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[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物(ほのぼのガールズコメディ)
Name: うどん◆60e1a120 ID:3e64e6ca
Date: 2010/07/26 00:20
表題どおりの、ほのぼのガールズコメディです。


現在「うどん」名義で書いているSSは、以下でチェックできます。
※「うどんサワー」という人もかかっていますが、別の方です
【うどんSS一覧】
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=search&page=1&cate=all&words=%E3%81%86%E3%81%A9%E3%82%93

・キミは勝ち組! ボク負け組!
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=20572&n=0&count=1
・シリコンとステンレスと豚の臓物
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=19860&n=0&count=1
・永劫のアカツキ
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=18334&n=0&count=1
・頭の中にあるゲーム
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=17904&n=0&count=1
・愚弟とアキちゃんと不純同性交遊(バカとテストと召喚獣BLSS)
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=16481&n=0&count=1

どれもこれも人を選ぶと思いますが、もしよろしければご一読ください。




[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その1
Name: うどん◆60e1a120 ID:3e64e6ca
Date: 2010/06/26 21:42
ニルヴ・オブライエン、それが彼『女』の名前だった。
東京都山口市ノースポイント自治区域の、イスラム教徒ゲットーに生まれる。
イスラム教徒の子女として厳格な教育を受け、ノースポイント区立第8中学校を卒業後、ただちに婚約者ケンザブロウ・ハキムと結婚し、今に至る。

ニルヴ・オブライエンは、睡眠回復槽から胎児のごとく捻り出された。
そして、思い出せたのが上記の記憶だけであった。
ケンザブロウって誰だ? 顔を知らない。
日本の東京に山口市なんてあるわけがいだろうが?
……そもそも、両親の名前を思い出せないとはどういうことだ?
そして、なぜ結婚から今に至って、機械からひり出される羽目になっているのか?

混乱するニルヴの周囲にも、睡眠回復槽から胎児のごとくひり出される女達がいた。
そして女は目の前にも何人となく立ちすくんでいて、後ろからもどんどんとひり出されている。

皆一様に浮かべた表情は、困惑。
まったく何もない部屋に、ごろごろと産み出されてきたばかりだ。
たしか自分は、どんな男なのかまったく覚えが無いケンザブロウの妻で、具体的なことは一切思い出せないが、まあまあの生活を送っていたという記憶がある。

女たちは互いに自分を知らないかと問い合い、なぜ自分がここにいるのかと情報交換を始める。
証券会社勤務、大学職員、そして学生や教師、パン屋の職人など、様々な経歴を持っていた。
しかし、具体的な記憶がまったく無い。パン職人は、肝心のパンの作り方自体を知らなかった。
出身がアメリカのフィレンツェ州の教師は、そもそも母国語であるはずの英語がロクに喋れない。なにより、フィレンツェ州などという出鱈目な地名はない。

室内に軽快なジングルが鳴り響き、正面の……女達がひり出された睡眠回復槽の反対側の壁に、巨大な徽章が映し出される。

国連外宇宙開発局。

「みなさん、おはようございます。計画が順調に進んでいれば、私はいま全裸の女性たちの注目を一身に浴びていることでしょう。まことに残念です、ひとめ見たかった」
画面の中央に映った男が、軽いジョークのように言った。
「そして、いくつか疑問がおありのはずです。自分の記憶が何かおかしい、母国語のはずの言葉がうまく喋れない、知ってるはずのことを知らない……そして、なぜ何の脈絡も無くこの空間に閉じ込められているか? とかそういう感じの疑問です。

これからこのビデオでは、その疑問に回答していきます。淑女の皆さん、どうか今からしばらくお付き合いください」

「さて、人口過密状態となった地球では、外宇宙の殖民可能惑星に向けて開拓者を募っていました。
しかし、フロンティアスピリッツを失った一般大衆は外宇宙への開拓に興味を持たず、地球の中で閉塞した、犯罪や事故などの危険の多い日常生活を送っています。
そこで国連が着目したのは、犯罪者の皆さん。すなわち、あなたがたです」

全裸の女達全員に、動揺が広がる。
なにせ全員、自分が犯罪を実行した記憶が無いのだ。

「あなたがたが今持っている記憶ですが、名前と経歴を含めて全部が私の私物のコンピュータで1秒間に7人分づつランダムジェネレートした、あからさまな偽物です。周囲の人に尋ねてください、固有名詞が違うだけで後はまったく同じ部分的記憶を持っている人がいるはずです」

皆口々に、自分の経歴を話し出す。自分と同じく、イスラム教徒がほとんどいないはずの地域出身のイスラム教徒が何人もいた。しかも、地名はぜんぶ出鱈目だ。

「皆さん、困惑されていると思います。なぜなら、誰にも犯罪の記憶が無いからです。
しかし、皆さんが犯罪者であることは、否定しようのない事実であります。

ここでは、なぜあなたがたにこのような処置を施す必要があったのか? まずその疑問にお教えしましょう。

人間には、生まれながらの犯罪者は『滅多に』いません。犯罪者は、犯罪を誘発する悪い環境から確率論的に誕生するものだからです。
だから皆さんは、犯罪者としての生い立ちの記憶を消去し、偽物の記憶を植えることにより、犯罪者としての経験や記憶を封印しているのです。
いずれにせよ、つまらない犯罪者の記憶を上書きするための偽物の記憶なので、過去にはあまりこだわらずに、過去の罪の意識や自己探求などにとらわれず、これからの生を思う存分エンジョイしてください。

次に、皆さんは本当はごく数名を除いてほぼ全員が元男性です。
しかし、外宇宙探索においては繁殖力こそが最大の懸念事項であり、大脳が制御する肉体にはすべて妊娠機能が備わっている必要があるのです。つまり男は贅沢品であり、すくなくとも殖民第1世代には必要ありません。
それゆえに、身に覚えはないと思いますが、ここにいる300余人中実に99%が元男性となっています。だから元男性であるということは、なんら特別なことではありませんし、忘れていただいて結構です。
もしかしたら、あなたは本当にもともと女性だったのかもしれません。しかし、そうであったとしても過去はいずれにせよ悲しむべき犯罪者であることには変わりありません。

次にあなた方の体は、すべてが標準装備品の石油樹脂製品の筋組織とステンレスの骨格で構築されたサイボーグ儀体となっています。
大脳への栄養補給と妊娠出産のために、雌豚由来のシングルカートリッジ式オーガン(内臓)パッケージ、通称『腸詰』を装備しています。この腸詰は寿命が約7年、平均5回の出産に耐えるように設計されていますが、癌化などの不具合がない場合でも5年を目処に交換してください。

なお現在3分の1のクルーは現時点で既に妊娠、約1割のクルーは臨月に近づいているはずですが、他のスタッフが妊娠中のスタッフのフォローを心がけてください。
なお妊娠は、子宮に品質検査に合格した受精卵を外挿する形式で行われますので、たとえ男性が一人もいなくても理論上はほぼ無尽蔵に優秀な人類の子孫を残せます。

なお、ここまで言われても抗議の声を上げる方は、設計上いないはずです。周囲をご覧ください、誰もいませんね?
これは、皆さんの小脳には常時暴力衝動を抑制するホルモン分泌器官が追加されていて、緊急時以外は常にホルモンが分泌している状況となっています。皆さんは、そうして慎ましくハッピーに新天地で子育てにいそしむことが出来るのです!

過去の罪を忘れ、新しい命を育むことで罪を償ってください!

……もしかしたら、あなたたちが人類最後の生きこのりかも!?」

最後に、記録日時は2045年3月27日という、328年前の日付を指してビデオは終了した。
ビデオの男が冗談のように言った最後の台詞はとてつもなく重く、誰一人として笑える者がいなかった。

シリコンとステンレスと豚の臓物、それが彼『女』らの肉体を構成するすべてだった。



[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その2
Name: うどん◆60e1a120 ID:3e64e6ca
Date: 2010/06/30 02:06

328年前の動画が終わると同時に示された通路に、彼『女』らはぞろぞろと歩いてゆく。
そもそも裸を見て喜ぶ男は、まだここには1人もいなかった。おそらく、女の裸を見て喜ぶ最初の世代が現れるまでには、あと13年ぐらいかかるだろう。
さっきのビデオで男が言ってたように、明らかにお腹が大きな女が混じっていた。妊婦のほぼ全員が、難儀そうにしている。

「……そりゃそうだよね」

ニルヴは、妊婦たちを見ながら思う。
たぶん、自分達に与えられた記憶は記憶とも呼べないレベルの「プロフィールの箇条書き」でしかないだろう。わざと雑に作られた偽モノの。
しかも、ビデオの男の言うとおりならばほぼ全員が元は男、しかもその全員がかなりの重大犯罪者だ。
そんな地球の選りすぐりの荒くれ者が脳を加工されたとはいえ、いきなり臨月の妊婦となったのだ。妊娠してないだけ……いや、臨月ではないだけまだマシなんじゃないかな、と思う。

