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[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c9f7f368
Date: 2010/04/11 12:48
【挨拶】

こんにちは、顎雪と申します。

こちらの作品は迷宮物となります。
文章力が低い上に遅筆、更新が不安定と駄目な3要素が揃っておりますが、ご容赦ください。

完結目指して頑張りますので、最後までお付き合い頂けたら嬉しく思います。

ちなみに携帯から投稿する場合もありますので、おかしな点がございましたら感想板にてご指摘ください。
後日PCにて修正させていただきます。

また携帯からの投稿の際は10000文字の文字制限のせいで不自然に2話に別れている場合がございますが、仕様です。
後日PCで修正させていただきます。

それでは拙作をお楽しみください。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 1
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c9f7f368
Date: 2010/04/11 12:49
「腹減ったな……」

 僕はあまりの空腹に目を覚ました。
 何か食うものがないかと辺りを見回す。
 そこでようやく気付いた。

「ここは何処だろう……」

 一面煉瓦に囲まれた通路だ。辺りは薄暗いが、壁に見たことのない光源がついており、視界はきいた。どこか迷宮チックな雰囲気が漂う場所だ。まるでRPGのよう……。

「あれ?……RPGって何だっけ……思い出せないな。……まぁいいか。」

 とりあえず食料を探すために立ち上がった。
 妙に体が重い。
 見てみると、身体中腐っていた。腐臭を感じないのは鼻も腐っているか、嗅覚がマヒしているからだろう。
 と、その時良い匂いがした。
 どこか食欲をそそる匂いだ。どうやら嗅覚は死んでいないらしい。
 本能の赴くままに匂いの元へと歩いて行った。



 匂いの発信源にはすぐに辿り着いた。
 四方5m程の小部屋だ。
 そこでなにかをガツガツと食べている男がいた。

「何を食べているの?良かったら分けてくれない?とても、お腹がすいているんだ」

 男はハッっとしたように振り向いた。
 男も身体中、あちこちが腐っていた。

「……驚いたな。俺の他にもグールがこの階層にいたなんて。いや、お前……新入りか?」

「何のことだかさっぱりだ。それよりも、お腹がすいて死にそうだよ。食べてもいいかい?」

「お腹がすいて死にそうか、可笑しなヤツだ。俺たちはもう、とっくに死んでいるじゃないか」

 男はそういうと笑って僕に肉を差し出した。



 僕は食事をしながら男と情報交換をすることにした。

「これ、美味しいね。食べると体が軽くなって力が漲るよ。頭も心なしか冴えてくる。この食べ物はなんて言うのかな?」

「そいつは人間だよ。人の死体だ。この迷宮に潜ってきた愚かで弱い生き物の成れの果てさ」

 そういって男は自嘲するように笑った。

「これ……人間だったのか。原型を止めてなかったから気付かなかったよ。知らなかった。人間って、美味しかったんだね」

「さてね。生前は食べた事がなかったからわからないが、俺たちの趣向が変わったんじゃあないのか?」

「そうかもね。……ところでここは何処なのかな?」

「ここはアルフォワ大迷宮。この大陸で唯一のダンジョンさ」

「……やっぱり迷宮だったのか。RPGみたいだね。」

「RPG?なんだそりゃ」

「さぁ?僕も覚えてない」

 男は呆れた顔をした後、何かに納得したように何度か頷いた。

「……やっぱりお前、目覚めたばっかなんだな。いいぜ。何も知らないお前にグールのイロハを教えてやるよ。俺の事は先輩と呼びな」

「よろしく、先輩」

 食べ終わり、腹がいっぱいになった僕は口を拭うと、先輩に振り返り、手を差し出した。
 先輩も手を差し出し、僕らは握手をした。ぬちゃりと嫌な音を立てて、僕と先輩の友情は始まった。



「ふぅん、それじゃあ僕はそのゾンビってヤツから知性を取り戻したグールってヤツになるんだね?」

「あぁ、死体に彷徨う霊魂が入ったのがゾンビ。そこから知性を取り戻したのがグール。更に魂と肉体の記憶を取り戻し、尚且つ肉体を再生したのがリビングデッド。そして強力な肉体と魔力を得る事ができるようになればはれてヴァンパイアになる事ができるってわけさ」

「そのヴァンパイアってのになるとどうなるの?」

「一つは特殊能力だな。人間や他の魔族を眷属にし、意のままに操る事ができるようになるんだ。それに俺たちみたいに相手を食べなくても血を吸うだけで強くなる事ができる。つまり強い冒険者を眷属にしちまえば安全に安定して強くなる事ができるのさ。だから年月を経たヴァンパイアほど強い。
そして何より!ヴァンパイアからはB級モンスターだからな、フロアマスターになる事ができるんだ。」

「フロアマスター?」

「フロアマスターってのは100階層ごとに置かれる管理者だな。1~100階までのモンスター全てを従えるボスだ。様々な特権が迷宮の主人様より与えられ、その階層の仮の王となれるんだ」

「へぇ……」

「……なんだ。反応薄いな。」

「実感湧かなくてね」

「……まぁ、いずれわかるさ。下っぱの辛さってヤツがな」

「?  まぁいいや。それで、どうやったら強くなれるの?」

「ん?あぁ。まぁ、基本は食うことだな。食う存在が強ければ強いほど俺たちは強くなれる。普通は迷宮に入ってきた人間どもを食うことになる。

もう1つの方法がこれだ。」

 そういって先輩が取り出したのは1つの腕輪だった。
 それは赤と青の宝玉がついシンプルな腕輪で、なぜか血痕が付着していた。

「こいつはさっき食った冒険者から奪ったヤツだ。見てろ?」

 先輩が腕輪についた赤の宝玉を押すと、そこからびー玉サイズの赤い玉が5つほど出てきた。

「これは?」

「そいつは魔族の核だ。人間はオーブって呼んでる。それは魔族が死んだ時に出る……まぁ魔族の力の塊みたいなもんだ。これを吸収する事で人間どもは肉体を強化して迷宮に潜ってくる。それにこれは溶かせば武器や防具、アクセサリー、秘薬に加工できるからな、こいつや迷宮内にある宝を狙って冒険者どもは迷宮に潜ってくるわけだ。

……ほれ、1つやるよ。今回はサービスだ。次からは自分で採れよ」

 僕は赤いびー玉を受け取るが、どうやって吸収するのかがわからない。
 どうすればいいのかな、と悩んでいるうちに赤いびー玉は溶けてなくなってしまった。
 と同時に力が沸き上がり、強い快楽を感じた。

「お、お、お!」

「どうだ。気持ちいいだろ。初めては特に気持ちいいんだよな」

「そ、うだね。これは……、癖になりそうだ……。」

「冒険者どもの腕輪の中には大抵これが入ってる。吸収すりゃあ強くなれるし、何より気持ちがいい。」

「なるほど……これは冒険者たちが潜ってくるわけだ」

「いや、核を吸収して快楽を得られるのは魔族だけだ。人間が吸収すると強い苦痛を伴う。おまけに魔族と比べて吸収率が低いから、大量に摂取しないと強くなれねぇ。

まぁ、だから人間どもはオーブを腕輪に貯めて、安全な場所に持ち帰ってから吸収するわけだ」

「なるほど……じゃあ冒険者を倒せばこれが手に入るんだね?」

「そいつがオーブを持ってたらな。
だから迷宮に入って何回か戦闘したヤツを狙うのが手っ取り早く強くなる秘訣だな。
戦闘を重ねることで奴らも疲れて戦闘力が落ちるし、まさに一石二鳥ってヤツだ」

「そっかー、色々考えて動かないと。
ところで、ずいぶん物知りだね。
どこでそういう知識を手に入れたの?」

「あぁ、それは生前の記憶とか、色々だ。
俺はかなりリビングデッドに近いグールだからな。けっこう生前の記憶が戻って来てるんだ。
他にはまぁ……同族から受け継いだ核の記憶とか、食った冒険者から吸収した知識とかだな」

「へぇ……冒険者を食べるとそういうのも手に入るんだ」

「必ずってわけじゃないけどな。稀に食った冒険者の知識や技術を得ることができる。
他にも同族なら同化っていう手段もあるからな」

「同化?」

「双方の同意があればできる特殊な吸収だ。まぁ大抵は片方が死にかけで、自分の記憶や技術を同族に受け継がせる為にやる。
通常の吸収と違い、相手の力をそっくりそのまま手に入れることができる。ただし、相手の嗜好や、性格の一部が自分と混じっちまうがな」

「そっかぁ……いや、ありがとう。勉強になったよ」

「おぅ、気にすんな。今となっちゃあ貴重な同族だからな」

「貴重?」

「あぁ……基本的にゾンビからグールに上がれるヤツってのは珍しいんだよ。
適正のある肉体に魂が入ったのがゾンビ。そっからさらに適正があるのがグールになれるからさ。
それに……この前、この階層の大規模なアンデッド狩りがあったんだ……。
それで、この第一階層のグールは俺だけになっちまった……」

「アンデッド狩り……そんなのもあるんだ」

「あぁ。教会の狂人どもがたまにやるヤツでな。やっこさん、どうにもアンデッド系が許せないらしい。おりをみては有志を募ってアンデッド狩りをやるのさ。
それにアンデッド系は死ににくいから初心者にはキツいしな」

「教会かぁ……気をつけないと」

「あぁ。さ、次は戦闘講座だついてきな」

「うん。……何処に行くの?」

「冒険者を探しに行くのさ。大抵は固定宝箱の付近にいるからな。そこが狙い目だ」

「宝箱かぁ~、何が入ってるか楽しみだね」

「……言っとくが、俺たちがとっても意味ねぇぞ。宝箱の中身は誰がいれてると思ってるんだ?」

「え?なんか不思議な力で勝手に補充されてると思ってた」

「んなわけあるか。ありゃフロアマスターの手下がいれてるんだよ。定期的にそれ専用の雑用部隊がその階層を巡ってだな、冒険者が残した遺品とかを修繕していれてるんだよ。その時に罠を設置したりもするな」

「ほぉ~ほぉ~ほぉ~……リサイクルだね」

「ん?……あぁ。まぁとにかく、そういうのが定期的にまわってきて、俺たちの所持品を根こそぎ奪ってくから意味ねぇんだよ。宝箱を開けてもな」

「そういうからくりになってたのかァ……納得」

「その回収部隊がまた嫌なヤツらばっかでよぉ、この前なんか……ッ!……静かにしな。冒険者だ」

「……」

「大体30mくらい先で戦闘してるな。気配をけして行くぞ」

「了解」



 先輩についていくとそこには人型の犬っぽい魔物5匹と戦闘をしている冒険者3名がいた。
 彼らが戦闘している足元には肉体と魂が離婚してしまった魔物が2匹と、冒険者が一人ある。

「やってるやってる」

「……助けなくていいの?」

「助けるメリットがねぇな。得られる核の数も少なくなるし、奴らはF級だから交渉すらできねぇよ」

「……ねぇ、その~級ってなに?」

「魔族の強さを表すランクだ。もちろん同じランクでも強さは千差万別だがな。
そのランクを大きく越えて強いことはねぇから大体の強さの目安になる。
最下位がF級で、最高はSランクだ。
人間じゃどうあがいても倒せないのは全部S級扱いだな。
ちなみにグールはD級だ」

「へぇ……あ、終わったみたいだ」

「よし、いくぞ!勝って油断してる今がチャンスだ」

 そういって先輩は冒険者たちに襲いかかって行った。
 先輩の動きはとても機敏で、僕と同じD級とは思えない。
 後れ馳せながら僕も冒険者たちを襲撃した。
 先輩は既に3人のうち一人を倒しており、今はリーダー格の剣士さんと戦っている。
 先輩の爪は50センチほどに伸びていて、それで剣と渡り合っていた。
 僕も指先に力を籠めると爪が20センチほどに伸びた。ハンターハンターのキルアみたいだ。
 僕はその勢いのまま先輩に向かって杖を構えている魔法使いみたいな男の背後から腕を突き出した。狙いは心臓。
 僕は魔法使いさんの心臓を抉りだし、腕を引き抜いた。
 魔法使いさんは信じられないものを見る目で僕を振り返り、そして僕が手に持つ心臓を見た。
 僕も心臓を見る。美味しそうだ。
 僕は食欲の赴くままにその心臓をペロリと平らげた。
 それを見た魔法使いさんは絶命した。
 その顔は絶望というテーマで絵を描いたなら、必ずモデルになってくれと頼まれそうな表情をしていた。……魔法使いさんもこの心臓を食べたかったのか。なら可哀想な事をしたと思う。こんなにも美味しそうなのだから半分分けてあげれば良かった。
 今度同じ状況になったら半分に分けてあげよう。そんな事を考えながら先輩の方を見ると先輩はその爪で剣士さんの両腕を落としていた。……これなら大丈夫だろう。
 そんなことよりも今はこの魔法使いさんを食べたくてしょうがない。
 さっき食べたばかりなのにお腹が空いて仕方がないのだ。いただきます。



 魔法使いさんを食べていると不思議なことが起きた。
 見たことも聞いたこともない魔法の知識が頭に流れ込んできたのだ。これが先輩の言っていたヤツか。なんて便利なんだ。とは言っても魔力がないから魔法なんて使えないのだけれど。
 魔法使いさんを食べおわると魔法使いさんのつけていた腕輪を回収する。
 赤い宝石を押すと赤いびー玉が40個も出てきた。大量だ。
 ウキウキした気分でそれを手のひらで包み込むと吸収と念じて見た。
すると一瞬でびー玉は吸収され、先ほどとほぼ同等の快感と先ほどとは比べほどにならないほどの力が沸き上がってきた。
 しかも体内に魔力が生じるのを確認した。
 それはとても少なく、最も魔力消費の少ない魔法、マジックアロー一発分に必要な魔力の半分程度だが、確かに体内に魔力を感じる。
 魔法使いを食べたから魔力を得たのだろうか。
 そんなことを考えながら快楽に浸っていると、先輩に声をかけられた。

「あぁっ!くそっ!こいつら全員腕輪に核が入ってなかった。潜ったばっかだったのか?……しゃあねぇ、ゴブリンどもの核で我慢すっか。……おい、お前の殺ったヤツのは入ってたか?」

「うん。40個くらい」

「はぁ!?マジかよ!くっそ~、俺がそっちやれば良かった!」

「あぁ、そういえば分けてあげれば良かったか。ごめんね?」

「あぁ……いや、基本的に腕輪に入ってる核は殺したヤツのもんなんだ。だからそれは気にしなくていいんだけどよ……くっそ~、魔力使いが纏めて持ってやがったのか。普通纏めて持つならリーダー格だろ……」

そう言うと先輩はがっくしと肩を落とした。

「そうなんだ。ところで魔法使いを食べたら魔法の知識を手に入れてんだけど……」

「へぇ……またそりゃついてんな。滅多にないのに」

「あと魔力をほんのちょっと手に入れたよ」

「はぁ!?マジで?!……そうか、お前の体エルフだもんな。普通のグールよりは魔力が手に入りやすいか。それに魔法使い食ったあとに40個も一気に摂取すりゃあ魔力を得ることもある………のか?にしてもうらやましい。俺ですら持ってねぇのに」

「エルフ?へぇ……この体エルフなんだ」

「耳が尖ってるからな。エルフか、あるいはハーフか。まぁその辺りだろ」

「ふぅん、ところで魔力ってそんなに手に入れにくいの?」

「あぁ。基本的に核吸収による成長方向は直前に食ったヤツに依存するんだ。戦士系を食った後に核を吸収すれば力や耐久が上がったり、魔術士系を食った後に吸収すりゃあ魔力を得ることもある。最も後者は滅多にないけどな。」

「そんなに魔力を得るって珍しいの?」

「あぁ。まぁ生前に魔術士系だったヤツは肉体に魔力が宿り易いんだけどな。エルフは大抵魔術士系になる場合が多いから、お前の体もそうだったんじゃねぇの?」

「エルフかぁ~……なんかファンタジーって感じ」

「?………まぁ、今回ツいてたのはお前がまだ弱かったって点だな。弱ければ弱ければほど吸収の効率が良くなるから、まだ弱いお前が魔力使い食った後にあれだけ核を吸収したなら、まぁ、魔力を得る可能性は可能な限り高められてるな」

「ほへぇ~…」

「それに、……お前のその薄い感情も核を吸収していくうちに蘇ってくるだろうよ」

「? 感情薄いの?僕」

「あぁ。………でなきゃ人間なんて、食えやしねぇよ。」

「……」

「だから今のうちに慣れチマいな」

「わかった」

 感情が薄い、か。自分ではわからないけどそうなのかな。



 その後も僕らは迷宮で冒険者を襲って生活をするようになった。
 いつも先輩と狩りに行くわけじゃなかったが、先輩とつるむことがほとんどだった。
 何故ならこの第一階層(1~100階)で意志疎通が可能なのは先輩と僕ぐらいなものだったからだ。
 先輩の話しによると会話が可能になる魔族は種類が少ないらしい。
 そういった種族はその知性故に肉体の戦闘力より1ランク上に設定されているらしく、僕たちグールは強さで言えばEランクくらいだそうだ。
 しかし、冒険者たちのグールなどの知性派に対する警戒心は同ランクの魔物に対してぴか一らしい。なんだか損した気分だ。

 まぁ、そんなこんなで僕はこの迷宮で元気に暮らしている。
 先輩は物知りで色々な事を僕に教えてくれるから大変助かっている。
 ただ気になるのが先輩が良く言う台詞だ。

「俺、リビングデッドになって生前の記憶を取り戻したら、死ぬ前に一番やりたかった事をやるって決めてんだ!」

 …………先輩、それは死亡フラグだよ。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 2
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c9f7f368
Date: 2010/04/11 12:49
 あれから半年の月日が流れた。
 正直なところ、こんな薄暗い迷宮の中では時間の感覚すら曖昧なのだが、凡そ3ヶ月毎にくる回収部隊が2回来たので半年とした。
 先輩の話によると僕と出会う1日か2日前に回収があったばかりなので、僕は3回も彼らに会わなくて済んだ。
 彼らは横暴で、嫌なヤツらだった。できれば思い出したくない。
 僕らにはノルマとやらがかされているらしく、一定量の装備品や薬などがないと殴られたり、ねちねちと嫌みを言われる。
 最も、来るたびに要求される量が違うのでそのノルマとやらは僕たちにかされているものではなく、彼らに架されているものかもしれない。

 月日を経た事で僕も少しだけ強くなった。
 先輩が近接系なので、せっかくだから魔力のある僕は後方からの支援系になることにした。
 魔力は少量でも得るのが困難なだけで、一度得てしまえば増やすのは割とたやすい。
 核の吸収は魔術士系を食べた後だけにし、戦士系しかいなかった時は核は貯金することにした。
 この貯金という概念は先輩から教わったことで、核は手に持っていると勝手に吸収されてしまうので普段は腕輪に入れて貯金している。
 回収の際、腕輪は回収の範囲外にもかかわらず回収を要求してくる輩もいるらしいので、回収の際は体内に隠している。体が腐っているグールならではの隠し方だ。
 先輩も魔力を得る為に貯金をしていて、既に600個以上の核を貯金しているそうだ。
 1000個を越えたらまず魔力を得られるらしいので、それを目安に頑張っている。
 僕も魔術士系ばかり食べていたので魔法の知識も技量も上達した。
 現在の魔力量はマジックアロー20発分。
 マジックアローの魔力消費を仮に2と仮定すると僕の魔力量は41くらいだ。
 まだまだ少ないが、冒険者と違って1日に何度も戦闘をすることはないので、魔力量が戦闘中に足りなくなったことはない。冒険者と戦わずに行き倒れの冒険者の腕輪から核を回収できる時すらある。それはこの階層に腕輪から核を回収できるだけの知能を持つ魔族が僕と先輩以外にいないからこそできる芸当だった。……ライバルは他の冒険者くらいだろうか?
 そんな経緯もあり、僕と先輩は基本的にコンビを組んでいるのだが、時には一人で行動する時もある。
 僕はいつもコンビでいいのだが、先輩がいざというときに一人で戦えるようにならないと魔族として一人前と言えないと言うので、時折こうして一人で迷宮をさ迷いあるいているのだ。

「……ぉ、行き倒れだ。腕輪は……空か。ちぇっ」

 せっかく見つけた腕輪だったが、中身が空である事が判明し、僕は肩を落とした。
 せめて装備品だけでも回収できる物はないかと探していると、耳にピアスをつけているのを発見した。
 冒険者から吸収した知識と照らし合わせるが、該当件数0件。
 こんなのでもノルマの足しになるかとピアスを回収し、耳につけて見ると微かに体が軽くなるのを感じた。どうやらマジックアイテムのようだ。

「ラッキー~」

 せっかくだから次の回収までは身につけておこう。
 あまりこういうのに慣れてしまうと回収された際に感覚が狂うと先輩に言われているのだが、これぐらいは許容範囲だろう。

 そのままその冒険者をペロリと平らげると、格闘術の知識と経験が流れ込んできた。
 これは珍しい。
 知識を吸収できるのも珍しいが、吸収できる場合は死後からそれほど経過していない場合がほとんどだ。
 行き倒れから吸収できる場合はまずない、と言い切って構わないだろう。

――と、言うことは、だ。

(近くに獲物がいるって事だよね)

 この冒険者は死んだばかりという事になる。



 そのまま意識を集中させながら辺りをさ迷うと、話声が聞こえた。

「……はぁはぁ」

「大丈夫ですか?アルゴン」

「大丈夫なわけねぇだろ……くそ足手纏いが。あぁ、くそっ!イテェ………」

「す、すみません……、魔力が切れちゃって、回復魔法が使えないんです」

「ちっ……魔力の切れた魔法使いなんて囮ぐらいにしか使えねぇっての………」

「…………」

(どうやら、二人組……しかも手負いと魔力切れの魔法使い……棚ぼた~♪)

 僕は辺りに他の冒険者の気配がないのを確認すると、二人組に襲い掛かった。



 まずは僅かでも戦える可能性のある戦士風の男を攻撃する事にした。
 鋭く伸ばした爪で相手の右腕を切り飛ばす。
 男の左腕は手首から先が何かに食い千切られていたので、これで男の攻撃力はなくなった。

「ギャアアアアァア!ガァっ!?ギッ!?ぐ。グール?!なんで?!どうして第一階層に?!」

 男は右腕を失った痛みと襲撃を受けた焦りに錯乱してわめき散らす。

「………う、うアァアあああ!」

 それを見た魔法使いは一目散に逃げ出した。

「なっ!おいっ、待てよ!頼む!マッテ、助けてくれぇっ!イェルーっ!」

 剣士が懇願の声を上げるが、無視。あるいは声が耳に入っていないのか。

 それに対して僕は――

「おいおい、困るよ。君がメインディッシュなんだからさ。ウィンドブレイド」

――風の魔法を放った。

 僕が放った風の魔法は魔法使いの左足を浅く切り裂いた。
 僕の魔法の威力があがれば左足を切断できたのだろうけど、今の僕の魔法力では足の腱を切るので精一杯だ。

「ギャアアア!」

「もういっちょっ、アイスニードル!」

「ギッ!?」

 駄目押しに放った氷は右足首を貫通、足を凍らせ床と固定した。
 明らかに氷の方が威力が高い。適正属性というヤツか。

「さて、と……」

 僕は男に振り向くと言った。

「いっただきま~す♪」



「ひっ!ヒィ、ヒィ……!」

 僕が男を食べる見ていた魔法使いは食べおわる頃にはすっかり恐慌状態で、パニック発作すら起こしていた。
 僕はまだ恐怖とかの感情がないからわからないけど、今のこの状態はとても恐ろしいものなんだろう。
 早く食べて上げるのが、この人に対する慈悲というものだろう。
 ……と、いうのは建前で、本当のところ僕が早く食べたいだけなのだけど。
 魔法使いを食べるのは実に2ヶ月ぶりだ。
 正直なところ、僕はわくわくしていた。
 蘇って最初に復活した感情が喜びで本当に良かった。
 毎日が楽しい。

「た、助けて、アーニャ……」

 魔法使いは貝殻みたいなペンダントを握りしめて誰かに助けを請うている。誰だろう。少なくとも僕へじゃない筈だ。
 まぁ、どうでもいいか。
 僕は魔法使いの心臓を抉り出すとそれを差し出し言った。

「良かったら君も食べるかい?」



 食事を開始するとすぐに魔法力と魔力量が増加するのがわかった。
 特に魔法力の増加が凄まじい。
 どうやらこの魔法使いはかなり優れた素質を有していたようだ。
 最も、その才能が開花する前に僕に食べられてしまったわけだけど。
 そして何より素晴らしいのが吸収できた知識量だ。
 1日に二回も知識の吸収ができたのはもはや奇跡に近いが、実は魔術士系に限っては知識の吸収は割とある。
 大体3回に1回は知識の吸収ができる。
 大抵は魔法に関する知識なので知識がだぶることが多いのだが、この魔法使いはその知識量が今までで一番多い。
 使えもしない上級魔法やら古代魔法、果ては生活に役立つ便利魔法までその知識は幅広い。
 魔法マニアといっても過言ではない。
 得られたのは魔法知識だけではない。
 彼の人生そのものと言える記憶も得た。
 正直言ってこんなことは初めてだ。
 僕よりも何倍も生きている先輩すら戦闘関係以外の知識吸収は片手で数えるくらいしかないと言っていたから、かなり稀なのだろう。
 彼――イェルの人生は、僕の感情が薄いせいか共感できる部分が少なく、つまらない映画を見るような感じだったけれど、一般教養を得られたのは大きな収穫だった。
 僕は必要だと思う知識や記憶だけを拾い上げ、残りは記憶の深いところにしまい込んだ。
 破棄しても構わなかったが、いつか使う日が来るかもしれないので、深く、思い出すのに時間がかかるほど深くにしまい込んだ。

 その場にはイェルという名前だった死体と、彼が死んでも握りしめ離さなかった貝殻のペンダントだけが残された。



「あ゛っあぁ~………き、くぅ~」

 あのあと記憶の選別を終えた僕は普段冒険者が来ない区域で、2ヶ月ぶりに核の吸収を行っていた。
 さすがに2ヶ月も唯一の快楽を得る手段を取れなかった僕は、体中腐っているグールと言えども欲求不満で、いそいそと腕輪から核を取り出した。
 先の冒険者から回収した核は18個。
 大体冒険者から回収できる核は平均10個ほどなので大量だ。
 最初の時の40個は例外で、おそらく彼らも貯金をしていたのだろう。
 これで総数139になった僕は、まったりと核の吸収を味わっていた。
 最初は少量。やがては数を多くしていき楽しむのが、通だ。
 快楽と、体内から沸き上がる魔力の波に意識を委ねながら、少しずつ浮き上がる生前の記憶を見るのが、最近の一番の娯楽だ。
 自身の一番深いところから、泡沫のように浮かび上がっては表層にでて弾ける肉体と魂の記憶は、先のイェルの記憶とは違い、鮮明で克明で、僕の心を強く激しく揺さ振るのだ。
 喩えそれが生前では黒歴史と言える記憶であってもいとおしい。――ただ洗面所に洗ったオナホを置き忘れて、それをゴミ手袋で摘まれて姉に部屋に持って来られたこの記憶は、思い出すのは最後で良かったかもしれない。

 ちなみに肉体と魂の記憶は別だ。
 魂は死後、かつての自分の肉体には決して戻れない。死者蘇生というルールは、この世界では決して許されていないのだ。
 許されるのは魂を魔へと染め、他者の死体を乗っ取り、魔物へと転生することだけだ。
 故にアンデットの肉体は生前の物と異なる。
 リビングデッドになる条件の一つは、肉体と魂の両方の記憶を取り戻すこと。
 だから僕は僕の知らないこの肉体の記憶を自分の物として受け入れなければならないのだ。

 ――僕/私の/名前は/西門 ■(さいもん ■ん)/エルフィード。
 ――歳は17/19。種族は人間/エ■フ。
 生前の職業は■■兼■■■/錬金術士。
 
 浮かび上がってくる記憶を伴った知識を分別し、■ン=サイモンというフォルダと、エルフィードというフォルダに分類していく。
 たまに虫食いの記憶もあるが、核の吸収で思い出せる記憶は大抵が綺麗で、虫食いの部分も次の吸収の際に回収できることが多い。

「………………」

「……アヘッってんな~。何個吸収したんだ?」

 核の吸収を終え、口から涎を垂らしながらぼーっとしていた僕に、いつの間にか傍にきていた先輩が話し掛けてきた。

「大体140個くらい……」

「そりゃまたずいぶん……。あんまり大量に摂取しまくると感じにくくなるぜ?」

「………うん…………ふぅっ」

 名残惜しいが、頭を振り余韻を飛ばす。
 必要な知識の分類を終えたらステータスの確認は必須。
 自己の内な意識を集中させ、体内の魔力を探る。
 魔力量は92。魔法力は以前の1.6倍。
 大幅なランクアップだ。
 核の吸収は掛け算。食った獲物と吸収した核の量で成長は決まる。
 これだけのパワーアップが出来たのだから、イェルくんは本当に優れた素質を持っていたのだろう。
 それは吸収できた知識の量でも伺える。経験則的に、優れた素質を持っている方が知識が吸収できる可能性が高いことはわかっている。
 あのまま成長すればイェルくんは一角の人物になっていたかもわからない。
 まぁ、IFの話をしても意味がないが。

「……はふっ………先輩は今日の収穫はどうだった?」

「さっぱりだね。お前の方は吸収してたって事は魔術士系と会えたんだろ?」

「うん」

「やっぱお前LUKが高いな。魂の方、生前は盗賊か渡り人だったのかもな」

「渡り人………って、あれだよね。異世界から迷い込んでくる人の事でしょ?」

 一瞬先輩の言ってる事がわからなかったが、イェルの知識に検索を掛けるとすぐに浮かび上がってきた。

「おっ、もしかして一般教養を手に入れたか?それとも思い出したか?」

「思い出してはないよ。今回は運が良かったからね、知識の吸収が出来たんだ」

「今回だけじゃなく、お前はいつも運がいいけどな。実際問題、お前の生前が渡り人だった可能性は高いぜ。意味不明な言葉を良く言うのが渡り人には多いからな。渡り人は皆無駄に運が良く、成長率が高くて、必ず一個はレアスキルを持ってるのが特徴だ。

……どうだ。お前にピッタリ符号するだろ」

「なるほど……確かに僕も持ってるもんね。レアスキル」

 僕の持ってるレアスキル【早撃ち】はセットした魔法やアイテムを起動キーを唱えるだけで、詠唱をせずに使えたり、バックから取り出さずにアイテムが使えるという便利スキルだ。チートと言ってもいい。

 ………最もレアスキルは皆チートなのだけど。

「知識を吸収できるかどうかは食った対象の素質だけじゃなく、食うヤツのLUKにも関係してくるからな。お前が生前渡り人だったなら、その理不尽な運も頷ける」

 そういって先輩は腕を組み、うんうんと頷いた。

 しかし渡り人、か。それならこの常に感じる違和感もわかる気がする。
 どこか頭の片隅で、感じていた。
 ここは何かがおかしいと。
 何をしていても現実味が薄かった。
 それは、この体が本来の自分の物ではないからだと思っていたが、本当はこの世界が魂の記憶に合わないからかも知れない。

「…………」

「ま、そんなことより、そろそろ下に下がろうぜ。やっぱ上の方は実入りがすくねぇわ」

 僕が考え込んでいると、先輩が移動の提案をしてきた。
 僕たちが今いるのは46階。出てくる魔物はFランクばかりで、核の質は低い。
 代わりに冒険者たちは弱いので、ほぼ絶対と言える安全が売りだ。
 僕と先輩が活動テリトリーにしているのは80階から40階。
 その日その日の気分で上がり下がりをしている。

 先輩と同じく、少し物足りなく感じていた僕は頷くと立ち上がり、先輩とともに下の階層へと移動を始めた。




《幕間》

 俺、斎藤 流人(さいとう りゅうと)はギルドで手頃なクエストを探していた。
 ある日突然異世界に迷い込んでかれこれ2年。
 俺はかなりこの世界に順応していた。
 最初は混乱していた俺だったが、俺を最初に保護してくれた人、っていうかエルフが好い人だったからなんとか今も生きている。
 もし最初に会った人がティファエルさんじゃなかったら、今ごろはどっかで奴隷をやってても不思議じゃない。
 どうやら俺のような異世界人は高く売れるようだから。
 それでも俺みたいな普通の高校生が生きていけるほどこの世界は甘くはなく、俺が生きてこれたのは一重にレアスキルのおかけだ。
 【攻撃魔法無効化】、【状態異常無効】、【身体能力倍加】、【技能吸収】、【魔力十倍】、【言語】、【直感】といった数々のレアスキルがなければ今ごろ
生きてはいなかっただろう。
 レアスキルの存在を知った時はこれなんてチート?と思ったが、今では生活費を稼ぐ為に便利に活用させてもらっている。
 【技能吸収】のおかけで、どんな技術も見ただけで模倣出来たし、【言語】スキルで読み書き会話はばっちり。【直感】スキルで相手が良い奴か悪いヤツかなんとなくわかるから人に騙されることはないし、罠もなんとなくわかるから掛かったこともない。戦闘になれば相手の次の手がわかるから負けなし。
 あっという間にランクBまで上がった俺は、ティファエルさんが経営している孤児院へ金を寄付するためにこうして迷宮にもぐるだけでなくギルドの依頼を受けて金稼ぎをしていた。
 ティファエルさんの孤児院は俺がきた時は既に経営難に陥っていた。
 今までではティファエルさんの幼なじみのエルフィ…………なんとかさんが迷宮に潜ってはお金を入れてくれていたからなんとかなっていたらしいのだが、3年ほど前から行方不明だそうだ。
 ティファエルさんは未だエル……なんとかさんが生きていると信じているようだが、ぶっちゃけ俺はもう死んでいると思っている。
 俺が迷宮に潜るのはエ……なんとかさんの遺品を探す為でもある。
 そしてエルフさんの遺品を渡してティファエルさんに新しい恋を探すように言うのだ。主に俺とか。
 まぁそれまでにティファエルさんの好感度をあげるためにこうして小遣い稼ぎをしているのだ。

「ん?これは……【初心者狩りの討伐】、か。」

 賞金も手頃で、なんとなく気になる依頼だ。
 俺は早速ギルドマスターのところに依頼状を持っていった。

「よっ、マスター。この依頼受けたいんだけど…」

「ん?おお、リュートか!ふむ……どれどれ?あぁ、例の初心者狩りの件が」

「それそれ、で、どんなんなんだ?この初心者狩りって」

「初心者狩りは最近第一階層に出現するグールのことだよ。
最近第一階層での死亡率が高くなってるのを知っているだろう?どうやらこのグールの仕業らしい」

「……グールっていやぁD級じゃねぇか。第二階層にしかいねぇと思ってたぜ」

「実際その通りだ。どうやらこのグールは第二階層から上ってきたらしい。おそらく去年あったアンデット狩りの影響だな。……もしくは新たに発生したか」

「……ほへぇ、そんなこともあるんだねぇ」

「まぁBランクで第三階層を散歩するみてぇに踏破するお前なら大丈夫だろ」

 ちなみにこのランクってのは冒険者の強さを表す。
 EランクならE級の魔物を一対一で倒せますよ、ということだ。Cランクで冒険者としては一流。Bランクでは英雄レベル。Aランクってのは物語にしか存在しないレベルだ。
 俺は第一階層のボスであるワーウルフを倒してBランク判定を貰った。
 月日を経たワーウルフでニアA級だったそうだ。
 ここ数十年は倒せるヤツが居らず、俺が倒した事が知れ渡るとけっこうな噂になった。
 ちなみに第三階層まではギルドにあるテレポーターで転位できる。
 誰か一人でもチェックと言われる楔を打ち込めば転位できるシステムになっているので、過去第二階層のボスを倒した強者がいたという事だ。
 俺もいずれは第二階層のボスに挑むつもりである。

「とりあえずどんなヤツか知りたいから特徴教えてくれないか?」

「あぁ、ちょっと待ってろ。メモリーシェルがあるんだ。今渡すから自分で確認してくれ」

 メモリーシェルというのは貝殻のようなマジックアイテムで、自分の見た光景を貝殻に保存し、他者に見せる事ができる。

 ………メモリーシェルでみた光景は胸くそ悪くなる記録だった。
 何よりアルゴンと名乗る冒険者がイラつく。
 こいつがメモリーシェルの持ち主――イェルというらしい――に無駄に魔力を使わせなければ、イェルは逃げ切れたかも知れない。
 その程度にはイェルは優秀だった。
 イェルが自らの肉体を食われ始めた辺りで俺はメモリーシェルを額から話した。

「…………」

「メモリーシェルで見た通り相手は魔法を無詠唱で使ってくる。レアスキル持ちなんだろう。顔は腐っててわからないが、右耳が尖ってたから生前はエルフだったかもな」

「……了解、んじゃ行ってくるわ」

「あ、あのっ!Bランクのリュート=サイトゥさんですよねっ」

 マスターからの忠告を耳に入れ、まだ気分が悪い胸をこすりながら踵をかえすと、誰かに声をかけられた。

「ん?」

 振り向くとそこには猫耳の美少女がたっていた。

(かわい~……ちょっとタイプかも)

「そうだけど……何のようかな?」

 俺はすぐさま女の子専用の仮面を顔に張りつけると、優しく聞いた。
 この仮面は鏡の前で何度も練習した好青年に見える表情で、それなりにイケメンの俺が使うと、女の子相手ならまず悪い印象は与えない。
 しかも冒険者は皆がらが悪く、紳士が少ないので、相対的に俺の印象は高くなるのだ。

「え、えっと……、私初心者なんですけど、実は迷宮潜るの初めてなんです。
それで、もしよろしければ高名な冒険者であるリュート=サイトゥさんに冒険のイロハを教えて貰えたらなって………駄目でしょうか?」

 そう言って猫耳ちゃんは顔を斜め30度に傾け、瞳を潤ませ上目遣いをした。

(……コヤツ、やりおるわっ!)

