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[20619] 【習作】星は夢を見る必要はない(クロノトリガー・キャラ崩壊)
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:b6d60857
Date: 2010/07/28 12:46
キャラ崩壊注意! クロノトリガーの正式なファンの方は避けて通るのが無難です。













夢を見た。


それはそれは酷い夢だった。


どれくらい酷いかというと幼馴染であるルッカの親父さんの頭を指差して
「黒光りしてるー!」
と大声で喚いた時の親父さんの顔を見た時に匹敵するくらいの寝汗をかいていたことから想像できよう。


さて、その夢の内容だが、さっき俺が名前を口に出した、ルッカが関わってくる。


夢の中で俺は磔にされているのだ。


辺りは暗い。右には大量のビンが置いてある棚があり、ビンの中には見たこともない生き物が詰め込まれていた。


左を見ればなにやら複雑そうな機械が多々あり、所々に赤い液体が付着している。
その液体が何かは深く考えないようにした。きっと鉄分が多く含まれているんだろうな、という思考は遥か彼方に葬った。


しばらくそのホラーな空間で磔られていると、暗闇の奥から高笑いが聞こえてくるのだ。


小さな頃は、その声を聞くと元気が出た。最も昔はそんな下品な高笑いなんかせず、いつも大人しそうにクスクスと笑うものだったが。


幼い子供ながらに、その声が悲しそうに響いていれば悲しむ理由を聞き出して、その原因を取り除こうと、その子の笑い声を取り戻そうと躍起になった。


その子が嬉しそうに喋りだすと、俺も嬉しくなって、その日はずっと笑顔になれた。転んでも、母さんのお使いが上手くできなくてやたらめったら怒られても、胸の中が暖かかった。


幼少期の俺にとって、ルッカは俺の全てだった。


しかし、そんな彼女と俺の甘酸っぱい関係はいつしかすっかり変わってしまった。


彼女が悲しそうにしていれば「大丈夫かよ?」と口にはするが心の中でガッツポーズを取るようになり。


彼女が嬉しそうにしていれば脇目も振らず逃げ出したり。


彼女と町の中で出会おうものなら俺は神を呪い、その日一日を後悔と絶望の感情で塗りたくられるのだ。


……話がずれたな。


とにかく、今ではキンキンと耳障りな笑い声を出しながら、ルッカは動けない俺に近づく。


手を伸ばせば届く、という距離まで近づくと、ルッカは急に笑うの止めて、嬉しそうに、本当に嬉しそうにこう呟くのだ。


「実験、しよ?」




「あ、ああああああああぁぁぁああぁぁ!!!」


思い出した瞬間、俺はベッドから飛び起きて、壁に立てかけてある木刀を掴み振り回した。


「殺せ! 殺せよ! おおお俺は実験動物じゃない! 俺にだって男としてのプライド、いや、人間としての矜持があるんだぁぁぁ!!」


いつまで暴れていただろうか?
俺の中では永遠とも思える時間を見えない敵と戦っていたのだが、母さんが俺にフライパンを投げつけて気づいたときには、二分と経っていなかった。
ていうか母さん、息子に鉄の塊をぶつけるのはどうかと思うのだよ。


「だったら毎朝奇声を上げるのは止めて頂戴。
いつ我を忘れて私の体を求めてくるか、分かったものじゃないわ」


「マジ、それ親子間で交わされる会話じゃないかんね。どう我を忘れたら四十前のおばさんに飛び掛るんだよ。とうが立ってるなんて問題じゃねえよ」


「今日のびっくりどっきりニュース! あんたの朝飯庭に生えてる雑草ね」


「はっは、それは豪勢だな。食べ放題なのか?」


「デザートは虫の活け作りね。ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさと下に下りてきなさい」


「へいへい……ねえ、朝飯抜きってのは冗談かな?」


「ああ、リーネの鐘があんなに気持ちよさそうに歌ってる」


「いつ頃だったっけ? 俺と母さんの間で会話のキャッチボールが不自由になったの」


呟く俺を無視して母さんはスタスタと階段を降りていく。
仕方なく俺は溜息を吐きながら木刀を腰に差して、下に降りる。


台所に向かうと母さんは優雅にモーニングコーヒーを飲んでいた。
机の上にある空き皿と、バターの匂いが立ち込めていることから今日の朝ごはんがトーストだったことを悟る。俺の分が無いことも。


俺の腹がキュウキュウと鳴り出し、自分でも表情がひもじそうになっていくことを自覚する。
そんな俺を見て母さんが眉をひそめて、


「今日は建国千年のお祭りよ、屋台も出てるでしょうし、そこで何か食べてきなさい」


あくまで朝飯は作らない気だな、上等だこの野郎、今度あんたの寝室に大量のバッタを仕込んでやる。


「……分かったよ、じゃあ母さん」


俺は右手を母さんに向けて、掌を開いた。


「……何?」


さっさと用件を言え的な感情が半分。残りは急に何だよ気持ち悪いなこいつ的な感情が半分。そんな表情でした。


「いや……俺、お金ないからさ」


しかし俺は諦めない!
折角の、千年に一度の祭り。
軍資金無しで出かけるなど愚の骨頂!
そう、ココだ! 今日の祭りが楽しめるものになるか、それとも帰り道で「祭りなんて、結局カップルが公然とイチャイチャするだけのイベントなんだよ」と唾を吐くことになるか、その分岐点!
今日の肝なんだ、今、この瞬間こそが! 肝……!!


「……?あんたにお金がないのと私に何の関係があるの?」


やっべえ……母さんの守備力は三千以上だな……
しかもこれ多分素だな。とぼけてるとかじゃないや。


「ねえ母さん、俺、なんだかんだ悪口とか言っちゃうけど、やっぱり俺は母さんのこと尊敬してるんだよね……」


「何よ急に、どうしたの?」


さりげなくお金をねだるのは不可能、こうなれば三つある奥の手の内の一つ、情に訴えるコマンドだ。
デメリットとしてこっ恥ずかしいセリフを言わなければならないが、その効果はデメリットを補って余りあるものとなる!


「ほら、俺父親いないじゃんか。けどさ……けど俺辛いなんて思ったこと無かったよ、だって俺が寂しいと思ったとき母さんはいつも俺を慰めてくれたよね」


「あんたが何で父親がいないんだよ! お年玉が半分になるじゃんか! とか言いだした次の日にあたしゃパレポリの船で一週間くらい旅行に行ったけどね」


「毎朝俺を起こしてくれたり、布団を干してくれたり、少しは休みたいだろうに、いつもいつも俺のために体に鞭打って働いてくれてる……」


「あんた勝手に起きるじゃない。毎朝あんたの部屋に行くのは放っておくと延々頭のおかしな叫び声を撒き散らすからでしょ。布団だって昔私が間違ってあんたの布団を燃やしてから自分で干してるじゃない」


「……俺が、苛められてる時に助けたりとか……したことありますかね?」


「苛めって……ルッカちゃんにって事? うーん、あんたのケツに爆竹詰められてた時は爆笑したけど……助けたことあったかしら?」


「あんた、何で俺の母親やってんだくそばばああああぁぁぁ!!!」


「あんた、母親にむかってくそばばあって言った?ねえくそばばあって言った? ぶち撒けられてえか糞餓鬼ぃぃぃ!!!」


こうして、第百八十七次トルース大戦が幕を開けた……








「あ、これ絶対顎外れてる。うん、もう戻りそうに無い」


俺と母さんの運命の戦いはあっけなく幕を閉じた。
俺の振り下ろした木刀をスウェイで交わし俺の顎にネリチャギ。
俺は気を失って、気づけば家の前に大の字で寝ていた。


「くっ、まさか奥の手の内二つが破られるとはな……」


ちなみに、奥の手の二つ目は暴力による強奪だ。
結果は見ての通り。
ここまできたならば仕方ない。奥の手の三つ目を使わざるを得ないな……


体についた砂を払い、近くに転がっていた木刀をまた腰に差して、祭りが行われているリーネ広場に目を向ける。


「……諦めよう」


『クロノ奥の手が内の三つ目、妥協
あらゆる人生において最重要スキルともっぱらの噂である』


俺は母さんとの戦いの後遺症で痛む頭を無視して、リーネ広場に足を向けた。








「おお、わか者よ! 今日はわが王国の千年祭じゃ! ぞんぶんに楽しんでゆかれよ」


「ああ、はい。まあそれなりに……ところで」


「どうした、分からぬ事があるならば、この老いぼれが力になろう」


「無料で何か食べることができるお店ってありますか?」


「おお、わか者よ! 今日はわが王国の千年祭じゃ! ぞんぶんに楽しんでゆかれよ」


じいさんはまた新たにリーネ広場に入ってきた男に声をかけた。
祭りといえど、人は人に優しくなれるものではないのだろう、俺はこの年にして真理を垣間見たのかもしれない。


「しかし……やたらと賑わってるな、流石は千年に一度のお祭りってわけか」


屋台からは威勢のいい客引きの声、どんな所からも聞こえる楽しそうな笑い声、鼻をくすぐるなんとも良い匂い……


「ああ、あれは焼いた肉にタレを付けてもう一度焼いているのか。お、あれはパイにクリームと果物を挟んでる……んん、あれはジャガイモにバターとバジルを振りかけてサイコロステーキと一緒に売ってるんだな。いやー……腹減った……」


クルルクルルと俺の腹が「補給を要求する! でなければ動かん!」とストライキを起こしておられる。
このままでは楽しい祭りもブルーな気分で過ごさなくてはならない……


俺は意を決してじいさんにもう一度話しかける。


「あの……」


「おお、わか者よ! ……ってあんたか、なんじゃい、祭りに来る前に物の売り買いの常識を学んでくるとええぞ」


「いや、そこをなんとか……折角の祭りですし、俺も楽しみたいんですよ……」


そこまで言うと嫌味ったらしいじいさんも哀れに思ったのか、顎に手を着けて何か考え出した。


「そうじゃなあ……おお! 確かココをまっすぐ行った所、ほれ、もろこしを売っている店の前にある……そこでシルバーポイントを金に換えてくれるはずじゃ」


シルバーポイント? 何だそれ。


俺の疑問が分かったのかじいさんは引き続き話し始める。


「シルバーポイントとはこの祭りの中にあるゲームに成功すれば貰えるポイントでな。例えばそこ。四人の男たちがレースをしているじゃろう?」


じいさんの指差した方向を見れば確かになにやらレースらしきものが行われているのが分かる。
……ただ、じいさんは四人の男たちと言ったが、そのメンバーはまず鉄のよろいを装備した城の兵士。
次にお前レースとかする気ないだろと思う全身甲冑のフルアーマー状態の男? 鉄仮面をしているので性別の確認もできない。じいさんは男と言っていたし多分男なんだろう。
三人目は肌が緑色で、所々に黒い斑点がある化け物。こんなもんのどかなトルース町に現れたら大騒ぎだ。今は祭りだからか知らないが、皆その化け物を応援している。人間ってテンションによって馬鹿になるよね。
最後のメンバーは猫です。それ以外に説明できません。こいつに賭ける奴とかいるのか? いたとしたらそいつ頭大丈夫か?
……この三人プラス一匹で構成されている。


「……ええと……」


「この四人のうち誰が優勝するか賭けるんじゃよ」


「……まあいいです。突っ込んでたら祭りが終わるんじゃないかってくらい長くなりそうだし」


ここに着いた時には大分収まっていた頭痛がさらに酷くなってきた為、額を押さえる。じいさんはそんな俺を怪訝な目で見つめながらさらに話を続ける。


「じゃが、このレースに参加するのにシルバーポイントが五ポイント必要になる。あんたはシルバーポイントを一ポイントも持ってないんじゃろう?」


「そうですね、来たばかりですし」


「じゃから、お前さんはまず向こうにある飲み比べで勝負するか、ルッカの発明品と勝負して勝つかしてシルバーポイントを貯めることじゃな」


「ルッカの発明品?」


「ああ、なんでも自信作らしい。銃弾でも傷一つつかない! と豪語しておったわ」


「誰がそんなロボコップみたいなもんと勝負するか馬鹿が」


ありがとうございましたとじいさんに礼をして、俺は飲み比べの会場に走り出した。


そこには道の端で吐いたり、あー、あー、といいながら濡れタオルを顔に置いてベンチで寝ている人が大勢いた。
その中で一人の大男が「だらしねえなー! トルース町の連中はよお!」と大声で話していた。
どうやらトルースからではなく、橋を越えた先のパレポリから来た男のようだ。


俺はおっさんの肩に手を置き、
「勝負してくれよ、いいだろ?」
と声をかけた。


「はっ! ガキか。話にならねえな」


「どんな奴からの挑戦も受けるんだろ? そこの張り紙に書いてある」


「……はああ、分かったよ、そこの椅子に座りな」


言われたままに椅子に座る。するとその隣におっさんが座り、椅子の前にある机に缶ビールを十六缶置いた。
その内八缶、つまり半分をおっさんが自分のほうに持っていく。


「いいか? 先に自分の分、八缶の缶ビールを飲んだほうが勝ちだ。良いな?」


「オッケー、飲み比べっていうか、早飲みだな」


「まあな。……さて、用意はいいか? ……ヨーイ、ドン!」


合図とともに俺とおっさんが同時にビールを飲みだす。
アルコールと思うな炭酸と思うなビールと思うな水と思えいやそもそも何かを飲んでいるということすら忘れてただ喉を動かせっっ!!!


「うーい、まずは一杯……って何いっ!」


おっさんが一杯目を飲み干した時、俺はすでに三倍目のビールを飲み始めようとしていた……




「空は青いなあ」


空はいい。こんなにも快晴、そしてこんなにも俺たちに力をくれる。
空が明るいから俺たちは前を向ける。歩き出すことに不安を生み出させない。


「本当に……空は……良い………ううう……」


「お母さーん。なんであのお兄ちゃん泣いてるのー?」


「それはね、自分の力ではままならぬ大きな壁にぶつかってしまったからよ」


「へー、私とお母さんが実は血が繋がってないことと同じくらいままならないのかなー?」


「ユ、ユカちゃん!? 何処でそれを……!!」


なにやら遠くで聞こえる喧騒も、全ては空しい……


「あそこで……あそこでてっかめんランナーがスイートキャットを踏み潰して失格にならなければ……!」


飲み比べに勝った俺は初めて手にしたシルバーポイントをレースの賭けに使ったのだ。
なんでもシルバーポイントを金に換えるためには十ポイント必要らしく、飲み比べで得た五ポイントではどうしようもなかった。
そのためレースの勝敗に文字通り全てを賭けたのだが……


「くそお……やっぱりいざとなれば甲冑を脱ぎ捨てて真の力を発揮するはず! とか馬鹿なこと考えずに普通にほいほいソルジャーにすべきだった!」


ちなみにほいほいソルジャーは色物揃いのレーサーの中で比較的まともそうな城の兵士っぽい格好の男だ。


……こうなれば、最後の手段。


「ルッカの発明品を……叩き壊す!」


レース観戦の時近くにいた人の話ではルッカの発明品に勝てばシルバーポイントが十五ポイント貰えるらしい。
それだけあれば金に換えられる。液体ではなく固体を口に入れられる……!


正直俺は酒の飲み比べで腹はもう減っていなかった。だが……


「次こそ……次こそレースに買ってみせる!」
レースの魅力、いや、魔力に囚われてしまったのだ。


「ハッハッハッ! いいぜ、ルッカ。テメエの発明品なんぞ俺のクロノ流剣術で粉々にしてやる! アーッハッハッハ! おおっ!?」


酒を飲んですぐに興奮したからだろうか?
いつもならなんら問題は無いのだが、俺は急にふらついてこけそうになってしまった。
たたらを踏んで転倒は免れたのだが、後ろからなにやら必死そうな声が聞こえた。


「ちょちょちょちょ! どいてどいてー!!」


「え?」


振り向くと、金髪のポニーテールの女の子が、俺にダイビングしていた。


「うごえ!?」「きゃあ!」


どういうつもりか知らないが、女の子は膝を前に出し、その膝は俺のみぞおちにクリーンヒットしていた。


「おっ、おっ、おっ、おぼえええぇええ……」


盛大に胃の中のものを吐き出しながら、リーネ広場の鐘が楽しそうに鳴り出した……





星は夢を見る必要は無い
第一話 悔いの残る人生でした








ようやく吐き気もおさまり、辺りを見回すとさっき俺に飛び膝蹴りをくれた女の子は何かを落としたらしく近くの床をキョロキョロと探していた。
急に飛び出した俺も悪いけど、見知らぬ他人に膝いれといてなんにもないとか嘘やん。


思わず殺意の波動に目覚めそうだったが、俺の足元にペンダントが落ちていることに気づいた。


絶対教えてやんねーと思ったが、そのペンダント、妙に輝きが鈍かった。
あんまり良いペンダントじゃないのかな、と思ったが、良く見るとその訳が分かった。


「……臭っ」


俺の嘔吐物が付いているのだ。中々豪快に。


女の子が気づく前に俺はそれを拾いダッシュで水場に向かう。
念入りにペンダントを洗い、ついでに口もゆすぐと走って元の場所まで戻る。
よっぽど大切なものなのか、女の子はまだペンダントを捜していた。
俺はできるだけ自然を装い、笑顔で彼女に話しかけた。


「やあっ! 君が探しているのはこれかい!」


俺の声を聞き、女の子は俺を見る。そして俺が握っているペンダントを見ると満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとう! そのペンダント私のよ。古ぼけてるけどとっても大事なものなの。返してくれる?」


「勿論さ、困っている女の子を助けるのは当然だしね! それじゃあこれで!」


「待って!」


ペンダントを渡し、何かに気づかれる前に立ち去ろうとすると女の子は俺の服の袖を掴んできた。
え、バレた? バレてないよね? そうだといってよ顔も知らない父さん!


「私お祭り見に来たんだ。ねえ、あなたこの町の人でしょ? 一人じゃ面白くないもん。いっしょに回ろうよ! いいでしょ? ね? ね?」


君文法おかしくない?と言おうとしたが、ひとまずそれは置いといて……
え? 逆ナン? 逆ナンですかこれ?


えええー……嬉しいけどさー、嬉しいけどさぁ……
きっかけが相手の子の持ち物にゲロ吐いたから始まる出会いってどうよ?
何より後ろめたさが尋常じゃないし、ここは申し訳ないけど……


「あれ? なんかペンダントからすっぱい臭いが……」


「行こうか! 俺も一人でつまらないな、と思ってたところさ! 君みたいに可愛い女の子の誘いなら乗らない訳にはいかないね!」


バレちゃ駄目だバレちゃ駄目だバレちゃ駄目だ……!!


そういうと女の子は少し不安そうな顔だったのがまた嬉しそうな顔になり飛び跳ねて喜びを表現した。


「わーい、やったー!」


罪悪感からの了承だったとはいえ、ここまで喜んでくれると、なんだか俺も嬉しい。
ここまで大げさではなかったけれど、ルッカも昔はこんな風に可愛く正直に感情を見せてくれたんだよなー……


少し物思いに耽っていると、女の子の顔が目の前にあり、驚いて一歩後ろに下がってしまった。


「な、何?」


俺が少しかすれた声を出すと、


「私マールって言うの。あなたは?」


笑顔のまま彼女は自己紹介を行う。ここで俺が自己紹介をしない理由がない。お前に名乗る名などない! と一蹴する、という選択肢が出たが意味がないので普通に名乗る。


「クロノだ。よろしくなマール」


自己紹介をしただけなのに、マールはまた嬉しそうに笑って、飛び跳ねた。
なんか知らんが、えらく元気な子だな。
知らず俺の顔もまた笑顔になっていた。


それから、マールは俺を色んなところに連れまわした。
最初は俺に案内させるのかな、と思ったが何かしらの店を通るたびに


「あ! ねえねえクロノあれ何?」

「クロノクロノ! 凄いよあれ! ウネウネ動いてるー!」

「凄い凄い! 皆踊ってるよ、私も踊る! クロノも一緒に踊ろうよ! いいでしょ?」

「行けー! てっかめんランナー! 頑張れー!」

「クレープって言うんだこれ、美味しいよ! クロノ!」


とまあ、はしゃぎにはしゃいでくれて、落ち着く前に俺の手を引っ張って行った。


お金が無いのは男として辛すぎるので、まず最初にルッカの発明品、ゴンザレスをスクラップにして、ゴンザレスの持っているシルバーポイントを根こそぎいただいた。(本来はある程度戦えば降参して、十五ポイントをくれるらしい)
そのシルバーポイントをある程度お金に換えて、二人で祭りを満喫した。
途中、猫を探している女の子がいて、マールが「探してあげよう!」と言い出したので嫌々探しているとその猫が俺の顔に飛んできて、無事女の子の元に連れて行ってあげたり、置きっぱなしの他人の弁当を俺が食べようとするとびっくりするくらい冷たい目でマールが見てくるので断念したり、残ったシルバーポイントでレースを見たり、お化け屋敷みたいなテントでワーワー叫んだり興奮したりと、本当に楽しい時間だった。


「あー、楽しかったねクロノ!」


「ああ、こんなにはしゃいだのは久しぶりだよ」


「私も! こんなに楽しかったのは生まれて初めてだよ!」


「ははは、大げさだな、おい」


それでも、随伴した俺としては男冥利に尽きる言葉だったので、なんだか嬉しかった。


……ただ、祭りを回っている途中に一組のカップルが話していた言葉をにマールが興味を持ったのは誤算だった。


「ねえプラス? なんでもルッカの発明品が完成したらしいわよ?」


「本当かいマイナス? それは是非とも見に行かなければ!」


「ええそうね、広場の奥で見られるらしいわよ」


「よーし、いっくぞー!」


「ああん、待ってよプラスー!」


と頭の悪い説明的な会話を聞いたマールが
「私たちも行こう!」
と言い出したのだ。


俺はごめん、盲腸が発狂して異がはしかにかかったんだ……と嘘をついて帰ろうとしたが、マールがほほを膨らまして、目に涙をためて俺の服の袖を掴んで離さなかったので断念した。


ルッカのいる所まで後少し、というところでマールがキャンディ買って行く! と言って店に走っていった。


……これは、逃げるチャンスなんじゃないか?


ここから俺とマールの距離は五メートル。
俺が全力で逃げ出せば元気の塊のマールでも俺に追いつけはしないだろう。


……ごめんマール。
俺、お前の悲しむ顔は見たくないけど、俺が辛い目にあうのはもっと嫌なんだ。


思い立ったが瞬間、俺は力いっぱい祭り会場の入り口に向かって走り出した。
後ろから「ああっ!」というマールの声が聞こえたが、華麗に無視して走り続ける。
何が悲しくて楽しい祭りの日に実験オタクのサディスト元根暗女に会わなければならんのだ。
そう、俺は自由の男、クロノのクは孔雀のク! (意味なんかない)


マールには悪いけどなー、と考えていると、耳のすぐそばでヒュン、と高い音が聞こえて、思わず立ち止まると目の前の床に鉄の矢が突き立っていた。


ぎぎぎ、と音が鳴りそうなくらいゆっくり振り向くと、マールがボーガンを構えて俺を見ていた。


「マアルサン、ソレハナンデスカ?」


思わず機械的な口調になるのは仕方ない。


「私ボーガンが得意で、いつも持ってるんだ。護身用ってやつかな」


笑顔のまま、それでもこめかみに青筋が浮かんでるのは恐怖を二倍にする。マール、倍プッシュだ! みたいな。
つか、護身用にボーガンはおかしい。防衛になってないもん、間違いなくちょっかいかけようとした奴を無力化させる物じゃないもん。悪・即・斬の構えじゃん。
世の中に信じられる奴なんかいないという境地に立たないとそんなもん護身用に持ちませんよ。


「ソ、ソウデスカ、ソレハステキデスネ」


想いとは裏腹なセリフを吐く僕、クロノ。悪い人間じゃないよ、優しくしてね。


「ありがと。……で、クロノは私を置いて何処に行こうとしたのかなぁ……」


ボーガンの側面をトントン叩きながら一歩ずつ近づいてくるマール。右手に見えるかわいらしい柄のキャンディが不似合いで怖いです。


「と……トイレ……もう、限界でしたので……」


「……ふーん」


ドンファンの愛のささやきくらい信じてませんよという顔で見るマール。
……まあそうだよねえ。


結局、俺はマールに襟首を掴まれながらルッカの発明を見るハメになった。
せめて腕を組むとかで拘束してくれよ……




「さあさあ、お時間と勇気のある方はお立会い! これこそ、せいきの大発明! 超次元物資転送マシン一号だ!」


ルッカの親父さん、タバンさんが大きな声でルッカの発明品の説明をしている。
そのルッカの発明だが、青い色の床の上に、傘みたいなものが付いて、その横にゴチャゴチャしたチューブやらレバーがくっついている。そんな機械が二つある、なんとも言いづらいデザインの機械だった。
まあ、あえて一言で表現するなら、非常に胡散臭い。


「早い話がこっちに乗っかると、」


タバンさんが左側の装置を指差す。


「こっちに転送するって夢のような装置だ!」


その後右側の装置を指差し、自慢げな顔をする。


……正直、その説明を聞いても何が言いたいのかさっぱりだった。


「こいつを発明したのが頭脳めいせきさいしょくけんびの、この俺の一人娘ルッカだ!」


頭がいいのは認めるが……才色兼備!? どこがやねん。
まあ、服装は研究大好きな為それ用の服を着ている。それはまあいい。紫がかった髪をショートカットにして、それも勝気そうな顔に良くあっているから文句は言わないし、顔の造詣も……まあ町の奴らから隠れてアイドル扱いされているから良いとしよう。ぶっちゃけ眼鏡は外したほうがいいと思うけど。
……まあ、可愛いのはまあ、良いとしても、性格鬼畜、有限不実行、天上天下唯我独尊女と付け加えなければ納得できない。


「へー……面白そうだね、クロノ!」


うん、一応面白そうだと言っているが、途中までのローテンションを見る限り、マールもイマイチ理解できなかったみたいだ。


「マール、多分想像よりもずっとつまらないものだから、戻ろう。あれだ、なんたらケバブー買ってやるから」


「やだ、何が入ってるか分からないから気持ち悪い」


「オオゥ、タカ派だな」


「クロノ!」


クソッ!マールの説得に手間取って悪魔に見つかるとは!


