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絶滅危惧種ニッポンジン「最後の抵抗運動」
在日支那人・朝鮮人が排外主義剥き出しの極右路線まっしぐら!
日本人こそが差別・迫害・排斥・人権蹂躙されているという現実
写真:移民暴動で燃やされ大破した自動車(フランス)
フランスではサルコジ大統領が「重大犯罪を起こした移民は国外退去! ならず者に対してはフランスを挙げた戦争」を明言した。
7月中旬、東部・グルノーブル市で移民による暴動で車数十台が燃やされるなどしたことに関するもので、同大統領は移民出身の未成年者が警察を襲撃するなど凶悪犯罪に及んだ場合はフランス国籍の剥奪や故国への強制送還を徹底する方針を表明。
実に頼もしい一国の指導者に足る強硬姿勢で、同じくならず者の外国人が我が物顔でのさばる日本でもこう在りたいものだが、その真逆であるのが現実だ。
日本の場合、在日外国人は支那人(中国人)をトップに約60万人の在日朝鮮人ら特別永住者が存在し、その数約220万人と欧米に比べて多くはないが、たかだが50〜60万人の在日朝鮮人が入管法上の特権(指紋押捺免除など)を享受し、何通りもの通名(日本人名)を駆使・悪用、選挙権や帰化簡略化を要求するに至って治安の悪化や社会混乱の元凶となっている。
北朝鮮の日本人拉致事件に加担した朝鮮総連傘下の朝鮮民族学校への助成金支出や無償化案は日本人の血税で不安要因を抱え込む最たるケースと言えるもので、懲役7年以上の重罪を起こした特別永住者はその資格を剥奪して母国へ強制送還する旨が法律で定められているが、これが履行されたことは皆無に等しい。
先ごろ総務省は日本の人口は前年より1万8千人減少したと発表したが、それでも日本の人口約1億2千万人に対して僅か220万人の外国人にここまで振り回されている。
しかし、その実態がメディアでは伝えられないし、国会でも問題にされることはない。
過日、大阪市で来日間もない支那人48人が生活保護を大量申請し、うち32人が不正に受給していた問題が明るみになったが、このほど埼玉県でも残留孤児の親族として来日した支那人3世帯が来日直後に生活保護を申請し、うち1人は「医療扶助」を悪用するなどしていたことがマスコミで報じられ、やっとこうした日本人の血税を食い物にするならず者の支那人問題が一部取り上げられ始めたところである。
支那人・朝鮮人のみならず、このように公金にタカる不逞外国人の不正受給は全国的に無数にあると思われ、今後、徹底追及する必要があろう。
残留孤児の精査なき入国と帰化の容認、その親族の大量入国や生活保護の安易な支給に特に顕著に見られるが、外国人の不逞な行ないに手を貸しているのは他ならぬ「日本の行政」である。
国の玄関口を守る法務省そのものが明らかに不正な手段(偽装国際結婚や国際結婚詐欺)で在留ビザを取得したことを把握していながら、不逞外国人に対してさえガイドラインに沿った(素行不良なケースに対する)ビザ停止・剥奪などの措置を行なわない。
警察への襲撃に関して言えば、警察官の発砲を受けて死亡した支那人あるいは朝鮮人凶悪犯の遺族が自治体を相手取った民事賠償請求訴訟を起こすケースが東京はじめ神奈川、栃木、奈良など全国規模で続出するなど、何から何までフランスとは正反対なのである。
私どものブログでは春先以降、「排外主義」を提唱しているが、今や日本人に対する排外主義を剥き出しにした支那人・朝鮮人こそが極右路線まっしぐらに日本人に対して差別・迫害・排斥・蹂躙しにかかっている。
2年前の北京五輪開催に際しての長野・聖火リレーでは支那人が留学生から人民解放軍関係者、マフィアと思しき者まで一体となって五星紅旗を掲げて暴乱の限りを尽くしたが、自らに反する日本人は許さんと言わんばかりの排他性を前述のように、「多文化共生」だの「国際交流」だの、「人権尊重」の名の下に日本国政府が看過・推進しているのだ。
これでは日本社会が排外主義になる前に、在日支那・朝鮮人の排外主義によって駆逐されてしまうだろう。
フランスよろしく極右政権・極右政党・極右政治家の台頭など望むべくもなく、日本はまだその前のさらに前の段階で足踏みを続けているに過ぎない。
人気大河ドラマ『龍馬伝』では主人公・福山雅治演じる坂本龍馬の「世の中の仕組みを変える」という言葉が最もストレートで分かりやすく伝えられるのだろうが、現在の日本もまた「これまでの世の中の仕組み」ではあらゆる状況に対応し切れず、既に限界を超えて破綻をきたしている。
かつては幕藩体制から廃藩置県による近代国家の建設が急務とされ、後にそれを達成して朝鮮半島や支那大陸にまで出張るチカラを持つことで日本は欧米列強による植民地化の危機を脱したが、今や危機は支那・朝鮮なる「反日全体主義国家」に取って代わられており、これら侵略性剥き出しの国々・民族性と向き合うにはまた日本も相応の仕組みを創り上げるしかない。
当の支那もかつて外国軍と租界地の侵出を許し、その後、排外主義に転じて現在のように世界各地に侵出するチカラを持つに至った経緯から、私たち日本人も外国に土足で踏み込まれ蹂躙された時代の支那人がどのように立ち振る舞ったのかを倣う必要があろう。
一般家庭の主婦から青少年にまで麻薬汚染が広がった現在の日本こそはかつての大国意識に取り憑かれながら見るも無惨な清朝末期であり、現在の日本は幕末の日本ほど勇猛でも高尚でもないし、現在の欧米各国にも程遠い。
周辺国との「対話」が重要とする価値基準は古い仕組みの一部であり、「共生」だの「人権」だのといった観点から遂行される入国管理もまた古い仕組みの一部で、これを「安全保障」という観点から遂行する仕組みに変えない限り、日本人にとって真の安全は構築されない。
ほんの一握りにも満たない在日外国人によって日本が併呑されているなど、大多数の日本人にとってはまったく実感のない話だが、誰しも自宅周辺や会社・学校の付近で支那人の激増ぶりを肌身で感付いているはずである。
古い世の中の仕組みのままでは、これが同じ日本人がいることのほうが珍しくなる状況はもう到来しているし、それがより加速する一方なのである。
古い仕組みに囚われた日本人は日本人でなくなっているし、日本人が日本人で在り続けるために新たな世の中の仕組みを欲する人たちと戦いを遂行していきたい。
例えるなら−
「戦後議会主義」と外国人参政権法案や人権侵害救済法案などの「日本解体法案」、
「戦後議会主義」と「外国人労働者・移民受け入れ拡大」による日本人の失業激増、
これらは言わばワンセットであり、この古い仕組みという根本(こんぽん)を正さずして懸案事項が消え去るはずがない。
世の中の仕組みを変えることは勿論だが、その「手段」を選べるほど日本に残されたチカラは少ないし小さいし、むしろ無に等しいのである。
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