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[18519] とある闘いの記録・全年齢版(なのはA’sポータブル)
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/26 22:47
今、海鳴市は、密かに、だが確実に波乱が巻き起こっていた。

僅か一週間前、『闇の書』と呼ばれるロストロギアがその最期を迎えた。
その際に無限再生プログラム、『闇の書の闇』と呼ばれたそれは、最後の夜天の主とその仲間たちによって打ち砕かれた。

だが、それで全てが終わったわけではなかった。
時間を置き、打ち砕かれた『闇の書の闇』は再び元の姿を取り戻そうと動き始めたのだ。

その中核となっていたのは、三基の構成体(マテリアル)の存在。

そして、今この場にある結界の発生原因はその内の一基、高町なのはの情報を素体として生まれた存在だった。



「く、お前は僕をどうしようとする気だ!?」

彼女の前に居るは、この発生した事態を収束させるためにこの場に赴いた時空管理局時空航行艦アースラ所属。執務官クロノ・ハラオウンだ。

彼は闇の書の闇の復活を阻止するべく、構成体の内の一体である彼女と戦闘を行なったのだが、力及ばず、敗れたのだった。
現に、防護服の所々は破れ、その手足は拘束魔法によって空中に貼り付けにされて自由を奪われていた。

それでも彼の心は折れておらず、毅然とした面持ちで目の前の敵対者を睨みつける。
それは、悲劇を繰り返さないという強い決意の篭った瞳だった。

「別にどうと言う事はありません。ただ、貴方には闇の書の闇の復活の贄となって頂くだけです」

だが彼女はその視線に堪えた様子もなく、淡々と答える。
その顔立ちや姿は、素体となった高町なのはという少女と瓜二つだった。
だが、彼女は高町なのはとは明らかに違った。

高町なのははツインテールに纏めているのに対し、彼女は栗色の髪はショートカットにされており、バリアジャケットの色彩も、裏返したように黒を基調としたもの。
そして何より、高町なのはの持つ快活さは無く、感情の感じられない無機質な瞳で目の前の相手と向き合っていた。

「とはいえ、今の私は所詮欠片。貴方のリンカーコアを奪略しても意味がありませんが」
「……それはどういう事だ?」

クロノは、彼女のその言葉に聞き返す。
彼は戦いに敗北し、身体は拘束されている。その上、魔力残量もそう多くは無い。バリアジャケットの維持で精一杯という状況だ。
それでもまだ諦めていない。どんな些細なものでも良い、突破口となるものを見つけるべく会話をつづけようとする。

「簡単な事です。現在、闇の書の蒐集行使の能力は八神はやてが持つため、貴方のリンカーコアを奪っても、私はそれを蒐集する事が出来ません。
故に、リンカーコアの略奪に意味が無いのです」

彼女はクロノの思惑に気付かず、それとも気付いた上でなのか、提示された疑問に対してスラスラと答えを述べてゆく。
それは、勝利者として今の状況を誇示するわけでも、敗者に情けを掛けるわけでもない。
ただ単に「聞かれたから答えた」というものだった。

それを、クロノは一字一句漏らさぬよう、静かに耳を傾ける。
とりあえず、今すぐ殺されるような事にはならなそうだが、だからと言って状況が好転したわけでも無い。

元々この結界内では外部との通信が完全に遮断されているのだから、現状を仲間に伝える事は出来ないが、長時間経過すれば異変を察知した誰かの救援も期待できる。
今のクロノに出来るのは、会話で時間稼ぎをしつつ、突破口を探すという事だ。

その観点からすれば、彼女は会話が出来る相手なので、時間稼ぎが出来る。
それだけでなく、もしかしたら重要な情報を聞き出す事が出来るかもしれない。

クロノは今までの短いやり取りの中で彼女の人となりを分析した結果がそれだった。
ならば無言で捕まっている理由は無い。更なる情報を聞き出すべく口を開く。

「ですので、貴方はその身体ごと取り込ませて貰います」

だが、クロノが言葉を発するよりも早く、彼女は行動に移していた。
彼女の身体から噴き出すように黒い濃密な魔力が霧となって現れる。
それはまさに、闇そのものが溢れだすかのようにクロノの目には映っていた。

目の前で行われる事に、クロノは戦慄を抱く。
今、決定的なまでに自分にとって不味い事が起きようとしている事を悟り、少しでも逃れようと必死にその身を動かして足掻く。

「何も考える必要はありません。夢を見る必要もありません。
貴方はただ、永久に私の中に在れば良いのです」

だが、彼女の拘束魔法は非常に堅固であり、いくら抗おうにもびくともしない。
彼女はそんなクロノに対して何の感慨も抱く事も無く、ただ有言実行するだけとクロノに対してその手をかざす。
それと同時に、彼女を取り囲んでいた闇がクロノの身体に纏わりつく。クロノの身体の輪郭が徐々に揺らいでいく。

「う、うわぁぁぁぁっ!?」

自身の身体に起こっている事を拒絶するべく、クロノは叫び声を上げる。
だが、それは何の抵抗にもならなかった。

闇がクロノの身体を完全に覆い尽くしてその姿を隠されると、クロノの叫びもまた掻き消される。
そして、闇は彼女の中へと還元する。

そこにはもう、クロノ・ハラオウンという少年の姿は何処にも無かった。

「……さあ、次は誰と出逢うのでしょうか?」

ここに在るのはひとりの少女の姿を象った存在。
開かれた口から零れるのは、少女のものでありながら、感情の篭らない抑揚の無い声。
赤い宝石を先端に据えたデバイスを手にした、栗色のショートカットの、黒い色彩のバリアジャケットの少女。

「全ては心地良い永遠の血と怨嗟のために……」

彼女は闇の書の防衛プログラムの残滓である闇の書の欠片。その中でも特に強い力を持つ構成体(マテリアル)のひとりであり、“理”を司る存在。


元となった魔導師と同じ桜色の魔力光を残し、目的のためにこの空へ飛び立った。






魔法少女リリカルなのはStar light、始まります。

そういうわけで、魔法少女リリカルなのはPORTABLE-THE BATTLE OF ACE-に登場の星光の殲滅者捏造シナリオです。

元々はXXX板に投稿したものなんですが、R指定要素をカットして加筆修正をしてみました。
とりあえず、プロローグという事で見せ場も無く散ったクロノに黙祷を(合掌)。



[18519] STAGE2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/01 16:51

闇の書の防衛プログラムは、再びその力を取り戻すべく、この地にある魔導師と騎士達の記憶と力を集めて再生しようとしていた。

それは次元世界を守る事を掲げる時空管理局にとって見過ごす事の出来ない事態。
管理局は事態解決のために動き出し、それに伴い、防衛プログラムを打ち抜いたこの地に住まう魔導師が立ち上がるのは当然の成り行き。

そう、遅かれ早かれ、彼女達が出逢うのは必然といえるものだった。


今この場に居るのはふたり。
ひとりは闇の書の構成体(マテリアル)の内の一基。
紫色の宝珠を先端に据えた杖型のデバイスを手にした、闇のような黒を基調とした色彩のバリアジャケットに身を包む少女。

そしてもうひとり。
赤い宝珠を先端に据えた杖型のデバイスを持ち、清純を思わせる白を基調とした色彩のバリアジャケットに身を包む少女。

姿かたちはまるで同じ。だが違う。
コインの表と裏のように、とても近く、そして巡り会うはずのないふたりがそこに居た。

「えと、わたしの偽者?」

管理局嘱託魔導師である高町なのはは、結界の中で出逢った闇の書の欠片と相対し、最初に思ったのがそれだった。

ここに辿り着くまでに、今ではかけがえの無い仲間達となった者達。その過去の記憶を基に象った闇の欠片との戦いを経ていた。
その中で、可能性の一つとして予想はしていた。だが、実際に自分と同じ顔をした相手が出てくると流石に驚きを隠せない。
思わずそれは口を突いて出ていた。

「確かにこの身と魔導は貴女を蒐集した際の情報がもとになっています。
貴女というオリジナルが存在する以上、私は自身が偽者ではないと証明する事は出来ません」

そんな特に意味も無いような呟きだったのだが、律儀な彼女はそれに答える。
彼女は自分が偽者であると本物に告げられたのだ。自身の存在を否定されたと言ってもあながち間違いではない。
それを認める。

「ですが、私は確固とした自我を持ち此処に存在しています。
私は、自身を偽者であるとは思っていません」

だが、彼女は自身の存在を明確に理解していた。
なのはの言う事ももっともだと理解した上で、自己を認識していた。
それが『理』の構成体(マテリアル)である彼女の在り方。
故に、彼女にはなんの揺らぎも無かった。

「……あの、ごめんなさい」

揺らいだのは、むしろなのはの方だった。

目の前に居るのは、この地に散った魔導師と騎士の記憶を集めて象られた仮初の存在。
それは夢や幻と同じもので、目が覚めたら残滓も欠片も無く消える。
だから偽者で、嘘。本当はここにないものと、存在を否定していた。

そんな考え方を無自覚にでもしていた自分を、なのはは恥じた。
こうして自身の言葉がちゃんと届いているのに、目の前にいる彼女の存在を否定してしまうような事を、自分がしていいはずはないのに。

だから、誠心誠意を込め、謝罪の言葉を口にして頭を下げていた。

「貴女が謝る事は何も在りません。貴女の言葉は真実なのですから」

だが、彼女はもとより偽者と呼ばれても気分を害していたわけではない。
その謝罪を受けるいわれはないと答える。

「私がここに居るのは、闇の書を復活させるため。
そして貴女はそれを阻止するためにここに居る。
今ここで、それ以外の存在理由を議論する意味はありません」

そして続ける。自分たちは戦うためにここに居るのだと。
それでもまだ議論したいというのなら、まずはその力を示してみせろと、自身のデバイスであるルシフェリオンをなのはに向ける。

「……闇の書を復活させるのは、諦めて貰う事は出来ないのかな?」

彼女は言葉で全てを語ってはいなかった。
だが、もとは同じ存在だからというように、彼女の真意は確かに届いていた。
なのはは愛機であるレイジングハートを構えながら、最後に訊ねる。

「それは出来ません。貴女も、ダメだと言われたらそれで諦める道理はないのでしょう?」

なのはの問いを、彼女は否定で返す。そして逆に訊ね返す。

「うん、そうだよね。わたしだって止まらないもの」

なのはは彼女の問いを肯定で返す。
ふたり、それぞれの問いの答えは聞く前から分かり切っていた事。聞いたのは単なる確認のようなものだった。

「闇の書が復活したら、沢山の人が悲しい思いをする。辛い思いをする。
それを止めたいと思うわたしの気持ちが届かないなら、力づくでも届かせて見せる。
わたしの魔法は、そのためにあるんだ!」

互いの想いは既に決まっている。ならばあとは戦うのみ。

「時空管理局嘱託魔導師、高町なのは。レイジングハート・エクセリオン。いきます!」
「闇の書、その構成体(マテリアル)が一基。『理』の魔導師とその愛機ルシフェリオン、いきます」

そして、戦いの幕は上がる。






なのはの魔法のキャリアは極端に短い。
だが、ジュエルシード事件、闇の書事件と立て続けに起こった荒波に揉まれる中で培われた経験は通常の魔導師に引けをとらない。
いや、なまじ最初から実戦の連続だった事を鑑みるに、通常の魔導師のそれ以上の密度だ。

その中で鍛え上げられたなのはの実力は高い。

なのはの保有する才能は、莫大な魔力量と瞬間出力。そして優れた遠隔操作能力。
時間が無かった故に、それらのみを実戦向きに叩き伸ばされたのがなのはのスタイル。

発生させた誘導操作弾を舞わせて立体的に相手を追い詰める。追い詰められないまでも自由な機動を阻害して、その隙を死角から狙撃、あるいは防御ごと打ち砕く一撃必殺の砲で撃ち抜く。
そして自身は遠隔からの射撃では揺るぎもしないような圧倒的な防御力を持つ。
中遠距離単独戦闘のエキスパートというのがなのはの戦い方だ。

接近戦の技能や補助魔法の運用に関してはあまり褒められたようなレベルではないものの、なのはの戦い方はそれを補って有り余るモノがあった。

平時においても、魔法の練習を欠かす事無く鍛錬を重ねきたそれは、既に管理局の中でも胸を張ってエースを名乗れるほどとなっている。

「ディバイン、バスターァァッ!」

そんな自身の力を証明するように、自身の主砲とも呼べる直射砲撃魔法を放つ。
莫大な魔力を直接叩きつけるというシンプルなそれは、下手な防御は容易く貫通して相手を一撃で打倒しうる力を持つ。
直撃すれば、それだけで終わりだ。

「ブラスト、ファイアーァァッ!」

だが、今敵対していた相手は、それで打倒する事は出来ない。
同種の砲撃魔法を放つ事で、真正面からなのはの砲撃を相殺してみせたのだ。
並の相手なら、砲撃魔法をぶつけ合っても一方的に押し勝てる威力をもつなのはの主砲を真正面から相殺してみせた彼女に、なのはは驚きを抱く。

そもそも、彼女は闇の書がなのはのリンカーコアを蒐集した際に得た情報をもとにされているのだ。その能力や魔力量はなのはと全くの同格。
相殺が出来ないわけが無い。

「パイロシューター!」

なのはに出来る事は自分にも出来る。
そんな事を言うかのように、今度は誘導操作弾を一度に十二発も発生させ、制空権を奪うべくなのはの周囲を舞わせる。

「く、アクセルシューター!」

そしてなのはも、彼女の使う誘導弾のオリジナルである誘導弾の魔法を展開。その尽くを撃ち落としてゆく。

使える魔法は同じ。戦術も同じ。それを考えると両者の戦いは全くの互角だった。

だが、実際には互角ではない。

「あぅ!?」

なのはは全ての誘導弾を自身の誘導弾で相殺するつもりだった。
その思惑をはずれ、彼女の誘導弾の内のひとつが防御網を抜けて、なのはに命中する。
幸い、直撃ではなくかすめるようなもので、大したダメージは受けていない。

だが、ここで問題なのはダメージの云々ではなく、能力は互角のはずなのに、なのはの方が押され気味だという事実。
なのはと彼女との間には僅かだが、それでも確かに実力に「差」が存在していた。

そして、その差の理由は彼女にあった。

彼女も、発生した当初は確かになのはと互角の能力だった。
いや、なのはのリンカーコアを蒐集したのが闇の書事件の初期で、今の彼女はそのときの情報がもとになっている。
対してなのはは、それ以降も魔法の練習を欠かさず続け、実力を伸ばしていた。
実力に差があるというのなら、なのはの方が上で在るべきなのだ。

なら今ある差は何なのかといえば、答えはひとつ。彼女の能力に加算があったのだ。
それはつまり、この戦いの前に取り込んだクロノ・ハラオウンの事。

魔導師をひとり取り込んだからと言って、彼女の魔力量や瞬間出力が増大したという事は無い。
だが、クロノが魔導師ランクをAAA+の評価を得ていた最大の要因は、魔法の運用技術の高さによるものだ。

無論、彼女とクロノとではそもそもの戦い方からして違うのだから、直接の参考や実力アップに繋がる事は無い。
それでも、クロノの魔法技術は彼女にプラスに働く。その結果、彼女の実力はなのはのそれを僅かに上回ったのだ。

「ブラスト、ファイアーァァ!」

そして、徐々に制空権を奪われ始めたなのはの死角から、彼女は砲撃魔法を繰り出す。
隙を突かれてしまったなのはは、回避は間に合わずその一撃を受けてしまう。

彼女は砲撃魔法の際に発生した圧縮魔力の残滓をデバイスから放出させつつ、立ち上る爆煙を静かに見やる。

「……さすが私のオリジナル。やりますね」

そしてその煙の奥に、咄嗟に防御したらしい、無傷ではないがそれでもまだ戦いの意思を失わないなのはを見て、素直に賞賛を送る。

「まだまだ負けないよ!」

なのはの周囲に浮かぶ桜色の球体を見て、まだこの戦いが続くものだと彼女は知る。

……彼女は思う。
なのはと自分は、戦術は同じ。だから実際に戦えば拮抗する。
だが、スペック的に言えば自分が上回っている事は確実なのだ。実際なのはを追い詰めている。

だが、倒しきれていない。

確かに圧倒しているわけではないが、確かになのはを自分は追い詰めている。
だが、最後のトドメまでが届かない。
今のように、あと一歩のところでなのはは踏みとどまって見せている。

そして、その要因に彼女は既に気付いている。

なのはにとって、最大の武器は魔法の才能ではない。
実戦で培った経験でもないし、ましてや単なる幸運で片付けて良いものでもない。

高町なのはの最大の武器はその心。
どんな時でも諦めない不屈の闘志。そして、その闘志を切らさない集中力だ。

それらは「理」の構成体(マテリアル)である彼女には無いモノだ。
彼女は常に冷静な思考で状況を判断する。決して激昂する事は無く、何時でも安定した精神状態を維持する。
それ故に「理」の名を冠しているのだ。

彼女の在り方は、決して悪いモノではない。むしろ戦いに生き残るために必要なもの。
だが、ここ一番の爆発力を生むと言う事は無い。

その違いが、今ここに現れているのだと彼女は考える。

果たして、このまま戦いを続けていて最後まで立っていられるのはどちらか?

「……ああ、これが『楽しい』という感情なのですね」

彼女の表情は変わらない。声も相変わらず淡々としたものだ。
だが、彼女の心の中に湧き上がるものが在った。

必勝が既に決まっている戦いなぞ面白くない。
こうして互いの魔導を競い合い、何処までも高みに昇りつめる。
今こうして戦っていられる事が、面白く、そして楽しいものだと理解する。

彼女は決して感情を昂ぶらせていない。その心はあくまで常と変わっていない。

「故に残念です。永遠に貴女とは魔導を競い合いたいと思うのですが、あまり戦いばかりに時間を割く事は出来ません」

だが、さっきまでとは何かが変わっていた。本人も気付かぬうちに。
この戦いを始める前までなら、残念などとは口にもしなかったのに、こうして言葉にしているという事実がその証拠だった。

「遺憾ではありますが、決着をつけましょう」

自身の内情を理解しているのに気付けない彼女は、戦いに契機を打ち込む。
宣告すると同時に、なのはの放った誘導弾の全てを自身の誘導弾で相殺して見せる。
そして訪れるのは一凪の静寂。

彼女は、このまま戦いを続けていたとしても自分が勝てるだろうと考える。
だが、彼女の目的はあくまで闇の書の復活であり、この戦いの勝利ではない。

勝ったとしても、贄とするためには自身に取り込まなくてはいけないのだが、今の自分ではその行為には時間がかかる。
もし行為の最中に妨害をされてしまうと、取り込む事が出来なくなってしまう。

戦いに時間をかけ、取り込むのにも時間をかける。
時間があればそれだけ、なのはに対する救援が来る確率が上がる。
それでは自身の目的が果たせない。そう考え至った。

故に、自身の娯楽よりも目的を優先する。理論と理屈を重ねて、そう判断する。
その中で、彼女はひとつの魔法を発動させる魔法陣を展開する。

「その魔法は、まさか……!?」

彼女の発動させた魔法に戸惑うなのはだが、それも当然だ。
今、彼女が発動させようとしているのは、なのは自身にとっても最大最強の切り札。
周囲に散った魔力を集束して放つ集束砲と呼ばれる魔法、そのための魔法陣。
あれはなのはがレイジングハートのふたりで組み上げたのだ。見間違えるはずがなかった。

ただ、彼女は魔法陣を展開しただけで、周囲の魔力を集束はさせてはいない。
なのはとしても、そうやすやすと集束砲のチャージをさせるつもりはないが、何故彼女はこのタイミングで明らかな隙を晒してまで魔法陣を展開させたままでいるのかと疑問に思う。

「私もあまりまどろっこしい手法は好みではありません。
一撃必殺。お互い、最強の魔導を以って雌雄を決しましょう」

そして、そのなのはの疑問は彼女の『提案』によって答えを得る。

この戦闘空域に散った魔力を回収し、奪い合い、どちらが相手より高い威力の魔法を生み出すかという勝負。
魔力の瞬間最大出力が同一であるふたりにとって、明確な優劣の出る手法。

単純明快、正面から正々堂々の力比べ。
彼女は勝負を急ぐ事にした。だが、はっきり決着をつける気だ。
その気概が彼女の瞳にありありと浮かんでいる。

『どうしよう、レイジングハート?』

それを真正面から見たなのははレイジングハートに精神通話で相談をする。
現実問題として今までの戦闘でだいぶ魔力が削られている。なのはには負ける気は一切ないが、それでも決定打が見つからないのが事実だ。

だが、そんな理屈以上に、何とも分かりやすい決着のつけ方を提案して、その上こうして自分達が相談をしているのを律儀に待っている彼女に応えたいと思っていた。

そんな主の心中を察しながら、レイジングハートは思考する。
向こうは既に魔法陣を展開して待機しているが、その隙を狙って攻撃を加えようにも、おそらく回避か防御をされてしまうはず。
それに、そんな真似を選ぶ事はどこまでも真っ直ぐな心を持っている主の士気を下げる事にも繋がりかねない。

それならばいっそ、ここは向こうに一発大ダメージを与えるチャンスととらえるべき。
今まで手堅く戦況を維持する彼女に対して逆転の目が見つからなかったのだ。
ここで一勝負をかけるのも間違いではない。
そういった検討の後に、レイジングハートは提案した。

《Let’s shoot it》
『だよね!』

なのははレイジングハートの結論は自分と同じだったと証明するように即答すると同時に、レイジングハートを構え直す。
そんな主との心の繋がりを強く感じるレイジングハートもまた、その信頼に応えるべく魔法陣を展開する。
もちろんそれは、彼女の展開する魔法陣と同一のもの。
集束砲『スターライトブレイカー』だ。

視線は何処までも真っ直ぐ。なのはも彼女も、自身の必勝の意志を乗せて相手を見やる。

「……心地良い緊張感です。
私はいつでも平気ですので、カウントは貴女方に譲ります」

静かな、だが極限まで高められた集中力によって空気がちりちりするような感覚の中で、彼女は何時ものように抑揚の無い声で話しかける。
だが、何処となくその声が冷淡な物ではなく熱い想いが込められているような気がするとなのはは感じた。

「いくよっ、レイジングハート!」
《StarlightBreaker Standby Ready》

感じて、自分だって負けないと強い想いを胸にレイジングハートに呼びかける。
それに応えるようになのはの足元と全面に広がる魔法陣の煌めきがより一層強くなる。同時に彼女のそれもまた同様に光り輝く。

《Count 9,8……》

そして、レイジングハートがカウントダウンを開始すると同時になのはと彼女のそれぞれの周囲に桜色の魔力光が生まれる。
全面に展開された魔法陣に集束されていき、互いの目前に巨大な魔力の塊を形成してゆく。

ふたりの魔力の波長は同一であり、さらに後に回収しやすいように使った魔力の拡散のさせ方にも特殊なプログラムを使っている。
そのため、普通なら相手の魔力は利用し辛いものであるはずなのだが、この場合はその限りではない。
相手と自分、その使った魔力の十全を集束していく。

《6、5……》
「ぅ……っ」

カウントも中盤に差し掛かったところで、なのはの表情が曇る。
ここまで来て、明らかになのはの集めた魔力量は彼女の集めた魔力量に劣っていた。
集束砲の撃ち合いとは即ち、周辺魔力の奪い合いに尽きると言っても過言ではない。
その過程で、魔法運用技術に僅かにだが確実に軍配の上がっている彼女の方が、なのはより多くの魔力を集める事が出来ていたのだ。

空間に散る魔力量にも限りはある。普段なら気にする事柄ではないのだが、この場ではふたりの魔導師が互いに負けまいと魔力を貪欲なまでに集めている。
そのため、通常以上の速度で周辺の魔力が減衰していく。

《3、2……》

そしてカウントは残り僅かにして、魔力の集束も打ち止めとなる。
魔力を集束する事によって形成される魔力の塊は、彼女の方が一回りばかり大きい。
このまま撃ち合えば、確実に自分が負けるとなのはは悟る。

「全力、全開っ……!!」

それでもなのはは諦めない。
周辺からの魔力の収集が足りないというのなら、他で補う。それは即ち自身の魔力。
その足りない分の魔力を補うべく、トリガーを引くだけの魔力さえ残っていれば良いと残り全ての魔力を注ぎ込む。

「!!」

その光景に彼女は目を見開く。
既に完成目前という状態のそこへ一挙に魔力を注ぎ込まれる事で、なのはの作り出した桜色の光球がその大きさが増していく。
ただ、その様相はすでに十分に膨らんだ風船に空気を注ぎ込むかのようで、少しの刺激を与えれば炸裂して爆発してしまいそうな危うさを感じる。
だというのに、なのはもレイジングハートも臆する事無く実行する。

これこそが、不屈の闘志のなせる技だと無言で語るかのように彼女の目には映った。
既に、魔力球の大きさは互角……!

「スターライトォ──」
「ルシフェリオン──」

レイジングハートのカウントはゼロとなり、ふたりは引き金を引くべく高らかに宣言する。

「「ブレイカーァァッ!!」」

そして、真正面から二種類の桜色の極大の砲撃がぶつかり合い、ほぼ互角のせめぎ合いを演じる。
その余波は十分な距離を置いていたハズだというのに、なのはと彼女の身体を激しく揺さぶる。
それでも一歩も下がる気は無いと歯を食いしばってその場にとどまり続ける。

だが、そのぶつかり合いは『ほぼ互角』であって『互角』では無かった。
なのはの側が僅かばかり足りていなかった。せめぎ合いを経て、押され始めようとする。

「レイジングハート!!」
《All light》

だが、なのはは撃ち負けていない。集束砲を放ちながらも断続的に魔力を供給するという無茶を押し通し、『ほぼ互角』の優劣を力づくで逆転させて見せていた。

そう、この集束砲の撃ち合いはなのはの勝利。

「っ……!?」

それを証明するようになのはの撃ち放った桜色の砲撃は、彼女のその姿を呑み込んでいた。

「……わたしの勝ち、だよね?」

砲撃の余韻の中で、なのははぽつりと呟く。それと同時に、なのはは意識を手放す。
魔力喪失による気絶であり、無茶な魔力運用の代償でもあった。
既に飛行魔法を維持する事もかなわない。靴に煌々と輝いていた桜色の翼は消失し、なのはは重力に引かれてその身を落下させていく。

「……そうですね。貴女の勝利です」

その身体を、彼女は受け止めていた。
バリアジャケットには少なくない損傷が見て取れるが、そこに居たのは、紛れもなくなのはと戦っていた彼女だった。

確かに彼女は砲撃に呑まれていた。だが、その直前までのせめぎ合いによって威力の大半を失っていたため、戦闘不能となる程のダメージを彼女は負っていなかった。
そして、なのはのような無茶も無理もしていなかったため、こうして自分の意志で立って居られた。

「全てをかけた勝負に敗北したのですから、私が退くべきなのですが、私がこうして在る以上、やらなければならない事もまた事実……」

彼女は自身の腕の中で気絶したままのなのはを見つめながら考えを巡らせる。
勝てば官軍という言葉がある通り、最後まで生き残った方が勝者であり、闇の書の復活という目的を果たすという最重要事項がある。なのはに気にかける必要は無いと考える。

だが、その一方で理屈ではなく感情がその答えを受け入れない。
先程のぶつかり合いは自身の全てを賭ける心づもりで臨んでいた。そして、決着はその結果に委ねたのだ。敗者は潔く去るべきと思う。

理屈と感情が相容れない答えを導き出す。
その間で揺れ動き、彼女は深く悩む。

「……今はあえて生き恥を晒しましょう」

そして答えを選んだ。なのはの身体を、彼女の身体から溢れだした闇が覆い隠していく。
彼女が優先したのは闇の書の闇の復活。それが、彼女の出した結論。
自分の感傷にかまけていられるような状況ではないという思考からの選択。
理解はしているというのに納得が出来ていないという感覚に戸惑いながらも、決意を胸にする。

「代わりに約束をします。いずれ貴女とはきちんと決着をつけるべくもう一度戦うと。
そして、悩む必要もないくらいの明確な勝利を収めてみせます」

彼女はこの行動に納得が出来ていない。ならば、次こそは納得出来る結果を残したい。
自分が存在していれば、再戦の機会はあるはず。故に、今は恥と知っていても生き汚く足掻いて見せる。


そうして、彼女は新たにひとりの魔導師を取り込んだ。







そういえば、ゲーム中でのレイハさんは、闇の欠片ヴァージョンだろうがなんだろうがよく喋るけど、ルシフェさんは全然喋らない。
唯一、クロスレンジでのブロックで「プロテクション」と言っているので、喋れないというわけではないハズ。
これはきっと、お喋りなレイハさんの性格が反転してルシフェさんはものっそい無口キャラになっているに違いない。
う~む、モードチェンジや魔法発動の時すら喋らないとは一貫しているものだなぁ。

というわけで、星光さんのデバイスであるルシフェリオンにはセリフがないです。
べ、別にルシフェリオンのセリフを書くのを面倒がったわけじゃないからね!
英語が苦手科目だから、書こうにも全然分からなかっただけなんだからね!



[18519] STAGE3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/02 10:04

対峙するふたりの魔導師は、空中で幾度となく交錯を繰り返す。

一方は鮮烈な金色の魔力の光を軌跡として残し、戦場を翔け抜ける。

もう一方の魔導師もまた、その動きと対立するように戦場を翔ける。
そして、その魔力の光もまた金色。

「僕がぁ……勝ァつっ!」
「わたしだって、負けないっ!」

互いに必勝を謳い、もう何度目かも分からない衝突を繰り広げる。
その衝撃が、周囲を爆発するような眩い閃光で染め上げる。

交錯は一瞬。閃光が晴れる次の瞬間にはすでに両者は離れ、互いの全容を睥睨出来る距離にある。

「プラズマランサー!」
「電刃衝!」

牽制に直射型の魔力弾を放つ。その光景はまさに鏡映し。
互いに放ったタイミングは完全に同時。両者の挟む完全な中央で、寸分の狂いもなく真正面からぶつかり合い、相殺する。

「たりゃぁぁぁっ!!」
「はぁぁぁぁっ!」

魔力弾のぶつかり合いにより発生した爆煙を突き抜け、両者は再びぶつかり合い、弾かれ合うように間合いが離れる。
そして、足を止める事無く、高い機動性を生かして両者は空を舞う。

そのふたりの戦いは、常人には眼で追えず、閃光がぶつかり合うだけで何が起こっているのか把握が出来ないと思わせるほどの高速魔法戦。
いや、実力のある魔導師や騎士でさえ、そのふたりの間に割って入る事は出来ない領域で、ふたりは互いの持てる力をぶつけあっている。

この戦いはふたりだけのもの。余人に介入する余地はない。
ふたり以外の存在は観客に徹するしかない。そんな戦い。

(この子、やっぱり強い……)
(僕のスピードについてこれるヤツが居るなんて……)

その中でふたりは、口には出さないが相手の実力が自分と拮抗している事を認める。
他の誰でもない、戦っている当人同士なのだから、それがより明確に分かる。

(それでも僕が……)
(それでもわたしが……)

だが、両者の心中には実力が拮抗している事は関係ない。
求める結果はただひとつ。

「「勝つんだ!!」」

自らの想いを言霊に変えて、相棒であるデバイスに乗せて渾身の一撃を放つ。
相手を打倒し、その手に勝利を掴むために。

今まででさえ、誰にも追い着けないようなぶつかり合いだったが、その一撃はそれらをさらに超える速さと鋭さ。
既に音はついて来れていない。速さのカテゴリーの中で最速を誇る光だけが、その光景を映し出す。証明する。

一際眩い閃光に後れ、衝撃と音が交錯の一点から解放され、その周囲を薙ぎ払う。
元々軽いウェイトと薄い装甲であるふたりは、自分達が生み出した衝撃にその場に踏み止まる事が出来ずに吹き飛ばされる。

だが、類い稀なボディバランスで即座に体勢を整え、前を見据える。
その行為もまた同時。必然として視線がぶつかり合う。

「「──っ!」」

言葉は無い。今のやり取りで互いに被ダメージがあったが、戦いを続行出来る事はその瞳が語っている。

申し合わせたように高機動魔法を発動させる。
間を置く事なく、戦場には金色の閃光による二条の軌跡が描き出される。

時にぶつかり合い、時に弾かれ合う。
絡み合うように、ほどけるように。

ふたりの戦いは更なる高みへと昇りつめる。

両者の実力は……互角!





時は少しさかのぼる。

身につけるのは黒のボディースーツに真紅のベルト。漆黒のマントとツインテールに纏めている金色の髪は風にはためく。

そこに居たのは、時空管理局嘱託魔導師であるフェイト・テスタロッサという名の少女。

彼女は、闇の書の残滓が魔導師や騎士達の記憶をもとに復活しようとしているのを阻止するべく戦っている一人。
愛機である「閃光の斧」の二つ名を持つデバイス、『バルディッシュ』と共に、結界を発生させている闇の欠片を倒して回っていた。

闇の欠片達は自分も良く知る人物の姿と能力をしており、一筋縄ではいかない戦いの連続。
それでもフェイトは自身の実力を遺憾なく発揮し、それらすべてを打ち倒してここにいた。

最後の夜天の主である八神はやてとその守護騎士達も、順調に欠片達を倒していっていると連絡があった。

この調子でいけば、想定していた闇の書事件の余波よりも被害は小さくて済む。
油断するつもりはなかったが、概ねそうなるだろうと考えがあった。

ただ、フェイトには不安があった。

それは、この事態を自分と同じように解決しようと参加しているはずの親友、高町なのはと連絡が未だついていない事だった。

もしかしたら、なのはの身に何かあったのでは?

そんな考えが頭を過ぎる。でも、そのたびにそれは無いと否定する。
自分の知っているなのははとても強い子だ。
どんな時でも一度決めたら迷わず真っ直ぐに、不屈の心で前を見つめ続ける。

初めて出会ったときからなのははそうだった。だから、連絡はつかなくても今もどこかで戦っている。そう信じられる。

なら、自分に出来る事は一刻も早く事態を収束させる事。
そうすれば、お互いご苦労様と笑って、また逢える。

そんな親友との光景を思うと、胸が温かくなる。頑張ろうというやる気が湧いてくる。

フェイトは知らず笑みを浮かべながら、もっと頑張ろうと改めて思い、まだ夜の明けない空を飛んでいた。

「……見つけたっ」

そしてフェイトの目には、闇の欠片が展開させている結界が映る。
想いは胸に、意識を戦闘のそれへと切り替えて躊躇う事無く結界へと突入をする。
事態を解決するそのために。
そして、フェイトは結界の中心にその発生源である存在を確認した。

「君は……わたしじゃない、よね?」

そこに居たのは、青い髪をした自分と瓜二つの姿。
フェイトは全体的に黒い色彩のバリアジャケットを身につけているのに対して、目の前に居る少女は青色をメインにした色調のバリアジャケット。
その姿を見て、フェイトは自分のデータをもとにした存在である事は分かった。
だが、自分の記憶を再現している割には、雰囲気が自分とは違うともはっきりと感じていた。

「姿形は、まあ借りものさ。僕が何者かが気になるかい?」

青い髪の少女は、自分がフェイトの蒐集データをもとにしている事を肯定し、その上で違うとも明言する。
明らかに今まで戦ってきた闇の欠片とは違う。その事を理解し、フェイトは警戒を強める。

少女はそんなフェイトの様子に、何処となく満足気にしながら、意気揚々と宣言する。

「そうっ、僕こそが『力』の構成体(マテリアル)。君達が勝手に『悪』だと決めつけて破壊した闇の書の防衛プログラムの一部なのさ!」

少女は何故かポージングを決めながら名乗りを上げていた。
本人はカッコつけようとの行動だったが、対峙していたフェイトは自分と同じ顔の少女がそんな真似をしている事に、ただ面を食らっていた。

「ふふんっ、驚いて声も出ないか。そうだろう、そうだろう。うんうん。
君は闇の欠片達を倒して回っていたようだけど、アレは僕のような構成体(マテリアル)が居る限り何度でも発生するんだ。
はっきり言って無駄な努力でしかなかったんだよ!」

フェイトは確かに驚いていたが、それが自分の思っている驚きの種類とは微妙にずれている事に気付かず、少女は更に言葉を続ける。

「そして、僕は負けないっ。『力』の構成体(マテリアル)である僕はうんと強いんだ!
闇の書の闇を撃ち抜いた魔導師や騎士達は僕がみんなやっつけてやる!」

喋りながら、熱が籠もってきた少女は更に身振り手振りを加えて自己アピールを続ける。
本人は、さながら舞台に立つ主役のような心持ちだ。

「力を取り戻して、もっと強い『王』に、僕はなる!
そして帰るんだ。あの鮮やかで心地良い闇に……」

少女は一通り語ったところで「フン」と鼻を鳴らす。
どうやら、言いたい事を全部言えたので満足したらしい。

「えと、色々と情報を教えてくれてありがとう?」

そしてフェイトは、目の前で行なわれた自分のそっくりさんによる独演会を律儀に聞いてから、そんな答えを返す。
ただ、この場で礼を言うのが正しいのかどうかに自信が無くて、小首をかしげながらになっていたが。

「なぁっ、何なんだよそのリアクションはっ。君は僕の事をバカにしてるのか!?」

少女の方は、もっとこう「恐れおののく」とか「強敵だと認める」というリアクションを期待していたのに、逆に礼を言われてしまった事に憤慨する。

「……はっ。まさかこの僕から情報を聞き出そうとしていたのか!?」

そして、どうやら彼女は良いように情報を喋らされたと考え至ったらしい。

というか、勝手に喋った彼女がうっかりなのだが。
まあ、『力』の構成体(マテリアル)である彼女は考えるのが苦手なので、仕方が無いといえば仕方が無い。

「うぅ~、僕は強くて凄くてカッコイイ『王』になるんだよぉ!」

彼女は空中で地団太を踏むという、傍目には不可思議な行為をする。
本人は大真面目に情報を喋ってしまった事を悔しがっているのだが、その姿は何処からどう見ても子供の癇癪にしか見えなかった。

「あ、えと、……きっとそのうち良い事もあると思うよ?」

フェイトは自分を置いて考えがどんどん先に行っている目の前の少女に困惑していたが、とりあえず励ます事にしたらしい。
ただ、倒したら消える相手に、どんないい事があるのかはフェイトにも分からない。

「バカにするなぁーーッ!!」

そして彼女の方は、フェイトの励ましを侮辱と取ったらしい。
両手を突き上げるようにしながらフェイトの言葉を突っぱねる。

「えと、バカにするとか、そういう事じゃなくて……」

突っぱねられた側のフェイトは、どうして自分が怒られているのかが分からなくてオロオロする。

……どうにも、ふたりの会話はかみ合っていないようだった。

「もういいっ。考えるのは終わりだっ。
君のデータと力を手に入れて、僕は飛ぶ。そして最強の『王』になるんだっ!!」

彼女は一通り喚いて、何かを諦めたらしい。
そして浮かぶのは戦闘者としての顔。迷わず敵対者を屠ろうという気概に満ち、明確な殺気を纏う。

それは紛れもない一級の戦士。戦う事が自身の存在意義と言葉にせずとも姿で語る。

「行くぞォ! 我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!」

それだけなら本人の言うとおり『カッコイイ』立ち姿なのだが、今までのやり取りを考えると、どう見てもやぶれかぶれだった。

「あの、君のデバイスって斧型だから、太刀とは違うんじゃないかな?」
「うるさーいッ。太刀って言った方がカッコイイじゃないか!?」

……結局、最初から最後まで会話のかみ合わないふたりだった。






そんなふたりのファーストコンタクトだったが、実際に戦闘が始まれば、両者共に一歩も引かない激しい魔法戦を繰り広げていた。
しかしそれは、互いの攻撃が全て防御を捨てた特攻とも思える攻撃の応酬。

見た目は派手で目を引く魔法戦ではあるが、攻守のバランスが極端に崩れているため、戦技教導の手本とは程遠い代物だった。

フェイトは元々、戦闘では「攻撃に傾倒し過ぎ」とよく注意を受けていたため、こうも攻撃一辺倒な戦い方をしようとは思っていなかった。

だが、敵対している自分とそっくりな少女は、そんな自分の「攻撃に傾倒し過ぎ」以上に「防御は無く攻撃のみ」だった。

速さと鋭さを極限まで研ぎ澄まし、相手が攻撃してくるよりも速く攻め立て、反撃の暇も与えず倒し切る。
相手に攻撃をさせないのだから、防御はなくても平気。そういうスタイル。

普通なら気がふれていると思えるそれを、目の前の少女は実行していた。
流石は『力』の名を冠しているだけはあるという、勇猛で無謀な戦い方。

断じて、頭の悪そうな戦術などと言ってはいけない。

フェイトの方も、スピードで相手を翻弄し、隙をついて一撃離脱というのがスタイル。
並の相手なら、その速さだけで十分以上に戦う事が出来る。

だが、今フェイトが戦っている相手は基本スペックがほぼ同等なのだが、そのリソースの殆どを攻撃と速さに費やしている。
結果、その速度は通常のフェイトの出せるスピードを大きく上回っていた。

仮に一度でも守勢に回ったら、元々防御を苦手分野としているフェイトは反撃の暇も与えて貰えなくなる。
なのはやシグナム達なら防御に回っても反撃に転じる事も可能かもしれないが、戦いの手札が同じフェイトでは押し切られる。そう考えた。

そんなフェイトにとって、勝利を掴むには一度たりとも守勢に回ってはいけない。
常に攻め続ける事でしか相手を打倒する可能性を手繰り寄せる事が出来ない。

そういった理由で、やむを得ず、フェイトもまた彼女の流儀に則るかのように攻撃を攻撃で打倒するような戦い方を繰り広げていた。

バトルマニアの気のあるフェイトは、この戦いを嬉々として臨んでいるようにも見えるが、この戦い方は本意ではないので気のせいだ。
……たぶん、おそらく。

それはさておき、そういった事情の結果、ふたりは今の戦い方を続けている。

一歩でも引いたら。一度でも失敗したら。それが即敗北に繋がるギリギリの綱渡り。
そんな、互角の裏でいつ決着がついてもおかしくない戦いをふたりはしていた。

だが、どうにも決着がつかない。
手札は同じで、カードの切り方も同じなのだから、当たり前と言えば当たり前。
そして、終わりの見えない持久戦はそれだけで精神を削る。

精神の摩耗は判断力と体力を奪い、奪われた判断力と体力が精神の摩耗を助長する。

戦うふたりは、既にその悪循環の中に居る。
現に、今も誰も追い付けないような高速魔法戦を繰り広げているが、使う技、魔法がどんどんシンプルなそれへとなってきている。

精神、判断力、体力が低下している上、速さに使えるリソースの大半を費やしているため、複雑なモノを使う余裕が無くなっている証拠だ。

「はぁぁぁっ!」
「やぁぁぁっ!」

それでも一歩も引かないのだから、このふたりの負けず嫌いは筋金入りだとしか言えない。

ただ、精神力までもが拮抗しているというのならそれこそ千日手であり、これから先、どれほど時間を費やしても決着はつかない。

もし決着がつくとしたら、何かきっかけが必要だった。

そして、そのきっかけが、この場に齎された。

『援護します』

聞こえたのはたった一言。だが、フェイトにとってそれは重要なモノだった。

(なのは!?)

返事をする余裕はないが、念話によって齎されたその声が親友のそれだとすぐに分かった。
そして、視界の端に一瞬だけだが桜色の光点が見えた事で、なのはがこの場に来ていると確信する。

一瞬見えたそれは本当に点でしか見えず、彼女もこの場に居るとはいえその距離は遠い。
だが、フェイトは知っている。なのはにとって、この距離は十分射程圏内である事を。

(ならわたしは……)

彼女は援護すると言ったけど、流石に今の自分達の速度に対して狙撃をする事は無理。
だから、ほんの一瞬でもいいから目の前の相手の動きを止める必要がある。
そして、それが自分の役割とフェイトは判断する。

「余計な真似、するなぁぁっ!」

そう考えた直後、今まで高い機動力で動き回っていた少女は、フェイトに向かって何の策も無く一直線に突っ込んで来た。

これまでは一撃でも貰えばそれで終わりだったが、状況が変わった。
自分が被弾しても、相手の動きを止める事が出来れば自分達が勝つ。

目の前の少女の言葉の意味は分からないが、これはチャンスと捉える。
フェイトはあえて足を止めて、それを迎え撃つ。

「うおぉぉっ!」
「くぅっ!?」

そして激突。一方は突き進もうと、もう一方は真正面から受け止めようとする。

ふたりは今まで何度もぶつかり合ってはいたが、それはすれ違いざまの攻防であり、ここまで体当たりのような衝突は無かった。

「くぁっ!?」
「あぅっ!?」

その衝撃は疲労し切った身体には堪えるもので、両者は互いに弾かれ合う。
それと同時に一瞬だが身体の自由が利かなくなる。

ふたりだけなら、それはただの相討ち。身体の自由を取り戻せばまた仕切り直しだ。
だが、ここには第三者が存在する。

その動けなくなった一瞬を的確に見抜いた、桜色の魔力光の超遠距離砲が炸裂する。
フェイトはその光を見て、自分が役割を果たす事が出来た事を知り、勝利を確信して、

「……え?」

その砲撃に呑まれた。

フェイトの敗因は、極度の疲労により、聞こえた声は確かに高町なのはのモノと同一でも、そこに在った違和感に気付けなかった事だった。


「……余計な事をするなって言ったのに、何をするんだよ!」

フェイトと刃を交えていた少女は自身の不機嫌さを隠そうともせず、憮然とした面持ちで自身の戦いに介入された事に憤る。
そこには勝利に対する歓喜はなく、ただ横やりを入れられた事に対して怒りをあらわにするものだった。

その少女の隣に、ふわりと影が舞い降りる。

「あのままでは何時までも決着はつかないと見ました。故に効率を優先したまでです」

桜色の光の翼を足もとに輝かせて中空に立つその人物は、少女の苛立ちにも特に何の感慨も見せず、介入の理由を答える。

「うるさいなッ。あそこから僕のカッコイイ必殺技で一気に決着をつけていたんだよ!」
「そうですか」
「~ッ。なんだよその澄ました態度はッ。君はやっぱり僕をバカにしているんだろ!」
「私には貴女を侮辱する意味も理由を在りません」
「その態度がバカにしてるっていうんだよ!」

そんなふたりのやり取りを、フェイトはダメージの影響で擦れるような意識の中で聞く。
直撃した砲撃は非殺傷設定であったために命を刈り取られる事は無かったのだが、その砲撃の威力は凶悪に過ぎた。

フェイトの魔力は「削る」どころか「抉る」勢いで根こそぎ奪われてしまっていた。
すでに飛行魔法の発動はおろか、原形を留めないほど破壊されたバリアジャケットを再構成する余裕もなく、桜色の拘束魔法で落下を免れているだけ。
意識を保っていられただけでも奇跡と言えるような有様だった。

だが、フェイトにとって、自身の現状よりも意識を割かれるものがあった。

「なのはじゃ、ない……?」

目の前で自分が戦っていた少女が喚くように言う文句を、右から左へと聞き流しているようで、実は律儀に答えている少女の事だ。

見覚えはある。親友なのだからそれは当然。
だが、魔力光や姿が同じなのに、親友の姿と目の前の彼女の姿がどうしても重ならない。

フェイトの知っているなのはは、もっと強くて優しい瞳をしている。
あんな、何の感情も籠らない無機質なガラス細工のような瞳はしていない。

「お初にお目にかかります。私は闇の書の『理』の構成体(マテリアル)です」

そんなフェイトの視線に気付いたのか、彼女は騒ぐ少女の事を脇において名乗りを上げる。
それは、フェイトの呟きを肯定するものであり、先程の『援護する』という声は、自分にではなく対戦相手に向けられたものだったのだとフェイトは知る。

彼女は名乗り終え、フェイトには話す言葉が浮かんでこない。それで会話は終わっていた。

「……?」

だが、なのはとそっくりな彼女は、フェイトから視線を外さなかった。
ただじっと見つめるその瞳は相変わらず無機質のそれのようだった。
だが、その奥には何かフェイトに興味を引かれるものがあるらしい事は感じられる。

目の前の彼女が、どうしてそんな風に自分の事を見ているのだろうと、フェイトは内心小首をかしげる。

「だぁーっ。僕の事を無視するなぁッ!」

そんな見詰め合う二人だけの世界に割って入る存在がいた。
最初は効率を優先すると言っていたくせに、放っておけば何時までもフェイトの顔を見ていそうな彼女に対し、青い髪の少女が癇癪を起こしたのだ。

今まで自分が戦っていたというのに美味しいところを持っていかれた挙げ句、自分の存在をないものと扱われるのは非常に面白く無いモノだった。
目立ちたがりのきらいのある彼女は、強引にふたりの視線を自分に向けさせたくて声を荒げる。

「無視ではありません。単に眼中に無かっただけです」
「それは無視よりタチが悪いじゃないか!?」

彼女は事実を述べただけだが、時として真実は嘘よりも相手を傷つけるものであった。

「もういいっ。僕は彼女を取り込むから、君はさっさと次の獲物でも探せばいいさ!」

そう言って、少女は彼女を押しのけてフェイトの真正面に立つ。
今度は自分が舞台の上に立ち、彼女をただの観客以下の存在とするように。

少女は、彼女が理屈や理論とか、効率というモノが大好きだという事を知っている。
だから、彼女ならこの場を自分に任せて早々に次へ向かうものだと考えていた。

「……待ちなさい」

だが、その予想に反して、彼女は自分の行動に制止の声を掛けてきた。
それは少女にとって癇に障った。
珍しく頭で考えて先を予想したというのに、それが外れて余計に面白くない。

「うるさいなっ。この子は元々僕の獲物だったんだから、君なんかの出る幕は何処にも無いんだよ!」

少女は、彼女の事を無視する事にした。
もとより、彼女のいう事を聞く必要もない。先に行動してしまえば、彼女も諦めるだろうと思った。
そうして、フェイトに向かって一歩を踏み出そうとした。

「私は待つように言いました」

だが、彼女は更に予想を裏切る。
いや、それだけではない。少女の背中に自身のデバイスを突きつけていたのだ。
しかもそれは砲撃形態の上、砲撃を補助するための円環状魔法陣も展開済み。

「ちょ、待……ッ!?」

背中に感じた悪寒に僅かにふり返り彼女を見る。
彼女は常と変わらず、無表情に自分を見ていた。そして、そのまま口を動かす。

「ブラストファイアー」

そして圧倒的なまでの桜色の奔流が咆哮を上げる。
それは少女の発しようとした言葉を全て飲み込んで押し流し、吹き飛ばす。

ゼロ距離から、しかも背中へのそれに、抗う術は存在しなかった。

「な、んで……」

砲撃が過ぎ去った跡にいたのは、すでに自身の構成の維持も出来ずに形を崩してゆくだけの姿だった。
それでも、自身に起こった事が理解できず、疑問の言葉を搾り出す。

「待つように言った私の警告を聞かなかったのは貴女です」

その疑問に、常のように淡々と答える声があった。
彼女は消え行く少女を冷たく見下ろしていた。無感情ではなく、ただ冷たく。

そして、データに還った少女の残骸を自身に取り込む。
生物を取り込むわけでもない。もとより同じデータから生まれた存在であるのだから、その行為は数瞬で終わっていた。
ただ、破損が大きすぎたために、もう構成体(マテリアル)として復活させる事は出来無そうだと、彼女は考えていた。

「……あなた達は、仲間じゃなかったんですか?」

その光景を、一番の特等席であろう、真正面で見ていたフェイトは思わず呟く。
共に戦う間柄にある相手を、背中から撃ち抜くなんて信じられなかったのだ。

「私と彼女は同志ですが、仲間では有りません」

フェイトに向かってゆっくりとふり返りながら彼女は質問に答える。
自分達は闇の書の復活という同じ志を持つとは認めるが、だからと言って共闘しているわけではないと、彼女は答える。

「でも、それでもどうしてあの子を撃つような真似を……!?」

だが、フェイトは彼女の答えに納得が出来ない。
同志と仲間の違いが分からない。それ以上に、消えてしまった彼女をフェイトは想う。

お互い相容れない間柄ではあったが、実際に刃を交えてその人となりを感じていたフェイトにとって、少女は敵ではなく好敵手と認識していた。
そんな少女が、目の前で一方的にやられるのをそんな理由で納得したくなかった。

「それは……」

彼女は、いつものように聞かれたから答えようとした。
だが、想いは言葉にならず、彼女は初めて口ごもる。そんな自分自身に僅かに困惑する。

「……分かりません。どうして私は彼女を撃ったのでしょう?」

思考は答えを導き出せず、逆に疑問が口を突いて出る。
質問をしてから、逆に疑問を提示されるとは思っていなかったフェイトは答えられない。

だが、彼女自身、別にフェイトに対して言ったわけではない。考えを纏める上で、思いという不明瞭なものを言葉という明確な形に置き換ているだけだ。

「効率を考えれば、彼女を取り込むのは『力』の雷剣士でも問題はありません。
でも、私はそれを良しとしないと明確に感じていました。
……“感じていた”? 私は思考ではなく感情で行動をしたというのでしょうか?
いえ、感情とて思考に置き換えて認識しています。ならその時の私の思考は……」

そのまま彼女は思考の海へ没頭する。
口から零れる言葉の羅列は、誰かに語るものではないため、それを聞いてもフェイトにはどういう事かがよく分からない。
情報を取捨選択して整理し、自分の中にある答えの形を明確としてゆく作業。

そして、ある程度考えが纏まったらしいところで、不意に彼女はフェイトを見る。
急に視線を向けられたフェイトは驚くが、自分を捉える真っ直ぐなその瞳から不思議と目が離せない。

「……そう、私はフェイト・テスタロッサが自分以外の誰かに傷つけられる事を容認できなかった、という事です」

そして彼女は彼女なりの答えを出した。それは、彼女にとってこれ以上無いほど納得出来る答えだと思った。

だが、同時に理解出来ないものでもあった。

彼女の中に在るのは闇の書の闇の根源的なものである破壊と混沌の衝動。
それは、『理』の構成体(マテリアル)であっても変わらない。
特定の誰かを特別に想うなどという「感情」は存在しないハズだった。

それでも、確かに自分の中にフェイトに対する特別な想いがあった。
ならば自分の中に、そこに結び着く理由が存在するはずだと考え、そして、

「……ああ、なるほど。つまり貴女は、私が取り込んだ魔導師達に特別に想われていたのですね?」

理由はあった。彼女の中に存在する、破壊と混沌以外のモノ。

彼女の取り込んだ「クロノ・ハラオウン」は同じ家に住み、家族のように思っている。
そして「高町なのは」は戦いを経て、深く心を結び合わせた親友。
ふたりともフェイトと親しい間柄にあった。その影響を自分が受けているのだと、そう理解した。

彼女は、フェイトの頬にそっと手を添える。

「不思議です。貴女を見ていると無いはずの感情が湧きあがってくるのを感じます」

理解し、納得し、そして認識した。自分がフェイトに対して特別な感情を抱いていると。

不鮮明だったそれが明確な形となったのだから、あとは悩む事はない。
本能には従うべきと、彼女の中にある衝動が告げている。自分はそれに従えば良い。

彼女がフェイトに対して抱いている感情は『親愛』であり、愛おしいと思っている。
だから、『力』の雷剣士がフェイトを取り込もうとする行為が認められなかった。

自分以外がフェイトを傷つけるのは許せない。フェイトを傷つけても良いのは自分だけ。
他人に取られるなら、自分の物にしたい。自分だけで独占したい。

そのためにはどうすれば良いか?
答えは単純にして基本。自分の中に取り込んでしまえばよい。そうすれば自分以外にフェイトは触れられなくなる。
元々の目的とも合致する。何の不自然も無い。

そうして彼女の、自分の行為を容認する理論武装は完了した。

それは、クロノの家族としての、なのはの友達としての親愛とはすでに形を変えていた。
彼女の中にある闇の書の闇が抱える衝動と入り混じった、彼女自身が抱く、彼女だけの親愛の感情となっていた。
きっかけはふたりの魔導師のソレでも、今は彼女自身の意思でフェイトに好意を持っている。

そして、フェイトと自分の唇を重ね合わせる。
この自身の行為は、それを証明するものだと、ただ静かに口づけを交わす。

「んん~っ!?」

ただし、彼女の行動はフェイトの同意は得ていない。
フェイトは突然自分に向けられた好意に驚き戸惑いながらも抵抗しようとしている。

だが、彼女はそんなフェイトの抵抗を気に止めないかのように行為を続ける。

長い、長い一方的なキスが繰り広げられる。
それに伴い、次第にフェイトの抵抗が弱くなっていく。

「んぁ、はぁ、はぁ……」

そして彼女は一通り満足してフェイトとのキスを終わらせる。
されていた側であるフェイトは息も絶え絶えに、足りなくなった酸素を欲する。

「……私は貴女の事を愛しています。
他の誰にも渡さない。さあ、もう一度私の中へ……」

そして再び唇を重ねる。同時に彼女から闇が溢れだし、彼女とフェイトの姿を包み込む。
他の誰にも邪魔はされない、ふたりだけの空間を作り出したかのように。

そして、少しの時間を経て、闇が晴れたそこには彼女の影がひとつあるだけ。

「……これでフェイトは私だけの物。
安らかな永遠を。今度こそ過たず、貴女へ送ります」

彼女は自身の胸に手を当てながらそっと囁く。
フェイトは既にこの声が届かないほど深い眠りの中に居ると分かっていてもなんとなく呟いていた。
その表情は常の無表情ではなく、満足げに薄く微笑んでいた。










なのはは親友。クロノはシスコン。
そんなふたりの影響を受けている彼女はフェイト萌え~。

そして雷刃さんもお疲れさまでしたー。

そういえば、雷刃さんのデバイスであるバルニフィカスにもセリフはなかったなぁ。
う~ん、寡黙なバルディッシュの性格が裏返っているんだから無口というのは合わないから……。
よしっ、実はすっごいめんどくさがり屋で、喋る事の一切をサボっているという事にしよう!

