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[19964] 戦いの申し子(DBオリ主→ネギま!ニスレ目)
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:ee4dc9b7
Date: 2010/07/03 22:40
どうも、トッポです。

例に習って携帯では以前のスレにこれ以上書き込み出来なくなったので、ニスレ目を作りました。

まだ前作も終っていないのに何やってんだと思うでしょうが、そちらも何とか終わらせますので、何卒宜しくお願い致します。m(__)m


尚、以前のスレには以下から見れます。

http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=tiraura&all=18268



[19964] 挑戦
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/02 02:12









世界樹前広場。

広々とした階段広場、月明かりと街灯が照らす夜の時間。

その場所には複数の人影が佇んでいた。

神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、佐々木まき絵、古菲。

そして、ネギ=スプリングフィールド。

何か覚悟を決めた面持ちで佇むネギを、彼女達は心配そうに眺めていた。

ネギの顔や体には生傷がアチコチにあり、着ている服には所々汚れや切れ目が目立つ。

古菲との組手の所為だ。

闇雲に筋トレをしても、下手に負荷を掛けても5日後の試験には間に合わない。

ならばひたすら組手して対人に集中させるよう、古菲が考えて実行した結果だった。

幸いネギは基礎体力も筋力もあり、飲み込みも恐ろしく早い。

普通なら様になるまで一ヶ月はかかるという技を、ネギは数時間で修得していく。

流石に高等な技には時間を費やしたが、それでも会得していく反則気味な学習能力に、誰もがイケるのではないかと思い始める。

しかし、試験に合格するには茶々丸に五発も攻撃を当てなければならない。

話を聞いた限り、相当な実力者である茶々丸に一撃でも当てる事は難しいだろう。

それこそ、五発も当てる等至難の技。

古菲は限られた時間の中で、ネギに自分が教えられる全てを叩き込んだ。

そんな日々の中、一人の少女が授業中に落ち込んでいるのがネギの目に止まった。

佐々木まき絵、明日菜や古菲と同じくバカレンジャーのメンバーの一人。

普段は明るい彼女が落ち込んでいる事に気付いたネギは、まき絵に事情を聞いてみた。

鍛練だけではなく先生としての仕事もキチンとこなしているネギに、保護者である明日菜は安心したが少し複雑。

そして、ネギの励ましのお蔭でまき絵は何とか問題を解決する事が出来た。

そして今日、まき絵は励ましてくれたネギにお返しをする為に応援に駆け付けたのだ。

本当なら、余計なギャラリーを連れて来たくはなかった。

試験とは言え生徒と殴り合う。

そんな教師とは到底思えない行為を、まき絵に見て欲しく無いと言うのが、ネギの正直な気持ち。

しかし、何度も頼み込むまき絵に折れ、ネギはついてくる事を許す。

他の生徒には気付かれないよう、気を付けて寮を出ていく時は随分骨が折れた。

まだ対戦相手が来ていないのを良い事に、ネギは直ぐに体を動かせるよう準備運動を始める。

そして一通り終わり、ふと上を見上げると。

「っ!」

そこには、エヴァンジェリン達が階段を下って此方に近付いて来ていた。

エヴァンジェリン、その後ろに茶々丸。

とうとう訪れた試練にネギはゴクリと唾を呑み込み。

そして。

「っ!?」

茶々丸の更に後ろから見えた人影に、ネギは驚愕に目を見開いた。

いや、ネギだけではない。

明日菜達もネギと同様、現れた人物に目を見開いて驚愕し、釘付けにされていた。

「え? え?」

ただ一人分かっていないまき絵は驚いているネギ達に、オロオロと戸惑っている。

「バージル君……」

頭にチャチャゼロを乗せたバージルを見て呟く木乃香。

同時に先日の告白騒動が鮮明に浮かび上がり、木乃香は少し胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

どこか寂しそうな視線でバージルを見上げる木乃香。

そんな事など知らない当の本人であるバージルは、チャチャゼロを頭の上に乗せたまま階段に座り。

その隣に茶々丸が椅子を置き、エヴァンジェリンが座り込む。

まるで悪の幹部が並んでいるような組み合わせに、カモは不謹慎だが似合うと思ってしまう。

「さて坊や、準備と覚悟は出来ているな?」
「……はい」

確認してくるエヴァンジェリンに、ネギは頬から流れる汗を拭わず。

ゆっくりと、しかししっかりと頷いた。

覚悟は出来ている。

拳を握り締め対戦を相手を見据えるネギ。

バージルという意外な人物が観戦に来たが、ネギは目の前の茶々丸だけを見抜いていた。

そしせ、息苦しいまでの静寂が辺りを包み込んだ。

瞬間。

「ならば……始め!!」

バッと手を上げて、エヴァンジェリンが開始の合図を始めた。

その時。

「っ!!」

いきなり目の前まで現れたネギに、茶々丸は対処仕切れず。

「やぁぁぁぁっ!!」

開始直後、ネギは茶々丸の腹部に肘打ちを叩き込んだ。

突然起こった出来事に、エヴァンジェリンは驚愕した。

活歩。

中国拳法、八極拳の技法の一つ。

相手との間合いを瞬時に縮める高等な技法。

エヴァンジェリンはネギなら魔力による身体能力を強化にし、茶々丸と真っ正面から戦いを挑むかと思われた。

だが、ネギは真っ正面からではなく奇策を用いて茶々丸の意表を突いたのだ。

一見真っ正面から打ち込んだ様に見えたが、実際は違う。

茶々丸も、てっきり最初は肉体強化を施してから挑むのかと思考していた為、待ち構えている部分もあった。

所が、エヴァンジェリンが開始を告げた瞬間に懐に潜り込まれ、対処仕切れなかった茶々丸は、ネギの一撃を受けてしまったのだった。

次の攻撃を仕掛けようと、そのまま拳を振るうネギ。

茶々丸は跳躍し、一旦ネギと距離を置く。

しかし。

「茶々丸っ!」
「っ!?」

思わず張り上げるエヴァンジェリンの声、しかし茶々丸にはそんな主の声に反応する余裕などなかった。

自分が地面に着地した瞬間、既に目の前にはネギが待ち構えていたからだ。

肘からジェット噴射を吹き出し、ネギへ攻撃を仕掛けるが。既にゼロ距離まで詰められ、茶々丸の攻撃は虚しく空を切るだけに終る。

そして。

「タァァァッ!!」

背中への打撃が茶々丸に直撃。

吹き飛んだ茶々丸はバランスを崩し、壁際まで吹き飛んでいく。

試験開始から数十秒。

やられた。

ネギの成長速度を見抜けなかったエヴァンジェリンは心底そう思った。

確かに、どんな手段を使っても良いと公言しのは覚えている。

だが、まさか魔力に頼らず体一つで勝負を挑んで来るとは思わなかった。

驚く程の成長速度、恐らくは古菲やカモと共に考えた作戦だろうが、それでも意外。

……いや、どんな手段と言ったからには此方もそれなりの対処をするべきだった。

全ては自分のネギに対する認識の甘さと油断。

エヴァンジェリンは眉を寄せ、真剣な面持ちで二人の様子を見つめる。

対するバージルはと言うと。

「ふぁぁ〜……」

退屈そうに大きな欠伸をしていた。

そして。

「りゃぁぁぁっ!!」

三発目の攻撃、ネギの肘打ちが茶々丸に向けて放たれる。

茶々丸は壁を背にしている為、身動きが出来ない筈。

今なら三発目も当てられる。

そう確信したネギはそのまま肘打ちを放つが。

「っ!?」

茶々丸は壁を三角飛びで回避し。

「あぐっ!!」

回転を付けての回し蹴りをネギにぶつけて吹き飛ばす。

ネギはそのまま階段から離れ、背中を地面に強打する。

短い悲鳴の声が漏れ、痛みに悶えるネギ。

魔力も無し、障壁も展開せずに受けた一撃。

それはネギの意識を刈り取るには充分なものだった。

「ネギッ!!」
「ネギ君っ!!」

明日菜達が必死に呼び掛けるが、ネギはピクピクと震えるだけで応えなかった。

無理もない、幾ら天才少年でも所詮は子供。

まだ鍛えてはいない子供の体では、耐える事はほぼ不可能だろう。

見事。

エヴァンジェリンは思わずネギに対してそう評価した。

たった五日間という短い時間の中、よくあそこまで形に出来たものだ。

活歩という数少ない技を頼りに自分なりに工夫し、試練を乗り越えるという姿勢。

エヴァンジェリンは特にコレを評価していた。

(教師の仕事もあっただろうに……)

もし五日間みっちり鍛練していれば、結果違っていたのかもしれない。

予想斜め上の結果に、エヴァンジェリンは一瞬笑みを溢す。

しかし。

「残念だが、ここまでた坊や。顔を洗って出直して来るんだな」

倒れ伏したネギに辛辣な言葉を浴びせるエヴァンジェリン。

どれだけ成長しても、規定した条件をクリア出来なければ意味はない。

そう約束してしまった以上、エヴァンジェリンはネギに弟子入りを諦めて貰う他無かった。

恐らくは気絶し、聞こえてはいないだろうネギにそれだけを伝えると。

エヴァンジェリンは背を向けて帰ろうとした。

しかし。

「おい、何処へ行くんだ?」
「帰るんだよ。此処にいる意味は最早無くなった」
「まだ終っていないのにか?」
「何?」

バージルに言われ、振り返るエヴァンジェリン。

そこには、震えながら立とうとするネギが、目に力強い光を宿していた。

茶々丸の一撃は間違いなくネギの意識を刈り取った筈。

祿に障壁や受け身も取らなかったネギが、意識を保てる筈はない。

しかし、現にネギは立ち上がり構えを見せている。

ポカンと口を開くエヴァンジェリン。

ギャラリーの明日菜達はそんなネギに応援の言葉を振り掛けた。

「坊や、まさかお前!」
「へへ、そのまさかです。僕がくたばるか茶々丸さんに五発入れるまで、粘らせて貰いますよ」

そう、ネギと交わした約束はそれだけ。

ギブアップや時間制限など最初から設けていなかったのだ。

無論、ネギはそう簡単に茶々丸相手に何度も攻撃を当てられるなんて考えてはいない。

今二発当てられたのは、偶然が重なった奇跡に近い業績だ。

だが、ここから先は偶然や奇跡などあり得ない。

同じ策はもう通用しないだろう。

茶々丸と自分の実力は歴然。

ならば当てるまでただ粘るしかない。

「わぁぁぁぁぁっ!!」

気合いの雄叫びと共に、ネギは茶々丸に殴り掛かる。

しかし、技も動きも見切られたネギは、茶々丸に攻撃を当てる処か。

一方的に殴られるだけとなった。












あれから、どれだけ時間が経過しただろうか。

頬は腫れ上がり、眼鏡は割れ落ち、額から血を流し、ネギは満身創痍の体となっていた。

可愛らしい顔だったのが見る影もなく、ボロ雑巾となったネギ。

明日菜達は切なげな面持ちで見つめ、木乃香はもう止めてと呟いている。

しかし、それでもネギは諦めず、ボロボロのまま茶々丸に殴り掛かった。

そこには技もなく、ただ拳を振るうだけ。

茶々丸は片手でそれを払い、容赦なく蹴り上げる。

鈍い打撃音が響き渡り、ネギは地面に転がり落ちる。

「もう、見てられない! 私止めてくる!!」

ネギの姿に耐えられなくなった明日菜は、カードを片手に駆け寄ろうとする。

しかし。

「ダメだよ明日菜! 止めちゃダメ!!」

まき絵が明日菜の前に立ち塞がる様に遮った。

「で、でも! アイツあんなにボロボロになって……あそこまで頑張る事じゃないよ!!」
「違うよ明日菜、それは違うよ」
「……え?」
「ここで止めた方が、きっとネギ君は傷付くよ。ネギ君どんな事でも諦めないって言ってたもん!」

必死に明日菜を抑えるまき絵。

そんな彼女を前に、明日菜は何も言えなくなった。

そして。

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

最後の力を振り絞ったネギの一撃が、茶々丸に向かって放たれる。

そして。

鈍い音が響き渡り、まき絵が振り返った。

瞬間。

「っ!」

恐らくは相討ち狙いだったのだろう。

ネギの放った拳は、茶々丸の前髪を揺らしただけに終り

ネギはカウンターの要領で茶々丸の拳を顔面に受けてしまい。

力なく膝が折れ、ネギは地面に倒れ伏せ。

今度こそ、起き上がる事はなかった。













〜あとがき〜
魔法先生ネギま!

オワタとは言わないで(泣き


そして、いきなりニスレ目になってすみません。

しかも飛ばし飛ばしで(汗



[19964] 乙女の戦い?其ノ壱
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:b376b2ae
Date: 2010/07/04 00:05









翌朝、麻帆良学園女子中等部。

いつもと変わらない朝を向かえ、いつもと変わらないHRが始まろうとした時。

「「「ね、ネギ先生ーー!?!?」」」

3−Aクラスから、窓ガラスが割れんばかりの大声が響いた。

原因は、クラスの担任であるネギ=スプリングフィールドにあった。

試験の時、茶々丸の攻撃によってボロボロにされ、包帯だらけのミイラ男になったネギ。

首にはサポーターが付けられ、鼻には大きな絆創膏が貼ってあり。

可愛らしいネギの姿は微塵も見当たらない、凄惨な姿になった担任に生徒達は一斉に押し掛けてきた。

「ど、どうしたのネギ君!」
「何でそんなボロボロなの!?」
「学校に来て大丈夫なの!?」

押し掛けてくる生徒達に、ネギは苦笑いを浮かべながら大丈夫だと答えた。

明日菜達も今日は学校休んでも良いのではと聞いたが。

『これは僕が自分の為だけに考えて行動した結果です。そんな事の為にイチイチ休んでいたら皆さんに申し訳ありませんよ』

と言ってこれを否定。

職員室に来た時も何事かと騒がれていたが、ネギの説明によって何とか納得してくれた。

しかし、もし体調が悪くなったら直ぐに自宅へ戻って休養するよう、生徒指導の新田はネギとその保護者である木乃香と明日菜に言い渡し、その場はそれで終わる。

生徒達に事情を説明をしているネギに、心配そうな面持ちでいる明日菜。

木乃香の方もオロオロとしており、刹那にどうするべきか相談していた。

「ほら、そろそろHRが始まりますよ。僕の事は大丈夫ですから皆さん席についてくださーい」

パンパンと両手を叩き、生徒達を席に座るよう促す。

はぐらかされた気分ではあるものの、生徒達は渋々と席に座っていく。

「でも、一体どうしたんだろうねネギ君」
「うん。階段から落ちてもあそこまではならないよ」

席に座っていく間も、ネギの怪我について話をする生徒達。

「あれ、そういやいいんちょは?」
「何か……電話してる」

普通なら、ここでネギを溺愛しているクラス委員長の雪広あやかが何らかの動きを見せる筈だが。

珍しく大人しく、携帯電話を片手に何やらブツブツと呟いていた。

誰と何を話しているのだろうと、耳を傾ける明石裕奈と朝倉和美。

「ハロー、プッシュ大統領。日本語で申し訳ありません。実は軍隊を一個……いえ、二個大隊程お借りしたいのですが、出来れば空母付きで」
「何か偉い人とエライ事を話してるーっ!?」
「ちょっ、何してんのいいんちょ!?」

目は虚ろい、乾いた笑みを浮かべるあやかに再び教室は混沌に包まれる。

結局、その場は彼女と同室の那波千鶴の活躍によってその場は丸く収まる事が出来た

そしてその時、ネギは後ろの席で大人しく座っているエヴァンジェリンと茶々丸に目を向けると。

ネギは一度頭を下げて笑みを浮かべながら教室を後にするのだった。












放課後。

夕暮れで空が朱色に染まる頃、駅前は下校する生徒で賑わっていた。

そして、その生徒の半数近くが、新しく出来た鯛焼き屋に買い食いをしに来ていたのだが。

積み上げられた鯛焼きの袋と、その中身を喰らう一人の少年の姿に、誰もが見てるだけで胸焼けを起こし、胸元を抑えながら引き返していった。

ある意味学園の名物になりつつあるバージルの大食い。

放課後、エヴァンジェリンを迎えに人知れず中等部に侵入したバージルは、一人になった一瞬を狙い、縮地や瞬動などより遥かに速い動きで、彼女を拐ったのだ。

トイレから出てきた瞬間、視界を遮られた時は自分でも驚く程間抜けな声を出してしまった。

茶々丸に悪い事をした。

恐らくは自分を探しにアチコチ走り回っている従者に済まないと思いながら、エヴァンジェリンは隣でガツガツと鯛焼きを喰らっているバージルに非難の視線を浴びせる。

その視線に気付いたバージルは何だと振り返る。

「全く、お前には常識と言うものがないのか?」
「?」
「いきなり人を拐い、何かと思えば鯛焼きを奢れなどと……」
「俺はお前に付き合った。今度はお前の番だろ」
「それはそうだが、もう少し穏便に出来んのか?」
「オンビンって何だ?」

本当に分からないと言った様子で、鯛焼きを加えたまま首を傾けるバージル。

そんな彼にエヴァンジェリンは深々と溜め息を吐いてガックリと項垂れる。

そして、バージルが鯛焼きが入った次の袋に手に取ろうとした。

その時。

「ば、バージルさん!」
「うん?」

突然聞こえてきた声に振り返ると。

驚きと怒り、様々な感情がが混じった表情をした制服姿の高音がタッパーを片手に此方に詰め寄って来た。

「高音=D=グッドマン……」
「チッ」

髪を揺らし、近付いてくる高音。

バージルは何だと目をパチクリさせ、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに舌打ちを打った。

「どうして貴方が、闇の福音といるのですか!?」
「飯を貰いにだが?」

憤慨している高音に、バージルはキョトンとなって応える。

「そうじゃありません! どうして貴方のような偉大なる魔法使いが、悪の魔法使いと一緒にいるんですかと聞いているのです!」
「俺、魔法使いじゃないぞ?」

そう、バージルは魔法使いではない。

世界中を旅した時も、結果として立派な魔法使いの様に活躍にしていたと、高畑からはそう言われていただけ。

しかし、高音は自分の理想とする者が悪の魔法使いと一緒になっている事が我慢出来なかった。

フーッ、フーッ、と敵意を丸出しにして睨み付けてくる高音。

しかし、敵意を向けているのが自分ではないと知ったバージルは、怒りを露にしている高音を不思議に思いながらお好み焼きが入った鯛焼きを頬張り続けていた。

すると。

「あ、あのバージルさん!」
「あ、見つけました。エヴァンジェリンさん!」

右方向からシルヴィが、左方向からはネギ達が、それぞれ二人の下へ集まり。

その場は更に混沌としたものとなった。














現在、バージル達はエヴァンジェリンの自宅のログハウスで対面していた。

敵意をエヴァンジェリンにぶつける高音。

そんな高音に対し、疲れた様に溜め息を溢すエヴァンジェリン。

シルヴィは重要人物に囲まれ、酷く緊張しており。

木乃香はシルヴィとバージルに視線を向け。

ネギや明日菜、刹那とカモはこの場の重苦しい空気に冷や汗をダラダラと流し。

そして、その空気となった原因を半数以上占める男、バージルはと言うと。

「鯛焼きウマー」

一人暢気に鯛焼きを頬張っていた。

「さて、まずはどこから話そうか……まずは坊やだな。怪我は大丈夫か?」

自分に話を振られ、少し戸惑うネギだが、この空気に自分から話す事を躊躇っていただけにエヴァンジェリンの心遣いは有り難かった。

「は、はい。見た目程大したものではありませんし、治癒魔法をこまめにやれば二日程……」
「そうか、で? 私に用とは……まさか弟子入りの話か?」

エヴァンジェリンの問い掛けに、ネギは頷く。

ネギにとって、エヴァンジェリンは理想の師。

熟練された魔法の使い手、ネギは一度失敗した程度で引き下がる事は出来なかった。

ネギはエヴァンジェリンに再び弟子入り試験をしてもらうよう、頼みに来たのだ。

それを聞いた高音は、ピクリと眉を吊り上げる。

何故あの千の呪文の男の息子が悪の魔法使いに弟子入りするのか。

確かに彼女は魔法に関しては誰よりも精通しているだろうし、師にするには適切かもしれない。

しかし、高音はどこか納得いかなかった。

「で、お前は一体何者なんだ?」

不満を顔に浮かべる高音を横に、エヴァンジェリンは今度はバージルの隣に座るシルヴィに問い掛けた。

見定めるように見詰めてくるエヴァンジェリン。

鋭い眼光の彼女に、シルヴィは疑われないよう慎重に応えた。

「え、えっと、私はシルヴィ=グレースハットと言います。先日この学園の中等部に転入してきたばかりですので……」
「あ、もしかしてウチの学校に転入してきたのって……」
「はい、私です」
「困った事があったら言ってよ。私達で良ければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、社交辞令の挨拶を交わすシルヴィ。

だが、エヴァンジェリンの睨みに一瞬ビクリと肩を竦めてしまう。

「それで、何故転入生がこの男の事を知っている?」

それは審問だった。

嘘や偽りなどは許さないと言った目で睨むエヴァンジェリン。

迫力のある彼女にバージルを除いた一同がゴクリと唾を飲んだ。

「私、実はこの方に……バージルさんに昔助けて貰った事があるんです」
「「「っ!」」」
「争いに巻き込まれ、命の危険に晒された時、バージルさんに……」
「それじゃあ、魔法の事もその時に?」
「えぇ、尤も彼が魔法使いではないと知ったのはこの学園に来る前ですけど……」

そう言ってチラッとバージルに横目を見るシルヴィ。

バージルは鯛焼きに夢中なのか、気付いた様子はない。

その話を聞いた高音は、ウンウンと何度も頷いて見せた。

実際、シルヴィは嘘は言っていない。

バージルは覚えていないだろうが、自分が死ぬかと思われた時、命を助けられたのだから。

シルヴィの事を見定め終ったのか、エヴァンジェリンは両手を組んでフンッと鼻息を飛ばし。

ネギはバージルの事を凄いなと思いながら、尊敬の眼差しを向けていた。

すると。

「ヨシッ、そろそろ始めるか」

鯛焼きを全て食い付くしたバージルが、口元を無造作に拭いながら席を立ち、地下室への扉に足を進める。

「何だ。またやるのか?」
「当たり前だ。そうでなきゃ意味がない」

当然だと言い放つバージルに対し、深い溜め息を溢すエヴァンジェリン。

何の話だか分からないネギ達は、地下室に向かう二人に何となくついてき。

エヴァンジェリンはその時、何か閃いたのか、不気味な笑みを浮かべていた。

そして。

「な、何なのよここはぁぁぁぁぁっ!?」

ミニチュアの中にある別荘の空間、明日菜が唖然となっているネギ達の代弁者となっていた。

見渡す限りの海、常夏の空気。

さっきまで自分達がいた薄暗い空間とはまるで違う光景に、魔法を知らなかった木乃香は目を点にしている。

すると。

「おい闇の福音、コイツ等は一体何だ?」
「なに気にするな、お前はいつも通り修行を始めるがいい」
「……フン」

そう言うと、バージルは全身に氣を纏い。

遥か水平線の彼方へと飛んでいった。

「ちょ、ちょっとエヴァちゃん! 一体これは何なのよ! アイツは何をしようとしているのよ!?」

訳が分からないと言った様子食って掛かる明日菜。

それをエヴァンジェリンは片手を出して遮り。

「さて、諸君。先ずは我が別荘にようこそ。いきなりで悪いが少し余興を楽しんでいってくれ」
「よ、余興?」
「あぁそうだ。坊や、いきなりだがここで弟子入り試験を始めようか」
「え、えぇっ!?」

いきなりの申し出に戸惑うネギ。

しかしエヴァンジェリンは笑みを浮かべて大丈夫だと言い。

「心配するな。今回は別に殴り合う訳ではない。寧ろある意味前回より楽かもしれんぞ」

そう言って不敵な笑みを浮かべるエヴァンジェリン。

そして。

「試験内容は、これから起こる出来事に耐え続ける事。な、簡単だろ?」

彼女がそう呟いた瞬間。

水平線が閃光に包まれ、ネギ達のいる別荘は凄まじい衝撃波に揺れ動いた。

一方、学園長室では。

「何……これ」

鯛焼き屋からの請求書に、近右衛門は目眩を起こし、床に倒れ伏せるのだった。










〜あとがき〜
次回は遂に恋愛戦!?