 勿論俺が断るわけもなく、快諾。
 準備を整えると猫耳の美少女――キャラちゃんと共に迷宮に潜っていったのだった。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 3
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c9f7f368
Date: 2010/04/11 12:49
 僕と先輩は70階に来ていた。
 移動には1週間もかかってしまった。
 その間に冒険者にも、行き倒れにも会わなかったので、この1週間の収穫は0だ。
 しかしその間に僕は得た知識と経験を僕用にチューニングしていたので全くの無駄というわけではないのだが。
 いくら知識を吸収できると言ってもそれは得た本人のもの。
 反復し、学習し、その身に刻み付けるのが重要なのだ。

「………なんつーか、嫌な予感がするな」

 獲物を探し、歩いていると先輩が不吉な事をいい出した。

「またそういうこと言う。先輩、いい加減死亡フラグたてるのはやめようよ」

「なんだ、その死亡フラグって。つかお前ちょっと性格変わったな」

「うん?そうだね。けっこう吸収したせいかな、肉体と魂の記憶の分離が進んだんだ。それでかも」

「……ぁ~、今はそれでいいけど、いつかは統合しとけよ。いざというときに記憶が統合されてないと、反射的な反応の際に齟齬が生じるからな」

「………へぇ、勉強になります。………そういえば先輩って生前何してたの?」

「俺か?俺は魂の方は教師だ。肉体の方は教官だな」

「? その2つってどういう違いなんだい?」

「そりゃ、勤めてる職場の違いだな。教師は学校で学問やら一般教養を教える。教官は冒険者学校で戦闘や冒険、迷宮探索のイロハをたたき込む職業さ」

「あぁ……、だからか」

「何が、だからなんだ?」

「先輩がそんな説明キャラなのかわかった気がするよ」

「……キャラってのが何なのかはわかんねぇが、言ってることはなんとなくわかるぞ。余計なお世話だ。長年染み付いてんだよ、そういう生き方が」

「おかけで助かってるよ」

 そういって僕は先輩に笑いかけた。

「おっ」

「なに?」

「初めてみたぜ、お前の笑うところ。やっぱお前もだんだん変わって来てるんだなぁ……」

 先輩は感慨深そうに腕を組み、何度も頷いた。
 この腕を組んで頷くのは先輩の癖だ。
 なるほど、言われてみれば教師っぽい癖だ。

「人はうつろうもの故に……」

「……へぇ、古風ないい回しだ。やっぱお前割といい教養を受けてたのかもな。時々高い教養を伺わせるよ」

「まぁゆとりとは言え高校生だからね………ところで高校生って何かな?」

「……知らねぇよ」

 先輩は苦笑しながら呆れた顔をするという器用なことをした。



 僕と先輩は今、一組の冒険者を尾行していた。
 男2人女1人の冒険者たちだ。
 戦士、剣士、魔法使いのバランスの良いパーティー。正面からぶつかればてこずりそうである。
 よってこうして尾行した後、冒険者たちが他の魔物と戦闘をした直後に不意討ちするのが僕達の定石となっていた。
 こういう知能の高さでグールは実質E級であるがD級判定をされていた。

 しばらく尾行をしていると、冒険者たちはコボルトと遭遇。戦闘を開始した。
 ………強い。
 戦士風の男はそれほどでもないのだが、剣士の方は瞬く間にコボルトを一体切り伏せ、今もコボルト2体を同時に相手をしている。
 戦士風の男はコボルト一体相手にかなり苦戦している。雑魚だ。
 魔法使いの女は何か作戦があるのか魔法を使おうとしない。
 そのうち剣士が押さえていたコボルトが魔法使いの女の方へ向かった。

「ッキャー、サイッテ~、こっち来ないでよ!」

「ジェシカ!糞っ」

 それを見た剣士は今まで戦っていたコボルトを放って魔法使いの女に向かったコボルトに攻撃をした。
 鋭い一線によってコボルトの首を切り落とした剣士であったが、案の定というかなんというか背後から先のコボルトから襲撃を食らってしまった。

「ぐぁっ」

「わっわっ、どうんすんの、これ、え、どうんすんの?あ、魔法。魔法使わなきゃ!」

 魔法使い は こんらん している。
 魔法使い――もうビッチでいいや――が混乱している間に剣士の男は体制を整えると、重傷を負いながらもコボルトと対峙した。

「ぐっ、ジェシカぁ!俺が押さえてる間に魔法を……っ!」

「わ、わかったっ!え、えっと……」

 ―――前言撤回、これは酷い。
 まともなのは剣士風の男だけで、後の二人はどうして70階まで来たのか不思議なレベルだ。

「……こりゃひでぇな。ギルドの教官はなにやってんだ?こんなのに探索許可出すなんて」

 先輩も生前教官だったせいかこの冒険者たちには呆れの色を隠せないようだ。
 そうこうしているうちにビッチは詠唱を終了。
 詠唱の長さから言って中級魔法か。
 ビッチの指先から迸る炎が生まれ、コボルトを呑み込んだ。
 ―――剣士ごと。

「グァァァあああっ!!」

「や、ヤダァっ!なんでそんなとこいるのよっ。ばっかじゃないの!?」

「「…………」」

 もはや僕と先輩は言葉もない。
 喜劇だか悲劇だが判断もつかないこの光景にどう反応すればいいかわからないのだ。

「やったぁ、オラ一人でコボルト倒せたぞ!見てくれライヤーって死んでるー!?」

 戦士風の男はようやくコボルトを倒すと、剣士に向かって振り向くが、そこにあるのは哀れ、コボルトと心中した焼死体だけだ。

「あ、あたしは知らないわよ?そいつが勝手に巻き込まれただけなんだから!」

(……………)

「……行きますか、先輩」

「……おぅ」

 もうこれ以上見ていられなくなった僕と先輩は襲撃を開始することにした。

 先輩がいつものように先行し、戦士に襲い掛かる。
 それを後方から魔法で援護したり、先輩に気をとられている他の人を不意討ちするのがいつものパターンだ。
 しかし今回はそんなことをするまでもなく先輩一人でかたがつきそうである。
 案の定先輩は一瞬で戦士の首を跳ね、ビッチに向かうと―――弾かれたように後ろに跳んだ。

 ゾワリ――と背筋があわだつのを感じた。
 死んでも失わなかった本能が警告するのだ。
 お前よりも強い生物が来るぞ、と。
 お前を殺し得る生物が来るぞ、と。
 僕はそれを薄い恐怖で警戒ととらえたが、僕よりも感情豊かな先輩はそれを明確な恐怖として感じたのだろう。
 先輩は震える唇でこう言った。

 ――逃げろ。

 その時だった。ソイツが現れたのは。

「なんだ。もう一匹いたのか……」

「リュートさん、どうして70階にいるってわかったんですか?報告があったのは40階だったんでしょう?」

「そりゃあ俺の【直感】が囁いたのさ」

 現れたのは黒髪の男。体格はかなり良く、180を越えているだろうか。筋肉質で、これ見よがしにその背に大剣を背負っていた。

「――で、どっちが初心者狩りだい?」

 男の漆黒の瞳が僕と先輩の間を泳ぎ、――僕を捕えた。

「――お前か?」

 瞬速。そう表現するしかない速度で男は大剣を抜き放つと、僕に斬り掛かった。
 僕がそれを視認することが出来たのは一重に生存本能によるもので、しかしそれは僕に回避能力を与えるには足りなかったようだ。
 スローモーションになる世界で、僕はどこか諦観の念を持ってそれを見つめていた。
 僕は一度死んだ後ゾンビになったわけだけど、二度死んだら何になるのだろう。
 そんな意味の無いことを考えながらも僕の頭は生き残る為にフル回転していたのだろう。
 でなければ、あの時あんなに冴えた方法がとれた訳がないのだから。

 己に向かってくる脅威から僕を救ってくれたのは先輩だった。思えば、いつも困った時に助けてくれたのは先輩だった。まったくもって先輩には感謝の念を禁じえない。
 先輩は僕をおもいっきり蹴り飛ばすとその反動で男の剣を回避した。
 蹴られた僕は通路側の入り口まで飛ばされたが、瞬時に体が受け身をとり、男の方に向き直った。

 直ぐに追撃に移るかと思われた男であったが、その気配はない。
 それどころか剣を肩に担ぎ、口笛を吹くという余裕ぶり。
 傲慢。明らかにこちらを見下し、油断している。
 だがそれを責めはしまい。
 その傲慢も余裕も男の圧倒的戦闘力から派生した副産物なのだから。
 古来より余裕は強者のみが持てる特権の一つ故に。

「ひゅ~……そっちのグールはかなりいい動きすんなぁ。……どうやらお前から片付けた方が良さそうだ」

「くっ」

 男が斬り掛かる。先輩はそれを爪で受け止めるが、シュゥゥっと嫌な音を立てて爪は溶けた。

「……ッ!聖水かっ」

「お前らアンデッドは頭を潰さねぇと死なねぇからなっ。まぁ毒みたいなもんよ!」

 先輩は爪で受け止めるのを止め全力で躱すことに専念し始めた。
 もちろん僕もただ見てる訳ではない。
 男の顔目がけてファイアーボルトを放った。
 魔法力の増した僕のファイアーボルトは轟ッっと唸りながら男へと直撃し、――消滅した。

「なっ!?」

「俺に攻撃魔法は効かねぇよっ」

 男は振り抜きもせずに先輩へ攻撃し続ける。
 僕の援護はまるで役に立たず、それどころか魔法が聞かないことに動揺したのか、先輩は今まで紙一重で避けていた攻撃が擦り始めた。

(一体どうすればいい…)

 頼みの綱である魔法も役に立たず、状況は悪化。なんとかこの流れを打破しようと知恵を振り絞るもカラカラと空回り。
 ただ棒立ちでじっとしているのも込み上げる焦燥感が許さず、現実逃避気味に情報を収集し始めた。
 敵の人数。武器。主要戦力。足手纏いになりうるのは誰か。
 見ればわかることまでできる限り考察する。
 男の連れである猫耳の少女は男の戦いに見惚れているのか、ぼーっとしている。
 この状況で援護すらしないのは初心者の証。片手間であしらえる――僕も同じようなものか。
 先のビッチも尻餅をついたまま戦いを見ている。男のプラスになりうる要因ではない。
 僕の魔法は通用せず、自力では男が圧倒的に上。
 聖水の毒は先輩を着実に蝕み、終わりは近い。
 なんとか状況を打破する手段はないものか。
 思考し、脳裏に何かが閃きかけた時、――男の大剣が先輩の腕を切り落とし、返す刀で先輩を肩から袈裟懸けに切った。

「ガァッ」

「先輩っ!」

 またもやスローモーションになる世界の中で僕は男――ではなく猫耳少女に向けて魔法を放った。
 放つ魔法は中級魔法。今の僕では1日1回しか打てない現時点で最高の武器だ。
 直撃すればあの少女は一瞬で消し炭になるだろう。
 それを見た男の反応は神速といっても過言ではない。
 先輩の首を跳ねようとしていた剣を放り出すと射線上に飛び出し魔法を無効化。
 しかしその時既に僕は伸ばした爪で先輩を回収していた。
 剣に向かって飛ぶ男よりも早く剣に向かってアイスニードルを放つ。
 剣は凍り付き、地面に張りついた。

「くそっ」

 男が悪態を吐くがそれで男の戦力が激減したとは思えなかった。
 僕は続けて剣とは逆方向にいるビッチに向かってウィンドブレイドを放った。

「アァアあああ!??」

 この時気をつけるのがビッチを殺さないこと。

「あぁ!?テメェ!」

 男は僕に向かって悪鬼の如き形相を見せたが、怯まず、言った。

「僕に構ってる暇はあるのか?早く手当てをしないと、死ぬよ」

 要は地雷と同じだ。
 わざと殺さずしかし重傷を負わせることで足止めを狙う。厭らしく、合理的である。あのビッチは本当に役に立つ。但し、敵にとってはと後ろに付くが。
 男は一瞬迷い、僕はそれを見逃さなかった。
 力の限り後ろに飛び、逃亡。
 男は反射的にこちらを追おうとしたが、僕はそれに向かってアクアウィップを放った。
 アクアウィップは本来水をムチ状にして相手を攻撃する技であるが、今回僕は先端に1メートルほどの水球をつけた。

「俺に攻撃魔法は――!?」

 男が吠えるが、僕は気にせず次の手を打つ。
 放つ魔法はサンダーショット。求める効果は――電気分解。
 水球に吸い込まれるように刺さった稲妻は、一瞬でアクアウィップを消滅させ、そこに僕はファイアーボルトを放った。

 轟音。大気を揺るがす振動。
 それら背に感じながら、僕は一心不乱にその場から逃げ出した。




「ちっ……逃したか」

 爆発の後、そこにグールの姿がない事を確認すると俺は舌打ちした。

 正直、油断していた。
 エルフのグールの方を取るに足らないものと無視し、もう一方のグールを嬲るのに夢中になった。
 相手がギリギリで避けられるか避けられないかというレベルで剣を振るった。――ギャラリーを魅せる為に。
 それが、連れの女に良いところを見せようとしてこの様だ。
 【直感】スキルがあれば少しくらい見失っても見つけだす事ができるが、怪我人を地上に送り届けなければならない今、完全に見失ってしまうだろう。

「こりゃ依頼は失敗だな……」

 名も知らぬ女の傷を魔法で癒すと、気絶しているキャラと女を両肩に抱きながら、嘆息した。
 依頼に失敗したのは初めてだ。

(俺様の完璧なキャリアに傷がついちまったな……)

 その時【直感】がチリリと警告した。
 今すぐ引き返してあのグールを殺すべきだと。
 しかし俺はそれを無視した。
 あんな雑魚になにができるというのだ。
 確かに引き際は見事だったがそれだけだ。
 次会った時もきっと尻尾を巻いて逃げ出すに決まっている。――最も、次は見逃しはしないが。
 ――仮に、仮にあのグールが脅威に成長したとしつも大丈夫だという確信があった。

 何故なら。

「……俺は主人公だからな」

 そう嘯くと、男は迷宮の出口に向かった。




 僕は先輩を担いだままできる限り遠くに逃げた。
 どこまで逃げてもあの男の手から逃れる気がしなかったが、逃げ続けた。
 いつまでも走り続ける僕を止めたのは先輩だった。

「もういい、おそらく、逃げ切れた……」

「悪いけど、信用できない。あの男だけはどこまで逃げても安心できない」

 僕はそのまま足を止めずに走り続ける。

「……も、時間がねぇ……」

 しかし、先輩のその、不吉な響きを含んだ言葉に足を止めてしまった。

「……何を言って」

「お、俺はもう、駄目だ……」

 見ると先輩の体は二つに別れかけていた。
 聖水が先輩の内側から傷口を広げているのだ。

 あぁ……そうか。

「先輩………死ぬんだ……」

 先輩は僕がポツリと零した言葉に、僕の顔を見上げると、苦笑した。
 その笑みは普段と同じものだった。普段、僕に向けて見せる笑みと全く同じもの。
 もうすぐ死ぬというのに。
 先輩はいつも通りで。
 たくさんの冒険者たちの死顔を見てきたけれど。
 その中にこうして笑って死んでいった人はいただろうか。

 先輩のその笑みは、先輩を僕にとってとても遠く感じさせるものだった。
 だって、僕はきっと、こんな風に、死ぬ前に笑うなんて、できない。

「ど、どうか……」

 先輩が擦れた声で言った。
 僕は聞き漏らしのないよう耳を近付ける。
 どうか……何?何をして欲しいの?……あぁそうか。同化、か。

「……同化?」

 先輩はこくりと頷くと、先輩がいつも核を貯金してきた腕輪を僕に渡した。
 僕はそれを先輩の手の平ごと包みこんだ。
 僕の心は異常な迄に静かだった。
 今の先輩に神聖さすら感じていたからかもしれない。
 グールがグールの死に目に神聖さを感じるなんてお笑い草だ。
 宗教家がこの場にいれば笑い飛ばすか激怒するだろう。
 けれど、僕はそう感じたんだ。それでいいじゃないか。
 そう僕は心の中で独白した。――心の中に芽生えた、ほんの微かな寂しさを誤魔化す為に。

 先輩が何かを呟いた。

「カレン……すまない。父さんは帰れなかったよ……」

 カレン……先輩の子供だろうか。
 肉体か魂か。
 どちらの記憶かはわからないが、先輩には子供が居たのだろう。
 そして先輩はずっとその子供と交わした約束を守れなかったことを後悔し続けてきたのだ。

 先輩が僕を見た。僕は頷いた。

「「同化」」



 そしてその場には一人のリビングデッドが残された。
 膝をつき、両手を組み合わせ胸の前に持っていっている様子は神に祈る様を思い起こさせる。
 しかし男に祈る神は存在しなかった。

「うぁ………あぁあぁ……」

 透き通る、とても男とは思えない美しい頬を涙が伝った。
 男はリビングデッドとなった今、全ての記憶と感情を取り戻していた。
 男の心中を満たしているのは胸が張り裂けそうな悲しみだ。
 胸を掻き毟り、悶える。
 苦しい。
 こんなに強い感情に翻弄されたのは初めてだった。
 肉体と魂の記憶を取り戻した今、二つ分ある記憶を振り返っても、ここまで強い悲しみを覚えた事はない。
 苦しい。
 悲しい。
 ツライ。
 寂しいよ………先輩。

 精神の檻から溢れ、体内を駆け巡った激情は、出口を求めさ迷い、やがてそれは声となって現実を侵食した。

「アァアアアあぁあぁァァ!!!」

 薄暗い迷宮の中、一人の動く死体が産声を上げた。





あとがき

とまぁ、ここまでがプロローグとなります。
多分先輩が死ぬ事を予想できなかった人はいないんじゃないかなw

とりあえず先に進む前に1話から2話までの間に合った事を書いてから前に進もうと思います。
だから多分あと2~3話増えるかもしれません。
もしくは30000文字を越えるごっつい1話が追加されるか。

この3日間でこの1~3話までテンションの赴くままに書いたので、ぶっちゃけクォリティ低いと思いますが、優しい目で見守ってくだせぇ。

PS
そんなに期待されても地力以上の成果は出せないんだぜ?




[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 4
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:40983461
Date: 2010/04/11 12:50
 先輩が死んでから3日。
 僕は第一階層のフロアマスターの元へと向かっていた。
 目的は第二階層へ上がる許可を得る事だ。

 先輩と同化したことによって僕は生前の記憶と感情を取り戻した。
 今まで失われていた感情はそれまでの反動のように、激しく反応した。
 先輩を失った悲しみに、一時は精神の均衡を崩しかけた僕だったが、暴れ回る激情に方向性を与えることで、制御する術を得た。
 憎悪。あの男――確かリュートと呼ばれていたか――への復讐を目標とすることで、心に活力を得た。
 あの時暴走した感情は、僕の心にいくつかの穴を開けた。その穴は心の中の力を抜けさせ、代わりに無気力や虚脱感を入れる悪質な物。早急に何かで埋めなければ、廃人と化す。そういう代物だった。
 僕はそこに憎悪を詰め、埋めた。
 そうして僕は生きる活力を得た。
 歪であるが、今はそれで構わない。あくまで応急措置だ。
 本格的な治療はヤツを倒してからでも遅くはない。
 しかし、問題はそこだった。
 どれほど相手を憎もうと、僕にはヤツを倒す力が存在しないのだ。
 先輩と同化した事で、先輩が所持していたレアスキルをも受け継いだ。リビングデッドになった事で新たなレアスキルも取得した。だが、……足りない、届かない。
 ヤツはリビングデッドに限りなく近い力を持っていた先輩を軽くあしらった。
 先輩が少しでも生きていられたのは一重にヤツが遊んでいたからだ。
 その気になれば、いとも簡単に僕たちを殺す事ができたに違いない。
 そして何よりあの、魔法を無効化した力。
 装備か、あるいはレアスキルか。
 いずれにせよ、ヤツに魔法は効かない。
 つまりはヤツは身体能力だけで倒さなければならないのだ。あの、圧倒的なまでの身体能力を有す男を。身体能力のみで。
 力が足りなかった。悲しいまでに、無力だ。
 強くならなければならない。それも早急に。効率良く。
 それはどうすれば良いか。簡単だ。核を吸収すれば良い。
 思い立ったが吉日。僕はすぐに核を吸収した。核は先輩から貰った、受け継いだ腕輪の中に大量に存在していた。その数実に632個。
 今までなら、かなりのパワーアップが見込めるはずだった。
 しかしすぐに違和感に襲われた。薄いのだ。力も快感も。
 理由はすぐにわかった。先輩から受け継いだ知識がすぐに脳の疑問に答えてくれる。
 僕が強くなったからだ。
 通常、核の吸収率は以下の通りになっている。

F級 1%
E級 2%
D級 5%
C級 10%
B級 25%
以下不明。

 例えばF級の核を一個吸収すればその魔族の力の1%をその身に取り込む事ができる。D級なら5%、B級なら25%と、その効率は、級が上がることに加速度的にあがっていく。
 更に魔族の力の差は級を隔てる事に凄まじい速度で離れていくから、より高位の存在の核を吸収すれば、一気に強くなれる。
 しかし、それはつまり強くなればなるほど、強くなりにくくなるという事でもある。
 核の吸収効率は、級が一つ下までは規則通りであるが、それ以上差が隔たる毎に効率は半分になる。逆に級が一つ上になると吸収率は二倍になるのだが。
 今の僕はC級。しかし実質、肉体のランクはD級なので、Eランクの魔物までは通常通りの効率だが、F級は0.5%しか吸収できない。
 おまけに、B級のヴァンパイアになるには肉体もB級クラスにしないといけないのだ。
 これはアンデッド系のの特性によるものだ。
 通常、知能のある魔族は、級を一つ上ににカウントされる。
 しかし、それはC級まで。理由は二つ。
 一つは、B級からは、種族によって差が出るとはいえ、すべからく知能を得る。よって、知力によるクラス補正は消える。
 二つ目は、B級からは力の差が知能で補えなくなるのだ。純粋に、強くなる。
 E級の戦闘力はF級の二倍と言われている。実際その通りだ。D級の戦闘力はそのE級の4倍。C級はD級の8倍。B級はC級の16倍で、おそらくA級はB級32倍だろうと言われている。
 C級の16倍………もはや知能でどうのこうのというレベルではない。おまけにB級からは皆それなりの知能を有するのだ。
 故に、B級からは純粋に戦闘力がB級クラスでなければならない。
 さて、ここでアンデッドの特性について話を戻したい。
 アンデッドの最下位ゾンビはF級だ。しかし、その上のクラスのグールはD級……E級を飛ばしている。
 それはグールから知能を得る為だ。故に実質E級であるのにも関わらずD級扱い。リビングデッドも実質D級であるのにC級扱い。……本来のC級と比べて、その戦力差は8倍だ。
 つまり、アンデッド系は一回クラスチェンジが少ないのだ。
 これを「な~んだ、C級になるまで早くて得じゃん」と思えるなら、それはもうレアスキルレベルのプラス思考だろう。
 しかしそんなポジティブシンキングも吹き飛ぶような特典がクラスチェンジにはついているのだ。
 それはレアスキル取得。
 クラスチェンジは謂わば、生きたまま生まれ変わるようなもの。その際に、けっこうな割合でレアスキルを取得することがあるのだ。
 それは、クラスが上になればなるほど、取得する確率は上がる。
 D級からC級に上がる際にはその確率は60%を越える。
 そして……アンデッド系にC級は実質存在しない。
 つまり、レアスキルを一つ取得することができないも同然なのだ。
 その点に関しては僕はついていた。
 僕は元々一つレアスキルを持っていたし、先輩はゾンビからグールに上がる際にレアスキルを取得した稀有な例だったからだ。
 先輩から受け継いだそのレアスキルの名は【超速再生】。魔力を消費することで肉体を瞬時に再生するスキルである。……こういっては失礼だが、魔力のない先輩には宝の持ち腐れ。半ば嫌がらせのような天の采配である。おまけにアンデッド系は回復魔法でダメージを食らってしまうのでこういうスキルは喉から手が出るくらい貴重だ。
 話が逸れたが、僕が言いたいのは、アンデッド系であるリビングデッドは、他のC級が16倍強くなればB級に上がれるのに対して128倍強くならなければB級に上がれないということだ。
 ……128倍。それなんてメモリ?と突っ込みたくなる戦闘力の差。
 しかし、諦めるわけにはいかない。
 僕は強くなって先輩の仇をとる義務があるのだから。

 そういう経緯で僕は第二階層を目指していた。
 第一階層でちまちまと吸収をしていたら何年かかりかわかったものではないからだ。
 第一階層で出現する魔族はF級とE級。
 それに対して第二階層で出現する魔族はE級とD級。
 同然冒険者の質も高くなり、危険度は増すが、リターンは大きい。
 階層を移るには元いた階層のフロアマスターか移る先の階層のフロアマスターに許可を貰う必要があるようだ。
 先輩は第一階層で生まれたグールだが、先輩がかつて同化したグールは第二階層から上ったグールだ。
 その時の知識によると、一応許可制だが、基本フロアマスターは下級魔族に興味が薄いので顔見せ程度のものだ。
 フロアマスターの機嫌が悪いと殺されることもあるが、フロアマスターは基本暇で仕方ないので殺されることはまずない。
 確かフロアマスターは歳経たワーウルフだったはず。
 ワーウルフは人には残虐だが、魔族には寛容だ。なんとかなるだろう。



 フロアマスターの間であったのは回収部隊の隊長でオークの角煮だ。
 第一階層のフロアマスターはこのオークの事を気に入っていて、自分で名前をつけるほどの愛でっぷりだったそうだ。
 しかし僕は名前からしていつか食うために可愛がっていたのでは……?と内心思っていた。

「ぶ、ブロアマズダーざまはお、お忙しい。お゙お前みだいなのか、会えるお、お方ぜはないのだ。が、がえれ゙っ」

 角煮はフロアマスターの覚えがいいことを盾にこうして横暴を第一階層で繰り返していた。
 その被害を主に被っていたのは僕と先輩でよく殴られた。
 先輩は核を不当に取られたこともあるそうだ。

「……ですが、角煮さま。第二階層に降りるにはフロアマスターの許可が必要で……」

「お゛おりる必要はね゙ぇ!」

(………ちっ)

 第二階層に降りるに当たって最大の懸念はこの豚の存在だった。
 さて、どうするか。
 このままではこの豚が存在する限りフロアマスターに会うことすらままならない。
 考えうる手段としては角煮が3ヶ月に1回の回収に回る際にフロアマスターに会うことだが……。
 そんなことを考えていた時だった。……その少女が現れたのは。

「あらあら、何を騒いでいるの?」

「ブ、ブロア゙マスダーざまっ!」

 豚が心底心酔した、という声をあげる。
 しかしそんなことは僕は全く気にならなかった。
 その少女はあまりに美しい。腰まで届くルビーのような輝きを持つ深紅の髪。それと同じ色を宿す瞳。肌は象牙色で、頬は色付き、人形のような危うい美しさと、少女本来の生命力溢れた可憐さを同居させている。
 見た目の歳は11~12歳ほどであろうか。しかし其の身から溢れる色気は、成人した肉体豊かな女性でも出せるものとは思えなかった。何気なくその真紅の瞳を動かす様すら色気溢れる流し目に見える。

 だがしかし、僕が少女に反応したのはそういった理由ではなかった。

「せ、セラピー……様」

(ば、馬鹿な……どうして、ここに……?)

 全身の血が凍り付いてしまったかのような錯覚を感じる。
 冷たいリビングデッドの肉体が更に温度を下げたかのよう。

「あら、貴男……」

 少女の瞳がこちらを見据える。
 その目が興味深そうに細まった。

「どうして私の名前を知っているの?私の名前を知っているのは、私が飼っている子か同僚くらいなものなのだけれど……」

 おそらくここでごまかしてしまえば、僕の命はないだろう。

「せ、生前にお会いしたことがございます」

 少女の瞳が僅かに見開かれた。

「ふぅん、そう……。貴男リビングデッドよね。なるほど、前世の記憶かしら、ふふっ。ねぇ、生前の名前はなんていったの?お気に入りだったら覚えているかもしれないわ」

「西門 真……ジンと申します」

 少女は僕の生前の名前を聞くと、可笑しくて堪らないという風に笑い出した。
 その様子を豚がおろおろと見ているのが視界の端の映るが、全く気にならない。
 今はこの少女のことしか考えられない。
 何故なら。

 ――この少女が僕の生前の死因なのだから。




 僕がこの世界に来たのは僕が16の時だ。
 高校1年の冬。近くのコンビニに出かけようと玄関を出たらそこは知らない森の中だった。
 しばし呆然とし、慌て振り返るもそこに見慣れた玄関はない。あるのは見知らぬ森だけだ。
 しばらく混乱し、へたり混んでいたが、いつまでもこうしてはいられないと闇雲に森の中を歩き回った。
 しばらく歩き回ると、人の気配がするので、僕は喜び駆け寄った。山賊だった。
 人間というのは言葉が通じなくとも相手の悪意がわかるのだから不思議なものだ。
 相手の悪意を感じ取った僕は逃亡を試みたが、時既に遅し。
 僕はあっという間に捕まり、奴隷商人に売られた。
 僕の不運と幸運は僕が渡り人だったこと。
 僕が渡り人でなければ山賊に捕まることはなかったが、渡り人でなかったら今ごろ何処かで性奴隷だっただろう。
 知らない言葉で、僕を見て下品に腰を振るジェスチャーをした商人を見た時ほど、ボディランゲージが異世界共通であることと僕が女顔であることを呪った事はない。
 僕は渡り人の特性とそのレアスキルを見込まれて、とある富豪に買われた。
 その富豪に通訳のマジックアイテムを渡され、ようやく言葉が通じた時は不覚にも喜んでしまったが、すぐにそれは逆ベクトルへ反転することになる。
 それはそうだろう。死ぬことになるかもしれない迷宮に潜らされることになるのだから。
 しかし、その時点での僕は戦闘技術もなく、魔力も僅か、マジックアローすら放てないレベルだった。
 結果僕に回ってきた役割はバックパッカー。
 戦闘中に薬などをそのレアスキルで取り出し、傷ついた仲間に使うという役割だった。
 僕以外の冒険者たちは皆金で雇われたCランクの一流たちで、僕の立場は低かった。迷宮内で溜まった冒険者たちに尻を狙われたことも一度や二度ではない。幸運だったのは、その度に魔物の襲来があったことだ。おかげで僕のアナルは死ぬ迄新品だった。日本男児足るもの尻(以下略)。
 そんな日々を半年ほど過ごしただろうか。
 それほど経てば嫌でもこの世界にある程度順応してくる。
 当初は混乱と生存本能でがむしゃらに生きていた僕も、半年も経った頃には諦めという感情を持つ余裕が出てきた。おかしな話だが、諦めという感情も余裕の一つなのだ。何故なら、余裕がない時は生存本能のみが優先されるから。
 一度もオーブを吸収せずに第二階層に潜り続けるという苛酷な日々を過ごした僕だから言える。生存本能以外の全ての感情は、生存本能に付随していない限り、そのベクトルに関係なく余裕であると。
 そうして僕が余裕を持てた頃、ついに雇い主の富豪が痺れを切らした。
 そもそもこの富豪、僕たちを迷宮に潜らせるのは自身の不老不死が目的だ。計らずも、今の僕はそれに近い存在になってしまったが、脆弱な人間であったこの富豪にとって魔族の不老長寿は魅力的に映ったのだろう。
 迷宮にその鍵があるに違いないと思った富豪は、しかしいつまでも成果を持って来ずにちんたらと第二階層で手間取っている僕たちを急かした。
 具体的に言えば第三階層に潜るように命令してきた。
 奴隷の僕はいわずがな、金で縛られた冒険者たちも渋々従った。
 結果、記念すべき第一回目の探索でパーティーは全滅。
 その際に生き残った冒険者は皆魔族に捕まり、フロアマスターの元へ連れて来られた。
 その中で顔の良い者は残され、不細工は食われた。
 その様を見て、僕と一緒に生き残った冒険者は涙を流し絶望したが、僕はとっくに絶望していたので、特に感情は動かなかった。なんてことはない。グールになる前に僕はグール以下に感情を失っていたのだ。
 まぁとにかく、そんな様子を見た第三階層のフロアマスターは、がたいが良く精悍な顔つきのものをフェラッツォさま(性別男。ホモ)へ、女顔で華奢な僕をセラピーさま(性別女。バイ)に送った。
 捕えた冒険者で顔の良い者はこうして幹部に送られるのだ。
 幹部というのはこの迷宮で3人しかいないA級魔族だ。
 基本、幹部の仕事は迷宮の主の守護。そして各フロアマスターの統括なのだが、主の守護という仕事は迷宮ができて以来一度も行われていない。
 そこまで辿り着いたものがいないのだ。
 フロアマスターの統括もフロアマスターを任命する以外には特にする仕事もなく、幹部は常に暇を持て余しているといっても過言ではない。
 そんな幹部たちの良い暇潰しはもっぱらペットを愛でる事である。ここで言うペットとは言うまでもなく人間や、下級魔族だ。
 しかし幹部たちは時としてペットたちを可愛がり過ぎて殺してしまうことが多々ある。もちろん可愛がりとは相撲的な意味ではなく、純粋に愛情過多で殺してしまうのだ。
 人は魔族が愛でるには脆過ぎ、力の差が大き過ぎる魔族にとって下級魔族は直ぐに壊れるという点で人間と大差なかった。
 故に配下のフロアマスターはこうして機会さえあれば幹部にペットを送っていた。

 セラピーさまに送られてからの僕は、まぁ、今までの奴隷生活と比べれば幸せだった。
 要は職種が剣闘士(厳密に言えば違うが無理矢理戦わされる点では同じものだろう)から愛玩動物に変わり、飼い主が太ったおっさんから絶世の美少女(幼女?)へと移っただけだ。
 むしろ魔族側の方が人間らしい生活と言えた。
 久しぶりの人間らしい奴隷生活はやはり半年ほど続いた。
 セラピーさまも渡り人を飼ったのは初めてで、僕はお気に入りになった。
 僕は壊さないように丁重に扱われた。
 ただ、時々強制的に吸収させられるオーブの吸収は死ぬ程苦痛だったが。
 セラピーさまはその苦しみが理解できないようだった。魔族になった今ならわかるが、この快楽がそのまま等しく激痛に代わると言われてもピンとこないだろう。
 セラピーさまにとってはご褒美のようなつもりだったのだろう。魔族の愛情は、人間と魔族の違いという歯車の違いにより、時として噛み合わず人間側に牙を向いた。用法は些か違うが、愛のムチと言えた。
 セラピーさまはしかし、残酷でもあった。少し、猫のような方てあった。
 突然、ふっ、っと大事なものが無価値になることがあるのだ。
 ある日セラピーさまの一番お気に入りの少女が消えた。
 不思議に思い聞いて見ると、セラピーさまは笑っていった。あぁ、あれ。飽きちゃったから、と。

 愛玩動物時代が終わりを告げたのは、始まりと同じように突然だった。
 ある日セラピーさまに呼び出しを受け、セラピーさまの寝室へと向かった。
 部屋の中でセラピーさまは半透明のネグリジェを来て僕を待っていた。部屋の中では香が焚かれていた。セラピーさまはアロマセラピーがお好きで、よく嗜んでいた。自身の名前もアロマセラピーからとったと言っていた。自身の名前を自分でつける魔族は多い。
 セラピーさまの来ていらっしゃるネグリジェは、ペットにご奉仕をさせる時によく身に付けるものだった。
 ご奉仕は、性的なものを含んだが、性行為までは発展しなかった。
 この日もそういうご奉仕だろうと思っていた僕だったが、違った。
 今日は貴男を抱いてあげるわ。
 艶やかな笑みを浮かべてセラピーさまが言った。
 僕はついにこの日が来たかと思った。
 セラピーさまがペットを抱かないのは、抱くとペットが死ぬからだ。
 サキュバスであるセラピーさまは、性行為をすると相手の精気を吸い取ってしまう。
 無論、ある程度は吸淫をコントロールできるが、どれだけ力を抑えても脆弱な人間では耐えられず、死んだ。
 故にセラピーさまは人を抱かない。抱くのはそのペットに対する愛情がピークに達し、我慢できなくなった時だけだ。
 セラピーさまの宝物庫には、金銀財宝と共に、そうした吸淫によってミイラ化したかつてのお気に入り達が所狭しと並んでいた。愛のコレクションとセラピーさまはミイラをいとおしそうに撫でながら僕に言った事がある。
 まさに死ぬ程の快楽の中、僕も死んだらコレクションに入るのだろうな。そんなことを考えながら僕は全ての精気を吸い取られ、死んだ。





あとがき
主人公の死因は腹上死。

ある意味幸せな死に方?w

予告どおり前後をまとめて置きました。
話数は減りましたが、量は減ってないので安心してください。

何のとこかわからない人は、知らなくても問題ないので気にしないでくださいw



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 5
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c93eaa1b
Date: 2010/04/11 12:50
 セラピーさまはひとしきり笑い終えると、目尻の涙を拭い、僕に笑いかけた。

「そう……ジンくん貴男、素敵よ。今まで何人も愛のコレクションに加えてきたけど、死んでまで私の愛に応えてくれたのは貴男が初めて」

 セラピーさまは僕に歩み寄るとそっと頬を撫でた。撫でられた頬から痺れる程の快感が流れ込む。
 サキュバスであるセラピーさまは、その肌に触れるだけで他者に快感を与えてしまうのだ。――本人の意思に関係なく。

「いらっしゃい。美味しい紅茶があるの。久しぶりにあなたに淹れて欲しいわ」

 ……考えて見ればこれは好都合かもしれない。
 なぜ幹部のセラピーさまが第一階層のフロアマスターをやっているのかはわからないが、あのままではフロアマスターに会うことすらできなかっただろう。
 そう思い、セラピーさまの後をついていくと、後ろから強い視線を感じた。
 振り返ると、豚がこちらを今にも殺しそうな目で睨んでいる。
 僕はその視線に不吉なものを感じたのだった。



「ふふっ、相変わらず、ジンくんの淹れる紅茶は美味しいわね」

 セラピーさまが僕の淹れた紅茶を一口飲み、言った。
 余談だが、僕はこの世界で一番上手く紅茶を淹れる自信がある。
 それはこの世界には紅茶を上手く淹れる技術がないからだ。ただ、お湯をいれ、大体の感覚で淹れ、飲む。当然しっかりとした作法に従って淹れた紅茶とは味が段違いだ。
 それに対して僕は、よく姉に命令されて紅茶を入れさせられていた。姉は紅茶が好きで、しかし自分では作法を覚えるのがめんどくさかった為僕に押しつけたのだ。姉に逆らえなかった僕は書店に行き―――いや、止めよう。姉との記憶を思い出すのは、辛い。過去が恋しくなるから。

「お気に召したようで何よりです。――それで、いきなりですが、一つお願いがあるのですが」

「あら何かしら?私、今とっても機嫌が良いの。簡単なお願いなら聞いちゃうわ」

 確かに、僕の知ってる中でも今のセラピーさまの機嫌はかなりいい方だ。
 これはイケるか――?

「第二階層へ移る許可をいただきたいのです」

「あら、どうして?」

「強くなりたいのですよ。どうしても殺したいヤツがいるのです」

 セラピーさまはしばし沈黙。やがて口を開くと言った。

「………これは驚いたわね。あの人形みたいだったジンくんが、今はとても色付いてる。容姿は今の方が人形のようなのに、不思議ね」

「……そうですか」

「前の繊細でガラス細工のように脆そうだったジンくんも好きだったけど……今のちょっと男の子してるジンくんも素敵よ」

 そうしてセラピーさまは色っぽく笑った。

「それでは――」

「でも駄目」

「――……っ」

「ふふ、本当に表情豊かになった」

 僕の顔が若干強ばるのを見てとったセラピーさまは、おかしそうに笑う。

「それは、なぜでしょうか……」

「私ね。今とっても暇なの。ペットたちも、何かあったら大変だから、本拠に残してきてるし、けれど私はここを動けないしで、退屈で死ぬかと思ったわ。だからジンくんに再会できて、心の底から良かったと思ってるのよ?」

「それは僕も同じです――」

 セラピーさまに会えて嬉しい。それは嘘偽りない感情だ。なにせ、僕を殺したのがセラピーさまだとしても、セラピーさまに飼っていて頂いていた期間は決して不幸なものではなかったのだから。そして何より、殺されても恨む気持ちが全く沸いて来なかった。その時点で僕がセラピーさまに抱いている気持ちは明白だ。そりゃ、こんなところでセラピーさまと出会うのは予想外だったけれど―――。

 と、そこで僕は一つの疑問を思い出した。

「あの、どうしてセラピーさまが第一階層のフロアマスターをやってらっしゃるのですか?」

「あら、気になる?」

「えぇ、まぁ、それは……」

「実は、第一階層のフロアマスターがやられちゃったのよ。冒険者に」

「確か第一階層のフロアマスターはワーウルフでしたよね?……俄かには信じられません。人間に倒せるんですか?」

「只の人間には無理でしょうね。でも彼渡り人だから。……全く、こんなこと、ノブナガちゃん以来」

 渡り人。つまりそれは同郷ということだ。

「ノブナガ?」

「この迷宮で唯一、そして初めて第二階層のフロアマスターまで倒した男。彼以外、それまでフロアマスターを倒した人間はいなかったわ」

「ノブナガ………もしかして、織田 信長じゃありませんよね?」

 セラピーさまは軽く目を見張った。

「あら、そっちでも有名なの?彼」

「まぁ……日本人で唯一世界征服が可能だった男とか一部で嘯かれてます。………400年以上前の時代の人物なのですが」

「………へぇ。彼、こちらでは唯一迷宮を踏破できたであろう男と言われてるわ。レアスキルがね……凄くレアだったの」

 ノブナガのレアスキル【決闘】は相手を自分と対等の条件にし、一対一で戦わせるという少し変わったレアスキルだ。
 このレアスキルの恐ろしいところは、相手の身体能力が自分よりも高かったら自分と同じくらいにさげ、低かったら自分と同じくらいにまで上げるというところだ。使い手が魔力を持っていなかったら魔力は使えなくなるし、使い手が病気なら相手も病気になる。
 神や魔王すらも自分の土俵に引きずりこむ反則スキルだった。
 ノブナガはそのスキルを駆使し、第一階層を突破し、第二階層を突破し、そして第三階層で死んだ。
 死因は老死。神すら殺せたであろう男も寿命には勝てなかった。

「そんなレアスキルもあるんですね……」

「えぇ。純粋な精神力の戦いになるから厄介だったわ。最も、ノブナガちゃんに比べれば、今回の渡り人はまだ楽ね。確かに凄いレアスキルをたくさん持ってるけど、ノブナガちゃんほど厄介じゃないから」

「その渡り人ってなんて名前なんですか?」

 何気なく聞いただけだった。

「確か……リュート、とか言ったかしら。魔力無効化能力を持ってた気がするわ。あんまりタイプじゃなかったから、興味なくて」

(リュート……?)

 ザワリ、と。血が沸き立つのを感じた。

「ここのフロアマスターのワンちゃん、そろそろA級に上がりそうだったから幹部入りも検討されてたんだけど、やられちゃったから結構な騒ぎになってね。新しいフロアマスターを選抜するまでは直々幹部である私が―――ってあら、ふふっ、もしかして……知り合い?」

「はい。先程言ったどうしても殺したい男です」

(そうか、あの男。渡り人だったか。そこまで強かったか)

 正直、妬ましい。他人に本当の意味で嫉妬するのは、初めてだ。
 始めからこの世界の人間なら、納得できよう。スタート地点が違うのだから。
 だが、渡り人?同じじゃないか。条件は、同じ。なのに僕は奴隷で君は英雄か?一体僕と彼でどう違うというのか。ない、筈だ。少なくとも、地球にいた頃は今ほど差はなかった筈。ではそれを分けたものはなんだ。決まっている。レアスキルだ。そして、運。――ズルいじゃないか。

 僕は心の底からそう思った。
 そのおかげなのだろう。 絶望的なまでの戦力差を知らされても尚、闘志がめげなかったのは。
 もし仮に彼が渡り人でなかったら、目標へ向けて努力しつつも、心のどこかで諦めていたかも知れない。 だが、彼も渡り人で、そのスタート地点がレアスキルに因るものだったとするならば――僕は屈するわけにはいかなかった。一人の漢として。そして、先輩の後輩として。
 なぜなら先輩は、その化け物に、僕を逃がす為だけに立ち向かった猛者なのだから。

「へぇへぇ、ふぅん。ニアA級を倒す彼を、倒す?ただのリビングデッドの君が?……可能性、凄く低いわよ?」

「でも、僕は倒さなければならないんです。決めたんですよ。これは、同郷の人間としての意地でもあります」

 僕は真っ直ぐセラピーさまを見つめた。
 僕はこんなに真っ直ぐセラピーさまを見つめたことはなかっただろう。いや、セラピーさまに限らず、誰かをこんなに真っ直ぐ見つめたのは初めてかも知れない。

 セラピーさまは、凄い表情をした。
 目を爛々と輝かせ、唇を三日月にする。唇を舌でなめあげるその仕草は、なぜかこちらが全身を愛撫されているかのようにゾクゾクした。
 僕は、セラピーさまのこの表情を一度だけ見たことがある。
 僕が死ぬ、その瞬間。確かにセラピーさまはこの表情をしていた。

「今のジンくん、凄くいい……。今すっごくエッチしたい気分よ。でも、我慢しないとね。こんな奇跡……もう起こらないかも知れないんだから」

「……」

 僕はただ、セラピーさまから発せられる淫媚な雰囲気に圧倒されていた。
 それが、見た目10歳前後の少女から発せられている、というのも、何ともいえず、背徳的だ。
 僕はセラピーさまに飼われていた半年の間にややロリコンの性癖を開発されていた。もちろん、大きいのも大好物なのだが。

「……そうね、こうしましょう。ジンくんが第二階層に行くのは駄目よ。寂しいもの。けれど、ジンくんは強くなりたいのよね?ならそれは叶えて上げる。ジンくんはここで私の相手と、回収部隊の隊長を兼任して貰うわ。ノルマさえ達成すれば、ジンくんが欲しいものは自分の物にしていいわよ。そして、その報酬として、3ヶ月置きにそれなりに強い冒険者を食べさせて上げる。どう?第二階層に上がるよりも、安全に強くなれるわよ?」

 条件を頭の中で整理する。メリットとデメリットを考える。……考えるまでもない。メリットしかなかった。
 そもそも、僕には断るという選択肢はないのだ。何せ、交渉相手はセラピーさまなのだから。
 僕はセラピーさまを見据えて言った。

「お受けします」

「あぁ良かった。ジンくんならきっとそう言ってくれると思ったわ」

 セラピーさまはぽんと手を合わせると嬉しそうに笑った。
 そして、何か名案を思いついたかのように顔を輝かせた。

「そうだ。久しぶりに一緒にお風呂に入りましょう?今のジンくん、ちょっと汚いわよ?」

 是非。僕は頷いた。



 セラピーさまとの入浴を済ませると僕は、肌触りのいいシルクの服を身にまとった。
 これはセラピーさまが用意してくださった装備品で、軽く薄いが丈夫で、さらには魔法に若干の耐性があるという代物だ。
 地上では魔術士系の必需品とされている。其の名も初級魔術士の服。わかりやすい。
 さらにはこの服には、自動で修復され、汚れが無くなるという魔法が掛けられていた。いたせりつくせりだ。
 グールの時は特に気にならなかったが、今までの来ていた服は穴が開き、返り血で汚れ、腐汁が染み付き、とても着られたものではなかった。
 あんな格好の僕と、よく紅茶を飲めたものだ。
 セラピーさまのペットに対する心の広さに感服の意を表したい。

