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[5868] その男異分子につき(旧題:すべてを見通すもの)(ネギま オリ主) 
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2010/08/05 12:08
前書き


初めまして、ゆーかりと申します。

今回、チラシの裏で投稿させてもらっていました本作ですが、これからはここ赤松健SS投稿掲示板での投稿に移させていただくことにしました。
今まで読んでくださった方々、また新たにお読みくださる読者さんに楽しんでいただければ幸いです。


本作は、魔法先生ネギま!のオリ主転生ものです。
オリ主の設定は近衛木乃香の双子の兄となります。

話の中での注意点として

・一部登場人物に対してのアンチがあります
・ネギまキャラで性格改変がされているものがいます
・オリ設定、魔法に関してのオリ解釈などが多々あります
・オリ主最強物に近い形になるかもしれません
・魔法詠唱の際、ラテン語表記は(一部を除き)省きます
・原作キャラとオリ主とのラブ要素があります

上記が注意点となります。



それではお願いします。

1月21日  タイトルに習作と入れる
1月22日  第五、六話、おまけ修正
1月26日  赤松健SS投稿掲示板移転、並びに全話加筆修正(加筆修正の内容だけ知りたい方は七話の最後に載せています)
1月31日  各話の誤字脱字を修正

8月5日 タイトル変更



[5868] 第一話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:05




自分がどういう人間なのかを簡潔に答えよ。

この質問に即答できる人は少ないだろう。
人は多かれ少なかれ生きていく中で、出会いや別れを繰り返し、経験を蓄積し、成長しやがて衰えていく。
物事一つのみで人が形成されるのではなく、言うなればそれらが多彩に積み重なり生まれたものが自分という骨格になるのではないだろうか。
この質問は言わば自分の人生を簡潔に答えよと、問われるのとそう大差ないものだろう。

それを踏まえてなお俺は迷いなくこう答える。


榊 太一は『つまらない人間』だったと






視界に広がるのは一面の赤。
世界は色を失い、ただ一色のみで塗りつぶされている。
青く晴れ渡った空も、緑織り成す木々も、灰色の冷たいアスファルトも、そして、人でさえもだ。
そのことに多少の違和感を抱きつつも、思考は酷く落ち着いていた。

周囲にあるものはバンパーがへこんだ車が一台。歩道で泣き喚く子どもが一人。
後は、道路の中央に転がってる壊れた人型のようなものぐらい。
まあその壊れた人型のようなものの正体こそが、ぶっちゃけ俺だったりするんだけど。


さて、なんでこんな冒頭から悲惨な状態になってるのかと言うと、そうだな成り行きってやつだ。

今日もいつもと大差ない変わり映えしない一日の筈だった。大学が半ドンで終わって、昼飯に角店でラーメン食って、コンビニで軽く雑誌の立ち読みをした後、ぶらぶら歩いて家路についてたら子どもが車道の脇で遊んでいた。
後は、お約束通り前方不注意な車がこれまたお約束で飛び出した子どもに気付かず跳ね飛ばそうとしてたんで、ついつい似合わない仏心出して助けるつもりが、代わりに撥ねられちゃった訳だ。



一人回想を終え気付けば、俺を撥ねてくれやがった車は影も形もない。
どうやら罪の意識に耐えかねたドライバーは、容態の確認もすることなく逃走することを選択したらしい。
うん、惚れ惚れするような迅速な判断だ。
被害者は一人、目撃者は幼稚園にもまだ届かないようないまだ愚図ってる幼児が一人、おまけに普段から人通りの少ない道ときている。
対処が上手くいけばかなりの高確率で逃げおおせることも可能であろう。
危険があると言えば俺が搬送された後、警察に喋る事だがドライバーはもう俺が事切れたものと思ってるのかもしれない。
無理もない。俺の身体は、手足はバッキバキに折れてるし、体中の血液を全部垂れ流したかと錯覚するほどの出血、おまけに仰向けになったままぴくりともしない。
どっからどう見ても死体です。本当にありがとうございました。
うわっ! もしかしなくてもあそこに転がってる手首って俺のだよな。ちょっとぐろいなー

実際はまだなんとか生きてるわけだが、それでも死が訪れるのは時間の問題だろう。
身体は指一本動かないし、耳は聞こえない。
でも、痛みをまったく感じないというのはせめてもの救いだろう。

なんだか少し眠くなってきた。恐らくこれが死が近づいてきたってやつなんだろうな。
それにしても死ぬ間際に体験できるというかの有名な走馬灯はどうやら俺には適用されなかったようだ。
でも……いいか。俺の人生のリピートなんてむしろ見たくない部類のもんだし、むしろ最期につまらないものを見なくてすんで幸運なのかもしれない


ああ……いつの間にか目も見えなくなってるな。なんだか眠くて堪らないし、もういいかな?
特に悔いることもないし、最後は誰かの命を助けて死ぬんだし無駄死にでもない。
たかが二十歳程度の若造である俺の人生だが、最期はそうマズイものでもなかったんじゃないか?
うん、激しくなにかが違う気もするけど、それじゃあ―――――




――――――おやすみなさい









すべてを見通すもの         第一話










トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
と訳もわからないくだりが出てしまうぐらい、どうやら俺は混乱しているらしい。


突然何かに圧迫されるような息苦しさを覚え、理解できない重圧に耐え忍ぶこと恐らく数十分の間だがようやくその重圧から開放された。
視界はほとんど効かないが、どうやら聴覚と嗅覚はおぼろげながら効くようだ。
鼻を刺す独特のアルコール臭、周囲の喧騒から僅かに聞き取れる会話から察するとどうやらここは病院らしい。

とすると俺は生きているのか。まさかあの状態から助かるとは俺も存外しぶとく出来ているらしい。
我が事ながら自分の生き汚なさに苦笑していると、途切れ途切れでしか音を捉えられなかった耳もようやく回復してきたらしい。
しかし、それにしても喧しいな。人の耳元でさっきから遠慮なく騒いでくれやがって、ここは病院なのだろうから少しマナーがなっていないのではなかろうか?



「お疲れ様でした。双子の元気な赤ちゃんですよ」

「よく頑張ったな。二人とも俺たちに似てとても元気だ」

「ええ、ありがとう詠春さん」


…………なるほど、彼らの会話から察するに看護士さんと若夫婦の出産にどうやら立ち会っているらしい。
さっきから聞こえてきた騒音はどうやら赤ん坊の泣き声だったようだ。すぐ近くからもう一つ泣き声が聞こえるし、これがもう片方の赤子なのだろう。
喧しいとは思うが、赤ん坊が泣くのは仕様なようなものだ。憤慨しても仕方ない、仕方ないよね。

うん、わかった……認める認めるよ。正直、なにか悪い夢でも見てるんじゃないかと思いたいが認めようじゃないか。
これでも現状を把握する能力はピカ一なのだ。



目が覚めたら赤ちゃんになっていました。



ああ、なんか馬鹿なこと考えてたら目の前がまた暗くなってきた。
どうやら悪い夢だったようだ。目が覚めたら冷蔵庫の中身そろそろ処分しないとな。

そして、俺は再び眠るように闇の中に落ちていった。










考える時間はそれこそ腐るほどあった。だから、考えに考えた。
ここがどこなのか、自分は誰なのか、何故こんなことになったのかとそれこそ色々だ。
しかし、そんなことも一週間も続けていれば飽きがくるし、現状を受け入れる余裕も出来るってものだ。
何時しかそんな日々にも慣れがきて、俺は自分が誰であるかを自覚しそれを受け入れていた。

俺の名前は、近衛 大樹(このえ たいじゅ)、年は御年三歳、実家は関西呪術協会の総本山。
家族構成はその協会の長である我が父とその母、そして―――――


「おにーさま、どうしたん?」

「ん、なんでもないよ木乃香」


―――――我が妹である木乃香だ。実際は、双子の兄妹なのだが俺のほうが僅かに早く生を受けたのでこの子は俺を兄と呼び慕ってくれる。

正直言って木乃香はかわいい。くりんとした大きな瞳に、染み一つない白い肌、輝くように陽光を受け流す柔らかな黒髪。
だが、木乃香の特徴を一番現しているのはその独特なおっとりとした雰囲気だろう。
誰にでも優しく、すべてのものを慈しみ、包み込むような聖母のような存在、それが木乃香だ。
将来は器量良しで素敵な大和撫子になってくれるだろうと思うのは、決して兄としての贔屓目のみではないだろう。

「それよりどうしたんだ木乃香? 何か用かい?」

脇に逸れた思考を止め、我が妹の用件を聞くことにする。

「あ、そやった。おとーさまにおにーさまをよんできてっていわれてん」

「父上が?」

「うん。おとーさまのおしごとべやにきてって」

「執務室に? わかった、ありがとう木乃香」

そう言って優しく木乃香の頭を撫でてあげる。その感触が気持ちいいのか木乃香は猫のように目を細めている。
それを微笑ましく思いながらも手を離すと、一瞬こちらを物足り気な目で見てきたが、すぐにそれも止めて花が咲いたような笑顔を見せてくれた。

「ええんよ。それよりおにーさま、おとーさまとおはなしがおわったらまたあそんでくれる?」

正直、精神年齢二十代の俺としては木乃香との遊びは精神的にくるものがあるが、こんな不安そうな目で見られたら男として、いや兄として断るわけにはいかない。

「もちろん。終わったら迎えに来るよ。それじゃああまり父上を待たせるわけにもいかないからもう行くな」

「うん、またあとでな~!」


木乃香と別れた後、本山内にある屋敷から父の執務室がある協会内部に向かう。
普段は執務室などがある協会内部エリアなどの立ち入りは父に止められている。
その理由は関西呪術協会が持つ性質によるものだろう。


近衛大樹として生を受け三年。正直最初は戸惑った。
だってそうだろう? 『ネギま(マンガ)』の世界に転生しちゃったんだから。


別に最初から転生したと気付いていたわけじゃない。
来世に生まれ変わって、偶々前世の記憶を受け継いでいる。
珍しいことことかもしれないが、そんなこともあるだろうぐらいに考えていた。
そういった話はテレビで聞いたこともあるし、よく読んでいたサイバーパンク系の主人公が出る小説でもそうだった。
マンガの世界に転生しましたと言われるよりよっぽど説得力があるだろう。

しかし、俺は目にしてしまった。そう『魔法』というものの存在を。いや、正確には魔法ではないのだが
と、なんか壮大に語ってしまったがそんなに珍しいものではない。
いや、一般人からしたら天地がひっくり返るような出来事なのかもしれないが、生憎ここは関西呪術協会の総本山、そういった不思議現象を目にするのに事欠かないのだ。
実際、式神が本山の掃除をしていたり陰陽術でいいのかな? 怪しげな術を使う術者を見たのも一度や二度ではない。
だが、それも屋敷以外でのことだ。屋敷がある居住区で目にしたことは一度もないし、協会内でも俺の存在に気付くとそれとなく誤魔化された。
隠したいと思っている理由も薄々理解できるし、それに従っても特に不都合はない。
無理に暴こうとして原作のように記憶を消されたのではたまったものじゃない。
そういった訳で俺は何も知りませんよ~と人畜無害な態度を取っていれば誰も手出しはしてこないのだ。
俺の見た目は幼い子供だし、なんてったって長の息子だ。下手な手出しが出来よう筈もない。
そんな訳で今の所はまだ裏とは何の関わりのない日常を送らせてもらっている。



俺がこの世界に来て自分で動けるようになり考えた結果、まず始めにしたことは情報収集だ。
情報収集と言っても、こちとらまだようやくおしめが取れたばかりの幼児だし、大したことが出来たわけではないが、それでもいくつかの知りたいことはわかった。
まずここが本当に『ネギま』の世界なのかどうか知りたかったので、最初は単純にマンガの中との類似点を探すことにした。
生憎、ネギまは毎週コンビニで立ち読みする程度のマンガだったのでそこまで厳密な舞台設定やストーリーを覚えているわけではなかった。
けれど、それでも大筋は覚えているし、何より近衛大樹なんてキャラクターはいなかった筈だ。
そこを踏まえて認識の『ズレ』を修正することから始めたわけだ。
そこからはもう面白いほどだった。
麻帆良という学園都市の存在とそこの学園長が近衛近右衛門であることも簡単に調べがついた。

実際、この近右衛門というじいさんと会ったこともあるが本当にすごい頭してやがった。
思わず凝視したまま時が止まってしまったのも今ではいい思い出だ。
じいさんに抱きつかれて絶叫をあげてぶん殴ったこともな。

じいさんが関東魔法協会の理事であるかまでは調べられなかったが、父との関係を考えてみてもまず間違いないと思う。


他にも調べても不自然にならないことは手当たり次第に調べた。
まだ、この時代はネットなんて便利なものは発達していないし、本山の外に出ることは禁止されているので骨が折れたが、それでも出来るだけ調べた。

その結果、京都神鳴流なる剣術の流派があるのも分かったし、雪広財閥というこっちの世界ではなかった財閥の存在なども確認できた。
残念ながら、魔法界のことや英雄である「サウザンドマスター」ナギ・スプリングフィールドを初めとした魔法関係者の情報はいくら調べても見つけられなかったが。

大よそ理解していたが、確信が持てるというのはいいことだ。
それとは別に、何故この世界に転生し、また原作には登場しないオリジナルキャラクターとして生を受けたのかも多少気にかかったが、結局何も調べなかった。
正直何から調べていいのかわからなかったというのもあるが、そもそも分かったからといってそれが何になるというのだろうか。
榊 太一という人間はあの時間違いなく『死』んだ。あの死が一歩一歩近づいてきた感覚は今でも思い出せる。
あれは決して夢やまたは俺の勘違いではなかった。
それに元々あの世界に帰りたいとも思わないし、あそこに何かを残してきたわけでもない。
ならば、それでいい。文字通り生まれ変わったつもりで、俺は近衛大樹として生きていくだけだ。





いつの間にか、目的地の前まで来ていたようだ。
さて、父の話とは一体なんだろうか。
軽く服装を正し、これからの話の予想に思考を飛ばす。





「父上、大樹参りました」





[5868] 第二話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:06



<近衛 詠春>


大樹は昔からどこか変わった子どもだった。

決して悪い意味ではない。むしろ子を持つ親としては周りから羨まれるようなことなのかもしれない。
大樹には赤子の頃から夜泣きに悩まされた記憶もないし、赤子特有の癇癪を起こしたこともないとても落ち着いた子どもだった。
歩けるようになったのも、声が出るようになったのも、木乃香といや一般的な子どもと比べても驚く程に早かった。

また大樹はとても利口な子でもあった。
一人歩きに不安がなくなった頃、大樹が興味を持ったのは読書であった。
幼児が興味を持つには少々不健康な気がしないでもなかったが、この落ち着いた息子には似合っているかと妻と笑ったものだ。
だが、最初は絵本や幼子向けのマンガなどを読んでいた息子が、気付けばいつの間にか大人でも難解であろう書物を読むようになっていた。

周囲は「天才だ、神童だ」などと息子を囃し立てたが、これはそんな単純な言葉で表せるようなことではなかった。
息子の知識やその成長速度は年齢から見ては異常としか取れないものだったのだから。

それでも、私や妻は大樹を愛している。
大樹の考えすべてを理解できるとは言えない。大樹が何故そんなに知識を必要としているのかもわからない。
それでも大樹の優しさや温もりは今まで共に暮らしてきたのだ。誰よりも私達が理解している。

だからこそ、これから私は息子に踏み込めば二度と後戻りできない『裏』について語らなければいけないことに痛みを覚える。



「父上、大樹参りました」


願わくばこれからの息子の未来が幸多からんことを……








すべてを見通すもの         第二話










「失礼します」

父の許可を得て執務室に入る。実は父の執務室の中まで入ったのは今回が初めてなのだが、なんというか実に父らしい部屋と思う。
屋敷でもそうだが、父は関西呪術協会の長であるにも関わらず質素なものを好む傾向がある。
食事は元より、服装や部屋の内装に至るまでだ。
執務室を見ても余計なものはまったくないと断言できるほどさっぱりとしている。
唯一目を引くものと言えば、高級そうなマホガニーの机ぐらいであろう。
この部屋を見れば、誰もここが関西呪術協会の長の執務室とは信じまい。
不必要に飾り立てる必要もないが、せめて絵や花瓶の一つでも置いたらどうかと老婆心ながらお節介を焼きたくなる。
まあ、元庶民の俺としては中々好ましいとは思うが、母上としてはもっとちゃんとして欲しいのだそうだ。
それでも以前と比べればマシになったというのだから母の苦労が偲ばれる。


「急に呼び出してすまなかったね。さ、座りなさい」

「いえ、特になにもしてませんでしたから」


薦められるがままに部屋の隅に設置された革張りのソファーに身を沈める。父は手ずからお茶を入れてくれてお茶菓子まで出してくれた。
益々、庶民的な人だなと思わず苦笑してしまう。

その後、応接用の机を挟み対座に着いた父と暫く他愛もない世間話をしていたが、父がわざわざ執務室まで呼んで世間話をしたかっただけとも思えない。
話の腰を折るのは少々心苦しいが、さっさと本題に移らせていただこう。

「父上、四方山話はこの辺りにしましょう。
 それで今回私をお呼びになった理由はなんなのでしょうか?」

父も本題に入る切っ掛けを探していたのだろう。幼い息子に気を使われたのを感じ、少々決まりの悪い顔を見せていたが、佇まいを直してこちらに真剣な眼差しを向けてきた。
父のこんな表情は今まで数えるほどしか目にしたことはない。少なくとも家族として見せる表情にしては物々しすぎた。
どうやらこちらの予想以上に真剣で重要な話のようだ。
ならばこちらもそれに相応しい態度で対面しなければいけないだろう。


「それなんだが大樹。大樹は魔法というものの存在をどう思うかい?」

「魔法、ですか?」

正直かなり父の台詞には驚かされた。まさかこんな直球で来るとは思わなかったこともあるが、それ以前に魔法のことを父から話されるとは夢にも思わなかった。
父は硬直したままの俺を見やり、刹那面を伏せたが再び語りだした。

「突然こんな事を言われても混乱するのも無理はない。だが、魔法というものは確かに実在するものなんだ」

「はぁ」

突然の告白に思わず生返事になってしまったが、父は気にすることもなく話を進める。

「口でいくら語ろうとも理解できないだろう。だから実例を見せよう」

そう言って父は懐から一枚のなにやらミミズがのたうったような文字が書いてある一枚の紙を取り出した。

「これが何かわかるかい?」

「……お札ですか?」

「そうだね。正しくは呪符または霊符といって簡単に言えば魔法を起こすために魔力を込めた道具さ。
 これはこうやって使う。急急如律令、呪符の力を示せ!」

直後、父の手いや呪符から天井にまで達する炎が湧き出た。
最も見かけより大した力は掛かっていなかったのだろう。炎は瞬く間に小さくなり、数秒後紅蓮の塊は掻き消えた。
まるで何かのイリュージョンでも見せられたかのようだ。天井や壁にも煤や焦げ跡はついていない。
確かめる術はないが、もしかしたら予め結界のようなものを部屋に張っておいたのかもしれない。


「これで少しは魔法を信じてくれる気になったかい?」

「はい……正直まだ半信半疑という気持ちは捨て切れませんが、そういったものがあるということはわかりました」

「ありがとう。今のは火を起こすという基本的なもので、呪符となる符に火行の属性を持たせ発動させた呪術だ」

火行や属性など気になる点もあったが今指摘する箇所はそこではない。

「呪術、魔法とは違うのですか?」

これは前々から気になっていたことだ。ネギまの世界においては西洋魔法が話の軸として扱われている。だが、ここは関西の本拠地だ。
そこで生を受けた以上、その特性をまず掴んでおく必要があるだろう。

「呪術とは……そうだね、陰陽五行の思想に基づいた陰陽道に則った呪術なんだ。
 その特徴は先ほどの呪符を用いるものや結印を結んで成すもの、式神や鬼を召喚し使役するなど多岐に渡る。
 魔法とは術者が魔力を扱う点においてなどは同じだが、魔法と呪術とは一線を画していると言っていいだろう」

「では、呪術とは別に魔法を主に扱うものたちもいるということですね」

「そう。その中でも日本では二つの協会によって勢力は二分されている。
 一つは伝統を重んじる呪術や式神を用いる関西呪術協会。もう一つは西洋から伝わった魔法を扱う関東魔法協会の二つだ。
 けれど、この二つの勢力は昔から仲が悪くてね」

父は少し苦笑していたが続けるように言った。

「だが、他人事で終わらせていいことでもない。私は関西呪術協会の長だからね」

「父上が関西呪術協会の長……」

「そして、関東魔法協会の理事がお義父さん。つまり大樹のおじいさまなんだ」

そうか、やはりあのじいさんが関東魔法協会のトップだというのは原作と同じようだな。

「組織の長が親戚同士なのに仲が悪いのですか?」

「耳が痛い質問だね。もちろん私とお義父さんの仲は悪くない。
 問題は下の者たちなんだ。」

なるほど、上層部が仲がよくても下はそのことを快く思っていないものたちもいるということか。
確か京都編での天ヶ崎千草などは西洋魔術師によって家族を殺されていたそうだし、父の顔を見る限りその根は予想以上に深そうだ。

「東と西の関係はわかりました。父上がそれを話してくれたのは、私が関西呪術協会の長の息子だからですか?」

その問いかけに父は顔を曇らせ、何かを吐き出すのも耐えるような沈痛な面持ちとなった。
十秒、二十秒と待っても父は悩んでいるようだった。ならばとこちらから話を進めさせてもらおう。

「父上、話してください。それはきっと私にとって今後を左右するような問題なのだと思います。
 ですが、私はもう知ってしまいました。今更知らない振りを決め込むつもりはありません」

父は俺の言葉に瞑っていた目を開き軽く溜息を吐いた。

「そうだね、元々話を切り出したのは私からだ。今から取り下げるというのは卑怯なことだろう。
 でも、いいのかい? 今ならまだ記憶を消して何も知らなかったことにもできるんだよ」

それは父の親としての最後の躊躇だったのかもしれない。
だが、いずれ関わる日がやってくるかもしれない。それは明日かも知れぬし、十年後かもしれない。
その時俺は後悔しないだろうか。あの時踏みとどまったことを、そんなことは我慢できない。

「それでもです」

暫しの間、父と視線を合わせていたのだが父は俺の考えが変わらないと感じたのだろう。
その顔は何らかの決意が見て取れた。

「大樹にこの話をしたのは確かに私の息子だからということもある。
 しかし、それは理由の一つに過ぎない。最も大きな理由は大樹の持つ力によるんだ」

「私の力? お言葉ですが、私は特殊な能力など持ち合わせていませんが」

二次元の世界に転生した男が何を言っているのかと思わないではないが、ここは改めさせてもらおう。

「いや、それがあるんだよ。もちろん今の大樹では感じ取ることはできない、けれど確かに存在する大きな力がね。
 大樹、そして木乃香あなたたち双子は強大な魔力を潜在的に秘めている。
 その魔力量は数多の英雄達を凌駕し、極東一と言っても過言ではない。
 そして、その力は悪しき者たちや力を利用しようと画策する者たちにとっては格好の標的になり得る魅力的なものなんだ」

双子だからもしやとも思ったが、俺も木乃香同様にその身に膨大の魔力を秘めているそうだ。
ということは、俺も木乃香同様に関西呪術協会の長の子どもという理由以外に狙われる理由があるということか。

正直父が話してくれた内容はありがたかった。こんな話を聞いてはますます関わらずにはおれない、それに向こうから話してくれたなら問題ない。
父がこの話をしたということは、俺に力を持たせるということにも繋がるだろう。
力を狙う連中に襲われるにしてもこちらに自衛手段があるのとないのとでは取れる行動も大違いだしな。
それならばこの年から裏に関われるのはこの上ない僥倖と言える。

「その話木乃香には?」
「いや、木乃香には話していない。そして、これからも話さないつもりだ」
「襲われる危険性がわかっていながらですか?」

これも予想通り。いずれ木乃香が魔法に関わるのは原作から見ても確定的なのは間違いない。
遅いか早いかの違いでしかない。ならば不用意に原作を曲げることもないだろう。
ただ、少々責めるような口調になってしまったのは、未来において木乃香が裏に巻き込まれることを既に『知識』として知っているからに過ぎない。
だから、これは警告でもある。

「それでも、だ。木乃香には魔法などとは関わりのない人生を歩んで欲しい。
 大樹にしてもそのつもりだった。けれど、お前は非常に聡明な子だ。いつ自分の手でこの世界に感づいても不思議ではなかった。
 それならばと葉子とも話し合い、いずれ知られるのならば早いうちに関わらせることにしたのだ。
 どうせ関わるのならば、早いうちから自分の身を守る手段を手に入れて欲しかった。
 もちろん私や葉子、協会の手の者でお前たちを守るつもりだ。それでも魔法を知り、扱うようになればより危険な世界が待っていることもわかっていた。
 私を恨んでくれても構わない。大事な息子を二度と引き返せない裏に引きずり込もうとする父を……」

正に絵に描いたような落ち込みようである。俺としてはこの展開は中々望ましいものであるし少々良心が痛む。

「父上、どうか顔を上げてください」

「しかし、私は……」

本当にあの妖怪じいさんとは大違いだな。組織の長としては身内だとしても情に脆過ぎるのはどうかとも思うが。
いや、身内だからこその甘さなのかもしれないが。

「父上や母上が私を大切に思っていることは私が一番理解しています。
 今回のことも私を思い、裏のことを教え今後力を授けてくれようとしたんですよね」

「う、うむ」

ここぞとばかりに言質を取る俺、人の弱みに付け込んでいるようで良心の呵責がとんでもないことになってるがここは耐えるんだ!

「ならば私は父上に恨みなど持てよう筈がございません。むしろ感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当にありがとうございます」

そう言って誠心誠意を込めて頭を下げる。
謝罪の気持ちも胸に抱きながらも










父から裏の世界を教わり、修行の日々に入ってから既に二年以上の月日が経った。
その間に俺は様々なことを学んできたつもりだ。
関西呪術協会本山において呪符、式神の制御、結界術など各分野のエキスパートによる座学から実戦に基づいた演習等の英才教育。

知識面についても父から許可をもらい関西呪術協会の蔵書の閲覧をさせてもらっている。
知識を吸収することはこの体になる前から苦手ではなかったし苦痛はなかった。むしろ新たな知識を得ることに喜びすら感じていた。
赤子の頃から脳を活性化させていた影響か、もしくは近衛大樹としてのスペックによるものかは判断できないが
近衛大樹の記憶力、保持能力、頭の回転、機転は以前の榊太一であった時と比べてもハイスペックであった。
だからこそ、知識の蒐集に夢中になっているから呪術協会内の図書館は俺にとってまるで宝の山のようであった。
もっとも閲覧禁止にされてどう目を掻い潜ろうとも読めない禁書も多々有り歯痒い思いもしているのだが。


そして、今している素振りもその一環だ。


「はぁ……」

「どうかしましたか、大樹さま」

「いや、なんでもないよ刹那」

今、俺がいるのは京都神鳴流の道場だ。何故、ここにいるのかと言われればそれは単純、父の薦めである。
当初、俺は父から剣術や格闘技などの教えを請うつもりでいた。
それというのも父は昔、NGO団体「悠久の風」内において最強のパーティ紅き翼(アラルブラ)のメンバーだったそうだ。
父は魔法界では「旧世界のサムライ・マスター」と呼ばれ剣技においては並ぶもののいない存在だったらしい。
ならばと父に教えを請おうとしたのも当然であった。
しかし、父も関西呪術協会の長として多忙の日々を過ごしており、息子といえど直接稽古をつけるのはとてもままならない状態であった。
そこで父が取った策が京都神鳴流の道場がある総本山への週一での出稽古だ。
この出稽古にしても当初は「週一で行なえる修行など子どもの習い事のつもりか!」などと門下生らに怒鳴られたりなんて事件もあったものの、
一年以上もへこたれず通い続ければある程度受け入れられたとも思う。

「と言ってもな~」

「大樹さま、やはりなにか?」

「ん~、刹那も強くなったなと思ってさ」

「そ、そんなことありません!」

軽く頬を染めて今まで以上の速度で木刀を振るう刹那。木刀の先端は既に視認限界を超えようとしている。

刹那と並んで剣を習うようになって既に半年以上になるが、刹那のこんなふとした反応はかわいくて堪らない。
流石、原作キャラの一人だと思ってしまう。

刹那は今では俺に懐いてくれているが、初めて出会った時は酷いものだったしな。







父の薦めで神鳴流への出稽古を始めて一年近くなる。
始めた当初は、基礎体力の出来ていない子どもということもあり、この週一での修行も苦行のようなものであったが、それも大分マシになったものだ。

京都神鳴流の総本山は、関西呪術協会の本山とは程近い距離にある。
それでも修行の一環としてお供がいるとはいえ、屋敷から道場まで歩かせるのはどうなのだろうか?
山の中を突っ切ってお世辞にも道とは呼べない獣道を通って道場に通う。最初は、足が言うことを聞かず修行もより困難なものであった。
とはいえ、いくら疲れていてもそんなことで楽をさせてくれるほど師範は甘い人間ではなかった。
むしろ嬉々として更なる試練を課すような人だ。
そのお陰で週一での教授とはいえ拙いながらも気を感じ取れるようになり、また扱えるようになったのだから文句など言えようわけもないが



そんな日常の中で俺がその子に出会ったのはほんの偶然であった。
神鳴流の本山に入り道場に続く砂利道の中ほどに彼女はいた。

「あ……」

特徴的な子だった。
何者にも侵されていないような綺麗な白色の髪はもちろんのこと、俺が目を奪われたのは彼女の背中にあるものだった。
その小さな背には髪の色と同じような美しい白色の羽が生えていた。

「あれは……烏族の子どもか」

彼女に見惚れていた俺の耳に入ったのはそんな従者の声だった。

「烏族……」

「しかし、何故こんな場所に妖怪が……しかも汚らわしい白翼の忌み子が」

彼女を見て何かを思い出そうとしていた俺の耳に再び従者の吐き捨てるような言葉が入ってきた。
また、その言葉が聞こえたのだろうその子は怯えるような眼差しでこちらを窺がっていた。
それを見た瞬間、俺の思考は灼熱の怒りによって塗りつぶされた。

「……おい、貴様」

「さ、大樹坊ちゃま。先を急ぎましょう先生がお待ちですよ」

どうやらこの馬鹿は俺が怒っていることにさえ気付いてないようだ。

「あの子に謝れ」

「は?」

「あの子に謝れと言ったんだ。貴様が言った心無い一言で悲しみ傷ついたあの子に」

この時の俺はなんとかまだ理性を保っていたんだろう。だが、その理性も続く馬鹿の言葉によってかき消された。

「何故、私があんな忌み子に。大樹お坊ちゃまもあんな妖怪は無視してください。穢れてしまいますよ」


そこから先のことははよく覚えていない。
師範に間接を極められ組み伏せられた俺が目にしたのは泣いているあの子と原型がなくなるまで顔を腫れ上げた血みどろの馬鹿が転がっているだけだった。
ああ、俺は彼女の悲しむ顔が見たくなかっただけなのに間違ってしまったのか。
後に残ったのは皮が剥げてボロボロになった手と苦い後悔だけだった。



その後、師範にこっ酷く叱られ道場で反省するように言い付かった俺の前に再び彼女は現れた。
その視線はこちらのことを恐れているようで、彼女にそんな視線を作らせてしまったことが酷く悲しく、悔しかった。
だから、俺が少女に最初に掛けた言葉はこれで正しかったんだろう。

「ごめん」

「……え?」

「君を怖がらせてしまった。あの馬鹿が君に酷いことを言ったからって、君の前であそこまでやるべきじゃなかった……」

「う、あ、えと……」

彼女は少し混乱しているようだ。それはそうだろうちょっと前まで鬼のような形相で人を殴っていた俺が背を縮めて情けない表情で俯いているのだから。
それでも彼女は少し落ち着いたのかぽつぽつと言葉を漏らした。

「ええんよ、あんひとがいったことはほんとのことやし」

「違う!」

「ひゃっ」

突然の叫びに彼女は硬直してしまった。

「ご、ごめん。でも、あいつが言った言葉が間違ってるってのは本当だ。君は汚れてなんかいない」

「うそや」

「嘘じゃない。君はこんなに綺麗じゃないか」

「うそや! うちのことなんもしらんくせに!」

初めて会った、それこそ名前すら知らない少女が自分を否定するそれが途方もなく哀しかった。

「……その羽が烏族にとって禁忌だということは知っている」

その言葉に今までヒステリックに叫んでいた少女は俯いてしまった。

「やったら―――」

「それでも……それでも、君の羽が綺麗だと思ったのは嘘じゃない。烏族の禁忌や他人の考えなんて知ったことじゃない。
 俺は君の天使のような白い羽が好きなんだ」

その後、なんやかんやで再び泣き出した彼女を師範に見られてしまい、更なるお仕置きがなされたことは記すまでもないだろう。
また、彼女が泣き止んだ後お互いに自己紹介して少女の名が桜咲刹那と知って二度驚いた。
彼女が中学生の時のようにサイドテールにしていなかったこともあるが、それよりも白色のイメージが強すぎた。

(そういや原作では髪は染めてるんだったっけな)

とにかく彼女、いや刹那が笑ってくれたそれが酷く嬉しいと思う。






「―――――と、その後も色々紆余曲折有って懐かれてるわけです。はい」

「大樹さま、誰に言ってるんですか?」

なにやらいけない電波を受信してしまったようだ。刹那がこちらを気の毒そうな表情で見ている。
ああ、そんな顔で見んといてー!

余談だが、この「大樹さま」という呼び方を刹那はいくら変えるよう言っても改めようとはしない。
以前呼び捨てでいいと言った時など『大樹さまを呼び捨てにするだなんてとんでもありません!』と凄い剣幕で詰め寄られてしまった。
俺には美幼女に様付けで呼ばれて喜ぶような倒錯した趣味などないので、なんとか改善して欲しいのだが現時点では上手くいっていない。


「あ、気にしないでいいから。それより刹那、話は変わるが木乃香がせっちゃんと遊びたい~って駄々こねてたぞ」

「あぅ……うちもこのちゃんと遊びたいんやけど」

「ま、まぁ、師範も厳しいからね」

「あはは……」

楽に想像出来る嫌過ぎる現実からは目を逸らすことにしよう。




俺という異物を含んだこの世界は既に原作とは多少違った流れを作っていた。
その最たるものは木乃香が既に刹那の秘密を知っているということだろう。
原作では刹那が己の秘密を知られるのを恐れ、それが原因で二人の仲が縮まらず双方辛い想いをしてきたことだろう。
けれど、俺は木乃香にも刹那にもそんな思いはして欲しくなかった。
原作を改変することが今後どのような影響を与えるか懸念はあった。
それでも俺は彼女達が悩み苦しみ、すれ違う日常など送って欲しくなかった。
だから、俺は原作通り幼馴染として仲良くなった木乃香に秘密を明かして欲しいと頼み込んだ。
当然刹那は渋った。それもそうだろう。いくら俺が刹那の秘密を気にしないとしてもそれは所詮少数派の意見でしかない。
大多数の人間、いや妖怪でもそうだろう。彼らは自分とは違うものや存在を忌避し、迫害する傾向がある。
刹那はその中で様々な裏切りを受けていた。だからこそ、やっと手に入れた温もりをあえて壊すような真似はしたくなかったのだろう。
それでもなお俺は刹那に頼み込んだ。原作で木乃香が刹那の白い羽を受け入れたという結果を知っていたことも理由の一つである。
だが、それよりも俺はこの五年共に兄妹として過ごしてきた木乃香という妹を刹那に信じて欲しかった。
頭を下げ続ける俺に刹那はこちらが引かないことがわかったのだろう。俺と一緒ならという条件付きながら渋々了承してくれた。



血の気を引かせながら語る刹那の秘密を黙って聞いていた木乃香は話が終わった途端、それはもうは般若の如く怒った。

「もうなんで教えてくれなかったん?!」

「こ、このちゃん」

刹那は既に涙目だ。

「あのな木乃香これは「お兄さまは黙っときッ!」……はい」

慌ててフォローしようとした俺であったが木乃香は堪らなく怖かった。


(すまん刹那! 一人で頑張ってくれ)

(ず、ずるいですよ大樹さま!)


そんな俺達の魂の会話を感じ取ったのか木乃香は額に青筋を浮かべていた。

「せっちゃ~ん! きーとるん!?」

「ひゃ、ひゃい!」


まあ、この後は双方ともテンションが上がってしまいぐだぐだになってしまったが、要するに木乃香は刹那に自分を信じてもらえなかったことが悲しかっただけだそうだ。
黙っていた俺に対しても

「お兄さまだけずるい!」

……とのことらしい。

刹那の羽にしても、「せっちゃんの羽、天使さんみたいやな~」とまるで気にしていなかった。

刹那もその本心と分かる言葉を聞けてよほど嬉しかったのだろう。木乃香に抱きついてすすり泣いていた。
そんな訳で木乃香と刹那の仲は良好だ。秘密もない分これなら原作の時間軸となる中学時代においてもこの二人なら親友としてやっていけるだろう。
また刹那のことを伝える際、魔法のことまで累を及ぼす恐れがあったが、そこはさすが木乃香だ。
人間とは違った妖魔等の存在を父や刹那と共に明かしたのだが、『そんなこと知らんかったなんて損したわ~』とのたまっていた。
ひょっとしたら木乃香に魔法を明かさないということは単に自己満足に過ぎないんじゃないかという気持ちを強めたのはここだけの話だ。

などと、俺はこんな風に微妙に原作を改変しながらも修行の日々を送っていた。
もしかしたらこの二人の和解がこれからの俺のスタンスを作っていたのかもしれない。








俺は来月には七歳の誕生日を迎えることになる。普通の子どもなら春からは小学校に入学する年齢でもある。
そんな日が近づいてきたある冬の日の朝、日課となった朝練を終わらせた俺は屋敷の裏手に父と刹那を呼び、以前から暖めていた考えを語ることにした。


「大事な用とはなんだい大樹?」

「大樹さま?」

「父上、そして刹那。大事な話だから俺の話を聞いて欲しい」


いつも以上に真剣な俺の雰囲気を感じ取ってくれたのだろう。
父も刹那も黙って俺の話を待っている。


「実は俺、春から魔法学校に通うことになったんだ。じいちゃんの許可ももう貰っている」



その瞬間世界は局地的に凍りついた







あとがき


一話、二話と続けてお読みになってくれた皆様方大変ありがとうございました。
今回初投稿ということで酷く見苦しい文になっていたことと思います。

一、二話ともに導入部的な話となっていますが、なるべく早く原作キャラと絡ませていきたいと思います。
本編では地の文が多く読みにくいとは思いますが、これから上手く描写出来るよう成長していきたいです。


それでは、今回はこのあたりで

なお、感想や批判、誤字脱字など意見がありましたらご遠慮なくお願いします




[5868] 第三話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/26 07:33




<桜咲 刹那>


大樹さまは優しいお方だ。ご本人は否定なされるかもかもしれない、けれど彼の親しい人たちは彼の優しさを理解している。
その優しさはすべに対して分け隔てないとはいかないのかもしれない。
それでも、私は彼の優しさが酷く好ましいと感じている。


こんな『化け物』の私を受け入れてくれたのだから


大樹さまは私の羽が好きだと仰られた。
『白翼』という同族のみならず人間からも禁忌と烙印を押された私の羽を

その彼の一言があるから私はやっていける。
今でもこの白い羽が好きだとは言えないし、これからも好きになれるかはわからない。
だが、この羽も含めて私なんだと今は認めることが出来る


私が日々神鳴流の厳しい鍛錬に耐えられるのも大樹さまがいるからだ。
大樹さまは私に色々のものを与えてくれた。

烏族の里を離れた私に生きる場所を与えてくれたのは大樹さまのお父上である詠春さまだ。
けれど、生きる希望や生まれて初めての親友など掛け替えのないものを私に示してくれたのはいつも大樹さまだった。
そして、私の生きる目的さえ―――


私は大樹さまをお慕いしている。
それは親友のこのちゃんと比べても遥かに激しく強い想いだ。

しかし、この気持ちは大樹さまに曝け出していいものではないだろう。
大樹さまは関西呪術協会の長の御子息である。本来なら半妖の私なんかが懇意にしてもらう所か気安く話しかけてもいいようなお方ではないのだ。
けれど、大樹さまはそんなことなど知らぬとばかりに私に接してくださる。
それがどれだけ私にとって救いになるか、彼にわかるだろうか。
なればこそ、私はいつか大樹さまに相応しい方が現れるまで、大樹さまの剣であり盾であろう。

あの方のためならばこの身を投げ出すことにすら後悔はないのだから








すべてを見通すもの         第三話









近衛大樹には才能がない。それが修行の日々を三年ほど過ごし出した近衛大樹の結論だ。
周りの大人や教師陣は皆口を揃えて否定するだろう。
確かに俺は物覚えは早い方に入るであろう。それは自分でも認める。
呪術師としても剣士としても末は一流としての仲間入りを果たせるだけの可能性を持ち合わせているのかもしれない。

言い方が悪かったのならば言い換えよう。近衛大樹には『英雄』が持つ力を手にすることは出来ないのだ。

不幸にも俺の周りには天才が溢れていた。それも一山幾らかのような天才ではない、本物の天才たちがだ。

天才という言葉を好まない者は多い。
その用法の多くが、圧倒的な才能を持つものに対する妬みであったり、自分には越えられない壁を易々と越えていく者に対しての憧憬の念に対して使われている。
才能がないものにとって『天才』というブランドは一種の悪夢にも近いのかもしれない。

教師陣は俺のことを『天才だ』、『さすが英雄の息子』などと囃し立ててくれるがこんな惨めなことはない。
俺を惨めにさせるのは他でもない彼らなのだから。


初めに気付いたのは切っ掛けはごく些細なことだった。
今までとんとん拍子に上手くいっていた呪術がある一定のレベルを超えた途端に扱えなくなったのだ。
その時はそんなこともあるだろうと考えていたが、それが式神や鬼の召喚術や制御、結界術や呪言に至るまである一定のレベル。
そう各々の技法の中で『一流』と『超一流』の境目とされる領域に入った途端、俺にはその術が扱えないことがわかってしまったのだ。
教師陣たちは揃って言う『そのうち出来るようになりますよ』と、けれど俺の精神の最も深い場所にあるものがそれを否定する。
魔力が足りないわけではない、術の構成が理解できないわけでもない、技量が低いわけでもない。
むしろ十二分に成功させる要素を満たしている。
だが、出来ないと『わかって』しまうのだ。
俺では『化け物たちが住む領域』へは辿り着けないことが

近衛大樹は良く言えば『オールラウンダー』、悪く言えば『器用貧乏』更に悪く言えば『中途半端』であった。

それを自覚してからは今まで見えなかった自分の底がよく見えるようになった。


今でも神鳴流への出稽古は続けている。刹那と一緒に剣を学ぶのも変わりない。
しかし、技量の程は既に刹那と俺では遠く引き離されてしまった。
今の俺なら刹那と十本先取の打ち合いをしたとして一、二本も取れれば御の字といったレベルの差だ。

もちろん週一に出稽古としてやってくる俺と神鳴流本山に住み込んで剣技を磨く刹那とでは差が開くのも当然のことであろう。
だが、剣士として刹那が超一流になる資格を秘めていることもわかってしまうのだ。
剣士として同じ量の練習、いやどんなに密度の濃い鍛錬をこなしたとしても『剣士』として刹那の上に立つことはもうないのだろう。


俺は焦った。困惑していたと言ってもいい。
俺は力を求めていた。それは、原作に関わっていくには力が必要なことも理由の一つであった。
しかし、周りの状況や俺の生まれを考慮しても力を持つ必要性があった。

それからは屋敷や協会内にある文献をありとあらゆる観点から片っ端から漁っていった。
だが、それでも俺の求めるような『越えた領域』へ届く鍵は見つけることが出来なかった。


そこで俺は考えてしまった。
呪術や式神などのこちらの技術で駄目ならば、魔法ならどうなのだろうかと?
呪符や陣を媒介とする旨を持つ呪術に比べ、杖を媒介とするものの己の魔力をふんだんに使用できる魔法ならばと。

そこからの俺の行動は早かった。蔵書内にある数少ない魔法書を手に読み耽る日が増えていった。
次第に欲求は募っていき、いつしか俺は魔法を学ぶことを考えるようになった。
とはいえ、まだまだ子どもの俺に魔法を教えてくれる人間について心当たりが多くあるわけではなかった。
だから、俺があの妖怪じじいを頼ってしまったのは至極当然の結果だったのかもしれない。

『魔法を習いたい』という俺に対して、考え直せと説得されることを覚悟していたのだが予想に反して
じいさんは俺が魔法使いになることに賛成の意を示した。
もちろんじいさんが東と西の対立を忘れたわけではないのだろう。
もしくは、長の息子としての俺の立場を東西の対立の緩和に利用しようと企んでいたのかもしれない。

そんなじいさんが提案してきたこと、それが魔法界への留学だ。

あのじいさんでも流石に関東魔法協会のお膝元である麻帆良学園にまだ幼い俺を迎え入れることは危険だと判断したのだろう。
それなら、関西呪術協会の長と関東魔法協会の理事長の連名で外国、この場合異世界に留学させる次第となったわけだ。
表向きは東西の和解のための一環として。

そんなこんなで紆余曲折があって、春から魔法界の首都である『メガロメセンブリア』にある魔法学校への入学が決定された。
正月に久方ぶりに会合しているじいさんにポチ袋を渡されるついでに言われたのでかなり仰天してしまったが

ちなみに試験や実技などの障害も覚悟していたのだが、そこは関東魔法協会の理事である近右衛門。
魔法界でもその魔法の腕はいまだ名高い。その近右衛門の孫が入学するんじゃぞと言ってゴリ押しで推薦入学を決めてしまったらしい。
その話を聞いてこのじいさんの好き勝手振りに呆れ返ってしまった俺を誰が責められよう。

こっちを見てニヤニヤ笑っているのは入学後、俺を待ち受けているプレッシャーや周囲の反応を想像してのことだろう。
くっ、ぶん殴りてぇ!