「待ってたわよ! だーれも、このテレポッドの転送にちょうせんしないんだもの」


そりゃあそうだろうさ。昔空を飛ぶ機械とやらで無理やり俺に実験させて、俺の両足が骨折した、なんて前科があればな。


「こうなったらあんたやってくれない?ていうかやれ」


「こ……! このメスぶ」


「面白そう! やってみなよ。私見ててあげる!」


あんまりにも理不尽な言葉に切れかけた俺がルッカに暴言を吐く前に、マールが本当に楽しみだという顔で笑いかける。
……頭の中身は少々残念な危険っ娘だが、こうしてみると確かに可愛いんだよな……


「左のポッドに乗るの」


俺の話を聞く前にルッカは装置の様々なボタンが付いているところに移動していた。
……やるしかないのか。


ゴルゴダの丘に登るような気分で俺はテレポッドだか超次元何とかだかの装置に乗る。


……やばい、泣きそうだ。


「スイッチ、オン!」


空気を読まないタバンさんがなんの躊躇いもなく装置を動かす。それと同時に空気を読む気がないルッカもエネルギーがどうとか言い出す。


「……え?」


ふと気づけば、俺の手が透けていく。
いや、手だけではない。足が、体が。どんどん透けて……いや、無くなっていく!?


「おい! やめ」


俺の声は最後まで口に出せず、俺の意識は消えた。







「「「「おおーッ! グレイト!」」」」


次に意識が戻ったときには、観客たちの歓声が聞こえた。
周りを見ると、どうやら無事、テレポッドは成功したらしい。左の装置の上にいたはずの俺は、右の装置の上に座り込んでいた。


「……良かった、良かったよぉ……」


不覚にも、俺はマジで泣いていた。
車椅子の女の子が友達にいくじなしと言われながらも立ち上がったときくらい泣いた。


生きて帰れたことに対する喜びに震えながら、俺は装置を降りた。
マールの所に戻る途中、ルッカが情けなっ! と言ってきたが小さく死ねっと返しておいた。


「帰ってきたよマール……俺、青ざめた顔してるだろ? ……生きてるんだぜ?」


「面白そうね、私もやる!」


俺の感動のセリフはガン無視して、興奮で少しほほが赤みがかった顔でとんでもないことを言う。


「へ? えええぇえぇ!?」


俺がマールに命とは何か? 人生とは何か? 存在価値とは何か? 漢とは何かをマールに教えようとする前にルッカが馬鹿でかい声を上げた。
と思ったら俺のほうを睨みつけて胸倉を掴んで首を締め出した。


「ちょ、ちょっとクロノ! あんたいつの間に、こんなカワイイ子口説いたのよ! ねえ!何処の子!? 私町の女の子には全員釘刺したはずなのに!」


女の子に釘を刺すなんて、俺の知らないところでバイオレンスなことやってんだなぁと思いながら、俺は今日何度目か分からないが、意識の消失が近づいているのを感じた。


「ね、いいでしょクロノ! ここで待ってて。どこにも行っちゃやだよ!」


俺の生命の危機が見えないのか意図的に無視しているのか、マールは楽しそうに声を上げる。
どこにも行っちゃやだよ! のあたりでルッカの首を絞める力が増す。メディーック! メディーック!


「さあさあ、ちょう戦するのは何とこんなにカワイらしい娘サンだ! ささ、どーぞこちらへ!」


今まで空気を読んだことなんて一度も無かったタバンさんが張り切った声を上げる。
それを聞いてルッカは一度大きく俺を持ち上げて床に叩きつけた。


「……後で話、聞くから」


ヤク丸さんみたいな声で呟くと、ルッカはさっきと同じように装置の操作盤に向かった。


「エヘヘ、ちょっと行ってくるね」


マールが可愛らしく笑いながら、俺に手を振る。
あ、ルッカ、操作盤の一部壊しやがった。


「だいじょうぶかい? やめるんだったら今のうちだぜ」


俺の中で脳の一部が麻痺しているに五千ガバスなタバンさんは娘の奇行に気づかずマールに話しかける。


「へっちゃらだよ! 全然こわくなんかないもん!」


そういいながらマールは装置の上に乗る。
最近の女の子は勇気があるなあ。
所詮俺なんか草食系男子さ。


「それでは、みなさん! このカワイイ娘サンが見事消えましたら、はくしゅかっさい」


その後は俺のときと同じように二人が装置を作動させる。


その時、マールを見てみると、マールのペンダントが光りだしていた。


「……何だ、あれ」


マールも気づき、ペンダントを触って不思議そうな顔をしていた。


……何故だろう。


俺は、何故かその顔を見ていると……


もう、彼女に会えないんじゃないか、と。


そう思ってしまったのだ。


「えっ!?」


ルッカなのか、タバンさんなのか。


どちらが叫んだのか分からないが、その声が聞こえた瞬間、装置から電気が洩れ始めた!


「うわあ!」
「きゃあ!」


二人は同時に倒れて、それを見て俺は「大丈夫か! ルッカ、タバンさん!」と駆け寄るべきなのだ。


それでも……俺は、いや、観客も含めて俺たちは……


マールの体が消えて、その粒子が黒く、ゆがんだ穴に吸い込まれていくのを、ただただぼーっと見ているだけだった。


……どれほど時間が経っただろう。
数秒か数腑十秒か数分かはたまた数十分か。
今は閉じられた、穴があった場所に視線を注いでいた。


「おい、ルッカ。出て来ねーぞ?」


一番最初にタバンさんが言葉を放った。


「ハ、ハイ! ごらんの通り影も形もありません! こ、これにてオシマイ!」


観客たちを散らせるために、半ば追い払うようにタバンさんは声を上げた。
俺以外の観客は何が起こったのかよく分からないまま広場を出て行った。


俺以外誰もいなくなったのを確認すると、タバンさんは座り込んでいるルッカに話しかけようとする。……でも。


「おいルッ」「おいルッカ!!」


タバンさんの声を遮り、俺は怒鳴りながらルッカの胸倉を掴んだ。
まるで、さっきの焼きまわし。ただキャストが代わっただけ。でも、その内容の重みはまるで違う。当然だ、人が一人消えているのだから。


「マールはどこに行った? どこに消えたんだ! おいルッカ!」


「わ……分からない」


本気で怒っている俺に怯えたような顔を見せるルッカ。
でもそれで遠慮できるほど俺は冷静じゃない。


「ふざけんな、人が一人消えてるんだぞ、分からないで済むか!」


「だって! あの子の消え方はテレポッドの消え方じゃなかった!」


俺に負けじとルッカも声を上げる。


「あの空間の歪み方、……ペンダントが反応していたように見えたけど……もっと、別の何かが……」


「だから、何かって何なんだよぉぉぉ!!」


「分かんないってば! ちょっと黙っててよ!!」


「っ!!」


ああくそ! 頭がおかしくなりそうだ……
ルッカから離れて少しでも頭を冷まそうと深呼吸する。


「……マール」


落ち着くと、マールと遊んだ今日一日を思い出す。
ゴンザレスと戦っているときに一生懸命応援してくれたマール。
猫を探しているときの真剣なマール。
クリームを顔につけながら幸せそうにクレープをほおばるマール。
レースに勝った時の嬉しそうな声を上げるマール。
……消える瞬間、辛そうな顔をしているように見えた、マール。


勿論、体が消えた後で黒い穴に吸い込まれたのだから、表情なんて分かるわけがない。
だけど、それでも……


「最後がそれなんて……あんまりだろ……生まれてきて、一番楽しい日だって言ったじゃねえかよ……」


地面に座り込んで頭を掻き毟る。
どうしようもない無力感。
地面に突っ伏して何もかも、今日のこと全てを忘れたいという思いに駆られる。


目の端にキラ、と光るものが見えた。それは……ペンダント?


「マールが消える瞬間に落としたのか」


近づいて拾おうとすると、ルッカが俺の腕を掴んでいた。
邪魔された上に、まだルッカのせいでマールが消えたんだという悪意が残っているので、反射的に睨みつけてしまった。
……睨みつけようとした。


「……ルッカ」


「クロノォ……」


ルッカは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだ。


ルッカは、正直控えめに言っても優しい人間じゃない。
見知らぬ女の子が消えても別にそれほど心を痛めはしない。
そう、自分の発明が原因でなければ。


「わ、私、またやっちゃったのかな? あ、あの子、おか、お母さんみたいに、私が、私が殺しちゃったのかなぁ……」


……ああ、なんて馬鹿だ、俺は。


知っていたはずだろうクロノ。
ルッカが発明ばかりしている理由。
まだまだ子供である時分から科学に全てを捧げた理由。
……彼女に母親がいない理由。


詳しい話を知っているわけじゃない。
知っているのは原因と結果。
単純な話だ。
ルッカが、発明を、科学を知らない頃のルッカが、自宅の機械を誤作動させた。
そして……その結果、ルッカの母さんは死んだ。


その日からルッカは発明に青春をかけた。科学に命を捧げた。
でもそれは決して機械が好きだからじゃない。
彼女は、世界で一番科学を嫌っている。
だからこそ誰よりも科学を知りたがる。機械に触れたがる。
そうしていれば、もう機械で誰かを傷つけることは無いから、機械に触れていれば、彼女は彼女の罪を忘れないから。



そうだ、だから俺は誓った。約束した。
昔々の話。
本当に、頭がおかしくなったんじゃないかという時期のルッカ。いや、あれはもうおかしくなっていたのかもしれない。研究、発明、実験。延々と繰り返し、もうルッカが外に出ることは一ヶ月に一度も無かった。
それはまだ良い。本当にルッカがおかしいのはその後。
ルッカは実験をすることができなかった。
自分自身は実験の結果を見なければならないから実験対象にはできない。かといって彼女の作るのは人間を対象にしたもの。
でも、彼女は自分の作った機械の実験で誰かを傷つけることはできない。どれだけ安全で、理論的には怪我の仕様が無くても、誰かに実験させるということが、自分で誰かに機械を触れさせるということができなかったのだ。


けれど、俺は例外。
俺のみがルッカのモルモット足りえる。
理由はなんのことはない。
俺が立候補したのだ。その時のセリフは……覚えているが、言いたくない。恥ずかしいどころではない。


でもその時誓った想いはいつでも言える。


俺は、ルッカを悲しませない。


「……約束は、守らないとな」


「……え? あ……」


ルッカの手を離させて、俺はテレポッドに近づく。その際にとても悲しそうな声をルッカが出すが、そこは我慢してもらう。だって、もうルッカが悲しむ理由はなくなるのだから。


「このペンダントが怪しいんだよな、ルッカ!」


テレポッドの上に立ち、俺は俯いているルッカに声をかける。
弾かれたように顔を上げたルッカは「え?」とビックリしていた。


「俺はさ、馬鹿だからマールが消えた理由は分かんねー。でもよ、ルッカがこのペンダントが理由でマールが消えたってんならさ、俺もこのペンダントを持ってれば……」


「そうか! 嬢ちゃんの後を追えるって訳か!」


いやあ、そこは俺に言い切らせてほしかったかな。
まあ、今まで口を挟まなかった分、タバンさんにしては空気を読んだほうか。


「クロノ……」


「大丈夫だルッカ。お前の発明品で誰も傷ついたりしねえ、マールは絶対俺が連れて帰る。だから、心配すんなよ」


「……あ」


もう一筋、ルッカの頬に涙が流れる。


「……っ! 分かった! あんたもしっかりね、私がいない間にマールとイチャイチャしてたら、頭に風穴開けてやるわよ!」


「え? マジで?」


「マジよ!」


はあ……まあ、これでこそルッカだよな。


「ルッカ! 準備は良いか!」


「ああ、ちょっと待って! ……ありがとね、クロノ」


「え?」


「スイッチオン!」



聞き返すも、タバンさんが装置を動かし始めて、続きは聞けなかった。


「エネルギーじゅうてん開始!」


二人は出力を限界まで上げていき……
マールが消えたときと同じように、装置から電気が飛び出してきた。


「ビンゴ! うまくいきそうよ!」


マールを吸い込んだ穴が現れ、体が分解した俺を吸い込んでいく。
完全に意識が途切れる前に、ルッカが何か叫んでいた。


「私も原因を究明したら後を追うわ! たのんだわよ、クロノ!」


……ああ、頼りにしてる。


それは言葉にはならず、目の前が完全に黒一色となった。











「さあて、クロノの奴上手くやるかね?」


クロノが消えて、父さんは心配そうな声を出した。
なんだかんだで、父さんはクロノを気に入ってるからね、心配するのも無理ないか……


「うちの婿候補なんだ、なんかあったら困るしなぁ……」


「おべっふ!」


口の中にある唾液という唾液が体外に放出。残弾ありません!


「むむむむ、婿って誰の!? 誰がどうしてアイツはコイツの世紀末!?」


「いやいや、うちの婿って言ってお前のじゃなけりゃあ俺の婿ってことになるぜ? いいのかよ」


「駄目、絶対許さない」


一瞬おかしくなったかなと思うくらい茹った頭は一瞬で冷め、私は父さんに改造済みのエアガンの銃口を向けていた。


「じょ、冗談だよ。怖いなあ……ああ、そういえば、さっきの女の子。心配だなあー」


あからさま過ぎる話題のそらし方だったが、一々突っ込んでまた冷やかされるのはごめんだったので乗っかっておくことにする。にしても、婿って、婿って……


「あの子…気のせいかもしれないけど、何処かで見た気がするのよね。町の中で、って訳じゃなくて」
何処だっただろう、町じゃないとするなら、もしかして……


「そうだよな、町の子がクロノをデートに誘うわけ無いよな。町の子にはルッカがクロノは私のだから、ちょっかい出さないで! って言い回ってるもんな」


「あきゃーーー!!!」
私の思考は父さんの発言で遠く向こうに飛んでいった。
いやいや、なんで父さんがそのこと知ってるのよ!?


















「……ええと、すいません。知り合いでしたっけ?」


リーネ広場から消えた俺は、何故か見知らぬ山奥で、見知らぬ背は小さいが顔は老けてるとっつぁんぼーやに絡まれていた。
……ルッカ、もしかして失敗した? 毎度のことだけどさ。











あとがき

今回SS初執筆ということで誤字脱字が半端ではないと思いますが、お許し下さると幸いです。

かの名作クロノトリガーをベースにしているのに完全なキャラ崩壊をしてしまい、ファンの方々には刺されるだろうな、という一種の諦観にも似た覚悟はしております。


後、所々漢字を使わないキャラのセリフは原作のセリフをなるべくそのまま使った結果であります。
ぶっちゃけ次からは普通に漢字を使おうと思います。
自分でも違和感を感じるので。

完全に不定期である本作ですが、末永く見守って頂ければ幸いです。



[20619] 星は夢を見る必要はない第二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 12:50
「はあっ、はあっ、はあっ!」


ありえへんありえへん! そりゃ確かに見知らぬ人間が急に現れたらビックリすると思うよ! でもいきなり襲い掛かりますかね普通!?
あと何で脛ばっかり蹴るんだ中学生の初めてのいじめみたいな事しやがって畜生!


あー、あー、ただ今アホのルッカのあほな実験に巻き込まれたマールを助けに阿呆のルッカの言うことを信じてマールを追いかけたらはい! とっつぁんぼーやに追いかけられてます!


……超展開過ぎるだろ!? なんだよそれ? たまたま拾った女の子が実は魔法の国からやってきたお姫様だったくらい超展開だよ! 俺自身がついていけませんよ! ちゅーかたまたま拾ったってなんじゃい! 女の子はたまたま拾うものじゃねぇ! 空から降ってくるんだ! 事件は現場で起きてるんだ!


「あだっ! なになになにさ!?」
あっ、ねるねるねるねみたいな言い方になった。どうでもいい。果てしなく。


後ろを見ると俺を「ヒャッハー! あいつは俺たちの晩飯だぜぇぇ!!」みたいな顔で見ているとっつぁんぼーや達の一人が野球投手の新浦みたいにきれいなフォームで石を投げていた。
凄いねそれ。走りながらよくそんなことできるね、何処の通信教育で教えてもらえますか?


「いたいよいたいよ! あかんわあれ絶対百三十キロは出てる! あいつら子供みたいな体格なんだからガキ大将剛田位の投球スピードにしとけよ!」


俺の文句が聞こえるたびに「エケケケケ!!」という笑い声が聞こえる。
多分訳すと「今夜の獲物は活きがいいな! 今から捌く時の悲鳴が楽しみだぜ!」みたいな感じなんですかね。狂ってる。


「はあ、はあ、痛いししんどいし疲れたし、もう走れねえ……」


途中の岩壁に体を預けて、深呼吸を繰り返す。当然俺を追いかけていたとっつぁんぼーや(一々そう呼ぶの面倒くさいし青色丸でいいな、肌青いし。ていうかあいつセルゲームの時に何匹かいなかったっけ?)は俺に追いつき周りを囲み始める。


「エケッ、エケケケ!!」


「あー、もう。俺ガチの戦闘嫌いなんだよ。見たら分かるだろ、腰に木刀ぶらつかせてる奴は自分に酔った可哀想な奴か、俺と喧嘩売れば容赦なくこれを使いますよって牽制してるんだから。どっちにしても喧嘩なんかしたくないビビリなんだよ」
ちなみに俺は二つのうち両方当てはまる。


言いながら俺は木刀を両手で持ち、青色丸達を見据える。数はそれほど多くない、一人一撃で倒せば特に怪我も無いだろう。きっと、多分。恐らくは。


青色丸たちは「お、俺達とやろうってのか?」と言わんばかりに顔を見合わせて笑っている。
そりゃあ、今まで泣き言を叫びながら逃げ回っていた奴が急にカッコつけても笑えるだけだろうさ。


「笑え、笑え。何にもできないただのアホと思ってればその分俺の勝率は上がる」
ついでに俺も休憩できる、と心の中で呟き一瞬、ほんの一瞬だけ俺も気を抜いた。


……それがいけなかった。


顔を見合わせていた青色丸たちは打ち合わせでもしてたんですかというタイミングで同時に俺のほうを向き、閃光の如きスピードで俺に襲い掛かった!


「う、うわあっ!!」


とっさに木刀を右になぎ払って俺にダメージは無かったが……それ以上に最悪な事態となってしまった。


「おおおお折れたぁぁ!!!」


そう、青色丸三人分の蹴りとパンチに耐え切れず木刀が半ばから叩き折られたのだ。一人一撃で倒す? 夢見てんじゃねえ!


呆然としている俺に、青色丸の一人が実にいやらしそうな顔で近づいてくる。
途中で地面に落ちている折れた木刀をバキッと踏み潰しながら。


「エケケケケ……」


無駄に訳してみると「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミで以下略」ってなところかな。なんともアメリカンな野郎だ。


「……フッ」


ニヒルな笑みを浮かべ、背中に手を伸ばす。その動作に青色丸たちは怪訝な顔をして、すぐにまた警戒態勢へと戻り、俺から少しずつ離れていった。
どうやら、奥の手のさらに上位に位置する奥義を使わねばならんようだ。
驚くなよ? 俺はこの手でルッカの追撃を五回も振り切ったんだからな! (捕縛回数千前後)


「おらあああああああぁぁぁぁぁ………」


俺は全力で青色丸たちに走り出す、と見せかけて明後日の方向に力の限り走る。
奥義、「ハッタリ」である。


いやいや、背中になんかなんも隠してないし、木刀が折られた時点でまともに戦うなんて選択肢存在しねえんだよ。誰だって好き好んでタイガー道場になんか行きたくねえよ!


クロノ、心の俳句、と締めた後に数秒遅れて青色丸たちが走り出すがもう遅い。俺の逃げ足は弾丸より速いとと学校のホームルームで俺自身が宣言したのだから。


青色丸たちの声がエケケという笑い声からゴガッゴガガッ! という怒声に変わる頃には俺は風と一体化していた。気分はボルト。








青色丸たちから無事逃走を果たした俺は、山の途中から見えた町に向かうこととした。
山を降りる間にもう無駄に色々あった。
宝箱があったのでパネえ! パネえ! と喜びながら空けてみると二週間くらい洗ってなかった靴下みたいな臭いのする手袋。崖下の滝に宝箱ごと叩き落した。
気を取り直して歩き出すとまた宝箱があったのでもう騙されるかと中身を見ずに崖下に蹴り落とした。落ちていく途中で蓋が開き、中からポーションが出てきたことを覚えている。(ポーションとは体力回復の薬である。勿論あって困るものではない)
買ってきたプラモを帰り道で落として壊してしまった時のような感覚に襲われていると、下からグギャア!! という鳴き声が聞こえた。
え、なに? どういうイベント? と戸惑っているとなにやらバサバサと大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
大鷹でもいるのかね、と思っていると下から俺と同じくらいの大きさの鳥が二匹現れた。
片方は頭から血を流しており、なるほど、俺の落とした宝箱が当たったのかと推理する。どうかねワトソン君!
まあ、その鳥だけでもまずいのだが、もっとまずいのは鳥ではない。
その鳥の足を掴んで一緒に現れたのが……そう、青色丸である。
俺の顔を見るなりグゲエエッ! と叫んだところを見るとさっきまで俺を追いかけていた奴らに違いない。
ふざけんなよ! 鳥の足を掴んでやってくるとかガッシュかよ! と悪態をつきながらリアル鬼ごっこが再開された。
喘息の発作なみに息を乱していると、なんだか急にテンションが上がってきた。ランナーズハイというやつだろうか?
少しランラン気分で歩いているとなんだろう、青色丸二人が人間の胴体くらいありそうなアルマジロでサッカーをしている。
控えめに言っても冷静ではなかった俺はその光景を見て「よーしーてー!」と声をかけてしまったのだ。
こうして、俺は他人とは適度な距離を持って接するべき、と学んだ。


「とにかく……たいへんだったんですよぉ……分かります?」


「分かるよ兄ちゃん。とにかく飲みねえ飲みねえ!」


無事下山することができた俺は喉の渇きを潤すため町の宿屋に入り、現在酒をバカスカ飲んでいるところである。


「はい……幼馴染の女の子はなにかっちゃあつっかかってくるし、折角のお祭りで知らない女の子に飛び膝蹴りかまされるし、あげくその女の子はスカタンの幼馴染の実験に巻き込まれて消えちゃうし、後を追ったらあの山の中にいるし……もう散々です……」


隣に座っている気の良い親父に愚痴を聞いてもらい、放しているうちに両目から涙が溢れてきた。
俺の人生にいつ幸福期が来るのだろうか?


「うん、裏山? そこは確かリーネ王妃が見つかったところじゃねえか」


「え、女の子がいたの!?」


どっぷり漬かった酒気が覚め、親父さんに話を促す。


「こらこら、王妃様に女の子ってのは無礼だぜ? ……まあ確かに久しぶりに王妃様の顔を見たが、確かに女の子って言えるほど若々しい人だったな。前に見たときよりさらに若返って見えた」


「王妃? ……まあいいや。あのさ、その子の特徴教えてくれない!?」


「だから……もういい。ええと、王妃様は美しい金色の髪の髪を後ろでくくってらっしゃった、服装は見つかったときはラフな白い服だったな。そして、これは見間違いかもしれねえが、背中にボーガンをつけてた気がするな」


「……ビンゴだ! サンキュ、親父さん! 最後にもう一つ。その王妃様には何処で会えるんだ?」


そう問うた俺に親父さんは眉をひそめて、


「はあ? 王妃様に会うなら、城に行くしかないだろうが」


……なるほど、道理だ。ところで……


「あの、お城って民間人でも入れますかね?」


親父さんの答えは何言ってんだ? お前大丈夫か? だった。



星は夢を見る必要は無い
第二話 急展開ってなんだかんだで必要な要素なんだよね








「着いた……ここがガルディア城か……」


宿屋からここに来るまで、まあ無難に色々あった。
肌が緑色というだけで、青色丸と姿形が全く同じの緑色丸が城にいく道筋の途中にある森で闊歩してたり。
草むらで何かガサガサ動いてるから何かなー?と思って除いてみると中から化けもんたちがウジャウジャ出てきたり。
草むらで何か光ってるからお金かなー? と思って近づくとモンスターがアメフトなみのタックルをかまして逃げて行ったり。
単行本にして三分の一は描写できそうな冒険だった。
まあ基本俺はワーワーキャーキャー言ってただけなので大層つまらない本になるのは間違いない。


「……しかし、こっからが問題なんだよな」


途中の立て札に用の無い者は来るな! 乗らないのなら帰れ! とにべもない言葉が書かれていた。乗るって何に?


まさかいきなり「すいませーん? 王妃様います? それ多分俺の友達なんで返してくれません? まじ、迷惑なんですけどー」
と言ったところで返してくれるわけが無い。
多分「そいつは悪かったねー。よいしょい!」
と言いながら槍を突き出してくるだろう。
そして俺はバッドエンド~宿命はいつまでも~とかロゴが出てきて終わる。何か良い案は無いだろうか……?


