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[20830] 【習作】まいごのまいごのおおかみさん(東方)
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2010/08/04 15:22
 注意書き
 本作品はオリ主が登場するタイプの東方project二次SSです。
 設定を改変する箇所や、独自の解釈が含まれます。
 そういった要素があっても問題ないという方はお読み下さい。











 どれだけ歩いただろう。
 もう体を動かしているという実感すらないのに、私はまだ歩き続けている。
 何処を目指しているのか自分でもわからないというのに、私は歩き続けている。

 何度山を越えただろうか。
 何度川を渡っただろうか。
 何度排斥されただろうか。

 私は歩き続けなければならない。
 居場所を見つけるために。










 いつの間にか私は気を失っていたらしい。
 土の味が口の中に広がっている。
 歩き続けなければならないのに、まるで自分は既に死に体だと言わんばかりに体は動いてくれない。
 鼻も利かなくなったのか、これまで鬱陶しいほどに感じられた万物の匂いが感じられない。
 かろうじて動く目で辺りを伺えば、雄雄しく茂った緑たちに囲まれている。
 どうやら何者かの手が入っているらしく、妙に開けた場所だ。

 そんな中で私は理解した。
 あぁ、ここが私の終着点か。
 そういえば耳も聞こえない。
 段々と目も見えなくなってきた。

 あんなに歩き続けてきたんだから、最期の終着点くらい楽しませてやろうというカミサマのはからいかもしれない。
 中々に粋なカミサマも居たものだ。
 今まで私が見てきたカミサマたちの多くは、私を見ると眉をしかめてとっとと出て行けと吐き捨てた。
 問答無用に力を持って追い払われた事も少なくは無いが、でも、優しく私の頭を撫でてくれたカミサマも居た。
 お前は妖だから、ここに置いてあげる事はできないがと食べ物の入った風呂敷を首に巻いてくれたカミサマも居た。
 今のこの状況は、そんな優しかったカミサマたちがくれた最期の贈り物だろう。
 殺されるでもなく、自分の道を曲げたわけでもなく、死んでいける。
 結局私の居場所は見つけられなかったけど、悪くはないじゃないか。
 私はもう動かないと思っていた口の端がつり上がるのを感じた。
 ああ、本当に悪くないじゃないか。
 もう良くは見えないが、どうやら看取ってくれる何者かもいるようだ。


















 どうにも空気がざわめいているような感じがする。
 こんな夜にはいつも決まって何かが起こる。
 妹が生まれたのも、魔女と出合ったのも、満足のゆく従者たちと出会ったのも全てこんな夜だった。
 こんな夜は直感に従って動くと、大抵かけがえのないものを得ることができた。
 だから、私はそれまで満月を眺めていたテラスから飛び立った。
 行く先など自分でもおぼろげだ。
 しかし当て所なく動いていれば、そこに行き着くだろう。
 私の力はそういうものなのだから。

 そうして飛び立つ私を、隣に座っていた魔女は苦笑と共に見送った。
 香り高い紅茶の満たされたカップを揺らしながら『今度は何を拾ってくるの?』と目が語りかけてきている。
 失礼な。





 気分を多少害されたが、これから得るであろう何かに対する期待は微塵も衰えていない。
 その期待を胸にしながら飛ぶ夜は、何度経験してもいいものだと思う。
 まるでおもちゃを買ってもらう子供のようだと思い浮かべて、頭を振った。
 私はそんな子供じゃあない。
 そうだ、私は買ってもらうのではなく得るために行動しているのだ。
 与えてもらうのではない、得るのだ。
 無駄に腕を組んで偉そうに頷きはするものの、それも傍目から見ればどうなのだろうというお話。
 そんな自分の行動に呆れながら、まるで矢のように空をかける。
 目的地などわからないが、ただ自分の中の何かがこちらだと訴えかけてきている。
 何度かこの訴えかけが外れた事もあったが、今夜のこれはどうやら当たりのようだ。

 空から地を見下ろす私の目には、一匹の銀狼が映っていた。

 大きいな。
 私がまずその狼に対して抱いた感想はそれだった。
 そんな印象の後に、薄汚れてはいるが立派な銀の毛や金色の目が綺麗だと、凡庸な感想が浮かんだ。
 くすりと笑われたような気がして意識を戻せば、いつの間にかその綺麗な金の目は閉じられていた。
 そうして横たわっている狼はまるで死体のようで。
 折角得た何かが手のひらから零れていくような感覚に、私はがらにもなく焦りを抱いた。
 体が勝手に動いたとしか言いようがない。
 私よりも遥かに大きな体を背負い上げ、来た時に倍する速さで空をかけた。

 これはもう私のものだ。
 私の許可なく零れていくなんて許しはしない。

 焦りと共に館へ帰ってきた私を迎えたのは、間抜け面を晒して固まっている門番だった。
 いつもなら軽く労をねぎらうくらいはするが、今はそれ所ではない。
 直感を信じて飛び立ったテラスへ一直線に、まるで突っ込むような勢いで着地した。

「…また変わった拾い物ね?」
「いいからさっさと治療しろ!!」





 それが私とこの子の出会いだった。








[20830] 一話 S
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2010/08/07 03:24


 何かが自分の中に入ってくるのを感じた。
 暖かいようで冷たく、どこか無機質な感じのする何かが私の中に染み渡っていく。
 そのくせ、嫌な気分にならないのは不思議だった。
 そんな感覚に身を任せていると、自分に変化が起きているのを感じた。
 驚いたのは、どうやら私は死んでいないらしい。
 相変わらず動かないものの、自分の体があるのを感じられる。
 笑いながら悪くないなぁと死を受け入れたあの時のような、自分の体が喪失したような感覚がない。


 そうして驚きを感じているうちに、少しずつ自分の耳に音が戻ってきた。
 近くで何かを言い争っている者がいるらしい。
 そちらに意識を向けると、ほとんど聞き取れないが、どうやら言い争いではなく片方はからかわれて声を上げているようだ。
 悔しげなうなり声のようなものが聞こえる。
 ……からかっていた側の声が、なにやら蜜月のような声に変わった。
 第三者の傍でそんな声音を漏らすとは、いやはや。


 そんな喧騒の中、私が意識を取り戻したのに気づいたのか、声を上げていた者たちとは別の誰かが私の体に触れた。
 最初は触れたまま何かを探るような気配を向けられたが、それに対して何を思うわけでもなかった。
 異物に警戒心を持つのは当然の事だ。
 別段危害を加えられそうな雰囲気ではなかったのでそのままじっとしていると、さらりと頭を撫でてくれた。
 何か笑われたような気がする。
 でも、これまで私をこんな風に撫でてくれたのは優しいカミサマたちだけだった。
 私はカミサマに拾われたのだろうか。


