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Jリーグ

【Jリーグ・柏レイソル】

Jの風 復活の道標 イエローハウス

2009年12月18日

 16日夜、日立柏サッカー場のクラブハウス事務所で今年最後の「イエローハウス」が開催された。月に1度、サポーターと社員が「レイソルをより良くするため」に話し合う場である。

 その1回目は2006年3月だった。クラブ史上初の降格、そして初体験のJ2リーグ。この戦いが始まって間もなくだった。これを機にチームもクラブも生まれ変わろうという強い意欲の中でスタートした。

 これからは開かれたクラブにしたい。それまでのレイソルには、閉鎖的というひと言が否めなかった。サポーターから見れば、「閉ざされたクラブ」という印象は強く、一体感は希薄だった。

 「イエローハウス」命名の由来は、ここに集まってくれたみんなは「家族」だ。「家族」が集うところは「家」。この思いを込めて「ハウス」とレイソルカラーの「イエロー」を掛け合わせた。

 最初は手探りだった。開催日の曜日を変え、場所を変えて、さらには女性限定の開催も試みた。時には参加者がわずか1人の時もあった。話し合いも一方通行になってしまうなど、まとまらないことは1度や2度ではなかった。それでも、忙しい時間をやりくりして集まってくれた人たちとヒザをつき合わせて話し合いを続けてきた。

 実は、クラブにとっての重大な決断も、この場から生まれたものが少なくない。

 バックスタンドのホーム化もその一つ。ホームスタジアムのバックスタンドは今、全面レイソルを応援する人たちの席になっている。さらにベンチシートだった一部座席の個席化。これも、この場での意見交換をきっかけにサポーターがチームの背中を押してくれたものだ。

 そして、通算41回目の開催となった今回の「イエローハウス」。師走の平日の夜にもかかわらず、30人を超える人たちに集まっていただいた。「今シーズンの総括が不明瞭(ふ・めい・りょう)」「降格の責任は誰が取るのか」「もっと生え抜き選手をコーチに起用すべきだ」などなど、厳しい意見が相次いだ。

 一方「私たちサポーターにできることはないか」「地元の人たちにもっともっとレイソルを知ってもらおう」という温かい提案も少なくなかった。

 この苦境にあって、この日また改めて力をいただいた。これが、クラブスタッフ全員の思いだ。

 我々は迷わず、レイソルを支えてくれる大勢のサポーターと歩みたい。

 来年、レイソルはJ2で戦う。1年でJ1に戻るためにも、「イエローハウス」は道標である。
(柏レイソル 広報・ホームタウングループ 石本瑞奈)

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