池田信夫 blog

Part 2

人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか内閣府官房審議官に起用されることになった水野和夫氏の代表作(2007年)。小野理論や神野理論とはまったく違う、ウォーラーステインの歴史理論にもとづいて超長期のグローバルな視野から日本経済を見るものだ。

現代日本の直面する問題は、17世紀以来の「長い近代」が終わり、主権国家にもとづく近代世界システムが終焉を迎えていることにある。特に新興国が低賃金によって先進国の製造業を駆逐し、それによる過剰貯蓄をアメリカが吸収して集中的に運用するグローバル不均衡が、世界経済の不安定要因だ――という本書の指摘は、2008年の金融危機によって実証された。

「デフレ」といわれているのも、本質的にはこうしたグローバル化による相対価格の変化である。サービスの価格が上がる一方、工業製品の価格は大きく低下しており、90年代以降、世界的にdisinflationが続いている。新興国の貯蓄過剰によって長期金利も世界的に低下し、国際資本移動が大きくなったため、今や金融市場に国境はない。だから中央銀行が通貨を過剰に供給して景気を刺激しようとするのはナンセンスで、余ったマネーは他国に流出して資産バブルを引き起こす――これも日銀の量的緩和がアメリカの住宅バブルを引き起こしたことで裏づけられた。

日本は、近代化の局面を終えて「新しい中世」圏に入ったので、かつてのような高度成長を再現することはできない。いつまでも近代の「ものづくり」パラダイムにこだわっていることが産業構造の転換を遅らせ、潜在成長率を低下させている。いま必要なのは、労働生産性の高い製造業の生産性を上げることではなく、生産性の低いサービス業の生産性を上げることだ。特に流通、運輸・通信、金融業で「生産性革命」が必要だ。

――と要約すると、多くの経済学者の考え方とそれほど変わらないが、こうした歴史観を多くのデータで実証しているのが特徴だ。日本が直面している本質的な問題は、グローバル化や潜在成長率の低下などの長期の問題であり、簡単に是正することはできない。必要なのは、日銀の金融政策や「強い社会保障」で問題が一挙に解決するなどという「うまい話」はないという事実を、まず政府が認識することだ。それだけでも、水野氏が政権に入る意味はあろう。

トラックバックURL

コメント一覧

  1. 1.

    >それだけでも、水野氏が政権に入る意味はあろう。

    なんかちょっと水野氏に期待してしまいますね。

  2. 2.

    >近代の「ものづくり」パラダイム
    ですが、そこに住んでいる人間がようやくチョンマゲ切った程度の人間では、いまだ「ものづくり」のパラダイムに乗らないと失業者となり、生活保護が主な収入源みたいな北九州や筑豊のような町になってしまう。
    地方分権なんてぬるいことを言わず、東京と地方の通貨の分断がなければ地方は永久に東京にタカり続け、自立できず救われることは無いでしょう。

    >生産性革命
    地方格差に気づくことなく第2、第3の小泉改革を行っていると、いつか都市文明を呪ってプノンペンをゴーストタウンにしたクメールルージュのような事態は否定できません。twitterで武力の無い日本では革命は起こせないみたいなことを書かれてましたが、任期制の自衛隊員の再就職率が近年悪くなってるそうです。(国家公務員の天下り規制も見え隠れしてますし)中国のように弾圧を徹底するか、チェコスロバキアのように切り離すかせずに、全国統一の生産性革命を起こせば、きっと・・・

  3. 3.
    • katrina1015
    • 2010年07月31日 00:29

    なるほど、日本は特に産業構造を変える必要はないと
    読めますね。日本のバブル崩壊を第2の敗戦と言った人がいたかどうか。。。金融大量破壊兵器とも。
    流通、運輸・通信、金融業ときいてピンときませんが
    ゆうパックwかと。もっとましな「ものずくり」が必要ですね。i~Pad とか kindleてなんなんだろうと。
    ものづくりの貧困?経済学の先生は金融最終兵器つくるあるよ。

  4. 4.

    日本版オランダ病
    オランダ病、天然ガスでの輸出超過でギルダー(当時のオランダ通貨)レートが上昇して国内製造業が廃れ不景気になった
    日本は輸出優遇策や人件費下げての輸出超過で円レートが上昇して国内製造業が廃れ不景気になった
    経済学の教科書に載せても良いですね。

  5. 5.

