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[20560] 手のひらサイズなマテリアルミニ【なのポ】
Name: 細川◆9c78777e ID:1b4cb037
Date: 2010/07/24 08:10
『前書き』
この作品の大元となるネタを下さった某氏に最大限の感謝を捧げます。





聖夜に決着がついた闇の書事件の余波被害として、その残滓が引き起こした闇の書の欠片事件も終結してから一夜が明け、これでようやく日常は平穏へと戻ると思われていた。
しかしここハラオウン邸は、冬の貴重な太陽の光がありがたい昼下がりにも関わらず、異様な空気に包まれていた。
現在この家に住むフェイト、クロノ、リンディ、エイミィ、アルフはもとより、なのはとユーノ、さらにははやてとリインフォース、ヴォルケンリッターまで勢ぞろいなのである。
総勢13人という大所帯にも関わらず彼らの間に会話はなく、ただただ視線は中央の机の上に注がれている。

「な、なんだよー! ボクなにもしてないだろー!」
「ええい塵芥どもが! 我を見下ろすな!!」
「……さてどうしたものでしょう」

上から力のマテリアルこと雷刃の襲撃者、マテリアルの王こと闇統べる王、理のマテリアルこと星光の殲滅者。
そう、彼らは闇の書の残滓により生まれた三体のマテリアル。昨夜の闇の書の欠片事件において激戦を繰り広げた結果どうにか退け、消滅させることができた……はずだったものだ。

「というよりボクおなかぺこぺこなんだけど……」
「自らの立場をわきまえんかうぬらは!」
「なにかするのであれば手早くお願いしたいものです」

もう一度言う。集まった人々の視線は机の上に注がれている。
そう、机の上である。

「えっとぉ……」

初めてマテリアル以外で沈黙を破ったのはなのはだった。
もうどう反応したらいいか分からないのだろう、非常に微妙な笑顔を浮かべ、皆に招集をかけたクロノに視線を送る。同時に、他の全員もクロノへと視線を向ける。

「く、クロノくん?」
「あー、うん……」
「なんで、この子たちこんなにちっちゃいの?」

再び全員の視線が机の上に、より正確にはその上の虫かごの中に集まる。

「な、なんだよそんないっぺんに見るなよ! こ、こわいだろっ!」

フェイトと全く同じ容姿だが目にも鮮やかな青色の髪が際立つ、ちょっと涙目な雷刃の襲撃者。ただしサイズはスプーン以下。

「ふ、ふんっ! 今ならまだ許してやらんこともないぞ? さあ解放せよ!」

白銀の髪を持ちはやてと瓜二つ。へっぴり腰をごまかすように傲慢不遜に振舞ってみせる闇統べる王。でも身長のライバルは携帯電話。

「もう少し広い虫かごはなかったのでしょうか? 三人では狭くてかないません」

ショートカットにしたなのはのコンストラストを全体的に暗くしたような姿を持つ、全く動じていない星光の殲滅者。だけど風呂は茶碗で事足りる。
なぜか、昨夜はフェイト、はやて、なのはというオリジナルと同じ大きさだった三人共が手のひらサイズになって目の前にいるのだ。

「クロノ、そろそろ説明してくれないかな? どこで拾っ……捕まえてきたの?」
「ああ、うん……」

フェイトに言われ、どうにも疲れた様子のクロノは重い口を開いた。

「僕もなにがなんだかよくわからないんだが……」

ゆっくりとクロノは自身の記憶を遡る。




「全く、昨日の今日だというのに母さんもエイミィも人使いが荒い」

ため息と共に愚痴を吐き出しながら、クロノは建物から出て、寒風に身を震わせた。
その手には、背後に立つ大きな建物と同じロゴが入った大きな袋。
海鳴市に引っ越してきて結構な時間が経ち、ぼちぼち足りないものが見えてきたハラオウン邸では、闇の書事件の余波被害もひと段落ついたということで、それら不足しているものを買い足そうとなった。そこで海鳴市の少し郊外にあるホームセンターまで買い物に行かされたのが、唯一の男手ということで選ばれたクロノだったわけだ。

「さっさと帰るか……」

ぽつりと呟いて、珍しく誰もいない道を歩き始めたクロノだったが、ふと道端においてあるダンボールが目に入った。

「なんだ、不法投棄か?」

反射的に眉をひそめる。
どこの世界でもこういうマナーを守らない手合いは多いものだ。海鳴市は綺麗な街だが、やはりこういう人間がいないというわけではないらしい。
遺憾には思えど、海鳴の行政の官僚でもなんでもないクロノはそれを横目に通り過ぎようとして、

「よし、うぬに我の右側に行くことを許そう。感謝せよ」
「やだよそっち風上じゃないか!」
「暴れて無駄に体力を使うのもどうなのでしょう?」

耳に入った言葉にぴたりと足を止めた。
――な、なんだ今のは?
その声はよく知る少女三人のものにそっくりで、だけど口調は全く違う。
周囲を見渡すが付近にはクロノの他には誰もおらず、声の出所はわからない。
――き、気のせいだろう。うん、きっと昨夜の疲れがあって……

「うー、寒いしお腹すいたしもーやだ!」
「まったくやかましいやつめ、口を閉じるということを覚えたらどうだ?」
「なぜそうも元気なのですかあなた達は……」

また聞こえた。
いい加減に幻聴では済まされなくて、今度ははっきりわかった声の聞こえてきた方向に視線を向ける。

「……」

そこにはボロボロのダンボール。
――いや、まさか、そんなべたでバカなことが……
そうは思うもののクロノの魔導師として鍛えられた感覚は、その中に非常に薄くながら魔力反応を三つ感知した。
いやな予感しかしない。けれど、覗かないわけにはいかない。
無理とはわかりながらなにもありませんようにと願うクロノは、恐る恐る足音を立てないように近寄って、ダンボールを覗き込む。

「……おや、執務官ではありませんか」

小さい人影と目が合って、

「こんにちは。昨晩はどうも」

普通に挨拶を返された。




「それで、とにかく放ってはおけないからとりあえず三人にバインドをかけた後、大急ぎでホームセンターに戻って虫かごを買ったんだ」
「で、そん中に放り込んで帰宅……やな?」
「ああ。そして皆を呼んだんだ」
「でもなんでこの子たち魔法使って逃げようとせんの?」
「わからない。ただ、マテリアルたちの魔力反応は恐ろしく小さくなっているからそこが関係しているんだろう」

全員に再びの沈黙が降りる。
ちなみに、話の途中だろうと関係なくわめいてうるさかった雷刃の襲撃者と闇統べる王は、現在は虫かごに入れてやったクッキーにかかりっきりになって静かになっている。
一心不乱に自分と同じ位の大きさのクッキーを齧る姿は可愛らしいのだが、ここにいる全員はそう和んでもいられない。

「というよりさー、なんでこいつらこんなことになってんだ?」

皆の気持ちを代弁したようなヴィータの質問が飛ぶが、そんなの聞かれたクロノが知りたい。

「リインフォース、なにかこういう事態に心あたりはないか?」
「…………」

闇の書に関する事態においては最も詳しいと思われるリインフォースにクロノが尋ねるが、彼女は腕を組み、目を閉じてなにやら考え込んでいる。

「……申し訳ないが、わたしでも皆目検討がつかない」

しかし、暫くして申し訳なさそうにこう口を開いた。

「役に立てなくて申し訳ない」
「いや、君が謝るようなことじゃない」
「ああ、このような事態はイレギュラーだわからなくて当然だ」

肩を落として頭を垂れたリインフォースだったが、すぐにクロノとザフィーラがフォローを入れる。

「……すまない」
「だから謝るなって」

ヴィータに小突かれて目を丸くするリインフォースに全員が笑みを漏らす。
とはいえ、事態は一向に先が見えていないのは変わらないわけで、

「結局どういうことなんでしょうね……」

シャマルの呟きに、全員が頭をひねってしまう。
このままでは事件は迷宮入りか、というところで小さな声があがった。

「そこは私が説明しましょう」

声の出所は虫かごの中。両手にクッキーの欠片を持って、口をもごもごとさせながらも周囲の人々を見上げている星光の殲滅者だった。

「君が?」
「はい。私たちは信用ならないかもしれませんが、情報が何もないというなら聞いていただけないでしょうか?」

む、とクロノは考え込む。
星光の殲滅者の言う通り、こちらには予測を立てるだけの情報もない。しかし、そうやすやすと敵の話を聞いていいものなのか。

「いいでしょう。聞いてみましょう」
「か、母さん、そんな簡単に決めるのは……」
「話を聞くだけならタダでしょ、いいんじゃないかしら?」
「むぅ……」

あまりにも早い決断に異議を申し立てたクロノだったが、リンディが簡単ではあるが正論でもある理由を説明してしまうと、黙るしかなかった。

「これは、話をしてもいいということでしょうか?」
「ええ、お願いできるかしら?」

尋ねてきた星光の殲滅者にリンディはにこやかに笑いかける。

「では」

こほんと咳払いをしてから彼女は語り出す。

「まず、私たちがどのような存在かというところから説明いたします。私どもは闇の書の残滓が生み出したマテリアル。それに間違いはありませんが、どちらかと言えば守護騎士システムの守護騎士諸氏に近いものでしょう」
「確かにわからんでもないが、それがなんだというのだ?」

