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[20679] 生きる理由(仮題)
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 17:52
このたびは私の作品をご覧いただき、ありがとうございます。

どんな感想でも自分の成長のためになると考えていますのでぜひぜひ、お願いします。



[20679] はじまりはじまりー
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/07/30 02:02
 本当に平和だなぁ。

 一階の多目的ホールが一望できるエントランスにもたれながら、俺はそう思った。今は昼休みなので多目的ホールにはたくさんの人がいる。皆、おしゃべりに興じたり食事をとったりとのんびりと自由に過ごしている。学園生活でありふれた日常、しかしこれが俺にとっては本当にうれしいことだった。

 日本にいたころは家柄を恐れて、誰も俺と接してくれようとしなかった。そういう家柄に生まれた自分の運命を呪ったりもしたけど、無意味な事だ。もし普通の家に生まれたら、なんて馬鹿馬鹿しい。過去仮定ほど愚かしいことなどないのだ。

 ……なーんてね、ちょっと俺格好良かったんじゃない? なんて自己陶酔しながら、ベンチに寝転がる。この多目的ホールの二階、三階と筒抜けていて、天井はガラス張りになっており、太陽が顔を覗かせている。まぶしくも優しい日差しに、ついうとうとしてしまう。

「おーい、マキ」

 不意に呼ばれて起き上ると、誰かが俺の方を向いて手を振っている。えっと、誰だっけ? 日本の生活の後遺症か、人の名前をイマイチ覚えきることのできない俺だった。

「次の時間、魔法基礎理論だろ? 次パスしたら単位落とすって先生が言ってたぜ?」

「え、まだ二回しか休んでないぜ? 職権乱用じゃないのか、それ」

「はははっ、確かにな。まぁ知らせたぜ?」

 そう言って手をひらひらさせながら、廊下に消えていく誰かさん。面倒くさいけど、単位は落とせない。時計に目をやると次の授業まで時間はあと十分ほど、そろそろ向かうか。俺は起き上って、魔法基礎理論の授業のある教室へと向かい始めた。

 俺が今いるのはアメリカにある魔法校ユーティス学園。日本の某名門陰陽師家系に生まれてしまった不運な俺は、その待遇に嫌気が指し国外逃亡を企てた。

 本当に日本にいたころは狭苦しくて、面倒だった。好きでもない人間は無暗に干渉してくるけど、こちらの好みの人間はまったく俺に干渉しようとしないのだ、いつも何か怖いものを見るような目で見られていた。俺、そんな凶悪な奴じゃないのに……そう平和をこよなく愛する一般ピープルの一人だ。

 そこで俺は英語を必死に勉強して、海外留学を目指した。すると奇跡的、本当にこれこそ奇跡だった。名門校であるユーティス学園に合格することができたのだ。不幸な俺の人生だったけど、神様はまだ俺を見離してはいない、そう確信できた瞬間だった。名門だっただけに今まで俺に失望し続けてきた親も手のひらを返したように喜び、俺をアメリカに送った。きっと厄介払いと、名門に入学、この二重の意味で喜んだのだろう。酷い親もいるものです、おっと目から液体が……。

 そんなことを考えながら魔法基礎理論の授業を受ける。しかし、実のところ俺にとってこの授業まったく意味を成さない。俺の持つ魔力の波長が合わず、この理論ではまったく魔法を構築することができないのだ。確かに日本を出たことは嬉しいことだけど、実際に俺はここに何しに来たのか分らなくなってきていた。先ほどの通り、平和で穏便な環境を満喫する程度でささやかに幸せを手に入れるぐらいしかすることがないのだ。

「……であるからにして……」

 先生はよく分らない話を続ける。確かに初回の授業全体の説明を少し出ただけで、その次二回あった授業をパスしてきた自分が悪いのだけども。

「おい、聞いているのか? ツチミカド?」

 お空は青いなぁ、吸い込まれそうだぁ。あまりにも授業が退屈でまたうとうととし始める。

「ツチミカド!」

「へいよ!」

 やっと呼ばれていたことに気づき、ふざけた返事をしてしまう。

「お前は授業を受ける気ないのか!」

「いいえ、先生。俺ほどこの授業に熱中している生徒はいませんよ。先生の言葉が耳に届かなくなるほどに考えていたのですよ。ですが先生、先々週に試したのですが僕の魔力の波長ではこの理論で魔法を構築することができないのです、これを嘆かずしてどうしろと……」

「シャラップ」

 突然のことで混乱した俺はよく分らない言い訳を口走っていた。それを周りの生徒はクスクスと笑う。ここでは先生も生徒も俺を特別扱いする奴はいない、それが本当に心地よかった。

 スミマセンと言って俺は席につく。その後は難なく授業を終えて、次の授業に思いをはせる。今日はこの次の授業で終わりなのだが、受ける気はなかった。

「マキ、次の授業はまたパスかい?」

「ん、ああ。そのつもり」

「お前本当に嫌いだよね? 日本魔法史」

 名前を聞いて想像つくだろうが、この講義は俺の家系のご先祖様、某陰陽師のことなどを主に取り上げた魔法歴史学だ。俺はこれが非常に嫌だった。何故なら一回目の授業で担当の先生に『土御門』の性についてバレかけているからだ。

「ん? 土御門と言えば、あの偉大なる陰陽師の家系もそんな名前があったような気がするのだが……」

 そう言われた時、本当に冷や汗ものだった。何とか流したものの、二度とあの授業に出来る気にならなかった。周りはそれを肯定と取りそうで非常に悩んだけど、先生の第一印象が悪かったということにしてパスし続けている。もうこの授業の単位は落としてもいい、そう思っていた。

「……まぁな、そういうことで俺、寮に戻るわ。またな」

「おう、またな」

 そう言って別れを告げ、寮に戻る。俺の偉大なご先祖様とは安部清明のことだ。俺の家はその中でも結構遠い分家なのだけど、祖父の代の事業が成功して陰陽術ではなく実社会で成功を収めていた。お陰で何故か親父の立ち位置も随分良いところらしい。まったくもって興味がなかったので、あまり知らないのだけれども。

 ぼんやりと廊下を歩いて寮に向かうと、曲がり角で小さな影が飛び出す。前を見てない小さな影が俺の胸に頭突きをかます。しかし、そこまで深刻なダメージを受けたわけではなかった。見ると可愛らしい女の子が俺の前で倒れていた。

「わわ、すみませんッ! 急いでいたもので……」

 目の前でおろおろしている少女が面白くて、少しいじってやろうかとなんて思ってしまう。しかし急いでいると言っていたので止めておこう。

「ああ、構わないよ。急いでるんだろう?」

「ああ、そうでしたッ! すみませんでした、ではッ!」

 そう言って駆けていく。慌ただしい子だなぁとその後ろ姿を見送ってから、再び寮に向けて歩き出した。



 次の日も退屈な授業を消化していき、残すところ次の初級魔法実演訓練の授業で終わりだ。本当にここで教えている魔法との相性が悪いらしく、俺の成績はこの授業でも墜落寸前を超低空飛行でギリギリ駆け抜けている感じだ。

 ちなみに今日は氷系の造形と雷系の投擲魔法の実習だった。氷の造形は誤魔化せるのだけど、雷の投擲、つまりサンダースピアが非常に下手だった。手から離れると俺の雷は跡かたもなく消え去ってしまうのだ。周りはどんどん氷の造形を終わらせて雷の投擲実習に入っていく中、俺はちまちまと氷を造形し続け、一向に移動しようとしない。だって投げること、できないし……。サボっているわけではない、最初は何度も練習したのだが何故か出来ないのだ。

 そんなことを考えながら氷の造形を続けていたら、芸術並みの素晴らしい氷の造形が出来ていた。考え事をしながら作っていた俺は気づかなかったが周りが感嘆の声をあげている。

「お前、魔法じゃなくて芸術の道に進んだ方が良かったんじゃねえのか?」

「うるせえ、余計な御世話だ」

 俺も自分の作り上げた氷の造形を見上げて嘆息する。なんて無駄なのだろう、俺の力は? ついにと言うべきか、こんな目立つ物を作ってしまったせいで先生に見つかってサンダースピアの投擲に移動するように促される。絶望的な宣告を受け、仕方なく投擲場に向かう。

 何とか雷の造形に成功するのだが、これを投げると一瞬で消えさる。

「……」

「……」

 先生の絶句が痛くて悲しくて俺を殺しそうな勢いだった。いやむしろ殺してくれた方が楽かもしれない、冗談だけども。

「人には得意、不得意があるわ。仕方ない、落ち込まずに自分の得意分野を早く見つけなさい」

 氷の造形を見た後だったので先生も期待していたのか、少し残念そうな顔で他の生徒の指導に向かう。

「ホント、何故そうなるのか分らねえ。何で出来ねえんだ、お前?」

「……」

 隣の生徒はサンダースピアを見事に的の中心に打ち込みながら言う。何となく覚えている、コイツの名前はロナウド・ウェズベル、通称ロン。入学して早々、名を馳せた中々の悪い奴らしい、俺ですら知っているほどだ。

「まぁそう機嫌を損ねなさんな、人には得意、不得意があるのさ。早く得意な物見つけたらどうだい?」

 そう言って鼻で笑うロン、少しイラついたけど、それを無理やり抑え込んで、投擲場を後にする。せっかく日本を離れてきたのに、結局ここでも何も成せずに終わるのかなぁ? まぁそれでもいいかな、目立たないし。誰も俺を特別扱いしない、ここは非常に心地いいのだ、それだけでいいじゃないか。と、至極楽観的に考える俺だった。


 次の日も午前中の授業を寝過してパスし、昼飯食ってから授業に出ようと思い、早めに食堂に向かった俺を迎えたのは氷漬けにされた食堂のドアだった。何事かと思い、手身近な奴に聞いてみるけど、曖昧な返事しか返ってこない。

「誰か炎系の魔法使えないか?」

 しかし誰も反応しない。よく考えたら廊下での魔法の使用は厳禁だった。仕方なく、ドアを蹴ってみる。すると向こう側にゆっくりと倒れてしまうドア、思ったほど強い魔法でなかったようだ。

 さて朝食タイムと一人呑気に食堂に入ったところで炎が飛んでくる。マトリックス? イナバウアーを彷彿とさせる柔軟性で何と避けたけども、どうやら少し掠めたようで毛が少し焦げた。

