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【連載企画】歩き始めるまち−川南町ルポ(上)

(2010年7月26日付)

■「再開したいけど怖い」 空の畜舎、懸命に消毒

 27日午前0時、口蹄疫の発生に伴う家畜の移動・搬出制限区域が県内からすべてなくなる。これまで、まん延防止のため、制限区域に立ち入っての農家取材などを控えていた記者は、一足先に制限が解除された激震地・川南町を訪ねた。「新生」に向けて再び歩き始めようとしている町の風景を眺め、関係者の声に耳を傾けた。(口蹄疫取材班・草野拓郎)

 役場から川南町運動公園方面に向かう県道沿いの農場。真っ白な防護服に身を包み、牛舎を消毒する和牛繁殖農家大山謙太郎さん(31)の姿を見つけた。

 手塩にかけた124頭を殺処分した。少し朽ちた牛舎の木製の柱。空の餌箱。農機具を置いた倉庫。大山さんはつらい記憶を洗い流すように、畜舎のいたる所に噴霧器で消毒液をかけていた。

 経営再開に向けた農場の一斉消毒も3回目。ただ、大山さんは「行政は3回でいいと言うけど不安よ。再開までは暇を見て消毒するつもり」と汗をしたたらせながら話した。激震地では今も、目に見えないウイルスとの戦いが続いているのだ。

 ある和牛肥育農家の男性(40)も「再開したいけど、怖いんですよ」と話した。国や県は8月末までに、ふん尿を堆肥(たいひ)化する際の発酵熱でウイルスを死滅させることは可能としている。ただ、ふん尿の量は膨大。男性は「本当に安心だと確信が持てるまでは再開はしたらいかん。もう一度出れば立ち直れん」と語気を強めた。

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 車を走らせると、県道沿いの畑の中に、少し盛り上がった場所があることに気付いた。牛や豚を埋めた埋却地だった。すでに背の低い雑草が茂り、思わず通り過ぎてしまいそうなほど、風景に溶け込んでいた。近づいても、においはない。

 どの農場にも大量の消石灰の跡が残っている。「ウイルスを侵入させまい」と必死に戦った農家の姿が浮かんだ。ただ、どれだけ歩いても、家畜の鳴き声も独特のにおいもない。これが、家畜約15万頭が姿を消した「畜産の町」の現状なのだ。ある養豚農場の従業員男性が「おかしなことだけど、慣れてしまったね」と、つぶやく表情が胸に迫る。

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 国や県の対策本部が置かれていた町役場。駐車場入り口に2カ所あった消毒ポイントが撤去され、事態の物々しさを際立たせていた深緑色の自衛隊車両もない。

 玄関前の消毒マットと2階に上る階段に飾られた全国からの寄せ書きだけが、役場が“戦場”だった数週間前の面影を残していた。

 町にも少しずつ日常が戻り始めているようだ。町商工会の津江章男会長は「制限が解除されて、少しずつ人出が戻ってきている」と安堵(あんど)した表情で話してくれた。

 一時期、9割近く売り上げが減った店もあるという商店街。8月末に予定される「終息宣言」の後、イベントを開催するための話し合いを始めた。「農家も役場も商工会も一緒になって、元気な開拓の町の姿をPRできる日にしたい」と津江会長は語る。

 外に出ると「がんばっどぉ!川南」と大書され、商店街に掲げられた横断幕が風に揺れていた。

【写真】畑地の一角にある家畜の埋却地。雑草が生え、すでに周囲の風景に同化しつつある=24日、川南町