 そんな誰かの行動のせいか、どうやらこの場にいる皆が起きたのに気づいたらしい。
 いくつかの視線が向けられたのを感じた。
 暢気な視線、どこか警戒した視線、期待の視線、無機質な視線。
 ここまで雑多でわかりやすい視線というのも珍しい。
 私はこんな視線を向ける者たちの顔が見たいと思った。
 耳が少しは回復しているのだから、もしかしたら目も少しは見えるかもしれない。
 おそるおそる相手を刺激しないように目を開ければ、ぼやけてはいるが人の形をした者たちが見えた。
 小さいのが二つ、中ぐらいのが一つ、大きいのが二つ。


 小さい赤いのが何かを言っている。
 声は感じられるのだが、何を言っているのかはまだはっきりと聞き取れない。
 ただ、私に何かを問いかけているということは何となくわかった。
 それに答えを返せないのがもどかしい。
 せめて敵意がない事くらいは示しておかねばと思い立った。
 必死に動かない体に鞭打って腹ばいになろうとしたが、失敗。
 首がかろうじて動くだけに留まった。
 もう一度とばかりに力を込めようとしたら頭を叩かれた。
 まるで小さな子に言い聞かせるように優しくぺしり。
 見上げれば、緑の大きなのが居た。
 何かを言い聞かせられているような気がする。

 再び頭を撫でられる感覚と共に、先ほどの無理が祟ったのか私の意識は落ちていった。





「また眠っちゃいましたねぇ」

 先ほどまでの優しく撫でる手つきとは打って変わって、もしゃもしゃと毛並みを楽しみながら緑の変わった中華風味の服を着た女性が笑う。
 眠った途端に遠慮が無くなった。
 最初に触れた時の気配から、とりあえず害はないと判断して必要最低限の警戒以外はといてしまっている。
 暢気な彼女の今の最優先事項は、多少荒れてはいるものの立派にもふもふとした毛皮を楽しむこと。
 仮に何か危害を加えようとされても、それに対応する程度の事はできる。
 とりあえず今は毛並み。
 もふもふ。
 ……ぐぅ。

 狼の体がそんな状態になっているのは、吸血鬼が持ち込んでから魔女が真っ先にしたのが身体浄化だったから。
 その後に最低限の生き延びるための治癒魔法をかけ、周囲に漂う治癒に必要な要素を少しずつ取り込ませる魔方陣の中へ放り込んだ。
 土や草の臭いに始まり、獣独特の臭いが酷かったからと、浄化を優先した時の事は先ほどまで揉めていた。

 その間に死んだらどうするのか。
 そんな簡単に死にはしない。

 普段はカリスマだとか貴族の嗜みだとか口にするくせに姦しく騒ぐ吸血鬼をあしらいながら、更には本を読みながらも狼に対する警戒を緩めない辺り、器用な魔女である。
 傍に控えていたメイド長が音も無く紅茶の満たされたカップを二つ用意して、二人に挟まれているテーブルへと置いた事でしばらくは沈静化したものの、時間と共に再燃。
 あの狼が一瞬目を覚ましたのはこの一方的な言い争いが原因なのではないだろうかという考えがメイド長の頭をよぎった。

 お嬢様が拾ってきた狼に対しては特に何を思うわけでもなかった。
 元々は自分も拾われたようなものだし、お嬢様の様子からするとこの狼は館に置くことになりそうだ。
 暇だからと歯ごたえのある敵を持ち帰ったわけでもなく、純粋に受け入れるために。
 この紅魔館に住むことになる狼。
 そこまで思考して、何を思うわけでもなかった狼に対して少しだけ思うところができた。
 狼はイヌ科だ。
 イヌ……悪魔の犬の座を取られるかもしれない。
 いや、私にはパーフェクトメイドが残っている。
 普段と何ら変わることの無い微笑の下ではそんな考えが渦巻いていた。





 どこか混沌とした場が終わりを迎えたのはその次の日の夜のこと。
 人間の基準で考えれば長いものだが、そこは悪魔の館である紅魔館。
 その程度の時間でどうにかなるほどやわな存在はこの場に居なかった。
 流石に唯一の人間であるメイド長だけは自身の能力を持って休んでいたが、それ以外はまるで堪えた様子もない。
 今日は昼寝をしなかった、程度の問題としか感じていない様子。
 流石に眠っている狼の様子を見るだけというのには飽きたのか、図書館から持ってきた様々な本を片手に紅茶を嗜みながら。

 ゆるりと時間が流れるそんな場所で、ようやく眠っていた狼が目を覚ます。
 まずは耳がぴくりと動いた。
 続いてかすかに鼻をすんすん。
 ようやくうっすらと目を開けた。

 その場に居た皆の視線が狼に集まった。

 狼はゆっくりと目を閉じて鼻から息をふすー。

「寝るな!!」

「!?」

 つい瀟洒ではない突っ込みを入れてしまった自分は悪くないと思う。
 何だかんだで寝ている狼を見るだけというのも飽きていたのだから。
 お腹の辺りにしがみついて眠っていた美鈴もなんのそのと言わんばかりに雄雄しく立ち上がって固まった。
 しぶとく毛並みにしがみついて眠りをむさぼる者の姿もあって、非常に絵にならない。
 立ち上がったはいいものの、どう行動していいのか悩んでいるような気配がする。
 まるで置物のように微動だにせず、そのくせ目線だけは激しく行き来していた。
 その視線が私に向けられた瞬間ぴたりと止まった。
 何やら怯えているような視線を向けられている。失礼な。

「咲夜、そんなに睨んでいたら怯えちゃうじゃない」

 お嬢様に窘められて、ようやく今の自分の目つきを自覚する。
 どうやら自覚している以上に苛立っていたらしい。

「嫉妬でもしているんじゃない?『私のお嬢様がとられてしまう』といった所かしらね」

 パチュリー様にまでからかわれた。
 これでは完全で瀟洒なメイドの名折れである。
 止まった時の中でむにむにと顔をほぐした後、さらりといつもの微笑を浮かべて時よ動け。
 傍目には過程をすっとばした変化に見えるだろう。
 そのせいか怯えた視線の強さが増した。失礼な。
 相変わらず美鈴は起きない。そろそろナイフでも投げてやるべきだろうか。
 そんな私をお嬢様とパチュリー様が笑っているのが更にその衝動を加速させてくれる。

「さて、あなたはどこのどなた?」

 お嬢様は私の内面の観察に満足がいったのか、私に怯えた視線を向けたまま微動だにしない狼へと問いかける。
 都合二度目の質問。一度目は答える事無く眠りに落ちてしまった。
 でも、その問いかけに困ったような雰囲気を滲ませながら私を見ないで欲しい。
 きゅんきゅん鳴かれても私には狼の言葉はわからない。

「あら、喋れないのかしら?」

 驚いたようなお嬢様の言葉に、狼はわが意を得たりとばかりにぶんぶんと首を縦に振っている。
 言葉は理解できているらしい。色んな意味で都合のいいことだ。
 お嬢様がその事について考えをめぐらせている姿をどうとったのか、おろおろとしている狼の姿は面白い。
 あ、腹ばいになった。美鈴、敷かれているけど重くないのかしら。
 ……とりあえず言葉はわからないまでも、敵対する気がないのはわかった。
 だから怯えたような視線を私に向けるのはやめて欲しい。
 私が一体何をしたというのか。

