結論を導く“心眼”に至るのはまだ先の話、錬鉄の英霊とは違う存在なのだ。

 故に、情報をまとめるのは凛とセイバーの管轄となり、士郎は開示された情報に穴がないか、もしくは矛盾点がないかをチェックする。特に、凛には致命的な穴があるケースが多いので注意が必要である。


 「分かった。ちょっと商店街まで出かけて来ようと思うけど、大丈夫か?」


 「多分ね、昼頃に動くマスターがいればとっくの昔にあんたを襲ってるわ」



 確かにその通りなのだが、ここ2日程士郎とイリヤが仲良く公園で談笑していることなど知らない凛だった。



 そして、運命は交錯する。凛とセイバーが今後の戦略を練っているこの段階で、聖餐杯の導きを受けたイリヤと出会うこともまた必然なのだ。



 そう、全ては、偶然であり必然なのである。







[20025] Fate 第二十話 交錯する運命
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/22 07:45
Fate (9日目)


第二十話    交錯する運命



 昼前のマウント深山商店街、そこを私服姿で歩く少女が一人。


 「さて、アインツベルンのマスターは果たして来るのかしら?」

 櫻井螢、彼女は聖餐杯の命を受け、ここで待ち人を探していた。

 ちなみに、彼女の服装は現代の日本の女子高生が着そうな普通の服である。彼女が好む服装は、


 『いや、それも十分あり得ねえだろ』


 と、古代人によって美的感覚もろとも否定されてしまった。

 まあ、全身青タイツに屈服したわけではないが、たまには違う感じの服を買うのもいいかなと思い、新都で新しい服を数着買った後、こうしてマウント深山商店街を散策しているわけだ。

 ぶっちゃけ、緊張感なさすぎである。


 しかし、彼女はある気配を感じ取った。


 「これは―――代行者?」

 この街にいる代行者などそれこそ一人しかあり得ないが、彼は監督役という使命があるはず、なぜ彼がここに―――?

 疑問を感じつつも気配を辿り、彼女が辿り着いた先には―――



 紅洲宴歳館・泰山



 それが、その魔窟の名であった。


 「こ、これは―――」


 気配を感じる。そう、これは戦慄と呼ぶべきもの。

 今、私は恐怖している。この中に入ることを恐怖している。

 怖い、恐ろしい、この中には見てはならないものがある。決して口にしてはならないものがある。

 それを口にしたが最後、私は狂う、その予感が頭から離れない―――






 「よし、逃げよう」

 そして、彼女の判断は早かった。速やかなる戦略的撤退である。


 聖餐杯の教え、戦場における三原則がある。


 一つ、正体の分からぬ敵に無暗に攻め込むな

 二つ、こちらの技が効かぬ場合は、速やかにかつ深く洞察せよ

 三つ、そして勝てぬと判断すれば、脇目も振らずに逃走するべし



 この敵の正体は分からない、いや、知ってはいけない。

 こちらの技(常識)は一切通用しない、閉め切られた窓、にも拘らず漏れ出る香辛料の香り、それらだけでもその事実が洞察出来る。

 そして、自分では絶対に敵わない。そう判断したならば、脇目も振らずに逃走する―――!





 彼女は逃げた、全力で逃げた。

 いや、その速度はあくまで早歩き程度だったが、彼女にとっては紛れもない全力であった。



 紅洲宴歳館・泰山



 冬木に存在する魔窟は、ここにまた一人、挑戦者を不戦敗に追い込んだのだ。そしておそらくは、”白いSS”であってもコレには敗退を余儀なくされるであろう。







 とまあ、そんな幕間はともかくとして。



 「あれは、衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、本当に仲良さそうね」

 聖餐杯ほどの隠形に優れていない螢は、いつものごとく遠距離から監視している。

 普通ならば会話など聞こえる距離ではないが、あいにく彼女の耳は普通ではない。


 しばらく会話を聞いていたが、アインツベルンの少女がついに本題を切りだした。


 『シロウ、貴方と戦いたくないという思いは私の中にある。でも、それと同じくらい、貴方と戦いたいという思いもある』


 『イリヤ……』


 『だから、私はアインツベルンのマスターとして、貴方に正面から勝負を挑む。拒否することは許さない、衛宮の姓を背負う貴方にはその義務があるわ』


 『……分かった。俺は逃げない、イリヤの想い、全部俺が受け止めてやる』


 『ありがとう、シロウ』


 『いや、俺は衛宮士郎だ。俺が親父の後を継ぐと決めた以上、イリヤとのことは俺が決着をつけるべきだ』


 『いいえ、貴方だけじゃない、セイバーもよ。彼女はキリツグのサーヴァントだった、もし彼女が勝っていれば、私はこうしてここにいない。イリヤスフィールにアインツベルンのマスターとして、ヘラクレスを従えさせたのは騎士王であるということを忘れないで』
 

 『………分かった』


 『じゃあね、シロウ。決戦は今夜、場所は貴方達で決めていいわ。決まったらリンの使い魔かなんかでアインツベルンの森に飛ばしてくれればいいから』


 『森って、前にイリヤが見せてくれたやつか?』


 『ええそう、額と額を合わせたときね。ふふふ、私達はもう身体を重ねあった仲なのね』


 『それ、意味が違う』


 『それでもいいの、それじゃあね、お兄ちゃん。マスターとしてまた会いましょう』


 『ああ』








 「なるほど、流石は聖餐杯猊下」

 実にあの人らしいやり方だ。ほんの僅かの情報だけで、アインツベルンと衛宮がぶつからざるを得ない状況を作り出した。

 だが、これだけではまだ足りない。彼らが全力でぶつかるには、邪魔となる要素がある。


 「それが私達、っていうのも皮肉な話だけど、あれだけ暴れた後じゃ無理もないか」

 ランサーとレオンハルトが健在である以上、セイバーとアーチャーは全力でバーサーカーとぶつかることはしないはず。そんなことをすれば漁夫の利をさらってくれと言っているようなものだ。



 「だからこその作戦。正直、不満しかないけど、命令である以上は仕方ないか」

 内心は不満の塊だが、聖杯戦争全体の戦略から見れば実に有効であるのも確か。

 その上、新兵訓練という名目上にも符合しているし、見た目だけなら非の打ちどころはない。


 「でも、そこに悪意を感じてしまうのは―――猊下の人徳のなさかしら」


 そう思いつつも、櫻井螢は行動を開始する。

 聖餐杯が望む結末を引き寄せるための布石を打つ、それが彼女に課せられた任務であるが故に。








■■―――――――――――■■






 イリヤと別れた後、俺は自宅へ向けて歩いていた。


 正直、イリヤと戦いたくないという思いはある。けれど、同時にイリヤと俺は戦わなきゃいけないとも強く思う。


 「殺し合うんじゃない、ぶつかり合うんだ。いや、清算と言った方がいいのか?」

 表現は微妙だが、ようはそういうことだ。

 イリヤは切嗣に強い想いを秘めている、それが憎悪なのか、愛情なのか、正直良く分からないが、あの子の感情が最も強く向かっている相手は切嗣なのだろう。


 だけど、親父はもういない。ならば、それを受け止めてやるのは俺の役目であるべきだ。


 『いいかい士郎、正義の味方が救えるのは、自分が味方した者だけなんだ』


 そう、親父は言っていた。その言葉にどれほどの重みが込められていたのか―――



 「あら、奇遇ね」

 そんなことを考えていたからか、その存在に気付くのがあまりにも遅すぎた。


 「お、お前は―――!」

 レオンハルト、柳洞寺で俺達を撤退に追い込んだ謎の炎使い。


 「待ちなさい、戦うつもりはないわ。そもそも、私に害意がなかったからこそ、こうして貴方に接触できた。貴方は自分で思っているよりも余程勘が鋭い、近づくのは並大抵のことじゃないのよ」


 「え――?」

 なんかこう、もの凄い予想外な声が飛んできた。


 「確かに、貴方はイリヤスフィールにまるで気付いていなかったけど、逆に敵意を持って攻撃してきたライダーやキャスターの奇襲には反応した。それに、私の弾丸にもね」


 「やっぱり、あの弾丸はお前の仕業か!」

 あの時、イリヤを狙って放たれた狙撃銃、サーヴァントではありえないから、そうなれば怪しいのはこいつくらいしかいなかった。


 「本当はイリヤスフィールを狙ったのだけど、貴方が庇ったのには驚いた。まあ、こうして声をかけたのもバーサーカー関連の話なのだけど」


 「何だと?」


 「あまり時間もないから単刀直入に言うわね、私達にとって最大の脅威はバーサーカーで、だからこそあの場で真っ先に狙った。そして、貴方がイリヤスフィールから宣戦布告されたことも知っている、だから、ここは手を組んでバーサーカーを脱落させたい」


 それはつまり、


 「一時的に手を結ぶってことか?」


 「ええ、ランサーの槍の能力はセイバーやアーチャーを殺すのには向いてるけど、バーサーカーの肉体を突破できない。でも流石に三騎士のクラスを同時に相手にすればバーサーカーといえど対処しきれないでしょう。それに、その間に私がイリヤスフィールを狙うことも出来る」


 こいつはイリヤを殺すつもりか。確かに、戦略としてならそれは正しいのかもしれない、だが、俺は決して認められない。

 だが―――


 「俺一人で結論は出せない、知っているだろうが俺は遠坂と同盟を結んでいる」


 「それは構わない、精々話し合って結論を出して頂戴、これが私の携帯の番号。手を組むにせよ、拒否するにせよ、一回くらいは連絡を欲しいところね。後それから、私達は既にバーサーカーとの決戦場とすべき地点を定めている」


 「決戦場だって?」


 「新都の駅前からはかなり離れた場所に位置する大型遊戯施設。昨日の夜、キャスターの魔力蒐集が行われたようで現在は警察の取り調べが入っている。夜になれば無人の施設と化すから、罠を仕掛けるにはもってこいよ。それじゃあね」


 そして、レオンハルトという女は直ぐに踵を返して去っていった。



 「まったく、いきなりな展開だな」

 イリヤと戦うことになったかと思いきや、今度はランサー陣営から共闘の申し込みがあるとは。


 「とにかく、セイバーや遠坂と話し合わないと」

 俺はこれまでよりも早足で自宅に向かった。









■■―――――――――――■■





 「御苦労さまでした。レオンハルト」


 そして、教会に帰還した櫻井螢を出迎えた聖餐杯は満面の笑みを浮かべていた。


 「任務は遂行しましたが、セイバー・アーチャー陣営が乗るかどうかは未知数です」

 聖餐杯に対し、螢は冷静に答える。


 「いえいえ、最早成功したも同然です。我々の動向がどうであれ、バーサーカーとの決戦は避けられない。ならば、彼らが取るべき方策は自ずと決まってくる」


 それはつまり―――


 「イリヤスフィールのセイバーに対する執着を利用し、バーサーカーに我々を始末させる。ということですか」


 「その通り、散々彼らを妨害してきた我々の共闘宣言ほど信用できないものはない。決戦上に指定した大型遊戯施設にも、衛宮士郎や遠坂凛を殺すための罠があっても不思議はない、向こうはそのような心境でしょうから、逆手に取ることも出来る」


 こちらは同盟を囮に罠を仕掛ける。向こうはその裏をかく、それに対しこちらは―――


 「つまり、何もしないと?」


 「今回の作戦の最終目標はあくまでバーサーカーの魂によって第三を開くことです。そのための道筋はどのようなものであっても構いません。なので、貴女達には相当な無理を強いることになりますが、そこはご容赦を」


 その策で一番割を食うのは螢であった。なにしろ、バーサーカーと一騎打ちを演じる可能性が高いのだ。


だが―――


 「構いません。今の私ではバーサーカーに届かないことは理解していますが、だからこそ、どこまで届くか試したいという気持ちもあります」


 彼女は未だ新兵、ならば、ヘラクレスという大英雄と戦うことは決してマイナスではない。まあ、死なずに生き延びることが前提となるが、死ねばそれまで、所詮は黒円卓に名を連ねる器ではなかっただけの話、黒円卓の騎士はそういう条理で生きている。


 「それは結構。格上の相手から生き延びることを前提とした戦いは、貴方にとっては初めてでしょう。最も、ベイあたりにもないでしょうがね」

 そう言いつつ聖餐杯は苦笑いを浮かべる。これは単に属性の問題なのだ。


 「それはつまり、ベイが戦った相手で彼よりも強い相手がいなかった、ということですか?」


 「いいえ、そうではありません。彼とて無敵の存在ではなく、“黒の姫君”の陣営に無謀にも特攻した時などはまさに死にかける程…いえ、死んでいい筈の傷を負いました。ですが、彼は生き延びることを前提とした戦いはしなかった。死徒二十七祖の一位、六位、八位、九位を同時に相手にしながら、逃げることなど微塵も考えず、守勢に回らず攻勢に出続けたのですよ」


 「………ベイは何を考えているんですか?」

 それは最早、正気の沙汰とは思えない。まさに、戦場の鬼の理論である。



 「ベイの創造は自分より強い相手と戦う時にこそ、その真価を発揮します。さらに、それが一人であろうと多数であろうと関係ない。“魔剣ニアダーク”や、“固有結界パレード”によって致命傷を受けながらも、敵の力を喰らって再生し、暴れて暴れて暴れ続けた。結果、誰の能力かまでは分かりませんが、空間転移か何かを受けて死にかけのまま叩きだされたようです」


 「………」

 最早何も言えない螢である。


 「マレウスが呆れていたのはそういうことですね。彼は瀕死の傷を負いながら、戦場で強敵と戦っている時こそが最高の状態だった。逆に敵から遠く離れた安全地帯に飛ばされた時に本当の意味で死にかけた。つまり、ベイはそういう存在なのであり、それ故に、生き延びることを前提とした戦いなどあり得ない」


 それはまさに前提の逆転。螢にとっては、自分の生命が危機に晒されない状態にするために生き延びる。つまり、強敵から逃げ、安全地帯に辿り着いた時に死から遠ざかることが出来る。


 だが、ヴィルヘルムは違う。彼にとっては戦場こそが生きる場所であり楽園。安全な場所など、餌も敵も存在しない生き地獄でしかない。血を吸うに値する強敵と戦い、自分の命を危機に晒してこそ生が意味を持つ。肉を削り、骨を砕き、相手の命を略奪し己を新生させ続ける。その世界でこそ、彼は死を超え飛翔する闇の不死鳥となる。


 「ですが、貴方は別だ。武装具現型の使い手は、常に戦闘理論を組みたてて戦う、本能で暴れる人器融合型とはわけが違います。キルヒアイゼン卿も、常に自分が生き延びるための戦術を構築しながら、仲間のために命を懸けて戦っておられた」

 仲間のために命を捨てるような精神では黒円卓の騎士は務まらない。

 仲間を救い、自分も生き残る。そんな御都合主義を自分の力で実現させる。世界の法則がそれを拒むなら、己の法則によってそれを凌駕してくれよう。その圧倒的な意志力こそが黒円卓の騎士の力の根源なのだ。


 「ですが、これだけは覚えておいてください。例え逃げることが目的であったとしても、相手を殺し尽す気概は常に持っておくことです。ベイは最たる例ですが、強者に囲まれた際、逃走よりも殲滅を選ぶその気概こそ、エイヴィヒカイトを強くする。最後は精神論に帰結するという論理の外の術式なのですから」

 それが、魔術師が使う術式とエイヴィヒカイトの最大の違いである。

 魔術があくまで“式”によるものであり、その法則にそって力を行使する。

 だが、エイヴィヒカイトは己の渇望によって世界を凌駕する。己のみのルールで現実を侵食する祈りであるそれは固有結界に近く、決まった法則など存在しない、シュライバーなどがいい例だが。

 そして、遠坂凛が衛宮士郎の投影魔術を“あり得ないもの”と判断したように、これらの現実を侵食する概念は魔術の世界にあってすら異端なのだ。


 「分かりました。猊下の期待にはお答えします」


 「お願いしますよ。死地に赴くよう命令しておいてなんですが、今貴女を失うわけにはいきませんので」


 と、そんな時。


 櫻井螢の携帯電話が振動した。


 「意外と早かったですね」


 「さて、結論はどうでしょうかね」


 彼女は通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。この距離なら聖餐杯も問題なく会話を聞くことが出来る。


 「もしもし」


 『衛宮士郎だ。結論が出たから伝えておく』


 「そう、それで?」


 『お前達の提案、受けることにした。それで、今後の予定を教えて欲しい』


 「決まりましたね」

 聖餐杯は呟く、今後の予定は既に螢に伝えてある。


 「アインツベルンへの連絡はそちらでお願いするわ。私達はすぐに大型遊戯施設を、対アインツベルン用の決戦場に仕立てあげる。決行は夜の10時頃でいいわ、結界は張っておくから邪魔が入ることもない」


 『分かった、それで、どこで合流する』


 「現地でいい。私達は予め潜んでおくから、貴方達は10時までに来てくれればそれでOK」


 『了解だ』


 電話が切れる。


 「ふむふむ、結界を張るのは私の役目ですかね」


 「私の持つ道具だけではあれほど大きな施設を覆うのは困難ですね。ランサーのルーン魔術なら可能かもしれませんが……」


 「いえ、彼の魔術は貴重な戦力ですから、このような捨て札としては使えません。ここはやはり、私が出張ることにいたしましょう」

 確かに、実際に戦うのは螢とランサーであり、聖餐杯はただ指令を下すのみ。ならば、彼が結界を担当するのは当然の成り行きなのだが―――


 「大丈夫でしょうか、貴方は表面上聖堂教会の現場責任者ですが」


 「問題ありません、なんのためにキャスターに大型遊戯施設を襲わせ、表側との繋がりを構築したとお思いですか?」


 「―――あ」


 そう、聖餐杯はそこまで考えて策を練っていたのだ。

 キャスターが魔力蒐集のために動けば、当然それは事件となる。しかし、魔術によって起こされた事象を一般人が解明できるわけもなく、事件は迷宮入りにしかならない。

 そこに、万人が納得できる理由をこじ付け、事実の隠匿にあたることが聖堂教会の役目、つまり、大型遊戯施設は暫定的に言峰綺礼の管轄下に入っているも同然なのだ。


 ならば、現場指揮官たるヴァレリア・トリファがそこに人払いの結界を張ることに然程違和感は生じない。適当な理由を設け、夜間に一般人の出入りを禁じる為の処置とでも言っておけばいい。

 この冬木にも暴走族程度は存在しており、無人となった大型遊戯施設に彼らがたむろする可能性とてゼロではない、あらゆる事象に対して策を練り、対策を講じるのが監督役と聖堂教会スタッフの役割なのだ。


 加え、聖堂教会の隠匿によって人が寄りつかなくなった場所を、マスターがあえて利用するケースも聖杯戦争では珍しいものではない、これはつまり、自然な流れなのだ。



 「考えが足りませんでした」

 そして、それを認識した櫻井螢は、素直に自分の未熟さを認めた。


 「いえいえ、所詮このようなことは裏方の仕事、騎士の本分は戦場にこそあります。圧倒的な力があるのならば、そこに謀略が介在する余地はない。大隊長御三方などはまさにその典型です」

 そう、逆に言えば、それがない聖餐杯はこうして裏で立ちまわるしか道はない。

 彼の聖遺物、黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)は防御に特化したものであり、戦場を駆け巡り、敵を制圧することには向いていないのだ。

 故に


 「ならば、私は私の務めを果たします」

 レオンハルト・アウグストはここにいる。彼女の本分は戦闘にあり、未だ若く経験は少ないが、それでも創造位階に至っているのだ。形成(笑)さんとは違う。


 「頼みましたよ、ここが中盤戦の最大の山場になります。気を引き締めて参りましょう」


 こうして、布石は全て打たれ、後は劇が始まるのを待つばかり。

 誰が勝つか、いずれの陣営が脱落するか、それは未だ分からずとも、一つだけ確実なことはある。


 今夜、サーヴァントが誰か欠け、第三のスワスチカは開かれる。


 黄金の代行、クリストフ・ローエングリーンの策謀に穴はなく、それは最早決定事項と化していた。


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 次回から、本格的にバーサーカー戦が始ります。原作とは違い、今回は三つ巴状態、勝つのはどの陣営か、ご期待ください。
 士朗もイリヤも”始まりを清算しなければ、一歩も前に進めない”という心境、というところでしょうか。
 今回久しぶりにベイ中尉関係が書けて、中尉病としては大満足。



[20025] Fate 第二十一話 戦略と謀略
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/24 12:06
Fate (9日目)


第二十一話    戦略と謀略





 「さて、果たして誰が来るかしら?」


 張り巡らされた結界によって人気の絶えた大型遊戯施設。そこに、櫻井螢は座していた。

 読んで字のごとくベンチに座っているのだが、隣にマクド●ルドのハンバーガーやコーラが転がっているあたり、貴様は一体何しに来たのだと問いたくもなる。


 「やっぱり、所詮はファーストフード。ふん、兄さんの料理と比べればゴミ以下ね」

 何気に不満があった模様、お前はどんだけ兄の料理が好きなんだ。


 と、傍に置いておいた携帯が振動する。


 「はい」


 『バーサーカーが動きました。真っ直ぐそちらへ向かっております』

 それは、聖堂教会のスタッフの一人をアインツベルンの森に張り付けておいた聖餐杯からの連絡であった。


 「セイバーと衛宮士郎は?」


 『彼らもそちらへ向けて出発はしました。ですが、アーチャーと遠坂のマスターは未だ残っております。いくつか行動パターンは考えられますが、およそ、求める結果は一つでしょう』


 「バーサーカーによって私を始末させる、ですか」

 予測された展開ではあるが、やはり本番になると気が重くなってくる。

 何しろ、それに対抗するのは螢の力量次第、つまり、彼女はバーサーカーから自力で逃げのびねばならないのだ。

 一応、そのための準備は済ませてあるが、今度はバーサーカーも本気で来るはず、一瞬の油断も即座に死に繋がるだろう。


 『ええ、そういうわけで、そちらはよろしくお願いします。アーチャーはランサーに担当してもらいます』


 「了解しました」


 そして、通信は途絶する。



 「形成」

 同時に、彼女は己が聖遺物を形成し、心を戦闘用に切り替える。

 これは一つの儀式、兄の料理を懐かしむ一人の少女、櫻井螢から、黒円卓の若き獅子、レオンハルト・アウグストへと切り替えるための通過儀礼。


 右手に収まった緋々色金を握りしめ、彼女はしばし瞑想する。

 炎を己の内より具現化させ、それを圧縮し内に籠めるイメージ、それを何万回も繰り返し、彼女は一つの刃と化す。

 何度も何度も繰り返し、剃刀を研ぎ続ける。余分なものを削ぎ落とし、戦意のみを高め、戦場を疾駆する騎士へと己を変生させる。


 そして、再び目を開けた時には、既にそこに年相応の少女は存在していなかった。


 あるのはただ、戦場に臨む一人の騎士。黒円卓の最も若い爪牙であり、消えない想いを内に秘めた獅子心剣。


 ―――そして



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 巨獣の咆哮を思わせる、凄まじい大音声が響き渡る。

 いや、それはまさに神話の怪物であった。鎧の如き筋肉で全身覆われた猛き狂戦士が、抑圧のくびきからより解き放たれたのだ。


 「来たわね」

 そして、大型遊戯施設に踏み込んできたアインツベルンの主従に対し。


 大量のクレイモア地雷が、洗礼を叩き込んだ。









■■―――――――――――■■



 時は少し遡る。


 「よし、行こうセイバー」


 「はい、ですがシロウ、周囲への警戒は怠らないように、いつランサーが現れるとも知れません」

 衛宮邸より、セイバーの主従が出陣する。目的地は決戦上に指定された大型遊戯施設である。


 衛宮士郎がレオンハルトと邂逅を終え帰還した後、彼らは今後の方針を即座に決定した。

 既に、凛とセイバーはバーサーカーと戦うまでに、ランサーかレオンハルトか、いずれかを行動不能状態に追い込む必要がある、という結論に達していたが、そこへのイリヤスフィールよりの宣戦布告とレオンハルトからの共闘の申し込み、まさに千載一遇の機会であった。


 そして、大型遊戯施設にてバーサーカーとレオンハルトをぶつからせ、セイバーとアーチャーはランサーをおびき寄せて返り討ちにするという作戦を構築し、今現在実行に移しているわけだが――


 「なあセイバー、もし敵が俺達の行動を見抜いていたら、どんな対応を取ってくると思う?」

 新都へ向かう道すがら、士郎は疑問に思っていた事柄を口にしていた。


 これまで、彼らは常にランサー陣営に先手を取られていた。柳洞寺においても学校においても、目標を達成したのはランサー陣営であり、彼らは掌の上で踊らされたに等しい。

 唯一、アーチャーの智略によってレオンハルトを罠に嵌めることに成功していたが、ランサーのマスターはそれすらも予期していたのか、ランサーが即座に救援に現われた。


 今宵の戦闘はそんな戦況を覆す一手になりうる大きな賭けだが、それ故に士郎としても心配は拭えなかった。



 「それなのですがシロウ、今宵の戦いに限っては敵の戦略を予測しない方が良いと私は思います」

 しかし、セイバーから返ってきたのは思いもかけない言葉であった。


 「どういうことだ?」


 「一度作戦を決定し実行する段階において、最も恐ろしいのは敵が予想外の行動に出ることです。先日の間桐邸の襲撃はまさにそうでした。全く予想しない襲撃であったがために、私達は完全に後手に回ることになりました」


 「ああ、確かに」


 「だからこそ、ここは逆転の発想も一つの手です。常に精神の天秤を中心に保っておき、敵がどういう行動に出てもおかしくないと考えておくのです。そうすれば、不測の事態が起ころうとも、その時点での最善を尽くすことは可能となるでしょう」


 「つまり、その場その場の最善を尽くして、全体的な成功に繋げるってことか?」


 「はい、困難ではありますが、神出鬼没の敵手に対し裏をかこうとすれば、そのさらに裏をかかれた時に致命的な隙を見せることになります。過去の戦においても、そうして敗れた将はいくらでもおり、“策士、策に溺れる”という格言もあるくらいですから」


 その言葉には、10の年月、12の会戦を戦い抜いた騎士王の重みが宿っていた。


 「分かった。どんな時でも心を乱さず平静に、だな」

 そして、セイバーの意図を即座に察知できる程、彼らの絆もまた強いものとなっていた。


 「はい、今宵の戦いでいずれかのサーヴァントが消滅することでしょう。イリヤスフィールからの宣戦布告があった以上、これは最早避けられません。バーサーカーは現状における最大勢力です」


 そう、バーサーカーに対し、三騎士のクラスが共闘を行うという提案が不自然ではない程に、バーサーカーの戦闘力は群を抜いていた。

 そして、衛宮士郎とセイバーは今宵、バーサーカーと決着をつけるつもりである。凛とアーチャーも同様ではあるが、バーサーカーによってランサー陣営を排除出来ればそれで戦果は十分、とも考えており、無理してバーサーカーをここで仕留めずともよいというのが実情だ。


 同盟関係にある両者であっても、その心が完全に一致することはあり得ない。元は聖杯を巡る敵同士であり、それぞれの利害に基づいて協定を結んでいる間柄なのだ。


 「よし、とにかく、俺達は俺達に出来ることをやろう」

 衛宮士郎とセイバーは夜を駆ける。既に戦略は決定されており、後は敵に合わせて臨機応変、とするしかない。

 そのように決めておけば腹も据わる。絶対に勝てる保証がなければ動かない輩は、むしろ臆病者と称されるべきだろう。

 蛮勇だけでは戦争には勝てず、時には慎重さも必要である。しかし、臆病者に勝利はあり得ない。勝利とは、常に強いものに与えられる。


 特に、この聖杯戦争はそういう風に出来ているのだから。






■■―――――――――――■■



 衛宮士郎とセイバーが出陣してよりおよそ30分後。


 「さて、私も行くとしますか!」

 遠坂凛は霊体化したアーチャーを従え、衛宮邸の裏口から密かに出る。

 向かう先は彼らと同じ大型遊戯施設、しかし、あえて彼らと別行動とったのには当然相応の理由がある。


 ≪アーチャー、柳洞寺に動きは?≫


 ≪ないな、お山の魔女は今宵は静観を決め込むようだ≫

 それは、キャスターに対する備え、二騎が同時に出陣すれば、魔女がその隙によからぬ企みを行う可能性があった。故に、先行するセイバーと士郎の背中はアーチャーが鷹の目によって見守っていたのだ。


 ≪バーサーカーは既に決戦場に向かっているはず、レオンハルトはそこでマスター殺しの罠を張って待ち構えているはず。となれば――≫


 ≪残るはランサーだ。最速のサーヴァントが唯一自由に動けるというのは実に厄介な状況だが、考えようによっては好機とも言える≫


 そう、敵にとって好機ならば、攻めてくる可能性が高い。それが分かっていれば対処のしようもある。逆に、昨日のように何も無い時に襲撃される方が厄介だ。


 ≪ともかく、士郎とセイバーを追うわよ。警戒は任せた≫


 ≪了解した。アーチャーの名にかけ、蟻一匹見逃さん≫


 赤の主従もまた夜を駆ける。これにて、今宵の役者は全て舞台に上がったこととなる。







 そして、彼らが新都へ続く冬木大橋へ至り、いざ新都へと向かった刹那。



 青い閃光が、赤の主従の前に立ちはだかった。












■■―――――――――――■■



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 巨人の振るう大剣が迫りくる。ベンチをなぎ倒し、自動販売機を両断し、あらゆるものを砕きながら前進する破壊の具現。岩盤掘削機ですらこのような光景を作るのは不可能であろう。


 「くっ――!」

 その一撃をかろうじて躱すレオンハルトだが、剣圧のみで軽量な彼女の身体は宙を舞う。


 「この、何てデタラメな力をしてるのよ――!」

 だが、彼女にはまだ悪態をつくだけの余裕があった。圧倒的な力を誇る黒い巨人には、炎の少女の追撃に専念できない理由があった。


 同時に火を噴く三つの重火器。日本という国ではまずありえないそれらが、何かの冗談のように天井や壁に配置されており、定められた役割に従い破壊をまき散らす。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 無論、サーヴァントであるバーサーカーにこのような通常兵器による攻撃など通じはしない。そもそもサーヴァントとはそういう存在だが、ギリシアの大英雄ヘラクレスは中でも群を抜いた神秘によってその身体を覆っている。


 だが、そのマスターは別だ。レオンハルトは以前にもイリヤスフィールをライフルによって狙撃したことがあり、彼女がそういった近代兵器の知識や対処法をまるで備えていないということを理解していた。


 そして、戦場となっている大型遊戯施設は、既にトラップハウスと呼ぶべき様相を見せている。ありとあらゆる箇所に重火器が配置され、どこからでも人間を抹殺できるよう死の弾丸が降り注ぐ。


 黒円卓の騎士が冬木に持ち込んだ武器弾薬は全てこの場に集中していた。この戦いが終われば聖杯戦争もいよいよ終盤戦へと向かうことになり、これまで指揮官に徹していたクリストフ・ローエングリーンも前線に出ることになる。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 ならば、今この場で兵器を全て消費しようとも構わない、所詮用意したのはシュピーネであり、気にする必要など皆無なのだから。


 だが―――


 「バーサーカー、私に構わず、あの蠅を潰しなさい」

 アインツベルンのマスターは、前回とは明らかに異なっていた。

 その表情に遊びは一切なく、敵を殲滅するまでは攻撃を決して止めることはないであろう。


 「随分余裕ね」

 そう呟きつつ、レオンハルトはリモコンを用いてパンツアーファウストを発射させるも――


 「Shape ist Leben!(形骸よ、命を宿せ)」

 イリヤスフィールの両手から銀の針金が出現すると同時に複雑に絡み合い、立体構造上最も衝撃に強いとされる形状を即座に作り出す。

 貴金属の形態操作はアインツベルンの真骨頂、その秘跡は他の追随を許さない。


 加え―――


 「我、聖杯の主が命じる。銀より黄金へ、我が血を代償にその奇蹟をここに権限せよ」


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは“ラインの黄金”そのものであり、黄金錬成を司る聖杯の担い手。

 その魔力量は歴代のマスターの中で最高であり、だからこそヘラクレスをバーサーカーとして従えるという規格外を可能とする。


 そして、その膨大な魔力はギリシア最大の大英雄を使役してなお枯渇することなく、更なる奇蹟の権限すらも可能とした。



 「黄金の盾、ですって!」

 レオンハルトの驚愕も無理はない。金属の属性を変化させ、黄金を作り出すのは魔術において最高難度の神秘の一つ。

 さらに黄金を錬成するだけではなく、その特性を本来の金属に上乗せしている。

 古来より、黄金は不滅の象徴とされていた。現実における金の強度に加え、人々の信仰までもが金というものには強く宿っている。


 聖杯と黄金練成、これは既に世間一般レベルに浸透する普遍的な奇蹟といって大差ない。それを可能とするアインツベルンのラインの黄金は神秘の度合いにおいて他の魔術とは比べものにならない。


 すなわちそれは―――


 「神秘の籠らない鉄の塊では、この壁は決して突破できない」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの錬成した黄金は、人々の信仰を基盤とする強度を持つ、つまりはサーヴァントと同じ存在ということだ。

 ならば、例え戦車を破壊する程の兵器であっても、この黄金の盾を突破することは叶わない、いや、傷一つつけることすらできないだろう。

 まさしく、マスターはサーヴァントとと似た特性を持つ者が選ばれる。


 「ならば!」

 レオンハルトは火力であの盾を破るのは不可能と即座に判断し、全包囲から一斉に機関銃を発射する。

 これならば、どれほど強固な盾であっても意味はない。人間はたった一発の弾丸で死ぬ、アインツベルン製の戦闘用ホムンクルス膂力はサーヴァントに匹敵するが、イリヤスフィールはどう見ても魔術型、その耐久度は人間と大差あるものではなく、破壊することは容易。

 そうなれば当然、イリヤスフィールにはバーサーカーを呼び戻すしか身を守る術は――



 「無駄よ」

 その判断は、無慈悲にも砕かれることになる。

 先ほどパンツアーファウストを防いだ黄金の盾は即座に分解し、イリヤスフィールの身体を一部の隙もなく包み込み、黄金の膜を構成する。


 これでは弾丸そのものは防げてもその衝撃をなくすことは出来ない。だが、それはあくまで物理法則に則ったならばの話であった。



 そしてそれは、第四次聖杯戦争において、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが使用した水銀の魔術、“月霊髄液”を黄金によって再現したものに他ならない。

 アインツベルンの真髄は金属の錬成にあり、さらに、聖杯戦争における魔術理論、魔術式などは、全てユスティーツアに連なる者達に刻まれている。

 つまり、イリヤスフィールは戦闘経験こそ希少なれど、有する魔術戦の知識においては歴戦の代行者や封印指定執行者と大差ないのだ。





 「効いていない? いや、そうか、あれはまさにバーサーカーの宝具と同じ……」

 そして、レオンハルトがそれを察知するのと同時に――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 黒い巨人の容赦ない一撃が彼女を襲った。


 それはあり得ない一撃であった。狂化され、理性を忘却の彼方に消し去ったバーサーカーが、気配を殺して奇襲をかけるなどあり得ることではない。


 だが、ギリシアの大英雄は不可能と謳われた事柄を悉く可能としたからこそ、死後、神の座にまで昇り詰めたのだ。


 「ぐ―――はあ!」

 そして、完全に不意を突かれた炎の少女にその攻撃をまともに受けるのは不可能であり、緋々色金によって直撃を避けるのが精一杯であった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 しかし、バーサーカーの猛攻はとどまることを知らない。まさに暴嵐そのものと化した黒い死の具現は、今まさに彼女の首を叩き落とさんと迫り―――





 その一撃は、彼女の首を通過していた。





 「く――、はあっはあっ」


 何とか咄嗟に創造を発動させ、バーサーカーの攻撃を無効化したものの、その代償は決して安いものではなかった。

 大隊長クラスともなれば、活動や形成位階であっても創造の特性を上乗せすることは可能であり、ザミエルの砲、シュライバーの速度などは創造を発動してこそ真価を発揮するが、それ以前の段階でも十分すぎる程の脅威となる。


 しかし、彼女は未だその段階には達していない。加え、彼女は武装具現型であり、ベイ程の聖遺物との親和性を保持していない。つまり、形成位階のまま一部分とはいえ身体を炎へ変生させることは、かなりのリスクを負うことになる。


 現行の騎士団員であっても、ベイやマレウスはやはり彼女よりエイヴィヒカイトの扱いに長けている。マレウスは活動位階であっても影による縛りが可能であり、ベイもまたあらゆるエネルギーを吸収する特性を常に発現させている。


 そうした面でも、やはり彼女はまだ新兵なのだ。まあ、未だに形成位階の某紅蜘蛛は論外だが。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 だが、そんな彼女の事情など一切無視して黒い暴嵐は迫りくる。


 「ええい!」

 今の自分の体勢では防ぎきれないと判断したレオンハルトは発想を逆転させ、起死回生の手に打って出る。


 その瞬間、


 彼女の足元が大爆発を起こし、彼女の身体を大型遊戯施設の壁まで一瞬で吹き飛ばす。


 これこそ、レオンハルトのとった苦肉の策。エイヴィヒカイトの使い手を害するには、集めた魂の量に匹敵する神秘が必要であり、通常兵器では傷つけることはかなわない。

 しかし、ヘラクレスの“十二の試練”と異なり、完全にその慣性エネルギーまでも無効化できるわけではない。その特性を備えているのは聖餐杯のみである。

 よって、地雷の爆風は軽量のレオンハルトを容易く吹き飛ばすが、“十二の試練”に守護されるバーサーカーにはなん影響も与えない、その差が、ここでは距離を稼ぐ絶好の機会となった。


 そして、一度距離を置いたレオンハルトはこの機を逃さず、自らの切り札を解放する。




 「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba(かれその神避りたまひし伊耶那美は)」


 「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe(出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき)」


 「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,(ここに伊耶那岐)」


 「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten(御佩せる十拳剣を抜きて)」


 「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.(その子迦具土の頚を斬りたまひき)」


 「Briah―  創造」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 バーサーカーが迫りくる。黒い巨人が凄まじい速度で進行し、その間にあるものを悉く破壊し尽くし、炎の少女もまたその一つに過ぎない。


 されど―――



 「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.(爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之)」


 その瞬間、レオンハルト・アウグストの身体は炎へと変生し、バーサーカーの一撃は虚しく空を切る。

 いや、空を切ったわけではない、炎を切ったのだ。


 ここに、レオンハルトにとっては唯一の突破口となりうるバーサーカーの数少ない欠点があった。

 その能力値はまさしく全サーヴァント中最高ではあるが、その武器は宝具ではなく、呪いや聖性を持つわけではない。

 そのため、レオンハルトにとってバーサーカーの大剣は、ランサーの槍やセイバーの剣に比べ透過しやすい攻撃といえる。最も透過しやすいのは神秘の籠らない攻撃だが、それらはそもそも透過する必要すらない。



 「はあああああああああああああ!!」


 そして、今まさに輝ける恒星と化した少女は一直線にバーサーカーのマスターまで駆け抜け――


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 それを凌駕する速度で背後より迫った黒い暴風によって、反対側の壁際まで吹き飛ばされていた。武器に神秘は無いとはいえ、彼自体が神秘なのだ、少しでも集中を切れば、攻撃の透過などは不可能。


 だが、それも彼女の狙い、確かに安くないダメージは負ったが、以前創造は持続されており、強力な慣性エネルギーを纏ったまま、壁に向けて直進している。


 ならば――


 「私は、炎だ―――」


 その信仰がある限り、どんな壁も壁たりえない。彼女の身体は壁をすり抜け、唯一実体を伴ったままの緋々色金は壁に対して垂直に突き立てられ、接触部分を瞬時に融解させ、まるでレーザーが通過したかのような跡のみを残し、レオンハルトは戦場を離脱していく。


 「切れず、穿てず、砕けない―――」


 こうなれば、バーサーカーが彼女を仕留めるためには壁を破壊しながら追うしか道はない。だが、そうして追ったところで徒労に終わるのは、文字通り火を見るより明らかであった。



 「いいわバーサーカー、あれだけ傷めつければ今日明日は大人しくしてるでしょう、私の目的はあくまでシロウよ」

 そして、黒き巨人を従える聖杯の担い手は―――


 傷はおろか埃一つすらなく、戦場の中心に悠然と佇んでいた。











―――あとがき―――

 D電波受信中です。そもそも、電波でも受けないとこの作品は書けません。

 今回は、UBWの“互角の戦い、アーチャーの狙撃”を自動再生にして、その音楽と効果音とを聞きながら書いたものです。特にバーサーカーの声が轟く瞬間にはいい電波を受信できました。

 相変わらず表現がもう訳分かんないことになっていますが、その辺は14歳の力で補完をお願いします。


 ここから先は厨二病全開となり、対バーサーカー戦が終了するまでは私の脳内暴走が続くことになるかと思います。

 突っ込みどころの嵐となるでしょうが、もうその辺は気にせず突っ走る所存であります。

そして、ケイネスとソラウが第4次であんな目に遭ったのは、”水銀”を媒介に使ってしまったからに違いない。よりにもよって、なんてモノを……


 というわけで最後におなじみの一言



 カール・クラフト死ね





[20025] Fate 第二十二話 英雄と戦争
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/24 12:05
Fate (9日目)


第二十二話    英雄と戦争





 深山町と新都を繋ぐ大橋の上、青き槍兵と赤い外套の騎士が火花を散らしている。


 ランサーにとってすれば都合3度目の戦いとなる。彼の人生において幾度も戦った相手はいたが、ここまで彼の槍を防ぎ続けたものは珍しい。



 「おらあ!」

 「ぬうう!」


 そして、その拮抗は崩れない。技量ならば僅かに槍兵が上をいく。例え赤い騎士がどれほどの鍛錬の果てに心眼の境地にいたろうと、絶対的な才能の差というものは天秤を傾けていた。


 されど―――


 「―――Vier Stil ErschieBung……!」

 絶妙のタイミングで放たれた宝石の魔術師による魔弾が、青き槍兵目がけて突き進む。


 「ちい!」

 フィンの一撃、そう呼ばれる呪いの弾丸は対魔力を持つランサーといえど無視できる攻撃ではなく、僅かながら後退を余儀なくされ―――


 「逃がさん!」


 その隙を、錬鉄の英雄が見逃すことはあり得ない。


 「あめえ!」

 しかし、ランサーもまた歴戦の英雄である。この程度の援護など窮地に入らぬ、そもそも彼の人生において対等な条件で戦えたことの方が圧倒的に少ないのだ。


 「おおお!」

 そしてそれは、赤い騎士も同じく、彼もまた絶対的な不利な戦場のみを駆け抜け、生き抜いてきた歴戦の兵。


 つまり、両者の戦闘経験に差はなく、それ故に続く膠着状態。アーチャーはランサーの槍を知るが故に決してゲイボルクを解放させることはできず、そのためには接近戦を挑むしか道はなく、アーチャーの切り札である“壊れし幻想(ブロークン・ファンタズム)”もまた使用できない。


 ならば、この状況は偶然作り出されたものなのか? 


答えは否。赤の主従はランサーをこの場に引きつけるために鍔迫り合いを続けている。


突如として現れ、彼らに奇襲を仕掛けてきたのは紛れもなくランサー。しかし、この展開を望み、こうなるように場を整えたのは赤の主従。そして、その展開の更に上、この夜の勢力図を築き上げたのが聖餐杯である。


 ならば、両者の求める結末は一つしかあり得ず、その答えは―――



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 未遠川の上を駆け抜け、大橋で戦うランサーに横から渾身の一撃を叩き込む白銀の騎士であった。


 「何―――だと!」


 「遅いぞ、セイバー」

 それに対する両者の反応は対照的である。片や、驚愕しながらも迎撃のための槍を繰り出し、片や―――



 「I am the bone of my sword 我が骨子は捻れ狂う」


 ランサーの相手をセイバーに委ね、必殺の一撃を放つための準備を進めていた。


 「あれは―――!」

 目の前に迫る白銀の騎士を迎撃しつつも、ランサーはアーチャーの構える“矢”から意識を離すことが不可能であった。


 かの剣こそは、英雄フェルグスの持つ名剣“カラドボルグ”、錬鉄の英雄によって顕現されたそれは捻れた螺旋剣に姿を変えているものの、その本質までは変わらない。

 他の英霊ならばいざ知らず、ことクーフーリンがこれから目を逸らすなどできようはずもない。


 「カラドボルグ(偽螺旋剣)!!」


 放たれる必殺の矢、その速度は既に音速を軽く超え、瞬く間に距離を零に変えていき、青き槍兵の目前に迫る。


 しかし、


 「がああああああああああああ!!」

 アイルランドの大英雄、クーフーリンが備える戦闘技能は魔槍ゲイボルクのみに非ず、全身に刻まれたルーンの守りは瞬時に防御陣を形成し、上級宝具の一撃すら耐え抜く鉄壁の守りを敷く――!



