厚生労働省が23日まとめた後期高齢者医療制度の中間見直し案は、お年寄りも現役世代と同じ医療保険に入る点がミソだ。民主党は野党時代、75歳以上を切り離した現行制度を「うば捨て山」と批判して廃止を公約した経緯があり、今回の案には「年齢差別」との批判をかわす狙いがある。しかし、同一制度内とはいえ、高齢者の医療費が別会計という要の部分は今と変わらず、廃止よりは修正に近い。「ねじれ国会」の下、想定通り13年度にスタートできる見通しもついていない。【鈴木直、山田夢留】
「国民健康保険(国保)の中での年齢区分ではないか」。23日、厚労省であった「高齢者医療制度改革会議」の冒頭、自身が75歳以上である日本高齢・退職者団体連合の阿部保吉事務局長は、国保の中で高齢者の医療費を現役世代と切り分け、財政運営を都道府県単位とする厚労省案を強く批判した。
厚労省は現役世代と同じ制度に加入し、同じ保険証が交付されることで、「年齢区分はなくなった」と説明する。
だが、高齢者の医療費を別枠とする仕組みは今と同じ。昨年11月の初会議で長妻昭厚労相が示した「6原則」では「年齢で区分するという問題を解消する」としたが、これは形の上にとどまった。現役の5倍かかる高齢者の医療費を区分しなければ、現役の負担割合が不明確なまま、重くなる旧老人保健制度の二の舞いになりかねないためだ。
別の利点として厚労省は、高齢者を現役と同じ国保に移すことで、世帯主以外の高齢者は保険料の納付義務がなくなる点を強調する。被用者保険に移る人の扶養家族は、保険料を払う必要がなくなるなど、全体的に負担減につながる、という。
ただ、高齢者の負担緩和は、現役世代の負担増に直結する。現行制度で打ち出した「高齢者の応分の負担」という考え方は後退し、「団塊の世代が75歳以上となる15年先まで持つだろうか」(厚労省幹部)との懸念を残した。
一方、「6原則」のもう一つの柱で、民主党がマニフェストに掲げた「地域保険としての一元的運用」についてはさらにあいまいだ。
国保に関しては将来全年齢で都道府県単位で運営する方向性を示したが、被用者保険とどう融合するかには触れていない。「健保組合廃止につながる」(三上裕司・日本医師会常任理事)可能性があり、健保の猛反発を受けかねないからだ。
政府・民主党は新制度について、来年の通常国会で関連法案を成立させ、13年度から始める意向だが、参院で与党が過半数を大きく割り込む現状では実現のめどが立たない。そこで政府があてにするのは公明党だ。「公明党支持者には現行制度に反対の声が強い」(厚労省幹部)とみて、医療費の自己負担の上限を定めた高額療養費制度の限度額引き下げなど、同党が望む案とセットにして成立をもくろむ。
それでも、民主党の現行制度への痛烈な批判が政権交代の一因となっただけに、公明党がすんなり応じる気配はない。見直し案を「今と大して違わない」とみなす野党は、「わざわざ変えるなんてばかばかしくて付き合いきれない」(自民党幹部)と冷ややかだ。
仮に来年法案が成立しても、制度スタートの13年度までは2年に満たない。現行制度は、導入時に保険料の誤徴収や保険証の未着などが続出した。システム変更など膨大な作業を迫られる市町村側からは「準備期間をしっかり確保してほしい」(藤原忠彦・全国町村会長)との声が上がる。
「負担能力に応じた支え合いにすべきだ」。今回の見直し案は、現役世代が受け持つ高齢者医療費をそう記している。明記は避けたものの、厚労省の意図は、健康保険組合などの負担を給与総額が高い企業ほど重くする「総報酬割」導入にある。
現在、健保は基本的に加入者数の多い企業ほど高齢者医療費をたくさん払っている。だが、経営が苦しく、給与を抑えている企業でも、社員が多ければ多額の支払いを求められる。その点、新制度では大企業中心の健保組合でも給与総額が高い6割の組合は拠出が増える半面、所得の低い健保や、中小企業中心の全国健康保険協会(協会けんぽ)の負担は軽くなる。
新制度を導入すれば、健保全体の負担は今の約1兆5000億円から1400億円程度増えるという。ただ、大企業でも財政力が弱い4割の健保は拠出額が減るため、高齢者医療費の負担増には強く抵抗してきた健康保険組合連合会(健保連、1459組合)も、従来通り反対で足並みをそろえるのは難しいと厚労省は踏んでいる。
毎日新聞 2010年7月24日 東京朝刊