……まさかね。



[19964] 乙女の戦い?其ノ弐
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:80408e4b
Date: 2010/07/08 02:53










エヴァンジェリンを除いて、最初に気付いたのは刹那だった。

遥か前方から見える光の爆発。

アレだけ規模の大きい爆発にも関わらず、未だ音や衝撃波が響いてこない。

刹那は懐から四つの道具を持ってネギ達を守る為に、対魔戦術絶待防御の四天結界独鈷練殻を展開する。

そして。

「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「うぅっ!!」

轟音、次いで襲い来る衝撃に建物は揺さぶられ。

強固な結界に護られていると言うのに、ネギ達はその衝撃波に吹き飛びそうになっていた。

ただ、エヴァンジェリンだけは爆発のあった方角に目を向き、呆れた様子で笑みを溢していた。

軈て衝撃波が収まり、光が消えていき、それに合わせるかのように刹那の張った結界は粉々に砕け散る。

「な、何なのよ今のは」

訳が分からない。

そんな面持ちの明日菜にエヴァンジェリンは鼻で笑う。

「小僧以外誰がこんな芸当が出来る?」
「い、一体何をどうやったらこんな事が……」

今起きた大爆発の原因が、バージルの仕業だと聞かされるネギ達は、どうやったらこんな事が出来るのか、何故こんな事をしているのか。

疑問と驚愕で思考が塗り潰された。

しかし。

「所で坊や、今のは刹那が咄嗟にやった事だから追及はしないが、次からはお前一人で耐えてみせろ」
「え?」
「安心しろ。他の奴等は比較的安全な場所へ移してやる。……坊やは一人ここにいるんだ」

突然エヴァンジェリンから言い渡される言葉に、ネギは表情を青ざめる。

今の衝撃波だけでもあの威力。

もし直撃すれば自分の身体など粉微塵に吹き飛ぶだろう。

それをエヴァンジェリンは一人この場に残ってひたすら耐え続けろと言うのだ。

「ち、ちょっと待ってよ! こんな危ない場所にネギ一人を置いて行ける訳ないじゃない!」

当然、保護者である明日菜はエヴァンジェリンに物申す。

しかし。

「黙っていろ神楽坂明日菜。私は坊やに言っているんだ」

振り返り様に睨み付けるエヴァンジェリンの眼光。

その鋭さに明日菜は後退り、ウッと息を呑んだ。

そして、エヴァンジェリンはネギに向き直り。

「どうする坊や、決めるのはお前だぞ?」

挑発的な笑みを浮かべたままネギに問い掛けるエヴァンジェリン。

ネギは押し黙り、爆発のあった方角へと見つめ続けている。

バージル=ラカン。

自分と同い年でありながら圧倒的強さを持つ者。

自分と同い年でありながら既に世界中を回り、自分の父親である千の呪文の男を探し続けている。

……何もかも、バージルの方が上だった。

覚悟も、力も。

そんな彼に、ネギは次第に父親と同じ何かを感じ、無意識の内に追い掛け始めていた。

エヴァンジェリンは気に入らないだろうが、ネギは自分なりに強くなろうと思い、弟子入りを志願。

強くなりたい。

その思いだけは偽りじゃない。

だから、逃げる訳にはいかない。

「……分かりました。エヴァンジェリンさん、宜しくお願いします」

ネギは振り返ると同時に再試験を受けると言い放った。

エヴァンジェリンは愉快そうに口元を歪ませ、明日菜は止めるよう言い聞かせようとする。

「だ、ダメよネギ! こんな危ないのは……」
「明日菜さん、心配してくれてありがとうございます。……でも、ここで逃げる訳にはいかないんです」

そう言って修行しているバージルに向き直り、立ち続けるネギ。

一歩も動かない様子のネギに、明日菜はウガーッと吠えて。

「じゃあ、私も残る!」
「ほう?」
「あ、明日菜さん!?」
「私はコイツの保護者だもの、一緒に残るわ!!」

ネギの制止も利かず、隣に並ぶ明日菜。

「ほんならウチも」
「お嬢様!?」
「ウチも保護者やし、ネギ君が頑張ろうとしてるから、少しでも応援したいんよ」
「し、しかし……」

何度も避難するよう呼び掛ける刹那だが、動こうとしない木乃香に折れ、彼女を守るために刹那も残る事にした。

「さて、残るわ貴様等だが……」
「……私も、見届けさせて貰います」
「わ、私もです!」
「結局、全員残るわけか……まあいい。刹那、結界を張るのだったら木乃香と一般人だけにしろ。神楽坂と高音は自分で何とかしろ。坊やは……分かっているな?」
「はい!」
「ちょ、何で私も!?」

ネギの勢いある返事に対し、何故自分もと抗議する明日菜。

しかし、そんな事を言う間もなく、巨大な水柱と爆発の衝撃波が明日菜達を襲い掛かった。

再び悲鳴を上げる明日菜達。

「ていうか、一体何やってんのよアイツは!?」

先程から爆発したりと、訳の分からない行動を続けるバージルに、明日菜は憤慨の声を上げる。

それは、この場にいる誰もが思った事。

と、その時。

「「っ!?」」

自分達の頭上に姿を現したバージルに、ネギ達は驚愕した。

どうやら海面にいたのはバージルらしく、全身ずぶ濡れとなっている。

だが、ネギ達が驚いているのはそこではない。

所々怪我をし、バージルが血を流している事に驚いていたのだ。

刃や爆発を以てしても決して傷付く事はないバージルが、全身から血を流して追い詰められているのだ。

あのエヴァンジェリンやスクナですら叶わなかった光景が目の前で起きている。

その意味を知った刹那とネギは目を見開き、肩で息をするバージルを見つめていた。

そして、バージルの姿がネギ達の視界から消えると、今度は別方向に水柱が立ち上り、衝撃が響き渡る。

吹き飛びそうになる程の衝撃波を受け止めながら、ネギは何とか踏み止まった。

「本当、訳分かんない……」

掠れた声で一人呟く明日菜。

すると。

「その内分かるさ、奴の事を見ていれば自ずと……な」

不敵な笑みを浮かべてバージルのいる方角へ視線を向けるエヴァンジェリン。

一向に分からない様子の明日菜、しかし。

「あ、あれは!?」

何かに気付いたのか、刹那はバージルが睨み付けている何もない空間に指を指した。












「ふーっ、ふーっ……」

呼吸を整えて額から流れる血を拭い、バージルは目の前のイメージで生み出したラカンに睨み付ける。

向こうも自分と同様に怪我を負って血を流し、ダメージを受けているように思える。

しかし、ラカンは相変わらず笑みを浮かべたままで余裕を保ったまま。

バージルはそんなラカンに苛つき、全身から氣を放って構えをみせた。

次は此方から仕掛ける。

超スピードで一気に間合いを詰めて、その鼻っ柱をへし折る事を考えるバージルだが。

『…………』
「っ!?」

ラカンが取り出した一枚のカードに、バージルの表情は一瞬強張った。

そして、ラカンの手にしたカードが輝きだし、無数の剣が現れた瞬間。

「チイッ!!」

手にした刃、その全てがバージルに向かって投擲される。

それはまさに剣の嵐。

弾幕の如く降り注がれる剣の雨を、バージルはその身体を以て粉砕する。

蹴りで、突きで、手刀で、或いは歯で受け止めて。

止むことの無い剣の暴風を、バージルは身体一つで受けきっていた。

しかし、ラカンの投げる剣は全て氣を纏わせた特別製。

超高濃度に練り上げられた氣は、バージルの肉体すらも簡単に切り裂いていく。

防御仕切れなかった部分は容赦なく切り裂かれていく。

頬を、腕を、足を、太股を、剣によって切り裂かれて血が流れ落ちていく。

バージルの足下の海面に、幾つもの赤い水滴が落ちていった。

その時。

ラカンの手からこれ迄とは比較にならない巨大な剣が顕現され、バージルに向けて狙いを定める。

しかもその剣にはこれまで以上の強い氣が練り込まれ、ラカンの周囲の空間をネジ曲げていく。

恐ろしく昂った氣に、流石のエヴァンジェリンも苦笑いを浮かべて頬から冷や汗を流し出す。

「ね、ねぇ、これ……ヤバいんじゃない?」

空気の流れで今の状況が途轍もなくマズイ事だと知った明日菜は、ネギに逃げるよう呼び掛けるが。

「…………」

ネギは、その場から一歩も動こうとせず、相対している“二人”を見つめ続けていた。

そして。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

バージルの雄叫びが轟き、全身から緑色の炎を吹き出し。

右手の掌にエネルギーを収束させていく。

ラカンの氣とバージルの氣が膨れ上がり、共鳴して大気を震わせる。

刹那は木乃香とシルヴィを守る為に、自分が張れる最大の防御結界を展開し。

高音は明日菜を守るよう、自分の得意魔法である影を使って、防御体勢に入る。

残されたエヴァンジェリンも吹き飛ばされないよう障壁を展開する。

その時、エヴァンジェリンはふとネギの方に視線を向けると。

そこには障壁も張らずにただバージルを見つめるネギの姿があった。

全身汗まみれになりながらもその瞳は揺るがず、ただ一点のみを見つめていた。

それを見たエヴァンジェリンはフッと笑みを溢し。

「坊や、障壁を張らなくていいのか?」
「あ、せ、そうでした!!」

ネギに忠告し、障壁が展開したのを確認した。

瞬間。

「エクストリィィィィムッ!!!!」
「来るぞ!!」
「ブラストォォォォッ!!!!」

バージルは右手に収束された光を振り上げ、ラカンに向けて放った。

対するラカンも巨大な剣……斬艦剣を放ち、バージルの放った閃光に向けて投げ付けた。

剣と閃光、二つの超エネルギーがぶつかり合い。

光が溢れ、バージルは勿論ネギ達すらも呑み込んでいった。














「やれやれ、また別荘の修理か……」

光が収まり、瞼を開けたネギ達が目にしたもの。

「な、何よ……これ」
「こんな……事って」

目の当たりにした刹那はガクリと膝を着き、明日菜は呆然となっていた。

いや、二人だけではない。

高音やシルヴィも、目の前の光景に言葉を失っていた。

何故なら。

ついさっきまでどこまでも広がる海だった場所が、広大に広がるクレーターに変わっていたからだ。

青々とした海は見る影もなく、目の前に広がるのは荒れ果てた大地のみ。

どこまでも広がっていた青空は、暗雲が立ち込めていた。
常夏を思わせる空気が、今は寒くすら感じる。

いきなり変わった景色を前に明日菜達は何も言わず、ただ呆然としているだけ。

「あ……う……」

すると、今まで立っていたネギが急に力が抜けたように、その場に倒れ込んだ。

「ちょ、ネギ! 大丈夫!? しっかりして!!」

すぐにネギを抱き抱え、明日菜は何度も呼び掛けた。

息はしている。

生きている事に安心した明日菜は、胸を撫で下ろし安堵の溜め息を吐いた。

あれだけの衝撃波を前に、よく無事で済んだものだ。

すると。

「ふむ、耐え抜いたか」
「っ!?」

声のした方へ振り返ると、そこにはネギの顔を覗き込んでいるエヴァンジェリンがいた。

耐え抜いた。

その言葉を聞いた明日菜はパァッと表情を明るくさせ。

「そ、それじゃあ!」

エヴァンジェリンに合格なのかと問い掛けた。

「仕方あるまい。こちらから出した条件に応えたのだからな」

そう言ってエヴァンジェリンは別荘に向かって歩き始める。

「神楽坂、坊やを連れてこい。丁度奴の修行も終った所だ。纏めて治療してやる」
「え? いいの?」
「奴を治すついでだ。近衛木乃香、お前も来い。お前の治癒術は役に立つ」
「う、うん。分かった!」
「それなら、私も。治療なら私も少しは心得があります」

そう言って、エヴァンジェリンの後を付いてく明日菜達。

しかし、高音だけは。

「……どうして」

酷く困惑した面持ちで、彼女達の背中を眺め続けていた。












〜あとがき〜
えー、サブタイとは全く違う内容になってしまいました。

ネギの試験合格、そしてエヴァンジェリンなんだか随分甘くね?と言う皆様。


全力で見逃せ!!











これ好きやねん



[19964] 乙女の戦い?其ノ参
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:1841492d
Date: 2010/07/09 23:53



「う……ん?」

バージルが目を覚まし、最初に見たのは天井だった。

自分はさっきまで戦っていたのは別荘の外、擬似戦闘が終ったから目にするのは空の筈。

なのにここにいると言う事は。

(闇の福音に拾われたか……)

自分の状況を理解したバージルはベッドから起き上がり、近くに置いてあった服を取って着替えた。

服と言っても、バージルに取っては身動きがしやすい戦闘服、その上市販されているものとは強度が桁違いに特別製。

近右衛門がバージルにここ麻帆良にいて貰う際に渡しておいた服なのだ。

しかし、11着になるこの服もバージルの修行の為にボロボロとなり、殆ど布切れとなっていた。

そんな事など気にも止めず、バージルはズボンに足を通して一通りの身支度を済ませ、扉を開けて通路に出た。

取り敢えず、飯を食いに行こう。

食堂に向かえばエヴァンジェリンの従者であり茶々丸の姉達が何かしらの料理を出してくれる。

それに、今この別荘には近衛木乃香もいる。

彼女の料理をおにぎり以外で食べられるのかと考ると、バージルのお腹から腹の虫の雄叫びが鳴り響いた。

「近衛木乃香は……こっちか」

バージルは一時食堂から木乃香へと標的を変え、彼女の匂いと氣を辿って別荘の中を歩き始める。

まだ完全ではないし匂いに頼る事はあるが、バージルは最近人間や生命から発するエネルギーを微弱ながら感じられる様になった。

切っ掛けは、以前修行で鼻を折った時だ。

あの時は荒療治で手で折れ曲がった鼻を無理矢理治したが、お蔭で血が大量に吹き出し、自分の血で匂いを嗅ぎ分ける事が難しかった。

バージルにとって嗅覚は重要な五感の一つ、視覚や聴覚でも充分だが旅の間嗅覚を一番頼っていた時期があった為、随分もどかしい思いをした。

そんな時、バージルは視覚や聴覚といった五感の他に、別の感覚があると気付いた。

それは、人間から感じ取れるエネルギー。

つまり、自分と同じ氣を感じ取れる事が分かったのだ。

それから暫く、バージルは別荘ではなく鼻が治るまでの間、外でこの感覚を鍛える事に決めた。

如何にも武術をやっている厳つい男、しかしその男よりもヒョロリとした優男の方が氣が大きかったり。

中には子供なのにそこら辺の大人より氣が強い者もいたりなど、様々な人間がいる事を知り、バージルは氣による探索を着実に鍛えていった。

しかし、まだまだ荒削りなのもまた事実。

この学園の外からは殆ど氣が感じられないのだ。

故に最近のバージルは氣による探索術を鍛える事に決めた。

それに、いつかこの術が完全なものになれば、千の呪文の男を探し当てる事も可能かもしれない。

自分の目的の為にも、バージルは更なる修行に挑もうとした時。

「ここか……」

足を止めて目の前の扉に向き直り、バージルは片手で扉を開けて部屋に入った。

すると。

「「「っ!?」」」

明日菜や刹那、高音や木乃香が驚いた様子で此方に振り向いていた。

「ふむ、もう起きたか。その分だともう大丈夫のようだな」
「闇の福音、俺はどれ位寝ていた?」
「一時間も経っていないさ、お前に例の薬を飲ませたらあの部屋に放置しとおいたからな。因に傷の手当てはそこの一般人がやっておいたぞ」
「?」

エヴァンジェリンに言われ、バージルはシルヴィに視線を向ける。

すると、シルヴィの顔は真っ赤に染まり、頭から湯気を立ち上らせて俯いていた。

「う、うん……」
「! ネギ!」

その時、ベッドから聞こえてきた呻き声に視線を向けると、そこには痛々しい姿のネギが寝かされていた。

「明日菜さん? あれ? 僕は?」

目を覚まし、自分に何が起こったかを思い出そうと、動かない体に力を入れて起き上がろうとする。

「ま、まだ無茶しちゃダメよネギ」
「そ、そうや。まだ寝とった方が……」
「は、はぁ……」

明日菜と木乃香に押され、ネギは再び横になろうとするが。

「っ!」

ふと、バージルの姿がネギの視界に入り、ネギは横になる直前で起き上がった。

「いえ、やっぱり起きますよ」
「で、でも……」
「僕なら大丈夫ですよ明日菜さん。茶々丸さんの時と違って今回は怪我はしていませんから」

明日菜や木乃香の制止を振り切り、ベッドから起き上がるネギ。

その際、ネギはバージルに視線を向けるが、対するバージルは此方を見てはいない。

そんな彼に若干悔しそうな表情を浮かべるネギに、エヴァンジェリンは楽しそうに口端を吊り上げた。

「さて、まずは坊や、お前の再試験の結果だが……」
「………」
「ま、結果的に見れば合格だな」
「っ!」

アッサリと告げられる合格通知に、ネギは一瞬呆然となる。

しかし、エヴァンジェリンからの合格の言葉に実感を感じると、ネギは拳を握り締めてやったと呟く。

エヴァンジェリンがネギを合格にした理由、それはバージルの擬似戦闘の中にあった。

別に今のネギにバージルの動きを追え等と、流石に言えない。

だが、次第に変わるネギの目付きにエヴァンジェリンは感心を持った。

明日菜や木乃香は何が起きているか分からない状況の中、ネギはバージルとその“相手”を見つめ続けていた。

そう、ネギはバージルが一体誰と戦っているのか見えていたのだ。

それに、最後は気絶したとは言えネギはバージルの修行で起きる衝撃波に耐えきった。

故に、エヴァンジェリンはネギを自分の弟子にする事に決めた。

それに、千の呪文の男の息子を自分好みの魔法使いにするのも面白い。

若干黒い笑みを浮かべながら、エヴァンジェリンは喜びを露にしているネギを見つめた。

すると。

「おい、近衛木乃香」
「え?」
「腹が減った。すぐに支度しろ」

腹が減り、苛立ちを露にするバージルが、木乃香に飯を作れと言い放ってきた。

バージルにとってネギの合格通知などどうでも良い事。

バージルは早く飯が食いたくて苛々していた。

「え? で、でも……」

いきなり飯を作れと言われ、動揺する木乃香。

バージルはそんな木乃香を見て更に苛立ちを募らせる。

「同じ事を何度も言わせるな、お前が言った約束だぞ」

少し口調を強め、バージルは木乃香へと詰め寄ろうとする。

すると、バージルの前に刹那が立ちはだかり、バージルの行く手を遮った。

バージルは舌打ちを打って額に青筋を浮かべる。

腹が減った事により一気に積っていく苛立ち。

滲み出てくるバージルの気迫が見えない刃となり、部屋の内部に亀裂を刻んでいく。

いきなりの一触即発の空気、誰もが息を呑んだ時。

「まぁ、そんなに焦るな小僧。今から行く」

バージルによって張り詰めた空気を、エヴァンジェリンによって宥められて行く。

「………」

バージルにとっては真に遺憾だが、気迫を消して先に食堂に向かい、部屋を後にした。

「ほら行くぞ。あんまり待たせると今度は暴れだすやもしれん。そうなったら洒落ではすまないからな」

エヴァンジェリンに言われ、バージルの後に続く木乃香と刹那。

ネギは明日菜に抱き止められたまま、自分なりにゆっくりと歩き出して部屋を後にし、シルヴィもそれに付いていく。

エヴァンジェリンが全員が出ていったかと確認していると、部屋の隅っこで立ち尽くしている高音が視界に入った。

俯き、肩を震わせている高音に、エヴァンジェリンは特に何も言わず扉を閉めようとする。

「……教えて下さい」
「ん?」

ふと、掠れる程の小さな声がエヴァンジェリンの耳に届いた。

何かと思い振り返ると、そこには酷く落ち込んだ様子の高音が、すがる様に問い掛けてきたのだ。

「どうして、どうして彼は……あぁも」

小さく、耳をすませなければ聞き取れない小さな声。

それを聞いたエヴァンジェリンは、笑みを溢し。

「さぁな、私も良くは分からん……ただ、これだけは言える」
「え?」
「奴は……バージル=ラカンは、悪でもなければ善でもない。ただ純粋なんだよ」
「純……粋?」
「あぁ、どこまでも……な」

それだけを言うと、エヴァンジェリンは先に食堂に向かったネギ達を追い、部屋を後にする。

残された高音はただ一人、部屋の中で。

「純粋……か」

ポツリと、呟いた。












夜。

別荘の広場で、食事を終えたバージルは暗鬱な表情で曇った夜空を見上げていた。

原因は、エヴァンジェリンから言われた暫くの別荘の使用禁止。

今回の一件で別荘はボロボロとなり、修理を必要となってしまった。

もしこの状態で今回の様な擬似戦闘を行えば、間違いなく別荘は使え物にならなくなる。

快適な修行場を失うのはあまりにも痛い、バージルは渋々ながらエヴァンジェリンの要求を呑み、暫くは外での修行に専念する事にした。

「……まぁいい。それならそれで鍛え概がある」

そう自分に言い聞かせ、バージルは立ち上がり、就寝しようと別荘の中へと向かおうとした時。

「?」

ふと、前に佇む人影に足を止めた。

「高音=D=グッドマン……」
「……貴方に、聞きたい事があります」
「何だ?」
「貴方は、一体何の為に戦っているのですか?」
「は?」

目の前の少女、高音から聞かれる戦いの理由。

何の為に戦うのかと問われたバージルは、目を丸くさせて僅に戸惑った。

「別に……ある奴を超える。ただそれだけだ」

それがどうしたと、バージルは高音に逆に問い掛ける。

すると。

「超える為、その為に……あれだけの修行を?」
「当たり前だ。そうでなければ意味がない」

バージルの戦いの理由を聞いた高音は、何故そこまでするのか分からなかった。

誰の為でもなく、ただ目標を超える為に戦う。

分からない。

ただ立派な魔法使いになる事だけを考えていた高音には、バージルの考えが分からなかった。

すると。

「そいつはな、壁なんだよ」
「壁?」
「あぁ、それもとびっきりにでかく、恐ろしく分厚い壁だ。どんなに叩いても壊れないし、どんなに飛んでも越えられない」

握り締めた拳を掲げ、空へと睨み付けるバージル。

「だから、俺は戦う。戦って強くなって、いつか壁を粉砕して、飛び越えるまで、ずっとな……」

だから、俺はこれからも戦い続ける。

そう言って空を見上げるバージルの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。

(あぁ、そうか……漸く分かった)

そんなバージルを見て、高音は一つだけ分かった事がある。

この少年、バージルはどこまでも負けず嫌いなんだ。

喩え負けても立ち止まらず、ただがむしゃらに突き進む。

子供。

エヴァンジェリンの言っていた純粋という言葉の意味を何となく理解した高音は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。

しかし。

(それは、きっと誰にも曲げられる事は出来ない)

純粋、故に折れ曲がる事はない。

それはまさに、信念と呼べるものだった。

バージルには、悪も善もない。

ただひたすら壁を超える為に戦い続けるのみ。

それはある意味では、誰にも出来ない事。

高音は羨ましかった。

ただ魔法使いの家系に産まれ、言われるがままに立派な魔法使いになるよう言われてきた。

確かに、かの千の呪文の男のような立派な魔法使いになりたいと思っていた。

だが、そこには自分の信念など無かった。

義務付けられた価値観、ただ目指すだけの日々。

高音は、本当にこれで良いのかとずっと考えていた。

それを、この少年が気付かせてくれた。

「……話は終りだ。俺は寝るぞ」

バージルは自分で何を言っているんだと突っ込みながら、別荘の中へと入っていく。

その際。

「あの!」
「?」
「ありがとうございました!」
「…………」

ありがとう。

いきなり言われた高音からの言葉に、バージルは一旦足を止めるが。

「……ふん」

バージルは振り返らず、自分の部屋へと向かっていった。

まだ自分は、世界の事など知らない未熟者。

だから、高音は自分だけの信念を持つ事に決めた。

誰かに言われた事や義務でもない。

自分だけの……信念を



[19964] 地下
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:56c075f3
Date: 2010/07/10 08:13







……響く。

『コイツが、――――の息子の?』
『あぁ、確か名前は―――だ』

頭の中に、声が……響く。

誰だ……お前達は。

俺の……何を知っている。

『それで? コイツの戦闘力は?』
『推定50、下級戦士に分類されるな』

お前達は一体、何なんだ?