 「くっ――!」

 そして、螺旋剣が歪める空間の断層に巻き込まれかける白銀の騎士も有効な追撃は行えず、咄嗟に空中で魔力を放出して空を駆け、距離をとる。


 「セイバー、そっちはどう!」

 着地したセイバーに間髪いれず問いを投げる遠坂凛、この場面においては現状の把握こそ最優先事項である。



 「こちらに奇襲はありませんでした、恐らくレオンハルトは大型遊戯施設にあり、罠を張っているものと考えられます」

 それらは全て予測の範囲内。そのために彼らは時間差をつけて行動していたのだ。


 まず、セイバーと士郎の二人が出陣し、バーサーカーとの決戦場に向かう。それからやや遅れて凛とアーチャーが姿を極力隠しつつ出発する。

 もし、レオンハルトが決戦場にマスター殺しの罠を仕掛けているなら、まず狙うのは衛宮士郎。先の狙撃が彼によって防がれた以上、真っ先に始末するのは当然の理である。

 ならば、凛とアーチャーがセイバー・士郎と合流することをランサーのマスターが許すはずもなく、案の定、深山町と新都の境界であるこの橋にてランサーの奇襲があった。


 しかし、水上戦はセイバーの独壇場。彼女には水の上を平地の如く走行可能という精霊の加護があり、冬木大橋が目的地ならばあり得ない方角からの奇襲が可能となる。つもり、2組の主従が別行動をとったこそこそ、ランサーをおびき寄せる罠、彼女は遊技場にいくと見せかけ、引き返して来たのだ。


 そうして全ての条件が揃い、これまでセイバー・アーチャー陣営に対し優位に立ってきたランサーは今窮地に立たされている。


 「分かった。セイバー、選手交代よ。ランサーの相手は貴方に任せる。私達はレオンハルトを叩く」

 ここで二人がかりでランサーを仕留めるという選択肢も無論ある。しかし、そこまで不利な状況になればランサーは撤退の道を選ぶだろう。

 ランサーは全サーヴァント中最速の英霊であり、加えて“流れ矢の加護”を持つ、逃走を防ぐためのアーチャーの矢もランサーの前では無意味であり、先の“偽螺旋剣”のように相当の魔力の籠った一撃でなければ捉えることすら叶わない。


 ならば、ここでは分散するのが得策。もとより目的はバーサーカー戦う前にランサー陣営に損傷を与えることにある。ここで無理してランサーを仕留めようとすることは戦略的に意味がない。


 「了解しました。ランサー、これよりは私が相手する。よもや、異論はあるまいな?」


 「俺も甘く見られたもんだな、この程度の傷で俺が怯むとでも思ったか?」

 手傷を負った獣の獰猛さは無傷のそれと比較にならない。クランの猛犬は今まさにその本領を発揮しようとしていた。


 「凛、行くぞ!」


 「OK! セイバー、武運を祈るわ!」


 そして、赤の主従が踵を返し決戦場に向かう刹那。


 「遠坂、そっちは任せた!」

 入れ替わるように、衛宮士郎が大橋に到着していた。










 ■■―――――――――――■■





 大橋を後にし、遠坂凛は己のサーヴァントと共に夜を駆ける。


 ここまではほぼ自分達の狙いどおりにことは進んでいる。しかし、ここで油断は禁物、最大の障害であるバーサーカーがどう動くかは未だに判明していないのだ。


 「アーチャー、貴方の策は上手くいった。マスターとして褒めてつかわすわよ」


 「それは光栄の至りだな、その褒美として、全命令絶対服従などというたわけた令呪を撤回していただければ嬉しいのだが」

 マスターのジョークを含んだ言葉に赤い騎士は皮肉を返す。これこそがこの主従のペースなのだ。

 今回のセイバーの水上疾走能力を利用した挟み撃ちを考案したのはアーチャーであり、その実行の要となったのも彼であった。

 この作戦には戦局全体を見渡し、セイバーの到着タイミングを計る存在が不可欠であった。しかし、橋の上という見通しの良い地形と、アーチャーが持つ鷹の目がそれを可能とした。


 「さて、問題は例の決戦場の状況だけど」


 「少なくとも、あのレオンハルトとかいう女がバーサーカーを打倒しているという展開はありえんな。それが可能ならばあの夜に私は討ち取られているだろう」

 それは事実、万全でなかったアーチャーにすら及ばなかった彼女が独力でバーサーカーを倒すのは、夢にまた夢でしかない。

 こと、冷静な戦力分析に関してならばアーチャーに匹敵する存在は数えるほどしかいない。ランサーのマスターとその協力者がそれであるが、この場では彼らは動いていなかった。


 「確かに、そうなると、彼女は死んでるかしら?」


 「それは楽観的というべきだろう。確かに手傷は負うだろうが、死に直結するかどうかは別問題だ。むしろ我々は命からがら逃走するであろうあの女を、確実に抹殺することに全力を注ぐべきと考えるが」

 それは非常であり、同時に的確な判断であった。弱った敵から消していく、バトルロイヤルに限らず、戦場における鉄則である。


 「確かにそうね、だったら、バーサーカーはどう動くかしら?」


 「イリヤスフィールが衛宮士郎とセイバーとの決着に執着するならば、彼らの下に向かうはず、そして、邪魔者がいれば排除するだろう」


 そう、それこそが彼らがランサーの相手をセイバーに任せ戦場を後にした本当の狙い。

 イリヤスフィールは衛宮士郎とセイバーを狙う、ならば、彼らを餌にすればその間赤の主従はフリーとなる。小うるさいレオンハルトの始末に全力を注ぐことも、超遠距離からバーサーカーを狙撃することも可能となるのだ。

 加え、バーサーカーによってランサーを始末させることも状況によっては可能となる。イリヤスフィールが決着をつけるつもりならば、ランサーは邪魔者にしかならない。


 「だったら、逆にランサーと本当に手を結ぶのもありね。セイバーが前衛、ランサーが共に前衛を張りながら時に援護、そして貴方が超遠距離から狙撃すれば、流石のバーサーカーといえど、ひとたまりもない」


 接近戦のセイバー、中距離戦のランサー、遠距離戦のアーチャー。


 各々が最も得意とするレンジで同時にバーサーカーとぶつかれば、さしものの大英雄といえど勝つことは不可能である。


 だが―――


 「そう上手くはいかんだろう、私がランサーの立場であればバーサーカーが現れた時点で即座に撤退する。まして、バーサーカーがセイバーに執着していることを知っているならば尚更だ」

 そう上手くはいかないのが聖杯戦争というもの。結局勝者が一人しかいないのだから、潰し合いになってくれれば恩の字だ。


 「確かに、そこまで理想的な状況を望むのも虫がいい話か。じゃあ、最善ならぬ次善の状況は―――」


 「バーサーカーがイリヤスフィールと共に大橋に向かう。我々はランサー陣営の指定した決戦場にてレオンハルトを始末、もしくは撤退を確認。その後、大橋で戦うセイバーとバーサーカーとの戦いに救援に駆けつける、といったところか」

 結局、自分達でバーサーカーを打倒しなければならないという状況は変わらない。今夜の作戦はその時に余計な横槍が入らないようにするためのものなのだから。

 少なくとも、そうなればランサー陣営の介入の可能性はなくなる。サーヴァントを一夜に何度も戦闘を行わせるのは得策ではなく、セイバー・アーチャーとバーサーカーがぶつかった段階でそれで良しとするだろう。


 「よし、そうと決まれば急ぎましょう。レオンハルトが撤退する前に着ければ、逃走する彼女を狙い撃ちにできるかもしれない」


 「ふっ―――、君は悪辣だな」


 「現実的といいなさい」      


 赤の主従は夜を駆ける、その姿は最早幻想の域に達するほど鮮やかで美しい。


 しかし、その姿を目撃した数少ない人間は、自分の見たものを誰かに話すことはなかった。


 “赤い騎士と少女が夜を駆けていた”


 そんな話をしたところで信じられるはずもなく、何より、誰かに話すといった行為でその神聖を貶めたくなかったのだ。











 そして、到着した大型遊戯施設。


 凛は物陰に隠れつつ魔力を察知されぬよう遮断し、アーチャーもまた霊体化する。


 「気配が動いている」


 『ほう、分かるか』


 霊体となったがために、アーチャーとの会話は念話に限定されるが、生粋の魔術師である遠坂凛にとってはまさに造作もないことである。


 「というより、隠す気もないみたいだわ」


 『強者の余裕というやつか、そこに付け入る隙を見いだせればよいのだが』


 待つこそしばし、律儀に門から出るような真似はせず、壁を砕いてバーサーカーが現れる。その肩には雪の少女、アインツベルンのマスターが悠然と座っている。


 「わざわざ壁を壊すこともないでしょうに」


 『相手はバーサーカーだぞ、そんな思慮分別があるはずもなかろう?』


 最強のサーヴァントとそのマスターは、脇目も振らず疾走を開始する。駆ける先は冬木大橋、二騎のサーヴァントが火花を散らす戦場にギリシアの大英雄が狙いを定めた。


 それを隠れてやり過ごした後、アーチャーは再び顕現する。


 「第一段階はOKね、後の問題はレオンハルトだけど」


 「我々が到着した時にここから離脱する影はなかった。考えられる可能性は二つ、かなり前に既に撤退していたか―――」


 「この建物の中に未だに潜んでいるか、ね。ここなら隠れる場所にはこと欠きそうにないし、イリヤスフィールが敗残兵を探しに虱潰しにするとも思えない」

 アインツベルンの主従に関する考察の末、凛とアーチャーは同様の結論に達している。

 彼女等は王道を進む、路傍の小石などには目もくれず、邪魔者は破壊し、ひたすら目標目がけて前進する弾丸列車。

 であるならば、
 

 「ここには探索する価値がある。少なくとも、敵がここより撤退したという証拠を攫むことはできるだろう」

 探索ならば魔術師であるキャスター、間諜の英霊であるアサシンが適任であるが、鷹の目を持つアーチャーもそれに適してはいる。

 ランサーやライダーは可もなく不可もなくといったところだが、クーフーリンに限って言えば、ルーンの魔術があるため探索に適してもいる。燃費が良く、その宝具は一撃必殺、さらに魔術まで使える彼は、まさに優良物件なのだった。

 セイバーやバーサーカーは探索などに向いていない。彼らは純粋な白兵戦こそが持ち味であり、真っ向からぶつかれば勝利を収められるクラスなのだ。



 「じゃあ、手っ取り早く済ませましょう。いくらセイバーとはいえ、バーサーカーを相手に一人で戦い続けるのは困難だわ」


 「了解した。だが、罠には気をつけろ。例の女が何も仕掛けていないとは思えん」


 赤の主従は大型遊戯施設内部に侵入する。その行動は迅速かつ隠密であり、アサシンのそれをすら思わせる。





 そして、辿り着いた場所は炎の少女と大英雄がぶつかった戦場跡。遊戯施設としての舗装は見る影もなく、そこに存在していたはずのあらゆるものが黒い巨人によって破壊されつくしていた。





 「アーチャー、これ」


 「ああ、間違いなくバーサーカーだ。このような破壊を単独で行えるものなど奴しかおるまい」

 セイバーの“約束された勝利の剣”も、ライダーの“騎英の手綱”もこの施設そのものを破壊するかのような力を持つ。

 しかし、それらは指向性を持つエネルギーであり、かつ、一度開放すれば相応の補充が必要になる。そのため、無造作に破壊をまき散らすために開放できるわけがない。


 だが、この惨状は違う。これはただ巨人が暴れ狂った結果に過ぎず、全て純粋な“膂力”によって成された破壊なのだ。



 「見るも無残とはこのことね、これじゃあ、レオンハルトは―――」


 「それは早計だな、逃げるだけならば存外何とかあるかもしれん。特に、圧倒的な力を持つ者は格下を軽視する傾向が強くなる」


 そして、凛の言葉にアーチャーが忠告を返した瞬間―――





 「それはそうよ、だって、刃向ってきても叩き潰せば済むだけの話なんだから」


 そんな、いないはずの少女の声が響き渡った。



 「―――!?」

 咄嗟に振りむく凛、即座に戦闘態勢をとるアーチャー、彼らが視線を向けた先には、



 「こんばんは。貴女の方から来てくれて嬉しいわ、リン」


 妖艶に微笑む雪の妖精と、その背後に佇む黒い巨人の姿があった。









 ■■―――――――――――■■






 深山町と新都を繋ぐ冬木大橋、そこでの戦いは更なる加速を見せていた。


 ぶつかり合う白銀の騎士と青い槍兵、両者の実力はまさに伯仲しており、ある意味では千日手に近いものと化しつつある。


 だが、それは完全な千日手ではありえない。



 「はあああああああああああああ!!」


 「おおおおおおおおおおおおおお!!」

 猛る騎士の気迫と、手負いの獣の咆哮が交差する。そして、それに劣らぬ剣舞と槍の嵐が橋の中央にて激突を繰り返す。

 その戦いは、クランの猛犬と錬鉄の英雄のそれとは全く異なる様相を見せている。ランサーの槍をアーチャーがその場で防ぎ続け、彼の鉄壁の防御の僅かの隙を突いて繰り出される必殺の一撃を、凛の魔術が迎撃する。


 それはまさしく、接近戦においては専守防衛が基本のアーチャーならではの戦いであり、かつ、マスターが対魔力Cを持つランサーにダメージを与え得る魔術を放つことが出来ることが前提の戦術であった。


 しかし現在、対峙する二人の騎士は凄まじい速度で動き回り、大橋を縦横無尽に駆け巡り、衝突を繰り返している。

 ランサーにとっては広い戦場こそが本領であり、セイバーにとっても障害物の無い空間は己の剣を十全に発揮できる絶好の地。つまり、白兵戦で敵を打倒することを何よりも得意とする二人がぶつかった時点でこの展開にしかなりえない。


 だが、両者には決定的な差が存在しており、それが千日手となるはずの天秤を僅かに傾けている。




 ≪ち、ゲイボルクを使うなだと、無理を言いやがるエセ神父二号が≫


 ランサーはこの戦いにおいて宝具の開放を禁じられていた。その他については一切の制限はなく、速度も膂力も全力そのものではあるが、敵を仕留める為の究極の一撃が出せない状況にある。


 しかしそんな事情はセイバーにとっては知ったことではなく、風王結界の魔力を十全に発揮し、一撃ごとに爆撃の如く魔力が炸裂し、ランサーの手を痺れさせていく。


 「っち、相変わらず厄介な剣だ」


 「それは貴方が言えることではないでしょう、ゲイボルクを出させないために私がどれほどの神経を削っていると思っている」


 両者は対峙しながらも笑みを浮かべる。ランサーはもとより、セイバーもまた武人であり、強者と真っ向からぶつかることは彼女の本懐なのだ。


 例えこの戦いがそれぞれの戦略の中での一環に過ぎず、ここで決着がつくことがありえないと共に理解していたとしても、だからといって戦いに手を抜く理屈はどこにも無い。



 もし、第四次聖杯戦争当時の衛宮切嗣であれば、無意味な戦いをなおも続ける英雄というものに嫌悪感を示したかもしれないが、だからこそ彼らは英雄なのだ。

 古来より英雄同士が戦う理由など、王女のわがままだの、王妃の嫉妬だの、王同士の口喧嘩だの、そんなくだらないものばかりである。

 だが、それでも彼らは命を賭して戦場に臨み、武勲をたて、人々の希望の象徴となった。戦いを止めさせるために殺し続けた衛宮切嗣はただの一度も希望の象徴となることはなかったというのに。


 そもそも、くだらない理由で始まった戦争だからこそ、英雄の活躍によって終わらせることができるのだ。これが、神のため、民族のため、資源を得るため、そういった“絶対に退けない理由”であったら、それこそ終わらない戦争となる。


 そして、人間は“終わらない戦争を終わらせるため”に、毒ガス、戦車、潜水艦、戦闘機、果ては核兵器までをも作り上げた。戦場は地獄と化し、誉れも誇りもない殺戮の場となった。



 だが―――




 「せい!」


 「らあ!」



 今、大橋で対峙する二人の英雄のぶつかり合いには、人の戦争に混ざり込む負の要素が微塵もなかった。

 ただ純粋に、それぞれが鍛え上げた武の技を競い合い、戦意をぶつけ合い、そして笑い合う。


 かつての戦争にはそういう要素があったのだ。大将が馬に乗り一騎で敵陣の前まで駆け、敵の大将との一騎打ちを所望する。

 そして、それを受けて立った大将もまた一騎で出陣し、両陣営が見守る中、神聖なる一騎打ちが展開される。

 昔の日本、鎌倉時代などにはそういうものもあったという、戦国時代にあってすら、武士の戦いにはそういう要素も色濃く残っていた。



 果たしてそれを、唾棄すべき殺し合い、終わらない憎しみ合いと断ずることが誰に出来るだろうか?


 そういったことを非効率的だと断じ、敵の大将を暗殺し、敵の食糧に毒を盛り、慈悲もなく敵軍を殺しつくし、二度と争いを起こせなくすることが平和への近道なのだろうか?


 人が、そういったことを行わなくなり、敵を殺し、数を減らすことだけを考えるようになったのはいつからだろうか?


 たった二人の人間が、国の名誉を背負い、決闘するだけで決着がついていた戦争は、国家のあらゆるものを動員し、“戦争中だ”の一言であらゆるものが蔑ろにされ、女性や子供すら戦争に駆り出される総力戦に姿を変えた。


 英雄などという戦争を賛美する輩がいたから戦争がなくならなかったと、人間の本質は石器時代から進んでいないのだと、第四次聖杯戦争において衛宮切嗣は言った。


 『騎士なんぞに世界は救えない。過去の歴史がそうだったように、今これからも同じことだ。こいつらはな、戦いの手段に聖邪があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出してみせる。歴代の英雄どもがそういう幻想を売り込んできたせいで、いったいどれだけの若者たちが武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいったと思う』

 そう言った彼に、セイバーは反駁した。


 『幻想ではない! たとえ命の遣り取りだろうと、それが人の営みである以上、決して侵してはならない法と理念がある。なくてはならない! さもなくば戦火の度に、この世には地獄が具現する羽目になる』

 それに対し、切嗣は鼻を鳴らす。


 『ほら、これだ。―――聞いての通りさアイリ。この英霊様はよりにもよって戦場が地獄よりましなものだと思っている。冗談じゃない。いつの時代も、あれは正真正銘の地獄だ。戦場に希望なんてない。あるのは掛け値なしの絶望だけ。敗者の痛みの上にしか成り立たない、勝利という名の罪科だけだ』



 それを、衛宮士郎は知る由もないが、それでも、この瞬間、彼には思うところがあった。


 今、彼の目の前でぶつかり合うセイバーとランサー、この二人の戦いには戦略的な意味はなく、言ってみれば無駄な戦いに他ならない。

 だが、その純粋なぶつかり合いには、輝きがあった。人間であれば、憧憬せずにはいられない、尊いものが感じられた。そして、そうした”想い”こそが、人が人として生きる活力となるのだ。


 ブリテンの騎士王と、アイルランドの光の御子。


 この二人は共に国中の人々の希望をその背に背負い、戦いぬいた掛け値なしの英雄なのだ。



 しかし、純粋な戦略に基づいて考えるならば、聖餐杯がとっている手段の方が効率はいい。

 マスターを狙撃し、弱いところから狙う。いざとなれば家ごと燃やすことなども考慮に入れる。

 それは効率よく勝つための手段であり、正当な戦争の進め方ではあるが、そこに輝きはない。

 その姿に憧れる人間はどこにもいない、それが効率的だと理解は出来ても、“自分もああなりたい”と思う人間はいないだろう。

 そして、それと同じ戦略をとっていた人物こそが、衛宮切嗣なのだ。



 過去の戦争の象徴であるサーヴァントと、現代の戦争の具現である黒円卓の騎士。



 ならば、本当に戦場を地獄にしたのは果たして英雄なのか。


 英雄がいなくなったから、戦争はそうなったのか。はたまた、戦争がそういうものに変化したから、英雄はいなくなったのか。


 いつの時代においても、本当に戦場に輝きはなかったのか。


 かつてあり、今目の前に蘇る英雄の輝き、それは希望足り得なかったのか。



 ならば一体、“正義の味方”とは何者なのか。

 戦争の象徴となる英雄を殺し尽し、人々の目を覚まさせる存在が“正義の味方”なのだろうか。




 自分は正義の味方になる。それは衛宮士郎にとって既に確定事項。


 だが、正義の味方とはそもそもどういう存在なのか、その答えは未だなく、彼はそれを探し続けている。


 だからこそ、彼は言峰綺礼と引き合うのだろう。全く真逆の渇望を持ちながら、その答えを求める姿勢だけは全く同じである求道者と。




 衛宮士郎は、聖杯戦争のマスターとしてではなく、“正義の味方”を目指す少年として、先駆者たちの戦いを見守っていた。


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 あとがき

今回は真面目な話を一つ。
 
 アンチ切嗣という訳ではありませんが、テロから生まれるのは、より凄惨なテロだと思うのですよ。ちょっと奇麗事っぽくなりますが、争いごとは「互いの不理解」が起因する事が多々あると思います。相手の都合、状況を一切省みず、自分の言い分だけを押し通す――小さくは些細な喧嘩、大きくは戦争といったことは、それが原因になることが多いのではないでしょうか。もちろん、歴史的な因縁、民族の対立など、とても根が深いものもあり、一概には言えませんが。
 実は切嗣がセイバーにやってることってそうなんですよね。セイバーの言い分は頭ごなしに否定――というより聞きもしない。互いの存在を否定しあう事が、極限まで達した結果(ナチスの共産主義打倒の姿勢などが例)がWW2だったというのに。






[20025] Fate 第二十三話 弓兵と狂戦士
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/25 17:00
 
Fate (9日目)


第二十三話    弓兵と狂戦士



 「イリヤスフィール、一つ質問していいかしら?」

 大型遊戯施設の内部にて、黒い巨人を従えた雪の妖精と、赤い外套の騎士を従えた宝石の魔術師が対峙する。



 「あら、何かしら? リン」

 遠坂凛の問いに悠然と答えるイリヤスフィール。



 「確かに私達はここから出ていく貴女達を見た筈なんだけど、私の見間違いだったかしら?」


 「いいえ、貴女は確かに見た筈よ。そうじゃなきゃ、貴女がここにそのまま入ってくるなんてありえないんだから」

 その言葉だけで遠坂凛は全てを理解する。ああ、つまり自分達は最初から嵌められていたのだ。


 「なるほど、それで、ここには先客がいたと思ったけれど?」


 しかし、それでも彼女は遠坂の魔術師であり、“常に優雅たれ”が家訓である。彼女の意見としては、そう思うならこの遺伝的失陥をなんとかしておけよ、と言いたいところではあるが。



 「ああ、あの子ね。死んではいないと思うけど、しばらく戦闘は不可能でしょうね、一日はまともに動けないと思うし、その後も三日くらいは偵察が限界じゃないかしら。保証は出来ないけれど」


 その答えは凛が望んだものであった。これで少なくとも、余計な横槍が入る可能性はない。


 「邪魔者は全て消すか、流石はバーサーカーのマスター、と言いたいところだけど、私達と戦う前にまだ邪魔者はいるんじゃないかしら?」


 「そうね、確かにそれはそうだけれど………私にとっては、貴女達こそがシロウとセイバーと戦う上で一番邪魔になる存在だと思うわ」


 それは当たり前といえば当たり前の話。セイバーを打倒することが目的ならば、その同盟者であるアーチャーとそのマスターこそが最も障害となる。


 「あちゃあ、深読みし過ぎたか。ま、それもそうよね、真っ向からぶつかれば勝てるんだから、順番なんか関係なく、邪魔者は片っ端から潰せばいい。そうすれば残るはセイバーだけって寸法かしら」


 「ええそうよ、そういうわけで、貴女にはここで潰れてもらうことになるわ」


 その瞬間、



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 バーサーカーの眼に光が灯る。それまでマスターの命に従っているだけだった狂戦士は、その理性を一時的に解放され、目前の敵を認めた。



 「問答無用ってわけね」

 彼女は未だ不動、不敵な笑みを浮かべながら、咆哮する狂戦士を見据えている。


 だが、同時に、


 ≪アーチャー、分かっているわね≫


 ≪ああ、奴は私が食い止めよう。君は応援を呼びに行け≫


 赤の主従は、僅かの間に意思の疎通を済ませていた。



 「これが聖杯戦争である以上、マスター同士が戦うことになるのは必然。誓うわ、今日は一人も逃がさない」


 衛宮士郎、セイバー、遠坂凛、アーチャー。

 その4人を、今夜のうちに全て倒すと、アインツベルンのマスターは堂々と言い放った。



 「そう、でも、そう上手くいかせるほど、私達はお人よしじゃないわよ?」


 「然りだな、その自信、ここで叩き折ってやるのも一興か」


 赤い外套の騎士は双剣を構える。彼が最も多用し、その剣技を鍛え上げし干将・莫耶。


 「いい度胸ね、まあ、そうじゃなくちゃ面白くないけど」

 その気概に対し、アインツベルンのマスターは悠然と構え。



 「聖杯の担い手たるアインツベルンがマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、お相手致しましょう」

 魔術師の作法に則った宣戦布告を、


 「聖杯の降霊地、冬木の管理者たる遠坂がマスター、遠坂凛、受けて立つわよ!」

 遠坂のマスターは、真っ正面から迎え撃った。






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 主の戦闘意思を受け、狂戦士は咆哮する。


 そう、彼は彼女の意思にのみ従う。彼女のために戦い、彼女に仇なす者を全て破壊する。それが、バーサーカーとして召喚された大英雄ヘラクレスの在り方なのだ。




 「おおおおおおおおおおおお!!!」

 それを迎え撃つは赤い外套の騎士、アーチャー。無名の錬鉄の英雄が、今、ギリシア最大の英雄に挑む。


 そして、そのマスターは。



 「死ぬんじゃないわよ! アーチャー!」

 己がサーヴァントに激励の言葉を残し、一目散に逃げ出した。脇目も振らぬ全力疾走である。


 「ふうん、意外と冷静ね。リン」

 そして、その目的を瞬時に悟ったイリヤスフィールは、称賛しながらも冷笑していた。



 「確かに貴女に出来ることはそれしかないけど、果たして間に合うかしら?」


 そう、この場に遠坂凛が残ったところで出来ることはない。

 相手がランサーであれば、いや、バーサーカー以外のサーヴァントであれば、一流の魔術師である遠坂凛にはあらゆるサポートが可能だ。

 しかし、“十二の試練”によって圧倒的な防御力を誇るバーサーカーが相手では援護に意味がなく、その鎧を突破できる程の攻撃では、アーチャーまでも巻き込んでしまう。


 対魔力Aを持つセイバーが前戦で戦っていれば、凛の魔術も問題なく使用できる。しかし、アーチャーの対魔力はDであり、凛の魔術によって傷つくのはバーサーカーよりもアーチャーとなってしまう。


 その上、マスターがこの場にいてバーサーカーが凛を狙った場合、アーチャーは接近戦でバーサーカーを迎えうたざるを得なくなる。全サーヴァント中、バーサーカーと真っ向から討ち合えるのはセイバーのみであり、ランサーですら正面から迎え撃つことは出来ない。


 つまり、遠坂凛という要素は、セイバーがこの場にいてこそ意味を持つ。そうなれば、彼女がバーサーカーを抑え、凛が援護し、アーチャーが遠距離から狙撃するという構図へ持っていくことも可能となる。


 故に、ここで彼女がとるべきは一刻も早くセイバーをここに案内すること。携帯電話で士郎に連絡する手段もあるが、それだけでは足りない、セイバーは現在ランサーと対峙しているのだから。




 そして、主が救援を得て戻るまで、バーサーカーと一騎打ちを演じることになる赤い騎士は―――



 「鶴翼、不欠ヲ落ラズ (しんぎ、むけつにしてばんじゃく)」


 一合目より全力運転。この化け物を相手に、様子見だの牽制だのといったものに意味がないことを知るが故に、己が宝具、その真の力を解き放っていた。













「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 投擲される双剣を、バーサーカーは防ぐことすらせずに弾く、干将・莫耶ではバーサーカーには届かない、そも、剣技以前に神秘で劣っているのだ。

 そして、邪魔にすらなっていない干将・莫耶には目もくれず、黒き狂戦士は赤い騎士目がけて直進する。その姿は暴走列車を超えてなお恐怖を与える。


 だが、アーチャーの奥義はそれだけに非ず。



 「心技、泰山二至リ (ちから、やまをぬき)」


 「心技、黄河ヲ渡ル (つるぎ、みずをわかつ)」


 新たに投影された双剣が狂戦士の一撃を防ぐ、先に弾かれた双剣とは別でありながら、全く同じ存在が。

 そして、圧倒的な膂力の前に吹き飛ばされながらも、アーチャーは新たに双剣をさらに投擲する。



 「投影魔術? あなた、何者?」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 咆哮するバーサーカー、彼の戦闘におけるセンスは狂戦士となってなお衰えることはない。心眼(偽)Bを持つ彼にとって、この程度の攻撃は奇襲たりえない。必殺の一撃を容易く防ぎ、なおもアーチャーへと肉薄するその戦闘技能は狂戦士を化してなお健在だった。



 しかしそれは、赤い騎士にもいえることであった。


 大英雄ヘラクレスが持って生まれた第六感による危険回避を行うならば―――




 「唯名、別天二納メ (せいめい、りきゅうにとどき)」


 錬鉄の英霊は、鍛え抜かれた経験による心眼(真)によって相手の動作を予測するのだ。


 最初に弾かれた干将・莫耶が帰り、アーチャーの新たに投影した双剣と共にバーサーカーに襲いかかる。しかし、その行動に意味はなく、干将・莫耶では“十二の試練”は突破できない。



 そう、干将・莫耶である限りは―――



 バーサーカーの斧剣によって全ての干将・莫耶は粉砕されるが、アーチャーの祝詞はなおも続く、そして、最後に投影されたその姿は、



 「両雄、共二命ヲ別ツ――! (われら、ともにてんをいだかず)」


 刀身が通常の倍以上に巨大化し、鶴の羽ばたきの如く姿を変えた、鶴翼の剣であった。

 


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 迎撃するバーサーカーの斧剣を躱し、アーチャーは己の奥義、宝具の性能を限界以上に強化した至高の一撃を叩き込む。


 しかし、鶴翼の剣によって胸を貫かれてなお、バーサーカーは攻撃を続行する。彼の使命は敵を粉砕すること、ならば、そのために命を犠牲にしようと構うものか、この身は最強の矛であり盾なのだ。



 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」


 しかし、大英雄の一撃は、それに勝るとも劣らない英雄の剣によって防がれていた。



 デュランダル



 中世ヨーロッパにおける英雄、ローランが愛用した不滅の剣。その刀身はいかなる衝撃がかかろうとも決して折れず、その輝きが失われることはない。いかにギリシア最大の英雄とはいえ、この剣を砕くのは不可能だ。


 干将・莫耶オーバーエッジに続く連続の投影にアーチャーの全身が悲鳴を上げる。以下に錬鉄の英雄とはいえ、己のキャパシティを上回る名剣を連続投影したのでは身体に負担がかかるのも当然の理であった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、今対峙しているのは彼の大英雄ヘラクレス、全パラメータにおいて自分を数段上回る怪物なのだ。無理程度で根をあげてはいられぬ、この敵を打倒するならば、無理どころではない不可能を可能とするしか道はない。



 故に―――



 「投影―――装填(トリガー・オフ)」

 投影魔術のさらにその先、宝具の能力のみではなく、その持ち主の技巧、培った戦闘経験、戦場を共にかけた宝具が記憶したその全てを、この身に投影する!


 「是 至高なる騎士(knight of supreme)!!」



 そしてここに、神話の戦いが再現された。



 響く剣戟、灼熱する思考、轟く咆哮。

 幾度となく叩きつけられる狂戦士の斧剣を、絶世の名剣(デュランダル)は悉く弾き返す。いや、それだけにとどまらず、逆に攻撃を加えていく。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、ヘラクレスはセイバーの適正をも備える大英雄、如何に英雄の剣技であっても、ただそれだけでは突破できない。


 黒き狂戦士と赤い弓兵の戦いは接近戦でありながら拮抗している。それは本来あり得ない事柄ではあるが、



 「ぬううううううううううううう!!」

 あり得ない事象を可能にしてこその英雄、己を超える敵を打倒してこそ、至高の光は舞い降りる。


 いくら強力な武装を手にしようとも、それを扱える技量が無くては意味がない。高校生にいきなり真剣を与えたところで達人になれるはずもないのだ。

 だからこそ、銃というものは脅威となる。使い方さえ知っていれば、子供でさえ人を殺すことを容易にしてしまうのだから。まあ、50口径のデザートイーグルなどは論外ではあるが。



 しかし、アーチャーの投影魔術、否、固有結界(リアリティ・マーブル)はそれを可能とする。



固有結界“無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)”は世界を侵食する概念、すなわち覇道型の創造と同じものであるが、これは自己そのものを英雄へと変生させる、“投影剣舞 英雄変生”とでもいうべき求道型の創造に近いもう一つの固有結界。

 “身体は剣で出来ている”、その想いによって世界に無限の剣を投影するのではなく、“正義の味方になる”その渇望によって自己を唯一の剣に変える、“無限の剣製”と対をなす英霊エミヤの奥義。


 それは“英雄願望”の具現に他ならない。煉獄の中から衛宮切嗣に助けられた少年の胸に刻まれた原初の渇望、それによって己を不滅の剣にまで鍛え上げた錬鉄の英雄は、歴代の英雄の技能すらも再現する存在にまで昇り詰めたのだ。



 「あれは―――デュランダル?」

 そして、聖杯の担い手であるイリヤスフィールは、数多くの英雄の伝承を知っており、彼らが振るう宝具を文字通り理解している。

 それ故に、この事態があり得ないことを誰よりも理解していた。アーチャーがデュランダルを振るうならば彼はローランでなければならないが、ローランが該当するのは間違いなくセイバー。召喚された順番を考えれば遠坂凛が召喚した時残るクラスはセイバーとアーチャーだったのだから、仮にローランを呼んだとしても、セイバーとなるはず。


 いや、そもそもそれ以前に、


 「あれは投影魔術、そもそも本来の宝具じゃない、けど、それこそあり得ない。宝具を完全に複製するなんて……」

 そんな伝承を持つ英霊は存在していない、にもかかわらず、彼は間違いなく聖杯に招かれたサーヴァントなのだ。他ならぬイリヤスフィールだからこそ理解できる。全てのサーヴァントは彼女を通して呼ばれたのだから。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「はあああああああああああああああああああああああ!!」

 裂帛の気合と共に打ち込むその姿はアーチャーではなく、まさにセイバーと称した方が的確である。


 中世ヨーロッパを題材とした叙事詩、“ローランの歌”。英雄シャルルマーニュの下に集う騎士達の中で最高の知名度を誇る英雄こそローランであり、セイバーとしての適正ならば“騎士王”や“湖の騎士”にも劣らない。


 その姿を投影した今のアーチャーはまさに剣の騎士。故に、バーサーカーとも互角に渡り合うことが可能となる。




 「ふうん、遠坂のサーヴァント、も捨てたものじゃないわね。私のバーサーカーを一回でも殺して、その上対等に渡り合うなんて」


 しかし、絶対的戦力差というものはどうしようもなく存在していた。


 少女の身体に不可思議な紋様が浮かび上がる。それは刻印であり、令呪。通常のマスターに刻まれるそれとは比較にならない奇蹟の技。

 アインツベルンの妄念の結晶、全てのサーヴァントを従える絶対強制権に強化機能をも付与した究極の令呪。



 「ここまでよ、狂いなさい、ヘラクレス!」


 瞬間――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 これまでの無い規模の咆哮が響き渡り、巨人の体躯が一回り大きくなったかのような圧倒的な魔力が、その身から噴出する。



 「令呪による命令解放――――狂化というわけか」

 だが、赤い騎士は冷静であり、事態の変遷を正確に捉えていた。

 それが意味することは一つ、これまでバーサーカーはクラスのよる狂化を行っておらず、自身の能力のみで戦っていたに過ぎないということ。

 その状態ですら、全サーヴァント圧倒する力を備えていた英霊ヘラクレスの戦闘能力は最早荒唐無稽の領域だが、バーサーカーというクラスに身を置くことでそれがさらに強化されたのだ。


 すなわち―――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 こうなれば、以下に中世ヨーロッパ最高の英雄の剣を振るおうとも、その英雄ですら太刀打ちできないのでは意味がない。



 「ぐ、ううううう!」


 響き渡る剣戟、凄まじい轟音と共に繰り出されるバーサーカーの斧剣は既に暴風どころではなく、竜巻ですらこれには遠く及ばない。

 そして、アーチャーは刻一刻と削られていく、既に無理に無理を重ねた身であり、ここからさらなる強化を果たすなど英雄たる身であっても不可能でしかない。


 「だが、膂力で勝るだけが戦場における優位ではない」


 このまま耐え忍んでいてもやがては押し切られることは明白であり、アーチャーは即座に戦術の転換を図る。


 
「持って行け」

 その言葉と共に、デュランダルをバーサーカー目がけて投げつける。投擲ではなく、放物線を描いた純粋な“投げる”という動作。

 しかし、その軌道はおかしい。あまりにも高く放っているため、デュランダルはバーサーカーの頭上を通過し――


 「え?」

 それがあまりに自然であったためか、イリヤスフィールはそれに対する動作が遅れ、



 「“壊れし幻想”(ブロークン・ファンタズム)」


 イリヤスフィールとバーサーカーの中間点において、凄まじい爆発が発生した。






 「バーサーカー!」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」




 だがしかし、これはブラフ。アーチャーは宝具を爆発させてなどいない。


 爆発したのはレオンハルトが敷設した地雷、彼女が遣い損ねた“置き忘れ”である。


 アーチャーは単にそれ目がけてデュランダルを投擲し、地雷の真上に衝撃を与えたに過ぎない。


 この戦場に到着した瞬間から、アーチャーはいくつかのトラップが未使用で残されていることを見抜いていた。その中で最も破壊力がありそうなものに見当をつけ、バーサーカーとイリヤスフィールの中間点にそれが来るように戦闘位置を計算していた。


 つまり、最初の干将・莫耶の投擲も、その後のデュランダルによる剣戟も、バーサーカーに対する攻勢であると同時に布石、この瞬間の奇襲に繋げるための踏み台であったのだ。



元来、彼は己の能力のみで戦う者ではない。彼の能力値はお世辞にも高いとはいえず、アインツベルン製のホムンクルスと純粋に打ち合えば力負けする可能性すらある。

 だからこそ、彼は地形、天候、あらゆる条件を利用し、その全てを統合した戦闘理論を構築する。故にアーチャー、元来狙撃手とは、戦場の環境を全て考慮に入れた上で標的を仕留める狩人であるがために。




 「I am the bone of my sword 我が骨子は捻れ狂う」


 そして、無理に無理を重ね。一時的にマスターとサーヴァントを分断し、視界すら奪ったこの機会を錬鉄の英雄が見逃すはずもなく。



 「カラドボルグ(偽螺旋剣)!!」


 大英雄を殺すに足る。弓兵の“矢”が解き放たれた。


 それは冬木大橋の戦いにおいてランサーに放たれたものと同じ剣ではあったが、その姿は僅かに異なっていた。


 あの時の一撃は“中てる”ことに主眼を置いていた。アイルランドの光の御子クーフーリンは“流れ矢の加護”を持ち、生半可な矢では掠りもしない。

 そこで、アーチャーの歪ませた螺旋剣は威力よりも空間を引き裂く能力、ランサーを“矢”ではなく、“捻れた空間”に巻き込むことで絶対に命中させることに特化していた。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、今大英雄目がけて突き進む“矢”はそれとは異なり、貫通力に主眼を置いている。


 あれほどの巨体、外すことはあり得ない。いくら第六感による危険予測で矢を察知しようとも、彼の放つ矢は放たれる前に反応しなければ躱せる速度ではなかった。



 そして、命中の瞬間―――


 「“壊れし幻想”(ブロークン・ファンタズム)」


 今度こそ、錬鉄の英雄は己の作り上げた宝具を爆発させた。





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 アーチャー大活躍。この先も「おいおい、コレはないだろ」という突込みが来るほどに彼には無茶をしてもらいます。無茶をしないアーチャーはアーチャーではないと思うので。






[20025] Fate 第二十四話 凛の奇策(暴走)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/26 14:56
Fate (9日目)


第二十四話    凛の奇策(暴走)




 大型遊戯施設の館内を赤いコートを纏った魔術師が疾走する。

 背後からは凄まじい轟音が断続的に響き、魔力供給のラインから引き出される魔力の量が、己のサーヴァントが全力で闘争している事実を示している。


 しかし、彼女はその戦闘に一切の思考を裂かず、ただひたすらに駆けていた。


 サーヴァント同士の戦いは人智を超えたものであり、その経過を魔術師の身で予測することは不可能である。

 魔術師も術理の外に身を置く存在ではあるが、彼らは戦うために存在するものではない、中には変わり種もおり、封印指定執行者のような武闘派も存在するが、大半の魔術師は研究者であって戦闘者ではない。

 ならば、今自分に出来ることに全力を費やすことこそが、命懸けでバーサーカーとの一騎打ちを演じているアーチャーに報いることになる。それを理解しているが故に、一切の迷いもなく遠坂凛は走る。


 そして、陸上選手もかくや、という速度で外に出た彼女は、すぐさま周囲の状況を確認する。

 タクシーでもいれば僥倖だが、既に11時を過ぎているこの時間帯に繁華街からも離れたこの場所にタクシーが存在する可能性は極めて低い。大型遊戯施設が閉鎖されていなければその可能性もあったが、現状では望むべくもない。


 「ちっ、やっぱり走るしか……」

 そう、彼女が結論をつけようとしたところ、予期せぬ存在が目にとまった。


 この冬木にも暴走族程度は存在しており、無人となった大型遊戯施設に彼らがたむろする可能性とてゼロではない、あらゆる事象に対して策を練り、対策を講じるのが監督役と聖堂教会スタッフの役割である。


 それを口実に聖餐杯は大型遊戯施設を聖堂教会の管理下に置き、人払いの結界を敷設したわけなのだが。


 しかしそれは内部に入る気が起きなくするような類であり、そもそも大型遊戯施設に近寄る気にさせなくするようなものではない。

 ならば、この時間帯の大型遊戯施設の駐車場あたりに、いかにも暴走族といった風の若者が二人程いても何ら不思議はなく、そんな存在が巻き込まれて死のうが、魔術師というものは気にも留めない。


 「そこのあんたら! いいところにいた!」

 そして、この千載一遇の機会を、遠坂凛が見逃すことはあり得ない、とにかく有言実行の人柄なのだ。


 「え?」

 「な、な、なんだ?」


 突然の呼びかけ、というよりも怒鳴り声を聞いた若者二人は周囲を見回す。


 その瞬間―――


 宙を跳び、ドロップキックをかます赤い少女、という想像の外の存在を目の当たりにすることになった。


 バイクに跨っていた人物を蹴りとばし、バイクを強奪した存在は、残っていた一人に手早く暗示をかける。



 「30秒でこれの操縦方法を教えなさい。ブレーキはいらない、加速と操作だけでいい」




 結果、どういう事態が発生したかは最早語るまでもない。




 この日、冬木の新都に新たな都市伝説が生まれた。


 曰く、“赤いコートに身を包んだ少女が大型バイクに跨り、ガードレールの上を疾走していた”


 曰く、“その存在はブレーキという概念を忘れたかのように暴走していた”


 曰く、“どう考えても体格とバイクの大きさがあっていなかった”


 曰く、“トラックとぶつかりそうになった瞬間、浮いた。そしてトラックの側面を垂直に走っていた”


 曰く、“路上駐車していた車を薙ぎ払った”


 などなど。


 これらの噂が融合して生まれた『新都を駆ける音速の悪魔』は長らく語り継がれることになる。





■■―――――――――――■■




 そして、大橋の上で戦いを続ける二人の英雄の下に、あり得ない存在が到着した。


 存在そのものもありえなかったが、到着の仕方もありえなかった。



 その時、白銀の騎士と青い槍兵は大橋のほぼ中央でぶつかっていた。橋に存在する鉄骨を足場に、まさしくサーカスの如く跳ね回り、交差と同時に切り結ぶ。

 その光景はまさに“デス・サーカス”と呼ぶに相応しい。そして、衛宮士郎は瞬きもせずそれを目に焼きつけていた。


 その速度は一般人に捕らえられる次元ではなかったが、元々彼は非常に目がいい、加え、魔術によって視力を強化する術を知っているため、サーヴァントの動きをかろうじて捉えることが出来た。

 これが至近距離であればこうはいかなかっただろうが、遠くから大局的に捉えていたがために、衛宮士郎は二人の英雄の動きを把握することが可能であった。アーチャーの鷹の目には届かずとも、その片鱗は既にここに見受けられる。



 しかし、その目が、なんか妙なものを捉えた。


 「………???」

 一瞬、彼にはそれが何か分からなかった。ただ、鉄骨で作られたアーチの上を高速で疾走する存在があるように思えた。


 だが、サーヴァントでもないのにそんな高速でアーチの上を疾走する存在などあり得ない。そしてその存在はアーチの中間でぶつかり合っているのだから、そんな真似が出来る者がいるわけ―――


 「って、えええええ!!」

 しかし、彼は見た。いや、見てしまった。


 そこにいた存在は彼が実によく知る人物であり、なおかつ、このような荒唐無稽もやりかねないと常日頃から思っていた人物だった。



 「とおさかああああ!!??」





■■―――――――――――■■





 「なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!!」


 そして、謎の疾走物体こと遠坂凛の心境は、まさにその一言に集約されていた。


 確かに、人並はずれた運動神経を持つ人物なら、多少の運転方法を習っただけで既にエンジンのかかったバイクを運転することは不可能ではないだろう。


 だがしかし、遠坂凛は究極レベルの機械音痴なのである。それが例え電子機器ほどではないバイクといえど、彼女が十分な練習はおろか、数十秒操作方法を聞き知っただけで運転するのは、無謀を通り越して英雄的所業といえた。


 故に、彼女は疾走した、ひたすら疾走した。そもそもブレーキの掛け方を知らないのだから停止するという選択肢がなかった。


 その結果、『新都を駆ける音速の悪魔』の都市伝説が生まれる程の大活躍の果て、この冬木大橋に辿り着いたのだが―――





 「ええいもう、どうとでもなれええええええええええええ!!」


 ことここに至り、ついに腹を決めた。というよりも開き直った。


 直感と浮遊魔術にものを言わせた走行テクニックで彼女はあり得ないことをなし、アーチの上の鉄骨を疾走していく。いや、ソレすらも飛び越え、空気を爆砕させながら鉄骨の上の空を”走行”している。


 そして、


 「いたあああああああ、せいばああああああああああああ!!!」

 最早判別不能に近い叫び声を上げながら、二人の英雄が激突する空中戦に横から割り込むこととなった。




 「は?」


 「あんだあ!?」


 何度目になるか最早数えることも億劫になるほど矛を交えた二人は、同時に驚愕することになる。


 いや、ランサーのそれは驚愕といえたが、セイバーのそれはフリーズと言った方が正しいかもしれない。



 え?――何コレ?――ええ?



 最近どこかで思ったような感想がセイバーの精神を駆け廻る。『桃白白』と『バイクに乗った赤いヤツ』によって、彼女の中の常識は既に崩壊寸前だった。

 なまじ、第四次聖杯戦争においてバイクに乗ったことがあるため、“バイクが空を疾走する”といった状況はまさに彼女の現実を侵食する光景であった。彼女は、勢いをつけてバイクを空に向かって走らせたことはあっても、空からバイクで滑空してはいない。

 “なんだ、バイクって空飛べたんですね。だったら私は征服王とも互角に空中戦を行うことが出来たかも”


 などと、セイバーが一瞬の現実逃避を行っている間に。


 凄まじい速度で彼らにぶつかる軌道を疾走していたバイクは、当然そのまま突き進み。


 「死ぬわあああああ!!」

 誰に文句を言っているのかは全く不明だが、遠坂凛は決死の空中ダイブを決行する羽目になり―――


 「おわああああああああああああ―――――!!」

 暴走バイクの直撃を空中で受けたランサーは見事に橋から押し出され、未遠川に水没した。


 サーヴァントとはそれそのものが神秘であり、現代兵器では傷一つつけることはかなわない。これが鉄則である。

 しかし、サーヴァントが実体化しているならば、彼らは現世のものと触れることができ、その状態ならば慣性の法則も適用される。

 つまり、例え傷は負わずとも、空中で暴走バイクに激突されれば、吹っ飛ばされるのは避けられない。そうならない存在は“十二の試練”を持つバーサーカーか、聖餐杯のみである。


 加え、この時の暴走バイクは機械音痴の凛が制御するために軽量化と浮遊の魔術がかけられていた。よって多少なりとも神秘を帯びていたため、ランサーはより吹っ飛ばされることになった。



 「セイバー! 着地任せた!」


 「了解しました!」

 僅かな呆然自失状態から即座に立ち直り、セイバーは凛を抱え、大橋の上に着地する。


 「セイバー! 遠坂!」

 そこに、士郎もかけつけ凛はセイバー・士郎と合流し、ランサーを彼らから引きはがすという目的を達成することになる。

 まあ、結果オーライなだけなのだが。



 「しかし、リン。貴女だけがこちらに来たということは―――」


 「ええ、アーチャーはバーサーカーと一人で戦ってる。セイバー、私と士郎を抱えて走れる?」


 その意味を即座に理解し、セイバーは何も言わず左脇に凛を抱え、右脇に士郎を抱える。


 「って、おいセイバー!」


 「時間がありません、士郎。貴方達を抱えていても、私が走った方が速い。魔力は消耗することになりますが、アーチャーが死んでは全てが手遅れ。逆に、私の魔力が減少しようともアーチャーが健在ならば戦術の幅は大きく広がります」


 今の彼女は戦場に臨む一人の騎士。

 士郎にとっては不幸なことだが、青少年の精神などを考えることはなかった。


 「限界速度で飛ばします。二人とも、しっかりつかまっていてください」


 そして、最優のサーヴァントが決戦場目がけて疾駆する。



 『新都を駆ける音速の悪魔』に次ぐ、『人を抱えて突っ走る少女』なる都市伝説がこの日生まれたとか生まれていないとか。






■■―――――――――――■■






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、決戦場となる大型遊戯施設において、赤い騎士と黒き狂戦士の戦いは続いていた。


 干将・莫耶による連続投影、デュランダルの投影によるローランへの変生。さらには、偽螺旋剣(カラドボルグ)と“壊れし幻想”(ブロークン・ファンタズム)の波状攻撃。


 まさしく臨界運転の如く全力で戦い続けるアーチャーだが、未だに削った命は二つ。大英雄ヘラクレスはあと十もの命を備えており、しかも、一度致命傷を与えた攻撃は二度と通じることはない。


 「ちいっ!」


 故に、次にアーチャーのとるべき戦術は距離をとることを前提とした時間稼ぎとなる。最初はマスターである凛が大型遊戯施設を脱出するまではバーサーカーを完全に引きつける必要があったため接近戦を強いられたが、マスターが遠く離れた今、アーチャーとしての戦いに復帰することも可能である。


 しかし―――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 それは、バーサーカーの速度がアーチャーより劣るものであるという前提があればの話でしかない。イリヤスフィールの令呪によって抑制のくびきから解き放たれた現在のヘラクレスには、本来の能力に加え狂化による聖杯の恩恵が加わっている。


 元来、バーサーカーとはそういうクラスだ。聖杯に理性を差し出す代償として、本来の己以上の力を得る狂なる座。それ故に魔力消費も半端ではなく、バーサーカーを召喚したマスターは例外なく己のサーヴァントに魔力回路すらも削られ、自滅する羽目になった。


 「ヘラクレス、遠慮はいらないわ。そのまま攻めなさい」

 だが、アインツベルンのマスターはそれを完全に制御する魔力容量を備えている。彼女にとっては魔力回路はそのまま令呪と同義であり、サーヴァントを律することに関してならば、他の追随を許さない。


 まさしく、この主従は今回の聖杯戦争における最強のマスターとサーヴァントであった。それに対して無名の英霊が単独で挑むというこの状況は、まさに城砦を一人で攻めるのと同義であったが、



 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」


 アーチャーは既に、無敵の城塞の城壁を二つ破壊することに成功している。それがどれほど困難であったとしても、彼に崩せないわけではないのだ。


 「グングニル!(大神宣言)」

 そして今、錬鉄の英雄が手に持つ宝具は、北欧神話の主神オーディーンが槍、グングニル。

 ヘラクレスの“十二の試練”を突破するならば宝具の威力よりもその神秘、霊格こそが重要になる。ならばこそのこの選択だが、それには問題点もあった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 迫るバーサーカーの斧剣を紙一重で躱し、交差法で主神の槍を叩き込むも―――



 ガキン!



