---不幸だ。
上条はつくづく思う。ていうかこれは既に不幸の範疇を超えている。
ツンツンの黒髪に白い少ししわのできたワイシャツ、イケメンとはいかないまでもそこそこ整った顔立ちで、中肉中背の体格と、別段どこにでもいる高校生だ。
そんな平凡な高校生である上条当麻が大絶賛嘆いているもの、それは自分自身の不幸体質である。
クツのヒモが突然キレるのは当たり前、クジを引けば必ずハズレて、塗装工事をしていれば確実に頭にペンキが落ちてくる。言ってしまえば世界の不幸が自分を中心で回っているというほど上条は不幸を呼び込みやすいのだ。
この体質のせいだから仕方がない、とある程度は許容の範囲の中に入ってはいるが今回ばかりはそうもいってられない。
「はぁ、どうしたもんかなぁ・・・・・・」
上条は人知れずため息をつく。
「インデックスのやつも心配だけど・・・・・・、クソッ、居場所が分かればすぐに助けにいけんのに・・・・・・!」
今上条がいるところは普段上条たちが暮らしているアパートの自分の部屋ではない。
床一面に敷かれた畳からは藺草の香りを漂わせ、木製の天井や柱からにはどこか年期を感じられる、基本ドアはなく部屋を仕切るものはすべて障子という採光がそれなりされているので全体的に明るい雰囲気のする純和風な建物だ。建物の正面に賽銭箱と、ガラガラと鳴らす鈴があることから神社か何かの建物だろう。
そこの中でもそれなりに開けた部屋、一般の住宅で言う客間に当たるところで、上条は座布団を二つに折り曲げ枕にして横になっていた。
なにもリラックスしているわけではない、体のところどころが少し痛むのだ。
すると突然、すうっと静寂な空間に斬りこむような障子をあける音がする。
障子をあけて入ってきたのは赤を基調としている巫女の恰好をした少女だ、年齢は上条と同じかそれより下だろう。周りの雰囲気も手伝ってか雅といったような雰囲気を周りに漂わせている。
そんな少女が横になっている上条を見て話しかける。
「・・・・・・・あら?もう起きて大丈夫なのかしら」
「ああ、おかげさまでもう大丈夫だ、ありがとな、博麗」
「霊夢でいいわよ」
上条を介抱していた博麗と呼ばれた少女が持っているお盆にはコップ二杯分の水と皿の上に煎餅が数枚乗ってある。おそらく見舞いの品だろう。
「それにしてもあんたも災難だったわねぇ、妖怪の山で生き倒れだなんて」
「え?いやぁ・・・・・・ハハハ」
(あそこ『妖怪の山』っていうのか・・・・・・)
どっこいしょ、と女性らしくないオヤジ臭い座り方をするなり霊夢は煎餅を一つかじりながら言葉をつないでいく。
「というよりも普通の人はあの山に入ろうなんて滅多に思わないけどね・・・・・・、あんた本当に里の人?」
「えっ!?ええ・・・・・・と、いやぁ」
疑念の視線を受けてギクゥッと隠す気のない反応をする上条。それもそのはず、上条は『妖怪の山』何て名前の山なんて知ってなかったし、住んでいる場所も里ではないからだ。
怪訝な目で上条を見る霊夢の予想通り上条は里の人ではない。というより・・・・・・、
別の世界の人間だ。
(・・・・・・なんて、信じてくれるわけないよなぁ)
異世界に飛んでしまった。上条に降りかかった超ド級の不幸である。
昨日までは普通に学園都市で居候のインデックスと過ごし、悪友の土御門と青髪ピアスとだべって、放課後に御坂に絡まれて、ぐったりした状態で家へ帰り、インデックスに夕飯をせがまれそのままベットへダイブして寝るという平凡な1日をこなしていたはずだった。
それが何がどうなったのか目覚めた場所は田舎にあるような牛舎、目覚めの光景が牛のケツという考えうる限り最悪に近い寝起きのケースに遭遇し、外に出るとまるで時代劇に出るような街というよりは村が広がっていたわけである。
(畜生!『小萌の急な仕事で補習がつぶれたぜ!ラッキー!』て言ってた自分をぶん殴りてぇ!)
最近の不幸はアメを与えて油断させて思いっきりムチをあたえる波状攻撃を習得しているそうです。
「ふ~ん、ま、私は異変さえ起きなければ別にいいんだけどね」
尚も煎餅を食べる口を休めない霊夢は呟く。・・・・・・煎餅を取ろうとしたらすごい眼で睨まれるんだがこの煎餅は食べてはいけないということなのだろうか。
おとなしく、コップに入っている水を飲み、喉をうるおしながら上条は答える。
「いや、別に言ってもいいんだけどお前絶対信じないだろ」
「あら?私一応そういうのに耐性もってるのよ?」
言い渋っている上条に堂々と胸を張って宣言する霊夢。
しかしそうは言っても、いきなり『異世界から来ました』と言って信じる奴なんてそうそういるものではない、最悪の場合勇気を出して言ったにもかかわらず人間性を疑われる可能性すらある。初対面の人にそんな目で見られるのはかなり好ましいことではないだろう。
そうした考えを頭の中で順順させて未だに言おうとしない上条に霊夢はさらに力強く言う。
「安心しなさい。私これで結構有名なの、あんた自身の問題も場合によっては力になれるかもしれないわ、あんたの傷、ただ事ではないでしょ?」
「そ、そうか?」
大船に乗った気持ち任せなさい!と言うその自信のあふれる態度にようやく上条は踏ん切りがつく。
「ええと、実は俺別の世界に住んでいて、気づいたらこっちの世界に来てたんだ。そしたら---」
朝目覚めたら、牛舎にいたこと、そしてたまたま会ったウサギの耳をした少女に『てゐに喧嘩を売ってるウサ?』と言われて大木槌を振り回されたこと、そして気づいたら妖怪の山にいてその時であったゴスロリの恰好をした女性に『幸せになる気あるんですか!』と叱られ回転しながら突撃されたことを言葉を選びながら現状にまで至るまでを包み隠さず説明した。
上条は言葉を発して少しは胸のモヤモヤを発散できたのか少しすっきりした様子で言葉を切ると、
煎餅を食べることすら忘れて超ドン引き顔をした霊夢がそこにいた。
「おーーーーーいぃぃぃ!?」
「いや、いきなり別の世界とか何とか真顔で言うなんて・・・・・・」
「まてまてまて、大船はどこ行った!お前を信じて話したのに!!」
ひどい、これはひどい裏切りだ。
そうして、一気に部屋の隅まで走って体育座りで床にのの字を書き始める上条。
やっぱり異世界とかいうんじゃなかった・・・・・・。
そんな上条を見て満足そうに霊夢は意地の悪そうな笑みをみせる。
「なんてね、なによあんた、幻想入りしてたの」
・・・・・・幻想入り?なんだろうそれ、リアルと空想の区別がつかなくなった病気のことかな・・・・・・。
今もなおいじけている上条をよそに霊夢は煎餅を口の中へ押し込み、水を一気に飲んで胃の中へ流し込む。
そのまま障子をあけて日の光を浴び大きく伸びをした霊夢は先ほどの意地の悪い笑顔とは打って変わってとても明るい笑顔を上条に向ける。
「わかったわ当麻、あんたのその異変、博麗の巫女である私が解決してあげるわ」
上条の不幸は始まったばかりである。