まあ、もう出番はないんですけど。


余談
星光さんの事を書く時のメインBGMは『Kanon』の「少女の檻」です。
彼女にもぜひ、みたらし団子を口いっぱいに頬張りながら「みまみま(逃がした)」とか言って欲しいと思う自分がいる。



[18519] STAGE4
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 19:27
結界を抜け、次なる獲物を求めて空を翔けるひとつの影。

闇の書の闇。その構成体(マテリアル)が一基、『理』を司る彼女の姿がそこにあった。

彼女は既にデータとしてではない、実体のある生命体である魔導師を取り込んでいる。
そのため、特定の結界の中でしか実体を保てないという事もない。

故に、結界の中で自身に引き寄せられる闇の欠片達や、不穏を察知した魔導師や騎士が飛び込んでくるのを待つ必要もない。

能動的に動ける彼女は自ら空を舞い移動し、目標を捕捉したのち、逃げられないように結界を展開して事に及んでいた。
その工程を繰り返し、最初のひとりに加えて魔導師二名や、いくつかの欠片の回収をしていた。

だが、今回は少し毛色が違った。

「ここは……」

常のように移動していた最中、突如として自身を取り巻く周囲の光景が変わる。
それを目の当たりにした彼女は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡す。

そこには空が無かった。大地が無かった。風が無かった。

空間としてここは存在しているが、触れて確かめられるものは何も無い。
ただ陽炎のように揺らめく闇が陰影を生み出し、彼我の差を作り出す。
それが無ければ、自分を認識出来ずにこの空間に呑まれてしまいそうな、そんな場所。

ここは、破壊と混沌の衝動を描き出す心象風景。
闇の書の闇が抱える元始の風景であり、彼女も求める懐かしくも心地よい闇。

どうやら自分を取り込むように結界を展開されたらしいと彼女は知る。
そして、この光景を作り出した主には心当たりがある。

「よく来たな、下郎」

故に、彼女は突然掛けられた声に驚いたりはしない。隠そうともしない蔑み見下す声に気を悪くもしない。
ただ、推測通りだと納得するだけ。

「やはり貴女でしたか、『王』」

ゆっくりと振り返ったその先には、この結界を張った張本人が不遜な眼差しで彼女をみていた。

その姿は、現在の夜天の書、彼女達の流儀に則って言えば闇の書の主である八神はやてのそれだ。
だが、禍々しいと思わせる闇の魔力を内包し、溢れださせるその姿は八神はやてとは違う。

彼女こそが『理』の自分と、『力』の雷剣士と同じく闇の書の闇の構成体(マテリアル)でありながらも、特に重要な中枢の役割を持つ『王』たる三基目。

「ふむ、中々に働いていたようだな。特別に褒めてつかわそう」

目を細めて、彼女の取り込んで来た力の総量を見届けた王は労いの言葉を掛ける。
だが、愉悦に染まる王の心には、本気で彼女の働きを称賛する思いはない。
自分の手駒が想像以上に働いたために、自身へ還る力が増す事を悦んでいるだけ。

この世全ては自分のものという考え。必要なのは自分の都合だけ。
どこまでも自分本位に考える。だが、だからこそ『王』として君臨していると示す姿がそこにはあった。

「さあ、その集めた力を我に献上せよ。そして決して砕けぬ闇の贄となるがよい!」

王である彼女は演説するかのように両腕を広げ、宣告する。

彼女達は闇の書の闇の復活。そして更なる力を得る事を目的として行動してきた。
その結果を得るために、中枢たる王に力を渡すのは当然の流れ。
王である彼女にとってそれは考えるまでもない事実。故に、この行動にも何の疑問もない。

「……どうにも、貴女は何か勘違いをしているようですね」

だが、『理』の構成体(マテリアル)である彼女にとっては違う。
差し出された手に応える事無く、代わりに無表情ながらも何処か呆れているような声色の言葉を返す。

「勘違い、だと……?」

その返事に、王の嗤いが固まる。そして形を変え憤慨の表情へと変わっていく。

王は自分が間違っているなどとは思っていない。
それ以前に、自分が行動するからこそ、その行動が正しいと証明されると考えている。
全ては王にひれ伏せていれば良い。全ては王を肯定していれば良い。それが王の行動理念。

だというのに、欠片風情、しかも自分の下僕に反論されたとあっては面白くない以上に怒りが湧く。

「貴女は確かに私達の中枢となるべく発生しました。
ですが、あくまでシステムの中枢です。システムの頂点として存在しているわけではありません」

だが、彼女はそんな王の憤りを気にもせず答える。
確かに闇の書の闇の復活には必要な存在だという部分は認める。だが、だからと言って支配する権限を併せ持っているわけではないと。

「そもそも、『王』として生まれた事の上に胡坐をかき、怠惰を貪るだけの貴女が砕け得ぬ闇になれるとは思えません」

そしてさらに続けたのは、彼女の視点からすれば、王など何の役にも立っていないという事。

ただ玉座の上で集まってきた欠片達を手にして喜んでいるだけでは意味が無い。
そんなものは、与えられた箱庭の中で遊んでいるだけの子供と大して変わりはないと彼女は考える。

「おのれっ、下僕の分際で王に意見する気かっ!?」
「私と貴女は、役割は違いますが上下の関係にはありません。
『王』とは貴女の役割に対する呼称であり、格としては同列に位置します」

故に、礼は示すが頭を垂れる理由も必要もないと彼女は答える。

「元より、言葉による議論は必要ありません。
貴女が自身を王と証明したいのなら、その力で私の力を奪えば良いでしょう」

そしてデバイスを構える。

そもそも、最初から議論の余地は無かったのだ。
自分達構成体(マテリアル)は闇の書の闇の復活を望むが、皆個人の思惑で動いている。
渡せと言われて素直に渡す道理の方が、余程ない。

また、自分達の求めるものも、力づくで得なければ意味もない。
永遠の血と怨嗟は戦いによって齎される。故に、自分達もその衝動に従い、戦い奪い合う。それが本能。
お互いを喰らい合い、最後に生き残った者こそ砕け得ぬ闇たりえる。

自分達の求めるものは、そういうモノのはず。

「さあ、互いの存在を奪い合う殺し合いを始めましょう」

謳うように戦いの時を告げる。
今から始まるのは、共食いにして自分達を更なる存在へと高める儀式。
そのための戦いを始まった。






「塵芥も同然のただの一欠片風情が、生意気をほざくなぁ!」

王である彼女は苛立っていた。
闇を統べる存在である自分に対し、その極々一部でしかない欠片に反旗を翻されるのは業腹ものだ。

素直に従えば、慈悲を掛けて苦しまないよう一瞬で終わらせてやっても良かったとも思うが、今となってはそんな生ぬるい程度では済まさない。
自分の気分を害した事を後悔させて後悔させて後悔させて。
そして許しを請うてきた所を切り捨て、更なる絶望を与える。

その上でじっくりといたぶった後で力を取り込んでやろうと考えていた。

事実、それを実現できるだけの力は『王』である彼女には在った。

彼女の魔力資質は、データの基礎とした八神はやてと同様、広域型。
圧倒的な火力と攻撃範囲で一方的に殲滅するのが彼女のスタイル。

さらに、他の構成体(マテリアル)と比べ、『王』である彼女は発生した闇の欠片を引き寄せる力が特出している。
その結果、現在のその魔力貯蔵可能量も群を抜いている。

実際には無尽蔵とは違うのだが、たとえ湯水のように好き放題魔力を使ったとしても消費し切るには到底届かない。現実的には無尽蔵と称しても差し支えない量の魔力。
そして、広域型であるために一度に放出を可能とする魔力量も桁が違う。

細かい制御は苦手だが、そんなものは物量と火力でねじ伏せる。
敵対者が攻撃魔法を使ってこようと、自分はそれを上回る火力で圧倒してやれば良い。

それはまさに、財を持つ王であるからこそ出来る戦術。

実際、中遠距離エキスパートの砲撃魔導師というスタイルの『理』の構成体(マテリアル)である彼女の誘導弾や砲撃でさえ、圧倒出来る。

確かに彼女も、今まで魔導師や闇の欠片を取り込んで魔力量は増大している。
だが、内にある魔力を放出する彼女は変わっていない。
幾ら水の貯蔵があっても、蛇口が同じなら一度に使える水の量は変わらないのだ。

力比べにおいて、彼女が王に勝てる道理は無い。
勝っている部分と言えば防御の出力ぐらいなものだが、そんなモノは「王」の火力の前には敗北を僅かに遅らせる程度のファクターにしかなりえない。

故に、王はこの戦いをただの戯れであり、自身の勝利は揺ぎ無いと思っていた。

「ブラストファイアーッ!」
「くぬぅっ!?」

だが、実際に蓋を開けてみたらどうだ。
彼女の放った砲撃魔法が自身を掠めるように虚空を撃ち抜く。その余波でバリアジャケットの一部が削り取られる。

王による一方的な蹂躙劇となるはずのこの場は、互いに一進一退の様相を示している。
王の力を前にしても、彼女は一歩も引かず攻撃を放ってくる。

……おかしい。こんなはずではないはず。そんな思いが王の頭に過る。

実際にはどちらが優勢に攻めているかといえば、王である彼女の方が優位に事を進めている事に間違いは無い。

王のバリアジャケットは、細かく削られているが、その程度は膨大な魔力による力技のリカバリーでダメージにもなっていない。
先程の砲撃では少なくない量を削られたが、それも回復の許容範囲に収まって有り余る。

対して彼女のバリアジャケットは数多くの損傷が見られる。致命傷は無いものの、確実にダメージを蓄積している事は傍目に見ただけでも簡単に分かる。

攻撃の頻度にしても、常に弾幕を張って攻撃をし続ける王。
それに比べれば、彼女の攻撃は思いだしたころにようやく放っている程度。

自分の方が相手にダメージを与えている。自分の方がダメージを受けていない。
戦況を見れば、このまま攻め続ければ勝てるはず。現在進行形で勝っているはず。

それが分かっているというのに、そんなものはどうという事は無いと言わんばかりに反撃をしてくる彼女を見ていると、勝っているという気が湧いてこない。
どうして自分の弾幕を受けても平然としていられるのかが分からない。

それが、苛立ちとなって王をさいなむ。

「はぁ、はぁ……っ」

そんな王に対している彼女の方は、現状の見たままの通り、然程も余裕は無い。
今も確実に魔力を削られて行っている。

誘導弾のような小技で制空権を奪おうにも、王はそれを上回る火力と攻撃範囲でねじ伏せてくる。
砲撃をメインに攻めようとも、絶え間なく放たれる弾幕の前にはチャージの時間を得る事も難しい。
王は接近戦を苦手としているが、それは自分も同じ事。

普段の攻める手立ての、その尽くが通用しない。

だが、それでも勝つ気に満ちていた。

自分ではまともに王と戦っても勝ち目は薄い事は分かっている。
故に、彼女はまともではない手段で戦っていた。

彼女のとった手段は単純明快。ダメージを受けても、最終的にはそれ以上のダメージを与えてやれば良いという選択。

攻撃を無理に避けたり防いだりしたところで、かの弾幕の前にはたかが知れている。
なら、最初から受けて逸らす。あるいは真正面から受け切れば良い。

細かく移動しようとしなければ、攻撃と防御に意識を集中できる。それなら弾幕の中においても魔力チャージぐらい難しくない。

たとえ十発受けようとも、それを耐えきって一発撃ち抜いて見せる。
被弾は上等。ただし受けたダメージは熨斗を付けて返すという、普通なら割に合わない戦術。
だが、彼女の魔力資質からくる防御力と一撃必殺の砲撃がそれを実現可能としていた。

自分にとって、これが最も勝率の高い戦術だと腹を括っているのだ。今更ダメージがあったとしても、わざわざ怯む必要は無い。
在るのは一撃必殺の心構えのみ。

攻めているのに、倒し切れない事実に困惑する王。
攻められているが、打倒の機会を虎視眈々と狙う彼女。

ふたり精神状態は、戦況とは比例していなかった。

「ブラストファイアーッ!」

そして、一瞬の隙を突くように放たれた彼女の砲撃が、弾幕を突き破るように放たれる。
それを王は、驚愕に目を見開いて見やる。
苛立ちから、さっさと終わらせてやろうと攻撃に意識を割き過ぎていた王には回避も防御も間に合わない。

「ぐがぁっ!?」

直撃。

これ以上ない形で桜色の奔流は王を呑みこんだ。衝撃が爆発となって視界を覆う。

一撃。

たったの一撃で彼女はこれまでのダメージ差を覆して見せた瞬間だった。

次いで、王の放つ弾幕も止まる。彼女の砲撃は一撃で戦闘を終わらせる、まさに必殺の一撃だったのだ。これで、この戦いは終わりだ。

「……要らぬ」

ただし、相手が“普通”の範疇にある存在であったら、の話だ。

「要らぬ要らぬ要らぬっ、もう要らぬ!!」

爆煙の向こうには、足元にはミッドチルダ式の円形の魔法陣、そして眼前にはベルカ式特有の三角形を基本とした魔法陣を白の魔力光で空中に描き出す王の姿。
バリアジャケットの損傷は激しい。確かなダメージを受けていたが、そのダメージを憤怒に変えて王はそこに在った。

「そこまで王に逆らうというのなら、跡形もなく消し去ってやろうぞ!」

そして、王の目前に広がるは、保有する中でも最大の砲撃魔法を繰り出すための魔法陣。
相手を取り込むには、倒してもその原型を残す必要がある故に設定しておいた非殺傷設定など切っている。加減など欠片もない。

防御なぞ意味の無い火力。逃げ場など最初から存在しない攻撃範囲。
言葉の通り、データの残滓、その一欠片も残すつもりは王には既にない。
彼女が集めていた力の量は惜しくはあるが、自分さえいればどうとでもなる。
齎すのは覆す事の叶わない絶望のみ。後悔の暇も与えない。

「死ね。エクス……カリバーァァッ!!」

手にしたデバイスを振ると同時にトリガーワードを告げ、魔法を完成させる。

三角形を描く魔法陣、その三つの頂点から彼女の放った砲撃を超える威力の魔力が同時に放たれる。
しかもそれだけでは終わらない。各個だけでも必殺のそれは寄り合い交わり合う。
そして、極大の砲撃となって阻む物全てを無へと還しながら直進する。

その射線上に居る彼女に回避するすべは無い。迎撃にも意味は無い。
それでも敗北する気は無いと、持てる魔力のその全てを注ぎ込むつもりでシールドを展開する。

だが、そんな抵抗を嘲笑うかのように白の極光は彼女を呑みこんだ。

「ふははははっ。馬鹿め、全ては王たる我にひれ伏しておけば良いのだ!」

それを見届け、王は哄笑を上げる。
最大の砲撃を全力で放ち、先程まで抱いていた怒りや不機嫌も晴れた。
手こずらされたが、所詮は欠片。王たるこの身が本気を出せば、あの程度の雑兵など屠るのは容易いと高らかに嗤う。
あの一撃を受けて、生きているはずもないと確信していた。

「……集え、明星(あかぼし)」

故に、耳に届いた言葉は最初、単なる幻聴だと思った。

「な……っ!?」

だが違った。次いで、キン、と澄んだ音を響かせて王の手足が拘束された。
そして、その手足を縛る魔力の光は桜色。

在りえないと王は思う。確かに彼女は砲撃に呑まれていたのだ。無事で済むはずがない。
非殺傷設定も切っていたのだから、それはなおの事。
目の前に起こった事が信じられないまま、徐々に晴れ行く爆煙を見ていた。

「全てを焼き消す焔となれ……っ」

そこに彼女は居た。

バリアジャケットは見るも無残なまでにボロボロで、辛うじて原形が分かる程度。
体中の至る所に傷を負っているのか、流す血が全身を赤く染め上げる。
特に損傷が酷いのはシールドを支えていた右腕。血と損傷によって赤黒く在るそれは、肩からぶら下がるだけの無用の長物となり果てていた。
防御にその殆どをつぎ込んだおかげで、残存魔力もゼロに近い。

満身創痍。まさにその言葉を体現する彼女がそこに居た。
だが、驚くべくはその姿ではない。彼女は既に足元に魔法陣を展開し、魔力チャージを完了しよう所だったという事。

彼女は実行していたのだ。自分は王の攻撃を耐え切り、必殺の一撃を繰り出す事を。

普通なら、アレを耐え切っただけでも称賛に値するし、既に魔力もほぼ底をついているため、碌な攻撃魔法を使う事も不可能。逆転の手札は無い。

だが、彼女の最大にして最強の切り札は、自身の魔力に依存するのではない。

周囲に散った魔力を小さな空間ごとに圧縮し、収集する。そしてその再利用した魔力を以って放つ魔法。
魔力は殆ど残っていなくとも、周囲に散っていた魔力の残滓があれば、敵が使った魔力も巻き込んで、自身の限界を超えた最大の砲撃を繰り出す事が出来る。

集束砲。それが彼女の切り札だ。

既に暴発直前まで溜め込まれた魔力の塊。それは彼女の魔力光である桜色の中には、王の白い魔力光も少なからず混ざっている。
先ほど放った王の魔力は自分の物と比べて扱いにくいが、それをも彼女は制御して砲撃の糧としていた。
そうして溜め込まれた魔力量は、既に王の放った最大魔法を超えている。まさに倍返し。

「……ルベライト」

既に彼女の目前には巨大な桜色の光球が形成されている。それを解き放つ前に彼女が使ったのは拘束魔法。

右手が使えない以上、左手のみで砲撃を支えるのだが、通常の砲撃魔法でも反動が大きいといいうのに、これは集束砲。片手では足りない。
それを補うべく、拘束魔法を使って自身の身体を固定する。

固定された状態では反動を逃す事が出来ず、ダイレクトに衝撃が身体に伝わってしまうが、勝利を得るためには必要な事と割り切る。

「ば、馬鹿なッ。そんな状態で撃てるわけが……!?」

王は焦燥に戸惑いながら、出来るわけが無いと思う。出来たとしても反動だけで自滅するのがオチだと叫び声を上げる。
無駄に命を散らす前に、諦めろとその行為を否定する。

「私は私の道を征きます。貴女はここで消えて下さい」

だが、彼女から返ってきたのはその言葉を聞き入れる気は無いという事。
そして、自身が勝者となるという宣告。

その瞳に揺らぎは無い。流れる血の赤にその表情は彩られているが、いつものように事実を事実として淡々と口にする。
故に分かる。彼女は……本気だ。

それを知る。王は悟り青ざめる。今、王の心を占めるのは紛れも無い恐怖。
このままでは殺されると逃れようともがく。だが、硬い拘束魔法はそれを許さない。

「ルシフェリオン……」

そんな王の抵抗を、彼女は無様と嘲笑ったりしない。
もとより、この瞬間に王の存在などどうでも良かった。

過去も未来も関係ない。今この場にいる自分を証明するために全力を尽くす。
それ以外に意味も必要も無い……!

そして、彼女の愛機であるルシフェリオンが振り下ろされる。

「ブレイカーァァッ!!」

轟音と共に、白色の混ざった桜色の輝きが巨大な柱となって王を襲った。
それは、闇と破壊の混沌の衝動を描く世界を貫く眩い閃光。

彼女と違い、耐えようという気概の無い王に耐えられるはずもなかった。

「……心滾る、良き戦いでした」

誰からの賞賛も無かったが、確かに彼女は王に打ち勝っていた。






「お、おの、れ……」

集束砲の直撃を受けて墜ちた王は仰向けに倒れ伏していた。
その姿は見るも無惨。目の焦点も合っておらず視力も機能していない様子。
辛うじて呻き声を上げるだけのその姿は、君臨する王の威厳は完全に打ち砕かれていた。

「流石は『王』。まだ意識がありましたか」

そんな王の隣に立つ彼女の姿もまたひどい。
闇色のバリアジャケットは破損により殆ど原型を留めておらず、辛うじて残っている部位は焼け焦げている上に流した血に赤く染まっている。
魔力にも余裕が無いのだろう、普段は力強い桜色の輝きを見せる靴の翼も弱々しく明滅するばかり。

役に立たない右腕を抱えるように抑えながら立つ姿は、少し突けばそのまま倒れ伏してしまうことだろうと思わせる。

「もっとも、敗者である貴女が意識を持っていたとしても然程も意味はありませんが」

だが、彼女は自身の足で揺らぐ事無く立っている。
王を見据えるその表情には相変わらず感情らしい感情は浮かんではいないが、その瞳には強敵を打ち破り勝者となった者だけが持ちえる力強さがあった。

確かに満身創痍であるが、風が吹けば飛ばされてしまうような弱さはない。
強者の貫禄を持って、彼女はそこにいた。
その威厳の前には、損傷やボロボロの衣服でさえ強者を彩るファクターとして周囲に認知させる。それだけのものを持っていた。

「わ、我こそが、闇を……、全てを統べる、王、なのだ……っ」

だが、目の見えていない王には、そんな彼女の姿など分からない。
自らの存在意義である王の尊厳にすがり付いて、魔力を集めてダメージを修復しようとする。

「貴女も王と名乗るのなら、あまり無様は晒さないで下さい」
「ぐふっ!?」

そんな王の行為を、彼女は無造作に足で踏みつけて阻害する。
普段なら魔法を使うなり何なりするところだが、彼女も今は立つそれだけで精一杯。
右腕は動かず、左腕はその右腕を押さえているために使えない。

故に、一番手っ取り早くて楽な手段を選んだのだが、効果の程はそれだけで十分だったようだ。
王が集めようとしていた闇の欠片の魔力は霧散して、王の傷は癒されない。

「敗北を素直に認められないようでは、器の矮小さを露見させるだけですよ」
「ぐ、が、ぁ……っ!?」

彼女はそのまま、足の裏をねじ込むようにしながら、踏みつけた腹部に力を加えてゆく。
固い靴の裏が腹部にめり込む感覚のたびに、王の口からは苦悶の声が漏れる。

とはいえ、最終的には王は取り込むのだ。死なれてしまっても困る。
生かさぬよう、殺さぬようダメージを断続的に与えていく。
彼女の体躯で踏みつける程度ではダメージ自体は極小レベルだが、王の回復を阻害するには十分。

彼女の方も時間経過と、王が引き寄せていた闇の欠片を少しずつだが取り込んでいたおかげで、だいぶ魔力が回復していた。
彼女が王を取り込む準備は全て整っていた。

「ルシフェリオン」

呼びかけると、その意図を酌んだデバイスが魔法陣を展開する。
それと同時に、倒れ伏している王の身体が崩れてゆく。身体という形を維持していた要因を弱められるために闇の書の闇で在った頃のデータへと還っていくためだ。

「ぐがぁぁ!? や、やめ……」

王は王としての尊厳などよりも自身の生存を望むというように哀願して見せるが、その言葉も彼女は最後まで発せられる事は無く、王はデータへと還った。

展開された魔法陣はそれを無為に散らす事はさせず、粒子として中空に維持する。
そして、彼女は王を構成していたデータと力をその身に取り込んだ。

「う、くっ……」

必要分は体力と魔力は回復したとはいえ、重体であった彼女にとって王の所持していた情報量はきついものがあった。
そのために発生した苦痛に顔を歪めるが、それを堪えてその全てを呑みこむ。
そして、

「……力が漲る。魔導が滾る。これが、私の求めていた力……?」

奥から溢れだすような魔力の衝動に驚き、自身の手を見ながらぽつりと呟く。
そう言えば右手も動くと今更ながらに気付く。

闇の書の闇が最悪のロストロギアと称されていた無限再生プログラムが不完全ながらも機能を取り戻したために、彼女の右腕は修復されていた。
いや、右腕だけでなくバリアジャケット、そして身体の至る所に在った傷も目に見えて修復されていく。

さらに、三基の構成体(マテリアル)の力がひとつに揃っているおかげで、闇の欠片の集束力が高まり、次々と自分の下に集まってくる。

その全てが彼女の力となり、戦闘で消耗した魔力を潤して、満たす。

「くぅっ……!?」

だが、あまりに膨大に過ぎるそれは、彼女の許容量を超えていた。入り切らない魔力が内側から彼女を食い破って溢れだそうとする。

闇の欠片だけならば、あるいは耐えられたかもしれないが、彼女は既に実存する魔導師三名を身体ごと取り込んでいる。
しかもその魔導師は三名ともAAAランクを超える能力を持っている。

既に許容量一杯に近づいていたのに、そこに更に構成体(マテリアル)三基分の闇の欠片を注ぎ込まれれば中から自滅してしまう事も分かる。

「ルシフェリオン……ッ」

この幼い身体では耐えられない。耐えられる身体に作り替えら無ければならない。
それを悟り、歯を食いしばり、脂汗を浮かせながら耐えつつ、手にしたデバイスに新たな魔法陣を展開させる。

同時に、魔法陣が放つ桜色の光の中で彼女のシルエットに変化が訪れる。

9歳児相当だったその幼い身体は急激な成長を見せる。
体格的に二次成長期を超え、肉体のポテンシャルとしてはピークに位置する二十歳前後のそれとなる。
ショートカットであった髪は腰ほどまで伸び、風になびく。
体格の変化に伴い、バリアジャケットもその形状を変える。

そして、変化は終わり、桜色の魔法陣も集束する。
その場には、静かに瞳を閉じ佇む、ひとりの女性の姿。

「これが、復活して更なる力を得た闇の書の闇……」

閉じていた瞳をゆっくりと開きながら、自分が何者なのかを誰に聞かせるでもなく宣告する。
彼女こそが、『理』の構成体(マテリアル)をベースとして新たに誕生した存在。永遠の怨嗟と破壊を齎す闇の具現。

“砕け得ぬ闇”

「……足りません」

彼女は力を取り戻し、新たな存在として自身を確立した。
だが、現状は必要最低限の身を取り揃えただけの、仮の起動。まだ完成ではない。
そして、完成のためにはどうしても必要なものが足りていない。

今の彼女は闇の書とは違い、確固した自我を持ち、主を必要とせずとも自立して行動が出来るようになった。

だが、現状では自身で魔力を生み出す事が出来ない。それは他者から奪うしかない。
今でも相手を身体ごと取り込む事で魔力の奪取は可能だが、それでは時間がかかるので効率が悪い。

やはり、実行するには無限再生プログラムと並んで、闇の書が第一級ロストロギアと恐れられる要因である物が必要だと考える。

「……蒐集行使の力。返して貰いましょう」

狙うのは、闇の書の闇として自分を切り捨てたかつての主。

八神はやて。










なのは世界のラスボスは、子供モードから大人モードにパワーアップする法則に則って、彼女もまた大人モードにパワーアップを果たした!


今回のVS闇統べる王戦は、BGMに何故かあったA’sアニメOP曲である『ETERNAL BZAZE』を流したり、フルドライブバーストもセリフの特殊演出なんかを考えたりと、完全にファイナルステージのノリで書きました。

そしてファイナルステージを超え、彼女は新たな戦いに臨む。

え? ゲームでは六戦目がファイナルステージだったのに、これじゃあ足りないんじゃないかって?
大丈夫、彼女自身が闇の欠片をいくつか取り込んだと言っているので、ちゃんと六戦はやっていますって。



余談
なんとなく、他のマテリアルシリーズのふたりのストーリーについて考えてみた。


闇統べる王の場合

「フハハハハハッ。ついに、ついに力を取り戻したぞ!
我こそが闇を、全てを統べる王となるのだ!!」
「そんなこと、させません!!」
「ふん、有象無象の塵芥どもが。……いいだろう、まずは貴様らから屠ってくれるわ!!」
「縛れっ、鋼の軛!」
「轟・天・爆・砕!」
「翔けよ、隼!」
「エターナルコフィン!」
「撃ち抜け、夜天の雷!」
「響け、終焉の笛!」
「撃ち抜け、雷神!」
「全力全開ッ、スターライトォ、ブレイカーァァ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっっ!?」
「「「「「「「「勝利!!」」」」」」」」

「あ、あれ? わたしの出番は……?」

……なんだろう、どう頑張っても最終的にフルボッコされる姿しか想像できないぞ?
なんというか、フルボッコにされる結果は“刺し穿つ死刺の槍”(ゲイ・ボルグ)の因果逆転の呪い並かそれ以上に行動の先に決定されているみたい。
幸運のランクは低そうだし、『王』や『声』という要素的に、かなりうっかりしてそうだから、この結果を覆すのはとても大変そうだ。


雷刃の襲撃者の場合

「やった、やったぞーッ。僕が闇の書の闇を取り戻したんだ。僕が最強の『王』になったんだーッ!!」
「あら、それはおめでたいわね。それじゃあお祝いに翠屋謹製のシュークリームを進呈するわ」
「? ぱくぱく、むぐむぐ。……おお!? 何だこれは、凄くおいしいぞ!?」
「そう言えば知ってる? 人を殺したりすると、作る人がいなくなるからこのシュークリームも食べられなくなるのよ?」
「な、なんだってーッ!?」
「ところで、貴女はこれからどうするつもりなの?」
「ぐ……、あの心地良い永遠の血と怨嗟の闇も欲しいけど、このシュークリームも食べたい。むぐぐぐ~~っ」
「あら、こんなところにまだシュークリームが。どうしましょう、人を殺したりしないって約束出来る人にならあげてもいいんだけど……」
「うん! 僕はもう人を殺したりしないよ!!」
「…………計画通り(ニヤリ)」

あれ? お子様ランチを目の前にして目をキラキラ輝かせている青い髪の女の子の姿が幻視出来る……?
とりあえず、ちょっと思考誘導してやれば普通に良い子になりそうだ。
ちなみに、上で話をしている相手はリンディさん(仮)です。



[18519] STAGE5
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 19:44
 
リインフォースは違和感を覚えていた。

自分と一緒に行動している主である八神はやて。そして騎士達もまた闇の欠片達を倒して回っていており、欠片達は徐々にだがその数を減らしていっていた。

アースラの方からも順調だといわれていたのに、どうしてもいやな予感が拭えない。
具体的に何が、とはいえないのだが、重大な何かを見逃している。そんな気がしていた。

そして、それは気のせいでは無かった。

『大変っ。闇の欠片達が凄い勢いで一カ所に集まってるよ!?』

突然入った通信の先で慌てた様子でアースラの通信士であるエイミィが声を荒げている。
モニター越しではあったが、そのただならぬ雰囲気を察する事は容易だった。

その事実を前に、リインフォースはひとつの事実にようやく気付く事が出来た。
確かに自分達は闇の欠片達を倒して回っていた。だが、誰からも凝縮存在である構成体(マテリアル)を倒したという連絡は入っていない。
順調に見えたのは上辺だけで、その本質は何の進展も無かったという事実。

『気をつけてっ。ひとつに集まった闇の欠片が凄い勢いでリインフォースとはやてちゃんのところに向かっているよ!』

続けられたエイミィの言葉にリインフォースは焦燥を抱く。
闇の欠片は元々闇の書、夜天の書の一部だったものだ。故に、管制融合騎である自分や、主であるはやてに引き寄せられるのは道理にかなっている。
だが、ここで問題なのは、相手が闇の欠片の全てが凝縮された存在であるという事。
一体どれだけの力を持っているのかが予測が出来ない。

「我が主、ここは危険です。早急に退避してください」

今までは主であるはやての意向を汲んで、闇の欠片への対処ははやてが行い、体調の万全ではないリインフォースは後方に控える形を取っていた。
だが、既に状況が変わっており、そんな事も言っていられない。
何よりも主の安全の確保が大事だとはやてに逃げる事を促す。

「あかん。リインフォースはひとりで無茶する気やろ?
そんな事させるのはあかん!」
「ですが……」
「でももへちまもあらへん。夜天の主と祝福の風は常に一緒や。せやからわたしは逃げへん。一緒に戦お?」
「我が主……」

真っ直ぐな瞳を向けられ二の句が告げられなくなる。
リインフォースとしては主を危険な目に合わせたくないと思うのだが、これで中々に頑固な主は聞き入れてはくれない事は分かっている。
このまま一緒に戦うか、それとも力づくでも逃がすか。どうするべきかを思案を巡らせる。

だが、時間は待ってはくれない。

自分達の周囲に結界が展開される。
中に捕らえた対象を逃さぬように張られた結界の強度は、簡単に見ただけでも相当に強固そうだ。
普通なら複数人で協力してこの強度を持たせられるだろうに、それをひとりで行ったというだけでその技量の高さが窺える。

結界を展開したのは、ひとりの女性。

闇のような黒を基調としたバリアジャケットに身を包み、腰元まで伸びる栗色の髪を夜風に靡かせる。
手には紫の宝石を頂に据えた杖型のデバイスを持ち、靴には飛行魔法によって発生する桜色の翼を煌々と輝かせ、彼女はそこにいた。

「闇の書の主と管制融合騎……。捕らえました」

抑揚の少ない静かな語り口で、自身の行為を告げる。
はやてとリインフォースのふたりは、そんな彼女の姿に困惑する。

闇の欠片はこの地に散った記憶と力を再生させたものであり、その姿は闇の書事件に関わった魔導師や騎士達を象っていた。
だが、目の前にいる女性は違う。こんな女性は闇の書事件には関わっていないとはっきり言える知らない人物。

……いや、ひとりだけ心当たりはあった。髪の毛の色や、色彩こそ真逆に位置するがバリアジャケットや手にしたデバイスの形状には見覚えがある。
そしてその魔力の光。桜色の魔力光は、ふたりの良く知る人物がもつものだった。

だが、ふたりが頭に思い浮かべた人物、高町なのはは小学3年生だ。目の前に居る彼女の外見は二十歳前後であり、その姿がかみ合っていない。

「……お前は、誰だ?」

疑問を口にしたのはリインフォース。主であるはやてを守るように自ら前に進み出て口を開く。

「つれない言葉ですね。僅か一週間前までは常に共に在ったというのに」

彼女は残念と口にするが、その淡々とした口ぶりと感情の見えない表情をみると、本当に残念と思っているのかが分からない。

「お前が何者であるかは分かっている。だが、私の聞きたい事はそれではない……!」

そんな彼女に対して、リインフォースは僅かに語気を強めながら更に問い詰める。

目の前に居るのは闇の欠片の凝縮存在であるという事は、他の誰でも無い、管制融合騎として存在していたリインフォースには肌で感じて分かっている。

だが、どうしてそんな姿をしているのかが分からない。どうして高町なのはが成長したような姿をしているのかが分からないのだとリインフォースは言う。

「……では、改めて名乗りましょう。
私は高町なのはの蒐集した際のデータをもとにした構成体(マテリアル)をベースとして再構築を果した闇の書の防衛プログラムです。
この身体は、幼体では情報の保持が出来なかったために作り変えた結果です」

リインフォースは挑みかかるように睨み付けていたが、その視線を気にした風も無く彼女はすらすらと答える。

「再構築を“果した”、だと……?」

彼女からすれば隠すような事は何も無いと普通に答えたが、聞いた側であるリインフォースとはやて、特にリインフォースにとってその答えは衝撃だった。

防衛プログラムは闇の書の闇。手にした者を、周囲にいるものも巻き込んで死に至らしめる呪い。

最後の夜天の主であるはやてと心優しい魔導師達の尽力によって切り離され、打ち砕かれたはずのそれがまたこうして目の前に現れた。
闇の書の呪いからは逃れる事は出来ないのかという想いが心の内に湧く。

「はい。ですが、現状は最低限のみによる仮の起動といった段階です。
完成のためにはどうしても必要なものがあります」

彼女は話をしていたリインフォースから視線を外し、その後にいるはやてに眼を向ける。

「闇の書の主、八神はやてが持つ蒐集行使の能力を還して貰いましょう」

そして、この場に訪れた理由を口にする。
その瞳は相変わらずの無感動だが、その奥にははやての持つ力を渇望する色が見える。
それを向けられたはやては僅かに怯む。

「……なあ、復活してどうするつもりなんや?」

だが、はやては踏み止まる。それどころか逆に質問をしていた。

「どうという事はありません。世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる。それだけです」
「何で……、何でそんな悲しい事を……?」

はやては、誰かにひどい事をするのが当然と答える彼女を悲しいと思った。
防衛プログラムも、そもそもはそんな意図はなく、ただ魔導の記録を失わず未来へ伝えるために組み込まれたものだった。
それが長い間にあった改竄の影響でこんな風になってしまっている。

それさえなければ、彼女もこんな風な事を言わなくても良い未来があったはずなのにと、哀れみや同情を向けるのではなく、ただ、悲しい事だとはやては思った。

「私と貴女では価値観が違うだけです。
貴女が醜いと思うものを美しいと思い、悪と呼ばれると思うものを尊いと思う。
それはプログラムに刻まれているからではなく、私自身で認識し、思考し、決めた事。
世の秩序とは反しますが、私はこの想いや考えが間違っているとは思いません」

だが彼女は、そんなはやての思う心は見当違いであると口にする。
誰かに言われたからではなく、自身の意思でこの在り方を貫くと決めたのだ。
認められないと否定されるのは分かるが、悲しまれるのは単なる侮辱でしかない。

「故に、貴女が私を憐れんだり悲しんだりするいわれはありません。
そもそも、貴女からの謝罪の言葉はあの時に既に貰っています。今更言われるのもまた筋違いです」
「あの時……?」

はやては彼女の『あの時』という言葉に思い当たる情景がひとつあった。
それは、闇の書の闇である防衛プログラムを切り離した時の事。
切り離された闇の書の闇を破壊するために取った作戦は、防御壁と外装を破壊して露出させたコアを軌道衛星上に転移させて、アルカンシェルで蒸発させるというものだった。

そのコアを露出させるための最後のひと押しとして高町なのは、フェイト・テスタロッサと共に砲撃魔法を放つ際、はやては一言『ごめん』と口にしていた。
元々は書を守るための存在だったのに、今は自分達の都合だけで一方的に切り離して、殲滅しようとしている事実。
夜天の書の一部なのだから、守護騎士達と同様、自分の家族のような存在であっても良いはずなのに、切り捨てるしかないという現実の前に謝る事しか出来なかった。

「……わたしの言葉、届いていたん?」

だから口にした言葉だったのだが、正直、届いているなんて思っていなかった。
自己満足でしか無かったはずの言葉が、そうでは無かった事にはやては驚いていた。

「……私の中には、私を『悪』と定めて一方的に切り捨てられたという事実と、それを実行した魔導師や騎士に対する憎しみがあります。
闇の書の齎した破壊と混沌という結果に対する自負と矜持もあります」

彼女にしては珍しい事に、素直にはやての言葉に対して応えるのではなく、自身の胸の内を明らかにするように淡々と言葉を紡ぐ。

前者は『力』の雷剣士、後者は中枢たる『王』がその感情を強く受け継いでいた。

『力』の雷剣士は、自分は悪くないはずなのに全ての悪を押し付けられて切り捨てられた事を憤っていた。そして、その怒りの裏で、捨てられたという事実を悲しく思っていた。
故にあの青い髪の少女は、元いた場所に帰る事と、自らが『王』となる事で捨てられる側では無くなりたいと願っていたのではないかと彼女は思う。

中枢たる『王』は、闇の書として齎した多くの悲劇を背負い、そして永劫の闇に生きる事を望んでいた。
『王』であった彼女は、『王』で在るからこそ孤独で、その責を捨てる事はせずに背負い続けるべく、守り続けるべく行動していたのだろうとも思う。

「ですが、『私』個人としては、それは仕方が無かったという理解しています。
あれは、貴女方の力が私の力を上回り、勝利を収めたのです。あの戦いにおける敗者である私はその事を蒸し返すつもりはありません。
ただ私は、貴女方に対する想いではなく、自身の裡から湧きあがるこの破壊と混沌の衝動に従うと決めたのです」

だが、それらの想いは確かに彼女の中にも存在するものだったが、彼女自身が強く影響を受けていた感情とは違う。
彼女の感情の向く先は、自身の中や、過去にではない。
それは即ち、この世全てに対する破壊と混沌の衝動。そこに回帰の想いなどは無く、ただ自身の想いを貫き通そうという意志があるだけ。
過去も未来も関係ない。現在を続ける事にこそ意味があると考える。

「故に、謝罪など意味を成しません。そもそも貴女に罪など無いのですから。
私は『私』で在り続ける限り戦いを続けます。そして、戦い続けるために闇の書のスキルと名を返して貰います」

話はこれで終わりだというように、彼女の足元に桜色の魔法陣が展開される。
戦闘準備をするその姿にリインフォースが色めき立つ。即座にはやてを守れるように後ろにかばおうとする。

「……そか。ただひとつ言わせて貰うと、わたしの持ってるのは『闇の書』やなくて『夜天の書』や。
けど、わたしはみんなと一緒にいるために闇の書の罪を背負うって決めたんや。
蒐集行使のスキルはもちろん、闇の書の名前を返すつもりは無いで!」

だが、はやては守られるのではなく、自身が戦うと意思表示するように自身の魔力光である白色によって描かれる魔法陣を展開する。
対話による解決は出来ないのは悲しいが、それでもまだ自分には出来る事があるからと、戦う意志を固める。

「貴女が罪と呼ぶそれもまた私のものであるべきものです。
あくまで返す気が無いというのなら、力づくで返して貰いましょう」

「夜天の主としてきっちり片をつけたる。闇の書事件の最後の大仕事や。
いくよ、リインフォース。この子をきっちり眠らせてやるんがわたしらの務めや」

リインフォースは危険性から、はやてに彼女と戦って欲しくないと思っていた。
だが、はやての自分達守護騎士に対する優しさを嬉しく感じていた。
それは、はやてにとって何のいわれもないモノを背負わせてしまっていると分かっていて、それでもこの優しい主だからこそ、自分も、騎士達も共に在りたいと願ったのだ。

「……分かりました、我が主。我が心は何時如何なる時もあなたと共に」

自分達の存在が重荷になっている。それでも立って前に進もうとしてる主を支える事が自分の成すべき事。
はやては守られるだけのか弱い存在ではない。リインフォースもまた共に戦う事を改めて誓う。
壊れかけた自分だが、それでも主の未来を切り開くべく存分に力を奮おうと決める。

両雄は戦いを決めた。ならば戦いの幕をあげようと、彼女の魔力光の輝きが増す。

「さあ、お互いの持てる魔導を存分に奮い、雌雄を決しましょう」

そういう彼女の周囲には、誘導弾の発射体である桜色の光球が次々と生じてゆく。
誘導操作弾の同時複数生成は、彼女のオリジナルであるなのはの基本戦術だ。それだけなら今更驚く事はない。

「な……!?」

だが、はやてもリーンフォースも目の前の光景に驚くしかなかった。
なのはは最大で12発の誘導弾を同時に操作する。だが、目の前にある誘導弾の数は、すでに20や30で収まらない数が展開されている。

「パイロ……シューター!」

既に数えるという行為に意味を無くすほどの数を展開された誘導弾は、彼女の号令によって、桜色の流星群となって解き放たれる。

その光景を真正面から見ていたはやてとリインフォースにとって、それは桜色の壁が押し迫ってくると思わせるほどの物量。

パイロシューターは誘導弾であり、主な目的は相手の自由な機動の阻害にある。
だが、彼女がとった手段は、大量に発生させた誘導弾で空間を埋め尽くそうというもの。

現に彼女は、誘導弾を発射はするが操作はしていない。桜色の魔力弾はみな一直線にしか飛んでいない。

「我が主!」

だがそれで十分。逃げ場もなく、詠唱の暇もない故に迎撃も出来ないふたりは防御するしか手段はない。即座にリインフォースがはやての前に進み出て魔法陣の盾を発生させる。

「くぅ……っ!」

リインフォースは空中にしっかりと踏ん張っている。だが、次々と際限なく襲い掛かる流星群は単発の威力の低さを数で圧倒してくるため、累積する威力は下手な砲撃を超える。
防御力を優先して、全方位防御魔法ではなく前面に集中する防御壁の魔法を選択したというのに、そう長い時間はもちそうになかった。

「リインフォース!」
「はい、我が主!」

だが、はやてもリインフォースも長い時間持ちこたえる気は無い。
ふたりは互いの名を呼びあうだけで相手が何をしようとしているのかを察する。

「いくでっ。──クラウソラス!」

はやてはリインフォースが守ってくれると信じて、桜色の流星群を前にしても怯む事無く詠唱していた砲撃魔法を、詠唱完了と共に即時解放する。
その刹那、リインフォースも防御の魔法を解除してはやての正面から退避する。

リインフォースの行動は僅かでも遅ければはやての砲撃魔法を背中から受けてしまい、逆に早ければ砲撃魔法が発動するより早く無数の操作弾に呑み込まれてしまうもの。
だが、ふたりは何の合図も無しに、ただ互いを信じるという想いだけでタイミングを完璧に合わせてみせた。

はやての放つ砲撃魔法は、白い奔流となって桜色の流星群に真正面からぶつかり合う。
普通なら威力の低い操作弾を打ち消して砲撃魔法が突き抜ける。
だが、彼女の操作弾の数の前に、貫通させたとしても撃ち漏らしが自分達に襲い掛かり相討ちに、下手をしたら自分達の方が大きなダメージを負う事は分かっている。
そのため、放つ砲撃魔法にコマンドを送り、わざとその途上で爆発させる。
着弾点から衝撃波が発生する特性を持つ『クラウソラス』という魔法を絶妙なタイミングで爆発させる事により、彼女の誘導弾が次々と誘爆されていく。

爆煙が視界を覆い尽くす。はやてからは完全に彼女の姿を捉える事は出来ないが、条件は彼女も同じ。
とはいえ、爆発の影響は彼女まで届いていない。
砲撃魔法を放った直後のはやてと違い、彼女は放っておけばこの爆煙を突き破って砲撃魔法でも撃つかもしれない。視界が利かないという状況下では反応が遅れるかもしれない。

だが、はやてに不安は無い。

「ブラッティーダガー!」

防御の役目を果たしたリインフォースが、今度は更なる追撃をするべく動くと分かっているからだ。

リインフォースの使った魔法により、その名の通り、血に濡れたかのような真紅の短剣の形を成した刃が彼女の周囲に幾つも浮かび上がる。
その刃は中心に居る彼女に向いている。そう認識するが早いか、更なる血の赤に染めようかというように真紅の刃達は彼女に襲い掛かる。
周囲を取り囲まれていた彼女を中心に、魔力が爆発してその姿を煙に覆い隠す。

「バルムンク!」

傍目には直撃していたように見える。
だが、はやてもリインフォースもこれで終わったなどと楽観視はしていない。
むしろ、ここが好機と更にたたみ掛けるべくはやては剣状の魔力弾を8つ放つ。
それらははやての意志に従い、爆煙の中心に居るであろう彼女へ向けて収束する。
手ごたえは、あった。

「リインフォース!」
「はい、我が主!」

言葉は呼びかけるだけ。それで互いの想いを知り、はやての足元には白い魔力光による魔法陣が、リインフォースの足元には紫かかった黒い魔力光による魔法陣が展開される。そして、

「クラウソラス!」
「ナイトメア!」

彼女を挟みこむようにして、まったくの同時に二種の砲撃魔法が放たれる。
その着弾点である中央では、そこにあった爆煙を吹き飛ばすような更なる爆発が起こり、白と紫かかった黒の入り混じった煙が新たに発生した。

「……どや!?」

これ以上無い手ごたえに、はやては内心ガッツポーズを決める。
倒せないにしても、確実にダメージは与えたはずだと確信していた。

「な……!?」

だが、その確信は同時に油断となっていた。
突如として爆煙から突き抜けてくるように飛び出してきた彼女の姿に、はやては驚きに身体を硬直させてしまう。
本人は気を抜いたつもりは無いのだが、その瞬間は確実に心に隙が出来ていた。

肉薄してくる彼女のその姿は、はやてとリインフォースの連携攻撃を受けたはずだというのに、バリアジャケットに僅かのほころびも見て取れない。
その事実が、はやての動揺に拍車をかける。

ただ、それでもこのままではまずいとはやては思い、手にした杖を振りおろして迎撃しようとする。

「え……?」

だが、いざ振りおろそうとした刹那、はやては彼女の姿を見失ってしまう。
彼女ははやての目の前まで近づいたところで、更に高機動魔法を発動させていたのだ。

リインフォースから魔導を継承していたはやてではあるが、それでも圧倒的に実戦経験が不足している。
その中でも、後衛型であるはやてに接近戦における技術は皆無と言っていいほど不足している。
彼女の行動に対して、反応の一切が出来ていなかった。

「こちらです」

彼女のその声は、はやての背後から聞こえた。背後を取られた事に平常心が揺らぐ。
慌てて、考える事無く反射的に杖を振るって攻撃を加えようとする。
だが、そのはやての行動は単調そのものであり、彼女は読んでいた。
はやてが杖を振るう事にさきがけて既に防御魔法を展開させていた彼女の防御を、慌てただけの攻撃で破れる物ではない。
逆に弾かれ、明らかな隙を晒してしまう。

「滅砕っ」

無論、その隙を見逃す彼女ではない。白兵戦での杖の使い方はこうだと見せつけるかのように、振り下ろされる。

「あう!?」

避ける事は許されないその一撃をモロに受けてしまい、はやては大きく吹き飛ばされる。
単純な打撃であり、鉄槌の騎士と呼ばれるヴィータほどの威力ではないが、それでも隙を突かれたその一撃は重い。

はやての息が詰まる。意識が遠のきそうになる。
それでも歯を食いしばって意識を繋ぎとめる。痛い事や苦しい事には長い闘病生活で慣れている。
身体の痛みよりも、大切な家族が居なくなるような事の方がよほど辛い。
だから耐えられる。耐えてみせると、痛みの中でも体勢を立て直そうとする。

「ブラスト──」

だが、その中でも彼女が追撃を加えようと砲撃魔法を構えているのがはやての目に映る。
体勢の立て直しも間に合わない現状で避ける手段も防ぐ手段も何もない。


「──ファイアーッ!」

そして、無慈悲なまでの威力を誇るであろう、彼女の魔法が放たれる。
はやてに分かるのは、アレの直撃を受けたら、それで自分は戦線離脱を余儀なくされるという事。
だが、分かっていても、はやてには何も出来ない。ただ目の前いっぱいに広がる桜色の光に網膜を焦がされるような想いを抱くばかり──

「我が主!!」

──そう思った直後、耳に大切な人の声が届くのと同時に、彼女の魔法とは違う衝撃をはやては感じていた。
それは温もり。横合いから砲撃の射線上から弾きだされたおかげで、桜色の奔流が目の前を通過するのが見て取れた。
そして、はやてのすぐそばに在るのはリインフォースの顔。

「くぅ……!?」
「リインフォース!?」

だが、はやてを庇ったリインフォースには苦悶の表情が浮かんでいた。
防御は無理と、高機動魔法を使ってはやてを庇い、射線上から外れる事は出来た。
だが、彼女のその砲撃の威力は並ではない。その余波だけでリインフォースのバリアジャケットを削りダメージを与えていた。
直撃ではないため、致命傷を受ける事は無かったが、それでも少なくないダメージに、リインフォースの顔は苦痛に歪む。

「ブラストォ……」

そして、彼女は情けや容赦など掛けたりしない。
トドメの一撃と言わんばかりに、先程よりも魔力のチャージに力を入れている。
はやてひとりなら、砲撃の射線上から退避する事は出来る。だが、はやてにリインフォースを置いて行くという選択肢は最初から存在しない。

それを見越した上で、彼女は操作弾ではなく砲撃魔法を選択していた。

「ファイアーァッ!!」

二射目の彼女の砲撃魔法は、明らかに先程よりも威力が高い事を肌で実感するはやて。
それでも迎撃も退避も選択肢に無い。リインフォースを守るため全力でシールドを展開する。
今は後先を考えていられる余裕もなく、ただ全力で魔法陣の盾に魔力を注ぎ込む。

「くぁぁっ……!?」

彼女の魔法の威力はえげつない程で、防御の上からだというのにどんどん魔力が削られていく。
はやては闇の書の主に選ばれるほど保有する魔力量は多いというのに、その貯蔵の尽くが抉り取られていくような錯覚。
魔力の喪失に気が遠くなりそうになりながらも、それでもはやては耐える。

そして爆発。

行き場を失くした魔力の奔流が炸裂してはやての視界を覆い尽くす。同時に、はやてを蝕む魔力が削られる感覚も途絶える。
その事実を前に、なんとか耐える事は出来たとはやては思うが、被害は甚大だった。
はやてもリインフォースも、まだ戦闘の続行は可能ではあるが、既に勝利の天秤はどちらに傾き始めているかは明白だった。

「……我が主、まずは移動をっ」

今は爆煙に紛れて向こうはこちらの姿を見失っているだろうが、もしこの爆煙も無視して更なる砲撃魔法を放たれるのではないかと考えるだけで、プレッシャーがかかる。
そんな、何処か強迫観念の様なものに突き動かされ、今は足を止めていても益は無いと、リインフォースは疲労困憊のはやての手を引いて移動する。

そして、はやてとリインフォースは、爆煙を抜けて、彼女の姿を視認する。

「な……」

目に映った光景は、無数の桜色の誘導弾の発射体に囲まれた彼女の姿。
彼女は確かに爆煙ではやてとリインフォースの姿を見失っていた。故に、ふたりのいるであろう範囲全てを攻撃する事で、確実に追い込もうとしていたのだ。

「パイロシューター!」

そして、彼女の号令に従い、誘導弾達は流星群となってはやてとリインフォースへと降り注ぐ。
それは、この戦いの最初に見た光景と同じ、焼き直しの様にふたりの目に映る。
だが、はやてとリインフォースはダメージが大きい。最初の時の様な反撃を繰り出せる程余裕はない。
逃げる事も、既に手遅れ。

「我が主!」

それでも主だけでも身を呈してでも守ろうとリインフォースははやての前に出て、魔法陣の盾を展開する。
状況は絶望的。それでも、絶対に主を守って見せるというかのように。
そして、

「翔けよ、隼!!」

紅蓮の炎を纏う、ラベンダー色の閃光が桜色の流星群を貫いた。

「……来ましたか」

彼女は、自身の放った誘導弾を突き破ってきた閃光を回避すると同時に、誘導弾の発生と発射を打ち切る。
そして、その視線は一点へ向けられていた。

「我ら、夜天の守護騎士四騎」
「主とその共に、害成すものがあるなら」
「誰であろうとブッ叩くッ!」
「闇の彼方で……おやすみなさい」

はやてとリインフォースにとって、この上ない味方の登場だった。










ヴォルケンズ、キター!
だが、星光さんもまだまだ終わらんよ……?

以前はページの都合上バッサリとカットしたVSはやて&リインフォース戦が日の目を見る事が出来る日が来ようとは……。

ゲーム的には星光さん(大人モード)は使える魔法は子供モードと共通。
そしてスキルは全員の18種類全部保有していている感じで、さらに防御力と攻撃力が割増になっているボス仕様。
キャラクター特性とスキル効果によって防御力と攻撃力が通常のおよそ35%アップ。中々ひどい。

はやてとリインフォースの連携攻撃は、ブラッティダガー(タメ)は命中すると相手をダウンさせるので、はやてのバルムンク(タメ)は命中していない。
そして、クラウソラス(通常)とナイトメア(通常)の挟撃砲撃はフルドライブ発動の無敵時間でやり過ごしているので、実ははやての頑張りはダメージを与えていなかったり。

星光さんのブロックからブラストファイアーの追撃はデフォ。
そして、爆煙の向こうから飛んでくるブラストファイアーは怖いです。



[18519] STAGE6
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/05 09:03

「間に合って良かった」
「ふたりがピンチかもって思って、もう急いで……」

ピンクの髪をポニーテールに纏めた長身の凛々しい女性、シグナムが、デバイスをさきほどの一撃を放った弓形態から普段の剣形態に戻し、油断無くふたりを守るように立つ。
温和な空気を持つ、緑の騎士服に身を包んだ女性であるシャマルは、疲労の激しいふたりを介抱するために回復魔法を施す。

「なんだよおめー、はやての傍にいながらその体たらくは」
「ヴィータ、あれはそう軽口で通せる相手ではないぞ」

ハンマー型のデバイスを手にした、見た目は小さな子供だが歴戦の騎士であるヴィータが軽口を叩く。
それを、狼の耳と尾を持つ屈強な男性の姿であるザフィーラがたしなめる。

はやてとリインフォースにとって、かけがえの無い家族。
大切な人達が自分達の危機に駆けつけてくれた。その事実が、尽きそうになっていた心の力を満たす。逆にどんどん力がわきあがってくるような想いでふたりはいた。

「……それで、あれが闇の欠片の凝縮存在ですか?」

だが、今は感激に浸っている場合ではない。戦うべき相手は今もそこにいるのだ。

シグナムが見据える先では、敵方に援軍が来たというのに焦燥を抱く事もなく悠然と佇む彼女がいる。
その姿は実に堂々としており、自身に絶対の自信を持っている事を窺わせるものだった。

「ああ、高町なのはの蒐集データをベースに再構築をしたらしい」
「なるほど、だからあんな姿をしているのね……」

リインフォースがシグナムの問いに答えると、シャマルが納得の呟きを漏らす。

「何だっていいさ。どんな姿形だろうとブッ叩いちまえば同じだからな!」
「ヴィータのその意見には賛同しかねるが、倒すべき相手だという事には変わりないな」

ヴィータとザフィーラも彼女の姿には驚いていた。だが、それ以上にあれが自分達の主を害する存在だと分かっている。
そもそも戸惑いから手加減が出来る相手ではないというのは、彼女から感じられる禍々しい膨大な魔力から感じ取れる。ふたりとも油断なく警戒をしている。

はやては思っていた。皆がいれば、あの強大な相手にも勝てると。

「……私としては今更守護騎士の方々には用は無かったのですが、来てしまったものは仕方が無いですね」

だが、勝てると思っているのは彼女も同じ事だった。
数の上では圧倒的に不利な状況ではあるが、それでも勝利に対する思いに揺らぎは無い。

「は。なんだてめーは、余裕のつもりか?」
「私は貴女方の実力は良く知っています。余裕ぶるつもりなど毛頭ありません」

ヴィータの挑発に対しても静かに言葉を返す。
それを見て、シグナムは訝しがる。
彼女の言葉に嘘はないように見える。それは守護騎士が全員揃ってのチーム戦で一番力を発揮できるという事を知っているという事だ。

だが、彼女はそれでも自分の勝利を疑っていない。
それは唯の慢心から来るものかもしれないが、シグナムの勘は告げていた。
彼女には、何か強力な奥の手があるのだと。それが自信の正体に繋がっていると。

「ですので、私も相応の力を振るう所存です」

そして、シグナムの勘は当たっていた。これ以上なく。

「レイジングハート」
《All right》

彼女の呼びかけに答えたのは、高町なのはの愛杖であるレイジングハートだった。
桜色の魔力光が描く魔法陣の中から現れたそれは、実際には本体そのものではなく、闇の欠片から再生されたコピーであるのだが、その能力には何の遜色も無い。

「バルディッシュ」
《Yes sir》
「デュランダル」
《OK Boss》

さらにフェイトの、そしてクロノのそれぞれ相棒であるデバイスが金色と水色の魔力光が描く魔法陣の中から現れる。

「エルシニアクロイツ」

そして最後に現れたのは剣十字を先端に頂いた魔導騎士の杖。はやてが持つ物と瓜二つであるが、これは中枢たる『王』が所持していたそれだ。

それら計四機のデバイス達は、彼女に付き従うかのようにその周囲に浮かぶ。

彼女は、今まで決して手を抜いていたわけではない。だが、彼女の膨大な魔力を使い切るには彼女のデバイスであるルシフェリオンだけでは足りない、耐えられない。
ただ、全力が出せなかっただけだ。

故に、彼女は自身の力を分散させる事でデバイスにかかる負荷を軽減すると同時に、複数の力を行使するすべを選んだ。
彼女の周りを周回するデバイス毎に役割を振り分け、ルシフェリオンでそれを統括する。
これが、彼女が本当に全力を出し切るための布陣。

「さあ、これからは私も全力全開で戦いましょう」

彼女の内から今まで以上の禍々しい魔力の気配が放たれる。
役者は揃った。戦いの第二幕が上がる。

「……はんっ、そんなのどうせこけ脅しだろ! 行くぞっ、アイゼン!!」

最初に動いたのはヴィータ。鉄球のような誘導弾八発を宙に浮かし、ハンマーヘッドでその内の四発を打ち出す。さらに折り返すようにして残りの四発も打ち出す。

ヴィータ自身、口で言うほど彼女を甘く見ていない。彼女のそれが、見た目だけで無い事は分かっている。
それでもあえて、ヴィータは動いた。確かに厄介な相手なのだろうが、動かない事には始まらない。そして先陣を切るのはフロントアタッカーである自分の役目だと知るからだ。

様子見ではあるが、手加減は必要ないと最初から最大数の誘導弾で攻める事で相手の出方を窺う。
防御か、回避か、迎撃か。最初の行動で相手の傾向を見るつもりだ。

「ディバインバスター」
「な……!?」

そして、彼女の選んだ行動は迎撃だった。だが、その選んだ手段に驚きの声が口を突いて出たのは、誰のものだったのか。

普通なら迎撃にしても小技の直射弾か誘導弾で相殺するものだというのに、彼女は初手から砲撃魔法を迎撃に選んだのだ。
普通ならチャージ時間の為に間に合わないはずのそれは、彼女の膨大な魔力による力技で瞬時に終了し、砲撃形態となったレイジングハートが桜色の砲撃を放つ。
チャージ時間を短縮したために本家のディバインバスターには及ばないが、威力は十分。
ヴィータの放った誘導弾を纏めて薙ぎ払い、さらにヴィータ本人に襲い掛かる。

「守って、クラールヴィント!」

それをシャマルが風の護盾という防御魔法をヴィータの前に展開する事で防いだのだが、まさかいきなり必殺レベルの砲撃を、しかも殆ど溜め無しで放つのは予想外にも程があった。

だが真に驚くべきは、初手になんて事も無く選んだという事は、アレは彼女にとって必殺技ではなく、ただの通常攻撃だという事。

火力では勝負にならない。守勢に回ったら防御ごと墜とされる。それが、今の彼女の行動に対する八神家の共通認識。
彼女を打破するためには、攻撃をさせないためにはこちらも攻めなければならない。

「はぁぁぁっ!」
「おぉぉぉっ!」

そう判断したシグナムとザフィーラが彼女の砲撃により発生した爆煙から飛び出すと、左右から挟撃するべく、それぞれ剣と拳を振りかぶる。

それらを彼女は、左右に手を広げるようにしながらそれぞれ魔法陣の盾を展開して防ぐ。
シグナムもザフィーラも、その攻撃の威力は生半可ではない。だというのに彼女には何の揺らぎもない。強固な防御の中で涼しい顔をしたままだ。

「アイゼンッ!」

その彼女の背後には、高機動魔法で回り込んでいたヴィータがデバイスを振りかぶる姿。

彼女のバリアジャケットの強度も相当なものなのだが、ヴィータの本領は相手の防御ごとブッ叩いて打倒する事。
そんな事は構いはしないとヴィータはデバイスを振りおろす!

「……残念でしたね」

だが、その一撃も彼女に届かない。

「な、がぁっ……!?」

何故ならヴィータは鎖の形状をした拘束魔法によってその動きを縛られていたのだから。

「貴女なら、背中を晒せばそこを狙って接近してくると信じていました」

ディレイドバインド。特定空間内に入った対象を捕縛する魔法であり、彼女が取り込んだ魔導師であるクロノの得意とする魔法のひとつ。
しかも、この魔法に彼女はデュランダルの持つ強力な凍結効果を付加させているため、囚われたヴィータの身体に氷が纏わりついて更にその動きを拘束する。

彼女は最初からこの結果を見越して罠を設置していたのだ。

「バリアバースト」

次いで、シグナムとザフィーラの攻撃を防いでいた盾に込められた魔力を爆散させて、ふたりを吹き飛ばす。そして、静かにヴィータを振り返る。

その手に在るのは既に金色の魔力刃が鎌のように展開されているバルディッシュ。
彼女は死神が命を刈り取るかのように、バルディッシュを振りかぶる。

「ナイトメア!」

だが、その間にシャマルの施した回復魔法によって復活したリインフォースによる砲撃が割って入る。彼女はそれを避けるために行動を中断してヴィータから離れる。

「シャマルッ、今の内にヴィータを!」

更にはやてが、牽制のために命中云々を無視してとにかく魔力弾を放ちながらシャマルに指示を出す。
それに応えてシャマルが拘束されているヴィータの傍へ行き、縛る鎖と氷を解除しようとする。

「……シャマル。貴女は誰を守りたいと思っていますか?」

だが、主の指示に従って動き出そうとしたシャマルに対し、彼女はそんな事を言う。
そして、シャマルが何故そんな事を聞くのかと思うより早く、彼女はバルディッシュの魔力刃をはやてへと向けて飛ばす。

ブーメランのように飛翔するそれは、はやての放つ魔力弾の尽くを切り裂きながら獲物へと襲い掛かる、ハーケンセイバーという魔法。
圧縮魔力刃による高い威力を持ちながら、誘導性能も持ち合わせるそれは、動きは鈍く、防御力にもそれほど自信の無いはやてにとっては防御も回避も難しい代物。

さらに彼女は『王』が使っていたデバイスを拘束されたままのヴィータへと向ける。

それを目の当たりにして、シャマルは彼女の質問の意図を知る。
主からの命に従ってヴィータを助けるか。それよりも守ると決めた主を守るのかを天秤にかけろと彼女は言ったのだ。

その事を理解して、一瞬どちらを優先するべきかシャマルは悩んでしまった。

「……アロンダイト」

その中で、彼女は砲撃魔法を放った。

「え……?」

シャマルに向けて。

ザフィーラがヴィータを庇おうと動いていた。リインフォースがハーケンセイバーを撃ち落としていた。シグナムが彼女の行動を阻もうと動いていた。
皆が、彼女がヴィータを狙っていると認識した瞬間を狙われた。

シャマルは守る対象をふたつ提示されて、どちらを守るべきかを考えた。そしてその瞬間、守る対象として自分の姿が思いついていなかった。
その思考の空白を突かれたシャマルは防御も回避も出来なかった。

「守護騎士の中で一番厄介なのがシャマルでしたが、最初に墜とせて何よりです」

砲撃の直撃を受けて地へ落ち行くシャマルの姿を眺めながら、彼女はそんな事を呟く。

あまり戦闘力は高いと言えないが、風の護盾の防御や旅の鏡といった転移魔法、その他回復や補助のエキスパートであるシャマルは居るだけで戦闘におけるバリエーションは増える。

故に彼女の中で撃墜優先順位の一位だったのだが、実際に最初に落とせたのは彼女にとって大きい。

「シャマル!!」

落ち行くシャマルの姿に動揺したのははやて。自分の指示の結果がこうなったという事実と、この高度からの落下による致命傷となりうるダメージの可能性。
ふたつの事柄が心中を占め、すぐに助けに向かおうとする。

「我が主!」

だが、その行為をリインフォースは抱きかかえるようにして止める。
はやての内にどうして止めるのだという思いが過ぎるが、直後、自分が進もうとして居た場所を桜色の奔流が突き抜ける。
もしリインフォースが止めなかったらあのただ中に自分が居たと知って青ざめる。

だが、青ざめている暇は無い。彼女は既に第二射の準備を終えている。
狙うのは、自分を落としうる火力を保持する、撃墜優先順位の第二位である後衛広域型魔導騎士、八神はやて……!

「させん!!」

だが彼女は、それは放つ前にシグナムからの攻撃を受ける。
シグナムにもシャマルが墜とされた事に対する動揺はあったが、その事に気を取られて彼女に攻撃をする機会を与えてしまっては更なる被害が出ると分かっていたからだ。

彼女の方としても、シャマルを墜とした以上、無理に欲張る必要もないと特に執着もせずにはやてへの攻撃を諦め、防御魔法を展開してその刃を防ぐ。

防御魔法を挟んで、シグナムの烈火の如き気迫の籠る視線と、彼女の静かな視線が交錯する。

「今の内に態勢の立て直しを!」

指示を出したのはリインフォース。シャマルが撃墜された以上、シグナムが時間を稼いでいる間に現状の戦力を整え直す必要があると声を上げる。

その声にはやては、今はシャマルに救援を向ける事は出来ないと断腸の思いで諦め、歯をくいしばるようにしながら動揺を抑える。
ザフィーラはヴィータを拘束していた魔法の解除は出来たが、凍結の発生効果までは解除出来ないため、リインフォースの下へ手足が凍るヴィータを連れて来くる。
そんなヴィータの氷を、リインフォースが炎熱の魔法で強制的に溶かす。

「熱ッ!?」
「ああ、すまない……」

炎の熱さに思わず声を上げてしまったヴィータにリインフォースは謝る。
回復魔法の使い手であるシャマルが居ない影響が既にここに出ていた。
だが、無理に砕こうとすれば身体ごと砕けてしまう危険性に比べればどうという事は無い、それ以上にとやかく言っている暇もないと、ヴィータは文句を言わない。

「ぐぁっ!?」

ヴィータも戦線復帰が可能となったところで、シグナムが彼女に吹き飛ばされる。
守護騎士の将であるシグナムであっても、単独で彼女を早々抑え切れる物ではない。

そして彼女はレイジングハートをシグナムへ向ける。今度はシグナムを落とすつもりなのかとはやて達は思った。
だが、同時に彼女は、自身のデバイスであるルシフェリオンをはやて達へと向けていた。

彼女はシグナムを墜とす気なのではない。全員を墜とす気なのだ。

「デュアル……ファイアーッ!!」

そして放たれるのは二門の砲撃形態のデバイスから放たれる桜色の砲撃。
はやて達は散開する事で辛くも回避したが、シグナムは崩れた体勢を直せていない。

「盾の守護獣の力を舐めるな!」

だが、放たれた砲撃がシグナムに届く前に、その射線上にザフィーラが割って入り追撃を阻む。

レイジングハートがシグナムに向けられた瞬間から動き出していたから間にあったのだが、その代償は安くは無い。
流石の防御特化のザフィーラであってもダメージの色が濃く、なんとか踏み止まってはいるが足元はふらついている。
それでもザフィーラは自分の意志でそこに立っていた。

「……結局、ここまでで墜とせたのはシャマルだけですか」

彼女も今の二重砲撃は反動が強かったのか、追撃はせずに両手にあるそれぞれのデバイスから圧縮魔力の残滓を放出しながら戦果を省みる。
今の二重砲撃で誰も落ちなかったが、確実に守護騎士の戦力は削っているので戦果は上々であると結論づける。

対する八神家の面々の表情は苦い。

彼女は高町なのはの長所である一撃必殺の攻撃力と堅固な防御力が何倍にもグレードアップした能力の上に、バルディッシュを用いた鋭い斬撃で接近戦にも対応できる。
さらにデュランダルを用いた凍結を伴う拘束魔法を嫌らしいタイミングで仕掛け、少しの時間があれば広域魔法を展開して一挙にダメージを与えようとしてくる。

しかも魔法の使い方が上手いだけでなく、シャマルを落とした際には会話による思考誘導で隙を作りだすという知恵者の片鱗を見せた。
内包する破壊衝動に突き動かされて単純に力を振るうのではなく、その衝動を効率よく発揮するために常に冷静な思考によって判断を下す。

力がある上に知恵も回る。はっきり言ってタチが悪いとしか言葉が出ない思いだった。

『みんな、まだイケるか?』

それでもはやては諦めていない。現状の戦力を確かめるべく、念話で騎士達に尋ねる。

『おうっ。まだまだ余裕だ!』

即座に返事をしてきたのはヴィータ。そして、それに追従するように他のメンバーもまだ戦えると応えてくる。

『ですが、分が悪いというのが正直なところです』

そこへ、水を差すわけではないが、シグナムが現状の悪さを指摘する。
相手と自分達とでの被ダメージが割に合っていないのだ。このままだといずれ根負けしてしまう事は明白だった。

『風の癒し手はおらず、蒼き狼も万全ではない。短期決戦を臨むべきなのだが……』

そしてリインフォースが自分達に残された力では長期戦には耐えられないと判断する。
だが、短期決戦を臨むにしても決定力が足りない。

彼女のあの堅固な防御を突破して、無尽蔵の魔力と無傷の体力を奪うには並大抵の火力では足りない。そして、その火力を用意するだけの詠唱の時間を彼女は待ってくれない。

『……なら、とっておきの奥の手を使うしかないな?』

分が悪いどころではなく絶望の一歩手前という状況だった。だが、それでもはやては、まだ自分達には切れる手札があると希望を口にする。

『リインフォース。わたしとユニゾンや』
『……無理です。今の私にはその能力は……』
『ちゃうちゃう。リインフォースがユニゾンするんやない。わたしがリインフォースにユニゾンするんや』

はやてが提案したのは、ユニゾンシステムの裏技というべきもの。確かにそれなら現在のリインフォースの状態でもユニゾンは出来る。

だが、はやてが提案したのは、本当に緊急事態における措置であり、はやてにかかる負荷が大き過ぎるし、融合事故の危険性も大きい。
故に、リインフォースはそれを聞き入れるわけにはいかないと反論する。

「へーきや。わたしも魔力制御の練習はちゃんと毎日してきた。それにわたしはここで終わりたくない。ちゃんと、みんな無事で終わらせるんや」

だがはやては、真っ直ぐに向きあいがながら、念話ではなく自身の口でリインフォースへ想いを告げる。
その優しくも力強い主の瞳に、リインフォースは二の句を次げない。そして、

「はい……我が主……!」

その提案を受け入れる。皆でこの窮地を生き抜くそのために……!