 その穂先が、半神の英雄の肉体を突破することはかなわない。



 「やはり、貫けんか」

 アーチャーが投影した宝具はオリジナルではなく贋作に過ぎない、ならば、威力はともかく純粋な神秘においてはワンランク落ちてしまう。

 それを補うためには投影魔術ではなく投影装填(トリガーオフ)が必要となるが、人間であったローランと異なり、完全な神であるオーディーンを模倣することは神性適性をもたないアーチャーには不可能である。


 だが、純粋な人間の英霊の宝具はどうしても神造兵器に比べ神秘で劣る。クーフーリンとて光の神ルーを父に持つ半神の英雄であり、アーサー王は竜の因子を持ち妖精の加護を受ける人を超えた存在。


 つまり、アーチャー自身に扱える宝具は干将・莫耶が限界なのだ。それを超える宝具の能力を完璧に再現するには投影装填(トリガー・オフ)が必要であり、神造兵器ではそれすらままならない。


 とはいえ、現在のバーサーカーを打倒しうる人間の英雄などそう都合よく存在するわけもなく、模倣したところで破られれば魔力の浪費にしかならない。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 黒い暴風は容赦なくアーチャーを襲い、その身体を削っていく。

 大神宣言によってかろうじて防ぐも、そもそもアーチャーは槍で戦うものではない。鉄壁の防御もバーサーカーが相手では鉄壁たりえず、突破されるのも時間の問題だろう。



 「だがなヘラクレス、この世に完璧な存在などあり得ん」

 だが、その状況でなお不敵に笑う英霊エミヤ。

 彼の戦いは常に劣勢におかれた状況で行われており、この程度の窮地は幾度となく経験している。

 そのような状況下において、彼は常に冷静に観察し、周囲の地形、環境を利用し、勝ち抜いてきたのだ。
 

 そして、アーチャーの持つ“心眼”(真)はバーサーカーの僅かな変化を的確に捉えていた。


 イリヤスフィールが発動した令呪によって狂化がかけられたバーサーカーの能力はさらに爆発的に強まっている。今の彼に真っ向から立ち向かえる英雄など、恐らく世界中を探しても極少数しか存在しない。

 だが、その咆哮は僅かながら狂化される以前よりも長くなっている。それはつまり―――



 「投影装填(トリガー・オフ)」

 無茶は承知の上、神性を持たない身で神の宝具を扱うことは矛盾を孕み、身体中を激痛が駆け廻る。

 だが、常時展開するわけではない。必要なのは刹那の一瞬のみ、その間、思考を全て遮断し、自己の能力を悉く敵の絶殺にのみ集中させる――!


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 振り下ろされる斧剣と、交差する神の槍。

 斧剣による直撃こそ避けられたものの、掠っただけでアーチャーの左腕の肉の一部が削がれている。その威力は最早冗談じみており、彼がサーヴァントでなければそれだけで挽き肉となっていただろう。


 だが、アーチャーの心眼はその軌道を確かに見切り、困難極めるカウンターを成功させ―――



 神の槍の穂先は、バーサーカーの口から脳天へと突き抜け、三度目の城壁崩しに成功していた。


 





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、傷の再生が始まるよりさらに早く、バーサーカーは更なる追撃を敢行していた。

 大神宣言(グングニル)はバーサーカーの頭蓋を貫くと同時に消滅しており、今のアーチャーは完全に無防備を晒している。



 されど―――



 「ロー・アイアス! (熾天覆う七つの円環)」

 彼は武装を投影する錬鉄の英雄。どんな状況であっても完全な無防備ではあり得ない。


 とはいえ、詠唱無しでの投影では満足な強度は見込めず、その上アーチャーと相性がよいのは剣であって、盾の投影は数倍の魔力を消費する。

 故に、咄嗟に展開できた盾は僅かに二枚。それもバーサーカーが相手では最強の守りたりえない。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 ならば、相手の力を利用して距離を稼ぐのみ。


 アーチャーは自らが展開した盾に足をかけ、


 「おおおおお!」


 バーサーカーの渾身の一撃が盾を粉砕する衝撃を足場に、彼の攻撃範囲からの離脱を成功させていた。



 一度距離を置き、アサシンの気配遮断には及ばずとも死角に潜んで気配を抑えることが出来れば、多少の時間は稼ぐことができ、戦術を構築する貴重なものとなる。

 バーサーカーは狂する座であるが故に、探索などのデリケートな作業は不可能、それらの機能を度外視し、破壊に特化させた存在こそがバーサーカーなのだから。



 「無駄な足がきね、サーヴァントの貴方は私からは逃れられない」

 しかし、バーサーカーはヘラクレスであるが故に最強なのではなく、イリヤスフィールのサーヴァントであるからこそ最強であった。

 聖杯の器そのものである彼女は即座に令呪そのものである魔術刻印を起動させ、大型遊戯施設を全域に魔力の網を張り巡らせる。

 魔術師を特定して見つけ出せる程の性能はないが、相手がサーヴァントならば、例え霊体化していようが、気配を遮断していようが聖杯たる彼女からは逃れられない。



 「まったく、容赦がないな、イリヤ」

 鷹の目によって見定めていた避難場所に身をひそめながら、アーチャーは独り呟く。

 凄まじい轟音と共に破壊の具現が迫ってくる。その気配はもうすぐそこに。



 「しかし、甘い。君の魔術はサーヴァントを捉えることは出来ても、“これら”を捉えることは出来まい」

 
 布石は打った。アーチャーは戦場の把握を既に完了しており、必要なものがどこにあるかは全て頭にたたき込んでいる。



 「君らの戦闘はまさに王道、小賢しい策があろうが、正面から叩き伏せる。ああ、確かにその姿は英雄そのものだ」

 その言葉には、どこか憧憬に近い響きが宿る。


 「だが、持たぬ者には持たぬ者なりの戦い方がある。天よりの才能に恵まれぬ地星に過ぎぬこの身だが、それでも意地というものはある。せいぜい足掻かせてもらうとしよう」


 赤い騎士は迫りくる破壊の具現を真っ向から迎え撃つべく廊下に出る。

 あれと打ち合うならば狭い場所は鬼門だ。敵も動きにくいがこちらの動きも限定される。直線的な速度ならば向こうが上なのだから、弓兵の特性を生かした立体的な戦いに持ち込まねば勝機そのものがない。


 心眼は今のこの時もあらゆる要素を加えながら、刻一刻と変化する戦況に合わせ、最適なる戦術を構築する。


 既に彼の魔力は半分以下にまで減少していたが、それでもなお彼は己が勝つ可能性を導き出すべく戦い続ける。



 例えどれほどの戦力差があろうと、どれほど絶望的な状況だろうと、英雄たる者は常に勝つのは自分だと誇らねばならない。


 彼らは人の希望、人の象徴、なればこそ、戦いそのものから逃げるという選択肢はあり得ない。


 彼は既に、主が戻るまで戦い抜くことを誓っている。ならば、主を信じて戦い抜くのみ。




 大英雄と無名の英雄の戦いは、さらに激しさを増して加速していく。




================================

 凛大活躍、いや大暴走。そして無茶に無茶を重ね続けるアーチャー。やはりサーヴァントとマスターは似通うもの。
 もし凛が赤い服じゃなくて白衣服を好んでて、今回の彼女の暴挙を中尉が見てたら、音速で喧嘩売りに行ってたでしょうね、白いヤツが空飛ぶバイクに乗ってるんだから。

 次回、『アーチャー超活躍。何で死なないんだ? という突っ込みは無しの方向で』をお送りします。



[20025] Fate 第二十五話 贋作者の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/27 15:33
Fate (9日目)


第二十五話    贋作者の戦い






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 僅かの空隙を経て、再び対峙することとなった狂戦士と赤い騎士。



 「ふっ!」

 バーサーカーの攻撃射程に入る前に、アーチャーは干将・莫耶を投擲し、バーサーカーの顔面目がけて双剣が宙を舞う。


 だが、狂える英雄は干将を噛み砕く。そこ光景は壮絶の一言に尽きたが、これまでとは明らかに異なっていた。


 「狂化してなお、戦闘センスは衰えを見せんか」

 つまり、バーサーカーでありながら、ヘラクレスは戦闘経験を積んでいる。先程、咆哮の間隔が大きくなっていること、つまり口を無防備に開いている隙を利用して大神宣言を叩き込んだが、早くも対応策を学習したらしい。



 「まったく、同じ攻撃が二度通じんとはよく言ったものだ」

 それが大英雄ヘラクレス。その肉体の機能のみではなく、彼の戦闘技能そのものが既に一回限りで“見切り”を可能とする領域にあるということ。


 加え、“十二の試練”によって同じ宝具の攻撃に対する耐性をつけてしまう。既に大神宣言(グングニル)や偽螺旋剣(カラドボルグ)は通じなくなっている。


 いかに無限の剣を内包する英霊エミヤとはいえ、ヘラクレスを打倒できる程の宝具となれば限られてくる。かつ、そうのような宝具に限って消費する魔力量も大きくなるのだ。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 故に、アーチャーにとってはいかに魔力を使わずにバーサーカーの隙を作り出すか、そして、作り出した一瞬の隙に全ての攻撃を集中させる。


 「足元に注意することだ」



 瞬間、バーサーカーの足場が崩壊する。


 確かに、サーヴァントである彼に物理攻撃は通用しない。しかし、現世に限界している以上、足場がなければ走ることは出来ないのだ。ランサーやライダーならば木の枝のような軽い足場でも立体的な動きが可能であろうが、バーサーカーには不可能な話であった。


 階下に落下していくバーサーカー、彼にはセイバーのように空中で魔力を放出し軌道を変えるようなことは出来ない。白兵戦では無類の強さを発揮するが、だからといって無敵の存在ではありえない。



 「何かを強化をすれば、何かが削られる」


 それが戦場の鉄則。防御を強化すれば機動力が削られる。火力を上げ過ぎれば弾数が自ずと制限される。


 戦場に合わせてそれらを使い分け、戦力を必要な場所に配置することが現代戦における指揮官の役割。英雄が戦場で覇を競っていた黄金時代とは異なり、戦場は命の計算をするだけの場となり果てている。


 そういった意味で、最も異色の英雄はやはりエミヤであるのだろう、彼の駆け抜けた戦場に誉はなく、ただひたすらに命のやり取りだけがあった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、それも一時の時間稼ぎに過ぎない。バーサーカーの機動力はアーチャーを凌駕しており、イリヤスフィールがマスターである限り、アーチャーの座標を見失うこともあり得ない。



 「ならば、これはどうだ?」

 アーチャーの手には、まともなサーヴァントならば驚愕せずにはいられないであろうモノが握られている。


 パンツァーファウスト。戦車すらも破壊するであろうそれを、赤い騎士は淀みない操作で起動させ、バーサーカー目がけて構える。


 もし彼がバーサーカーでなければ、その光景に唖然としていたであろう。しかし今の彼は狂戦士であり、そのような些事に構わず敵を粉砕する。


 だが、破壊の火槍はバーサーカーではなく、またしても足元に着弾する。アーチャーの“壊れし幻想(ブロークン・ファンタズム”でこれと同規模の破壊を行えば相応の魔力が削られるが、彼は魔力を一切消費することなく成した。



 もしこの場にレオンハルトがいたならば、その手腕に感嘆の声を上げられずにはいられなかっただろう。彼女は近代兵器をもってマスターを狙う戦術をとったが、アーチャーは近代兵器を駆使して格上のサーヴァントと渡り合っている。

 全ての武器は担い手次第で最強にも最弱にもなる。これはただそれだけの話であり、彼が戦巧者であることの証明であった。



 そして、またしても階下に落下したバーサーカーは、再び敵の下に駆けあがるべく跳躍し、



 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」


 錬鉄の英霊は、それを迎え撃つべく、神殺しの槍を具現させる。



 「ミストルティン! (神を殺せし死の茨)」

 北欧神話において、悪神ロキが奸智によって光の神バルドルを殺すために用意した宿木、それが神の血を吸ったことで神殺しの兵装へと昇華された。


 そして、半神の英雄であり、ギリシアの大神ゼウスの息子であるヘラクレスは最大レベルの神性適性を持つ。つまり、敵の神性が高ければ高いほど、ミストルティン(神殺しの槍)はその真価を発揮する。


 だが、この兵器は英雄と対になったものではなく、あくまで神を殺したという事実に由来する対神兵装。

 よって、投影装填は不可能であり、アーチャーは自らの力によってこれを扱うより他はない。




 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 悲鳴を上げる二十七の魔力回路。暴走する魔力は回路を焼き切り、なおも行き場所を求め暴れ狂うが、アーチャーはその全てを意思の力で抑え込む。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、バーサーカーが階下より姿を現した刹那―――



 神殺しの茨は、大英雄の心臓を穿ち、その存在意義を確かに果たしていた。








「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、たかが命を失った程度で神代の怪物は怯むことはない。返す刀でアーチャーを両断するべく斧剣が迫り。



 「が、は」


 咄嗟に双剣で守りに入ったアーチャーを、双剣ごと砕き、数十メートル離れた壁に叩きつけていた。



 既に満身創痍に近いアーチャー、如何に彼が善戦しようとも、物量の差というものは厳然として存在していた。


 それはちょうど、第二次世界大戦における日本とアメリカの戦いのようでもある。日本の誇る戦闘機は性能においてアメリカに劣るものではなかったが、




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 例え、一機でアメリカの戦闘機を複数落せたところで、永遠に戦い続けることが出来る筈もなく、必ず次の出撃のための整備、補給が必要になる。

 その合間に爆撃機が現れ、基地そのものを破壊されては、どれほど優れた兵器があろうと意味はない。アーチャーとバーサーカーの戦いはつまりはそういうものであった。



 「く、はああ」

 アーチャーの投影する宝具はバーサーカーに劣るものではなく、既に四つもの命を奪っている。だが、それを息もつかず連続して放つことは不可能であり、その合間にもバーサーカーは一度も休まずに攻撃を続ける。


 その上、アーチャーは四つの命を削るために大量の魔力を消費し、その身体は悲鳴を上げているどころではない状況だが、バーサーカーにはなおも八の命がある。


 消耗戦になれば、魔力容量が多い方が有利となるのは当然の理、如何に地形を利用し、魔力の消費を最小限に抑えようとも、バーサーカーを殺すためにはAランク以上の宝具の解放が必須である以上、アーチャーの魔力は削られていく。



 「あと、一つ、それが現状の限界か。さらに一つ奪うことも可能だろうが、存在との引き換えになるな」


 どれほどアーチャーが戦上手であろうが、純粋な足し算だけは覆せない。アーチャーの魔力容量で殺せる数は六回が限界なのだ。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 しかし、それすらも理想的な形でアーチャーの攻撃が続けばの話でしかない。その途中で一度でも戦術的ミスを犯せば、アーチャーは即座に消滅することとなる。


 ギリシアの大英雄と無名の英雄、両者の格の差はそのまま戦力の差となってここに現れていた。



 だが


 「舐めるな!」

 アーチャーは諦めない。こと、諦めの悪さに関してならば数多のサーヴァントの中でも上位に君臨する男だ。


 壁から機関銃がせりだし、バーサーカー目がけて掃射される。レオンハルトの“置き忘れ”もそろそろネタ切れであり、大規模な破壊が成せなければ足止めにもなりはしない。


 ならば、全ての火力を一点に集中させるのみ、その為の布石は打っており、後はその場所まで自らを囮に誘導することが叶えば――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 それを嘲笑うかの如く、黒い狂戦士はそれまで以上の速度で疾走する。おそらく、令呪による一時的なブースト、イリヤスフィールの援護は最高のタイミングでアーチャーの勝機を奪っていた。


 迫る斧剣、予想を上回る進撃の前に、最早アーチャーでは成す術ない。だが――



 「貴女なら、これくらいはやると信じていたぞ!」

 ――この瞬間、彼は聖杯戦争に臨むアーチャーではなく、英霊エミヤとして、自らの姉を信頼していた。


 いつの間にか存在していた双剣の片割れが、バーサーカーの足元で爆発する。ヘラクレスが加速することを前提に、それはタイミングを調整されていた。


 彼が双剣を投擲した際、干将はバーサーカーによって噛み砕かれた。しかし、莫耶はどこへ?


 その答えがこれである。アーチャーはここ―莫耶が刺さるこの場所―にくるようにあえてバーサーカーの攻撃を受けて吹き飛ばされたのだ。



 ついに生じた一瞬の隙、それはほんの些細なものではあるが、目標地点までアーチャーが到達するならば十分なものであった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 取り逃がした獲物を即座に追跡するヘラクレス、イリヤスフィールとの絆が存在する限り、彼がアーチャーを見失うことはあり得ない。




 「ついて来い! ヘラクレス!」

 赤い外套の騎士は駆ける。既にその身は満身創痍、魔力も三割を切っている。

 だが、それでも彼は駆ける。自らが導き出した戦術理論、その完成を己が手で成すために。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 それでも、狂戦士の速度は弓兵を凌駕している。最初に戦った広場に到達する頃、既にバーサーカーの斧剣はアーチャーを射程に捉え、



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 渾身の力で繰り出された、アーチャーのデュランダルがそれを防いでいた。


 偽螺旋剣(カラドボルグ)を打ち込むための隙を作り出した爆発は“壊れし幻想(ブロークン・ファンタズム)”によるものではなく、地雷の爆発。


 ならば、一度投影された宝具は破壊されるか、同等の神秘とぶつかって相殺するか、もしくはアーチャーが消さない限りは現世に残り続ける。先ほどの莫耶のように。


 それこそが、遠坂凛が異常と断じた衛宮士郎の魔術特性、投影した物体が消えずに残り続けるという現実を侵す概念。



 だが、デュランダルは幾度となくバーサーカーの斧剣と打ち合っており、なおかつ今回は投影装填(トリガー・オフ)を行っていない。

 ならば、ワンランク神秘が劣る贋作としてバーサーカーの纏う神秘とぶつかることになり、その結果。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「ぐうううう!」


 ただ一度、バーサーカーの攻撃を防ぎ、その巨体をのけ反らせるという成果を代償に、絶世の名剣は無に帰った。


 だが、その僅かの隙さえあれば、アーチャーの策を発動させるには十分過ぎた。



 「トレース・オン」


 アーチャーは投影する。この状況を打破するための切り札を。



 「I am the bone of my yarn 体は釣り糸で出来ている」


 そして、その手に握られるは彼の生涯において唯一の趣味といえた伝説の……



 「至高の釣り竿(ブレイク・オブ・ランサーズヘブン)!」


 99%カーボン製の高級ロッド、16個のボールベアリングによる電動高速巻上げのリールをはじめ、すべて最先端かつ高級品。総額二十万三千円。リールは連日品切れのフ○セスーパーオートメーション。


 データさえ入力しておけば、ほとんどリールがやってくれるという、もう釣りに来ているのか機械の調子を見に来ているのか分からないハイテクぶり。(ちなみに、名前の由来はアーチャーの中で磨耗し、忘れられている)


 そう、“データさえ入力しておけば、後は勝手にリールが巻き上げてくれる”のだ。


 そして、魔力を通すことで強度を強化することにかけてはアーチャーの独壇場。ならば、魚を釣るための糸とリールを、近代兵器群を釣り上げるためのクレーンに変えることも錬鉄の英雄にとっては造作もない。さらに、アーチャーによって”改良”された糸は途中で蜘蛛の糸のように分化し、幾条もの軌跡を描いて大型遊技場を駆け巡る。


 さらに、アーチャーの鷹の目はこの大型遊戯施設に残されている兵器を看破し、その心眼はこの瞬間を引き寄せるための戦闘理論を全力で組み上げていた。



 全ての条件は整い、今ここに、伝説のアングラーが降臨する!



 「フィィィイッシュ!!!」


 大型遊戯施設に残された全ての兵器が一斉に“釣り上げられる”。


 これが可能な英霊は、世界中の歴史を見渡しても彼一人、まさしく英霊エミヤにしかできない唯一無二の奥義である。



 起動を促された兵器群は己の役割を全うすべく、破壊の砲火を撒き散らし、その圧倒的火力は全てバーサーカーに集中する。






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 無論、それらが通用するはずもないが、この瞬間、ヘラクレスは足場を失い、さらに視界すらも失った。


 イリヤスフィールも魔術は感知出来てもこれらを感知することは出来ない。凄まじい轟音と爆風に気をとられ、アーチャーの策敵が疎かになる。


 これこそが、アーチャーが突いた本当の隙である。ヘラクレスはギリシア最大の大英雄であり、その戦闘センスはアーチャーをそれをすら凌駕している。

 だが、索敵役であるイリヤスフィールは戦闘者ではない。ならば、魔力が一切存在しない近代兵器による破壊の嵐を前に、平静でいられるわけがないのだ。



 足場を失い、視界すらも失ったバーサーカーは、アーチャーに攻撃することすら叶わず。




 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」


 その瞬間に行わる精神集中、敵の行動を一切無視して研ぎ澄まされるその魔力は、神造兵器をここに具現させる。



 既に口のなかを狙う戦法は通用しない。神殺しの特性を持つ宝具による心臓狙いも耐性が付いている。別の宝具を使用したところでヘラクレス自身の技能によって防がれるのが落ちだ。

 そして、“壊れし幻想(ブロークン・ファンタズム)”は二度目に殺した時に使用し、干将・莫耶オーバーエッジは最初に打倒した手段。


 ならば、残る手は―――



 「轟く五星!(ブリューナク)」

 純粋に戦闘に特化した神の武器を具現し、真っ向より打倒するしか道はない!



 その手に輝くは、ケルト神話に登場する光の神ルーの宝具、ブリューナク。


 “直死の魔眼”を持つフォモール族の首領、“魔眼バロール”をも滅ぼした究極クラスの神造兵器。


 十字剣 フラガ・ラック


 魔弾 タスラム


 そして、轟く五星 ブリューナク


 数多くの必殺の兵装を持つ、ケルト神話最強の神ルー、彼の槍に匹敵する神造武器と言えば、北欧神話の雷神トールの鉄鎚“ミョルニル”か、世界を焼き払ったムスペルヘイムの巨人スルトの魔剣、“レーヴァテイン”くらいであろう。


 他にも主神の持つ兵装、ゼウスの雷などの具現もあるが、それらは戦の神の兵装ではない。総合力で勝るかもしれないが、この大英雄を正面から打倒するのに相応しいものではない。


 つまり、純粋に武器として考えるならば、クーフーリンの魔槍ゲイボルクは、オリジナルであるオーディーンの大神宣言(グングニル)を上回る。神性や、存在の格はオーディーンが上位に位置するが、こと純粋な戦闘に限ればその優位は逆転する。


 クーフーリンは戦場の王者を呼ばれた男、そして、その父であるルーは彼に勝る英雄である。


 故に―――



 「があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴を上げる魔術回路を無視し、アーチャーは渾身の力を一撃に注ぎ込む。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、それだけでは足りない、視界すらままらない筈の大英雄はアーチャーの殺気に反応し、必ず来るであろう必殺の一撃を迎撃するため牙を磨ぐ。


 ならば、この大英雄を打倒するには限界を超えるより他はなく、



 「投影――――――装填! (トリガー・オフ)」


 もはやそれは”無茶”という言葉の概念に謝罪するべき行為だろう。しかし、赤い騎士は微塵も躊躇せずに行った。今ここに、神殺しの巨人を滅ぼしたケルト神話最強の神が再臨する! 



 放たれる光の矢


 五つに分かれた穂先から異なる光が迸り、それが一つに収束していく


 これこそ、魔眼バロールをも仕留めたルー究極の一撃、神性適性を持たぬ身では完全に再現することはかなわずとも、限りなく本物に迫る至高の光。







「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、その光はギリシアの大英雄の肉体をも容易く突破し、



 「五つ目だ」



 ここに、五度目のバーサーカー殺しを成功させていた。







=========================================
  
 絶賛D電波受信中

 カッとなってやった。しかし反省も後悔もしていない。前回はマスターが、今回はサーヴァントが大暴走。
 でもアーチャーの釣りのネタをマジバトルで使った人はどの位いらっしゃるのだろうか? 多分そんな暴挙をしたのは私だけだと思う。
 そんなアーチャーの釣り糸、イメージは『あやかしびと』のロシアっ娘の「キキーモラ」、縦横無人に幾条もの糸が走りまわる感じで、紅蜘蛛さんのお株を奪うかのように。

 今回2回「今ここに~降(再)臨する」という表現を使いましたが、そのギャップがスゲエ。



[20025] Fate 第二十六話 約束された勝利の剣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/28 10:38
 
Fate (9日目)


第二十六話    約束された勝利の剣






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 都合、五つの命を失った狂戦士はなおも猛る、猛り続ける。


 だが、流石の彼もブリューナクによって全身に叩きつけられた光の奔流を無効化することは叶わず、両者の位置はかなり離れている。


 干将・莫耶オーバーエッジはその斬撃によって、偽螺旋剣(カラドボルグ)は貫通力と魔力の爆発によって。

 大神宣言(グングニル)は神の槍という神性によって守りを突破し、その僅かの穂先で致命傷を与えるために口内を狙った奇襲。

神殺しの茨(ミストルティン)はその破壊力ではなく、特性によって十二の試練を突破し、その心臓を穿った。



 そのため、それらは致死の攻撃たり得たが、肉体の損壊を強いるものではなく、復元という観点から見るならば治しやすい傷でもあった。


 だが、五度目の死を与えた轟く五星(ブリューナク)による一撃は、神性によって十二の試練の守りを突破こそしたものの、ヘラクレスの命を奪ったのは純粋な破壊力によってである。


 故に、これまでの死に比べれば僅かばかり時間がかかる。それはほんの数秒の違いに過ぎないが、アーチャーという遠距離戦を主体とするサーヴァントにとってはこの上ない貴重な時間となる。



 「はあ、はあ」

 だが、彼の限界は近い。既に残る魔力は一割程にまで減少している。肉体の損壊も無視できるものではなく、魔術回路に至ってはヒート寸前。


 もはや満身創痍を通り越して半死体といっても過言ではないほど、彼の肉体も魂も傷ついていた。神の具現はそれほどに負担を強いるのだ。



 「限界のようね、アーチャー」

 己のサーヴァント最強と信じる雪の少女は、そんな彼を見下ろしている。

 確かに、五回も殺されたのは計算外であり、先程の爆発においては自分が失態を演じたのも事実。


 しかし、戦略レベルで圧倒的な優位があれば、戦術レベルで下策を打とうが挽回は容易。十一度失敗しようとも最後に勝てばよいヘラクレスと、一度でもしくじればそれまでのアーチャーでは、戦略という前提条件にそれだけの差がある。



 「確かに、私はそろそろ限界だ」


 だがそれも、彼が孤立無援であればの話、籠城に代表される防衛戦とは、援軍が来ることを前提に行うものなのだ。


 故に―――



 「はああああああああああああああああああああああ!!」

 高速で疾駆する白銀の騎士が、再生を終えたばかりのバーサーカーに挑みかかったのも、当然の帰結であった。




 「セイバー! 来たわね!」


 「セイバーだけじゃないわよ」

 さらに、バーサーカーのマスターを魔弾が襲う。



 「Shape ist Leben!(形骸よ、命を宿せ)」

 されど、魔弾は黄金の盾の前に虚しく飛散する。この盾を突破するならば、バーサーカーの肉体を突破するつもりでかかる必要があるだろう。



 「アーチャー! 生きてる!?」



 「かろうじて、な。まったく、もう少し早く来いというのに」

 赤いサーヴァントはどこまでも皮肉を返す。戦況は未だ定まっておらず、セイバーの援護を得てもようやく互角の条件だが、それでも一人で戦うことに比べれば千倍勝機が見いだせる。



 「ったく、減らず口だけは健在のようね。これでも急いだのよ、ええもう、あり得ないくらいに」

 『新都を駆ける音速の悪魔』の所業については触れないでいたが、凛も凛でそれなりに気にしている模様。



 「アーチャー、無事か!」


 「貴様に心配される程落ちぶれてはいない。それよりも自分の身を心配しておけ」

 衛宮士郎に対してはどこまでも態度が悪いアーチャーである。


 「てめえ」


 「はいそこまで、今はあれを何とかすることに全力を注ぐ」


 その言葉に男二人も応じ、戦況の分析を始める。




 「まず言っておくが、イリヤスフィールを狙うのは不可能だ。それを行えば最悪バーサーカーは主を抱えて撤退するだろう。それでは本末転倒にしかならん」

 ランサー陣営の妨害を封じ、一般人に被害が及ばないこの状況はまさに千載一遇の機会。ここを見逃すことは戦略的にありえない判断だった。


 「でしょうね、とにかくバーサーカーをここで始末するしかない。そうなると、セイバーがどこまで持ちこたえられるか……」


 「ついでに言えば、バーサーカーの宝具は“十二の試練”。つまり十二回殺さねば死なないようだ。私は五回ほど殺したが、あと七回殺す必要がある。しかも、全て異なる手段によってだ」


 「まじで? いや、ヘラクレスの伝承を考えればむしろ当然ね。なるほど、確かに最強のサーヴァントだわ、てゆーか反則よ」


 流石の凛も呆れざるを得ない、どんな英雄であろうと、あの怪物を異なる手段で十二回も殺すなど不可能だ。まして、英雄の宝具は基本一人につき一つなのだから。


 だからこそ、五回も成したアーチャーこそが異常なのだ。それほど多彩な攻撃手段を持つ英雄ならば知名度が低いなどということはあり得ないのだが、赤い外套を纏った錬鉄の英雄は世界中のどの伝承にも存在しない。


 「じゃあ、セイバーの宝具ならどうなんだ?」

 セイバーはバーサーカーとの戦いに臨む前に士郎に己の真名と宝具を明かしていた。それをマスターが知るか否かはこの戦いにおいて最大の鍵となることを理解していたために。



 「奴の命の容量を上回る攻撃ならば、一撃で複数の命を奪うこととて不可能ではない。ましてセイバーの宝具ならば、一撃で六度以上の命を奪うことも可能、後はお前次第だ」


 その言葉には絶対の信頼が込められていたことに果たして気付いた者はいただろうか。


 「じゃあ決まりね。私とアーチャーは援護に回って、セイバーが宝具を解放するための隙を作る。士郎、タイミングを間違えるんじゃないわよ」


 「分かった」


 「了解だ。今の私でもその程度なら問題ない」



 そして、戦術は決定され、アインツベルン・遠坂・衛宮の全てのマスターとサーヴァントがいよいよ戦場に馳せ参ずる。



 中盤戦最大の戦いは、ここに佳境を迎える。









■■―――――――――――■■





 「おおおおおおおおおおおおおお!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、彼らが戦術を定めるために、白銀の騎士は一人狂戦士と対峙していた。


 この布陣は予め決まっていたこと、相手がバーサーカーであるならば、対等に討ち合えるのは剣の英霊であるセイバーのみ。これだけはランサーにもアーチャーにも不可能なことだ。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「つああああ!」


 響く剣戟、迸る魔力、繰り出される一撃一撃にセイバーは渾身の魔力を注ぎ込む。




 魔力放出



 セイバーの戦闘スタイルの基本であり、奥義でもあるそれこそが、彼女を神代の怪物と互角に戦うことを許す要因である。

 当然、膂力によって斧剣を繰り出すバーサーカーと異なり、急速に魔力が消費していくこととなるが、これは本来おかしな状況なのだ。


 第四次聖杯戦争の最終局面において、セイバーであった騎士王は、バーサーカーとなっていた“湖の騎士”サー・ランスロットと戦った。

 その真の宝具、“無毀なる湖光(アロンダイト)”を解放したランスロットの剣技はバーサーカーというクラスの狂化を受けてなお、“無窮の試練”によって損なわれることはなく、アーサー王の全てを凌駕した。


 だが、生き残ったのはセイバーである。強力であるが故に魔力の消耗が半端ではなく、魔力切れを起こしたバーサーカーは燃料が切れた車のようにその動きを停止させたのだ。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、今目の前で猛る狂戦士にはその兆候の欠片も見られず、そのマスターも優雅な笑みを浮かべている。




 それこそが異常、バーサーカーのマスターとは狂するサーヴァントによって魔力を絞り上げられる存在に過ぎない、にもかかわらずバーサーカーを完全に制御し、その現界に要する魔力を維持し、さらに令呪による強化まで行う。


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、まさに彼女こそは最強のマスターであり、サーヴァントを使役することに関してならば歴代全てのマスターと比較しても並ぶ者が無かった。



 だが



 「おおおおおおおおおおおおおお!!」


 負けられない。その想いが彼女を突き動かす。


 膂力は向こうが上、魔力も向こうが上、こちらの攻撃は“十二の試練”を突破できず、バーサーカーの斧剣は一撃で自分に致命傷を与え得る。



 だがそれがどうした?



 「はああああ!」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 それがどうしたという?



 不利など承知、そもそもこの存在に正面からぶつかって勝てる者など存在しまい。

 だが、退けない、自分の後ろにはマスターがいるのだ。騎士たるもの、仕えるべき主を背に戦っているというのに、どうして退くことが出来ようか。


 その高潔な信念こそが彼女の誇り、力の源である。

 故に、衛宮切嗣は彼女にとって最悪のマスターともいえた。どれほどそれぞれの実力があろうとも、互いを信頼し合わない存在が勝利を掴めるはずもない。


 そして、魔術師としての実力は衛宮切嗣に及びもしないが、



 「セイバー!」


 今、彼女が背にして戦っている少年は、最高のマスターであった。



 騎士たる者にとって最高の主とは、“この人のための命を懸けたい”、“この人を守るためならば、命を捧げても構わない”と思わせる人物である。


 セイバーにとって、士郎を死なせてまで聖杯を得ようとは思わない。それは騎士の道ではない、それを失っては自分が聖杯を求める意義そのものがなくなるのだから。



 「宝具を使うぞ! そのための隙を遠坂とアーチャーが作る!」


 「分かりました!」


 そして、その声に背中を押され、いざ強敵に向けて彼女が剣を向けた瞬間、



 高速で飛来する一条の矢が、バーサーカーの顔面に突き刺さっていた。









■■―――――――――――■■



 「アーチャー、いける?」


 「なんとかな」

 そして、援護を行う赤の主従も、かなり極限の戦いを強いられている。


 アーチャーの魔力は既に限界であり、バーサーカーを害せる程の攻撃は存在維持を代償にするしかない段階まで来ている。

 故に、今のアーチャーの攻撃は全て凛が負担している。本来、時間をかけてパスから供給されるはずの魔力を、限界を超えて流し込み続けているのだ。



 例えるならそれは、灯油を大型のタンク車に注ぐ際、本来なら一晩かかるものを、無理矢理水圧を上げて数分で行おうとしているのに等しい。

 確かに、凛の魔力容量はアーチャーというタンク車に全て注ぎ込めるほどの規模ではあるが、その蛇口の大きさは別問題であり、あまりにも強力な水圧をかければ、当然蛇口そのものが吹き飛ぶことになる。


 そして、蛇口が吹き飛べば全ての灯油が外に流れだすことになる。つまり、魔力の枯渇による死である。



 「く、あああああああ!」

 だが、遠坂凛はあえてそれを敢行した。

 魔術刻印をバックアップ用にフル稼働させ、全ての魔術回路を起動させるが、それでもサーヴァントが行使する魔力量を瞬時に供給するのは負担がかかるどころではない。



 「凛! それ以上は―――!」


 「うるさい黙れ! あんたが命懸けで戦って、セイバーもああして戦ってるのに、私だけ安全圏にいられるか! いいからとっとと矢を撃ちなさい!」


 その言葉に、アーチャーは絶句するしかなかった。


 そう、それこそが遠坂凛、彼女はこういう人間であり、だからこそ彼はそれを眩しく思うのだ。



 「了解した。マスター」


 自分が危険になることならば何のためらいも無く実行するが、自分以外の人間が危険なことをやろうとすると、それを止められずにはいられない、彼はそういう男であり、その本質は英霊になってすらも変わらなかった。

 しかし、マスターの意思を尊重するならば、ここで止めることは侮辱でしかない。まして、遠坂凛ならば尚更のこと。

 そして、アーチャーもまた心をきめ、矢をつがえる。


 ここで重要なのは手数ではなく、威力。バーサーカーの体勢を崩すほどの衝撃を与えねばそもそも援護にすらならない。

 衝撃を与えるだけならば、神造兵器でなくとも”壊れた幻想”で事足りる。そのレベルの剣ならば、彼の内界に無限に存在しているのだから。



 「後は貴様だ、衛宮士郎」







■■―――――――――――■■






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、遠坂凛の魔術回路に多大な負担をかけてなお放たれた第二の矢が、バーサーカーの額を直撃し、爆砕した瞬間。



 「――――!」


 勝機を直感したセイバーは、己の宝具を解放する。


 だが、それだけではない。


 聖なる宝剣を守っていた超高圧縮の気圧の束が、不可視のとばりという縛りから解き放たれ、さながら猛る龍神の咆哮の如く、轟然と迸る。


 ただ一撃にして必殺の秘剣。宝具『風王結界(インビジブル・エア)』の変則使用。踏み込みのための加速として用いることも可能だが、敵に向けて撃ち放てば万軍を吹き飛ばす豪風の破城鎚となる。



 「風王鉄鎚!(ストライク・エア)」


 極大の風の塊を叩きつけ、バーサーカの体勢をさらに崩し、同時に距離を稼ぐ。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、神代の怪物がその風の鉄鎚を迎え撃ったが、彼女の攻撃はそれで終わりではない、いや、むしろここからが本番なのだ。



 刀身が顕わになる。

 剣にかかる余分な魔力を一切カットし、セイバーは自らの宝具を聖剣のみに注ぎ込む。



 そして、同時に


 「令呪―――装填!」

 セイバーのマスター、衛宮士郎は、今の自分に可能なことに全力を注いでいた。


 この場は決戦場、相手はバーサーカー、ならば魔術師として未熟な衛宮士郎がいたところで邪魔にしかならず、余分な危険が増すだけだ。


 だが、それでも彼は戦場に馳せ参じ、凛とアーチャーもまたそれを認めた。この場では、衛宮士郎のマスターとしての力が局面を左右する最重要事項となることを悟ったがために。



 令呪はサーヴァントの一時的な強化を可能とする。それを全身に刻んだイリヤスフィールはまさに規格外としか言いようがないが、瞬間ならば、魔術師として未熟な彼であっても膨大な魔力を己のサーヴァントに注ぎ込むことができる。


 ブリテンの赤き竜、アルトリア。

 魔力炉心ともいえる膨大な魔術回路を満たす程の力。


 伝説の時代、あらゆる戦場を制した騎士王がここに蘇る。





 「聖杯の契約に従い、第七のマスターが命じる」


 騎士王の剣に魔力が充填していく、その姿は竜を凌駕し、巨人すらも地に落とそう。


 だが―――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 それを迎え撃つ存在もまた神代の怪物。ヒュドラ、ラドン、ケルベロス、あらゆる怪物を打倒し、不可能と称された難行を果たした掛け値なしの大英雄。



 互いの魔力が咆哮を放つ。



 そして、セイバーの身体そのものが引き絞られた弓のように限界まで全ての力を集中させた瞬間――




 「セイバー! 『全力でバーサーカーを切り伏せろ!』」


 衛宮士郎の令呪は、その意義を本来の形で発揮していた。


 令呪は絶対強制権であり、サーヴァントの自害すら可能とする。だが、サーヴァントと同意の上で行使された令呪は、空間転移に代表される奇蹟に顕現すら可能とする。



 「約束された――――――(エクス)」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 突進するセイバー、迎え撃つバーサーカー、決戦場と化したこの空間は異様なまでの魔力を孕み、ただいるだけで人間の神経を侵す程に。



 そして―――




 「勝利の剣! (カリバー)」



 星の光を集めて作られた、『最後の幻想(ラスト・ファンタズム)』。

人類の希望の結晶であるそれは、十二の偉業を果たした大英雄の肉体を突破していく!



 そのエネルギーは既に本来の限界出力をも凌駕している。数で換算するならば、現在のバーサーカーを九回殺せる程の魔力がその斬撃には込められていた。




 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 ぶつかり合う最強の剣と鎧、しかし、それは矛盾とならず、剣の勝利を告げている。




 約束された勝利の剣




 騎士王が騎士王である限り、この剣が輝きを失うことはあり得ない。黄金の剣は今まさに、約束されたその勝利をもたらそうとした瞬間―――





 「聖杯の誓約に従い、第一のマスターが命じる!」

 ――聖杯を司る、雪の妖精の声が、刹那の均衡に響き渡った。



 「バーサーカー! 『全力で防ぎなさい!』」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 その言葉と同時に、黄金の魔力がバーサーカーの全身を包み込む!




 「何!」

 驚愕はセイバー。バーサーカーの概念の鎧を今まさに突破し、残る七の命を絶つために剣に込めた魔力を解き放つ刹那、それは起こった。



 イリヤスフィールに全身に刻まれた令呪が発光し、己のサーヴァントに対する絶対命令権を行使する。


 彼らは勘違いをしていた。イリヤスフィールはヘラクレスを令呪によって強化していたわけではない。本来バーサーカーというクラスに備わる“狂化”を令呪の力で抑えていたのだ。


 流石の彼女の魔力容量を以てしても、大英雄ヘラクレスをバーサーカーとして維持し、その膨大な魔力を支えながら、かつ令呪による強化を恒久的に行うのは不可能である。


 だが、衛宮士郎が一瞬ならばセイバーの聖剣を満たす程の魔力を注ぐことが可能なように、イリヤスフィールもまた、限界を超えたバーサーカーの強化が可能なのだ。


 最もマスターとしての適性に優れるのはイリヤスフィール。最も、令呪の扱いに長けているのもイリヤスフィール。


 ならば、サーヴァントの強化という土俵において、衛宮士郎がイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに勝てる道理はない。




 「頑張って! バーサーカー!」


 だがそれは、彼女の器をもってしても限界を超えた魔術行使となる。二か月前の冬の城で、未だ顕現しない聖杯の補助もなく、大英雄を維持していた頃に等しい激痛が彼女を責め苛む。



 だが―――





 『バーサーカーは強いね』


 ――その冬の森を覚えている


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 雪の少女と心を交わした記憶を、狂化してなお忘れぬ大英雄には、言葉に出さずともその想いは伝わっていた。



 負けられぬ


 この身は負けられぬ


 我は最強なり、我こそが最強なり




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 青き魔力に包まれた黄金の剣と、黄金の魔力に包まれた鋼の肉体が相克する。



 突き進む剣、それを阻む鎧


 刹那の間に、目まぐるしく攻守を入れ替える対城宝具と結界宝具のぶつかり合いは――――








 「残念だったわね、セイバー」


 三度までその命を散らしながらも、未だ四の命を保ち、娘を守る父のような雄大な姿を保つバーサーカーの勝利に終わった。




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 中盤戦の山場、VSバーサーカーもいよいよ佳境。あと一話で終わらせるつもりです。
 さて、今更なんだ、と言われそうですが、改めて言います。このSSはけっしてシリアスものではありません。(ギャグ一本と言うわけでもないですが)大半を14歳の力と電波と勢いで書いてます。そしてこのまま突っ走りますよ、突き進みますよ、完結まで。『それでも構わん、卿が何処まで行けるか見届けよう』という獣殿のように心のひろい方は、これからも宜しくお願いします。





[20025] Fate 第二十七話 絆の戦い・勝利すべき黄金の剣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/29 10:23
Fate (9日目)


第二十七話    絆の戦い・勝利すべき黄金の剣






 「嘘でしょ……」


 その言葉は、その場にいる者達に共通したものだったであろう。


 それもそのはず、あれ程の宝具、あれ程の一撃を受け、死なない者などこの世に存在するはずもない。



 だが、黒い巨人はなおも健在であり、焼けただれていた身体も徐々に復元していく。



 「令呪による強化、まさか、エクスカリバーを凌ぐとは……」

 アーチャーですら、その光景には息を飲まざるを得ない。セイバーのエクスカリバーの破壊力を誰よりも知るが故に、その驚きはなおさら大きかった。



 イリヤスフィールの令呪によって、バーサーカーの耐久力は一時的に三倍近くまで跳ね上がった。ならば、エクスカリバーがバーサーカーを九度殺せる程の魔力を秘めていたところで、三回しか殺せないのは至極当然の話である。


 その代償として、狂戦士は僅かに停止を余儀なくされているが、再起動までの時間はほんのわずかしかない。いや、殺意あるものが近づけば即座に迎撃するだろう。


 それをしないのは、この場にいる全員の精神が驚愕に満たされ、殺意が抜け落ちているからに他ならない。いわば、決戦場は幕間に入ったかのような状態なのだ。



 「そんな、難しい、理屈じゃないわ。要は、貴方達の絆よりも、私と、バーサーカーの、絆の方が強かった。それだけの話よ」

 雪の少女もまた泰然とは言い難い状況にある。息が上がっており、その言葉も切れ切れだ。

 令呪によるバーサーカーの強化は諸刃の刃、彼女の極大の令呪をもってですら、相応の負担は避けられないのだ。


 だが―――



 「そして、貴方達にはもう、バーサーカーを殺す手段はない」


 それが、厳然たる事実であった。

 アーチャーは既に満身創痍、その身に残る魔力は凛の魔力が注がれても二割に満たない。

 セイバーもまた、“約束された勝利の剣”の発動によって大量の魔力を消費している。令呪のバックアップがあったため、すぐさま消滅するほどではないが、三割程まで減少しているのは事実である。


 この状態では再びエクスカリバーを放ったところで、バーサーカーをせいぜい一度殺すのが限界、いやそもそも、“十二の試練”には同じ殺し方は通じない以上、最早セイバーがバーサーカーを打倒することは絶対的に不可能となったのだ。


 「くっ」


 「ちいっ」


 だが、それでも二人の英雄は諦めない。例え届かずとも、マスターと共に戦う以上、敗北は許されないのだから。




 「なかなかに見事な連携だったわよ。シロウ、セイバー、でも、私達の勝ち。聖杯戦争は絆の戦い、私たち以上の絆で結ばれた主従なんてあり得ないんだから」


 そして、主の言葉を肯定するかのように――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 イリヤスフィールの守り手は、その活動を再開した。







■■―――――――――――■■




 俺は、その光景を見ていることしか出来なかった。


 バーサーカーは健在、宝具を放ったことで相当に消耗しているはずのセイバーはなおも迫る死の具現に立ち向かい、アーチャーは既に戦える状態じゃない身体で援護に回っている。



 駄目なのか?