秀麗な眉を歪め、シグナムが胡散臭げに問いかける。
星光の殲滅者はそんな反応を気にすることなく話を続けた。

「つまり、私たちは闇の書の断片が映し出す過去のコピーとは違い、あくまで意志を持つ一個体としてあり、独立したリンカーコアを持っているのです。闇の書が失われた今も守護騎士が問題なく魔法を行使できるのと同じように、私たちを生み出した大元が失われたとは言え、それすなわち私たちの消滅とはならなかったのでしょう」
「大した洞察力だが、今の姿になる理由にどう繋がる?」
「そのように疑問や不満を抱かれるのも最もですが、ここからが問題なのです」

涼しい顔で流す星光の殲滅者にシグナムは鼻を鳴らす。話を頭から否定しようとしているわけではないのだが、未だに夜天の書のことを闇の書と言って憚らない彼女が気に入らず、どうも態度に出てしまったのだ。
夜天の書から闇を払ってくれた主がいなかったかのように扱うようで、嫌な時代の記憶を思い起こさせられるようで、彼女にそんなつもりがなく八つ当たりとわかっていてもつい苛ついてしまう。
――私も、まだまだ修行が足りんな。
深く自嘲の息をついて、シグナムは全身から力を抜いた。
一方で、説明は続く。

「守護騎士システムを参考にして生み出されたであろう私どもですが、残念ながら完全に守護騎士と同一のシステムというわけにはいかなかったのでしょう、闇の書の闇が真に消滅した結果、自分で自身の身を維持しなければならなくなったのです」
「もしかして……」

なにかに気づいたように声をあげたフェイトに、星光の殲滅者は頷く。

「はい、おそらく想像の通りでしょう。私たちは魔力により自身の維持を行っています。こればかりは推測ではなく実感としてわかることです」

どこか納得するような空気が流れる。
クロノが言っていたように魔力反応が微小であることや、魔法で暴れないというのは、維持に膨大な魔力が持っていかれているということなのだろう、と。

「えっと、じゃあ、今とっても小さいのって……」
「維持には常に大量の魔力を使用しますので、常時ではこのサイズが限界です。一日三分ほどであれば元の大きさになれますが」
「どこのウルトラの星の人やねん……」
「はい? それはなにか問題解決に繋がるものでしょうか?」

どうやらはやての呟きがわからなかったらしく首をかしげて見上げる。

「いや、わからんかったならスルーしてや、そんなに見上げんといて!」
「はぁ……」

星光の殲滅者にしてみれば、なにがそんなに嫌なのだろうかという感じで視線を逸らすはやて。
――闇統べる王のオリジナルですし、理解できないところがあって当然ですかね。
さらに首を傾いていたが、そう納得して疑問を意識の外に放り出す。

「なんや失礼なこと言われた気分がする……」
「小烏と同じというのは癪だが我も同じ気分だ……」

並んで二人は頭を捻るが、星光の殲滅者の内心を覗くことはできず疑問符を頭上に浮かべるだけだった。

「使える魔法の限界っていうのはなにかあるの?」

横合いからひょこりとなのはが顔を出す。

「十分な魔力供給を受ければ本来と変わらぬ力を発揮できるでしょうが、現状では段差を越えたりするために数秒飛行魔法を発動するのが限界でしょう」
「そ、そうなんだ……」

眉をハの字にして、困った笑みを浮かべる。

「とりあえず、私たちの現状はこういったところです」

言って、一番正面にあるクロノの顔を見上げるが、当人は眉間にしわを寄せ、なにやら唸っていて、周囲を見てもたいていの人間が同じように頭を悩ませている。
そうでないのは、じろじろと見てくるヴィータに、興味なさそうに欠伸をするアルフ、もう既に我関せずとばかりに寝そべっているザフィーラといったところ。
――ああ、後ろの二人もそうでしたね。
振り返ると、欠片がバリアジャケットにくっつくのも気にせずにクッキーにかじりついている同じマテリアル二人。

「ん……? あ、そうだ、あれがあったじゃんボクら!」

たまたま星光の殲滅者と目のあった雷刃の襲撃者が、思い出したように声をあげる。

「なにか、ありましたか?」
「ほらー、よくわかんないけどボクたちオリジナルとだけはその、あれだよ! あれできるようになったじゃん!」
「指示語だけでは理解できないのですが……」

全身を一杯に動かしてなにか表現しようとしているのは理解できるが、それが何をさしているのかはわからず、いつも以上に冷たい視線を雷刃の襲撃者に送る。

「う、だからあれだよ! こう承認したらガッシーンとファイナルフュージョンみたいなやつだよ!」
「ああ」

突き刺さる氷の視線にびびりながらどうにかそれっぽい描写をした雷刃の襲撃者の言葉に、星光の殲滅者はぽんと手を打つ。

「確かに、オリジナルとユニゾンできるようになっていましたね」
「にゃっ!?」
「ええっ!?」
「なんやそれ!?」

忘れてました、とばかりにさらっと言ってのけた星光の殲滅者とは正反対に、当のオリジナル三人は驚嘆の声を上げる。

「それすっごい重大なことだよねっ!?」
「ゆ、ユニゾンってどんな気分なのかな?」
「人間からデバイスに進化……いや、退化かなんか? いやそれはともかく意味わからんて」

三人が一気に体ごと虫かごに近づけてきて、さすがの星光の殲滅者もその迫力に一歩退いてしまった。

「ど、どうでしょう。管制人格が分離の際に失った自立的ユニゾン機能が流れてきたと取ることも可能ですし、そもそも私たちがプログラム体であることも出来る可能性を高めます。ですが、なにぶん私たちの主観であり実際に行ってはいませんので確証までは……」
「じゃあ、やってみればいいんだよね?」

フェイトが決意を決めた様子でさらに顔を近づける。

「待てテスタロッサ! ユニゾンには融合事故が起きる可能性というのもある。むやみにやってもいかんぞ。やつらの罠かもしれん」
「大丈夫だよ。嘘言っているようには見えないし、もしなにかあってもこれだけみんなが集まってるんだから、ね?」

すかさずシグナムが声を張るが、フェイトに信頼の笑みを向けられてしまい、うっと黙り込んでしまう。
他の皆も同じ気持ちだったが、意外にやると決めたら頑固なフェイトだ。きっと生半可なことでは止まらない。それに、マテリアルたちがただのデバイスであれば検査すればわかるかもしれないが、彼女らはデバイスではない。それに、相手がユニゾンデバイスとはいえはやてがリインフォースにユニゾンできたこともあって、それだけで不可能であると断定することもできない。
実際にフェイトの言うようにやってみなければ嘘かどうかわからないのだ。