「大丈夫? 手を貸すよ。えーと……」
ニルヴは手近の妊婦に声をかけ、手助けする。
「ありがとう、助かるわ」
妊婦は、にっこりと笑って応える。
妊婦の笑顔は、暴力衝動を抑えるホルモンと妊婦特有の脳内麻薬の相互作用で出来ていた。
「えーと、私はニルヴ。ただの主婦! 夫のケンザブロウは架空の存在だけど」
「私は図書館員のアリシア。たぶん図書館なんて行ったこともないと思うけど」
お互いに自己紹介してみて、あまりの違和感に噴き出す。絶対に違うという確信だけはあった。
「でも、おなかの赤ちゃんにとっては、本物のママだよ!」
「……そうかな、なれるかな? お母さんに」
「大丈夫だよ! アリシアならなれるよ、きっと!」
「……そうよね、私は図書館員のアリシア。元がどんな腐れ外道だったかは覚えてないけど、この子のママということだけは事実だもんね」
「アリシア、優しいママが汚い言葉を使っちゃいけないんだよ?! タイキョーに悪いんだから」
「大丈夫よ、おなかの赤ちゃんは地球謹製の超エリートのDNAを持ってるんだから。ちょっとぐらいダメなママでも大丈夫ですよーだ。ねー、私の赤ちゃん」
アリシアは、愛おしそうにお腹を撫でた。

彼『女』達は全員すべて同じステンレス内骨格であるため、全く同じ身長・手足の長さになっている。
それゆえに、身長は全員一律で165センチで統一され、服のサイズは1サイズのみしか存在しない。
空調が完全に行き届き、温度管理も内蔵と頭部だけに限定されるため、船外活動服以外の衣装は、まったく飾り気のない下着とジャージしか存在しなかった。
しかし、その骨格に盛り付けたシリコン筋繊維・皮膚は個々人で異なり、スタイルが異なっている。それゆえに、ブラだけはAからDまで4種類存在した。
「いいなー、アリシアは胸が大きくて」
「でもこの胸、電解質と糖分と水分を高分子シリコンゲルで蓄えてるだけだから、砂糖水飲むだけで大きくなるんだよ?」
「うそ! 赤ちゃんにおっぱいはあげられないんだぁ~」

「ああ、ウチらの胸はようするに自分用のロングバッテリーだからね。血液を母乳に分解させる科学力は、まだなかったみたい」
短髪の東南アジア系美少女が、快活に答える。
「ついでに、肺の半分は酸素タンクになってる。有毒ガス及び無酸素環境下での生命活動のためらしいよ」
「うーん、私には難しいことは分からないよ……」
「誰に聞いたの? そんなこと」
「端末にマニュアルがあったんだよね。暇だからちょっと勉強してた」
「こういう娯楽が少ない空間で勉強するのは、刑務所の受刑者か新兵訓練の軍人だけなんだけどねー」
「えらいねー、勉強家なんだね! あ、私はニルヴ! ケンザブロウのお嫁さんだよ!」
「私はアリシア。 図書館員で、今はおなかの赤ちゃんのお母さん!」
「あ、アタシはエレイン。デパートのコスメ売り場の店員。でもこれ嘘なんだよね、アタシ口紅の色もロクに分からないから」
「でも本当の自分って……どんなだったんだろうね?」
「うん、さっきの男の人は犯罪者って言ってたけど……気になるよねえ、やっぱり」
アリシアは、軽く答える。

そういう他愛ない女子の会話をしている間に、ビデオ放送が開始する。いい年をしたオバハン女優が欲望丸出しでふてぶてしく行きぬく、男が見たら胸やけがしそうなアメリカ発のコッテリドラマだ。
「あ、あたしこのシリーズ大好きってことになってる~。一回も見たことがないけど」
「これから好きになればいいよ! きっと」
主役のファッション雑誌の敏腕編集長が新しい若い恋人とはじめてのセックスをエンジョイするところで、CMが入った

「みなさん、自分を見失っていますか?
本当の自分を知りたい、そんなことを考えていますか?
そんな多感なレディの皆さんにご紹介したいのが、こちらのアンドレイ・マルチノフ君です。では失礼、ちょっと口のガムテープを剥がすよ! 痛くするから安心してくれたまえ」
さっきの男は、ロシア系の人相の悪い少年のガムテープを多少の肉ごと引きちぎる。

「何しやがんだテメェ! 俺にこんなことをして、ただで済むと思ってんのか! おやじが黙っちゃいねえぞ」
「見てのとおり、とても粗暴な少年です。彼はインターネットを通じてロシア国内で政治的勢力を伸ばす、超暴力的白人至上主義団体のリーダーです。彼らが殺害した有色人種は、既に1万人を超えているとさえ言われています。彼が直接手を下した犠牲者のみでも、30人は下らないでしょう」
「汚ねえ手を離せ! 貴様らは俺に手をつけたのが運のつきだな! おやじが全力でもみ消すさ、おまえらごとな」
「出来の悪い不良息子を守ろうとする親、とてもよくある光景です。でも馬鹿息子のほうは、その親心を知りません。際限なく、犯罪行為を凶悪化していくのです……そして、ハジける」
男は、アンドレイの肉体に長い注射針を突き刺す。そして一気に、その中身を体内に押し込む。
「なあ、アンドレイ。貴様にとってパパのミハエルは、どんなオマエの悪をもみ消してくれる素敵なパパだったんだろう? でも、悲しいかな父さんは耐えられなくなった。貴様が郊外でレイプして拷問して殺したアラブ系の女の子、あれは実はサウジの王族の姫様だったんだよ。さすがのパパでも、もうアンドレイの尻は拭いてあげるには汚すぎるんだ。分かるかい」
「ひ……ひくひょう……いひから、オヤチをよべよ……」
「残念! お父さんは来られないよ。でも仕方ないんだ、もう貴様はロシアの優秀な官吏ミハエル・マルチノフのかばいだてをはるかに超える、どでかい虎の尻尾を踏んだんだ。そう、貴様自身がね。そんな人間の屑アンドレイに、父さんからのビデオレターを預かっている」
アンドレイも見える位置に、ビデオレターが再生される。

「……アンドレイ、今という今ほど、お前を生んだことを憎んだことがない。お前からは見えないだろうが、今床の上にはオマエの姉さんの生首が転がっている。ぜんぶ、おまえのせいだ!」
アンドレイは、何かをうめいている。
「アンドレイ、おまえは踏み越えてはいかん一線を大きく越えた。もはや、母さんと一緒に責任を取るしかない。オマエのような極めつけの人間のクズを生んだことのけじめだ……サーシャ、すまない」
「いいえ、悪魔を産んだ私も悪いの」
そしてアンドレイの両親は、互いの頭を拳銃で撃ちぬいたところでビデオレターは終わった。
「…… で、話はここから始まります。アンドレイ君は、あなたがたの中ではきわめて普通の極悪人です。すなわちそこにいる一人の例外もなく全員が全員、世界中のすべての悪を煮しめたような正真正銘の人間の屑です。自分なんて探したって、人類世界で選りすぐりの醜悪な怪物しかそこにいません。アンドレイ君並みの」
「ま、まてくりほ、 ほ、ほれは、ひ……ひへいなのは? ひ、ひひはふねえ!」
「おやおやアンドレイ、言葉の意味は分からないが、パパとママが貴様のせいで自殺して、お姉ちゃんが生首にされたこの期に及んで命乞いかい? 貴様みたいな地球代表レベルの人間の屑が。
だけどおめでとう、貴様はあまりにも人間の屑すぎるからこそ、クルーに選ばれた。
ちなみに貴様に投与したのは、自分で分かってると思うけど麻酔じゃなくて筋弛緩剤だからね。今から痛みを感じながら提供臓器を摘出され、そのあとで脳を取り出される。
ちなみに、クルー全員が同じ処置を経ていることは折り紙つき!」
アンドレイの獣のような悲鳴とともに精神の醜悪さとは正反対の壮健な身体に容赦なく医療用鋸が入る。
画面には、
『自分探しをしても、怪物しか見つかりません。特にあなたがたは。国連外宇宙開発局』

「……うええ、気持ち悪いね」
「ほんと、最悪だね」
ニルヴとアリシアは、ウンザリ顔でCMを見る。
「ところで、まだ元の自分って、気になる?」
「ヤダ! だってさっきの男と同レベルの悪党なんでしょ全員! だったら、図書館員のシングルマザーのほうが全然いい!」
「だよねー、人類世界よりすぐりの人間の屑だもんねー」

「さっきの筋弛緩剤のくだりは、たぶん本当だね! 麻酔をしていると、脳と義体の神経感覚適合テストが出来ないらしいから」
エレインが得意顔で解説する。
「……ということは、つまり自分探しをすると、生きたまま解剖されたことも思い出しちゃうんだよねぇ」
「あ、本編が再開したよ!」
「よーし、自分探しの旅はヤメ! テレビを見るのに集中するぞー!」
「あはははは! オー!」

あのCMを見てか見ずにか、それでも自分探しをした者は3名いた。
しかし記憶を回復した途端に発狂して、大脳を収められたヘッドソケットの永久再凍結処分を受けたものが2名、1名は眼球にリベットガン(釘打ち銃)を打ち込んで、自ら脳を破壊した。
「自分探しなんてするのは止めようって言ったじゃん……それでなくても凍結中のスペアのヘッドソケットは100個しかないんだからさ……」
壊れたヘッドソケットお掃除係、つまり釘打ち銃で室内に飛び散ったアリシアの脳を掃除する係に当たってしまったニルヴとエレインは、ブチブチと文句を言いながら生臭い破片を拭き集めた。

「……でもやっぱり、お掃除って楽しいよね!」
「うん! だよねー」
「赤ちゃんも早産になっちゃったけど結局大丈夫だったし、ヘッドソケット交換だけでアリシアの義体は腸詰込みで再利用できたし」
「今度のアリシアは、もっと強い子だといいねぇ」
「そうだよね、ママになるんだから強くならないと!」



[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その3
Name: うどん◆60e1a120 ID:3e64e6ca
Date: 2010/07/05 11:29
アリシア・シルバーバーグ、それが彼『女』の名前だった。
インドネシアのムンバイ出身で、弁護士の娘として生まれる。
富裕層の子女として厳格な高等教育を受けアメリカに留学。ペンシルバニア大学を卒業後、図書館司書として勤務し、今に至る。