「しかし、大樹よ」

「……なんだよじいちゃん」

「フォッフォッフォッ、そう拗ねるでないわ。ちょっとしたお茶目じゃわい」

「じいちゃんのお茶目は悪趣味なんだよ」

悪態をつく俺に対してじいさんはあくまでも飄々としている。
精神年齢は二十台後半に入った俺であるが、その程度ではまだまだこの妖怪じじい取ったらただの子どもなのだろう。

「それで大樹よ。婿殿にはもう魔法云々については話したのかの?」

「父上に? え、最近忙しくてあまり顔合わせる機会がなかったけど知ってるんじゃないの?」

「フォッ? 何故じゃ?」

「何故って……だってじいちゃん父上との連名で俺の入学を決めたんだろ? だったら――――」

その時の妖怪じじいはニヤァと誠に嫌な笑みを零してくれた。

「ま、まさか……」

「うむ、ばれなければ犯罪ではない。何、事後承諾でも承諾は承諾じゃよ」

なんてことを抜け抜けとそれはもう嬉しそうに言ってくれやがった。







父と刹那、二人は俺の告白を聞いたまま長々と固まってしまった。
もう一分以上このままだが未だに再起動する気配さえ見えない。

「あ、あのさ」

仕方なくこっちの世界に帰ってきてもらおうと声を掛けようとしたが、それも途中で遮られた。
俺の声が切っ掛けになったのかそれまで固まっていたのが嘘のように烈火のような勢いで詰め寄られた。


「どどどどどど、どういうことですかーーーーーーー!!!!!!」

『THE・混乱』そんな題を付けて額縁に入れて飾ってもいいぐらいに刹那は混乱していた。

「い、いやだから、春から魔法学校に通うことになったんだよ」

「だ・か・ら、一体全体なんでそんなことになってるんですかーーーッ!」

あまりの刹那の勢いにこちらも困惑してしまった。
父上も言い寄ろうとしていたのだろうが、あまりの刹那の醜態、もとい勢いに押されたのかぽかんと口を空けてこちらというより刹那を見ている。

その後、混乱仕切りの刹那を父と協力して宥めた。父上も話を聞くのは刹那を落ち着けなければ上手くいかないと思ったのだろう。
大よそ十分程度の時間を掛けてようやく刹那が話が聞ける程度には落ち着いたので、説明を再開することになった。
今度はじいさんの考えや東と西との関係など出来る限り詳細な説明を踏まえた上で。


「なるほど、お義父さんにも困ったもんだ」

話を聞き終わった父が溜息と共に漏らした言葉がこれだった。
その表情はどこか苦々しいものを噛み潰しているようであった。

「ち、父上、これは俺が言い出したなんだ。じいちゃんは俺の頼みを聞いてくれただけで……」

「わかっているよ。まあ、まず間違いなくお義父さんも悪ノリもしたんだろうけどね」

慌ててじいさんを弁明する俺に父は俺の頭を撫でながらそんなことを言った。
あっちの世界も含めて二十年以上生きてきた俺だ頭を撫でられるのは少々恥ずかしかったが、父の掌は温かく非常に心地よく抗いがたい魅力があった。


「どうしても魔法が習いたいのかい?」

「はい」

「それは今の生活。ここから飛び出してもやりたいことなのかい?」

今現在の生活、暖かい日常。それを脳裏に反芻しながらも答える。

「それでもです」

「なぜ魔法使いになろうと?」

父のこの質問は俺の根幹を刺激する質問だった。
この答えを言ったらもしかしたら父は留学を取り下げさせるかもしれない。
それでも父には知っていて欲しかったことでもある。

「力が欲しいんです」

自分でも何故こんなに急ぐのか理解できない。それでも気が急いでしょうがないのだ。
その俺の回答を聞いて父は少し考えていたが続けて言った。

「その力は今のままじゃ手に入れられないのかい?」

「わかりません。正直、魔法を習うより今のままここで呪術や剣の腕を磨くほうが正しい道なのかもしれません。それでも……」

「それでも諦められないんだね」

「はい、決して」

父は俺の覚悟を見て取ったのかまたはどう説得しようか悩んでいるのかは判断できないが、腕を組み瞳を閉じて考え込んでいた。
時間にして三分程であろうか、もしかしたら数十秒程度だったのかもしれないがようやく目を開いた父の言葉はただ一言だけだった。

「そうか、なら頑張りなさい」

「っ! ……はいっ! ありがとうございますっ!!」

恐らく父は俺に言いたいこと言葉が沢山あったのだろう。
呪術師として育てられてきた俺が、魔法を習うその危険性も十二分に理解していたはずだ。
父は以前語ってくれた。『魔法と呪術は一線を画す』と、その観点から見れば俺のしようとしていることは愚策も愚策なのだろう。
それでもただ一言頑張れと言ってくれた父には感謝の念が絶えない。
そんな父に対して、ただ今は黙って頭を下げることしか出来なかった。



「大樹さまの決意はよくわかりました」

俺が父の偉大さを噛み締めている頃、ようやく刹那が語りかけてきた。
どうやら今の今まで何か考え込んでいたらしい。

「そうか、わかってくれるか」

父との話を聞いていたのだろう。刹那も納得してくれたようで何よりだ。

「ええ、大樹さまの決意のほどは十二分に読み取れました。
 ならば、私は大樹さまの従者として共に行きましょう」

「はい?」

何言ってるのでしょうかこのお嬢さんは?

「ですから、私も魔法界に行くのです」

「「………………」」

「いやそりゃ無理だろう」

「な、なぜですかッ!」

よほど自分の答えに自信があったのだろう。
俺に否定されたのがよほど納得できなかったのか再びリーチがかかってしまった。

「なぜって……普通に考えればわかるだろう。
 俺は父上が許可してくれたけど、刹那は京都神鳴流預かりなんだから勝手に魔法界になんて行っていいわけないだろ。
 そもそも刹那は魔法使いの家系じゃないんだし、何よりお前は剣士じゃないか」

「ならば神鳴流は捨てましょう」

今度こそぶったまげた。

「ま、待て待て待て待てぃ! え、君何言ってるの? あれだ、さてはお前馬鹿だろう」

「だ、誰が馬鹿ですか!」

「いや、だってさぁ……流石にそれはないわ」

「むきぃーーっ!」

その後、詠春に止められるまで二人の漫才は延々と続いたそうだ。
感動の場面台無しである。




「刹那くん、刹那くん」

「なんですか長?」

刹那の目はなんというか座っていた。
そのことに冷や汗をかきながらも何食わぬ顔で詠春は続けた。
こういったことが出来るのは流石に関西呪術協会を纏め上げてきた者といえるであろう。
最も、子ども相手に役に立っている時点で微妙に情けないが

「魔法使いには実は、ミニステル・マギ(魔法使いの従者)というものがあってね―――――」

その後、詠春と刹那との間にどんな密約が交わされたのかは定かではないが、翌日から刹那は今まで以上に剣の鍛錬に励むことになったことを付け加えておこう。


「刹那の機嫌も治ってくれたようだし、よかった~」

もちろん、神ならぬ彼に少女の機嫌が治った理由など知る由もなかった。







この後、幾ばくかの時が流れとうとう魔法界に旅立つ日がやってきた。
多忙の合間を縫って来てくれただろう父、心配そうな眼差しでこちらを見てやまない母。
意外にも最後まで納得してくれず未だに膨れっ面をしてそっぽ向いている木乃香。
そして、ずっと下を向いたままの刹那。
俺にとって掛け替えない家族が見送りに来てくれた。


着々と別れの時間が近づいていく中でとうとう出発の時間間際になった。

「大樹、決して負けたりするんじゃないぞ」

「はい」

父の不器用な激励。

「ご飯はしっかり食べなくちゃ駄目よ。知らない人についていかないで、車にも気をつけるのよ。それから、それから―――――」

「わ、わかったから母上」

尽きることのない母の心配。

「お兄さま休みには帰ってきてね? 手紙も出してね? 約束やえ」

「ああ、約束だ」

妹との固い約束。


「刹那」

「大樹さま……」

やっぱり幼馴染が魔法界という遠い場所に行くのは悲しいのだろう。
刹那の瞳には木乃香同様薄っすらと涙が滲んでいた。

「そろそろ行くよ。でも、その前に刹那に頼みたいことがあるんだ」

「はい、なんなりと」

こんな別れの間際に頼みごとする俺に対しても嫌な顔一つせずに真摯なまなざしを向けてくれる刹那。
刹那のことを考えるなら本当はこんなこと言うべきじゃなのかもしれない。それでも今言わなければいけない気がした。

「俺が帰ってくるまで木乃香を頼む。あいつのことを頼めるのは刹那しかいないから」

「わかりました。この剣に誓って、必ずこのちゃんをお守りしてみせます」

そう言って、練習用の木刀が入った鞘袋を強く握り締めながら刹那は誓ってくれた。

「ありがとう、それなら俺は安心して行ける」

刹那の誓いに俺は笑って礼を言うことが出来た。やはり一時的な別れとはいえ悲しい顔よりかは笑顔で別れたい。

「はい。いってらっしゃいませ……お帰りをお待ちしています」

刹那も俺の意を汲んでくれたのか、その顔は泣き笑いに近かったが笑顔を浮かべ見送りの言葉と共に頭下げた。
いつまでも上がらない顔、震えている体、そして足元に零れ落ちる水滴。
きっと刹那は最期に泣き顔を俺に見せたくなかったのだろう。
ならば、無粋なことをしてはいけない。


「みんな、いってきます!!」


掛け替えない家族の思いを胸に秘めゲートに向かって歩き出した。
決して後ろを振り返ることなく





あとがき


第三話いかかだったでしょうか?今回は少し短かったですね。
慌てて書き上げたので誤字等も多いかと思いますが、ご了承ください。

次回は、いきなり時間は飛んで原作の時間軸に入るつもりです。
魔法学校時代を書いてもいいのですが、作者は原作を学園祭終了程度までしか読んでないので魔法界の詳しい設定なんかは知りません。
作中でも学生時代の話は小出しに出していくつもりなので勘弁してください。

読者さんに聞きたいんですが、作者としては原作に入る時間を進級時にするつもりなのですが、二年次三学期からから読みたい方はいますでしょうか?
単なる疑問なので反映されるとは確約できませんが、意見ももらえると助かります。


それでは、感想や批判、誤字脱字などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第四話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:06



近衛大樹は魔法使いだ。
けれど彼は別に正義の味方などではないし、そんなものに憧れるほど子どもでもなかった。

魔法使いたちの最も尊敬される仕事『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』
それに至ることを夢見て掲げる魔法使いたちなど鼻で笑うような性格をしている。

かといって彼が冷血な人間というわけではない。
人助けや世のために活動することを馬鹿にしているわけでもない。
ただ、彼にはそんな立派な言葉や建前より大事なものがあっただけのことだ。

だから、彼がこの地に足を踏み入れたのは至極当然のことあった。




「人が多いな……メガロメセンブリアも多かったけど、ここはほとんどが学生だからな」


そんな彼は現在、あまりの人混みの多さに少々げんなりしていた。








すべてを見通すもの         第四話








「……遅い」

先程からもう幾度同じ台詞を繰り返しただろうか?
数えるのが馬鹿らしくなって五回から先はもう数えるのは止めてしまった。

現在、俺がいる場所は駅前にあるどこにでもありふれた様な広場の一角だ。
更に細かく名称を重ねて言うのなら、関東魔法協会の本拠地である麻帆良学園都市、その中でも学園の中枢に近い場所にある女子校エリアにある駅前広場である。

そんな場所で彼は既に三十分近くも移動することなく立っていることになる。
時間が一分また一分と過ぎる毎に、大樹は居心地の悪さを通り越しその感情は不快の色に染まってきていた。
別段彼の気が短いわけではない。むしろ忍耐強いほうに属するであろう。
体力も普段なら三十分どころか半日立ったままでも疲れを訴えるような柔な鍛え方はしていない。

彼が不快の原因としていたのは周囲から突き刺さる如何ともし難い視線によるものだった。
なんというか彼は酷く目立っていたのだ。いや特に彼は奇特な行動をしていたわけではない。
比較的整った顔をしているが特に目を引く容姿でもない。
黒髪黒瞳の極有り触れた日本男子であり身長も高すぎず低すぎず、濃紺の三つボタンスーツの上から見て取れる体型は中肉中背といった感じだ。
見るものが見ればその感想もまた変わるだろうが。

その普通に見える彼が注目を浴びていたその理由は、現在彼のいる女子校エリアという場所柄に原因があった。
ここは女子校エリアと呼ばれる言葉通り麻帆良学園都市内の女学校が密集して固められたエリアなのである。
そんな場所であるのだからその滞在人口の内訳の多くは当然女性で締められている。
そんな中に存在する男性は僅かな教員と用務員、あるいは定期的にやってくる業者の作業員ぐらいなのである。
そして、数少ない男性でさえ、替えが効くのならば女性に務めさせているので男衆の肩身はいやでも狭くなる。

つまるところ基本的にこのエリアは男子禁制の園なのだ。
そんな場所に見知らぬ男性、それも極めて年齢層が近い男性がいるので遠巻きながら注目されているわけだ。
今のところは、不審者として警備員代わりの広域指導員がすっ飛んでくるといった事態には陥っていないが、長く居座り続ければ通報するなんて強行手段に出る生徒も出るかもしれない。
そんなことが公然と行われても不思議な場所ではないのだ。

ならば何故彼が敢えてそんな危険性を顧みながらもその場から移動しないのか? その理由は簡単だ。
そもそも彼はそんなこと知らないのだ。
まあ、目下最大の理由は彼が単にそこで待ち合わせをしているからに過ぎないのであるが。
最も、その待ち人が未だにやって来ないからこそ、彼はそこで立ち続ける羽目になっているのが現状である。


「約束の時間を間違えたか? いや、しかし……」

中々やって来ない相手に対し当初はイラつき混じりに悪態を吐いていた大樹だが、流石にこれだけ待っても来ないというのはおかしい。
もしや、自分が何か不手際をしたのだろうかと不安になり始めた頃―――――

「学園長のお客様ですよね! お待たせしてごめんなさい!」

―――――ようやく待ち人はやって来た。

「あのね。今何時だと……」

振り返り遅れてきた人物に一言文句でも言ってやろうとした大樹であったが

「あっ、お兄さまやん!」

妹に甘い彼が、それも久しぶりに再会した妹に文句を言うことなど出来よう筈もなかった。





「へぇー、そやったんかぁ」

「まあ、何で呼ばれたかまではわからないんだけどな」

俺と木乃香は現在木乃香の案内でじいさんのいる学園長室がある麻帆良学園中等部の学舎に向かっているところだ。
学園長から学園長室まで俺を案内する役目を仰せつかっていたのがこの木乃香だったりする。
ガイドが来ればすぐわかると言付かっていたが、なるほど確かに彼女ならどちらに対しても見逃すことことはないだろう。

ちなみに木乃香が遅れた原因について聞いてみたところ

「あんな、道に迷ってる人がいたから助けてあげたんよ」

と『道案内するなら俺を案内しろよ!』と危うく突っ込みそうになるところであったが、黙ってくりんくりんと木乃香の頭を撫でておくことだけにした。
なんで頭を撫でられたかを理解していないながらそれでも嬉しいのか木乃香はニコニコしていたが。

そんなこんなで仲良く並んで学園長室に向かっているのだが、何故俺が麻帆良に来ているのか。
それは祖父であり関東魔法協会の理事である近衛近右衛門に呼ばれたからに他ならない。
先月、近衛近右衛門の名で一通の手紙が送られてきた。
今日の日付と指定時刻と共に数行の簡素な内容と『必ず正装して来られたし』と強調された一文を受け取り了承した結果ここにいる。

じいさんが俺を呼んだ理由も薄々わかっている。
十中八九俺が転生したこの世界の舞台、その主役たるネギ・スプリングフィールドが絡んでいるのだろう。

近衛大樹としてこの世界で生まれ変わって十四年経つ。
いい加減待つのも飽きた頃、原作の時間軸に突入したわけなのだが、当初俺はかなり焦ることになった。
というのもネギが魔法学校の卒業試験でこの麻帆良学園に教師となるべくやってきたのは二年の三学期からだったわけなのだが、生憎彼と俺の間にある接点は皆無であった。
ここで関われなかったら今までの修行や血と汗に塗れたあの日常がまったくの意味ないものになってしまうと、俺は非常に追い詰められてしまったわけだ。
焦っていたが明確な良案が見つけられないまま日に日にヤバ気な思考に染まりかけていた俺に届いたのがこの手紙である。
現在の時分は既に春真っ盛り、桜もそれを祝福するように咲き誇っている。
そして、本日は日本全国で学校開きとなる始業式の日だ。

じいさんからの手紙が来なければ恐らく学園内に侵入でもして自分を売り込むといった強硬策を今頃取っていただろう。
そんな行動を起こしたら周囲にいらない不信感や警戒心を煽ることは必至だったので、今回の召集状は正に渡りに船だったと言える。


「あそこが麻帆良学園中等部の校舎やえ、うちやせっちゃんもあそこに通っとるんえ」

その木乃香の台詞通り目の前には立派な建築物が立っていた。
学園をすべて統括する学園長の部屋が何故女子中学校の中にあるのかは謎だがあのじいさんもこの中にいるのだろう。



「フォッフォッフォ、よく来てくれたの近衛大樹くん。長旅ご苦労じゃったな」

今回俺を呼び出した下手人、いやじいさんの邂逅の台詞がこれである。
正直拍子抜けしてしまった。大方、遅刻したことに対してねちねち嫌味でも言われるかと身構えていたのだがそれもなかった。
まぁ、このじいさんのことだから俺が麻帆良に入った瞬間から覗いていたのかもしれない。

「お呼びに預かり参りました近衛大樹です。近衛近右衛門学園長殿」

じいさんの台詞から考えて身内としてではなくプロとして挨拶することにする。
じいさんはそんな俺の様子を見て僅かに感心したような視線をくれていたが、ここには他の人の目もあるのだし、何より目の前のじいさんは依頼人だ。
プロとして公私の区別を付けておくのは当然のことだろう。

学園長室の室内に現在いるのは五人。
依頼人であり、学園長である近衛近右衛門。髪を短く切り上げ白いスーツを着こなしている中年の男性、高畑・T・タカミチ。
この世界で対面するのは初になる小学生ほどの利発そうな眼鏡をかけた少年ネギ・スプリングフィールド。
そして、ここまで案内してくれた木乃香と俺を加えた五名だ。
一人を除いて皆魔法関係者という一般人からしたら冷や汗もののラインナップであった。


「木乃香よ案内ご苦労じゃったな。すまんが、これから彼らと大事な話をせんとならんので教室に戻っててくれんかの」

「え、やけど……」

じいさんのやんわりとしていたがはっきりとわかる退出の言葉を受け、僅かに俺のほうに目線を向ける木乃香。

「なに心配はいらんわい。大樹とは後で連絡を取ってまた会えばよかろう」

じいさんも木乃香の心配を感じ取ったのだろう。すかさずフォローしてくれた。
俺も頷いておく。

それでも木乃香は久しぶりに会った俺と別れるのを愚図っていたようだが、わがままを言っても何も変わらないのがわかったのだろう。
または、後で会えるならと自分に言い聞かせたのか

「む~おじいさまのいけず~。お兄さま、後でまたな約束やで」

そう言って渋々ながら退出しようとする。そこで俺は少し木乃香を引き止めた。

「木乃香ちょっと待った」

「どうしたん?」

「俺がここに来たことは刹那には内緒にしておいてくれ」

何故俺がそんなことを言うのかわからないのだろう首を傾げて率直に聞いてくる。

「ん~、なして?」

「後でいきなり会って驚かせてやりたいからな」

とにやりと笑う俺を見て、木乃香も俺の意を汲んでくれたのだろうにっこり笑みを浮かべて快く了承してくれた。


「せっちゃんきっとびっくりするやろなー」

どこか弾んだような声を残し木乃香は退出していった。




「改めて、ようこそ麻帆学園へ近衛大樹くん」

木乃香が退出し気配が完全に離れたのを察知して再びじいさんが声をかけた。

「はい歓迎の意受け取りました。光栄です」

「久しぶりだね大樹くん。元気そうで何よりだ」

続けて横に控えていた一人、高畑・T・タカミチも声を掛けてきた。

「ええ、高畑先生もお変わりなく」

「いつもみたいにタカミチでいいよ」

俺の返しに苦笑しながらタカミチは言い放った。
この会話からもわかるように、高畑・T・タカミチとは京都の実家にいた頃からの顔見知りである。
魔法学校時代も何度か顔を合わせる機会があり、それ以来原作のネギ同様俺の兄貴分としてなにかとお世話になっていたりする。


「えっと、学園長この人って……」

俺がじいさんやタカミチと知り合いだというのを感じ取って戸惑ったのだろう。
ネギが学園長に俺の素性を尋ねていた。
俺の素性が気になるのはわかるが、話の途中で割り込んでくるのは感心できない。


さて、ここからはこの狸じじい相手に騙し切らなければいけない。
幸い親族ということで信頼されたのか防音などの結界は張っているようだが、『真実看破』等の嘘やごまかしが効かないといった効果がある魔法を使っている様子はない。
いくら孫相手だからとはいえ甘過ぎると言わざるを得ないが、今回はその甘さに助けられた。
ならば遠慮なく付け込ませてもらう。


「学園長、失礼ですがこの男の子は?」

まるで初対面の子どもについて問うような大樹。その顔からは相手を騙してやろうなどという邪な考えはまったく読み取れない。
面の皮の厚さはこの年齢にして中々堂に入ったものだった。

「フォッフォッフォッ、この子はネギ・スプリングフィールドくんといってな。
 この麻帆良学園でそこの高畑くん同様教師をしてもらっているのじゃよ」

そんな狐に気付かない狸は嬉々として子供教師のことを語った。

「は? 教師ですか?」

「そうじゃ」

「……質問ですが、彼の年齢は?」

「確か今年で十歳だったはずじゃ。そうじゃなネギ君」

「は、はい」

ふむ。当然だろうが年齢も原作と同じか……数えで九歳だったかな?

「そんな彼が何故教師なんてやっているのですか?」

「そこのネギくんは非常に優秀な子での、学力も既に大卒相当なのじゃよ」

「そういう問題ではないでしょう」

「なぁにばれなければ問題ないわい」

「またそれですか……」

はぁっと溜息を吐いてしまった俺に対してじいさんはにやにやしていて、タカミチは気の毒そうな表情でこちらを見ていた。
ネギに関してはおろおろしているだけで何の役にも立たない。
今のところは実に順調だ。

「彼のことはわかりました。それで今回私を呼んだ理由はなんでしょうか?」

前置きはこの辺りでいいだろう。さっさと先に進ませてもらおう。

「うむ大樹くん。ネギくんには教師として担当している3-Aというクラスがあるのじゃよ」

「ほう、それがなにか?」

「頭の回転の早い君ならもうわかっとるじゃろ?
 君には彼の補佐として副担任をしてほしいのじゃよ」

「つまり俺に教師をやれというのですか?」

「うむ。今まではそこにいる高畑くんが務めておってくれてたのじゃが、彼のほうも最近は別件の方が忙しくてのぉ」

ビンゴ! 恐らく教師をすることで落ち着くだろうと踏んではいたが、ここまで予想通りな展開とは少々気味が悪いくらいだ。
警備員やあるいはネギの魔法の教師として呼ばれることも覚悟していたが、一番無難な予想に落ち着いてくれた。
やはり外部から招かれたとはいえ身内ということでフィルターが掛かっているようだ。非常に助かる。

「実はネギくんは二ヶ月の研修を終え、この春より正式にこの麻帆良学園の教師として赴任することになったのじゃが、生憎彼はまだ子どもじゃ。
 色々不安な点もあるじゃろう。そこをフォローするために君に補佐を頼みたいのじゃよ」

「危なっかしいのならそもそも教師などやらせないでください。というか俺も子どもです」

「それはそれ、これはこれじゃ、よ。それでどうじゃな?」

仮にここで断ったらどうなるのか多少興味が沸かないでもなかったが敢えて危険な橋を渡ることもあるまい。

「……学園長は断らせるつもりもないのでしょう? ならやらせてもらいましょう。
 それで私は生徒になにを教えればいいんですか?」

「ほっほ、助かるわい。君なら中学レベルなら何を教えても問題ないと思うが基本的にネギくんの不在時にHRをやってもらったり自習の時監督をやってもらう程度のことじゃよ」

「わかりました」


じいさんのとの依頼について一呼吸置いて、今度は話の流れが掴めずいまだおろおろしているネギの方に向き直る。

「改めましてこんにちはネギ先生。これから君の補佐として教師をすることになった近衛大樹だ。よろしくお願いします」

そう言って手を差し出す。

「あ、こちらこそネギ・スプリングフィールドです。あの近衛ってもしかして……」

俺の手を握り返して質問を返すネギ。
ふむ、さすがにこの程度のことは気付くか。

「お察しの通りそこの学園長とは血縁者となる。ちなみにさっきまでそこにいた近衛木乃香は俺の妹だよ」

「こ、木乃香さんのお兄さんなんですか!? あ、あああのこ、木乃香さんにはいつもお世話になっていまして―――」

「……なにぃ?」

「あいたたただだっ!!!」

おっと、いかんいかん。ついつい握った手に力を込めすぎてしまった。
手を離してあげるとネギは一目散に俺と距離を取ってしまった。
そういやネギは木乃香と神楽坂明日菜の寮部屋に居候しているんだったな。ならばそういう意味でのお世話だろう。
ネギはなにやら非常に怯えた様子でこちらを見ているが……ふむ、そんなに怖がらせてしまったか?

(こ、木乃香さんが怒ったときとそっくりだ……)

「なにか言ったか?」

「い、いえなにも言ってないでしゅ!」

……噛んだ。

「まあとにかく! さっきも言った通り君の補佐として就くことになった。何か困ったことがあったら相談してくれ」

「は、はい! わかりましたッ!」

その後、二、三簡単な応酬をしたところでじいさんの声が掛かってきた。

「お互いの自己紹介はその辺にしといてくれんかの。
 ネギくん、君は教室へ行ってHRを始めておいてくれんか」

「え、でも……」

俺と一緒に向かうと踏んでいたのだろう。じいさんと俺とを交互に見やっている。

「彼とは生徒の前に出るまでにもう少しだけ込み入った話があるのでの。なぁに教師になるにあたっての諸注意みたいなものじゃよ。
 すぐに向かわせるから気にせんでええわい」

「そうなんですか。わかりました」

じいさんの言葉にあっさりと納得したのだろうあっさりと丸め込まれるネギ。
「失礼しました」と口にし、ネギは退出していった。




「さ、ネギくんももう行ったわい。大樹、その堅苦しい口調はもうやめんか」

ネギが去り今までどこか少し堅さがあった室内の空気がふっと和らいだ。

「堅苦しいって、失礼だなじいちゃん」

「フォッフォッ、やっぱりそっちの方がええわい」

仕事用の顔だからな。そりゃ家族に見せるようなものじゃないか。

「たくっ、まあいいけどさ。それで込み入った話ってなんなの?
 まさか本当に諸注意でもあるのかな?」

「そんなに早く進めようとせんでもええじゃないか」

じいさんは少し拗ねたような言葉と態度を出したが気持ち悪いだけなので無視させてもらう。

「この後すぐに教室にいかないといけないんだろ? 世間話がしたいなら今度時間取るからさ」

(やっぱ俺って優しすぎんのかな?)

「約束じゃぞ? それで話なんじゃが、とは言ってもこちらもネギくんに関してなんじゃがの」

木乃香の約束とは比べられないほど魅力のない約束だが、約束なら仕方がない。

「ネギが魔法使いってことか?」

「なんじゃ気付いておったのか?」

「気付かいでか。あれだけ馬鹿でかい魔力を持ってて、しかもあの年で麻帆良で先生なんてやってんだ気付いて当然。
 もっとも、あっちは俺のことに気付いた様子もなかったけどな」

「ふむ、それもそうじゃな」

じいさんも魔法を扱う者として俺の答えに得心が行ったのだろう顎鬚をさすりながらしきりに頷いていた。

「それでネギくんが麻帆良で教師をやっている理由なんじゃがの。
 実は魔法学校の最終課題が『日本で先生をやる』ということなんじゃよ」

「ああ、まだ見習いなんだ」

卒業課題か、俺もやったなぁ。

「うむ。ここでこれより一年間教師を勤め上げることが出来て初めて魔法使いの仲間入りを果たすわけじゃな」

「要するに試験だからあんま手を出すなと?」

「相変わらず理解が早いのぉ。その通りじゃ、特に命の危険がかかったりせん限りは出来るだけ手出しは控えて欲しいのじゃ。
 それと彼もまだ子どもじゃ。魔法の秘匿に関してはよくわかっている筈なんじゃが、ふとした拍子に魔法を使ってしまうやもしれん。
 一般人にそれが見つかった時などのフォローも頼みたい」

「りょーかい」

「ほっ、いいのかの?」

俺のあまりにも早い了承に虚を突かれたのかじいさんが意図の読めないことを聞いてくる。

「いいって、なにがさ?」

「いや、てっきり子供相手にと反対されると儂は思っとたのじゃが」

「ああ、なるほどね。別にそれが正当な試験なんだし反対なんてしないよ」
 
もっとも俺の世界にまでちょっかい掛けてきたら出すけどな、と口の中だけで呟く。
正直、俺からすればネギがこの世界でどうなろうと、ぶっちゃけ死ぬようなことになろうが知ったことではない。
ネギに好き勝手に纏わりついた挙句、不幸になる者が出たとしてもそれもどうでもとまでは言わないが興味はない。
だが、その不幸に木乃香や刹那まで巻き込もうとするのなら絶対に許容しないがな。

それに俺はネギに関してはほとんど不干渉を貫くつもりだ。
これからエヴァンジェリンのことなどで彼は苦労するだろうが、俺が手を出すと却ってまずい事態になるかもしれない。
今回の件ではまだ刹那や木乃香とも無関係であろうし、やりたいようにやらせればよい。
それまでは一教師としての責務を全うしよう。

ちなみに魔法の秘匿云々は、俺が試験管だったら一般人に魔法がばれた時点で失敗の烙印を押すけどな。

「話はそれだけ? ならそろそろ行くけど」

「そうじゃな。もう始業までそこまで時間がないからの。
 住む場所のことや警備の話もしたかったのじゃが、それは授業後にまたここに来てくれれば済むことじゃ」

恐らくその辺まで話が出来なかったのは遅刻が響いているのだろう。
二度手間ではあるが仕方ない。ついでにさっきの約束もそれと一緒にということにしよう。

「わかりました」

住む場所はどこになるかはわからないが、恐らく中等部の女子寮の一室。もしくは女子寮に程近い位置にある寮などのどこかになるだろう。
もしかしてじいさんと同居ってことになるかもなぁ、その時は力の限り全力で拒否してやろう。
警備については魔法先生や魔法生徒がやる『あれ』についてだろう。ならば問題ない。

「それでは高畑くん。すまないが大樹を教室まで案内してやってくれんか」

「ええ構いません。それじゃあ行こうか大樹くん」

「ありがとうタカミチ。じゃあじいちゃん、また後でな」

「うむ。期待しておるぞ『教授(プロフェッサー)』よ」

タカミチの先導の元、これからの職場に向かうことになった。






「……成長しておったのぉ」

これが関東魔法協会の長である近衛近右衛門が、自分の孫に久方振りに対面して抱いた正直な気持ちであった。
大樹に最後に会ったのはいつのことだったか、魔法学校を卒業する少し前だったからもう二年以上も経つだろうか。
その間に声変わりを含めた身体的特徴のみならず、目には映らぬその内面も大きく成長しているようだった。
魔法使いとしても、まだまだ魔法界全土に響き渡るほど有名になったわけではないが、若くして幾つかの二つ名で呼ばれるまでに成長した孫。
彼が退出したときにかけた『教授(プロフェッサー)』という言葉もこれから教師となる彼に掛けたつもりで言った大樹の二つ名のうちの一つだ。
まったく手の掛からない孫に対して若干寂しさも感じるが、それ以上に大樹の成長が誇らしかった。

実際に会うまでは久し振りに会う孫に対して年甲斐もなく不安を抱いたものだが、それも直接彼が身に纏う雰囲気を見れば余計な不安であった。
大樹なら大丈夫じゃろう。

「これからが楽しみじゃわい」

これもまた老境に達した老人の偽らざる気持ちだった。






「個性的な子たちが多くて苦労するかもしれないけど、みんな根はいい子たちだから心配しないでいいよ」

「それを聞いて安心したよ」

学園長室を辞した後、並んで三年A組に向かう道すがらこれから担当する生徒の話などを話題にして歩いていた。


「それにしても……また一段と強くなったみたいだね」

「そうかな? だったら嬉しいけど」

「うん。立ち振る舞いにも隙がないし、あの時からどれだけ成長したのか自分の手で試してみたいぐらいさ」

「よしてよタカミチ。これからは同僚になるんだからさ」

「ハハハッ、ごめんごめん。それぐらい魅力的だったってことさ」

「そういうことを言うのは女性だけにするんだね」

冗談交じりに返す俺の答えに双方の間に軽い笑いが起こった時、三年A組の教室に到着した。


「ここが三年A組だ。ここから君は先生となる。
 僕はいつでも君の力になろう。それじゃあガンバレ『近衛先生』」

「ありがとう高畑先生」

最後に硬く握手してタカミチは元来た道を引き返していった。




タカミチの後姿が見えなくなり一分ほど経ったであろう。

「――えっと、実は今日は皆さんにご紹介したい人が居ます。
 今日からこのクラスの副担任をしてくれる先生です。入ってきてください」

ようやく俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
ネギの言葉に教室が途端に騒然となる。
あまりの騒々しさに思わず緩みそうになる頬を押さえつけ教室に入ることにする。

もしかしたら罠でも設置してあるのではと踏んでいたが、前情報がなかったのだろう扉付近に罠の気配は感じ取れなかった。

(これで実は罠が仕掛けてあったとかだったら大したもんなんだけどなー)

予想通り。扉を開け教壇にの前に立つまで結局罠に遭遇することはなかった。

(まぁ、そうそうないか)

実はちょっとだけ残念だったのはここだけの話だ。


いつの間にかあれだけ騒々しかった生徒達が水を打ったかのように静まり返っていた。
クラスの女子生徒たちの大半は呆然としている。
刹那なんか大口開けてぽかんとしていた。あご外れるぞ?
中には鋭い目線を向けてくる者も数名いた。
ただ、木乃香だけはニコニコしているが

しかし、この反応も当然か、副担任の紹介として入ってきたのが、スーツを着込んではいるものの明らかに自分たちと同年代の男が立っていたのだから。
かといって何時までもこのままという状態も居心地が悪い。
ネギも周囲の反応に戸惑っているのか、黙ったまま何もしてくれないし、仕方ない。こちらから行動に移させてもらおう。

「ただ今ネギ先生のご紹介に預かりました通りこれから一年の間皆さんの副担任をさせてもらうことになった近衛大樹です。
 皆さんこれから一年間よろしくお願いします」

最後に笑顔と共に頭を下げる。瞬間


「「「「「「「えええええぇぇぇぇぇ!!!!」」」」」」」


天を衝くような大絶叫が木霊した。

「……ぐっ」

流石にこれは効いた。油断したところに音波攻撃とはやってくれる!
などと馬鹿なことを考えている間、生徒たちは次々に再起動を果たしたのだろう矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

我先にとまるで競い合うかのように質問を浴びせかけてくれる。これでは答えられるものも答えられないではないか。
中にはこの年代の少女としてそれはどうかと問いたくなるようなかなり際どい質問なんかも耳に入ってきたが、幻聴だと思いたい。

「はいはい、そんなんじゃいつまで経っても先生が質問に答えられないよ。
 ここは私に任せてくれるかな」

あんまりにもな事態を見かねたのか、パンパンッと手を鳴らし一人の生徒が場を纏めてくれた。
これ幸いと助け舟に乗らせてもらうことにする。

「え~と、朝倉さんでいいんだよね? それじゃあお願いできるかな」

ネギから出席簿を借り受け出席番号3番朝倉和美と確認して質問の受け入れを受諾する。
だが、その船はどろ船だった。

「はい、麻帆良報道部に所属してる朝倉和美と申します!
 それでは早速ですが質問に入らせてもらいま~す!」

少々早まったと思わないでもなかったが、先に進まないと話にならん。
ならさっさと終わらせてしまおう。

「では、まず基本的なことから!
 名前はもう聞いたし、では先生の年齢は?」

「14」

「どうして私達の副担任になったんですか?」

「先月から学園長にどうしてもと誘われていてね。学園長には恩もあるし、それならちょうど新学期からということで受けることにしたんだよ」

実際、副担任と任命されたのは今日になってからなのだが、突発的に副担任に就いたとか学園長に無理矢理とか言われたら自分らが軽く見られたと考え不快に思う生徒もいるだろう。
ここは矛が立たぬよう無難に答えておくことにした。

「担当教科は?」

「担当教科は特になし。でも、大抵のことは教えられると思うから遠慮せず質問に来てくれて構わない」

「血液型は?」

「AB型」

「身長は?」

「175センチ」

「出身地は?」

「京都」

「家族構成は?」

「父と母に妹が一人」

その後も幾つかの簡単な質問がなされた。
もう質問の数を数えるのも馬鹿らしくなってきた頃ようやく突っ込んだ質問に入った。

「それでは先生の苗字は近衛と聞きましたが、うちのクラスの一員である近衛木乃香さんとは何かご関係が?」

これも予想の範疇。嘘を言っても得もなし、普通に答えよう。

「そこにいる近衛さんとの関係だが彼女とは実の兄妹ということになる。ちなみに双子で異性一卵性双生児となる。
 その割にそこまで似てないとは思うんだけどね。。
 そのうちばれるだろうから言って置くけど学園長は俺の祖父にあたる。
 かといって学園長の孫だからなどと変に遠慮しないでいい。普通に接してもらえると助かる」

その答えに大半の生徒の視線が俺と木乃香の間を行き来する。
ただ、ネギだけは彼の似てないという言葉に対して激しく首を振っていた。

「そ、そうですかわかりました。(この人も学園長とは似てないね~)それでは最後の質問です。
 ずばり先生に今彼女はいますか?!」

その質問を朝倉が言った瞬間俺に対して鬼気とも呼べるような殺気と共に二つの視線が突き刺さった。
この視線の出処を探してはいけないという本能の命令に従ってさっさと答えることにした。

「か、彼女はいないぞ。というか生まれてこの方恋人が出来たこともないし」

これは本当だ。もっとも告白のようなものをされたことはあるが。
途端にあれほど禍々しかった視線が和らいだ。
生徒たちからは俺の回答に対して「ほんとかな~」とか「いがーい」とか「そうなんだー」といった反応をしてくれている。

「では、今はフリーなんですね。
 それではこのクラスから恋人を選ぶとするならずばり誰ですか!」

「教師としてその質問には答えられない。ノーコメントで」

その答えに教室の各所からブーイングが上がるが、この質問に答えるなど教師として世間的、常識的に考えてもない。

「そんな固いこと言わないでくださいよ~。それじゃあ、タイプの女性なら誰ですか?
 それならいいでしょ? ね? ね?」

それは同じ意味なんじゃないかと思いつつも、朝倉や教室の空気を読む限りある程度答えておかなければ納得しそうにもない。
仕方なく答えるために改めて教室内を見回す。

(あんまり選んでも後々問題が少なそうな人選にするか……)

「そうですね。この中なら桜咲刹那さん。後はそうですね……・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんですね」

「その二人を選んだ理由は?」

「それはさすがに勘弁してくれ」

俺の回答に女の子たちはめいめいに盛り上がっていたり、名を呼ばれた二人にちょっかいをかけたりしていた。
さてその二人はというと……刹那は顔を真っ赤にしてぼーっとしており周りの生徒が声を掛けてもぴくりともしていなかった。
ちなみにエヴァンジェリンは絡んでくる生徒たちを鬱陶しげに払いのけながらもこちらを探るような目で見ている。
そして、木乃香は相変わらず笑っていた。ただし目だけは笑っていないという実に器用な笑顔ではあったが……




質問が終わったもののいまだ興奮が冷め止まない三年A組。そんな彼女たちを苦笑して眺めていると、教室の扉ががらりと開かれた。
そこには一人の妙齢の女性が佇んでいた。

「ネギ先生、近衛先生。今日は身体測定ですよ。3-Aの皆さんもすぐ準備してくださいね」

その言葉に腕時計に目を落とせばもうとっくにHRの時間は過ぎていた。

「わざわざありがとうございます」

彼女に礼を言って共に廊下に出る。

(えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください)

「いえいえ、私はネギ先生の指導教員でもありますから。
 あらいけない。私のご紹介がまだでしたね。私は源しずなといいます。担当科目はネギ先生と同じ英語をやらせてもらっているわ」

(『ネギ先生のえっちー!』)

「こちらこそ気が利きませんで。俺のことは学園長から聞いたんですよね?
 でも、お昼前にでも改めて自分の口から職員室の皆さんに赴任の挨拶をさせてもらいますね」

(うわ~ん間違えましたー!)

爆乳女教師と互いに自己紹介していたのだが、生徒達にナチュラルにセクハラ発言をかましていたネギが転がるような勢いで飛び出てきた。
そんなネギはなにやらこちらを恨むような目線をくれている。

「近衛先生、先に出て行っちゃうなんてひどいじゃないですかー!!?」

「女性が肌を晒すんだ。男が出て行くのは当然のことだろう?」

「あぅぅ……」

一体何を言ってるんだこいつは? 俺にもセクハラしろとでも言うつもりか?



なにやら微妙な空気の中、それを吹き消すかのように和泉亜子がなにやらあわてた様子で走ってくる。

「先生! 大変やーっ!まき絵がー!」

彼女の悲鳴のような声が聞こえたのだろう。教室から生徒らが下着姿のまま飛び出してきた。
彼女たちは和泉に掴みかかるかのようにして事の詳細を聞き出そうとしている。
廊下は一瞬で大パニックに陥ってしまった。
止める間もなかった。クラスの仲のいい証拠ではあるがいつまでも廊下で騒がしておくわけにもいかない。

(本来、これをやるのはネギ坊主なんだがな)

内心で愚痴りながらも生徒達を正気に戻すことにする。

「落ち着けお前ら! 和泉からは先生たちが話を聞いておく。
 お前らは教室に戻っているんだ」

俺の一喝に幾分かの冷静さを取り戻したのだろう彼女たちは、改めて自分の姿を思い出したのだろう。
騒ぎ声やら奇声を上げながらあっという間に教室へ戻っていった。

「それで和泉、佐々木がどうしたんだ?」

「まき絵が……まき絵が、桜通りで倒れてるのが見つかったって!」

話を聞く態勢に持っていったがまだ少し混乱してるようだ。

「なんですって!?」

亜子の言葉に驚くネギ。今まで一緒に和泉を宥めていたのだが一瞬でこちらも混乱してしまった。
まったく次から次へとこのお子様は。

「冷静になれネギ先生、お前が慌てても仕方がないだろう。
 それで和泉、佐々木は今どこにいるんだ? 病院か?」

「ほ、保健室に……」

「わかった。それじゃあ俺とネギ先生は保健室に行くから、和泉は教室に戻って身体測定の方を落ち着いて進めさせてくれ。
 それで源先生は申し訳ないですが、学園長に報告をお願いします」

「はっ、はいっ!」

「わかったわ」

二人の返事を聞き留めてネギの方に向き直る。
ちっ、まだ落ち着いてやがらねえか。

「行くぞネギ先生!」

仕方なく彼の肩を掴んで無理矢理走らせる。

(いい加減に落ち着いてくれよ。俺は保健室の場所なんて知らないんだからさ)

それにしても桜通りか……確かエヴァンジェリンが関わっている、というか犯人の吸血鬼事件の舞台が桜通りだったな。
走りながらも細かい設定などは抜け落ちている原作の知識を浮かび上がらせ一人ごちる。

「波乱万丈だね~」





自分の横に並ぶ大樹の足音を感じながらもネギの精神はいまだ混乱していた。

(くっ、どうしてまき絵さんがっ! それに僕は先生なのにあんなに取り乱して何も出来なかった。
 近衛先生があの時指示していてくれなかったら僕は今なにをやっていた?
 くそっ、僕がもっとしっかりしていたら……!)