「……咲夜、そんなに睨まないであげなさい。あんなに怯えているじゃないの」

 またやってしまったらしい。
 再び先ほどの作業に移る。むにむに。
 また怯えた視線を向けられた。いらっとする。

「顔は笑っているのに黒いわね」
「困ったものだわ」

 ひどい言い様ですね、お嬢様がた。
 ……今度ストリキニーネでも混ぜた紅茶をお出ししてみようかしら。
 変わったお茶シリーズその108という名目で。
 どう転んでもその程度で死にはしないし、たまにある当たりをお嬢様も楽しんでらっしゃるから許されると思う。

「お嬢様、今はそれよりもあの畜生の扱いを決めるのが先ではないでしょうか」
「畜生って……」

 つい本音が漏れてしまった。お嬢様から向けられる『咲夜、疲れているのよ貴女』という視線が痛い。
 どうにも今日は調子が狂っている。びーくーるびーくーる。

 そんな風に自分を戒めていると、いつの間にかお嬢様がひれ伏す狼に近づいてその目を見つめていた。
 じーっと馬鹿みたいに大きな狼を見つめるその姿は、まるでトトロに会ったちびっこの様。可愛い。

 しばらくそんな状態が続いた後、おもむろにお嬢様が口を開いた。

「あなた、私達と敵対する意思はある?」

 ぶんぶんぶん。
 やはりしっかりと言葉は理解できているようだ。

「じゃあ、私達が怖い?」

 ちらり。
 私に視線を向けるな。

「咲夜を除いたら? あ、咲夜っていうのはあの凄い目で睨んでいる人間ね」

 ちょ、お嬢様……!?

 狼は少し考える素振りを見せてから、ぶんぶんぶん。
 後で覚えていなさい。あなたの食事は私が握っているのよ?
 がくがくがく。

「最後の質問ね。ここに居たい?」

 それまでは楽しげだったお嬢様の雰囲気が変わった。
 NOとは言わせない。NOと言える日本人?そんなものは都市伝説だ。
 そう言わんばかりの雰囲気を滲ませながらの問いかけは、最早脅迫以外の何物でもありません。
 ああ、流石お嬢様!カリスマが溢れていらっしゃいます!
 相手が日本人ではなく畜生だというのを除けば完璧です。
 あぁ、日本人のくだりは私の想像でした。
 完璧です、パーフェクトです、お嬢様。

 ……今回は顔にも口にも出していないはずなのに、パチュリー様から呆れた視線を向けられた。
 ついに読心魔法でも身につけられたのでしょうか。
 対策を考えながら、お嬢様の最後の問いかけ以降、動きが見られないのに気がついた。
 まだ縦にも横にも首が振られていない。

 目線だけがお嬢様、パチュリー様、私、小悪魔と順に動かされている。
 一周、二週。
 あ、居たのね小悪魔……
 何度か目線が動いた後に、狼はおずおずと首を縦に振った。
 その時にようやく敷いたままだった美鈴に気づいたようだ。一瞬びくりと体が揺れた。
 気づくのが遅い。どうやら似たもの同士らしい。
 それから視線を目の前のお嬢様に移して、どうやら顔色を伺っているようだ。
 お嬢様もお嬢様で、そんな狼をじっと見つめている。

「よし、ここに住むことを許可しましょう。しばらくは好きにするといいわ」

 半ば出来レースのようなものだったとはいえ、これで狼は正式に紅魔館の一員となったわけだ。喜べ畜生。

「ところであなた、名前はあるの?」

 ふるふると頭を力なく横に振った。

「なら私がつけてもいい?」

 こくこく。

 うむ、お嬢様の意向に逆らわなかった点は評価してあげましょう。
 食事は残り物の骨に、ほんの少しだけ肉をつけてやろう。

「待ちなさいレミィ。貴女のネーミングセンスじゃ私達が呼びたくないような名前になるわ」

 おーっとパチュリー君つっこんだー!
 ……何故だろう、今日に限って思考が異常だ。
 いや待て、これはいくらなんでもおかしい。
 確かに私は猫をかぶることが多い。
 犬なのに猫とはこれいかにと思うが、それは自覚している。
 しかし、猫の中がここまで酷いのは初めてだ。

「パチェ、それはいくら何でも」
「あの、お嬢様、私もそう思います…」
「……あぁん!?」
「ぴぃ!?」

 いつもパチュリー様の後ろに控えて微笑みを絶やさない小悪魔がお嬢様に意見した。
 こういう場では口を出すことなんてこれまで無かったのに。

「落ち着きなさい、レミィ。古来よりペットの名前は家族全員で決めるものと相場は決まっているのよ」

 パチュリー様の言動も少しおかしい気がする。
 普段は呆れたように半目で見る程度で留めるというのに。
 それに、何故美鈴は未だに目を覚まさない?
 居眠りが多いとはいえ、ここまで酷くは無い。

「私が拾ってきたんだから、私が名前をつけてもいいじゃない」
「じゃあ何て名づけるつもりなの?」
「蘇る銀狼」
「名前ですらない」

 これはひどい。
 これはひどい。
 確かに名前ですらない。

「それ、この間貸した小説のタイトルじゃない。もっとましな名前を考えなさい」

 お嬢様、流石にこれはパチュリー様の意見に賛成です。
 目の前の狼の顔が面白いことになっています。
 泣きそうになっていますよ。

「ならパチェは何て名づけるのよ!代案無き否定は認めないわ!!」
「ハティ」
「……月に大きな影響を受ける私が居るというのに、その名前か」
「じゃあスコール」
「ハティ繋がりで?」
「ええ」

 ハティは月を、スコールは太陽を追い立てる神話の狼。
 お嬢様の事を考えるなら、大仰な名前だがスコールは悪くないのではないだろうか。
 おそらくそれをわかっていながらハティの名を先にあげるあたり、パチュリー様もいい性格をしている。

 しばらく考え込んだ後に、お嬢様はふむと一つ頷いた。
 納得がいったらしい。
 狼に向かって尊大に胸を張りながら口を開く。

「このレミリア・スカーレットがお前に名を与えよう。
 これよりお前の名はスコール。その名に恥じぬよう、私の敵を打ち払う牙となれ」
「厨二病乙」

 すばらしい合いの手だった。
 今日のパチュリー様は一味違う。
 ピキリと固まったお嬢様のお姿を横目に先ほどから動こうとしない狼へと目を向ける。
 見なければ良かった。

 じっと伏せたまま、どこか泣き出しそうな雰囲気を滲ませて呆然とお嬢様へ目を向けたままだった。
 まるで悲願を達成したばかりの、未だ実感を伴っていない者のような様子。
 何が狼の琴線に触れたのかはわからない。
 しかし、現実としてそんな狼がそこにはあった。