アリシア・シルバーバーグは、義体調整用のメンテナンスルームで目覚めた。
そして、思い出せたのが上記の記憶だけであった。
インドネシア出身? インドネシアの言語が何語と言うかすら知らない。
それ以前に、ムンバイがあるのはインドだ。
……そもそも、横で産声を上げている血まみれの新生児と、剥き出しになった自分の内臓はどういうことだ?
「こ、コレはいったい……」
アリシアは、剥き出しになった自分の臓物を指して言う。
「ちょっと黙って! 新生児取り出しまでは成功したけど、そこから先が成功する保障はまだ無いんだかんね! えーと、帝王切開部の縫合は……あったあった! プロテインステープラー!」

医師は子宮断裂部をつまみあげ、プロテイン製の硬質素材で出来たホッチキス針でカチカチと止める。そして、ホッチキスで止まった部分にチューブ入りの水分反応型のプロテイン製ゲルを塗りつけた。
回復促進のためにステロイドも入った弾力性ゲルは、見る間に血を吸い固まり同化して、子宮を止血する。
「ふう……手術って、案外チョロいんだね、全体的に」
そして即席医師は腸詰の子宮付近に付いた水密ファスナーを上げ腹皮をボンドで封印し、手術は完了した。
「でも、並列作業だったヘッドソケットの交換は、超簡単だったよ!」
「そりゃーねー……スイッチポン、ヘッドソケットオフ、新品装着で終わりだから。眼球換装も込みで電球の交換並みの簡単さだよね。電球2個取り替えるのと、あまり手間は変わんなかった」
「こんなに手術が簡単なのも、義体技術のおかげだよね!」
頭部の方からの声が、そう請合った。

「義体って、なに? それに、この赤ちゃんは? どうして私のおなかにジッパーが付いてるんですか」
「質問は一個づつにしようよアリシア。それよりホラ、アリシアのベイビーちゃんだよ!」
ベッドに横たわるアリシアに、包布にくるまれた生まれたての赤ちゃんが手渡される。
しかし、アリシアには何の感慨も沸かない。強いて言えば、あるのは困惑だった。
「サリー、アリシアの神経系代謝があまり活発じゃないみたい! まるで、見ず知らずの女に『あなたの子よ』って言われながら赤ちゃんを差し出された男みたいな反応ね!」
ヘッドソケット換装を担当したという助手が、モニタ画面を見ながら言う。
「腸詰のほうは、内臓脂肪をガンガン溶かしてまでありもしないおっぱいを膨らませようとしたりして、ホルモン分泌レベルでママになったことを自覚しまくってるのになぁ……よっしゃ! エストロゲンとドーパミンとセロトニンのスペシャルカクテル『こんにちは、赤ちゃん』入りまーす!」
この船の搭乗員はほぼ全員が元男という説明どおり、大脳の構造的に出産時に母親になる自覚が現れないものが想定されていた。そのための出産時脳波モニタリングであり、緊急回避用の出産時専用脳内麻薬だった。特に今回の新生アリシアは、ヘッドソケット換装自体は出産よりも優先順位が下だったので仕方がない。男の科学者が母性本能かくあるべしと考えた液状の母性本能『こんにちは、赤ちゃん』がアリシアの脳幹内に注入される。

そもそも今のアリシアは出産そのものには立ち会っていなかったから、当然であった。
わずか数ナノミリグラム、それによりもたらされたのは、全世界を手に入れたかのような幸福感と、今までどこにあったのかすら分からないところから断固として溢れ出る愛しさ、その精神の根底を揺さぶる衝撃が血まみれの新生児という視覚情報を経て、我が子の誕生を本能レベルで認識させる。
「私の……赤ちゃん。なんて……なんてかわいいの……」
「A-10神経系代謝が最高レベルの活動状態になったわ! アリシア、あんた今どんだけ幸せなのよ」
もうアリシアは、2秒前まで『なんだこの血まみれのサルみたいな生き物は』という認識でいたことすら、完全に遡って消去していた。自分は、この赤ちゃんのために生まれてきたとの確信に至る。
アリシアのヘッドソケットが新品……つまり、全く別の犯罪者の脳に換装されて、まだ10分と経過していなかった。このアリシアは、厳密には新生児よりも後で生まれたのだった。

「やっほー! アリシア!」
「おーっすアリシア! お見舞いに来たよー」
2人の女が、不細工なケーキを手に訪れる。
「ええと……あなたたち……誰? ですか? なんて……」
「ううっ! しどいよアリシア! 大親友のニルヴちゃんを忘れるなんて!」
「そうだよ! エレインのことも忘れたの?」
「ええと……ごめんなさい。あたしまだ記憶がハッキリしなくて……」
全く面識がない2人に謝る。2人からは、魚でも料理してきたかのような生臭い匂いが漂っていた。

「……なーんてね! アハハハ! ウソウソ ゴメンね」
「覚えてないのなんて百も承知だよ。だってアリシアは、ヘッドソケットを交換したばっかりだもんね」
「てゆーか、ついさっきまで前のアリシアのヘッドソケットの残骸をお掃除したんだよ!」
「タハハ……ちょっち臭かったらゴメンね!」
よく見れば、2人の飾り気の全くないジャージのあちこちに、痰のようでいて何か違う欠片がこびり付いていた。

「そうですか……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「いいっていいって! アタシ達はお掃除しただけだから! お礼ならサリーとミネルヴァに言ってあげて」
「いやいや、アタシ等も設定上医者と看護士だったから、そうしただけだから! なんせ義体の身体構造は、顔面・眼球・ヘッドソケット・腸詰・空胴・両手両足で終了だから超簡単なんだよ!」
「その中でも生体由来はヘッドソケットと腸詰だけだから、問題があれば交換するだけで終わり。それより……」
ニルヴとエレインは、ケーキを持ち上げる。
「パン職人の子が作ってくれたこのケーキのほうが、はるかに難しかったはずだよ! ……ちょっと失敗したみたいだけどね」
「パンの作り方も知らないのに、アリシアと赤ちゃんのために頑張ったんだから」
ニルヴとアリシア、それに医師のサリーと看護士のミネルヴァは明らかに失敗作の不恰好なケーキを差し出して言う。
「「「「お誕生おめでとう! 赤ちゃんとアリシア!」」」」
「ありがとう! みんな!」
アリシアは、赤ちゃんを抱きしめながら、強烈な脳内麻薬の余韻に浸っていた。
「私の赤ちゃん、生まれてきてくれてありがとう!」

「当艦は、まもなく惑星オーストラリア軌道上に到着します。先遣隊選抜メンバーは装備確認後、速やかにドロップシップに集合してください」
「……じゃあね、アタシ達、逝ってくるよ」
「赤ちゃんが見れて、よかった」
ニルヴとエレインは、脳の飛沫がかかったままの服でお祝いに来て、そのまま先遣隊として惑星オーストラリアへと降り立つ準備に飛び出していく。
「ニルヴ……エレイン……」

「ねえ、ニルヴ」
「なに? エレイン」
2人は他の先遣隊護衛要員とともに装備を確認しながら話す。
「いくらアタシ達が犯罪者だからってさ、わざわざ星の名前までこだわらなくてもいいのにぃ……」
「……それだけ重要なんだよ、きっと」
たとえ何人死のうがそんなこと関係ないぐらいにね、という言葉を続ける必要は、2人にはなかった。
ニルヴはグレネードランチャー付きアサルトライフル、エレインはサブマシンガンと大口径ハンドガンを担ぐ。
女性ホルモンの分泌信号は、ここで終了。その代わり、男性ホルモンのテストステロンと興奮物質のアドレナリンがゆっくりと脳内を燃やす。
「ヘルダイバー、ドロップします」
先遣隊を積んだドロップシップが、地表に向けて投げ落とされる。
「「「「ヒャーッ! ハー!」」」」
12名の先遣隊全員が、恐怖とも興奮ともつかない、がさつで荒くれた叫び声をあげた。




[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その4
Name: うどん◆60e1a120 ID:eade24a7
Date: 2010/07/13 00:17
ニルヴ:オーストラリア(惑星)の大気圏なう
エレイン:酸素濃度も気圧も高くて、大気圏が分厚いお。ヘルダイバー内大騒ぎ
オードリー:早めにパラシュートを開く。このままだと地表到着までに腸詰がモツ煮込みになるよねぇ
シンシア:マジデスカ。おれ妊娠してんだからそれ勘弁。そもそも妊婦を降下部隊に抜擢すんな
ニルヴ:まあまあ、妊婦には神様の祝福があるって言うじゃない
エレイン:赤ちゃんありがたやー、ありがたやー

大気圏突入用ドロップカプセル『ヘルダイバー』内のテキストメッセージの応酬が、船内全員に向けて公開されている。
もちろんキーボード等の入力装置は使わず、思考入力形式になっていて、眼球の視覚情報に直接インポーズされる形でテキストデータは表示されている。

「……シンシア大丈夫かな? メッセージログが完全に男になってるよ」
看護士のミネルヴァが、船内からリアルタイムに更新されるメッセージを確認する。
「うーん……妊娠期の胎内ホルモンバランスの変化は、ベイビーちゃんに良くないんだよね……」
「どうまずいの?」
アリシアは、赤ちゃんを抱きながら問う。
「いやぁ、ベイビーちゃんが将来腐れファグになる可能性が激増すんだよねぇ」
サリーは全く意識せず、自然に同性愛者のことを『腐れファグ』と呼んでいた。ファグの訳語は『カマ野郎』ではあるが、実際はその10倍ぐらいキツい言葉で、日本語では正確に表現不可能な語彙だったが、それに無意識に『腐れ』と付けていた。サリーは男だったときは、相当強烈な同性愛差別主義者だったようだ。