『ふむ、なら適当な惑星に送るのが妥当だな。それで、どの惑星に?』

そして……俺は。

『惑星カノム。そこに決まった』
『それじゃあ、早速』
『あぁ……』























誰なんだ?
















「また、あの夢か……」

バージルが住むマンションの一室。

バージルは頭を抑え、暗鬱の表情で窓から見える空を見上げていた。

まるで頭に靄が掛かったような感覚。

酷く、苛つく。

バージルは舌打ちをしながらベッドから起き上がり、洗面所に向かって顔を洗った。

そして、玄関にあった小包を開き、新しい服に腕を通す。

赤いラインの入った黒いジャケット。

ズボンも同様のデザインのもので、バージルは着替えると扉に手を掛けて自室から出ていった。

空を仰ぎ、空気の感じと人気の無さ、太陽がまだ顔を出したばかりの所を見ると、かなり早い時間帯に起きたようだ。

バージルはまだ生徒が登校していない大通りを歩き、朝の散歩を楽しんでいた。

すると。

「あれは?」

ふと、バージルの視界の端にある人物の姿が入った。

ネギ=スプリングフィールド。

千の呪文の男の息子が何故ここに?

バージルは辺りを見渡すと、どうやら自分はいつの間にか図書館島の近くまで来ていたようだ。

こんな所にいても何の意味もない。

バージルは踵を返し、元来た道を戻ろうとすると。

「どうしてダメなのですか!!」
「?」

ふと、バージルの耳に女子の声が響いてきた。

何なんだと思い振り返ると、そこにはネギに突っ掛かっている女子がいた。

身長はネギや自分と同じ位で、長い髪を二つに纏めたデコッパチが印象的。

「や、止めなよユエ〜」

酷く興奮している少女を、今度は傍に控えていたショートヘアの女の子がユエと呼ばれる少女を宥めていた。

大人しい……悪く言えば引っ込み思案と言うのが印象的な少女。

どちらもバージルには覚えのない顔だった。

何を揉めているのかは知らないが、心底どうでもいいバージルは今度こそその場から去ろうとする。

しかし。

「確かに、夕映さんとのどかさんには父さんの手掛かりを見付けてくれた事に関しては感謝しています。ですが……」
「っ!!」

ふと聞こえてきたネギの情報に、バージルは驚いた様子で振り返った。

ネギの父、即ち千の呪文の男に関する手掛かりがある。

本来の目的であるナギの情報を、思わぬ所から聞いたバージルは詳しい事を聞き出す為にネギの下へ歩み寄った。












「何故、何故そこまで拒むのですかネギ先生!」
「何度も仰った通り、此方側の世界は一体どんな危険があるか分かりません。修学旅行のような事もあるのですよ」

夕映とネギが言い合いをしている理由。

それはネギという魔法使いと深く関わりたいという事。

修学旅行の一件以来、非日常に対して強い憧れを抱いた夕映は、ネギに図書館島へ潜る際には自分も連れていって欲しいと、朝早く起床しネギを先回りして願い出たのだ。

これには勿論ネギは反対した。

魔法に関わると言うのは少なからず裏の世界に関わると言う事。

修学旅行の時の様な危険に巻き込まれてしまう可能性だってある。

実際、あの事件で死人が出なかったのは奇跡のようなもの。

あの様な事件に巻き込まれたら、今度こそ唯では済まない。

そもそもネギは父の手掛かりがあるとされる場所まで、様子を見に行くだけのつもりだった。

何度も何度もしつこく頼み込んでくる夕映、のどかもどこか期待した眼差しで見つめてくる。

どうしたものか。

ネギは何とかこの二人を納得させる糸口を探しだす。

と、その時。

「千の呪文の男の情報を手に入れたようだな」
「「「っ!?」」」
「詳しく聞かせて貰おうか?」

不意に聞こえてきた声に振り返ると、腕を組んで不敵な笑みを浮かべているバージルが、のどかと夕映の背後に佇んでいた。

突然聞こえてきた声と、振り返った先で見たバージルの姿に、二人は酷く驚き、目を見開いていた。

「あ、貴方は……」

突然現れたバージルに戸惑いながらも声を掛ける夕映。

目の前の少年は木乃香の実家で来客として、一度自分達と会っている。

(やはりこの少年も、ネギ先生と同じ魔法使い?)

夕映はバージルの事を自分なりに分析し始めた。

しかし、バージルは自分を呼び掛けている夕映の事など気にも止めず、ネギの方へと詰め寄る。

「ば、バージルさん……」
「応えろ。千の呪文の男の手掛かりを」

一方ネギは、いきなり現れたバージルに戸惑い、どうすればいいか分からなかった。

口調こそは最初に会った時と比べて、若干弱くなった様な気がしない事もない。

しかし、バージルの身の内から発せられる圧力は、自分達の足下に亀裂を刻んでいく。

ビシリと皹の入った地面に、夕映とのどかは何なんだと怯え始める。

ネギがどうすればと追い詰められたその時。

「よう、バージルの兄ちゃん。やっと来やがったな」

今までネギの後ろで隠れていたカモが、バージルの前に出てきたのだ。

「カモ?」

いきなり現れたカモに面食らうバージル。

その際に見せた僅かな隙を、カモは見逃さなかった。

「いやー、実は兄ちゃんにも一緒に来て欲しいと思ってさ。呼びに行こうと思ってたんだよ」
「……そうなのか?」
「あぁ、でもよ。兄ちゃんの居場所は分からないし、連絡手段もないからさ、正直困ってたんだ」
「…………」
「本当なら兄貴の試験の合間に話ておこうとかと思ったんだけど、兄ちゃんは兄ちゃんで修行に没頭してたからよ。中々話す機会がなくて」

無論、これらはカモが咄嗟に思い付いた出任せ。

しかし、ある意味カモの事を信頼しているバージルは、このオコジョの言うことを素直に耳を傾けたのだった。

「分かった。そう言う事なら……」

そう言って引き下がり、大人しくなったバージルに、カモは内心でガッツポーズをした。

そして。

「それと、兄ちゃんにはそっちの二人をお願いしたいんだけど……」
「か、カモ君!?」
「?」

突然言い出すカモの提案に、ネギは目を丸くした。

夕映とのどかは自分の生徒。

担任であり教師であるネギとしては、これ以上魔法に関わらせたくない。

ネギはカモに何を言っているのかと問い詰める。

しかし。

(兄貴、ここは一旦連れていった方がいい)
(だ、ダメだよ! 二人を危険な目には……)
(今ここで頑なに拒んだら、この二人の事だ。意地でもついてくるぞ)

そう言われて、ネギは改めて二人に目を向ける。

夕映は何がなんでもついていくと目で訴え、のどかもオドオドとしているがついていきたいと、夕映と同じように見つめてくる。

(ここは一度折れて、戻ってきたら後は誤魔化しゃあいい。俺っちも協力するから)
(うぅ……)

確かに、今強引に引き剥がしても、好奇心の強い二人はついてくるだろう。

ネギが向かおうとするのは、以前に訪れた場所よりも更に地下。

二人だけではかなりの危険が伴ってしまう。

ネギは一度バージルに視線を向けた後、深い溜め息を吐いて。

「……分かりました」

カモの提案を呑み、一緒に行く事にした。

渋々だが同行を許してくれたネギに、夕映とのどかは嬉しくなってはしゃいだ。

しかし。

「おい、行くならさっさと行くぞ」
「「ひ、ひゃい!」」

ギロリと睨み、舌打ちを打つバージルに二人は萎縮し、一行はナギの手掛かりがあるとされる図書館の地下へと向かっていった。

その途中、様々な罠がバージル達を襲うが。

その全てがバージルによって打ち砕かれた。

例えば。

「うわーっ!」
「お、大玉がーっ!?」
「ふんっ」

迫り来る巨大な大玉を粉砕。

「て、天井ーっ!」
「わわわっ!?」
「はっ」

落ちてくる天井を破壊。

「こ、今度は水責めーっ!?」
「し、死んじゃうぅぅっ!!」
「……はぁ」

閉じ込められ、水で水没する罠を溜め息を吐きながら周囲の壁を砕いて突破。

その罠が発動した原因の殆どが、図書館探検部の二人だという事に、バージルは心底うんざりしていた。

そして。

「なぁカモ」
「どうした兄ちゃん?」
「コイツ等、邪魔じゃね?」
「「っ!?」」

ハッキリと言いたい事を言ってくるバージルに、二人にグサリと言葉の槍が突き刺さった。

カモに頼まれ、渋々と二人の面倒を見ることにしたが、次々と罠に引っ掛かる二人にバージルはいい加減何処かに置いていきたかった。

ネギでさえ暗い道には魔法の炎を使うという気の利いた事をしているのに、後ろの二人は足を引っ張る事しかしない。

苛つきを募らせるバージルに、カモは苦笑いを浮かべるしかなかった。


すると。

「あ、どうやら目的地に着いたみたいですよ!」

ネギの指差す方向から光が差し、バージル達は広い空洞へと出た。

地下だというのに辺りは陽が射し込んでいる。

そして。

「この扉の奥に……」
「奴の手掛かりが……」

樹木に包まれた扉。

幻想的な光景を前に、二人の英雄の息子は胸を踊らせていた。

「ゆえゆえー、この地図何だけどー……」

二人が扉に向かう一方、ある疑問を持ったのどかが夕映を呼び出し。

地図に掛かれた危険という文字と、動物の絵に触れた。

その時。

突然頭に掛かったベタつく液に触れ、二人が顔を上げた。

そこには。

「グルル……」

腹を空かせているのか、鋭い歯の間から唾液を溢している翼竜が、此方に睨み付けていた。

「「は?」」

物語の本やゲームでしか存在を知らない二人は、目の前の翼竜を前に思考を停止していた。

危険とは思っていた。

だが、まさか竜がいる等と予想すらしていなかったネギは、混乱しながらも二人を助けようとする。

雄叫びを上げ、威嚇する翼竜。

このままでは二人が危ない。

ネギは杖を手に、二人を連れて離脱しようと試みる。

すると。

「っ!?」

突如翼竜は何かに怯える様に震え、その巨体で後退った。

一体何に?

夕映とのどかに?

あり得ない。

それともネギに?

まさか。

理由は更にその後ろにいる化け物に、だ。

全身から滲み出る殺気。

その人物を中心に空間が歪み、地面に亀裂が入る。

そして、翼竜である自分を見つめる目。

それは捕食者の目だった。

そして。


――ニタァッ――


「っ!?!?」

獲物を見付け、歓喜に口を歪める化け物に、翼竜は遂に逃げ出した。

ネギは突然去った翼竜を前に、これ以上ここに留まる事は危険だと判断し、二人を連れて逃げ出そうと試みる。

「バージルさん、一緒に逃げましょう!」

その際、ネギは一緒に逃げようと誘うが。

「先に行け。俺はここに用事がある」
「っ!!」

断るバージルに、ネギは一瞬迷った。

また先に行かれるのか?

既に目の前には父の手掛かりがあると言うのに……。

悔しかった。

このままでは、自分より先にバージルが父に到達するのではないかと。

ネギは焦った。

しかし。

(僕は、夕映さんやのどかさん。皆の先生なんだ!)

自分は教師。

ならば生徒である二人を守る義務がある。

「それじゃあバージルさん、お気をつけて!」

そう言って、ネギは二人を連れてその場から離脱し。

残されたバージルは。

「さて、行くか」

千の呪文の男の情報があるとされる扉の向こう側に行く為に。

扉に手を添えた。

その時。

「困りますねぇ、こう言う事をされるのは」
「!」

突然声のした方に振り返ると、フードを被った何者かが、ラカンとは別の意味で苛つく笑みを浮かべて佇んでいた。














[19964] アルビレオ=イマ
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e827f070
Date: 2010/07/13 21:56










気付かなかった。

修行で身に付け始めていた氣の探索術も、匂いや気配も感じなかった。

精々分かるのは、骨格からして相手が男だという事。

何者だ?

バージルは背後に立つフードを被った男と向き直り、警戒を強める。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」

フードの男はそれを見透かす様にクスリと笑みを溢した。

気に入らない。

まるで見下す様な態度の男に、バージルは必然と拳を握り締める。

「おや、どうやら逆効果でしたか。あまり事を荒らげたくはなかったのですが……」

顎に手を添えて、如何にも困ったと表す男にバージルは更に苛立ちを募らせる。

「おい」
「ん?」
「お前、何者だ?」

ギロリと睨み付けるバージル。

鋭い眼光と共に発せられる殺気に空気がビリビリと震え、バージルは男に覇気を容赦なく突き付け。

それを前に、男からのおちゃらけた態度は消え、フードの男の表情は真剣なものへと変わった。

「失礼、私の名前はアルビレオ=イマ。この図書館島の司書長を勤めています」
「っ!」

その名前を聞いたバージルは、僅に眉を吊り上げた。

アルビレオ=イマ。

それは嘗て大戦期に千の呪文の男と共に戦場を駆け巡り、様々な功績を残した紅き翼の英雄の一人。

「お前が……アルビレオ=イマ」
「はい。お父さんから少しは私の話を聞いていた様ですね。バージル君」
「っ!」

名乗った訳でもないのに自分の名前を言い当てる。

……どうやら本物の様だ。

この際、何故自分の名前を知っているかはどうでもいい。

千の呪文の男と共に戦っていたとされるこの男ならば、奴の情報を何かしら知っているのかもしれない。

地図に記された手掛かりの図、それは恐らくコイツ自身。

ならば。

「お前に聞きたい事がある」
「はい?」
「ナギ=スプリングフィールドは何処にいる?」
「お答えできません」

瞬間。

バージルがいた足場はグボンと凹み、バージル一瞬にしてアルビレオとの距離を詰めて、その顔面に向けて蹴りを放つ。

アルビレオ=イマは紅き翼の中でもかなりの曲者。

最初からマトモに話が聞けるとは思ってはいない。

ならば、残された選択肢はただ一つ。

力づくで聞き出すのみ。

相手は大戦の英雄、不服も不足もない。

バージル振り抜いた蹴りはアルビレオの顔面を捉えた。

しかし。

「っ!?」

バージルはそのままアルビレオとスレ違い、ガリガリと地面を削りながら着地し。

振り抜いた蹴りの衝撃波が地面を抉り、土煙を巻き上げる。

(避けた? ……いやまさか)

バージルの蹴りは間違いなくアルビレオを捉えていた。

なのに手応えが全くなかった。

まるですり抜けた様に、空気を相手にしているかの様に。

(……成る程、そう言う事か)

バージルは自分の攻撃が通らなかった理由を知り、ゆっくりと立ち上がる。

その際に浮かべた不敵な笑みが、アルビレオの表情を曇らせた。

「流石ですね。もう私の正体を掴んだのですか」
「ま、何となくだがな」

そう言ってバージルは拳を握り締め、構えを取った。

恐ろしい子。

アルビレオがバージルに対する印象はこれだ。

たった一度拳を交えただけで相手の術や技を見切る動体視力と洞察力。

そして、常識ではあり得ない……魔法も使わず、己の肉体のみで戦える卓越した戦闘技術。

まるで、戦う為だけに生まれた存在。

(全く、ジャック=ラカンも恐ろしい子供を拾ったものです)

アルビレオは今はこの場にいない嘗ての盟友に、内心で悪態をついた。

対するバージルは愉快そうに口元を歪め、全身から氣を吹き出して緑色の炎を纏い。

「まぁいい。お前が自分から奴の情報を吐き出すまで、付き合ってやるよ」
「それは……随分体力に自信があるのですね」
「それだけが自慢だ」

バージルは、通用しないと分かっていながら、敢えてアルビレオに突っ込んでいった。

話を聞こうとすらしない。

それはアルビレオにとって、最も苦手とする人種だった。






















魔法世界某所。

暗く、灯りのない闇の空間。

人工的に産み出された闇の中で、一人のフードを被った人間が佇んでいた。

長身でフルフェイスのマスクをしている為、性別も種族も分からない。

「……ムゥ、マズイな」

目の前に漂う水晶。

透明な水晶に映し出された光景に、マスクの人間は困惑の声を漏らす。

「デュナミス、“扉”の様子はどうじゃ?」
「!」

背後からの声に、デュナミスと呼ばれた人間が振り返ると。

自分と似たようなフードコートを身に纏った少年が佇んでいた。

何一つ物音を立てず、一切の気配を感じさせずにデュナミスの背後に立つ少年。

フードから覗かせる顔つきは、バージルやネギと同年代に思わせる。

そんな少年を前に、デュナミスは大して驚いた様子も見せず、溜め息混じりに振り向いた。

「思わしくないな。10年前よりも徐々にだが大きくなっていく……このままでは」
「“侵略者《インベーダー》”の方は……どうなっておる?」
「テルティウムの……アーウェルンクスの従者の報告によれば、大した動きは見せず修行に明け暮れているらしい」
「……あれだけの力を持っていながら、まだ高みを目指すか」

デュナミスから告げられる話に、少年は呆れた様に溜め息を漏らす。

「ジャック=ラカンも、大戦期よりも遥かに力を増している。……厄介事が多すぎる。このままでは我々の計画が」

デュナミスは顔を抑え、酷く嘆いていた。

「別に、奴に対してはそれほど悩む必要はなかろう」
「…………」
「如何に強くなろうと、奴も所詮我等と同じ人形。人形師にはどう抗おうと逆らう事は出来ないからの」

少年は無表情だが、デュナミスには何処か笑っている様に見えた。

「何れにせよ。儂等はアーウェルンクスと合流するまで待機。動くのはそれからじゃ」

それだけ言うと、少年は踵を返して立ち去り、少年は闇の中に消えていった。

残されたデュナミスは、水晶に映し出された映像を眺め、マスクの間から見える目を鋭くさせ。

「侵略者……バージル=ラカン」

その手を強く握り締め、憎しみを込めて名前を溢した。

水晶に映し出される光景、そこに見えるのは真っ黒な景色。

その中に点々と浮かぶ輝き、それは星々の煌めきそのものだった。

宇宙。

デュナミスは無限に広がる大宇宙を前に、ギリッと歯を噛み締める。

広大に広がる宇宙の光景。

その中に、穴が空いた様にポッカリと隙間があった。

その穴の中心には不気味な輝きが灯っており、怪しく光っている。

目の形をしているその穴は、微弱ながら力を発しており、僅かずつだが周囲の空間に侵食するように広がっていた。

「貴様が、全ての災厄の根源だ」

悔しそうに、怨めし気に吐くデュナミスの呟きは、薄暗い空間の中へと溶けていった。



















「ジャラァァァッ!!」
「フッ」

アルビレオに向けて、拳の乱打を打ち込むバージル。

しかし、幻影のアルビレオには物理的攻撃など一切通用せず、バージルの拳は虚しく空を切るだけに終っていた。

幾らやっても無駄。

しかし、バージルはそれを承知の上で行っていた。

無駄だと分かっていながら、バージルは敢えて幻影のアルビレオに攻撃を加えていた。

何故そんな事をするかって?