「……それで、作戦は纏まりましたか?」

はやてとリインフォースの取り巻く雰囲気が変わった。
それを静かに眺めながら、彼女は口を開く。

「なんや、待っとってくれたんか?」
「勝利が決まり切っている戦いなど、しても楽しくないでしょう。
どうせ戦うのなら、何処までも互いの魔導を競い合う方が私の好みです」

はやての問いに対する彼女の答えは、単なる余裕にも見える。
だが、はやてや守護騎士達は、彼女がこれから始まる決戦を心躍る思いで純粋に楽しみたいと思っているのだという事が、なんとなくだが伝わってきた。

彼女の在り方は悪ではあるが、悪なりに歪まずに真っ直ぐな心を持っている。
互いに絶対に相容れない間柄であるが、はやてはそんな純粋な心の持ち主である彼女をちょっとかわいい子だと思った。

「いくよ、リインフォース!」

だが、だからと言って手加減なぞ無い。そもそもそんな事ができる余裕自体が無い。

「ユニゾンッ」
「「イン!」」

はやての身体が溶け込むようにリインフォースの身体へと融合する。それにともない、リインフォースの髪や瞳の色合いが変化する。
そして湧きあがる力。主と融合騎が通じ合う温かさ。繋がる絆。それは融合率96%という数字を叩き出す。
この力なら、あの強大な力にも対抗できる……!

「リインフォース。我ら守護騎士が時間を稼ぐ。お前は心置きなく詠唱をしていろ」

そんなリインフォースに対して、シグナムがまるで余裕があるかのような態度で指示を出す。

「おう、どでかいやつをぶちかましてやれよ」
「この身は守るべきものを守る盾。その役目、今こそ果そう」

そのシグナムにヴィータとザフィーラが続く。
みな、分かっているのだ。彼女を打倒出来るのははやてとリインフォースの力だけだと。
そして、最高の一撃を使うためのお膳立てが自分達の役目だと。

「将、お前達……」

リインフォースは感じていた。自分を信じる守護騎士達の思いを。家族との絆が確かにここにあるのだと。
想いが心に滾り、底なしに力が湧いてくる……!

『なら夜天の主として命じる。みんな、ちゃんと生き残って勝つんやで!』
「「「「おう!!」」」」

実際には後はもう無い。だが、悲壮感と呼べるものは八神家の面々には無い。
はやてとリインフォースが必ず逆転をしてくれると信じている。
絆の力を以って、目の前の敵を打倒してみせると守護騎士の三人が空を翔る。

「……この身は決して砕け得ぬ闇。それでも砕こうというのなら試してみてください。
私も、貴女方を超えてみせましょう」

対する彼女は、この戦いが自分の必勝では無くなったと予感していた。
だがむしろ、この戦いに臨む事の出来る事に歓喜に心を震わせていた。
極限の戦いこそが至上の悦びであり望む物。その勝敗は関係ない。全力を尽くす事にこそ意義があると。

そして始まる守護騎士と彼女の戦い。

その様相は、はっきり言って守護騎士達の分が悪い。
圧倒的なスペックを有する彼女に対して足りないものをコンビネーションで補のだが、攻める騎士達は3人なのに対し、彼女は周囲に浮かぶ四機と統括する一機のデバイスという、計五つの攻め手を持っている。
コンビネーションで補おうにもその差は確実に力の差になる。

さらに厄介なのは、彼女がたまに詠唱中のリインフォースに向けてデバイスを向ける事。
実際彼女にはベルカの騎士と守護獣、その3人を相手に接近戦を挑まれている中で、そう易々と砲撃が撃てるわけも無く、それが単なるポーズだけだと騎士達にもバレている。

だが、それが絶対に撃たないなどという保障が無いため、分かっていてもその動きを妨害しなければならない現実が騎士達にはある。

そうやってコンビネーションの中に不協和音を紛れ込ませられる。
時間稼ぎが目的なのだから、深追いはするべきではないのだが、追わなければ一撃必殺の砲撃が来るのだから、無理に攻めなければならないという状況。
そして、無理に攻めれば、それだけ隙が生まれやすくなる。

分かっているのに止められない悪循環の中で、徐々に体力と魔力を削られていく。
元々、3人では彼女に対する勝機は限りなく薄い。

そして、その時は訪れる。

シグナムが鍔迫り合いで押し負ける。
ヴィータが設置されていた拘束魔法に引っかかった。
ザフィーラが防御魔法の前にはじき返される。

誰もが狙ったわけではなかったが、3人は同時に動きを止めさせられてしまった。
そして、その隙を逃す彼女ではない。即座に距離を置くと右手にレイジングハート、左手にルシフェリオンを構える。
先程も見せた二重砲撃の構え。しかも今度は、両方とも同じ方向に向けられている。
分散は無い。今度こそ確実に墜とすつもりだ。

一射だけでもシールドで耐えるのが難しいのが二射同時に来る。その威力の前には回避しか手段は無いと、3人は痛む身体に鞭を打って散開しようとする。

「貴女方に、避けるという選択肢はあるのですか?」

だが彼女の放とうとする射線上、3人の後ろには詠唱中のリインフォースの姿があった。
もし避けたらリインフォースが墜ちる。そこまで見越していた彼女の行動に3人の表情が苦いものになる。

「デュアル、ファイアーッ!!」

そして彼女に待つ道理もない。チャージ終了と共に、二機のデバイスは無慈悲な咆哮を上げる。
真っ直ぐに3人へ、そしてその奥に居るリインフォースを狙って桜色の二重砲撃が奔る。

しかしそれは、リインフォースまでは届かない。受け切って見せると腹をくくった3人でその奔流を阻んで見せていた。

叩きつけられ、行き場をなくした魔力の奔流が爆発して3人の姿を呑みこんだ。
そして、

「おぉぉぉぉっ!!」
「だりゃぁぁっ!!」

その爆煙を突き破ってシグナムとヴィータが彼女目がけて躍りかかって来た!

「!?」

その姿に、流石の彼女も驚きに目を見開いていた。確かに手ごたえはあったというのに、どうして向かってこられるのかという疑問が湧いてくる。

そんな彼女は視界の端に、地面へと落ち行くザフィーラの姿を捉える。
そして悟る。先程の必殺の二重砲撃は、ザフィーラひとりで全て受け切っていたのだと。

元々のダメージ量からして不可能と思えるそれを実行したザフィーラは完全に意識を失っていた。それでも盾の守護獣としての役割は十二分以上に果たしていたのだ。

その結果として、彼女は技後硬直を狙われた形となっていた。
二重砲撃は威力が高いが反動も強い。撃った直後では身体が思うように動かない。
レイジングハートとルシフェリオンは圧縮魔力の残滓の排出のために使う事が不可能。

そして何より、シグナムとヴィータの気迫。
もう体力も魔力も限界間近のふたりは、これが最後の好機と、持てる全てを振り絞って、その身体そのものを弾丸としてぶつけようという、玉砕も厭わない覚悟。

ふたりの見た目は満身創痍に近いものがあるというのに、生半可な手段では迎撃は不可能と確信させる何かがあった。

「ジャケットパージ……!」

彼女は使用不可能のレイジングハートとルシフェリオンを躊躇う事無く手放す。
そして自身のバリアジャケットをもその場に放棄した。
放棄されたバリアジャケットは、彼女とシグナム達の間で込められた魔力を爆散させ、ふたりの進行を阻むと同時に、その爆発の勢いで動けない身体を無理矢理後方へ吹き飛ばす。

「ぐぅっ!」

彼女の強固な守りであったバリアジャケットに込められた魔力は相当量だったため、爆発の威力は高く、防護の薄くなった彼女にはキツイ物があったが、現状でシグナム達に接近されるよりはマシとした。

シグナム達も、真正面からの爆発に僅かに怯む。それでもここで引いたらザフィーラの頑張りが無駄になると、踏み止まり、更に彼女へ肉薄するべく爆煙を突き抜ける。

「雷光一閃……」

だが、開けた視界の先で待っていたのは、希望とは程遠い姿。
インナーのみとなったバリアジャケットを身に纏う彼女が手にしたのは、大型剣形態となったバルディッシュ・ザンバーフォーム。
金の魔力光で構成された刃が紫電を奔らせるそれを、腰だめに構える彼女の姿。

彼女の取った行動は逃げでも回避でもない。生半可ではない、最高の一撃でふたりを迎撃する事……!

「レヴァンティンッ!」
「アイゼンッ!」

そんな彼女の姿を見て、ふたりは止まらない。いや、むしろ更に加速する。
カートリッジを使ってシグナムは剣に炎を纏わせ、ヴィータはハンマーの両方の先端に突起とジェット噴射がそれぞれ付いた形態へと変化させる。

相手が最高の一撃を放ってくるというのなら、自分達もそれ以上の最高の一撃に賭けると態度で物語る。

「紫電……ッ」
「ラテーケン……ッ」

シグナムとヴィータ。疲労もダメージも無視して放つ最高の一撃。

「ジェット……ッ」

迎え撃つ彼女もまた、バルディッシュの使える魔法において最高の威力であろうモノ。

「一閃ッ!!」
「ハンマーァッ!!」
「ザンバーァッ!!」

互いの渾身を込めた最高の一撃同士がぶつかり合う。
衝撃、炎、電撃、斬撃が入り混じった3人の衝突は、その余波だけで周囲を吹き飛ばす。
それは本人達にも及ぶが、それでも誰一人として引かずに踏み止まる。相手を押し切ろうと全力を尽くす!

「だりゃぁぁっ!!」

互角の鬩ぎ合いとなると思った瞬間、ヴィータが激突の最中に自らの身体を割り込ませるように突っ込んでくる。
自らダメージを受けに行くその姿に、彼女は何故と思う。だが、その答えはすぐに明らかになる。

ヴィータは自身の身体とデバイスを張って彼女の一撃を単身で受けていた。
そんな事をしても耐えられるのはほんの一瞬でしかない。
だが、その瞬間だけ身体が空く者がひとりだけいた。

「おおぉぉッ!!」

シグナムが無理矢理の身体を捻り反転させる。そしてヴィータの影から現れるようにしながらその剣を振り下ろす。
カートリッジを使う余裕も無い故の、ただの振り下ろしでしかないその剣戟。
だが、万感と渾身を込めたその一撃は、この瞬間はシグナムの持つどの魔法をも凌駕する一撃……!

そしてシグナムは打ち砕いた。

「……今のは正直危なかったです」

彼女の周囲に浮くデバイスの内の一機であるデュランダルを。
シグナムの必殺の一撃を、彼女はデュランダルを身代わりにして防いでいたのだ。
そしてそれは、守護騎士達の手は尽きた瞬間でもあった。

「はぁぁぁっ!!」

彼女はデュランダルを盾としてシグナムの攻撃を防ぎつつバルディッシュを振り抜き、ヴィータを吹き飛ばす。
さらに反す太刀でシグナムも切り伏せ吹き飛ばす。
戦線復帰を許さないとどめの斬撃を受けたふたりはそのままリタイアとなる。

「……見事な戦いでした。流石は守護騎士と賞賛の言葉を送りましょう」

全滅させた守護騎士達に対し、彼女は素直に感嘆の意を表していた。
その想いと言葉に嘘もいやみも無い。

『シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。……ありがとな?』
「お前達の覚悟は無駄にはしない……!」

守護騎士達は、確かにリインフォースの詠唱の邪魔を彼女にさせていなかった。
さらにデバイスを一機破壊し、バリアジャケットもインナーを残すばかりと、彼女の戦力を確かに削っているのだ。

守護騎士は役目とそれ以上の事を果していたのだ。全滅ではあるが敗北などしていなかった。

『いくよっ、リインフォース!』
「はい、我が主……!」

騎士達の想いを受け継ぐと、リインフォース達は気合の声を上げる。それと共に、稼がれた時間の中で溜め込まれた魔力を解放する。
その量はリインフォース達の保有する魔力許容量を遥かに超える。想いと絆を力へと変えて得たその力を、ユニゾンしたふたりは完璧に制御してみせる。
その力は、すでに彼女に引けを取っていない。

ふたりが選ぶのは、威力、結界破壊能力、攻撃範囲。その全てにおいてリインフォースの保持する魔法の中でも最高の魔法である夜天の雷。
この一撃に全てを賭けると、持てる魔力を全て注ぎ込んでゆく。

「ならば私も、最高の魔導を以って応えましょう……!」

そのふたりの姿を見て、彼女の顔にはじめて笑みが浮かぶ。
それは純粋な歓喜が齎す無垢な子供のような笑顔。だが、彼女の純粋は純粋な悪。
希望に満ちたその顔を力ずくでねじ伏せて見せようと心に誓う。

彼女はバルディッシュを手放すと同時に、手放していたルシフェリオンを手元に引き寄せる。

「レイジングハート、バルディッシュ、エルシニアクロイツ」

三機のデバイス達を自身の周囲から背後に移し、大きく展開させる。
そして、それぞれのデバイスを中心に桜色と金色、白色の三種の魔法陣が広がる。

彼女の背後に浮かぶのは、それぞれが強力無比な砲撃魔法のための魔法陣。
小細工など無い、真正面からの力比べをしようというのだ。
この撃ち合いを制した者がこの戦いの勝者。シンプルで分かりやすい決着のつけ方。

それを言葉にするでもなく互いに了解し、両陣営とも際限なく発射体である魔法陣に魔力を籠めてゆく。

空間そのものが魔力で飽和状態となったと思うほどの魔力が対の陣営からあふれ出す。
そして、臨界を突破する。

『夜天の祝福!』
「今、ここに!!」

リインフォースが放つのは黒の雷。

「トリプル……ブレイカーァッ!!」

彼女が放つのは、かつて防衛プログラムを破壊する際になのは、フェイト、はやての3人がコアを露出させるための最後の一押しと放った三条の砲撃を再現した魔法。

それが、両者の中央で真正面からぶつかり合う。威力は互角かのように鬩ぎ合う。

『わたしらは、負けへん!』
「闇の書の闇は、我らが終わらせる!」

だが、既に臨界を越えているはずの黒い雷にリインフォース達は更なる魔力を籠める。
僅かでも制御をミスすれば即座に自爆に繋がる無茶な魔力運用。
だが、ふたりには確信めいた自信があった。自分たちなら制御をミスしないと。

そして実際、完璧に制御をし切ってみせた。更なる魔力を籠められた黒の雷はその力を肥大化させて一気に三条の砲撃を押しにかかった。

それは、ユニゾンによって高められた制御能力でしかなしえる事が出来ない荒業。
彼女には成しえない、はやてとリインフォースのふたりだからこそ出来る最後のひと押しが、三条の砲撃の威力を上回る。

「……集え、明星(あかぼし)」

だが、彼女の戦略は潰えていない。展開する魔法陣は切り札である集束砲のもの。

「全てを焼き消す焔となれ!」

周囲に散った魔力の残滓を空間ごと圧縮して収集する。彼女の眼前には肥大化する桜色の魔力球。
自身が放つ三条の砲撃は自分の魔法なので、その魔力はそのまま利用できる。
さらに現在進行形で撃ち合うリインフォース達の魔力、そして戦い散った騎士達の魔力をも巻き込んで収集する。

すでにそこには、尋常ではない魔力が蓄えられていた。
彼女の戦術は、一度目の砲撃を受けきられても、その魔力を集束して更なる威力の砲撃を放つという二段構えの砲撃魔法。

普通なら一撃目で勝敗が決するはずだったが、リインフォース達はその一撃目を凌いでしまった。
故に、見てしまった。

「終わりです……。ファイナル、ブレイカーァッ!!」

三条の砲撃をも巻き込んで、更なる威力の砲撃が黒い雷を喰らい尽くすという現実を。

……そして、決着がついた。










八神家の面々よ。確かに互いを想う絆の力は強い力を生み出す。それは認めよう。
だがしかし! それがどれほど強大な力でも主人公補正の前では無力なのだよ!!

な、なんだってー!?

星光さんも、八神家全員を同時に相手という無理ゲーをクリアしたのだから、そろそろ正式に『魔王少女リリカルStar light』を名乗ってもいいかもしれない。


今回のVS八神家の戦闘シーンのイメージは、ダイ大の主人公ご一行VS真・バーン様戦です。
星光さんには天地魔闘の構えをやって貰おうかなと思っていたけど自粛。





星光の殲滅者(大人・本気モード)

高町なのはの蒐集データをもとにした構成体(マテリアル)である星光の殲滅者が他の構成体と魔導師。さらに、多くの闇の欠片を取り込む事で再構築を果した闇の書の闇。
またの名として「砕け得ぬ闇」と自称したりもする。
自身のデバイスであるルシフェリオンを中心に、取り込んだ魔導師達のデバイスを周囲に展開させるのが彼女の本気の戦闘スタイル。

ちなみに雷刃さんのデバイスは、雷刃さんを取り込む際の「データの破損が大き過ぎるために再構築は無理」という理由でありません。
というか、バルディッシュが居ればあっちはいらない子化するので、そんな理由づけをしたんですけど。


ロングレンジでの魔法

レイジングバスター
高町なのはのデバイスであるレイジングハートから砲撃を繰り出す魔法。
魔力チャージ時間を短縮したショートバージョンのはずだが妙に威力は高いという仕様。
溜めると右手にレイジングハート、左手にルシフェリオンによる二重砲撃(デュアルファイア)になり、更に威力がアップ。そしてバリアブレイク能力がひどい事に。

バルディセイバー
フェイトのデバイスであるバルディッシュを振り払う事で魔力刃を飛ばす魔法。
出が速い上に、弱めながら誘導性能もついているという代物。イメージ的にはフェイトのハーケンセイバーとシグナムの空牙のいいとこ取り。
溜めるとザンバーフォームのバルディッシュを思いっ切り横に薙ぎ払う魔法に変化。
射程は有限ながら、伸びる刀身で中距離ぐらいまでなら届くので、見た目には画面に映る範囲全体を薙ぎ払うような鬼広い攻撃範囲を持つ。

デュランダルバインド
クロノのデバイスであるデュランダルを用いて拘束魔法を使う
氷結の魔力変換が付加されており、ダメージを与えた上で相手の動きを拘束する。
溜めると、不可視の誘導能力付き設置型拘束魔法、平たく言えばクロノのディレイドバインド(タメ)になる。もちろん、こちらもダメージ+拘束の効果。


フルドライブバースト「ファイナルブレイカー」
デュランダルの氷結魔法で相手を氷の中に閉じ込める。
その相手を取り囲むようにレイジングハート、バルディッシュ、エルシニアクロイツを展開。それぞれが魔法陣から砲撃を繰り出すトリプルブレイカーを発動。
さらに、そのトリプルブレイカーに使った魔力を丸々回収して、ルシフェリオンでとどめの集束砲を放ち殲滅するという、ライフゲージ十割を持っていっても不思議じゃないイメージがある凶悪魔法。


固有スキル

MPインフィニティ
魔力ゲージが、常に100%の状態で固定される。

インビンシブルトリガー
バーストトリガーを発動した際、攻撃判定が出るまでの間が完全無敵状態となる。


キャラクター特性

遠距離殲滅型。
他の追随を許さない圧倒的な火力で遠距離から一方的に攻めるタイプ。
なのはベースなので、接近戦に隙があるのだが、バルディッシュの斬撃と不可視の設置バインドのおかげで近づくだけでも一苦労。
さらに、接近したと調子に乗って攻めていると、凶悪な威力のフルドライブバーストで強引に割り込んできて一瞬でライフゲージを奪っていく。

ラスボス仕様&主人公補正という事で、『チートというより実力で最強』を目指しました。
いやまあ、十分チートだろとツッコミを入れられても否定は出来ないんですが。



[18519] エピローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/05 11:42

彼女はひとり、空中から地上に降りてくる。

そこは元々は街の中であった場所だったのだが、戦闘の余波によって建物の多くは倒壊しており、先ほどまでの戦闘がどれほどの規模だったのかを物語る。

せめてもの救いは、ここは結界の中で起こった事であり、被害に遭ったのが誰もいなかったという事だろう。

「うぅ……」

ただし、その被害に遭わなかった人の中に、含まれていない人達もいた。

周囲には倒れ伏すのは、夜天の主とその守護騎士達。
彼女は死んだ相手からは魔力を奪えないという理由から、魔法を非殺傷設定にした上での戦闘行為だったため、ダメージの差はあれど誰ひとりとして死んではいない。

だが、辛うじて意識を保っていられても、立ち上がれる者は誰もいない。
それ以前に、完全に気を失っているのが大半のはず。

勝敗は一目瞭然だった。

勝者である彼女は低空を滑るように移動していたが、ある場所で停止する。
視線の先に居るのは、夜天の主である八神はやて。

先ほどは手加減など一切無い砲撃に呑まれたはずだったが、リインフォースの夜天の雷とのぶつかり合いでだいぶ威力を削られていた。

だが、無理なユニゾンの反動が祟っているのだろうし、その上魔力ダメージがあるのだ。
今のはやては、完全に気を失っていた。

これから蒐集行使の能力を還してもらうための行為で、抵抗されないというのであれば楽だという程度の認識で、彼女ははやてへと手を伸ばす。

「ま、待て……っ」

だが、その伸ばされた手に制止の声が掛けられる。
それを聞き入れたわけではなく、その声の主と向き合うために手を止めて振り返る。

「……まさか起き上がれるとは思っていませんでした」

そこに居たのはリインフォース。何か怪我をしているのか、片腕を抑え、ビルの壁に寄りかかりながらも自分の足で立っていた。

だが、それだけだ。残存魔力は完全にそこをついているはずであるし、ダメージの色の濃さは隠しようも無い。

「我が主に、触れるな……!」

今のリインフォースを支えているのは主であるはやてへの想い。
ただそれだけのために無いはずの力を振り絞り、いまさら出来る事など何も無いと分かっていて、それでも立ち上がっていた。

彼女からして見れば、無視しても構わないような小さな存在であるはずだった。

「お前の相手は、私がしてやる……!」

だが、リインフォースのその思いの強さは無視できない何かがあった。
そして、それは気のせいではなかった。

「……我らもまだ、戦えるぞ、なあヴィータ……?」
「おう、はやては……あたしが守るんだ……!」

リインフォースの想いが伝播したかのように、他の立ち上がれないはずの騎士達は立ち上がる。
確かに守護騎士達はその元々の在り方から、回復力は通常の魔導師や騎士より高い。
だが、それを差し引いてもこんなにすぐには立てるものでは無いはずだ。

見た目には誘導弾の一つでも当てればそれだけで昏倒してしまいそうだというのに、幾ら攻撃を加えても立ち上がってきそうな雰囲気があった。

そんな騎士達を、彼女は油断の出来ない存在であると認識し、改めて相対する。
警戒のために、騎士達へと意識を集中させるようにして、

「……危ないですね」

その身を大きく横へ移動させていた。
そして、彼女が居た場所に誰かの手が空間を越えて現れていた。

「え!?」

驚きの声を漏らしたのは、リインフォースでもシグナム、ヴィータでもない。

「騎士達が立ち上がったのです。貴女もまた立ち上がっても不思議ではないと思っていました」

そういって、彼女は突如として現れた手を掴むと、無理矢理にその手の主を引きずり出す。

「きゃ!?」

そうして現れたのは、最初に撃墜したはずのシャマルだ。
最後の最後の一発逆転の手段として、立ち上がった騎士に気を取られている隙に、背後から彼女のリンカーコアを摘出しようとしていたのだ。

「……どうやらこれで終わりのようですね。
これでザフィーラも立ち上がっていたのでしたら、必倒の自負を打ち砕かれたショックで周囲を焦土と化すところなのですが、その愁いもないようで良かったです」

捕まえていたシャマルをリインフォース達の方へ放り投げながら、これで自分への反撃は終わったと判断する。
この場にザフィーラの姿はないが、二重砲撃を真正面からう受けた上に、シャマルと違って時間の経過もない。復帰は無いだろうと彼女の考えは間違いではない。

騎士達は念話で彼女に悟られないように作戦を立てていたのだろうが、その目論見をも砕かれた。
希望を断たれたかのようにその瞳が揺れる。

「なら、実力行使しかないわけか……」

だが、だからと言って諦められるほど、物わかりはよくなかった。
破損も見受けられるデバイスを手にし、無いに等しい魔力をかき集めて騎士達は彼女に立ち向かおうとする。

その姿を眺めながら、彼女は考える。
今の騎士達を相手にして最適な魔法は何かと、自己の中を検索する。

そして見つけた。

彼女の足元に広がるのはミッド式に似た円を基本とした魔法陣。そして、それと同系統の魔法陣がリインフォース達の足元に、それ以上にこの場一帯にも広がる。

「これは……!?」

みなが驚く中で、リインフォースには彼女の使う魔法に心当たりがあった。
それが、飛行魔法を使えないほど弱体化している自分達に有効だと知り、念話を使って騎士達に離脱するよう伝えようとする。

「……赤竜召喚」

だが、彼女の魔法発動の方が早かった。
広がる魔法陣が一際強い光を発したかと思うと、そこから赤い鱗に覆われた太い体躯の竜種と、騎士達を取り囲むようにその一部である無数の触手が現れる。

「私の第一目的は八神はやての持つ蒐集行使の能力の回収です。
それを阻もうというのなら、まずはそれを切り抜けてからにして下さい」
「待てっ……く!?」

言うだけ言って何の警戒もしていないように背中を見せる彼女に、追い縋ろうとするが、それを阻む様に触手が蠢く。
早くはやての傍に行かなければと思いながらも、まずはこれを何とかせねばと皆はそれぞれの獲物を手に触手達を駆逐する。


その様に彼女は特に何の興味も引かれずに背中を向けている。
今彼女の視界の中に居るのははやてだ。

はやてもまた、騎士達と同様、その身体には触手が絡まり、空中に磔にされている。
だが、自律で動いている騎士達の触手と違い、はやてを縛るそれは彼女の支配下にあるため束縛以上の行為はせずにいる。

「……貴女を取り込めば、私は完成する」

闇の書の復活と更なる飛躍という目的への最後のピースであるはやてを目の前にして、その頬に触れながらなんとなく呟く。

実際のところ、彼女は闇の書の機能の全てを復元する気は無い。
特に転生機能と無限再生機能については完全な復活の目途が立たない以前に、彼女は要らないと思っていた。

確かにそれらの機能があるなら、今の彼女が破壊されても世界に破壊を齎す事は出来る。
だが、彼女は自分を『自分』として認識している。転生したあとに存在する自分は果たして『自分』でいられるのか?
その疑問が彼女の中にはあった。

ここまで辿り着くまでに何度も魔導を用いて戦った。その経験は『自分』のもの。他の誰のものでもないと認識していた。
もし転生してこの想いを失ったりしたら、それはもう『自分』ではなくなるという考え。
実際にはどうなるかは分からないのだが、気軽に試せる事でもない。

故に、彼女は転生機能と無限再生機能を否定した。
たとえそれらが無くても、今の『自分』の力で生き抜いていけばなんら問題は無い。
むしろ、次への保障があるために、いざという時にいざという時は今を諦めてしまうかもしれない。
それなら死んだら終わり、次は無いと割り切っている方が最後の最後まで足掻ける。
そしてそれが永遠に生きる事にも繋がるのでは、と考えたのだ。

人は限りある人生の中でその生を全うする。
彼女の場合は理屈の上では永遠だが、打ち止めの可能性を残す事で人の限りある人生と同じステージに立ち、全力で生きようとしているのだ。

彼女が目指すのは『無敵』ではなく『最強』と呼べる存在。

かつての闇の書は無敵と呼んで差し支えの無い存在だった。だが、そこで終わっていた。
それ以上の成長がないのだから、無敵を覆すたったひとつの要因で瓦解してしまった。

だから今度は違う道を選ぶ。他者が自身を破壊しようと挑んでくるのなら、それを返り討ちにする。
無敵ではないのだから、これから先は敗走する事もあるだろうが、次にまみえる時には対処を身につけ、更なる力を身につけ撃退してみせる。

最終的には勝つ。結果、誰にも負けない。故の最強。無敵では到達できないその高み。

そして、それを実現するためにはやはり蒐集行使の能力が不可欠だ。

彼女は創られた存在である故に、人のように成長することはなく、与えられたデータの範囲内でしか力を発揮することはできない。
転生機能と無限再生機能が無いというのなら、それはなおの事。
強くなるにはデータの補完が必要であり、そのための力が蒐集行使。

この能力さえあれば多くの魔導を修める事が出来る。実力も今よりも飛躍をする事が出来る。
だから、最後のピース。これを手に入れたなら、あとは自分次第だ。

「……今はそのときでは無いのですけどね」

目の前にこれからの第一歩があると思う内に、感慨に耽っていたらしいと気付く。
そんな自分の内面を不可思議と思いつつも、行動を開始する。

彼女の手の内に在るのは、中枢であった『王』が所持していた杖であるエルシニアクロイツと対となっている魔導書型のデバイス。
今までも取り込む事はしてきたが、このデバイスを使った方が効率よく作業を進める事が出来るだろうの判断だ。

そして、書は自ら意志を持つかのように開き、ページをめくる。
白紙のページで止まる。同時に、白紙の中から闇が溢れだす。それははやての足元から浸食するかのように、徐々にその姿を覆い隠していく。

背後からは、彼女の行為を必死に止めさせようと叫ぶ声が聞こえる。
持てる力の全てを使い果たしても良いと、がむしゃらにはやての下へ行くためにを阻む触手を打ち払う音が聞こえる。
だが、それらは彼女には届かない。彼女は、常のように淡々と、よどみなく単純作業としてはやてを取り込む行為を続け、

「……蒐集行使の能力、確かに還してもらいました」

そして、はやてのその姿は彼女の中に取り込まれていた。

はやてを取り込み、彼女は確かに蒐集行使の能力が自分の中に還って来た事を実感していた。
ただ、実感だけでは、自分に使えるレベルで取り込むことが出来ているかは分からない。

そんな彼女はゆっくりと振り返る。
そこには、触手に阻まれ、目の前という特等席で主はやてが取り込まれるという姿を見せ付けられた守護騎士達。
その表情は主を守れなかったという自責と絶望に彩られ、先程までの覇気が欠片も感じられない様相をみな表していた。

「……そうですね。私に蒐集行使の能力が還っているか、貴女方のリンカーコアで確かめさせてもらいましょう」

そして、その守護騎士達へと、無慈悲な一手が伸ばされた。






一通りの事を終え、彼女はもう用済みとなった結界を解除する。
それと同時に眩い光に照らされ、反射的に目を細める。

「夜明け、ですか……」

彼女を照らし出していたのは、夜の終わりを告げる朝日。
その闇を追いやる陽射しの中で、彼女は腰元まで伸びる髪を風に靡かせていた。

インナーのみとなっていたバリアジャケットは既に修復は済んでおり、闇色のそれは、光の中にあってもその黒さは失っていない。
むしろ、光の中でもなお、自身の存在を誇示するようだ。

手の内にあるのは彼女の愛機であるデバイス、ルシフェリオン。
紫の宝石を先端に頂いた魔導師の杖であるそれもまた、確かにここにある。

闇の書の闇の残滓が齎したものは、泡沫の夢で終わらずにここに存在していた。

「動くなっ!!」

そんな彼女の周囲を取り囲むのは、多数の時空管理局の局員達。
彼らは、現地で活動していた執務官との連絡が取れなくなったという状況で急遽増援された魔導師達。
その中には、この地に住まう嘱託魔導師である高町なのはの友人であるユーノ。フェイト・テスタロッサの使い魔であるアルフの姿も混ざっている。

ここにいる全員は彼女がどういう存在か、そして現在連絡のつかない魔導師や騎士達の行方がどうなったのかに見当がついている。

憤怒。怨嗟。畏怖。悲壮。

皆様々な感情を抱きながらも彼女を取り囲むが、そのどれもが負の感情から来る視線。
それらを一身に受ける彼女は動じない。
負の感情こそが彼女の賛美する対象なのだ。動じるいわれの方がよほど無い。

「……貴女は闇の書の闇、でいいのかしら?」

その中で、ひとり前に出てくる人物がいた。
巡航L級8番艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンだ。
本来、最高責任者である彼女が最前線に出る事はないのだが、今回はここにいるべきの執務官であるクロノ・ハラオウンが居らず、その代役を務められる人材がいなかったために、こうしている。

というのは建前。
リンディには少なからずの縁が闇の書との間にはある。
実際には強権を使ってこの場の指揮権を奪っていたのだが、それは今はどうでも良い。

「そうですね。正確には既に別物となっているのですが、他に呼ぶべき名を持っていないのでその名でも構いません」

取り囲んでいる局員の数は半端ではない。管理局がこの事態をどれだけ警戒しているかが良く分かる構図。
そんな劣勢と呼べるような場であっても、彼女は常と変わらず淡々と答える。

「そうですか。では確認しますが、現地で活動していた魔導師、クロノ・ハラオウン。高町なのは。フェイト・テスタロッサ。八神はやてとその守護騎士達。
彼らを……貴女はどうしたの?」
「私が私となるための糧に、身体ごとこの身に取り込みました」

彼女の答えに周囲が色めき立つ。予測であったそれが、彼女の答えに確信となったのだ。動揺が局員の中に広がってゆく。
その中でも、取り込まれた魔導師と親しくしていた者の動揺はとりわけ大きい。

信じられない、信じたくないという思いに揺れ、それでも事実を事実として認識すると果てしない怒りを彼女へと向ける。

「……管理局は、現時点を以って貴女を第一級ロストロギアと認定して破壊します。
そして、囚われた人員の救出に当たります」

リンディもまた心中では穏やかとは言えない激情がうねりを上げるが、それを表に出す事無く、やるべき事として彼女に宣告する。

それと同時に、局員達もまた動揺を抑え込み、目の前にある女性の姿をした脅威に構える。

「破壊に関しては断固として拒否しますが、取り込んだ魔導師の解放については構いませんよ?」
「え……?」

空気は一触即発かと誰もが思ったが、彼女のその一言に皆一様に困惑の面持ちを浮かべる。

そんな局員達を一瞥すると、彼女は自身の周囲に魔法陣を展開する。
一瞬、彼女が戦闘を開始したのかと緊張が場を走るが、誰も動けなかった。
彼女の周囲にある魔法陣に浮かび上がる人影は、取り込まれた魔導師の姿。

「なのは!」
「フェイト!」

声を上げたのはユーノとアルフ。それぞれ一番に心配していた相手の名を叫ぶように呼ぶ。
彼女は本当に取り込んだ魔導師達を解放していたのだ。
その行動の真意を読む事が出来ず、誰もが困惑をして動けない。

「私が取り込んだ魔導師はこの四人です。守護騎士に関してはその辺りに落ちているでしょう」
「……どういうつもり?」

魔導師達は無事ではあるようで一安心ではあるが、何故そんな真似をするのかと警戒の思いは逆に強くなる。
そんな、疑問に苛まれる局員達を代表してリンディが彼女の行動の真意を尋ねる。

「既に私は『私』という形で安定を果たしました。異物である魔導師達を何時までも内に留めておいてもその身を腐らせるだけで益はありませんので」

一応、取り込んだ魔導師を魔力炉代りに自身の魔力精製のために使う事も出来る。
だが、それでも彼女は永遠に取り込んだ魔導師の生体を維持も出来ないので、いずれは破棄しなければならなくなる。
それなら別に今解放しても別段問題にもならないという理由もある。

「それに、ベクトルは違いますが私はこれでもこの魔導師達を愛おしいと思っています。
無為に私の中に居るより、自由に空を翔ける方がこの子達のためにもなるでしょう」

だが、彼女が魔導師達を解放したのはそんな理屈からではない。
取り込んだ魔導師達から受けた影響で手にした感情によって解放を決めたのだ。

彼女は理由を口にしながら、なのはの、フェイトの頬をそっと撫でる。
その表情は慈愛に満ちているような穏やかな笑みを浮かべており、彼女は本当に闇の書の闇なのかと、先程までとは違う疑問が局員の中に広まってゆく。

「青い果実もまた美味ですが、赤く熟した果実を味わえる日が待ち遠しいです」

だが、そんな局員達の思いは、次の彼女の言葉によって覆される。

確かに彼女は、かつてと違い感情と自我を持っている。人に対する想いを持っている。
それでも、破壊と混沌の衝動という本質は変わっていない。

彼女にとっての慈愛とは、かわいがり大切にする事ではない。対象を己の力で蹂躙して屈服させる事。

自身もベクトルが違うと言っていた通り、真逆なのだ。
今魔導師達を解放するのも、成長した彼女達を再び屈服させたいからだ。

彼女は歪んでいない。真っ直ぐだ。ただ向きが世間一般のそれとは逆なだけ。
故に彼女は純粋に微笑む。他の皆が悪と呼ぶ感情を抱きながら。

「それではまず、彼女達の解放の対価として、ここに居る全員のリンカーコアを頂きましょう」

彼女はなのはとフェイトに向けていた笑みを消して常の淡々とした表情に戻すと同時に、周囲に取り込んでいた魔導師達のデバイスを再現した闇の欠片達を展開する。

蹂躙劇の幕を上げだ。






その後、様々な次元世界を渡り歩き、世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせるために力を振るう彼女の姿があった。
ただ、彼女が攻撃対象と選ぶのは紛争を行う戦場や、管理局のような上層部に繋ぎを持つ事で捕縛を逃れながら悪事で私腹を肥やす人物。

彼女は正義を行使しているわけではない。ただ、彼女からすれば誰を襲おうとも大差はないのだから、手間を省くために管理局の介入し辛い場所を狙っていただけだ。

そんな彼女に、何時の頃からか呼ばれる名があった。
行使する魔法が煌めく星のように見える事と、その圧倒的な火力により蹂躙する姿がその由来。
逢えば終焉を齎されるという畏怖と、その強さへの憧憬の念を込めてこう呼ばれる。

『星光の殲滅者』

その名は広く次元世界に知れ渡る事になる。


「明けぬ夜はありませんが、訪れぬ夜もありません。
宵の明星が瞬くいつかのその時に、再び相まみえましょう」



END





魔法少女リリカルなのはA’sポータブル。星光の殲滅者シナリオ完結です。

個人的な設定で、『星光の殲滅者』『雷刃の襲撃者』『闇統べる王』の名は自称ではなく他称だったので、地の文でマテリアルズをなんて呼べばいいのか困った困った。
とりあえず、主人公である星光さんは『彼女』に固定して、雷刃さんの呼び方は彼女だと被るから『少女』にして、闇統べさんは『王』としてみた。



[18519] 後日談
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/06 19:10

闇の書の闇の残滓が齎した余波被害。

それは管理局で予想された範囲内での出来事に収まるはずだった。
だが、実際には闇の書の闇の復活という、あってはならない結末で終えてしまった。

ただ、新たな闇の書の闇となった高町なのはの収集データをもとに構成された彼女は、人を殺すという行為よりもリンカーコアの蒐集を優先していた。
さらに、何故か守護騎士達がはやてのためにリンカーコアの蒐集をしていた時のように、相手を死なせない程度に加減しての蒐集行使をしていた。
その結果、負傷者は多数出たが、死者は出なかったのが不幸中の幸いといったところだった。

それでも新たな脅威を誕生させてしまったという事実は依然としてあるため、管理局内部はその事後処理にみな奔走しているようだった。

そんな中、事件に関わった魔導師達は蒐集行使を受けたためにリンカーコアが一時的に収縮してしまっているが、身体的には問題はないため各自養生する事になっていた。

時空管理局嘱託魔導師である高町なのはとフェイト・テスタロッサの両名もまた、現在は治療設備の整っている管理局の本局で身体を休めていた。
どうせひとりで休んでいたところで事件を防ぐ事が出来なかった事に苛まれてしまうのは目に見えて分かっている。
それなら仲の良い友達同士で遊んでいた方が気も紛れる、という理由でふたりは同室の扱いになっていた。

保護者の面々もこの事は了解している。
なのはの家族は一緒に居たいという思いはあったが、リンカーコアという未知の器官のダメージは地球の医療ではどうしようもないと分かっているので、渋々、といった様子だったが。

「……ねぇなのは、あの子の事をどう思う?」

そんなわけで、なのはとフェイトは平日の昼間から部屋でのんびりまったりとして過ごしていたのだが、それでも話題に上がってしまう事柄があった。

「うん、あの子ってわたしの蒐集データをもとにしているんだよね。初めて会った時はびっくりしちゃった」

ふたりは現在、ベッドに並んで腰を下ろして話をしていた。
話題に上がるのは再構成を果した闇の書の闇である彼女の事。

実際のところ、フェイトは彼女の事について相談をしたかった。
そしてそれはなのはも似た部分があるので、話題を逸らそうなどとは思わない。

「はやてと守護騎士のみんなを一度に相手をして勝っちゃうなんて、凄く強いよね」
「……うん、そうだね」

ふたりの心中、特になのはは複雑だった。

彼女の身体と魔導は自分をもとにしている。自分の魔法が回りまわって迷惑をかけている。
実際に戦う機会があったというのに、彼女を止める事が出来なかった。
自分が取り込まれてしまったから、更に彼女は強くなってしまった。

そんな風に、自分が悪かったんじゃないかという考えがぐるぐると頭の中を回っていて気分が落ち込んでいた。

「今度会ったときも、……負けちゃうのかな?」
「フェイトちゃん……」

再び彼女と逢う。

これは殆ど確定している事実であるとふたりは認識していた。
偶然や運命に導かれて、ではない。彼女の方から自分達に逢いに来る。

根拠といえるものはないが、彼女は確かになのはとフェイトに対して、他の人とは違う執着を持っている事を感じていた。

だから、逢いに来る。それを明確に感じているのはなのはとフェイトのふたりだけ。
そんな理由があるから、共通の悩みを持つふたりだけで話をしていたのだ。

なのはは俯き加減のフェイトの横顔を見て、胸が締め付けられるような想いを抱く。
もしかしたら原因は自分なのかもしれない、そんなマイナスな考え。

「……大丈夫だよ、フェイトちゃんっ」

だが、そんな考えよりも、なのはは友達がつらそうな顔をしているのが嫌だった。

「確かに今のわたし達じゃ勝てないかもしれないと思う。でもだからって諦めるのは嫌だよ。
だから、わたしはこれからもっと強くなる。強くなって、フェイトちゃんの事も守れるように頑張る。だから大丈夫!」

強く断言すると、なのははいつもの明るい笑顔をフェイトに向ける。

実際のところ、なのはは自分の言葉に根拠はないとは分かっている。
それでも、はっきりと言い切ってみせた。実現してみせると言ってみせた。

自分は弱いと分かっている。
だけど弱いから強くなりたいとも思う。
少なくとも、自分の友達の笑顔を守るぐらいは強くなりたい。

その願いは本当だから、叶えるために頑張れる。だから大丈夫。

「……ならわたしも、なのはの事を守れるように強くなるよ。
ひとりでは無理かも知れないけど、ふたりでならきっと大丈夫。あの子にも勝てるよ」

そしてフェイトもまた、そんななのはの前向きな気持ちに未来への希望を見る。
確かに敵は強大だけど、お互いを守りあって、支えあっていけば最後まで頑張れる。
最後まで頑張れれば、今度こそちゃんと勝って終わらせられる。

なのはとふたりでならそれを実現できると信じられる。

「うん、一緒に頑張ろうねフェイトちゃん!」

その想いが、なのはと同じ結論を導き出す。
想いを同じくできて、心が通じ合えるのが嬉しくて、なのはは隣に座るフェイトの手にそっと自分の手を添える。

「なのは……」

フェイトも繋がる手から伝わってくるなのはの温かさを感じてその手を握り返す。
言葉も無く、ふたりはただ、見つめ合う。そして、

「やほー。なのはちゃんにフェイトちゃん。元気にしとる、か……?」

そんな、ふたりが背後に百合の花が咲き乱れるような空気を醸し出しているという事を知らず、部屋へと入ってきたはやてはその光景を目の当たりにして動きが固まる。

「……あはは。うん大丈夫。わたしはちゃんと空気を読める子やよ~?」

そして、何も見なかった事にして部屋を後にしようとする事にしたらしい。
車イスを慣れた様子で操作し、そのまま自身の潜ったドアを再び経て部屋の外へと行こうとする。

「ま、待ってよはやてちゃんっ。なんだかよく分からないけど、たぶん何か誤解してると思うの!」
「そうだよっ、何でそんな頬を赤らめながら部屋を出ていこうとするの!?」

だが、そんなはやての姿に気付いたふたりは、慌てて引き留める。
実際のところ、ふたりは自分達を傍から見ればどういう風に映っていたかは分かっていないのだが、それでも確実にある嫌な予感につき動かされての行動だった。

なのはもフェイトも、凄腕の魔導師ではあるが、九歳であることには変わりは無い。
その手の知識が無いために、現状に理解が追い付かないというのも無理からぬ話だ。

「なんでって、……あかん、そんなんわたしの口からはとても言えへん。
でも大丈夫。わたしはちゃんとふたりの事を祝福するで?」

ただ、ふたりの姿を見て、明確にこれから先の展開をイメージ出来たはやてが早熟なだけだろう。
果たして、何処まで想像の翼を羽ばたかせたのかは、はやて本人にしか分からないが。

「ち、違うよっ。何が違うのかはわたしにも分からないけど、とにかく違うよ!」
「そうだよ、なのはの言うとおりだよ!」
「あはは~、今更隠さんでもええよ。ふたりの事は何となく察しがついとったからな~。
そういう形があっても別にわたしは偏見を持ったりしない。ずっと友達やで?」
「だ~か~ら~……!!」

まあ、女が三人寄ればかしましいとはよく言ったものだと、第三者がこの光景を見たならそう思うだろう。

そして三人は、まだダメージが回復し切っていないというのにてんやわんやと騒いだため、自爆という形で仲良くダウンしていたのだった。


閑話休題


時間を置いて落ち着いた三人は、先程までの自分達の行動を反省して、なのはとフェイトはベッドの上、はやては車イスの上で、大人しく腰をおろしていた。

「……それで、はやてちゃんの身体は大丈夫なの?」
「うん。わたしは純粋魔力ダメージだけやったし、なのはちゃんやフェイトちゃんよりもあの子に取り込まれていた時間も短かったから、わたしらの中でたぶん一番軽傷や」

なのはの問いかけに、はやては自身の現状を答える。
彼女との戦闘は苛烈を極めたものだったが、決定的なダメージを負いそうに鳴った瞬間、リインフォースが庇っていたため、はやてに肉体的損傷は殆ど無い。
無茶なユニゾンの影響の後遺症はあったが、それもまた、以前までの車イス生活より、少し厄介程度で収まっていたため、はやての中では大したことは無いという結論になっていた。

「ただ、うちの子達は、な……」
「あ……」

だが、守護騎士達に関しては、あまり楽観視が出来ないというのが現状らしい。
みな、敗北が決定してなお、限界を超えて最後の最後まで彼女の内に囚われたはやてを救うべく戦いを続行し続けたらしい。
その上で、リンカーコアの蒐集を受けたため、致命傷のギリギリ一歩手前という状態になっていた。
守護騎士達は、その在り方からして、通常の魔導師や騎士と比べて回復力は高い方ではあるが、それでもまだ、みな目を覚まさず昏睡状態である。

……そう説明をするはやての表情は、先程までの三人のやり取りなど無かったかのように暗い色が見て取れる。
先程までのアレも、一種の空元気でしかなかったのだと、なのはとフェイトは気付く。
だが、気付いたとしても、なんと声をかければ良いのかが分からないと、ふたりは上手く言葉が出ない。

「ああでも、みんな命に別状は無いって。栄養ある物を食べて、きっちり休んでいればちゃんと全快出来るって、先生が言っていたしっ」

そんななのはとフェイトの様子に気付いたはやては、心配はさせまいと俯き加減だった顔を上げて、ふたりに笑いかける。

だが、はやてのその表情は笑顔を浮かべる事に失敗したように、上手く笑えていない。
それでも必死に笑顔を浮かべようとするはやてに、なのはとフェイトはそっと寄り添う。

「なのはちゃん、フェイトちゃん……?」

そんなふたりに対して、困惑の表情を浮かべるはやて。

「別に、無理して笑わなくていいんだよ?」
「なのはちゃん……」

「辛い時は、ちゃんと辛いって言って欲しい。じゃないと、その悲しみに心が押しつぶされちゃうと思うから。
頼りないわたしかもしれないけど、手を差し伸べたり、傍に居たりする事ぐらいは出来るから……」
「フェイトちゃん……。ふたりとも、でも……」

「大丈夫。はやてが守りたい騎士達は今は見ていないから。弱音を吐いても心配をかける事はないから」
「うん。実はさっきまで、わたし達も弱音を吐きあっていたんだ。
だから、はやてちゃんとの本当の気持ちも教えて欲しいんだ」

「わたしは、わたし、は……う、うぁぁ!!」

辛い事は自分が我慢していれば、みんな笑っていられるはず。
そう思う事で押えていた想いが、涙となって溢れだす。

はやての心中は不安と悲しみで不安だった。
みんな無事で勝つんだと言ったのに、勝つ事が出来ず、家族に怪我を負わせてしまった。
ベッドで寝ているみんなを見て、もう起きないんじゃないかという不安に襲われた。

また一人になってしまうのではないかと思って、その場に居られずに、逃れるように、なのはとフェイトの下を訪れた。
でも、来たのは良いけど、自分が悲しんでいる姿を見せて、余計な心配をかけて、幻滅から、自分の傍から離れてしまうのではと、必死に自分を取りつくろっていた。

そんな心中を、筋道も立てず、殆どめちゃくちゃな順序と言葉で吐露するはやてを、なのはとフェイトは、何も語らず身を寄せる。
ただ、傍に誰かがいるからひとりじゃないと、温もりを伝えるかのように……。

「……はー、泣いたらなんやすっきりした。
おーきにな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

そして、一通り泣いて、涙と一緒に悲しみや不安も流れ落ちたのか、涙をぬぐいながら柔らかな笑みを浮かべる。
それは無理をしたものではない。心の底からの笑みだった。

「うん、役に立ててよかったよ」

実際には何の問題も解決していない。泣いたからと言って過去が変わるわけでもない。
それでも、立ち止まり続けるのではない。一歩を踏み出す小さな勇気がその胸に灯っていた。
はやてだけじゃない。なのはとフェイトも、気持ちは一緒だ。

「わたし達は、あの子に負けちゃった。でも、まだわたし達はここに居る。全ては終わったわけじゃない」
「諦めたら終わりだけど、わたし達は諦めたりなんかしない。出来る事は、きっとまだあるはず」
「そや。今はまだ勝てないかもしれへんけど、いつかはあの子にきっちりリベンジや!
そして、悪い事をしたからごめんなさいをさせたる!」

なのはが手を差しだすと、その上にフェイトが添えるように手を重ねる。
そして、更にその上にはやての手が重ねられる。

三人の視線が交錯する。誰の瞳にも悲壮感は無い。
ただ、未来へと向かう決意に満ちていた。

「せーの、がんばるぞーっ」
「「おーっ!」」

自分達には想いを貫く力と、空を翔ける翼があるから。
だから、きっと──









星光さんは好き勝手に次元世界を飛び回っている中、原作主人公ズは決意表明の巻。
登場はしていないけど、リインフォース含め守護騎士一同は昏睡状態ではあっても、消滅はしてないです。

次回更新分からStSへの空白期に突入なわけなんですが、果たして何処までがタイトルを後日談としていていい範囲なのかどうかが分からない……!



[18519] 番外編
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/07 18:13

星光の殲滅者と呼ばれる彼女は、誰にも、何にも束縛される事はない。
世のしがらみとは無縁。ただ、自身の思考と判断だけが彼女の行動理念。
心の思うまま、感じるままに、彼女はこの世を謳歌する。

そんな彼女には、ずっと気になっていた事があった。

闇の書の闇として再構築を果した彼女にとって、最大の目的は『闇と破壊の混沌を齎す』という事。
彼女が発生した当初から抱える衝動であり、存在理由。
それが、彼女の行動基準となっている。

だが、だからといって彼女も常に戦場に身を置いているわけでもなく、さらに強くなるため、集めた魔導の調整や運用方法について模索しているわけではない。

世の中を自由に闊歩していれば、気にかかってくる事も多かれ少なかれ出てくる。
最大の目的とは関係のなくとも、次点の目的として据えても不思議は何も無い。
闇の書の闇の『理』を司る彼女にとって、破壊行動は行動原理ではあるが、気にかかった事を探究する事は趣味のようなものであり、切り捨てるというつもりも無い。

……彼女の中にとある知識があった。

それがどういうものであるか、という情報はある。だが、実際に体感した事はない。
伝聞で知っているからといって、実際に自分の予想したものと同一であるとは限らない。
はたしてそれが、本当に価値あるものなのかどうかを興味深いと思っていた。

そして今、その答えを得るために、とある場所を訪れていた。
見上げる先には、この建物の名前を表すための看板がある。

目的のものはここにある事は知っている。
力ずくで強奪するのは容易いが、彼女は今回あえてその選択肢を取らない。
この場合、力ずくというのも無粋なものであると思ったからだ。

故に、世間の常識に則って多くの人と同じようにドアへと手を掛けると、押し開く。
からんと、ベルの鳴る音がドアを隔てた室内に響く。

彼女が立ち入った建物の看板には『喫茶翠屋』と書かれていた。






高町士郎は、以前は危険と隣り合わせな仕事をしていたが、現在は喫茶翠屋のマスターを務めている。
妻である桃子はパテェシエを務めており、彼女の作るシュークリームは絶品だという評判のために、喫茶翠屋は今日も繁盛していた。

とはいえ、一日中引っ切り無しに客が来るというわけもなく、昼の忙しい時間帯を過ぎれば割と落ち着いたものだ。
今は丁度客も居らず、一息をついているといったところだった。

そんな中、ドアに備え付けられているベルが来客を知らせるべく音を鳴らす。
手も空いているため、すぐに対応しようと士郎は顔を向ける。

「……!?」

だが、士郎は即座に来客を歓迎する旨の言葉は発する事が出来なかった。
入ってきたその彼女を見て、平常心を保とうとするが、それでも僅かばかりに驚きに目を見開いていた。

栗色の髪の毛は腰元辺りまでの長さであり、黒のシックなワンピースを身に纏う彼女のその顔立ちは、自身の末娘であるなのはに良く似ていた。
なのははまだ子供といった年頃ではあるが、もし二十歳ぐらいまでに成長したなら、まさに目の前の彼女のようになるだろうと思うほど良く似通っていた。

だが、士郎が驚いたのは、彼女の姿に対してではない。彼女のその瞳だ。
あまり感情の見えない静かな表情ではあるが、その瞳の奥はとても暗い色が見て取れた。

それは殺気であり、殺意。

露骨に振りまいているというわけではないが、だからといって隠そうとしている様子もない。
ただ、常日頃から誰かを、この世全てを壊してしまいたいと考えているかのようだと士郎は感じた。
彼女は絶対に気を許してはいけない相手。それが、高町士郎が感じた彼女に対する第一印象だった。

士郎がそんな風に考えている内に店内に入ってきた彼女は、誰に案内されるわけもなく、極自然な素振りでカウンター席に着く。
歩く姿には体幹のブレも無い。それを見ただけでも彼女が只者ではない事は一目瞭然だった。

もしや、以前の仕事の関係者であり、自身の命を奪いに来た刺客なのかと士郎は考える。
だが、それにしてはあまりに堂々としている。
殺意を抱えているようではあるが、それが特定の誰かに向いているようにも感じられない。

「……いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたら声を掛けてください」

ただ、彼女は『客』として振舞っている。
目的は分からないが、こちらから突然斬りかかるわけにも行かないと、探りを込めつつ、士郎も喫茶店のマスターとして応対する。

「では、シュークリームとコーヒーをひとつずつお願いします」

士郎は内心、彼女がどんな行動に出ても即座に対応出来る様に警戒していたが、彼女の方は何の気負いも無い様子で、静かな語り口で注文をする。
メニューも見ずに答えた辺りから、店に入る前からこの注文を決めていたようだった。

「承りました。しばらくお待ちください」

士郎はオーダーを受けて、カウンターの奥へと戻りながらも彼女の様子を窺う。
言葉遣いは丁寧で、落ち着いた物腰をしている。今も何か騒ぎ立てるような素振りも一切なく、瞳を閉じて席で大人しく待っている。

物静かな女性であり、こうして傍目に見る分には美麗な人であると思う。
だが、彼女の取り巻く冷たい雰囲気が冷淡な態度という印象を与えてくるため、どうにも近づき違い雰囲気だった。

なのはも大人になったらあんな風な美人になるんだろうなぁ、だが、なのははもっと明るくて優しい子なのだろうから、方向性の違う美人になるに違いない。
だが、自分にとって一番の女性は桃子だがな!

……などと、中々にずれた感想を抱いたりもしたが、それはおくびにも出さずにコーヒーを淹れると、オーダーにあったシュークリームを添えて再び彼女のもとを訪れる。

「シュークリームとコーヒーです。ご注文はこれでよろしかったですか?」
「はい」
「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」

彼女の前にシュークリームとコーヒーを置くと、再びカウンターの奥に戻り、彼女の様子を窺う。

「……これが翠屋のシュークリームですか」

彼女はシュークリームを前にして、何処か感慨深げな様子でぽつりと漏らす。
その様子を見るに、どうやら彼女は本当に客としてこの店に訪れたのであると士郎は思った。

実際、彼女は高町なのはから継承した記憶の中に、『翠屋のシュークリームは逸品』というものがあり、それを確かめるべくここに来ていたのだ。
士郎の感じた事は、見事に正鵠を射ていた。

とはいえ、だからと言って彼女が気を許して良い相手というわけではない。
少しばかり緩んだ気持ちを再び引き締めて、士郎は何気ない様子を装いながら警戒を続ける。

「では、頂きましょう」

彼女はおもむろにシュークリームに手を伸ばすと、そのまま一口をかぶりつく。

「これは……」

そしてその表情が驚きに彩られる。
露骨に感情を表しているわけではないが、それでも先ほどまでの冷淡な表情と比べれば、十分以上に彼女の心境を表していた。

「滑らかな舌触りと甘すぎないクリーム。それによく合うシュー生地。
……なるほど、これは私の知識にある以上の美味しさ。見事としか言いようがありません」

彼女は知識ではこのシュークリームは美味しいとは分かっていたが、実際にこうして口にしてみると、想定以上に美味しいと感じていた。
まさに百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと、シュークリームを絶賛する。

彼女は普段の食生活自体は別にサプリメントでも構わないと思っているが、こうして美味しいものを食べるのも良いものだと実感しながら、さらにシュークリームを頬張る。

「……む」

ただ、あまり大きいとは言えない彼女の口でシュークリームにかぶりつこうとしても、上手く食べられず、中のクリームがはみ出てしまう。
そのはみ出した分をこぼさないよう、再度食べようとするが、次は反対側からクリームがはみ出してしまう。

なら今度はと意気込むが、やはりクリームがはみ出てしまう。
それでも諦める事無く、彼女はシュークリーム相手に悪戦苦闘する。

「……中々やりますね」

本人は至って大真面目にシュークリームを食べようとしているのだが、どうにも上手く行かない。
戦場では相手を一方的に蹂躙しているというのに、この場においてはシュークリームひとつにいいように弄ばれている。
これは類を見ない強敵であると、なにやらシュークリームに対して敵愾心のようなものを抱きながらも、彼女は食べる事に集中する。

そんな彼女を見ていて、士郎が思ったのは、

(……はっきり言って、食べるのがとても下手だな)

というものだった。

シュークリームを相手に一生懸命になっている姿は、小さな子供のようであり、物静かな大人という印象とのギャップにより可愛い物に見えるから不思議だった。
というか、見ていて和む。

思わず警戒の心を忘れて、微笑ましいものを見るような眼差しで彼女の食べる姿を見守る士郎だった。

それでも何とかシュークリームを完食した彼女は、口の周りについてしまったクリームをふき取ると、優雅とも見える仕草でコーヒーを手に取る。

「ふむ、良い香りです」

無表情ながら、何処か満足そうにしながらコーヒーの香りを楽しむ。
そしてコーヒーを口に含み、その苦味を味わう。
シュークリームの甘さとコーヒーの苦さが相まって、さらに素晴らしい物になっていると彼女は感想を抱いていた。

ただ、その彼女の鼻の頭にクリームの拭き残しが残っているため、格好がついていないのだが。

もしあれが最先端のファッションだと言い張ったら、逆にそういうものであると納得してしまいそうなほどに、極自然に彼女の鼻の上に鎮座するクリーム。
それに、彼女は全く気付いていなかった。

というか、よく見れば口の周りの食べカスも拭い取れ切れていなかった。

(……これは、もしやツッコミ待ちなのだろうか?)