「んもう、汚い言葉は禁止だよっ、サリー!」
「おおっと、ゴメンあそばせ。なんせホラ、あたしのIQって80台前半だから」
だからバカでも出来る医者しか仕事なかったんだよね……ということだった。船内では、医師や看護士は掃除人の次ぐらいにIQが低い者の通常勤務となっている。
そしてクルーの平均IQは、80台の後半だった。偏差で言えば、地球人類で知能が低いほうからおよそ20%以内にいる知的水準の犯罪者がメインの編成となっている。

「じゃあ、とりあえずシンシアにメッセージ送っときますか。あと、スペシャルカクテルも」
サリーは、シンシアの脳内ホルモンバランスを調整しながらメッセージを送る。

サリー:シンシアは、腸詰をパージする事態はできるだけ避けて。
オードリー:通訳します。『ジェンダーフリーの手先のおフェラ豚ども! 他の糞袋は死んでも構わんが、お宝入りは残しとけ!』 ……だってさ。
豚の内臓1匹分をまるまるシリコンゴム製の袋に詰め込んだ消耗品の内臓、シングルカートリッジ式オーガンパッケージ・通称「腸詰」が、最初に「糞袋」と呼ばれた瞬間だった。

シンシア:だったら、最初ッからリーコン(斥候)チームから外してくれよ……ねー、赤ちゃん。ママ死ぬの怖いよう!
シンシアの脳内にアリシアに与えられた『こんにちは、赤ちゃん』の千分の1程度の妊婦用脳内麻薬カクテル・『真珠貝』が投与される。『真珠貝』のもたらすセロトニンの沈静作用が、怒りと恐怖に熱くなったシンシアの脳を即座に蕩けさせる。
ニルヴ:アハハハ! だったら、生きて帰ろうよ!
エレイン:そうそう、生きて帰るんだよ! 生きて帰って、アリシアみたいに赤ちゃんを産もう!
オードリー:そっか、あなたたちアリシアのベビーちゃん見てきたんだよね。
ミネルヴァ:ええ、旧アリシアの脳髄を掃除したご褒美で、赤ちゃんを見る権利が貰えたんだ。
シンシア:そっかぁ、だったらアタシも志願すりゃ良かったなぁ。
ニルヴ:ムリムリ、つわりと吐き気でダウンするって。あたし等は最初に知り合ってたから志願したようなモンだし。
エレイン:そうだよ、脳みそってものすごく生臭いんだよ!
アリシア:ごめんね、迷惑かけちゃって。
ニルヴ:いいのいいの、生まれたてのベイビーちゃんを見せてもらったから! はー眼福眼福
オードリー:いいなぁ、見たかったなぁ

彼『女』たちは、なぜ自分がそんなに赤ん坊を見たがっているのか、全く理解していない。
彼『女』らは、赤ん坊を見ると脳内のA-10神経束がわずかに興奮状態になるように条件付けされていた。赤ちゃんを見ると見ず知らずの人の赤ちゃんでも寄って来る中年から初老の女性等がいるが、あれこそが経産婦というA-10神経内麻薬中毒者の症状そのもので、それと全く同じと言っていい。
そして、その事実を知らない彼『女』たちの喜びは、悲しかった。
こうしてくだらない囀(さえず)りを残しながら、ヘルダイバーは地球より濃密な大気圏と低い重力を持つ惑星オーストラリアへと降下していった。


ヘルダイバーは、惑星オーストラリアの地表に突き刺さるように降着する。
予定ポイントからは大きく離れたものの、降着地点が地表であったのは幸いだった。
シンシア以外の先遣隊は、そろそろ本格的に男性ホルモンであるテストステロンの効果が顕れはじめ、視野が狭窄し皮膚感覚が鈍磨していく。
闘争ホルモンのドーパミンが、じりじりと心をシリコン色からステンレス色に塗り替えていく。

「今回の作戦指揮を執るオードリーだ。予定通り、濃密過ぎる大気圏のせいで母艦との連絡は途絶した。テキストデータの送受信ですら、現時点では秒間300バイトに限定されている」
「まあ、全く通信できないよりはマシでしょ」
「船外では、あらゆる想定外の危険に遭遇する可能性がある。各自、装備を再点検するように」
続いて調査班のリーダーのシンシアが、説明を始める。
「ここの空気は地球と比べて濃密で酸素が多く、わずかな火でも想像以上の発火を起こすわ。酸素反応系爆発物の威力は地球より高いということを忘れないで。それと、重力が地球の半分程度しかないの。だからこの星の生き物は、基本的にデカいわ。じゃあハッチを開くから、ニルヴ・エレイン出て!」

厳重に機密されたハッチが開き、完全装備の気密服を装備した2人とともに、『ポテト』が外気に晒される。
ジャガイモの名を持つジャガイモ状の肌色の生き物は、無菌状態で飼育されている。ほぼ生存環境が人間と同一の、ネズミ起源の人造生命体だ。
人間よりも早く毒素の影響を受けやすく、また死ぬと体表が紫をはじめとした様々な模様になることで危険の種類を知らせる。この地球の悪を寄せ集めた移民団の中で先遣隊に選ばれた12人の誰よりも、ただ死ぬためだけに生まれてきた生物だった。
ニルヴとエレインは、周辺哨戒のために『クリーパー』に乗り込み着陸地点周囲を走り出す。
1人乗りの超ミニ軽トラックに銃座を付けただけの低コスト軽威力偵察車両であるクリーパーの脇に置かれたポテトは、30分以上が経過しても弱る兆候を見せなかった。
ニルヴは意を決して、ヘルメットの気密を解除する。

「ちょっとニルヴ! まだ許可は出されてないよ!」
「大丈夫だよ、エレイン! 風がとっても気持ちいい!」
銃座のニルヴは地球人類として初めて、オーストラリアの大気を大きく吸い込んだ。

「何もかも……とても大きいねえ!」
高濃度の酸素と低重力の環境下で500メートル超級の樹木が高層ビル群のような規模の太さで粗雑に乱立し、その下には地球の樹木クラスの下生えが茂っている。
あちこちに、その下生えを生きる食物連鎖の底辺を占める甲殻類が生息していた。
そしてそれは、時には彼『女』たちどころかクリーパーとほぼ同レベルのサイズのものさえあった。

運転席のエレインも、マスクを外す。
「全部がデカいんだったら、むしろこっちが小さいってことにならない?」

『……何か近づいてるぞ! 発砲承認! むしろ撃てっ!』

ニルヴとエレインの運転するクリーパーの背後に、クリーパーよりも大型のセンチネル多脚自走砲に良く似た生物が轟音を立てながら接近していた。
砲塔をこちらに向けて、クリーパーを超える速度で接近してくる。

「アイサー! 死にくされクソ虫!」
ニルヴは、砲塔に向けてチタン弾頭の徹甲弾を叩き込む。センチネルモドキは、甲殻のあちこちが割れて内部が露出する。しかし、その程度では死ぬことすらなく逃亡した。
『どうやら、この星で食物連鎖の頂点に立つってのは無理そうね』

「ふう、食べられるかと思った」
『いや……食べるんじゃなくてプロポーズだったみたいね』
ガソリンエンジンの排気ガスとよく似た成分を砲塔から発散しながら、センチネルモドキはクリーパーの背後を追跡していた。逃走時には、その砲塔とともに類似成分の揮発が収まっている。
「もしかして、あれナンパだったの? やだー、モテモテ!」
『クリーパーがね。ガソリンエンジンの排気ガスが、誘惑の吐息だったみたい』
「クリーパーちゃん、隅に置けないねえ」
『いえ、クリーパーはイケメンだと思われたのよ。メスはあっち』
「じゃあ、せっかくの逆ナンをビンタで返しちゃったってこと? クリーパー!」
「あの娘、今ごろ傷ついてるよね……」
背後から、硬い何かを砕く轟音が響く。
「……エレイン!」
「分かってるよ」
クリーパーは下生えの巨草の茎を旋回し、音の元凶に迫る。
重機関銃からチタン弾頭の徹甲弾を撃ち込まれ、体液を漏らすセンチネルモドキが、カマキリ……ただし、センチネルモドキとほぼ同じ大きさで、刃渡りだけで彼『女』たちの2倍、重量は5倍を越える『斧』が鎌の位置に付いている。
斧カマキリに絡め取られ、その大質量巨大斧を振り下ろされていた。
『ナニをする気、ニルヴ!』
「……あたしたち、これでもオトコノコだったんでしょ! 襲われてるオンナノコを見捨てちゃ、あたしの中の男が廃る!」
「襲われてるオンナノコは助けるのが男ってもんよ! たとえ世界最悪の極悪人だったとしても!」
銃座の弾頭は純ナトリウム散弾に換装され、照準は斧カマキリの薄い腹膜に重なる。

ニルヴは、重機関銃の引き金を引いた。

水より軽いナトリウム弾頭でも、斧カマキリの薄い腹膜は切り裂いた。
ナトリウム粒は斧カマキリの腹の中で体液と激烈な反応を起こし、水素を発生させながら爆発的に燃える。
そして、その爆発的に発生した水素自体が周囲の高濃度酸素により加速度的に酸化し、さらに巨大な無色透明の炎を噴き上げながら爆発した。