「うわっと! 何しやがる!」

 食堂の中心には俺の方に向かって炎を打ち出した本人、ロンがいた。彼は額から血を流して、こちらを睨みつけている。

「うるせえ、突然入ってきたお前が悪いだろ!」

 そう言って俺を怒鳴りつけるけど、それどころじゃないだろう、お前。命にかかわるとは思わないけど額から流血しているのを、放置して彼は怒り狂っている。

「おい、その怪我どうしたんだ?」

「あ? こいつに……」

 と言ってロンは元の位置を振り返るが誰もいなかった。

「……くっそ! あの野郎また逃げやがった!」

「……誰が?」

「うるせえ、お前のせいだ!」

 どうやら怒りの矛先が俺の方を向いたらしい。ロンが炎の投擲動作に入る。完全とばっちりじゃないか? 俺は再び炎を避けて廊下へと転がり、脱出する。

「お前らも早く逃げた方がいいぜ! とばっちり受けたくなかったらな!」

 出口付近でそれを見守っていた生徒にそう告げて俺は脱兎の如く走り去る。本当は廊下での魔法は使用禁止だけど、俺は肉体強化術を使っている。少々手を加えたオリジナルのため、バレはしないだろう。後ろで何やら破壊音が聞こえるけど、俺の知ったことではない。……可哀そうだけど、ここには優秀な校医がいる、つまり死にゃあしないだろう。ったく、起きて早々こんな面倒なことに巻き込まれるとは思ってもみなかった。

 結局、俺は購買で適当にパンを買い、満足にはほど遠いが仕方なく授業に向かう。ちなみに、これぐらいの争いは日常茶飯事だった。主に罰の恐ろしさを知らない新入生が暴れまわるのだけども。上級生はそれを憐れんだ眼で見つめて、彼らの罰される光景を想像して身震いするのだ。そんなに恐ろしい罰なら最初にガイダンスで教えといてくれよ、先輩方。そしたらあんな無茶な奴も大人しくなるのに。

 嘆息しながらも退屈しないので個人的には良いのだけれども。そんなことを考えながら俺は昼からの授業に向かうのであった。



 ここ最近は何事もなく、本当に平和な日々が続いた。どうやら新入生にも罰の恐ろしさが浸透してきたらしい。廊下で魔法ぶちまける馬鹿野郎も随分と減った。それに拍車をかけているのが来週から始まる中間テストだろう。皆、真面目に勉強している姿をよく見かける。

 俺はと言うと相変わらずだけども、以前よりは出席率がマシになったと思う。元々は国外逃亡が目的だったが、もちろん本分である勉強はしなければならない。それを疎かにして退学、そのまま帰国なんてしたら、きっと家から絶縁される。いや、下手するとこんな面汚し、生かしておけぬ! と言って殺されるかも……。

 それだけは避けなければと、今さらだけども必死に勉強をしていた。日本ではあり得ない新鮮な授業だったので勉強自体は退屈せず、嫌いではなかった。あれからロンは一週間の出席停止処分、結局相手が誰だったのかは本人以外に証明できず、無罪放免になったそうだ、どこの誰だか知らないが運のいいことで。その一週間で俺のことも忘れていてくれればいいのだけども。丁度ロンの停止処分が解けるのが、テスト前日。そんな日に目をつけられたら、冗談じゃない。

 とか思いつつ、黙々と授業を受ける。普段、真面目に受けてないせいか、ここ数週間非常に疲れが溜まっている。知恵熱だって出そうだ。テスト終わったら、寝るぞーサボるぞーだらけるぞーと非常にダメな妄想に顔を緩ませながら、今日も何事もなく寮に戻る俺。

 しかし、面倒な事になった。エレベーターの扉が開き、俺は自室に向かおうとしたところで気づく。誰かが俺の部屋の前にいるようだ。俺は出てきたエレベーターにもう一度乗りこみ、一階に戻る。完全とばっちりだった。俺は外から自室前の様子を眺めた。やはり不機嫌そうな顔のロンが俺の部屋の前にいる、出来れば幻であってほしかった。

「……あ」

 ロンと視線が合う。意地悪そうな笑みを浮かべてこちらを睨みつけている。これはヤバそうだ。自身に簡易肉体強化をかけて俺は逃走を試みる。ちなみに、この魔法は一年では習わない、と言うか上級生でも使いこなすことの難しい魔法なので簡易式にして手頃な力を楽に手に入るように改良した。この辺り自分の興味あることに対しては苦労を惜しまず貪欲な自分を少し褒め称えた。そんな俺にロンは追いつけるわけもなく、逃亡に成功した

 しかし、これからどうしたものか、ゆっくりと勉強しようと思っていたのに。仕方ない、手元にある教科書で出来るだけ勉強するか……。と手身近な空き教室に入って勉強し始める俺だった。


 あれから幾度となくロンに追われることもあったが、簡易肉体強化術のある俺は難なく逃げおおせた。その頃から俺は『脱兎のマキ』という不名誉な呼ばれ方をされるが、気にしない。それ以上に成績がヤバいのだ、相手にしてられなかった。最後の方には教科書を開きながらロンから逃げるという神業までやってのけるほどにまで、俺の逃げる技術は昇華していた。将来、完全逃亡マニュアルその二を作るのは俺かもな、と思ってしまったほどだ。

 そうして何とか向こうも諦めてくれたようで中間テストも終わり、俺は一息つけた。ロンは出席停止中、ずっと俺を追いまわしていたようで随分成績が悪かったようだ。また追われるフラグを立てたような気がする。

 俺はと言うと全体的に平均を維持でき、とりあえず一安心といったところだ。久々に授業をサボって校舎を抜けだして、手身近な木の元で寝ころんだ。天気は晴天、昼寝には丁度いい心地よい風が俺を撫でる、何て至福な時間なのだろう……。テスト後の解放感は格別だな、本当に。やはり疲れが溜まっていたのか、すぐに眠りについてしまった。

 何か周囲が騒がしく、目覚めてしまった。それほど遠くないところから叫び声が聞こえてくる。

「ん……何事?」

 目をこすりながら周囲を見回すと、遠くないところで実習訓練をやっていたのか、先生が一人と生徒が多数いる中に異形の何かがいた。生徒の一人が叫ぶ。

「ワイバーンだ!」

 竜種の最下級のワイバーンらしい。何故こんなところにいるんだ、学園の結界が決壊したのか? ……下手に洒落ている場合じゃない。最下級とは言え、竜種だ。先生は生徒を守るので必死だ。防御壁を張り続けるので精いっぱいのようだ。さすが名門の先生だろうか、竜種の攻撃から生徒を守るあれほどサイズの結界を維持するとは凄い。そんなことに感嘆していると、逃げ遅れた生徒が一人、ワイバーンの後ろにいるのを発見してしまう。おいおい、あれはヤバくないのか? おい、逃げろって……。

 だけど、その生徒は逃げるような様子は無い。腰が抜けているのだろうか? ここから逃げろと叫びたかったけど、注意を引くとマズイので、迷う。

「クソ……面倒だなぁ」

 仕方なく、俺は簡易肉体強化を施して飛び起きて、逃げ遅れた生徒の方に向かって走る。

「大丈夫か?」

 静かに耳元で囁く。

「ひゃ……ふぐっ!」

 叫びそうになる生徒の口をふさぐけど少々遅かったらしい。ワイバーンさんがこちらを見つめていらっしゃった。

「……ヤァコンニチハ」

 声がカタコトになってしまった。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」」

 俺とその生徒は揃って絶叫。その子をひょいっと抱えて後ろの森へと疾走する。飛竜種は地上では小回りが利かないはず、森に入れば俺の勝ちだ! 予想通り難なく森に逃げ込む。ワイバーンはそれを見て、大きくのけぞる。

「逃げてくださいッ!」

 俺の抱えている生徒がやけに高い声で言う。

「え……?」

「ファイヤーブレスです!」

 後、少し判断が遅れたら二人ともこんがり焼けましたー! だった。ギリギリで飛びのいて炎自体はかわすけど余熱にやられそうだ。火を喰らった森は木が根こそぎ消えて俺たちの隠れるアドバンテージを維持しているようには見えなかった。あんなの喰らった……冗談じゃない! 仕方なく、そのまま生徒を抱えて更に森の深いところまで走る。

 しばらく奥に逃げ続けて、ワイバーンの気配は遠のき、何とか安全な距離を保てたようだった。

「あり得ない……何で竜種がいるんだ?」

「ご、ごめんなさい、私も……」

 俺のひとり言に反応する生徒。よく見れば女の子だった。

「あ、いや君に言ったんじゃ……って……ご、ごめんなさいー!」

 未だに俺はその女の子を抱えたままだったのだ。すぐに下ろして土下座する。フライング土下座だ。人間やれば出来るものだと少し感心してしまった。

「い、いえ、助けてもらったのはこっちですし……」

 そう言いつつ怪訝そうに俺を見る少女、あれどこかで見た覚えが……?

「ツチミカドさん……ですよね?」

「んぁ、俺みたいなミジンコのこと知っているのかい?」

「ミジンコだなんてそんな……」

「はは、冗談さ。君は?」

「シオン、シオン・アーデルハイトです」

 その名を聞いた時にびっくりした。中間テストの上位が発表された時、ほぼ全教科トップ三に食い込む凄まじい人がいたのだ。その名が……シオン・アーデルハイトだった。

「あの……凄い成績のシオン?」

「す、凄くなんてないですッ」

 そう言って否定する。もし君が普通だと言いはったら、先ほど俺のミジンコって言うジョークは本当になってしまう。謙遜は時には人を傷つけるのだよ? そんなことは胸の奥にしまいこんで俺は手を差し出す。

「まぁよろしく」

「よろしくですッ」

 とりあえずワイバーンの危険からは逃れたのだけども、それでもこの森は上級生でも許可を得た者しか入れない危険区域だったと思う。とりあえず抜けなければならない。しかし来た道を戻るとワイバーンと遭遇する可能性が高い

「どうするかなぁ……」

 と呟いた時、急に付近の温度が上昇したように感じる。まさか、冗談じゃない……森を焼いてまで俺らを追ってきたのか?

