10年ぶりにプラスに転じた今年4月の診療報酬改定。歯科と調剤を除いた「医科」は入院と外来で約4800億円増えたが、庄和中央病院(埼玉県春日部市、72床)の洞ノ口(ほらのくち)佳充副院長は「体力のある大病院を重視した内容だ」と憤る。
例えば、患者の栄養管理をチーム医療で取り組むと、患者1人当たり週1回2000円の収入が得られるようになった。しかし、医師や看護師、管理栄養士などのいずれかが専従する必要があり、人手の少ない中小病院には対応が難しい。同様の例は他にもある。
厚生労働省の08年調査によると、中小病院(病床数200床未満)は6085施設で病院の約7割を占め、地域医療に重要な役割を果たす。庄和中央病院も、大病院への患者集中を防ぐため中軽度の救急患者にできる限り対応し、大病院を退院したがん患者を受け入れ緩和ケア治療もしている。
洞ノ口副院長は「今回の改定で、うちはプラスとマイナス合わせてゼロ。経費が膨らんでおり、赤字になる恐れもある。時間外の業務を増やすなど手は尽くすが、乾いたぞうきんをしぼっているようだ」と語った。
では、大病院の医師不足解消への道筋は見えたのか。今回の改定では、医師不足が深刻な救急や産科、小児科、外科に重点配分された。例えば、産科は緊急搬送の妊産婦を受け入れた場合に加算される診療報酬を1・4倍の7万円に増額。救命救急センターでも入院料の加算額を倍の1日当たり1万円に引き上げた。
だが、ある県立病院の救命救急センター長は「どこも救急医不足で、金を積めば救急医がすぐ増えるわけでもない」と語る。国内総生産(GDP)比でみた医療費が先進7カ国で最も少ない日本。今回の改定はプラス0・19%で、少ないパイの配分を変えるだけでは改善にほど遠く、根本的解決には医師の大幅増員も欠かせない実情が浮かぶ。
厚労省は今年度、全国の病院と分娩(ぶんべん)を扱う診療所計約1万カ所を対象とした「必要医師数実態調査」を初めて実施している。現有設備で現状の診療体制を維持するために不足している医師数などを聞き、医師確保対策に生かす考えで、結果は9月中にも公表する。
しかし、医師不足問題に詳しい済生会栗橋病院の本田宏副院長は「日本の病院は欧米に比べ、腫瘍(しゅよう)内科医や放射線科医など専門医が多数不足している。麻酔科医でなく外科医が麻酔をかけて緊急手術に対応したり、労働基準法を守れない当直勤務が常態化している。こうした現状を前提に、どれだけ不足しているか調査しても意味がない。本当に安全で良質な医療を提供可能な体制を作るために必要な医師数を調査すべきだ」と指摘する。
今、社会保障の財源確保が大きなテーマになっている。だが、そもそも、どのような医療体制を目指し、医師や医療費がどれぐらい必要なのか。正確なデータに基づく議論は行われないままだ。
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この連載は高木昭午、河内敏康、福永方人、田村彰子が担当しました。
毎日新聞 2010年8月6日 東京朝刊