Fate (9日目)
第二十七話 絆の戦い・勝利すべき黄金の剣
「嘘でしょ……」
その言葉は、その場にいる者達に共通したものだったであろう。
それもそのはず、あれ程の宝具、あれ程の一撃を受け、死なない者などこの世に存在するはずもない。
だが、黒い巨人はなおも健在であり、焼けただれていた身体も徐々に復元していく。
「令呪による強化、まさか、エクスカリバーを凌ぐとは……」
アーチャーですら、その光景には息を飲まざるを得ない。セイバーのエクスカリバーの破壊力を誰よりも知るが故に、その驚きはなおさら大きかった。
イリヤスフィールの令呪によって、バーサーカーの耐久力は一時的に三倍近くまで跳ね上がった。ならば、エクスカリバーがバーサーカーを九度殺せる程の魔力を秘めていたところで、三回しか殺せないのは至極当然の話である。
その代償として、狂戦士は僅かに停止を余儀なくされているが、再起動までの時間はほんのわずかしかない。いや、殺意あるものが近づけば即座に迎撃するだろう。
それをしないのは、この場にいる全員の精神が驚愕に満たされ、殺意が抜け落ちているからに他ならない。いわば、決戦場は幕間に入ったかのような状態なのだ。
「そんな、難しい、理屈じゃないわ。要は、貴方達の絆よりも、私と、バーサーカーの、絆の方が強かった。それだけの話よ」
雪の少女もまた泰然とは言い難い状況にある。息が上がっており、その言葉も切れ切れだ。
令呪によるバーサーカーの強化は諸刃の刃、彼女の極大の令呪をもってですら、相応の負担は避けられないのだ。
だが―――
「そして、貴方達にはもう、バーサーカーを殺す手段はない」
それが、厳然たる事実であった。
アーチャーは既に満身創痍、その身に残る魔力は凛の魔力が注がれても二割に満たない。
セイバーもまた、“約束された勝利の剣”の発動によって大量の魔力を消費している。令呪のバックアップがあったため、すぐさま消滅するほどではないが、三割程まで減少しているのは事実である。
この状態では再びエクスカリバーを放ったところで、バーサーカーをせいぜい一度殺すのが限界、いやそもそも、“十二の試練”には同じ殺し方は通じない以上、最早セイバーがバーサーカーを打倒することは絶対的に不可能となったのだ。
「くっ」
「ちいっ」
だが、それでも二人の英雄は諦めない。例え届かずとも、マスターと共に戦う以上、敗北は許されないのだから。
「なかなかに見事な連携だったわよ。シロウ、セイバー、でも、私達の勝ち。聖杯戦争は絆の戦い、私たち以上の絆で結ばれた主従なんてあり得ないんだから」
そして、主の言葉を肯定するかのように――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
イリヤスフィールの守り手は、その活動を再開した。
■■―――――――――――■■
俺は、その光景を見ていることしか出来なかった。
バーサーカーは健在、宝具を放ったことで相当に消耗しているはずのセイバーはなおも迫る死の具現に立ち向かい、アーチャーは既に戦える状態じゃない身体で援護に回っている。
駄目なのか?
ここまでやって、全力を出し切って、それでも届かないのか?
いいや、そもそも俺は――――
「まだ、何もやっちゃいない」
俺に出来ることなど限られている。令呪でもってセイバーを可能な限り援護したが、結局、セイバーを勝利に導くことは出来なかった。
だが、それだけだ。まだだ、まだ俺の身体は動く。
セイバーが戦っている、アーチャーもまだ戦っている。
だったら、俺に出来ることは――――
「投影開始 (トレース・オン)」
ザ――ザザ――
走るノイズ、俺の頭が、どこかもいつかも分からない場所に繋がっていく感覚がする。
そうだ、以前――以前?――俺に対してあの弓の騎士が言った言葉は
『現実で叶わない相手なら、想像の中で勝て。自身が勝てないなら、勝てるものを幻想しろ』
”たしかそんな言葉だったはず”だ。
俺ではバーサーカーと戦うことは出来ない、だが、あいつは戦っていた。
たた一人で、五回もバーサーカーを殺すなんていう無茶をあいつはやったんだ。ならば、あいつが持っていたような武器でならきっと。
「く、ぐあああああああああ!!」
まだだ、無理でも作れ、どんな犠牲があっても作れ。
強化と複製、元からあるものとそうでないもの、その差など些細なものと思い込め!
