Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
中国の明代の『菜根譚(さいこんたん)』は語録風の随筆で、本国よりむしろ日本でよく読まれた。その中に「衣冠(いかん)の盗(とう)」という言葉が出てくる。衣冠とは官職につく者をさしていて、平たく言えば「給料泥棒」の意味である▼難関で鳴る科挙に晴れて受かり、あとは役得にどっぷり漬かる者が多かったのかもしれない。失礼ながら、この話を、国会議員の「月割り歳費」の問題で思い出した。先の参院選で当選した新議員は7月の在任が6日しかない。なのに満額の230万円が支払われる▼お手盛りの大盤振る舞いと見られても仕方あるまい。去年の衆院選では8月30日に当選した議員が、たった2日で全額もらった。批判がわいたが、足元を清める動きは鈍く、政権交代の熱にかき消えた。そして今回、またぞろである▼浮世離れした厚遇は新議員を勘違いさせかねない。だが結局、この国会では「日割り」への法改正とはいかず、自主返納という形を整えるそうだ。かえって気の毒ではないか。同期当選の仲間をうかがいつつ、踏み絵を踏まされるような気分だろう▼仙谷官房長官がこのあいだ「引き下げデモクラシー」なる言葉を使っていた。恵まれた立場の人を引きずり下ろして留飲を下げる、低級な民主主義のことだ。むやみなバッシングは不毛だが、この問題への批判はしごく真っ当な庶民感覚だろう▼『菜根譚』は、給料泥棒たる「衣冠の盗」を「民衆を思い愛さない者」と定義している。きょう初登院する新人は55人。その本来の意味で、ドロボーとは無縁であってほしいと願う。