 足音がだんだんと近づいてくる。そう遠くないところでメキメキと木の倒れる音が聞こえてくる。首が見えた、あのワイバーンが追って来ていた。

「……シオン一人で逃げれるかい?」

 しかし返事は無い、振り返ってみるとまたへたり込んでいる。また逃げるか? 他の選択肢は……戦うってそれほど愚かなこともない。俺の脳内では大多数の議員が逃げろと喚いていたけど、それを首相が拒否し、臨戦態勢に入る。やむを得ない……魔力を練り、俺は呟く。

「肉体強化速度特化ヴァージョン」

 その瞬間、体がウソのように軽くなり、その場を一瞬で離れる。横の木々を蹴り、ワイバーンの後ろに回り込み、そこから頭に向けて蹴りを入れる。しかし、ダメージどころかびくともしない。逆に俺が蹴った反動で跳ねかえったほどだ。打撃はスピードだけでなく重量も大きなファクターだ、俺に竜を一発で気絶させるような重さはない。くるりと宙で二回転を華麗に決めて着地する。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 あらかじめ吠える動作を見切っていたので、更に距離を取る。この距離でも耳が痛いのに、さっきの距離で聞いたら脳が揺さぶられて深刻なダメージを負ってしまう。ワイバーンは俺の方に向き直り、シオンには背を向ける形になる。

 とりあえず、これで第一段階終了。こちらに気を引くことに成功した。第二段階に移るに際し、魔力を練り上げる。その隙をついてワイバーン尻尾が飛んでくる。木があるのもお構いなしに薙ぎ倒して俺の方に向かってくる。速度の上昇している俺には難なく避ける事ができた。

「……雷刃(らいじん)」

 そして着地と同時にそう呟くと、右手に雷が宿る。その矛先を竜に向け構える。

「貫け」

 前の実習でもお馴染みだけど、俺は雷を投擲することは出来ない。しかし、俺のこの雷刃は形を自由に変えることができる。例えば、伸ばす、とか。

 一直線に伸びた雷刃がワイバーンを貫く。普通なら感電して動けなくなる威力にしたはず。だが、さすが竜種と言ったところか、俺の雷刃を受け、痙攣しながらもまだ意識を保っている。

「面倒だなぁ……ま、これが最大出力じゃないんだけどね」

 そう言って俺は嘆息する。

「これで半分と言ったところだ……全開で行くぜ?」

 そう言って更に膨大な魔力を費やす。雷がはじけて先ほどより激しく雷がほとばしる。ついにワイバーンのけぞり、その場に崩れ落ちる。そして雷刃を解除した俺もその場に崩れる。久々の全力は少々体に堪えた。でも、こうしているワケにはいかない。シオンをどうにかしなければ……。そう思ってワイバーンの反対側に目をやるけど、どこにも姿はない。

「……え? シオン!?」

「……こっちです」

 後ろから声がして振り返るとシオンがそこにいた。何故そこにいる、と少し混乱したけど俺の脳はちゃんと聞きたい事を勝手に紡ぎだしていた。

「……見ちゃった?」

 こくりと頭を縦に振られて肯定される。バレた……どうしよう……。嫌な汗が全身から噴き出す。俺は頭を抱えこんで地面を転がり回る。そんな俺を可哀そうな目で見つめるシオンがちらりと見えた。

「あ、あのぅ?」

「頼む、秘密にしといてくれ!」

「え、ええ?」

 俺の懇願に彼女は目を白黒させている。

「平和な日常が送りたいんだ、 頼む!」

「え、ええ、分りました……」

 困惑しながらもシオンは了承してくれた、ほっと一息。

「で、何を秘密にするんですか……?」

 こいつ本当は馬鹿なんじゃないのかって失礼な疑問が頭をよぎる。でも、色々ありすぎて何を秘密にしてほしいのか、まったくわからない状態なのだろう。

「俺がワイバーン倒したとか、俺の雷の魔法のこととか、その他諸々……と言うか全部かな、目立ちたくないんだ」

「え、ええ、分りました」

「ありがとう、助かる……」

 溜めた息を吐ききり、安堵する。俺たちはさっさと森を抜けるべく、来た道を堂々と戻っていった。

 戻ると教員やら何やらに弁解するのも面倒で適当に誤魔化した。

「逃げ切りました、ヤツはどこかに行ったようです」

「良かった無事で! それにしても何故、学園敷地内にワイバーンが……?」

「結界の結界……」

「かもしれないですね」

 軽く流される。忘れていた、これは日本語の洒落だった。

「私が調べてまいりますので、皆さんは一度校舎に戻ってください」

 そう言って教師は職員塔に戻っていく。

「何か面倒なことになると嫌だから逃げるわ」

 そうシオンに言ってさっさと逃げ出す。

「あ、ちょっと……!?」

「ん、何か?」

 そう言ってシオンが携帯を指しだす。

「……?」

「口止め料」

 そう言ってにっこり笑う。俺はその笑顔に凍りつき、冷や汗が流れる。

「アドレス、教えて?」

「……」

「ふーん……そっか、嫌なんだ……」

 そう言って表面上は悲しそうなふりをして、じっとこちらを見ている。内心どうなんだか、って疑ってしまう。

「……滅相もございません、こんな可愛い子ちゃんにアドレス交換を申し出られるとは思ってもみなかったので……光栄です」

 そう言って渋々携帯を取り出して互いのアドレスを交換する。そして満足そうに笑った彼女に背を向け寮に向かって逃げていく。何て惨めな姿なんだろう……。

「またねッ、ツチミカドくん!」

 ……何だか大変な事になりそうだ。そしてこの予感は当たることになる、予想を遥かに超えた大事になって。



[20679] 魔物退治・前
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/07/30 02:29
「ツチミカドオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 ……毎度の如く元気だなぁ。最近はよくこいつと鬼ごっこしている。こいつとはもちろんロンのことだ、諦めてなかったらしい。俺を見つけるたびに血走った目でこちらを睨み、追いかけては拳をブンブン振り回す。一応、罰則が身にしみているようで、あれから廊下で魔法を乱発することはなくなった。しかし俺は周りにバレない程度の微量の簡易肉体強化をかけているため、それを難なく避ける事ができた。

「……そろそろ諦めてくれないかな?」

 無駄だとは思いつつ、拳を避けながら交渉してみる。

「うるせえ! てめえは一度殴られやがれ!」

 そう言って相変わらず両腕をブンブン振り回す。周りにもギャラリーが結構集まって、やれやれーなんて言っている。他人事だと思って、お気楽なことだ。ちょっとギャラリーを沸かせてみるのも悪くないと思い、避けるのを少しずつギリギリにしてみる。

「クソっ! もう少しっ……!」

 どうやらロンはもう少しで当てられると思っているようだ、愉快なことだ。ん? ポケットで何かが震えている、携帯か?

 一度、距離を取って携帯を取り出す。

「こんの……! くたばれ!」

 その拳を避けながら、通話ボタンを押す。

「どうした?」

「こんにちはッ、ツチミカドくん。今大丈夫?」

「ん、ちょっと取り込んでいるけど、大丈夫だ」

「そ、それって大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ、どうしたんだ?」

「えっとね、来週クエスト受けたいんだけど……」

「それに同行しろと?」

 おっと危ない、油断していた。ロンの拳が鼻先をかすめる。

「うん、お願いしたいんだけど……」

「目立たないクエストなら構わない」

「ホント!? ありがとーッ」

 うぉっと! また危ない、これは一度電話切った方がいいな。

「悪い、立てこんできたから、クエストの詳細は後日聞かせてくれ」

「ん、分ったーまたねーッ」

 そう言って電話を切り、大きく距離を取る。ロンは息が切れている、逃げ時かな。そうして俺はくるりと反転、脱兎のマキの再臨だ! そして俺は追随を許さず、あっさり逃げおおせた。

 当初の目立たないって目標はロンに目をつけられたことで完全に崩れ去った。まぁそれでも悪くないポジションをキープできているから良いけども、いつになったら諦めてくれるのだろう? 俺は嘆息しながら寮の部屋に戻った。

 次の日、午前中は授業が無かったので例のクエストについてシオンに話を聞いておこうかと思い連絡してみた。しかしシオンは授業中で結局、昼休みまで待つハメになった。

 それにしても平和だなぁ……。今日はまだロンにも見つからず、空き教室でだらけている、至福の時間だ。それにしてもシオンの受けるクエストって何なのだろう?

 ちなみにこの学園は四年以上なら無条件で二、三年は平均以上の成績、一年はなら成績優秀者が魔法省の発注しているクエストを受けることが出来る。発注リストは多目的ホールの電光掲示板に発表され、随時更新されている。シオンはそのクエストを受ける許可を得るほどの成績優秀者なのだ。まったく凄い奴だ。俺は、と言うとそのシオンの付き添いという形でクエストへの参加が許可されるのだ。俺は下手すると四年目以降でなければ一人で受けることができないと思う。今の成績も悪くは無いのだが、決して良いとも言いきれない。平均と言えば平均なのだけども、ギリギリ平均ってところだ。

「……っと」

 突然の襲来者に対してベンチから飛び退く。

「危ないなぁ、まずは挨拶からだろう?」

 いつもの如くロンに向かって言ってみるけど、無駄だろう。相変わらず鼻息が荒い。

「うるせえ! いい加減一発ぐらい殴られろ!」

「……ああ、面倒臭いなぁ」

 そう言って簡易肉体強化を施し、背を向け走り出す。逃げるが勝ちだ、馬鹿馬鹿しい。

「っと、すまない。大丈夫か?」

 ロンを巻いてもう大丈夫かなと後ろを確認していたため、前が疎かになっていた。ぶつかった少年はこちらをぎろりと音が出そうなほど睨みつける。そんな睨まなくても……。

「悪かったって……」

 背筋に悪寒が走る。何とか後ろに跳びのき距離を取れたが、前髪が少々短くなった。少年の右手は氷で造形された剣を握っていた。造形の瞬間すら、見逃した。こいつ……凄い。

 それに先ほどの太刀筋、肉体強化が無ければかわせなかった。こちらが普通の状態でぶつかっていれば、頭はすっぱり真っ二つだ、冗談じゃない。

「ぶつかっただけじゃないか、それでいきなり殺そうとするって何事だ?」

「……肉体強化術がかかっているだろう?」

 ギクリ、見抜かれていた。

「それに既存術とは少し違う構成をしている。コストを抑えて目立たなくしているわけか」

 完全に見抜かれている! 表情には出さないけど正直に言います、かなり焦っています。

「ククク、お前面白いな」

「……俺は全然面白くないけど」

 人が苦労して編み出した改良版をいとも簡単に見抜きやがって。

「……ふん」

 そうして少年は氷の剣を消す。

「運が良かったな」

 そう言って俺に背を向け行ってしまう。

「……何だったんだ?」

「何がッ?」

「うわ、いたのかよ!」

「酷ッ!」

 気づけば真横にシオンがいた。

「ツチミキャド君?」

 こいつ噛みやがった、人の名前を噛みやがった。まぁ言いにくいのは分るけど。

「マキでいいぜ」

「うん、分った、ありがとッ。クエストの詳細なんだけど……」

「ああ、そうだったな、頼む」

「うんッ」

「この依頼書なんだ」

 そう言って手渡されるのはクエストの詳細を綴った一枚の紙だった。どうやら掲示板から印刷して持ってきてくれたようだ、ざっと一通り目を通す。

 話を要約すると、とある町で魔物による被害が確認されているらしく、それを現地住民の目につかずに、抹殺せよ、とのことだった。抹殺って……もっと表現を考えられないのか? ここ一応ハイスクールの位置づけだぜ?

