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[13068] 【学園伝奇ドラマ】影絵、影踏み、影遊び ―The world hopes for stories.―
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 HOME ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:57

8/5
チラシの裏からオリジナル版に移動。一章完結(一応)


全体の誤字、脱字は次回更新時に直します。


あと、いちいち報告でageをするのは他の人に迷惑が掛かるので、HOMEのtwitterでそういうのはやっていこうと思います。(執筆状況とか)
まだ、始めたばかりなんで、使い方がまだ分かってません。なので、とりあえずは今は報告だけに絞ります。






[13068] プロローグ
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3fdfd072
Date: 2009/10/29 02:21




ここにいるのは誰だろうか? わたし? ぼく?

暗い、とても暗い。どこまでも暗いここ。影しかないこの空間。

日の光が一切合財、切り取られ。さながら影ではなく闇でしかない。

ぼくの影とわたしの体。でも、ここに魂はない。故に自分という存在は酷くあいまいで、私は、本物の影に過ぎないのだろう。

ならば、自分という存在は無価値(偽者)でしかない。

―――ならば、本物になってみるのはどうだろうか?

どこからともなく聞こえる声。それは、天使か悪魔か? それとも神か人間だろうか?

―――その問いの答えは簡単だ。君が天使だと思えば、私は天使で、悪魔だと思えば、私は悪魔なのだよ

なら、あなたからすれば、あなたは、何者なのだろうか?

―――その問いも同じだ。私がそう思えば、私はそれになるのだ。

―――では、私から質問だ。君は、果たして何者なのだろうか?

わたしは、虚構(偽者)です。

―――なぜ、君が自分を偽者だと思うのか? つまり、本物(原因)があるから偽者(結果)があるということなのだろう。

かつて、わたしとぼくだった魂が、ここにはない。だから、わたしは無(死)んでいると同じ。

―――そうか、なら魂について語ってみよう。魂、あらゆる生命に宿るもの。第一に人という存在は、個々の魂が大きい。

―――故に差が顕著になり、個というものが大きくなる。だから獣と違い、個人を特定するのがとても簡単に出来てしまう。

―――だから、ここに一つ二つ質問をしよう。では、第一に君は影、即ち誰かと寸分たがわず行動するものか?

いいえ、違います。私は、二つで一つです。ですが、彼らは、二人です。

―――第二に君という存在は、物か、それとも者(もの)かはたしてどちらなのか?

分かりません。

―――では、やはり君は、者だろう。物ならば、「はい」か、「いいえ」、もしくは、「どちらでもない」と答えるはずだ。

ですが私は、分からないと答えました。

―――しかし、君は機械的に答えているわけではない。ならば、そこに魂が宿っているはずだろう。

―――簡単な話だ。クローンの動物だろうと魂が宿るのは自然の摂理、なら君に宿っているというのも必然。

ですが私は、偽者です。

―――ならば、本物になってみるのはどうだろうか?

―――本物がいないならその場所に空席が出来る。君がその席に座ろうとなかろうとどちらにしても君の存在は唯一無二と証明される。

どうして、そんなことを伝えようとするの?

―――私はね、見てみたいのだよ。君たちの結末がどうなるかを、それで私という存在の価値を証明できるだろうから。

だったら、遊ぶことにします。

―――ああ、存分に遊ぶがいい。だって君は、私の作品で彼女以外に唯一『影遊び』の使える者なのだから。






[13068] その影は、背後にある
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:36


     その時はどうでも良い事だったのだが、奇妙な男に出会った。学校の帰り道、バス停での事だった。

 土曜日というこの日、学生にとっては喜ばしいことに午前中の授業だけで放課後となる。
 そうなると当然、自由な時間、つまり遊ぶ時間が必然的に増え、平日の放課後と違った楽しみ方が出来る。
 たとえば、自分はいつもは少し遠くて足を運ぶのが躊躇われるショッピングモールへ行く事が多い。
 これといって買いたいものがないときでも行くのだが、単に友達と回り、売っている服を着た自分を想像したり、好きな男の子と此処に来れたらうれしいだろうな、とかそんなくだらないけども楽しい妄想を考えているだけででも十分満足だった。
 だからなのか、そんな土曜日の午後、家に帰る私の歩調は少しばかり速い。
 ステップという程でもないが軽快な足取で道を歩きながら、これから友達の香織と行くショッピングモールのことを想像し、鼻歌まで口ずさんでいた。
 少し恥ずかしい気がしたが、この際もう気にしない。買い物に行くことを思うと少し高揚した気分になり、その気分を損ねたくないからだ。
 歩く町並みは比較的に新しく、いつまでも網目状並んでいるとさえ錯覚してしまうほど規則的に並んでいる。
 十数年前、此処の開発が始まった。小さな島だったこの街は埋め立てにより大きくなり、また最新の技術やらを投入されたらしい。
 しかし、数年前に財政難に陥り開発事業はすべてストップ、その結果この上なく中途半端に事業が止まっている。
 最近、新たに事業を再開しようとしているらしいが、どうせ噂話だろう。そんな新かに損をするような事業に手を出すはずが無い。
 元々この島は医療施設等を充実させお金持ちの療養の場所や観光地の一つにするためにとか、方向性が完全に決まらず本当に適当な考えで造られて失敗したどうしようもない所なのだ。
 また、島で人が快適に生活できる環境が出来て、これから観光地として整備していこうと言ったところで終わったため使われていない廃墟同然の建物までもが存在している。
 唯一の救いは生活できる環境は整っている事と新しくて綺麗な所だけだろう。不便な所を許容できるのなら案外高級住宅地みたいなものなのかもしれない。
 
 そんなこんなで、別段どうでもいい事なのだけど、開発事業が止まったからなのか町中を走るバスは一つだけ年季の感じられる、言い換えるとボロボロのバスがある。
 この通称『ボロバス』なのだが、自分にはこのバスについてのジンクスが二つあった。
 
  第一に登校時に乗ることが出来ると必ず一つくらいいいことが起こる

 これについては、本当にくだらないレベルなので、正座占いとかと同じ次元のものだと言えなくもない。要は思い込みレベルの話でしかないということだ。

  第二に下校時に乗ると必ずかなり嫌なこと並びに不運なことが訪れる

 問題なのはこっちだった。これに乗った日には最後、何故かバス停から家までの間の五分ほどで全身ずぶ濡れになったり、上から万有引力にしたがって色々なものが落ちてきたりとバラエティーに事欠かない。
 よく、家に帰って起きた事象を客観的に見直すとかなり危険な体験してきたなーと思い至ってぞっとしたりと、そんなのが日常に成りつつあった。
 しかし、自分としてはそんなものを日常の一幕にしたくない一心である。

 今日はいつもより日差しが強かった。
 十一月が残り半分を切ったこの頃、秋から冬へと移る季節なので少し肌寒い。
 だからなのか強い日差しはほんのり暖かく、今さっき思い出していた不運に対する嫌な気分は吹き飛んでいた。 
 自分でもアホかバカだと思うが此処で小躍りしたい気分になる。
 今も鼻歌を口ずさんでいるままなのだが、踊り出したりしないのは、さすがにそれは恥ずかしさの方が強いということらしい。
 ふと思いついたように辺りを見回していたら、視界に入った自分の影に興味を覚えた。
 正午という時間帯ゆえに影はそこまで伸びていない。しかし、日差しが強いからは分からないが、影はハッキリとコンクリートの地面に映し出されている。
 首を斜め下に固定し、影を見ながら歩く。特に何か考えず、ただそれ見つめていた。
 そうしていると一瞬、影に『黒い鍵』が浮かぶ。
 それを不思議に思ってもう一度見ようと目を凝らすが自分の影以外何も無かった。
 そもそも見えたものがおかしかったのだから当たり前である。影の色とまったく同じ色をした黒い鍵なんか見えるはずがない。
 同じ色なのだからそこに鍵の形があるとは分からないだろう。
 そんな話、鍵も影だったとか突拍子の無い与太話でしかありえない。
 だから不思議なことがあるもんだなーと思ってそこからどうしようとも思わなかった。


  数歩歩いたところで目的のバス停に着いた。何度も繰り返した行動、しかし、今日は少しいつもと違っていた。


 バス停、自分の横には男がいる。下に白い服を着ているのは一部分だけ見えて分かるのだがそれ以外は全身黒服の男だった。
 黒服にはいくつもポケットが着いているほか、寒がりなのだろう、全体に分厚く相当重たそうだった。
 男の背は比較的高く、大学生でも高いほうだと思う。
 顔は無愛想極まりなく、まったく表情というものが読めない。
 その無表情もあるが、全体的に冷徹というか冷たい印象がある。周囲までその冷たさを伝えているようなそんな雰囲気だった。
 でも、そんな感想が不思議なことに間違っているかもしれないとも思っていた。
 まったくもって、自分が何考えているのか分からない。

 男の顔が少し真剣に成った。そこで人の顔を見つめているのも失礼だと思い目を逸らす。
 しかし、予想外な事に男のほうから話しかけてきた。

「すまないが」

 突然なことに「はい?」とすこし上擦った声で聞き返してしまった。
 男のほうは少し、だが明らかに不機嫌そうにしている。
 何か気に障ることをしてしまっていたのか分からなかったが、少し申し訳ない気持ちになった。

「影の上からどいてもらえないだろうか」

 また「えっ?」と、素っ頓狂な声を出してしまう。この男は何が言いたいのだろうか? 
 歳は自分より少し上くらいだろう、体ではなく雰囲気から見るともしかしたら同い年ということもおかしくない。
 顔はそれなりに整っているが、無表情に近い顔を見て余り社交的な性格ではないだろうなーと思いをめぐらせた。

「どきたくないのならそのままでいい。すまなかった、変なことを言ってしまって」
「えっ、あっ! いえいえ、べっ、別に大丈夫です! すぐにどきます。即刻、どきます。えーと、とっ、とにかくどきます!!」

 思考停止に追い込まれそうになるも、とにかく影の上からは逃げるように移動した。
 すると男はびっくりしたようにこちらを見つめていた。
 まあ、こんな風にどいたらおかしいだろうなと自分自身でも思う。
 男がまだ此方を見てはいるが、それに構わず深呼吸する。
 また、おかしい物を見るようにこちらを見ている。突然深呼吸する生物だ、気にならない訳がない。
 こちらとしてもこんなこと恥ずかしいが、このまま心臓がバクバクと脈打っている状態でいるよりはマシだと思ったからだった。

「影の上からどいてもらえないだろうか」この言葉が頭に引っかかり、今もまだぐちゃぐちゃと頭の中を回している。
 普段から余りよく考えることが出来ない性質のだが、今は少しばかり足りない頭を回転させてた。
 この質問、考えれば考える方がおかしなものだった。どうでもいいはずの影を踏まれるという事を嫌っているのだから、要するに。
 本当に踏まれるのが嫌な変人か、何かが影に有る位しか思いつかない。
 そう考えながら視線は必然的に男の下、要するに"彼女の影"に移ってしまう。
 考えながら視線を戻す。おかしなことはない、男の下にはしっかりと女の影がある。何も、何もおかしな、ことは。
 軽い頭痛が走る。頭を抱えるほどでもなく、静電気か走るくらいの物だった。だが、その不快感は明らかに自分の思考能力を削ぎ取っていた。
 おかしい、考えろ私。何に思考を制限をされるようにうまく考えられない。それでも考える。
 影が、女の影になっていた。目を見開いて影を見る。
 影だ、おかしい所はない。スカートを履いて髪は長いストレート、影におかしなところはない。
 あるとすれば、持ち主はスカートを履いていないし、髪も長くない。

  要するに影がぶれている。

 ぶれているという表現はこの場合適切かどうか分からなかったが、直感を信じるとぶれているとしか言いようがない。
 本人の容姿と影が合致していない。影という普段から気にしない部分が変化しているから気づかなかったのだろう。
 さっきの不快感を気にしないためにそういうことにする他なかった。
 そして、なぜという疑問が浮かんだ。だが、いつもより数段冴えていた自分は、自分の考えられる範囲で如何しようにも結論が出ないことを理解した。
 相手に直接質問しようにも、そのことを聞かれるのも相手は嫌がるだろうからやめるべきだと思う。しかし

 でもやっぱり聞きたい!!

 結局、自分は短絡的より適切に言うとバカな考えを、複雑に絡み合う思考から好奇心という一本の糸を絞り込んで選び出した。
 そうなると聞き出すしかない。初対面だが殆どそのことを気にしないあたりつくづく自分はいい性格をしていると思う。
 まあ、かといって直すかといわれれば、それが可能ならやっていますと声を張り上げて宣言するだろう。
 結論は出ているので、後は前進あるのみ。男に影のことを聞こうとして横を見ると

 誰もいなかった。

 それはもう綺麗さっぱりに。
 ドラマとか漫画との一話で意味ありげな言葉を残して一瞬で去っていく、そんな物語の鍵を握る人物のように消えてしまったのだと思った。
 となるとこれは物語の一話に当たるのだろうか。

 バス停に取り残された私、横から何かが叫んでいる気がする。

「乗るんですかー、それとも乗らないんですかー」
「はい?」

 徐々にその声が何と言っているのか理解して、回りを見渡した。辺りには自分とバスしかない。
 恐らくさっき、男に疑問の答えを教えてもらうかどうかとかを考えている間に思考停止に状態に追い込まれていたのだろう。
 
「乗ります、乗らせていたただきます!! 」

 そう言って叫びながら、目の前の年季の感じられるボロいバスに勢いよく乗り込んだ。 

 これがもし物語の一話ならばと思う、絶対何か巻き込まれるよ私。
 ふざけている訳でもなく、そうなるのは本当に嫌だなと思っていた。


 バスの中に入ると、男は後ろに座っていた。他にも数人の乗客が座っている。
 さてどうしたものか、自分は男よりも数個前の座席に座っていた。勢いよく入って何も考えずにいた結果がこれだ。
 男にどうしてか聞くと言うことを完全に忘れていた。
 自分の好奇心をすぐさま満たしたいがさすがに、今から後ろまでいって聞くわけにもいかず、ずいぶんともどかしい気分が続く。

 数分間もうーん唸って、どのように訊ねようか迷っているうちに男が下車しようとしていた。
 自分の座席を通り過ぎる男に声を掛けようかと迷っていたが、割と自分にとっては突然だったので踏み出すことが出来ず、男は降車口から降りてしまう。
「あっ」と声に出してしまったときにこちらを一瞥したが、すぐに行ってしまった。
 もう一度自分がしようとしていたことを思い返して、「は~~~」とため息をついた。
 どうしてこんなに好奇心が強いのだろう、他人に迷惑を掛けたらいけないのに。
 そして、今何処の駅なのか見た所で気づいた。
 かなり、重要なことだ。

「バス降りるの忘れた」



 奇妙な男がバスを降りてから次の駅で自分もバスから出た。そのまま一周してきてもいいのだが、バスの中にいるというのは案外居心地が悪い。
 どちらかといえば歩いたりする方が好きなのだ。それは登校時も同じである。
 しかし、登校時に学校までの距離を歩くわけにも行かず、自転車とか言う人を何度も地に叩きつける兵器など誰が何と言おうと論外である。
 遠いというのもあるのだが、それが登校時がバスの理由である。
 とは言え結論、バスの一駅分乗るのも気が、結局その距離を歩いて帰宅した。
 


 体が温まり息使いが少し荒くなってきた辺りで、自分の住む『スガハラマンション』の前まで着いた。
 マンションの前にはトーテムポールやらモアイ像のレプリカやらが置いてあって何故か何処かの異空間に迷い込んだ気分になるらしい、これは友達から聞いたのだから今ひとつ理解できないのだが、結構可愛くて気に入っている。
 これにも表向き賛同していなかったが、心の中では可愛いと思っていたに違いない。
 その感性はおかしいというのは唯の照れ隠しだろう、これまで何度も言われた。
 そのまま中に入り、鍵つきのマンションの玄関にあるガラス張りの自動ドアを開ける。
 ふと、よく考えるとこれは手動ドアではないかとか疑問もんが出た。
 考えつつもエレベターに近づき上向き矢印のマークのボタンを押す。
 運がいい事か分からないが、エレベターは一階に止まっていたようで押すと同時にドアが開いた。
 四方に囲まれた一室に入り『四』と書いてある奇抜なデザインのエレベターのボタンを押し、機械の箱は上へと上がる。

「何で漢数字なんだろう?」

 そう思っているうちに自動ドアとか手動ドアとかは頭から消えていた。


「たっだいまー」

 誰もいない部屋に向かって帰宅を伝える。無駄であるが、帰ったという気分になるので、行為のすべてがそうだとは言えないだろう。
 すぐに出るつもりなので鍵は掛けず、廊下を少し走って自分の部屋に行く。
 部屋のドアを開けるやすぐ着てるものすべて脱ぎ散らかし、できるだけ素早く私服に着替えた。
 脱ぎ散らかしたものは、一応ベットの上に置いておく。
 そして掛けてある出かける用の小さめながらそれなりに入るお気に入りのバックをひったくっていく。
 歩きながらバックのファスナーを引き、口の部分を大きく開いた。

「財布よーし、鍵よーし、ケータイよーし。その他、えーっと、もろもろOKっと」

 中身を確認して、すぐにドアを開けて外に飛び出した。すぐさま階段へと行こうとしたが、あるものが気になり急停車する。

「おっとと」

 体の方向は依然同じだがそのまま後ろへと下がっていく。気になった部分をもう一度見直した。
 視線の先、前まで空き部屋だった部屋に表札がつけられた。

『遊佐 影太』
 
 ここに引っ越してきたのだろうか、これから挨拶もすることになるだろうから良く覚えておこう。
 一人暮らしという点に少し違和感を感じたもののすぐにそんなこと忘れてしまい、本来の目的を思い出した。

「急がないと」

 約束の時間に間に合うようにと再び部屋のあるマンションの4階から階段で一階まで駆け下りる。
 待ち合わせの時間に十分だが、相手はいつも待ち合わせより三十分ぐらい早く来るので、余り待たせてしまうのも悪いという思考が出てきてしまい、どうしても予定より早く行こうとしてしまうためだ。
 全速力に三歩前ぐらいの速さで一回まで到着した。
 少しはしゃぎすぎたためか疲れたが、気持ちよかったためか顔がはにかんでいる。なぜなら、久しぶりに街に繰り出すからだ、これがうれしくないわけがない。

 でも、笑っている本当の理由は外に行くことではなかった。

「鍵、閉め忘れた」

 認めよう私は、やはりアホの子だ。





プロローグ――No.1『その影は、背後にある』





 学校の教室、放課後になり土曜日という遊べる日の到来を喜びさっさと帰る人、土曜日だというのに部活動を頑張ろうとする人が教室から行動を開始し始めた。
 前者はとにかく早く帰ろうとし、後者はいそいそと食堂に行くかどこかの教室で昼食を食べるかしている。

「やっと、終わったー」

 両手を上に上げながら身体をそらして伸びをする。後ろに倒していくが椅子の背もたれがあるので、頭から床に落ちることはない。
 視界が上下逆になる。すると当然後ろの席が見える訳で

「疲れてそうだね、クズハちゃん」

 そういって、親友の吉原 香織が微笑む。その笑みは完璧で一切の隙がない。大抵の男子が向けられたら、まず間違いなく惚れてしまうだろう。
 しかし、首から下には目を向けないようにしなくてはいけない、向けてしまうとそこに自分の姿を重ねてみて比較してしまい、かなりの殺意を抱いてしまうからだ。 
 ちなみに自分とカオリの関係は、それほどすごいものでもない。何かの大切な約束を交わしたとかでもなく、ただクラスが一緒になって仲良くなっただけ。
 それでも、一緒にいると楽しいし、話もよく合う、だから大事な親友。たぶん、今の生活で満足している私にとっては、それでいいのだと思う。
 一つだけ叶えたい願いぐらいは、二、三個あるけど。

「それで、今日はどうするんですか?」

 普段から土曜日は、私たちにとって街に出かけたり、どこかで遊んだりする日となっている。
 当然、今日もどこかに行くことになるだろう。
 いつもと同じ行動、でも今日はほんの少し違っていた。

「ああ、そういえば、今日大事なことクズハに伝えなきゃいけないの」

 そういって、カオリは凍りつくようにぞっとする笑みを浮かべた。
 背筋が凍る。何なのだろう目の前に居るものは、かおり? いいや香織はそんな、笑い方はしない。
 いつもはもっと天使のような笑みを浮かべるのだ。
 今のは、人形がした付け焼刃の冷笑や仮面ので造った笑いのように感じる。しかし、同時にどこか芝居じみたそんな笑いだった。

「じゃあ、今日は、いつもの天咲通りで服を買いに行きましょう」
「えっ、ああ、うん」

 次の瞬間には、カオリは元に戻っていた。聞きたいが、やはり気のせいだろうからやめておこう。
 それよりもそっけない返事をしてしまったことを嘆いた。これでは心配性のカオリが何を言ってくるか分からない。

「大丈夫ですか、体調悪いんじゃ」
「ううん、大丈夫。ちょっとボーっとしてただけだって」

「朝日が、ポケーとしてるのなんていつものことだろう」

 自分の机の前から男の声がした。割と聞き覚えのある声だ。反り返っている身体を元に戻し、目の前を睨む。
 自分の机と前の机を挟んで男子が立っていた。
 髪型は普通にワックスとかふつーに整えている。背もまあ普通。顔も見る人によってはカッコイイもしくは付け加えて(笑)というだろう。

「うっ、あんまり無言で睨むな。それにポケーとしているのは事実だろ」

 こうして、皮肉を言ってくるのは、クラスメイトで、それなりによくしゃべる男子で、出席番号が私の後ろで、それなりに頭がよくて、名前なんだっけ?
 身体を捻り後ろを向いて、カオリを見る。

「名前なんだったっけ、こいつ」

 カオリは、ははと苦笑いをしている。態勢を元に戻し男の方を向く。
 いつも、こいつのことは名前で呼ばずこいつやあんたと呼んでいるので忘れてしまったのだ。
 というより平凡すげて覚えてられない。姓が山田、名が山田の山田山田とかそんな平凡さだったと思う。
 このクラスメイトA、だめだなそんな上等な名称。そう通称『ハブ男』は顔を引きつらせている。

「ハブ男、あんた名前なんだっけ」
「うっわ、本人目の前にして直接誰かに尋ねた挙句、本人に聞いてきたよ」

 やれやれといった口調でいってくるハブ男。手を使いジェスチャーもしている所が少し気持ち悪い。
 その後にやった、わざとだろう髪を掻き揚げる動作もなんか気持ち悪い。

「俺様の名前は、新井 信二様だ」
「ハブ男じゃないの? あと俺に様とか少しセンスがやばいと思う」
「だーれーが、ハブ男じゃーーーーーーーーーーーっっっ!!」

 ハブ男は別に回りから嫌われているわけじゃない。空気を読まないが友達も多く割りと好かれている。
 あとたぶん叫んでるのもノリでやってるだけ、濡れた雑巾ぐらいノリが気持ち悪い。
 ただある伝説を持っているのだ。去年、石原 良哉"様"という親友がクラスに居なかったとき、校外実習のときなどのグループ決めで必ず独り余るのだ。
 別に悪意があるわけではない、そういう星の元に生まれているとしか言いようがない。つまり、必ずはぶられるからハブ男といわれているのだ。
 あと委員とかが抽選になると初めのほうに引くと一発で確定してしまうらしい。
 聞いた話によると幸運とか不幸とかそんなことに関係なく必ず少ない方になると言われていた。

 ハブ男もとい信二はヒステリーを起こしているみたいに両手で頭をかきむしっている。本当の所、見てて面白い。
 そうしているうちに廊下から教室のドアを開けて一人の男子生徒が入ってきた。
 すぐにこっちの方を見ると呼びかけるように喋る。

「信二、ここにいたのか。すまなかった部活の連中と食堂行っていたんだけど、お前を連れて行くの忘れてた」

 そこに現れたのは絶世の美形、美しい声の王子様、石原 良哉様だ。お花畑の背景と共に一歩、一歩とこっちに向かってくる。
 自分に妙なフィルターを介しているのは分かる、でもやめない。
 ハブ男の顔を比較してしまってトロールとかに見えるけど何が何でも辞めるつもりはありません。
 すぐさま邪魔なトロールことハブ男を押しのけ、目の前に立つ。

「こっこんにちは、良哉君」

 にこやかに笑いながらお辞儀する。

「ああ、こんにちは。朝日はいつも元気だな」

 と笑いながら返事をしてくれた。これで二日間ぐらいは、幸せな状態にトリップできるだろう。

「クズハちゃん、そこまで露骨にやるのはどうなのかと」

 葛葉の急激な変化に少し引き気味の香織、それと同じように信二も口を開く。

「俺の時とあからさまに態度が違うぞ、お前」
「うっさい、あんたまたハブられた癖に」

 ピキと何かの割れると同時に、「親友にも見捨てられたぜー」と言いながら信二が動き出し窓際から外を見る。
 何もかも絶望したような表情で窓から空をずっと見つめてた。そして、ぼそっと呟く。

「あーい、きゃーん、ふらーい」

 窓に足を掛けて飛び出す、信二しかし三人は気にしないで会話を続けていた。
 理由は簡単だ、この教室は一階に位置しているので窓から飛び出したところで死ぬことはない。
 多少の段差ではあるが、外からでも少しジャンプしてよじ登れば戻ってこれる位の高さなのだ。
 ちなみに月に一度はやっている。

「石原君、食堂にいてたの?」
「そうだけど、ちょうど食券を買うときに信二を置いてきたことに気づいて戻ってきたんだ」
「食堂か~」

 自分は、基本的に弁当を持参してくるので食堂に行く機会がない。
 一年生の最初のときに何度か言ってみたが、自前の弁当に満足していたので二年になってからは行った事がなかった。

「朝日達も一緒に来るか? ほら、朝日いつも弁当持ってきたからあんまり食堂に行った事がないだろう」

 憧れの男子高校生に食事の誘いを受けるという重大イベントが起きてしまった。すぐさま救援を求めるべく親友の香織に視線をパス。
 するとすぐに、香織は葛葉に向けてガッツポーズをしてリターンさせる。
 おそらく頑張れといいたいのだろうが、お嬢様系女子高生がガッツポーズをしているのは何故か滑稽だった。
 まあ、可愛いんだけどね。それよりも目の前の問題に立ち向かおう。
 
「うーん」

 どうしようかと考えている内に、いつの間にか小声で唸り始めていた。

「ああ、大丈夫、金なら俺が出すよ。一応、俺が誘ったんだからそれくらいは筋を通さないとさ」
「うん、それなら行こうかな。カオリも一緒に来るよね?」
「良いんですか? まあ、クズハちゃんが、それで良いって言うなら行きますけど」
「よし、なら行こう。急がば回れ、されど膳は急げってな」

 そう言った良哉の顔はとてもいい笑顔だった。口に出していた言葉から食事が好きなのであろう良哉は少し早歩きで歩き出す。
 そのとき、良哉と同じく歩き出した二人は、誰にも聞こえないようにひそひそ話をし始めた。

「クズハちゃん、私も一緒に行っていいの? 二人きりになれるチャンスなのに」
「私だけだと緊張して何口走るか分からないからさ、一緒の方が心強いしね。後、カオリも一緒に誘われたんだし」

 そうして、教室に居るのは委員長だけになり、男子一人、女子二人、影四つの一団が教室を出て食堂に向かった。

「なあ、何か俺忘れてないか?」
「えっ、ないと思うけど」
「私も特には」
「そうだよなー」

 そうして、だれかがハブられる。




 食堂の食券は人気の品はもう売切れてしまっているも。席は少し出遅れたのでそれなりに混雑していた。
 何個かの品に売り切れと表示されている券売機の前に石原君は立っている。
 少し迷っていはいるものの恐らく値段を考えて一番安い定食を選んでいた。

「ほいよ、これ二人の分」
「ですけど」
「まあ、買っちゃったんだから使うしかないだろ」

 「はい」と納得して返事を返す香織、その顔には、申し訳なさが混ざっているが何とか納得したようだった。
 食券を引き換えにして、三人とも商品を貰う。まだ食べている人も多く、ほとんどの席が空いていない。
 しかし、たまたま席の四つ空いていたので、外の景色が見える窓側のイスに座ることにした。
 空いている席は四つだったが、三人なので問題ないだろう。

「へー、やっぱり、それなりにおいしいものだね」

 食堂の料理はそれなりにおいしかった。
 こういうところは不味かったりすることがありそうだが、内容をとにかく簡単にして若者向けにそれなりの濃さの味付けにすればそれなりにおしくなるので、それなりにいけたりする。

「でも、少し辛いです」

 健康的な栄養バランスの料理を食べ続けているカオリにとっては少し濃い味だったようだが、箸が止まっていないところを見るとおいしくないわけではないのだろう。
 それよりも、何か会話の話題になることを探すほうが自分にとっては重要だった。

「しかし、会話が弾まないな」

 そう、言い出したのは石原君だった。基本的に暗い空気が嫌いなのか、この空気が耐えられなかったのだろう。

「そうだな、共通の話題としては、『転校生 柊 弥生』ついてとかは?」
「柊さんか」

 先週に転校してきた内のクラスの女子で……詳しいことは知らない。
 知ってることいえば、これまでよく転校を繰り返していたこと、そのためか性格からかは分からないが、あまり誰とも仲良くせず独りで居ることが多い。
 謎の多い人物である。
 更に謎を呼んでいるところは、いつも長い筒状の何かを持っていることぐらいだろう。

「そういえば、今日休みでしたね」
「ああ、それなら知ってる。実家? よく知らないが一週間位戻らないといけないらしいぞ」
「えっ、そうなんだ」

 それは知らなかった。というよりもそんなことなぜ知っているのかと聞きたくなってくるが、この場は押さえる。
 鬱陶しいとかそういう認識をもたれては困るのだ。
 そうは思っているものの意識していない時が多くボロが出てしまっていた。

「どうしてそんなこと知っているの?」
 
 ああ、またやってしまった。




 良哉たちが出て行って数分後、偶然なのかものすごい低い確率であるものの教室で弁当などを食べている生徒はいなかった。
 当然、教室に残る者も居らず、たまたま最後になった委員長も出て行った。
 
「そろそろ戻るかな」
 
 そう呟いたのは先刻窓から飛び出した、新井信二だった。
 地面を指でなぞっているうちに、なんとなくミステリーサークル風の地上絵を完成させ、そろそろ戻ろうと思っていたところだった。
 しゃがんでいた体勢から、よっと地面に手を着けながら立ち上がる。
 
「上りますか」

 教室の窓の下、いくつかパイプの類がありそれを突起物として足場にすることで簡単に教室まで戻ることが出来るようになっている。
 そのパイプに足を掛け軽くジャンプし他の突起物を掴む、そこから一回から二回ほど同様に少しづつ上がれば窓の所まで上がれるのだ。
 難易度はそれほど高くないので殆どの男子とそれなりに運動が出来る女子なら出来るだろう。

「朝日は出来るだろうがなぜか落下しそうだな」

 信二の頭には窓についた両手を上げて喜び落下していく朝日葛葉の姿が映っていた。
 よいしょっと窓に手を着き、中に入ろうと窓を開けようとすると

ガチャ

 もう一度

ガチャ、ガチャ

 おいおい、冗談だろともう一度

ガチャガチャガチャ

「窓、閉められているし。くそ、忌々しい委員長め、しかーーーーし、俺は体制という名の魔物には屈さぬぞーーーーー!!」

 教室に誰もいなかっためにたまたま最後になった委員長が閉めていたのだ。
 叫びながらいきなり飛び降り、地に足が着くやすぐに信二は走り出した。 
 
「つーか、いつも何人か弁当食ってるのに何でこうゆう時に限っていないんだよ」

 わーーといいながらも走ることをやめず、恐らく良哉が要るであろう食堂を目指していた。

 別に、教室からハブられた訳ではないよ、ほんとだよ。たまたま、委員長が窓を閉めささしてあげただけだよ。そこまで計算してやったんだ。すごいだろう、ほんとに、マジで、お願い、信じてください。

 以下五十行ほど、新井信二による熱い弁解が続く



「この椅子、貸してもらって良いですか?」

 三人で喋りながら、食事をしているところに男の人がやってきた。恐らくイスが足りなかったらしく、一つ貸してほしいそうだ。
 イスが一つ余っているので、大丈夫と言おうとしたところで、良哉が待てと口を開いた。

「何か忘れている忘れている気がする」
「でもさ、困っているよ」
「そうだな、大丈夫だから持っていってもいいよ」

 少し何かに悩んでいたがそのままイスを貸した。

「で、まあその話は信二から聞いたんだ」
「へえ、あいつなんか色々知ってるもんね」

 そして、再び話を再開する三人だった。



「食堂到着、いい加減、はぶられないようにいつも良哉の食べている食券を購入だーーーーーーーーーー!!」

 無駄にスライディングをしながら、入ってきた信二は、無駄に華麗な技術で五百円玉を食券の販売機に投げ入れた。
 スライディングが停止してから、ふうとため息をつきながらゆっくりと立ち上がるという、無駄にダサい起き方をして食券を購入する。
 周りの人間は、その一連の動作の、前半と後半のテンションの違いにより誰もつっこむことが出来なかった。
 それから、何事も無く。良哉達のテーブルに尽き、大気という名のイスに座った。三人とも談笑していた。

「それでさ、信二どう思う?」

 何かフツーに会話がこっちに来たんですけど、俺が居なかったこと無視ですか

「あれ、なんで信二イスないの?」

 先にイスですか、そうですか

「さっき、人に貸しちゃった。もっと、早く言ってくれれば渡したのに」

 俺が来るのにイス貸したんですか、まあ、予想通りだけど。

「そういえば、いつ来たんだ、信二」

 ご飯を口に入れながら、ようやくそのことを良哉は口に出した。言った本人は余り気にしていない様子。

「あ!!」

 二人ともお化けを見るような目つきで信二を見た。

 ああ、主よ(家に置いてある、猫の上半身とブラックタイガーの耳を持ち、ピグミーチンパンジーの両手がとって着けられたような羊の置物の家宝)なぜ私をお見捨てになられたのですか?

 ちなみにブラックタイガーに耳なんかねーよ、立派な甲殻類だよ。誰だよ、いい加減なこと言いやがって。
 感想を一つ、心の中でハイテンションって寂しいものだな。



「それで、聞きたいのは、『謎の転校生 柊 弥生』の事」

 投げやりな態度で、信二は言った。
 少し前の良哉が言った実家に戻るという情報は、恐らく信二から伝えられた物のため、今ここにいる中で一番情報を持っているのは信二だ。
 だから、こうして信二を問い詰めている所だった。

「結論から言おう。何も知らない、だ」
「ちょっと、本当に何も知らないの?」
「ああ、というより誰もが知っている情報分しか持っていない。一人暮らしである。転校を繰り返してきた。友達はいない。それと」

 いつも見ている格好を思い出して、最後になにを言おうとしているのかすぐに思い至った。

「何か長いものを持っていること」
「そうだ。ああ、そのことがあったな」

 思い出したような顔をした、信二に三人の視線が集まる。

「あれ、マジもんの真剣だ」
「は!?」
「いや、だから刃物。バリバリの銃刀法違反」

 三人とも面を喰らったように、信二の言葉に驚いた。日常では使われないような単語を聞き、あまつさえそれをクラスの女子高生が持っているのだ。

「へえ、それはすごいな」

 石原君は、驚きこそしたもののすごいなーという意見に行き着いたらしい。

「自分がエージェントになりきって質問したときに、『なぜわかったの?』とノリノリで返してきたからな。柊の性格上、ジョークの類でそんなことは言わないだろう」

 エージェントごっこして、相手に話しかける信二の思考回路が意味不明領域に達しているが、おおむねその通りだろう。

「それ、ますます、謎の転校生ね」

 その後は、特にたいした話も無く解散となった。





 それが昼ごろの会話だった。バス停で奇妙な男を見たとか、鍵の事以外何の問題もなく無事に約束の場所へとたどり着く。
 天咲通り。ショッピングモールといえば良いのか、この島で一番大きく人も集まる場所だった。
 回りを見渡すと学校で見たことがある顔が見つかることから、此処が学生達の溜まり場であるのは明白だ。
 しかし、一番治安が悪くなりそうなこの場所でも一切ガラの悪そうな人間がいないというのは妙だが、正直な話、自分としては治安が良いということだけがあれば他に要らないので余り興味が無かった。
 
「おーい、香織ー」

 手を大きく振りながら、声を出して自分の居場所を伝える。何故か周りの人がこちらを見ているのだが、なぜだろう?

