20090917_1528226梅干は最初から梅干ではなく、可憐なつぼみから開花、結実、日干し、紫蘇漬けなどの長い行程を経て梅干になったのであるである。千葉景子だって生物だから花も恥らう若い女学生の時があり、ブントだった時もあったかもしれない。だからどうだというのだ。そういうものに拘っているのは公安とネトウヨみたいな知能の低い暇人だけであって、いちいち若いときの詮索をしても意味がない。たしかに彼女は人権派弁護士だったかもしれない。アムネスティだったようだ。だからどうした。参議院で落選したが、現に「法務大臣」である。「法務大臣」が自分の職責をはたして一体なにが問題なんだろう。厚顔無恥な婆というが、昔からそうではなかったのだ。梅干が最初から梅干でなかったように。

つまり何が言いたいのかといえば、法務大臣が死刑執行を命令してなにが悪いかということだ。鳥が空を飛び、太陽は東から昇るように法務大臣は死刑を執行するという職業なのだ。べつに鳩山弟のように「死神」とよばれるほど死刑執行が多いわけでもないのに何が問題なのだ。

しかも彼女は執行に立会い、死刑の本質をさらに深めたいという。議員ではないがこんな真面目な「民間人」はおるまい。

死刑に関する意見は多様であり、それぞれに言い分がある。千葉景子だって妖怪はみかけだけで実は人間であり、個人的にはある理想があるだろう。しかし彼女は法曹人でありしかも法務大臣であるのだ。

ここんところが肝である。そう、鳩山退陣も辻元社民離脱も、おなじことだが、現実は現実、法は法、しかしだからといって理念のない政治家は政治家ではない。物理的には千葉景子のそばには寄りたくないが、迷いや矛盾そのものには寄り添ってもいいと思う。

ちなみに僕の友人は赤軍の植垣君だ。前の法務大臣の友人の友人はアルカイダだそうだ。だから?