陽剣干将、陰剣莫耶
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「な、シロウ!」
特攻した。何も考えていない、いや、そもそもこいつらを投影した瞬間から酷い頭痛に襲われて、余分なことなんて考える余裕は―――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
だが、急造の双剣は、狂戦士の肉体の前に、刃筋を立てることすらかなわず砕け散った。
「バーサーカー!」
まずい、セイバーが、こっちに。
あれはまずい、バーサーカーはそもそも俺を狙っていない。
「な―――!」
俺を狙っているかのように振るわれた斧剣は、いかなる妙技か、途中で軌道を変え、セイバーに向かった。
だが、俺を助けるために駆けたセイバーはそれに気付くのが遅れた。なんて間抜け、これじゃあセイバーを窮地に追い込んだだけじゃないか!
「が―――!」
咄嗟に剣で防ぐが、防ぎきれずセイバーの鎧が砕け散る。
「バーサーカー、仕留めなさい」
そこに、死の宣告が下される。
無理だ、あの体勢ではバーサーカーの攻撃を防ぐことなど出来はしない。奴の斧剣が振り下ろされば、セイバーは。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!」
走った。
セイバーが危ない、他のことなんて考え―――
「邪魔だ! どけ!」
その瞬間、見たこともない程の気迫を見せる赤い外套を纏った男に弾き飛ばされた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その手には、バーサーカーと同じ斧剣が握られている。あいつ、あれを一瞬で投影したのか?
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
そして、絶対に防げないはずの一撃を、アーチャーは防いでいた。
「あ、アーチャー?」
庇われた形のセイバーは、驚愕の声を上げる、だが、それは俺も同感だ。
「衛宮士郎! それではない!」
そして、バーサーカーの剣戟を防ぎながら、赤い男はそんなことを口にした。
「え?」
「お前ではバーサーカーには届かん! お前は戦うものではなく、生み出すものに過ぎん! それを間違えるな!」
その言葉は、まるで剣のように、俺の胸に突き刺さった。
「忘れるな、イメージするものは、常に最強の自分だ!」
防ぐ、あのバーサーカーの攻撃を、あいつは防いでいる。
「外敵などいらぬ、それはオレが防ぐ! お前が戦う相手とは自身のイメージに他ならん!」
そして、俺の身体に撃鉄が降りた。
「バーサーカー! いいわ、まずはアーチャーから殺しなさい!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
しかし、そこに無情なる声が響き渡る。
俺がバーサーカーに勝てる剣を作り上げたとしても、投影には時間を要する、それではアーチャーが持たない。
そこに―――
「stark――――GroB zwei! (二番、強化)」
誰よりも勇ましい、遠坂の声が響いた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
「おおおおおおおおおおおお!!」
「イリヤスフィール! サーヴァントの強化はあんたの専売特許じゃないのよ!」
そうか、サーヴァントの強化、遠坂がアーチャーを。
「士郎! バーサーカーは私達で抑える。何をやるつもりかは分からないけど、あんたが決めなさい!」
その声は、万軍の加勢を得たかのような勇気を俺に与えてくれた。
「ああ! 任せろ!」
さあ、後は俺との戦いだ。敵はバーサーカーじゃない、奴の相手は。
「ぬうううううううううう!!」
遠坂が誰よりも信頼する、あの男が務めてくれるのだから――――!
さあ、作り出せ
俺に出来ることなんて一つだけだ
誰にも負けないモノを作れ、決して負けないイメージを想え
誰をも騙し、自分自身さえ騙しうる、最強の模造品を創造しろ
「ぐ、があ、ああああああああああああああああ!!」
だが、それは今セイバーが握る剣ではない。
それを放ってなおバーサーカーが健在である光景を俺は見てしまった。ならば、今ここでそれを投影しても意味はない。
ならば、そう、彼女がかつて失ったという、あの黄金の剣を
セイバーの剣、”いつかと同じように”見た黄金の光。そして、その後に視た”覚えがある”王の記憶の中の剣をいまこそ――
難しいはずはない
不可能なことでもない
元よりこの身は
ただそれだけに特化した魔術回路!
「ぎ、くう、ううああ――――」
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術に模倣し、
成長に至る年月に共感し、
蓄積された年月を再現し
あらゆる工程を凌駕し尽くし――――
ここに、幻想を結び、剣と成す―――――!