 こう見えて涙もろいのよ、私は。
 とりあえず時を止める準備だけはしておこう。
 泣いた顔を見せるのはお嬢様にだけでいい。

 直後、館を揺るがす程の鳴き声が響き渡った。
 泣いているような、喜んでいるような。
 様々な感情が込められているのがありありと感じられた。

 タイム。
 十六夜選手、自分の世界へしばし退避。

 私がここに受け入れられた時の事を思い出してしまった。
 不覚。












[20830] 二話 P
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2010/08/07 03:24


 まるで夢のようだ。
 一体何処からこれほどの力が沸いてくるのか不思議なほどの活力が私を満たしている。
 ようやく。ようやくだ。ようやく私は辿り着いた。
 私の終着点は、カミサマたちに感謝したあの満月が覗く緑の中ではなかった。
 ようやく私は居場所に辿り着いたのだ。
 その上名前まで貰えた。
 これ以上の幸せがあるのだろうか。
 私の体からはその喜びが噴出するかの如く声が溢れてくる。
 止められない。止めてしまったらこの夢のような喜びが消えてしまいそうだ。
 夢なら覚めないで欲しい。





 鼓膜が破れるかと思うほどの鳴き声を上げている狼が目の前に居る。
 これでもかというくらいにうるさい。
 でもこれは止めてはいけないものだと感じた。
 拾ってこられた時、この狼に外傷は全くなかった。
 あるのはひたすら積もり積もった疲労のみ。
 一体どれほど歩き続けたのだろうか。
 もしそれが居場所を求めてのものだったとしたら、今の状況も納得できる。
 先のやり取りから思うに、ここに受け入れられたのが嬉しいのだろう。
 もっとも、未だ推測の域を出ないけど。
 しかし、言葉がわからないのは不便ね。
 狼の言葉がわかるような翻訳魔法でも作ろうかしら。
 いや、あの狼は言葉を理解しているのだから文字盤の様なものでもいいかもしれない。
 まぁ、その辺はあの狼に選ばせてやろう。
 折角作っても使われないのでは意味がない。時間の無駄だ。
 しかし、終わらないわねこの鳴き声。
 いったいどれだけの肺活量があるのだろうか。
 あ、ようやく終わった。
 ……レミィ、何かピクピクしてるけど耳大丈夫?
 偉そうに腕を組んだまま仁王立ちしてるからそうなるのよ。
 貴女が厨二病を発症するのなんてそんな珍しい事じゃないんだから、いい加減に突っ込みに対する耐性を持ちなさいよ。
 あぁ、ストレートに突っ込んだのは初めてだったかしら。
 そういえば今日はどうにも自分の言動がおかしい気がする。
 咲夜も小悪魔も、レミィですらも。
 考えられる原因は当然この狼か。
 警戒は緩めないでおこう。


 ようやく鳴き声が止んだ後に残ったのは静寂だった。
 しん、と。まるで世界の全ての音が死んでしまったかのような錯覚さえ受ける。
 そんな中でようやく起きて、先の鳴き声を間近で聞いて目を回している美鈴を尻目に、狼がその大きな体を揺らしてのそりと足を踏み出した。
 私は反射的に警戒を強め、咲夜が僅かに重心を落とした。
 レミィは相変わらずピクピクと震えながら仁王立ちしている。
 もとよりそれほど離れていなかった狼とレミィの距離。
 狼が一歩踏み出せば、最早彼我の距離は無きに等しい。
 無いとは思うが、手を出すには十分な距離だ。
 そんな私達の警戒など知らぬとばかりに、狼はゴロゴロと喉を鳴らしながらレミィに優しい頬擦りを一つ。
 まるでお姫様の手の甲にキスを落とす騎士のようだ。
 どっちもご婦人に分類されるのがちょっと減点。
 さらに言うなら、雰囲気を取り払えば犬にじゃれ付かれる幼女にしか見えないのも減点。
 まぁ、野暮な事は考えないでおきましょう。
 悪い絵じゃあないわ。


 ふわりふわりと頬をくすぐる毛並みにレミィの頬が緩んでいる。羽もぱたぱたと忙しなく揺れていた。
 そんなに気持ちいいのかしら。
 もしゃりとレミィが狼の首に抱きつけば、それに反応して狼の尻尾がゆらゆらと揺れ始めた。
 どうも喜んでいるらしい。このロリコンめ。そもそもあんた雌でしょう。
 いけない、また妙な方向に思考が飛び立ってしまった。
 もしかしたらあの狼、精神干渉系の能力でも持ってるのかしらね。
 これからはそちら方面に警戒を向けておこう。
 吸血鬼のレミィならまだしも、私はあの牙で噛み砕かれれば死ぬ。
 あれだけの体躯なら引き倒して息の根を止めるなどという悠長な事をせずに、ただの噛み付きだけで私を絶命に至らしめる事ができるだろう。
 準備をした上でやりあうならいくらでもやりようはあるが、無防備な所を狙われれば言わずもがな。
 まだこの段階では警戒するに越したことは無い。





 狼にじゃれ付く幼女、じゃれ付かれる狼。
 それに羨ましげな目を向ける門番とメイド長。
 どちらが何に対して羨望を向けているのかは言わぬが華だろう。
 しばらくそんな状況が続いたが、狼が優しく顔を離した。
 レミィ、そんな悲しげな顔をするんじゃないの。

 レミィの顔にもう一度頬擦りを残して、再びのそのそと、今度は咲夜の下へ歩を進めて同じように頬擦り。
 触れられるまでは警戒を緩めなかった咲夜が、陥落した。
 なん……ですって……!?あの咲夜まで陥落したというの?
 おのれ、あの狼の毛並みは化け物か!
 単にあの手のペットに対する耐性が無かっただけというのも大きいかもしれない。

 次は……美鈴かしら?あ、進路変更した。これはどうやら私みたいね。
 美鈴、何滂沱の涙を流してるの。貴女さっきまであれだけしがみ付いていたじゃない。
 てふてふ。もっふーん。すりすり。
 ………悪くないわね。うん、悪くない。
 あ、こらちょっと!離れるんじゃないわよ!
 待て毛皮!!

 そうして名残惜しさと共に次の相手へと目を移せば、そこには小悪魔が。
 ……居たのね小悪魔。
 狼が近くまで寄ってくると、小悪魔は先手必勝とばかりに狼の首にとびついた。
 当たってる?違うわ、当ててるのよ。
 そう言わんばかりにもふもふと毛並みを楽しんでいるらしい。
 狼がきゅんきゅん困ったように鳴きながら咲夜を見ている。
 あの子は犬っぽいからかしらね。どうにも怖いけど、それでも……というところか。
 く、悔しくなんて……ないんだからね?