理由はない。

ただ、暇潰しに戦っているだけ。

確かに、相手は此方の攻撃が一切通用せず、反則と言っていい程デタラメな術を使っている。

この世界樹に宿る魔力が要因の一つであるかは定かではない。

だが、バージルにはそんな事はどうでも良かった。

少なくとも、目の前の相手はそれなりに楽しませてくれる。

「フンッ」
「………」

砂塵の中から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべるバージル。

対するアルビレオは、微笑みを浮かべてはいるが、額から大粒の汗を流していた。

喩えアルビレオが反則的な技を使っていようと、それは術を以て現した幻影に過ぎない。

その程度、今のバージルには幾らでも破る方法があった。

そう、精神的に追い詰められていたのは、バージルではなくアルビレオの方なのだ。

「フッ!」
「?」

バージルに向けて、アルビレオは掌を向ける。

すると、バージルを中心に足場がベコリと凹み、メキメキと窪んでいく。

重力魔法。

アルビレオの最も得意とする魔法。

文字通り、通常とは異なる重力を以て相手を押し潰す魔法なのだが。

「またこれか」

バージルはやれやれと溜め息を吐きながら、呆れた様子で肩を竦めていた。

「……これは、通常よりも30倍も負荷を掛けているのですがね」
「既に負荷を掛けている状態に、今更この程度の重力を加えられてもな。……まぁ、それでもシャツ一枚の重さは感じるかな?」

そう言いながら、今度はバージルがアルビレオに掌を向けて。

「ヌンッ!」
「っ!?」

アルビレオに向けて、氣功波を放った。

バージルの放った氣功波がアルビレオに直撃、成す術なく吹き飛んでいくアルビレオは、壁に叩き付けられていく。

壁に磔にされるアルビレオ。

ガラガラと崩れる瓦礫と共に、アルビレオは地面へと着地する。

ダメージは無い。

しかし、予想を遥かに上回った力を持つバージルに、アルビレオは追い詰められていた。

(うーん。困りましたねぇ。まさかこんな事態になるとは)

やはり、大人しくバージルにナギの情報を教えてやるべきだったか。

しかし、今更もう遅い。

目の前のバージルは既にナギの情報から自分へと標的を変えている。

今はまだ遊んでいるだけだからそれほど心配はないが、もしその気になればこの場所は吹き飛んでしまうだろう。

それこそ、下手をすれば世界樹ごと跡形も残さずに。

(……仕方、ありませんね)

アルビレオは観念した様に溜め息を吐いて、一枚のカードを取り出した。

「バージル君、貴方の想像通り、私は君よりも遥かに弱い。ですので、少々大人気ないやり方に変えようと思います」
「?」

そう言って、アルビレオは一本の毛髪を取り出した。

「この髪は、最初に君が私に蹴りを放った時に頂いた毛髪です」

来たれ。

その呟きと共にカードが光だし、アルビレオの周囲は無数の本によって囲まれる。

「私のアーティファクト、イノチノシヘンの能力は特定人物の身体能力と外見的特徴の再生です」
「…………」
「これからはこの力を以て、私は貴方自身となってお相手致しましょう」

そう言ってアルビレオは、宙に浮かぶ一冊の本を取り出す。

その本には何の題名も書かれておらず、中身も白紙だらけ。

すると、アルビレオが手にしていたバージルの毛髪が栞へと変わり、それを本の間に差し込まれた。

同時に本に光が溢れ、バージルと言う名の本が完成する。

そしてアルビレオが本を掲げた瞬間、辺りは光に包まれた。

軈て、収まってきた光にバージルは目を開くと。

「っ!」

そこには、自分と瓜二つのアルビレオが、不敵な笑みを浮かべて佇み。

そして。

「お待たせ致しました。……さぁ、第二ラウンドを始めましょうか」

バージルとなったアルビレオは、本物のバージルに向かって駆け出していった。












〜あとがき〜
ども、アルビレオにオリジナル設定を付け足した作者です。

最近、番外編として主人公が完全なる世界に付いた物語を妄想しています。

そしてまた、あるDVDを見たお陰である電波を受信致しました。



フェイト「バージル君、君だけは僕が必ず……幸せにしてみせるよ!」



さて、モトネタは何でしょう?

正解数が20人を超えたらXXX板に挑戦してみようかな……。

なんてww



[19964] 麻帆良崩壊?
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:d9c9e45c
Date: 2010/07/18 00:48








私の名前は長谷川千雨。

この麻帆良学園の女子中学校に通う何処にでもいる女子中学生だ。

趣味はネットサーフィンとネットアイドル。

ハッキングも多少たしなむが、それを除けばごくごく平凡な一般人。

さて、そんな私にも最近不満になるものができた。

3―Aの変人共。

まぁ、これは別にいい。

ロボットや明らかに中学生とは思えないノッポやロリっ子がいるクラス。

しかし、他人の身体的特徴を指摘するのは、人間関係を築く際にする最も愚かな事。

ロリっ子は何かしらの病気なのかもしれないし、ノッポは普通より成長が早いだけかもしれない。

ロボットだって、私達が知らない所でNASAの研究員か何かが協力して、あんなものが出来たのかもしれない。

色々常識はずれな出来事や人物が多いこの学園都市だが、それでも最近は自分にそう言い聞かせて納得している。

あの子供先生だってそうだ。

労働基準法違反とか、何で子供が先生何だよとか、そりゃ色々疑問に思った事はある。

しかし、子供先生は外見とは裏腹に授業はしっかりとこなしているし、教え方も上手い。

生徒とも仲良くやっているし、私から見ても良い先生だと思う。

ツッコミ満載なこの学園だが、別に私個人に迷惑を掛けた訳ではないのだから、構わないとすら最近になって思ってきた。

私が大人になったから?

いや違う。

クラスの連中や子供先生、この学園よりももっと奇怪な奴が現れた事だ。

外見は黒目黒髪で、ウチの担任の子供先生と同じくらいのガキ。

だが、ガキとは思えない雰囲気を纏い、その目は鷹の様に鋭く、目が合えばそこら辺のチンピラなんてそれだけで蹴散らしてしまう。

何故、あんなガキがこの学園にいる?

明らかに普通とは違う何か。

私は、一時ウチの学校で話題になった転入生の告白事件の現場にいて、そして見た。

私がアイツを見た時、全身の毛穴が開いて汗が噴き出してきた感覚を、今でも覚えている。

怪物。

私がアイツに対する感想は、それ以外に表せられなかった。

何故かは分からない。

確証もない。

だが私の中にある本能が、コイツは危険だと確信し。

それ以来、私は外に出るのが怖くなった。

あんな化け物がいる中、学校に行く私を自分自身で褒めてやりたかった。

ていうか何故学園はあんな化け物を放逐している。

あれじゃあ、いつか誰か襲われちまうぞ。

「くそっ! イライラする」

私は今、眼鏡を上げて怒りを鎮めながら学校に向かっていた。

その時。

「な、何だ?」

突然起こった地震。

ここ最近は無かったのに、何故また。

しかも、地震は激しさを増していき、揺れもドンドン大きくなっていく。

そして、私の足下の地面に亀裂が入った。

瞬間。

「っ!?」

地面を割り、出てきたガキの姿に、私はきっと目を大きく見開いて驚愕していた事だろう。

何故なら、そのガキがさっきまで私が毒づいていた化け物なのだから。

いきなり地面からガキが出てきた事に、私を始め周囲の生徒達もポカンと口を開けて呆然となり。

そんな中、あのガキは愉快そうに口元を歪めて、重力に従い、そのまま穴の空いた地面へと潜っていった。

いきなり目の前で起こった出来事について行けないでいた私は、腰が抜けてしまい駆け付けた教師に起こされるまで、そのまま座り込んでいた。



















(何なんだ。この力は!?)

自身のアーティファクトの能力で、バージルへと姿を変えたアルビレオは、全身に満ち広がる力の感覚に驚愕していた。

体の奥底から感じる力の波、決壊したダムの様に溢れてくる力の奔流。

こんなものが、あの小さな体に渦巻いていたのか。

強すぎる力は、時によって毒物になりかねない。

自身の力に呑み込まれ、破滅していった人間をアルビレオはごまんと見てきた。

これ程の力を、あの少年は自我を保ったまま制している。

「……まったく、つくづく規格外ですね。貴方は」

天高く広がる上を見上げ、アルビレオはポッカリと空いた穴を見上げる。

自分の放った拳の一撃は、バージルの脇腹を捉え。

バージルは上空へ吹き飛んでいったのだ。

天井にできた穴は、その際に出来た副産物。

予想を遥かに上回るバージルの力に、アルビレオは振り回されていた。

そして、瓦礫と共に落ちてくるバージルに、アルビレオはやはりと目を細くする。

舞い上がった砂塵の中へ、バージルは何事も無かった様に着地する。

しかし、脇腹に受けたダメージは大きく、バージルの口元からは血が流れていた。

「やはり、まだ続けるのですか?」
「…………」
「貴方は確かに強い。しかし、我がアーティファクトの力によって私は貴方と同格となった。加えて此方は貴方の攻撃は一切通用しない。勝負ありましたよ」
「………」
「痛い目に遭いたくなければ、即刻この場から立ち去りなさい」

静かに、最後の警告を告げるアルビレオ。

しかし、バージルは何の答も出さず、ただ俯いているだけだった。

そして。

「ククク……」
「?」
「フフフ……ハーッハッハッハッ!!」
「っ!」

突然大声を上げて笑いだすバージル。

狂気の混じったバージルの笑い声に、アルビレオが一瞬体が膠着した。

瞬間。

「っ!?」

自分の顔に衝撃が入り、アルビレオは壁に叩き付けられる。

何が起こった?

いや、身体能力もバージルとなったアルビレオには、自身に起きた出来事を分かっていた。

バージルはただ、恐ろしく速く自分との間合いを詰めて、拳を顔面に叩き付けただけ。

ただ、思考がそこまで回って来なかったのだ。

砂塵の中から立ち上がり、アルビレオは前へと睨み付ける。

すると、バージルは歓喜の笑みを溢しながら一歩ずつ此方に近付いて来ていた。

「どうした俺、こんなもので終る筈無いだろう?」
「……君も、本当に人の話を聞かない人間ですね」
「自分自身と戦える絶好の機会なのに、どうして逃げる必要がある?」

アルビレオの問に、バージルは何を言っているんだと首を傾ける。

そして。

「そんな事より、そんな姿をしたからにはお前にはトコトン付き合って貰うぞ」
「?」
「俺との、殺し合いをな」
「っ!?」

ニタァッと笑うバージル。

おぞましく、恐ろしく、アルビレオは見た目と裏腹に長い間生きて様々な人間を見てきたが。

幼くしてこんな笑みを浮かべるバージルに、恐怖を感じた。

そして。

「シャラァッ!!」
「っ!?」

アルビレオに向かって再びバージルが飛び掛かり、握り締めた拳を振り抜いた。

アルビレオは咄嗟に両手を交差し、防御の体勢に入る。

しかし。

「ヌンッ!!」
「グッ!?」

腕の上からでも十二分に伝わる衝撃にアルビレオは再び吹き飛んでいく。

アルビレオは壁を貫通し、狭い通路へと出る。

体勢を立て直し、煙を利用して姿を消そうと試みるが。

「どこに行くんだぁ?」
「っ!?」

壁越しから声が聞こえてきたと同時に、バージルの腕が壁を突き抜けてアルビレオの胸元を掴み。

「グッ!?」

そのまま自分達がいた空間へと投げ飛ばされた。

壁に叩き付けられる直前にアルビレオは体を捻り、逆に壁を利用して足場にしようとするが。

「なっ!?」

既に目の前には、バージルの拳が迫っていた。

しかし、アルビレオもバージルとなっている為、その身体能力と動体視力は別格。

当たる直前に上空へと逃げて。

「仕方ありませんねっ!」

漸くなれてきたバージルの力を活用し、アルビレオは本人の背後に回り込んだ。

相手はまだ此方に振り向いていない。

ならば、後頭部に回し蹴りを叩き込んで終りにさせる。

アルビレオは左足を軸に、回転して威力を高めた回し蹴りを放とうとする。

しかし。

「キシャッ!」

自分が蹴りを放とうとした瞬間、相手も同じ体勢に入り。

二人の左右対称に放たれた蹴りが交差して、そしてぶつかり合い。

地下空洞を……いや、麻帆良を再び震わせた。

二人の足場が窪み、クレーターを作っていく。

衝撃波が空洞を揺らし、頭上から瓦礫が降り注いでくる。

しかし、二人はそれを気にした様子もなく、アルビレオが距離を置くために一度離れた瞬間。

二人は、音も無しに突然消えた。

そして。


――ドゴォォンッ――


落ちてくる一つの巨大な瓦礫が、粉々に消し飛んだ。

粒となった瓦礫の場所には、バージルとアルビレオが互いに拳をぶつかり合わせ。

瞬間、再び二人は姿を消した。

音と衝撃波だけが空洞の中に響き渡り、それに呼応するかのように瓦礫の雨が降り注いでくる。

時々姿を見せては、拳や蹴りを繰り出す二人。

アルビレオは表情を曇らせ、バージルは楽しそうに歪ませ。

数分間に及ぶ二人の激闘は、尚激しさを増していった。

一方、バージルの恐ろしさにいち早く気付いた翼竜は。

「クキュル〜〜」

早く終わってくれと、世知辛い呟きを吐いていた。












「まさか……そんな」

アルビレオは、本日幾度目かの恐怖と驚愕に思考が混乱していた。

自分のアーティファクト能力は、謂わば相手のコピーになるというもの。

コピーと言えど、その力は本人と同等のものになる筈。

どれだけ相手が強大だろうと、勝つことは出来ないが負ける事もない。

しかし。

「ジャッ!」
「クッ!?」

振り抜かれたバージルの拳、アルビレオはカウンター狙いで拳を放つが。

「フンッ」

バージルは拳を止めて屈み、足払いでアルビレオの足場を崩した。

「ヌグッ!?」

そして、がら空きとなったアルビレオの脇腹にバージルの膝が叩き込まれる。

アルビレオは何とかして体勢を整えようとするが、それよりも速くバージルに足を掴まれ。

再び壁に向かって投げ付けられる。

同じ手を何度も食らうかと、アルビレオは慣れてきた超スピードを以て姿を消す。

しかし。

「…………」

自分が向かおうとした場所に、バージルが既に回り込まれていた。

戦いというものは、何ヵ月かに及ぶ鍛練や修行にも勝る経験を与えてくれる。

それが成長の糧となり、より強く飛躍できる。

だが、目の前の少年は違った。

外見こそは自分と同じであるが、その中身は既に別物へと変わっていた。

自分の技を見切り、動きを読み、全てが見透かされている様な感覚。

最早、少年のそれは成長等と生温いものではなかった。

進化。

戦いの中で進化し続けるバージルに、アルビレオは己の中にある限界を悟り。

そして。

「感謝しよう。アルビレオ=イマ」
「!」
「お前のお陰で、俺はまた一つ強くなれた。だから」

振り上げたバージルの拳。

そこにこれまでとは比較にならない程の氣が集約し、凝縮されていき。

「この一撃を以て、お前に最大の敬意を表しよう」

振り抜いた拳が、アルビレオの腹部を捉え。

アルビレオは遥か地中へとめり込んでいった。

ボロボロの姿となったバージルは、口元から流れる血を拭い。

「……腹、減ったな」

清々しい表情で、地下空洞を後にした。










本来の目的を忘れて。
















〜あとがき〜


何だか今回は突っ込み所も多いし色々と中途半端に終ってしまい、申し訳ありません。

次回からは恋愛編?になるかもです。

それて、前回のあとがきの答えの数でしたが、22と規定を越えていました。

そこで、やはりXXX板は書けないヘタレな私ですが、番外編としてフェイト側に付いたもしくは手を組んだifを、近い内に短編ですが書こうと思います。

……本当はXXX板も色々考えてたんですよ。

テオドラとの《バキューンッ》な絡みとか、月詠と《バキューンッ》とか。

僅でも期待してくれた方、誠に申し訳ありませんでした。



[19964] 南の島へ
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:66fcc4ff
Date: 2010/07/18 18:41







ガンドルフィーニは憤慨していた。

バージル=ラカンは危険だ。

自分はこれまで、何度も学園長に彼に厳格な処置をするよう促してきたが、全く取り繕ってくれなかった。

ここ最近は大人しくこのままなら大丈夫かと、見通しが甘かった自分達にも責任はあるだろう。

しかし、その為に昨日の大地震の件で如何に自分達の認識が甘かったのかと痛感させられた。

原因は間違いなくあの少年。

あの地震のお陰で、地下の水道管は幾つも破裂破壊が起こり、地盤にも悪影響を及ぼしている。

発電所は今も停止しており、住宅街地区には余震の恐れもあると言うことで火器の使用は禁止されている。

今は他の教師の方々は業者の皆様と共に、事態を安定させる為の作業に入っている。

徐々に事態は安定を保ち始めてはいるが、それでも人々の恐怖は拭いきれなかった。

これ以上、彼をここに留めておくのは危険だ。

ガンドルは学園長に直談判をする為に、単身で学園長室に乗り込み。

「学園長、お話があります!」

近右衛門にバージルについての今後を話し合おうとした。

しかし。

「が、学園長!?」
「…………」

席に座り、灰のように真っ白となった近右衛門を前に、ガンドルは慌てて駆け付けた。

机にあるのは山のように積み上げられた書類の山。

全ての書類にサインや手続きの書留が記されており、ガンドルは悟った。

そう言えば、この学園長はここ最近外で見かけた事がない。

それに、業者の方々も対応が早く、状況の安定は思ってたよりも早く片付いた。

そう、全ては学園長一人で手配していたのだ。

「学園長、しっかりして下さい! 学園長!!」
「へへ、ガンちゃん。儂……燃え尽きたよ。真っ白にな」

満足した笑みを浮かべて、近右衛門は気を失った。

そして、今回の騒動の張本人であるバージルはというと。













「マンゴープリンまいう〜」

南の島にて、傷付いた体を浜辺にあるパラソルの下で癒していた。

何故こうなったのか、それはバージルが図書館島での激闘を終えた次の日の事だった。

思った以上にアルビレオから受けたダメージが酷く、本調子では無かった頃。

バージルが痛めた体を動かし、空腹を満たすために外へ出ようとした時。

ネギ=スプリングフィールドと近衛木乃香の二人が訪れ、南の島に行かないかと誘ってきたのだ。

何でも、彼の生徒の一人である雪広あやかがネギを南の島へ招待したいのだと。

何故そこで自分が出てくるのかとバージルは疑問におもったが、特に断る理由もないし美味いものが食べられるのならば、バージルはどちらでも良かった。

それに、エヴァンジェリンの別荘も完全には修復されていない為、結局付いていく事になる。

だが、ここで一つ問題があった。

それは、ネギの生徒達が喧し過ぎる事。

お陰でここに来るまでの間、飛行機の中では質問攻めにあった。

あまりにも喧しいから思わず殺気を飛ばし、一番五月蝿かった双子のチビを気絶させてしまう。

それ以降特に騒ぐ事はなく、バージル達は南の島へ無事到着した。

一時は大人しくなった女子中学生達だったが、一度海を前にすると再び活気を取り戻し、今はおおはしゃぎで騒いでいる。

そんな彼女達から離れ、バージルはトランクス型の水着を履いて、黒いグラサンを掛けて一人マンゴープリンを頬張っていた。

そして50杯目を食べ終わったグラスを右のテーブルに置いて、左のテーブルに置かれてある次のマンゴープリンに手を伸ばした時。

「はぁ、やっと解放されました」

バージルのパラソルの下に、ビキニ姿のシルヴィが此方へ近付いてきた。

今回の南の島へ招待されたのは、バージルだけではない。

シルヴィもまた、今回の旅行へ参加していたのだ。

恐らくは3−Aの誰かが誘ったのだろう。

シルヴィは以前告白事件で騒がれた張本人。

その為に彼女もバージル同様、彼女達に散々な目にあったのだ。

「……お前はこう言うのは苦手だと思っていたんだがな」
「私の目的は貴方の監視、ついていくのは当然です」

誤魔化すのに必死で、漸く質問の嵐から逃れてきたシルヴィだが、バージルに対し応えるだけの気力はあるようだ。

「これはやらんぞ」
「いりませんよ。というか良くそんなに食べれますね」
「食べ物はどんなに食べても飽きないからな」

それだけを言うと、バージルは再びマンゴープリンを食べ始める。

無邪気にプリンを食べるバージル。

まるで戦っている時とは別人の顔をするバージルに、シルヴィは少し頬を緩ませて愛くるしい思いを抱く。

しかし、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。

「っ!」

バージルの顔から少し下へ視線を向けると、シルヴィは言葉を詰まらせた。

右胸に刻まれた……何か貫かれた様な傷痕。

左腕には、切り刻まれた傷痕。

右腕、左足、腹部、バージルの体の至る所に、様々な傷痕が残されていた。

中には致命傷だと思えるような深いものまである。

その傷痕の数々が、バージルがこれまでどんな生き方をしてきたのか、容易に想像できた。

たった10年しか生きていないのに、その内容は血で埋め尽くされ、戦いに染まり。

人とはかけ離れた生き方を、自ら進んで行ってきたのだ。

全ては、たった一人の男を超える為に……。

先日、エヴァンジェリンの別荘で目撃したバージルの相手。

それは、バージルの父で嘗ての英雄ジャック=ラカン。

バージルは自らの父親を超える為に、あそこまで自分を追い詰めていた。

誰もが出来る事じゃない。

たった一つの目的の為に、ここまでがむしゃらになれるものなのか。

シルヴィは改めてバージルの凄まじさを覚えていた。

すると。

「……何だ? やっぱりお前も食べたいのか?」
「へっ!?」
「さっきから視線を感じるのだがな……」
「あ、あう……」
「まぁいい、元々お前の目的は俺の監視だ。視線も不愉快なものでもないしな」

それだけ言うと、今度はマンゴープリンではなく、バージルはパイナップルの果汁100%ジュースの入ったグラスを手に、一気に飲み干した。

幼い顔とは裏腹に鍛え抜かれた肉体と全身に刻まれた傷痕。

10歳の少年にしては異質過ぎる雰囲気を纏うバージルに、シルヴィ以外誰も近付こうとしない。

筈だった。

「こんにちは」
「?」

バージルがマンゴープリンを食べ続け、70杯目を手にした時。

おっとりとした声が聞こえてきた方へ振り向くと。

「貴方は……遊ばないの?」
「!」
「っ!?」

たわわに実った果実に、シルヴィは頭に鈍器で殴られた様な衝撃を覚えた。

「誰だお前……」
「私は那波千鶴、飛行機の中ではあまりお話出来なかったから……」
「それで?」
「貴方と、少しお話したいの」

那波千鶴。

3−Aのクラスの中で、外見も内側も成熟した生徒。

女子中学生とは思えないプロポーションの持ち主で、たわわに実った果実は多くの男性を虜にする。

男性学生は密かに彼女を“ダブルオー”と呼んでいるのは、割とどうでもいい話である。

千鶴は保育園でアルバイトをしており、その為か彼女は女子中学生とは思えない落ち着きを持っている。

そんな彼女は、一人マンゴープリンを頬張っているバージルの事が“孤独”に見えた。

別に偽善ぶっている訳ではない。

だが、一人でいるバージルの事が気に掛かった。

側に今日知り合った女の子が一緒にいるけれど、千鶴にはバージルは“一人”にしか見えなかった。


「何で俺がお前と話をしなければならない?」
「貴方と……友達になりたい。それじゃあダメかな?」

微笑みを浮かべながら訪ねてくる千鶴。

しかし。

「トモダチって何だ?」
「え?」

知らないという風に首を傾けて逆に訪ねてくるバージルに、千鶴は目を見開いた。

友達を知らない。

バージルの表情から見て、嘘をついているようには見えない。

友達そのものを知らないと言い放つバージルに、千鶴は何て言えばいいか分からなかった。

「話はそれだけか? シルヴィ、行くぞ」
「え? は、はい……」

パラソルから離れ、場所を移すバージルに言われるがままに付いていくシルヴィ。

千鶴は離れていくバージルに言葉を掛ける術がなく、ただその後ろ姿を眺めている事しか出来なかった。













パラソルから離れて数分。

ただ何をする事なく、浜辺を歩いているだけの二人。

ただ会話もなく、歩いているだけの時間。

しかし、シルヴィはどこか楽しかった。

それに。

(似てる……)

シルヴィは思った。

バージルとフェイトは、何となくだがどこか似ている。

決して他者と関わる事はなく、たった一つの目的の為に突き進むバージル。

受け継がれた意志の元に、どんな手段を用いても計画を遂行させようとするフェイト。

目標こそは違うが、目標の為に前へ進むバージルにシルヴィはフェイトが彼処まで彼に惹かれる理由が分かった気がした。

「あ、あれ?」

つい考え事をしていた為、バージルを見失ったシルヴィ。

辺りを見渡し探すと、海辺に向かって佇むバージルを見つけた。

「何を……しているんだろう?」

まさか泳ぐつもりなのか?