「……奥義を使うべきだな」
またの名をはったり。


俺は威風堂々と城の門を開けた。






「どうも、天下一品です。ご注文の品を持ってまいりました」


「待て! 何者だ!」


まあ、何食わぬ顔で入っても城の門番が許すわけが無い。普通に俺の肩を掴み尋問する。


「いや、ですから天下一品です。ご注文の品を……」


「……そのご注文の品はお前の懐の中に入ってるのか?」


懐疑的な目で見てくる兵士。にしても訳の分からんことを言う。天下一品といえばラーメンか餃子かチャーハンか。とにかく懐に入るような物でないと何故分からないのだろう。


「懐になんか入るわけ無いじゃないですか。頭働いてます?」


「じゃあ何でお前手ぶらなんだよ! 注文の品って何だよ!」


……なるほどね、それは盲点だったぜ。確かに両手に何も持っていないのにラーメン屋の出前のフリをするのは難しかったか……


「じゃあ税務署の方からです」


「いやあ……もう無理だよお前……修正効かないよ」


「……やっぱり駄目ですかねえ?」


俺が聞くと二人の兵士は同時にこくりと頷き、俺の腰に蹴りをいれてきた。とても痛い。


「ほら、とっとと帰れ! あんまりウロチョロするようならひっ捕らえるぞ!」


「蹴りを挟んだ理由は何だ!」


涙目になりながら講義する俺。暴行罪で訴えてやろうか、なおかつ勝ってやろうか。


「おやめなさい!」


騒々しい城の入り口に響き渡る凛とした声。
それは醜い争いをしていた俺達の動きを止めるには十分すぎる力を持っていた。


「リ、リーネ王妃様!」


兵士達が動作を再開し、跪く。
俺は何がなんだか分からないという顔で声の聞こえた方向を見る。


そこには、荘厳なドレスを纏った、マールがいた。
触れれば折れるのではないかという細身の女の子に、無骨な兵士達が傅いている。
本で何度も見たことのある光景。それがこんなに神々しく見えるのは、マールの力なのか、城という舞台に影響されてなのか。


「その方は私がお世話になった方。客人としてもてなしなさい」


「しかし、こんな怪しい者を……」


兵士の一人が、抗議ともいえない意見を放つ。
もう一人も口にはしないが、同じことを思っているようだ。


それを感じたマール……いやリーネ王妃は二人を交互に見て、口を開いた。


「私の命が聞けないと?」


ゾクリとした。
声を荒げているわけではない。
刃物を突きつけられているでもない。
ただ、その声の平坦さ、感情の不透明さが怖かった。
まるで、見えない手に心臓を軽く握られたような……


「め、滅相もありません! どうぞお通りを!」


急いで言葉を繋ぎ、視線を下に戻す。
俺が言われた訳じゃないのに、あれほどの恐怖が生まれたんだ。
言われた本人達の心情は押して知るべし、ってやつだ。


リーネ王妃は「フフ……」と妖艶に笑い、城の奥に戻って行った。


妖艶、恐怖、荘厳。
俺の知っているマールとかけ離れた印象を持つリーネ王妃。
……本当に、本当に、リーネ王妃は……


「マール、なのか?」


俺の小さな呟きは、城の大広間に響くことは無く、俺自身に向ける疑問として残った。


















おまけ



それは今から六年ほど前のこと。


「ルッカ! もうちょっと優しい実験にしよう? でないと俺若い身空でこの身を散らすことになってしまう……」


「駄目よ、この実験が成功すれば私の理論は飛躍的に進むんだから。そう、時を越えることもできる……かもね」


「嫌だぁぁぁ!! 時を越えるのにどうして俺が十万ボルトの電撃を浴びなきゃなんないんだよぉぉぉ!! ただの拷問じゃん!!」


「うるさいわね! 私だって結構この実験の必要性に疑問を持ってるんだから! 覚悟を決めなさい!」


「うわあああ本末転倒の支離滅裂だぁぁぁぁ!!!」


―――――春のことである。





「ルッカよお、まぁたクロノを苛めたのか?」


「苛めてない。実験よ実験。科学の進化に犠牲はつきものなのよ」


「実験ねえ……」


それから二人の間に会話が途絶える。
二人とも、別に気まずいとは思わない。互いが互いに研究をしているときには会話なんてもっての外だし、会話が無くても相手が何を考えているのか分かる。
ルッカとタバンは普通の親子よりも強い絆で結ばれているのだ。


「やっぱあれか。普通に遊ぼうって言うのが恥ずかしいんだろ? やっかいな娘に惚れられたなクロノは」


「っっ!! あいたあ!!」


急なタバンの発言に驚き、ルッカは手に持ったトンカチを足の指に落としてしまった。
顔が赤いのは羞恥か、はたまた痛みの為か。


「ととと父さん! ぜっ、全然そういうんじゃないし! クロノとか、クロノとかもうそういう風に見る対象としてありえないっていうか、いやむしろクロノって誰? みたいな! そんな奴いたかなぁ……? って悩むくらいの存在よ私の中では!!」


一息で言い放つ娘に「ほーほー」と聞き流すタバン。今も昔もルッカは父親には勝てないのだろうか。


また、先ほどと同じような沈黙が降りる。
ルッカも気を取り直し、作業に戻る。
タバンは何やらトンテンカンテンハンマーで何かを叩いているようだ。
それは然程時間のいる作業ではなかったらしく、二分程度で手を休める。
ルッカは電線と電線を繋ぎ合わせ溶接するという極めて集中力の要る作業を行っていた。
当然、そんな時に話しかけるなど言語道断、初めてのアルバイトにメモを持ってこないくらいの暴挙だった。


が、残念ながら、タバンに空気を読むというスキルは備わっていなかった。


「クロノ目覚ましの調子はどうだ? ほら、数百種類のクロノの声が録音されてるやつ。あれのおかげでお前朝起きるたびにニヤニヤしてるもんな」


「ななななんで知って! ってあつううううぅぅぅ!!」


タバン家は、トルース町の名物一家として町に様々な話題を提供している。



[20619] 星は夢を見る必要はない第三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 12:56
城に着いた俺は王様に謁見し、「疲れただろう、地下の騎士団の部屋で休みなさい。後風呂にも入りなさい。とても臭い」とありがたい言葉を頂いたので柔らかいベッドで熟睡する。勿論風呂にも入る。食堂で飯も食べる。無料だったし。


「うーん、お城ってもっと煌びやかな所かと思ってたんだが、なんか置いてあるもの全部が古臭いな。レトロブームなのか?」



そもそも、この国はガルディアではないのだろうか? トルース町の雰囲気から見るに、俺が今まで住んでいた所と違うのは一目瞭然。まずリーネ広場があった所に山が鎮座している時点でおかしい。
あと、この国なんか臭い。変な靄が立ち込めてて前が見辛い。
しかし、元の世界(俺が生まれ育った場所)とこの世界(ルッカの機械で飛んできた今いる場所)で類似点が多々存在する。


まず、町や城の位置。
海沿いに町が並んでいる点や、森を抜けたら城があるのも元の世界とまったく同じ、遠くから見ただけなので詳しくは分からないが、城の南西に橋があるのも確認済みだ。
次に地名。
城に来る前に立ち寄った宿屋から、ここはトルース村だと聞いた。
村か町かの違いはあれど、『トルース』という共通点は見逃せない。
それだけならば偶然で済むかもしれないが、どうやらこの城の名前も元の世界にあった城と同じ名前、『ガルディア』城らしいのだ。


疲れて碌に頭が回っていなかったとはいえ、ここがどういう所なのか考えていなかった俺は中々大物のようだ。


「うん、何事もプラス思考で生きていくべきだ。決して自分を卑下してはいけない」


独り言を呟きながら何度も頷いている俺を見て兵士達が
「医者呼ぶ?」「手遅れでしょ」
と失礼極まりない会話をしている。
これだから田舎者は困る。セレブリティな俺を見習うが良い。セレブリティって何だっけ?


ちなみに俺がここに着いたのは六時間前。
風呂に入って飯食って寝たらまあそれくらい時間が経つよな。
最初の一時間はリーネ王妃がチラチラとこの部屋を覗いてきたが、まずは寝かせてほしかったので無視していた。
いやあ、あれがマールじゃなかったら今までの苦労無駄だなー……と考えると確認するのに多大な勇気が必要だったので、まあぶっちゃけ後回しという名の現実逃避である。


「……そろそろ行くか? でもなあ……」


それも度を越えれば後悔に早代わり。
人を待たせといて風呂入って寝るってどうなの?やばいなあ、あれがマールでもリーネ王妃でもやばい。
マールなら「待たせすぎだよクロノ、息絶えろ」とか言いながらボーガン乱射しそうだし、リーネ王妃なら「私をこれだけ待たせるとは、不敬罪です。裁判などいらぬ、斬って捨てよ」とか言われそうだし。


「いや、マールは優しい子だ。きっと『焦らせ過ぎだよクロノ! そんな貴方にフォーリンラブ!』とか言い出したり……しますかね?」


「知らねえよ気持ち悪い」


隣のベッドで横になっている兵士に声をかけると冷たい言葉を返された。
これだから田舎者は。コミュニケーション力が足りない。コミニュケーションだったっけ?
てか、よく見ると貴方ほいほいソルジャーにそっくりですね。家族の方ですか?


「……行くしかないよな。これで帰ったら馬鹿だもんな」


そもそもルッカが迎えに来てくれない限り帰る方法なんてない。
やだやだ、なんだろこの怒られるが分かってて学校に行く気分みたいなの。


ベッドから降りて城の大広間に向かう。そこから王妃の部屋まで行くらしい。
溜息をつきながら階段を上がり、大広間に出るとなにやらメイドやら兵士やらが騒いでいた。
少しでも怒られるのを先延ばしにしたい俺は右往左往しているメイドの一人に話しを聞いてみることにした。


「あの、どうしたんですか? おなか痛いんですか?」


「リーネ様がいなくなったのよ!」


なるほど、リーネ王妃がいなくなった、と。
そういえばちょっと前まで姿を消していたらしい。なんともお転婆なことだ……って!


「お転婆とか古っ! じゃなくてリーネ王妃がいない!?」


え?どうするの? いやいやリーネ王妃がマールだとしたら俺の目的が消えたって事ですか?
俺が悪いのか!? 俺がグータラして中々会いに行かなかったのが悪いのか!?


「誰か怪しい人間はいなかったのか!」


「王妃様の部屋には誰も入ってません!」


「何? 客人が来ると仰っていなかったか!?」


「それが、その客人の方が中々現れなかったので度々部屋から出ておりましたが……」


「……となると、怪しいのは……」


……何で俺のほうを見ているのだろう。
あれだろうか、無料だからといって食堂で肉ばかり食べたからだろうか?栄養バランスを考えろ!みたいな。


「貴様ぁ、よくも王妃様を!」


違うね、俺の健康を心配してる感じじゃないね、これ。剣抜いてるもん。ツンデレにしてもおかしい。


「ちょちょ、違うって!俺は騎士団の部屋で寝てただけですよ!? 証人! 証人を呼んで下さい!」


「確かにお前が騎士団の部屋にいたことは確認されている。だが、お前がここに来てからずっとお前を見張っていた人間はおらん。我々はずっと部屋で休んでいる訳ではないのでな」


つまり騎士団の部屋は入れ替わりが激しいので俺のアリバイを完璧に証明してくれる奴はいないと。
何だよその疑わしきは罰する構え。


「は、話し合おう! 話せば分かる! 何事も!」


「そういうセリフは悪役が言うものだ。尻尾を出したな貴様!」


「だああ! ゲームのやり過ぎだあんた!」


どうやらリーネ王妃は随分慕われていたようだ、兵士達は王妃の危機に冷静さを失っている。外部の犯行という可能性の前に俺という不審人物の存在に目が奪われ短絡的な発想に帰結する。浅はかな!!
……いや、確かに急に城に現れた奴を疑わない訳はないか。しかも現れてすぐ王妃が消えたらそりゃあもう。
おまけに俺はリーネ王妃に客人としてもてなせ、と言われたのだ。犯行は容易、そう考えるのに何の不思議があろうか。


「……詰んだな」


「さあ極悪人! 王妃様を何処に……」


ドガァ!!!!


「ぐふっ!」


もう言い訳できませんねこれ、と諦め、両手を上に上げた瞬間、城の扉が爆発し近くの兵士が吹き飛んだ。


「クロノ! いる!?」


その犯人はタイミングが悪いか良いかで言えば悪いに三万ペソのルッカだった。


「あ、ああ、います」


「ああいた! もう何回叩いても扉を開けてくれないから思わず吹き飛ばしちゃったじゃない! 門番の奴ちゃんと仕事しろって感じよね!」


思わず吹き飛ばすなんて行動ができるのは古今東西ルッカだけだと思う。
しかし、今回ばかりは助かった!


「とりあえず、無事でよかったわ! それよりあの子は?」


「それどころじゃねえ! 逃げるぞルッカ!」


「ちょ、ちょっと!」


ルッカの手を握り吹き飛んだドアから逃げ出す。我に返った兵士達が追えー! と叫んでいる。
普通の服しか着てない俺達に、鉄製の重たそうな鎧を着込んだ兵士達が追いつけるわけはなかった。
一つ怖かったのが逃げている最中ルッカが何も言わなかったこと。
口には出せないけど、ルッカの手汗が気持ち悪かった。びっしょびしょなんだけどこいつの手。


森から抜け、今分かることは、俺はマール救出に失敗したということだけだった。






星は夢を見る必要はない
第三話 爬虫類は実験対象








「で、どういう訳か説明してくれる?」


全力で走ったせいか顔の赤いルッカがそう切り出したのはトルース村の宿屋だった。
兵士達に追われているので長居はできないが、ルッカ曰く「森の途中で振り切ったからね、多分今は森の捜索中。村にまで捜索がかかるのはまだ先よ」の言葉を信じて、ここで休憩することになった。


二人で水を二杯ずつ飲み、俺はルッカに何があったのか説明した。
俺がグータラしたことは言わなかったが。


「何ですって、リーネ王妃がいなくなった!?」


驚いて大声を出したルッカの口を慌てて塞ぐ。
まだ村の人たちはいなくなったことを知らないのだ。ここで騒がれたら兵士達が来るかもしれない。


俺の考えていることが分かったのだろう、ルッカは一つ頷き、俺は手を離す。
何でちょっと残念そうなんだよ。


「……やっぱりね」


何事かを考えていたルッカは何か自己完結していた。


「おい、何が分かったんだ? 俺にも説明してくれ」


身を乗り出す俺を手で制して、ルッカは話し出す。


「あの子が消えるとき、どこかで見た顔だと思ったのよ」


ふんふん、と何度も頷いて先を促す。
ルッカは人に何かを教えるとき焦らす傾向がある。教師には向かない性分だ。


「ここは王国は王国でも随分と昔の王国みたいね」


辺りを見回して電波な事を言い出す。
……あれ?妙な方向に話しが向かってませんか? ルッカさん。


「あの子は昔のご先祖様に間違えられたって訳よ。あの子は私たちの時代でもお姫様、そう……」


ルッカは一度言葉を区切り、立ち上がってさあ驚けといわんばかりに両手を掲げて話し出した。


「マールディア王女なのよ!」


「……ああ、そう」


やばいぞ、頼りにしていたルッカがおかしくなった。
あれか、この前二人で見に行った紙芝居に影響を受けたのだろうか?
時を駆ける幼女だかなんだか。


俺の薄いリアクションを見て恥ずかしくなったのかルッカはしずしずと椅子に座りなおし、俺を睨みつけた。


「で、マールは何処に行ったんだ? さっさと結論を言えよ」


「……いなくなった、というのは間違いじゃないけど、正確じゃないわね。いなくなったんじゃなくて、『消えた』のよ」


メーデー! メーデー!
電波領域急速に拡大していきます!


「つまりマールディア王女はこの時代の王妃の子孫なの」


やばいぞ、黄色い救急車を呼ばなくてはならない。


「そして、この時代の王妃がさらわれた……本当はその後、誰かが助けてくれるはずだった。でもね、歴史は変わってしまった。マールがこの時代に現れて、王妃に間違えられてしまい、捜索が打ち切られたのよ。……もし、この時代の王妃が殺されてしまったら……」


真剣な顔で俺を見るルッカ……
これほどにマジなら、過去に来たとかいう話も本当なのか?
……ああ、こいつお菓子の当たりを確かめるときもこんな顔してるわ、結論、信じられるか。


「その子孫であるマールの存在が消えてしまう……でもまだ間に合うわ! 今からでも王妃を助け出すことができれば、歴史も元に戻るはず!」


熱弁しているルッカの横で俺はマスターにチョリソーを注文する。
この辛さがたまらない。


「おそらく、この時代の王妃に何かあったんだわ。だから、子孫であるあの子の存在そのものが……」


「あっマスター、香辛料ドバドバいれて。味が濃ければ濃いほど好きだからさ、俺」


「とにかく、本物の王妃の行方を捜さなきゃって聞いてるのクロノォォォ!!」


「あっつい! 鉄板に俺の顔を押し付けるのは駄目ぇぇぇ!!」


こうして、二度目のマール捜索改め、王妃捜索が始まった。







何の手掛かりもなしに王妃を探すのは無理だ。城の兵士達が探しても見つからなかったんだ。
俺達二人で無闇に探しても見つかるわけがない。
兵士達に追われている俺達は急いで行動を開始した。早く手掛かりを見つけないと牢屋に入れられる過程を飛ばして死刑かもしれない。
ルッカは宿屋を出てグッズマーケットや家の外に出ている人たちから聞き込みを開始するらしい。
俺はまた走り回るのは嫌なので、宿屋で酒を飲んでいる酔っ払いたちに話を聞くことにした。

「王妃様? もう見つかったんだろう?」

「うーん、兵士達が探しても見つからないような場所? そんな所この国にあるかねえ? 強いて言えば魔王城かな?ハハハ!」

「そりゃあもう、うちの母ちゃんは王妃様に勝るとも劣らない美女よ、ガハハ!」

「何だ? 色んな人に聞き込みをしてる? ルサンチマン気取りか!」


とまあ多様な話を聞いたがこれといって重要そうなものは何一つなかった。はっきり言って時間の無駄だった。


「おい」


「え?」


肩を叩かれ、振り返ると頭にバンダナをつけた男が立っていた。


「王妃様のいる所だろ? 一杯奢ってくれれば教えてやるぜ?」


男がそう切り出すと、近くにいた酔っ払いが口を挟んだ。


「おいおい、王妃様はもう見つかったんだぜ? 裏山でな」


「何? そうだったのか」


ちぇ、酒代が浮くと思ったんだけどな……とこぼしながら椅子に座る。
俺はそいつの隣に座り、マスターに酒を注文し、それを男に渡す。


「おいおい、いいのかい? 俺の情報はもう無駄になっちまったんだぜ?」


「いや、俺にはそれが重要なんだ。あんたはどこに王妃様がいると思ったんだ?」


男は眉をひそめながら、酒を口に含み、飲み下してから口を開いた。


「俺は城の西に立てられた修道院が絶対に怪しいと思ってたんだ。まあ、的外れだったみたいだがな……」


……修道院か、そこに賭けるしかないな。
村の中なら村人が気づくだろうし、裏山は捜索隊が探した。城の中なんて馬鹿なことはないだろう。
探せるところなんて追われる身の俺たちには限られてるんだ。


席を立ち、ありがとうと男に言い残して、店を出ようとする。
すると、後ろから情報を教えてくれた男が俺に声を掛ける。


「俺の名前はトマ! 世界一の冒険者さ! 坊主、お前の名前は?」


世界一の冒険者とは大きく出る。
それに触発された俺は、振り向いて、親指を自分に向けて高らかに宣言した。


「俺の名前はクロノ! 世界一の色男だ!」


店を出るときに聞こえた声は、宿屋にいる人間の爆笑だった。
二度と来るもんかこんな宿屋。


グッズマーケットで店主を締め上げていたルッカを見つけて、二人で修道院に向かう。
店主を締めていた理由は「商品が割高だったから」だそうだ。割高くらいなら勘弁してやれよ……
とはいえ、俺の折れた木刀の代わりに青銅の刀を買ってくれていたのは嬉しかった。
ありがとうと久しぶりに本音で言ったら「これであんたに借りてた借金はチャラね」だった。
……これ、四百ゴールドもするんだ。









「これが修道院か。俺、初めて来たよ」


「私もよ。私達の時代に修道院は……あるのかもしれないけど。船でも使わないと行けない所にあるからね。トルースに住んでる人達は見たこともないんじゃないかしら」


中に入ると、石製の床に赤く長い絨毯が入り口から奥まで敷かれてあり、六つの長椅子が置いてあった。
そこに三人の修道女が座って何かしら祈りを捧げていた。
はっきりと言うのは失礼かもしれないが、とても口が臭かった。何食ったらあんな口臭になるんだろう。


「さあ、貴方達もかわいそうな自分達のために祈りを捧げてはいかがですか? ククク……」


「友達いないからってそういうことばっかり言うのやめたほうがいいですよ、性根まで悪く思われますから」


「……どうかこの愚かな者に裁きの雷を……」


これだ。
口が臭いだけに飽きたらず、口が悪い。
ここに来てから思ったんだが、この世界はとことんまともな奴が少ない。
トマくらいのもんじゃなかろうか?
あと俺に無料で飯をくれた料理長。テンションは大変うざったかったが。


「結局手掛かり無しか」


「あんたね、これだけ怪しいところも早々ないってくらい怪しいじゃない、この修道院。ここにいる人たち絶対何か悪どいことしてるわよ」


「こらこら。人を言動と口臭で差別するもんじゃないぞ、犬みたいな臭いのする人がいてもいいじゃないか」


「犬、っていうか下水臭いのよねここの人たち。修道女なんだったら歯くらい磨きなさいよ」


俺達の会話が聞こえるたびに修道女の皆さんの口が大きく横に裂かれていくのは気のせいだろうか?


「なあルッカ……あれ?」


「どうしたの、何か見つけた?」


床に何か光っているものがあったのでそれを拾い上げてみた。


「……それって」


後ろからぎぎっ、と音が聞こえる。
修道女たちが椅子から立ち上がったのだろう。


「これ、ガルディア王国の紋章じゃない!」


「え?」


俺が聞き返すと、修道女が素早い動きで俺達を囲む。
……なんかデジャヴだな、これ。


「よくも気づきましたね、この場所の秘密に」


修道女Aがサスペンスの犯人みたいな雰囲気を出す。


「まあ、あれだけ罵詈雑言を重ねてくれた貴方達を帰す気はさらさらありませんでしたが……」


修道女Bが憤怒の表情で脅す。


「とにかく、貴方達二人は私たちの美味しいディナーに……」


修道女Cが舌なめずりをしながら俺とルッカを見る。


「スパイスは……貴方たちの悲鳴よ!!」


修道女Dが叫ぶと、四人の体から青い炎が噴出してくる!
数秒の間に炎は彼女らの全身を燃やし、急速に炎が消えると、そこに立っていたのは下半身が蛇の、舌の長い化け物だった。


「! モンスターよクロノ、気をつけて!」


ああ、ルッカがシリアスな顔になってる。
じゃあ言っちゃ駄目なんだよな。
戦隊物の悪役みたいだって。
心にしこりを残しつつ、俺は青銅の刀を抜いた。


ルッカは右側の蛇女に改造エアガンを撃ち、蛇女はそれを右手で叩き落す。その隙に俺とルッカは囲まれた状態から脱出して、壁を背にして向かい合う。
ルッカはここからどう動くかシュミレートしているが、その前に重大な問題をルッカに告げなくてはならない。
これは、俺達の生死にかかわる問題だ。


「なあ、ルッカ。大変だ」


「何よクロノ! 大事なことなんでしょうね!」


「ああ、実はこの青銅の刀なんだが。重くて振り回せない、どうしよう」


「………」


ルッカがあまりに冷酷な目で俺を見るが、仕方ないじゃないか。
今まで木刀しか振り回してなかった俺が青銅なんて物を扱えると思うほうが間違いだ。
鞘に入れて腰につけてた時から辛くてしょうがなかった。


「今言う? ねえクロノ。それ今言わなきゃ駄目? もうすこし前に言ってくれたら私も対処できたんじゃないの?」


「だって……格好悪いから」


「あんたのその変なプライド、帰ったら実験で粉々にしてやるからね」


帰りたくないなあ。
いっそここで蛇女に投降してルッカを叩きのめすというのはどうだろうか。
淡い希望を持って近づいてみると右手で一閃された。駄目ですか。


「ああもう! 肩に乗せて叩き切るならできるでしょ! 一撃必殺の気持ちで挑みなさい!」


「はいはい、……ああ、重たいし肩が痛い」


これ以上文句を言うとルッカがぶち切れそうなのでやめておく。
今もチラチラ銃口が俺の方を向くのだから。


「シャアアアア!!」


「「うわあああ!!」」


俺とルッカが同時に右に転がり避ける。
転がりながらも蛇女に何発か銃を撃つ根性はすばらしい。っていうか良いな飛び道具。俺も弓とかにすれば良かった。木刀なんか持ち歩かないで。


「クロノ! あんたが前に出ないと私にも攻撃が来て照準が合わせられないでしょ! とっととつっこみなさい!」


「だから青銅の刀が重たすぎて振れないんだって! 俺今肩に乗っけてるけどこっから振り下ろすのやっぱり無理だわ! もう腕が痺れてきてるもん!」


「役立たず! ……ああ、仕方ないなぁ…これ凄いレアなのに……」


ルッカはポケットを探ると、中から小指の第一関節程の大きさのカプセルを取り出した。


「なにそ、んぐっ!!」


取り出すや否やルッカはそのカプセルを俺の口に突っ込んだ。
凄いイガイガする。喉が痛い。これ口の中に入れていいのか?


「げほっ、げほっ!! ……何するんだよルッカ! 殺す気か!」


右手に刀を持って切っ先をルッカに向ける。ああ、これをルッカの頭に振り下ろせたらなんと快感だろうか。


「もう重くないでしょ? その刀」


「え?」


言われてみると確かに軽い。
さっきまで引きずりたいくらい重たかった青銅の刀が今では木刀と同じくらい、下手をすればそれよりも軽いように感じた。


「パワーカプセル。古代文明の遺産とされるもので、飲めばその人の力を上げてくれるって代物よ。……言っとくけど、とんでもなく珍しいんだからね? 感謝しなさいよ」


「なるほど、これなら……」


「シャアアア!!」


再び襲い掛かってきた蛇女の腕を左に避けて、後ろ首に思い切り刀を叩きつける。
嫌な音が響いて、一匹目の蛇女が崩れ落ちた。


バンバンと銃声が鳴り、俺を後ろから襲おうとした蛇女の腕から血が流れていた。


「「闘える!」」


夜の修道院に、俺とルッカの声が調和した。








「ふー、ビックリした」


俺が戦えるようになると戦いはあっけなく勝負がついた。
決め手は俺が昔開発した技、深く息を吸い、息を吐きながら相手に回転しながら何度も切りかかる回転切りだった。
たまたま近くにいた蛇女二匹を葬り去った俺はもう神と言えよう。
残りの一匹はルッカが持ち歩いている小型の火炎放射器でケリがついた。
何で火炎放射器なんか持ち歩いてるの?とかそれ最初に使えば俺が戦う必要なかったんじゃ? とかは言えない。
燃えながら絶命していく蛇女を見てニヤ……と笑ったルッカは人外の者と契約していると言われても納得できた。凄い怖かった。


「まあ、思ったより手強くはなかったな、むしろ楽勝?」


「あんた、最初の体たらくを忘れてよくそんな……」


「シャアアアッ!!」


「!?」


「ルッカ! 危ない!」


呆れたように俺を見ていたルッカは急に後ろから現れたモンスターに気づくのが遅れてしまった!


俺は刀に手をかけて走るが……間に合わない!!


モンスターの右腕がゆっくりとルッカに迫り………


「やめろ、やめろ! ぶっ殺すぞてめええぇぇぇぇ!!!」


無情にも、その腕は止まらず、ルッカの体を引き裂……かなかった。


「ギシャアアアァァァ!!!」


修道院の天井から現れた俺より少し背の高い……かえる? 男がモンスターを切り伏せ、ルッカに怪我はなかった。……かえる?


