9月に入院します
テーマ:病気8月中旬の予定だったのだが、入院保障が出るのに10日くらい待てば30万円くらい違ってくるので、9月にしてもらった。
でも9月になったことで、いつ入院できるのかの日にちの目処が全く立たなくなってしまった。
病棟は希望通り。
Sさんのいるところです。
アスぺの会に4人来たところです。
8月は支援を受けるので、まだまだですね。
でも入院決まったらすっきりしたよ。
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8月中旬の予定だったのだが、入院保障が出るのに10日くらい待てば30万円くらい違ってくるので、9月にしてもらった。
でも9月になったことで、いつ入院できるのかの日にちの目処が全く立たなくなってしまった。
病棟は希望通り。
Sさんのいるところです。
アスぺの会に4人来たところです。
8月は支援を受けるので、まだまだですね。
でも入院決まったらすっきりしたよ。
今日、外来で入院の話が出た。
あとは、土曜日に電話で両親の承諾を得るだけ。
ここまで落ちたことはないよ。
彼の前でもはしゃげなくなってきた。
移動支援でも、不調を訴えるようになってきた。
ショートでも、パニックが頻繁になり、職員を泣かせた。
あかべこさん、私は、ASでも乖離でもないよ。
自閉症で、乖離はないよ。
知的能力は低いよ。
見てわかるくらい。
文章だけ。
でも今はその文章も苦手なんだ。
だからあかべこさんのコメントがどうしても分からなくて、申し訳なくて、ここに書いてます。
今私は、一人では生きていけません。
通院も送り迎えしてもらっています。
トイレも、食事も、お風呂も、全介助です。
自分でやる努力はしました。
でも出来なかった・・・。
移動支援、楽しい。
ショートステイ、楽しい。
入院してられないね。
そう思ってた。
でもS先生に「入院しても、すぐに元の生活に戻れるのよ。無理して、現状維持の方が、大変なんじゃない?」と言われて、張り詰めてたものが切れた。
ずっと続いている不正出血も精神的なものも大きいらしい。
散々泣いて、今日は疲れた。
入院は8月だ。
また納涼会行けないね。
いや~、色々ありました。
本当に何も書けなかったもん。
パソコンには向かっていても、見ているのはヤフオク。
手を出してはいけないと思いつつ、やめたはずなのにと思いつつ、見ているのはヤフオク。
そしてやってしまった。
昨日のヤフオクによる徹夜。
今日は寝てませ~ん。
(だからハイテンションなのかもしれない)
一晩中、雨風がすごかったです。
でも雨風よりすごかったのは、木曜日の私。
木曜日は診察日。
外来の日。
別に病院で何かあったわけではない。
むしろ落ち着いていた。
病気と向き合った。
それが早かったのかな。
自分の病気(障害)は、やっぱり高機能自閉症だそうで、アスペルガーではない。
自閉症なのだ。
S先生とK先生に「どうなることが目標で治療してるんですか?」と聞いたら「自分のことが出来るようになること」と二人とも言っていた。
「最近は入院しない方向でいくことにしたんですか?」とK先生に聞いたら「ううん。ただ病棟が空いてなかっただけ。でも、いい加減、どれくらい動いたら疲れて入院になってしまうのか自分で気づいてほしいっていうのもあるかな」と言っていた。
そういう真面目な話もして、来週は私がショートステイで行けないということを告げると、ケアKのMさんとママから電話が欲しいと言ってきた。
今週話をすることになっている。
私がショートステイに行っている間に。
で・・・、何がすごかたのかっていうと、そのあとなのだ。
