【コラム】同じことを繰り返す韓国政治(下)
一方、ハンナラ党は統一地方選で惨敗し、「国民が怖い」と口にしたが、今回の国会議員再・補欠選挙では「国民は賢明だった」と発言した。統一地方選で「国民は怖い」という現実を痛切に感じた同党は、国民の怒りを鎮め、信頼を回復するために低姿勢に徹した結果、今回の勝利をつかみ取ったといえるのではないか。しかし、ハンナラ党の内外に、そう信じる人たちが、果たしてどれだけいるだろうか。
4大河川(漢江・洛東江・錦江・栄山江)再生事業は、これまで通りのペース、方式で進められている。反対派を説得しようと奔走する人も、反対派を工事現場へ案内し、現実を見せつけようとする人もいない。人事のシステムも何ら変わっていない。大統領府の内部で、李大統領と同郷の人物や、同じ学校の出身者の数はむしろ増えた。こうしたコネ・情実人事を是正する役割を担うために設けられた人事企画官のポストは、11カ月も空席のままとなっている。一体どういう理由で、このような事態になっているのか、まったく分からない。選挙のたびに結成される私的な組織は、国じゅうにたまっているほこりを取り除く役割を果たす先進的な組織なのか、そうではない後進的な組織なのか分からないが、これをどう処理するかという問題もまだ先行き不透明だ。ほこりがたまってきたため、掃除を始めるかのように思えたものの、そうでもないようだ。こうしたことが繰り返されるたび、李大統領の実兄の名前は、問題を解決するキーワードのように連呼される。しかし、実際にそうでなければ、本人としては恥ずかしくてこの上ないことだろう。
国民との意思疎通をさんざん強調してきた李大統領の記者会見は、歴代大統領の中で最も少ない。ハンナラ党の新執行部の中で、希望を託せるような人物は一人もいない。結局、今回の国会議員再・補欠選挙の結果は、変わり映えのないハンナラ党よりも、ある日突然変化し、あわてふためいた民主党の方が国民に煙たがられ、しっぺ返しを受けたにすぎない。こんなことでは、次の選挙ではまた、ハンナラ党が「国民が怖い」と口にする事態になるのではないか。
今回の国会議員再・補欠選挙は、「恐ろしいほど変化がない」北朝鮮や、「恐ろしいほど変化を遂げる」中国のすぐ隣で生き続けなければならない韓国の政治や、世界的な課題を放置したまま、まるで水車が回るように、習慣と化しつつあるという事実を改めて見せつけたにしぎない。真摯(しんし)な反省や改革に背を向ける「水車政治」は、いつか自分たちはもちろん、すべての国民をがけっぷちに追い込むのではないだろうか。
姜天錫(カン・チョンソク)主筆