 ここまでやって、全力を出し切って、それでも届かないのか?


 いいや、そもそも俺は――――



 「まだ、何もやっちゃいない」

 俺に出来ることなど限られている。令呪でもってセイバーを可能な限り援護したが、結局、セイバーを勝利に導くことは出来なかった。


 だが、それだけだ。まだだ、まだ俺の身体は動く。


 セイバーが戦っている、アーチャーもまだ戦っている。


 だったら、俺に出来ることは――――



 「投影開始 (トレース・オン)」

 ザ――ザザ――

 走るノイズ、俺の頭が、どこかもいつかも分からない場所に繋がっていく感覚がする。
 

 そうだ、以前――以前?――俺に対してあの弓の騎士が言った言葉は
 
 『現実で叶わない相手なら、想像の中で勝て。自身が勝てないなら、勝てるものを幻想しろ』

 ”たしかそんな言葉だったはず”だ。


 


 俺ではバーサーカーと戦うことは出来ない、だが、あいつは戦っていた。


 たた一人で、五回もバーサーカーを殺すなんていう無茶をあいつはやったんだ。ならば、あいつが持っていたような武器でならきっと。



 「く、ぐあああああああああ!!」


 まだだ、無理でも作れ、どんな犠牲があっても作れ。


 強化と複製、元からあるものとそうでないもの、その差など些細なものと思い込め!



 陽剣干将、陰剣莫耶





 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 「な、シロウ!」


 特攻した。何も考えていない、いや、そもそもこいつらを投影した瞬間から酷い頭痛に襲われて、余分なことなんて考える余裕は―――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 だが、急造の双剣は、狂戦士の肉体の前に、刃筋を立てることすらかなわず砕け散った。



 「バーサーカー!」


 まずい、セイバーが、こっちに。


 あれはまずい、バーサーカーはそもそも俺を狙っていない。



 「な―――!」

 俺を狙っているかのように振るわれた斧剣は、いかなる妙技か、途中で軌道を変え、セイバーに向かった。


 だが、俺を助けるために駆けたセイバーはそれに気付くのが遅れた。なんて間抜け、これじゃあセイバーを窮地に追い込んだだけじゃないか!




 「が―――!」


 咄嗟に剣で防ぐが、防ぎきれずセイバーの鎧が砕け散る。



 「バーサーカー、仕留めなさい」

 そこに、死の宣告が下される。


 無理だ、あの体勢ではバーサーカーの攻撃を防ぐことなど出来はしない。奴の斧剣が振り下ろされば、セイバーは。



 「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」


 走った。


 セイバーが危ない、他のことなんて考え―――



 「邪魔だ! どけ!」


 その瞬間、見たこともない程の気迫を見せる赤い外套を纏った男に弾き飛ばされた。




 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その手には、バーサーカーと同じ斧剣が握られている。あいつ、あれを一瞬で投影したのか?




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、絶対に防げないはずの一撃を、アーチャーは防いでいた。



 「あ、アーチャー?」

 庇われた形のセイバーは、驚愕の声を上げる、だが、それは俺も同感だ。



 「衛宮士郎! それではない!」


 そして、バーサーカーの剣戟を防ぎながら、赤い男はそんなことを口にした。



 「え?」


 「お前ではバーサーカーには届かん! お前は戦うものではなく、生み出すものに過ぎん! それを間違えるな!」


 その言葉は、まるで剣のように、俺の胸に突き刺さった。



 「忘れるな、イメージするものは、常に最強の自分だ!」

 防ぐ、あのバーサーカーの攻撃を、あいつは防いでいる。


「外敵などいらぬ、それはオレが防ぐ! お前が戦う相手とは自身のイメージに他ならん!」


 そして、俺の身体に撃鉄が降りた。



 「バーサーカー! いいわ、まずはアーチャーから殺しなさい!」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 しかし、そこに無情なる声が響き渡る。


 俺がバーサーカーに勝てる剣を作り上げたとしても、投影には時間を要する、それではアーチャーが持たない。



 そこに―――



 「stark――――GroB zwei! (二番、強化)」


 誰よりも勇ましい、遠坂の声が響いた。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 「おおおおおおおおおおおお!!」


 「イリヤスフィール! サーヴァントの強化はあんたの専売特許じゃないのよ!」


 そうか、サーヴァントの強化、遠坂がアーチャーを。



 「士郎! バーサーカーは私達で抑える。何をやるつもりかは分からないけど、あんたが決めなさい!」



 その声は、万軍の加勢を得たかのような勇気を俺に与えてくれた。



 「ああ! 任せろ!」


 さあ、後は俺との戦いだ。敵はバーサーカーじゃない、奴の相手は。




 「ぬうううううううううう!!」


 遠坂が誰よりも信頼する、あの男が務めてくれるのだから――――!








 さあ、作り出せ


 俺に出来ることなんて一つだけだ


 誰にも負けないモノを作れ、決して負けないイメージを想え


 誰をも騙し、自分自身さえ騙しうる、最強の模造品を創造しろ



 「ぐ、があ、ああああああああああああああああ!!」


 だが、それは今セイバーが握る剣ではない。


 それを放ってなおバーサーカーが健在である光景を俺は見てしまった。ならば、今ここでそれを投影しても意味はない。


 ならば、そう、彼女がかつて失ったという、あの黄金の剣を
 
 セイバーの剣、”いつかと同じように”見た黄金の光。そして、その後に視た”覚えがある”王の記憶の中の剣をいまこそ――





 難しいはずはない


 不可能なことでもない


 元よりこの身は


 ただそれだけに特化した魔術回路!



 「ぎ、くう、ううああ――――」


 創造の理念を鑑定し、

 基本となる骨子を想定し、

 構成された材質を複製し、

 制作に及ぶ技術に模倣し、

 成長に至る年月に共感し、

 蓄積された年月を再現し

 あらゆる工程を凌駕し尽くし――――





 ここに、幻想を結び、剣と成す―――――!








■■―――――――――――■■



 衛宮士郎が投影を完了するまでの時間も、黒い狂戦士の猛攻は続いている。


 しかし


「投影―――装填!(トリガー・オフ)」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 同じ斧剣を投影した赤い騎士の剣戟が、悉くそれを弾いていく。



 本来ならばそれはあり得ない。アーチャーがバーサーカーと対等に渡り合えるならば、先の一騎打ちにおいて彼はあれほどの苦戦を強いられていない。


 だが―――



 「アーチャー! ぶっちめなさい!」


 サーヴァントは、マスターと共に戦ってこそ最強たり得る。それこそが、赤い弓兵と黒い狂戦士の間に存在した絶対的な差だったのだ。



 ≪負けるわけがない≫


 アーチャーは確信していた。自分達は勝つと。


 客観的にみればあり得ない、彼の心眼は今もなお、戦況は絶望的であることを告げている。


 自分は満身創痍、残りの魔力も一割どころか5分を切った。マスターからの魔力も全て強化に回されており、現界を維持するための魔力すら支障をきたしかねない程だ。


 「アーチャー!」


 そして、狂戦士と戦う赤い騎士を援護しようとする白銀の騎士は。


 「セイバー、お前は自分の役割を果たせ!」


 その言葉によって、自らの責務を再認した。


 「こいつは私達で引き受ける! 貴女は士郎と!」

 そして、赤の主従は何も言わずとも、互いの意思を通い合わせていた。


 「ふっ」

 思わず、自嘲の笑みが漏れる。


 一人で戦っていたときは死の具現のように思えたバーサーカーも、今は踏破すべき障害にしか見えない。



 「まったく、君は最高のマスターだ」

 それは誰にも聞こえない程小さな呟き出会ったが、何よりも心の籠った彼の本心であった。






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、狂戦士の咆哮が轟く中、



 「リン、アーチャー、下がって!」


 「俺達で決める!」


 彼らと同じく、強い絆で結ばれた剣の主従が、今まさにその真価を発揮しようとしていた。





■■―――――――――――■■




 その時、狂戦士は確かに自分の死を予感した。


 あり得ぬ話、だが、歴戦の英雄である彼は、自らに迫る最大の脅威を正確に捉えていた。


 赤い騎士は先の一撃で弾き飛ばした。手にしていた斧剣を砕き、弓兵のサーヴァントは壁際まで飛ばされた。


 そのマスターはなおも近くにいるが、それは脅威ではない、今迫るこの剣気は―――



 「はあああああああああああ!」

 「うおおおおおおおおおおお!」


 絆を示すかのように、一つの剣を二人で手に取り、臆することなくこの身に向かってくる剣の主従。





「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、彼も負けられない。負けられない理由がある。


 彼には―――



 「バーサーカー、負けないで!」

 彼の勝利を信じる、少女がいるのだから。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 迎え撃つ、例えどれほどの脅威であろうと、我を絶殺させることあたわず。



 雪の少女の令呪は再び輝きを宿し、先程には及ばすとも、それでも彼の耐久力を倍化させるほどの強化を可能としていた。

 だが、それがどれほどの苦痛を少女に強いているか、それを理解しているからこそ。






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 ギリシア最大の大英雄は、なおも最強のサーヴァントであり続けるのだ。








■■―――――――――――■■






 “勝利すべき黄金の剣(カリバーン)”が狂戦士を貫く。


 自らの死を予感してなお、最強のサーヴァントはそれを真っ向から迎えうった。


 それが彼の信念であり矜持、己を信頼する主に報いる忠誠であり愛情の形であったために。



 「はああああああ!」


 「らああああああ!」


 そして、それに挑む少年と少女も、同じく負けられない信念を胸に宿していた。


 振るう剣は“勝利すべき黄金の剣(カリバーン)”。

 アーサー王が引き抜いた選定の剣であり、彼女の常勝を約束した至高の剣。


 それは、少年が作りだした幻想ではあったが、それでも、大英雄ヘラクレスを七度滅ぼす魔力を備えていた。





 しかし―――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 それでもなお、狂戦士の命を滅するには足りない。



 彼にかけられた令呪の守り、それが大英雄を包み込み、その耐久力を倍加させている。


 ならば、七度滅ぼせるはずの一撃も、三回半が限界であり、あと半分、彼の命は残されている。



 そして、今目の前に存在する敵を滅ぼすならば、半分の命があれば十分、その身はまだ動く。


 ヘラクレスは“戦闘続行”の技能をAランクで持つ。例え致命的な一撃を受けようとも、彼に戦う意思がある限り、その身は動き続けるのだ。

 セイバーとアーチャー、2人のサーヴァントが死力を尽くしても、最強の存在は崩せない。




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、終幕となるはずの斧剣が、剣の主従に振りおろされる刹那―――



 「Neun, Acht, Sieben, Sechs !!(九番 八番 七番 六番)」


 最後に狂戦士に向けられる、死の具現が殺到した。



 「Stil, schueBt, BeschueBen, ErschieSsung ――――! (全財投入、敵影、一片、一塵も残さず)」


 バーサーカーを打倒しうる存在はサーヴァントだけではない、ここにもう一人、その手段を持つ存在がいた。



 度重なるアーチャーへの無茶な魔力供給によって遠坂凛の魔術回路は焼きつく寸前であったが、遠坂の魔術は流転が基本。すなわち、宝石の込められた魔力を解放するのみならば、魔術刻印だけでも事足りる。


 そして、投入された宝石から繰り出されるのは、彼女が10年間込め続けた魔力によって作られる最強の魔弾。




 「くたばりなさい! バーサーカー!!」



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 そして、この最後の一撃を狂戦士はなおも迎え撃つが、十一の命を失い、残る命も半死半生である状態では防ぎきることは叶わず。


 最後にはなった一撃は、剣の主従に届くことなく遠坂凛の放った氷の槍によって砕かれ、彼の最後の命はその瞬間活動を停止した。



 ただ一つ、己を打倒したこの高潔な戦士たちならば、雪の少女を預けても良いだろう、という想いを残して。



















■■―――――――――――■■





 「第三が開きましたか」


 教会に座し、この決戦の舞台を整えた男は、静かにその波動を感じ取っていた。



 「さてさて、一体どのサーヴァントが脱落したのやら」

 そこまでは彼には分からない。彼に分かるのは第三が開かれたという事実のみであり、それを知るためには相応の手段が必要となる。


 「まあ、ランサーの報告次第となりますか、上手くやってくれればよいのですが」

 そして、その為の手は打ってある。あえて大型遊戯施設の結界敷設にランサーのルーンを用いなかったのは、この戦いの最後の経過をランサーの魔術によって把握させるため。


 最初から張っていては気付かれる。電子機器という手もあったが、バーサーカーとの激闘によって壊される可能性が高い。


 ならば、最初から全てを把握することは諦め、セイバーが大型遊戯施設に駆けつけてからの戦況が分かればよしとするべき、必要なのは誰が脱落し、そのような手傷を負ったかということなのだ。



 「さてさて、ともかく、これにて第三は開放され、中盤戦の最大の山場は終了しました。恐らく、バーサーカーは敗れたはず、まともに考えれば彼が勝ち残るが故に、大穴こそがあり得ましょう。なにせここは副首領閣下の術式の中にあるのだから」


 まあ別に、バーサーカーが勝っていたとしても、クリストフ・ローエングリーンにとっては問題ない。

 あくまで、彼が“ラインの黄金”を手にさえ出来ればそれでよいのだ。


 「まあ、正直バーサーカーは厄介ですから、セイバーかアーチャーに倒されていればよいのですが、どうなったことやら」

 嘯きながら、彼は今夜の戦いの後始末を始める。



 あの大型遊戯施設は最早使い物になるまいし、スワスチカの汚染もある、早急に手を打たねば。




 「さあ、いよいよ、いよいよです。“ラインの黄金”の完成はまた一歩近づきました。果たして、勝つのは誰か、 奇蹟の聖杯を誰の手に収まるか、く、ふふふふ、はははははははははははははははは」




 神父は笑う、その瞬間を待ち望みながら。




 最大の山場を終えた冬木の聖杯戦争、二騎のサーヴァントが脱落し、中盤戦も半分が経過、舞台は徐々に終局へと進んでいく。






 =================================

 バーサーカー戦、終・了!!

 フィニッシュブローは凛、この展開は読みやすかったかな? と思ってます。予想された方も多いのでは。
 さて、実は今回プロット段階では、士朗君の頭のなかに変な声が聞こえてくる予定だったのですが、

 あまりにもウザく

 あまりにも総てをブチ壊してしまったため

 今回のような形になりました。ここ数話はFate勢の活躍の場だったので、これがDiesとのクロスであることを忘れられている方も居たのでは、なんて思ってたりしました。

 あと、話の最後で聖餐杯が笑うのはもはやテンプレ。



[20025] Fate 第二十八話 槍さんと螢さんと
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/30 09:52
Fate (10日目)


第二十八話    槍さんと螢さんと




 「やれやれ、これはなんともまた」


 聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンは、その惨状を見ながらある種感嘆の念を抱いていた。



 大型遊戯施設



 冬木は新都において最大の行楽施設であったはずのそこは、見事なまでに破壊されつくしていた。


 なにしろ、バーサーカーとレオンハルトが戦い、アーチャーとバーサーカーが死闘を繰り広げ、挙句の果てにセイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”すら放たれたのだ。半壊どころか最早原型を留めていない。


 かろうじて建物らしき形は残されており、中央の大広場に繋がる通路などは一応原型を留めているが、それ以外は壊滅的である。



 「既に、行楽施設としての面影はありませんね。まるで、あの日のベルリンのようではないですか」

 あの日、ベルリンでも行政的、文化的に重要であった八つの施設を黒円卓の騎士が壊滅させ、僅か一夜にして八つのスワスチカを開いた。

 今思えば、それは蛮行極まりない。もし、シャンバラでそのようなことをされては、間違いなくテレジアの身が持たない。四つを同時に開かれたあたりで限界だろう。


 だが、イザークは八つのスワスチカの開放を同時に成してなお、傷一つ負うことすらなく、聖櫃の創造を行い、“魔城”を彼方に飛ばした。まさに怪物、その存在規模は人間とは次元が違う。


 ゾーネンキントとしての適性はテレジアの方が上のはずだが、それは“翠化の適性を持つ人間”としての度合いであり、そもそも人間を遙かに超える容量を持って生まれた怪物と比較するのが間違いだ。人間ならば、八つのスワスチカの同時開放などに耐えられるはずがない。


 確か、自分が担当したのはカイザー・ヴィルヘルム教会だったか。そう、あの時に自分は黄金の代行となり、黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)を賜ることとなった。

 

 「そういえば、記念にカイザー・ヴィルヘルム教会の屋根にあった十字架をシャンバラの教会に移植したんでしたか。まあ、願掛けのようなものでしたが」


 そう、それは気まぐれに近いものだった。

 だが、今にして思えば、まるでそうしなければならないかのように感じたこともなかったか?



 「いけませんねえ、こう歳をとっては何もかもに疑い深くなる。まあ、一番信じられないのが私自身である以上、仕方のないことではありますが」


 黄金の代行、クリストフ・ローエングリーンにとって一番理解できない相手とは、ヴァレリアン・トリファに他ならない。

 あまりにも硬過ぎる殻を被ったことにより、かつての自分が何を思い、何を恐れ、何を愛していたのか、意識せねば分からなくことがある。


 だからこそ、彼は60年間変わっていないのだ。その感情を忘れぬように、微塵も、いささかも変化することなく聖道を歩み続けるため、聖餐杯は在り続ける。


 「まあともかく、ここまで破壊されれば却って僥倖。ガス爆発でもあったことにするか、それともいっそ火をつけて全焼させるか。その辺りは言峰の判断に任せるしかありませんが、少なくとも人が寄りつくことはない」


 開かれたスワスチカは霊的に汚染される。第一となっている公園に未だにほとんどの人間が寄りつかないのもそのせいだろう。

 だが、それだけではない。アンリマユ(この世全ての悪)によってもあの公園は汚染されている。つまり、スワスチカとのダブルパンチを喰らった致命的に運が悪い土地なのだ


 それに比べれば穂群原学園の汚染は深刻なレベルではない。学一応閉鎖はしているものの、生徒はともかく職員などはやることがあるだろう。その辺りの処理も必要ではあるが、気を失う者が出ることはないだろう。


 「散華した魂の質にもよるのでしょうが、ライダーは本来心優しい性格の持ち主だったのか、呪詛で学校を覆うような真似をしていない。もしベイ中尉の魂で開かれでもしたら学校は地獄と化していたやもしれません」

 とはいえ、サーヴァントの霊核は小聖杯、つまりイリヤスフィールに取り込まれている。あの場で散華したものはあくまで“ライダー”としての霊体を構成していた部分であり、“座”に連なる英霊の魂の核ではない。


 「忙しいですねえ、さらに第四や第五が開かれればどれほど面倒になることやら」

 そう嘯きながら、彼はその場を後にする。


 今回の目的は被害状況の下見、幾つかデジカメで写真はとっておいたから、後は言峰が判断するだろう。



 「そういえば、レオンハルトもそろそろ教会に戻っている頃でしょうか?」








■■―――――――――――■■




 「ああ、そこ、そこ、きくううううう」


 「おっさんか手前は」


 所変わってこちらは教会、バーサーカーからなんとか逃げのびた螢の治療をランサーが行っているのだが。



 「あぁぁあぁぁあぁぁあぁぁ」

 螢の状況はなんかこう、夏バテしているおっさん、といった状況であり、ランサーの突っ込みも至極もっともな話だった。


 「ったく、俺は一応英雄だぞおい」


 「いいじゃない、これくらいしか能がないんだから」


 「しばくぞこら」


 「あ、そこきく」


 ランサーの治療は彼女の身体に直接“復活”や“生命”を意味するルーンを刻みつつ、上手く効果を発揮するように魔力式マッサージを行うというものなのだが。



 「聞いてねえし」


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 もの凄いぐだぐだな状況になっている。緊張感もここまでなければ拍手を送りたくなるだろう。



 「しかしまあ、何だ。お互い貧乏くじ引いたっつうか」


 「そうね、私は一人でアレを相手にさせられて、貴方はバイクに空中で撥ね飛ばされたんだったかしら?」


 「おお、ありゃ有り得なかったな。遠坂の嬢ちゃんは相変わらずとんでもねえことをやりやがる」


 「確かに、バイクでアーチを駆けあがって空中ダイブって発想はないわね」


 「だろ、だが確かにあり得ないからこそ奇襲になる。俺達もやったろ」


 「例の、コード:桃白白(タオパイパイ)、ね」

 ちなみに、作戦名の命名は螢である。

 余談だが、コード:ラディッツも存在している。螢が敵を羽交い絞めにし、ランサーが螢ごとゲイボルクで貫き、炎に変生した螢だけは助かるという反則である。

 だが、ゲイボルクの呪いが強すぎて螢が透過しきれない可能性が大きいため、実行に移されることはないであろう。


 「ああ、それそれ、つーか、このネーミングは何だ?」


 「知らない方がいいこともあるわ」


 「なるほど、手前は服のセンスだけじゃなくて、ネーミングセンスも悪いと」


 「はっ倒すわよ?」


 「さて、マッサージはこの辺でやめるか」


 「ごめんなさい、調子乗りました。続けてください」


 「そうかい、じゃあ身体でも提供してもらおうか」


 「いいわよ。創造を発動させてから思いっきり抱きしめてあげる」


 「燃え尽きるだろ!」


 ちなみに、これはコード:栽培マンである。


 「燃えるような愛ってのも、いいものだと思うわ」


 螢が知る由もなかったが、黒円卓の大隊長の一人、紅蓮の赤騎士はまさにそれを地でいっている。



 「まあ確かに、いい女が相手だったらそんな愛され方もしてみてえもんだな。お前はまだまだだが」


 「相変わらずの浮気発言ね」


 「これが男の甲斐性ってもんよ、英雄、色を好むだ」


 「英雄は青を好きになった結果、全身青タイツになりましたとさ」


 「それ意味が違うぞ」


 「となればアーチャーは赤が好きなのかしら?」


 「マスターとの相性を考える限りじゃ、多分そうだな」


 何しろ、“赤の主従”である。


 「あ、でも、聖骸布って赤いものが多かったわね。確か、マグダラの聖骸布をバビロンが持ってたような」


 「んー、俺は文化圏が違うからよく分からねえが、男には扱えない布だったか?」


 「そうよ、マレウスは“性骸布”だなんて言ってたけど」


 「そういう風に言われるってことは、その女は男食いなのか?」


 「実は私はその辺よく知らないのよね。まあ、“大淫婦(バビロン・マグダレラ)”なんて呼ばれるくらいだからそうなんじゃない? 少なくとも胸はFカップを超えているとか」


 「そりゃすげえ」


 「身長も174cm、まさにモデル体型、しかもエロい」


 「よく知らねえと言ってたわりには詳しいな」


 「ふ、女には色々と秘密があるのよ」


 「だな、こんなところに黒子があるのもその一つか」


 「って、どこ見てんのよ!」


 「気付かねえ手前が阿保だろ」


 ちなみに、マッサージをしながら徐々にランサーの手は胸に近づいていたのだが、完全にリラックスモードに入っていた螢は一切気付いていなかった。


 というか、何度か揉まれていたのだが、それに今も気付いていないのは僥倖なのか不幸なのか。



 「だがまあ、いい育ち具合ではある。数年後が楽しみだ」

 だが、その一言で螢は全てを悟った。


 「やっぱ殺すわ」


 「やめとけ、傷はそれほどねえが、それ以外が消耗してんだろ」


 「う……」


 これまた否定できない事実であった。

 バーサーカーとの戦いは肉体的な損害をそれほど彼女に与えることはなかったが、創造を無理やり発動したり、長期間発動させ続けたことが、かなりに負担となっていた。



 「それでどうよ、動けるか?」


 「まだ無理ね、そりゃあ日常生活には支障はないけど、跳んだり走ったりはちょっと厳しいわ」


 そして、一つのことを考えだすと没頭してしまうのが櫻井螢である。ランサーに胸を揉まれていた事実を早くも忘れてしまっている。

 いや、そうなるように計算したランサーが巧者であったのか。



 「ま、それで済めば僥倖か。バーサーカーと戦った感想は?」


 「正直、勝てる気がしなかった。死力を尽くせば一回殺すなら出来なくもなさそうだったけど、十二回とか反則でしょ」


 バーサーカーの宝具、“十二の試練”。これの特性はランサーの手によって確認されていた。


 大橋で凛の暴走バイクに突き落とされたランサーは、素潜りで対岸まで素早く泳ぎ、実はセイバーより早くに大型遊戯施設に到着していた。そして、中盤戦最大の決戦を見守ることとなったのだ。

 ランサーは最速の英霊であり、セイバーは凛と士郎を抱えていた。この二人のどちらが早く着くかは考えるまでもなかった。


 「それを倒したんだから、あいつらは大したもんだ」


 その点に関してはランサーは惜しみない称賛を送っている。讃えるべき相手は讃える、だからこそ、それを打倒した時の勝利の美酒は旨くなるのだ。



 「だけど、セイバーの正体がアーサー王とはね。だとしたらアーサー女王じゃないとおかしいと思うんだけど」


 「ま、その辺は色々あったんだろ、事情なんて人それぞれだ」


 「随分軽いわね」


 「んなこと俺が気にしてもしゃあねえだろ。結局、人生ってのはそいつのもんだ。他人からはどう見えようが、本人が己の人生を良しと出来れば、それ以上の人生なんてねえ」


 「なるほど――――そういう考えもあるのね」


 その言葉は、櫻井螢という少女にとって重い意味を持つ。



 「ああ、こういう話もある。俺がいた“赤枝の騎士団(レッドブランチ・チャンピオン)”には幼年組ってもんがあった。まあ、一人前の戦士になるまでの見習いの集まりだが、俺がコノート軍をアルスター峡谷の川瀬で一騎討ちをしていた頃、そいつらが一致団結してクーフーリンを助けようなんつって出撃したことがあった」


 「――――それで」


 「所詮はガキの集まりだからな、メーヴの罠にかかって皆殺しにされた。だが、ガキだろうとそいつらは戦士として戦いに臨んだ。だったら、その人生に悔いなんてねえ」


 「でも、残された人はどうなの?」


 「そこまで考えてたら何も出来なくなるだろ、命ってのは自分で使い道を決めるもんだ。それにな、その時に出撃した奴の一人に弟がいた。まだ幼かったそいつを死なせたくなかったから、信頼できる人間に預けていったわけなんだが」


 それはまるで、螢をトバルカインにしたくないがために命を懸けた戒のように。


 「だがな、その弟は兄以上の命知らずだった。確かにその時は兄の意を汲んで出撃しなかったが、結局、その時の兄よりも幼い年齢で戦士になって戦った。死んだのは俺より先だったから、まあ、兄と同じ年頃か少し下くらいに死んだわけだ」


 「それじゃあ、兄が命を懸けた意味が―――」


 「いいやある。兄は弟のために命を懸けたんじゃねえ、“弟を大事に思う自分を誇っているから”命を懸けたんだ。もしくは、“弟に誇れる兄でありたかったから”と言い換えてもいい。だったら、“兄に対して誇れる弟でありたいから”命を懸けて何が悪い。結局、それぞれがそれぞれの在りたい在り方を貫いたってだけの話だ」



 「―――」

 沈黙する螢。


 「お前が何のために命を懸けているのかは知らねえが、お前の人生はお前のものだ。だったら好きにすりゃいい」


 「例え、他人に何と言われても?」


 「応よ、“その大切な人に何と言われても”な。俺なんてうちの姫さんに止めろって言われてるのに戦いに行って、コンラってガキをゲイボルクで殺したくらいだからな。他人に言われて自分の生き様をホイホイ変えてたら、全く意味の無い人生になってただろうよ」


 それでも、クーフーリンは己の人生に悔いはない。無念はあっても未練はないのだ。


 “あの時ああしておけば良かった”などとは間違っても思わない。そんな暇がないほど、彼は己の人生を駆け抜けたのだから。



 「私の、生き様か」


 「何だ、それが分かってねえのか?」


 「いいえ、あるわ。でも、それを本当に自分の意思で決めたのかと思うと、少し自信がない。まあ、幼かったのもあるけど」


 「だったら今考えりゃいい。お前が生きてんのは今しかねえんだからな、過去は覆らねえ」


 「そうね、その通りだわ」


 そうだ、仮に私の望みが叶っても、幼い私とあの人達が共にいる光景が戻ってくるわけじゃない。


 櫻井螢はそんな単純な事実に気付く、いや、あまりにも当たり前のことなので、深く考えることがなかっただけだ。



 それでも。



 「私には、会いたい人達がいる。そのために今、私は戦っている」


 「そりゃなによりだ。だったら、後はそこ目指して突っ走るだけだ」


 「ずっと走ってきたわよ。でも、ちゃんと目指していたかどうかを考えると少し微妙ね」


 「そりゃ別にいいんだよ、走っていればどこかには行ける。そこが見たことねえ場所ならそれなりに楽しめるってもんだ」


 それが、古の時代の英雄の在り方。


 その誇りは人のように複雑なものではなく、獣のように単純なのだ。



 「まったく、貴方は単純ね」


 「言ったろうが、単純な方が世の中楽しめる」


 そうして、二人は笑い合う。その光景は、まるで兄妹のようであった。



 「それで、バーサーカーは消滅したのよね」


 「ああ、セイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”と、どうやったかは知らんが小僧が作り上げた剣、そいつらを使ってな。とどめは遠坂の嬢ちゃんだ」


 既に、戦闘の内容についてはランサーが螢に語っていた。聖餐杯は入れ違いになったのでいなかったが。



 「セイバーの宝具はどういうもの?」


 「効果は実に単純だ。極大の魔力を込めて斬撃そのものを巨大化して飛ばす。もしくは、敵に直接叩きつける。威力は後者の方が大きいだろうが、迎撃される可能性もあるな」


 「となると、あなたの槍とは互角ね」


 「だな、撃たれたらどうしようもねえが、速さはこっちが上だ。セイバーが構えた瞬間に心臓をぶち抜けば終わる」

 つまり、担い手の技巧次第ということである。そういった意味で、二人は対等なのだ。


 「私だと、撃たれたら終わりってところは同じか。透過しようにも緋々色金が持ちそうにないし」


 「だが、お前には俺程の速さはねえ、工夫のしどころだな」


 「確かに、こっちの攻撃が効かないわけじゃないから。打つ手はありそうね」


 サーヴァントはその破壊能力に比べ、防御面でやや劣る部分がある。


 バーサーカーは例外だが、その他のサーヴァントは鎧などで覆われている部分を除けば、耐久力は人とそれほど違わない。神秘による守りがあるため、近代兵器では殺せないが、アゾット剣で喉をかき切り、心臓を貫けば平均的なサーヴァントは死ぬ。


 だが、黒円卓の騎士はそうではない。神秘だけでなく、その魂の防御を突破できるだけの威力が必要となってくる上、その強度は保有する魂の質と量に比例する。


 大隊規模の魂しか持たない螢ならば、教会の代行者が持つ黒鍵などで傷つけることも出来るが、致命傷を与えるのは少々難しい。ランサーのゲイボルク程になれば一発だが。


 だが、ベイのように旅団規模の魂を備えていれば、黒鍵やアゾット剣などで殺すのは不可能になる。これまた、“ある条件”を満たせばそれを可能になるが、それ以前に殺される可能性の方が圧倒的に高い。


 その上、赤騎士や黒騎士のように師団規模、数万の魂があれば一切隙はなくなる。白騎士は少々特殊だが、その他二人は耐久力だけでもバーサーカーに匹敵するような存在なのだ。


 そういった面で、螢はサーヴァントにかなり近い。近代兵器では殺せないが、魔術兵装や洗礼を受けた武装ならば殺すことも不可能ではない。


 「セイバーはそれでいいんだが、相変わらず正体不明なのはアーチャーだ。最も、俺が着いた頃にはボロボロになってたんでほとんど戦ってなかったんだが」


 「それは厄介ね、パラメータはそれほど高くないけど、あいつの能力は幅広い」

 サーヴァントとの戦いにおいて、真名を知ることは重要な要素となる。

 セイバーの宝具は凄まじいが、その正体と能力を知っておけば対策は立てられる。だが、正体不明の相手の宝具を察するのは困難を極める。



 「アーチャーの野郎がバーサーカーの斧剣を作って戦ってたんだ、多分魔術の類いかとは思うんだが、あんなの見たことも聞いたこともねえぞ」


 「うーん、御免、私も魔術はあんまり詳しくなくて」


 「しかも、小僧も似たようなことをやったわけだ。セイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”にそっくりの黄金の剣、アーサー王伝説を考える限りじゃあれは“勝利すべき黄金の剣(カリバーン)”だろうが、バーサーカーを三回殺した剣を小僧は作り上げた」


 「バーサーカーの斧剣を作ったアーチャーに、セイバーの剣を作った衛宮士郎。ひょっとして、アーチャーの技術を衛宮士郎は学んだのかしら?」


 「その可能性はあるが、英霊の技を魔術師が再現するなんざほぼ不可能だぞ。俺のルーン魔術ですら現代の魔術師で使えるのはほんの一握りだ」


 「ルーン魔術そのものは広く使われてるけど、貴方が使うのは原初のルーン。神秘が比較にならないものね」


 「ま、しゃあねえ、その辺を考えるのはエセ神父二号に押し付けるとすっか」


 「そうね、私達だけじゃ限界だわ」

 結局、彼らは考えるよりも動くほうが好きなタイプである。謎のサーヴァントと謎のマスターの関連性については聖餐杯に押し付けることで一致した。


 「さて、そんじゃあ俺はお山の監視に行くとすっか」


 そう言いつつ、ランサーは立ち上がる。


 「猊下から念話でも届いたの?」


 「ああ、ついさっきな、戻るまで多少の時間がかかるだろうから、それまで時間があれば魔女の様子を見ておけだとよ。相変わらず人使いが荒いってもんじゃねえ」


 「そう、頑張って」


 「あいよ、手前はしばらく大人しくしてな」


 「そうするわ」


 そして、ランサーが部屋を出ていく間際。


 「あ、そういや最後に一つ」


 「何かしら?」


 螢の方に振りかえり、二ヤリ、という笑みを浮かべた後。


 「なかなかにいい揉み心地だったぜ」



 一瞬の間



 「やっぱり死になさい貴方!!」

 螢が蹴り上げたテーブルはランサー目がけて飛翔したが、ランサーは即座に霊体化し、むなしく空を切る。






 教会は今日も平和のようである。


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 今回は休憩的な話。ちなみにカイザーヴィルヘルム教会や、マグダラの聖骸布のくだりは、07年版の設定の名残を出してみました。あっても問題ないはず
聖骸布のほうは、カインに巻いてる、みたいな感じで。
 さて、せめてFateの完結までは毎日更新したいと思ってたのですが、研究レポートに試験、などの嫌なイベントがあるので、更新ペースが落ちるかな、と思います。

ちなみに、螢のDB知識は戒の遺品(笑)を読みふけったためという設定。



[20025] Fate 第二十九話 最後の憩い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/31 10:01
Fate (11日目)


第二十九話    最後の憩い




 「それで、どうでした。ランサー?」


 決戦が終わった明後日、何だかんだで忙しく後処理に走り回っていた聖餐杯と、残るサーヴァントの監視を一手に引き受けたランサーがようやく揃った。

 螢は昨日一日大人しくしていたので大分回復し、そろそろ偵察任務くらいなら出来る程度にはなっている。


 「どうやら完全に籠城の構えだな。マスター達は遠坂の屋敷から一歩も出て来ねえ」


 「なるほど、まあ、当然の判断ではありますね」

 大型遊戯施設の戦いにおいて、聖杯戦争の最大勢力であったバーサーカーを打ち破ったセイバー・アーチャー陣営。

 しかし、払った代償もまた大きく、マスターは揃って魔術回路が半ば焼きつき、サーヴァントも揃って燃料切れを起こしている。



 「そういえば、セイバーと衛宮士郎との間には魔力の供給ラインが通ってなかったはずだけど、セイバーはどうなの?」

 衛宮邸の盗聴によって得られた情報の中には、このような有意義なものもあった。大半は雑談しか拾えなかったが。



 「それなんだが、実は昨日、セイバーの奴がマウント深山商店街で買い物をしていた。近くに寄ると悟られるから遠くからルーンを使って確かめただけだが、バーサーカーと戦った直後に比べりゃかなり回復してたと思う。多分、七割ってとこか」

 ランサーはマスターではないのでサーヴァントの状態を見抜くことは適わないが、それでも大体のことは察せられる。


 「それってつまり―――」


 「セイバーとそのマスターである衛宮士郎との間に魔力供給ラインが通った、ということを意味しますね。まあ、それほど驚くべきことではありません。元々繋がっていなかったことが異常なわけですし、令呪を用いてセイバーに魔力を注いだ際に枷となっていた要素を取り払った。と見るべきでしょう」


 「それはあり得るな。小僧の魔力は大したもんじゃないが、令呪は別だ。“約束された勝利の剣”に令呪の魔力を送りこむってのはとんでもねえ力技だからな」

 ランサーは令呪の力を身をもって知らされている。だからこその発言である。


 実際、第四次聖杯戦争においても、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが本来単一であるはずの令呪による命令ラインと魔力供給ラインを分割し、片方をソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに繋ぐということを成している。


 衛宮士郎とセイバーの間には令呪による命令ラインは繋がっていた。ならば、魔力供給ラインは繋がっていないということはありえず、何らかの不備があったということだ。


 「なるほど、しかし、食糧の買い出しにセイバーが出てきたということは」


 「彼らは遠坂邸で籠城戦を決め込んでいる、ということですね。あの土地は遠坂のホームグラウンドですから、そう簡単には破れませんし、アーチャーへの魔力供給を考えるなら、あそこが最も都合がよい」


 「現状ではセイバーが七割、土地の効果を考えてもアーチャーは四~五割、ってとこだろうな。遠坂の嬢ちゃんも本調子じゃねえだろうし、小僧はそもそも戦力外。この状態で攻められたらひとたまりもないだろう」


 サーヴァントの回復量は現在の魔力量に比例する。つまり、十割から八割に減少しても回復は早いが、一割を割り込んでしまえば回復は容易ではなくなる。


 バーサーカーとの戦いにおいて、セイバーは三割、アーチャーは一割未満にまで魔力を消費した。セイバーはともかくアーチャーはまさに消滅寸前まで消耗しており、僅か二日でここまで回復したのは、マスターが遠坂凛でありそのホームグラウンドである遠坂邸に陣を置いたからに他ならない。

 だがしかし。


 「その攻める相手が、貴方しかいないというのも皮肉というべきかしら」


 それが事実である。柳洞寺の魔女も籠城を決め込んでおり、アサシンはそもそも山門から動けない。つまり、今自由に動けるサーヴァントはランサー一人だ。剣の主従と赤の主従はランサーを警戒して遠坂邸での籠城戦をとったわけだが。


 「俺は今攻める気はねえぜ、弱ってるあいつらと戦っても面白くもなんともないからな」

 肝心のランサーに戦う気が皆無であった。


 「それは構いません。次に捧げるのはアサシンの予定ですので」


 その言葉に、螢とランサーが反応する。


 「ですが、それは今しばらく先の話ですね。それよりも確認しておきたいのは、イリヤスフィールの所在ですが」


 「それなら、あの小僧に背負われて一緒に遠坂邸に入ってったぞ。気を失っていたみたいだったが」


 「バーサーカーを使役し過ぎた代償でしょうか?」


 「まあ、そんなところでしょう。しかし、困りましたね、聖杯の器が彼らにあり、これは大きなアドバンテージを与えることになりました」


 それが意味するのは一つ。


 「やはり、聖杯の器はイリヤスフィールが持っていると?」


 「それしか考えられないでしょう。アインツベルンが聖杯の器を用意することは定められており、第四次聖杯戦争においてはホムンクルスの体内に融合させておいたとか」

 聖餐杯はそれだけではないことを知っているが、残りの二人が持つ情報は断片的だ。


 「おい、初耳だぞ」


 「それはまあ、言ってませんでしたので」

 いけしゃあしゃあと言うものである。


 「アインツベルンのホムンクルスは聖杯を作り出す過程での副産物のようなものらしいですから、恐らく構成要素は似たようなものなのでしょう。ならば、意思持つ存在が体内に保管していた方が、隠匿性は高まります」


 「なるほど、確かにそうなれば、彼らがアインツベルンのマスターを手放すわけはありませんね」


 「それもあるかもしれませんが、衛宮士郎の人柄を考えれば、純粋にあの少女を守ろうとしていてもおかしくありません。何しろ、彼女を庇って銃弾を喰らったくらいの愚か者……いえ勇者ですから」

 相変わらず酷い評価の聖餐杯だった。


 「ああ確かに、あそこまでの馬鹿は滅多にいねえ」


 「確かに、国宝級の馬鹿でした」

 他二人の意見も似たようなものだった。


 「つまり、馬鹿が付くほどお人よしの彼が彼女を放逐することはあり得ない。しかし、これが図らずとも聖杯戦争における最良の戦略となっている。“情けは人のためならず”とはよく言ったものです」


 「で、腹黒な手前はそのお人よしをどう騙すってんだ?」

 ランサーの言葉には棘どころか猛毒が混じっている。散々こき使われた身である。


 「ランサー、言い直しなさい、悪辣に嵌めるのよ」

 螢もまったく容赦ない。徐々に似たもの同士な感じになりつつある二人だった。


 「……………」

 ≪本当に、随分成長しましたね≫

 そして、聖餐杯が内心を口に出すことはなかった。



 「いいえ、しばらくは静観に徹すると致しましょう。ランサーとて、彼らが万全となってから雌雄を決する方がよろしいでしょう?」


 「確かにそうだが、手前がさっき言ってたアサシンを狙うってのはどうすんだ?」


 「そこは私が動きます。これまでずっと働かせ続けて来ましたから、たまには私も前線に出ねばなりますまい」


 クリストフ・ローエングリーンが前線に出る。それがもたらすものは何か。


 「猊下、貴方が自ら出撃なさるのですか?」


 「ええそうです。まあ、我に策あり、とだけ言っておきましょう」


 そう言って笑う聖餐杯の笑みはまさに名状しがたいものであった。


 「ふん、何をする気か知らねえが、精々小賢しく立ち回るんだな」


 「これは手厳しい、小賢しく立ち回るのは否定できませんが、数日中に柳洞寺は陥落するでしょう。つきましてはレオンハルト、貴女に頼みたいことがあります」


 「私に?」


 「ええ、保険のようなものですので、あまり気負う必要もありません」



 そして、聖餐杯の更なる策が冬木の聖杯戦争を動かしていく。


 中盤の山場が過ぎ、全てのサーヴァントが一時的に動けなくなったこの状況。聖餐杯は最大限に利用するつもりであった。







■■―――――――――――■■



 所変わって遠坂邸。


 教会組の予想通り、サーヴァントがほとんど戦闘不能となったため、彼らは拠点を遠坂邸に移していた。


 衛宮邸の守りは凛曰く『紙屑同前』であり、序盤戦はまだしも、中盤戦以降では拠点とするアドバンテージはない。


 逆に、遠坂邸は中盤戦から終盤戦にかけて最重要地となる。ここを確保しつつ、聖杯の器であるイリヤスフィールを手中にしているという状況は、既に詰みの段階まで進めることを示しているのだ。


他の陣営が最終目標である聖杯を手にするには、遠坂邸に攻め込んでイリヤスフィールを奪取せねばならない。特に、キャスターにとってこれは痛手どころではない。戦略によってアサシンという戦術的要素が無力化されたも同然なのだから。


故に、彼らが最も警戒したのはランサーである。


 サーヴァントが強力なこともあるが、そのマスターが未だに不明で、かつ、情報収集力が飛び抜けており、優れた戦略眼を備えていることが分かっている。


 大型遊戯施設でバーサーカーを打倒することには成功したが、結果としてサーヴァントもマスターも消耗した状況でランサーをフリーにしてしまっている。レオンハルトが動けないのが僥倖ではあったが、それでも油断することは出来ない。


 と、そのような感じで今後の戦略を語り合っていたところで、イリヤスフィールの処遇に関して議題が上がった。


 しかし、イリヤの処遇を巡っては一悶着あり、アーチャーは我関せず、士郎は賛成派、凛・セイバーは反対派となったのだが。



 「シロウ、貴方の考えは立派ですが、イリヤスフィールに関わるのは危険です。今ならまだ間に合う。早々に教会に預けるか、その令呪を剥奪すべきだ」


 「だってほっとくわけにはいかないだろ。イリヤはまだ子供なんだし、様子もおかしかった。言峰に預けるのは、なんかかわいそうだし」

 と、士郎が反対すると。


 「かわいそう? アンタね、あの子にあんなにやられたってのに、そんな寝ぼけたこと言うわけ!?」


 「同感です。シロウはイリヤスフィールに感情移入し過ぎています。彼女はシロウを殺すつもりだったのですよ」


 見事に反論が返ってきた。

 しかし、ここでイリヤが聖杯の器を持っているということに思い至らないのが遠坂スキルというべきか、肝心な部分で抜け落ちる凛である。

 セイバーにしても、切嗣と信頼関係を築いていなかった弊害がもろに出ている。仮にもアインツベルンのサーヴァントであったのだから、そのくらいは考慮すべきなのだが。

 切嗣とセイバーの相性の悪さは、こういった部分に頭が回らないセイバーの直情的な性格と、状況を把握しつつ、集めた情報によって綿密に戦略を練っていく切嗣の性格の差だったのかもしれない。



 「確かにイリヤは敵だった。だけど、イリヤとは俺が戦うべきだった。だからあの子にはもう戦う理由はないはずだ。それに、一番始めに言ったはずだ。俺はマスターを殺すために戦うんじゃない。戦いを終わらせるために戦うだけだ。害意がない相手を殺したりはしない」


 「それは、確かにそうですが………」

 やや言い淀むセイバー。


 「だけど士郎。あの子が既に他のマスターを殺してる可能性だってあるのよ。慎二を殺したのはあの女だから違うのは明白だけど」

 切り返す凛、しかし。


 「ハイ、シンジヲコロシタノハアノオンナデス」

 セイバーの反応が変だった。完全に挙動不審だった。


 「どうした? セイバー」


 「イイエ、ナンデモアリマセン」



 その後、しばらくセイバーがその話をすることはなかった。












 そして、イリヤが目覚めた後また一悶着あったのだが。


 「当然でしょう! その身がシロウに何をしたか、私は忘れることなどない……!」


 「いや、セイバー、あれは俺が勝手に庇っただけで……」

 なんやかんやで一度もバーサーカーの攻撃を喰らっていない士郎である。実のところ、士郎がイリヤを庇い、その後何度か商店街や公園で話し、そして大型遊戯施設で正面から戦ったというのが実情である。