「ジンくん、これをあげるわ」

 風呂から上がると、セラピーさまから一つの腕輪を渡された。

「これは…?」

「それ、従魔の腕輪というの。従魔角を着けた魔族を支配下に置くことができるわ。但し10体だけ、自分より2ランク弱い魔族だけという条件がつくけれど」

「へぇ…」

「回収部隊用に捕まえられた魔族が50体ほどいるから、好きなのを選ぶといいわ。それとこれも」

 そういって渡されたのは小さな鈴だ。

「それがなったら私が呼んでるって事だから、直ぐに来てね」

「わかりました」

 僕は頷き、一礼するとセラピーさまの私室を立ち去った。




 セラピーはジンが立ち去るのを見送ると熱い吐息を吐き出した。
 興奮していた。まさかこんな奇跡が起こるとは思いもしなかった。
 彼、ジン=サイモンは生前、セラピーの一番のお気に入りだった。
 彼から聞く異界の話は未知のものだらけでセラピーの興味を引いた。
 彼はなぜか、男なのにお菓子作りや紅茶を淹れるのが上手でよく知らないお菓子を作ってくれた。
 セラピーは嬉しかった。ペットたちは可愛かったが、やはりこの閉塞した空間では退屈だ。ペットたちを愛でるのもマンネリ化する。そんな中、彼との交流は、セラピーの中に一陣の風を呼び込むかのようだった。
 誰かに仕込まれていたのか、女性への気づかいもきく彼と過ごす一時は快適そのもの。
 彼に異界の歌を歌わせたり、マーサージとかいう体をほぐす愛撫をしてもらったりと、彼と出会ってから退屈という概念を忘れてしまったかのよう。
 自分と出会う前になにか辛い事でもあったのか、感情が薄く、常に人形のように無表情。それが不満と言えば不満だったが、それも時が経つうちに彼も自分に笑顔を見せてくれるようになった。
 やがてジンへの愛情がピークに達したと感じたセラピーは、いつものようにその愛を保存することにした。
 セラピーがペットを抱く理由は性欲だけではない。その愛を永遠のものにする為である。
 愛は料理と似ているとセラピーは考える。料理は温かいうちが一番美味しい。時が経つうちにその温度は下がり、価値が薄れる。
 故にセラピーは温かいうちにその愛を食らい、保存するのだ。
 コレクションし、いつでもその愛を最高品質に保つ為に。
 しかし、ジンを抱くいた後に残ったのは彼への愛情と僅かな後悔。
 彼が居なくなった後の生活は色褪せた。
 彼が淹れた紅茶は飲めなくなった。彼が話す異界の話は聞けなくなった。彼が作るお菓子は食べれなくなった。彼が歌う異界の歌を聞けることはもうない。そして何より、彼の笑顔はもう、見れない。ようやく、自分の前で笑ってくれるようになったのに――。
 その事を残念に思う自分に気付いた時、ようやくセラピーは理解した。
 見誤った。最高地点を勘違いした。彼への愛はまだ途中だったのだ。
 セラピーはそのことに気付き舌打ちした。
 他のペットたちに彼の代わりをさせてみたが、駄目だった。
 紅茶は美味しくないし、彼の作るお菓子の作り方をしるものは誰もいない。歌など言わずもがな、だ。
 八つ当たりで何人かペットを壊してしまった。すぐに後悔する。中にはそれなりにお気に入りだったものもいたのだ。
 それからセラピーは毎日のようにジンの脱け殻を見に行った。彼との日々を懐古する。そのたびに悔恨の念が深まるのを自覚した。
 セラピーはすぐに配下の魔族に渡り人を確保したら自分に回すように命令したが、見つからなかった。元々、渡り人はとても珍しいのだ。
 元気のないセラピーを見兼ねた他の幹部が、手持ちの渡り人をセラピーに譲ってくれた。
 最初は喜んだセラピーだったが、すぐにそれは失望に変わる。
 紅茶は淹れられないし、年代が違うのか、彼の歌っていた歌は一つも歌えない。えんか、とかいう歌は耳障り。女性の扱い方を知らないのか、気も効かなかった。
 何より、顔が気に入らなかった。セラピーは可愛い、あるいは綺麗な顔立ちが好みだ。濃い顔立ちは好きではない。
 所詮はホモのお下がりか、と嘆息し、処分した。
 ジンが渡り人の中でも優良物件だった事を悟ると、悔恨の念はますます深まった。
 そして今日、奇跡が起こった。
 彼が自分の元へと帰ってきたのだ。
 しかも、人間の肉体から魔族の強靭な肉体へと変えて、それも人間の中で最も美しい種族、エルフをベースにしたリビングデッドに。
 セラピーはジンが自分の愛情に対する何倍もの誠意を持って応えてくれたように感じた。
 これであの日々が戻ってくる。
 セラピーは目の前が明るく開けた気がした。次は慎重に最高地点を見極めよう。なに、今回は焦る必要はない。何せ、今回は愛が色褪せる要因の一つである老いがないのだから。

 二年振りにジンが淹れた紅茶を飲みながら、かつての彼と今の彼の違いを探り、それを受け入れる。
 声は若干低くなっただろうか。以前の男にしては高めの可愛いらしいボーイソプラノで歌って貰うのもいいが、今のセクシーな声も子宮に響く。
 背は高くなった。前は160前後だったが、今は170を少し越えた辺りだろうか。
 髪は漆黒のものから銀色掛かった金髪――プラチナブロンドへ。瞳の色は、夜を凝縮したかのような深みのある黒からサファイアのように色合い深い蒼となっている。髪と瞳の色は以前の方が個性的だったかも知れない。顔立ちは東方系のものから見慣れた西欧系の顔立ちだ。以前のオリエンタルな顔立ちも捨てがたいが、今のエルフの完成された美も捨てがたい。
 それにしても、死んでもこうして主人の元へと帰ってくるなんて、なんて可愛い生き物なのだろう。このペットは。
 ジンくんの評価はジンくんと出会ってからとどまる事を知らない。
 死ぬ前はその異界の技術や経験で、死んだ後は早まったことに対する悔恨で、そして今は死後尚私に会いにくるといういじらしさで、私を惹き付ける。
 そのジンくんが言った。強くなりたいのだと、倒したいヤツがいるのだと。
 何があったのか、ジンくんはとても感情豊かになっていた。これほどまでに男の子の顔をするまでに。
 それを微笑ましく思いながらも、ジンくんのお願いを突っぱねる。
 第二階層に行きたい?駄目だ。それではすぐ手の届く場所に居ないではないか。ジンくんにはすぐにこれる場所に居て貰わないと困る。これから、ずっと、おそらくはかなり長い間。
 ジンくんの淹れた美味しい紅茶を飲みながら、久しぶりの会話を楽しむ。
 ジンくんの興味を引くために渡り人の情報を話してあけだ。かつて第二階層まで踏破した男、ノブナガ。そしてつい最近第一階層のフロアマスターを倒した男、リュート。
 と、その時ジンくんの雰囲気が変わった。
 見ると先ほどとは違う男の子ではなく男の顔をしている。
 もしやと思い聞いてみると、予想通り。倒したいヤツとはこの渡り人のことらしい。
 私は、私をまっすぐ見つめる彼の瞳どうしようもなく男を感じた。生まれて初めての経験。私の中の女が疼くのを自覚した。
 無性に彼を抱きたい衝動に駆られたが、耐えた。それではあまりに学習能力がない。また後悔する気なのか。もしかしたら後悔を押し流すほど満足するかも知れないが、リスクが高い。
 基本魔族の女は自分よりも強い男にしか性的興奮を覚えない。これは少しでも強い種を残す為の本能だった。ペットを愛でることはあっても、そこに性的なものはない。人が獣を孕ませようと思わないように。
 私はサキュバスという種の性質上、ペットにも性的興奮を覚えるが、それは食欲と同化した、純粋な性欲ではない。
 では自分より強い男はいるかと辺りを見舞わしても、自分以上か同等の者は二人だけ。しかしそいつらはホモとナルシストと、男としての魅力が皆無だった。
 男運が悪すぎる。私はあまりにも強く生まれ過ぎた事を呪いながらも、恋をする事を諦めた。
 その私が、今、生まれて初めて男を感じていた。
 本能が二年未満という驚異的なスピードでリビングデッドまで成長した彼の成長率を嗅ぎとったのか、あるいは彼が魔族の特性に関係なく魅力的なのか。
 おそらくは前者。
 目標の圧倒的な迄の戦力差を知って尚、諦めず強くなると決意している彼に期待しているのだ。私は。
 私には一つの夢があった。もう、私自身も諦めている夢だ。
 だが、もしかしたら、彼はその夢を叶えてくれるかも知れない。
 だが、それでも第二階層に行くのは駄目だ。
 彼が近くにいないと寂しいし、退屈だ。そして何より、自分の知らないところで死なれては目も当てられない。
 だが、彼には強くなって欲しい。
 彼を手っ取り早く強くさせることは簡単だ。核を吸収させればいい。
 しかしそれでは意味がない。彼には是非自分の力で強さを掴みとって欲しい。
 私がするのはあくまでもその手助け。闇雲に強くなろうとする彼に、道を照らし、導く。それだけだ。
 私はジンくんに取引を持ちかけた。
 まずは小手調べ。ここで強くなれないようならおそらく強くなれない。
 ならいつかは死んでしまうかも知れないのだから、私のペットに戻って貰おう。彼は失うには惜しい。
 けれど、私は期待していた。

 彼ならいつか私よりも強くなってくれるかも、と。

「頑張ってね、ジンくん」






あとがき

悲劇が起きた。

普段作者は携帯で執筆しているのですが(いつでも書ける為)、極稀に「し」を打とうとして電源ボタンを二回連打してしまう時があるのです。

すると当然編集がリセットされ、内容が消えてしまうのです。

それを防ぐために普段はこまめに保存しているのですが、波に乗ってくるとそれをついつい忘れがちに。

そして今日はそれをやらかし、9000文字がパー。セラピー回想が吹き飛びました。

本来は2時頃にはUPする予定だったのですが、不可能に。

さすがに心が折れかけたものの(というか間違いなく一回折れた)、ちまちまと再び書き直し始めたのですが、逃した波はでかく、普段以上に時間がかかり、このような時間に。

本当はもうちょっと話が進む予定だったのですが、………量はあるしこれでいいかと。

まぁもしかしたら消えてよかったかも知れない。
消す前は、

 セラピーはジンが立ち去るのを見送ると秘所に指を伸ばした。そのまま愛撫を始める。
 興奮していた。こんな~~。


という始まりでしたからね。明らかにXXXというかなんというかw


それではまた、次の更新で。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 6
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:26b8822b
Date: 2010/04/11 12:50
 セラピーさまと別れると僕は捕らえれた魔物がいる牢屋に向かった。
 歩きながら思考する。どうやって強くなろうか。
 今の僕はC級としては最も弱い部類に入るだろう。
 強くなるには大量の核が必要となる。
 しかし、今までのようにちまちまと集めていたらとてもじゃないが、B級など夢のまた夢だ。
 ならどうすればいい?簡単だ。
 多人数で集めればいいのだ。
 その為の手足を手に入れることができたのだから。
 従魔の部屋――通称、牢屋に辿り着いた僕は、慎重に魔物選びを始めた。
 僕は実質D級の力しかないとはいえ、システム上はC級認定されている。
 つまりこの部屋にいるF、E級はすべて選べる。
 現在この部屋にいる魔物は

F級―コボルト、ブギーマン、スライム、リザード。
E級―ゴブリン、フェアリー、スケルトン。

この7種。

 回収部隊の性質を考えると、なるべく物を沢山持てるヤツが望ましかった。
 考えた末、リザード、スケルトン、フェアリーでスリーマンセルを組み、それぞれ別の階を担当してもらうことにした。
 リザードは動きが鈍重だが、力があり、大量のものが持てる。
 スケルトンは力はないが、頭を潰されない限り何度でも復活し、それなりに戦闘力は高い。
 そしてフェアリーは力は全くないが、動きが速く、魔法が使え、何より離れた同種とテレパシーで意志疎通を取ることが出来た。
 僕の傍に一体フェアリーを置き、意志疎通を計ることにする。計10体。

 僕は従魔角を魔物たちに着けると、リザードに袋を取り付ける。
 この袋はマジックアイテムで、幾らでも物が入るが別に重さが変わらないとか、大きさが変わらないとかの便利機能は存在しない。
 ただ無限に膨らみ、破れない。それだけの袋だ。

「ぉ、お゙前!どうじで、ヴ。腕輪を゙!?」

 魔物たちを連れ部屋を出ると豚と鉢合わせした。

「……セラピーさまに頂いたんだ。回収部隊の隊長に任命されたからね」

「が、ガイジュウ部隊!?回収ぶだいはぉ、おでだげだぞ!どうじでお前が!ゼラピーってだれ゙だ!」

「セラピーさまは現在のフロアマスターだよ。……もう通っていいかな?」

「おばぇガァ!あのがだの名前をよぶな゙ぁ゙!」

 角煮は興奮し、拳を振り上げた。
 僕は慌て回避行動を取るが左腕に擦り、オークの圧倒的な筋力によってチギリ飛ばされた。

「ガァああア!」

 僕はあまりの痛みに叫び声をあげるが、目は豚から逸らさない。いつ追撃が来るか分からないからだ。
 しかし予想に反して角煮の追撃はなかった。

「い゙いいが!ぉ゙おでのほうがざきだったんだがらな!おでのほうがざきにゼラピーざまにあ゙っだんだ!ぉ、おでの方がえ゙だい!おでの方がざきなんだ!おでのほうが回収部隊の隊長にぶざわしいんだぞ!じっでるのか?!」

「……ぐっ」

 僕は角煮の耳障りな声を聞きながら、どうすればいいかを必死に考える。
 グールやリビングデッドなどのアンデッドの強みはその思考力だ。その思考力で僕は角煮を倒す手段を考え――気付いた。
 別に倒す必要はない。逃げてもいいのだ。その為の力――レアスキルを僕は手に入れていた。
 レアスキルを使う為に集中を始めた僕だったが――

「ぉ゙おでのほうがゼンパイなんだぞ!」

――角煮の戯言に一瞬で脳髄が沸騰した。

 ――お前が先輩を語るな!喰われてぇのか、豚ァ!!
 短絡的にそう叫びそうになるのを堪える。
 豚は許せない。だが、優先順位を履き違えではならない。
 重要なのは、リュートを倒すこと。強くなること。豚と戦うことではない。
 それに、勝てない。今の僕は無力だ。こんな、脳みその変わりに豚肉が詰まっていそうな豚に勝てないまでに、肉体のスペックが足りないのだ!
 僕がじっと耐えていると、豚は僕をいたぶってある程度満足したのか、僕に粘ついた痰を吐きつけると耳障りな笑い声を響かせながら去って行った。
 その後ろ姿を睨み付けながら僕は嗤った。

(――喰ってやるよ、豚。お前を食らって僕の糧にしてやる。豚にはお似合いの最後だろう?)



 角煮と争ったあと僕は、【超速再生】で千切れ飛んだ腕の再生をした。
 その為魔力のほとんどを使いきってしまったのだが、使わないわけにはいかないだろう。
 因みに今の僕は魔力量は以前のままだ。それは最後に食った、というか同化したのが先輩だから、核の吸収で伸びたのが身体能力だからだ。
 これは対リュート戦を考えると一歩前進に思えるが、実はそうでもない。
 何故ならこの程度の戦闘力の上昇などヤツにとっては微々たるものだからだ。
 まず僕に必要なのはB級に上がること。そのためには速く強くなる。では最短距離はどう走ればいいか。それは長所を活かすこと。【早撃ち】と【超速再生】というレアスキルがあるのに魔力量を増やさないのはあまりにも……愚かだ。
 そもそも、魔法が効かないのはリュートが例外なだけであり、他の冒険者には大概効くのだから。
 僕は残った魔力で水を生み出し、痰を洗い流すと魔物を連れ迷宮へと出た。

 魔物たちを連れ、僕が向かうのは迷宮に10階層毎にある泉だ。
 ここは魔物たちの休憩所となっており、魔物たちの集中度が半端ないので、普通冒険者は寄り付かない。
 僕はここを待ち合わせ場所に使うことにした。
 スリーマンセルを組ませた魔物たちを第一班から第三班と名付け、10階毎に担当を定め、回収をさせる。
 第一班は90~81階を。第二班は80~71階を。第三班は70~61階を。
 一通り回収が済んだら、今度は第一班に60~51階を担当させ、というように第一階層を隈無く回収させる。
 各班にいるフェアリーを班長に任命し、班員を指揮させる。
 リザードが物を持てなくなるか、上の泉に到達したら僕の傍にいるフェアリーに報告。担当の泉で待ち合わせ、一旦僕が回収する。
 それを効率良く繰り返すことで第一階層全ての回収をするのだ。
 懸念は豚の回収班だが、ヤツは3ヶ月おきにしか回収しないので、かち合わせることはないだろう。
 回収の際には最優先次項として腕輪と核の回収を命令しておく。万が一、腕輪が入らなかったら中の物を捨ててでも回収するように、と。
 また、冒険者とは極力接触しないこと。瀕死など、明らかにこちらの戦闘力が勝っており、損害なく倒せる場合を除いて冒険者と積極的に戦闘はしないように命令した。
 回収の対象は、行き倒れか生息する魔族が基本だ。
 指示を終えると解散させ、さっそく回収に当たらせた。
 各班が動きだすのを確認すると、泉にアンカーを着けた。
 僕がリビングデッドになった時に新たに得たレアスキル【闇渡り】を有効利用するためのアンカーだ。
 【闇渡り】は、基本的には影から影を移動する為のスキルだ。影に潜って移動するわけだが、潜っている最中は誰にも攻撃されず、できない。完全に逃亡専用の能力だ。影に潜っている間の移動速度は、地上における僕の移動速度と同じだが、アンカーを打ち込むことでそこに一瞬で移動する事ができる。
 打ち込む事ができるアンカーの数は、所持レアスキル数×2だ。つまり今の僕は6つ打てる。
 また、影の中に物をしまう事が出来、しまえる質量、重量に制限はない。
 【早撃ち】と非常に相性の良いスキルだ。
 ちなみに、某運命の英雄王のように武器を打ち出すなんて事はできない。
 【早撃ち】で取り出して投擲することならできそうだが、どう考えても魔法を使ったほうが良さそうだ。 アンカーは強い日の光を浴びない限り消えず、この薄暗い迷宮内なら僕の移動できないところはほとんどなかった。
 すでにフロアマスターの間の前に一つ、90階の泉に一つ、計2つアンカーをつけているので、あとは50階までの各泉につければ楽になる。
 僕は神経を集中させる―闇渡りの使用には最短二秒程の精神統一が必要―と【闇渡り】を使い、影となると移動を開始した。




 それからの僕は迷宮とセラピーさまの部屋を往復する生活を送った。
 大体3日置きにくる各班の報告を聞き、回収した物品を預かり――その際どれをどれだけ回収できたかのリストを作成する――、暇さえあれば100?91階間で回収や戦闘を繰り返した。
 セラピーさまの呼び出しはほぼ毎日あり、その度に僕は紅茶を入れたり、お菓子を作ったり、マッサージをして差し上げたりと、精一杯奉仕した。
 各班は報告の度にかなりの数の腕輪を僕に差出し、中身が空の物がかなり多かったが、一回に各班平均40個ほどの核を僕は手に入れることが出来た。正直かなり美味しい。
 ただ第二階層で核を集める何倍もの早さで僕は核を集めている実感がある。
 ちなみに集めた核は貯金している。既にこの1ヶ月で約1200個も集まっていた。吸収して見なければF級のものかE級のものかはわからないが、大体1~50がF級、51~100階がE級という住みわけになっているので今集まってる分はE級が多い筈だ。
 セラピーさまに褒美として頂ける予定の冒険者を食べた後に吸収した方が強くなれるだろうからだ。

「ん、……はぁ、ん。ぁっ………」

 僕は今セラピーさまの部屋でセラピーさまにマッサージをしていた。
 セラピーさまが艶やかな声を漏らす度にイケないことをしているような錯覚に陥るが、その妄想を振り払いマッサージを続ける。
 セラピーさまのマッサージはする側にもかなりの快楽を与えた。サキュバスのセラピーさまの肌は触れるだけで強い快楽を与えてしまうのだ。

「相変わらず、んっ……このまーさーじとかいうのは気持ちいいわね……はんっ」

 余談だが、僕はマッサージがかなり上手い。というのも、ある日姉にマッサージを命じられた僕は命令に従いマッサージをしたところ、気持ち良くないと殴られ、プロの技を学んでこいと、姉の知り合いが経営しているマッサージ店でアルバイトをさせられていたことがあるのだ。尚その際の給料は何故か姉の通帳に振込まれていた。僕が中学生の頃の話である。

「例え、ハァハァ……お世辞でも嬉しい、です……」

「あら……お世辞じゃないわよ。このまま私の専属マーサージ師にしたいくらい」

 それは先輩の事がなければ頷いていたであろう魅力的な誘惑だった。

「………」

「ふふっ、冗談よ。それより、どう?調子は。回収の方は大丈夫?」

「はい、順調です。セラピーさまには感謝しています」

「気にしないで。それより、体には気を付けてね?ジンくんが死んじゃったら泣いちゃうんだから」

 そういってイタズラっぽく笑うセラピーさまの目はしかし真剣なものだった。
 僕はその目をしっかり見据えると頷いた。
 何があっても死ぬつもりなどない。僕には目標があるのだから。



 セラピーさまの部屋を出ると、傍に控えさせているフェアリーから報告があった。

「……第二班が壊滅した?」

「はい」

 フェアリーのアリスが無表情に答えた。
 本来くるくると変わるであろうその表情は、従魔角の影響で感情ごと奪われていた。
 哀れだと思う。素直に可哀想だと。しかし、フェアリーという生き物はその性質上野放しは危険だった。
 フェアリーという魔族はとてもイタズラ好きで、そのイタズラは極めて悪質。馬の轡に切れ目を入れるや、森で人を惑わすなどはまだ可愛い方。酷いのになると回復薬を硫酸と入れ替える。生まれたばかりの赤ん坊を食べ物と勘違いさせ実母に食わせるなど、その愛らしい姿とは裏腹にやることは外道極まりなかった。
 故に、そのままでは配下としても向かず、こうして従魔角が必須となっていた。
 しかし、感情を奪い意のままに動かすというのはほんの少し後味が悪いので、いつか僕の直属の部下じゃなくなったら従魔角の排除をしてあげようと思っている。その時に覚えていたらの話だが。

「………自分から仕掛けたのかい?僕は冒険者には積極的には関わらないように命令しておいた筈なんだけど」

「いえ、逃亡を図ったのですが、追ってきたようです。おそらくははじめからこちらを狙っていたのでしょう。二班をみて、見つけた!と叫んだらしいですから」

「……ふぅむ。もしかして、冒険者の間で回収部隊が有名になって来ているのか?」

 だとしたら、不味い。回収の効率が下がる。

「わかりません」

「相手はどんなヤツだった?特徴は?何人だ?」

「女の剣士です。ですが、魔法も使います。万能型かと。特徴は、腰まで届く薄紅色の髪。蒼い瞳に、髪型はツインテールでした。人数は一人です」

「一人?おいおい、参ったな。手だれじゃないか。一班と三班に引き上げるように指示を出しておいてくれ。道中の装備は腕輪以外回収しなくていい。できるだけ早くな」

「かしこまりました」

 赤毛の剣士、か。厄介な事にならないといいが。
 僕は先行きにやや不安なものを感じて、ため息をついた。




 彼女、ティファエルは最近憂鬱だった。
 それというのも、同居人であるリュート=サイトゥの自分への態度が変わってきたからだ。
 以前はただの恩人と接するような感じであったのに、最近はそれに……なんというか妙な物が混ざるようになってきた。この際はっきり言ってしまおう。視線に性的なものを感じるようになった。まるで町を歩くときに感じる下卑た男の視線のような……。
 自分の容姿については少しは自覚しているつもりだ。エルフが人間の間で人気が高いことも。最近は数がますます減ったことで、奴隷市場で値段が高騰しているらしいという、ティファエルにとってはあまり愉快ではない話も聞くようになった。
 確かに彼が来てから孤児院の経営は持ち直した。子供達の受けはあまり良くない、良くて普通だが、子供に暴力は振るわないのでこの街の冒険者としては上品な部類に入るだろう。
 だが、その対価に、あくまでも邪推になってしまうのだが、自分の肉体を要求しているのなら、彼には悪いが出ていって貰おう。
 経営が苦しくなるのは頭痛の種だが、もしそういう人物なら子供達の教育にも悪い。
 あくまで邪推。邪推なのだが、彼の視線は、普段人の良いティファエルを持ってしてもそういう思考へと移らざるを得ないものがあった。
 最初はこうではなかった。渡り人の彼は、いきなり知らない世界に来て怯え、混乱していた。あらゆることにおっかなびっくり接する彼を、ティファエルも微笑ましく見守っていたものだ。
 それが、圧倒的なレアスキルを知るうちに、自分に自信が出てきたのか怯えは消え、代わりに尊大ともとれる言動が増えてきた。
 それが顕著になってきたのは第一階層のフロアマスターを倒し、英雄と持て囃されるようになってからだろうか。
 彼が渡り人で、かのノブナガと同じ黒髪黒目であることもあり、第六天覇王(一説では、本人は第六天魔王と名乗っていたのだが、魔王ではあまりに聞こえが悪いということで彼の死後置き換えられたという説もある)ノブナガの再来なのでは?という声も高い。
 周りの期待と比例するように彼は女や酒、ギャンブルなどに手を出すようになり(子供達に悪影響だからやめて欲しい)、最近は、一時期押さえられていた奇妙な言動も目立つようになってきた。
 「おっかしいなぁ……やっぱ幾ら好感度を上げてもキーアイテムがないと駄目なのか?」とはどういうことなのか?
 最近彼は妙に高価なものを自分にプレゼントをくれるようになったが、もしかして自分がそういうもので心が動く人間だと思っているのだろうか。あまり舐めないで欲しい。
 最近はジェシカ、とかいうリュートに好意を抱いているらしい魔法使いの突っ掛かりも激しくなってきた。彼の傍に自分がいることが癪に障るらしい。別に自分は彼と関係があるわけでもない。特別な好意を持っているわけでもない。欲しいならどうぞどうぞという感じだ。
 正直彼はタイプではない。男はもっと冷静で、頭が切れて、気が利く方がいい。欲を言えばたくましいタイプではなく繊細な感じで、髪はプラチナブロンドで、一本一本が絹糸のようにサラサラで、瞳の色はサファイアのような蒼が良い。――そう、まるでフィードのような。
 と、そこまで考えて更に落ち込む。
 フィードのいた頃は良かった。
 新米冒険者だったフィードは、入れるお金こそ少なかったが、孤児院を回すには十分で、優しく子供達に好かれていた。
 自分は、孤児院の子供達と、フィードと、自分さえいれば良かった。幸せだった。自分、ティファエルの世界はそれで完結していたのだ。
 フィード――エルフィードは、赤ん坊の頃から一緒だった。
 物心ついた頃には孤児院にいた私たちは、私の方が年上だったことからいつもお姉さん風を吹かしてはフィードを扱き使っていた。遊びも全て私が決め、孤児院の雑用も面倒なことは全てフィードに押し付けていた。フィードはいつも涙目を浮かべながら私の言うことを聞いていた。
 最もそんなフィードと私も歳をとるごとに変わり、泣き虫だったフィードは泣かなくなり、お転婆だった私も落ち着きを得た――と思う。
 そんな風に変わった私たちだが、フィードは基本私の言うことには服従した。お菓子が食べたいと言えば焼いてくれ、肩が凝ったと言えば揉んでくれた。非常に良く出来た弟兼かれ……幼なじみだったと思う。
 私たちを育ててくれた院長先生が死ぬと、私とフィードが協力して孤児院を経営するようになった。
 フィードは錬金術を学んでいたので、作成したアイテムを売ったり、私も内職をして暮らすようになった。
 生活は楽ではなかったが、私はフィードと皆が居れば満足だった。
 けれど、フィードはそうではなかったようだ。
 フィードは私たちにもっと良い暮らしをさせてあげたいと、冒険者になると言い出した。
 当然皆危険だと止めたが、フィードは反対を押し切って冒険者になった。いつも私の言うことなら聞くフィードが、私の言うことを聞かなかったのは初めてだった。
 フィードの意志が固いことを悟った私は、一つの約束をする。必ず生きて帰ってくること。
 それからの生活は楽になった。
 いつもカツカツだった経営が、蓄えができるほどに。
 これならこの先なんとかなりそうだ。
 そう思った矢先、フィードが消息を絶った。3年ほど前、迷宮に潜ったきりその姿を見た者はいない。
 周りの者は死んだという。迷宮に潜って死んだのだと。だが私は信じない。
 だって、フィードが私の約束を破ったことはなかったのだから。
 だからきっとフィードはいつか帰ってきて、ただいま、遅くなってごめんと私に詫びるのだ。私はそれをビンタ一発で許してやろう。そしてあの日々がまた始まるのだ、と私は夢想する。
 けれど私の理性は囁く。フィードは死んだと。冷静に考えればわかることだ。迷宮に潜って消息を絶った。死んだ。普通はそう考える。現実を見ろ。お前の待ち人は来ない。永遠に。
 それに感情がいい返す。フィードは死んでない。死ぬわけがない。だって約束したのだ。フィードは私の約束を破ったことはなかったじゃないか。だったら、フィードは、生き返ってでも私を約束を守る。そういう人間じゃないか、フィードは!
 今はまだ感情の声の方が強い。だから私はまだフィードが生きていると信じることが出来ている。
 けれど、日に日に理性の声は大きくなる。もう無理だ。もう駄目だと囁き続ける。
 それでも私は信じ続ける。
 だって、でなければ救えない。あまりにも――。

どっ。

 考え事をしていたせいだろうか、人とぶつかってしまった。

「あ、すいません……」

 か細い声で詫びる。私は人見知りする方で、初めての人には強く出られない。知り合いでも、フィード以外にはやはり、あまり強く出られなかった。

「ってぇな!って、ヒュ?、すげぇ上玉。おい見ろよ、エルフだぜ、エルフ」

「うっわ、初めて見た。絶滅したと思ってたわ」

「これは詫びをして貰わないとな」

 どうやら質の悪い冒険者に捕まってしまったようだ。
 恐怖で足が竦む。

「ぁ、あの、……すみませ……ゆるして…」

 声が震える。血の気が退くのがわかった。

「ゆるして……だってよ!かわい?」

「大丈夫だって、俺たちすっげぇうまいから」

「もしかして……初めてか?」

「ますますアタリじゃん!ついてんな」

 絶望で目の前が暗くなるのを感じる。

(に、逃げなきゃ……。)

 レアスキル【光渡り】を使おうとするが、うまく集中できない。
 それに更に焦り、集中を妨げるという悪循環が生まれた。

「さ、行こうぜ。大丈夫だって気持ち良くするから」

「そそ、良かったな。穴が3つあって。俺たちもちょうど3人だし」

「………ゃ」

 辺りを見回すも、誰も助けてはくれない。
 そのまま、路地に連れ込まれそうになる。泣きそうになった。

(フィード……助けて…)

と、その時、こちらに声をかけられた。

「そこまでにするのね。全く、か弱い女相手に恥ずかしくないの?」

「ア゙ぁ!?………可愛いじゃん」

 そこに立っていたのは、薄紅色の髪をツインテールにした、剣士風の女性だった。
 勝ち気そうな瞳を更に吊り上げ、男たちを睨んでいる。

「なんだ。混ぜて欲しいのか?いいぜ。こっちこいよ」

 男たちがニヤニヤしながら女性に近づく。

「死ねよ、カス」

 私の目には女性が消えたようにしか見えなかった。
 一瞬で女性の前に居た男を抜け、私の腕を掴んでいる冒険者の股間部を蹴りあげ、私を確保する。
 それが理解できたのは、女性の腕に抱き抱えられながらも、悶え苦しむ男の姿を見た時だった。

(凄い…)

 その後も女性は圧倒的な早さであっという間に男たちをのすと、私に振り向いた。

「大丈夫だった?」

「は、はい。ありがとうございました。私ティファエルと言います。お名前を伺ってよろしいですか?」

「私?私アーニャ。よろしくね」

 そう言って彼女――アーニャは微笑んだ。


あとがき

う?ん。難産。
携帯投稿の為にけっこう無理やり10000字に収めたから、ちょっとコンパクト。後に書き足します。

特にアーニャ戦闘シーンとか。

冒頭の主人公のシーンは前編に入れるべきでしたね。でも、携帯の文字制限が・・・。
……話数を重ねるごとに量が多くなってきてる。
今回なんか前後でメモ帳で20kb近いぞ……。
イクナイ傾向です。


PS
感想ありがとうございます。
やっぱ感想見るとやる気出ますねw

売る云々というのが違和感を与えるようなので改訂。
というか、作者も感想見てなるほどと思いました。
なんとなく迷宮街って治外法権っぽいイメージがあったけど、当然市民権あるよね。

ちなみに前後編であんまりつながりが感じられないかったのは本来ひとつの話を携帯の文字制限のためにぶつ切りにしたためです、混乱わけありません・・・。




[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 7
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:8c5bc3a5
Date: 2010/04/11 12:50
 第二班が襲撃されてから1週間。
 結果から言って、懸念されていた【回収狩り】はなかった。
 最悪の予想は、人間側の間で回収部隊の事が有名になり回収部隊が積極的に狩られるというパターンであったが、そんなことはなかった。
 第二班が狩られる前日に僕が回収をしたおかげか、狩られた時にはほとんど何も入っていなかっただろうから、たまたま装備を袋に入れていた魔物か何かと思われたのかも知れない。
 だが、それはそれで一つ疑問が残る。
 報告ではその剣士は、第二班を見て「見つけた!」と発言したらしい。それはこちらを初めから探していたからではないのか?
 無論、その日剣士は一日中迷宮をうろつき、他に魔物を見つけることが出来ず、思わず見つけた第二班を見てそう言ってしまったのかも知れない。
 だが、僕はそういう楽観的な予想を信じることはできなかった。
 しかし、赤毛の剣士が回収部隊の存在を知り探していたとしたらなぜその後回収部隊は誰にも襲撃されないんだ?
 そりゃああれから警戒を強めさせているが、それでも迷宮中を歩き回らせているのだから、探そうと思えば見付かってしまうだろう。
 ………駄目だ。わからない。材料が足りない。

「何を悩んでいるの?ジンくん。眉間に皺が寄ってるわよ?」

 答えの出ない問題を必死で考えていたらセラピーさまに問いかけられた。
 セラピーさまは首をかしげ、微笑んでいる。その目は興味深げな輝きを宿していた。いつのまにかティーカップは置かれ、その両手で頬を包み込むようにし肘を机についている。
 僕はティーカップを置くと答えた。

「すいません。回収部隊の件で少し……」

 彼女は小首を傾げて問う。

「あら、もしかして何かあったの?ノルマの方は大丈夫かしら?」

「ノルマの方は大丈夫だと思います」

 セラピーさまに課せられたノルマは回収二週間目の時点で達成してしまっていた。

「そう………それは残念ね」

(残念って……)

「………」

 なんと答えていいかわからず僕が黙っていると、セラピーさまは紅茶を一口飲み、イタズラっぽく笑った。

「だって私、ジンくんがノルマ達成できなかった時の為にたくさんお仕置き考えてたのよ?」

「お仕置き、ですか……」

「うん。お仕置き。ふふっ」

 どんなお仕置きなのだろう。少し、聞くのが怖い。

「それは、一体どのような?」

「そうねぇ……色々考えていたのだけれど、一番の候補はあれね。足を舐めて貰おうかなって」

「足をですか……」

 思ったよりも軽い罰だった。

「そ、足の指の隅々まで念入りに、ね」

 彼女は微笑み、紅茶を一口飲むと続ける。

「まぁ、ジンくんが達成できないわけがないと思ってたけど………そういえば、核の方はどれくらい集まったのかしら」

 僕は突然の質問に驚いた。

「お気付きになられていたのですか」

「ふふっ、私はジンくんのことなら何でも知ってるの。………なんてね」

 セラピーさまはイタズラっぽい笑みから妖艶な笑みへとその表情を変えると、席を立ち、僕の方へとテクテクとやってきた。
 そのまま僕の膝の上にちょこんと座り、僕の両頬にその愛らしい手を添えると僕の顔を覗き込んだ。

「ねぇ……ジンくん?」

「……セラピーさま?」

「私ね、今貴方にすっごく夢中よ。期待してるの、とても」

「………ぁ」

「私ね、貴方の事なら何でも知りたいと思ってるの。本当よ?」

「………」

 舌が凍りついたように動かない。
 僕はその威圧的なまでの色気に圧倒されていた。
 彼女はまるで少女が宝石を見つめるかのような熱っぽい眼差しで僕を見つめている。

「ジンくん……早く強くなってね?」

 彼女は妖しく笑う。

 ――ねぇ、キスしよっか。
 僕は夢を見ているかのようなおぼつかない思考で、ただ頷く。彼女はにっこり笑った。
 彼女が僕の唇に吸い付くように唇を合わせると、この世のものとは思えない快楽が僕を襲った。
 肌と肌が重なり合う時の比でない快楽が、濁流の中の木の葉のように僕を翻弄する。
 チロチロと彼女が唇を舐める度に体が痙攣する。
 何か温かく柔らかいものが入ってきた。一瞬混乱する。なんだ?舌だ。彼女が舌を入れて来たのだ。

(くぁぁ……!)

 あまりの快楽に体が耐えきれなくなり、半ば反射的に彼女を押し退けようとする。
 が、彼女はその可憐な容姿からは到底想像できない怪力で僕の両腕を抑えつけると、そのまま僕の口内を蹂躙し続けた。
 彼女も興奮しているのか抑えつけられた両腕がギリギリと軋む。痛い。そしてそれ以上に気持ち良い。彼女がふんふんと鼻を鳴らす様すらいとおしく思える。
 いつまでもこの快楽の中で浸りたい気すらして来た。しかし、残念ながら僕の肉体の方が持たないようだ。
 ただの口づけでも彼女は相手の精気を吸収してしまうのだろう。徐々に力が抜けてきた。目も霞み始める。やがて世界がグラグラと揺られ始めると、僕は脱力した。

ボキィ!!

 僕が脱力してしまった為だろう。辛うじて筋肉の強ばりで免れていた骨への圧力に耐えきれなくなり、両腕が折られた。
 そこでようやく彼女はハッとしたように唇を離す。

「あ、あら?ごめんなさい、ジンくん……私、つい興奮しちゃって……」

 セラピーさまが詫びるが、僕は意識が朦朧とし、ろくに返事も出来なかった。

「ヤダ……本当に大丈夫?ジンくん」

 セラピーさまが心配そうな顔をして覗き込んでくる。
 僕は彼女を安心させる為、大丈夫だと言おうとしたが、遠退く意識をつなぎ止められず気絶した。




 彼女とは生まれた頃から共にあり、血縁関係はなかったが姉弟のようなものだった。
 同じエルフということもあり、その絆は他の孤児たちよりも強固であった。
 奴隷として価値があり高値で売れるエルフである私と彼女が成人するまで健やかに育つことが出来たのは、一重に院長のおかげである。
 ニアBクラスと言われたサクラ母さんは、夜の闇のような髪を白髪混じりにしても尚、この街の冒険者や富豪に畏れ、敬われていた。
 通常、孤児院というのは奴隷販売所か、娼館という一面を持つのが普通だ。でなければ、誰が好き好んでこのご時世に何の得にもならない慈善事業をするであろうか。いるとすればそれは、世界で一人いるかいないかという生きた奇跡のような人物であろう。
 サクラ母さんはその生きた奇跡のような人物であった。
 若い頃に蓄えた資金で孤児院を経営してくれたサクラ母さんは、まぁこう言ってはなんだが、この街では一種の異常者だ。
 そんな異常者のサクラ母さんは、しかし確かに善人であることは確かで、良く街の人々に頼られていた。名士というヤツだ。
 しかしそんなサクラ母さんにも、避けられない不幸がある。寿命だ。人である以上決して逃れられない運命にサクラ母さんも捕まってしまった。
 それでも、既に14になっていた私と彼女は、なんとか孤児院を経営できるくらいに成長していたから孤児院は維持することが出来た。
 私が拙い錬金術で、彼女が機織りで、なんとか食い繋いできた。この孤児院を出て生活している仲間や先輩たちも余裕があれば孤児院に寄付してくれたので、私が17になるまではなんとかなった。
 なんとかならなくなったのは、孤児院に寄付をしてくれる仲間が減ったからだ。
 サクラ母さんが高名な冒険者であったこともあり、孤児院を出た後冒険者になる仲間は多い。
 危険な分実入りの良い迷宮探索を生業とする仲間たちの寄付は多大で、そのおかげでサクラ母さんの亡き後の孤児院を維持できたのだ。
 しかし、冒険者は長生きできない。
 一人、また一人と命を落としていく仲間と比例するように、孤児院の経営は苦しくなった。
 無論、冒険者にならずに普通の職についた者もたくさんいるのだが、そんな人々は日々生きるので精一杯でとてもじゃないが寄付などという余裕は持てない。
 それでもここまで大きくなれたのはこの孤児院のおかげなのだからと、家計を切り詰めて寄付してくれる方もいたのだが、やはりそれは冒険者の仲間が入れてくれる額に比べると雀の涙のようなものだった。
 ついには最後まで寄付してくれていた教官であったバートンさんも亡くなり、事ここにいたっては私も決断せざるを得なくなった。
 冒険者になる。
 私は決意を固めた。
 今はまだ貯えがあるからなんとかなるが、このままではいずれ孤児院は閉じることになるだろう。
 そうなれば、他の孤児院に引き取られた子供たちの末路は悲惨だ。
 引き止める彼女の制止を振り切り――思えば彼女の願いをはねのけるのはこれが初めてだろうか――、私は冒険者になった。
 予想はしていたが、冒険者の収入は凄まじく、孤児院にはあっという間に貯えができた。
 私も腕を磨き、これならなんとかなるかと―――そう―――――思った――矢先―――わ――たし――は――――………。


 目が覚めると僕はセラピーさまのベッドの上にいた。
 夢を見ていた。
 肉体と魂の記憶の統合を進めて以来、肉体の記憶をまるで自分の記憶のように夢を見ることが多くなった。肉体の記憶はまるで魂の記憶と同じかのように僕の心を強く揺さ振る。
 今の僕は、《私》が抱いていた《彼女》への想いも受け継ぎつつあった。
 頭を振って夢の余韻を振り払い、何があったのかを思い出そうとする。

「いったい……?」

 自分に問いかけるような一人言であったが、返事が返ってきた。

「目が覚めたかしら?」

 声の方を向く。そこにはベッドの傍の椅子に腰掛けたセラピーさまがいた。

「なにがあったか覚えてる?」

 僕は確か……、そうだ。

「セラピーさまとキスをして……」

「うん、ごめんなさい。思わず吸っちゃった」

 吸っちゃったって……、精気をだろうか。危なかった。もしかすると死んでいたかも知れない。

「ごめんなさい。キスしても平気だったからついつい興奮しちゃって……。以前の人間だった頃のジンくんならキスしただけで失神してただろうから。これなら、って思っちゃったのよね」

 参ったわ、と頬に手を当てため息をつくセラピーさまは、しかしどこか満足そうだった。

「そうですか……」

「腕、大丈夫?けっこうぐしゃぐしゃだけど、治りそう?」

「はい、大丈夫です」

 僕は【超速再生】を使い両腕を治した。千切れ飛んだ時に比べれば魔力消費は少ない。しかし、今度は両腕なので、やはり魔力を使い切ってしまった。魔力量に不安を覚える。セラピーさまにご褒美として頂ける冒険者が魔術士系だといいのだが……。

「あら……それ、もしかして、レアスキル?」

「はい」

「肉体再生系かしら」

「ええ。【超速再生】です」

「ふぅん…………どうりで、ね」

「え?」

 後半は呟くようで、よく聞こえなかった。

「ふふっ、なんでもない。気にしないで」

 セラピーさまは笑ってごまかす。こういう風にごまかす時は無理に聞かない方がいい。女という生き物は詮索を嫌うのだ。そのくせ、好きな人には自分の事を良く知って貰いたいと思う。全く持って解せぬ生き物である。彼女――ティファもそうだった。

「それよりも、ジンくん、お詫びといってはなんだけど、これをあげるわ」

 そう言って彼女が差し出したのは一つの腕輪。

「これは?」

「それは私が実験的に作ったものなの。レアスキル持ちの魔族の核を加工して作ったものよ。魔力消費を半分にしてくれるの。その魔族は魔力消費を10分の1にするレアスキル持ちだったのだけど、なぜか効果が下がっちゃったのよね」

 そういってセラピーさまは嘆息するが、僕はその効果に驚いていた。魔力消費を半分にするとは素晴らしい。

「本当にこのような素晴らしいものをもらってもよろしいのですか?」

 腕輪のあまりの性能に日本人特有の遠慮が首をもたげてきた。あんまりにも高価なもの貰うとついつい遠慮してしまうというあれだ。

「ふふっ、いいのよ。本当はもっと前にあげようと思っていたのだけど、ジンくん慎み深いから遠慮するだろうなって思って……。でも今回はお詫びなんだから受け取ってくれるでしょ?」

