2010年4月26日1時47分
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このところ「医療観光」という言葉をよく耳にします。治療や健康診断のため、外国に出かけることです。海外では、医療費の安さや満足できる技術を求め、患者が抵抗感なく国境を越えるようになっています。日本でも、高水準の医療を売り物に外国人を誘致する取り組みが始まっています。
■がん手術、依頼はメール
「具合は良さそうですね」。今月中旬、東京都江東区の癌(がん)研有明病院の診察室で、比企直樹医師が米ロサンゼルスから来た女性患者(59)に英語で語りかけた。女性は2年前、同病院でおなかを大きく切らずに済む早期胃がんの腹腔(ふくくう)鏡下手術を受けた。この日は半年に1度の検診の日だった。
がんと分かった後、女性は体への負担が少ない手術方法を探した。インターネットで見つけた論文で比企医師を知り、メールで手術を依頼した。これまでの数度の来日で新宿、原宿を見て回り、伊勢丹で買い物をした。鎌倉も訪れたという。今回は同行した息子(36)も胃がんの検診を受けた。
150万円程度とみられる手術代は全額自費。毎回の検診時の渡航費用もかかる。だが、女性は「比企医師や看護師たちの対応もすごくいい。術後の経過も順調で、非常に満足だ」と話す。
有明病院では同じような患者が増えている。「医療観光」の患者は2008年度が9人だったのが、09年度には22人に。患者の国際化に対応するため、昨年11月に院内に「国際医療チーム」を立ち上げ、月1回の会合を開いている。外国人患者の受け入れや治療費支払いに関する基準作りなどにあたっている。
千葉県鴨川市の「亀田メディカルセンター」でも、海外からの患者が増加し、昨年は約50人にのぼった。海外からの問い合わせのメールは、ほぼ毎日5、6通届く。
同センターは昨年8月に日本で初めて、国際病院評価機構(JCI)の認証を取得した。JCI認証は医療機関の国際的な信頼度を担保する指標の一つで、外国人の患者や国外の保険会社が病院を選ぶ際の目安になる。
現在、日本の看護師資格の取得を目指す4人のフィリピン人が働いている。今夏までには、中国人で既に資格取得済みの看護師を複数雇う予定だ。将来は13階建ての入院病棟のワンフロアを「外国人専用」とする構想もある。
亀田隆明理事長は「他病院のJCI取得にも協力していきたい。医療の国際化は、結果として医療レベルの引き上げになり、日本の国民にも喜ばれるはずだ」と語る。
■通訳・ツアー業界動く
「医療観光」の関連ビジネスも盛り上がりつつある。
大阪市北区にある通訳者・翻訳者養成学校「インタースクール」大阪校では21日、「医療通訳コース」の年間講座が始まった。生徒たちは「触診」「視診」などの医学用語の英訳を学ぶ。生徒の大曽根知美さん(37)は「きちんと医学的知識を持った通訳ができるようになりたい」と話す。
昨年から、大阪や東京など全国5校で本格的な医療通訳の講座を始め、約80人が受講した。今春からは中国語コースも設けた。
旅行業界も動く。日本旅行は昨年4月、中国の富裕層向けに、全身を一度で診る陽電子放射断層撮影(PET)検診ツアーの販売を始めた。観光とセットで費用は100万円を超すが、今年2月末までに43人が参加した。藤田観光も今春からPET検診ツアーの募集を始めた。最大手のJTBも「医療観光」を専門に手がける部署を設立した。
政府も後押しする。経済産業省は09年度まで、医療通訳や入国制度で問題がないか探る実証試験として、中国などから24人を招き、健康診断を受けてもらった。今後、成果を生かし、改善に役立てる方針だ。観光庁は6月、上海で開かれる旅行博覧会(ALTM)で、医療観光のブースを設ける予定だ。関係者たちは10年を「医療観光元年」と位置付ける。
ただ、地方を中心に医師不足による「医療崩壊」が指摘されている中、海外の富裕層患者を優先することで、国内医療にしわ寄せが行くことを心配する声もある。
「医療観光」に関する著書がある医師の真野俊樹・多摩大学教授は「現状では外国人患者が治療を求めて大挙押しかけるとは考えにくい」としながらも、「民間病院を中心にどこが担っていくかの選別と整理はきちんとすべきだ」と指摘する。(高野真吾)
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〈医療観光(メディカルツーリズム)〉 治療目的で外国に行き、滞在先で観光もする。医療といっても、がんや心臓手術などの高度医療から美容整形、健康診断まで幅広い。外国人患者の受け入れ数が世界で最も多いのはタイで、年間約140万人(2008年)。医療観光による年間収入は約1920億円に上る。政府の後押しと治療費の安さが理由だ。米民間会社の推計では、10年の医療観光の世界市場は1千億ドル(約9兆3千億円)規模とされる。