「そこね、私の故郷なんだ……」

「へぇなるほど、だからか」

「うん……」

 それは心配だろう、俯いたシオンを見ているのは何だか嫌だった。

「なら早いところ行った方がいいんじゃないか?」

「え、そうだけど……」

「これから行こう」

「え、ええ!?」

 突然の俺の提案にシオンは本気で驚いている。

「で、でも準備とかあるし……」

「倒すだけだろ? 雷刃で充分だろう」

「相手の数も認識できてないのに……」

「なら氷牙で仕留める」

「氷……牙?」

「ああ、そっか。まだ見たことないっけ?」

 そういえばシオンが知っているのは俺の肉体強化術と雷刃だけだった。

「ま、何とかなるよ」

「で、でも……」

「……まぁ最終的な判断は任せるけど」

「う、うんッ」

 そう言ったものの彼女は非常に迷っていた。そりゃそうだ、故郷が襲われているのだ、一刻も早く助けに行きたかったと思う。

「俺はいつでもオーケイだ、後はシオンの準備次第」

 そう言って俺はベンチから腰を上げる。

「……分った、すぐ準備してくるッ」

「オーケイ、どこで待ってればいい?」

「終わったら連絡するから、多目的ホールで」

「へいよ」

 そう言って彼女の背中を見送った。あ、こけた。今さらだけど……このクエスト、非常に不安になってきた。


「……よう」

 多目的ホールに向かう途中、あの少年と遭遇してしまった。せっかく声をかけたのに黙殺される。何か反応してくれよ、悲しいじゃないか。

 そう言えば、こいつどうやって俺の魔法見破ることができたんだ? 今さらだけど疑問が沸いてきたので、聞いてみることにした。

「なぁ? 何で俺の術を見破れたんだ?」

「人によっては少量の魔力でも敏感に感じ取れる人種もいるのだ、魔法人体学受けてないのか?」

 う、受けています……。でも聞いた覚えがなかった。無論、聞いてないか、サボったかどっちかだ。それにしても挨拶はスルーされたけど、質問には真面目に答えてくれた。結構良い奴なのかもしれない。

「……とすると君は魔力を感じ取ることに長けているわけですか」

「そういうことだ、それにしても貴様、不思議な魔力の質を感じる、それに魔力の容量が異常だ、何者だ?」

「ん? 質が変なのは知らないが、この魔力は生まれ持っての物らしいぜ?」

「それを活かすも殺すも貴様次第ってことか……その膨大な魔力が可哀そうなことにならないことを祈るばかりだ」

 それだけ言って彼は背を向けて行ってしまう。言いたいこと言ってどこかに行くとは身勝手な……。

「おい、ちびすけ、名前ぐらい教えろよ」

 彼はぴくりと体を震わせて、その場に止まる。

「貴様、今何と言った?」

 そう言って振り返る少年の顔には青筋が立っている。えーっと……さっきの俺の言動のどこに怒る要素あるんだ? 感知系ではない俺でも分るほど、少年は魔力を練り上げている。彼の後ろに気のせいか禍々しいオーラのようなものが漂っている気がする。冷や汗が頬を伝う。彼の手には以前見た氷の塊とは比にならないほど形の整った大剣が握られていた。冗談じゃない、ここでそれを振り回す気か? 彼は剣を引き、横薙ぎの体勢に入る。

「ッ……氷牙!」

 防衛本能が働き、反射的に氷の塊を二本出現させて両手で握る。これ長期で使うと、手がしもやけになるから好きじゃないんだよな、なんて呑気なこと言っている場合じゃなかった。予想以上に速い横薙ぎが俺を襲う。狙いは……首かよ、殺す気か!? いくら校医が優れていても首が飛んだら治せないだろう!?

 何とか自分の氷で受けて軌道を逸らすが、質が違う。軌道を逸らした程度で、俺の氷牙は呆気なく砕け散った。追撃が来なかったので、その隙に何とか距離を取る。

「洒落にならん、名前聞いただけだろう? 頭おかしいのか!?」

 あの速度は洒落にならない、俺は肉体強化術の速度特化を自身にかけ、身構える。逃げるが勝ちだ、馬鹿馬鹿しい。

「二度とちびすけなんて呼ぶな……俺の名はジーノだ」

 青筋と立てたジーノと名乗った少年が低く唸るように言う。

「……え? もしかして怒ったの……そこ?」

「それ以外に何がある!」

 至って真面目に切れる彼に俺はつい吹き出してしまう……というか大爆笑。何かツボった、よく分らないけど。

「ぷっく、あははははは!!」

「な、何がおかしい!」

 と言われても俺にも何がおかしくて笑っているのか、よく分らなかった。

「ひーっひっひ、ふぅふぅ……腹痛いよ……」

「き、貴様……」

「……ふぅ、すまない」

 俺としては結構真面目に謝ったつもりなのだけど、さっきより怒っているようだ。もはや顔を真っ赤にして震えている。そんな俺にジーノはまた剣を振りかぶる。速度強化を既に施した俺は簡単に距離を取る。その時ポケットの携帯が鳴る、タイムリミットのようだ。

「悪いな、また今度」

 また追われるフラグを立てた気がする。肉塊ロンに続けてちびっこジーノ。ああ、俺って追われる性分なのかな、とか考えていると距離を詰めているジーノが視界に入る、やはり予想以上に速い。けど俺には問題なかった。廊下を蹴り、剣の一撃を避けると同時に天井に跳ね上がり、そのまま彼のバックを取る。

「じゃあね」

 そう言い残して、あっという間に彼の視界から消えていく。っと、そろそろ解除しないと魔法の使用がバレたら厄介だ。あのロンが大人しくなるほどの罰則だ、そんなのご免こうむりたい。そして魔法を解除して多目的ホールへと向かった。

「悪い、取り込んでいて電話出れなかったんだ」

 多目的ホールに着くと既に待っていたシオンに謝った。

「気にしないで。付き合ってもらうのは、こっちだし」

 そう言って笑うシオン。今さらだけど、よく見ればこの子、可愛いじゃねえか……。非常にきれいな顔立ちをしている。それに髪は銀色で凄く綺麗だ、あまり長くは無いが、それを後ろでくくっている。

「……」

「ど、どうしたの?」

 じーっとシオンの顔を見つめていた俺に怪訝そうに言う。

「いや、可愛いなって思って」

「な、何をいきなり……そ、そんなことないし……」

 そう言って顔を真っ赤にして俯いてモジモジしてしまうシオン、やはり凄く可愛いかった。

「悪い悪い、さぁ行こうか」

 もう少しいじりたかったけど、それを我慢してワープポータルに向かう。

 この学校にはワープポータルと言って、学内の移動用と学外の移動用の二種類があちらこちらに設置されている。このワープポータルは学内にも世界中にたくさん置いてあり、それぞれ目的地の近くを設定して、そこに飛べるという非常に便利な物だ。

「シオン、設定任せるぜ?」

「あ、うん。ちょっと待ってね?」

 そう言ってシオンはディスプレイをタッチして場所を設定する。その間に俺はポータルに乗り込んだ。

「オーケイ、行こう」

 そう言って彼女も俺と同じポータルに乗る。そしてボタンを押すと、景色が一転する。初めて使ったけど、本当に一瞬だった、本当に便利な世の中になったもんだ……。そう思い、ポータルから出る。

「シオン、まずどこに向かうんだ?」

「私の町、ここからそう遠くないから」

「どっちの方向だ?」

「えっと、ここからだと東かな」

「分った」

 そう言って毎度の如く肉体強化をかけ、シオンを抱える。

「きゃっ! ま、またぁ?」

「こっちのが速いだろう?」

 そう言って俺は跳躍し、民家の屋根に上る。街を見下ろすと町中に水路が通っていて何ともお洒落な造りだった。ここは……イタリアだろうか? 屋根の上を走り回っている姿を目撃されても面倒なので、速度特化に切り替えて走り抜ける。そのせいで所々、速度を殺しきれず着地点の屋根を壊してしまったけど……勘弁ね。

「あ、ここの辺りだよッ」

 シオンがそう言い、俺は速度を緩め、周りに人がいないことを確認して地面に降り立つ。

「静かだな……」

「化物騒動のせいだよ……きっと」

「そうか……早いところ仕留めないとな」

 しかし手がかりも何もない、どうやって相手を探そうかと悩んでいた。

「貴様……」

 不意に後ろから声をかけられて振り向く。

「……あら? えーっと……」

 そこにいたのは先ほどの少年だった。

「どうやってここに?」

「ホールに出たらお前とその女がポータルで飛ぶところが見えた。後は履歴を見て、ここに飛んできただけだ」

「おいおい、許可のない一年生の無断外出は禁止だったと思うんだが?」

「……俺は許可有りだ、見くびりすぎだ!」

 あら、この子も成績優秀者だったの……予想外。

「ジ、ジーノくん……」

 あ、そうそうジーノだ、ジーノ。どうやらシオンも知っているらしい。それより良いことを思いついた。ある意味コイツが俺を追って来てくれたのは非常に助かった。

「なぁジーノ、悪いけど手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「断る」

「……話ぐらい聞いてくれよ」

 あまりにも即答だったので悲しかったが、あれだけ笑った後だとこういう反応になるのが普通か。少し調子に乗りすぎたと反省する。

「聞くだけ聞いてくれよ、ジーノは魔力感知に長けているんだろ?」

「あ、うん。ジーノ君は凄いらしいよ、新入生で一,二を争うほど魔力感知に長けているって……」

「だ、だから、どうした?」

 褒められたのが少し嬉しいらしく、顔が緩んでいる。このまま褒め殺せばいいのではないか?