ママの車で帰ってきて、間もなく夕食になった。
今、前述したように、私は全てにおいて介助が必要だ。
食事も一人では手出しが全くできない。
エプロンをおじぞうさんおようにかけて、されるがままにお口をあけて、あーんする。
一応口はきけるから、何が食べたいとかは言える。
で、ママがほとんどいつも介助しているのだけど、その日は介助が手荒だった。
疲れていたのかもしれない。
その手荒さに私は怒っていた。
私が怒っていたら、二人で食べさせ、食べながら、喧嘩になってしまった。
「もういらない!!」と自分の部屋へ行くまではいいが、窓を開けて、大声で叫んだ。
意味不明なことを。
そして最近になって、自分の部屋に電話機が入ったのをいいことに、その子機で110番した。
何度もかけているうちに「今から伺いますからね」と言った。
私が警察に話した内容は「どうして世の中は、障害者に厳しいんですか!!なんで私はケアホームに入れないんですか!!」だった。
そして「死んでやる!!」
何度目かの110番通報の時、警察官が私の部屋のドアの前まで来た。
「どうしました?今、110番しましたよね。何か用事ですか?入りましょ」
「関係ねーーーーー!!出てけ!!世の中、お前みたいなのがのほほんと生きてるから、障害者は大変なんだよ!!」
全くたちが悪い。
本当に帰った。
本当は相手にしてもらいたかった。
寂しかった。
彼にこんな時に電話して、心配掛けるわけにいかないし。
(結局かけたんだけどね)
だってちょうどこのゴタゴタの最中に、彼から電話が来るんだもん。
でも出れなかった。
警察官がいて。
そのあとぶっきらぼうに彼に「どうした?」と聞いたら「ゆこたんの声が聞きたかったのに、電話にでんわ」と言っていた。
それから少し話した。
落ち着いたかのように思えたとき、私が「親が憎い。やっぱり殺してやる。ケアホームに入れさせてくれない親は殺してやる(実際は入れさせてくれないのは親ではなく、施設側)」とつぶやき、電話を切った。
そのあと彼から、何度も何度も電話がかかってきた。
メールにメッセージが入っていた。
それは、事件とは関係のない話だった。
そのあと、屋根の上に登って、飛び降りようとした。
それはマジだった。
屋根のふちまで来た。
あと一歩と言うところで、私が叫んでいたのでパパが来て、警察に電話した。
パトカーが何台も来て、一気に部屋の中に入れられた。
警察官が7人くらいいて、パパ・ママ側と、私の方に分かれた。
私はずっと「ピーポーピーポー」と言っていた。
「病院に行きたいのかな」と言われるけど、ママが「病院行こう」と言うと、グワッとつかみかかる。
「とにかく落ち着かせよう。頓服とかある?」と言われて、ジプレキサを飲んだ。
「眠れないときのお薬は?」と言われて、ラボナを1錠。
もう時間はすでに2時。
ママは次の日は朝早くから用事があって、早く寝なければならなかった。
ラボナを飲んですぐに効いてきたのだけど、お腹がすいていて眠れない。
ろれつの回らない口で、「スープ春雨買ってきて」と言った。
すぐにコンビニに買いに行ってもらって、食べさせてもらった。
食べたらいびきをかいて眠ったらしい。
でも夢遊病者のように起き上がって、意識もなく、窓を開けて屋根から飛び降りようとした。
でも幸い警察官がまだパトロールしていた。
「何やってるんだ!!まだ見張ってろって言っただろ!!」と言いながら、ものすごい勢いで、警察官が引きずり込み、部屋の中に入れられた。
それからは本格的に寝た。
翌朝、S先生に電話した。
すぐには出られなかったけど、しばらくしてかけなおしてきてくれた。
先に出たパパとしばらく話したらしい。
だから用件は分かっていた。
