「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

2010年7月30日(金)

「絆って美しい」を疑ってみる

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 暑い日が続く。
 こう暑いと、つい極端なことを考える。
 たとえば、温暖化は最終段階に来ていて、地球はもう危ないんじゃないか、とか。
 あるいは、人類はそろそろおしまいなんではなかろうか、とか。
 要するに、そういう甘美な考えに浸らないとやっていけないわけです。
 ん? どこが甘美だと?
 いや、人類滅亡というのは、どこかうっとりさせる幻想なのですね。私にとっては。自分だけがたった一人で死ぬことと比べれば。だから、気勢が上がらない時には、なるべく自己の滅亡ではなくて、人類の滅亡を思い浮かべることにしている次第です。まあ一種の健康法、ないしは暑気払いです。巻き込まれる人類の皆さんには申し訳ない話ですが。

 暑さのせいなのか、ひどい事件が目立つ。
 児童虐待のニュースが続発していたり、鬼畜系を自称していたライターさんが読者に刺されて亡くなったり。
 もしかして本当に人類は長くないのかもしれない。
 だと良いのだが。
 なーんて鬼畜なご発言を弄するのはやめておく。偽善と偽悪はいずれも立派な態度ではないが、より有害なのは偽悪だ。酔ったふりをしている人間は、じきに本当の酔っ払いになる。というよりも、酔ったふりをしているつもりでいるその男は、既に酔っているからそんなことをしているのだと思う。用心せねばならない。

 猛暑の日々のある夜、テレビのスイッチを入れると、仮装をした大勢の大人が、汗だくで三輪車をこいでいる。
 ふらふらになった男が泣きながら走っている。
 で、それを見て、スタジオ中の人々が涙を流している。
 なるほど。
 恒例の温暖化企画だ。
「FNSの日26時間テレビ2010 超笑顔パレード絆〜爆笑!お台場合宿!!」

 「絆」というのが今年のテーマであるらしい。
 私は15分ほど眺めてテレビの電源を落とした。
 私が視聴をやめた後も、彼らは走っていたはずだ。
 私のために走っていたわけでもないんだろうから。

 絆。
 これは、21世紀の新しい流行なのであろうか。
 どちらを向いても絆だとか仲間だとか友愛だとかそういう暑苦しい話が聞こえてくる気がするのは、私の脳細胞が温暖化しているせいなのだろうか。
 いや、仲間が信頼し、友達が集い、朋輩が結束を確かめ親睦を深める機会を持つことは、たぶん、素晴らしいことなのだと思う。
 私自身、天涯孤独を願う者ではない。
 ただ、仲間同士がお互いの絆や友情に感動することは当然なのだとして、それを眺めることになる人間も、やはり一緒に感動せねばならないものなのだろうか。というよりも、仲間が仲間であることを、仲間以外の人間にアピールすることがエンターテインメントとして成立するはずだという判断は、いったいいつから公式化されたんだ?
 どうしてあの人たちは毎年、同じタイミングで似たような騒ぎをやらかしているんだ?

 個人的な感想を述べるなら、私は薄気味が悪かった。
 仲間が仲間を尊重するのはかまわない。あえて妨害しようとは思わない。
 でも、どうして君たちの内部的なパートナーシップをオレに向かってアピールするんだ?
 君らが泣く姿を見て、オレが泣くはずだという、そういう思い込みで番組を作ることが、どうして君たちには可能なんだ?
 その理由をぜひ教えてほしい。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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