「………そういうことなら頂きます」

「そうそう。ジンくん、強くなりたいなら誰よりも貪欲にならないと駄目よ。強くなりたいって願いは本当は高慢で嫉妬深くて、強欲極まりない欲望なんだから」

 ――だってそうでしょう?その願いは自分より弱いものを踏み躙りたいという欲望なのだから。




 豚が行動を起こしたのはノルマ提出二週間前の事だった。
 今まで先輩と僕から回収してきたスパンから考えると、豚はノルマ提出の1ヶ月前から回収を始めていたのだろう。
 しかし、今回は僕と先輩は居らず、それどころか溜まっていたであろう回収物は根こそぎ僕の回収部隊が持って行ってしまっている。
 そうなっては、僕のところのように組織的に回収しておらず効率に劣る豚は装備品を回収できず、このままではノルマを達成できないであろうことに気付いた豚は焦り始めた。
 焦った角煮は回収部隊にあたり散らすなどのヒステリーが目立ち始めたが、やがて何を思ったか僕を探し周り始めた。
 僕は角煮との一件以来徹底的に角煮を避けていたので角煮に見つかることはなかった。まさか角煮も僕が影に潜って移動しているとは夢にも思わないのだろう。僕を探して回る角煮の様子は少し滑稽だった。
 しかし、笑って見ていられたのもそれまでだった。
 僕が見つからないことに焦りだした角煮は、僕の回収部隊を襲いだしたのだ。おそらく僕を探していたのも、僕から回収物を奪い取るためだったのだろう。
 それが僕も、僕が隠しているであろう回収物も見つからないので、煮詰まった角煮は回収部隊を襲いだしたのだ。
 襲われた部隊は第二班。再編されたばかりだと言うのにまた壊滅してしまった。呪われているのだろうか。
 すぐさま僕も対策を打つ。3日おきの回収を1日に変更。襲われるリスクを低くした。
 しかしそれもすぐに問題が発生した。
 豚が何度も執拗に回収部隊を襲撃するせいで魔物の方が尽きてきたのだ。
 特にフェアリーのストックがあと二匹しかいないのが痛い。
 僕は回収を一度諦め、全ての班を飼育部屋に戻した。これ以上殺されてはたまらない。
 しかし、これでは問題の根本的な解決とはなりえなかった。
 今回はノルマを既に達成出来ているから問題ないが、次からはどうする?今回の事で味を占めた角煮はまた同じことをするだろう。またすぐ僕の部隊の横取りを始める。そうなれば使い勝手の良い魔物たちはどんどん減り、いずれはノルマが達成出来なくなるかも知れない。いや、間違いなくそうなるだろう。
 そして、何よりも痛いのが、核の回収が出来なくなることだ。
 それは不味い。僕は一刻も早く強くなりたいのだ。

 覚悟を決める必要があった。
 角煮を殺す。
 きっとこれは僕が強くなる為には越えなくてはならない試練。
 なに、考えてみればこれはいい予行演習だ。
 この先僕よりも圧倒的に強い敵が山ほど出てくるだろう。
 ならば角煮程度の敵を倒せなければ、とてもじゃないが強くはなれないだろう。
 だから僕は貯めてある核は使わない。このままの強さで戦おう。そして倒す。こちらを舐め、見下して鼻を伸ばしている豚の鼻っ柱をへし折ってやる!豚如きが天狗になるなど百年早いということを魂に刻み込んでやろう。その教訓を冥土の土産にして地獄へ墜ちろ、豚!!
 肉体の遥か深く、魂の奥底からマグマのような熱が込み上げてくるのがわかる。その熱は、感情という燃料を心臓にくべて生み出したもの。生み出されたエネルギーは膨大。身体の隅々まで行き渡り僕に力を与える。

 火種はいつでも僕の深層にあった。先輩を失ったあの日から僕の深く暗いところで燻り続けていたのだ。この――憤怒は。
 内から僕を焦がす炎に急かされるように僕は角煮を始末する為に動き出した。。




「ど、どごい゙っダァ゙!ぶっごろしでやる!」

 角煮は60階の泉にいた。
 僕が誘導したのだ。
 飼育部屋からフェアリーを除く第二班を出した僕はこれ見よがしにいくらかの装備品を持たせ、回収部隊を探す角煮の前に姿を現せさせた。釣りだ。単純な豚はあっけない程に釣られた。
 後は簡単だ。そのまま最寄りの泉に誘導。そこには勿論僕のアンカーが打ち込んであり、いつでも僕はそこに移動することが出来た。
 今僕は影に潜み奇襲の機会を窺っていた。
 さてどうするか。僕は思考する。豚を殺す為に。
 一撃で豚を倒せるとは思えないが、だからこそできるだけ重傷か戦闘力を奪う攻撃を与えたい。
 僕の属性は氷と雷と闇。戦闘に響く傷を与えるなら殺傷力の高い炎撃系のものが望ましいのだが、生憎それは苦手だ。
 視力。或いは機動力を奪いたい。それさえできればあのような豚、まな板の鯉だ。どのようにも料理できる。
 …………よし。
 これなら大丈夫だろう。 僕は作戦を脳内で練ると行動を開始した。

「ウーンズ!」

 【闇渡り】を解除すると影から飛び出し、闇の魔法を放つ。この魔法の特徴として、薄暗い迷宮では視認しにくいというものがある。
 僕の声に反応したのであろう振り向いた角煮の頭部にウーンズは当たると、そのまま目にまとわりついた。

「ガァ゙あ?な゙なにも゙みえ゙ね゙ぇぇ゙!な゙にをジダァ゙」

「さてね。当ててみな!」
 僕は位置を特定されないように角煮の周りを動きまわりながら人の糞尿が入った瓶をおいていった。
 しばらく闇を振り払おうと顔を掻き毟っていた角煮だったが、やがてそれが取れないとわかると自慢の斧を握り、吠えた。

「ま゙まぼうガァ!!」

「正解だよ、豚。これでもくらいなぁ!」

 後半はわざと大きい声で叫ぶと、僕は【闇渡り】を使用。影へと潜伏した。
 僕の声を聞いた角煮は攻撃が来ると身構えていたが、数秒待ち攻撃が来ないことを悟ると、鼻をスンスンと鳴らしなにかを嗅ぎはじめた。

「ぉ、おではどっでもはな゙がいい゙んだぁ!め゙、目がみえ゙なぐでも!ぉ゙お前のばじょぐらいわ゙がるんだよ゙!」

 角煮は驚いたことに僕の残り香を嗅いだのか、僕が影に潜った場所に直進し、斧を振った。恐るべき嗅覚と空間把握能力。その嗅覚は想定の範囲内だったが、空間把握能力は予想外である。僕は作戦の微修正をすることにした。
 角煮の振るった斧はそこに置かれた瓶を木っ端微塵に砕き、糞尿を撒き散らした。

「な゙なんだぁ゙!?」

 突然の悪臭に驚いた角煮は闇雲に斧を振り回し始める。
 振るった斧は次々に置かれた瓶を砕き、糞尿を撒き散らした。

「ぐ。グゾォォ゙ォ……ぐぜぇ!」

 ――これで嗅覚も潰した。
 影から出て、鼻を押さえて悶える角煮に静かに忍び寄る。跳躍。角煮の頭部まで飛び上がった僕は風の魔法を発動。

「パーティージョーク――ウィンド」

 これはイェルから吸収した魔法で、単に大きな音を出すという魔法だ。込めた魔力量に比例して出る音が大きくなる。本来は人を驚かす為のものだが、こういう状況下では何よりも有効に働いた。

「ガァァアァ!!」

「………ッ!」

 中級魔法並の魔力を込めたパーティージョークを耳元で食らった角煮は右耳から血を流し、苦しむ。おそらくは左耳も麻痺しているだろう。
 なにせ僕も耳鳴りがしているのだから。
 角煮が振り回す斧に当たらないようにバックステップで距離を取ると、伸ばした爪で角煮の両足首を切り裂いた。狙いは足の腱だ。
 ここで予想外が発生した。
 角煮の皮膚が固すぎて爪が届かないのだ。地の戦闘力の差がここに出た。

「ちっ!」

 今の攻撃で僕の位置を察したのであろう。僕の方に振るわれた斧を避けると僕は距離を取って、作戦を考え直した。
 本来の作戦ならばここで爪で少しづつ体力を削っていく作戦だったのだが、まさかこんなことで跌とは。
 仕方ない。魔法で削っていくしかない。
 僕は試しにアイスニードルを放ってみた。

「アイスニードル」

 アイスニードルは狙い通り角煮の足首へと飛来し――貫いた。

「よしっ」

 思わずガッツポーズをとる。油断だった。
 角煮が斧をこちらに向かって投げてきた。
 もうスピードで飛んでくる斧を僕は避けることが出来ず、出来たことは少しでも被害を少なくするために半身になることだけ。
 それでも左腕は切り飛ばされてしまった。まったく、よく飛ぶ腕だ。二度目ともなると変な余裕まで出てくる。
 僕はすかさず宙を舞う腕を掴むとその場を離脱する。
 すぐさま切断面に腕を当てると【超速再生】を使用。切断面を繋げるだけなので複雑骨折や、そのものの再生よりは魔力消費が少ない。それでなくてもセラピーさまに頂いた腕輪のおかげで魔力消費が半分に済んでいるのだ。セラピーさまには頭が上がらない気分だ。
 再生が終わると、豚の様子を見る。
 豚は足首に刺さったアイスニードルを抜きたいようだが、既にアイスニードルは足首ごと地面に凍り付けている。あれをどうにかしたいなら溶かすか、足首ごと砕くしかないだろう。
 僕はオマケとばかりにアイスニードルをもう片方の足首に放つ。
 豚が汚い悲鳴を上げた。

「ガァァアァ!!ゴ!ロ゙ず!ごろ゙じ!でや゙る゙!!」

 僕は角煮の攻撃が届かない場所へと立つと言った。

「初めて気があったな、角煮。僕も同じ気持ちだよ。―――殺してやるよ、豚。どんな風に調理して欲しい?」

 自分でも驚くほどの冷たい声が出た。不思議だ。こんなにも魂は煮えたぎっているというのに、出る声はこんなにも冷たいのだから。
 角煮は僕の冷たい声に驚いたのか、ハッとした感じでこちらを振り返った。その顔には恐怖の表情がありありと浮かんでいる。

 そこからはただの殺戮劇――いや、料理だった。

 ウィンドブレイドで全身を細かく何度も斬り付ける。こうなってしまえば、角煮にとって不幸だったのは彼の皮膚が固すぎたことだろう。
 故に僕は一思いに首を跳ねる事ができず、全身を斬り付けて出血死させることにしたのだから。
 僕が魔力を使いきる頃には、そこにはほとんど原型を留めていない血達磨があった。

「………ぅ、……ギィ゙ぅ゙……」

 角煮はまだ息があった。驚異的なまでの生命力。
 ここまで傷つければ、後は僕の爪でも傷口を広げていけば殺せるだろう。

「さぁ、下ごしらえは終わった。最後の仕上げに、煉獄の炎で焼かれてこい。豚肉」

 そう言って僕が腕を振り上げると、角煮は弱々しい声で命乞いを始めた。

「…だすぐ……ざい。なんで、します。ぉねが……です」

「………」

「……じにた……く、な。生ぎだい゙……。ゆ゙るし、でぐた……」


 僕の中で何かが静かになっていくのがわかった。
 あれほどまでに燃え盛っていた憤怒の炎が下火になっていくのを自覚する。
 なぜあれほどまでに僕は怒っていたのだろう。
 そうだ。この豚が、先輩を騙ったからだ。それが許せなくて、僕はこいつに殺意を抱いた。
 けれど、もういいか。今のこいつはあまりにも………哀れだ。
 そう言えば昔、先輩が親子連れの冒険者を見逃したことがあったっけ。
 たまには僕も先輩の真似事をしてみるのもいいかも知れない。
 僕は角煮を見逃してやることにした。

「誓え、豚。
一つ、二度と僕に逆らわない。
二つ、二度と僕の部下に危害を加えない。

この二つを守るならお前を見逃してやる」

「……ぢ、ぢがい゙ま、ぢかいまず……まも゙り゙、まず」

「………約束は守れよ」

 僕は糞尿にまみれ、血達磨になった角煮をその場に放置してその場を立ち去った。



 角煮との戦闘から二週間が経った。
 あれから角煮は見ていない。何処かで傷を癒しているのか、あるいはもう僕の目の前に現れるつもりはないのか。
 どちらにせよ、角煮は僕に逆らうことはないだろう。なんとなく、そんな予感がした。

「ふふっ、ノルマ達成おめでとう。ジンくん」

「ありがとうございます」

「さっそくだけど、これがご褒美の冒険者。ジンくんは魔法が武器のタイプみたいだから、魔術士系にしてみたの」

 そう言って差し出された男には手足がついていなかった。目は抉られ、口は糸で縫われている。何故か顔の皮膚が剥がされていた。
 かろうじて上下する胸部が、この冒険者が生きていることを証明していた。

「酷いわよね、それ。その子ナルシストからもらったんだけど、あいつ自分より美しい相手はいつもこうするの。ついていけないよね、ジンくん」

「そうですね……」

 セラピーさまの発言にそう返すが、僕には既にこれは食い物にしか見えていなかった。
 確かに酷い所業だとは思うが、それ以上に見ていると食欲が沸いてくるのだ。
 おそらくは、人間の頃に見ていたのなら吐き気すら催していた光景に、今の僕は食欲を覚えている。つくづく、人間から遠いところに来たものだと、内心自嘲する。

「そんななりだけど、それ、一応Cクラスの魔法剣士なの。素質は十分だと思うわ」

「Cクラスの魔法剣士ですか……楽しみです」

「ふふっ、ジンくん、今にも涎が垂れそうな顔してる。我慢しなくていいわよ。どうぞ飯上がれ」

「それでは、いただきます」

 男を食べ始めると、すぐに魔力と魔法力が増加するのがわかった。
 なるほど、強い冒険者のほうが吸収の効率が良いのも同じなのか。
 上がるのは魔力だけではない。力も漲り、体が軽くなる。魔法剣士……一粒で二度おいしいとはなんてお得なのだろう。
 脳と心臓以外を食べると、僕はメインディッシュへと移った。脳だ。心臓はデザートである。
 男の脳を食らうと、魔法と剣を同時に使った戦闘技術が流れ込んできた。
 後で僕用にチューニングする必要があるだろう。
 最後に心臓で口直しすると、僕はふぅと一息ついた。

「美味しかった?」

「はい。とても」

「気に入ってくれたようで嬉しいわ。………実はもう1つご褒美があるの。受け取って頂戴」

 そういって渡されたのは1つの核だ。僕が見た核の中でも最も色が濃い。

「これは……?」

「C級の核よ。C級の中でも上位の方だったから、きっとジンくんの力になるわ。
――今日のメインディッシュってところかしら」

「なるほど………ではいただきます」

 僕がその核を吸収すると、今までにない力が湧いてきた。同時にセラピーさまのキスに匹敵するほどの快楽が身体を貫く。
 これは――素晴らしい。
 たった1つでここまで力が上がるなんて……。これがC級の核か。
 込み上げてくる力と快感の中に浸る。病み付きになりそうだ。もうF級やE級の核では満足出来そうにない。

「気に入った?」

「はい……」

 気を抜けば涎が垂れそうになるのを耐え、返事を返す。
 そんな僕の様子をいとおしそうに見ながらセラピーさまが言った。

「それは良かった。豚ちゃんも喜ぶわ」

 ――え?

 快感の余韻は吹き飛んだ。
 今なんて?
 僕の驚いた顔を見てセラピーさまは可笑しそうに笑った。

「どうしたの?そんなに驚いた顔をして」

「いえ………この核は角煮のものなのですか?」

「角煮?」

「あの……かつての回収部隊の隊長です」

「あぁ、角煮って名前だったの。えぇそうよ。その豚ちゃん」

「そうですか……」

 そうか、角煮。死んだか――。

 僕は自然と手を合わせると言った。

「ごちそうさまでした」

 僕は多分、生まれて初めて、本当の意味でごちそうさまをした。


あとがき
・・・・あ~・・すいません。更新が遅れてしまいました。本当は4/1に投稿したかったんですけどね~。
セラピーさまが思うように動いてくれなくて。

とりあえず、これで角煮くんは退場です。
すこしさびしいですね。作者の中で、先輩とならんで使い易い子だったんでw

どうぞ、これからもよろしくお願いします。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 8
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:4cd256ff
Date: 2010/04/11 12:51
「………あら?おかしいわね」

「………何が、でしょうか?」

 僕が角煮と冒険者へごちそうさまの感謝を捧げていると、セラピーさまがおかしな独り言を呟いた。

「うーん、条件は満たしていると思うんだけど……。ね、ジンくん貴方、核をけっこう貯めてたわよね。今ちょっとそれ吸収してくれない?」

「はぁ……まぁ構いませんが」

 僕は腕輪の青い宝石を押すと、全吸収と唱えた。
 腕輪に二つついている宝石にはそれぞれ便利な機能が付与されている。腕輪の赤い方は核を出し入れする機能。溜め込める個数は無制限。しかし取り出す際は全て出てきてしまうという欠点があった。……イメージとしては、豚の貯金箱が近いだろうか。
 青い宝石に付与されている効果は、溜め込まれた核を吸収するというものだ。
 いちいち取り出すのが大変なほど溜め込まれた場合についている。小さなびー玉とは言え、何百何千と出て来たら迷惑極まりないからだ。
 また青い方は吸収する量を調整できる。魔族は吸収する際に快楽が伴うが、人間は苦痛が伴うからだ。当然数が多ければ多いほど、質が高ければ高いほど快楽、あるいは苦痛の度は大きくなり、大量に摂取すればショック死や精神に異常をきたすことすらある。
 故に青い宝石には調整する機能がついていた。なぜ青い方には付けておきながら赤い方にはつけないのか。嫌がらせとしか思えない。
 現在核は約3300個ほど溜まっている。これほどの量を一度に吸収するのは初めてだ。……少し、ドキドキする。
 核を吸収する。………予想よりもたいしたことがない。
 少し考え、理由に思い至る。リビングデッドに上がった時と同じだ。角煮を食らったことで僕はまた少し強くなり、核の吸収率が下がったのだ。
 今の僕は名実ともにC級相当の力を得た為、吸収率が半減したのだ。
 ……くそっ。もしかしたら角煮の核を吸収する前に吸収すればもっと強くなれたかも知れない。
 ………いや、下手したら角煮の核は上位吸収ボーナスで二倍の吸収率になっていた筈だから、角煮の核の吸収率が通常になったかも知れない。
 ………ならこれは幸運なのだろうか。

―――ドクン、ドクン。

 なんだ?急に鼓動が……?!
 僕の全身から靄が立ち上がり、包み込む。
 肉体が作り換えられ、力が漲り、魔力が溢れ、魔法力が増加する感覚。
 この感覚を僕は知っている。
 そう、これは確か――先輩と同化し、リビングデッドになった時の――!

「あはっ……やっぱり。ジンくんならきっとなれると思ってたのよね」

 僕の様子を見るセラピーさまが嬉しそうに笑った。

――RANKUP。リビングデッド→ネクロマンサー/C→C+/レアスキル取得/【詠唱破棄】

 自分の状態が脳裏に流れ込んでくる。これも、リビングデッドになった時と同じ。だが、C+?ネクロマンサー?どういうことだ?
 こんなこと、先輩の知識の中にない。

「これは……いったい?」

「不思議?教えてあげましょうか?」

 動揺する僕の様子を面白げに見ていたセラピーさまが言う。
 僕は是非もなく頷いた。
「はい。教えていただけますか?」

「それはね、所謂隠しクラスなの。知能系魔族はB級までクラスチェンジが1つ少ないのは知ってるでしょう?隠しクラスはその救済策みたいなものね」

「隠しクラス……」

「そう、隠しクラス。救済策とは言っても条件はかなり厳しいわ。……私もこれで見たのは二度目ね」

「……そんなものがあるなんて知りませんでした。ネクロマンサーになるための条件とは何なんでしょうか」

「確か――……」

 とセラピーさまは頬に手を当て考え込む。

1、クラスチェンジ可能期間はリビングデッドになってから半年以内。
2、リビングデッドの頃から魔力を有していること
3、肉体が生前から魔術士系であること。
4、魔法の知識に関して造詣が深いこと。
5、身体能力よりも魔法力の方が優れていること。

 セラピーさまから条件を聞いた僕は思わず唸ってしまった。かなり、厳しい条件だ。普通、達成できない。僕もよく達成出来たものだ。運が良かったとしか思えない。

「大体クラスチェンジのタイミングはC級の下位から中位の間だから、ジンくんなら今回の吸収でRANKUPできると思ってたわ」

「これもセラピーさまの力添えのおかげです」

 僕は社交辞令ではなく、本心から頭を下げた。

「ふふっ、まだ、でしょ?ジンくん。まだ、これくらいの強さでは満足しないわよね?」

 一瞬、そう問うセラピーさまの瞳の輝きの妖しさに当惑した僕だったが、すぐに頷く。満足にはほど遠い。あの男を殺すにはこれでは足りない。話にならない。もっと強く――そう、それこそセラピーさまよりも強くならねばならないのだ。
 僕の力強い頷きを見たセラピーさまは色っぽく吐息を漏らす。見るもの官能を刺激する動作。……最近のセラピーさまはこういう仕草が多くなった。

「その欲望に貴方は命を賭けることができるかしら?」

 命――……。
 少し考え、すぐに結論がでる。

「出来ません。死ぬつもりはありませんから。僕はどんな死地でも生き抜き、強くなります。目標がありますから」

 僕の答えにセラピーさまは頷く。いと満足気に。

「……100点満点以上よ。そうよね、簡単に死を覚悟するような人は強くなれないわよね。最後に立っていた者が勝者なのだから」

 実は、と繋げる。

「今度フロアマスターを決める試験があるの。出る候補はB級が二人――所謂本命ね――、C級の中位以上が8名くらい。この10人で殺しあってもらうの。最後の一人になるまでね」

 ――フロアマスター!
 いずれは……と思っていた目標を目の前に出され、否応にも僕の胸は高鳴った。

「この殺し合いには特殊なシステムを使うの。決闘システムって言うんだけど、普通は核はその魔族の力の一部しか宿せないのだけれど、決闘システムでは相手の力を100%詰め込んだ核が作れるわ。――あぁ、言っておくけど、ノブナガちゃんのレアスキルとは関係ないわよ?」

 紅茶を一口飲み、一拍あける。

「B級はB級同士で、残りの8名のCはC級同士で殺しあうわ。トーナメント形式でね。B級は謂わばシードってヤツかしら」

「戦いは一対一で行われるけど、連戦よ。始めはC級だった子達も終わる頃には決勝に残ったB級と同じくらいの力を得ることになるから、手っ取り早く強いフロアマスターを作れるってわけね。
最後の一人になるまで共食いをさせるこの試験を私達幹部はこう呼んでいるわ。

――コドクシステムと」

「コドク――蠱毒ですか」

 なるほど、言いえて妙だ。言われてみるとそれ以外ないというしっくりくるネーミング。

「場所はKILLING ROOMと呼ばれる場所で行われるわ。一度KILLING ROOMに入ったら全員の核を吸収するまで出てくる事はできない。……どう?それでもやる?」

 ……与えられた情報を整理する。

1、戦いは一対一で行われる。勝者は相手の力をまるごと手に入れる。……知識の吸収のない同化のようなものか。
2、戦いは連戦。休憩は挟まれない。その上相手は常に自分とほぼ同等かそれ以上だから激戦は必須。戦いを重ねる毎に消耗は大きくなるだろう。その点決勝に残るB級は一戦しかしていないわけだから相当有利だ。……なるほど、だからシードか。それでもノーシードが勝つならばそれは本当の強者というわけなのだろう。
3、出てこれるのは一人。……僕が死ぬ可能性は高い。連戦の中で勝てば力が入るだろうが、急激に増加する力を上手く使いこなせるか、疑問だ。

 条件は困難。僕が生き残る可能性は低い。だがそれでも―――。

「――やります」

 これくらいの試練を越えずにどうしてあの男が倒せるだろう。あの男はこの試練を越えたワーウルフを倒したのだから。

「そう!それでこそ男ね。私はジンくんなら最後まで生き残れると信じているわ。本当ならこの戦いの後に更に当代のフロアマスターと戦ってもらうんだけど、チャンピオンは引退しちゃったからチャレンジャーがそのままチャンピオンよ。本当にジンくんってついてるわね」

 そういってセラピーさまは無邪気に笑うが、僕は素直に喜べない。
 なぜならそのチャンピオンを下した男が僕の最終目標なのだから。それにあの男のおこぼれを貰っているようで気分はあまり良くなかった。
 ――いや……、よそう。そもそもまだトーナメントに参加してすらない。それが、おこぼれだなんだのと、あまりに傲慢。とらぬ狸の皮算用とは、この事だ。

「頑張ってね。ジンくん。……死んじゃ、イヤよ?」

 それまで気分良さ気に話していたセラピーさまが、心配そうな顔をする。
 いつの間にか距離は詰められており、手が頬に添えられていた。

「はい。必ず、生き残ります」

 セラピーさまの心配を振り払うよう、しっかりと頷く。
 セラピーさまはパッと顔を輝かせ、僕に軽く触れるような口付けをする。
 貫くような快楽が脊髄を走った。

「私、ジンくんなら越えられると思ってジンくんを推薦したんだから……私の期待を裏切らないでね?」

 そう言って微笑むセラピーさまの表情は、まるでその見掛け通りの少女のように無垢なものだった。




 セラピーはジンが部屋から立ち去ると、部屋の隅にある棚へと向かった。
 その棚にはセラピーのコレクションが並んでいる。
 東方の珍しい皿や、拳大もある黒真珠。人の子供の頭程もあるルビーに、びー玉サイズのピンク色のダイヤもあった。かつてはそこにジンにプレゼントした試作品の腕輪も並んでいた。
 セラピーはこの棚に無断で触れる者を決して許さない。なぜならこの棚は、セラピーの本当のお気に入りだけをおいたものだからだ。
 かつては本拠地にて愛のコレクションと共に飾られていたが、一時的にフロアマスターの役目を引き受けることになった際に、一緒に持ってきたのだ。お気に入り故に、傍に置いて起きたかった。ジンと再会するまでは、このコレクションを見て退屈を紛らわせていたものだ。

 コツン、と足に何かがあたる。セラピーが視線をしたへと移すと、そこには何かの動物の頭蓋骨が無造作に転がっていた。
 それを見たセラピーは思わず嗤う。そして、その頭蓋骨――かつては角煮と呼ばれていたものを拾い上げた。
 頭蓋骨を持ち上げ、暗い眼窩を覗き込むように視線を合わせる。

「豚ちゃん、ご苦労様。思い通りに動いてくれて、とっても助かったわ」

 そういってセラピーは思いを馳せる。そう――本当に思い通りに動いてくれたものだ。この豚は。
 そういえば名前はなんだったか。
 自問し、苦笑する。忘れていた。先ほどジンとの会話の中で出てきたばかりなのに、すでに自分の頭の中には豚の存在は消えていた。

 角煮が自分に好意を抱いていたことをセラピーは知っていた。
 それでもセラピーは角煮に何の興味も持てなかった。なぜなら、好みのタイプではなかったから。煩わしい、とすら思わなかった。完全な無関心。それが、セラピーのペットと幹部以外への基本的なスタンスだった。
 そんなセラピーが角煮の事を頭に思い浮かべる機会が生まれたのは、ジンの影響だった。
 ジンをどうやって強くするか。
 その方法の1つとして角煮が選ばれた。
 興味がなかったが、それでも豚がどうして自分の傍にいるのか、という理由ぐらいは知っている。
 あの豚が、回収部隊の隊長だからだ。
 そして、あの豚が回収部隊の隊長であることにプライドを持っていることは予想がついた。回収部隊の隊長、ということはその階層のNo.2だという事だからだ。
 その豚が、自分の他に回収部隊の隊長を任される者が現れた時、どう動くかは簡単に予想がついた。
 だから、セラピーはジンを回収部隊の隊長へと任じた。
 強さを貪欲に追い求めるジンはきっと効率的に回収部隊を動かすだろう。豚よりも、だ。
 そうなれば、両者の激突はもはや必然と言えた。
 ノルマが達成出来なくなれば、豚はきっとジンを襲う。その頃には、ジンも豚と渡り合える程度には強くなっている筈。
 そういう思惑を持って、セラピーはジンを回収部隊の隊長へと任じた、のだが……。
 セラピーにとって予想外が3つも起きた。

 1つは任じた直後に豚と接触してしまった事だ。
 レアスキル【千里眼】を持って、ジンの様子を覗いていたセラピーは、ジンと豚のやり取りを見て心臓が止まりそうになった。
 豚が振り上げた拳がジンへとかすり、その腕を千切り飛ばしたのだ。その威力とダメージは、両者の力の差を如実に表していた。

 ――このままじゃジンくんが死んじゃう!

 すぐさま救出の為、レアスキル【空間転移】を使用する準備をしたセラピーであったが、予想に反し、豚の追撃はなかった。
 ホッと息をつき、しかしいつでも【空間転移】を使えるようにしておく。
 豚はその後も身勝手な罵詈雑言を宣った後、事もあろうか、ジンへと汚らしい痰を吐き付けて去っていった。

 ――あの豚…………殺すわ。

 セラピーは久しぶりに怒っていた。
 こんなに怒ったのは、何百年振りだろうか。
 前に怒ったのは、確か――そう、お気に入りだった少女が、私のコレクションの1つの宝石を盗んで逃げようとした時だ。
 しかし、今のこの怒りはそれよりも更に強い。
 何せ今回は文字通り、お気に入りに唾を吐きかけられたのだから。
 感情の赴くままに豚を殺しに行こうとしたセラピーだったが、しかしすぐに止めた。
 殺しに行く理由がジンならば、取り止める理由もジンだった。
 未だ発動させたままの【千里眼】がジンの様子を捉えたのだ。
 普段繊細で、荒っぽい言動などしないジン。故に、今回再会した時は男の顔をしたことにすら驚いたのだが……。

(へぇ………こんな顔もするようになったんだぁ)

 そのジンが野性的な貎をしていた。
 その貎が、ジンの内心を物語っていた。お前を食らってやると。言葉に乗せるよりも尚明確に相手に伝わるような意志をその表情へ籠め、豚が去っていった通路の闇を嗤いながら睨んでいた。

(ふふっ………そう、あの豚はジンくんの獲物なのね?)

 ならば自分が手を出すのは筋違いというものだろう。
 セラピーは芽生えた殺意をそっと心中にしまうことにした。

 その後ジンは豚を避け、戦闘をせず着々と核を集め続けた。
 セラピーはその様を毎日【千里眼】で覗き見しながら過ごした。
 事態が動き出したのはノルマ締め切りが迫った時。豚の回収部隊狩りに我慢の限界が来たのか、ジンが豚を狩ることを決意したのだ。
 ここでセラピーは2つ目の予想外に直面する。
 なんとジンは貯めた核で自己の強化をせずに豚の襲撃を開始したのだ。
 両者の力の差は明らか。よもや力の差もわからない愚か者だったかとやや失望する。これではかの渡り人へと挑戦するのもただ力の差を知らないだけの無謀だ。
 やはり彼は男ではなくペットが関の山だったか。なに、ペットなら彼は最上級。末永く可愛がってやろう。
 嘆息し、【空間転移】の準備を始めたセラピーの【千里眼】に映った光景。それがセラピーの3つ目の予想外だった。
 なんと彼は力の差をその知恵で補い戦い始めたのだ。
 闇で視界を奪い、ゴミ以下の価値しかない物で嗅覚を潰し、本来何も攻撃力のない魔法で聴力を奪う。
 戦術的に、自分は一切リスクを負わず、知恵のない獣を追い詰めるその様はまるで狩人のよう。
 己の力を自負し、どちらかというと一対一の正々堂々を好む魔族とは違い、自らの非力さを自覚し、知恵を振り絞り戦うその姿は彼が人だという事を否応なしにセラピーに認識させた。

 だが、それがいい。

 それが人の強さなのだ。
 このまま行けば彼は人と、魔族の強さを併せ持つ最強の存在となれるだろう。その時が、セラピーは楽しみで堪らない。
 戦いは佳境。ジンはついには氷で豚の機動力すら奪うと、豚を料理し始めた。
 ジンにとって幸運だったのは豚の魔法に対する耐性が低かったことだ。
 もし、豚の魔防力がもう少し高ければ、彼の魔法はその爪のように弾かれていたことだろうから。
 だから、この勝利は運が良かったのだろう。だが、それ以上に彼の奮闘は素晴らしかった。
 なぜなら、彼は何十倍という決して覆らない力の差を覆したのだから。
 軽い失望の後だけに彼への評価は更に高い。まさに惚れ直したというヤツだ。
 ほぅ、と息をつき、喉が渇いていることに気付いたセラピーは苦笑しカップを手に取る。喉が渇いていることに気付かないほど熱中していた。いつしか忘れていた感情である。長い長い退屈の中でいつの間にかセラピー自身も退屈な人間になってしまっていたのだろう。
 紅茶を一口飲む。まずい。よくこんなものを何百年と飲み続けられていたものだ。……逆だ。何百年も自分は紅茶が不味いということすら知らなかったのだ。
 彼は彼の何倍も生きている自分が知らないことばかり教えてくれる。歌を。菓子を。美味しい紅茶を。そして、次に彼に教えて貰うのはきっと――恋。
 そんな明るい未来に想いを馳せながら、ジンの方へ意識を戻すと、そこでは豚が必死に、そうまさに必死に命乞いをしていた。
 セラピーはその姿を嘲笑う。
 どこの世界に命乞いを聞く魔族がいるというのか。弱肉強食。これが魔族が一番最初に学ぶルールだ。
 しかし

―――え?

 ジンは豚を見逃した。
 豚のあまりの哀れさについ情がほだされたか。
 だがそれは魔族としては致命的なまでの弱さ。人としての弱さ。いずれは捨てねば必ず足元を掬われるであろう弱点。
 セラピーは考える。
 どうすればジンがその弱さを無くせるか。決まっている。その弱さを捨てねばならぬ舞台へと上げてしまえば良いのだ。
 ちょうど良い舞台があった。次のフロアマスターを決めるためのシステム――コドクシステム。
 この迷宮の主が、東方の呪術を元の発想に作ったこのシステムは、ジンがその甘さを捨てるには格好の舞台と言えよう。
 問題は、ジンがこのシステムで死んでしまうことだが、それも実は問題ない。
 実のところ、コドクシステムの管理は幹部がしているのだ。
 故に、セラピーの独断で止めることも可能だった。
 ジンが死にそうになれば助けにいけばいい。勿論、他の幹部からは苦情がくるだろうが、既にセラピーは第一階層の代行人という貧乏くじを引き受けている。故に゛多少゛のわがままなら通す自信があった。
 ここでジンが勝ち抜けないようなら、彼には悪いがその一生をペットとして過ごして貰おう。なに、悪いようにはしない。
 しかし、逆に彼がこの試練を乗り越えられるようならば、その時は。

(もうジンくんの事は男としてしか見れなくなっちゃうかも……)

 うっすらと微笑むと、セラピーはジンの後始末へと向かった。


 角煮は死の淵に瀕していた。
 しかしその目に宿る輝きは、決して死を受け入れてはいなかった。
 全身から血を流し、汚物にまみれた身体を引きずりながら、泉へと向かう。
 泉へと向かう理由は簡単だ。実はこの泉。僅かながらも傷を癒す力があるのだ。
 角煮は進む。死に物狂いで。ただ生きる為に。その目にはジンを恨む感情は見受けられない。ただただ、今の彼は生きることに全エネルギーを注ぐ、ある意味最も純粋な生命体だ。一切の不純物を除いた、生存欲のみがその魂と肉体を支配しているのだから。
 しかし、残酷にも、彼には死神の刃が振り下ろされることとなった。

「こんばんは、豚ちゃん。ご機嫌いかが?」

「………」

 言葉はない。絶望の為だ。本能で理解していた。この存在が何をしに来たかを。

「じゃあ、早速で悪いんだけど……死んでくれる?」

 そういって、愛らしい少女の形をした死神は微笑んだ。

「……ぁ゛ダズケ…」

「駄目よ」

「お゙ね゙が……」

「ダメ」

「な゙んでも゙……」

「もう死になさい」

 冷たく宣告したセラピーが腕を振るう。すると、黒い靄が角煮の全身を包み込んだ。
 黒い靄は角煮を蝕み、何かを吸い取っていく。何かを吸い取られた角煮はみるみるうちにひからびていき、最後には核と全身の骨を残して消えた。
 セラピーは、角煮の核と頭部の骨を回収し、迷宮の闇へとその姿を消した。


 しばし、角煮の頭蓋骨を眺めていたセラピーだったか、やかて飽きたのかその眼窩から目を離した。

「ねぇ、豚ちゃん。実は私、今では豚ちゃんにちょっと感謝してるのよ?」

 ――だって、ジンくんの強さの糧になってくれたんだもの。

 そうしてセラピーはくすりと笑うと、角煮の頭蓋骨を後ろ手に投げた。
 投げられた頭蓋骨は空中でサラサラと砂になっていき、地面に着くことなく消滅した。

「バイバイ、豚ちゃん」

 それっきり、セラピーは角煮の事を思い出すことは永遠になかった。


あとがき

感想板でのリッチの評価の高さに驚きました。
作者がリッチを調べた時は、ヴァンパイアとほぼ同等の存在として描かれる。とか紹介されていたのに!

おい、リッチ!HEY、リッチ!お前は一体何者だ!?

うーん、今後のクラスチェンジ何ですが、一応当初の予定通りでいかせてもらいます。

レイス(C+)→リッチ(B)→ノスフェラトゥ(不死人)(A)→ノーライフキング(不死の王)(S)というRANKUPも悪くないかな。とも思ったんですが、リッチの後はヴァンパイア系列でいかせて貰います。

この作品でのネクロマンサーは魔法の得意なリビングデッドくらいの認識でお願いします、どうせ、ネクロマンサーでいる期間は短いですしねw

この作品ではネクロマンサーはアンデットです。人間の職業にはありませんw




[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 9
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:f621e8a2
Date: 2010/04/11 17:37
「第一班は90から81を第二班は80から71、第三、第四、第五班もそれぞれ10階づつ回収をしてくれ。集合場所は泉。袋が一杯になったらか10階全て見回ったら泉に集まり僕の側つきのフェアリーに伝えろ」

『はい』

 新設された回収部隊に指示を出す。
 角煮が居なくなったことでこの階層の回収部隊は僕だけとなり、部隊の数を増やすことができた。
 本来10体しかコントロールできなかった腕輪もセラピーさまに拡張していただき、100体まで指示を出せるようになっている。……最も、そんなに使える魔物はいないのだが。
 制度としては前回とほぼ同じで、3班だった回収部隊を5班に、また1班ごとの魔物数を増やした形となる。
 コドクシステムの開始は約1ヶ月後。それまでに僕は回収部隊を使い役に立ちそうな装備品やアイテムを用意したいと考えていた。
 アンデットである僕に回復薬は効かないが、魔力を回復する魔薬は効く。僕にとって魔力はそのまま生命線なので、なるべく多く仕入れておきたかった。

 さて、僕にはアイテムを集める他にやるべきことがあった。自己の強化だ。
 先日、魔法剣士の知識と力を吸収したのは記憶に新しい。その知識と技能を自分のものにできれば、必ずや僕の役に立つ筈だ。
 魔法剣士、というのは読んで字のごとく魔法を使う剣士のことだ。本来は詠唱の時間を剣で稼ぎながら戦う魔法使いを指す。少なくとも、元来はそういうものであった。しかし、最近は少しそのスタイルが変わってきていた。
 その理由は百年ほど前に一つの魔法が開発されたことまで遡る。
 その魔法の名はエンチャント。対象を強化したり、属性を付与する魔法である。
 古代魔法を元に開発された其の魔法は、初めは前衛で戦う戦士に後衛の魔術士が応援をする為だけのものだったが、その能力に目をつけたもの達がいた。件の魔法剣士たちである。
 彼らは詠唱も非常に短く、しかも近接戦闘向きなエンチャントに目をつけた。
 彼ら魔法剣士は、剣も魔法も中途半端と本職の剣士や魔法使いにやや見下されており、何か自分たちだけの武器はないかと探していたのだ。
 魔法剣士たちはエンチャントを見つけ、これだ!と思った。
 彼らは従来の魔法を唱える為の時間稼ぎというスタイルを捨て、戦闘中に使う魔法はエンチャント一本に絞った。その上で剣の腕を磨き、やがて一つのスタイルを確立した。
 それが、世間一般に良く知られる『魔法剣』である。
 現在では魔法剣士とは『魔法剣』を使う者という認識になっている。また魔法剣士達の間で独自の発展を遂げたエンチャントと『魔法剣』は『魔剣士ギルド』が厳重に管理しており、ギルド以外の者には門外不出となっていた。

 さて、話は変わるが、魔法使いは魔法を使う歳に必ず身に付けるものがある。魔道媒介と呼ばれるそれは指輪だったり杖や剣だったりと形は様々だが、一つだけ共通点がある。それはそれがないと魔法が使えないという点だ。
 本来人間は魔法が使えなかった。魔法は魔族だけのものだった。故に゙魔゙法。
 人には魔力はあったが、それを出す為の出力機関がなかった。対して魔族はその肉体それ自体が出力機関であった。
 そんな人が魔法を得ることが出来たのは核のおかげであった。薬にも、武器にも、特殊効果を持ったアクセサリーにもなるこの万能の物質は、人間の出力機関にもなった。人は核を加工する事で魔法を得たのだ
 この核を加工した出力機関を人は魔道媒介と呼んだ。
 そして、エンチャントはこの魔道媒介を起点として使用する。ただの鉄や服にエンチャントを掛けても効果は長続きせず、数秒で魔力が気化してしまうのだが、魔道媒介を組み込んだ武器や装備品にエンチャントを掛けると魔力がそこにどどまり易くなり、持続性が生まれるのだ。

 つまり、僕が何を言いたいかと言うと、魔族である僕は全身にエンチャントを掛けることが可能だと言うことだ。


 僕は今迷宮内を【闇渡り】で彷徨い、冒険者を探していた。『魔法剣』の実験をする為である。
 吸収した魔法剣士の技能は既に脳裏に刻み込み、自分ようにチューニングしてある。しかし、それが果たして実戦に耐え得るものなのか、その確認をしない限り自らの力にしたとは言い難いだろう。
 そうして冒険者を探してかれこれ2日目、ようやく冒険者を見つけることが出来た。
 その冒険者は珍しい事に一人。通常4〜5人が基本となる迷宮探索では異端と言ってもいい。
 しかもここは92階。第一階層ではかなりの深部だ。余程腕に自信があるのか。
 性別は女。薄紅色のツインテールを揺らし、しっかりと歩くその様はなるほど、確かに隙がない。かなりの手練なのだろう。恐らくは第二〜三階層クラスか。…………ってちょっと待て。
 あの特徴、もしや以前報告にあった剣士じゃないか?薄紅色の髪をした女剣士……うん、間違いない。
 これはなんとしてもなぜ回収部隊を襲ったのかを聞き出さねばなるまい。ずっと、気になっていたのだ。

 その時、チリリ、と記憶の底で何かが疼いた。なんだ?この違和感は……。いや、今はどうでもいいことだ。
 僕は頭を振り、違和感を振り飛ばすと女剣士の前に踊りでた。

「なっ!!」

「やぁ、こんにちは。……いや、こんばんはかな?はは、こんな迷宮の中だと昼も夜もわからない」

 突然迷宮の闇から現れた僕に驚いたのであろう女剣士に僕は挨拶をする。
 すると女剣士は驚きに硬直していた身体を弛緩させた。

「………ふぅ、なんだ。冒険者か。驚かさないでよ。敵かと思ったじゃない」

 僕は敵を前にして緊張を解く女剣士を不思議に感じたが、その疑問は女剣士の発言を聞いてすぐに氷解した。
 この女、僕を冒険者だと思っているのだ。
 無理もない。僕はそう思った。元々、リビングデットは姿形は生前の物と変わりない。それは、ネクロマンサーになった僕も変わらない。その上、普通の魔族なら冒険者を見たらすぐに戦闘。こんな風に呑気に挨拶を交わす魔族などいないだろう。
 僕も、この女剣士に聞きたいことがなければすぐに戦闘をしていただろう。
 だから、この女剣士が勘違いをするのも無理はなかった。

「驚かせてしまったかな?それは悪かったね」

「全くよ。只でさえ暗くて薄気味悪いんだから気をつけてよねっ」

 こちらが友好的に話しかけると、女はいきなり砕けた様子で語り掛けてくる。どうやら人見知りとは程遠い所にいる人間のようだ。……それも、けっこう気の強いタイプと見た。

「ハハハ、ごめんごめん。ところで一人なのかな?ここ、けっこう深いけど、大丈夫?もしかして、連れとはぐれちゃったとか?」

「いいえ?私は最初から一人よ。それに、深いと言っても第一階層だし、私の敵じゃないわね。貴男だって一人じゃない。しかも、みたとこ魔術士系でしょ?連れとはぐれちゃった?地上まで送りましょうか?」

 やはり腕に自信あり、と言ったところか。しかもこちらを心配し、おせっかいを焼いてくる辺り、かなり面倒見の良い人間のようだ。――チリリ、とまたも記憶が疼いた。

「僕もそれなりに自信があるからね。それに第一階層は良く知ってる。庭を散歩するようなものさ」

「へぇ……」

 さて、このまま久方ぶりの人との会話を楽しむのも一興だが、そろそろ本題に入ろうか。

「ところで、一つ質問があるんだけと……いいかな?」

「何?」

「――どうして回収部隊を見つけた時、見つけたって言ったんだ?」

「…………え?―――っ!?アンタっ!」

 そこでようやく僕の正体に気付いたのか、女剣士は距離をとった。

「魔族だったのね!私を騙してどういうつもり!?」

「正解。僕は魔族だよ。でも人聞きの悪い事を言わないで欲しいな。君が勝手に勘違いしたんじゃないか」

「ふざけっ!」

「まぁ待ってくれ。別に戦う為に現れたわけじゃないんだ」

 激昂し、剣を抜きかける女剣士を制止する。

「―――え?だって魔族は、人を……」

「うん。襲い、食べるよ。でも、それは人が魔族の核を吸収するのとどう違うのかな?」

「……それは、でも」

「あぁ、話がズレちゃったね。そんなことは別にどうでもいいんだ。僕が聞きたいのは一つだけ。回収部隊のことだけだ。あの回収部隊は僕の部下でね。あれ以来ずっと気になってたんだ」

「………ギルドの依頼よ。冒険者の装備品を回収して回る魔物の集団がいるみたいだから調査するっていう依頼。前々から存在は確認されてたけど、最近行動が非常に活発化しているからって……」

「………ふぅん、なるほど。ありがと」

 なるほど、活動が活発化したから不思議に思われたのか。何らかの対策が必要かな?
 それさえ聞ければもうこの女に用はない。情報の対価に今回だけは見逃してやろう。……というか、戦うと梃子摺りそうだ。
 女に挨拶変わりの礼をつげ、【闇渡り】を使用しようとした僕に、今度は女の方から質問が投げられかけた。

「……その耳、エルフ?……まさか、あなたエルフィードって名前じゃないわよね?」

「………!?」

 僕は心の底から驚愕した。なぜこの女がその名を知っているんだ?
 驚きをそのまま声にして女に届ける。

「なぜお前が僕の名を知っている?!」

 エルフィードの生前の知り合いか?いや、肉体の記憶にはない。だったらなぜ――?
 そのまま全記憶を検索し続ける。

「……やっぱり。人からそのまま魔族になったって事はヴァンパイアにでも噛まれた?」

「質問に答えろ!」

「………ティファエルに頼まれたのよ。幼なじみを探して欲しい、って」

「ティ、ファ……?」

 肉体と、統合された記憶を通し、エルフィードがその名へもつ愛情が僕の魂を貫いた。

「……なるほど、魔族になっていたのね。だから、ティファエルのところに戻らなかったのね?」

「………」

「……それでも、魔族になった貴男でも、ティファエルは貴男の姿を一目みたいと思ってる筈よ。貴男は違うの?ティファエルには会いたくないの?」

「そんなわけ――!」

 ――ない!今すぐにでもこの迷宮を出て彼女に会いたい!僕の中のエルフィードがそう訴える。しかし、その時僕の思考をノイズが襲った。

「……ガッ、ギィ……!?」

 ―――ザザッ―――ジジジっ――!
 ノイズに頭が書き換えられていく。

「ちょ、ちょっと…!?」

「………」

「エルフィード……?」

「……あぁ、いや……どこまで話したっけ?そうだ。ティファの事だっけ?……うん、会いたくないわけじゃないけど、迷宮を出てまでってほどじゃないかな?」

「………あなた」

 女は何故かこちらを哀れなものを見る目で見ている。なぜそんな目で見るのだろう?