「待った?」
「いえ、別に。それよりこういう人通りの多い場所で大きな声出さないでください」

 少し恥ずかしいのか顔を赤くしている。しかし、不貞腐れながら顔を赤くしている様はとてもかわいらしい。
 分かったと香織に伝え、少し反省をする。まあ、自分でも今考えるえるとかなり大きな声を出していたと思う。

「それじゃあ、いきましょー」

 そう言うとまた回りがみんなこっちを振り向いた。ヤバイと思って口を塞ぐが、よくよく考える既に言葉にしているのでとまったく無駄な行為だ。
 香織はもう呆れたのを通り越して笑っていた。
 
「はい」
 
 手始めに服を見に行こう。そう思い、店の方向へと歩き出した。



あとがき 12/29

読みにくいかもしれませんが、一応、自分では文の形式を整えたつもり……です。





[13068] 美しきは影の蕾
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:36

 服を見ることから始まり、適当な所で買い物をして、最後には香織に連れられて本屋を歩き回った。
 時間にすると二時間は経っているが、一瞬で終わってしまったように感じる。楽しい時は時間が過ぎるのが速いとか何とか。
 しかし、時々、香織が一度学校で見せた少しおぞましい様な、そんな表情をしていた。
 勿論、その瞬間は何かぞっとして背筋が凍るような気分になってしまうのだが、次に表情を見た時にはいつもの表情になっている。
 香織が何かおかしなことになっているのか、それとも自分がただおかしな妄想を抱いているのか分からなくなってきて、どうしようもない不安に駆られる。
 しっかり香織の顔を見た。いつものように柔らかに笑っている。
 その笑顔を見ると無性に安心してきた。だから、自分の不安なんてものもこんな風に吹き飛んでくれるに違いない。

「どうかしたんですか?」

 どうやらじっと顔を見ていたのがばれてしまったらしい。
 この雰囲気を如何にかしようと思い誤魔化そうとする。

「いや、どうしてそんなに肌が綺麗なのかなーと、疑問に思ってみたり」

 自分でも驚くぐらい簡単にちょうど良い言葉を考え付いたと思う。 

「うーん、多分、クズハちゃんと使ってるもの同じだと思いますけど」

 そう、たしか自分が勧めたのだ。だからこそ言いたい、どうして差が出る。





 もう、結構な時間が経ち、冬に近いという季節のせいなのか、空は暗くなっていた。
 自分達のいる場所は大通りの真ん中なので大して暗くはない。
 それにどちらかといえば、そこ彼処に付けられている電球の光で眩しい位だ。
 そんな中、香織が少し前に走り出しこちらを振り向いた。

 その顔は、最も見たくないものであり、どうしたのかと訊ねたくなり、同時にそれを躊躇させるものだった。
 香織が笑いながら言う。

「ちょっと、見せたいものがあるから、一緒に来てくれませんか」

 香織が発したその言葉。普段なら何一つ考えることなく返事を返し、その後を着いて行っただろう。
 しかし、今回はどうしても足が進まない。返事をするのが躊躇われる。
 どうして、どうして香織はそんな顔で笑っているの。
 ささやかな疑問。何で笑っているのか訊ねるというとてもシンプルな疑問。
 どうして、そんな表情で笑っているのと、どうしようもなく聞きたかった。
 別人のよう。いや、人形のよう。
 簡単に言うとおぞましいのだけれども、そんなことより、この笑い方は何処までも完璧なほど芝居じみている。
 自分はそう直感した。

 視界の端、黒い服が映った。記憶には誰だとかそういう情報が一切皆無なのだが、どうも見覚えがある。
 町の中、まだまだ人が行き交う路上でこちらを見ていた。背が高く、厚めのコートを着ている男。
 そのいかにも社交性のなさそうな顔を見て確信した。今日の帰り道、バス停で出会った男に間違いない。

「あーーーーーーっ!!」 

 何を思ったのか叫びながら体が勝手に動いていた。突き出した右手、その指の先で思いっきり男を指差している。
 見事に突き出された指の先、皆、何事かといった風に徐々にその線上から人が左右に避けていく。
 この現象を客観的に見渡し、まるでどこかの預言者さんがあれを左右に割ったみたいだなと思って気がついた。
 これって結構、危険な状況?
 既に指差した線上には何一つ障害物がなく驚いている男が残されていた。
 周りの視線が男に突き刺さっている。見ている誰しもがこの状況と男が何をしたのか興味心身だった。 
 
 当事者、朝日葛葉はどうしても困っています。
 ヤバイ、何も考えていない。どうしよう、どうすればいい? というより何が聞きたかったんだっけ?
 足りない脳を過分に活動さして対処法を考え出す。
 仕方が無い最終手段を使うことにしよう。

「やっ、ヤー、久しぶり山田君。ズイブン長いコト合わなかったケド」

 ガチガチに緊張しながら、苦肉の策に出た。
 どう転ぶか分からないが、人違いでしたといって逃げれば問題ないだろう。
 うん、問題ない。
 そう結論が出ているもののまだ混乱中のため、依然として指は指したままだった。

 三秒ほど沈黙が走る。

「人違いだ、俺は山田ではない。失礼」

 言い終えると男は
 逃げた。脱兎のごとく逃げ出した。
 誰の目にも鮮やかなUターンをした後、人ごみの中へと消えていく。
 一瞬であそこまで素早く逃げることが出来るだろうかという疑問が出来たが、この場がどうにかなったのは確かだ。
 現に周りのギャラリーは興味をなくしたように各々の行動を再開している。

「さっきの人、知り合いなんですか?」
「ううん、違う」

 男に向けていた指を元に戻そうとする。
 あれ?
 もう一度試してみるが上手く広げることができなかった。
 よく見ると少し震えている。
 なぜだろうと記憶をたどると原因だろう、男の事を思い出す。
 あの時、そう見つけた時だ。あの時、確かに男はこっちを見ていた。
 その目は、印象に残っている。背筋が凍るようなとても冷たい視線だった。
 何か敵意を向けているような、どうしてそんな。

 その時、何かが切れてしまった。
 恐らく疑問に思うことが多すぎて脳がショートしたのだろう。

「うがーーーーーーーーーーーー」

 頭を抱えて呻く。まったく分からないことが多すぎる。
 周りが何か見てはいけないものを見た時のように目を逸らしているがもう知りません。
 これも含めてボロバスの呪いに違いがない。

「ちょっと、クズハちゃんどうしたんですか?」

 自分の姿を見て香織が慌てている。
 ごめん香織、私の脳はショートしていて今はどこかの宇宙人に操られているので制御が不能です。
 まあ、嘘だなんだけど、本当にそんな感じで制御が不能だった。




「ご迷惑をおかけしました」と謝りながら現在私は、香織に頭を下げていた。

「反省したのならいいです。さすがの私も道端で発狂する○チガイみたいな友達はご遠慮願いたいですから」
「香織さんダメです、そんな放送禁止用語に含まれるような言葉は使ってはいけません!! 」
「今は私が説教しているんです!! 」
「ごめんなさい」

 不機嫌な香織。
 どうすることも出来ないので素直に謝っておく。

「そ、そういえば、どこか行こうとしているんじゃなかったっけ?」
「そうでした」

 話題を逸らすために入ったのはいいが返ってきた返事は、やけに淡白で機械的と表現するのが相応しいほど淡々としていた。
 返事の後、すぐに香織はこっちに背を向ける。

「行きましょう」
 
 そう言って、香織は歩き出す。

「あ、待ってってば」

 突然歩き出した香織の後を着いて行く。
 後で思ったことなのだが、この時香織の顔をよく確認しておけば良かったのかもしれない。



プロローグ――No.2美しきは影の蕾』



 香織に連れてこられた所は、人気のない廃墟だった。
 島全体としての事業がストップしてしまったため、ビルなど色々工事が途中で放り出されてそのまま待ちぼうけを喰らっている建物が両手で数えられないほどある。
 確か聞いたことがあった、天咲通りから少し脇道に行き進んでいると放置されている廃墟がある地区があるそうだ。
 恐らく此処がそうなのだろう。通りの光が見えるが此処はまるで別世界のように暗い。
 本来なら柄の悪い連中がたむろしてそうだが、辺りにはまるで見当たらない。それどころかゴミも落ちておらず、此処が誰にも使用されていないことを物語っていた。
 まだ、そういう連中がいたほうが安心できたかもしれない。
 真っ暗闇の中、足元も奥行きさえもはっきりとしない。その中で二人だけの足音が響く。

「ね、ねえ、香織。み、見せたいものってさ――何?」

 恐怖とか焦りとかをどうにか押さえ込んで、空元気でしかない明るい声を出して質問する。
 それでも恐る恐るといった雰囲気を拭い去れず、相手に心配を掛けているかもしれない。
 何を見せたいのか、そしてこれから何が始まろうとしているのか、自分はそうした不安の塊が迫ってくるような感覚に捕らわれながら、廃墟の入り口、日常と非日常の境界線を跨いだ。
 暗い。唯一、自分の目で確認できるのは少し前を歩いている香織だけだった。
 入り口から数歩、その距離でもう回りに壁があるかすら分からなくなっている。
 
 横に居た香織が突然歩調を変えて――――消えた。
 正確に言うと速度を上げて歩いていっただけなのだが、この暗闇では視界から一瞬でいなくなったように感じるため消えたという表現は間違っていない。
 軽やかに踏むスッテップが何の音もない暗闇の中に広がっていく。 この場に似つかわしくないやけに楽しそうな音、そしてそれが作り出す旋律を聴く限り踊っているのかもしれない。
 その音がどんどん自分から離れ、先の見えない暗闇へと沈む。
 時々、音源が横へと方向を変えたり、また戻ってきたりしていた。
 その音がいっそう不安を煽る。

「ね、クズハ」

 先の見えない暗闇、深淵にも思えるような場所からの呼びかけ、返事をしようと口を開こうとするが何かに塞がれた様に喋ることは出来なかった。

「昨日くらいからね。ずーーと頭が痛かったんだ。何かにね命令されるようにさ、頭が痛いの」

 香織の足音は止まっていた。声が聞こえる方向は自分の正面からだ。辺りに響く声、体育館などのホールような密閉された場所で声を張り上げた時に似ている。
 此処が体育館などのホールなのかなと妄想して嫌な考え浮かぶ。密閉された場所、逃げ場のない空間、ただし逃げ場は入り口の一つだけ。
 振り返って逃げ出したい。足は何故か寒気を感じ震えている。
 あはは、ちょっと調子乗って薄着してきたかな。
 出来るだけ気楽に考えて行こう。そうすればどうにかなるなんて根拠のない考えを信じようとした。

「何故かね。クズハが石原君と喋っている時に一番酷いの。だから」

 ごくりと唾をも見込んだ。この先に続く言葉がなんとなく分かっていた。
 文脈上どんな偉い学者でも決して予想できないだろう。でも、自分にはそれが分かっていた。
 おかれている状況から理解したとか頭を使った結果ではなく。
 ただ純粋に相手から向けられる害意、それは敵意だもなく殺意でもない。
 今、吉原香織は朝日葛葉という存在がいなくばればいいと思っていること、そのことを認識できたことに他ならない。

「殺すの」
 
 それでも驚く。予想しておきながら香織が、そんなことを言うと思わなかったのだ。いや、ただ思いたくなかっただけなのかもしれない。
 しかし、よくよく考えると色々な所でおかしい。
 香織の発言から恐らく、いやたぶん香織は石原君に好意を持っていたのだろう。
 今までそんな素振りを見せてなかったから、気づいてなかったので驚きを隠せない。
 もしも、今までずっと隠し通してきたのだとすれば。
 しかし、感想は一つ。それは恐怖とか申し分けい気持ちとかが入り混じり本当にグチャグチャになった瞬間、かつてないほど物事を客観視した時のこと、一つだけ一瞬頭を過ぎった感想だった。

――ああ、芝居じみている。

 演技力とかそんなものを抜きにしたただの直感。理論もその結論に至った過程さえないものだ。
 けれど間違いとは思わない、それだけは言える。だが、そんなことを思ったのはほんの一瞬でしかない。
 もう今は恐怖という感情が頭の中を支配していた。
 動かなかった足が動く、目の前の恐怖に対し怯えてズルズルと靴底でコンクリートの床を擦りながら後づさる様にゆっくりと。
  
「ッ!! 」
 
 突然、目を開けて入られないほどの閃光が廃墟を照らした。
 目を閉じるも余りにも眩し過ぎて無意識に片腕を目へと持って来て出来る限り光を遮断する。
 数秒後、どうにか前を見ようとして慎重に目を開けていくと まず初めに認識できたのはその光源だった。
 大型の野球場の上についてそうなナイター用の照明が三つ、二階だろうか付けられている位置は首を上に向けなければ視界の真ん中に来ることはない。
 その場違いな装置からの光はやはりこの場に似つかわしくなく、この廃墟は家の中にいるのとそう変わらない明るさになっていた。
 香織のほうを向き直るが逆光で顔が良く見えない。それが自分の不安を極限まで煽る。

  凝った演出だ。殺すと言った少女と言われた少女、光によってその二人の強調するように映し出されている。それはとても安上がりなドラマの完成だ。 

 何か漠然とした恐怖を抱えて走り出す。
 とうとう自分の精神が吹っ切れ、恐怖から逃げ出すという本能が支配した証拠だった。
 つまりこの時、自分は香織が自分を殺そうとしている事を本当に信じてしまったということだ。 
 親友失格、これで親友というのだから本当に馬鹿らしい。
 こんな怖いからという理由で逃げている自分が本当に疎ましかった。

 しかし、逃げようとしたところで、左の足首を何かによって掴まれる。
 慌てて確認しようとした時には既に遅く、どうあっても振りほどくことのできない位の力で引っ張られた。
 何とか掴まれているものを外そうとして、手を伸ばすがそこに存在しないかのように触れることが出来ない。
 黒くて太い縄のようなそれは所々枝分かれしている。まるで植物のツタのようだ。
 何度も触れようとして絡まっているツタを掴もうとするが、まるで実態の無い影の様に触れることが出来ない。
 
「逃げないでよ。私があなたを殺すんだから」

 未だ頭を抱え苦しそうな香織が悲鳴にも似た声で叫ぶ。そして、その声と共鳴する様に自分の足に巻かれているツタが一層強く締め付けられた。
 思わず悲鳴が口から漏れる。
 恐怖と共に香織への謝罪の気持ち、罪悪感が入り混じり、何も考えられないでいた。
 これで死ぬのかななんていうことも考え始めている。
 でも、出来るなら生きて香織に謝って楽しく生きて痛いと思っていた。

 そんな時、銃声とは言わないが何かの発射音が聞こえた。




「誰!?」

 廃墟の入り口に振り向く、視線の先には男が一人。
 今日、幾度となく目にした黒の男、右手には自らと同じ黒の拳銃を携えながらそこに立っていた。
 右手の凶器、その銃口を香織に向けながら男は質問に答えた。

「我、影をもって影を討つ者なり」

 歩きながら男が口を開く。同時に拳銃をホルダーに仕舞っているが、その存在感は決して揺らぐことがない。
 この廃墟に男の声が響き、その声が反響していつまでも耳に残る。
 男は一歩一歩、臆することも恐怖することもなく進んでいった。
 男の存在感はその卓越した強靭な意志がもたらす副産物だと分かる。
 決して揺るがない意思、故にその存在も決して揺るがないのだろう。

「私を殺すの?」

 顔をにやけさせながら、馬鹿にしたように質問する。 
 まただ。
 あの顔、あれは香織の顔じゃない。直感した、あの顔の先には何かがいる。
 言葉では説明できない、でも絶対の確信を持って言い切れた。

「操り人形、お前のことなどどうでもいい。ただ、その糸を断ち切るだけだ」

 踏み出す足につられて女の影が動く。男の身体に女の影。
 光とかの物理法則を完全に無視して捻れた存在。
 この時、男の影として存在する錯覚かと思っていた彼女の影を初めてはっきりと見たんだと思う。
 それでも驚きは驚きでしかった。今の自分を見たら大きく口を開けたまま唖然としているだろう。
 ちなみに絶対鏡を見たら口を開けているから本当に怖い。
 これだけの超常現象なら恐らく山田君がUFOを連れてきたところで驚きはしないと思う。

「わたしは、クズハをどうにか、しないと」

 香織はさっきまでとは打って変り、肩を上下させ目も少し虚ろになっていた。表情も苦しそうな所を除いて普段の香織に近いと思う。
 荒い吐息をしながらも、再び左手で頭を支えるように抱えた。
 その様子で香織の喋った台詞通りに頭が痛いということが、手に取るように分かる。 

「殺すと明言しない、か。なるほど、と言う事は行動に比べて感情はそこまでしたいと思っていない。故意にしろ不完全な自動人形なのか」

 男は口を閉じた後、考える動作をする。自分の中で解が出て納得したらしく、なるほどと言った様子で宣言する。

「いや、単にそこまで操りきれていないだけか。俺達のような存在を知らないとしても警戒心が低い、手を抜きすぎている。所詮、二流未満のそれも三流の下でレベルでしかない訳だ」

 正直な感想を一つ。この兄さん容赦ないね、本当。何言ってるか全然分かんないけど、皮肉に以外には聞こえません。
 顔とか見たらクククとか笑ってそうだけど、残念なことに既に背をこちらに向けていて顔を見ることが出来なかった。
 そこで顔を見るために横に移動しようとして一歩進んだ。だが、すぐに香織の声が聞こえて踏み出そうとしていた足が停止する。
 
「殺す」

 突然、香織の気配が変わった。未だに頭を抱えているが、さっきまでと違い息も震えも止まっている。

「絶対にお前を殺してやる」

 ショックだった。本当に香織であるか違和感を拭えないままなのだが、香織の口からそんな言葉が出るなんて信じたくない。

「ここは、やれるものならやってみろ、とでも言えばいいのだろうか」

 男の発言は相変わらず抑揚がなく、本当にこの場に似つかわしくない。
 だけれども本当におかしな所は、この発言が誰に向けてであったと言う所だった。
 
「ちょーっと、女の子相手に言うセリフじゃないよ、エイタくん。ほら、なんかいじめているみたいだったよ。
 こう 『さあ、僕と一緒に夜のダンスを踊ろうじゃないか、最後はベットでギシギシと』みたいにさ捻りを効かして。
 あっ、今最後の部分だけいいなとか思ったでしょ。 いけないんだー、女の子をそういう目で見ちゃいけないんだー」

 さっき、もう驚くことはないとは思ったもののこれには驚いた。
 まさか、影が喋るなんて思いもよらなかったのだ。後、発言にも驚いた。
 だが、結局喋ったのは喋ったのだが、その発言により全員が聞かなかったことにしようとしたらしく無視された。

「誰なの、あなた」

 男は目を見開き呪い殺すような視線で影とその主人をにらみつける。

「我、我がかげを「ふふふ、よくぞ聞いてくれた、その正体は、なんと、影狩り師(しゃどーはんたー)、カゲミとエイタだーー!!」………」

 沈黙、沈黙、沈黙。

 男の影、つまり香織に指を差している彼女以外は、全員沈黙。
 いやだって、いきなりこんな風にシリアスぶっ壊す子見たことないって。あれだ、この子、そう信二の同類だ。
 さっきの発言からしてかなり浮いている。
 自分のセリフを遮られた男は明らかに目線を逸らし不機嫌を回りに振りまいていた。
 斜め下に顔を傾けながら下を見いている様子は、今朝会ったときやさっきの雰囲気と違い子供っぽくてただの冷徹な人物ではないと分かる。
 しかし、すぐ香織の方を向き直ったときには氷のような冷徹さを持って対峙していた。

「カゲミ、そんなことはもういい。すぐに済ませるぞ」

 ひどく落ち着いた声で、影に語りかける。
 それを合図に女の子の影が通常ではありえない方向、私たちの影とは逆の方向に伸びていく。

「そんなもの」

 同じように香織の影がどんどん広がっていき、やがてその大きさが数倍になった。
 その影は、ここからでも分かるくらいにはっきりと花の形をしている。
 何本ものツタ、巨大な花びらが映し出され、人知を超えた間の植物だった。
 その姿はまるで、見るもおぞましく醜悪という美しさを持つただ人を喰らうため咲き誇る食人花だ。

 しかし、それだけでは恐怖は止まらない。

 広がった影からツタが、根が、葉が、次々伸びていき地面から離れていき、最後に凶悪な口を持つ花が立派に咲く。
 香織の背後に立つ影は、大きさにして三メートル余り、根元が繋がっているところ以外はそれはもう影ではないリアルでしかない。
 花びらは影であるゆえか薄いグレーが塗られているが、血の様に赤く紅い色をしている。
 ツタも数本では飽きたらず、数十本近くも生えてきた。 
 同じように影の少女も、影から現実に現れる。
 ただ、違うとすれば男とは、完全に離れているという一点だけ。
 個人差ともいえなくはないが、影という前提がある以上このことは本来ありえないことだと推測できる。

 現れた少女は、影だけでは分からなかったが、葛葉と同じくらいの歳だろうか?
 かわいらしいワンピースを着て顔もまだ幼さが残る少女だった。
 しかし、注目すべきところは男のほうだった。
 少女の影がなくなった今、男には一つも影がなかった、地面の何処にも写っていないのだ。
 でもそんなことを考える前に少女の影が動き出す。
 影の花と影の少女が激突した。




 現れた影の花、そのツタとも呼べる部分は視認できるだけでも数十本に上る。
 その圧倒的物量のアドバンテージを使った面による攻撃が、影の少女を襲った。
 しかし少女は一切動じることなく、雨の様なツタの下を駆け抜ける。
 姿勢は限りなく低い、だが決して倒れることはなかった。
 まるで四肢を駆使して走る豹のような疾走を圧倒的な速度を持って、体が完全に傾くまでに速くそして幾度も地を踏むことにより、強引に姿勢を保ち続ける。
 少女は一直線に香織を目指さず、目標まで十歩までという距離を維持しながらその周りを駆けた。
 少女と串刺しにしようと伸びるツタとの鬼ごっこにより、ツタがコンクリートの表面を抉っていき円が描かれていく。
 一歩踏み間違えたら死という結果を引き起こしかねないにもかかわらず少女はいたって冷静。それどころか笑みすら浮かべていても不思議ではないほどリラックスしている。
 それだけ冷静なのになぜ香織にい直線に向かわなかったのか?
 その理由は、一直線に目指していたら二秒も絶たずに蜂の巣にされるために他ならない。
 なぜなら、予備のツタが花から伸びており香織を常に守っているのだ。
 だからこそ少女は一直線に行かず円を描くという選択をした。
 しかし、何処から攻撃しようとそれは必ず突破しなくてはならないことには変わりない。
 だが半周、ちょうど香織の後ろに来た所で少女の動きが突然変わる。
 今までの疾走から逆方向へと向かうように片足を突き出し急停止、香織の居る方へと垂直方向に軌道変換しコンクリートを蹴り出す。
 背後を取られた香織がその事に気づき確認しようと振り返るが、少女は構わず影の花へと跳躍する。
 香織は少女をその両目でしっかりと捉えた。それと同時に既に待機状態だったツタが少女に向かって動き出す。
 

 目の前には、黒服を纏った男が立っている。
 あなたは戦わないんでいいんですかー、あなた達何者なんですかー、とかボリボリと訊ねたいがどうもこの兄さん素直に答えてくれそうにない。
 それにこの無愛想ミラクル冷徹さんが営業スマイルしながら答えてきても怖いだけだろう。
 この場に似つかわしくない感想を抱きながらもどうすることも出来ない自分に腹が立つ。
 この人は敵ではない――と思う。
 何を基準にして敵とかを決めるのは知らないが、この二人組みは自分達を助けてくれる人達だ。
 雰囲気が、あの日助けてもらったときの彼のものと似ていなくもない。
 この人のほうが数段落ち着いているのだが、俺は助けるつもりはないぞー的な雰囲気がまさに同じだった。
 少女が駆け出した時、男も動き出す。
 服のポケットからお前どれだけ黒好きなんだよと言いたくなる色をした手袋を取り出した。
 それを一秒も経たずに両手に着ける。正直、着けてる所が速すぎて見えませんでしたー。
 男の様子も気になるがそれよりも地鳴りのようの音によって強制的に首の方向を変えられた。
 花のツタが女の子に向かっていき、逃げられ避けられる。
 その避けられたツタが、鉄パイプとかでも余り傷つけられない硬さがあるはずのコンクリートの床に容易く突き刺さった。
 その二十位を軽く越えるツタが一斉に突き刺さっていくので、さながら地面を抉っていくようだ。
 はは、偉い葛葉さんは理解しましたよ。私あれで串刺しにされそうになったんだよね、だよね。
 その瞬間、血の気が引いた。脳の半分と半分ぐらいが「うわ、やば」とかの声で満たされる。
 そしてそのツタが女の子を追う様に次々と刺さっていく様子を見て彼女が大丈夫なのかが気になった。
 だからだろう逸らした首が一瞬で男の方に向きなおす。
 そして見たものは

 何あれ?

 男には手袋を着けた両手で何なのか分からない不思議造形を作り出していた。
 複雑に絡み合った両手で作られた形は、何を表しているのか正直にいうと理解できない。
 少しだけ感じる違和感、思わず背中が痒くなるような些細な物を感じる。
 だが、その原因はすぐに見つかった。この強烈な光の中において一際強く感じられるもの――影だ。 
 男には影があった。まあ、手の部分だけれども。
 それでもはっきりと地面に映る影、その形が犬の頭になっている。
 男の口が開かれる。

――――影絵操術『犬頭(いぬがしら)』

 その言葉と共に現れたのは獣の頭だった。その大きさは影の時の十倍は大きくなっている。
 外見から察するに犬なのだろう。しかし、家で買うような可愛らしいものではなく、どちらかといえば狼のイメージに近い。
 その獰猛さを象徴するような犬歯は異様に大きく普通の犬の数倍に及ぶ、顎もまたそれに合す様に強靭な物だった。
 頭だけとなった影の獣は低い声で唸りながら宙に浮いている。
 獣の首に繋がれている影の鎖が、凶器たる牙の手綱となり、主の影へと繋がれていた。
 それは恐らく手袋の影から出てきたからだろうと自分は解釈する。
 男が両手を解く。そして香織に向かって左の人差し指で差し、言葉を放った。

「狩れ(Hunt)!!」

 犬は吠えたかと思うと次の瞬間には香織に向かって跳んでいく。
 
 
 

 無数の槍が待つ死地へと身を投じた少女は、絶対の確信を持って花のお姫様(クイーン)に迫る。
 ツタの指揮者は遠地にて思う。これは馬鹿の所業だ、死地に飛び込み英雄を気取ろうというのか、ばかばかしい。
 無駄な献身によって私の眠り姫に目覚めの口付けを交そうとしてるのだろうか、苦笑もんだ。
 第一、あなたは女なのだから。
 ツタは少女を完全に捕らえた。この槍が到達するに当たって掛かる時間は先程までの半分。
 当たり前だ。何処に相手の勝機、つまり守りの突破に対する盾に一番強力なものを使わない者など要るわけがない。
 私が三流なんじゃない、お前らが三流だから目が腐っているのだ。これはこの場にいない誰かの囁き、他ならぬ演出家の呟きだった。


 だったら男がやるしかないだろう。
 それに答えるように、少女を襲う筈だったツタは血で濡れることはなかった。それどころか向かってすらいない。
 まるで、万力に引かれる様に動くことがなかった。
 異常事態――香織は危機意識を感じ振り向く。そこに映ったのは巨大な黒い獣。
 不完全な首から下のない獣の牙が、自らの影(花)を銜え込んで離さない。それも自分を守るはずのツタの根元だ。
 簡単な構造欠陥と戦術ミス――自分を守るはずのツタの根元はすべて一箇所に集まっている。
 そこを切り落とされると、一瞬だけ自分の防御がなくなるが、その時はまた生やせばよい。
 本来、花のツタは生えるように飛び出すことで、串刺しにする力と速度を持つのだ。要領は変わらない。
 だが、もしも根元を加えられ引き続けられたら?
 結果、ツタが伸びようも意中の場所には進まない。
 そう、そのときこそ彼女の盾は存在しない事と同義となる。
 致命的なミス、戦闘経験のない香織が、敵が二人いるのにも関わらず簡単に背後を振り返ってしまった事。
 遡れば、何処までもある。それは遠地にいる指揮者にもいえるだろう。
 だが、この場、このやり取りに措いてはすべてはそれに起因する。


 少女は進む。盾の守備範囲は自分の相棒が取っ払ってくれた。次の仕事は自分の物だ。
 目の前で驚いている花のお姫様のに近づく、視界に入るのは彼女の何倍もの大きさの食人花(ラフレシア)。
 丸太ほどの半径を持つ極太の茎、コンクリートには埋まってないものの茎よりも一回り小さいだけの同じく太い根、脅威を振るったコンクリートを突き抜けるツタ、赤く紅い花弁の花。それは全長三メートルを越す魔の植物。
 だが、少女には関係がない。それが魔性というべき力ならば同じ魔性で征すればいいのだ。
 花の魔性は即ち影である。触れられず、そこにあるかすら分からない。だからこそ常人には触れられぬ。
 しかし、都合のいい事に、この身もまた魔性を帯びた影だった。故に魔性は障害とならない。
 ラフレシアという花は巨大だ。だが、たった三日ほどで枯れ刹那しか咲き誇れない。
 だから少女は思う。一瞬で枯れてしまえ、と。
 少女は純粋に跳躍の力と魔性の力を拳に乗せ突き出した。
 太い茎が柔らかいスポンジのように撓る。花はそのまま飛ばされるが、折れなかっただけでも奇跡だろう。


 あのー、あれこっちに馬鹿にならない速さで迫ってきてるんですけど、と言いたかっただろうが余りに突拍子もないことで絶句していた。
 あれですよ、三メートルくらいの巨体がこっちに来ている訳で。
 それはさながら、崩れたビルの残骸の一部が迫ってくるようだった。
 男がホルスターから拳銃を取り出す。

――『魔弾生成』

 男が語りかけるように言葉を発する。それは世界に訴えかけるように、この弾が魔弾であると断言し、あらゆる異論を封殺する。 
 そして魔弾は放れれてこそ魔弾となるのだ。
 
――『魔弾』

 故に放つ。爆発音も聞こえず、鼓膜を軽く揺さぶる程度の衝撃音と共に魔弾が放たれた。
 想像していたよりも発砲音は味気なかった、むしろ馬鹿馬鹿しいくらい小さかったといってもいい。
 子供の玩具のように陳腐だったのである。
 弾は線を描くように直進し茎、それも影の少女が殴った亀裂に当たった。
 積荷を積んだトラックに衝突されたかのような衝撃が茎を中心に花全体を襲い、当然のごとく亀裂から折れる。
 更に二発、拳銃から放たれた弾が、飛んで来る折れた花の上下両端に当たり、花の移動を止めた。
 だが、それでも男は手を止めず次の行動に移る。
 次に手にしたのは、数十にも及ぶ刀剣類のキーホルダーだった。
 大きさはペンの長さと同じくらい。そこから一つ抜き出し、投げた。
 またしても自分の目には移らなかった。ありえねーとか叫びたいぐらい手際が良すぎる。

 
 男の手から離れた一本の西洋剣だった。それは回転しながら少女のほうへと進む。
 そしてもう一本、追随するように進む剣があった。黒の剣である。
 地面に映る黒の剣は、飛んでいく剣に合せて回転し進んでいく。
 影の少女はその場に留まりながら剣を見据えた。
 キーホルダーの剣が少女まで飛んでいき、その剣が少女の手を――素通りする。
 今の少女のにはから先が存在していなかった。それなら空を切る剣が取れないもの無理がない。
 それでも少女の手は本来あるべき場所に存在している。
 彼女は影、なら地面に映る黒いシルエットこそ本物の彼女なのだろう。
 限りなく平面な世界、その二次元の世界で彼女はもう一振りを手に取ろうとする。

 弾むように、楽しく、リズムに乗せて、少女は唄う。

 Shadow, realizing, fixation
――影はより現実に近づいた。

 少女はその架空(影)の柄を掴み、この世を犯す現実へと変える。

 少女が取り出しのは西洋剣の一種。それも刺す為の物ではなく、その強大な質量を持って敵を切断するタイプだった。
 無骨な刃の剣を可愛らしい容姿の少女が持つというミスマッチな絵のはずだが、彼女には何を使わせても似合うのだ、これが似合わない道理はない。
 質量をものともせず少女は半回転させ、剣道における上段の構えを成す。
 その剣を持って、お姫様(香織)と兵士(花)との繋がりを絶つべく振り落とした。
 少女の下にある影の糸は同じく影の剣によって切られる。
 その結果、花に繋がれていた香織は、その反動を受け気絶した。
 華奢な体が倒れそうになるのを少女は支えて、地面に優しく寝かしつけた。

「大丈夫」

 聞く相手がいないにも拘らず少女は呟く、それはまるで自らの決意を固めるようだった。
 再び、前を見据える。目の前には未だ、蠢いている花があった。
 花は今も影の獣と戦っており、絶え間なく燃料(マナ)を消費しながら自らの命を削っている。
 後数秒も立てば、花は自滅するだろうが――許せないな。
 少女は地面に寝かしつけた少女のようなタイプの人間が巻き込まれるのが嫌いだった。
 こういう血みどろが大好きな輩は構わない。でも、この女の子は見るからに日常を楽しんでいる人間だ。
 だからこそ、無駄と分かっていても止めは自分の手で刺したい。
 今の状態のパートナーなら合理的うんたらでするべきではないとか言い出すだろうが、やるといったらやるのだ。

「さーて、終わらしましょー」

 軽快な様子とは裏腹に腹の奥が煮えくり返っている少女は、一歩一歩ゆっくり足を踏み出し花へと近づく。
 男も承諾したのか呆れかえったのか知らないが、影の犬を元の手袋の影へと戻した。
 片手で大質量の西洋剣を持ちながら、肩を基点にぐるぐると回す。
 その異常な光景を目の当たりにすれば、並みの相手には威嚇になるだろう。

「おー、やっぱ怖がらないのかなー」

 それでも前進して行った。
 そして花の射程に踏み入れると同時に、影の花は自身の命をすべて消費しながら、目の前の脅威を消し去ろうとツタを伸ばす。
 そのツタを見て――そんなものかと嘲笑した。

「残念、かな」

 先程とは比較にならない速さで距離を詰めた。ツタが少女にたどり着くまでに全体の七割は既に走り終えている。
 速度を落とさず。追いかけられたツタと同じ本数に恐怖も焦りも感じず、駆ける。
 ツタが上から迫らば右へ、右に来たのなら左へ、額に来たのなら姿勢を低く、足元に来たのなら飛び越える。
 体を右へ左へ上へ下へ、姿勢を低く高く、体を捻り、傾ける。それでもダメならなら空中へ、足場がなければその辺のツタを蹴ればいい。
 縦横無尽、全方向を涼しい顔で駆け回る。手持ちの剣を一切使わず、自らの足だけを頼りにツタの群れを突破する。
 ツタとの接触によって速度は落ちたものの、少女は止まらず走り続けた。

「ふー、完了、完了っと」

 その速度をもって剣を花びらから茎まで両断した。



 今でも自分の目を疑っていた。影から出てきた少女が目にも溜まらぬ速さで駆けめぐり怪物を倒すという、何処までも非日常的なものを見せられたのだから仕方が無い。
 この人達は、誰なんだろうか?
 香織は大丈夫なのだろうか?
 聞きたいので此処まで躊躇するのは初めてだった。
 路上で集団喫煙してるような若者に何してるんですかーと尋ねたことがあったがそれよりも難易度が高い。
 というか、立てない腰が抜けているようだった。
 それよりも香織が一切動いていない。
 胸すらも此処からでは上下してるように見えず。

「まさか香織、死んで」
「いない」

 突然聞こえた声に反応して振り向くと、黒い塊が迫っていた。

「気絶してるだけだ」

 その言葉が聞けただけで安心したが、頭に走る衝撃と共に意識が沈んでいった。

 ボロバスの呪い、やはり恐ろしい。沈む意識の中、そんなことを考えたいた。





 ジリリリリリリリリと目覚まし時計がなっている。六時半を指している球体の目覚ましをブッ叩いて時計を止めた。
 クッション構造になっているそれは跳ね上がるが、気にせずベットから身体を起こす。
 見るからに普通の朝だったが、昨日何をしていたかを思い出せないでいた。
 足りない脳で考え出した結果。重要なことを思い出す。

「そんなことより、今日は日曜ビー」

 寝ぼけていたのか奇妙な発音だったが、その声色はうれしそうだ。



 時刻は午前八時。朝食を食べて着替えた後、今日は何しようかと思っていた。
 香織にメールを送ったが返事は無く、今日のところは家でのんびり過ごそうかと考えていた。
 その時、家の玄関から独特の呼び出し音が鳴る。
 寝起き直後ではないが、まだ活動するには少し早い時間なので、嫌々ながらも玄関に歩いていった。

 玄関を開ける。その瞬間、すべてを思い出した。

 突然、香織が私を殺そうとしてきたこと

 黒い男と影の少女

 さあ、これから私の日常はどうなっていくのだろうか?


あとがき 12/29

なんかどうしようもなく中二病だな、これ。後、語彙が貧弱。

それは置いておいて、もっと上達したいのでこれからの頑張っていきます。




[13068] 第一章『影の無い男』導入部
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:36
「カゲミ、死体の処理はこれでいけるか?」

 日は沈み黒の夜にに包まれた森の中、男が呟いた。
 しかし、男の周りには人影はなく、ただ一人立たずむのみ。
 だが、呼びかけた先には必ず相手がいるはずだ。

「大丈夫だと思うよ。まあ、見つけられるのは同業者か警察さんだけだろうねー」

 男の背後、足元から声が聞こえてくる。
 だが、そこに人の気配はない。

「BB弾の残骸の回収はどうだ?」

 質問に答えるよう、フフフと自慢げな笑い声と共に足元からの声がする。

「できてませーん。使いすぎましたーーーー、というよりもエイタ君が使いすぎたんだって
 だってあれでしょ、ひい、ふう、みいっと、ほら一セット分も使っている」
「なぜ数える必要があったんだ」
「知りたいかのか小僧、ぐへへへ」
「それで、回収できそうか?」
「うん、無理」

 明らかに会話が噛み合っていないが、男は質問事項を一つ一つ消化していく。

「もう夜だから、わたしもうエイタ君の側から離れられないし、明日まで待たないといけないよ」

 そうか、といって男は自分達の寝床へ向かう。
 着ている服はボロボロ、擦り切れていない部分を見つけることは困難だろう。
 歩く道も木々はいくつも折られ、所々に血痕が付着し、いくつかの木には何かで串刺しにされたように穴が開いていた。
 それがこの場で起きた出来事のすさまじさを物語っているといっても過言ではない。
 ちょうど折れた木を四本目を避けた時、服のポケットから振動が伝わった。
 ポケットの中身は通信機、携帯電話と大して変わりはないが独自の回線を使用したものだ。
 急いで小型のマイクを襟の隙間から取り出し、イヤホンもまた同じように取り出す。
 ポケットには黒い影が重なり、通話ボタンを押した。
 それに気がついた男は軽い手の動作で感謝の意を伝えると通信してきた相手に集中する。

『聞こえるか?』
「はい、聞こえています」

 落ち着いた音声が通信機越しのイヤホンから聞こえてくる。

『大丈夫だな』

 通信機からの声が、周りに盗聴等の何らかの問題が生じていないかと質問しているのだと瞬時に理解したのか、エイタと呼ばれた男は肯定の言葉を返す。

『分かった。時間が余りないので単刀直入に言う。詳しくなくていい、簡潔に答えろ』
「はい」

『任務の結果は』
「成功。しかし、尋問は出ず」
『死体は』
「処理しました」

 淡々と質問と返答が成されていく。

『体調はどうだ』
「三日あれば何とか万全になります」
『そうか』

 通信機の男は一度、思案するように間をおいた後、エイタに言い渡した。

『すぐ任務に当たって貰う。内容は明日の朝、紙の資料で伝える。受け取り場所は今泊まっているホテルだ』
「つまり、休憩していれば良いのですね」
『だろうな、恐らく急なものではないが、依頼は『領袖』のお姫様からだ』
「それは」

 さすがに面倒だとは言えないとエイタは思う。
 後、付け加えるのならお姫様ではなく女帝とかが相応しいとも思っていた。

 ――『領袖(りゅうしゅう)』家――

 これは略称であり本来は、『明乃宮天領(あけのみやてんりょう)』家と言う。
 しかし、名称が長く使い勝手が悪いため世間一般では『領袖』と呼ばれている。
 また現在の当主ですら面倒だといって、自らもそう呼んでいるため余り重要な意味を持たないのかもしれない。
 それよりも筆頭すべき点は、恐らく財界都市、財都『帝京(ていのみや)』のトップに君臨するところだろう。
 財都『帝京』、それはこの日本における財界の中心の様な物となっている。
 正確に言うと単に財界のトップ又は有名な家系の血筋を持つものが集まっているのだ。
 世界中から怨敵とされ狙われかねない彼らを一つの都市に集め拠点防衛を張る、それが『帝京』の役割となる。
 同時に政府と並ぶ異能者の総本山となっているのも『帝京』だった。
 つまりはその異能者組織の総大将でもある『領主』家は日本のトップに立つ人といってもいい。

『ここからが一番重要だが』
 
 少し考え事をしていたエイタを男の声が現実に引き戻す。
 エイタも続く言葉に対して覚悟を決めた。

『以後、こちらがバックアップを行うことはない。情報等は連絡をくれればそちらに送る。
 要するに『帝京』又『領袖』の名をもって派遣する人間はお前たちだけだ。
 自らの持つコネを使うのは構わない。だが、この任務だけはどんな強敵が現れようと必ずお前たちの手で完遂しろ』

 この言葉を聞いてまずエイタが思ったことは一つだった。
 非合理的だ。この人らしくない。
 疑問を投げかけようとするが、男は「以上だ」と言うと通信を切ってしまう。
 呆然と立ち尽くすが、すぐに足元から声が聞こえてきた。

「どうするの?」
「一旦戻ろう」

 エイタはホテルに向かって歩き出した。




第一章――『影の無い男』



『任務内容
 
 とりあえず色々書くと面倒なので簡潔に書いておくけれど、やってもらうのはある島の調査ね。
 異能者がいたらとりあえず話し合いで、立ち退き。あっ、無理だったらやっちゃっていいから。
 んで、その後にその島を守ると。その島さ、結構な霊地だからそこに新しく拠点作ろうと思って。
 けど、とりあえずは、守っとけばいいから。後、『青』の情報によると敵さんが来るらしいわよ。
 それじゃあ、エイタ、カゲミ、任務がんばって頂戴』

 相変わらず手抜きなのか、要点だけ上手く伝えているのか分からない文章だった。
 先を見るともう読むのには慣れたが、出来る限りは読みたくない堅苦しい文字の羅列が淡々と続いている。
 とりあえず、初めの文章を見るだけで場所や期間等の情報さえ分かれば、するべき事が分かるので、結果的には要点だけを纏めるのが上手いのだろう。
 もう一度、最終確認のために全文を読み直す。
 歩きながらだったのだが、この道を歩いていてすれ違ったのは三人にも満たないのでぶつかる事はないだろう。
 それに、すれ違う人が二十メートル内に入った時には、一度顔を上げて位置を確認しているほどである。

 ちょうど読み終えた頃、目的の場所に着いた。目の前には門があり、その先にはある建物が建っている。
 何の変哲もない学校。資料によると建てられてからそう長くは経っていない為か未だ真新しいという印象だった。
 しかし、単純に人数が少なく管理が行き届いているからかもしれない。
 結局の所、自分には関係ない。汚かろうと綺麗だろうと何か思う所まで行くことはないだろう。
 なにしろ、最高級の綺麗さを見ていながら、ゴミ溜と変わりない所を歩いたこともある。
 それを超える範囲のものに早々出会うことがない。要するに普通の範囲が人よりいささか大きいのだった。

