きょうのコラム「時鐘」 2010年8月7日

 大往生したカバの「デカ」を初めて見たのは、金沢の動物園だった。狭い飼育舎で、顔をわずかに水の上にのぞかせていた

とらわれた命の哀れさが胸に迫るようで、すぐにその場を離れた。新しい動物園に移って、魅力を知った。とにかくでかい。大きさ比べならゾウの勝ちだが、あの胴長短足は、愛くるしさを加える。神様が造った人気ものの一つである

高名な落語家の死が、中国から来たパンダが死んだ日に重なったことがあった。パンダを悼む声の方が大々的に報じられた。嫌になっちゃう、と弟子たちが高座でそれを取り上げた。「ウチの師匠はお骨(こつ)で、向こうは立派なはく製だって」

人間サマとパンダ、どっちが大事だというたぐいの話ではない。多くの人に楽しい思い出をつくった人気ものに、感謝の礼を尽くすということである。デカの死も大きく報じられ、記憶の中の人気ものの仲間に入った

漢字で「河馬(かば)」。あの短足で馬とは妙だが、実は機敏で快速なのだという。自慢の足を封じたままの動物園暮らしだったが、大往生の日は炎天。アフリカ生まれにふさわしいはなむけだったろう。