「魔物退治にお前の力が必要なんだ、頼む。この通りだ!」

 シオンと出会った日に身に付けたフライング土下座を繰り出す。

「……お前、何してるんだ?」

「私も前、見たけど……それ何なの、マキ?」

 顔を上げるとシオンもジーノも凄く可哀そうな物を見る目でこちらを見ている。ま、まさかっ!?

「文化の違いかああああああああああああ!!」

 俺の絶叫が静かな町にこだまする……つまり前回シオンに対して土下座したときも理解されてなかったのだ。うわぁ、今さら知る悲しい真実……切腹物だぜ。

「……鬱だ、死のう」

「勝手に死ね、ボケ」

「ジーノ君そんなこと言っちゃあダメだよッ……ほらマキ立って……」

 そう言ってシオンに引っ張り上げられる。しかし俺の精神的ダメージは予想以上に酷かった。とりあえず気を取り直してジーノに向かい合う。

「とにかく、ジーノ。お前の魔力感知で魔物を捉えてほしいんだ、お前ほどなら脆弱な魔力でも捉えることができるんだろう?」

「ああ、まぁ……だがしかし、生きている人間は少なからず魔力を持つ。この街中では判断出来るかどうか……魔物の魔力に特徴があれば……」

 そう言って考え込むジーノ、やはり本当に良い奴なんじゃないか? と思う。

「って何故俺が協力することになっている!」

 ノリ突っ込んできたけど素らしい、顔が真っ赤だ。

「頼むよジーノ、お前しかいないんだ……!」

 そう言って頭を下げる、演技だけども。

「……言っておくが魔力の微妙な変化でウソとかは簡単に見抜けるぞ?」

 そう言って顔をあげた俺を冷やかに見るジーノ。うわ、バレてたらしい。あまりにも冷たい視線にまた冷や汗が伝う。

「シオンお前からもお願いしろ」

「あ、えっと……ジーノ君、ダメ?」

「ぐっ……」

 天然とは恐ろしい、上目づかいでうるうるとした瞳でこんな美少女にお願いされたら、大抵の男はノックアウトだ。……そういえばコイツ意外と黒かったよな、天然じゃないかも。

「……分ったよ」

 渋々と言った感じでジーノは引きうけてくれた。そしてジーノは静かに目をつぶる。早速探してくれているのだろうか? 邪魔しちゃ悪いと思い、俺たちも静かにする。しばらくしてジーノが口を開く。

「……ここからそう遠くない、禍々しい魔力を少し感じ取れた、隠すのが上手いようだ」

「オーケイ、じゃあ案内頼む」

「……仕方ない」

 そう言って嘆息し、ジーノは歩き出す。俺らもそれについていく。しばらく歩くとジーノが民家の前で止まる。

「……ここにいるようだ」

「ここって民家だぜ?」

「ここに間違いない」

「……ウソよ」

 俺とジーノは振り返る。そこには真っ青な表情のシオンがいた。

「だ、だってここは……」

 まさかと思うけど、思い当たることは一つしかなかった。ここがまさか……。

「シオンの……実家なのか?」

 彼女はその場に崩れ落ちるのを辛うじて受け止める。

「ご、ごめんなさい……大丈夫だから……」

 そう言ってシオンは俺の手を離れるが顔色が非常に悪い。

「……シオン、ここで待っていろ。ジーノ、頼む……」

「分った」

 シオンをジーノに任せて俺はドアの前に立つ。何でかな……こんな損な役回り、無難に平和に過ごせていたら、いいだけだったのになぁ……。俺はドアを押すと鍵はかかっておらず、ゆっくりと開いた。中は薄暗く、入るのに少し躊躇した。

「……どなた?」

 奥から声が聞こえる、綺麗な女性の声だ。

「シオンのお母さんですか……?」

「……」

 返事がない、嫌な予感がする。

「お母さんッ!? 私だよ!?」

 ジーノに支えられたシオンが叫ぶ。

「……」

 しかし相変わらず返事がない。もはや返事を期待せず、肉体強化をフルでかけて雷刃を発動させる。雷刃が辺りを照らし、女性の姿を視認する。

「お母さんッ!」

 シオンは叫ぶ、しかしその女性は相変わらず反応しない。

「きっと……この街に紛れ込むために、殺……」

「ジーノ!!」

 俺がその先を制止する。ジーノの方を向き、首を振る。流石に理解してくれたらしく、ジーノは俯いた。

「すまない……」

 俺がその女性から目を離したその一瞬、嫌な感じの魔力が溢れてくるのを感じる。もう少しバックステップが遅れていたら、それこそ死んでいた。さっきまで女性のいた場所には蜘蛛のような生き物がいた。蜘蛛のような、と言ったのはその大きさが普通に考えられる蜘蛛からかけ離れていたからだ。このサイズなら人間でも軽く捕食するんじゃないかと思わせるほどの大きさ。そして六本の長い脚の一本が先ほど俺がいた場所を貫いている。目のようなものがたくさんついていて、俺が全部俺の方を向いている気がして気味が悪かった。

「ジーノ、俺が引きつける。シオンを頼む」

「……分った」

 そう言ってジーノはシオンを連れて走っていく。

「……さぁ来い!」

 出来る限り自分に気を引きつけるために、あえて大声で叫ぶ。民家を崩して出てきて全貌が明らかになる。その巨体の圧力は正直に言うと逃げ出したくなるほど。何でこんな損な役割なの!? と自問自答してみる。そんな場合じゃないだろう、ともう一人の俺が思考を制止しようとする。そんな俺に向かってまた長い脚の一本が飛んでくる。

「クソ、何でこんなにいつも洒落になってくれないんだ? 時には洒落になってくれ」

 そう言って大きく跳躍し、距離を取る。そんな俺を追って他の民家を破壊しながら近づいてくる。容赦なしか、こりゃマズイな……早期決着をつけるしかない。

 魔力を練り、雷刃の最大出力を放つ準備をする。肉体強化もオールラウンドから速度特化に切り替えて、一気に距離を詰める。蜘蛛の懐に入ったが、奴は気づいていない。

「雷刃、解放」

 そう言って練った魔力を蜘蛛のはらわたに向かって放出する。全体に雷が走り、こんがりと焼けたようだ、いい臭いはしないけど……。蜘蛛が足で支えきれなくなり、崩れてくる前にさっさと懐から脱出する。

「意外と簡単だったな、一丁上がりか?」

 そう言って先ほどの民家を調べてみる。しかし中には誰もいなかった、やはりシオンの母親は殺されたのだろう……ふと気がつくとこの蜘蛛が派手に暴れたせいで、人が集まってきている。俺は見つかる前に大きく跳躍し、壊れた天井から屋根に上る。野次馬どもはその化物を見て恐れおののいている。

「極秘で倒せって言われていたんだけどな……」

 俺は頭をかきながら苦笑する。随分と目立ってしまった。仕方ない、一度シオンの元に戻ろう。そう思って俺は屋根伝いに走って行った。ジーノほどとはいかないが、少し集中すれば魔力の見極めぐらいは俺にもできるらしい。そう遠くなかったようで、難なく二人を見つけることができた。その二人めがけて大跳躍を決める。

「大丈夫か、シオン?」

「あ、マキ……大丈夫だった?」

 俺の方を見るシオンの顔は相変わらず真っ青だ。

「ああ、見ての通りの無傷さ……でも結構目立っちまった」

「あ……そっか、極秘任務だったもんね……」

「……悪い」

「ううん……」

 沈黙が流れる。ジーノはどうしたらいいのか分らない様子で、じっとシオンの傍から離れない。……あーやっぱり俺が損な役回りしなければならないのか?

「ちなみに家を調べてきた」

 シオンがびくっと反応する。

「誰もいなかったよ。多分……あいつに殺されたんだ」

 シオンは目を見開いて俺を見ている。俺は感情を表情に出さずに静かに言ったつもりだ。俺の予想通りなら……。シオンの右手が俺の左頬を襲い、パンと乾いた音が響く。泣きながらシオンは背を向けて走っていく。

「お、お前……」

「誰かがやらないとダメな役割だったさ」

「……それを分っていて言ったのか?」

ジーノは分らないという表情で俺を見ている。

「仕方ないだろう?」

「……」

「ちゃんと受け止めなきゃいけないんだ」

 俺はシオンの行ってしまった先を見つめる。

「とりあえず学校に戻って報告だ。そして後は魔法省に任せよう」

「……そうだな」

そう言って俺とジーノはポータルに向かって歩き始めた。



[20679] 魔物退治・後
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/07/30 02:41
「どうだ? あれから口を聞いてもらえたのか?」

「いんや全く、メールも返ってこねえ。随分と嫌われたものだな」

 そう言って苦笑する。あれから一週間経ったが俺は完全にシオンから避けられていた。あの日、魔物を倒して学校に戻り、報告して魔法省が慌ただしく動いてくれた。そのせいで報酬は半減したのだが、それでも充分だった。そしてシオンがいなかったので俺が代わりに受け取ったのだけども。

「はぁ……面倒くせえなぁ……」

「……確かに」

 何故か、あの日以来ジーノとは非常に仲良くなった。最初にアレだけ派手に喧嘩したのがウソみたいだ。今もこうやって雑談できるほどに。

「何か今俺のことについて考えてなかったか?」

「いんや、そんなこと考えねえよ、俺の頭はシオンで一杯だぜ」

 魔力を感じ取ることに長けたジーノは微妙な変化でも読み取るので先ほどのように非常に鋭い。こちら側としては思考まで読まれているのはいい気がしないのだが、元の能力が高いせいか勝手に感じ取ってしまうらしい。そんなことまで話してくれるほど、ジーノとは良い関係になったのだが、それと入れ替わりにシオンとは絶交状態だ。