「それじゃ、はやく学校に入ろうよ。私達、あそこの教育施設し知らないからさ、カゲミちゃん今ハートフルに興味いっぱいだよ」
「そうだな、たしかに初めてか。あと、ハートフルの用法は絶対に間違っているぞ」

 はっきりと足元の影から声が聞こえてくる。
 自分達は正規の学校という制度に組み込まれたことはなかった。
 確かに教育機関にいたことはあったが、あくまで特別なものである。
 それは異能者の総本山『帝京』にある教育施設だった。内容は必要な学習だけという味気ないものだ。
 その気になれば教えてもらえるが、多くは異能者、つまる所基本的に社会不適合者の連中に学がある訳がなく、そこまで利用する人間は殆ど居ない。
 そもそも、学があるようなまともな異能者は普通の人に紛れて普通に学校に通えばいいのだ。
 事実、それなりの精神状態にある異能者はそのような権利を認められるし、本来『帝京』には異能者に関わる公的な権限を持っている事実はない。
 要するにそんな教育施設に行く異能者は欠陥があるのだ、自分達のように。
 しかし、自分達もその施設でも内容だけでも良かったのだが、仕事上それなりの地位につく必要があったので、深い知識については今の上司に教えてもらっていた。

 時計を見て、もうすぐ下校の時間だと把握した。
 ここで立っていても不審者に間違われでもしたら大変になるだろう。
 だから、下校が始まる前に用事を済ませれるように急いだ。
 まずは本来の目的である職員室に向かって歩いていく。


 数分後、思っていたよりも用事は早くに終わった。推測でしかないが、上にいる誰かが話を大方通していたのだろう。
 下校にはまだ時間があるもう少し周辺を見ておいたほうがいいのかもしれない。
 新しい以外、大して目を惹く所はないが、一つだけ目に付くものがある。
 それを追う様に周囲を散策。

「カゲミ、どう思う?」
「珍しいのかな? やっぱ初めて見るものって、興味深いよね」

 カゲミと呼ばれた影は、いつものように男の足元にいる。
 知り合いからすれば、そこは彼女の定位置と決まっていた。

「もうちょっと、周辺見といた方がよくないかなー。ほら、覗きスポット的な物を見つけられるかもしれないよーっと」
「行くか」
「ねっ、ちょっと。返事のタイミングが速いと思ったのはカゲミちゃんだけじゃないはず。だめだー、エイタ君がー、変態への道を進んでいるー」
「そろそろ、眠っといた方がいいんじゃないのか?」
「じゃまだから寝てろっていうのかー、コノヤロー」
「大丈夫なのか?」
「うーん、まあ、夜中に活動するなら今から寝てるべきかもね」

 相変わらず会話がちゃんと成立していないが、必要な情報は伝え合っているので構わないのだろう。

「じゃあ、眠らせて頂きまーす」

 そういって影は動かなくなった。会話中、時々手足が動いていたのだが、今は影のように動かない。
 エイタは溜め息を一つついた後、予定通り建物の更に周辺を調べていく。
 そうしながら回っていたとき、鐘の音が聞こえた。殆どの学校に採用されているタイプのチャイムと同じものだ。
 自然と視線が校舎に向けられる。その顔は何所なく嬉しそうだった。


 その辺りである程度時間を潰し、バス停に着いた。
 すでに学生服の人間が何人か並んでいる。その最後尾でエイタはバスが来るのを待った。

『エイタくん、隣にどんな人が住んでいるだろうね』

 カゲミが、エイタに話しかける。しかし、その声は周りに聞かれていない。
 声を出さずに行う念話は、本来高度な術師にしか出来ないことだが、カゲミとエイタはその特殊な関係からか、簡単にすることが出来た。

『どっちにしても、余り関わらないのがいいだろう。その人にも危険が付き纏う』
『そうだけどねー。気になるのが、人なのだよ』

 何気ない会話をしていたところ。陽気に鼻歌を歌い、影を見ながらこちらに来る女子高生がいた。
 自分の後ろに立ったその女子高生は、こちらを見た。
 しばらく、エイタをじっと見つめていたが、失礼だと思ったのか顔をそらす。
 しかし、それよりも重要なことがあった。

『ぎゃー、踏まれてるーーーーーー』

 鼓膜を無理やり揺らすように念話で、叫んでくる。どうも影にとって影を踏まれるのは気分がよくないらしい。

『早く、早く、退かせろーーーーー』

 エイタは、そろそろ限界が来たので、この女子高生を影の上から退いてもらうことにした。

「すまないが」

 女子高生が「はい?」と慌てた様子で聞き返してきた。
 エイタは、おかしな人物だと思われるかもしれないので、少し不機嫌だったが思い切って話す。

「影の上からどいてくれないだろうか?」

「えっ?」と女の子は、素っ頓狂な声を出してた。この男は何が言いたいのだろうか?という顔をしてこちらを見ている。

「どきたくないのならそのままでいい。すまなかった、変なことを言ってしまって」
「えっ、あっ! いえいえ、べっ、別に大丈夫です! すぐにどきます。即刻、どきます。えーと、とっ、とにかくどきます!!」 

 慌てて逃げ出すように影の上から女の子は移動した。
 びっくりしたような顔をしているので、少し罪悪感が芽生える。
 飛び退いた女子高生は何か考えるようにしてブツブツと何かを呟いている。
 その間にバスが来た。
 この町には新品とはいかないまでも新しいものが多かったために、少し年季を感じさせるバスに驚く。
 女子高生の方は未だ何かを呟いているが、次々と入っていく乗客に合わして自分もバスに乗り込みバスの後ろの方に座った。

 しばらくして、さっきの女子高生が転がり込むようにバスに入ってきた。そして、自分よりいくらか前の座席に座る。
 バスにいる間、ずっとチラチラとこちらを見てくるが、それは不審者か何かに思われているのだろう。
 言う前に覚悟はしていたので、そう思われてもたいして気にならなかった。

 時間にして十数分、バスに揺らされていたが、駅に着いたようだった。降りたバス停には、『須乃木』と書かれている。
 借りたマンションから徒歩五分で着くため、これから頻繁に利用することになるだろう。
 バスの時刻表を念のため携帯電話のカメラ機能で保存しておく。
 地図で場所を確認し、歩き出した。
『スガハラマンション』と呼ばれる五階建てのマンションで、これから寝泊りするところになる場所だ。
 部屋は、そこまで大きくは無いが、独りで暮らす分には十分の広さなので苦労する事はないだろう。

 見えてきた建物の前には奇妙な造形物があったが、無視することにした。
 その奇抜な造形物を通り過ぎ、自動ドアへと向かう。
 何事もなくエレベターを使い四階のフロアへと着いた。
 部屋の前の表札には、『遊佐 影太』と掛けられている。
 少し見えただけだが、横の部屋には、『朝日』とあり、『秋一』『幸恵』『葛葉』という名前も書かれている。
 しかし、立ち止まって見るわけでもなく、すぐに自分の表札もある部屋のドアを開け、中に入った。
 そこにはまだ、片付けられていない荷物のダンボールが二、三個ほど無造作に置かれていた。

「たっだいまー」

 ようやく、しゃっべても不審がられない場所に着いたので、カゲミは堰を切ったように喋り始めた。

「さっきねー、私のこと踏んだ女の子、なんか変だったよ」
「変というのはどういうことだ?」
「何か、重い感じ。何か詰まってるんじゃないかな」

カゲミは、考えるように頭を抱える。自分は、着ている上着を脱いでベットに寝転んだ。

「もしくは、私のことが見える人だったとか。見えるんなら何らかの作用でそうなってもおかしくないし」
「特殊な認識能力か、考えておこう」
「で、エイタくん、寝ちゃうの?」
「そうだ、行動するのは夜から、最初は危険を減らしたほうがいい」
「はは、普通、危険が無いのはお日様が出てる時なのにね」
「でも、それが『影使い』だ」

 会話はそれ以来途切れ、エイタは睡眠に入る。三十秒後には、呼吸に合わして胸に上下し完全に寝入っていた。
 カゲミのほうもエイタの格好に合わしてピクリとも動かない。部屋からは、音が消え、静かな寝息だけが聞こえていた。


 夜、辺りが暗くなった頃、エイタたちは活動を開始した。

 最初は、マンションの周りを確認し何かしらの痕跡が無いかを調べる。
 自らの足場を固めておかないと、いざという時必ず自分に帰ってくるからだ。
 一通り確認した後、どうするか考える。

「今日のところは、まず人通りの多いショッピングモールに行く事にしよう」
「ねー服かっていい?」
「だめだ。着れないのに買う行為は無駄でしかない。前の家も新品の服で溢れ返ってしまっただろう」
「それでも買いたいのが女の子なんですー」

 顔が見れているなら、不機嫌な顔して膨れているだろうカゲミをよそにエイタはバス停を目指す。
 時刻表を頭に入れておいたので、バス停に到着した時には、すでにバスがこちらに来るところだった。


 ショッピングモール。多くの店と光、そして人がそこにはいた。
 この島には、人が少なくなっていると聞かされていたが、此処には多くの人が集まっているらしい。

『カゲミ』
『分かってる。なんかに憑かれている人が、いっぱいいると思う』

 行き交う人の中、特定こそ出来ないが不穏な気配がそこかしこから漂ってくる。
 エイタは思う、今度の任務は思ったより手強そうだ。

『エイタくん、あれ!!』

 カゲミが指で指した方向には、バス停であった女の子がいた。それともう一人、女の子が居る。

『濃いな、元凶にしろただの被害者にしろ、今回の件に無関係ではないか』

 どうあっても逃がしてはならないとエイタは、肝に銘じる。その眼光には射る様な視線が混じっていた。
 一旦、この場所から引き、対象に気づかれない位置から追跡を

「あーーーーーーっ!!」

 バスで会ったほうの女の子は、叫びながら思いっきり指差して来た。
 見事に指差されたその先、皆が横に避けたことによって、出来てしまった道の上に取り残されてしまった。
 周りの視線が、刺さる。誰もが何を仕出かしたのかと興味心身な顔をこちらに向けていた。
 このままでは危険だな。
 しかし、それは相手も同じなのか、凍ったように指を動かさず、目だけがぐるぐる回りが色々な方向を見ている。

「やっ、ヤー、久しぶり山田君。ズイブン長いコト合わなかったケド」

 本当にあの女の子は、こちらを衝動的に指していたらしい。しかし、この流れに乗るのは此処から立ち去るのに最善だろう。
 エイタは、少し焦っていた為か、一瞬の沈黙の後、結論を出す。

「人違いだ、俺は山田ではない。失礼」

 そう言った後、相手から見えない位置に来た時点で一気に加速、人ごみの中に消えていった。
 二人は、相手から見えない位置まで走り、すぐに折り返し監視できる位置まで移動する。
 そのまま、監視を続けると二人は、ショッピングモールの外れから進んだ位置にある廃墟に入っていく様だった。
 監視していた位置は50メートル位後方だったので、周りに潜んでいるかもしれない敵に注意しつつ、廃墟に向かって走り出す。






 そして、この時に至る。

 エイタは女の子を術で気絶さした後、どうするべきか考える。まず、手近なところにあったカバンを開け、財布を取り出した。
 エイタにとって余り気が進まない行為だが、携帯電話を見るよりもかなりの確立で名前等を確認することが出来る。
 中身を確認すると少女の財布のカードの中に『朝日 葛葉』と書かれている会員証がすぐに見つかった。

「朝日 葛葉」
「それって、隣の部屋の人と同じ名前じゃない?」
「そうだな」

 もう少し、カバンの中身を探すと鍵が出てきた。
 個々の部屋の鍵は、変える事が出来ても、マンション内に入る鍵は同一のものなのでこの鍵は『スガハラマンション』の物だろう。

「確定だな。情報を貰う手間が省けた」
「こっちの子は、どうする?」
「返すわけにはいかない。少し協力を得れれば、効率よく任務を遂行できる」
「イエッサー」

 エイタは、目の前に居る葛葉という女の子を担ぎ、カゲミは、香織を背負って、自分達のマンションへと歩いていった。



あとがき 1/17

『影使い』の方は次の更新の時に修正したいと思います。





[13068] 影使い
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:35

 朝日が差し込む殺風景の部屋の中、香織は目を覚ました。しかし、体中に上手く力が入らず、すぐには起きられない。
 筋肉痛や怪我ではなく、純粋に身体を動かすエネルギーの様な物がなくなっているという漠然とした感覚。
 すぐに起きられない状態だったが、いつもなら一瞬で済むような動作を何倍も掛けてゆっくりと体を起こした。
 寝ていたベットにもたれて、周囲を見渡す。知らない部屋。しかし、不思議と知っている部屋と同じ感じがする。
 自分の親友である朝日葛葉の家だ。
 一瞬だけ、クズハの部屋かとも思ったが、新しく引っ越して来たのか無造作に放置されているダンボールと明らかに生活に必要な物が置いていないので違う部屋だと分かる。
 だが、彼女のマンションと同じタイプのもので、恐らく『スガハラマンション』のどこかの一室なのだろう。
 そうしている内に此処はどこだろうという疑問が頭の中に浮かんだ。昨日の事は、何かに邪魔されるように思考が止められ思い出せない。
 思い出そうと必死になると胸が締め付けられるように痛んだ。額から汗が流れ、呼吸も荒くなる。
 その状態がしばらく続き、どうしようもない事だけが分かった。
 自分はそのことを思い出したくない事、それと反対に思い出さなくてはいけないという焦燥に駆られる事だ。

「目が覚めたか」

 投げつけられた言葉に反応して思考が止まり、いくらか気分が落ち着く。ゆっくりと自分に話しかけた男のほうに視線を移した。
 着ている服は上から下まで黒、体つきは割と細く、背は比較的高い。
 表情は無表情というのが正しいだろう、もしくは表情によって感情を読み取られる危険を無くしているのかも知れない。

「まずいくつか簡単に質問したい」

 突然、喋りかけられたので驚いたが、言葉の意味を理解して落ち着きを取り戻す。
 本当は自分から質問したかったのだが、目の前の男を見ると、どうやら自分には選択肢は無さそうだった。
 理由は分かりやすく、無表情で立っている男が本人の意図とは関係なしに自分に恐怖を与えているからだろう。

「喋ることは出来るか? 答えられないなら首を振ってもらえればいい」
「あ、はい、喋れます」

 文字通り簡単な質問だったため、少し呆気に取られて変な返事をしてしまっていた。
 男は、「そうか」というと続けてて質問してくる。

「では、どこか痛むところはあるか?」

 体が上手く動かせないが、身体に痛むとこは存在していない。至って健康体だったので、その質問に答える。

「いいえ」
「これで最後だが、動けるか?」
「少し動くのが辛いです」

 その質問の返答を聞き、男は何かを考える。自分も更に起き上がろうと身体に力を入れていた。
 ゆっくりとベットから足を出し、座るような体勢になろうと動かす。

「外傷は特になし。能力の強制使用による、身体的ダメージなし。エネルギー源として魔力の代用としてマナを使用、それに伴う身体機能の一時的低下といったところか」

 聞こえてきた男の言葉は自分にとって理解することが出来なかった。
 相手もこちらに理解させるつもりもないのだろう。男はただ確認するように呟いていた。
 それに、考え事をしている男のことよりも、まず、立ち上がることに集中していたので、正確には聞いてすらいない。
 ただ、断片的に聞き取った言葉で理解できた事がある。
 それは、男が非現実的な単語がいくつも聞こえてきたことだった。
 そうしている間にベットから足を出して座る所まで体を動かせていた。
 ここまで来るのに、まるで激しい運動をしたように息が荒く汗も掻いている。
 いつまでもベットに居る訳にも行かない足腰に力を入れて立ち上がろうとした。

「あっ!?」

 自身の体重で倒れないようにしてバランスを取るが、足腰に力が入らず、立つやいなやすぐ前に倒れてしまった。

 驚いた男が、頭を打たないように香織の体を支える。結果として、香織は床に激突することなく、怪我をすることもなかった。
 普段なら男の人とここまで密着することが無いので、香織は恥ずかしくなって赤面しただろう。
 だが、そういった様子は無い。むしろ他の事に気を取られているようだった。

―冷たい

 香織が感じ取ったのは、男の肌から伝わってくる体温の事だった。
 今の時期、十一月なら確かに肌寒いこともあるだろう。だが、これはそれを通り越して奇妙だった。
 手足が冷えることはある。そして、そこを触れば冷たく感じる筈だ。
 なのに、度を越して冷たさは異常としか言いようが無い。
 体感だから実際にはもっと高い温度だろうが、まるで氷に触っているかのように感じられる。
 どう考えても人の体温にしては冷たすぎるのだ。推測だが人間の体温37℃前後を大きく下回っている。
 恒温動物であるヒトは、一定の体温を保っていない生命としての活動に支障が出る筈だ。
 しかし、この男はどう考えても体温が普通より低い。

「今は、動かないほうがいい」

 高圧的に無機質だった声のトーンが変わり、心配しているのが分かるくらい穏やかな声で男が言った。
 相変わらず声に起伏が無く、声まで無表情と言うのが表現として合っているかもしれない。
 だが、とりあえず悪い人間ではないだろう。自分がここにいるのは連れ去られた訳ではなさそうだ。
 簡単に信じるのもどうかと思うが、ここは縋り付くしかない。
 悪い人間だったなら、もうこの時点でどうしようもないのだ。なら、少しでも希望があるほうを選ぶ方が良い。
 そうして、安心した香織は、自身の置かれている状況を知ろうと質問した。

「すいません、どうして私はここで寝ていたんですか?」
「憶えていないのか?」

「どうするか」と口に出し男が考える。結論が出たところで、真剣な眼差しでこちらを見た。

「知りたいなら、教えてもいい。忘れたいなら忘れさせよう。でも、これは恐らく、自分自身で思い出さなくてはならないことだ」

 ああ、やっぱりか。
 自分が憶えているという事は分かっていた。起きてからずっと頭が憶えていない憶えている記憶が写し出されている。
 断片的だが、印象に残っている部分だからか、その一部一部でも決定的な物だった。

 クズハちゃんを殺そうとしたこと、影の花、男と女の影それらすべてを、記憶として認識し始める。

 既に無くなっていた汗が、また出てくる。
 耐え難い罪悪感。自分のした行為に対する懺悔の気持ち、そんな負の感情に飲み込まれそうになった。
 謝ろうにも目の前に立つことすら辛いだろう。そもそも顔を会わせるべきかも戸惑ってしまう。

「あの、昨日のことは」

 小声で呟くように発した香織の言葉、その感情を読み取ったのか男は、決心するように目を瞑りながら答えた。

「気にするなとは言わない。だが、これからどうするかは決めてもらう」

 無理には動くなと言って目の前の男は、どこかの部屋へ立ち去った。
 クズハちゃんに謝ることは絶対だろう、どんなことがあっても必ずそれだけはしなくてはならない。
 昨日の言動が、本当に自分が思っていたことなのかもしれない。心のどこかで嫌っていたのかもしれない。
 戻ってきた男の手には、水の入ったペットボトルを握ってあった。
 それが目の前に差し出される。

「飲んでおいたほうがいいだろう。少しは身体の循環が元に戻る」

 言い回しに違和感を感じたがが、言われた通りペットボトルのふたを開け中の水を飲む。
 喉が渇いていたのか、あっという間に半分の水を飲み干してしまった。



「さて、まず説明しよう、今、三つの選択が与えられている」

 水を飲み終え、だいぶ落ち着いた所で、男が話を切り出した。
 それから選択肢を矢継ぎ早に口に出していく。

「第一、すべてを忘れて元の生活に戻る」

「第二、少しの間こちらに協力してもらう」

「第三、今回の事件が終了するまでこちらに協力してもらう」

 更に男は、説明を付け加えた。

「第一は、言葉通りと受け取ってもらって構わない。気になっていると思うが、二つ目のメリットは、昨日の言動に対していくらか調査できる。
 三つ目は、二つ目のメリットに加えて同じ事件系列に巻き込まれた場合、こちらが救出に行ける確立が高くなる。
 こちらとしては三つ目が望ましいが、決めるの俺じゃない」

 一つ目を選ぶのが無難だろう。だけど、提示してきたメリットにより気持ちは、二つ目と三つ目に向いていた。
 しかし、昨日のような体験をもう一度するような覚悟も無い。
 悩んでいるうちに、男は少し出かけてくると言い外に出た。
 おそらく、気を利かせているのだろう。無愛想だがそれなりに優しい人なのかもしれない。




『カゲミ、どう思う』
『どうって言ってもなー、あの感じだとあの子は二番目以降を選ぶんじゃないかな』

 外に出たエイタとカゲミは、マンションの通路に立っていた。

『上手いこと誘導できたが、やはり、最低だな』

 カゲミは、んーと唸りその問いに答える。

『大丈夫、昔だったら有無を言わさず三つ目の選択肢を選ばしていたからね。そう思うとズイブンとマシになったと思うよ』
『そうか』
『愛想が良くなりましたからねー。まだ、ほとんど無愛想の領域だけど』

 エイタはカゲミの言葉を聞いて、少し気が軽くなった。
 何しろ長年一緒にいるのだ。過ごした月日は物心ついた時から、今までという殆ど一心同体と言ってもいい。
 だからだろうか、そのパートナーが言う言葉に隠し事も遠慮も無く、だけども的確に自分の評価を伝えていると言い切れる。

『で、これからどうするの、エイタ君』
『とりあえず身体の異常を正してからだろう』
『で、ホテルか? ホテルに連れ込むのか? 何も知らない無垢な少女をホテルに連れ込もうというのかーーーー!!』
『ああ、そのために上司に連絡した』
『あれ? 自分でやれって言ってなかったけ? おーっと、カゲミちゃんミステイク、自分じゃなくて自分"達"だったぜ』
『さすがに"被害"まで一人で対処しろとは言わないだろう。一人でやるのは"解決"だけだと思うが』
『一人じゃなくて二人ね、ね。……うん、二人です』
『カゲミは殆ど手伝わないだろう』

 部屋を出て数分が経つ。その間、カゲミが常に喋っていたのだが、それを全てエイタは無視して待っていた。
 外は朝独特の静かな雰囲気で、十一月の風が少し肌寒い。
 しかし、そもそも肌より温度が低いか高いかさえまともに判断できないエイタは、その寒いと表現したことを自嘲する。
 そう結局

『寒そうだな』
『そうだね、寒そうだね』

 想像するしかできないのだ。
 時間は十分に経った。もう、部屋に入るものいいだろう。
 どのみち、これだけ迷う様な決断力の持ち主だったら、連れて行くつもりなどない。
 何より危険なことなのだから、そもそも近づけたくないのが本音だ。
 陽だまりは陽だまり中で、暗闇は暗闇の中で一番輝くのだ。




第一章――No.1『影使い』




 玄関から部屋に入りベットの前まで来たエイタの前には、真剣な顔でこちらを見つめる香織の姿があった。
 エイタが外に出ていた数分の間に覚悟を決めたのだろう。

「あの、私決めました。あなたに協力しようと、思います」

 出てきた声は震えていた。ただ単純にどうしようもなく怖い。
 それでも、協力することにしたのは昨日の事がもった知りたいからだ。
 謝るにしてもまず理由だけは知っておかなければならない。
 そうしないとたぶん一歩も前に踏み出すことが出来ない気がする。

「ですが、完全に協力するかは待ってください」

 これが最大限の譲歩。危険は少ないほうが良いに決まっている。
 自分だけ少しぐらい危険な状態になるのはいいが、それ以上の危険は無理だ。
 したい、したくないではなく純粋に耐えられない。

「そうか、分かった」

 そう言ってエイタは右手を差し出す。

「遊佐 影太だ。よろしくたのむ」

 香織もその手を握り返し「吉原 香織です」と言った。

「ヨッシャー、契約成立。エイタくん喋ってもいいよね、ね」
「好きにすれいい」

 香織は驚いて回りを見渡した。この部屋に人は二人しかいない。記憶にある声ではあったが、どこから聞こえてくるのか分からない。

「もっと下ですよー」

 居場所を伝えようと自分のいる方向を言う。
 下という言葉に疑問を感じずにはいられなかったが、その言葉に従って下を見た。
 誰もいない。そう思うが、影が手を振っていた。慌ててエイタを見るが手を振っていない。

「あれ?」

 香織は、もう一度下を見た。

「そうそう、私、私。カゲミっていうのよろしくねー」
「よ、よろしくお願いします」

 その場の雰囲気に流されてしまったが、カゲミとも昨夜、会っていた事を思い出した。
 その後、カゲミは香織に対して「好きな食べ物は?学校は?歳は?……」という具合に質問攻めをしていた。
 カゲミの猛攻撃に対し、最初は影と話をするという未知の体験に戸惑うが、だんだん慣れていったので質問に対して友達と喋るように答えていく。


 そうしている間にエイタが、台所の方から何種類かのパンを抱えてきた。
 その頃にはカゲミの質問はもう無くなったらしく、真剣な顔をしながら香織はベットの上でじっとしている。

「質問がしたそうだな」
「はい、結局の所、あなた達はいったい何者なんですか?」
「昨日見ただろうから分かっていると思うが、有体に言えば『超能力者』、もっと細かい分類で分けると『影使い』に当たる」

――超能力者――

 昨日の影を使うカゲミやエイタの出した影の犬、そして香織の目の前にいる二人の状態を見るとどうやっても否定することは出来ない。
 そして、自分が体験した事も

「えーと、そうですね。やっぱり、影を使う人以外にも超能力者はいるんですか?」
「知りたいなら答えるが、余り有益ではないと思うぞ。それに危険がないこともない」
「それでもやっぱり」

 もうすでに危険な目にあった香織には少し危機意識が少し落ちていたのかもしれない。
 しかし、今までのエイタの言動から本当に危険ならば話す筈も無いということを分かっていた。
 そこの所に香織がエイタの人柄を信用しているということが良く出てきている。

「結論から言うと超能力者の種類は腐るほどある。
 ここからが重要だが、そもそも空想上の超能力者が存在していると云う事は、他にも空想上の存在がいてもおかしくない、だ。
 ようするに、この世には伝説の竜然り、吸血鬼や武装した教会の人間、そして『神』すら存在している」
「ちょっと、待ってください。それって、本当ですか? そうだったならこの世界が本当に混沌としてそうですけど?」
「信じる、信じないはそちらが決めてくれ、ただの妄言だと思えば聞き捨てればいい。
 だが、間違ってはいないだろう。筋が通ってる。創作物のように現実にただ一系統の能力者しかいないことの方が不自然だ」

 確かにそれは間違いではない。極論にはなるが、例えばある創作物で『神』が出て来たとする。それもキリスト教関連のだ。
 となれば、あるものの存在が例え作中に出てこなくとも確定される。『悪魔』だ。そして、それに対抗するために『エクソシスト』。
 そうしていけば、無限に広がって存在が確定されていく。創作物なら限られたその狭い空間で終わるが。

 もしも、それが現実であったなら?

「だが、別系統の能力者どうしが出会うことは無い。
 たとえ、同じ町で『過去の凄い人達がでしゃばって聖杯をめぐる戦い』と『なんか凄い吸血の退治』とかが同時に起きていようとそれらのジャンルが違っていれば存在すら気づくことができない。
 変死体について書かれてる新聞の内容も"すべて都合よく"気づかない。その他もろもろもだ」

 確かに理が通っているのかも知れない。
 このような人達がいるのに自分達が気づくことが無いのはジャンルが違っているから、そうすれば説明がつく。
 だが、そこで一つ疑問が生じる。

「でも、それじゃ。そもそも」

 と言うよりも疑問に感じない方がおかしい。

「あなたはなぜそのことを知っているんですか?」

 なぜ、この男がそれを語ることが出来るのか?
 矛盾しているのだ。自分が言ったことと自分が知っていることが。

「そうだな、まあ何にでも例外がある。
 知る方法ではなく正確には知ってしまうのだが、結局の所、同系列の能力者たちのカテゴリーの範疇を越えてしまいすぎて、強くなりすぎた者が知ってしまう。
 表でも裏でもなく、その先も全て見渡せると言う事から真の世界、通称『真社会』。
 政府などの大きな組織の上層部の一部は知っていることがあるが、内部構造が完全に複雑かつかなりの数に細分化されているため、どちらにしろ実力が無ければ知ることが出来ないということだ」

 しかし、この答えに香織はわずかな違和感を感じた。

「えーと、あれ? それって、質問に答えてないんじゃないんですか?」

 完全に知らない知識を口頭で述べられているにも関わらず正確に理解していた香織が、そのことに気づいた。
 それは知る方法であって、自分が知った方法を述べていない。
 確かにエイタの言葉どおりの方法で知っている可能性を否定は出来ないが、それでも疑問に思う所が香織にはあったのだ。
 そして、その予想は的中する。

「ばれたか。確かに俺は正攻法で知ったわけじゃない。情けないから、余り言いたくないが、ただ教えてもらっただけだ」

 一呼吸を置いてエイタは話し始める。

「自分の師匠、親のようなものに当たる人がその中でもトップクラスでな、その人から聞いた」

 エイタが、言うには自分の実力で知ったのではなくその人から聞いたらしい。
 それなら、香織が感じた違和感にも示しがつく。

「そして今は、その人から任を受けてこの件に当たっているというわけだ」
「けど、やっぱりこんなこと教えてしまっていいんですか?」

 もっともな疑問、なぜエイタはそのことを教えるかという部分が、香織には分からなかった。

「情報と言うのは武器となる。つまり、さっきの会話で武器を手に入れたというわけだ」
「でも、そんなに役に立つとは思えませんけど」
「いや、これは強力な武器だ。言っただろう、能力者達はこの事実に対して"都合よく気づかない"と。
 要するに、どの能力者も本来このことを疑問に思っている。だが、気づくことは無い。
 それが、この世界の法則だからだ。そうさせないように、法則には自分達と同系列の能力者しかいないと強く感じさせている部分もある。
 だから、質問だ。この事実を相手に伝えればどうなる」
「それは……」

 考える。つまり、能力者たちの世界観(アイデンティティー)は自分達と同じ能力者しかいないと思っているということ。
 なら、このことを伝えれば、必ず起こるはずだ、自己の世界観の崩壊が。
 そして、心の底では能力者自身もその事実に対してに疑問に感じている。
 だから、結論として起こるのは――。

「……一時的な思考停止」

 その答えにエイタは満足して、本当の解答を口に出した。

「だいたい、正解だ。思考停止と言うよりも、過去に遡って自分が感じていた違和感、要するに都合よく気づけなかった部分を一つ一つ思い出していく。
 そして自己世界観の再構築を始め出す訳だ。まあ、結論を言わせて貰うと思考停止と変わらない。様は敵は停止してしまうという事だ」

 その答えを聞き、なぜエイタが自分にこの事を教えたかを香織は理解した。

「その間に逃げてしまえば良いという事ですか」

 放たれたその言葉には一切の疑問を投げかけるような物ではなかった。
 そうに違いないという確信が伝わってくる。

「理解が速くて助かる。停止する時間差は正確には分からないが、場合によってはそれなりに持つ」
「まあ、頑張ってみます」

 しかし、香織はそんな状況にはなりたくないなと言いながらも思っていた。



「まず、今の状態だが」と言い、エイタが香織に対して説明し始める。

「分かっていると思うが力が入らず、思うように動くことが出来ない状態だ」
「はい、そうですけど」
「本来なら特にどうこうせずとも治るだろうが、今は急いでいる。だから今回は粗治療で行かして貰うが」
「それで大丈夫です」

 粗治療という言葉に不安は残るものの寝たきりに近い状態よりも早く動ける方がいい、そう思い香織はそれを受け入れた。
 エイタが、手を差し出す。おそらく手を握れということだろうと解釈した香織はそれを実行した。

「人の身体には常に『マナ』と呼ばれるエネルギーが流れている。
 これは精神力に作用され、自分の許容量以上の『マナ』を使用、もしくは使い果たすほど使用すると良くて気絶、悪くて死に至る。
 大方、昨日倒れたのはこれが理由だろう。
 そして、今動けないのは身体に流れれる『マナ』の量が足りてないからだ。
 しかし、基本的に『マナ』は無限に増やすことが出来る。もっとも最初に言ったとおり、許容量を越えると気絶するが。
 要は、『マナ』の量を増やして元の量に戻してしまえばいい」
「えーっとですね。一応、理解は追いつきましたけども、それって私も使えるんですか?」
「基本的に全人類が使える。
 『マナ』を増やす方法の理屈は簡単だ。法則としては『マナ』が減るごとに回転の速度が減り、増えると速度が上がる。
 つまり、逆の方法として、速く廻せば……」
「『マナ』の量が増える、ですね」

 今まで何度か有った、エイタが喋り香織が結論を言い完全に理解するといったやり取りを繰り返す。
 エイタは思いのほか香織の飲み込みが速い事に驚くがすぐにその原因を思い至る。
 この飲み込みの速い彼女も選ばれているのかもしれない。
 秀才を超え、天才に至っているのならば可能性は十分にある。
 なぜなら、この世界は《物語》を望んでいるのだから。キャストはより優秀でなければならない。
 しかし、その思考をエイタは中断した。無意味な行為だ。ここでそれを考えようと話は進まない。

「そうだ。そして『マナ』を速く廻すのは意識するだけでいい」

 マナを廻す行為は至って簡単だ。意識しさえばいい。慣れてしまえば一瞬だ。
 ただ、その『マナ』を廻すという本来行わない行為を正しく意識することが出来ればの話だ。
 意識して廻すのは、初期の段階に措いてのみ難易度が高い。

「だが、そんな簡単にはいかない。だから、一度俺が、『マナ』を廻す。その感覚を掴んで同じようにやってくれ。
 ああ、意識と言ったが、要は血液と血管のイメージだ。そうだな、目は閉じておいた方がいいかもしれない」
「はい。分かりました」

 香織がそっと目を瞑ってその時を待つ。エイタも回転をイメージしつつその経路を香織へと繋げた。
 香織がエイタの冷たい手から何かが流れてきたことを感じ取る。たば漠然と生命的な力が伝わってくる感覚。
 その力を血液に例え、血管の中をより速く廻していく。
 その状態を数十秒続けているといくらか自分から流れてくる何かの量が心なしか増えてくるような気分に狩られた。
 そこから更に数十秒、経った所でエイタが手を引く。香織の方も『マナ』の流れを感じ取り、十分力が溢れるように感じられた。

「これで動けるはずだ。恐らく感じられたと思うが、この力は純粋な生命のエネルギーと言える。
 例えるなら魂の燃料だな。許容量の話をしたが、それ以下なら順調に身体能力が上がる」
「また、それは逃げろと言うことですか?」

 いい加減、香織も自分の身は自分で守れと言われているようで、不機嫌に成りそうだったが、身体が軽くなったのは事実なので口には出さないでいた。

「まあ、それでも、ありがとうございます。助かりました」

 香織から手を離したエイタは、ダンボールへと歩いていき、中身を開けた。中に入っていたのは服の類で、丁寧にたたんである。
 少し距離のある位置から見ているので、正確には分からないが何故か真新しい。そして、誰のかと考えた所で誰の物かが理解できた。
 なるほどと思う。真新しい理由も分かった。恐らくカゲミのものだろう。確かに彼女は普段から服を着ることは無さそうだ。

「昨日の事でかなり服に汚れが着いているだろう。服はこの中にある。
 好きなの着てくれ、カゲミの物だが当の本人が影なので着る機会がないからな。
 それと部屋にあるものは使ってもらって構わない、帰ってきたらすぐに出発できるよう準備をしておいてくれ」

 エイタは、部屋の中から出て行った。香織は気づく、エイタが、最初に比べて随分と色々喋るようになっていたことだ。
 と云うよりも遊佐影太という人物は本来おしゃべりなのだろう。

「ああ、そういえば、名前で呼んでもらえなかったな」


 エイタが立っている目の前には、『朝日 葛葉』と書かれている表札があった。
 あの時、あの場所に居たもう一人の登場人物だ。呼び鈴を使い、本人に出てきてもらうことにする。
 呼び鈴を鳴らしてから少し時間がかかっていたが、勢い良くドアが開く。開けた彼女は、当然呆気にとられたように指を向けてきた。
 思った事をそのまま行動に出してしまうタイプらしい。

「あー!! えっと、アンタは」
「隣に住むことになった『遊佐 影太』だ。よろしくたのむ」
「あっ、こ、こちらこそ、『朝日 葛葉』です」

 葛葉は軽くお辞儀する。なぜか流れに騙された様な気がしてならないが、葛葉にはそれよりも訊ねたいことがあった。

「っと、それどころじゃなくて。カオリはどうなったの!」
「隣の部屋にいる。特に悪い所は今の所無い」

 その、言葉を聞いて葛葉は安心した。
 今から会えるかということをエイタに問いただすべく、聞こうとしたが先に遮られてしまう。

「今は会えない。数日中には会えるようにするつもりだ」
「ぬううう、分かったわ」

 葛葉は気を取り直して、質問する。

「で、あんた達、何者なの?」

 その問いに香織に話した時よりもかなり省略した説明をした。
 文字にして五文字。

「超能力者だ」

 正直、やはりバカなのか判断するためにエイタがかなりの冗談として言ったのだが、どうやら納得したようだ。
 かなり直感的な人間らしい。エイタ自身も驚いていた。

「はー、超能力シャさんでございましたか、そういえば、公園でアソンデイル山田君もそうでしたね」

 エイタは思う、この少女は『山田』という名前になぜ固執しているのだろう。
 ふうと、ため息をついて

「そんなこと、あるわけないでしょ!」

 一人で突っ込みしていた。
 エイタはやっぱり納得できないぐらいはバカではないと判断する。

『カゲミ、この場合、俺はどうすればいい』
『君には三つの選択肢が与えられているぜ』

『第一、無視してそっとしておいてやる』

『第二、何言ってんだよこいつと、視線で訴えかける』

『第三、ここは、ノリで「いい病院を紹介しよう」と言う』

『決めるのは自分自身だー。個人的には、第三がお勧めー、あと笑顔を忘れず』

 そうかと、カゲミに言い。

「いい病院を紹介しよう」

 エイタは、営業スマイルを放った。

「やめてー、白い目で見るのやめてー。あと白じゃない救急車呼ばないでー」

 葛葉に心理ダメージ。
 すぐに駆け出してマンションの外に向かって叫んでいた。寝巻きのままで。

 ああ、やはりバカかなにかの類だろうとエイタは『朝日葛葉』という人物を分類した。



「話が脱線したわね。それで超能力者ってのは話はひとまず信じる。それよりも香織はどうなるの?」
「話を脱線させたのは、いや、やめておこう。しかし、その質問にはこちらの質問に答えてからにしてもらう」

 葛葉は、言い返そうとするが、やめた。大人しく従ったほうがいいと判断したからだ。

「『吉原 香織』は昨日のような、言動を普段からしているのか?」
「してない。いつもはもっと優しくて、あんなことするような子じゃないし」
「なら、どこかを境に徐々に性格が攻撃的になったか、それとも、突然あの時おかしくなったのか」
「うーん、徐々ってことはないと思うけど。昨日の放課後くらいからは、ちょっと様子がおかしかったかな」


「『吉原 香織』、彼女のあのスタイルの良さは何だ!!」


今までの質問より若干声を大きくしているエイタ。

「そうそう、なんか知らないけどあの子スタイルがよくてさ。クラスの女子の羨望はともかく、男子の視線がすごくてね。
 私も気にしないようにしないと怒りを覚えるから普段は考えないようにしてるんだけど」
「なるほど、目の前の急斜っぷりをを見ていると納得がゆく。しかし、あれは凶器だな」
「あれなんか初対面ですごいこと言われた気がするけど、まあいいや。いやいや、どうなってんだか高校生であそこまで胸が大きいとは」
「推定ピーーーーー(プライバシーにより聞く事は出来ません)」
「そうそう、そのサイズ。それに他の所は、必要以上に太くなってないしね」
「そうだな」

 二人で沈黙が続く。

「なんか、話がおかしな方向に行ってない?」
「いっていない、聞きたい事から順番に聞いていっただけだ。ところで今の話は本当だな」
「うん、カオリが変になったのは、そのくらいだと思う」
「そうか、大体分かった。先程の質問だが、今言ったようになぜ彼女があのような行動に至ったかの調査だ。結果はまた伝える」