「最後まで気を抜くな、勝利に酔いしれた時こそ隙が生じる」


何か言ってる。かえるのくせに。
かっこいいこと言ってる。かえるなのに。


「お前達も王妃様を助けに来たのか?この先は奴らの巣みたいだな。どうだ? 一緒に行かないか?」


「あなたは……!?」


ルッカは俺の後ろに回り、顔だけ出してかえる男を見る。


「クロノ、知ってるでしょ。私カエルは苦手なのよ……」


「俺はお前が俺の後ろにいる今の状況が怖い。何をされるか分からんからな」


「……」


無言で俺の首を絞める。
ほら、こういうことをするからお前に背中は見せられない。


「まあ、こんなナリをしてて信用しろといっても無理か……いいだろう、好きにしろ、だが、王妃様は俺が助けに行かなければならないんだ……」


言い終わるとかえる男は俺達の前から離れていく。
……なんでかえるなんだろう?


「ま、待って!」


立ち去ろうとするかえる男にルッカが声をかける。


「わ、悪いカエ……人ではなさそうね……うーん……ねえ、どうするクロノ?」


「何が? 実験用に捕獲するかどうかって事?」


「ほ、捕獲?」


俺の発言に動揺するかえる男。
心持ち頬がひくついている。


「……そうか、そういうのもありよね、考えてみれば間違いなく新種の生き物なんだし」


「おい! 人を珍しい生き物扱いするんじゃねえ!」


「よし、クロノ。捕獲よ」


「ええー、触ったら粘つきそうだし、嫌だよ」


「こいつら助けてもらった恩も忘れて……!」


剣に手をかけるなよ、最近の奴は脅せばなんでも済むと思いやがって。


「じゃああれよ、このかえるを捕まえたら、帰ってもあんたを使って実験しないわ。どう?」


「抜け、爬虫類。テメエは俺を怒らせた……」


「怒るのはこっちだろうがドアホ!」


いくら喚こうと無駄だ。ルッカの実験から逃れられるなら俺は鬼になる。俺自身が笑えるなら、俺は悪にでもなる。


「今、俺の脳内でかかっているBGMは~エミヤ~だ。何人たりとも俺を止めることはできない……」


「……あー、なるほど。ちょっと痛い目を見ないと礼儀と常識が分からんらしいな、お前ら!」


戦いの結果はあえて語らない。
ただ、三合ももたなかったことだけは記しておこう。
……いけると思ったんだよなあ。







結局、目的が同じもの同士で戦って馬鹿じゃないの?という理不尽という言葉では図りきれない暴言を吐いたルッカの言葉で、かえる男が仲間になった。


かえる男の名前はカエルというそのまんまな名前だった。
それを聞いたルッカはやっぱりカエルなんじゃないと発言し、カエルとルッカの間で言い争いが起こったというのはしごくどうでもいい事だ。


場が落ち着いて、カエルのこの部屋のどこかに隠し通路があり、そこから奥に行けるはずだとの言葉から、部屋の中を調べてみることにした。


「ねえ、クロノ?」


「なんだよルッカ、急に後ろに立つなよ。怖いだろうが」


「あんた、何でちょっと不機嫌なの?」


絶対に殴られるだろうと覚悟して言ったのだが、ルッカは心配そうに俺を見つめて、疑問を口にした。


「……別に。気のせいだって」


そう、気のせいだ。
ルッカが危険な目にあって、そして助かった。
不機嫌になる理由なんてない。
あるはずがない。
カエルにも感謝すべきなのだ。


……ルッカを守るのは俺の役目なのに、という独占欲にも似た嫉妬に、俺は気づかない振りをした。


立ち上がり、ルッカから離れて別の場所を調べる。
その間、背中に感じるルッカの心配そうな視線は、今日起こったどんな出来事よりも痛みを感じた。



[20619] 星は夢を見る必要はない第四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 13:02
俺とルッカとカエルで部屋の捜索を続けたが、隠し部屋の入り口が一向に見つからない。
この爬虫類ホラ吹きやがったなとルッカが切れて俺もそれに便乗しようとしたところ、ルッカは軽く流して俺はカエルのワンパンで吹き飛ばされた。男女差別反対。俺はジェンダーに生きる男。
俺が吹き飛ばされた先にパイプオルガンがあり、盛大に、めちゃくちゃな音が響く。
音が収まると、部屋の奥の壁がズズズズ……と下がり中から扉が現れた。
ルッカとカエルはついさっきまで喧嘩してたのにハイタッチをしていた。ぶっちゃけカエルは嫌々やってる雰囲気だったが。
ルッカさんカエル嫌いなんじゃないんですか?と言いたくなったが、俺の服で手を拭きやがった。ふざけろ。


「広いな……」


隠し扉をくぐると、そこは外観からは想像できないような広さで、カエルが少し呆れたような声を出す。
もう一つ付け加えるなら、モンスターが跋扈していて、見つからずに進むのは困難に見える。


「っていうか、見回りのモンスター多すぎるだろ」


「でもこいつら全員を倒すのは無理よ。どうしても倒さなきゃいけない敵は倒して、後は見つからないように進むのが一番だわ」


ここからは隠密作戦という訳だ。
……にしても、何で見回りのこうもり男みたいなモンスターはすり足で移動してるんだろう?鉄骨渡りの練習でもしているのだろうか?まともに定職についてお金を貰ったほうがいいですよと忠告してやりたい。


「俺もルッカの意見に賛成だ。王妃様を救うためにも雑魚相手に時間はかけたくないしな」


言葉が終わるとカエルは足音を立てずに死角から死角へ移動する。
ルッカもそれに倣いモンスターから身を隠しながら移動を開始する。
俺はそれについて行こうとして締め付けの緩かった青銅の刀が廊下に落ちてモンスターに見つかる。
結果モンスターと戦うことになったが、カエルもルッカもモンスターと戦う前に俺の頭と腹に拳をめり込ませていった。
あんまり人を殴らないでほしいものだ、可愛く言うならもうクロノはプンプンなんだからね! という感じだ。


次はねえからな……というカエルの脅しをはいはいと投げやりに返す。かえるの顔で凄まれても怖いより気持ち悪いが先に立つ。
ただその後ルッカが後頭部に鞄から取り出したハンマーを振り下ろすのはいただけない。ここ最近ルッカのDVは目を見張るものがある。怒りとか怖さとかを超えてなんだかワクワクするくらいだ。パネえ。


気を取り直して進んでいくと階段の上にアナコンダみたいなどでかい蛇が数匹いた。
俺の本能があれは駄目だと叫んでいた。先ほどの戦いでもほとんど一人で敵を倒したカエルも蛇には勝てまい。生物とは食物連鎖には勝てないのだ。


さっきのような失態は犯すまいと慎重に動いたら俺の後ろからグワンゴン! という音が鳴る。
すぐさま何があったのか確認すると、ルッカがてへへ、と舌を出しながら自分の頭を叩いていた。どうやらハンマーを床に落としたようだ。
それからの展開はご想像の通り。とりあえずカエルでも蛇に勝つことは可能なのだという奇跡を見ることが出来た。
蛇足だが、何故かカエルはルッカを強くしからず、気をつけろよの一言だけだった。そうか! これが殺意なんだ!


その後もこれ隠密じゃなくて殲滅じゃねえの?という勢いでモンスター達をバッタバッタと倒していく。
途中、モンスターたちとの戦いで俺が腕に傷を負いもう帰ろうと進言したら「お疲れ」とのことだった。疎外感は人を殺すのだと何故分からない。


あんまりにも俺が煩くしたのでカエルが回復してやると言いながらやたらと長い舌を出して俺の傷口を舐めだした。
いきなりのことで俺は硬直しされるがままになってしまった。気分は陵辱ゲームのヒロイン。その光景を見ていたルッカはドン引きだった。


ちゃんと話を聞いてみると、カエルの唾液には微量ながら治癒効果があるそうなので、他意は無いとの事。あってたまるか人外め、俺からすればお前もここのモンスターも大差はないんだ。


どうにも納得のいかない俺にルッカが「怪我したまま戦闘をするわけにはいかないでしょうが」と背中を蹴られしぶしぶ了承する。


……まてよ? 怪我をすればカエルの舌に舐められるのか。
名案の浮かんだ俺はモンスターとの戦いでわざとルッカに攻撃が向くように仕向けた。
しかし、その度にカエルがフォローして難無きを得る。何故だ! 何故分からないカエル! 見ているだけの俺よりもむしろお前の方が喜ばしいことだというのに!!
正直、今ほどカエルになりたいと思うことは無いというくらいお前が羨ましいんだぞ畜生! なのに!
薄々俺の企みに気づいたルッカは俺に火炎放射器を向け、俺は地獄の業火に身を包まれた。その後きっちりカエルに全身を舐められた。なにこれ、癖になりそう。カエルはものすんごく嫌そうだったけど。


ある程度進むと、部屋の中に兵士が一人と王妃様と王を見つけてやったぜ! とルッカと二人で喜んでいたらカエルが違う! こいつは王妃様じゃない! と言い出す。
「何を根拠に言ってるの?」とルッカが問うと「全てが違う!あえてその理由を一つに絞るなら、そう、匂いが違う!」と断言した。俺はドン引きした。ルッカもドン引きした。本当にモンスターの変装だったのだが、モンスター達もドン引きしていた。


偽王妃がいた部屋で隠し部屋を見つけ、入ってみると大きな銅像の前でサバトが行われていた。カエルはそれを見てチッ! と舌打ちをする。反悪魔崇拝主義なのだろうか? 上手くやれば教祖になれそうな外見の癖に。
その部屋の中には宝箱があったが大量のモンスターがいる部屋からそれを回収する気にはなれなかった。


宝箱といえば、これまでにも色々と拾った。まず俺の武器が青銅の刀から鋼鉄の刀になった。パワーカプセルを飲んでいなければ持つこともできなかっただろうが、青銅に比べれば重いというだけで、戦闘に支障はなさそうだった。これでようやく叩く武器から切る武器に変わったわけだ。
さらに女性用の防具、レディースーツも手に入れ、防具としては中々優秀そうだったのでルッカが着替えたのだが、哀れなことに胸がぶかぶかで着ることが出来なかった。
あれほど悲哀の表情を浮かべたルッカは久しぶりだった。俺とカエルは一度ルッカから離れて声の聞こえないところまで来ると腹の中から笑った。
地獄耳でそれをルッカが聞きつけたときは、カエルの舌がからからになってしまった。
もう先行きの不安で頭の中の警鐘が金属バットでガンガン打ち鳴らされていた。もしかして、偏頭痛なのかもしれない。



星は夢を見る必要はない
第四話 蛙って両生類であってますよね?











「はあ、本当思ってたよりも全然広いんだな、ここ」


モンスターとの連戦で疲れきった俺たちはモンスターの見回りが来なさそうな場所を見つけ、少し休むことにした。


「休憩は五分だけだぞ、あまり休むと王妃様に危険が及ぶ」


「まあまあカエル、貴方が一番戦ってるんだから少しは体を休ませないともたないわよ?」


「……そうだな、まだ余力があるとはいえ無理は禁物か……」


だからなんでカエルはルッカの意見には素直なんだ、タラシが。爬虫類の癖に。


「クロノ、勘違いしているようだから言っておくがかえるは爬虫類じゃなく両生類だ」


「あ、そうなんだ」


お約束のように俺はカエルに肘を叩き込まれた。こんだけ殴られて記憶が飛んだらどうしてくれる。ああ、もう平方根の定理を忘れてしまった。元から覚えてたかどうか怪しいけれど。


「にしても、広いだけじゃなくモンスターの数も並じゃないわね。流石王妃を監禁するだけあって警備が厳重だわ」


「これでも少ない方だ。ここの連中は度々人間に化けて城に侵入しているからな」


「ええ!? それってかなりヤバイんじゃないのか? 例えば王様に化けたりしたらもうこの国終わるじゃん!」


驚いて大声を出してしまった。幸いこの近くにモンスターはうろついていなかったのか、あたりには俺たち以外の気配は無かった。
カエルが気をつけろ、と一睨みして、話を続ける。


「大概の変装には門番達が気づくさ。余程高位のモンスターじゃない限り、城の人間全員を騙すなんてことはできやしない。身分の高い人間には厳重なチェックがあるしな」


「? 身分の高い人間の方がチェックが厳しいって……理由は分かるけど、よくそんなことが出来るわね」


ルッカの言葉にカエルは肩を落として、


「こんなご時勢だ。王も王妃様も納得してるさ」


「……なあ、ずっと気になってたんだけど、この国では戦争でも起きてるのか?カエルの話では随分物騒に聞こえるんだが……」


俺が質問すると、カエルは目を見開き(それはそれは気味が悪い)声は抑えているが、驚いた声を出した。


「お前、ガルディアと魔王軍が戦っていることも知らないのか!?」


「「魔王軍?」」


え、そのファンタジーな設定は何? 剣と魔法! みたいな。


それからカエルは十年以上前に現れた魔王率いる魔王軍と、それに対抗する人間との戦いを教えてくれた。
九割以上どうでも良かったが、この世界では常識らしいのでまあ覚えておくこととする。


「しかし、随分変わった奴らだ。魔王軍の存在を知らんとは」


「いや、私達はこの時代の……」


「待て、モンスターに気づかれた!」


カエルが剣を抜き、飛び出してきたこうもり男を横なぎに切り払い両断した。見慣れたとはいえ、凄まじい剣速だな。
俺も鋼鉄の刀で大蛇を斜めから切り、残ったでか蝙蝠をルッカが打ち落とす。ここにくるまでの連戦は三人のチームワークを高めるという意味では無駄ではなかったようだ。


「少し休みすぎたな。そろそろ進もう」


俺とルッカは一つ頷いて、先に歩き出したカエルの後を追う。
ああ、もう戦闘は御免なんだけどな……


それからの探索は順調だった。
無駄に多いモンスター達はカエルの脅威ではなかったし、モンスターの攻撃パターンも大体読めてきた。
例えば大蛇は噛み付くことしかしないので不用意に近づかなければいいとか、蝙蝠男は飛び込んできて蹴るのがほとんどなのでタイミングを計ってカウンター。ふっふっ、所詮人間様の頭脳には敵わんのだよ。
探索の最中に床で寝ているモンスターがいて、「んあっ!」というでかい声に驚いたルッカがまともに戦闘をせず頭を打ち抜いたというハプニングがあったが、特別問題は無かった。
また隠し扉のギミックがあったが、一番最初の部屋でやったとおりパイプオルガンを弾けば扉が現れた。今度は俺もハイタッチに参加した。いいね、この仲間との連帯感! 俺へのハイタッチは一回だけでルッカとカエルは数回やってたけど関係ないぜ!


隠し扉を抜けると、長い渡り通路があり、手すりの下を見ると五、六階分はありそうなくらい深かった。……あと五、六階も下に行かなきゃ駄目、なんてことはないよなぁ……


「それはないな。……この先から王妃様の匂いがする、近いぞ!」


かっこつけてるつもりか知らんが本当に気持ち悪いなこのかえる、勘弁してくれ。ルッカも王妃様のことを言わなければカエルを頼りにしているのに、カエルの王妃様フェチが出る度に俺の背中に隠れるんだから。


カエルが走って渡り通路を駆け抜ける。微妙に気が削がれたが、俺とルッカも一拍遅れて走る。モンスターの姿も見えないし、このままいけるか……? と思っていれば、後ろからモンスターが二匹現れ、俺たちを追ってくる!
立ち止まって相手をしようと構えるが、俺たちの走っていた方向からもモンスターが現れて、挟み撃ちされてしまった。


「敵は六匹か……挟まれた状態じゃ迂闊には動けないな……」


冷静に状況を観察するカエルだが、俺からすればどどどどないするの!? である。タマランチ会長も大騒ぎだ。
ルッカもエアガンを構えるが、その目は不安そうに揺れている。せめて、俺たちの内誰か一人でも敵の後ろをつければいいのだが……


「……仕方ねえ、舌が痛むんであんまりやりたくないんだが……」


策がありそうなカエルにどうするのか聞こうとすると、カエルは目いっぱい舌を出していた。
あ、ボケたねこりゃ。


「ちょ! なんでこの状況で舌出してるのよ!? 舌自慢でもしたいの? ○ロリンガとでもやってればいいじゃない! あれ? でもベ○リンガって長い舌を自慢したいのかしら? もしかしたら長い舌にコンプレックスを抱いてるかも……そしたらベロ○ンガは舌自慢に乗ってくれないわ! ああ、どうしようクロノ!」


ルッカもルッカで冷静さを欠いて頭の弱い突っ込みをしている。というか突っ込みなのか?


俺とルッカがテンパっていると、カエルは天井の梁に下を伸ばして絡ませて……跳んだ!?


「遠くの物に舌を絡ませて、自分を引き付けて跳ぶ……スパイ○ーマンみたいな奴だな……」
うん、自分でも言い得て妙だと思う。


天井に跳んだカエルはそのまま落下し、前にいたモンスター二匹を切り倒した。これで、挟み撃ちの状態から抜け出し、残るモンスターは四匹となる。
舌を使ってあちこちに飛び回るカエルのトリッキーな動きに戸惑っているモンスター達は、俺たちの敵ではなかった。






「本来はこの舌に敵を絡ませて、引き付けた後切る技なんだがな、こういう使い方も出来るって訳だ。難点は舌が汚れることと負担が強いから、多用できないって訳じゃないが、好んで使いたくはないのさ」


カッコいい。カッコいいし、危機から抜け出せたことは嬉しいのだが、縦横無尽に人間の大きさのカエルが飛び回る様はトラウマものだった。
現にルッカは戦いが終わると表面上はなんともないような顔をしてるが、俺の袖を掴んだまま離してくれない。小刻みに震えているのが分かる。
俺は夢に出るのは確定だな、と半ば諦めてさえいる。


俺たちの変化に気づいていないのか、カエルは気合十分に渡り廊下の先にある扉を開こうとしている。
……やはり、人間と他種族は相容れないのだろうか?
どこかに、もっと全てを包容してくれる世界があるんじゃないのか?
哲学的なことを考えてしまう僕クロノであった。














おまけ

一年前の、茹だるほどに暑い夏のことである。



「母さん。暑いね」


「そう? でも我慢できないほどじゃないでしょ? 夜になればきっと涼しいわよ」


「うん。でも夜まで我慢できそうにないや」


「まあ、それだけ聞くと卑猥ね、このエロ息子」


「だからなんで母さんは俺が母さんの肉体を狙ってると過信するの? 頭おかしいの?」


「向こう三日間あんたのご飯素麺だからね、文句言ったら飛ばすわよ」


「そんな事言ったって、ここ二週間ずっと素麺じゃんか。飽きたとかもう見たくもないとかじゃなくてむしろ中毒になりそうだよ」


「食事の度に白いの、白いの下さいいぃぃぃ!! って言えばいいわ」


「それは結局、牛乳ってオチにしてよ。素麺じゃ無理があるよ」


「それはそれは」


口に手を当てオッホッホと笑うクロノの母。四捨五入で四十歳。低血圧で最近慢性的に肩こりがするらしい。それでも町の男からの人気は上々という魔性の女である。


「……だからさ、もう毎食素麺でも俺文句言わないからさ、お願いだからそれ返してよ」


「嫌よ、私はもうこれが無いと生きていけない体になってしまったの」


「だから何で一々そっち系の言葉を選ぶんだよ! 言葉を選ぶならそういうことを言う相手も選べよ! 俺息子だよ!?」


「んふふ、あんたもこういうの好きなくせに……」


「くそ、これだから自分の年も考えないおばさんは嫌いなんだ」


「あんたの素麺、つゆ無しね」


「味のしない素麺って食事としてどうなの?」


クロノの言は無視する母。体脂肪率16%。息子には「あんたは知らないでしょうけど、グラビアアイドルの女の子と同じぐらいのスリムボディなのよ」と嘯く策士である。


「あああ! だからそれ返してよ! 俺のウォータープール!」


「あんた今いくつよ? その年でオォータープールとか恥ずかしくないの?」


「俺の年齢で入るのが恥ずかしいならあんたの年齢で入るのはもう処罰の対象になるよ!」


「クロノ、この夏家に入るの禁止ね」


「軽い死刑宣告じゃねえか!」


クロノの母、ジナ。
かつて「お金がないなら盗ってくればいいじゃない」とクロノの貸した金返せ発言をを跳ね除けた剛の者である。
この時ばかりはルッカもクロノで実験するのをやめて家で紅茶を淹れてあげたという。
これが後に語られる格言『鬼に情はあるが母に情は無い』の元になる出来事である。近々この格言をタイトルにしたCDが出るとか出ないとか。


「もうこの暑いのにグダグダ煩い。ちょっとクロノ、あんた山篭りかなんかしてきなさいよ。折角の夏なんだし。直球で言うなら夏中は消えて」


「……俺は女子供に加え母親に手を出すのは決してしないと心に決めていた」


「今時フェミニスト気取り? マザコン世代が」


「……が、今日この日はその誓いを破る! そのたるんだ体を屍として晒せくそばばあああぁぁぁ!!!!」


「誰の体がたるんでるんじゃこらあああぁぁぁぁ!! 極彩と散れ馬鹿息子おおおぉぉぉぉ!!」


結局クロノは一度も自分の拳を当てることが出来ずに町の広場に放り出されたのだった。
クロノの母ジナ。その昔彼女は遥か遠くの国で、格闘技大会のチャンピオンとして二百人抜きをしたとされる、霊長類最強の女である。






余談だが、町の広場に落ちているクロノを見て「これ拾ってもいいの!? これ貰ってもいいの!?」と鼻息を荒くしたルッカが確認されたとかどうとか。



[20619] 星は夢を見る必要はない第五話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/28 13:07
この先に王妃様が……という緊張感を持って、カエルが開けた扉の先を覗いてみると、大臣らしき男が疲れた顔でリーネ王妃に話しかけていた。


「覚悟はいいかなリーネ王妃? この世にさよならを次げる時間だ……って、リーネ王妃? 今大事なところだからこっち向いて? そのお菓子ならあげるから、ね?」


「よろしいのですか? では私としては心苦しいのですが、こちらのアーモンドチョコレートも所望したいのです」


「分かった、なんなら袋ごとあげるから、今だけ、今だけこっちむいてー……よし。では覚悟はいいかなリーネ王妃……リーネ王妃? お願いだから話を聞いてリーネ王妃、ちょっと、聞いてるのかリーネ王妃!! ああ、ぐずらないでぐずらないで、大臣が悪かった。確かにこんな所に連れて来られて怒鳴られたら怖いだろうな、うん。ヤクラ反省。……うん、分かったよそのマカデミアナッツのチョコもあげるから、ちょっとだけでいいから話を聞いて? ヤクラこういうのムードを大切にしたい奴だから」


「わーい、これほどの菓子は城では食べさせてくれませんでした。皆とうにょうびょうがどうとか言って止めるのです。その点最近の大臣は優しいですね、何を食べても怒らないのですから」


「わーいて。王妃がわーいて。あとリーネ王妃、そなた糖尿病の気があるのか? ならば与えるお菓子も控えねば……ああしないしない! だから泣くのはやめろ! ああ、私は駄目な親になってしまうのだろうな……」


カオスだった。
和訳すれば混沌だった。
俺はこのほのぼの空間についていけず、ルッカに助けを求めて視線を向けた。
ルッカは首を振って目の前の現実から目を背けるな、これが全てだ、という顔をした。
カエルは王妃様の姿を見たときから鼻血が止まらない。


「なあ、俺達いつ飛び込んだら良いんだ? いっそこれ俺達が帰っても良いんじゃないか? 王妃としても城に帰るよりここで大臣と暮らすほうが幸せなんじゃないか?」


「状況はさっぱりだけど、このまま放っておくと大臣のストレスが溜まって胃潰瘍になるかもしれないわ」


おいおい、それを理由に飛び込んだら俺達は王妃様を探すためじゃなく、大臣の胃を救うべくモンスターたちと戦ったってことになる。
どうやってテンション上げればいいんだ。
俺達が悩んでいる間にカエルは鼻血を出しすぎて貧血になりそうだった。もう俺はこいつに何も期待しない。


「!! お前達は! よくここまで潜り込んだな!? さては王妃を助ける為に来たんだろうそうだろう! やったぜ!」


大臣が驚いたような喜んでいるような、俺の気のせいではなければその割合は2対8位のようだが、そんな様子で俺達に気づいた。とりあえず顔のニヤニヤを止めてくれないか?ずんずん俺達のやる気が落ちていく。


「カエル! 一緒にお菓子を食べませんか? 大臣を誘ってもワシは甘いものが苦手で……と断るのです。一人で食べるより皆で食べたほうが美味しいのに……」


先ほどの王妃様と大臣の会話からすれば、多分大臣が王妃様をさらった張本人なのだろう。なんで一緒にお菓子を食べるなんて選択ができるのか? これが王族というものなのか? ローヤルセレブリティの欠片も見つからない。


「お、おおう……王妃様、御下がり下さい! 今からこいつをかたづけちまいますので」


王妃様に声を掛けられて悶えたのは丸分かりなんだからな? モンスターもどきが。


気だるそうに俺とルッカが前に出て大臣を囲む。今の気分は犯人の知っている推理映画を見るような気分に近いな。
カエルは剣を抜き、俺とルッカも各々武器を構える。準備は十全いつでも来いという状態なのだが、どうやら大臣と王妃様がなにやら言い争っている。


「ほら王妃、あいつらの言う通りこの部屋から出ていなさい」


「嫌です! ここから出れば私はまたお菓子を我慢しなくてはならない地獄のような生活に戻らなくてはなります!」


王妃様の中では地獄はえらく寛容的な所の様だ。
想像すると黒々とした金棒を持った鬼達が「お菓子が食べたいか……? ふん、ならばまずその食生活を改めるがいいわ! ハッハッハッ!!」とか言いながら緑黄色野菜を勧めるのだろうか? 頭が腐ってる。


「カエル! そしてその他のお二方!」


誰がその他だ。


「恐らくですが、私をここから連れ出そうというのでしょう! そんなことはさせません! もしどうしてもと言うのなら……私も、大臣とともに貴方達と戦います!」


「お、おおお王妃いいいぃぃい!?」


カエルが濁流のような涙を流し、膝から崩れ落ちる。
俺とルッカはその光景を見てやっとれんわと部屋から出ようとする。
なんだっけこの展開、バハムートラグー〇で見た気がするよ。