 それでもセイバーは粘り、

 「シロウもシロウです! イリヤスフィールを匿う等など、百害あって一利なしと判らないのですか!?」


 と言ったのだが。


 「シロウは、私を捨てないよね。私の母さまを守ってくれなかったどこかのサーヴァントと違って、私を守ってくれるよね? “絶対に守る”とかいう誓いをあっさり忘れて、聖杯欲しさに見捨てたりしないよね?」


 「ぐふっ」


 イリヤの言葉によって心臓を抉られていた。それはもう深く。


 だが、事実は事実であり、何も言い返すことが出来ないセイバー。


 ちなみに、イリヤスフィールの母であり、セイバーが守ると誓ったアイリスフィールを誘拐し、殺したのは言峰綺礼であり、その教会にイリヤスフィールを預けようとするセイバーはかなり凄いことになっている。



 『くくくくくく』



 どこぞの詐欺師がそんな展開を期待していたりいなかったり。



 まあそれはともかく、セイバーが折れた(木端微塵に砕かれた)ため、イリヤは士郎の保護下に置かれることとなった。凛については。


 ≪凛、状況を考えろ。イリヤスフィールが聖杯の器を保持している可能性は極めて高い。仮に持っていなかったとしてもどこにあるかは知っているはずだ。君はそれを放逐する気か?≫

 という念話が届いた後、己の血筋を恨みながら工房に籠ってしまった。


 我関せずに見せかけながらイリヤに関してはかなり気にしているアーチャー、実は、エミヤ陣営VS女性陣営の様相を見せていたようだが、エミヤ陣営の圧勝に終わった。


 そして、戦略的にはサーヴァントが回復するまでは、防御に適した遠坂邸で籠城を決め込むという方針で決定した。意見を交わすまでもなく、それしかありえないという結論しか出なかったのだ。



 「現状、自由に動けるのはランサーだけ。今動くのはゲイボルクの餌食になりに行くようなものだわ」

 とは、皆の意思を代弁した凛の言葉である。


 そして、凛は工房に籠って残りの宝石の確認や出来る限りの戦力の補充を図り、アーチャーは地下の召喚陣の中で回復中。

 セイバーも買い出しに出かけた他は余分な魔力消費を抑えるために休憩中。


 よって



 「ふう、他人の家のキッチンってのは案外使いにくいもんだな」


 「ねえシロウ、これ何かしら?」


 士郎が家事をこなし、イリヤはそんな士郎と一緒にいる。という状況になっていたりした。




 遠坂邸も遠坂邸で今日も平和なようである。



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 今回はすこし短めですね。さあ、いよいよ聖餐杯が出張ってきます。彼がどう立ち回るか、ご期待ください。しかしやはり毎日更新は無理そうです。ご容赦ください、なるべく頑張りますが。
 それと…… おかしいな、もう水銀は出さない気でいたはずなんだけどなあ。



[20025] Fate 第三十話  幕間劇
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:9bfda77d
Date: 2010/08/01 15:29
 
Fate (12日目)


第三十話    幕間劇





 「形成」

 早朝5時前、教会裏手にて、普段着のままで燃える炎の剣を手に持つ少女がいる。


 その姿から特に殺気は感じられない、これは敵を意識したものではなく、自分に語りかけるもの、つまりは調子を測っているということだ。



 「ふっ!」

 そして、その状態で素振りを数百回、普通の人間ならかなり堪える運動だが、黒円卓の騎士にとっては軽い運動でしかない。


 「なるほど」

 素振りが終わって一息つく少女、そこに。


 「どーよ」

 教会に風景に全くそぐわない、全身青タイツの男が現れた。


 「本調子に戻るのは明日かしら、でも、通常戦闘なら問題ないわ」


 「つまり、あの創造位階ってのが使えないってことか。サーヴァント風に言うなら通常戦闘は問題なく、宝具の解放は不可能ってとこだな」


 緋々色金による通常戦闘とゲイボルクによる通常戦闘、創造位階の発動と宝具の真名解放。


 サーヴァントと黒円卓の騎士の戦闘スタイルはかなり似ている部分が多い。そして、近代兵器が通じないという部分まで似通っているのだ。


 「そういうことね。で、何しに来たの?」


 「暇だ」


 「また随分直球ね」

 バーサーカーが倒れた決戦が三日前、それ以来小競り合いすらない籠城戦が続いている。好戦的なランサーが暇になるのもわけはなかった。


 「新都の方で最近キャスターが出没してるでしょ、骸骨人形の相手でもしてくれば?」


 凛とアーチャーが張った網も、彼らが動けないのでは意味がない。


 狩人がいなくなったことに安心した獲物は、自分のための狩りを再開したわけなのだが。


 「いいや、エセ神父二号が魔女を泳がせとけ、とかのたまいやがった。おかげでセンタービルあたりが第二の神殿になりつつあるぜ」


 「なるほど、柳洞寺を手放す羽目になった際に利用できる別の陣地を作り出したわけね。まあ、以前本拠地を半壊させられて煮え湯を飲まされたわけだし、当然と言えば当然の行動か」


 だが、やや遅すぎた感も否めない。既に聖杯戦争は中盤から終盤に向かいつつある状況だ。


 「元々あそこには魔女の術式が張ってあったが、神殿と呼べるものじゃあなかった。せいぜいがいざという時の避難所レベルで、防衛力を備えた要塞とはほど遠かったんだが」


 「今ではそのレベルに達しつつあるってことね」


 「だが、まだ完成はしていない。魔女の拠点にするなら本人がいなくても防衛システムが機能しなきゃ話にならんが、現状ではキャスターがいないと作動しない。つまり、作りかけの砦ってことさ」


 「今なら簡単に崩せるってことよね、それ」


 それは古の指揮官たちが頭を痛めた問題でもある。

 日本では墨俣の一夜城が有名だが、城というのは作りかけ状態では非常に脆い。その上、途中で破壊されては手間暇をかけた成果が一瞬で無になり、精神的なダメージが大きい。

 現在のセンタービルは万が一の避難場所となる秘密基地から、作りかけの城砦に生まれ変わっている段階にある。つまり、破壊するなら今が絶対の好機であるはずだが。


 「なのに、エセ神父二号は放置しろとか抜かしやがる。まあ、作りかけの出城を壊させないために本城から出撃してくるのは当たり前の話なんだが」


 「ということは、猊下はキャスターと戦いたくない。いや、キャスターを戦わせたくない、ってことになるかしら?」


 「どうだかな、あの野郎の考えはさっぱり読めねえ。だが、次の標的がキャスター・アサシン陣営ってのは間違いなさそうだ」


 それは戦略的な見解から導き出された答えでもある。


 現状、残っているサーヴァントは五騎だが、陣営ごとに分ければ遠坂邸、柳洞寺、教会の三箇所に分けられる。


 保有する戦力もセイバー・アーチャー、キャスター・アサシン、ランサー・レオンハルトと、丁度拮抗している。聖杯戦争は三つ巴の様相を示しつつあるのだ。


 だが、終盤戦は陣地取り合戦となり、その際に最良の地は柳洞寺。つまり、教会陣営にとって終盤戦に入るまでに柳洞寺を空にしておきたいところだ。


 そうなれば、残るサーヴァントはセイバー、ランサー、アーチャーの三騎士クラスのみ。最早権謀術策の入り込む余地はなく、聖杯を巡って正面からぶつかる決戦となる。


 おそらく、同様のことは遠坂陣営も考えているはず、柳洞寺陣営を終盤戦までに排除したいということにかけては利害関係が一致しているのだ。



 だが、ランサーと螢は知らない。柳洞寺、遠坂邸、教会の三つ巴の睨みあい、これらのいずれにも属さず、かつ、その全てを凌駕する単独の勢力がこの冬木には存在していることを。


 そして



 「あっ」


 「んっ」



 雨が―――――降り始めた。







■■―――――――――――■■




 「それで、言峰、彼はそろそろ動きますかな?」


 「さて、それはいつ台風が来るかを予測するようなものだが、一日程度の誤差を許容するのであれば答えられるな」


 僧衣に身を包んだ二人の男が地下の祭壇にて語り合う。


 かつてあった世界の可能性の一つにおいて、セイバーとランサーが戦い、もしくは、衛宮士郎と遠坂凛がキャスターとそのマスターと死闘を繰り広げた空間。


 この聖杯戦争は最早何度目になるのか、数えるものはなく、知るものもまたいない。唯一知るであろう詐欺師にとっても最早始まりは忘却の彼方にある。


 「台風とは、また面白い例えですな」

 聖餐杯は笑う。言峰綺礼との会話は危険な綱渡りでもあるが、同時に耐えがたい麻薬めいた誘惑に満ちている。

 元来、麻薬とはそういうものだ。それが自分にとって毒にしかなりえないと分かっているのに、それに手を出したくなる。禁忌であると知れば知る程に、それを犯した際の背徳感も最上のものとなる。


 人の傷口を切開することを得意とする存在と人の心を読み取る存在、互いに異なる欠け方をした求道者が二人この場にいるのだ。そのバランスは酷く危うい。


 「言い得て妙だと思うが、あれは強大な自我の塊だ。強引に意に沿わせようとしても逆効果にしかならん。ならば、手駒として操るのではなく、天候や風向きといった環境的要因の一つとして“利用する”のが最善だろう。船乗りは風を操ることなど出来ないが、帆の張り方によって船を自在に操作する」


 「なるほど確かに彼はそういう存在かもしれません。ですが、こういう考え方も可能です、彼をルーンで例えるならば“破壊(ハガル)”。崩壊、終焉、旧秩序の死とそれを成す力。抑制出来ぬ自然。大災害(ジャガーノート)」


 ヴァレリア・トリファは英雄王ギルガメッシュと直に会ったことはない。


 だが、言峰綺礼の話を聞いただけでその本質は理解できた。誰よりも深く。


 黄金の代行、クリストフ・ローエングリーンがその気質の持ち主を洞察するなど、“自分の身体を理解する”ことと同義なのだ。


 「なるほど、それもまた真理かもしれん」


 「とはいえ、物事には異なる側面がございます。秩序の破壊者がおれば、守り手もいて然り。どちらも究極に近い存在であり、人間からかけ離れているという部分では同じかもしれませんが、それ故に根本の部分で相容れぬ」


 ラインハルト・ハイドリヒは全てを破壊する存在、終末をもたらす者。


 対して、英雄王ギルガメッシュは法を守る存在、世界の黎明期に世界を切り開いた者。



 共に黄金、共に絶対者なれど、その特性は真逆といってよい。



 「なるほど、それで君はそれを知って何とする?」


 「いいえ、私は何も。私などは所詮匹夫に過ぎず、彼のような絶対の黄金には及ぶべくもない」


 だが、黄金への変生こそが彼の渇望。ならば、どれほどの存在であろうと彼が臆することなどない。


 「最初の問いに答えるとしよう。あれは騎士王にことのほか執着しているが、それでも他のもの比べればの話でしかない。現に、第四次聖杯戦争においては征服王にこそあれの意識は向いていた」


 「なるほど、暴嵐の敵意を全てその身で受けることになったと、征服王イスカンダルも難儀なことですね」

 だが、それはあくまで他人から見たものに過ぎない。英雄には英雄に理論がある。


 「いいや、征服王もそれを望んでいた。そればかりか、英雄王を打倒するは我のみと最大の戦意で応じていたくらいだ。だからこそ英雄王もまた征服王との決着に執着したのだろう。正直、あれほどに分かりやすければ気象予報士としても楽なのだが」

 神に仕える悪の顔に自嘲めいた笑みが浮かぶ、まだ自分が何者であるかを理解していなかった第四次聖杯戦争当時を思い出しているのであろうか。


 「つまり、その時程に彼の行動を読みやすくはないと?」


 「そうだ。確かに騎士王は英雄王を釣る餌になり得るが、最上の餌ではない。気が向けば別のものに関心を向けることもあるだろう」


 絶対者とはそういうものだ。全てを己の意思で決するが故に、他者によってその行動が制約されることはない。


 「なるほど、騎士王は征服王程に英雄王の標的たりえない、それ故に正確な予測は困難であると。ですが、彼がこの儀式にそれなりの関心を向けているのもまた事実であるのでしょう」


 「ああ、故に舞台を汚す三流役者を排除するべく動くだろう。これまでは静観していたが、ことここに至って聖杯戦争は互いに籠城する膠着状態を見せている。観客としてはこれほどつまらないものはあるまい」


 これは劇でありながら、その出来に不満があれば観客が舞台に飛び込んで劇を盛り上げることが許されている。だが、それは―――――



 ≪万が一、そう、万が一ということがある。彼らの出陣はあり得ない筈ですが、劇に不満があれば飛び出してくる可能性は捨てきれない≫


 黒騎士(ニグレド)はありえないが、残り二人が問題だ。

 赤騎士(ルベド)は部下の怠慢を認めない。演習が演習たりえないものであれば、自ら喝を入れるべく飛び出してくる可能性も極小ではあるがなくはない。

 そして、一番厄介なのが白騎士(アルベド)だ。冬木には人が住んでいる、それだけで彼が出てくるには十分過ぎる理由になってしまう。


 故に


 「観客の横槍を防ぐには楽しませるか、もしくは劇場と観客席の柵を強化する必要がある、といったところですか」


 手を打っておくに越したことはない。それがスワスチカの開放にも繋がれば文句もあるまい。



 「それで、君はどうするのかね。クリストフ」


 「裏でこそこそ、といったところですか。柳洞寺を破るのは彼に任せ、私は裏方で柵の強化にでも努めましょう」


 この二人は多くの情報を共有しているが、全てを出し合ってもいない。

 そのため、会話が噛み合わないことも多々あるが、それで会話が途切れることもまたない。“大体そういうことだろう”と即座に相手の心理を見抜く力が両者に備わっているが故に、本来あり得ない形の会話が成立していた。



 「ならば、私は監督役に徹するとしよう」


 「ええ、現場は私にお任せを。今日か明日、新たにサーヴァントが捧げられることでしょう。終盤戦も近いことですし、しばらく前線の指揮権をお貸し願いたいのですが」


 「それは構わん。元よりそのつもりだった」


 そう、終わりは近い。二人の求道者が求めるものは似通ってはいるが異なり、それがこの二人の協力関係を可能にしている。


 “ラインの黄金”と“この世全ての悪”


 邪なる聖人にとっては前者の器さえ残っていればそれでよし、ここを最初の一歩に出来れば僥倖だが、本命はあくまでシャンバラであり、その後も彼の聖道は続くのだ。ここで無理をする必要もない。


 神に仕える悪にとっては後者が顕現することが望み、器がどうなろうと知ったことではない。



 二人の綱渡りに近い協力関係はなおも続く。






 時刻は7時、まだ朝早い時間帯



雨は――――――止まない






■■―――――――――――■■




 正午、螢とランサーは新都にいた。


 「ったく、昨日は手を出すな。今日はどのくらい完成してるか見て来いだあ、いい加減にしろっての」

 愚痴は当然、聖餐杯に向けられたものである。


 「でも、かなりのものだったわね。新都の住民から集めた魔力がセンタービルの屋上に集中している」

 それでも既に確認は終え、今はキャスターがどのような経路で魔力を集めているかを探るために新都中を徘徊している段階である。


 「つっても、本人がいねえんじゃ無駄でしかないがな。キャスターが死にでもしたらただ霧散するだけだ」


 だが、逆に考えれば、キャスターが生きている限りはそこには一定量の魔力がプールされているということになる。


 「ねえランサー、今の作りかけの神殿を私が破壊した場合、蓄えられた魔力はどうなる?」


 「そりゃあ、飛散するしかねえだろうよ。蓄えた魔力を扱えるのはキャスターだけだ、都合よく別の人間が吸収したり利用したりなんてことは出来ねえ。まあ、一般の魔術師が集めたもんをキャスターが奪うなら出来るだろうが」


 「なるほどね」

 つまり、魔力はその場で四散する。スワスチカの一角であるセンタービルにおいて。


 ≪でも、魔力であって魂ではない。そりゃまあ、大局的に見れば同じようなものだし、量だけは十分だろうけど、それでスワスチカは開くのかしら?≫


 これまでの聖餐杯の行動とランサーの指示から、螢はキャスターが集めた魔力を使ってスワスチカを開くつもりなのではないかとあたりをつけた。

 だが、スワスチカについて彼女の知ることは聖餐杯に及ばない。何か自分の知らぬ意図があるのかもしれない。


 そもそも、グラズヘイム・ヴェルトールを知らない螢にとってなぜスワスチカに魂を捧げるのかも理解できていない。魂を捧げればスワスチカが開くことや、スワスチカの完成度は魂の質と量に比例することも知ってはいるが、その根本的な理由は不明なままだ。


 ベルリンにおいてスワスチカを完成させ、“魔城”を異界に飛ばす瞬間を目撃した者達にとってみればそれは考えるまでもないこと。ベルリンの魂を喰らい尽くして異界へ消えた黄金の獣と大隊長らを呼び戻すなら、同じく魂を捧げる必要があるだけの話。


 もっとも、“誰の”魂を捧げるかはまた別の話であり、彼らの帰還が何を意味するかも然りである。



 「あと、あれを破壊するっても相当の衝撃がいるぞ、セイバーの宝具ほどはいらねえが、Aランク相当の威力がいる」


 「大丈夫、それなら私でも何とかなる。敵に中てるわけでもないから外すこともない。最も、雨は勘弁してほしいけど」

 螢の緋々色金の火力ならば雨など問題にもならないが、それでも気分的なものはある。

 黒円卓の騎士の技自体がそれぞれの内面を表したものが多いため、その時々の精神的影響をもろに受ける。要は、雨が降っていて気分が乗らないと火力が落ちるのだ。


 そういった影響を最も受けにくいのは聖餐杯とマキナの二人だが、特に黒騎士(ニグレド)の安定度は群を抜いている。エイヴィヒカイトを操る手腕に関してならば彼が黒円卓最強なのだ。


 逆に、ベイやシュライバーといった人器融合型は精神的影響がなければ意味がない。武装具現型である螢は心をみださず常に高い水準の攻撃が繰り出せることが望ましいが、精神を鍛える修行はまだ途中である。


 いや、そもそも実戦における精神は実戦を積まねば意味がない。そういった面でも冬木の聖杯戦争は多くのものを彼女に与えていた。


 「雨か、心なしかさっきより強くなっているような気もするな」


 「まったく、早く止めばいいのだけれど」



 雨は止まず、遠くでは雷の轟き聞こえる。


 空は暗く、まだ昼だというのに夜のように空気が重くなっていく。





 嵐が―――――近い










[20025] Fate 第三十一話 黄金の殲滅者
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/02 09:56
Fate (12日目)


第三十一話    黄金の殲滅者






 雨が降っている。


 雨足はさらに強くなり、雷の頻度も高くなる一方。


 まるで、地上の嵐が天空に届いたかのように、冬木の空は荒れ狂っている。



 そして、ここに地上の嵐が存在する。



 黄金の光



 そう形容するしかないほど、存在感に満ちた大嵐は黄金の甲冑を身に纏い、柳洞寺に進路をとる。


 その進軍を阻むものはなく、阻める者など存在しない。


 彼こそがバビロニアの英雄王、この世の財の全てを手中に収め、あらゆる快楽を貪りつくした、暴虐にして至高の王。


 その視線は今宵、柳洞寺へと向けられている。


 そこに戦略的な目的などありはしない、ただ、王が観覧する歌劇に相応しくない役者に相応の裁きを下すのみ。

 全てを決定するのは彼であり、一度決定されれば何人たりとも覆すことは不可能。



 山門は静かに侵入者を迎え入れる。

 いや、それは侵入者ではなく侵略者、もしくは殲滅者と称した方が適当だろう。



 そして、そこで行われた戦闘はもはや戦闘と呼べるものではなかった。



 本来のアサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハではない偽りのアサシンは魔人である。


 人の域を超えた剣技を持ち、英霊の扱う宝具と同等の域にある魔剣によってサーヴァントをも絶殺し得る、名無しの侍。


 だが、黄金の王にはそのような技は通じない。そも、剣技とは戦闘者と戦闘者が戦う場合においてのみ意味を持つ。


 ならば、圧倒的戦力差によって踏み潰すつもりの相手に、いくら技を誇ろうとも意味はなく、剣士の間合いに一度たりとて入ることなく、宝具の雨のみが射出され続ける。


 山門に続く参道には神代の魔女が張ったあらゆる魔術結界が存在している。

 敵の目測を誤らせるもの、敵の足を鈍らせるもの、脳神経に作用し幻惑の虜となすもの、果ては強制的に空間転移を行うものまで。


 柳洞寺は魔女の神殿であり、セイバー・アーチャーに対抗するため彼女の張り巡らせた守りは、現代の魔術師には到底再現できない強固なものである。

アサシンを相手にセイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”を放つ可能性は低いため、アーチャーがアサシンを攻略するものと予想した彼女は特に対アーチャーを想定して結界を強化した。

柳洞寺というサーヴァント殺しの地形と彼女が作り上げた対魔術の防御結界によって魔術、宝具を大幅に削減するため、強力な宝具でなければアサシンに致命傷を与えることなど不可能となった。

つまり、柳洞寺に攻め込んだサーヴァントは己の戦技によって戦うことを余儀なくされ、純粋な技の競い合いとなれば佐々木小次郎を凌駕するのはまさに至難の業となる。



 だが、ここに例外が存在する。




 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)




 宝物庫に収められた武具は全て宝具の原型であり、時代を経たものとはただそれだけで神秘が宿るため、年代が古いものほど神秘は強まる傾向がある。

 故に、人類最古の英雄王ギルガメッシュが保有する武具は神秘の面で全ての宝具を凌駕する。アーサー王のカリバーン、シグルドのグラム、それらは破格の宝具であるが、神秘という概念では英雄王の原罪(メロダック)には敵わない。

 オーディーンの大神宣言(グングニル)も、ルーの轟く五星(ブリューナク)も神に使われたことにより神性を帯びるに至った破格の宝具だが、さらにそれ以前の起源をもつ原型には神秘ではかなわない。いや、理論上、それらが後の時代に活躍すれば活躍するほど原型の神秘も高まるのだ。

 である以上、神話に登場することで高まった神秘に積み重なった年月という要素が加わる原型を凌ぐことは不可能である。魔術は人々に知られない程強力になるが、英雄は人々の信仰が基盤となり、知られる程強くなる、よって、最古の英雄に神秘で勝る者など存在しない。



 さらに、これらの宝具の射出は英雄王にとって“通常攻撃”でしかない。いくら撃ったところで魔力をそれほど消費するわけでもなく、まさに湯水の如く使うことが出来る。


 故に、対アーチャーを想定して作られた結界も英雄王は悉く蹂躙していく。英霊エミヤであれば“壊れし幻想(ブロークン・ファンタズム)”をもって破壊していく必要があるが、純粋に神秘で勝る武装はただ触れるだけで魔術を消滅させていく。


 ここに、英雄王ギルガメッシュと英霊エミヤの差が存在する。宝具の“威力”ならば互角であっても、“神秘”で劣る英霊エミヤの宝具は対魔術師戦において優位を確保することが出来ない。そればかりか、彼の宝具もまた魔術で編まれたものである以上、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)のように発動した魔術をキャンセルするような宝具に弱いという欠点を持つ。


 つまり、他のサーヴァントとの戦いを有利に進められるかという戦略的優位性においては、英霊エミヤは英雄王に遠く及ばない、純粋なパラメータも低いため、彼の技能を生かすためには高度で柔軟性に富んだ戦略が必要になる。

 対して、英雄王を生かすのに高度な戦略は必要ない。地力で他を圧倒しているのだから、圧倒的火力にものを言わせて殲滅すれば済む話である。


 そうして総合的に考えれば英霊エミヤは英雄王ギルガメッシュに圧倒的に劣る。だが、この両者がぶつかればどちらが有利か、その答えは戦場でのみ明らかになるだろう。




 そして今、英雄王ギルガメッシュが持つサーヴァントへの優位性がその意義を十全に発揮されている。


 魔女の張ったあらゆる結界は、より高位の神秘を有する宝具の群れに前に霧散し、山門を守る魔人も魔弾の射手の標的にしかならない。

 彼には近接戦闘しか戦う手段がなく、高速の機動力も持たない、いや、山門に縛られる身であるため持てない。故に、英雄王に勝てる道理はなかった。




 そして、幕引きは速やかに訪れる




 山門は破られ、迎え撃ったマスターも黄金の殲滅者の剣の舞によって敗北した。


 柳洞寺の魔女は新たに作っていた神殿に出向いており、彼女が柳洞寺の危機を察して空間転移を行った際には、全ては終わった後であった。


 柳洞寺の魔女と朽ちた殺人鬼の物語は既に別の機会に語られており、ここで語ることはない。


 故に、これより語るは別の物語。大嵐の通り過ぎるのを待ち、その後に活動を開始した邪なる聖人についてである。










■■―――――――――――■■



 柳洞寺の存在する円蔵山の中腹に位置する林、そこに、聖餐杯は潜伏していた。


 彼は隠形を得意としており、赤騎士(ルベド)の索敵からも逃れられるほどそれは徹底されている。もし彼を見つけるならば、ヴィルヘルムのような野生の勘が必要になるであろう。


 そして、英雄王は唯我独尊であるが故に、地を這う地虫などを気にかけることはない。そもそも気付くことすらなく、仮に気付いたとしても捨て置いていたであろう。


 そこが彼を彼たらしめる(慢心王たる)由縁だが、改める気も無いようである。



 「なるほど、あれが件の英雄王ですか。確かに、あれは災害だ。人智に収まる存在ではなく、ただ過ぎ去るのを待つのが賢明というもの」

 彼は山門の戦い、いや、殲滅作業を遠くから見ていた。監視と呼べるほど集中して見ていたわけでもなく、まさに“見ていた”という表現が相応しい。


 嵐は山門を通り過ぎ、黄金の軌跡は既に境内に達している。聖餐杯の目的は既に果たされており、ここに留まる理由もなくなった。

 彼はレオンハルトの持つ携帯にメールを打つ。コレを送る前にキャスターが動いたら、彼女が魔女を足止めするように命令していたが、その配慮は杞憂だったようだ。


 「その辺の気性はおそらくハイドリヒ卿よりもザミエル卿に近そうですね。黄金の獣は相手を見下すことなどない、あの方の愛は平等ゆえに、地虫ですら分け隔てなく愛する。雑種を見下すのは近衛たる彼女の役目」


 確かに似てはいるが、根本が異なる。


 つまらない塵芥を雑種と断じ、どのような方向性であれ、なんらかの突き抜けた要素を持っている者に興味を向ける英雄王。


 例えどれほどありきたりで卑小な存在であっても、分け隔てなく平等に愛する”愛すべからざる光(メフィストフェレス)”。


 今現在地上に存在する中で誰よりも黄金を知る男は、両者の違いを一瞥しただけで察していた。



 「もし彼と彼女が対峙したならば、“失せろ雑種が”、“消えろ劣等”などと同時に言い合い。その瞬間に爆発しそうですね」


 呑気に人物鑑定を行う聖餐杯だが、彼とてこの場に遊びに来たわけではない。


 「さて、そろそろ行きますか。彼が消えるのも時間の問題でしょうし」

 そう呟きながら彼は山門から去る。



 これから彼が行う秘蹟にはある条件が必要となり、それが“対象をその目で把握すること”である。


 そして、全ての条件は整っており、後はクリストフ・ローエングリーンがその場所に到達すれば終わる。




 雨は――――――止まない






■■―――――――――――■■





 ―――――静かな夜だった。


 嵐の後とはかくあるものか、あれほど降り続いた雨も止み、山林に吹く風は穏やかで、木々のざわめきも囁き程にかすか。


 そして、柳洞寺の山門において、一人の侍が消えようとしていた。


「やれやれ、散り際はせめて華麗にと思っていたが、地縛霊なる身ではそれも叶わんか」


 呟く声すら雅に響くのは彼の存在そのものがそういう属性を帯びているからか。


 彼はサーヴァントの中でも異端の存在である。


 騎士王は厳密には死後の英霊ではないため霊体化が出来ない存在だが、彼はその逆、サーヴァントの中で最も霊としての属性が強い。

 彼にとっては霊体こそが基本であり、敵が山門に現われた瞬間のみ現界する。まさに地縛霊なのだ。


 それ故に、魔力が尽きようと、霊核が破壊されようと、多少の時間はその存在が消えることはない。最も儚く現世から遠い存在が一番消えにくいというのも皮肉な話であった。

 逆に、血肉を持つ存在故にセイバーは最も死に易いといえる。ライダーのように首を切っても死ななかったり、ランサーのように生き汚さのみで現界することなど不可能であり、最も人の限界に縛られた存在なのだ。



 「だがまあ、最期にこうして雨が止み、月を眺められるというのは僥倖と言うべきか」


 とはいえ、彼には現世に縋りつく意思などない。ただ時が来るのを待ち、消えゆくのみ。


 今この場に令呪を持つマスターが現れたところで彼が契約することはないであろう。彼を呼び出した魔女は未だ健在であるが、彼の霊核が破壊された時点でサーヴァントしての存在意義は消滅し、まさに浮遊霊と大差ない存在となっている。

 マスターは魔力供給減だけではなく、本来この世の存在ではない英霊を現世に繋ぐ楔でもある。彼の楔はこの山門であったが、死に瀕した今、それからも解き放たれている。



 「実に皮肉がきいた話だ。枷から解き放たれた時は既に身体が動かぬ時、趣があって結構だがな」

 だが、彼がやることはなく、笑みを浮かべながら月を眺めるのみ。


 明鏡止水、その境地に至ったものは動じることはない。


 故に、消えゆく我が身を想うこともなく、ただ花鳥風月を愛でるのみなのだが――――






 「Mein lieder Schwan (親愛なる白鳥よ)」


 「dies Horn,dies Schwert, den Ring sollst du ihm geben. (この角笛とこの剣と、指輪を彼に与えたまえ)」





 邪聖の声が響き渡る。


 弾ける黄金の爆光が周囲を包みこみ、座標という理を塗りつぶす。



 そして―――――






 「ようこそアサシン、貴方で四つ目だ」


 柳洞寺より遠く離れた海浜公園、スワスチカの一角である彼の地にて、聖餐杯は己の勝利を確信していた。










■■―――――――――――■■



 「勝ったのは私だ」


 英雄王の攻撃によって霊核を砕かれ、消えゆくのみであった亡霊をスワスチカに呼び寄せた邪なる聖人は、今まさに開かれているスワスチカを眺めながら一人呟く。


 「感謝しましょう英雄王、貴方は実によくやってくれた」


 そう、これは賭けでもあったが、勝ったのは彼である。


 アサシンはキャスターによって召喚されたサーヴァントであるため山門から動くことは出来ない。しかし、柳洞寺を開くのは最後か、少なくとも第七でなければならない。

 そのため、アサシンという存在は彼にとって厄介な存在であった。動くことが出来ない上に場所が柳洞時であるため殺すことも出来ない。


 ならば、機会はただ一つ。アサシンの霊核が砕かれ、現世との繋がりを絶たれ、消滅するまでの僅かの時間、その間に他のスワスチカに彼を召喚する。


 そして、黄金の代行、クリストフ・ローエングリーンにはそれを成す秘蹟があった。残る問題は彼が空間転移を行うまでにアサシンが消滅してしまうことだが、幸運にも、アサシンは最も霊に近いという特性を持っていた。


さらに、交戦中にキャスターが戻ってくる可能性もあった。そうならないよう誘導したのは己であり、念のためにレオンハルトにもその旨は伝えてあるが、絶対の確信があったわけではない。だが、事ははうまく運んでくれた。

 

 「さあ、後は貴女ですレオンハルト。これで、万が一が起きることはない」


 聖痕が疼く、これはすなわち第四が機能したことを表している。


 十年前に第一が、ライダーの魂によって学校が第二として、バーサーカーの魂によって大型遊戯施設が第三として、そして、アサシンの魂によって海浜公園が第四として開いた。


 次は第五、最も警戒せねばならず、彼にとって重要な意味を持つスワスチカ。



「大隊長御三方は封じられることでしょう」

 ここはシャンバラではなく、ゾーネンキントはいない。

 だが、万が一ということもある。副首領の術式を完全に理解できる者など本人以外にいる筈もなく、スワスチカが開く以上、ここに大隊長が降臨しない保証などないのだ。



 ならば、それを見越して手を打つのみ。そのためにキャスターを利用したのだから。














■■―――――――――――■■




 冬木は新都に存在するセンタービル。


 キャスターが第二の拠点と定めて築城を進めており、その屋上には彼女が新都中から集めた魔力がプールされている。


 しかし、柳洞寺の異変を察知してキャスターが空間転移によって去ったため、防御用の術式も途中に無防備で放置されている。


 そして、



 「さあ、始めましょうか」


 守り手が去った今、聖餐杯の命を受けた若き獅子が、空き城を破壊すべく行動を起こすのも当然の話である。


 ここは第五のスワスチカ。既に聖餐杯が第四を開いたことは彼女も感知しており、それを合図に彼女が行動を起こす手筈であったのだから。

 もし、キャスターが聖餐杯の思惑より早く行動した場合は、彼女はそれを阻止する役割があったが。それは無用の心配に終わった。



 黄金の王が柳洞寺に攻め込み、異変を察知した魔女が戻るため新都のセンタービルは手薄となる。それに合わせて聖餐杯が第四を開き、レオンハルトが第五を開く。


 聖餐杯がどのような手法によって第四を開くかまでは彼女は知らないが、特に知る必要もない。兵士は己の領分を果たすのみ。



 「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba(かれその神避りたまひし伊耶那美は)」


 そして、祝詞が始まる。


 「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe(出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき)」


 彼女を不滅の恒星へと変生させるための祈りが世界の理を歪めていく。


 「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,(ここに伊耶那岐)」


 「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten(御佩せる十拳剣を抜きて)」


 求道型の創造、災いとして脅威なのは覇道だが、一点に集中させることに関してならば求道が勝り、戦技としては覇道を凌駕する。


 「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.(その子迦具土の頚を斬りたまひき)」


 「Briah―  創造」


 故に、この作りかけの神殿を破壊し、蓄えられた魔力を解放することは炎の少女にとって造作もないことであり――





 「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.(爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之)」



 放たれた極大の一撃が、神殿を神殿たらしめるための結界の基点、いや、真央点とでもいうべき部分を文字通り灰燼に帰す。



 結果―――――









■■―――――――――――■■




 「第五が、開きましたね」


 ここに、聖餐杯の勝利が確定した。今宵の出来事すべてを捉えると、彼の誘い勝ちであり、謀り勝ちだ。


 「スワスチカに求められるは戦場跡、いくら魔力があろうとも、戦がなければそれは戦場跡足り得ず、スワスチカとしての精度は大きく劣ることとなる」


 第四次聖杯戦争の終着地となった第一、学校でサーヴァント同士がぶつかり、ライダーの死によって開いた第二、文字通りの死闘によってバーサーカーが散ることで開いた第三。


 これらはまさに戦場跡であり、スワスチカとしての格は最高だが、第四はただアサシンが果てたのみ。第五に至っては大量の魔力が弾けたに過ぎない。まさに”形だけは”開いた状態だ。


 「これでは、例えスワスチカが開こうとも、戦争の具現である大隊長は出て来られない。シャンバラならば不完全な形でも現界は可能でしょうが、冬木ではそれも不可能。スワスチカの力に依存することとなる」


 まあ最も、これすらも万が一の仮定に過ぎない。元来、ゾーネンキントのいないこの地に大隊長が降臨することはあり得ないのだから。



 「さあ、いよいよ聖杯戦争も佳境に入ります。キャスターがどうなったかは不明ですが、柳洞寺が英雄王に破壊され、センタービルもスワスチカと化し、アサシンをも失った今、最早恐れるに足らず」


 キャスターがいかなる魔術を使おうとも聖餐杯は壊せない。ここは自分があの魔女を仕留めるべきだろう。


 ランサーは最後の戦いに専念させた方が良い、聖杯戦争の終盤戦は三騎士クラスが覇を競う正面決戦。ならば、そのための準備は自分が整えた方が良い。


 「拠点を失った魔女がどこに出現するかまでは分かりませんが、冬木に何らかの災害をもたらす可能性は高い。ここは、聖堂教会スタッフとして見過ごすべきではありませんね」

 彼らを駆使すれば今夜中にキャスターの所在を掴むことも可能だろう。そのための権限は言峰より預かっている。



 「くくくくく、はははははは、はははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 諧謔を滲ませながら笑う聖餐杯、キャスターに新都で魔力を蒐集させるよう戦局を操作し、その集めた魔力でもってスワスチカを開いた張本人が、冬木の人間に害をなす存在を捕捉するために聖堂教会のスタッフを駆使するなど笑い話でしかない。



 ライダー、バーサーカー、アサシンが消滅し、第五までもが開いた冬木。



 聖杯戦争はいよいよ終盤戦へ、来るべきその時はもうすぐそこに。






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 テンプレ通りに笑う聖餐杯、完全に文章コピーで使ってます。

 三騎士ファンの皆様はガッカリの回。文句は邪なる聖者まで。もう、お分かりかと思いますが、香澄√の状態に似せて作ってます。だから必然的に聖餐杯無双(陰謀で)状態に。
 今回の聖餐杯の空間転移は、プロローグで地球の裏側からシャンバラにやってきたこと、その際『地脈を通って』と表現があったこと、香澄ルートで先輩を掻っ攫って行ったこと、螢ルートで、先輩と香澄を同時に聖槍で貫いたこと、などをもとに、出来るのではないか? というのが根拠です。冬木は霊脈が走っている土地ですし、スワスチカ同士なら特に、といった感じで。そのほかにも、間桐邸、衛宮邸などの魔術師の工房的なところにも多少霊脈は走っていると思います。

 補足。この聖杯戦争におけるスワスチカで一番重要なのは、この第5だったりします。正しい形で開いていき、大規模な戦場跡として第5が機能すれば、大隊長も参戦、コレによって完全な”演習”の形が整います。ですが獣殿は静観して、聖餐杯の好きなようにさせているので、双首領的には無問題。

 実は、第8までがしっかりと開いた場合は、望んだ者にのみエインフェリアに成れる、というサプライズ特典もあったりします。望むのはベイだけでしょうけど。そしてそんなときに限って居ないベイ・クオリティに100ペソ



[20025] Fate 第三十二話 姉弟
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/03 07:25
Fate (12日目)


第三十二話    姉弟






 雨が止んだ


 長らく降り続いた雨の終わりは嵐の通過を示すようでもあり、嵐の前の静けさを仄めかすようでもある。


 聖杯戦争が続く冬木、街の気配はここ数日で大きく変わり、凶なるものを孕むようになっている。


 未だ夜が更けているわけでもないのに道路には人通りがなく、空気は凍りつき、建物には生気というものが感じられない。


 反面、地面の下には黒々としたものが渦巻いているような矛盾を孕む熱気が存在している。それを知るものでなくとも、良くないモノであることを察することは容易だろう。


 そして、それらの不穏な空気を感じ取りながら、高台に位置する魔術師の舘より街を見下ろす存在がある。



 「始まったか」

 そう呟くは赤い外套を纏った弓の騎士。遠坂凛がサーヴァント、アーチャーである。


 彼が知る筈の聖杯戦争においては、この段階で既に赤い騎士は消滅しており、柳洞寺の異変を剣の主従が察知することはなかった。


 しかし、遙か彼方を見抜く鷹の眼は未だ健在であり、柳洞寺を襲った大嵐の存在を彼は正確に察知していた。



 「英雄王。やはり、アサシンを消したのは奴だったか」

 そして、本来誰も知りえないはずの情報を知る者がここにいる。


 順当に考えれば聖杯戦争は三つ巴の様相を見せており、その一角である彼らが動いていない以上、柳洞寺に攻め込むのはランサー陣営しかありえない。

 だが、ランサーの対魔力はCランクであり、魔女の対して有利であるとはいえない。神代の魔女を圧倒できる存在はセイバーとバーサーカーの二名であり、バーサーカーが脱落した今、セイバーのみが柳洞寺に対する優位性を保持している。


 とはいえそれもサーヴァントに限っての話であり、ランサー陣営にはレオンハルトという謎の存在もいる。彼女ならば柳洞寺の結界を突破することが可能であり、魔女にとっては厄介な相手であろう。


 しかし、彼女もまたバーサーカーとの戦いによって消耗しており、魔女の神殿に攻め込むには早すぎる。イリヤスフィールの見立てでは万全まで三日はかかるはずとのことで、勝負をかけるとしてもそれは明日のはず。



 「つまり、堪え性のない暴力の塊が柳洞寺を襲ったということだ。それに該当するのはあの男しかいまい」

 英雄王ギルガメッシュ、単独で全てのサーヴァントを打倒しうる英霊殺し。


 この世界に召喚された当時、彼の記憶は曖昧であり自分自身の名前すら定かではなかった。

 だが、マスターである遠坂凛と共に行動するうちに、彼は徐々に記憶を取り戻した。自分が何者か、自分が何を願ってこの戦争に参加しているのか。


 そして、彼はその悲願の成就のために聖杯戦争に臨んだはずなのだが。騎士王と出会った瞬間、彼は咄嗟の防御すらままならず切り伏せられる結果となった。


 セイバーの“約束された勝利の剣”によってつけられた傷は彼にとってある意味鬼門であり、特別に治癒が働きにくい傷である。


 そのため、瀕死の傷ではなかったが回復にほぼ七日を要することとなってしまい、それは聖杯戦争においては致命的な出遅れとなった。その後の展開が後手に回ることが多かったのも、彼の負傷と無関係ではない。

 ようやく万全近くまで回復したところへバーサーカーとの決戦となり、残存魔力が一割を切り、消滅寸前にまで追い込まれたが、既に魔力は八割以上にまで回復している。


 遠坂凛の魔力量は並みの魔術師を遙かに凌駕しており、なおかつここは遠坂のホームグランドにして屈指の霊地。サーヴァントである彼の魔力を回復させるには絶好の地であった。


 聖杯の恩恵の強い遠坂の陣地で戦闘に何ら支障なく、宝具の解放も問題なく行えるまでに回復した彼は、終盤戦までにもう一つがあるものと睨み、遠坂邸の屋上に陣取り休まず監視を続けていた。そして今夜、その成果が現れたということになる。


 「英雄王が動いたということは教会もいよいよきな臭くなる。これまでは監督役に徹してきたようだが、果たして―――」

 ルール外である第八のサーヴァント、第四次聖杯戦争の勝者である英雄王はそのまま現界しており、そのマスターが他ならぬ監督役。


 「言峰綺礼、ランサーのマスターもまたあの男だったはず、そして―――」

 ランサーと共に行動しているあの女も、言峰と協力関係にあるということを意味する。


 だが、それは本来あり得ない要素。なぜなら―――


 「やはり、間違いではない。あのような女は存在していなかった」

 当初は自身の記憶を疑った。

 彼が召喚された時点では記憶が曖昧であったのは事実、その影響によって何かを忘れているという事態は大きくあり得た。

 しかし、聖杯戦争が進むにつれて疑惑は確信へと変わっていく。すなわち――――


 「この聖杯戦争は何かがおかしい」


 それは唐突に思いついたようでもあり、兼ねてから心の奥底で熟成されていた思考のようでもある。



 違和感
 


 英霊エミヤの心にあるのはまさしくそれであった。


 聖杯戦争の流れが違うのはある意味で当たり前だ。遠坂の師父の用いる第二魔法ではないが、並行世界の可能性は無限にあり、英霊の座はその全てに呼び出されうる。


 ならば、異なるサーヴァントが召喚されていても問題はなく、衛宮士郎が存在しない聖杯戦争があっても不思議ではない。そういった面で考えても彼が体験した聖杯戦争と現在の聖杯戦争は極めて近しいとすらいえる。


 「だが、違う。マスターやサーヴァントが違うことはあり得よう、聖杯戦争の土台が異なる可能性すらなくはない。しかし、これはそのさらに根幹がねじ曲がっているかのようだ」


 そう、土地そのものが歪んでいる。


 まるで、幾度も聖杯戦争が繰り返されたことによって、冬木の土地そのものが別のものに変わったとでも言うかのように。


 円蔵山に位置する大聖杯は“この世全ての悪”によって汚染されている。ならば、冬木の土地が霊的に汚染されていてもおかしくなく、霊脈がさらに歪むこともあろう。


 それでもこれは別のものだ。歪んでいることがおかしいのではない、歪んでいることが当たり前になっていることがおかしいのだ。


 「これではまるで歪んでいるのはオレのよう――――いや、待て」


 この歪んだ冬木こそが今の世界においては当たり前であり、それに違和感を持つ英霊エミヤこそが歪んでいる。


 今、オレはそう考えただと?