たまたまその日から、ケアKのショートステイと移動支援だった。
「気分転換に行ってらっしゃい」と言われた。
ショートステイでは、まぁまぁ楽しめたのではないか。
でも出来ないことはどんどん増えている。
生理が来て、その始末が出来ない。
私はつなぎのパジャマを買った。
うんちやおしっこで遊ばないように。
でもこれは、入院中にも起こる退行とはちょっと違うと先生は言っていた。
でも一言「うんちやおしっこで遊ぶのはおかしいので、やめてください」
一人で何もできません。
食事、排泄、着替え、お風呂、すべてに介助が必要です。
病院へも、片道2時間かけて両親が送ってくれています。
もう恥ずかしさとかはなくなってきたけど、人生において初めてここまで落ちて、自分でびっくりしています。
だからブログもなかなか書けなかったのです。
書きたくても向かえなかったのです。
今もこの姿勢が辛いです。
自分を取り戻しています。
ママが北海道に行っているので、食事の介助だけはパパにやってもらっているけど、他のトイレ、お風呂、美容、着替えは、自費のヘルパーさんを雇って、やってもらっている。
一日で2万円は飛ぶ。
1週間で入院以上のお金がかかった。
この際、入院しちゃったほうが良かったんじゃないか。
でもそうしたら、彼と遊べなかったね。
彼は一日お手伝いに来てくれた。
というか、くつろいでいった。
でもお風呂でアクシデントがあり、彼には相当な迷惑をかけた。
最近私は「ほっぺ」というところを利用している。
もちろん正式名称ではない。
ほっぺは障害者の人も働いている。
知的・精神・身体全部そろっている。
でも移動支援はできないと言われてしまった。
スタッフの人数が足りないそうだ。
今回は自費だから受け入れてくれた。
自費ならいいのか!?
病院にはママに現地まで毎回送ってもらっている。
そして看護師さんに、あとを託す。
最近ハマっていること。
ヤフオクで、おむつカバーを集めること。
結構高いんだよ。
1枚5000円はするんだから。
それを8枚くらい買った。
つなぎのパジャマも買った。
なんだかどんどん病人らしくなっていく気がする。
火曜日にKセンターの心理面接に行ってきた。
そこには珍しく、いつもの室長ではなく、館長がいた。
市役所のケースワーカーさんも、私のことで朝からKセンターに出かけていたらしい。
話し合いで、はっきり「ここの通所の利用は、今は無理という結果になりました。何故かというと、精神的に不安定であることと、病院での治療が今は最優先であることと、集団行動がとれないからです」と言われた。
そこからパニックになって、暴れたが、前のように送られることもなく、予定通り15:30の送迎バスまで待って、乗って帰った。
それまで保健室にいて、ずっと誰かが付き添ってくれては、面白い話をしていった。
でもショックはただならぬものだった。
帰ってから、夕食を目の前にしても、手も出せず、彼に電話しても「そうなることは分かってたけどね」と突き放され、泣きながら19:30には寝てしまった。
でも寝る前に、母親や他の人に「死にたい」とメールして困らせた。
次に日、気晴らしにと、前から予定していたママとプールに行くことにした。
行ってる間は楽しかった。
でも帰るころから、大声をあげて暴言を吐いたり、不機嫌丸出しで、結局ママを振り回して、疲れさせて、車で帰った。
その日の夜からだった。
おかしくなったのは。
よだれが止まらない。
動作が出来ない。
自分で何もできない。
トイレも着替えもお風呂も食事も。何もかも。
それは今でも続いている。
ママは来週から1週間北海道へ行ってしまう。
さぁ、どうするか。