「待てええぇぇぇい!!」


扉に手を掛けようとすると、その前に大臣が息を切らしながら扉の前に立ちふさがる。老年ながらにそのスピードは素晴らしいんじゃないでしょうかね。


「お前達がいなくなればわしはこの空間に取り残されてしまう! あんな王妃マニアと頭のネジが飛び散った王妃をわし一人で相手しろというのか!?」


「私たち疲れてるの。そんな理由で立ちふさがらないでよ。ガチでダルイ」


「じゃあ分かった! そこのソファーで座ってて良いから! コーヒーも淹れるから! 大臣の淹れるコーヒー凄く美味しいから!」


「大臣がコーヒー淹れるの上手いってどうなのよそこのところ」


ルッカと大臣が言い争いを始めて一人残された俺はソファーで寛ぐことにした。あ、この煎餅旨い。


「とにかく! 私は断固ここに残る決意を崩しません! 大臣、変身です! 早くモンスターの姿になって下さい!」


あの王妃大臣がモンスターと気づいていてもお菓子やらなんやらを要求してたのか。ああいう人間が王妃なんてやってるからフランス革命が起きるんだ。「パンがなくてもお菓子は食べなければなりません!」みたいな。「お菓子だけで十分ですよ」みたいな。後者は関係ないか。


「……ねえ、王妃もああ言ってることだし、変身して私たちと戦ったら?」


「た、戦ってくれるのか!?」


「そうでもしないと収集つかないでしょ。戦ってもつくかどうか分からないけどね」


「そ、そうか! 恩に着るぞ娘!」


大臣は扉から離れ、カエル、ルッカ、俺の三人を見据える位置まで走っていった。


「キャハハ! 無駄無駄! ここからは誰一人として帰さぬぞ!!」


ほっとした顔からやおら凶悪そうな表情に変わり、俺達に宣戦布告の言葉を吐いた。


「そうです! 今日から皆でこの修道院で遊んで暮らすのです!」


「違うのです!!」


王妃の言葉遣いがうつりながら大臣が否定する。やめてくれないかな、ここまできてグダグダな感じを出すのは。


「ねえクロノ、これ本当に王妃様とも戦うのかしら?」


「多分。まあ怪我させないように適当に気絶させればいいんじゃないか? 不敬罪とかそんなん知ったこっちゃねえよ」


ソファーから立ち上がり刀を抜きながら大臣達に近づいていく。


「王妃いいいぃぃぃいぃいぃぃ!! リーネたああぁぁぁん!!!」


この生ごみ何曜日に捨てればいいんだっけ?臭い上に煩いとか工業廃棄物もんだよ。


「ハッ! カエルふぜい……ええと、お前の名前を教えてくれ」


「あ、クロノです。はい」


「そうか! クロノふぜいが! きさまらから血祭りにあげてくれるわ!」


カエルと会話するのは無理と判断した大臣は俺とルッカを相手にする事を決めたようだ。不憫な。


「大臣チェンジ!!」


大臣は手に持った杖を高く掲げ、朗々とした声を張り上げる。
すると、大臣の背中が盛り上がり、肌の色がどんどん黄色になっていく。
爪は鋭くとがり、皮膚という皮膚がデロデロと溶けていく……もう、お好み焼きは食べられない。


「ヤクーラ! デロデローン!」


その言葉はギャグなのか切ないくらいにセンスがないのか、とにかく大臣の変身は終わった。
背中が盛り上がって、四足歩行で、全体的に楕円形の体格で……亀とモグラを足したみたいだ。
そして、なによりでかい。
今までのモンスターは大概俺達と同じくらいか、少し大きいくらいだったが、この亀モグラ、俺達の二倍はある。人間時の印象で弱いと思ってたのだが……これやばくないか? 勝てる気がしない。
俺とルッカが戦慄していると、カエルはまだ「リーネたまぁぁぁ!! ……ハァハァ」とか言ってたのでルッカがハンマーを投げてこっちの世界に呼び戻した。
近づいてきたカエルの言葉は「王妃に当たったらどうする!」だった。お前が俺の仲間だったときなんて、一度もなかった。なかったんだ。
俺の沈痛な表情に気づかず、リーネ王妃捜索隊と、大臣・リーネ王妃タッグとの戦いが始まった。何か矛盾してるよね、絶対。





星は夢を見る必要はない
第五話 プライドは安ければ安いほど良い。けれど、決して無くしてはならない。











「行くぞ貴様ら!」


「ええ! 私たちの未来の為に!」


王妃が大臣の言葉を引き継ぐと、とても悲しそうな顔をしたが、大臣は大きく跳躍しルッカに圧し掛かろうとした。
すぐにルッカは今いる場所から右に転がり避けたが、大臣の圧し掛かりは石製の床を砕き、破片を辺りに散らばらせる。


「こ、こんなの当たったら即死ね……」


ルッカは喉を鳴らし、隙を作らないように大臣の一挙一動に注視した。


さて、俺とカエルはどうしているかというと……


「はっ! てや! せえい!」


王妃の格闘に手一杯だった。


「おいカエル! これ本当に王妃か!? どう考えても今まで戦ってきたモンスターより強いぞ!?」


「本物だ! 言っておくが王妃はガルディア城の中で騎士団長とタメを張るほどの戦闘力を持っているんだ! 特に対人戦においてはガルディア一と言われる……」


「そんなもんを王妃に据え置くなっちゅーんだ!!」


相手は王妃。流石に殺すわけにはいかないと武器は鞘に入れて戦っているが、それを差し引いても強い!ルッカの援護どころか、二人掛かりでも勝てるかどうか……
なにより、カエルの奴が今一つ本気じゃない。こいつの王妃第一主義は分かっているが、このままではあの化け物大臣にルッカがやられてしまう……こうなったら。


「カエル! お前はルッカと協力して大臣を倒せ! でないと全員この修道院で暮らすことになっちまう!」


「……王妃様と一つ屋根の下……ハアハア」


「この戦いが終われば次は貴様の命の灯火を消し去ってくれるからな」


俺の説得が通じて、渋々隙を見てカエルがルッカの加勢に回る。
さて、ここからが問題だ。俺と王妃では覆しがたい力量の差がある。
ここは勝つことではなく凌ぐ事を第一に考えて、カエル達が大臣を倒すことを期待しよう。


「遅いですよその他の方!」


「あんべらっ!! ……げほ、げほっ!」


掌底一発、俺は一メートル程吹っ飛び咳き込んだ。


「スピード、経験、予測、腕力。その全てが勝っている私に武器を持っていようと貴方が勝てる道理はありません。諦めてこの修道院で暮らしましょう。ちょうどトランプをする相手が欲しかったのです。あ、私ばば抜きしかルールを知らないので教えて下さいね」


「……残念だけど、俺はセブンブリッジしかルールを知らねえんだよ!」


出来るだけ低姿勢からの突き。飛んで逃げても左右に避けても後ろに飛んでも追い討ちは可能! さあどう出る!
王妃は俺の考えを読んだのか、少し失望した顔を浮かべた。


「左側面に隙、続けて右下半身にも隙」


「がっ!!」


俺の突きを左右上後どの方向にも避けず、左前に飛び込んで避け、俺の左目に虎爪、右膝にキック。それをほぼ同時にこなしていた。
ちっ、左目はしばらく見えないな……右足は動けないほどじゃないが、走るのは無理か……つまり距離を稼ぐのは不可。


「次で決めますね、その他の方」


「……クロノだ、いつまでもエクストラ扱いは凹む」


「はい、その他の方」


どこまでも苛々させる王妃様だ。
ちら、とカエル達のほうを見ると、劣勢ではないが、優勢でもない。勝負はまだ決まりそうにないか……


王妃が腰を落とし、左手を腰に、右手を前に出す。……拳法の型、か?


「案ずることはありません。ただの縦拳です。崩拳や、散拳といった高等技術ではありませんよ、ただの基礎です。ですが……」


そこで一度区切り、ずっと笑顔のままだった王妃の顔が、真剣に、相手を倒すものへと変わった。


「私はこれだけなら、縦拳だけならば、あらゆる世界で私が、私こそが極めたと豪語出来ます。加減はしますが、当たり所が悪ければ内臓が弾けますので、頑張って下さいね」


頑張って下さいね、の部分だけ笑顔になられてもこちらとしては反応に困る。
しかしこの王妃、本当に化け物だ。この腕前なら今まで俺達が戦ってきた修道院のモンスターを蹴散らし、一人で楽々と帰ってこれるだろう程に。
……帰らなかった理由がお菓子食べ放題とは、頭がおかしくなりそうだが。


「……俺も一つ、必殺技ってやつを見せようかな」


俺の得意中の得意技、回転切り。
遠心力と斬撃の速さで、今まで戦ったモンスターに反撃を許さなかった自慢の技だ。万一、これが破られたなら……


「……万一なんて考えてる場合じゃねえな」


「覚悟は決まりましたか?」


「ああ、……かますぞ、王妃ぃぃ!!」


深く息を吸い込み、右薙ぎに剣を払う。
初速は完璧、足の置く位置も、腰の使い方も、肩の力の入り具合も全てが上手くいった。


……しかし、それら全てを上回る、拳速。
気づけば俺は、部屋の壁に叩きつけられていた。
最初痛みは何も感じなかった。ただ、立ち上がろうと体に力を入れた途端、激痛という言葉ではあまりに優しすぎる痛みが俺を襲う。


「あ……あ、あ……」


吐きたい。頭がそう命令しているのに、体は言うことを聞いてくれない。
そもそも俺に体が付いているのか? 腕も足も、胴体ごと吹っ飛んだんじゃないのか? その前に、俺は生きているのか? 生きているなら何故俺の思うように動かないのか?
自身問答を繰り返していると、王妃が上から俺を見下ろしていた。
その目は冷たく、弱者に向けるそれそのものだった。


「カエルが連れてきたことだけはありますね。よく頑張りましたよその他の方。ですが……貴方は戦いを知らない。幾度モンスターと戦っても、何度となく生死をかけた戦いを繰り返そうとも、貴方は、戦うという行為を知らないのです……貴方は今この戦いに何を賭けていますか?」


何を? ……確か、マールを助ける為に……


「マール? ……その子のことは知りませんが、そうですか。マールという子の為にですか。でもそれはこの戦い限定の目的ではないでしょう?」


何言ってるんだ? 分かりづらいんだよ。王妃様ならもっと分かりやすく言えよ……


「貴方がこの戦いに負ければどうなりますか? ……そうですね、マールという子を助けられなくなりますね。……でもそこには他人の為の理由しか存在しない。貴方自身、それのみの目的、理由がない。もう一度考えてみて下さい。貴方はこの戦いに何を賭けていますか?」


マールの為、それ以外の理由? ……ルッカを守る為? それは『誰か』の為であって、俺『だけ』の理由じゃない。カエルははなから除外。
……なら、それは……


「このまま戦いが続けば、大臣はカエルたちに負けて、私も戦う理由がなくなり降参するでしょう……そうすると、負けたのは誰でしょう? 大臣は負けた。でもそれは二対一というハンデを背負ったものです。……フフ、人間とモンスターという種族間の優劣を無視してますけどね」


なんだよ、何が言いたいんだテメェ……


「貴方は私と『一対一』で負けた。互いに『人間同士』で。……貴方は私に負けたまま、マールという子を『助ける』ことになるのですね」


…………ああ、そうか


「ごめんなさい。もうお菓子食べ放題の夢が閉ざされるからと、意地悪を言ってしまいました。それでも貴方はその年齢にしては頑張りました。そこでゆっくり休んでいて下さい」


「………待てよ、王妃」


かすれた、弱弱しい声をカエルたちの方へ歩いていく王妃に飛ばした。
あまりにか細い声は四メートルという果てしない距離を泳ぎきって、王妃の耳に届く。
王妃はまだ喋れるのですか、と少しだけ驚いた顔を見せた。


覆しがたい力量の差?
凌いで時間稼ぎ?
カエルたちが大臣を倒すのを待てば良い?
……無様だ。ダサ過ぎる。


「王妃……俺がこの戦いに賭ける物……それは」


刀を支えにして立ち上がる。
右手が痛くても問題ない。
足ががくがく震えていても問題ない。
視界は揺れるし、今更になって喉の奥から血が溢れ出てくるけど、一切問題ない。
刀の鞘の切っ先を王妃に向けて、俺『だけ』の答えを進呈してやる。


「俺だけが持つ、俺だけのプライドだ」


「……そうこなくては。楽しくなりそうですよ、クロノ」


さあ、これからが『戦い』だ。
今からこそが『戦い』なんだ。



[20619] 星は夢を見る必要はない第六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/29 04:27
体中に響く痛みを無視して動けるのは一度だけ、あと一回の攻防で勝負が決まらなければ、俺は負ける。
俺たちが勝っても、俺が負けては、俺の中では意味がない。
そんな形でマールを助けられたとしても、どうやって顔を合わせればいいか分からない。……どう戦うか……
思考を重ね、一つ、策ともいえない策を思いつく。悪ガキの発想に毛が生えたような策。それでも無手で挑むよりはマシだ。


「ルッカ! あれを返してくれ!」


戦闘中のルッカに声を掛ける。
ルッカは戦闘の最中でありながら、すぐに背中に付けてあった物を投げ渡してくれた。


「……刀ですか」


王妃が確認するように言う。
俺がルッカに渡してもらったのは鋼鉄の刀を手に入れたときから、後援のルッカに預けておいた青銅の刀だ。
身軽でないといけないスピードタイプの俺は前衛の俺たちよりも比較的安全な位置にいるルッカに持たせておいたのである。


「二刀流だ。問題ないだろ?」


「構いませんよ。二刀でも私に当てることは無理でしょうし」


「分かってねえな。俺は宮本武蔵ファンクラブに入ってる位なんだぜ?」


無駄口を叩きながら、後ろ手に青銅の刀に細工をする。
油断しきっている王妃は俺のやっている事に気づきはしない。


「もう、始めましょうクロノ。時間はそう残されていないようです」


王妃が大臣とカエル達の戦いを横目で伺い戦いの再開を催促する。
見れば大臣の右腕にカエルの剣が突き刺さっているところだった。暴れまわった大臣はトドメを刺されることは無かったが、倒れるのはそう遠くなさそうだった。
……モンスターとはいえ、人間時に会話をしたこともあり、その凄惨な光景に目を背ける。
視線を逸らした先に見えた王妃の手は、何かを堪えるように強く拳を握り、酷く震えていた。表情が変わらないのは、王妃としての意地だろうか?


「優しいのですね? クロノは。……敵であり、モンスターでもある大臣がやられている様を嫌がるとは」


「……これが普通の反応だろ? 敵だろうが……なんだろうが、関わった事がある奴がやられるのは、嫌なもんだ。甘いと言われても、さ」


あえてモンスターという単語は避けた。
その口振りから、きっと王妃にとって大臣がモンスターであったことはどうでもいいことで、俺たちがモンスターという理由だけで大臣を倒すのは、目を背けたい事実なのだと分かったから。


「さあクロノ、貴方の体力ではこれが最後なのでしょう? 全ての力を込めてかかって来なさい」


王妃があの縦拳の構えを取る。
俺の細工も完成した。
王妃に向けて合掌し頭を下げる。戦いに礼儀なんていらないんだろうけど、この人にはそれを見せておきたかった。


「……行くぞ、リーネ王妃」


言い終わると同時に右足を蹴りだし、俺に出せる最高の速度で距離を縮めていく。
距離、五メートル。
まだまだ、加速は乗り切ってない。残り四メートル。
……そろそろ良いか? 残り三メートル。


俺は走るスピードを乗せて左手の青銅の刀を振る。当然当たるはずもない距離で刀を振った俺に王妃は怪訝そうな顔をして、次の瞬間硬直する。
まあそうだろうさ、飛んできたのだから。青銅の刀の鞘が。


一瞬の硬直から抜け出した王妃は、それでも冷静に飛んできた鞘を叩き落す。


「少し驚きましたが、ただの子供だま……!!」


次に王妃が見えたものは、青銅の刀の刀身だった。
これが、俺の細工の意味!
あらかじめ二刀流だと宣言しておくことで、王妃の経験から作られるシュミレートにこのような使い方をするという想像を作らせない。
あくまで相手の虚を突くだけの、嘘とハッタリの作戦。俺にしては上出来だ。


「……くっ!」


鞘が飛んできたときには崩さなかった縦拳の構えを、刀身を叩き落すために右足で蹴った為、崩さざるを得なくなった。
その大きな隙に回転切りをねじ込んでやろうと残り僅かな距離を詰める……それでも。


「言ったでしょう? 私は縦拳を極めた、と。構えを再構築するのに、私は瞬きする時間すらかけません!」


王妃という壁は、なお高い。


俺の予想を遥かに上回るスピードで縦拳の構えを取る王妃。
俺は回転切りを中断して、王妃に突きを繰り出す。


「遅すぎる!」


王妃の体に届く前に拳が前に突き出され……俺の刀の切っ先に当たった。


「な!?」


はなから王妃に当てようなんて考えてはいない突き。これは王妃の縦拳を防ぐためだけの攻撃だった。
青銅の刀の鞘、刀身、それらの策は成功すればそれまで、もし防がれても次に繋がる布石として活用される。


鋼鉄の鞘は砕け、剥き出しの刀身が姿を現す。
手が痺れて、刀を投げ出したい衝動に駆られるが、歯を食いしばり、そのまま王妃の右側に左足を置いた。


「回転切り……!!」


元々、この回転切りという技は先制に使うものではなく、相手の攻撃をいなした後に使うよう作った技だ。
本当なら側面から膝裏、背中、後頭部に一撃ずつ入れていくのだが、俺にその体力は無い、だから、一撃。この一撃に全ての力を乗せて……!!


「くたばれ! リーネ王妃ぃぃぃ!!」


刀の峰を王妃の後頭部に当てた後、なんだか悪役みたいだなあ、とぼんやり思った。





星は夢を見る必要は無い
第六話 プライドとは、口にすれば容易く崩れさるだとかなんとか











「良いですか王妃様? そいつは貴方を、つまりガルディア城王妃を攫ったんですよ? 今ここで切り殺すのが道理であって」


「駄目です! 大臣は、大臣は優しい人です! コーヒーだけでなく紅茶も淹れるのが上手いのです! ですからどうか許してあげて下さい! お願いしますカエル!」


「しかしですなあ……」


厳格な人物を演出したいのかどうか知らんが、王妃様に懇願されるのが嬉しくてたまらないという顔をしているカエル。
ストーカー気質の上サドとは、救えねえ、砕けろ。


王妃を気絶させ、俺も役には立たないかもしれないが、それでも……! と足を引きずりながらカエルたちの加勢に向かおうとすると、その前にカエルたちと戦っていた大臣が「うううおおおお王妃いいいぃぃぃぃ!!」と叫びながら走りより、人間時の姿に戻って倒れた王妃を揺さぶっていた。
頭を打った人間を動かすのは止めたほうが良いですよと声を掛ける暇も無かった。
ちなみにカエルは「出遅れただと! この俺がか!? リーネたんでムハムハしたい委員会名誉会長の俺がか!?」と慟哭の叫びを放っていた。俺は言っても分かる奴なら言うが、そうでない奴には何も言わないと決めているスパルタなので、何も言わないことにした。カエルが何か叫ぶたびにルッカが火炎放射器の燃料をチェックしていた。とりあえずウェルダムでお願いしますルッカさん。


「もういいじゃないカエル。さっきの反応を見た限り大臣は王妃様を傷つけようとか、危害を加えることは絶対にしないはずよ。それに私としては大臣よりあんたを処罰したいわ腐れかえる」


「ルッカの言うとおり、自分が戦ってるのに王妃の心配をして駆けつけるなんて、中々出来ることじゃないだろ。俺としても大臣は憎めない奴だって分かってるしさ。後いつお前珍生物捕獲研究所とかに捕まるの?電話番号教えてくれたら今すぐ連絡するんだけど、この下種両生類。略してげっ歯類。」


「誰がねずみ科か!」


「おお、流石はクロノとお嬢さん! この緑の化け物ゲコロウと比べてなんと大きな心でしょう!」


「げ、ゲコロウ……」


王妃の言葉に落ち込みソファーの上で丸まってしまったカエル。妙なサドっ気を出すからだ。それはそれとして王妃様、ゲコロウって何? どこからの引用?


「わ、ワシを助けてくれるのか!?」


縄で縛られた大臣が驚きの声を出す。
だって、あんたを助けないとまた王妃様とのバトルが始まるんだもん。無理だよ。
俺と戦ったときはずっと加減してくれてたみたいだし、本気で戦ったら一発で意識消失、縦拳にいたったら確実に内臓破裂、まあ間違いなく死ぬだろうな。俺薄々感づいてたけど、生物学的に男より女のほうが強いんだね。ルッカとか母さんとか王妃とか。


その後、大臣は城から去ることになり、王妃は泣いて嫌がったが、過程はどうあれ王妃を攫ったのは事実。大臣が城に戻れば極刑は免れないというルッカの説得が通じてしゃくりあげながら王妃も納得した。
ちなみに、この作業で二時間使った。ルッカのストレスは横で萌え萌え言ってたカエルにぶつけられた。理不尽にも俺にもぶつけられた。なんでやねん。


長い長い戦いを終えて、王妃捜索に決着がついたのだった……








「心配したぞ、リーネ」


「うあっ、大臣が、大臣が何処かに行ってしまったのですー!!」


「リーネ様! わしはここにいますぞ!」


城に帰り、王と対面してもリーネ王妃は泣きっぱなしだった。森に現れるモンスターや、まだ俺たちがリーネ王妃を攫ったと勘違いして捕まえようとする兵士達を殴り倒しながらの帰還だった。凄い楽なのに凄い疲れるという矛と盾の関係。
至極どうでもいいのだが、本物の大臣はリーネ王妃が捕らえられていた(捕らえられていた?)部屋の宝箱の中に押し込まれていて、それを救出した。驚いたルッカがエアガンをぶっ放したことは可愛いお茶目である。とはルッカの言だ。大臣の服は赤く染まっている。カエルの舌も疲れている。


「しかしあれですな、あのヤクラの奴、大臣であるワシになりすましリーネ様を攫うなど、ああいう輩を厳しく罰するためにもこのガルディア王国にも裁判所や刑務所を作らねばっそい!」


腰に手を当てて偉そうなことを言っている大臣にリーネ王妃のドロップキックが炸裂した。擬音はさしずめメメタァ!! だった。
吹き飛ばされた大臣の二次災害で高そうな壺が二、三割れて、王様がしょぼくれた顔をした。マルチーズみたいな顔になるんですね。


「大臣の悪口は許しませんこの偽大臣! 大臣(仮)!」


「リーネ様!? 偽大臣はともかく大臣(仮)とはこれいかに!?」


大臣(仮)が論点の違う抗議をする。
正直あのヤクラって奴のほうが俺は好感が持てたな。帰る前に淹れてくれたコーヒーはえらく美味かった。一緒に出してくれたバームクーヘンも美味だった。リーネ王妃が言うにはお菓子の類は全部ヤクラの手作りだったそうな。お前が真の大臣だ、ヤクラ。


「リーネ様を守りきれず、面目次第もございません」


喧々囂々としている王の間にカエルの声が通る。
王妃に馬乗りになられて頬を引っ張られている大臣を羨ましそうな、殺したいようなという目で見ながら。
謝ってる時くらい真面目になろうよ、面接で落ちるよ?そういう所プロの人は見抜いちゃうんだから。


そのままカエルは王の間を立ち去り、城を出ようとする。……のだが、ちらちらこちらを見てうっとうしい。去り際に王妃様から何か言われるのを期待しているのが見え見えだ。最初から最後までうざいなこいつ。


「あっ、カエル!」


ようやく声を掛けられてパアッと花開くような明るい顔で振り向くカエル。しかし、王妃の顔は無表情で、


「恨みます」


の一言だった。花の命は短い。


俺たちは王様達に頭を下げて、カエルの後を追う。まあ、心の底から嫌いでも、一応仲間だったかもしれないような夢を見たのだから、別れの挨拶くらいしてもいいだろう。


俺たちの足音が聞こえたカエルは立ち止まり、声を掛ける前に先に話し出した。


「俺が近くにいたため王妃様を危機にさらしたのだ……俺は旅に出る」


何でやの?と聞けるムードではなかったのでここは静かに聞いておくことにする。
ていうかお前王妃様のことしか喋れないのか?


そのまま歩いて、城の扉に手を掛けた時、カエルが振り返った。
その顔は敵と戦っているときの精悍なものではなく、王妃様にデレデレしている時の顔でもない。優しく微笑んで、ほんの少し嬉しそうでもあった。


「クロノ!お前の太刀筋は中々見込みがあったぞ」


そのままカエルは城の外に姿を消した。
……一瞬、カエルの横に髪の長い人間が見えたのは、気のせいだろうか?