「……もういいかな?貴重な情報を教えてもらったお礼に今日は見逃してあげるよ」

「………待って、もう1つだけ聞かせて」

「……何かな?」

「……イェルって名前に聞き覚えはないかしら。もし貴男の仲間にそういう名前の人がいたら教えて」

「――――!」

 またも驚愕。そこでようやくこの女の名前がヒットした。それはイェルの記憶からだった。この女に会ってから度々を僕を襲っていた違和感はイェルの記憶から現れていたのだ。

(そうか、この女がアーニャか。いやはや、なんとも世間は狭い)

 その時、僕の脳裏になんとも悪趣味な思いつきが浮かんだ。
 【闇渡り】の準備をしながら僕は言葉を紡ぐ。

「……知っているよ」

「……!?」

「でも、タダじゃ教えられないな。教えて欲しかったら3ヶ月後、第一階層のフロアマスターの間に一人でこい。そしたら僕の知っていることは全て話そう」

「まっ」

「じゃあね」

 アーニャの制止の声を聞かず、【闇渡り】で其の場を去る。

「イェル………」

 静寂に包まれる薄暗い迷宮の中で、アーニャの独り言が虚しく響いた。





SIDE リュート

 俺は今第三階層を探索していた。
 現在、第三階層を探索できる程の強者は数が限られている。
 第三階層を探索できる冒険者は二つ名を付けられ、その他の有象無象の冒険者たちから敬われていた。
 ゙疾風゙のアーニャ、゙魔人゙のカイなどが有名どころだが、中でもこの俺゙英傑゙のリュートは冒険者でなくとも知っている程だ。それほどまでに、フロアマスター殺しの偉業はデカイ。
 ゙英傑゙のリュート。……悪くない。
 最初は二つ名とか中二病くせえ、恥ずかしい!とか思っていたが、この世界の人にとっては二つ名とはまさに称号。いわば真実の実力に与えられた勲章のようなものであり、名誉だ。そこに揶揄するような気持ちは含まれない。
 ともなれば、俺も゙英傑゙などと呼ばれ悪い気はせず、調子に乗って弟子までとってしまった。しかも3人。
 一人は猫耳がキュートなキャラちゃん。以前の探索以来、俺を命の恩人と感謝し、尊敬してくれている。どうも爆発の影響で前後の記憶を失ってしまったようで、勝手に事実を補完して俺を命の恩人と勘違いしていた。……実際は俺の油断の所為なのだが、別に教える必要性を感じないので黙っている。感謝されて悪い気はしないしな。
 もう一人は、Gカップを越えているであろう巨乳が魅力的な金髪美少女のルーシアちゃん。貴族の娘さんらしく、少し気位が高く気が強いが、俺と二人っきりだとデレるところが可愛い。
 最後は、無表情なクール系の美人カレンちゃんだ。こちらでは珍しい黒髪の女の子で、母親がこちらで言う日本――緋の国――の出身らしい。いつも着物を見に纏い、緋刀――こちらの世界の日本刀だ――を自在に操る。彼女は照れ屋さんなのか未だにデレてくれないが、まぁ時間の問題だろう。
 最近はこの3人と、もう一人、パートナー兼セフレのジェシカと一緒に第二階層を潜ることが多い。
 ジェシカは少し頭が弱いが、美人でスタイルがよく、明るい性格なので一緒にいると楽しい。初心者狩りの一件以来つるむようになった。
 彼女たちと迷宮探索するのは楽しい。
 迷宮内に俺の敵はいないし、可愛い女の子がたくさんいると華やかだ。
 ………しかし、俺だって一人になりたい時ぐらいはある。
 モテるのは嬉しいのだが、最近の彼女たちは俺を取り合って険悪な空気を出すことが稀にあるので、男の俺としては居心地が悪くなる時が割とあるのだ。

 よってこうして、自己強化と気分転換を兼ねて週の半分ほどは一人で第三階層に潜っていた。



「ォォォオ!」

 C級モンスター、リビングアーマーの剣撃が空間を奔る。鋭い。並の剣士なら気付かない内に首を刎ねられているだろう。
 しかし俺はその剣撃を僅かに首を傾げるだけで避けると、大剣を振りリビングアーマーの腕を切り飛ばす。如何に鋭い剣撃であろうと、【直感】によって相手の次の攻撃が予知のようにわかっているならば避けるのは容易い。それでも、幾らわかっていても避けられないほど迅い攻撃というのはあるのだが、数多のオーブを吸収し、強化された俺の動体視力に捉えられないものはない。その動体視力はこの鋭い剣撃すら遅く感じる程だ。
 腕を失い棒立ちのリビングアーマーの頭から股まで切り裂くと、旋回。俺を背後から狙っていたオークの胴体を凪ぐ。
 剣すら弾く堅い皮膚で知られるオークの防御力も、大の大人が3人掛かりでも持ち上げられない大剣を羽のように振り回す俺の怪力の敵ではなかった。
 バターを切るようにオークの上半身と下半身を離婚させてやると、返す刀で首を刎ねる。
 剣を振り、血糊を飛ばすと辺りを伺い、他に敵がいないことを確認すると俺は息をついた。

(……弱すぎ。ちょっとレアスキルが強すぎるな。もうちょい弱いくらいでちょうどいいかも)

 最近の俺は迷宮探索に物足りなさすら感じていた。
 現在いる場所は第三階層の70階地点。このくらいの深部になると出てくる魔族はC級以上。稀にB級すら現れる。……だが、それでも今の俺の敵ではなかった。
 以前はそれなりに緊張感もあった戦闘も、最近は作業的にすら感じる。気分はボス戦を前にLEVEL上げをする勇者のようだ。
 それも無理はない。攻撃魔法を無効化し、状態異常にはかからず、レアスキル【天の加護】により何もせずとも傷が治れば緊張感を持つ方が無理という話だ。

(強すぎるのも罪ってヤツかね)

 そう思い自嘲する。リュートは完全に自分の強さに酔っていた。
 そんなリュートに緊張感を与える為か、リュートの脳裏に【直感】の警告が鳴り響いた。

 ――来る!今の俺より圧倒的に強い存在が!

 この世界に来て初めての経験に自然と身体が強ばった。
 ゴクリ、と喉がなる。肌が粟立つのを感じた。
 数々のレアスキルを持ち、数多のオーブで強化されたリュートですら一瞬で殺され兼ねない存在だと【直感】が伝えていた。

 やがてリュートの前方の空間が歪み、何者かが現れた。
 思わず身構える。どんな化け物が現れるかと、自らの想像に恐怖した。
 現れた化け物は想像からは程遠い存在だった。
 真紅の、フリルが沢山ついたドレスを見に纏ったその少女は、地上の明るいところで見たならば思わず見惚れてしまったであろう程に美しい。――が、暗い迷宮の中で暗闇より尚深い漆黒の闇のオーラを纏って現れたのならば、その可憐さも少女の人外っぷりを見せ付ける要素以外には為り得なかった。

「こんばんは。はじめまして。リュートくん」

(〜〜〜〜〜っ!!!)

 この世界に来て、いや、生まれて初めての明確な死の恐怖に足が震えた。

「ふふっ、そんなに脅えないで。別に貴男を殺しに来た訳じゃないもの」

「………」

「ただ1つ気になることがあってね。質問にきたの。答えてくれる?」

 小首を傾げて問う少女の愛らしい姿すら、リュートには脅迫のように感じた。
 ただただ無心で首を縦に振る。

「そう!良かった。貴男が素直な子で助かったわ」

 少女はにっこり微笑み、手をポンっと叩いた。
 その動作にすら恐怖し、ビクッと身体を震わす。
 少女はその様子に苦笑を漏らした。

「質問っていうのはシンプルよ。……貴男はいずれ迷宮の主に挑むつもりなのかしら?」

 リュートはその質問にどう答えようか迷う。
 この迷宮にいるということはこの少女もまた迷宮の主の配下なのだろう。
 そんな存在に迷宮の主を倒しに行くと言って自分は無事に済むのか。
 そもそも、リュートは迷宮の主を倒しに行く理由が希薄だった。ただそこに迷宮があるから潜り、いずれは主を倒す。言ってしまえばそこに山があるから登る、程度の意志。強いて言えば、主を倒せたら今より更に女にモテるだろう、程度だろうか。
 そんなリュートの旨の内を見透かしたように少女が忠告をする。

「嘘は駄目。嘘はダメよ。私、嘘だけは許せないから」

「………ぁ、はい。その、つもりでした」

「そう………」

 それしきり少女は沈黙する。その沈黙が、怖い。
 リュートにとって永遠にも感じられる数秒が経過した。

「……それって、とっても素敵な事だと思うわ。やっぱり男の子はそうでなくちゃね」

 そう言って顔を上げた少女の顔には妖しい笑みが浮かんでいた。しかし、その目は冷たい。まるでリュートを人格のないチェスの駒のように見るかのような……。その目をリュートは理解できない。今まで他者にそのような目で見られた事がないからだ。
 故に、リュートにはその目はただただ得体の知れない怖いものとしか移らなかった。

「試練に挑む英雄の卵である君に1つ、助言をあげるわ。必要でしょう?物語には英雄へ助言や力を貸す存在が」

 確かに神話において英雄が偉業を成す際には必ずと言っていい程神々が力や助言を与えていた。しかし、リュートにはこの少女が神の部類に属する類の存在とは思えなかった。……いや、その圧倒的な力と、気まぐれで残酷なところは神話の神と共通しているかもしれない。

「迷宮の主はね、倒せないの。誰にもね。その理由はそのレアスキル。【不死】という名のそのレアスキルはありとあらゆる攻撃や毒を無効化し、持ち主に永遠の寿命と若さを与えるわ」

 なんだ。その反則なレアスキルは……、いや待てよ?それでも俺のレアスキルを使えば……。

「それでもノブナガちゃんのレアスキルなら主も倒せたのだろうけど、彼もう死んじゃったしね。だから、主を殺すには何らかの方法が必要なのだけど………ふふっ、その顔は心当たりがありってところかしら?」

「………っ!」

(不味い!殺される……!)

 よりによってこの少女に主を殺す心当たりがあることがバレてしまった。如何にこの少女が寛容で気まぐれだとしても、さすがに主に危険が迫るとなれば自分を見逃しはしないだろう。
 しかし、

「ふふっ、それじゃあバイバイ。君が主を倒せる日が来るのを楽しみに待ってるわ」

 リュートは見逃された。

「………え」

 呆気にとられるリュートをクスリと笑い、少女は現れた時のように空間を歪曲させその姿を消した。

「………助かった、のか?」

 ホッと息をつき、ヘタリ込む。

(……あんな化け物もいるのか)

 主ということはあの少女が可愛くなるほど強いのだろう。気が遠くなる話だ。

(………もっとLEVEL上げ頑張るか)

 少なくとも今のままでは全然届かない。さらに核を吸収しなければ。
 しかし、それにしても――何故あの少女は自分を見逃したのだろうか。
 考え、1つの仮説に思い至る。

(……もしかして、イベントか?)

 なるほど、そう考えれば納得が行く。恐らく自分はラスボス討伐イベントを進行させたのだろう。そう考えればすべて辻褄が合う。フロアマスターすら倒した俺を見逃したのも、主が不利になるような助言をしたのも、果ては切り札の存在を察しながらも俺を見逃したのもすべてイベントのご都合主義の結果だとしたら。
 考えれば考えるほど納得できる。でなければ、おかしい。あの少女が自分を見逃す理由など1つ足りともないのだから。
 となると、

「なるほど、イベントキャラってヤツか………」

 あの少女はイベントキャラの一人なのだろう。恐らくは四天王や三強などの類の一角と見た。
 いずれは越えられる壁なのだろう。もしかしたら、愛らしい少女の姿をしていたのだから、攻略可能キャラなのかもしれない。

 思考するうちにリュートの気分は上向きになっていった。攻略可能キャラだと思い至るころには鼻歌すら歌い兼ねないほどに。

 それは生まれて初めての死の恐怖からの哀しき現実逃避であった。
 ジンとアーニャの対峙の同時刻の話である。


あとがき
オリジナル板に移行しました。

これからもよろしくお願いします。

………なんか腕が痛いです。腱鞘炎?



4/11 9-1と9-2を合体。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 10―前編
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:24a5b8d5
Date: 2010/04/25 16:35
 アーニャと遭遇してから約1ヶ月後、ついにコドクの日がやってきた。

「それじゃあジンくん、このイヤリングを着けてくれるかしら?」

 そういってセラピー様に渡されたのは一見なんの変哲もない普通のイヤリングだ。赤いルビーのような宝石がついているのが特徴と言えば特徴だろうか。

「これは?」

「それね、コドクシステムに必要な備品の1つ。いくつか機能があってね、コドクシステムを滞りなく進める為のものなの」

「そうですか」

「それを着けたらすぐに転送が始まっちゃうから、今のうちに準備は全て終わらしておいた方がいいわよ」

「いえ、全て終わってます」

「さすが」

 そういってにっこり笑ったセラピー様は、ふと何かを思いついたようにポンと手を合わせた。

「そうだ。祝福のおまじないをしてあげましょうか?」

「おまじないですか?」

「そう、おまじない」

 セラピー様は一瞬で僕との距離を0にすると軽く口付けをした。
 快感が身体を駆け巡る。

「んっ」

 そのまま僕に抱きつくと、耳元で甘く囁く。

「ふふっ、ジンくんがフロアマスターになったらイイコトしましょうね。約束よ?」

 耳にかかる吐息を擽ったく感じながらも僕は頷いた。

「はい、必ず……」




 転送した僕の目に映ったのは武骨な広間だった。
 20メートル四方の広間は何もない。出口や入り口すらもだ。床は大理石のようなツルツルの光沢ある材質だが、スリップの心配はなさそうだ。天井は高い。ざっと20メートルはあるだろうか。どうやら立方体の部屋らしい。
 相手はまだ現れない。どうやら僕の方が早く来たようだ。
 光源は天井から出ているが、全体的に薄暗い。【闇渡り】は使用出来そうだ。

(今のうちに準備をしておくか……)

 僕は影から冒険者の死骸を出した。ネクロマンサーのユニークスキル、クリエイトアンデットで作り出した擬似リビングデッドだ。
 ユニークスキルとは魔族しか持たない固有の能力だ。ヴァンパイアの吸血や、サキュバスの吸精、フェアリーのテレパシーがこれに当たる。
 ネクロマンサーのユニークスキル、クリエイトアンデットは冒険者の死体を擬似リビングデッドにするが、作成には《冒険者の生前の力》+《注入する核数α》=《リビングデッドの戦闘力》という公式を達成しなければならない。
 この1ヶ月で出来る限り作ってきたが、3体しか作れなかった。クリエイトアンデットは他にもゾンビやグール、スケルトンが作れるが、それらは魔族という括りになってしまうので【闇渡り】に保存することが出来なかった。擬似リビングデッドは魂のない人形なので【闇渡り】で持ち運びが出来たのだ。

 擬似リビングデッドにいくつかエンチャントを掛け、それなりの剣を持たせると僕自身は影に潜った。擬似リビングデッドは僕が自在に操ることが出来る。可能な限り人形で相手の手の内を探り、隙あらば不意討ちをさせて貰おう。

 そのまま1分ほど待つと、淡い青色の光が現れた。転送光だ。
 現れたのは金髪の美しい女性。豊かな肢体を白く薄いベールのような服で包み込んでいる。恐らくは妖精系……リャナンシーかニンフ辺りだろうか。妖精系はクラスチェンジの分岐が多く、ぱっと見判断つかない。

「……君が私の相手か?」

 人形を操り問い掛ける。

「………ええそうよ。あなたは……リビングデッドかしら?」

 女性は酷くこちらを警戒した様子で応えた。
 人形は女性の質問には答えず、剣を構えた。

「……始めよう」

「……っ!アイスニードル!」

 女性は人形から距離をとると魔法を使う。詠唱はない。レアスキル持ちだ。
 飛来する氷柱に向かって人形は剣を振る。

「はぁっ!」

 剣から衝撃波が発生し氷柱を粉々に砕いた。
 剣にエンチャント―無をかけることで衝撃波が出せるようになるのだ。
 氷柱を砕いた人形は更に女に向かって衝撃波を飛ばすと、その距離を詰める為に駆け出した。

「くっ…!魔法剣士か!」

 女性は毒吐き、更に距離を取ろうとする。
 しかし、エンチャントにより身体能力を強化された人形は今の僕と同じくらいのスピードで動ける。
 ほぼ一瞬で距離を零にした人形はそのまま剣を振りかぶり――そのまま腕ごと後方に飛ばした。

「は?」

 思わず間の抜けた声が出る。そして把握。理解した。魔法だ。魔法で腕を切り落とされたのだ。無詠唱で。

「あっはははは!私の勝ち!どう?私の【思念詠唱】は強いでしょ?」

 ――【思念詠唱】、口に出さずとも頭の中で詠唱を唱えることで魔法が使えるレアスキルだ。なるほど、だからか。恐らく最初に呪文名を言ったのは別のレアスキルと勘違いさせる為だろう。

(これじゃあこの人形は使い物にならないな……。だがまぁ、想定内だ)

「た、頼む。見逃してくれ……」

 人形に命乞いをさせる。相手に本当の僕の存在を悟らせない為だ。まさか人形が命乞いをするとは思うまい。

「……はぁ?何いってるのよ。弱肉強食。魔族の常識でしょ?」

「死にたくないんだ……、そ、それは君だって同じだろう!?」

「いいえ。私はあなたとは違うもの。覚悟しているわ」

「……それは良かった。安心したよ」

――ぞぷり。

「………え?――……ごふっ」

 彼女の背中を剣が貫いていた。

「………ど、どうして……」

 何が起こったのかわからないという顔。

「悪いね。君が今まで戦ってたのは人形なんだ。僕、ネクロマンサーだからね」

 剣を突き刺したままの体勢でそう詫びる。
 女性の表情が歪んだ。恐怖と、絶望。涙を流し、言った。

「……あ、あぁ。いやぁ……死にたくない」

 ピクリと眉が跳ね上がる。

「……覚悟しているんじゃなかったのか?」

「……か、覚悟なんて出来て、なかった……。イヤ、怖い……」

 そのままガクガクと身体を震わす。恐ろしいのだろう。怖いのだろう。死ぬ事が。だから、そんなにも身体を震わせ、怯えるのだ。
 その姿に、憐憫の情が沸き上がってきた。角煮の時と同様、日本人としての僕が浮上する。それは、迷い。
 ギリ、と、歯を食い縛る。日本人、西門 真を魔族、ジン=サイモンで押さえ付けた。
 僕は、この娘を殺す……!
 決意し、剣を引き抜く。「ぐっ」っと呻く女性。僕は振りかぶり、言った。

「……すまない。それでも、出られるのは一人だ」

「……あ、ああぁぁぁぁぁぁっ!」

 僕の宣告を聞いた女性はその美しい顔を歪ませ、吠えた。
 振り返り――既に【思念詠唱】を使用していたのか――魔法を放つ。
 放たれた風の刃は肉体を斜めに切断。その光景に女性は歓喜の表情を浮かべ―――絶命した。

「悪いね………それも、人形なんだ」

 僕は女性の首を刎ねたままの姿勢で、そう詫びた。
 ドッ、ドッ、ドッ、と首が転がる。
 その首は喜びの表情を浮かべていて、無性に僕の罪悪感を煽った。

――すまない。

 込み上げる罪悪感のままに謝罪を言おうとした僕は、それを呑み込んだ。
 彼女を殺した僕がどの口で謝罪を言えるというのか。欺瞞。あまりにも、欺瞞。詫びるというなら、彼女の代わりに僕が死ねたのか?出来ない。考えるまでもない。なのに、僕は謝ろうとしている。何故か。簡単だ。僕の為だ。僕が、謝ることで罪悪感を消そうとしているからだ。反吐がでる。なんて気持ち悪い自己満足。
 そんな僕に謝られても、彼女はいい迷惑だろう。だから、僕が彼女に伝えるべきことは――

「……ありがとう。いただきます」

 ――きっと感謝の念。この身の糧になってくれる事への、感謝だ。

 ――いただきます。




 核を吸収するとすぐに転送が始まった。
 転送が終わる前に腕を切られただけの人形と、二振りの剣を回収する。

(クラスチェンジは出来なかったか……)

 予想はしていた。C級中位以上が出るとは言っても自分はC級下位相当。クラスチェンジは難しいだろう。むしろクラスチェンジ出来ないくらいの敵が現れて良かったのかもしれない。でなければ、勝てなかった可能性は高い。ここまですんなり勝てたのは単に運が良かっただけだ。相手に恵まれたことと、先に転送されたことで仕込みができたのが大きい。
 それでも、なんとか山場は越えた。正直、第一戦目が想定上の最大の難所だった。
 何故なら、ここが最も力の差が大きいであろうところだからだ。
 回を重ねるごとに実力は拮抗に近づく。あとは知恵と精神力の戦いでもあった。

 転送した僕の前に居たのは黒きオーラを纏う一人の騎士。全身を鎧で包んだソイツは、3メートルはありそうな長槍を持ち僕を待ち構えていた。

(リビングアー………いや、デュラハンか……!)

 ゾンビ(F)→スケルトン(E)→リビングアーマー(C)→デュラハン(B)という進化をしてきたこの魔族は、謂わば僕の兄弟のようなものだった。僕はデュラハンの事を良く知らないが、確かリビングアーマーがそのうちに半霊体の肉体を宿した魔族だったはず。霊素の力のみで鎧を操るリビングアーマーと違い、半ば物質化した半霊体の力で操るその力はリビングアーマーとは比べものにならない。
 僕は【詠唱破棄】を使用し、己に出来る限りのエンチャントをかけていく。その爪に掛けるはエンチャント―無。

「行くぞ……!」

 手始めに牽制の衝撃波。地を奔る衝撃派が騎士を襲う。
 衝撃派はフロアの床を砕き、小石を巻き上げながら進むが、騎士が槍を無造作に振るだけで掻き消されてしまった。
 しかし、それは狙い通り。
 僕がしたかったのは、騎士との距離を詰める事だ。
 巻き上げられる小石に僕の姿は隠され、騎士が槍を振るった時には既に僕はかなりの距離を詰めていた。
 長槍はその性質上、接近戦に弱い。
 至近距離であるならばむしろ無手である僕の方が有利ですらあった。
 顔と顔がくっ付けそうなほど接近した僕はデュラハンの頭部へ肘振り上げ。
 轟、と唸りデュラハンの頭部へ迫った肘は、そのまま何の抵抗もなく頭部を弾き飛ばす。

(………!?)

 その抵抗の無さに驚き、やや身体が硬直する。その一瞬の隙を、歴戦の戦士は見逃さなかった。

「がはっ……!」

 突如、何か細い棒のような物で左わき腹を突かれる。
 見れば槍は逆手に持ち替えられており、槍の尻が僕の方を向いていた。なるほど、槍の達人ならば槍の扱いはお手のものというわけだ。
 僅かに開いた距離を戦士は有効に利用。強烈な回し蹴りがまたも僕のわき腹を襲う。二度の熾烈な攻撃に僕の肋骨は耐え切れず、粉砕。
 そのまま僕は地面と平行に吹き飛ばされる。
 苦し紛れにアイスニードルを放つ僕だったが、その僕の頬を何か細い物が掠めていった。

「ガァ……!」

(な、何が………!?)

 壁に叩きつけられた僕は、何が起こったのかを把握しようと脇を見下ろして絶句した。
 そこにはなんと粉々に砕けた氷の破片があったのだ。

(……まさか、まさかまさかまさか!!)

 自分の頭を掠めて最悪の推測を消し去ろうと、肉体の回復すら後回しにし、騎士へとアイスニードルを放つ。
 外れてくれ……!そう思いながら放った氷柱は、しかし最悪の予想通り“反射”した。

(……勘弁してくれ。冗談だろ……?)

 僕は絶望に目の前が真っ暗になるのを感じた。


 ――レアスキル【魔法反射】。
 文字通り魔法を反射するレアスキルである。
 エンチャント、回復魔法、攻撃魔法の区別なくありとあらゆる魔法を反射するそのレアスキルは、【魔法無効化】と並んで魔術士殺しとして良く知られていた。
 最近は魔法特化と言っても過言ではない僕にとって天敵である。

 重力すら伴うような絶望に僕の身体は重くなる。
 殺し合いの場でなければふて寝したいぐらいだ。
 けれど、僕の心情を余所に現実は進行する。

『オォ……!』

 鈍くこだまするような声を発し、騎士がこちらへ駆けてきた。その頭部はいつの間にか装着され直していた。
 危機感の警告に従い、力一杯横へ飛ぶ。
 間一髪、騎士の突貫を躱す。僕が先程までいたところは半径50センチほどの小さなクレーターが出来ていた。なんという威力。あんなもの、胴体に食らったら一溜まりもない。
 【超速再生】で粉砕された肋骨を癒す。
 騎士を睨み付けながら、対策を練る。練る。練る。練る。……駄目だ。良い方法が浮かばない。
 まずは出来る限りの情報を集めよう。敵を知る。戦場では最重要事項だ。
 まず脅威なのはそのレアスキル。これで僕の最大の武器は封じられたといってもいい。……しかし、色々試行錯誤して情報を集める必要はある。果たして足元の地面へ氷を放った場合も反射されるのか?同時に2方向からの魔法も反射出来るのか?同時の属性が反対同士の魔法は?――全て徒労に終わる可能性はあるが、試す価値は十二分にあった。
 次に考察すべきはその近接戦闘力。槍の扱いは達人クラス。恐らくは肉体の一部の如く扱えるレベルだろう。回し蹴りの威力から考えるに、肉弾戦も苦手ではないだろう。……何より脅威なのがその槍。助走付きとはいえ壁にクレーターを作るその破壊力。まともに食らえば即死だ。【超速再生】があろうがなかろうが関係ない。
 最後に厄介なのが、相手の急所の曖昧さ。頭部を吹き飛ばしても戦闘を続行した事から、頭部はそれほど重要な弱点ではないのだろう。心臓――これも有効そうではない。内臓――無さそうだ。金的――論外。ぱっと見弱点が無さそうである。まさか全身を粉々に砕かなければならないとでも言うのか。――勘弁してくれ。

(……それでも、やるしかない、か……)

「はぁっ」

 爪を振るい衝撃波を出す。衝撃波は騎士へと向かい、その槍に掻き消された。
 ……その身に受けなかったということは反射出来ないのだろうか。わからない……。だが少なくとも、あぁも簡単に掻き消されたということは衝撃波は有効な攻撃足り得ない可能性が高い。
 騎士は何故か立ったままこちらを様子見している。何故攻めて来ないのだろう。
 僕は次に騎士の足元へとブリザードランスを放つ。
 吹雪を凝縮したような氷の槍は騎士の足元へと飛来し、――騎士の足だけを避けるように凍りついた。……これも駄目か。
 では魔法による副次的効果はどうだろうか。炎の壁で囲み酸欠に……呼吸して無さそうだから無駄だな。では熱で溶かす……その前に逃げられる。水素による爆発……は攻撃力が足りなさそうだ。
 ……まさに八方塞がり。こうなったら腹を括るしかないな。
 僕は自身に硬、力、速のエンチャントを掛ける。それぞれ防御と力と速さをあげるエンチャントだ。
 足を肩幅に開き、構える。
 真っ直ぐに騎士を見据える。

『ふっ……』

 すると騎士が小さく笑いを零す。
 何がおかしい?僕は眉をひそめた。

『……小細工は終わりか。ようやく腹を括ったようだな。戦士同士の戦いに小手先の術など不要!』

 どうしてこちらを攻めて来ないのかと思ったらこちらを誘っていたというわけか。
 ……なら乗ってやろうじゃないか。どうせ、もうそれしか打つ手はない……!
 半ば自棄になったような思考で僕は騎士へと踏み込んだ。
 急速に零へと近づく騎士との距離。騎士は接近する僕を見据えると、腕を引き槍を突き出した。
 僕は左の手を捻り、手のひらを肩側へ向けると槍の柄にそっとあて、回転。槍を受け流す。

『ほぅ……!』

 騎士が微かに嬉しそうな声を漏らすが、気にせず温存していた右腕で突き。
 しかしその突きは騎士の左腕に払われ、お釣りと言わんばかりに僕の腹に膝蹴りが刺さった。

「かはっ……!」

 呻きながらも騎士の兜から出ている馬の尻尾のような装飾を掴むと頭突き。堅い兜へ罅が入り、僕の額も割れた。
 頭部への攻撃は意味がないと気付いたのは攻撃後。しまった!と心中に焦りが生まれる。

『むぅ……!』

 しかしそこで初めて騎士から焦りの声が出た。
 騎士は左腕で僕へと掌打。踏み込みのきいた突きは僕の右胸へと直撃。僕は呻きながら後方へと吹き飛ばされた。

「……がはっ、げっ、けほっ、げほっ」

 咳き込みながらも騎士を見る。
 騎士は罅の入った兜を押さえこちらを睨み付けていた。その罅からは蒼白い靄のようなものが漏れだしている。
 それをみて僕は思わず笑みを零した。

(……なんだ。安心したよ。不死身ってぇわけじゃないんだな)

『……ふん、窮鼠猫を噛む。生ぬるい相手ばかり相手をしていたからこんなことも忘れていたわ』

 その騎士の言葉に怒りを覚えた。こいつ、見下してやがる…!その傲慢不遜な姿があの男と重なった。
 ぺっ、と血の交じった唾を吐き捨て、騎士を睨む。

「……確かに僕は今の貴方には格下だろう。けれど、だからと言って舐めて貰っては困るな……!」

 一声吠え、駆けだす。既に傷は全て治していた。こうなれば根比べだ。全魔力が尽きるまで攻めて攻めて攻めてやる……!この時、僕の世界には僕と騎士しか居らず、故に僕は騎士へと全精力を注いでいた。後の試合やそのためのペース配分など考えず、全身全霊を賭けて騎士を倒す為に動く。そのことへ強い興奮を覚えている僕がいることを自覚。こんな感覚も、悪くない……!!
 血がたぎる。心臓が全力疾走を始め、血流へとエネルギーを乗せる。体温が上昇し、筋肉の枷が僅かに外れるのがわかった。

「オオオォォォォ……!」

『……小僧が!』

 騎士が突きを放つが、それは先ほどの神速のような突きとは違い、酷く凡庸だ。騎士が変わったのではない。脳内分泌物が僕の動体視力を底上げしているのだ。
 これがエルフィードの才能だった。極度に集中する事で思考速度を加速させる。世界の全てがスローになるこの感覚をエルフィードは《走馬灯》と呼んでいた。
 【早撃ち】を使用。両腕を失った人形を取り出すとエンチャント―硬と重を人形へ掛ける。そして人形で槍を受けとめると槍を上から押さえつけた。

『くっ…』

 エンチャントによって重くなり、さらに僕によって押さえつけられ下に沈む槍を騎士は反射的に持ち上げようとする。
 そこへ僕は人形と槍にエンチャント―軽を掛け槍を持ち上げた。

『……ぬぅ!』

 急に軽くなった槍に騎士はバランスを崩し、万歳のようなポーズになった。

「コォォォォォ……!」

 そのがら空きになった胴体に、渾身の力を込めた突きを叩き込む!
 突きは騎士の鎧を砕き、貫通し、そして僕の右腕も砕けた。
 しかし僕は止まらず、更に左腕を叩き込む。鎧の左わき腹と左腕が砕けた。

『調子に!乗るナァアアァーー!!』

 騎士が吠え、槍を手放すと手を組み僕の右肩へと振り下ろす。騎士の凄まじい膂力によって振り下ろされたハンドハンマーによって僕の右肩は完全に砕けた。騎士の両腕は僕の中心に近くなるまで食い込んでいた。

「ガァ――!」

(死………――!?)

 そこで、完全にジンの枷が外れた。
 身近に迫った死の危険を悟った脳が生存本能を全開にする。脳は生き残る為に肉体へ全検索、調査し、肉体の性能を全て把握した。
 数々のレアスキルを解析し、この肉体が死ににくいことを本能レベルで理解。普段肉体を壊さないように掛けているリミッターを全て外し、痛みによる行動の阻害を防ぐ為アドレナリンを大量に放出し始めた。

「■■■■■■―――!!!!!」

 アドレナリンにより極度の興奮状態になったジンは咆哮。
 人というよりも獣に近い雄叫びを上げたジンは左腕を鎧から引き抜いた。
 引き抜かれた左腕は針金のようにグシャグシャになっていたが、突如蛇のようにのた打つと完全に癒されていた。
 またも咆哮。治った左腕の、枷の外れた筋肉で騎士を殴りつけた。
 パァンっ!と何かが炸裂するような音を立て左腕が消滅する。騎士は左上半身を失いながらジンの前から消えた。いや――消えたような速度で吹き飛んで行った。
 その際鎧の中にあった右腕も千切れ飛んでいったが、切断面から骨が伸び、その骨に筋肉が巻き付くと、筋肉を覆うように皮膚が現れ瞬く間に再生した。
 歪な形に凹んだ肩も盛り上がり再生する。
 そこから左腕の再生も始まり、1秒と掛からぬ間にジンは完全な姿へと再生されていた。

 しばらく荒い息を吐きながら立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと騎士へと向かって歩き出した。
 騎士に数十分前の面影はなかった。
 左半身はごっそりと抉られたように消滅し、壁に叩きつけられたのであろう右半身はグシャグシャになっていた。どうみても戦闘続行は不可能。破損した鎧からは蒼白い靄がとめどなく流れ、騎士の死期が近いことを証明していた。
 騎士の前に立ったジンに気付いたのか、騎士の兜が軋みながらジンの方向を向き、そして言った。

『――見事だ』

 その瞬間、ジンは雷に打たれたように動きを止めた。
 やがて、絞り出すように言う。

「……どうして僕を褒めることが出来るんだ?死が、怖くはないのか?僕が憎くはないのか?」

 騎士は答えた。

『……死は怖いさ。それは、どんなに取り繕っても誤魔化せない生物としての真理だ。……だが、それを差し置いても今の私には貴公を称賛する気持ちが大きい』

「称賛……?」

 騎士の兜から覗く目の光は、酷く穏やかで静かだ。

『……そうだ。最初は戦い甲斐のない小物だと思った。小手先の技術で姑息に戦い、決して正面から戦わぬ臆病者だと思った。だが、違った。貴公は誰よりも勇敢で、そして無謀な勇者だった』

 違う、と言おうとした。しかし、声が出て来なかった。

『……あの槍は戦利品として貴公に贈呈しよう。それなりの業物だ。持ち主の身体能力と集中力を上げる効果がある』

「……ありがとう」

『………楽しかったぞ』

 それっきり騎士は沈黙した。



 騎士の核を吸収し、クラスが上がる快楽に包まれながら僕は一つの真理を掴みつつあった。

――生きるということは奪う事だ。

 この世の役割の椅子は限られている。いつでも最大人数より少なめでしか用意されていない。
 今生きているものはこの椅子取りゲームで何かしらの勝利を勝ち取り続けた者達だ。
 勝者達は常に敗者を糧にして生きている。
 日々食らうその食物すら敗者の物。あまたの屍の道を歩き僕らは人生を歩む。
 だから僕たちは胸を張り生きていかねばならないのだ。糧にしてきた敗者達に顔向けできるよう、立派に。

 ――いつか敗れ、敗者になるその日まで。





[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 10―中編
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:d1000948
Date: 2010/04/25 16:35
 ……数秒、戦利品の槍を握りしめ座り込んでいただろうか。
 僕の身体を蒼白い光が包み始めた事に気付く。――転送光だ。
 転送が終わるまでにはあと数秒ある。その間に状態を確認する事にしよう。
 自己の内へと意識を向ける。脳は直ぐ様、進化した新たな肉体の解析を開始。本能レベルで、自己の認識が生死を分けると理解した上での行動だった。

 ――肉体。筋肉繊維の強靭化。細胞レベルでの変質を確認。出力の圧倒的向上。肉体のリミッターを戦闘時30%自動解除。任意による100%解除可能――ただし要集中。虹彩の色素の変化。朱へ。
 ――希少技能(レアスキル)の取得を認識。【魔眼――解放型】。所有レアスキルの所有数分解放可。《麻痺》《魅了》《石化》《恐怖》《遠見》の解放を確認。
 ――種族技能(ユニークスキル)の変質を確認。『クリエイト・アンデット』使用不可。消滅確認。新技能『吸血』の確認。

 次々と情報を整理し、あらかた把握すると、ほぅ、と一息ついた。さすがはB級と感嘆。肉体の性能も、魔法力も、身に宿す魔力量もネクロマンサーの頃とは比較にならない。特に、魔力量は今でも恐ろしいほどあるというのに、最大値の半分ほどしかないのだ。
 しかし、新レアスキルについては些か落胆。魔眼の能力はどれも魅力的だが、格下にしか効果がないのだ。解放型はそれ一つでいくつもの能力を宿すが、最低ワンランク下の相手にしか効果がなかった。……あの男相手にはあまり効果がなさそうだ。

 クルクルと、思考が回転する。これだけの事を考えても、まだ2秒も経っていなかった。脳が、先ほどの戦闘の余韻を残したまま稼働し続けているのだ。
 活性化した脳はそのまま、パチりパチりと何かのパズルを組み立てていた。
 今までの生活の中でもゆっくりと組み立てていたそのパズルは、今、急速に完成へと近づいていた。
 何百ピースもあるジグソーパズルが、ある一定の地点まで完成すると、急に出来上がりまで加速するように、このパズルも完成へと近づいていた。
 きっと、先ほどの戦闘で加速地点へとたどり着いたのだろう。このパズルの完成は、時間の問題だった。
 気付けば、転送光は眩いばかりに輝き、転送の瞬間が近い事を僕に教えていた。
 やれやれ、と僕はため息をつき、槍を影へとしまう。業物であるが、僕にはまだ彼のように槍を扱う自信はなかった。
 槍をしまうと次は自身へとエンチャントを掛ける。転送の前に、できる事はしておきたかった。
 エンチャントを掛けおわると同時に光が弾け、次の戦場へと僕は運ばれていた。

 転送するとすぐに目を開く。素早く辺りを索敵。……探す迄もなく、すぐに敵の姿が目に入る。
 部屋の中心には一人のワーウルフが立っていた。
 その様はまさに満身創痍。そして、威風堂々。
 蒼き体毛を真紅の血で染め、片目を潰しながらも仁王立ち。その足は大木の根のように、揺らぐ印象はない。――彼も敗者の屍を越えて僕の前に立っているのだ。

「………開始の合図は必要かい?」

 人狼の戦士へと問う。

「要らんだろう……」

 重厚感のある深い声で彼は答えた。イメージ通りの声。
 そして、彼は身体を深く沈める。獣が跳躍する直前にするような動作。大腿部が三倍に膨れ上がった。

 ――来る!