自分の行動を想い帰し後悔を重ねるネギは、その自分の歪んだ表情を自分をじっと見ている大樹の視線に終始気付くことはなかった。





保健室のベッドで横たわる佐々木まき絵。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠っているその姿からは深刻な事態は見受けられなかった。
ただし、その首元に見える傷口からは本人以外の極少量の魔力とどこかに繋がるか細いラインが滓かにだが、けれど確かに感じられた。
おそらくこれがエヴァンジェリンに掛けられた吸血鬼の呪いであろう。
今のところはまだ小康状態のようで人体になんらかの影響を及ぼす心配もないだろうから処置を施す必要はなさそうだが。


横のネギに目を向けると、どうやら彼もなにやら感じ取っているようだ。

(落ち着いてみればやはり優秀なようだな……)




他人の魔力を感じ取るという技能は魔法使いにとっては基本スキルのうちの一つだ。
同じ魔法使い同士なら仮に見習い同士だとしても魔力を隠そうとでもしない限りお互いが魔法使いであることを看破できるだろう。
魔法を秘匿することを旨とする魔法使いたちの多くは、その秘匿ゆえに自然と自らの魔力を隠蔽することに長けるようになる。
逆にネギやこの麻帆良の魔法生徒達のように隠そうとする気が感じられない魔法使いたちが圧倒的少数派なのである。
そして、その現状を見る限り自らの教え子にさえ指摘することをしていないことが見て取れるまだ見ぬ魔法先生たち。
魔法界のそれに比べて明らかに『温い』と言えよう。
もちろん俺も普段から魔力は抑えるようにしている。
しかし、その保有魔力量の高さから道具を使って抑えつけても平均的な魔法使いのそれに収めるのが関の山なのだが。

そもそも魔法使いと一般人との間に横たわる壁。それを別つものそれが『マナの保有量』にある。
『マナ』とは大気や自然、人間を含むすべての有機物から生み出される魔力のことである。
それに対し、生物が自己の体内で生成できる魔力を『オド』と呼ぶ。
その『マナ』、『オド』を貯蓄するタンクが生物にはあり、そのタンクの扱い方の差が、魔法使いと一般人との決定的な差となる。
人間には魔力を貯めるタンクが誰にでもあるが、そのタンクの基本構造は『タンクを素通りしてまた外に』といった例えるなら大きな穴の開いたバケツのようになっている。
その穴を小さくするため魔法使いは長年の修行や勉学や呪法において世界に溢れる魔力と自らのタンクの存在に気付き、やがて穴から抜け出る魔力量が供給される魔力量を下回った時初めて魔法使いの道を歩んでいけるのだ。
魔法の熟練によって魔力量の最大値が増加するのはタンクの穴が小さくなり、タンク内に保有出来る上限があがっただけに過ぎない。
今現在においてなお、魔力タンク自体を大きくすることは一部の例外(後天的に吸血鬼化する等)を除き不可能とされている。
この魔力タンクの成長または魔力タンクの増設化は、気の遠くなるような昔から魔法学者の間で受け継がれている究極の命題の一つとされている。

魔力保有可能領域を数値として表すと両者の差は明確なものとして現れる。
仮に魔法を知らぬ一般人を1だとすると、魔法学校を卒業したばかりの見習い魔法使いでさえもその数値は100にも及ぶ。
その数値は魔法使いの成長や熟練度によって更に大きな壁となり立ち塞がる。
それだけの差があるのならば、魔力を感じ取れる魔法使いが一般人を見分けられるのも当然のことである。

マンガで超鈴音が誰にでも魔力が使える世界と言い放ったように、どんな人間でさえ魔力タンクの保有可能数値の上限はどんなに少なく見積もっても200程度まではあるのだ。
その保有可能数値の上限の差は、はっきり言って魔法使いと比較してもそう変わるものではない。
もっとも綿々と魔法使いとして代々血を重ね魔力を髪の先まで色濃く浸透させた一族などは例外だ。
そんな彼らは魔法界でも名家と呼ばれるものたちの中に多く、そんな彼らの保有可能数値は千を超えるものはざらであり、中には万の領域に届くものも歴史の中では幾人も存在した。
もっとも突然変異で生まれつき魔力を保有しやすい人間や魔法を知らずもいつの間にかマナを取り込むことを無意識ながら覚える人間も僅かながら存在する。
方向性の持たないマナそれ単体では何の意味も為さないので例えその身に膨大な魔力を保有していようが普段はまったく他の人間と大差はないのだが。
そして、膨大な魔力の保有量を持ち、なお且つタンクの穴が他者と比べて生まれつき圧倒的に小さいのが俺と木乃香なのだ。
だからこそ、俺達双子は幼き頃よりその存在が裏に名を馳せる事になったのだが。

話は戻るが、つまり魔法使いに比べて一般人の持つ魔力など皆無に等しい。
大きいならまだしも魔力の量が少なければ少ないほどそれを感じるのは加速度的に難しくなる。
更にそんな所に僅かに混じった髪の毛先ほどの他人の魔力を感じ取る難しさが理解できるであろうか。

長くなったが、その僅かな差を感じ取れたネギはやはりこの年齢にして驚嘆するほど優秀なのだろう。
もっともそれも『冷静なら』という但し書きがついてのことなのだが、そこは今後の成長に期待する他ないであろう。




その後、佐々木まき絵の容態をネギと共にクラスメイト達に伝えた。
彼女達も不安だったのだろう。
ネギの言葉を聞いて、年齢不正疑惑がある生徒を数多く抱え込む三年A組の者たちとは故、その時はほっとしたような年相応の表情を見せてくれた。


そして、俺はその中から先程まではいた人物が消えていることを確認すると誰にも気付かれぬよう黙って教室を後にした。

「どこにいるのかねぇ」

そんな言葉を吐きながらも足はただ探している彼女がいるだろう目的地に向かって動いていた。

廊下を歩き、階段を昇りに昇り、固く閉ざされたドアの先に―――――



「これはこれは近衛先生。授業中にこんな場所にお出でとは何の御用かな?」



―――――ニヤリと思わず背筋が凍りそうになるような笑顔と共に【不死の王(ノーライフキング)】真祖の吸血鬼 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがそこにいた。






あとがき

今回は大樹の麻帆良入りとクラスメイトたちとの簡単な顔見せのつもりで本当ならこの文量の半分程度に収まるものを木曜の内に書き上げていたのですが、
その日に今週のマガジンで久し振りにネギまを読んだら更にとんでもないインフレやチートによるとんでもパワーアップ、新魔法が登場してるではないですか

これはさすがにどうなのよと思った作者は豚さん貯金箱を片手にマンガ喫茶に走り文化祭以降の話を読破してきました。
その中でも特に突っ込みたかったのがエヴァの開発した闇の魔法の闘法で攻撃魔法を身体に宿らせることで功防力を上げその属性まで付加するという無茶なもの。
納得できるようで納得できない理論を自分の頭に納得させるために無理矢理ない頭捻って自己設定作って考えたのが終盤から始まる怒涛の説明攻撃。
つまり、普通の魔法使いの多くがあれを習得できないのは、そもそも魔力タンクの限界値を超えているから
技術的にも問題はあるけどそれが一番問題の問題なのよ~と丸投げしました。

ならなんで攻撃力が1800とかある攻撃をそれに満たない魔力量の魔法使いが使えるんだとか突込みがあると思いますが、その設定も当然考えました。
後々、話の中で語っていくことになるでしょう。

それにしても今週早速放蕩親父の魔法を模倣して千の雷を覚えたネギ君。それを攻撃力にしたら数値的には一万ぐらいかな?
えいえんのひょうがとおわるせかいのコンボは一万ぐらいありそうですが


ちなみに作中で使用した魔力の数値は原作のラカンの強さ表を魔力値として参考にさせてもらいました。


次回はエヴァとの対面と大樹くんの初めての戦闘を書くつもりです。
そこで大樹くんの戦闘スタイルのほんの触りだけを上手くかけるよう頑張ります

それでは、あとがきも長すぎですがこの辺で失礼します。


感想や批判、誤字脱字などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第五話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:07



<エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル>



「光の中で生きてみろ」


あいつ……ナギ・スプリングフィールドはそう言い残して私を麻帆良に残して去って行った。


―――――登校地獄などというふざけた呪いをかけたまま。


昔の私はそんなナギに対して愚かにもまるで初めて恋を覚えた生娘のように仕方がないやつだと思いながらも自分のために居場所を作ってくれたナギに内心では満更でもなかった。
実際、六百年の長きに渡り生きてきた真祖の吸血鬼である私にとっても学校に通って普通の少女のようにくだらないことで笑い、ひょんなことで騒いだりすることも悪くはなかった。
そう愚かにも『悪くない』。

そう考えてしまったのだ。

このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがだ。


愚かな自分に気付くのにそう長い時間はかからなかった。
呪いによって麻帆良学園に括られた私はすべてを奪われていた。
今まで闇の中を生きていくために磨いた魔法の技術を使用するための膨大な魔力、蓄えていた金品財宝などの自己財産、様々な二つ名を持つ真祖の吸血鬼としてのブランド。
そしてなにより、こんな自分にでさえ許されていた『生きる自由』という羽をだ。

十五年より前の私は確かに六百万ドルの賞金首として魔法界にその名を轟かせていた。
私が吸血鬼として周囲に認知された頃より、吸血鬼を滅するため襲い来る教会の手の者や信心深い狂信徒を殺していった。
そんな事を何年も繰り返していたらいつの間にか賞金稼ぎが混じるようになっていた。賞金首になったことを知った。
それから十年後には殺す相手に賞金稼ぎが混じることが日常になった。もうこのサイクルからは逃げられないことを知った。
そんな繰り返しを百年も繰り返していた私はいつしか誰からも恐れられる存在となっていた。自分がおかしい名前で呼ばれていることを知った。
『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』、『人形使い(ドール・マスター)』、『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』、『童姿の闇の魔王(わらべすがたのやみのまおう)』
人間であった頃の私を痕跡はいつの間にか消え失せ、後に残ったのは真祖の吸血鬼 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという化物だけだった。

結局化物の中の化物の私がただの中学生として生きていけるはずがなかったのだ。

失ったものの中にはその莫大な懸賞金も含まれていたが、教会の者にはそんなこと関係なかった。
賞金に関係なく私を討ち取って名を上げようと考え、群れて大挙としてやってきた馬鹿共の相手も腐るほどやらされた。
以前ならあまりにも追っ手や襲撃者が増えるようなら住む位置を換え闇に身を宿していた。
それこそ世界中を転々としてきたが、ここではそれすら出来ない。
本来の状態なら梃子摺るはずもない雑魚に不覚を取られかけたのも一度や二度ではない。
数は少ないがようやく出来た友人を盾に取られて手酷いしっぺ返しを喰らったこともある。

あいつはこんな気晴らしに街の外に出ることすら叶わぬ、まるで猛獣の立ち寄る狩場に鎖でつながれた疑似餌のような私を見てもなお光の中で生きていると言う戯言を吐くのだろうか?

当初は自分を守る術を満足に持たないことに怯え、常に襲撃者の影に怯える生活に満足に寝ることも出来なかった。
親しい者を作ったとて、その者は襲撃者からにすればおいしい餌となって私にとってはただの足枷となった。
それにいくら死力を尽くして守り通したとしても結局やつらは私を忘れていった。
そうして私はここで友人を作ることを諦めた。魔法使いたちならあるいはとも考えたが彼らが私を見る目は行動に移さないだけで外の襲撃者と同じだった。
誰かに助けられることもほとんどなく麻帆良にやってくる妖魔や侵入者を倒したとて礼の一つをいわれることもなかった。
いや、ひょっとしたら麻帆良の魔法使いの手引きによって襲われたこともあるのかもしれない。



私は確信した


ここは『穏やかな地獄』に過ぎない。



こうなることを本当にあいつは予想していなかったのか?
英雄と呼ばれたあいつならこのような事態になるとは考えられなかったのか?
それすらも予想できなかったとするなら所詮あいつもそこいらの二束三文で吐いて捨てるほどいる魔法使いと同じだったということだろう。
なら私は裏切られたのだろう。いや、そう考えること自体女々しいか。
単に私が馬鹿であり、自業自得だったのだ。
何も考えずに後先考えずに突っ走った結果、払った代価が大きかっただけのことだ。

麻帆良に括られ五年経ち、約束の三年を過ぎてもあいつはやって来ずその思いを更に高めていた私はナギの死を知った。
その時、私が抱いたのは一片の悲しさでもなかった。
この身を焼き尽くさんとするほどの怒りと憎悪であった。そして、一握りの虚無であった。


この時より完全に私の中に僅かに残っていたあいつに対する淡い思いは粉々に砕け散った。
そもそも私があいつに抱いていた感情もそれが恋とか愛と呼ばれるものではなかったのかもしれない。
ただ、少し優しくされただけで認めてもらえたことが新鮮すぎて勘違いして眼が曇っていたのかもしれない。


そう彼は詰まる所エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに何ひとつ与えてくれなかったのだから










すべてを見通すもの         第五話










「そっちこそ今は授業中だぞマクダウェル」

投げかけられた言葉を軽い皮肉で持って返す。
もっとも彼女の表情は僅かも変化しなかったが。

「……ふん。あんなものなど今さら私には必要ない」

ドアのノブを持ったままの俺と正面から対峙していたエヴァンジェリンだがその視線を切り、屋上の手摺の方に離れていった。
ノブから手を放し俺も彼女の後をゆっくりとついていく。


「まあ、そうだな。お前には今さら必要ないだろう」

彼女は今まで十五年も麻帆良に括られていたのだ。
今さら授業を受けることなど退屈以上に苦痛に違いないはずだ。

そんな俺の返答にも答えを返さず、彼女は改めて俺に問うた。

「それで改めて私に何のようだ。『魔術図書館(マジック・ライブラリー)』」

不覚ながら彼女の言葉に僅かながらも驚いてしまった。

「俺のことを知っているのか?」

確かに、最近は二つ名で呼ばれることも増えてきてはいたがそれもほとんどは魔法界限定でのこと。
まさかこの遠い麻帆良の地で封じられている彼女が俺の二つ名まで知っているとは思わなかった。
そんな俺の感情が読み取れたのだろう。彼女は億劫そうにしながらも答えてくれた。

「ここ(麻帆良)から出られないとはいえ、外の情報まで入ってこないわけではない。他にも知っているぞ。
 『教授(プロフェッサー)』、口さがない連中からは『すべてを見通すもの』なんて大それた名前でも呼ばれているそうだな」

『すべてを見通すもの』その言葉に大樹は苦笑する。その言葉は元々魔法学校時代の時分、俺に対するあてつけのような意味でつけられた二つ名だ。
だが、そんな裏を知らないものらにとっては俺は『賢者』とでも思われていたのか知恵を求められることもままあった。
そんな時、調子に乗って話を教師や学院にやってる研究者の話を聞いてるうちにいつの間にか定着してしまった。
だから、彼もそう呼ばれるのは少々くすぐったいと思っていたのだ。
けれど、そのお陰で得難いパイプを手にすることが出来たのだから人生はおもしろい。

もっとも彼女が大樹のことを知る切っ掛けとなった原因にはもう一つ残った二つ名の方に理由があるのだが。

「『二代目・千の呪文の男(サウザンドマスター)』なんても呼ばれてるけどな」

その言葉にここに来てようやく彼女はその細いよく整った眉をピクリとさせた。
もっともその程度ではあったが。

「それでそう呼ばれて有頂天になっているわけか?」

魔法使いなら誰でも憧れるナギ・スプリングフィールド。彼の二つ名を受け継ぐことは魔法使いによって名誉なことに違いない。
彼女が俺のことをいい気になっていると思うのも不思議ではない。

「いんや別に。俺がそう呼ばれているのはサウザンドマスターと違って本当にその言葉の意味以上の理由はないからな。
 色々な名で呼ばれるようになったけど、正直どれかに統一して欲しいよ」

サウザンドマスターの後継としてこの名で呼ばれることも増えてきたが、こちらは魔力量はそれこそナギ・スプリングフィールドを凌駕しているらしい。
けれど、自分ではまだあの領域の者と対峙できる自信もなければする気もない。
そんな俺にとって本人がいない以上この名は邪魔でしかなく、逆恨みしてきた輩や名を上げようとする馬鹿の相手ばっかり増えて大迷惑なのだ。
自分で辞退すると言っても関係ないことがまた頭痛の種でもある。

俺の真にうんざりしたような表情と台詞にようやく彼女は僅かに興味を持ったのか明日の天気を尋ねるかのような軽さで聞いてきた。

「ほう、それでは貴様ならなんと呼んで統一して欲しいのだ?」

「そうだな……俺なら君が最初に呼んだ『魔術図書館(マジック・ライブラリー)』だな。
 この身に蓄えてきた知識は俺の誇りであり、また生命線でもあるからな」



見習い期間を終えて魔法使いとして俺はやがて完全に外に出ることになった。
しかし、魔法使いとして単独で活動すれば当然危険な目に遭遇することもままある。
それは思わぬ強敵であったり、厄介な属性や術を持つ高位の幻獣であったりもした。
そんなものと対峙したり、またはもっと単純な罠によって命の危機に陥ったりもした。
なんせこちとら二代目サウザンドマスターなどと呼ばれ千を超す魔法を覚えていても実際に使用できる攻性魔法の大半は中級以下、それと僅かな上位魔法に過ぎない。
その程度のものでは高位の幻獣相手にとっては文字通り蟷螂の斧に過ぎない。
もっとも奥の手なら出来ないこともないが、俺の奥の手は単独で悠長に使えるような汎用性に富んだものではない。
それならばないのと一緒である。
そんな状況に追い込まれた時、相手を撃退したり、また手傷を負いながらも逃げおおせて命を拾ってこられたのもその蓄えられた知識によるものだったことも一度や二度ではない。
だから、俺は世界を飛び回っていた時でさえ知識の蒐集を怠ることはなかった。

また俺が『魔法図書館』ではなく『魔術図書館』と呼ばれているのにも理由がある。
この身に蓄えた知識は魔法の呪文や構成のみならず、東洋の神秘とされる術も数多く含まれていたからである。
また、図書館の名に恥じぬよう幻獣やマジックアイテムの名称とその効果、魔法薬の作成法などの横の知識も網羅していた。


そんな俺の人生の縮図を表す『魔術図書館(マジック・ライブラリー)』という呼び名は正に言いえて妙であり俺は密かに気に入っていた。


また俺は魔法研究者としても多少名を知られており、今では魔法界全体で三年に一度あればよいと言った新魔法の開発を独力ながら幾つか成功させていたりもする。
その中で俺が特に自信を持ち、その完成に歓喜した魔法は『知の祝福』という魔法だ。
この魔法の効果は高速の速読と意味記憶への完全記憶焼付けが可能になるといった正に自分のために作った魔法だった。
もっともこの魔法を覚えれば暗記を用いるペーパーテストの類の試験などあってないようなものになるので、魔法協会に新魔法として届け出たものの一般の魔法使い達に知れ渡ることはなかったが。
この魔法を覚えられたものは王室関係者や元老院に属するものたちのように魔法界でも上層部に位置するものたちであったらしい。
そんな彼らの中でも更に厳正に審査された僅か数名にのみ秘伝として教えられたようだが。
ちなみに俺の魔法学校留学時代の体術の師匠もこの魔法を覚えている数少ない一人だ。




エヴァンジェリンも俺の言葉の裏を読んだのだろう。そこに関しては納得しているようだった。
数百年の時をほぼ独力で生きてきた彼女には『知ること』それが持つ力がよく理解できているはずだ。

「ふん、確かに貴様の意見には賛同してやろう。
 それでその頭のいい高名な近衛先生が私に何のお話かな。
 ありがたい講釈でもしてくれるのか?」

が理解してくれたとしてもその瞳には暖かなものや親しみなど欠片もない。
それも当然だろう。俺と彼女は今日初めて邂逅した。あっちは俺のことなど書面の上でしか知らないのだ。
そんなまったく意図の読めない相手を無条件で信用するなど馬鹿のやることだ。
それがわかっているので、気分を害することもない。

もっとも彼女なら俺の聞きたいことも多少検討はついているだろうが

「それはまたの機会にしようか。俺が聞きたいのは佐々木についてのことだ。
 彼女からはエヴァンジェリン、君の魔力が感知できた。あれをやったのは君だろう?」

その質問は予想していたのだろう彼女はその整った顔に酷薄な笑みを浮かべ告げた。

「だったらどうするのだ?
 正義の魔法使いよろしく私を捕らえて処刑台の上にでも送ってくれるのか?」

その言葉と共に彼女は左足を僅かに後ろに引き、重心をそれとわからぬ程度に僅かに下げた。
俺の返答次第では、彼女はすぐさま暴風と変わりその牙を容赦なく揮うだろう。

「別になにもしないさ。だから、そんなに警戒しなくてもいいぞ」

「……何を考えている?
 貴様は正義の魔法使いではないのか?」

「正義ってあの固定観念で物事を捉える連中のことか?
 だったら違うぞ。もっとも俺も外からはどう見えるか知らないが、俺は正義や悪などどちらでも構わない。
 強いていえば中庸ってとこだ。
 この質問は単に興味本位からだよ。
 どうして佐々木をいや身近にいる者を襲った? 人の血を吸いたいならもっと関係なく面識のない者の血を吸う方が危険はないだろう?
 見習いとはいえネギが魔法使いということもエヴァンジェリン、君ならならわかってた筈だ。
 なのに敢えて自らの危険を招くような行動をする。ならその理由は?
 俺が気になったのはそんなところだ」

俺の長々とした説明を聞いてある程度は納得してくれたのだろう。
いつでも動き出せるように身体に張っていた力が緩められる。
もっとも警戒心までは解いていないが

「ふん。別に答えてやる義理はないが、お前の考えとあり様がおもしろいと思ったのもまた事実だ。
 だから特別に少しだけ教えてやろう」

まるで出来のいい生徒にご褒美をあげる教師のように胸を反らして告げた。


「私の呪いについてどこまで知っている?」

どうやら彼女にとって俺が彼女の呪いについて既に知っていることは前提であるらしい。
まあ、確かに知ってはいるが。

「『登校地獄』。ナギ・スプリングフィールドによってこの地の魔力を触媒として発動継続している呪いの一種。
 その効果は対象の抵抗を許さないほど強力な強制力で無理矢理学生として過ごすことを強制するもの。
 その術の構成は複雑極まりなく起動式は絶大な魔力によって施されており、おそらく解呪は術者本人でもない限り不可能だと思われる。
 俺が知っているのはこんなところだ。なんでそんな呪いで魔力まで封じられているのかまではわからないがね」

俺の言葉に十秒ほど置いてから彼女は再び続けた。

「優秀という噂は本当のようだな。あのぼーや以上だよ」

彼女は内心驚嘆していた。呪いのことについては多少知られているとは思っていたがまさか魔力が封じられている理由が他にあると薄々ながら感づいているとは。
自分はそれに気付くのに十年以上掛かった。
この男の様子を見る限り呪いのことはおろか私のことさえじじいからは聞いてはいなかったのだろう。
予想以上の頭の切れだ。正直一番敵に回したくないタイプだ。
だが、それ以上に興味をそそる相手でもある。


俺の台詞と共にほんの少しだが今まで厳しかった視線の中にもこちらに関心を滲ませる色が混じっていた。
ネギと比べられても嬉しくはないが、俺の回答は彼女にとって満足のいくものだったのだろう。

「お前なら私がこの呪いについて語らせたその理由もわかるだろう?」

出来のいい生徒を更に難解な問題で試すように嬉々として聞いてきた。
ならばご期待に応えてやろうじゃないか。

「まあな。つまりあの行為は呪いを解く上で必要な物だった。あるいは、その条件の一つといったところか。
 そして、佐々木……うちのクラスメイトを狙ったのはネギに気付かせるのが目的だった。
 つまり呪いを解く鍵はネギにある。
 こんな所だろう」

俺の回答は彼女にとって満足のいくものだったのだろう。
彼女はここに来て初めて楽しげに声を漏らし笑っていた。

「フフフッ、いいぞ概ねその通りだ。これ以上説明することもないだろう。
 久方振りに有意義な会話をさせてもらったぞ」

その言葉と共に彼女は俺の真横を通り過ぎ、手をヒラヒラさせて屋上の出入り口に向かっていった。
話はこれでお終いということだろう。
ここで行かせてもいいのだが、今なら受け入れてくれるだろう。

「ちょっと待ってくれ」

そんな俺の静止に彼女は扉のノブを握りながら首より上のみ振り返り続きを促した。

「なんだ? 他にも聞きたいことでもあるのか?」

「聞きたいことと言うか。共に論じたいことがあるのは否定できないな。
 だから、これ」

そう言って俺は彼女の左手を掴んでその小さな手の平に一枚のメモ用紙を握らせた。

「これは……電話番号か?」

「俺の携帯の番号だ。何か話があるときは前以って連絡するからよければ登録しておいてくれ。
 手土産持って行くからさ」

俺の意図が読めたのだろう。彼女は少々考えた素振りをしてメモをスカートのポッケに突っ込んだ。
了承したということだろう。

「その時は茶の一杯でも出してやろう」

そうして、今度こそ彼女は屋上から姿を消した。


これが、『魔術図書館』近衛大樹と『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの初の対面であった。

そして、この時大樹がエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという真祖の吸血鬼を読み違えていたことが今後の大勢にに影響を及ぼすことになる。






エヴァンジェリンとの対峙を終わらした後教室に戻った後、俺はネギにどこに行っていたのかなどと聞かれたが、佐々木まき絵のことを職員室に伝えに行ったと適当な嘘を言ってごまかしておいた。

本日は始業式の日だったので授業そのものは今日はなく簡単な連絡事項を伝えて本日の工程はつつがなく終了した。
また終礼の時にはいつの間にかエヴァも自分の席に戻っていた。

みんなで揃って帰りの挨拶をした後、俺の周りには同年代の男に物怖じしない生徒や新しいキャラの登場に興味が勝った生徒が群がってめいめいに話をせがまれた。
その中でも特に異彩を放っていたのが武闘派で知られている古菲と長瀬 楓の二人であった。


「近衛老師、あなた強そうネ。是非私と勝負するアル!」

いきなりな発言をかます古にちょっと白い目を向けてしまったのは仕方がないことだろう。

「勝負って……なんの?」

「もちろん戦いアル」

「……なにがもちろんなのかまったく以ってさっぱりなのだが……で、長瀬お前もか?」

「あいあい。近衛先生はなにか武道を嗜んでいるのでござろう?
 拙者らも稚拙ながらも武を嗜んでいる身でござる。そこで人生の先輩である先生に一手ご教授願いたいんでござるよ」

「人生の先輩って俺はお前達と同い年なんだが……」

まあ、たしかに前世も含めたら三十年以上生きているが

「にんにん♪ 言葉の綾でござるよ」

妙に時代がかった丁寧な言い回しであったが、詰まる所両者が言いたいのは『いいから私と勝負しろゴラァ』ということに尽きる。
俺はどう返答しようか数瞬思考を巡らせて考えを纏めて答えた。

「いいぞ」

「「へっ?」」

おそらく断られると予想していたのだろう。思いの他簡単に俺が了承したことにより固まってしまったようだ。

(隙だらけだな……今ので三回は終わってるぞ)

少々危険なことを考えながらも彼女らが再起動するのを待つ。と言っても僅か二、三秒であるが。

「じゃ、じゃあさっそ「ただし」……へ?」

「ただし、古、長瀬。二人とも戦うのは俺とお前らどちらが勝ったとしても一度きりずつだ。再戦はない。
 それが守れるというのならば受けよう」

彼女たちは俺の思わぬ条件に真剣に考え込んでいた。
おそらく今すぐ戦うかどうか様々な条件を検討してシミュレートしているのだろう。

古や長瀬のような力押しを旨とするようなタイプを相手にする場合、相手の求めることを断り続けてもその結果を相手に了承させることは非常に困難である。
頭ごなしに否定しても相手は自分の意見を通そうとこちらの迷惑を顧みず自分の願いが叶うまでしつこく追い掛け回すだろう。
もちろん軽々しくただ了承するなんてのは大却下である。次からは更に調子に乗るようになる。
そういった相手に対する対処は、力ずくで要望を拒絶するのではなく自分の出来る範囲で妥協し譲歩させ、無意識のうちにこちらが一筋縄にはいかないと相手に思わせることがコツである。

予想通り固まったまま動かない両名はいまだに悩み続けている。
こういったタイプはまた一度決めたことに対して一直線であるが、納得出来ない条件でもそれを無意識のうちに了承してしまうとそれを撤回することはそうそう思いつかない。
ある意味単純なやつらなのだ。

周囲ではすわ戦闘か!などと生徒達がクラスメイトと副担任のどちらが勝つかなどと予想しており、行動的な生徒である朝倉や早乙女などはトトカルチョを仕切っている。
もっとも俺の予想では今日の戦闘はないと踏んでいるのだが、答えが出るまで待つのも時間の無駄なのでここいらで意識を戻してやろう。

「別に今すぐやれというわけではない」

俺の言葉に今まで頭から煙が出るほど悩んでいた両者はきょとんとした表情でこちらを見やった。

(こういう表情は年相応以上に幼く見えるな)

「鍛えて更に強くなってからでもいいし。俺の対処を練ってからでもいい。
 何なら二人同時にかかってきても構わない。もっともその場合は二人とも一回ずつとしてカウントさせてもらうけどな」

それを聞いた二人はまた何かを考え込んだ。もっとも今回は先程より短い時間で再起動したが。
さて、どうなるか。

「わかたアル。勝負だけど、今はまだやめることにするヨ。勿体無いネ。
 だからもっと老師のことを知ってから挑むことにするアル」

「拙者も古と同じでござる。また日を改めてお願いするでござるよ」

「でも、必ず守るアルよ? 後で知らないなんてことは勘弁ネ」

「わかってる。後ろの彼女達が証人だ。約束は守ろう。
 お前らもわかったな?」

そう古や長瀬の後ろにいる生徒達に確認を取る。
それぞれ「ちぇー」、「今日はやんないのかー」とか「わかったーッ」とか「やる時は教えてねー」とか「ちっ! 臨時収入のあてが」などと多種多様な声が聞こえてきた。
最後のはどうかと思うが。


そんなこんなで俺の教師生活初日の山場は取り合えずこれで終わった。
後は、職員室に行って赴任の挨拶をして、それが終わったら学園長室に行って住む場所や警備の話を聞きに行こう。









現在、俺は麻帆良女子中から程近い位置にあるこじゃれたカフェテリアに拉致されていた。
教師陣への挨拶を終え、じいさんに住む場所のことや学園内の夜の警備、木乃香の護衛について、それと二、三簡単な話をつつがなく終わらせた俺の前に犯人たちは現れた。
下手人の二人は学園長室の扉の前で待ち伏せておりこちらが退室を確認した途端有無を言わさぬ強引さで肩や腕を押さえつけ、俺の意思を確認することもなくここに連れ込んだ。

「で、一体なんのつもりだ? 言っとくけど金ならないぞ」

犯人に告げる。俺はテロには屈さないのだ。

「それはこちらの台詞です。ちなみに私も持ち合わせがありません」

「うちもやー」

悪びれることもなく告げる犯人ら二人。まあ、わかっているだろうと思うが刹那と木乃香の二人だ。

「……むぅ……仕方ないな。後で、口座から預金を降ろしてくることにしよう」

「助かります。……って、そうではなくてっ!!?」

軽いコントを続けていた俺たち幼馴染ズであったが刹那が我に返ったのか俺の肩を凄まじい膂力によって掴み、その力で以って前後にぶんぶん振り揺すった。

「せっちゃん、落ち着きや。それじゃあお兄さまも話せへんで」

「で、でもこのちゃん……うち……」

「い、いいか、ら、さっ、さ、とはな、せ、っ」



その後一分程して俺はようやく解放された。頭を激しくシェイクされたおかげで若干気分が悪い。

「本っ当に申し訳ありませんでしたッ!」

刹那はようやく我に返ったのか俺の惨状を見てまるで机よ砕けろ!とばかりに机に頭を擦り付けて謝罪している。

「もういいから」

「……ですがっ! 私は大樹さまの従者でありながら……!」

さっきからこの繰り返しである。こんなことが既に十回近く繰り返されている。

ちなみにここは別に俺の部屋でもなんでもない。
学校から程近い位置にある茶店でありしかも俺たちは日当たりのいい外に面したテラスに設置された丸テーブル席の一つにいる。

そんな所に若い男女、しかも女の子の方は二人とも稀に見る美少女だ。そんな美少女を侍らせた(ように見える)男が女の子の一人に土下座せんばかりに謝られている。
しかもその女の子は「従者」とか「こんなことではパートナー失格です」と百人が聞けば百人が誤解してくれるようなことを大声で張り上げている。
周囲の客や向かいの通りの帰宅途中の同校の生徒達だろうが俺に向ける視線は既に絶対零度の域に達している。
木乃香は木乃香でまったくフォローしてくれないし。正直堪ったものではない。
そもそもパートナーとか従者とは一体なんのことなのだ?


更に十回ほどのコンボを繰り返し、俺の精神に甚大なる損傷を与え、そろそろ自立稼動に不安が見え始めた頃、ようやく刹那は落ち着いてくれた。
その顔は自分が大樹になにをしたかを思い返しよほど恥ずかしかったのだろう俯きっぱなしだ。
耳元から首筋までその顔は白い部分が見当たらないぐらいすべて真っ赤になっている。

「大樹さま、本当に「それはもうほんといいから」……はい」

更なる攻撃の予兆を事前に感じ取りすぐさま相手の出鼻をくじくことに成功した。
俺の必死さが彼女にも伝わったのだろう。ここに来てようやく落ち着いて話が出来そうだ。
もっとも周囲にはすっかり客がおらず営業妨害をされた店主がまるで射殺さんばかりにこちらを、というか俺を睨み付けている。
俺は流れ出る冷や汗を無視しなけなしの精神力を行使して店主の殺意を無視して話を戻す。

(もうこの店には来れないな……)

「で、俺がどうしたって?」

疲れたからか問い掛けには言葉が少々足りなかったが意味は伝わったようだ。
頼んだコーヒーが微妙に美味くて更にテンションが下がる。
刹那は顔にまだ多少の紅みを残しながらもようやく顔をあげて答えた。

「ですから、どうして大樹さまは麻帆良にいらっしゃってるのですか? しかも私達の担任としてだなんて
 それに来るなら来ると前以って教えてくれてもよかったじゃないですか……」

そう、『ちょっと私怒ってますよ』といった風に刹那は若干こちらと木乃香を糾弾するような視線を投げかけていた。
それを苦笑して見ていた木乃香も「うちも今日初めて知ったんよ」と仰りました。

……はい、私一人悪者決定。

「うーん……ごめんなぁ。色々忙しかったってのもあるけど久し振りに会うから驚かせてやりたくて。
 ついでに麻帆良や教師云々については全部じいちゃんのせいだ」

都合の悪いことはすべて祖父にうっちゃって語る。
もちろん自分も彼女らには申し訳ないと思っていたのだ。口から出た声もどうしてもばつが悪そうになってしまうのも仕方がない。
それというのも、俺は数年親元から離れていたとはいえまめに刹那や木乃香それと父母とは連絡を取り合ってはいる。
それは手紙であったり電話であったりしたが、やはりそれだけでは足りなかったのだろう。
最後に会ったのは魔法学校を卒業してから卒業課題をする前に一時帰省した時だった。
つまり、彼女らが中学校に上がってから会うのは今回が初めてになるのだ。
そんな俺に恨み言の一つも言ってしまいたくなる気持ちもよくわかる。

「いえ、もう構いません。大樹さまにも大樹さまなりの理由があったのでしょう。
 それにこれからはまた三人一緒にいられるんですよね?」

不安そうな眼差しで刹那は問うてくる。それはまるで俺に拒否されることを恐怖しているようだった。事実そうだった。
木乃香を見れば木乃香も同様の心配をしていたのだろう。その目は刹那と同じ色を浮かべている。
こんな彼女たちはこれ以上見たくない。ならば俺が言う答えは一つに決まっている。

「ああ、少なくてもお前らが卒業するまでは一緒だ。
 あ、いやっ! それから先はまた離れるって意味じゃないぞっ」

卒業するまでという単語に反応したのだろう少し身を乗り出した二人を見て慌てて付け足す。
俺の言葉に嘘はないと判断してくれたのだろう。
ここに来てようやく二人は花が咲いたような本来のとても綺麗な笑顔を見せてくれた。
久し振りに見るその笑顔の威力に、不覚にも見惚れてしまい、二人が声をかけるまで固まってしまったが。

その後、今までの二年間でお互いになにがあったのかを手振り身振りを重ねて三人で仲良く笑いあった。
それはようやく三人が取り戻したかつてあった日常そのものであった。




一時間以上話していただろうか、店員に追加のドリンクを注文し終えた俺は遅まきながら刹那の席に立て掛けてある鞘袋に気付いた。

「刹那、それは……」

刹那は俺の目線の先にあるものを見て聞きたいことがわかったのだろう答えてくれた。

「はい。これは『夕凪』です。長が麻帆良に来る前に私にと」

やはり夕凪か。原作でも野太刀を振るっていたがその入手経路は覚えてなかった。
今回は父に麻帆良に来る前に譲り受けたらしい。原作でもそうだったのかもしれないが
あの野太刀は俺も刀身を見たことが数回だがある。それを扱う父の姿と共に……
剣を習っていても刀の知識は疎い俺であったが、父が振るっていたその太刀は素人目であっても一目で業物であったことはわかった。
その剣を譲り受けていたということは、父はそれが木乃香を守るためには必要であると判断したのだろう。
同時に今の刹那がそれを振るうのに相応しい、もしくは相応しい担い手となると判断したのだろう。
出なければ剣士として人生の半分を共に過ごした相棒を手放すことなど出来よう筈がない。

そして、俺はそんな刹那の努力に気付けなかったことが無性に恥ずかしくて情けなかった。
だから、今まで待たせていた言葉を言わなくてはならない。ただそこに少しでも気持がのるように

「……ありがとう刹那。幼い時から今までこんな俺との約束をずっと守ってくれて……
 そして、ごめん。本当なら再会したとき……いやもっと早く、会う度に言わないといけないことだった。
 でも、これからは俺も力になる。ひょっとしたらまた傷つけてしまうかもしれない。ひょっとしたらまた間違えてしまうかもしれない。
 それでも……それでもまだ俺に力を貸して欲しい」

万感の思いを込めて刹那に頭を下げる。
俺たち二人にしか通じない感謝と謝罪、そして、新たな誓いの言葉。

刹那は俺の言葉を受けてその目にみるみる涙を溜めていった。



刹那は嬉しかった。歓喜していたといってもいい。
大樹と幼き日に空港で交わした木乃香を守るという誓い。

それは刹那にとって『大樹さまのために生きる』という自らの生きる目的、存在理由によって七年の間一日として欠かすことが出来ない役目であった。
もちろんそのことに不満を持ったり辞めたいなどと思ったことはなかった。
木乃香もまた大樹と同じく自分の命より大事な親友なのだから。

それでも、その日々を辛く思うことはあった。それは自分のしていることに自信が持てなかったせいでもある。
だがそれも幼き日の刹那には仕方がないことであった。
京都神鳴流の本山で修行を重ねていた刹那ではあるが、その精神の最も深い部分は幼少期の虐待によってまだまだ幼いの少女のそれであったのだ。

そして、年に数回の大型連休に僅か数日ではあったが滞在していった大樹。
彼は今まで刹那と交わした約束のことをを口に出したことはなかった。
大樹を酷いとは思うなかれ、彼もその時どうしようもならないことに深く長らく悩みぬいていたのだから。
だが、そんなことがまだ肉体的にも精神的にも幼かった刹那に読み取れるはずがあろうもなかった。
そんな時に刹那がしたことは自分を責め立てることだった。
ここで彼女が大樹を少しでも野次ったり、彼に対して責めていたりしていれば、あるいはもっと早くに刹那の不安は取り除かれていたのかもしれない。
けれど、彼女に大好きな大樹のことを悪く思うなんてことが出来るはずもなかった。
だから、自分がまだ未熟だから、自分が弱いから、自分が不甲斐ないから彼は何も言ってくれない。幼い刹那はそう考えてしまったのだ。
そんな幼き日々が辛くなかったと言えば嘘になる。


(それでも……それでも……大樹さまが認めてくれた……)


ほんの一言、大樹のほんの一言だけで自分の七年間の行いが正しかったのだと思える、信じられる。
他の誰が言ってもここまでの気持にはならないだろう。
そして、これからは顔も覚えていない両親よりも木乃香よりもいや、他の誰よりも愛おしい彼が一緒にいてくれるのだ。
それ以上何を望むと言うのか。辛いなんてことがあるわけない。
私は彼と一緒ならば地獄に落ちる事だって後悔するわけがないんだから。

更に遠い幼き日に誓ったではないか、私は大樹さまの剣であり盾であると。

ならば私の答えは決まっている。


「もちろんです。今までも、そしてこれからも貴方と共に……」


溢れ出る涙を拭うこともせず刹那は新たな誓いを結んだ。

また、その両目から流れ落ちる雫とその純真無垢な笑顔は数多の宝石を積み上げたものよりなお美しく価値があり、彼女の主を魅了していた。








お互いに気恥ずかしくなり、二人は木乃香を促して三人はようやく店を後にした。
泣きながら兄に言葉を絞り出す刹那を目にし何事かと焦った木乃香であった。
けれど、その刹那の表情が悲しみのそれでなく、むしろ今まで自分の記憶にあるどんな顔よりも綺麗な表情をしていた刹那。
それを引き出したのが久し振りに会った兄であることに若干の嫉妬とそれを引き出せなかった自分に寂しさを覚えたが、木乃香は黙って自分のハンカチを差し出し二人に詮索することはなかった。


茶店を出た三人は麻帆良学園の中を深い目的を持たぬままただ歩き回っていた。
大樹の街のことを教えて欲しいという要望を聞き入れての行動である。
彼らは要所、要所を時に雑談を時に笑いを交えながらも和やかに歩いていた。
島全体が図書館の図書館島、自分のクラスの天才留学生が経営している『超包子』という移動屋台、麻帆良名物の世界樹が屹立する世界樹前広場。
その他級友から聞き及んだうろ覚えの知識まですら総動員して少女ら二人は彼女らにとって掛け替えない少年にこの街を案内していた。
そして、その少年もそんな少女らの気持を心に刻み込むように言葉の一字一句を記憶に残していった。



「もうこんな時間か……」

腕時計に目を落とした俺は現在の時刻を確認すると独り言が出てしまった。
その時間は既に昼と夜が逆転するような時間になろうとしていた。

「あ、そうですね」

「あっという間やったな~」

俺の独り言を自分たちに言われたものと勘違いしたのだろう。
刹那と木乃香の両者も時間を確認して俺の言葉に同意してくれる。

名残惜しいが、二人を女子寮に送ってじいさんの用意してくれた家に向かわなければならない。
今夜ある学園警備の時間に間に合わなくなってしまう。このままでも大丈夫だが、それでもやはり一度装備を整えたい。
それに日が長くなってきたといってもまだまだ夜の時間は長く、その迫る足は早い。
さて、二人を送るか。そう決めたとき木乃香の悲鳴のような声が聞こえてきた。

「ああああああああっ!! あかん!」

「こ、このちゃん。あかんって一体どうしたん!?」

あまりの剣幕に今まで落ち着いた雰囲気に警戒心が無意識ながら緩んでいたのだろう。
あまりの木乃香の変貌にすわどうしたのだと警戒態勢に移行した。言葉遣いも京都弁になっている。

「どうしたもこうしたもあらへん! もうこんな時間やん!
 早く帰ってアスナとネギくんの晩御飯用意せなあかん」

どうやら大したことではなかったようだ。たかが、夕飯の用意に遅れるぐらいで大げさな。
いや、名前が出た両名にとっては死活問題なのかもしれないが。

「はよ帰らな二人ともきっとお腹空かせて待ってるえ。行くでせっちゃんッ! あ、お兄さまも来たらええやん。
 みんなで机を囲んで食べるえ」

久し振りの木乃香の手料理という誘惑は大変魅力的だが、残念ながらこちらは仕事を残す身。
その旨を伝えたら木乃香はちょっと残念そうにしていたが、また今度と約束して慌てて走り去って行ってしまった。
送ろうかという言葉を掛ける暇もないほどの早業だった。
刹那も凄まじい勢いで離れていく木乃香と右手を上げたまま立ち止まる俺を交互に眺めていたが、俺がその指を木乃香の方に向け彼女に着いていけと指示すると一礼してこちらは木乃香以上の速度で消えていった。
生身ではありえない速度、それを示すように刹那の体からは身体を強化しているのだろう気の輝きが見て取れた。
これで木乃香も心配いらないだろう。




「慌しいもんだ」

苦笑しながら告げた俺だったが、その時ようやく用意された家の位置がまったくわからないことが判明した。
いや、住所は渡されたメモによってわかっているのだが、如何せんまだ学園都市の地理には疎いので住所を見ただけではそれがどこを示しているのかもわからない。

この後、暫くさ迷い歩き、先程説明されたコンビニまで戻り麻帆良学園都市の地図を購入して家を探し当てたのは木乃香らと別れてから既に一時間以上経過していた。
もちろん太陽はすっかりと隠れ、代わりに満月がわが身を照らしていた。



「こりゃ今日の晩飯は後回しかな……」


自らの迂闊さを呪いながらも近右衛門に渡された鍵をポケットから探索することにした大樹であった







あとがき


第五話お読みいただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか?
それと申し訳ありません。前回のあとがきで今回のお話はエヴァとの会話と戦闘シーンを書くはずだったのですが、それよりまず幼馴染との邂逅シーンを書かなければと思い立ち、
申し訳ないですが戦闘は六話に持ち越すことになりました。
もしかして楽しみにしていらした読者さんがいましたらすいませんでした。

戦闘はしませんでしたが大樹の基本戦闘スタイルは知識を駆使して戦う、つまり頭を使って戦うといったものです。
大樹は中級以下の魔法はほぼすべて網羅しています。
中級以上の呪文も覚えていますが何故か使えません。
ここで中級と上級の境目ですが、大樹の使える攻撃魔法の上限はネギの雷の暴風もしくはそれより僅かに上までぐらいのレベルで今のとこ考えています。
まあ、オリキャラらしくチートになりすぎないように厳しい制限のついたオリジナル能力も考えています。
エヴァ編終了までには出るとは思いますのでお待ちください

それで今回はエヴァの性格の改変をさせてもらいました。
これは原作を読んで思っていたことなんですが、普通十五年も変な呪いをかけられたりしてそのおかげで自分は色々失ったりもしたら
そりゃあ気持ちも冷めるというか可愛さ余って憎さ百倍ですよ。
そんな訳で作者の話の中でのエヴァさんはナギに恋心を持っていません。その息子であるネギにもいい感情を持ってなどいません
大樹にしてもまだまだというか全く心を許していません。
その魔法属性に合わせて現在の心は氷のようなエヴァンジェリンさんでした。

それで次回の更新なのですが、六話の前に一話閑話というよりおまけ話を作る予定です。
六話の方を心待ちにしていた方々は上記のことも合わさって本当にごめんなさい!