 いつまでも抱きついていては話が進まないという空気を読んだのか、ようやく小悪魔が狼を開放した。
 あれだけ抱きつかれたというのに、律儀に小悪魔にも頬擦りを一つ。
 小悪魔、貴女また抱きつきかけたでしょう。手が一瞬震えたわよ。


 あれだけ大きな体のくせに足音をほとんど立てずに再びレミィの前に戻った狼は、これからよろしくお願いしますといった風にぺこり。
 礼儀はわきまえているようだ。うむ、ぱっちゅんポイントを加点してやろう。喜べ。

 狼は挨拶回りも一段落して、私これから何すればいいの?とばかりに首を傾げた。
 その仕草にまたレミィがやられたらしい。今までペットらしいペットを傍に置いたことがなかったからこちらも耐性が無いんでしょうね。
 再び飛びつこうとしたので、ぼそりと『カリスマ』と言ってやった。
 どうやら聞こえたらしい。微妙な態勢で固まった。もう皆にばれてるから咳払いをしても遅いわよ。





 レミィが抱き付きたそうにしながらもこれからの取り決めを進めていった。
 要約すると、しばらくは好きにしなさいという事にするようだ。
 貴女の部屋はここねと今いる部屋を示した時、狼は縮こまった。
 どうやら勿体無いと言いたい様だ。わかりやすい狼で助かる。でもレミィが強権を持って押し切った。
 まぁ館の広さは咲夜の能力でおかしな事になってるから、別に問題はないだろう。
 狼が生活するに当たって必要となる機能については私が魔法で整える事になった。
 人用のトイレなどは狼の体では使えないから仕方が無いだろう。
 その魔法の維持に使う力は狼から。
 効率は悪いが、妖力を魔力にコンバートして使用する形に。
 この程度の浄化系魔法陣ならば高が知れているので問題はないだろう。

 一通りの取り決めが終わった後は、レミィお待ちかねのフリータイム。
 馴染む!馴染むぞ!!と言わんばかりに腹ばいになっている狼の背中で毛並みを満喫していた。
 咲夜もそれを緩んだ顔で眺めながら狼の尻尾をにぎにぎ。
 嫌だけど言い出せないといった風な狼の顔を楽しみながら紅茶を嗜む。
 自分にサドの気があるとは思っていなかった。中々に面白い発見だわ。
 いえ、これくらいなら誰にでもあるかしら。
 ずりずりと腹ばいのまま前進してきた狼に、足元から見上げられた。
 どうやら尻尾を握る咲夜をどうにかして欲しいようだ。懇願するような目がたまらない。
 咲夜にもっとしてやるように言った瞬間のあの顔はしばらく忘れられないだろう。
 まぁしばらくは遊ばれてなさい。





 そんな空間も、時と共に移り変わってゆく。
 さすがに眠くなってきたので解散する事になった。
 なのに、解散を宣言したレミィがこの場を離れようとしない。
 どうやら毛並みを楽しみながら眠りたいらしい。
 今までの行動を見てれば危険はないんでしょうけど、警戒を緩めすぎじゃないのかと思う。
 ……まぁあの毛並みならわからなくもない。良い寝台兼枕になることだろう。
 今度私もやってみようかしら……あの毛並みをソファ代わりにして本を読むのも良いかもしれない。
 まぁ今はそれよりも睡眠だ。狼ベッドはレミィに譲ってやる事にして、私は自分の部屋へ戻った。
 どこか寒々しいような雰囲気の漂う本の要塞と言わんばかりの部屋。
 そろそろ読み終わった本を図書館に戻そう。頼むわね、小悪魔。
 こあーっなんて泣いてもダメよ?



 さて、おやすみなさい。



 ……今日みたいに、全員揃って騒ぐなんて事は久しく無かったから少しばかり寂しく感じる。
 小悪魔、扉の隙間から枕を抱えて覗いてないで入ってらっしゃい。
 仕方ない子だわ、全く。
 今日は仕方ないから抱き枕にして眠ってあげましょう。
 おやすみなさい。






[20830] 三話 R
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2010/08/07 03:23



 初めて家の中で眠った。
 体を撫でる風も滴る夜露も感じないのは少し落ち着かないけれど、これは快適だ。
 それに、ここに住んでいいと言ってくれた主人も一緒に眠ってくれた。
 小さな体で自分に抱きつくようにしてくぅくぅ眠る姿はかわいらしい。
 ときおりもぞもぞと寝心地のいいポジションを探すかのように身動きされるのは少々くすぐったいけど。
 こんな主人が昨日寝る前に少し聞かせてくれたのは、自分が吸血鬼で500歳だっていう事。
 500歳なのにこんなに可愛らしいのは詐欺だと思う。
 偉そうに胸を張っている時も、威厳よりも前に可愛らしさを感じてしまった。
 そう思いながら話を聞いていたら、どうやらばれてしまったらしい。
 吸血鬼だからだろうか、少女らしからぬ力強さで鼻をつままれた。鼻がもげるかと思った。
 それでも、その程度の事なんてこの幸せに比べれば些事でしかない。
 あぁ、僅かに空が白みはじめた。
 小さな小さな窓から見える空には雲もないし、今日はよく晴れた日になるだろう。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか目の前にメイドさんが居た。
 確かイザヨイサクヤさん。
 顔は笑っていても、ちょっと怖い雰囲気の人。睨まれるのは苦手だ。
 これからよろしくお願いしますと挨拶をした時は優しく撫でてくれたけど、しばらくしてからまた元の雰囲気に戻ってしまった。
 どうすればいいのだろう。
 とりあえず顔色を伺って見ることにしよう。

 何か緩んでる。
 目線を辿れば、そこには幸せそうに眠る主人の姿。
 どうやらサクヤさんも主人の姿を可愛いと思っているようだ。
 そこまで考えて、ふと昨日聞いた事柄を思い出した。
 吸血鬼は日光に弱いらしい。
 あの小さな窓から入るだろう光は体に悪いのではないだろうか。

 でもこんなに気持ちよさそうに眠っているのに起こすのは可哀想だ。困った。
 そんな視線をサクヤさんに向けると、彼女は微笑を浮かべて一つ頷いた。
 頷いた瞬間にお腹に感じていた重みが消えたのには驚いたけど、サクヤさんが何一つ慌てていないのだから、彼女がが何かしたのだろう。
 昨日の様子を見ていれば、サクヤさんが主人を大切にしているのくらいわかる。
 とりあえずは朝の挨拶をしておこう。
 体を起こして、サクヤさんの前でお座り。ぺこり。
 おお、撫でてくれた。思わず喉が鳴ってしまう。

「日が昇ってから朝食にするから、それまでは好きにしていなさい」

 そんな私に苦笑しながら、最後に一撫で。
 瞬きした時には目の前からサクヤさんが消えていた。
 これは心臓に悪いと思う。
 音もしなかったし、きっと超スピードとかそんなチャチなものじゃないのだろう。
 どうやってるんだろう?