 咄嗟に左へと飛ぶ。その瞬間、僕が先程までいた場所に突風が吹いた。
 強化された僕の動体視力でも追い切れぬ速度。――速すぎる!
 彼を点で追うことは諦め、線で追う。
 彼の痕跡を辿るのと、ドコンっ!という破壊音が聞こえてくるのはほぼ同時だった。
 次に僕の目に飛び込んで来たのは、砕け、蜘蛛の巣状に罅の入った、僕の後方にあった壁。――そこに既に人狼の姿はない。
 微かに線上で辿れる彼の軌跡を追跡すれば、彼は高く高く飛び上がり、天井スレスレまで飛び上がっていた。
 人狼はそのまま空中で回転。天井へと足をつけた。
 それを見た僕は理性で判断するのを止め、本能のみで回避。理性よりも、生存本能に任せた方が生存率が高いのは過去が証明している。
 僕が跳躍するのと、人狼の襲撃があったのはほぼ同時。
 ドォォォン……!!という爆発音と共にフロアーの床が炸裂。散弾のように周囲へばらまかれる小石から顔を庇いながらも、人狼からは目を離さない。
 ……粉塵が舞い、僕と人狼の姿を覆い隠す。
 不味い!と思ったが、幸いにもこの粉塵は僕へとプラスに働いた。
 巻き上げられた粉塵は空気の流れを分かりやすくし、人狼の次の手を僕に教えてくれる。
 半身になり、ヒュッという風切り音を立て放たれた突きを躱す。すかさず蹴りを放つが、こちらも躱されてしまった。
 そのまま、お互い距離を取る。
 粉塵が晴れ、フロアーへ目をやり絶句。
 そこには半径1メートルを越えるクレーターが出来ていた。

(……直撃したら即死だったな)

 冷や汗が出る。なんという威力だ。
 その時また、パチり、とピースがはまった。現在の完成率――86%。
 確信があった。このパズルが完成した時僕は変われるだろうという確信が。
 ぶるりと背筋が震える。武者震い。自らがより高みに昇れる、半ば確定した未来に、肉体が喜んでいるのだ。
 にやりと笑みを浮かべる。

「……今度はこちらの番だ」

「…………」

 人狼は無言で、ふんっ、と鼻を鳴らした。COOLだ。まさに一匹狼という様子。
 僕は無性にその気取った様子を崩してやりたい衝動に駆られた。

「アイスニードル!」

 増加した魔法力で放たれた初級呪文は、もはや氷柱というには太すぎる直径50センチを越える柱となって放たれる。

「ぬっ!」

 人狼はその威力に僅かに驚き、小さく声を溢すと横へ大きく跳躍。回避する。
 アイスニードルは床に当たると砕け、半径1メートルほどの範囲を凍り付かせた。
 ……あの速さから予想はしていたが、単体攻撃だと避けられてしまうようだ。
 頭の片隅で作業が進むのを感じながらも、意識の大半を人狼攻略へと向ける。 ……単体範囲では避けられてしまうなら範囲攻撃の方が有効。直ぐ様範囲攻撃を検索し、有効な攻撃をリストアップ。その中でも氷属性と雷だけを使用する事にする。

「フリーズブロウ!」

 冷たい冷気の風が放たれる。その風は果物ぐらいならすぐ冷凍になるほどだ。

「小賢しい!」

 一瞬、体毛中に霜が立った人狼だったが、ぶるりと身体を震わすと全ての霜を弾き飛ばしてしまう。
 やはりこの程度ではあまり効果がない様子。
 僕の攻撃が癪に触ったのか、今度は人狼が攻撃を仕掛けてきた。
 あの凄まじい突進ではなく、獣のように四肢を用いこちらへ駆けてくる。
 なぜあの突進を使わないのか。もしかしたら溜めが必要なのだろうか。
 跳躍。人狼の、首を狙った噛み付きを屈んで躱した後、着地した彼の後ろ蹴りを腕でガードする。
 大地を割るほどの脚力で放たれた蹴りは、いとも簡単に僕の両腕をヘシ折り、僕の胸部を陥没させた。

「ガァッ………!!」

 吹き飛ばされる僕を見て僅かに笑みを浮かべた人狼だったが、直後その表情を驚愕へと変えた。
 何故なら立ち上がった僕の肉体は傷一つ存在しなかったからだ。
 ニヤリと笑みを浮かべる僕に対し、人狼は苦々しく表情を歪める。舌打ちを一つし、吐き捨てるように言った。

「……レアスキル、再生系か。忌々しい……。雑魚の癖に生き汚い質のヤツに多いスキルだ」

 明らかに蔑みの念が籠められた言葉に、僕は胸を張って答える。

「――自慢のスキルだ。……羨ましいだろう?」

 人狼は眉を跳ね上げ、僅かに目を見張ると小さく笑った。

「……そんな反応を返されたのは初めてだ」

 そんな人狼の笑顔を見て、僕は少しだけ彼を好きになりかけた。なんとなく、直感だが、彼とは仲良くなれそうだと感じたのだ。
 そして彼は、何かを振り払うように頭を振り、こちらを鋭い目で睨むと言った。

「……馴れ合いは不要。死合に不純物が混じる前に決着を着けてしまおう」

「同感だ」

 これ以上彼を殺しにくくなる前に、終わらせてしまおう。

 ――パチン。完成率、95%

 ……さぁ、カウントダウンの始まりだ。

 人狼へ向かい、駆け出す。右の爪にエンチャント―雷。左の爪にエンチャント―氷。一瞬で、受ければ痺れ、当たれば凍る魔爪と化す。
 向かってくる僕に向かって人狼はわき腹を狙い右フック。
 僕は敢えてそれをガードせず受け、こちらも右のブロウをたたき込んだ。

「グゥ………!」

「ギッ…」

 エンチャントで強化してあるとは言え基礎能力が違うのか、僕の攻撃はその鋼のような体毛に防がれ、効いてはいるが骨を折るまではいかず、反面、僕はアバラを根こそぎ砕かれた。
 しかし、硬直したのは人狼。僕は感電し、動きの止まった人狼の頭を掴み、地面へと叩きつけた。

「ぐっ」

 床に罅が入るほどに強く叩きつけられた人狼は小さく呻くが、そこへ僕の追撃が入る。
 馬乗りになると拳を顔面へとたたき込む。そのまま連打。殴る。殴る。殴る。
 人狼の反撃があったのは6発目が入った直後。痺れを押し殺し、その豪椀で僕を殴りつけた人狼は、仰け反る僕へとその自慢の脚力を生かした前蹴りをたたき込む。

「ゴフッ!」

 突き刺さる蹴りはまたも胸部を砕き、僕の身体を3メートルほど浮かす。人狼の攻勢はそれで止まらず、そのまま重力へ引かれ落下する僕の頭部へと蹴り。
 まるでサッカーボールを蹴るかのように放たれた右足をなんとか左腕でガードするも、たいして意味はなく、猛スピードで壁へと激突。壁には蜘蛛の巣を思わせる罅が入り、その威力の高さを物語っていた。

「…………ぁ……」

(ま、マズい………)

 世界が揺れ、思考が覚束なくなる。典型的な脳震盪の症状。
 壁に磔になっていた身体が離れ、べちゃりと水っぽい音を立て地面へと倒れる。
 酩酊感が全身を襲い、歪む視界のなか、定まらぬ焦点が追撃をかけんとする人狼の姿を捕えた。その腿は倍に膨れ上がっている。あの突進が来る証――。
 ゾッとするほどの恐怖が僕を襲う。それと同時に脳震盪の症状が軽度に。直ぐ様集中。死ぬ気で精神統一。
 相手もこれで決着をつける気なのか、力を貯める。溜める。腿は既に通常時の4倍近くに。背筋も筋肉が盛り上がり、一種異常な姿と化していた。
 再生能力を有する僕を確実殺す為の戦闘形態。――それが僕の命を救った。

 人狼が加速するのとほぼ同時、僕の身体が闇へと溶ける。

「何っ!!」

 突如消えた対象へ、人狼が驚愕する。
 そのまま壁を砕き、天上を破壊し、またも壁を砕き、床へ大穴を開けてようやく人狼は止まる。

「……ぬぅ…、本当に生き汚いな……」

 呆れたような、感心したような複雑な声。
 確かに、僕ほど生存能力の高い技能ばかりを持つのも珍しいだろう。

「……そっちこそ、まるでスーパーボールみたいだ」

「?   意味のわからんことを……」

 影の中で【超速再生】を使った僕は、既に全ての傷を癒し、魔力以外は万全の状態で立っていた。

「……ふん、まぁいい。次は、殺す。お前が死なない限り再生するというのなら、再生出来なくなるまで破壊し続けてやろう」

 人狼の身体に気力が満ち、その熱気は大気を揺るがすような気すらした。
 その熱気に押されるよう、人狼は駆け出す。
 確かな殺気と闘志を胸に、目標を粉砕せんと迫る人狼を見ながら、僕はパズルの最後のピースが填まるのを感じた。

 僕の、僕だけの《戦闘理論》が完成した瞬間だった。
 僕と先輩が吸収した冒険者たちの知識、経験、技術を可能な限り分解し、無数のピースとする。そのピースを戦闘に特化させた形で再構築し、肉体へと刻み込む。細胞の一つ一つにまで刻み込まれた理論は、反射の域で肉体を動かす。それが、僕の組み立てていたパズルの正体。僕だけの戦闘理論。
 無数の、それ一つでは何の意味も持たぬほど分解され、細分化されたピースは、意味ある形で組み合わされることで一つの絵を描きだす。
 人の一生では収集出来ぬ量の知識、経験、技術が、僕の内に染み込む。
 それは、今までの仮初めの力ではなく、僕だけのオーダーメイドとなったという証だった。
 ……ゆっくりと、人狼が向かってくる。
 ――《走馬灯》。
 極度の集中状態でしか使えなかったコレも、あまたの経験を己の血肉とした今の僕なら、かなり自在に扱うことが出来た。
 細胞の一つ一つが世界に溶け込むような感覚。
 動作の全てが洗練され、重心を毛先から爪先まで自在に動かせるほどに把握できる。何気なく、腕を持ち上げる仕草すら、その動作を最適にこなす為に筋肉、神経、間接が動いているのがわかった。
 加速した思考の中では、世界が肉体に絡みつけ、まるで重い水の中にいるかのように身体が鈍いのが常。
 しかし、動作の一つ一つが洗練された今、空気の中を肉体が自然と泳ぎ、なんのストレスもなく動くことが出来た。身体が、世界を識ったのだ。
 粘つき、身体に絡みつく空気をかき分けながら人狼は進み、右腕を前に出す。――突き、のつもりなのだろう。
 そんなにも、無駄の多い動きでは歩くことすら大変だろうにと、同情する。かつては自分もこんな無様な動きだったのかと思い、苦笑する。
 突きをすっと避けると、人狼の手の甲へと左手を置き、右手をそっと後頭部へ添える。そのまま足払いを掛け、両手を動かすと、それだけで人狼はくるりと一回転。ちょうど、蹴りやすい位置にきた頭を、先程のお返しとばかりに蹴り付けた。
 意図的に、一瞬だけリミッターを外して放たれた蹴りは、人狼の頭蓋骨を軋ませ、彼を吹き飛ばす。風車のように回転しながら飛んで行った人狼は、壁に叩きつけられ、先の僕のようにべちゃりと地面に落ちた。

「ガァッ………!?な、何が?!」

 脳震盪でふらつく頭を振り、ガクガクと震える脚で立ち上がった人狼は、混乱した声を出す。
 僕は、それを静かに見つめた。

「グッ、グゥ………!こ、小僧、答えろ!何をしたァ!」

「………」

 僕は無言で人狼へと歩みよる。10メートル近い距離を、僅かに三歩で踏破する。不思議な感覚。まるで、地面が縮まり、足に引き寄せられるかのように進むことが出来た。
 人狼の瞳の焦点を見て理解。その目は未だに僕が先程立っていたところを見ていた。
 人狼が僕が目の前に現れた事を認識したのは、風が吹いてからの事。
 空気を泳ぎ進む僕の通った後には、強い風が吹くのだ。

「ば、馬鹿な……。空間転移……?貴様、一体いくつレアスキルを持っている……!」

 人狼は、突如目の前に現れた僕が、レアスキルで移動したと勘違いしたようだ。
 僕はその勘違いを正す気には成れなかった。なぜだか、酷く虚しい気持ちに襲われる。――もう、終わりにしよう。
 右腕のリミッターを一瞬外し、人狼の頭部を掴み持ち上げ、そのまま投げる。

「ぐっ」

 【早撃ち】を使用。かの騎士の槍を取り出すと、一歩進み、地面へと突き立てた。
 そして、一歩下がり、宙の人狼を見上げる。すっ、と指差し、魔法を使う。エンチャント―重。
 重さを増した人狼は、ぐんっと地面へと引かれ――頭から槍の串刺しとなった。

「ガヒュ………」

「…………」

 人狼が息絶えると、部屋に充満していた熱気が消え、空々しい寒気が辺りを包み込む。
 辺りを見回す。当然、周りには誰もいない。この部屋にいるのは、僕一人だけだ。
 僕は急に言いようのない孤独に襲われた。
 他者と殺し合い、奪い、喰らう。その末に、僕は一体何処へ行き着くのだろう。

 早くこのコドクから抜け出したい。
 僕はそう、心から思った。



あとがき

うーん、更新遅れちゃった………。反省。

コドク編。もう少し続きます。

戦闘難しー………一気に書くスピード落ちますね。

戦闘苦手なのにコドクシステムとか………作者馬鹿じゃん?とか思いながら、文章の稚拙さは見逃して下さると嬉しいですw


PS
祝☆PV20万!

まさかこんなに見て頂けるとは嬉しいですね!

完結目指して頑張りますのでこれからもよろしくお願いしますw



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 10―後編
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:3418217b
Date: 2010/04/26 20:28
 ――蒼い燐光を身体が纏い始める。
 物思いにふける間もなく、最後の転送が始まった。
 転送が終わるまでに槍を回収し、今まで温存していた魔力回復薬を飲む。この魔力回復薬は、第一階層で回収した薬を錬金術で合成した特製の魔力回復薬だ。かつての僕なら一本で全回復だったが、今は一割も回復しない。
 全ての薬を飲みおわると、魔力は8割ほど回復していた。体調を確認し、笑みを浮かべる。
 まさか決勝の相手も、対戦者が万全に近い形で現れるとは思わないだろう。これで、相手の意表を突けるはず。
 光が弾け、決勝の舞台へと移る。

 対戦者は、一目見ただけで僕に異常を伝えてきた。
 部屋の中心に立ったその人物は、フラフラと上半身を揺らし、ぶつぶつと何かを呟いている。左手には人の頭部を、右手には刃が1メートル程もある巨大なハサミを持っていた。
 白髪混じりの髪を伸び放題にしている為、目元は髪に隠れて見えない。一見歳をとっているように見えるが、袖が破れた服から覗く肌は若々しい。

 ――ぐりん!

 僕が男を観察していると、突然男が首だけを回転させてこちらを見た。……正直言って、ビビった。
 男が調子はずれの甲高い声で語り掛けてくる。

「やぁやぁやぁ!キミももぐら叩きにキタのかい?!」

「は?」

 言っている意味がわからない。僕は男に対する恐怖を押し殺しながらも、いつ男が攻撃をしてきても良いよう、身構えていた。

「ココハ妖精さんがたくさんイルカらね!ポップコーンがたくさんデキルヨ!アーティスティック!」

「………」

 ………間違いない。コイツは異常者だ。

「これはペンですか?」

「………?」

 男が問いかけてくる。当然、意味はわからない。

「イ、い、え!!!それはブックDEATH!アッー!」

 男は叫び声をあげると、無表情にケタケタと笑い始めた。
 両手をだらりと下げたその姿は一見隙だらけだったが、攻撃を仕掛ける気にはならなかった。……怖かったからだ。
 と、そこで男が口走る単語に聞き覚えがあることに気付いた。

(コイツ……まさか!)

 疑念がそのまま口から出る。

「き、君は……渡り人なのか?」

 男は僕の質問を聞くとピタリと笑い声を止め、じっとこちらを見つめる。
 僕は内心緊張しながらも男の言葉を待った。ゴクリと唾を飲み込む。

「……………………………………………………………………フォウ!!!」

 しばらく不気味な沈黙が続いたが、男は突然奇声を発すると、こちらに駈けてきた。
 男の奇声に反射的に身体を硬直させてしまった(ビビった)僕は、男が距離を半分ほど詰めた瞬間から反応を開始。距離を離す為後退する。
 男の踏み込みの力は凄まじく、フロアの床に罅が入るほどだった。

「髪が伸びてるよ!カッァァァットしてあげる!大ィィィ丈!夫☆僕は床屋さんの常連だったんだ、か、らラララララぁ〜♪!!!」

 男は余りの踏み込みの強さに自らの足が砕けるのも意に返さず、距離を詰める。
 その早さは人狼の突進よりは劣るものの、十分に神速の域。《戦闘理論》によって行動の最適化が計られている僕の動きすら上回り、距離を詰めた。
 そのままハサミを開き、僕の胴を挟む。不味い!このままでは切断される!果たして【超速再生】は下半身も再生可能なのか。少し、自信がない。
 しかし男は、ハサミを使うよりも先に僕の顔に顔を近付け、

「バァ!!」

 と叫び、何故か再び距離をとった。
 な、何が……。
 男の謎の行動に対する混乱と、予想外の戦闘力に思考が停止しかける。
 男はフロアの中心まで駈けて行くと、中腰になりながらも辺りを見回す。必死だ。何故か、何かを必死に探している。それは、僕への攻撃を中断してまでやることなのだろうか。……わからない。

「どこだい!?どこにいるんだ、ハック!ハックルベリー・フィン!地獄に落ちてもいいんじゃぁなかったのカイ?!君があんまりにもモタモタしてルから!僕は一足先にティンカーベルに連れられて地獄へ来ちゃったヨ!キャッハハハハハハハハ!!!」

(…………)

 その言葉で確信した。こいつは、日本人……それも同年代だろう。
 それで、彼に抱いていた恐怖は完全に消えた。
 僕が抱いていた恐怖は、理解できないものに対しての怖れだ。人は皆、自らの理解の外に対する存在に対し、恐怖を抱く。
 彼に対する理解を深めた今、彼に抱く感情は、………同情だった。
 彼が辿ったであろう道筋は、ある程度は予想がつく。
 おそらく彼は僕と同じように日本からこの世界に迷い込み、僕と同じように魔族に捕まったのだろう。そして、僕と違い彼は狂った。
 僕は肉体が死んだが、彼は精神が死んだ。たったそれだけの違い。
 彼はもう一人の僕と言えた。

「……なんだい、その目は。気に入らないな。まるで、死んだ魚の目を見るような目をしやがって。かりんとうだよ、全く。ホモだね。ホモ。ホモはイケナイ。だって奴らはトイレットペーパーだからね。それってゴキブリだよ。だから早く枕になれって僕は言ったのにさ。それを君は無視するから、死んじゃったんだよ?ちゃんと反省しってまっすかCarーーーアァァァ!!!」

 彼は突然ジタンダを踏み始める。足の骨が折れ、骨が足から飛び出してもやめることはなかった。
 やがて、床にちょっとした落とし穴が出来た頃、彼は足踏みを止める。途中から、鼻歌を歌いながらやっていた。
 もう、駄目だな………。
 僕は彼を一刻も早く殺す事を決意した。もう、これ以上同胞の哀れな姿は見るに耐えない。
 出来ることならば、正気の彼と話して見たかったが………その望みは叶うまい。
 嘆息し、彼を睨み付ける。そして、何気なく彼の足を見た僕は目を見張った。なんと、足がみるみるうちに治っていくのだ。間違いなくレアスキル。再生系だ。
 キチガイに刃物。キチガイに再生能力。考え得る限り最悪の相性だ。
 死ににくい能力を持った、高い身体能力を有する思考の読めない、心情的に殺しにくい相手。
 かつてない強敵の予感に、僕は気分が重くなっていくのを感じた。
 ため息を一つつくと僕は迷いを振り払い、影から槍を取り出すと構える。
 両手を広げてクルクルと駒のように回転している男を見ながら戦略を練る。

 接近戦は避けた方が無難。大きく負けるということはないだろうが、蓄積された経験たちも、あのような異常者を相手したことはないのか、イマイチ《戦闘理論》のキレが悪い。
 せっかく、僕には魔法という手段があるのだからがそれを有効に利用させてもらおう。
 魔力は十分。今こそ、禁じ手としてきた古代魔法を使う時かもしれない。

 魔法には、現代魔法と古代魔法の二種類がある。
 現代魔法と古代魔法の違いは一つ。威力と魔力消費の関係だ。
 現代魔法は、決められた呪文を唱え、一定量の魔力を消費すれば誰でも最低限の威力が出せるようになったいる。威力は、個人の魔法力にも大きく左右されるが、本当に最低のラインは威力が保証されるのだ。魔力消費は、初級、中級、上級の順に大きくなり、それにともない呪文は長く、複雑になる。
 対して古代魔法は、ある意味自由だ。呪文は9種。火、水、風、土、雷、無、光、闇、命の9つの属性を決めるものだけで、どういう効力になるかは使い手のイメージが決める。また、魔力消費も使い手が決めるが、魔法の操作技術が高くないと全ての魔力を消費され尽くしてしまう事も多い。その上、呪文も長く複雑で、現代においては廃れてしまっている。現代で古代魔法を知っているのは学者か、マニアか、現代魔法の威力に不満を覚えた化け物レベルの魔術士くらいのものだ。……ちなみに、何故か魔族は皆基本的に古代魔法を使う。

 以前僕は、この古代魔法を試しに使ってみて、根こそぎ魔力を使い果たしてしまった事がある。それ以来、使い勝手が悪いので使っていなかったが、こういう再生能力を有する相手は一撃一撃の威力が高い攻撃を使った方が得策だ。
 未だクルクルと回り続ける男を見据える。
 相手は再生能力を持つ。全魔力を使用し、一撃で消滅させるのも手だ。
 しかし、万が一相手が生き残ったら、魔力を失ったこちらが再生能力を失う事になる。そんなリスクの高い方法は取れない。
 ベスト………ではないだろうが、ベターなのは、ちまちまと相手を消耗させていき、相手が回復出来なくなるまで削る。この一手しかない。
 当然、隙があるならば一気にその頭を潰す。頭を潰しても尚生きてるような化け物は、そうはいない。
 巨大な火球をイメージ。魔力消費は上級魔法と同じ。火球から小さな火の玉がガトリンクのように飛んでいくプログラムを組む。
 【詠唱破棄】を使用し、古代魔法を発動。あっさりと成功した。《戦闘理論》のおかげだろう。食らった魔法使い達の知識と経験が、僕に力を与えてくれる。
 血塗れの生首でリフティングをしている男に向かって火の玉を放つ。
 火の玉は男の頭部に直撃、男を仰け反らせた。
 男はその態勢のまま悲鳴を上げる。

「イィィィィィイィィタィイィィイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイィィィィィイィィグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 ビクビク。痙攣する。………イマイチ効いているのか、いないのか。
 男はそのままどんどん仰け反っていき、ブリッジのような態勢になると、カサカサとゴキブリのようにこちらに這ってきた。

(うっ…………)

 その生理的に受け付けない動作を見て、僅かにおののいた僕だったが、男に向かって連続で火の玉を放つ。
 しかし、男はその格好からはとても想像出来ない機敏な動作で左右に揺れ動き、回避。あっという間に僕の間合いに踏み込んできた。

「キャッハハハハぁ!」

 男はその態勢から跳躍。3メートル近く跳ね上がり、僕の背後に着地。ハサミを構えた。
 僕はそのハサミを槍で受けとめるとつばぜり合い。同時に次の魔法を脳裏に構成し始める。

「なぁぁんですか!?この点数はぁ!理想郷ばかり見てるからこんな点数を取るんですョ?もっと現実をみなちゃいっ!でないと立派なごはんですよになれませんよっ☆」

「つぅっ……!」

 男の力は凄まじく、リミッターを外したこちらが押され始める。おそらく、彼もリミッターが外れているのだろう。それも、常に。
 男に蹴を入れ、後退する。同時に、用意していた魔法を放った。
 僕の手から放たれた稲妻は、帯状となり、男に巻き付く。

「ヒャァァアァァァ!捕まっちゃったァ!金魚すくいだねっ!?タノシイナァ!」

 男は痙攣しながらも楽しそうに笑い声を上げた。
 気にせず、計画を進行させていく。
 闇、氷、雷の球体が新たに5つづつ現れ、男の周囲を囲んだ。
 それを見た男は更に狂気的な笑顔を強くする。
 それと同時に僕は全ての魔法を発動した。
 男が僕に向かって叫ぶ。

「定期を無くしちゃったんだ!だから帰れないっ。電車に乗れないからねっ!家に帰れないんだよっ!……………………僕らは」

 ―――え?

「まっ」

「ヒャハハハハ!!」

 魔弾の嵐が男を覆い尽くした。
 慌て魔法を止めようとするが、今回組み込んだプログラムは一度発動したら止められない。その身に溜め込んだ魔力を使いきるまで弾を出し続ける。
 殺し合いをしている相手におかしな話だが、僕は男が死なないように願いながら弾幕が消えるのを待った。
 やがて、出した球体が少しずつ小さくなり、消えた。
 粉塵が舞い、男の姿は見えない。
 僕は風を起こし、煙を吹き飛ばした。
 ………男は一見死んでいるかのように見えた。
 残っているのは頭部と右肩の一部のみ。普通は死んでいる。
 だから、男が再生を開始した時はほっとした。
 徐々に男が再生していく。しかし、胸まで再生した辺りから再生が遅くなり、やがて下腹部を越えた辺りで再生が止まった。………魔力が、尽きたのだ。
 ゆっくりと男の元へ歩み寄る。
 近づいてくる僕に気付いたのか、男が目を開けた。
 僕を見つめ、口を開く。

 「………ここは、何処?」

 はっと息を飲む。その問いに対する答えを、僕は持っていなかった。

「……痛いよ、姉ちゃん。助けて……」

 じわりと視界が歪む。けれど、彼から目を逸らさずに見つめ続けた。

「…………帰りたいな」

「…………」

「………君もそうなんだろ?」

「あぁ……」

「じゃあ……君は帰りなよ」

「…………っ!」

 帰るなんて思いもしなかった。いつしか、諦め、その選択肢を消していた。辛かったから。苦しかったから。帰りたいと思うたびに絶望するから、いつしか考えることすら止めていた。
 僕は一体どんな顔をしていたのだろう。
 彼は僕を見るとクスリと笑い、宙を見上げた。

「………頼みがあるんだけど」

「……何」

「あのホモは、殺してくれないかな。あの男は許せない。死ぬ程」

 男は透明な表情で言った。

「……わかった。いつか、必ず」

 彼は僕の方を向き、ニカッと笑う。あどけない、少年のような笑みだった。

「ありがとう」

 そして再び視線を宙に泳がせる。その目は虚ろで、もうほとんど見えていないであろう事が伺えた。

「………姉ちゃん、プリン食ってごめん………………………………」

 それっきり彼は沈黙。やがて灰になった。ヴァンパイアの末路だ。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………………………………………………火葬する手間が省けたな」

 心がかつてないほど冷えきっているのを自覚する。
 何か、大切な何かを失った。そんな感触。心の分子の振動が止まり、急速に温度を失っていくのを感じた。
 冷めた料理は暖め直しても味は戻らない。
 再び心が振動を始めても、以前の僕の心とはもう、決定的に違ってしまっているだろう。
 そんな予感があった。


 こうして長いコドクの一夜が終わった。



あとがき

うむ、コドク編終了も最大の山場が終わった。後はセラピーサイドを書いてコドク編は終わりですねー。

正直、書くのくそしんどかったですw

粗の目立ち捲ったコドク編だったので、いずれ大幅加筆修正をする予定です。

ではまた次の更新でw




[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 11―1
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c0d047d1
Date: 2010/04/26 19:48
 ジンへのおまじないが終わった後、セラピーはジンが無事転送されたのを確認し、【空間転移】を発動させた。
 転移先はコドクシステムの管理室。そこで、システム稼働中は幹部達が贄たちを監督するのが通例となっていた。
 監督とは言ってもシステム稼働中に幹部達がする事はない。ただ観戦するだけだ。
 長い年月を生きる魔族にとってコドクシステムはいい娯楽であった。
 遥か格下の魔族たちが己が生存を賭けて殺し合う。
 見世物としてこれほど上等な物はなかった。
 出来ることなら毎日のようにやりたいくらいだが、残念ながらコドクシステムは迷宮に強い負荷がかかる。何の準備なくコドクシステムを稼働させた場合、迷宮の機能が一部停止するほどに。
 故に、普段の運営から余ったエネルギーを少しずつ貯蓄し、それが貯まった時にコドクシステムを発動させる事にしていた。
 発動にたるエネルギーが溜まるのは一回につき数十年かかる。
 今回コドクシステムが稼働したのはノブナガがフロアマスターを倒して以来久しぶりのこと。
 幹部達は皆、今回のコドクシステムを楽しみにしていた。
 それが、ジンが自分の元へ戻り、フロアマスターの座が一つ空席になった時と重なるとは。
 セラピーは運命が自分に味方しているような気すらしていた。

 管理室には既に一人の幹部がいた。
 長身の中々のイケメン。金髪の髪をオールバックにし、その深紅の瞳は常に陶酔しているかのような輝きを宿している。
 顔立ちは上の下と言ったところだろうか。世間一般ではかなり整っている方だ。それでも、種として美しいエルフは勿論、基本的に美しい顔立ちの者が多い人型の魔族の中では普通の方になってしまうのだが……。
 にもかかわらず、彼はナルシストだった。
 そして、セラピーはそんな彼の事を少し、苦手としていた。

「あら、ナルキッソス。もう来てたのね。自分にしか興味のない貴男でもコドクは楽しみにしているのかしら?」

 セラピーは礼儀として旧知の中であるナルキッソスに挨拶をする。
 苦手としていても、この迷宮では数少ないA級の魔族である。
 見かければ声くらいはかけた。

「………美しい。この美しさ、最早、罪………!」

 しかしナルキッソスは手に持った鏡を見つめたままセラピーに一瞥すら向けない。
 セラピーはそれに頬を少し引きつらせながらも問いを重ねた。

「………あのホモ、フェラッツオはまだなのかしら?貴男何か知ってる?」

「この世に全知全能の存在が居たとしたら、その者が犯した唯一の罪は僕を美しく創りすぎた事だろう………」

「……………………………………コホン。貴男は誰か推薦したのかしら?」

「……いや、彼の者は淋しかったのかも知れない。自らと同等の美を持つ存在がいない事が。あぁ………!なんて罪深い美しさなんだ!」

「……………………」

 これが、セラピーがナルキッソスを苦手とする理由であった。基本的に、彼とは会話が通じないのだ。
 セラピーはため息をつくと、管理室に無数に置かれた鏡に目を向けた。
 一辺が1メートルほどの鏡が奥の壁に隙間なく張りついている。
 コドクシステムが稼働すると、この鏡が贄達の様子を映し出すようになっていた。
 ジンがこの部屋を見たら、まるでモニタールームだと驚いたことだろう。
 対戦者が揃った部屋から、鏡に映し出されていく。
 やがて半分3部屋ほど映し出された時、最後の幹部がやってきた。
 身長190を越える優男。銀髮を腰まで伸ばし、後ろで括っている。優しげな微笑を浮かべたその男は、部屋に入りナルキッソスを見つけると顔をぱっと明るくした。そしてナルキッソスへと歩み寄っていく。

「やぁ!アナルキッソス!久しぶりじゃないか。どうして遊びに来てくれなかったんだい?私は待っていたんだよ?」

 そこでナルキッソスが初めて鏡を見つめる以外の動作をした。
 鏡から顔を上げ、フェラッツオを見ると嫌そうに顔を顰める。
 セラピーがナルキッソスを苦手とするように、ナルキッソスもフェラッツオを苦手としていた。
 それもそうだろう。言外に「お前の尻を私は狙っているぞ?」という意志が籠められた発言をされていい思いをする男がいるわけがない。居たとしてもそれは例外中の例外だ。
 というか、自分の名前にアを着けるのをやめて欲しい、とナルキッソスは思っていた。なんだか違う意味に聞こえてくるではないか。
 しかしナルキッソスはその思いを口にする事はなかった。フェラッツオとは口もききたくなかったからだ。
 ナルキッソスは無言でセラピーの方に近づいて行った。
 ナルキッソスがフェラッツオを苦手としているようにフェラッツオがセラピーを苦手としている事を知っていたからだ。………最も、フェラッツオは女自体を嫌っているのだが。
 ナルキッソスの目論見通り、フェラッツオはセラピーの2メートル前でピタリと停止した。
 しかし、今度はセラピーが近づいてくるナルキッソスに眉を顰め、ナルキッソスから距離をとった。フェラッツオがナルキッソスに近づき始める。
 ナルキッソスはまたセラピーに近づく。距離をとられる。ホモが接近する。ロリに近づく。ロリが離れる。ホモが忍び寄る。
 そんなことをしながら部屋の中を3人でクルクルと回っていると、やがて3人は停止した。
 いつの間にか、3人の立ち位置はきっちりと一辺を2メートルとする正三角形になっていた。これが彼らのいつもの距離であった。

 ちょうどその時、全ての部屋の様子が映され、コドクシステムが完全に起動した。
 フェラッツオが画面に目を向け楽しそうに笑う。

「ぉ、始まったね。私は今回お気に入りのペットを2人送り込んだんだ。君たちは今回B級を一人も出さなかったようだけど、……良かったのかい?」

「………完璧な僕に部下はあまり必要ないからね。適当にそれなりのC級どもを放り込んでおいたよ」

 ナルキッソスが答える。セラピーは無視してもフェラッツオの問いは答えるのは、答えないとホモがしつこく何度も問いかけてくるからだ。

「私はC級を二人」

 セラピーは今回、ジンの他に魔法反射能力を持ったリビングアーマーをコドクに入れていた。
 このリビングアーマーは、二回戦でジンと当たるように仕組んでいる。
 魔法タイプのジンにとってはやりにくいこと極まりない相手。
 しかし、倒せればジンは飛躍的に強くなることが出来るだろう。そして、魔法が効かない相手を倒す事によって彼の目的の相手との対策も練れるようになるだろう。いわばこれは、セラピーなりの親心だった。

「………ふぅん。皆は今回あんまり乗り気じゃないのかな?アナルキッソスがB級を出さないのはいつもの事だけど、セラピー………さん、はいつも最低一人はB級を出してくるじゃないか」

「あら?心外ね。私は今回かなり本気よ。ちゃんと本命を出しているわ」

「………C級が?私の記憶が確かなら、C級組が最後の一人になったことは1回か2回くらいしかなかった気がするけどね」

「じゃあきっと3回目になるわね」

「………余計なお世話かも知れないが、お気に入りならコドクに出さない方がむしろ良かったんじゃないか?」

「いいのよ。だって殺されそうになったらコドクシステムを止めればいいんだもの」

 しれっとセラピーは言う。

「えっ?」

 フェラッツオは驚きセラピーを凝視した。
 セラピーはそんなフェラッツオを横目で見ると言う。

「何かしら。まさか文句があるの?死にたい?」

「いや、なんでもないよ、うん。ない。ありません。あるわけがない。そうだろう?アナルくん」

「誰がアナルだ。アナルキッソスだ。いや違う。ナルキッソスだ」

「そう、良かったわ。フェラッツオちゃんならそう言ってくれると思ってたの」

「………………」

 その発言にフェラッツオは冷や汗を流した。
 頷かなければ一体自分はどうなっていたのだろう。考えるのも恐ろしい、と震える。

 セラピーはA級の中でも上位の力を持っていた。特にその魔力は、A級の中でも隔絶している。
 総合的な戦闘能力ではA級の中級上位といったところだろうと噂されていたが、その潜在能力は間違いなくニアS級だった。
 対してフェラッツオはA級の中でも弱い方だ。
 セラピーが約200とすればフェラッツオは10〜20程度。セラピーの機嫌を損ねればいとも簡単に散り芥と化してしまうだろう。……最も、A級の数がかつてよりも少なくなっている今は、セラピーもそう簡単には自分を殺したりはしないだろうが……。ちなみに、ナルキッソスはA級中位ほどだ。

「あら?」

 と、その時セラピーが怪訝そうな声を上げた。自分が何かしてしまっただろうかとビクつくフェラッツオ。
 しかし、セラピーの目はモニターにのみ向けられていた。

「………いない」

(……どうして?確かに転送されたはずだけど)

 セラピーは何度もモニターを確認するが、そこにジンの姿はない。
 よもや転送事故でも起こったかと不安に思うセラピーだったが、それならば全ての部屋が埋まる事はない。一つ、映らないはずだ。
 しかし、セラピーのその不安はすぐに杞憂に変わった。
 決着がついたかのように思われた部屋の一つにジンが現れたのだ。
 その瞬間、セラピーはジンがとった作戦を理解する。

 まず最初からジン自体は影に潜り、人形を一つ部屋に出して待機する。
 次に、その人形を見た相手はその人形が相手だと思い込む。すると、その瞬間ジン本体は盤上から完全に存在感を消す。
 次に人形に戦わせるが、根本的に戦闘能力に劣る人形が対戦者に適うはずがない。すぐに倒されてしまう。
 ジンが上手かったのはここから。
 おそらく相手はあまりにもたわいない相手の弱さに違和感を覚えただろう。無意識の内に黒幕の存在を思い浮かべたはず。
 そこに人形の命乞いを入れる事で、黒幕の推測という思考から人形へと意識を移す。違和感は消えはしないだろうが、少なくとも考察を一時中断させることが出来る。
 それが狙い。
 やがて相手が人形の止めを刺すその瞬間、最高のタイミングでジンは次の手を打つ。
 次の人形を出した。人形はあっさりと相手に致命傷を与える。
 おそらくだが、これはジンも予想外だっただろう。
 この手のジンの本当の狙いはこの人形をこのタイミングで出す事で、一度は浮かびかけたジンの存在を消す事にあるのだから。
 この際、二体目の人形が僅かでも相手に傷を負わせられれば御の字。その程度にジンは考えていたはず。
 しかし、人形はあっさりと相手に致命傷を与えてしまった。
 けれど、計画が予想よりも上手くいって計画が滞る事はない。次の段階に移る。
 敢えて人形を討たせる事で相手の心に隙を作り出す。
 その隙を付く。これまでの二体はその為の布石。
 この戦術はジンの予想よりも上手くいった。
 ジンはあっさりと相手を始末することに成功する。

 ここでジンが相手を倒してしまったのでジンの作戦がこの先どのように進むはずだったかはセラピーは想像する事でしか補完することができない。
 しかし、おおよそはセラピーの予想通りに進むだろう。
 二体目の人形の後にジンが出てきたのはわざとだ。何故なら、人形で誤魔化すことが出来るのはこのタイミングが最後だから。
 二度あることは三度ある。
 二度も三度も人形を出せば相手は次の人形の存在を自然と察する。
 そして、次も、その次も、また人形が出てくるのではないかという推測をするようになる。
 そうなればもうジンの勝ちは決まったようなものだ。
 三度目に自ら本体が出てくることで、今度も人形だと相手に思わせる。
 そして、敢えて力を抜いて戦うことで今回も人形だと相手に確信させる。
 そこで、ある程度の傷を受けた上で死んだ振りをする。
 相手が念を押して止めを刺さない内に三体目の人形を出す。
 次の人形が出てくることを無意識、或いは意識的に考えていた対戦者は全意識を三体目の人形へと向ける。
 つまり、ジン本体から意識が外れるのだ。
 後はしっかりと後ろから相手の命を奪ってやればいい。
 傷は【超速再生】で治る。
 失うのは、戦闘能力不足で今後は大した役に立たないであろう人形と、リターンに比べればないも等しい魔力消費。
 完勝である。
 相手の心理を安全なところで手の平で転がし、翻弄する緻密な作戦と言えた。
 惜しむらくは、相手は不甲斐なく過ぎてその作戦が途中までしか見れなかった事だろうか。
 それが、惜しい、とセラピーは思う。
 こんなにあっさりと勝たれては、なんだか見ているこちらが不完全燃焼だ。なんというか、拍子抜けしてしまう。
 しかし、けれど、とセラピーは気を持ちなおした。

 コドクはまだ続く。
 最も実力差が大きい初戦をクリアした以上、今後は実力が拮抗した、白熱した戦いとなるだろう。
 今回のように、事前に仕込んだ罠で簡単に勝つことは、出来ない。
 これまでジンは予め罠を仕組んだり、相手のことを調査した上で、万全の状態から戦いを仕掛けている。
 つまり、策士タイプだ。
 しかし、コドクシステムに於いては転送により事前に罠を仕掛ける時間はなく、また、相手のことを予め知ることなど不可能。
 ジン自身の生存能力と、戦闘能力が試される事になる。
 その上、次の相手は【魔法反射】能力持ち。更に言えば、現在既にB級にクラスチェンジしていることが確認されている。つまり、地力も上だ。
 ジンの苦戦は最早確定していた。

 それでも。
 最初の難関を彼らしい方法で、彼の実力で乗り越えた今は。
 素直に祝福の詞を送ろう。

「――おめでとう。ジンくん」

 セラピーは恋する乙女の表情でそう呟いた。


 それを見たフェラッツオは思わず二度見をした。



あとがき

なんだかあとがきのせいで本編台無しという声が多かったので、こちらのほうに移しましたw

それではまた次の更新でw

追記
あとがき2はなんだか今後荒れを引き起こしそうな予感がしたので削除しました。不快にさせたかたがたにはお詫び申し上げます。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 11―2
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:636e4355
Date: 2010/05/12 22:28
 フェラッツオは、セラピーとは旧知の仲である。それはもう、数えるのも馬鹿らしくなるくらい前からの。

 基本的に、現存するA級魔族は皆、生まれながらにA級として生を受けている。
 それは、フェラッツオやセラピーも例外ではない。
 理論上は可能であるものの、B級やC級からクラスチェンジによってA級となったものなど、フェラッツオは一人も見た事がなかった。

 もう遥か、遥か太古の時代。人間達が人と呼ぶのもおこがましいほど未熟だった時代、セラピーやフェラッツオ達はこの世界に“発生”した。
 本当にある時、ふっと発生したのだ。少なくとも、フェラッツオはそう、認識している。
 フェラッツオの中にある最初の記憶。それは、何もない荒野の真ん中で立ちすくんでいる記憶だ。
 自分が何処から現れたのか、なんという名前なのかもわからず、現在の姿のままそこで目覚めた。
 にもかかわらず、自らの力の使い方や詳細、さらには魔科学などの、明らかに文明を匂わせる様々な知識が、頭の中に入っていた。
 食べられる植物、動植物の名、服作成方法、魔法の使い方。とても数十年やそこらでは識り得る事が出来ぬ程の膨大な知識の量。それも、彼一人で文明を創れそうなほどの………。
 見たことがないにもかかわらず、識っている。明らかな、不自然。
 よって、フェラッツオはこう結論付けた。すなわち、自らは゛作製゛されたと。
 しかし、自らの膨大な知識量の中にも、自分ほどの力を持った存在を生み出すほどの力を持った個体、或いは文明は存在しない。
 つまり、自分は世界によって作製された、という結論に彼は達した。
 世界………つまり自然が生み出す存在を、通常作製とは言わない。それは、発生という。
 よって、フェラッツオは自分が発生したと認識した。

 その後出会った魔族たちも、凡そ自分と同じ認識であった。
 世界中に発生した魔族たちは、自然と集い、やがて文明を築いていった。
 この世に“発生”した魔族は全部で666体。現在S級と呼ばれるもの達が7体に、A級が72体。残りは全てB級だった。
 魔族たちは、7体のS級を“王”と定め、A級を貴族とした。
 魔族の王達は、一つのルールを作った。上の階級からの命は絶対の物、というルール。
 王達が定めた法は唯一それ一つ。
 そして、それ一つで充分だった。