■■―――――――――――■■
衛宮士郎が投影を完了するまでの時間も、黒い狂戦士の猛攻は続いている。
しかし
「投影―――装填!(トリガー・オフ)」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
同じ斧剣を投影した赤い騎士の剣戟が、悉くそれを弾いていく。
本来ならばそれはあり得ない。アーチャーがバーサーカーと対等に渡り合えるならば、先の一騎打ちにおいて彼はあれほどの苦戦を強いられていない。
だが―――
「アーチャー! ぶっちめなさい!」
サーヴァントは、マスターと共に戦ってこそ最強たり得る。それこそが、赤い弓兵と黒い狂戦士の間に存在した絶対的な差だったのだ。
≪負けるわけがない≫
アーチャーは確信していた。自分達は勝つと。
客観的にみればあり得ない、彼の心眼は今もなお、戦況は絶望的であることを告げている。
自分は満身創痍、残りの魔力も一割どころか5分を切った。マスターからの魔力も全て強化に回されており、現界を維持するための魔力すら支障をきたしかねない程だ。
「アーチャー!」
そして、狂戦士と戦う赤い騎士を援護しようとする白銀の騎士は。
「セイバー、お前は自分の役割を果たせ!」
その言葉によって、自らの責務を再認した。
「こいつは私達で引き受ける! 貴女は士郎と!」
そして、赤の主従は何も言わずとも、互いの意思を通い合わせていた。
「ふっ」
思わず、自嘲の笑みが漏れる。
一人で戦っていたときは死の具現のように思えたバーサーカーも、今は踏破すべき障害にしか見えない。
「まったく、君は最高のマスターだ」
それは誰にも聞こえない程小さな呟き出会ったが、何よりも心の籠った彼の本心であった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
そして、狂戦士の咆哮が轟く中、
「リン、アーチャー、下がって!」
「俺達で決める!」
彼らと同じく、強い絆で結ばれた剣の主従が、今まさにその真価を発揮しようとしていた。
■■―――――――――――■■
その時、狂戦士は確かに自分の死を予感した。
あり得ぬ話、だが、歴戦の英雄である彼は、自らに迫る最大の脅威を正確に捉えていた。
赤い騎士は先の一撃で弾き飛ばした。手にしていた斧剣を砕き、弓兵のサーヴァントは壁際まで飛ばされた。
そのマスターはなおも近くにいるが、それは脅威ではない、今迫るこの剣気は―――
「はあああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
絆を示すかのように、一つの剣を二人で手に取り、臆することなくこの身に向かってくる剣の主従。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
だが、彼も負けられない。負けられない理由がある。
彼には―――
「バーサーカー、負けないで!」
彼の勝利を信じる、少女がいるのだから。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
迎え撃つ、例えどれほどの脅威であろうと、我を絶殺させることあたわず。
雪の少女の令呪は再び輝きを宿し、先程には及ばすとも、それでも彼の耐久力を倍化させるほどの強化を可能としていた。
だが、それがどれほどの苦痛を少女に強いているか、それを理解しているからこそ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
ギリシア最大の大英雄は、なおも最強のサーヴァントであり続けるのだ。
■■―――――――――――■■
“勝利すべき黄金の剣(カリバーン)”が狂戦士を貫く。
自らの死を予感してなお、最強のサーヴァントはそれを真っ向から迎えうった。
それが彼の信念であり矜持、己を信頼する主に報いる忠誠であり愛情の形であったために。
「はああああああ!」
「らああああああ!」
そして、それに挑む少年と少女も、同じく負けられない信念を胸に宿していた。
振るう剣は“勝利すべき黄金の剣(カリバーン)”。
アーサー王が引き抜いた選定の剣であり、彼女の常勝を約束した至高の剣。
それは、少年が作りだした幻想ではあったが、それでも、大英雄ヘラクレスを七度滅ぼす魔力を備えていた。
しかし―――
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
それでもなお、狂戦士の命を滅するには足りない。
彼にかけられた令呪の守り、それが大英雄を包み込み、その耐久力を倍加させている。
ならば、七度滅ぼせるはずの一撃も、三回半が限界であり、あと半分、彼の命は残されている。
