関連記事

【記者コラム】共同通信核心評論:口蹄疫終息へ

(2010年7月30日付)

■東アジアで共同防疫 国家戦略に位置付けを

 宮崎県で発生した口蹄疫がようやく終息に向かう。感染ルートの解明を含む再発防止や、被害地域の畜産業の再建などが今後の課題だが、最も重要なことは、東アジア全体で口蹄疫を封じ込めるという国家戦略だ。

 口蹄疫は大量の殺処分を伴うため、経済損失が巨額になる。宮崎県の場合は、1千億円規模に達するだろう。畜産物の貿易が停止するため流通面への影響も大きい。日本は食料純輸入国だ。口蹄疫に限らず、内外で同時に家畜伝染病が発生すれば、食肉の供給が停止する恐れもある。

 経済損失だけではない。地域経済全体が疲弊し、社会的な混乱も大きい。このため、テロの手段となる恐れも否定し切れない。米国は、2001年9月11日の米中枢同時テロ以降、防疫を強化。国土安全保障省、環境保護局、国防総省などが総力を挙げて対応する体制を整備している。

 それと比べると、日本の防疫体制はあまりにも甘い。自民党政権下で推進された地方分権で、家畜伝染病の日常的な予防対応は国の手を離れてしまった。民主党政権は、観光客の呼び込みを成長戦略の柱に据えており、中国からの観光客に対する入国査証(ビザ)の発給を緩和した。地方分権や成長戦略は重要だが、それによって防疫体制が弱体化してはならない。

 口蹄疫ウイルスの侵入経路は、現段階では特定されていないが「アジア地域からの人や物の移動などが考えられる」(農林水産省の疫学調査チーム)という。グローバル化が進み、人の往来や物の移動が活発になれば、感染症が拡散するリスクが高まる。国全体が一丸となって取り組まなければ、防疫の効果は期待できない。

 日本にその備えはできているのだろうか。米国は、防疫情報をカナダ、メキシコと共有し「ワクチンバンク」を共同で設立している。オーストラリアは、東アジアの口蹄疫の南下を食い止めるため、東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携を強化している。

 米国、カナダ、英国、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランドは、緊急時に獣医師を相互に派遣する協定を結んでおり、自国の防疫体制を補完するため、二重三重の仕組みがある。

 東アジアでは、口蹄疫が多発しているのに、情報の共有や防疫の共同作業が進んでいない。国土が広大で口蹄疫が常にどこかで発生している中国とは難しいとしても、少なくとも日本と同様に口蹄疫の清浄国だった韓国と台湾とは、地域協力が可能なはずだ。

 種牛の殺処分をめぐって国と県が対立する姿は、海外からは「統治能力を疑う醜態」(北欧のある駐日大使)とみられている。防疫は、食料供給、安全保障、地域協力に直結する課題であり、国家戦略に位置付けなくてはならない。 (共同通信編集委員 石井勇人)