シルヴィがただ立ち尽くすバージルに声を掛けようとした。

瞬間。

「邪王!!」
「っ!?」
「皇……炎……」

突如、バージルは大声を上げて奇妙な動きをし。

「天竜! 咆哮!! 爆裂閃光魔神斬空刃亜慈瑠拳!!」

拳を突き出し、その際によって生じた拳圧が海面を爆発させて水飛沫を巻き上げる。

降り注ぐ水飛沫の雨に打たれながら、いきなり理解できない行動を起こすバージルにシルヴィは呆然となった。

すると、バージルは苦虫を噛み砕いた様に表情を渋くさせ、悔しそうに拳を握り締めた。

「くっ、まるでダメだ。技名が長すぎる。語呂も悪いし名前を入れるのも。……いっそ羅漢拳とシンプルにするか? イヤダメだ、それじゃあ奴と被ってしまう。エクストリームブラストの他に技を考えるのは良かったが、まさかここまで難しいとは……認めたくはないがジャック=ラカン、大した奴だ」

無意識に氣を纏い、一人ブツブツと呟くバージルに、シルヴィは声を掛けるのを躊躇っていた。

というか、無闇矢鱈に氣をブッ放さないでほしい。

そんなシルヴィの心情とは裏腹に、バージルは自らの新しい技の開発に勤しんでいると。

「あ、あの!!」
「ん?」

声を掛けられ、反射的に振り返ると。

二人の少女が、少し怯えた様子で此方に近付いてきた。

「あ、あの、私、宮崎のどかと言います」
「私は綾瀬夕映と言います。バージル=ラカンさん、いきなりで申し訳ありませんが、お願いがあります」
「あぁ?」

突然訪ねてくる二人に、バージルは何なんだと眉を吊り上げ。

「せーのっ!」
「私達を!」
「弟子にして下さい!」

いきなり告げられる弟子入りに。

「………はい?」

バージルはキョトンと、目を点にしていた。













〜あとがき〜
更新が遅れた上にグダグダな展開。
誠にすみません!

そして次回の更新は、番外編としてフェイト側のifを書こうと思います。

そして、やはりバージルはラカンの息子だという罠



[19964] if(TS注意!)
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/20 23:46








意外だった。

彼、バージル=ラカンはもっと気難しく、扱い難いものだと思っていたから。

不意に言ってしまった言葉。

『僕達の所に来ないか?』

我ながら酷い誘い文句だと思う。

彼は恐らく誰にも付いたり、組織に組する事は無い。

だから、次の彼の一言で僕は呆然となって、暫く思考を停止させていた。

『いいだろう。ただし、この旅が終った後だ』

今になって思えば、僕は心の何処かで歓喜していたのかもしれない。

人形である僕が、“心”などという不確かなものを口にするのは、当時の僕は滑稽に思えたが。

だが、この胸の高鳴りは本物だと信じたい。

そう、思いたい。

僕は……いや。























“私”は。












「バスタァァァァ……ビィィィィィムッ!!!!」

大海原に浮かぶ孤島。

白い砂浜に佇むバージルの両目から二筋の光が放たれ、遥か水平線の彼方へ着弾すると。


――ドォォォォンッ――


途方もない大爆発が起こり、閃光が空を覆い尽くした。

そして、次に起こる衝撃波により300メートルを超える巨大な高波が押し寄せてくる。

そんな巨大津波を前に、バージルはウーンと唸り声を溢したまま佇み。

津波の中へと巻き込まれていった。

300メートルを超える高波は孤島を易々と呑み込み、波が引いていく頃には緑で生い茂った島が見る影もなくなり、木々は薙ぎ倒されていった。

ただ、バージルだけは最初にいた場所から微動だにせず、未だに唸っているだけ。

そして。

「やはり、目からビームというのは些か単調過ぎたか?」
「一体何をしているのかしら?」

頭に昆布を乗せたバージルが溢した呟きと共に、背後から一つの人影が現れた。

その声に反応したバージルが振り返ると、腰まで伸びる白髪の美少女が無表情で、しかし何処か呆れた様子で佇んでいた。

「お前か、何の用だ?」
「そろそろ時間だから、貴方を呼びに来たのよ」
「何? もうそんな時間か?」

少女から告げられる言葉にバージルは少し驚いたのか、目を一瞬だけ見開かせる。

「それにしても……一体何をしていたの? 私達の別荘をこんなにもメチャクチャにして」
「いい加減技が一つだけなのも心許なくてな、現実世界にいくまで新しく考えておこうかと」
「…………」
「因みに他にもファイナルグランドクロスという全身から出す光線が……」

延々と聞かされるバージルの必殺技の説明。

少女は楽しそうに語るバージルの横顔を、ただ無表情のままジッと見つめるだけ。

しかし、何処と無く少女は笑っているようにも見えた。

すると。

「いい加減にしないか」
「ん?」
「デュナミス……」

フードコートを纏い、フルフェイスのマスクを着けた輩が、フェイト同様呆れた様子で現れた。

「そろそろメガロメセンブリアの扉が開かれる。早く行かないと手遅れになるぞ」
「ああ、分かっているよ」
「ちゃんとハナカミとティッシュは持ったか? お金はあまり使い過ぎるなよ。知らない人には誘われても着いていかない事、詐欺には充分気を付ける事、いいな?」
「……分かっている」

何度もしつこく同じことを言ってくるデュナミスが、フェイトは少し鬱陶しかった。

デュナミス、魔法使いの中でも随一の力を持つ影使いであり、完全なる世界の間ではオカン的存在。

最初はバージルの加入の際に、かなり毛嫌いしていたが、普段のバージルを見ている内に徐々に変化していった。

デュナミス談、あんな無茶苦茶な男は矯正しねばならないとの事。

そして、お節介なデュナミスと少女の従者に見送られ、二人は旧世界……現実世界に向かう為、魔法世界の本国と呼ばれるメガロメセンブリアに赴く事となった。











彼が私達“完全なる世界”に入ってから既に数ヶ月。

一度旅を終えたバージルは、その日の内に父親であるラカンに挑んだ。

結果は引き分け、未だに及ばない自分の力に嘆いたバージルは、その日の数日後に再び旅を決意する。

その際、ラカンから力を抑える為の腕輪を受け取り装着、バージルは人気の無い所で我々と合流。

そして今日に至るまで、彼はただひたすら力を求め、鍛練に明け暮れた。

用意した魔法球で修行を続け、使用した回数は数百回。

壊した回数は一度や二度ではない。

そして、自ら死に追いやった回数も……決して少なくは無かった。

自ら生み出したラカンの幻影に殺され掛け、その度に調は涙を流しながら彼の治療を行っていた。

……お陰で彼女に治癒スキルが伸びたのは嬉しい誤算だが、その同じ数だけ彼が苦しんだ回数だと思うと。

何故か、胸の奥が痛かった。

そして、一度死地から這い上がった彼の力は、以前とは比較にならない程強大に膨れ上がっていた。

これが、“向こう側の世界”から来た人間の力なのか。

今となっては、既に誰も到達出来ない領域まで力を増している彼、しかもその力を完全に解放していない状態で、だ。

恐らくは、嘗ての造物主ですら彼に敵う事は無いだろう。

彼は知らない。

自分の本当の強さを。

彼は気付いていない。

自分が既に最強の生命体である事を。

だが、それでも彼は強くなり続けた。

どこまで強くなっても、決して萎える事ない強さへの渇望と探求。

向上の努力を必要としない私にとって、彼が眩しく見えた。

「おい、おい!」
「っ!」
「何をボンヤリしている? もうすぐ時間だぞ」

どうやら、これまでの事を思い出した為に思考が停止していた様だ。

今ここにいるのは本国の内部だと言うのに、少し油断しすぎた様だ。

「大丈夫、何も問題ないよ」
「そうか……お前が考え込むのは珍しいと思ったからな」
「私は人形、そんな事はあり得ないよ」

そう言って私はソッポを向く様に、彼から視線を外した。

すると私達のいる魔法陣が輝きだし、転移開始のアナウンスが流れる。

いよいよ、私達の計画の……その始まりが序曲を奏でる。

これから向かう現実世界、そこには彼の目的である千の呪文の男と、その息子がいる世界。

私は、これからの事に思考を巡らせていると。

「おい」
「?」
「別に俺はお前が人形だろうが何だろうが、そんな事は関係ないしどうでも良いと思っている」
「…………」
「だが、それでもお前は俺の相方だ。中途半端な姿は晒すなよ“フェイト”」
「っ!」

フェイト。

真っ正面から見つめられて自分の名前を呼ばれる事に、私は何故か胸の鼓動が高鳴った。

(ああ、そうだ)

彼は、何時だって私を見ていた。

“人形”ではなく、“三番目”でもなく、“フェイト”として。

彼は何時も、私を私として見ていてくれていた。

だから、“嬉しい”んだ。

彼の傍にいれば、無色透明な自分に色が着くと、空っぽな自分が変われるのではないのかと。

……自分でも思う、何てバカな事だと。

自分でも愚かだと思う、どこまでいっても所詮は人形だと。

だけど、それでも私は彼の傍にいたい。

彼の隣で立ち続けたい。

調も、本当なら一緒に来たかったのではないだろうか?

彼女が彼を気に掛けていたのは、前々から知っていた。

それでも彼女は、現実世界には私と彼と一緒に行って欲しいと言っていた。

その時、去り際に見せた彼女の泣き顔を、私は決して忘れないだろう。

もしかしたら、調は私以上に私の気持ちを気付いていたのかも知れない。

私は、卑怯者だ。

だから、ここに誓おう。

彼を守ると。

彼と共に、帰ってくると。

だからその時に改めて確認しよう。

彼の……バージル=ラカンに対する気持ちを。

私も、それまでには必ず。

自分の気持ちを見付けて見せるから。

眩い光に包まれながら、私はそんな誓いを立てて。

彼に気付かれないよう、服の端っこを掴んでいた。













〜あとがき〜

えー。今回はフェイトのTSと女の子となった彼女の心情を書いてみました。

うん、色々突っ込み所が満載で、ガックリした方も多いと思います。

因みに、ここの完全なる世界のメンバーは、アットホームな感じですww。

何故かオカンなデュナミスが頭から離れなくてww

ですが出番はここだけだったり。

もしこのifが続くのならば、以下の世界に跳んでみようかと思います。


1.BETA相手にバスタービーム。

2.学園黙示録でダブルバスターコレダー。

3.オリジナルスパロボで「とっておきだぁ〜」

4.某機動六課相手に無音脱がし術



……すみません、妄想が止まらなくてww



[19964] 本当の名前
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:6d0bedf2
Date: 2010/07/22 01:12






「弟子……だと?」
「はいっ!」

ネギに誘われ、雪広グループが所有する南の島のリゾート地へ赴いたバージル。

傷付いた体を癒す為にこの地に来たと言うのに、バージルは目の前で弟子にしてくれと頼み込む二人の女子生徒に目を丸くしていた。

綾瀬夕映と宮崎のどか、どちらもネギの生徒である。

何故自分に弟子入りを頼むのか、魔法使いではないバージルは不思議に思った。

「何故、俺に?」
「ネギ先生や明日菜さんとの会話で何となくですが……貴方はエヴァンジェリンさんと同等以上の、かなり強力な魔法使いだと推測します」
「俺は魔法使いじゃないぞ」
「えっ!?」

魔法使いじゃない。

バージルから告げられた一言が余程誤算だったのか、夕映の目は大きく開かれた。

「……まぁ、魔法を使ってみたいという気持ちは……分からなくもないがな」

バージルがラカンとまだ魔法世界で暮らしていた頃。

初めて魔法を見た時は、少なからず胸が高鳴った。

炎を生み出し、風を吹かせ、水を流し、雷を轟かせる。

自在に魔法を使い分ける彼等に、バージルはどこか憧れに近いものを感じていた。

自分が魔法を使えないと分かっても、魔獣を喰らって魔力を得ようとした時期があった程だ。

だから、バージルには目の前の少女が魔法に拘る理由が僅ながら分かる。

尤も、大抵の事は氣で出来る様になったバージルにとって、魔法には以前程の興味はないが。

しかし。

「それで? 魔法なんぞ手にしてお前は何をするつもりだ?」

バージルはラカンという壁を超える為に、ネギは父を探しだす為に、それぞれ目的を果たす為に力を求める。

目の前の少女にそれがあるのか?

別に目的や目標があろうがなかろうが、バージルからすればどうでもいい事。

力を求め、高める事ができるのは人間のみに許された特権。

バージルはそれを知っている。

「私は、このつまらない日常を抜け出したかった」
「!」
「退屈だけど平穏な日常、危険を伴う非日常、確かに後者はネギ先生の言うように多くの危険があるでしょう。しかし、それでも私は敢えてファンタジーな世界に足を踏み入れたいと決意したのです!」

つまらない日常。

夕映から告げられる一言に、シルヴィは眉を吊り上げた。

「だから私も、ネギ先生の様な魔法使いになりたいのです!」
「……ふん、で? そっちのお前は?」

夕映から視線を外し、後ろ隣に並ぶのどかに声を掛けた。

ジロリとバージルの鋭い目に晒されたのどかは、ビクリと肩を震わせた。

震えた体を抑えながら、のどかは口を開いた。

「わ、私はー……痛いのは嫌だし、怖いのも……ただ、ネギ先生の役に立ちたいなーって……」
「どうでもいいが、その喋り方は何とかならないか? 聞いているだけで酷く苛つくんだが」
「ひゃうっ! ご、ごめんなさい……」

バージルの指摘に畏縮し、夕映の後ろに隠れるのどか。

「もし、貴方に魔法に関する知識が僅かでもあるのなら、お願いします。どうか教えて下さい!」

一歩前に出て必死に頼み込む夕映に、バージルは段々苛つきを覚え始めていた。

その時。

「何なんですか……それ?」
「え?」
「退屈な日常? ファンタジーな世界?」

今まで黙っていたシルヴィが肩を震わせ、糸目だった目を開き、怒りに満ちた瞳で夕映を射抜き。

そして。

「ふざけないで下さい!!」

シルヴィの……調としての叫びが、周囲に轟いた。

突然のシルヴィの叫び、これには流石のバージルも目を見開いて驚いていた。

バージルから見た調の印象、それは目の前の宮崎のどかと大して変わらない。

そう、思っていた。

「その日常を、どれだけ渇望し、願っている人がいるか……知っていますか?」
「え?」
「貴方の言うファンタジーな世界、その世界でも……人は死にます」
「っ!」

死。

それは全ての生命に約束されたもの。

その理は、バージルですらも逃れられない。

しかし。

「理不尽な理由で、不条理な理由で、殺され、蹂躙されていく命……見たことありますか!?」
「っ!?」

目に涙を溜めて、睨み付けてくるシルヴィに夕映は言葉をつまらせた。

世界はいつも矛盾で溢れ返っている。

悪意で生まれた善意、善意から生まれた悪意、様々な柵が憎しみを、不条理な世界を構成し、今日もどこかで人は死んでいる。

戦争で、内紛で、事故で、感情で、人は死んでいく。

老人だろうが子供だろうが、人は必ず死んでいく。

シルヴィは、その最先端を見つめてきた。

魔法世界も現実世界も、根っこの部分は同じ。

だから彼女は、退屈な日常から抜け出したいという子供の様な事を言う夕映が、理解出来ないと同時に許せなかった。

「た、確かに……世の中には理不尽な事が多いとされて……」
「またそれですか? 楽しいですか? そうやって物事を理屈で片付けて……」
「あ……う……」
「そう言う人は、大抵他人事だからそんな風に言えるんですよ」

頬から一滴の涙を流し、この場から去ろうとするシルヴィ。

すれ違う彼女に二人は何も言えず、シルヴィはそのまま立ち去っていった。

シルヴィから突き付けられた言葉に、何も言えなくなった夕映はただ俯くだけ。

沈黙の中、小波の音だけが耳に入ってくる。

やれやれと肩を竦めて呆れた様子のバージルは、シルヴィの足跡を辿る様に歩き始め。

夕映の隣で一度立ち止まり。

「因みに、俺は既に三年前から命を殺しているぞ」
「「っ!?!?」」

殺している。

その言葉を耳にした瞬間、二人は瞳を揺るがせて驚愕した。

何秒か思考を巡らせた後に二人は振り返るが、既にバージルの姿は無かった。

バージルは、殺す事に区別はしない。

相手が人間だろうが、竜だろうが、ミジンコだろうが、殺す事には変わりはない。

だから殺していると言った。

二人は思い出した。

バージルに刻まれた数々の傷痕、それはその分戦いに身を投じた戦士の証。

だが、それは同時に死に掛け、殺してきた回数と同義。

自分が思い描いていたものとは別物だと、バージル自身がそれを証明していた。















「………」

人気のない浜辺、白い砂浜で座っているシルヴィは呆然と小波を眺めていた。

調、それは主であるフェイトから与えられたコードネーム。

本当の名前は別、だが彼女はそれを名乗るつもりはなかった。

調と言う名前は、彼女にとって新しい自分の始まった切っ掛け。

そして過去の自分を拭い去る為の逃げ口でもある。

無論、彼女はフェイトを感謝している。

この命を全てを以てしても足りない程に。

それは、フェイトに仕える環達も同じ想いだ。

それに……。

「……嫌な事、思い出しちゃったな」

本当の名前を思い出す事は、同時に過去の出来事を思い出す事と同じ意味を持つ。

血と肉が焼け焦げた嫌な臭い、戦場でしか味わえない恐怖。

彼女達は、最初から力を持っていた訳ではなかった。

自身の力を高める為に自ら戦場へ向かって戦い、多くの血を流し。

自分の一族の力を完全に制御する為に、彼女達は自分の意思で戦い続けた。

骨が折れた回数は一度や二度ではない。

力を得るために、幾度となく体を傷付けてきた。

フェイトの力になりたい。

ただその為に、調達は今日まで戦って来たのだ。

だから、退屈な日常から抜け出したいという理由で力を求める夕映が、酷く苛ついて許せなかった。

のどかの様な大切な人の為ではなく、自分の為だけに力を欲する。

力を求めるのは、全ての人間に与えられた特権。

誰にも咎める事は出来ないし、批判する事も出来ない。

だが、それでも調は許せなかった。

穏やかな日常、それは非日常の人々にとってどんなに願っても届くことはないのだから。

「…………」

言葉に出来ないやるせなさと虚しさで溢れ、シルヴィの頬を涙で濡らす。

すると。


―チュゥゥゥゥ―


「?」

何か吸い付く様な音に気付き、振り返ると。

「ヤシの実ジュースも中々美味いな」

ヤシの実にストローを刺し、中身を吸い上げるバージルがいた。

しかも、脇にはもう一個のヤシの実が抱えられている。

「何を……やっているのですか?」
「見て分からないか? ヤシの実を飲んでいるんだ」

そうじゃない。

シルヴィはバージルに突っ込みを入れようとするが、今はとてもじゃないがそんな気分ではない。

シルヴィは溜め息を吐いて、再び海へと眺め始める。

すると、バージルはシルヴィの隣に座りもう一個のヤシの実の上部分を手刀で切り裂き、今度はがぶ飲みで一気に飲み干した。

「貴方は……羨ましい人ですね」
「?」
「自由奔放で、何の柵もなくて……たった一つの事だけに一生懸命になれて」
「お前も、フェイトの為に色々してるんだろ?」
「私がしているのは唯の自己満足……フェイト様の為にとは言いましたが、それを理由に逃げているだけです」
「逃げ?」

問い掛けてくるバージルに、シルヴィはゆっくり頷いた。

誰かの為に、聞こえは良いがそれは所詮唯の自己満足。

フェイトを助けるフリして、実は誰よりも自分自身が救われたいが為だった。

「夕映さんのお蔭で、漸く気付きました。私は結局、誰かの為にと理由を着けて……」

シルヴィが最後まで言い切る直前、バージルは趣に立ち上がり、水着ポケットに入っていた一枚のコインを放り投げ。

ゆっくりと回転しながら落ちてくるコインを、バージルは親指と人差し指を以て弾き飛ばした。

弾かれたコインは音速の壁を突き破り、瞬く間に彼方へと消え、海は十戒の様に割れていた。

まるで、今の自分の気持ちを撃ち抜いた様に……。

「別に、過去がどうであれ、今は自分で此処にいるんだろ?」
「え?」
「だったら進めよ。徹底的にな」
「っ!」
「俺は、“先”に行くぜ」

それだけ言い残すと、バージルは両手をポケットに突っ込み、雪広グループが用意したコテージに向かおうと、ゆっくりと歩き出した。

バージルは何かを遠回しに伝えようとする器用な事は出来ない。

だから、シルヴィはバージルの言葉の意味を受け止め。

そして立ち上がり。

「待ってください!」
「ん?」

このままではいけない。

シルヴィの……調の中にある何かが、バージルを呼び止めろと叫んでいた。

「私……私の、本当の名前を」
「本当の名前?」

シルヴィ本人も、どうしてこんな事を言い出したのか分からなかった。

過去の名前、それは彼女にとって苦痛でしかない呪詛。

だが、目の前の少年に話せば、前に進めるかもしれない。

未来に進む為に、過去に振り向く。

そう、出来るかもしれない。

だから、シルヴィは決意した。

「私の本当の名前は……」

この人に、本当の名前を知って欲しい。

その想いと共に口にした。
その時。

「―――――」

夏を知らせる海風が、二人の間に吹き抜けていった。











一方。

「あ、明日菜さん。待ってください〜っ!!」
「五月蝿いバカネギ!!」

些細な事で始まった二人の一方通行な喧嘩は、翌日まで続いたとさ。












〜あとがき〜
今回は調もといシルヴィのターン!
何だか主人公のキャラが変わった気がするが……多分気のせいww

次回は再び学園に戻ります!

いよいよ襲撃編!

