はじめに
本稿で一番伝えたいメッセージ(結論)は、「国民年金は支払った方が得をするので、払っていない人はとりあえず支払っておいた方がいい」ということである。
ということで、老後にかかる生活費について、想像してもらいたい。若い世代であればあるほど考えたことがないかもしれないが、仮に月25万円が必要だと仮定する。25万円ではやっていけないという人もいるかもしれないので、その場合は必要な金額に置き換えてもらえればいい。今は、月25万円と仮定すると、1年間では300万円が必要となる。ちなみに、2008年7月に報告された日本人の平均寿命は、男性が79・19歳で女性が85・99歳。そこで、あなたが65歳まで働いて、80歳まで生きると仮定すると、老後の人生を過ごすためには4500万円(300万円×15年)の蓄えが生活費として必要になる。ただし、今は80歳まで生きると仮定しているため、それ以上生きることになれば、もっと蓄えが必要となる。言い換えれば、65歳までに最低4500万円を貯めておかないと、まともな生活ができなさそうだということが理解していただけるだろう。人によるかもしれないが、結構な金額であるため、こんな金額は貯められないと途方に暮れる人もいるかもしれない。そこで、私たちの老後の生活において、途方に暮れず、少しでも経済的に安定して過ごせるように、年金制度がある。
現在、「国民年金」における若年層(20歳〜35歳)の未納率が非常に高い。今から30〜45年後、未納者が65歳になる頃、親の残した遺産で食べていける人などは別として、どのように生活していくつもりだろうか。そして、今の世代の未納者の中に、将来のことを考えている人たちがどれほどいるだろうか。
将来に発生が想定される大きな問題について、解決方法の検討を先延ばしにするのではなく、今から対処できることがあれば、先んじて手を打つのが一番よいと考える。そこで、本稿では、読者が「国民年金」を支払っていない人を見つけた時に、支払った方がいいことを説明してくださる期待も含め、その理由について説明したい。
支払いのすすめ(1)・・・未納者が増えても年金は破綻しない
さて、多くの若い世代の人たちが、「今から国民年金に加入しても、どうせ自分たちの老後時には破綻しているから払い損になる」「未納、未加入者が多いようだから、年金はいずれ破綻する」という考えを持っているようだが、これは大きな誤解である。また、マスメディアが「納付率が約6割(=未納率※1が約4割)」と報じているが、これは誤解を招く表現であり、日本国民全体の約4割が「国民年金」の保険料を支払っていないという意味ではない。
※1:未納者、免除者、特例者、猶予者を含む
そもそも「国民年金」の加入者は、自営業者、学生、フリーター、無職など、自分で保険料を納めなければならない人たち(第1号被保険者)だけで構成されているわけではない 。「厚生年金」や「共済年金」を支払っているサラリーマンや公務員(第2号被保険者)などからも構成されている。つまり、「厚生年金」や「共済年金」の保険料の中には「国民年金」の分も含まれているため、結局のところ、日本国民全体が加入する仕組みになっている。
図表1:公的年金加入者の状況
出所:社会保険庁 「平成19 年度における国民年金保険料の納付状況と今後の取組等について」 |
したがって、「国民年金」の納付率は、自営業者、学生など、自分で保険料を納めなければならない人たち(第1号被保険者)の中に限ってみれば、約6割(=未納率が約4割)となっている。しかし、国民全体における「国民年金」の納付率は、9割以上であり、未納者の割合は5%程度の話に過ぎない(図表1参照)。そのため、第1号被保険者の未納者の割合が上がろうが下がろうが、年金制度に与える現実的な影響は非常に小さく、破綻するというのは大げさな話だということが理解していただけるだろう。
次に、日本の年金制度は「仕送り方式(または、賦課方式という) 」なので、「たとえ未納者が全体の少数であっても、未納者が保険料を支払わないと、高齢者に回す資金が不足してしまって、サラリーマンや公務員といった現役世代の負担が高まるのではないか、最終的には破綻するのではないか」と考えている人もいるかもしれない。