柔らかい腹部をすべて失った斧カマキリは攻撃を感知し、こちらに殺到する。
クリーパーを停車したエレインは、大口径ハンドガンから弾頭1発100グラムの劣化ウラン弾を叩き込んだ。
そうして斧カマキリは、頑丈な巨大斧と足と胴を残して完全に沈黙した。

クリーパーは、チタン弾頭と巨大斧と水素爆発でボロボロになったセンチネルモドキに近づく。
センチネルモドキは、折れた砲塔を再び出して排気ガスに似た匂いを大気に充満させ、体側にスリットを開く。

「……ごめんね、虫さん。クリーパーは、キミの愛に応えてあげられないよ」
ニルヴは、センチネルモドキがたぶん交尾用に開いたスリットに、ナトリウム弾を撃ち込んだ。いまわの際に愛を表現したセンチネルモドキは、甲殻を残して焼滅した。

『ニルヴ、エレイン』
オードリーは、無線越しに2人に話しかける。
「「は、はひ! あの、その……ゴメンなさい!」」
2人は同時に謝った。威力偵察を無視して、意味が全くない戦闘行為を行ったのだ。最低でも叱責、下手をすれば何らかの懲罰を受ける可能性がある。最悪の場合、ヘッドシェルの永久凍結もしくは破棄刑も有り得た。
『キミらは……まあいいや、ありがとう』
オードリーは、呆れたように笑う。
『かっこ良かったわ! 抱いて!』
シンシアは、陶酔したように自分自身の肩を抱いていた。

アリシア:今度はアナタたちの赤ちゃん産みたいな!
サリー:アタシ等みたいな知能の低い凶悪犯罪者のDNAなんて、この船に乗ってるわけないじゃん(笑)
ミネルヴァ:そもそもどさくさまぎれにもう一回妊娠しようだなんて、ふてえ野郎だ(怒)
アリシア:わたしの脳は妊娠も出産もしてないのに!
サリー:じゃあ、ベビーちゃんをアタシにくれよん。
アリシア:斧カマキリとかにヘッドシェル装着するぞテメエ
秒間300バイトしか送受信できない母船との通信は、結局ヘルダイバー内で見ていた皆によるテキストデータでの実況となって送られていたようだった。

前にシンシアがつぶやいた通り、惑星オーストラリアの生物は巨大すぎて、人間が生態系の頂点に立つのはほぼ不可能という結論が出た。陸上には確認されているだけで60メートル級の生物が、空には40メートル級の生物が、海中に至っては200メートル級の生物が存在していることが確認されている。でも、生態系の頂点に立てなくても、この惑星の生態系の一部に溶け込むことは出来るのだ。

彼『女』たちは、惑星オーストラリアへの入植を決断した。



[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その5
Name: うどん◆60e1a120 ID:eade24a7
Date: 2010/07/19 23:55
地球の3倍近い表面積と豊かな資源の眠る惑星オーストラリア。
その片隅に、ひっそりと人類は橋頭堡を築くべく降着する。至上の命題は、人口増加。

軌道上では船員総出産体制へと移行し、現在妊娠していないのはシンシア以外の地上での先遣隊のみとなった。出産直後のアリシアですら、2人目の子供を身篭っている。
そのうち約半数は、双子を身篭っていた。これは、腸詰の子宮の個体差を考慮したうえでの計画生産だった。
その結果、都合430人の赤ん坊が年内には誕生する計算である。
そしてその全員が、男児だった。

オーストラリア地上には充分すぎるほどの有機物があった。その資源量は、およそ500億人の人類を養うに足る。
430人の赤ん坊を成長させるに足る有機物リソースは、もちろん母船内にはない。およそ3年で母船内の有機物リソースは新生児となって払底する。つまり、赤ん坊1000人分程度の有機物しか船内には存在しなかった。
結局それ以上の有機物は、地上で調達するしかない。

「……というわけで、食料の確保なんだけど」
問題は、食料調達だった。
現在は威力偵察ではなく食料調達のための狩猟がメインとなったため、ナトリウム散弾や劣化ウラン弾頭、そして鉛弾ですら使用は禁止された。
その結果、おおむね厚い甲殻を持つ獲物には暴徒鎮圧用粘着投網、徹鋼弾、ホットランス(超指向性マイクロ波加熱砲)などしか効果が見込める武器が無かった。しかも、格闘戦には戦車ではなくフレイル式対戦車地雷処理車両しか使えない。

ポテトを使って調べた地上で最も手に入りやすい食料は、沼地に生息する大型の軟体動物だった。これならば、現地調達した材料で作った手製の銛でも仕留められる。
地上に降着しておよそ2ヶ月、隊員を減らすことなく偵察活動は続いている。食料は既に、現地調達に切り替わっていた。
「……もう大ナメクジ食べるの飽きたー!」
ニルヴたちの主食は、ぶつ切りにした大ナメクジを茶色い植物の表皮でくるんで火を通しただけの「くるみ焼き」だった。
腐りにくく表皮ごと食べられ携帯も可能で、材料自体はどこでも調達可能。成長過程にある人間の子供を育てるには最適の組み合わせだった。しかし、彼『女』達は人間そのものではない。
最初はハンバーガー以来の大発明とはしゃいでいた先遣隊も、いい加減に飽きていた。
「高タンパク質で捨てるところがほとんどないし、おとなしいから地球産の家畜より優秀なんだよ! 餌なんてただの腐葉土で、残飯ですらなくていいんだから」
エレインはなだめる。実のところ、大ナメクジの味が気に入っているので、どう考えても気持ち悪い印象しかない大ナメクジというネーミングには反対していた。
「ヤダヤダやっぱり気持ち悪いー! それに、きっともっとおいしいものがあるはずだよー!」
しかし、淡白すぎる味にすっかり飽きたニルヴは、もうこれ以上くるみ焼きを食べたくなかった。
「じゃあクリーパーモドキ」
シンシアは、搭乗員を乗せた状態の軽威力偵察車両によく似たフォルムの生物を挙げる。
「えへへ、アレならいいかな……タラバガニに味がそっくりなんだよね」
センチネルモドキとクリーパーモドキはそれぞれ陸上甲殻類のメスとオスで、クリーパーの放つ排気ガスに反応する。その習性を利用して、先遣隊は狩りを行っていた。
「味は、ほとんど一緒だよ」
「でもさ、義体ってほんとあんまり物が食べられないよね」
「そうそう、手のひらぐらいのサイズのくるみ焼き1個でおなかいっぱいになる」
そして、トイレにすらほとんど行かない。元から少ない腸詰で発生した大小便ですら化学的に燃焼させ電気エネルギーに変換してシリコン筋肉の動力としているため、本当にそれでも燃えないごくわずかの無機物の塊しか排泄しない。
結果として、義体からの排泄物はエコロジカル過ぎてハエも寄ってこないということになる。
「まあ、妊娠してない限りはぶっちゃけブドウ糖があればそれで済むからねぇ」
2人が、シンシアを見る。
「な、なによ。アタシはお腹の赤ちゃんを育てるために、仕方ないんだから!」
シンシアは、常に他の隊員の3倍以上はくるみ焼きを食べていた。そもそも生体部分が10キロに満たない義体では、成長しない分ブドウ糖以外の消費量は人間の胎児以下だった。
その結果、シンシアは常に他の隊員の数倍のタンパク質を摂取している。
「赤ちゃんが出来ると、急に食いしんぼになるんだよね」
それゆえに、母船内の有機物リソースは凄まじい勢いで減少しているのだった。

「……じゃあ、つくってみますか!」
「何か別の生き物を食べるの? 果物とかいいよねぇ……」
「ダーメ、食べられそうな組成のモノでも、まだポテトでの毒性テスト結果が出てないじゃん」
何種類かの生物で、毒性が検出された。毒性はなくてもある植物の種は、ポテトの臓器内で発芽して全身に根を張る性質を持っていた。
「燻製と干物だよ。地上にみんなが降りてきたとき、みんなに食べさせてあげたいじゃん! 大ナメクジを」
そして、みんながおいしいと言った後で、大ナメクジの実物を見せるつもりだった。

ニルヴとエレインは、臓物を取り除かれ切り開かれ、精製された食塩で下ごしらえされた大ナメクジを順次ワイヤーに吊るしていく。
「こうして真っ白な大ナメクジをつるしてると、なんだかお洗濯みたいだね!」
「そうだねー……ものすごく生臭いけどねー」
風の通り道にたなびく大ナメクジの干物と、今は探索拠点となったドロップカプセル『ヘルダイバー』。

ニルヴとエレインが作った大ナメクジの干物の匂いが、ヘルダイバーへと怪物を導いた。
それは、30メートル超級の大型捕食生物。真っ白な毛に覆われた首長竜、としか言いようがない形状をしていた。
あまりにも巨大であったために、接近するだけで轟音が鳴り響く。

ヘルダイバー自体の3倍以上の大きさがある。フレイル式対戦車地雷処理車両のフレイルハンマーによる打撃力も、骨が肉に、皮膚に、さらに毛に覆われた脊椎巨大動物には効果が薄い。
「や……やっぱり大ナメクジの臭いに引き寄せられたのかな?」
「総員ホットランス装備! デカブツは内側から焼き切るに限る!」
ホットランス……超指向性マイクロ波加熱砲は、その性格上『砲』というより『槍』に近い。赤いレーザーポインターの真下に、目には決して見えないホットランスの矛先がある。
その見えない電磁波の矛先で巨大生物の体内から加熱し、蛋白質を凝固・変成させる。
射線上に、間違っても仲間がいないことを確認した状態でなければ使えない格闘兵器だった。