因みにネギ達は原作そのままです。

……すみません。




[19964] if2−1
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:39a98d0f
Date: 2010/07/26 00:53







「ありす……隠れなさい。見つからないよう、どこかに……」
「いやだぁ……嫌だよぉ……パパと一緒にいるぅっ! ずうっとパパと一緒にいるのぉっ!!」

夜に包まれた住宅街。

一軒の家の玄関前で一人の男性が胸を突かれ、愛娘に抱き抱えられながら息を引き取った。

少女は父を何度も呼び掛け、ボロボロと泣き崩れる。

そんな中、少女の泣き声を頼りに複数の影が近付いてきた。

一見それは何処にでもいる普通の人間に見える。

しかし、光に照されて姿を晒して現れたのは、異形としか呼べない輩だった。

腹部から腸を撒き散らし、折れた足からは骨が飛び出し、片目は抉れ、人間としての機能は全て失われている。

しかし、それでも〈奴等〉は蠢いていた。

動くではなく、蠢く。

覚束無い足取りで……視覚も無いだろうその目で、少女の泣き声という音に反応し、着実に近付いてきた。

「いやぁ……来ないで……来ないでよぉっ!!」

悲痛な面持ちで来るなと叫ぶ少女。

しかし、その叫びも〈奴等〉を呼ぶ撒き餌にしかならない。

そして、〈奴等〉が少女まで3メートルまで距離を詰めてきた。

その時だった。

「ふんふふんふんふふん、ふんふんふ〜」
「?」

ふと、〈奴等〉の向こうから聞こえてきた鼻歌に少女が振り返ると。

「ひっ!?」

目にしてしまった光景に、少女は短い悲鳴を上げた。

少女の視線の先にある物体。

それは〈奴等〉の集合体だった。

一ヶ所に〈奴等〉が集まり、一つの肉の塊が出来上がっている。

道の幅一杯まで群がった〈奴等〉。

一体が地面に落ちると、近くの一体がまたくっついてくる。

「ふんふんふふんふん、へい!」

そして、群がった〈奴等〉の中心から、自分が聞いた鼻歌だと、少女は気付いた。

すると、〈奴等〉の塊が一度立ち止まると。

「あぁもう、鬱陶しいわぁっ!!」
「っ!?」

中心の中の声がいきなり叫ぶと、周りに着いていた〈奴等〉が一斉に吹き飛んできた。

塀にぶつかり頭を割って、電柱にぶつかって背骨が砕け、少女に迫っていた〈奴等〉を同じ〈奴等〉でもってぶつけ、周囲の〈奴等〉を吹き飛ばしていった。

突然起こった出来事に少女は頭を抑え、漸く音が収まった事に気付き、恐る恐る振り返ると。

「クソッ! 臭いはキツいし血でベタベタしやがる!」

〈奴等〉の集合体がいた場所に、自分と大して変わらない年頃の男が、酷く苛立っているのが見えた。

東洋人を思わせる黒目と黒髪、振る舞いからして本当に外見通りの子供に見える。

だが、彼は異質だった。

少女が目にしたのは、人間が人間を喰らう狂った光景。

僅かでも噛まれたものは数時間も経たない内に死亡し、〈奴等〉となって蘇る。

だが、目の前の少年にはどこにも噛まれた痕など見当たらず、それどころか傷一つ付いてはいなかった。

服はボロボロに破れてはいるがそれ以外は何ともなく、実際に問題がないのだろう。

少年はボロボロだった服を脱ぎ捨て、辺りをキョロキョロと見渡し。

そして、少女と目が合った。

ズカズカと近付いてくる少年に、少女はビクリと肩を震わせる。

「おいお前、この辺で白い髪をした女を見なかったか?」
「はぅ?」
「身長は俺より少し上、髪の長さは腰辺り、何より無表情な顔が特徴な女を見なかったか?」

淡々と落ち着いた口振りで尋ねてくる少年に、少女は逆に混乱していた。

そこに。

「う、後ろっ!」
「あぁ?」

突然自分の背後に指を差す少女に、少年は何だと振り向くと。

「ア゛ー……」

〈奴等〉の一体が、少年の頭に向かってかぶり付いたのだ。

〈奴等〉力は強い、並の人間では太刀打ちできない腕力を持ち、掴まったら振りほどくのは容易ではない。

ましてや、少年は頭から喰われたのだ。

目の前の光景に、少女は目を見開いて涙を溢し、恐怖に耐えきれず今まで我慢していた尿意を一気に解放した。

目の前で同年代の少年が喰われた。

その事実に、少女が再び涙を流す。

が。

「で、だ。話を続けるぞ?」
「っ!?」

クルリと振り返り、何事も無いかの様に語り出す少年に、少女は目を丸くさせる。

〈奴等〉は今でもガジガジと噛んでいるが、当の本人は全く気にした様子はなく、少女に探し人を尋ね続けていた。

「あ、あの……」
「ん?」
「大丈夫……なの?」
「何がだ?」
「だって……頭が」
「これが気になるのか?」

自分の頭にかぶり付く少年に、少女はコクリと頷く。

少年は軽く溜め息を吐くと、〈奴等〉の頭を掴み、易々と引き離し。

「セイッ!」

軽く息を吐き出すと同時に、少年は〈奴等〉を遠くに投げ捨てる。

〈奴等〉は瞬く間に暗い夜空に消え、それを目の当たりにした少女はポカーンと口を開いて呆然としていた。

しかし、先程の少年が出した音に群がって〈奴等〉が群れを成して迫ってきている。

お終いだ。

少女は何となく、自分が助からないと悟り、大好きな父の亡骸を抱き締めて涙を流した。

だが、少年は深い溜め息吐いて面倒そうに立ち上がり。

「やれやれ……“またか”」

少年はダルそうに目を細め、徐に拳を握り締め。

少年の姿が、一瞬ぶれた瞬間。

〈奴等〉の頭が、次々と吹き飛んでいった。

少女は、目の前の光景が理解出来なかった。

突然、少年の姿が消えたと思った瞬間、一番近かった〈奴等〉が脳髄を撒き散らして倒れ込み。

それに続く様に周囲の〈奴等〉も、瞬く間に頭を吹き飛ばされ、ほぼ同時に地面に倒れ伏していった。

そして、全ての〈奴等〉が動かなくなると、ピシュンッという音と共に少年が姿を現した。

「氣を放てば、もっと楽に終わるんだがな……」

ボソリと呟き、少年は再び少女に向かい合う。

目の前の少年から放たれる気迫、それは幼い少女でも充分過ぎる位に伝わっていた。

ガクガクと震える少女に、少年はガックリと項垂れ。

「あぁ、もういい。別に喋る必要はないから、せめて頷くか首を振って応えろ」
「…………」

その言葉に少女は二度三度頷き、少年は良しと頷き返す。

「さっき言った特徴を持った女を、お前は見たか?」
「…………」

少年の質問に少女は首を横に振って否定する。

少女の答えに、少年は「まさか、アイツはこの国にはいないのか?」等と、顎に手を添えてブツブツと呟き始める。

「……まいっか」

何か結論を出したのか、少年は開き直った口振りで納得し、少女に背を向けて歩き出す。

二、三歩で一度立ち止まり、少年は少女に向き直り。

「もしお前が今言った女と出会ったなら、ソイツに伝えてくれないか?」
「へ?」
「バージル=ラカンが探していたぞ……とな」

それだけ言うと、少年は跳躍し、屋根から屋根に渡って走り出して姿を消した。

残された少女は、これまで自分の前で起こった出来事に未だ頭が追い付いていけず、ただボンヤリと夜空を見上げていた。

ただ、一つだけ分かる事がある。

あの少年……バージルは、自分を助けてくれた。

誰もが自分の事しか考えず、その為に父を殺したのに。

バージルは別に誇る訳でもなく、見返りを求める訳でもなく、ただ黙々と助けてくれた。

生きている。

思い返せば、自分はいつ死んでもおかしくはない状況だったのに。

今、こうして生きている。

それを理解した少女……ありすは、ポロポロと涙を溢し。

「……ありがとう」

小さくポツリと呟いた。

後に、ありすは一匹の犬を吊れた小室孝と名乗る少年に保護され、彼の仲間と共に街へと向かうのだった。

























「はぁ、どこもかしこもあんなのばっか、旧世界ってのはこんな世界だったのか?」

翌日、〈奴等〉で埋め尽くされた街道を、一人の少年……バージルが上半身裸で悠々と歩いていた。

メガロメセンブリアのゲートで、旧世界に向かう筈だったバージルとフェイトだが、光に包まれた瞬間に原因不明のトラブルに巻き込まれ、二人は地球上にランダムで転移させられたのだ。

気付いた時はバージルは何処かの学校で、街が見渡せる屋上に寝転んでいた。

バージルは、一先ずフェイトと合流しようと動く。

その途中、彼は見てしまった。

人が人を喰らうというおぞましい光景を。

しかし、元々聞いた程度しか旧世界の事を知らないバージルは、その光景をこういうものかと変に納得してしまったのだ。

本当なら空でも飛んで探しに行けるのだが、オカン的存在であるデュナミスの「旧世界では極力氣を使わない事」と釘を刺されてしまい、止められている。

ラカン以外からの命令を受けるのを極端に嫌うバージルだが、四六時中付き纏い、しつこく言ってくるオカンに遂に折れた。

相手が格下である以上、先に手を出す事は許されないバージルにとって、それはまさに拷問だった。

「……はぁ」

バージルは深い溜め息と共に近付き、腕に噛み付いてきた〈奴等〉を裏拳で粉砕する。

人間にとってお終いを意味する〈奴等〉の噛み付きも、バージルからすれば小虫が集ってくる程度にも感じられない。

ただ、非常に鬱陶しいだけ。

学習能力が皆無な〈奴等〉に、バージルはこの日本と言う国を丸ごと消滅させようかと考え始めた。

しかし、そんな事をしたら食料も確保出来なくなる為、バージルは後一歩の所で自分を抑えた。

食料はバージルにとって唯一の娯楽であり、そして命を繋ぐ生命線。

コンビニの弁当やお菓子で何とか持ってはいるが、そろそろ本格的な肉が食べたい所。

一度は空腹に耐えきれず、近くにいた〈奴等〉を捉えて腕を引き千切って食べてみたが。

とてもじゃないが食べられた物ではなかった。

臭いもキツいし、味も悪い。

竜や魔獣とは違う事に、バージルは〈奴等〉を食べる事に一時断念した。

尤も、適した調理法が見付かれば、最後の手段として食べるが……。

「いや、やはり食わず嫌いはダメだな」

食に妙な拘りを持つバージルは頷き、気を引き締めて歩き出す。

すると。

「ん?」

前方で結構な数の〈奴等〉が集まっているのが見えた。



















「行ったか……」
「ええ、私達の娘とそのお友達が……」

〈奴等〉に囲まれる中、一組の男女が背中を合わせる様に佇んでいた。

男は屈強な肉体でその手には抜き身の日本刀を持ち。

女は妖艶な肉体で両手に銃を持ち、〈奴等〉を前に撃ち放っていた。

しかし、弾薬は無限ではない。

遂に全ての弾薬を使いきった女は、それでも愛する男の背中を守ろうと、凛と立っていた。

最早これまで。

愛娘の旅立ちを目の当たりにし、後顧の憂いのない男は、屈託のない笑みを浮かべ、女と一緒に最期まで足掻こうと踏み出した。

瞬間。

「「っ!?」」

突然〈奴等〉の後ろが爆発し、幼い少年が飛び出して自分達の前に着地したのだ。

そして。

「ふぅぅぅ……」

人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順番に折り、力強く握り締め。

「シッ!」

短い呼吸と共に打ち出される拳圧により、〈奴等〉は一瞬にして吹き飛んでいった。

突然現れた少年に、強面だった男の顔が呆然と可笑しな顔になり、いち早く我に帰った女はプッと吹き出している。

誰だ。

男が少年に尋ねる先に、少年が此方に振り返り。

「食い物寄越せ」

その言葉と共に、少年の……バージルの腹からは盛大な空腹の音色を鳴らすのだった。











終りを告げた嘗ての世界。

そこに現れた突然の来訪者。

彼が示す道は、神の導きか悪魔の提示か。

今は誰にも





分からない。














〜あとがき〜

すみません
頭の中で妄想が止まらず、つい書いてしまいました!

えぇ、唯の無双が書きたかっただけです。

次回は必ず本編を進めますので、どうか宜しくお願いします!



[19964] 動き
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/23 02:39






南の島へバカンスに行ってから数日。

漸く別荘の修理が完了したと茶々丸から連絡が入り、バージルは久方ぶりにエヴァンジェリンの家に向かった。

漸く本調子となり、バージルは早く体を動かしたくてウズウズしていたのだが……。

「……おい、何故アイツがここにいる?」

目の前でビリビリと痺れているネギを目の当たりにし、バージルは不機嫌そうに眉を寄せた。

どういう事なのか説明しろと、バージルは視線でエヴァンジェリンに訴える。

「一応、コイツは試験に合格しているしな。傷も完全に癒えた事だし、今日からはコイツもこの別荘を使わせる」
「…………」
「案ずるな。近い内にまた新しい鍛練場所を用意してやる」
「フンッ」

未だ痺れているネギに腰を下ろし、腕を組んで不敵な笑みを溢すエヴァンジェリンにバージルは鼻で笑い、自分も修行を始める為に着替えを始めようとした。

その時。

「?」

背後から転送の魔法陣が起動した音が聞こえ、バージルは誰が来るんだと振り返った。

すると。

「エヴァンジェリンさん、それでは今日から修行の方を、お願いします」
「……お前は」

そこにはウルスラの制服を着た女子高生、高音=D=グッドマンが姿を現した。

突然現れた意外な人物、漸く痺れが治って立ち上がったネギは、余程驚いたのか目を丸くさせている。

「えぇっ!? ど、どうして高音さんがここに!?」
「私は立派な魔法使いを目指す者、優れた魔法使いに教えを乞う事は別に不思議な事ではないでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」

自分の質問に、あっさりと返してくる高音。

それでも、ネギは高音がエヴァンジェリンに教えを乞うと言うのが信じられなかった。

高音は、自分の目指す道が絶対に正しいと思う節がある。

故に、悪の魔法使いとして恐れられていたエヴァンジェリンに、自ら教えを乞うという高音の行動が理解出来なかった。

と言うより。

「というか、高音さんはどうやって師匠(マスター)の弟子に!?」
「バージルと坊やが南の島へ行っている間にな、コイツが自分から来たんだよ。魔法を教えてくれとな」
「そ、それじゃあ……」

そう言ってネギはギギギと音を立てながら、高音の方へ振り向き。

「っ!」

ネギは目を見開いて驚いた。

一見、いつもと変わらない姿だが、良く見れば彼女の体には所々に傷が付いていたのだ。

綺麗な右頬には刃で付けられた様な傷痕が残り、腕や足には打撲の傷が青タンとなった痕が残っていた。

服で隠れている為見えはしないが、恐らくはもっと酷い怪我を負っているのだろう。

「コイツは坊やと同様、私の試験に合格したのさ」
「相手ヲシタノハ俺ダガナ」
「チャチャゼロ?」

今まで後ろで黙っていたチャチャゼロが、ネギの前に出てバージルに片手を上げて挨拶をした。

「最も、コイツの場合は一撃と呼べるものではなく、殆どかすったみたいなものだからな」
「それでも、当たった事には変わりはありません」
「ふ、確かに」

エヴァンジェリンの皮肉にも、高音は凛とした態度で答え、エヴァンジェリンは若干つまらなそうに腕を組んだ。

ネギは高音に対する印象が変わった。

今までの彼女は正義と言うものに絶対な憧れを持っていた筈なのに、やっている事は彼女からすれば真逆の筈。

「ど、どうして急に……」

ネギは劇的な心境を遂げた高音に、恐る恐る尋ねた。

「別に、私の目標は今までと何ら変わりはないです。ただ、どんなに言葉を募らせても力の前では押し潰されてしまいます」
「………」
「自分の中にあるものを貫き通す為、泥にまみれても前に進む。……その事に気付いただけです」

すると、これ以上語る必要はないと言いたいのか、高音はツカツカと歩き出し、エヴァンジェリンの前に立った。

「それではエヴァンジェリンさん、ご教授の方……宜しくお願いします」
「対価は……貴様の血で払ってもらうが?」
「構いません」

脅しの威嚇にも屈せず、エヴァンジェリンの言葉にあっさりと即答で返す高音。

まだ試験で受けた傷が痛むだろうに……しかし、自ら望んで来るのならば手を抜くのは失礼に値する。

エヴァンジェリンは一度ネギから血を頂く事で魔力を回復させ、現在の自分の万全な状態で、高音の相手をするのだった。

一方、バージルはというと。

「なぁカモ」
「ん? 何だい兄ちゃん?」
「お前は揚げるのと茹でるのと焼くのと、どれが一番好きだ?」
「兄ちゃん? 何の話をしてるんだ?」
「死亡フラグダナ」

近くにいたカモとチャチャゼロで、久し振りの雑談を楽しんでいた。























そして、まだ修理が完了したばかりの別荘にあまり負荷を掛けないよう、いつもより比べて若干流し気味の鍛練を終えたバージルは、階段を登り別荘のベランダへと出た。

あれから数時間、バージルが鍛練に励んでいた一方で、ネギも高音もそれぞれ修行に励んでいた。

ネギは古菲に習った中国拳法を駆使して再び茶々丸と組手をし、高音はチャチャゼロと模擬戦を繰り返している。

高音の魔法は影。

影を操り相手を翻弄する等と、様々な使い勝手がある魔法。

高音は影から幾人もの人形を生み出し、撹乱させてその隙を突くという戦闘スタイルだ。

エヴァンジェリンも影の魔法は使えない事もないので、アドバイス程度には教えられる。

ネギの得意とする魔法は雷と風と光、これらの系統を駆使して自分だけの戦い方を身に付けろとの事。

「ま、俺には関係無いか」

そう言いながら、バージルはベランダに続く扉を開いた。

すると、そこには……。

「ちょっとちょっと! どうして高音さんまでいるのよ!? てかどうしてそんなボロボロなの!?」
「だ、大丈夫なん? 何や物凄く痛そうやけど……」
「うわー。これがエヴァちゃんの別荘かー、こりゃ凄いね」

ネギの生徒である3−Aの女子生徒が、ネギと高音を囲ってワイワイと騒いでいたのだ。

しかもその中にはバージルにとって鬱陶しい限りの刹那や、修学旅行の一件で殺したい奴ランキングトップ5に君臨する神楽坂明日菜や朝倉和美といった面々もおり。

……因みに、どうやら刹那もこのランキングにランクインしているようだ。

「あ! 君は……っ!」

此方に気付いたのか、朝倉がニヤニヤと笑みを浮かべながら近付いてきた。

「まさか君も魔法使いだったとはね! いやーお姉さん驚いちゃった! 南の島では聞けなかったけど、今日は君に独占取材を……」
「うるせぇ……」
「え?」
「脳天噛み砕くぞ、パイナップルが」
「っ!?」

ギロリと、苛立ちと殺意の混じった視線が朝倉に突き刺さる。

バージルの放つ殺気と覇気が、ベランダの至るところに亀裂を入れていく。

殺気に当てられた朝倉が気を失い、ガクリと膝を折って床へと倒れ伏した時。

「止めないかバージル。折角直した別荘をまた壊す気か?」
「………チッ」

横からジロリと睨んでくるエヴァンジェリンに、バージルは舌打ちを打ちながら殺気と覇気を消した。

「これはどういう事だ闇の福音」
「私が知るか。どうやら神楽坂がここに来る途中尾行されてきたらしい……」
「…………」
「あ、アウ……」

バージルの鋭い目付きで睨まれ、明日菜や刹那は身を震わせる一方で。

「「…………」」

古菲は頬から汗を流すが何とか堪え、木乃香は申し訳なさそうに顔を俯かせた。

またネギの方は付いてきた夕映とのどかに、目線を向け、二人は木乃香と同じ様に俯いている。

そして、時間は更に進み、別荘は夜の時間に支配されていた。

作り物とは思えない程に済んだ空気。

バージルは人気の無い所で、一人海風に当たっていた。

やはり魔法はいい。

その気になればこんな別荘まで作れるのだから。

バージルは魔法に対し、改めて便利なものだと思った。

そこに。

「ば、バージル君……」
「……近衛木乃香か」

背後から近付いてきた木乃香に振り返らず、バージルは海を眺めたまま後ろにいる木乃香に何だと問い掛けた。

「え、えっと……ごめんな、勝手に来ちゃって。みんな好奇心が強いから……」
「………」

木乃香からの謝罪にバージルは何も答えず、二人の間には沈黙が流れていく。

そんな空気にもめげずに、木乃香はバージルに話掛けた。

「あ、あんなバージル君、ウチお弁当作って来たんよ」
「何?」

やはり食べ物には敏感なのか、バージルは物凄い勢いで振り向いた。

「うん。もうこんな時間だし……バージル君も流石にお腹一杯だと思って」

あれから数時間、修行を終えたバージル達は食堂で夕飯にありついていた。

ネギも高音も余程お腹空いていたのか、いつもより多くの食べ物を口にしていた。

だが、それ以上にバージルの食欲は異常なのだ。

いつもより食べている筈の二人の五倍以上の食料が、バージルの胃袋に収まり。

エヴァンジェリンが食い過ぎだと嘆いた程だ。

流石にあれだけ食べれば満腹だろうと思った木乃香は、気まずそうに顔を俯かせる。

しかし。

「早く寄越せ」
「え?」
「持っているんだろ? 食うから早く寄越せ」

手を差し伸べて寄越せと言ってくるバージルに、木乃香は嬉しくなり。

「はい」

バージルに笑顔を浮かべて渡したのだ。

包みを開いて、可愛らしい兎の絵が入った蓋を開け、バージルは中に入っている卵焼きを口にした。

他にも牛蒡の煮付けや唐揚げなど、全て平らげたバージルは満腹そうに腹を擦る。

「ふう、久し振りにお前の飯が食えたな」
「ご、ごめんな。ウチから約束しておいて……」

申し訳なさそうに俯く木乃香、そんな彼女にバージルは特に何も語る事はなかった。

ただ。

「……まぁ、お前の飯はタマに食べるからこそ、何よりも美味く感じるんだろうな」
「え?」

バージルの呟きは、木乃香に届く事なく。

夜の空へと消えていった。













その頃、麻帆良学園女子寮では。

「ち、ちづ姉ーっ!!」
「あら? どうしたの?」
「ちょ、ちょっと目を離したら、い、犬が消えて……裸の男の子が」
「………あらまぁ」

ある一室で、一人の少年がグッタリと倒れていた。














〜あとがき〜
えー。何だかグダグダな上、時間もズレて来ました(汗

そして次回から短いですが襲撃編に突入!