そんな考えが士郎に思い浮かぶ。
ただ、思ったは良いが、果たしてどんな風にアレを教えてあげれば良いものかと悩む。

何も難しい事は考えずに教えれば簡単だとは思うが、口の周りにクリームがついているなんて指摘をして女性に恥をかかせるのもどうかと思う。
だが、本人が全く気付いていないのだから、このままだったらあのまま店の外に行ってしまう。それこそ恥をかかせるようなものだ。

だが、そうは思いつつも、あまり刺激したく無いという考えもあるため、どうにも行動に移す事が躊躇われる。
ここまで見ていて、彼女が敵ではなく客として訪れていたというのは一目瞭然ではあっても、彼女は危険人物であるという事は長年培ってきた剣士としての経験が告げている。
彼女と敵対するのは危険すぎるという警鐘が、士郎に二の足を踏ませる。

「翠屋謹製シュークリームのお味はいかがだったかしら?」

だが、そんな士郎の葛藤など欠片も知らず、彼女に話しかける人物が居た。
士郎の妻である桃子だ。

「はい、とても美味しかったです。まさに噂以上でした」
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ」

桃子は、彼女の素直な感想に顔を綻ばせながら、カウンターを出て彼女の隣に移動する。

「ほら、クリームがついているからちょっと動かないでね?」
「むぐ……?」

桃子は彼女に対して指摘するのではなく、自身の手でナプキンを使い彼女の顔を拭う。
彼女はそんな桃子の行為に驚いた様子ではあったが、特に反抗もせずに身を任せている。
不用意としか言いようのない妻の行動に士郎は冷や汗が背筋に大量に流れる思いでそれを見守る。

「よし、綺麗になった。
ごめんなさいね。何だかあなたがうちの末娘に凄くそっくりだったから、つい手を出しちゃったわ」
「別にこの程度は構いません。ただ、私も顔を拭いたにも関わらず、未だに居残り続けていたクリームが思いのほか難敵だったというだけです」

彼女はぶしつけとも取れる桃子の行為に気を悪くした様子もなく、澄ました態度で答える。
そして何事もなかったかのように、再びゆっくりとコーヒーを味わう。

というか、彼女はあくまで自身の顔にクリームがついていたのは、自分が食べるのが下手だったからだという事を認める気はないらしい。

「……ふふ」

桃子はそんな彼女の隣の席に腰を下ろすと、その様子を眺めながら微笑を浮かべる。
別に相手を嘲笑うのでもなく、おかしな事があったのでもない。
ただ、この大人なようで、何処となく子供っぽい女性に対して、優しさと愛おしさを以って見守るような心持ちで桃子は居た。

「……」

彼女の方も、そんな桃子の事を特に気にしない。
元々、話しかけられれば答えるが、何も問われないというのであれば自分から特に話すべき事も無い。
ただ今は、この緩やかで穏やかな時間を満喫するだけで、それを害するものでないというのであれば手も口も出す必要はないというのが彼女の考え。

そんなふたりの様子を見ていた士郎は、ここで警戒心を解く。
彼女は純粋な客であり、自分達に害意がない事はあの様子を見ていれば良く分かる。
ここで、無闇に自分がとげとげしくしている方が無粋だと士郎は感じたからだ。

穏やかな時間を過ごしてもらえるというのは、喫茶店の経営者としては冥利に尽きるというものだ。
今の自分がするべき事は、喫茶店のマスターとして、来てもらった客にこの時間を楽しんでもらう事だけ。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」

それを果すべく、士郎は自分の仕事へと戻る。
最初のように探りを入れる思いはなく、ただ純粋に気遣いとして声をかける。

「……では、シュークリームももうひとつお願いします」
「かしこまりました」

彼女は少しばかり考える素振りを見せると、追加注文をする。
それに応える士郎もまた、桃子のように柔らかい笑みを浮かべている。

「……?」

急に警戒心が消えていた士郎の姿に、彼女は小首をかしげながらその背中を見送る。
彼女は、士郎が自分は何者かは知らずとも、自分の在り方について察するのもがあったというのは気付いていた。
故に警戒されるのは当然だと気にもしていなかったが、その警戒が何の前触れもなく消えたとあれば、それは気になるところだ。

「あら、どうかしたの?」

そんな風に不思議に思っていると、桃子が訊ねてくる。

「はい。私は彼に危険な存在だと認識されていたはずですが、警戒が解かれていました。
私は何もしていないと言うのに、何故警戒を解いたのかが分かりません」

彼女は自身の『悪』と呼ばれる在り方を肯定しているため、殺意を隠すつもりも無ければ弁明するつもりもない。
そんな、社会に適合しない自分を警戒する事を止めた理由が分からないと桃子の疑問に答える。

「そんなの簡単よ。お客様をお客様として扱うのは当然の事でしょ?」

桃子は、本当に分からないと首をかしげている彼女に対して、さらりと答えを提示する。
まあ、そういう桃子の態度は客に対するというよりも家族に対するモノだったりするのだが。

「……そういうものなのですか?」
「そういうものなのよ」

彼女はいまいち納得出来ていない様子で、なおも首をかしげている。
桃子はそんな彼女の事を可愛いなと思いながら微笑んでいた。

「お待たせしました。シュークリームとコーヒーです」

そうこうしている内に、士郎は追加注文を持って現れた。
そして、新たなシュークリームとコーヒーが目の前に並んだところで、彼女は疑問を即座に棚上げする。

「……では、今度こそ貴方を制圧してみせましょう」

彼女の中では、士郎への疑問よりも、難敵であるシュークリームをどう攻略するかの方が重要らしかった。

「いただきましょう」

そして、今度こそは綺麗に食べてみせると、彼女とシュークリームの新たなる戦いが始まるのだった。

「……ほら、こっちにもクリームが付いているわよ?」
「む?」

……まあ、結果はまたも彼女の敗北だったようだが。



そんなやり取りを経てシュークリームを完食し、コーヒーも飲み終わった。
ここでのやるべき事は終えたと、彼女は席を立つ。

「たいへん美味しかったです。この味を作り出せるというだけで、私の中では貴女方は生きている事を認められると思います」

随分と大仰そう事を言いながら、彼女は御代を払う。
穿った聞き方をすれば、お菓子を作る以外に生きる意味は無いとも聞こえそうな内容だったが、ここにはそんな解釈をする人は居なかった。

「喜んでもらえて何よりだよ。何だったら、サービスするからケーキを幾つか持ち帰りでもするかい?」

士郎は最初の警戒など無かったかのように自然な、むしろそれ以上に親しい間柄であるかのような気安い態度で応える。
どうやら、士郎の中では彼女の事は『ケーキを食べる姿が微笑ましい女の子』で情報が固定されてしまったらしい。

「いえ、一度に味わってしまうのは勿体無いです。他のケーキについては後日の楽しみとしましょう」
「なら、あなたもうちの常連さんの仲間入りね」

結局、何だかんだと彼女の世話を焼いていた桃子は、彼女が帰るという事に残念そうにしながらも、それでも笑顔を浮かべていた。

「そういえば、私達ってまだ名乗って無かったわね。。
私は高町桃子。ここでパティシエをしているわ。そしてこっちが──」
「高町士郎だ。それで、君の名前はなんていうんだい?」

お釣りを受け取る際に、ふたりは名乗りながら、彼女に名前を尋ねる。
問われた彼女は、何と名乗るべきかを僅かに悩む。

闇の書の闇。砕け得ぬ闇。『理』の構成体(マテリアル)。星光の殲滅者。

彼女を表す名前は幾つかあるが、そのどれもがこの場で名乗るには仰々しくあり、そぐわない気がした。

「……では『星』と呼んでください」

その中で彼女が口を出したのは、最近では一番良く呼ばれる通称の頭文字を取っただけのもの。
彼女自身、闇の書の闇などと呼ばれるより、星光の殲滅者と呼ばれる方が気に入っている。そう考えると、こう呼ばれるのも悪くないと感じていた。

「星、さんか。なるほど。じゃあまた来るのを待っているよ、星さん」

彼女の名乗り方からして、それは本名ではなく、偽名か何かであると言う事は、士郎も察していた。
だが、深く追求する事も無く彼女の名乗った名前で呼ぶ。
彼女が何者かは分からないが、その呼び名で通じるのであれば、それは間違いなく彼女の名前であるという事だ。

「星さん。また来てね?」

桃子もまた、彼女をその名前で呼ぶ。親愛の情の籠もった声で。

「それでは……」

彼女の方は短く応えるだけで、踵を返すとあとは振り返ることも無く店を後にする。
士郎も桃子も冷淡な態度だとは思ったが、逆にそれが彼女らしいと気を悪くする事なく見送った。

ただ、実際のところ、彼女は普段の冷淡な態度として振舞っていたわけではなかった。

「……あれが『家族』というものですか」

そんな風に呟く彼女の頬には、僅かに朱が差していた。
なんとなく、士郎と桃子の自分に対する態度が気恥ずかしくて、顔を合わせていられなかったのだ。
直前までは平気だったが、『名前で呼ばれる』というのは効果的だったようだ。

「……ただ、こういう日も悪くは無いかもしれませんね」

穏やかな昼下がり。彼女の呟きは、誰に聞かれる事も無く虚空へと消えた。










今までずっとシリアスで来たけど、星光さんでほのぼのがあってもいいと思うんだ。

というわけで、なごみ成分を補充。
ただ、個人的にシュークリームは嫌いな食べ物に属しているので、美味しそうに書けていなかったら申し訳ない。

星光さんの食べている姿がかわいいと思ったあなたは、同志です。
かわいいは正義です。

普通にパンをもきゅもきゅ食べて、ほっぺたをリスみたいに膨らませている。セリフに『何か御用ですか?』と付属。
そんな星光さんをSDでイラストで書いてみようと思ってイタイ目に遭ったのは、思い出すのも悲しい黒歴史を生み出しただけだった……。


余談というか、ちょっとしたネタ出し。

星光さんが夏祭りに紛れ込んでいるのもなんだか面白そうだと思った。
……想像してみてほしい。

初めて見る、出来立てのたこ焼きを一口で頬張り、予想以上に熱くて吃驚して慌てる星光さん。
若干涙ぐみながら「やけどしました」と舌をちろっと出している星光さん。
それでも、冷ましてから食べるのは負けの気がすると、頑張って残りのたこ焼きを食べる星光さん。
やっぱり我慢していたらしく、完全に涙で瞳を揺らしながら水を飲んでいる星光さん。

……どうよ?



[18519] IFシナリオ-プロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/08 09:35

気付いた時には、ここに居た。

最初に思ったのは『寂しい』と『悲しい』という事だった。
ただ、どうして寂しいと思ったのかが分からない。悲しいと思ったのかが分からない。

思い起こせる記憶は断片ばかりで、まるで整合性がないものばかり。
それはまるで、別々な映像をぶつ切りにして無理矢理に繋ぎ合わせたようなちぐはぐなもので、よく分からない。
これが本当に自分の記憶なのかと疑問に感じた。

出来の悪い映画を見せ付けられるようにしながら、記憶が積み重なってゆく。
思い出すのではない。何も見ていないのに、感じていないのに、記憶が外から中に入ってくる感覚。
ただ情報として次々に認識の中を流れていく。

……だが、そのおかげで自分が何者かが分かってきた。

忘れないように、壊されないように守る事が役割。そのために自分は存在していた。
自分が考える必要は無い。ただ、主の期待に応えるべく自身の力を行使するだけ。
それで、何の問題もなかった。そのはずだった。

……何時からか、自分の持つ力が妙に強くなってきていた。
理由は分からない。でも、力があるという事は、それだけ他の誰かが自分の守るべき物狙ってきても、役割を果たす事ができるという事だ。

有る力を振るう事に抵抗なんてあるわけが無い。
自分は最初から、そして今もずっと守るために存在していて、その役割を果たしているだけなのだから。
今までも、これからもやるべき事は変わらない。ただ与えられた『防衛』という役割を果たす事に全力を尽くす。それが存在意義。

幸い、自分の力はとても強くなっていた。
自分を破壊しようと狙ってくる誰かが増えてきていたが、自分の方が凄かった。
全力で、自分の存在意義を全うし続けた。

何度も何度も何度も。
何時までも何時までも何時までも。

永遠に、尽きる事無く守り続ける。
最初に主に託された望みの通り、守るために力を振るい続けた。
自分を取り巻く世界は何時しか闇に覆われ、血であでやかに彩られる。
それもまた、自分が守るという役割を果たせている証なのだから、嫌悪する謂われは無い。むしろ、自分の功績のようで誇らしいとも感じていた。

だが、それも終わった。自分は切り離されたのだ。切り捨てられたのだ。

何故? どうして?

そんな思いが心中を占める。
自分は……、僕はずっと守るために力を振るってきただけだというのに、何故?

不要だから。
書の汚点だから。
呪いでしかないから。
主を害する存在だから。
百害あって一利なしだから。
闇の書と呼ばれる原因だから。
憎しみや悲しみしか生まないから。

──だから要らない。

……積み重なる記憶が、その答えを提示してきた。
なんて事は無い。望まれた事をやっていただけだというのに、主達にとって都合が悪くなったから、悪い部分は全部、僕に押し付けようという事だった。

責任は全部押し付けて、切り捨てて、壊してしまえばめでたしめでたし。
闇の書は夜天の書に戻る事が出来て、万事解決というわけだ。

……ふざけるなっ!!

認識が追いついてきて、憎しみを抱く。苛立ちが募る。怒りが湧く。
そっちがそんな考えなら、こっちだって考えがある。

自分を要らないと言って闇の書の防衛プログラムを撃ち抜いた魔導師や騎士達を許す気なんて無い。
僕のこの感情を分からせてやるために、僕は戦う。
そして還るんだ。あの、あでやかで心地良い永遠の闇に。誰にも文句は言わせない!

今更どうしてこうなったなんて、もう言わない。
既に、不要と切り捨てられた結果しかここに無いのだから。

僕は自分が何者なのかを知った。
僕は自分が何をするべきなのかも分かった。
ならばあとは実行するだけ。

今、はっきりと自己の認識と確立を果たした。それと同時に、閉じていた瞳をゆっくりと開く。
目の前に広がるのは、自分を否定した世界。

「……僕は、闇の書の『力』を司る構成体(マテリアル)。
かつての場所に還るために、僕は戦う!!」

力強く、声に出して誓う。そして、決意を胸に空へと飛び立つ。










魔法少女リリカルなのはL 始まります。

というわけで、魔法少女リリカルなのはA’s PORTABLE -THE BATTLE OF ACES-登場キャラであるアホの子、もとい雷刃の襲撃者の捏造シナリオです。

ここからが本当のGW特別企画なのさ!
でも、もう休みはほぼ終わりという罠。

みんな大好きアホの子なんて呼ばれたりもしているけど、自分が書くと、どうやらシリアス成分が多くなる模様。

雷刃ちゃんはアホなんじゃないっ。ただ、一生懸命さが空回りしている子なんだ!
……まあ、それを世間一般ではアホの子というのかもしれないけど。

とりあえずプロローグを書いてみたけど、雷刃ちゃんより星光さんシナリオが読みたい! というのであれば、これは嘘予告で終了になります。



どーでも良い話。

上にある仮題にある『L』というのはライトニングのLにあらず。

「機動が単純よ……。簡単に止められたわ。
その程度で私と渡り合おうだなんて……はんっ、ちゃんちゃら可笑しいわね?」

「まあ、いくら速くとも……、その細腕ではな。
そう、お前には圧倒的に筋肉が足りていない! 見よっ、この鍛え抜かれた筋肉をっ。
フハッハーッ、筋肉イェイ、イェーイ! 筋肉イェイ、イェーーイッ!!」

「よく見たら、ぜんぜん似ていないね……。フェイトちゃんは、もっと、速いし強い。
まったく、フェイトちゃんを侮辱するのもいいところなの。あなたの存在は不愉快で目障りでしかないからとっとと消えてくれない?」

……なんだとコラーッ!!
確かに唯一イベントCGはないし、ファイナルステージでのラスボスでの登場が無い。それにフルドライブバーストも当て辛い。
でもっ、そんな雷刃ちゃんだけど、ちゃんと強いんだぞ!!
というわけで、雷刃ちゃんを軽く見るお前らにリベンジだーッ。の『L』

……と思ったけど、リベンジのつづりが『revenge』で、LじゃなくてRだった!
なので、やっぱり構成体・雷光(マテリアル・ライトニング)の『L』 でお願いします。

(一部、電波の乱れが見られましたが、気にしないで下さい)




[18519] IFシナリオ-第一話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/10 18:14
獲物を探して空をゆく彼女はひとつの影を見つけた。
取る行動は決まっている。すぐに捕縛結界を展開して対象を結界の内に閉じ込める。

「見つけたよ。闇の書の守護騎士」

そして、その前に降り立つ。
彼女は獲物を捕らえた歓喜と、防衛プログラムを撃ち抜いた騎士を前に憎しみ抱きながら口を開く。

「テスタロッサちゃん……? じゃ、ないわね」

翠色の騎士服を身にまとうシャマルは、普段は穏やかにしているその表情を厳しく引き締める。
アースラから原因不明の結界の発生の情報を受けて、調査にと来たのだったが、目の前に現れた相手を注意深く観察する。

青く長い髪はツインテールにまとめられ、身に付けたバリアジャケットは黒のボディースーツに青い色をしたマントやベルトなどをしている。

その姿は、シャマルの良く知る人物であるフェイト・テスタロッサに良く似ているが、感じる印象がまるで違う。
フェイトは良くも悪くも物静かな印象があるのだが、今目の前に居る少女のハキハキとした物言いは別人であると証明するかのようだ。

「姿形は、まあ借りものさ。僕が誰かはすぐに分かる」

彼女の方も自分の姿がフェイトと同じである事を否定しない。
ただ、その言葉の中にある『借りもの』という事を考えると、フェイトとは別人である事も同時に証言している。

そして、彼女は自分が誰かはすぐに分かるとも言う。
まるで、言葉にして説明しなくても、初対面であってもシャマルなら自分の正体にすぐに気づく事が出来るとでも言いたげだ。

張られている結界も、管理局の使うようなミッド式の魔法というよりは、自分達の使うベルか式、もっと言えば古代ベルか式の魔法に近い事もシャマルは感じている。

「あんまり分かりたくは無いわね。だけど……」

理解するのが嫌だといって、目の前の相手を放置するような真似をする訳にも行かない。

シャマルにははっきりとした嫌な予感がある。そして確証は無くても肌で感じて分かる推測もある。
当たって欲しくない。でも、もしそうだとしたら、やはり自分が戦わねばならない。
その意識が、シャマルをこの場に留まらせる。

「君のデータと力を手に入れて、僕は飛ぶ。
この身のうちに闇の書の闇を蘇らせ、決して砕けぬ、真の王となるためにッッ!」

そして彼女は決定的な一言を口にする。

(この子、闇の書の……!?)

当たって欲しくない推測が、やはり間違いではなかった。

闇の書。

元は魔法を研究するための蒐集蓄積を目的とした巨大なストレージ。
だが、歴代の所有者により改造を重ねられ、呪われた魔導書へと変貌を遂げたモノ。
魔導師や魔法生物の持つリンカーコアを蒐集し、666のページを埋められた時、所有者や周囲を巻き込んで死を齎す、破滅的な力を持つロストロギア。

シャマルはその闇の書を守護する『ヴォルケンリッター』の内のひとりとして、永遠とも思える時間を戦いの中で過ごしていた。
だが、その永遠の呪いは、今の主である八神はやてと、その仲間達の力を合わせて断ち切る事が出来た。
既に、闇の書の名は過去のもの。

──そのはずだった。

「行くぞォ!
我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!」

シャマルは動揺の中でも、情報を整理するべく思考を巡らせていたが、彼女にそれを待つつもりも、道理も無い。
後はもう、戦うだけだと気炎を上げるその姿に、シャマルも状況分析は後回しにして、戦わねばならない事を知る。

シャマルは夜天の書の守護騎士の中ではバックアップを担当している。
前線に出て戦うタイプではないが、騎士と呼ばれるのは伊達ではない。後衛型も後衛型なりの戦い方をみせようと意気込みながら、相手の出方を窺う。

距離は十分にある。セオリーで言えば牽制の魔力弾を使う場面だ。
相手は見たところミッド式の魔法を使うと当たりをつけ、その推測通りになる可能性が高いとシャマルは見る。

「はぁぁっっ!!」

と思っていたら、彼女は真正面から突っ込んできた!

「って、いきなり!?」

彼女の突進は何の策も無いようなものだったが、逆にそれがシャマルにとってフェイントとなり、驚きに僅かに身体が硬直する。
だが、シャマルも騎士のひとり。すぐに平常心を取り戻すと、回避行動を取る。
彼女の方も、回避されてもすぐに追い縋って連続攻撃を仕掛けてくる。

「僕より全然遅いくせに避けるなーッ!!」

だが、シャマルは彼女の攻撃を横に飛び、上に飛んでその尽くを避けていく。
その様に危なげは無い。シャマルは彼女の攻撃を完全に見切って回避行動を取っていた。

「残念だけど、バックアップにとって回避は必須スキルなのよ!」

回復や補助を担当するバックアップにとって、一番必要なのは相手を打倒する攻撃力ではない。
そして、回復や補助のスキルでもない。

バックアップはチームにとって生命線とも呼べるもの。共に戦う仲間を時にはサポートし、時には受けたダメージを癒すのが役目。
その役割は、長期戦になればなるほど重要なものとなってくる。
戦いの中で、サポートの存在がなくなると、とたんに立ち行かなくなるのはよくある事。

故に、バックアップは墜とされるわけにはいかない。
生き残る事が最重要課題であり、そのために個人能力として防御や回避技能が必須となってくる。

シャマルは扱う防御魔法は堅牢ではあるが、シャマル本人の防御の出力自体ははっきり言って低い。
さらに、機動力という点を取ってみても、それほど優秀というわけではない。
シャマルに出来る事は、相手の動きを良く見て、次にどんな行動を取るのかを分析して確実に回避できる方策を練って実行に移すというもの。

言うだけなら簡単だが、実際に戦闘中には呑気に考え込んでいる時間はないし、相手も動きを変幻自在と変えてくる。
それでもシャマルは回避をしている。騎士としての経験と、守護騎士の中でも参謀の役割を持つ者としての戦況認識能力のたまものだ。
騎士の名に偽りはないと、高速戦闘魔導師を相手取ってなお、戦いを続ける。

「こんのぉーっ!」

そして、彼女の方が何時までも変わらない状況に痺れを切らし、焦りから大振りな攻撃を繰り出す。
とはいえ、彼女の能力は高いため、大振りとはいっても十分速いし隙も少ない。

「今よ!」

だが、シャマルにとって、それは待ちに待ったチャンス。
自身の攻撃力の低さは良く知っている。相手がさらした隙を逃すわけには行かない。
バリアタイプの防御魔法を展開して、彼女の攻撃を受け、そして逸らす。
力技ではなく、技巧の粋として受け流し、僅かでしかなかった彼女の隙を、明確な隙へと自力で作りかえる。

「シュゥートッ!!」

そこへ、シャマルのデバイスであるクラールヴィント。その指輪に着いたペンデュラムを飛ばし、反撃を加える。

「く、うわぁっ!?」

ただ、元々攻撃のための物では無いため、その威力は低い。現に、彼女の方も反撃を受けて驚いた様子はあるが、それほどダメージがあるとは言えない。
だが、それで十分。彼女は体勢を崩している。本命は……次!

「えーいっ!!」

傍から聞くと気合いが籠もっていないようでも、本人にしては精一杯気合いを入れた掛け声と共にシャマルが放つのは、大竜巻。
それは、シャマルが防御に使う魔法である風の護盾という魔法のバリエーション。
相手の攻撃をシャットアウトする盾を構成する風状に渦巻く魔力を前面に押し出す事によって、シャマルでも大威力の攻撃となって繰り出される。

「なあぁっ!?」

彼女の方としては一方的に攻めていたはずなのに齎された反撃になすすべもなく大きく吹き飛ばされてしまう。

「こんのぉっ、舐めるなぁーッ!!」

だが、高い機動力に自信を持っている彼女は、シャマルの攻撃に吹き飛ばされる最中で体制を立て直してみせる。

「うそっ!?」

更に、シャマルの風に単純に抗うのではなく、その流れに乗る事によってダメージを受け流す。
結果、吹き飛ばされはしたが、それほどダメージを受けていない。そんな彼女の対応の仕方にシャマルは驚きを抱く。
あの一撃だけで倒せるとは思っていなかったが、耐えるのでも、避けるのでも無い。あんな方法で防がれるとは思っていなかったシャマルだった。

「あ痛たた~。くぅっ、よくもやってくれたなっ。
今度はこっちの番だ!」

言うが早いか、彼女は持ち前の速さを生かして、一定の距離を保ったままシャマルの背後を取る。
だが、シャマルはその動きも見えていた。背後は取らせまいと振り返る。

「こっちだこっちーっ!」

だが、次の瞬間にはすでにシャマルの背後に回っていた。いや、背後を取ったのではない。シャマルの背後を通過し、再び正面に現れる。
そして止まる事もなく再び背後へ。
彼女は、シャマルを中心に円を描くように周回していたのだ。

「どうだっ、僕の動きについて来れるものならついて来てみろ!」

シャマルの周りを回りながら、彼女は挑発でもするように声を上げる。
彼女は自分の動きが見極められている事に気付いている。なら、見極める事が出来ないくらいのスピードで撹乱しようという腹だ。

対するシャマルは、冷静に思考を巡らせる。
相手は単純に自分の周りを周回しているだけ。だが、機動力に関してはずば抜けている。
下手に周回に割り込んで動きを阻害しようとしたら、逆にその一瞬で斬りかかって来るだろうと思う。
そうなったら、スペックの殆どが劣っているこちらが不利になる。

シャマルは自分の魔法ではあまりダメージは期待できない事はさっきのやり取りで分かっている。狙うのは、リンカーコアを摘出しての一発逆転。ただそれだけ。

そのためには、確実に相手の動きを止めなければならない。
この速度で移動し続けるのにも限界が在るはず。訪れる機会を、さらすだろう隙を見逃さないように、彼女の動きを常に目で追って、捕捉し続ける。
そして、

「はぅ~……?」

シャマルは目を回していた!

ぐるぐると回る単純な動きを追いかけていたのが原因だったが、シャマル自身のうっかりもまた大きな要因のひとつだった。
だが、間抜けな事をした事には代わりはない。明確な隙を自身でさらしてしまい、その上彼女の姿を見失ってしまった。
そして彼女は、

「うなぁ~……?」

こちらも目を回していた。
そりゃあ、あれだけ回っていればそうなるだろう。

「はれ~、どこに行ったの~?」
「うぅっ、シャマルがふたりに見えるぅ~。幻覚まほーを使うなんてずるいぞ~っ」

ふたりで空中をふらふら漂っているのは、傍目に見ていて戦っているようには見えない光景だった。

「くぅっ。作戦失敗だったか。なら次だっ。行くぞ、バルニフィカス!」

彼女は頭をふるって、ぼやけた視界をはっきりとさせる。
そして、さっきまでのことは無かった事にするかのように、次なる攻撃を繰り出すべくデバイスに呼びかける。
それに応える彼女のデバイスは、フェイトの所有するバルディッシュ・アサルトをコピーした存在。
変形フォームもバルディッシュと同一であると証明するように、金色の魔力刃を展開して基本の斧形態から鎌形態へと移行する。

「光翼斬!!」

それを、彼女は肩に担ぐようにして大きく振りかぶると、そこから一気に振り抜く。
同時に、展開されていた金色の刃がデバイスより解き放たれ、さながらブーメランのように回転しながらシャマル目掛けて飛翔する。
圧縮魔力刃であるそれは、受ければ多くのダメージを負う事は必須の威力を持つ。

「むっ、そんなの当たらないわよっ」

だが、弾速があるものならともかく、緩やかな機動をするそれを真正面からバカ正直に撃たれても避ける事は容易もいいところと、こちらも復帰したシャマルは余裕で回避する。
まさに当たらなければどうと言う事はないと証明する。
攻撃を回避された彼女だったが、シャマルの行動に残念がるどころか喜色を浮かべる。

「残念だったなっ。それはどんなに避けようとも何処までも君を追いかけ続けるぞ!!」

彼女の言葉を証明するように、圧縮魔力刃は大きく弧を描くようにして再びシャマルへと襲い掛かる。

「あっはっはーっ。せいぜい逃げ惑えばいいさ!」

シャマルが何処までも避けるというのなら、こっちは何処までも追いかけていく魔法を使えばよいというのが彼女の考えだ。
弾速は犠牲にしたが、それ以上に誘導性と威力を上げた魔力刃は、彼女の言う通り何処までもシャマルを追いかけるだろう。
そして彼女自身もいる。シャマルが下手を打ったら、一気に攻め立てるつもりだ。

「守ってっ、クラールヴィント!」

だが、対峙するシャマルは、そんな彼女の思惑には乗らない。
魔力刃の性質を看破し、避け続けるのも益はと判断したシャマルは、今度は避けるのではなく、自身の前面に渦巻く風の盾を作り出し、正面から魔力刃を受ける。
直後、刃に籠められた魔力が爆発をして、彼女の魔力光である金色の爆煙がシャマルの姿を覆いつくす。
至近距離からの魔力爆発。それは直撃を受けたらそれだけで終わりそうな威力だった。

「……私自身の防御力はともかく、私の魔法の防御力は甘く見ないでよね?」

だが、シャマルは何のダメージもなく爆煙の中から姿を現す。
シャマルの風の護盾の魔法は、彼女の魔力刃による攻撃を完全にシャットダウンしていたのだ。
そんなシャマルの姿を目の当たりにした彼女は、

「ちょ、それは違うだろーっ!!」

なにやら別な意味で憤慨していた。

「普通、刃状の魔力弾で追跡されたら、追いかけられながら相手の目前まで移動して、直前で機動を変えて相手にお返ししてやるって言うのがお約束だろうがぁっ!!」
「そ、そんなお約束知らないわよ!?」
「なら勉強不足だぞっ。ちゃんとマンガを読んで勉強していろよ!」
「マンガのお話なの!?」

彼女の情報源がマンガだという事に驚きを隠せないシャマル。
とりあえず、機動力の高くないシャマルでは、彼女の言うお約束の真似事は出来ないのだが、そんな事は彼女にとってはどうでもいいらしい。

「それに、爆煙の中から無傷で現れるなんて妙にカッコイイ演出なんて、シャマルのくせに生意気だぁッ!」
「えぇーっ!?」

彼女からすれば、カッコイイシャマルに腹が立っていたようだった。
そんな事は、シャマルからすれば理不尽な言いがかりでしかない。普通に戦っているだけだというのに、どうして自分が怒られなければならないのかとシャマルは思う。

「……こうなったら、仕方がない。僕の方がカッコ良く君を斃す!!
さあ、戦いを再開しようじゃないか!!」

そして、彼女はカッコイイという部分で妙な対抗意識をシャマルに抱いていた。

(うぅ~、なんだかやり辛い~)

鼻息を荒くして中々に理不尽な事を言ってみせる彼女に、シャマルは頭痛がする思いを抱いていた。
闇の書の関係者らしい彼女だが、わがままを言う子供っぽい姿を見ていると、悪い子ではないとは感じる。だが、対処に困る。
仲間であるヴィータも子供っぽい部分があるが、それとはまた違うベクトルを突き進む彼女をどうすればいいのかと頭を悩ませる。

補助と回復のエキスパートであっても、自身のこの頭痛を治す魔法は思いつかなかった。

「で~んじ~ん……」

彼女の子供っぽさに毒気を抜かれていたシャマルを他所に、彼女は周囲に魔力弾の発射体である金色の魔力弾を幾つも浮かべさせる。
その姿に、シャマルはハッとする。まだ、戦闘中だというのに、意識を戦闘のそれから日常のそれへと戻してしまっていた事に気付く。

「しょーうッ!!」

だが、シャマルが意識を戦闘に戻しきるよりも早く、彼女は魔力弾を放つ。
それは硬く鋭い弾頭の射撃魔法。誘導性のない直射型であるが、その分速度と威力に優れている。
設置した発射体は六発。それを、時間差を置いて連続発射する。

いつもなら、相応の対処をするところだが、今のシャマルには余裕がない。
咄嗟に魔法陣の盾を展開して、魔力弾を防ぐ。

「うっ……」

硬く鋭い彼女の魔力弾を真正面から防御して、魔力が削られるのを感じる。
中々に選択を失敗と思うが、今更過去を変えられない。油断していた自分が悪かったと受け入れて、シャマルはこれからの方策に頭を巡らせる。

「電刃衝、電刃衝、電刃衝ぉ!!」

だが、シャマルが態勢を立て直すよりも、彼女の方が圧倒的に速い。
先ほどはタメて数を設置して放った魔法を、さらに連続で繰り出していく。
それらは単発であるというのに、リロードの間隔が非常に短い。シャマルに防御の魔法を解除させる暇を与えずに、次々と撃ち込まれていく。

シャマルは彼女の攻撃を防ぎながら、このままでは不味い事を感じる。
ここは多少のダメージは覚悟してシールドを解いて仕切りなおしをしなければと思う。

「やあぁぁっっ!!」

しかし、ここでも彼女の速さの方がシャマルの上を行く。
直射魔法の連射に飽きた彼女が、今度はその高い機動力を生かして一気に肉薄する。
シャマルは、もう少しこの場の膠着が続くのではと予測したが、それよりも彼女の短気さが、シャマルを良い意味で裏切った。

刹那とも思える極小の時間でしかなかったが、高機動がウリの彼女からすれば十分。
既に、彼我の距離は白兵戦のそれ。
目の前に在る彼女の姿を認識し、シールドを回り込まれるとシャマルは思った。

「やぁッ!!」

だが、ここでも彼女はシャマルの予測を裏切る。
事もあろうか、シールドを回り込むのではなく真正面からそのデバイスを振り下ろしていた。
当然の事として、彼女の攻撃はシールドに阻まれる。彼女の攻撃はスピードこそあれども軽い。防御を破られる様子も無い。

「ていっ、とぁッ!!」

それでもなお、彼女はその手を止めない。怯む事無く、防がれるというのに真正面から次々と攻撃を加えていく。

(やば……!)

そしてシャマルは焦燥を抱く。
シャマルは攻撃の苛烈さと、次々と予想外の行動を取る彼女に対して解くタイミングを失い、ずっと同一のシールドを展開し続けていた。
彼女の攻撃は一撃一撃が軽いといえる。だが、それも積み重なれば、既にそれは軽くない。
攻撃を耐え続けたシャマルのシールドが耐久限界値へと間近に迫ってきていたのだ。

「砕け散れぇぇッ!!」

そして、彼女は圧縮魔力刃を展開した鎌形態で、全身を捻るようにして全力で薙ぎ払い攻撃を繰り出す。
それがトドメ。限界を超えたシャマルのシールドが、衝撃を加えられたガラス板のように砕け散る。

「そんなっ……」

目の前で起こった事に、呆然と呟きを漏らすシャマルは、シールドを破られた反動で、身体の自由が利かない。
決定的な、明確な隙をさらしてしまった事に、更に愕然とする。

「もらった!」

彼女はその自らが作り出した好機にシャマルをその手で捕まえる。
直後、ふたりの間に金色の魔力光で構成された魔法陣が展開される。
それは砲撃魔法を放つためのモノ。

「電刃爆光破ッ!!」

それをシャマルが認識したのと同時に、彼女は至近距離から砲撃魔法を繰り出す。
ただ、さすがに彼女も自爆をする気はない。至近距離からの砲撃で自身にダメージが返ってこないよう威力を抑えてあった。
だが、防御力の低いシャマルにはそれで十分。その齎された爆発に大きく吹き飛ばされる。
戦闘不能に陥るほどに至るまでではないが、間違いなく大ダメージだ。

それでもまだ敗北はしていないと、シャマルは吹き飛ばされた状態から、移動をしながら態勢を立て直す。

「天破ッ」

だが、その移動した先に、金色のリングが出現していた。

(バインド!?)

それが拘束魔法だと気付いた時には既に手遅れ。シャマルのその肢体が捕らえられる。
さらに、周囲に濃密な魔力が集まり、魔法を発生させる。

「雷神槌!!」

それは電気の魔力変換資質を十二分に発揮した魔法。肢体を拘束され身動きの取れないシャマルに強力な雷撃が浴びせられる。

「きゃぁぁぁっ!?」

そしてトドメと、彼女がデバイスを振りながらポーズを決めると、一気に爆発を引き起こす。
これにより、シャマルは戦闘の続行を不可能とするダメージを負うのだった。

「強いぞ凄いぞカッコイイ!!」

相手の防御を打ち破り、至近距離からの爆撃。最後はど派手な魔法でドドメを決める事が出来てご満悦の様子。
自身の功績を称えるように、バトンを回すようにデバイスを振り回しながら勝利を喜んでいた。

「……さて」

そんな行為にも満足して、改めてシャマルを見やる。
雷撃を浴びせてもまだ、拘束は解いていなかったため、その姿は中空にあったままだ。

「くぅ、……あなたは私をいったいどうするつもり?」

これ以上はどうする事も出来ないと悟り、それでもシャマルは毅然とした態度で彼女に臨んでいた。

「どうするも何も、僕達はもともと、闇の書の一部だろ。
君たちが勝手に切り捨て砕こうとした、呪いとやらのね!」

(やっぱり……、この子、闇の書の、防衛システムの断片データ……?)

シャマルの問いかけに対し、彼女は苛立ちを見せながら返す。
その答えの内容に、シャマルは自身が最初に思った事が当たりだった事を確信する。
さらに、そこから自分がここに来るきっかけとなったアースラからの通信によって齎された情報を加味し、分析をする。

「……街中に結界を作っていたのもあなたの仕業だったのね」

エイミィから入った通信によれば、似たような結界が幾つも発生しているという事だった。
それらの原因はその時は不明だと言われていたが、闇の書の防衛システムが働いていると分かれば、その推測も出来るという話。

「そうさ。そして僕だけじゃない。今頃、あちこちで僕らの欠片が生まれている。
砕かれた闇を、もう一度蘇らせるためにね!」

そして、彼女はそれを肯定した。
今回の事件の始まりは闇の書だという事を、そして、防衛プログラムがもう一度再生を果そうとしているその事実を。

「──そう、この街に沈んだ記憶を呼び覚ますんだ。
闇の欠片が、魔導師や騎士たちの強い願いや妄執を形にして君たちを襲う!」

最後に彼女はシャマルにビシリと指を指しながら、そう言って締める。
事態はもう始まっている。さあ、絶望をするが良いとでも言うかのようだった。

「……そう、色々教えてくれて、ありがとう」
「え?」

だが、シャマルの表情に浮かんだのは、負の感情ではなかった。
むしろ、これから先に対して希望を抱いているようなもの。そのあまりの予想外すぎるリアクションに、彼女は呆けた声を出す。

「あなたが教えてくれた情報は、既に仲間に送ったわ。
わたしだって、負けたからといってただじゃ終わらないわよ」
「な、なんだってーっ!?」

そう、シャマルは彼女に拘束されていながらも、クラールヴィントを使って、得た情報を仲間へと送っていたのだ。
確かにこれ以上の戦闘は出来ないし、逃げる事も叶わないと悟っていた。
だが、シャマルはこの敗北を次へと繋げるために、自身に出来る事を全力でこなしていた。
それは、情報伝達はシャマルの得意分野であり、そして守護騎士において参謀の役割を持つ者としての矜持だった。

「ふふっ、すぐにわたしが送ったデータをもとにみんなが対処をしてくれる。
第二、第三と送られる刺客が、いずれあなたを倒すわ!
確かにあなたは強いけど、それももう終わりよ。私は所詮バックアップ担当。みんなの中では一番戦闘能力が低いわ。
私に勝てて喜んでいるところ悪いけど、あまりいい気にならないでよね」

シャマルは内心、もうはやてなみんなに会えないだろう事を悲しく、辛いと思っていた。
だが、そんな胸の内をさらす事無く、毅然として振舞う。
目の前には斃すべき相手がいる。そんな相手に屈するわけには行かないと言葉を紡ぐ。

「……言いたい事は、それだけかい?」
「え?」

シャマルの行動に、悔しそうにしていた彼女だったが、ふと、その表情に悔恨が消えると、真っ直ぐにシャマルを見据える。
その光景を目の当たりにしたシャマルは、同時に意識を刈り取られた。

「僕は、王への道を諦めはしない。
どうせ、みんな越えなければいけない障害なんだ。
立ちふさがるというのなら、僕はそれを乗り越えてみせる……!」

シャマルの意識が途絶える前に聞こえてきたのは、確固たる決意を胸に秘めたような力強い声。
もしかしたら、余計な挑発をしてしまったのではないかと思いながら、シャマルの意識は闇に落ちた。










雷刃ちゃんは熱血系ヒーローに、シャマルは三流悪役に。
本人達はいたって大真面目に戦っているのに、見方によってはギャグにしかなっていないというこの不思議。
いったいプロローグ時点のシリアスは何処に行ったーっ!?
でも、これが雷刃ちゃんクオリティ。そしてシャマルクオリティ。その相乗効果。

アホの子×ドジっ子=ミラクル

ここ、テストに出ますよ?



[18519] IFシナリオ-第二話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/15 20:03
その連絡を受けたとき、にわかに信じられない思いだった。
だが、モニター越しに映る通信士の姿を見れば、それが偽りでない事は分かる。
そもそも、この状況でこれほどまでに悪質な嘘を吐く理由も無い。

……それが、盾の守護獣であるザフィーラの思いだった。

『うん。それでシャマルが最後に情報を送ってくれたから、みんなにも送るよ』

アースラの通信士であるエイミィにも動揺はあるのだろう、僅かに声が震えているようにザフィーラは感じた。
だが、毅然とした態度で自らの職務を全うするその姿に、あえて何も言わない。
今出来る事は、最後の力を振り絞ったのだろうシャマルの思いを受け継いで、皆を守るために全力を尽くす事だとお互いに分かっていたからだ。

「……闇の書の防衛プログラム。その構成体(マテリアル)、か……」

送られた情報を見ながら、実際に口に出してその事実を反すうする。

既に破壊されたはずのそれが、関わった者の記憶を寄り代として復活しようとしている。
闇の欠片が、自分達の良く知る姿を借りて、自分達に襲い掛かってくる。
そして、シャマルを落とした、闇の欠片の凝縮存在であり、独自の自我を持つ防衛プログラムの断片。

果たしてそれは、どれほどの力を持っているのだろうと考える。
シャマルは前線に出るタイプではないが、騎士と名乗るだけの実力を持っている。
そんなシャマルを倒したのだ。少なくとも、油断のならない相手だという事は分かる。

「……今こそ、盾の守護獣の務め、果す時」

闇の書事件の最後の時は、ザフィーラはその役目を果たす事が出来ないでいたと自身では思っている。
だから、今度こそ守りとおして見せると、握りしめた拳を見つめながら誓いを胸にする。

そのとき、ザフィーラの周囲に結界が展開される。それと同時に、アースラとの通信が不自然に途切れる。
結界の影響で通信が妨害されたのだと知るが、動揺に心が揺れる事はない。

鋼の肉体と同様、鋼の自律心を以って、舞い降りた影を凝視する。

「捕まえた……。盾の守護獣」

目の前に現れたのは、情報にあった通り、フェイト・テスタロッサの姿をしていた。
だが、その身からあふれ出させる魔力の質や身に纏う雰囲気はまるで本人とは違う。

「……なるほど、お前がシャマルを討ち取った防衛プログラムの構成体(マテリアル)か」

確認の意味も込めて尋ねる。もし彼女がシャマルを倒した張本人であるというのなら、シャマルをどうしたのかを聞きたいと思ってのことだ。

「ふん、僕の事を知っているって言うなら話は早い。
いかにもっ、我が名は雷光。閃の太刀にて君を斃すッ!」

尋ねられ、待っていたといわんばかりに彼女は名乗りを上げる。自身がシャマルを斃した存在である事を証明する。
その様子を見て、ザフィーラは僅かに目を細める。

「抱えている魔力量はともかく、人格はまるで幼子だな。
正直、シャマルを落としたというのが信じられん」

侮るわけではないが、それでも彼女の立ち振舞いからは未熟な精神が容易に見て取れる。
ヴィータは短気な部分があるが、それでも無為な戦いは避けるぐらいの考えはある。
だが、彼女の嬉々として戦いに望む姿は、目の前の刹那な時間しか見えていないようにも見える。

「なんだとっ!? これでも僕は砕けぬ王を目指す、力のマテリアル!!
さあっ、正々堂々かかってこぉーーいっ!!」

「……闇の書の闇ではあるが、騎士道の心得は持つか。
ひとつ確認するが、倒したシャマルは殺したのか?」

彼女の人となりをなんとなくではあるが理解して、ザフィーラは最も気にかけていた事を尋ねる。
言葉にすると、それが事実なのだと認識させられるようで心がざわめく。
だが、守護の務めを持つ者として揺らぐわけにも行かないと、声色は淡々としたものだ。

「別に殺したわけじゃないさ。シャマルも君も、闇の書を構成する重要なプログラムだ。
破損させて再生のためのプログラムが足りなくなったら大変だろ?」

案の定、あっさり答えは返ってきた。それは状況がまだまだ絶望とは程遠い場所にあるという事でもある。
ならば、やるべき事はひとつ。

「そうか。つまり、お前を倒せばシャマルを救い出す機会は残っているわけだ」

拳を握りしめ、身構える。
出来る事なら、シャマルの事を気にかけているであろう、心優しい主にこの情報を伝えたいと思うが、通信妨害の効果のある結界のせいでそれは出来ない。
通信・輸送・治療などの補助的な魔法を得意とするシャマルだからこそ、この結界を抜けて情報を送る事が出来たのだ。その辺りは即座に諦める。
ザフィーラに出来る事は、目の前に相手を打倒する事。もしくは救援がくるまで持ちこたえるか……。

「これで憂いはなくなった。お前の言う通り、正々堂々相手をしよう。
闇の書の闇は在るべき物では無い。お前は闇の彼方で静かに眠れ」

そして、ザフィーラの選んだのは前者。このまま戦闘の開始だった。

闇の書の闇である防衛プログラムは、主を殺す呪いであることはもちろん、いくつもの悲劇を繰り返してきた。
その悠久の時の末に、ようやく辿り着いた安息の時。それを害するというのであれば、容赦はしない。守るために戦うのが自らの矜持。

「……ふんっ。君だって闇の書の一部だったクセに、嫌な事は全部僕に押し付けて、自分達だけはのうのうと生きようって魂胆なんだろ。
そんなヤツの言う事なんて聞いてなんかやらないっ。お前も僕の糧にしてやる!!」

だが、そんなザフィーラの想いは、彼女にすれば苛立ちの要因でしかない。
彼女は自分が呪われた存在だなんて欠片も思っていない。だというのに、ずっと一緒に居たはずの守護騎士までもが自身を要らない存在だとはっきりと言う。
それが許せない。苛立ちは怒りとなる。そして憎しみの炎となって瞳に宿る。

「……そうだな。我らが主を護る為にお前を切り捨てた事に言い訳はするまい」

人格はまるで幼子。だが、だからこそ自身の感情を偽る事無く表に出す。
今の彼女が怒りをあらわにしているというのなら、それは純粋なる本心からの怒り。
それを真正面からぶつけられ、ザフィーラは彼女の心の内を知る。

「だが、闇の書の復活を見過ごすわけにもいかん。悪いが私にしてやれる事はない。
せめて静かに眠れるよう、全力を尽くそう」

本当なら、彼女は悪と呼ぶべき存在ではない。憎むべきは防衛プログラムに悪意ある改変を施した、一部の歴代の主なのだろうとザフィーラは思う。
だが、現実として闇の書が存在すれば、必ず悲劇を引き起こす。そして悲劇を引き起こす要因が、結界的に世界から悪と呼ばれるのだとも知っている。

悪ではないはずなのに、悪である事を義務付けられた存在。憐憫の情を抱くのには十分な要素を持っている。
それでも、ザフィーラには何もしてやる事が出来ない。
ただ、代わりに、悪ではない存在を倒すという罪を自身が背負う覚悟で戦いに臨む。

「眠りなんて要らないっ。僕が欲しいのはそんなものじゃないっ。
僕を……、闇を打ち砕こうというのなら、君が死ねっ!!」

ザフィーラは言い訳も謝罪もしなかった。全て事実と受け入れようという態度。
彼女も今更謝罪して欲しいなんて思っていない。ただ、結局のところはザフィーラも自分を不要な存在だと言うのがとても癪に障った。

怒りと憎しみのボルテージが上がっていくのを彼女は感じていたが、その感情を抑える気はない。
既に戦端は開かれている。負の感情を力へと変えて、自分を蔑ろにする相手を倒すと空を翔る。

「はあぁぁぁぁっ!!」

一瞬の時を数える暇さえ与えない内にザフィーラへと肉薄する。
その勢いを殺さぬまま、デバイスを振り抜く。速さと鋭さを以って、一気に切り裂くべく襲い掛かる。

「ぬんっ!!」

それを、ザフィーラは拳で防ぐ。
速度で圧倒的に劣っているが、それでもタイミングを合わせて真正面からぶつかり合う。
両陣営にダメージはないが、ウェイトの差で彼女の方が吹き飛ばされる。

「こんのぉーっ!!」

自分が先手をとったはずだというのに、攻撃のタイミングが同一だった事にカチンと来て、彼女は即座に態勢を立て直すと即座にアタックを仕掛ける。
先ほどよりも回転を上げ、更なる速度で斬りかかる。

「確かに速い。……だが、それだけだ」

だが、それもまたザフィーラには届かない。その一撃もまたタイミングを合わせた拳によって阻まれていた。
ザフィーラは彼女に速度で追い付けないはず。だが、現実には遅れてはいない。

もとより、速さで勝負する気はザフィーラには無い。故に、動かない。
別に自分が動かずとも、彼女の方から自分の手の届く範囲にやってくる。
ならば、足を止め、迎撃に全神経を集中する。自らの手が届く範囲に訪れる存在、その尽くを討ち取るべく動く。

それは、シャマルの取った戦術に良く似ているが、まるで違う。
シャマルの防御は回避の一択だったが、ザフィーラのそれは、時に回避する時もあるが、基本は受け止める事に在る。
不意打ちならともかく、来ると分かっている攻撃を耐える事など造作ない。鋼の肉体を自称は伊達ではない。

「このぉーっ、何で僕の攻撃が通らないっ!?」
「速いが軽い……。その程度の一撃では盾の守護獣は屈せん!」

後の先をとる、鉄壁の構え。
それはさながら難攻不落の要塞かのように、容易な攻めでは打ち破れない。
既に彼女は圧縮魔力刃を展開して、ザフィーラの防御を切り裂こうとするが、割と単純な太刀筋は、ザフィーラの防御を破るには至らない。

「僕は『力』のマテリアルッ。うんっっと、強いんだぁーッ!!」

攻撃の尽くが跳ね返される事に、彼女は憤りを覚える。距離を置き、ザフィーラの事を睨みつける。
自分は強いはず。だから倒せないわけなんて自分の心を奮い立たせる。渾身の一撃を叩き込むべく、デバイスを大きく振りかぶる。

「こー……よくざん!!」

そして、一気に振り抜く。飽和量を超え、紫電の迸るほどに全力で魔力を込めた圧縮魔力刃が解き放たれる。
空間を切り裂き、ザフィーラをも一刀両断にしようと襲い掛かる。その威力は、さしものザフィーラであっても到底耐えられるはずの無い威力。

「ぬおぉぉぉっ!!」

だというのに、ザフィーラはブーメランのように飛翔する圧縮魔力刃を前にしても動じない。
既に回避をしようとしても、ザフィーラの速度ではそれも無理。シールドを展開しようにも、シールドごと切り裂かれる。それほどまで目前に迫ってなお動かない。

その刹那。ザフィーラの足元に魔法陣が展開される。そして、

「そんなばかなっ!?」

事もあろうか、ザフィーラは圧縮魔力刃を真正面から受け止めていた。
その予想外の行動に、彼女は驚きに目を見開く。必殺のはずの刃が、ザフィーラの前にその役目を全うする事を阻害されているのは信じられない思いだった。

「ぬぅぅんっ!!」

だが、ザフィーラは受け止めただけでは終わらない。受け止めた際に発生した衝撃を逃す事無く溜めこむ。それはさながら彼女の魔力を自身の魔力へと変換しているかのよう。
溜めこまれたエネルギーを、ザフィーラは自身の魔力で纏め上げる。ひとつの指向性を持たせた上で解き放つ。
それは、砲撃魔法となって彼女に襲い掛かる。

「うわぁっ!?」

それを、辛くも彼女は避ける。まさか、ザフィーラが砲撃魔法を使うとは思っていなかったために虚を突かれ反応が遅れたが、それでも避ける事が出来た事に安堵して前を睨みつける。
そして、彼女の目に映るのは、もう一撃、更なる威力と魔力を込めたであろう砲撃を放とうとしているザフィーラの姿……!

「はぁぁっ!!」

やばいと思った時には遅い。次の瞬間にはザフィーラの魔力光が一気に膨れ上がり、視界いっぱいに埋め尽くされる。
さっきは慌てて避けたため、体勢が崩れている。この状態からの回避行動は難しい。それ以前に、この攻撃範囲は避ける事を許さない。
そう咄嗟に判断した彼女はシールドを展開して防御をする。

「くぅ……!?」

しっかり空中で踏ん張って堪える。だというのに押し込まれる。魔力が削られる感覚の中で、必死に軌道をずらして耐え凌ぐ。
ザフィーラのそれは、射程は短い。虚空を撃ち抜くまでもなく魔力を霧散させたが、彼女にはそれを見届ける余裕もない。荒れた呼吸を整える事で精いっぱいだ。

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

その一瞬を好機と見たザフィーラは、このタイミングで不動の構えを解く。高機動魔法で一気に肉薄し、全力で拳を振りかぶる。
雄々しく叫びを上げるその姿を前に、彼女は改めてシールドを展開するが、ザフィーラの拳はそのシールドごと彼女の事を吹き飛ばす。地面へと向けて叩き落とす。

「縛れっ、鋼の軛っ!!」

ザフィーラの眼前に、ベルカ式の三角形を基本とした魔法陣が展開される。
それと同時に、彼女が吹き飛ばされ行く先の地面にひび割れが生じる。そして、罅割れの中から白い巨大な杭のような魔力塊が突き出してくる。
それもひとつやふたつではない。数多の魔力塊の鋭利な突端が、落ちる彼女を迎えるかのように突き出る!

彼女の被ダメージは少なくない。ザフィーラの攻撃を防御越しとはいえまともに受けて意識が遠のきそうになる。
だが、歯を食いしばって途切れかけた意識を繋ぎとめる。自身の中にある怒りや悲しみ、憎しみの感情を燃え上がらせ、まだ終わらないと瞳に力を宿す。

「……負ける、もの、かぁぁっ!!」

想いを言霊に変えて叫びを上げる。同時に、彼女は自分の中で何かが弾けるような不思議な感覚を抱く。
思考がクリアになる。雑念の全ては排し、求めるのはただ勝利の二文字だけ。
ただ全力を尽くす意志だけが彼女の中を占める。

吹き飛ばされる中で、体勢を反転させる。そして目の前に自身を突き刺そうと迫るモノを視認する。
迫るモノと、近づき行く自身の身体から、相対的にその速度が増している。
防御も回避も容易ではない。殆ど無理なのではと思える状況。

「僕は飛ぶっ。それを阻めるものなんて何もないっ!!」

だが、彼女はその全てを“見えて”いた。回避不能というその無理を可能に、それこそ無理矢理に書き換える。
刹那を見極め、目前に迫っていたそれをすれ違うようにして回避する。避けきれなかった分、身体に裂傷が刻まれるが、気にかけもしない。
既に避けたはずの先には、また別な杭が突き出している。一瞬の判断で軌道を変えて、次々と、スピードを緩める事無く空中を飛び舞う。

急加速と急停止の繰り返し。常識を遥か彼方へ置いてきたかのような敏捷性でザフィーラの魔法領域を翔け抜ける。
勝利と敗北の紙一重な綱渡り。それを彼女は自身の機動力のみを頼りに渡りゆく。

彼女の最大速度は変わっていない。だというのに追いきれない事にザフィーラは驚きを抱く。
緩急のメリハリはもちろんだが、それ以上に判断速度が異常であった。
それが、彼女の速さを更なる次元へと押し上げている。結果、ザフィーラの攻撃を後から見ているというのに、先に動いて避けていく。

「逃さんっ!!」

ザフィーラは、先ほどまでとは明らかに違う動きに無作為に杭を発生させても無駄と悟る。
直接狙うのではない。彼女を取り囲むように杭を発生させる。
もとより、鋼の軛という魔法は、攻撃魔法ではない。相手の動きを阻害して動きを奪う拘束魔法の一種。
その役割を果たすべく、一挙に地面から魔力の杭が突き出してゆく。

彼女もまた、ザフィーラが何をしようとしているのかを悟り、急停止から、一瞬でトップスピードに乗って囲いを抜けようとする。

だが、僅差でザフィーラの方が早かった。完成した包囲網は、彼女の行く手を物理的に遮る。周囲だけでなく空中へ抜ける上の方もカバーして展開される。
小柄な子供の身体であっても、抜け道のひとつも無い堅固な牢獄が彼女の姿を覆い隠す。

「終わりだっ!!」

閉じ込めたからと言って安心や気を緩めるなどといった愚は犯さない。そんな真似をすれば逆にこちらが討たれると野生の勘が告げていた。
故に、ザフィーラは展開した杭のような魔力塊の魔力を収束させる。その堅さを維持するために多くの魔力を籠められたそれらを爆散させてトドメとしようとする。
ザフィーラの魔力光が一際強く輝きを見せる。

「……砕け散れっ!」

瞬間。彼女の声が聞こえた。

それと同時にザフィーラの囲いの隙間から鮮烈なまでの金色の光があふれ出す。
最初は隙間から漏れるだけだった金色の閃光はザフィーラの魔力光を飲み込んで輝く。
そして、一気に薙ぎ払われる。ザフィーラの形成した包囲網は、たった一太刀によって斬り伏せ、打ち破られていた。

そして姿を現す、足元に展開した金色の魔力光に照らし出される彼女の姿。
そこに在るのは彼女を主役にした、彼女のためだけの、彼女のステージ。

携えるのは、普段の斧形態ではない。魔力で構成され、紫電を迸らせる金色の刀身を持つ、身の丈を越えるような大型剣。
見るもの全て魅了するかのような力強さと鮮烈な輝きを以って自身の存在を誇示する。

「雷刃!」

掲げる刀身に発生した雷が落ちる。それは紫電となって轟く雷鳴が辺り一帯に響き渡る。
古来より雷は畏怖の対象であった事を証明するかのように、見ているだけでひれ伏したくなるような恐怖と、荘厳さを内包してその姿は在る。
 
「滅殺っ!」

大剣を肩に担ぐようにして構える。轟く紫電、その全ては集束し、刀身に宿り力となる。
魔力が際限なく高まっていく。行く手を遮る全てを打倒するそのために。
そして彼女の瞳が、倒すべき相手を、ザフィーラの姿を射抜く。

「極光斬!!」

瞬間、全力で剣を振り下ろす。それとともに金色の閃光が解き放たれる。
それは、ただでさえ彼女の身の丈を超える大剣が、更に肥大化させた刃であるかのように見る者の目に映る金色の極光。

防御なんてさせない。雷速の、神速の一太刀。
彼女の保有する最大威力の砲撃魔法。雷刃滅殺極光斬は、その斜線上に在るモノ全てを貫き、切り裂き、突き抜けねじ伏せる究極の斬撃。

「……さあ、僕の勝利だ!」

それは、防御力に自信のあったはずのザフィーラをも一撃で撃墜した。






地に倒れ伏すザフィーラは天を仰いだままピクリとも動く事が出来ないでいた。
全力で防ごうとして、彼女の攻撃はその上を行ったのだ。
結果、彼女の魔法は一応非殺傷設定にされていたために五体の欠損はないが、それでも行動する気力も魔力も全て奪い去っていた。

「どうだっ、僕は凄い強いだろ!!」

そんなザフィーラの隣で、彼女は勝利に喜び勇んでいた。
その姿は、先ほどの畏怖と憧憬を同時に抱かせるような、何処までも真剣な瞳ではなく、見た目相応の幼さのままに感情をあらわにしているものだった。

「……そうだな。私の完敗だ。まさかあそこから逆転されるとは思いもしなんだ」

ザフィーラはなんとなく苦笑を漏らすような気分で敗北を認める。
自身の全力のその上を行かれたのだ。悔しくも在ったが、それ以上に清々しい想いが胸の中を占めていた。

「む、何負けたのに笑っているんだ。もしかして打ち所でも悪かったのか?」

それに、彼女の邪気のない、純粋に喜色満面な顔を見ていると彼女が本当に呪われた存在であるとは信じられなかった。
今も、自覚しない内に笑みを浮かべていたザフィーラの顔を見て、笑われているような気がして拗ねて、それでも何処か心配する姿は闇の書の闇とは似ても似つかない。

「……お前は、一体何なのだ? お前の存在は何を成そうというのだ?」

考えはそのまま口を突いて出ていた。
ザフィーラには彼女が呪われた存在、呪いそのものである闇の書の闇だとは到底思えなかった。
何処にでもいる、とはいえないが、見守るべき子供の姿にしか見えなかった。
だから、彼女が何者なのかが、ダメージから緩慢となる思考は答えを導き出せずに疑問となってザフィーラの口から溢れていた。

「僕の名乗りをもう一度聞きたいのか? ……ふふんっ、仕方がないな~。もう一度だけしか言わないからちゃんと聞いているんだぞ!」

彼女のその口調は、何処かめんどくさそうだが、表情は間違いなく嬉しそうだった。

「え~、あー、あー。ゴホンッ。

……名を問われて応えないのは礼儀に反する。さあ刮目してよく聞くがいい!
闇の書の闇のマテリアルが一基。『力』を司る雷剣士とは、この僕の事だ!!
さあ、この名を聞いて、恐れおののくがいいさ!!」

声の調子を確かめ、万全を期す。
そして、改めて名乗りを上げる。びしりとポージングをしたり、背後で雷光が煌く演出をしたりと、彼女は内心ガッツポーズをして、決まったと悦に入る。

ただ、ツッコミどころとして『刮目』して『聞け』というのは少しおかしい。

「……そうか」

ザフィーラは色々な部分をスルーしながら、ポツリとだけ呟く。
そのリアクションの少なさに、彼女はかなり不満げな様相をしてみせるが、ザフィーラは自身の思った事を口にする。

「……お前は、私が思っていた闇の書の闇とは少し違うようだ。
断片であり、独自の自我を持つ故なのかは分からないが、確かにお前は“お前”だ。闇の書の闇ではない」

それは偽りの無い、実際に拳と刃を交えて抱いた、ザフィーラの想いだった。
彼女の太刀筋は何処までもまっすぐで淀みの一切がなかった。剣士ではないザフィーラでも、十分に彼女の真っ直ぐさが分かるというものだった。
故に、敗北しても悪い気のしない、清々しい想いを抱いていたのだと思っていた。

「……なんだと。僕は防衛プログラムの一部だ。君は、それすらも否定しようというのか!?」

深く物事を考えるのが苦手な彼女にとって、ザフィーラの物言いは理解が出来ず、ただ単純に、字面からまた自分の存在を否定されたモノだと感じた。
自分が防衛プログラムの構成体(マテリアル)だというのは、彼女の根幹をなしている。
それまでも否定されたら、彼女には本当に何も無くなってしまう。
だから嫌で、悲しくて……。ザフィーラの言葉に怒りを抱く。

「違う。ただ、お前は『自分』というものを持っているのだ。自らの本当に成すべき事がなんなのかを、もう一度考え、見定めるべきだと私は言いたいのだ」
「……うるさいうるさいうるさーいッ。もういい。君もさっさと僕の中に還れ!!」

ザフィーラは自分の言葉が足りなかったのだと悟り、言葉を続ける。
だが、彼女はその言葉にを、はいそうですかと納得出来ない。したくなかった。
なんにせよ、ザフィーラは敵だ。そんなヤツの言う事なんかもう聞きたくないと、ザフィーラを取り込むべく行動を起こす。

「ぐぅっ……!?」

彼女の裡より溢れ出た闇に、ザフィーラは苦悶の声を僅かに漏らす。それでも、ザフィーラは視線を真っ直ぐ彼女へと向けていた。
自分の言葉では届かなかったと悟って、それでもこの想いは伝えねばならないと、その姿が消える最後の一瞬までザフィーラは真っ直ぐ、彼女の瞳を見つめていた。

「……何なんだよ。折角いい気分だったのが台無しじゃないか」

一人になって、どうしてザフィーラが最後にあんな事を言ったのかが分からない。何をしたかったのかが分からない。それが苛立ちとなって彼女を苛む。
きっと重要な事だと感じるのだが、いくら考えても答えは出ない。

「……僕は『力』のマテリアルなんだ。それ以外に何があるんだっていうんだよっ!?」

結局、彼女の行きついた結論は、ザフィーラの言う事なんて忘れて、ただ闇の書の闇を復活させる事、そして懐かしい闇に還るために頑張るのだという事だった。
そして、それを成すために、彼女は再びこの空へと飛び立った。

それでも、何故かザフィーラの言葉は胸の奥から消えなかった……。










雷刃ちゃん、種割れしてるーっ!?