 葛葉に有無を言わさず。エイタは、自分の部屋に入っていった。
 葛葉は引きとめようと思ったが、エイタの着いて来るのなという雰囲気に足を進めることが出来なかった。

「やっぱり、今の会話、明らかにおかしかったよね。? いや、おかしくないのか? うーん、朝ごはん何にしよう?」



 戻った時には準備を終えていた香織を連れてすぐにマンションを出た。
 目指す場所はバス停『須乃木』だ。朝ではあるが、どうも余り人とすれ違うことが無い。
 その事にエイタが気づいたのを知ったのか香織が話し出す。

「やっぱり、この時間帯でも人は出歩いてませんね」
「いつも、この調子なのか?」
「まあ、ここが特に人が少ないって事もありますけど。やっぱり、人が出て行ってるんですよ。
 この島、仕事が殆どありませんから、みんな都市部の方に行ってしまって」
「だが、商店街はそこそこ活気があるな」
「ええ、『天咲通り』って言うんですけど、逆に娯楽が無いので大人も子供もみんなあそこに集まるんですよ。
 下手をすると小学生ぐらいの子まで普通に歩いてますし」

 バス停に近づいた辺りで数人程度は通り過ぎていく人が出てきた。
 道路はそこそこ大きいので、通る車の少なさを考えると人が居ないことがよく分かる。
 そんな休日の今日もエイタの服は、昨日までと同じく全身黒色の服を着ていた。
 エイタの分であろうダンボールに入った服の色が全て黒一色だったのが、香織には印象に残っている。
 恐らく譲れないものなんだろうと納得していた。

 待っている人が二人のほかに一人二人しか居ないバス停に着き、そこのイスに腰を下ろす。
 そこで、香織は出てから疑問に思っていた事を解決するためエイタに質問をした。

「結局、これからどこへ行くんですか?」
「どこか、いわれても答えることは出来ないが、目的はこの島から遠ざかることだ」
「遠ざかる、ですか?」
「詳しいことは着いてから話す」



 バスの中、香織は色々なことを思いすぎて不安だった。
 こう何も無い空間で何もしないというのは、負の感情を持っているときにはよくない。
 何度も同じ結論をぐるぐると出し続けるのだ。例えば香織は罪悪感という解答を出し続けていた。
 それを理解してからかは分からないが、エイタは香織に話しかける。

「昨日の事だが、おそらく『影使い』による影を利用した何らかの『操作装置』を付けられている可能性が高い」
「昨日の花の事ですか?」
「どちらかと言えば、あれは『防衛装置』のようなものだ、『攻撃装置』とも言いかえれるがな。
 本当の所、協力してもらわなくても昨晩のことは、大方目星はついている」
「本当ですか!?」

 そのことに香織が驚く、エイタもその事を知っていながら協力させたので今更言い訳するつもりも無かった。
 だから、臆することなく推測を口に出す。これは、香織の性格を分かる限り読んで、今更約束を破ることはないと判断してだった。

「恐らく、昨日のことは操作装置が特定のコマンドに対応して行動を起こしたのだと思われる。
 つまり、『吉原 香織』は"操られてやった"」
「でも!!」

 続きが言えなかった。
 でも? この続きに何が言いたいのだろう。
 それでもやった事実が変わらないからか、実は昨日言った事が本心だったからか。
 どちらにせよ、答えは出ない。
 そう、だから調査してもらうのだ。気休めでもいい。
 ただ、期限を設けて結果を伝えられた時までに決めればいいのだ。
 逃げだと言われるかもしれないが今はそれしか出来なかった。

「まだ、詳しくは分からない。今までの状況証拠だけで判断しただけだ。だから、この話はここで終わらせよう」



 先程と同じ状態でどんどんと気を落としていきそうになった香織はエイタに話しかける。

「そういえば、私の名前、呼んでくれませんね」

 予想外のその言葉に驚いたエイタだが、話を続かせるように答える。
 香織には気を利かせてくれたのかどうかを知る術も無いが、話を切られない事が心地が良かった。

「それは、お互い様だろう」
「ですね」

 香織が微笑む。それに釣られるようにエイタも顔を緩ませた。

「なら、これからは、香織って呼んでさい」
「了解した、香織。しかし、別に意味はないだろう、こんなことをしても、香織にとって俺は重要な存在ではないはずだ。
 今回の事が終わったらそれで切れる関係だろう」
「興味ですよ。最初は、無愛想で冷たい人と思いましたが、今は結構おしゃべりになっていますし」

「それは」とエイタは、顔を歪ませた。不快ではないが、余り言われたくないことだったのか、少し拗ねている様にも見える。

「なら、これからはこちらも好きなように呼んでくれてかまわない」
「それと、見ちゃったんです、あの服」
「服? なるほど、そういうことか」
「ですけどあの服、どうしたらあの色になるんですか?」

『えーと、それはね』

 今さっき起きたカゲミが答える。現在、香織の影とカゲミの影が繋がっているため、一時的に念話が使えるようだ。
 カゲミの話が何時までも続く、普段はエイタとしか喋ることが無いため、とにかく話がしたいのだろう。
 完全にエイタは話す隙がなくなってしまった。




『やっぱり、眠いからもう一度、寝るねー』

 そういってまた、カゲミは睡眠に就く。時間にして十数分程度だった。
 基本的にカゲミは活動時間がかなり短い。
 常時温存している魔力を含めた総合的な体力が、日常用の十倍を超えるのだが、プロ意識かその比率を決して変えないためである。
 加えて昨日の出来事も関係して、一層深く眠っていた。

 そして、カゲミが聞いていないだろうと思い疑問の一つ、カゲミについて香織は質問した。

「やっぱり、カゲミさんは、影太さんの影なんですか?」
「違うな、カゲミは俺の影ではない」
「それじゃあ」

 なぜと言いかけたが、香織を遮るようにしてエイタが言う。

「カゲミは『影美』の影だ」

 香織は、地面に移るカゲミの姿を見る。
 エイタの動きに合わして動いてはいるものの姿は女の子のままだった。

「簡単な話だ。俺には影無くて、カゲミには身体が無かった、それだけのことだ」

 エイタは時計を見る。あと少しで島よりもかなり離れられるだろう。しかし、時間があるもの事実。
 このまま黙っているのは、少し後味が悪いだろうと思い、もう少し付け加えることにした。

「『影使い』とは」とエイタは話を切り出す。

「聞いての通り、影を操る者というのが、裏社会での定義だが、本当の定義は違う。
 人には様々な性質がある。運動が出来る、頭がいい、趣味は何か? といった具合にだ。
 そして、本来『影使い』というのは、自らの宿る性質の内二つ強大かつ、身体と影で互いに反発しながら存在しているものを指す。
 身体と影、要は磁石と思えばいい。プラス極とマイナス極、だがどちらに何の性質が入るとかは特に決まってなく、重なることはないに等しい。
 俺の場合、簡単に言うと影の性質にが『熱』、身体の性質は『銃』だ。
 入るものは言った通り特に決まっていないので物質が性質として当てはまる場合があるが、言い換えると『銃を使える』とも言えなくもないので、そんなものだと認識すればいい」

 自らの影の性質が『熱』という言葉に引っかかりを覚えた香織は、今朝のことを思い出す。
 倒れかけた自分を支えたエイタの体温が低かった事だ。
 影の性質が強大と言う事はそれだけその存在の占める量が大きいこと示す事になる。

「だから、影太さんの体温はかなり低いんですか?」
「そうだ、今も体温を強制的に上昇させる呪いの一種を体にかけることによって活動できるくらいの体温を保っている」
「でも、それじゃあ、やっぱり」

 『熱』という性質が身体から欠けているのは、その部分が欠けているからに他ならない。
 つまり、エイタには影が――存在していない。
 自分には、手の届かないような話を聞いて香織は、混乱していた。
 本当にあるのだろうかと思ったが、昨日の事を思い出し口に出さない。
 なぜなら、新たにそれを目にするかもしれないからだ。それなりの覚悟を持つべきだろう。

「俺達二人は、かなり危うい状態で生きている。
 もし、俺が半日分、カゲミが影にならなかった場合、俺は世界に存在していないと認識され、結果、消滅だ。
 一般人ならともかく影使いは影に自身の持つ性質の一つを宿しているからな。魂の質量の半分を持ってかれている様なものだ。
 つまり、一般人の影がなくなるのと影使いの影がなくなるのでは、そのリスクが大幅に違うという事だ」

 エイタの態度はいつもと変わらない。落ち着いた雰囲気を漂わせてすらいる。
 だが、目にだけは決意の色が窺えた。

「いつか自分の影を持ち去り、カゲミの身体を奪っていた奴を見つけ出すこと、これが俺の望みだ。
 今の状態でもいつ世界に消されるかすら分かっていない。だからこそ、早く見つけ出さなくてはいけないんだ、絶対に」

 絶対にと言うエイタの顔は真剣そのもので、ぞの中には、憎悪、焦燥、そんな感情が混じっていた。
 香織は、それ以上は踏み込めない気がして何も言うことが出来ないでいた。


 バスが、目的地に着いたのは、そのすぐ後だった。

「できるだけ、早く始めよう」

 そうエイタは言い、歩き出す。今朝、バス停まで歩いていた速度より幾分か速い。
 香織は、その速度の合わせることが出来たといえ、少しきつい様子だった。
 その間、二人の間に会話は無く、淡々と歩き続ける。十分程歩いた所で目的がその姿を現した。
 実はもっと前から見えていていたのだが、まさかなー、などいう具合で香織は考えないでいたからだ。
 五分前ぐらいにエイタが目的地が見えたと言った。その時、周囲には一つを除き何も無くどれを指しているのか分からなかったのだが。
 除いた一つは所謂高級ホテルと呼ばれるものだ。聞いたところによると、ホテルを建てたのは『領袖』関連の企業らしい。
 香織には自分に縁のなさそうな場所だと思っていたが、エイタが立ち止まった場所はその目の前だった。
 まさにここが目的地だと言わんばかりにそびえ立っている。

「もしかして、ここですか?」

 香織が恐る恐る、指差したその先には、やはりずっと見えていた高級ホテルだった。
 葛葉にお嬢様っぽいといわれているが、実際の所、葛葉がお嬢様とは懸け離れた自分と比べて、言っているだけなのだ。
 本当の所、親から有りっ丈の愛情を貰って育ったものの、家は普通の家だった。

「そうだ。一応、部屋は割り込ませた」

 予約したと言わないエイタに違和感を覚えたものの、香織はエイタの後ろを歩く。


 一言で言うとその場所は絶景だった。
 窓の外を見ると島の全体を見える。視線を移すとかなり遠くまで見渡せた。その事実は、このホテルの高さを物語っている。
 そして最上階のその一室の窓に描かれた風景は、絶景としか言いようが無いほどの一品だった。
 部屋に置いてある物も値段の見当がつかないほど輝いて見える。

 その中に一般人である香織は、自分にはどう見てもこの部屋が不釣合いにしか感じられなかった。
 一方、エイタの方は落ち着いた様子であった。慣れているのだろうか、この空間に対して特別何か思っていない様子が感じられる。

「すごいですね、この部屋」

 エイタに対して話しかけているものの香織の関心は、部屋の物に注がれている。

「財都『帝京(ていのみや)』を統べる『明乃宮天領(あけのみやてんりょう)』家の所有するホテルのVIPルームだからな」

 香織は今エイタが言った事が理解できなかった。聞き違いにしてははっきりと聞こえたが、その内容は突拍子も無いものだったからだ。

「ちょっと待ってください!!」

 香織は、ゆっくりとエイタの言ったことを考える。

――財都『帝京』――

 日本に住む、財界又は、有名な血筋の家の者が、一箇所に住んでいる場所。
 その一部には一般人は許可無く入ることが出来ないという制度さえある所だ。
 テロ等に狙われる者たちを一箇所に集めることによって、拠点防衛を可能にし、なおかつ無関係の一般人に被害が及ばないようにするために作られた、日本経済の中心。
 そんな、富豪たちを纏めているのがそう『明乃天冶』家である。

「それじゃあ、ここは『領袖』家の私室という事ですか?」

 『領袖』家というのは、『明乃天冶』家の別名である。
 家名が長いため本人までもが特別な場で無い限り使っていて、一般の人達にもその名前で広まっていた。

「私室といえばそうだな、間違っていない。正確には許可が要るだけだ。
 基本的に知り合いになら簡単に許可する場合が多いが、そのそも普通の人が知り合いに成れるはずもないがな。
 自分の上司に当たる人物と、そして上司の主人に当たる人が『領袖』家と関わりが深く、要するに知り合いと言う訳だ。
 つまり、自分は『領袖』家直属の私兵という事になる。
 昨日、上司に電話したんだがホテルを使用したいと言えば、無理やり此処に行くよう指示された」
「という事は、影太さんって、結構偉い人なんですか?」

 香織には目の前にエイタが、自分が思っているよりも相当すごい人なのかも知れないと思い、急に遠くの人になったように感じた。

「いや、その中でも下っ端だ。単なる雑兵に過ぎない。
 もともと、信用のある人物だけを使う為、単なる身内びいきの様なものだと思う。あと」

 そこで、言葉を止めてエイタは先を言うべきか悩んだが、隠しても仕方が無いと思いそのまま話すことにした。
 ただ愚痴を言いたがっただけかもしれないが、それでも構わないなとエイタは思う。

「此処を使えるようにしたのは、大方、自分の上司の嫌がらせだろう」
「嫌がらせですか!?」
「ああ、何故かお互い嫌っているらしくてな」

 エイタはこれ以上口に出すことは無かった。

「まあ、それは聞かなかったことします」

 香織もそれ以上聞くのは気が引け、また余りその様なことを聞かされてもどう対処すればいいのか見当がつかず、それ以上追求する真似はしなかった。
 それにさらに一般的な話から遠ざかっていくのは、少しついていけそうになかったららでもある。




「今から香織の影にあった、あの花について調べる」

 先程の無愛想な様子と打って変って事務的な態度になるエイタ。
 香織もこれが一種の契約のようなものだということが容易に分かった。

「はい」と肯定する返事を返す。

「カゲミ、やってくれ」
「イエッサー、びし」

ビシッと言うのに合わして敬礼をするカゲミ。カゲミの影が移動して香織の影と重なる。

「此処からは、カゲミにやってもらう」
「やるって何をですか?」

 エイタの言葉を考えると自分は何もしないでいいのだろう。
 だが、一応香織は、自分がどのようなことをされるのかは把握したかったのだ。

「そうだな、選択肢がある。何か得体の知れないの物が体を動き回られる感覚を味わうか、何も感じないかだ」

 突然の選択に戸惑う香織だったが、デメリットを考慮しないならば当然、答えは決まるだろう。

「はあ、それは、何も感じない方がいいと思いますけど」

 得体の知れない何かに体を動き回れる感覚よりはとそれを選ぶ。

「了解した」

 そういって、香織に近づいてくるエイタ。それだけなら香織は驚かなかっただろう。
 しかし、エイタが服の裏側から取り出そうとしている黒光りする何かに顔が引きつった。

「ちょっと待ってください、何するんですか!!」

 取り出したのは銃だった。
 明らかな銃刀法違反だと思われたが、昨日打っていた球はBB弾だったので分類上はエアガンに当たるので問題はなさそうだ。
 しかし、問題はそこではない、今なぜ取り出すかだ。

「気絶させるのが一番早いだろう」

「え?」と言った瞬間、エアガンが振り落とされた。
 速度は緩やかでデコピン位の威力だったが、エイタの使用した術式の効果で意識を奪い取った。
 香織を持ち上げ、ベットまで運ぶ。様子を見るに外傷も無くただ寝ている状態に近い。


   そうして香織の検査が始まった。




あとがき 2/3

修正完了しました。だいたい1,5倍くらい増えています。

次の更新には話を進めて行きたいと思います。



[13068] 調査
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3c89d078
Date: 2010/03/13 00:14

 ホテルの最上階、その一室にエイタはいた。
 香織やカゲミはいくつかの部屋を挟んだ先の寝室で眠っている。
 正確には寝ているのではなくカゲミは香織の影に入り込んで、敵の仕掛けた能力について探っているのだが、行動を起こさずじっっと目を閉じている姿を考えると、表現としては間違っていないだろう。
 そんな中、エイタは武器の整理をするため手持ちの武器を一つ一つ部屋の机に並べていく。

 並べ終えた後、一番の相棒とも言うべき二挺の銃を手に取った。
 銃とは言え所詮エアガンだが特注の特殊合金フレームに魔術的処理も行われたそれは禍々しい気を放っている。
 色は黒と青、一つは部隊に所属した折に、もう一つは去年の誕生日に師から貰った物だ。
 ある部品以外はどちらも同じ構造をしている。ある部分というのは、青い銃に付けられている本物の弾丸を放てる機構だ。
 装弾数は二発と少ないが、今後必ず必要にになることが予想できる。勘であるが、今回の任務で使うことになるだろう。
 そう思いながらも二つの銃からマガジンを取り出す。青い方は二つの弾丸を装弾するため一部複雑な構造をしている。
 しかし、どちらにしろ入れるのはBB弾なので普通の拳銃の装弾数とは懸け離れた量を誇っていた。
 そのマガジン両方に十分な量が入っている。後二回の戦闘は大丈夫そうだ。
 それから、ナイフや術式を書き込んだ札なども確認していく。恐らく必要なのは補給用のBB弾がないことぐらいだろう。
 後日、知り合いに頼んで持って来てもらうことにした。

「後、必要なことは」

 昨日の戦闘を思い出す。相手の持っている光源があれしかないとすれば、作って置きたい物があった。




 ホテルの寝室にてカゲミは一時的に香織の影となり、香織の影に埋められていた敵の能力であろう『種』の情報を読み取っていた。
 エイタの予想通り、島の外に出ると術者との交信が完全に途絶えているようで、感じられていた微弱な波動も沈黙している。
 朝、香織が起きる前に少しだけ調べていた時、殆どの機能が失われいた中でただ一つ、これだけが正確に活動していたので、これにより島の外では停止する事が事実として確定された。
 これは、自分の監視が行き届かない場所で、自身の痕跡を見つけられる事のを防ぐためだろう。
 今の活動停止状態ならば、同じ能力系統であるカゲミが、調べたことで初めて分かるほど気配が薄く分かりずらい。
 しかし、ここから敵能力者の活動範囲は島の中だけだという事が分かり、また、カゲミも術者のことを気にすることなく調べられる。

 仕掛けられた『種』の術式は、大きく別けて『術者との交信』と『自己防衛機能』を主な能力としている。
 『自己防衛機能』――昨日、香織が出した影の花の事だ。
 宿主の精神に作用して一時的に自我を改変、術者が好きなように作り変えるのが主な機能で、『影の花』の方はおまけに過ぎない。
 花の使用方法は、敵への時間稼ぎに使えるぐらいだろう。単体では恐ろしくともなんともない。
 ただ、本当に"単体"であればの話だ。そう、カゲミはが注目したのはこの能力の独立性だった。
 この影の花は、殆ど独立して術者が思うように操作する場合も、思考を割く必要がないと言っていい程少ない。
 言い換えれば操れる数が格段に多いと言うことだ。
 香織の時の花は術者の後押しが有ったのか、『種』に設定されている基本仕様よりも強かったが、この術者の技量を考えると二十以上は操れると思われた。

 だがそれよりも、一番の問題は『術者との通信機能』であった。
 恐らく、この『種』は島の中であるなら宿主を媒体にして『聴覚情報』『視覚情報』をどこからでも得ることが出来る。
 他に細かい指示や音声情報の発信も出来るようだが、幸いどちらも数体しか対象に出来ないようだ。
 それでも脅威である事には変わらない。だが、ここで一番重要なのは、この相手は前線に出る必要が全く無いのだ。
 逃げられ続け、出会ったとしても操られている一般人の振りなどされた状態で、周りで大量の人間を操られたらどうしようもない。
 そうなれば、まさに木を隠すなら森の中といった具合だ。
 後、厄介なことがあるすれば、この『種』を発動させる前の状態なら簡単なプロセスかつ大量の人間に待機状態の仕掛けを施せることだろう。
 その方法は影と身体に触れる事だ。ただ、これも術者の魔力を尽きるまでしか出来ない制約がある。
 この施した段階では、まだ発動していないので操ることは出来ないが、本人が体験した最近の記憶と本人の状態ぐらいは確認できるようだ。
 完璧なバランスで能力が釣り合っている。この均衡を崩すのは困難を極めるだろう。
 だからこそ、この術者の欠点を必ず見つけ出す。それがカゲミに課せられた使命だった。
 情報を更に深く、精密に解読していく。もう何時間が経ったか分からない。
 それでも、もっと情報を得るためカゲミは奮闘した。



 ほぼ余す所無く『種』について理解した所でカゲミはやっとこの術者の欠点を見つけ出した。
 やはりと言っていいほど能力は完璧だ。戦闘を考慮せず諜報能力だけを評価すれば、言いたくはないが一流『真社会』レベルである。
 本来なら太刀打ちできるレベルではないが、ただ一点だけそれに追いついていないものが有ったのだ。
 そう能力だけは完璧だ。ならそれを操る術者はどうだろうか? 昨日の行動を思い出すとその理由が克明に理解できる。
 なぜ、あの場で朝日葛葉と吉原香織があんな茶番を繰り広げたのか?
 解答は簡単、そこに理由は無い、強いて言うのならそういうのが趣味だから。
 その昼ドラ大好きそうな趣味もそれを実行する理由も本当に理解できない。だが、その解答から致命的な欠陥が導き出される。
 まず、『天咲通り』で感じた『種』植えつけられた人間の気配の数を考えると、個人単体でそれだけの規模の物を用意するなど、相当頭いかれている人間以外はしないだろう。
 そう考えると、やはり何らかの組織に所属している可能性がある。だとすれば、敵の任務内容はあの島の調査に違いない。
 そして、それを遂行する妨げになるのも関わらず趣味に走る性格を鑑みるに、敵はプライドもしくは組織のためよりも個人的な理由で勝手に動いてしまう人種だ。
 そこが付け入る隙になる。ちょうどいい事に昨日の戦闘の時、エイタの言葉で挑発されたはずだ。
 敵は言わずもがな『影使い』である。そして、この任務が当てられた時期を考えると、やはりこの事を見越してだろう。
 であるならば、自分達の半身を取り戻せる手がかりを掴めるかも知れない。

 カゲミの方針は決まった。敵が香織を使ってあの無駄極まりない茶番を演出したのなら、敵は三流以下である。
 そうなれば付け入る隙は腐るほどある。エイタはあれで結構、嫌味な性格している部分があるので、その性格が役に立つだろう。
 罠だとしてもどの道そんな無駄を起こすのなら、こちらと対峙することを想定しているはずだ。
 まあ、何にしても"役者が足りない"。
 ああ、自分もそこそこ酷いな、足りないなら仕立て上げればいいなどと考えているのだから。




 作りたいものは一瞬で作れてしまった。
 戦闘中であろうと、銃弾の雨を受けながらそれを作り上げられるのだから、数秒で作れても何もおかしなことはない。

「息抜きにはなったか」

 数十秒の休憩を息抜きと言えるかどうかは曖昧だったが気分転換になったのは事実だった。
 作った物を天井の電球にかざす。そうすると当たり前のように自らの体とその身体を突き抜けた先にそれぞれ二つの影が出来た。

 曰く、エイタの体に光が当たった時、一本だった光が普通の人と同じように反射する光と体を突き抜ける光の二本になるらしい。

 明らかな物理法則の無視だが、自分の影が消えている現象とそれとで無理やり世界が帳尻を合わしているとの事だ。
 この体は世界にも迷惑をかけているのかとエイタは皮肉にも考えた。
 後ろを振り返り、影を見ると思い描いた形が床に映りしっかりと出来上がっている。
 エイタはこれなら使えるということで服のポケットに折りたたんで入れた。



 その後いくらか時が過ぎ、エイタが睡眠から覚める。どうやら、作業を終わらした後にそのまま寝てしまったらしい。
 時計を見ると十二時を回っている。
 カゲミと離れて半日までかなり時間があるのでエイタは大丈夫だが、そろそろカゲミの方が限界と思い立ち上がった。
 香織を寝かした寝室に移動する。カゲミもそこに居たが、完全に機能を停止し眠っていた。
 起こすのも気が引けたのであと一時間ぐらい様子を見ておこう。

 それよりもこれをどうするべきか

 カゲミが影の中に入り込んでいためか、恐らく香織は少しばかりうなされていた様で服装が乱れていた。
 所々、その白い肌が見えている。また香織の選んだ服は、本来カゲミのサイズに合わしているので気にならない程度だが一回り小さい。
 なので今、このように目の前でマジマジと見つめれば、はっきりとその細身のラインが分かった。
 エイタは一瞬、シーツ類をかけようと思ったがそれを止める。

 それにしても―――完璧だ。

 全体的に細いのだが、出る所はきっちりと出ている。高校生という年齢を考えればかなり胸が大きいだろう。
 男が女の寝ている姿を凝視し続けている姿は、滑稽かつ相当強く犯罪の臭いがする。
 しかし、エイタはお構いなしで続けていた。

 写真を撮るか。いや、ダメだ犯罪だ………………果たして本当に犯罪だろうか? いや、何を言っている当たり前だろう。

 そう思いつつ、既に手にはケータイを持ちカメラのレンズを向けていた。
 その考えが浮かぶことに加え、実際に実行する寸前までいく行為は、いくつか踏み込んではいけない犯罪という領域に片足が完全に浸かってしまっている。
 それどころか、指が滑ってしまう事の確立がどれくらいかとか、その場合は事故になるだろうとも真剣に考えていた。滑稽である。
 エイタはその状態で何度かその欲求を満たそうと考えるが、さすがに不味いということで落ち着いた。
 そして、エイタは結論を出した。

 拝んでおこう。




 さて、行き成りだけれども私『吉原香織』は紛れも無いただの女子高生である。
 昨日、偶然出会った超能力者とその事件の当事者になったぐらいしかおかしな所は無い。
 であれば、なんだろうこの状況は。大事なのでもう一度――なんなのだろうこの状況は。

 目の前には男性。名前のしっかりと記憶している『遊佐影太』だ。
 両手を組んで頭より上に持っていき、頭は下げた状態。両膝を床につけ――正直、祈ってるようにしか見えない。
 いや、拝んでる場合もあるのかと思ったが、その二つは殆ど同じだ。
 そして、その状態であろう事か

「目が覚めたか」

 今朝のセリフとまったく同じものを言っている。
 さて、自分と多くて一年しか違わない男の人に拝まれているという状況に、どう対処すればいいのか本当に深刻だった。
 もうこの際言ってしまうと混乱する一歩手前だ。

「な、何で拝んでいるんですか?」

 普通に聞こうと思っていたが、どうしても顔が引きつっている。
 エイタは「あなたの発育の良さにです!!」とバカ正直に答えられる筈も無く沈黙。
 唯一分かっていたのは、香織と同じ時に起きたカゲミだけだった。

 その沈黙の中、香織は考える。冷静になれ、考えろ。こういう場合は冷静な人を参考にするべきだ。
 自分の知人から適当な人物を探し出す。まず、親友のク――没、こう言ったらあれだが100パーセントありえない。
 石原良哉と新井信二、どちらもちょっとマイペース過ぎる。両親は…………無理だろう。
 となると、思い出されるのは目の前の遊佐影太しかない。
 それで、思い出したのはあの時のセリフだった。それと似たように考える。

 第一、無視して話を進める。

 第二、理由をどうやっても聞き出す。

 第三、断る。

 なぜ拝んでるかと考えれば、おのずとどれを選ぶか分かってくる。
 勿論、第三の選択肢だ。

「あ、あの、すみません。新興宗教とかはちょっと、ご遠慮いただきたいんですけど……」

 結論、どう考えてもヤバイ宗教にしか見えない。




第一章――No.2『調査』





 一悶着あった後、といえ最終的に決着はつかなかったのだが、話を進めることになった。

「カゲミ、香織に昨日の出来事について話してくれ、俺への分は後でいい」

 カゲミは香織の影から出ていて、今はエイタの影になっていた。
 エイタの言葉を聞いた後、カゲミは事務的に話し始める。

「それじゃあ、まず」

 そういって話し始めたことは、種が入った経緯だった。

 時刻は分からない。一昨日の晩、その日に香織は『種』を仕込まれた。
 『種』からの情報から、香織の影に仕込んだ方法は影と身体に触れる事だ。
 そして、一昨日の晩、香織はスーパーに買い物に出かけた折、誰かにぶつかったらしい。
 恐らく仕込まれたのはその時だろう。香織によるとぶつかったのは女性だそうだ。
 そして、話は香織がずっと気にしていた事へと移って行く。

「で、香織ちゃんの事になるんだけど。もう、ぐだぐだ説明するのもあれだから言うと、ただ操られていただけだよ」

 これが結論。わざわざこれだけの時間を費やして、得た答えがこれだった。
 ずいぶんな、味気ないなと香織は思った。実際、現実ってものはこんなものかもしれない。

「なんか、味気ないですね。こう、ずっと待ち構えていて、来たのが思っていた衝撃より少なかったみたいな」
「まあ、現実こんなものなんじゃないかな。どちらかと言えば被害者だし、それに香織ちゃんを見る限り、虫も殺さない感じだもん」
「何を言ってるんですか、ゴキブリは完膚なきまでに殺します」
「香織ちゃん、意外にバイオレンス!!」
「ゴキブリは悪です」

  このままいくと、更に会話が続きそうだと判断したエイタが話を進める。

「香織も疑問に思っているだろが、どうして操った人間がこんな茶番をしたかだ」

 そう、結局気になるのはそこである。香織は本当にただの学生だ。

「そうですよね。あんな昼ドラみたいなノリは、ちょっと、どうかと思いますしね」
「本当の所、香織は『石原良哉』についてどう思っていたんだ」
「特にどうとも」

 一切迷わず、簡潔に言う香織。つまり、完全に恋愛対象じゃなかったわけだ。
 しかし、きっぱりとそう言われた本人からすれば、それなりにきついだろう。場合によっては傷つくかもしれない。
 その即答に少しエイタもたじろいだ。

「ま、まあ、何ににしても――――これで吉原香織は、『朝日葛葉』に説明する必要があるわけだ」

 前半台詞と打って変って後半の台詞は鋭いものだった。
 そして今の台詞によって、香織の逃げ道を完全に閉ざした。
 謝らないでもいいのかもしれない。だが、香織の性格を考えてそれは無理だろう。
 だから、エイタはここで説明をするべきと彼女に伝えたのだ。香織が逃げないように。
 いつかは話すことになるだろうが、今の香織ならばズルズルと先延ばしにしてしまうだろう。
 悪い事ではない。それが、まともな反応だ。操られていたとはいえ殺そうとしかけた人間に、まともに話せるはずがない。
 香織は普通の反応をしたので攻められる謂れはないだろう。
 ただ、退路を防がれた今ここで葛葉と話す決断を下せるかどうかで、愚図かどうかの判断されるだけだ。

 香織もエイタの言いたいことは理解できている。
 恐らく決断を迫った理由は、自分がこの件を操られていただけでは納得できないという感情を読み取ったからなのだろう。
 逃げれられないか、そう思った香織はすぐに行動する事にした。

「ここって電話は借りられますか?」
「領袖家御用達の物だ。機密保持に抜かりはない」
「それなら、安心ですね。あ、でも影太さんが盗み聞きしないでくださいよ」

 エイタが場所を言うと、どこか吹っ切れた笑顔で香織が歩いていった。
 その表情にエイタも少心臓の鼓動が速くなる。

 あれを使えば大抵の男は落とせるな。ただ、性格からしてそんな使い方はしないと思うが。

 そして、香織が部屋から居なくなったと同時にエイタはカゲミを呼び出す。

「で、エイタ君」
「ああ、どうやって香織を引き込むかだ」
「悪い男に引っかかちゃったねー、香織ちゃん」
「カゲミも同罪だろう」
「まーねー、私達は二心同体のようなものだしさ」
「そんな四字熟語は存在しない、が考えてある方法は概ね俺と同じか」
「そだね。嫌われるほうがいいだろうし」




 電話を終えた香織が部屋に戻ってくるとそこにはエイタが待ち構えていた。

「さて、協力の話だが」
「はい、でもやっぱり制限つきでお願いします。もう、危険な目に会いたくないですから」
「了解した。ただ、今後"協力する"と言ってくれるのなら何時でも歓迎だ」

 含みのある言い方、そう思うも最終的に決断をするのは自分なのだから問題は無いと香織は判断する。

「それで、何をすればいいんですか?」
「まず島を歩くので案内に着いてきて貰えればいい」
「それだけですか?」
「危険度はそこそこ、注意事項がいくつかあるが特に香織がする事はない」

 続けてエイタが話したのは、香織の影にある『種』の事だった。
 伝えたのは盗聴等が出来る事や島を出ると調べない限り存在しているか分からないように機能が停止する事だ。
 だが、同時に伝えていない情報もいくつかある。

「極力、影太さん達の詳しい情報は話さないほうがいいと言うことですか?」
「理解が早くて助かる。目星はついているが、島の多くの人間が行く場所がどこだか分かるか?」
「昨日、最初にあった通りですが一番人通りが多いと思いますよ」
「なら、そこの案内をしてもらえると助かる」

 エイタの事だから店の情報なども含めて把握しているだろう。だが、現物を見るのと資料とでは大きく違う。
 その差異を埋めるためにもそこについて詳しい人間が必要だった。それに、予定している行動と同時に出来るので一石二鳥だろう。
 それに比べて、香織の方は少し考え込んでいるようだった。
 エイタと行動によって不利益を高じるわけではないし、嫌とだと言う訳でもない。
 ただ、

「ああ、なんだかこれってデートみたいですね」
「その割にはいつもと変わりないな」
「いつもって、私と会ってからそんなに経ってないじゃないですか」

  少し不機嫌を装う香織。しかし、エイタは意に介した様子はなかった。

「それに影太さんも"いつも"と同ですよ」

 いつもの部分を特に強調して香織が反論する。

「俺と香織が会ってからまだ一日しか経ってないぞ」

 当然のように香織と同じ切り替えし、そのやり取りが可笑しく笑いあう二人だったが、除け者のように扱われた一人はご立腹だったようだ。

「ねー、二人とも私の事忘れてないですかー。
 あなた達二人を未来永劫ずうーっとうざい位までストーキングしようとしているカゲミちゃんを無視ですかー」

 一通り言いたい事をいい終えたカゲミがぼそぼそと何かを呟く。

「はぁ、やっぱりキャラ薄いのかな。確かに、私は影だし、元々根暗だし、本来は個性が隊員Aみたいなモブキャラタイプだし。
 なんだよ、いっーつも忘れられるから。頑張って、似非電波キャラやってるのにさー」

 その後、数分は途切れることなくカゲミは呟き続けた。





『ひゃーっほー街に来たぜ。ちなみにちなみに、負のオーラを全部吐き出したカゲミちゃんに死角はないぜ。
 むしろトッリプしすぎて世界が二次元的に見えるぜ』
『それは元々だろう』
『そう影なのだから仕方ない。でーもー、ハイテンテンションモードになったカゲミちゃんには一層新鮮に感じるのだ』
『実際、二度目だからな』
『だーかーらー、服を買おう。服を買いに行こう』
『前後と文脈があっていない。それと行く事はない』

 バス停から少し歩いた所でエイタは突然立ち尽くしていた。
 その様子に不審に思った香織が尋ねる。

「どうかしたんですか?」
「カゲミが騒いでいるだけだ。
 聞きたいならカゲミを足で徹底的に惜しげもなく無慈悲に踏みつければ何を言っているのか聞くことが出来るが、どうする?」
「えーっと、それなら、少しだけ」

 そう言って、片足をカゲミの上へと持っていく。するとすぐにカゲミが何をエイタに言っているかが聞こえてきた。

『あれだよ。今、香織ちゃんと一緒にいるから、いつもみたいに周りの目を気にする必要ないよ。
 下着売り場で彼女へのプレゼントですと言い続けたあの夏の苦渋はないんだよ。だ・か・ら』
『五月蠅い』
『別にいいじゃないかー、着れないからって買ってはいけないなんて差別だー。
 エイタ君だって何か生産できるわけでもないのに、右手で自家発電するっための補助装置買い漁ってるくせに』
『…………なぜ知っている』
『マイ上司からおせぇーて貰ったぜ』
『だが、行く事はないぞ』
『けちー、ひとでなしー、性欲が中学二年生でピークを迎えて未だ下がっていない且つ自重せず常にオープンのくせにー』

 そこで、エイタが自分の失態に気がついた。横から香織が何とも言えない様な顔でエイタを見ている。
 そして、少し言いたい事があるのだが、ここは我慢をするべきと堪えている顔も見え隠れしていた。
 しばらく見つめ合った後、ようやく香織が口を開く。

「今のは?」
「全部、事実だ」

 余りにも早い返答。エイタはしっかりとモラルを持っているので、自分からそっち方面の話に持っていくことはしない。
 しかしながら、エイタがそれを恥じているという事はないのだ。つまり、エイタにそっち方面の話題について話させたら、まるで普通だろうと言わんばかりの態度を取る。
 要は変態と紙一重。そして、物事を素早く理解することに長けた香織は、今朝の奇行もそこから派生したものだと確信する。

「ああ、はい、オープン……ですもんね」

 伏目がちに、まるで可愛そうな物を見る目で呟いた。
 その様子は、例えるなら同級生の頭髪が全てカツラだったのを目撃した時だろうか、とりあえず香織は目の前の男に関する認識を早急に書き換えることを決意する。
 そして、もう一つ付け加える事があるとすれば

「エイタさん」
「なんだ」

「これからは許可なく一メートル以内に入らないでくださいね」

「了解した」

 またも即答。
 これもつまりは、今のような発言をすればこういう事になるのを理解していたことになる。
 それでも自重しないのはある意味底なしの精神力によるかもしれない。

「まっ、気を取り直して行きましょう。とりあえず、始めにエイタさんの罰として女物の洋服を売っている所から案内しますね」
「ああ、構わない。しかし、罰を受ける憶えはないがな」
「どうしてそう胸を張って言い切れるんですか」

 香織は、少し不機嫌な顔を作りエイタに講義する。ワザとやっている所がまた微笑ましいとエイタは感じた。

「自分の趣味に自信を持つのは間違ってはいないだろう」

 その自信たっぷりの返答を聞き、香織はかなり呆れた。

「はぁ、始めはまともに見えたのになぁ」

 溜め息と共に小声で呟くように香織が言った。
 当然に常人には耳を近づけなければ聞こえない程の声だったが、周囲を広範囲に渡って警戒しているエイタが聞き漏らすはずがない。
 しかし、言い争いになるのを避けるためだろう。エイタは何も言わないでいた。

 そこそこ、近寄りがたいエイタの性格を知った香織だが、沈んでいたのは数秒、すぐに立ち直っていた。
 実際、香織の周りには結構性格が色々とおかしい人種がいる。それが、香織が素早く立ち直った原因だろう。
 まず第一にエイタの更に高次元にいるだろう変態の父親。
 社交的で人当たりが良くどこか抜けているのにも関わらず、何故か危険視してしまう石原良哉。
 陽気で元気があり、常に喋って騒いで友達も多いのだが、どこが存在がずれている様に感じる新井信二。
 父親以外は、少し普通の人よりも性格が飛びぬけて違うだけだ。なので、香織のエイタに対する順応は父親のせいといっていい。
 なぜなら、父親は

「ロリコン、よりはマシですもんね」

 立ち直ったはずが、筈が再び香織は落ち込んだ。
 しかし、エイタも突然出てきた単語に驚きを隠せないでいた。
 なぜ、このタイミングでその単語をが出てくるのか、それが、エイタには理解できない。

「香織、何か言ったか」
「いえ、特に何とも」

 微妙な空気が両者の流れるもののすぐにその空気は断ち切られた。

『二人とも何ぼーとしてるー。これから、行くんでしょ、行くんだよね。
 早く行ってくれないと、私も動けないんだからさー』

 今まで黙っていたカゲミが講義する。それで、ようやく仕切りなおしを完全に終えた香織が背伸びをした。
 気分を落ち着かせてから歩き出す。思いのほか気分を切り替えるのが早かったようで、エイタは少し出遅れていた。