 落ち着け、もう一度思考を組み直せ、それは己の最も得意とするところだろう。


 そして、彼は再び記憶を手繰る。しかしそれは彼にとって複雑極まりないものとなる。


 長き戦いの果てに摩耗し果てた英霊エミヤ、その心象世界たる“無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)”。


 この街にはその原点がある。彼が決して忘れまいと心に誓ったものが残されている。


 彼の過去と現在を突き合わせることは、彼の身体が剣となる前の“エミヤシロウ”の存在を浮き彫りにする。



 そして、その記憶の中には――――



 「あ、ここにいたのね、アーチャー」



 彼にとって、絶対に失くしてはならない存在、正義の味方の忘れ形見である雪の少女がいるのだ。













 「イリヤ?」


 そして、その言葉はまさに無意識のうちに出たものであり、それ故にこの場では最大の失言であった。


 「なあに? 私がここに来ちゃいけなかった?」

 呆然としたまま問いかけるように名前を呼んだ彼に対して、彼女は優しく微笑みかける。


 まるで、いや、まさに姉のような慈愛に満ちた笑みを。


 「いや、そういうわけではないが――――――身体は大丈夫なのか?」


 アサシンが消滅した。これで三騎目のサーヴァントが聖杯に捧げられたことになる。

 聖杯はイリヤスフィール自身、ならば、それに応じて人間としての機能は切り離されていく。


 ―――――――彼女の母、アイリスフィールがそうであったように。



 「ええ、まだ大丈夫よ。心配してくれるのは嬉しいけれど、そう簡単にへばってなんていられないわ」


 彼女は彼の隣まで進み、屋根に腰掛ける。ちょうど、彼の外套に彼女の小さな体が収まるように。


 そして


 「ねえアーチャー、貴方はシロウなのよね」


 「――――――――――ああ」


 予想外のようで、最も予想された言葉を、彼に投げかけた。


 彼にもまた確信はあった。もし自分という存在に気付く者がいるとすれば、最初となるのは彼女しかあり得ないだろうと。


 なぜなら――――


 「ふふ、サーヴァントのことで私に分からないことなんてないんだから」


 第五次聖杯戦争に呼び出された英霊七人、彼らは例外なく大聖杯のユスティーツアを通ってこの世界に降臨したのだ。

 その写し身であり、徐々に聖杯として機能しはじめているイリヤスフィールが全てのサーヴァントを知るのは当然のこと、彼女こそが聖杯を司る“ラインの黄金”なのだから。



 「だが、それだけでは足りないだろう。いくら私を知ったところで、あの男のことも知らねばその関連性を把握できまい」


 「そうよ、だからそれはさっき済ませたの。シロウったら可愛いのよ、ちょっとキスして舌を絡めただけで顔を真っ赤にしてるんだから」


 その言葉に彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 ああ――そういえば、この姉はよくそうやって弟をからかっていたものだったな―――



 「それでね、シロウの記憶を見たの。彼がなぜ正義の味方を目指すのか、その原風景は何なのか、そして、キリツグは何を彼に遺したのか――――」



 『子供の頃、僕は正義の味方になりたかった――――』



 「“女の子には優しくしてあげなさい”、“正義の味方が助けられるのは味方したものだけ”、まさに子供でも知ってるようなことだけど、貴方とキリツグにとってはこれほど重い言葉はないのでしょうね」



 「ああ――――重いな」

 それは重い、重すぎて彼の肩では背負えない程に。


 だが、彼は決してそれを捨てることはない、誰かに預けることもない。



 “身体は剣で出来ている”



 重すぎるそれを背負うために、彼は自らを剣と成したのだから。



 「だけどアーチャー、私は貴方に聞きたいことがあるの。聖杯の担い手として、シロウに助けられた人間として、そして何より、キリツグの娘として―――――」


 少女の目に光が宿る。責めるのではなく、許すのでもなく、ただ純粋に問うている。



 「聞こう」


 そして、その問いは分かりきっていたことだが、あえて彼は先を促す。



 「貴方は、聖杯(切嗣の理想)に何を求めるの?」


 それは、決して答えの出ない問い。それがないからこそ、彼は世界の奴隷となったのだ。


 英霊エミヤは解放されない。死後を世界に差し出すことを条件に、彼は奇蹟を求めた。

 その代償は払い続けなければならない。願うだけでは奇蹟は叶わない、等価交換が原則であるこの世界で人を超えた奇蹟を叶えるならば、何かを犠牲にせねばならないのだ。



 “抑止の輪に座する、天秤の守り手”



 それが英霊エミヤであり、それは天秤が壊れないように動き続ける。

 少数の人間の行動や欲望によって人類が滅亡に陥る可能性があれば、アラヤの抑止力は具現してそれを消滅させる。

 人類の滅亡を防ぐために少数に絶望を抱かせ続ける掃除屋。



 誰かを守りたいと願った青年は、永遠に誰かの泣き顔しか見ることが出来なくなり、その果てに摩耗し、最後に願ったものは―――――



 「エミヤの宿業を――――――解き放つことだ」


 それが、この世界に呼び出された彼が唯一願うもの。“ラインの黄金”である彼女に懸ける尊き祈り。


 この祈りだけは、決して誰にも譲れない。そして、世界でただ一人、彼女のみが叶えられる黄金(奇蹟)なのだ。


 「エミヤの宿業?」



 英霊エミヤは記憶としては知らないが、その魂が理解していた。


 衛宮切嗣という男の人生を、その生涯は何を犠牲にしてきたものであるかを。




 初めに失った人がシャーレイ(初恋の人)。


 最初に殺した人物が衛宮矩賢(実の父親)。


 彼が天秤の守り手となる道を歩む最初の一歩となったナタリア・カミンスキー(育ての母)。


 その過程でいつの間にか共に在り、正義の犠牲となった久宇舞弥(彼が拾った娘であり妹)。



 そして――――



 数多くの者を切り捨ててきた彼が、“この世全ての悪”が見せる幻想の中で最後に天秤の両端に残した者が


 アイリスフィール(最愛の妻)

 と

 イリヤスフィール(最愛の娘)



 だが、衛宮切嗣は“この世全ての悪”を破壊するためにアイリスフィールをも切り捨てることとなり、彼の正義はそこで終わる。


 その果てに得た最後の救いが衛宮士郎であり、最後に残された“エミヤが守るべきもの”こそが――――




 「”俺”が守る―――――絶対に」



 父から息子に理想と共に託された、唯一の願い。





 彼はそれを覚えていないはずであった。いや、摩耗し果てた彼には自分の願いすら最早分からなくなっていた。


 だが、大英雄との戦いが、彼の記憶を呼び覚ました。



 幾度死のうとも、彼は倒れない。


 幾度貫かれようとも、彼は退かない。


 “約束された勝利の剣”にその身を灼かれてなお、彼は最強であり続けた。




 その姿、子を守る父の姿は、英霊エミヤの原初の記憶を呼び起こす。

 『爺さんの夢は俺が――――』


 そして、決して知る筈のない想いもまた、彼の魂は刻んでいた。


 『原初の願いを忘れるな、それを忘れたとき、最も失ってはいけないものを失うことになる』



 ある可能性の世界において、英霊エミヤは自らの抹殺を願った。

 それは、原初の願いからかけ離れたやつあたりに近いものであり、その過程で主の裏切りすらも行っている。

 しかし、それでもなお少年は諦めず、自らの信念を曲げることはなかった。

 結果としてみれば、彼の願いは果たされたともいえ、原初の願いを取り戻したのだ。



 だが、その代償はあまりにも強大過ぎた――――



 英霊エミヤが“エミヤ”たることを忘れ、己の願いを否定するために動いた時、その罰は最悪の形で具現した。

 イリヤスフィールは英雄王ギルガメッシュによって殺され、聖杯の器である心臓は無残にも引き抜かれた。



 そう、衛宮切嗣が守れなかったアイリスフィールと全く同じ死に方によって、言峰綺礼のサーヴァントであるギルガメッシュに殺されたのだ。



 故に――――



 「君を守り、聖杯の呪縛から解き放つことが、“ラインの黄金”に懸ける俺の願いだ」


 世界に絶望した男が最後に縋った奇蹟の杯。


 そのために命を賭した一人の女。


 その二人の愛の結晶であり、願いの果てである少女は今、彼の前にいる。


 ≪ヘラクレス、貴方の想いは俺が引き受けた、イリヤは必ず守る。それを阻むならば“この世全ての悪”だろうが、英雄王だろうが、尽く打ち倒すまでだ≫


 それは誓い、彼が彼であること、その存在の全てを懸けた不可侵の誓い。

 “女の子には優しくしてあげなさい”、それが己の姉なら尚のこと。



 そして



 「うん―――――ありがとう」


 そして、頼もしくも大きな弟に向けて――――



 「頼りにしてるわよ――――――私のシロウ(もう一人の弟)」


 妹のようで、実は姉である雪の少女は、最愛の笑みを返したのだった。
















 しばらく、二人は無言のまま星を眺めていた。


 その空気はとても温かなものであったが、徐々にそれに別のものが混ざり始める。


 聖杯戦争は終盤に向けて加速しており、導火線の火は既に灯されている。


 ならば、空気が凶なる気配を孕むのも至極当然のことであり、嵐が近いことを予感させる。



 「感じるかしら? アーチャー」


 「君ほどではないが、敵意を感じる。しかし、戦意は感じないな」


 それはつまり、襲い来るものはいれども、それは戦闘者ではないことを示している。


 「ひょっとしたら、今日中に4人目が捧げられることになるわけね」


 「………大丈夫か」

 彼は彼女のキャパシティを理解している。だが、それでも確認せずにはいられないこともあった。


 「心配症の弟ね、まだ心配はないわ。それに、結局最後になれば同じことなんだから」

 それは避けられない定め、少なくとも、彼女が一度は聖杯として機能せねばこの戦争が終わることはないのだから。



 「それに、心配は他にある。英霊の核は私の中にあるけど、サーヴァントとしての部分が来ていないの」


 「どういうことだ?」


 「元々の聖杯の意義から考えればサーヴァントなんて存在は無駄なだけ、英霊七体分の魂を用いて“座”へ至るための孔を穿つことが大聖杯の儀式の本懐だった。だから、私に取り込まれる魂はあくまで英霊のもので、サーヴァントしての要素はそれに引っ張られるおまけに過ぎない」


 言ってみれば、強力な磁石が鉄の塊を引っ張ろうとして、鉄分を含んだ砂も纏めてくっついてくるようなものだ。


 だが―――


 「しかし、それでは理由にならない。サーヴァントを構成していた要素とて人間の魂で数えるなら数百体近くの純度となるはずだ」


 ならば、その魂は何処へ?


 「そう、だから多分サーヴァントとしての要素は未だ冬木に留まっている。新都の公園、学校、そして、私達が戦った場所、それらは魔術的に汚染されているけど、それらは副産物に過ぎない。それに、ついさっき、二箇所で新たな発動を感じたわ」


 「つまり、聖杯の御三家すらあずかり知らぬ何かがこの冬木で起こっている。というわけか」


 「ええ、でもシロウやリンやセイバーには理解できないと思う。だって彼らは、“本来の聖杯戦争”を知らないのだから、彼らにとってはこれこそが聖杯戦争」


 今の冬木は何かがおかしい。


 だが、それを理解できるのは真の聖杯である彼女か、“かつての聖杯戦争”を知る英霊エミヤのみ。



 「それが―――」


 「貴方が感じた違和感の正体。私も理解しているわけじゃないし、正直何が起こっているのかさっぱりだけど、こうなってくると貴方が知らない存在が一番怪しいと思うわ」


 それはつまり―――


 「あの女、そして、例の神父か」


 「でも、一筋縄じゃいかないと思うわ。だからアーチャー、もしもの時は――――――」



 終幕が近づく中、二人は語り合う。


 それはほんの一時の逢瀬に過ぎぬが、姉弟にとってはまさしく黄金の価値があるものだろう。


 ほんの僅かの拙い糸、この絆が戦争の終焉をどう変えるか。







 運命の刻(Fate/Stay night)は僅かに遠い。





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 実はこの作品のヒロインはイリヤでした。

 Hollowでの“天の杯”のシーンを何度も見ながら今回の話は書きました。

 それから、士郎の過去のシーンや、Answerなんかも見ながらいつもとは異なる電波を受信するように魂を込めています。ウチのイリヤ嬢は、士朗君の前では妹モード、アーチャーの前では姉モードで接します。私のなかではイリヤ嬢は姉モードがスタンダード。

 これより先は待ったなしの展開となるはずなので、一気に加速して行きたいと思います。何とか毎日更新します。美麗刹那を使ってでも(体が持てば)


 それではまた。





[20025] Fate 第三十三話 遠坂邸の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/04 06:30

Fate (12日目)


第三十三話    遠坂邸の戦い








 「アサシンが、消滅した?」


 夜の遠坂邸。第一に疑問の声を上げたのはセイバーである。


 「アーチャー言うにはそういうことよ。今は周囲の偵察に出てもらっているけど、確かに柳洞寺の様子はおかしい。山門の番人だったアサシンは消滅して、寺の内部には戦闘の痕があった。私の使い魔でも確認したから間違いはないわ」

 凛は宝石を用いて作った鳥型の使い魔を飛ばし、柳洞寺の山門を調査した。


 そして、山門を守る番人の姿はなく、森の中に戦いの痕のみを残す柳洞寺の変わり果てた姿を確認することとなったのである。


 「それってつまり、キャスターも死んだってことか?」


 「そこまでは分からないし、多分キャスターは逃げのびたんじゃないかと私は考えている。アサシンはキャスターのサーヴァントだったわけだし、それが消滅したのなら危険を察知するくらいはできるはず。けど、少し妙な部分があるのも確かなのよね」


 そう言いつつ凛もまた熟考する。彼女自身、今夜の柳洞寺に何が起きたかについては半信半疑なのだ。


 「妙な部分とは、柳洞寺に戦いの痕跡が残されていた、ということですか?」


 「流石ねセイバー、そう、キャスターは空間転移すら操るほどの魔術師。だったら、自分の不利を察した時点ですぐに逃走するはず。少なくともアサシンが破られたのなら柳洞寺には要塞としての価値はなくなるわけだし」


 それでも要害であるのは違いないが、山門が無防備になれば戦術的な防御力は大きく減少することとなる。

 サーヴァントであろうとも山門から入れば能力が減衰することもなく、十全の戦闘が行える。魔女の神殿であることを割り引いたとしても、真っ向から戦ったのではキャスターに勝ち目はない。


 「じゃあ、キャスターは留守だった、ってことになるのか?」


 「その可能性はありえますが、だとしたら柳洞寺内部で戦った人物とは―――」



 その瞬間



 「――――――! そこまでよセイバー、敵が迫っている」


 遠坂の陣地を掌握する今代の当主が、襲撃者の存在を感知した。



 「――――! 感知しました、この気配は―――」

 そして、騎士王もまたサーヴァントの存在を知覚する。


 「遠坂、敵ってのは―――」


 「キャスターね、この気配はランサーのものじゃないし、例の女はサーヴァントじゃないから気配が根本的に異なる。けど―――」


 「今キャスターが襲ってくるという事態そのものが異常です。柳洞寺が破られたのならば今のキャスターは神殿を持たない、それでは実力の半分も発揮できないでしょう」


 いくら神代の魔女とはいえ、今はサーヴァントの身であり、蓄えられる魔力量には限界がある。

 故に、キャスターは柳洞寺に大量の魔力を貯え、神殿内部ならば魔法に近い神秘すら容易く行使し得る、自らのテリトリーへと造り替えたのだ。


 「それに、バーサーカーとの戦いの直後で私達が疲弊していた時ですら攻めてこなかった奴が、今になって攻めてくるというのはおかし過ぎる。とはいえ、攻め込まれた以上は迎撃するしかないんだけど―――」


 「イリヤはどうしてる?」


 「アサシンが消えてから調子を崩して休んでるわ。キャスターの狙いがあの子の可能性も捨てきれないし、私は護衛に徹する、ここでなら例えキャスターが相手でも互角に戦えるから」


 ここは遠坂の屋敷にして魔術師の工房。アーチャーのマスターが最もその実力を発揮できるホームグラウンドである。



 「分かった。セイバー、俺達は打って出よう」


 「了解しました、ですがシロウ、十分気をつけてください。守勢に徹していたキャスターが攻勢に出てきたということは相当の自信があるのか、もしくは何らかの切り札を用意している可能性が高い」


 あるいは、もう一つの可能性、“自暴自棄”というものもあったが、この場でそれに思い至る者はいなかった。


 そもそもそれは魔女がマスターを愛していたという前提がなければ成り立たない。マスターとサーヴァントは聖杯を得るという目的が前提の協力関係に過ぎず、仮にマスターを失ったとしても再契約を果たして戦線に復帰することも不可能ではないのだから。


 「防御以外の結界はひとまず停止させるわ。貴方達の行動まで阻害したら本末転倒だし、魔術師ってのは排他的だから結界も自分以外は敵と認識して作っちゃうのよね」


 そして、凛は守りをあえて薄くし、敵を誘い込む戦略をとる。売られた喧嘩は値切るだけ値切った挙げ句、拳で黙らせ強奪するのが彼女の流儀であるが故に。



 「貴女も気をつけて下さい」


 「誰に言っているのかしらセイバー、私は遠坂凛よ」


 「だから不安なんだよな、何しろうっか―――」


 その瞬間、ボクサーの速度をゆうに超えるであろうアッパーが放たれ、衛宮士郎の身体が宙に待った。


 「ごめん、いないと思った」


 「どういう理由だそれ!」


 「遊びはそこまでです。行きますよシロウ」


 そして彼らは戦場へ、緊張するだけでは動きが鈍る。戦意を高めながらもリラックスし、常に精神の均衡を保つのが戦士というもの。


 まあ、中にはそのような条理から外れた人間獣も存在するが、幸いなことに今の冬木にはそのような存在はいなかった。









■■―――――――――――■■





 遠坂邸の中庭、数十を超える竜牙兵がそこにはひしめいている。


 一体一体の能力は高いものではなく、質の低さを量で補う典型そのものだが、それも彼我の戦力差があまりにも離れていてはその真価を発揮できない。


 すなわち――――


 「はああ!」

 ただの一撃で五体以上の竜牙兵が紙細工のように引き裂かれる。例え数千の竜牙兵があろうとも、彼女を倒すことなど夢のまた夢でしかない。


 白銀の騎士は黒き狂戦士や青き槍兵と戦っていた時のように、魔力を放出して叩きつけているわけではない。純粋な剣技のみで魔女の操るゴーレムを粉砕しているのだ。

 それだけではなく、バーサーカー戦以降、彼女とマスターである衛宮士郎との間には魔力供給のパスが本来の形で繋がり、“魔力炉心”ともいうべき竜の心臓はその機能を十全に発揮している。


 第四次聖杯戦争におけるマスター、衛宮切嗣は決して魔力量が多い魔術師ではなく、純粋な量ならばケイネス・エルメロイ・アーチボルトや遠坂時臣が遙かに勝っていた。

 急造の魔術師であった間桐雁夜、見習いであったウェイバー・ベルベット、そもそも魔術師ですらない雨竜龍之介に比べれば上等であるとはいえ、代行者である言峰綺礼と比べてもマスターとしての適性は同じ程度に過ぎなかった。


 しかし、衛宮切嗣の魔力量であっても騎士王を使役するには十分であり、ランクA++を誇る対城宝具、“約束された勝利の剣”も問題なく放つことが可能であり、第四次聖杯戦争においては二回使用されている。

 ほんの僅かでも種火があれば、竜の炉心は膨大な魔力を紡ぎだす。ならば、衛宮士郎が魔術師として未熟であってもサーヴァントがセイバーであれば問題はない。


 確かに、遠坂凛やイリヤスフィールがマスターであれば全てのパラメータは一段階かそれ以上変化するだろうが、彼女のスキル“魔力放出”はそれを覆す。


 すなわち、大局的なパラメータで見れば劣っていても、瞬間的な最大出力は変わらず、剣の騎士である彼女にとって最強の一撃が叩き込めるだけの魔力があればそれで十分なのだ。


 第五次聖杯戦争において、彼女のその特性が発揮できなかったのは魔力のラインが繋がっていなかったこともあるが、敵がヘラクレスという規格外であったことも大きな要因となっている。


 ランクAに満たない攻撃を悉く弾き返す“十二の試練”は、魔力放出を以って瞬間的な威力を爆発的に増大させる彼女にとって、最も厄介な部類であった。例え威力が上がっても、神秘が届かなければそれは魔力の無駄にしかならず、かといって膂力では圧倒的な差がある。


 故に、ランサーやライダーと戦う際には彼女は劣るどころか互角以上の戦いを演じることが可能であった。“最優のサーヴァント”の名は伊達ではなく、まさしく聖杯戦争において常勝を約束するに相応しい能力を彼女は備えているのだ。


 そして今――――



 「はああああああああああ!」

 主を背中に、敵目がけて突き進む白銀の騎士を縛るものは何もない。これを真っ向から受け止められる存在は現状では既にランサーしか存在しない。アーチャーですら正面から受け止めるのは愚策となるだろう。


 まして、意思すら宿らぬ骨人形風情が、騎士王の行進を阻めるはずもなく、


 「ちっ、やっぱりこっちに来たか!」

 竜牙兵の目標が、騎士の背後に続くマスターへと集中するのは当然の成り行きであった。


 「シロウ! 今行きます!」


 「来るなセイバー、こんな奴らに俺は負けない!」


 だが、彼とて最早無力な少年ではあり得ない。イリヤスフィールの挑戦を真っ向から受けて立ち、最強のサーヴァントを絆の力で打倒したその身が、このような雑兵如きに遅れをとるなど許されない。


 「投影―――――開始(トレース・オン)」


 狂戦士の肉体には傷一つつけることすら叶わず、砕け散った陰陽剣。

 赤い騎士の作りだすそれには錬度で大きく劣るが、雑魚を切り払うには十分過ぎる武装である。


 「それは―――アーチャーの」


 「らああああああああああああああああ!!」


 陽剣干将、陰剣莫耶


 英霊エミヤの宝具たるその二刀は、衛宮士郎の手で鍛えられ、戦場を疾駆する。


 いや、それこそがこの剣が歩んできた歴史そのものなのか。


 この剣には創造の理念がなく、“ただ作りたいから作った”という純粋な想いによって鍛えられた無銘の剣。

 だからこそ、剣製の魔術師たる衛宮士郎と惹かれあう。剣を作ること、それが彼のただ一つの道であり、彼は戦う者ではなく生み出す者である。



 「このまま戦っていても仕方がない、キャスターを一気に倒そう」


 「では行きましょう。マスター、私の背中を任せます」


 白銀の騎士は再び疾走を開始し、群がる骨は舞い散る雪のように霧散していく。その様は雪をかき分ける雪上車のようでもあり、散らばる骨の多さは吹雪を思わせる。


 そして、それに続く少年には華麗さはなくとも、愚直なまでに突き進む。



 戦場の華となるのも騎士なれば、根となり茎となるのもまた騎士。剣の主従の在り方は、まさに“騎士道”の具現であった。






■■―――――――――――■■





 ≪で、こっちはそういう状況だけど、そっちは?≫


 ≪ああ、面白いものが見れたぞ。魔女の通った道に聖堂教会のスタッフと思われる人影を確認した≫


 そして、戦場における戦術的判断は剣の主従が行い、聖杯戦争における戦略的判断は赤の主従が行っていた。


 ≪聖堂教会のスタッフ、ね。まあ、怪しいとは思ってたけど≫


 そう、遠坂凛は言峰綺礼を一切信用していない。

 ある意味では最も信頼している存在であり、“絶対に信用できない”という部分を信頼しているのだ。


 ≪これまで、我々は常に後手に回ってきた。バーサーカーとの戦いでは裏をかけたが、結果的に見ればランサーのみが自由に動けるという状況が残った。あまりに出来過ぎている≫


 ランサーのマスターは優れた戦略家である。それは間違いないが、全てのサーヴァントとマスターの動向を攫むんでいるという事実とは別問題だ。

 学校に結界を張ったライダーも、柳洞寺の魔女も、アインツベルンの最強の主従も、悉くランサーのマスターは手玉に取ってきた。それはなぜか?



 ≪だけど、監督役と繋がっているとしたら全てに辻褄があう。全く、ルール破りもいいところね≫

 凛は知らないが、第四次聖杯戦争においてそれを行ったのは遠坂時臣である。やはり、根本的な部分において遠坂凛は遠坂時臣とは違っているのだろう。


 彼女は己の力を信じており、常に王道を往く。英雄王ギルガメッシュが遠坂時臣をつまらぬ男と断じたのは、彼が王道を持たなかったが故である。


 ≪凛、もう一つ可能性がある。監督役そのものがマスターということもあり得よう。他のマスターと協力関係を結ぶよりも、令呪を奪いサーヴァントを従えた方がいざという時の裏切りを警戒する必要がなくなる≫


 ≪なるほど、まあなんにせよ。例の女が教会と繋がりを持っているのは間違いないでしょうね≫


 ≪でなければこの冬木であのような存在が自由に動けるはずもあるまい。現場指揮官として動いている男も監督役の手先と見るべきだ≫


 彼らはレオンハルト・アウグストの戦闘能力を知っており、サーヴァントに匹敵する脅威と見なしている。


 だが、未だに聖餐杯に関する情報を持たない。赤い騎士も言峰綺礼と英雄王に関する情報はあれど、黄金の代行のことは全く未知の領域である。


 ≪それと、イリヤスフィールは大人しく寝ているか?≫


 ≪お子様は熟睡中よ。アンタ、随分この子のことを気にかけるわね≫


 ≪気にかけもしよう、聖杯を得ることはサーヴァントにとって至上命題だぞ≫


 その言葉には、彼には珍しく皮肉の成分が含まれていない。


 ≪あら意外、アンタにも叶えたい願いがあったんだ≫


 ≪……一つ尋ねたいが、君は自分のサーヴァントを何だと思っている?≫


 ≪家事万能小間使い、戦うブラウニ―≫


 ≪良く分かった、天上に昇天しろマスター≫


 ≪ゴメンね、悪気で言ったんじゃないのよ≫


 ≪悪意以外の何ものも感じ取れなかったのだが?≫


 ≪本気で言ったの≫


 ≪君との契約はこれまでとしよう。バーサーカーを失ったイリヤスフィールと新たな契約を結ぶことにする≫


 ≪ま、まさかアンタ、ロリコ―――――≫


 念話はそこで切れた。




 ≪ってアンタ! 肝心なことまだ何も話してないのに切ってんじゃないわよ!≫


 ≪おかけになったサーヴァントは、現在魔力の届かない範囲にいる模様です≫


 ≪無駄な知識を披露してんじゃないわよ、それより、こっちのキャスターはどうする?≫


 ≪こちらの用件は済んだ、ただちに向かうとしよう。最も、今のセイバーに助力など無用だろうが≫


 ≪だとしてもよ、結界を荒らされる身にもなりなさい。補修するだけでどれだけの手間がかることか≫


 ≪ふむ、ならば、拠点を再び戻すことも手段の一つか≫


 凛はまだ知らないが、アーチャーはイリヤとの会話によってサーヴァントが果てた場所が魔術的に汚染されるという情報を得ている。

 遠坂邸でキャスターが消滅すれば、この拠点が歪む可能性は高い。いや、それを見越して教会陣営が手を打って来た可能性を考慮するべきか。


 ≪確かにそうね、キャスターが消滅すれば残るはセイバー、ランサー、そしてアンタの三騎のみ。聖杯戦争も終盤戦に入る≫


 そうなれば残るは教会陣営との決戦のみとなるが、その際には遠坂邸は不便になる。


 ≪イリヤスフィールがこちらの手にある限り、敵としては攻め寄せるしかなくなるが、ランサーを相手に宝具を使わないというのは無理な相談だ。つまり、君の屋敷は原型を留めない可能性が高い≫


 つまり、遠坂邸が大型遊戯施設と同じ末路を辿ることになる。第四次聖杯戦争においては衛宮切嗣によって爆薬を仕掛けられたこともあるが、決戦場となれば灰燼に帰す可能性は跳ね上がる。


 ≪それは流石に勘弁してほしいわ。間桐邸は燃やされたし、こっちまで破壊されたんじゃ面子に関わる。それならいっそセイバーの宝具で教会をぶっ壊すわ≫


 ≪実に君らしく、中々に魅力的な提案だ。純戦術的に考えても有効な方法の一つであるのは確かだな≫


 ≪けど、魔力の無駄遣いになる可能性もある以上は却下ね。それに、教会を破壊するだけなら他にも方法はあるし≫


 ≪随分教会の破壊にこだわるな≫


 ≪一度あの腐れ神父に鉄鎚を下した方が世のため人のためよ≫


 ≪なるほど、一考の価値はある。さて、そろそろ射程に入るが、どうする?≫


 ≪要求は二つ、キャスターの首を飛ばしなさい。かつ、屋敷は破壊せずに≫


 ≪了解、我が主≫



 赤い外套を纏った弓兵が位置につき、狙いを定める。


 その場所は、聖杯戦争が開始される前日、彼女と彼が冬木を歩き回りながら定めた狙撃ポイントの一つ。



 戦争の布石は、いつ芽をふくか誰にも予想できない。だからこそ、勝利を得るためには綿密な下準備こそが重要となる。



 「弓兵の本領、存分に発揮してくれよう。貴様のような物量にモノを言わせた弓兵紛いとは違うのだ、英雄王」


 英雄王ギルガメッシュと英霊エミヤは共にアーチャー。


 されど、こと狙撃に関してならば英霊エミヤの独壇場。


 そもそも、敵が現れるのを待つという狙撃手の役割と最も遠い場所にいるのが英雄王である。彼は殲滅者であって狙撃手ではない。


 だが、正面から破るだけが戦争ではない。それは王道にあらずとも、一つの闘争の形なのだ。


 環境を把握し、あらゆる要素を計算し、積み重ねられた経験から弾道を計算する。


 それはまさに己との戦いであり、心眼(真)を持つ彼の真価が試される。




 単独行動を旨とする、弓兵の戦いがここに始まった。


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 ふと思う、凛は第4次で時臣がやってたこと&言ってたこと(主に雁夜さんに)をしったら、幻滅するんじゃなかろうか。ちなみに私の中での第4次マスター評価は
 ウェイバー>雁夜>>>>言峰>雨竜>>切嗣>ケイネス>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>>>時臣
 です。何気に低いな切嗣。

 次回は、ずっとセイバーのターン! です。



[20025] Fate 第三十四話 王と騎士
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/05 15:41
Fate (12日目)


第三十四話    王と騎士







 遠坂邸の中庭に群がっていた竜牙兵を駆逐した剣の主従は、その中心に立つ黒い霧を纏った存在と対峙していた。


 「久しいなキャスター、こうして対峙するのは一週間ぶりとなるか」


 「ええ、そのくらいになるかしらね。貴女によって破壊された神殿の再建には苦労したのよ、最も、今となっては関係ないことだけれど」


 魔術師のサーヴァントは妖艶に笑う。

 それは、必勝の策を持つが故の余裕の笑みのようであり、先がないものが浮かべる悲愴の笑みのようでもある。



 「――――貴様、契約が切れているのか」

 不快感も露にセイバーが問う。


 「ええ、彼は私の主に相応しくなかったわ。だから消えてもらったし、………  消えてしまったわ」


 どこまでも冷たい声で魔女は嗤う。


 それも当然の話、この世界に彼女が温かな声をかけるべき存在はもういないのだから。



 「マスター殺し――――では、貴様のマスターは」


 「とっくに死んだわ。けれど問題なんてないのよセイバー、私達は魂喰いでしょう。魔力の供給源なんてそこら中に溢れている。それに、聖杯さえ手に入れてしまえばそんなことも杞憂となる」


 「そうか、ならば話すことなどない、潔くここで散るがいい」

 白銀の騎士が持つ剣に力が籠る。

 セイバーとキャスターの間に存在する距離は僅かに10メートル。彼女ならば一息で間合いを詰めることが可能な距離である。


 キャスターは一対一ならば最弱のサーヴァント、純粋な力勝負となればアサシンにすら敗れる。


 さらに、セイバーは全サーヴァント中最高の対魔力を持つ。ヘラクレスの“十二の試練”は規格外の鎧であったが、それとは異なる術理によってセイバーは守護されている。

 ヘラクレスの肉体は凛のAランク相当の宝石魔術を防ぐことは出来ないが、アーチャーの投影した干将・莫耶やデュランダルをも弾いた。

 逆に、セイバーの対魔力は凛の宝石魔術すら無効化するが、アゾット剣ですらその命を奪うことが出来る。


 共に一長一短あり、再生を無視し鎧の強度で比較するならば無敵の存在などいない。ある存在を除いては。



 「はああああああああああ!」


 白銀の騎士が疾走を開始する。地を蹴って黒い霧を纏った女魔術師に肉薄するその姿はまさに彗星の如く。


 だが―――


 「――――Aτλασ――――」


 『圧迫(アトラス)』と、神代の魔女が呟いた瞬間、その疾走は停止していた。



 「侮ったようねセイバー。かつて貴女に破られた罠とこれは比較にならない。この指は神代に生きたもの、こんな末世の魔術師に比べれば私の業は魔法のそれでしょう」


 そして、黒いローブから嘲笑が漏れた瞬間―――



 「小賢しい!」

 騎士王が持つ強大な対魔力によって、神代の魔女の奇蹟は霧散していた。


 「そんな――――私の魔術を弾いたですって!?」


 そして、魔女の驚愕など気にもかけず、剣の英霊は魔術師のサーヴァントを己の間合いに収め。



 「なに?」

 不意に、その動きを止めた。このまま突き進めば何か良くないものが返ってくると、その直感が告げていた。


 「貴様――――それは!?」


 咄嗟に身を翻そうとするセイバー、しかし。


 地中から這い出た竜牙兵の腕が、セイバーの両足に絡みつく。



 「くっ!」

 そして、思わぬ伏兵に僅かに彼女の気が逸れた瞬間。


 「予知直感まで持っているとは予想外だったけど、これで詰みねセイバー!」

 キャスターの黒いローブから刃物が飛び出る。


 それは、おかしな形の短刀だった。

 細く、脆く、およそ人を殺すには不適切な刃物。

 しかし、セイバーはそれを嫌悪し、キャスターは勝機とばかりに振りかぶる。


 「セイバー!」

 危機を察した主の声も虚しく、セイバーは振り下ろされる短刀を弾くこともせず、呆然とそれを受け入れ――――





 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」




 ――る義理などあるはずも無く。竜の咆哮が轟いた。



 まさしく、そのような短刀など、“弾くまでもない”といわんばかりの咆哮は、ただそれだけで魔を孕み、騎士王の足に絡みついた骨を砕き飛ばすと同時に、魔女の身体を遙か遠くへ吹き飛ばす。



 「何――――ですって!」

 アーサー王が体内に宿す竜の因子、それ故にその魔力回路は“魔力炉心”となり、ヘラクレスとすら打ち合うことを可能とする膨大な魔力を紡ぎだす。


 ならば、それを咆哮に乗せて解き放つだけで、下級のゴーレム風情は砕かれ、碌に戦闘訓練も受けていない素人などが吹き飛ばされるのは当然の帰結である。


 それはすなわち、“威”の発露に他ならない。戦闘者が持つ殺気、戦意、闘志、それらをまとめて叩きつけるだけで既に物理的な破壊力を帯びる程に。


 「侮るなキャスター。騎士たるもの、魔術師の姦計を正面から粉砕してこそ勝利が栄える。罠を恐れて踏み込めぬ者は臆病者、罠を警戒し背後から襲うような者は卑怯者と呼ばれる。だが、困難な状況を覆すからこそ、我等は騎士と呼ばれるのだ」

 それが、彼女の騎士王たる由縁。

 アーサー王は最強の王であり、何びとにもそれを正面から破ることは叶わない。

 故に、多くの知恵者が策略を持ってして王の抹殺を試みた。だが、それらは悉く失敗に終わり、騎士王は十二の会戦を勝ち抜き、カムランの丘に至るまで不敗不滅で在り続けたのだ。



 「そして、貴様の宝具―――――確かにそれに触れることは我等サーヴァントにとって鬼門であろう。だが、それがどうした?」

 白銀の騎士の剣に力が籠る。


 「貴様如き魔術師風情が短剣などを握ったところで、中てられなければ意味などない。この身に中てることを願うならば、ランサー以上の技量を示すがいい」

 アイルランドの光の御子、クーフーリンですら騎士王に傷を与えることは叶わなかった。

 こと白兵戦においてはセイバーに勝ることは容易ではない、アーチャーならば守勢に徹してすら追い込まれ、ランサーですら“刺し穿つ死棘の槍”を使わねば彼女を穿つことは出来ない。


 そして


「騎士たるこの身であっても、離れた敵を攻撃できぬわけではないのだぞ?」


 聖なる宝剣を守っていた超高圧縮の気圧の束が、不可視のとばりという縛りから解き放たれる。



 風王鉄鎚(ストライク・エア)



 竜の咆哮たる騎士王の魔力が聖剣の纏う風に宿り、今まさに敵を殲滅せんと牙を磨ぐ。


 遠距離攻撃が可能なのはキャスターのみではない、いや、三騎士のクラスの該当するものならば誰でもその程度は備えている。

 ランサーならばその投擲は究極の一撃となり、アーチャーはそも遠距離攻撃こそが最大の要。

 バーサーカーの唯一の欠点は広範囲を攻撃する遠距離攻撃を持たないことであったが、それを必要としない程の圧倒的破壊能力と防御力を彼の大英雄は備えていた。



 それらに比べ、山門を守るアサシンは確かに魔人であり、技能のみで宝具の域に達した埒外の存在ではあった。


 しかし、その強みを発揮できるのは防戦に限られ、かつ、柳洞寺という地形がなければその力も半減する。


 そしてその特性はキャスターにも同じことが言え、陣地作成という能力を持つが故に守勢には強いが攻勢に向かない。そして、戦況の変化に対応する適応力に欠けている。


 特化技能は型に嵌れば最強だが、バトルロイヤルを勝ち抜くには汎用性が必須となる。故にこそ、セイバーは最優のサーヴァントと呼ばれる。


 基本が強い万能型はいかなる敵にも対応できる。力が及ばなければ器用貧乏になり下がるが、水準を大きく超える力があれば格下の追従を許さない。そして、その真価は特化型と組んだ時に最高の形を成す。


 セイバーは最速の英霊であるランサーと対等に渡り合うことが可能であり、最強の力を誇るバーサーカーを抑えることも出来る。彼女が前戦で戦うならば、アーチャーは後方からの狙撃に専念でき、自身の本領を発揮できる。



 故に



 「――――Mαρδοξ――――」


 セイバーの風王鉄鎚(ストライク・エア)を前に、キャスターは咄嗟に腕を上げ、高速神言によって神代の軌跡を紡ぎあげる。


 『盾(アルゴス)』の概念、ガラスのように張られた膜はバーサーカーの肉体にも匹敵する強度を持ち、今まさに迫りくる脅威を防がんとその意義を発揮する刹那。





 遙か数キロ先の後方より飛来し、音速の10倍近い速度を有する最速の魔弾によって、その首を完全に破壊されていた。






■■―――――――――――■■




 彼は、その瞬間を待っていた。

 
 遠坂邸を狙える狙撃位置に座した彼は、ただひたすらその時を待ち続けた。


 比喩ではなく微塵も動かず、呼吸すら止めた状態でその瞬間を待っていた。その不動心、極限級に徹底した待ちの姿勢。


 それこそが狙撃手(スナイパー)であり、鋼の意思を持つ英霊エミヤの本領発揮の瞬間である。


 そう、騎士王が前戦で戦うならば、特化技能を持つ味方はその異能を十全に発揮できる。かつてキャメロットに集った円卓の騎士達がまさにそうであったように。

 各々が得意とする領域にかけては王すらも凌駕する無双の騎士の集団、しかし、その中にあってなおアーサー王が王として君臨したのは“全ての面”にかけて王を凌ぐ存在がいなかったがため。


 “湖の騎士”は戦闘能力に関してならば王と対等か、下手すれば上回ったが、彼は王の器ではなかった。


 王とは、騎士を率いて戦う者。一人の戦闘者としての能力と指揮官としての能力は別物であり、カリスマのスキルはその具現と言える。


 そして、なみいる英雄を従え、その力を発揮させることに関してならば最上は征服王イスカンダルであり、騎士王アルトリアはそれに次ぐ。

 英雄王ギルガメッシュのカリスマは配下の能力を発揮させるものではなく、ただ己がためのもの。ランクとしては最高であるが、それ故に意味がない代物である。



 そして今、



 騎士王と主に戦う赤い騎士は、円卓の王のカリスマの下、狙撃手としての本領を発揮しようとしている。これこそが、王と騎士のあるべき姿。

 互いに信頼し合い、背中を預け、力を合わせて戦ったとき、大英雄すらも打倒しうる最高の強さを得る。



 ならば、主を失った放浪の魔術師がそれに抗うことなど出来る筈もなく。



 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」


 彼は投影した宝具を矢として使用する錬鉄の英雄。


 主の屋敷を犯した魔術師に死を与えんと狙う鏃の名は『赤原猟犬(フルンディング)』


 限界まで引き絞った弓は、来たるその瞬間を捉えるべく魔力を矢に充填していく。


 ならば後はタイミング、キャスターが魔術を発動する前ではいけない、セイバーが風王鉄鎚(ストライク・エア)を発動した後でもいけない。


 騎士王が魔術師に鉄鎚を下さんとその剣を振り上げ、魔女がそれを防ぐべく“盾”を展開した瞬間。その時こそが――――



 「騎士王よ、その直感、信頼するぞ」


 彼の全力の矢がキャスターを貫き、それを察知した騎士王が風王鉄鎚でもって弾き返す。射手が狙い続け限り赤原猟犬(フルンディング)は標的を襲い続けるが、その標的が既に消滅していれば遠坂邸に一切被害を出さず、キャスターのみを仕留めた後、矢はその意義を全うし、二度と旋回することはない。

 簡単に要約すれば、”ナイスバッティング! セイバー!”といったところか。


 事前の相談など一切なく、セイバーの直感と判断力を頼みにした作戦であり、まともな思考をしていては取りようもない愚挙。


 だが、英雄には英雄の理論がある。共に戦い、あのヘラクレスを打倒した両者は、既に無想の域で互いの戦術を一致させることを可能としていた。







■■―――――――――――■■




 「!?」


 聖剣を構え、今まさに竜の咆哮を叩きつけようとした瞬間、騎士王はその存在を察知した。


 大英雄ヘラクレスとの戦いにおいて、幾度となく彼女を救った鋼の魔弾。その射手と、卓越した戦術眼を彼女もまた信頼していたのだ。


 ≪アーチャー、そうか!≫

 そして、0.1秒に満たない刹那に彼女は全てを悟り、



 「野郎! 相談くらいしやがれ!」

 彼女の主もまた、その狙撃手の存在を察知していた。こと、赤い騎士がどのような無茶するかに関してならば、彼こそが一番知る人物であるのだ。



 その一体感を、彼女は例えようもない幸福のように感じていた。


 かつて、祖国のために戦場を駆け抜け、部下達と共にあった時ですら、これほどの連繋はなかった。


 だが、今ここにある絆は紛れもない本物である。自分は王ではなく、彼らは王国の騎士ではないが、それでも戦いが結んだ絆がある。



 ≪彼らの為に命を懸けて戦えるなら、それは何と幸せな――――≫



 その想いを、彼女の下で戦った騎士達も持っていたことを、未だ彼女は気付かない。


 彼らは王のため、祖国のため、そして友のために殉じた。ならば、その結末に後悔などあり得ず、自らの王を誇って逝くだけであるというのに。


 元来騎士とはそういうものであり、だからこそ民草とは異なる特権を持つ。


 だが、騎士王ではなく、アルトリアという一人の少女は、それを許容することが出来なかった。誰よりも優しく、誰よりも祖国を愛していたが故に、その結末を許せなかったのだ。




 されど、



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 今この場にいるのはサーヴァント・セイバー。


 主のために剣を取り、友の戦術を即座に理解し、自らの役割を忠実に果たす一人の騎士が戦場に立っている。


 戦場に女子供の泣き言は無用。アルトリアの意思は必要なく、ただ誇り高き騎士王の戦意があればよい。



 キャスターの首を破壊した赤原猟犬(フルンディング)を、風王鉄鎚(ストライク・エア)が弾き返す。荒ぶる魔力の暴風は騎士王の統率力によって完全に制御され、一切の破壊を遠坂邸にもたらすことはなく、破滅の矢を上空に飛ばす。


 そして――――



 「壊れし幻想(ブロークンファンタズム)」


 遙か彼方においてその声が放たれた瞬間、遠坂邸上空において、魔力の閃火が煌いた。








■■―――――――――――■■



 ≪最後のはちょっとした演出だが、悪くはあるまい?≫


 ≪そうね、勝利の号砲には相応しいくらいよ。これで、キャスターが消滅したことは奴らも察したに違いないわ≫


 役目を果たした赤原猟犬(フルンディング)を爆発させる必要は本来なく、ただ消滅させれば済む話であった。

 だが、一度魔力を込めて投影した以上はその魔力が還元されることはない。ならば、これを宣戦布告として利用するのが遠坂の流儀というもの。



 『キャスターは我等が打倒した、残るはお前らだけだ』



 つまり、それを告げる信号弾ということである。



 ≪キャスターも消滅し、残るは教会のランサーのみ、聖杯戦争もいよいよ終幕が近い≫


 ≪今の戦闘で魔力の消費は一割程度、明日の昼までには回復してるし、セイバーもその頃には万全体制ね≫


 ≪そして、向こうも然りだ。ランサーはそもそも無傷に近く、あの女もそろそろ復帰していよう。両陣営ともに万全で決戦に臨むこととなるな≫


 セイバー、衛宮士郎、アーチャー、遠坂凛。


 ランサー、櫻井螢、言峰綺礼。


 その全てが万全であり、後は決戦を待つばかり。



 しかし、この冬木にはそれ以外にも勢力が存在する。



 黄金の王と黄金の代行



 英雄王ギルガメッシュと、聖餐杯、クリストフ・ローエングリーン。


 この両者の行動が戦争にどのような結末をもたらすか。






 終幕は――――近い。




======================================

 中盤戦終了。残りはVSランサー&螢、そして最終決戦のみ。一応ラスボスは聖餐杯の予定ではあります。





[20025] Fate 第三十五話 決戦の狼煙
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/06 10:01
 
Fate (13日目)


第三十五話    決戦の狼煙





 聖餐杯、クリストフ・ローエングリーンは遠坂邸の上空で起こる爆発を見上げていた。


 彼は聖堂教会のスタッフを指揮し、柳洞寺を失ったキャスターの足取りを追っていたが、その途中での出来事である。


 既にライダー、バーサーカー、アサシンが消滅した冬木、スワスチカも新都の公園、穂群原学園、大型遊戯施設、海浜公園、センタービルの五か所が開いている。


 聖杯戦争はいよいよ終盤戦になだれ込む直前であり、既に役割を終えたキャスターを彼は己の手で始末する予定であった。


 クリストフ・ローエングリーンが聖遺物、黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)はありとあらゆる攻撃を無効化し、彼は素手でサーヴァントや黒円卓の騎士を仕留めることが可能。


 ならば、キャスターにとって聖餐杯は鬼門中の鬼門。自らの魔術は何一つ効果なく、純粋な戦技においても劣っている。


 故にこそ聖餐杯はキャスターを追っていた。可能ならば教会で仕留めたいところではあったが、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎があれば残りのスワスチカを開くには事足りる。わざわざキャスターにこだわる必要もない。


 だが、


 「第六が開いた。これは予想外の展開ですね」

 聖餐杯は、キャスターとそのマスターの絆を知らない。葛木宗一郎が死んだ世界に一人で生きれる程、彼女は強い女性ではなかった。

 守勢に徹し、暗躍を続けた魔女が、遠坂の本陣を襲撃するなど考えられる事態ではなく、彼の計画は修正を余儀なくされる。


 「遠坂邸でアーチャー、教会でランサー、そして柳洞寺にてセイバーをと考えていましたが。むしろ手間が省けたと見るべきですかね」


 こうなった以上、残るは決戦しかあり得ない。

 遠坂邸のスワスチカが開いた以上、彼らは間違いなく拠点を移す。スワスチカの上に陣取っていても悪影響しかない。

 そうなったところで、彼らがイリヤスフィールを確保している以上こちらから攻めるしか道はないのだが………



 「それは向こうも同じこと、ランサーが健在である限り聖杯戦争は終わらない。柳洞寺が空となった今、陣取り合戦も然程の意味を持ち合わせず、最高の霊地がガラ空きとなっている」


 四騎ものサーヴァントが捧げられたが、未だ完成には到らない。

 少なくとも、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士の一角が欠けない限り、聖杯が顕現することはあり得ないだろう。


 不完全な形であればそれも可能であろうが、そのようなものを望む者などいる筈もない。



 「であれば、後は決戦あるのみ。そろそろ聖杯戦争の黒幕にも気付き始める頃でしょうし、茶番劇はここまで」


 ことここに至れば方策は一つ。


 「ランサー、レオンハルト、貴方達の見せ場です。存分に奮うがよろしかろう、冬木の聖杯は、流血によってのみもたらされる。くく、ははは」


 聖餐杯は笑いながら夜の街に消える。


 冬木の街に生気はなく、不気味な気配のみが漂っている。


 だが、大聖杯の座する円蔵山が鳴動しているのは果たして錯覚なのだろうか。


 “この世全ての悪”は、胎盤にて肥え太りながら、産声を上げるその時を待ち続ける。


 そして





 「終わりは近い、答えは出るのか、それとも――――」


 神に仕える悪もまた、その瞬間を待ち望む。



 最終戦争の狼煙は、ここに上がった。








■■―――――――――――■■





 朝の衛宮邸、遠坂邸から陣地を移した彼らは、今後の方針について語り合っている。


 イリヤとアーチャーが予測したように、キャスターの死に伴って遠坂邸には名状しがたい魔力が立ちこめ、それによってイリヤの具合が悪くなったため、元の拠点である衛宮邸に本拠を置くこととなった。


 しかし、ことここに至り語ることはほとんどない。なぜなら、残る敵勢力はただ一つしかあり得ないのだから。



 「いよいよ聖杯戦争も終わりが近い、それは十分過ぎるほど分かっていると思うけど、あえて確認するわ」


 そして、いつものように取り仕切るのは遠坂凛、この立ち位置は最初から変わらない。


 「残る敵はランサー一人。レオンハルトはサーヴァントじゃないから聖杯戦争の勝利条件には該当しない。つまり、ランサーさえ倒せば私達の勝利は決定することになるんだけど」


