Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
猛暑の日、東京の新宿区立四谷中学校にふだん着の40人が集まった。同校の先生、保護者有志、職場が近い人、町会や教育NPOの人……。より良い学校にする方法を話し合う「熟議」[記事全文]
菅直人首相が、スウェーデンの名をよく口にする。目標に掲げる「強い経済、強い財政、強い社会保障」を実現した国としてだ。この北欧の国は、日本のモデルになるのだろうか。経済、[記事全文]
猛暑の日、東京の新宿区立四谷中学校にふだん着の40人が集まった。同校の先生、保護者有志、職場が近い人、町会や教育NPOの人……。
より良い学校にする方法を話し合う「熟議」の第1回だ。同校にかかわろうという人なら、誰も拒まない。吉田和夫校長が呼びかけた。
2校が統合、今の四谷中になって10年。校舎の老朽化が悩みだ。「建て替えるならどんな校舎がいいか。そんなことも話し合いたい」と吉田校長。
幅広い当事者が集まり、とことん討議し、課題や解決策を探し出す。立場の違いを了解し合い、ときに自分の意見を変え、納得し、何ができるかを考える――。熟議とはそんな場だ。
横浜市都筑区役所では6月、約60人が話し合った。出てきたアイデアは、区の「こども・青少年育成計画」の実施に反映するという。秋田で、青森で、愛媛で、大学で。様々な「教育熟議」が広がりつつある。
「学校・地域連携」のかけ声は、近年大きくなってきてはいる。だがともすれば、地域の各団体やPTAから選ばれた人が、教師や行政にただ注文をつけるだけになりがちだった。
その点、熟議を通すと、だれもが当事者意識を持つことになる。受益者であると同時に問題解決の役割を担う、参加型の民主主義の土台だ。熟議の普及を呼びかける鈴木寛・文部科学副大臣はそう説明する。
その文科省でも、政策づくりの過程に、インターネットを利用した公開の熟議を取り入れる試みが進行中だ。
「熟議カケアイ」と題したサイトを4月に開設。課題ごとに設けた会議室で、ハンドルネームでの激論が続く。同省の職員は必要なデータを示し、交通整理役に徹している。
登録会員は全国約1500人、3カ月で1万コメントがとび交い、ページビューは100万超。教員の資質向上策を巡っては、ネットのやりとりをまとめた提案書が、同テーマで議論をする中央教育審議会に出された。
これまで政府が頼ってきたのは、中教審のような、審議会による政策形成だった。学識者や諸団体の代表をバランスよく選び、ご意見を拝聴し、折り合いをつけ、答申を仕上げる。
だが今、学校をはじめとする現場の課題はとても複雑だ。「中教審の先生方の話だけでは、リアルな葛藤(かっとう)はつかめない」と文科省職員は言う。
成長が続く時代は終わった。利益団体の要望を調整し、予算を分配し、制度をおろすやり方だけでは、もう限界だろう。霞が関の流儀もまた変革を迫られている。
くたびれ、ほころびが目立つ民主主義。負担や役割を多くの人が分かち合えるカタチを、また探るしかない。熟議の芽を伸ばしてゆこう。
菅直人首相が、スウェーデンの名をよく口にする。目標に掲げる「強い経済、強い財政、強い社会保障」を実現した国としてだ。この北欧の国は、日本のモデルになるのだろうか。
経済、財政面での実績は確かにめざましい。2年前のリーマン・ショックによる不況から早々と抜け出し、今年は3%台の成長を達成しそうだ。欧州の主要国は財政の赤字減らしに苦しんでいるのに、この国の財政は黒字だ。
経済のグローバル化は成長の機会を拡大する一方で、社会を不測のリスクにさらす。だが、スウェーデンは、ギリシャ発の危機も乗り切りつつある。医療、育児から雇用まで手厚い社会保障制度が防波堤になっている。
社会福祉や教育などへ公的支出を増やしても、経済成長には結びつきにくいと考えられがちだ。しかし、そう考えた日米で貧富の格差が広がり、高福祉高負担のスウェーデンなど北欧諸国が底力を発揮している。
菅政権がこの成功例を経済運営に生かそうとする発想は理解できる。だが、「理想郷」にも裏側はある。
国民の負担は非常に重い。労働者は給与の半分を納税し、消費税にあたる付加価値税は最高25%。育児や医療を含め働き手の約3分の1は公務員だ。事業に失敗した企業を政府が救済することもほとんどない。
それに、情報公開によって役所内のやり取りばかりか、国民はお互いの所得まで知ることができる。不信の芽を摘むために政府も、国民も、自らの姿をさらけ出す。
何かを採るかわりに何かを捨てる。「理想郷」はその積み重ねの結果だ。だとすれば、スウェーデンから学ぶべきは、高福祉高負担の仕組みそのもの以上に、難しい政策選択を可能にする政治のあり方ではないだろうか。
この国の財政や社会保障の基本政策は、たとえ政権交代があってもぶれが少ない。政党間に熟議の伝統があるからだ。年金改革は政党間の約10年に及ぶ討論で合意された。地方分権も徹底して進めた。政治家や官僚の汚職も少ない。だから政治への信頼が育まれ、国民に痛みを求めることもできた。
今の日本政治も簡単に解決しない問題に直面している。財政難、税制、社会保障……。どれもアクセルを踏んで取り組まなければならないのに、参院選でブレーキがかかったかのようだ。
しかし、日本がどんな方向に進むにしろ、政治は、賛否が鋭く対立する世論を前に立ちすくんでいるわけにはいかない。だとすれば、そのとき最も必要なのは国民の政治への信頼だ。
人口1千万弱の国の高福祉高負担を日本にそのまま持ち込むのは難しいかもしれない。だが、政治への信頼確保のいくつかのヒントなら、スウェーデンにある。