 狼が与えられた自室で首を捻っている頃、寝場所を移された吸血鬼はそれまでの毛並みとは違う寝心地から目を覚ました。
 寝ぼけ眼で辺りを見回す。窓の無い豪奢な部屋。
 ああ、私の部屋だ。
 昨日はスコールと一緒に眠ったはずなのにこちらに居るという事は、咲夜が移動させたのだろう。
 日が昇るような時間になっているという事か。
 ちょっと生活時間が狂ってしまっている。
 まぁいいかと一つ伸びをすれば、目の前には着替えを用意した咲夜の姿。

「おはようございます、お嬢様」

 うむ、相変わらず良い仕事をする。
 一つ頷いてみせると、服が変わっている。
 うむ、良い仕事だ。

「朝食の準備は?」
「整っております」

 メニューはハニートーストに砂糖アリアリのスクランブルエッグ、咲夜の能力でいつまでもフレッシュな血液らしい。
 好物ばかりじゃないか。褒めてつかわす。

「お嬢様、朝食の後の歯磨きをお忘れなきよう」

 ええい、余計なお世話だ。そこまで子供じゃあない。
 今ナチュラルに子供だというのを認めかけたが、これは若さゆえの過ちだ。
 私は子供ではなく淑女だ、うん。

 クッ。

「咲夜、今笑わなかった?」
「何の事でしょうか」
「笑ったでしょ」
「笑っておりません」
「笑った」
「私はいつもお嬢様への愛ゆえに笑みを浮かべております」

 ……まぁ良い事にしておこう。
 こうなった咲夜から本当の所を引き出すのは並大抵の労力ではない。
 それよりも今は朝食だ。

 テーブルに着いた途端に食事が目の前に出現する。
 ふわりと漂うハチミツと血液の香り。
 よきかなよきかな。
 そんな朝食に手を伸ばしかけて、スコールの事を思い出した。
 ここに来てから初めての食事になるのだ。
 一緒に食べるのも悪くないだろう。

「咲夜、スコールは?」
「先ほど昨日の夕食の時に出た骨を与えてまいりました」
「……骨だけ?」
「いえ、肉もついております」

 ほんの少しだけ。

 そう聞こえた気がした。
 しかし最初の食事がそれでは少し可哀想ではないか。
 あれだけの体なのだから、それだけで足りるはずもないだろうに。

「喜んで食べていましたよ?アバラ骨をまるでクッキーのようにぼりぼりと」

 可愛らしく首をかしげながら言っても駄目だ。

「昨日は子牛を一頭まるまるバラしたので、骨だけでも結構な量になるのですが」

 中身もついでに、とか笑うな。
 いくら吸血鬼の私と言えど、そちらは守備範囲外だ。
 食事時に聞かされて気分の良いものではない。

 そんな私の考えを読んだかのように、一礼して後ろに下がる辺りは良く出来たメイドだ。
 でも昨日からどうにも行動がおかしい気がする。
 いや、おかしいのは元からか。
 でもどこか、どこか違う。
 そういえば私の言動も少しおかしいか。
 考えられる原因は、やはりスコールだろう。
 昨日から、となればそれしかあるまい。
 後でパチェ辺りに狼用翻訳魔法でも作らせて話を聞いてみよう。
 こちらからの問いかけだけではこの問題を解決できまい。


 あぁ、やってしまった。
 やはり考え事をしながら食事なんてするものじゃあない。
 折角の好物だったのに、それほど味わう事無くいつの間にか食べ終えてしまった。
 ハニートースト……

「お嬢様、お代わりでございます」

 くっ……その『仕方ないですね、全く』という笑みは何だ!
 私は何も言っていない!
 でも出されたのだから食べてやろう。
 ハニートーストに罪はない。
 うむ、いい出来だ。





 朝食を終えてすぐにスコールの所へ行こうとしたら、咲夜から冷たい視線を感じた。
 くっ、歯磨きをすればいいんだろう?わかっている!
 自慢の牙を念入りにしゃこしゃこ。
 う……歯磨き粉を少しばかり飲み込んでしまった。
 咲夜、笑うな。鏡に映ってるわよ。
 あぁ、口の端が更に吊り上った。
 この辺はそのうち躾けなおさなければならないと思う。
 何だかんだで逃げられそうな気はするが、それでもだ。


 キラリと光る牙が眩しくなってから、ようやく目的の場所へたどり着いた。
 扉を開けて中の様子を伺うと、昨日寝るときは部屋の真ん中に居たスコールが何やら部屋の角で丸まっている。
 その前には馬鹿でかい大皿が一つ、空っぽで鎮座していた。
 部屋の中央から何かを引きずったような跡が絨毯についているから、恐らく自分でその皿をはしっこまで引きずっていったんだろう。
 よくよく見れば、皿の周りに小さな白い粉の様な物が飛び散っている。
 そこまで観察して、皿に乗っていたであろう物の想像がついた。
 咲夜、貴女本当に骨をあげたのね。
 それもあんな大皿を使うくらいの量の。
 でもそんな量の骨をぺろりと食べちゃうなんて中々やるじゃないか、スコールよ。
 それでこそ私の狼だ。

 ちょっと得意げに部屋へと足を踏み入れると、それまで丸まっていた毛玉がもそりと動いた。
 眠たげな目で首をかしげながらこちらを見るな。
 気がつくと、フライングボディープレスを敢行した後だった。
 もふりとお腹に抱きつくと、私を包み込むかのように丸くなった。
 これはいい、毛並み革命だ。
 今の私なら世界を狙える。

 まるで泳ぐかのように毛並みを堪能していて、ふと思い出した。
 私は誰と一緒にここに来た?
 残像が残るほどの速さで後ろを振り向くと、そこには鼻にハンカチをあてたメイド長。
 瞬時にそのハンカチは消え、いつも通りの微笑を浮かべた咲夜がそこには居たが、私の目はごまかせない。
 貴様、見ていたな!

「私は何も見ておりません」
「まだ何も言っていないわ」
「私は何も見ておりません」

 おのれ咲夜め……!
 赤くなった顔を隠すかのように毛並みに顔を埋めると、スコールがそんな私に頬擦りをしてくれた。
 ああ、慰めてくれているのね。賢い子。
 そちらを向かずに持ち上げた手だけで頭を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
 どうも撫でてもらうのが好きなようだ。

 ようやく顔の赤みが取れたようなので起き上がると、後ろに居たのは咲夜だけではなかった。
 パチェ、小悪魔、その笑みは何?

「昨夜はお楽しみだったみたいね?」

 OK、わかったよ親友。
 お前も私をからかうのか!
 ちょっと小悪魔、なんで赤くなるのよ。
 いやんいやん頭を振るな。

 そんな私の悔しさを感じたのか、スコールが私を庇うように更に丸くなって、きゅんきゅん鳴きながらパチェを見ていた。

「あらあら、一晩で狼を手篭めにするなんて流石はレミィね?」

 どうしてもそちらの方向に持って行きたいのか、親友!
 ここでの私の味方はスコールだけのようだ。

「スコール、私はレミィを苛めているんじゃないの。ほら、レミィだって本気で嫌がっていないじゃない」
「そうですわ。本当に気に食わない時のお嬢様は問答無用で実力行使に出ますもの」

 こらスコール!こちらを向いて『そうなの?』と首を傾げるな!
 き、きゅんきゅん鳴いても許してあげないんだから!
 すりすりするな!あ……あぁ……!?