「……わかったわ。それじゃあフェイトさん、お願いできるかしら?」
「はい!」
「母さんっ!?」
「仕方ないわクロノ」

立ち上がって抗議するクロノをなだめながら、リンディは目を瞑る。

「でも、取れる対策は取るわ。まずユーノさんとシャマルさんは結界を、それと全員戦闘態勢に」

次の瞬間にはリンディは目を見開き、力強く宣言する。

「了解です!」
「承知しました」
「はい!」

一瞬静まり返るも、その場にいた全員がそれに対し次々と返事を返していく、途端にあわただしくなる中、リンディはフェイトに近寄る。

「それとフェイトさん。あにかあっても困るからデバイスを預からせてもらっていいかしら?」
「あ、そうですね……じゃあ、はい」

ポケットからバルディッシュを取り出して渡す。

「はい、確かに預かったわ。それじゃ、頑張ってね」
「……はい」

笑顔を浮かべながら頭を軽く撫でてあげると、フェイトはちょっと恥ずかしそうに視線を落として、こくりと頷いた。

「ねーねー、ユニゾンするのはいいんだけどさ、ここから出してくれなきゃ無理だよ?」

こんこんと透明なプラスチックの壁を叩きながら主張する雷刃の襲撃者の声に、二人はあ、と声を揃えて零した。

「ご、ごめんね! 今開けるから」

慌ててフェイトは虫かご蓋についている小窓を開ける。

「全くもー」
「ごめんね?」
「ほんとだよ、ユニゾンには二人の相性が大事なんだからな!」
「あう……」

ふわりと飛んで、虫かごから出てきた雷刃の襲撃者はそのままフェイトの手のひらの上に降り立って、ぴーぴーと色々叫んでいる。
小さなそっくりさんにすまなそうに頭を下げるフェイトというのもどこか可愛らしい。抑えられない微笑みを浮かべながら、リンディは開けっ放しの蓋を閉める。すると、後に続いて外に出ようとしていた闇統べる王がショックを受けた表情でわめいた。

「なぜ王たる我を差し置いておぬしだけ外に出れておるのだ!」
「あなたは話をなにも聞いていなかったようですね。あと、口まわりにクッキーのかすが大量についています」
「なにっ?」
「あー、こっちです」

虫かごの中では星光の殲滅者が口元をぬぐってやっていた。
どうも和むなぁと思ったリンディの耳に、まだなにやらやり取りをしているフェイトと雷刃の襲撃者の声が届く。

「いいか! とにかくこれでボクたちが最強だってことを証明するんだ!」
「え? うーん、いきなりでなんかよくわかんないけど、とにかく私も頑張るね」
「そうだ! その意気だ!」

手のひらの上で、満足そうに雷刃の襲撃者は頷いている。
くすりと笑い声を漏らしながら、周囲を見回すと結界も展開し終わっており、全員がバリアジャケットにデバイスの準備も完了しており、目でいつでもいいとリンディに伝えてきていた。

「それじゃあフェイトさん、それと雷刃さん、はじめてください」

皆の後ろにエイミィと一緒に下がってから二人に声をかける。

「はい、リンディ提督」
「よーしやるぞお!」

二人は視線を合わせると、お互いに頷きを返す。

「準備は、いい?」
「ユニゾン承認!」
「「ユニゾン・イン!!」」

言葉が終わるのとほぼ同時に、二人の姿が光につつまれ、見えなくなる。
ほんの一秒程で、光が治まると、そこに立つのは一見先ほどと変わらない様子のフェイト。
しかし、その手の上には雷刃の襲撃者はおらず、なにより容姿にところどころ変化がある。服装はそのままであるが、リボンは雷刃の襲撃者と同じ濃い青色だし、金色のツインテールの髪の先っぽは染めたような黒になっている。
ユニゾンしたフェイト自身も不思議な感覚なのか、自分の体を見回し、手を握ったり開いたりしている。しかし、どうやら融合事故を起こしていたり、マテリアルたちの罠で乗っ取られたりという様子はなさそうである。

「ど、どうフェイトちゃん?」
「今なら……」

恐る恐るなのはが声をかけると、フェイトはそちらへ視線を返すことなく呟き、ぐっと右手を握りこむ。そして自信に満ちた瞳で真っ直ぐに前を見た。その目はどこか好奇心旺盛そうな輝きを放っている。

「恥ずかしい台詞も気にせず大きな声で叫べる気がする!」
『なんだよもっと言うこと色々あるだろ! 「強靭! 無敵! 最強!」とかさ!』

念話を通して全員の耳に入った雷刃の襲撃者の言葉に、その場にいた皆は一同に、なるほどと、次には、これユニゾンなのか合体じゃないの、とも思った。

『ほら! せっかくユニゾン成功したんだからなにか決め台詞を言わなきゃだめだよ!』
「あ、じゃあ、えーと……私は一人じゃない! 私たちは、一つだ!!」
『いえーい!!』

びしっとポーズも決めて高らかに叫ぶフェイトに、ハイタッチでもしているような歓声をあげる雷刃の襲撃者。ぶっちゃけユニゾンで雷刃の襲撃者の影響が入ったのか、フェイトの性格が変化している。

「さすが二人で一つなユニゾンやな、あの真面目キャラなフェイトちゃんが……おもしろ!」
「フェイトちゃんが、フェイトちゃんが電波ちゃんになっちゃった……」

笑いを堪えるので精一杯な様子のはやてに、嘆き始めるなのは。それぞれが色々な反応を返している。

「まあ、危険はなさそうだし、よかったわ」

苦笑いを浮かべながらリンディはほっと一息をついた。

「わたしもやってみよかな……」
「主!?」
「いやー、なんかフェイトちゃん楽しそうやし」

驚くリインフォースにはやては笑いながら言う。

「なのはちゃんもやらへん?」
「えっ、わたしも?」
「そや。どうせなら全員でやってみんとおもろないやろ?」
「う、うーん……」

ユニゾンに興味はあるが、そんな簡単に決めていいのかと悩みリンディを盗み見ると、笑顔で見守っているばかり。

「なのはもやろうよっ!」

そしてうきうきと言ってくるのはテンション高めのフェイト。

「じゃ、じゃあちょっとだけ……」

押し切られる形で、苦笑いと共に頷いた。




「……なんやこう無意味に自信が湧いてくる気分やな」
『ふん。小烏め、ユニゾンは我の温情の結果だとよく覚えておけ』
「裸の王様がなに言うてんの? わたしとユニゾンせんと碌な魔法使えんくせに」
『おのれなにを偉そうに!!』
「かっかっか! 真の王は常にわたし一人! 残りはパチもんや!」

銀色の髪を揺すってと哄笑を響かせるのは闇統べる王とユニゾンしたはやて。リインフォースとのユニゾンより髪色が薄くなって以上の変化がないように見えるが、髪飾りは闇統べる王と同じ蝙蝠のようなものになっている。

『いかがですか?』
「今ならどんな敵もなぎ払えそうだね」
『あなたをモデルにしている私ですから、ユニゾンの相性に関してはこれ以上がないというレベルです。魔導の力の上昇もかなりのものでしょう』
「戦車500両くらい潰せそうなの」
『もっと大物の戦艦を真っ二つにというのも捨てがたいものです』

一見落ち着いた様子で、しかし物騒な会話を繰り広げるのは星光の殲滅者となのは。髪はなのは本来と同じ色と長さだが、星光の殲滅者のように下ろされており、なによりも声の抑揚を始め全体的にクールな雰囲気が漂っている。

「あ、主……」
「なんやリインフォース? わたしの家族や言うんならもっと胸を張らんと!」
『まったく、管制人格ならそれらしく構えぬか。そなたの振る舞い如何で王たる我の格が疑われるのだぞ』

頭を抱えてしまったリインフォースの背中をはやてはばんばんと叩いている。

「はやてちゃん……」
「あー、シャマルもや。ドジばっかりしてないでもっとしゃんとせなあかん」
「ドジじゃないですよ!」
『スクランブルエッグでフランベをする奴などうぬ以外に我は知らん』
「なんであなたが知ってるんですか!」
『小烏が今思い浮かべたのが見えただけだ』
「はやてちゃーん!!」

半泣きのシャマルにぽかぽかと叩かれるが、はやてはどこ吹く風。全く気にせず笑い声を上げている。

「空の悪魔め……」
『高町なのは、今のは宣戦布告ではありませんか?』
「違うよ、模擬戦のお誘いだよ。ヴィータちゃんは好戦的だなあもう」
『なるほど』
「ち、ちげーよバカやろー!」

独り言を拾われてしまったヴィータは、にこにこと笑顔で近寄ってくるなのはから逃げ出し、そのまま近くにいたシグナムの後ろに隠れる。

「そーゆーのはシグナムとやれよ!」
「なっ! ヴィータお前いきなりなにを言って……」
「そういえばわたしシグナムさんと戦ったことなかったですね」
『……心躍ります』
「高町……」

突撃性能が二乗されていないか、とシグナムはため息を落とすが、次の瞬間には上空から獲物を見つけた猛禽のような笑みを浮かべなのはを見下ろす。

「だが、私もお前と一度手合わせをしてみたいと思っていたから丁度いい。ユニゾンして力が増しているというのもそそるものだ」
『では今すぐ……といきたいところですが』
「今はレイジングハートはリンディさんに預けてるからまた今度ですね」
「ああ、残念だがそうなるな」