 フェラッツオの階級は男爵。
 魔族全体から見れば高位であるが、A級から見れば最下層だ。
 フェラッツオにとって不幸だったのは、魔族の習性だろう。
 魔族の女は、自分より強い存在にしか恋をしない。
 A級の中で最も弱いフェラッツオは、女達に見向きもされなかった。
 それでもフェラッツオは、くじけずA級の女性達にアプローチをかけ続けた。
 B級の女達に声をかけなかったのは、フェラッツオのプライドが許さなかったからだ。
 その頃の魔族には、A級はA級同士、B級はB級同士という思考が半ば常識と化していた。
 そんな中、B級にアプローチをかけるのは、負けだとフェラッツオは考えていたのだ。
 果敢に女性達にアプローチをかけていったフェラッツオだったが、女性達には見向きもされないどころか、蔑まれ、貶される日々を送る。
 日に日に弱っていくフェラッツオ。
 そんなある日、彼に救いの手を差し伸べる女神が現れた。女神の名を、セラピーといった。
 長く美しい紅髮、その髪よりも尚紅いルビーの瞳。スラッとした肢体に、肉感的なプロポーション。
 その当時、成人体の姿をとっていたセラピーに優しい言葉をかけられたフェラッツオは、一瞬で恋に落ちた。
 その心理は、一度も女子と会話をした事のない男子が、隣の席の女子に消しゴムを貸して貰っただけで恋に落ちる現象――通称、童貞一目惚れ現象に似ていた。
 セラピーとしては、毎日女性に声をかけては振られるフェラッツオをからかってやろうと声をかけただけなのだが、フェラッツオがそんなことを知る由もなく、セラピーに猛アタックをかけ始めた。
 ここに、不幸な偶然が重なる。
 当時、魔族でも最上級の力を持ったセラピーをときめかせる魔族の男は居らず、セラピーにアプローチをかける男は極少数だった。
 当然セラピーは暇を持て余すことになる。
 そんな折り、爵位持ちの中でも最弱の男が自分にアプローチを掛けはじめた。
 セラピーの思考がフェラッツオを暇潰しの玩具にする事に傾くのは、一種の必然と言えた。
 そして、セラピーはフェラッツオを思う存分弄び、――あっさりと捨てた。
 捨てる際の台詞は、「ごめんなさい。実を言うと私、貴方みたいに弱い男にはこれっぽっちも興味がないの。もう少し遊んであげようかと思ったけど……もう飽きちゃった」であった。

 この瞬間、フェラッツオの中には決して消える事のない傷が残されることとなった。
 それでも、フェラッツオが諦めず、己を磨き、力をつけたなら、フェラッツオを主人公とした一大恋愛ストーリーが綴られたかも知れない。
 しかし、日々繰り返されるセラピーのわがままや無理難題に無意識のうちに疲弊していたフェラッツオの心は、それで完全に折れた。
 フェラッツオは重度の人間不信ならぬ魔族不信と女性恐怖症に陥り、引きこもった。
 そんな彼が立ち直れたのは、魔族の男達のおかげだ。
 当時、フェラッツオの恋の行方をトトカルチョしていたフェラッツオの友人達は、あまりの結末に同情し、彼を慰めた。
 友人達だけではない。その頃トトカルチョに参加し、フェラッツオの様子を知っていた魔族の男達のほとんどが彼に同情的であった。
 そんな彼らの励ましにより、フェラッツオは徐々に立ち直り、そして――ホモになった。


 話が逸れたが、そういう理由で、フェラッツオはある意味セラピーの事を熟知している。
 フェラッツオは、セラピーは気まぐれで、残酷で、人の心が解らぬ、一種の天災のようなものだと思っていた。
 そのセラピーが、恋する乙女のような顔をしている。
 その事に、フェラッツオは天地がひっくり返る程の衝撃を覚えた。

「ぇ、えっと……どうしたんだい?君のそんな表情を、私は初めて見るんだが……」

 おずおずと、フェラッツオが話しかける。

「?   何かしら。私今、かなり良い気分だから、邪魔しないで欲しいのだけど……」

「ぁ〜…………」

 どうしてそんな顔をしているんだ?
 そう問いかけようと思っていたフェラッツオは、ためらうように口をつぐんだ。
 問いかけ、「私今、コドクに出ている子の一人に恋をしているの」などと言われた日には、一体どうすれば良いというのか。もしそんなふうに答えられたら、きっと自分は、ありとあらゆるものが信じられなくなってしまうだろう。
 A級魔族にとってB級が平民とするならば、C級以下は奴隷か家畜だ。
 同じ魔族として括って良いのかも曖昧なところで、一部の魔族以外は、C級以下を魔族とみなさず、「魔物」と呼び分けて区別している程だ。
 そのC級に、“あの”セラピーが恋をする?
 ――馬鹿馬鹿しい。あり得ない。そんなもの、物語としてすらお粗末だ。
 もし、C級ですら良いというなら、どうして私は―――………。
 と、そこでフェラッツオは思考を止めた。
 未練だ。くだらない。いや、こんなものは未練ですらない。何故なら私は“女”という存在に対する一切の執着を捨て、昇華したのだから。
 男は良い。最高だ。何が良いって……心が理解しやすいのがイイ。
 女はわからない。理解不能だ。気まぐれで、すぐにころころと意見、態度が変わる。
 その点、男は実にわかりやすい。最高だ。一緒にいて、心が安らぐ。
 あぁ……、はやく拠点に戻りたい。彼ら《ペット》は私の深く傷ついた心を癒してくれる。久しぶりにセラピー……さんに会った所為で傷口が開いてしまった。


 セラピーは、話しかけてきたかと思ったら、突然黙り込み、やがて虚空を見上げて「男はイイ……」「最高だ……」「女は不純物……」などと呟き始めたフェラッツオを不気味そうに見上げた。
 一体何なのだろうか。この不気味な生物は。昔はもっとまともだった気がするが……。
 ……いや、良くは思い出せないが、この生物は昔からこんなだった気がする。なんとも救いがたい……。
 セラピーはそっとため息をつき、ナルキッソスとフェラッツオを見比べ、もう一度ため息を吐いた。
 全く持って理解し難い。自分、或いは同性だけを愛して何が面白いというのか。女は男を愛し、男が女を愛すという自然の摂理から真っ向に反逆している。
 そう思い、二人を生ゴミを見るかのような目で見るセラピーが、二人に、愛のコレクションと称し、干物を愛でるイカレタ女と見られていることなど、知る由もなかった。


 セラピーは変態二人組を視界から外すと、再びジンへと視線を戻した。
 全く、せっかく彼の勝利の喜びに浸っていたというのに、変態に水を差されてしまった。
 しかも、目を離した隙にジンは相手のデュラハンと戦闘を始めてしまっている。
 だが、まぁいい。と、セラピーはにやりと笑みを浮かべる。
 何せ、一番面白くなりそうなところは見れそうなのだから。
 セラピーの目に映るのは、顔面を蒼白にし、壁にもたれかかるジンの姿であった。





 ――素晴らしい。
 その想いが、セラピーの心中を満たしていた。

(ジンくんは、予想以上だった……)

 確かに、ジンが魔法を使えない状況に仕組んだのは自分だ。
 しかし、ここまで予想以上の成長をするとは。
 鏡の先にいるジンは、肩で息をし立ち尽くしている。
 彼の前に、敵の姿はない。
 先ほど、ジンの猛攻の前に倒れたのだ。
 突然だった。そうとしかセラピーは表現できない。

 魔法が効かないと悟った彼は幾らか試行錯誤を試したのちに近接による打ち合いを選択した。
 槍を受け流し、懐に潜り込んだ彼は、反撃を食らいつつも頭部に傷をつけることに成功する。
 そこで彼は、デュラハンの予想外の防御力の低さを知ったのだろう。
 基本的に、ヴァンパイアやデュラハンなどのアンデット属は攻撃力が高い反面防御力が低い。
 デュラハンは、アンデットの中では防御力の高い部類に入るが、それでも、魔族全体では平均程度だ。
 充分ジンの攻撃が効くレベル。
 また一つ相手の情報を知った彼は、血気盛んにデュラハンへと向かっていった。
 その際、使い物にならぬ人形と、エンチャントを用い、相手の武器である槍を有利から不利へと反転させたのは見事の一言に尽きる。
 通常、殺し合いの場面において、一度役に立たないと断じられた物は無意識のうちに選択肢から外される場合が多い。
 その廃棄された選択肢から僅かでも戦闘に役立ちそうなものを拾い上げ、有効に活用できるものを世間では戦上手と呼ぶ。
 その意味では、ジンは間違いなく戦上手だった。

 巧みに相手の重心を崩した彼は、デュラハンの胴を貫く。更に追い討ちでデュラハンのわき腹部分も砕くも、そこで彼は止まった。
 ……明らかな、失策。
 戦いの場において、それも近接戦において停滞は、致命的。
 思わず顔を強張らせるセラピー。
 そして、セラピーの懸念通りデュラハンはジンへと会心の一撃をたたき込む。
 ジンの肩を潰し、身体の中心近くまで食い込んだデュラハンの両腕を見たセラピーは血相を変えた。

 ――イケナイ!

 致命傷……ではないだろうが、このままでは再生の暇なく猛攻をうけ、沈みかねない。
 救出に向かうなら今がギリギリのタイミングか。
 このタイミングを逃したら、手遅れになる。
 そう判断したセラピーを踏みとどまらせたのは、女の勘か。
 なぜか一瞬躊躇ったセラピーが、停止したその一瞬で、ジンは変質した。
 まるで、鏡越しのこちらまで震えるような、荒々しい咆哮。
 普段、知性的で、物静かな印象の彼からはとても想像できないような獣性。
 人としての仮面をかなぐり捨て、魔という獣に己の全てを預けた彼に、その身は応えた。

 乱暴に左腕を引き抜くジン。その腕は、痛々しいまでに原型を止めていない。が、直後その腕は時間が巻き戻るかのように再生した。
 速い。彼の再生速度はあれほどまで高かっただろうか。
 いや、以前自分の前で両腕を治した時よりも格段に速くなっている。
 事ここに至り、ようやくレアスキルを完全に掌握したのだろうか。

 大きく身体を捻るジン。振り上げられた左腕には、異常なまでの力が込められているのが見て取れた。
 咆哮。溜め込まれた獣性を吐き出すかのように、デュラハンを殴り付ける。デュラハンは半身を崩壊させながら床を凄まじい勢いで転がり、壁に叩きつけられた。
 叩きつけられたデュラハンは、壁に左半身をめり込ませている。その惨状は、ジンの一撃の破壊力を伺わせた。
 凄まじい威力。その破壊力の代償なのか、ジンの左腕は、最早腕とは呼べぬ代物と化している。
 しかし、その左腕も、破壊された肩も瞬時のうちに再生を開始。完治した。
 己の身体を省みない、枷の外れた攻撃。
 ――素晴らしい。
 セラピーは感嘆する。
 先の一撃、明らかに物理攻撃型のB級中位ほどの威力があった。
 本来、魔族はそのうちに秘められた力に比べ、外に現れる力は非常に小さい。
 宿す力が大きすぎるからだ。その強大な力を余すことなく器に乗せようとしたら、器は崩壊し、今のジンのような惨状となる。
 これは、魔族という生物の欠陥と言えた。特に上位の魔族になればなるほどその特徴は顕著である。
 故に、魔族は無意識のうちにその力を大きく制限し生きている。
 対して魔力は、外部に働き掛ける力なので使用に制限はない。宿る力をそのまま使いきることが出来る。
 つまり、魔法型の魔族と肉体型の魔族では、力の使用という点において圧倒的に魔法型の方が有利なのだ。
 しかし、一部の魔族の中には肉体の性能を全て使いこなすことが出来る者達もいる。それが、再生能力持ちの魔族たちだ。
 肉体が再生するのならば、壊れることを恐れる必要もない。
 そうなれば、魔法型と肉体型の優劣の差はなくなり、場合によっては反転する。
 つまり、再生能力は強者になるには必要不可欠の能力なのだ。
 無論、無条件に再生能力を持つ=強者という等式が成り立つわけではない。
 宿す力が少なければ100%解放されてもたかが知れているし、そもそも脳のリミッターを外す事すらできないものたちがほとんどだ。
 それでも、脳のリミッターを外すことが出来るようになり、成長をし続ける者は、やがては強者。ゆくゆくは最強の一角にも届き得るだろう。
 ジンは間違いなく強者になる資格を有していた。
 ましてや彼は詠唱短縮能力も有している。
 肉体型の魔族の強者足り得る条件が肉体再生能力ならば、魔法型の強者足り得る条件は詠唱短縮能力だった。
 ジンはそれらの中でも最高ランクの【詠唱破棄】を宿している。
 これで、彼の成長が楽しみにならないわけがなかった。


「ふ……フフフ」

 思わず笑みが零れる。
 ニヤニヤ。
 そんなセラピーをじっと見つめるフェラッツオ。
 こそこそとナルキッソスへ話し掛ける。

「………なぁ、アナルキッソス。やはりセラピーの様子はおかしくないか?あれではまるで……」

 そこで、言葉を止める。その表情は、やや険しい。

「近寄るな。均衡が崩れる。そして僕はナルキッソスだ」

 ナルキッソスは近づいてきたフェラッツオを乱暴に押し退けると、身につけていた手袋をとり、ポイッと投げ捨てた。フェラッツオに触れた手袋など、一秒たりとも身につけていたくなかった。なにか、得体の知れない菌が移ってきそうだからだ。大腸菌とか。
 フェラッツオは投げ捨てられた手袋を少し悲しげな表情で見つめる。
 と、その時鏡に目を向けたナルキッソスが言った。

「ぉ、準決勝に残ったワーウルフ。僕が入れた奴だ」

 その発言に反応したセラピーが振り返る。
 そのワーウルフの相手は、ジン。お気に入りの相手の情報が、気にならないわけがない。

「……へぇ、そうなの。そのワーウルフ。一体どんな能力を持っているのかしら?」

「――流石は僕だ。適当に目を付けただけだと言うのに、準決勝まで残るC級を見つけだしてしまうとは……。……少し、自分の才能が恐ろしいかもしれない」

 相変わらずのナルキッソスの態度に、イラッとするセラピー。
 しかし、魔族の中でもかなり心の広く、寛容なセラピーは、めげずにもう一度ナルキッソスへ問い掛けた。

「………………………、……準決勝まで残るくらいなんだから、ただのワーウルフじゃないんでしょう?気になるの、教えてくれないかしら?」

「なぜ世界は僕にこれほどまでの才気を与えたのだろう……。ここまで二物も三物与えられてしまうと、他の凡人達に少し申し訳なく感じてしまうよ……」

「……………」

 すとん、とセラピーの顔から表情が抜け落ちた。セラピーの周囲の空気が仄かに歪み始める。
 セラピーから発せられる殺気と魔力の交じり合ったものが、周囲の空間を歪めているのだ。
 セラピーは、無視されるのが嫌いだ。そうでなくとも、ここまで無視されればセラピーでなくとも怒気の一つや二つ抱く。
 貴重な、数少ないA級魔族だからと広い目で見てやったが、そろそろ我慢の限界が近い。
 A級同士の殺し合いはご法度だが、新しくA級に上がるものがいれば主も大目に見てくれるかもしれない。
 そんな悪魔の囁きに惑わされたセラピーが実行に移すよりも若干速く、行動を起こした者がいた。フェラッツオだ。
 セラピーの殺気にビビりまくった彼は、セラピーとナルキッソスの間を取り持とうと動き出したのだ。

「――ふむ、私も気になるな。アナルキッソス。あのワーウルフはどんな能力を秘めているんだい?」

 さしものナルシストも、天敵のホモだけは無視できなかった。
 しばしの沈黙の後、苦虫を潰したような顔で答える。

「………………【脚力倍加】と【防御力増加】だよ」

「へぇ、なるほど」

 ナルキッソスから答えを引き出したフェラッツオは、セラピーに振り返り、目で「これでいいかい?」と語り掛ける。
 フェラッツオのアイコンタクトを受けたセラピーは俯くと、フェラッツオへとつかつかと歩み寄り、フェラッツオの右足のすねを蹴った。

「ヒギぃッ!なんで私!?」

 一見すると可愛い光景だが、セラピーの幼い外見からは想像できない脅威的な膂力から繰り出される蹴りは、たやすくフェラッツオの右足の間接を一つ増やした。
 あっさりとくの字に曲がったすねに、堪らず悲鳴を上げるフェラッツオ。すぐさま抗議の視線をセラピーに送るが、既に彼女の興味は鏡の向こうへと移っていた。
 そう、ジンとワーウルフの戦いが始まろうとしていたのだ。
 他人の足を圧し折っておきながらこの態度。親切だったのに……。代わりにナルキッソスに聞いて上げたのに……。と涙目になるフェラッツオ。
 【高速再生】を使用しながら内心ぼやく。こんなことなら、【物理無効】のレアスキルを稼動させておくんだった。むしゃくしゃしたセラピーが自分に八つ当たりするのはいつものことだ。どうせ八つ当たりされることがわかっているのだから【物理無効】を稼動させて置けばよかったのだ。
 とそこで、いや、と思い直す。
 きっとセラピーの事だ。こちらが【物理無効】を使っていると気付いたら、今度は魔法で攻撃してくるだろう。しかも、一度防いだことで、セラピーの感に触るだろうから、次の攻撃はさらに苛烈になるだろう。
 今回は骨折で済んだが、魔法の場合だったら蒸発だったかもしれない。
 つまり、今回は被害が最小限に食い止められたのだ。うん。きっと。
 あぁ、ダメージが最小限に食い止められて本当に良かった。
 ホロホロと涙を流しながらも、前向きに(と言っていいのかはわからないが)考えるフェラッツオ。
 どんな被害を被ってもポジティブシンキング。それが、セラピーと付き合っていく上でのフェラッツオが編み出したちょっとしたコツだった。




 セラピーが見守る中、鏡の中でワーウルフとジンが言葉を交わす。
 言葉は聞き取れない。そういう機能は、付いていなかった。あくまでこの鏡は、見るだけの代物だ。
 先に仕掛けたのはワーウルフだった。
 大腿部が膨れ上がり、消えたかと錯覚するような速度でジンへと仕掛ける。
 なるほど、確かに速い。これが【脚力倍加】の効果か。
 その後、二度の突撃を避け、魔法による攻撃を試したジンだったが、いずれも効果的な攻撃とはなりえなかった。
 アイスニードルは攻撃範囲の狭さとその単調さからあっさりとワーウルフに避けられ、フリーズブロウは純粋に威力が低く、使い物にならなかった。
 ……なぜもっと威力のある魔法を使わないのだろうか。今の彼ならば、上級魔法を連続使用していけば、割と楽に勝てないこともない相手の筈だが……。最も、魔力消費もそれなりになってしまうだろうが。
 と、そこで気付く。そうか、魔力消費か。
 恐らく彼は最終戦を見越して魔力節約をしているのだろう。連戦によるハンデを少しでも小さくするために。
 肉体再生を使いこなし、肉体のリミッターを外せるようになった彼ならば、近接戦で戦った方が魔力消費は少ない。
 だがそれも、戦いが長引けば話は別だ。
 肉体再生も魔力消費は決して小さくない。ずるずるとみっともなく泥試合を演じてしまえば最終的には魔法による短期決戦の方が消耗が少なかった。などという茶番になりかねない。
 そんなこと、聡明なジンが気付かないわけがない。
 その彼がこういう手段を取る。それが意味することはつまり――。

(そう、自信があるのね?あのワーウルフを近接戦で圧倒する切り札に……)

 我に策あり、という現れだった。

 ワーウルフが攻撃を仕掛ける。一瞬の攻防の末、ワーウルフの蹴りがジンの両腕を圧し折った。
 瞬時に両腕を癒すジン。
 これで、ワーウルフも凡庸な攻撃ではすぐ再生されてしまい、埒があかないことを悟るだろう。
 再生能力を有する相手を倒す方法の一つに、相手が再生できなくなるまで壊し続けるという手があるが、今回はその手は使えない。
 なぜなら、この後に戦いが待っているのは彼も同じだからだ。泥試合を避けたいのはお互い様である。
 よって、ワーウルフは威力の高い攻撃による短期決戦を狙うだろう。
 そう、あの突進だ。
 あれならば、再生する間もなく、一瞬でジンの命を奪う事ができるはず。
 だが、あの技には欠点があった。
 一つは溜めが大きいこと。あれでは、これから必殺技を出しますよと予告するようなものだ。
 もう一つが、攻撃の軌道が単調なこと。直線的にしか進めないあの技ならば、最悪タイミングさえ掴めば、横に飛ぶだけで回避は容易い。
 ましてやジンには【闇渡り】があるのだ。もうあの攻撃は食らわないと言っても過言ではないだろう。

 次に仕掛けたのはジン。
 【詠唱破棄】でエンチャントを両腕にかけた彼は、踏み込みワーウルフの脇を打つ。しかし、ワーウルフも只ではやられない。向かってくるジンへとフック。
 ほとんど相討ちという形。恐らく彼もそれを想定していたのだろう。何の躊躇もなく相討ちを狙えるのは再生能力持ちの強みだ。そして、それを見越してのエンチャント。
 リミッターを外していないのであろうジンの攻撃はワーウルフにはほとんど効かず、対して彼は大ダメージを負う。しかし、彼の目的は相手のダメージを狙う事ではなく、攻撃を当てること自体が目的だ。
 その証拠に停止するワーウルフ。感電。エンチャントの効果だ。
 永きを生きるセラピーだが、このエンチャントという魔法は非常に良く出来ていると思う。ふと、よくあの人間どもがここまで魔法に精通するようになったものだ、と昔を想い感慨深い気持ちとなった。

 ジンは動きの止まったワーウルフの頭を掴むと地面へと叩きつける。そしてそのままワーウルフへと馬乗りになり、ラッシュ。が、そこはワーウルフも歴戦の戦士。只ではやられない。
 未だ痺れの残るであろう肉体を酷使し、打撃。右腕と左足を使ったコンビネーションに、堪らずジンは呻き、宙へ高々と浮いた。
 地へ引かれ、落下するジン。ワーウルフはその頭部を自慢の脚力で蹴り飛ばした。

(あっ!)

 思わず声が漏れそうになるが、耐える。
 セラピーは、もう、本当のギリギリまで動く気はなかった。先の一戦を見て、彼ならば、多少の劣勢ならば大丈夫だと判断したのだ。
 ――彼を信じよう。もし、反撃の手があるのに、自分がそれを邪魔したら申し訳ない。
 そう決断したセラピーだったが、やはり心配なものは心配だった。
 きゅ、と胸元を握り、ジンを見守る。
 蹴り飛ばされたジンは、縦に回転しながら凄まじい勢いで壁に激突。
 地面に落下し、立ち上がろうとするも、その体は酷く覚束ない。
 膝がガクガクと震え、立つこともままならない様子。
 まさか……脳震盪を起こしているのだろうか。
 そして、ワーウルフが止めをささんと、溜めをしているのを見たセラピーは、強い焦りを感じた。

(や、ヤダっ…!お願い、頑張って!)

 座り込んでいるジンへと祈る。
 胸元を握る手にも力が籠もった。
 その祈りが届いたのか、ジンは間一髪で【闇渡り】を使用。突進を避けた。
 ホッと一息。
 本当に良かった、と安心する。
 ふと、自分の手のひらを見やる。
 セラピーの両手はしっとりと汗をかいていた。それを見たセラピーは苦笑する。
 全く、手に汗を握るなんて何百年振りだろうか。つくづく彼は、退屈させない。最も、こんなに心臓に悪いのは今回限りにして欲しいものだが……。

 脳震盪から回復したのだろう、ジンが影から這い出てきた。
 ワーウルフと二言三言交わし、戦闘を再開する。
 疾走するワーウルフ。その時、それを迎え撃つジンの纏う雰囲気が突如変わった。
 それが何かはわからない。ただ、一瞬前の彼とは、何かが明らかに違っていた。
 違和感を覚えたセラピーだったが、その答えは、すぐに明らかとなる。
 ワーウルフがジンに突きを放ったと思った瞬間、ジンの姿が霞み、ワーウルフが反転。一瞬で上下逆さまとなったワーウルフに対し、ジンは先のお礼とばかりに頭部を強蹴。リミッターを外しているのか、その威力は凄まじく、ワーウルフは激しく旋回しながら吹き飛ばされた。

(―――――……)

 驚愕。一体何が起こったのか。あたかも別人の如き身のこなし。まるで何十年と鍛練に鍛練を重ねた武術家のように、一分の無駄もない動きだ。
 違和感の正体はこれか、とセラピーは理解した。立ち振舞いに無駄がない。動きが洗練され、呼吸の仕方すら変化したことで、纏う雰囲気が変化したのだ。
 知識吸収はアンデットなどの一部の魔族のみが宿す種族特性だ。そして、サキュバスに、知識吸収の特性は存在しない。
 故に、セラピーに《戦闘理論》は理解できず、彼女にはジンが急激に変化したとしか捉えられなかった。そして、セラピーはその急激な進化を、ジンが連戦により自らの才能を開花させたと判断。
 その勘違いは、只でさえ高かったジンの評価をさらに押し上げ、さらなる期待をセラピーに抱かせることとなった。

 地面に這いつくばっているワーウルフを少しの間静かに見つめていたジンだったが、やがてワーウルフに止めを刺すため動き出した。
 ゆらり……と動き出したジンは、10メートル近い距離をほぼ一瞬で詰めると、ワーウルフの前に立つ。
 そのままワーウルフの頭をわしづかみにすると宙高く放り投げ、槍を地面に突き刺すと、そこへワーウルフを串刺しにした。
 あまりにもあっけない幕切れ。
 だがそれは、決してセラピーを拍子抜けさせるものではなく、むしろジンの成長を彼女に印象付けた。
 セラピーは、己の女の芯にぽっと火が灯るのを感じた。火は徐々にセラピーの身を焦がし、子宮へ熱を灯らせた。火の名は淫欲。熱の名は欲情。
 セラピーの中で、ジンが男と完全に認識された瞬間であり、生まれて初めてセラピーが女となった瞬間だった。

 ――舞台はいよいよ最終幕に入ろうとしていた。



 ジンがワーウルフの核を食らい、転送が始まると管理室の鏡が連動。無数の鏡で一つの画面となった。
 最終戦のみの特別仕様だ。

「ふむ……、最終戦の相手はセラピー……さんのお気に入りか。まさか本当に最終戦まで残るとはね……」

 フェラッツオが顎を撫でながら感心したように呟く。

「ふふ……だから言ったじゃない。本命だってね」

 セラピーが機嫌良く答えた。今にも鼻歌を奏でかねないほどの上機嫌。フェラッツオがこれほどまでに機嫌の良い……いや、浮かれたセラピーを見たのは随分久しぶりのことだ。
 気に入らないな……、なぜかフェラッツオはそう感じた。
 しかし、そんな内心はおくびにも出さず、会話を続ける。

「へぇ……でも私のペットも負けてはいないよ。なんせ、私の一番のお気に入りの渡り人に、私が直々に力を注いだ傑作だからね。単純な力なら、君のお気に入りを上回るんじゃないかな?」

「……渡り人?」

 セラピーは、力云々ではなく、渡り人という点に反応した。
 その反応に、フェラッツオはおや?と思う。そういえば、いつぞやセラピーがお気に入りの渡り人を壊して落ち込んでいた事があったな……と思い出す。
 あの時は、セラピーのイライラを収める為、自分の手持ちの中から一番上等な渡り人を融通してやったが、すぐに壊されたと聞いてやるせない気分になったものだ。
 どうやら、セラピーは渡り人という人種に興味があるようだ。
 ……渡り人。異世界の住人。そういえば、と魔族の中でも変わり者で知られる男が、渡り人に関して可笑しな説を提唱していたことを思い出す。
 曰く、‘我々魔族は渡り人たちによって製造された可能性がある。’
 馬鹿馬鹿しい、とほとんどの魔族がその説を一蹴したが、セラピーはその説を面白がっていたことをフェラッツオは覚えている。
 思えば、あの頃からセラピーは渡り人という人種に興味を抱いていた。
 今回も、渡り人という点に反応している。
 ――セラピーは渡り人に興味あり。
 フェラッツオは脳内にこの事を強く刻み付けると、何食わぬ顔で会話を続行した。

「ん?あぁ、そうだよ。渡り人さ。【自動再生】【直感】と珍しいレアスキルを持っていたから、眷属にしてあげたんだ」

「へぇ……そう」

 それは少し……不味いかもしれない、とセラピーは思った。
 甘さは、ジンの最たる弱点の一つだ。
 初戦では、命乞いをする相手も殺せたが、それは一人しか出られないというコドクシステムの仕様が彼の背中を後押ししたという背景もある。
 元来、根がやさしいのだ。彼は。
 まぁそんなところが魅力的なのだけど……、と内心呟きながらも、セラピーはジンが渡り人という同胞を手に掛けることを躊躇うことを懸念していた。
 いくら彼が躊躇おうとも、相手も躊躇ってくれるとは限らない。しかも、相手は人間の姿のままだが、ジンはエルフの肉体なのだ。
 外見からは、渡り人だとは判断されないだろう。
 だとすれば、相手が渡り人だという事は、ジンにはマイナスにしかならなかった。

「………………」

「どうしたんだい?そろそろ試合が始まるよ?」

「………えぇ、そうね」

(……信じるしかないわね)

 彼は、コドクを経て劇的に成長している。ならば今回もきっと大丈夫だろうと、セラピーはジンを信じる事にした。



 そしてセラピーは鏡を見つめる。
 大画面の中、ジンと渡り人は対峙している。
 そこで、セラピーは件の渡り人の異変に気付いた。
 フラフラと頭を振り、ぶつぶつと何かを呟いているようだ。明らかに正常な状態ではない。

「ねぇ、あなたのペット、様子が変じゃない?」

「ん?あぁ……ちょっと可愛がり過ぎたかな?いつの間にかあんな風になってたんだよ。まぁいつか治るだろう」

「そう……」

 魔族がこんな風にペットを壊すのはそう珍しいことではない。
 むしろ頻繁にあることだった。
 だからセラピーはその事にはあまり興味がなかった。むしろセラピーにとって重要だったのは、渡り人が狂っているという点だった。
 いくら同胞とはいえ相手が狂人ならば、さしものジンも殺すのを躊躇うことはないだろう。
 躊躇ったとしても、最終的には天秤は殺す方に傾く。何故なら、狂った精神を救うには、殺すのが最も手っ取り早いのだから。



 戦いはあっさりと終わった。
 ジンは無傷。完勝だ。
 しかし、それはジンが相手よりも圧倒的に強かったからではなく、相手がジンを傷付ける気がなかったからだ。
 何度もあった。件の渡り人がジンに大ダメージを与える機会など、幾らでも。
 渡り人はジンと同じように再生能力を持ち、リミッターが外れていた。さらには狂人故の予測不能の攻撃方法を有していた。
 はっきり言ってジンとは相性が悪い相手だ。今となってはあのデュラハンよりも戦い辛い相手だろう。
 順調に進めばジンは勝てたとしても満身創痍のギリギリの勝利だった筈だ。
 しかしジンは無傷で勝利している。
 つまり、あの渡り人は最初からジンに殺されるつもりだったのだ。
 それが、もう生きることに疲れたからなのか、或いはジンが渡り人だと気付いたからなのかはセラピーにはわからない。
 戦いの前に何やら話していたようだが、それはこちらまでは届かない。せいぜい、口の動きを見て何かを話しているとわかる程度だ。

「……………」

 フェラッツオは先ほどから無言だ。
 セラピーすら初めてみる渋面で黙りこくっている。

「なんだかあっさりと負けちゃったわね。貴男のお気に入り」

 セラピーはこの結末をフェラッツオがどう思っているかが気になり、声をかけた。
 それに対しフェラッツオはふっ、とため息をつくと、顔から力を抜き答えた。

「………そうだね。なんだか、自分から負けにいったように私には見えたけど」

「あら、やっぱり貴男もそう思った?」

「それはそうだろう。何度も攻撃する機会はあったのに、不自然に退いたり、わざと攻撃を受けたり。………最後の拘束だって、【直感】があるのだから避けるのはたやすかった筈だ」

 それはセラピーも思ったことだった。
 【直感】が持ちはまずああいった拘束は食らわない。来るとわかっている攻撃を躱せないわけがないのだ。
 それを食らったという事は、つまりはわざと食らったという事に他ならない。

「そうねぇ……………、私は見てなかったのだけど彼、一回戦目はどんな感じだったの?」

「圧勝だったよ。どんな攻撃を食らっても怯まず、あっさりと首を刈った。それを見て、私も彼の勝利を確信したんだが……」

「そう……」

 やはり手加減していたか……。
 一体どうして。

(いや……、どうでもいいわね、そんなこと)

 あの渡り人がどういう理由でジンに勝ちを譲ったのか。
 それは確かに気になるところだ。
 だが、それはジンが勝ったという事実に比べたら、どうでもいいことではないか。
 彼は無傷で、楽に勝った。
 その結果になんの不安があるだろうか、いやない。
 その過程に疑問は残るものの、結果に不満はなんらなく、またその疑問は決して考えてわかるものではない。
 ならば、自分はただ、最愛の彼の勝利と成長を喜べば良いのだ。

 それっきり、セラピーは渡り人の事は脳裏から消し、その疑問も考えるのを止めた。
 残ったのはジンが生き残ったという最高の結果だけ。
 コドクは終わり、短く長い、離ればなれの夜は終わった。
 さぁ愛しの彼に会いに往こう。

 セラピーは【空間転移】を発動させ、ジンを迎えに跳んだ。



「気に入らないな」

「え?」

 セラピーがいなくなり、二人だけとなって管理室でナルキッソスが呟いた。

「新しくフロアマスターになった彼……顔が……いや、何もかも気に入らない」

 ナルキッソスは酷くつまらなそうに言う。
 フェラッツオは、ナルキッソスがジンの……いや、エルフの美貌に嫉妬しているのは気付いていたが、口には出さなかった。
 そもそも、ナルキッソスのエルフ嫌いは有名な話である。‘エルフ殺し’のナルキッソスの二つ名は、爵位持ちの魔族なら誰でも知っている事だ。
 いつもなら、ナルキッソスが何をしようと感知しないフェラッツオだが、今回は相手が相手だ。
 一応忠告をする事にした。

「……わかっているとは思うが、あれはセラピーのお気に入りだ。手を出せば、いくら君でも只じゃ済まないよ」

「……………」

 ナルキッソスがセラピーを無視する理由。それは、セラピーが何もかも自分よりも上の存在だからだ。

 爵位も、力も、美貌も、ありとあらゆるものが自分よりも上。
 自分が何よりも至上の存在でなければ我慢がならない、高慢の咎を持つナルキッソスは、それゆえにセラピーを許容できず、無視という子供のような反抗をしていた。

「……まぁ確かに彼が気に入らない気持ちはわかるけどね。セラピーは怒らせない方がいい」

「……ふん」

「それよりも、だ」

 フェラッツオは場の重い空気を払拭するように明るい声を出した。
 そして、スススと音もなくナルキッソスに接近する。

「……どうだい?これから一緒に食事でも。久しぶりに会ったんだ、旧交を暖めようじゃないか」

「………っ!」

 そこでナルキッソスはようやく気付いた。
 セラピーがこの場から去った事で、フェラッツオを阻む壁が消えていることに。
 そしてホモがこのタイミングをずっと狙っていたことを悟った。

「……ち、近寄るな」

 ナルキッソスは魔法が使えない。それは、生まれつきの欠陥だった。魔力が存在しないのだ。
 その代わり、ナルキッソスには他の魔族の追随を許さない圧倒的な身体能力があった。
 しかしその身体能力も、目の前の【物理無効】というレア中のレアスキルを有する男には、相性最悪である。
 殴ろうが、蹴ろうが決してホモは止まらない。
 にじり寄ってくるホモの姿は、唯我独尊を地で行くナルキッソスを持ってしても、恐怖を抱かずには入られない光景だった。

「く、来るな……!」

「――どうしてそんなに怯えているんだい?らしくない。私はただ、食事に誘っているだけじゃないか」

「…………わかった。一緒に食べる。だからそれ以上こちらに来るな……!」

「本当かい!?嬉しいなぁ。アナルキッソスと一緒に食事をするなんて何百年振りだろう」

「あぁ……」

 ナルキッソスはうなだれ、フェラッツオの拠点へと歩きだした。
 どうして自分はセラピーが去った瞬間に、あの場を去らなかったんだ、と後悔しながら。
 フェラッツオは本当に嬉しいのか、ドーナドナドナドーナ〜♪と鼻歌を歌いながら歩いている。
 ナルキッソスはその歌詞の牛が、自分と重なるような錯覚を抱くのだった。




あとがき

更新が大変遅くなってしまいました………。
申し訳ありません。

けどまぁ、いつもよりかなり分量多いので大目に見てください(笑)


ではまた次の更新で。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 12
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:38008a5e
Date: 2010/05/14 23:23
「ジンくん!」

 最終戦が終わり、茫然と立ち尽くしていた僕は、セラピーさまの喜びに満ちあふれた声で我に帰った。

「……セラピーさま」

 セラピーさまは僕に駆け寄ると、両手でギュッと僕の手を握り、満面の笑みを浮かべた。

「やったわね!ジンくん。凄かったわ!私興奮しちゃった!」

 セラピーさまはまるで外見相応の童のようにはしゃいでいる。
 その、愛しい主の姿を見て、僕の冷めきった心に徐々に熱が戻り始めるのを自覚した。
 自然と頬が緩み始め、笑みを構築する。

「……はい。ありがとうございます」

「うんうん。おめでとう。よく頑張ったわ。褒めてあげる!さっ、後はその核を吸収すればコドクシステムは終了するわ」

 はやくはやくと急かすセラピーさまに苦笑し、灰に埋もれた核を掬いだす。
 ……あった。
 真紅の、まるでルビーのように紅い玉。
 今となっては唯一の、彼が存在したことを証明する証だ。
 ……いや、もう1つあったか。
 僕は、灰の傍に落ちていた巨大なハサミを拾い上げると、影へとしまう。
 振り返ると、セラピーさまがニコニコと微笑み、無言で僕を促していた。
 核を吸収する。
 瞬間、小さな紅玉は溶け、濁流の如き力の本流が僕に流れ込んできた。

「ぐっぐぅ……」

 あまりに強い快楽に、視界か明滅する。目眩に似た症状に、思わず膝をついた。

「はぁ………」

 ブルブルと震える身体を抱きしめ、波が通り過ぎるのを待つ。
 やがて、力が完全に自分に馴染んだのを確認すると、立ち上がった。

(凄い……)

 まるで生まれ変わったようだ。
 仮にF級の力を1とし、ワーウルフを食らった時点の僕の力を約4000と仮定すると、今吸収した核は6000程は有りそうだ。
 そして、それが示すことはつまり――。

(そうか………手加減されていたか………)

 思えば、彼の行動は不自然過ぎた。
 狂っていたと言ってしまえばそれまでだが、それでも、殺し合いの場で相手を攻撃しないのはあり得ない。
 彼は、僕へ大ダメージを与えられたにもかかわらず、一度ハサミを退いた。
 それは、彼が僕が渡り人だと気付いたからなのか。或いは狂人の気紛れか。
 真相は彼にしかわからない。
 だが、もしもあれが理性ある行動だったとするならば。
 理性的に、同郷と気づいて彼を殺した僕と、狂いながらも、同郷と気づいて傷つけることすらしなかった彼。
 一体どちらの方が“人”から外れた存在なのだろうか。

「終わった?じゃあ転送するわね」

 セラピーさまの声に我に帰る。頷くと、セラピーさまは懐から小さな宝石を取り出し、磨り潰した。
 その瞬間、僕の体は転送光に包まれ、光が弾けると同時に僕はセラピーさまの部屋――フロアマスターの部屋に戻っていた。

(終わった……のか?)