「さあ、行きましょう」

 そう言いながら、振り返る香織はとても晴れやかな笑顔だった。

 要するに自分はこのちょっとした非日常的な体験を楽しんでいたのだった。
 危険は嫌いだ。恐ろしいのも嫌だ。それでも楽しんでいたのは、やっぱりこの人がいるからだろう。
 自分はこの黒服を着た長身の男と事が気になり始めているかも知れない。

 そうした思いがその笑顔に表れているいたからだろう。
 その晴れやかな笑みを見たエイタは、自分の拳を痛みを感じるほど強く握り締めた。
 きつく、きつく、これから彼女に残酷な仕打ちをするために。




 まだ空に赤みが架かる前の時間、香織たちは目的を果たした。
 途中にエイタが店でやっている事を香織が記憶できていない所まで知っていた事に対して「わざわざ、教える必要がないじゃないですか」と不機嫌に成りながら文句を言う場面が幾度も合ったが、エイタにとっては香織の案内は分かりやすく、かなり助かっていた。

「それで、今からどうするんですか? まさか、これだけじゃないですよね?」

 そう、香織は自身がどういう状態なのか知るために取引をした。
 その条件がただの案内だなんて事は冗談以外にありえない。
 だから、他に『協力』を頼みたい事があるのか、あるいは

 ―香織を街に出る事が『協力』して貰いたい事なのか―

「ああ、いい具合に餌に食いついた」

 辺り一帯の気配を読み取り確信した。自分達に敵意を向けている人間がかなりいる。
 それも全てに独特に魔性を帯びた匂いのような気配がついていた。状況から考えるに敵に囲まれているという事実に他ならない。
 それはつまり、予定通りという事だった。

「えっ?」

 香織の疑問の声も空しく、エイタは有無を言わさぬ態度で言い切った。

「路地裏に向かう。そこなら、周りに被害が出ない」

 しかし、香織は向けられているその目が、どうしようもなく不快でたまらなく、恐怖する。まるで、物を見るようなそんな目だった。
 さっきまでとは別人のようなその態度の変化。これで切れる関係なのだから、別に仲良くする必要がない。そのように言い切ったエイタを思い出した。
 助けてもらったし感謝もしているが、そんな扱いをされれば何を信じればいいのか分からなくなる。
 だが、香織自身ができる事は少なく、そもそも、選択肢すらない。結局、香織はエイタに着いていくしかないのだ。
 だからこそ、決して意思が折れないように気を強く持って、香織はエイタの後を歩き始めた。

 何を信じていいのか分からないならば、自分が最初にエイタを信用したようにすればいい。



あとがき 3/2

今回は今までより少し短いです。

次で戦闘になるんですが、その長さによってはこのページに追加する事になるかもしれません。

次さえ書き上げれば、一章終わりまではそこそこ執筆のスピードを上げれる…………思います。






[13068] 和解 
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3c89d078
Date: 2010/04/03 03:17


 賑やかな街道から外れた路地裏。まだ夕日には遠く空が青い時間、その路地をエイタと香織は歩いていた。
 歩く速度は少し速く、両者の間には一切の会話がない。今までのような生ぬるい雰囲気が嘘のようだ。
 そして、ある程度の距離を進んだ後、エイタが突然立ち止まる。そして、いつものように姿の見えない彼女に呼びかけた。

「カゲミ、何体隠れている?」
「うーん、気配が全部で五体分ってとこかな」

 エイタの影であるカゲミが同じ影の気配を感じ取りその数を報告する。
 この世界を二次元として捉えているカゲミにとって同じ影を認識するのは簡単だった。
 エイタもカゲミからの正確な情報と自身が感じる気配から敵意を向けている集団の位置を把握する。
 五体のうち今向いている前方に二人、そして逆側の後方に三人。
 力は恐らく強くない。香織の時は明らかな術者のバックアップが確認できたが今回はその様子がなようだった。

「武器はどうする?」
「攻撃範囲が大きい奴、大型の西洋剣を大きくさせるか、それとも斧を使うか。エイタ君が好きなの選べばいいよ」

 その言葉を聞きエイタはポケットから大量のキーホルダーを取り出した。
 数十本に及ぶ武器の形を模したそれらからカゲミの要望通りの物を選び、目にも留まらぬ速さでそれを抜き出し空中に投げ捨てる。
 それを合図と取ったのか、ちょうど五人の刺客達が肉眼で確認できる位置に姿を現した。

「エイタさん、あ、あれ」

 恐らく敵襲だろうとすぐさま理解していた香織だが、このような状況に慣れている筈もなく混乱していた。
 香織はそれにより理解と認識が逆転してしまい一時的な思考停止に陥っていたが、エイタはそれも気にせず攻撃の機会を待つ。
 キーホルダーがちょうど頂点の位置に来た時、刺客達に異変が起こった。

「うぐ、が、がぁがああアアァァッッ!!」

 苦しむような雄叫び。威嚇ではなく純粋な悲鳴による声だった。
 この場で最上級の拷問を受けさせられている様な悲鳴を五体が上げる。
 そして、同時に香織にとって悪夢と同じ影の花が姿を現した。

「―ッ!」

 それを目にした香織が、声にならない悲鳴を上げながら後ずさる。
 しかし、どちらに行っても影の花が存在する事に変わりなく、香織は二歩ほど後退しただけで留まった。
 止まりこそしたが、恐怖が無い訳ではない。むしろ、全身震えている。
 それにも拘らず、エイタは香織に気の効いた一言もかける事もなく対峙し続けた。
 そして、空中へと投げ出されたキーホルダーが落下し、エイタの腰を超えた瞬間、それぞれが動き出す。

 一番速く動き出したのはカゲミだった。
 誰よりも速く、実体となったカゲミはいつもと同じように地面へ手を突っ込みキーホルダーの影を掴む。
 そして、

  Shadow, realizing, fixation
――影はより現実に近づいた。

 彼女の呪文によりその影は現実を侵す実像となった。

 地面から掴み上げたのは一本の斧。残念な事にその丈はキーホルダーより大きいものの、武器としては決定的に小さかった。
 これはこの術のデメリットだ。現在、周りにはっきりとした光源がないため、影がより濃くするためキーホルダーを地面に近づけさせなければならない。
 そうなると結果として、影は小さくなる。故に取り出したときの大きさが小さいのだ。
 しかし、その事はエイタもカゲミも理解している。だからこそ、彼女は新たに呪文を紡ぎ出す。

   Shadow,large,larger
――影よ大きく、もっと大きく。

 送り込むのは彼女の『魔力』。万物の力をあらゆる指向性をもって強化できる『選ばれ者達の力』を使い影を膨張させる。
 そして、同時に強度にも強化を施し、ここに一本の武器が完成した。

 カゲミにとって集中した時間はかなりの物だったが、今だカゲミが現れて一秒も過ぎていない。
 その圧倒的な初動のアドバンテージを持ちながら、カゲミは後方の三体へと跳びかかる。
 まず、一番前にいる花に向かって斧を振り、宿主である人間には当てないよう斜めに振り下ろし茎を切り倒す。
 切られた茎は案の定真っ二つに、しかし、今だ宿主とのリンクは絶たれていない。
 それを断ち切るため、カゲミは宿主を踏み台にして姿勢を整えつつも、邪魔にならないように蹴り飛ばした。
 空中から加速をつけて、もう一度斧を振り落とす。
 宿主と花と繋がっている影の部分に寸分の狂いなく命中。コンクリートに斧が陥没するほどの衝撃を持って花とのリンクを断ち切った。

 だが、一体を倒したのも束の間。既に臨戦態勢に入っていた影の花が、カゲミのいる位置へとツタを放った。
 カゲミも着地と同時に飛び退き事なきを得るが、カゲミの居た位置にはコンクリートが抉られ先程の斧よりも深くツタが刺さっている。

 その殺傷能力に、香織は唖然とする。分かってこそいるが、これがエイタ達のいる世界と実感せざる終えない。
 決して、自分が対抗できるものではない。そういう錯覚に陥らされる。

 カゲミにとってはそこそこの威力としても、普通の人間の視点からみればこの威力は桁外れだ。
 同じ大きさの仕掛けででこの威力と肩を並べて対抗できるのは小型の爆弾ぐらいだろう。
 そうなれば、ほぼ一般人である香織にどうにかなる手段はない。例えこれらが襲ってきてもエイタ達がいなければどうにもならない。
 そう思ったのも一瞬。すでにカゲミは新たに動き出していた。

 跳んだ先の壁に着地したカゲミはすぐさま魔力を溜め放出。魔力による加速を行いすぐさま花へと向かう。
 宿主と影の花の間まで来たカゲミは、持っている斧ですれ違いざまに影との繋がりを断ち切った。
 その手ごたえを感じた瞬間、カゲミは急停止を行い、遠心力を利用しながら斧を振り回しつつも身体を捻り影の茎を断絶する。 

 後一体。そう思いカゲミは振り向く。やはり敵は停止した瞬間を狙い、ここぞとばかりにツタがカゲミを襲った。



第一章――No.3『協力者』



 同じ時、エイタの目の前にもその影の花とその宿主の姿が合った。
 宿主、影の花に寄生されている人間達は、首を押さえて悶絶している。時折、泡も吹き、常に悲鳴を上げていた。
 本来なら誰もが、ここに地獄があるような錯覚に陥るだろう。しかし、エイタの冷ややかな態度がそれを真っ向から否定していた。
 いつものように無表情であるがそこには人間の持つ暖かさを感じさせないでいる。

 そして、カゲミが第一の標的を倒した瞬間エイタも動き出した。取り出したのは偽物の拳銃。
 黒を基調にとしたエアガンを敵へと向ける。そして、血管のようなものを意識しその通路にマナを高速で回転。
 次第にエアガンにもその回路を繋げて行き、やがては弾の部分まで。

 心で念じ必中の弾丸を思い浮かべる。

――『魔弾生成』

 エイタが語りかけるように言葉を発する。それは世界に訴えかけるように、この弾が魔弾であると断言し、あらゆる異論を封殺する。 
 そして魔弾は放れれてこそ魔弾となるのだ。
 
――『魔弾』

 故に放つ。現状できる限りまで意思を練りこんだ弾が高速で銃身から弾き出された。
 エイタたちに向かって放たれた数十のツタは、BB弾に触れると同時に衝撃で引き千切れられ、軌道を逸らす事すらままならない。
 しかし、向かってくるツタを完全に防げていないのも事実。千切れた事などお構いなしにツタの束がエイタを襲った。
 だが、『魔弾』が一発とは限らない。そう、魔弾は必ず六度までは必中する。
 故に残り五発をもって、全てのツタを断ち切らせるようにBB弾を放った。
 射線に影の花がなく、ツタを千切るために放たれた筈の弾丸も軌道を変え影の花を襲う。
 一見すると奇妙な光景でしかないが、エイタにとってはこのBB弾は必中の弾丸なのだ。それが外れるはずない。
 "悪魔"の如き力によって全てのBB弾は影の花へ。そして、全ての花は抉るような衝撃を持って、BB弾により風穴を開けられた。

 崩れ落ちる影の花を確認するとエイタは一気に駆け出した。すぐさまナイフを取り出し、宿主と繋がっている影を断ち切ろうとする。
 影の花がエイタに向かってツタを放つが、その数は格段に少ない。軽くナイフを振るだけでエイタはそのツタを叩き伏せた。
 そして、今だ悲鳴を上げている宿主をよそに彼らの影を手に持ったナイフで素早く断ち切る。
 それによって、二人の宿主は香織の時と同様に意識を失い崩れ落ちた。



 残り一体となったカゲミを襲ったのはまたしてもツタだった。いい加減に同じ攻撃ばかりでカゲミには驚いた様子はない。
 ツタを避けるべく、カゲミは地面を蹴りつけ、上空へと飛び上がる。しかし、空中では足場がないので身動きが取れない。
 それを勝機と見たのかあらかじめ決められているプログラムかどうかは分からないが、ツタの数は今までとは比べられないほどカゲミへと向かっていった。
 だが、カゲミは気にした様子はない。カゲミは所詮影でしかない。本来、空中にいる方がおかしいのだ。
 だから、カゲミは再び二次元(影)へと姿を変える。ただの影、地面に映るただの影に。
 もし、相手が影使いであったならすぐさまツタをカゲミと同じようにツタを本来の影にして追撃を行っていただろう。
 しかし、カゲミはあらかじめ調べていた『種』の情報から、相手にその機能が備わっていない事を知っている。
 再び現実、実像として現れたカゲミは、大量のツタを誰もいない空中に放った無防備な影の花を、その手に持っている斧で切り倒す。
 そして、今まで通り宿主との繋がっているリンクも断ち切った。

 香織はやはり唖然としてそこに立っているしかできる事がなかった。
 エイタ達が交戦を始めて一分も経っていない。ちょっとした白昼夢でも見ている気分だった。
 余りに非現実的であるが、自分もそこの倒れている人間と大して変わらない。
 ただ、この人達よりも早い時期に操れてたというくらいしか、違っている物は何一つないだろう。
 ただ、そう思い込むように自分に暗示をかける。なぜなら、それは本当の事を■■しているからに他ならない。

「エイタさん、この人達は?」

 大体、分かっている。自分は囮だ。つまり、吉原香織と言う人間を餌としておびき寄せた。
 だから、目の前に倒れている人間は、敵の刺客以外にありえない。

「十中八九、敵の送り込んだ刺客だろうな」
「どうなるんですか、この人達は?」

 エイタが振り向き、何事でもないように答える。

「分からないな。ただ、このまま放置すれば死ぬだろうな」
「え?」

 余りに無責任な言動。その言葉の意味を考えると、どう解釈したとしても助ける気がないようにしか聞こえない。
 だが、同時に自分に対する疑問が浮かんできた。

「なら、私のときは――」

 どうして助けたのか。そもそも、自分も

「俺達は朝起きるまでに香織に対して治療した憶えはない。香織が自力で回復したまでだ」
「なら目の前の人達は大丈夫なんですね」

 余りにも大きな嘘をついたのを自分でも自覚している。
 だけれども、こう言うしかないとも同時に思っていた。

「最初に言っただろう。このまま行くとこの人達は助からない。確実といってもいい位に死ぬ」
「そ、そうですか、だったら速く助けないと」

 しかし、返ってきた答えは沈黙だった。

「エイタさん、助けるんですよね?」

 そして、聞きたくなかった質問の返答は

「助ける事はない」

 分かっているから、理解しているから、この事に対する反論をする気が起きなかった。
 それに、次に何を言い出すのかも大体理解できたから。

「どちらかと言えば助けたいが、どうしようにも時間が足りない。
 協力してくれる人間がいればどうにかなるんだが、俺達にはそんな人間はいないしな。
 ああ、確かに無理もない話だ。好き好んで協力する物好きなんかいるはずがない」

 そう、吉原香織がエイタ達を好ましく思っていたとしても一線を引いているのと同じように。
 だが、エイタ達は無理やり協力させることもできない。そんな事をすればエイタ達の上に当たる領袖家の名にも傷がつく。
 領袖家の援助あって今のエイタ達が存在しているのだ。自分の命で領袖家の名を守れるなら二人は躊躇なく差し出すだろう。
 香織はエイタ達の生きてきた詳しい経緯を知らない。しかし、そのような状況ならば必ずそうなるだろうと理解する。

「協力者がいれば一日でケリがつけられる。
 そうなれば当然、目の前で倒れてる"これ"をどうにかでき、全てを円く収められるだろう」

 つまり、エイタの主張はこうだ。吉原香織から協力したいと申し出ろ。
 こいつらを見殺しにしたいのか? お前が少し危険にさらされるだけで上手く納まるのに、そこまで自分の事が大事なのかと。
 
「む、無理ですよそれ、だって私はただの学生じゃないですか!」

 だが、その反論もすでに論破されている事を香織は―――――――理解していた。

「ここまで巻き込まれている時点で分かっている。吉原香織はただの学生と言うには少し異常だ」
「それは嘘です。私は普通の学生ですよ!!」

 自分の言い訳にしか聞こえない言葉を目の前の男は、もっとも納得できる一文を呟いた。

 ――この世界は物語を求めている――

 全てはこの言葉で終結する。彼女がなぜ生き残ったのか、彼女がなぜこんな場違いな場所にいるのか。
 全ての解答はこの一文の中に

「単に選ばれただけだ。吉原香織はこの一連の『物語』のキャスト。
 ならば、こんな序盤で死んでも世界(観客)は盛り上がらないし、話が進まない。
 明確な敵にやられるならまだしも、このようなモブキャラ以前の敵に殺されるなんてのはバカな話だ。
 世界はそんな結末望むわけがなく、どちらかと言えば山場とか見せ場とかの方が見たいらしいからな」

 だから、香織もこの事について否定しきれない。
 理解できるのだ。認識するかどうかは別に、世界は人のような意思を持っていて、ある理由と娯楽のためにそうしている、そのような構図が否応なしに理解できてしまう。
 そして、それがどこまで荒唐無稽だとしても本当の事実だと理解する。早すぎる物事に対する理解。
 そう、この理解する能力はただの女子高生と言うには異常としか言いようがない。

「そして、これだけは殆ど俺の推測に過ぎないが、香織自身が異常なのではなく、どちらかと言えば香織の周りにいる人間の方が異常なのではないか?」

 カゲミが少し変だと言った朝日葛葉。そして、両方に残っている強烈であるが薄い『魔性』の香り。
 むしろ、そちらの方がキャストに相応しいのかもしれない。
 そして、香織も感じていた。特にエイタの一般人とは、ずれた雰囲気は見知った二人の雰囲気に酷似している。

「協力者がいれば、ここに倒れている人達の治療に割ける時間が出来る」

 さて、どうするんだ? と言葉に出さずともエイタは質問を投げかける。
 
「は、はは」

 乾いたような笑い。
 何がなんだか分からない。この場で協力しないなんて、バカな選択ができるはずがない。
 まともな人間なら尚更だ。例えその選択肢を選んだとしてもエイタは香織を非難する事はないだろう。
 決して、お前が助けなかったから死んだ、なんて事は言うはずがない。
 だが、結果は結果、事実は事実。つまり、吉原香織が見殺しにした事実はどうあっても消せない。

 遊佐影太という人間を信用していた。そこそこ気に入っていた。だが、結果はどうだ?
 これで切れる関係といったエイタは嘘はついて――――ちょっと待て、彼は今まで嘘をついた事があったか? そして今、自分は何を理解できた?

 エイタが言った失言。そこから、ゆっくりとエイタの考えた物語は瓦解していく。

 ――この世界は物語を求めている――

 つまり、エイタが犯した失言は、いかに湾曲しようとある事実が浮かび上がる事だ。

 そう、要は吉原香織はこの世界が求める物語のキャスト、ならばどうしようと"逃げられるはずがない"

 エイタに協力しようとなかろうとだ。必死になって逃げれば大丈夫かもしれない。
 だが、その過程で失うものはどれだけになるかも分からないのが現実だ。

 乾いた笑いが、苦笑いに変わる。なんて馬鹿なんだろうと。

 そしてもう一つ、読み違えた原因としてエイタ達の勘違いがある。それは、香織には何の能力も備わっていないと思っていた点だ。
 そう備わってはいない。だが、特殊技能に近いものを香織はその身で理解していた。
 あらゆる物事を高速で把握して理解する。認識には至らないものの、その技能だけ見れば異常なのだ。
 だから、エイタはこの後の香織の行動を読み違えることとなる。

 香織が理解した事はエイタの本当の考えだった。
 吉原香織は逃げられない。たとえ、どれほど悲しい現実が待ちうけようと、決して逃げられないのだ。
 親友が死ぬかもしれないし、親かもしれない、そして自分がという事もありえる。
 だから、その悲しみの原因が自分ではなく、遊佐影太に協力させられた事にすればいい。
 全て責任は遊佐影太。彼が自分をこの舞台に上げなければ親友は死ななかったし、親が死ななかった。
 そのような考えに導くためだ。その状況に陥った香織はそう思うぐらいしかできないだろう。
 つまり、エイタは自らを悪役にすることで、か細い香織の精神を守ろうとしたのだ。

 だから、これは知られてはいけない事。この事を香織に知られた時点で全てが台無しになる。
 つまり、この時点でエイタのシナリオは破綻した。

「香織、何か言いたい事はないか」

 確信に満ちた言葉で香織の発言を促がすエイタ。しかし、香織にはもう大体の事を理解できている。

「私は、協力しません」

 この時のエイタの表情は顔には大きく出ていないが、香織にとっては本当に可笑しなものだった。
 絶対出来ると確信していた事が出来なかったように、面を喰らったというのがよく見ると分かる。

「ただ、友達に手を貸すってのは普通の行為ですよね。
 お節介とか言われそうですけど、自分で決めて、自分で相手を思って、自分を信じて行動する。
 だから、私は影太さんの手助けを自分の意思でするんです」

 そう、ここまでは若干食い違うもののエイタ達の描いたシナリオと大した違いはなかった。

「エイタさん、バレバレですよ。悪役やって何が楽しいんですか。
 そういう、自己献身的な行動はですね、こう、何と言うか。そう、見るに耐えないんですよ。
 だから、そうゆう態度はもうやめてください」
「それは違うぞ、香織――」
「はぐらかさないでいいですよ。私はもうこの物語から逃れられない。
 だったら最後までとことん付き合うしかないじゃないですか。
 だから付き合いますよ最後まで、ちゃんと覚悟が出来ましたから」

 ああ、なるほど通りで、こんな茶番染みた三流ドラマに選ばれるわけだ。
 エイタも理解する。吉原香織は例え平常心を失っていようと、どこまでも物事を理解する能力に長けているその事実。
 ならば、こんな事に巻き込まれるのも道理なのかも知れない。

「だから、引き離せないか」

 もっと前に香織を置いておくという選択や別の選択肢もあったはずだ。
 だが、エイタ達は選んだ。吉原香織に協力させる道を。最善だろうが、何であろうが、引き離せなかったのは事実。
 このような必然の積み重ねこそが、世界の意思かも知れないが、乗ってやろうとエイタも腹を括った。

「それで本当にいいのか。分かった上で、こちらに来るのか」
「ええ、一発です。ちょっと一発ビンタでも何でもいいから、かましてやりたい人がいるんです」
「それは頼もしいな」

「「だから、早急にこの腐った茶番(ドラマ)を終わらせよう」」

 終わらせるのだ。早急に。先があるとしても、この茶番を仕立て上げた人物を速く捕まえる事に、問題があるはずない。

 まだ、本当の陳腐な茶番(ドラマ)は始まっていないとは知らずに。


 だが、一人隅っこにいる仲間はずれが確かに居た。

「うん、私また空気と化してるよねー。
 酷いよねー。もういっそ最初から喋れないキャラにすればよかったかなー。
 そうすれば身振り手振りだけになって、空気と化してもおかしくないのになー。
 扱い酷いよねー、何処かの誰かさん」

 しかし、その言葉にエイタは一切気にした様子がなかった。



side Lycoris


 だが、決意を固める二人を見つめる女が一人。カゲミの予想通り、その居場所はエイタ達の見える位置ではない。
 それよりもずっと遠く、誰であろうと関知できないと自負できる距離から見つめていた。

「バカね、コイツら」

 独り言は勿論エイタ達の事だ。理由は簡単。倒れている人間達に仕込んだ花によって、その行動が観察されている点に他ならない。
 カゲミ達が破壊したのは、言わば仕込んだ『種』の防衛機能。そう、今だ調査に適した能力の方は残っているのだ。
 そして、その事を警戒せずに作戦会議をしている事もバカにする理由には含まれている。

 三流なのはどっちだ。以前、私をバカにしたお前達は何なのか今分かった。
 そう、お前達はただの三流でしかない。その点私は一流。私はお前達と比べることすら出来ないレベルなのだ。

 次々とエイタは、見られている事など気にすることなく喋り続けた。

「一日準備が要る。その間、俺達の部屋で待機してもらう事になるが、安心しろ敵のレベルでは外から中に入る事が出来ない。
 それにもう香織についている『種』はもう機能していない。だから、絶対的に操られる事はない。絶対にだ」

 そして影の花の使い手はこの発言にも嘲笑する。
 本物のバカだ、コイツは。

 そう香織の『種』は機能を停止している。しかし、もう一つの仕込が残っているのだ。
 香織の時の方が、多くの介入できた理由。種、花ときたら、それを形容するに『肥料』と言うべきものだろうか。
 要はそれが香織の時の花が基礎スペックよりも高かった理由であり、多く介入できた理由でもある。
 そして、『肥料』もう一つの機能。『種』の修復機能がある。そして、その事実はまだ知られた様子はない。
 なぜなら、念を押せるほど操られる事を絶対ないと言い切っているからだ。






あとがき 3/13

自分で言うのもなんだけど、今回の話の出来は結構酷いかなーと思っています。

まあ、全体的に自分のレベルはまだまだ低いんですけどね。

もう少し、いい理由付けと自然な形で香織を協力させるようにしたかったのに、なんか、いまひとつ納得できないような感じです。

とりあえず書く所で一番苦労しそうな部分はクリアできたので一章は無事完結できそうな感じです。






[13068] Momotaro is born.
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3c89d078
Date: 2010/04/03 02:51




 廃墟の側に街灯の光が当たる場所に男が一人。周囲には人の気配は殆ど無い。
 服装は、サラリーマンが着る一般的なスーツ。特徴的な部分を挙げるなら眼鏡と髪型だろうか。
 眼鏡は年季が入っており、当然の如く型は古くレンズの部分が大きいものだ。
 髪型は頭の天辺は殆どハゲている為なけなしの髪を使ったヒチサン分けをしている。
 当然の如く顔には年季が入っていて、長年の人生経験が伝わってくるようだった。
 しかし、雰囲気はどちらかと言えば卑屈的で少し弱々しい感じが伝わってくる。
 だがそれでも、何所にでもいそうな五十代会社員のサラリーマンといった所か。

 男の目の前に移る光景以外は



第一章『影の無い男』――secret『Momotaro is born.』



「ふぅ、やれやれ、困りましたね。案の定、彼女が好き勝手やってるようで」

 目の前には数えるのが嫌になるほどの穴が女の体に開けられていた。
 死体の周囲に血がべっとりと着いているのだが、既に乾いていて、死んでからそれなりに時間が経っている事が分かる。

「仕事の都合上、何度か見たのですが……やはり慣れませんね。まあ、長年中間管理職を任された私にとってはこの程度の苦悩は軽いものですが」

 死体の処理はしていないが、周囲に結界が張ってある。確かに見つかりにくい。
 だが、同業者には簡単に見つかってしまう。やはり、自分達の存在がばれたら不味い――のだろう。
 男はそういう組織があることは教えられた知識によって知っていたが、未だ遭遇したことがないのでその恐ろしさを知らなかった。
 しかし、今の上司は過去に戦ったことがある。そしてその上司が言ったのだ。
 絶対に戦うな、見つかるな、そこで終わりになってしまう、と。
 男の目から見ても自分の組織が、人数や能力がそこまで劣っているとは思えなかった。
 身内贔屓かもしれないが、今まであった能力者と比較してやはり自分達の組織は強い。
 だが、それでも恐れているという事から、実力よりも組織力というものが段違いであるのだろう。

「まあ、でも彼女にはもう少し行動を慎んでもらいましょうか。
 長年中間管理職を務めた私にとっては彼女を御することなど簡単すぎますが…………ふぅ」

 男の背中にゾクゾクするような視線が走る。気配を隠す気は無いらしい。
 さて、どうしたものかと男は思った。普通の人間なら驚いて、逃げてしまうかもしれない。
 だから、逃げないように友好的に接するべきだろう。口封じに殺すのはナンセンスだ。

「ああ、助かりました。すいません、気が動転してしまって、よければ警察を呼んで頂けないでしょうか? 困ったことに忘れてきてしまった様で」

 返事がない。単に恐れてるからなのかは分からないが、とにかく振り返った。
 相手を見る。男性、年は恐らく高校生ぐらいだろう。
 顔からは明らかな敵意を剥き出しにしている。どうやら、男がこの状況を作りだしたと思っているようだった。

「わ、私がやったわけではないですよ。ここに来た時にはもうこの有様でしたから」

 しばらくして、顔からも敵意が消えた。今はどこにでもいそうな真面目な青年になっている。
 その、急激な変化に戸惑いを覚えるものの男は一応ホッとした。

「そうですか、災難でしたね」

 青年が答える。

「そうです。ですけど、あなたもそうでしょう。お互いこれから警察に色々と聞かれるでしょうから」
「お互い、ですか?」

 しかし、男は実際そう思ってはいなかった。なぜなら、一警察がこの場にこれるはずがない。
 一応、この周囲には結界が張ってあるのだ。簡易的な人払いだが、効果はある。
 なら、と男は思った。この少年はなぜここにいるのか?

 気がついた時には遅かった。青年は数メートルの間合いを一瞬で詰め、手に持っていた木刀を振る。
 幸い、動いた直後に反応したので、どうにか男は数歩分後ろに跳び、その太刀を避けた。

「危ないじゃないですか、突然どうしたのですか!?」

 青年の顔を見る。さっきの普通の顔からは想像も出来ない形相だった。

「オイ」

 青年は笑っている。

「お前、何者だ。何している。ああ、匂うんだよ。血の匂いが、臭いんだよ。お前、人殺したことがあるだろう。
 そう、お前は人殺しだ。だから、人殺し、取り合えず――死ね」

 青年は始め、何者だと聞いた。しかし、最後には自分を人殺しと決定したようだ。そして最後に欲しい結果を言葉で伝えた。
 その言動に男には見覚えがある。男の組織にも種類は違えどそのようなタイプの人間がいるのだ。
 自分だけの理論を持ち、自分だけの結果を追い求め、他人など気にしない。
 究極的な『自己完結型人間』――どうしよもない、キチガイと呼ばれる類の人間だ。

「な、何を言ってるんですか。この子殺したのは私ではないですよ」
「死体? ああ、これか別にどうでもいいだろう。お前人殺しだろう、質問に答えろよ」
「どうでもいいって……まあ、いいでしょう。ありますよ、人を殺したことは」
「そうか、理由は?」

 そうい青年は大人しくなっていた。感情の起伏が薬をやっているように激しい。

「仕事ですよ。辛いものですね、こんな血みどろの世界を知らない人間を殺す時はさすがにそう感じます」
「それで、そういう人間をどうしたんだ?」
「勿論、殺しましたよ」

 やれやれといった具合で男は答える。
 それを聞いて、ますます青年は笑う。まとも笑い方だったなら、さぞかし絵になる顔だろう。
 それくらいは、誰から見てもカッコイイと言われる程の顔を青年を持っている。
 だけれどもこの顔を知って好意を抱く女性はいないだろう。すごいアホの人間以外に出来る芸当ではない。
 要するにそれほどまでにおぞましい。悪鬼か悪魔か、例えるならそれが妥当だろう。
 現に男も絶対的に有利な立場にいなければ、一歩も動けなかったと確信している。
 今でさえ背筋を走る軽い恐怖感が拭えないでいた。

「         」

 そして小声で呟いた。それは世界にすら聞き届けられない大きさだったが、青年の背骨を芯から熱くする。

 青年は、もう一度木刀を強く握りなおし、男に向かって走り出した。
 速い。確かに速かった、二メートル先の男の元に現れるまでのかかった時間を考えれば、反応することすら出来ないだろう。
 男の目の前に青年が現れた時、怒りと更にその怒りの数倍上をいく憎悪を纏った木の刃は、敵の首筋を狙って振られた。
 助走と最後の踏切によって、最大限の力を加えられた剣筋は、並みの動体視力では見ることも難しい。
 しかし、男はその高速の一撃を青年が動き出した初めから反応して、何事もなかったかのように後退し、振るわれた木刀の軌道を外れた。
 だが、木刀は男を素通りした瞬間――それは行き成り停止する。
 青年が自身の体に掛かる負担など一切無視して、強引に止めたのだった。
 当然、そこで終わるはずなく。木刀の先端で狙いを済まし、体重を乗せて――放たれた。
 青年の視線の先には男の目がある。目潰しは相手の戦闘能力を大きく落とさせるとしては非常に有効だ。
 だからと言って、真っ当に育った人間にそんなことが躊躇なく出来る訳がない。
 しかし、青年はそれをまるで当たり前だという様に行なった。
 その事が男を更に不安にさせるも、男からすれば遅い。目へと迫る突きを軽い動作で難なくかわす。

「所であなたは何者なのですかね? 見た所、多少は疑問に思うところもありますが魔力も持っていないようですし」

 続く第三撃も避けながら、男は疑問を口にした。

 これだけの実力差を見せ付けられても喰らいついて来るこの青年は誰のだろうか?
 この青年からは魔力を感じない。今まで遭遇した能力者は皆魔力を持っていた。
 分かるようになったのは魔力を使うようになってからだったが、その精度は自信を持っても良いほどだ。
 一目で魔力を持っている人間、そして使える人間の区別くらいはできる。
 見た所、この青年は白だ。魔力を持っている気配がない。と言う事は恐らく、組織に属しているような人間ではないだろう。
 それに加えて、通算六回目の攻撃を放とうとしている青年は、明らかに個人的な理由で行動を起こしているに違いない。
 
 六度もの攻撃を避けられた青年。しかし、決して折れない意思は青年を奮い立たせ憎悪を燃やす。
 悪は滅ぼせ。その思いが、今までの木刀からも溢れるように感じられた。
 続いて第七。青年の意志は固く、例え出来なくても、出来ないのならやり続けるまで決して男を許さない。

「無駄ですよ。長年中間管理職を務めた私にとってはこの程度の作業くらいどうって事のない物です」

 第七の攻撃は今までと違った形で終焉を迎える。青年の木刀は男の手に当たり――何も起こらなかった。
 男は木刀の衝撃を何も感じないかのように受け止めていた。手で掴んだ訳でもなく、ただ伸ばした手の平に当たっただけでだ。
 当たった瞬間すら男の手は動くことはなかった、その事からも男の強度が並外れている事が嫌というほど分かる。
 例えるなら木刀をコンクリートの壁に叩きつけた時だろうか、とても人体に当たった感触とも思えない。

「これで分かったでしょう。取り合えずあなたを殺す気はありませんから、さっさとこの場を立ち去りなさい」

 青年はその言葉を噛み締める。
 確かにお前の言うことは本当だろう。
 俺を殺せる状況であるのに実行に移していない時点でそれは明らかだ。
 だが――本当にお前は俺に殺されないとでも思っているのか?
 別に人殺しは嫌いだが好きな奴どうしてやってるのなら文句は言わない。
 犯罪とかもどうでもいい。ついでに言うとかなりの遠回りをしながら、直接殺さないなら構わない。
 だけど、お前は理不尽に殺したのだろう。理不尽に奪っていったのだろう。

「何勝手に殺してんだ――いい加減、反吐が出る」

 こいつは理不尽な悪だ。

―ああ、悪が憎い。

 それはまだ小さな言葉だったが、世界をも侵食した。

 突如豹変した青年に男は一層不安を覚えた。
 具体的に言うと何所とは言いづらかったが、ただ純粋に気圧されている。
 魔力ではない、意思という刃。今は大気を緩やかに震わせているだけに過ぎないが、脅威である事には変わらない。
 男もまだ決定的な危機感を抱いていなかったため、怯えが体を通して現れるなかったのだが、青年の脅威は増していく。
 そして青年が――動いた。

 男にとってまだ遅いと言えるものの速度は先程に軽く二倍に、速く走れる人間のカテゴリーに納まっていた青年は、その境界を容易く飛び越えた。
 振るわれた木刀は初撃と同じく敵の首筋へ、男の目から有り得ない加速をしながら迫る。
 魔力で強化された男の両目にはその加速の出鱈目さがはっきりと映っていた。
 大きく引かれた木刀は、最初は速いと言えど普通に振った時に一番加速するレベルと同じだったのだ。
 だが、三分の一を越えた辺りの時には事情が変わっていた。
 さながらそれは、木刀の先端にでも大量の火薬を詰め込み爆発させたのではないかと思えるほどの加速をする。
 振りぬかれた斬撃は、大気を振るわせ風を起こした。しかし、男もそれを首を反らし"何とか"避ける。
 男にとっては完全に予想外の事で、避けはしたものの同じように何度もやられると思うと肝が冷えた。

 今のは完全に危なかったと男は思う。
 避けられたが木刀は自分の喉元に触れていた。
 とにかく後ろに後退する。
 驚きと未知の恐怖に対するで両肩が上下していた。吐く息も少し荒い。
 だからこそ冷静に考え直した。
 相手に武器は無い。魔力があればあの木刀も武器になるだろう。しかし、青年は何も持っていない。
 ならば、当たっても平気なのだ。安心するべきだろう。力も速さも防御も上、負ける要素は無い。
 だって、相手は自分に傷を

 首筋に血が流れる。
 青年の者ではない。紛れも無い――――男の物だ。

 二人がそれに気づいた瞬間、両者は動いた。
 方や自分の刃が敵の喉元を掻き切ると歓喜し、方や一瞬でも完全に恐怖に支配され、ぶつかった。
 初めて男が最初に攻撃を仕掛ける。当たり前のことだった。男は何時でも青年を殺せる立場にいるのだ。
 男が単純に拳を振るう。しかし、魔力で強化された拳は、青年の斬撃と同じく、大気を震わせ風を撒く。
 その拳を青年も驚愕の反射神経で避けた。しかし、完全に避けきれず着ている服が巻き込まれて千切れていく。
 男は青年の体勢が崩れた事を確認すると、矢継ぎ早に拳を繰り出した。
 数回の攻撃の中、隙を見つけ青年は木刀を振るう。狙いは心臓。

「バレバレですよ」

 男はその木刀を容易く避けた。相手も魔力を持っていると仮定して戦っておけば、男は動揺しない。
 そして、男のカウンターを放った。青年の目は驚愕に染まる。

「チィッ!!」

 青年は、何とか後ろに受身など考えずただ純粋に回避行動を行った。
 戦い慣れているのかのか、青年はそんな無理な状態でも膝を地面に着けず男と対峙する。

「お見事、完全に避けきるとは思いませんでしたよ。長年中間管理職を務めた私ですら此処まで驚いた事は滅多にありません」

 皮肉にも聞こえるが男は本当に感心していた。

「バカ、言っ、てろ」
「何か感に触ったのでしょうか? 安心してください。皮肉ではありません。純粋にそう思っただけです」
「チィッ!!」

 青年が舌打ちする。

「なるほど、そういう事でしたか」

 男が青年を見て、納得する。
 そう青年の口からはかなりの量の血が垂れていた。
 動いただけで吐血したのではない、それは男の攻撃が青年に当たっていたからだ。

「いやいや、これは失敬。まさか、ただ纏ってる程度の魔力でそのようになってしまうとは」
「そうだな、じゃあ死ねよお前」

 青年が言い返すことは筋が通っていないが、青年の中では通ってるのだろう。
 中高生のガキが言う見栄の冗談ではなく、完全に正しいと思っているのにも関わらず、頭の悪いセリフに迷いが感じられ無い。

「会話が合いません、ね。仕方ありません、もう一度言いましょう。
 もう少し私はしなければならない事がありますので、私は立ち去ることが出来ません。此処はあなたが引いて下さい。
 例えあなたが攻撃したとしても少し魔力で防御を固めればどうって事ありません。
 この中間管理職を長年務めたこの体に傷は付かないのです」
「あんた、中間、中間って鬱陶しいな」
「あなたがどうしようと傷付かないのです。その木刀よりも強度のある鉄パイプの様なものを使ったとしてもです」


「へー、じゃあ、やってみるか」


 突如聞こえた第三者の声と共に金属を叩きつけた音が廃墟の側に響き渡った。

「うわー、マジだぜ。この鉄パイプ完全に曲がっちゃってるし」

 男は後頭部に走った衝撃に驚いて振り向く。
 そこに居たのは、別の青年だった。背は先程の青年よりも背が低いが、高校生ぐらいだろうと推測できる。
 青年は折れ曲がった鉄パイプを興味深げに見ていた。
 しかし、男が確認したのは一瞬――間を措かず動き出し、拳を振るった。
 人間の限界を超えていた先程の青年に放ったものと同じ速度と破壊力。当たればまともな人間なら即死だろう。
 そもそも普通の人間に避けられないのだから。死ぬのは必然に近い。
 だが、男は仕事以外では殺さない方針を持っていたはずだった。
 つまり、この男は自分の背後に何事も無く、気づかれずに立っていた青年に脅威を感じた事に他ならない。
 
 しかし、鉄パイプを持った青年が動き出したのは、男が動き出す前だった。
 勘がいいのだろう。まるで、このタイミング位で来るだろうと"分かっていた"いった様子で後ろに飛び退く。
 木刀の青年よりも遅い。人間の限界に近いのだが、越えているわけでもなかった。
 だが、続けて繰り出された猛攻も全て、男より先に動き出し全て避けきる。
 それどころか、二回に一回持ってる鉄パイプで反撃をしているという異常としか言いようが無い光景が広がっていた。
 しかし、強度の差を覆すことは出来ず。鉄パイプが無残な形へと変形していく。

「さーて、アイボー、やっちまえーっ!!」
「誰が相棒だ」

 答えるように木刀の青年が駆けて来て、未だ吐血しているのにも関わらず木刀を振った。
 男は一度木刀で傷を負わされているので、決して触れないようにと横に半歩ほど飛びながら避ける。
 男の前後には木刀を持っている青年と無手の少年が挟み込むように立っていた。
 男はまず木刀の少年を片付ける事に決め、木刀の青年を見る。
 もう一人は武器を持っていない。魔力なしの鉄パイプではどうしようもないだろう。それに本当の意味で青年は無手なのだ。
 男は飛び退いた場所から着地して、すぐさま木刀の青年を攻撃する段取りを考える。
 まず、初めにはやはり体勢を立て直すことだろう。基礎中の基礎なのだが、もっと重要ともいえる。
 男は片足を地面に――――着けることが出来なかった。

「なっ!?」

 男の片足には鉄パイプ、用意の良いようでご丁寧に回転するように置かれていた。
 当然、男は足を踏み外し、体勢が大きく崩れる。
 この好機を木刀の青年が見逃すはず無く、木刀が振り落とされた。
 狙いはやはり首、上から振り落とされる様子はまさにギロチンの様だ。

「はははああああぁぁぁぁッ!!」

 気合をが込められた咆哮が廃墟に響き渡る。
 振り下ろされた木刀は男を傷つけた時より更に二倍近く上がっていた。

「くっ!!」

 男の焦りの声が漏れる。そして廃墟に音が響いた。





「おーい、起きろって」

 気の抜けた声の青年が、服を血で汚している青年の肩を揺すり呼びかけた。
 血だらけの青年もそれで起きたようで周囲を確認する。

「なんだ、お前か」

 廃墟の側、静かに光る街灯が辺りを照らしていた。
 血だらけの青年にはその光が虚無的なものを象徴してるようで気分が悪くなる。

「殺せなかった、か」

 自嘲気味に青年が呟く。

「いや、この場合は負けてしまったが普通じゃないのか?」
「黙れ、キチガイ」
「いや、お前も相当だろう。悪・即・斬ってよくよく考えたら頭おかしい人間じゃないとしないぞ」
「黙れ、殺すぞ」
「こわいこわい。だいたい、俺、お前の殺したい人間の定義に入ってないし」
「いいや、お前はいつかその定義に絶対入る。あと気味が悪いんだよ、それに俺はお前ほど狂っていない」
「はいはい。ところでさ、その服どうすんの?」

 青年は考えた後、捨てるしかないと考えた。

「それよりもさっきの奴は?」
「あのハゲたオッサン? 俺ら気絶させてどっか行ったんじゃね」
「また来ると思うか?」
「来るだろう」
「楽しみだな」
「ああ、楽しみだ」

 二人の笑い声が廃墟に響き渡った。普通に笑っているのだが、その様子は気味が悪い。
 二人と正気とは思えない笑顔で笑っていた。

「しっかし、あのオッサン、まさか影が動くとは予想外だったな」
「あと、『魔力』とか叫んでたぞ」
「魔力、ね。面白くなってきたじゃん。これぞ未知、低確率で出会う希少体験――――完璧だ」
「黙れ」
「さっきから、黙れ黙れって酷くないか?」
「黙ればいいだろう、キチガイ」

 倒れていた青年が起き上がり、歩き出した。

「あっ、俺、宿題やってねーよ。というわけで、学校で貸してくれ、親友よ」
「誰と誰が親友だ」



あとがき 1/17

また、戦闘が長くなってしまった。すぐには無理だと思うので、徐々にテンポ良く出来るようにしていきたいです。

一章は葛葉と香織の話がメインなので、この話は直接的に関係がありません。

こんなことが有ったと思う程度に把握していてください。

あと、この二人の名前は出てませんが、大体誰か分かると思います、消去法で。

 




[13068] バカは考えるのに向かない
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:3c89d078
Date: 2010/04/03 03:17


 憂鬱だった。取り合えず、気分が軽くどん底にあると言っていい。昨日の電話以来、香織とは連絡を取れなくなっている。
 それに電話も本当に一方的な物だったのだ。そのため状況を把握するのには殆ど無理な量の情報しか持っていない。
 それが自分を苛立たせる。でも……そう、疑問があるのだ。
 状況が分からないのは、確かに不安になるし、置いてかれた気分で嫌になる。

 ただ――――果たして自分は何がしたいのだろう?