「……かえるも悪くないもんね」


カエルの後ろ姿を見送ったルッカは、ぽつりと俺にだけ聞こえる程の呟きを漏らした。


「……本当にそう思ってるか?」


「…………」


最後だけ決めたからって今までの失態は覆い隠せない。
どれだけ伸ばしても、風呂敷で家を包めはしないのだ。


「………そうだわ! すっかりマールディア姫の事を忘れてた!」


誤魔化し方が下手なのは御愛嬌。ここで突っ込んだらハンマーが飛んでくるので何も言わない、俺は今まで生きてきた人生で何も学ばなかったわけではないのだよ。


「ねえクロノ! マールディア様はどこで消えた? もしかしたらそこに……」


いるかもしれないと……だが、俺はそもそもマールの消えた場所を知らない。
騎士団の部屋でグータラしてたら消えたということしか知らないのだから。
が、ここでそれを暴露すれば間違いなくルッカは俺を殴る。それはもう、大きく振りかぶって殴る。
やっべ、今日一番のピンチじゃね?
……一か八かだ。


「王妃様の部屋だ。そこでマールが消えた。うん、そうに違いない」


王妃様が部屋でお待ちですと寝ている俺にしつこいくらいメイドが話しかけてきたので覚えている。
おそらく王妃様の部屋で延々俺を待っている間にマールが消えたのだろう。でなきゃ俺は滅入る。


「……? まあいいわ、急ぐわよクロノ!」


突っ立っている兵士に王妃様の部屋の場所を聞き出し、二人でそこに向かう。王妃様の部屋に行くには階段を上らなくては行けないようで、その階段が長すぎて発狂しそうだった。
あと行く道行く道に落ちている宝箱の中身を回収するルッカはこいつの子供は盗賊になるんじゃないかと心配するほどだった。










「「………」」


王妃の部屋に着いた。これは良い。
中にマールがいた。これも良い。
マールが椅子に座って机に足を投げていた。良くない良くない良くないよー。女の子のマナーは男のマナーより重視される時代だからね。


「……ああ、クロノ。何か用? すっごく待たされたけど、今更私に何か用? 私のことなんて忘れてたんじゃないの?」


おお、グレてらっしゃる。
この待たせたというのは最初に待たせた六時間前後のことなのか、王妃様を助けた後の王妃様説得にかけた二時間なのか。後者は俺の責任じゃないんだが……


しどろもどろになっている俺に小さく溜息を吐いたマールは「もういいよ」と答えて、俺に近づいてきた。


「……怖かった」


「……ごめんな、本当に悪かった」


いきなり知らない場所に飛ばされて、いきなり他人に間違えられて、いきなり城に連れてこられて、怖くないはずは無いよな……六時間はやり過ぎた……


「意識が無いのに、冷たい所にいるのが分かるの。……死ぬってあんな感じなのかしら?」


……答えづらい。そうだ! というのもおかしいし、違う、死とは完全な無なのさ! と思春期みたいなことを言う気はしない。そもそもマールの問いは答えを求めたものじゃないんだろうけど。


「マールディア王女様、ご機嫌麗しゅう……」


ルッカが跪いて、マールになにやら御大層な言葉をかける。キャラおかしくねえ? お前。


「貴方も来てくれたの! ……マールディアって……え!?」


深刻な顔をしているところ申し訳ないのだが、俺の後ろにいたルッカに今気付くってのはおかしくないだろうか? ルッカもルッカで小さく「二人の世界になんて入れないんだから……」とかブツブツ言ってるし。


「バレちゃったみたいね……」


マールは悪戯がばれたみたいにあーあ、と両腕を前に伸ばして、ベッドに座る。


「ゴメンね、クロノ。騙すつもりはなかったの」


ここからはマールの独白。
そう感づいた俺たちは、俺もルッカも口を挟むことはなかった。


「私はマールディア。父はガルディア王33世……」


悲しげに顔を伏せて、マールの右手はズボンの裾を掴んでいた。


「けど、私だってお祭りを男の子と見て回りたかったんだもん。私が王女様だって分かったら……分かったらさ……」


最後は涙声が混じり、次の言葉を紡ぐのに少しの時間を要した。
俺たちからすれば僅かな時間でも、マールにとっては酷く長い時間に感じただろう。大事なことを言う時、時間はその流れを止める。


「ク……クロノは、一緒にお祭り見てくれなかったでしょ?」


マールは顔を上げて、出来うる限りの笑顔を浮かべていた。
別にそれでいいんだよ、それが普通なんだからと、自分に言い聞かせるように。
俺が肯定を示しても、泣き出して俺を困らせないように、精一杯の笑顔を虚勢で固めて。


……俺はどうだろう?
口先だけではいというのは簡単だ。それで女の子の涙が止められるなら言うことはない。
けれど、良いのか?
そんな簡単に答えを出しても良いのか?
涙って、そんな理由で止めて良いのか?
マールは本心を俺に曝け出してくれてる。なら俺も本音で返すべきだ。
だから、俺の答えは……


「……分からない」


「ちょっと! クロノ……」


そこは嘘でも違うと言え、とルッカが俺を責める声を出す。
でも、駄目だ。それじゃあどこかで綻びが生まれる。
俺がマールを助けた理由。それははっきり言えば義務感、さらに言えばルッカの為。マールが、『マール』だから助けた訳じゃない。
勿論一緒にお祭りを回れて楽しかったし、可愛いと思ったし、深く突っ込んだら守ってあげたい女の子だとも思ったけど……
そもそもそれ以前に、お祭りを一緒に見てない初対面の時に「私はこの国の王女です、私と一緒にお祭りに行きましょう」なんて言われて了承するか、と言われればいいえとしか言えない。
だから、『分からない』は俺が最大限に譲歩できる答え。


「そっか……ありがとう、クロノ。ごめんね、急に変なこと言っちゃって」


「……いや、別にいいよ」


「………さて! 本物の王妃様も戻ったことだし、そろそろ私たちの時代に帰りましょう!」


ルッカがなんとも言えない顔で俺たちを眺めていたが、この空気に耐えられなかったのか手を叩いて大声で場を仕切った。


「うん、そうだね! 行こうクロノ!」


笑顔で俺を促すマールに悲しみの色は見えない。でも、それは奥深くに取り込んだだけで、決して消えたわけではない。


城を出て、森に入ろうとする前に俺はふと夢想した。
今まで同年代の友達も作れず、遊びらしい遊びも経験してこなかったこの少女に、嘘でもあの時王女でも関係ない、俺たちは友達だろう? と言った場合の未来を。
きっとこの天真爛漫で、無垢で、純粋な少女は思いっきり両手を上げて飛び跳ねるのだろう。そして、彼女は言うのだ。


「さっすがクロノ! 私たち友達よね!」


私たち友達よね。
この言葉を言える時を、マールはどれほど心待ちにしているのだろうか?
それを考えると、じくじくと胸が痛み出し、それを無視するように森に落ちている木の葉を強く踏みながら歩行を再開した。











「……? どこから帰るの?」


裏山に着き、俺が最初にこの世界にやってきた場所まで歩くと、先導していたルッカが立ち止まり、マールが疑問の声をあげた。ルッカよ、何か聞かれるたびにフッフッフッ、って笑うのやめてくれないか。怖いったら無いんだ。
ああ、凄い今更なんだけど、本当にマールってお姫様だったのね。この分だとこの世界が昔のガルディア王国だってのも本当なのかもしれないね。自分でも遅すぎる
真実の発覚だと思うけど、無理だろ、いきなり過去に来たんですよとか言われてもさ。なんせルッカの言うことだし。


「恐れながらマールディア王女……いやさ!ここまでくればもうマールと」
「マールでいいってば!」


「………」


あ、こいつら言いたいことが被ったな。
ルッカに至ってはちょっとウケを狙ったのが裏目に出てすっごい恥ずかしそうだ。


「「………」」


二人とも何かしら気まずくなって黙り込んでしまった。
こういう場合一番気まずいのは第三者なんだから早く切り替えてくれないと困るよ。いつだってワリをくうのは無辜の民なんだ。


「……で、ではマール。これをご覧下さい。そおい!」


その掛け声は婦女子としてどうなのかねコロンボ君。


「きゃっ!」


ルッカが妙ちくりんな機械を掲げると、空中に大きな黒い穴が出現した。確か、マールが吸い込まれた時に出た穴と同じように見えるが……


「ルッカ、すごーい!」


純粋なマールはよく考えずルッカを持ち上げる。そこから叩き落してくれんかね。
いや、普通に凄いんだけどさ、なんかルッカの機械が上手くいけば大概後から嫌なことが起こるんだよ。


それから先はルッカが調子に乗って、それを恥じて、マールが気にしないでいいよ! と可愛らしい抗議を上げて……と、大変男子のいづらい空間を形成された。
先生、クロノ君が仲間外れにされてます!


「私は、この歪みをゲートって名づけたんだけど……」


ルッカが黒い穴を指差して説明を始める。
歪み? 穴でいいじゃないか、なんでちょっと難解な言葉を使うんだ、俺の学力を舐めてるのか? 俺は体育の成績以外全部がんばろうだったんだからな。
本来数字の1~5で判定するのだが、俺の成績表だけなぜか手書きでよくできましたとかがんばろうだった。いじめかな?と思う反面俺だけ特別なんだ、とちょっとした優越感を感じた。


「ゲートは違う時代の同じ場所に繋がっている門のようなものなのよ」


……あ、マールが髪を弄りだした。


「出たり消えたりするのはゲート自体が不安定だからなの。そこでテレポッドの原理を応用してこの……あれ? どこだったっけ? ……あ、あった」


ハムスターのグルーミングのように体中をまさぐるルッカ。マールや、一人○×ゲームは止めなさい。見てて痛々しいから。


「ゲートホルダーを使ってゲートを安定させてるってわけ、分かった?」


「「はーい」」


俺とマールは二人揃って返事をして、ルッカはよろしいと頷く。そういう専門的なことは貴方に一任しますよドドリアもとい、ルッカさん。


「けど何で、このゲートがあの時突然開いたの?」


あれだけ一人遊びに夢中だったのに、きっちり話を聞いていたのか?恐ろしい娘っ!


「テレポッドの影響か、あるいはもっと別の何か……」


腕を組んで思案するルッカをみて、マールがそれを真似して腕を組み、難しい顔をする。可愛いね、おじさん興奮してしまうよ。


「何だかムヅカシイんだね……とにかく帰ろうよ! 私たちの時代に!」


「うん、そうね! 帰りましょうクロノ!」


おう! という前に二人はゲートの中に入って行った。
肩落ちしながら、俺もゲートの中に入ろうとする。しかし、その前にある事実に気付いてしまった。


「俺、城からここまであいつらと一切面と向かって会話のキャッチボールしてねえ」


マールとは気まずい空気になったからしょうがないとしてもルッカさん、俺を構ってあげようよ。知ってるだろ?クロノ族は一定時間人とのコミュニケーションが無いと孤独死するんだって。そのくせ自分から話しかけられないシャイ野郎なんだって。


この世界から出るときに浮かんでいる感情は、寂しいだった。
……両生類でも、近くにいれば話し相手にはなるもんだな。
目をつぶり、思い浮かんだカエルの姿は王妃様を見て鼻血を垂らしている所だった。あいつのことは忘れよう、二度と会うこともあるまい。


ゲートが閉じて、俺たちの意識は急速に薄れていった……











「それでは被告人を連れてきます!」


俺は両手を前に縛られたまま、暗い廊下を歩く。
明かりのある部屋にでて、大勢の人間が見ている中、証言台の前に立った。


「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


……俺が一体、何をしたというのだ。


私クロノは、裁判にかけられ、若い命を散らすかもしれない瀬戸際に立たされています。
……あれえ?



[20619] 星は夢を見る必要はない第七話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/30 09:22
事の成り行きはこうだ。
現代(俺たちの住んでいた時代)に帰ってきた俺たちは、各々行動を開始した。
ルッカはゲートの発生した原因を調べるべく自宅に帰り、研究。
俺はマールを城までエスコートをすることになり(そう決まった時何故かルッカは清水の舞台どころか、エッフェル塔から飛び降りようとしているような、断腸の思いで決意する、という顔だった)、俺としてもそう反対する理由もないので了承した。
中世(カエルと出会った時代)の時から微妙に続くギクシャクした空気を背負いながら、俺はマールをガルディア城に連れて行った。途中の森に生息するモンスター達は俺が戦うまでも無く、どこかボンヤリとした表情のマールが次々に打ち抜いていった。だから、男の俺に花を持たせてみようという気概はないのか。最近、男よりも女の方が活動的で頼りがいがあるという風潮があるが、それは決して間違いじゃないのかもしれない。火の無い所に煙は立たぬのだ。


「マ、マール様! ご無事でしたか? 一体今まで何処に!?」


城に入るなり大臣らしき男が(過去も現代も大臣の服は同じのようだ)俺の存在を無視して、口から唾を飛ばしながら走ってくる。言葉にする気はないけど、馬糞の次に嫌いな匂いが老人の口臭である俺なのでそういう嫌がらせは止めて頂きたい。


「何者かに攫われたという情報もあり、兵士達に国中を探させていたですぞ! ……ん? そこのムサイ奴! そうかお前だなっ!? マールディア様を攫ったのは!」


誰がムサイんじゃシティボーイクロノに向かって。


「違うよ! クロノは……」


「えーい! ひっ捕らえろ! マールディア様をかどわかせ王家転覆を企てるテロリストめっ!!」


マールが誤解を解こうとすると、意図的に無視したかのように大臣が大声を被せる。王家転覆を企てるだって? 困るなあ、こんな日の高いうちからお酒なんて飲んじゃあ。そんな奴が大臣になんてなるから内閣支持率が低下するんだ。何だよ非実在少年って。俺は断固としてジャン○を応援するぞ、購読してないけど。


「や、やめてー!」


マールが悲鳴を上げて、俺に近づく兵士を押し留める。事ここに至っても俺は自分の身に起きてる危機に現実感を抱けずにいた。あれでしょ? ヤラセでしょ?


「やめなさーい!」


分かってますよ、俺は騙されませんよとニヒルな笑顔で口端を持ち上げているとマールが城中に響き渡るのではないかという声で一喝した。
……ドッキリなんですよね? マールは演技派だなぁ……ドッキリですよね? ね?
マールの声に驚いた兵士達は膝を床に付けて跪いた。演技指導が行き届いてる、素晴らしい。


「な、何をしておる!」


「しかしマールディア様が……」


俺を捕まえようとしない兵士達に動揺した大臣は額から汗を流しながら兵士に詰め寄った。兵士も大臣と王女の命令、どちらを優先すべきかと悩んでいる。俺としては王女優先に一票。はらたいらさんに三千点。


「かまわーん! ひっ捕らえーい!」


大臣の言葉のごり押しに負けた兵士達は俺を取り押さえた。いつだって勢いのある人間が場を動かすのだ。勢いのある奴が間違ったことを言っているケースの方が高いのだけれども。
俺を床に押し付けながら兵士達が小声で
「貴様、マールディア様と何をしていた!」

「どこまでいった? どこまでいったんだ!」

「あの陶器のような白い柔肌に貴様の穢れた手が触れたというのか? どうなんだハリネズミ頭ぁぁぁ!!」

「何色? 何色だった?」


と語りかけてくるのはたまらなかった。


「クロノーッ!!」


マールの叫び声を聞いて、あ、これマジなんだ。ガチンコなんだ、と気づいた。









星は夢を見る必要は無い
第七話 彼の犯した唯一の罪とは











「この男をどうしましょう……火あぶり? くすぐりの刑? 逆さ吊り? ……それとも、ギロチンで首を……」


「オーディエンスを使います」


「駄目じゃ、潔く死ね」


そしてここに戻る。


大臣は俺に死ねとこの場においては冗談になっていない言葉を残して俺から離れていく。


そう、今俺がいるのは裁判場。そして俺が立たされている場所は証言台。俺のポジションは被告。俺はレフトしか任された事はないのに、こんな奇抜な位置に置かれるとは中々ヨーロピアンじゃないか。


「さて、私が検事の大臣じゃ!」


「私が弁護士のピエールです」


傍聴席の人間に聞こえるよう、裁判場に響き渡る声を出す大臣。それに比べてのほほんとした雰囲気の弁護士。あんた言う時は言うんだろうな? ちゃんと相手を指差して意義有り! って言うんだろうな?


「それでは被告人クロノ! 証言台につきなさい」


髭をもふぁもふぁ生やした裁判長の言われるまま証言台に近づく。
……なんだこれ? 現実なのか? 俺の理解を遥かに超えた現状にもう漏らしそうです。頭が熱暴走を起こしてますよ、医者を呼んでくれ。
俺の右脳が真っ赤に燃える! 理解が出来ぬと轟き叫ぶ!


「まず私からいきましょう。クロノに本当に誘拐の意思があったのか? ……いや無い。検事側は被告が計画的に王女を攫ったと言いますがそうでしょうか? ……いや違う。二人は偶然出会ったのであって決して故意ではありません」


何度も何度も弁護士に話したことを繰り返させられる。計画的に犯行しといて祭りを一緒に回るってどういう思考回路なんだよそれ。


「果たしてそうでしょうか? どっちがきっかけを作りましたか?」


大臣が俺の隣まで偉そうに足音を鳴らしながら歩いてきて問いかけてくる。


「……いや、どっちって言われても。説明すると酔ってふらついた俺にマールが跳び膝蹴りを」


「よろしい! 聞いての通り偶然を装って被告は王女に近づきました!」


「どの通りだよ! 人の話し聞けよ! このファシストが!」


「被告人、許可無く喋らないこと」


裁判長が俺を睨んで注意する。碌に生徒の言うことを聞かず一方的に悪者にする教師みたいな奴だ。時代遅れなんだよ、モンスターペアレンツ舐めんな、給食費出さねえぞコノヤロー。


「そして王女は誘われるままルッカ親子のショーへ足を運びます。その姿は何人もの人が目撃しています。そして二人は姿を消した……これが誘拐じゃなくして一体何でしょう?」


待て待て俺が誘ったんじゃねえぞ、俺は嫌だと何度も言ったんだ!
そう叫ぼうとすると裁判長がギヌロ、と俺を見る。くそっ! 何処が目か分からねえ顔の癖に!


「被告の人間性が疑われる事実も私はいくつか掴んでいます」


大臣はそんな俺をみて薄笑いを浮かべながら饒舌に話を続ける。弁護士、お前さっきから何にも役に立ってねえぞ? お前もカエルと同じがっかり属性持ちか?


「意義有り!」


怨念の篭った眼差しを送っていると弁護士が真上に顔を向けながら勢い良く右手の人差し指と左手の人差し指をそれぞれ上下に向けてポーズを決めた。何それカッコいい。今度俺も使っていい?


「それは今回の検証に関係あるのでしょうか? ……いや無い」


弁護士の話を聞いて裁判長がゆったりと顔を動かして大臣を見る。


「関係あるのかね? 大臣」



「はい。証言の正しさを示す為にも被告の人間性を知らせておく必要があります」


「……いいでしょう」


弁護士は両手で三角を作り喉の奥鳴らし、悪そうな顔になった。何そのポーズ、あんたネタの宝庫だね。
コツコツと裁判場の中央まで歩き、おもむろに体を回転させながら裁判場の扉を指差した。カッコいい! もしあんたが戦隊物のヒーローに抜擢されたら毎週欠かさず見るようにするよ!


「では証人を連れて来ましょう。被告の誠実さを証明する実に私好みの可愛い証人を!」


体を曲げた状態でキープしながら宣言する弁護士。あんたがホテルを取るなら、俺、構わないぜ……


扉を開いて裁判場に入ってきたのは俺が祭りの時に猫を探してあげた四、五歳の女の子だった。
あ、弁護士さん定位置に戻るときに僕の近くを通らないでくださいますか? ペドフィリアがうつるので。このアリスコンプレックスが。


あの時は助けてくれてありがとうね、お兄ちゃんとお礼を言いながら女の子は帰っていった。


「どうです? この若者の行動は? 勲章物ですよ」


両腕をばたつかせながら周りを見渡す弁護士。……くっ! 悔しいが、今はお前の方がカッコいい!
宙に浮けると信じて疑わないきらきらした顔で俺に近づいてくる弁護士。近いよ近い。あと抹香臭い。



「くくっ。きいてるみたいよんっ」


よんっ!? ええ年しててよんっ!?



「弁護士、よんっ。は気持ち悪い、やめたまえ。裁判長昨日鼻風邪が治ったばかりなのに寒気がした」


コンコン、と木槌を叩いて注意する裁判長。ここのシステム良く分からないけどさ、そういう事の為に使うものなのその木槌。
弁護士は一言すいません。ちょけましたと謝罪し、また傍聴席を向く。


「問題は動機です。この一市民にマールディア王女を誘拐する動機が何処にありましょう?……いや無い」



「お言葉を返すようで悪いが、財産目当てというのはどうかなクロノ君? 王女の財産に目が眩んだのだね?」


「違います」


「ほうら! 裁判長聞きましたか? この者は」


「違うっつってんだろーがあああぁぁ!!!」


「はみゅううぅぅぅ!!」


人の話を曲解し過ぎる大臣に俺は思わず後ろ回し蹴りをみぞおちに叩き込んだ。妙に萌えな声を出すなこの大臣。


またコンコン、と木槌を叩く裁判長。まずい、やり過ぎたか……?


「被告、裁判長は暴力が嫌いだ。何故なら怖いからだ。やめて下さい」


えらく低姿勢な裁判長だ。こいつのポジション、別にその辺を歩いてるおっさんでも十分できるんじゃね?


ともあれ、裁判の雰囲気は無罪に持っていけそうな空気になっている。弁護士も俺にサムズアップしているし、俺は胃のキリキリ感が収まっていくのが分かった。


「げほげほ……待ってくれたまえ、被告人。最後に聞きたいことがある」


腹を押さえながら俺を恨みがましそうに見ながら話しかけてくる大臣。ぼとぼと唾を落とすなよ、ボケが始まったのか?


「……君はマールディア王女のペンダントを奪って逃げたね?」


「はあ? 俺はマールにちゃんとペンダントを……!!」


しまった、やられた。
こいつは……あの時の俺の行動を言っているのか!?


「思い出したようじゃな……お前はマールディア様の落としたペンダントを先に拾い、すぐさま何処かに走り出した! マールディア王女が探しているのを見たくせに! これはつまりマールディア王女のペンダントを狙ったと解釈するしかない! どうです皆さん!? こんな男の言うことを信じられますか? 間違いなくこいつは王家転覆を狙うテロリストなのです!」


やばいやばいやばい! 確かにこいつの言っていることは真実! 祭りの中だ、証人も大勢いるだろう! なにより、俺はコイツの言うことを否定できない! もし否定してその根拠を問われれば、俺はマールのペンダントをゲロ塗れにしたことを暴露しなくてはならない!
背中から嫌な汗がブワッと溢れ出る。その様子を見て弁護士のピエールもどういうことだとこちらを見る。
……誤魔化せ……られない!!
……いや、いっそ正直に言ってしまおう。このまま王女誘拐を目論んだ男として罰せられるよりも、王女の持ち物を嘔吐物の海に叩き込んだ男として罰せられる方が幾分減刑できるだろう。


「違う! 俺があのペンダントを持って逃げ出したのは……」



「待って!」


え? この声は……


「お、王女様……」
まままマールさああぁぁぁん!! 一番来てほしくない時にいいいぃぃぃぃ!!
俺は言いかけたことを言葉に出来ず、放心してしまった。


「いい加減にしなさい! マールディア!」


「父上! 聞いて下さい!」


赤いマントを纏い、金色の冠を頭に載せて、威風堂々たる佇まいで裁判場に現れたのはマールの父、つまり国王ガルディア33世だった。
そのオーラは見る者を圧倒し、王たる風格を見せつけていた。


「私はお前に王女らしく城でおとなしくしていてほしいだけだ。国のルールには例え王や王女でも従わなくてはな……後のことは大臣に任せておきなさい。マールディアも町での事は忘れるのだな」


いつのまにか両隣に立っていた兵士が俺の腕を掴み、歩き出す。
俺は抵抗する気力は無く、だらりと体を動かした。


「待って! クロノを、クロノをどうする気なの!?」


必死に王に取りすがり俺の安否を気にするマール。……止めてくれ、俺のことをマールが気にする必要は無い。そう思う理由がまた酷い。


「決まっておるだろう、王女誘拐の罪ともなれば、終身刑以外にはあるまい」


「そんな!?」


国王を説得するのは無理と判断したマールは兵士の腕に掴まれだらしなく崩れている俺に話しかける。


「ねえクロノ? 一度私のペンダントを持っていったのには理由があるんだよね? だからそれを言って! そうすればクロノは無罪になるかも……だから!」


駄目なんだよマール……それは、それだけは君の前で言うことはできない。
マールの声に反応しないマールは、少しずつ顔色が冷めていき、一歩ずつ俺から離れていく。
きっとこの距離は、肉体的だけの意味じゃない。


「そんな、そんな、なんで答えてくれないの? ……本当にクロノは、私を誘拐しようとしたの? ねえ、何とか言ってよ!!」


最後の叫びは涙交じりで、怒りよりも悲しみが強くて。彼女の笑顔がどんなものだったかまで忘れてしまいそうな、悲しい顔だった。


何を言っても無反応である俺を見ているのも辛かったのか、マールは走って裁判場から出て行ってしまった。
バタバタと走る足音と、泣きながらの言葉だったので、大半の人間には去り際の言葉は聞き取れなかったに違いない。けれど、俺には分かる。だって、マールがこれ以上俺にかける言葉なんて一つしかないのだから。





「だいっきらい」





これほど腹に重たく響く鈍痛は、生まれて初めてだった。















俺は城から直接繋がっている刑務所まで長い渡り通路を後ろから兵士に押されて歩かされ、刑務所の管理人に会い、衛兵に気絶させられて、目が覚めるとそこは牢屋の中だった。
牢屋の中は正方形型で、部屋の隅から隅まで三メートル弱という広さだった。
微かに開いた穴から外の光が洩れて、そこから吹く風が体を縛る。床にコケが生えていない場所は珍しいくらいで、ベッドの布団から見たこともない虫がチロチロと生息していた。天井にはくもの巣が張り巡らされており、壁は黒ずんで、血のような染みが点々とついていた。俺の為のご飯はカビの生えたパンが一欠けら。用意されている水はコップの中に泥が入っていた。衛生面なんてまるで考えられていない環境。……こんなところに一週間もいれば発狂するか、病気になって死んでしまうだろうな。


鉄格子の向こうに衛兵が二人立っている。衛兵たちが立っている先に俺の武器とポーション等の道具が無造作に置かれている。恐らく後で正式な場所に保管するのだろう。


……当然、俺はここで生涯を終えるつもりは無い。
若い間に遊んでおけと町の老人に言われたが、青春の途中で人生を退場するなんて有り得ない。
俺は、必ずここから出る。そして自由を手にする。こんな汚ねえ牢屋で一生を終えてたまるか。


体の痺れが取れた俺はすぐに行動を開始した。
まず窓。老朽化しているので頑張って壊せば外に出れるんじゃないかと空のコップで叩いてみた。結論、壊せるわけが無い。あほか。
次に床。何かの本で床下に穴を掘り脱獄するという話があった気がする。空のコップで試してみた。結論、掘れるわけが無い。ばかか。
残るは……


「ねえねえ衛兵さん。背中がかゆいんだけど、手が届かないの、かいて下さる?」


「気持ち悪いの時空を超えてお前が魔の眷族に見える。やめろ」


衛兵さんを誘惑しよう作戦失敗。


「お、お腹が! お腹が痛い! 医者を呼んでくれぇ!」


「そこで漏らせ」


仮病で衛兵さんを騙そう作戦失敗。


「神が、神の声が聞こえる! 貴方はまさか! ヴィシュヌ様ではありませんか!?」


「おーい、後で麻雀やろうぜー」


「おー、三時間後に交代だからその時になー」


神の声が聞こえる御子を牢屋に入れておくなんてとんでもない作戦はよその担当の衛兵に俺の見張り担当の衛兵が声をかけられて失敗に終わる。
……万策尽きたか。
一日目終了。明日こそはきっと、お天道様が俺の味方をしてくれるはずだ。





「ハッハッ! こいつは驚きだ! 俺はなんてご機嫌な踊りを編み出しちまったんだ! おいあんたもどうだい!? こいつは神父の説教を聴くより何倍もノリノリになれるぜ!」


