【連載企画】検証口蹄疫・第1部(1)

(2010年7月27日付)

■県と国の備え(上) 防疫の意識徹底欠く


 「国内で口蹄疫が発生する可能性は少ない」。韓国での口蹄疫発生を受け、県の担当職員は2月、そう答えた。毎年2月は、2000年に本県で発生した口蹄疫の教訓を忘れまいと県が定めた「家畜防疫強化月間」。今年の月間は、前回発生から10年を迎える節目の時期でもあった。

 アジア諸国で口蹄疫の感染が広がる中、県は1月、緊急の家畜防疫会議を開催。各市町村の関係者らに防疫の徹底などを呼び掛けた。しかし、出席した農業団体の関係者が「会議後も普段の消毒以外は行わなかった」と明かすように緊張感は伝わらなかった。肝心の農家にも情報は十分届いていなかった。10年前に家畜の移動制限区域に入った宮崎市高岡町の畜産農家(74)は「韓国で発生していることを知らなかった」と語る。

 その半面、10年前に受けた風評被害は苦い経験として県の脳裏に強く残り、その結果、優先されるべき防疫意識を鈍らせた節もある。県の担当職員は2月、本紙の取材に対し「10年前は、他県からの修学旅行がキャンセルになるなどの被害があった。報道で農家や一般消費者を刺激しないでほしい」と声を潜めた。

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 10年前、県内では宮崎市などの3農場が感染。しかし、牛35頭の殺処分で封じ込めに成功したことが関係者の警戒を緩めたという指摘もある。

 県は感染を想定し、検診や殺処分の方法を学ぶ防疫演習について「ここ数年はやっていない」。前回発生した本県と北海道から遠く離れた茨城県でさえ、口蹄疫に特化した演習を行っているのにだ。

 また、県は鹿児島、熊本県とともに県境防疫対策協議会を組織する。伝染病には早期の備えが必要なため、家畜から採取した検体を検査機関に送った時点で報告し合うことを申し合わせていたが、県が発生1例目を他県に知らせたのは感染疑いが確認された当日。県畜産課は「他県に影響がないと思った」と釈明するが、鹿児島県の担当者は「危機管理のための申し合わせ。何のための協議会なのか」とあきれる。

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 一方、国は04年、口蹄疫に関する防疫指針を策定した。指針は、少なくとも5年ごとに再検討を加えるとしている。しかし、農林水産省は「国内で口蹄疫が発生しなかった」と、5年以上も具体的な見直しを行っていない。

 大阪府立大の向本雅郁准教授(獣医感染症学)は、指針が殺処分した家畜を発生地に埋却することを原則とすることに触れ、「畜産農家の大規模経営が進んでいる。大量の家畜を敷地内に埋却することは難しい。現在の形態に即していない」と指摘する。

 また、00年の発生に関して当時の農水省疫学調査チームは中国産の飼料用麦わらが感染源の可能性が高いと報告。国は輸入経路を規制するなどの防疫措置を講じた。しかし、ウイルス侵入の可能性があるとして並行して調査をしていた「国外からの旅行者」などについては、具体的な対策を打たないままだった。

 向本准教授は「国際線がある空港利用者全員を対象に国外で家畜に接触したかどうかを調べることは煩雑な作業。しかし、徹底しているニュージーランドなど諸外国に比べると、日本は防疫がかなり緩い。口蹄疫は国内発生例が少なく、国の危機意識は強くはなかっただろう」と述べる。

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 29万頭近い家畜が殺処分され、産業や業種を超えて本県経済に甚大な被害を与えている口蹄疫。非常事態宣言の全面解除を機に、感染拡大の背景や防疫の在り方などを検証する。第1部では、10年前に本県で発生した口蹄疫の教訓は生かされたのかを考える。