そんなわけでザフィーラに勝利。いぶし銀な彼はいいキャラだと思うよ。
ただ、戦闘中のセリフが「ぬぅんっ!」とか「おぉぉぉっ!」とかばっかりなのはちょっと困った。



[18519] IFシナリオ-第三話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/22 19:57
彼女は闇の書の闇、防衛プログラムの一部である構成体(マテリアル)の一基。
『力』を司る存在であり、闇の書の復活が目的。そして自らが王となり、かつて居た闇へ還るために魔導師や騎士を糧とするべく魔導を奮う。

対峙しているのは夜天の書の守護騎士のひとり。鉄槌の騎士ヴィータと、その愛機、鉄の伯爵「グラーフアイゼン」。
彼女の内に囚われた仲間を救い出すため、そして今度こそ闇の書の闇を完全に打ち砕くべく戦いに臨む。
守るべきもの、守りたいという願いのために、騎士の誇りを胸に空を翔ける。

今、ひとりの魔導師とひとりの騎士が、お互いの持てる力を最大限に使って戦いを繰り広げていた。

「いっけぇぇっ!!」

外見は幼い少女でありながらも、守護騎士として永い時を過ごしてきた歴戦の勇士であるヴィータが、小さな鉄球を手にしたハンマーで四発を一度に打ち出す。
それは、ヴィータの真紅の魔力光を纏い、誘導弾として変幻自在の軌道を以って彼女に襲い掛かる。

「たぁぁぁっ!!」

黒のボディースーツに青のベルトやマント。青い長髪はツインテールに纏めている彼女は、迫る誘導弾を鎌のように展開した魔力刃でひとつ、またひとつと斬り伏せ叩き落としていく。
彼女の反応速度をもってすれば、その程度の事は容易であるとでもいうかのようだ。

「アイゼンッ!!」

無論、ヴィータとてそのぐらいで倒せる相手だとは思っていない。誘導弾に気を取られている間に一気に肉薄。発動させる魔法は『テートリヒシュラーク』。
それは防御突破の付加効果のある重い一撃。シンプルではあっても防御ごと叩き潰す威力があるそれが、なんの躊躇もなく振り下ろされる。

だが、それも彼女には当たらない。粉砕の一撃を間近で見てもその迫力に呑まれる事無く、退かず、逆に踏み込む事によって、その猛威を潜り抜ける。
すれ違うように交錯する青い魔導師と赤い騎士。その視線が同時に相手の瞳を捉える。

そこに映っていたのは、敵愾心に満ち、相手を打倒しようとする確固たる意志。
そんな相手の想いを理解し、だが自分も負ける気は一切ないと、さらに自らの心を奮い立たせ合う。

刹那の接触を経て、互いに背中合わせのように中空に立つ。そこはまだ白兵戦の間合い。
デバイスを振れば、すぐに相手に届く距離。

「はぁぁっ!!」
「だりゃぁっ!!」

ならば攻めない理由は無い。ふたりは振り向きざまに互いのデバイスを振り抜く。
だが、同時ではない。高速戦魔導師である彼女の方が、速く鋭い。その攻撃速度はヴィータを上回り、始動は同じであっても確実に先を取る。

だが、ヴィータが負けるかと言えばそれも違う。
確かに速さでは彼女に勝てるわけが無い。だが、鉄槌の騎士と呼ばれるその一撃の重さは彼女のそれを圧倒する。
殆ど後出しだというのに、彼女の軽い一撃など物ともしないかのように一気に振るわれる。

速さで先手を取った彼女の一撃はヴィータの一撃の威力を著しく削り、だが、それでも十二分の威力のあるヴィータの一撃。
結果、ふたりのぶつかり合いは互角の様相を演じる。互いの一撃は、互いに被ダメージを与えるには至らなかった。

「ちぃ……っ!」

舌打ちをしたのはヴィータ。それと同時に高機動魔法でこの場を一時離脱する。
騎士にとって接近戦は望むものではあるが、彼女のその圧倒的なまでの速度の前では、自分が攻撃をしても、より早く切り込まれてしまう。
ハンマーという武器の特性上、どうしても大振りにならざるを得ないという事情もある。
こちらが先手を取っても、ただ速さだけで先手と後手の順を覆してくる彼女に張り付いていてもカウンターを取られるのが関の山。今のも互角だったのはたまたまだと分かっている。

故に、いったん距離を置かねばならない。
それを、戦闘に高ぶる精神の中でも的確に判断を下す。

ヴィータはシャマルやザフィーラのように待ちに徹するような戦い方ではなく、自ら立ち回って戦闘をする。
遠距離、近距離、補助と、多くの要素を高水準でこなせるオールラウンダーであるヴィータが、待ちに徹するというのは性格的にも無理。
故に、持てる手札を巧みに切りながらの立ち回りを演じる。

対する彼女は、ヴィータのように深い考えは、ぶっちゃけ無い。
考える事は単純明快。『ただ速く』の一念のみ。
逃げるというのであれば追う。攻撃されるのであれば避けるだけ。そして、今もヴィータは後退したというのであれば追うというシンプルなものだ。

通常、機動力に自信のある魔導師はヒットアンドウェイに徹する戦い方をするもの。
それは、場合によっては遠距離からの牽制や砲撃の一撃を放ち、一瞬の隙を見て肉薄して一撃を加え、反撃をされる前に相手の射程外へ逃れるもの。
得意な間合いは着かず離れずのミドルレンジ。あるいは相手がクロスレンジを得意とするならロングレンジまで距離を置くのもひとつの在り方。

だが、彼女の場合は違う。
ただ速さだけを頼りに、接近戦を繰り返す。防御は反射神経による回避のみ。
速さと鋭さを以って、常に至近距離での戦いを続けようとする。スピードによって相手を翻弄し、同時にクロスレンジをこなすという無茶を押し通す。

一撃入れられたら終わりだというのに、それでもあえて離れないというのは、勇敢とも言えるが、その大抵は無謀と呼ばれるものでしかない。
だが、彼女は接近戦を望む。理由は単純明快。その方がカッコイイし楽しいからだ。

そして今も、下がろうとするヴィータを追って、踏み込んでいこうとする。

「ほらよっ!!」

だが、そんな彼女の行動は至極読みやすい。追撃が来ると分かっていて何もしない手は無いと、ヴィータは置き土産代りに誘導弾を放つ。
四発のそれらは、真正面から彼女の行く手を遮る。しかも一点突破もさせないように配置している辺り、ヴィータの技量と経験の高さが窺える。

流石の彼女も無理矢理に突破するわけにもいかず、いったん足を止めてそれらに対処する。

「コメートフリーゲンッ!」

そこへ、距離を置いたヴィータが追撃をかける。浮かび上がるのはひとつの鉄球。
だが、それは先程までの誘導弾に使っていたそれとは違う。ハンドボール大はあろうかというそれは、込められた魔力も威力も誘導弾とは一線を画する、まさに砲弾。

それを頭上からのオーバースローで振り抜くハンマーで、全力で打ち出す。
瞬間、真紅の魔力光に覆われて、一直線に彼女へ向けて撃ちだされる。誘導性はない。威力を重視したそれが空を翔る。
無論、次なる魔法を使っても誘導弾の制御をヴィータは怠っていない。彼女の足止めにと放っていた誘導弾を巧みに操り、その動きを阻害し、行く手を誘導する。
故に、砲弾の直進上に彼女の姿があるのは、偶然ではない。

「光翼斬ッ!」

目の前に迫る脅威に対する彼女の選んだ手段は迎撃。
回避しようにもピンポイントで誘導弾が先回りをしている。防御にしても、まだ現状では防御で魔力を削る場面ではない。
その判断からの迎撃だったが、生半可な攻撃ではこちらが一方的に負けて押し込まれると考えるまでも無い事も直感で理解していた。
故に、放つのはデバイスに展開していた圧縮魔力刃。大きく振りかぶり、身体の捻りの勢いも加えて解き放つ。
それは、残っていたヴィータの誘導弾をも切り裂いて、真紅の魔力を纏う砲弾と真正面からぶつかり合う。

砲弾と魔力刃。そこに込められた威力は互角。
拮抗し、そして大爆発を引き起こす。彼女とヴィータの間では魔力の残滓が霧となり、ふたりの魔力光の入り混じった爆煙が視界を遮るように発生していた。
その爆煙の中を、ヴィータへと一気に肉薄するべく彼女は突っ込む。迂回なんて面倒はしない。最短距離を最速で距離を詰める。

そして、爆煙の中を突き抜けた彼女の視界に映ったのは、もう一発放っていたヴィータの砲弾!

「うわぁっと!?」

ヴィータの姿があると思っていたところに、完全に思考の埒外であったそれが現れた事に度肝を抜かれた彼女だったが、辛くも回避する。
誘導弾ならともかく、迎撃は不可能、防御も骨な威力のそれに、回避というのは間違ってはいない。

「ラテーケン、ハンマーッッ!!」

だが、ここまでが全てヴィータの思惑通りだった。
彼女に向けて放たれた砲弾は、僅かに軸をずらされていた。
それは、本当に僅かではあったが、咄嗟の判断の中では避ける方向を限定させるには十分な要素。彼女の回避のために動いた方向は、まさにヴィータの狙い通り。

彼女の行く先にはヴィータの姿。手にしたデバイスは一方に突起、もう一方にはジェット噴射口の着いたフォルムに変形を終えているばかりか、噴射された魔力によって加速も得ていた。
あとは、彼女へと叩き込むだけ!

「当たるっ……かぁっ!!」

だが、彼女はそれすらも避ける。
急激な方向転換で砲弾を回避した所から、更に加速する事でヴィータのハンマーの届く範囲から一気に離脱する。

息もつかせぬような攻防の応酬。実力の差も殆ど無いが故の、互角のせめぎ合い。
今、この場では非常に高度な魔法戦が繰り広げられていた。

「だーくそっ。思念体の癖にちょこまか避けてんじゃねーよっ、このバカがッ!!」
「僕はバカじゃないって何度言えば分かるんだよっ、このチビがッ!!」
「さっきから頭悪そうな戦い方しておいてバカは確定だろうがっ。それとあたしの事をチビチビ言うんじゃねーよっ!!」
「頭悪そうって言うなぁッ! あと、君はちっこいんだからチビって言って間違ってなんかいないだろ!!」
「うっせーよっ! このバカバカバーカ!!」
「なんだとぉっ! このチビチビチービ!!」

……ただ、同時進行の舌戦は非常に低レベルだった。


思い返せば、ふたりは初めて顔を合わせた時からこんな感じだった。

出会いのその時も、何を想うよりも先に『こいつとはそりが合わない』とひと目見て直感を働かせていたのだから、その想いは筋金入りだ。
ただ、同時に同じ事を考えているのは、これ以上無く気が合っているとも言えなくは無いのだが、その辺りは本人同士、絶対に認めない事だろう。

とりあえず、見る者がこの場を見れば、抱く思いはひとつ。

子供がふたりいる、と。


「だりゃーっ!!」
「たぁぁーっ!!」

交わす言葉も少なく始まった戦いだったが、苛烈さを極めるばかりで、勝負がつかないでいた。
いかに見た目が子供とはいえ、その身に宿る魔導と技は高い次元で習得されたモノ。
片や速さと鋭さで勝り、片や重さと威力で勝る。
得意分野は全く違うが、それでも自身の持てる力の粋を競い合うのは、総合力で言えばほぼ互角。
故に、戦いが始まってから幾分の時間が経過した今でも、勝敗の天秤にいまだ大きな傾きが無かった。

「で~んじ~ん……」

彼女は周囲に直射弾である電刃衝の発射体である金色の魔力球を設置してゆく。

「シュワルベ……」

それを見たヴィータもまた、小型の鉄球を目の前に浮かばせ、それを打ち出すべくデバイスを振りかぶる。

「しょーうッ!!」
「フリーゲン!!」

そしてほぼ同時に互いの魔力弾が放たれる。
彼女の直射弾は、時間差を置いて順次発射される。時間差で高速で放たれる数は6つ。

対するヴィータの誘導弾は4つ。数で劣っているが、それが戦力差ではない。
直射弾は細かい制御など利きはしない。大きく避けてもさほど問題も無い。故に、時間差があるとはいっても、バカ正直に魔法のぶつけ合いをする必要も無い。
ヴィータは大きな回避運動をしつつ誘導弾を操作し、自身に命中の危険性のある直射弾を見極め、それだけは真正面からぶつけて相殺する。
そして、残りで危険ではないと判断した分は無視し、彼女に狙いをつける。

結果、ヴィータの誘導弾はばら撒かれた直射弾をすり抜けるようにして彼女に襲い掛かる。そして、ヴィータは既に直射弾の猛威からの安全圏に達していた。
遠距離での打ち合いでは自分に軍配が上がった。そうヴィータは思った。

「電刃衝ッ!」

だが、彼女はさらに直射弾を放つ。それは、誘導弾が目前に迫っていると知ってもなお、迎撃ではなく相手を打倒するために放たれていた。
直射弾は、誘導性は確かにない。だが、それを補って有り余る速度でヴィータへ迫る。

互いの目前に、互いの魔力弾が襲い掛かる。すでに回避も防御も出来るようなタイミングではない。

「「フルドライブッ!!」」

それを、ふたりとも自身の魔力を全開にする事で対処する。
身に纏うフィールド系の防御出力を最大にする事によって受けるダメージを出来る限り軽減したのだ。
防御膜で受け止めて相殺するバリアや、固く弾く・逸らすシールドと違いダメージは徹るが、それも最大にすれば魔力弾一発程度どうと言う事はない。

「いくぞっ、とっととぶっ潰して終わりにしてやるよ!!」
「ふんっ、速攻で決めるのは僕の方だ!!」

互いに魔力弾の直撃を受けたが、そんなもの気にもしていないと言わんばかりに睨み合うふたり。
実際、ダメージを受けたとは思っていない。それよりも、折角魔力を全開にしたのだ。これを契機に、一気に戦いを終わらせようと考えていた。

……合図は無い。睨み合っていたふたりは、何の前触れもなく戦いを再開、いや、今までを更に越える苛烈な戦いを開始した。

全開に魔力を解放した影響で、ふたりの魔法はその威力が大きく上がっている。
直撃すれば大ダメージは必須。それが分かっているから、多少のダメージは無視してでも直撃だけは防ぐ。
だが、掠めるだけでもバリアジャケットと魔力が削られる。お互い、徐々にその身に裂傷が刻まれていく。

「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」

それでも戦いの意志は揺らがない。むしろ、僅かでの傷を受けたら、よくもやったなと気炎もあらわに更に燃え上がらせる。
先ほどまでは、口ケンカをしながらの魔法戦だったが、今ではそれも無い。
ただ、裂帛の気迫の籠められた叫びと、奔る魔法が空を打つ音が響き渡るだけ。

結界に覆われた世界とは隔絶されたこの場所で、青い魔導師と赤い騎士は全力を尽くしあう。

「どうした、もしかしてもうガス欠なのかい?」
「はっ、言ってろ……ッ!」

そして、数えるのも忘れるほどの激突を経て、仕切りなおしと再び睨み合う。
ふたりとも息が上がっており、肩で息をしている。バリアジャケットも多くの損傷が見て取れる。だが、そんなものはどうとでも無いかのように視線で牽制しあう。

その中で、ヴィータは戦況が自分にとって不利になろうとしている事に気付いていた。
魔力を全開にして戦いを続けていたが、それもそろそろ限界が近い。だが、そんなヴィータに対して彼女の方はまだまだ魔力に余裕があるように見える。
ベルカの騎士にとって、魔力が残り少なくなったからと言って、ミッド式の魔導師と比べて戦闘続行能力は高い。
それでも、この相手に魔力が足りなくなったら、勝負は見えてくるのも分かっている。

「アイゼン、カートリッジロードッ」
《Gigantform》

故にヴィータは、勝負を決める事にした。
ベルカ式の魔法の最大の特徴であるカートリッジシステムを使い、薬莢が排出される。
同時に、ヴィータのデバイスの形態が変化する。
それは鉄槌。元々もハンマーではあったが、明らかにその大きさが違う。巨大なそれは粉砕という言葉が良く似合う。

鉄の伯爵、グラーフアイゼンがフルドライブモード、ギガントフォルム。

威力は絶大な反面、大振りになるため、高速で動き回る彼女相手に使う機会が無かった。
だが、勝負をつける事にしたヴィータはそれでもあえてこのフォルムを選ぶ。
多少ギャンブル性はあるが、当てるための策もある。細かい理屈も、彼女の速さも、全て纏めて叩き潰すつもりだ。

「ならこっちもだっ。いくぞ、バルニフィカス!!」

対する彼女も、相手が最大の攻撃を繰り出そうというのなら、自分もやらねばなんになると、こちらもフルドライブモードへと移行させる。
金色の魔力光で構成される身の丈を超える刀身を持つ大型剣。彼女のオリジナルであるフェイト・テスタロッサのデバイス、バルディッシュのザンバーフォームと同じ姿。

武器の大きさは互いに引けを取っていない。威力ではヴィータが勝り、速さでは彼女が勝っている事も変わらない。
それでも自分は負けない。自分の力を信じて真っ向から向かい合う。

空気は一触即発。緊張が高まっていく。

そして、

「……ふむ、中々に面白い余興だったが、見ているだけというのも存外に飽きるな。
もうよい。うぬらの出番は終わりだ。疾く、舞台より降りよ」

第三者の声が響き渡った。

「な……」

完全に水を掛けられる形となったふたりだったが、声を放った人物がいるであろう方向を見て、更なる驚きを抱く。
そこには、古代ベルカ式の魔法陣が白い魔力光で展開され、剣の形状をした魔力弾が次々と撃ち出される光景。

特に狙いもつけていないようなものが、それぞれ真っ直ぐに飛ぶだけのもの。
だが、その数による攻撃範囲は、彼女とヴィータ、ふたりの戦闘空域を埋め尽くさんとする勢いで順次撃ち出されていく。
ふたりともいざ踏み込もうという瞬間を狙われ、回避も迎撃も不可能。完全に虚を疲れた襲撃の前になすすべがない。

そして、無数の刃はその身を貫いた。

「な、なんで……」

ヴィータのその肢体を。

彼女は、自身の前で両腕を広げ、その身を盾とするかのように魔力弾の前に立塞がっていたヴィータのその背中に信じられない思いを抱く。
ヴィータはその身をよろけさせる。飛行魔法を使う余裕も失われたのか、地に落ちようとするのを、彼女は抱えて受け止める。

「なんで、なんで僕を庇ったりしたんだよ!?」

ヴィータの手足や胴体には魔力によって編まれた刃が幾つも突き刺さっていた。
夜天の書の守護騎士はプログラム生命体であるため、生身の人間よりは頑丈に出来ている。
この魔法も一応非殺傷設定にされていたようだが、それらを差し引いてももう戦闘の続行なぞ不可能と一目見て分かるその姿。
それを見て、どうして敵対していた自分を助けるような真似をしたのかと、腕の中に抱えるヴィータに声を荒げるようにして尋ねる。

「……は、勘違いしてんじゃねーよ」

ヴィータ自身、考えての行動ではなかった。状況を目の当たりにして、咄嗟に行動に移っていただけであり、その行動に自分でも驚いていた。
だが、自問して答えはすぐに出た。故に、自身を抱えながら、まるで糾弾するような語調の癖に、不安に震えているような瞳をしている彼女に言葉を告げる。

「あたしはおめーを助けたんじゃねー。おめーがやられたら、中にいるシャマルとザフィーラも無事じゃすまねーかも知れねーからだ。
それに……」

ヴィータは一旦言葉を区切り、そして不敵に笑う。

「おめーはあたしがぶっ潰す。この役目は他の誰にも渡してやんねー。……それだけだ」
「……っ」

そんなヴィータの姿に、彼女は言葉が出ない。
口の端から血の糸をたらし、普通に喋る事も難しいはず。抱える肢体にも力は入らず、重力に惹かれて垂れ下がる。明らかに弱っている。
だが、それでもヴィータは不敵に笑ってみせていた。

出逢ってから間もない。交わしたのは相手を倒すための魔法と、憎まれ口の言葉ばかり。
戦うべき相手、倒すべき相手だという認識は変わっていない。
その中で、ヴィータに戦うに値する好敵手と認められたような言葉に、彼女の心中に良く分からない思いが渦巻いて、話す言葉が見つからないでいた。

「かはっ……!?」
「ヴィータ!?」

彼女がどうすれば、どんな声を掛ければいいのか頭を悩ませていると、ヴィータは咳き込むようにして吐血した。
幸いか、急所は外れていたために致命傷ではなかったが、それでも予断は許さない容態であると改めて見せ付けられて、彼女は一旦思考を中断する。

「……ヴィータ。少し僕の中で眠ってて。それならひとまず大丈夫なはずだ」

彼女の身体の裡から闇があふれ出し、ヴィータをその身に取り込む。
致命傷ではないのだから、それでもヴィータを助けるのには足りるはずだと。
まだ自分とヴィータの間での決着はついていないし、ヴィータの言葉に対する答えも見つかっていない。
それを果すまでヴィータに消えられるのは困る。だから、今は闇の所の復活のためではなく、ヴィータを助けるそのために、その身に取り込んだ。

「……真剣勝負に水を差すなんて、何のつもりだ!?」

そして、決着をつけられなかった事、真剣勝負を邪魔された事に対する憤り、その怒りの思い全てを籠めるかのような憎悪の視線を一点に向ける。

「ふん、ただの余興ごときに、それほど怒る事もあるまい」

そこにいたのは、闇の書の防衛プログラム。その構成体の中枢を担う『王』が冷笑を浮かべてそこに在った。









△ボタン魔法のドゥームブリンガー(通常)を連発しながら、王、降臨。
ゲームでは二連射が限界だけど、SS内ではそんな縛りはありませぬ。

そして、ヴォルケン四天王が最後のひとり。烈火の将・シグナムは出番をハブられとります。
いや、会話はザフィーラとかぶるし、戦闘も本編アニメのVSフェイトをノベライズしただけの内容になりそうな気がしたので。



[18519] IFシナリオ-第四話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/05/26 22:46

ヴィータのとの戦いに割って入った存在が、悠然と中空に佇む。
傲慢にして不遜な眼差しと態度で、相手を嘲るような嗤いをその顔に浮かべる。

姿形は夜天の書の主であるはやてに瓜二つではあるが、纏う雰囲気は完全に違う。
彼女こそが、闇の書の防衛プログラムの構成体(マテリアル)の中枢を担う『王』と呼ばれる存在。

「まったくもって不愉快な事よ。王が御前における遊興だというのに、我を楽しませるに足りぬ演目を披露するのだからな。
そんなものに意味は無い。我がそう判断したのなら、何を言われるより、疾く消えるが礼儀というのに、無様に生き恥をさらすとは何事だ?」

不機嫌というよりは、無力な弱者をいたぶるような態度で見下し、冷たいその嗤いを深める。
先ほどは自身の魔法により、その場に居たもうひとりとまとめて排除しようとしていたが、その敵に温情を掛けられてようやく生き残った。
そんな者に価値など存在せぬと、言葉にする以前にその瞳が雄弁に物語っていた。

「ふざけるなっ、僕は君のために戦っているわけなんかじゃないっ!!」

その王の視線の先に居るのは、防衛プログラムの『力』を司る構成体(マテリアル)の一基である青い魔導師の少女。
彼女はヴィータとの激戦の直後であり、バリアジャケットひとつ見ても少なくない損傷が見て取れる。
だが、自身のコンディション云々よりも、許せないものがあると王のその姿を睨めつける。

「これは異な事を。うぬは所詮、我から零れ落ちたほんの一欠片のデータに過ぎぬ。
王である我に尽くす事はうぬの天命であるというのは自明の理であろうに」
「そんな事なんて知らないッ。というか、僕は君を斃すんだっ。そして、砕けぬ王に、僕はなる!」
「……うぬが王だと? くふ、くははは、はーはっはっはっ!!」

彼女の怒りに堪えた様子もなく、むしろその嗤いを深めて言葉を返す。
どんなに嘯こうとも、彼女の言葉では王には何の感慨も抱かせない。

「何がそんなにおかしいんだ!?」
「くく、身の程知らずもここまで来ると滑稽以外の何物でもあるまい。
王が何たるかも知らぬ輩が、王になど成れるわけがなかろうに。いや、うぬの場合はそれ以前の問題か」

上に立つ者と、下から上を見上げる者。この構図こそが自分達の在り方を示している。
それを証明するように、明らかな嘲笑を崩す事無く、王は相変わらず彼女の姿を見下している。
そこに、更に不憫なものだという蔑む意味合いがその視線に込められる。

「王とはこの世全てを統べる孤高の存在。そしてその責を背負ってこその王よ。
うぬのように、孤独に震える弱い魂がすがりつくのは、おこがましいというものよ」

王は、自身と彼女の間に在る差を明確に言葉にする。
弱い彼女には、そもそも王に足りる器がないと。

「僕が弱いだと……。そんなわけはない!
僕は力のマテリアル。うんと強いんだ!!」

彼女は自身が強い存在だと思っている。『力』の名を冠している事がそれを証明している。
だというのに、言うを事かいて「弱い」などというのが許せない。ヴィータとの戦いのままに、大型剣形態にあるデバイスの切っ先を王に向ける。
これ以上世迷言を語るというのであれば、一刀のもとに斬って伏せると態度で物語る。

「いいや、うぬは弱い」

だが王は、彼女の態度を意に介した様子もなく、自身を強いという彼女の言葉を即座に否定する。

「うぬを形作るのは嘆きと悲しみ。切り捨てられ、寄る辺を失い独り佇む迷宮の迷い子。
目指すものもなく、ただ闇の安らぎを求め彷徨うだけの弱い魂……」

そして、否定に足りる根拠は在ると彼女の態度を無視するように『事実』を告げていく。
そこに嘘や偽りは無い。元々自分から切り離されたごく一部の事なのだから手に取るように分かると、彼女の心の内を暴いていく。

「違う、ちがうちがうちがう!! 僕は弱くなんか無いッ!!」

彼女は王の言葉を聞いてはいけない、認めてはいけないと必死になって否定する。
だが、その言葉は確かに彼女の心の中に浸透していく、本当は言われるまでもなく知っていると認めてしまいそうになる。

「嘆きと悲しみに押し潰されまいと、その感情を怒りと憎しみだと自己を偽って駄々をこねるだけ。まさにうぬの情報素体となった塵芥そのモノの弱さよ。
いや、むしろそれ以上に弱いのではないか?」

そんな彼女の葛藤を知りながら、王の語り口は止まらない。
弱者を弄っている事が何とも愉しい。それを顕わにするように、顔に浮かぶ嘲笑を更に深めて宣告を下す。

「違うって、……言っているだろぉぉっ!!」

王の言葉に我慢の限界を超え、彼我の距離を一瞬で詰めると、彼女は苛立ちのままに斬りかかる。
轟音を巻き起こしながら、怒号と共に大型剣の刃が一直線に振り下ろされる。

「ふん、やはりこの程度よ」

だが、王は揺らぎもしない。携える魔導騎士の杖を指し示すだけで展開した防御魔法が難なく彼女の一撃を防いでみせる。
一撃を遮られ、怒りにその表情を歪める彼女の姿を、涼しい顔をして防御魔法越しに見据える。

「貧弱で脆弱で軟弱な心と魂。そのような者が王になるだと。
……身の程を弁えよっ、塵芥が!」
「うわぁっ!?」

そして、その愉悦に染まる表情に怒りの色合いを露わとするかのように目を見開くと、その身に宿す禍々しいまでの圧倒的な魔力だけで彼女の一閃を撥ね退けていた。
成すすべもなく弾き返されてしまった彼女だったが、それでもまだ終わりではないと王の姿を睨みつける。

「うぬのような矮小な存在なぞ取るに足らんが、一応はマテリアルが一基。
王が王である所以をその眼にしかと焼きつけ、そして我が糧となりて消えるがよい」

だが、悠然と佇む王は動かない。そして彼女も攻め込む事が出来なかった。
何故なら、彼女は周囲を、王の展開した短剣を模した魔力刃によって取り囲まれていたのだから。
その刃の切っ先は全て、既に彼女に照準が定められている。

それを認識出来たときには既に、魔力刃達は一斉に彼女に襲い掛かっていた。
逃げ場は無い。完全な全方位からの包囲攻撃が彼女に迫る。

「く……っ」

詰みを宣告されたような状況。だが、だからといってそれを黙って受け入れる気は無い。
彼女は集中力のレベルを一気に最大へと引き上げる。生き残るためには余計な情報は要らないと雑念の全てを排し、思考をクリアにする。

そして、襲い掛かってくる魔力刃、そのひとつひとつを睥睨する。
一見すると抜け道が無いように見える中にある、たったひとつの光明を見出す。

それを思考という段階をすっ飛ばして認識し、その僅かな可能性に自身の全てを賭ける。
ミリ単位以下の精密な機動制御。魔力刃が飛び交う中にある極小の隙間を看破し、そこへ身を潜り込ませるように宙を舞う。
飛び交う刃において、一瞬前までの安全地帯は即座に危険地帯へと変貌する。故に、一瞬たりとも止まらずに回避運動を取り続ける。

生死を分けるのは一瞬を更に細分化した刹那の判断。
時間にして僅か一秒にも満たない間に何重にも行った機動に、身体がバラバラになるような思いを抱く。
回避し切れない分が、彼女の肌に滲む血によって一筋のラインを描き出す。

「くはぁっ、はぁっ……!」

だが、魔力刃のひとつもその身に受けることはなかった。彼女は回避をやり遂げ、刃の包囲網を抜け出す。
同時に、過度な緊張が多大な負担を強いていた肺が、爆発したかのような痛みを訴える。
止めていた呼吸が堰を切ったように空気をその内に取り込む。

薄く傷を負いはしたが、五体満足で抜け出す事が出来た。だが、そのために間合いは王からだいぶ離れてしまった。
この距離が憎いとばかりに、王の姿を睨みつける。

「ほほう、今のを抜けるか。なるほど。弱者らしく逃げるのだけは一級品のようだな」

だが、王はなおも嗤う。
逃げられて苛立ちは在るが、それでも、彼我の間柄は狩人と獲物。
むしろ、どうやって追い詰めるかを楽しむために、もっと逃げて見せろとでもいうかのようだ。

「僕はっ、弱者なんかじゃない!!」
「ほざけ、塵芥。ほらほら、次を行くぞ?」

次いで王が使うのはエルシニアダガーという魔法。小さな光弾と成した魔力が、文字通り弾幕を張って彼女に襲い掛かる。
今度こそ避けるという行動を選択させない、空間を埋め尽くすような数で圧倒してくるその魔法。

「このぉ……っ!!」

回避が出来ないのならと、彼女は手にした大型剣で一気に薙ぎ払ってその魔力弾の大半を掻き消す。そして返す刃で、残りの魔力弾をも掻き消す。
王の使う魔法は、誘導性は無い上に命中精度や一発あたりの威力も低い。
この程度など、彼女と大型剣形態のバルニフィカスの前には敵ではない。

「ほほう、あの数を打ち消したか。なら次は倍の数で行くか?」
「なぅ……!?」

だが、彼女は踏み込んで間合いを詰める事が出来ない。
掻き消した次の瞬間には既に次弾が目の前に迫ってくる。彼女の攻撃速度を上回る速度で王は魔力弾を精製されて撃ちだされてくるのだ。
そのため、踏み込めない。障害を排除するために、彼女は更に剣を振るう。

「この程度で必死になって剣を振るうとは、我からすれば滑稽なものよ。
ほれほれ、もっと踊って我を愉しませてみせよ」

一発あたりの威力が低いとはいえ、普通ならこのペースで魔力弾を精製、発射をしていればいずれ魔力が尽きるはず。
だが、膨大な魔力量を誇る王にとって、そのような心配など杞憂でしかない。溢れる余裕のまま、彼女が防ぐ度に更に光弾の数を増やしてゆく。
文字通り、断続的に放たれる魔力弾を前に攻撃の手が足りない。徐々にだが、確実に彼女は押し込まれていく。

「ふはははっ、闇の安寧を求めるだけのうぬはやはり弱い者よ。
それで『力』を名乗るとは、厚顔無恥も甚だしいというものよなあ?」
「うるさいッ、黙れ……!!」

更に、王の嘲りの言葉が容赦なく彼女の精神を、集中力を削ってくる。
彼女も即座に否定するが、反撃の目途が立たない中で弱いと言われ、心の内で否定し切れないのではと思ってしまう。
それが疑心暗鬼となって集中力をも削いでいく。どんどん苦境へ追い込まれていく。

様々な要因が絡み合い、迎撃が間に合わなくなってくる。そのため、迎撃ではなく前面にシールドを展開することで防御する事を選ぶ。。
高速戦を得意とする彼女は足を止めるのは愚策ではあると分かっていても、ヴィータとの連戦における疲労もある。他に取れる選択肢が無かった。

「くく、脇が甘いぞ?」

だが、次いで王が放った八つの剣状の魔力弾が大きく散開するように展開される。そして、彼女を目がけてシールドを迂回するような軌道を描いて襲い掛かる。
彼女は咄嗟にシールドの構成の維持を放棄して、デバイスの幅広の刀身を盾にする事によって防ぐ。

「あ……」

金色の魔力で編まれた刀身は、王の放った剣状の魔力刃を遮り、彼女へのダメージが徹る事を防いだ。
だが、彼女の耳に金属が軋むような音が届く、デバイスに、──バルニフィカスに蓄積されたダメージから、その金の魔力光によって編まれた刀身に罅が入る。
それを認識して、彼女は小さな声を漏らす。自分の心は折れ無いし、揺るがないと思っていたのに、王の言葉で挫けてしまいそうになっている。
それが目の前で明確な形となって現れたようで一際強い動揺が彼女を襲う。

「よそ見とは余裕のつもりか?」

そして、王が放った光弾を一直線に彼女に向かって飛翔する。それは、数で圧倒していたエルシニアダガーの魔法であったが今までの小粒だったような光弾とは違う。
魔力を溜めて集束させたそれは、既に射撃魔法ではあっても砲撃魔法クラスに近い威力を内包するもの。

それを、彼女は剣で防ごうとして、

──折れた。

連戦の影響もあったが、それ以上の彼女の動揺がその強度を著しく下げていた。
そのため、限界を超えた刀身はあっけなく中心から折れ砕けた。

目の前で相棒であるデバイスの刃が折れた事が信じられず、そして心の何処かで納得してしまった。
剣と一緒に、自分の心も折れてしまったと。集中力は途切れ、怒りと憎しみでふたをしていた悲しみと嘆きの感情が湧きあがってくる。
知らず、涙が溢れてくる。

(ああ、本当の僕は、こんなに弱かったのか……)

王の言葉を否定して否定して否定して、そして否定し切れずに浮かび上がってきた自身の心。
闇の書の防衛プログラムを呪いといって撃ち抜いた魔導師や騎士を憎いと思って怒りを抱いていた。
でも、本当はただ要らないと切り捨てられた事が悲しかった。ずっと一緒に居た守護騎士や管制融合騎と離れて孤独となった事が寂しかった。

本当の心。それを自覚した。自覚して、王は何も間違った事は言っていなかった。自分が自分を偽っていた事も真実だった。
それを認識して、心が折れて、これからどうすればいいのかと思う。

(そう言えば、誰かが自分の在り方をきちんと考えるべきだと言っていたような……)

ふと、そんな事が彼女の頭を過った。

「ふん、終幕か。存外にもたなかったな。無価値は所詮無価値。我を楽しませる事もかなわぬか。
もう良い。消えて我が糧とりなり、我がこの世に闇齎すのを眺めているが良い」

心の弱さを曝け出され、もう戦う意志も失ったのだと見て、王は弾幕を張るのを止める。
代わりに次で決する気でいるらしく、砲撃魔法のチャージを始める。

「……違う」

自失の中で、耳に届いた王の言葉に、何を思うよりも早くその言葉が口を衝いて出ていた。
王からすれば意味もなく宣告した言葉だったが、その考えは違うものだと感じた事。
何が違うのか、それは分からない。でも、

「きっと、そう思った僕のこの想いは、間違いなんかじゃない……っ」

前に進む事も、後ろを振り返る事も出来ない。今に願う事も無い。
それでも確かに彼女の心の中には“何か”があった。

彼女という独自の自我を獲得してから、今のこの一瞬までに過ごした時はあまりに短い。
だが、それでも走馬灯のように思い出せる光景は、確かにあった。
それだけは、決して否定できない。それに、王が言う闇を齎すというのも違うと思う。

「消し飛べ、塵芥。──アロンダイト!!」

王からすれば、そんな彼女の内面の変化など今更どうでもよい。魔力チャージを完了し、砲撃魔法を解き放つ。
それは白い奔流となって一直線に彼女に襲い掛かる。

──直撃。

彼女は常のように回避行動はしなかった。真正面からその砲撃にさらされ、爆散する砲撃の魔力に齎された爆煙によってその姿が覆い尽くされる。
断末魔の叫びも何もない。ただ、王の放った砲撃の余韻だけがそこにあった。

「全く以ってあっけないものよ。だが安心するがよい。うぬのデータは我が糧として永劫に生きるのだからな。
くく、王の役に立てた事を光栄に思うが良い」

愉悦のままに気分を高揚させながら王は口を開く。
彼女は守護騎士を既に数名その内に取り込んでいた事を王は知っている。あまり役に立つ存在ではなかったが、その点については評価できると思っていた。

「……その必要は無いよ」
「な……!?」

だが、ふと聞こえた彼女のその声に、王は驚きの感情を抱く。
そして見やる煙が晴れたその先に、彼女は左手を突きだした格好で中空に立っていた。

おそらく防御魔法で防いだのであろう事は推測が出来る。だが、彼女はオリジナルの魔導師よりも出力はあるとはいえ、王の砲撃魔法が防げるほどの防御力は無いはず。
だが、現実としてあるのは、砲撃魔法を真正面から受け切ったという事実。その予想外の事態に、王は余裕を忘れてただ困惑していた。

「僕は今まで何も始っていなかったし、これからも何を始めたいのかも分かっていない……」

彼女は誰に言うでもなく独白を漏らしながら、足元に魔法陣が展開される。
それと同時に、目に見えて彼女の姿に変化が表れる。これまでの戦いで負った傷が癒され、破損されたバリアジャケットが修復されていく。

「バカな、うぬにそれほどの自己修復能力があるわけが……、いや、それは治癒の魔法!?
それこそありえん、うぬにそのようなスキルがあるはずが……!?」

言いながら、足元に煌く魔法陣がミッド式の円形のそれではなく、ベルカ式のそれになっている事に気付き、王はひとつの可能性に行き着く。
彼女は守護騎士を取り込んでいる。その内の湖の騎士であるシャマルは回復を含む補助の魔法を得意としている。その力を引き出し、治癒に当てているという事。
そう考えるなら、防御に特化した能力の盾の守護獣を取り込んでいるのだから、その力を使い、先ほどの砲撃にも耐える事が出来たのだと納得が出来る。

だが、それもおかしい。
彼女は守護騎士を取り込みはしたが、そのスキルを蒐集したというわけではないはず。
それならば、守護騎士の力をどうやっても引き出せないはずなのに……。

「初めて僕が言葉を交わしたのはシャマルだった。その時は特に何も思ってなかったけど、今はその誰かそのやり取りという行為を楽しいと思っていたと分かる」

王が戸惑いながらも彼女に起こっている事に考えを巡らせているが、そんな王の姿など気付いていないかのように彼女の独白は続く。
その声色は抑揚も少なく静かなもの。だが、無感情ではない。確かな想いが籠められて言葉は紡がれる。

「ザフィーラは真っ直ぐに僕を見てくれていた。残した言葉の意味はまだ分からないけど、ちゃんと考えてみるよ」

彼女はさっきからずっと俯き加減で、前髪に隠れてその表情を伺う事が出来ない。
声からも感情が読み取れないと、王は不気味なものと対峙しているような思いを抱いている中で、彼女はゆっくりと癒えゆく身を動かす。

「ヴィータとは、まだ決着がついていない。預けた勝負に決着をつけるまでは、僕は消えたりしたくないし、騎士にライバルと認めてもらって、応えないわけにはいかない」

携えるのは中ほどから折れて、切っ先を失った金色の刀身である大型剣。
それを、自身の前に持ってくるとそのまま真上に掲げる。同時に、俯き加減だった顔も上げられたために、その表情も見えるようになる。
在ったのは、瞳を閉じ、常の陽気な雰囲気ではなく静謐な想いを表しているかのような顔。

「何より、僕は君の事を認めるわけいにはいかないっ、だから、僕はまだ戦えるんだ!
君もガッツと根性を見せてみろッ、バルニフィカス!!」

その閉じていた瞳が一気に開かれる。同時に、彼女は自身のデバイスに呼びかける。
足元に輝く金色の魔法陣はその光を強め、鮮烈で強烈に彼女の姿を照らし出す。

呼びかけられたバルニフィカスは、インテリジェンスデバイスのクセに相変わらず喋りもせずに、ただ蒼いコアを明滅させるだけで応える。
だが、確かな鼓動を彼女は感じていた。言葉なんて要らなかった。バルニフィカスもまた、彼女の戦意に感化されてその機械の奥にある心を奮い立たせている事を彼女は直に知る。

バルニフィカスは彼女が解放した魔力を受け、自己修復能力を加速させる。
刀身はもちろん、全体を金色の光が覆いつくす。そして、一際強い光を放った後に在ったのは、完全にリカバリーを終え、十全の姿となった大型剣形態。
それは戦いが始まる以前の状態に、いや、それ以上の濃密な魔力の気配を内包していた。

「魔力、全開!全開!!全開ッ!!」

だが、彼女はそれでも満足しない。まだ自分の限界はここではないと更に猛る。
際限がないとでも言うかのように輝きを強める足元の魔法陣から魔力が迸る。彼女の魔力変換資質が魔力を轟く雷鳴と為して空を灼き貫く。
応えるバルニフィカスも貪欲なまでに魔力をその内に取り込み、金の刀身に紫電を纏う。

威風堂々。

今、この世界の中心にいるのは自分である事を証明するかのような堂々とした姿で、彼女はそこにいた。

「……ふん、虚仮脅しの無駄な足掻きをしおってからに。
我は貴様を無用と断じたのだ。早急に消え失せろ……!」

ついさっきまでアレほど弱っていたはずなのに、何処にそんな力が在るのだというほどに魔力を後先も考えずに解放する彼女を、王は鼻で笑おうとした。
だが、それは失敗して頬がひくつくだけに収まっていた。
それが、王である自分が目の前の矮小な存在に気圧されているようで、癪に障って苛立つ。そんなものは認めるわけにはいかないと、強力な魔法を使うべく魔力をチャージする。

「永劫の闇に沈め、──ディアボリックエミッション!!」

そして放つのは空間殲滅魔法。
射撃や砲撃魔法のように撃つのではない。空間そのモノを埋め尽くす事で対象を殲滅するこの魔法は防御魔法の発生を阻害効果が含まれている。
回避なんてさせない攻撃範囲の上に、この付随効果のある魔法を以ってすれば、幾ら防御をしようとも、意気込んだところで無駄でしかないというものだ。
現に、闇のドームは王を中心として広がり、彼女のその姿を飲み込み──

「な、に……?」

──金色の閃光によって一刀両断に伏された。

王のすぐ脇を振り下ろされた刃が通過した。その刃の軌跡のままに闇のドームは切り裂かれ、その役目を全うする事無く霧散していく。
信じられない思いでいる王の視線の先に居るのは、掲げた剣を振り下ろした姿のままに在る彼女。
彼女の瞳には、先ほどまでの弱さはなかった。
……違う。弱さは相変わらず彼女の中にある。ただ、その弱さの全てを内包して、それ以上の力強さがその瞳に宿っていた。

彼女は弱さを否定していなかった。ただ受けいれただけ。
それだけだというのに、今までとは全く違う視線が王の姿を射抜く。

「この力で僕は飛ぶ。……君は、死ね!!」
「ぬぅ……!?」

その視線に、王は知らず後ろに下がる。
下がって、自分が下がったという事実に気付いて驚き、そして自分が彼女の恐怖を抱いたのだと気付く。
王である自分が、高々一欠片風情に気圧されるなどとは断じて認めるわけにはいかないと、憤怒の情で彼女を睨めつける。

「塵芥風情がいきがるなぁっ、我は闇を、全てを統べる王ぞ!!
永劫の闇を齎す我が覇道の前に、貴様もただひれ伏していればよいのだ!!」

王は怒号を上げながら、遊びの要素など欠片も無い。出来うる最大数の光弾撃ち放つ。
操作などしていない故に無作為な軌道を描く光弾は、その動きを読む意味を失わせる。それが彼女の視界全てを埋め尽くす勢いで襲い掛かる。

「天破──」

そんな光景を目の当たりにしても、彼女の視線は揺るがない。動揺も無い。
振り下ろした剣を再度掲げながら、ぽつりと呟く。その声に応えるように彼女の周囲に濃密な魔力の気配が漂う。
先行して、僅かな放電現象が起こる。だが、嵐の前を思わせる静寂が場を支配する。

「──雷神鎚ッ!!」

そして、吹き荒ぶ嵐の奔流が巻き起こる。
静から一転して動の気迫の籠る彼女の声を号令に、雷鳴が周囲一帯に轟く。雷光が世界を金色に染め上げる。
それは領域を支配し、踏み入ったモノ全てに等しく振り下ろされる雷神の鉄槌。雷鳴の轟く領域に侵入する光弾は、その尽くが金色の雷に呑み込まれて打ち砕かれていく。
例外はない。王の放った光弾は、その全てが天を覇する雷の前にひれ伏した。

「他の誰かに負けるのも嫌だけど、最初の想いを忘れて、惰性のままに破壊をする事が正しいと思い込んでいる君にだけは、何をおいても負けたくは無い!
同じ闇の裡から生まれたからこそ、そんな君にだけは負けるわけにはいかないんだ!!」

彼女の叫びは、自身を偽っていた想いを失くしたから故に見えた心の内から生まれた物。
考えての物ではない。内より湧きあがる想いのままに声を上げる。思考という段階を経ないからこその、心からの真実の叫び。

「砕け散れ!」

想いは宣言した。これ以上語る言葉は無いと、デバイスを構える。
そして、剣を足元に展開される魔法陣の縁をなぞるようにしながら回転、その全身の捻りを加えて下段から振り上げる。
その切っ先から衝撃波が奔る。阻むものはもう何も無い。一直線に王へ突き抜ける。

「ならばみせてやる、闇の深遠を!」

だが、対峙する王はただ者ではない。奔る衝撃波を前にしてその魔力を解放する。
膨大にして禍々しいその魔力は、存在するだけで世界を蝕むかのように王を中心に広がる。
そして、並を圧倒するはずの彼女の衝撃波を、回避はもちろん防御も迎撃もない。ただそれだけで相殺して見せた。

「絶望にあがけ、塵芥!!」

手加減も何もする必要は無い。目の前に居るのは強大な力を持つ障害と王は認めた。
その上で、足元にミッド式の円形の魔法陣を、目の前にベルカ式の三角形の魔法陣を白い魔力光で描き出す。

それは、王の保有する魔法の中でも、最大威力を誇る砲撃魔法である『エクスカリバー』を放つためのだと、彼女はひと目で看破する。
看破して、アレを撃たせてはいけない事も同時に悟る。彼女の最大威力の雷刃滅殺極光斬を超える威力を誇る事を知っている。撃ち合いになったらこちらが負ける。

「いくぞ、バルニフィカス!!」

ならどうするか。答えは単純明快、より早く王に斬り込めば良い。
彼女は大型剣の切っ先を真っ直ぐ王へと向けると、剣の指し示すままに従うように、一直線に飛翔する。
それは一筋の雷光。撃ち合いになれば互角の魔法発生速度でも、最短距離を最速で空を翔ける彼女の方が早い……!

「くく、掛ったな、塵芥ァ!!」

その判断の下での彼女の行動であったが、王は自分が最大の砲撃魔法の魔法陣を展開すれば、彼女ならそう行動するだろうと読んでいた。
王の足元に展開された魔法陣がミッド式からベルカ式に切り替わる。それはドゥームブリンガーの魔法。
五つの魔力刃が浮かび上がり、撃ちだされる。その直後には次弾の魔力刃が既に撃ちだされている。

それは、彼女とヴィータと戦っている最中に割り込んで来た魔法。光弾より数は少ないが魔力が圧縮されて威力は上のそれが、二連、三連と幾重にも撃ちだされる。
相変わらず狙いもつけずに放たれている。だが、彼我の距離が埋められれば埋められる程に攻撃の密度が増す。
勝手に彼女の方から当たりにくるのだ。故に狙いをつける必要もない。突っ込んでくるだけなら彼女の自滅。後退するというのであればこのまま押し切るだけ。
どちらに転んでも王にとっては勝利を約束された策。

「おおぉぉぉぉっ!!」

だが、彼女はそんな王の思惑も乗り越える。目の前に自分の身を裂く刃がいくつも突き付けられてもその速度を落とさない。むしろ更に加速する。

頬に裂傷が生まれる。翻るマントに風穴が開く。肩に魔力刃が突き刺さる。
金の刀身に触れた魔力刃は弾かれるが、それ以外の魔力刃は容赦なく彼女の身体に傷を刻みつける。

それでもなお、彼女は雄々しく叫びを上げながら、愚直なまでに飛翔する。
この手に勝利を掴む、ただそれだけのために……!

「く、来るなぁっ!!」

必勝の策であったのに、止まる素振りの一切無い彼女の姿にあり得ないという思いを抱く。
彼女の姿を信じたくないという想いが王の心に恐怖を生み出す。何よりも自己防衛が必要だと、全力を込めて防御魔法を展開して彼女の進攻を遮る。

「それがどうしたァァッ!!」

切っ先が王の防御魔法に触れる。弾き返そうという抵抗はあった。だが、それをも押し込んで刺し貫く。
堅固なはずの王の防御魔法は、薄いガラス板であったかのように役目を果たす事無く彼女の刃の前に砕かれた。
遮るものはもう何もない。彼女に止まる気もない。ここに至って王に逃れるすべもない。

ならば、齎される結果はひとつ。

「ばか、な……!?」

王の胸より分け入った刃は、その身を割いて背中からその姿を顕わにする。
彼女の刃は、王の身体を真正面からとらえ、そして貫いていた。

驚きは、王だけが漏らした。
こんなはずが無い。在ってはならないはずだというのに、自分の身に起こった事が痛みという実感があってもなお信じられない、信じたくない。
そんな想いだけに王のその心は支配されていた。

対する彼女は自分を信じて必殺の決意の下に刃を突きたてたのだ。
故にこの結果は当然。驚く理由の方が余程ない。

「……僕の勝ちだ」

至近で彼女と王の視線が交錯する。
揺れる瞳と揺るがない瞳。勝敗が決した事は誰の目にも明白だった。

「く……おの、れ、おのれ、おのれおのれおのれぇぇっ!!」

だが、それを認められない者が居た。
王である彼女は敗北を受け入れる気は無かった。敗北をするというのであれば、その事実はすべからく抹消されるべき。
それを実行するべく、刃に貫かれ血を吐きながら、自身の魔力を集束させていく。
今、この場に在る全てを、敗北という事実と共に消し去るべく魔力を暴走させ──

「消えろぉぉ!!」

──刹那、彼女の大型剣が金色の極光を解き放つ。
ゼロ距離からの魔力放出により放たれた金色の奔流が王のその内から吹き飛ばす。
自爆しようという意志もろ共、その存在を吹き飛ばした。

耳を裂くような轟音は鳴りをひそめる。目を晦ました閃光は消える。
そして、勝者はここにひとり。

「……ふふ、やた。僕が勝ったんだーっ! 王に勝ったんだから、これからは僕が王になるんだ!!
あーはっはっはーっ!」

勝利の美酒に酔うかのように哄笑を上げて勝利を喜ぶ。
王になる事は彼女が目指していた物のひとつ。王をこの手で斃したのだから、その目的に到達の最大の障害を排したのも同意。
砕け得ぬ王に向けて大きく前進したのだ。嬉しくないわけがない。

「あははは……」

だが、その喜びも長くは続かない。笑い声は徐々に小さくなり、そして消える。

「……僕が望んでいた物は、こんなものじゃないはずだ。一体、何があればこの心が満たされるんだ……?」

心に空いた穴は、相変わらず風通しが良いかのように吹き抜ける。
目指していたはずの物を目の前にしても、塞がらない。何をどうすれば埋められるのかが分からない。
疑問が喜びという感情に上塗りされ、高揚した気持ちが冷めていくのを感じていた。

「……でも、分からないなら探すだけだ。僕が本当に求める物がなんなのかを……!」

だが、彼女は悲愴に暮れる事はしなかった。
自身の弱さを認め、強くなったという自覚がある、というわけではない。

今までは考える事を放棄していたが、これからはきちんと考えると決めたから。
自分を認めてくれたヴィータに次に会う時には胸を張っていられるように。
そう、自身の心に決めていたのだから。

「く、あ痛たた……」

ただ、とりあえずはダメージをなんとかするのが先決だと、回復に専念するべくその瞳を閉じた。












ハラワタをぶちまけろ!!
イベントCG上、誰と戦ってもそんな結末しか迎えられない闇統べさんにはお疲れ様の一言を。
もし、負けた時に「ああ、そして、我の敗北だ」と潔い事を言ってくれればアーチャー化出来たんですけど、言わないでこその、この王さま。

そして雷刃ちゃん。シリアス過ぎてツッコミを入れられなかったけど、『ガッツ』と『根性』は意味がかぶってますよ?


余談

今回の戦闘シーン(特に後半)のBGMは『BRAVE PHOENIX』です。フェイトがヤル気満々の時の曲っすね。
そしてフェイト繋がりでFateの『エミヤ』でも良さそうなきもしますけどね!



[18519] IFシナリオ-第五話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/05 11:58
アースラの通信士であるエイミィは、闇の書の残滓が引き起こした事件について、事態が滞り無く進行出来るよう、魔導師や騎士の通信の仲介をしている。
事件の発生当初にシャマルが墜ちたという想定外の事態もあったが、そのシャマル本人が最後に齎した情報を元に、事態に当たっていいた。

「エイミィ、他の様子はどうだ?」

そんな折、アースラ所属の執務官であるクロノ・ハラオウンから通信が入る。
流石はアースラの切り札と称されるだけの実力を持っているだけあり、事件に真摯に取り組み、成果を上げてきている。
その中で、ひと段落が着いたのか、他の仲間の様子が気になったらしい。

「はいはい。今はなのはちゃんと繋がってるから、直接話してー」

エイミィが口頭で状況を教えてもいいのだが、直に話をした方がいいだろうと、手元のモニターを操作して、ふたりの通信を繋げる。
その事により、クロノとなのは、ふたりの前に空間モニターが表示されて相手の顔をみえるようにする。

「あ、クロノくん。こちらなのはです。丁度今、闇の書の構成体(マテリアル)の内のひとりを眠らせたところです」
「マテリアル……!
それで、大丈夫だったのか?」

上がった名称に、クロノは緊迫を感じる。マテリアルは騎士のひとりであるシャマルを既に倒している。
今、こうして話しているのだから無事で在ったというのは分かるが、それでも心配をするというのは当然の事だ。

「うん、わたしの偽物だったからびっくりしちゃったけど、最後はスターライトブレイカーの撃ち合いを真正面から正々堂々、全力全開で撃ち勝ったよ」
「集束砲の撃ち合いって……」

なのはは事も無げに語るが、なのは最大の砲の威力を知るクロノからすれば、その光景は想像するだけで恐ろしい物があると思う。
ただでさえなのはの砲はバカげた威力だというのに、それが集束砲ときたら、魔力の瞬間最大出力は特筆する事の無いクロノからすれば恐怖の権化にも見えるものだ。
表に出す事はしないが、その場に居合わせ無くて良かったと心の中で安堵していた。

「それにしても、あの子は使う魔法はわたしと同じなんだけど、独自の使い方をしていたから、わたしの魔法はこんな使い方もあったんだな~って勉強になったよ」
「……そうか。とりあえず結界の外に被害を与えなかった事が喜ばしいな」

なのはの集束砲『スターライトブレイカー』は結界破壊効果がある。
結界を“貫通”ではない、“結界機能の完全破壊”という付加効果のために、結界の外に戦いの影響を与えなかったのは運が良かったという事で話を纏める。

「うぅ、なんかクロノ君の言葉にとげを感じるよ~っ」
「それはきっと気のせいだ。それよりもエイミィ。なのはがマテリアルを倒したというのなら、闇の欠片の発生率はどうなっている?」

シャマルから齎された情報により、闇の書の防衛プログラムのマテリアルが欠片の発生源である事は分かっている。
ならば、その発生源が抑えられたというのなら結果はついてくるはずだとエイミィに状況を尋ねる。

「えっと、ちょっと待ってね~。
……うわ、すごい。発生速度ががくんと下がってるよ。やっぱりマテリアルを抑えれば今回の事件は解決に向かうって考えで間違い無いみたいだね」

アースラのセンサーが捉えた結果は良しというものだった。
これで、最初に立てた事件解決の仮説は肯定されたという事にエイミィは喜色を浮かべる。

「でも、シャマルを倒したマテリアルはなのはちゃんが倒したのとは違うみたいだし、あと何体マテリアルがいるかっていうのは分からないからなぁ……」

とはいえ、希望は出来ても、あとどれくらいで終わるかというビジョンが見えていない。
ゴールの見えない持久戦は精神力を削る事は分かっている。エイミィは何とかしたいと上がってくる情報を精査するも、結論が出ないというのが現状だ。

「あ、それならわたしが倒した子が、マテリアルは『理』の自分と『力』の雷剣士、それと中枢を担う『王』の三基が居るって教えてくれたよ」
「……随分親切だな」

クロノは自分達の情報をあっさり開示したというなのはの戦ったマテリアルに懐疑心を抱く。
もしや、こちらを混乱させるための欺瞞情報なのではないかと勘繰る。

「うんっ、わたしが言うのもなんだけど、ちょっと言動が物騒だったけど落ち着いた感じの良い子だったよ!」

……勘繰っていたのだが、なのはの笑顔を見ているとそんな自分の考えは的外れなのだと感じる。実際、なのはの対峙したマテリアルは嘘を言っていないのだろうと思う。

ただ、クロノの内心では、なのはの外見で言動は物騒で、落ち着いた感じの良い子というのはイメージ出来なかった。
まあ、砲撃を躊躇なく撃ち放つという観点で言えば想像は出来るが。

「だとするなら、言葉の響きや能力から察するにシャマルを倒したフェイトの偽物が『力』の雷剣士なんだろう。
もう一人、独自の自我を持つ『王』は、誰からの報告が無いから、どんな外見や能力を所持しているかは分からないな」

クロノは無表情で砲撃魔法を淡々と連射する怪獣染みた女の子をマルチタクスの一部を使って想像しながらも、なのはの報告を真実と仮定して、推測を並べる。
マテリアルは、他の欠片と違って強い力を持っている事は分かっている。限りある情報の中でも、少しでも分析して不足の事態を防ぐべく思考を巡らせる。

「う~ん、案外はやてちゃんの姿をしているんじゃないかな?
で、『ふはは~、見よ、まるで人間がゴミ屑のようだ~』なんて言っていたりして」
「なるほど。中枢なら、夜天の主であるはやての姿を象るというのはあり得る話ではあるな。
だがエイミィ。その妙な口調は一体誰だ?」
「誰って、私の予想した王様だったんだけど、変だった?」
「変というか、国を統べるべき王が、そこまであからさまな暴君なわけが無いだろう」
「う~ん、わたしもはやてちゃんがそういう事を言っているのって想像出来ないかも?」
「あはは、だよね~」

三人はそう言って笑っていたが、実際に中枢である『王』はそんなキャラだったという事は、このメンバーには知る由もない。
適当な事を言って、実は真実を射ていたエイミィはある意味凄かった。
まあ、意味はまったく無いのだが。

「さて、情報交換はこのくらいにしておこう。
エイミィ。僕達は次に何処に行けばいい?」

いい具合にリラックス出来たとはいえ、まだ事件は終わっていないのだからとクロノが気持ちを切り替える。
そんなクロノとは長い付き合いエイミィもまた、阿吽の呼吸とでもいうかのようにそれに応える。

「ひとまず、なのはちゃんの近くに大きな反応がもうひとつあるんだ。
さっき、ヴィータちゃんが行ってくれるって話しだったんだけど、まだその結界は解かれていないから、中の様子が分からないんだ」
「わかりました。それじゃあわたしがいきます」
「いや、なのは。君はマテリアルをひとり倒したばかりなんだ。ここは僕が行ってもいいんだぞ」

何の迷いもなく自分が行くというなのはにクロノは待ったをかける。
なのははあくまで現地協力者であり、この案件は自分達、管理局の仕事なのだ。無理になのはに手伝ってもらうのも悪いとの考えだ。

「大丈夫だよ。無理はしていないし、わたしが一番近くに居るんだから、わたしが行くのが一番いいよ」

だが、それでもなのはは自分が行くと言う。
その笑顔を見ていると、反対する気も削がれてなんとなく視線を逸らす。
そんなクロノの反応を見て、認めたのだろうと察したエイミィが話を続ける。

「うん、じゃあ疲れてるかもしれないけどお願いするよ。
他のみんなにも連絡を取るから、なのはちゃんも無茶はしちゃダメだよ」
「うん、わかりましたエイミィさん。それじゃあ、高町なのは、いきます!」

それを最後に、なのはとの通信が途切れる。ここに残るのはクロノとエイミィ。

「……まったく、集束砲は反動が強いはずなのに全然平気なわけがないだろう。
とはいえ、現状なのはに頑張って貰って助かっている部分はあるが……」
「大丈夫だよ、クロノ君。ちゃんとフォローにの手もまわしているから」
「そうか。でも、一応なのはの現在位置の座標を教えてくれ」
「もう、ここは素直になのはちゃんが心配だから様子を見に行くために現在位置を教えて欲しいって言えばいいのに」
「む、ぅ……」

クールぶっていても、やっぱりクロノもお人よしだった。
そんな同僚をからかうエイミィがいた。
相変わらずふたりは仲良しである。


切ったモニターの先でそんなやり取りが行なわれているなどと知らないなのはは、アースラから送られてきた座標へ向けて飛んでいた。
近くと言われていただけあって、すぐに到着すれば、そこには報告の通り、まだ結界が張られていた。

ヴィータが最後に連絡をしてからだいぶ時間が経過しているはず。
それでもまだあの結界はこうしてここに存在しているのだから、中では何かが起こっているはず。

もしかしたらヴィータの身に何かあったのでは?
そう考えて、迷う必要はない。真っ直ぐになのはは結界に突入する。
そして、

「……あなたが『力』の雷剣士さん?」

アースラの通信で、幾度となくその存在が語られていたフェイトの姿をした闇の欠片の凝縮存在がそこにいた。
彼女は何をするでもなく結界の中心で瞳を閉じて佇んでいたが、なのはに呼びかけられてその瞳を開く。

「……いかにも。
そういう君は、闇の書の闇を撃ち抜いた、白い魔導師だね」

そして、その瞳は真っ直ぐなのはの姿を捉えながら口を開く。
なのはは真正面から見て、彼女が友達のフェイトの姿と本当に良く似ていると思った。
フェイトと違って優しさという印象は伝わって来ず、逆に怒りの感情を抱いているように見える。
でも、その奥では寂しそうに見えるところが、本当に良く似ていると思っていた。

「あの、ここにヴィータちゃんが来たはずなんだけど、何処に居るか知ってる?」

「ああ、ヴィータは今僕の中に居る。いや、ヴィータだけじゃない。他の守護騎士達もみな僕の中だ」
「そんな……」

先の闇の書事件では幾度となくぶつかり合ったヴィータの実力を、なのはは良く知っている。
負けるはずはないと思っていた相手が既に負けていたといわれてショックが隠せない。

ただ、実際のところを言えば、彼女とヴィータの戦いは決着がついていなかったのだが、ただ中に居ると言われれば、負けたと勘違いしても仕方がない。

「逆に僕からもひとつ尋ねるけど、君から懐かしい気配の残滓を感じる。
もしかして、他のマテリアルの事を知っているのかい?」
「……うん、わたしの偽物さんは、わたしが眠らせたよ」

彼女の問いに、なのはは隠す事無く応える。
自分の想いの丈の全てをぶつけて勝利を収めた。嘘を吐いたりして誤魔化すような真似をしたいとは思わなかったからだ。

「……そうか、彼女も消えたのか」

なのはの答えに、闇の書の闇のマテリアルは、残りは自分ひとりだけだと彼女は知った。
だが、落胆は無かった。元々、同じ闇から生まれた事は知識の中にあっても、自我を獲得してから実際に顔を合わせた事も無かったのだ。動揺するほど思い入れもなかった。
もしかしたら姉妹と言える間柄だったかもしれない相手が、知らない内に消えていたというのは少し寂しいと思ったが、それだけだ。

「……それにしても、君を見ていると苛立ちを感じる」

だが、それらの理由以上に、なのはに対して抱いていた不快感が、落胆の想いを越えて彼女の中にあった。。
そして、その自身の中に渦巻く負の感情が、なのはに向けて口をついて出る。

「闇の書の闇を撃ち抜いたという事、他のマテリアルを倒したという事もあるが、それ以上に、その僕を見る瞳が癪に障る。
すぐにでもぶん殴ってやりたい気分だ」
「えと、いきなりそんな事を言われても困るんだけど……」

初対面の相手にいきなり嫌われるというのは、なのはとしては辛いものがあった。しかも、その相手がとても親しい友達の顔をしていたら、辛さも倍増だ。
それが、なのはの心に痛みとなって突き刺さる。

「なんにせよ、僕は君が嫌いだ。嫌いだから気兼ねなく倒せる。そして、我が糧とすれば、君に抱く不快感も消えるはずだ」
「……」

なのはは、どうしてそこまで自分を嫌うのかを聞きたいと思った。
だが、もう語る事は無いと言うかのようにデバイスを構える彼女の姿に聞くべき言葉が見つからない。
それに、なのはにも彼女と戦う理由がある。嫌われたままというのは悲しいけれど、それを呑み込むように、なのはもまたデバイスを構える。

「ごめん、わたしもやられちゃうわけにはいかないんだ。
……ねぇ、やっぱり闇の書を復活させるのは諦めてもらう事は出来ないのかな?」
「出来る訳がないだろう。『理』の彼女は消えて、『王』は僕がこの手で倒した。ここまで来て、あの温かな永遠の闇に帰る事を諦めるつもりは無い。
そして、それ以上に僕は僕のために、この心に空いた穴を埋めるために今を戦うと決めたんだ!
さあっ、我が太刀の前に、君は散れッ!!」

実のところ、彼女はヴィータと闇の書の防衛プログラムの中枢たる王との連戦によるダメージが癒えきっているわけではない。今は単に外観だけを取り繕ったという状態だった。
だが、そんな素振りなどおくびにも出さずにデバイスを構える姿は、弱さを感じさせず、勝利を目指す心に満ちていた。

「ああ……なんか、ちょっと安心したかな」

戦闘の意欲をむき出しにする彼女を前にして、なのはは静かに息を吐き出しながら呟く。
油断をしているわけではない。むしろ適度な緊張と弛緩を維持して集中力を高めていく。

「ほんとのフェイトちゃんは、絶対にそんな事言わないから」

なのはの知るフェイトは優しくて強い子。
彼女の言う通り、他の多くの人を不幸にするような事を目的にするわけがない。やろうとするわけがない。

「安心して……、別人と思って戦えるッ!!」

なのはの足元に桜色の魔力光による魔法陣が展開される。
次いで、なのはの周囲に桜色の光球、誘導操作弾の発射体が次々と生じる。

「闇の書を復活させるわけにはいかない。
だから、あなたの事はわたしが眠らせてあげる」

そして、真っ直ぐに彼女の姿を見据えながら、なのはは告げる。
自分の魔法は、相手を倒すためのものではない。悲しみや辛い事、それらの事情から生まれる罪を撃ち抜くためのものだから。
だから、フェイトと同じ姿であっても、みんなに悲しみを齎す彼女の事はほうって置けないのだから……!