それでは今回もこの辺で



それでは、感想や批判、誤字脱字などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第五話 閑話  『Sweet Home』
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/26 07:35


学園長であるじいさんに麻帆良でこれから住居となる部屋のことで俺がじいさんに指定したことは二つ。


・職場から近いこと
・同居人がいるのならば、魔法関係者にして欲しいこと


この二つであった。


この二つを満たすものとしてじいさんから指定された家。
それは職場である中等部の校舎からは徒歩で五分程度の好物件であり、また護衛対象として刹那と共に守ると誓った木乃香が住む女子寮も同程度の距離だった。
これなら魔力や気で体を強化すれば三十秒足らずで駆けつけることが出来る。
その程度の時間ならば俺が駆けつけるまで刹那が対処してくれるだろう。

そして、俺が住む家であるが家の鍵を渡されたので職員用のマンションの一室でも宛がわれたのだと思っていた。

けれど、目の前に鎮座するその家は一般家庭なら二棟は優に入りそうな庭付きの立派な二階建ての一軒家だった。

しかし―――――


「……なんで和風建築?」


その家はこの麻帆良の地においては酷くミスマッチした純和風の武家屋敷であった



悩んでいても仕方がない。
家の照明が点いていることから中にこの家の住人がいるのだろう。
本来なら手土産の一つでも持参しておくのが常識なのだろうが、生憎今から用意する時間もない。
まあ、同居人も恐らくここ麻帆良の魔法使いなのだろう。ならば、後日違った形で返せばいい。

なら、早速同居人にお目通りするとしよう








すべてを見通すもの おまけ話『Sweet Home』








「………………」

この沈黙は俺、近衛大樹のものだ。
早速、新たな俺の拠点となる家に着いたので家に入った俺はそこの同居人と対面して石化してしまったのだ。
その俺に石化を施したものは

「いつまでそこ(玄関)で突っ立っておるんじゃ。ほれ早く上がって手を洗ってこんか。
 ごはんが出来ておるからの」

などと、頭に三角巾、前掛けとまるでおさんどんのような為りをしていらっしゃった。

「じ、じいちゃん?」

「洗面所は廊下を行って二番目の扉の中じゃ。それじゃ居間で待ってるぞい」

そう言って家の奥、恐らく居間か台所に向かう俺のじいさん、つまり関東魔法協会の理事長である近衛近右衛門その人であった。

「……どうなってんの?」

俺は暫くそこで立ち尽くしてしまった。




ようやく再起動を果たした俺は仕方なくじいさんに言われた通り手を洗い居間だろうと思われる部屋に辿り着いた。

そこにはじいさんの言葉通りごはん、夕餉の準備が整っていた。

「ほれいつまで立ってるつもりじゃ。早く席に着かんか」

「あ、ああ」

卓袱台に座っている祖父の声に従って恐らく俺の席であろう祖父と対面の位置にある座布団の上に腰を下ろした。

「なあ……じいちゃん」

「話は後じゃ、夕食にするぞい。
 ほれ、いただきます」

「……いただきます」

はぐらかされたとも思ったが折角の暖かい料理が冷めるのも忍びない。
話は後にさせてもらおう。
じいさんと同様に手を合わせて食事を開始した。


食卓の上に乗っているのは焼き魚や筑前煮などの和食中心の献立であった。
派手さはないが、作ったものの気持が篭ってそうな暖かな料理であった。

「これ全部じいちゃんが?」

「そうじゃよ。儂も一人暮らしがもう長いからの。
 これぐらいは出来て当然じゃ」

(これをじいちゃんが……)

じいさんの料理と聞いて多少不安になったが、意を決して小鉢に盛られている筑前煮を口に運ぶ。
果たしてその味は……

「……うまい」

「そりゃあ、よかったわい」

じいさんはその俺の声に本当に嬉しそうに笑っていた。

久し振りに口にする和食にまるでがっつく様に箸を進める俺をじいさんはただ優しく見ていた。

「ほれ大樹、これはどうじゃ?」

そう言ってじいちゃんが勧めてきた料理は卓に乗っている料理の中で唯一といっていい油料理、とんかつだった。

「……ありがと」

きっと若い俺ならもっと脂ののったを食べたいと思ったのだろう。
ほぼ卓上すべてのの料理が二人分に別れている中で、それだけが一人分のみ出来ていることからもじいさんの考えは明白だろう。
既に老境に達した祖父には脂ののった肉料理などはつらいのだろう。
なのに、俺のために用意してくれた祖父の心遣いに不覚にもぐっときてしまった。

その後も、魔法の話などは欠片も出さないで、久し振りの肉親と和やかに会話をして、料理に舌鼓を打って夕食は終了した。




食器を台所の水に浸けて(これぐらいはさせてくれと俺が申し出た)居間に戻った俺の前では、じいさんがお茶を淹れて座っていた。

「警備の時間までまだ少しあるじゃろう。座ってお茶でも飲まぬか」

「うん」

じいさんの言葉に従って俺は再び腰を下ろした。
口にした緑茶はほどよい熱さで大変おいしかった。


「それでなにか聞きたいことがあるかの?」

「うん。なんで俺とじっちゃんが暮らすことになったのかと思ってさ」

当初、俺は護衛対象の木乃香や補佐をするネギがいる女子寮の一室でも借り受けるのかと軽く考えていた。
しかし、それを受けて祖父は

「そんなもの当たり前じゃろうが、お主は確かにその変の子どもに比べれば遥かに大成しておる。
 いや、今時のなっとらん大人より立派であろう」

「だったら」

「それでもお前はまだ子どもじゃ。なら、家族と暮らすのは当然の成り行きじゃろう?」

「なら木乃香はいいのかよ?」

じいさんの台詞には納得できるが、一言もなかったことがちょっと不満でつい口答えしてしまった。

「木乃香は生徒じゃろう。ならば、寮に住むことに決まっておる。
 学園長の孫だからってそんなことまで贔屓にすることはできんよ。みんな親元から離れて暮らしてるのじゃからな」

「…………」

もっとも過ぎる意見だ。そんなことにも気付かないだなんて恥ずかしい。

「それに葉子にも頼まれておったからの」

そのじいさんの声にはっと俺は面を上げた。

「母上が?」

「婿殿もじゃよ。二人ともやはりお主がここに来ることで何かあるのではと心配だったのじゃろう。
 儂に頼むとわざわざ長たらしい書見を送ってきよったわい。
 もっとも頼まれなくともそうするつもりじゃったがな」

そう言うじいさんの手には一通の書見が握られていた。恐らくあれが両親が書いた手紙なのだろう。

俺は心底情けなかった。この世界に来てちょっとばかり頭がよくて、強くなった程度でとっくに一人前になったつもりだった。
だから、両親も安心してくれる。そう思っていた。
けれど、両親は俺が心配だったのだろう。当然だ、俺はほとんど外にいて彼らと話す機会も少なかったのだから。

そんな両親が俺が敵方である麻帆良学園に来ることが心配でないはずがない。
彼らがじいさんを頼ってしまったのも当然の成り行きだったのだろう。もしかしたらタカミチ辺りにも頼んでいたのかもしれない。
そんな彼らの気遣いにも気付けなかった俺が非常に情けなくて、ちっぽけなものに思えてならない。

「……じいちゃん」

それでもこれだけは言わせて欲しい。

「なんじゃ?」

「ありがとう」

顔を上げず礼を言う俺に対しても祖父は俺に何も言わなかった。




「なあ、じいちゃん。俺ばあちゃんにも挨拶したいんだけど」

「ほっ? 何を言っとるんじゃ、あいつは……」

じいさんは俺の台詞に戸惑っている。それもそうだろう。
俺にとってのばあちゃん、つまりじいさんの妻は既に他界している。
それも母上が生まれて間もない頃という何十年も前にだ。
それ以来、じいさんは母が結婚するまでここで二人で暮らしており、母がいなくなってからはたった一人きりでここにいたのだ。
そのことを俺が知らない筈がないとは思わなかったのだろう。
もちろん俺は知っている。

「わかってる。でも『いる』んだろ?」

「……隣の部屋じゃ」

俺の言いたいことがわかったのだろう。じいさんは指で隣の部屋を指し示した。




「お邪魔しています。いえ、まず初めましてですね。
 近衛大樹といいます。わかっていることだと思いますが、私は貴方の孫となります」

両手を合わせる俺が語りかける先にあるもの、それは仏壇だった。
居間の隣にあった部屋。襖を開けるとそこには観音開き式の立派な仏壇が設置されていた。
仏壇にはほこりなどのごみも見受けられず祖父がことあるごとに綺麗にしていることが見て取れた。
その扉を開いて中に置いてある位牌、そして祖母であろう近右衛門の亡き妻の遺影に向かって語りかけた。

(ばあちゃんなんて呼ぶと怒っちゃうかな?)

遺影に写るその顔は若くして亡くなった当時のもので非常に若々しく、その表情は精気に満ち溢れていた。
母の更に母と言う事でその雰囲気も似たようなものと考えていたが、むしろその顔は勝気そうでどこかいたずらっ子みたいな茶目っ気も見せていた。
じいさんとはよく気が合いそうだ。
ただ、その目は非常に穏やかできっと優しい人だったのだろう。

「これから貴女とじいちゃんの二人の家にご厄介になることになりました。
 これから少し騒がしいことになるかもしれませんけど、孫のお茶目だと思って許してくださいね?」

その後も俺は、思いつく限りのことを祖母に語りかけた。


「よければばあちゃんもこれから見守っていてくれると俺も嬉しいです」

最後ににこっと笑って祖母との会話を終了させた。




「大樹よ、ありがとのぉ」

襖のところにはいつの間にかじいさんが立っていた。

「いや、これからは俺もここの住人なんだからさ、当然のことだって」

「それでもじゃ、よ」

「そ、そんなことはいいからさ。俺の部屋ってどこになるの?
 そろそろ行かなくちゃいけないしさ」

時間がないのは本当だが、気恥ずかしさを誤魔化すために部屋の位置を聞きだす。

「二階の一番奥の部屋じゃよ。葉子が昔使っておいた部屋じゃ。
 おぬしの荷物も既に運び入れておる。
 それに大樹、地下にある工房も好きに使うといい。必要じゃろ?」

「まじで!?」

その言葉に本気で驚いてしまった。
魔法使いなら自分の工房を持つのは当然で、そこで研究や魔法の修行などをするのだ。
かといって麻帆良に来る俺は用意される住居にそこまで期待していたわけではない。
だから、後ほどポケットマネーでどこぞの部屋を借りて工房化しようと考えていたところにこれだ。
本当に嬉しかった。

「ありがとう! じいちゃんっ!!」

「フォッフォッ、なに可愛い孫への就職祝いじゃよ」

思わず抱きついてお礼を言う俺に対してじいちゃんはなんでもないように言った。

「それよりほれ早く用意せんか、遅刻するぞい?」

「あ、そうだった!」

じいさんを抱きとめていた腕を放し、二階へと駆け上がった。



二階にある俺の部屋は他の部屋と違って襖で仕切られているのではなくて洋扉であった。鍵も掛かっている。
部屋の中も和室でなく、フローリング張りの洋室になっており十畳ほどと広く、元々荷物が少なかった俺には十分すぎるほどだった。

「荷解きは……さすがに終わってないか」

俺は早速必要な物を取り出すためにダンボールの山に突貫していった。






「いってきます!」

慌しく出て行った大樹の姿を近右衛門は玄関で見送っていった。

「元気じゃのぉ」

「まったくですね」

孫の様子を目を細めて見送っていた近右衛門であったがその声に彼の目は孫に接する時のそれでなく関東魔法協会の理事であるそれに変わった。

「おぬしか……また勝手に上がっておったのか」

「おやおや、とっくに気付いてらしたのでしょう?」

近右衛門に対して軽やかに告げる男性。
その男性は、180センチ程の身長にほっそりとした体躯の男だった。
その顔は中性的な美形で、顔からは年齢を読み取ることは出来ない。
近右衛門に親しげに話しかけていることから意外と年を重ねているのかもしれないが

そんな不法侵入者の名はアルビレオ・イマという。
ナギスプリング・フィールド、近衛詠春らと同様に、かつての『紅き翼』のメンバーであった一人である。

ちなみに現在は、とある事情によって図書館島の司書などをやっている。
その彼が何故、近右衛門の家にいるのかというと、それは

「あれが大樹くんですか」

そのアルビレオの言葉に近右衛門の眉がぴくりと動く。

「おもしろそうな子ですね。酷く大人びているようでいて、その反面子どもらしい面も持っている。
 力もありそうだ。もう少し近づけば私がいることも気付かれてしまうところでした。いやもしかしたら気付いていたのかもしれませんね」

嬉々として語るアルビレオに対して、近右衛門は沈黙を持って返した。

「是非、その人生を見てみたいものです」

そう言った彼の手にはいつの間にか一冊の縁取られた本が握られていた。
その本の題名には『近衛大樹』と書かれている。

「では、早速……って、あれ?」

そう言ってその本を開いてどうにかしようと考えていたのだろうかアルビレオは突如自分の手元から消えた本によって間の抜けた声を出していた。


「学園長、どうしましたか?」

その彼の言葉を示すように近右衛門の指にはいつの間にか先程まで彼の手にあった本が挟まれていた。

「これを覗き見ることは禁ずる」

そう言って近右衛門の腕の中で本は燃え上がって一瞬で灰になった。どういう仕掛けかはわからないが、近右衛門の腕は火傷一つ負ってないが
それを目にしてアルビレオは眉を顰めた。
彼が作れる本は『一人につき一冊』しか作れないのだ。失くしたり、燃やしたりしても新しく作ろうと思い作れるものではなかった。
それはもう彼の記憶などを自分が覗き見るのは不可能とまでは言わないが、かなり難しくなってしまったのだ。

「どういうことですか?」

「言葉の通りじゃ。あの子に対して何かを詮索するような行為は儂が許さん」

そう言って近右衛門はアルビレオに向かって魔力と共に濃密な殺気を叩き付けた。
その殺気を伴った眼光は普通の男、いや一端の戦士であろうとよくて気絶もしくは、即座に逃げ出すだろう程のものだった。
だが、その眼光を受け止める彼もまた歴戦の戦士でその実力は計り知れない。見かけ上は平然としたものだった。

(これは下手なことはしない方がいいかもしれませんね)

もっともその内心は関東最強の魔法使いと呼ばれている眼前の老人に対して、一筋の冷たい汗が流れるのを止めることはできなかったが

「ふぅ……あなたがそう言うのなら止めておきましょう。
 私も命は惜しいですしね」

そう言って彼は近右衛門に背を向けた。
恐らく自分の住処に帰るのだろう。

「でも、いいのですか」

何がなどと近右衛門は返さない。ただ、その両の目を彼の背に向けるだけだ。

「いずれ後悔することにならないといいですがね」

その言葉を最後に彼はまるで蜃気楼のように消え失せた。


アルビレオ・イマが消えた先をいつまでも見ていた近右衛門は最後に一言だけ残して居間に引き返していった。



「アルよ、それでも大樹は儂の大事な孫なのじゃよ」






あとがき

大樹、近右衛門フラグを立てる

おまけ話どうでしたでしょうか。
今回は大樹の新住居とその同居人との邂逅でした。
近右衛門と麻帆良で暮らさせるという案は当初から考えていました。
ネギまの二次創作において近右衛門が完全に主人公に対して味方になったり、その同居人と同居する話は見たことがなかったので、
肉親ならこれはおもしろいだろと考えてこういう結果にあいなりました。

また、アルビレオ・イマことクウネルにも登場してもらいましたが、彼のアーティファクトは厄介なので早々に大樹に対しては無効になるものとしました。
一度壊すと二度と作成できないと言うのは本作でのオリジナル設定です。

今回は少々短かったですがこのあたりで


それでは、感想や批判、誤字脱字などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第六話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:07



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もうすぐ彼がやってくる。
私の世界を壊してくれた彼が

彼と会うのは私が卒業したとき以来だから三年振りになるだろうか。

久し振りに会う彼はどれだけ成長しているだろうか?
三年前までは私の方が背が高かったけれど、男の子の成長は早いからもう追い越されてしまったかもしれない。
それが彼ならなお更だ。



遠くからかつて身近に感じた独特の魔力が近づいている。
どうやら彼が来たようだ。



「さあ、まずはなんて言って挨拶するとしましょうか?」



……私の親友でありライバルであった近衛大樹に











すべてを見通すもの         第六話










「なんとか間に合いそうだな……」

荷解きに思わぬ時間を取られてしまい危うく遅刻しそうになったが、このペースなら十分指定時間に間に合いそうだ。

現在俺は気で体で強化して、100メートル十秒足らずといった速度で本日同行を命じられた者たちの待つ世界樹前広場へと急行している。
魔力を使わないのは基本的に魔法を使うことは秘匿されているため身体強化とはいえ魔力を使うことは抑えることにしているからに過ぎない。
魔力の代わりに身体強化程度なら気を使える俺ならではのことであるが。
速度は全力時の何分の一かに落としているので、この程度の速度なら遠目で見る限りは変な疑いを持たれることもないだろう。
色々変わった人材が集った麻帆良ならばなおさらだ。

(それにしても家にいたもう一つの気配は誰だったんだ? じいちゃんが放っているようだったから俺も無視してたけど)

家に帰ってなお感じるようなら対策を練ろうと、そんなことを考えている内にようやく世界樹前広場が見えてきた。
高台にある階段の上に三人ほどの人影が見て取れる。
恐らく彼らがそうなのだろう。

魔力はともかく気を行使しているので、彼らの方もこちらの気配に気付いたようだ。

ならなお更急ぐとしよう。




「お待たせしました。近衛大樹と申します。学園長の命でこちらに参りました。
 失礼ですが、、あなた方が本日の同行者の方でよろしいでしょうか?」

そんな俺の視界には、壮年の男性と女学生の二人の計三名の男女がいた。
男性の方は眼鏡をかけた長身の黒人男性であり、女生徒の方は片方は麻帆良女子中等部の制服を着込んでいる少し赤みの強い茶髪を両端で結った所謂『ツインテール』にした少女であった。
そして、もう一人の金髪の髪を後ろにたゆらせ修道女が着るようなカソックを着た女性は……


「ええ、私達で間違いないですよ。近衛大樹先生?」

「いたのか高音」


かつての魔法学校時代の同級生でもあり俺の数少ない友人でもある高音・D・グッドマンであった。




麻帆良学園の魔法先生として勤務しているガンドルフィーニは現在目の前の光景に困惑していた。


「い、いたのかとはなんですか!? いたのかとは!!?」

「い、いやそれは言葉の綾であってだな……」

「そもそも私が麻帆良にいることはあなたにも教えてあったでしょう!
 なのに一目見てわからないとは……!」

「いや、顔を見たらすぐわかったよ? ちょっと声聞くまでわからなかっただけで」

「私はわかっていました」

「……すまん」

今、私の目の前で声を荒げているのは本当に私が知っている高音・D・グッドマンなのだろうか?
それほど現在の彼女は常日頃の彼女とは違って見えた。

普段の彼女は冷静沈着でいつもどこか一歩引いた位置で周囲に注意を払っているような女性であった。
かといって周りから疎まれている訳ではなく、むしろ面倒見のいい彼女は同年代のみならず年下の後輩にも厳しくも分け隔てなく接する心優しい女生徒である。
そんな彼女が新しく魔法先生として赴任してきた少年に対して声を荒げて突っかかっている光景に声も出ない。

「お姉さま、嬉しそうです」

こういった荒事に対して常にオロオロしている筈の佐倉愛衣が、彼ら二人の掛け合いをにこにこと眺め動揺の一つもしていないことが更に混乱に拍車をかける。
かといっていつまでもこのままという訳にもいくまい。

仕方ない。ガンドルフィーニはいまだに話し合いをやめない彼らに対して声を掛けることにした。




「ちょっといいかな?」

「「はい?」」

高音と再会して掛け合い漫才からいつの間にか近況報告に移り変わっていた俺たちに向かって今まで横にいた黒人男性から声が掛かってきた。

「取り込み中非常に申し訳ないんだけどね。私たちも自己紹介させてもらえるかな?」

……そうだった!
この場には彼らもいたのだ。彼らの目に俺たちはどう映っていただろうか?
怖くて聞けない。高音も同じなのだろう。顔を赤くして俯いている。
もっとも彼も怒っているわけではないようで、その顔には苦笑が浮かんでいる。
もう一人の女の子にしても何故かにこにこしているが怒っている気配は微塵も感じられない。

「申し訳ありませんでした。旧友と会ったからといって他をないがしろにしてしまって……
 先程も言いましたが近衛大樹です。本日は魔法先生として学園の警備を任されここに参りました」

既に先程高音から同行者云々については聞き及んでいたのでこれで問題ない。

「うんよろしく……近衛先生。私は君と同様魔法先生としてこの麻帆良で教職を執っているガンドルフィーニという。
 ちなみに彼女ら二人とは教師と生徒とでスリーマンセルを組んでいる」

「よろしくお願いしますガンドルフィーニ先生。
 あの……学園長と同じ苗字では呼びにくいでしょう?
 私のことは大樹と呼び捨てにしてもらって結構です」

こちらの名前を呼んだ時に少し言いづらそうにしていたことからもやはりここではじいさんの威光はやはり大きいのだろう。
ならば、こちらから話を振らないといけない。
昼、赴任の挨拶を職員室でしたときも同様のことを皆さんには告げてある。

「そうかい? 気を使わせてしまったようで悪いね」

「いえ、お気になさらずに。
 それでそちらにいる子は?」

当然のことでお礼を言われるのもくすぐったい。高音とガンドルフィーニ先生を除き最後に残った子に矛先を向ける。
彼女も自分の番と思ったのであろう一歩前に出て自己紹介をしてくれた。

「始めまして近衛先生。私は麻帆良女子中等部の二年生で佐倉愛衣といいます。魔法生徒でもあります。
 高音お姉さまにはいつもよくしてもらっています」

この年齢の子にしたらかなりしっかりとした挨拶をする子だ。
高音の教育によるものだろうか?

「こちらこそよろしく。そうか君が佐倉さんか……」

「あの……私のことを?」

俺が彼女を知っていることが不思議だったのだろう訝しそうな視線ではないが、疑問だったのだろう正直に聞き返してきた。

「ああ、高音とは偶に連絡を取り合う仲でね。
 そこで佐倉愛衣という優秀な後輩がいるっていつも聞いてたから」

高音とは魔法学校卒業以降も月に一枚程度手紙をやり取りする仲だ。
その中で彼女の名前は確かに何度か出てきていた。

「そ、そんな私なんて……」

俺の言葉に彼女は顔を真っ赤にさせて縮こまっている。

「謙遜しなくてもいいよ。その年で無詠唱呪文もこなすんだろ。大したもんだ」

本当に大したものだ。無詠唱魔法といったものは魔法使いなら誰でも覚えることは可能だ。
けれど、その行使には本人の資質に強く作用されるもので使用するにはそれなりに時間が掛かる。
魔法騎士団でもなく、また成人にも至っていない彼女にそれが出来るということは十分誇っていいことなのだ。

「で、でも私なんてまだまだお姉さまやお兄さまに比べたら……」

「他人と比べても仕方ないぞ。……ん? お兄さま?」

「ど、どうかしましたかお兄さま? 大丈夫ですか?」

「いや、どうしたって……お兄さまってひょっとして俺のこと?」

何故、俺が初対面の彼女にお兄さま呼ばわりされてるのだ?
大丈夫って何がだ? 俺は何者かによる攻撃を受けていたのか?
俺の妹は木乃香ただ一人のはずなのだが

「は、はいお兄さまのことはお姉さまからいつも聞いていましたから。
 なんでもお姉さまが尊敬する唯一の同世代の魔法使いだって。
 ですから、私いつかお兄さまに会ったらこう呼ぼうと前から「ち、ちょっと待ちなさい愛衣!」……お、お姉様!? むぐっ!」

尚もなにか言い募ろうとしていた彼女に高音が体全体で佐倉さんの口を止めようともがいていた。
何を言ったかしらないがどうやら高音がなにやら吹き込んだことが原因らしい。変なこと言ってないといいんだけどな。

まあ、そんなことより

「ほっほ~う、俺のことを尊敬していると?」

にやにやと笑って高音に問う俺に対して、高音はびくっとして体をぶるぶる震えている。

ふむ、また爆発するか?


「………………ええ、そうですわね。大樹には色々お世話になりましたからね。
 その話を愛衣にもしましたから愛衣が大樹をお兄さまと呼びたくなる気持もよくわかりますわ」

「む、なんのつもりだ?」

このパターンは知らないぞ?

「いえいえ、ですから愛衣にはぜひあなたのことをお兄さまと呼ばせてあげてください。
 この子もきっと喜びますわ」

「んなぁ!? 待て待てちょっと待てぃ!!」

高音の思わぬ発言に思わず変な声を上げてしまった。
いや、今はそんなことより……!

「さぁ愛衣、大樹も認めてくれましたよ。よかったですね」

「はい、お姉さま!」

くっ!……こいつら聞いちゃいやがらねぇ!

「だから、ちょっと待てってッ!」

その俺の制止にようやくこちらを向いた。煩わしそうな顔がまたむかつく。

「なんですか?」

「いや、なんですっておかしいだろ!?」

「いいじゃないですか本人が喜んでいるんですから」

「俺が喜んでねえよッ!」

「嘘おっしゃい。シスコンの大樹が年下の女の子にお兄さまと呼ばれて喜ばないはずないでしょう」

「誰がシスコンじゃぁぁぁぁあ!!!」

その後もなんやかんやあって俺は結局彼女にお兄さまと呼ばれることに決定してしまった。
さらに―――

「あ、私のことは愛衣と呼んでくださいね」

―――などと言ってきた。
そこからまた一悶着あったのだが、結局俺が『愛衣ちゃん』と呼ぶことで決着がついた。

「でも、学校にいるときや他の生徒の前では近衛先生と呼ぶように!
 俺も佐倉と呼ぶから」

「はあい」

もっとも俺の台詞に対してどこまで理解しているのか怪しいものだが





再びガンドルフィーニ先生の制止によって立ち直った俺たちは現在麻帆良男子校エリアを歩いていた。
隊列は、高音と俺が前衛、中衛に愛衣ちゃん、そして殿にガンドルフィーニ先生といった布陣だ。

この布陣にした理由は警備を始める前にお互いの魔法特性とその戦闘スタイルを話し合った結果こうなった。

ガンドルフィーニ先生は銃に魔力を籠めた魔力弾を使うことを旨としており、ナイフも持っているが術式を施して投擲して使用するらしいので後衛に決まった。
愛衣ちゃんは、火と風系統の魔法を操る比較的オーソドックスタイプの魔法使いでありそのタイプのご多聞にもれず、中・遠距離戦を得意としているそうなので中衛に納まってもらった。
高音の魔法特性は影を操る『操影術』やその影を見に纏い身体能力を激増させる近接戦闘タイプであったので全会一致で前衛に決定した。

そして残った俺だが本来なら中遠距離戦を好んでいるのだが、今回は初仕事であり、ある程度魔法教師であるガンドルフィーニ先生に力を見せないといけないので前衛についている。
ガンドルフィーニ自身は口にしてないが、恐らく俺の適正を見ることも今回の同行の理由に含まれているのだろう。
その他にもよく隠蔽されてはいるが、どこかから覗かれているような感覚がある。
敵意が感じられないことから恐らく他の魔法教師にでも観察されているのだと思うが。


「そういえば大樹くんは杖を持っていないように見えるのだけど隠してるのかい?」

後ろにいたガンドルフィーニ先生が問うてきた。
『お前も持ってないやんけ!』と突っ込みそうになるのを抑えて彼の疑問に答える。

「俺の杖はこれです」

そう言って俺は袖を捲り、右手首に巻いているブレスレットをみんなに見えるように頭上に上げた。

「腕輪型の魔法発動体か」

「ええ、俺はさっき説明したように魔法の他に呪符や結印を用いる陰陽術も使いますから指の動きを阻害する普通の杖じゃ却って戦力が落ちちゃうんですよ」

その他にも体に魔力を篭めて近接戦闘に突入した場合、指輪などの発動体では打突の際破損する恐れがあるので俺は腕輪型の魔法発動体を使用している。
もっともコートの裏に折りたたみ式の簡易的な杖は入れてあるが、あくまでこれは予備に過ぎない。

その俺の現在の格好は、下は履き慣らしたスニーカーに紺のカーゴパンツを着込み、上は黒のコートを前を開けて羽織っており首元には魔力放出を抑えるアミュレットに鎖を通して掛けている。
ちなみに羽織っているコートの中には攻撃用、捕縛用、回復用と多岐に渡る呪符と簡易的な魔法具を入れてある。
コート自体にも魔術礼装を施してあって一般人に対して有効な認識障害と簡単な対魔法防御術式を組み込んである。
防御力については一般的な魔法使いが放つ無詠唱の魔法の射手程度ならなんなく弾き返せるくらいのものはある。
前を開いているのは道具を取りやすくするための他に、強敵との近接戦闘に入った場合すぐ脱げるようにしているためだ。
呪符などは勿体無いが、ズボンのポケットの中にも何種類かの呪符は潜ませているので問題ない。
これが俺の基本的な戦闘装束だ。これなら一般人に見られても見かけだけではこちらを判断することは出来ない。
少なくともこんな時間に中学校の制服を着て出歩いている愛衣ちゃんなどよりは遥かにマシであろう。


現在の時刻は二十一時、既に警護に入って一時間が経過しようとしていた。
ガンドルフィーニ先生の話によると警備に入っているのは俺たちのみではなく、他の魔法教師や魔法生徒の何組かで範囲を決めて回っているらしい。
なるほど、これだけ広大な麻帆良学園ならそれも当然であろう。
そして、魔法生徒に至っては警護の時間は一部の例外を除いて深夜二十四時までと決められているらしい。
その後は魔法先生や正規の警備員が見回りをするそうだ。
ちなみに俺に関しては、教師と言う立場にあるのだが、あくまでも現在の年齢は14歳ということもあって魔法生徒と同時刻までの警護ということになっている。
そんな訳で今俺たちは割り振られたエリアを不審者や侵入してきた妖魔を探しながら練り歩いている。




「みんな止まれ」

更に三十分ほど探索しているとき俺は不穏な気配を感じ取った。
突如立ち止まり、制止を告げる俺に対してガンドルフィーニ先生と愛衣ちゃんは訝しげにしていたが、高音はすぐさま俺の言葉の裏を読んだのだろう。
警戒態勢を今までより一つ上げた。
他の者もその様子に敵の襲来を感じ取ったのだろう各々の武器を取り出したりしている。


俺は警備に入ったと同時に風系統の感知結界魔法である『風の法円』を常時展開していた。
この魔法は篭める魔力によってその範囲や精度が変わるが、今回俺が張ったものはこちらに敵意を持った者や攻撃が半径50メートルに侵入した際、展開者に知らせるという結界を張った。
魔法に対しての防御結界ほど強力な結界ではなく、また害もないので誰も気付いてなかったようだが。
もっともこの結界は対象の敵意や殺意に反応するので、それらを自分の意思で制御できる暗殺者などに対しては効果が薄いという欠点がある。


「大樹、敵はどこにいますか?」

「前方40メートルから三つ近づいてくる。
 ……人間じゃないな」


その俺の言葉どおり今まで夜の闇に隠れていた街路樹が道の両端に植えられた道の奥から三体の異形が姿を現した。
それは白骨死体に甲冑を被せてその手に剣を持たせた骸骨剣士であった。
いや、甲冑と言うよりは日本の鎧に近いので鎧武者と呼んだほうが適切かもしれない。

その姿を目にして俺は瞬時に体に無詠唱の『戦いの歌』を発動させて身体能力の強化を施した。

「どうします?」

高音の言葉に暫し考えて俺は口にした。

「今回は俺一人でやるよ。
 敵は雑魚だし、俺の力も見せとかないと」

ね、と言って後ろのガンドルフィーニ先生に視線をやる。
彼は苦笑していたが、特に否定はしなかった。問題ないといったところか。

「そ、そんなお兄さま危ないです!
 みんなで一斉にかかりましょう!」

高音やガンドルフィーニ先生は俺の言葉に従うようだが、愛衣ちゃんはどうやら俺一人に戦わせるのは不安らしい。
説得するのは簡単だが敵はもうそこまで来ている。ならば彼女にも手伝ってもらおう。

「わかった。それなら佐倉にだけは手伝ってもらおう」

そう言って俺は懐にある呪符入れから計四枚のお札を取り出した。

「この札を後ろにある街灯と前方50メートルほどにある街灯の左右、計四箇所に貼り付けてくれ」

「えっと、でも」

俺の呼び名が変わったことと魔法使いである愛衣ちゃんには馴染みの薄いお札に戸惑っているようだが説明する時間もない。

「いいから早く!」

「は、はいっ!」

俺の言葉に彼女は飛び上がるようにしてお札を奪い指示した街灯に走っていった。
これなら一分と掛からず終わらせてくれるだろう。


その時鎧武者は既に10メートル程の位置まで接近していた。
だが、その位置からは立ち止まって一向に動こうとしない、訝しんだ俺であったがその時一体の鎧武者から声が聞こえてきた。

『関西術協会の長、近衛詠春の息子、近衛大樹だな』

明らかに声帯のなさそうな白骨死体が喋った事に高音とガンドルフィーニ先生は滓かに動揺したようだが、構わず続ける。

「だったら、どうした」

『……我が召喚主の命によって死んでもらう』

その言葉と共に三体が一斉に襲い掛かってきた。
だが、その動きは遅い。
鎧武者たちの動きはせいぜい一般人の剣道の初段レベルであり魔力で体を強化までしている俺にとっては欠伸が出るほどの動きで魔法を使うほどの相手でもなかった。

まず初めに到達した鎧武者の放つ長剣が振り下ろされる。
俺はその始動を正確に見切り鎧武者の左方に飛び、すれ違い様に魔力を篭めた肘を相手に叩き込んだ。
相手はそれだけで腰から砕け散った。

次に前面に出た俺に向かって二体が横薙ぎの一撃を飛ばしてくる。
それを屈んでよけるついでに行きがけの駄賃として一体目が取り落とした剣を拾い、攻撃を放ったことにより体が流れた鎧武者を上段から鎧ごと真っ二つにした。
残り一体になった鎧武者だったが今度は大上段に構えて俺の脳天に向かって剣を一閃する。

「……ほいっと」

刀を捻りながら相手の長剣の腹にこちらの刃を当てて相手の武器を弾き飛ばす。
チェックメイトだ。
こちらも刀を手放し鎧武者の腹に手を当てて唱えた。

「術師の命により告げる。霊符を散らしめ冥府に疾く疾く帰り給え!」

その言葉と共に鎧武者は今まで存在したのが幻であったかのように魔力のカスを漂わせて消えていった。
この間、僅か十秒。

(……式返しが通じる。ということは……)

俺が自分の考えを纏めている時に前面にはいつの間にかこの鎧武者、いや式神を操っていただろう術者が15メートル程先に立っていた。
その術者は年齢は五十手前ほどであろうか。顔を汗と脂でてからせた和装を纏った丸々と太った中年であった。
髪もかなり後退しており見苦しいことこの上ない。高音などは露骨に顔を顰めている。

(どう炙り出してやろうかと思ったが、そっちからのこのこ出てくるとはな)

自制しなければ飛び出してしまいそうな呆れを隠し術者に告げた。

「誰だお前は? 俺を名指しで呼んだということは関西呪術協会の刺客か?」

その言葉に豚はその表情を更に醜く歪めて笑った。

「まあ、そのようなものです」

「なんで俺を狙った?」

「わかっているのでしょう? お坊ちゃんがこちらにいると困る人がいるのですよ」

「反対派の連中か……」

この反対派とは関西呪術協会の長である父や関東魔法協会の理事である祖父が薦める和親に対して反対するものたちのことだ。
その者の中にはこのように和親派への見せしめとして魔法に関わる俺のようなものに武力行使をしてくる者もいた。
俺も幾度か襲われたことがある。
まあ、その度に撃退しているがこんなのでも関西呪術協会に属するものなので殺すと色々と問題になるので無力化して突き出さなければならず、非常に面倒くさい輩なのである。

「ふふふ、それはどうでしょうね……。
 まあ、それも今から死ぬあなたには関係ないことです」

笑いながら告げる豚の背後には今度は十体を超す鎧武者がいた。
今度の鎧武者達は、長剣のみならず槍や弓を番えているものまで混じっていた。どうやら敵も本気を出してきたようだ。
それを見て背後のガンドルフィーニ先生は加勢してくれようと考えたのだろう手に握った銃に魔力を篭め始める。
だが、生憎もう『詰んでいる』。

「殺す? その程度の実力でか?」

「なに?」

パンッと軽い音が辺りに響き渡った。ガンドルフィーニが銃弾を放った音だろうか、違う。
ならば、敵が番えた弓が放たれたのだろうか、それも違う。
音の発信源は俺の右手、俺が指をスナップさせて出した音で所謂『指パッチン』だ。

それが何を意図しての行動か豚は理解できなかったのだろう。
だか、どうでもいいと考えたのか次の瞬間鎧武者に命令を出そうとした瞬間、指を鳴らすただそれだけのことが起こした事態を奴は知ることになった。

「―――――? ――! ッ――――――――――――!!!??」

突如、悶え出した術士を訝しげに見ていた後ろの二人を横目に見て、俺は豚に現在の状況を優しく知らせてやった。

「声が出ないだろう?」

「―――――っっ!!!!」

その言葉に豚はびくっと顔を青褪めさせてこちらを見遣ってきた。

「ああ、別に病気だったり、声帯が壊れたわけではないから心配しなくていい」

間合いをゆっくり詰めながら語る俺に対して豚はなんとか周りにいる式神に命令をだそうとするが、それも叶わない。

「ただ、お前がのこのこと俺の消音結界の中に入ってきただけのことだ」

両者の距離はもう5メートルも離れていない。豚はどうしようもないと判断したのだろう。
慌てて背を向けてこの場から逃げ出そうとしていた。
だがそれも下策

「……最後はお前らが嫌いな西洋魔法でけりを着けてやるよ。
 オビス・テッラ・ビス・ボラント 魔法の射手 闇の一矢!」

そして、魔法属性の中で最も攻撃力の高い『闇』の射手が逃げ惑う豚の後頭部に当たって戦闘は終了した。




気絶した術者を適当なロープで縛り上げてガンドルフィーニ先生に引き渡す。

「はい、お願いします」

「確かに預かったよ」

術士を倒し辺りはすっかり静寂を取り戻していた。
あれだけいた鎧武者も術者が気絶したことにより一体残らず魔力に返っていった。

「でも、大した早業だったね。何がどうなったんだい?」

ガンドルフィーニ先生もあまりにも呆気ない敵の最後に拍子抜けしたのだろう。
俺が何をしたのか気になったのだろう。
その疑問は愛衣ちゃんも同様だったのだろう。特に愛衣ちゃんはその場に居らず結界札を貼っただけなのでなお更だ。

「簡単なことですよ。術者の術を封じただけです」

「だから、お兄さまそれをどうやったのですか?」

「ん? ああ、じゃあ陰陽術士の特性から説明しようか」

「特性ですか?」

「うん。陰陽術士は呪符を使うなり、式神を呼び出したりするなりするには踏まなくてはならない手順があるんだ」

「それが声ですか?」

愛衣ちゃんの言葉に頷いて返す。

「そう声だ。西洋魔術師の呪文と同じだ。そして陰陽術では必ずではないが何か術を起こすアクションには言霊を伴う。
 その基点となる声を消音結界で……さっき愛衣ちゃんに渡した札で作って消したんだよ」

「あんなものだけで……」

「確かにただの紙切れだけど、あれには術式と俺の魔力を篭めてあるからね。立派な魔導具(マジックアイテム)の一つだよ。
 そして、前以って術式を組み込んであるから詠唱もいらずノータイムで発動できる。
 ほら、指を鳴らしただろ? あれが合図さ」

本当はあそこで札に向かって魔力を飛ばしたのだが、そこまで教えてやる義理はない。

「日本の魔術も奥が深いんですね~」

愛衣ちゃんはしきりに感心しているが、声を封じられると言うのは陰陽術士にとっては本当に致命的なことなのだ。
声を封じられた術者はその戦闘力の九割を削られたと言っても過言ではない。
だから、一流になればなるほど陰陽術士は人の目の前には姿を現さない。
現れるのはよほど自分の実力に自信がある超一流か残るはそんなことすら知らない素人術士のどちらかだ。

感知結界の中に術者が入ってそれに気付かないこと。
式神を倒した際、式返しが成功したことから術者のレベルがこちらより大分格の低い相手と大体推測できたこと。
口を封じられてからの対処もまず過ぎた。
ああいう場合結界に干渉できないのなら式神に直接魔力を流し込み意思を飛ばす。それか元々命令をだしておくことが定石なのだ。
それすら満足に出来ていないことからあの豚はおそらく捨て駒なのだろう。
それでもわざわざ自分から現れるほど馬鹿だったのは予想外だったが。
まあ、式返しを受けてダメージを受けていないことから身代わり札を立てるぐらいはするこすい相手ではあったが


彼ら二人も俺の説明に納得してくれたのだろう。
それ以上質問されることはなかった。


襲撃者を詰め所に連行していったガンドルフィーニを見送り俺たち三人は残りの時間を三人で警備することにした。
だが、運が良かったのか今日はこれ以上の戦闘はなく終了時間を迎えた。



「それじゃあ、今日はこの辺りで」

「ええ、また会いましょう」

「お兄さま、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

高音と愛衣ちゃんの二人と途中で別れて俺は今日一日あったことを思い返していた。
教師になったこと。『闇の福音』との対面。幼馴染との再会。祖父との同居。親友との再会。麻帆良での初めての戦闘。
本当に内容の濃い一日であった。

「早く布団入ってねてぇー」



そうして、近衛大樹の麻帆良学園都市来訪一日目は順風満帆の内に終わった








それはどこかの建物の屋上であった。
ネギ・スプリングフィールドはそこでたった一人で恐るべき相手と対峙していた。
いや、その顔は既に涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっており腰を落としている。
対峙という言葉にはいささか語弊があるかもしれない。


「……つまらん……この程度か」


ネギにそんな表情を作らせている相手は小柄な少女であった。
その髪は長い金髪と碧眼を持つ美しい少女であった。
その体躯は130センチ程であろうか。肉付きも薄く、ネギとそう年の変わらない少女に見える。

だが、その少女にネギは完膚なきまでに負け伏した。
ネギは見習いとはいえ魔法使いだ。ならば、その変の暴漢だとしてもそう簡単に遅れを取ることはない。
しかし、負けた。よく見ればネギの傍らには一人の少女が転がっている。
それは彼の生徒である神楽坂明日菜であった。胸が上下していることから生きてはいるようだ。
だが、今すぐ目が覚めそうな様子もない。

ネギとそして彼を助太刀するために駆けつけたアスナの二人に対して少女は単独で彼らコンビを蹴散らせて見せた。
背後にいる従者であるらしい絡繰茶々丸の手を一切借りることなく。

その者の名は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
彼女はネギの受け持つ三年A組の生徒であった。
だが、それだけの少女では決してない。彼女はそれだけのことをしたのだから。

そう彼女は真祖の吸血鬼。夜の眷属にして、なおその中で最強と称された悪の魔法使いだ。

その身に膨大な魔力を秘めていようと現在見習い魔法使いでしかないネギが立ち向かうにはあまりにも大きすぎる壁であった。
例え、その身は封印によって全盛期の数十分の一の力しか出せないとしても

そんな彼女は、涙を流しながらそこから一歩も動けないネギを路傍に転がっている小石のように本当につまらなそうに見ていた。
いや、彼女はすでにネギのことなど見ていないのかもしれない。
それほど相手に対して興味の色がその瞳からは感じられないのだ。

ネギはただその自分を見つめる暗い瞳によって一歩も動くことが出来なかった。
彼の頭の中にはただ『逃げなきゃ』という一心だけがあった。彼を助けに来た生徒の安否など彼の頭の中にはすでに欠片もなかった。
それでもここから腰を上げることすら出来ない。それほど眼前の少女に飲み込まれていたのだ。

「あ、う……あ、……」

なんとか言葉を紡ごうとしてもそれさえ上手くいかない。

そんな様子を黙って見ていたエヴァンジェリンであったがようやくアクションを起こした。
ネギはそれに対して体を僅かに震わせることしか出来なかった。
それはネギから背を向けるという当初の目的とはかけ離れたものだった。

「帰るぞ茶々丸」

「よろしいのですか?」

従者の無機物である少女の問いかけにも彼女は前言を曲げることはなかった。

「構わん。興が削がれた」

「……わかりましたマスター」

その言葉に真祖の吸血鬼はその場から姿を消した。
従者である少女も『それではネギ先生失礼します』というまるで終礼後の教室で交わす挨拶を残して同じく闇に消えていった。



彼女達が立ち去って一分ほどしてようやくネギは自分が見逃してもらえたことに気が付いた。

「助かったァ……」

それでもネギはそこから今しばらくは動くことができなかった。



ネギ・スプリングフィールド、彼が初めて相対することになった敵対する魔法使いは今の彼にとってはあまりにも強大すぎる相手だった







あとがき


みなさん、おはよう、こんにちは、こんばんはゆーかりです。
第六話いかがでしたでしょうか?今回も独自設定てんこ盛りで渋い顔されたかと思います。

今回はかねてより宣言してた通り戦闘ターンでした。
大樹の戦闘は不自然なものになっていなければよかったのですが、どうでしたでしょうか。
陰陽術に剣に魔法と少々詰めすぎた感がありますが

それに加えて今回は大樹の親友としての立場として高音・D・グッドマンさんに登場してもらいました。
彼女の設定は、本作においては原作と大幅に変えることになると思いますのでご了承ください。コメリカに住むなどはないとかですね。

彼女の立ち位置はずばり大樹の魔法使い側からの味方といったところです。
ちなみにこれが気になっている読者の方は多いと思いますが彼女とのフラグは立ちません。
その辺りの背景については違う形で外伝として書くつもりです。エヴァ編の途中か終わったぐらいには書きます。
それと愛衣に関しては完全な暴走です。笑って見逃してくれると嬉しいです。
ロリコンは病気だけど、シスコンは病気じゃありません!