好戦的な薄い笑みでお互いに見合う二人だが、そこに突撃する人影が一つ。

「なのはばっかりずるい! 私もユニゾンしたんだからシグナムと模擬戦したいよ!」
「でもフェイトちゃんはいつもシグナムさんと戦ってるよ?」
『ボクたちはライバルなんだ!』

目の前で姦しくやり取りが起こる。
普段とは逆である、テンションの高いフェイトと落ち着いたなのはというやり取りに目を奪われていたシグナムだが、ふと悪戯を思い浮かんだ子どものように口角を片方だけ吊り上げた。

「それならいい案があるぞ」

どっちが先に模擬戦をやるかの口論をぴたりと止めて、二人がシグナムを見上げてきた。
シグナムは自分の後ろに隠れているヴィータを自分の前に引っ張り出す。

「私とヴィータの組と、高町とテスタロッサの組とでチーム戦にすれば問題あるまい」
「名案なの」
「いいですね」
『二対二……戦術戦略の幅が広がりますね』
『どっちにしろボクらがさいきょーだ!』

すぐに賛同を返すユニゾン組だが、逃げ切れたと思っていたヴィータはそうもいかない。

「おいシグナムてめー! あたしを巻き込むな!」
「ほぅ、鉄槌の騎士は敵に背を向けるのか? まあ、嫌だというなら無理強いはしないが」
「んなわけねーだろ! お前なしでもこいつら全員アイゼンでぶっつぶしてやるよ!」

シグナムにバカにされたと思ったのか、顔をかっと紅潮させてヴィータは叫ぶ。当然、シグナムの策ではあるのだが全く気づいていない。

「はぁ……なんというか。元気がいいことだ」

あっちでぎゃーぎゃーこっちでぎゃーぎゃー。
さっきまで誰も口を開かず机の上を凝視していた空気はどこに行ったのかという姦しさにクロノはため息をつく。すると肩にぽんと手を置かれた。

「まーまークロノくん。いいんじゃない?」
「そうは言うがな……」
「みんな楽しそうだし、ね?」

ウインクを飛ばすエイミィに、ちょっと照れたようにクロノは視線を逸らす。

「まあ、悪さをする気はなさそうではある」
「元々、闇の書の復活を目指していた子たちだからね。闇の書の復活が不可能になっちゃった今は、もうなのはちゃんたちと変わらないただの女の子なんじゃないかな」
「ただの、と言うにはちょっと癖が強すぎるけどね」
「そーゆーのはね、個性的って言うんだよ」

いつの間にか八神家vsアースラチームで模擬戦をしようという話にまで発展している騒動を眺めながら二人は笑顔を零した。




とりあえず星光の殲滅者の言っていたことは真実で、なおかつユニゾンに危険性がないとわかったので、三人共がユニゾンを解除して、マテリアル達の今後についての議論に移ることになった。
ただ、解除直後にはユニゾン中の自分達の異様なテンションにショックを受けた三人の少女を宥めるのに多少時間がかかったが。

「さて、とにかく危険もないようですし、これから彼女たちをどうするかを決めましょう」

場を取り仕切るリンディが、ソファに並んで座る三人の少女と、それにそっくりな三人の小人に視線を向ける。

「悪い子じゃないと思うから、なるべく穏便にできませんか?」

控えめに提案するのは、頭の上に雷刃の襲撃者を乗せたフェイト。

「わたしもフェイトちゃんと同じ気持ちです!」

ぐっと手を握り込んで言うのは、肩に星光の殲滅者を乗せたなのは。

「そもそも悪さできるほどの力もないですし……それに、なんかの実験体にされても気分悪いです」

後半では声を落としたのは、闇統べる王を膝の上に抱えたはやて。
前の二人と異なり、なぜ我が小烏などに! などと叫んで暴れたため闇統べる王は掴まれているのだ。

「うーん、そうなのよねぇ……」

リンディは悩みこむ。リンディとてもはや無力でしかない彼女たちをどうにか助けてあげたいとは思うが、その立場は相当危うい。ロストロギアの断片が消失したにも関わらず存在し続け、しかも今は失われた技術でもあるユニゾンが可能ときている。
一枚岩とはとても言いがたい管理局の、限りなく黒に近い方の技術部に知られでもしたらなにをされるかたまったものではない。下手をするとユニゾンについての研究と称して彼女たちのオリジナルの少女にもその手が伸びる可能性もある。
はぁ、と重いため息が漏れるが、こればっかりは仕方がない。幸いなのは、昨夜の事件の詳細な報告をまだ送ってはおらず、また彼女たちの存在をここにいる人間しか知らないということ。
――あんまりこういうことはしたくないのだけれど、仕方ないわね。

「マテリアルの三人とも、夜天の書の一部として報告しちゃいましょう」

笑顔で言うリンディに、目の前の六人は?マークを浮かべる。

「古代ベルカの遺産ということもあってはやてさんと守護騎士の皆さん、それに夜天の書の扱いは聖王教会と管理局がお互いに主張していて、結局双方が双方で見守るという形に今はなってるの。だから、どっちも下手に手を出せなくて、みんな平和に暮らせているっていうのもあるのよ」

ここまで話して、六人を順番に見回すと、フェイト、はやて、星光の殲滅者はなにかに気づいた様子で顔を輝かせ、なのは、雷刃の襲撃者、闇統べる王はまだよくわからないらしく首をかしげている。

「つまり、三人を夜天の書の一部としてしまえば扱いは夜天の書に準じるから、聖王教会も管理局も下手に手を出せなくて、おそらく平和に暮らせるはずよ」

まだわかっていなかった様子だった三人も納得したらしく表情を晴れ上がらせる。

「本当ですか!」
「まあ、色々根回しとか必要かもしれないけど、そこはリンディさん頑張っちゃうから!」
「よかったぁ……」

胸を叩いてみせると、なのはは安心したのかへにゃへにゃと体をソファに預けた。

「じゃあ、この子らみんなわたしのうちに来るですか?」
「うーん、それなんだけれど、せっかくだから星光さんはなのはさんに、みたいにばらばらにお願いしようかと思うけれど、どうかしら?」
「わたしたちは大丈夫です! ね?」
「まあ、安全が保障されればどこでも」

さっそく賛同したのはなのはと星光の殲滅者。末っ子のなのはにしてみれば、妹ができたような気分でちょっと嬉しかったりする。

「私も、それがいいかな」
「ボクはこの位置が気に入った」

フェイトと、自分の立つフェイトの頭頂をぺしぺしと叩いている雷刃の襲撃者も賛成。

「ふん、まあうぬら二人が来ては我の世話をする人数が割かれてしまうからな、これで我慢してやろう! ふはははは!」
「なんや心配やけど放っておけんから、それでお願いします」

はやての手に抱えられているという、全く威厳は感じられない状況なのに不遜な笑い声を上げる闇統べる王も反対ではないらしい。
全員の返答にリンディは満足げに笑う。

「それじゃあ、皆さんにお願いしますね」
「「「はい!」」」

三人の少女の元気のいい返事にリンディの笑みはさらに深くした。




『後書き』
アイディア自体は自分初ではないのですが、「手のひらサイズなマテリアルたち」というアイディアを考えられた方が使用許可を下さいましたので、まだまだ未熟ながらそれを出発点に書いてみました。
途中からユニゾンさせて性格変化させて遊ぶお話になってしまったこともあり、手のひらサイズだった意味がこれだけでは薄いので、星光ちゃん、雷刃ちゃん、統べ子の引き取られた後の話をそれぞれの分のんびり書きます。いつか。

最後に、アイディアの使用許可を下さった某氏には改めて尽きない感謝をいたします。



[20560] ライの大冒険
Name: 細川◆9c78777e ID:1b4cb037
Date: 2010/08/04 19:18

冬が過ぎ、海鳴市にも温かい春がやってきた。
フェイトも小学四年生に進学し、今年からははやても同級生として聖祥大付属小学校に通っている。
他にも小さいけれど大きな変化として、フェイトの名前に「ハラオウン」の文字が増えたということもある。優しい母と兄を得た彼女はとても幸せそうだった。
だから、学校に出かける彼女は笑顔を見せるのが毎日のことになっていたのだが、今日はなにやら心配そうに眉をハの字にしている。