 そう、自分は何もしていない。普通に学校に来て、香織がやっぱり来ていない事を確認して、ただ昨日の香織の話を思い出し反芻するだけだ。



第一章――No.4『バカは考えるのに向かない』



 日曜日、大抵の学校ないし会社と言うより社会に置いて休日とされている日だ。
 受験など事など考えない、又は考えないでもいい学生は、殆どこの日が来る事を待ち望んでいるだろう。
 なぜなら自分もそんな一人だからだ。
 確かに学校に行って友達と喋るのは楽しい。だが、週一回でもこうダラダラと過ごすのは、この上なく幸せなのだ。
 なのに――――。

「はぁー」

 何してるんだろう?
 ベットに腰掛けて、何もせずただじっと携帯電話を持って見つめている。
 何かしようと思い立ってみれば、今日の朝方、届いていた一件のメールを開く事を繰り返す。
 そう、さっきから延々と同じ事を繰り返している。
 送られてきたメール、送り主を見てみると香織――という事になっていた。
 表記上は香織。しかし、恐らく書いたのはあの長身の男だろう。名前は『遊佐影太』、この家の隣に新しく引っ越してきた男だ。
 内容は香織がこの家に泊まっている事にして欲しいらしい。今日、明日には自宅に戻らないのだろう。いや、正確には戻らせないのか。

「何してんだろう、私」

 再度自分に問いかける。香織の両親にも電話を済ました。そう多く会った事はないが、あの人達は気性がなんとも穏やかだ。
 心配もしていたが、そう面倒なことになる訳でもなく完了してしまった。だから、やることがない。

 自分の両親は、主な仕事の場所が島の外であることから、別の家で普段生活している。
 とは言え、不定期で返ってくることが大半だ。一ヶ月、丸々返ってきたと思ったら、一週間返ってこなかったりする。
 しかし、その一週間と言うのも最長記録がそれだ。要は、たまに返ってこない日があるという感じだ。
 それに日曜日に返ってこないというのも珍しい。普段の自分なら大いに喜んでいただろう。
 一日中、何も文句を言われず、ごろごろとしていられるのだ、これがうれしくない訳がない。
 だが、今日はその普段に含まれない。

「帰って来ないかなー」

 別に帰って来た所で昨日の出来事を聞いてほしいとか考えてはいない。
 ただ、一人でいるのがなんとなく苦痛なのだ。自分で言うのもなんだが、自分は余り一人でいることに慣れていない。
 いつもなら、一人でいるのに不快感が生じるとちょっと街に出かけるのだが、今日ばかりはそんな気分じゃなかった。

 その時、電話が鳴り響いた。携帯電話ではなく備え付けの電話の方だ。
 突然の事で驚いたが、取り合えず電話には出ないといけないので、ベットから立ち上がる。
 電話まで数歩歩き、受話器を手にした。たったそれだけなのに、重くて手にした受話器を上げることが出来ない。
 理由は二つあった。まず、書いていた名前の表記が『明乃宮天領』と書いてあった事だ。

「はへ?」

 何これ。悪戯としか思えない。どうして、かの名高き領袖家から電話がかかってくるのだろうか?
 こんなどこにでもいそうな一般人の家に。
 だが、理由なら一つあるだろう。

 昨日の事、襲われた怪物。そして、怪物を操っていたのは――――。
 やめよう。それよりも目の前の問題だ。

 昨日の事で電話が来た。つまり、遊佐影太が関係しているのは間違いない。
 この電話をかけてきた相手はその関係者だろう。まったく知らない人間かもしれないし、あの二人組みかもしれない。
 それとも――そう思った瞬間、いっそう腕が重く感じて持ち上げられなかった。
 ある種の予感だったといっていい。この電話をかけてきたのは、間違いなく"香織"だと何かに情報を叩き込まれたように直感したからだ。
 だから、二度目の驚き。香織が連絡してくる事はないと思っていたからかなり驚いている。
 だが、いつまでもこのままでいる訳にはいけない。

「はい、朝日ですけど」

 恐る恐る返事を待つ。

「ねえ、クズハちゃん」

 私をその名で呼ぶのは二人しかいない。自分の両親ともう一人。そう、香織だけだ。
 だから、相手と昨日の事について喋らなければいけない。だけど、何から喋ればいいか分からなかった。
 お互いに沈黙。だが、先に喋り始めたのは香織の方だった。

「これから一方的に喋ることになるけど、ごめんね、クズハちゃん」

 有無を言わさず香織は吹っ切れたように喋り出した。
 心なしかその声色が震えているように感じる。

「やっぱり、最初に謝っておかないとね。本当、迷惑かけてごめんなさい。
 あの時に言った事。もしかしたら、本当にそう思っていたかもしれないし、違うかもしれない。
 だからって、あんなことを行ったのだから、友達のようにいえる立場じゃないけど」

 一方的な謝罪。いや、ただ自分が喋っていないだけか。
 どうする? 喋ればいいのか、聞くべきか考えても分からない。

「クズハちゃんはそのままでいいよ。無理に私に対して何も思わないで、決して自分を責めちゃ駄目だから。
 それと、この件には関わろうとしないで、お願い。
 それと謝罪の他にもう一つ。私はたぶんもうクズハちゃんと一緒に笑っていられるような資格はないから、だから」

 これは線引きだ。友達である事、親友である事、それらを全て白紙に戻そうとしているのだろう。
 赤の他人と言う訳でなく、ただのクラスメイトになってくれと言う事。
 だから、何か言わなくちゃいけない。少しでも絆を留めるために。

「だから、ばいばい。学校ではたまに喋ってくれたらうれしいな」
「香織!?」

 やっと声を出した時には既に電話は切れているようだった。
 絆が解けていく。諦めきれない。でも、どうすれば良いのか分からない。
 そこから私は何もすることが出来ず、悪戯に時間が過ぎ去っていった。






 それが昨日の出来事だ。
 なんとまあ非現実的な事に巻き込まれているのだろうか? と巻き込まれている本人が言うのもどうかと思うがその一言に尽きる。
 問題は一つ、自分はどうするべきなのか?
 香織に会いに行くかと思い立つ事も出来ないし、なんともモヤモヤした感覚が付き纏っている。
 まるで、自分が自分でないような不確かな感じ、要するに解答があるのに辿り着けない、そんな感覚だった。

 そうのように過ごしている内に時刻は既に昼休みに移行したようだ。何人かの生徒が気の合う友達の席に移動し弁当を食べている。
 当然、私の席には誰も来ない。別に仲がよい人が香織以外居ない訳ではなかった。
 いつもなら声をかけられるのだが、ただ自分の纏っている雰囲気が、とてつもなく近寄りがたかったのだろう。
 自慢できないが、表情や態度を隠しとおせるほど、器用な人間では無いと自負してる。
 傍からみれば

「まるで干からびたゾンビ。なんか異臭が漂っていそうなぐらい黒いオーラも発生しているな。
 いや待て、マジで匂っているから誰も寄り付かないのか?」

 そう、ゾンビ。『う~』とか『あ~』声に出して、誰かに噛み付く奴。
 大抵、醜い顔面をお持ちになっていて、映画とかじゃ血みどろドロドロの表現で撃退されるあの可愛そうな。
 もしそんなのがあだ名とかにされたら本当に落ち込みそうだ――――って、女の子に向かってそれはないだろう、このバカ野郎め。

「う~~~~~」

 目の前に立っている奴に向けて思いっきり睨んでやる。

「うわ、マジで唸り出したぜ。あれか、Tウイルスにでも感染したのか?」
「あ~~~~~」
「あはははははっ! やっぱ、コイツ、マジおもしれーわ」

 そう言いながら頭をぐしぐしと撫でてくる。取り合えず、不快感よりも首が痛い。
 
「ほ~~~~がーーーー!」

 無防備な顎に向かって思いっきり殴った。

「よっと」

 しかし、不意打ちだと確信して出した握りこぶしが意図も容易く避けられる。
 よく殴ろうとするが、いつも当たらない。正直、不意打ちだろうが何だろうが毎度避けられている気がする。
 だから、余計にストレスが溜まるのだ。

「ほら朝日、今のうちにっと」

 その言葉が耳に入ると同時に目の前の男が両脇から押さえ込まれた。

「まずっ!! って、朝日、お前何してるんだ?」

 そう、相手は抑えられて動けないでいるが、まだ仕返しは完了していなかった。
 まずは、床にあるバックの中身を探り始める。

「あれ? やらないのか仕返し、朝日。やっぱりいらない世話だったか?」

 葛葉の行動を不審に思う男に対して、拘束されている男が得意げに答える。

「いいや、違うぜ。今、かばんに手を突っ込んでゴソゴソしている不思議生命ちゃんはな、あるものを取り出そうとしているんだよ」

 おお、あった、あった。少し重いが保温能力が高いこれは冬場に欠かせない。

「ズバリ、そのバックから取り出すのは――――水筒」

 そう、正解だ。じゃあ、仕返しと行きますか。
 水筒の角をちょうど相手の頭に当たるように持ち上げる。しかし、目の前の男はそんな危機的状況にも関わらず笑い出した。

「はははっ!! 今時、水筒ってどうなんだよ。あれだろ、普通にペットボトルとかの方がいいだろ。レトロだな、お前」

 ああ、今ので一層身体に力がみなぎった気がする。朝から発散していなかった力が解き放たれる感じだ。

「水筒をばかにするなっ!! こっちの方が保温能力が高いのよ!!」
「ははははは!! ペットボトルのカバーにもそういうの――うぐぅっ!!」

 喋っている時に水筒がクリーンヒットした。
 出来るならそのまま舌を噛んでしまったという結果が一番望ましいと切に思う。

「お前、バカだろ」

 ぐったりとした男を抱える男、石原良哉がそう感想を述べた。




「それでだ、お前は吉原がいないから落ち込んでいる、他にも理由があるだろうが大方そんな所か」

 不本意なのだが、こいつの言葉はかなり確信を突いていると思う。
 ただ、状況証拠から判断しただけでも、初対面でもない自分の性格を理解している人間なら分かる事だ。
 そう、ただ、何でこいつは何事もないように立ってるんだ。

「なんで、あんた平気な顔してんのよ!!」
「おいおい、いつものぶりっ子どうした。ほれ、ここにいるのはあれだぜ、お前の王子様だぞ」
「王子様ってのは言いすぎじゃないのか?」
「あー、じゃあ、貴族とかでその方向性で」
「やめてくれ、信二。俺は別にそんな偉い人間じゃない」
「別にいいだろ。んじゃ、これから石原伯爵って呼ぶから」
「それはまあ、激しくいじめられている奴に付けられそうなあだ名だな、うん」

 楽しそうに談笑していらっしゃるのですが、私はもう怒る気力もありません。

「で、なんでこんなにこいつ平気なのかな石原君。正直、頭蓋骨にヒビがはいって、脳震盪起こして、死んでくれてもいいと思うんだけど☆」
「今更、ぶりっ子しても無駄だろ。後、星とかないから、かなり痛いから」
「うっさい、黙れハブ男」

 葛葉の質問に対して、良哉はバツの悪そうに答えた。

「あー、その事なんだがな、悪いが朝日、実はこいつ直撃してないんだ」

 いや結構、モロに後頭部に入っていたはずだ。水筒だって、ちゃんと振り切れたし。
 ありゃ? 振り切れるっておかしくないだろうか?
 どっちかといえば頭に引っかかると思うのだが。

「言いにくいんだが、こいつは色々天才的って言うより奇怪な才能があってな。
 要するに朝日が水筒を振るのに合わせて頭を一緒に動かしてだな、そのあと首を回転させながら逸らして水筒の軌道を曲げた訳だ。
 結果的に言うと、朝日の水筒はこいつの頭の側面を擦るように進んだって事」

 うん、確かに言いにくいだろう。不可能ってレベル超えてるし、絶対。
 けど

「まあ、こんな事、突然言っても信じないと思うけど」
「いや、こいつ信じるぞ、バカだから」

 神の言葉は絶対です。認めたくないけど、ハブ男はアホみたいに運動能力が高かった事にしよう。
 うん、滅茶苦茶腹立たしいけど。しかたない、しかたない、本当にしかたがない。だって、石原君が言った事だから。

「すごいね。えーと、クラスメイトA」
「ほれみろ、信じたぞバカが」
「やっぱり黙ってろ」

 そう言われるも信二は気した様子もなく笑っていた。 

「それで、結局、石原君は何しに来たの?」
「俺も居るのを無視か」

 紆余曲折したが、ようやく本題を切り出した。



「いや、まあ、元気がなさそうだったのが、理由なんだけどな。俺が知る限りここまで暗い雰囲気は初めてだったし」
「そんな事ないって、大丈夫。大丈夫だから、心配しないで」

 葛葉が笑いながら答える。その笑顔は無理をしているのか妙に痛々しい。
 本当に心此処に在らずという具合で、良哉も対応に困ってしまった。

「食堂」

 恥ずかしいのか、目線を逸らしながら、良哉は葛葉に声をかけて言おうと思っていたことを喋り始めた。

「今からさ、食堂行くんだけど、一緒に来ないか?」

 もう顔も明後日の方向に向いている。やはり、よっぽど恥ずかしいのか良哉の顔は少し赤い。

「男が照れるのはなんていうか、新鮮? それでいて気持ちが悪いな」

 言い終えると同時に信二に目掛けて良哉の拳が振るわれた。しかし、葛葉の時と同じく信二は軽く避ける。
 それに良哉も苛立ったのか、スネの辺りに目掛けて思いっきり蹴りを入れた。それも信二は何事もなく後ろに下がる事で避ける。
 だが、一回目の経験から良哉も避けられるのを分かっていたのか、すぐさま空いている手で相手の目に指を突き刺そうとした。

「おまっ!! 目潰しって、やりすぎだろ」

 今度は少し慌てて、信二は良哉から距離を取る。

「宿題貸してほしかったら、今だけ少し殴らせろ」
「卑怯だろ!! 照れ隠しで俺を殴ろうとすんなッ!!」

 収まらないのか良哉と信二の争いは激しくなっていた。勿論、良哉が殴ろうとして、信二が軽く避けていくのは変わっていないのだが。
 しばらくして、どちらかが終わらせるのではなく予想外なと場所からの声で二人はやっと争いを制止した。

「あれ、食堂に行かないの」

 背中を丸めて、尽きる事のない黒い何かを発しながら葛葉が、教室のドアの前に立っていた。
 今まで二人を見ていたのかすら怪しく、周りに対して注意を向けられないでいる。
 ボーっとしているようで、何かを考えているようだが、どうしようもなく暗い。
 見る人によれば自殺志願者のそれと大して代わらないだろう。

「あれは何だ」
「何って、まあ、変ではあるけどさ」
「普段なら飛び跳ねて喜んでそうな出来事なのにな」
「朝日でもそこまでしないだろう」
「本当にそう思っているのか?」
「いや、たぶん…………三割ぐらいの確立でしない……かなと」
「悪いが俺には二パーセント以上の確立にどう視てもならない」
「二パーセント……言うのもなんだが確かに妥当か」




 考え事をしていると周りの事が見えなくなるというのは本当だったようだ。授業も話も全部覚えていない。
 咄嗟に周りの事を認識すると時間が飛んでいる様に感じられてタイムスリップでもした気分だった。
 当然の様に昼食の事も憶えられていない。断片的な記憶で二人が宿題の事を話していた位しか分からないでる。
 何度も話しかけれた様に思うが一切記憶がない。石原君には失礼な事をしたなと思う。どうにかして謝りたいがタイミングが掴めない。
 放課後になって、昔に一度部活のしてる所を見たいと言ったのを憶えていたらしく、今日にしようと言われた。
 今日は放課後に誰も使っていないらしく、石原君が一人で自主練習するのもあるだろうが、一番の理由は自分の状態だろう。
 他の人がこうなっていたら、自分もどうにかしようと奔走するからだ。

 迷惑をかけている事は、その時に謝れば良いだろう。
 だが、いつまで経っても答えが出ない。考えて、考えて、どうするのか、どうするのが正しいのか。
 そればっかり考えて、香織の事も、長身の男の事も、とにかく考えて、どうにかして答えを出したい。
 でも、考えれば考えるほど答えから放れていく気分だった。例えるなら、上を目指しているのに下へ穴を掘っている気分だ。
 どうする、どうすればいい、延々とそんなことを考えているうちに放課後になっていた。


 そこからも記憶が曖昧だった。いつの間にか学校の体育館にいて、石原君の様子を見ていた。
 剣道の事についてよく知らないが、鎧みたいな物は着けていない。それでも、一応体操服ではなく剣道用の服を着ていた。
 相変わらず常識だろう知識に乏しい事を自覚しながら、その練習を見つめる。

 素人目で分かるほど覇気を出しながら素振りする様子はいつもの優しそうな物とは違う。
 素振りの先、その剣を誰に突きたてようとしているのか、その仮想敵の事を思うと胸が締め付けられた。
 でも、それは分かっていたのだ。石原君が真に斬りたい者が何なのか、でもそれは口に出せない。
 今はまだ、その資格はない。もっとも、ここでウジウジしている自分がそんなこと考えるのすらおこがましい。
 自分の問題すらこれだけ考えても答えが出ないのだから、なおさらそうだろう。
 
「朝日」

 素振りは続けながら、突然、石原君が話しかけてきた。

「何をさ、悩んでるんだ?」

 誰かに聞いて欲しかったのだろう。自分は思っているよりも簡単に口が開いていく。
 あくまで香織の事だけだが、自分でもここまで口が軽いとは驚きだった。

「昨日色々有ってね。何て言うか、行き違い……かな。それで香織と揉めちゃって」

 昨日の電話の内容が思い出そうとしないでも再生される。

「本当、本当に色々あってさ、絶交……されちゃった」

 石原君は今だ素振りを続けている。話は聞いてくれているだろうが、返事が返ってこない。
 顔を見ると考えているようだった。

「なあ、朝日。それさ、納得してるのか?」
「納得できないよ、絶対に」

「なら」と言いかけた石原君の言葉を遮るように喋り出す。

「どうしようもないんだよ。考えても、どんなに考えたって答えが出ない。
 どうすればいいか誰かに聞いた所で納得できないのも分かってる。だから、誰かに答えを聞く事はしない。
 でも、どうすればいいか考えても分からないから、分からないから…………どうする事もできないよ」

 泣きそうな声であるのは自分でも分かる。鬱陶しいと思われて仕方がない。自分が悪いのだ。
 考えても浮かばない。そもそも本当に解決法なんて私に残されているのだろうか?

「考えても出ないのか?」
「うん」

 初めて石原君が竹刀を振るのをやめてこちらを向く。
 そして、何やら決意を固めた後、行き成り笑われた。押し殺した様だった笑いもだんだん大爆笑に変わっていく。
 結構酷い、少しショックだ。でも、そういう陽気な気分が自分にも流れて切るようで、少し気分が良くなった。

「いや、だってさ俺から見れば当たり前なんだけどな」
「えっ!?」

 驚く私。酷い事を言われているが、それよりもそこら辺にあるような言葉で慰めるだろうと思っていたからだ。
 そう、こういう場合は取り合えず相手に合わして同調していればいい。
 相手ついて考える事もせず、同調して相手の主張に同意すれば面倒事を防げる。
 だから、自分もハイハイと同意してくれるような、一時的な治療薬を期待していた。鬱陶しい奴だなと自分を責める。
 だから本気で話してくれる事に感謝する気持ちよりも申し訳ない気持ちで一杯だった。

「いや、思うんだけどさ。今まで一回でも悩んで答えを出して行動した事があるのか?」
「それは」

 分からない。でもこれだけは言える。悩んで答えを出すなど殆どやった事がない。

「だって、朝日は直感型、悪く言えば単細胞的だから――普段なら悩まないで勝手に行動するだろ」

 思いのほか正確に観察されている。普段のずぼらさを指摘された気分だ。
 でも、それが正解なのかも知れない。

「朝日は悩むなんて似合わないよ。笑いって、好きなようにハッピーエンドを目指すのが一番似合ってる。
 だからさ、親友なんだろ。傍目からみてても仲良いし、それならやる事は決まっているんじゃないのか?
 助けが要るのなら俺も協力するからさ」

 もう一度、自分がどうすれば確認するために石原君にもう一度繰り返してもらう。

「普段の私だったらどうしている思う」

 石原君は軽く笑い、丁寧に教えてくれた。

「そりゃあまず、真っ先に吉原に会いに行くだろう」
 香織に真っ先に会いに行く。

「それで、会ってからどうしようかと慌てふためく」
 でも、香織と会っても何を話そうか考えていないのだから喋れないだろう。

「最終的に親友だからで、強引に解決する」
 一生友達宣言してハッピーエンドにする。

「そんな所じゃないか」と石原君は言っていた気がする。聞かなかったのではない。
 ただ、言い始めるよりも動き出していて聞こえなかっただけだ。
 確かな高揚感、今なら何でも出来そうな気がする。
 この感じ。考えるよりも先に行動できた。純粋な直感だけで行動に移す。これだけで自分は自分を取り戻せたのだ。
 もう、恐れる事は何もなかった。相手への恐怖も危機感も全て考えずに理解する前に、動き出していればどんな事だろうと問題ない。
 一生、そうして過ごしてやる。何しろ石原君のお墨付きだ。それだけで無敵状態になれると思えてしまう。
 だから、「ありがとうーーー!!」と聞こえるように叫びながらそのまま校門へ向かった。



 校門付近に来て見知った顔を見つけた。名前は…………部活動をしていたのだろうか?
 どちらにせよ好都合だった。相手は自転車で登下校していて、今にも自転車に乗ろうとしている所だ。
 そいつに向かって、速く帰るという目的のため何一つ考えずに突撃した。

「そりゃぁああああああああーーーー!!」
「いや、ちょっと待てよ!? 躊躇ぐらいしろよ!!」
「知るかーーーッ!!」

 突っ込んだ勢いのままで飛び上がり、そのまま足で蹴散らして自転車から自主的に降りて貰った。
 顔面から地面を擦るように降りていったが、問題ない。むしろ、学校に来ないレベルで負傷して欲しい。
 倒れた自転車をもう一度立て直し、跨いで飛び乗った。久しぶりだ。いつから乗っていないだろう。
 あれ? おかしいな。高校生になっても自転車を使わない人間なんてそういない。なのに、自分は小学校にも乗った覚えがない。
 あっ、そうか、私、自転車に乗れな……………………………行くぞぉ!! 急いで帰らないと

「お前、俺の予想では自転車に乗れないと思うん「黙れ」ウグッ!」

 取り合えず勢いを付ける為に手近に在った奴を蹴っておいた。それによって勢いのついた自転車が進んでいく。
 倒れるイメージはない。そもそも、そんな事に思考を割く前に目的で上書きして考えなければいい。
 考えれないのだから、そんなこと起こる事なんて絶対にありえないのだ。だから、より速くこぎ出す。
 とにかく、速く家に帰る。その後、どうするか決めよう。思いつくがままに、直感に身を委ねて――ハッピーエンドをこの手に掴め!



あとがき 4/3

話が進んでいない気がする。第一章の終盤には次の本編の話で入ります。

次回更新は速くしたいです。本当です。本当にそうですけど……結局どうなるか分かりません。

葛葉の台詞で出てきた☆の読み方は「キラッ」で、マジで口に出して言ってます。






[13068] Momotaro and Jupiter/呟きと急転
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:34361218
Date: 2010/05/26 23:11



 耳に今だ感謝の声が残っていた。透き通った高めの声、如何にもあの元気な女の子らしく無鉄砲な感じだ。
 その余韻を味わいつつも竹刀を振る。強く、もっと強く、これでは届かない。もっと強く、強く、強く。
 念じるたびに振る力が強くなっていくのが分かる。でも、こんなものじゃ足りない。そう、こんな思いでは理想には行き着けない。
 ならば、竹刀に込めるべきは憎しみ。誰よりも何よりも憎しみと言う名の憎悪を注ぎ続ければ、たどり着けるのかも知れない。

 朝日を帰してよかった。こんな姿を晒すのはごめんだ。
 自分からして見れば太陽とも思えるようなクラスメイト、何かと付き纏われてる気がしないでもないが、悪い気はしない。
 そういえば、自分にとっての交友関係で唯一の女子だったと今更気がつく。
 彼女の親友、吉原には避けられている気がするが、勘が良い人だ、俺の頭がおかしい事をなんとなく理解しているのだろう。
 そうなると、元々友人関係が薄っぺらい俺は両親とも距離を置いているため、本当は知人なんて居ないのかもしれない。
 だが、孤独を感じない。世の中斜めに見て、そんな事をさも誇りのように堂々と宣言して自己陶酔してる訳ではない。
 本当に分からないのだ。孤独について考える事もしていない気がする。でも俺は一人だ。これだけははっきり言える気がする。
 だから―――――自分のカバンを漁っている男に向かって思いっきり竹刀を投げつけた。

 投げられた竹刀が勢いを落とさず直進していく。銃弾程の速度はでないが、ボウガン並の速度は出ているのは確かだ。
 上手く行った場合、狙われた男が串刺しになるビジョンが浮かぶ。だが、上手く事が運ばないのは分かっていた。

「ちっと、理が弱いかねー」

 呟きと共に明らかに物理法則の異常が生じた。竹刀の軌道が目で分かるほど逸れる。
 ずれた軌道では男に当たるはずもなく、竹刀は体育館の壁に穴を開けた。
 後で怒られるかもしれないが、知らぬ存ぜぬといっておけばどうにかなるだろう。

「あっぶねーな、行き成り殺す気かっての。さっきも自転車乗ってる最中に突き落とされたしな」

 カバンの前に立ってる男。それは、俺にとって唯一の対人関係である。知人である。俺の事をもっとも知り理解している唯一の人間である。

 そして俺が、現状もっとも殺したい人間であった。

 いつか、そういう日が来るだろう。道を違えた瞬間、俺達は殺し合いになる。取った取られたなんて生易しい者じゃない。命の削り合いだ。
 互いに一発で殺されるなんて身体をしていない。だから、徐々に体の一部を消していく命の削りあいになる。
 した事がないから分からないが、俺が憎しみでより強くなれば、その先、頭を吹き飛ばされようと行動できる自信があった。
 荒唐無稽だと笑いたくなる気持ちはあるが、現実にそう思っているので成るべくしてなるのだろう。

「で、お前は一体何している」
「そりゃ、明日の分の宿題を貸して貰おうと」
「ああ、分かった。なら、お前が死んでしまえば解決するだろう」
「お前とじゃ、会話が成り立たん」
「お前も大概そうだろう。だから、死ね」

 宿題を借りるのを諦めたのか、立ち上がって壁に突き刺さっている竹刀を抜き取った。

「ほらっ」

 抜き取った竹刀をこっちに向けて投げつけて来たが、そう速くないので片手で受け止める。

「いつになく気合が入ってるな」

 そう言いながらにやけながら近づいてくる姿は、無性に苛立たしくて切り殺したい。

「あの時、俺は成す術なく殺されかけた。ここで生きているのは情けをかけられただけだ」
「一昨日の夜、ハゲのオッサンとやりあった時か?」
「ああ、だから次に会った時には――――殺せる位にならないと駄目だろう?」

 そう、今のままじゃ駄目なんだ。これじゃあ、殺す事を出来ても惨殺にまで至らない。
 惨殺、惨殺、惨殺、それ以外の事なんてどうでもいい! 将来も倫理観も世間体も人間的な感情も…………朝日の……事も。

「無理だな」

 それに決意を持って言ったはずだった。しかし、目の前の男はそれを吐き捨てるように否定する。
 ただ、自分もそれに納得している部分があり、納得できない所もあった。

「どうしてそう思う?」 
「今のままじゃお前は勝てない。当たり前だろ」
「それじゃあ、お前様、俺はどうやったら勝てるんだ?」

 ニヤついた。口が吊り上がり、満面の笑みを男は浮かべた。


「なんでって、会話できている時点でお前は普通じゃないだろ」


 真顔でそう宣告した。だが、笑みは崩さない。真剣な発言であり、なおかつそれを面白がっている証拠だ。

「気持ちが悪いんだよ。会話できるって、意思疎通が出来るお前は、お前じゃないよ。
 言葉じゃないだろう。方法じゃないだろう。要は、お前らしく振舞えばいいってことさ。
 正直に言うとな、あのオッサン別に強くねーよ。確かにモブキャラって程弱くないし、当て馬ってレベルでもない。
 でも、危険度で言ったら、お前の方が数倍以上にヤバイ」
「それは貶しているのか? それとも褒めているのか?」
「褒めてるに決まっているだろう。滅多にないんだぜ。お前みたいなのは探しても見つからないぐらい貴重だ。
 だったら、最高じゃないか、それでこそ俺が認めたマイノリティ! 完璧だ!!」

 どうでもいい。コイツもそれなりにトチ狂っている。俺のが一点特化だとすれば、コイツは広範囲において変態だって事だ。
 普段からそう周りに反応する事のない性格のはずだが、だがどうもコイツは生理的に不快だ、拒絶反応が出る。
 いかにもお前の事見透かしていますって態度がなおさら気に入らない。

「俺はお前の玩具じゃない!」

 竹刀を男に向けて振るう。気乗りが良い。風が空気が流れるように竹刀を避け、後押しさえしているように感じる。
 速度はいつもの三倍。逃げれない筈の高速である。だが、コイツのは避けられるのだった。
 相手は速くない。ただ、恐ろしく勘がよくて、有り得ないほど幸運であり不幸なだけだ。
 それだけ、たったそれだけの要因に打ち負ける。これじゃ駄目だ。これじゃ届かない。もっと――

「いい感じに目がギラついてるぜ。この分だと三十分以内にオッサンとタメ張れるぐらいまでいけるか」
「そうか、死ね」
「良い、良いって本当に……完璧だよ。まだ行けるだろ? 先にいけるよな?
 フッ、フフッ。フフフハハハハッッーーーーー!! 来い、ちょっと相手してやるよ」
「そうだな、死ね」

 渾身の力で竹刀を振るう。速度を上げろ、相手の理を犯せ。出来るのではなく成し遂げろ。
 何かが溢れる。理屈も分かっていない力、ただ純粋な破壊衝動を糧に肥大させていく。
 振るう、振るう、振るう。十数回に及ぶ、竹刀の乱舞を五秒以下の時間で行ない、相手の回避する時間を取らせない。
 なのに――――どうして当たらない!!

「理が弱いんだよ。それ抜きにしてもまだ俺の速さで対応できない速さじゃない」

 竹刀の振るわれる速度に比べれば、その避けるスピードは微々たるものだ。
 ただ、あらかじめどこから来るのか視えるから攻撃は意味を成さない。

「クソが!! 死ねよ、お前!」
「死なないって。それよりも何時になったらコイツを抜かしてくれるんだ?」

 その手に握っているのは銃。型はそう新しいものではなさそうな、それでいてリボルバーの付いていない奇形の銃だった。
 それを見せ付けるように目の前に突き出す。弾がない。危険度は低い筈、なのに押し返された。
 押し返されたのは気合、気迫、相手を殺しきるという意思と数え切れない。負けると分かる。勝てないと理解できる。
 その銃は異質だった。そもそも理が違いすぎる。とてつもない何かを体現してそうで、恐ろしいと言う言葉が生ぬるい。

「正直さ、コイツを撃った事がないんだ。最初に使うのはお前じゃないかもしれない。
 ただな、いつかコイツをお前に向かって撃つってのは確定してるんだ。だから、お前はそんなもんじゃないだろう?」
「分かってるよ、要はお前が死ねばいいんだ。それでいい」
「噛みあってねーんだよ、会話がよ!!」

 その言葉と共に鬼ごっこが始まった。鬼は銃を手に持つ男。ならば、追いかけるのは桃太郎と言うのがしっくり来るだろう。
 振るわれる竹刀はその速度を持って鈍器となり、大気が断ち切れるように進んでいく。
 振るごとに速くなる。しかし、肉薄し当たる寸前になると、銃を手に持つ男の速度が上がり避けられた。
 何度も何度も繰り返す。そのたびに速くなる。強くなる。どうしようもない。
 どうしようもない笑いが銃を持つ男から込みあがってきた。

「それで良い、完璧だ!」

 盛大な笑い声が響き渡る。その声を辿るとやはり愉悦にまみれた顔があった。
 楽しくて仕方がない。思想も会話も噛みあっていない対話。だが、それ楽しめるこの男もやはり狂っているのだろう。



第一章『影の無い男』――secret『Momotaro and Jupiter/呟きと急転』



 時刻は四時を回り、そろそろ空の色が変わってきた所だった。
 赤みがかった空を見ながら、思考にふける。窓から見える景色は何度か見たことがある光景だった。
 友達、今はだった、と言っておこう彼女の部屋から見た景色だ。隣には彼女の家がある。それがより深く彼女の事を考えさせられる。
 今思えば意味の分からない別れ方だったと思う。

「どうしよう」

 エイタとホテルに居た辺では考えないようにしてどうにか過ごしたが、そろそろ限界が来ている。
 まったく、笑ってしまう。突然の電話で友達やめようって、本当に意味が分からない。
 自分は操られていたらしいというが、相手からすれば襲ったのは自分だ。そんな自分が一方的に要求するのは筋違いだろう。
 最悪だ。
 それにまでまだ自分の理屈には穴がある。よくよく考えると学校で毎日会うことになるのだ。
 友達の縁を切ったから大丈夫のレベルでなく、ただ同じ空間に居るというだけで耐えられないだろう。
 
「気にしない。今は別のことに集中しないと、エイタさんは外で情報を探っているし、夜になるまで戻らないって言ってたから頑張らないと」

 エイタは別行動中だった。"一人"だけで敵の情報を探りに街に出ている。
 取り合えず、今日やるべき事は殆ど終わっているらしいが、最後の詰を行なうらしい。
 
「集中」

 流れを意識する。理解は出来ているので後は容易い。出来る範囲で行なえばそう難しくはなかった。
 意識をゆっくりと廻す。常に流動を意識し、量と速さを調整。これで大丈夫らしい。
 
「あれ?」

 突然、体に力が抜け転びそうになる。眩暈がした。意識が引っ張られていく。
 そして、だんだん瞼が重くなり、体の自由が利かなくなっていった。
 操られていた時との同じ感覚、だが助けを呼ぶ事は出来ない。だから、自分はそのまま意識を引っ張られていった。


 沈みいく意識の中で、少女は笑っていた。果たしてそれは誰に向けられたものか。
 親友だった彼女か、それとも――――。



あとがき 4/22

言いたい事は一つ、短い。もう少しで一章の終盤なんですけどねー、なかなか進みません。

前半の二人は意味不明ですけど、ちゃんと後々説明していくつもりです。このペースでいったら何時になるか分からないけど。

取り合えず、一章はあと三回か四回ぐらいの更新で終わらせようと思います。






[13068] 鍵の天秤
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:a40259cc
Date: 2010/05/26 23:51



 踏み込んだペダルが回るたび、正面から吹いてくる風が強くなる。
 学校で強奪してきたが罪悪感は微塵はなく、むしろ走る時の数倍の速度でいる事の方が心地がよい。
 既に帰り道の殆どを走り終えている。後数秒で着くだろう。
 がむしゃらに走っていたので余り憶えていないが相当速く帰ってこれたと思う。

 スガハラマンションに着くと同時に自転車を飛び降り、カバンからメモ帳を取り出す。
 メモ帳にこの自転車の持ち主の名前と携帯電話の番号を書き、自転車に貼り付けた。
 これで苦情は全部、コイツに行くだろう。うん、完璧だ。

 一秒でも速くと階段を駆け上がり、家の中に入る。脱ぎ散らした靴を直す事もせず制服を着替え、カバンをいつもの場所にかけた。
 時計を見る。時刻は既に六時を回っていた。辺りを見ると十分空が暗い。
 だが、関係はなかった。たとえ針が十二時を回っていようと止まる事はないだろう。
 カバンから必要な物を取り出し、身だしなみを整えた後、すぐに家を出た。

 香織の居場所は分からない。恐らくはと目星はつけているが考えるまでもなかった。
 分からないなら聞けばいい。直感でそう閃き、隣の家のインターホンを鳴らした。
 返事がないので、二度、三度と押すが出る様子はない。手掛かりがなくなったと落胆するがすぐ行動に移していく。
 取り合えず思い切ってドアノブを回した。驚いた事にドアを押すとあっけなく開閉する。
 それから戸惑うことなく家の中に入り込んだ。

 電気がついている。誰かいるかと思って中に踏み込むが、人一人も気配がない。

「無用心だなー、これ」

 人が多く住んでいない田舎でそれなりに治安がいいと言い切れるような場所ならともかく、こんな住宅地の真ん中で鍵を閉めないのは正気を疑う。
 あるとしたらゴミなどを出す時だろうが生憎今日は違うし、ましてや引っ越してきて昨日の今日だ。鍵を閉めるのがどう考えても普通。
 それに自分も数回しか会った事がないのだがあの長身の男が、こんな無用心な事をするだろうか?