それと最後にネギ君パートを少しだけ書かせてもらいました。
作者の話のエヴァさんに隙などありません。
今現在のネギ君とアスナじゃ手も足も出ません。


それでは、次話でお会いしましょう。
もしかしたら、次話はネギ君が中心になるかもしれないですね。


それでは、感想や批判、誤字脱字などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第七話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:08



<ネギ・スプリングフィールド>


――――――――――――――――――――――――


ウェールズにいるネカネお姉ちゃんへ


魔法学校の卒業課題として麻帆良に来て教師をすることになり既に二ヶ月が経ちました。
その間、ちょっとしたアクシデントや問題もあったりしたけど僕のクラスの生徒の皆さんはみんないい人たちばかりでこちらの生活も順調です。
必ずこのまま順調に無事に終わらせてきっと僕もお父さんのような『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になってみせます。


でも、僕は今一人の生徒のことで非常に悩んでいます。

彼女は僕のクラスの生徒の一人なのですがちょっと問題のある生徒で少し手を焼いています。
なんとか彼女を説得したいと思っているんですが、僕にはどうしていいかわかりません。



こんな時お父さんならどうしたのでしょうか?


お姉ちゃんどうか僕に教えてください


――――――――――――――――――――――――



ウェールズにいる姉に宛てるつもりだった手紙を握りつぶし、ネギは震えながらいつまでも歯噛みしていた。

「……こんな手紙出せるわけないよ」

それは誰に頼っていいのかわからない少年の悲痛なSOSのサインであった









すべてを見通すもの         第七話










赴任から二日目、その日も朝から騒がしかった。

『えええええぇぇぇぇぇ!!!! ネギくん(先生)が休みーーー!!!???』

廊下を歩きHRのため教室に向かっていた俺の耳に飛び込んできたのは我が三年A組の生徒達の叫び声であった。
昨日からことあるごとに体験していたことから既に慣れが出ている自分に対してかすかに末恐ろしい未来を感じるが、今は置いておく。
今はそれよりも聞こえてきた内容が問題だ。

「……ネギが休み?」

(うーん……体調でも崩したのか?)

とにかく、いつまでも廊下にいても事情はわからないので教室に入ることにしよう。


教室の中は正に混乱の坩堝であった。ある生徒の机に生徒達が群がってなにやら騒いでいる。
その群がられている机の主に目をやると、その混乱の中心には木乃香と神楽坂明日菜の姿があった。
木乃香になにかあったのだろうか?
けれど、教室に踏み込んだ俺に生徒らはまったく気付いた様子がない。

(声を張り上げるのも疲れるんだよなぁ)

内心の不満を隠しながらも彼女達に向かって声を上げることにする。

「お前ら、静かにしないかっ!! もうHRの時間だぞ、席に戻れ!」

けれど、その災禍の中心に向かって叫ぶ俺だったが反応するのは後列にいる僅か数人の生徒のみでその反応は芳しくない。
生真面目な委員長である雪広あやかもいつもならこんな状態においてはみんなを嗜めて落ち着けるはずなのだが、彼女も一緒になってパニックになっている。
というか、こいつが一番喧しい。

『是非、ネギ先生のお見舞いに行かなくてわッ!!』などと騒ぎ立てる雪広を視界の端において、一番事情を知っていそうな木乃香たちに事情を聞くことにする。

「近衛、神楽坂これはなんの騒ぎだ? ネギ先生はどうしたんだ?」

そこでようやく二人も俺に気付いたようで木乃香などは明らかにほっとしたような表情をしていた。

「あ、お兄さま……」

「学校では近衛先生な。
 それで神楽坂、お前確かネギ先生と同室だったろ?  あいつは休みなのか?」

木乃香の『お兄さま』発言を軽く訂正して、改めて神楽坂に問う。

「う、うん。今日はちょっとあいつ調子が悪いみたいで……」

「そうなのか? おかしいな……こっちは何も連絡もらってないんだけど。
 ……仕方ない後で訪ねに行くか」

普通なら休む時は前以って連絡をしてこちらに話が来る手筈になっているのだが、それはなかった。
入れ違いだったのかもしれないが、もしかしたら、連絡も出来ないほどの状態なのかもしれない。
それなら教室の今現在の状況も理解できる。

「し、心配ないわよ!? あいつもちょっと体調崩しただけだからわざわざ近衛先生がお見舞いに行くほどじゃないわよっ!」

けれど、俺の台詞に対して神楽坂の反応は不自然すぎる程だった。
これでは『私なにか隠しています』と言っているようなものだ。

「そうなのか?」

横にいる木乃香に聞く。けれど、その木乃香にしてもその返答は芳しいものではなかった。

「……わからへん。ネギくん布団から出てこんでただ『今日は学校に行きたくない』ってそればっかりで顔も見せてくれへんかった。
 アスナもいつもなら無理矢理にでも引っ張ってくるんやけど、今日は好きにさせてやれって……」

心配そうな木乃香を見ながら視線を戻すと、神楽坂もどこかばつの悪そうな顔でこちらを見ている。
俺がどうしたものかと考えていると、後ろの扉からエヴァンジェリンと絡繰茶々丸の主従コンビが入ってきた。

「おはようマクダウェル、絡繰」

取りあえず目が合ったので朝の挨拶をすることにする。

「おはようございます近衛先生」

「ああ、おはよう近衛先生。それはそうとこの騒ぎはなんだ?」

二人は朝の挨拶を返してくれた。
それとエヴァンジェリンはこの騒ぎの原因も気になったのだろう、ついでといった感は拭えないが聞いてきた。

「いや、ネギ先生が休みらしくてな」

「ほぉ……あのぼーやがね」

そう言ってエヴァンジェリンはその視線を神楽坂の方に向けた。
またその視線を受けた神楽坂の反応は顕著であり、すぐさま目を逸らすといった有り様だ。
まるで彼女に怯えているようだ。

「……マクダウェル。なにか知っているか?」

「さあな」

それだけ残し彼女はさっさと席に着いてしまった。

(そういうことか……そういや昨日は満月だったな……)

二人の反応でわかった。
どうやら昨日俺が学園の警備をしている間にどうやらネギと彼女らは史実通り一戦やらかしたようだ。
神楽坂がネギを休ませ、自分もエヴァンジェリンに対して若干怯えが見えるのもそれだけ昨夜こてんぱんにのされたということだろう。
あの一戦がいつあったのかまでは知らなかったが、昨日だったのか……。

(でも、学校を休むほど負けたのか……そして、神楽坂には許されている)

大分記憶が掠れてきているが、俺がいることによってなのか少しずつ史実と変わってきているのかもしれない。
まぁ、神楽坂や木乃香の反応を見る限り、別にネギが死んだとか大怪我しているとかそういう訳じゃないようだし。
それならば今のところはまだ支障はないだろう。

軽く溜息を吐いて教卓に着く。

「えー、という訳で本日はネギ先生がお休みなので代わりに俺が授業をやることになった」

教卓に上がり告げる俺であったが生徒達は半分も聞いちゃいやがらない。
刹那を初めとした宮崎、綾瀬、那波など比較的真面目な生徒らが周囲を嗜めているが一向に落ち着く気配を見せない。

「…………雪広、いい加減静かにせんか!」

取り合えず一番喧しい雪広に向かって黒板からチョークを一本抜き去り投擲する。
チョークは最短距離をまるで雷光のようにひた走り、いまだ混乱しきりの雪広の額に当たり粉々に砕け散った。

「おふっ!」

雪広はあまりの痛みに額を押さえて跨っている。
だが、他の生徒達は突然の副担任による教育的指導によって声一つ出せない。

「落ち着いたか? それでは他の騒いでるヤツもさっさと席に着け。
 さもないと……もう一発いくぞ?」

そう言って再びチョークを握りこむ俺を見て今まで騒いでた他の生徒も瞬く間に自らの席に着いてくれた。
『カマ~ン!』と構えている忍者とバカンフー娘は華麗にスルーすることにしよう。

「よし、それでは朝のHRを開始する」

麻帆良女子中赴任二日目の朝はそうして始まった。





ネギ・スプリングフィールド、かの少年はいまだに悩み続けていた。
さすがにもう布団から出てきてはいたが、木乃香が用意しておいてくれた昼ご飯を食べ終わったときには既にその時間はお昼を大きく回っていた。

そんなネギが悩み続けていること。
それはもちろん彼女の生徒であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルについてであった。
彼女は真祖の吸血鬼であり、かつて自分の父であるサウザンドマスターの手により麻帆良の地に閉じ込められる呪いを受けたらしい。
それを解呪するために自分は襲われたらしいのだ。


ネギは今日一日どうするか考えに考え込んでいたわけだが――――


「わからないよー! 誰か助けてー!!」


――――その心境の程は芳しくないようだ。



「困っているようだな兄貴!」

「え!? だ、誰!?」

悩み悶えるネギに突如聞こえてきた自分以外の声にネギは慌てるが、辺りをいくら見渡せどそこには影も形もない。

「ここですぜ兄貴!」

しかし、いつの間にかネギの足元には一匹の小動物が鎮座していた。

「え? あ……カ、カモくーん!」

「困ってるんだろ? なら俺っちが助けになるぜ!」

そこにいたのはネギの古くからの知り合いであるオコジョ妖精のアルベール・カモミールであった。


 閑話休題


「―――――という訳なんだ」

両者とも再会の喜びを分かち合い、ネギは今自分が悩んでいることを正直にカモに向かって包み隠さず話していた。
しかし、その説明を受けたオコジョ妖精であるカモの顔色はどこか悪いように見える。
ネギもカモの様子がおかしいと思ったのだろう。率直に聞いてみることにした。

「カモくん、どうしたの?」

「……兄貴」

「な、なに?」

ネギの質問を遮ってカモは自分の想像が間違っていることを願い再びネギに聞く。

「その兄貴が狙われてるっていう吸血鬼の名前をもう一度俺っちに教えちゃくれやせんか」

「う、うん。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんって言うんだけど……」

「……そいつって、もしかしてこんな顔してやいませんか?」

カモはいつの間にか自分が持ってきたバッグから器用にパソコンを取り出して、しばらくキーボードを叩き続けていた。
やがてお目当てのページに当たったのか、そのページをパソコンの画面ごと移動させてネギに確認させる。

「え、あっ! エヴァンジェリンさん!」

「やっぱり……」

カモは最悪の想像が悪いほうに当たってしまったことからその顔からは苦渋を隠し切れはしなかった。

「兄貴、俺っちの話を聞い「えええええぇぇぇ!!! エヴァンジェリンさんが元六百万ドルの凶悪賞金首!!?」……はぁ」

(こりゃあ兄貴のところに逃げてきたのは間違いだったかもな……)

実はカモは二千枚に及ぶ下着ドロの罪でウェールズからネギのところへ逃げてきたのだったが、その自らの選択が間違いだったのではないかと溜息を隠せないカモであった。


この先ネギ、カモに加え間もなく帰ってくるアスナを含めた三人は徐々に暴走していくことになる。
しかし、それを止められるものは今現在誰もいなかった。






次の日、ネギは休むことなく学校に来ていた。
ただ、その顔色は思わしくなかったが。

「よう、ネギ先生。もう大丈夫なのか?」

「あ、近衛先生。……昨日はごめんなさい」

昨日、連絡も入れずに休んだことを気に病んでいるのだろう。
だが、こんな顔のネギに説教を垂れるほど俺も鬼畜じゃない。

「いや体調が悪いんだったら気にすることはない。今日もつらくなったらすぐ言うんだぞ?」

「は、はい」

「それよりネギ先生。その肩にいるのは?」

そうして先程から気になっていたネギの肩にいる小動物のことを聞く。

「えっと、これは僕のペットのオコジョで……」

その肩口にいるオコジョは俺の方をじっくりと見ていた。

「学校に連れて来る許可はもらったのか?」

「は、はい」

「なら俺から言うことは何もない。さっそく一時間目から授業だけど頑張れよ」

ネギの肩を叩いてその場を後にする。

(あれはオコジョ妖精……ということはあれがカモか……)



「兄貴、今の兄さんは?」

「カモくん学校じゃ喋っちゃダメじゃないか。
 今の人は僕の教師としての補佐をしてくれている近衛先生だよ」

「あの兄さんは魔法関係者じゃないんですよね?」

「? うん、そうだよ」

その会話を耳に入れることはなく。


その後、ネギは授業中にパートナー発言やらを飛び出してパニックを作ったりはしていたが、エヴァンジェリンのことは極力無視しているようで特に問題なくその日を終えた。






そして、明けて翌日。

「なぁなぁお兄さま。他に何がいるん?」

「寝巻きなどは大丈夫ですか?」

「ああ、寝巻きは持ってるから必要ない。後はそうだな……ちょっとした日用品ぐらいだな」

現在、俺は木乃香と刹那と三人で買い物袋をいくつもぶら下げて麻帆良の街を歩いていた。

何をしているのかというと、麻帆良に来て既に三日経つがまだ引っ越したばかりなので実は色々物入りであった。
そのために必要な物を買い込まなければならず、木乃香に量販店の場所などを聞こうとしたわけだったのだが、『それならうちらも手伝うで』と刹那の肩を掴んで快く協力を申し出てくれた。
今日は金曜日で明日からは休みなので特に断る理由もない。
放課後の空いた時間を使って彼女達の行為に甘えさせてもらう形で現在の状態になっているわけだ。

「あんまり買うものがないんですね」

「まあ、じいちゃんの所に厄介になってるし、家具や電化製品を買う必要もないからな」

などと刹那の質問に答えながらもゆったり歩く。
現在、俺の両手には購入した物が入った袋が四つあり彼女達の手にはそれぞれ一つずつ袋が握られている。
刹那は少ないと言うが、俺一人ならおそらく購入するものはこの半分ほどで納まっていただろう。
ちなみに荷物については、俺が全部持つと言ったのだが、自分達にも持たせて欲しいと強く主張されたので仕方なく荷物の中でも軽いものから順に二人には持たせた。
それでも刹那はどこか不満そうではあったが、これだけは男として譲れない。

ちなみに二人には既に俺の住居については教えてある。
二人、この場合木乃香が主にだが彼女は偶にじいさんの家にご飯を作りに行ったり泊まりに行ったりしていたそうだ。
刹那もその付き添いで何回かじいさんの家に泊まったことがあるらしい。
なので俺がそこに住むと教えた時は、『絶対泊まりに行くで』と宣言してくれた。
この様子なら泊まりに来る以外にも頻繁に訪ねてくることになりそうだ。



「なあ、あれって茶々丸さんやない?」

最後に寮の近くにあるディスカウントストアーに向かっていた俺達であったが、木乃香の一言で彼女が向いている方向に視線を向ける。
なるほど確かにうちのクラスの絡繰茶々丸だ。
こちらに背を向けてはいるが、ライムグリーンの髪とその特徴的な耳飾りを付けていることからも間違いない。
正確には耳飾りではないのだが。

そんな彼女だがどうやら現在猫に餌をやっているようだ。
その足元には大小数匹の猫達が大人しく伏しており、彼女が猫缶を開けるのを今か今かと待っている。


「茶々丸さん、いい人やなぁ」

「ええ、そうですね。あんなことを出来る人はそうそういません」

二人の会話を耳に入れながらも、俺は嫌な予感が止まらなかった。

(この光景……まさか、今日がそうなのか?)

「あれ? ネギくんにアスナや。二人とも茶々丸さんに用やろか?」

思考に耽っていた俺に再び木乃香の声が聞こえてくる。
見ればいつの間にか茶々丸の近くにはネギと神楽坂が立っていた。だが、その気配は非常に重々しい。

(ネギや神楽坂のあの気配……やっぱり今がそうなのか……って、まずいっ! ここには木乃香が……!)

俺はようやくここがネギたちが茶々丸を襲撃する場だということに気が付いた。
まさか、俺達や少なからず近くに一般人の姿もちらほら見受けられるここでいきなり戦闘を開始することはないと思うが、それでも慌ててしまう。

(油断したっ! よりにもよって何で木乃香がいる時に……!)

なんとか木乃香をここから引き離さなくては。そう考え彼女達の方に振り向こうとした俺の目に茶々丸が立ち上がって警戒態勢になったのが見て取れた。


「くっ!? 刹那っ!」

「はいっ!」

刹那も不穏な気配を感じ取ったのだろう。その表情は既に戦闘用のものと大差ないものに切り替わっていた。

「俺が人払いをする! お前は木乃香をっ!」

「わかりました! このちゃん。さ、こちらへ」

「え、えっ? 二人とも急にどうしたん?」

木乃香は突然の展開に少々動転しているようだが、ここは動転しててもらったままの方がむしろ助かる。

木乃香に気付かれないよう魔法ではなく懐から人払い用の結界札を取り出し、刹那が木乃香を連れ出そうとしたその時とうとう彼らの戦闘が始まってしまった。

(くそっ! マジかよあいつら!)

一般人を締め出す人払いの結界を張る手の動きまでは止めないが、俺は顔が強張っていくのを止めることはどうしても出来なかった。





現在、ネギは彼の生徒でありルームメイトでもある神楽坂明日菜と新しくネギの参謀として納まったオコジョ妖精であるアルベール・カモミールとの二人と一匹のトリオはある人物の尾行をしていた。

彼らが尾行している人物、それは麻帆良女子中等部の制服を着込み、ライムグリーンの髪と特徴的な耳飾りをつけている美しい少女であった。
彼女の名前は『絡繰 茶々丸』。
何を隠そうネギが受け持つ三年A組の生徒の一人であり、明日菜にとっては同級生でもある少女である。

では、何故彼らは彼女の尾行などをしているのだろうか?
その理由は彼女の立場にあった。

ネギは新たに参謀となったカモに三日前の満月の夜にエヴァンジェリンに襲われたことを事細かに話してある。
その時、茶々丸はエヴァンジェリンに『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』として紹介されていた。
戦いの中で茶々丸は彼女の主の命によって終始手を出すことはなかったが、それでも彼女の姿は常にネギの視界の中にあった。

そもそも『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』とはなんなのだろうか。
ネギにはそこから説明してやらねばならなかった。

『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』を説明する前に魔法使いのことを少し説明しなければならないだろう。
魔法を用いる魔法使いは、その奇跡を起こす際、踏まねばならぬ段階があった。
それが呪文の詠唱である。

ただし、魔法使いは呪文の詠唱中には極めて無防備な姿を晒すことになる。
その無防備な状態の魔法使いを守り助けるのが『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』であり、それが役割であった。

だが、男性の魔法使いには女性の従者が、女性の魔法使いには男性の従者が付くのが近年では一般的となっている。
現在ではその契約方法にもあやかって恋人探しの口実のように扱われ、本来の役割として契約する主従は年々減少の傾向にある。

その話を聞き、現在進行形で狙われているネギは更に自分と相手の戦力差が開いたことに絶望した。
茶々丸の戦う現場を見たわけではないが、自分達にとって更にまずい展開になったことだけは間違いない。
そこでカモが提案したこと。それは、ネギも『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』を作ることだった。
それが、昨日の授業中に発したパートナー宣言を発し、生徒達に衝撃を与えたことの背景だ。

当初ネギは彼のクラスの生徒に仮契約(パクティオー)を勧めるカモに対して頑なに難色を示していた。
彼のクラスの宮崎のどかとももう少しといったところまで契約がなりそうだったものの失敗した原因もそこにあった。
だが、自分の置かれている現状、相手との戦力差、そしてエヴァンジェリンの呪いを解いた際に予想される一般人への被害をカモに懇々と説明され、結局ネギは論破されることとなる。

そこで彼らは取り合えず事情を知る神楽坂明日菜に協力を申し出ることにした。
彼女もネギの話を聞き契約方法がキスであることを知り、一時は拒否の姿勢を見せていたが、結局はネギたちに協力することになった。
それというのも、カモの説得により自分が倒されたときのことを再び思い出したのだろう。
その瞳には僅かな恐怖の色とそれ以上の相手に対する憤怒の念が見て取れた。
あの夜より数日の刻が流れ、彼女の中では恐怖の感情よりいいようにされたことに対する怒りが逆転したのだろう。
なにせ明日菜はエヴァンジェリンと対峙したものの、彼女相手に何をすることも叶わず、ただ地に伏せ気を失うことになったのだから。

ここで彼女がもっと徹底的に相手に対する恐怖心を植え込まれていたら、その後の展開はまた違ったものとなったかもしれない。

もっともこうして彼らは戦う手段を手にすることになった。その意味すらわからないまま。


そんな訳で仮契約(パクティオー)を交わした(もっとも額にキスをしたために不十分な契約だったが)二人と一匹は現在敵方の重要参考人物である絡繰茶々丸の尾行を行い彼女の人となりを探ろうとしていた。
そして、あわよくばここで彼女を説得、あるいは無力化出来ないかと画策していた。

そんな彼らに尾行されている彼女はというと、現在学園長に呼び出しを受けている主とは別行動を取って行動していた。
その行動に特に明確な目的は見られないが、彼女はその行く先々で人助けやまた命が危うい小動物を助けたりしていた。

その行動の清廉さと彼女を慕う人々を目にし彼女の人徳の高さを知ることになる。
思わず彼女を尾行しているネギとアスナも感涙を禁じえなかったほどで、カモの叱咤の声でようやくこちらの世界に帰ってこれたほどだった。

だが、そんな穏やかな時間にも終わりはやってくる。
それは、茶々丸が人気のない所で猫達に餌をやっている最中、彼女の前にネギと明日菜が登場することで終わりを告げた。


「茶々丸さん……」




マスターであるエヴァンジェリンから離れて絡繰茶々丸は思い思いに行動していた。
彼女の主の申し付け通り、人通りがある所を通りながらではあるが。
だが、慣習となっている猫の餌遣りをやっている時それは来た。

猫達に餌をやっている私のすぐ後ろから足音が聞こえてくる。
対人センサーの類を切っていたのでここまで接近されるまで相手の存在に気付くことが出来なかった。
マスターと離れていたせいで、少々注意力が散漫になっていたのかもしれない。
後ろを振り返れば、そこにはネギ先生、それと神楽坂さんの二人が立っている。
よく見れば神楽坂さんの肩口にはオコジョだろうか、小動物の姿も見受けられる。
けれど、そんな彼らの放つ気配は物々しく、それは決して教え子やクラスメートに接するそれではなかった。

(……そういうことですか)

恐らく私が一人になったのを見計らって先日の報復を行うつもりなのだろう。
その彼らの判断は正しい。
以前の戦いで私が戦う姿を見せたわけではないが、私はマスターの従者であります。
ならば先日の応戦によりマスターより劣ると考えられる弱い者から各個撃破し、敵の戦力を削る行為は至極当然のことです。
相手の様子からもどうやらこちらに逃げる暇も与えてはくれなさそうです。
ならばここは応戦するしかないでしょうか。

仕方ありません、ならばお相手いたしましょう。

「茶々丸さん……」


「こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん。
 油断しました。でも、お相手はします」


……もしかしたらもうマスターには会えないかもしれない。


後頭部のネジを外しながら、私は漠然としていながらもどこか確信的な想いを抱いていた。





「こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん。
 油断しました。でも、お相手はします」


まず説得から始めようと考えていたネギの思考は茶々丸のその一言で粉々に砕け散ることになった。
それでも、僅かに残っているネギの教師としての心が最後の一歩を踏み出せずにいた。


カモ君が提案してくれた二対一の戦い。
一昨日の夜とはまったく逆の状況だ。ここで茶々丸さんの無力化に成功すれば確かに今後の展開はもっと楽になるかもしれない。
でも……


「茶々丸さん……僕を狙うことはもうやめてくれませんか?
 そうしたら……」

「申し訳ありません。マスターの命令は絶対ですので」

「でも……!」

それでも納得出来ないのだろうネギは声を荒げる。
しかし、彼女は既にネギに目をやっていない。いや、警戒はしているだろうがその視線はネギの隣にいる明日菜に向けられていた。

「あなたがネギ先生のパートナーですか? 神楽坂明日菜さん……。
 ネギ先生、いいパートナーを見つけましたね」

「茶々丸さん……」

彼女と対峙するつもりで前に出た明日菜ではあったが、茶々丸の思わぬ褒め言葉に明日菜も複雑そうだ。
しかし、ネギを守るためと彼女は己を奮い立たせる。

ことここに至ってはネギも戦闘は避けれないと判断したのだろう。
素早く一歩身を引き戦闘の引き金を引いてしまった。
もう引き返すことは出来ない。ネギは戦うことを選んだのだから。


「行きます! 契約執行10秒間! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」

「ッ!!?」

契約執行を施され、魔力供給によって明日菜の身体能力は大幅に跳ね上がった。
明日菜自身そのことに驚いているようであったが、彼女はそのまま茶々丸に向かって突進した。

茶々丸もこの程度の速度の敵となら今まで幾度も対峙してきたのだが、素人だと考えていた明日菜の予想もしえなかった速度によって思わず対応に隙が出てしまった。
その隙を見逃すネギではなかった。
また、彼の助言者でもあるカモに煽られる形で攻撃呪文を詠唱していたネギは迷いを振り切れないながらも攻撃を放つ。

「魔法の射手 連弾・光の11矢!!」

解き放たれた魔力の矢が光の奔流となって茶々丸に迫る。
その矢の数は十一本にも及んだ。
明日菜の猛攻により体制を崩した茶々丸にはこれを回避するのは困難であった。
しかし、不可能なことでもない。
体を捻ってその場からの離脱を図ろうとした茶々丸であったが、彼女は後ろにいる猫達に一瞬視線をやりその思考にフリーズをかける。
見ればもう目の前まで攻撃は迫っていた。

「……すみません、マスター。
 ……私が動かなくなったら猫達の餌を……」

「っ!? や、やっぱり、ダメっ!?」

それは彼女の残した最期の遺言だったのかもしれない。
それを耳にしたネギは慌てて魔法をキャンセルしようとするが脳裏に一瞬先日の夜のことが浮かび躊躇してしまった。
けれど、それはたった一瞬のことであったが、決して取ってはいけない一瞬でもあった。

すべては遅すぎたのだ。


魔法の射手が茶々丸に直撃したことによって、爆音が辺り一面に木魂する。
その爆音は周りの砂のみならず土砂すら巻き上げてネギ達の視界を塞く。


茶々丸さんはどうなったのだろうか?
確かに攻撃が当たったのだろう僕の肩にいるカモくんはガッツポーズしているし、僕にもそれだけの手応えがあった。

カツンッとどこか軽い音を立てて僕の足に砂煙の中から転がり出てきた『ナニ』かが当たる。
僕にはそれがなにかわからなかった。
いや、これはいつも目にしている馴染み深いものだ。わからない筈なんてない。
ただ、これはこんな風に『あれ』と離れて存在していいものではなかった筈だ。

「ネ、ネギッ!」

アスナさんの叫ぶような呼び声にその『ナニ』かから顔を上げて砂煙を見る。
砂煙は先程の轟音がまるでなかったかのように呆気なく風に巻き取られ、その奥に隠されていたものを僕に見せ付けていた。

「あっ……」

それは両手足の三本までも吹き飛ばされ、その体中からはオイルやネジ、配線をその美しいライムグリーンの髪を混じらせながら撒き散らし倒れ伏す絡繰茶々丸のあまりにも変わり果てた姿だった。


無意識に後ろに後退するネギ、その時ネギは先程の『ナニ』かを踏みつけてしまった。
慌てて足元を確認するネギの瞳に写ったもの。




それは――――



――――それは絡繰茶々丸の右手についているはずの『手首』であった









あとがき


という訳でゆーかりです。第七話いかがでしたでしょうか?
まず初めに謝っておきます。全国120万のメイドロボ、もとい茶々丸ファンの皆様やってしまいました。ごめんなさい
この先のエヴァとの話の都合上彼女には尊い犠牲になってもらいました。
いや、まだ死んだとは限りませんけどね?
原作キャラが傷つくことに対して抵抗を覚えられた方がいましたらそれも併せての謝罪を申し上げます。

それと今回は木乃香の魔法バレフラグの一つも立ちました。
木乃香は果たして今回のことで魔法の存在に気付くのでしょうか。

もうお分かりだと思いますが、本作ではネギくんに対してのアンチ色が少々含まれています。
なのでこれからも彼には苦労や試練を課すことになります。

という訳で次話をお待ちください。
次回で茶々丸の安否について書きます。次回、炎のエヴァンジェリンさんをお楽しみに


1月26日 追記

1~7話の加筆修正を行いました。

面倒臭いという読者さんのために軽くどの程度修正したか書き記します。
まあ、実際そこまで変わっていないいないのですが感想板で書いたとおり

・大樹の原作知識についての軽い触り
・大樹のネギに対するスタンス
・大樹がエヴァンジェリンの変化(性格やナギへの想い)について把握していない
・家でクウネルの存在に気付いている(もっともクウネルだとまではわかっていません)
・呼び名などを統一
・戦闘シーンなどの補足

この程度です。すべて併せて4、5千字程度の加筆なので改めてお読みしなくても大丈夫だとは思います。


それと八話も同時に投稿すると宣言していましたが、プロットにも多少修正を入れたので八話はまだ書きあがっていません。
お待ちしてくださった方々は今しばらくお待ちください。



[5868] 第八話
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:bcd93e2f
Date: 2009/01/31 10:08


<エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル>


「エヴァよ、そういう訳で桜通りの警備はしばらく他の者に変わってもらうつもりじゃ」

「ふん、なんのことかわからんが警備する範囲が狭くなるのなら私にとっては願ったり叶ったりだ。
 話はそれだけか? ならもういくぞ」

「うむ、くれぐれも自重するようにの」

「わかった、わかった」

今日も単調な学園生活を送っていたエヴァを呼び出して近右衛門が告げたことがこれであった。
つまり、『桜通りの吸血鬼事件』について釘をさされたわけだ。

(腐っても関東魔法協会の理事か……)

今回の封印解除計画について私は半年余りの時間をかけて策を練っていたが、やはりこのじじいには薄々感づかれている。

目の前のじじいは為政者だ。
いくら私とは長い仲とはいえ学園の者や無関係な無辜の市民の眼前に迫り来る危機があれば、それらの感情を押し潰して私を排除しに掛かるだろう。
出来る出来ないではない。それが出来る裁断者のみがこのじじいのように上に着くべき人材の鉄則なのだ。
ならばそれに背くのはうまくない。
もちろん逆らっても相手の思惑通りにやられるつもりなど毛頭ないが、避けられる事態なら避けるのが賢明だろう。

なればこそ明々後日の大停電まではもう下手な手出しはしない方がいい。
下準備や手駒の用意は既に整っている。ならば後は時が来るのを待つだけだ。
何、今まで十五年の永きに渡って待ち続けたのだ。
今更、それが数日程度伸びたからといってどうということもない。
ならばこれ以上この場にいる必要はない。さっさと退出させてもらおう。



別に封印を解除したとしても特に何がしたいわけじゃない。
だが、もう変化のないそれこそ単調な籠の中のカナリアのような毎日はごめんだ。

「長かった……欣喜雀躍の思いだ。この時をどれだけ待ったか……」

思わず漏れてしまう呟きに慌てて口を閉めるが、既に退室し終えていたのは幸いだった。
待ち望んでいた刻が近づいていることから気が緩んでいたのかもしれない。
まさかこの場所で気を抜くことになるとは。
学園長室への呼び出し、これが行われるときはいつもこうだ。
じじいの手の者が自分を監視しているのがわかる。わかるが、ここに来るときはいつもこうだ。
校舎の外まで出るまでは監視・警戒されているが、言ってみればそれだけだ。
奴らは自分で真実を見定めようとしない、考えることをしない。
だからこそ、下手な隙を見せてはいけない。
この身はただそこにあるだけで疎まれる存在なのだから……


学園長室を辞し、下駄箱に向かうため階段の手摺りに手を掛けた時にそれはやってきた。

「待つのじゃ、エヴァンジェリン!」

それはいつもの飄々とした仮面を被ることも忘れて奔走する麻帆良学園学園長、近衛近右衛門の姿であった。
この男をこれだけ慌てさせるということはそれだけのことが起こったのだろう。

(日はまだ高いが……学園内に強力な賊でも侵入したか?)

自分の感知結界内に侵入者の情報はないが、仮にそうだとしたら自分の結界を誤魔化せるだけの技量の持ち主ということになる。
正直、大事なことが先に控えている以上そんな奴の相手などしたくないのだが、己の立場上そうも言っていられない。

「どうしたじじい、そんなに慌てて。なんぞおもしろいことでも起こったか」

にやにやと相手を馬鹿にした笑いを隠そうともせず告げるエヴァであったが、近右衛門はそれを気にした風もなかった。
さすがに彼女も近右衛門の様子がおかしいことに気が付いた。

彼女の危惧はどうやら取り越し苦労だったようだが、それならば何のようなのだ?
これではまるで……

「そんなことじゃないわ! ……よいか、エヴァンジェリン心して聞くのじゃぞ。
 実は今大樹から連絡があったんじゃが―――――」


じじいの告げた内容―――――




―――――それは私の家族の訃報であった









すべてを見通すもの         第八話









明日菜の眼前では信じられない、いや信じたくない光景が晒されていた。
ネギとそのネギの昔馴染みという怪しいオコジョの頼みでクラスメイトである茶々丸を捕縛するつもりであった。
そう明日菜は彼女を『捕縛』するつもりであった。
その上でエヴァジェリン相手に交渉でも仕掛けるつもりだったのだ。
ここでネギ達との相違点を洗っていなかったことが彼女の不幸だったのかもしれない。

カモが言うにはエヴァちゃんに対抗するためには少なくとも彼女の陣営の戦力を少しでも削っておくべきだ。
そのことはわかる。なにせこちとら数日前にネギと二人掛りでエヴァちゃん一人相手に手も足も出ぬまま負けたのだ。
ことここに至って相手が更に強くなるというのなら阻止するのが常道であろう。
そこに面倒を掛けられながらも、どこか憎めない同居人の命が掛かっているというのならば尚更だ。

しかし、目の前の光景はなんだ?

あそこに転がっている『モノ』は本当に絡繰茶々丸なんだろうか。
実はこれが出来の悪い冗談で私をからかっていると言うのならこんな腹の立つことはない。


私にクラスメイトを『殺』させるなんて―――――


いつの間にか目の前には新しい登場人物が参入していた。
まるで異世界に閉じ込められたかのような現実喪失感覚。
神楽坂明日菜はどこか別世界を眺めているような感覚でいつまでも目の前の『それ』を見続けていた。





「……どうしてこんなことになった?」

自然、声が低くなることがどうしても抑えられなかった。
ネギ達の茶々丸襲撃、それは史実通りの出来事だったはずだ。
だが、こんなことは知らない。いや、起こり得るはずがなかった。

(どこだ、どこで読み違えた……?)

「お兄さまっ!」

危うく思考の渦にはまりそうになった俺を現実に引き戻したのは切羽詰った妹の声だった。

「なぁ、あれってどういうこと! どうして茶々丸さんがあないなことにっ!」

爆音を聞きつけて慌てて戻ってきたのだろう。
先程までの和やかな光景が打って変わって凄惨な光景に様変わりをしていたことを目にし木乃香はすっかり混乱していた。
見れば後を追いかけて戻ってきたのか刹那もいつの間にか木乃香の横にいた。
刹那の表情はどこか青褪めているようであり、まるで断罪を待つ死刑囚のような風体であった。

「大樹さま、あの「早く助けな!」……あっ」

刹那の言葉を遮って木乃香がネギ達のいる場に駆け寄る。
確かにこのまま放っておく訳にもいかない。
刹那を放って置くのは気に掛かるが、今はまず場の収拾が先決だ。

「刹那、話は後だ。俺たちもいくぞ」

返事はない。だが、それを気にするのももどかしい。
慌てて木乃香の後を追う。



目の前に広がる光景。それは凄惨の一言に尽きた。

倒れ伏す茶々丸の周りには血の代わりにオイルが体の部品代わりにネジや配線といったパーツが飛び散り、さながらそこは『殺人現場』のようだった。

(殺人現場か言いえて妙だな……)

どこか冷静に回る思考においてこれからすべきことをシミュレートする。
周りを見渡せば、ネギや神楽坂は自分が巻き起こした自体に呆然としており、いまだ事態の把握が出来ていないようだ。
ネギの肩でオコジョ妖精がなにか騒いでいるが、今は無視だ。


「木乃香、触るんじゃないっ!」

茶々丸に駆け寄って抱き起こそうとしていた木乃香に釘を刺す。

「でも、お兄さまっ!」

「無闇に動かすんじゃない。素人が下手に触っていいものじゃないかもしれないからな」

(たかだか十本程度の魔法の射手(サギタ・マギカ)でここまで壊すだなんてどれだけの魔力を籠めやがったんだ……)

今の茶々丸の状態は重傷患者と同じだ。素人が下手な扱いをしていい状態じゃない。
人間なら間違いなく即死。機械である茶々丸といえど無事だとは到底思えない。
それじゃなくとも今の茶々丸は電気系統に深刻な損傷を受けたのだろう、その体は至る所から微かに放電しており危険極まりない。
人間なら多少の医療知識もあるが、ロボット工学に至ってはこちらはほとんど素人と大差ない門外漢だ。ならば、相応しい相手に任せるしかない。
そう判断し木乃香の隣に腰を下ろし、懐から携帯電話を取り出してある人物にダイヤルする。

「お兄さま、今電話なんて一体誰にかけるん?」

「――じいちゃんだ。正直、スペシャリストに来て貰わにゃ俺たちではどうにもならん」

木乃香の疑問に片手間で答え、コール音が途切れるのを待つ。
一回、二回、―――繋がった!

『なんじゃ大樹、突然』

「すまんじいちゃん、挨拶は無しだ。実は―――」


じいさんに事情を語り終えて通話を終える。
それを待っていたのか。木乃香が俺の行動を問い詰めるような顔をしている。

「お兄さま、今なんて……」

「じいちゃんに頼んで彼女を運び込んでもらう手筈を整えてもらった。
 もうすぐここに麻帆良大学工学部の面々が来るそうだ。
 それとマクダウェルが近くにいるそうだから、ついでに呼んでくれるらしい」

「エヴァちゃんが?」

突然出てきたクラスメイトの名前に木乃香が不思議そうにしている。
木乃香はエヴァンジェリンと茶々丸の関係を知らないので当然だが。

「あぁ、マクダウェルは絡繰と同居しているんだ。当然、連絡を入れないわけにはいかん」

木乃香にはそれだけで十分だったのだろう。
「エヴァちゃんが」と言って目に涙を浮かべている。きっと同居人がこんな状態になっていることを自分に近しい者に置き換えて考えているのだろう。


そして、エヴァという単語に反応したのだろうか、ここでようやく今まで石像のように固まっていたネギが駆け寄ってきた。
その速度はまるでこちらに体当たりをかますかのようである。

「待て、何をするつもりだ」

ネギと茶々丸の進路に割って入りネギの進行を止める。
だが、ネギはそんな俺の行動が理解出来ないのか噛み付くかのように吼える。

「そこをどいてください近衛先生ッ! 早く茶々丸さんを治さないと!」

ネギの言っていることもわかるし、それが正しいことだということもわかる。
だが、修理すると言わない辺りネギの勘違いがよくわかる。

「治すだと……どうやってだ? まさか時間でも巻き戻してくれるのか?」

「そ、そんなことは出来ません。でも、僕のせいで茶々丸さんがこんな状態になっているんです。
 早く治癒の魔法を掛けてあげないと……」

しどろもどろに訴えるネギであったがやはり勘違いしている。
治すなどと大層なことを言うからもしやとも思ったが、やはりこちらの思っていた通りだ。

「何をするつもりか知らんが、それはガイノイドである絡繰にも有効なのか?」

「うっ……」

魔法における治癒とは生物における生命力を魔力によって促し、再生速度を促進させ回復させているように見える術式だ。
それが可能となるのは生きた有機物に限定され、無機物の塊である茶々丸や生命活動を停止した死体にまで効果は及ばない。
治癒魔法とはそんななんでも回復できる万能の魔法ではないのだ。
唯一魔法で彼女を助けれる可能性があるとすれば、先刻も述べたように『時』を操ることだが、それも高等技術だ。
少なくとも見習い魔法使いのネギが覚えていていい呪文ではない。
そんなことより今は。

「それよりお前、こんな場所で『そんなこと』を堂々と語るとはなにを考えてるんだ?
 ここには一般人の目もあるんだぞ?」

木乃香を目で指しながらもネギを問い詰める。
暗に『魔法の秘匿』も知らないのかと揶揄しているのだ。

「なぁ、ネギくんとアスナががこれをやったん?」

俺たちの会話の裏を読んで木乃香がネギに問い詰める。
聡い木乃香だ。
『ネギが茶々丸を攻撃した』その可能性はここに来たときからわかってはいただろうし、その現場も見ていたかもしれない。
それでも自分の同居人である二人がこんな狂態を犯したことを信じたくなかったのだろう。
ネギを問い詰める今もそれが間違いであって欲しいと願う気持ちが強くその表情から読み取れる。

「あ、あの、それは……」

ネギは木乃香の静かな糾弾にしどろもどろになりで碌な言葉さえ出てこない。
だが、それで十分だったのだろう。木乃香は弟のように思っていた少年がしでかした事態に面を伏せた。


対するネギは、木乃香の落ち込みように暫し固まっていたようだが、肩口にいたオコジョに何か吹き込まれたのだろう手に持った杖に魔力を込め、呪文を詠唱し始める。

「あ、あの近衛先生、木乃香さん、ごめんなさいっ!」

後は、その魔力を開放するのみとなった段でネギの口を自らの手で持って塞ぐ。


「俺の妹になにをするつもりだ?」


知らず口を塞ぐ手に力が入る。
一般人用の記憶消去の魔法など魔法抵抗力の高い俺には通用しない。同様に俺と同程度の魔力量を有する木乃香にもその効果は薄いだろう。
けれど、それを知らず無理に記憶を消そうとすれば体内で己の魔力と魔法で方向付けられた魔力が反発し合い、最悪の事態として人格崩壊の危険性さえありうる。
本来、木乃香のような魔力を溜め込みやすいタイプや魔力に耐性が出来た魔法使いの従者(ミニステル・マギ)の記憶を消すときはまず一種の催眠状態に持っていきそこで然るべき処置をしなければならない。
そんなことも知らず無作為に記憶消去に及ぼうとしたネギに対して、俺が苦々しい感情を抱くのも致し方ないことであろう。

「だ、旦那! 兄貴を放してやってくだせぃ! ただ、兄貴は魔法の秘匿を守ろうとしただけで」

ネギの危機だと思ったのか、ネギの肩口にいたカモが俺の行動を制止させようとする。
まったく次から次へと……こいつらはどの口で『魔法の秘匿』云々を口にしているのだ?

