きょうのコラム「時鐘」 2010年8月6日

 日を追うごとに、所在が確認できない高齢者の数が増えている。100歳以上に限ってこうなのだから、80代、90代まで調べたとしたら、どんな数になるのだろう

それぞれの家に、外からは容易にうかがい知れない事情があるのだろう。が、面会を申し出ても家族に拒否された、などと聞くと、心が沈む。長寿国ニッポンが、暗く長い影も引きずっていることに思い至る

映画「男はつらいよ」の寅さんも、さしずめ「所在不明者」である。旅から旅の浮草稼業で、たまに電話を入れると、決まって「お兄ちゃん、どこにいるのよ」と妹にしかられる。お気楽な主人公である

老いた寅さんが、旅先の寺の境内で昼寝をしている。そのうち、息が細くなって大往生。監督が思い描いた幸せな結末だそうだが、実際は違った。寅さん役の渥美清さんの死で、シリーズは途切れた。映画と現実は違う

愚かな寅さんを、妹はけなげに思いやる。電話口で必ず説教が始まり、観客の失笑を誘う。「どこにいるの。みんな心配してるのよ。待ってるのよ」。作り話の映画に出てくるせりふだが、昨今は心にずしんと響く。