「ったく、こんな事になるんだったら言うんじゃなかったぜ……」

 流石に一週間、無視され続けるとは思ってもみなかったので後悔してしまう。

「でも誰かがやらねば、ならなかったのだろう?」

「俺はそう思うね、そう言えばシオンは授業出ているのか?」

「ああ、そう言えば一昨日辺り見かけたな」

「そうかそうか、なら大丈夫だ。そのまま引き籠られたら非常に厄介だったけど、そこまで立ち直ったならもういい」

 そう言って俺は席を立つ。

「こら、また貴様か! ツチミカド! 大人しくせんか!」

 ……今、授業中なの忘れていた。

「すみません、考え事で……」

「シャラップ」

 俺は仕方なく席につく。

「……何してんだよ」

 ジーノが笑いをこらえるので必死そうだ。

「だから言ったろう? シオンで頭がいっぱいなのさ」

 そう言って俺は肩をすくめ、窓の外に目を向けた。

「いい天気だなぁ……」

 そう呟いて嘆息する。シオンが大丈夫なら、それでいい。俺がこれ以上、干渉することもない。そんなことを考えている俺をジーノが困ったような目で見ていたけど、無視して空を見続けた。

 ちなみにあの一件から何故か俺の名前が学園中に馳せだした。一年の不良生徒、魔物を倒す、と。あり得ない……すべてはシオンの手柄にしたはずだ。誰の陰謀だ? と出所を探ったところ、シオンに行き着いた。

「私が……倒したんじゃないの、付き添いをお願いしたマキが……」

 と正直にお答えなさったそうだ。俺の目的を忘れたのだろうか? それともワザとだろうか? 本当はもうシオンに干渉するつもりはなかったのだけども、個人的な理由で干渉しなければならない気がした。

「ヘイ、マキ! 脱兎が魔物倒したんだってな!?」

 ほら、こんなこと言う輩が一杯現れるんだ。

「ウソだよウソ、魔物倒せるぐらいなら、とっくにロンも倒しているだろう?」

「はは、やっぱりか! そうだよな」

 俺ってどんな印象持たれているんだろうか? 納得してもらえて助かるんだけど、少し悲しい気もした。まぁ所詮『脱兎のマキ』だ、それでいい、俺の位置づけは。そんなことを考えつつ、シオンのいる教室を見つけ踏みこむ。

「シオン」

 俺の声が大教室に響き渡る。見渡すとシオンが俺の方を見て固まっている。俺はすぐにシオンに向かう。するとシオンは何と逃げ出した。

「オイ、待て!」

 肉体強化できる俺様から逃げようってか? 一瞬で間合いを詰め、シオンを抱え上げる。

「きゃあ!?」

「ふはは、俺から逃げようなんて百年早いぜ! さぁ捕まえた!」

 ……何故か俺のキャラは崩壊していた。だって周りから見るとただのセクハラ野郎。周りからの視線が冷たい。氷漬けにされているような気がする。とりあえず、シオンを下ろして、こちらを向かせる。けどシオンは顔をぷいっと背けて真っ赤な頬を膨らませている。くっ……可愛いじゃねえか……。って違う違う。

「おい、シオン。何故あの日以来、俺を無視する?」

「そ、それは……」

「俺が悪いのは分っている、だから謝ったじゃないか」

「……悪いのは私だもん」

 俯いたシオンは絞り出すように言う。

「そんなことない、俺が悪かった」

 自分を悪者にするために、わざとデリカシーの無い言い方したんだけどね。

「ごめん、あの後ジーノ君に話聞いたんだ」

「……え〝」

 『え』に濁点がついてしまった、あの野郎め……喋っていたのか。

「マキが……わざと言ってくれたのを知って……私恥ずかしくなって」

 そう言ってシオンは俯く。

「だから早く元気な姿を見せなきゃって……」

 シオンは目に涙を浮かべて震えている。よく考えれば突然、親が死んだと言うのに、一週間も経たずに立ち直れるわけがないじゃないか。こいつ相当無理をしていたんだ……。俺の言葉がこいつの負担になってしまった事を後悔する。

「馬鹿野郎」

 そう言ってシオンの頭を掴んで顔を上げさせる、顔も目も真っ赤だ。わたわたと暴れるシオンがまた一層可愛かった。

「な、何を……」

「無理するな、悲しいときは泣けばいい、怒りたいときには怒ればいい」

 そう言ってシオンの頭を撫でてやった。綺麗な銀髪の上を俺の手が滑り、非常に心地よかった。シオンは顔を歪めてぽろぽろと涙をこぼす。不謹慎だけど綺麗だった。そしてこの子をどうしようもなく愛おしく思っている自分がいた。

「俺も悪かった、お前の負担になってしまっていた」

 シオンを宥めながら俺は言う。

「ま、マキ」

「何だ?」

「あ、ありがとッ……」

「気にするな、お互い様さ」

 そう言って再び俺はシオンの頭を撫でていた。



「……仲直りできたようだな?」

 授業始まって早々ジーノが嬉しそうに聞いてきやがる。

「人の魔力勝手に読むなって……」

「いや、何か噂話を聞いたんだ、『セクハラのマキ』って」

「な、何だとー!?」

 思わず絶叫しながら机を叩いて立ちあがる。いつの間にそんな不名誉な称号を? 思い当たりは確かにあるけど、あれは感動する場面だろう!?

「コラ、また貴様か! マキ!」

「あ、すみません」

 そう言って席に座るものの全く落ち着かない。流石にセクハラは納得いかなかった。……いや確かにシオン捕まえた時の俺は少々壊れてたけども……いやかなり?

「クックック、大変だなぁお前も」

 本当に楽しそうにジーノは笑う。

「他人事だと思いやがって……」

 不機嫌そうに俺は呟く。日本にいた時に比べればマシだけど……マシなのか? 何かもっと酷いことになってきている気がする。これからの学園生活は一体どうなってしまうのだろうと不安にならざるを得なかった。



 それから一週間もすると『セクハラ』の通り名も消えて、いつの間にか『脱兎』に戻っていた。よく考えると脱兎も結構酷いのだけど、セクハラよりはマシだった。この時限りはロンに感謝せざるを得ない。

「こんのッ……!」

 こいつ飽きないのか? 後で聞いたのだが、最初に食堂でロンと争っていたのはジーノらしい。何かロンに因縁つけられて、いきなり襲われたらしい。どんだけ無茶苦茶な奴だよ。そのとばっちりが今もなお俺を襲っているわけだ。ジーノはそんな俺をニヤニヤと眺めている。まったく期末試験も近いと言うのに……。

 毎度の如く教科書を片手に拳を避けていく。そろそろ相手するのも面倒になってきたところだ。

「今日はここまで、もっと敏捷性を磨くんだな」

 そう言い残して毎度の如く、くるりと反転、そのまま逃亡を成功させた。簡易であるとはいえ肉体強化してある俺が殴られたり、捕まったりする要素はなかった。

「毎日、大変だな」

 そんな肉体強化してある俺に難なくついてくるジーノ。こいつは補助系が苦手で大した強化はできないのに、地力でついてくる。小さいのに凄いもんだ。

「もう慣れたさ」

 そう言って手をひらひらさせながらも教科書から目を離さない。

「……にしてもお前、頑張るなぁ、勉強」

「そうか?」

 自分ではそうでもないと思うのだけども……。よく考えれば、あんな状況でまで教科書を手放さないのだ、そのうち通り名が『がり勉』に変化してもおかしくない。まぁテスト前しかやらないけど。

「あ、シオン」

「ん……?」

 教科書から目を離すと遠目に手を振ってこちらにやってくるシオンがいた。

「マキーッ! ジーノーッ!」

「よう、シオン」

「おはろー、朝から勉強? えらいねぇ……」

 シオンは本当に感心しているようだった。きっと普段の授業態度とサボり具合を知っていればそんな事は言えない。シオンは別クラスなので、あまり授業を一緒することがないので助かっていた。それに比べほとんどの授業を一緒するジーノはそれを聞いて苦笑する。

「普段から真面目にやってれば、苦労することないにな」

「まぁ確かにな」

「でも、きっとマキだってやればできるよッ」

 それは、やらなければ出来ないのですけどね。よく考えれば前回の中間テストで三百人中の総合一位のシオンと七位のジーノ、そしてギリギリ半分より上に入った百四十三位の俺、完全に俺だけ残念だ。だからと言って上位を目指すつもりなんてさらさらないけども。

「俺は幸せ者だ……」

「き、急に何ッ?」

「いや、勉強分らないところは上位の二人に教えてもらえる」

「嫌だ、断る」

「……勉強は自分でしないと意味がないよ?」

 二人ともそれぞれの意見で断られる。ってかジーノ、お前完全に私情じゃないか?

「……俺そこまで嫌われているとは」

「日ごろの行いだろ」

 別に日ごろの行い悪いとは思わないけどな……。ジーノの指すところは俺の授業態度とかサボりのことだろう。

「まぁおっしゃる通りだわ」

 そう言って嘆息する。けど、思っているほど今回のテスト範囲は危ないわけじゃあない。ジーノと一緒のお陰で出席率も随分良くなったし、それなりに理解できているつもりだ。そこまでしなくても、それなりに何とかなりそうな気がしていた。気だけかもしれないけども……。

「む、一時間目の五分前だぜ? シオン大丈夫なのか?」

「あ、もうそんな時間かぁ、それじゃまたねッ」

「ああ、またな」

 そう言ってシオンは駆けていく。こらこら走るな、またこけ……た。派手に教科書をぶちまけて、こけるシオン。

「……ったく、大丈夫か?」

「う、うん」

 顔を真っ赤にしたシオンはいつもの如く可愛い、本当に癒される。俺は笑いを必死にかみ殺して、ぶちまけた教科書を拾ってやる。ジーノが顔をそむけて笑いを殺しているのがちらりと視界に入る。お前も手伝えよ、とか思ったけども。

「ほらよ、もう走るな」

「あ、ありがと……」

 そう言って俯いたまま、シオンは行ってしまう。

「……本当にお前は放っておけない性格だよな」

「お前、俺のこと笑っていたのか!?」

「もうシオンのは慣れたよ」

 確かに……あいつが俺らの前でこけるのは、もう何度目になるだろう? それほどあいつはおっちょこちょいだ。時々、天然なのか故意なのか分らなくなる。

「にしても随分元気になったな、シオン」

「ああ、そうだな」

 シオンの後ろ姿を見送ったジーノが安心したように言う。確かにその通りだ、随分と元に戻ってきたように思う。俺たちにとって非常に喜ばしいことだった。



[20679] 闘技大会
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 17:50
「……で?」

「だから……お願いッ」

 目の前でシオンが頭を下げている、何故なのか分らないけど。

「……内容を聞かせろ」

「さすが、マキ!」

「まだ受けるとは言ってねぇ」

「え、ええ……」

「聞くだけ聞いてやる」

 メールで放課後にお願いがある、と呼び出されて俺とジーノは空き教室に向かった。するとシオンが嬉しそうに待っていた。

「二人にとあるクエストに同行してほしいんだッ」

 ……前回のあれをもう一度ってか? 冗談じゃねえぞ!? もはや、あれは色々ありすぎて俺の中で禁忌、トラウマになりかけている。クエストなんて真っ平ご免だ!