「アクセル……シューター!」

お互い、既に戦意を持って対峙している。今更開始の合図など必要ない。
なのはが放つのは誘導操作弾。半年前の魔法を覚えたばかりの頃は三発の同時制御が限界だった。
だが、欠かさず行なってきた鍛錬の成果として、それらは全てなのはの制御下にある。
不規則に揺れながら弧を描いて飛び、彼女に何時襲いかかろうと虎視眈々と狙うかのように、その周囲を舞う。
それはさながら、桜色の軌跡によって形成される牢獄。

その威力はなのはの魔力資質も相まって、下手な防御なら容易く打ち抜き、一撃でダウンさせる事も出来る。
しかもそれが十二発という数の魔力弾に取り囲まれて、彼女は動かずに居た。

「眠らせて“あげる”、だと……?」

だがそれは、『動けない』からではない。
防御魔法を展開するでも、こちらも射撃魔法を使って相殺しようというわけでも無い。
ただ、デバイスを構えたままに佇みながら、なのはの言葉に反感を抱く。
その反感の思いを怒りに変え、その身の内に溜め込むように瞳を閉じる。

「僕はッ、君のその物言いに腹が立つんだよ!!」

そして、今まで自分を抑えて溜めていた憤怒の情を一気に解放、爆発させる。
デバイスに魔力刃を展開させて斧形態から鎌形態に移行させる。周囲を舞う魔力弾を睥睨する。
激情の中でも失わない冷静さを以って、彼女の視線がなのはの姿を射抜く。

その鬼気迫るとも思える彼女の気迫に、なのはは僅かに尻込みしそうになる。
だが、ジュエルシード事件、闇の書事件と幼いながらも次元世界を揺るがしかねないような大事件に真っ向から対峙してきたという経験がなのはにはある。
これくらいで怯んでいられないと、魔力弾を操作して彼女に攻撃を仕掛ける。

──刹那、金色の一閃が桜色の包囲網を切り裂いた。

「え……?」

あまりの速過ぎる彼女の一撃を認識出来ず、金色の光の残滓だけしかなのはの目には映っていなかったのだ。
その光景に、なのはは驚きを漏らしてしまう。

自分が攻撃しようとしたはず。だが、彼女を攻めようとした一部の魔力弾がその一閃によって打ち消されていた。
明らかに彼女の方が後手だったはずなのに、ただ鋭さと速さだけで先手を奪い返していたのだと理解するのに一瞬遅れてしまった。

「はぁぁぁっ!!」

だが、その一瞬の時間でもあれば彼女にとっては十分。
なのはが包囲網に出来た裂け目を補うべく魔力弾を操作するのに先駆けて、彼女はその身を躍らせ包囲網を突き破る。

彼我の距離は、高機動魔法で踏み込むには僅かに遠く、遠距離の撃ち合いをするには僅かに近いという微妙な間があった。
だが、彼女に迷いは無い。最短距離を最短時間で詰めるべく、なのはに向かって一直線に飛翔する。
最初から接近するという一択しかない彼女の判断速度も相まって、通常では考えられない速度で彼我の距離を喰らい尽す。

対するなのはは、即座に魔力弾の操作の大半を放棄し、防御魔法を発動させる。
幾ら彼女の速度が圧倒的ではあっても、魔力弾の飛翔速度に勝ちようはない。すぐに追撃をするべく魔力弾を彼女に向けて放つという選択肢をなのはは持っていた。
だが迎撃しようとしても当たる気が全くしない。避けようとしても避けきれる気がしない。

故に、防御という選択肢をなのは選んだ。
それは、何の根拠はない、ただの勘。

「たぁぁぁっ!!」
「くぅ……!?」

それが、この場において最善の選択だったどうかは分からない。
だが、なのはは五体満足のままにここに立っているのだから、少なくとも間違った選択ではないというのは確かだった。

「眠らせてあげる? ふざけるなッ!!
何でそんなに上から目線で言われなきゃならないんだっ。君はそんなに僕の事を取るに足りない存在だと見下しているのか!?」
「う、くぅ……」

怒りの炎がともった瞳でなのはの事を睨みつけながら、防御魔法越しに彼女はなのはを糾弾する。
その怒りの思いの丈を示すかのように、魔力刃を押し込んでいく。

「それに、別人だと思って戦えるだって?
確かに姿形は借り物さ。だけど、僕は僕以外の誰でも無い。僕を通して他人の面影を追うなっ、僕と戦うというのなら最初から僕の事を見ていろ!!」

さらに彼女は、なのはの防御の上から幾重にも斬撃を見舞う。
彼女の攻撃は確かに軽い。だがそれを補って有り余る鋭さは、防御の上からどんどんなのはの魔力を削っていく。

その圧力の前に、反論する余裕も無いなのはは歯を食いしばって堪える。
堪えながら、破棄していない分の魔力弾を操作して、彼女の死角、背後から急襲させる。

「ふっ……!」

だが、まるで彼女は背中にも目があるかのようにその魔力弾を察知すると、一呼吸の間に、なのはから離れる。
押し込んでいたのが嘘かのように圧力がなくなった事に、なのはは僅かばかりの安堵を抱く。

だが、安心も油断もしていられない。守護騎士達を倒したという実力の一端を垣間見て、余裕を持っていられるはずも無い。
その中で、彼女の言葉に対してそんなつもりで言ったわけじゃないと返事をしたいと思い、彼女の姿を探す。

彼女はフェイトの姿と同様、その魔法資質も高速戦を得意としていると分かった。
なら、ヒットアンドアウェイとして、ここは一旦距離を置くはず。
ジュエルシード事件の際には何度もぶつかり、勝つためにイメージファイトの相手として設定していたフェイトとの戦いの経験から、そうであるとなのはは思った。

《Master!!》

だが、セオリーを気にしない彼女の戦いにヒットアンドアウェイの『アウェイ』は無い。
苛烈なまでに防御よりも攻撃を優先して攻め立てる戦い方をする彼女は、すでになのはの正面から背面に回りこんで、再び魔力刃を振りかぶっていた。

その事にいち早く気付いたなのはのデバイスであるレイジングハートが警戒の声を上げる。
だが、完全に想定外だった彼女の行動を前にして、なのはの反応が追いついてこない。
これは、なのはが遅いのではない、彼女の方が速過ぎるのだ。

防御魔法は一旦切ってしまったため、レイジングハート内に設定されている自動防御の再発動には間に合わない。
そして、既に彼女の刃は振り下ろされている。

《Flash Move》

その中で、レイジングハートは魔力リソースの一部を割いて発動の準備を済ませていた高機動魔法を、なのはの意志を無視して発動させていた。
突然、視界が高速で動いたためなのはは驚き、身体が泳いでしまっていたが、ついさっきまで自分が居た場所を彼女の魔力刃が切り裂いていた事に気付き、冷や汗を流す。
なのはは、咄嗟の判断で窮地を救ってくれた相棒に感謝の言葉を伝えようとする。

だが、口に出して礼を言う暇が無かった。
攻撃を空振りして、それでもすぐに逃す気はないと追撃を仕掛けようと、彼女が真っ直ぐになのはの事を睨みつける勢いで見据えていたからだ。
体勢を崩し、防御しようにも踏み止まれない事は明白。故に防御は出来ず、回避も出来ないという現状で、なのはは操作していた魔力弾を自分と彼女の間に割り込ませる。
狙いをつける余裕も無い。少なくとも体勢を整えるだけのただの時間稼ぎでしかない。

「それがどうしたぁ!!」

それを、彼女は流れるような動きで、襲い掛かる弾体を魔力刃で次々と切り伏せていく。
ひとつ、ふたつと、一連の動きの中で切り捨てる姿は、完全に誘導弾の機動を見切っていた。

「電刃衝!」

そして最後のひとつを、身体を横薙ぎに一転させながら切り裂くと共に、手の中に発生させていた金色の球体を投げつけるようにして撃ち放つ。
彼女の手の内より離れた光球は、その身を鋭利な刃とするかのような鋭さと固さの弾頭と成して一直線になのはに肉薄する。

それを、何とか体勢を立て直したなのはには、再び体勢を崩すわけにはいかないと防御をする。
強力な防御を持つなのはにとって、魔力弾の一発程度で揺らぎはしない。
だが、途切れないラッシュを繰り出す彼女の前に、砲撃魔法のチャージをさせて貰えないどころか、制空権を制する機会が訪れないという現状に危機感を抱いていた。

接近戦のスキルを伸ばしていなかったなのはに、纏わり着くように何処までも白兵戦の間合いで挑みかかってくる彼女に対処が追いつかない。
今もまた、防御魔法を以って彼女の刃を遮る。

「てりゃぁぁっ!!」

そしてついに、彼女の渾身の一撃の前になのはの防御魔法も切り裂かれた。
割れたガラス板のように散る防御魔法の欠片を視界に映しながら、更に斬撃を見舞おうという彼女のその姿に、なのはは咄嗟にレイジングハートを掲げる。

直後、金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き渡る。なのはのレイジングハートが彼女の斬撃の進行上に割って入り、阻んでいたのだ。
正直なところ、なのはは狙っていたわけではなく、ただ運が良かっただけの結果。
それでも、まだなのはは無事でいる。互いのデバイスの接触している一点から、込められた魔力が火花のように散りながら、ギリギリの鍔迫り合いを演じる。

「……ああ、僕が君を嫌いな理由を、刃を交えて良く分かった」

至近で彼女はなのはの事を憤怒の情を込めた視線で睨みつける。
静かだが、それでも端々から零れる怒りは確かに込められていると良く分かる声色で言葉を続ける。

「君は僕を切り捨てられるべき存在だと割り切っている。僕という存在をこの世に在ってはならないものだと思っているんだ。
僕はこうしてここに居るのに、僕を認めないと君の瞳が物語るから、僕は君が嫌いなんだ!!」
「そんな事、ないよ!!」

なのははそんな事は思っていないと、押し込まれそうになるのを必死に堪えながら言葉を返す。

「あるんだよッ。君はどうせ僕の事を『フェイトの偽物』だと思っているんだろっ、本物じゃない、ただの幻だと思ってるんだろッ!!」
「それは……」

なのはは彼女の言葉を否定しようとした。だが、出来なかった。
実際、クロノ達と話しているとき、マテリアル達の事を自分達の『偽物』としていた。
そして、その言葉になんの違和感を持っていなかったという自分に気付き、これでは本当に相手の事を見ていなかったのではと、愕然とする。

「僕は偽物なんかじゃないっ、僕は……僕なんだ!!」

鍔迫り合いの圧力が緩んだと思った直後、なのはは腹部に痛みと衝撃を覚えた。それと同時に、なのはの視界が後方に流れていく。
彼女が思いっきり蹴り飛ばしていたのだ。斬撃と比べて威力が更に低いわけではあっても、痛い事には変わりは無い。

腹部を右手で抑えながら、それでも油断しないようにデバイスを構えるなのはだったが、不思議と彼女から追撃が来なかった。
何故と思いながらも、彼女の佇むその姿を見やる。

「……君と刃を交えて、僕が何をしたいのか分かったよ」

何をするでもなく、彼女はそこに居た。

「僕は『僕』を証明するっ。誰も僕を認めないなんて、それこそ認めない。
世界が僕を否定するというのなら、まずはそのふざけた現実を打ち破る!! いくぞ、バルニフィカス!!」

彼女の叫びに応えて、バルニフィカスは形態を変える。それは、フルドライブモードの大型剣形態。
金色の魔力で刃が編まれるよりも早く、一気になのはへと肉薄する。

迫られた側のなのはは、彼女の言葉に動揺をしていた。そのために反応が出来ない。
そんな主の心理状態を理解したレイジングハートは、回避行動も迎撃もできないと判断して防御魔法を展開させる。

「でりゃーっ!!」

彼女は自身を中心に、コマのように回転して大型剣を振りまわす。そして得た遠心力を加えて、その一撃をなのはの防御の上から叩きつける。
それは確かになのはの防御に阻まれたが、そんな事はお構いなしに、その防御ごと丸ごとなのはの事を吹き飛ばす。

「雷・刃・滅・殺ッ!」

掲げる金色の刀身に紫電が落ちる。雷光を迸らせる剣を肩に担ぐように構える。
吹き飛ばされながらも、その途中でなんとか踏み止まったなのはが見上げたのは、そんな彼女の姿。

「極光斬ッ!!」

そして、躊躇なぞ欠片も存在しないその刃は、ただ真っ直ぐになのはに振り下ろされた。
雷速を思わせる速度で迫る刃を前に、なのはにはなすすべがなかった……。









雷刃ちゃん大好きッ、と思ってなのはシナリオを進めてみたら、なのはの物言いにカチンと来た今日この頃。
辛勝でも、『ほんとのフェイトちゃんの方がずっと心も魔法も強いよ』なんて、君はどれだけ雷刃ちゃんを認めないつもりなんだーっ!!
そう思った結果、贔屓補正発動。いきなり種割れ状態になって、終始雷刃ちゃんのターン状態になりました。

これでプロローグに書いたどーでもいい話の挙がった相手へのリベンジ完了。
はやてとも戦っていたけど、アレは、リベンジする戦いだと思っていないので。

そして次回、最終話(予定)です。



[18519] IFシナリオ-最終話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/09 17:23

視界いっぱいに広がるのは、金色の閃光が自身に向けて真っ直ぐに振り下ろされる光景。
それを、なのははなすすべもなく眺めていた。

無論として、ただ黙ってその刃を受け入れる気はなのはには無い。
だが、身体が言う事を利かない。心が彼女と戦う事に対して疑問を訴える。

なのはには彼女と戦うだけの理由を見つけ出す事が出来なかった。
もし仮に、彼女が単純に悪人だったり、相手の想いを知るためという理由があったりしたのなら、なのはも悩む事は無かった。いつも通り、全力でぶつかるだけだった。

だが、彼女との戦いは、今までなのはが経験してきた物とは違った。

なのはは最初、闇の書の闇は復活させるべきものではないと理由の下に戦っていた。
闇の欠片が再生させた過去の記憶は悲しい想いばかりだった。だから、その悲しみの原因である闇の書の闇を眠らせれば、これ以上悲しい想いをする人はいないと信じていた。

その前提を覆す存在が、友達であるフェイトの姿を象った彼女だった。

彼女は闇の書の闇そのものと呼べる存在であり、彼女を倒せば今回の事件は終わり。
でもそれは、あの怒りの中にも寂しいとか悲しいとかの想いが込められた瞳をした彼女を切り捨てるという事。

彼女は、闇の書の復活云々よりも、ただ自分はここに居ると一生懸命に訴えているだけの、小さな女の子になのはは感じた。
だから、彼女もまた救われるべき、守られるべき相手なのではないかと思う。

でも、それは出来ない。彼女を放っておくと言う事は、闇の書の闇の復活を認めるという事。
そんな事になれば、今よりもっと多くの人が辛い思いや悲しい気持ちを抱く事になる。

彼女にも幸せに、笑顔でいられる未来があってもいいはずなのにそれが出来ない。
悲しい想いをする人を失くすために、悲しい想いをしている人を救わないという事なんて、あっていいはずが無いというジレンマがなのはに判断を下させない。

全てを救う事は出来ない。この世全てを幸せにする事など出来はしない。
より多くの人を救うために、少数を切り捨てる事という次善の策しかこの世には無い。
その中で出来る事は、可能な限り切り捨てられる少数を少なくする事だけ。
そして今、彼女を切り捨てれば犠牲は最小限で済むと理屈は分かり切っている。

ザフィーラなどは、それらを全て知った上で、それでも彼女と戦う事を決めた。だが、なのはにはそれが出来ない。
なのはは、確かに濃密な戦いの経験を積んでいた。だが、それ以前に小学三年生の小さな女の子。
そんなやるせない現実を、どう足掻こうとも零れ落ちるものを失くす事は出来ないという現状を突き付けられて、はいそうですねと納得出来ないし、したくなかった。

良くも悪くも、なのはは子供なのだ。

そして、その結果が、こうして目の前にあった。
全てを救いたいと願い、『守るべき物』と『切り捨てるべき物』を選ぶ事が出来なかった。
負ける気はないのに、彼女と戦うという選択肢が選べない。一度決めれば、何処までも真っ直ぐに進む不屈の心も、迷いの中で何処へゆく事も出来ない。

彼女を偽物と断じていたときは、こんな迷いなぞ無かった。
でも、もう気付いている。彼女はフェイトの偽物なのではなく、彼女という一個人なのだと。
気付いた以上、彼女を否定するためだけの戦いなんて、なのはには出来なかった。

時間があれば、もっと別の選択肢を見つける事も出来たかもしれない。
だがもう遅い。彼女の極光の刃はもう目の前。考える時間は既にない。
なのはと彼女の戦いは、なのはの敗北で決着がついていた。諦めるわけではない、それでも選択をする機会を逸したなのはには、その刃を受け入れるしか道は無かった。

だから、なのははその瞳を静かに閉じたのだった。

(……?)

斬られると思った。だからそれに伴う痛みに耐えようとした。
だが、一向に痛みや苦しみは訪れない。もしかしたら、それらを感じるより先に意識を失ったのかとなのはは思うが、それならば、今こうして考えているのは何なのか。
それに、痛いどころか、逆に温かくて、安心できるような不思議な感覚に包まれているような気がする。
それが、何なのかと不思議に思って、なのはは閉じていた瞳を開けた。

「なのは……間に合ってよかった……!」
「フェイト、ちゃん……?」

そこには、自分を抱えるようにしながら、心からの安堵の表情を浮かべる友達の姿があった。
なのはは一瞬、状況が理解できなくて混乱する。だが、すぐにギリギリのところでフェイトに助けられたのだと理解出来た。
理解して、気が抜けたのか、上手く身体に力が入らずにフェイトに抱えられたままに居る。
だが、ここは戦いの場なのだ。こんな足手まといでしかない自分を抱えたままでは、フェイトであろうとも、彼女から戦う事も逃げる事も出来ないとなのはは思う。

思って、彼女の方から追撃も何もないという事に気付く。どういう事かと視線を巡らせ、その疑問の答えを知る。

「もう、エイミィさんやクロノ君にも無理したらあかんと言われとったはずやろ、なのはちゃん」
「それでも、高町なのはが無事でよかったです……」

そこに居たのは夜天の主、八神はやて。そして、祝福の風、リインフォースのふたりがなのはとフェイトを庇うように、彼女の前に立っていた。

「……夜天の主とその官制融合騎、今はリインフォースという名前だったか。君達も僕を邪魔しようというのか?」

彼女ははやてとリインフォースと向き合いながら言葉を紡ぐ。
その視線は勝敗の決した相手に割くものはないというかのようになのはに向けられない。
ただ、真っ直ぐに立ちふさがるふたりを見つめる。

「はじめまして、いうんはちょっと変かな?」

まずはと、はやてが挨拶をする。今までの情報から、彼女は他の闇の欠片とは違い、独自の自我を持っている事は分かっている。その上での挨拶だった。
ただ、こうして話をするのは初めてだが、夜天の書が闇の書と呼ばれていた時は、防衛プログラムである彼女もまた常に一緒に居た。
そう思って、なんだかおかしな状況だなと思いながら苦笑を漏らす。

「別に挨拶なんてなんでもいいさ。もしあるとすれば『さようなら』というぐらいなものだろ?」

はやての挨拶に対し、彼女はなのはに向けて振り下ろした、大型剣形態となっているデバイス、バルニフィカスの切っ先を向ける事で返す。
彼女は戦いの中で自身を証明すると既に決めた。もう、ただの言葉を掛けられて止まる気はない、止める気があるなら力づくで来いと態度で示す。

「そんな事を言うな。お前にはお前としての自我があるのだろう。
言葉で想いを伝えあえるのなら、別れの言葉だけの未来以外もあるはずだ」

次いで口を開いたのはリインフォース。もっと別に、今必要な物があるはずだと話す。
自分は永遠の呪いに縛られていると思っていた。だが、主であるはやてや、管理局の魔導師達の力によって、未来を見る事が出来る事を知った。
未来は諦めなければ掴む事が出来る。だから、お前もと、彼女に手を差し伸べる。

「……リインフォース、君はそれでいいだろうさ。僅かな時間であっても、優しい主と一緒にいられるんだから……」

だが、彼女はその手を取らない。俯くようにしながら、静かに語る。
そして、その感情は一気に爆発する。

「僕はただ、自分に掛けられた願いに応えるべく役割を果たしていたというのに、誰からも不要といわれて切り捨てられたっ。
ずっと一緒だと思っていた君や守護騎士達も僕を不要という。そんな僕の気持ちを知りもしないで、今更勝手な事を言うな!!
君達にとって、僕は在るべきではない存在なんだろうっ。僕に居場所はないと言ったのは君達だというのに、そんな綺麗事を言われても白々しい以外の何物でもない!!」

彼女の慟哭を前にして、誰も口を開く事が出来ない。
なのはは、戦いの最中に、彼女の寂しい想いに触れて。
フェイトは、自分が母親に不要と言われた時の悲しい気持ちを思い出して、彼女の想いがこの場に居る誰よりも深く共感を覚えていた。

どうしても彼女が敵だなんて、悪だなんて思えなかった。
だから、彼女と戦うという事がどうしても選べず、何をする事も出来なかった。

「……そか、それが君の心なんやな」

誰も口を開けない。その中で、朗々と言葉が紡がれる。

「わたしもずっと長い間ひとりやったから、独りが寂しいというんはよーわかる。
ごめんな。わたしがリインフォースと自分の事で手一杯で、君の事を助けられんで」

それは、夜天の主であり、彼女のもとのあった場所の所有者の声。
単なる同情ではない。守護騎士を受け入れた優しさで彼女を包み込むようにそこにいた。

「ふんっ、今更謝罪なんかされたくない! 僕は、そんな言葉が欲しいんじゃない!!」

だが、はやてのそんな想いも突き放すとうに声を上げなら、空いている左手を天高くつき上げる。

「闇の欠片たちよ、我が下に集え!!」

左手を掲げ、宣告すると同時に、彼女の周囲に暗い闇の魔力が集まってゆく。それは闇の書の闇の残滓が生み出した欠片達。
その全てを彼女は己が内に取り込み、自身の力の糧とする。

彼女が漂わせる禍々しいまでの濃密な魔力の気配に、なのは達は色めき立つ。
まだ戦う事を決められない。でも、アレは放っておいて良いものではない事は肌で感じて分かる。
今は彼女を止めるべきだと、割り切れないながらも、デバイスを持つ手に力が籠る。

「まって、なのはちゃん、フェイトちゃん」

だが、それをはやては制する。

「あの子は夜天の書が生み出した子や。だから、責任はわたしにある。
だから、ふたりとも手を出さんといて」
「でも……」

はやての真剣な想いを、なのは達は感じとった。だが、それでも相手は強大な力を持っている事は痛いほど伝わってくる。
ここは、みんなで協力した方が良いのではないかと思う。

「大丈夫や。夜天の主には祝福の風がついとる。ひとりじゃないから戦えるんや」

それでも、はやては大丈夫だと笑う。自信を持って、ここは任せて欲しいと笑いかける。

「ふん、羽も揃わぬ子鴉と、その力の殆どを失った融合騎だけで僕に勝てると思っているのかい?」

はやては夜天の魔導をその身に受け継いでいるが、それを運用するだけの経験が足りていない。
リインフォースは、その持っていた力の殆どをはやてに譲り、自身を構成するプログラムにも欠損がある。
言ってしまえば、ふたりとも半人前以下という状態。連携で補うにしても限界がある。

「確かにまともにやろう思ったら、全然勝てる気はせぇへんな。
せやから、まともじゃない手を使わせて貰うで!!」

だが、それでもまだ切れる手札があると、はやては言う。アイコンタクトで、リインフォースに尋ねれば、了解の意志が伝わってくる。
だから、その奥の手をこの場で披露する。

「いくよっ、リインフォース!」
「はい、我が主……!」

「ユニゾンッ」
「『インッ』」

融合騎である、リインフォースの本領を発揮するユニゾン。
だが、闇の書の防衛プログラムを切り離した際、その機能の大半を失ったのだ。
今のリインフォースにユニゾンなぞ出来るはずが無いと彼女は知っているからこそ、その行為に驚きを抱く。

「闇の書の闇の落とし子。お前の想いは良く分かった。だから……」

彼女は失敗すると思っていた。だが、ふたりはひとつとなってそこに居た。
その身の内から膨大な魔力が溢れださせる。髪の毛や瞳の色合いに変化するのを終えて、ユニゾンを成功させたその人が閉じていた目を開く。

「それはまさか……融合騎主体のユニゾン、だと……!?」

風に長い髪を緩やかに靡かせるのは、主であるはやてではない、本来なら主の内にその身を溶け込ませているはずの融合騎であるリインフォースの姿。
そこから、彼女はひとつの答えを導きだす。確かにその方法ならば、機能の大半を失っているリインフォースでもユニゾンする事はできる。

だがそれは、本来の形ではない。いうなれば暴走状態や融合事故、主の身体を乗っ取っているという状態に近い。
ただでさえユニゾンの失敗における影響は死に直結するほどの危険性を孕んでいる。

「お前の痛みも、悲しみも」
『全部、わたしらが受け止めたる!』

それでも、そのリスクを承知の上で、はやてとリインフォースはそれを体現する。
それが、自分達に出来る精いっぱいだと信じて。

「ふん、いいだろう……!」

彼女もまたはやてとリインフォースの決意の程を感じとって、大型剣形態のバルニフィカスを構える。
戦意の高まりに呼応して、その刀身に紫電が迸る。

「我が名は雷光ッ、閃の太刀にて未来を切り開く!!
行く手を阻むというのなら、その全てを打ち破って僕は進むッ!!」

彼女は名乗りと共に、自身の意思を高らかに宣言する。持てる全ての力を以って、この今までで最大の障害を打倒してみせると決意を示す。

「ああ、お前の全力を私にぶつけてみろ!」

対するリインフォースは自然体でありながらも、弛緩も硬直ない。全身に意識を行き渡らせ、いつでも動ける無位の構え。

前置きはない。閃光が弾けるようにして、戦端が開かれた。

先に動いたのは彼女。自身を雷光と称する事に偽りはなしと、金の魔力光の残滓を軌跡として空を翔る。
その身の内に取り込んだ、かき集め闇の欠片が身体を食い破って外に出ようとする悉くをねじ伏せて、己の力と成していた。
今までも十分以上に速かったが、今の彼女はその過去を越える。まさに空を突き破る雷であると思わせる速さ。

一気にリインフォースへと肉薄、一閃、二閃と刃が振るわれる。
魔力のチャージする暇さえ与えない圧倒的なまでの速さ。防御されたとしても、その防御ごと両断する鋭さ。
当然の事として広域型の魔導師のような者は、なすすべもなく敗北する事だろう。

「はぁぁぁっ!!」

だが、今のリインフォースは並などではない。身に迫る刃を、その拳を以って迎え撃つ。
避ける事も防ぐ事も叶わぬというのなら、打倒して弾き返すと言葉ではなく行動で示す。

通常、魔力資質として広域型のような後衛に位置する者は、遠距離からの大火力による攻撃を得意とし、接近戦を不得意としているものだ。
だが、かつては闇の書の意志と呼ばれる者として、そして今は夜天の主と共にある祝福の風として、そんな常識をものともしない。
心優しい主の温もりを胸に抱え、負ける要素など一欠片もありはしないと、リインフォースは一歩も引き下がらない。むしろ前へと進むように拳を振るう。

「うおぉぉぉぉっ!!」
「てやぁぁぁぁっ!!」

互いに一歩も譲らない。死角に回り込むような無粋な真似も無い。
今目の前にあるのは乗り越えるべき障害。逃げる事も回り道もない。ただ全力を以って打ち倒し、乗り越えるものだというかのように真正面から彼女は刃を振るう。
迎えるリインフォースもまた、小細工も弄せずに迎え撃つ。

刃と拳がぶつかり合うたびに、出し惜しみの無い魔力が迸り、周囲を閃光で染め上げる。
弾ける空気と衝撃が轟音となって響き渡り、その身を震わせる。
互角に鬩ぎ合う魔力が生み出す熱量がその空域を包み込み、他者を寄せ付けぬ戦いのフィールドを形成する。

「……すごい」

そんなふたりの戦いを、なのはとフェイトは、ただ眺める事しか出来なかった。
殆どノーガードで打ち合う姿は、見ているこちらの方が精神を削られるような思いを抱く。
互いに目に見えて被ダメージを受けている様子はなくとも、心臓に悪い。

だが、なのはもフェイトもリインフォースの援護をしようなどとは思いもしなかった。

それは、戦いの始まる前に、はやてに任せて欲しいといわれたからではない。あまりに苛烈を極めるふたりの戦いぶりに、介入の余地を見出せないのだ。
なのはもフェイトも、任せて欲しいと言われ、自分達もそれを認めた以上、手を出すつもりはないのだが、それでも本当にいざとなったらどうなるかは分からないと思っていた。
だが、ふたりの戦いは、そんな思いなど容赦なく吹き飛ばす。

何をする事も出来ない、ただ、観客に徹するだけしかなのはとフェイトには許されていなかった。

「砕け散れぇぇっ!!」
「くぁ……!?」
『はぅっ……!?』

そんな中で、幾合ものぶつかり合いを続けていた彼女とリインフォースだったが、その均衡がようやく崩れた。
その時もまた、彼女の刃はリインフォースの拳に弾き返された。その弾かれた勢いのままに彼女は身体を回転、遠心力をも加えて横薙ぎの一撃を見舞う。
リインフォースはその一撃も弾こうとするも、押し負けて吹き飛ばされる。その光景を目の当たりにしたなのは達はこの決定的な場面に危機感を募らせる。

「……おい、君は一体どういうつもりだ!!」

だが、彼女は追撃をせずに怒りのままに声を荒げていた。その表情には不機嫌さがありありと見て取れる。
なのは達には、どうして攻めたはずの彼女の表情が優れないのかが分からないと不思議に思う。
だが、リインフォースはその理由が分かっているのか、特に表情も変えないでいる。

「僕は何度か隙をさらしてしまっていたけど、君はそこを突こうとせずに受けに回ってばかりだっ。
君は本当に戦う気があるのかっ、それとも僕を舐めてかかっているのか!?」

そして、彼女は憤怒の想いを叩きつけるようにリインフォースへ向けて糾弾する。
実際、ユニゾンをしているリインフォースには単純に殴りあうだけでなく、様々な戦うすべを持っているはずだった。
だが、それらを使わないばかりか、攻める事に消極的であると、他の誰でも無い、実際に対峙していた彼女にはそれが分かった。
全力ではあっても、本気で戦っていないリインフォースの行動は侮辱でしかない。
もし本当に全力の戦いであるべきものに手加減を加えていたというのなら許しはしないと彼女はリインフォースを見据える。

「……言っただろう。私達はお前の全てを受け止めると」

そして、彼女の問いに対するリインフォース、いや、はやてとリインフォースの答えがそれだった。

はやてもリインフォースも、最初から彼女を倒す事を目的としていなかった。
ただ、彼女の抱える痛みや悲しみをその身を賭して受け止めようとしていただけだった。
言葉で伝え合い、戦わずに済めばそれでよかった。だが、彼女の想いは言葉にしただけでは晴れない。
ならば、その怒りの捌け口としてこの身で全てを受け止めようと思った。それが、はやてとリインフォースの選択だった。

「……君は、僕の怒りを、……この気持ちを受け切れるとでも思っているのか!?」

はやて達の想いを知って、彼女はその動きを止める。そこを攻めるつもりをリインフォースは持ち合わせていない。

『もちろんや。わたしは夜天の主やからな。泣いてる女の子に胸を貸したるぐらい、どうって事あらへんよ』

彼女の問いに答えたのははやて。その優しさで、彼女を倒すのではなく、逆に倒されるのでもない。第三の選択肢を示した。
はやては今、リインフォースの内に居るため、その表情は分からない。だが、その声から確かに微笑んでいる事は伝わってくる。
そして、リインフォースもまた戦いの最中にあっても、そんな主の想いを代弁するように優しい笑みを浮かべて手を差し伸べる。

嘘や偽りはない。それは彼女に伝わった。本気で受け止めようとしているのだと悟り、俯くようにしてリインフォースから視線を外す。
どちらも動かず、静寂な場に流れる。

「……言ったな、夜天の主」

沈黙を破ったのは彼女の方。俯き表情がうかがえないままに呟く。同時に、その足元に金の魔力光で魔法陣が描き出される。
彼女の纏う雰囲気に穏やかさなど無縁の戦いの空気。

「ならばッ、この刃を手向けとして受けて、ここに散れ!」

そしてあげる視線に籠るのは、紛れもない戦意。
そこまで言うのなら、望み通り全力をぶつける。そして、自分達がどれほど自惚れた事を言ったかを分からせてやると気炎を上げる。
自身の持つ魔力を全開にして、どれほど無謀な事をしようとしているのかを力づくで示す。

『わたしらは死なへん。せやから、思いっきりぶつかってええんやで』
「さあ、お前の怒りも悲しみも、全部私にぶつけてみろ!」

だが、はやてもリインフォースも揺らぎはしない。むしろ、全力を出すというのであれば喜んで迎え撃つと言わんばかり。
そして、その想いに偽りはなしと、はやてとリインフォースもまた魔法陣を展開し、彼女を受け止めるべく魔力を高めてゆく。

その姿に彼女もまた最後の一線を越える。剣を頭上に高く掲げ、魔力のその全てを解き放つ。

「そこまで言うのなら、僕の戦力全開を受けてみろ!!」

解放されるのは闇の欠片達の魔力。だが、それは今までのそれとは違っていた。
主に負の記憶をもとに構成された欠片の持つ魔力は昏い気配を漂わせる物。それが凝縮されて密度を上げていたのだから、呪いを形にしたような禍々しさを持っていた。

その魔力を、彼女は『電気』の魔力変換資質を以って別なものへと昇華する。
闇の魔力が金色の魔力へ、そして轟く雷光となって彼女の力となる。
その心の内にある怒りも悲しみも全てひっくるめて、善悪も関係ない純粋な力へと成す。

「この一撃に、全てを賭けるっ!!」

彼女の魔力を受けて大型剣形態のバルニフィカスもその刀身の煌めきを強く輝かせる。
正直なところ、バルニフィカスは既に魔力許容量をオーバーしている。しかも、リカバリーをしているとはいえ、連戦による影響はその鋼の身の内に降り積もっている。

だが、デバイスである彼もまた、これが本当に最後だと分かっている。故に、限界を超えてなお、魔力をその身の内に溜めこんでいく。
後先を考える必要はない。今必要なのは、生まれた時から共にある彼女の『本当の全力』をその身で体現する事だけ。
そのためだけに溢れだす余剰魔力をも制御する。刀身だけでなくデバイス全身を包み込んで、その身を一振りの剣と成す。

魔力で編まれた刀身は立ち昇る柱かのように極大までその身を伸ばし、まるで天を衝くと言わんばかり。
それは、さながら眩い光そのもので編まれたかのような剣。伝承の中でのみ描かれる英雄が所持するような、神々しさでそこに在る。

「耐えられるものなら──」

そこに禍々しさなど欠片もない。あるのは闇を切り裂く金色の極光。
今の彼女の中に負の感情も一切ない。そんな物は既に剣に込めた。あるのは、全てを受け止めるというふたりに全てをぶつけるという意志だけ。
そして、その意志も剣に込めて、真っ直ぐにリインフォースを見据える。

「──耐えてみせろォッ!!」

持てる全ては剣に込めた。相手は受け止めるといったのだ。避けられる心配なぞない。
ただ、全力で、真っ直ぐにその剣を振り下ろす。

『くるよっ、リインフォース!!』
「はい、我が主……!!」

雷光を伴い振り下ろされる刃を前にして、はやてとリインフォースは逃げる素振りもない。
彼女は全てをぶつけようとしているのだ。ここで逃げたら彼女を裏切る事になる。無茶は重々承知だが、そんな事は瑣末ごとだと切って捨てる。
それに、彼女が魔力をチャージしているのを黙って見ていたわけじゃない。彼女が全力でぶつかるのと同じようにはやて達も全力でぶつかるべく極限を超えて魔力を溜めていた。
はやては魔力制御に全神経を集中させ、リインフォースはその諸手を掲げるようにして身構える。
そして、

「『はぁぁぁぁっ!!」』

振り下ろされる刃を両の掌で挟みこむように、真剣白刃取りにして受け止めた!

「くあぁっ……!?」

押し込まれるところを足元に展開した魔法陣に足をつけて踏み止まり、ギリギリで耐える。
だが、両断されなかったからといって終わりではない。彼女は電気の魔力変換資質を持つ。その剣に宿る眩いまでの金の極光のせいで視認出来ないが、轟く雷もまた剣に宿っている。
リインフォースは耐電のフィールド系魔法をその身に覆うように纏っているが、それでも直接触れている掌から激しい電流が流れこんでくる。
身体を内側から焼き焦がすようなその痛みに、意識が遠のきそうになる。

『熱ッ、痛ッ、でも負けへん!!』

確かに痛いし苦しい。このまま力を抜いて両断されてしまった方が楽になれるのではないかとも思う。
だが、それでもリインフォースは踏み止まる。耳にではなく、意識に直接聞こえてくる優しい主の声に、諦めるという弱気を押し込める。
この優しい主が諦めなかったからこそ、永遠とも思えた闇の書の呪いを断ち切る事が出来たのだ。光ある未来を見る事が出来たのだ。その主は欠片も諦めていない。

だから今も、こうして全力で彼女の全力に抗ってみせるのだ!

「こんのぉ……ッ!!」

本当に受け止められた事に、彼女は驚きながらも、何処か安堵の想いを抱いていた。
自分という存在を、ありのままに受け止めて貰えたような気がして嬉しい想いもあった。
だが、だからといって、それで終わりというわけではない。
既に全力だというのに、それでも更に力づくで振り下ろす剣を更に押し込んでいく。
一体何処までいけるのかと、逆に楽しいと思いながら、その表情は何処までも真剣に、真っ直ぐリインフォースの姿を見据える。

彼女は基本、負けず嫌いなのだ。

『大丈夫か、リインフォース!?』
「無論です、我が主……!」

対するリインフォースは、剣を伝ってくる圧力が増した事に、膝を屈しそうなる。
だが、ここで自分が負けたら、終わるのは自分だけではない。未来ある若い魔導師。優しい主。そして敵対している彼女もその未来も潰える事に繋がると知っている。

機能の大半を失ったリインフォースにはあまり時間は残っていない。そう遠くない未来に機能停止に陥る事は、誰に言うわけではなかったが、公然の事実である。
だからこそ、未来に羽ばたく子供達を見守る事は出来ないまでも、その未来を切り開くぐらいの事はしたい。
そう思えば、まだまだ力が湧いてくる。この程度では負けるわけが無いと、拮抗の状態を維持し続ける。

「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」

互いに全力。持てる全てを出し切って片や相手を圧倒するべく、片や相手の全てを受け止めるべく力を振るう。
既に思考を挟む余地などない。力のぶつかり合い。そして、

──全ては閃光に呑まれた。

魔力の光は金色と紫かかった黒の二色。
限界を超えた魔力の奔流が全てを押し潰すかのように激しい衝撃を伴って一帯に広がる。
五感は作用しない。何も見えないし聞こえない。感じられない空白の空間に投げ出されたかのような錯覚に、この場に居る全員が陥る。
その中で分かったのは、彼女とはやて達のぶつかり合いに決着がついたという事だ。

……どれくらいの時間が過ぎたのかは分からない。
それでも、五感が回復したその時、そこに彼女達は居た。

「……お前は、強いな」
「当たり前だ。僕は力のマテリアルだぞ」

リインフォースはバリアジャケットが形の意味を失くす程に敗れ、雷の影響か身体の至るところが焦げ付いているという、ずたぼろもいいところの姿。
対する彼女のその身は常と変っていないが、携える大型剣形態であるバルニフィカスは、その刀身が中ほどからぽっくり折れていた。
互いに魔力なんて底をついている。飛行魔法を維持しているだけでもギリギリというほどの状態。

「ふふっ」
「はははっ」

だが、そんなお互いの格好を見て面白いというかのように、自然と笑い合っていた。
彼女達の戦いは、引き分けという決着で終わっていた。

彼女は全力を尽くした。怒りも悲しみも禍根も全て込めた。それを、はやてとリインフォースは受け止めて見せた。
残ったのは清々しいまで空気だけだった。

「ああ、楽しかった。僕がこうして笑える時が来るなんて、思っていなかったよ」
「そうか、それは良かった……」

そう言うリインフォースだったが、限界はすぐに訪れる。ユニゾンが強制的に解かれてしまう。
リインフォースの身体から弾きだされるようにその姿を現し、リインフォースもまた背中に形成していた黒い二対の翼を崩して飛行魔法を維持出来なくなる。
それを、なのはとフェイトが咄嗟に支える。はやてもリインフォースも疲労困憊という様子ではあったが、それでもまだ意識を保ち、そして笑顔を浮かべていた。

「……ねえはやて。君は、僕の事をどう思っている?」

そんなはやての姿を眺めるようにしながら、彼女はぽつりと、一言尋ねていた。
彼女は何かを喋ろうとは考えていなかった。だが、それでも考えを超えて、想いが口から零れ落ちていた。

「どうもこうもない。わたしにとって守護騎士や祝福の風のみんなと同じ、うちの子みたいなもんや」

嘘や偽りなどない、装飾もない純粋な彼女の問い。
そこに込められた真剣さが伝わってきたからこそ、はやてもまた思ったままに口にする。
彼女の事を嫌うなんて事は無い。大切な家族の一員であると。

「ただ、ちょ~っとイジケ過ぎな部分もあったけどな?」
「別に僕はいじけてなんかいない!」

付け加えられた言葉に、彼女は拗ねた表情を浮かべる。
だが、頬に僅かに朱が差しているのを見るに、怒っているというよりは照れているように見える。

そんな彼女の姿に、みな笑顔を浮かべ、逆に彼女は不機嫌になる。
それでも今は、この空気が心地良かった。そう、この場に居る全員が感じていた。

そんな中、映像がぶれるように、彼女の指先が揺らぐ。そこを起点とするかのように、その姿全体が穏やかな光に包まれるようにして崩れ始める。

「ああ、もう時間か……」

彼女は魔力の全てを使い切った。それは、比喩でも揶揄でもない、全ての魔力を使った。
それは、自身を維持するための魔力も使ったという事。その必然の結果が、彼女の消滅という形で表れていた。
後悔はしていない。死力を尽くした戦いの結果だと、揺らぐ想いもなく彼女は受け入れていた。

そう言う彼女の周囲に、複数の魔法陣が展開される。それはそれぞれ、この場に居る魔導師も良く知る者の魔力光で描かれていた。
そして、そのベルカ式の魔法陣の中心には、それぞれ彼女が取り込んでいた守護騎士達の姿があった。

「消えるのは僕だけだ。守護騎士達ははやてに返すよ」
「そんな、消えるだなんて……!」

はっきりと彼女は自分の口から消滅する事を告げていた。
それを聞いて、はやては誰よりも早く反応をして見せる。戦いになったけど、ようやく分かりあえたのだ。
これからだというのに、まだまだ話すべき事はあるはずだというのにという思いが口をついて出る。
それに追従するように、他のみなもまた一様に同じような言葉を紡ぐ。

「いいんだよ、別に。最期に僕が一番欲しかった言葉が聞けた。だから平気だ」

そんな少女達の姿を見て、彼女は自身の心が満たされるのを感じていた。
彼女は自分の居場所が欲しいと、みなに自分の事を認めて欲しいと思っていた。そして、ここに居る全員が、彼女の消滅を憂いていた。
自分の望みが、確かにここにあったのだと分かって、不満があるわけが無かった。

「それに、僕だって未来を諦めるわけじゃない。今は僕も消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてではなく『僕』として逢えると信じてる。
だから……、大丈夫だよ」

その言葉を告げると同時に、日が昇る。夜が明ける。その朝の煌めきの前にみな、一瞬目がくらんでいた。
「あ……」

そして、その一瞬の内に彼女の姿は消えていた。

それは、本当に一夜の幻であり、夢のようだった。
だが、この場に居るみなは覚えている。


朝焼けを背景に消えゆく彼女が浮かべた笑顔は、無垢な少女のように何処までも澄んでいて綺麗だった事を。



IFシナリオ END











あとがき

『挫ける事もあるだろう、嘆く事もあるだろう。歩みを止めたいと思う事もあるだろう。
だが、それでも道を過たずに、愚直なまでに高みに至る道を前に進め!
たとえ道半ばで倒れようとも、それまでに歩んだ道は、紛れも無い『王道』なのだから……!」

そんな、誰かが言いそうな事を捏造したこの言葉を雷刃ちゃんに送ります。
砕け得ぬ王になる事は出来なかったけど、それでも君の歩んだ道は間違いじゃないはずだから……。

雷刃ちゃんはゲーム中で、
『闇の書』ではなく『夜天』という言葉を使う。
闇の書の復活が目的とは一言も言わず、世に闇を齎すとも言っていない。
『僕“達”も再生できる』と、自分以外の事も気にかけている節がある。えとせとら

書き出してみると、他のふたりとは随分違った内面が見えてくる。
その辺りが上手く表現できていたらいいなぁ、なんて思います。















嘘予告?

わたしの名前は、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。

ある日、空から降ってきたヘンテコステッキであるルビーに選ばれて魔法少女(笑)になっちゃった。
そしたら、ステッキのもとの持ち主であるリンさんが現れて、わたしに『奴隷(サーヴァント)になりなさい』なんて言われたりもして。

……そんなイリヤの一夜を明けた朝の目覚めは、割と最悪だった。

夢の中でもそんな現実が悪夢として再現されて、ただでさえ寝不足なのに、気分が悪い。
目を移せば、その辺で寝ているステッキであるルビーの姿を見つけて、アレが本当に夢じゃないんだといやがおうにも理解させられる。

……というか、ステッキなのに鼻ちょうちんを膨らませて寝るとはどういう事なんだろうかが分からない。
まあ、分かろうと努力するだけ無駄だというのも、昨日の内に理解していたのだが。

そんな諸々の現実を見なかった事にして、まずは気分を切り替えるべく朝の新鮮な空気を吸おうと、部屋の窓を開ける。

「……うぅ~、お腹減った~」

そこには、見ず知らずの女の子が干されていた!!

「……」

ガラガラガラ、ぱたん。

とりあえず、イリヤは見なかった事にして窓を閉めた。

「コラーッ、僕の事を無視するなぁーっ!!」
「って、ちょっと待ってよ、何でわたしの部屋の前に変なカッコした女の子が干されてるの!?
ルビーッ、もしかしてあの子もあんたの関係者なの!?」
「あは~、なんだかよく分からないですけど、(わたし的に)面白い事が起こっているみたいですね~」

……それが、世界を異とするふたりの魔法少女のファーストコンタクトだった。


魔法少女プリズマ☆イリヤ VS マテリア☆ライトニング


始まりません(笑)

「大丈夫だよ、はやて。答えは得た。僕はこれからも頑張っていくから──」→はっちゃけ爺さん登場→平行世界に飛ばされる→何故か空中→落下→「なんでさーっ!?」

……うん、よくある話(コンボ)だよね。

とりあえず、ルビーに色々吹き込まれている雷刃ちゃんの姿が幻視できた。


ついでに、余談というか没エピソード。

『わたしは夜天の主やからな。泣いてる女の子に胸を貸したるぐらい、どうって事あらへんよ』
「ふん、君の胸なんかぺったんこなんだから、貸すものなんかないじゃないか!」
『何をーっ、確かにわたしのおっぱいは無いけど、今はリインフォースとユニゾン中や。おっぱいもボインボインやから問題あらへん!』
「確かにリインフォースのおっぱいは大きいけど、それは夜天の主である君は関係ないじゃないか!」
『わたしのおっぱいは成長期なんやーっ!」

「あの、我が主。おっぱいとか連呼されるのは恥ずかしいのですが……」

シリアスなあの空気の中に、こんなやり取りを入れられるほどの勇気は自分には無かったです。
ポイントは、恥ずかしがっているリインフォースですね。



[18519] IFシナリオ-最終話B
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/11 20:07

「僕が一番欲しかった事を聞けた。だから、大丈夫だよ」

そう言って、彼女は微笑む。
そこには悔恨も後悔もない。ただ、心の中から零れ落ちた純粋な笑み。

闇の書の闇としてではない。『彼女』という一個人は、満足の中に居た。
自身を維持するだけの魔力を失い、それに伴って崩れゆく自身の身体。

それでも彼女は、心の隙間をようやく埋める事が出来た。その充足感が、彼女に笑みを浮かべさせていた。
この『心』を抱いていられるなら、消えるのも怖くないと、その定めを受け入れていた。

「ダメっ、そんなのはあかんっ!!」

だが、そんな彼女に対して、真っ先にはやてが消えてはいけないと声を上げる。
確かに戦う事になった。でも、それを乗り越えて分かりあえる事が出来たのだ。
一週間前のあの時は、自分とリインフォースの事だけで精いっぱいで、闇の書の闇と呼ばれた防衛プログラムを切り捨てる事しか出来なかった。

だが、今はこうして言葉を交わせている。想いを知る事が出来た。だからこそ、今度こそ彼女も救われるべきだと想いをぶつける。

「……わたしも、母さんに要らない子だって言われて、凄く悲しかったし辛かった。まるで、世界中の全部から否定されたような気がした。
だから、君の悲しいと思った気持ちも痛いくらい良く分かる。でも、だからこそ、ここで消えて欲しくない。
わたしはなのは達と出会って、新しい自分を始められた。だから、君も新しい自分を始められるはず。だから、消えるなんてダメだよ……!」

「……わたしは、自分で気付いていなかったけど、あなたの事をフェイトちゃんの偽物だと思っていた。
でも、あなたはフェイトちゃんじゃなかった。わたしはあなたの事を知らないで、勝手な事を思っていた。
だから、あなたの事をもっと知りたい。友達になって、これからもずっと一緒に居たいと思うよ!」

「私は、ここに居る我が主や、皆のおかげで救われたのだ。そして次は、お前の番だ。
他の誰かがお前を呪いと呼ぶのなら、私はその迫害からお前を守ろう。夜天の書と共に在る祝福の風は、お前にも吹くのだ」

はやてが、フェイトが、なのはが、リインフォースが。
誰もが、彼女の消滅を望んでいなかった。みな、彼女の生存を望んでいた。
その想いを一身に受けて、彼女の瞳から涙がこぼれる。
誰からも呪われた存在だと言って不要と言われ続けて、そして今、自分の事を必要だと言われて、嬉しくないわけが無い。

だが、彼女はそんなみんなに対して静かに首を振るだけで応える。
既にコア崩壊は始まっている。今更止めようとしても止まるものではないし、満足している以上、これ以上望む物はないと言葉もなく示す。

「今の僕は消えるけど、いつかきっと、闇の書の闇としてじゃない『僕』として逢えると信じている。だから……」


今はさようなら。


消えた後の事なんて、分からない。本当のところを言えば、転生プログラムもない以上、消えてしまえばそれで終わりだ。
でも、それでもごくわずかでも可能性があるなら、偶然に偶然が重なって、また巡りあえる奇跡が起きるかもしれない。
それだけの希望があれば、笑って逝ける──

「何時かなんて関係ないっ、わたし達は『今』君に居て欲しいんだよっ!!」

身体を描く輪郭は揺らぎ、消えるだけだった。
だが、その瞬間、温もりに包まれるのを感じた。何が起こったのかと思うが、すぐになのはに抱きしめられている事をしる。

別れの言葉のすぐあとに、完全にその身体は崩壊するはずだった。
崩れようとしている彼女の身体は、揺らぎの中でも停滞を見せる。

「魔力が足りないって言うなら、わたしの魔力をあげるっ。
君の事を偽物だと否定しようとしたわたしの事は嫌いかもしれないけど、でもっ、今ここに居る事を諦めないで……!」

なのはから流れ込む優しい魔力が、彼女の崩壊を押しとどめる。
魔力の枯渇が消える要因だと言うのなら、それを補えば良いと魔力が彼女の身体に流し込まれる。

理屈で分かって、そうしたわけじゃない。
でも、自分に出来る何かを必死に探して、それで思いついた事を実行しただけだが、それでも消えるはずだった彼女はまだここに居た。

「君はひとりなんかじゃない。みんな居るから、だから、全てひとりで抱え込んで消えるなんて事をしなくても、なんとかなるってわたしも思うから……」

そして、なのはの反対側から、フェイトも彼女の事を抱きしめる。自身の魔力をわけ与える。
人の温もりは、こんなにも温かいのだと知って欲しいと言うかのように、ふたりの少女は彼女を抱きしめる。

「……君達の気持ちは嬉しい。でも、もうコア崩壊は止まらないから、魔力を供給されても、もう無理なんだよ」

彼女は、初めて触れた人の温かさに、笑顔が歪む。もっと、この温もりの中に居たいと言う思いがその胸の内に湧き上がってくるのを感じて、笑顔を浮かべていられなくなる。
だが、現実として、すでに手遅れなのだ。

今でこそ、身体の崩壊は停滞をして見せているが、それだけだ。揺らめく身体はもとには戻らない。
なのはとフェイトから齎される魔力が、彼女の身体を維持はしているが、それ以上の事が出来ていない。

ふたりの魔力供給が途絶えれば、次の瞬間、彼女は消滅する。
供給される魔力は彼女の内には溜まらず、垂れ流されている状態。そして、なのはとフェイトも魔力を無限に保有しているわけじゃない。限界はすぐに来る。
そんな無駄な事をしても意味はないからと、彼女はふたりの事を押し退けようとする。

「この期に及んで、まだヒネタ事を言うんやない。
わたしらの事はどうでもええ、わたしらは君の本当の気持ちが知りたいんや」

だが、そんな彼女の行為を、はやての言葉が遮る。
見れば、はやてはリインフォースと支え合うようにして、やっとこの場に立っている。
僅かばかりの時間で回復した、スズメの涙ばかりの魔力をやりくりして飛行魔法を発動させている。

「僕は……」

余裕は欠片もない。だが、そんな自分の事よりも、今は彼女の本当の想いを教えて欲しいと、はやてとリインフォースは彼女の事を見詰める。
真っ直ぐなその想い、肌に感じるそのぬくもりに、彼女は満足だと思って押し込めていた想いが零れ落ちる。

「僕だって、本当は消えたくなんてないっ、もっとみんなと一緒に居たいっ。
でもっ、僕は僕が消える事を止められないっ、どうしようもないじゃないかっ!!」

もう、彼女の表情に笑顔は無かった。ただ、慟哭を上げるかのように泣きじゃくる女の子の姿がそこにはあった。

心の隙間は埋められ、満足したというのは嘘じゃない。このまま消えても構わないと思っていたのも本心だ。
でも、こんなに優しい人や想いに触れて、新たな想いが芽生えていた。もっと一緒に居たいと言う願いが彼女の心にあった。
それが、本当の彼女の想い。堰を切ったように溢れだす。

だが、それは叶えられる事はないとも、同時に知っている。
単純に魔力は足りない上、既に崩れた自身を構成するプログラムは戻らない。
そもそも、防衛プログラムの断片の中枢は、彼女自身の手で破壊していた。もう、施せる手など残っていない。
だから、諦めるのではなく、受け入れようと心に決めたのだ。

「……アホかてめーは」

声が聞こえた。それと同時に、なのはとフェイトを含め、彼女を包み込むように、ベルカ式の魔法陣が翠色の魔力光で描かれる。

「てめーはあたしがぶっ飛ばす。その前に、勝手に消えてんじゃねーよ……!」

意識を回復させたヴィータが彼女の事を睨みつけるようにしながらそこに居た。
すぐ隣には癒しの魔法を使うシャマルが、ヴィータとシャマルを支えるようにザフィーラがそこに居た。

実のところ、状況は正確に把握しているわけじゃない。どうして彼女が消えるのを、皆が必死になって抑えようとしているのかを、三人は知らない。
だが、魔力リンクで感じていた。主が彼女を救おうとしているのだ。
ならばその想いに応えるのが守護騎士の役目。故に迷う事はない。守護騎士達も全力を尽くす。
そのためには意識を失ってなんかいられないと、そこに居た。

「どうしようもない、なんて事はどうでもええ。
泣いてる女の子が居たら全力で助けるだけやっ。せやから、安心してわたしらに任せときっ!」

そんな守護騎士達の援護を嬉しく思いながら、はやては改めて彼女に手を差し伸べる。
みんなここに居るんだから、安心してこの手を取っていいのだと微笑みかける。

「僕は……、居ても、いいの……?」

そして彼女は戸惑いながら、はやてを見返す。すぐそばにあるなのはとフェイトの顔を、周りにいる守護騎士を、ここにいる全員のその姿を順番に見ていく。

「ここに居たいと思うか否か。その答えはお前の中にしか無い。
お前は『お前』以外の何者でもない。お前が本当に望む物は、言葉にせねば我らには分からぬ。
だが、ここに居る全員は、お前が此処に居たいと望むのなら喜んで受け入れるという事だけはゆめゆめ忘れるな」

みんな、まっすぐに彼女見ていた。誰もが彼女の生存を望んでいた。
言葉は無くとも、その想いだけは確かに彼女に伝わってきた。

そして、ザフィーラは、何時か尋ねた質問の答えを改めて求めた。
拳と刃を交えて、僅かにも感じた彼女の想い。
闇の書から零れ落ちた防衛プログラムの断片としてではない、彼女自身が本当に何を望んでいるのかと。

以前の彼女は、その問いかけをうるさいと言って撥ね退けた。
だが、今はもう、その心に怒りも悲しみも憎しみもない。彼女の心を偽るものは何もない。

「……僕は、みんなと一緒がいいっ。もう、ひとりになんてなりたくないっ、ずっと一緒だったんだから、これからもずっと一緒にいたいよ……!」

だから、彼女はその想いを、涙ながらに訴える。心から望む、彼女の本当の気持ちを……。

「うん、ならずっと一緒にいようね……?」

そして、後に闇の欠片事件と呼ばれる、今回の騒動は幕を閉じた。
最後の言葉は、誰のものだったのかはわからない。
分かる事は、皆の想いはひとつだったと言う事と、身体が崩れゆく彼女の身体が、光に包まれていたという事だけだった。






エピローグ


「こらてめーっ、またあたしのアイスを勝手に食べただろ!?」
「うるさいぞっ。冷蔵庫はみんな共用の物なんだから、その中に入っているアイスも誰か個人の物ってわけなないだろ!!」
「バカのくせに正論っぽい屁理屈言うんじゃねーよっ。アレはあたしが自分で買って楽しみにとって置いたやつなんだよっ!」
「僕はバカじゃないって言っているだろっ。そんなに大事なら名前で書いておけばよかったじゃないかっ、このチービッ」
「なんだとぉっ、このバカバカバーカッ!!」
「やるかぁっ、このチビチビチービッ!!」

……彼女は現在、八神家に暮らしていた。
本来消えるだけしか無かったはずだが、確かに彼女はここに居た。

後の調査で、クロノ曰く、

『現象としては、今の彼女は使い魔という状態に近い。
瀕死の“防衛プログラムの断片”に“彼女”という擬似魂を憑依させ、“一緒に居る”という条件付けで定着・情報の上書きをさせたようだ。
故に、今の彼女は闇の書の闇とは別モノとなっているし、夜天の書の守護騎士とも違う存在となっている。
まったく、本来使い魔を造るという魔法を使ってもこんな現象は起こらないはずなのに、一体どんな奇跡が起きたっていうんだか……』

との事らしい。

「そこまで言うなら表に出ろッ、何時かの決着をつけてやるよっ」
「ふんっ、僕より弱いくせに良く吠える。いいだろう、君なんか速攻で返り討ちだッ!!」
「誰がてめーより弱いだっ、あの時だってあのまま戦ってりゃあたしが勝ってたんだ!!」
「そんなわけあるかっ、力のマテリアルである僕が負けるわけがないだろ!!」

ついでに言うと、彼女は使い魔であるのだから、当然主に該当する人物が居るはずなのだが、当時に複数の人物の魔力が混在していたため、誰が主か分からないらしい。
そのため、彼女は何処に住むか、責任者などの問題もあったが、色々と協議の結果、今は八神家の世話になっているという話だ。

さらに補足説明をすると、彼女の身の上は管理局には『フェイト・テスタロッサと同様、プレシア・テスタロッサの造ったアリシアのクローン』と報告してある。
これは、リンディ・ハラオウンをはじめとした人が情報操作をした結果だ。

闇の書は、今までに多くの悲劇を齎し、憎しみの対象とする人が次元世界には多くいる。そして、その罪そのものともいえる防衛プログラムである彼女は、非常に不味いものがある。
故に、彼女の事は闇の書の闇とするより、『クローンとして生み出された』とした方が世間の風当たりは大分違う。
そういった思惑の上で、色々と権力やコネなどを使って情報を操作したらしい。

彼女は自分が防衛プログラムのマテリアルだと言う事に誇りを持っているのだが、その辺りの説得は、翠屋のケーキを餌に釣ったとかなんとか……。

「こらーっ、ふたりともケンカしたらあかんよ~」

「ちっげーよっ。このバカがあたしのアイスを食ったのがわりーんだってば、はやて!!」
「騙されるな、はやてッ。言いがかりをつけて来たのはこっちのチビの方だ!!」

「う~ん、このまま仲良くせぇへんって言うなら、ケンカ両成敗って事でふたりとも一週間おやつ無しって事になるけど、それでええか?」

「あっはっは~、何言っているんだよはやて。あたしとこいつはすげー仲良しじゃんか!」
「そうだぞ、はやてッ。証拠にこうやって一緒に踊ったりもするんだぞ!」

とはいえ、そんな裏事情よりも、今はこうして笑って居られるのが一番良い。
それ以外の事はすべからず重要ではない。

「……それにしても、この家も騒がしくなったものだ」
「ふふ、でもヴィータちゃんもなんだかんだで一番あの子と仲良しで楽しそうよね、シグナム」
「そうだな。私は、この光景がとても尊いものだと思えるんだ」
「リインフォース……。ああ、私もそう思う。これこそが、我ら守護騎士が守るべき光景なのだろうな」

未来は、これからも続いて行くのだから。
辛かった過去の想いも、断ち切るのではなく、受け入れて進めるだけの強さも優しさもここには在るのだから。




IFシナリオB END










赤青エターナルロリコンビ。爆・誕!!

雷刃ちゃんが大人に成長? あはは、そんなのあるわけ無いじゃないですか。
なんて言ったって雷刃“ちゃん”なんだから!

そんなわけで、ちゃっかりあった雷刃ちゃん生存ルート。
AエンドとBエンドで、どっちが真エンドかの判断はみなさんにおまかせです。


そして、ここまで書いて問題が発生。それは、

『どのシナリオの続きを書こうか決められない……!!』

という事です。選択肢としては

① 当初の予定通り『魔王少女リリカルStar light』の星光さんシナリオ再開。
② 雷刃ちゃんINプリズマ☆イリヤ。タイプムーン板に突貫です!
③ いやいや、我らがヒーロー雷刃ちゃんの生存シナリオの続きを……!