全員のホットランスはまず首に向けて放たれる。電磁波が起こす発熱はそもそも水分子の振動であるため、本来体積が大きければ大きいほど効果がない。しかし、ホットランスは同時に行う電磁誘導により射線上の局所加熱を可能としている。電磁誘導される距離は、およそ30メートル。柄ではなく、刀身が30メートルある、重機関銃並みの重さのある槍だ。人間の脊力では、おいそれと振り回すこともままならない。
しかし、低重力環境とシリコン筋肉駆動の義体の力が、ホットランスを振り回すことを可能にしている。

突然、大ナメクジの臭いに反応していた白毛竜の首が地面にしなだれ、デタラメに暴れだす。集束したホットランスのどれかが、長い頸部の神経束を焼き切った。
しかし、巨大な胴体はいまだその動きを止めない。
右前脚が地面にしなだれた自らの頭部を踏み潰したが、頭を失った白毛竜はなおも進行を止めない。

「ヤツの脳は1個じゃない! デカ過ぎるから、体のあちこちに副脳みたいな神経節があるタイプだ!」
シンシアは叫ぶ。
「ナトリウム弾を使え! あいつの毛をチリチリにしてやれ!」
オードリーがナトリウム弾の使用許可を出す。
ニルヴとエレインはクリーパーに飛び乗り毛長竜の回り込む。
「鬼さんこちら! 火の噴くほうへ!」
ニルヴは後ろ脚にナトリウム散弾を叩き込む。
ナトリウム散弾は竜本体には痛痒を与えることは出来ないが、ナトリウムが竜の汗の水分に反応して炎を噴き上げる。爆炎が、青から透明な炎の柱となって体毛を一気に燃やしていく。
副脳は、後ろ足に発生した不快感を『どうにか』するため、その場をグルグルと回り始める。しかし、自らの足で大脳を踏み潰した副脳には、どうすれば解決するのか分からなかった。
そもそも、問題を解決するという概念自体が存在しなかった。

ぐるぐると無色透明の炎に焦がされて踊る白毛竜の神経を、v字型に挟撃する形でホットランスが内側から加熱してズタズタに分断する。
すべての神経へのアクセスを絶たれた副脳は、体が動かなくなってしばらくして、考えることを止めた。

「ふう……大ナメクジの干物は無事だったね……」
「これで、みんなに干物をごちそうしてあげられるよ」

「ニルヴ、エレイン。もっと凄いものをごごちそうできるんじゃないの?」
2人の目の前には、30メートルを越える肉の塊が立ちすくんでいた。あまりにも巨大すぎて、死してなお倒れることが出来なかった。

「……なんで、どうしてこうなるかな?」
ニルヴとエレインは、くるみ焼きを手に天を仰ぐ。
結局、現在の装備では何の肉であろうが、くるみ焼きにするしかない。
エレインは大ナメクジの干物を、ニルヴは白毛竜のくるみ焼きをかじる。どちらも、いつもの味と似たような感じがして、少しだけ違っていた。

アリシア:あたしたちのために、大きなお肉をありがとう! もうすぐみんなも地上に降りるからね!
オードリー:ちぇっ、結局食べ物の目処がついたら来るんだ。現金なもんねぇ……
サリー:だってアタシたち、食べ盛りの赤ちゃんがいるからさ、おなかに。
シンシア:ところで、第1世代は全員男の子って、本当?
ミネルヴァ:うん、本当。戦闘能力と建築能力の拡充が第一なんだってさ。
なにか、取り返しがつかない間違いをしているような、モヤモヤした感覚が頭から離れない。しかし、知能指数が80台後半の自分が分からないようなことでも、自分より賢い誰かが察知して解決策をもう見つけているだろうと、それ以上深く追求することを止めた。



[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その6
Name: うどん◆60e1a120 ID:684a1f32
Date: 2010/07/22 01:23
「……こういうジョークって聞いたことあるかな?

 船長『それでは新入り、今日からこの船がキサマの職場だ!』
 新入り『はい船長!』
 船長『飯は1日3回、8時間の睡眠時間が与えられる。そしてムラムラしてきたら、月・水・木・土・日の20時から24時までの間に、あの樽の穴にナニを突っ込め。性欲を処理してくれる』
 新入り『それはすごい! でもなんで火曜と金曜はやってないんですか?』
 船長『その日はキサマが樽の中に入ることになっている』

……ってヤツ」
エレインは、定番のジョークを口にする。
「……なんでみんな、忘れちゃってたのかな。もともと男だったのに……こんな当たり前のこと」
ニルヴは、半ベソをかいている。
「このジョークだったらまだマシだよ……アタシ等の場合はただ単に樽に入れられるだけで、樽を使えるわけじゃないんだから」
オードリーは、うんざりした表情を浮かべている。

義体は、あくまでも簡略化した人体である。
たとえば舌と声帯に空気を通して「喋る」というのはコストがかかりすぎるため、肺自体を振動させて 音を出す内蔵型スピーカーになっている。そして舌は口腔内に固定されたまま膨らむことと萎むことしかできない。
そのおかげで食べながら喋ったり口を閉じたまま喋ったり、どんな人物や動物・環境音の声帯模写をすることも可能だ。なにせ、声帯のような楽器に近い構造ではなく、単なるスピーカーなのだから。
もともと股間の排泄器官ですら1個しかなく、しかもその直径は最大で1.5センチにしかならない。股間には肛門付近に肛門に似た小さな穴があるだけで、それ以外には外性器に似せた飾りすらない。
同様の理由で、臍と乳首も存在しなかった。
 
つまり、妊娠は出来るがそれに至る行為は一切不能の、不出来な『女』の模型であった。

しかし、それでも問題は起きないはずだった。彼『女』達が愚かでさえなければ。
「いったい誰が言い出したんだよう! 入植してから最初の3年間は、男の子だけ産もうだなんて!」
「そのあと3年は、女の子ばっかり産んできたんだよね」
「……そして、それが最悪だった」
初年度の430人から少しは減ったものの、それでも年間平均350人づつ子供は生み出されている。
惑星オーストラリアの現段階の人口は、入植開始から15年で5000人を超えるまで増加した。そして解凍時には既に妊娠していた約100名のうち50名しか、15歳の女子がいない。
その次の世代の女児は、上の330人がまだ12歳になったばかり。1000名を超える13歳以上の男子の中に、女はたった50人しかいなかった。
1000人の健全な青少年の欲望を、男であった事実を消去された彼『女』達は甘く見ていた。

指導部は、男子が18歳を迎えたときに女子が15歳になることで、最大速度での人口増加が期待されるとしていた。
しかし、少なくとも12歳から起こる第2次性徴期から18歳までの獣の6年間をどうやって過ごせというのか?

彼『女』らは、やっと軌道に乗ってきた惑星オーストラリアの経営そっちのけで、長男達の性欲と闘う羽目になった。
まずは地球からデータとして持ち込まれたポルノコンテンツをすべて破棄し、自慰を禁止した。
もちろん、妹達はまだ12歳から9歳、もしくはそれ以下の年齢だから、性行為も禁止している。

「その結果が、このザマだよ。長男達の6割近くが腐れファグになっちまった、あとの3割はロリコンかマザーファッカーだ。
地球で生まれてりゃ映画スターと政治家と科学者全部になれるようなエリート中のエリートのDNAなのに、自分達でそのブランド品の精子のかけっこをしてやがる!」
サリーが吐き棄てるように言う。最年長者が14歳になった頃から突然、年長男子が同級生や年下の弟を恋人にするようになった。
12歳になった妹達からも、すでにこの1年間で70人近くの妊婦を出している。
娘を守るために、自ら長男に体を差し出す彼『女』達も現れた。しかし、舌が動かない口と挿入できる穴が全くない義体に満足できる長男は、そう多くはなかった。

そして一旦広まった同性愛の普遍化はいくら罰しても防ぎようがない。動く舌と入れる穴が1個あるだけ、男でも彼『女』達よりはずっとマシだった、ということだ。
それでも1割はノーマルを維持する男子もいたが、ようするに50人の女子に二股以上をかけられている100人ということになる。

自然の摂理に反した、効率のみの非現実的な人口増加プランを提唱した首脳陣の責任が問われた。
ちゃんと最初から半分づつ男女を生み出していれば、あるいはその後も短絡的にポルノを廃棄しなければ、長男達の反乱を抑えることが出来たはずだった。
しかし、短絡的な方法を取ってしまった。その結果、行き場のなくなった性欲は怒りへと転化し、八方ふさがりの状況を生み出した。

そして今回の長男達による反乱の鎮圧の実行部隊に選ばれたのが、オードリー率いるオーストラリア先遣隊の10名だった。
ニルヴとエレイン、そしてアリシアはいつのまにか首脳陣の座に納まっている7人の指導部の要人警護に当たっている。
彼『女』らは単に例外的に知能指数が高く、全員120を超えていた。110以上が2人でそのうち1人がシンシア、100以上なら8人しかいない中でその1人がオードリー。あとは全員揃って、100未満の知能指数だった。
ちなみに長男達の平均知能指数は、地球標準では135を超えている。つまり一番頭が悪い長男達と一番賢い彼『女』達で、ほぼ同レベルという状態だった。

シンシアは、指導部の場当たり的な方針に疑問を抱いていた。
そして今回の暴動に対する責任の所在も明確にしたいと考えていたし、なにより自分の長男達に暴徒鎮圧用とはいえ銃口を向けたくはなかった。
だからシンシアは、今回の暴動の『最終的解決案』を計画した。

「……こういうジョークって聞いたことありますか?