「ふぁっきん」


フレンドリィにダンスに誘う作戦失敗。後から考えれば成功したとしてどうする。


「……そうして彼の名前が決まりました。それはとてもとても長い名前で、全部話すと……」


「じゅげむじゅげむごこうのすりきれかいじゃりすいぎょのすいぎょまつうんらいまつふうらいまつくうねるところにすむところぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがんしゅーりんがんのぐーりんだいぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけだ。寝ろ」


お腹の底から笑わせてみよう作戦も衛兵が落ちを知っていたので断念。もうなんでも良くなってきた。


「見てくださいこの輝き。落として傷ついたコップもまるで新品のようです。勿論コップにしか効果が無い訳ではありません。布に多めに付けてサッと一拭きするだけで壁の汚れもほら、簡単に落ちちゃうんです。今ならこのクロノ印の唾液を一リットル二十ゴールドで提供させて頂きます。おっ得ー! ほらほら先着順ですよ? そこのカッコいい衛兵さん! 貴方もお一つお求めになっては?」


「カッコいい衛兵さん以外は妄言として扱うことにする」


俺の唾を服に付けてその洗浄力を売り込む作戦も水泡と帰したか……こうしてみるとここの生活も様々なアイディアが溢れてきて悪くないかもしれない。
二日目終了。明日はどうしようかな、口笛でクロノソロライブを決行してみようか。今の内に作詞作曲しておかないと。





「あーけーてー! あけてー! あけてよー! あければあけるし開かざる時!」


「ああもううるせえ! 黙ってろ馬鹿!」


段々頭が弱ってきていると自覚した俺は散々牢の中で騒いで衛兵のストレスを溜めることにした。上手くいけばこれで脱出が可能かもしれない。


「馬鹿? 馬鹿って言った? 腹立つなーその言い方。はらたつのり。なんちゃって」


自分で言ったギャグで爆笑していると衛兵の一人が「おい牢を開けろ! 黙らせてやる!」と鼻息荒く命令した。カルシウムが足りてないね、君。


ゴゴゴゴ……と鉄格子が上がり衛兵が俺に近づいてくる。俺の間近に来た衛兵は剣を抜き、峰で俺の頭をぶん殴った。痛い、痛いがルッカのハンマーには遠く及ばない。


倒れた俺を見て気を失ったと勘違いした衛兵が牢から出ようと俺に背を向けた。……さあて、脱獄劇の始まりだ。


飛び起きて衛兵の剣を後ろから奪った俺は剣を鞘に入れたまま衛兵の喉に突きを入れる。悶絶して倒れた衛兵は無視して牢の中から出てもう一人の衛兵に剣を振りかぶる。初撃で兜を落とし、相手の攻撃をいなしてから相手の側面に飛び込む。王妃を倒したときの要領だ。その時に比べて迫力、難易度ともに比べるべくもないほど低いものだったが。
後は回転切りできっちり膝裏、背中、後頭部に一撃を入れて昏倒させる。
人間を殺すわけにはいかないので二人とも牢屋の中にあった鉄鎖で縛り、牢の中に入れて鉄格子を降ろした。これで俺が脱獄したことはしばらくバレないだろう。






「……これで俺の装備は全部か」


鋼鉄の刀を腰に差してから、廊下を走り出す。
牢屋の中ほどではないにしろ決して清潔ではない廊下は下を向く度に黒い虫が這いずり回っている。……俺ゴキブリが出ただけで悲鳴を上げるのに、昆虫図鑑でしか見たことが無い虫がうじゃうじゃいる所を走り回るなんて拷問だ。


すぐにでも日の光を浴びたい、その一心で俺は脚に力を入れて前へと進んでいった。


















おまけ





ヤクラと王妃




「大臣、チョコレートです。私はチョコレートが食べたいのです。チョコレートがあれば私は城に帰らず修道院の中にいますから、急ぎチョコレートを持ってきて下さい」


「いや王妃、わしはお前を殺すために連れてきて……ああ、分かった! チョコレートだな! 待っておれ今すぐこのわしが作ってやろう! だから泣くのはやめて? お前の泣き声でわしの部下の鼓膜が破れて三人戦闘不能に陥ったのじゃから」


大臣は優しい。
この大臣が本当は本物ではなくモンスターだと分かっているが、それでも私にとっての大臣は目の前で私の我侭に四苦八苦している大臣なのだ。
この前はクッキーが食べたいという私の要望に応えようとお菓子の作り方という本を読んでいたのを覚えている。きっと今回も本を見ながら美味しいチョコレートを作ってくれるに違いない。
私はそれを想像するだけで、はしたなくも唾が溢れてくるのだ。


「大臣、それが終われば遊びましょう。前みたいにモンスターに変身して私を乗せて下さい。修道院内を走り回るのです」


「いやいや王妃、わしはここのモンスターを取り仕切っておるのだぞ? そんなわしが情けない姿を部下達に見せては示しが……うぬ! 全てこのヤクラに任せるがいいぞ!」


チョコレートを作りに部屋を出る大臣は少し落ち込んでいたが、私はワクワクしていた。大臣の背中に乗って走ってもらうと建物の中なのに風を感じてとても気持ちが良いからだ。


こんなに遊んだり好きなものを食べたりという生活は今までにしたことがない。城の中の生活は別段苦しくはないし、むしろ快適であったが、こんなに毎日が楽しくて、高揚感溢れる日々は無かった。


それに、こんな風に年上の男の人に甘えることなんて今まで一度も無かった。
私の父上は厳しくて、娘の私よりも国の方が大事という御方だった。
それは為政者としては立派だし、私自身そんな父上を誇りに思っている。……けれど、私も誰かに甘えてみたいと思うのは傲慢だろうか?
私はいつも誰かに思いっきり我侭を言って、誰かに思いっきり甘えたいと常々思っていた。それは、決して叶わぬ夢だと諦めていたのだけれど……


だから私はあの本物ではないけれど、私にとっては本物以上の大臣は私の夢を叶えてくれる為に私に会いに来てくれたのではないかと思う。
都合の良い想像だとしても、私がそう思うなら、私にとってそれは真実なのだ。


出来るならば、少しでも長くこの生活が続くよう、それが今の私の願いである。
ソファーの上に置いてある、この前大臣が私の為に買ってきてくれたぬいぐるみを抱きしめながら、私の未来を想像した。



[20619] 星は夢を見る必要はない第八話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7
Date: 2010/07/31 02:45
牢屋を出た俺は右往左往しながら迷路のような刑務所を歩き回る。所々に突っ立っている衛兵は暗闇に紛れて近づき後ろからクロノ式ブレイバーを叩き込むとあっさりと昏倒していく。気分は伝説の傭兵。大佐! 現在の状況は!?
倒れた衛兵が必ず一つは持っているミドルポーション(ポーションの高級品)を懐に入れてホクホク顔で歩く。悪くないかもね、獄門生活。
ちょっと探検気分で楽しくなっていると明るい部屋に出て、奥に刺付きの棍棒を誰もいないのに振り回している変態を見つけた。萎えた。早く出たいこんな所。
Uターンしてまたカビ臭い通路を歩いていると今度はギロチン台に首を乗せて縛られている青年を見つけた。足掻こうとしているのは分かるのだがケツをふりふりするのはやめろ、妙な想像をしてしまう。
無視して先に進もうとすると俺を見つけた青年が大声で「ヘルプ! 助けて! ボーノボーノ!」とやかましく、このままでは衛兵がやって来てやらなくていい戦闘をしなければならなくなりそうなので縄を解きギロチン台から開放してやった。


「もっと早く助けてくれればいいじゃないか」


信じられないがこれが助けてやった後の第一声である。唇を尖らしてぶーぶー、と聞こえてきそうな顔は肘鉄をめり込ませても許されそうだった。というか、めり込ませた。


「本当は言いたくないけど、これ以上前歯を不安定にしたくないから言うよ。助けてくれてどうも。ケッ!」


これ以上ないくらい癪に障る謝られ方だったが、これ以上こいつをどついていると衛兵に気づかれそうだったので抑えることとした。だってこいつ殴られたときの声でかいんだもん。
女の子座りになって「殴ったね!? 父さんにも殴られたこと無いのに! いやあるけど!」
と叫んだときは反射的に刀を抜いていた。衛兵は殺しちゃ駄目だけどこいつなら許されるのではないか?


あっかんべー! と舌を出しながら去っていく青年を見てあいつまた捕まるんじゃないいか? むしろそうあれと願う今日この頃。俺は間違ってない。
気を取り直してまた刑務所内を探索していく。牢屋の中の骨が動いたりした気がしたが、俺は非科学的なことは信じないリアリストなのだ。これから俺のことをバンコランと呼んでも構わない。


階段を見つけたので登ろうとすると、上から黒い泥団子みたいなものを投げられた。ぺっ! ぺっ! 口の中に入った!
何があったのかと階段を駆け上がると俺の身長と同じくらいの大きさの盾が二つ置いてあった。
随分でかいな、暴徒鎮圧用かな? としずしず見ていると、その盾が動き出し裏から人間が顔を出した。俺より頭一つ分小さいその人間は俺の顔を見るなり「ひっ!」と悲鳴を上げて盾の後ろに隠れてしまった。失礼にも程がある。俺の顔を見て悲鳴を上げるなんて二日前以来だ。その時悲鳴を上げたのは俺と同年齢のカヨちゃんである。母さんを通して理由を聞くと、「クロノ君に近づくと、ルッカちゃんにお仕置きされるの……」だそうだ。何故ルッカは俺を孤立させようとする。女子は皆俺を避けるし、男子は男子で半端に人気のあるルッカとよく一緒にいるという理由から俺を毛嫌いしている。ルッカという存在はどこまでも俺の人生を捻じ曲げていくのだ。悪魔め。


「……ああ、また明かりだ」


階段を上がってすぐの扉から人工的な明かりが漏れている。電球のある生活がどれほど贅沢か骨身に染みるよ。
しかし、油断は出来ない。中を見ればまた変態が我が物顔で棍棒の素振りをしているかもしれない。ああいう輩がいる所を見ると、もしかしたらここは元々アルコール中毒者の隔離施設だったのかもしれないな。酒は飲んでも飲まれてはいけない。


恐る恐る扉に張り付き、中を覗いてみる……おや?なにやら靴の裏がこちらに近づいて、


「クロノーッ!!」


蹴り開けられた扉で鼻を強打した俺は、その反動で階段から転げ落ちて気を失った。

















初めは、偶然私にぶつかり、ペンダントを拾ってくれたから。ただそれだけだった。あとまあ、同い年の男の子と遊ぶという、女の子らしい遊びがしたかったからというのもある。
お祭りを巡って、初めて見るお菓子や食べ物を奢ってくれた。いくら世間知らずに育てられた私でも、そういう商品を買うにはお金がいるということくらい分かっていた。会ってから全然たってないのにお金を出してくれるなんて、良い人なんだなあと思ったことを覚えている。
一緒にはしゃいでみて、気を使わないで良いことも分かった。クロノは女の子の私に気を使って楽しんでいるのではなく、心の底から夢中になったり興奮しているのが手に取るように分かったから。
だって、私が凄いよ凄いよと興奮しているのに、クロノはそうかあ?どこにでもあるトリックだよ、と全然乗り気になってくれなかったり、逆に私が怖いからやめようというサーカスのテントに聞く耳持たず入ったりした。
でも、それは稀なケースで、大概私もクロノも周りの人の迷惑も気にせず(これはちょっと反省)二人して騒いでいた。
本当に楽しかった。こんなに興奮したのも、笑ったのも、また同じ人に笑顔を見せ続けていたのも初めてだった。
そうして、今度は私がルッカの実験に挑戦して、ゲートに入った時。迎えに来るのは遅かったけど、ちゃんとクロノは私を助けに来てくれた。
……なんだろう?私がクロノに抱いている……抱いていた感情は。
男女間の愛?クロノのことは素敵な男の子だと思うけれど、それは違う気がする。だって、時々訳の分からないことを言うし、私が本で読んだような恋愛ができそうには思えない。……ちょっぴり情けないし、ね。
けれど、私はクロノと一緒にまたお祭りを巡りたいと思った。
出来ることなら、クロノと一緒に色んなところを巡りたいとも思った。
……もしかしなくても、私は、クロノと……


「友達に、なりたかったんだ」


私は自室の天蓋付きベッドに仰向けで寝転がりながら、一人でぼうっと呟いた。




マールがクロノに抱いていた感情。
それは恋慕といった甘酸っぱいものではなく、また興味があるという程度の軽いものではない。
マールと同じ年齢ならば誰もが持つであろう、友愛であった。




「……なら、私がすべきことは……」


私は壁に立て掛けたボーガンを手に取り、比較的丈夫なロープのようなものを探して部屋を飛び出した。








星は夢を見る必要は無い
第八話 プリズンブレイクをそのまま訳したら牢獄破壊って、なんかアクション映画っぽいよね







「まあまあ俺も男の子だし、あんまりネチネチ言いたくないけどさ、俺を助けに来てくれたのは嬉しいよ? 純粋に。でもね、その結果俺の頭を割ってたら目的がおかしいよね? 手段と目的が入れ替わってるなんてのは良く聞くけどさ。ルッカのやったことはあれだよ、電車の中で若者が騒いでるのを止めようとして大声で歌いだす蛮行と同じだからね? なんで被害拡大に一役買うのかが俺には理解できないなあ、最先端過ぎて俺がついていけないよ。これは俺が時代に取り残されてるのかルッカが時代をぶっちぎってるのか、その辺を重点的に説明してほしい」


「もういいじゃない。幸い怪我もたいしたことなかったんだし、さらっと流しなさいよ」


ルッカが言う流すのは水的なものなのかもしれないけれど、俺の中ではその液体重油的な何かだからさ、どろっとしてからみつくぜ?


「……まあ俺の手助けをしようと善意に行動したんだから忘れてあげないでもないけどさ。一体どうやってここまで来たんだ?兵士達だってわんさかいただろうに」


俺が抱いたごく当たり前の疑問にルッカは得意気な顔をして肩から下げている鞄から茶色いダンボールを取り出した。ルッカの鞄って何でも入ってるのね、魔法の鞄みたい。


「これぞ伝説のスニーキングアイテム、ダンボールよ」


「あ、そのネタもう俺やった」


ちきしょう……とおよそ一般的な女の子の悔しがり方ではない反応を示すと、ルッカはその場で体育座りになり指で床を弄りだした。爆砕点穴の練習ですか? ルッカがそういう可愛らしいと見られがちな行動をするとどうも破壊に繋がるのではないかと邪推してしまう。


「でもこれはそう馬鹿にできるアイテムじゃないわよ? 私だってこれで何回あんたのお風呂を覗いたか……私は何も言ってないわ」


「……そうか」


分かる。どうせここで俺が追求すればルッカがハンマーを振り下ろすんだろう? さながら大海賊時代のバイキングの持つ戦斧のように。
俺の名前はクロノ、テンプレートを回避する男。……でもきっちり言い切ってから誤魔化せると思えるルッカには良い病院を紹介すべきだろうか?俺の家から二件隣に住んでいるバイアン・ジャーニーさんが経営する病院なんか良いんじゃないか?略称BJとしてトルース町の皆さんに好評の。顔に縫い後があるのと料金が割高なのが玉に傷ではあるが。


とりあえず階段で休憩してても始まらない。俺が突き飛ばされた扉をくぐり、中に入る。そこは俺が衛兵に気絶させられた所長室だった。最初はマールのだいっきらい宣言とこれからの俺の将来を考えてどん底に落ち込んでいたからよく見てなかったけど、中々良い部屋じゃないか。適当に罪人を牢屋まで案内しているだけでこんな良い部屋を割り当てられるのか。これだから公務員は。
ここにいない所長に毒づきながら軽く部屋を見て回ると、机の下に青い服を着た、所長殿が倒れていた。


「おううううわああぁぁ!!! 人が……人が死んでる!?」
ごめんなさい! よく知りもしないで楽そうだとか簡単に金を稼げるとか言っちゃって! きっと俺たち国民の与り知らぬ所で膨大なストレスを溜め込んでたんですね! まさか死んでしまうほどの心労だったとは! ……もしくは俺と同じ想像に達した人間による犯行なのか!?
ガルディア刑務所殺人事件~夜風が目に染みやがる。
じっちゃんはこの中にいる!


「色々混ざってるけど、犯人は私よ。動機はあんたを助ける為で、ついでに殺してないわ。この使い捨て人体破壊専用ドッカンばくはつピストルを使ったから。勿論のこと非殺傷設定よ」


ついでにで命の有無を扱うのかという突っ込みの前に、何かえらく禍々しい単語が聞こえたのだが。
流石巷では『黄昏よりも暗き者』または『血の流れより赤き者』と呼ばれるだけのことはある。名付け親は俺だ。


「お前が犯罪を犯して俺が涙を流しながら『あんなことする子じゃなかったんです……』と言う光景が目に浮かぶよ。少女人体実験による精神破壊とかの罪状で」


「今罪人なのはあんたよ。ほら、いいからさっさとここからオサラバしましょ、ここ臭いのよ。ついでにあんたも臭いのよ」


「お前は女子が男子に言う臭いはどれだけ鋭利な刃物になって胸に突き刺さるか分かってないんだ」


刑務所に風呂なんてなかったんだから仕方ないじゃないか。俺だって頭が痒くてしょうがないんだ。後、頭を掻く度に毛が抜けるんだけど俺この年にして若はげ確定なんだろうか? 消費税アップとかより衝撃の事実なんだけど。


俺の結構マジな注意を無視して部屋を出た。あいつとは何処かで真剣に決着をつけないと、俺は先に進めないのかもしれないな。例えばしゃべり場とかで。


「……あれ、なんだこれ」


ルッカの自称非殺傷兵器で気絶している男(顔面が識別できないほど潰れているのは置いといて)の近くに数枚の紙が綴じてあるファイルが落ちていた。
中を見ると達筆な字で

ガルディア王国刑務所所長殿へ ドラゴン戦車の設計図 ドラゴン戦車の頭には、本体が

ここまで読んだ時に、ファイルから一枚の写真が落ちた。
拾って見ると、そこにはバニースーツを着た女の子がこちらにピースサインを送っている写真だった。裏側を見ると、
『今日のわしのお気に 大臣』
と書かれていた。仕事しろよとは言わんがこういう形で性癖を暴露するのは大臣からしてもどうなんだろうか?
ファイルをもっと調べてみると他にも大量に写真が綴じられていた。むしろちゃんとした書類よりも量が多かった。この国は一度滅びなければならない。


とはいえ、何か脱獄の手がかりが書いてあるとも知れないので全てチェックすることにする。ほら、万が一ってあるじゃない? 変な意味は別にないんだよ? 青い好奇心みたいな感情は全然。俺ってば解脱するかしないかみたいな領域に来てる聖人君子だからね。


俺の精一杯の自己弁護をさらりと無視して戻ってきたルッカが写真ごと火炎放射器で俺を焼き払った。お前躊躇いなく人の事燃やすけど、全身の三分の一を火傷したら死ぬんだからね? その辺のこと分かってやってんの?
俺が衛兵達から回収したミドルポーションはここで使い切ってしまった。
……あのチャイナ服の女の子、名前はユイちゃんか。今度お店に行って指名しよう。


部屋を出ると手すりもついていない渡り通路。下を見れば地面まで数十メートルはありそうだ。ここから飛び降りて逃げる、というのは無理そうだな。
激しい風に晒されて、年中半袖の俺には辛い、ルッカを見ると寒そうに身を縮めている。一番重要なのは後ろから見ればルッカの上の服が風で持ち上がり腰の上部分が見えていることだ。フッ、とはいえ、悪いが俺はその程度で興奮する時期なぞとうに越えている。俺を興奮させたければその六倍のエロさを見せてみろというのだ。


いやあ、にしてもびゅんびゅかびゅんびゅかと風の音がやかましい。
おかげで前でルッカが持ち上がっていく服を抑えながら顔を赤くして何事か叫んでいるが聞こえやしない。いやあもう全く。
……しかし、何故ルッカはスカートの下にズボンを履いているのだ、見られるかもしれないという緊張感から女の子は気を使い安定した姿勢を得られるというのに、ズボンとは全くけしからん、最悪スパッツならば色々妄想もできように。
ここは一つ、一家言物申さなくてはならない。


「おいルッカ、パンツ見せろ」


「こっち見るなって言葉を無視してる挙句何言ってんのよおぉぉ!!!」


西部劇のガンマンみたいにパカスカ俺を撃つルッカ。甘い、現在進行形で賢者の域に片足を突っ込んでいる俺に銃弾の軌道を読むことなど造作もないのだ。さっさと全部脱げ。……あ、妄想してたら足に当たった。
こうして俺は中世で拾ったポーションを全て使い切ることになった。
ただいまの持ち物、鋼鉄の刀、青銅の刀鞘なし(青銅の刀の鞘は鋼鉄の刀を納めるために使っている)のみ。


この後上の服をズボンにインするという暴挙を犯したルッカと俺の壮絶なバトルが展開されたのだが、ここは端折ることにしよう。
ただ、痴漢と言われようが何をされようが……それでも俺は、見たかった。


「はあ、はあ、はあ……何であんたはいつどんな時でもエロいことしか考えられないのよ!」


「知らなかったのか? 男の性の欲望からは逃げられない……」


「完全に性犯罪者の台詞よね、それ……時と場所を考えれば私はいつでも……なのに」


「? おいルッカ今度はマジで聞こえない。何て言ったん……おい、ルッカ」


「分かってる。何この音? まるで大きな歯車が回るような……それが近づいてくるような……」


渡り通路の先から聞こえてくる奇怪な音に、俺とルッカは軽口を止めてその正体を探るべく目を凝らす。
……何だ? あの不細工な乗り物は?


「ハーッハッハッハー!!! 脱獄犯めが! このガルディア王国刑務所から逃げ出そうなど、そうは問屋がおろさぬわ!! ゆけいドラゴン戦車! ……寒い、この場所服がバタバタ揺れて凄い風が入り込む」


愉快な笑い声をBGMに大臣がドラゴンを模倣したというよりは妊娠中のコモドオオトカゲに似せましたというような戦車に乗りながら登場してきた。
顔の部分はラグビーボールを半分に切ってまたくっ付けたような造詣で、胴体部分はなすび型。今時おもちゃでももう少し精巧に作れそうな尻尾。動くたびに不穏な音が鳴る車輪。……まさか、こいつを俺たちに戦わせる気じゃないだろうな?適当に作った機械に過度な期待はやめてください。成長に著しい悪影響を及ぼします。


「ルッカ、俺、お前の作る機械って大概駄作だと思ってたけど、お前やっぱり天才なんだな」


「認めてくれるのは嬉しいけど、今この状況で言われるのは物凄く不快だわ」


俺もルッカも武器を取り出しさえせずに大臣御自慢のドラゴン戦車を眺める。ああ、背中の鉄板が一枚外れましたよ?


「さあ! お前達にこのドラゴン戦車を倒せるかな? さっさとかかってこい! できるだけ早く掛かって来い! 長期の稼動は想定しておらんのでいつ止まるとも知れんのじゃ!」


知ってるか? あんたみたいな奴がいっぱいいる病院の名前。そこで友達百人目指せばいいじゃない。


「な、何をしておる! さっさと来んか腰抜けめ! さてはこのドラゴン戦車に圧倒されて足が竦んでおるな? ……ああもう本当寒い。鼻水出てきた。今夜はトルース町のガールズバーで豪遊する予定なのに困った」


あんたみたいな奴ばかりだと、きっと戦争なんて起こらないに違いない。十中八九滅びるけど。


「いかんぞ、鼻水を垂らしたままじゃとユイちゃんに嫌われる。今日こそわしはあの子とアフターを決めるんじゃから」


「貴様ァァ!! そこに直れ、今すぐこの場で切って捨ててくれるわぁぁぁ!!」


「ちょっと!」


ルッカの制止を振り切り俺は走りながら刀に手をかける。
ごめん、ルッカ。でも俺は男だから、命を賭けなきゃいけない時がある。倒さなきゃいけない敵がいる。……例え、それがどんなに強大な敵だとしても!


「ユイちゃんとのアフターは譲れねええぇぇぇ!!」


前方のみを直視していた俺は、後ろから飛来するハンマーの存在に気づかず頭をドヤされる。アイテー。
足幅大きく俺に近づき、ルッカは俺の首元を掴んでがくがく揺らす。少し前のことなのに懐かしいこの感覚。



「ユイちゃんって誰?」


「え……いや、別に」


「ユイちゃんって誰?」


「だからね、ルッカさんちょっと聞いて?」


「ユイちゃんって誰?」


「……」


「ユイチャンッテダレ?」


いよいよ言葉の発音すらおかしくなってしまった。
前方の竜後門の悪鬼状態だ。竜ははりぼてだし悪鬼はすでに俺の命を握っているけれど。


「あっ! わしの服が! ああっ、下も!?」


なにやら一人芝居を続ける大臣を目だけ動かして窺うと、大臣の服が全部飛ばされ、風から大臣を守るものがふんどしだけとなっていた。
誰がお前のお色気シーンを期待したのか。乳首を隠すなゲテモノ。
……しかし良い事を知った。


「ルッカ。お怒りのところ申し訳ないが、さっきの大臣の服と同じ服を着てまたここに来てくれないか? ああ、下着は着けなくてもいい。むしろ着けるな」


「本当に申し訳ないわねそのお願い!」


俺の首を絞める強さが増した。ふむ、あと数秒で俺の頚動脈が破裂すると知っての行動なのだろうね?


溜息をついたルッカは俺を解放し、瀬戸際で俺の頭が破裂する事態にはならなかった。
敵前で味方の首を絞めるとは、ルッカの頭の中を見てみたいものだ。そしてそれ以上に服の中身を見てみたいものだ。


「もういいわよ……クロノの浮気性。今度ユイとかいうあばずれ、実験と称してこの世から消し去ってやるわ……」


ルッカが怖い顔をしているので俺はそっぽを向く。情けなくない。こういう時のルッカの顔は下手なホラーゲームよりよっぽど怖いのだから。


「いにゃああぁぁぁぁ!!」


叫び声が聞こえて、ドラゴン戦車を見ると背中に乗っていた大臣の姿が見えない。……そうか、大臣は星になったのか。汚いものを見せてくれたが、今後の楽しみとして大臣ルックという引き出しを増やしてくれた恩義は忘れない。来世で幸せになってくれ。そして末期の時の言葉すら萌え声なんだな。


運転する者がいなくなったので、俺たちはドラゴン戦車を素通りしようとする。……が。
そもそも、戦車を運転するのに背中に乗っているわけは無い。
中に誰かが乗って操縦するか、もしくは……


「る、ルッカ! 動いてるぞこのぽんこつ!」


「……そうか、外見の構造上、中に誰かが乗るスペースは無い……つまりこのドラゴン戦車、へっぽこな見た目の癖に……」


無人で作動する、自動型かのどちらかだった。



「ドラゴンセンシャ、ミサイルハッシャイタシマス」


「「ミサイル?」」


俺たちが同時にハテナマークを頭の上に浮かべると、ドラゴン戦車の背中が開き、中から八発のミサイルが……俺たちに向かってくる!?