そして、今目の前に存在する敵を滅ぼすならば、半分の命があれば十分、その身はまだ動く。
ヘラクレスは“戦闘続行”の技能をAランクで持つ。例え致命的な一撃を受けようとも、彼に戦う意思がある限り、その身は動き続けるのだ。
セイバーとアーチャー、2人のサーヴァントが死力を尽くしても、最強の存在は崩せない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
そして、終幕となるはずの斧剣が、剣の主従に振りおろされる刹那―――
「Neun, Acht, Sieben, Sechs !!(九番 八番 七番 六番)」
最後に狂戦士に向けられる、死の具現が殺到した。
「Stil, schueBt, BeschueBen, ErschieSsung ――――! (全財投入、敵影、一片、一塵も残さず)」
バーサーカーを打倒しうる存在はサーヴァントだけではない、ここにもう一人、その手段を持つ存在がいた。
度重なるアーチャーへの無茶な魔力供給によって遠坂凛の魔術回路は焼きつく寸前であったが、遠坂の魔術は流転が基本。すなわち、宝石の込められた魔力を解放するのみならば、魔術刻印だけでも事足りる。
そして、投入された宝石から繰り出されるのは、彼女が10年間込め続けた魔力によって作られる最強の魔弾。
「くたばりなさい! バーサーカー!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」
そして、この最後の一撃を狂戦士はなおも迎え撃つが、十一の命を失い、残る命も半死半生である状態では防ぎきることは叶わず。
最後にはなった一撃は、剣の主従に届くことなく遠坂凛の放った氷の槍によって砕かれ、彼の最後の命はその瞬間活動を停止した。
ただ一つ、己を打倒したこの高潔な戦士たちならば、雪の少女を預けても良いだろう、という想いを残して。
■■―――――――――――■■
「第三が開きましたか」
教会に座し、この決戦の舞台を整えた男は、静かにその波動を感じ取っていた。
「さてさて、一体どのサーヴァントが脱落したのやら」
そこまでは彼には分からない。彼に分かるのは第三が開かれたという事実のみであり、それを知るためには相応の手段が必要となる。
「まあ、ランサーの報告次第となりますか、上手くやってくれればよいのですが」
そして、その為の手は打ってある。あえて大型遊戯施設の結界敷設にランサーのルーンを用いなかったのは、この戦いの最後の経過をランサーの魔術によって把握させるため。
最初から張っていては気付かれる。電子機器という手もあったが、バーサーカーとの激闘によって壊される可能性が高い。
ならば、最初から全てを把握することは諦め、セイバーが大型遊戯施設に駆けつけてからの戦況が分かればよしとするべき、必要なのは誰が脱落し、そのような手傷を負ったかということなのだ。
「さてさて、ともかく、これにて第三は開放され、中盤戦の最大の山場は終了しました。恐らく、バーサーカーは敗れたはず、まともに考えれば彼が勝ち残るが故に、大穴こそがあり得ましょう。なにせここは副首領閣下の術式の中にあるのだから」
まあ別に、バーサーカーが勝っていたとしても、クリストフ・ローエングリーンにとっては問題ない。
あくまで、彼が“ラインの黄金”を手にさえ出来ればそれでよいのだ。
「まあ、正直バーサーカーは厄介ですから、セイバーかアーチャーに倒されていればよいのですが、どうなったことやら」
嘯きながら、彼は今夜の戦いの後始末を始める。
あの大型遊戯施設は最早使い物になるまいし、スワスチカの汚染もある、早急に手を打たねば。
「さあ、いよいよ、いよいよです。“ラインの黄金”の完成はまた一歩近づきました。果たして、勝つのは誰か、 奇蹟の聖杯を誰の手に収まるか、く、ふふふふ、はははははははははははははははは」
神父は笑う、その瞬間を待ち望みながら。
最大の山場を終えた冬木の聖杯戦争、二騎のサーヴァントが脱落し、中盤戦も半分が経過、舞台は徐々に終局へと進んでいく。
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バーサーカー戦、終・了!!
フィニッシュブローは凛、この展開は読みやすかったかな? と思ってます。予想された方も多いのでは。
さて、実は今回プロット段階では、士朗君の頭のなかに変な声が聞こえてくる予定だったのですが、
あまりにもウザく
あまりにも総てをブチ壊してしまったため
今回のような形になりました。ここ数話はFate勢の活躍の場だったので、これがDiesとのクロスであることを忘れられている方も居たのでは、なんて思ってたりしました。
あと、話の最後で聖餐杯が笑うのはもはやテンプレ。