「陥落したわ。ちょろいわね」







 いつの間にか眠っていたようだ。
 私の横ではパチェがスコールに体を預けるようにしながら本を読んでいて、スコールはその本に興味があるのか、しきりに首を伸ばして覗き込んでいた。
 パチェが本を変えるたびに覗き込んでは落胆したように目を離している。
 本を変えるたびに、って事は何か読める言葉でもあるのかしら。

「とりあえず英語、フランス語、ドイツ語、中国語は駄目だったわ」
「趣味と実益を兼ねた検証でございました」

 にやにやしながら言うパチェと咲夜。
 私が眠ったから、いじる対象をスコールに移したらしい。
 そう言われてようやく気がついたのか、スコールがどうにも拗ねているのを感じた。
 尻尾がぱたぱたと床を叩いている。
 こんな時にこの子が喋れればどんな風に文句をつけるのだろうか。

「パチェ、意思疎通の魔法とかないの?」
「あるわよ」

 あるんかい。だったら出すもん出しなさいよ!

「でも面倒くさいし、スコールは言葉を理解しているのだから文字盤のような物でもいいかと思ってね」

 それで読める文字を確かめていたの、と続けたパチェだが、先のやり取りを見る限りそれすらも怪しいところだ。
 ただ単にいじって楽しんでいただけじゃないのかと。

「まぁ無駄じゃあなかったわよ。中国語で少しばかり反応を示していたから、大方日本語あたりが読めるんじゃない?」
「なら試しなさいよ」
「ここには日本語の本を持ってきていなかったの」

 言葉を理解できているんだから、読めるかどうか聞けば済む話ではないか。
 現に貴女の後ろでぶんぶん首を縦に振っているわよ?

「私の目には文字しか映っていないわ」
「私の目にはお嬢様しか映っておりません」
「お前ら自重しろ」

 私の目には、と言いたげだった小悪魔を無視して言葉を返してやった。
 あら、拗ねたみたいね。
 スコールのヒゲで遊び始めてしまったわ。
 嫌そうに頭を振るのが面白いらしい。
 やめてあげなさい、可哀想でしょ。





 この後も何だかんだとぐだぐだになったが、スコールの意向に沿って意思疎通の魔法を使う方向で決定した。
 とは言ってもスコール自身に魔力はないので、魔法陣を刻み込んだ何かを身につけさせて、定期的にそれに魔力を充填して稼動させる事になる。
 魔力の充填に関しては問題ない。
 パチェを筆頭に私や小悪魔がいるし、咲夜も微量ながら魔力を持っている。
 なら身につけさせる物は何にするかという話になったが、これについては特に意見の対立は無かった。

 首輪。

 色は?

「紅」
「紫」
「銀」
「こぁ」

 とりあえず小悪魔を殴った上で審議開始。
 結果、紅色の布を紫の糸で縫い、銀色の金具を使うという事で決定した。
 デザインを詰めていくうちにスカーフのような物になってしまったが、まぁいいだろう。
 どこぞで見た狐の石像も赤いスカーフを巻いていたし。

 完成予定は?あぁ今日?早いわね。




 決まった後にそそくさと動き出したのは小悪魔のみ。
 材料の調達、頑張るのよ。




[20830] 四話 F
Name: デュオ◆37aeb259 ID:326a5a07
Date: 2010/08/07 08:08
 材料集めを任された時はどんな無理難題を言われるのかと思いきや、どれも人里で手に入る物で安心したのも束の間。
 人里から必要な材料を買ってくると、お嬢様からは『これじゃあ紅さが足りない』と駄目出しされ。
 紅い布を買ってくると、今度は先ほど買ってきていた紫色の糸を確認したパチュリー様から『太さが足りない』と駄目だしされ。
 太めの紫色の糸を買ってくると、今度は咲夜さんから『金具が弱い』と駄目だしされ。
 四度人里を訪れた私に同情的な視線と暖かいお茶をくれたおばちゃんに感謝しました。
 これがなければ私はくじけていたことでしょう。
 ちょっと悪ふざけをしただけなのにこの仕打ちはひどいと思います。

 朝方から動き出した事もあって、作成自体は昼過ぎに終わり。
 さぁそれじゃあ渡しに行こうかという段になって問題が起りました。
 地下深くから腹に響くような低い音。
 そう、地下深くから。
 ついでに寒気すら感じる妖力の波を感じます。
 ま ず い !
 地下ですよ地下。
 考えられる理由なんて一つしかありません。
 紅魔館の最終鬼畜妹、歩く核弾頭、フランドール・スカーレット様のおなーりぃーですよ。
 初めてその存在を感じた瞬間『やばい死んだ』という思考が頭を駆け巡ったくらいにやばいお方ですよ。

 駆け出していったお嬢様達を見送り、ほとんど無意識で、放置された首輪のようなスカーフのような首輪を皺にならないようにたたみたたみ。
 なんてタイミングなんでしょうねぇと息を吐いた瞬間、図書館の扉が吹き飛びました。
 ええ、文字通り吹き飛びました。
 これ作ったやつ頭悪いだろうというくらいの大きな扉がまるでフリスビーのようにくるくるズドン。
 すわ妹様来襲かと恐る恐る見てみれば、そこには頭から血をしたたらせたスコールの姿が。
 頭から突っ込んだんかい。
 いやいや、問題はそこじゃない。
 こちらも何てタイミングですか。
 まぁこちらの原因は先ほどの音と妖力のせいでしょうけど。
 辺りを見回し、私一人だけなのを確認するときびすを返して駆け出していった。
 ……ま、まずい、ですよねコレ。
 あの様子だとお嬢様達を追って行ったんでしょうし、場所の方も狼なんだから匂いを辿れる。
 つまり妹様の部屋へゴールインですよ。
 ここでスコールが死ぬような事になれば、妹様への対処がこれまで以上に厳しくなる事はうけあい。
 妹様の事情をそれなりに知っている身としては気分の良くなる話ではない。
 でも私が行っても何も出来ないしなぁ……でもなぁ……。

 うわ、また揺れた。
 何か音が近づいてきてる気がするんですが。

 ……うん、スコールには悪いけどここは静観しよう。
 ミイラ取りがミイラになっても仕方が無い。
 こちとら所詮は小悪魔。
 暴れる夜の支配者を相手取って死なない確率なんて天文学的数字がでてきそうな勢いなんです。
 皆が帰ってくるのを信じて紅茶の準備でもしておきましょう。
 私に出来ることなんてそれくらいです。
 てことで皆さんさっくり帰ってきてください。
 ここの生活は私も気に入ってるんです。
 さぁ、まずはとっておきの葉を用意しましょう。
 それから、それから……。




















 こわい。
 周りできしむ家具や部屋が怖いし、耳鳴りがするほど静かな部屋もこわい。
 忽然とテーブルの上に出てくる食事もこわい。
 少し前から感じている、私の中へうっすらとよくわからない何かが入ってくる感覚もこわい。

