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2010年8月6日(金)付

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原爆投下65年―連帯し核廃絶のゴールへ

 新しい風が吹いてきた。

 今日、広島市である平和記念式にルース駐日米大使が出席する。

 原子爆弾を投下した当事国の大使の出席は初めてだ。核保有国の英、仏臨時代理大使も初めて顔をそろえる。

 来日中の国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長も、昨日長崎を訪れた後、広島の式典に歴代事務総長として初めて出席する。

 広島市は12年前から核保有国に式典への招待状を送りつづけてきた。やっと小さな実を結んだ。

■オバマ氏の広島訪問を

 昨年4月、オバマ米大統領がプラハで「核兵器のない世界」に向けて行動すると表明した。核軍縮・核不拡散の機運はこれまでになく高まっている。

 これを核兵器廃絶の動きへと結びつけなければならない。

 広島にはオバマ大統領に手紙を送りつづけている被爆者がいる。

 元広島平和記念資料館長の高橋昭博さんは昨年1月、就任まもない大統領への手紙につづった。「ぜひ広島にお越しください。新たな時代の始まりとなります」。ブッシュ前政権では核軍縮の歩みが途絶えた。その方針転換を期待してのことだった。

 プラハ演説のあと、オバマ氏は主要国首脳会議(G8)の核声明、米核戦略の見直し、米ロ核軍縮条約の署名、初の核保安サミットの開催と、次々に手を打った。動きを知るたびに高橋さんは手紙を書いた。すでに計4通。

 「被爆者が願っているのは核軍縮ではありません。核兵器絶対否定であり、核兵器廃絶です」

 65年前のこの日、旧制中学の2年だった高橋さんは爆心地から1.4キロの校庭で被爆した。後頭部や背中、両手、両足など全身の3分の1以上に大やけどを負った。ガラス片が指先に突き刺さり、変形して生えつづけた「黒いつめ」は資料館に展示されている。

 オバマ氏の広島訪問を望むのは、「核兵器を使用したあとに何が起きたのか。自分の目で見てほしい。そうすれば、核廃絶に向けてさらに一歩進む」と信じるからだ。

 平均年齢76歳、全国に約22万人いる被爆者に共通した思いだろう。

 多くの命が一瞬に消えた地にオバマ氏が立てば、「核なき世界」に向けてこの上なく強いメッセージとなる。

■理想と現実の接点

 もっとも、オバマ氏が核兵器のない世界を唱えるのは被爆者と同じ動機からではないだろう。

 9・11同時テロのあと、核テロへの恐れが高まった。テロリストに核が渡る危険性が、安全保障上の大きな課題となってきた。「核がテロリストに渡れば核抑止論が働かない。核を廃絶した方が安全だ」というわけだ。「核兵器は絶対悪」という被爆者の人道上からの叫びとは、大きく隔たっている。

 「それでもゴールが同じなら連帯していい」。被爆者で元長崎大学長の土山秀夫さんは、そう断言する。

 そのために「感性と論理の訴えが必要だ」と説く。被爆者の証言は核廃絶の必要性を人々の感性に呼び覚ます。それだけでは十分でない。冷厳な国際政治の場で核廃絶の必要性を論理的に説得できなければならない。

 核廃絶という被爆国の理想論と、核抑止という保有国の現実論が交わることはこれまでなかった。日本が米国の「核の傘」の下にある現実もある。核戦略という極めて政治的な問題に、被爆者をはじめとした市民社会の意思が反映されることはなかった。限りない平行線とも見えた理想論と現実論に小さいながらも接点が生まれつつある。

 ルース大使の式典出席はそれを象徴する。ただ、米国務省は「第2次大戦のすべての犠牲者への敬意を表明するため」と説明する。いまも原爆投下を正当化する考えが根強い米国の世論に配慮せざるをえないのだ。

■核兵器禁止条約の準備

 これをひと夏の交錯で終わらせてはならない。

 そのためには核兵器廃絶のプロセスを練り上げ、現実の政策へとつなぐ。そして、ねばり強い外交交渉で核保有国への包囲網をつくっていくことだ。

 たとえば、5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終文書は「核兵器禁止条約」構想に初めて言及した。化学兵器と生物兵器には禁止条約があり、廃絶に向けて進んでいる。核兵器でも、というアイデアだ。

 カナダの元軍縮大使で、国際NGO「中堅国家構想」名誉議長のダグラス・ロウチさんはこの言及を「国際的な議論の俎上(そじょう)に上がった」と評価し、「国際交渉の準備を」と呼びかける。

 モデルとなる条約案は1997年、核戦争防止国際医師会議などのNGOが発表している。米など核保有国は消極的な態度をとってきた。ところが、核をめぐる状況が劇的に変わったいま、核廃絶の実現に欠かせないこの条約への関心が高まっている。交渉の準備に必要な条件を整えていきたい。

 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約が成立したのは、いくつかの国の国会議員がNGOと連帯して政府に働きかけたことが大きかった。核兵器でもこの経験を生かしたい。

 核被害の実態を原点に、政府だけでなく専門家や自治体、NGO、さらには市民によるネットワークを築く。同じ志を持つ国と連帯する。

 唯一の被爆国である日本は、その先頭に立たなければならない。

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