たしかに、未納者が保険料を支払わないと、その分は高齢者に回る資金が不足してしまうので、その考え方は正しいのだが、日本では将来の年金の支払いに備えるために「年金積立金 」と呼ばれる約200兆円の資金がある。そのため、国は未納者によって生じた不足分は「年金積立金」を利用して、高齢者に支払うことになる。そして、未納者は将来に年金をもらうことができない、言い換えれば、国は未納者には年金を支払う必要がないため、未納者が未納者でなかった場合に支払われるべき年金が「年金積立金」の中から減っても問題は起きないのである。
つまり、今の高齢者に年金が支払われる際には、未納者が支払わない分の保険料は「年金積立金」から調達する仕組みになっている。したがって、未納者が増えても制度は破綻しないし、保険料を支払っている働く世代に大きな影響が及ぶことはないと言える。
支払いのすすめ(2)…払い損にはならない
年金の支払いは義務であるため、そもそも損得論を理由として払わないのは論外という意見もあるが、「将来、本当にもらえるのか、もらえるとしたらどれだけの金額がもらえるか」という疑問は、誰しもが気になるところであろう。
2004年の年金改正により、「国民年金」の月額保険料が2005年4月分より毎年280円ずつ増加し、2017年で固定(16900円分の価値 )になることが決まった。話をわかりやすくするため、物価や賃金上昇率などを考慮せず、単純化して伝えたい。例えば、今年20歳の人が「国民年金」のみを40年間払い続けるとしたら、払込総額は約800万円となる。高齢者が現行制度下でもらえる年額は約80万円(約6万6000円×12ヶ月)。仮に65歳から80歳まで生きたと仮定すると、総額約1200万円となる。つまり、800万の保険料負担で、1200万円もらえると考えれば、利回りは約1・5%となる。
図表2:世代ごとの保険料負担と年金給付額
出所:厚生労働省 第15 回社会保障審議会年金部会資料 |
わかりやすさを重視したため、細かな前提条件や計算を省略したが、国によれば今年生まれた子供の場合でも、実際に払う「保険料」よりも、平均寿命よりも生きた場合、将来もらえる年金が1・5倍以上に増える計算で制度設計がなされている。ちなみに、厚生年金においては、将来もらえる年金が2・3倍以上に増える計算になっている(図表2参照)。しかし、来年70歳になる人の国民年金給付額は生涯にかけた保険料の4・5倍だが、35歳未満だと1・5倍止まり。世代間格差が大きいため不公平感は拭えないが、そもそも払い損にはならないということが理解していただけるだろう。
なぜ、このようなことができるのか。それは、2009年度から「国民年金」においては、若年者層の負担を軽減させるため、高齢者に支払われる年金の半分が税金から支払うように仕組みが変更されたからである。つまり、これまでとは違い、働く世代の負担の半分が、税金で補われることになったのである。したがって、未納者においては、消費税などの税金は国に支払っているけれど、保険料を支払っていないと、将来、国から年金をもらうことができないため、結局のところ、税金の払い損になってしまうのだ。
支払いのすすめ(3)…個人年金(民間の生命保険)との比較
「国は信用できないし、将来どうなるかもわからないから、『民間の個人年金』に入って、自分のことは自分で支えよう」と考える人たちも多いのではないだろうか。そこで、「国民年金」と「民間の個人年金」の違いを示す(図表3参照)。
まず、基本的に物価スライド制が「民間の個人年金」にはない。物価スライド制とは、賃金や物価に合わせて年金の額を変動させるという考え方である。インフレによって、物価が2倍になった場合、「民間の個人年金」では契約に基づいた金額しかもらえないので、実質的に金銭の価値が半減してしまう可能性がある。一方、インフレによって経済社会が大きく変動したとしても、「国民年金」の価値は保障される。ちなみに、保険料が将来の自分のために積み立てる「積み立て方式」ではなく、今の高齢者の支払いに使う「仕送り方式」になっているのは、物価スライド制をとっているからである。仮に、物価が大きく上昇しても、働く世代の給与も物価とともに上昇すると想定されるため、保険料を多めに払うことが可能になる。そのため、高齢者が安心した老後の生活を送れるようになっている。