 「ですが凛、ランサーのマスターが教会の神父というのは間違いないのですか?」


 セイバーは言峰綺礼を知っている。そして、前回の聖杯戦争で衛宮切嗣が最も警戒していた相手であることも。


 「それしかあり得ない。ランサーのマスターは常にこちらの裏をかいてきた、監督役でもなきゃそこまでの情報は集められないし、何より、レオンハルトがあそこまで自由に動けるはずがない。多分、教会を拠点にしてるんでしょうね」


 「あいつが、ランサーのマスターか」

 士郎にも驚きはあるが、それをあり得ないとは不思議に思わなかった。


 「ですが、そうなれば事態は分かりやすくなります」


 「でしょうね、ランサーの性格を考えれば間違いなく正面決戦しかあり得ないし、レオンハルトにしても直情型だから最後は正面から来るでしょ、却ってマスターの方が厄介と見るべきね」


 「遠坂、あいつは強いのか?」


 「代行者をやってるくらいだから少なくともあんたよりは強いでしょうし、正直、私だけでも勝てない。けど、私とあんたなら話は別」


 それはつまり、衛宮士郎が前衛で、遠坂凛が後衛という戦闘スタイル。

 言峰綺礼は戦闘者としては一流だが、対魔力を持っているわけではなく、凛の宝石魔術を叩き込めば勝負は決まる。


 「ってことは、ランサーの相手はセイバーかアーチャー、レオンハルトの相手を残った方がやって、俺達は言峰と戦う。そういうことだな」


 「構図としては非常に分かりやすくていいし、聖杯戦争の最終決戦としては申し分ない。けど、あの性悪神父がそんなガチンコ対決をやるかどうかが問題よ」


 重ねて言うが、遠坂凛は言峰綺礼の“全く信用できない”という部分を信頼している。

 もし向こうから決戦を申し込まれれば、同時に後ろから攻められることを覚悟するべきと彼女は認識していた。



 そして、彼らが決戦に向けての方針を固めていることを知るかのように――――




 魔力の波動が、冬木全体に響き渡った




 「これは!」

 そして、セイバーは誰よりも早くその意味を察していた。第四次聖杯戦争の最終戦において、これと全く同じ狼煙が上げられたことを彼女が忘れるはずもない。


 「士郎、教会の方を見てみなさい」


 「あれは――――色違いの光で、四と七、“達成”と“勝利”。これってつまり」


 「宣戦布告の狼煙ってわけね、全く、狙い澄ましたようなタイミングだわ」









■■―――――――――――■■





 同刻、教会においても最後の会議が行われている。



 「さて、いよいよ聖杯戦争も終着駅にたどり着いたようです。ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーが消滅し、残るサーヴァントは三騎士クラスのみ。貴方にとっては最高の状況でしょう」


 「まあな、何の気兼ねもなくあいつらとやり合えるなら、これ以上のことはない」


 ランサーはセイバーと二度、アーチャーとは三度矛を交えている。


 だが、宝具の開放は一度もなく、決着は先延ばしにしてきたが、ついにその決着がつく時がきた。


 「無論、貴女にも働いてもらいます、レオンハルト」


 「心得ています。私の相手は――――」


 「セイバーだろうな、手前が何かを学べるとしたら、それはアーチャーじゃねえ」

 ランサーは螢の戦闘スタイルだけでなく、その精神的傾向を理解している。


 それ故に分かる。彼女とアーチャーは対極に位置し、その戦闘技能を学ぶことは不可能であると。


 だが、セイバーは戦闘スタイルもその気質も螢に近い部分があり、なおかつ、戦士としての経験は遙かに凌駕している。ならば、学べることもあるだろう。


 「最も、また生き残ることが前提だがな、死んじまったら経験もくそもねえ」


 「分かってるわ、私の役目は足止め。貴方がアーチャーを打倒して、セイバーと戦うまで彼女を釘づけにしておくことね」


 「ほう、ようやく戦闘の嗜み方ってもんが分かってきたようだな」


 二人は笑い合う。螢がこの聖杯戦争で得た最大の戦果は、間違いなく彼との絆であろう。


 「では、サーヴァントは貴方達に任せます。私は聖杯を獲得し、完全なる勝利を目指すことといたしましょう」


 クリストフ・ローエングリーンが聖杯を求めて出陣する。これが決戦である以上、暫定指揮官である彼もまた戦場に馳せ参じる。


 「だとしたら、エセ神父一号は何をすんだ?」


 「さあ、そこまでは分かりかねます。私が彼より預かった指揮権も此度の決戦までのことであり、今の私は一介の騎士に過ぎません」


 「騎士ねえ、手前ほどその言葉が似合わねえ存在も珍しいな」


 「猊下、言峰綺礼は何を企んでいるのです?」

 一応ランサーのマスターは言峰綺礼なのだが、螢はそのようなことを微塵も考慮していない。

 いやむしろ、ランサーのマスターはバゼット・フラガ・マクレミッツであると彼女は認識している。彼は傷を負ったマスターの代わりに戦地に留まり、戦い続けているのだと。


 その彼女をバビロン・マグダレラの下に送り届けたのは他ならぬ彼女であり、実は昨日目を覚ましたらしく、電話で会話もしている。


 『申し訳ありません、ランサー』


 『まあ、こっちのことは気にせず養生することだ。俺も俺でそれなりにやってるからよ』


 ランサーとバゼットの会話を螢は少しだけ聞いていたが、なんとなく、自分とバゼットは似たもの同士なのではないかと感じていた。



 「企む、というよりも初志貫徹といったところでしょう。彼は聖杯戦争の監督役であり見届け役。聖杯を得るに相応しいマスターを見極めることこそが務め、それに準ずるだけと思いますが」

 「ってことは何か、エセ神父一号はマスターとしては戦わねえってことか」


 「おそらくは、その辺りは私が代行いたします。令呪こそありませんが、貴方のマスターは私と思って行動されても問題ないでしょう」

 だが、まさに大差ない、目糞が鼻糞に変わったようなものである。


 「なるほど、じゃあ一言だけ言っておく、俺達の戦いを邪魔はするな。その時は我が魔槍が貴様の心臓を貫くものと心得ろ」


 「心得ましょう。もっとも、私の望みは貴方が死のうと生きようとあまり変わりませんので、利害関係がぶつかることもないでしょうが」


 そう、教会を第七のスワスチカとするさえ叶えば、彼が生きようとも死のうとも関係ない。


 彼が望むのは“ラインの黄金”であり、英霊の魂が必要なのではない。要は黄金の奇蹟とそれの動力となる魔力さえあればよいのだ。


 イリヤスフィール確保し、柳洞寺で祭壇を築けば生き残ったサーヴァントは間違いなく集まってくる。後は、彼が全て行えばよい。



 「しかし猊下、彼らが誘いに乗らなかった場合は?」


 「確かに、マスターが来ないということはあり得ますが、少なくともサーヴァントは来るでしょう。ランサーが戦いを望んでいることは彼らも承知しており、ならばこそこの機会を逃すはずもない」


 聖餐杯はあらゆる可能性を考慮しており、全てのパターンに応じた行動を決定している。


 だが、それは螢には知らされておらず、それ故に彼女には不安が残るのだが―――


 「まあ、細かいことは俺達が考える必要はねえ。攻めてくるセイバーとアーチャーをここで迎え撃つ、それだけでいい」


 アイルランドの大英雄は、どこまでも豪放に構えていた。


 「そうね、その通りだわ。私達は戦士、その使命を全うすることにしましょう」

 そして、炎の少女も恐れを振り払い、戦場に臨む戦士として闘志を滾らせる。



 「では、決戦までは自由行動と致しましょう。私のほうは気にする必要はありませんので、貴方達は決戦に備えていてください」


 「元々手前のことなんて気にしてねえよ」


 「はい、一切気にしません」


 こと、それに関しては見事に意見が一致した。










■■―――――――――――■■



 夕刻、衛宮邸にて決戦前の晩餐の準備が行われている。


 当初は普通に当番である士郎が料理を作ろうとしたのだが。



 “多分これで最後、だったら、気合いを入れていくわよ”



 という凛の一言によって、いつの間にやら料理対決の様相を呈し始めていた。


 ちなみに、大量の食材の買い出しを担当したのはセイバーである。彼女は料理要因ではないことと、やはりマスターの単独行動は危険であるため彼女が買い出し要員となるのもある意味当然の帰結であった。


 そして、彼女が買い込んできた食材によって二人はそれぞれの得意料理の作成に入ったのだが―――



 「ふ、衛宮士郎、このような体たらくな代物を出陣前の王と騎士に食わせるつもりか、貴様は兵站輜重の何たるかを分かっていない」


 という言葉と同時に参戦した赤い騎士によって、三つ巴の様相を見せ始めた。


 「ちょっとアーチャー、それは私に対する挑戦と見てもいいのかしら?」


 「そうとってもらって構わん。何しろ、“全命令絶対服従”などという令呪の刻まれた身だ。これが私に出来る精一杯の反逆というわけだ」

 皮肉を言いながらもその手は淀みなく動き続け、料理の下ごしらえを凄まじい錬度で行っていく。



 「く、あんたっ」


 「どうした凛、君の屋敷の掃除、炊事、整理整頓を行ったのは一体誰だと思っている?」


 「凛、貴女はサーヴァントにそんなことをやらせていたのですか………」


 「しかも、“全命令絶対服従”って、そんな命令に令呪を使ったのは間違いなく遠坂だけだろうな」


 剣の主従の指摘は実に冷静かつ正確だった。


 「ちょっとあんた! バラしてんじゃないわよ!」


 「怒り狂っている暇などないぞ凛、そんなことよりも食材の焼け具合を心配することだ」



 まあ、そんな一幕もあったが、何はともあれ御馳走の山が出来あがることとなった。


 料理対決の審判を務めるのはセイバー、料理に関する彼女の情熱を知る調理人達は主への贔屓を懸念することはなかった。



 そして――――



 「見たか衛宮士郎、これが歴戦の兵と経験の浅い小僧との間にある絶対的な差だ」


 と、実に堂々としょうもないことを誇る錬鉄の英雄が衛宮邸で目撃されることとなる。



 余談だが、自らも参戦することで士郎と凛を料理対決に熱中させ、その隙にイリヤ用の病人食を密かに作成し、イリヤに食べさせてくれるようセイバーに依頼したのもアーチャーである。


 姉のために料理を作る。その目的を完全に隠し、かつ、二人の挑戦者をも粉砕する。



 錬鉄の英雄の心眼(真)は、そんなところでも遺憾なく発揮されているようである。


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 やっぱりこのSSのヒロインはイリヤ。そして主人公はアーチャー。おい、どこいったんだ冬木のツァラトゥストラ。ま、彼も元は同じだからいいか(こら)。ほんとうに、完全にアーチャーが主人公になってしまった……

 今回不遇なライダーとキャスター。彼女たちが活躍できなかったのには理由があります。なにせ、黒円卓の連中は『物分りが良いとダメ』な術式を有した、精神が天元突破したヤツらで、その大元が水銀ですから、物分りがいい、おとなしい性格の彼女たちではちょっと……
 早い話が、彼女たちでは中二力が足りなかったのです。

追記 バゼットさんについて
彼女は、リザの提案で、改竄された記憶を植え付けられてます。もちろん、魔女の秘薬で。キャスターによって重症を受けて、ランサーの要請で教会に保護された、という具合に、彼女が今一番苦労しているのは、教会にいる電波な少女への対応の仕方。



[20025] Fate 第三十六話 破滅への鎮魂歌
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/06 07:28



 
Fate (13日目)


第三十六話    破滅への鎮魂歌




 冬木は新都に存在する丘の上の教会。


 そこには人払いの結界が敷設されているが罠と呼べるものはなく、さながら古代の決戦場を思わせる。


 時刻は未だ8時を過ぎたほどだが、不思議なほどの街には活気がない。まるで、人々の営みが夜に喰われたとでも言わんばかりに。


 そして、そこに佇む二人の戦士は――――



 「で、勝算はあるのか?」


 「あるわ、最も、成功確率は低いけど」


 いつものように、会話を交わしていた。

 戦士とはそういうもの、昨日の味方と殺し合い、明日の敵と笑い合う。 セイバーやアーチャーとですら、この男は酒を酌み交わそうとするだろう。


 「バーサーカーとの戦いでは随分と罠を仕込んでたようだが、そういうのは今回はなしか」


 「ええ、仮に敷設したところでアーチャーに看破されて破壊されるだけでしょうし、貴方だって、余分な要素が加わるのは本意じゃないでしょう?」


 その言葉に青い槍兵は笑う。


 「はっ、嬢ちゃんに気を使われるほどまだ耄碌してねえよこっちは」


 「そう言うと思ったわ、けど、セイバーが相手ならそう思ってくれた方がやりやすい」


 騎士王は正々堂々とした戦いを好む、いや、それ以外の戦いを彼女がとることはない。


 ならば、こちらが正々堂々とぶつかれば、騎士王もまた正面から応じる。それこそが敵の戦術の幅を狭めることに繋がるのだ。


 「なるほど、だが、セイバーに正面から挑むってのは賭けになるぞ」


 「構わない、そもそも、賭けをせずに勝利を収めようなんて虫のいい話はないでしょう」


 「ああ、そりゃそうだ」


 ならば、やることは一つ、互いに全力をもって敵を打倒するのみ。


 「俺は今回一切遠慮しねえ、最初から全開でいく」


 「こっちは逆ね、ここぞという時以外、創造は使わない。あれは諸刃の刃だから」


 創造位階の緋々色金とセイバーの聖剣がぶつかれば、高確率で砕かれることになる。彼女の内面に秘める炎を具現すると同時に、合わせ持つ脆さを露呈することになる創造位階はまさに切り札なのだ。


 「さて、お客さんがそろそろ来るな」

 サーヴァントとしての知覚が、戦いが近いことを告げている。

 教会に向かう二騎のサーヴァントの存在を、クー・フーリンは確かに補足していた。


 「極上のお客さまね、相応のもてなしをしないと怒られそうだわ」

 そして、それを受けて櫻井螢もまた臨戦態勢に入る。



 「形成」

 具現する炎の剣、彼女の聖遺物であり、櫻井の一族に伝わる特殊な金属によって作られた一族の秘伝ともいえる、古刀の形状を成す浄化の剣。


 炎は穢れを払う、ならばこそ、戦闘に余分な雑念もまた炎と共に滅却するのだ。



 「さあて、いくぜ相棒」

 青き槍兵もまた、己の獲物を構える。



 ゲイボルク



 影の国の魔女スカサハより授かった魔の槍であり、最も優れた戦士に贈られる誉れ。


 彼の親友の命を奪い、彼の息子の命を奪い、そして、彼自身の命をも奪った呪いの槍であり、誇りの槍。



 「この身が求めるは英雄に相応しき戦いのみ、期待してるぜ、アーチャー」


 それは信頼に似て、殺意を孕む。

 戦場で相対する兵が共有するその感情こそが、価値観が日常と何もかも乖離した戦いの場において、唯一真実といえる至高の光。


 その閃光の輝きを求めるが故に、数多の英雄は戦場に臨み火花を散らした。


 彼もまたその一人であり、その生涯を駿馬の如く駆け抜けたアイルランドの大英雄。


 英雄が対等と認める敵手に送る最大の賛辞とは、すなわち全力でもって打倒することに他ならない。




 誇りをかけた英雄の戦いが、今まさに開始されようとしている。














■■―――――――――――■■




 新都に続く橋を、二騎の英雄が駆け抜ける。


 剣の騎士と弓の騎士。


 聖杯戦争において特に強力であると称される三騎士のうちの二つが、今肩を並べて戦場へと疾走する。


 今宵の戦いに、マスターは参陣していない。イリヤスフィールとの決戦と異なり、ランサーのマスターが正々堂々とした戦法をとるとは考えられず、聖杯の担い手を一人で残すわけにはいかなかった。


 そして、例えマスターが予想外の敵に襲われたとしても、令呪さえあれば即座に召喚することも可能となる。だからこそ彼らは後顧の憂い無く先陣で戦うことが出来るのだ。



 「セイバー、感じるか?」


 「ええ、街の空気は明らかにおかしい。まだ交通がなくなる時間帯ではないというのに、大橋に自動車が一つも通っていない」


 それはあまりにも異常、にもかかわらず、街に住む人間は誰もその異常を知覚していない。


 まるで、全ての人間が悪い夢でも見ているかのように、冬木は闇の幻惑の中にあった。



 「間違いなく、聖杯の顕現に連動しているものと考えられるが、君が体験したという前回においてもこうだったのか?」


 「―――――断言は出来ませんが、確かに空気はおかしかった。ですが、今回の異常は前回を上回る」


 “この世全ての悪”が大聖杯に宿ったのは第三次聖杯戦争。


 第四次聖杯戦争において、五騎ものサーヴァントが聖杯に捧げられたことで顕現したそれは、衛宮切嗣の令呪によって発動したセイバーの“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”によって切り裂かれた。


 だが、それは“孔”を裂いたに過ぎず、“この世全ての悪(アンリマユ)”本体は未だに大聖杯の内部で成長を続けており、10年の時を経て、より強大になりつつあった。



 加えて、既に四騎のサーヴァントが聖杯に捧げられており、聖杯の降臨は近い。ならば、“この世全ての悪”が孕む闇が冬木を覆うのもまた当然の理であった。



 「なるほど、ならば問いたい。このような異常現象を引き起こす聖杯とは、真に万能の杯なるものだと思うか?」


 「それは―――」
 
 彼女とて、全く考えなかったわけではない。

 前回の聖杯戦争において、なぜ衛宮切嗣は聖杯を破壊したのか、いくら考えても答えは出ないが、仮説を立てる程度は出来る。

 この世から戦争をなくしたいと願った彼が、聖杯を破壊した。それはつまり――――



 「もし―――――聖杯が奇蹟の杯ではなく、邪なる目的のために作られたものだとすれば、私はそれを認めることは出来ない。いやそもそも、そのような紛い物では私の望みは叶わない。私が求めるものは真の聖杯なのだから」


 聖杯が、彼女の望む奇蹟を叶え得るものでないのならば、それを破壊することに躊躇はない。


 それが、騎士王の答えであった。



 「なるほど、私も似たようなものだ。そもそも私の願いは聖杯に託すものというよりも自分で叶えるものでな、聖杯を得ることはその過程に過ぎん。そして、それが魔に属するような紛い物であれば、即座に破壊すべきだろう」


 そんな赤い騎士の相槌に彼女は、


 「ふふ、まるで貴方はかのイスカンダルのようですよ」

 何の気負いもない、純粋な笑みを浮かべていた。


 「ほう、征服王と私が似ていると?」


 「気質は全く異なるのですが、聖杯に望みを託すのではなく、その過程に過ぎないという部分が似ているのです。彼とは敵対していましたが、不思議と憎めない存在でした。あるサーヴァント戦う時には共闘したこともあったほどです」

 彼女にとって、第四次聖杯戦争は辛い記憶ばかりであり、滅多にそのことについて語ることはない。


 しかし、今この場で自らの隣を走る赤い騎士にそれを告げたのは、果たして意図したことなのか。



 「敵対しながらも共闘するか。ならば、今の我々はどうなのだろうな」

 そんな、いつもの彼の通りの少し皮肉の籠った問いに。


 「貴方は私の戦友ですよ、それだけは疑いありません」

 気高き騎士王は、ただ本心を返していた。



 「――――――――そうか、それは光栄なことだ」


 その感情を、どう表現するべきか。


 自らが憧れた白銀の騎士、その背中を危ういと感じながらも、目を逸らすことが出来なかった美しき騎士王。


 その存在に、戦友であると認められた。サーヴァントとマスターとしての絆ではなく、ただ共に戦場に馳せ参じる兵として。



 「私にとってシロウは最高のマスターですが、貴方や凛と共に戦えたことはそれに勝るとも劣らない名誉であると私は感じています」


 「それは早計だなセイバー、共に戦うことが名誉ではない。共に戦い、勝ってこそだろう」


 「ふっ、確かに」


 新都を駆ける二人の騎士は笑い合う。


 これもまた一つの信頼の形。共に主に忠誠を誓っており、主を最高のマスターと認めている。


 だからこそ、彼らは共に戦うことが出来る。衛宮士郎と遠坂凛が共に戦うように、サーヴァントであるセイバーとアーチャーもまた。




 そして、彼らは辿りつく、決戦場となる教会に。





 白銀の鎧に身を包み、聖剣と共にあるブリテンの騎士王


 全身にルーンを刻んだ青き鎧と、赤き魔槍を携えたアイルランドの光の御子


 赤い外套に身を包み、無銘の弓と無限の剣を矢として保有する錬鉄の英雄


 そして、黒きSS服に身を包み、炎の剣を構える現代の魔人




 役者は揃い、後は決戦の火蓋が切られるのを待つばかり







■■―――――――――――■■





 出陣に臨む間際、聖餐杯はある一室を訪れる。


 そこは地下の聖堂から続く地下墓地、だが、墓地であるにも関わらず、そこに生者しかいないという矛盾を孕んだ空間。


 床は湿り、水苔の中を歩くような感覚。そして、強い刺激臭が充満するが、黒円卓の騎士にはそのようなものは刺激足り得ない。彼らは毒ガスの中ですら人と変わらず活動することが出来るのだから。



 彼は進み続け、やがて、その空間に辿りつく。


 闇に眼が慣れるまでもなく、彼はその全てを理解していた。いや、彼ほどにこの状況を理解できる人物もいないであろう。



 そこは―――――ある地獄の具現だった。



 数多の棺が並び、その中に死体が収められている。

 だが、それは死体足り得ず、ぽたりぽたりと、滴り落ちる液体が死体の口に伝わっていく。


 もう何年も開いていないだろう、唇はふやけ、腐り、中には顎の肉が腐乱したモノさえある。


 だが、生きている。死体にしか見えないそれらは、かつてヒトの形をしていたそれらは、今も立派に生きている。


 彼らには頭と胴体しか存在せず、それすらも枯れ木のようにボロボロとなっている。


 その理由は棺にある。彼らは棺に溶接され、棺は彼らから養分を吸い上げている。


 ――――命の流れ。


 魔力、いや、魂に近いものを棺は搾取している。

 少しずつ、少しずつ。

 寄生したモノを殺さぬよう、寄生したモノを生かさぬよう、徐々に徐々に魂を削りながら、英雄王の贄として捧げている。


 そして、すすり泣くような風の音が響く。

 彼らの口から漏れる悲鳴であるが、既にそれは発声器官としての機能を失い、生きながらえるためだけの器官になり果てている。


 それでも、死体は泣き叫んでいた。

 蚊の鳴くような声で、精一杯の絶叫を上げ続ける。



 『ココハ ドコ』


 そう、彼らは訴えていた。

 痛いでもなく、助けてでもなく、彼らは、なぜ自分がこんな場所にいるのか分からないと叫んでいた。



 「哀れな……」

 しみじみと呟きながら、彼は棺の前まで歩く。


 「泣きなさい。貴方達は泣くべきだ。涙の出し方は、一度忘れてしまえば最後、二度と思いだせないものですよ」


 しかし、彼らは答えない、ただ、ここはどこかと叫ぶのみ。


 「実に哀れな……子供の泣き声とは痛ましく、さりとて泣かない子供というものもまたやりきれない。悲しいですね、なんとも心荒む出来事だ」


 そして、彼は語りだす。


 「貴方達、よく聞きなさい。そして、思い出すのです。自分が何者であるか、自分がどのような幸福の中にいたか、今の自分は何なのか」


 彼は語る。第四次聖杯戦争という物語を、その果てにまさに路傍の石の如く打ち捨てられ、さりとて死ぬことも出来ず、地獄で苦しみ続ける子供達に。


 「もし、貴方達の今が、何者かの悪意によって成されたものだとしたならば、なんと致します?」



 「貴方達には何の咎もなく、ただあるがままに与えられるべき幸福の中にいただけだというのに、その純粋なる祈りも願いも踏みにじられ、ただ奪われただけとしたら、なんと致します?」



 「悪魔に売られた子として、英雄王の贄として、ただ奪われ、踏み躙られ、死に続ける。いや、死という安息すら与えられない。死に至る寸前になれば治療され、再び魂の簒奪が始まる。そして貴方達は再び始まり、奪われ、犯され、踏み躙られ続ける」



 「故に、今後も奪われ続け、殺され続けることでしょう。この地獄がこの世にある限り、既にそうなってしまった貴方達は苦しみ続けるより他に道はない」



 「それを――――――――覆したいと思いますか?」


 そうして、長く、そして短い話は終わる。第四次聖杯戦争の数日間を語るよりも、彼らの十年間を語るのは短いどころか一言で済む。


 “苦しみ続けた”


 ただ、それだけ。



 聖餐杯は人を知る。故に、彼の言葉によって子供達は自分を取り戻す。


 かつてあった幸福な風景を、“この世全ての悪”による大災害によって自分達が何を失ったのかを。


 そして今、自分達がどのような地獄にいるのかを。


 「さあ、言いなさい。貴方達は何を望みますか?」


 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』

 『タスケテ』


 そんな、純粋なる哀願を前に。


 「承諾致しました、私が貴方達を救いましょう。そう、貴方達が苦しむ必要などどこにもありません。苦しむのはこの私、私が永劫に苦しみ続ける。故に、貴方達には祝福を与えましょう」


 聖餐杯は、ただ笑みを浮かべて応えた。






 その光景を何と例えるべきか。


 かつて、ベルリンにおいて、これと対極のようであり、全く同質の現象が起こった。


 『思うならば戦え』


 『運命とやらいう収容所(ゲットー)入るのを拒むなら』


 『共に戦え』


 ベルリンの魔天に座し、地を這うもの共を見下ろす“愛すべからざる光(メフィストフェレス)”は、そう呼びかけた。


 『卿ら、何を求める?』


 そして、その問いを前に。


 『勝利を(ジークハイル)』


 『勝利を(ジークハイル)』


 『『『『『『『『『『『『『『『   勝利を我等に与えてくれ(ジークハイル・ヴィクトーリア)  』』』』』』』』』』』』』』』




 数十万を超えるベルリンの生贄達は、一斉に唱和したのだ。


 『承諾した』

 そして、至高天に座する黄金の男はその願いを受け止め、


 『ならば、我が軍団(レギオン)に加わるがいい』

 帝都を貪りつくす大虐殺(ホロコースト)が起こった。




 今、教会に作られたのもまた小さな地獄。


 第二次世界大戦という6000万人を超える死者を出した歴史上最大の地獄、その根源たるベルリンには及ばずとも、それが地獄であるならば、悪魔の祝福はあるだろう。


 彼らは“この世全ての悪”が作り出した地獄から生還しながらも、言峰綺礼という悪魔に捕まり、この閉じた地獄に縛られ続けている。


 ならばこそ――――


 「私の中に来たり、眠るがよろしかろう。次に目を覚ました時は、光があらんことを願いながら」


 彼は黄金の代行、クリストフ・ローエングリーン。


 その器は破壊(ハガル)の君のそれであり、再現するのもまた黄金の奇蹟。


 そして、小虐殺(ホロコースト・レプリカ)が起こる。


 教会の地下祭壇の果てに作られた小さな地獄、その棺の中で苦しみ続けた子供達の魂が、聖餐杯へと吸い込まれていく。


 彼がその身に宿す魂は旅団規模だが、その内容は女子供と老人ばかり。


 万人の区別なく全てを飲み込み、戦う意思のある者を鬣へ、中でも群を抜いた英雄(エインフェリア)を爪牙と変えるグラズヘイム・ヴェルトールには到底及ばずとも、それでも現行の騎士団の中ではカズィクル・ベイに次ぐ魂を備えている。


 「弱者は、救済されねばなりません」

 そう、彼の内に渦巻く魂を、聖餐杯は全て救うつもりなのだ。

 どこまでも、どこまでも、独りで歩き続ける。それこそが、彼の聖道なのだから。


 「そして、奪いし者には、報復を与えねばなりません」


 英雄王ギルガメッシュ


 弱者を顧みることの無い絶対者が、子供達の魂を吸い続けた。彼が“この世全ての悪”によって受肉しているのならば、そんな必要などないであろうに。


 それは許せぬ、ああ、許せることではない。


 黄金の絶対者が、ただの気まぐれのようなもので幼子を苦しめ続けるなど、断じて許してはならない。



 「許せぬ、許さぬ。ええ、決して許せはしませんとも」

 ヴァレリアン・トリファという男が狂い、黄金への変生を願ったその発端。


 彼が愛した十の花、今も魔城に囚われ続ける彼らを救いださねばならない。



 魔城に召し上げられた魂を救うにはここのスワスチカでは不可能。シャンバラの黄金錬成陣とゾーネンキント、もしくはその代替が必要となる。


 しかし、英雄王の贄とされた子供達を救うのならば、ここのスワスチカでもなる。加えて―――


 「英雄王の魂を聖杯にくべ、彼らを蘇らせる、これほど痛快なことがありますか。己以外を全て見下し、弱者の嘆きなど歯牙にもかけない傲慢なる王の魂は、たった十数人の子供を蘇らせるために消費されることとなる。くくく、ははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 聖餐杯は嗤う、嗤い続ける。



 「さあ、それでは参りましょう。“ラインの黄金”をこの手に、この哀れなる幼子達を救済し、我が聖道の最初の足跡と成す」


 聖杯戦争はフィナーレを迎える。今や全ての役者は舞台に上がり、幕が開くのを待つばかり。





 そして――――





 『まったく、まったく、これはまたどうして、彼も私の好みに合うか』



 舞台袖で笑う影は、ただ傍観に徹している。




 冬木を舞台にした壮大なる物語、果たして、恐怖劇(グランギニョル)となるのか、はたまた――――

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 プロローグをモチーフに書きました。だから最後に水銀も登場。これはこのSSを書くにあたって、もっとも書きたかったことの一つです。聖餐杯がこの儀式にかけ情熱が分かる一コマ。



[20025] Fate 第三十七話 呪いの魔槍
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/06 22:43

Fate (13日目)


第三十七話    呪いの魔槍







 教会の敷地内に到着したセイバーとアーチャー、彼らを迎えたのは教会の入り口に在り、そこで獣のように大地に四肢をつくランサーであった。


 その姿は号砲を待つスプリンターのようであり、今まさに獲物を仕留めんとする四足の獣そのものであった。




 青い豹が走る。




 残像さえはるか後方に置き去り、ランサーは突風となってアーチャー目がけて疾走する。


 両者の距離は100メートル。


それほどの助走をもってしてランサーは槍を突き出すのではない。


 50メートルもの距離を一息で走り抜けた槍兵は、そのまま大きく跳躍し――――


 「突き穿つ―――――(ゲイ)」




 宙に舞う身体。

 大きく振りかぶった腕には“放てば必ず心臓を貫く”魔槍。


 ――――伝説に曰く。

 その槍は、敵に放てば無数の鏃をまき散らしたという。



 紡がれる祝詞に因果の槍が呼応し、暴力的なまでの膨大な魔力を孕む。


 青い槍兵は弓を引き絞るように状態を反らし――――



 「―――――死翔の槍(ボルク)!!!!!」



 怒号と共に、その一撃を叩きおろした。






 『オレは今回一切遠慮しねえ、最初から全力でいく』


 彼がレオンハルトに語った言葉にはまさに偽りなく、初手から自らの瞬間的に発揮しうる全魔力を込めた最高の一撃を叩きつける。


 既にセイバーとは二度、アーチャーとは三度戦っている身だ、様子見など必要なく、求めるはただ御首(しるし)のみ。




 そして、迫りくる魔弾を捉えた赤い騎士は――――



 「I am the bone of my sword 体は剣で出来ている」



 最速で自己の内に埋没し、登録された無数の宝具の内から、投擲武具に対して絶対の力を発揮する最強の守りを顕現させる。



 衝突する光の棘。

 天空より飛来した破滅の一刺が、赤い騎士へ直撃する刹那――――



 「ロー・アイアス! (熾天覆う七つの円環)」


 大気を震わせ、その真名が解放された。





■■―――――――――――■■



 アーチャーと共に戦場に馳せ参じた白銀の騎士は、その光景に心を奪われることなく、己の役割を理解し行動していた。



 アイルランドの光の御子が放つ至高の一撃。それを食い止めるアーチャーの結界宝具。



 そのぶつかり合いはまさに神話の具現であり、その荘厳さは彼女の“約束された勝利の剣”とヘラクレスの“十二の試練”の相克にも劣らない。


 剣と鎧、矛と盾。


 剣と鎧の戦いは鎧の勝利に終わったが、必中の槍と無敗の盾の戦いはどちらに軍配を上げるか。


 しかし、今彼女が専念するべきはその激突を見届けることではなく―――




 「はあっ!」


 「甘いぞ!」


 前面に盾を展開しているが故に、無防備となるアーチャーの背中目がけて奇襲をかけるであろう炎の剣士を迎え撃つことに他ならない。



 だが、アーチャーを狙った筈の一撃は途中で軌道を変え、セイバー目がけて振り下ろされる。つまり。この相手は―――



 「初めから――――標的は私か」


 「当然でしょう、ランサーはアーチャーに勝る。だったら、私の役目はそれまでの間、貴女を止めることになるは自明の理」


 風の剣を構える白銀の騎士と、炎の剣を携えた若き獅子。


 この両名が直接対峙するのは柳洞寺での戦い以来であり、七日ぶりとなる。



 「私と剣を競うか」


 「あいにくと私はアーチャーのように器用じゃなくてね、この剣を使った戦い以外は知りもしないの」


 それは半分正解であり半分間違いでもある。


 正確に述べるならば、“サーヴァントと対等に戦えるほど”の戦いは剣を使ったものに限定されるというだけの話であり、銃やパンツァーファウストなど、近代兵器を用いた戦闘も若き獅子は身につけている。


 だが、この場ではその他の技能など役に立ちはしない、アーチャー程の戦術眼があればそれらの技能をも組み合わせた戦闘理論の構築も可能であろうが、レオンハルト・アウグストはそのような計算を苦手としていた。


 彼女は直線的な人間であり、目標を果たすまでは愚直なまでに前進し続ける。その一途さが狂信の域にまで達するが故に、創造位階にその身を置いている。



 創造位階とは裏返せば狂気の証明に他ならない。現実を侵食する自己の渇望、それを是とする強大な精神力が必須とされ、まともな神経で耐えられるものではない。




 「そうか、ならば見事この首を飛ばして見せるがいい!」


 「お望みどおりにしてあげるわ!」


 若き王と若き獅子がぶつかり合う。


 ブリテンの赤き竜に、黒円卓の若き獅子は太刀打ちできるか否か。


 今ここに、剣士と剣士による純粋な剣技の競い合いが開始された。










■■―――――――――――■■




 激突する槍と盾。


 ありとあらゆる回避、ありとあらゆる防壁を突破する死の槍は、ここに停止していた。


 高熱と暴風をまき散らしながら、必殺の槍はアーチャーの宝具によって喰いとめられる。


 アーチャーが持つ中でも最強の守り、かつてトロイア戦争において大英雄ヘクトルの一撃を唯一防いだというアイアスの盾。

 花弁の如き守りは七つ、その一枚一枚が古の城壁に匹敵する。


 そして、いかなる投擲武具であれ必ず止めると言われたその盾を―――




 必殺の槍は苦もなく貫通していく。止められたのは僅かに一瞬、定められた因果を現実に顕現させるべく、呪いの槍はアーチャーの心臓目がけて突き進む。


 「――――っ!!!!」

 六枚目が突破される。


 残るは一枚。


 呪いの魔槍は決して貫かれなかったと言われる七枚目に到達し、なおも勢いを緩めない。


 その避けられぬ死を目前に―――



 「ぬ―――――ぬあああああああああああああああああああああ!!!」


 裂帛の気合と共に、赤い弓兵は全魔力を宝具に注ぎ込む!


 だが、それだけでは足りない。アーチャーの心眼(真)はこの先の展開を見据え、このままでは自分をも待つのは敗北のみであることを悟っていた。


 ランサーの宝具は一つではない、投擲武具としての使用法の他にもう一つ、“刺し穿つ死棘の槍”が存在する。


 これは決戦、アイルランドの大英雄は出し惜しみなどすまい。この一撃を防いだところで満身創痍の状態に陥れば、追撃の魔槍は容赦なくこの心臓を貫くことになる。


 つまり、アーチャーに求められるのは、この必殺の槍を防いだ上で、なおかつ追撃に対抗するための更なる宝具を内に展開させることであり。



 「事象―――――展開!」


 それを成すための魔術師の奇蹟を、彼はその手に携えていた。


 彼の手に握られるペンダント、蓄えられた魔力を消費して空になっていたそれは今、黄金の魔力に満ちている。



 バーサーカーとの決戦が終わってより守勢に徹し続けた三日間、その間、遠坂凛は惰眠を貪っていたわけでなく、聖杯戦争を勝ち抜くための切り札を作り上げるために工房に籠っていたのだ。


 そして、彼女が父より受け継ぎ、衛宮士郎の命を救うために消費されたその宝石は未だに原型を留めている。凛がバーサーカーに放った魔弾のように魔力の開放と共に爆散したわけではない。


 ならば、そこに新たな魔力を注ぎこむことも当然可能であるが、それには相当の時間を要する。凛がいかに優れた魔術師であっても、数日ではおのずと限界がある。


 しかし、バーサーカー戦の後の遠坂邸には、それを成せる聖杯の少女がいた。彼女の体内に在るサーヴァントの強化に最も適した黄金の魔力、それを流転し、宝石に込めることも遠坂の魔術師ならば不可能ではない。


 だが、それで構成された宝石の開放は本来、凛の魔力による直接起動しかあり得ない。アーチャーが単独で起動できるような使い捨て礼装とするには、最早宝石翁の域に達する魔術の腕が必要とされよう。



 されど、何事にも例外というものは存在する。凛のものであり、長年に渡って魔力を込めた筈のその宝石は今、衛宮士郎の手にあるのだ。

 つまり、この宝石は本来現世に存在するものではなく、英霊エミヤに付属する武装の一つとして聖杯に召喚されたものに他ならない。


 ならば、そこに込められた魔力を英霊エミヤの意思によって発動させることは造作もないことであり―――



 展開される黄金の魔力は、まさに弟を守る姉の愛に満ち、あらゆる暴力から彼を守りきる。



 故に彼は無傷。


 必殺の槍を完全に防ぐという難行を、彼は傷一つ負うことなく成し遂げた。


 だがそれで終わりではない。



 「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ゲイボルクの投擲と共に地面に着地したランサーは、アーチャーが熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)によって破滅の槍を防いでいる間にも地を駆け、更なる追撃をかけるべく弾かれた魔槍を手にしていた。


 その表情に驚愕も焦燥も見られない。彼を英雄たらしめた最強の一撃、それを無傷で防がれたことに一切の動揺もなく、彼は次なる一手に全力を注ぐ。



 ≪そう、これだ、これこそをオレは求めていた!≫


 己の全力を出し切ってなお、踏破出来ぬ敵との闘争。アイルランドの光の御子がこの聖杯戦争に参加した理由は、それを求めたからに他ならない。


 ならば今こそがその誓約の果たされるとき、彼にとって至上の喜びが約束された時なのだ。


 彼が聖杯戦争を駆け抜けたのはこの瞬間のため、そこに驚愕や焦燥などが混じるはずもなく、ただ純粋な戦意のみがそこにある。



 「刺し穿つ―――――(ゲイ)」


 魔槍が再び鳴動する。周囲の魔力を喰らい尽くし、その因果を逆転される死の茨が敵を殲滅するためにその力を解放し――――



 「投影――――重装(トレース・フラクタル)」


 そして、迫りくる死の具現を迎え撃つため、錬鉄の英雄もまた己の世界を具現させ――――



 「死棘の槍―――――(ボルク)!!!!!」


 「大神宣言―――――(グングニル)!!!!!」
 


 ここに、魔の槍の原型の贋作と、魔の槍そのものがぶつかり合うというあり得ぬ相克が発生した。





 「うるあああああああああああああ!!!」


 「ぬうううううううううううううう!!!」



 魔槍ゲイボルクの唯一絶対の担い手であるクーフーリン


 投影した宝具を操る錬鉄の英雄エミヤ


 その両者の戦いは本来勝負が成立しない。同じ武装を用いたところで担い手と使い手ではその威力に天と地の差が出る。


 故に、アーチャーが砕くのは槍に非ず、その魔槍を呪いの槍たらしめる因果こそを狙い打つ。


 同じ特性、同じ因果を持ち、かつ、そのオリジナルである槍をぶつければ、穂先を防ぐことは出来ずともその呪いをキャンセルすることは出来る。


 それはすなわち矛盾の具現、ゲイボルクによってつけられた傷はゲイボルクが存在する限り癒えることはない。だが、“ゲイボルクを破壊してつけられたゲイボルクによる傷”ならば話は別だ。


 それは呪いの傷でありながら、前提としてゲイボルクが破壊されているという矛盾を孕む。大神宣言(グングニル)はゲイボルクのオリジナルであり、この槍が破壊されたのならば、その“子”であるゲイボルクもまた存在を許されない。


 彼が投影した宝具は贋作に過ぎぬが、固有結界は現実を侵食する概念。ならば、投影された宝具も現実の一部となり、因果の槍と相克する新たな矛盾を作り出す。



 故に―――――



 「ちいっ!」


 「残念だったな!」


 “放てば必ず心臓を穿つ槍”はその因果を実現できず、アーチャーの右肩を貫くに留まった。そして、そのような傷に構うことすらせず、赤い騎士は最も信頼する己の宝具を具現させる。



 陽剣干将、陰剣莫耶



 千の戦を駆け抜けた、英霊エミヤのシンボルともいえる無限の剣。


 「甘えんだよ!」


 されど、対峙する男もまた歴戦の英雄、自らの必殺の一撃を二度まで防がれてなお闘志は微塵も衰えを見せず、その高速の槍撃は赤い騎士へと殺到する。



 防ぐ。


 防ぐ。


 防ぎ続ける。



 至近距離から繰り出されるクーフーリンの槍の嵐を、英霊エミヤは悉く防ぐ。


 両の手のみで防いでいるわけではない。あまりにも速すぎるために複数の穂先が同時に殺到するかのような連撃を、彼はまさに“同時”に防いでいる。


 用いる剣は二刀に非ず四刀、さらに、瞬間的には六刀となる場合すらあった。


 校庭での最初の戦いにおいて、アーチャーはランサーに弾かれた干将・莫耶を次々に投影し、防戦を続けた。これはさらにその先にある剣技、弾かれた剣を新たに投影するのではなく、弾かれる前に剣を投影し迎撃する。


 ランサーとアーチャーの戦いはこれで四度目となる。直感ではなく心眼をもって戦う彼にとって、敵との戦闘経験を積めば積む程、その対抗手段は数を増していく。


 それこそが、英霊エミヤの真の特性、戦えば戦うほど相手との差を詰め、どれほど力量差が離れた相手であっても諦めることなく戦い続けるその姿こそが――――



 「おおおおおおおおおお!!!」


 彼が目指した、“正義の味方”の姿なのだから。



 「らああああああああああ!!」


 しかしそれでもなお、青き槍兵の技能は赤い弓兵を上回る。


 それも当然の話であり、“弓兵”が“槍兵”に接近戦で勝る道理はないのだ。



 「まったく、相変わらず厄介な速度だ!」


 「それを悉く防ぐ手前は何だ、フェルディアですらここまでオレの槍を防ぐことは出来なかったぜ!」


 彼の親友フェルディアはゲイボルクによってその心臓を穿たれた。


 しかし、この赤い騎士はなおも立っておる。クーフーリンの全力をその身に受けてなお、彼と対等に渡り合っている。


 これほどの強敵、これほどの猛者、まさか、ここまでの戦いが行えようとは!