バージルにご注目下さい。



[19964] 悪魔再臨
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:a9d9d836
Date: 2010/07/26 02:23






「ングング、モグモグ……」
「ふわ〜……」
「あらあらまぁまぁ」

麻帆良学園女子寮、那波千鶴達が仮住まいとして過ごしているこの部屋に、一人の住人が加わった。

犬上小太郎。

道端で怪我をしていたのを見かけ、拾ってきた犬が何故裸の少年にすり変わったのか疑問は尽きないが、千鶴や夏美は深く追求せず、一先ずこの部屋に置いていた。

「凄い食欲……よっぽどお腹が空いてたんだね」
「そんなに焦らなくても、御代わりならまだまだあるわよ」
「いや〜、ホンマ助かったわ〜。兎に角腹が減って腹が減って……」
「しかも回復力も凄い……熱も下がってるし」

千鶴が作る料理をたらふく口にしながら、小太郎は何度も助けてくれた二人にお礼を述べた。

しかし。

「それで小太郎君、名前以外の事は思い出せたの?」
「いや……アカン、頭に靄みたいなのがかかって……バジルとかネギとか、そんな単語しか」

小太郎はどういう訳か、ここに来た時の記憶がない。

別に記憶喪失ではなく、ショックによる一時的な記憶混乱だと千鶴は考えるが、一応明日には病院に連れていくつもりだった。

「そう、なら仕方ないわね。本当なら貴方のお尻にネギを突っ込ませてショックで思い出させようとしたんだけど……やっぱり止めた方がいいわね」
「ちづ姉ぇ……」
「アンタ、綺麗な顔してトンでもない事言いよるのな……」

平然とぶっ飛んだ事を口ずさむ千鶴に、二人は少し引いていた。

「兎に角、貴方はもう少し此処にいなさい。もし明日になっても記憶が戻らなければ、あやかと一緒に色々相談するから」
「……ホント、何もかもお世話になってスマン。この恩は必ず返すさかい」
「ふふ、期待してるわ」

済まなさそうに何度も頭を下げる小太郎に、千鶴は微笑みを浮かべていた。












「……チッ、闇の福音め。何であの女共を別荘に入れたんだ?」

雲行きが怪しい麻帆良の街中を歩くバージル。

バージルは今、苛つきが最高潮に達していた。

別荘での一日を終え、一眠りして明朝に修行を始めようとした矢先、ネギの生徒である女子達が魔法を教えて欲しいと尋ねて来たのだ。

最初は別に自分に聞いてくる訳でもないし、そこまでは何とか許容範囲なのだが……。

思った以上に彼女達が五月蝿かった為、断念せざるを得なかった。

古菲や木乃香、刹那や明日菜は比較的大人しかったが、それ以外の奴等が問題なのだ。

夕映はネギや自分がダメならばエヴァンジェリンや高音に魔法を教えて貰おうとしていたが……。

エヴァンジェリンは面倒だと断り、高音は自分はまだ未熟だし一般人には教えられないと拒否。

しかし、それでも諦めきれないのか、夕映は朝倉と共に高音に何度も頼み込んだ。

夕映の方は困っている人を助けたいと、以前とは違う理由になっているが……興味本意で関わろうとする朝倉を高音は若干毛嫌いしていた。

魔法は遊びで習得していいものではない。

力を持つ者には自ずと責任を背負う事になる。

それを興味で習おうとする朝倉が、高音はどうも苦手だった。

尤も、それはバージルにとってはどうでも良い事。

昨晩、ネギが明日菜と何かを話していたらしいが、眠気に逆らえないバージルは既に眠りについていた。

問題は翌日、つまりは修行を始めようとした時だ。

バージルが鍛練を始めようと準備運動していた時、朝倉が今度は自分に尋ねて来たのだ。

やれ君はどこから来たのとか、やれ君の好きな女性なタイプは?

やれ趣味は? やれ得意な魔法は?

いつから魔法を使っていたのか、どうやったら空を飛べるのか。

まるでマシンガンの様に語り掛けてくる朝倉に、バージルはその顔を思い切り殴り付けようかと思った。

……正直、思い止まった自分を褒めてやりたかった。

あれだけの殺気を浴びながら、まだ平然としていられるのだから。

バージルは朝倉に対し、ある意味尊敬の念を抱いていた。

尤も、朝倉はバージルの殺気に当てられた時、そのショックにより記憶を無くしていただけだが……。

(……まぁ、別に今更気にしても仕方ない)

さっきまであれだけ苛ついていたのに、バージルは何故か冷静を保っていた。

今日はある食べ物の発売日、これを思い出したバージルは一先ず修行を中断し別荘を後にしたのだ。

修行を中断しても食してみたい食べ物。

それは麻帆良学園の食品街で最近出されたシュークリームの為だ。

濃厚なのにサッパリとした味わい、カリッとした食感なのにしっとりとした食感がおりまざり、食べる人を魅了し虜にする一品。

あまりの人気の為に、週に一度食べられるかどうかの希少なシュークリーム。

バージルはこれを二日前から予約し、今日漸く手に入れたのだ。

一度この味を知ったバージルは最早迷宮の囚人、決して抜け出せはしない迷宮に囚われてしまった。

そして、今日はそのシュークリームが食べられる。

バージルはあらゆるストレスを呑み込み、シュークリームと共に溶かしてしまおうと考えた。

この学園には美味いものが沢山ある。

だからバージルはこうして朝倉や刹那等のストレス要因を受けても、今日まで平然としていられたのだ。

そして今、バージルの手にはそのシュークリームの入った包みが抱えられている。

一人限定3個までという超希少食品、それをバージルは10個という三倍以上の数を手にしている。

寄越さなければ店を破壊するという脅しまで使った。

そこには、そうまでして食べたいというバージルの執念が伺える。

そして、念願だったシュークリームが今、バージルの口に入ろうとした。

その時。


――ドンッ――


「っ!?」

背後から何かがぶつかり、手にしていたシュークリームが溢れ落ちる。

突然起こった出来事、無警戒だった所の不意討ち。

いきなり起こった衝撃に、バージルは一瞬思考が停止し。

「っ!?」

シュークリームが入った包みが、道路側に落ち。

そして。

「っ!?!?!?」

通り掛かった一台の車が、シュークリームの入った包みを踏み潰していったのだ。

呆然、愕然。

まだ一口も食べていないのに……。

まだ匂いしか嗅いでいないのに……。

目の前のシュークリームだったものを前に、バージルはただボンヤリとしているだけ。

すると、今まで雲行きが怪しかった天気が、遂に雨となって降り注いできた。

雨はどしゃ降りとなり、バージルに容赦なく降り注ぐ。

雨に濡れるバージル。

すると。

「ク……クククク」

バージルの口元が、狂気に歪み。

「クキキキ……クカカカカカカカッ!!」

血走った目で空を仰ぎ、狂った笑い声を上げる。

そして、再び顔を俯かせてその手を強く握り締め。

「………ぶち殺す」

先程ぶつかったものの気配を辿り、バージルはゆっくりと歩き出すのだった。


















「どうしたネギ君、先程の力はどうしたんだい?」
「くっ!」

世界樹前にあるステージ。

学園祭に使われるこの舞台で、二人の少年と一人の初老の男性が戦っていた。

少年の方はネギと小太郎。

小太郎は雪広あやかを交えて食卓を楽しんでいた。

しかし、突然訪れた来訪者に、その時間は崩れ去った。

二人の前に佇む初老の男性、彼が小太郎に瓶を渡せといきなり襲い掛かってきたのだ。

小太郎は負けじと応戦するが、自分の力が封印されていた事を忘れ、その隙を突かれた小太郎は、惜しくも敗れてしまう。

側に控えていた千鶴のお蔭で、何とか止めを免れたが。

その為に千鶴は男性に拐われてしまう。

駆け付けたネギと、ネギと再会した事で記憶を取り戻した小太郎と共に、千鶴や巻き込まれた生徒達を奪還する為に世界樹前のステージに向かった。

そして現在、小太郎は男性の仲間である三体のスライムの相手をし、ネギは男性に果敢に挑んでいる。

スライムに捕まり、水の牢屋に閉じ込められた朝倉や夕映、のどか、木乃香、古菲は固唾を飲んで見守っている。

不覚を突かれた刹那も薬で眠らされているのか、水牢に力なく浮かんでいる。

千鶴も同様に、力なく浮かんでいる。

ただ、明日菜だけは別格として下着姿の状態で吊るされている。

ネギは何とかして生徒達を助けだそうとするが、打ち出す魔法の全てが消されてしまう。

明日菜の持つ能力、魔法無効化能力。

世界でも五人といない極めて希少で危険な能力。

何故一般人である明日菜がそんな力を持っているのかは疑問に残るが、今は助け出す事が先決。

「タァァァァッ!!」

ネギは男性の繰り出す拳を掻い潜り、裏拳を腹部に当てる。

「ムグッ!」

魔力の籠った一撃、至近距離からの攻撃に男性は表情を曇らせるが。

「ヌンッ!」
「ぐっ……!」

打ち下ろされた右に、ネギは地面へと叩き付けられる。

ネギは何とか受け身を取り、威力を最小限に抑えるが、それでもダメージは大きい。

フラフラになりながらも、ネギは構えを取って次に備える。

「やはり物足りんな、ネギ君、先程は良かったのに……」

男性からの言葉に、ネギは眉を寄せて歯を食い縛る。

目の前の男性は、自分の故郷を襲い、燃やし、村人達を石に変えた……ネギにとって仇の一人。

一度は我を忘れて暴走状態に入ったが、小太郎のお蔭で自分を取り戻すが……。

それでも、今の自分では目の前の男性に打ち勝つ事は出来なかった。

幾らエヴァンジェリンの下で修行をしているとは言え、所詮は実戦を知らない素人の付け焼き刃。

自分の中の魔力に頼って肉体強化の出力を上げているだけ。

このまま戦い続けてもじり貧になるのは明白。

一番頼りになる小太郎も、スライム達の相手だけで手一杯。

(考えろ。考えるんだ! どうやったらこの人に勝てる!? どうしたら皆を助けられる!?)

ネギは思考をフル回転させて、この状況を打破する作戦を考える。

「どうしたんだいネギ君、こんなものでは……ないだろ!!」

そして振り抜かれた男性の拳が、ネギの顔面を捉えた。

その時。

「「「っ!?!?!?」」」

突然変わった空気に、その場にいた全員が凍り付いた。

小太郎もスライム達も、ネギもネギの顔に拳を放った男性も直前で動きが止まり、誰もが言い難い悪寒に包まれ、身動き一つ出来なかった。

「な、何なのよ……これ」

最初に口を開いたのは明日菜だった。

まるで自分の心臓が握られている様な感覚。

強すぎる殺気が、このステージ全体を包んでいるのだ。

重苦しい空気、息苦しい感覚に古菲達は顔色が悪くなりその場に膝を付く。

のどかは息苦しさに意識が遠退き、夕映は霞んだ目で辺りを見渡す。

朝倉がステージに現れる一人の人影に気付き、古菲は目を見開いた。

「見ぃ〜つけたぁ〜」
「「「っ!?!?」」」

聞こえてくる第三者の声、ネギ達は声が聞こえてきた方に振り返ると……。

「あ、あぁ……」
「アイツは……」

観客席から見下ろす一人の少年、バージルにネギと小太郎はガクガクと震えた。

バージルの身に纏う殺気、怒気、覇気、どれもが桁違いに……文字通り次元が違った。

この場にいる全員の本能が逃げろと叫んでいる。

しかし、動けなかった。

男性も顔から滝の様に汗を流し、スライム達も恐怖で顔を歪ませる。

そして。

「お祈りの時間は済んだか?」

血走った目で、バージルはゆっくりと歩き出し。

「心と体の準備はいいですかぁ〜?」

口元を狂気で歪ませ、階段を一段ずつ降りていく。

それは、まるで死刑執行の秒読みの様に……。













〜あとがき〜
はい、またいきなり時間が飛びました。

時間系列も滅茶苦茶だし。

……本当にすいません。

さて、次回はまたバージル無双になりそうです。

色々、すみません。



[19964] 恐怖
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:5e114860
Date: 2010/07/29 08:51


数時間前、麻帆良学園大通り。

空は曇っているが、まだ雨は降っていない筈の通りに、不自然な水溜まりがあった。

そして水溜まりはグニャリと歪み、徐々に形を作り始めていた。

やがて、水溜まりのあった場所には水があった跡だけが残され、その上には……。

「周囲に人影なシ」
「侵入成功だナ」

半透明の体をした三人の小さな女の子が佇んでいた。

一人は聡明な印象を持つ眼鏡を掛けた女の子、一人はショートヘアの強気な少女、最後の一人は冷静沈着な雰囲気を纏ったロングヘアーの少女。

だが、彼女達は人間ではない。

水を操り、召喚者の命令に従う魔物。

それが彼女達の正体なのだ。

「さて、ヘルマンさんも直に行動を起こすでしょう。私達も動きマスヨ」
「はいヨ」

少女達が自分に課せられた任務を全うする為、移動を始めた。

すると。

「ん?」
「どうしたんですかすらむぃ?」

ショートヘアの少女、すらむぃが何かを見付けたのか、ある方向に視線を向けていた。

「なぁ、あのガキ何してんだ?」
「あのガキ?」

すらむぃの指差す方向へ、眼鏡のスライムあめ子が振り向くと。

ご機嫌そうに袋を持つ少年が自分達の前を400メートル程の先で歩いていた。

そして、少年が袋の中から一個のシュークリームが取り出すのを見ると、すらむぃは悪戯な笑みを浮かべる。

「なぁ、少しあのガキを脅かさネ?」
「はぁ? またですカ?」
「そんな暇はないと思う」

すらむぃの提案にあめ子とロングヘアーのプリンは呆れた様に溜め息を吐く。

「いいじゃねぇカヨ、どうせまだ時間には余裕があるんだかラ」

長い間一緒に行動してきた為、こうなっては止められない。

やれやれと肩を竦めるプリン、あめ子は眼鏡を掛け直して。

「ほどほどにネ」
「分かってるって、少し背中を軽く押すだけだヨ」

そう言ってすらむぃは自分の悪戯心に従い、少年の背中を軽く押すのだった。

……後に、それが地獄への入場料代わりになるとは知らずに。












一段、また一段とバージルは観客席の階段を降りていく。

大きく開かれた目は血走り、口元は愉しそうに歪ませている。

一歩ずつ近付いてくるバージルに、初老の男性の……ヴィルヘルムヨーゼフ=フォンヘルマン伯爵は、目の前のネギではなくバージルに視線を向けて、おぞましく感じる悪寒に身を震わせていた。

ヘルマンだけではない。

ネギや小太郎、捕われている明日菜達も異様な雰囲気を持つバージルに言葉では表せない何かに怯えていた。

そして。

「クヒッ!」
「「「っ!?」」」

バージルはグルンと小太郎達の方へ振り返り、ケタケタと不気味な笑みを浮かべながら向きを変えて歩き始めた。

小太郎は動けなかった。

身体中の細胞が逃げろと叫んでいるのに、指一本動かす事が出来ない。

どうにかして動かそうとするが、叶わない。

そして、そうしている間にもバージルは小太郎へと近付き。

「ククク……」
「…………っ!!」

バージルは、小太郎の横を素通りしていった。

生きた心地がしなかった。

生まれの境遇で否応なく裏の世界で過ごす事になった自分でも、何度か危ない場面を経験した事がある。

場合によっては死に掛ける事もあった。

だが、これは何だ?

まるで心臓が直接握られている様な息苦しい感覚。

今まで感じた事のない殺気。

生きていく上で様々な輩と相対したが、こんなのは初めてだ。

小太郎は、自分に目もくれず横切っていくバージルに悔しい感情を抱くが。

それ以上に自分が生きていた事に対する安堵感が大きかった。

「よう」
「「「っ!」」」

そして、歪んだ笑みを浮かべて、バージルが目を付けたのは半透明の姿をした三人の小さな女の子。

自分が探していた輩が見付かり、バージルはより一層口元を歪ませる。

「お、お前……」
「さっきはどうも……お陰で頭の血管がブチ切れそうだ」

ざわつく髪が逆立ち、辺りの塵粒が舞い上がる。

握りしめられた拳からメキメキと音が鳴り、両腕には血管が浮かび上がり。

今にも爆発しそうだった。

バージルが拳を握り締めたその時。

「ヌォォォォッ!!」
「?」

ヘルマンが背後からバージルの後頭部へ拳を叩き込んだ。

仲間を助ける為か、それとも体が咄嗟に動いたのか。

バージルに一撃を入れたヘルマンは、振り抜いた拳を震わせながら様子を伺っていた。

「…………」

そして、バージルがゆっくりと振り向き、ヘルマンの手を掴んだ。

瞬間。

「…………え?」

明日菜達は、我が目に映る光景を疑った。

噴き出す血飛沫、響き渡る断末魔。

地面に膝を着き、悶えながらあった筈の肩を抑えるヘルマンの姿。

そしてそれを見下ろし、先程とは違い、無表情のバージルが佇み。

その手にはヘルマンの手腕が握られていた。

ヘルマンの肩口からボタボタと血が滴り落ち、辺りを血で染めていく。

ヘルマンは額に雨の混じった汗を浮かべ、迫り来るバージルを見上げると。

「ぬ、ヌゥゥ……」

その光景を前に、誰もが絶句した。

引きちぎられたヘルマンの腕、バージルはソレにかぶり付き。

ぐちゃぐちゃと音を立てて噛み締めたのだ。

「ぺっ、……不味いな、毒の材料にもなりゃしねぇ」

吐き出した肉片、それを目にしたのどかは気を失い、夕映と朝倉は気持ち悪さに嘔吐し。

明日菜と古菲は想像を絶した光景に顔を真っ青にしている。

「そうか、思い出したぞ。“魔獣を喰らう者”、“魔を以て魔を滅する者”、そして“悪魔を泣かせる者”……君の事だったのか」

自分の腕が喰われる様を見て、ヘルマンは震える足を何とか支えて立ち上がる。

対するバージルはヘルマンの腕を無造作に投げ捨て、口元から流れる血を拭い。

「言いたい事は終ったか?」
「っ!」
「安心しろ。唯では死なさん」

ゆっくりと一歩踏み出すバージルに、ヘルマンはビクリと肩を震わせた。

しかし。

「ヘルマンのおっさん!」
「援護するです!」

スライム三姉妹がバージルに向かって飛び。

「?」

バージルの顔部分に水の塊をぶつけた。

水の塊はバージルの顔に留まり、息が出来ないよう包み込んだ。

ガボガボと空気の泡を吐きながら、バージルはスライム三姉妹に振り返る。

「へっ! ざまぁみろ! そうやって余裕ぶっているからアッサリとやられるんだよ」
「その水は私達の魔力を媒体とし、尚あの少女達とは別の効力が発揮しています。貴方がどんなに力を行使しても、離れる事はありません」
「本当なら無益な殺生は控えろと依頼主から言われていますが……貴方が相手なら仕方ありません」
「自分の油断に溺れて溺死しなっ!!」

ケラケラと愉快そうに笑うすらむぃ。

辺りは雨が降り、喩えバージルが水の牢獄から抜け出しても、また閉じ込めれば良いだけの事。

勝った。

三姉妹は動かないでいるバージルに自分達の勝利を確信した。

しかし。

「…………」

バージルは何も語らず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

その時。

「「っ!?」」

突然、三姉妹の背後に一瞬にして回り込んだバージルは、プリンとあめ子の頭を掴んで持ち上げた。

「な、何をするつもりです!?」
「私達は軟体、幾ら貴方の力が強くても通用しませんよ」

そう、自分達はスライム。

その軟体が故に打撃技は一切通用せず、喩え砕けても他の魔物とは違い直ぐに再生する事ができる。

追い詰められて遂に自棄を起こしたか?

理解できないバージルの行動に、すらむぃは不敵な笑みを浮かべる。

しかし。

「あ、あぁぁぁ……」
「アァァァァァァァァッ!!!!」
「あ、あめ子? プリン?」

突然、悲鳴を上げる二人にすらむぃはビクリと体を震わせた。

酷く苦しそうに顔を歪める二人、一体何が起きているのかすらむぃを含む誰もが分からなかった。

すると。

「っ!?」

バージルが掴んでいる二人の頭から、モクモクと煙が上がっている。

いや、それは煙ではなく水蒸気だった。

氣によって熱されたバージルの手が、二人を捉えて離さない。

「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!!!」
「いや、いやぁぁぁっ!!」

自分達の頭を掴んでいる手を放そうと、必死に抵抗を試みるあめ子とプリン。

蹴ったり殴ったり、高圧水流を叩き付けたり、様々な手段で抵抗するが。

二人の頭を掴んだバージルの手は、全く微動だにしなかった。

遠退く意識、最期に二人が見たものは……。


――どうだ? 体が蒸発していく感覚は?――


ニタァッと不気味な笑みを浮かべ、心底愉しそうなバージルが口パクで呟いていたのが見えた。

恐怖と共に息絶えた二人は、軈て水蒸気となってその姿を消した。

そして。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

残されたすらむぃは目の前で二人が殺されるのを見ると、怒りよりも恐怖が先立ち、一目散と逃げ出した。

怖い。

二人の仇を討つよりも、身の安全を優先するすらむぃ。

水の転移を使い、この場から離脱しようとする。

が。

「何処に行くんだぁ?」

あと少しで水の扉へと飛び込めたその時、すらむぃはガッシリと頭を掴まれて身動きが出来なくなってしまう。

恐る恐る振り向くと、そこには水の牢獄から逃れたバージルが、口元を歪めてすらむぃの頭を掴んでいた。

術者である三姉妹の内二人が死に、残された一人は既に逃げる事だけしか考えられない為、再びバージルの頭をを水の牢獄で包み込むという作戦は出来なくなった。

「た、助けて……」

ガタガタと震え、すらむぃは目から涙を流して許しを乞う。

しかし。

「そう言えば、お前達の故郷は魔界だったな。いつかは帰れるといいなぁ」
「え?」

バージルの一言にすらむぃが呆然となった瞬間。

バージルはすらむぃを空高く放り投げ、その手に緑色の光を集束させ。

圧縮された光の玉を、すらむぃに向かって投げ飛ばし。

閃光が、夜に染まる日本の空を照らした。

目の前で起こった光景に絶句するネギ達。

「ンフフフ……フハーハッハッハッハッ!!」

何の躊躇いもせずに、命を奪うバージル。

愉快に、愉しそうに命を殺すその姿を前に。

「あ……悪魔だ」

ネギは誰もが思ったその一言を口にした。

そして、バージルの笑いが収まると、今度はヘルマン向き直り。

「次は、お前を血祭りに上げてやる」

ヘルマンに指を差した。

瞬間。

「む?」

目の前にいるのはヘルマンではなく、黒い翼を持った怪物がバージルに向かって口を開き。

一筋の閃光を放った。

軈て光が収まると、石像となったバージルがあった。

「………これで、終ったか」
「ば、バージルさん?」
「ネギ君、君ならば知っているだろう? こうなれば彼はもう助からないと」

元の初老の男性に戻ったヘルマンは、落とした帽子を広い踵を返す。

ヘルマンの石化は強力、一度喰らえば永遠に解ける事はないとされる永久石化。

故に、全身を……それも直撃を受けたバージルはこれで終わったとヘルマンは思った。

しかし。


――ビシッ――


「っ!?」

何か皹の入る音に振り返ると。

「ば、バカな……」

石となったバージルに亀裂が入り。

砕けた石の中からバージルが飛び出し。

ヘルマンの顔を掴んだ。

「どうした? 何をそんなに怯えている?」

あり得ない。

自分の石化魔法は、完全にバージルを捉えた筈。

治癒呪文も無しに力で打ち破ったというのか?