「お前は黙っていろオコジョ妖精。
 そもそも秘匿云々言うのならお前は何故喋っている」

眼力一つでカモを黙らせる。

「いいかネギ、言葉の裏を読め……そうすれば俺の言いたいこともわかるだろう」

カモはそれだけでわかったのだろう。俺のことをまじまじと見つめている。

「旦那、あんた……」

「黙っていろと言ったはずだ……。
 それにネギ、俺たちの記憶を消してどうするつもりだ?
 まさか、お前らがこの場を収拾できるとでも言うのか?」

ようやくネギを掴んでいた手を離し、神楽坂の方を横目で見ながらも告げる。
ネギもそこまで先のことまで思いいたらなかったのだろう。
目先のことばかりに目を向けて大局を見ていない。
だから、突発的なアクシデントや裏のない簡単な言葉に流される。

「考えろネギ。常に何が最善の一手になるのかをな」

そう言ってネギに背を向ける。
いつの間にか顔を上げこちらを呆然として見遣る木乃香の前に腰を下ろす。
俺の顔は今どうなっているだろうか、酷い顔になっていないだろうか?
それでも木乃香を少しでも不安にさせないよう優しく抱きとめて語りかける。

「大丈夫だ木乃香、絡繰のことは俺に任せろ。わからないことも兄ちゃんが教えてやる。
 だから、お前はネギたちと一緒に寮に帰っているんだ」

優しく刺激しないようにただただなんでもないように木乃香に告げる。
少しでも妹が不安にならないようにその手に力を込めて。

だが、その台詞に驚いたのがネギだ。まさか自分がこの場から遠ざけられるとは思っていなかったのだろう。
猛然と食って掛かった。

「そ、そんな近衛先生! 僕もここにいます!」

「ダメだ」

遠くから近づいてくるサイレンの音を耳にしながらもネギの願いをにべもなく切って捨てる。

「ど、どうしてですか!?」

「もうすぐ彼女が来る」

「え?」

カモはそれだけで俺が何を言いたいのかに気付いたのだろう。慌ててネギの襟を引っ掴んでしきりに退却を勧めている。

「わからないのか? エヴァンジェリンが間もなくここに来ると言っているんだ」

ネギはようやくそのことに思い至ったのだろう。
だが、それを聞いてもネギは立ち去ろうとはしない。

「エ、エヴァンジェリンさんが……そ、それなら尚更です! 尚更ここを離れるわけにはいきません!」

あくまでも頑ななネギに対して頭痛は酷くなるのみだが、それでもここに残しておくわけにはいかない。

「そうか……それで彼女に会ってお前はなにをするつもりだ?」

「それは……謝ります! そして、一緒に茶々丸さんを「無理だな」―――」

ネギの言葉を遮って純然たる事実を告げる。

「な、なんでッ!」

「今、エヴァンジェリンに会えばお前らは殺されるぞ」

「こ、ころっ」

『殺される』という単語にネギが動転する。まさか、本当に予想できなかったとでもいうのだろうか。
自分はそれに類することを既に行っておきながら。

「事実だ。少なくとも彼女の側にお前らを見逃す理由がない。なにせ自分の従者を殺されかけたんだからな。
 仮に俺が彼女の立場だったら決して見逃すことはしない」

木乃香の前だから茶々丸が『死』んだとは告げないが、それに近い状態ではある。
エヴァンジェリンはナギに対して淡い想いを抱いている筈だ。
それならば、ナギの息子であるネギを殺しまではしないだろうが、それでも可能性が消えるわけではない。

茶々丸のことを脳裏で刹那や木乃香に置き換える。それだけで言い様のない怒りが湧き上がってくる。
俺ならそんなことをした相手を只で済ますわけがない。
生まれてきたことを後悔するまで苦しめ八つ裂きにするだろう。

これだけ説明してもなお言い募るネギであったが、もう時間もあまりない……仕方ない。

「刹那」

突然の事態の推移に木乃香や俺にどう接すればよいか踏み悩んでいる刹那を呼びつける。
こんな彼女に頼るのは心が痛むが、それでも今の俺が頼れるのは彼女しかいない。

「は、はい大樹さま」

顔を上げた刹那の表情はこんな短時間で随分やつれしまっているようで余計に申し訳なくなってくる。

「ネギと木乃香と……そこで固まっている神楽坂も忘れず学生寮まで連れて帰ってくれ。
 ……絶対にエヴァンジェリンと鉢合わせないようにな」

「は、はい。それはわかりましたが……大樹さまは」

「俺はここに残って事態の解決を図る。
 なに心配するな、俺も後でそっちに詳細を説明しに戻る。
 それより早くしろ。もうあまり余裕がないぞ」

俺のことを心配してくれるのは嬉しいが、今はここに彼らを残して起こり得る災厄を予測し避けることが優先事項だ。

「……畏まりました。確かに連れて行きます」

「ああ、それからネギとそこのオコジョが木乃香に余計な真似をしないように見張っていてくれ」

「必ず」

一言だけ残し、刹那はいまだ納得していないネギと固まったままの神楽坂、そして木乃香をめいめいに説得あるいは力に訴えて退去を開始してくれた。

「木乃香」

刹那に連れられながらもこちらをしきりに気にしている木乃香の背に声を掛ける。木乃香の返事は待たない。

「後でじいちゃん、それと刹那も交えて重要な話がある。それまで今回のことは気になるだろうが待っていてくれ」

「……わかったえ」

話の内容は薄々気付いているのだろうが、問い詰めるようなことはしてこない。
こんな切羽詰った状況でもこちらの意を汲んでくれる木乃香に本当に申し訳なく思う。

そうして彼らはようやくこの場から離れていった。



刹那たちが去るのと入れ違いにじいさんが手配してくれた助っ人達が来てくれた。
彼らは、救急車のように塗装した改造済みのワンボックスカーを駆って登場した。
車から降りてきた者らは全部で5名で皆防護服のようなものを着込んでいた。
麻帆良大学の生徒であろう彼らは精々二十歳そこらなのだろうが、俺が茶々丸の容態を伝えたところ皆めいめいに迷いなく行動を開始した。
その作業は迅速ではあったが丁寧であり、またとても緻密なものであった。
俺も手伝おうとは思ったが、素人が余計な手出しをしても邪魔にしかならない。そう思い直し脇に退いていることにする。
手が必要ならば彼らに呼ばれるまでは大人しくしていることが今俺が出来る最善であろう。

彼らが作業を開始してから三分足らずであろうか、あれだけ茶々丸のパーツが散乱していた現場はネジの一本に至るまですべて回収し尽くされていた。
地面に染みこんだオイルなどは仕方ないが、それも言われなければ気付くこともないレベルだ。

そうして俺は茶々丸の担任として同乗し彼らと共に麻帆良大学工学部のキャンパスに向かうこととなった。
刹那、エヴァンジェリンを待っているべきかという思考も流れたが、一分一秒を争うかもしれない急を要する事態だ。悠長なことはしていられない。
彼女には申し訳ないが、自分で来てもらうしかない。
『麻帆良大学工学部に来られたし』と書いたメモ用紙を落ちている石で固定してその場を後にする。
彼女がこれを見ればどこに行けばいいのかわかるだろう。



キャンパスに入り工学部の面々に通された研究所内の通路。
その白色のリノニウム張りの廊下で待っていたのは我がクラスの超鈴音と葉加瀬聡美の両名であった。

「二人とも……そうか頼む」

タカミチの書いた出席簿に書いてある通り超鈴音は『麻帆良の最高頭脳』として、葉加瀬聡美は茶々丸の製造計画にも関わっておりメンテナンスも担当している。
彼女達以上に茶々丸を助けるに相応しい人材もいないだろう。

「任せるネ、近衛先生」

「ど、どうすればここまで壊れるんですかね」

「すまん、詳しいことは……」

「ああ、大丈夫ヨ。茶々丸は私達にとっても娘同然ネ。必ず直すヨ。いくぞハカセ」

「わかりました。では、近衛先生失礼します」

「すまん、後は頼む」

茶々丸の容態を確認した二人は俺と一言二言交わしすぐさま数名の助手を従えて手術室のような部屋へ入っていった。


「まるで手術室前で待つ家族のようだな」

白色で統一された空間、道の先には手術室、病院のように待合のベンチなどは置いていないがその状況はあまりにも似つかわしかった。



超と葉加瀬が部屋に篭ってから十五分ほど経ったであろうか、静寂が保たれていた空間に慌しく乱入してくる影があった。
その影の主は、床を踏み抜くような勢いで現れた。
言うまでもなくその人物は茶々丸の主であり真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであった。
よほど急いできたのだろうその金糸のような髪は汗で顔に張り付き、その雰囲気もいつもの泰然とした感の彼女の様子とは打って変わっていた。
彼女も道の奥に俺がいることに気付いたのだろう。勢いを緩めることなくこちらへ突貫してきた。

「近衛大樹! 何があった!? 茶々丸は、茶々丸はどうなったのだ!?」

「落ち着け、エヴァンジェリン」

「これが落ち着いていられるかッ!!」

「それでもだ。絡繰は今、超と葉加瀬が中で診ている。
 正直、俺にはどうなるか判断つかん」

本来ならここで彼女を不安にさせないよう優しい言葉の一つでも掛けて上げるべきなのだろうが、彼女が欲している情報はそんなその場凌ぎの戯言ではないだろう。
ならば俺は現状知る限りの茶々丸の状態を教えてやるべきだ。それが彼女にとって聞くのがつらい事実であってもだ。
エヴァンジェリンも俺の様子を見て幾分冷静さを取り戻したようだ。あくまで見掛けだけだろうが。

「そんなに酷いのか……」

「人間だったら間違いなく即死だ」

それでもあんまりにも直球な一言に彼女は絶句した。
飾り気のない俺の言葉。だが、それだけに茶々丸が深刻な状態にあるのだと認識してくれたようだ。


そこから五分程度両者の間で会話はなかった。
けれど、それはエヴァンジェリンの声で破られることになる。

「近衛大樹……茶々丸をやったのはどこの馬の骨だ?」

それはまるで地の底から響いてくるのかと錯覚するようなあまりにも底冷えした声であった。
彼女に真実を伝えてもいいんだろうか?
今彼女に真実を教えれば加害者が誰であろうと対象を殺害する。そう思わせるだけの凄みが今の彼女にはあった。

「答えろ」

「…………」

(どうする? ここで答えれば間違いなくエヴァはネギの所へ向かうだろう。そうなったら……)

だが、救いの手は意外なところからやってきた。
答えあぐねている俺と遂にはこちらを襲ってでも情報を取り出そうとしていたエヴァンジェリンの前にようやく手術室の中から超と葉加瀬達が出てきた。
エヴァンジェリンも俺への追求は後回しだと判断したようで、飛び掛ろうとした姿勢そのままで二人に取り付いた。

「超鈴音、ハカセ! 茶々丸はどうなった! あいつは無事なのか!?」

今の彼女は家族の安否を心配するごく普通の人間となんら変わりがなかった。
超の襟元を掴み、前後に激しく振るう。そんなことをすれば彼女が答えられるわけもないのに今の彼女にはそれを理解することもできないようだ。

「ちょ、た、頼むから、落ち、つく、ヨ」

「お、落ち着いてくださいエヴァさん。茶々丸は無事です」

同僚のあまりにも無体な姿にさすがに放っておくことが出来なかったのだろう葉加瀬が超とエヴァンジェリンの間に割って入り宥める。

「た、助かったネ、ハカセ……」

超も息絶え絶えだ。もう少し割ってはいるのが遅かったらおぞましい物を見る羽目になっていたかもしれない。

「それで葉加瀬、茶々丸は無事なんだな?」

葉加瀬の言葉の確認を取る。

「そ、そうだハカセ、確かなんだなっ!」

エヴァンジェリンは葉加瀬の言葉を聞き一度は落ち着きかけたものの燃料が投下されたのか再びてんぱってしまった。
今にも襲い掛からんばかりの様相だ。
俺は今度は葉加瀬に掴みかかろうとしていた彼女を後ろから羽交い絞めにし押し止める。これではいつまで立っても話が進まない。

「コラッ! 何をする近衛大樹、離さんか!」

エヴァンジェリンはなにやら喚いているが、さっさと続きを聞かせてもらおう。
葉加瀬はエヴァンジェリンの様子をしきりに気にしているが、気にするなと目で会話し続きを促す。

「え、ええ茶々丸は無事です。運がよかったのか、茶々丸自身が自分で回避したのか奇跡的にメモリーチップと記憶ドライブは無傷でしたから」

「そ、そうか……」

葉加瀬の言葉に目に見えてエヴァンジェリンが安心したのがわかる。
俺の腕から何とか逃げ出そうとしてもがいていた力もすっかり抜けている。
しかし、俺はまだ安心できない。超も葉加瀬もいまだなにか隠しているような顔が見て取れたからだ。

「それだけか?」

「え?」

「絡繰が無事だったのはそこだけだったんだな?」

普段のエヴァンジェリンならそのことに気付いていただろうだが、葉加瀬の台詞からは体が無事だとは一言も言っていない。

「その通りネ……体の方はあまりにも損傷が大きすぎたヨ。
 直すのはほぼ不可能。新しく素体から組み立ててた方がよっぽど簡単な有様だたヨ」

「私としてはどうやって茶々丸をあそこまで壊したのかの方が気になりますね。
 無防備な状態で車に撥ねられたとしてもああはなりません」

超の台詞に続く形で葉加瀬が補足を入れる。
それはそうだろう。茶々丸はエヴァンジェリンの従者だ。ということは少なからず魔法攻撃に対しても耐性はあった筈だ。
にも拘らずメンテナンス担当の葉加瀬が匙を投げるほどの破壊振りを見せ付けられたのだ。
彼女が持つ疑問も最もだ。


「近衛大樹……いい加減に放せ……」

「ん、ああ、すまない」

すっかり彼女を抱き止めているのを忘れていた。慌てて放してやる。
エヴァンジェリンの激情はなりを潜め今の彼女が何を考えているかは読み取れない。
でも、今の彼女を放っておくのは酷く危険な気がした。

「超鈴音、ハカセ。茶々丸は中にいるんだな?」

「あ、はい。メディカルルームの中に」

葉加瀬の返答も聞き終わらないうちにエヴァンジェリンは今まで茶々丸のチェックをしていた室内に入っていった。
俺たちも慌ててそれに続く。

部屋の中はメデイカルルームと言うだけあってなるほど確かに病院の手術室と見間違えるほどだった。
部屋は白色で統一されていて見る者に清潔さと日常生活では無縁な禁忌的ななにかを感じさせてくれる。
ただ、そこは人間を診る場所ではないのかペンチやレンチのような一般工具に混じって何に使うのかよくわからない機材の数々がそこら中に溢れていた。
また病院特有のアルコール臭の代わりにオイル等の匂いが充満していたことからも、ここが特殊な場所だということがよくわかる。

その部屋のほぼ中央に彼女はいた。
見ればそこは手術台の上のようで下に清潔なシーツを敷きその上に茶々丸の『残骸』が乗せられていた。
ベッドの上の茶々丸はその四肢を左足を残しすべてもぎ取られていた。
体の中心部付近もいたるところが装甲が剥がれ落ちその奥にある配線などが剥き出しにされてこちらを覗いていた。
そんな中で、唯一顔だけは比較的損傷が軽かったようで、目を閉じている茶々丸は今にでも起き出してきそうでどこか夢の中の光景を見ているようだった。

エヴァンジェリンはそんな変わり果てた従者の姿をただ黙って見ている。
超と葉加瀬はそんなエヴァンジェリンの様子に茶々丸とのボディの別れを悼んでいると思ったのか黙ってその場を跡にした。

だが、俺にはわかる。
彼女のあの様子は確かに茶々丸の現状を悼んでいるという一点もあるのだろう。
けれど、それ以上にあれは現状から情報を探り当てようとする目だ。
あれは俺が敵と戦っている時の目と同じな筈だ。つまり彼女は……

「近衛大樹、これをやったのはあのぼーやだな?」

(さすが幾百年の時を生きてきた大魔法使いだな……)

茶々丸の損傷から相手が魔法使いだと把握したようだ。
ネギまで特定したのはその吸血鬼の超感覚によって僅かに残ったネギの魔力残滓を嗅ぎ取ってのことだろう。
今の俺にはとてもできない芸当。やはり彼女は例え封印状態だとはいえ油断していい相手ではない。

「…………」

「沈黙は肯定と取るぞ。
 フッフッフッ、それにしてもやってくれる……」

「エヴァンジェリン?」

「あのガキ……それに神楽坂明日菜もか……やはりあの時見逃しておくべきではなかった……」

その時のエヴァンジェリンの表情、それは憤怒の表情、悔恨の表情、そしてどこか泣きそうな表情にも見えた。




エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女は元来情に厚い人物だ。
彼女は僅か十を数える幼い時分に吸血鬼となる運命を背負わされた。
そこから彼女は命を狙われ、血で血を洗う凄惨な場景が彼女の生きる舞台となった。
だが、そんな日常を送りながらも彼女はどんな状況に追い込まれようとも決して女子供を手に掛けることだけはしなかった。
それは彼女の掲げる悪の美学であり、また誇りでもあり、良心でもあった。
だから、殺してやりたいほど憎んでいたあの男の息子を相手にしていてもどこか手心を加え、あまつさえ獲物を見逃すといった体たらくまでしてしまった。
その結果がこれだ。彼女は二年の時を共に生きてきた家族を危うく失うことになったのだ。
エヴァンジェリンは恥ずかしがって決して口にはしないだろうが、茶々丸は既に彼女の中では他の従者人形達と同じで大切な家族の一員だったのだ。

五百年を越える永き時を生きた彼女には人の人生の儚さがよくわかっていた。
そして、その限られた人間の一生の中でも成長することのない自分と関われる時間は更に短い。
だから、彼女はそんな一瞬の出会いを宝石のように大事にし、忘れないように心掛け、それが理不尽に奪われそうになったときはその牙と爪で以って敵を八つ裂きにしてきた。
そんなエヴァンジェリンにとって、この家族のように思っている従者を傷つけられたことは己の身を切り裂くよりなお辛い現実であった。
これ以上大事なものを失いたくないそう思っていた筈なのに……




いつしかエヴァンジェリンの表情からはあらゆる色がごっそりと抜け落ちていた。
それは愉悦であったり、哀願であったり、慙愧といったあらゆる今の彼女から想像できる感情の色が抜け落ちていた。

そんな彼女は黙ってメディカルルームから出ようとしていた。
彼女が向かう先は考えるまでもない。

「どこに行くつもりだ?」

ドアの前に立ち塞がりエヴァンジェリンの進路を妨害する。
彼女は俺がいることも忘れていたのか、またあえて無視しているのかこちらに向ける顔にしても訴えかけるものが何もない。

「知れたこと、あのガキ共を縊り殺してやるのだ」

その言葉からはわかりきったことを聞くなといったニュアンスが多分に含まれていた。

「そんなことをすればただでは済まないぞ?」
 
「そんなことはわかっている」

「本当にわかっているのか?
 ネギや神楽坂を手に掛ければタカミチや学園長も黙ってはいないだろう。
 いやそれだけじゃない麻帆良中の魔法使いすべてがお前の敵になるぞ」

「…………」

「本当にわかっているのなら止めるんだな」

エヴァンジェリンは俺の台詞からいつの間にか能面のようだった顔は苦虫を噛み潰したような顔に変わっていた。

「お前は中庸ではなかったのか? お前も私の邪魔をする気か?」

その言葉と共に濃密な殺意が襲い掛かる。
凄まじいまでの憎悪だ。直接関係ない俺に対してもこれだ。もしこのままネギの前に彼女を行かせたら結果は火を見るより明らかだろう。
なら尚更エヴァンジェリンを彼らの前に行かせる訳にはいかない。

「生憎だが、俺にも俺の目的があるんでね。あのガキを助ける義理はない。
 しかし、残念だがまだネギにここで死んでもらうわけにもいかん。
 ここを進みたくば俺を打ち倒してからにするんだな」

言葉と共に解放した魔力によって俺の本気が彼女にも伝わったのだろう彼女はようやくその矛先を僅かに下げてくれた。

「……では聞くぞ魔術図書館(マジックライブラリー)。
 お前はこの私にこのまま黙って泣き寝入りしろとでも言うつもりか?」

今のエヴァンジェリンは俺に襲い掛かって来ないのが不思議なほどだった。
いや、この質問が俺に対する最後通牒なのかもしれない。

「それも違う」

「……では、何が言いたい?」

エヴァンジェリンは俺の意図が読めないようだ。
自分がネギに報復しようとするのは止める。だが、彼女の復讐を否定しているわけでもないのだ。
それではこちらが何が言いたいのかわからないだろう。彼女も胡乱な目つきでこちらを凝視している。


今からすることは完全な俺の独断だ。
もし、ここでエヴァンジェリンがこれを拒否するのなら俺は彼女と敵対することになるだろう。


(頼む乗ってくれよ……)


「それなんだが……エヴァンジェリン、俺と一つ取引をしないか?」





あとがき

orz (←作者の心情です)

みなさんこんにちはゆーかりです。第八話いかがでしたでしょうか?
今回の話は……なんというか非常に難産でした。自分が書きたいことはわかるのですが、その何割でも読者さんに伝えられたかがわかりませんでした。
ほとんど進んでないし……
ひょっとしたら後で大幅に修正するかもしれません。

そして、今話では、茶々丸対処編と最後のエヴァとの交渉に持っていく流れが一番書きたかったことでしょうか。
それに比べれば木乃香に魔法がばれかけることや茶々丸が無事だったことは二の次に過ぎません。

話の中で茶々丸を治癒の魔法では直せないと書きましたが、原作でも無機物を修復するような魔法はありませんでしたよね?
何分、自信がなかったものでもしそういった描写が原作にあったのならいつもの作者の独自設定だと言うことで納得していただけるとこちらもも助かります。

次話ですが次話はネギとの会話シーンと木乃香のターンですね。
あまり長くなるようならネギのみになるかもしれませんが(作者は大体1話辺りの文量換算で20KB以上40KB未満を基準としています)。


それでは、感想や批判、誤字脱字、作者への質問等などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします



[5868] 第九話(修正)
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:b97a381e
Date: 2010/08/05 11:43
<近衛 近右衛門>


「むぅ……」



常しえから、世界の陰には異能の力を持つ者たちがいた。
それはこの極東の島国としてある日本に置いても例外ではない。
彼らは、ある時代には時の帝に、またある時代には有力な権力者の横に、常に時代に寄り添うようにして彼らの姿はあった。

『栄光の影に闇あり』

時に華やかな政の場にて公然と、時に歴史の陰で蠢くように、永きに渡って姿を消すことなく存在し続ける。
それは、年号を『昭和』から『平成』に改め、大衆にはもはや異能の力など御伽噺の中での話と常識付けられてしまった現代でも変わりない。

そして、光から息を潜めるように存在する闇たちを取り仕切る二大組織の一つ『関東魔法協会』。

近衛近右衛門は、そんな闇を従える長として連綿と存在していた。
近右衛門は、関東魔法協会を己の手腕一つで纏め上げ、更に自分の代でそれを東方の拠点と呼ばれるまでに昇華させてきた。
その手腕がもたらした功績の例を挙げれば、賞賛の言葉は類がない。
近衛近右衛門、彼は違えることのない傑物であった。
間違いなく巨魁と呼びえる関東魔法協会理事長である近右衛門。

しかし、そんな彼は今現在、己のテリトリーである麻帆良学園学園長室で呻り声を漏らしていた。




二十畳ほどもある麻帆良学園学園長室兼執務室、その部屋の隅にある趣のある屏風で仕切られた簡易的な応接間。
そこに近右衛門の姿があった。

高潔過ぎず、また下品でない絶妙のポイントで創られたのであろう高級感を漂わせる大理石で出来たローテーブルと本牛革製の黒ソファーという応接セットが設置されていた。
上座には、近右衛門。そして、下座にあたる長ソファーに座るのは、まだ十台中頃であろう一人の少年と二人の少女であった。
下座に位置する者の顔ぶれは、右から近右衛門の孫である近衛大樹と近衛木乃香。
そして、その二人の幼馴染であり、また自らの意思で彼らの護衛を買って出てくれている桜咲刹那を含めた三名だ。

そうして設けられた場や各々の立場は横に置いておくとしても、決して朗らかな雰囲気を漂わせてはいなかった。
むしろ、酷く剣呑な空気を漂わせ、場を動かすような言葉を発することが、まるで罪であるかのような異質な空気に支配されていた。

この顔ぶれと近右衛門が、一堂に会することは何もこれが初めてではない。
一時期の間、中核であり他の二人の牽引役もこなしていた少年が抜けていたとは言え、文字通り彼らは物心付いた頃からの幼馴染であり、真に気心の知れた友人である。
近右衛門からしても、大樹と木乃香は血の繋がりのある直系の肉親である。
刹那にしても公では雇用者と被雇用者の関係にあり、私では孫の友人として認識がある。
しかし、近右衛門もそんな前情報など、端から承知の上である。

ならば、何がそこまで彼を悩ませているのか?

それを語るには、彼らがこの部屋に入ってきた二時間ほど前まで遡らなければならない。













エヴァンジェリンの従者である絡繰茶々丸を、ネギと明日菜が破壊してから既に二時間余りの時が経過していた。

その間に近右衛門が行ったことは、茶々丸の麻帆良大学への搬送手配と情報規制である。
今回、態々学園側から情報規制にあたったのは、事件が起こったのは、疎らだったとはいえ、人通りがある日中に隠蔽なしで魔法行使が行われたことが原因となっている。
不幸中の幸いだったかは判断が付きかねるが、現場には偶然彼の孫で部下でもある大樹が居合わせており、一般人への魔法漏洩は最低限に防がれていた事に対しては胸を撫で下ろすことができた。

しかし、それはこれ。大樹から一部を除いた一般人への魔法漏洩は防いだと報告を受けたものの、それで是とするわけにはいかない。
孫を信用していないわけではないが、疑わしき事態が発生したのならば、その裏を取ることが近右衛門に課せられた義務であり、責任であるのだ。
その結果、手の者や探査魔法の数々を使い、情報の搾取を取り仕切っていた。
その為、申し訳ないことに、裏を取るまでの間の事件の対処と関係者のアフターケアを大樹に一任させてしまった。

もっとも大樹の対処は適切だったようで、特に、茶々丸の事故を伝えた直後、らしくなく取り乱し駆け出したエヴァの動向と、茶々丸の容態に対しては、最悪の事態も想定し覚悟していたのだが、どうやら上手く抑えてくれたらしい。



そうして一連の処置を終え、木乃香と刹那を引き連れた大樹は自分に事の顚末を報せにきてくれた。
最初に木乃香に魔法があるものとして前置きしてから語られた内容も、こちらの知り得ていた情報と相違がなかったので、問題はない。
茶々丸の安否について語り修復可能な状況にあることを告げたことによって、張り詰めていた部屋の空気が僅かに弛緩したことも付け加えておく。



次に大樹が語ったことは、今回の事件で加害者側に回ることになった二名、おまけで一匹の処遇についてであった。
加害者にあたるネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜の両名は、現在、大樹の判断で杖やパクティオーカードを没収された上で、今回の事件の判決が下るまで、寮内謹慎されたしと沙汰が下されていた。

今回の事件の渦中においてネギには、様々な同情や減刑の余地がある。
学園内部の手の者たちからも、そもそもネギは『先に仕掛けられた被害者』、『まだ未熟な子ども』などなど擁護の声が多々上がった。
無論、ネギのみならず、こちら側にも落ち度がある。
そもそも、主であるエヴァに付き従っている筈の茶々丸を一人で行動する事態に陥らせた原因は、『桜通りの吸血鬼事件』について話を聴くためエヴァを召還した自分にある。
仮にエヴァが同行していたのならば、今回のような不幸な事態には陥らなかったであろう。

その他にも、無用に彼を追い詰め過ぎた結果、起きてしまったのがあの事件だ。
その点なども考慮すれば、減刑の余地はある。

しかし、それでもだ。それでも過去の似たような案件と照らし合わせてみても、魔法行使によって起こされた今回の絡繰茶々丸傷害事件。
残念ながらネギを、責なく犠牲なく無罪放免とする処置にすることはできない。



ネギの処置については、まだ彼の学籍が置かれているイギリスのメルディアナ魔法学校と欧州の魔法協会の監査部を交えて判決が下されることになるだろう。
恐らく、早くて三日、遅くとも一週間後には、然るべき罰則が下されることになるはずだ。
当然、ネギの減刑について出来る限りの力は尽くすつもりではあるが、相手は欧州圏である。
自分の力も、どこまで有効に及ぶかほとほと怪しいものである。
ネギのために自分が出来ることは、己の無力に怒りを抱いてしまうまでに少ない。
この世界においては、稀代の傑物と持ち上げられる程の身でありながら情けない限りだが、それが現状である。
せめてもの救いは欧州の彼らもネギを英雄の息子として認知しているので、英雄の経歴に泥を塗るような大事にはしまいという憶測混じりの計算も働いていた。



だが、今回の事件の片棒を担ぐ羽目になった神楽坂明日菜。

彼女については、まだ希望の余地はあった。
なぜなら、彼女は事件の当事者でありながらも事態の推移を把握しておらず、説明不十分の状態で今回の結末を味わう羽目となった。
暴論ではあるが、言ってしまえば彼女も魔法の被害者と言っても差し障りないのだ。

また、明日菜についてはその人となりを示す背景を他勢力、ひいては魔法世界に悟られるわけにはいかないのである。
その結果として、万に一つ、億が一の可能性でも明日菜の身柄が、麻帆良から魔法世界に移ることだけは阻止したい。
そして、運がいいことにそれが可能である程度の知名度しか現在の彼女は持ちえていない。

なので、明日菜の裁断に対しては今回はこちらの一存で隠し通すこととなるだろう。



ちなみにおまけのオコジョ妖精は、どうやら元々お尋ね者の脱獄犯。
脱獄に加え、不法入国、傷害示唆など等加算されただでは済まないであろう。
彼の未来はもはや先を見通せないほどに暗い。
ま、それこそ自業自得で同情の余地もないので置いておくことにする。



それらの旨を、多少事実を暈かした上で、目の前に座る子どもたちに語りかける。
三名とも、こちらの話は真摯に聞いてはいたが、ネギの処遇に関しての段で木乃香から彼の無罪放免の嘆願をされたが、可愛い孫の頼みとは言えど、こればかりは軽々しく頷くわけにもいかない。
それでもネギの減刑のため、出来得る限りの尽力は惜しまないことを確約して、それ以降ネギの減刑についての話題が上ることはなかった。
恐らく、木乃香にもネギらの引き起こした事件の深刻さが、情報が少ないながらも薄々とでも理解できているのであろう。

一転、明日菜の処遇については、無罪放免の方向で決着が着くだろうとの見解を述べたところ、木乃香と刹那の両名は手に手を取り合って喜んでいた。

しかし、女子両名が手を取り合い喜ぶ中、近右衛門の話の中で終始一貫して、顔色を変えない者が一名いた。
近衛大樹である。


魔法使いであるこの孫に対して、近右衛門は、言葉には言い表せないやり難さを感じていた。
無論、それを顔に出すような下手は打たないが。
大樹からは、この話の中で当然挙がるであろうと予測していた質問も、ネギらの処遇に対する肯定も反論についてもなかった。
ただ、腰を沈めこちらの説明を黙って傍聴していただけだった。
まるで、回答の解りきった数式の解説を聞いている生徒のように、その顔からは微塵の興味の揺れも感じ取れなかった。
大樹の態度は、まるでネギたちに興味がないようにも、こちらの粗を探っているようにも見える。
後ほど、大樹とは二人で今度は詳細も詰めて語ることを近右衛門は秘かに決意した。











その後の話では、木乃香に魔法について教えることとなった。
今までの話に興味の色を見せなかった大樹も打って変わって、こちらこそが本題と捉えているのか、腰を沈めていたソファから僅かに身を乗り出していた。


木乃香は関西呪術協会の長の娘として生を受けた背景を持つが、己に課せられた立場からは反比例するように彼女自身の知る事実は少ない。

兄とは違い、木乃香は魔法や呪術とは無縁の中で蝶よ花よと育てられてきた。
そのことにあたって彼女に罪はない。
それでも罪を在り処を問うのならば、魔法という一般人に対しては禁忌とされるそれを、子ども可愛さに教えてこなかった詠春ら両親にこそある。
例え、その行為の源泉が、子に対する愛情から起因しているとしてもだ。

近右衛門は木乃香に魔法を教えることに対して、然程抵抗を持っている訳ではない。
そもそも近右衛門は、西側である呪術協会の事情は基より、魔法協会を含めた魔法の存在を木乃香に知らせないことに対して、否定的ですらあった。
なぜなら、歴史や力ある家に生を受けた者にとって、その家に伝わる歴史や伝承を知ることは、当然の義務であり権利だと考えているからだ。
それでも、この歳に至るまで隠し続けていた訳は、婿である詠春と娘である葉子たっての願いだったからに他ならない。


かつての東と西の大戦、その戦争の様相は、苛烈を極めた。
血で血を洗うという言葉が相応しいかのような凄惨で目を背けたくなるような煉獄こそが、そこでの日常であった。
そして、双方多数の尊い血の上に成り立ちながらも、やっとの思いで終戦してから早二十余年。
大樹、木乃香の双子が生まれたのは、終戦僅か六年後。当時、戦争の爪痕は、まだそこかしこに残っていた。

やっと掴んだ束の間の平和の時。
その平和に祝福されるように産まれてきた愛すべき子ども達。
親としては、子に自分らが経験した地獄のような凄惨な場には叶うことならば、立ってもらいたくない。
近右衛門も旧い人間であるが、そんな夫婦のせめてもの親心が解らぬほど狭量ではない。
これからを生きていく彼らのために、完全に納得は出来ないまでも、彼ら夫婦の望むままにさせてきた。

しかし、それでも不慮の事態は起こり得る。
不幸はいつも忍び足でにじり寄り、唐突に幸福を掻っ攫っていく。
そんな時、その不幸に抗うために必要になるのはどんなに言葉や形を変えようが、結局は『力』という単純極まりないものに他ならない。
力を持たぬ者は、力も持つものから碌な抵抗も出来ぬまま蹂躙されすべてを奪われていく。
近右衛門は、この可愛い孫達に、そんな逃げようもない理不尽な目に遭ってもらいたくなかった。
だからこそ、もしも木乃香がこちらの世界に気付く切っ掛けや已む無い事情が訪れた時は、隠し立てせずに真相を明かす許可を詠春から認めさせていた。

尤も、木乃香に話すのは魔法のことのみに限定するつもりであった。
自分は関東魔法協会の頂点に立つといえど、関西呪術協会のトップであり木乃香の親は娘婿である詠春である。
いくら孫とはいえ、関東魔法協会の理事である自分から、その事情を一切合切無視して語るのは勝手に過ぎた。




話の経過は、魔法の実演から始まり、歴史、関東魔法協会の成り立ち、背景、魔法技術の秘匿の理由とネギの卒業試験に至るまで、簡易的ではあるが、要所要点を抑えたものだった。
木乃香は、今まで隠されてきた事実や知識、背景に対し、決して激情することなく、取り乱すことなく、ただ静々とこちらの話を時に頷き、時に兄や幼馴染も交え補完しながら進めていった。
ネギの卒業試験云々に関しては、流石に驚きや僅かな呆れも見せていたが。

その中で近右衛門が予想外だったのは、大樹が関西呪術協会のことや自らが幼少の頃より木乃香より先んじて、魔法や陰陽術の修行に傾倒していたと告白したことだった。
この告白は、まったくもって予想外の事態であり、二人の親に対して義理立てすると決めた以上、大樹の告白は止めるべきであった。
しかし、近右衛門は静止の手を上げるところまできて、結局大樹を止めることはしなかった。
それは、この外見年齢以上に大人びている孫の顔に不退転の覚悟が見えたからだ。
孫であるこの子は、事実を語った後に起こり得る責任など百も承知で話している。
それは長の意向を無視した罰則や、肉親との齟齬までも覚悟してまでのことだ。
そこまでの決意があるのならば、自分は年長者、人生の先輩として邪魔することはしない。

きっと大樹も血を別けた半身である木乃香に今までの人生の大半を虚偽し、演じ続けることに、苦痛や後ろめたさ、そして、それを上回る申し訳なさを感じていたのであろう。
だからこそ、訥々と語りながらも、決して話すのを止めようとはしなかった。






「―――――これで話せることは全部話したつもりだ」


そうして、ネギ達の話の後、小一時間程掛けて木乃香への説明は終わった。
終盤にかけてからの説明は、ほぼ大樹一人に一任されていた。
兄の独白に移ってから、一転して黙して語らず聞いていた木乃香であったが、長針が数回りするほどの間をたっぷりと空けてようやく言葉を発した。


「……ありがとな、お兄さま、おじいさま、それにせっちゃん」


ぽつりと、木乃香の口から出た一言、それは感謝の言葉であった。
枯れた喉からやっとの思いで搾り出したような声ではあったが、その言葉には包み隠すことなく真実を明かしてくれた感謝と、こちらを思い遣る優しさがあった。
大樹や刹那もそんな木乃香を気遣わしげに見ている。

木乃香は笑っている。
しかし、その笑顔に常の輝きはなく、明らかに無理をしていることが容易に読み取れた。



 本当は今まで隠されていた事実に対して怒りをぶつけたいのだろう。

 本当は哀しみのままに泣き暮れていたいのであろう。

 本当はすべてを投げ出してこの場から走り去りたいのだろう。



それでも、この少女が最初に選択した行動は家族への慈しみであった。







気付けば、高かった日もいつしか沈み学園長室には月光が差していた















すべてを見通すもの         第九話
















「ん~よし! 話も終わったしそろそろ帰るえ。うちもうすっかりお腹ぺこぺこやー」

「そうだな、昼から何も食ってなかったしな。刹那、お前も腹減っただろ?」

「えっ!? え、ええ、そうですね。た、確かに小腹でも空きました」

学園長室に事後報告に来て早二時、長年のどの奥に刺さった魚の小骨のようにつっかえていた木乃香への告白も済んだ。

外はすっかり夜の蚊帳が落ちている。
木乃香の言う通り、今日は学校が明けてから緊張の連続で、何かを口に入れる余裕もなかった。
それと意識した途端に余計に腹が空いてくる。
けれど、無理に明るい声を出してまで空気を換えようとしている木乃香に提案に乗り、さあ晩御飯といきたいところだが、残念ながらそうもいかない。
文法のおかしい刹那の発言はスルーして、あくまでも軽く告げよう。


「だよな? でも、ごめんなぁ……俺まだ少しじいちゃんに報告してなかったことがあるんだ。
 出来れば先に二人で帰ってくれ。
 そうだ。なんだったら、今日はうちに泊まっていけよ。そんで飯の準備しててくれるとありがたい」

ぽんっと、掌を合わせて拝むようにする。
けれど、当然、木乃香の反応も芳しくない。

「でも、もう暗いえ。その話、家に帰ってからじゃあかんの?」

「えーとな……」

「……ふむ。すまんのぅ木乃香。申し訳ないが、一足先に刹那くんと一緒に先に帰っておいてくれんか。
 それとこの連休は、大樹の言う通り泊まっていくとよい。もちろん、刹那くんも一緒じゃ。
 今は、寮の部屋にはちと帰り辛いじゃろうて」

出来れば耳の心配がないところで話しをしたかったところで、痛い追求がきそうになったが、じいちゃんからもいいタイミングでフォローが入る。
さりげにネギの話題を盛り込むところとかは、流石というか、でも、真似したくないというか。

「……そやな、うん。久し振りにお泊り会や。
 お兄さまと一緒に寝るんも久し振りやな~。な、せっちゃん?」

「わ、私もですか!?」

案の定、木乃香も間を置かずに部屋で二人と顔を合わせるのはやや気まずいのか、こちらの提案にすんなり乗ってくれた。
二人して、『パジャマはうちの貸したるな~』とか『……大樹さまとお泊り。二人はお年頃……』などと、思考はすっかり別の次元にうっちゃられていた。



「じゃあ、そうと決まったらさっさと帰った帰った。
 明日が休みとはいえ、これ以上遅くなるのはなんだしな」

「そやな。じゃあ、先に帰るえ。お兄さまもすぐ帰ってくるんやろ?」

「ああ、飯前には帰るよ。腹減ってるし」

「わかった。おじいさまも大丈夫やな? じゃ、せっちゃんも――――
 って、あかんでせっちゃん。いつまでも固まってんさっさと帰るでー」

「ヘァッ!? は、はひ、わかりましゅた! か、帰りましょうっ。た、大樹しゃまのお家へっ!」

そうして、木乃香は噛み噛みの刹那の背を押すようにして出ていった。
刹那があんなんで護衛は大丈夫なのかと幾分心配ではあるが、家もすぐそこだし、まあ、いざとなったら刹那ならなんとかなるだろ。
後ろからは、『儂の家なんじゃがのぅ……』と、ご老体の呟きが聞こえる気がするがスルーで。











「して大樹、わざわざ二人を遠ざけてまで二人っきりになった理由はなんじゃ?」

二人の気配が完全に消えたことを確認して、じいちゃんが聞いてくる。
さて、時間も限られてることだし、要点だけ話してさっさと終わらすか。
先程までとは違って、ソファーに腰は下ろさないし、もういつもの定位置の椅子に座っているじいちゃんもそこにはあえて触れない。


「まあ、いくつかありますが、ほぼ先程の話の補足になります」

「……堅苦しい喋りはいらんわい。いつも通りにせんか」

「わかりまし……わかった」

二人っきりになったのだし、立場を慮って口調を正したのだが、どうやら不評らしい。
最後にはジロリッと睨まれてしまった。


「で、それは、エヴァのことか、それともネギくんたちのことかの?」

「取り合えず、神楽坂とエヴァンジェリンのことだね」

「神楽坂くんか……」

深く長い溜息を吐き、更に腰を椅子に沈める。
頭の痛い問題の連続で疲れ切っているのだろう。
多少の申し訳なさが涌き出てくるが、今少し辛抱して欲しい。

「して、神楽坂くんがどうしたと言うんじゃ?」

「さっきの話でさ、神楽坂は無罪の方向で進めるって言ってたけど、あれって―――」

「事実じゃ。それともなんじゃ大樹は反対なのか?」

「いやいや、俺も神楽坂に関してはそれでいいと思うよ」

神楽坂には確かに罪があるが、それでも彼女には被害者としての面も強い。
先程、事情説明のために木乃香らを迎えに寮に行った時に見た神楽坂の悄然とした顔は、特に彼女に対して思い入れもない俺からしても同情したくなるほどだった。
彼女はもう罰を受けている。そして、それはこの先も続いていくものだろう。
それに耐え切れず膝する屈するか、立ち上がるか、それはまだわからない。
ネギや神楽坂には先立って、絡繰の安否のみは教えておいたので先走ったことはしないと思うが。

「ふむ。ならなにがあると言うのじゃ?」

「いや、単純にどうやって神楽坂が関与してないってことにするか疑問でさ。
 ネギのことを報告する以上、然るべき連中も外から来るんだろ?」

「……来る、じゃろうな。ネギくんの本籍や学籍は知っての通りイギリスじゃ。
 こちらにも支部自体はあるんじゃが、事が事じゃ。そちらのみでは済ませられんじゃろう」

「だろうね。規模は知らないけど、まあ先方も事を荒立てたくないだろうし、召集令状でも出ない限りは数名の査察団として偽装してくるって線が濃厚かな」

「そうなるじゃろうな。こちらが作る報告書と相違がないか、照らし合せに来る程度じゃろ。心配いらんわい」

当然、その中にはネギに対する事情聴取なども含まれる。
その程度なら神楽坂は隠れていれば問題ないのだが、問題はその査察団の中にあの『探査魔法』が使える者がいた場合だ。

「で、その来る連中が『従者明かし』を使えたらどうすんだよ?」

「あ」

しまったとでも言いたげに呟き、次いで額を押さえるじいちゃん。
ネギと神楽坂が仮契約パクティオーしたことを知らないわけではないだろうが、それに因って招くトラブルシミュレートまでは終えていなかったと見える。


『従者明かし』とは、その名の通りだ。要は、対象に対して『魔法使いの従者ミニステル・マギ』の有無を確認するだけの探査魔法の一種だ。
ここでポイントとなる点は、従者の有無を『確認』するだけなのだ。
この魔法を使ったからといって、契約相手の素性が割れるわけでもないし、アーティファクトの情報を盗み見るなど持っての他だ。
ちなみに魔法の効果は、対象に従者がいた場合、インターホンを鳴らしたような小気味良い音が響き結果を報せてくれる。
当然、そんな魔法の難易度が高い筈もなく、あまりの地味さゆえ態々習得する者は少数だが、世に普及している魔法だと言えよう。
もちろん、俺も使える。
だが、魔法関係の取調べなどでは必ずといっていいほど登場する探査魔法でもある。

魔法犯罪者などで、一番共犯としての形で挙げられる者は誰であるか?
それは、悲しい事ながら魔法使いの従者ミニステル・マギである。
その理由は、『パクティオーカード』と呼ばれる魔法具にある。
パクティオーカードとは、本契約・仮契約パクティオーをした主、従者双方に与えられる契約の証とされるものだ。
形は、16:9の長方形のカードで、サイズは葉書よりやや小さい程度だ。

このパクティオーカードは契約の陣さえ知っていれば、誰にでも容易に手に入る物であるが、取得難易度に反してその能力と効果は絶大なものがある。
その効果の最たるものとして挙がるのは、やはりアーティファクトであろう。
アーティファクトとは、一定以上の魔力や気を持つ契約主との本契約・仮契約パクティオーの際、魔法使いの従者ミニステル・マギに与えられる専用の魔法具である。
魔法具と一言で片付けるなかれ、その種類の膨大さ加減は他に類を見ない。
主と従者の組み合わせでも振り分けられるアーティファクトは変わり、その種類は千差万別で無限であるとまで言われている。
アーティファクトは時に武器であったり、防具であったり、乗り物であったり、ただのガラクタと見紛う物から、果ては生物めいたものが出たという報告例すらある。
そして、時に既存の常識を塗り替える奇跡を起こし得るアーティファクトさえも存在する。
その他にもパクティオーカードには、『従者への魔力供給』、『念話』、『従者の召喚』など、その能力の多様性は語るべくもない。

しかし、ここまでの利便性を備えた契約パクティオー
本来清廉で厳かなはずのこの儀式が健全な内容に使われるばかりではなく、道理にそぐわぬ目的で活用されてしまうことも多々ある。

例として、強盗に使用されたとしよう。『アーティファクト』は武器が出れば足の付かない武器が手に入る。
『従者への魔力供給』は、制限時間があるとはいえ強襲や突破の際の戦力の上乗せが可能になる。
そして、事が終われば『従者の召喚』で安全地帯契約主の元へ強制転移。
最後の強制転移にしても数キロ限定といった制限があるとしても、前以って落ち合う場所でも決めていれば十分過ぎるほどに有用な距離である。

他にも、その能力の有用性を考えれば、どのような犯行で使えるかなど小学生程度の子供でさえ思い付く。

当然ながら、そんな便利で危険を孕む機能を有する契約パクティオーには、魔法界も地球側の各国に存在する魔法協会、またそれに類する組織も対策を取っている。
両世界で共通で行われてる対策として、まず契約方法の隠匿があげられる。
そもそも契約陣からなる契約方法を知らなければ、契約自体成立しないのは自明の理だ。
由って、契約方法の開示、流布は厳しく制限されており、禁を犯したものには厳しい罰が待ち受けている。
また、無断執行、この場合魔法協会に届出なしの契約も罰則の対象となる。

原作では、オコジョ妖精のカモが、ネギを主として好き勝手に仮契約を成立させていたが、当然そんな行為がお上に許される訳もない。
大樹自身はすっかり忘れているが、原作でカモが仮契約成立に奔走する訳は、オコジョ協会なる所から報酬が出るためとされている。
しかし、この世界ではそんな報酬などない。むしろ、要厳罰対象事項だ。
こんな所にも、些細な原作と現実とのズレがある。

ならば、魔法協会のように然るべき場でなら契約パクティオーできるのかと問われれば、そうでもない。
契約を成すには、資格が必要とされる。
資格の内容は各地域で差異はあるが、最もポピュラーなものは一人前の魔法使いになることだ。
ここでの一人前とは、基本的には魔法学校卒業生にあたる。
魔法学校卒業生が、魔法協会へ契約の届出をおこない、受理され、審議を経てそれらをクリアーして初めて契約は認可される。
例外として、要資格者が、已む得ぬ理由で契約した場合、協会に少額の罰則金を収め、届出が受理されれば罪としては問われない。

後ろめたいものがない者でも、この処置に気後れする。
また、露見さえしなければいいと、ルールに従わず契約に及ぶ者もいるかと思われるが、大半は無条件で犯罪者としての烙印が押されることも恐れ実行にまで移る者は少ない。

もっとも罰ばかりではない。鞭があれば飴もある。
しっかりと所定の手続きさえ終えれば、魔法界ではパクティオーカードを提示することで、公共施設の大半で割引や特典などのサービスを受けれる。
魔法協会傘下、認定のマジックアイテムショップでの割引もある。なんとマホネットの通販であってもそれは適用されるのだ。
また、登録さえ行えばパクティオーカードを身分証として使用することも出来る。
契約の手続きの面倒さと、初発見や珍しいアーティファクトを引き当てた際の解析協力というデメリットがあるとは言え、それを補ってもあまりある飴ではなかろうか。
しかし、この飴は要資格者が、契約する段に至って始めて説明される。
またそこにはお約束の黙秘義務が発生するので、世にはそこまで浸透していない。
その為、契約者は、その存在の認知度とは違い意外な程の少数派となっている。

契約パクティオーには、様々な制限がある。それはほぼどの地域でも共通認識である。
もちろん、ネギの本籍が置かれているイギリスはウェールズ、それを纏める総本山であるロンドンは時計塔にある魔法協会でも魔法学校卒業前の契約パクティオーは禁止されている。
つまり、いまだ卒業試験をパスしておらず、仮免状態のネギに、本契約・仮契約パクティオーを結ぶことは許可されない。

そのような理由から、外から来る使者が仮にネギに対し『従者明かし』を使った場合、晴れてネギの経歴に罪状プラス1だ。
また、報告義務がある以上、そこからは芋づる式に神楽坂明日菜と仮契約パクティオーしたという事実まで光の下に曝されるであろう。

これは到底、笑っていられる状況ではない。






「どうしよっか大樹?」

孫である俺に対して縋るような視線を向けるじいちゃん。
正直、あまり見たくなかった光景だ。

「―――あー、あれだじいちゃんのお抱えで契約解除できる部下はいない訳?」

契約方法があるのなら、当然解除方法も存在する。
だが、契約解除が可能な人材は、契約方法の普及率と違って驚くべき少数ではある。
その理由は、契約と違い仮契約は人数制限もなく、長期間仮契約を維持していたとしても特に不都合はないからだ。
それでも、関東魔法協会ほどの組織なら解除が出来る者の一人ぐらい心当りがあるだろう。

「……解除出来る者も居るには居るんじゃがのぅ」

「なら、その人に頼んで終わりでいいじゃん」

どうにも歯切れが悪い。
なにかその人物に対してだと不都合でもあるのだろうか?