    「デフレを容認する者は社会主義者だ」というリフレ派の水野批判の言説は全く呆れ返ります。
    水野氏はウォーラーステインの世界システム論を援用して、「なる論」=歴史を語っているのに対し、リフレ派は「べき論」で批判しようとしている。彼等には歴史認識というものが一欠片もない。
    社会はトンデモ経済学派の実験場ではない。

  6. 6.
    • tkhs5
    • 2010年07月31日 14:12

    論理的には、中銀の金融緩和が海外バブルを形成したとしても、それが円安経路を通して景気刺激効果があるのであれば、ナンセンス(無意味=無効)とは言えないでしょう。

    問題は、過剰な緩和政策(なにをもって現時点で過剰と判断できるかも難しい)が長期的にインフレを促進し、結果的に、より日本国民の生活水準を低下させる(or向上を妨げる)かどうかですね。

    個人的には、法人税減税、急激な労働&産業規制緩和のみでは、政治的に成立しないので、多少、長期的な弊害があっても、日銀の緩和政策、最低賃金規制、などを併用して、のろのろとやっていく以外選択肢はないように推測します。


    >金融市場に国境はない。だから中央銀行が通貨を過剰に供給して景気を刺激しようとするのはナンセンスで、余ったマネーは他国に流出して資産バブルを引き起こす――これも日銀の量的緩和がアメリカの住宅バブルを引き起こしたことで裏づけられた。

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。               



連絡先
記事検索
アゴラ 最新記事




メルマガ配信中


書評した本


田中角栄の昭和 (朝日新書)田中角栄の昭和
★★★★☆


Lords of Finance: 1929, The Great Depression, and the Bankers who Broke the WorldLords of Finance
★★★★☆


ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男ゲームの父・横井軍平伝
★★★☆☆


社会保障の「不都合な真実」社会保障の「不都合な真実」
★★★★☆




再分配の厚生分析再分配の厚生分析
★★★★☆




日本の税をどう見直すか (シリーズ・現代経済研究)日本の税をどう見直すか
★★★★☆
書評




人間らしさとはなにか?人間らしさとはなにか?
★★★★☆
書評




Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World EconomyFault Lines
★★★★★
書評




ドル漂流ドル漂流
★★★★☆
書評




仮面の解釈学仮面の解釈学
★★★★★
書評




これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう
★★★★☆
書評




ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書)ソーシャルブレインズ入門
★★★★☆
書評




政権交代の経済学政権交代の経済学
★★★★☆
書評




ゲーム理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ビンモア:ゲーム理論
★★★★☆
書評




丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)丸山眞男セレクション
★★★★☆
書評





〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1240)〈私〉時代のデモクラシー
★★★★☆
書評


マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)マクロ経済学
★★★★☆
書評


企業 契約 金融構造
★★★★★
書評


バーナンキは正しかったか? FRBの真相バーナンキは正しかったか?
★★★★☆
書評


競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)競争と公平感
★★★★☆
書評


フーコー 生権力と統治性フーコー 生権力と統治性
★★★★☆
書評


iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)iPad VS. キンドル
★★★★☆
書評


行動ゲーム理論入門行動ゲーム理論入門
★★★★☆
書評


行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)行動経済学
★★★★☆
書評


現代の金融入門現代の金融入門
★★★★☆
書評


ナビゲート!日本経済 (ちくま新書)ナビゲート!日本経済
★★★★☆
書評


ミクロ経済学〈2〉効率化と格差是正 (プログレッシブ経済学シリーズ)ミクロ経済学Ⅱ
★★★★☆
書評


Too Big to Fail: The Inside Story of How Wall Street and Washington Fought to Save the FinancialSystem---and ThemselvesToo Big to Fail
★★★★☆
書評


世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)世論の曲解
★★★☆☆
書評


Macroeconomics
★★★★★
書評


マネーの進化史
★★★★☆
書評


歴史入門 (中公文庫)歴史入門
★★★★☆
書評


比較歴史制度分析 (叢書〈制度を考える〉)比較歴史制度分析
★★★★★
書評


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー:〈無料〉からお金を生みだす新戦略
★★★★☆
書評


労働市場改革の経済学労働市場改革の経済学
★★★★☆
書評


「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)「亡国農政」の終焉
★★★★☆
書評


生命保険のカラクリ生命保険のカラクリ
★★★★☆
書評


チャイナ・アズ・ナンバーワン
★★★★☆
書評


ネット評判社会
★★★★☆
書評



----------------------

★★★★★



アニマル・スピリット
書評


ブラック・スワン
書評


市場の変相
書評


Against Intellectual Monopoly
書評


財投改革の経済学
書評


著作権法
書評


The Theory of Corporate FinanceThe Theory of Corporate Finance
書評



★★★★☆



つぎはぎだらけの脳と心
書評


倒壊する巨塔
書評


傲慢な援助
書評


In FED We Trust
書評


思考する言語
書評


The Venturesome Economy
書評


CIA秘録
書評


生政治の誕生
書評


Gridlock Economy
書評


禁断の市場
書評


暴走する資本主義
書評


市場リスク:暴落は必然か
書評


現代の金融政策
書評


テロと救済の原理主義
書評


秘密の国 オフショア市場
書評

QRコード
QRコード
アゴラブックス
  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • ライブドアブログ