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「ハーメルンの笛吹き男」はグリム童話で知られる中世ドイツの伝説である。不思議な男の吹く笛に、大勢の子らが吸い寄せられるようについて行き、そのまま消えてしまった。実際に起きた話だという説もある▼先日の小紙で、霊長類学者の河合雅雄さんが、この伝説をたとえに引いていた。かつて野山で遊び回っていた子どもの姿が、笛に連れ去られたように消えてしまったと。現代の「笛」は電波だという。魔法の波が子どもを誘惑し、室内に閉じこめたと河合さんは憂える▼昨今はテレビにゲームも加わっての二重奏だ。放課後に遊ぶ姿さえあまりに少ない。実際にどんどん体を動かさなくなっているそうだ。ついには東京都教委が、小、中、高校生は毎日1万5千歩以上歩く目標を掲げることにした。まずはモデル校に歩数計を配るという▼メタボ対策さながらだが、状況は笑えない。たとえば小学生の1日の歩数は、1979年の全国調査では平均2万7千歩だった。それが07年には1万3千歩に半減していた。足腰は体力の基本というから心配になる▼10代の頃の体力は長寿に結びつく可能性が高いという研究結果もある。子ども時代の遊びや運動は生命力に磨きをかける、ということだろう。つまり生涯の財産になる▼体力だけではない。「遊びは人を強くする精神的沐浴(もくよく)」とドイツの教育者だったフレーベルは言った。だが現代の「笛」たるゲームなどが、そうした遊びかどうかは疑問符がつく。笛の音にいっぺん耳をふさいでみる。そんな夏休みであってもいい。