「ライ、ほんとに一人で大丈夫?」
「む、フェイトまでクロノみたいなこと言うのか?」
「でも……」

既に靴を履き鞄もしょったフェイトは準備万端といったところなのだが、中々玄関から出ることができず、廊下に立つ手のひら大の人物を見詰めている。

「留守番くらいボクにかかれば簡単さ!」
「う、うーん……」

雷刃の襲撃者改めライはどんと胸を叩いてみせるが、フェイトの表情は晴れない。
心配で仕方がないという彼女の気持ちは、表情だけでなく、落ち着かずにせわしなく動く全身でもよくわかる。
ライが家族の一員になってから早数ヶ月。彼女のよく言えば純粋でまっすぐ、悪く言えば天然でアホの子な性格は十分というほど理解しているので、一人で留守番を任せるとなると不安がいっぱいだ。
普段であればライの他にも誰かがハラオウン家にはいるものなのだが、今日ばかりはリンディとクロノは朝早くから仕事に出ているし、アルフは無限書庫へユーノのヘルプに出ている。さらにフェイトは学校とあって、日中ライ一人となってしまうのだ。

「ほんとーに、大丈夫なんだよね?」
「なんだよー、ボクのこと信じられないのかフェイトは」
「そ、そんなことないけど……」

頬を膨らませて睨んでくるライに、歪みの隠せていない笑みを浮かべてごまかすフェイトだが、内心は言葉と全く逆である。
ライという妹的存在を家族にしてから判明したことだが、フェイとはとっても過保護なのだった。

「それより、フェイトもそろそろいかないとなのはたちとの待ち合わせに間に合わないよ?」
「あう」
「ほらほら早くいかないと」

玄関にかけられている時計を見ると、確かにいつも家を出るのよりも遅く、このままではいつものバスの時間に間に合わない。
ライは心配だけど約束の時間に遅れるわけにもいかないという板ばさみ状態になってしまったフェイトは、後ろ髪を引かれる思いで仕方なく家を出ることにした。

「知らない人がきても出ちゃだめだからね、おかしあげるとか言われても絶対だめだよ?」
「それくらいわかってるよ!」
「なるべく早く帰ってくるからね!」

何度も何度も振り返りながらフェイトは家を出た。

「……むぅ」

玄関が閉じて家に静寂が戻ると、ライはどかっと廊下に胡坐をかいて座り込み呟いた。

「絶対にみんなボクを幼稚園児かなにかと勘違いしてる……」

思い出すのはハラオウン家に来てからの思い出。
クロノは何かと口うるさいし、フェイトはなにかと心配そうに世話を焼いてくる。トイレまでついてこようとしてきたのは追い返したけれど。
リンディとエイミィはいつの間にサイズを知ったのか、ライにぴったりな大きさの服をどこからともなく持ち出しては着せ替え人形にしてくる。前なんかフェイト用のもあって「二人もお揃いねー」などと勝手に喜んでいた。それらの一部は私服としてありがたく使っているが。
――ここは一つボクがいかに凄いかを見せ付けないといけないな!
腕をくみながら、うんと一つ頷くとライはすっくと立ち上がる。

「まずは、留守番を完璧にこなしてみせる! そしてボクはみんなを見返してやるんだ!」

ぐっとこぶしを握ったライの脳裏に浮かぶのは、自分のことをすごいすごいと誉めそやすハラオウン家の面々の姿。
取らぬ狸の皮算用でしかないのに、フフフとだらしのない笑みを零している。

「さすがボクだな。自分でも恐ろしい策だ……」

某関西弁娘なら反射で突っ込みを入れていたかもしれないが、残念なことにここにいるのはライ一人。彼女のバラ色の妄想を止める人間は誰もいない。
暫く不気味に一人で笑い続けていたライだったが、妄想に満足したのかリビングに戻ろうと動き始めた。

「まあ、お昼までは時間があるし……ゲームでもやるか」

鼻歌を歌いながら廊下を歩いていく。




「うーん、午後はどうしようかなぁ」

結局、気づけば午前中はゲームでつぶしてしまい、腹の虫が鳴いたために昼食を取っていたライは一人小さく呟いた。
頭を悩ませながら、リンディが用意してくれたお昼ご飯である超ミニサイズサンドイッチにかぶりつく。
ちなみにサンドイッチなのは電子レンジなど危なくて触らせられないという、ライ以外のハラオウン一家共通の結論からであったりする。

「ポケ○ンは……もう飽きたしなぁ」

ソファの上に置きっぱなしである、タッチでも動く携帯ゲーム機に視線を移すが、どうもライ的にぴんとこなかった。
手のひらサイズなライがまともにゲームなどできるのかと思うかもしれないし、実際ハラオウン家の面々もそう思っていた。しかし、休日を読書で過ごそうとしたら、ライと二人っきりだったばかりに遊べ遊べとあまりにしつこく駄々をこねられて辟易したクロノが、アクションゲームでなければ彼女でも問題なくプレイできるのではと買い与えたところ実際その通りだったのだ。
余談だが、彼女の手持ちは電気ポケ○ンばかりある。

「どうしよう……ふわぁ」

左手についた、最後のサンドイッチの中身であるイチゴジャムをぺろぺろと舐めとっていたライは大きな欠伸を漏らす。
どうやら満腹になったがために眠くなってきたらしい。
いくらなんでも睡魔には勝てないので、あくびのために涙が出てきた目をごしごしとこすりながら、昼寝でもしようかとソファに近寄っていくライだったが、その途中でぴたりと動きを止める。

「……」

じっと見詰める視線の先は南向きのベランダ。もっと詳しく言えばそこに干されている布団。
日光がさんさんと降り注いでいるそこは確かに気持ちよさそうで、昼寝にはぴったりに見える。

「むー……」

ベランダに出てもいいものかと悩むライだったが、すぐにベランダは家の一部だと自己完結し、嬉々として空を飛び、上手く鍵を外して外へ出る。
ただベランダに出ただけなのに、屋内とは比べ物にならない温かな日差しで、目の前にあるのは日光をふんだんに吸収していて見るからに柔らかそうな布団。
躊躇なくライはダイブした。

「おおーっ!」

突っ込むと同時にふわふわの布団はライを柔らかく包み込む。
息を思いっきり吸うと太陽の匂いがした。

「うう、なんて巧妙な罠、なん……だ……」

あまりの気持ちよさにとことんまで表情を緩ませたと思うと、そこからはすぐに寝息が聞こえてきた。




どれくらい寝ていたのかはわからないが、ライは何故か上下に揺さぶられる感覚に意識が浮かび上がってくるのがわかった。
おかしなことに、布団で寝ていたというのに手をいくら動かしても柔らかな触感はつかめない。それどころかまるで宙にいるかのようで、なにかに胴体部分を掴まれているような感じがする。

「ん……んん?」

うっすらと目を開いたライのぼんやりとした視界に移るのは、下方に見える色とりどりの屋根。
――おー、まるで鳥みたいだぁ……

「ってなんだよこれー!!」

状況をようやく理解し、目を剥いてじたばたと暴れるが、がっちりと掴まれていて脱出ができない。

「離せよー! ボクは強いんだぞー!」

自分を拘束する、まるで鳥の足のようななにかに直接手をかけるが、外れない。
吊り下げられている状況なために、上を見ようとしても首が回らずよく見えず、なんとなく黒い影が見えるだけだった。

「むがー!!」
「ギャース!」

ぽかぽかと謎の足らしきものを叩いてみると、外れる代わりに真上から鳴き声が聞こえてきた。それだけでは正体はわからないが、やはり鳥かなにかだろうとライに理解させるには十分だった。

「このっ! 動物のくせに!」
「ギャース!」

ライのイメージは、復活した古代の怪鳥と戦っている、というものなのだが、実際のところ寝ていたところをカラスに拾い上げられただけたったりする。

「どうだー! まいったかー!」

とにかく暴れるライの奮闘が功を奏した……わけではなくとある木を目指してカラスが高度を下げていく。
外からは葉に隠れて見えなかったがその中にはカラスの巣があり、小さな雛が大きく口を開いて待っていた。

「ギャース!」
「うわぁっ!」

ようやく厄介払いができる、とばかりにカラスはライを巣へと無造作に落とす。

「うぐ……やったな!」

つぶれるように巣に落下したライだがすぐに立ち上がり、視線も鋭くカラスを睨みつけようと振り返ったが、既にカラスは飛び立った後で、そこにはなにもいなかった。
意気込んだところを肩透かしを食らった形となりしばし呆然としていたライだったが、巣の端っこまで歩みよって周囲を見回す。それでもカラスの影が見えないとわかると、また不気味な笑い声を上げ始めた。