「まぁそう言わず、聞くだけ聞いてやってもいいんじゃないか?」

 とジーノ。で仕方なく、冒頭に戻るわけだ。

「えへへー、えっとね。これなんだけど」

 そう言ってシオンは一枚のチラシを俺に差し出す。何か凄い嫌な予感がするけど、手渡されたチラシに目をやる。一瞬で目をそむけたくなるようなタイトルが大きく印字されていた。

「……ほう、魔法武闘大会の予選ねぇ」

 ジーノがそれを覗きこみ、タイトルを棒読みする。

「……で? これに俺らがどうしろと?」

「二人ならどちらか優勝できるんじゃないかなって」

「断る」

「え、ええ!?」

「俺が目立ちたくねえ、って言ったの忘れたか?」

「もう十二分に目立ってるぜ?」

 お前らのせいでなー! と突っ込みたいのを必死に抑えこむ。

「……だとしても、これ以上目立つ必要もない、俺は平和に過ごしたいんだ」

「そう言えば、これロンも出るらしいぜ」

 ジーノが突然よく分らんことを言う。

「……それがどうした?」

「この場で正々堂々倒してしまえば、もう追われないんじゃないか?」

 む、むぅ……確かにそうかもしれんが……脱兎から今度はクラッシャーマキとかに通り名がなりそうだ。

「とにかく俺は絶対出ねえ、大体俺が出てシオンに何の得になる?」

「これで予選突破したら魔法実演の単位五貰えるよ? 成績ギリギリのマキには丁度いいかなーって」

「おい、お前ギリギリって……これでも五十位以内に入ってるんだぜ!?」

 二人のお陰で勉強がはかどったのは言うまでもない。何と期末は奇跡的に百人抜きを達成し、総合五十位以内に入ってしまったのだ。これで更に目立ったのは言うまでもない。

「と、行っても所詮五十位だろ?」

 ジーノが鼻で笑う。こいつは恐ろしいことに七位から三位まで上がってやがった。

「お、お前……」

「で、でも五単位は大きいでしょ?」

「まぁそうだけどよ……」

 普通、一教科でもらえる単位は一か二だ。つまり倍以上、予選突破するだけで破格の報酬が得られるのだ。ちなみにシオンは相変わらず全教科トップ三をキープし、堂々の一位だ。

「……で、俺がこれに出てシオンは何か得するのか?」

「んーん」

 悪意のない笑顔、何か裏がある気がする。

「ジーノ、こいつの言葉に嘘や偽りはないか?」

 魔力感知に長けたジーノに聞いてみる。

「……微妙に魔力の揺れを感じた」

「う、裏切り者ー!」

 珍しくシオンが絶叫する。俺はゆっくりとシオンに振りかえる。

「……で? 何が目的なんだい? シオン」

 無理やり笑顔を張り付けてシオンに詰め寄る。

「あ、ああ……うう……」

 話を聞いてみると二人が予選に参加するとなれば、それなりの練習をするだろうと思い、その練習に参加させてもらって自分も出場しようと、思っていたそうだ。素直じゃねえなぁ。

「……初めからそう言えよ、そしたら俺ら出なくても練習ぐらい付き合ってやったのに」

「うー、でも……」

「一人で出るのは心細いんだとさ」

 なんだと!? こいつジーノには相談してやがったのか!

「……ったく、そこで俺を単位で釣って出場を決意させて一緒に練習して出ようって思ってたのか?」

「……うん」

「でも何でシオンが出る必要があるんだ? 成績なんて十二分だろ?」

 いや二十分ぐらいかもしれない。

「ん、何となくだよ」

 そう言ったシオンは笑顔だったけど、どこか悲しそうな感じがした。それに何となく、って……と思ったけど追求するのは止めておいた。

「そうか……分ったよ、出てやるさ」

「本当!? ありがとーッ!」

 そう言ってシオンは俺とジーノに抱きついてくる。こうして俺ら三人は来月の魔法武闘大会の予選に出ることになった。

 しばらくして期末テストも終わり、俺らは長い夏季休業に入った。実家に帰る者も多かったが俺たち三人は返らなかった。家から帰って来いと催促の電話があったんだが、軽やかに無視する。

「いやーちょっと用事が残っててさ、帰れねえんだわ」

「用事とは?」

 聞かれると思ってたけどよ……俺は一応最悪の準備をしておいた。

「補習」

「……ばかものがあああああああああああああああ!!」

 そして電話は切られたのであった。本当の理由は言うまでもない、魔法武闘大会の予選だ。俺らはそれに向けて実践訓練を続けていた。

「やっ! とうっ!」

 シオンが次々と多種の魔法で襲ってくる、加減してあるとはいえ、直撃するとヤバイ威力だ。肉体強化してある俺は難なくかわせるのだが、シオンは魔力を練るのが非常に上手だった。休む間もなく炎や氷のつぶてが俺を襲う。

「うん、魔力を練るのは正確で失敗がなく、ムラもない、そして速い」

 だけどシオンには決定的な弱点がある。俺はかわしつつ、シオンの周りを旋回する。

「……速度特化」

 一瞬でシオンの視界を振り切って後ろに回り込む。ここまでは読んでいたらしく、シオンが見ずに後ろに氷を放つ。しかし速度特化した俺を捉えることはできない。氷を踏み台にして、シオンの正面に回転を決めて着地する。右手の甲でシオンの額をコツンと叩いてやる。

「接近戦になると圧倒的に弱い、それがシオンの弱点だな。少しは自身の肉体強化系の補助魔法を練習した方がいい」

「あうう……」

 まぁ予選で俺ほど速い奴が現れるとは思わないけども。そう考えるとシオンも充分、予選を突破できる力を持っていると思う。だけど、こいつの問題はそれ以上に……。

「後は実践でどこまでできるかだな」

 さっきまで見ていたジーノが言う。その通りなんだ、この上がり症が実践でどこまでやれるかなんだよな……。俺の心配はむしろ、そこにあった。後、もう一つ、俺らの誰かが予選で一緒の組になることだ。最初の衝撃の出会い以来、ジーノとは戦ってないので、興味がないと言えばウソになる。ジーノなら本気で相手しても構わない、というか正直してみたい。だけどシオンが相手となると……。何か事情もあるみたいだし。まぁそれは当日の運だろ、と結局楽観視するしかなかった。

「んーまぁ上出来だと思うぜ? 当日に期待ってとこだ」

 そう言ってジーノと武器なしの組み手を軽く行う。肉体強化を使わずの俺は投げられてばかりだ、こいつマジ強え。

「ったく! 少しは手加減しろよ!」

 いい加減、打ち続けてきた背中が悲鳴を上げ始めた。

「そしたら練習にならないだろう? ま、お前ほど弱いと俺の練習にはならないが」

「……ならば簡易強化でやってみるか?」

「望むところだ」

 それぐらいで、やっと俺とジーノは五分五分になる。素であのステータスとは本当にちびっこだぜ恐ろしいぜ、魔法要らねえんじゃねえか?

「ふぅ、今日はここぐらいで終わっとこうぜ、疲れ残しても面倒だし」

「そうだね」

「ああ」

 俺の提案に二人とも素直にうなずいてくれる。三人そろって寮に戻る。

「なぁ明日何時にどこだっけ?」

「それ前も言っただろ? 朝八時に多目的ホールのワープポータル前。行先はフランスだ」

 嘆息しながらもジーノが詳しく答えてくれる。

「あー起きれるかなぁ……」

「起きなかったら、叩き起こすから大丈夫だよッ」

 シオンはにこやかで他意のない笑顔だ……けど絶対に起きよう。

「オーケイ、アラーム三つぐらいセットしとくぜ」

「ふふっ、気合い入ってるねぇ?」

 色んな意味でな! ったく、人の心配も知らずによ……そう言って俺らは男子寮に向かい、シオンは女子寮なので別れた。

「……マキ」

「ん?」

 不意にジーノが呼びかけてきた。何だか深刻な顔だ。

「……今さらなんだが、もしシオンと予選でぶつかったら、どうすればいい?」

「ぷっ! 今さらかよ!」

 俺が随分と前から気にかけていたことに、やっと気付いたジーノに思わず吹き出してしまう。

「俺は負けるぜ、当り前だ。あいつには何か事情あるっぽいしな」

「……そうか、バレずに負けれるものか……?」

「バレるだろうよ、シオンも充分に強くなったが、はっきり言ってお前ほどじゃねえ、それはシオンだって分っているはずだ」

 ジーノは困った表情で俯いてしまう。

「……」

「ま、そうならないことを祈るんだな。なってしまったら自分の心に問え、しっかり考えて自分で答えを出すんだ、そしたら言い訳できねえだろ?」

「……そうだな」

「ま、気にすんなよ。まだ一緒の組になると決まったわけじゃねえだろ?」

 そう言って俺はジーノの背中を叩いて、自室へと向かった。



 遠足前の幼稚園児か俺は……。何とか早めに寝ようとしたけど、結局寝付けなかった。その上、とてつもなく早く目覚めてしまう。まだ時計は五時半を指している。二度寝はマズイな……とりあえず準備でもするか。と、言っても特に必要な物など無い。動きやすい格好に安全グローブをポケットに突っ込んで準備完了だった。おっと、受付用紙忘れるところだった。グローブを入れた方と反対のポケットに大事にしまい、俺は朝食を取るために食堂に向かった。