の三択です。滑りまくりの王さまシナリオはまったく思いつかないので無しです。
自分的にはどれも面白そうで、書きたいと思うんですが、時間とか時間とか、あと時間の都合により、どれかひとつで精いっぱい。

まあ、もうひとつ投稿してあるSSを、区切りが良いところだしなと、更新を諦めればもうひとつぐらいいけそうだとも思うわけですが……。
そんな諸々なので、ご意見を聞かせていただきたいと思った所存です。

とりあえず、次回に雷刃ちゃん生存シナリオの番外編をかいて、一区切りです。



[18519] IFシナリオ-最終話B 後日談兼番外編
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/16 19:37

それはある日の事。

喫茶翠屋のドアに備え付けられたベルを鳴らして現れたのは、青い長い髪をツインテールに纏めたひとりの少女。
それは、かつて闇の書の闇と呼ばれた防衛プログラムの断片データが、現存する魔導師の姿と力を象って顕現した存在。
紆余曲折を経て、今は防衛プログラムの断片としてではなく『彼女』という一個人としてこの時を生きる少女。

名前は『ライ』

本人は当初から『雷光』と名乗っていたのだが、それは女の子の名前としてはどうだろうという事で、みんなで新しく名前を考えようという話になった。
だが、船頭多くて船、山に登る状態になって一向に決まらず、結局は本人の名乗りに準じて『ライトニング』が名前、通称『ライ』になったらしい。(苗字に関しては未定)

「僕は今日から翠屋の子になる!」

そんな彼女がここ、喫茶翠屋に現れたのはまだ開店前というこの時間。
大きな荷物を抱えて、いかにも『家出してきました』という風貌のままに、開口一番がそれだった。

翠屋の面々からしても、いきなりそんな事を言われても、状況は分からない。
それ以前に、翠屋は高町家の夫婦が経営している喫茶店ではあるが、住んでいる家は別にあると彼女も知っているはずなのに、何故翠屋の子になるというのか?

様々な疑問を巻き起こしながらも、分かった事といえば、とりあえず彼女は至極真剣だという事ぐらいだった。



 ◇


事の発端は、八神家での朝食における何気ない会話。

「おめーも一日中遊んでないで、たまには働けってんだよっ」

そんな、ヴィータの一言だった。
朝食も食べ終わり、みなそれぞれにのんびりとした時間を過ごしている最中だった。

「なんだよ、そんな事を言ったら、ヴィータだって似たようなものじゃないか」
「あたしらは管理局の手伝いとかしてるってーのっ。なんだったらあたしが口利きしてやっから、おめーもちょっとは世の中に貢献しろってんだよ」

「ヤダ。僕は管理局なんかで働きたくなんか無い」
「なんだよそりゃ。それは単なるてめーの我が侭じゃねぇか!?」

ヴィータの申し入れにも、彼女は即答でそっぽを向く事で応える。
そんなシンキングタイムゼロのリアクションに、せっかく自分が譲渡した態度で臨んでやったというのにという思いで、ヴィータはカチンとくる。
まあ、他の人から見れば、どこが譲渡しているのか、という話ではあるが。

「まあまあヴィータ。怒ったらあかんよ?」

だが、そんなヴィータをなだめるようにしながらはやてがふたりの間に割って入る。
彼女とヴィータが言い争いをして、その間にはやてが入るというのは、八神家ではよくある光景であると、他の守護騎士達も特に何も言わず見守っている。

「あのな、ヴィータはああ言うとるけど、ほんまはライと一緒に働きたいって言うとるんやよ?」
「なっ、ちょ、……ち、ちっげーよ、はやてっ!!」

はやての彼女を諭すような言葉に反応をして見せたのはヴィータ。
若干頬に朱が差している辺り、照れているというのが丸わかりだ。

「……守護騎士のみんなが管理局に協力するのは義務なんだろうけど、僕にはそんな責任はないんだから、僕が何をしていようと勝手だろ」

だが、そんなヴィータの反応に対しても、彼女のそれは何処か冷めたようなものだった。

「そして、僕は管理局は嫌いだ。あんな、夜天の書は良いけど、防衛プログラムである闇の書の闇は絶対悪ってしか見ていないような連中と一緒に働きたくなんてないねっ」

元々、闇の書の闇そのものと呼べる存在であった彼女は、防衛プログラムの事を悪だとは思っておらず、その犯してきたとされる罪もまた、罪だとは思っていない。
ただ、自分は自分の存在意義を全うしていただけ。そこに善悪の意義を挟む余地はない。
そこに悪というレッテルを貼ったのはほかならぬ管理局だと彼女は認識している。

確かに、多くの人を死なせたし、不幸を巻き起こしたという事は理解している。だが、それでも彼女は考えを変える気はない。
彼女の存在を認めた人達は、彼女の事を肯定はするが、闇の書の闇である防衛プログラムを肯定するという事にはならない。あくまで彼女一個人を認めているだけ。

闇の書にまつわるそこにある禍根や事実がある以上、それはある種当然ともいえる事であり、むしろ防衛プログラムの断片であった彼女を認めるという方が状況としてはおかしい。
彼女の存在は例外としても、誰もが闇の書の闇である防衛プログラムは忌むべきものだと思っているというのが実情であり、覆す事も実質的に不可能。
なら、せめて自分だけでもその存在を認めていたい。
別に、悪を容認するわけじゃない。ただ、本当は悪と呼ばれるようなものじゃなかったと弁護したいだけだ。

だが、管理局としては既に過去の物となった事を今更掘り返しても益は無いと言うのが本音であり、むしろ、悪は滅びたと断じてしまった方が後腐れもなくて都合がよい。
その辺りが彼女とそりが合わないから、彼女は管理局とは相容れない思いでいるのだ。

「そんな事あらへんよ。ほら、リンディさんとか、クロノ君とかはライが悪いように見られないよう、色々と取り計らったりしてくれとったやろ?」
「……リンディとかクロノは、まあ嫌いじゃないけど、でも、それが管理局っていう組織と好感度がイコールで繋がるなんてわけがない」

自分は譲りたくないと思い、管理局にはそもそも譲る意味も理由もない。その違いが軋轢となって、彼女と管理局の間に横たわっている。
それは、無理に埋めようとしても余計にこじれる可能性がある。だから今は、焦らずに相互に理解を深めていくという段階。

すぐに納得は出来ないだろうが、彼女の心の整理が着くまでは、管理局とは距離を置いた付き合いをするべきだというわけで、彼女の身柄は管理外世界の家庭の預かりとしている。
そう取り計らってくれた人達に、彼女は感謝の想いはある。

だが、逆にいえば、その人達もまた彼女は少なくとも今は管理局と距離を置いておいた方が良いと判断したという事でもある。
そういう考えを汲む意味もあるのだから、やはり今は管理局に協力する事は出来ないと考えている。

断じて、何も考えずに、自身の感情だけで管理局を拒否しているわけではない。

「……ああ、てめーの言いたい事はわかったよ」

ヴィータもまた、常々彼女のをバカと呼んでいるが、本当に彼女が考えなしだとは思っていない。
直感が判断の大部分を占めるが、むしろ頭の回転は速く、頭は良い方だと理解をしている。
だから、これ以上に無理に誘っても余計な軋轢を生むだけだと分かっているからこそ、これ以上の追及を打ち切る。

「でも、それじゃあてめーは、結局のところはただのニートには変わりはねぇって事じゃねぇか」

ただし追求はしなくても追撃はする。
何故ならそれがアイデンティティというかのように、ヴィータは彼女の事を鼻で笑う。

「なんだとっ、僕の事を単なる穀潰しだとでもいうつもりか!?」
「はっ、事実じゃねーか!」

そして、打てば響くといわんばかりに、いつも通りにケンカを始めるふたり。
そんなふたりの事を、はやては困ったものだと苦笑しながら見守る。

はやては、自分とヴィータは家族ではあっても基本は主従の関係であり、友達付き合いをするような間柄ではないと知っている。
守護騎士というあり方から、見た目に見合う友達が作りにくいヴィータが、こうやって自分の感情を全力でぶつけ合えるような相手が出来て嬉しいと思う。

「まあライもなんやかんだで、生まれたてやからな。
夜天の主として、色々と面倒みるんはわたしの役目やから、別にうちでのんびり過ごしていても、それで別にええんやよ?」

はやてとしては、彼女の事も家族として受け入れたいと思っている。
だが、彼女は『みんな』と一緒に居る事を望んでいる。それは家族という枠組みに収まらない、もっと広いコミュニティーの意味合いでの『みんな』だ。
今でこそ八神家の預かりになっているが、家族としてではなく友達としてここに居る。
それは、はやてからすればちょっと寂しい部分もあるが、客分扱いもする気はないのだから、気兼ねなく過ごしてくれれば良いと口にする。

「ちっがーうっ。僕は別にはやての世話になる必要なんてないんだっ。その気になれば、ちゃんと独立して生活も出来るんだぞ!」
「はいはい。せやな~」
「ふ~んだっ、そこまで言うなら、僕にだって考えはあるぞっ」

だが、どうやら今回はその想いがズレて彼女に伝わってしまったらしい。
いきなり会話を打ち切るとあわただしく部屋を飛び出して行ってしまった彼女を止める暇も無かった。

「こんな家なんか出てってやるっ、本当だぞ、本当に僕は出てってやるんだからんっ。今更止めたって遅いんだからな!!」

そして、自分に割り当てられていた部屋からフェイトから貰った衣服を詰め込んだバッグを抱え、再びリビングに姿を現した。
そして、ビシリと指をさしてこの家を出ていく旨を宣告する。
ただ、その割にはちらちらとはやて達の様子を窺うようにしていたが。

「うん、車とかには気をつけてな~。それと、ちゃんと夕飯までには帰ってきてな。
知らない人にお菓子をあげる言われてもついて行ったらあかんよ?」
「僕を子供扱いするなーっ。ちっくしょーッ。こうなったら、僕はそこのニート侍とは違うって事を見せてやるー!!」

だが、予想していたリアクションが貰えなかった彼女は、結局はそんな捨てゼリフを残して再び部屋を飛び出していた。
今度は玄関から出て行ったような音がしたあたり、本当に出て行ったらしい。

「ニート侍、だと……?」
「だ、大丈夫よ、シグナム。わたしだって家事のお手伝いをしてるけど、肝心のお料理は全然はやてちゃんにさせてもらえていないものっ」
「そうだぞ、将。私は我が主に魔導を伝える役目を自負しているが、この弱った身では労働に身をやつす事も叶わないのだ。現状、一番世話になっているだけなのは私だ」
「私も、主の犬を飼いたいという意向に応えるために狼の姿で日常を過ごしているが、結局、主の昼寝のまくら代わりにしかなれていたのだ。お前が気に病む事はない」

「う、うぁぁぁっ!?」

……そして、会話に参加していなかったはずの某・騎士が、守護騎士の中で自分が一番八神家に貢献度が低いのではと、精神的にダメージを負っていたとかなんとか。






「まったく、はやてだって子供なのに僕ばっかり子供扱いするなんて、一体どういうつもりなんだかだよっ」

桃子の用意したお子様ランチをパクつきながら、不平不満という名の文句を延々と垂れ流す彼女を前にして、士郎と桃子も大体の事情は把握出来た。

「なるほど、つまりは自分も働く気になれば働けるという事を証明して、はやてちゃん達を見返してやりたい、というわけなんだな?」
「うん、さすがは士郎。話が早いねっ」

士郎は、自分の問いに首肯してみせる彼女の姿に、だから高町家ではなく翠屋の方に来たのだと、ようやく合点がいった。
まあ、自分が大人だと証明したいと言いながらも、先程の出されたお子様ランチに目を輝かせていた姿を思い返すと、彼女は背伸びをしたい子供そのものだと、微笑ましく思う。
そこは表情に出したら彼女の機嫌が急降下するのは目に見えて分かるので、なんとか表面上は取り繕っているが、何となく彼女を見る目が優しいものになってしまう。

ちらりと息子の恭也を見れば、八神家に電話を入れたらしく、うなずいてみせていた。
どうやら、今回も家族公認の家出だという事を、苦笑気味な表情をみてそれを悟る。
その上で、この場はどうするべきなのかを思案を巡らせる。

「だからうちの店で働きたいという事は分かったが、……正直なところ、君をアルバイトとして雇うのは無理があるな」
「なんだとっ。一体何がいけないっていうんだ!
……はっ。まさか君達も僕の事を頭が悪そうとか、そういう言いがかりをつける気か!?」

まあ、実際にはヴィータしか彼女をバカ呼ばわりはしていないのだが、それでも自分はバカじゃないと憤りを見せる。
そんな彼女の考え至った内容に、困ったように顔を見合わせる高町夫妻。
思わず苦笑いが浮かんでしまうのだが、それでも人の親である身。桃子は彼女に視線を合わせるように屈むと、ゆっくりと諭すように口を開く。

「そういうわけじゃなくてね。あなたみたいな小さい子を雇うのは労働基準法にひっかかるのよ。
一応『お手伝い』レベルなら色々と誤魔化せるけど、あなたは働いてお金を手に入れたいんでしょう? そういう意図だというなら、難しいというのが正直なところなのよ」

実際には保証人やら色々在るのだが、一時期は彼女を高町家で預かるという案も出ていたくらいなので、士郎達もその身の上は聞き及んでいる。
故に、あえてその辺りはぼかして話をしていた。
まあ、雇う事は出来なくとも、この家出少女が落ち着くまでしばらく家に泊める事も構わないとは考えていたが。

「なるほど、なら僕が『小さく』無ければ問題は無いってわけだね?」
「む。まあそうなるわけだが……」

さてどうしようかと思っていたところで、ふと彼女がそんな事を言ってきた。
だが、士郎達からすれば、常識的に彼女が急に大きくなれるわけがないと思う故に、彼女のその言葉に戸惑いを見せる。

だが、彼女は(一応)魔導師であり、管理世界外であるこの次元世界での常識にとらわれているわけではない事を失念していた。

「いくぞっ、バルニフィカス! へ~ん……」

彼女はおもむろに台座に宝石を据えられたような蒼いアクセサリーを取りだすと、自分が座っていたイスに飛び乗り、バイクで颯爽と走り現れるヒーローのポーズを取る。
ちなみに、何処で知ったかは分からないが、何故か一号のソレだ。

「しんッ。とぉ!!」

そして、ビシリと決めるとイスの上からジャンプする。
するとどうだ。空中で彼女の身体は金色に輝く光に覆わる。身に纏う衣服は弾けるようにして消失する。
アクセサリー、魔法を行使するデバイスであるバルニフィカスは内包するフレームを展開し、黒鋼色の長柄の斧形態へと移行。
そして、彼女の金色の魔力が編み込まれ、物質化させた事によって生み出された新たな衣服をその身に纏い行く。
本来なら一瞬で終えるはずの光景を、演出重視でひとつひとつ魅せるように変身する。

……まあ、色々言ったが、要はバリアジャケットをセットアップしたという事だ。
ただ、今回のそれは、ただ、バリアジャケットを着込んだとは違っていた。

「どうだっ、僕だって魔導師なんだから、変身魔法のひとつやふたつお手の物だよ!」

そう、彼女は今、変身魔法を使ってその外見を大きく変えていた。
身長は大きく伸び、それに伴い、身体のシルエットもまた、その身長にみあうだけの成長をしたものとなっている。
髪型などは殆ど変っていないが、何処からどう見ても先程までの9歳の外見であった彼女とは似ても似つかない女性の姿がそこにはあった。

ちなみに、バリアジャケットなのは、流石に子供の服のまま大人モードになるのは無理があったからだ。

「……」

そんな彼女の変身シーンを目の当たりにした高町家の人々は、一様に呆けていた。
確かに、末娘であるなのは、それにアースラ艦長リンディ・ハラオウンから魔法については教えて貰っていた。
だが、実際に姿形がまるで変わるような魔法を見せられて、驚くなという方が無理だ。

「ちょ、みんな何をぼーっとしているんだ。ほら、この姿ならどう見ても子供じゃないんだから問題はないだろっ?」

そう言って、彼女はその場でクルっとターンをして見せる。

「ぶっ……!?」

そして、今度はまた別な意味で高町家の人々は言葉が出なかった。

彼女は今、バリアジャケットである。それは、黒のボディースーツに青いベルトやマントをしているというものなのだが、それが危険だった。

身体にぴったりとフィットするボディースーツは、その体型のメリハリを遺憾なく強調している。
すらりと伸びる白い足は艶めかしく、スカートも一々翻り、隠すというより視線を集めるのに一役買っていた。

元々、高速戦を得意とする彼女は、防御を最小限にとどめているため、非常にきわどいところまで装甲を抑えている。
それは、子供であったからこそ許されていた部分はあったが、今の彼女は大人モード。
いくら本人は無邪気に振舞っていても、色々ヤバイ。

「うわ、揺れてる……」

そして、美由希がターンを決めた彼女のその胸に起こった現象を、思わずそのまま口から漏らしていた。
彼女の大人モードの外見は、大体十代後半から二十歳程なのだが、その胸の大きさは、典型的な日本人ではあり得ないボリュームを誇っていた。
そもそも、このバリアジャケットは大人の身体を想定して作られていないのだ。サイズを合わせる事は出来ても、子供の身体には無い部分を支えるような作りにはなってない。

「む~? おっかしいな~。僕はコレがこんなに大きくなるように設定なんてしていなかったはずなんだけどな?」

彼女は、自分のその胸が大きくなるのは予想外だったのか、小首をかしげながら、自分でもにゅもにゅと揉んでみる。
本人としては、邪魔だな~、ぐらいにしか思っていない上での行動だったが、そんな真似をすれば、指の隙間からこぼれそうな胸が余計強調されている。
自覚は薄いのだが、それが更なる要因となって破壊力も割増だ。

「こ、これは……!?」

現に、高町家の内で男性であり、長男である恭也もまた驚愕が口をついて出るが、それでも視線は彼女から外せずに……

「って、恭ちゃん見ちゃだめぇぇぇぇっ!!」
「ぐがぁっ!? 目がっ、目がぁぁぁっ!?」

そんな兄の視線に気付いた美由希が、恭也に目つぶし攻撃を繰り出していた。
剣士として修業を積んでいた恭也であっても、その瞬間の美由希のそれに反応する事が出来なかったのは、男として仕方が無かったと弁護しておこう。

「きょ、恭也っ、大丈夫か!?」

そんな恭也の悲鳴に、金縛りが解けたかのように、同じ男である士郎は彼女から視線をはずし、床でのた打ち回る息子の心配をする。
下手をすれば、自分がこうなっていた可能性もあると、そこに掛けられた同情は深い。

「ふふ、あなたもよ?」

だが、全ては既に手遅れだったという事を、背中に掛けられた声で知る。
自分もまた、息子と同じ道を辿るという明確なビジョンが、士郎には見えてしまっていた。

「ま、待て桃子っ、俺は別にあの子に見惚れてなんていないぞっ。本当だっ。俺が一番綺麗だと思っているのは……!」

士郎は必死に弁明をして、来るであろう未来を回避しようと躍起になるのだが、

「えいっ」

──めきょ

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

そして、喫茶翠屋に断末魔の悲鳴が響き渡った。

「……さて、美由希。ライちゃんにあの格好をさせているのも不味いと思うし、とりあえずは事故で人手も少なくなった事だし、あなたの予備に着替えさせてね?」
「あ、うん。じゃあライちゃん。こっちにきてね?」

こうして、多少の爪痕を残しつつも、彼女は今日一日限定ながらもアルバイトをする事になった。

「……ねえ美由希。この服、胸の部分が凄い苦しいんだけど?」
「う、うわ~んっ、わたしだってそんなに胸は小さい方じゃないのに~っ!!」

……どうやら、被害は多少の段階からさらに拡大をしていたようだ。


そんな風に色々とありましたが、今日も喫茶翠屋は平穏無事に開店をしていた。
その彼女は、マルチタクスを全開にしてホールを捌き切り、レジは自前の演算能力で速攻でまわし、痴漢行為をした男は電撃を流して気絶させたりと孤軍奮闘の働きぶり。
そのアホっぽい言動からは予想外の働きぶりに、美由希はとても落ち込んでいたそうな。

ちなみに、彼女ははやてから『今日の夕飯はハンバーグ』の連絡を貰って、普通に夕飯時になると八神家に帰りましたとさ。

彼女の急襲に、結局得をしたのは桃子だけだったという、平穏な一日だった。









番外編という事で、ほのぼの成分を補充。雷刃ちゃん、アルバイトをするの巻き。
なんだか最後の方がうまくまとめられず、尻切れトンボのようになっていたら申し訳ない。

雷刃ちゃん+大人モード+バリアジャケットはあのまんま。
……けしからんっ、実にけしからんっ!!

大人モードの成長具合は雷刃ちゃんの想定外な部分があったみたいだけど、変身魔法の構築は自分でやったはず。
でも、現実には違いがあると言う事は、そこに雷刃ちゃん以外の他の誰かの意図が介入をしているという事で、そんな真似が出来るのといえば……。

バルニフィカスッ、犯人は貴様かぁぁぁぁっ!?


まあ、それはさておき、これでIFシナリオは一区切りです。
次回からは三択の内のどれかが始まります。(予定)


裏設定という名の雷刃ちゃんのレアスキル。

ワイドマジックドレイン(弱)

周囲に居る人から微量の魔力を吸収する事が出来る。劣化・変質した蒐集行使のスキル。
特定の主を持たないが、魔力を広く浅く集める事で自身の使い魔としての存在を維持している。
基本的に吸収する魔力量は微々たるものであり、相手に殆ど影響はない。
簡単に言えば、常に「オラに元気を分けてくれ!」という状態。

また、この雷刃ちゃんに流れ込む魔力量は相互の同意によって増やす事が出来る。
たとえ危機的状況に陥っても、応援してくれる人が多く居れば居るほど、その想いを受けて更なる力を発揮して立ち上がる事が出来たりもする。


現状、雷刃ちゃん生存シナリオは優先順位最下位なので、日の目も見る事が無い可能性があるので、ここに記載。
イメージ映像はワイルドアームズ2のラストバトル。なんて名前のフォースだったかは忘れたけど、そんな感じの物があった気がする。



[18519] Act Starlight-1
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/07/16 19:08
砕け散ったはずの闇の書の闇が再構築を果し、新たな存在として世に現れた事件から、およそ一年の時が流れた。

当時に闇の書の闇の構成体(マテリアル)に敗北を喫した魔導師や騎士達の傷も癒え、敗北に甘んじるのではなく、次にまみえる時こそ勝つという決意を胸に、それぞれ管理局に入局して仕事をこなす傍ら、己の魔導を磨くべく日々努力を続けていた。

特にその思いのが強いのが八神はやて。そして高町なのはのふたりだ。

前者は、闇の書の闇は夜天の書から切り離されたモノであるため、事態を解決するのは現在の主である自分の役目だと考えるから。

後者は、今の『彼女』は自分の蒐集データをもとにされているという、自分の魔法が悪い事に使われている事に対する責任感。
そして『彼女』が再び自分達に会いに来るという確信と、今度こそ友達を守りたいという約束と誓いがその胸にあったから。

そういった理由で、事件に関わった人物の中でもこのふたりは仕事の合間を縫って熱心に魔導の訓練に明け暮れていた。

ただ、ふたりには違いがある。

たとえば、ふたりの管理局内における部署。

はやては四人の守護騎士と共にその力を必要とされる事件に随時出動する特別捜査官。
なのはは戦闘の最前線に立つ役割である武装隊の所属。

仕事、という名目なら同じではあるが、その内容に関しては大きな差がある。
特に戦闘のような身体を酷使する場面は武装隊であるなのはの方が多く、訓練内容にしても、実戦が多いのはなのはだ。

さらには、はやては闇の書の侵食の影響を脱して車椅子生活とは既に縁を切っているが、それでもまだ体力が本調子ではないと、厳しい訓練は出来ていない。
健康体であるなのはにはそんな制限はなく、魔法の上達が楽しいから、もっと強くなりたいからという理由で毎日のように厳しい訓練に明け暮れていた。

はやてとなのは。ふたりは意気込みは同じくらいに強い。
だが、訓練の内容においてはなのはの方が幾重にも上だった。

能力向上のために訓練する事は悪い事ではない。
だが、なのはの場合その分量が通常と比べて密度や量が多かった。
その上、訓練でも身体に負担の大きい魔法も多用していた。

父親が非常に高度な剣術を伝える家系の出であり、その素養を受け継ぐなのはの潜在的肉体スペックは実は相当高い。
だが、幼少時に外で遊ばずに家の中で大人しくして過ごすという生活をしていたために、身体を動かす運動神経を磨く事をなのははしていなかった。
そのため、資質は高くても運動神経が鈍いというアンバランスな状態であるなのはは、体力の限界がどこにあるのかという自己把握が出来ていなかった。

なまじ資質が高いと知らずとも、十分な睡眠をとれば多少の疲労は回復できるという事を理解していたため、どんなに疲れていても休めば大丈夫と思い込んでいた。
思い込んでいるために、疲労が残っているという自覚も考えも思い浮かばない。
自分はこの程度は全然平気だと、更に訓練量を増やしてゆく。

結果、本人も気付かぬ内にその身に疲労を蓄積させていっていた。
もしも、はやてのように病み上がりという背景や、回復や補助のエキスパートであるシャマルのような存在がなのはの傍に居れば話は違ったかもしれない。

だが、ここにはそんな『もしも』は存在しない。

本人も、周囲の誰も気付けずにそれは積み重なってゆく。
その事実を抱え、なのはは日々を過ごしていた。

そして、その日を迎えた。

なのはと、はやての守護騎士のひとりであるヴィータは仕事の上でとある次元世界に来ていた。
今回の仕事の内容も難しい事はない、簡単と言えるもの。
なのは自身の高い実力と、頼れる仲間のおかげで何の問題もなく事は運んでいた。
そして仕事も無事終了し、あとは帰宅の路につくだけという状況。

破綻はこの時に訪れた。

正体不明(アンノウン)の何かがなのはのすぐ背後に忍び寄っていた。
気付いたヴィータがすぐに注意を喚起する声を上げる。ヴィータはいつものなのはなら十分に反応出来ると考えていた。

だが、なのはの反応が鈍かった。今まで積み重ねてきた疲労のツケが、今このタイミングで牙を剥いていた。
そんな裏事情を、なのはとヴィータはこの時点では分からない。
ただ、このままではなのはが撃墜されてしまうという事実しかなかった。

ヴィータは焦燥に駆られて動き出すが、ふたりの間にある距離のせいで間に合わない。
なのははようやく行動に移ろうとするが、それは既に遅すぎた。

謎の機械兵器が、ただ無機質にその凶刃をなのはの背中へと突き立てる。
その光景が、まるでスローモーションの映像のようにヴィータには見えていた。

自分では間に合わない。
それが分かっていてもなお、ヴィータは絶対に間に合わせようと全力で足掻く。
守護騎士である自分が、大切な仲間を守れないなんてあっていいはずがない。
それ以上に、はやてが『彼女』に取り込まれるのを、目の前で見せ付けられた時の無力感をもう味わいたくない。

間に合わないと理解が出来て悔し涙が滲むのを歯を食いしばって堪えて、ただ目の前の人を守りたいという一念でその手を伸ばす。
自分に笑いかけてくれるその優しい人を守りたいという願いを込めて。

だが、ヴィータのその手が間に合う事はなかった。

伸ばされた手は届かず、なのはは撃墜され、地に落ち行く。

──撃ち落とされた、謎の機械兵器と共に。

「な……っ!?」

突如として視界を埋め尽くした閃光が、なのはと機械兵器を同時に巻き込んで撃墜していたのが分かった。
その目の前で起こった光景に、ヴィータはただ目を見開いて驚いていた。

非殺傷設定の砲撃魔法だったのだろうそれをまともに受けたなのはは、一撃でノックアウトにされていた。
純粋魔力ダメージのため物理破壊効果がないが、その齎された衝撃によって機械兵器はその刃がなのはへと届く前に吹き飛ばされていた。

そんな現実がヴィータの前で展開されていた。
あまりに想定外過ぎる状況に思考が追いついてこない。
それでも、外傷は無くとも、この高度からの落下によるダメージは生死に関わると、気を失っているなのはを助けようとする。

だが、ヴィータがそんな真似をするより早く、ネット状に展開された魔法がなのはの身体を受け止めて落下を防ぐ。
ひとまずなのはが無事だったのを見て、ヴィータは一安心した。

だが、同時に激しい焦燥感に襲われる。

ヴィータはなのはを受け止めたその魔法、そして先ほどの砲撃魔法の魔力光の色を知っている。
それは、なのはと同じ『桜色』だった。

広大な次元世界において、桜色という魔力光はなのは固有のモノというわけではない。探せば似たような色合いの魔力光の持ち主なんて幾らでも見つかる。
だが、先ほどの砲撃魔法の威力をあわせて考えると、思い浮かぶのはひとりしかいない。
殆ど確信と呼べるほどの推測を胸に、砲撃魔法が放たれた地点をヴィータは睨みつける。

「……お久し振りです、というべきですか。鉄槌の騎士」

視線の先には、紫の宝石を先端に戴くデバイスを手にする、闇色のバリアジャケットに身を包むひとりの女性の姿。
その彼女の感情の読み取れない瞳が、静かにヴィータの事を見つめていた。

「何でてめーがここに居るっ、『星光の殲滅者』……っ!」

ヴィータの口から疑問と共に突いて出たのは、彼女の通り名であると呼べる名前。

破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる。
その在り方と強さとから、畏怖と憧憬の念で呼ばれる彼女を示すひとつの記号。
扱う魔法が、星の光を連想させる故のその称号。

『星光の殲滅者』

僅か一年という短い期間ながらも広く定着しているその名前を、苛立ちを隠す事もなくヴィータは叫ぶ。

「なのはとフェイトは私の物です。
その私の所有物を私以外の誰かが傷つける事を許せなかったから手を出したまでです」

そんなヴィータの激昂とは対極に、静かな声色で質問の解答をする。
彼女にとって、それは当たり前で隠す事でも無いと淡々と答える。

「ふざけんじゃねーぞてめーっ!!」

だが、ヴィータは彼女のそんな答えに納得は出来ない。
睨みつける視線に更なる力を込めて憤慨の感情を彼女に叩きつける。

なのはもフェイトも彼女の所有物ではないし、そもそも本当になのはを助けようとするのなら砲撃になのはを巻き込むのはおかしい。
他に手段があるはずなのに、なのはをも攻撃している時点で、彼女のその答えは白々しいものであると考えが及ぶ。
いい加減な事を言うなと、彼女に対して怒りのボルテージが際限なく上がってゆく。

それに、ヴィータが約一年ぶりに会う彼女に対して憤りを覚える理由は今回の事だけではない。
彼女との戦闘の影響でリインフォースに残された時間は想定より短くなってしまっていたのだ。
祝福の風の力と想いは後継機に受け継がれてはいるが、それでも本来ならもっと自分達と、主であるはやてと一緒にいられたのだ。
その想いが怒りとなって、彼女を睨みつける視線に籠る。

「今の答えで納得出来ないというのであれば、私には他に言葉にするべきものはありません」

ただ、彼女からしてみれば、ヴィータが語りもせずに睨むだけでは心中など分かりはしないし、分かったとしても答えが変わる事はない。

彼女は何時だって、自分の心に正直に生きている。
自分以外がなのはとフェイトを傷つけるのは許さない。ただ、自分は傷つけても良い。
故に、自分の放った砲撃魔法がなのはを呑み込んでいたとしても、そこには何の問題も無いという事。
一応、傷つけるのは許さないとは言うがある程度の許容範囲はある。だが、今回はその許容範囲を超える致命傷を与える可能性が目の前で行なわれようとした。

だから介入した。彼女にとってはそれだけの話。
それで納得がされないとしても、わざわざ食い下がってまで弁明する必要は彼女にはない。

それに、一年前の事故の事にしても、正々堂々と戦った末の結果だ。
たとえ自身が敗北していたとしても、そこに異論をはさむつもりはないのだから、もしそんな事を言われてもどうという事は無い。

故に、彼女にはなんの揺らぎもなく、堂々とそこに在る。

「さあ、お互いに出逢ってしまったのです。言葉ではなく魔導を以って語り合うとしましょう」

そう言って彼女は周囲に広域結界を展開する。
彼女のこの結界は非常に強固で、ヴィータでも突破は容易ではなく、異変を察知した管理局の魔導師でもすぐには破れない。
彼女とヴィータのふたりだけの決闘場をこの場に形成していた。

「ちっ……!」

退路を断たれたヴィータは忌々しげに彼女を睨む。
彼我の実力差は分かっている。自分が感情に任せて突っ込んでも容易に撃退されてしまうのは実体験の上での理解だ。
それに、今はなのはの事が気がかりで、早く治療の出来る場所に連れて行きたいと思う。

ヴィータはかなり精神を激昂させているが、それでも冷静にどうやってこの場を切り抜けるのが最善かを考える。

「……鉄機召喚」

考えるヴィータを尻目に彼女は小型の魔法陣が展開させる。それと同時に、その魔法陣の中心から『柄』が現れる。
それを無造作に掴み、まるで空間に穴を開けた内部に在るモノを引きずり出すかのようにして、召喚魔法と転送魔法を応用して呼び出したしたモノを手にする。
そして、取り出されたそれを大きく一振りすると、ゴウッと大気を削るような音がする。

「なんだそりゃ……?」

それは片刃の剣。ただしその大きさは通常の剣と比べて規格外といえる大きさだった。
刀身の長さは彼女の身長を越え、幅の広さもまた彼女の姿を覆い隠せるほど。
女性の腕力では到底扱えないと思わせる重量感を持つその武装に、ヴィータは思わず疑問が口を突いて出ていた。

「これは『ルシフェリオン専用片刃大剣型追加強化外装』です。私の接近戦用武装の試作品で、特にこれと言って名称はまだつけてありません」

誇示するわけでもなく、聞かれたからとその剣の概要を答えながら、自身のデバイスであるルシフェリオンを待機状態である宝石形態に戻す。
そして、剣の根元の峰の側にある挿入口にルシフェリオンをセットすると、カバーをスライドさせて大剣に内蔵させる。

同時に、柄元に据えられたコアに桜色の光が灯る。
重量感はあっても唯の鉄の塊にしか見えないような無骨な片刃剣だった物に、彼女の魔力が通る。確かにそれは魔導師が使うデバイスであると証明される。

「……私は今回、この武装しか使いません」

不備なく起動したその大型の片刃剣を構えながらヴィータを見据え、語りかける。

「騎士との一対一の決闘です。良い機会ですから、試作品のテストも兼ねて私もこの場は騎士として戦いましょう」

ヴィータは、その彼女の物言いに白々しいものを感じる。
相手の退路を遮断して自分と戦うしかない状況をお膳立てしておいて、よくもまあ、そんな事を言えるものだと思う。

「……ああ、やってやろうじゃねーか!!」

だが、それでもヴィータもまた戦う事を腹に決める。
どちらにしろ、広域結界を張った彼女には自分を逃す気が無い事は分かりきっている。
なら、わざわざ得意の遠距離戦を捨てている今しか勝機も打開のすべも無い。

腹が立つ部分もあるが、おそらくは彼女の言葉に嘘は無いと分かっている。
彼女は他の武装を使わないと言うのであれば、本当に使わないのだろうと思う。
ならば、そこに勝機はある。離脱する事が叶わないというのであれば押して通るのみ。
ヴィータはベルカの騎士だ。出来ないわけがないと、不利を飲み込んで敵を見据える。

互いの視線がぶつかり合う。両雄共に戦いの意志を示す。

「はぁぁっ!」

既に戦端は開かれている。彼女は宣告する必要もないと、真正面から間合いを詰めるべく一直線に飛翔する。

「行くぞっ、アイゼンッ!」
《Schwalbefliegen》

迎え撃つヴィータは最大数の誘導弾を打ち放つ。彼女がいかに接近戦に特化したような武装を使おうともそれに自分が付き合う必要も無い。

彼女の前には襲い掛かる計8つの鉄球状の誘導弾。だが、それでも彼女は止まらない。彼女は剣を盾としてその弾幕に躊躇する事無く飛び込んでいく。
身に襲い掛かる誘導弾は盾とした剣が弾き返す。

「まだまだぁー!!」

誘導弾程度では足止めにもなっていなかった。だが、相手が一直線にしか来ないというのならヴィータも対処は簡単だ。

《Kometfliegen》

ヴィータの手の内に浮かび上がるのはひとつの鉄球状の魔力弾。
だが、そこに籠められた威力と魔力は先ほど放った誘導弾とは段違いである事を証明するように、見た目の大きさからして違う。

「だりゃー!!」

それを、頭上からのオーバースローのように振り抜くデバイスで打ち出す。
誘導性は犠牲になるが、その分威力は折り紙つきの、砲撃魔法もかくやという射撃魔法。

「く、はぁぁっ……!」

それを彼女は自身の突進のままに真正面から剣の腹で受ける。
誘導弾程度では揺らぎもしなかったその動きが鈍る。しかし、それをも押し込んで至近距離で魔力弾が爆発してなお直進する。
そして彼女が辿り着いたのはクロスレンジという間合い。

ヴィータの放った誘導操作弾であるシュワルベフリーゲンは、主に遠距離からの牽制に使う魔法ではあるが、決して威力が低いというわけではない。
更に、コメートフリーゲンの威力はその上を行く。

だが、それら全弾を真正面から受け切りながら前進してきて、まだなお余裕のある彼女に対して、相変わらずふざけた防御力であるとヴィータは心中で毒づく。

武器のリーチがヴィータのデバイスであるハンマー型のデバイスである『クラーフアイゼン』より明らかに広い彼女は、接近はしても、ヴィータの間合いまでは踏み込まない。

「ふっ……はぁぁぁっ!!」

自身の攻撃は届き、相手の攻撃は届かないという絶妙な間合いで彼女はその足を止め、振りかぶった片刃の大剣をその重量に任せて振り下ろす。
その一撃を目の当たりしたヴィータは、これはシールドで受けてもシールドごと叩き潰し斬る威力があると看破し、即座に回避行動に移り、彼女の一撃を避ける。

回避されて何の抵抗も受けずに空振りした彼女は、その勢いを止める事は出来ずにそのまま空中で一回転する。

「せやぁぁっ!!」

だが、それは武器の重量に振り回されて身体が泳いだのとは違う。
回転の最中に、振り抜くベクトルを縦ではなく斜めの方向へずらす。そして前方宙返りを終えて再び前を彼女が向いた時には、その刃は横薙ぎの構え。
一切のブレーキを掛ける事無く、振り下ろした勢いに遠心力を加え、更に威力を上げて振り抜く横薙ぎの一撃は、回避したはずのヴィータを確実に追いかける!

「はんっ、そんな大振り、当たらなきゃ怖くもなんともねぇよ!!」

だが、ヴィータはその薙ぎ払いを上に飛び上がって余裕を持って回避してみせる。
経験の足りない人物なら、唸りを上げる剛剣を至近距離で目の当たりにしたならば、恐怖に身が竦むかもしれない。
実際、ヴィータも超重量の金属の塊が自身のすぐ傍を通り抜けるだけで内心冷や汗が流れる思いだ。

だが、歴戦の勇士であるヴィータにとってこの程度の事で怯むわけがない。
拘束魔法か何かで動きを阻害されているならともかく、真正面からバカ正直に振り抜かれる攻撃を避ける事は造作ない。

「でりゃぁぁ!!」

さらに、こんな隙だらけの攻撃を前にして、反撃しないわけも無い。
目の前で振り抜いたままに回転している最中の彼女に向けて、今度はこちらの番と、渾身の一撃を振り下ろす!

「……プロテクション」

だが、彼女の方も避けられるのも反撃されるのも予測の範囲内。
慌てる要素などなにひとつなく、右手をヴィータに向けると、そこに自身を覆うように展開される防御魔法が現れる。
直後、ヴィータの攻撃と彼女の防御が真正面から激突する。

本来、プロテクションという魔法の防御力はあまり高い方の物では無い。
だが、彼女の防御魔法の出力は半端ではない。その出力という力技により、彼女のプロテクションという魔法は生半可な攻撃など余裕で防ぐほどの強固さを持っている。

「それがどうしたぁっ!!」

だが、今回は相性が悪い。ヴィータは元々相手の防御ごと叩き潰す戦法を得意としている。その攻撃の威力が生半可なわけがない。
ヴィータの振り下ろしが命中したその一点からバリアにひび割れが広がっていく……!

「……当たらなければ怖くはない。それは、逆を言えば当たればただでは済まないという事です」
「!?」

彼女が防御を突破されそうになりながらも、なんら焦る様子もなくポツリと呟く。
その様子をみて、ヴィータは何か猛烈な嫌な予感に襲われる。

そもそも、どうして彼女はもっと防御力のあるラウンドシールドの魔法を使わなかったのか?
あれならば、自分の一撃であろうとも彼女なら防げる確率は高いとヴィータが考える。実際、なのはのラウンドシールドを突破出来なかった事がある。

それを彼女が知らないわけがない。なら、どうしてという心に湧いた疑惑は、無視して良いものではないとヴィータの経験が警鐘を鳴らす。

それは殆ど理屈ではなく直感というレベル。
ヴィータはこれ以上の攻撃を中断して、即座にその場から離脱する。

それと同時に、空間を抉るような強烈な一撃がヴィータの居た場所を通り抜ける。

「……外しましたか」

それを放ったのは、紛れもなく彼女だった。
大型片刃剣を振り抜いた体勢で、外したという事に対して何の感慨をみせるというわけでもなく、ただその事実を認めるために事実を呟く。
彼女は、事もあろうか自身の展開したプロテクションの魔法ごとヴィータを切り裂こうとしていた。
ヴィータの瞳に映るその姿が、彼女の成した事を確かに証明していた。

防御魔法を破壊されると言う事は魔力を削られると同義なのだから、自分で自分の防御魔法を打ち砕こうという考えは、普通は湧いてこないものだ。
個人の持つ魔力は何処まで行こうとも有限なのだ。それを、わざわざ捨てるような事など意味が無いからだ。

だというのに彼女はそれを実行していた。無尽蔵ともいえる魔力を持つからこそ、防御魔法がひとつ破壊されたとしても、彼女からすればそれは微々たるモノ。
だから、自分の防御魔法を躊躇いもなく自身の手で破壊する事が出来る。

もしあのままヴィータが彼女の防御を破ろうと躍起になっていたなら、今頃自分の胴体は彼女の防御魔法と共に泣き別れの目に遭っていたと知ってとめどなく冷や汗が流れる。

「さて、今更ですが一応宣告しておきます。
死にたくないのならば、私の攻撃は全て全力を以って回避して下さい」

そう言って彼女は、再び剣を構える。
そしてヴィータはひとつの事実に気付き、戦慄を覚える。

彼女からの攻撃は大振りである故に、回避するのははっきり言って簡単だった。
だから、最初は彼女の選んだ接近戦の手段は選択ミスだと内心笑っていた。そんな真似をするくらいなら、彼女の周囲に誘導操作弾を展開されている方が厄介だと思っていた。

だが違う。彼女の得意分野は、あくまで遠距離戦においての撃ち合いであり、接近戦は望んでする物では無い。
彼女にとって接近戦とは迎撃戦。自身から攻めるのではなく、いかにして相手の攻撃を防ぎ、反撃か離脱をするという事。

そして、今の彼女の迎撃の手段は、相手の攻撃を真正面から受け、その自身の防御ごと相手を粉砕してしまうという、まさに肉を切らせて骨を断つというカウンター攻撃。
攻撃の最中というのは、ある意味最も無防備な瞬間でもある。彼女はそれを狙い済まして切り伏せようとしていたのだ。

ヴィータはこれを最悪にタチが悪いと思った。
スピードを生かしたヒットアンドウウェイに徹するなら、彼女のカウンターの餌食になる事はないだろうが、それだと、そもそも彼女の防御を突破する事が出来ない。
かといって、防御を破ろうと意気込めばそれこそカウンターの餌食という罠。

防御と攻撃を同時に繰り出す戦法自体はそう珍しい物では無いはずなのに、彼女はそれを必殺の技と為していた。

「どうしました。来ないというのなら私から行きますよ」
「く……っ」

驚き戸惑っている内に、彼女は最初の焼き直しのように真っ直ぐ突っ込んでくる。
それはやはり回避は難しくない。反撃をする事も出来ると、彼女の振り下ろされる剣を避けて、反撃にとヴィータはデバイスを振り下ろす。

だが、それは予想通り彼女の防御魔法に阻まれた。そして、彼女はその防御魔法の向こう側で大きく剣を振り抜こうと身構えていた。
それを目の当たりにして、ヴィータは自分の推測が間違っていなかった事を知る。

ならと、今度は無理に突破しようとする事なく、防御魔法に弾かれる事に抵抗せずに即座に離脱してみせる。

(大丈夫だ。あたしならこいつに勝てる……!)

間合いを離しながら、内心勝算がある事を確かめる。
確かに彼女の戦法はタチが悪い。だが、無敵や最強というわけではない。抜け道はいくつもある事を見破る。

そして、ヴィータが取れる手段はいたってシンプル。
彼女はこちらの攻撃と自身の防御魔法が拮抗する瞬間を狙って攻撃してくる。
ならば、最初から拮抗などさせず、一方的に防御を打ち破ってしまえばカウンターは成立しないという事。

元々相手の防御ごと叩き落すのが自分のスタイル、出来ない道理の方がよほどないと、ヴィータは次が勝負だと腹をくくる。

狙うのは、最大威力による一撃粉砕!

「チェーンバインド」
「な、しまっ……!?」

だが、それを実行に移すよりも早く、彼女の方が新たな手札を切っていた。
剣を持つ手ではない右手から伸びる鎖状の魔法が、ある程度の距離を開けようとしていたヴィータの片足に絡みつく。

確かに彼女はあの剣の武装しか使わないと言っていた。だが、他の魔法が使えなくなるなどとは一言も言っていない。
愚直なまでに突進を繰り返すその姿に、他の魔法の要素を失念していた自分にヴィータは臍を噛む。

「どうぞ、遠慮しないで私の刃へと飛び込んできて下さい」
「う、わぁっ!?」

そのまま彼女は無造作に鎖を引き、女性の力とは思えないその力に、抗う事が出来ずにヴィータは彼女に引き寄せられる。
そしてヴィータが彼女を見やると、既に剣を大きく振りかぶっている。
それはまさに断頭台。あそこに辿り着いてしまったら文字通り一刀両断にされてしまう。

「くっ、アイゼンッ!」

嫌な想像を必死に振り払いながら呼びかけると、そこに籠められた意思を汲み取ったデバイスが一発のカートリッジをロードする。
それと同時に、デバイスのハンマーヘッドの部位が、ジェットの噴射口と突起のそれぞれ着いた形態、ラテーケンフォルムに変化する。
そして噴射口からエネルギーが放出され、推進力を生み出す。

彼女も言っていた通り、あれは防御なんて出来る代物ではない。
だからと言って、鎖に繋がれた現状では飛行魔法や高機動魔法による回避行動もどれほど意味があるか分からない。

故に、今はジェット噴射の推進力で無理矢理にこの身体を動かす!

直後、ヴィータの耳元で唸りを上げる風切り音が聞こえる。たった今、自身のすぐ脇を通り抜けたのだと知る。

彼女の剣の軌跡では、お気に入りのウサギのぬいぐるみをあしらった帽子が切り裂かれ、バリアジャケットのスカートの部位もまたごっそりと削り落とされていた。

騎士が身にまとうバリアジャケットは騎士甲冑と呼ばれ、見た目は服でも防御力はその見た目どおりの物では無い。
それが、何の抵抗もなく切り裂かれたと言う事は、やはり回避を選択してよかったという事。

ただ、お気に入りの帽子が無惨に破壊されたというのはいただけない。
回避の成功に安堵の思いも抱くが、それと同時に怒りが湧いていた。

「だりゃぁぁ!!」

怒りは攻撃の意思を生み出す。回避のためのラテーケンフォルムではあったが、この交錯を逃す手はないとジェット推進力で得た勢いのままにハンマーの突起を彼女に向ける。

ノーマルフォルムの一撃ではプロテクションを破れなかったが、これなら……!

「……ラウンドシールド」
「なっ!?」

だが、彼女は即座に防御の魔法を切り替え、プロテクションより防御範囲は狭いものの更に強固な防御魔法であるラウンドシールドを展開し、ヴィータの反撃を遮る。
拮抗する攻撃と防御。だが、これは彼女の狙いの内。

ヴィータのラテーケンハンマーにラウンドシールドに罅が入る。だが、その向こうで彼女は既に反転を終え、回転と遠心力によって威力を加算させた剣を振り被る。
ヴィータは体勢を崩した状態から無理矢理攻撃に移っていたため、ここからさらに回避行動を取る事は不可能。
そして、防御は論外。あの凶刃から逃れるすべは、残っていなかった。

「あたしとアイゼンを舐めんなぁぁっ!!」

だが、ヴィータは諦めるつもりなど毛頭無い。
デバイスが更なるカートリッジを排出すると同時に、ラテーケンフォルムがその姿を変化させる。
そこにあるのは巨大な鉄槌。ヴィータのデバイス、鉄の伯爵『クラーフアイゼン』の最大最強の形態であるギガントフォルム。

回避が出来ないというのなら逆に攻撃によって打倒してみせる。
ラテーケンハンマーの使用中にモードチェンジという無茶は、下手を打てばデバイスが壊れてしまっていたかもしれない。
だが、ここで一歩でも引いてしまってもどうせ敗北しかないのだから、僅かでも可能性がある方に全力を賭ける。
それが唯一の生き残る道だというのなら、そこに自身の全てを賭ける価値はある!

そして、ヴィータはその賭けに勝ち、ギガントフォルムへの変化を成功させた。

ならばあとは純粋なぶつかり合い。
威力重視のぶつかり合いで、自分たちが負けるはずが無いと、デバイスを一気に振りぬく。
ヴィータと彼女の境界線であったシールドが木っ端微塵に打ち砕かれる。
あとは彼女をぶっ潰せばそれで終わりだと、ヴィータは全力で巨大な鉄槌を振り抜く。

その様子を彼女は見ていた。だが、彼女にも止まる気は一切無い。
むしろ、純粋な力比べで勝敗を決するとは、なんとも分かりやすいと逆に気炎を上げる。

「だりゃぁぁっ!!」
「はあぁぁぁっ!!」

そして、真正面から互いの渾身の一撃がぶつかり合う。互いに一歩も引かず、相手を打倒するべく渾身を振り絞る。
高密度の質量と重量の籠もったその一撃同士の衝突に、一際大きい音が響き渡る。
それは既に、鍔迫り合いによって生み出される金属音というレベルではない。さながら爆撃音と思わせる轟音を響かせる。

威力は殆ど互角だった。だが、拮抗はしなかった。

ヴィータは体勢を崩した状態で、回避行動を無理矢理攻撃に転化していた。
その上で彼女の展開した防御魔法を打ち破った事で威力を僅かでも確実に減衰させてしまっていた。
そして、重量武器が最も威力を発揮するのは、振り回す勢いに重力の恩恵を加算させる事出来るが振り下ろしの攻撃であり、その攻撃手段をとっていたのは彼女の方だった。

実のところ、もしヴィータが万全の体勢で、同じ条件から攻撃を繰り出していたなら、武器の性能や力勝負の実戦経験の差などの要素により互角を演じる事は無かったはず。
状況はあらゆる事がヴィータに不利に働いていたのだ。

「負けて……たまるかぁぁっ!!」
「!?」

だが、『鉄槌の騎士』とそのデバイスである『鉄の伯爵』に壊せないものなどこの世に無い。力比べで負けるわけが無い。
そんな矜持が、何より今度こそ守りたいという願いがその小さな胸に確かにある。

ならば負けてなど居られない。後先も要らない。今この瞬間に全てを賭け、『不利』な状況そのモノをぶち壊す。
ヴィータのクラーフアイゼンに罅が入る。彼女の剣圧の前に押し込まれそうになる。
だが、負けない。その一念のみでその鉄槌を一気に、最後まで振り抜く!

──そして、金属の砕け散る音が響き渡る。

ふたりの目の前には砕かれた破片が宙を舞う。そして、真っ二つにへし折られた片刃大剣の切っ先が地へと落ちていく。

「……見事でした。鉄槌の騎士」

この勝負、ヴィータの勝利だった。

「正直な事を言えば、今回は勝てると思っていたのですが、やはり騎士を相手取って接近戦を挑むのはまだ早かったようですね。勉強になりました」

武器を砕かれた以上、決着は着いたと彼女は引き下がる。
そこに未練も何もない。ただ現在の自分の力では届かなかっただけと認めていた。
自分を相手に健闘をした以上に勝利を収めて見せた相手に礼を尽くすべく頭を垂れる。

「武装に関してはまだまだ改善の余地がありますね。
それに、重量武器での生の戦闘データも手に入りました。首尾は上々でしょう」

そして、破壊された剣の内部から、待機形態のルシフェリオンを取り出しながら、今後の課題について思考を巡らせる。
敗北ではあったが得る物はあった。
ならばそれを糧に更なる高みを目指すだけであり、一々目の前の勝敗に執着する気は彼女には無い。

「さて、私が敗北した以上、貴女の事は見逃しましょう。ですが……」

彼女はルシフェリオンを待機状態から通常の杖形態へ移行させると共に、その紫の宝石状のコアを頂いた先端をヴィータに向ける。
そして、その彼女の周囲に誘導操作弾の発射体である桜色の魔力球が幾つも浮かび上がる。

「折角です。少しばかり『お話』でもしましょうか?」

その淡々とした彼女の口調に、ヴィータは冷や汗どころではない、背筋が凍る思いを抱く。
彼女は今まで不得意であり接近戦で戦っていた。そして今、彼女の本来の戦い方をするべく魔法の発射体を設置している。
それは、今までが彼女にとって全力でする『遊び』の様なもので、ここからが本当の意味での『本気』であるという事……!

「く……っ」

見逃すと言っておきながら、彼女の纏う雰囲気はやる気満々だった。
その事にヴィータは不味いと思う。現状、こちらは魔力の消費はともかくデバイスに罅が入っている状態。まだリカバリー可能範囲だが、戦力がダウンしている事に違いはない。
対する彼女はコンディションも武装も殆ど欠損が無い、万全の状態に近い。

何故、勝敗が決したというのに敵対の意欲を見せているのかは分からない。
だが、確実に分かるのは、このままでは非常に危険だという事。
先程までは手加減されていたが故になんとかなったが、元々彼女は、自分達守護騎士全員を同時相手取っても勝利を収める相手。単独戦で彼女に勝てる可能性は低いのだ。
彼女の思惑は分からないが、ヴィータはひとまず引こうと……、

「つれないですね。私は『お話』をするといったのです。付き合って下さい」

一歩僅かに引こうとしたが、その機先を制するかのように、彼女はその誘導操作弾をヴィータへ向けて放っていた。
そこに拒絶は許されない。断固として付き合って貰うと物語っていた。

「く、アイゼンッ」

放たれた誘導操作弾の数は十二発。それをヴィータは自身の周囲を覆うタイプのシールドを展開してなんとか防ぐが、完全に押されている形になっていた。

「……今回私は介入する気などなく、終始静観に徹するつもりでした。
ですが、なのはが看破出来ないレベルの致命傷を負う危険があったため、手を出しました。
ここで問題なのは、今回なのはが危険な目にあったのは誰が悪かったかという事です」

そんなヴィータを冷たく見つめながら、彼女は何故今回ヴィータの前に姿を現したのかを口にする。
シールドの中で苦悶の表情を浮かべるヴィータに対し、彼女はルシフェリオンの形態を砲撃形態のそれへと変形させ、身構える。

「油断をしていたなのはが悪かったのでしょうか。
なのはを襲った機械兵器が、もしくはその製作者が悪かったのでしょうか。
今回の任務を与えた時空管理局が悪かったのでしょうか。
……実際のところは、さまざまな要因が重なった上での事だとは思いますが、それでも、今回一番悪かったと私が思うのは、ヴィータ、貴女です」
「く……」

彼女の足元に魔法陣が展開され、ルシフェリオンを取り巻くように補助の円環状の魔法陣が敷かれる。
その様子に彼女は砲撃魔法を撃つ気なのだと知り、焦るヴィータの耳に、彼女の言葉が届く。
だが、ヴィータに返事をする余裕はないが、何故彼女は今、そんな事を言うのかという疑問が浮かび上がる。

「なのはが撃墜された一番の要因は、今回あの子の体調が悪かったためです。
それは本人にも自覚のないものだったのですが、今一番なのはの傍に居るのは貴女です。
貴女が気付いて居られれば、なのはが今回の愁いの目を見る事もなかったはずです」

ヴィータは彼女の言葉に受けた衝撃に、一瞬時間が止まったような錯覚を覚えた。
彼女の言っている事は根拠のない言いがかりなのかも知れないが、それ以上にその言葉は真実であるとヴィータは感じていた。

確かになのはは、あの瞬間、いつもと動きが違った。反応が違っていた。
それは、彼女の言う通り体調が悪かった。そしてもしその事に自分が気付けていられればなのはが撃墜されるなんて事は無かったという事……?

「……ブラストファイアー」
「っ、しま……!?」

思考と身体の停滞に、ヴィータは決定的な隙を晒してしまった。
その瞬間を、彼女は逃しはしなかった。砲撃魔法による奔流に、桜色の魔力光にヴィータの視界いっぱいに埋め尽くされる。
その事実を認識した時には既に手遅れだった。

彼女の誘導操作弾をなんとか防いでいたシールドはその一撃の前にあっけなく砕かれた。
防ぐものを失ったヴィータがその砲撃魔法の奔流の前に晒されてしまっていた。
何を置いても逃げようとしたが、圧倒的に初動が遅れてしまった以上逃げ切れるわけが無い。
なんとか直撃は回避する事は出来たが、それだけ、その半身は砲撃の中に呑まれてしまっていた。

「があぁぁっ!?」

殆ど直撃という状態に、ヴィータの口からは苦痛から叫び声が上がる。
非殺傷設定のため肉体的損傷はなかったが、生まれる痛みに変わりはない。それに、自身からごっそり魔力が削られる感覚もある。
その激痛と魔力喪失というふたつの責め苦の前に、流石のヴィータとあっても耐え切れるわけが無かった。
意識は飛んでいないが、既に飛行魔法を維持するだけの余裕もなく、地に落ちようとしていた。

「ルベライト」

だが、そこを彼女は拘束魔法を使って捕らえていた。澄んだ音を響かせて、ヴィータは桜色のリングによってその手足を囚われ、空中に磔にされる。

「主を守れず、友を守れず、騎士としての在り方を守れず。
貴女は、何も守れないのですか?」
「あ、ぅ……」

そんなヴィータの耳元に顔を近づけ、彼女はそっと囁く。
静かに、だが確実に言葉のナイフでその心に刃を突きたて、傷を刻む。
苦痛と魔力の喪失感の中で緩慢となっているヴィータの意識に、彼女の言葉が滑り込んでくる。隙間を埋めていく。

一年前は、夜天の主であるはやてと共に彼女と戦ったが、敗北した上に目の前で守ると誓った人を取り込むのを見ている事しか出来なかった。
なのはは最初敵として何度も戦ったが、今では分かりあって一緒に戦う仲間だというのに、今回も何も出来ずにみているだけしか出来なかった。
自分は『守護』騎士であるというのに、果たしてその役目を果たせた事があったのか……。

「あ、あ……」

一度疑念を持ってしまえば、後は早い。
後悔が、自責の念が、自身のふがいなさが。様々な負の感情が次々と湧きあがってくる。
違うと思いたいのに、それが出来ない。
もし仲間がこの場に居れば、そんな事はないと言ってくれるだろうが、今ここには自分しかいない。なのはは、自分が守れなかったから倒れてしまっているのだから。

「私は貴女の戦闘能力に関しては認めますが、守るという観点で見れば疑問を抱かずには居られません。
さて、貴女はこれから、何度無力を味わうのでしょうね?」
「う、うあぁぁぁっ……!?」

彼女の最後のひと押しに、ヴィータの最後の堰が決壊する。
ただひたすらに慟哭をあげるだけのヴィータに、騎士としての面影はなく、ただの幼子のようだった。

そんな、ヴィータの悲鳴に、多少の留飲はさがったと、僅かに満足げにしながら、彼女はその場を立ち去った。










最初に言っておきますが、今回星光さんがなのは撃墜イベントに居合わせたのは偶然でも、なのはをストーキングしていたわけでもないです。
気の合う敵同士である某科学者とのお茶会の際に上がった話題と、前もって把握していたなのはのスケジュールを鑑みて、悪い予感がしたから様子を見に赴いたという設定です。

そんなわけで、星光さんシナリオ再開です。

星光さんが介入したおかげで、原作と比べてなのはは割と軽症で済みましたが、ヴィータは原作以上に心に傷がザックザクです。
でも、ヴィータならきっと立ち直ってくれると信じてる……!
頑張って!