 アンティークの類が嫌味にならない程度に飾られた、貴品のある見慣れた部屋に、ようやく僕はコドクが終わったことを実感する。

「あ、ぁぁぁ…………」

 終わった。やっと。長かった。生きて帰れて……本当に良かった……。
 切なく痛む胸を押さえ、跪く。
 ホッとしたはずなのに……。安心したはずなのに。この胸はシクシクと傷んだ。
 まるで心が膿んでしまったようだ。

「どうしたの?ジン君。どこか痛むの?」

 顔を上げると、セラピーさまが僕を心配そうに覗き込んでいた。
 その顔を見ると、嘘のように胸の痛みが消えていくのがわかった。

「セラピーさま……」

「そう、辛かったのね……。でももう大丈夫。これで、ジン君もフロアマスターよ」

 そういってセラピーさまは微笑む。
 ズレているな。と僕は思った。
 この心の痛みは、フロアマスターになったとしても消えはしない。
 にもかかわらずそういう発言が出るということは、セラピーさまは僕の苦しみを全く理解していないのだろう。
 それが、人と生まれながらの魔族の違いだ。
 人は魔族を真実理解する事はできず。魔族は人を理解する事はできない。
 だから、セラピーさまは僕のこの苦しみを理解できない。
 それでも。
 その気遣いは嬉しいものだ。

「ありがとうございます」
 僕が微笑み礼を言うと、セラピーさまもにっこりと笑い返してきた。

「いいえ。…………それよりも、今日は疲れているならもう休みましょう。フロアマスターの業務についての説明はまた明日にするわ」

「そう……ですね。今日はさすがに疲れました」

「うん。ジン君、とっても頑張ったものね。お風呂の用意は出来てるわ。しっかり休んで明日から頑張りましょう」

「はい」





 翌日、疲れが取れ、精神状態も落ち着いた僕はセラピーさまの部屋へと向かった。

「失礼します」

 ノックをし、声をかける。

「………どうぞ」

 やや眠たげな声がした。
 部屋に入ると、全裸の少女がベッドに寝ているのが目に入った。いささか早く来すぎたようだ。
 僕は魔法でお湯を沸かしながら、セラピーさまを起こす為にベッドへと近づいた。
 セラピーさまは基本的に寝る時は全裸だ。たまに、ネグリジェなどを身にまとい寝ることもあるが、基本的には裸である。……非常に目のやり場に困る光景だ。なので僕はいつもセラピーさまが起床した頃を見計らって部屋を訪れるのだが、たまにこういう風にセラピーさまが寝坊することがあった。……実はわざとたまに寝坊して僕を困らせているのではないか、と疑う時もある。

「セラピーさまお目覚めください」

「…………うん」

 セラピーさまはモゾモゾと動くだけで、起きる気配はない。……まるで見た目通りの子供のよう。少し、姉を思い出した。

「…………セラピーさま」

「……うー……、キスしてくれたら起きるわ……」

 ぬぅ……。なんと可愛い事を。

「仕方ありませんね……」

 僕は内心ドキドキしながらそっとセラピーさまに口づけした。

「んっ……」

 軽い唇同士が触れ合う程度のキス。だがそれだけでも僕の体に快感が奔り、セラピーさまも満足したようだ。

「ん、ん〜〜〜……!ふぅ……、おはようジン君」

 背伸びをし、はふぅ、といった感じで息を吐いたセラピーさまは、とろんとした目で僕へと微笑んだ。可愛い……。

「それでは、紅茶の準備をしますので…」

「うん」

 セラピーさまが後ろでごそごそと着替える気配を感じながら紅茶を淹れる。
 セラピーさまに初めて紅茶を淹れて以来、朝セラピーさまの元を訪れて紅茶を淹れるのは僕の役目だった。
 しかし……と、考える。
 フロアマスターになったらこの生活サイクルはどうなるのだろうか。
 セラピーさまが第一階層に居るのはフロアマスターの代行をしているからだ。新しくフロアマスターが誕生した以上、セラピーさまも他の幹部の方々と同様、居住区に戻られてしまうだろう。
 そうなれば、離ればなれの生活となってしまう。僕がこうして朝、紅茶を淹れる機会も少なくなくてしまうだろう。それは少し、寂しいな。と僕は思った。



「うん?……あぁなるほど。ふふ、大丈夫よ。ゲートがあるもの。いつでも会えるわ」

 紅茶を飲みながら、先の僕の悩みを言うと、セラピーさまがそうおっしゃった。

「ゲート?」

「ええ。フロアマスターの間と、幹部の居住区はゲートで繋がっていて、自由に行き来ができるようになっているの。もちろん、使用できるのは幹部やフロアマスターが許可したものだけだけど」

 なるほど。考えてみればそういったものがあってもおかしくはない。なんせ、フロアマスターの間と居住区は何百という階層に隔たれている。
 フロアマスターというのは幹部の部下であるから、仕事の報告をする時に一々階層を往復するのは酷だ。エレベーターのような、楽に往復できる機能がついていてもなんら不思議ではない。

「そうですか。安心しました」

「ふふ、そういうわけだから。これからも毎朝、紅茶を淹れに来てね?」

「はい」

「さて、と………」

 紅茶を飲み終わったセラピーさまはおもむろに立ち上がると言う。

「それじゃあフロアマスターの仕事について説明するわね。ついてきてくれる?」

 YES以外の返事が、あるわけがなかった。




 暗い通路の中を、二人分の足音が響く。

「フロアマスターの仕事を説明するには、どうして迷宮が誕生したのか、から話す必要があるわ」

「迷宮の誕生について……ですか?」

「そう……」


「私たち魔族は、かつて高度な文明を有していたわ。
これと言った外敵もなく、順調に文明を発展させていった。
それはいいのだけど、問題は順調過ぎたこと。
高い知能と豊富な知識に恵まれた魔族たちは、文明を発展させたはいいけど、ある程度文明を発展させるとすることがなくなってしまったの。
要は退屈になってしまったのね」

「そんな折、私たちは自分たちに良く似た生命体を発見したの」

「その生命体は、文明も個体としての能力も私たち魔族とは比べほどにならないほど劣っていたけれど、唯一成長力だけは魔族よりも高かったの」

「私たち魔族は……なんというか元々あったものを改良したり、発展させただけで、自ら生み出すということはしなかったのよね。
それに対しその生命体たちは一からモノを生み出し、文明を作り出していったの。つまり、魔族が技術者集団としたら、その生命体たちは発明家集団だったてこと」

「もうわかるとおもうけど……その生命体たちって人間のこと」

「私たちは人間たちに非常に興味を持った。暇を持て余していた事も手伝ってね。
人間たちを見守ることにしたの。
接触するにしても、時折気に入った個体を自分のペットに持ち帰る程度で、文明として大きい接触することは避けたわ。
なぜなら、人間という種にはありのままに成長して欲しかったから」

「そうして私たちは人間たちを見守っていたのだけど、人間は私たちの想像以上に脆弱だった。
ちょっとした自然災害で滅びかけたことも一度や二度じゃなかったわ」

「やっぱり私たちも人間たちには滅んでもらっては困るから、病原菌が流行った時はさりげなく食材に治療薬を混入させたり、飢饉が起きたりした時は、私たちの文明で飼育していた動物たちを人間たちの共同体の近くに放ってりして人間たちの数が一定以上に減らないように手助けをしていたの」

「そういった影から手助けをしてあげたおかげか、人間たちも徐々に数を増やし、文明を発展させていったわ」

「でもそこで問題が起きたの。人間たちがようやく国と呼べないこともない共同体を作った頃、各地で今までにない生命体が現れ始めたの」


「豚が肥大し、人間のように二足歩行になった生物。
首の数が増え、火や魔法を使うようになった犬。

その他様々の新しい生命体は、力は私たちよりも圧倒的に弱かったものの、間違いなく魔族だった」


「私たちは当然新しく発生した魔族――通称、魔物たちの事を調査したわ。
結果わかったのは魔物たちは既存の動植物から変異したものだということ」

「犬や猫、豚などの小動物はもちろん、木や石などの意思を持たないものたちも魔物化し、ついには人の死体までもが動き出したわ」

「そんなもの達が増えたら、ある意味私たちに手厚く保護され、温室で育った人間がどうなるかは火を見るより明らかだった」

「人間たちは魔物による被害で急速に数を減らしていったわ」

「これに焦ったのは人間よりむしろ魔族たちだった。
私たちは全身全霊を掛けて魔物たちが発生した理由を調査したわ。
結果、魔物たちが現れたのは私たち魔族の所為だということが判明したの」

「ちょうど魔物たちが現れる少し前辺りかしら、私たち魔族は大きな戦いをしたの。
私たち魔族が文明を造って以来初めての‘敵’。
もちろん私たち魔族が勝利し、‘敵’は一体残らず殺すか封印したのだけど、その時に魔族はかなり数を減らしてしまったの」

「7体のS級は皆無事だったのだけど、72体いたA級達は三分の一程度に、600体近くいたB級達に至っては十分の一程度になってしまった。
まぁそれは私たち魔族にとっては別にどうでも良かったのだけど、問題は死んだ魔族たちから発生するある物質だったの」

「瘴気と呼ばれるそれは、魔族が死ぬと大気中に大量に排出され、既存の動植物に強い影響を与えることがわかったの。
つまり、この魔物たちは私たちが死んだ仲間の死体を放置していたことで生まれてしまった、というわけ」

「私たちはすぐさま瘴気を浄化する装置を開発しだしたわ。
けれど、うまくいかなかった。
できたのは瘴気を集める機械が精々。
やっぱり魔族には発明は不向きだったのね」

「でもまぁ、背に腹は代えられないから私たちはその装置を使う事にしたわ。
世界中に巻き散らかされた瘴気を効率よく回収する為に7つ造られたその装置を各大陸ごとに配置したの。
ただその装置はメンテナンスが大変で、しかも定期的に調整をしなくてはならないから私たちは泊まり込みで装置を調整することになったわ。
こうして7人の王と21の幹部達は世界中に散らばる事になったの」

「もうわかると思うけど……、その装置がこの迷宮ってわけ。

――ついたわね」

 いつのまにか僕たちは大きな扉の前に到着していた。
 道中どんな道を通ってきたかさっぱり記憶にない。
 セラピーさまの話があまりにも印象的だった為だ。
「この扉は普段封印されているの。この扉が開くのは、主か幹部が封印を解いた時か、その迷宮の主が死んだ時だけ。
でもこの封印は魔法でされているから、万が一でも魔法無効化能力持ちの人間に開けられないようにフロアマスターが門番をしているの。

つまり、この扉を守るのがフロアマスターの役目なのよ。断じて、迷宮に潜ってくる人間の進行を阻む為じゃないわ」

 セラピーさまが扉の封印を解くと、扉はゆっくりと開き出した。
 そして、扉の先を見た僕は絶句した。

 部屋の広さは、小学校の体育館ほどはあるだろうか。奥行きはぱっとはわからず、天井からは原理のよくわからない光源が設置されている。
 そして、何よりまず目に付くのが一つの巨大な機械。次に、それらに組み込まれている無数のクリスタルだ。天井から降り注ぐ照明が反射し、キラキラと輝いている。
 まさかこのファンタジーな異界の地で、機械を見るとは……。

「私たちは瘴気を集める装置を造ったわ。けれど、そこで問題になったのが稼働の為のエネルギーだった」
 セラピーさまの説明を耳に入れながら、辺りを詳しく観察する。
 すると、クリスタルの中に人影が映るのがわかった。

「装置――迷宮の稼働にかかるエネルギーは膨大で、A級中位の魔族が常に魔力を注ぎ込んでようやく運用できる位だったの。でも、誰もそんなめんどくさいことをしたがるわけがないから代わりとなるエネルギーを私たちは探したわ。

そして見つけた」

 照明が煌めき、クリスタルに反射した。クリスタルの内部が克明に映し出される。
 クリスタルの中に入っていたのは、苦悶の表情を浮かべる老婆や老人たち。
 その背には羽がところどころ抜け落ちた白い翼を生やしている。

「私たちはかつて戦い封印した‘敵’たちをリサイクルすることにしたの」

「……………これは?」

「神族よ」

「神族……?」

「えぇ。話は、魔物が現れる少し前にさかのぼるわ」

「私たち魔族は人間たちに極力接触せずに成長を見守る事にしたって言う話はしたわよね?

けれど、私たちの思惑とは別に知らない奴らが人間たちにコンタクトを図ってきたの」

「その連中は皆背に白い翼を生やし、魔力ではない違う力で、魔法ではない違う力を行使したわ。

連中は自らを神の使い――天使を自称したわ」

「天使どもが人間たちに接触しだしても、私たちはなんの行動も起こさなかったわ。私たち以外の文明と接触しても、それは進歩の一環だと思っていたから。
私たちは高みの見物を続けたわ―――最初は」

「事情が変わったのは、天使たちの行動が都合が悪かったからよ。

彼らは自分たちの親玉を信仰することを人間たちに強要し、当時人間たちが信仰していた自然信仰を邪教として禁止しだしたの。

それだけならまだしも、彼らは従わない人間たちを邪教徒として処分しだしたの。
少なくない人間たちが殺され、せっかく増えた人間たちの1割が殺されたわ」

「それでも私たちは接触を控えた。1割程度なら、人間の発展や存続にはさして影響のない数だから。

ただ、私たちが許せなかったのは天使たちが人間に強要した信仰の内容よ」

「親玉を崇め奉る程度ならどうでも良かったけど、奴らは人間に質素な生活を強制しだしたの。
暴食を禁じ、娯楽を禁じ、淫らな行いを禁じたわ」

「1日に食べる量を制限された人間たちは必要以上に食物を作らなくなったから生産量は減少し、娯楽を禁じられた人間たちは面白い発明をしなくなったわ。……そして、姦淫を禁じられた人間たちは徐々に減少し出した」

「人間たちが発展していった影にはあまたの欲望があったわ。
もっとたくさんの食い物が喰いたい。
もっと楽に生活を送りたい。
もっと数を増やしたい。異性を抱きたい。気持ち良くなりたい。
もっと、もっと、もっともっともっともっと!

他の動物にはない魔族に通じた欲望があったからこそ、人間たちは加速度的に繁栄していったの。

そして、そういった欲望を気に入ったからこそ、私たちは人間たちを保護してきた。

けれど欲望を制限された人間たちは徐々に面白みのない生き物になっていき、……やがては文明すらも衰退し始めた。


―――ぶち切れたわ」


「多分あそこまで魔族の心が一つになったのは最初で最後だったわね。

自分たちの玩具が、いきなり現れた知らない奴らに横取りされた上に、改悪されたのだから、そりゃあわたし達の怒りは凄まじいものだったわ。

まぁ……戦いに暇潰しという側面があったのは否めないけど」

 セラピーさまは苦笑し、続ける。

「わたし達は憤怒の赴くままに天使達に戦いを挑んだ。

最終的に7人の王たちが天使達の親玉――自称・神に勝利し、この戦いは幕を閉じた」

「天使達の抑圧から解放された人間たちは、それまでの反動のように発展していき……今に至るというわけ」

「つまり………」

「えぇ、ジンくんの思っている通り。この迷宮は、人間たちを保護する為に造ったのよ。
彼らが、思い通りに発展していけるように、ね」

「………………」

 完全に予想外の展開だ。
 まるで……神話の世界のような話。
 というか、僕の記憶の中にある迷宮誕生の秘話とかなり真実が異なるようだ。

「迷宮を造ったわたしたちは、世界中の魔物たちを捕獲、あるいは駆除していったわ。
貴重なサンプリングとして、一種類につき一定数の魔物を捕獲したら、後は皆殺しにしていった。

地上から魔物が消えるまで、数十年の歳月を必要としたわ」

「そして、その数十年の歳月の間に、わたしたちも予想外の事が起きたの。
なんだかわかるかしら?」

 少し考えこむ。今の迷宮と、話に聞くかつての迷宮のイメージを照らし合わせた。

「………人間たちの侵入、でしょうか?」

「……ん〜、ハズレ、かな?
完全にハズレってわけじゃないけど、むしろそれは予想外の出来事から派生したものね」

「ん〜……、……魔物の繁殖力でしょうか」

 魔物の繁殖力は凄まじい。その繁殖力は級が低くなるにつれ高くなり、最下級のF級ともなれば、一月に20倍に増える。
 この狭い(というほどは狭くはないが、一月に20倍という繁殖力からすれば絶望的に狭い)迷宮にとって、魔物の繁殖力は予想外だっただろう。

「そう、それが予想外の一つ。でも、もう1つ予想外だった事があるの。

それは、ジンくんも大好きな、……核よ」

「核?」

「そう。元々は、魔族が死んでも核なんて出現しなかったの。
なぜなら、全て瘴気として拡散してしまうから」

「それが、迷宮という装置によって瘴気が一ヶ所に集まるようになったことで、予期せぬ現象が起こることとなった。

瘴気が結晶化するようになったのよ」

「魔族が死ぬことで瘴気が一時的に大量に噴出される。
かつては大気中に拡散されていた瘴気だけど、迷宮という超高密度の瘴気の中で瘴気は飽和状態となり、新しく発生した瘴気は結晶化。核となるの」

「当然力が大きい魔族ほど死亡時に放出する瘴気は多くなるから、結晶化する核も高密度になる。これが、核の吸収率が異なる理由ってわけ。

ただこれの面白いところは、新しく発生した瘴気同士は決して交じりあわず、一ヶ所で何体もの魔物が死んでも、核が凝縮されて発生しないという点。
きっと、瘴気自体の特性ね」

「こうして、予期せぬ形で発生した核だけど、これは魔族にとっては嬉しい誤算だった。

何せ大戦以来、魔族という種の平均的な力は大きく減少していたから、核による平均の底上げが期待されたの」

「そこで考案されたのがコドクシステム。
けれど、これには欠点があった」

「必要とするエネルギー量が計算以上に膨大だったの。
仕方なく計画は断念。けれど、コドクシステムは思わぬ副産物を生み出したわ」
「それが発生する核の一律化。当時、発生する核は非常に純度が不安定で、生み出される核も、死んだ魔族の力の大きさと比べて非常に純度が低い事が多々あったの」

「けれどコドクシステムのおかげで、発生する核の純度をあげるノウハウは得ていたから、発生する核の純度を可能な限り高くし、尚且つ平均化することに成功したの。
これが現在の核ね」


「こうして徐々に現在の迷宮へと、この迷宮は近づいていった。
魔物が迷宮外に出られないようにする装置や、クラスチェンジシステムなど、様々な機能を開発していったわ。

そうこうしているうちに、何故か人間たちが迷宮に潜り込んでくるようになったの」

「最初はわたしたちも不思議がっていたのだけど、やがてその疑問は解けたわ。
人間たちは核を拾いに来ていたの」

「最初は核なんか拾ってどうするんだろうと思っていたんだけど、なんと驚いたことに人間たちは核を吸収したり加工したりするようになってたのよね」

「核が人間も強化するなんて思ってもみなかったから、すっごく驚いちゃったわ。

でもそれよりも驚いたのは、人間の核の応用力よ」

「彼らはわたしたちが迷宮に移る際に廃棄した文明を再利用、あるいは改造して、わたしたち魔族の技術を流用していたの。
驚いたわ。さすがは発明家集団と感心した」

「そうこうしているうちに、迷宮の外に街が作られ、核に対する様々な技術が発展し、人間が古代魔法を解析して現代魔法を作ったりと、人間と魔族――いえ、迷宮の関係は少しずつ密接になっていったの」

 そこで、セラピーさまはふぅ、と一息ついた。

「沢山しゃべって疲れちゃった。

まぁわたしが結局何が言いたいのかって言うと、フロアマスターの仕事は第一階層を支配、統治することじゃなくて、この部屋の封印を守ることなの――だから」

「――頑張ってね。ジンくん。人類の発展と繁栄を守る為に」

 そういってセラピーさまはイタズラっぽく笑った。



あとがき

なんか………文体が変です。
説明口調だからかな……。
まぁいいやw

とりあえず迷宮誕生秘話です。ちなみに、人間サイドに伝わっている迷宮秘話とはかなり内容が異なっていますw

ではまた次の更新で


PS

アロマセラピーって……アロマセラピーじゃなくてアロマテラピーなんですね。
ずっとアロマセラピーだと思ってました。

どうしよう………。



[17541] 【迷宮物】迷宮立身出世 13
Name: 顎雪◆3afef9b8 ID:c9f7f368
Date: 2010/08/03 14:39
 かつて、神々の時代があった。
 その頃、世界は混沌としており、秩序は存在しなかった。
 人々はただ快楽を貪り、感情に身をまかせ、暴食を繰り返し、怠惰で、酷く愚かであった。
 人々の欲は罪深く、世界は何度も滅びかけた。
 暴食を繰り返した為、大地は荒廃し、飢饉が起こった。感情に身をまかせた結果、争いは絶えず、大量の死者が生まれ、放置した死体からは疫病が発生した。
 飢え、病、そして荒んだ世界に、人々は嘆き悲しんだ。
 このまま世界が滅ぶかと思われたその時、天より希望が舞い降りた。
 主が救いの手を差し伸べたのだ。
 主が使わした天の使いは、地上に秩序をもたらした。
 人々は、暴食を控え、清貧を覚えた。ただやみくもに快楽を貪るのではなく、愛を知った。感情に身をまかせる愚を知り、和を尊うんだ。
 こうして人々は智と恥を知り、ここに文明が生まれた。
 しかし、平和な時は長くは続かなかった。
 秩序に護られ、争いの消えた世を良しとしなかった邪悪なもの達が、地より這い出でて来たのだ。
 世界は再び混沌となった。
 だが、人間たちの心の中に芽生えた正義の炎は、邪悪なもの達に決して屈しなかった。
 人々は、正義の炎で剣を、鎧を、盾を鍛えた。
 そして、善き隣人たちと共に立ち上がったのだ。
 戦いは永きに渡り続いたが、神族と人は、手を取り助け合い、暗黒の世を戦い抜いた。
 そして、ついには正義の力で邪悪なるもの達を退けることに成功したのである。
 しかし、人々と神族が支払った代償は大きかった。
 脆弱なる人間たちを庇い、常に先頭に立っていた神族は、傷つき、力を失ったのだ。
 悲劇は、それだけにとどまらなかった。
 邪悪なるもの達は、その死の間際、世界に呪いを残していったのだ。
 呪いは世界を変質させた。
 木々は動きだし、動物たたは凶暴な魔物へと変わり、ついには人の死体までもが生者へと牙を剥いた。
 人々は悲しみに暮れ、絶望に喘いだ。
 そんな中、立ち上がったもの達がいた。
 七英雄である。
 神族により力を承った七英雄たちは、各地の魔物を封印し、世界に平和をもたらした。
 封印は“6つ”に分けられ、各地に置かれた。
 神族と七英雄は魔物、そして邪悪なるもの達の生き残りが地上へ這い出でてこぬよう封印を複雑な迷宮へと変えた。
 人が自ら秩序を作り出した。そのことに安心した神族は地上を人へ任せ、天へと帰っていった。
 神族が神界へと帰還したのち、七英雄は封印を監視するため迷宮の上へと国を築いた。
 七英雄のうち、ただ一人だけは神族の教えを後世に伝える為、国ではなく“教会”を作った。
 これが、現世に伝わる6王家と神聖教会の始まりである。
 神界におわす神族と、死後神族に迎えられし七英雄、そして、七英雄の末裔である王家の加護により、邪悪なるもの達が地上へと這い出でて来たことはない。
 我々は、偉大なる主と、永世の平和をもたらした七英雄への感謝を忘れてはならない。





 というのが地上に伝わる創世の神話である。
 これは、世界中の人々に最もよく知られている物語で、幼子が子守唄に話して貰うほどポピュラーなものだ。
 内容といえば、上記の通り、非常に王家と教会にとって都合の良いものとなっている。
 幼少の頃からこの世界の人間は、6王家と教会こそが正義であると教え込まれるのだ。
 理由は簡単。権力の正当化の為である。
 我々の先祖は、この世界に平和をもたらした英雄である。また、その子孫である我々王家も、平和を維持する守護者である。
 だからお前たち平民どもは、我々王家を敬い、尊い、服従しろ。我々王家のうち一つでも倒れたならば、その時が世界の終わりなのだから。
 ……というわけだ。
 この建前は、幼少時からの洗脳と合わさって、非常に強い権力を保持させている。
 この世界には、王家以外にも様々な小国が乱立しているが、そのどれもが6王家の足元にも及ばない。
 6王家を地球の国に例えると、アメリカやロシアに値するのだ。
 王家以外の小国は、エルフ、獣人などの亜人の部族や、王家によって建国を許された大貴族などが作り上げた国だが、その実体は、6王家の属国。いや、一地方領主と言っても過言ではない。せいぜい、他の貴族の領地よりも、独立色が強い程度だ。
 このように、6王家は救世の英雄の子孫という立場を利用し、絶大な権力を保持しているわけだが………。
 真実を知った今では、まさしく笑い話だ。
 神族が邪悪なるもの達――魔族を退けた、というのが偽りならば、七英雄が神族の加護を受けた、というのも嘘。
 魔族の呪い……というのはまぁ瘴気のことだろうから本当だとしても、七英雄が各地の魔物を倒して回ったのも嘘。やったのは当時の魔族たち。“自称”七英雄たちは、その手柄を横取りしたに過ぎない。核も吸収していない人間が、魔物を倒せるほど魔物は弱くないのだ。
 王家が正当性を高める為に口うるさく宣伝している封印の維持も、世間では封印されていることになっている魔族がやっていることで、王家はただその上に街を作っただけである。
 何百年も経つうちに、歴史は歪められ、歪めた本人たちも恐らく歴史を誤認していると思うが、王家のもの達は封印の維持をどうやっているつもりなのだろう。
 何の意味もない儀式を何千年も繰り返し行っているのだろうか。それとも、実は封印の維持の方法がない事を王家は知っていて、いつ魔族たちが先祖の封印を破って這い出でて来るか戦々恐々としているのだろうか。どちらにせよ、笑える話だ。
 教会の連中が、宗徒の者だけに限定して教えを施す“法術”も、実はただの魔法だ。対アンデット用に開発された魔法。ただそれは形式的に古代魔法のそれを踏襲している為、現代の魔法とあまりにかけ離れ過ぎている為に、魔法と認識できないだけである。
 エンチャントと同様、教会内で隔離進化し続けたそれは、なるほど、確かにただの魔法ではない。エンチャントがエンチャントと名付けられたように、対アンデット魔法を“法術”と名付けたならば、それは確かにれっきとした法術である。
 だが、それは教会の言うような、信仰の見返りに神族から与えられた加護などではないのだ。
 セラピーさまによると、神族の力は、魔族のそれとは全く異なるらしい。魔族が神術を使えないように神族は魔術を使えない。故に、魔法である“法術”は、神族の加護などではないのだ。
 そもそも、神族は皆、迷宮に封じられている。
 人々が信仰する神など、神界にすら存在せず、人々への神の加護も存在しない。
 人間たちに与えられている加護はただ一つ。
 魔族の慈悲。それだけだ。
 虚像の神に祈り、偽りの英雄を信仰する。その人間の姿はあまりに―――。

「滑稽だな」

「……何が、ですか?」

 ポツリと呟かれた独り言に、返事が帰ってきた。
 声の方を向くと、そこには側近のアリスがいた。
 足首まで届く黒髪に、同じく黒真珠のような瞳。体長15センチほどしかない身体は、その無表情と合わさって、まるで動くフィギュアのようだ。
 フェアリー族は本来かなり感情豊かだ。喜び、悲しみ、怒り、様々な感情を全身を使って表現する。
 にもかかわらず、フェアリー族のアリスが完全な無表情な理由、それは埋め込まれた従魔角の影響―――ではない。
 これがアリスの素なのだ。
 僕がフロアマスターになったお祝いとして、かつての回収部隊のものたちの中で、知恵のあるものは従魔角を取り払っていた。
 その中で、希望者は継続して部下に残る選択肢を与えたのだが、部下に残る選択肢を選んだのはただ一人、アリスだけだった。
 従魔角に支配された者は、支配されていた間の記憶が残っている。
 自らの肉体を他者にコントロールされている、というのは、本人にとって堪らなく屈辱で、ストレスだ。故に他のものたちは皆、解放を選んだのだが、アリスのみは恭順を選択した。
 理由はわからない。それが、アリスがフェアリーの中でも変わり者だからなのか、あるいは僕へ復讐を目論んでいるのか。
 どちらにせよ、僕は自分の意志で僕に従う部下を手に入れた。この事実こそが僕にとって重要なのだ。
 組織の規模が小さいうちは、リモコンのように自在に操れる方がやりやすい。
 しかし、組織の規模が大きくなるにつれ、その方法では操縦者への負荷が大きくなり、やがて動きは緩慢に、そして粗雑になってゆく。
 故に僕は欲した。自らの意志で僕に尽くし、そして自動で僕のために動く存在を。
 フェアリーたちを解放したのは、そういう理由からだ。結果として、残ったのはアリスだけだったが、それで充分、いや、充分過ぎた。
 実のところ、一人も残らないだろうなぁ、と思ってやったのだ。
 故に、一人でも残ったのは行幸と言えた。
 忠誠。
 それは、なにものにも換えがたい宝だ。
 なぁ? アリス。

「何ですか? こっち見ないでください」

 ………忠せ。

「視姦ですか? キモイです」

 ……忠誠、あるよな?





 さて、フロアマスターとは、迷宮の主にその階層の統治を任された、言わばその階層における領主である。
 故に、その役割は回収部隊のものとは大きく異なる。回収部隊を人間の組織の例えると、領地における微税官と言ったところだ。
 今までに経験したことのない業務に、僕は翻弄され、慣れるまでに1ヶ月も経ってしまった。
 フロアマスターの業務とは大きく分けて4つ。
 任命。管理。上納。そして補給だ。
 任命は簡単だ。フロアマスターの下部組織である、回収、修繕、設置の3部隊の隊長を任命するだけの部隊だ。
 回収部隊は、以前僕がやっていた事からわかるように、迷宮内の物品を回収する部隊だ。回収された物品は、修繕部隊へと回され、修繕、あるいは廃棄される。修繕された物品は、設置部隊へと回され、ダンジョンの各地の宝箱に設置される。その際の罠を設置するのも、設置部隊の役割だ。
 どれもが、運営を回す上では重要な役割であるが、この中で一番工夫を凝らさなくてはならないのが、設置部隊である。
 同じ所に同じ罠を設置していては、罠を掛けないも同然だし、罠をローテーションで回しても、やがては冒険者たちによってマニュアルが作られ、攻略される。かといって、あまりに高性能な罠を仕掛けても、リスクが高過ぎては冒険者が宝箱を開けなくなる。そうなれば、やはりこれも罠を掛ける意味が無くなる。
 リスクとリターンが釣り合った、けれど単純にならないようなバランスをとれる配分が必要となる、実に頭を使う部隊なのだ。そのくせ、回収部隊ほどは横領の機会がない、美味しくない部隊なのである。
 反面、管理側から見ればこれほど信頼にたる部隊はないのだが………。
 この設置部隊の隊長に求められる能力、それは発想力と経験である。
 その中でも重要なのが、経験。
 過去設置された罠の中から、有力なものだけを残す経験則。その罠を知る冒険者たちが世代交代するタイミングを見て再び設置する観察眼。難し過ぎず、簡単過ぎず、また高価過ぎずの絶妙なバランスを保つバランス力。
 これらの力を養うのは、絶対的な経験しかないのだ。
 そして、これまで設置部隊の隊長を任されてきたのは、隊長歴ウン十年の大ベテラン。
 設置部隊は、その性質上、従魔角を埋め込まれず、自由な発想を元に運営される。
 一フェアリーとして、下っぱから始めた彼女は、数十年の歳月を経て、発想力と経験を養い、C級のリャナンシーへとクラスアップ。晴れて設置部隊長の座についた。
 その後は、蓄えた経験を生かし、前フロアマスターを影から支えて来たのである。
 そして、その彼女こそが、僕がコドク第一回戦にて美味しく頂いたリャナンシーなのだ!
 …………………………………。
 畜生! なんておいし、じゃなくて、おしい人材だったんだ。
 どうしてコドクに出てしまったのか。
 確かに、彼女は設置部隊長としては、数十年のキャリアを持つ大ベテランだろう。が、設置部隊は日陰の部隊である。戦闘をする機会は少ない。故に、設置部隊としての経験と、戦闘者としての経験は反比例する。
 そんな彼女が、C級にまでなれたのは、給料制のおかげだ。設置部隊は、他の従魔角によって動かされる部隊ではなく、自発的に働く部隊の為、フロアマスターによる核の支給があるのだ。
 真面目にコツコツと働いてきた彼女は、そのおかげでここまで出世したのだが………。
 まぁ、彼女のことはともかく、重要なのは設置部隊に大きな穴ができてしまったことだ。
 現在は、彼女の次に経験が長い、リビングデットのマルキを隊長に、補佐としてワイトのサドをつけているが、結果は芳しくない。
 この二人、設置部隊の中では病的なサディストと知られており、設置部隊としては不名誉極まりない“1ヶ月連続突破率0”をたたきだしているのだ。
 壁際に無造作に落ちた装備品を拾った者を壁に磔にし、手足が千切れるまで四肢を引っ張るトラップ“欲深きエクスター公爵の娘”。一見普通の鎧だが、装備すると内側に無数の針が転移される“散歩する鉄の乙女”など、ある意味画期的なトラップをいくつも発明している。ちなみに上記の二つは、最も優しいトラップである。
 迷宮内のトラップの悪質さが、この1ヶ月で急激に上昇したのがわかったのか、この1週間ほど宝箱が開かれてないそうだ。
 頭が痛い。
 いずれは、しっかりした隊長を据えないと、設置部隊は意味のない部隊になってしまうだろう。


 さて、二つ目の管理。これこそがフロアマスターの主な仕事と言って過言ではない。
 回収部隊はちゃんとノルマをこなしているか。人員は事足りているか。冒険者の襲撃により人員が不足している場合は、牢屋に補給しておく。
 修繕部隊は、修繕可能だった物品のリストを把握し、その中でも設置にふさわしいと判断した物は設置部隊に回す。設置にそぐわないほど高価な物は、一部懐に収め、特に高価な物は幹部へと上納する。
 設置部隊は、冒険者のトラップのかかり具合などを把握し、求めに応じては通常よりも多少高価な釣り餌を回してやる。
 と、まぁ各部隊の管理はこのあたりだが、これらは重要なことではない。
 重要なのは、階層内の魔物の個体数を維持することなのだ。
 考えても見て欲しい。
 F級の魔物は、一月に20倍に増える。現在の第一階層のF級の個体数は凡そ5万。これが、一月に20倍に増加した場合、個体数は一気に100万に跳ね上がる。そして、更に一月後には個体数は2000万に。更に一月後には………。となるのだが、F級は個体数が一定数を越えると、繁殖をやめるらしいので、この星がF級で溢れかえることはない。ない、のだが、少なくとも2000万では増殖が止まることはない。
 この調子で、F級が増殖した場合、迷宮は半年を待たずパンクする。まさにバイオハザードだ。
 故に、迷宮にはある機能がついている。力の小ささに応じて、性欲を減少させる機能だ。
 当然、級が上がれば、効力も小さくなるが、魔族は力が大きければ大きいほど繁殖能力が激減するので、問題はない。
 最下級のF級ともなれば、効果は最大限。常に賢者モードである。抑圧された性欲は、他の欲求――食欲などに向かい、冒険者たちを襲うようになる。まさに一石二鳥の機能なのだ。
 さて、これで下級魔族たちの繁殖による迷宮のパンクは心配なくなったが、今度は他の心配が浮上する。そう、冒険者たちの戦闘による絶滅の危機だ。
 増えることがない以上、魔物の数は減少する一方。やがては、絶滅する。
 が、今までそんなことは一度も起こってはいない。何故か。それは我々フロアマスターが、階層内の魔物数が一定数を割ると、補充しているからである。
 実は、冒険者たちには知られていないことだが、冒険者たちが潜っている迷宮の範囲、というのは全体の三分の一程度に過ぎない。
 では、残りの三分のニは何なのか、というと、魔物の繁殖の為にあてがわれているのだ。
 この三分のニの部分を、僕は家畜小屋と呼んでいる。
 家畜小屋は、3つの部位に分けられる。
 入ると性欲が異常に高められる“色欲の間”。
 “色欲の間”で生まれた幼体を飼育する“怠惰の間”。“怠惰の間”は、個体の成長を著しく高め、通常半年で成体になる幼体を、1ヶ月で成体にする効果がある。反面、寿命を著しく減少させてしまうが、まぁどうせ冒険者に殺される為に存在するわけだからいいだろう。
 “怠惰の間”で成体になった個体たちは“暴食の間”にて、待機される。
 “暴食の間”に入った者は、他の間同様欲求が高められる。そう、食欲が刺激されるのだ。
 しかし、フロアマスターたちは彼らに餌を与えたりはしない。結果、食うものがない彼らは、共食いを始める。こうして、彼らは戦闘本能を磨き、表の迷宮の個体数が減少した際に補充されることになる。
 これらの一連の流れは、僕ら管理側にも美味しい側面がある。
 共食いによって生じた核だ。基本、知能がない魔物たちは、進んで核を吸収したりはしない。偶然、落ちた核に触れて、吸収する程度だ。
 では生じた核はどうするのか。当然、我々が回収する。
 回収された核は、一度全てフロアマスターの元へ献上され、各部隊への給料として一部が支給された後、フロアマスターの元へと大半が納められることとなる。
 これが、人間たちに知られていない迷宮の裏側である。
 さて、僕が強くなる上でこの家畜小屋を利用しない手があるだろうか、いやない。
 事実、僕がフロアマスターになって始めに手をつけたのが家畜小屋の改変だった。
 以前核の吸収率の話はしたと思うが、核の吸収率は強くなればなるほど悪くなる。級が一つ下までは通常通りに吸収できるが、二つ下からは下がるごとに半分になる。
 B級である僕の場合は、F級の吸収率は通常の八分の一となってしまうのだ。
 10000個のF級の核を吸収しても、上昇する戦闘力は約12F(F:戦闘力の単位。1F=F級魔族一体=人間の成人男性の平均。公式の単位ではなく、ジンが便宜上設定した)程度だ。
 仮に家畜小屋で月に10000のF核を量産したとしよう。その場合、僕は月に約12F戦闘力を上げることができる。年に約150F。現在の僕の戦闘力を約10000Fとして、A級に上がるまでに必要な期間は、145年以上………。間違いなくリュートは老衰している。しかも、それだけかかっても、僕がリュートに勝てる保証はない。なぜなら、彼も成長し続けているからだ。
 ではどうすればいいか。簡単だ。一個辺りの吸収率を上げてしまえばいい。F級ではなく、E級の核を吸収すれば良いのだ。E級は月に10倍に増える。その増殖率はF級と大差ない。しかも、級が一つ上がったことで、吸収率は4倍に跳ね上がる。F級とE級の力の差を考えれば、効率は更に倍となる。僕は月に100Fほど戦闘力を上げることができる。すると、計算の上では約19年後にはA級にクラスアップできるのだ。
 もちろん、これだけやっても、19年後のリュートに勝てる保証はない。むしろ、ほぼ確実に僕は負けるだろう。奴は、現在の地点でニアA級のワーウルフを倒すほどの化け物だからだ。………というか、それが既におかしい。
 先の例を見てもらえばわかると思うが、先の方法はかなり反則である。フロアマスターの権力をフルに使い、命を命とも思わずに自らの糧とする外道の法。それを用いても、前フロアマスターを倒した時点のリュートに追い付くまでに19年。リュートの見た目から考えるに、ヤツがかなり幼少期にこの世界に来たわけではない限り、少なくとも5年以内にあれだけの力を手に入れたのだろう。
 渡り人の吸収率は確かに高いが、その吸収率は実は魔族と同じ。故に計算方法は僕と同じにして、それだけの力をソロで身につけた計算になる。…………正直、頭が痛い。一体どれだけのハイペースで核を集めればそんなことになるというのか。ヤツのレアスキルはそれを可能とするほどの高性能だというのか。ヤツと僕との差には、単純な数値以上の差があるようにしか、思えない。
 本当に僕の牙は、ヤツに届き得るのだろうか……。
 ………………。
 ………、さて、いささか気分が重くなってしまったが、話を戻そう。
 家畜小屋の改革の話だ。
 現在家畜小屋は、F階層とE階層に別れている。1〜50階までをF階層、51〜100までがE階層だ。
 この二つの階層のうち六分1が色欲の間。F階層には繁殖用の個体が1000体。E階層には2000体の個体が飼育されている。
 そして、3分の1が怠惰の間。F級、E級合わせて40000体の育成が1ヶ月行われる。
 以上で、家畜小屋の2分の1。管理側が、餌やりや病気になった個体の処分を行ったりするのはここまでで、残りの2分の1である暴食の間には基本ノータッチだ。野放しである。接触するのは、表への移動の際のみ。
 表では基本月にF級5000体。E級3000体あまりが冒険者によって殺害される。
 よって、管理側は月に8000体ほどを表に放つ。32000体もの予備を抱えるのは、共食いによる減少を見越してだ。現に、40000体もの個体は、補充の時期には10000〜15000ほどに減少している。
 補充に使われなかった個体は、処分する。これは、長く生きた個体が力をつけ、家畜小屋のパワーバランスを崩さない為だ。
 こうして処分された個体と、共食いで生じた核が管理側の給料となる。大体核にして、F級15000個、E級13000ほどだろうか。
 給料を貰えるのは、回収部隊隊長、修繕部隊隊長、設置部隊隊長と設置部隊開発部門の隊員たちだけだ。
 給料の配分は、各隊長にF核800にE核200。開発部門は大体40名ほどで、一人辺りの平均F核50、E核10ほどだ。ちなみに、月給制である。
 部下の給料として支払われた核以外の残りの半分は、直属の幹部へと上納される。大体、F核6000、E核5000ほどか。
 僕の直属幹部は、勿論セラピーさまである。第二階層のフロアマスター、アベの上司はフェラッツォ。第三階層のフロアマスター、ミラーの上司はナルキッソス。
 やはり、この世界における最大の幸福は、僕の主がセラピーさまだったことだろう。幸いにも、セラピーさまは核の上納は10年間しなくても良いとおっしゃってくださった。フロアマスター就任のお祝いだそうだ。僕にとってこれほど嬉しいお祝いはない。上納をするかしないかでは、収入が軽く二倍なのだ。
 僕はこの10年というアドバンテージを最大限生かして核の量産をすることにした。
 まず最初に手をつけたのが、家畜小屋におけるF階層とE階層の比率の変化だ。F級とE級の効率が8倍も違うのならば、E級を多くするのは必然。
 懸念は、表へのF級の補給だが、そもそも家畜小屋は面積があまり捲っている。色欲の間の一階辺り20しかいなかったF級を、一階辺り100に変えただけである。これでもまだ余り捲っていることから、どれだけ余裕なのかわかるだろう。そもそも、表でも一平方メートル辺り一体計算で一階層100万体入れることができるのだ。しっかりと繁殖を管理している限りパンクの心配はなかった。
 これにより、家畜小屋の9割がE階層となった。これだけで、出力40%増し。更に、一階辺り40体だった繁殖用E級を、100体へと増加した。これで、月に9万体のE級を養殖できる。
 本当ならば、更に増やしたいところだが、生憎色欲と怠惰の間の維持費もタダではない。餌代も考えると、これが限界なのだ。
 9万体のうち、3000〜4000は補充用。3000を給料用とし1000〜2000を、“外”への輸出用とする。
 そう、輸出である。
 意外かもしれないが、迷宮は外の商人と秘密裏に取引をしているのである。
 これは、フロアマスターになってから初めて知った事実で、初めて聞いた時はかなり驚いたが、同時に納得したものだ。
 今までも、セラピーさまの部屋などにある家具や食器、紅茶など、どこから仕入れてくるのかと不思議に思っていたが、これで納得。普通に買っていたのだ。
 商会の名は“商店街”。扱う通貨はオーブ――核だ。元締めはA級魔族のノマール。外の物は、オーブ次第で何でも仕入れてくれる。家畜小屋の餌も、商店街に一任していた。正直、商店街がなければ、家畜小屋の改変は到底不可能だっただろう。
 この改変のおかげで、僕の元に入ってくる核は、F核約10000、E核約82000。戦闘力にして830Fほどの上昇が見込める。年に約10000の上昇。約3年でAの最下位に上がれる計算だ。美味し過ぎる。
 ……と、そこまで考えて思い至った。おかしい。なぜ前フロアマスターはA級に上がれていなかったんだ?
 核の収入を、僕が改変する前の状態として、F核6000にE核5000ほど。月に約60F分の核が貯金できるとして、年に約700Fの貯金ができる。前フロアマスターは、何十年も生きたワーウルフだったから、確実にA級に上がれるだけの収入がある。が、セラピー様によると、今までB級からA級にあがって者はいない。
 不自然だった。条件は整っているのに達成されない目標。まるで、本人たちがクラスアップを拒んでいるような………。
 そうか。
 その可能性は十分にある。
 かつて、A級は魔族の中で貴族だったと聞く。貴族。貴い魔族。
 人間の社会のように、血筋だけで権力を持つような下らないシステムではなく、その存在として貴い存在と見られていたならば。
 かつて平民として生きた古きB級達はA級を畏れた………?
 わからない。だが、それぐらいしかA級に上がらない理由は思いつかない。A級という地位が、平民には眩し過ぎて、畏れ多過ぎて。
 故に自らA級となるのを避けていたとするならば。
 ならばあるかもしれない。
 貯めに貯めた。前フロアマスターの遺産が。




 と、まぁ絵に描いた餅はおいておいて、今は目の前の事を一つづつしっかりとこなしていこう。
 薄暗い通路を、コツコツと足音を立て進む。思考するのは2ヶ月前に再開の約束をした彼女――そう、アーニャの件だ。
 アーニャ=イコールァ。“疾風”のアーニャ。僕がかつて食らったイェル=イコールァの従姉弟。
 剣才豊かで、智に優れ、情に厚い才色兼備。
 イェルの記憶から伺える彼女は、まさしく完璧で。だから僕は彼女が一目で欲しくなってしまった。
 彼女を手に入れるのは、実は簡単だ。
 僕と彼女の力の差は、2ヶ月前に彼女と会った時とは比べものにならないほど開いてしまった。今なら簡単に魅了が効くだろう。
 魅了し、その白い首筋に噛み付けば、それで終わりだ。
 けれど、それでは意味がないのだ。
 眷属にすれば、彼女を思い通りにできる。操り人形。それは、裏を返せば、操らねば動かない、ということを意味する。
 僕が欲しいのは、自らの意志で僕に利する有能な部下。そう、アリスと同じ、自ら考え動く、知恵だ。
 だから、僕は段階を踏むことにした。
 普段なら踏まないような面倒なプロセスを組み上げ、こなしていった。
 “材料”は全て僕の中にあった。
 だから準備自体はさほど面倒ではない。面倒なのはこれからだ。
 僕は“彼”の為に用意した部屋の前で立ち止まると、顔を手で解した。
 この頃固くなりがちな表情を解し、できるだけ柔和な顔立ちをイメージする。
 いかにも心優しそうな、そんな表情。
 何度か鏡の前で練習した表情を浮かべると、ドアを軽くノックした。

「……どうぞ」

 すぐさま返事が来る。
 僕はドアを開けて、“彼”に微笑むと言った。

「やぁ、調子はどうだい?

――――――イェル。」






あとがき

約3ヶ月にも及ぶ更新滞納………。
もはや言い訳のしようがありませぬ(´;ω;`)

何より心苦しいのが、多分以前のような更新速度には戻せないこと。
現在進行形でスランプなのです。
その証拠にホラ、文体がなんだかおかしいでしょう?笑ってやって下さい。本人も何度修正しても違和感が消えないぐらいですから。


今後はなるべくコンスタントに更新していきたいと思うので、見捨てないでいただけると嬉しいです。



PS

Q.コドクシステムって、相手のレアスキルも吸収できるんですよね? 「知識の吸収のない同化のようなものか」って言ってたし。なら、魔眼って今何個解放されてるんですか?


A.すいません。書き方がくそ紛らわしかったですね(汗)。
コドクシステムは、単に吸収率100%の核を作り出すだけです。
本作品の設定では、核には本人が所持していたレアスキルが宿るが、吸収でそのレアスキルを得ることはない。という設定です。
なぜそういう設定なのかというと、RPGででるアクセサリーの理由付けの為です。
なぜ装備するだけで力や魔力が上がるのか。運や魔力消費率が下がるのか。
それは、そういう力のある鉱物を加工しているから。というのが本作品での理由付けになります。

じゃあなんで直接吸収する吸収ではレアスキルを得ることができないのか。
それは………すいません、ご都合主義です。
それをやると作品内のパワーバランスが、今でさえインフレ気味なのに、それが一気に加速して崩壊してしまうからです。
まぁ、どうしても納得できない方は、“核の吸収でレアスキルを得ることができる程度のレアスキル”があると思ってください。
ちなみに本作品では絶対に出しませんが(笑)


ではまた次の更新で。




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