「ふ、ふふふ……そうか、ボクに恐れをなして逃げたんだな」

自分に都合よく解釈した想像の中、ライは腰に両手をあて胸を張る。そして自画自賛。

「すごいぞ強いぞかっこい゛だぁっ!!?」

突然背中をなにかに突き刺されたような痛みが走り、ライは飛び上がる。
忘れてはいけないことにここはカラスの巣。先のカラスが飛び立ったのは更なるえさを探しにいったからで、現在巣にいるのはライだけではなくカラスの雛もいるのだ。
そして、雛にとってみればライはただのえさ。そういうわけでライは背中を雛に思いっきりつつかれたのだった。

「な、なにするんだよ、っと、とととと……」

目の端に涙をためつつも気丈に振り返ってみせるライだったが、立っていた場所が巣の端ということもあってバランスを崩してしまう。
手をぶんぶんと振って、どうにかバランスをとろうと苦心する。

「ふぅ……」

なんとか九死に一生を得てライはほっと一息をつくが、すぐにきっと雛に睨みをきかせる。

「ボクに攻撃するなんていい度胸だ……格の違いを見せてやる!!」

びっと左右に一直線に伸ばした両手は上方30度程の角度で固定し、右足は体にひきつけるように上げて、足の裏は左足のうち腿に合わせる。
ライの気分はまさしく雄雄しき空の王者。

「荒ぶる鷹のポーズ!!」
「ぴー」

ライの渾身の威嚇もなんのその、雛はとてとてと近寄ってきたは今度はくちばしで軽くつついてきた。
痛くはない、そうさっきと比べて全くもって痛くなかったけれど、片足で立つという暴挙に走っていたライには致命傷で、そのまま鉛直方向の投下速度運動。

「そ、そんなぁ~!!」

涙の橋を宙に残しながら、ライの体は巣からまっさかさまに落ちていく。




「ライ、危ない目にあってないかなぁ……」

五時間目も終わりが近づく中、フェイトは窓の外をぼんやりと眺めながら呟いていた。




自分の身の丈ほどある草が生えた地面の上で、ライはぺたりと座り込んでいた。

「あ、危なかった……」

木から落下してしまったライだったが、途中で自分が空を飛べたことを思い出して、どうにか減速することに成功したのだった。
どきどきと激しく脈打つ心臓の鼓動がおとなしくなるまで胸に左手を当てておとなしくしていたライだったが、気が静まると大きく息をついた。

「まったく、最強なボクじゃなかったらどうなってたことか」

すっくと立ち上がった姿はもう既に自身満々な出で立ち。いいところの一つである超絶ポジティブさを発揮したライはもう元気である。
足元にあった手ごろな長さの枝を持つと、それで天を指す。

「ふふふ! ボクの勝利だ!」

枝が指す先、カラスの巣があったであろう木の上方に向かって高らかに勝利宣言。

「はっはっはー!!」

実に愉快そうにぶんぶんと枝を振り回しながらライは木から離れて歩き始める。足取りは軽く今にも踊りださんばかりである。
ただ、特にどこにいこうというのではなく、テンションに突き動かされてとにかく動かずにはいられないということである。

「ボクはさいきょー! 無敵なのさー!」

即興の自作歌を歌いながらライは練り歩く。
背後からやってくる影には気づかず。

「誰でもかかってこーい!」
「にゃー」
「そうそう、ねこねこねーこロケンロール!」
「にゃー」
「にゃんがにゃんがにゃー……って、え?」

びくりと全身を震わせてから恐る恐る背後を振り返る。
そこにはライの顔ほどあろうかという目を爛々と輝かせ、両手を広げた彼女くらいの大きさの顔を持った四足歩行の動物がいた。

「にゃー」

いわゆる猫、それも真っ白な毛並みが可愛い猫だ。しかし、現在ただの小人でしかないライにとってはその全てが巨大なのである。
人間が見れば小さく愛らしいとしか思わない歯も、彼女にとっては巨大な猛獣のそれでしかない。

「う、うう……なんだよ! く、来るのか!?」
「にゃう?」

最初こそ意表をつかれ身を竦ませていたライだったが、すぐに虚勢を張って手に持った枝を猫の鼻先に突きつける。
だが猫は不思議そうに小首をかしげて枝を見詰めるばかり。

「あ、あっちいけよ!」

先ほどの雛の時とは違って、あまりに相手が大きすぎるので腰が引けているライはたまらず枝をぶんぶんと左右に振る。

「……」

枝の動きにあわせて猫の目も動く。
ここで考えてみてもらいたい。目の前で木の枝という細いものが左右に揺れているのを見て、猫はいったいどういう行動に出るのだろうか。当然、逃げるはずがない。やるとしたら、ただ一つである。

「うにゃ」
「ああっ!」

そう、じゃれる。
ねこじゃらしに攻撃を加えると同じ要領で、猫はライの枝に前足を突き出した。
そして見事に猫パンチは枝にヒット、枝を吹き飛ばした。

「ああ……」

飛んでいった枝を見詰めるライの瞳は見開かれ、小刻みに揺れている。
あっけなく中程で折れてしまったそれは、今は力なく地面の上に転がっている。

「にゃー」
「うっ」

猫は「もう終わり?」とでも言わんばかりにライを見詰めている。
つぶらなその瞳も彼女ライにとっては獲物を前に舌なめずりするライオンやヒョウのそれにしか見えず、気づかないうちに一歩二歩と後退りしてしまう。
そして、開いた距離を猫が縮めようと一歩踏み出した瞬間だった。

「うわーん!!」

猫に背中を向けて、全速力で逃げ出した。
尻尾を巻いて、という表現が見事に当てはまる逃げっぷりで、小さい体に似合わず驚異的な速度で飛ぶように走る。

「にゃー」
「追ってくるなー!!」

しかし去るものを追うのもこれまた猫の習性。ライのすぐ後ろぴったりをくっついて猫が追いかけてくる。

「くるなって言ってるだろー!!」
「うにゃー!」

零れそうになる涙を堪えながらライは足を動かし続ける。
捕まらないようにじぐざぐに走ったり急カーブしてみたり、振り切ろうと色々頑張るが俊敏さで猫が遅れをとることなど滅多になく、ぴったりと背後についてきている。

「にゃー!」
「それにここどこだよー!!」

右も左もわからない中、ライはひたすら走り続けた。




「あれ?」

今日は講義がないために庭に面したテラスでのんびりとお茶を飲んでいた忍は、一瞬木々の間に小さな人影が見えた気がして、紅茶を傾ける手を止めた。

「忍お嬢様? いかがなさいましたか?」
「あーいや、うちの庭にコロボックルなんか住んでたっけかなー、って」
「はい?」
「あー、いや、うん。ノエル、虫取り網と虫かご用意してくれない?」
「は、はぁ、了解しました……」
「早くお願いね!」

もう一度目をこらしてその周辺を見てみたが、人影はおろかなにも怪しいものはなかった。
しかし、それでも忍は自分のみ間違いとは思わない。夜の一族の視力に相当自信があるということもあるが、いわゆる科学者勘(女の、ではない)も本物だと訴えているのだ。
――これは捕まえるしかないでしょう!
最近感じることのなかったわくわく感に、忍は口元に笑みをたたえた。




「ね、フェイトちゃん? ……フェイトちゃん?」
「はぁ……」
「あー、あかん。なにやら自分だけの世界に突入しとる」

五時間目が終わった休み時間。友人の話も耳に入らないほどにフェイトは心配に悩まされていた。
――ライって小さくて可愛いし、変な人に目をつけられたりしてないかなぁ。




一瞬背筋に悪寒が走ったが、逃走中の身であるライはそんなことを気にしていられない。

「にゃーご」
「いい加減しつこいんだよー!」

いつの間にか足元は土ではなく石畳になっているが、息も絶え絶えに走る彼女は気づいておらず、障害物があまりなくなっていることのほうが問題であった。
今はまだなんとか逃げ切れているが、それもいつまで持つかはわからない。ライの息もうあがっているし、肺も悲鳴をあげている。
――な、なにか! なにか……あれだぁ!!
とにかく手を振り足を前へ動かしながら、周囲を見回すと、救世主(ライ視点)が目に入った。
それはここ月村邸の正門。金属製のいかにも名家といった具合の巨大門だ。またもや金持ちのステータスとばかりに複雑な意匠が凝らされているが、それにはライ一人であれば抜け出せそうな隙間がところどころに空いている。