さすがにトイレの面倒、着替えなどはパパでは無理だ。
今日は通院日だったので、いつもは一人で行っているけど、とても一人で行動が取れないので、ママに病院まで送ってもらった。
道が混んでいて、15分も心理に遅れてしまった。
首にタオルを巻いて、よだれをガードし、ママが看護士さんに今の状況を説明して、食事介助とトイレの全介助をお願いしていった。
心理でも診察でも、とても心配された。
K先生は、入院も考え、病棟の空き具合を見に行っていたjけど、やっぱり今すぐには無理とのこと。
公的手段(緊急一時保護施設、など)のことは分からないからと、ケースワーカーさんにつないでくれた。
精神のショートステイだと、自分で鍵を管理して、食事の調理を一部介助してもらうくらいなんだそうだ。
私ほどの介護度が高いと、どこにもなくなってしまう、今住んでいる地域で市役所で探すしかないと言われた。
そこはパパとママに頼んだ。
市役所へ出向き、話し合っても、保険士さんに電話しても、らちがあかなかった。
救ってくれそうなのは、ケアKだった。
身体介護と家事援護というものの申請をするそうだ。
でも市役所を通さなければならない。
あと1週間。
間に合わない。
北海道は取り消せない。
そんな中、あれほどかたくなだった愛の手帳の動きがあった。
絶対に取れません、と言っていたのに、今日、書類が届いて、平成18年度以降で、18歳未満に知的に遅れていたことが思い出されれば書いて送ってください、というものだった。
私は平成17年に受けに行っているので、18年以降でと言われたのだ。
しかも「新規」に丸するように書いてあった。
再申請ではないのだ。
新たに初めから審査しようと言うことだ。
私はそのままの姿で行くつもりだけど、ママたちは18歳未満の知的な遅れをどう表現するのだろう。
審査は7/6だ。
やっぱり愛の手帳がないと、私はやっていけない。
去年の11月にも行ったけど、同じ旅館に予約を入れて、箱根へ行ってきた。
家族といっても、離れて暮らす弟は抜き。
6/11~12に行ってきました。
天気はまぁまぁ良く、雨は小雨が一時ぱらつく程度で、後は快晴。
一日目は、ママの植物好きにお答えして、湿生花園へ。
私にはどこに魅力を感じるのか分からない、ただの湿性地帯の植物に、草花の名前もわからず、ただ黙々とママに付いて行って歩いていた。
こうなると私の楽しみは、写真しかない。
家族写真が撮りたい。
でもママは花の写真を撮るのに夢中。
パパはどんどん先に行ってしまう。
パオパも花好きだからまんざらでもないのだ。
近くの高いカフェレストランで高い昼食をとり、次は箱根彫刻の森美術館に向かった。
1人1800円のところを手帳を見せると、同伴者2名まで1000円で入れる。
つまり3000円しか払ってない。
ほかでもこれから書くけど、手帳の威力は印籠並みで、ほとんど半額以下。
同伴者も。
これだから彼も私とお出かけしたがるのよね。
彫刻の森には、理解できるようなできないような彫刻が何体もあり、中には子供が遊べるアスレチック的なところもあったり、私が気に入ったのは、外に足湯があること。
ちゃんとミカンも入っていて、お湯も熱くて、疲れた足をほぐしてくれる。
3人で10分も浸かっていると、体は汗だくになり、お茶をして旅館へ向かった。
旅館は私の手帳で助成金が出ている。
だから障害者の部屋が確保されていた。
去年と同じ部屋。
そこだけベッド。
ちょうど3このベッド。
ほかの部屋は寝る時しか布団がないから、好きな時に寝っ転がってテレビまで見られるこの部屋は大好きだ。
私は夕食前と夕食後にお風呂に入り、なんだか顔が潤った気がする~~~!!