「実はの、その者は確かに解除出来るのじゃが……実はその者は儂の手の者ではないのじゃよ
 外から派遣として来てもらっているんじゃ」

なるほどね。外から招いている人材だから今一信用に欠ける訳か。
人の口には戸は立てられぬ、とも言うしね。

「ちなみにその人の元の所属先は?」

「……英国じゃ」

「アッハハハ、そりゃだめだっ! ………………ハァ」

その後は結局、仮契約解除魔方陣を知っている俺が二人の仮契約の解除を行うことにして見事その問題は解決した。
おのれ妖怪じじいめ、良い笑顔浮かべやがって……余計な手札は切りたくなかったんだけどな。

















「―――――すまぬが大樹、もう一度言ってくれぬかの?」

些か、掠れた声でじいちゃんが、再度こちらのの発言を促した。
その声からは幾分の動揺が見て取れる。
無論、こちらがが言ったことが聞こえなかったと言うことではないだろう。
それでも、聞き返してくるということはそれだけ先程の発言が思考の枠外にあったということだろう。

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの呪いを解く」

一字一句違えることなく、先程と同様の言葉を発する。

神楽坂の話が終わった後に、エヴァンジェリンの話にシフトした。
そして、彼女に告げた取引内容を告げた。
それだけで、じいさんの顔が今までの祖父としての顔ではなく、関東魔法協会理事としての顔に変わる。
同時に部屋の中の重力が変わったかのような、息苦しさを覚える。
それでも有無を言わさずこちらの意見を却下しないのは、呪いの解呪など不可能と思っているからなのだろうか。

「何故じゃ?」

「それが、今回の事件に対して、エヴァンジェリンの矛先を収める条件の一つだからだよ」

「ふむ…………じゃが、仮にその申し出を受けなかったからといってどうなるというのじゃ?」

「別に、ネギと神楽坂の死体が出来上がるだけ」

こちらの物言いに、僅かに表情を歪めるも、そこは流石に百戦錬磨の老練な魔法使い。
次の瞬間には、いつも通りの飄々とした顔を作っていた。

「それは確かかの?」

「まず間違いなく。今は何とか、張り詰めた風船を地面の下の剣山に刺さらないように、下から叩いて凌いでいるようなもんだよ」

あの時、ネギと神楽坂を殺すと言った時の、エヴァンジェリンから滲み出る殺意は本物だった。
まるで空間そのものを捻じ曲げるかのような濃厚な鬼気を撒き散らしながら放ったあの言葉が、虚言の類であるとは俺には到底思えなかった。

「じゃがのぅ。それならばネギ君と明日菜君にはほとぼりが冷めるまでの間、麻帆良を離れるなり高畑くんを筆頭とした護衛を付ければ済むのではないかの?」

「それだけは止めてくれ。もしそんなことをすれば、次はそれこそ無関係な一般市民に犠牲が出ることになる」

「……そこまでの怒りか」

「彼女も今回のことは、自分の身から出た錆……自業自得であるとは内心では理解できている筈です。
 しかし、それでもなお止められないのでしょうね」

「あやつも追い詰められておったのじゃろうからな……」

じいちゃんにしても、エヴァンジェリンの怒りは、予想以上だったのか苦虫を噛み潰したような顔をする。

ネギのしたことが、子どものしたことだと思うなかれ。
例え命を狙われたといえ、例え悪とはいえ、その結果起きた悲劇に被害者が怒ってはならない、悲しんではならないといった理由にはならないのだ。
それでも常でのエヴァンジェリンなら、まだここまで浅慮な行動に出ることはしなかったであろう。
それは半年前から起きている『桜通りの吸血鬼事件』然りだ。
今まで十五年間、麻帆良の警備を請け負って少しずつでも罪の清算をしてきたエヴァンジェリンだ。本人の心の置き所はともかく、馬鹿なことをしているという自覚もあったのであろう。
それでも、行動に移してしまうほどに、彼女も現在の境遇、変わらない地獄に追い詰められていたのだ。

無論、それでもエヴァンジェリンに罪がないわけではない。ないが、彼女が暴走してしまった原因は確かにあったのだ。
それを無視するのはあまりにも非道に過ぎた。
つまり、ネギは腹を空かせた虎の尾を踏んでしまったってことなのだろう。



「そもそも、エヴァンジェリン。彼女の呪いを解くことが、そこまで問題になるのかよ?
 今までだってあいつが封印を解こうとしてても放置してたんだろ?」

「そ、それはじゃな。エヴァは元々凶悪な賞金首であってじゃな――――」

「そう元だ。その賞金首としての手配は、十五年も前に解除されてるでしょ。
 しかも、その罪は長年麻帆良の平和を護ることで償われてきたはずだ」

当然、そんなことで遺族が納得することもなかろうが、麻帆良に足留めされ、エヴァンジェリンの財産が没収された際にその財産は遺族への慰謝料として充てられたという事実も残っている。
つまり、本人の意向はどうであれ、起こした罰の責任は全うしているのである。

「うっ……」

「それに彼女がナギ・スプリングフィールドにこの麻帆良に閉じ込められた際、三年後に解くという契約がなされていたと聞きます」

「そ、そんなこと誰から聞いたのじゃ?」

「何よりもっ!
 学園結界で彼女の魔力を封じた上で、十五年もの間、常に最前線で危険な警備任務を強いている彼女に対して、こちらは多大な借りがある筈ですっ!」

「ぬぅっ……」

こちらの正論に対して、じいちゃんはうろたえはするものの中々GOサインを出そうとはしない。

「し、しかしの大樹よ。知っていると思うがの、エヴァの呪いは特別なもので、それこそ完全に解くには、術者であるナギ本人でもなければ不可能とされておって」

……そうか。ここにきて誤魔化しに走ろうするか。
そっちがその気ならば、こちらも徹底的にやってやろうじゃないか。

「……それは本気で仰っておられるのですか?」

「どういうことじゃ?
 儂が嘘を言っておるとでも……」

「ええ、嘘ですね」

意図的に口調を変えて、こちらの思惑に相手を巻き込む。
焦るな俺なら出来る。俺なら出来る。そう思い込め。

「なにを言っておるのじゃ。現にエヴァはずっと呪いに囚われておるじゃろ」

「確かにエヴァンジェリンは『捕らわれて』いますね」

「そうじゃろ、ならば―――――」

「彼女はなにに捕らわれているのでしょうかね?」

「………………」

「続けますよ? 
 実はですね。そもそも私は、『登校地獄』といった呪いが、術者がたとえサウザンドマスターナギ・スプリングフィールドであったとしても、本当にいまだ機能しているのか、疑っていたのですよ」

「………………」

「まだ、だんまりですか? まあ、結構ですけどね。
 偉そうなことを言いましたが、私が疑惑に確信を抱けたのも、実際にエヴァンジェリンと相対して観察したからですけどね。
 けど、そのお陰で確信できました。『登校地獄』は既にエヴァンジェリンには及んでいない。
 それが、私の出した結論です」

「………………」

「彼女が捕らわれているモノや彼女の状態といくつかの矛盾点。
 推測通りならエヴァンジェリンが呪いを解こうとしても、彼女は絶対に呪いを解くことが出来ない」

「証拠はあるのかの?」

証拠か。こちらの意見を否定することを止めて核心に触れてきてくれた。
それこそ望むところだ。

「残念ながら証拠はありません。
 しかし、闇の福音ほどの魔法使いが、この十五年呪いを解こうと躍起になっているのに、未だに解決の糸口さえ立てれないでいる。
 だが、そのことで現れるであろう焦りや緊迫感などが薄すぎるように感じられます」

「…………」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。彼女が縛られているものは、サウザンドマスターナギ・スプリングフィールドの呪いでも、学校でもない。
 彼女が縛られているモノ、それは■■■■です」



まるで、時間が止まってしまったかのような長い長い停滞。それが崩れるのをじっと待つ。
こちらに語りかける内容を吟味しているのだろうか。数分、難しい顔をしていたじいちゃんが動く。
深く息を吐いて、どこかこちらを試すかのように問うてきた。



「大樹の言う通りだとして、お主にそれを解くことが出来るのかの?」


それはやり方はどうにせよじいちゃんが俺に与えた試練なのだろう。
だったら答えなんか決まっている。どこまでも不敵に立ち塞がる障害など蹴散らすように威風堂々としてやる。


「出来るさ。だって俺は―――――関東最強の魔法使いの孫だぜ?」

「―――――わかったわい。エヴァの呪いについては、大樹お主に一任しよう」

「ありがとうございます」

「喜ぶのはちと早いぞい。この件はお主に任せたのじゃから、それによってもたらされる問題の責は当然お主にまで及ぶ。
 つまり、エヴァの呪いが解けた結果麻帆良の住人に被害が及ぶようなことがあれば、儂はお主を罰せねばならん」

「当然のことですね」

エヴァンジェリンの呪いを解くことによって、問題がでないなんてことは結局はありえない。
じいちゃんの言う通り、エヴァンジェリンが呪いが解けた直後に暴れ出したりすることもありえるのだ。
じいちゃん自身にも魔法協会の手の者の中からの突き上げもあるだろう。
だが、それも封殺してこちらに一任させてくれた。
ならば、必ずそれに報いなければならない。出なければ不義ってもんだ。

さあ、腕の見せ所だ。

「それでエヴァはそれでネギくんたちへの矛を収めてくれると了承したのじゃな?」

腕の見せ所……。

「大樹? どうしたんじゃ?」

腕…………。

「いや、あのですね? 実はそのことなんだけどさ……」

いやね? そう本来ならこれで一時的なりとも諦めてくれるものだと思っていたんだけど、予想以上に彼女の激情は燃え盛っていたようでして。

「なんじゃ、まだ追加で条件でもあるのかの? 言ってみんか」

「えーっと……どちらかと言うと、こっちの方が本題なんだけどさ」

「いいから言ってみぃ。もう大抵の事じゃ驚かんわい」

「それなら――――――――――――」




 閑話休題




驚かないと言っていたので、エヴァンジェリンから追加された条件を殊更軽い口調で言ってみたんだけど、こちらが喋り終えてからとんと話さなくなってしまった。


「なななななな」


あ、震え出した。


『な、なんじゃとぉおおおおおおおおお!!?』



―――――驚かないって言ったじゃん





その日、学園長室設立以来、過去最高の騒音数がマークされた

















麻帆良学園都市、その中でもやや街の外れに位置する場所に、この街では有触れた西洋風の家があった。
その家からは照明の光は一切落とされており、家人は留守にしているのか、それとも既に床に就いているのであろうか。

否、それはどちらも正しくない。

その家に住人はいた。
家人は確かにベッドに体重を預けてはいるが、背もたれにもたれかかっており、薄暗闇の中でも不思議と認識できる碧い瞳からは睡魔の類は見て取れなかった。
光源は備え付けだろうか? どこか品のある。けれど、大衆向けと言っても差し支えないレベルの照明器具の豆電球から差す頼りない光のみであった。

そんな部屋の主は、十歳程度であろうか。砂金のように美しい長髪を無造作に後ろに流した愛くるしい少女であった。

少女の部屋には、ベッドの脇や几帳面に配置されたチェスト郡、はたまた『それ』専用に作られた棚だろうか、それはもう所狭しと『人形』が置かれていた。
そして、その中で唯一息遣いを繰り返す小さな少女。
西洋の血が感じ取れるどこまでも白くキメの細かい肌も、部屋の調度品と相俟って、どこか神秘的な雰囲気とどこか人形然としていた生の息吹のなさを感じさせる。
そんな人形と見間違うような少女は、一人っきりの部屋で別に黙っているわけではないようだ。
先程から何事か呟いているようだ。


「まったく、この私も舐められたものだ」

「ケケケッ、ドウシタ御主人?」


突如、発せられた空気の振るえ、それはどこから発せられたものか。
ベッドに腰掛ける少女からか? いや違う。その声が漏れた場所に少女もついと視線のみを向ける。しかし、そこには人形があるのみだ。
ならば気のせいだろうか? いや違う。注意して見れば、数ある人形の中でカタカタと微かにではあるが、動く人形モノがあった。
その人形こそが、少女の独り言とも取れる呟きを拾い、ケタケタと、相手を侮辱しているようにも取れる口調で返した犯人であった。

それは、部屋に無数に安置されている人形やぬいぐるみの中でも、特に異質な人形モノであった。
その人形の容貌は、ショートカットとロングヘアという違いはあるものの、どこか絡繰茶々丸というガイノイドである少女に似通っていた。
けれど、人形のサイズは茶々丸とは比べるまでもなく小さい。凡そ、子どもの腰ぐらいのものであろうか、
まるで絵本の世界に迷い込んだような気の遠くなるような光景の中に取り残されている少女。
だが、そんな異形を目にしても少女―――――エヴァは慌てることはない。
慌てよう筈もない。もとよりエヴァは家族と話していただけなのだから。

エヴァより家族と称される人形モノ、いや彼女は何者であるのか。
そう“彼女”こそ、幾百年の昔よりエヴァンジェリンの相棒として、半身として長らく仕えてきた真の従者人形の始まりの一。

“彼女”の名は『チャチャゼロ』

絡繰茶々丸の原型となった『闇の福音』たるエヴァンジェリン本来の魔法使いの従者ミニステル・マギである。
まあ、チャチャゼロの在りかたは、本来の従者としてのそれからはやや逸脱しており、使い魔と称する方が適切ではあるが、まあ従者と言い捨てても差し支えはない。
彼女はエヴァンジェリンの魔力を血肉とし、幼児未満の未発達の体躯を駆り、主に仇なす者を血祭りに挙げ断末魔を吐かせ続けるために在り続けたキリングドール。

が、今現在の彼女は、学園結界によってエヴァの魔力が封じられている以上、真祖の吸血鬼として主の魔力が最高潮まで高まる満月の晩以外は、身じろぎすることも出来ず、精々喋る程度の事しかできないポンコツでしかない。
その胸中に去来するものは、主であるエヴァにも完全に読み取ることが出来ない。
それ程、チャチャゼロは人形として完璧すぎた。


「デ、ドウスンダ御主人?」

「どうとは、なにがだチャチャゼロ?」

「妹ガ殺ラレタンダロ? ナラ、トットト殺リカエシニイコウゼ」

「無論そうするさ。だが…………」

「ダガ?」

「それは、あの坊ちゃんにお仕置きをした後だな」

「坊チャン?」

今までの主の話題の中でも聞きなれない登場人物の呼称にチャチャゼロの声に自ずと疑問の色が混じる。
もしチャチャゼロの体が自らの思いのままに動いていたなら首を捻っていたことであろう。
話の前後関係から、どうもサウザンドマスターナギ・スプリングフィールドの息子のことではないようだが。

「ああ、愚かにもこの『闇の福音』に喧嘩を吹っかけてきた愚か者のことだ」

そうしてエヴァンジェリンはつい先程、己に対し愚かにも大啖呵を切ってきた少年のことを思い出していた。









麻帆良大学工学部メンテナンス室前の廊下そこで二人は対峙していた。


「―――――取引だと?」

「ああ、双方にとってベターな結末を向かえる為の取引さ」

ベストではなく、ベター。最高の結果ではなく、よりよい結果を求めた妥協の誘い。
そんなものなど、今のエヴァの興味に掠ることさえない。

「―――下らん。そこをどけ坊ちゃん。それとも、先に死ぬか?」

「別にどいてやってもいいけど、いいのか?
 今、ネギや神楽坂を殺せば、お前に待っているのは避けようもない死だけだぞ」

「お前は、この私が麻帆良の平和ボケした魔法使い共に殺されるとでもいうのか?」

エヴァの鬼気を受け、尚どこか飄々としているような泰然としているような二つの間逆した印象をエヴァに抱かせながらも大樹は道を空けはしなかった。
そんな大樹の反応に毛ほどの先程度の興味がエヴァに生まれた。
だからだろうか。取引など打ち切って、ネギの元に参じようとしていたエヴァが、ほんの少しだけ会話をしてみようと言葉を返したのは。
そして、そんな彼の返事はにべもない一言であった。

「殺されるね」

「なにぃ……?」

「本来の状態ならまだしも、今の封印状態で下手を打てば三日も持たないだろうよ。
 将を射ようとすれば、蹂躙され押し潰される。
 進退窮まれなくなって、逃げを打っても、麻帆良からはどう足掻こうが逃げられない。
 詰め将棋と同じさ。今のお前に待っているのは、結局定められた破滅だけだ」

無論、大樹の言うエヴァの破滅には幾ばくかの犠牲を払うことになるだろう。
しかし、エヴァの勝利条件が『ネギと明日菜の殺害』に限定されるのならば、少なくともこちらの負けはない。
それはそうだ。今のエヴァは、麻帆良から出ることは叶わないし、態々彼女の味方に回る酔狂な者もいない。
それこそネギと明日菜が、麻帆良の外へ一歩出れば、その時点で自動的に、彼女の負けが決定するのだ。


「…………」

「そんなことすらわからない闇の福音でもないだろ?」

大樹に言われるまでもなくエヴァは最初から理解している。
茶々丸を失った時点でもはや自分に勝ちの目がないことなど。
それどころか『桜通りの吸血鬼事件』が露見した以上、自分にも追及の手が迫ること。今回のことは、自業自得の結果であろうことなど百も承知だ。
それでも――それでも! 家族のために一矢報いるために復讐することはいけないことなのか?
所詮、化物である自分は黙って泣き寝入れするしかないのか?
一人では無念と無力感に苛まれるしかない己が惨めでならなかった。

「…………」

「だんまりか……なら、少しこちらの話に興味を持たせてやろう。
 さっきも言ったが、別に俺はお前の復讐を否定している訳ではない」

「…………」

「ネギや神楽坂など正直どうなっても構わない。
 ただ今はまだ時期が悪い」

「時期?」

「そう時期だ。要はネギが麻帆良にいる間に、お前がしようとしている手段に出られるとこちらとしても大変困るわけだ」

風向きの変化、エヴァはそれを感じた。
命運を分ける局面での最善の選択。それもまたエヴァを今まで生き永らえさせてきた力であった。
その力が告げている。『これは必要なことだ』と。

「前置きはいい。お前はなにを用意できる」

「呪いの解除を」

大樹の返答はいくつかエヴァが想定していた中の一つであった。
茶々丸が故障した以上、今回エヴァが練っていた大停電を利用した作戦は、瓦解したも同然だからだ。
事の真偽は別として、本当にこの呪いが解けるのならば願ったり叶ったりだ。
しかし、それだけでおいそれと納得するわけにもいかない。

「それだけか?」

「うん? ああ、呪いを解いた後は麻帆良を出てもらって行っても構わないぞ。
 絡繰の修繕費にしても、おそらくこっちが費用を持つことになるだろうし」

「茶々丸のことは当然のことだ。
 私が言いたいのは、呪いを解こうとしました。でも、出来ませんでしたではすまんのだぞ」

「あー、なるほどなるほど。そりゃあ当然の要求だ」

大樹は云々と頷くばかりで、エヴァの方を見ようともしない。
少し観察していたが、止める気配がない。さすがに痺れを切らせて声を掛けようとした矢先に、ようやく大樹は顔を上げた。

「では、こういうのはどうだろう?」



そうして大樹が発した言葉はエヴァにほんの少しだけであるが、驚きを覚えさせた。



「―――失敗したらお前の命をくれてやるだと?」

「ああ、その後は思うままに行動すればいい。
 ただ、差し出がましい願いだが、木乃香と刹那と万が一相対したときはどうか傷つけないでやって欲しい」

そう語る大樹の表情に変化はない。こちらを騙すようなものは一切感じ取れない。
余程の馬鹿なのか、それとも呪いの解呪を失敗するなどとは思っていないのか。

もしくは―――――

「……お前はその取引に私が応じたとして、私が約束を違えるとは思わないのか?」

「思わないさ。だって、あんたは『誇り高き悪の魔法使い』なんだろ?」

そこで初めてエヴァは、固めていた憤怒の形相を崩し、きょとんとした見た目相応の表情をした。
そして、次第にその表情は耐え切れない愉悦が漏れ始め、次第にそれは音となり空気を振るわせた。

「クックック、いいだろう。それならば私は悪の魔法使いとして約束を果たしてやろう。
 まずはお前の死体を作ることでな。そして、その次はあのぼうやだ」

「はは、そりゃ恐い」

おどけて見せる大樹に対して、エヴァはあくまでも口元を緩めるのみに留める。
大樹はエヴァを読み違えている。
そもそもエヴァは、大樹との取引内容を馬鹿正直に守る気はない。
昨日までのエヴァならあるいは、この申し出を受けいれていたのかもしれない。が、そんな彼女の信念に変化を与えるほどのことをネギはやったのだ。
その恨みは、呪いの解呪程度で殺がれるほど底の浅いものではない。敵の算段に態々乗ってやる理由はない。
だが、そんな己を、醜く酷く格好悪い下衆に成り下がったものだと卑下する己もまたいる。

『命を賭し、契約を為そうとする者の願いを踏みにじるのならまだしも、己の利のために利用するとは恥と知れ!』

そんな声がどこか遠くからが聞こえた気がした。

だからだろうか、戯れにこちらから取引に対して少々の変更を申し出たのは。
当初は、渋い顔をして了承しなかった大樹も取引破棄をチラつかせられ、結局はエヴァの注文に嫌々ながらも頷くことになった。


そうして二人は別れた。今度二人が会うのは互いに約束を果たす時であろう。







「ケケケッ、デモ、ドッチニシテモ全員殺ルンダロ?」

「もちろんだ。この私に喧嘩を売ったのだからな。邪魔をする者達にも容赦などせん。
 ―――――チャチャゼロ、その時にはお前にも久方振りに働いてもらうぞ?」

「アイサー。イヨイヨダナ御主人、ソノ時マデ楽シミニシテルゼ」

不吉な言葉を最期に主従人形は一時の眠りに就く。今はまだ力を蓄える時期だとわかっているからだ。

「……待っていろよガキ共め。その緩みきった面をもうすぐ恐怖に慄かせてやる」

そして、主であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
彼女の瞳には、今はまだ狂気の光が覗いていた。









闇の主従は今はただ牙を研ぐ



契約の刻は近い









あとがき


orz orz orz orz orz orz orz orz orz orz orz orz

皆さんお久し振りです。そして初めて方は私はゆーかりというケチな男です。よろしくお願いします。
こうしてArcadiaで投稿するのは、凡そ1年半振りのこととなります。
第八話を投稿して、旧九話即日削除から突然の予告なき失踪、皆様には多大に不快な思いをさせたと思います。
誠に申し訳ありませんでした。


そういう訳で、1年半振りでの投稿で、筆を執ったのは9ヶ月振りの第九話でした。
読み返して見ても地の文が多くて、読み辛いことこの上ない。本当ならこの半分の文量で仕上げるつもりだったのに。
気付けば、過去最長。短く纏められる人が羨ましいです。
そして、相変わらず炸裂するオリ設定とキャラ崩壊。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

少し修正のため少し書き足し、訂正しました。

書き足し内容は、登校地獄に関する所。
大樹と近右衛門の話部分で、エヴァの心情暴走の理由の一端と罪の在り処と償いについて僅かに触れている所。
エヴァの復讐内容が、修正前は『魔法使いすべて』と誤解される内容だったので、ネギ、明日菜、大樹の実行犯プラスαにしたものとして書き直しました。
計2KBぐらいの書き足しになります。

他の部分で疑問に思うところや納得出来ない部分も一部は、感想掲示板の220で質問返しをしていますので、先ずそちらからご覧ください

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


そして次話ですが、執筆作業時間確保が原因で少々難航していますので、投下は恐らく週末前後になるものと思われます。
それでは、また次の話で



[5868] 第九話 閑話α  『大切なこと』
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:b97a381e
Date: 2010/08/05 12:46
闇夜の一室に荒々しい息遣いが木霊する。


「はっ、はっ……はっ……はぁ……っく……はっ……はぁ……」


音の発信源は一人の少年であった。どうやら今は寝ているようだが、その表情を見れば誰も少年が健やかな眠りの中にあるとは思わないだろう。。
月明かりのみが差す薄暗い室内から僅かに覗く顔からは、まるで汗腺が壊れてしまったかのように顔中びっしりと珠の汗をかいている。
また、その寝息は非常に荒々しく不規則なものであった。
ぷっくりと膨れた子供特有の丸みの帯びた頬からは血の気が引いており、目の下には判で押したような隈が出来上がっている。
これだけの隈が出来上がるのは容易ではない。間違いなく、疲労が蓄積しているのであろう。
そして、夢の中にいてなお疲れを溜め込むような現状では、満足な回復など望むべくもない。


現に少年は苦しんでいた。


目の隈が示すとおり、幼い体は体力の限界を迎え、また精神面も多大なストレスで磨耗しつくさんばかりである。
回復を図るための就寝も覚醒と睡眠を短いスパンで繰り返し、食事面においても満足に栄養補給を行えていない。
入浴もこなしてはいないのであろう。大量に掻いた寝汗は服どころか体を横たえるシーツにまで及び、汗と油に塗れ重くなった毛髪は肌にぴっとりと張り付き少年に不快感を与えていた。


「はぁ……はぁ…………うぅ……んっ…………うわぁあっ!?」


そうして少年はまた暗闇の中飛び起きる。
何かに追い回されるような悪夢でも見ていたのか。まるで長距離走で全力疾走でもした後のように呼吸を乱し、小さな両手で肩を押さえ震えながら呼吸を整えるその姿からは否応なく憐れみを誘った。

暫くしてようやく呼吸が落ち着いたのか、少年は枕元に置いてある時計を首を折り曲げることで確認する。


―――まだ三十分しか経ってない……。


そう、このような荒々しい目覚めを、少年は今夜だけで既に四度も繰り返しているのだ。
その度に飛び起きては時計を確認するという作業を繰り返しているが、朝の訪れはいまだ遠く、時計の針が壊れてしまったのかと錯覚するほどに刻の歩みは遅い。


「……くそっ」


少年の口から変声期を向かえる前の高い声と容貌からは似つかわしくない苛立ちを篭めた単語が口から漏れる。
日ごろの彼を知っている者ならば、ある者は目を疑い、また、ある者は眉を顰めていたかもしれない。
しかし、幸か不幸か彼の発言を見咎める者は、この空間には存在していなかった。
いや、存在はしているが干渉されることはなかったと言うべきか。



「気持ち悪いや……」


既に幾度も同じ流れを繰り返していた少年は、このまま布団に戻って眠ることが出来なかった。
体や精神は磨耗しきっている。けれど、例えこのまま眠ったとはいえまた望まぬ覚醒を強いられるのは目に見えているため、寝ようとも思えない。


―――せめて汗を流そう。


ぼさぼさになり嫌に顔に張り付いてくる髪がうざったくてしょうがない。
風呂嫌いを公言している少年であるが、汗を流してすっきりすれば、あるいはこの現状から解放されるかもしれないと。酷く淡く、自分でもまるで信じ切れていない願望を願う。
栄養が足りておらず中々言うことを聞いてくれない重い体に鞭打ち、それでも現状からの打開、いや逃避のためか、のろのろと芋虫が這いずる様に部屋を出て行く。




少年―――ネギ・スプリングフィールド。彼は既に限界を迎えようとしていた。









すべてを見通すもの 閑話『大切なこと』








ネギが茶々丸を破壊したあの夕暮れ時から日付も変わり、既に一両日の時が経過していた。


事件現場からネギの担任する3-Aの生徒でもある桜咲刹那に半ば引き摺られるようにして、居候させてもらっている女子寮の自室に押し込まれたネギと明日菜。
その間、いや寮の自室に帰ってからも、ネギは何度となく部屋の出入り口に立ち塞がる刹那にあそこへ戻して欲しいと訴えた。が、頑として刹那は聞く耳を持たなかった。
というよりも、ネギの声を耳に入れるのも不快なのか、意図的に無視している節さえあった。

これでは埒が明かないと判断したネギは、己の助言者であるカモや『魔法使いの従者』ミニステル・マギである明日菜にも話を振った。
けれど、カモには事件現場あそこに戻ってエヴァに関わることだけは思い留まってくれと盛大に諭され、明日菜に至っては先程から放心しており、木乃香なども声を掛けているが、まるで感情が抜け落ちた人形のように、まったく反応を返そうとはしない始末であった。
その後も同じようなやり取りを何度か繰り返したがネギの望む進展は見られず、ただ言葉に出来ない焦りや不安が降り積もっていくばかりであった。

そんなネギの愚直な行動は、この部屋にもう一人の登場人物が現れるまで続くこととなる。。


膠着した現状を打破した者は一人の男であった。

『すまん、待たせた』などと、刹那や木乃香に声を掛ける人物の名は近衛大樹。
ネギのルームメイトである近衛木乃香の実兄であり、己が担当するクラスの副担任を数日前から受け持っている少年であり、先程ネギをあの現場から遠ざけるよう刹那に命じた張本人でもあった。
また話の流れから魔法関係者であろうことがわかったが、ネギにとって今重要なことはそこではない。

「あ、あの近衛先生!」

木乃香や刹那と話していた大樹の会話を中断させて呼びかけるネギ。
それに対し、大樹は特に迷惑そうな顔もしておらず、かといって他に何らかの感情を連想させるような表情をすることもなくネギに向き直った。
ネギ、明日菜、カモ、そうして、再びネギと順に顔を眺めた大樹は一つ頷き、大事な話があるから下で待っていろと木乃香と刹那に言付け、腰を下ろした。

「それで、なんだ?」

「え?」

一瞬大樹に何を問われたのか、ネギにはわからなかった。
聞きたいことやわからないこと、喋る内容などそれこそ山のようにあった筈なのだが、いざ口から出すとなると何から聞いていいのかわからず一種の錯乱状態に陥る。
そんなまごつくネギを黙って見ていた大樹であったが、やがて埒が明かないと判断したのか自分の方から話題を提供してきてくれた。

「絡繰なら無事だったぞ」

「―――え? ほ、本当ですか!?」

「ああ」

大樹の明日の天気を告げるような軽い言葉に勢いが削がれ、理解するのに数秒の時間を要したが、一番懸念していたと言っていい茶々丸の安否を聞けたことで張り詰めていた空気が僅かに弛緩した。
ふとネギが横を見れば、今までどこか心あらずであった明日菜も大樹の話は聞いていたようで、息を吐き安堵しているのが目に見えてわかった。
そんな明日菜を見れて、ネギも茶々丸が無事でよかったと安堵し、


―――よかった茶々丸さん。『あんなこと』になっても無事だったなんて……

―――…………?

―――『あんなこと』?


その瞬間ネギは思い出した。
茶々丸の身に起きた惨劇、悲劇、そして、それを作り上げたネギ



「大丈夫か?」

「え?」

大樹の声が聞こえてきた。その声は今までの抑揚のないものと違って、僅かだがこちらを気遣うような感情が籠もっているような気がした。
そんな大樹をどうしたのだろうとネギは思っていたが、

「あ、あれ?」

「…………」

「あ、兄貴ぃ……」

気付けば、ネギは自分の体を抱きしめていた。同時にカタカタとなにか硬い物同士が擦れ合うような耳障りな音がしていたが、それは自分が歯を鳴らせて震わせているものだと、カモのこちらを心配するような声でようやく理解できた。

「あれ……あははっ、どうしたんだろう?」

自分の言うことを聞かない体に活を入れようとするがまるで上手くいかない。
それでも愚直に同じことを繰り返すネギの耳に滑り込むように再び大樹の声が聞こえた。


「―――――絡繰のことだが、確かに現状は思わしいものではない」

 びくりと体が震える。

「容態はお前らも見ていた通りだ」

 より鮮明に思い出してしまう。

「しゅ、……回復にはそれなりの時間がかかるだろうが、いずれはちゃんと元通りになって―――――」

 あの時踏みつけた。硬質で、でもどこか柔らかくもあった矛盾した『あの感触』を。



「だ、旦那ッ! それ以上は!」

ネギや明日菜の様子を見て、フォローに回った大樹の声を遮ってカモの声が響き渡る。
カモの叫びで固まっていた空間が再び回りだす。
そこには最早一瞬前まで確かにあった弛緩した空気など微塵も残っていなかった。

ふと、ネギが気付けば明日菜の顔からも再び血の気が失せていた。


その後のことを、ネギはぼんやりとしか覚えていない。
大樹の謝罪の声を聞いた気がしたし、木乃香のことでなにか聞いた気もする。
父から譲り受けた何よりも大切な杖と初めて手に入れたパクティオーカードを言われるままに差し出したような気もする。

気付けば大樹の姿は部屋からなくなっていた。


それから規定だからと、寮内での謹慎が課せられた事を大樹の話を唯一覚えていたカモからの又聞きでネギと明日菜は知った。
そして、自分にはなんらかの罰が下されるであろうということも。
そのことを理不尽と思う自分と、そんなことをまず最初に気にする自分の浅はかさにネギは己で己を嫌悪した。


 理想としていた『立派な魔法使いマギステル・マギ』の夢にヒビが入った音が聞こえた気がした。



それからの時間の経過は早いようで遅かった。
まるで時が止まってしまったように会話はなく、ネギも明日菜もお互いがお互いを構う余裕などなかったし、唯一語りかけてくるカモの声に答えを返すことも出来ないでいた。
そして、二人とも入浴や食事を摂ることさえ億劫で、ずっと布団の中で包まって時間を潰していた。
時が流れる中ふと、3-Aの生徒達がネギや明日菜を心配する声や聞こえたり、木乃香が部屋に帰ってこないことに疑問を覚えたりもしたが、すべて無視した。


激動の金曜が終わり、そして、土曜日も瞬く間に過ぎ去っていった。
日常と呼ぶにはあまりにかけ離れたものであった。











大理石が敷き詰められた西洋作りの大浴場にかぽーんと竹を打つようなミスマッチな音が響く。
一度に大勢の生徒が入浴しても余裕が持てるよう設計されているのか。
熱帯地方特有の観葉植物なども埋め込まれ、市井の公衆浴場などでは比べる測りにすらならないほど、巨大な浴場が麻帆良学園中等部女子寮の中にはあった。

規定入浴時間には常に人で溢れている大浴場に、ネギの姿はあった。
この浴場は夜間中も解放されているようだが、さすがに日を跨いだ深夜になってまで入浴しようとする者は珍しいのか、ネギ一人の貸しきり状態であった。
けれど、そんなことで喜ぶような余裕がネギにある筈もなく、ただ機械的に壁際に設置された蛇口の前に桶を椅子にしてお湯を被っているいるだけだった。


しかし、そんな空間に一人の人物が参入する。
カラカラと滑るガラス戸を開け、中に人がいることがあらかじめわかっていたのか、生まれたままの何も身に纏っていない肢体を手に持ったタオルで隠しながら足を踏み入れてくる。
ただ、手持ちのタオルでは些か体を覆う面積が不足なのか、乳房や秘所などの際どい部分を隠している弊害か、他の脇や太股など所々をちらちらと外気に曝す結果を招き、本人の体を隠そうとする行為とは裏腹に酷く扇情的な雰囲気を周辺に撒き散らしていた。

「あら? そこにいらっしゃるのは、ネ、ネギ先生ではありませんか」

「え? あ、い、いいんちょさん」

「こ、こんな時間にお風呂でお会いできるだなんて。き、奇遇ですわね?」

ネギが『いいんちょ』と呼ぶ浴場に新たに現れた人物は、ネギの知らない人物ではなかった。
彼女はネギのクラスの生徒であり、子どもながら教師を続けるという重圧の中で常にネギを必要以上に気に掛けてくれている人物でもあった。
彼女の名前は、雪広あやか。
ネギの担当するクラスで、あの問題児を多数有する3-Aの委員長を二学年連続でこなすほどの才媛であった。



あやかは、タオルで己の裸体を不器用に隠しながらもネギの横におずおずと腰を下ろす。

先程あやかは、奇遇だなどと言っていたが、無論、それは方便である。
このような草木も眠る丑三つ時に、誰が好き好んで部屋から抜け出して一度入った風呂にまた入ろうか。
浴場にいるのは当然あやかの意図したものである。

ならば、どうしてあやかはこの場にいるのか? 
それにはもちろんネギが深く関わっていた。

それというのも、昨日からネギが食堂や浴場に現れず、部屋に引き篭もっているという噂は既に3-Aでは周知された常識であった。
しかも、それは決して口には出さないが、あやか自身親友であると思っている神楽坂明日菜をも含めたものだというではないか。
当然、そんな二人を放っておける3-Aではなく、代わる代わる二人の様子を窺っていたが、事態に進展は見られず少女達は胸を痛めていた。
ついには、宮崎のどかを初めとしたクラスメイトの中にまで影響が及び、気落ちし食が細くなる者まで出る始末。
そこで皆で相談しあい、もし連休が明けてもネギらの様子が変わらないようならば、力ずくでも二人を外に出すといった強硬策まで可決される次第であった。

そんな深夜を跨ぐまでずれ込んだ会合を終えて、ようやくあやかが自室の布団でまどろんでいた時、部屋の外から地を這うような音が漏れた。
半ば混濁していた意識の中でのことであり、無視してしまおうとも思ったあやかであったが、どこか胸騒ぎがして、その発信源を暴いた結果、部屋を抜け出したネギを発見した。
しかし、ネギの姿を見つけ喜んだのも束の間、ネギの容貌は乱れに乱れており、その表情にも普段の太陽のような溌剌さが窺えない。
居ても立ってもいられず、ネギの後を付けようとしたあやかであったが、はたと思い留まる。
理由はわからないが、ネギが何かに悩んでいることは明白だ。
もし、このまま無思慮に会いに行き、ネギを更に意固地にさせてしまったら?
それに話しも出来ず逃げられてしまうかもしれない。
そこであやかは、ネギに悪いとは思いながらも、ネギの進路を確認した上で、偶然を装い大浴場に侵入したのであった。



「ネギ先生もこんな時間にご入浴なさることがあるんですわね」

「えっと、あの……」

「私も真夜中に湯浴みをしたいと思って偶にここに来るのですわ」

「そ、そうなんですか」


つき慣れない嘘まで用いて、なんとか会話を繋げようとするあやかと、そんなあやかになんと言葉を返せばいいかわからないネギとのぎこちない会話はそれから幾ばくかの間続いた。
けれど、その場凌ぎの会話がいつまでも続くわけもなく、しどろもどろの二人が織り成す空気は更なる混乱に拍車をかける。

そんな空気を破るためにあやかが取捨選択したことが―――――


「ネ、ネギ先生! ど、どうやらまだお体を洗われていらっしゃらないようですし、よ、よろしければ不肖この雪広あやかがネギ先生のお背中でもお流ししましょう!」


―――――これである。


「え!? い、いや、そんな、いいんちょさんに悪いですよッ!?」

「いえいえ、お気になさらずに!? さ、さぁさぁ、ネギ先生。後ろを向いてくださいまし!」

「い、いや、う、うわぁーっ!?」

あくまで拒否の姿勢を見せるネギと半ば強引に体を入れ替えて、ネギの背中を自分の方に向けるあやか。
急な話題転換からのこの流れ、実はあやかも相当に混乱していた。
それというのも、あやかは自他共に認めるほどの『ネギ先生LOVE』をそれはもう全力で掲げているが、普段の積極的で目立つ行動とは反し、その実彼女の身持ちは堅い。
それはあやかの育ちの背景が多大に影響している。

雪広あやかは世界に名立たる大財閥、『雪広財閥』の次女であり、ばった物のような似非お嬢さまとは一線を画す正真正銘のお嬢さまである。
雪広財閥といえば、鉄道、金融、生活用品の製造、食事、サービス業、そして政治の分野にまで及ぶ程、あらゆる事業に手を伸ばし影響力を発揮する財閥である。
そんな『雪広』に生を受けたあやかには、『雪広に相応しくあれ』と、過剰なしつけという名の教育が行われてきた。
その結果が、明朗快活、頭脳明晰、武芸百般である現在のあやかを生んだ。
教育の中には淑女として貞淑であれといった教えなども当然含まれており、あやかはそれを忠実に守ってきた。
現に中学三年生になる今も操を守り、同年代の男に肌を許すことは当然、それどころか、口付けさえ許したことのない生娘である。

そのあやかが、いくら年下で『愛するネギ先生』が相手だとしても、いやネギであるからこそか、今の状況にはてんぱってしまう。
ネギと湯を共にしたことは過去にもある。しかし、その時は他のクラスメイトも大勢いたし、なによりあやかは水着を着用していた。
しかし、今は違う。まるで違う。二人っきりである。誰も邪魔するものはいないし、己の肢体を隠すのは頼りない小さなタオルのみであった。
生来の気質か、そんな状況に置かれたあやかは荒波のように押し寄せる煩悩に流されないようにするのがやっとであった。

それでもあやかは、心の裡で猛る煩悩を鉄の意志で押しやり、ネギの背を流していた。
だが、そこでふと気付く。中々ネギの体にこびり付いた汚れが落ちないことに。
それはあやかが、ネギの肌を傷つけないよう、殊更優しく洗っているというのもあるが、昨日から大量に掻いていた寝汗が垢となりしつこい汚れとなって残っているのだ。
そんなネギのまだまだ幼さの抜け切れていない小さい背を見て、あやかは秘かに己の不徳を恥じた。
ネギを励ますつもりで、力になるつもりで、ストーカー紛いの真似をしてまで着いてきた。

―――しかし、そんな自分がしたことはなんだ?

ネギを思いやった行動をするどころか、用意された状況に勝手に舞い上がり、終いにはネギを困らせるといった体たらく。
穴があったら入りたいと心から思い、日頃の自信の溢れた表情とは打って変わって情けない表情であやかは、それでもなお優しくネギの体を洗い流した。


けれど、そんな猛省中のあやかとは打って変わり、意外なことにネギは心地よい充足を感じていた。
あやかが乱入してきた当初は、突然の闖入者に狼狽したものの、皮肉なことに女性関係のトラブルは麻帆良に来てからすっかり慣れていたネギ。
時をおかずして、比較的早く我を取り戻すことが出来た。

メルディアナ魔法学校を卒業してから、卒業試験のため単身日本に渡ったネギ。
故郷を長期間離れることは前にもあった。それこそイギリスでも五年以上の間、生家から離れてメルディアナ魔法学校に通っていたのだ。
けれど、あそこには、同年代の仲間がいた。幼馴染のアーニャがいた。月に一回ほどではあったが、ネカネにも会えた。
そこには箱庭の安寧があった。

だが、今は違う。

大人びているとはいえ所詮まだ十を数える程度しか生きていないネギ。
知識は成人した大人のそれに迫るとしても、その精神まで大人と同等であれというのは些か無理な話である。
そして、本人は否定するだろうが、甘えたがり気質なネギだ。住み慣れた地を離れ、遠く離れた地での忙しない毎日に目を追われながらも寂しさは募る。
麻帆良に着いてからもネカネと手紙のやり取りなどは数回するものの、到底そんなもので積り山となった寂しさが埋まるわけもない。
そんな寂しさの逃避が明日菜との同衾であったりしたのだ。時には邪険にされながらも、人の温かさに心を癒されていたのだろう。
けれど、今はそれに頼ることも出来ない。
麻帆良に来てからの初めての挫折。頼れるものを見つけられない焦燥。堆積したストレス。


人との触れあいに飢えていたのだ。
打ち明けることが出来ない不安を抱えながら。


―――――誰かボクを助けてっ!