「やるしかない!」

思いついたら一目散。もし抜けられなかったら、など微塵も考えずにライは門めがけて走っていく。

「君から逃げてボクは飛ぶ! とうっ!!」

近くに寄ると、一番大きいと思われる隙間に向かってダイブする。
目にも鮮やかな青色のツインテールがたなびき、まるでプールに飛び込むかのような姿勢のまま、その体は綺麗に隙間を抜けていく。

「くぅっ!」

そしてそのままごろごろと地面を転がる。
無事に門を通り抜けられたことにほっと息をつくこともなく、ライは立ち上がると背後を振り返る。

「……ほっ」
「にゃー……」

ライほど小柄ではない猫は門の隙間を通り抜けられなかったらしく、切なげに門の内側で鳴いていた。相当ライが名残惜しいのかがりがりと門を引っ掻いている。
暫くライをじっと見詰め続けていた猫だったが、気持ち尻尾をしょげさえながら門の前から去っていった。

「た、助かった……」

身を圧していた危機感が抜けたとたんに脱力感に全身が包まれ、地面にへたり込んでしまう。
乱れた息が整ってくると、ほっと一息をつき、のそのそと立ち上がった。

「とりあえず、帰らないと」

ライ自身なぜこんなことになったのか不思議だが、本来は家で留守番をしていたはずなのだ。約束を破ってしまっているという罪悪感だけでなく、家にいないのがバレないうちに戻らないと怒られるという不安もあって、気が急く。
額に手を当てて、きょろきょろと周囲を見回す。
門の方向は、嫌なことが思い出されるしもう行く気もないので背中を向けた。
右。まっすぐな道で、右側には塀が聳え立っている。
左。右の時と風景に違いがない。
正面。これまた塀。

「……ここ、どこだ?」

ぽつりと呟いたつもりの声は、ライの思った以上に大きかった。
さっとライの表情から色が消える。
そもそも地球の一般人にしてみれば存在自体がギャグにしか思えないライはほとんど家から出ていない。外出する時だってたいていがフェイトの頭の上に乗っていただけで道を気にしていない。なので海鳴市のおおまかな概要すら覚えていない。
それなのに、ここ月村邸があるのは海鳴市ではなく隆宮市である。なおさらライにはわかるはずはなかった。
冷や汗を流しながら何度も周囲を見回すが焦りがつのるばかり。
――ど、どどどどうしよう!!
動揺と混乱で頭の中はぐちゃぐちゃになる。だから、背後で門が音もなく開いたことに気づかない。

「っ!」
「とったどー!!」

ばさっとなにかが音を立てて自分に被さってきて視界が白くぼやけたと思ったら次の瞬間には救い上げられたような浮遊感。同時になにやら女性の歓喜の声が聞こえた。

「きゃー! みてみてノエルこの手のひらサイズの人間! ツチノコなんて目じゃないわ!!」
「まさか、本当に小人がいるとは……」

ライを虫取り網でゲットした張本人である忍がぴょんぴょんと跳ねる度に、網の中のライも上下運動。未だになにが起きたかわかっていないライは頭が下で足が上になっているのも気にせず呆然としている。

「あ、それよりノエル虫かご出して」
「はい」

ノエルが両手で持った虫かごに、網をさかさまにしてライを放り込む。
ころり、と抵抗もなくどこか懐かしい感じのする虫かごの内部に入ったライは、天井の蓋が閉められる音によりはっと正気に戻る。

「いきなりなにするんだよバカー!!」
「いやーん、なになに日本語を喋れるのこの子!?」
「喋れるよバカ! といより出せよ!!」
「それにこっちの言葉も理解できてるじゃない! こんなサイズだと脳の容積は人間どころか猿にも遠く及ばないはずなのにこの知能、不思議だわ!!」
「ボクは帰るとこなんだよ!」
「よく見れば服も凄い精巧ってことは小人の文明や科学もかなりのレベルってことになるのかしら……?」
「ボクの話を聞けー!!」

プラスチックの壁をがんがん叩いて自己主張するライだが、一度マッドサイエンティストのスイッチが入った忍の耳には一切合財が入らない。
ノエルからひったくった虫かごに顔を一杯に近づけ、じろじろと無遠慮にライを見詰め続けながら考察を垂れ流す姿は、横にいるノエルがちょっと引く程だった。

「あーもう色々実験とか調査したいことが一杯ありすぎて、忍ちゃん困っちゃう!!」
「な、なんなんだよおまえはー」
「最初はなにしようかしら……」
「うっ」

まっすぐに忍の目がライの瞳を捉える。忍の目の底では、肌がぞわりと粟立つような気味の悪いなにかがぐるぐると渦巻いていて、ライは知らず知らずのうちに後ずさる。

「仮定ではあるけど、人間を完全に小型化したと見てよければ、ラットなんかより余程新薬とかの実験には最適よねぇ……」
「ひっ!」

背中に感じる固い衝撃に振り向くと、既にライは虫かごの中の端に追い詰められていた。
鼻の奥につんとしたものがきた。

「でも、人間としてみたらまだ子どもみたいだし……もしかしてもっと成長するのかしら!!」
「あうううう」

美人の証であろう赤い唇も、不気味に薄く笑う今の状況では、ライに恐怖しか与えない。
逃げ道もなく、ライはへなへなと座り込んしまう。
先ほどからカラスだ猫だと連続で襲われていっぱいいっぱいだったというのに最後はこれである。もうライの頭の中は疑問と混乱と恐怖でぐちゃぐちゃになっている。
もうなにがなんだかわからなくて、今まで強がって見せていたけどやっぱり怖いし、帰りたくてしかたがない。

「う……ひっく」

だから、一度零れてしまうと止められなかった。

「ふぇ……うう……」

後から後から熱いものが出てきて止まらない。

「うわああああああん!!」

火がついたように突然始まった号泣に、自分の世界に入っていた忍もびくりと身を震わせ目に正気の色を取り戻す。
一歩引いて見ていたノエルも恐る恐る覗き込む。

「なんなんだよー! ボクなにもしてないだろー!!」

涙を流しわんわんとわめくライに、忍もおろおろとし始める。
元々小さくいけれど子どもの

「ね、ねえノエルどうしようねえ!?」
「そ、それは……」
「ボク家に帰るー!! 帰してよー!!」

忍にすがられたノエルもとっさにはいい対処が思い浮かばず言いよどむ。間違えて「忍お嬢様の自業自得では」などと言いそうにはなったが。

「うう、ひっく……」

困った二人はなす術もなく、泣き続けるライを見詰める。
と、ここでノエルがあることに気づいた。

「あの、忍お嬢様……」
「どうしたのノエルなにかいい案がっ!?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」

さすがノエル頼りになる、といった様子に輝く忍の瞳に、申し訳なさを感じながら、ノエルは思ったことを口にする。

「すずかお嬢様のご友人の、フェイトお嬢様によく似ている、というよりそっくりな気が……」
「え……?」

言われて、忍のまじまじと小人を見る。
フェイトと言えば、最近できたすずかの友人の一人で、転校生は魔法少女ってなんじゃそのベタな展開は、と正体を明かされた時に驚いたのでよく印象に残っている。地球で言えばヨーロッパ系の白く澄んだ肌を持ち、なにより細く二つおさげにした美麗なブロンドが可愛らしかったなぁと忍の心に思い出された。
目の前の小人と記憶の少女を重ねてみる。
こちらの小人の髪は青色だけれど、確かにフェイトと同じツインテールだし、なにより顔の造詣もコピーしたのではと疑いたくなるほどにそっくりだ。

「…………」

フェイトと魔法という二つの単語が忍の脳内でドッキングして、嫌な汗が首筋をつたった。




放課後、多くの少年少女たちが三々五々帰路につく中、五人の少女らも一団となって歩いていた。

「フェイト、あんた今日はなんかずーっと心ここにあらずって感じだけど、どうかしたの?」

金髪の勝気そうな少女が、一人集団から遅れかけていたフェイトに声をかける。

「え? なにアリサ?」

いつの間にかつま先を見詰めていたフェイトは、はっと顔をあげるが、待っていたのは四人の友人たちの呆れたような表情。

「はぁ……」
「あはは……」
「こりゃ重症やわ」
「アリサちゃん、抑えて」
「え? え?」

状況がわからず混乱しているフェイトに、やれやれといった様子でアリサが説明をする。

「あんたねー、授業中も窓の外見ながらため息ついたりしてたけど、なんか悩みでもあるの?」
「あ、うん。あのね?」
「うんうん」

表面にはおせっかいな友人としての表情を貼り付けているが、アリサの内心では、このパターンはすわ恋の悩みか、とわくわくしている。

「ライが、家で一人でお留守番してて……」
「…………ごめん、もう一回言ってくれる?」
「うん、ライが一人でお留守番してるから心配で……」
「ちぇすとぉー!」
「あうっ!」