 「嬉しいぜアーチャー、予想以上だ手前は!」


 「そう思うなら少しは加減しろ、こちらとて初手から切り札を使うことになろうとは思いもしなかった」


 アーチャーにとってもこの展開は想定外というわけではないが、最悪に近いものであるのは確かであった。


 初手から“突き穿つ死翔の槍”と“刺し穿つ死棘の槍”の二段構えの全力解放行うことは考えられないケースではなかったが、外れて欲しい予想ではあったのだ。


 その結果、本来最後の切り札として用意したはずの宝石を最初に使う羽目となった。いや、“使わせられた”のだ。


 あそこで切り札を惜しんでいては命そのものを失うこととなっていた。防御力や再生力はいざ知らず、相手を殺し尽す殺傷能力に関してならば、クーフーリンはヘラクレスを上回る。


 加え、アーチャーの幸運はEランク、呪いの槍とは致命的に相性が悪いのだ。



 「はっ! 加減だと、そんな無礼な真似が出来るかよ!」


 「最近の戦争では無礼とはならないそうだぞ」


 「んなもんオレの知ったこっちゃねえな!」


 「まったく、野生児はこれだから手に負えん」


 そして、戦いながらも彼らは軽口を応酬する。


 言葉に気をとられ、攻撃が疎かになるわけではない。むしろ、感情の高ぶりと共にランサーの槍は際限なく加速していく。


 黒円卓の騎士に例えるなら、彼は人器融合型。その精神が最高に乗っている時こそ、その真価を発揮する。


 対して、赤い騎士は武装具現型、その戦いは常に冷静沈着。表面はどれほど熱くなろうとも、彼の心眼は常に最適の戦術を導き出すべく高速で回転を続ける。



 「楽しいなあ、おい!」


 「それは実に光栄だが、同意しかねるな!」


 既に、同時に投影する干将・莫耶の数は八刀に達しつつある。以下に彼の心眼をもってしても、このペースで攻撃の速度が上がり続ければ、押し切られることは火を見るより明らかであった。


 ならば―――


 「全投影連続層写!!!(ソードバレルフルオープン)」


 彼をしてアーチャーたらしめるもう一つ要素、魔弾の射手としての戦いを展開するのみ。


 「効くかよ! こんなもん!」


 クーフーリンに魔弾は通用しない。彼には“流れ矢の加護”があり、オートで全ての矢を弾いてしまう。


 そう、“オートで弾いてしまう”のだ。


 これまで、獣の如く猛り狂い、槍の嵐を繰り出していたランサーの攻撃が、ここにきて正確無比なものへと変化する。いや、変化せざるを得ない。


 英霊エミヤが利用したのはまさにその一点、最高の精神状態におけるクーフーリンの槍の速度の追いつける英霊など存在しまい。だが、迫りくる矢を迎撃する時に限り、彼の槍はある種のパターンに沿った精密機械になり下がる。


 それは、彼が比類するものなき英雄であるが故の枷、並の英霊であれば生涯をかけても到達すること叶わないであろう“流れ矢の加護”ですら、彼にとっては速度を縛る枷となってしまう。


 何とも贅沢な話である。それに対峙する男には才能などなく、ただ愚直なまでに鍛練を繰り返したところで心眼が限界であるというに。



 「鶴翼、不欠ヲ落ラズ (しんぎ、むけつにしてばんじゃく)」


 だが、そんな彼だからこそ、至れる境地がある。


 「ちいっ!」


 これまで、槍の嵐を防ぐためだけに投影されてきた干将・莫耶が攻撃のために投影され、初めてランサーが守勢に回る。



「心技、泰山二至リ (ちから、やまをぬき)」


 「心技、黄河ヲ渡ル (つるぎ、みずをわかつ)」


 四方から襲い来る双剣の連撃をも青き槍兵は苦もなく迎撃する、しかし赤い騎士の攻撃はこれだけでは終わらない。


 「唯名、別天二納メ (せいめい、りきゅうにとどき)」


 さらに投影される双剣、


 「がああああああ!!」


 それを凌駕する槍の英霊。


 だが、如何に最速の英霊といえど、動作の継ぎ目というものはどうしようもなく存在し、ほんの数瞬、その動きは停止を余儀なくされ――――



 「両雄、共二命ヲ別ツ――! (われら、ともにてんをいだかず)」



 刀身が通常の倍以上に巨大化し、鶴の羽ばたきの如く姿を変えた鶴翼の剣が、裂帛の気合と共に、光の御子へと振り下ろされた。



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 初っ端からトバしております。これが兄貴の全力全開!! 対するアーチャーは姉との絆で対抗。まて、マスターとの絆はどうした。

 バーサーカー戦ほどではありませんが、14歳の力を注ぎ込んで書いてます。



[20025] Fate 第三十八話 騎士の理ここに在り
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/08/07 16:29
Fate (13日目)


第三十八話    騎士の理ここに在り






 そして、青き槍兵と赤い弓兵の戦いと並行し、もう一つの戦いもまた続いている。



 剣士二人の戦いは、獣の如く疾走する槍兵を弓兵が鉄壁を持って防ぎ続ける、という状況と正反対の様相を見せつつある。


 すなわち―――



 「はあ!」


 「せい!」



 互いに円を描くように戦場を疾駆しながら、その剣をぶつけ合う。


 レオンハルトが振るうは緋々色金、形成位階であるが故に強固であり、脆さが露呈することなくセイバーの聖剣とも対等に打ち合うことを可能にしている。


 対して、騎士王の剣は風王結界に包まれながらも、その威力はなおも絶大であり王の偉大さを証明している。


 この騎士王の聖剣と対等に打ち合える程の剣を作り上げる櫻井一族の錬成技術は、まさに群を抜いており、“始祖の鍛冶師(トバルカイン)”の称号を与えられるのも頷ける話である。


 だが、それもあくまで剣の強度を比較した場合でしかない。



 「はあああああああああああああああああ!!!」


 「くっ」


 魔力放出


 彼の大英雄ヘラクレスとも対等に渡り合ったその爆撃の如き魔力の迸りが、若き獅子の体勢を一撃ごとに崩していく。


 これがアサシンのサーヴァント佐々木小次郎であれば受け流すことも可能であり、ランサーならば速度でまさるため、体勢を崩されてなお攻勢に出ることも出来る。



 だが、彼女は未だその領域にいない。形成位階の彼女はサーヴァントで言うなら平均的なレベルに過ぎず、ギリシア最大の英雄、アイルランドの大英雄、そしてブリテンの竜王と同じ高みで競うことは夢のまた夢。


 そんな彼女とほとんど同じパラメータでありながら、それらと互角に渡り合うアーチャーこそが異常なのであり、その差は埋められようもない“経験”というものによって構成されている。


 「どうした、その程度か!」


 「まだまだ!」


 それを承知の上で、レオンハルトはアーサー王に戦いを挑む。形成位階のままでは勝ち目はない、そんなことは始めから分かりきっている。

 だが、創造を発動するには相応のためが必要となり、さらには、今の段階で解き放っても騎士王を打倒することは叶わない。


 未だ騎士王は真の剣を抜いていない。この状況で仕掛けたところで聖剣の洗礼を受けるのが落ちであり、それでは敗北の未来しかあり得ない。


 故に、勝利を得るためにはまず騎士王に抜刀させる必要がある。それを成してこそ初めて勝機が生まれるのだ。



 「あああああああああああああ!!」


 「そうとも、来い!」


 若き獅子の挑戦を、古の王は受けて立つ。


 その姿はまさに威風堂々、最優のサーヴァントの名に恥じぬ風格がその姿から滲み出る。


 鬩ぎ合う剣戟、魔力の迸りは火花はおろか爆発じみており、閃光の如き輝きが戦場に咲き誇る。遙か昔、ブリテンのキャメロットにおいて、このような光景が日常的に繰り返されていたのであろう。


 偉大なる騎士王、勇壮なる円卓の騎士。


 それらが集う王城には常に騎士の剣戟が響き渡り、互いに技を競い高め合う。そして、若き騎士見習い達は、いつか自分達もあのような偉大な騎士となることを夢見て、研鑽を積んだのだ。



 「おおおおおおおおおおおおおお!!」


 「甘い!」


 アーサー王もまた、王としての責務を果たしながらも時間が許す限り若き騎士の卵を育て上げ、次代を担うべき少年達を導いてきた。


 彼の王が在位にあった十年は黄金期とも言われる偉大なる時代。その王の時代を継ぐことを夢見る若者はまさに星の数だけいたのだ。


 そして最後は、その中で誰よりも王を崇拝していた一人の少年騎士、モードレットによってキャメロットの王城は滅びることとなるが、そこにあった輝きは断じて幻想などではない。


 彼らは戦乱の時代を生き抜き、誇りのために命を懸けた。その誇りは剣に宿り、次代へと受け継がれ続けている。





 「まだ、まだあ!」

 若き獅子の速度が上がっていく、それはまるで、青き槍兵のように。


 「――――!」

 その剣戟が、これまでとは違うことを歴戦の騎士は即座に見抜いた。


 ≪これは―――鋭い≫


 今はまだ彼女が遙か高みにある。だが、若き獅子は戦いながらも成長している。


 ならば、このまま戦いが続けば最後に立つのは果たして――――



 ≪愚問だな≫



 この身は負けられぬ、例え相手が誰であれ。守るべき者が自分にはいる。剣を捧げるべき主君が自分にはいる。


 ならば、騎士の王たるこの身が、敗北することなど許されない!



 「その程度で、私に勝てると思うな!」


 「くうっ」


 気合一閃


 騎士王が放った一撃はこれまでのどれよりも重く鋭く、若き獅子の体勢を一瞬で崩す。



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そして、大上段に振りかぶられたその剣は、レオンハルトを両断するに足る魔力を十分に秘めており。



 「炎よ!」

 その瞬間、若き獅子は己が聖遺物の持つ特性を発揮させた。


 彼女の聖遺物が放つ炎は魔術に非ず、それとは全く別の理によって編まれたものである。


 もしこれをセイバーの対魔力が防げるのならば、アーチャーの投影する剣をセイバーはキャンセル出来ることになる。


 それは不可能であり、対魔力では現実を侵食する概念を無効化することは敵わない。


 だが、


 「風王結界!!(インビジブル・エア)」

 予知直感を持つ騎士王にとって、この程度は驚くに値しない。衛宮邸で対峙した際にこの剣が炎を具現する瞬間を見た、ならば、この展開も予想の範疇。


 吹き荒れる暴風は炎を一瞬で消し飛ばし、解放された聖剣は今まさに振り下ろされようとしており―――



 「抜いたわね、剣を―――」


 その一言によって、空中で静止していた。



 そして、訪れる沈黙。


 剣士二人は一定の間合いを保ちながらも、一息で踏み込める限界の僅か先で対峙する。



 「貴様、初めからそのつもりだったか」


 「当然でしょ、せっかく騎士王と戦うというのに、その聖剣を打倒しなくちゃ勝ったことはならない」


 その言葉は無謀を通り越して既に愚者の妄言。


 風王結界を纏った剣を振るう騎士王にすら敵わなかったレオンハルトが、全力を解放した彼女に勝てる道理はない。


 だが―――



 「よく言った。ならば、手向けにこの一撃を受け取るがいい」


 相手が真っ向からの勝負を望んでいるのならば、それに応えるのは騎士というもの。


 戦術的に考えればそれは下策であろう。現状のままでも敵を圧倒しており、敵がこちらの全力を望むということはその時にこそ敵の勝機はあるということに他ならない。


 だが、自らの敗北の危険を恐れて安全策しかとれない者は騎士に非ず。騎士とは誇り高く、人々の希望となるもの。だからこそ、騎士王が振るう剣は人々の理想が集った“最後の幻想(ラストファンタズム)”なのだ。


 「私もお見せするわ、我が全力、創造位階を―――!」


 そして、若き獅子もまた、己の渇望を解き放つ。



 「Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba(かれその神避りたまひし伊耶那美は)」


 「an der Grenze zu den Landern Izumo und Hahaki zu Grabe(出雲の国と伯伎の国、その堺なる比婆の山に葬めまつりき)」


 彼女の内に秘めた不滅の恒星。今それが祝詞と共に世界を侵食していく。


 そして同時に



 「我が剣(理想)よ、その姿を今こそここに」

 刀身が顕わになる。

 剣にかかる余分な魔力を一切カットし、セイバーは自らの力を聖剣のみに注ぎ込む。




 「Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,(ここに伊耶那岐)」


 「das er mit sich fuhrte und die Lange von zehn nebeneinander gelegten(御佩せる十拳剣を抜きて)」


 「Fausten besas, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.(その子迦具土の頚を斬りたまひき)」


 レオンハルトの身体が炎へと変生していく、生半可な攻撃では、今の彼女は侵せない。


 故に―――


 「我が一刀、いかなる者にも防ぐことあたわず」


 騎士王の剣に魔力が充填していく。伝説の時代、あらゆる戦場を制した騎士王がここに蘇る。




 「Briah―  創造」



 「いざ参らん! 騎士の理ここに在り!」



 かつて、夜より暗き乱世の闇を、祓い照らした一騎の勇姿。


 十の歳月をして不屈、十二の会戦を経てなお不敗、その勲は無双にして、その誉れは時を超え不朽。


 輝けるその剣こそは、過去現在未来を通じ、戦場に散っていく全ての兵が今際のきわに懐く悲しくも尊きユメ。


 『栄光』という名の祈りの結晶。


 其は―――――


 「約束された―――――(エクス)」



 そして、騎士王が今まさに至高の一撃を放とうとする一瞬の間、それこそが炎の少女が唯一の勝機と定めた瞬間であり、



 「Man sollte nach den Gesetzen der Gotter leben.(爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之)」


 黒円卓の若き爪牙は、その瞬間に恒星から流星へと変わった。



 「―――!」


 迅い、そして鋭い。


 騎士王の宝具発動速度はサーヴァントの中でも群を抜いて速いが、レオンハルトの疾走はそれを超えてなお速い。


 彼女のパラメータを考慮すればそれはあり得ぬ速度、しかし、創造位階はルールの創造、自らが“出来る”と固く信じれば、それは現実を侵し真実と成す。


 今の彼女はさながら雷鳴、誰よりも信頼する戦乙女(ヴァルキュリア)に迫る速度を発揮していた。



 だが――――



 「風王鉄鎚!!(ストライク・エア)」


 絶対的な実戦経験の差というものは、どうしようもなく存在していた。



 「馬鹿な!」


 そして、自分の想定外の事態に動揺することこそが新兵と古参兵を分ける隔たりであり、彼女が未だに突破できない壁であった。


 騎士王の聖剣を包み込む“風王結界(インビジブル・エア)”、それの変則使用こそが“風王鉄鎚(ストライク・エア)”だがそれは鞘の開放の瞬間に限るものではない。


 アーサー王は竜の因子を持つブリテンの竜王。その魔術回路は魔力炉心と称するが相応しく、膨大な魔力を内に秘める。


 ならば、聖剣を包む魔力の風を、“内に取り込む”こととて不可能ではない。竜とは、大気に満ちる大源(マナ)を吸い込み、己の力となり炎のブレスを吐きだす存在故に。


 そして内に取り込んだ膨大なる風を、瞬時に解き放てばそれは―――



 「ぐうううう!」


 いかなるものをも吹き飛ばす、風の鉄鎚となって顕現する。


 これこそが騎士王、竜の炉心を巡る膨大な魔力を剣にのせ、戦場の敵を文字通り粉砕する奇蹟の存在。


 その暴威の前に、炎の少女は成す術もなく―――



 「見事な踏み込みであった! だが私の勝ちだ!」


 振り下ろされる聖剣の輝きが、騎士王の勝利を告げていた。








■■―――――――――――■■






 そして、青き槍兵と赤い弓兵の戦いもまた、佳境どころか殲滅戦の様相を見せていた。


 アーチャーが放った干将・莫耶オーバーエッジによる一撃、それは彼の心眼が導き出した止めの一撃をなるはずであったが。



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 それも、ランサーの“生き汚さ”、戦闘続行スキルによって覆された。無事ではない、いや、まともに考えればそれは致命傷。


 鶴翼の剣は彼の胸を十字に切り裂き、どう考えても戦闘の継続が不可能なほどの傷、いや、存在の消滅にすら繋がる重傷を与えたというのに。



 「はははははは!」

 青き槍兵はなおも猛り、返す槍で赤き弓兵の肺を抉っていた。


 「ぐっ!」

 そして、槍兵の持つ更なるスキル、“仕切り直し”によって彼は距離をとる。この状況で彼が距離をとったということはすなわち。



 ≪ゲイボルクを、あの傷で使うつもりか!?≫


 それは正気の沙汰ではなく、狂人ですら思いつかないであろう暴挙。



 「甘えよアーチャー、この程度でオレを殺せると思うな」

 そして、彼にとってはまさにこの程度の傷どうということはない。

 四枝の浅瀬(アトゴウラ)において彼が潜り抜けたものは文字通りの死闘の連続、その過程で負った傷はこの程度では済まない。


 その激戦を彼は生き抜いた。こと、“生き延びる”ことに関してならば彼の右に出る存在は世界中を探してもいるかどうか。


 ≪まずい、今アレを放たれては―――≫


 そして、それは錬鉄の英雄の心眼を持ってしても予測不可能な事態。冷静な戦闘理論を覆すのは、いつの時代も常軌を逸した精神論に他ならない。


 気合いで勝てれば誰も苦労しないが、それを成し得た英雄がここにいる。



 そして、ランサーの全身が弓の如く引き絞られ、呪いの魔槍が今再び放たれようとした刹那―――




 「風王鉄鎚!!(ストライク・エア)」



 仕切り直しによって距離をとり、両者が無言のまま対峙した一瞬に、その声が届いた。


 青き槍兵も、赤き弓兵も、同時にその光景を目にした。


 それはまさに、騎士王の聖剣が約束されたその勝利を現実とする瞬間であり、炎の少女が迫りくる暴威にかき消される未来を決定づけるものであった。



 だが、決定された未来を己が力で覆してこそ、英雄譚は光り輝く―――!




 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」

 そして、青き槍兵は閃光を超えた速度を発揮し、呪いの槍を騎士王へと向ける。


 それは無謀なる特攻、“約束された勝利の剣”はA++に該当する最強の対城宝具、B+の対軍宝具である“突き穿つ死翔の槍”が正面からぶつかって勝てる道理はない。



 「いくぜセイバーァァァァァァァァァァァ!! 真っ向勝負といこうじゃねえかあああああああ!!」


 だが、彼はそのようなことなど考えない。赤枝の騎士はただ闘争のみを求めて戦場を疾駆する。


 既にアーチャーとの戦いは決した。あのままゲイボルクを放てば勝つのは間違いなくランサーであり、それはアーチャーですら理解していたことだ。


 故に、その戦いには既に続ける意義はない。サーヴァントたるこの身、いくら“戦闘続行”のスキルを持とうがこの傷で戦い続ければ消滅はそう遠いことでない。


 ならば、残り少ないこの命を燃焼させるに相応しい戦場とは、結末の見えた勝利を得るためのものでは断じてなく―――




 「突き穿つ――――(ゲイ)」



 最強の宝具を持つ騎士王との全身全霊の真っ向勝負にこそ、命を燃やす価値がある!

 妹分である少女を助ける――その気持ちが無いといえば嘘になろう。しかし、それ以上に燃え上がる戦意もまた真実。



 そして、予知直感を持つ騎士王もまた、どこかでこの展開を察知、いや、望んでおり。



 「約束された―――――(エクス)」


 常勝の王は、高らかに手に執る奇蹟の真名を謳う。





 「死翔の槍――――――――!!!!!(ボルク)」


 「勝利の剣――――――――!!!!!(カリバー)」


 呪いの魔槍と最後の幻想がぶつかり合う。


 本来ならその勝負は競うまでもないが、さに非ず。



 「我がルーンよ! 今こそその全てを解き放て!」

 アイルランドの大英雄クーフーリンが影の国の魔女より授かったのは魔槍ゲイボルクのみではない、原初の十八のルーン、それをすべて修めたルーンマスターでもあるのだ。


 そして、そのルーンの守りはAランク相当の宝具の一撃すらも防ぎきる。ならば、その力を全て攻撃に注ぎ込めば――――



 「らああああああああああああああああ!!!!」


 「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 魔槍ゲイボルクは、B++相当の対城宝具と姿を変える。


 だがそれでもA++とB++では差は歴然、それを埋めるためには最後の一手が不可欠であり。




 「王者の槍は―――」


 “放たれれば必ず心臓を穿つ槍”、ゲイボルクに秘められた能力はそれだが、それに込められた伝承はそれだけに非ず。




 クーフーリンの最後の戦場において、詩人は槍を謳った。



 “その槍は王者にあたる”


 第一の槍は英雄の戦車を引く馬の王にあたり、第二の槍は最高の御者と言われた御者の王に、そして―――




 「王者にあたる!!!」


 第三の槍は、戦場の王者たる、クーフーリンの脇腹を貫いたのだ。


 故に、ゲイボルクに込められた真なる意味は“王殺しの魔槍”。


 ミストルティンやハルぺーなどに代表される“神殺しの武装”と対をなす、人界の覇者を殺す概念が込められた英雄の槍。


 そして、騎士王が騎士王であり、振るう宝具が希望を集めた最後の幻想(ラストファンタズム)である以上―――



 全てを焼き尽くす殲滅の光を、ゲイボルク(王殺しの魔槍)は突破していく。


 打ち勝ったわけではない。殲滅の光は未だにクーフーリン目がけて突き進むが、その中心を打ち砕くようにゲイボルクは前進を続ける。




 「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 だが、騎士王は怯まない、竜の咆哮を轟かせ、聖剣に更なる魔力を注ぎ込む。


 しかし、その間隙に。




 「喰らえええええええええええええええええええええええ!!」

 死に体であった若き獅子は、牙を取り戻し騎士王目がけて刃を向ける。



 ≪躱せない≫

 彼女の直感を持ってしても、この窮地をしのぐ可能性が見出せない。


 今彼女は全力でもって青き槍兵の“王殺しの魔槍”に対抗している。ならば、横からの斬撃に対処する余裕などあるはずもなく――――




 「I am the bone of my sword 我が骨子は捻れ狂う」


 王に牙をむく敵対者の露払いを務めるは、王に続く騎士の役目である。



 「カラドボルグ(偽螺旋剣)!!」

 即席の投影故に錬度不足は否めない。だが、それで十分。



 「がはっ!」

 レオンハルト・アウグストの最大の欠点は脇が甘いこと、騎士王に生まれた唯一の隙を突くことに集中するあまり、自分が奇襲を受けることを考慮出来ていない。


 捻れた螺旋剣は若き獅子の脇腹を抉り、その身体を教会まで弾き飛ばす。



 そして―――



 「投影重装(トレース・フラクタル)」


 偽螺旋剣(カラドボルグ)の錬度が低い最大の要因はこれである。アーチャーは、この状況でなお二重投影を行っていたのだ。


 彼の心眼は見抜いていた。あの宝具はアーサー王の鬼門であると。


 世界に英雄は数多く存在するが、実際に“王”の名を冠した英霊は意外に少ない、むしろ、神の血を引く英霊の方が多いくらいだ。

 北欧のシグルドやギリシアのヘラクレス、それらも掛け値なしの英雄であるが、彼らの偉業は“王ならでは”のものではなく、カリスマのスキルを持っていない。



 つまり、“神殺しの宝具”が神性適性に反応してその真価を発揮するならば、“王殺しの槍”はカリスマに反応してその真価を発揮する。


 アーサー王のカリスマはBランク、人として最高である征服王イスカンダルのAランクには劣るものの、円卓の騎士を束ね上げたアーサー王のカリスマは並ぶものなき領域にある。


 故にこそ、彼女にとってゲイボルクは鬼門、“放てば必ず心臓穿つ槍”は、“王者にあたる”という呪詛をも含み、先程アーチャーに放たれたそれとは比較にならない凶暴性を秘めている。



 しかし、今の彼女は孤高の王者ではない。




 「ロー・アイアス!!!! (熾天覆う七つの円環)」



 彼女が戦友と認め、共に戦う錬鉄の英雄が、常にその背中を支えているのだ。


 偽螺旋剣(カラドボルグ)との同時投影だったため、それは完全な形ではなく四枚の花弁。


 だが、騎士王にとっては万軍の援護を得たに等しい、アイアスの盾は、投擲武具に対して絶対に優位性を誇るのだから。


 「はああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 「らああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 迸る三者三様の咆哮。


 剣の騎士

 槍の騎士

 弓の騎士


 聖杯戦争において三騎士クラスと讃えられる三者が、今ここに覇を競う!





 そして――――





 光の奔流が去った戦場跡には、



 「私達の勝利だ、ランサー」



 常勝の王が、傷一つない姿で佇んでいた。


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 前回嘘をつきました。
 今度こそ、コレが兄貴の全力全開!!! そして私の中の14歳も全力全開!!!
 今回兄貴は、タイマンではアーチャーに勝ってましたし、宝具のぶつかり合いではセイバーと引き分けました。タッグ戦だからセイバー陣営は勝利できたのです。
 セイバーも騎士王っぽく頑張ってます。アーチャー、螢も混じって再び総力戦になってしまいました。これで残りは最終決戦のみです。

 



[20025] ネタ集(リリなのDiesパロディ)
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:76b202cd
Date: 2010/07/31 10:02
 なかなか多くなってたので、別置きします。そのうち増えるかもしれない。などと淡い期待を抱いているが、夢を見るのは自由のはず。





・場面は、原作でのなのは嬢VSフェイト嬢

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 持っているジュエルシードを賭けて、高町なのはとフェイト・テスタロッサが争う姿を、その虚空、遥か高みから、影の女―プレシア・テスタロッサ―は得がたい幸福を見たとばかりに三日月に口を歪めて眺めていた。

 「素晴らしい、何という喜劇、なんという友情か。予想以上だ感激だよ、痺れがとまらぬ憧憬すらしよう。あれぞ友、純粋なる情愛の活劇。
 素晴らしい、その一言に尽きる。いや、それすら足らぬな。弁には自負があったのだが、言葉に出来ぬ、出来ていいものではない。したくない。
 識者の仮面を被り、あの葛藤を形にするのは神聖さに泥を塗る行為だ。見守っていたい、久々に思ったよ終わって欲しくないとさえ。
 ああ、君たちは本当に、どこまで私の瞳を焦がすのだ」

 哀感、好感、共感、情感その総てがただ麗しく美しい。
 想い合え――そしてぶつけ合え、さらけ出すのだ共鏡よ。
 未来はきっと明るいと、その愚かな言葉を真実とせよ!

 「友愛を抱き、互いを壊して形と成す愛の証明。同時にそれは、互いの心情を汲みながら、そのため憎悪で拒絶した絶縁の嘆きでもある。彼女らは今世界に2人きりなのだ、如何なるものにも縛られていない。総ての感情を瞬間に、永劫と等しく感じ取り、それすら流れ落ちる飛瀑の一滴。凄まじいな。素晴らしいな。止めることなど誰に出来よう!」

 想ったことと与える結果は何も縛られていず、それこそ理由なく溢れ出している。彼女たちに湧き上がっている感情は、今や自分たちすら制御不能の間欠泉。無限に吐き出されて止まらない。

 「彼女たちは今語り合っているのだ。かつてないほど激しく、凄絶に。もっと君を知りたい、もっと君を感じていたいと、事細かに叫んでいる。相手に分かってもらう為に、分かってやる為に、分からせる為に。そこに下らぬ虚飾は一切がない。総て剥ぎ取られ、裸の己を曝け出す。なんと素晴らしい――これぞ魂の決闘だ」

 だから、何よりも尊いのだと、目を輝かせ、自分の枠を離れたものに久しく心を躍らせていた。

「ああ、もどかしい。歌い上げたい、詩に書き留めたい、本へと綴り後世へ伝えたい、希うよ留めたかったほど。心から喝采しよう。
 君を創って本当に良かった!
 誇りに思うよ、君が娘で私も鼻が高いというもの。素晴らしい完成度だ。今こそ讃美歌を捧げよう。その出生を、誕生を認めよう」

※あの声、あの口調です
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 ・もし、フェイト嬢が中尉並にポジティブ思考の持ち主だったら。

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「ふふ、はは、あはははハハハハハハァァアアアッ……!」

 彼女が行った、完全なる人からの脱却。ひとつの起点ともなった親殺し。

 「フ――、はっ、おーおー、いい燃え具合じゃない。門出にしちゃあ中々♪。そうだ燃えろ燃えろ燃えてしまえ。私を縛っていたもの、出来損ないの証明、胸糞悪い作り物の情……ねあ、ここで諸共っ、総てっ、崩れ落ちてしまうがいい、そうでしょ!
 ゴメンネ母さん、鬱陶しいんだよリニス、私の居場所はそこじゃないの、あなたの子宮(お腹)は手狭でね。遊びばとしてはもの足りないの!」
 
 広がる光景は業火に焼かれる時の庭園と、中に転がってる2つの屍。いや、もともと屍だった自分の原型も含めれば3つだ。

 生みの親と育ての親、この2人はそれこそ原型を留めないほど、八つ裂きにされて転がっていた。バラバラになった個々の部位は壁や床に縫い付けられ、内臓や骨ごと、昆虫採集のように、磔られたまま炙られていく。

 彼女の少女時代が、血筋という象徴ごと根こそぎ、形と足跡を失っていく。

 火は不浄を焦がす。そのため私は嫌ってきた。だからこそ――我が始まりよ灰になれ。

 灰燼となり、この胸を焼く達成感の如く、我が生の糧になるがいい。

 「アハハハハハ、アハハハッハハッハハ!! クク、フフ、フフフフ、アーハハハっハハ!!!」


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 以上、超前向きなフェイト嬢でした。次は白アンナバージョンを……、いやそれは原作よりはるかに悲惨になるからやめよう。

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 ・もしも、ライトニング分隊のカップルが、破天荒な性格だったら

 エリオ「やるこた分かってるな」
 
 キャロ「すっごい嫌だけど、今私ら以心伝心♪ ねえ、なんかカッコイイこと言ってよ」

 エリオ「おまえのケツがやっべぇ柔らかでオレがやっべぇ」

 キャロ「あんた――」

 エリオ「こういうとき、カッコつけるのは死にフラグなんだよ」
 
 キャロ「そうだね」

 エリオ「行くぜェッ!」

 
 8年後くらいの2人がこうなってたら、嫌ですね。



 ・戦闘機人が全員マキナだったら
 
 ナンバーズ「「「「「「「「「「「「俺は、お前たちを殺さぬ限り終われない」」」」」」」」」」」」

 六課「「「「「「「「何その無理ゲーーー!!!???」」」」」」」」

 ちなみに、違いは軍服の色です(全員違う色)



 ・いったいこの2人に何があった

 アリサ「くたばれ吸血鬼(ヴァンビー)! 地獄でジークハイル謳ってろ」

 すずか「やるじゃ、ねえ、かよ……くそが」


 2人のファンの方々、大変申し訳ありません。


 以前のネタでプレシアさんは、散々水銀に弄られたので、今回は救済措置を頼みましょう。獣殿に

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 ・アルハザードにいっても無理だったプレシアさんが、獣殿に会いました

 獣殿「なるほど、卿が狂気に蝕まれたのは無理もない。そして、そのような心情を抱えたまま生きていても、苦痛でしかあるまい。我が愛を受け、私と一つとなるがいい。案ずる事はない。卿の娘もまた、我が内に渦巻いている。私の中でならば、卿は娘と再会することが叶おう」

 プレシア「そうね…そうしようかしら…それが本当だったら、どんなに良いか…」

 獣殿「私は嘘偽りは言わん。卿を娘の居る場所へ送ろう、そこで、永遠の安らぎを得るが良い」

 そして奔る黄金の光。それに包まれたプレシアの意識は真っ白になり――

 アリシア「…さん、お母さん、起きて」

 プレシア「アリ、シア?」

 ――薄桃色の楽園で、愛する娘と再会を果たした。

 >アレ? なんか本当に救済された? さすが獣殿、愛が違う。愛が足りんよカール。

 

 ・純粋に電波を受けて書きました

 苦戦の末、機動六課を倒したナンバーズたち。その方法は少々エグい、基本お人よしで、根が単純な彼らなので、姑息で卑劣な手段を駆使して倒したのだ。
 そして、最後に指揮官たる八神はやてを倒しにかかったのだが―

 はやて「ふむ、すでに調査済みとは思うが、私の「夜天の書」は魔力を蒐集できる。故に、だ、私は私の部下が倒れた時、そのリンカーコアがこの書の中に溶けるよう、祝福を与えておいたのだ」

 その言葉に訝るナンバーズに、夜天の書のから放たれた雷光が襲う!

 はやて「機動六課、ライトニング分隊!」
 
 2筋の雷光、そして竜がナンバーズたちを襲う。あまりにも予想外の攻撃に、彼女たちは次々と雷光と竜の餌食となっていく、そこへ―

 はやて「防衛プログラム、ヴォルケンリッター!」

 空間を割りながら現われた剣戟が、鉄槌が、爪牙が彼女たちに追い討ちを掛ける。それをなんとか捌き、態勢を立て直そうとするナンバーズだが―

 はやて「機動六課、スターズ分隊!」

 満を持して放たれた桜色の閃光が、彼女たちのすべてをなぎ払った。


 >以上「黄金のはやて殿」をお送りしました。




 ・共通点は「兄」、「ツンデレ」だけです。それ以外はどういう状況なのかサッパリ



 スカ「…ほぅ」

 なのは「これは…」

 スターズ分隊に向けられた戦闘機人の総攻撃――それが急激に薄れていく。

 今、唐突に第三者――現われた赤銅の防壁が自分たちと敵を隔てていたから。

 スカ「なるほど、そういえば一人、試作の出来損ないが居たな」

 ティアナ「兄さん……?」

 ティーダ「お初に目にかかります、スカリエッティ博士。どうかこのまま、彼らを行かせてあげてはくれませんか」

 スカ「否だ、認めん。君に進言する資格は無い。それとも君が、彼女たちに代わって相手をすると?」

 ティーダ「ご要望なら」

 スカ「かかれ」

 なのは「何を…」

 ティアナ「やめて、やめて兄さん、お願いだから!」

 スカ「万死に砕けろ、廃棄品ごときに用は無い」

 ティアナ「いやああああァァ――」

 叫ぶティアナを嘲笑うかのように、ナンバーズの総攻撃が炸裂する。轟音とともに爆発が起こり、その中心に居た彼を呑み込んでいく。

 だが

 ティアナ「え――」

 その姿は、まだ消えていない。その身体は砕かれていない。いかに自分たちとの戦いで消耗しているとはいえ、ナンバーズの総攻撃を受け止め耐える。そんなことが、まさか出来るとは夢にも想像できなくて…

 ティーダ「失敗作とはいえ、この身体も戦闘機人…今のあなた方なら、僕でもそう不足は無いと思いますが」

 その後姿から顔は見えない。妹に声も掛けず、顔も晒さず、しかし百万の言葉より雄弁な態度をもって示している。

 死なせはしない、護りきると。

 ヴィータ「行くぞなのは――、ぼさっとすんな!」

 ティアナ「え? あ、きゃあ!? やだ、放してください――まだ私はッ」
 
 なのは「黙ってッ」

 ティアナ「…ッ」

 なのは「だけど、耐えて…ッ でも、生きていれば……ッ、負けじゃないよ!」

 ティアナ「……っ 分かりましたッ。兄さん……待ってて、絶対助けに行くから」

 その今生最後になるだろう妹の呼びかけに。

 ティーダ「ああ、大きくなったね、ティア」

 来いとも行けとも応えず、彼は優しく返しただけだった。

 ティーダ「さようなら。君にはいっぱい謝らなくてはいけないけど……ごめんよ、そして幸せに」

 ティアナ「う、うぅ、あああああ――― 兄さん! 兄さん、兄さん! ああああああぁぁぁぁ―――!」

 なのは「いくよ、ティアナ」


 >長くなったのに中身が無いなあ、でも原作でもランスター兄妹絡みの話がもっと欲しかった。しかもティーダの口調が分からなかったので、戒兄さんまんま。



 ・どういう状況なのかは察してください
 
 エリオ「オレは隊長たちが好きだ、実にイジリ甲斐があって、萌える」

 その言葉に、なのはとフェイトは揃って枕を投げつける。それをアクロバティックな動きで避けるエリオ。

 エリオ「お、ナイスコンビネーションwww」

 ヴィヴィオ「おお~~」

 なのは「いや、ヴィヴィオ、感心しないで…」

 キャロ「ちなみに、隊長方のゆうべのアハン?ウフン?も、ろ・く・が・ず・み♪」

 なのは&フェイト「!? それ消して! 今すぐ消して!」

 キャロ「えー、勿体なーい。じゃあせめて、私の待ち受けにするのは駄目ですかー?」

 なのは&フェイト「ダメ!!」

 キャロ「ちぇー」

 >この2人にはやて嬢が加わったら、もはや隙はない。哀れ六課のメンバー、特にティアナは絶好の獲物。



・ギン姉の不覚

 スカ「私なりの慈悲だよ。今、君の存在は酷く危うい。君の正体を世間に公表すれば、連座で君の父上もどうなるか。私はどちらでも構わんよ、なにせ、No13になる素体はもう一人いる」

 ギンガ「――待って下さい」

 それで、もはや完全に詰まされた。私に選択の余地はなくなった。だけど一つ、いいや2つ、この下種極まりない命を受けることで、儚い希望を抱いた事が…

 ギンガ「ここに誓ってください、Drスカリエッティ」

 ジェイル・スカリエッティを信用するな、そう思いながらもこの鬼畜に縋りついたという、許されざる無様さ。

 ギンガ「私が機動六課の一人を制したら、父は無関係だと手を回しなさい」

 助けるためには、できることはそれしかないと思ったから。

 ギンガ「今夜私がNo13になる。スバルを代わりになんかさせやしません」

 愛していた、守りたかった。この世の何よりも大事だった。
――にも関わらず
 その選択が、愛する妹の心に、何より苦痛を与える選択をさせてしまったのは、つまり私がそういう女だからだろう。
 私は屑だ。

 
 >前回に続き、戒兄さんネタです。今回は似合うなスカリエッティ。



 ・なのはの本質(作者的にはそうは思いませんが)

 ヴィータ「本当に強い奴は、何もしなくたって強いんだよ――」

 ユーノ「……」

 ヴィータ「最初から強い奴には、訓練もリハも必要ない。武道やら模擬戦やらは弱い奴が強くなろうとする手段で、だから精神論が幅を利かすのさ。礼に始まり礼に終われって――そんな具合に。もとが弱いから、力に耐性ないんだろうな。自分を律するのが最優先で、それが出来なきゃ破綻する…哀れすぎるぜ。まあ、仕方ないとは思うけど。つまり、なのははそっち系だ。背伸びしてるあたり可愛いけど、生まれつきじゃないから無理してる」

 ユーノ「…そうかも知れない」

 ヴィータ「お前、責任取ってやれよ、そもそもお前が―――」


 >仲人ヴィータの巻です。



・死せる鋼鉄のアリシア
 
 アリシア「蘇る死者は醜い? 同感だね、私もそう思う。私は2度と死から目覚めたくない。姉妹(きょうだい)、私に唯一無二の終わりをちょうだい」

 フェイト「!! 貴女は…いったい…」

 >これでのプレシアさんは、以前書いたプレシア・クラフトに違いない。



・聖王再び
 
 ※なのは視点

 今日は休みだし、シャワーを浴びてさっさと目を覚まそうと思うと…

 なんだろう、これは。私のベッドに妙な物体が横たわっている。

 ヴィヴィオ「…んん」

 ナニコレ幻覚? なんで? どうして? 何故にまた大人になってるの? そして抱きついてませんかヴィヴィオさん。何で裸なの? ああ、キツいから脱いだんだね、ってオイ私、そんな暢気に思ってる場合じゃない。

 いい感じで混乱しているとアダルトヴィヴィオが目を覚ます。大きな色違いの瞳が、きょとんとした感じ私の顔を覗き込んでいる。

 ヴィヴィオ「おはよう、なのはママ」

 なのは「うん、まあ、そうだね、おはよう」

 どういうことだろう、目の前の物体は間違いなく現実だ。えーと、あ、そういえば昨日変身魔法を習ったとか言ってたような、つまり寝てる間に無意識のうちに使って、それが一度なった大人の姿になった。無理やり理屈つければこういうことだろうか?

 ヴィヴィオ「なのはママ、ヘンな顔」

 まあ、確かにヘンな顔かも

 ヴィヴィオ「ちょっと寒い、ぎゅっとして」
 
 なのは「…いいよ」

 要望どうりに抱きしめる、ヴィヴィオは自分の状態を把握してないみたい、なら無邪気なお願いを断ることは出来ない。

 ヴィヴィオ「気持ちいいね、ママの身体」

 けど、そのなんだろう、自分とほぼ同じ年頃で、裸の女性に言われるとヘンな気持ちになる。というか、客観的にみて、今の私の状態はとんでもないコトになってないだろうか?

 そんなコトを思ってると…

 フェイト「う~~ん、声が大きいよぅぅぅ」

 すごいなあ、こんどは幻聴だよ、いま、有り得ない声を聞いたような気がする。

 フェイト「ゴハンは私が作るからぁぁ、けど、もう少しだけ寝かせてぇぇ」

 オーケー、落ち着こうか私。目の前にはヴィヴィオ、なぜか大人でしかも裸。そして後ろには…

 フェイト「折角のお休みなんだからぁ、もう少しゆっくりしよぅ?」

 同じくベッドに(こっちはちゃんとパジャマを着てる)フェイトちゃん。

 なにコレ? どんな異次元なの? ヴィヴィオはともかく何でフェイトちゃんが? 忙しくてしばらく帰ってこれないんじゃなかったの?

 なのは「…あ」

 そういえば、ヴィヴィオを私に任せきりは悪いから、なんとか休みの都合をつけるって言ってたっけ。なんてありがたい親友だろう、お陰で洒落になってないよ。

 なんて思ってると、金色の死神が起床した。

 フェイト「―――ふぉあ」

 …とりあえず、新しい奇声のバリエーションを開拓したみたいだけど。

 フェイト「な、な、な、な、」

 いま、我が最愛の親友の目に写っている光景。
 寝巻きの胸元を豪快に開いたまま硬直してる私と、そこに手を差し入れ抱きついてる、素っ裸の金髪美少女。
 はい、弁解無理。
 以降説明不要。

 フェイト「なのはなにsfdじょhivivきkfsidpふぉgklp---ッ!!」

 あははは、なに言ってるのかもう全然わかんないよ。






・シチュエーション的には、クリスマスにカリムに教会の一室借りて、六課全員でパーティという名の飲み会の翌日。副隊長以上は2次会で街に。はやては年下連中のお守り役? として残留。

  ※はやて視点

 始めの感覚は、何か良く分からない頭痛だった。

 はやて「む、ぬ…」

 なんだこれ。どういうことだこれ。妙に頭が重くて痛い。まるで私のこめかみ目掛け、小人さんが除夜の鐘をついてる様なガンガン具合。煩悩退散もいいけれど、百八発も喰らったら私の頭蓋骨はぱっくり割れちゃう。だからお願い、手加減して。

 はやて「ぬ……ぐぉ…」
 
 全然してくれない。どうやら小人さんは仕事熱心であるようだ。ソレはそれで素晴らしいなあ、感心だなあと思うけど、彼らは場所を間違えてると思うのだ。

 はやて「ここは、お寺や……ない」

 教会です。キリストじゃなくて聖王様のだけど教会ですから。あと大晦日までもうちょっと日にちあるから。やめて。痛いから。洒落になってないから。流石にそれ以上は、おい、こら。本当、そろそろ勘弁してください。

 はやて「あぁ、あぁ~~~」

 しつこい。しつこいよ小人さん。いったい私に、何の恨みがあってこんな仕打ちをするのです。
 

 はやて「ああああぁぁ、やかましい! ええかげんにせんと、焼き鳥にするで!」

 叫んで、私は飛び起きていた。

 はやて「うっ…… ぐおっぷ……」

 とたんに襲い来る眩暈と、激しい吐き気。そして目の前には、小人さんならぬワインとシャンパンとシャンメリーとチューハイの空き瓶、空き缶がごろごろと。

 はやて「……」

 ああ、なんだろうコレ、なにやってるんだろう私。自分の現状を客観視したくない。

 客観視したくないのに……

 スバル「ふにゅ~、もにゃもにゃ」

 エリオ「んおぉぉ~~、むが~~」

 キャロ「あ~ダメだよ、なのはさんは生身じゃ倒せない…」

 ティアナ「撃て、そこ、もっと、そう…ふふふふ……やっぱり10年早いわね」
 
 目の前に、というか眼下にだけど、死屍累々が横たわってるようです。私はすこし考えて、ティーポットのなかにタバスコを大量に落とすと、水に入れてよくかき混ぜる。なかなかいい色になってきたので、そのまま『神の庭師』という一発芸を披露することにした。

 さあ、このマジックウォーターのまえでは、どんなくたびれた花でも一瞬にして元通りになること請け合い。

 はやて「花さかじいさん!」

 魔法の言葉をくちにして、私は屍たちを蘇生させた。

 スバル「んきゅああ~~~~!!??」
 
 エリオ「つあ! 目が、目が! マジやばいって!!」

 キャロ「いったあ、なに、なに?」

 ティアナ「冷た! て、きゃあああああああああ」

 うん。それぞれ悲鳴に個性があってよろしい。特にティアナ、顔に似合わず可愛い感じが出ててナイス。
 
 ティアナ「ちょっと、いきなり何するんですか!」

 スバル「あぁぁ、あたしせっかく、これから特大七面鳥にチャレンジするトコだったのに」

 キャロ「あー、えーっと、おはようございます。部隊長」

 はやて「はい、おはよう」
 
 なにか、まだ1名ほど目が目がいって転げまわってるのがいるけど、それはどうでもいい。

 エリオ「どうでもよくないですよ!」

 はやて「私何も言ってへんで?」

 エリオ「目で分かるんですよ、何で僕だけピンポイントで責めるんですか、あんたは」

 はやて「んー、なんでやろな、キミの顔見てたら、訳も無くイラっときたんで」

 エリオ「どこのチンピラですか…」

 キャロ「エリオ君何かやったんじゃないの?」

 エリオ「してないし、されてんの僕だし」

 ティアナ「部隊長、私の髪がなんだかギトギトしてアグレッシブな刺激臭を発してます」

 スバル「うわっ、タバスコ臭っ」

 はやて「2人には、洒落っ気がないから私からのプレゼント」

 ティアナ・スバル「いらんわ!」

 キャロ「でも、起こすのはいいですけど、手加減してください。ホント、頭痛いんですから」

 はやて「早起きは3文の得って言うやろ」

 ティアナ「意味が、まったく、分かりません」

 スバル「たぶんね、自分が一番最初に起きたから、他の奴らはさらに悪い目覚めを経験するべきだと言ってるんだよ」

 ティアナ「ただの根性悪いヤツじゃないの」

 エリオ「そうだ、部隊長はその胸と同じくらい情が薄い」

 はやて「じゃあエリオの大事なところを三倍くらいのサイズにしてやるで」

 エリオ「――て、いやいやいやいや、そんなヤバイモノ持ってにじり寄ってこないで下さい部隊長」

 はやて「キャロ、抑えて。あとそこの怪力+1も」

 3人「あ、ハイ」

 エリオ「うぉぉぉい、なんだみんな揃って、集団痴女かぁぁぁ!!」

 

 >以前感想版であった、はやて=先輩ネタ。はやて+4人なので、ヴォルケンズも考えましたが、こっちのほうがしっくりきたので
 

 
 
 
 

 





・感想版で、このようなネタを頂いたので、いくつか考えました。

なのは→シュライバー(白いから)
フェイト→神父かベアトリス(金髪だから)
アリシア→獣殿(フェイトが聖餐杯で偽物なら、本物は……ということで)
ディエチ→エレオノーレ(列車砲じゃないけど似たような大砲使ってるから)
はやて→先輩(生贄要員繋がりで)
スバル→マキナ(身体が機械的な意味で)
すずか→ベイ(もう鉄壁ですね)
アリサ→マリィ(アリサの前世が幽霊だから、あと金髪)
セイン→ルサルカ(足を引く的な意味で)




 ・シュラーバーなのは:グレアム提督に対して
 なのは「ああ、つまり自分は屑だと思っている限り、屑な結果が繰り返されるってことだよね。貴方は屑で屑だから、罪も無いはやてちゃんが死んじゃうの、屑だねえ」
  >自分、暗い展開にがてなので、”ヴォルフガング”のほうで



 ・フェイトは聖餐杯じゃなく、イザークだと思います。ですのでこうなりました。場面的には無印VSなのは戦
 フェイト「認めぬぞ、私に敗北など有り得ない。我は人造魔導師、FATEプロジェクトの結晶なり!」
  >なんで私のネタでのフェイトは超前向きなんだろう。



 ・アリサとすずか
 『将来の夢』のタイトルの作文
 3年A組月村すずか『夜が永遠に明けなければいい』
 3年A組アリサ・バニングス『血、血、血、血、血が欲しい』
  >原作では何組だったか忘れました、とりあえず仮定。



 ・マキナスバル 、場面はエリオとの会話?
 スバル「あたしは、とある鋼鉄に。そしてあんたは、エリオ・モンディアルの血液が入ったフラスコの中だ」
 >さっぱり分からない謎シチュエーション。だれかこの場面を膨らませてくれ。




 ・感想版で、ノーヴェ=ベイ、スバル=シュライバーのネタを頂いたのでひとつ

 ノーヴェ「よーく思い出してみろ、お前は名乗ったはずだろうが」

 スバル「うーん…? そうかなぁ? あたしってこんなに物忘れ激しかったっけ? そうあたりどうかな、ちょっと自信ないや」

 ノーヴェ「は、知るかよ。けど、いいぜ、趣向としちゃ充分だ。お前にしては上出来だな」


 ノーヴェ「目障りなんだよ、てめえ、あたしと似たような顔の形しやがってパチモン野郎。お陰でいい迷惑だ。…ああそうだな、ずっと迷惑ばかりだった。本当に邪魔くさい奴だよ、てめえの存在はな」

 スバル「ああー、なんだなんだそうだったんだ。君、あたしのファンだったわけなんだ。だからあたしの名前も知ってたんだね。ふふふ…いいな、いいよ君。ノれる感じだ、名前が知りたい。これから先も今夜の興奮をたまに思い出して浸りたいよ。だから、名前、いいでしょ、教えて、知りたいんだ!」

 ノーヴェ「ククク、ハハッハ。ああ、いいぜ教えてやるよ」

 ノーヴェ「ジェイル・スカリエッティ作、戦闘機人ナンバーズ第9位、ノーヴェ・ガンナックル=ブレイクライナー。
 さあ、名乗りな、てめえは何だ、何者だ? 大事なトコだぜ、言ってみろよ、なあ、ハチマキ野朗!」

 スバル「あたし? ああ、そうだね、あたしは…――ああ、ああ、そうだあたしはそうだよそうだよ、ふふふふははは」

 スバル「時空管理局遺失物管理部機動6課、スターズ分隊、スバル・ナカジマ=振動粉砕。
 総てにおいて、誰よりも早く、何よりもなのはさんに忠誠を誓った。あの人の部下!」



 ・感想で、バビロン=シャマルのネタを頂いたのでひとつ。

 ヴィータ「ちょ、ちょっと待ってくれ2人とも、走るのが速すぎだ、メチャクチャだぞ」

 シグナム「甘ったれるな、貴様後方支援より足が遅いとはどういうことだ」

 シャマル「しょうがないでしょ、だってあの娘じゃ…」

 ヴィータ「ほ、歩幅が、歩幅が違うんだよォ… だって2人とも、背が高ェェ!!」

 >この場合、魔力行使は一切無いという前提かな、まああくまでネタなので、ところでザフィーラは何処いった?



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