 こうなったらやけだ。そう思い、ずかずかと部屋に踏み込んだ。

 目に付くのは無造作に置かれたダンボールの山、それ以外はベットがあるぐらいの殺風景な部屋だった。
 家の造りは自分の家と同じ、ただ物がない所為なのかいくらか広く感じる。
 唯一開いていたダンボールを見ても服が大量に入っているだけ、女物の…………女物!!

「えッ、ホントに、まさかそう趣味……」

 これを来た男を想像してみるが、どう考えても破けた服を無理やり着ている姿しか想像できない。

「気持ち悪い」

 だが、それは流石にないだろうと思考を中断。
 それなら、と思うと女性に着させている変態の見本としか言いようがない姿しか想像できないので、それも中断する。

 気を取り直して、周囲をぐるっと見てみるが変わったところがない。香織はまだ電話を掛けて来たホテルに居るのだろうか?
 しかし、それならこの家に電気が点いているはずがない。つまり、少なくとも帰ってきた可能性があるという事。
 だがそれで思考停止、完全に行き詰った。考える前に行動するが行動指針だが、考えられないならそもそも行動に移せない。
 そうして手掛かりが殆ど尽きかけたその時、ズボンに入れていた携帯電話の振るえを感じ、考えていた中で最悪の場合が頭を過ぎった。

 バイブの音と共に着信メロディが流れる。恐る恐るでありながら素早く携帯電話の通話ボタンを押し耳に当てた。

『こんにちは。いいえ、今晩は朝日葛葉さん』

 電話越しなのでよく聞き取れないが、若い女性の声だった。喋り方からもそれは推測できる。
 それと声を聞いて思ったことが一つ。相手の声に変な所はない、だが恐ろしく気味が悪い。

「誰…………ですか?」

 タイミングは完璧、自分がここに来た、つまり香織が居ない事に気がついたのとほぼ同時刻。
 運命は複雑に絡み合うもの全ての事象の起こりには原因がある。
 その原因はもしかしたらこの騒動に巻き込まれる切欠の過去にまで遡るのかもしれない。
 ただ、今回の電話、これはifではなく確かな今の現実だった。
 あの時の過去がこの結果に行き着くのかもしれないという、もしもの仮定ではない。
 香織を探している最中、そしてそれに行き詰ったタイミングで掛かってきた電話の主は必然的に絞られる。

『電話の名前はちゃーんと見たのかしら』

 諭すような、嬉々とした声でそう告げる。慌てて携帯電話のディスプレイを見るとやはり『吉原香織』と書かれていた。

「だから、誰って聞いてるの!」

 それこそ香織の携帯電話を持っている事実は、あることに直結する。

『そーねー、誘拐犯ってとこかしら』

 息を飲む。ごくりと喉がなり、手が震えてくる。気分は本当に最悪だ。
 それに加え、電話越しであるにも関わらず恐怖感が拭えない。

「香織は……香織は、どうしているの?」

 上手く口が回らない。そして聞きたくもない。だが、聞かないわけにもいかない事実が辛かった。
 だが、そう上手く事は進まない。

『一昨日の修羅場(ドラマ)、その続きを始めましょう』

 そう言い残して電話は切れた。気が抜けてその場所で腰が抜け尻餅をつく。
 しばらく立ち上がれそうもない。取り合えず携帯電話でもう一度掛けなおす。
 震える手で携帯電話を見るが一向に繋がる気配はなかった。

「はは、ちょっと怖いな」

 行くべきか行かないべきか、勿論決まっていた。非情といわれようが、行かない、それが正解だ。
 行っても何も出来ない。行ってもただ被害を増やすだけ、だけど。

「でも行かなくちゃ」

 香織に会うにはそれが一番速い。だから、つまらない事など考えないで行こう。
 バカはバカなりに、要するに突き通せればそれは絶対にハッピーエンドが待っているはずだから。

「本当は嫌だけど」

 携帯電話の電話帳を開けて三番目に登録している名前を選ぶ。ア行の三番目。
 アイツ自体には用はないが、そこを経由して最も頼れる助っ人を呼ぼう。
 本当は嫌だし。やってはいけないと思う行為。だが、彼以外にと頼る術はなかった。
 彼なら巻き込まれようと生き残れるだろうと分かるから、理解できるから、絶対に巻き込みたくないけれど。
 香織がどうにかなる結果の方が気に食わないから、ここは腹を括るしかないのだろう。
 だから、決意を固める。もしも、彼が暴走するようであれば、私が絶対に止めてみせると硬く胸に誓いながら。

「行こう」




第一章――No.4『鍵の天秤』






「で、何でアンタがいるの?」

 スガハラマンションから数百メートルに位置する公園で私は待っていた。
 その公園。誰かの悪戯か、公園の名称があるプレートには既に元の名前がなく、『暇人』と書かれている。
 その名前が災いしてか、一年前辺りから本当に暇そうにしているオジサンが時折ブランコに座っているという噂まで流れていた。
 ただ、その噂もここ数ヶ月聞いていないので、無事再就職活動に成功したのだろう。

 それよりも私が不快感を一切合財隠さず悪態をついているのは、目の前の男、名前はえーと、あら何とかが原因だ。

「私は、石原君を呼んで貰いたかったんだけど」

 奥ゆかしく、清楚で、常に男の人の五歩後ろを付いて行く様な初心な私(それは完全にストーカー)には好きな人から電話番号を聞きだす事など不可能だった。
 だから繋がりの有りそうな、傍観者Aに連絡先に連絡をつけてもらったのだ。
 そもそもなぜ何時どこで、私の携帯電話に登録されていたのか知らないが、入っていたものはしょうがない。
 ほら、もったいないとかいう感情だ。たとえ、そこら辺に転がっている石でも他人に投げつければ武器になるし。

「ちゃんと呼んだぜ、ほら、ここに居るじゃん」

 分かっている。しっかりと分かっています。数十メートル先の暗闇であっても私が見間違うはずがない。
 それで、何でアンタが居るの、と言いたいのだ。それぐらい分かれと言いたいが、こいつの場合分かってやっている分なおさら性質が悪い。

「さっそくだな、朝日」

 今日の放課後の事だろう。勿論、自分が石原君に頼ろうと思ったのはあの時に言われたからという部分が大きい。

「うん、こんな時間に来てくれて、ありがとう」

 感謝しても仕切れないが頼る事はかなりのリスクを伴う。だが、そのことを決して知られてはいけないのだと思う。
 なぜなら、石原君が隠しているから。隠そうとしているから。だから、私は――。

「俺を無視して二人だけの空間に入るな、お前等」
「あんたもう用は済んだでしょ、帰ったら?」
「俺は面白そうな事に手を出すの」

 言い返しても無駄そうなので、石原君の方を見る。
 まあ、人手が多いほうに越した事がないのは確かだが、こいつが原因で厄介な事が増えるかもしれない不安が大きい。
 だから、最終決定は石原君に決めてもらうほうが良いだろう。向こうもその意図が伝わったらしく、すぐに口を開いた。 

「まあ、朝日。許してやってくれよ、こいつでも何かの役に立つだろうし」

 役に立つ。役に立つ?
 本当に?

「えーっと、そ、それじゃあ、例えばどんなのがあるのかな?」
「えっ!?」

 本当に予想外の事を訊ねられたようで驚く良哉。

「オイ!! 何だよ『えっ!?』って、おかしいだろ。
 普通、どんなに酷くても考え込むとかするんじゃないのか。何で行き成りそんなそんなのありませんよって顔してるんだよ!」

 騒ぐ信二に対して良哉が一切の間を置かずに答える。

「じゃあ、盾」
「じゃあ、って何だよ。それはつまりあれか? 俺の使い道って道具と同列って事か?」
「取り合えずゴミクズよりは下だと思っているけど……自動で動く分だけマシかな?」
「お前ら絶対俺の事嫌いだろう」

 そう言い切った信二から二人とも目線を逸らす。否定をしないと言うことは要するに肯定と言うことだ。
 とわいえ悪気はない。むしろ害虫に害虫と言って何が悪いという次元の問題だ。気に病む必要はないだろう。

「いつもながら俺がこの中で一人だけハブられていることがよーく分かった」
「ハブ男」
「そこ、話をぶり返すな!」 

 そうだった。今、最も最優先でしなければいけないことは香織の捜索。
 焦っても仕方がないかも知れないが、急いでやるべきだろう。



「でだ。ここに俺達を呼んだのは、吉原が行方不明になったからなんだよな?」

 その言葉に肯定の返事をし、事の経緯を全て話す事にした。信じてもらえるか分からない。でも、信じてもらえなければどうしようもない。

 一昨日の事、廃墟での出来事。動く影におかしくなった香織。そして黒服長身の男。
 断片的ではあったが、物語として十分通用する程度の事は話していた。加えて昨日掛かってきた電話の事も話しておく。

 一番の障害になりそうなのは、どう考えても動く影のことだ。だが、それを話したときの二人の様子は想像していたものと違っていた。
 良哉は真剣な様子でそのことを聞きながらも無理やり信じようとする様子はない。どちらかと言うと自分も知っているそんな様子だ。
 もう一人の反応は、特に気にした様子もなさそうだった。

「なるほど、そいつは結構面白い事になっているな」
「そうだな」

 相槌を打つ良哉は何かを堪える様にしていた。震えて、押さえつける至上の喜びと武者震い。
 決して目の前に少女に気づかせないよう、心を殺して耐える。

「朝日、今の話聞く限りじゃ、こっちの対抗手段を持って置いた方がよくないか?」
「えっ、あっ、うん」

 そう驚いた様子もなく進んでいく事態に少なからず混乱して、余りにそっけない返事が出た。
 一番しっかりしないと駄目なのは私なのに一人置いていかれそうな気分。

 嫌だ。

 真っ先にそう感じた自分は間違いなく焦っていたのだと思う。だから、この先でまんまとトラブルに巻き込まれる事になったのかもしれない。  



 その後、二人の行動は速かった。二人は"偶然"家の近くに放置されていた自転車に二人乗りをして自宅へと向かい始める。
 ここから大きく距離は離れていないらしい。

 一人になってしまった。それに停止という行動をしなくてはいけなくなったので、自分の意思とは関係なく色々な事を考えてしまう。
 果たして、自分に何が出来るだろう? 今回の事件において私の役割はなんなのだろう。
 この話に措いて主役でもなければヒロインでもない。戦える訳でもなくいたって平凡。
 つまり、自分のロールが存在してない。要は場違いなのだ。自分がここにいる事が。

 そう朝日葛葉はこの物語において場違い。だが、この先に続く物語がないと言い切れるだろうか?
 ――世界は『物語』を求めている――ならば、その役者に平凡などであることなど殆どないに等しく――。

 頭が真っ白になりそうな妄想が脳内に広がり始めた時、自分のポケットから微かな震えを感じとり我に返った。
 しかし、今回は短いメロディが流れただ。つまり、来たのはメールだ。

 対面して喋らなくてもいい事にほっとしたので、素早く電話を見れた。
 だが、すぐ後悔することになる。

「何……これ」

 これなら電話で喋っている方がよかった。そう思った理由は勿論、メールではなく添付されてきた写真の方だ。

 移っていたのは拘束された香織の姿。その様子にいつもの健康そうな姿はなく、ぐったりとしている様にも見える。
 ただ画面上の香織の姿は小さいので正確な顔色は見れない。それよりもこれ見よがしに繋がれている鎖が気分を悪くさせる。
 画面の下には影で作られた文字。

『早く来ないと殺しちゃうよ?』

 否応なく言える、災厄で――最悪だ。

 気づけば立ち上がり走っていた。今日一日走りっぱなしのような気がしてならない。
 朝、活動と言う活動をしていなかったので、余計そう思えてくる。
 廃墟は一昨日の場所とは別。しかし、この公園の近くなので一応記憶に残っていた。
 足を運んだのは、ただ偶然そこについてしまった一回だけ。
 しかし、親に行かない方がいい場所としてその位置を何度も聞かされていたので、道は憶えていた。
 距離はそう遠くない。全力で走れば五分、もしかしたらそれよりも短い時間で着くだろう。



 そうして誰一人としていない夜の路地を進んでいった。しかし、辺りが暗いと言う事はない。
 この島にはなぜか、かなりの数の街灯が設置されているからだ。
 その所為か完全な暗闇が存在する場所は、少なくとも人が数人と通れる通路では無いと言い切れる。

 常に影が付き纏う通路。
 葛葉も、もしかしたら街灯の量が多いかもしれないと思っていた時期があったが、今ではその感覚も長年過ごした事で麻痺している。
 だが、明らかにその数はおかしいのだ。いくらなんでもこんな細い通路にこんな短い間隔で街灯が並んでいるのはおかしい。
 常に光が当たるという事は、そう常に影が付き纏う。常に影が出来ているが故に、何人たりとも影から逃れない。

 三分、全力で住宅地を遠ざかり、人の気配のない方向へ細い路地を通り抜けた。
 抜けた先の道路から廃墟が見える。住宅地の近くにありながら放置されている廃墟。
 この辺り一帯の様子を考えるとかなり異質な光景であるが、この島の開発事業が途中で止まってしまった事を考えればおかしくはない。
 ここからは車をが通れるほどの道路と繋がるので、道幅がいきなり広くなった。そして、ここも街灯が何本も立っている。


「あと、少し」

 あと少しでその廃墟に着く。ここまできたら覚悟を決めて進む以外、選択肢はないだろう。
 それもそのはず、自分の逃げの思考は全て封殺してきたのだから当たり前だ。
 案外、それでいて不快感はおろか息苦しさも感じず、むしろ清清しく感じている自分は結構な自虐体質なんだろうと思った。

 勇気を振り絞って一歩を踏み出そうとして――――自分は出した足をすぐに引っ込めた。
 やばい。滅茶苦茶逃げたい。Uターンと同時に爆走したい衝動が、自分の中で暴れまわっているのをひしひしと感じる。

 目の前には数人の男達。誰一人として顔見知りはいないのだが、その顔に知っている部分があった。
 そう一昨日の香織と同じような感じだ。少し違うとも思うが、どちらにしても直感なので深く考える必要はないだろう。
 だが、この状況が何を意味しているのはハッキリと分かる。というか分かりすぎる。

 つまり、目の前の男=敵。
 そして、超可憐で可愛らしくかなりスタイルのいい獲物≒私、だ。ちなみに記号の部分がちゃんとイコールではないのはご想像にお任せする。

「ストップ! ちょっとタイム! ホントお願い止まってください」

 停止を求める懇願も案の定意味がなく、ゆっくりと進んでくる男達。

「ってやっぱり言っても無駄ですよねー」

 取り合えず自分がいつも以上に慌てているのは分かるが、逃げ出すことはなかった。
 それは突き進む事を誓った証に他ならない。それと同時に、この状況でも頑なに守り続ける相当なアホだという証でもあるが……。

 全身が小刻みに震える。男達から徐々に大きくなって現実となっていく影。
 普通ならば一歩も動けないような状況だ。それに一度体験して自分が無力だと知ってるからこそ更に恐ろしいのかもしれない。 
 根は影として男達と繋がっており、そこから無数のツタと黒い花弁がついている。
 加えて男(石原君は別)と花がセットの絵面なんて気持ち悪い。そういう嫌悪感も抱いていた。

 どうするべきか、そう考える前にツタが迫っていた。
 速度は香織と長身の男の戦闘に比べれば、遅いと断言できるような物だったが、震えている葛葉からみれば十分脅威のはずだ。
 しかし、葛葉は震えを無理やり止めて前方斜め前に飛び出し、その一撃を回避した。
 結果的に言うと一つの花だけが攻撃していた事実もあるが、一番の理由は彼女の壮絶な勘違いだろう。
 要するに朝日葛葉は、恐怖による震えを武者震いによる振るえと勘違いしていたのだ。
 度し難い間違いで人間の本能的な危機回避能力に喧嘩を吹っかける様な間違いであるのだが、ここではその勘違いによって九死に一生を得る。

「よし!」

 転びそうになりながらも道路の脇、唯一包囲網が薄いと思われる箇所をすぐに目指した。
 だが、現実は甘くはなく、偶然は二度重ならない。
 全速力の疾走で集団の脇を走る抜けようとするが、ただの少女である葛葉の速さではどうする事も出来ず足をツタで絡み取られてしまう。

「うわぁっ!」

 強力な力で引きかれた後、バランスを完全に崩し転けてしまった。踏ん張る事も出来ず引くずられて行く。

 駄目だ。駄目だ、駄目だ。このままじゃ駄目だ。
 逃げられない。このままじゃ逃げられない。

 逃げの思考が頭を犯す。
 だが、それが幸運か、決意したはずの思いが全てを封殺していく。
 徐々に蘇っていく意思。逃げの思考を封殺しなければという覚悟が再び蘇り始める。

 逃げる、それは駄目だ。前に進むべきだ。どうやって、どのようにして?

 決断の時間が迫られていく。
 情報の整理。男達が自分を殺していないと言う事はつまり自分を直ちに殺す必要がないと言う事と同義であり、加えて一昨日の続きとは言いがたい。要するに自分はこの場で殺されない。
 しかし、ここで優位に立たなければ、負け続けるのは確定だ。
 今ですら抵抗できないのに、どうでもいいような場面で都合よく奇跡なんて起こる筈がない。
 そんなタイミングでの奇跡がある"物語"なんて誰も望んでいないし、そんな安っぽい奇跡が許されるのはドラマのクライマックスだけだろう。
 だったら、と頭を過ぎった直感――――ここで私が負けることなど有り得るのか?
 盲目的で危険な妄想。でも――出来ると思えばできない事はこの世界にはない!!

 果たして彼女の知識はどこから来たのか?
 それは彼女の本当の物語が始まるまで分かるはずもないが、少なくとも彼女が今この場にいる理由とは言いがたい。
 だが、遡った因果に、この場にいる理由が存在するのは確かだった。
 彼女はこの物語を左右する鍵。彼女のピースが埋まる瞬間、物語が加速度的に形成される。
 果たしてそれが狂となるのか、ならないのか。それは超越した世界達【トランセンドワールドストーリーズ】以外に知る術はないだろう。

 新たな決意を胸に刻み反撃に挑む。例え拘束されようと心だけは犯させない。
 そうした意思が彼女をこの物語のキャストへと押し上げていく。このドラマの黒幕以外は誰も知らない彼女の役割。
 物語を完全に左右する天秤。もっとも重要と言える要素が、ようやく物語の舞台で役を演じ始める。

 拘束していた影が霧散していく。

―――役者は揃いつつある。準備はあと少し、これでようやく始められる。

 消えていくようなそれは、別視点から見れば彼女の中に吸い込まれるようであったともいえるだろう。
 どうしてか? 彼女は知らない。だがするべき事は知っていた。
 このまま進む、それだけだ。

 だが、葛葉が予測不能な行動を取った事により、影の男達の統率が完全に乱れ始めた。
 考えようにとっては相手の思惑から逸れた事を喜ぶべきなのだが、恐らく男達に与えられていた命令は一人を除いて停止しろという物。
 つまり統率が乱れると言う事は男達の暴走が始まる事を意味していた。

 しかし、その不安も盲目的な直感で吹き飛ばされていた。なぜなのか理由は分からない。分からないが分かっている。
 このまま進んでもあの影たちは自分を襲えない。なぜなら私には私の心を汲んでくれる騎―――――何を考えていたのだろう。
 心に雑音が入ってくる。一昨日から唐突に叩き込まれる理解できない情報が、何度も頭を混乱させるのが気持ちが悪い。
 それに今の事だってそうだ。まるでこのタイミング、三度も奇跡が重なるような事をさも必然であるかのように語るなど、おかしいにも程がある。
 程があるのだが。

 今までの数倍以上のツタが迫ってくる。
 影の花は葛葉に触れて消え去った一つ以外すべてが葛葉を狙うのだから、その範囲と量から必中としか言いようがない。
 葛葉を追うツタ。だが、その後ろから、ツタよりも速く飛来する物があった。

 そして一閃。常人には触れる事が出来ないはずの影が一瞬で切り裂かれた。

 だけども私は振り返らない。私のナイト様は決まっているのだから、私のやるべき事を果たさないと。
 だから進む。これ以上ここにいれば邪魔になるし、彼は本気で戦えない。それに今の彼は怒っているだろうから、そんな姿見せたくないだろう。
 言ってあげたい。分かっているよと大丈夫だよと、信じさせてあげたい。そんな事、この場で言うべきじゃないのは分かっている。

 でも――ちょっと位は神様でも許してくれるよね?

 廃墟の入り口までとにかく走りきる。そこから振り返り、彼を見た。
 尋常じゃない鋭い感覚で視線を感じたのか彼が振り返る。その事が思いが通じた様でうれしくなった。
 だから、感謝の言葉を述べるだけのはずが、こうなってしまったのは無理からぬ話だと割り切ろう。

「石原くん! あーりーがーとー、愛してるーーーーーッ!!」 

 笑ってしまう。何しろこれが初めての告白だ。
 好きなのだと自覚してから数ヶ月以上経っている現状を考えれば遅すぎる。
 ずっと言いたかった。でも、こんな瞬間になぜ言うのか? その理由は決まっている。結論をうやむやにしたいからだった。
 振られる可能性よりも、もっと下地を積んで根回しして彼のほうから告白させなければ意味がない。
 だから私は、彼が一線を踏み込むまで私は待ち続けよう。いつまでも、それも一生でもいい。
 怖い顔をしないで、いつもみたいに無表情で笑わないで、機械みたいに優しくしないで、そう心の中で呟く私は本当の彼と出会いたい。
 だから、何もかもに絶望しているようで、自分と他人の怒りで染まった顔を一瞬でも呆けた顔になったのが、代えがたい喜びになった。
 恐らくは、今のが本当の彼の表情だと信じたい。写真にとって置きたかったが、心の中に刻んでおこう。案外そっちの方が悪くない気がする。

 そこからは振り返ることなく走った。
 この先に香織がいる。どうやって助けるか、その方法を考えようと思ったが結局無駄になるだろう事を理解していた。
 そもそも、自分がそんなに頭を働かせて方法を考えれれるはずもない。加えて先手は取られている。
 だったら、速攻。進みながら考え特攻をかまし、その後、すぐに逃げる。これしかない。



 廃墟の敷地に入り、一直線に入り口を目指す。
 後、二秒、一秒――ゼロと同時に廃墟の中が急に明るくなり始めた。
 自分もその光に目を少しやられるが構わず進む。しかし、現実はやはり甘くなく。
 ホール上の大きな空間の中間を越えた辺りで、先ほどと同じように影に足を掴まれた。
 そのせいで勢いが余り、前方へ大きく転倒。そもままうつ伏せに倒れる。

 見上げると同時に見える香織の姿と見下す女の顔。屈辱的だとしか言いようがない状況が出来ていた。

 女の方は、自分の歳は変わらなく顔立ちも悪くない。ドレスのような赤い服を着て、鎖で拘束された香織の横に立っている。
 一見すれば自分では及びもしないような育ちの良さが感じられる気品があった。だが、その薄く笑う顔が酷く憎らしい。

「こんにちは、はじめまして」

 突っ込むか、そう考えて――。

「どうするの? いいえ、何が出来るの?」

 足が上がらなかった。足を動きを奪った影の拘束はすでに転倒した際に取れている。
 別の足を試すが動かない。それは愚か、全身動かせないのではないか?

「歩けないでしょ、動けないでしょ。ねえ、どうしてか分かる? アハハハハッ、分からないわよね」

 自問自答で自己完結。そんな無意味のな事をやってるが、ただ見下している事だけは伝ってくる。

「――――っ!」

 頭にくる。今すぐ黙らせに行きたいが一歩も動く事が出来ない。

「教えて欲しい?」

 嫌味ったらしく笑いながら言う。取り合えず、性格が歪んでいるのは誰であろうと合意するだろう。

「誰が!!」
「フフ、怖いわ。そんなに怒鳴らないで、だって私―――あんまり五月蠅いと殺しちゃうから」

 ぞくりと来る様な声で言ったのだろう。
 だが、私は怖くはなかった。

「あら、動じないのね。それとも怖すぎて悲鳴も上げられない?」
「あなたは全然怖くない」
「強がっちゃって、今まで何度も怯えてたじゃない。それとも痛めつけられるのが嬉しかった?」

 怖くない。まったくもって怖くない。言い聞かせる訳でもなくそう思うのは、やはり――。

「――あなたは別段おかしい訳じゃない。むしろ、普通」

 朝日葛葉は、石原良哉を肯定している。
 ならば、この程度の小物などに恐ろしさを感じるはずもなく。

「あなたよりも石原君の方が十分怖い」

 恐怖とは何なのかと聞かれれば、その答えとして未知であると言うのは間違っていないだろう。
 ならば、今まで葛葉が恐れていたのは、正体不明の影、そして正体不明の女。知らない故の恐怖感。
 それが何なのか分からない未知であったからこそ恐怖を抱いていたのだ。
 だが目の前の女に会い。正体不明の女は自分の対人記録にある石原良哉と同じカテゴリーに含まれる事が分かった。
 それも劣化の劣化、そんな者には恐怖も感じない。ならばその操る影とて例外ではなかった。

 葛葉が絶対の意思を持って言い放ったその瞬間。
 その女を渦巻く空気が死んだ。紛れもない怒りの感情を女が抱いているのが感じられる。

「それって…………あなたが好きで好きでたまらない人でしょう? それが私よりも怖い?」

 醜い顔。嫉妬なのか自身の持つ劣等感からなのか、どちらにせよ醜いとしか言いようがない。

「バカじゃないの、頭沸いてるのかしら。私が、私がそこら辺にいるガキよりも劣ってるはずないじゃない!」

 怒鳴りつけるように言う女は既に葛葉のペースに飲まれていた。

「そんな事よりも速く香織を返して」

 しかし、葛葉に打つ手がないのも事実。ならばここの場において最良な選択は時間を稼ぐ事だった。
 石原良哉が来るまで時間を稼ぐ事が出来れば、勝てる可能性が高い。
 その時、葛葉にとってもっとも見たくない光景を見せられる事になるだろうが、それは全力で阻止すればいい。
 取り合えず目の前の女には一泡吹かせる事が出来るだろう。どれだけ石原良哉の実力が目の前の女よりも低かろうと必ず勝つ。
 なぜなら彼は死なない。なぜかそのように感じるのだ。

 だから、この場で話を長引かす。それが今出来る精一杯の事だった。

「何勝手に、話を進めているの。あなたよりも私の方が優位なの、勝てないのに吠えるだけのあなたとは違う!」

 だが、葛葉の瞳には勝利への希望が宿っていた。
 そこで女も自分の間違いに気がつく。もしも、もしも相手に勝算があるのだとしたら?
 万に一つそれがあったとする。どうせ、自分にとってその勝機とやらは塵のようなものだとしても、相手が信じている限りは希望になりうる。
 それが折れない限り、何度でも立ち上がるだろう。

「いや、そうか、そうね、そういうことだったのね。何であなたが走って来たのか、そこから考えればよかったのね」

 自分は廃墟の入り口に付近に配置していた人形の一体に葛葉を連れてくるように命令した。
 なにぶん捕獲対象はただの学生。それに加え、香織の時の事からも対抗手段を持っていない事は明白。
 だから、一体だけで大丈夫だと高を括った。
 だが、この場に来た葛葉は一人で、一直線に自分を目指してきたのだ。
 その後のやり取りで聞き逃してしまったが、そこには絶対に理由があるはずだ。

 意識を繋げる。自分が撒いた種は自分の為に、全てを捧げてくれる。
 それはそういう存在であり、そういうものを自分は創り上げたのだから。
 電波による通信とは違う、同調するような形で回路を繋げていく。

――接続・我が手足【Access my slave】

 瞼を開けていく、頭の中に映し出されるような感覚と共に情報が送られてくる。
 目の前には一人の青年。木刀を構え、呪いの様に言葉を吐き捨てる姿がそこにはあった。
 恐らくは、彼が逃がしたのだろう。確かに、あれならどうにかなるかもしれない。そのように思えてしまう。
 あれは世界から外されているような、そうまるであの子の様な。

 そう思った瞬間、知覚した。もう一人とは逆の位置にいる青年。

 脅威は感じない、あれはそう危険ではなさそうだ。
 だが――――似ている。もう一人を知覚できたのは、自分の組織にいる一人の少女を思い浮かべたからだ。
 そうでなければ、ただのガキになど興味なかっただろう。だが、あれはなんだ? もしかするとあの少女よりも深く。
 だがそこで思考を停止した。これ以上考えるのはやめたほうがいい。今は別のことに集中するべきだ。

 しかし、彼女は気づかない。自分が思考をやめた本当の理由が、これ以上考えるのは危険だと知ってしまった事だという事を。

「さっき、あなたが捕まった場所にいる彼が石原良哉君か。木刀と人を殺せるような憎悪を何度も重ねたような瞳。
 アイツが言って事は強ち間違ってなかったのね。どんな冗談かと思ってたけど、聞いた話が本当ならあなたを助け出せてもおかしくないか」

 またもや、もう一人が輪から外された。まるで居ないかのような扱い。それは人間に宿る本能的な部分で拒否したからだった。
 彼がいつも輪から外される事を考えるには、恐らくそれは決して外す事の出来ない要因の一つだろう。

 今日の朝方、この廃墟であった組織の一人から聞いた話だった。
 学生にこの前殺されかけたのだという。結果的に見ればたいした事がなかったらしいが、問題はその成長速度らしい。
 木刀で一太刀振るほど速くなり、強くなる。そしてその成長スピードが加速度的に上がっていくらしい。
 そんな馬鹿げた事を誰が信じられるだろう。現に自分もそんなこと信じていなかった。
 今はもう接続を切っているので見えないのだが、目の前に立っていた姿を思い出すと納得してしまう。

「でも、残念。彼は間に合わない、すぐに終わらしてあげるわ。私も怖いの苦手だし」

 対面から今までずっと握ってきたペースが乱れ始めた。ここからは少なくとも葛葉に主導権はない。

「私ね。ドロドロとした愛憎劇が大好き。だから一昨日、あの場所、あの状況で それを見せて欲しかったの
 でも、それはほら、邪魔されちゃったから。だから、仕方なく親友同士で殺し合いってのに趣向を変える事にしたの。
 もう操ってたのバレている様だし。だからここからはただの悲劇をやることにしましょうってな具合にね」
「だったら誰も巻き込まず、一人で勝手にやっときなさいよ! どうせ、自分が三角関係とかで振られとこと根に持ってるだけでしょう!!」

 どうやらそれは図星で触れられたくなかったのだろうか、怒鳴るような剣幕で女は語り出した。

「そうよ、そうよ私は、その時からの時間を全て無くした。ええ、確かに三間関係っぽくなったわよ。
 一人の男と二人の恋人。それが分かった時は本当に憎かった。でも、男が別の女を取った事も、結局はどこぞに転がってる不幸よ!」

 よくあるとはいえないかもしれない。だが、探せば簡単に見つかるそんなレベルの不幸。
 何人も経験してるし、何人も乗り越えているような出来事。

「だけど私はそのまま去ったわ。何も行動を起こさず、何事もなかったかのように、全てを忘れて忘れて無かった事にして!
 人間ってすごいのね。引っ越して数年たって、そしたら両方の顔も名前も忘れていたわ。
 でもね、一つだけ残ったの。全部忘れようとしたのもこれを消したいが為だったのに、憎しみだけが消せなかった」

 つまり、どこにその怒りをぶつければいいのかと自分に問いを投げかけたときには手遅れだった。
 そう、行動を起こすべきだったのは、憎しみが生まれた瞬間。出来なかった、する力がなかった。
 でも、今は違う。

「だから、やる事にしたの。もう一度、自分で、この手で修羅場を作ってやろうって」

 そこから先は考えていない。そこに自分が逃した瞬間を作りたかっただけ。
 それを見て楽しむ。でも、本当の望みは失った時間を戻したいだけ。だから一生繰り返す、繰り返す、何度も何度も。
 楽しんでいるようで、それは空虚の思い。満たされないし、ただ過激になり続けるだけ。

「私はリコリス」

 それは偽名であり、今現在自身をもっとも良く表す言葉だった。
 彼女は地獄花、自分が逃した地獄を再現し続ける愚者。

「さあ、悲劇を始めましょう」



5/26

次回は半分位出来ているので、早く更新できると思います。





[13068] Jupiter believe fanatically.
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 ID:a40259cc
Date: 2010/06/05 23:51



side Jupiter


 男の集団を挟んで、向かい側に良哉が立っていた。 
 そこから、叫ぶようにこちらへ喋りかけてくる。

「こいつら、何だよ」

 何だよって、どう答えりゃ良いのか分からないに決まっている。そもそも、そんな特殊技能は俺にはない。
 だから、目の前の連中についてどう答え、どう結果を出してもすべては憶測の粋をでないだろう。
 でも、それを考えるのも一興。面白くて仕方が無い。こんな事、滅多に起きないはずだ。
 俺の性質と確立上、早々出会うことなど無いと高を括っていたが、どうやらこの件だけは例外らしい。
 とは言ってみたものの、やはりこれはただの偶然であったとかも有りえるなー、畜生め。
 まあ、どちらにしても楽しむしかないじゃないか。なぜなら、これは自分が求めた少数派(マイノリティ)に違いないのだから。

 確認する。人数は五人、そう多いわけではない。いつも二人でやってる喧嘩に比べればお遊びだ。
 だが、それはまともな人間を相手にするときの場合だ。今回の異常事態では、基準になると思えない。
 まして、敵は背後に本人の背丈を軽く越える影の花が咲き誇っている。どう考えても普通ではない。
 それに気配が似ている。感じた気配から、良哉が本当にぶち切れた時に発揮している力と同じ物を感じた。
 余りある存在感と異質な気配、その二つと醜悪そのものな外見は叫びたくなる出来だろう。
 加えて、幽霊にでも取り憑かれるているのかと疑うほど青ざめた顔をし、唸り声と焦点が定まらない目をした連中が目の前に居るのだ。

 だが、この二人とも普通ではない。少なくとも、お互いに倫理観が崩壊しているのは明白だった。

「悪役の手先って所じゃないの、モブキャラって感じだし」

 ペースを崩さず。いつものように、それとなくふてぶてしく答える。
 落ち着いて冷静に、ここで興奮してヒートアップしても楽しみも感じるまもなく終わってしまう。
 そして、どうせなら相棒に全て片付けて貰いたいのが本音だ。こいつが暴れ狂う姿を目に焼き付けたい。
 それが、今だ俺が思い描いた最高の相棒になっていない良哉への妥協である。
 だから、いつもの調子で少なからずハイになってるテンションを元に戻した。

「さっさと答えろよ、こいつらなんだ」

 やっぱ怖えーよ。こいつ、俺だけには容赦ないしな。そもそも、表の顔を見ている人間が少ないだけだが。
 普段は微妙にのんびりマイペースってキャラ付けしているから、よりギャップが激しい。
 まあ、存在しない人格の話をした所で意味はない。

「了解しましたーっと。あー、こいつら、ただの被害者の確立――九割ってとこか」

 相手を見る。九割、そこそこ高い数字だ。

「高いのか?」
「高い、高い。滅多にねーもん。それと文句言うな」
「誰が『俺、運命が見えるんだ』って言い出す頭沸いた自己中心的妄想癖夢想少年のイカレタ言動を信じられるんだ?」
「俺」
「死ね自己中」

 これだから、やめられない。やっぱりこいつもトチ狂っている。だから、正直に言おう。

「お前も大概自己中だろう。何、俺は常識的な人間だ発言してるんだ? 違うだろ、将来の夢は桃太郎さん、口元酷くつり上がってるぞ」

 桃太郎。正義の味方。悪い鬼達をやつけて、平和をもたらした日本においてヒーロー的な存在。
 幼かった良哉はその話を読んだ次の日、すぐに桃太郎に成りたいとのたまったらしい。
 ちなみにソースは良哉の母親だ。本人に聞いたら速攻で木刀で殴られるから、本人から聞き出すのは不可能に近いしな。
 そして、その時読んだ絵本を見て納得――ああ、これは目指すはずだな、というのが真っ先に思った感想だ。
 
 第一に桃太郎は突然に鬼を退治する事になった。鬼の悪事に対する描写がない。
 第二に桃太郎はやはり問答無用で鬼を殺した。

 どこにでも有りそうだがこの条件を満たしたこの物語は誰かにとっては理想的な話だ。
 少なくとも狂人石原良哉にとってはもっとも待ち望む物語。彼の思い描く理想に近い。
 でも本当の桃太郎は違う。鬼が悪事をしていたから殺したのかもしれない。

 笑ってやる。それがどうした。何だ? 意味があるのか?

