エネルギー・ハーベスティング(環境発電)とは違って、一次電池の一種ですが、同じような用途への活用が想定されています。
この原子力電池の、燃料にあたるものは、トリチウム(三重水素)です。
トリチウムの原子核は、陽子ひとつと中性子ふたつからできています。トリチウムは、「ベータ崩壊」を起こして電子を放出し、ヘリウム3(原子核は、陽子ふたつと中性子ひとつからできています)へと変化します。
この「ベータ崩壊」の半減期は、12.3年です。トリチウムの原子は、一定の確率でベータ崩壊を起こして徐々にヘリウム3に変わっていきますが、その速度は、12.3年毎に、半分になるというペースです。このペースでベータ崩壊は進むので、24.6年後には、トリチウムの量は4分の1になって、4分の3はヘリウム3に変わっています。
トリチウムを燃料に使うメリットは、幾つかあります。
まず、安全なことがあります。トリチウムのベータ崩壊で出てくる電子は、その運動エネルギーが5.69eVです。eV(エレクトロンボルト)というのはエネルギーの単位で、大体、近紫外線の持っているエネルギーと同じくらいです。皮膚を貫通するほどのエネルギーはなく、紙1枚でも防げるため、紫外線よりも安全、ともいえます。
それから、この電子を受けて発電するのに使うSiCのバンドギャップ(3eVぐらい)に近いので、発電効率が高くなります。あまり強いエネルギーをもっている電子だと、回収できるエネルギーの割合は下がるし、結晶構造を破壊したりするし、いいことがありません。
多孔質のSiC電極の中にトリチウム(やその化合物)を吸着させれば、360度どの方向にでてもエネルギーを吸収できます。
過酷な環境でも安定した発電量が期待されることもメリットです。
Widetronixの原子力電池は、マイナス65℃から150℃まで使えるとのことですが、
ベータ崩壊自体は外部環境には全く依存しないので、デバイスの作りを工夫すれば、
もっと極端な環境でも使えるようにできるはずです。
それから、トリチウムは、重水を生産する原子炉から副産物として得られるので、コストが安いということもあります。
幾つか懸念されることもあります。
公表情報には、出力密度がはっきり書かれていませんが、どのくらいの出力密度が得られるのでしょう。デバイス内のトリチウム密度によっては、かなり出力が小さくなる可能性もあります。
まあ、必要なだけ、デバイスを大きくすれば済む話ですが。
この電池は25年使えるということですが、これは半減期の約2倍、初期燃料が4分の1になるまでです。この期間を過ぎても、すぐに使えなくなるわけではありません。
しかし、トリチウムがデバイスから漏れる可能性もあり、そうなれば寿命は短くなります。
トリチウムは、原子核の周りを電子が一個だけ回っています。トリチウムがイオン化すれば、電子がなくなり、裸の原子核になります。原子核の大きさは、原子の大きさの1万分の1なので、トリチウムイオンは非常に小さく、漏れやすくなります。
逆に、密閉すると、ベータ崩壊でできてくるヘリウム3が気体なので、徐々に内圧が高まっていきます。
デバイスの設計で回避できる問題かも知れませんが、ちょっと気になります。
(今回は、ややマニアックな内容になってしまいました。。。)
軍事用、体内埋め込み用、各種センサーネットやアクティブRFIDの電源への活用が考えられています。
参考情報:
A 25-Year Battery
Long-lived nuclear batteries powered by hydrogen isotopes are in testing for military applications.
(2009年11月17日、Technology Review)
Widetronix社ウェブサイト
Tiny Nuclear Batteries to Power Micro Devices
(2009年12月9日、Live Science)
関連記事:
リモート・ワイヤレスセンサーを25年以上稼働させるTadiranのリチウム電池 [2009/05/31 20:11]