お饅頭とかも置いてあるんだけど、パパは一切食べられないからかわいそうだった。
コーヒーさえもブラックだ。
でもステーキは豪快に食べてたね。
そのあと「血糖値が上がった」と言って、落ち込んでたけど。
いい時間に寝れたのに、ママの携帯が4:30になり、みんな一斉に起きてしまった。
それからがママをパパと攻め続け、眠りを妨げられた怒りは大きく、ママはへこんでいた。
朝食前にパパとオセロをやったのだけど、子供の時は絶対に勝てない相手だったのに、中盤戦から私の方が圧倒的有利になり、圧勝してしまったことは、正直悲しかった。
パパはいつまでも、頭の回転が良くて、なんでも勝ってしまう相手でいてほしかった。
ついにオセロで負ける時が来たか。
こんな私に。
朝食は3人とも洋食を頼んだら、洋食にしたのは私たちだけだった。
2日目は大涌谷へロープウェイで行った。
ものすごい硫黄の臭い。
逃げ場がない。
あちこちに黒い卵が売ってるし、周りは外国人だらけ。
みんな立ち上る煙に写真を撮っている。
黒い卵を食べてみたけど、普通のカタ茹で卵だった。
でも黄身が多かったような気がする。
そこから箱根園へ行って、駒ケ岳ロープウェイに乗ろうとしたのだけど、頂上は霧で何も見えないという。
でも私の手帳の割引がかなり効くので、行くことにした。
本当に途中から霧で何も見えなくなった。
隣の人の顔も判別できない。
モヤの中、天国へと行ってしまう感じだった。
しかも鳥居がうっすら見えてるし。
これは歩けたもんではないと、すぐに引き返すことにした。
でもほかの人はほとんど、霧に中でも手探りで山登りしたらしい。
富士山は見えなかったけど、気持ちよかったと言っていた。
行けばよかったね。
箱根までは2時間くらいで行ける。
しかもどこの道を通っても、印籠を見せてるわけでもないのに、割引と表されて、道路代が減額になるのはどうしてなのかは、彼に聞いても謎だ。
写真は大涌谷登っているところだよ。
最近いろんなところで言われている「ゆこたんはセルフコントロールが足りない」
最初は「セルフコントロールってなんぞや?」と思っていたけど、自分の行動の前後で分かってきた気がする。
つまり自制心ってやつでしょうか?
自制心とパニックとの違いが分からないんですけど。
どんなに努力したって、パニックになるときはあるし、ハイテンションからバタッと疲れる時もある。
私は特に大きな催し物に弱い。
すぐにハイテンションになる。
気が大きくなる。
いや~愉快だ、愉快だ。
彼といるときは、最初はおしとやかにしてる(つもり)なんだけど、そのうち地が出てきて、男言葉になっていたりする。
彼に「お前ははるな愛か!!」と突っ込まれる。
明日はなんと、じじばばか障害者しか来ていないであろう、市の施設の(でもでかい)民間プールに彼と行く。
ここは私は移動支援で(これからは行動援護で、という記述になるのだろうか?)毎月1回は訪れているんだけど、カップルが超似合わない施設。
でも私が行きたいって言ったら、素直に応じてくれた。
優しいなぁ~。
しかも彼、今、ある理由で大富豪だから、太っ腹。
今のうちにおねだりはするべし。
なんだかんだでやることが詰まっているので、今日は近況報告まで。
元気で~す。
ちゃんと休息とってます。
自己振り返りもしてます。
どうしてこんなに長い間、ブログを更新しなかったかって??
それは・・・
パソコンが壊れてしまったんですよ。
しかも2回も。
パソコンを買い換えること2回。
その間もちろんネットもできず、パソコンも手元になく。
みんな心配してないかなぁ、また入院したのかって思われてないかなぁってずっと思ってました。
きっと思ってたんじゃない?