確かにSOSを発していたのだ。
そして、そんなネギの無言の叫びを救ってくれたあやか。
やり方は不器用であったが、あやかの心は確かにネギの心に届いていた。


いつしか凝り固まっていた肩の力も抜け、そんなネギとあやかの擦れ違いながらも暖かなひと時は続く。







スースーと寝息が聞き取れる寮の一室に風呂上りのネギとあやかの姿があった。


「どうぞ、ネギ先生。体が温まりますわ」

「あ、ありがとうございます」

コトンとネギの眼前になみなみとミルクが注がれたマグカップが置かれる。幼いネギが湯冷めしないようホットミルクの配慮つきだ。
同じように、あやかの前にはネギとお揃いのマグカップがあり、中身はホットコーヒーであろう。湯気の隙間からは黒色が覗き、鼻にツンとくる微少の酸味をネギに届かせていた。

ちらちらとあやかの方を見ては地面に目を落とすネギ。その頬がほっこりと紅いのは風呂上りというだけではないだろう。
そして、そんな忙しないネギを視界に収め、満面の笑みを浮かべるあやか。


ネギとあやか、二人が風呂上りにも係わらず、それぞれの部屋に別れて眠りに就かないのには理由があった。

あやかからぬくもりを貰い、幾分余裕を取り戻したネギ。とはいっても、まだ吐き出していないものがあるのだろう、その顔にはいまだ翳が差していた。
そんなネギを放って置けるはずもないあやかは、このまま黙って帰らせてなるものかと半ば連行するように自室まで連れやった。
また、ネギも口では悪いなどと拒否していたが、その腕の力は弱く、結局されるがままあやかが寝泊りしている寮の部屋まで連れ込まれた次第である。

部屋に戻り照明をつけた際、あやかのルームメイトである那波千鶴や村上夏美は一瞬くぐもった声を漏らしたものの、またすぐに穏やかな寝息を再開させた。
夏美はともかく、どこかおっとりとしながらも勘の鋭いところがある千鶴はネギの来訪に目を覚ましていたのかもしれないが、何も語りかけてくることはなかった。
そんな同居人の配慮にあやかは感謝し、いつもとは僅かだけ異なる寝息を零す千鶴に内心でお礼を告げた。


『なにか悩んでいることがあるのならば自分が相談にのる』


あやかが、ネギに告げたのはそのような言葉であった。

ネギは断るべきだったのであろう。
ことは魔法関係、一般人とは境界を別とした世界のその先の話である。当然、その方面では無関係の一般人であるあやかに軽々しく話していい話題ではない。
無論、ネギもそんなことは百も承知である。けれど、あやかの言葉にはどこか逆らいがたい魅力があった。
先程の逢瀬やどこか自分の大好きな姉を髣髴させる容貌のあやかから紡がれる声。
そんなあやかに、ネギも『……少しだけなら』と無理矢理に自分を納得させた結果、すべては語れないという条件付きながらもこの場がセッティングされた。










糸の切れた人形のように四肢から力を抜き、ベッドの中で穏やかな寝息を立てるネギを撫でながら、あやかは先のネギの話を思い出していた。


たどたどしく語るネギの話は要領を得ず、所々まるで虫食いされたように穴が空いていて、あやかには理解に苦しむものであった。
それでも横槍や茶々などは入れず、根気強く粘って悩みの本質を理解することに努めた。

そこから分かった僅かな情報。それはあやかにも衝撃を与えた。

ネギが引き篭もりを始めた昨日、つまり金曜日の放課後にネギの不徳で彼女の同級生でもある絡繰茶々丸に不幸が起こってしまった。
その結果、彼女のルームメイトであるエヴァンジェリンの怒りと悲しみを買い、自分は明日菜と共に大樹から謹慎を言い渡されていたというものだった。

概ね十分程度の告白をまとめるとこんなところだ。
話の中でどうしても不明瞭な部分もあったが、その要領を得ない不明瞭な部分が、ネギの言う語れないことなのだろう。
すべてを語ってはくれないネギに対し一抹の寂しさを覚えるものの、自分が落ち込んでいる場合ではないと己を奮起するあやか。


まずネギの話であやかが思い立ったのは、クラスメイトである茶々丸とエヴァに対する同情と不安。

茶々丸とエヴァは二年前からあやかとも同じ教室で机を並べた仲であったが、その実彼女らと話した記憶がほとんどないことにあやかは気付く。
それこそ、連絡事項やしょっちゅう授業を抜け出すエヴァに注意混じりの説教をしたりする程度だ。
彼女らとは、それこそ普通の女子中学生とするようなテレビドラマの話題や好きな異性のタイプなど、言い換えれば浮ついた話などしたことがない。
また、彼女達は麻帆良に在住する学生の大半が義務付けられる寮生活をしておらず、学校からは離れた家でエヴァ、茶々丸と二人暮らしをしている筈であった。
だから、同じ生活をすることで生まれる連帯感などが他のクラスメイトに比べて薄いといったこともある。
しかし、そんな二人でもあやかにとっては大事な3-Aの仲間である。当然、二人に起こった不幸に胸を裂かれるような鋭い痛みが走った。
たとえ、その原因が自分の脇で寝ているネギと親友である明日菜の手によるものだとしてもだ。

ネギの話では、茶々丸の容態は、最悪の事態、つまり『死』は免れたようである。正直、それにはあやかも胸を撫で下ろした。
けれど、それでも予断は許さないような状況らしく、また、それに比例してエヴァの怒りも凄まじいらしい。
思わず、『殺されちゃうかもしれない』とぽつりと呟いたネギの言葉からも、普段は何をしてもつまらなそうにして、すべてを俯瞰したような冷たい眼をしているエヴァの怒りもありありと目に浮かぶようであった。
流石にネギの言葉は言い過ぎであろうが、ネギが思わずそう思ってしまうほどにはエヴァは荒れ狂っているのであろう。
茶々丸とエヴァ二人の関係は、ルームメイトだ。それは、あやかに対する千鶴や夏美との関係と同じ。
もし仮に、千鶴や夏美が命に係わるような目に会ったとしたら自分はその犯人を許せないかもしれない。それだけの絆があった。
だから、エヴァのネギや明日菜に対する怒りをあやかは、理不尽だとは思わない。それは家族が持つ正当なものだ。

次にあやかが思い浮かんだのは怒りだ。
ネギに対するものではない。その怒りはネギの上に立つ者たちに対してだ。
それはこんなに幼いネギをどうして、これほどまでにやつれる前に十二分にフォローしてあげなかったのかという学校側の不手際をなじるものであった。
その標的として真っ先に思い浮かんだのは一人の少年。あやかやクラスメイト達と歳を同じくしながら教鞭を奮う立場にいる近衛大樹であった。

近衛大樹は今年度の新学期から、3-Aの副担任として赴任してきた。
大樹は同級生の近衛木乃香の兄とあって、生まれの背景もしっかりとしている真面目な男であった。
授業態度は、理に叶ったもので無駄はなく、あやかも同い年ながらよくこれだけわかりやすく人に教えられるものだと感心したものだ。
また、公私のけじめもつけているらしく、悪いことや正しくないことをすれば、それが例え木乃香や刹那といった身内であっても関係なく叱咤の声が飛ぶ。

3-Aでも、そんな大樹の評価は大まかに二つに別れている。
真面目で口うるさい堅物教師だと苦手とする者と、真面目だが厳格で事のあるなしで贔屓をしない人格者だと好意的に捉えている二組に分かれている。

そんな評価を下されている大樹だが、今回のネギに対する行為はどうであろうかとあやかは考える。
罪を犯し不安になっている子どもを自室謹慎にする。大人に対してならそれでもいいかもしれないが、ネギは子どもなのだ。
まだまだ、大人たちが目を掛けてやらねばならない守られるべき存在なのである。
そんなネギの補佐として大樹は以前のネギの代わりに副担任についたのではないのだろうか。


「これは一度しっかりとお話を伺うべきですわね」


そう呟き、ようやくあやかの長い一日も終わりを迎えた。

しかし、あやかは知らない。大樹がネギに命じたのは、あくまで寮内謹慎であり、自室謹慎ではなかったこと。
フォローをしなかったのは、エヴァンジェリンとの約束を果たすために事前準備や事後処理のせいで奔走していたため大樹側にも余裕がなかったこと。
また、付き合いの浅い自分がフォローせずとも、カモや明日菜や3-Aの生徒が力になると見越していた部分もあった。
けれど、そんな大樹の込み入った事情などあやかには知る由もない。また、あやかの誤解を解いてくれる人物が都合よく現れるわけもない。


そうして、また一つの軋みを残して時は過ぎる。











ネギは夢を見ていた。


夢の中での登場人物は二人。ネギと一人の少女、その少女の名は、ネカネ・スプリングフィールド。
ネギの姉であり、厳しくも優しく両親のいないネギを姉としてだけではなく、時には母としても育ててくれたネギの大好きな姉であった。

その夢は今から二、三年前実際に起きた出来事であった。
久し振りの魔法学校の連休の中、一ヶ月ぶりに会った姉との日常の一コマであった。
そんな日常をネギは、まるで浮幽霊のようにぷかぷかと浮かび上から俯瞰していた。

夢の中の今よりもっと小さいネギは、ロッキングチェアーに座ったまだどこか幼さの抜けきれない、けれど女子と女性の境目から脱皮する前のどこかアンバランスだが魅力を発するネカネの胸に力いっぱい抱きつき鼻を鳴かせていた。
ネギとネカネは何か話している。

これが夢だからであろうか?
どこか聞きづらいと思いながらもネギは彼らの話しに耳をすませた。


『―――――そんなに泣いてどうしたのネギ?』

『ヒクッ……ッ……スンッ……』

『泣いていちゃわからないわ。いい子だからお姉ちゃんにどうして泣いているのか教えてちょうだい?』 

ネカネの優しい追求にネギはいまだ鼻を鳴らしながらもたどたどしく答える。

『……アーニャが……』

『アーニャ? アーニャがどうしたの?』

『アーニャがボクのこと沢山ぶつんだ。それにいじわるもするし……』

『まあ』

『……それに、それにボクが話しかけると、無視をしてぷいってあっちを向いちゃうんだ』

そこで初めて今まで穏やかな表情をしていたネカネの顔が僅かに怪訝としたものに変わった。
ネギの幼馴染であるネカネの知ってるアーニャは、お転婆で乱暴者で確かにネギのことは叩くし、いじわるもする。
けれど、

『……そうなの。ねぇ、ネギ? どうして、アーニャはそんないじわるをするのかしら?』

『わからないよ、そんなことっ!』

ネカネの意図がわからない質問返しに癇癪を起こしてしまうネギ。
そんなネギに対しても、ネカネは慌てることなく問い詰める。

『本当なのネギ? 私の知っているアーニャは乱暴やいじわるはするけれど、ネギを無視したりする子じゃないはずよ?』

『…………』

ついには黙ってしまったネギを見て、ふうっと一つ吐息を溢し、ネカネは今までとは違った言葉を告げる。

『そう。ならアーニャには沢山お説教しないといけないわね』

『え?』

『だってそうでしょ? 何も悪くないネギがイジメられているんですもの。一杯お説教して、そうだ、それからお尻も叩いてあげないと』

『えっと……あぅ……えぅ……』

アーニャに説教するというネカネに、興奮していたネギは急に勢いをなくし、言葉を詰まらせ、まごまごと口を動かす。

『ネギが何も悪くないならいいわよね?』

『あの、あの……』

『アーニャは今は家にいるのかしらねー?』

『ご、ごめんなさいっ!』

『どうしたのネギ? 心配しなくてもいいのよ?』

『違うの! 違うんだよお姉ちゃん!』

ネカネの執拗な攻勢に遂に耐え切れなくなったネギは心に閉まっていたアーニャとの確執の理由を語り出した。






ネギの告白を聞き終えたネカネは、静かにネギの頭を撫でながらもネギに話しかけた。

『そう、そんなことがあったの』

『……うん』

ネギの話した内容、それは大人が聞いてみれば単純なものであった。
アーニャが大事にしていた母親の形見であるブローチを壊してしまった。言葉にすれば、これだけである。
その結果、アーニャは盛大に泣き喚き、謝るネギに対しても轟々と怒りの気炎を上げているらしい。
もし、これが大人であれば、ブローチを修理に出したり、別の物をお詫びの品として提出したり、あるいはそれっきりの関係になってしまうかもしれない。
いや、子どもであるからこそ、ここまで引き摺ってしまうのか。

『それでネギはアーニャに謝ったの?』

『謝ったよ、でもアーニャは許してくれないんだ』

『それは昨日も?』

『え? ううん、昨日は謝ってない』

『それならその前の日は?』

『……謝ってない』

『その前の前の日は?』

『…………謝ってない』

『じゃあ、いつから謝ってないの?』

『…………最初の日から』

ネカネの度重なる質問に次第に声が小さくなるネギ。
その大きな眼は、自分がなにか間違いをしてしまったのかと不安に濡れていた。

『それでアーニャは許してくれないのね』

『で、でもボク、ホントに謝ったんだよ!?』

自分は謝ったと告げるネギの言葉を疑っている訳ではない。
けれど、それでは足りないと思い、ネギに言い聞かせるために言葉を選ぶネカネ。

『そうね。でも、アーニャちゃんは許してくれない。でもね、ネギ。ネギはそんなアーニャちゃんが悪い子だと思う?』

『…………わからない』

『そうね。例えば、ネギが大事にしているお父さんの杖、もしあれをアーニャが失くしちゃったらネギはどうする?
 謝ってもらったらアーニャを許せる?』

ネカネの問いに僅かに逡巡に答えるネギ。それでも答えは確かなものであった。

『………………許せない、と思う』

『どうして許せないの?』

『だって、あの杖はお父さんから貰った大事なもので――――あっ……』

ようやくネギにもネカネの言いたいことがわかった。
つまり、アーニャにとって壊れたブローチはネギの謝罪一つとは釣り合わぬほど重いものであったことが。

『そう、ネギにとってのお父さんの杖が、アーニャにとってのお母さんのブローチだったの。
 それを壊されたアーニャが怒るのもわかるわよね』

『…………ぅん。でも、許してくれないんだ』

『だったら、することは決まってるわ。謝らなくちゃ』

『え、でも……』

謝っても許してもらえない。それでも、謝ることを勧めてくるネカネに目を剥くネギ。

『もちろん、すぐは許してはくれないかもしれないわ。でも、許されることを期待しちゃいけないの』

『許されちゃいけない? 謝ってるのに?』

『そう、だってそれが罰なんだから』

『罰……。でも、それじゃあいつになったらその罰は終わるの?』

『それはアーニャが決めることだから私にはわからないわ』

―――――正直、姉の言ってることはすべては理解できない。

『…………』

『でも、ネギはアーニャと仲直りしたいのよね?』

―――――でも、この問いだけは自信を持って答えられる。

『―――うんっ!』

『だったら、やらなくっちゃ。それがどんなに辛くてもね』

『ねぇ……お姉ちゃん?』

『なぁに?』

『お父さんも悪いことしたらごめんなさいって謝ったのかな?』

あの雪の日の会い、それからのネギの指針であり目標になった父のことを思い出す。

『もちろんよ。でもね、ネギ? お父さんは関係ないの。
 悪いことをしたらごめんなさい。これが仲直りの第一歩なんだから』

『わかった』

『次アーニャに会ったら、ごめんなさい出来るわね?』

『出来るよ。……だって、だって! アーニャはボクの友だちだもんっ!』

『そう、よかった。ネギ、大事なことだから忘れないでね』

『うんッ!!』

元気よく返事するネギの瞳には既に涙はなかった。



そうして飛沫の夢は終わりを告げる。






「―――――思い出した」


遠い日の記憶。かつて姉であるネカネに教えてもらった『大切なこと』。


どうして、自分はこんなにも大事で簡単なことを忘れていたのだろうかと、首を捻る。
昔は、それこそ何があってもすぐに出来たのに。

「そういえば、僕まだアスナさんにも一度も謝っていない……」

自分の都合で魔法の世界に巻き込むことになった生徒であり、今では魔法使いの従者ミニステル・マギの神楽坂明日菜。
この世界に巻き込んだせいで、今の明日菜にも酷い目を合わせてしまった。

「まずは、アスナさんに謝ろう。そして、エヴァンジェリンさん……茶々丸さん……このかさん……近衛先生……迷惑をかけたみんなに謝ろう」

自分の命を狙うというエヴァはまだ怖い。
バラバラになった茶々丸の事を考えるとまだ腕が震える。
難しいことやエヴァ対策を考えることもしないといけない。

でも、まず最初にすることは決まった。


―――――今は、それでいいよね?


誰にともなくネギは呟いた。その顔は二日ぶりに、いつもの表情に戻っていた。


「―――――んっ」


カーテンの隙間から覗く、朝を告げる光がネギの目を焼く。
太陽も自分に起きろと後押ししているようで、不思議と笑みが浮かんできた。








「―――――ぅん……んーッ! ふあ~。
 あ、あら? ネギ先生はいずこに!?」

ネギが目を覚ましてから半刻ほど遅れて目を覚ましたあやか。
その腕に寝落ちするまで確かにあったネギを抱いていた温かみはすでにない。
枕元を見ればネギが残した書置きであろう。昨晩のお礼と勝手に出て行った謝罪が書かれていた。

「そうでしたか……行ってしまわれたのですね」

書置きを胸に抱いて呟き震えるその姿は永劫の愛を誓った王子を戦場に見送る姫のようで―――――

「きぃぃぃぃぃっ!! この雪広あやか、一生の不覚っ! まさか、ま~さ~か~寝起きのネギ先生のご尊顔を見過ごすとはッ!!」

―――――なんてことはなく、あやかはやっぱりどこまでいってもあやかだった。


ヘッドバンキングして己の至らなさに打ちひしがれているその姿からは、昨晩のネギを立ち直らせた聖女めいた雪広あやかの姿は微塵も窺えなかった。


「ちっくしょ―――――うっ!!! ですわッ!!」



















時はまだネギが己の無力を噛み締め、部屋で一人臥していた頃、麻帆良学園の中心部に位置する昔ながらの武家屋敷。その縁側に一組の男女の姿があった。
辺りに照明はなく、満月の日から数日経ちその身を大いに欠けさせた更待月から差す月光のみであった。

そんな縁側で茶を啜る男女は、双方共に若く、また浅からぬ仲であり、知らぬ仲でもなかった。
手元にある湯呑みからは既に湯気はなく、彼らが短くない時間そこにいることを知らせていた。

二人とも簡素な服装をしているが、少女の方には見る者が見ればわかる意匠を凝らした髪留めが差してあったり、その体からも石鹸の清潔な薫りがし、少なからず少女が隣にいる少年との逢瀬を愉しみにしていた余韻を窺わせる。
しかし、少女には最早当初の浮ついた気持ちなどない。

そんな少女―――刹那は、隣で暢気に茶を飲んでいる主に向かって言葉を選んで告げた。

「大樹さま、それは無茶です」

「俺もそう思う」

「……エヴァンジェリンさんの力は強大です。それこそ封印された状態でもです」

「俺もそう思う」

「…………封印を解いた後の真の力は想像することも叶いません。けれど、決して生半可なものではないでしょう」

「俺もそう思う」

「………………し、失礼を承知で言えば、いくら大樹さまとゆえど、彼女に勝てるとは私には思えませんッ!」

「俺もそう思った」

「ならばっ! ――――思った?」


『エヴァンジェリンと戦うことになった』


刹那が小さな胸を高鳴らせ縁側に向かった先で待っていた言葉がそれであった。
何故と問い詰める刹那に返す言葉は、それが此度の事件の手打ちする条件としてエヴァから出されたものだという。
しかも、その戦闘条件は今まで長きの間エヴァの力を押えつけてきた封印を解除してから、という無茶を通り越してもはや無謀と呼んでも差し支えのないものであった。

中止の旨や、いかに無謀なことをしようとしているのかを懇々と説く刹那であったが、こちらの物言いに対して同じ台詞しか返さない大樹
いい加減しびれを切らせて掴みかかろうかとも考えていた矢先に、大樹が返した言葉は単純でわかりやすい言葉だった。

「俺だけじゃ天地が逆さまになっても勝てない。そんなことはわかっている」

「ならば……」

「でも、俺にはお前がいる」

大樹の思いがけない言葉に間の抜けな声を出す刹那。

「え……?」

「『刹那は大樹さまの魔法使いの従者ミニステル・マギになります!』」

「――――ッ!!」

それは刹那が、幼き日のまだがむしゃらに生きていたときに大樹と会うたびに言っていた口癖であった。

「ははっ、お前の小さい頃の口癖だったな」

「~~~~~ッッ」

刹那は顔が紅潮するのを抑えることが出来なかった。
あの言葉は幼き頃は事あるごとに宣言していたが、恥ずかしさや自分の至らなさや大樹と己の立場からくる劣等感からいつしか口にしなくなっていたものである。
そんなものをいまだ大樹が覚えていてくれたという悦びと何故この場で告げるのかという混乱で刹那は一杯一杯だった。
だから、次の大樹の問いかけにも即答することが出来なかった。

「……それは今でも変わりないか?」

「―――――」

「刹那?」

一瞬、唖然としていた刹那であったが、刹那が大樹からの申し出に対して否を唱えることはほぼない。
だから、刹那が大樹に返す答えも決まっていた

「―――は、はい! 変わりありませんっ!」

「なら心配することなんてなにもないじゃないか」

そう言って笑う大樹に不安になっていた自分の心が満たされていくのを感じる。
大樹に押し切られるように返事をした刹那であったが、あの魔法世界に行くと告白してきた時のことを思い出し、それから自分はこの人の力になるために今まで生きてきたのだ。
それを実感すると今まで成長すると共にいつしか曇ってしまっていていた『大切なこと』。



―――――そうだ。記憶の掠れるような遥か昔に誓ったではないか。


―――――この身は大樹さまの剣であり盾であると。


―――――その為なら、たとえこの命失うことになろうとも後悔しないと。



「はい、この剣に誓って」

「ありがとう、それなら俺はすべてを賭けて戦える」


互いに笑いあって湯呑みで乾杯する二人に月も優しく微笑んでいた。






ここに闇の主従に対抗するためにまた一つの主従が誕生した


彼らが掲げるものは光となるか闇となるかそれはまだわからない








あとがき


続きは週末とか書いておいて月曜深夜までずれ込みすみませんでした。

今回は、前話でスポットの当たらなかったネギくんの話です。
それと誤解があるようですが、この話ではネギくんのアンチを書くと書いていますが、あくまで軽いアンチなので落としたままで終わることや違和感のあるNTRなんてものは予定はほぼないです。
なので、当然ネギくんもこの話のキーキャラクターとなります。
話が進行する過程で原作とは道がずれたネギくんの成長が書ければいいと思っています。

ネギの立ち直らせるシーンでは、寮内謹慎があるため楓の代わりにあやかに頑張ってもらいました。


もう一つ第九話を修正したのですが、読み直すのが面倒な方のために修正箇所ここにも載せておきます。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

書き足し内容は、登校地獄に関する所。
大樹と近右衛門の話部分で、エヴァの心情暴走の理由の一端と罪の在り処と償いについて僅かに触れている所。
エヴァの復讐内容が、修正前は『魔法使いすべて』と誤解される内容だったので、ネギ、明日菜、大樹の実行犯プラスαにしたものとして書き直しました。

他の部分で疑問に思うところや納得出来ない部分も一部は、感想掲示板の220で質問返しをしていますので、先ずそちらからご覧ください

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


ちなみにどうでもいいことですが、ネカネ流の謝る云々の話は作者が幼少の頃、田舎のばあちゃんに教えられたことです。
書いてる途中納屋に閉じ込められた恐怖が……。

それでは、また次話でお逢いしましょう。



[5868] 第九話 閑話β 『担うもの』
Name: ゆーかり◆9c411670 ID:b97a381e
Date: 2010/08/05 12:46

<近衛 木乃香>


―――トゥルルルルルル……。


無機質な携帯電話の着信音が麻帆良学園女子中等部寮の一室に木魂する。



「私のものです。―――失礼します」

電話はせっちゃんのものだった。お兄さまと別れてから、部屋に戻って初めての変化につい身構えてしまった。
それと同時に張っていた緊張まで抜け落ちてしまったのか、『もっと可愛い着信音にすればいいのに』などと、場違いなことをつい考えてしまう。

「――はい。……わかりました。それではお向かいに上がります」

短い通話が終わり、せっちゃんが携帯電話を懐に戻す。

「せっちゃん、今の電話誰からやったん?」

「……大樹さまからです。今、寮の真下まで来ているそうです。
 事の説明をしたいので、ここに来たいそうです。なので私がお迎えに上がることになりました。
 よろしいですね? ネギ先生、神楽坂さん」

せっちゃんの言葉は、許可を請いながらも、どこか拒否を許さないような迫力が含まれとった。
ネギくんやアスナも、お兄さまが来ることに関しては文句がないようで何も言わへんかったけど。

「では、失礼します」

せっちゃんが部屋から出て行く。
でも、ネギもアスナもそれを気にした様子もない。
ネギくんも部屋に戻った当初は、せっちゃん相手に懇願していたがやがて根負けしたのか腰を落としてしまったし。
アスナにいたっては、部屋に戻ってから始終俯いてばかりで、いくら話してもうちと目も合わそうとしてくれへん。
二人が落ち込んでいる理由もようわかる。

茶々丸さんがあないなことになってもうて……うちかてもう、わけわからへん。


それに……お兄さまもせっちゃんもうちに何か隠し事してはるみたいや。
まるでうちとお兄さま達の間に見えへん壁があるようや。

今までどんなに離れていても近くに感じられた三人の絆が、急に離れていってしまったような空虚さを感じてしまう。


でも、今はそれでもなによりも……



お兄さま、はよ来てや。


……うちもうどないすればええか、ようわからへん










すべてを見通すもの     閑話 『担うもの』









「大樹さま……」

寮の出入り口前で立ち竦んでいた俺を迎えに来てくれたのは、刹那だった。

「すまんな。さすがに女子寮の中にまで黙って入るわけにはいかないからな」

「いえ……それは構いません。それで大樹さま、茶々丸さんのことは……」

刹那も絡繰のことを気にしていたのだろう。その顔からはクラスメートの安否についての不安が見て取れる。

「絡繰は大丈夫だ。とにかく、修理することに関しては問題ないそうだ」

「そうですか……よかったです」

茶々丸の生存を知って安心したのだろう。ここに来た時から強張っていた刹那の顔が、ようやく少し和らいだように見える。
そのことに、先ず安堵する。



「それより刹那、一つ聞きたいことがある」

けれど、それでもネギ達に会う前に、確かめておかなければならないことがある。
それによって、木乃香に俺のことも含めてどこまで話すか判断しなければならないのだから。

「は、はいっ」

僅かに固くなった口調になったことで刹那の表情にも戸惑いが浮かぶ。

「木乃香は……木乃香は、魔法を『見た』か?」

「あっ……その……それは……」

その言葉を発した途端、刹那はその表情を凍らせ、がくがくとまるでおこりの様に震えてしまった。
またその瞳には、薄っすらと涙まで浮かべている。

「そうか……見られたか……」

言い淀む刹那の様子から、大まかな事情は察せた。
おそらく木乃香もあの場で一部始終を目にしたのだ。

「あ、あ……あの、大樹さま「刹那」……っ!?」

言葉を遮る俺に刹那は身を固くする。
だが、刹那がそんなことをする必要はない。

「お前は悪くない」

「え……」

俺が言っていることが、理解できないのだろう。
だが、こんな些細なことで刹那が己を責めることはないのだ。
それを刹那にはわかってもらわなければならない。

「今回のことでお前に罪はない。罪があるのならば、それはむしろ俺の方だ」

そうだ。事態を予測しておきながらも『知識』を有していながらもこんな結果を引き起こしたんだ。
なら、責められるべきは俺であって刹那ではない。

「た、大樹さまは悪くありません! 今回のことは、もっと早く私がお嬢様を連れ出していれば済んだことですっ!」

こちらの言葉に対する刹那の反応は非常に激しいものだった。
そう、それはまるで『それだけは認めるわけにはいかない』と訴えかける様ですらあった。

「そうじゃない、そうじゃないんだよ……」

「大樹さま?」

刹那の俺を思いやった上での優しさは身に沁みる。でも、今はそれに甘えていい時でもない。

「俺はネギの補佐として麻帆良にいる。そのことは話したな?
 つまり、ネギのことを知れる立場にあったんだ。
 俺は今回の桜通りの吸血鬼事件も知っていた。ネギ達が絡繰やエヴァンジェリンに対して、ああいった行動に出るだろうこともな」

たとえ、それがじいちゃんから手出し無用の通達を受けた上での問題であったとしても、俺の過失が消えるわけではないのだ。

「それを知っておきながら、何も対処してこなかった俺が悪いんだ。
 だから刹那、お前に罪はない。筋違いなことで、自分を責め立てる事はないんだ」

「―――それでも、です。
 ネギ先生やエヴァンジェリンさんの事情は、私も少なからず知っていました。
 ですから、あの状況を目にしたとき、お嬢様にもっと気を配っていればよかったんです」

刹那は俺の思わぬ発言に驚いているようだが、それでも自分を責めるのを止め様とはしない。
刹那の意思は固いのだろう。凝り固まっているのがわかる。
でも、それで見るべきものを見失わせるわけにはいかない。

「刹那が俺を庇い立てしてくれることには嬉しい。でも、絡繰の一件は、もう起こってしまったことなんだ。
 それをなかったことにはできない」

「それは……はい」

「それに刹那、頼むから木乃香のことをお嬢様だなんて呼ばないでくれ。
 もし刹那が、今回のことをどうしても悔やむ気持ちがあるのなら、尚更木乃香の傍にいてやって欲しい」

「で、ですが私は……長や大樹さまが決めたご意向を」

刹那だって、木乃香から離れたい筈がないのだろう。その表情からは苦渋がありありと見て取れる。
だが、己に冠した誓いがその想いを妨げている。
なら、俺がするのはそれを取っ払ってやることだけだ。

「木乃香のことは、きっと起こるべくして起きたことなんだ。
 今回のことがなくても、いずれ木乃香は魔法を知ることになっていただろう。
 でも、それより今は、魔法を知って不安になっている木乃香の近くにいてあげて欲しい。
 きっと今のあいつは、俺や刹那が離れて行ってしまったように感じて不安になってる筈だ。たとえ、口には出さずともな」

木乃香は優しい娘だ―――――そう愚かな程。
だから、木乃香は今も誰も責められずに苦しんでいることだろう。

「このちゃん……」

「だから、刹那には今まで通り木乃香の親友でいて欲しい。
 そのために俺に出来ることならばなんでもする」

そう告げ、頭を下げる。
こんなことで刹那と木乃香の絆を壊すわけにはいかない。

「そ、そんな頭を上げてください大樹さま!」

「なら、木乃香や俺の側に居てくれるか?」

「……それは」

俺の問いかけは卑怯なんだろう。刹那が俺に逆らえないことを知っていて言っているのだから。

それでも……

「――頼む。俺達にはお前がいてくれなきゃ駄目なんだ」

刹那の息を呑む音が聞こえる。刹那が何を考え決断するのかはわからない。
でも、叶うのならば今まで通り三人でいたいと思う。その俺の考えは、傲慢なのだろうか? 独りよがりのものなのだろうか?

「……私はお二人の横に居てもいいんですか?」

震えるように呟く声。
それは刹那自身の願いでもあったのだろう。その声には確かに懇願の感情が混じっていった。
だから、この回答は考えるまでもないことだ。

「当たり前だ。こっちから頼みたいぐらいだ」

「―――――ありがとうございます」

刹那はただ感謝の言葉のみを告げる。そこには俺の質問に対しての肯定も否定もなかった。でも、それだけで十分であった。

胸の奥から湧き出してくる歓喜があった。だが、それと同時に大事な幼馴染をこれだけ悩み苦しめた自分に対しての怒りも同時に吹き出てくる。

だからであろうか、暫くの間まともに刹那の顔を見ることは出来なかった。





「大樹さま。こちらです」

刹那の案内の元、訪れた女子寮の一室。その643号室に彼らはいた。
ネギ達の表情は皆疲れきっており、すっかり憔悴し切っている。
部屋の空気はまるでお通夜のようであり、息遣いの音でさえ顰めなければならないような身を刺すような静寂さで包まれていた。


「待たせたな」

ようやく俺が入室してきたことに気付いたのだろう、ネギと木乃香がばっと面を上げる。
ただ、唯一神楽坂のみが無反応であったが。

「あ、あの近衛先生!」

飛び込むようにネギがこちらに寄ってくる。
聞きたいことが山ほどあるのであろう。

ネギの質問に答えるのは問題ないが、まだ現段階では話を聞かせると問題のある人物が一人いる。

「―――木乃香、お前は刹那と一緒にじいちゃんの所へ行ってるんだ」

「……お兄さまは、また私に隠し事するん?」

その問題のある人物―――木乃香の台詞にまるで心臓を鷲掴みにされるような衝撃を覚えた。

「違う……とは言えないな。今まで木乃香に話してなかったことがあるのは本当だ。
 でも、信じて欲しい。それは決して木乃香を蔑ろにしてのことじゃない。
 俺も刹那も父上も母上もそして、じいちゃんもだ」

俺達幼馴染に加え、両親や祖母まで秘密を隠していたことにショックが隠しきれないのだろう。
木乃香の足は僅かに震えていた。その身を刹那が支える。

「うちにも教えてくれるん?」

「教える。だから、じいちゃんの元で今少し待っていてくれ」

懇願するような木乃香の声に了承の意を持って返す。

「わかったえ」

「このちゃん……」

「せっちゃん、大丈夫。だって、お兄さまもせっちゃんも一緒なんやろ?」

木乃香の肩の上に置かれた刹那の手を握り締めながらも木乃香は俺達に絆の確認をしてきた。
俺から木乃香の元を離れる気はない。
なにより、こんな不安そうな妹を兄である俺が放っておけるものか。

「当たり前だ。これからも三人一緒だ」

「もちろんです。このちゃんとは今もこれからも離れたりしません」

「なら大丈夫や。今はまだ不安やけど、二人がいてくれはるなら、うちは大丈夫……」

自分に言い聞かせるように呟く木乃香は酷く脆く見えた。





「じゃあ、うち行くな。お兄さまもはよ来てや? ほら、せっちゃん行くで!」

「あ、待ってやこのちゃん! そ、それでは大樹さま……」

「わかってる。木乃香を頼む」

最後までこちらを立ててくれる妹と幼馴染に心の中で頭を下げて、俺は二人の背を見送った。





「あ、あの近衛先生……」

「悪いなネギ。こっちの都合で時間を取らせてしまった」

「あ、いえ……」

木乃香達を優先した結果、ついついネギ達を蔑ろにしてしまった。
気を引き締めなおそう。








こちらの話に気落ちしてしまったネギと神楽坂が流石に心配になる。
魔法で人を傷つけたことのある魔法使いにはよくある反応らしいのだが、不幸にもそれを目にしたことがなかったので俺にはネギや神楽坂の落ち込みようが完全には理解できなかった。

 
「すまない。少し明け透けに話しすぎたかもしれない」

そんな俺の言葉に噛み付いてきたのは、ネギでも神楽坂でもなかった。

「そうだよ旦那! あんた一体何なんだよ!?」

「……カ、カモくん?」

カモのこちらを見る眼には、値踏みするような色があった。
それは相手の価値を計ろうというものではない。
目の前に相対する存在に対して、小動物が向ける警戒の瞳。
少なくとも、初めて相対した得体の知れない存在に対して警戒心を持つのは生物として正しい行動だ。

「ネギ、こいつは?」

「か、彼はカモくんといって……」

そこからは、ネギの心中の吐露がしばらく続いた。

オコジョ妖精のカモと再会し、カモが参謀となったこと。
数日前の夜、エヴァンジェリン一人に、ネギと神楽坂二人掛りで、なす術もなくやられたこと。
カモの助言でパートナー探しをしており、その結果、神楽坂にパートナーとなってもらったこと。
茶々丸を破壊したことに対しては、迷いながらもカモの『命を狙われているのだから遠慮することない』という指摘に従って攻撃魔法を放ってしまったこと。
直前に魔法を逸らそうとしたが、先日のエヴァンジェリンに襲われた恐怖が甦り、止められなかったこと。

ネギは所々つっかえながらも、すべてを語ってくれた。

しかし、ネギの告白を聞きながらも俺は心の片隅で疑惑が確信に変わっていくのを感じていた。


―――――さっきの交渉もそうだったが、俺の知っているエヴァンジェリンと今の彼女は別物なのかもしれない……。


ネギの話でようやく原作との差異を確信することが出来た。
予測と違う流れになったことは、当然だったのだ。そもそも最初から違う流れで進行していたのだから。
予測など出来よう筈がない。ここはマンガの世界ではなく、確かにある現実なのだから。


「ネギの話はよくわかった。
 お前が何を思って今回の事件を引き起こしたのかもな」

ネギの話が終わり、ネギの心境はよくわかった。

「もうわかっているとは思うが、俺もネギと同じ魔法使いだ」

そのことは絡繰との間に介入したことで、既にわかっていたのだろう。ネギも力なく頷く。

「本来なら、俺は現時点でそれを明かす気がなかった。
 何故だかわかるか?」

「……僕の卒業課題ですか?」

「そう。あくまでも俺はネギの卒業課題を影ながらフォローする為に学園長に雇われた。
 それは一般人に対する魔法の秘匿などに対してのフォローや3-Aの副担任という表の顔だけに収まるはずだった。
 ネギに関しては、命に関わる問題に発展するまでは静観せよ、と言われていたしな。
 だから、今回のエヴァンジェリンのことについても情報を掴んでおきながら、こちらからは接触しないつもりだった」

「……し、知ってたんですか?」

「ああ、俺も学園側も気付いていた」

「そんな――だったらなんで……!!」

ネギが興奮するのも当然だ。大人達は自分の危機を分かっていながら見放していたと言われたのだ。
裏切られたと思われても仕方がない。

「すまなかった……今回のことは完全にこちらの落ち度でもある。
 お前には謝っても償いきれないことをしてしまったかもしれん」

謝罪と同時に頭を下げる。

「だが、事はそれでは到底済まない問題になってしまった。
 だから、俺が出てきたんだ」





寮から学園長室へ向かう道すがら考える。

部屋を立ち去る寸前に見たネギはすっかり項垂れていた。
それも当然か、希望を持ち胸を躍らせ夢見た地での挫折だ。落ち込まぬはずもない。

しかし、ネギだけを責めてそれで済まされるわけではない。
今回のことで罪に問われるのはネギのみではない。

ネギの補佐としてついていた俺は当然のこと、麻帆良にネギを教師として招き入れたじいちゃん。知っていながらも黙認していた魔法先生。
ネギに危機が迫ることを知っていて、皆フォローしなかった。
当然、こちら側にも罰が与えられることは当然だ

ネギは自分が引き起こした事態によって他の者が罰を受けると聞いたら騒ぎ出すかもしれない。
自分のせいで、他人が不幸を背負うことになるのが我慢ならないのだろう。

でも、関係あるなしじゃない。それが責任ある立場についた者が担う『責務』だ。そこに例外はない。

非情なようだが、今回の絡繰の一件はネギにとっても成長の糧となっただろう。
それに絡繰には悪いが、考えようによっては、ここでネギが現実を知ることは間違いではなかったのかも知れぬ。
もし、今回のことがなくても、生徒が命の危機に巻き込まれることがあったのかもしれないのだから。
そして、その機会に、誰もがが無事にすむという確固たる保証もない。
魔法に関わるとは、裏に関わるとは、そういうことだ。
そのことをネギにもしっかりと自覚していて欲しかった。そうすれば、もう迂闊にこちらの世界に、生徒を関わらせようとも考えないだろう。









麻帆良学園学園長、近衛近右衛門。彼は今エヴァが示した最後の条件を聞き、苦悩していた。

「そうか……エヴァがのぉ……」

「ごめん。勝手に取引したのは不味かったと思う」

近右衛門も今回の事件の顛末は把握していた。
今更論じても詮無きことだが、まさか近右衛門も、ネギが茶々丸にそこまでの攻撃を仕掛けるとは、夢にも思っていなかったのだ。
エヴァンジェリンは決して甘いだけの者ではない。
大樹の言う通り、自分や高畑ですら彼女ことを図りかねていた。
対処の仕方次第では、大樹の言う通り、最悪の事態になることすら考えられた。
それを未然に防いでくれた大樹には、責めるどころか、感謝すらしている。
なのに、事態はもはやこの孫の命にすら係わる危急になってしまった。

しかし、

「ネギくんとエヴァの一件は儂も聞き及んでおった。だから、大樹はようやってくれた。
 正直、こちらも困惑しておるよ。まさか、ネギくんがあそこまで強攻な手段に出るとは、儂を含め皆思わなかったからの……」

「それは……」

唇を噛んで視線を落とす大樹。きっとこやつは己のせいで今回のことが起こってしまったと思っているのかもしれない。
だが、その思考は酷く歪で危険なものだ。放っておけば、大樹はいずれ壊れてしまうやもしれん。
ならば、ここでその間違いを正しておかなければならない。

「大樹よ、その考えは間違っておるぞい」

「……え?」

大樹は俯いていた顔を上げる。何が間違っていたのかを取り違えているのであろう。
そんな孫に向かって続けて語る。

「お前は確かに強く、それに優秀じゃ。だが、その力が及ぶ範囲は決まっておる。
 けれど、その範囲は決して無限ではない。人は一人ではどんなに強大な力を持っていようと、どうにもならぬことがあるのじゃ。
 それを自らのせいとして、『自分の力の無さ』と責める。それは、あまりにも傲慢というものじゃ」

「…………っ」

近右衛門は後悔していた。
ネギの有り余る才能を見て、期待してしまった。夢を見てしまっていた。
試練を課題をネギが乗り越えてゆく様に、成長してゆく様に、魅入られてしまっていたのだ。
けれど、ネギはその身にどれだけの力を秘めていようと、結局はまだ十を数えたばかりの子どもだ。
それをわかっているようで、自分達は理解してはいなかった。
目が曇ってしまっていた。
その結果、ネギ、明日菜、そして、この孫にさえも、抱えきれぬ負債を与えてしまった。
後悔してもし切れない。

今回ネギが仕出かしたことは、一個の魔法使いとしても教師としても、到底許容されることではない。
絡繰茶々丸は、麻帆良大学工学部のテストケースで生まれた人工物だ。
しかし、彼女自身が罪を犯した形跡はなく、むしろ今まで麻帆良の安全のために二年もの間貢献してくれていた。
それに加え、茶々丸は学校に通う生徒として最低限の市民権は持たされている。その許可を出したのは近右衛門自身だ。忘れよう筈もない。
であるならば、茶々丸は麻帆良に生きる住人であるのだ。機械であるからといって、人権を無視することなど出来よう筈もない。

もはや起きてしまった罪を消すことは、関東魔法協会の理事である自分でも出来ない。いや、してはならない。
それは自分らにとっても、ひいてはネギにとっても甘えになる。
ネギには試練を与えるだけでなく、英雄の息子として甘やかすだけでなく、むしろ厳しい現実をこそ教え、導いてやらねばならなかったのだ。
それが魔法使いとして、先達に立つ自分達の役割の筈だったのだ。

「ネギくんへの処分はさっき言った通りの手筈で進むじゃろう……」

「なあ、ネギに罪があるなら俺達にも……」

「無論じゃ。じゃが、儂は麻帆良の教師には罪を被せる気はない。
 すべては、儂が指示したことじゃ。大樹にしても他の魔法先生にしても、すべて儂の指示に従ったに過ぎん。
 ならば、下の者に罪を購わせることで良しとしてはならん」

「でも、それじゃあ……」

大樹は、こんな元凶である儂のことでさえもこんなに心配してくれる。
自分にはそのことだけで十分だ。

「それが上に立つものとしての責任なんじゃ。
 大樹よ、お前もいずれ重責ある立場につくことになるじゃろう。決して忘れずに覚えておくのじゃぞ?」



そうして近右衛門が浮かべて見せた微笑はとても穏やかで―――――


―――――同時にひどく痛々しいものだった。









「……先に帰ってる」


幾分肩を落としながら退室する大樹を見送る。
それを見送った後、今まで室内で頑なに口を閉ざしていた者が、ようやくその口を開いた。


「――――親というのは、損な役回りですね」

「確かにのぉ……」

振り向きはせず―――ただ近右衛門の声が室内に響く。

「じゃが……最近はそれを誇らしく思えるようにもなったよ」

近右衛門にとっては、麻帆良にいる生徒、教師に至るまで、彼の子どもと同じなのだ。
なら、その子どもに借金を残すような真似を親の自分がしていい訳がない。

「……そうですか」


老境に達した魔法使いの心根を垣間見、魔法界にもその名を馳せる男・高畑・T・タカミチは、ただ一言のみ口にし、偉大なる魔法使いに向かい頭を下げた





あとがき


まず初めに、続けて蛇足っぽい閑話を投稿し、時系列が混乱するような話を投下したことをお詫びします。
実はこれ以前数日で削除した旧九話の一部を流用しています。もしかしたら、覚えてる方もいるかもしれないですね。
そして、いきなりのタイトル変更。これには理由があります。
それというのも以前から、大樹が見通せてないじゃねえかというツッコミがありまして、作者には以前のタイトルを付けていた理由があるのですが、その伏線が判明するのはまだまだ先でして、このままだとただ混乱させる結果しか招きそうにないので、今回の変更と相成りました。

今回のテーマは『責任のあり方』です。
作者は別にネギ君が嫌いでも、憎んでいるわけではありません。
彼には話の展開上、原作より幾分辛い目にあってもらう予定ですが、反面その立ち直りや人間としての成長を望んでいないわけではありません。
無論、その辺りにも焦点を当てて、書いていきたいと思っています。
ネギ君は大樹に次いで、この作品の主役という位置づけて考えていますので、単純にアンチキャラにして終わらすつもりは毛頭ありません。

大樹の精神に変化が訪れる切っ掛けが出ました。
肉親を守る? それは結構。ですが、彼らの周りの世界が止まっている訳ではない。
自分の思い通りに物語を動かそうとするオリ主、でも現実はそんなに甘かぁないですよ。
それをわかっているつもりになっている大樹。それは傲慢ってもんです。
もし彼が避けられない岐路に立たされた時、ならどうする?
いまだ未熟な大樹、そんな葛藤も書けたらいいです。

次の投稿こそ第十話になります。
それでは、感想や批判、誤字脱字、作者への質問等などの意見がありましたらご遠慮なくお願いします


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