「ううう撃ち落せルッカ! お前なら出来る! 君に決めた!」


「無茶言わないでよ! こんな改造エアガンなんかでなんとかなる訳……キャアアアアア!!」


俺たちは二人して全力で後方に走る。……背中からボカンボカンと聞こえる音は爆発音だろうか? くそ、なんであんな間抜けな見た目なのにミサイルなんて高性能なもんを打ち出せるんだ! テロリスト対策ったって限度があるだろ! あああ耳元を破片が掠めたぁぁ! 助けておばあちゃーん!


「こ、こうなったら仕方ない、奥の手ルッカスペシャル三号、テロ行動時専用反逆丸を使うときが来たようね……」


「何か秘密兵器的な物があるのか!? テロ行動時専用ってそういうことしようと考えてたのかとか無粋なことは言わん! 早く使ってくれ!」


含み笑いをしながら取り寄せバッグに手を入れるルッカ。その手に握られていたのは拳大程の大きさで、形状はピンの付いたパイナップルのような形だった。……うーん、ジェド○士?


「これは万が一クロノが死刑になり殺されていた時に王族諸共吹き飛ばそうと考えて作った最終兵器よ。まさかこういう形で使うとは夢にも思わなかったけどね」


なんでお前は南米の傭兵達みたいな方法を取ろうとするのかが不思議で仕方が無い。


「さあ! 火薬を入れすぎて広めの空き地で使っても周りに被害が及ぶであろうこの反逆丸の爆発を受けてなお原型を留めることができるかしら!?」


「ねえルッカ。俺凄い嫌な予感がする。外れないんだ俺の嫌な予感。良い予感は当たった試しがないんだけどさ」


スルー上等、ピンを抜きドラゴン戦車の足元に反逆丸を投げつける…………何も起こらないぞ?


床に伏せて耳を塞いでいるルッカに不発か? と聞こうとした矢先に、脳天を突き抜ける轟音が辺りを支配する。こっ、鼓膜が! 鼓膜がああぁぁ!!


「ふう、予想通りの威力ね」


「時間差で爆発するならそう言えよ! 耳の中でアラ○ちゃんが走り回ってるじゃねえか!」
キーン、キーンとね。


火薬の煙と、爆発で舞い上がった砂埃が晴れると、そこにドラゴン戦車の姿は無かった。なるほど、ルッカが納得するだけのことはある。素晴らしい破壊力だ。うん。本当に凄い破壊力でしたよ。


「で、どうするんだ」


「何よ? 謝れば許してくれるのかしら?」


渡り通路の三分の一が吹き飛び、助走をつけて飛んだところで消えた通路の半分にも届かない距離で地面に叩きつけられるだろう。悪いと思ってるならその尊大な態度を改めて申し訳なさそうな顔をするのが筋だと思うよ。僕の人生経験からすれば、さ。言っても無駄なのは分かってるけど。後額からどばどば出てる汗は拭いとけ、唇が真っ青になって震えてるのは寒さのせいだけじゃないよな?


どうするべきか、この刑務所を出るルートが他にあると期待して引き返すか? ……いや、出口がいくつもある刑務所なんて存在するのか? 俺はこの刑務所の中をかなり歩き回ったが、他に出口らしきところは無かったぞ?
いっそ運よく生き残れることを信じてここから飛び降りるか……? いや、自殺行為でしかない。奇跡的に生き残っても大怪我をしたままじゃまた兵士達に捕まってしまう。……どうする?


光明の見えない状況で、俺は女の子の声が聞こえた気がした。
気のせいかと思ったが、ルッカも辺りを見回していることから聞き間違いや幻聴の類ではないと確信する。
今この場に現れる可能性がある女の子といえば……まさか。


カツンという音がして、足元を見ると向こう側の通路からロープが括り付けられたボーガンの矢が落ちていた。
ボーガンの矢……もうこれは間違いないな。あのお人好しの王女様め……


ロープを近くの柱に縛り、何度か引っ張ってみる。これなら途中で縄が切れることも無いだろう、限界突破に怖いが、俺たちは縄を伝って向こう側に辿り着くことが出来た。


「おかえり、クロノ」


「ああ……ただいま、マール」


きらきらと輝く金髪をポニーテールにした、純白の服を着る少女、マールが俺たちを見てニッコリと微笑む。
牢獄に入れられた時の虚無感も、衛兵の為すがままに気絶させられ、物のように扱われた屈辱。一生外には出られないのかという絶望、それら全てを消し去ってくれるその笑顔を俺は忘れないだろう。
そうだな、もしも彼女を何かに例えるなら……それは決まっている。
俺は、念願の日の光を見つけることが出来たのだ。


俺とルッカだけでは脱出不可能な状況から脱して、その場に座り込みほっと一息つく。


「ほらクロノ、こんな所で座り込んでないでさっさと逃げるわよ。ここはまだガルディア城の中なんだから」


ルッカが俺の背中を膝で押してくる。
確かにそうなんだけどさ、気が抜けたんだよ。
そう言いかけた時、俺は声を出せなかった。
その時のルッカの顔は、一瞬だけど憎憎しげにマールを睨んでいたから。


俺とマールを置いて走り出したルッカを見て、俺に手を差し伸べるマール。
その手を取って勢いをつけ立ち上がる。「行こう、クロノ!」と笑いかけてくれるマールに分かった、と返す。
……ルッカ、お前はマールに対して何を思ってる?
足が前に動かない俺を、扉から吹く風が背中を押してくれた。




「だ、脱獄だー!!」


階段を降りて城の玄関まで辿り着くと、外に出るまで後少し、という所で兵士達に見つかった。
一度餌をあげた鳩みたくわらわらと俺たちに掴みかかる兵士達。……心なしか俺の体を掴む奴が少ないのは気のせいか?


「や、やめなさーい!!」


「ま、マールディア様でしたか!」


さっきまで二の腕やら足やらを触っていた癖にマールが声を張り上げた途端わざとらしく「気づきませんでしたなー」とか「やっちゃったぜ!」とか「超ふわふわ。極すべすべ」とか抜かし出す。特に三番目、俺の前にその首を出せ。


「この方たちは私がお世話になったのよ! 客人として、もてなしなさい!」


「し、しかし……」


それは正に中世でマールと出会った時の再現だった。
マールの言葉に納得のいかない兵士はなおも抵抗しようとするが……きっとこの先の展開もあの時と同じ。


「私の言うことが聞けないの?」


「いえ! 滅相もございません!」


兵士達からは見えない角度で俺にチロ、と舌を出すマール。即興の悪戯心で作った演出にしては洒落が利いてるじゃないか。


「そこまでじゃー!」


このまま城から逃げられるかと思いきや、城の奥からちゃんと服を着た現代のストリーキング、大臣が走って姿を現した。あれだけの高さから落ちて、俺たちより早く城に戻り服を着替え、なおかつ走れるのかよ、お前人間じゃないなオイ。


アメーバ並みの再生力を持つ大臣が控えい控えい、控えおろーうと時代劇みたいな口調で兵士の頭を下げさせる。本当やりたい放題だな、聞きたくないけどあのドラゴン戦車とかどれだけ予算を使って作ったんだよ、国民の血税をほとばしるほど無駄にしやがる。


「ガルディアーーーー、三世のぉーーー、あ! おーーーなぁああーーー!」


「父上……」


「いい加減にしろマールディア。お前は一人の個人である前に、一国の王女なのだぞ」


大臣が時代劇から歌舞伎にシフトチェンジすると痺れを切らした王が大臣を後ろから蹴り倒して前に出る。大臣は階段から落ちて頭から床に叩きつけられた。死んだかな? と期待していると「いったー、絶対赤くなってるぞいこれ。後でムヒ塗っとこう」だそうだ。頭蓋を完全に粉砕しないと死なない類の生き物なんだな、多分。


「違うもん! 私は王女である前に一人の女の子なの!」


「城下などに出るから悪い影響を受けおって!」


「おいそこの犯罪者兼脱獄者と、貧乳眼鏡女。どうじゃったわしの登場の仕方? 自分で言うのもなんじゃがイケとったじゃろ?」


「影響じゃない! 私が決めたことだもん!」


「マールディア!」


「痛いぞ娘、何故わしの頭を撃ち抜くのじゃ……ああ、そういえば胸の大きさと度量の広さは比例するという。然りじゃな」


「こんな所もうい居たくない! 私城出するわ!」


「待たんかマールディア!」


「何? 私はCカップよだと? ふむ、確かにCカップじゃな、そのカップを着けたままならば、の。ほっほっほっ」


ああ、大臣がでかい声でアホな会話するからマールと王様の大切な話が逆に浮いてしまう。お前の登場シーンなんぞどうでも……ええっ! ルッカ胸のサイズ誤魔化してたの!? え? じゃあ本当は何カップなの? B? まさかAは無いよね? 俺巨乳好きなんだけど! ところで大臣なんで見抜けるの? その技術俺にも教えてくれない? 経験の差とかならぶち殺す。


「早く行こう二人とも! もう一秒だってこんな所に居たくないの!」


「ほら、マールもそう言ってるから行くぞルッカ。俺だって大臣に聞きたいことは沢山あるけど我慢するんだから、耳の穴にハンマーの柄をねじ込むのはやめなさい。若干その大臣喜んでるから」


親の仇いや世界の仇といわんような顔で大臣に拷問をかましているルッカ。鼻をすんすん鳴らしながら涙を流している姿に兵士達数人が「俺も踏まれたい……」とか寝ぼけてる。嫌だもうこの城。碌な奴がいない。今さっきまで喧嘩してたマールには悪いけどまともな奴王様だけだ。この中で一緒に酒を飲むなら誰と問われれば断ットツで王様だわ。


ルッカを羽交い絞めにしながら扉から外に出る。
逃亡する側の俺だけど、今なら簡単に俺たちを捕まえられますけど、いいんですか、見送って。


「待てー!」


「マールディア様がいなくなれば誰がこの城の萌えを担当してくれるのだ!」


「せめて、せめて何色だったか教えてくれー!」


「豚と、豚と呼んでください! 出来たら踏んでください! 器具や衣装その他諸々は僕の家に揃ってますから!」


ルッカが涙を拭い自分の足で走るようになると急に兵士達が走って追いかけてきた。つまりあれだね、こいつらルッカの泣き顔を堪能したかっただけなんだね。
中世も酷かったけど、現代は輪をかけて酷いな、そこで生きてる人間の頭。
俺たちのようなまともな人間が住みやすいユートピアはないものか。


町に出る道は兵士達で封鎖されており、仕方なく今まで通ったことの無い道をひた走る。マールのボーガンやルッカの威嚇射撃のおかげで距離はひらいていく。
このままなんとか森を抜け、リーネ広場に着けばほとぼりが冷める迄中世に潜んでいる、これが最良の選択だと思う。本当は船で違う大陸に行くのが一番なんだろうけど、そこまで本格的な高飛びはちょっと決心がつかないし、無事逃げ切れるとも思えない。港はガルディア領なのだ、俺たちが森を出るとすぐさま封鎖するに違いない。
そうだな、まず中世に着くと城に行こう。仮にも王妃を救い出した国の恩人なんだ、何年住もうが追い出したりはしないだろう。魔王討伐やらに力を貸してくれとか言われたらまた逃げれば良い。俺たちは放浪者になるのさ!


「行き止まり!?」


俺がある程度逃亡計画を練っていると、ルッカが絶望したような声で絶望的な事を言う。ほらね、地に足をつけて生きていこうとしない人間はこうして天罰をくらう羽目になるのさ。


「……いや、待って。ゲートがあるわ!」


ゲート? こんな所になんとまあ都合よく。
……が、これは安易に飛び込んでいいのか? ゲートの先が魑魅魍魎がそこら辺を歩いてないとも言い切れない。


「行こう! どんな所でも、私の為にクロノが捕まっちゃう世界よりはよっぽどいいもん!」


俺の迷いを断ち切るように、マールがそうしよう! と体を動かし全身でアピールする。
なんとまあ、思い切りがいいというか、考えなしというか……でもまあしかし。


後ろを見るとすぐそこまで追ってきている兵士の群れ。その中に大臣も混じっているが、背の低い大臣は兵士の足にぶつかりよろよろになっている。やはり位が高かろうと無能な人間には敬意を払わないらしい。


「行くしかなさそうだな、ルッカ!」


「……ああもう、こうなりゃどうにでもなれね。行くわよ!」


ルッカがゲートホルダーを掲げると、ゲートが俺たちを包み、その場所からワープするのと走りこんできた兵士達とはタッチの差だった。
最後に大臣の呆然とした声が聞こえた気がした。










……長い。
ゲートの移動も三回目になり慣れたのか、体は動かずとも意識だけは残るようになった。
この場合の長いは、現代から遠く離れた過去、もしくは未来に繋がっているという解釈でいいのだろうか? 中世との行き来では意識が無かったのでその度合いは分からないが……
無意味に考察していると、少しづつ目の前が明るくなってきた気がする。
そうか……着いたのか。
俺は薄ぼんやりと目蓋を開いた。




ゲートは心持ち高い場所から俺たちを吐き出した。
まずは俺。思い切り背中から落ちた俺は肺の中の空気を吐き出し、新たに酸素を補給しようとすると腹の上にマールが落ちてきた。それだけでは飽き足らず、ルッカは俺の顔面に膝を叩きつけていく。こういうのラブコメ漫画とかで見たことある。見てるときは羨ましかったけど、いざ体験してみるとかなりの悶絶物なんですね。この鼻からでる血液はやったぜ! エロハプニングゲットォ! 風味な血液なのだろうか? 必死になって否定するのも馬鹿らしいので一言言っておくが、俺は痛みで興奮するようなマゾじゃない。どちらかとSっ子である。


「いったー……ちょっとクロノ、もうすこし柔らかい顔になりなさいよ、痛いじゃない」


「俺の顔の惨状を見てそういうことを言いますか貴様」


手で押さえようと指の隙間から絶え間なく血が溢れ出る。気の弱い子なら卒倒するレベルだぜこれ。


どれだけ顔が痛かろうとまずは周囲の確認をする。周りを見ると、壁の所々に穴が空いており、その隙間から精密機械らしき物が埋め込まれ、隙間を覗き込んでみれば底の方になにやら酸えた臭いのする液体が充溢している。空気は視認出来るほどの塵?が浮遊しており息を吸うだけで咳き込みそうになる。床、壁、天井全てが鉄製という、現代ではごく稀な建物のようだ。もしかしたら今回は未来に来たのかもしれない。ゲートの後ろには顔のような模様のついた扉があり、蹴ってみたがビクともしなかった。
……現状確認短いが終了。とにかく紙かなんか無いか?この勢いで鼻血が出続けたら貧血で意識を失うかもしれない。


「ほらクロノ、こっち向いて」


マールが俺の肩を叩き自分の方に向かせる。何ですか? 顔面血だらけの人の顔なんて珍しいからしっかり見ておきたいんですか? ……マール、君だけは綺麗なままでいてほしかった。


被害妄想に囚われていると、マールが俺の鼻に手をかざし、優しく触れた。すると、信じられないことに俺の鼻血が急速に止まっていく。
十秒もしないうちに血液は凝固して、固まった血がポロポロと落ちていく。


驚いている俺をマールは心配そうな顔で見つめてくる。ちょっと、瞳を揺らすのは駄目だよ、おいちゃん彼女いない暦イコール年齢なんだから、勘違いしちゃうよ。


「もう痛くない? 私の力はお母様みたいに強くないから、ちゃんと治らなかったらごめんね」


「い、いや、大丈夫だよ。もう全然痛くないから……す、凄いなマール。こんな力を持ってたのか!」


どもりながら必死に言葉を探してマールと会話する。うわ、絶対今の俺顔真っ赤だわ。ところでなんでルッカも顔真っ赤なんですか? マールに見惚れて、とかなら俺嫌だな、幼馴染がレズビアンとか。


「ガルディア王家の人間は、時々私みたいに軽い治癒能力を持つ人間が生まれるらしいの。昔はそれで次代の王を決めたとかって話もあるんだよ、まあ今は廃れた因習だけどね」


顔が赤いことをバレないようにする為の話題だったのだが、上手く隠せて良かった。俺はクールがウリなんだから、そんな無様な姿は見せられない。今年の夏はクールな男がモテるっ! て何かの週刊誌で書いてあったから、俺はそれを日々実践している努力の男。


「私が乗っちゃったお腹は痛くないよね、私は軽いから」


「……ちょっと、それはどういうことなのかしらマールディア王女」


「気づいてないと思ったの? お城であったときからルッカ、ずっと私のこと睨んでるよね、これ位の意趣返しはあって然るべきだよ」


……あれ? さっきまでの青春空間は何処? なんかギスギスしてる。何だろ、売れ込みの仕方が似通ってるアイドルが二人で会ってるときみたいなこの空気。


ルッカはチッ、と舌打ちをして壁際のマールに近づき、顔のすぐ右側の壁を力強く叩いた。バン! という音がこの小さな空間を支配する。もう怖いよやめようよ折角三人で違う時代に来たんだからもっと楽しくしようよ、遠足気分でさ。ほら、ウノやろうウノ! 俺強いんだぜウノ。来る手札によっては。


「じゃあ言わせて貰いますけどねマールディア王女。貴方は何でクロノが刑務所に入れられたのを止めなかったの? 貴方ならできたはずよね、なんせ王女なんですから」


「それは……最初、クロノのことを信じ切れなかったから……でも、今は違う。だってクロノは私の友達だもん! だから私はクロノを助ける、そう決めた。だから私はここにいるの! 違う!?」


うん、マールが俺を信じられなかったのも無理は無い。俺はペンダントの件を話してないんだから。……正直、今となってはうやむやにしといたまま終わりたいのだが。あれだけシリアスやっといて原因はゲロとか。俺どういう顔で話せばいいんだよ。


「だからクロノ。今はまだ、貴方が何でペンダントを持って行こうとしたのかは聞かない……でも、いつか、いつか話してもいいと思えたら私に話して……約束」


そんなはかない願いですら叶うことはない。
それを教えてくれたのは、笑顔の可愛い女の子でした。
小指を俺に差し出すマール。俺も小指を突き出し指きりをした。ああ、ちゃんと歌も歌うの? ……ごめん、俺それは歌えないわ。


「まだ話は終わってないの! 勝手にイチャイチャしないでよ! 鬱陶しいのよ!」


壁を蹴ってマールの指切りを中断させるルッカ。そうかな、俺はほっこりできたけどな、恥ずかしかったのは否めんが。
マールは最後まで歌いきりたかったのか、むっとした顔でルッカに向き直る。口挟んでいいのかどうか分からないけど、顔近くない? マジでキスする五秒前みたいな距離なんだけど。ここで百合展開とかもう……してもいいけど俺、覗くよ?


「まだ不満があるの? しつこいよルッカ」


「しつっ!?」


ありゃあ、ルッカさんこめかみに青筋が浮かんでますね、これは非常に危険な兆候です。私はこの状態のルッカに昔背中にゲジゲジを入れられたことがあります。絶叫なんてものでは優しすぎるものでした。凄い腫れたしね、背中。


「……二日、二日よ」


「?」


急に何を言い出したのか、と困惑するマール。それがあんたの残りの命よ! とか言い出したらちょっと面白いけどこれから俺はルッカの行動を逐一チェックしないといけなくなる。単純に言えば外れろ、この予想。


ルッカは何を言ってるのか分からないという様子のマールをせせら笑い、そんなことも分からないのかという顔をする。結果、面白いはずが無いマールの機嫌も直滑降。富士急のジェットコースターの如く。


「クロノが捕まってた日数よ……貴方はその間何をしてたの? ねえ、貴方のために危険を顧みずゲートに飛び込んでくれたクロノが牢屋で苦しんでいる時! 貴方は何をしてたのよマールディア王女!」


「そ、それは……」


「クロノを信じられるようになるまでの準備期間? 随分ゆったりしてたのね、その間クロノはずっと辛かった! 貴方が豪華な朝食を食べている時クロノはおよそ人が食べるようなものではないものを口に入れてた! 貴方が優雅に読書を楽しんでる時もクロノは衛兵の苛めに歯を食いしばって耐えてた! 貴方が当たり前のように浴びていたシャワーにも入れず虫が蠢く汚い牢屋で苦しんでたのよ!」


「そんな……私は、私だって沢山悩んで、沢山苦しんで……」


「私はね、そういう精神的な曖昧なものの話をしてるんじゃないのよ、貴方が苦しんだ? それは誰が証明できるの? 貴方しかいないでしょう? ……ああ、貴方の大好きなお父さんに相談してたかしら? だったらここに呼んでみなさいよそしたら少しは信じてあげるから!」


「もうやめてよぅ!!」


えええもう怖いよもう女子の喧嘩って本当怖い。なまじ喧嘩の理由が俺なものだから肩身が狭いし耳を塞ぐわけにもいかないし。あとさ、ルッカ俺のこと凄い良いように言ってくれてるけど、俺を助けに行く前に爆睡したり、牢屋の生活もルッカが思ってるより苦しいものでもなかったよ? 確かに食事は酷かったけど水は言えばくれたし汚いベッドも慣れたら気にならなくなるし、衛兵の苛めってどっちかというと苛めたの俺っぽいし、最後にシャワー云々って言ってるけどお前俺のこと普通に臭いって言ったじゃん。いや、今口挟んだら絶対ややこしくなるから黙ってるけどさ。


「私はクロノが捕まったのを知ったのは二日後のことだった。それから私は二時間で全ての準備を整えてすぐに助けに向かった。……この差が分かる? 私はただの平民、貴方は王族。貴方なら比較的容易にクロノを助け出せれた貴方はクロノを救えるのに最後の最後でしか助けに来なかった! 私が貴方ならすぐに助けた! どうして!? 何故クロノを助けてあげなかったの!?」


気のせいだろうか? ひぐらしの鳴き声が聞こえる……そして何故か一人っ子のルッカが双子の妹に見える……それも実は姉みたいなややこしい設定で。


「貴方には分からない! 王族である苦しみは! どれだけ重いものを背負わされているかも! 私だって……私だって貴方の立場ならすぐに助けに向かったもん! それも最後の最後でポカなんてしない! ルッカはクロノを助けたっていうけど、結局出口を壊しただけじゃない!」


それを言っちゃあお終いだよマールさん。まあ、ドラゴン戦車が本当に放っておいたら勝てる代物だったなら、牢屋からは脱出してたルッカのやったことはマイナスでしかないけども、そういうのはやっぱり心意気じゃない?


「……よくも言ったわね! もう王女だからって遠慮なんかしないんだから!」


「よく言うよ! 最初だけじゃない遠慮なんかしてたの!」


そうしてここに始まるキャットファイト……あかんあかん! 手は出したらあかんでえ! 昔から喧嘩は手え出した方の負けと言うでなぁ! ここ、ここはおっちゃんの顔に免じてええぇぇぇ!!!


二人のガチバトルは互いのクロスカウンターが俺の顔に爆誕して一先ずの終結を迎えた。燃え尽きたぜ……真っ白にな……








「ごめんねクロノ……ごめん」


鼻を鳴らしながら俺の顔を治療してくれるマール。いや、凄い有難いし痛みも消えていくんだけど、顔近くね? 君のATフィールド狭いね、もしくは無いよね。
……いや、正確には今さっき築かれたんだよな、心の壁。
ルッカはもうマールの存在を完璧に無視している。一方マールもルッカを無視しようとしているのだが、やっぱり自分を無視するルッカに苛立ってしまう。第一回戦はルッカに軍配が上がりそうだ。勝負の決め手はあれか、ルッカの性格の悪さ……もとい…………うん、ルッカの性格の悪さが項を制している功を奏す結果となったようだ。
しかし、これは俺も意図してのことではない……つもりなのだが、やられっ放しのマールに心持ち優しくしてしまうのがルッカの機嫌を損ねている。このように両者互いに拮抗して、そのせいで二人の仲はグングン悪くなっていく。かといって俺がマールの味方をせずにいるとマールがやられっ放しで壊れてしまうかもしれない。……まあ、心情的にルッカの言うことも俺のことを思ってのことだし、理解したく無い訳ではないのだが、やはり俺はマールの言い分で良いと思う。結果的に俺たちを助けてくれたんだし、マールのことだから俺が牢屋の中にいた二日間、本当に悩んでくれたのだろう。多分俺自身よりも辛かっただろうし。
が、だ。ここで俺がマールの言い分を完全無欠に認めてルッカに謝れ! と言えばどうなる? 本心から自分のことを助けようと発言した友達の頭をしばいてごめんなさいしろ! と言うのと同義じゃないか。優柔不断と言われようが、俺にはどうすることもできない。


……まあ長々と心境を綴ったが、本音を言えば勘弁してくれ、だ。
あれからゲートのあった建物を出た俺たちは当ても無く歩き続けた。
それだけならば良い。しかしルッカは完全にマールを無視しているから俺にだけ話しかける。変に対抗心を燃やすマールは負けじと俺に話しかける。二人が二人とも相手の声に負けないような声量で話しかけるので最後には言葉なのかどうかも分からない叫び声を響かせる。もう俺頭痛いよ泣きたいよ。
それで息切れするまで叫んだ二人は深く息を吸いげほげほ咳き込むのだ。先述した通り、この未来(ルッカが俺にだけ向かって文明が発達した世界だと話してくれたので、確たる証拠が見つかるまでそう呼称する)は非常に空気が悪い。その上外は風が強く、赤茶けたサビが混ざった砂が舞っているのでそりゃあ咳き込むさ。
すると二人は咳き込みながらどちらの心配をするのかと俺を睨む。最初は二人とも近くにいたので右手でルッカの背中を、左手でマールの背中を擦ってやったのだが、どうしても勝負をしたい二人は咳き込むと互いに離れるようになった。どちらかの背中しか擦れない距離に。
俺が出した答えはどっちの背中も擦らないだった。こういう時になんで選ぶ側がどちらかを見捨てるというリスクを背負わなくてはならないんだ。だったら俺はどっちも見捨てる。外道じゃない、これが正解なんだ。


未来に着いてまだ三十分と経っていない。
俺たちは、いやさ俺はこの時代を無事に生き抜けるのだろうか?


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