図表3:国民年金と民間の個人年金の比較
出所:かんたん国民/厚生年金入門
[http://www.kokumin-nenkin.com/knowledge/hikaku-1.html] |
次に、「国民年金」の場合は死亡するまでもらい続けることができるのに対し、「民間の個人年金」では契約上の年齢までしかもらえない。長生きすればするほど、「国民年金」の強さが発揮されると言えるだろう。
三番目として、「国民年金」は将来の老後だけでなく、支払っている今でも生活の保障をしてくれる。例えば、あなたに事故や病気で障がいが残った場合は「障がい基礎年金」が支給され、生涯にわたってお金をもらい続けることができる。また、死亡したときは、遺族に「遺族基礎年金」がもらえる。言い換えれば、保険料を支払っていなかった場合、障がいを負ってしまったら収入のない生活を過ごすこととなる。また、死んでしまったら、残された家族が生計を立てていくのが困難な状況に見舞われる可能性が高くなるのだ。
最後に、「国民年金」において支払った保険料は、その全額が「社会保険料控除」の対象となり、税金が安くなる。
したがって、お金がないけれども保険に入りたいと思った場合は、税金優遇の面などを勘案しても、まずは「国民年金」に入った方がよい選択だと考えられる。また、「国民年金」においては、本当に保険料が支払えなくなった場合、収入に応じて4段階の免除制度という配慮もなされている。つまり、低所得だからといっても、収入に応じた免除申請さえすれば、金額は少なくなるものの、将来に国から年金がもらえるし、今の生活の保障もしてくれるのだ。
未納問題の本質・・・国民年金の支払いは「義務」ではなく、年金をもらう「権利」だ
未納問題という言葉の響きは、なんだか国が大変なことになるイメージを誘発させる。しかし、これまで説明してきたように、年金や各種の保障をもらえる権利を放棄することになるので、実は未納者本人が困ることになることがお分かりいただけただろうか。逆に言えば、「国民年金」の保険料を支払うことが義務だといわれているが、むしろ「国民の権利」といった方が適切な表現かもしれない。
保険料を支払わないことは、結局のところ、未納者自身の判断であり、何か問題が起きた時には自己責任に起因する。したがって、将来、国がどこまで未納者の面倒をみるのかという問題もあるものの、国がこれまで年金を支払う意味と払わないリスクをわかりやすく説明していない原因もあると思われるので、まずは未納者を減らしていく努力が必要だと思われる。
おわりに
今回、税方式への移行の可能性については論じなかったが、仮に移行することになった場合、まじめに年金を支払ってきた人と、義務であるにも関わらず未納にしてきた人を、いきなり平等に国は扱うだろうか。損得の観点から考えると、おそらく移行期間においては、まじめに年金を支払ってきた人に対して、何かしらのインセンティブ(得)が与えられると想定される。また、税方式の導入は、何十年という長い期間が必要になると想定されるし、保険料を払い終わっている世代においては消費税での負担が増すなどの問題も考えられ、あまり現実的ではないようにも思える。
他方、未納者でも生活に困窮した場合、生活保護を受けるという裏技がある。生活保護の認定は厳しいのだが、仮に生活保護の申請が通った場合、現状の制度下では「国民年金」の免除申請をしてもしていなくても、同じ金額がもらえてしまう。だから、未納者を減らすためにも、今後はまじめに保険料を支払ったり、免除申請をしていたりした人が、生活保護になった時に報われるよう、生活保護費に年金の分を多少上乗せられる制度に変更していくなどの対応も必要だと思われる。
参考文献
- 権丈善一、社会保障の政策転換、慶応義塾大学出版会
- 細野真宏、「未納が増えると年金が破たんする」って誰が言った?、扶桑社新書
- 鈴木亘、だまされないための年金・医療・介護入門、東洋経済新聞社
- 植村敏之、公的年金と財源の経済学、日本経済出版社
など