 そう、要は石原良哉の見た桃太郎は、鬼を鬼という理由だけで殺した事にある。だから、この事実だけが彼にとっての真実。
 そして、何度も言うが、これは石原良哉の理想なのだ。

 悪を悪という理由だけで虐殺したい。殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くして、増えたなら減らし続けて、一生、永遠、生涯を賭けて、殺して、殺して、殺して、その手に数え切れない血を浴び続けるために、悪が憎いから、憎む悪と同じように私利私欲の限りに殺し続ける。

 何と言う矛盾。意味不明を通り越して、理論も道徳も倫理も全てが蚊帳の外。悪が憎いから殺す、その一点だけで動く木偶人形。
 悪鬼虐殺者であり桃太郎を夢見る青年。ここまで、ぶち壊れた人間はそういない。だから、好きでたまらないのだ。

「あれ死ぬのか?」

 木刀の先には泡を吹いているどうでも良いものが居た。正直、泡を吹いて目が血走ってるあれが死のうと興味がない。
 だが、トリガーとしての役割には十二分に使える。そう、石原良哉の悪の選考基準をクリアするために。

「ああ、死んじまう」

 選考基準は一つ。相手が理不尽に殺人を犯すかどうか。過去に殺人を犯した人間には反応しづらいが、その現場を見た状態にもっとも反応する。
 正体不明のおっさんに絡まれたときは正直遊びと同じだった。たが、今回はそれを上回る。
 若干本当に殺してはいない点で落ちるかもしれないが、大体は変わらないだろう。

 つまり、今――――その選考基準がクリアされたという事。

「何勝手に殺してんだ――いい加減、反吐が出る」

 周囲一帯に響く呪いの祝詞。丁寧に呪詛を編みこみながら、その一音一音に殺意を乗せ響かせる。
 辺りに殺意が漏れ出す。濃いを通り越して殺意が大気に取って代わったように感じられた。
 だが、これは殺気を撒き散らすための物ではない。この呪詛は内に向かって放たれている。
 即ち自己所懐による『発動』。自分という存在をより強く認識する事で到達する極地の第一段階。

―ああ、悪が憎い―

 そして、殺意が爆発する。ナイフを今にも突きたてる寸前かのような殺意が敵へと向けられた。

「花と話す男ってのは、可愛そうな光景だな」
「くだない事を言うな、死ね」
「はいはい。でだ俺はいつまで避け続ければいい? 手っ取り早くこいつ等一掃してくんねかなーっと」
「お前も協力しろよ」
「嫌に決まってるだろ。俺がやったらキレるくせに」

 バカみたいに落ち着いて喋っているが、その間に敵が攻撃の手を休めている訳ではなかった。
 そもそもあいつ等に自我が残っている確立、二割位と低いから、そんなこちらの意図を汲んでくれるなんて事をしてくれないだろう。
 それに殆どオートって事も分かる。だから、パターンが決められているので避けるのに苦労しない。
 しかも、それ程攻撃の理が強くないため全体の当たる確立が三割超えなきゃ避ける必要性すらなく、俺はこの場で生存し続けるのに殆ど突っ立ってる状態でも問題にならなかった。

 そして、勿論良哉の方にも攻撃が向かっていた。だが、朝日を行かせてから、既にキレていたようで不思議エネルギーに守られているらしい。
 原理は正直理解できていない。大体感覚であの力が何なのか分かるが、知らない限り本当には理解できないだろう。いつでも知る事は出来るだろうが。
 今の所、予想の候補として挙がっているのは生き物としての力だ。
 しかし、取り合えず俺にとって重要なのはそこではなく、石原良哉の異常性だけだった。
 あいつの行動を観察していると観れば視る程、本当に興奮できる。
 堪えようもない高揚によって隠し切れない笑みをどうにか自制しながら、平常心を保つよう努力した。
 本当に良い。完璧だ。初めて会った時、あいつが俺の求めていたものだと理解に掛かった時間は刹那より短い。
 アイツと行けば、必ず弾き出されると言う事を理解できる。それが世間なのか、大きく出て世界なのかは分からない。だが、はじき出されると言うのは事実だけを俺は確信し狂信している。



第一章『影の無い男』――secret『Jupiter believe fanatically』



 本当に見ていて飽きない。これは笑うしかないだろう。
 だってあいつ、敵の猛攻に対して――――微塵も一切、避けようとしていないのだから。
 石原良哉は歩いていた。歩調も乱さず。歩く速度はいつもと同じ。
 ツタが数十の束になって幾つも襲い掛かる事態に困惑も躊躇も恐怖も感じず。ただ自分の衝動だけの感情しか待たず突き進む。
 肩をツタが貫いた。勿論、憎しみの意思によって覆われている良哉の肉体を抉れるはずもなく、ただ衝撃を伝えるだけだ。
 ツタが腹を貫いた。勿論、貫通はしない。しかし、ツタは単体でコンクリートを抉るほどの威力を見せたはずだ。
 貫通力を抜きにしても、束になったツタの衝撃は石を本気で投げつけられるのとは次元が違う。
 だが――石原良哉の歩く速度は変わらない。それはおろか仰け反る事もなかった。
 それは別段、彼の能力が次元違いなのではない。それだけの事を成し遂げるには対価が必要だ。
 要は衝撃を身体に溜め込んでいる。力をどこかに伝えることなく。自分の肉体のみに留めて――自分の肉体を破壊しつくす。
 別に彼はそんな事をせずとも仰け反るだけでダメージを負うこともない。それにも拘らず、それを成す理由は一つ。
 彼は悪を憎んでいる。なら殺しを行なおうとする自分自身もその対象なのだろう。
 ただ、それだけだ。それだけの理由で、自分を差し出す。そもそも、自分の存在を認識しているかも怪しい。
 言うなれば彼は昆虫と変わらないのだ。本能だけで生きていると断言してもいい。

 眼球に来たツタでさえ逃げもせず。瞬きすらせずに、操られている男達よりも血走った目をしながら、ようやく一人目の男まで到達し持っている木刀を構えた。

「死ね。死ね、死ね、死ね!! 殺してやる!!」

 そして笑い声と共に愉悦に染まった顔をしながら木刀を振り抜いた。
 太刀筋は一線。強度に阻まれる事なく断ち切る。固い感触もなく、所詮は植物といった様子だ。
 だが、それだけでは終わらない。まだまだ、敵はいる。残り四回。

「フ、フフッ――――後、四回も味わえる」

 悪を殺す楽しみを。殺したい、悪を憎んでいるから殺したい。殺すその瞬間は絶頂に近い感覚だった。
 脳が薬を使ったように色々の物質が流れ出し、留まる事を知らない。

「これだ」

 その様子に見入っていた男。新井信二が、最高の芸術品を見たような虚無感を持ちながら呟いた。
 変えがたい美しさ。彼にとっての美とは異常性であり、この世において少数派であればあるほど信仰する。
 だが信二は知ってた。探せば石原良哉と同じレベルの精神障害者など見つかる。
 ならば、何故信仰するのか? 理由はその異常に見合った能力を持っているためだ。そうなれば、該当者は殆どいない。

「フッ、フフッ、ハッハハハハハハッハハ! これだ。これなんだよ!! 最高だ!! これでこそ俺が認めた最高の少数派。
 何だよ、まったく本当に、完璧だろぉこれ。なんだ、なんだ、なんだ、どこまで来る? ここまで来るのか? ここまで来てくれるのか、相棒!?
 速く、速く、速く、速く上って来いよ。殺すんだろ、悪を、少数派を、殺人を犯した異端者を。
 自分も同じ畜生だから、自分を殺してそれでも悪を殺し続ける。ああ、いいぜ、本当に――完璧だ」

―この世の悪になりたい―

 その言葉は新井信二の渇望であり夢だった。

 自分の枷が少し外れかけたその時、一瞬でも信二への警戒度が最大限に上がったのだろう。
 今まで殆ど良哉に向けていた攻撃が急に矛先を変えて信二に襲い掛かった。
 今までは大半が良哉の方に行っていたため、その量は今までの比ではなく、もう避ける避けないの次元ではない。
 命中確立が九割を軽く超えている。
 ただ、あくまでも信二がまともに動いた場合である。なら、まともではない状態では?

「おい、何邪魔してんだ」

 震え今にも泣きそうな懇願する声を出しながらも表情は怒りで染まっていた。
 誰にでも譲れない物がある。それを犯された人間の行動として間違っていない。
 ただ、その思いが狂人の妄執であり、ある意味もっとも一途な思いの為その激情は収まる事を知らなかった。

「消えろよ」

 迫り来るツタは道を覆い尽くす程の面制圧を掛けたはずだった。なおかつ周囲に一体までも範囲に括った攻撃は間違いなく必中。
 だが、一瞬。瞬きよりも速い時間で信二は一番近くに居た男の頭を片手で握っていた。

「本当に何邪魔してくれてんだよ!!」

 叫ぶような声を上げながら、今だ愉悦の表情を一部も崩さず笑いながら花を木刀で切っている良哉を指差した。

「最高だろ。完璧だろう。だったら何で、もっとしっかり見ない? 見ろよ、観ろよ、視ろよ!!」

 見るからに最高だろうと最後緩やかに呟きながら握った片手に力を入れた。
 軽々と大人一人分の重さを片手の力だけで持ち上げて行く。この怪力はどこから来るのか?
 外見上の変化はない。しかし、もう一方の片手に握られている拳銃が確かに現実として握られていた。
 だが所詮普通の銃などこの二人の事を考えると見劣りしてしまう。しかし、筆頭すべきはその銃の変わっている点だ。
 その銃にはリボルバーが付いていない。それはつまり入れる弾以前に入れる場所がないと言う事だった。
 だが、その危険度はあらゆる意味で飛びぬけている。強力さの次元を超え、もはや戦略兵器に等しい。

 異常な怪力を持って信二は男の顔を地面に叩きつけた。寸前で自分のしている事を認識し、慌てて威力を弱めたが致命傷だ。
 取り合えず乗用車に跳ねられたレベルまで抑えたが、病院に連れて行かない限り助かる事はないだろう。

「あー、やばいな」

 ヤバイ、とにかくヤバイ。今までの説明で分かっているだろう。石原良哉はもっとも殺人を犯す脅威度が高い奴に最も反応する。
 では、この場で一番危険人物は誰か? 無論、ハイパーかっこよくて最強である俺しかいない。

 背後に極限の殺気を叩きつけられる。振り返ると、さっき以上にハイになっている良哉が居た。
 仇敵を睨みつけるような表情だ。もっとも俺の夢はこの世の悪になることなので仇敵には違いないが。

「何勝手に殺してんだ――いい加減、反吐が出る」

 二度目の言葉。奴は俺にだけは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。現に今の状態は奴にしての本物の悪を見つけた時なのだろう。
 その後続く呪詛の言葉によって憎しみが重ね掛けされた。つまり発動の先、自己変革による『革新』。

『魔骨ハ悪ヲ憎ミタリ』

 石原良哉。彼だけの理、彼だけの現実が世界の法則を侵食し始める。

「じゃ、俺、これ病院に届けてくるから」
「分かった、死ね」

 会話通じてねーよ。寄って来るなって、取り合えずもっと周りを気にしろよ。お前、後ろから狙い撃ちされてるぞ。
 まあ、らしいといえばらしいか。

「ワタシガ、殺シタノデハアリマセーン」
「分かった、死ね」

 同じ言葉を繰り返すってのがより怖さを増してるな。木偶人形って感じではあるが。

「じゃ、失敬」

 倒れていた奴を担ぎ上げ、一気にその場から加速し病院を目指した。島の外の救急病院まで行かなければ助からないだろう。
 別に助けたい慈愛精神なんて持ち合わせていないが、自分で言った事だ責任ぐらいは取る。
 助かる確率は六割とそこそこ高い。五割を超えるとよっぽどの事がない限り外れないので大丈夫だ、たぶん。
 しかし、それよりも病院を探すほうが面倒だ。分かれ道でいちいち救急病院に行く道である確立を視て確かめなくてはいけない。
 だが、今はこの最高のショーを見逃すのが惜しい。とにかく最後ぐらいは間に合うように速度を上げた。
 車など人が停止して動いていないように見える速度になった辺りでようやく目的地に着いたようだ。
 すぐに人目につくように病院内に投げ捨て、良哉のいる場所に戻る。


side Momotaro secret


 ここからは彼について語っていこう。

 彼は発狂している。彼は狂っている。いや、狂ってはいないのかも知れない。
 ただ極限まで研ぎ澄まされた純粋な思いは周囲の誰からも理解されないだろう。それが集団で生きる上での倫理よ道徳から外れていればなおさらだ。
 そして、彼は何も考えていない。思考していない。本能だけで生きているだけ。
 なぜなら、思考とは様々な事を模索する行為であり、何かを生み出す行為に他ならない。頭の中で幾ら復唱しようと生み出せなければ意味がないのだ。
 だから、彼は何も考えていない。普段ですらも模範的な行動を示すだけ。ただ、一つの例外を除いて。しかし、それを語るのは今ではなく、いつの日か彼がそのこと自覚した時点で物語となるだろう。
 だが、何も考えていない彼は復唱だけはしている。どこまでも堕ちる為の祝詞。沈むためにしか存在しないそれを口で、言葉で、心で、頭で復唱し続ける。

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――悪が憎い――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――悪が憎い!!――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――何のために? どうして?――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――そこに至るための経緯、感情、理由それは何?――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――ちゃんとある。愛されたかった。いや、愛して貰っていた。なのに――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――どうして奪われたの? 僕はただそれだけで、愛されているだけでよかったのに――
 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――奪った悪が憎い。だから殺す。そう、だから殺した――
 虚無感、絶望感、存在意義、満たされない、乾いた、欲しい、安心したい、でも――収まらない。
 憎い憎い、悪が憎い――憎い憎い憎い憎い――なぜ、収まらない? 大切だった。それが自分にとっての世界だった――
 憎い、憎い憎い、悪が憎い――だったら奪われたのは世界と同義。ならば世界に蔓延る理不尽な悪、その全てをもっても釣り合わない――
 悪が憎い。何、勝手に殺してんだ――いい加減、反吐が出る。

 故に滅ぼし尽くそう。この世に、この世界にある理不尽な悪のすべて、ほらだから、自分は間違ってなどいない。


 だから、彼は狂人としか生きられない。
 自分を絶対的に正しいと盲信している。なぜなら彼の世界は既に瓦解して形を成していない。
 つまり、常に世界は壊れた世界でしかなく、彼の感情以外は壊れた世界と繋がらなく、干渉できない。
 故に彼は間違っていない。ここの話においての世界とは相対的な判断基準の基盤。それが崩壊している時点で判断基準が壊れている。
 否定する要素を認識する事が不可能なのだから、彼の世界は善悪その全て彼の感情と同義となり、結果彼はどこまでも盲信し続ける。 

 朝日葛葉が自らを奮起するためにかけた言葉。

『出来ると思えばできない事はこの世界にはない!!』

 その盲目的で危険な妄想。狂信するほど現実を犯す。意思というマナを以て世界を凌駕する。その体現者がここに覚醒した。

 体が変わり、その身体は骨の硬度となる。
 だが、これは違う。方向性はあっているのだが少し違う。心の底でそう直感が叫んでいる。
 肉体は本当に必要なのか? 本当はこのようなはずでは?
 だが、今はこれでいい。この力があれば、奴等を見殺しぐらいは出来るだろう。




side Jupiter




「あーあ、間に合わなかった」

 四人の人間が倒れている中、少しボロボロになり少量の血が付着した服を着る青年が居た。
 左腕が奇怪な方向に曲がっているが、大して気にした様子がない。あれが、ほっときゃ明日にでも治るのだから、ツクヅク化け物と思う。
 周囲を見渡してみると青年の足元には花の残骸が無残に残されており、ショーは終幕を飾った事を告げていた。

「帰って来たか」
「チッ、おかげさまでお前の勇姿を見忘れましたー」

 イラつくように行った皮肉の言葉も動じず良哉は続けた。

「どこまで行ったんだ?」
「救急病院、島の外だ。距離はあんまり覚えてない」
「この時間で島の外か。つくづく化け物だな、お前」
「褒めるな、褒めるな、調子乗るぞ」
「調子乗って、死ね」

 この子はやっぱり再教育が必要です。語彙が少ないです。口を開けば死ねだの黙れだの殺すだの、物騒すぎます。

「この道の先に操っていた奴が居るんだよな?」
「だろうな」
「分かってるな」
「分かってるって、行くしかないに決まってるだろ」

 若干、興奮しているが良哉はそれなりに普通の状態に戻ったようだ。
 しかし、相変わらずピリピリとしたいつ襲い掛かってくるか分からない殺気を出している。
 俺が気を抜けば、襲い掛かってくることもありえる。もっともそんなヘマ起こす訳がないんだがな。

 この先に敵がいる。とは言え

「もう終わっているかもな」

 視るまでもなく、その様な気がしてならなかった。



6/5 あとがき

次回で一章完結とオリジナルのほうに移動する事になると思います。

それにしても今回は内容が、かなり頭悪いなー、もうちょっと何とかなるはずなんだけどなー。でも、まあ取り合えず頑張って行きます。





[13068] 美しきは影の花
Name: 矢沢 一男◆0fb24dc6 HOME ID:3fdfd072
Date: 2010/08/05 12:44
 島に無数に存在する廃墟の一つ。その中で、一つの悲劇が創り上げられつつあった。
 それは、親友を助けようとする健気な少女を―――――――親友に殺させるという無常のドラマであった。



 状況の最悪さは、もうどうこう説明できる物じゃなかった。

 自分はガチガチに拘束されて、身動き一つ取れそうにない。確認した所、直接縛られている訳ではない様だ。ただ、影に巻きつく様に影のツタが存在している。
 順当に考えればこれが私を拘束しているのだろう。振りほどきたいが、打開策を見出せない。唯一できる有りっ丈の憤りと怒りを込めて睨み事。それ以外には何もすることは出来なかった。

「それじゃあ、カオリ。殺しなさい」 

 趣味の悪い拘束具が解け、ぐったりしていた筈の香織が動き出した。
 黒い長い髪が邪魔して顔が良く見えないが、同じ状態の人間をここに来るまで何度も見てきたのだから、容易に想像出来る。

「随分、静かになったわね。口まで動けないようにはしていないのだけど」

 一歩、と香織が歩き出す。憎たらしい顔をしている女の横を抜けて、また一歩と近づいてくる。
 私は――それに対して――何も出来ない。

「その顔に宿るのは、諦め? 絶望? 希望……はないわよねぇ。だったら、悲鳴を聞かせてよ」

――――やめてください。もう、それ以上汚い言葉を言わないでください。

「ごめんなさいは? 助けてくださいは? 何なら、この子を殺してもいいから、私を助けてくださいって言ってみる?」

――――現在任務遂行中、規定外行動禁止。

「そんな感じの取引なら、快く引き受けるわ。だって、それも悲劇に違いないもの」

 絶対にそんなことをするものかと、憤怒していた。怒りを通り越して、殺意さえ抱きそうになる。
 嫌味ったらしい笑みに吐き捨てる言葉は最低に違いなく、また一歩と近づいてくる香織をどうすることも出来ない私もまた最低だと罵った。
 なにか、なにか方法は、この状況を打開する何かが、それは――――当然、私は持っているわけがなく。
 だが――

「出来ないの? 出来るでしょ、助かりたいでしょ? ふっ、はは、あははははは――――――ッ!」

――――本当に、これ以上葛葉ちゃんを悲しませるような事は……させるものか

 これまで、何度も奇跡とも言えるタイミングで奇跡を起こし窮地を潜り抜けて来た。
 しかし、これは違う。完全に計算された必然と言うべきものだった。

 その時、私は唖然としていたと思う。思うというのは、本当に何も声に出す事が出来なかったし、本当にコマ送りの映像を見ているように感じたからだ。
 始めに驚いたのは、一歩一歩踏み出していた香織が行き成り、反転し走り出した事。そして、次に意識を向けた時にはあの女が吹き飛んでいたのだった。

「カオリちゃん。まずいって、エイタ君まだ準備中なのに」

 影の少女が慌ててそう言った。しかし、香織はそれに大して当たり前のように答える。

「大丈夫です。なんとなくこのタイミングだと、分かっていましたから」

 それと同時に微かな音が響き渡る。そして、それに続くようにして、次々と大きな破砕音が響き渡った。
 破壊されたのは周囲に備えられている照明。それが何らかの力で破壊され、照明を破壊しバランスを崩したそれは落下していく。
 しかし、周囲は暗くならない。ただ、一つだけ残っていた。そして、その横に立つ男が一人。

「カオリ、完璧なタイミングだ。よく分かったな」
「伊達に二人でホテルに入った仲じゃありませんから」
「あのね、どうして私を無視するのかな。ウザイから? ねぇ、ねぇ、ウザイからなのかな。どうして、私数に入れてもらえないの」
「カゲミ、少し口を塞げ」
「影に口はありませーん。だから、ふさげませーん。だから、喋り続けるぜ。あれ? でも、このまま喋り続けると、ウザイと思われる? 抗議する為に喋りまくると、ウザイ? あれ、私はウザイと思われたくないんだよ、ホントだよ。後このやり取り、何度も続けて訴えかけたいよ。でも、それってウザイよね……………どうしよう?」
「だったら、しゃべるな」
「それを言ったら、おしまいだぜ。エイタ君」

 唖然とする私は、ただ余りにも予想外の事だったのでその様子を見ているだけしか出来ないでいた。
 しかし、女の方は怒りが驚きを上回っていたらしく、立ち上がって男の方に視線を向けていた。

「お前は――」
「我、影をもって影を討つ者なり」

 二挺の拳銃を直し、その男は悠然とそう言い放った。その姿がカッコイイのは間違いないが――
 だけど、その前の会話で台無しだと思う。
 



第一章――No.6『美しきは影の花』




 その出来事の数分前。香織は本当に意識を落とし、リコリスの傀儡となっているのは間違い。
 しかし、本当に何も出来なかったのかと言うと間違いであった。その理由は彼女の影にある。
 あの時、エイタは香織を置いて敵の調査に出かけた。そう、出かけたのはエイタ"一人"。
 つまり、彼の半身に当たる影、カゲミは香織の影に紛れ込みこの状況を待っていた。
 そして、エイタがこの廃墟に潜入したことを確認したカゲミが香織の意識を覚醒。
 その時は香織の体は自由ではなかったが、作戦の最終段階に入ると同時にカゲミが拘束をいつでも破壊できるように仕掛けていたのだ。



 私は回想する。あの時に知らされた作戦だ。
 私が一発でもいいからビンタをかましてやりたいという思いを汲んで、エイタさんがそれをやった後も対処できる作戦を考えてくれた。
 まず、私が操られた振りをして、カゲミさんに起こしてもらう。そして、エイタさんの準備が終わると同時にカゲミさんが私に伝えて、行動に移るという物。
 こう、考えると単純だが、色々と障害があった。その中で最も大きかった壁が、私が敵に攻撃を与えられるかという事。それが一番重要だった。

 しかし、思いのほか上手く行きそうだ。

「その顔に宿るのは、諦め? 絶望? 希望……はないわよねぇ。だったら、悲鳴を聞かせてよ」

 心が叫んでいた。これ以上は口を開かせたくない。これ以上、好き勝手にやらしたくない。
 マナは思いによって加速する。生命の根本であるマナ。それが、本来の勢いを超えて大きくなれば、どうなるか簡単に分かるだろう。
 例えるのなら川だ。川の水は生命の源である。それが、勢い増し、量も増えれば、その川は一瞬で攻撃性を持つ。
 都合のいい事に私の技能は自分に関連付けられれば、大抵の事を一瞬で理解できるようになる、と言うものらしい。
 そして、私は一度マナの回転をしている。その時の感覚はちゃんと憶えている。回転のイメージも出来ている。
 後は、思い。強い意志を持つ事。だけど、それも、この怒りがあれば足りると――理解できた。

 くだらない言葉が頭を過ぎ去っていく。そして、エイタさんが準備を終えるのが、なんとなく理解できる。

――――現在任務遂行中、規定外行動禁止。

 カゲミさんがいつもよりも無機質な声で制止を呼びかけるが、私にはエイタさんが準備を終わる時間が分かる。
 だから、それに合わして動き出した。


 全力でマナを回転する。思いは怒り。それを糧に回しつくす。それも右手に集中して。
 最初は女の子らしくビンタと言ってしまったが、今ではそんな生ぬるい事はできない。手を硬く握り拳に強く思いを込める。
 私が方向を変えて走り出した事に女は驚いているようだ。だが、そんなこと構うことなく接近し。
 この状況を見越してなのか、エイタさんにマナを使った攻撃の練習として教えられたフォームで拳を振るう。
 足腰を入れ、一直線に顔へ拳を叩き込んだ。一瞬、何かに阻まれたが、それもぶち壊すように突破し、本気で顔面を殴った。
 殴られた相手は面白いように吹き飛び、私はその姿を見て自分の怒りを一度静める。あくまで、私に許された行動はこれだけ。
 後はエイタさんに任せるのが一番だ。

 そして、香織は後の始末をエイタに託した。


 これ一連の状況の原因をリコリスは理解したが、どうしても納得できない部分があった。
 しかし、こうなってしまっては仕方が無いと考え、思考を入れ替える。
 そう、自分が表に出るのだから、護衛の人間は大量に連れ込んであった。それを使える空間に敵がむざむざと入り込んできたのだ。
 これを利用しないてはない。それに向こうには一般人が二人。一人は魔力の壁を抜けて攻撃を仕掛けてきたが、魔力は持っていない。
 つまりは、これほどの足手まといは居ない。ならば、状況はあくまで自分に有利な筈だと考えた。

「ねえ、あなた。私の名前は知ってる?」
「ここで今聞く必要はない。後で幾らでも聞けるからな」
「そう、でも言って上げるわ。私はリコリス。私の能力は確かに諜報向きだけど――攻撃手段がないわけじゃない」

 リコリスとは彼岸花。仏の花であり、その花は全て毒その物であり、この花を食べたものは彼岸しかないという。

「接続・我が手足【Access my slave】」

 現れる傀儡の人間たち。人数はざっと廃墟の周りを取り囲むほどだ。
 しかし、それを見計らっていたかの様にエイタが一枚の紙を広げた。それを照明の光に当てるように、影が出来るように紙を当てる。
 この為に光源を一つにしたのだ。なぜなら、影が他の光で消える心配がなく――映る影は俯瞰するエイタ以外に全容を把握する事は難しい。

――――影絵操術『鬼蜘蛛』

 影が徐々にその姿を形成していき、足のような地面との接触部分はその質量でミシミシと音を立てながら亀裂を走らせる。
 そして数秒後、浮き上がったのは蜘蛛だった。しかし、その大きさは化け物と呼ぶに相応しく、それなりに大きい廃墟の空間の半分を埋め尽くす。
 その大きさに仲間である香織でさえ驚いて、唖然としている。葛葉の方はもう混乱して、うがーーーーーーと何か叫んでいた。

「伊達にマナを溜めて準備をしていた訳ではない。蹴散らせ(Sweep)!!」

 操られた人間から出てくる影の花を、六本の足を使い器用に蹴散らしていく様は正に壮観であった。
 同時にこの場に居る人間は否応なくその姿に目を向けてしまう。しかし、リコリスは僅かな雑念を振り払い冷静に状況を確認した。
 このままではジリ貧なのは確定だ。影の強さは、まず大きさで質量が決まり、影の濃さで質が決まる。つまり、あの影はそれなりに完成形だといっていい。
 だから、真正面から挑むのは幾ら毒を以てしても不可能だ。ならば、やはり周囲を巻き込んで、自分は撤退するのが最善だろう。
 次々と影の花は消されているが、それでも数は足りている。自分の持つ一つの攻撃『毒』を周囲に撒き散らしてやれば、男達はこの場に居る人間を助けるだろう。
 リコリスは迷いなく、影の花に命令を叩き込む。

「撒き散らせ猛毒『曼珠沙華(マンジュシャゲ)』!!」

 勝った。そう思い唯一の光源にいる男の方を見る。しかし、そこには姿がなかった。
 何所だと慌てて探すとすぐに見つかった。なぜなら、超近距離に居る。立っている。銃をこめかみに近づけ、そこに居た。

「なっ!」

 音は? 気配は? どうして気づけなかった。
 少なくとも設置してあるライトは三メートルはある。にも拘らずそこから降りて、音を立てないなど。
 加えて光源の近くに居ると言う事は、即ち影ができるという事。それは致命的に動きをこちらに伝える筈だ。
 その疑問に答えるようにエイタが呟く。

「元より、俺達はそういう存在だ」

 大規模な資本を持ち、この世に存在する名家の一人『領袖家』。その私兵である遊佐影太。
 『帝京』に存在する統合異能組織に籍を置かず、ただ領袖の兵となるものが、普通の異能者ではないことなど当たり前だ。
 基本的な異能力に関わる問題は、組織に任せれば良い。それにも関わらず向かわせるのは、それは私的な問題を解決する他にはない。
 つまりは、暗殺、偵察などのエキスパート。裏社会の更なる闇で任務をこなす人種である。ならば、音を立てず姿を消し、走り、殺すなど造作もないのは当たり前だった。

 そう、つまりは影の蜘蛛すら囮。その一瞬の意識の空白にエイタは一切音を立てずに移動していたのだ。

 影の花から毒が流れ出る刹那、エイタはエアガンを発砲する。BB弾は敵の脳を揺さぶり、吹き飛ばした。
 銃弾と違い貫通はしないので死にはしないが、それでもこの距離で放たれれば相当なダメージになる。

「カゲミ!」
「分かっていますとも」

 吹き飛ばされたリコリスの体に向かって、カゲミが走り出した。
 狙いはリコリスの『影』。そこが全ての『種』を操る司令塔の役割を果たしている。カゲミはリコリスの影にまで近づくと、その中に入り込んだ。
 基盤となるプログラムのような物は、本来漠然としか分からないものであるが、影である彼女にとっては正しく認識できる。
 それを手繰るように見つけ、彼女はそれを破壊しつくした。そして、それと同時に今にも毒を吐き出す直前だった花たちが一斉に動きを止めた。

「へっ、へっーんだ。カゲミちゃんにとってはこの程度造作もないことよ」

 勝ち誇るように言うとカゲミはエイタに近づいていき、再び彼の影となった。

「ここで尋問してもいいが、あくまで俺の任務はこの島の調査だからな。仕方が無い」

 それだけ言うとエイタはエアガンを再び構えて、悶絶しているリコリスに向けて容赦なく何度か発砲した。
 狙いは全て頭や顎と言った直接脳を揺さぶる部分だ。それをマナの込められた弾で狙われるのだから、意識を落とさないわけがない。

「うわ、容赦ないね」

 それを見ていた葛葉が呟いた。既に拘束は解かれていて、地面にぺたんと座っている。
 続いて、エイタが香織の方を向きなおすが、香織も同じように座り込んでいた。

「どうかしたのか、カオリ?」
「ちょっと、腰が抜けちゃったみたいです。結構怖かったんですからね。あの時は、勢いだけで行動してましたから大丈夫でしたけど」
「そうか、気は晴れたか?」
「はい。気は晴れました」

 香織が笑顔で微笑んだ。そして、エイタは――――即座に唯一の照明をエアガンで破壊した。

「えっ、何? どうしたの」

 唯一、状況を理解していない葛葉は慌てるが、すぐにどうなっているのか理解した。
 聞こえるのは、風を切る音。断続的に廃墟の地面を削り立てる音は、間違いなく何者かが走る音だった。
 照明が点いていた時に把握した敵の位置を、駆け抜けて来た何者か既に把握している。そして、この場で誰も動いた気配がないことを何者かは獣じみた感覚で理解していた。

「―――――そこだ!!」

 射程まで移動すると一切の間を置かず、振るう。その手に持つ棒状の何かが空間を断ち切るが、その場所にエイタは存在しなかった。

「――チッ!」

 エイタは穏行のエキスパートである。影使いとしての能力は一切使う事はできなくなるが、それでも完全な暗闇においては戦闘能力は著しく低下する事はない。
 エイタは背後からのエアガンで何者かの背中を叩きつける。加減はしているが、普通ならば一時的に行動不能になる程度だ。

「ガ――ッ!」

 呻き声が漏れる。だが―― 

「―――見つけた」

 しかし、あろう事か一切ダメージを食らった様子もなく、背後を振り返り棒状の何かを振るう。
 エイタはバックステップで避ける最中、棒状の何かが木刀である事を悟った。しかし、所詮敵の武器の距離が分かった程度だ。

――エイタ君、やっぱりこの人天然ものだよ!! うっわ、初めて見た。居るもんなんだね、こんな人。

 カゲミが木刀を持つ敵に感心するがエイタにとっては厄介でしかない。

――やはり、そう思うか?

 カゲミが話していることは、相手のマナの使い方だ。通常、マナの使用は基本的に回転をイメージする事が大切である。
 いや、意識する事が前提条件なのだ。稀に世界がバックアップに回り、無意識に発動できる事があるらしいが、この敵はそれよりも珍しい事をやってのけている。
 完全無意識下でのマナの運用――エイタ達の師匠ですら出来ないといわれる芸当だった。

――勘って部分が大きいけど。マナの扱いが出鱈目、正直感覚っていうよりも、無理やりって感覚が強いからね。

 成る程とエイタは納得し

――ならば、手加減はいらないか。多少怪我しても、その内治るだろう。

 そして、敵が再び攻撃にでる刹那にエアガンが連射された。無数のBB弾が敵の体を襲う。
 だが、それでも男は向かって来た。タフだなと思いつつもエイタはこの手の相手に対する時間稼ぎの方法は心得ている。
 突進してくる敵の懐に入り、今にも振り切ろうとする腕を掴み上げた。そして、有りっ丈の力を込めて投げ飛ばす。
 幾ら筋力を強化しようと根本的な体重まで変えられる能力者は少ない。つまり、敵は無防備なまま一気に向かい側の壁に叩きつけられていた。

――俺は香織を連れ出す。

 それだけで二人は意思疎通を完了して、別々の方向に走り出した。エイタは香織の方へ向かい背負い上げると一目散に廃墟の外へと向かう。
 一方、カゲミもすぐさま物体を触れられる実体となり、気絶しているリコリスを拾うと葛葉の方まで向かっていった。

「こういうのは面倒なんだけどなー」
「ちょっと、どうなってるのこれ?」

 葛葉がそういうのも無理はない。今まで点で状況を理解できていないのだ。しかし、カゲミがこの場で悠長に教えるはずもなく。

「あのね、ちょっと手荒な事するんだけどさ。大丈夫? うん、大丈夫だ」
「えっ!? 何? ほんとに何なの!?」
「とにかく…………なんだよ。だから、大丈夫」
「いや、全然わかんない」
「今から私達あーなって、こーなって、びゅーんってなって…………ジュギュジャってなるの」
「いや、最後が全然分からないって言うか、まったく分からない」
「レッツゴー」

 カゲミは葛葉の話をまったくと言っていいほど聞かずに、『語り』を始める。
 その声を震わす先は世界。世界の力を莫大なエネルギーを持つ魔力を使い発動させる。
 西洋魔術と呼ばれる魔力を持つものにだけ許された力を呪文を語り選別。この状況にあったものを選択する。

Specified space,Specified thing,Teleportation.
――我が手に包む宝石を神の翼もて、運べ

 出現した魔法陣が光を発し、その空間にいた三人の人間が光に飲み込まれる。そして、光が消えた後には跡形もなく三人のは消えていた。






 一方、エイタと香織も何事もなく廃墟を脱出していた。どうやら、襲撃した人間は追ってこなかったらしい。
 香織はエイタに負んぶされながら、家へと向かっていた。香織は始めは複雑な体勢で運ばれていたが、ある程度距離を確保できた時に背に負ぶる形に変えた為だ。

「カゲミさん、置いてきましたけど大丈夫なんですか?」
「俺の質問に答えてくれるなら、構わない」
「分かりました。まあ、なんとなく、言いたいことは分かるんですが」
「それなら、話が速いな。これからも協力してくれるか? 無論、危険な事には突っ込ませない」
「そこは景気よく『俺が守ってやる』ぐらい言ってくれないですか?」
「…………あくまで、任務が優先だ」

 香織は女の子よりも仕事を取るんですねと冗談を言いながら微笑んだ。エイタからは顔は見えないはずだが、そうしている様子を違和感なくエイタは想像していた。

「もちろん、お手伝いしますよ。友達ならば当然です」
「会って数日で友達か、速いな。これなら、友人を増やすのに苦労はしなさそうだ」
「いいえ、絶対苦労します。エイタさん、一見まともに見えて完全に変人ですもん。私みたいな人間しか友達は出来ませんよ」
「それは……試して見ないと分からないだろう」
「確かにそうですけど。でも、数日で結果がでるので、期待しておきます」

 間違いなく香織が期待しているのが、友達が出来ない事だがエイタは口に出さなかった。
 そう言えばと思い出したエイタが、カゲミがどうなったかを説明し始めた。

「俺に影がないのは話したと思う」
「はい、それぐらいなら聞きました。カゲミちゃんが今の所エイタさんの影であることも」
「そうだ。影使いは、肉体と影でそれぞれの性質をもって別れている。それと同時にもう一つ別れているものがある訳だ。
 魔力とマナ。陰である魔力は影に宿り、陽であるマナは肉体に宿る。そして、西洋魔術を発動させるには、燃料として魔力が必要だ」
「つまり、カゲミさんは西洋魔術とやらを使って、脱出できると?」
「そういうことだ。基本魔力の方がマナより、ずっと効率がいい。しかも、溜めが余り必要なく、発動時間が速い。俺ではできない事を出来るわけだ。それこそ、一瞬でテレポートして家に帰るぐらいな」
「確かに私は家に帰らないといけませんけど、エイタさんと他の人達の目的地は一緒ですからね。だから、カゲミさんを残して行ったんですか」

 ひとしきり香織は納得した後、香織は自主的にエイタから降りようとした。エイタもそれに気づいたようで背負っていた香織をゆっくりと地面に降ろす。

「もう、大丈夫です。ちゃんと、立って歩けますから」
「そうか」
「ありがとうございました、エイタさん。それじゃあ、私はこの辺で帰ることにします。家を一日空けて夜遅くに帰ってくるのに、ずっと男の人と一緒だったなんて思われたら、何かと大変ですから」
「そうだな。後、今、この周囲にほとんど人は居ない。だから、帰り道に襲われる事はないだろう」
「分かりました。その言葉、信じる事にします」

 それだけ言って香織は一度も振り返ることなく帰路を小走りで進んでいった。また会う事になるのだからいちいち別れを惜しむ必要がない。
 そう――

「また明日、■■で――」





 香織は既に家の前に着いていた。
 エイタと分かれて五分。その間に気持ちの整理をし、家族には変な顔をしないようにあらかじめケジメはつけている。
 そして、漸く終わったという気持ちを持って、玄関のドアを開いた。


「お母さん、ただいま」

 一つだけ言っておく。あくまで私が呼んだのは母親である。断じて、父親ではない。と言うよりも父親と思いたくない。
 今更反抗期も何もないのだが、一層自分の父親嫌いは治る事がないと思う。断言してもいい。

「オカエリッ、香織!」

 そこに立っていた男は、エイタよりも僅かに背が低く、顔は老けてこそいないが四十歳後半である。
 状況を鑑みれば、間違いなく香織の父親なのだが、香織は完全に無視を決め込んだ。

「お父さん、香織が心配で心配で仕方がなかったんだ。突然、今日は葛葉ちゃんの家に泊まりと言い出して、しかもこんな遅くまで帰ってこないから」

 ばさあ、っと両腕を広げて、さあこの胸に飛び込んで来いと気味の悪いポーズを取るが香織は無視する。
 しかし、それだけで父親の奇行が止まるはずもなく。腕を閉じて、しかも涙を流しながら耐えるように呟いた。

「でもね、お父さんは香織をもう愛せないんだ」

 それだけ聞けばかなり悲しそうなのだが、それでも香織は無視を決め込んだ。

「だって僕は、小学生から中学生までにしか愛せないからさッ!」
「黙れ、ロリコン」

 いつものそれなりに相手を気遣う喋り方は完全に消えうせ、香織は実の父に向かって切り捨てるように言い返した。

「ああ、可愛かった香織は何所へ。そうか、やっぱり歳を取るといけないんだな。糞、人間なんて小学生で成長を止めればいいんだ」

 駄目だ。これは親として最低な部類だと思う。むしろ、駆除されても文句言えない。
 よく、近所の子供と遊んでいて、それなりに近所からの評判は良いが、絶対に危険だ。果てしなく危険に違いない。

「香織、何とか縮んでくれないか。せめて、せめて、胸だけでも」
「それは完全なセクハラです!!」

 香織は覚えたてのマナによる強化を使い、父親を投げ飛ばした。
 大の男が面白いように飛ばされ、廊下の中間地点で鈍い着地音を響かした後、端までズルズルと滑っていく。摩擦による熱で呻いているが、自業自得だ。

「へー、お父さん。面白い話をしてましたね。後でちょっとお話しましょうか」

 声は優しげだが、表情は読めない女性が立っていた。無論、香織の母親である。

「お母さん、ただいま」
「おかえりなさい、香織」
「僕の扱いとすっごい差があると思うんだけど」

 それはお前の年齢による差別と一緒だ、と香織は思っていたが口にすることはなかった。
 だか、これも日常と思うと悪いものではない。帰って来たという感覚が安らぎを伝える。

 それよりの期待に胸を膨らましている事が一つ。

「これから、面白くなりそう」

 明日から私の世界は変わるだろうと、なぜかそう確信していた。



 8/5

漸く第一章完結。一年近くかけてだったけどあんまり量はかけていないのがなんか、へこむ。

まあ、最初よりは文が上手くなってると思うのでその点だけはよかった。感想で指摘されないで、書き続けていたら見事な黒歴史を生み出していたと思うとゾッとする。




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