「怖いのか? 悪魔の癖に、俺が」
「や、やめ……」

ギリギリと握り締められるヘルマンの顔。

ヘルマンは最期に口を開こうとしたその時。

バージルに掴まれたヘルマンの顔は、潰れた赤いトマトの様に。

脳髄をブチ撒けた。












〜あとがき〜
はい、今回も色々ネタ満載でした。
すみません。
それと、今回は【片翼の天使】を聞きながら書きました。



[19964] シュークリーム
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:02bbade8
Date: 2010/08/01 00:37






言葉が見付からなかった。

目の前で起こった光景、自分達の敵だった者の亡骸。

首の上が弾け飛び、ヘルマンだった者の体は力なく地面へと倒れ付す。

頭部を無くしたその体は、首から血が溢れ出てくる。

ヘルマンが殺された。

ネギの村を焼き払った悪魔の軍勢の一人。

ネギにとっては仇と言ってもいい存在だった。

憎しみが無いと言えば嘘になる。

心の奥底では仇を討ちたいと叫んでいる自分がいる。

だが、その叫びはもう聞こえてこない。

仇である筈のヘルマンが、目の前で殺されたのだ。

何とも呆気なく、抵抗という抵抗も出来ずに。

圧倒的な力を前に、恐怖に支配されたまま死んでいった。

そして、ヘルマンを殺した張本人であるバージルは。

「ふん」

手にしたヘルマンの肉片を地面に落とし、グチャリと踏み潰した。

幾分か気分が晴れたのか、バージルの表情は最初に比べて狂気の色が薄れていた。

手についた血を無造作に振り拭い、ステージから去ろうとネギ達に背を向ける。

「……どうして」
「?」

何段か階段を上がった所で、声が聞こえた。

声が聞こえた方へ振り返ると、自分を見上げる様に佇む木乃香が、バージルに問い掛けてきた。

ネギから渡された布切れを身に纏うが、カタカタと震えている。

だが、それは寒さに対する震えではない。

目の前にいる化け物に対する恐怖が、木乃香の心の大半を占めていた。

どうして殺すの?

そんな思いの籠った木乃香の視線に対し、バージルは。

「奴は折角楽しみにしていた俺のシュークリームを台無しにしやがった。ただそれだけだ」
「「「っ!?」」」

アッサリと、さも当然に答えるバージルに、木乃香だけではなくネギ達も絶句し、目を見開かせる。

シュークリーム?

あの洋菓子の?

それが台無しにされただけで殺したと言うのか?

信じられない、信じたくない。

それだけの理由でここまでの惨劇を生み出したバージルを、木乃香は目尻に涙を貯めて、何か訴える様な目付きで睨み付けていた。

水牢から解放された朝倉や夕映は、木乃香と対峙するバージルにガタガタと体を震わせている。

小太郎は眠らされていた千鶴を介抱し、様子を眺め。

明日菜は刹那と気絶しているのどかに駆け寄り、ネギは木乃香をバージルか引きら離そうと彼女の下へ走り出そうとした。

その時。

「「っ!?」」

上空から突然一人の人物が飛来し、それに続く様に十数人の人影がバージルを囲んだ。

学園長である近右衛門を筆頭に、学園に赴任している魔法先生全員が、バージルを中心に円陣を組んでいた。

そうそうたる顔触れ、高音といった魔法生徒はいないが、それでも軍の一個大隊にも匹敵する精鋭部隊が集っている。

その中には瀬流彦といったネギの良く知る人物も含まれていた。

「……何だ?」

バージルはギロリと目付きを鋭くさせ、辺りの魔法教師を見渡す。

目の合った魔法教師の何人かはバージルの放つ威圧感に耐えきれず、気絶している者もいる。

腕の立つ者は何とか堪えてはいるが、額に汗を滲み出して気を保つだけで精一杯。

攻撃してくる訳でも無い魔法教師に、バージルは収まり掛けていた苛立ちを募らせた。

その時。

「少々、やり過ぎじゃよ。バージル君」

魔法教師達の間から、近右衛門と高畑が姿を現す。

「やり過ぎ?」
「そう、君にとってはいつも通りでも、我々にとっては異端過ぎる。強大過ぎる力は災いを呼ぶぞい?」
「だから?」
「これまで、儂等は君の要望に幾度となく応えてきた。もう少し自重と言うのを覚えて欲しい」
「…………」
「ネギ君達や孫を守ってくれた事には感謝しよう。……だがしかし、もしそれが叶わないと言うのなら、大変不本意ではあるが……」
「ごちゃごちゃと……」
「む?」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと、鬱陶しい」
「「「っ!?」」」

近右衛門からの警告に対し、苛立ちを更に募らせたバージルは氣を解放し、魔法教師や木乃香を吹き飛ばす。

「きゃぁぁぁっ!!」
「木乃香さん!」

後ろに控えていたネギが木乃香を抱き抱え、障壁を張りながら後ろに下がる。

それ以外の魔法教師は壁や地面に叩き付けられて気を失い、戦闘不能状態となっている。

それにも何とか堪えられたのは、学園長である近右衛門を覗いて僅か二人。

高畑=T=タカミチと葛葉刀子。

幾人か立ち上がろうとする者もいるが、それでも戦える状態ではなかった。

高畑や刀子、近右衛門ですらも異様な威圧感に圧され、その場から動く事が困難となっていた。

「まさか、ここまで力を付けていたとは……」

最初に見掛けた時は、学園の総力を上げれば何とか撃退出来ると思っていた。

だが、今のバージルはあの時とは違う。

身に纏う雰囲気、佇まい、身のこなしからして以前よりも明らかに力を増している。

それも前よりも遥かに、桁違いに。

「おい、何をボーッとしている」
「っ!」
「殺るのか、殺らないのか、ハッキリしろ。此方はまだ苛々が収まってないんだ」

不愉快に、不機嫌そうに眉を寄せてその苛立ちを露にするバージル。

全身に気を纏い、拳を握り締め、臨戦体勢に入った時。

「そこまでだ」
「?」

近右衛門の背後から聞こえる声に視線を向けると、そこには小袋を片手に隣に茶々丸を従えたエヴァンジェリンが仁王立ちで佇んでいた。

「何の用だ闇の福音、お前も俺と殺り合いに来たのか?」
「忘れたのか? 今の私は最弱状態。お前の相手をした所で1秒も持たんさ」

それでは何の為に。

バージルがそう呟く前に、エヴァンジェリンから投げ渡された小袋をキャッチする。

何だと思い袋の開け口を開くと。

「こ、これは!?」

そこには、潰された筈のシュークリームが五つ程入っていた。

自分が心底食べたかったものを前に、バージルは先程まで放っていた殺気を消し、目を輝かせている。

「私は彼処のシュークリーム店の常連でな、時たま赴いては多少のオマケを付けてくれるんだ。少ないとは思うが、それで我慢しろ」

エヴァンジェリンの話を聞く前に、バージルはシュークリームを頬張る。

口の中にジンワリと広がる甘味。

待ち焦がれていた味に、バージルは頬張った一個を良く噛み、そして味わった。

軈てゴクリと喉を鳴らし、バージルはニパーッと至福に満ちた笑顔を見せる。

それを目の当たりにした近右衛門やネギ、明日菜達は恐怖を感じた。

あれ程憤怒に満ちていた顔から一変、年相応の無邪気を見せるバージルに、その場にいる誰もが悪寒を感じ、その身を震わせた。

命を何の躊躇いもなく奪うバージルと、年相応の子供らしさを見せるバージル。

一体、どちらが本当のバージルなのか、木乃香は分からなくなっていた。

そして、バージルがシュークリームを五つ全て平らげるとそれなりに満足したのか、一気に大人しくなり近右衛門の横を通り過ぎてステージから去っていく。

バージルが去り、辺りが静寂に包まれる中、エヴァンジェリンの溜め息が響き渡る。

「全く、唯でさえ気が立っているアイツに更に刺激を与える様な真似をしてどうする。そんな判断も出来なくなったのか耄碌爺」
「いやー、すまんの。助かったわい」
「しかも奴は京都で近衛木乃香を守り、大鬼神を打ち破った英雄だぞ」
「重ねてすまんの。何せ彼の放つ氣が異常でな、こちらも無意識にピリピリしてしまったようじゃわい」

額から溢れる大粒の汗を拭い、近右衛門は苦笑いを浮かべながら髭を擦る。

そんな近右衛門に、エヴァンジェリンは呆れた様に溜め息を漏らし、非難じみた視線で睨み付ける。

ヤレヤレと肩を竦め、エヴァンジェリンはステージの方へと視線を向ける。

既に茶々丸が朝倉と夕映を介抱しているが、二人の表情は青白く変質していた。

ガタガタと体を震わせ、視点の定まっていない瞳は、まるで悪夢を見ていたかのようだ。

いや、実際に悪夢だったのだろう。

目の前で、敵とは言え一度は言葉を交わした人達が無惨に殺された。

人間ではなかったが、それでも彼等は言葉を話し、表情を見せ、まるで自分達と変わらない存在に思えた。

それなのに、殺された。

無惨に、呆気なく。

腕を引き千切り、蒸発させ、爆殺し、頭を潰す。

漫画やアニメでしか見られない光景が目の前で起こり、二人の心に深い傷痕が刻まれていた。

「…………」

正直、エヴァンジェリンもバージルに彼処までの残虐性があるとは思えなかった。

だが、実際にそれは起こり、ネギ達の心に爪痕を刻み込んだ。

未だに恐怖感が消えず、震え続けている朝倉と夕映。

二人を見たエヴァンジェリンはフゥッと溜め息を溢し、記憶を消した方が良いなと呟いた。











「一体、何が起こっていル?」

麻帆良大学工学部研究棟の一室。

ネギが担任する3−Aの生徒で、学園が創設されて以来初となる天才、超鈴音が難しい表情で窓から見える景色を眺めていた。

「エヴァンジェリンの時とイイ京都の時とイイ……」
そして今回。

特に今回のヘルマン伯爵の襲撃は自分の“知っている”ものとは明らかに違う結末を迎えた。

自分の知っている“過去”とは違う事に、超はどこか焦った表情で学園の街並みを見下ろす。

「エヴァンジェリン、スクナ、そしてヘルマン。この事件全てにある少年が関与しているのは明白」

学園を見下ろしていると、超の視界にある人物の姿を捉える。

その人物を目の当たりにすると、超は目を細めて窓から背を向ける。

「……知らない」

あんな存在、自分は知らない。

確かに、物事には絶対など存在しない。

様々な因子が絡み合い、決まっていた未来を覆す事は充分あり得る。

だが、彼は何だ?

自分達とは明らかに異なる存在、世界からかけ離れた因子。

彼というたった一つの不確かな因子の為に、これから起きる出来事が全く予想予測出来ない。

「……バージル=ラカンか、私の計画を完遂させるには彼の攻略は不可欠か」

そう呟く超の瞳には、揺るがない決意が秘められ。

その手には、一つの懐中時計がキラリと怪しく光っていた。














〜あとがき〜
今回は若干短めです。
しかも話が全く進んでないし!

すみません。

……本編とは全く関係ありませんが、ACERの発売が1ヶ月過ぎました!

めっさ楽しみです!


……PS3持ってないけど。
そして最近またifが書きたいなと思ったり……。



[19964] 覚悟の成り立ち
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:febf1f58
Date: 2010/08/04 23:51






ヘルマン伯爵が麻帆良学園に襲撃してから数時間。

ネギ達、特に生徒である朝倉や夕映を落ち着かせるため、現在はエヴァンジェリンの別荘で休んでいた。

エヴァンジェリンの別荘では、外との時間経過具合が異なり、一日で過ごしても外は一時間程度しか時間が経っていない。

そして別荘で過ごして早五日、外は既に真夜中の時間帯となっている頃。

エヴァンジェリンは五度目夜となった別荘を歩いていた。

月明かりが別荘の廊下を照らし、いつもネギとの修行で使っている広場に出ると。

広場の端で座り込んでいる明日菜達の姿があり、その中には夕映や朝倉の姿もあった。

あの騒ぎの後、別荘では既に三日過ぎているが、まだ外ではそんなに時間が経っていない。

明日菜達の懸命なフォローのお蔭で、二人は何とか落ち着きを取り戻してはいるが、それでも表情は暗かった。

目の前で起こった惨劇。

凄惨な虐殺、圧倒的な殺戮。

自分達と同じ人間の形を模したものが、呆気なく殺されていく様を見せ付けられ、その光景を目の当たりにした二人は、夜一人で眠れぬ日々を過した。

だが、それは二人だけではない。

一緒にその場にいた明日菜や木乃香、古菲も二人と同様に苦悶に満ちた表情でいる。

過去の出来事で僅かながらも耐性のあるネギも、何とか皆を立ち直らせようとするが、それでも辛いものがあった。

刹那もあれからの出来事をエヴァンジェリンから詳細に聞かされ、ショックは大きい。

ネギと共に木乃香のフォローに回るが、掛ける言葉が録に見当たらなかった。

そんな彼女達に、エヴァンジェリンはやれやれといった表情で近付いていく。

「何だ、まだこんな所でウダウダしていたのか。ガキはいいな、暇で」
「っ!」
「エヴァンジェリンさん……」

いきなり現れ辛辣な言葉をぶつけるエヴァンジェリンに、明日菜は睨み付けネギ達はゆっくりと振り返った。

「やれやれ、バージルの奴が別荘を使い始めたと思ったらゾロゾロと……いい加減金を払わせるぞ」

額に青筋を浮かべ、苛立ちを露にするエヴァンジェリンは、ネギ達を睨み付けた。

「な、何よエヴァちゃん! そんな言い方しなくたって!」
「じゃあ何て言えばいい? スプラッタな光景を目の当たりにして可哀想だなとでも言った方がいいのか? まぁ、ガキにはその位甘い方がいいか」
「っ!?」

素っ気なく応えるエヴァンジェリンに、明日菜は激昂の表情を露にする。

しかし、そんな明日菜にエヴァンジェリンは相手にせず、そのままネギに歩み寄っていく。

「さて坊や、明日からはいつも通り修行を始める。今夜はもう寝ろ」
「え? で、でも……」

いきなり突き付けられる言葉に、ネギは戸惑いながら明日菜達に視線を向ける。

「教師としての振舞いも結構だが、お前は力を欲しているのだろう? ……二度は言わん、今すぐに寝ろ」

有無を言わせない迫力を発するエヴァンジェリン。

不安に思うネギだが、ここは刹那に任せて言われた通りにした。

「ご、ごめんなさい明日菜さん、皆……」

ネギは扉の前で一度立ち止まり、振り返って頭を下げると、追い出される様にその場を後にした。

残された明日菜達、エヴァンジェリンは彼女達に向けて蔑む様に目を細め、口元を歪めると。

「どうだ。愉快で楽しい裏の世界を垣間見た感想は?」
「「っ!」」

夕映と朝倉に向けて放った一言が、二人の瞼の裏に焼き付いて離れない光景が浮かび上がる。

あの時の恐怖を思い出し、再び表情を青ざめさせて震える二人。

そんな二人を見てエヴァンジェリンは楽しそうに笑みを浮かべた。

「ちょっとエヴァちゃん、いい加減にしなよ!」

これまでのエヴァンジェリンの言動に、遂に我慢出来なくなった明日菜は立ち上がり、目付きを鋭くさせて立ち上がった。

「あれだけの事があったのよ! 普通の女子中学生の私達が……あんなモノを目の当たりにされて、落ち込むのも無理ないじゃない!」
「普通?」

普通の女子中学生。

その言葉を聞いたエヴァンジェリンは眉をピクリと動かして、みるみる内に表情を険しくさせる。

「なら、何故普通の女子中学生のお前達が坊やに関わろうとする?」
「っ! そ、それは……」
「此処にいるのは魔法という存在を知り、坊やの過去を知っている。それでも関わると、此方に足を踏入れると決めたのは……お前達だろ?」

ギロリとエヴァンジェリンからの返しの睨みに、明日菜は言葉を失い後退る。

すると、エヴァンジェリンは明日菜から視線を外し、今度は朝倉達に視線を向けた。

「朝倉和美、お前確か坊やの過去を知った時こう言ったな。“面白そう”と」
「っ!!」

エヴァンジェリンから告げられる……嘗て自分が言った何気ない一言。

だが、それが今朝倉の背中に重くのし掛かる。

「人の過去を覗いて面白いとは、中々言うじゃないか。素直に驚いたよ」
「…………」

エヴァンジェリンは笑みを浮かべて朝倉に拍手を送る。

朝倉は頭の中が真っ白になり、目尻に涙を溜めていく。

だが、それでもエヴァンジェリンの言葉は止まらなかった。

「お前達は自ら望んで世界の裏に関わろうとしていく、好奇心で、憧れで、退屈な日常から抜け出したい為に」
「っ!」

エヴァンジェリンの言葉に、今度は夕映がビクリと肩を震わせた。

エヴァンジェリンはプルプルと震える夕映に目線を向け、一度広場の中央まで歩いていくと。

「人間というものは好奇心が強いモノ、それ自体は別に悪いとは言わないし否定するつもりもない。……しかし」

そう言って振り返るエヴァンジェリンの瞳は、これまでにない怒気を宿していた。

「お前達はどうしてこの学園にいる? どうしてこれまで生活してこれた?」
「………え?」

突然問われる様な口振りになるエヴァンジェリンに、明日菜達は分からないと言った様子で答える。

それを見ると、エヴァンジェリンは何が気に入らないのか、更に怒りを露にして舌打ち打った。

「お前達の“親”がいたから、これまで生きて来られた。楽しく、何不自由なく過ごして来られたんだろう?」
「「っ!?」」
「もしお前達が裏に関わり、裏の人間に恨みを買われたらどうする? 巻き込まれるのは貴様等の家族だぞ?」

朝倉にも夕映にものどかにも古菲にも家族はいる。

父が母が、祖父が祖母が、中には兄弟がいるものもいる。

明日菜は天涯孤独だが、それでも高畑や学園長という保護者がいてくれた。

木乃香も関西呪術協会の長という忙しい役職に就いている父親を持つが、それでも愛情に恵まれていた。

刹那も、幼少期は辛い日々が続いたが、それでも今は木乃香という大切な存在の隣に立っていられる。

そう、彼女達は今、平凡だが幸せの中にいるのだ。

夏休みになれば家族にも会いに行ける。

もしかしたら素敵な異性と出会い、その人と共に幸せな日々を送れるかもしれない。

平凡でありふれた幸福。

「それを、お前達は手放す覚悟があるか?」

エヴァンジェリンの一言で、その幸福がガラス細工の様に音を立てて崩れ落ちた。

「二度と家族と逢えなくなるかもしれない。下手をすれば巻き込んで死なせてしまうかもしれない。その可能性を考慮して、お前達は好奇心に従い此方側に関わりたいと抜かすんだな?」
「…………」

何も、言えなかった。

何も、応えられなかった。

ジロリと見下ろしてくるエヴァンジェリンに、彼女達は何も言えず、ただ俯くしか出来なかった。

ただ、元々は裏の人間である刹那だけは、明日菜達の様に追い詰められた表情はしていない。

だが、それでも酷く落ち込んでいる彼女達をどうすればいいか分からず困惑している。

と、その時。

「あまり、彼女達を苛めないであげないでくれないか?」

渋めの男性の声が聞こえ、徐に振り返ると。

「た、高畑先生!?」
「や、こんばんは」

片手を上げて挨拶する高が、茶々丸の案内に従って此方に歩いてきていた。

いきなり現れた意外な訪問者に、驚きを隠せない一同。

だが、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに眉を寄せて舌打ちを打つ。

「苛め? 私は事実を言っているだけだが?」
「まぁ、そうなんだけどね……」

フンッと鼻息を吹かせてソッポを向くエヴァンジェリンに、高畑は苦笑いを浮かべている。

「あの、どうして高畑先生がここに?」

明日菜はオズオズと手を上げて高畑に何故この場所に来たのか訪ねてみた。

すると、少し困った顔を浮かべ高畑は少し考え込むが。

仕方ないと軽く溜め息を吐き、明日菜達に振り返る。

「実は、先程の職員会議でね……彼を、バージル=ラカンを学園から追放する事が決まったんだ」
「「っ!?」」

高畑から告げられるバージルの追放、それを聞かされた明日菜達……特に木乃香はショックが大きいのか、目を見開かせていた。

対してエヴァンジェリンは詰まらないと言いたそうに目を細めている。

「彼には彼の目的であるナギの情報を僕達が知っている全てを話し、この学園を去って貰うって事、別に力ずくで追い出す訳ではないから安心して」
「そんな事をすれば、この学園諸とも消し飛ぶからな」

悪戯に笑うエヴァンジェリンに対して、高畑は苦笑いを浮かべるしかない。

明日菜達も、心無しか少し晴れ渡った表情を見せている。

しかし木乃香だけは、京都の時に交わした約束が守れなくなると思い、一人沈んだ顔で俯いていた。

そして。

「さて、他の魔法先生が来る前に少し聞いておこうかな」
「え?」
「何を……ですか?」

急に目付きが変わり、真剣な面持ちになる高畑に、朝倉と夕映は尋ねると。

「君達の……記憶消去についてだよ」

高畑の一言に、二人はビクリと肩を震わせたのだった。




















そして数時間後、夜が明けて太陽が昇り始めた時間帯。

バージルは自室のマンションでいつも通りに起床し、眠たい顔を水洗いで洗って完全に覚醒すると。

「うし」

柔軟体操で体を動かし、最後に拳をパシンッと振り抜くと。

パリンッと部屋の窓ガラス全てが音を立てて粉砕していった。

衝撃波によって吹き飛び、一気に風通しがよくなっていく。

「…………」

バージルは僅かな間動きが止まり、暫くしてヨシッと頷き、朝食を済ませる為に街に繰り出そうとする。

意気揚々と扉を開け、マンションの玄関を前にした時。

「こんにちはー、君がバージル=ラカンだネ?」

頭に二つのお団子の形をした髪型で、頬っぺたに赤丸を着けた一人の少女が、にこやかな表情を浮かべながら佇んでいた。

「……何だお前」

バージルは警戒心を強め、全身から僅ずつ氣を放っていくと。

「実は折り入ってお話があって……先ずはこれを食べて欲しいネ」

差し出された二つの肉まん。

香ばしい匂いにバージルの全身から氣が消えて、涎を足らすと。

「私のお願いを聞いてくれたら、君に超包子での肉まん食べ放題の権利を進呈するヨ」
「……話を聞こう」

目の前の少女の話を取り敢えず聞くことにし、マンションを後にした。

バージルの後ろをピッタリと着いていく少女、超鈴音は。

(……計画通り)

ニヤリと、不気味な笑みを浮かべていた。












〜あとがき〜
エヴァンジェリンが説教役になってしまった(汗

しかも大部分の方に展開が先読みされてるし。

……因みに最後のはネタですww


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