開店3分前。3人の女性がさっそうと正面玄関前に現れた。紺のワンピースにボーダーの上着、帽子に白い手袋をはめた、エレベーターガールだ。(正確にはご案内係という)
3人のうち、インカムを付けた真ん中のひとりが扉を開け、客の前へと歩み出る。
「みなさま、おはようございます。本日は朝早くからご来店くださいまして、誠にありがとうございます」
スキのない身のこなし。しかも、手話付き。催しものなどの案内を終えると、彼女は優雅なしぐさでバラの一輪挿しをかざし、こう言った。
「本日ご紹介いたしますバラは、ペーターフランケンフェルトでございます」
バラは、この百貨店のイメージフラワーだ。色の特徴や花言葉などを説明すると、「では、開店まで、もうしばらくお待ち下さい」の言葉とともに、3人はいったん、店の中へと消えてしまう。
しばらく余韻を楽しめ、ということなのだろうか。待っていると、開店のアナウンスと同時に彼女たちが再登場し、華々しくかつ劇的に扉が開かれた。
『百貨店の誕生』(初田亨著、ちくま学芸文庫)によれば、世界のデパートを研究して廻っていたヘラルド・トリビューン紙の記者が1935(昭和10)年に来日した時、東京人にとってデパートが非常な勢力を持つ、1つの「ショー」である点に驚いたという。
振り返れば、日本の百貨店はその成り立ちから、モノを売らんとするよりも人々を楽しませることで発展してきた。そこでは年中、無料の催し物が開かれ、誰でもエレベーターやエスカレーターに乗ることができた。屋上へ上れば、公園や遊具、はては動物園まであった。大衆にとって、百貨店は最も身近なテーマパークであり、流行の発信基地でもあったのだ。
エレベーターもエスカレーターも当たり前の今日、百貨店のなかで最も珍しく、最も人目を引く存在が、エレベーターガールである。