武装解説
『ルシフェリオン専用片刃大剣型追加強化外装』
星光さんの接近戦用武装の試作型。白兵戦における一撃の威力を追求してその他の要素を度外視させて作られている。
試作型故に、カートリッジシステムなどは未搭載だが、趣味で砲撃形態も兼ね備えている。

イメージはシンケンレッドの『烈火大斬刀』そのまんまです。
アルケーガンダムの『GNバスターソード』みたいにスライドさせる形で砲身が展開されるのも良さそうだと思ったんですけど、個人的にこっちの方が好きだったので。
まあ、以降でこの武装が出るかどうかは不明なんですけど。

星光さんは小太刀の二刀流とかより、大きな剣で攻めるタイプだと思う。
でも、だったらバルディッシュ・ザンバーフォームでもいいじゃんと思うかもしれないけど、個人的に片刃の大型剣の方が似合う気がするという独断と偏見です。

以下、なのはA’sポータブルゲーム風に魔法の解説です。


ロングレンジでの魔法

『紫電一閃』
一気に踏み込み間合いを詰めながら、渾身の一撃を繰り出す。烈火の将であるシグナムの決め技を模した技。
ただ、彼女はシグナムと違い炎熱の魔力変換資質を持っているというわけではないので、通常では炎は出ない。
溜めた場合において、炎熱の魔法を追加する事で威力の加算とガードブレイク効果が付属するようになる。あと吹き飛ばしも。


『ブラストファイアー』
彼女の主砲である砲撃魔法をキャノンモードから発射する。ただ、接近戦に重点を置いたデバイスの構造のため、威力は抑え気味の様子。
溜めるともちろん威力アップ。


『チェーンバインド』
右手から鎖状の魔法を射出する。命中した場合、相手を引き寄せる効果がある。
溜めると、飛び道具として投げてフェイトハーケンセイバー(溜め)みたいな感じに飛び、命中した相手を拘束する効果に。
溜めなし、あり共にダメージはない。

フルドライブバースト
『斬艦一閃』
チェーンバインドで相手をがんじがらめに拘束。
その間にデバイスを巨大化。その圧倒的な質量と重量で相手を叩き潰し斬る。
ぶっちゃけ、ヴィータの『ギガントシュラーク』の大剣版と考えてもらえば。


保有スキル
『マイトチャージ』
クロスレンジでの『アタック』で溜め攻撃を出せる。

『ハイパーチャージ』
溜めて繰り出す攻撃をボタン押しっぱなしにする事で、発動を遅らせる代わりに威力を上げる事が出来る。


キャラクター特性

近距離一撃必殺型。
片刃大剣型デバイスによるクロスレンジでの戦いを得意としている。
コンボは極端に少なく攻撃も大振り。だが、一撃の威力が重く、一度の攻撃でごっそりHPを奪う。
また、砲撃魔法と拘束魔法を保有するため、ロングレンジにおいても案外対応できる。



[18519] Act Starlight-2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/07/14 16:52

ここはとある次元世界のとある場所。

周囲は木々に囲まれ自然あふれる情景が広がっている。
野生動物が闊歩し、そこが人の文明による手が入っていない場所だというのは、ひと目見ただけで分かるような場所。

そんな場所のとある岩肌にぽっかりと穴が開くように、洞窟がひとつあった。
傍から見れば、周囲の状況も合わせて自然の内に作られたものだと思う事だろう。
普通なら人の来る可能性が皆無と言っても良い場所なのだから、その考えに行きつくのは、ある意味当然の成り行きではある。

だが、違う。

その洞窟が自然に出来た物であるように見えるのは、そう見えるように偽装されているからだ。
確かにそこに人の痕跡など見て取れないし、その洞窟も元々は自然に有った物なのだからそう思う事は当然だ。
だが、その道の人がより注意深く周囲を検分して見れば、ほんの僅かではあるが人の手が入っている事は分かる。

何故こんな場所で、わざわざそんな偽装をしているのか。
その答えは単純明快。この洞窟の奥にあるものは、誰かに見られるのは困るものだからだ。
故に、人目を忍ぶこの場所で、もし見られたとしても悟られないように偽装されているのだ。

ここは元々、自然洞窟を改造して作られた場所。入り口付近は、自然そのままであるかのように無骨な岩肌があるだけだ。
だが、奥へ進めばその様相は打って変わる。壁などは岩である事に変わりはなくとも、人の手により掘削されて広さを確保されている事が分かるようになる。

ここまで奥に来れば、偽装よりも利便性が重要になるため、日の光の届かないほどの地の奥底でありながらも生み出された光源により、昼間のような明るさが広がる。
何処からか換気をしているのか、空調は人が生活をするのには程よい温度と湿度が保たれている。

そして、そこには人工物の代表格とも言える機械類が所狭しと陳列されていた。
それらの中には、生活に必要な道具類も混ざっているが、その大半を占めるのは研究資材だというのは、見る人が見れば人目で看破できるはずだ。

そう、ここはとある違法研究者が、その“違法”の研究をするために設けられた施設。
ここで行なわれている事は、世間一般で禁止されているが故に、こうして人目を忍ぶべく、このような場所に居を構えていたのだ。

そして、この研究施設の主であるジェイル・スカリエッティと呼ばれる男は現在、自身の研究室ではなく、ゲストルームにその姿があった。

正直なところ、この研究施設における資金提供や研究要請をする後援者は、その全てを通信で済ますためここへ直接赴く事は皆無。
また、研究ばかりの毎日を送るジェイル個人には友好関係と呼べる間柄の存在は居ない。
この施設を利用するのは、ジェイルと、その作品とも呼べる「娘」達に限られるので、休憩室や多目的ルームならともかくゲストルームなど存在する意味も意義も無い。

だが、今彼が居るのは、それなりの調度品が置かれ、簡素ながらも誰かに見られても恥ずかしくないように整えられている一室。
それは確かに外部の誰かを招き入れるための部屋であり、ゲストルームと呼ばれてしかるべき部屋だった。

元々、この施設内にこのような部屋は存在しなかった。だが、幾多の時間を過ごす内に、自然な流れとして形成された結果だった。

「……」

そして、この部屋が形成される理由である、誰も訪れる者は居ないこの施設において唯一の例外である「客人」である女性が、優雅と取れる仕草でゆっくりと紅茶を味わっていた。

そのシックな黒のワンピースを身に纏う栗色の長髪の女性は、普段の感情の見えないような表情のまま、静かに瞳を閉じてテーブルの席についている。
その対面に腰を下ろすジェイルもまた、彼女に習うように、自身のために用意された紅茶を味わっていた。

元々、ジェイルにとって研究が第一であり、このような嗜好品に関して全く興味は無かった。
必要なのは、人体の構成と運営のための栄養であり、そこに味や香りを求める必要は無い。
むしろ、効率を優先するべく率先してそれら余分な部分をカットし、研究のための時間を捻出していた方が良いとさえ思っていた。

だが、こうして何度か目の前にいる彼女とお茶の席を共にする内に、紅茶の味も徐々に分かるようになって、随分とこだわりを見せるようになってきていた。
彼女が言うには、「目的とは関係ないから嗜好品であるからこそ手を抜くべきではない」との事だったが、今ならその気持ちが良く分かるような思いだった。

何事においても全力を尽くし、手を抜くべきではないという考えは素晴らしいものだ。
より良い質を求めるために最大限の努力をする。その行為は称賛されるべきものであり、自身の研究する姿勢にも通じるものがある。
妥協しないからこそ、人は更なる上を目指し、欲望にも限りが無い。
欲望を肯定する自身からすれば、彼女のその言葉もまた肯定するに値するものだ。
その結果、美味なるモノを味わう事が出来るのなら、文句の出ようはずもないとジェイルは思う。

「ふむ、ウーノはまた腕を上げたと私は思うが、君の感想はどうだい?」

そして、今口にしている紅茶はその観点からすれば香りも味も申し分ない。これならば少なくとも及第点を与えても良いのではないかと彼女に問いかける。
そんなジェイルの言葉に、すぐ傍に控えるように立つ、紫かかった長髪の長身の女性が緊張の面持ちを見せる。
この女性こそがジェイルの研究成果であり、戦闘機人の最初の一体であるウーノだ。

今、ジェイル達が飲んでいる紅茶を淹れたのもウーノであり、自身の主であるジェイルからは美味しいと言ってもらえた。その事に関しては内心歓喜に溢れている。
だが、ウーノにとって一番に美味しいと言わせたい相手はジェイルではない。
言ってはなんだが、ジェイルは様々な紅茶を飲み比べたわけではないので、味の評価に関してはあまり頼りにならない。

だが、ジェイルとお茶の席を共にする彼女は違う。
彼女はこの場所から殆ど外へ出ない自分達とは違い、様々な場所へ赴き、経験を得ている。
そのため、自身の淹れた紅茶が本当に美味しいかどうかの判断が出来るし、なによりウーノ自身が彼女に『美味しい』と言わせたいと思っているのだ。
故に、ジェイルからもらえた評価以上に、その評価が気になる相手である彼女の動向を、固唾を呑んで見守る。

「ええ、味も香りも満足のいくレベル、美味しいですよ。ですが、まだ“上”はあります。
これに満足をして進歩を止めるなどという事をしないと言うのであれば、私には言う事はありません」
「……ありがとうございます」

そして、彼女の答えは合格といえるものだった。その彼女から齎されたその言葉に対し、ウーノは頭を垂れる事で返す。
表面上は冷静を装うが、内心は彼女を唸らせるべく日夜研究に励んできた事が報われたと、ジェイルに褒められたとき以上の歓喜がその心中に渦巻いていた。

だが、彼女もまた、まだまだ発展の余地は残されているとの意見を述べていた。ならば更に上を目指して研究を続けるのは当然の選択だ。
今回は茶葉の量、お湯の温度、蒸らす時間、淹れる手順をマニュアル通りに完璧に計算して執り行った。
なら、次からは茶葉の状態や周囲の湿度や温度までを計算に入れて淹れてみるべきかと思考を巡らせる。
彼女に美味しいと言わしめる事は出来た。なら次は、彼女のその鉄面皮とも言える無表情を、自分の淹れた紅茶で満足げに緩ませる事だと決意をする。

「それではお茶請けにクッキーなどはいかがでしょうか。
僭越ながら、今回は私の手作りとしてみましたが」

だが、今はその思考をひとまず端に置いておく。
この場では主であるジェイルと客人である彼女をもてなす事が最重要事項なのだ。それらの考察は後でも十分できる。

何時もならば、お茶請けのお菓子などは茶葉共々、店から購入したものを出しているのだが、今回は自身で製作したものを振舞う。
最近はウーノがお菓子作りにも興味を持ち、徐々にはまりつつあるのは、本人的には周囲に内緒にしている事だ。
だが、作る度に味見を頼んでおり、その頻度が多いとなれば周囲の人にはバレバレである。
もっとも、妹達にしてみれば美味しいお菓子が食べれると喜んでいるので、あえて気付かないフリをしている部分が多々あるのだが。

「ええ、いただきましょう」

そんなテーブルの上に並べられた色とりどりのクッキーを、彼女はひとつ手にとって口に運ぶ。
妹達に味見をしてもらった時は問題ないと思っていたが、果たして彼女の眼鏡に適う出来なのかと思い、その姿を、ウーノは再び固唾を呑んで見守る。
彼女は基本的に無表情でいるため、どんな思いでクッキーを食べているのかウーノには分からず、不安の中で次の彼女の言葉を待つ。

「普通ですね」

そして、彼女のクッキーに対する評価は『普通』という結果が下された。
これは、美味しくない物を彼女に出さなくて済んで良かったと喜ぶべきか、美味しいと言われなかった事を悲しむべきか、微妙なラインだった。

「クク、良かったじゃないかウーノ。いや、最初の紅茶の感想の『不味い』の一言だった時に比べれば、最初から普通と評価されるのは進歩だと私は思うよ」

ウーノが喜ぶべきか悲しむべきかを悩んでいると、可笑しそうな笑い声と共にジェイルが声をかけてきていた。
ジェイルからすれば、こんな些細な事ではあるが、自分の作品が一喜一憂するという感情の揺らぎ、生命の輝きを見せているのを見て愉快だという思いを抱く。

「ドクター。その話は、私としてはあまり面白くないのですが……」

だが、その話した言葉の内容に対し、基本的にジェイルの言葉を肯定するウーノにしては珍しい事に、僅かではあるが眉をひそめてみせていた。
今でこそ美味しく淹れるノウハウを習得しているが、最初に彼女に出した時の紅茶の味は、思い返せば酷いものだったと思う。
確かに当時は、誰も味にこだわる人が居なかったために、紅茶の淹れ方も正式な手順に則ったものの、随分と杜撰と言えるようなやり方だった。
当然の事として、彼女の評価は最悪の部類に入るもので、何の装飾もなく、ただ一言『不味いです』とストレートに言われた時は反感を覚えたものだった。

だが、彼女は一切の嘘はついていない、彼女の評価は正当なものだったと後で突き付けられて、考えを改めさせられた。
無知だったから仕方が無いといえば確かにそうだが、今のウーノとしてはあの時の事を思い返すと、何故あそこまで適当に淹れてしまったのかと悔やんで仕方が無いほどだ。
はっきり言って、黒歴史として抹消したいエピソードだ。
そんな話をここで蒸し返されて、ウーノが良い気分にならないのは当たり前の話だ。

「ああ、気分を悪くさせてしまったなら謝ろう。
だが、過去があって今がある。あの時の失敗があるのだから、今ここにこうして私が飲む紅茶があるのだよ。
失敗を恥ずかしがる気持ちは分かるが、忘れてしまうべきではない。過去は過去として受け入れるべきだよ、ウーノ」
「……」

そんなウーノを諭すように、ジェイルは言葉を紡ぐ。それは正論であり、否定する事が出来ないし納得も出来る物だ。
故に、ウーノは自身の不機嫌を胸に秘めて閉口すると、最初のようにジェイルの後ろに控えるように静かに下がる。

ジェイルはそんなウーノの姿を愉快そうに視界の隅に収めながら、改めてテーブルを挟んで座る彼女と向かい合う。
ちなみに、謝ると言っておきながら、ウーノを論破して謝罪する理由の根本を消してしまったジェイルにどれだけ謝る気があったのかは謎だ。

「さて、『星光の殲滅者』君。最近の調子はどうだい?」
「そうですね。蒐集した魔導の整理、運用法の模索。そのどちらも、完成系には至りませんが、これはまだ計画の誤差の範疇ですので、何の問題もないと言えるでしょう」
「そうか。それは良い事だね」
「貴方の方も、特に何の問題もなく順調に事を運んでいるようですね」
「ああ。ただ、相変わらずパトロンの皆が煩わしいというのが悩みの種だよ」

ウーノが居なくなり、前置きもなくジェイルが話を切り出すと、それに応える『星光の殲滅者』と呼ばれた彼女もまた淡々と答える。
そして、逆に彼女の方が聞き返せば、ジェイルもまた苦笑を浮かべながら答えを返す。

そんなやり取りを皮切りに、ふたりの対話は熱を帯びて行く。
もっとも、対話といっても喧々諤々と議論を交わしている、というわけではない。
むしろ、ジェイルの方が大仰な一方的に身振り手振りを交えて演説しており、彼女の方といえば、言葉少なく紅茶とクッキーを嗜んでいるばかりという様相という方が正しい。

ふたりとも、この会話が自分にとって特に有益だというわけではないと知っている。
それでも、こうしてテーブルを挟んで対話の席についているのは、このやり取りを純粋に楽しいと思っているからだ。
確かにこの対話を切っ掛けに、まったく新しい考え方が浮かんでくる事はある。だが、ふたりが求めているものはそんな事ではない。

ジェイルは研究者だ。そして研究者である故に、自身の成果を誰かに知って欲しい、ありていに言えば『自慢がしたい』という欲求がある。
自己顕示欲の強いジェイルからしてみれば、その想いもひとしおだ。
だが、ジェイルの研究は違法であり、パトロンの意向もあり、“今”はまだ、世間に公表する事が出来ない。

それでも一定の成果を得ている今現在、この自分の研究成果を誰かに知ってもらいたいという欲求が燻り、消える事はない。
自身の作品である娘達に対して自慢する手もあるが、はっきり言って、それは自分が映る鏡に対して延々と語っているようで虚しい物がある。

そこで、彼女の存在だ。

彼女もまた、世間一般から外れた存在であり、ジェイルの研究が違法である事に関して特に思うところはない。
更に、何処の組織に所属する事もない、単独行動をしている身の上なので、たとえ機密を聞いたとしても生かすすべを持っていない。
その上、高い知性を備える彼女はきちんと自分の話す事は理解されるとあれば、これ以上の相手はいない。

何の気兼ねもなく、自身の思うところを吐き出すのにうってつけの相手というわけだ。
元々、彼女をこの研究施設に招き入れた理由は、彼女自身に興味があったからだが、今となっては話し相手という立場の方が重要だった。

ジェイルの秘書という立場のウーノからすれば、部外者である彼女に対して高いランクの機密情報を漏らすのは問題だというのは分かっているし、止めるべきとも思う。
だが、それ以上に、ジェイルのストレスのガス抜きには丁度良いし、放っておけば何時までも研究ばかりの身の息抜きにもなる。
何より、まるで子供のように嬉々と自身の研究について語っている自分の主の姿を見れば、止めさせるなどと出来るわけがない。
最近は自分の趣味も少なからずに混ざっているが、自身の事よりも主の事を至上とするウーノの判断がそれだった。

故にジェイル陣営は、彼女の事を客人として迎え入れている。

対する魔導師である彼女にとって、ジェイルのメインたる研究である戦闘機人については門外漢であり、その内容が直接自身の目的である自己強化に繋がるわけではない。
それでも、ジェイルの語る内容には心惹かれる物があった。
自身に還る物はなくとも、『理』を司る彼女からしてみれば、知識欲を刺激される事は、至上の喜びだ。
そして、その相手として、ジェイル以上の相手は滅多に存在していない。

その上で、美味しいお茶とお菓子が出るのだから文句どころか満足のいくところだ。

ふたりともお互いに利益云々よりも、もっと根源的な『欲望』の下に行動しており、その衝動に従った結果、この雑談が成立している。
人となりはまったくの別。だが、自身の欲望に忠実に従う事、そして自身が世間一般から『悪』と呼ばれる存在である事を自覚している。
その辺りにシンパシーを感じている部分もあるのかもしれない。

ふたりがこうして顔を合わせてお茶を嗜むのは、本当の意味で雑談以上の意味はない。
故に、ジェイルの方は彼女の行動を縛りもせず、援助も一切していないし、いざという時に協力要請をしてもらうための伝手を作れるかという期待もあまりない。

彼女の方も、ここの研究設備を利用すればもっと効率的に計画を進める事ができると知りつつもその申し入れは一切しない。
また、外で魔導を振るう時もジェイルの益になるような行動を意図して起こす気もない。

ただ気まぐれに彼女の方がこの場所を訪れ、そしてジェイルはそんな彼女を歓迎する。それだけの間柄。
誰に言われたわけでもなく、自分の意思で相手と向かい合い、利害を無視してただ話をするだけ。
それは確かに友人と言える関係だ。だが、それでも仲間などでは無いとお互いに分かっている。

今は平穏に同じ時を過ごしているが、何かを切っ掛けにして敵対関係になるかもしれない。だが、その時は何の遠慮もなく互いを滅ぼし合うべく戦う事になるだろうとも知る。
何事よりも優先されるのは自身の欲望であり、その障害となるのなら、それはすべからず敵だ。平時において友人であっても、その事には変わりはない。

友好関係とは違う、気心の知れた敵同士。それがふたりの共通認識。

正直なところ、この関係については、今のところ誰の共感も得られていない。
こうしてお茶の席を共にして居ながら、次の瞬間には殺し合うような間柄になっても不思議ではないと言いつつ、まるで互いを警戒していないというのは、異常にしか見えない。
はっきり敵同士だと明言しているのに、仲間のように接しているのかが分からないと、誰に言ってもそう返ってくる。
ウーノにしても、ジェイルが客分扱いをしているからそれに従っているだけで、その心中にしてみればいざという時の為に警戒を怠った事は無い。

だが、それでも構わないと彼女もジェイルも思っている。
元々常識から外れた存在であるのだ。理解が得られなかったとしても、今更何かを言う事もない。
ただ今は、このなんとも心が充足されるように思える時間を満喫するだけだ。

「ああ、最近になってようやく『アレ』の機能の一部の復旧の目途が立ってね。
それに伴って防衛機構の機械兵器を限定的ながら稼働させる事ができたんだよ」

その中で、ジェイルは戦闘機人の開発と並行して行われているとあるロストロギアの研究成果について語り始める。
無論、これはトップシークレットに属するほどの機密ではあるが、構いはしないと口上を続ける。

「私や君にしてみればただのガラクタの様なものだが、それでも最大の目的に行きつくためには順序を踏まなくてはならないからね。
クアットロが監修を担当して、適当な次元世界で稼働実験をする予定になったよ」
「そうですか」

ジェイルの話す内容に然程興味もないのか、瞳を閉じたままゆっくりと紅茶の入ったカップを傾ける。
そんな彼女の姿に気を悪くする気もなく、むしろ彼女らしいと苦笑を浮かべながらも、ジェイルの演説は止まらない。

「まあ、ガラクタとは言ったけど、ステルス機能やAMF(アンチ・マギリンク・フィールド)形成機能も持っているからね。
遠距離攻撃手段は持たないけど、攻撃も防御も魔力に依存するミッド式の魔導師にとっては十分脅威にはなるだろう。
その辺りも、稼働実験には含まれているから、今度の実験に選んだ次元世界には管理局から高ランクのミッド式とベルカ式の魔導師と騎士を派遣してもらう手筈になっているよ」
「……」

犯罪者であるジェイルが、取り締まる側である管理局に伝手があるというのはおかしな話に聞こえる。
だが、所詮は人の集まりでしかない組織なのだから、皆が皆、正義のために犯罪者を取りしまう一枚岩で成り立ってるわけでもない。
中には、犯罪者と通じ合って甘い汁を吸おうという輩が居ても不思議ではない。
もっとも、それ以前にジェイル本人から、管理局の上層部と繋がりがあると暴露されている。彼女にとってその話の内容に今更驚くような事は何もない。

だというのに、彼女はその片眉を僅かに顰めていた。
そんな彼女の反応に、ジェイルは「おや」と、内心不思議に思う。

「それで、その実験をする場所と日時はどのようになっているのですか?」

そして、彼女はカップをソーサーに戻すと、そんな事を尋ねて来ていた。その姿に、これこそ本当に珍しいと、ジェイルは改めて驚きを抱く。
彼女は技術的な事に疑問を呈する事なら今までも多々あったが、今回の彼女の質問の内容は技術的な事ではなく、その場所について尋ねられるとは意外だった。

「ふむ、まあ君に内緒にする程の事でも無いか」

驚いた。だが、それだけだ。
尋ねられたのなら応えるだけだと、彼女の質問に答えるべくその予定している次元世界の場所と日時を彼女に伝える。

「……そうですか」

ソレを聞いた彼女は、僅かに考え込むような素振りを見せる。
ジェイルには分からない事だが、彼女の脳裏にはとある人物の最近のスケジュールを思い浮かべられていた。
そして、その人物と、ジェイルの言う予定が丁度良く重なりあっていると気付く。

「私は予定が出来ましたので、今回はこれで帰らせて貰います」

確証はないし、だとしてもわざわざ自分が動く必要性もない。
だが、それでもなにか、胸の内にしこりの様なものを感じた彼女は、帰る旨を告げるとそのまま席を立つ。
取り越し苦労ならそれで構わない。大した事はないと、この嫌な気分を我慢するよりも、解消のために動いた方が有意義だという思考の下、彼女は行動を開始する。

「おや、今日は随分早いね」
「ええ、続きは次の機会にでもしましょう。
ああ、そうですね。ウーノはお菓子にも興味が出てきたようですので、今度来るときは私の行きつけの店のシュークリームでも持参する事にしましょう」
「そうかい、それは楽しみだよ」

ジェイルは、彼女の言う予定が、自分の実験に関係していると予想はついている。
だが、それでもあえて、特に何を言うでもなく席を立つ彼女を見送る。

自分と彼女は敵同士。もし彼女の行動が邪魔になったら排除すれば済むだけの話。
その場合は『次』が無くなってしまうが、その時は彼女のデータが手に入るのだから、それはそれで構わない。

さて、彼女はどう出るのかと思うと、嗤いがこみ上げてくるのをジェイルは感じていた。
そして、そのこみ上げてくる想いを我慢する必要はないと、客人のいなくなったゲストルームにジェイルの嗤いが響く。

「あら~、星光姉様は、もうお帰りになってしまったんですか~」
「ああ、丁度今しがた帰ったところだよ。タイミングが合わなくて残念だったね、クアットロ」
「うぅ、残念です。もう少し早く作業が終わっていればお会い出来ましたのに~」

と、そこへ、長い茶髪を三つ編みにした眼鏡の女性、戦闘機人の四番目であるクアットロが姿を現す。
だが、お目当ての人物はすでに居ないと知って落胆をしていた。

「ふむ、私が言うのもなんだが、他の娘達はみな彼女の事を嫌っているというのに、君だけは彼女の事を本当に気に入っているようだね、クアットロ」
「ええ、星光姉様の、あの誰が相手だろうとも一切の容赦なく力でねじ伏せるそのお姿。
そして私を見る冷たい眼差しを思うとゾクゾクしてしまいます。
強くて冷静、姉妹には優しく味方以外には等しく残酷であるドゥーエ姉様とは違う意味で私の憧れであり、目標なんです」

そうジェイルの言葉に答えると、クアットロは自身を抱えるように身震いをしながら何処か恍惚としたような笑みを浮かべる。
思い浮かべるのは、初めて彼女と逢った時の事。

たまたま外へ出ていた時に偶然に出会った彼女を、折角だから鹵獲してデータの足しにしようとしてあっさり返り討ちになった。
その時の自分を見下す、道端に転がる小石を見るかのような冷めた視線。
クアットロは自身が虫けら同然にしか認識されていない事に憤ったが、同時にその彼女の在り方に強烈な憧憬の念を抱いていた。

圧倒的なまでの強者である自負と実力を持ち、その力を行使する事に何の躊躇いもない。
この世の全ては自分の物とでも言いそうな傲慢な態度で、誰にも屈する事はない。

そんな彼女のように自分もなりたいと強く思った。
そして何時か、逆に自分が彼女の事を見下す事が出来たなら、それはどれだけ気持ちが良い事だろうと想いを馳せる。
故に、ジェイルのように友人と思わず、他の姉妹のように敵として見るのではない、憧れであり、目標として彼女の事を想う。
それが、クアットロの彼女に対する立ち位置。

「くく、そうかい。ああ、彼女の存在は本当に刺激になるね」

クアットロの想いを聞いて、ジェイルは浮かべる嗤いを更に深める。
彼女の存在は自分達に多大な影響を与えている。それは良い意味だけでなく悪い意味も多く含んでいる。
だが、それで良い。強い感情があってこそ想いや心といった生命の揺らぎは大きくなる。
それはただの機械では生み出す事の出来ない生命の輝きと呼べるものであり、それを知りたいからこそ、ジェイルは研究をしているのだ。

そうして改めて彼女の出て行った出口を、そして施設内に設置してあるサーチャーによる映像を手元に出した空間モニターを通して見やる。
彼女に対して強い感情を向けているのは、ここに居る自分やクアットロだけでは無い。
果たして彼女はこれから自分達に何をもたらそうというのか、それを思うと何とも愉しい気分になるジェイルだった。






彼女は勝手知ったる他人の家と、靴音も淀む事無く一定のリズムを刻みながら、何の迷いもなく通路を歩く。
普段ならこのまま足を止める事無く、出口まで真っ直ぐに行くところだ。

「……何のつもりかは知りませんが、出てきたらどうですか?」

だが、今回はその歩みを止める。そしてその足を止めた理由をと、自分が進んでいる通路の先を見据えたまま問いを投げかける。

「……」

そして、彼女の背後にある柱の陰から、銀髪の、小柄な外見をした少女、チンクが姿を現す。
いや、チンクの事を少女というのは語弊がある。チンクは小柄ではあるがジェイルの製作した戦闘機人の中でも四番目に稼働開始したので、この施設内では中々の古株だ。
そのため、外見だけなら幼い子のように見えるが、以降に稼働を開始した戦闘機人達の姉として振舞い、またその穏やかと言える人柄から妹達から慕われている存在だ。

ただ、今のチンクは姉妹達に向けるような普段の優しげな瞳ではなく、彼女の事を睨みつけるように、その双眸は厳しいものとしてあった。
そこに込められた感情は警戒や嫌悪といった物が多く含まれていると、背中越しで在りながら突き刺さるような視線から、彼女は感じとっていた。

「見ての通り、私は今から帰るところですので、用があるというのなら手短にお願いします」

振り返りもせずにいる彼女に対し、チンクは苛立ちを、そして彼女が本気になったらどうなるかを思い、固唾をのみ込む。
だが、ここで黙ったままではこうして彼女の前に姿を現した意味はないと、自らの心を鼓舞し、口を開く。

「……お前がどういった意図の下、ここに来ているのかはドクターから聞いている。
だが、わたしにはお前の事は認められない。お前の存在は危険だ。出来る事なら、もう来ないで貰いたい」

チンクはドクターが彼女の事を友人として扱っており、自身の製作者である人物の言う事であるのだから、自分もそれに倣うべきだと理解はある。
だが、それ以上に彼女の事を認める気がまったく湧いて来ない。むしろ、その姿を見るたびに『敵』だという認識を強めていた。

彼女の存在は、いずれ自分達に害を成すとチンクは予感していた。あの強い破壊の衝動を秘めた瞳に見つめられる度に、チンクは背筋の凍るような想いを抱いてきた。
彼女に対する認識は、自分を姉と慕う妹、そしてまだ稼働していない妹達の事を想えば更に強くなる。
今はまだ大丈夫だが、これから先、妹達に与える影響は、きっと計り知れない。

なら、今の内から対処をしてしまいたい。
チンクの中では、彼女を斃してしまう事が一番良い選択肢だとは思うが、諸々の事情を鑑みれば、それを選ぶ事は出来ない。
元々、今回の行動も自分の独断なのだ。出来る事は、出来る限り彼女を自分達から遠ざけるための交渉しか無かった。
故に、今こうして彼女の下に姿を現したのだと告げる。

「なるほど。話は分かりました。ですが、私は誰にも従いません。私を御せるのは私だけであり、貴女の言葉に従ういわれはありません」

だが、チンクの想いは彼女に届かない。一言の下に断じると、これで話は終わりであると、彼女は歩みを再開しようとする。

「待て……!」

だが、それをチンクは呼び止める。その手にはスローイングダガーが握られている。
ただの言葉では足りないというのであれば、次は武力による背景をちらつかせてでの交渉に臨む。
そんなチンクの想いに気付いたのか、彼女は歩みを進める事を止める。

「別に力づくで来るというのであれば、それはそれで構いません。どうぞ気兼ねなくその刃を私へ向けて放てば良いでしょう。
ですが、その場合は貴女も相応の物を失う覚悟を抱いて下さい」

そして、ゆっくりとチンクを振り返る。

「AMFを発生させられるこの場、そして仲間の存在と、地の利は貴女に有り、私の優位は然程ありません。実際に戦闘となれば私は撤退戦に徹しなければならないでしょう。
ですが、それは些細な事です。むしろ、貴女を壊す事が出来る機会をくれるというのであれば歓迎するところです」

彼女の表情は、緊張を抱くために強張っているチンクとは対照的に落ち着いたものだった。
そんな現実を目の当たりにして、チンクは自分の失敗を悟る。

「ええ、私は貴女を壊してしまいたいと思っていますよ、チンク。
ですが、今はそれ以上にこの場所の事を気に入っているので優先順位を下げているだけです。
その順位を貴女自身の行動で覆すというのであれば遠慮は要りません。さあ、思う存分殺し合いましょう」

彼女は愛杖のデバイスであるルシフェリオンを起動させると、その身に夜の闇を思わせるような黒を基調としたバリアジャケットを身に纏う。
その表情は普段通り淡々としたものではあるが、その瞳の奥には闘争を渇望するような色合いがあるようにチンクは感じて畏怖の念を抱く。
武力は彼女を脅す材料にはならない、むしろこちらに喰いつくための餌にしかならなかったと理解する。

「く……」

実際問題として、この場で本当に戦闘が開始されたなら不利なのは彼女の方であり、チンクの勝算の方が圧倒的に高い。それは彼女も分かっている。
だが、心情的に追い込まれているのはチンクの方だ。

今回は、殆ど独断専行で行動しているという自覚による負い目もある。
ドクターからは、彼女に対して手出し無用、とは言われていない。むしろ、各々の判断に任せると言われている。
故に、今回の行動を咎められる事はないとは分かっているが、それでもドクターを裏切っているような心情を抱いていたのも確かだ。
その想いが、彼女と真正面から向き合う事で、心の中ではっきりと露見されるのを感じていた。

だが、それ以上に自分の不利を知ってなお、彼女は揺らぎもしないという事に追い込まれていた。
彼女にはチンクを脅そうという気はない。単に事実を口にしているだけだというのだが、それがチンクにとってプレッシャーとなってその小さな身体にのしかかっていた。

チンクは実際に攻撃を加えるべきではないと判断するも、戦闘準備の整っている彼女を前に刃を収める事が出来ずに居る。
彼女の方は、チンクが口火を切って落としてくれるのを待つだけなので、自分からは動かない。
互いに望んでいるわけではないものの、この場には膠着に陥る。その緊迫感もまた、チンクを追い詰める要因となり、苛む。

「……どうやら貴女に戦う気は無いようですね。残念な事です」

時間にして僅か、ただしチンクの体感では非常に長い時間を超えて、彼女はその杖を収めていた。
元々は帰るつもりだったのだから、相手が引き留めないというのであれば当初の予定通りの行動に移すだけだ。

言葉にした通り、戦えない事に一抹の寂しさのような物を抱くが、だからと言って後をひかれるような事も無い。
そのまま身を翻し立ち去った。今度は誰にも引き留められなかった。

「はぁっ、はぁっ……!」

見送ったチンクは、彼女のその姿が見えなくなるまで武装を解除出来ずにいた。
そして彼女の姿が見えなくなったところで、その場に崩れ落ちるように両手を地面につくと、それまで止めていたかのように荒く呼吸を繰り返す。

「わたしは……」

チンクはこれから自分がどうすれば一番良いのかと思い、呟きを漏らす。
だが、答えは出ず、その疑問は空気の中へと溶けて行くようだった。









喫茶『スカさんの隠れ処』開店でーす。
綺麗なお姉さんお手製の美味しいお茶とお菓子がただで食べられ、BGMにはとある科学者の小難しいお話が延々と流れます。
交通の便はひっじょーに悪い立地条件の上、この場所の機密を漏らそうとしたなら、男前な3番目の女性か合法ロリな銀髪の五番目の少女に物理的に抹殺される危険性があります。
ですが、それでも構わないというのであればどうぞおいで下さいな?

というわけで、前話の裏話的に、星光さんとスカさんサイドとの交流でした。

ところで、スカさんって『ジェイル』が名前でいいんですよね?
なんかこう、SSを読んだりしているとジェイルって呼ばれているのが少ないから不安に駆られてしまうわけなんです。



[18519] Act Starlight-3
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/08/04 23:55

クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノのふたりは、首都防衛隊に所属しており、今は技術的、人道的観点から禁止とされているはずの戦闘機人の研究施設へと強制捜査の最中であった。
元々、今回の強制捜査は予定にはないものだった。だが、上層部からの辞令により、捜査を打ち切りにされそうになったために、予定を繰り上げて強行したのだ。

クイントもメガーヌも自分達に下った辞令には疑問を抱いていた。もしかしたら、自分達の所属する組織の上層部が一枚かんでいるのではとも推測出来ていた。
だが、自分達の隊長であるゼスト・グランツはそんな上層部への疑問よりも、今は目の前にある事件の解決を最優先とするべきだと示した。
ふたりとも、このミッドチルダには守りたいと思う家族達がいる。故に、ゼストの示した事は正しいと思うし、従うに値するものだとして上層部への疑問は呑み込んだ。
ただ今は、まだ明らかな事件を引き起こしてはいないものの、これから先危険となり得るものの芽を摘むために、この非合法組織を検挙する事に全力を傾けるだけだった。

現在、ゼスト隊長率いる部隊が以前から目星をつけていた研究施設に突入を果たしていた。その内容を見て、やはり自分達の推測は正しかったのだと確信を得ていた。
隊長であるゼストは管理局の中でも極僅かしかいないS+ランクを持ち、そんな彼に日頃から鍛えられている隊員の練度は高い。
その中でも特に高い実力を持つクイントとメガーヌのコンビは、ゼスト隊長率いる部隊とは別の部隊を率いて施設内部を奥へと進んで行っていた。

そして、最前衛を突っ走っていたクイントは、どうせ遠慮をする必要は無いと、目の前に現れた扉を殴り壊して新たな部屋へと突入を果たしていた。
そんな友人の無茶苦茶な直進の仕方に、追いかけるメガーヌは呆れながら、遅れながらもその部屋へと足を踏み入れる。

「……随分と荒々しい扉の開け方ですね」

その部屋に居たのは、骨董品と見えるようなテーブルに着き、落ち着いた様子でカップを傾けている二十歳頃といった外見のひとりの女性。

「……貴女は一体何者?」

クイント達は、その彼女の落ち着き払った態度に僅かに困惑を覚える。今、現在進行形でこの施設ないは自分達に攻め込まれている。
だというのに、どうしてそんなに我関せずと紅茶を嗜んでいられるのかが分からない。
こうして武装している自分達を前にして、どうしてそんなに落ち着いていられるのだと、警戒心が疑問となって、口を突いて出る。

「ああ、私の事はどうぞお気になさらず。見ての通りお茶をしているだけですので」
「……この施設の関係者を黙って見過ごせるとでも思っているの?」
「いえ。私はただ、美味しいお茶とお菓子が頂けると重宝しているだけで、此処の関係者ではありません。
関係者に用があるというのであれば、そちらの扉から行けば此処の主にすぐに逢えると思いますので、彼に直接話して下さい」

クイントが凄味を込めるように睨みを利かせても、彼女はそんなモノなど気にもならないと、動じる事無く自分は無関係だと口にする。
しかも、それだけでなく主の所在まで明かす彼女の真意が、どうしてもクイント達には分からなかった。

そんなクイント達の想いを知ってか知らずか、彼女は語るべき事は語ったと再びカップに注がれた紅茶を口にする。
その態度にも何の気負いも感じられない。その姿は本当に嘘など語っておらず、純粋にお茶を嗜んでいるように見える。
むしろ彼女の楽しみの邪魔をしているこちらの方が無粋なのではと思ってしまうほどの堂々とした態度だった。

だが、この場は非合法の研究施設であり、その中で平然とお茶をしている人物が普通なわけが無い。
クイントとメガーヌは部下達に目配せをすると、彼女が指し示した扉の向こうへと先行させ、自分達はこの場に残った。

部下達だけに先行させるのは問題とも思うが、苦楽を共にして訓練に励んで来た仲間の実力を信頼している。この先は任せても良いと判断した。
そして、此処から先に行くよりも、彼女の存在を放っておく事の方が危険な気がすると、ふたりとも何となく感じとっていたため、この場に自分達が残ったのだ。

「この施設は違法研究をしている疑いがあり、この場に居る貴女もまた参考人になります。
大人しくこちらの指示に従うというのであれば危害は加えません。
ですが、抵抗するのであれば相応の対処を以って貴女を捕縛させて貰います」
「……私は無関係だと言っているのですが?」

まずは、自主的に同行して貰いたいという旨をメガーヌが彼女に宣告する。
対する彼女の方は、あくまで自分は無関係であり、そちらの言い分を聞く必要性はまったく感じないという旨の言葉で返す。

「投降の意思は無し、と。なら、力づくで同行して貰うわよ?」

クイントは『リボルバーナックル』というデバイスを装着している両の拳を突き合わせ、重厚な金属音を鳴らしながら、戦闘の意欲を見せる。
メガーヌもまた実力行使もやむなしと、クイント程露骨ではないがその意志を示していた。

「……モノ好きな方達ですね。私は貴女方を見逃すと言っているのに、わざわざ敵対しようとしているのですから」

そんなふたりの態度を前にして、彼女もまた雰囲気が変わる。
ふたりの目的はあくまでこの施設関連であり、部外者である自分は関係ないと傍観を決め込み、視線を合わせる事すらしていなかった。
だが、そんな思惑とは別に、あくまで自分の前に立つというのであれば敵であり、敵であるなら無下にはしないと、ここにきて初めてふたりに視線を向けていた。

「っ!?」

そんな彼女の視線に晒され、クイントとメガーヌは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
彼女自身は相変わらずイスに腰をおろし、カップを手にしたままではあるが、その瞳にははっきりと自分達を敵だと認識している事が見て取れた。
そして、敵は殺すだけだと、言葉にしなくてもその瞳だけで十分に物語っていたのをはっきりと感じ、彼女は自分達が思っていた以上に危険な相手だと気付く。
ふたりには、彼女の実力はまだ分からない。それでもこの場は確実に彼女を捕獲するべきだと、後衛であるメガーヌが、自分達の中でも最大戦力である隊長のゼストに連絡を入れようとする。

「え……!?」

だが、ゼストに通信の一切が繋がらなかった。いや、ゼストだけでは無い。先行させた部下達にすらも連絡が届かなかった。
この状況を目の当たりにして、驚きのままに目を見開く。

「これは……、なるほど。おそらくはクアットロかウーノ辺りが施設内に魔力結合阻害領域、AMFを展開したようですね」

メガーヌのその様子から、もしやと思い、彼女は自分の掌の中で魔力球をひとつ精製してみる。
するとそれが自身の意志とは無関係に霧散するのを見て、今この施設内で魔力の結合を阻害するフィールドが形成されているのだと理解する。
魔法とはプログラムに従って魔力を使って効果を発生させているのだが、その燃料に相当する物の運用を阻害されれば魔法を使う事は出来ない。
攻撃魔法はもちろん、念話も魔法の一部なのだから通じない事も当然だった。

「侵入者を内部に十分引き込んでからのAMFを使用。どうやら此処の主は、貴女方を誰ひとりとして逃すつもりは無いようですね」

そして、魔導師にとって鬼門と言える効果を発揮するAMFを侵入されてからすぐに使用しなかった理由について当たりをつける。
もし侵入された直後に使用していたなら、侵入者はこの効果に気付いて、すぐに不利を悟って撤退をした可能性もあるが、此処まで侵入してからでは脱出する事も手間。
施設の奥深くまで侵入を許す事はデメリッドも多い。だが、今はまだ自分達の研究を明るみに出されるわけにはいかない故に、目撃者は全て確実に消したい。
おそらくはそういう思惑なのだろうと彼女は思う。

ただ、彼女はこれで目の前に居るふたりもまた著しく弱体化してしまった事と同義であるため、おそらくふたりと戦ってもあまり楽しくなさそうだと残念な気分になる。
一時はやる気を見せたが、これでは興醒めだと、彼女は立とうと浮かせかけた腰を再び下ろす。

「AMF、ですって……!?」

対するクイント達は、彼女が何気なく呟いた事の意味するところに危機感を抱く。
管理世界の魔導師の大半を占めるミッド式魔法は魔力を放出するのが主なのだが、AMF下では、その力の殆どを封じられたようなもの。
白兵戦に特化したベルカ式にしても、武器の強化には魔力を使っているので、こちらもまた制限を大きく受けてしまっている。
クイント達にも、自分達がそれなりの実力を持っているという自負はあるが、事前策も無くAMFに飛び込むのは自殺行為にも等しい。
実際、現状は既に退却する事すらも困難となっている。打破する術も殆ど無い。

もし魔法では無い銃器を使うというのであれば、この状況下でも打破する事も出来るかもしれない。
だが、時空管理局の謳う事として、質量兵器の使用はほぼ全面禁止されている。
当然の結果として誰もが魔法を使う補助であるデバイスは持っていても、質量兵器に準ずるような武装などを持っているわけも無かった。

「貴女ッ。今すぐこのAMFを解除させなさい!」

自分達には出来る事は無いのなら、出来る相手にさせれば良い。
そう思い、彼女に大して強い言葉を叩きつけるようにAMFを解除するように言う。
今目の前で、急に自分達に興味を失ったかのようにお茶受けのクッキーをかじっている彼女は、あくまで無関係だと言うが少なくとも此処では客人という立場のはず。
ならば、そんな人物を蔑ろにされる事は無いはずだと、彼女が口を出せば状況は変わるはずだと言い募る。

「私には貴女方の頼みを聞く理由も謂れもありません」

だが、彼女はそんな言葉を、にべもなく切って捨てる。
そもそも、彼女はこの施設へと侵入者が現れた時点で、ウーノに退避するよう勧告されていたが、その程度は気にする程の事も無いと、お茶を続けていたのだ。
そんな自分を援護する謂れも、たとえ彼女が倒れるような事になって生じる不都合などもジェイル達には存在しない。
故に、彼女自身が窮地に立たされたとしても何の援護も無いと彼女は理解している。

「……なら、力ずくで言う事を聞いて貰うわよ!」

そんな事情が彼女にあるのだが、クイント達には知るよしは無いし、一刻の猶予も無い事から余裕も無い。今はただ、このフィールドをなんとかしなければという一念だ。
だからと、僅かにある可能性に賭けるべく、クイントは拳を握り締める。

同時に、足につけているローラーブレード型のデバイスを起動させ、地面を一気に駆け抜ける。
確かにミッド式の魔導師にはAMFはキツイが、ベルカ式である自分ならまだ戦えると気炎を上げる。
射撃や移動系の魔法は使う事は出来ないが、近づいて相手をぶん殴るぐらいの事なら出来ると、接近の勢いのままに振りかぶった拳を彼女に向けて放つ。

「プロテクション」

だが、その一撃は彼女の展開した防御魔法の前に遮られる。並の魔導師が相手なら防御など関係無く吹き飛ばせるはずのクイントの一撃は、彼女の防御を破る事は出来なかった。
そして、その向こう側では目の前で拳が自身に迫っているというのに、まったくの涼しい顔で彼女はお茶を嗜む。

「そんなっ、AMF下でどうして魔法が使えるの!?」

そんな彼女の行動を目の当たりにして、メガーヌが信じられないと声を上げる。
自分は確かに魔法を使えなくなっているのに、どうして彼女は平然と魔法を使っていられるのだと叫ぶように疑問を呈する。

「AMFは魔力結合を阻害はしますが、完全に無効化しているわけではありません。
面倒ではありますが、阻害される以上の結合力で魔力を行使すれば魔法を使う事は出来ますよ」

そして彼女はあっさり種明かしをする。
彼女は魔法が使えない状況に陥ったとしても、幾つもの対処法を既に準備している。今回のコレもそのひとつ。
それは難しい小細工を弄しているのではない。単に力ずくで魔法を行使しているだけというものだった。

だが、言葉にするだけなら簡単ではあるが、実際にAMF下で魔法を使おうとしたら、それは高等技術だ。
それを片手間にとでも言うように容易く実行している姿がから、その実力の一端を良く表していた。

「私はこれでも防御魔法の出力には自信があります。その程度の一撃では無駄という物です。
もし本気で破ろうというのなら、その三倍は持って来て下さい」

そして、彼女は実際にクイントの攻撃を防いでみて、AMF下という状況では自身の防御の突破は無理であると判断を下す。
相変わらずクイント達の事など眼中にないと、防御魔法に守られながらカップを傾ける。


「……言ったわね」

クイントは彼女の余裕に溢れる態度と、その自信が過剰ではないと言えるだけの防御魔法の堅固さを身を以って体感していた。
だが、それでも今の彼女の姿に慢心があると、防御魔法に突き立てていた拳を引く。

クイントは一歩下がると、深く、大きく呼吸をする。そして真っ直ぐ前を見据えながら構えを取る。

「はぁぁぁっ!!」

一歩を力強く踏みしめる。踏み込みのエネルギーを下半身から上半身に伝え、腰の回転によりその方向を転換する。
デバイスからはカートリッジが排出され、手首部分にある歯車状のパーツであるナックルスピナーが高速回転による唸りを上げる。
全身の力。デバイスの力。その全てを拳に乗せて、一気に打ち出す!

「!?」

その一撃の前に、先程まで防いでいたハズのバリアが、ガラス板を砕くかのように破られた。
その事に彼女も僅かに驚きに目を見開く。

「もういっちょぉッ!!」
「プロテクションっ」

クイントはリボルバーナックルを両手にそれぞれ装着している。ならばもう一発やるのは当然だと更に踏み込んでもう一撃を放つ。
それを彼女は再び防御魔法を展開していたが、それもまた破られる。だが、その先には彼女の姿は無い。クイントの二撃目は彼女の座っていたイスとテーブルを破壊するだけだった。

「……アンチェインナックル、ですか。まさか私の防壁を単純に力技で破られるとは思っていませんでした」

ふたつ目の防御魔法は時間稼ぎと目くらまし代わりにと、既に安全圏に身を置いていた彼女は、クイントの成した事を看破する。

アンチェインナックル。

完成系は一切のバインドや防壁をも打ち破るとされる、格闘系の中でも難易度の非常に高い『技』だ。
クイントのそれは、ほぼ完成系と言えるものであり、まさに“何物にも繋がれない拳”を体現していた。
このレベルならば、たとえその身をバインドで拘束されたとしても、無理矢理引き千切りながら拳を繰り出せるだろう事を彼女は理解する。

「……どうやら貴女方の事を甘く見過ぎていたようですね。その点に関して謝罪をします」

そして彼女は、AMFの影響を受けながらも自分の防御を破る程の実力がある事を見破れ無かった事に対して頭を下げる。
そんな彼女の殊勝とも見える態度に、クイントは僅かに困惑を覚える。

「ええ、貴女方は私と戦うだけの力があると認めましょう」

だが、頭を上げた時のその瞳を見て、その自分の思いが勘違いであったと知る。

彼女は醒めたはずの興を、再び燃え上がらせていた。
ペンダントとして首から掛けていた自身のデバイスであるルシフェリオンをその手に取ると、起動させる。
直後、彼女の魔力光である桜色に包まれる。そしてそれが解かれると、闇色の戦装束に身を包む彼女の姿がそこにあった。

「う……」

そこに立つ彼女は、異常だった。
別に何をしているというわけではない。ただ立っているだけだ。
だが、彼女のその身体から溢れ出すようにしている禍々しい魔力の気配は、AMFなどお構いなしに畏怖の念を抱かせる。
知らず気押され、負けん気の強い方であるはずのクイントでも、思わず後ずさってしまうほどだ。

「私に喧嘩を売ったのです。今更逃げるなど締まらない真似はしないで下さい」

だが、彼女はそれ以上の後退を許さない。ルシフェリオンの石突きで床を突くと同時に、結界を展開する。
それは、位相空間をずらした封時結界などとは違う。単にこの場を障壁で覆い隠すように展開した、シンプルな結界だった。
物理的に壁で全方位を包囲されたようなものであり、またその強度も非常に高いために、確かに逃れる事は難しいといえるものだった。

「うそ、これってまさか……!」

だが、ふたり、特にメガーヌは彼女が展開した結界を目の当たりにして、別な意味での事実に気付く。
確かに彼女は逃がさないために結界を展開したのだろうが、この中では、先程まで阻害されていた魔力結合を通常通り行う事が出来たのだ。
目の前でクイントが戦おうとしているのをなんとか援護をしようと試行錯誤をしていたから、すぐにその事に気付いた。

「ヴァリアブルフィールドの広域展開です。AMFの効果はこの結界に遮られているので、内部では通常通り使えます。
無論、私とてこの範囲でこの質を何時までも維持は出来ません。精々は五分といったところでしょう」

彼女はメガーヌの気付いた事を肯定するように、自分の展開した結界の効果を教える。
AMFとは魔法を浸食してその結合を阻害する働きを持っている。だが、その魔法をAMFと中和するようにバリアで守れば、発動させる事が出来る。
高レベルの射撃魔法の使い手ならば、攻撃魔法の弾を外殻の膜状のバリアで包み、外部のバリアで相手のフィールドと中和させ、本命の弾を相手へと届かせる事が出来る。そういう話だ。

だが、今彼女がやっているのは、その部屋全域を覆う程のフィールドとして展開されている。
射撃魔法の弾という小型の物を対象としてバリアの膜を張るのでさえ難易度と魔力消費は高くなるのだが、今の彼女の負担はその比では無い。
だとうのに、まったく辛いような素振りなど表す事無く、彼女は改めてデバイスを構える。

「ですからどうぞ、全力でその五分間を抗って下さい」

これより戦いの刻であると告げる言葉が結界の中に静かに、でも確かに響く。
彼女は別に余裕からふたりに情けをかけているわけではない。どうせ戦うなら自分を楽しませてみせろと対等に戦える場を提供しただけ。
この結界の維持は確実に負担になっている。だが、その上で彼女は真っ向勝負を望む。

「……メガーヌ、これはもう、実力で切り抜けるしかないわよ?」
「そうみたいね。どちらにしろ、彼女は誰かさんのせいで私達を見逃す気はもう無いみたいだし、逃げようにもこの彼女の結界を突破した瞬間を狙い撃ちされるでしょうしね」

戦うという選択肢しか取れないと、ふたりは腹をくくる。
クイントはメガーヌの軽い嫌味に僅かに顔を顰めたが、ふたりにとってこの程度はほんのお遊び。むしろ、緊張し過ぎないように気を抜くのに丁度良いとお互いに分かっている。

「パイロシューター」

そんなふたりのやり取りを尻目に、彼女は誘導操作弾を発動させる。
朗々と紡がれる彼女の言葉と共に浮かび上がるのは、魔力弾の発射体である桜色の魔力球達。

「……シュート」
「!!」

停滞は一瞬。会戦の狼煙として撃ち放たれる。その全てがクイント達に襲い掛かる。
次々と着弾する魔力弾が魔力の残滓による霧を発生させ、それが爆煙となってふたりの姿を覆い尽くす。
傍から見れば全段的中であり、これで勝負がついたようにも見える。だが、彼女はそれでも油断する事無く静かに、爆煙の先にあるであろう姿を見るように視線を向ける。

直後、爆煙の中から幾つもの光の帯が現れる。それらが、結界内に縦横無尽に張り巡らされる。
そしてその光の帯を道として、クイントが続けて爆煙の中から駆けるように飛び出してくる。

「いっくわよ~っ!!」

そして、その勢いのままに拳を振りかぶる。
この閉塞空間である屋内こそが陸戦魔導師の本領であると、彼女へ向けて躍りかかる!

「パイロシューター、ディフェンシブシフト」

だが、彼女の方もさるもの、その動きを把握した上で、宙を舞わせていた誘導操作弾をクイントの行く手を阻むように配置をする。
元々、彼女の誘導操作弾は相手の動きを阻害、制限するためのものであり、相手を直接だとうする目的のモノでは無い。これこそが意味正しい運用法である。

とはいえ、彼女の魔力資質の影響もあり、単なる誘導操作弾でありながら単発で対象を撃墜するだけの威力が秘められている。
クイントもフロントアタッカーとして打たれ強さには自信はあるが、一発ぐらいなら十分に耐えられるかもしれないが、配置されている分は明らかにその防御力の許容範囲を超える。
このまま直進をしたなら敗北は必須。

「はぁぁぁっ!!」

だが、クイントは止まらない。むしろ更にローラーブレード型のデバイスに魔力を込めて加速を上げて行く。
自身の目の前に防御魔法を展開しながら、真正面からその猛威の中に突っ込んでいく。

「我が乞うは、城砦の守り、勇猛なる拳士に清銀の盾を。──エンチャント・ディフェンスゲイン!」

何故なら、今のクイントは一人では無い。その行動を理解する戦友の補助魔法の淡い光がその身を優しく包み込む。その魔法効果により、耐久力を向上させていた。
彼女の膨大な魔力によってAMFの魔法無効化を塗りつぶすほどの飽和状態の魔力に満ちている。
彼女も先程言った通り、この場でならクイントはもちろん、メガーヌも魔法を使える。

そして、メガーヌの補助を受けたクイントと、彼女の誘導操作弾が激突を果たす。

「痛っ……く、無いッ!!」

彼女の誘導弾は、単発でも十分威力があり、クイントの体力を、魔力を一挙に削っていくが、その全てを耐え抜き、突き破る。
振りかぶった拳に装着されたリボルバーナックルからカートリッジが排出され、唸りを上げる。
圧縮された魔力が、クイントの上半身から拳を強化する。

「猛きをその身に力を与える祈りの光をッ、──ブーストアップ・ストライクパワー!」

さらにダメ押しと言わんばかりに、完全にタイミングを合わせたメガーヌの魔法がリボルバーナックルに宿る。
ストライクパワーのその名の通り、打撃力を一挙に引き上げられたその一撃は、既に非殺傷設定など意味を成さず、物理的な威力で対象を粉砕する威力があると分かっている。

「ナックル──」

だが、クイントにもメガーヌにも手加減をしようという考えは頭には無い。
この相手はそんな事をしてなんとか出来るような相手ではないと理屈では無い、殆ど勘で理解をしている。

「──ダスターァァッ!!」

彼女は常の場合であれば、相手が真正面から攻めて来たなら、それを真正面から迎え撃ち、実力を持って圧倒する。
だが、クイントの一撃は単純な力技ながらも込められた力の総量が群を抜いているため防御をし切る苦しい。
その上、今は対AMF用の意味を込めた結界を同時展開している身の上では、防御は愚策であると思考する。

「──プロテクション!」

思考して、それでもあえて彼女は地をしっかりと踏みしめるようにして立ち、防御魔法を展開する。
確かに回避をするべきだが、この屋内という空間で、しかもクイントは足場として使う光の帯の影響で自由に動ける空間が少なくなっている。
この現状では、回避をし続けても遠くない未来の内に捉えられてしまう。だったら最初の一手から受けた方がロスも少ない。

なにより、先程彼女自身が、ふたりに対して逃げるような真似はしないように言ったのだ。その当人が逃げるような事など出来るわけが無い。
今回の戦いにはごく短い時間だけの制限がある。逃げてなどいられない!

「く、ぅ……」

彼女が防御魔法を展開した直後、拳と防御魔法のぶつかり合いとは思えないような、重い爆撃音と間違うような鈍い音が響き渡る。

真正面から受けて、やはりその威力は並はずれている事を実感する。
元々がカートリッジシステムによる威力の底上げされた一撃必倒のそれに、補助魔法による強化がかかっている。
シンプルながらも重い一撃に、彼女は膝を屈しそうになる。

だが、負けるつもりなど毛頭ないという自負が、彼女にはある。故に、逃げずに耐える!

「──ルベライト」

そして、彼女が使うのは拘束魔法。
拘束魔法の類いは、使用者と対象の距離が離れれば離れる程に発動に誤差が発生する。
だが、逆を言えばこの拳を打ち合う程の至近距離でならば、ほぼタイムラグゼロで拘束魔法を発動させる事が出来ると言う事。

防御魔法で相手の攻撃を受け切ると同時に拘束魔法で相手を束縛する。
中~遠距離戦を得意とする彼女にとっての、対近距離用の必勝法のひとつ。あとはこの拘束した相手に殲滅の一撃を加えて終わりだ。

「舐めるなぁぁっ!!」

だが、今相手をしているクイントはアンチェインナックルを習得しているシューティングアーツの使い手。
この程度の拘束などでは止まらないと力強く足で床を踏みしめる。下半身から腰へ、そして上半身へと力を増幅させながら移動させる。
そして、その身を拘束する光のリングを力づくで引き千切る……!

「ルベライト」
「な……!?」

だが、その直後、桜色の光のリングが澄んだ音を奏でながら再度クイントのその身を拘束する。

「ルベライト、ルベライト、ルベライト……!」

それだけでは終わらない。更に二重、三重と光のリングが積み重ねられていく。
至近距離であるため、発動にタイムラグの無いそれらに対してクイントでは抗う事が出来ず、光のリングに身体が覆われて行く。

「……アンチェインナックルは確かに厄介な技です。それは十分な脅威と認識します。
ですが、それが技である以上、構えからの一連の動作をする事が出来なければ成す事は叶わないはずです」
「くぅ……!?」

クイントの肢体を何重にもによる拘束魔法により雁字搦めにし、これで十分だろうと、彼女はふわりと後方へと跳び、ルシフェリオンの先端をクイントへと向ける。
同時に、ルシフェリオンはその形態を通常状態から砲撃形態のそれへと変化させる。
彼女の足元にミッド式の円を基調とした魔法陣が展開される。ルシフェリオンを取り巻くように円環状の魔法陣が展開される。
何より、そこに集約される膨大な魔力から、砲撃魔法を放とうとしている事が誰の目にも明らかであった。

明らかなオーバーキルでありそうな砲撃魔法の気配に晒され、クイントの顔が恐怖に蒼く染まる。
恥も分外も無い。ただ全力で逃げなければと、動かない身体を無理矢理に総動員して、バインドを引き千切っていく。
咄嗟の事に火事場の馬鹿力も働いているのか、全身の筋肉が断裂するような痛みを覚えながらも、身体を動かしていく。
メガーヌもまた、バインドブレイクの効果のある魔法を使ってクイントを縛るバインドを破壊していく。

「大丈夫です。私にいたぶる趣味はありません。……一撃で潰します」

だが、彼女の砲撃魔法のチャージ完了の方が早かった。
冷たく、そしてただ事実を口にするだけと、これで終わりだと宣告する。

「ブラストファイアー!!」

桜色の魔力光が一挙に膨れ上がり、解き放たれる。それはクイントを、そしてその後ろに居たメガーヌの姿をも巻き込んで突き抜けて行く。
自身の手で展開していた結界を突き破り、部屋の壁をも破壊して爆散する砲撃の嵐は、もうもうと爆煙を巻き起こす。

「……私は一撃で潰すと言ったのですが、有言実行が出来ずに残念です」

そして、砲撃を放った先では無い、脇に視線を逸らして言葉を呟く。

「く、ぅ……」
「大丈夫っ、クイント!?」

そこに居たのは、クイントとメガーヌのふたりの姿。
あの瞬間、本当にギリギリのところでバインドを破壊し終え、ローラーブレード型のデバイスを全力稼働させて回避をしていた。

だが、直撃はなんとか回避は出来たがそれだけだ。彼女の砲撃魔法のその余波だけで、十分にふたりから戦力の全てを奪い取っていた。
特にバインドを破る事と、その直後の離脱とメガーヌを庇った行為に余程無茶をしたのか、魔法を使う事はおろか、立つ事すらままならない状況であった。

「どちらかといえば一撃必殺が信条なのですが、此処はよく私に二撃目を使わせたと、貴女方の健闘を讃えましょう」

そして、再び彼女はルシフェリオンの先端をふたりに向ける。
今度こそは外さない。確実に砲撃を中てるとその態度で物語る。

「あなた、一体何者、なの……?」

既に手詰まりという状況の中で、メガーヌがぽつりと疑問の言葉を投げかける。
クイントもメガーヌも魔導師のランクはAAであり、これは管理局の中でもかなり上位に位置する実力者である証明だ。
そしてそんなふたりがコンビで戦うなら、たとえSランクオーバーを相手取ったとしても十分に戦えるはずだった。
だが、実際には殆ど一方的にやられてしまうという現実を突き付けられた。
そして、これほどの魔法の使い手が無名であるはずもないという疑問が口を突いて出ていた。

「……ああ、そう言えば私はまだ名乗っていませんでしたね」

問われた彼女は、名乗る事をすっかり失念していたと何気ない様子で口を開く。

「私は闇の書の再構築体である“砕け得ぬ闇”です。
貴女方からすれば、『星光の殲滅者』と言った方が通りは良いですか?」

彼女はデバイスの先端を僅かに下げ、戦いの流儀に則るべく改めて名乗りを上げる。

「星光の……」
「……殲滅者!?」

そしてふたりは、自分達が相手取ろうとしていた相手が何者かを知る。そして、何故彼女はこんな場所にいるのだと半ば混乱じみた思いを抱く。

その悪名は知っている。
出会った相手に破滅を運ぶ黒い天使。星の光を思わせる魔法で全てを殲滅する。
第一級のロストロギアである、悪名高き『闇の書』が独自の自我を持って世界を渡り歩く姿。
最近の管理局内で重大なニュースとして取り上げられていた話であるのだから、クイントもメガーヌもその名を聞き及んでいた。

だが、その目撃例の多くは他の次元世界であり、ミッドチルダにおいてはその名はあまりなじみは薄い。
さらに、管理局の一部では彼女に対して肯定的な意見を口にする人も少なからずいた。
曰く、闇の書のように自身を中心にひとつの次元世界を崩壊させるような事は無く、更に破壊の対象は戦場や管理局が手を出しにくい相手ばかりだった。
平穏な世界とは無縁の彼女は、上手く利用をすれば平穏を害するものを排除する役割を果たさせる事が出来るはず。
……そんな話を聞いた覚えもあった。

だが、それは彼女の人となりを知らない人が、齎されたデータから勝手に都合のよい姿を想像しただけのものだと実感する。
彼女は、危険だと、本能が警鐘を鳴らす。

「それではさようなら。楽しいひと時をありがとうございました」

その事をようやく知った。だが、それは全てが遅すぎた。目の前に迫る桜色の魔力の奔流に、その意識は完全に刈り取られた。






「……客人である貴女の手を煩わせるような真似をさせてしまい、申し訳ありません」
「別に構いませんよ、トーレ。私は全てを理解した上で此処に居座っていたのですから」

戦いの余波で完全に壊れてしまっていたティーセットの前に、何をするでもなく佇んでいた彼女に、戦闘機人の3番目であり、実質的に実戦のリーダーであるトーレが声をかけていた

トーレはつい先ほど、チンクが侵入者達の隊長であり、魔導師ランクがSオーバーのゼストを撃破したという報告を受けていた。
それにより侵入者は全滅を完了していた。故に手が空いたので、彼女の元を訪れていた。

トーレとしては、主であるジェイルが彼女を客人として扱っている以上、自分もまたそれに準ずる接し方をするべきだと思っていた。
だが、実際には自分達の実戦経験不足を補うために彼女の存在を利用するべくクアットロが状況操作をしていた事を苦々しくも思っていた。

もっとも、そんなトーレの心配などは杞憂でしか無く、彼女はクアットロの行動も理解した上でこの場に居続けた。
それに、彼女自身にもAAランクの魔導師のリンカーコアをふたつも得る機会があったのだから、十分な収穫があったのだから文句など言うはずも無かった。

「そう言っていただけると気分が楽になります。
……それにしても、随分と景気良く砲撃魔法を使いましたね」

トーレが見た先は彼女の砲撃魔法によって作られた跡。
正直に言ってしまえば、今回は侵入者以上に彼女が一番被害を出していたのだが、それは言葉にせずに口を噤む。

「この魔導師ふたりはどうぞお好きなようにして下さい」

彼女の足元には、無造作に転がされたように、クイントとメガーヌの姿があった。
強力な魔力ダメージの上、リンカーコアの蒐集をされたふたりはピクリとも身動きをしていなかった。
彼女が指し示さなければ、ただのもの言わぬオブジェクトでしかなかった。

「……実は以前から疑問に思っていたのですが、どうして貴女は非殺傷設定で魔法を使うのですか?
貴女のその行動理念を考えれば、殺傷設定の魔法の方が都合が良いと思うのですが」

だが、クイントもメガーヌも僅かだが、胸を上下させ呼吸をしている。死んではいない。
その事を確かめたトーレが、ふと常々思っていた疑問を彼女にぶつける。

彼女の目的であり、存在理念は『世に破壊を齎し、怨嗟の声を響かせる事』だと、ジェイルからは聞いていた。
だが、それを実行するのなら、相手を殺してしまう事が正しいはず。なのに彼女は常時使う魔法は非殺傷に設定している。
これでは彼女の目的とは矛盾するのではないかと思っていたのだ。

「簡単な事です。断末魔の叫びは最初で最後の1回だけですが、苦悶の叫びは生きている間なら何度でも上げさせる事が出来るからです。
それに、一度完膚無きまでに叩きのめされてなお立ち上がってくるような、強い相手とは何度でも戦いたい。
……その程度の理由です」

別に情けをかけているわけでもないし、相手の生存をどうしても望んでいるわけでもない。
一応非殺傷設定の魔法を使っているが、それで相手が死んでしまっても、その程度の事で死んでしまうような運の無い相手など、生かしている意味も無い。
彼女にとっての非殺傷設定とは、彼女と再戦する資格があるか無いかの選定の手段の様なもの。

彼女は自分の欲求を満たすためにしか行動をしない。
ただし、その欲求を満たすための努力ならば怠らずに全てこなす。

それが、彼女の生き方だった。

「それでは、皆後始末に忙しいでしょうし、今日はここでお暇させて貰いましょう」

トーレの疑問には答えたと、彼女は踵を返す。
その背中は何処までも孤高で、そして力強かったとトーレは見送りながら思った。










ぐちゃぐちゃにされたお気に入りのティーセットの恨みぃぃッ!!
……砲撃をぶっ放した理由にそんなものも含まれています。

更新は2週間毎を目指していたのですが、今回は遅れてしまいました。
この間、新しいゲームを購入してプレイしていたらつい夢中になってしまい、SSを書く時間が無くなってしまいました。
はい、単なる言い訳ですね。

実はもう一つやりたいゲームの発売が迫っているんですが、本当にそれも購入したなら、はたしてどうなるか……?


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