アスペの会にも行けてなかったし。
6月も急に変更になったから、行けないかもしれない。
大きく変わったことと言えば、行動援護が増えたこと。
前の市役所のケースワーカーさんだったら「ゆこたんには必要ないですよ」で済まされていたであろうが、今度のケースワーカーさんは、初対面でいきなり私の大パニックを見ているので、行動援護を15j時間も出してくれた。
移動支援も25時間のままのはずだったのだけど、K先生がそこは許さず、移動支援は15時間になった。
でも合計では30時間になり、5時間増えたことになる。
でもそううまくいくもんでもなく、私につけるヘルパーさんが限られているので、30時間なんてとても使いきれない。
もっと支援が入ってほしいな。
行動援護というのは、ちなみに、移動支援では面倒見切れない人たち、常に目を見張ってないといけないような行動に危険性を伴う人たちとおでかけするのに使う。
私に住んでいる市は、異例みたいで、財政が豊かなのか、移動支援と行動援護の両方がダブルで使えるそうだ。
ついでに行動援護のヘルパーさんは、実地訓練と講習をしっかり受けているスペシャリストの方々なので、安心して支援してもらえる。
病院のほうは、今ちょっとまずいことになっている。
私が余りに毎回パニックを起こすので、K先生が頭を抱えてしまって、心理の方も実際面接になっていない状態なので、「心理はやめようか?」と言われてしまった。
まだ続けているけどね。
今度心理中にパニックになったら99%やばいことになりそう。
K先生の面接では「一つ一つの場所の支援を大切にしていきましょう。そうでないと、どこも受け入れてくれなくなってしまいますよ」と言われている。
確かに大切にしているつもりでも、どこか気の緩んでるところがあるような感じ。
病院も同じだ。
大切にしなくては、もう診察してくれなくなってしまう。
「ここは合わないですね」ということで。
かといって、行く当てもないし。
やっぱり私自身がしっかりしないといけないのだ。
甘えが出てしまうのかなぁ。
でも一番甘えが出ると思う彼の前が、一番しっかりしているんだけど。
ちなみに今、彼とネットカフェに来ていて、彼は隣で寝転びながら、エロ漫画を愛読中。
なんて書いたらまた怒られるんだろうな。
消さないけど。
ネットカフェは本当に初体験だけど、結構安くてくつろげるのね。
彼と同じ部屋にいられるし。
多少ならいちゃいちゃできるし。
ドリンク飲み放題や、食べ物持ち込みありもいいね。
初体験といえば、昼食にフレッシュネスバーガーに行きましたよ。
前から行ってみたかったんだぁ。
でもお高いってイメージがあって、勇気が出なかった。
でも今日はお金を用意して、彼と入った。
丁度ランチタイムをやっていて、ポテトをつけても630円で食べられた。
モスバーガーと同じようにおいしい、と評判だったけど、ものすごくおいしかった。
私も支援が多くなって、彼との休日が合わなくて、なかなか会えなくなってしまったのだけど、たまにやったことないデートを楽しむのもいいよね。
だって今度は、私がいつも移動支援で行っているプールに彼と行くんだよ。
子供やお年寄りばかりの。
彼もすごく私に合わせてくれてる。
普通行きたくないよね、そんなとこ。
でも水着が見たいのかな。
でもそういう所の水着は、スポーツ用なのよ、彼。
帽子もかぶるし。
また戻ってきますので、あとでね。
彼はめったに時間を守らない。
どんなに「守ってよ」と言っても、自己流で直してくれない。
私は予定変更が一番の苦手なのに、肝心の旅行の日程変更を昨日言い明かされた。
しかも変更の理由が呆れるものだった。
私より友情を取った。
それに彼はシスコン的なところがある。
今夏の旅行でも、お姉さんの時計を直しに行くことを目的としている。
私だって時計が壊れて、今非常に困っている。
でも私の困った度は無視された。
あとコーヒーもいつになったら、我が家にわたってくるんだろう?
パパは彼のルーズさを許さないだろう。
「渡す」と言ってから、3カ月も経っているのだから。
前はよく色んなものを買ってくれた。
私は色んなものを渡している。
でも感想がない。
特にお姉さんにあげたものに対するコメントが。
だから渡すのが嫌になった。
まず彼には洋服やカバンは買わないことにした。
めったに使ってくれないから。
たまに時計はしてくれるけど。
今私が望んでいることは、旅行に行ったときに、何を買ってくれるんだろう?ということ。
それによって、愛の大きさが分かるよね。
あと時間に絶対に遅れないか。
彼の勝手な理由で、苦手な予定変更になったのだから。
しかも日にち変更だよ・・・。
あり得ない・・・。
私は信じているよ。
彼はやるときはやってくれる能力があることを。
今日はこれから温泉に行って来ます。
岩盤浴楽しみ。