 船長『じゃあ新入り、今日からこの船がオマエの仕事場だ!』
 船員『はい船長!』
 船長『飯は1日3回、睡眠時間は8時間だ。溜まってきたら月・水・木・土・日の20時から24時までの間に、あの樽の穴にナニを突っ込め。スッキリする』
 新入り『すごい! でもなんで火曜と金曜は休みなんですか?』
 船長『その日はオマエが樽の中に入ることになっている』

……ってヤツ。さっきエレインから聞いたんですけど」
ニルヴは、定番のジョークを口にする。
「それがどうしたって言うの! 早くバカ息子達を排除しなさいよ、この際多少の犠牲はやむおえないから!」
「ですよねー、『多少の犠牲は』やむおえませんよねー……」
ニルヴとエレインは、指導部の面々を避難場所に退避させる。
「ここって、義体用メンテナンスルームだね」
「篭城するには絶好の場所かも、ここなら治療も速やかに行えるよ」
サリーは、指導部をにこやかに出迎える。
「そうですね、もっと色々できますよ……改造とか」
「改造?」
幹部の一人が問い返すと同時に、小型のジュース缶とほぼ同じ大きさの肉色の筒を投げ渡す。
「悪いけど、びっくりおもちゃで遊んでる暇は……」
言いかけた幹部が、黙り込む。
筒の片端は、女性の外性器そのものだった。

「ようするに、『誰が』樽に入るか、ということです」

絶句する指導部の面々に、ニルヴとエレインは暴徒鎮圧用粘着投網を撃ち込んだ。
「今から皆さんの股間から腸詰へのデッドスペースに、これを埋め込みます」
今は樽が必要だ。そして樽が必要になったのは、明らかに指導部の失敗が原因だった。
では樽に入る責任がある者は誰か? 答えは、決まっていた。

『泡姫は確保したよ、オーヴァー』
オードリーは、粘りに粘って待ち続けた知らせを受けた。
「もうお互いに武器を収めましょう。指導部は全員失脚した。それから、エッチなお姉さんもなぜか同じ人数だけご奉仕してくれることになるわ!」

欲求不満という行き場のないエネルギーに衝き動かされていた長男たちは、初めて耳を傾けた。

「……うん! いい出来!」
ニルヴとアリシアは、義体用シャワールームの一角に『ソープランドShipBarrel(船樽)』という手製の看板を掲げる。
「ところで……ソープランドってなに?」
「タイや韓国や日本なんかのアジアでメジャーだった、特殊な公衆浴場を利用した性風俗サービス。もともとは日本の男娼のサービスだったんだって」
シンシアは答える。
失脚した指導部の、新しい服務先だった。
これから、旧指導部は自らの想定の範囲外だった長男達の性の悩みを、その身を挺して解決していくことになる。
せめてもの情けで、最初の客だけは選ぶ権利を旧指導部側に与えた。ほぼ全員が、最初の客に自分自身の長男を指名した。
同性愛者やロリコンにするぐらいなら、マザーファッカーになったとしても大人の女を愛する道を選んでほしいという親心だったのかもしれない。
いや、たぶん元々半分はマザーファッカーだったのかもしれない。ただファックできずに満足させられなかっただけで。

「いい気味だよ、あいつら!」
「でも……自分の長男が旧指導部のお世話になると思うと、なんだかやだな」

破棄されたと発表されていたアダルトコンテンツは長男たちの熱心なサルベージ作業を経てほぼ完全に復旧し、13歳以上と15歳以上の等級に分けて段階的に公開された。
一度流行した同性愛はどうしようもなかったが、妊娠する妹達の数が劇的に減少したのは幸いだった。

しかし、これが旧指導部の失敗のさらに上を行く失敗になるとは、この時点ではマザーファッカーしか気付いていなかった。



[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その7
Name: うどん◆60e1a120 ID:684a1f32
Date: 2010/07/26 14:57
「ニルヴ……もう長男とは『お話』は済ませてきた?」
「うん……朝まで眠れなかった。エレインは?」
「……あたしと長男に、言葉は要らなかったよ」
「ニルヴ……あたしの子、とても男らしかったよ」
「そう……うちの子はビビリでね……将来が思いやられるかな」
「『妹達は、ママほど優しくないんだよ!』」
「アハハ、それダレの真似?」
「サリー……息子にそう言ったんだって」

未知の巨大生物との戦闘、無理のある人口増加政策による長男たちの反乱と、入植以来様々な困難に立ち向かってきたオーストラリア殖民政府。
思えば長男たちのクーデターは、彼『女』達の地位を、大幅に下落せしめた。

まず、最初に起きた問題は、『船樽』の処理能力の超過……つまり、旧指導部7人では性処理が追いつかなくなったことだった。
それに、失脚したとはいえ指導部が性的慰安にまわされたことで、彼『女』達の権威自体に大きく影をさした。
結果的に、長男たち独特の持って回った小難しい理由が付いて、新生児摘出もしくは腸詰交換時に彼女達もれなく全員の股間に肉色の筒が内臓された。
その人造膣は高度な除菌成分を持っていて、なおかつ子宮どころか腸詰とすら一切繋がっていない。
そもそも腸詰は人間の受精卵も着床できるよう処理された子宮を持っているだけで、腸詰の卵巣自体は純粋にエストロゲン生成用の豚のそれだった。
豚の卵管はそのまま子宮には繋がらず直腸につながり、卵子はそのまま排泄器官に直行する仕組みになっている。

長男たちの成長に従い、彼『女』達の仕事は兵士からも指揮官からも科学者からも医師からも追いやられ、ただの『女』へと変化していった。
地球由来の優秀な子を産み育て、あくまでもボランティアとして超巨大化した『船樽』で息子達の性の悩みを受け止める。

息子達は姉妹が成長するにつれ、姉妹は決して彼等を産み育てた彼『女』たちのようには成長しないということを悟ったのだった。

『あたし達の顔、もともとはメイドロボっていう男性向けセクサロイドの量産パーツの流用なんだよね』
もともと人間の表情を構成するのは、57本の表情筋。それを25本にまで切り詰めて構成されていた。これで、人間の表情はほぼカバーできる。
そして、写実からCG、CGから立体造形物になるたびに問題になった、人間に似せれば似せるほど不気味になる『不気味の谷現象』。
当時の科学力と美術力では、立体物の人でないものの人間らしさを表現するには、不気味の谷の手前で妥協するしかなかった。

そして『人間らしく不美人な顔』製造の難易度の結果、全員が当時流行の民生品メイドロボのフェイスパーツの流用となった。
もともと存在しなかったのに、わざわざ作り出してまで不自然な彼『女』の顔と身体を作った男達が地球にいた。
その胴体と頭部がさらに改造され、アンドロイドが子宮付きのサイボーグとなった。最も原始的で安価な、量産可能の人を産む機械。
そして、産まれたときからメイドロボ顔の母親に育てられた長男達。

ようするに、妹達が15歳を過ぎてもそれはそれとして捉え、未だにママの乳首がないおっぱいが性的な意味で恋しい男達が、半分ぐらいはいた。
もちろん生身の妹達は別枠として、船樽は彼『女』達の好むと好まざるに関わらずに、なくてはならない機能となった。
こうして妹達が妻になっても、マザーファッカーは後から後から沸いてきた。

「妹はもうあんなにいるのに、どうして船樽の需要は増え続けるのかな?」
数年前から、義体医師のサリーと専用ナースのミネルヴァの本業はIQ140を超えるサイバネティック工学博士号を持つ長男の一人に取って代わられた。そして今は、女医と看護婦の『コスプレ』で船樽にボランティア(ご奉仕)に出かける身だ。
名誉ある先遣隊隊長のオードリーと調査リーダーのシンシアは最後の最後までボランティアを猶予されていたが、『栄光のヘルダイバー降下作戦プレイ』をしたい息子達の予約リストは長くなっていくばかりだった。

ニルヴとエレインは、その温和でおっちょこちょいな元来の性格に全く似合わないクールビューティーな『死神』特殊部隊員と、歴戦の女鬼軍曹としてサディスティックに『しごき倒す』プレイの需要があった。
「男の子ってさ……やっぱりエッチだよねっ!」
「それでいいんだよ! それでこそ、人類は凶悪犯罪者を船に詰め込んでまで生き延びようとするんだよ! きっと」
ニルヴとエレインは、明るく笑う。
長男との初体験は、もう済ませた。だから笑える。
シリコンの人造膣は、一切の苦痛も快楽をもたらさない。それゆえにセックスというより、大きくなった我が子をもう一度抱いてあげるような、安らかな気分だった。
シリコンとステンレスと豚の臓物で出来た肉体を貪る我が子を、いつまでも自分の子供だと思うことが出来た。

しかし……それでもまだマシだった。




[19860] シリコンとステンレスと豚の臓物 その8
Name: うどん◆60e1a120 ID:eade24a7
Date: 2010/07/29 20:29
「ニルヴ、軍票を受け取りに行くんだけど、一緒に行かない?」
「ごめん、アリシア。今日から用事があるんだ」
「……ふーん。三男くんは、そろそろ成人だったね。もうそんな時期かぁ……」

この星では、義務教育は15歳までだった。むしろ、教育は『15歳までしか受けられない』というシステムだった。
人間の肉体の成熟が男子で18歳、女子で15歳でピークを迎える。その時期に結婚および出産する体制に入るのが望ましいからである。
地球の先進国が教育水準と人口増加に大きな矛盾を抱えていたのは、高校と大学の存在自体に問題があったためだった。
進学率が高いほど、人口増加率が下がる。しかも15歳から22歳までの生物として最も優秀な子孫を残せる時期に繁殖を許容しない地球のシステムは、それ自体が欠陥制度と言わざるを得なかった。
その問題を、DNA選抜による知能の強化と個別指導による格差の許容で解決するのが、惑星オーストラリアの人口計画のコンセプトだった。
学歴は、いつまで勉強するかではなく、どこまで勉強できるかで決定した。