「……まだ開いてねえか」

 携帯を取り出すと時間はまだ六時半だった。軽く背伸びをして開店を待つ。すると廊下の奥に誰か現れた。こちらに向かってくるのはロンだった。

「……よう、お早いことで」

 それを黙殺される、酷く睨まれている。

「今日、出るんだろう?」

「ああ、そうだけど?」

「お前と当たることを祈ってるぜ、俺は」

 そう言ってロンは鼻で笑う。相変わらず嫌な笑い方だ。

「……加減しねえぜ?」

「はいはい」

 そう言って大人しくロンはすれ違って行った。

「……バーカ、こっちは加減するっての」

 そう言って俺は嘆息した。すると食堂のドアが開き、おばちゃんが顔を覗かせる。

「おや、珍しく早いねえ? 今日出るのかい?」

「ああ、そうなんだ」

 そう答えると満足そうに笑うおばちゃん。

「そうかいそうかい、ならサービスしてあげるよ! ほら早く入りな」

「おお、サンキュー助かるぜ」

「サービスしたからには勝ってきなよ!」

 そう言っておばちゃんはまた軽快に笑った。

 よし腹ごしらえも済んだし、時間も丁度いい、行くか。おばちゃんに見送られて食堂を後にする。学園内には既にちらほらと動き始めている生徒がいる。皆、今日出場する奴らだろう。こんなに多いとは思ってもみなかった。

「まーた嫌なウワサ立たねえといいんだけどなぁ……」

 そう言って嘆息する。多目的ホールに着くと既に二人とも待っていたようだ。

「おはよう」

「あ、マキ! おはよッ!」

「お前にしては珍しく時間に余裕を持ったな?」

「やれば出来る子さ」

「やらなければ出来ない子」

 ぐっ、こいつ朝から俺の心をえぐりやがる。ま、まさか、ここから心理戦が始まっているのか!?

「ま、行こうぜ。シオン設定頼むわ」

「オーケイ」

 そう言って俺とジーノは先にポータルに乗る。設定を終えたシオンがポータルに入ってくる。三人同時は初めてだったので少し窮屈に感じた。そしてボタンを押すと、あっという間に景色が変わる。

「よーっし、行くとしますか」

 そう言って三人はポータルを出て、会場に向かい歩き始めた。



 会場に着くと凄まじい数の人に圧倒された。まさか、これ全員出場するのか? あ、応援の人なんかもいるか。人ごみをかき分けて俺たちは受付に向かう。受付ではそれぞれ別の臨時ポータルを指示されに闘技場に飛ぶことになるらしい。

「三人別々ってことは……どうやら皆バラバラになったみたいだな」

 そう言ってジーノは安心したのか、ため息を吐く。その反対にシオンは真っ青になっていた。まさか一人じゃ戦えない、なんて言いださねえよな?

「おい、シオン」

 そう言ってシオンの両肩を掴み、こちらを向かせる。手からシオンが震えているのが伝わってきた、相当緊張しているらしい。

「今まで何のために練習してきたんだ、自分を信じろ、俺らもお前を認めているんだ」

「……うんッ」

 何とか震えが止まり、まだ顔色は悪いけど少しマシになったように感じる。

「じゃあ、また決勝でな」

 そう言って俺はポータルに乗り込む。ボタンを押さずとも一瞬で闘技場に飛ばされる。

「……へぇ」

 簡素な造りの闘技場が目の前に見える。その周りには既に選手が待ちわびている。その中に見知った顔を発見する。

「……よう、一緒の組になったようだな」

 珍しく俺から声をかけた。ロンはこちらを振り向き、ニヤリと笑う。

「ふん……やっと決着をつけれるな」

「今回も逃げ切ってやるさ」

 そう言って俺はロンに背を向けて隅に向かい、座り込んだ。……そう言えば何で俺が戦わないといけないんだろうな? 今さらながら当然の疑問が沸いてくる。負けちゃえば良くね? まだ開始まで少し時間があった。俺はぼーっと闘技場を見つめる。

「ああ、そう言えば五単位だったな……」

 そう言って俺は苦笑する。前期の成績は思ったより良かった。シオンとジーノのお陰かな……。これなら五単位加算されると、随分とこの先が楽になる。

「……そうだな、あいつらの為にも負けれねえか」

 何故そう思ったのかは分らない、何故俺が勝つことがあいつ等の為になるのか分っていなかったけど。負けたら、きっと悲しむんだろうなぁ。結局こちらに来ても、こういった面倒な関係作っちゃうんだよ。俺って何がしたいんだろうな、そう思って再び苦笑する。すると開始の前のアナウンスが流れ始める。何か緊張感ねえなぁ。俺は立ちあがって闘技場に上る。予選では三十人ずつに分けられたグループで最後に闘技場に立っていた二人を予選突破とみなす、勝ち残り戦みたいな感じらしい。つまり闘技場に上ったこの三十人、自分除いて二十九人が敵になるってことだ。ぼーっとしていると開始の合図がかかる。どうも一人になってから調子が上がらなかった。

「速度特化……」

 俺はぼそりと呟く。俺に襲いかかってきた奴を避けて、闘技場の隅で傍観する。先ほど襲いかかってきた男は完全に俺を見失って、辺りを見回している。目をつけられるたびに俺は逃げ回った。気づくと残り八人になっていた。何とロンも残っている。随分減ったせいで、ついにロンに目をつけられたようだ。そろそろ逃げるにも限界がある。終わらせるにはこちらから攻勢に出なければならない。

「面倒くせえなぁ……」

 そして右手に雷刃を構える。

「貫け」

 雷刃が七方向に分れて、それぞれを仕留める。……いや一人逃した。一人の男がひらりと闘技場に着地する。もう一度雷刃を向けるが、これも大きい跳躍でかわされる。人間相手にあまり跳躍で避けるのは良くないぜ? 今度はその隙に速度特化をかけて一気に間合いを詰め、着地の瞬間を狙って拳を打ち込む。男はそのまま派手に吹っ飛んで場外になった。

「……ふぅ、って忘れてた……」

 最後の一人は倒す必要なかった。上位二人だから、既に俺とあの男は予選突破を決めていたのだ。最後に闘技場に立っていたのは、俺一人だった……。

 俺のいつぞやの予想は、より一層酷いことになって的中してしまう。後期が始まって、俺は『ジェノサイド・マキ』と呼ばれることになるのだ。嘆息しながらポータルを抜け、俺は受付会場に戻る。その瞬間、一斉に視線が俺に集まる。最後に、あれだけ派手にやればなぁ……。せっかく勝ったのに気分的には敗者だった。気を取り直して他の闘技場を映し出しているモニターに目をやる。ところどころ、予選が終了している組もあるようだ。

「よう、派手な勝ちっぷりだったな」

 振り返ると顔が引きつったジーノがこちらを見ていた。

「……見てたのか」

「ああ、こちらは大して強い奴もいなくてな、すぐ終わって出てきたら、お前が最後の一人を倒すこところが見えたんだ。最後の一人までせん滅するとは思いもしなかったぜ」

「俺もすっかり忘れてたんだ……上位二人が予選突破ってことを」

「はは、お前らしい」

 そう言ってジーノは笑うけど、俺は笑えなかった。自分のこともあるけど……。

「それよりジーノ、あのモニター」

「ん?」

 そう言って俺の指すモニターに目をやったジーノも笑えなくなったようだ。

「シオン……押されてるじゃねえか!?」

 そのモニターにはシオンが必死に魔法を放つ姿が映し出されていた。残りはシオンを含め三人だが、そのうち二人がシオンに襲いかかっているのだ。

「畜生……汚えぞ!」

 ジーノは怒りながら吐き捨てるように言う。俺もこれはマズイ、と思う。いくら魔力を早く練れても流石に相手が二人だと……。

 気づけば俺の脚はポータルに向かって進んでいた。

「お、おい、マキ?」

 それに気づいた受付が俺を止める。

「困ります! 大人しくここで観戦してください!」

「どけ」

 俺を止めていた受付を押しのけて、ポータルに侵入する。するといつもの如く一瞬で目の前の風景が変わる。

「マキ様、失格になりますよ?」

 後ろから声をかけられ、振り向く。先ほどの受付が俺を追ってこちら側までやってきたようだ。

「……別に何もしねえよ」

 そう言ってシオンの方に向き直る。

「シオン!!」

 闘技場に俺の声が響き渡る。場の雰囲気が完全に止まった。シオンもこちらを見てびっくりしている。

「負けんじゃねえぞ」

 それだけ言い、俺は反転してポータルに戻る。受付会場に戻った俺を呆れた顔でジーノが迎えた。

「……よくやるぜ」

「だろ?」

「褒めてねえよ」

 そう言ってジーノは苦笑する。モニターに再度目をやるとシオンの魔法が一人の男に炸裂したところだった。

「よし」

 しかし男はまだ戦えるようで、戦闘は続行された。その数分後、いつの間にかシオンからその男に狙いが移ってついに決着がついた。シオンも予選突破を決めたのだった。モニターからシオンの姿が消えるとポータルに実物が現れた。

「マキッ、ジーノッ!」

 そう言って涙をこぼしながら抱きついてくる。

「勝てた! 勝てたよう……!」

「……大げさな」

 そんなムードに水を指すかのように、険しい顔をした受付の人がこちらに向かってくる。

「マキ・ツチミカド様」

「ああ?」

 またも場の雰囲気が凍りつく。予想はついている。

「予選での暴挙、その後他の闘技場への乱入、この二点により貴方の予選突破を取り消します」

「そ、そんなッ!?」

「シオン、いいんだ。構わないぜ、すまなかったな、迷惑かけて」

「……個人的にはもう少し貴方の戦いを見たかったのですが残念です」

 そう言った受付は本当に残念そうに、俯いて戻って行った。

「そんな……ッ」

「いいんだよ、やりすぎた。それにお前らのお陰で成績も充分良かったんだ、五単位なんて要らねえよ」

 そう言ってシオンに笑いかける。しかしシオンの涙は止まらない。あーもう面倒くせえなぁ……。

「おい、シオン」

 びくっとシオンが反応する。

「俺はお前が勝ってくれて、それで充分だ。本当にお前、よく頑張ったと思うぜ」

 そう言って頭を撫でてやる。

「うっ、うぅー……」

「泣き虫だなぁ……」

 そう言って苦笑しながらも本当に悪い気はしてなかった。必死に頑張っていたこいつが結果を出したのだ、それを素直に喜んでいる自分がいた。そう考えるとこんな関係も悪くない、そう思ったんだ。


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