“魔法”によって隔離された結界の中
二人の少女が対峙する。
白衣の少女と黒衣の少女。
互いの手には黒い杖と紅い杖。
何かの左様によって巨大化した猫に、白衣の少女が一瞬気を取られる。
その隙を逃さず黒衣の少女が魔法を放つ。
雷撃を伴った魔力弾が白衣の少女に着弾。
とっさに展開した防御魔法も虚しく、気を失い吹き飛ばされる白衣の少女。
二人の対峙を固唾を飲み込み、見守っていた、一匹のフェレットが声をあげ駆ける。
墜落し地面に叩きつけれるそうな少女を助けるために。
それを尻目に、黒衣の少女は巨大な猫に視線を向ける。
少女の杖が変形し、四枚の光の羽を広げる、その形状は槍にも似ている。
先端に集まった雷撃を放つ魔力球を少女が杖を振り上げ地面に叩きつける。
一直線に地割れを作りながらが猫へと殺到した魔力球が着弾する、電撃に囚われた猫が悲鳴をあげ、その体から青い宝石が現れる、宝石の表面に数字の刻印が浮かび上がる。
黒衣の少女が封印の言の葉を紡ぐと、天空から幾条もの雷光が降り注ぎ、青い宝石を捉える。
雷光が消え去った後、のこされたのは小さな子猫と、青い宝石。
この青い宝石が、この子猫を巨大化させていたのだろう。
そして少女達の目的はこの青い宝石の収集。
黒衣の少女が、宝石に歩み寄る。
その様子を見ていることしか出来なかったフェレットが、ぴくりと反応する。
「動物虐待は関心しないねェ、お嬢ちゃん」
青い宝石の至近に唐突に出現した、一人の男がそう言い。
宝石を掴む。
「…」
黒衣の少女の杖が変形し、斧のような形状になる、無言で突きつける。
「ロストロギアはこどものおもちゃじゃないからね、悪いがこれは回収させてもらうよ」
「管理局の人間」
「おお大正解、賢いねお嬢ちゃん。時空管理局“巡察官”エイレンザードだ。管理外世界への無断渡航、魔法行使、ついでに公務執行妨害もつけちゃおうか?」
男が身に纏うのはバリアジャケットと呼ばれる、魔法の鎧ではなく、ただの衣服。
デバイスと呼ばれる魔法行使のための道具も持っていないように見える。
おそらく四十台前半らしき、無精ひげの中年男性。
しかし…黒衣の少女は冷静にその男の実力を測る。
「黙ってそれを渡してください…あなた程度の実力で何ができるのですか?」
「手加減できずに殺しちゃうぞ!ってか?ちょっと過激だねェ」
魔力保有量は精々Cランク程度だろう、自身とはコップ一杯の水とプールいや湖くらいの差がある。
この男は明らかに雑魚だった。
問答無用といわんばかりに少女は魔法を放つ。
フォトンランサー、高速で放たれる魔力の槍、雷撃を伴ったソレの威力は、自分に匹敵する魔力保有量を持つ、白衣の少女すら一撃で吹き飛ばす威力。
非殺傷設定と呼ばれる、肉体ではなく魔力にダメージを与える設定にはなっているが、それでもバリアジャケットすら纏っていないこの男には致命的なものだ。
彼我の距離が近かったこともあり、黒衣の少女の放った魔力弾は、即座に男のいる空間に着弾、雷撃を撒き散らす。
「いない!?」
「高速魔法弾でも誘導性が皆無じゃ、ちょっともらえないなぁ」
少女の真後ろから声、ごく軽装のバリアジャケットを纏った男がそこにいた。
「ブリッツアクション」
自分と同じタイプ…高速移動を得意とするタイプの魔導士。
そう判断した少女は、自身の持つ高速移動魔法を発動。
男の背後に回りこみ、斧の刃のように展開された魔力刃を叩きつけようとし…果たせなかった。
「高速移動型のサガだねェ、つい後に回り込んじゃうのはさ」
男の手が、少女の手を掴んでいた。こうなると成人男性と今だ十代にもならない少女では膂力が違う。
「今の最善手は距離を取って射撃だったね、お嬢ちゃん」
そんなことを言いながら男が魔法を使う、ブレイクインパルス、目標の固有振動数を割り出し、適合する振動エネルギーを送り込み目標を破砕する魔法。
「(演算が早い!)」
通常ならば素手なり、デバイスで目標に触れたまま、数瞬、固有振動数を割り出すタイムラグがあるはずなのに、それが殆ど無い。
最小限の魔力で、かなりのダメージを与える、えげつない魔法である。
物体の破壊に用いるこの魔法は、大抵非殺傷設定ではないことが多い。案の定男の魔法もそうだ。
これが魔力量が多いの魔導士が大量の魔力を込めていれば、少女の腕は粉砕されていただろう。
しかしいかんせん男は魔力量が少ない。
込められた魔力量は少女がとっさに展開した防御魔法とバリアジャケットを粉砕したものの、そこで終わりだった。
「おや?」
「くっ!」
魔力刃が射出され、男を襲う。
男は体制を崩しながらもそれを回避するが、その隙を突いて少女が脱出する。
死神の鎌のように変形し、魔力刃を形成した少女が男をなぎ払う。
ひょいひょいと男はそれを回避する。
少女も十分に戦闘訓練はつんでいるのだろうが、男の体術は残念ながら、その比ではない。生まれてから僅か十年少々の少女と、少なくとも三十年は人間をやり、戦闘訓練を積んだ男の経験値の差は絶望的なものだった。
まして少女は先刻の封印魔法でかなりの魔力を消耗している。
「(狙いは持久戦か!)」
そう判断し、少女は撤退を決断する、高速移動魔法にありったけの魔力を込め離脱を図る。
男は追ってこなかった、ロストロギア…ジュエルシードを確保している以上、無理する必要が無いからだろう。
「…次は負けない」
「やれやれあの歳であんなに戦えるたぁ、末恐ろしいお嬢さんだな」
バリアジャケットを解除し、頭を掻きながら男…エイレンザードは大きく息を吐いた。
余裕綽綽な態度はブラフであり、いかに自身が戦巧者であっても、あれだけ魔力量に差があると、一瞬の油断が命取りだ。
「あの…時空管理局の方ですよね?」
「うんイタチが喋ってるね」
「フェレットです」
「ペット用に品種改良されたイタチだよね?まぁいいや、確かにおじさんは時空管理局“巡察官”エイレンザード・カタンだよ、お前さんは?」
「ユーノ・スクライアといいます、通報を受けてここに?随分早かったですね。あと他に局員の方は?」
「は?何いってんだいお前さんは、俺は巡察官の仕事でこの世界に来て、どうも魔法絡みの事件くさいのが起きてるみたいだから、この街にやってきて、そしたら結界が張られてるから飛び込んできたんだよ?」
「その巡察官って聞き覚えの無い役職なんですけど」
「あー、そうだろうなぁ、管理局の黎明期にはブイブイ言わせてたんだけど、今はもう黴の生えたような仕事だからねェ」
ユーノと名乗ったフェレットの言葉に、エイレンザードは落ち込んだ様子でそう漏らした。
「まぁ詳しい話は後回し、とりあえずそっちのお嬢ちゃんの治療しようか」
「治癒魔法が使えるんですか?」
「巡察官はスタンドアローンだからねぇ、オールマイティじゃ無いと仕事にならね無いんだよねぇ」
そう言ってエイレンザードは、白衣の少女に回復魔法をかけるのだった…