三男は、栄光のヘルダイバー降下作戦の『ガンスリンガー(銃使い)』死神ニルヴに憧れ、対巨大生物専門の猟兵・ハンターソルジャーを志望していた。
そして今日は、ニルヴが息子に教える最後の日だった。
今日教えることは決まっていた。
1.ハンターソルジャーのあり方
2.生き物の命を奪うということ
3.男女とは何か

「うん! どれもとっても大事なことだよ! 頑張って、ちゃんと教えてあげなきゃ!」
「……まあ、いつもと同じだよ。 狩りに行って、獲物を仕留めて、ご褒美をあげる」
「そうだね、いつもと同じだね……でも今日の生徒は、ニルヴが自分で産んだ子なんだよねぇ」
今日のためにニルヴは手作りのくるみ焼きと、中をくり貫いて居住している巨木の木質を糖に分解して生成した自家製酒・メープルラムも用意した。
さらに義体表皮のシリコン皮膜を噴き替え、人工膣も新調した。出来る限り、新品同様になるよう計らった。

そして、念のためにクリーパーには鉈と携行用のCSS(細胞休眠システム)フリーザーを積み込む。
「……ちょっと過保護かなぁ……アリシア」
「そんなことないよ、ニルヴ。自分の子はいつだって特別だよ! 頑張って素敵な成人の儀式にしてあげてね!」


……そして今、ニルヴはCSSフリーザーを背負い、全足力でコロニーベースを目指して走る。
ニルヴ自身も左腕は損壊によりパージ、腸詰もほぼ全損して内部がはみ出たためパージし、強制生命維持モードへと移行。
GPSシステムには、救難信号を発信した。
最優先事項は、この状態で救出されるまで生き延びながら、可能な限りコロニーベースに近付くこと。
CSSフリーザーのバッテリーは、持って約3時間。
右手には劣化ウラン弾頭の大口径ハンドガン、腰には血まみれの鉈、背負ったCSSフリーザーにはニルヴの命よりも大事な三男の首と陰嚢が入っている。

三男と2人でクリーパーに乗り、猟場に向かう途中の事だった。
樹木の一部に擬態した斧カマキリの奇襲を受け、クリーパーもろとも重厚な斧で断ち割られた。クリーパーモドキと間違えられ、標的にされた。
斧カマキリがクリーパーに殺到した瞬間には、三男の機転でその小ぶりの頭部は既に吹き飛んでいた。
しかし、大質量の斧はクリーパーもろとも息子の胴を袈裟斬りに両断した。
ニルヴはまずは大破したクリーパーからCSSフリーザーと鉈を手に、下半身に向かう。ズボンごと陰嚢を切り取り、陰嚢部だけフリーザーに入れる。
次に、上半身。まだまぶたがかすかに動く三男の首に、一切の躊躇を捨てて鉈を振り下ろす。二撃、三撃で首は完全に胴体と離れる。
その首も、、フリーザーに詰め込む。フリーザーは細胞を破壊せず休眠状態にさせながら、凍結させる。
このときに左手はもう潰れて使えないことが分かっていたので、ニルヴは左手の付け根からぼとりと地面に落とす。腸詰も、内臓が露出しているので長持ちはしないだろう。
ニルヴは自らの手で、袋ごと腸詰を引きずりそうかと考えるが、やめておく。
まだ、そのときではない。
三男の手に握られた大口径ハンドガンを右手に持つ。
あまりにもきつく握られていたため、鉈で指を落とさなければならなかったが、それでもニルヴは実行した。
片手で扱える大威力の武器で、なにより三男が初めて獲物を仕留めた証だったから。
そこに、一切の言葉はなかった。言葉などありようがなかった。
あとは、走るしかないのだから。

腸詰から漏れ出した血の臭気に反応して、限界を超えて疾走するニルヴの周囲に追跡する獣の気配が増す。
銃を地面に置き、破れた腹腔に右手を差し込む。
「ごめんね、赤ちゃん。ごめんね……」
妊娠3ヶ月だった。しかしおそらくもう、腸詰内の胎児は生きてはいないだろう。
そして、胸に蓄積された糖分と酸素で稼動する、強制生命維持モードへと移行した。

腹腔から腸詰を完全に取り出し鉈で大きく切り目を入れ、血は枯葉と腐葉土で拭き取る。
豚の内臓の塊となった腸詰のむせかえるような生臭さに誘われて、惑星オーストラリアの生物が集まる。

まずは小さな生物が集まり、それを目当てにより大きな生物が集まる。
二酸化炭素すら吐かない現在のニルヴは、動きさえしなければ土や岩や壊れたクリーパーと同じく『単なる無機物』だった。
枯葉に埋まっていれば、豚の臓物の至近距離に居ても気にも留められない。
ニルヴは自分の腸詰がこの惑星の生物に漁られるさまを、じっと耐え忍ぶ。
より大きな獲物を、至近距離で仕留める。
ただそれだけのために。

やがて地響きを立てて、大陸ガメが現れた。
その甲羅は、そのままの形で家屋の屋根に使われるほどの巨大さと堅牢さを併せ持つ。対戦車用の劣化ウラン弾ですら、その甲羅を貫くことは出来ない。
しかし、ニルヴは大陸ガメが他の生物を押しのけて腸詰を丸呑みしようとしたとき、ばね人形のように飛び起きて、口腔内から体内に向けての至近距離射撃を叩き込んだ。
大陸ガメの頭蓋骨と首骨を貫通する際、劣化ウラン弾頭は自己先鋭(セルフ・シャーピング)化しながら体内中央部まで到達し、その質量がもたらす運動エネルギーが体内の酸素原子と結合して内部から焼夷効果を発揮する。
その結果として、口から青白い体液の蒸気と白い炎を噴き上げ悶絶する。
ニルヴは高温ゆえに浴びるだけで致命的なその沸騰した体液を避けるように飛びすざり、二度と後ろを振り返らずに疾走を再開した。
内側から焼かれた大陸ガメは、悶絶しながら絶命するだろう。そしてその死の踊りが、さらに大小の生物の注意を集める。大陸ガメの死を待ちわびる生物たちにとって、ニルヴは餌にするにはあまりにも小さく、まずく、危険過ぎる。

体内廃棄物を利用して電力を生み出すための糞尿が尽きると、ためらわずに空洞となった腹腔に原住生物の糞を拾って詰め込む。
原住生物では有り得ない高体温を感知して接近する飛行生物には、鉈を振るう。
高温のため脚部のシリコン筋肉が急速に劣化し、断裂を起こし、まっすぐに走りにくくなる。
それでも完全にシリコンが高密度の酸素と反応し炎上し、倒れこむまで走るのを止めなかった。
倒れ込み、完全に脚が使えないと悟ると、躊躇なく両足を付け根からパージした。

「……まだ、右腕があるからね……ママ頑張るから、心配しないでね……」
背負ったフリーザーを、今度は腹腔内に押し込む。
今まで脚部に回していた電力を、フリーザーのバッテリーに供給するためである。
ニルヴは、草の茎に背を預け腕一本で上体を起こす。
そして、一本きり残った右腕で、銃を手にしたまま腹部のフリーザーを優しく撫でる。
「こうして、またママのお腹に戻ってきたんだね。もう、大人なのに甘えん坊さんだね……」
口を動かす電力は既にカットしている。今はただ、口腔内をスピーカーにして音を出す。
そしてニルヴは救難信号発信機と視覚と聴覚、それに腹部のフリーザー以外の電力をすべてシャットダウンした。

……もちろんこれが、薄気味の悪い偽善だと分かっていた。自分は、本質的に死刑ですら許されないほどの悪事をなした人間だということは、ずっと分かっている。
なにをやったのか? 虐殺か? 連続殺人か? ……自分のスキルからして、兵士だったことは間違いないだろう、とニルヴは思う。
自分が生んだ子は、既に18人になる。2人は死に、4人は既に15歳を越え成人した。
腸詰の中に居た子も含めると、これで死んだのは3人目だ。
今抱いている三男……はじめて自分と同じ職業を選んでくれた子……この子も死んでしまうのか。
残りの子供は、上のお兄ちゃんたちかエレインがきっと面倒を見てくれるだろう。
たぶんもう会えないのが残念だった。
15人の人類の選良を生み育てたことで、自分の罪はいくらかでも償えたのか?

「……そういえば、空をゆっくり見るのって初めてだな。とてもいい景色だよ、甘えん坊さん」

惑星オーストラリアの銀色の大きな空を眺めていると、遠くから地鳴りのような、複数のクリーパーの駆動音と銃声が聞こえる。そして空には、この惑星最大級の飛行生物が浮かんでいる。おそらく、自分たちを救出に来た部隊が『あれ』……掛け値なしの本物のドラゴンに襲われているのだろう。

「……ばん」
ニルヴは一瞬だけ、右腕に通電する。
ニルヴのハンドガンは轟音を立て、鉛の1.7倍の重量を持つ弾丸を吐き出す。そしてその放射能で汚れた弾丸はドラゴンの眼球を貫き、内部で完全に爆発燃焼した。
草に背を預けていたため右腕は衝撃をもろに吸収し、パージするまでもなく銃ごと折れ飛んだ。

ドラゴンは、ゆっくりと墜落する。そしてニルヴは眠った。


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