 こわい こわい こわい。
 こわいから、にげなきゃ。

 体が動いた。
 腕が上がり、世界を隔てる扉へ。
 よくわからない魔法の力を感じるけど、そんなものは関係ない。
 手の中に感じる何かを握り潰して、私と世界は繋がった。

 ガラガラと崩れ落ちる扉や石の破片。
 それが収まってから足を踏み出したところで、お姉さま達がやってきた。
 相変わらず速いなぁ。
 見たことのない人間もいる。

 でもちょっとだけ、こわくなくなった。

「フラン、部屋へ戻りなさい」
「やだ」

 なのに、お姉さまはまたあのこわい場所へ私を押し込めようとする。
 何でだろう。
 こわいのは嫌だ。
 お姉さまの目が細められた。
 こわい。
 にげなきゃ。

 また体が動いた。
 お姉さまに向けられる腕、握られる手。
 あれ、私の手がない。
 ごぽりと溢れる血が、すぐさま元の手を形作った。
 わたしの体がこわい。
 にげなきゃ。
 あれ、私から逃げるってどうやればいいんだろう。

 また体が動いた。
 お姉さまたちが天井に立ってる。
 また体が動いた。
 お姉さまたちが地面に戻ってきた。
 こわい。
 にげなきゃ。

「待ちなさいフラン!」

 怒られる、こわい。
 にげなきゃ。

 目の前に続く長い階段を駆け上った。
 途中で足をとられた。
 私の下に何か描かれている。
 こわい。
 にげなきゃ。

 また体が動いた。
 地面に向けられる腕、握られる手。
 壊れた地面がこわい。
 にげなきゃ。

 階段が終わった。
 目の前には左に伸びる通路と、右に伸びる通路。
 どちらに行こう。
 早くしないとお姉さま達がやってくる。
 左から何かがやってきた。
 速い。

 ジャカ、と聞いたことの無い音を床から響かせてその何かが止まった。
 白?銀?よくわからないや。
 何か大きなふわふわが揺れてる。
 こわい?
 わからない。

 何かが私の中に入ってくるあの感覚が強くなってる。
 こわい?
 こわくない?
 なんで?
 このふわふわな何かを、入ってくる何かを、わたしはこわがってない。
 こわくない。
 なんで?

 ふわふわした何かが不思議そうな目を私に向けてくる。
 私も不思議なんだから、そんな目を向けないでほしい。

 お姉さまたちが近づいてきた。
 でもこのふわふわな何かが何故か気になる。

「スコール!離れなさい!」

 風のように飛んできた紅い槍と同じくらいの速さで、お姉さまが叫んだ。
 スコールっていうのかな、このふわふわ。
 お姉さまと私の間で視線が行ったり来たり。
 何か困ってるみたい。
 きゅんきゅん不思議な声を出してる。

「スコール!」

 びくりとふわふわが揺れた。
 お姉さまを怖がってるみたい。
 私と一緒だ。
 一緒?怖くない?

 じーっとふわふわを見つめてみる。
 こわくない。
 こわくない。

「こわくない?」

 ことんと首を傾げてから、ふわふわな何かが頷いた。
 こわくないんだ。

「……フラン?」

 また体が動いた。
 足が動いて、両手が上がる。
 ふわふわしてる。
 わ、何かごろごろ音がした。

「………」

 こわくない。
 こわくなくて、何だろう。

「こわくない」
「……こわく、ない?」
「うん」

 あれ、なんでだろう。
 さっきからお姉さまがいつもと違ってこわくない。
 目を細めないし、このふわふわがさっきしていたみたいに、小さく首を傾げてる。
 こわくない?

「怖くないって、どういう事?何を怖がっていたの?」

 何て言えばいいんだろう。
 ただこわかった。

「フラン?」

 お姉さまがまた少しこわくなった。
 ふわふわがお姉さまと私の間に入ってきてきゅんきゅん鳴いている。

「……レミィ、この状況は何?」

 魔女が追いついてきた。遅い。
 さっき見た人間も一緒だ。
 こわくなって、ふわふわを握る力が強くなった。

「まるでいじめっこといじめられっこね」
「人聞きの悪いことを言うな!!」

 表情を変えないまま口を動かす魔女に、お姉さまが怒ってる。
 ちょっとこわい。
 またふわふわが鳴いた。

「フランが、怖くないって……」
「レミィ、意味がわからないわ」
「私だってわからないわよ!」

 だって、このふわふわはこわくない。

「ふわふわ」

 ふわふわからお姉さまたちに顔の覗かせて私が口を開くと、皆が私へ目を向けた。
 ちょっとこわい。

「……フラン、ふわふわがどうしたの?」
「こわくない」
「ふわふわが、怖くない?」

 こくりと頷くと、お姉さまたちは首を傾げあった。

「お姉さまたちは、こわい。でも、このふわふわは、こわくない」

 びしりとお姉さまがかたまった。
 しばらくそうしていたけど、不思議な顔を私に向けてきた。
 今まで見たことのない顔だ。

「やっぱりいじめっこといじめられっこじゃないの」
「ぐっ!?」

 お姉さまの羽がパタパタと揺れてる。
 あんなお姉さまは見たことがない。

「……あの、妹様」

 さっきから一言も喋らなかった人間が口を開いた。

「怖かったから、逃げたんですか?」
「うん」
「それで、スコール……そのふわふわが怖くなかったから、逃げるのをやめたんですか?」
「うん」
「なら最初に逃げ出した、その怖かったものは、何だったんですか?」

 さっきもお姉さまに聞かれた事だ。

「だって、こわかった」
「…………」

 人間はゆっくりと頷いて、私が答えるのを待っているらしい。
 お姉さまや魔女も何も言わずに待っている。

「音のしない部屋……」

 まだ待っている。

「怒るお姉さまも、いきなり出てくる食事も……」

 お姉さまと人間が揺れた。
 こわいけど、こんな風に話を聞いてくれるのは初めてだ。
 自分の中から少しずつ言葉が出てくる。

「……扉から感じる魔法の力も」

 今度は魔女が揺れた。

「でも、最初にこわかったのは」

 居心地悪そうにしていたお姉さまたちが止まった。

「お父様から、この部屋に居なさいって言われて、扉を閉められたこと」

 お姉さまの顔が凍った。

「こわかった」

 私の言葉が終わってからも、お姉さまは動かなかった。
 このスコールというらしいふわふわがそんなお姉さまと私を交互に困ったように見比べるだけで、他に動くものはいない。

「こわかった」

 もう一度口を開くと、お姉さまの目から何かが零れ始めた。
 人間がどこからともなく白い布を取り出して、少し迷っているような動きを見せた。
 きゅんきゅん鳴く声がすぐ傍から聞こえてくる。
 音の元を見上げるとふわふわが私の顔を拭うように顔を寄せてくる。
 そこで私はようやく、自分の顔を何かが伝っている感触に気がついた。

 体が動いた。
 手には水がついている。
 何だろう、胸が痛い。

 体が動いた。
 ふわふわに縋り付くようにして顔を押し付ける。
 ここはこわくない。
 ……あたたかい。




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