びしっ! とアリサの手刀がフェイトの額に入る。

「あんたねー! そんなことであんなに悩んでたわけ!?」

叩かれたところをさすっていたフェイとだったが、アリサの言葉にむっとして反論する。

「そんなことなんかじゃないよ! ライは小さいんだよ? なにがあるかわからないんだよ!?」
「だぁー! 幼稚園児じゃないんだから大丈夫でしょうがそれくらい!」
「いや、ある意味幼稚園児並な気がせんこともないんやけど……」

はやての呟きは、アリサには届かなかったもののすずかとなのはの苦笑を誘った。

「というより私のわくわくを返しなさい!」
「にゃー、アリサちゃん本音……」

びっとフェイトの鼻先に指をつきつけるアリサになのはが突っ込みを入れる。
そんながやがやと賑やかな帰り道、友だちとの笑いの輪の中にありながら、すずかは前方から来る車に気づいた。

「あ、お姉ちゃん」

その呟きに全員がすずかの視線の先を見ると、なるほどそこには窓からこちらへ身を乗り出して手を振っている忍の姿があった。

「いやー、よかったよかった見つかった」

五人の横まで来ると車は止まり、すずかたちも足を止めた。

「お姉ちゃんどうしたの?」
「あー、うん。ちょっとフェイトちゃんに用事があって……」
「フェイトちゃん?」
「私、ですか?」

困ったような笑みを浮かべながら頬をかく忍が出したのは予想外な人物の名前であり、五人が五人とも首を捻った。

「ま、まーとりあえずフェイトちゃんこっちに」
「はぁ……」

なにかごまかすように場を取り繕ってから、ちょいちょいと手招きする忍を変だなぁと思いながらも、フェイトは車に近寄る。

「えっと、ね? そのー、あれなんだけど、さ」

フェイトを見ては視線を逸らすというのを何度か繰り返した後、意を決した様子で忍はまっすぐ彼女を見据える。

「そのー、この子をご存知でしょうか?」

そーっと忍が車の中から出したのは虫かご。
その隅っこには体育座りをして、膝に顔をうずめているライがいた。
――え? なんで?
家で留守番をしているはずの、本来いないはずの存在にフェイトの頭は一瞬ストップするが、すぐに再起動。

「ライっ!!?」

かっと目を見開き、忍から虫かごごとひったくる。

「ど、どうしてこんなところにいるの!?」
「ふぇい、と……?」

捨てるように蓋をこじあけてライを手に乗せてやると、ようやく気づいたのかライがフェイトの顔を見上げる。
最初はぼーっとしていたライだが、目の前にいるのがフェイトだとわかるや否や段々と涙を目の端に浮かべていく。

「うわーん、ふぇいとー!!」
「おっととと。どうしたの、ライ?」
「怖かったんだよー!!」

胸に飛び込んできたライを受け止め、あやすようにその背中を叩いてやりながらフェイトは事情を聞く。

「うー、あいつがボクを捕まえて、実験体にしてやるーとか言ったんだよー!!」

顔をフェイトの胸にうずめたまま、背中の方向へ指をさす。

「あ、あははー……」

その先にいるのは忍。
視線がそこに集まり、アリサ、すずか、はやて、なのはの目がすっと細くなる。。

「忍さん……」
「お姉ちゃん……」
「友人の姉は犯罪者やったんか……」
「義理の姉みたいに思ってたのに……」
「ちょ、ちょっとまってみんな! ほら、フェイトちゃんはまだ落ち着いてるでしょ!」

いたいけな四人の少女に冷めた視線を向けられ慌てた忍は、なぜか俯き目が窺えないフェイトを示して彼女らを宥めようとする。

「…………バルディッシュ」
「Yes, sir.」

小さな呟きが響いた。
黄金の光に包まれたかと思うと、そこに立つフェイトはバリアジャケットを身にまとい、左手でライを支え、右手でバルディッシュを握っていた。

「フェイトちゃんここ街中!」
「大丈夫だよなのは、結界も発動したから……」
「あ、ほんまや」

はやてが周囲を見回すと確かにこの場には聖祥の五人組と忍以外いなくなっており、感覚も結果内であると教えてきた。

「ライ」
「……うん」
「「ユニゾン・イン」」

再びフェイトが光につつまれる。今度はライが消え、その代わりフェイトのリボンの色が青く代わり、ツインテールの先が墨汁に付けたかのように深い黒に変わった。
垂れた前髪のせいで周囲からは目が見えないフェイトは、ゆっくりとバルディッシュを正眼に構える。

「どうしちゃったんですか、忍さん」
「え、あ、その……」
「ライは、前はちょっと悪いことしましたけど、今はとってもいい子なんですよ? それなのに、こんなことするんですか?」
「その、これには深いわけがあってー……」

いつもの彼女からは想像できないほど淡々と語るフェイトの姿に、否が応でも忍の中の危険察知アラームが鳴り響く。

「フェイトちゃんちょっと止まっ……バインド!?」

慌てて二人の間に入ろうとしたなのはだったが、その四肢は即座に金色のバインドに拘束されてしまう。

「なのはは、そこでちょっと待っててくれるかな?」
「フェイトちゃん、だめだよ!!」
「……ごめんね」

言うなりフェイトは残りの三人に振り返り、ぽつりと言った。

「巻き込みたくないから、みんなもそこから動かないでね?」

いいよね、と前髪の影から右目だけ覗かせたフェイトに、三人が三人ともぶんぶんと頭を上下に振る。
それを確認したフェイトは、ゆらりと幽鬼のように忍に向き直る。

「あ、あのー……」
「バルディッシュ、プログラムオーバードライブ……」
「Yes, sir. Zamber form.」

バルディッシュのリボルバーが回転し、同時にカートリッジが二つ排出される。同時に、バルディッシュは斧のようであったその姿を変えていく。

「ザンバーコネクト……」

天に向けて掲げたバルディッシュは黄金の刃を持つ一振りの巨大な剣となり顕現する。フェイトの身からあふれ出す怒りのオーラと共に

「あ、あの、フェイトちゃん? ちょっとだけでも話を聞いてくれると忍さん嬉しいんだけど――」
「問答無用! ザンバーヘル!!」
「ちょっ!!」

両手を突き出し、どうにか話に持っていこうとする忍だったが、まさに言葉の通り話を聞くこともせずまっすぐにバルディッシュを振り下ろす。
しかし、そこは夜の一族として人間より圧倒的な身体能力を誇る忍であり、ギリギリのところでフェイトの一撃を避け、ひしゃげた車から脱出する。

「……ちっ」
「今、舌打ちしたよねっ? キャラ違うよねっ!?」
「ザンバーヘヴン!!」

獲物が逃げた先に、飛行魔法を使って即座に追いついたフェイトが横なぎに払うが、忍はジャンプすることで避けた。
しかし、この選択が誤りとなった。
下へと引っ張ってくる重力を感じる空中。いくら夜の一族であり超人的能力を持つ忍でも、フェイトたちのように空は飛べない。つい反射的に避けはしたけれど、それは身動きできない空間に無防備な体を晒すということになるのだ。

「あ……」

最後に忍が見たのは、フェイトの赤い瞳。
睨むように細められた両目はすっかり据わっており、怒りの炎が燃えていた。
忍にはまるでスローモーションのように、振りぬいた得物を再び構えるフェイトが見えた。

「光に、なれえええええええええええ!!!」

この日、月村忍は星になった。




『後書き』
今回は雷刃の襲撃者ことライのお話でした。名前は捻りがないけど色々なところで浸透度も高いのでこのままで。
なんとなく条件反射的にライっていじめたくなって、そこにとらハのマッドサイエンティストこと月村忍嬢が加わった結果こんな話に。
でも、オチでフェイトの性格を壊しすぎたかもだしホームランだし……ひどい。もうフェイトはユニゾンしたら勇者王でいいや。

次回は星光ちゃんか統べ子のどちらか。


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